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1970/04/27 第63回国会 参議院 参議院会議録情報 第063回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号
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1970/04/27 第63回国会 参議院

参議院会議録情報 第063回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号

#1
第063回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第8号
昭和四十五年四月二十七日(月曜日)
  午前十時五分開会
    ―――――――――――――
  委員の異動
 四月二十七日
    辞任         補欠選任
     増田  盛君     柳田桃太郎君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
   委員長          塚田十一郎君
   理 事
                源田  実君
                山本茂一郎君
                川村 清一君
                渋谷 邦彦君
                松下 正寿君
   委 員
                河口 陽一君
                大松 博文君
                中村喜四郎君
                長谷川 仁君
                増原 恵吉君
                柳田桃太郎君
                山本 利壽君
                小林  武君
                達田 龍彦君
   国務大臣
       国 務 大 臣  山中 貞則君
   政府委員
       総理府総務副長
       官        湊  徹郎君
       総理府特別地域
       連絡局長     山野 幸吉君
       総理府特別地域
       連絡局参事官   加藤 泰守君
       外務省アメリカ
       局長       東郷 文彦君
       外務省欧亜局長  有田 圭輔君
       文部大臣官房長  安嶋  彌君
       水産庁長官    大和田啓気君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        瓜生 復男君
   説明員
       外務省アメリカ
       局外務参事官   大河原良雄君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○沖繩・北方対策庁設置法案(内閣提出、衆議院
 送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(塚田十一郎君) ただいまから沖繩及び北方問題に関する特別委員会を開会いたします。
 沖繩・北方対策庁設置法案を議題といたします。
 前回に引き続き質疑を行ないます。質疑のある方は、順次御発言を願います。
#3
○達田龍彦君 沖繩・北方対策庁設置法の問題について若干質問申し上げたいと思います。
 三月の三十一日に閣議決定をされております「沖繩復帰対策の基本方針」というものが発表されております。この基本方針と、従来まで政府が沖繩の復帰に対して一体化対策を進めてまいっておりますけれども、この基本方針と一体化対策というものはどういう関連の中でつくられておるのか。もちろん、この基本方針は昨年の佐藤・ニクソン会談の結果コミュニケが発表されておりますけれども、それに基づく復帰対策として基本的に出されたということは承知をいたしておりますけれども、従来までの一体化施策との関連をどういうふうに考えておるのか、まずお尋ねをしたいのであります。
#4
○国務大臣(山中貞則君) 具体的に基本方針とそう異なるわけではありませんが、ただいまも言われますように、復帰の時点がほぼ明確になりましたために、現実の問題としてそれをとらえますときに、単に「一体化」ということば、それに伴ってくるいろいろの表現がありますが、それだけでは、沖繩の人々にとって「一体化」だけでは不安な点がたくさんあろうと思いまして、基本方針では、県民の意思を全面的にくむことが前提であるという考え方を据えて、その上に立って本土と一体化するのが目的であるけれども、しかし、二十五年の長きにわたる行財政面のあらゆる法律上等についても隔絶された社会の中で住んでおられた県民でありますから、それらのものを急速に一体化することによって、逆に復帰ショックというものが悪い方面に働くというおそれもありますので、個々のケース等を心配いたしまして、そのような点は逐次今後基本方針に沿って明らかにしていくことが必要と考えまして、その意味において経過的特別措置等もとる意思があるということも明らかにして、沖繩の人々が直ちに「一体化」ということばのもとで本土並みにされてしまうということでは不利になるという点は、極力、私たちといたしましては政府全体の意思を統一しながらこれを現状を維持し、もしくは相当長期にわたって経過措置を認める等の措置を講ずるとともに、最終的には本土との一体化ということを目ざしていとうと思っておりますので、そこらの問の表現ないし考え方というものが具体的に変わってきておるかと思います。
#5
○達田龍彦君 どうも長官の御説明、はっきりしないのでありますけれども、御承知のとおり、四十三年の七月に政府は沖繩本土一体化調査団を派遣をして調査報告書を提出をいたしておりますね。それにあたって行政の各分野にわたっての問題点、あるいは現状、将来の対策というものが出てまいっておるのであります。それに基づいて、復帰した場合の摩擦を最小限にするために一体化政策というものが推進をされてきてまいっておるのであります。私は、そういう観点に立ちますと、今回の基本方針が「復帰対策の基本方針」として出ておる限りにおいては、一体化対策というものは、まず問題点もなくなり、しかも復帰のための摩擦もなくなるという状態の中から、復帰の問題として私はとらえて出てこなければならぬと基本的に思うわけであります。
 そこで、私がいま申し上げたように、一体化対策は、この復帰対策という基本方針が出る以前に、当初の予定どおり、いわゆるあらゆる格差の問題、あるいは問題点、あるいは行政分野のいろいろな復帰のための問題点というものは解消した上で出てこなければならぬと私は思っておるのでありますけれども、そこら辺が復帰対策と一体化との中にいまどういう状態に置かれておるのか、もう少しそういった点の考え方を明確にしてもらいたいと思うのであります。
#6
○国務大臣(山中貞則君) 現在の時点では、不明確だと言われれば、私も肯定いたします。ということは、いまの閣議決定いたしました基本方針は、これから進めていこうという作業のアウトラインをそれぞれつかみまして、その上の感触に立ってのことばの表現として、先ほど申しましたようなことを申し上げておりますから、言っているほうも、受けておるほうも、なおばく然として、何を具体的に進展させようとしているのか不明確な点もたくさんあると思います。しかし、これから米国の財務省並びに日本の大蔵省が中心となって折衝いたします資産買い取りその他の問題等も含めながら、基本的に、行財政、司法、そのような問題について、本土と、どのような経過措置、特別措置をとることが沖繩の人々のためにいいことであるかという具体的なものが、一つ一つ、逐次浮かび上がってまいりまして、やがて返還協定の締結となり、そして、われわれの国においては、これが予算編成あるいは特別会計構想もしくは開発基金、あるいは、小さくは、自動車の右側、左側通行を、離島でございますから、当分、自動車その他の設備等が整い、あるいは、沖繩の人々が右、左に変えることに習熟する時期が来ると思われる日まではそれを延ばすとかという、いろんなこまかな問題まで含めて、個々のケースが明らかになってくるだろうと思います。その過程を経て、おのずとその輪郭並びにその内容が明らかになってくるものでありまして、この段階で一挙に政府の関係各省全部、財源主管省まで詰めまして、しかも、実態のなお不明確な点のたくさんある軍用基地等も含めましての問題として、これが全面的な政府の方針であるという中身を打ち出すには、もう少し時間の余裕と、実態の調査をさしていただきたい、こう考えておるところでございます。
#7
○達田龍彦君 まだちょっと理解ができないんですが、いま長官の御説明ですと、復帰対策というのはきよう以降の復帰のための対策である、したがって、そのための基本方針なんだと、こうおっしゃっているわけでありますが、一体化対策というのは基本方針以前の問題という理解でいいんですか、簡単に割り切れば。それとも、一体化対策というものは、基本方針が出る以前においてすでに一体化対策というものは進められておる、それは当初の計画どおりほぼ完了しておるという前提に立って基本方針が出てきておるのか、そういう点をもう少し明確にしてもらいたいと思うのであります。
#8
○国務大臣(山中貞則君) 一体化施策というものの展開が基本方針というものであり、その基本方針の新たなる展開があったのは、七二年のなるべく早い機会に返すという合意が両国の責任者において成立をしたということにおいてあったわけでありまして、過去の一体化施策というのが私は間違いであったとも思いませんし、その調査あるいは打ち合わせ、実態把握等の進行の過程において、逆に言うと、締め切り日が明らかになりましたから、それに対しまして新たなる展開というものを具体的に示したというのが基本方針だとお受け取りいただければけっこうだと思うんですが。
#9
○達田龍彦君 私が非常に疑問を持ちますのは、一体化施策に盛られている内容の中で、じゃあ、一体、今回の復帰対策の基本方針と内容的にどういう変わりがあるのかというと、私は、一体化対策でこう対策をしなきゃならぬという問題がそのまま基本方針の中に持ち込まれているというふうに理解をいたしておるのであります。したがって、基本方針というのは、一体化対策をそのまま分類、羅列をしたにすぎないのではないか、私は、そういう理解を、この一体化対策のいままでの政府の方針から考えたときに考えるのであります。したがって、はっきり申し上げまして、一体、いままでの「一体化のための基本方針」と、今回発表された「復帰対策の基本方針」とでは、具体的にも基本的にもどう違うのか、その点をさらにもう一回明確に説明をいただきたいと思います。
#10
○国務大臣(山中貞則君) それは基本的にそう違いはないわけでありまして、姿勢は、一体化のための方針に基づいて進んでまいりましたもの、そのものがあやまちであったわけではないのです。したがって、今回は、七二年の早い機会に返るんだという国際的な当事者間の合意が成立をいたしましたので、逆に、七二年までにやらなければならない政府の基本的な方針というものを、あらためて閣議で決定をいたしたのでございまして、そう極端に違うと、これはまた、前の一体化施策というのは何をやっていたんだということになりますから、そう極端に違うはずはないと思います。極端に違わないで、具体的に言えば、ただいま申し上げましたように、はっきりと返還のめどがついた、そのことによって急速に方針を示し、その方針に従った個々の具体的な政策を、沖繩の人々にも、また、政府の姿勢として打ち出していく必要があるということから、この方針をきめたものでございます。
#11
○達田龍彦君 いま長官の言われる基本的な考え方としては、ほぼ理解がいく点もあるのでありますけれども、私は、さらに問題だと思うのは、この基本方針に盛られている内容というものは、元来、政府が一体化施策の中で進めなければならぬという問題点が、たくさん、基本方針の中にさらに持ち込まれておるのであります。私は、本来、一体化政策の中で、行政分野の各分野にわたって円滑に復帰対策を進めるためには、いろいろの問題点を煮詰めて、そうして緩急順序をきめて計画を立て、進めていくというのが一体化の中に盛られているわけでありますから、元来、一体化対策というそういう問題は、復帰対策の以前に私は行なわれておって、そうして復帰対策というのは、もう少し積極的に開発の問題だとか、経済格差の問題だとか、住民福祉の問題だとか、そういう問題を積極的に、復帰のための、本土との格差を是正するという、すべての問題に対するそういう体制というものが、意欲的に復帰対策に本来盛られてこなければならない。ところが、現実には、一体化対策の中でやっていかなければならない分野が取り残されて、復帰対策の中に盛り込まれておるような面が非常に多いのであります。その点、私は非常に不満でありまして、そういう面を、今後の復帰対策の中で急速やろうとして、一体できるのかという心配もあります。また、具体的な計画といろことは、一体この基本方針に基づいてどういう計画になっておるのか。そういう面に対する私は不安もまたこれはあるのであります。でありますから、一体、復帰対策というものは、一体化対策に基本的にそのまま移行されたというものもたくさんありますけれども、私は、基本的には、復帰対策というのは、この沖繩と日本の格差をどういうふうに縮めながら、そうして開発、さらには振興をはかっていくかと、こういう意欲的なものが基本対策になければならぬと私は思うのでありますけれども、そういう点について、もう少し考え方をはっきり示してほしいと思うのであります。
#12
○国務大臣(山中貞則君) 格差というのが概念的に使われるわけですけれども、沖繩の人々の、業種により地域によっては、現在の沖繩の行政形態あるいは居住環境の中で、比較的所得の高い環境もあります。また、県民所得の比較においても、沖繩がいま日本の一部であったとした場合でも、県民所得の最下位ではないわけですから、かといって、それらの条件が全部の沖繩の県民の人たちの等しき所得環境ではないというようなことを考えますと、「格差」ということばの中には、たくさんのものを含んでおると思います。劣っておるものもあり、劣っていないものもあり、進んでいるものもあり、要するに、アメリカの法律の環境のもとにおいて、税法でも、アメリカが布令税法等で琉球政府が独立国ならば本来取るべかりし収入まで、施政権者が取っておるというようなこと等もありますから、これらの問題を、沖繩が全部格差があるというふうにも受け取っておりませんし、要するに、特殊な環境の中で育った現状というものの中で、本土並みにすみやかにしなければならないもの、これは明らかに格差のあると思われます社会福祉施設とかあるいは教育の施設整備、環境とか、そういうようなもの等においては、これはもう明らかな格差がありますから、しかも、これは国の半義務的なものでございますし、これはもう復帰を待つまでもなく、来年度予算あたりには具体的に最終的なセットをしなければならぬ、復帰と同時に本土並みの水準に持ち込むような努力をしなければならぬと考えておりますが、これは一つの政策ごとによっていろいろと感触が違いますので、その意味で、沖繩のすべてが完全におくれているのだということよりも、沖繩の置かれている特殊な環境の中で、それを守ってあげたほうがよろしいものというものは、もう少し考えて、それを特別に認めていったらどうだろうというようなこともその中にあることを御理解願いたいと思います。
    ―――――――――――――
#13
○委員長(塚田十一郎君) この際、御報告いたします。
 本日増田盛君が委員を辞任され、その補欠として柳田桃太郎君が選任ざれました。
    ―――――――――――――
#14
○達田龍彦君 基本問題はその程度にいたしまして、次に御質問をいたしたいのは、今回の日米共同コミュニケによりまして今後の復帰対策というものが具体的に日米間で話し合われるわけでありますけれども、その機関として日米協議委員会あるいは準備委員会等が設置をされるのであります。そこで、この日米協議委員会、準備委員会等が設置をされるわけでありますけれども、従来までの一体化施策の中で設けられておりましたこの一体化推進のための日米琉の諮問委員会があるわけでありますけれども、この諮問委員会は一体今後どういうふうになっていくのかですね。その点を、これは外務省がいいですか、御説明いただきたいと思います。
#15
○説明員(大河原良雄君) 諮問委員会は一昨年の春設置を見まして、その後一体化促進のために現地で日米琉三者間で緊密な協力のもとに作業を進めてまいりましたけれども、先般沖繩に復帰準備に関しまする準備委員会が設置を見ましたために、残務整理を終わり次第すみやかに廃止をされる、こういうことになっております。
#16
○達田龍彦君 日米琉一体化のための委員会というのは、今回準備委員会が設置をされたらそれに吸収されるために機能がなくなる、こういう理解でいいんですか。
#17
○説明員(大河原良雄君) 昨年十一月の日米共同声明にもございますように、準備委員会が設置され、それに伴いまして諮問委員会はその使命を果たしたことによっていずれ廃止されると、こういうことになるわけでございます。
#18
○達田龍彦君 そうしますと、この「沖繩復帰対策の基本方針」に基づいて具体的な計画があらゆる分野にわたって立てられると思うのであります。言うならば、これは基本計画でございますから、実施計画が具体的に作成をされなければならぬと思うのであります。この具体的な実施計画は、すでにおきめをいただきここで発表できる段階になっておるのでありますか。
#19
○国務大臣(山中貞則君) まだそこまで行っておりません。ことしの予算で、性格をややあいまいのままで、たとえば県政援助費二十億、全軍労等の首切り等がもっと進捗をする可能性があるとその時点で判断をいたしましたので、それらが増加した場合に本土の予算で対応できないというようなことのないように、あるいは台風等毎年参りますから、災害復旧予算等、おおむね目見当で一応予算を盛っておくようにというようなことで調整費の十億という項目を設定したわけでございますが、これでは性格があいまいでございます。たとえば現地においては交付税をなぜくれないのだという声もございます。しかし、財政法、交付税法のたてまえからいって、国税を納付せざる地域についての交付税法というもののまともな適用というものがいろいろ議論がありますので、今回は、いま言ったような措置にしたものでありますが、ただいま自治省側とこれから相談しようと言っておりますことは、来四十六年度予算編成あたりにおいては、四十七年においてはもう返ってくるものとしての前提で、制度その他も明らかにして組んでいくつもりでありますけれども、来年度予算において、少なくとも、国税を納めていなくても、納めていると仮定をしてみて、納めていたら幾らぐらいの交付税になって、そして、それを納めていないのですから、その部門を控除して配賦するというようなことならば金額は幾らになるかというようなことを作業をして、四十六年度予算ではセットしようじゃないかという相談等もいたしております。これは一例でございますが、このように個々の問題を詰めてまいりまして、性格がほんとうに明らかになるのは、四十六年度予算の編成の経過、最終的には四十七年度予算において行財政の問題は明らかになるだろうと思います。
 その他の経済問題につきましては、これはもう現在もいろいろとやっておりまするし、政府のそれらの問題についてとるべき措置等についても、弾力的にしかも積極的にこれを進めてまいるつもりでありますから、これは一つ一つが具体化して、ケースごとに明らかになっていくものと考えます。
#20
○達田龍彦君 私は非常に残念に思うのでありますけれども、この基本方針をおつくりになるならば、行財政の裏づけも私は今年度予算の中で意欲的に盛るべきであったと思うのであります。そういう意味では、十億の調整費を取っておるからその範囲でという御説明でありますけれども、わずか十億で沖繩の基本的な対策ができる、あるいは問題点を解消することに私はならぬと思うのであります。その意味では、むしろ一般の予算の中に予備費的なものを十分想定をして、これを盛り込んで、その事宜に応じて、できれば今年度の中で問題点を行財政の立場から解消していくという立場をとるべきではないか。それができないならば、むしろ意欲的に補正予算でも組むぐらいの気持ちがないと、私は、基本対策はできたけれども実施対策が非常におくれる、困難と摩擦が生じる、こういうような結果になるのではないかということを非常に心配するのでございます。その点、どうでございますか。
#21
○国務大臣(山中貞則君) いまの問題は、財政面の問題でございますが、現在琉球政府におきましては、三百五十万ドルの物品税その他を増税をいたしましても、なおかつ、琉球政府側の支出計画に基づけば、一千万ドルぐらいのどうしても収入の落ち込みがある、このことを本土政府に援助してほしいという要請を最近になって受けたわけでございます。新聞等ですでに御承知でございますが、しかしながら、予算の編成に会計年度の違いがございますために、三カ月のズレがありまして、いま現地ではそれが喫緊の事態として本土政府への要請という形にあらわれてきたのはやむを得ないと思うのですけれども、しかし、うちのほうで対応できるためには、やはり四十五年度予算編成の経過中においてそれらの事実――琉球政府自体の歳入欠陥等の見通し、あるいは、どうしても出さなければならない必要経費でぎりぎり一ぱいそこまでであるというようなこと――等について御相談にあずかって実はいなかったわけでございます。でございますので、昨年の八月三十一日に締め切りました予算というものをおおむね土台にして今回は予算を組まざるを得なかった。私も、入閣いたしましてすぐ予算編成でございますから、幸い、過去に沖繩問題についてはずっと注目をし相談にも乗ってきておりましたので、そう無理しないでのみ込むことが可能でございましたので、私自身の判断で、ほかの省には全然例のないことでございますけれども、予算の査定が九割五分済んでおります段階で、復帰記念事業という大きな柱を盛り込むということに、一応今年度予算としては前進を見たわけでございますが、これはあくまでも、日がきまったことに対する記念事業として五島の循環道路、戦跡記念公園、水資源調査等のことにそれが一応結びつけられたわけでございまして、先ほども申しましたように、ことしの場合には、御指摘のような足らない点が一ぱいあると思いますけれども、予算編成の時点というものから考えますと、どうしてもやはり琉球政府の現実の予算編成の段階とは食い違いが起こるのはやむを得ないことであったと、ことしは私考えるわけでありますが、一方、しかし、琉球政府側におきましても、その後策定せられました経済成長の見通しというものと予算の歳入の一番大きな柱である租税収入の見通しとに明らかに違いがありまして、やはり経済成長見通しと租税収入とは表裏一体のものであるとするならば、大体ここらでも三百万ドルくらいの差は出てくるということ等もあります。でありますので、対策庁ができましたならば、この予算を担当いたしまする関係者にベテランを登用いたしまして、そして、琉球政府の方々に本土政府の予算のやり方を押しつけるのではなくして、来年の予算編成までに不断の連絡をとりながら、よく琉球政府の財政の実態等もこちらも承知をし、なおかつ、本土の財政法上からはこういうふうに見るべきであるという点等は御相談をいたしながら進んでいきたいと考えるわけであります。ことしの早急の間において満足すべき予算でないことは、私自身もそのとおり思っております。
#22
○達田龍彦君 この基本方針の具体化のための具体化計画ですね、具体的な計画はいつごろまでに最終的におつくりをいただいて明示をいただけますか。
#23
○国務大臣(山中貞則君) 事柄によってすぐにでもやりたい、できるもの、あるいは復帰の時点になって特別立法等を国会にお願いをいたしましてその法律を背景に特殊な環境を持続するための措置を講じなければならないもの等、いろいろございましょうから、一がいに全部をいつまでという御質問と承れば、それについてはいまのところお答えするのにちょっと適当でないかと思います。いまのところは、そういう意味で、お答えはできかねる次第でございます。
#24
○達田龍彦君 これは、一体化政策の中でも現地の実情を把握した上できめこまかい具体的な施策を進めなければならなかったわけでありますけれども、その場合、私は、一番問題なのは、今回の基本方針のもとに具体化政策が進められるわけでありますけれども、沖繩現地の事情を十分参酌をして、そしてそれらの人の意見を具体的に計画の中に盛り込むということは非常に私は必要だと思うのでありまして、その場合の沖繩現地の意見をどういう形でくもうとされるのか、一体化政策の中でも進められておりますけれども、必ずしも十分に沖繩現地の意見が参酌をされてないきらいがあるのであります。現地ではそのためには不安と不満があるのであります。いよいよ最終の総仕上げの復帰対策の中では、その点を私はざらに現状を把握すると同時に、現地の意見、考え方、不満、不安というものを十分参酌する立場がなければ、沖繩県民がほんとうに自分たちの力で沖繩を復興しよう、あるいは開発しようという気持ちにならないのではないか。押しつけ的なやり方は、私は沖繩の県づくりのためには非常に問題が残るのではないかという気がいたすのであります。でありますから、その点については十分配慮をしなければならぬと思いますが、それに対してどういう形でこれをくみ入れ具体化しようとされているのか、お聞かせをいただきたいと思います。
#25
○国務大臣(山中貞則君) 考え方は私も同感でございます。沖繩の人々が自分たちの意思によらずして二十五年の長い隔絶された生活を余儀なくされた環境下に置かれているわけでございますから、本土政府側がかりに好意的な立場に発するものでありましても、それを押しつけるような形をとることは、私はその資格もなければ、そういうことをしてはならないと考えております。琉球政府におきましても、琉球の今後のあり方等についていろいろの計画を発表しておられますし、議会の中におきましても、先般復帰問題に対する委員会をおつくりいただいたようでございまして、これらの方々と十分にそのルートを通じながら相談を復興その他についていたしてまいるつもりでございますけれども、気持ちは、いま言われたように、沖繩の人々の、できれば沖繩自体が本土政府にこのようなことをやれというような実施計画というようなものを突きつけてもらっても私はちっとも不愉快ではありませんが、まあしかし、沖繩も一県の行政能力でございますから、これを、政府という大きな組織を持ったものにらんと言わせるようなりっぱな計画をいまつくって示してみろというようなたいへん酷な言い方でございますので、そういうこともむずかしかろうと考えまして、一応現地の要望等をすなおに受け取りながら共同作業的な方法でいったほうがよろしいのではないかと思います。
#26
○達田龍彦君 そこで、私が一つ心配になるのは、いま長官もお触れになったように、現在の沖繩政府の行政執行能力というのは一体復帰対策あるいは復興対策をやっていくだけの能力があるかどうかという点について私は一つの不安があるのであります。したがって、本土の政府が考える考え方が、行政能力の差異があるために、重点に取り上げられ、そのために、能力がないがゆえに沖繩県民の意思が反映をされないという結果になるきらいが非常にあるのではないかと思うのであります。ですから、私は、との一体化政策を復帰準備の基本方針をつくる以前にまずやらなければならなかったのは、何といっても、琉球政府の行政能力をどうつけていくか――公務員の資質の向上その他を含めてですね、それらの行政能力をどうつけていくかということが私はまず一体化政策の中でとられていかなければならぬ。その行政能力ができたところで本土の各行政の分野との話し合いを進めながら、沖繩の意見というものも、十分沖繩県民の意思によって復興開発ができるようにすべきではなかったかと思うのであります。その意味では、私は、現在の状態における琉球政府の行政能力というのはまだ非常に不十分ではないかという気がいたすのであります。大臣、どういう把握をされておるか。非常に私もこの問題については疑念を持っておるのでありますけれども、そういう意味で、行政能力をどういうふうに評価されておるのかお尋ねをしておきたいと思うのであります。
#27
○国務大臣(山中貞則君) 私たち日本においても、相国においても、占領中の期間というものは、やはりわれわれ政治家も含めてですけれども、すべての国家機能というものはやはりレベルがダウンしたと思います。というのは、一国の運命、国家民族の進むべき方向なり、あるいは、ことに立法の中にまで干渉し、あるいは予算編成についても、こまかく、拒否権に近いようなものを持ちながら干渉してやってきた、その環境の中においては、やはり日本の政治も行政も私は停滞していたと思います、占領中は。沖繩においてはその状態がずっと続けられておるのだとかりに置きかえて考えてみますと、沖繩の人々の行政能力には、逆に言うと、行政の分野で沖繩の人々が自分たちの政府のための政治というのを行なうのにあまりにも明らかな重圧が加えられ、能力の限界がはっきり示されている。そのワクの中においてやってこられたわけでありますから、たいへんその環境の中では、レベルが低い高いという評価をする以前の、全くやむを得ざるものであったんだと私は見ておりますけれども、しかし、たとえば税関職員等あるいは技術者等、いろんなそういう行政の各分野にわたって一つまり教職員も入りますが、相当な期間にわたって人事の交流、研修――交流ということばは少しおかしいですが――まあ研修ということで来てもらって、勉強してもらってお帰りになるというようなこと等はたゆみなく続けておりまして、その意味では、ある意味におけるそれらの是正に努力はしてきたところでありますけれども、今回予算をあわただしくつけました五島循環道路の消化能力という問題で、大蔵省は多分に壊疑的であり、半分ひやかしぎみで、そんなことができるものですかという態度でいたわけですけれども、私もたいへん心配をいたしまして、建設省の道路局の諸君に現地に行ってもらいまして、第一は、硫球政府の能力の中で、この五島循環道路は三カ年間に百億をこえると見られますが、そのようなものを西表島まで含めて消化する能力ありや。第二は、本土から大手の建設業というものを送り込むことは県民感情もいかがかと思われるし、かといって、現地の建設業関係者の消化能力、資材、人員確保その他については先島まで含めてだいじょうぶであるかどうか。さらに第三は、そのようなことを心配いたしますから、硫球政府が約五本の線で七十五億と言いましたけれども、そのような根拠ははたして正確な測量なり積算なりの基礎に立っておるかどうかということを調査してもらいました。その結果、やはり調査も、とても七十五億ではだめであると、たいした調査ではなかった、腰だめ的な予算要求であったことがわかりましたけれども、行政能力におきましてもやはりずいぶんと足らないものがございます。幸い、消化能力も建設業界は何とかいけそうでございますので、この点は資材の問題につきまして若干の問題があるかもしれませんけれども、建設資材のほうの原材料でありますが、これは本土のほうの、たとえばアスファルトが足らなければ持っていけるわけであります。セメント等は向こうにあるわけでございますから、これらの点を除いては大体だいじょうぶである。問題は、現実の建設をするための行政能力の問題が少し心配であるということがやはりございましたので、これは建設省も気持ちよく、復帰のときに何ら支障のないように、建設省のほうで積極的に私どもの行政機構と提携をしてもらいまして、絶えず現地と相談をしながら進めていこうということでこの面のカバーはできるということを、先般調査団の報告を聞きまして、さらに積極的に協力の意思を得ましたので、まあだいじょうぶであろうと思っておりますが、その他の行政部門につきましてもそれと似たような現象があろうと思いますが、幸いに、本土各省におきまして、それぞれの分野のベテランというものを沖繩については格別なる協力をさせる用意があるようでございますので、これらの点を有機的に活用をいたしまして、ばらばらにならないような配慮をしながら一体となって作業を進めてまいれば、行政能力が少し劣っているからといって、これはだれをも責められないところでございますので、これらは本土の責務ということでもあり、一体となって作業を進めていけば、その点は相補えるものと考えておる次第でございます。
#28
○達田龍彦君 いま長官のおっしゃられた中で、私は、財政的にも確かに沖繩の復帰のための財政は非常に貧弱であるし、また行政能力の面でも、たとえば本土の行政官との人事交流をやるとか、あるいは現地の職員の研修をやるとか、そういう面での行政能力の向上をはかることは、これは私は主体的にやらなければいかぬと思うんです。それをやらずして、対策庁をつくって、そこで優秀な、有能な、能力のある行政官を派遣をして、そうして押しつけ的な行政をやられたんでは、これは沖繩県民はかなわぬと思う。やっぱりそういう面が両々相まって円滑にこれが処理されていくという立場でなければならぬと思うんです。でありますから、そういう意味での行政能力というものは、一体化対策の中ですでに問題点として指摘されているわけでありますから、これは私は、この復帰対策の対策庁ができて復帰のための基本方針ができる段階では、まず受けて立つかまえが琉球政府にあってしかるべきではないかと思うのであります。この点、現地の実情を見てまいりますと、必ずしもそうではないようでございますけれども、一体今日までにそういう意味での人事交流を行なわれたのかどうかお尋ねをしておきたいと思うのであります。
#29
○国務大臣(山中貞則君) 具体的な人事でお互いに、こちらの国家公務員になり、こちらの国家公務員が琉球政府の職員になりというケースはないと思いますが、今回お許しを得られますならば――対策庁が可決されました後において、その人事の中で、対策本庁の首脳部にも、現地の琉球政府その他の首脳部の御意向も承りまして、りっぱな人物を登用するつもりでございます。さらにまた、現地の局におきましても、沖繩の琉球政府の中の優秀な人材があれば、それを、交流と申すよりも、むしろ積極的に本土の事務の中に入っていただくということで、人的なつながり、そうして現地の事情をそのまま本土の行政に反映させる、あるいは人的な配置というようなことについて格段の配慮をしてまいりたいと思います。今後の方針は、琉球政府職員を特別に研修をさせるということもまた形の上でおかしなことになると思いますので、先ほど申しましたように、緊密な共同作業的な形をとりながら、お互いが学びお互いが向上する――こちらのほうは現地の事情を学ぶ、そうして現地の方々はいわゆる行政事務というものを学んでいただくという形で進めていくほうがよろしいのではないかと思います。
#30
○達田龍彦君 次にお尋ねをしたいのは、この対策庁の任務と役割りでありますけれども、特に沖繩に関してでありますが、この復帰以前の対策庁の任務と役割りは、この提案説明にもございますけれども、復帰のための対策が基本的に行なわれるようであります。ところが、返還後の対策庁の任務は一体何かということを考えますと、この提案の理由の中では、経済社会の開発向上にあると、こう言われておるのでありますけれども、私はこの「沖繩復帰対策の基本方針」ができる段階では、復帰の準備のことよりも、むしろ経済や社会の開発向上をどうはかっていくかということが、本来、この復帰基本対策の中に大きく盛り込まれなければならぬと思っておるのであります。ところが、今回の提案理由の説明にも出てまいっておりますように、復帰までは復帰準備を重点的に行ない、復帰後になってやっと経済社会全体の開発向上を中心にやっていく、こういうふうになっております。私は、そういう意味で、先ほどから指摘をいたしておりますように、復帰準備というものは一体化対策の中で元来進めておかなければいけないと思っております。そうして、この全体の開発向上というものをこの「復帰対策の基本方針」が出るころに手がけていって初めて復帰後混乱がなく国内と同一の水準が保てる結果になるのではないかと思うのであります。私は、そういう姿が一番望ましい姿であると思います。そういう意味では、復帰は、やおら二十年間のおくれておる状態をひとつ取り戻そうではないかという対策では、非常に不満であります。でありますから、こういう点についていまさらこれは言ってみても、直ちにこれができる段階ではございませんけれども、少なくとも対策庁というのは、復帰前と復帰後と、そういう画然とした区分けをするんではなくて、復帰前においても、経済社会の開発向上のための対策庁としての役割りというものを十分配慮をしながら私は運営をしなければならぬのではないかと思うんでありますけれども、そういう意味で、今後の対策庁の任務と役割りというものをそういう方向で意欲的に私は運営しなければならぬし、また、具体化計画もそういう形でつくらなければならぬと思うんでありますけれども、どうでございますか。
#31
○国務大臣(山中貞則君) 対策庁はあくまでも役所の機構でございますから、そこで経済社会的な大きな問題などを役所だけでやることは、とても無理でございます。でありますから、その作業等については進めさせますけれども、最終的には責任者である所管大臣の私というものが、政府の中の、機構の中の一人として関係閣僚等と協議の上、対策協議の場へ持ち込みながら、その問題については前進を絶え間なく続けなければなりませんし、返還協定等が締結をされて国会に御承認をいただくわけでございますが、それらの問題等について一つのけじめとして、だんだんに具体化していくつもりでございます。
#32
○達田龍彦君 ただ、提案理由に、返還後の対策庁の任務というのは、そういう意味で、返還後も対策庁を置いて、重点的に経済社会の開発向上を重点にしていくんだということを言っておるのであります。だから、そういう面で対策庁というのはそういう役割りを持っていくと思うのでありますけれども、その点ひとつ、対策庁が今後残って復帰後も存続するわけでありますから、そういう点はひとつ十分配慮をしながら処置を願いたいと思うんであります。
 それからもう一つは、沖繩県という県の機構をこれまたつくっていかなければならぬわけでありますけれども、琉球政府があるわけでありますけれども、これと対策庁との関係は一体どういう関係に立つのか、その点御説明いただきたいと思います。
#33
○国務大臣(山中貞則君) いまの段階では、はっきり申し上げて、復帰後対策庁を存置する、あるいは対策庁の形で存置するのか、あるいは積極的に、北海道開発庁のごとく専任大臣を置いて沖繩の人々に対して安心していただくような機構にするのか、ここらのところはいまのところまだきまっておりません。でありますから、「復帰に関し」ということだけにしておるわけでございますけれども、もちろん機構によって異なりますので、もし北海道開発庁みたいなものであれば、沖繩対策庁という専任大臣がありまして、そのもとに――もとというのも語弊を生むかもしれませんが――現在の北海道開発庁長官と北海道知事というような関係に置かれまして、国の援助が特別にその地域に行なわれる重点施策としての施政を沖繩開発庁というものが背負うことになるかと思いますが、いまの段階では、まだ関係各省庁が、沖繩をそのような形で独立させるのか、あるいは総理府の中で機構が残ってなおやっていくのか、そのときには総理府の中で沖繩だけの機構がさらに独立をするのか、これらの点についてのまだ今回の沖繩・北方対策庁に関する予算の設定の段階では決定いたしておりませんし、また、決定いたしていなくても、この問題だけは先にやっておかなければならないと考えまして、これらの議論はあとに残してあるわけでございます。
#34
○達田龍彦君 これは、いま長官の説明で私は非常に疑問を持ってきたんでありますけれども、とりあえず、対策庁というのは今度設置法という形で立法されるわけですね。これは復帰準備までの間であって、復帰後の問題については、対策庁をどうするかということは今回の提案の中では考えてないという御説明のように私は受け取ったのでありますけれども、そうであるならば、これは臨時立法の形を私はとればいいと思う。これを単独立法の形で出されて、そして、暫定法ではなくて、長期にわたってこの法律でもってやっていこうというわけでありますから、その意味では、対策庁というのは、復帰の準備のためだけではなくて、復帰後も、北海道開発庁と同様に、沖繩の開発向上のためにこの役所を位置づけ、役割りを果たさせようというのがねらいではないかと思うんですが、どうですか、その点は。
#35
○国務大臣(山中貞則君) その点は、復帰までの期間であって、復帰後はそれを打ち切るのだとも書いてございません。はっきりと復帰後も存置するとも書いてございません。「復帰に関し」と書いてございまして、でありますから、復帰に関してこの対策庁を発足せしめるわけですけれども、復帰の時点においてそれをどのような機構で存続せしめるのかという議論は、現在の段階においてはまだ詰まっていないということを申し上げているわけでございまして、ですから、復帰したということでこれはやめるんだということはどこにも書いていないつもりでございます。やめることはもちろんできないと思いますし、特殊な環境に対して特殊な行政形態が必要でありますから、どのような形で存置するかも含めて、このままで残したほうがいいのかもしれませんし、これらは今後の問題でございます。
#36
○達田龍彦君 これは非常に私は問題があると思うんであります。この法案の法形式は、いま長官がおっしゃるような趣旨であれば、これは何も単独法をつくってやる必要はないんではないか、むしろ総理府設置法の一部改正という形でやられていいんではないかと私は思うんですよ。臨時的なものであり、また、将来の見通しがないものを、単独立法で永久にこれを存置するというような法形式をとる必要は私はないんではないかと思う。あなた方のほうで今回提案されているのが単独立法の形をとられているということは、復帰後もこれがやはり単独の形で機能を果たすという前提で出されなければ法形式としては非常におかしいと思う。法形式では、将来にわたって、ある意味では、永久にこれを長く続けたいという形式をとりながら、その内容においては、復帰後どうするかまだかいもくわからないというのはきわめて私は不見識だと思うんですが、どうですか、その点。
#37
○国務大臣(山中貞則君) 不見識ではありませんで、「臨時」ということばをつけたほうがいいという議論は確かにありました。この実体から考えて、あるいは総理府設置法の一部改正ということもできないことではありません。しかし、後者のほうは、沖繩の人々が、すみやかにわれわれの復帰までの不安を解消してくれいということを切望して、各界各層、与野党ともに言っておられますことにこたえる姿勢としてはやや消極的な姿勢に過ぎるのではないか。かといって、これを復帰までの臨時の対策庁であるといって、復帰したあとこれをどういうものにするのだということを明定しないでは、これまた不安が重なることになります。でありますから、幸い、復帰までにまだ相当時間がございますので、復帰される間の経過中において、復期後はこういう行政機構をつくりますということがはっきりと言えるようなものにもちろんしたいと思いますが、さしあたりは単独立法の姿勢を明確にして、しかも、これは決して復帰までの間だけめんどうを見るのではありませんということを感触としてあらわしながら、いずれその形はいま少し論議をいたしましてきめましょうということにしておるつもりでございます。気持ちはそうでございますが、あるいは法律上議論のあるところは、この法律をつくります過程においてもいろいろの議論がありましたことは私も否定できないところでございます。
#38
○達田龍彦君 まあ、説明の中ではそういう気持ちがかなり出ておるのでありますけれども、これは長官の気持ちでありまして、対策庁をさらに復帰後もそのまま存続きせるということは、政府の方針として、この法律を提案される前提として、そういうことがきちんときめられて出すべきではないか。内部でのいろいろの御論議があったことは私もわかるのでありますけれども、法律を出される前提として、復帰後どうなるかということが基本的にきまらないで、感触として、あるいは気持ちとしてそうしなければならないのではないかというあいまいな姿で出されることは、私は法律を成立させる前提としてはよろしくないのではないかと思うのであります。また、そういうあいまいなものを法律の形式として単独法の形式をとり、しかも、臨時的な性格のものではないという形式をとりながら、場合によっては臨時的なこともあり得るというような前提でこの法律を私は通すわけにいかぬと思うのであります。私は、国会に参画をし、その法律を審議するたてまえから、国会議員としては当然だと思うのであります。でありますから、その点は明確にして、明確な前提でない限り私はこの法律を審議するわけにはまいらぬのではないかと思うのです。そうでしょう、長官。どうですか、その点は。
#39
○国務大臣(山中貞則君) こういうふうに言いましょう。(笑声)この法律の形そのままでいけば、これは廃止する時点も何も書いてありませんし、「復帰に関し」と書いてあるのですから、当然残りますということです。しかし、沖繩・北方対策庁の形のままで行っていいのかどうか、もう少し考えなければならない。機構というものをその間にあらためてつくらなければ、考えを前進させなければならないのではないかという、むしろ前進した背景があるわけです。ただ、それを、大体二年後においては沖繩開発庁というものをつくるのだという合意をことしの予算編成のどさくさの中で得ておくべきである、法律にもそのことを明記すべきであると言われますと、この点は、それまでの議論が、関係各省があまりにも多うございますから、むしろ関係しない省は一体どこだと私はさがしたんですが、関係閣僚協で、北海道開発庁ぐらいのものでございます。ところが、それも大臣が科学技術を兼任しておられますので、結局は全閣僚がやはり並んでいただくことになったわけでございますから、それを、いますぐ二年後にはこういう機構をつくるということを法律の中に書くことはできなかったということでございました。
 こう言いましょうと言ったら笑われたんですが、実際はこの法律そのものはそのまま続くことになっておるということでございます。
#40
○達田龍彦君 何か少しわかったような、わからないような気がしているのですが、ではなぜ今回「開発庁」にできなかったのですか、その辺事情を説明してください。
#41
○国務大臣(山中貞則君) それは現在の施政権下の領域内にある沖繩について、こちらのほうで開発庁というものを設けて、専任大臣が一切の行政の責任を負うということが実質上むずかしかろうということと、北方領土という問題は全国民的な世論の形成に今後つとめなければなりませんが、少なくとも、やはりいまだ返ってこない領土という重みにおいては南北ひとしきものがあろうと考えますので、どうしても今回は北方も一緒に含めて、これも議論がありましたけれども、対策庁として出発をしたということでございます。これを、北方を切り離して沖繩だけを何か機構を考えました場合に、おそらく北方は、その現実の事情から考えて、現在の対策庁的なレベルの高いものの中に、北方だけでもって持ち上げることは不可能であったと私は考えます。その意味で、編成の過程における与党との議論の中でも、分離論もございましたけれども、終始一貫、国の政治の姿勢の問題として、返ってこない領土という問題において同じであるということで、沖繩・北方対策庁に持ち込んだということでございます。
#42
○達田龍彦君 なるほど、そこで、私はこれも議論のあるところだと思うのでありますけれども、この今回の設置法の中に北方を入れるということについて、いいのか悪いのかというのは確かに私は議論のあるところだと思います。内容的にも具体的にも、また基本的な政府の姿勢の問題としても、あるいは国際的な関係においても、沖繩の問題と北方の問題は、その復帰をしなければならぬということは基本的に一致をしておりましても、そういう面では相当異質のものがあるわけですね。それを一つの対策庁でやっていく形の中に、問題が一つ私はあると思うのであります。いまお話しの中でも、北方領土の問題の比重から、沖繩復帰の対策の中にある程度すっきりしないような結果が出てきているような印象を受けるのであります。これはむしろ、沖繩復帰の問題を中心にして対策庁をつくりそうして開発を進めていくということになれば、もう少し今回の法律の提案のしかたも私は変わってくるだろうし、沖繩の開発についても、ある意味では一歩前進する措置がとられたんではないかという気もいたすのであります。でありますから、私は、そういう意味で、将来のこの対策庁というものが、北方領土との関係において、将来進める過程で、北方領土が重荷になって問題が解決をしないということになっては、沖繩県民にとっては迷惑だし、また、行政のあり方としても、私は問題があると思うのであります。でありますから、この際、今回法律を提案する背景としていま政府部内でそういう議論があったとするならば、復帰後において開発庁をつくるというときにも同じような議論が私は出てくると思うのであります。でありますから、むしろこの際、法律を提案するときに議論をもう少し煮詰めて、そうして、基本的には、やはり復帰後と復帰前の状態というものについて、この際、政府は一つの考え方を明確にしておくべきではないか。復帰してしまってからひとつ開発庁にしようではないかという論議を長官されてみても、今回行なわれたと同じような論議はまたされて、結果として、復帰してしまったんですから、あとはひとつ沖繩県にまかしてやっちゃえというような空気になりがちではないかという気もいたすのであります。でありますから、私は、この際に、復帰後の対策としては明らかに開発庁としてこれを発足させる、改編強化するということを政府の意思として明確にして、そうして国会の中で約束をしていただきたいと思うのでありますが、どうですか。
#43
○国務大臣(山中貞則君) ことしの予算を編成いたしますときに、私の部屋に北海道の方々が、衆参両院、与党、野党皆さんおいでになりまして、沖繩対策庁をつくる場合に北方を一緒にしてほしいという強い要請がございました。私は、北海道の選出国会議員の方々だけが私のところへ北方対策庁というものを一緒にしてほしいと陳情される、あるいは要望ざれるお姿というものを私たち国民は無視してはならない、それは間違っておる、やはりこれは全国民的な背景のもとに北方というものを取り組む姿勢を持つべきものである、それを、北海道の選出議員の方々のみが一生懸命であるということは、まことに私としては申しわけないことだと考えました。でありますので、沖繩対策庁出発にあたっては絶対に北方も一緒にして出発をしたい、これが国のいまだ返らざる領土に対する基本的な姿勢の機構に対するあらわれである、これは切り離すことはできない、こういうふうに考えました。切り離すことが是であったと、かりにそうといたしますと、「沖繩対策庁」が設けられることになるはずであります。そうすると、そのとき、北方領土問題について北方対策庁がいま一つ同じような次官クラスの長官を当てるような機構がはたして可能であろうかと考えますと、私はたいへんそこにむずかしいものがあることを考えます。でありますので、実際の中身のウエートはずいぶん違いますし、事柄も違います。性格を著しく異にいたしますが、この際は、国の政治の姿勢として、ことに対外的な姿勢の問題として、沖繩と北方というものは日本政府としては一体のもの、いわゆる日本のいまだ回復しない領土という立場でとらえているのだという姿勢をあらわすべきだと考えて踏み切った次第でございます。
  〔委員長退席、理事山本茂一郎君着席〕
#44
○達田龍彦君 私は北方問題を軽く取り扱えという意味ではないのであります。これも十分に取り上げていかなければならぬと思います。しかし、今日内外の状態を見てみるときに、あるいは沖繩問題と北方領土の問題を比較してみるときに、明らかに次元が違うのでございますから、この次元の違うものを一つの機構の中でとらえていくということは、明らかにこれは政治的な配慮であって、具体的な行政のあり方としては、私は問題を残すやり方ではないかと思うのであります。むしろ北方の問題については、復帰した後における開発というものは沖繩の比ではないと思うのです、人口その他の問題から考えても。現に北海道は北海道の開発庁があるわけでありますから、将来の北方問題を北海道の開発の中にどう含めるかということは、機構の中で私は運営できる要素を持っているし、そういう形での論議もできると思うのです。私自身もそれに対する結論持っておりませんけれども、そうなってまいりますと、沖繩の復帰ということは、次元も違うし、また、国際的に置かれておる立場も違うのであります。基地の町沖繩をどう平和的に開発していくかという意味においては、相当私は違った意味を持っていると思うのであります。でありますから、そういう意味では、この際は、まだ法律のたてまえとしてはこういう形で出ておりますけれども、将来の方向としては、復帰後は必ず開発庁として沖繩の開発のための役割りを、この法律を改正するのかどうか形式は別にいたしましても、考え方としては、開発庁として沖繩の問題を考えていく、こういう姿勢をこの際大臣のほうから明確に示していただきたいと思うのでありますが、どうですか。
#45
○国務大臣(山中貞則君) 沖繩・北方対策庁は政治的な処理方式であると言われることは全くそのとおりでございます。政治的な配慮をもって北方対策庁を加えたわけでございます。北方について、全く感触、内容、性格を異にすることは、私どももただいま答弁したとおりでございますから、沖繩が返ってまいりますときに、おそらく昭和四十七年度予算において沖繩対策庁なり何なりの機構が生まれるものと思いますけれども、その際において北方問題は新たに問題が提起されることは間違いのないことであろうと考えます。
#46
○達田龍彦君 まあ、時間も経過をいたしましたし、あと一、二点御質問をして終わりたいと思います。
 まだかなり問題点を持っておるのでありますけれども、一、二点にとどめたいと思いますが、その一つは、旧沖繩県の国有、県有あるいは町村有の土地ですね、それから財産、これはいまだれがどういう形で管理をし、復帰した場合にこの帰属は一体どういうふうに取り扱われていくのか、この点をお尋ねをしておきたいと思います。
#47
○国務大臣(山中貞則君) 旧国有、県有財産につきましては、いずれも米国民政府の管理に移りまして、実際はそれをさらに琉球政府の管理にゆだねておるわけでございます。先週の閣議で決定をいたしました、旧沖繩県並びに沖繩の地方公共団体が持っておりました本土における疎開寮ですか、そういうもの等の土地、あるいは本土において持っておりました証券その他の資産というものは、総計約一億弱、閣議決定において、これからの資産運用を全部琉球政府にゆだねるという決定をすでにいたしまして、そのとおりにいたすつもりでございますが、なお、これらの点につきましては、その使用料の徴収その他について、米側との間に明確ならざる点もこれあり、琉球政府と連絡をとりながら急速にその実態の把握をまずやろうということで進めておるところでございまして、琉球政府の手にもちょっと負えないような感じがしておるところでございます。
 返ってまいりましたならば、当然これはもとの県有、町村有に返るべき性格のものであり、国有のものにつきましては、やはり現地側においてこれから相談をいたしまして、旧国有地――主として九〇%国有林でございますが――これらのものが現地側の人々に有利にしかも有効に、将来に向かって利用され得る計画がありますならば、これは関係省と連絡をとりながら、直ちに全面積を国有にすることなく、事前に琉球側の希望に沿い得る敷地等の面積につきましては、優先、これを県有地ないし県の主張する方向に利用していただくということで、旧既得権としての国有財産については弾力的な配慮を持って臨みたい、最終的にはもちろん国有財産も残るわけでございます。
#48
○達田龍彦君 それですね、この軍事基地として使われている国有地、県有地、町村有地がございますね、これはやはり国内の取り扱いと同一になのですか。民有地も、これは私は場合によっては含まれているのではないかと思うのですが、これらの取り扱いは一体どうなるのか。また、軍事基地は、復帰後も国内と同一の安保条約の規制の中で取り扱われていくという解釈に立つべきだと思われるのでありますけれども、その点、現在アメリカとの話し合いがすでに進められているのかどらか、合意に達しているのかどうか、その点、どうですか。
#49
○国務大臣(山中貞則君) その点が大きな問題の一つでございまして、琉球政府自体もそこらのところを、厳密に言うと、把握しかねている環境にございますので、防衛施設庁を中心にいたしまして、米側との間に現在のところ友好的な立ち入り調査その他を認めてくれておりますので、具体的な権利関係その他も含めて明らかになっていくことと思いますが、返ってまいりましたならば、当然地位協定等の範囲の中における必要なもの等について本土と同じような措置がとられる。すなわち、財政的にも交付金等の対象にも当然なっていくということになろうかと考えます。
#50
○達田龍彦君 この基地の関係ですがね。国有地、県有地の場合は一応別にいたしましても、民有地の場合の取り扱いはどういうふうになるのですか。これはまあ占領下の中で民有地がかってに軍事基地として使われているわけですね。ところが、復帰をしてまいりますと、わが国の固有の領土の中に軍事基地というものが存在をしてまいるわけでありますけれども、そういう場合に、安保条約によって国内と同一の取り扱いをするといった場合のいろいろこれは法律上の問題が出てまいると思うのでありますけれども、そういう点は一体どういう立場に立っておられるのか、それから、アメリカとの関係においてそういう問題の交渉がすでに外務省あたりでやられているのかどうか、明確にしてもらいたいと思うのです。これは現地では非常に不安もあるところでございまして、将来どうなるんだということなんでございますから、ぜひこの際明確にしてもらいたいと思うのであります。
#51
○国務大臣(山中貞則君) 外務省のほうからも説明をいたしてもよろしいのでございますが、そこらのところがたいへん重要な問題でございますので、民有地につきましては、現在琉球政府がその地主との間に当事者となりまして、金の支払い条件その他についても琉球政府がアメリカにかわってやっている唯一のケースでございますが、そういう形にされておりますから、昭和三十一年ごろの軍用地一括払い論争等のあとにおきましては、比較的権利義務関係が明確でございます。日本軍の時代も含めまして、軍用地等の強制収用その他を含めてあいまいなものがまだ残っておりますので、これらの点は早急に詰めまして、権利義務関係を明確にするとともに、その権利のもとになる土地の形態等が、ある場合においては、海になっているところなんかもありますし、そういう場合においては、これはもうやはりいままでどおり毎年金を払うという形から、どうしても形状がもとに復し得ないものでありますから、これはもう一括して買い上げるというような形も相当出てくるのではないかと思っておりますが、いずれにしても実態把握が先決であると考えまして、いま行政事務と相談を、依頼をいたしながら、調査を具体的に進めているところでございます。
#52
○説明員(大河原良雄君) 先ほど来、総務長官から御答弁ございましたように、沖繩にあります米軍の基地の関係につきましては、事実調査がまず必要という考え方に基づきまして、米側との協力のもとに事実調査を進めてまいっておりますし、先般は沖繩の地主組合連合会の方々が上京いたしまして、防衛施設庁に対しまして、現地の実情を種々説明し、また陳情があったように承知いたしております。米側との関係につきましては、いまのような状況でございまして、まず事実関係の把握ということに重点を置いておりますけれども、いずれ返還交渉の過程におきまして、この問題の処理について具体的な話し合いを進める、こういう必要をお互いに認識いたしております。
#53
○達田龍彦君 これは、外務大臣いらっしゃいませんが、私は、これは日米協議委員会で協議される内容でも重要な内容だと思うんですね。その場合に、いまのような答弁では私は非常に不満です。これは日本に返還をされる沖繩に対する基本的な姿勢として、国有地にしても県有地にしても町村有地にしても、とりわけ民有地については、この際返還と同時に民有地は全部個人に返せという基本的な姿勢で政府がアメリカと交渉すべきであると考えるんであります。占領下を解除されるわけでありますから、そういう姿勢で私は政府はアメリカにもの申すべきではないかと思うのであります。いま言われたように、ただ、今日の状態では実態把握をまずしなければならぬという、それはもちろん必要でありましょう。しかし、少なくとも、今日までの状態で実態の把握がすでに済み、そのあり方をどうするかという基本的な交渉がもうすでに進められなければならぬ問題ではないかと思うんです。しかも、その進められる基本的な方向としては、方針としては、とりわけ民有地について所有者にこれは直ちに返還後は返すべきである、こういう姿勢で政府は私は交渉してしかるべきだと思うんでありますけれども、そういう姿勢をお持ちであるのかどうか、これは、いまおいでなのは参事官だけですか、あなたの立場としていいのか悪いのか、これは、もし悪ければ、また責任のある方々を呼んでお尋ねをしたいと思うのですが、どうですか。
  〔理事山本茂一郎君退席、委員長着席〕
#54
○説明員(大河原良雄君) 沖繩復帰後には、先ほど長官が御答弁いたしておりますように、安保条約並びに地位協定が本土の場合と同様に沖繩にも適用になるわけでございますけれども、政府といたしましては、日米安保条約の目的に照らして必要な基地は、施設・区域として地位協定に基づいて米側に提供いたしますとともに、不要不急の基地はこれを整理統合するという、本土におけると同じ考え方のもとにこの問題に取り組んでいく考えでございます。
#55
○達田龍彦君 まあ、いまの答弁は非常に大ざっぱな答弁で、私の回答にはなっていないのでありますけれども、私は、いま申し上げたような考えでひとつ日本政府としても、とりわけ外務省は御検討をいただいて、そして、そういう方向で問題が解決するように、しかも、いま沖繩の人々は、その意味で非常に不満を持っているわけでありますから、日本政府の今後の軍事基地に対する基本的な姿勢というものは、県民に与える影響も非常に大きいのでありますから、ひとつ、なるほど日本政府は沖繩県民のことを考えて交渉に当たっておるというように理解できるような姿勢を堅持して交渉に当たってもらいたいと思うのであります。
 時間もございませんので、あと一点質問をして私は終わりたいと思うのでありますけれども、北方問題については私は触れませんけれども、もう一つ私は重要だと思うのは、沖繩県が発足をしました場合に対策庁の関係が問題になるのでありますけれども、まあまだ、大臣のお話では、開発庁とするのかそのまま対策庁として残すのか、できれば開発庁として新たな観点で発足をしていきたいという御意向のようでありますけれども、沖繩県が対策庁との関係というものをどういうふうに関連づけていくかというのが一つあると思うのです。これは沖繩だから特殊に開発庁か対策庁か残るわけでありますけれども、その場合の沖繩県との関係というものをどういうふうに調整していくのか、何か、対策庁ないしは開発庁として残ることは沖繩の開発を促進するために必要なようでもあるけれども、結果として、日本政府の中央官庁が沖繩全体をコントロールするための機構として役割りを果たす面をも、私は一つの側面として持つのではないかと思うのであります。むしろ、沖繩というものが、いま御承知のとおり、軍事基地をかかえて非常に革新的な長がおり、その動向というものがこの日米の関係にも大きく影響をするし、沖繩の軍事的な役割りから考えてもたいへん重要な問題をかかえているだけに、私は、ある意味では、その対策庁の役割りというものが違った方向で沖繩県をコントロールする側面を重点に持っていかれるような気もいたすのであります。これはひとり私だけの懸念することではなくて、沖繩県民の中にもそういう気持ちが十分にあるのであります。したがって、こういう点について、純然たる行政機能として、連絡を密にしながら、経済あるいは社会の向上発展をはかるということだけならいいけれども、そのことを通じて、いま申し上げたように、沖繩県民の意思を、ある意味では中央官庁のコントロールによって規制あるいは統制をしていくような運営になることを非常に私は懸念するわけでありまして、そういう点の問題について政府内において論議がされておるのかどうか、それから、そういう点について全く懸念がないという行政機構であるのかどうか、私どもまだその点の研究が不足をいたしておりますけれども、そういう点について政府で今日まで議論があっているのかどうか、お尋ねをしておきたいと思うのであります。
#56
○国務大臣(山中貞則君) 沖繩の人たちの期待されないものはつくりたくございませんし、つくる意思もありません。沖繩の人たちが、復帰の時点以後対策庁も要らない、開発庁も要らないとおっしゃるならば、それはつくるべきではないと考えます。その際には、奄美大島が前期十年の復興計画、後期十年の振興計画、計二十年の離島振興法よりさらに上積みされた高率補助の予算計画をもって今日までまいっておりますから、おそらくそういうことにしかならないのであろうと考えますが、現地の人々が、おれたちを開発庁なり対策庁で押えつけるつもりか、そんなものは反対だとおっしゃるなら、われわれ、現在の政府内において沖繩の人々の欲しないものを押しつけるという者はおりませんから、当然そういうものはつくらないということになります。
#57
○小林武君 この法案の二ページの第三条の「北方領土問題その他北方地域に関する諸問題の解決の促進を図る」と、こう書いてありますが、「北方領土問題その他北方地域」に関すると、こういった場合に、「北方領土問題その他北方地域」というのは、ちょっとここのところ、読み取るのにはっきりしないんですが、この点はどうですか。
#58
○国務大臣(山中貞則君) 「北方領土問題」は、文字どおり、少なくとも最低、国後、択捉以南の諸島については、いかなる歴史上の立場からも、文献からも、日本民族以外に居住していたことの立証のない地域でありますから、「固有の領土」という概念でおりますので、その他の、まだ帰属のはっきりしない放棄された地域と区分されまして、それらの地域に対する北方領土の日本への帰属の問題を表明しておるわけでございます。しかしながら、これは対策庁自体が独立してこれを解決できることの不可能であることはもちろんのことでありますが、そういうことに関する事務をつかさどるわけでございまして、その他の問題は、旧それらの領域の地域に住んでおられました方々の、いろんな福利厚生あるいは金融措置その他について、北方協会、北方領土問題対策協会等を通じて行なわれる諸種の援護対策の内容を表明しておるものでございます。
#59
○小林武君 ちょっといまのところ、まだはっきりしないんですが、こういうことですか、「北方領土問題」と言った場合にはこれは「その他北方地域(政令に定める地域)」は、政令に定められた地域が「北方」で「その他北方地域」と、こういうことになりますね。そうすると、それは「固有の領土」という意味、そういうことですか。そうすると、上の「北方問題」というのは、そういう固有の領土に関する諸問題、そういうことですか、この場合。
#60
○国務大臣(山中貞則君) 固有の領土に関する問題を一応北方領土問題と考えており、「その他の地域」については、これは国際法上明らかに帰属が定められたものと断定しがたい地域と、私ども、日本としては考えておりますが、事実上は厳然としてソ連の支配するところでございますので、実際上は、やはり帰属の明確でない地域は含んでいくことはむずかしかろうと考えている次第でございます。
#61
○小林武君 何だかここはどうもすっきりしないんですけれども、そうすると、具体的に言いますと、いわゆる成田・佐藤論戦まで行かないけれども、成田質問に対する総理の答弁の中で、かなり激しい感情的なやりとりだと、私どもは、やりとりというよりも、答弁があったと、こう見ているんですが、その際、やはり考え方に二つの問題があると思いますね。千島という――総括して戦前にわれわれが「千島」と言ったそういう領土の問題を質問して、そうしてこれに対して、いま言ういわゆる固有の領土と称する領土のことを佐藤総理が答弁した。この食い違いが、成田委員長に対して、歴史を知らないにもほどがあると、こういうお答えがあった。これは単なる笑い話ではなくて、北方問題を議論する場合にはなかなか重要な問題だと思うのであります。そういう意味でお尋ねしているのですが、私が読んだときにちょっと、「北方領土問題」というのと、「その他北方地域(政令に定める地域)」というものは違うことなのかなと、こう考えたものですから質問したわけです。これについて外務省のほうの見解をちょっと。あるいは特連局長でもけっこうですから。
#62
○政府委員(山野幸吉君) これはいま総務長官から御答弁ございましたように、「北方領土問題」は、わが国固有の領土の返還問題をさしておりますし、それから、「その他北方地域に関する諸問題」という場合の「北方地域」につきましては、「北方地域に関する諸問題」というのは、主として、これも長篇の答弁にありましたように、内政の問題でございますが、その場合の「北方地域」は、現在総理府設置法三条に基づきまして範囲を定めております。それは、「北方地域は、歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島及び内閣総理大臣が定めるその他の北方の地域とする。」と、こうなっておりますが、これは、この当時――昭和三十四年の当時出た政令でございますが、まあ、諸般の国際情勢等を考慮した上、その他内閣総理大臣が定める地域と、こういうものが入ったわけでございますが、現実には、この固有の領土四島そのものでございますし、また、そういう地域を指定する意思も現在政府にないわけでございます。
#63
○小林武君 そうすると、固有の領土でなかったと思われるものは、それよりか北の島々、それから樺太の問題も入るわけですけれども、その間における旧帝政ロシアと日本との関係における問題等を考えますと、その点についてはどんな見解を持っていらっしゃるのか。
#64
○政府委員(山野幸吉君) 私どもがこの法律の対象に「北方領土問題」あるいは「北方地域」と申しますのは、あくまでわが国の歯舞、色丹、国後、択捉――北方の固有の領土、それ以外の平和条約等で権利、権原を放棄した地域は含んでおりません。
#65
○小林武君 これは外務省のほうにお尋ねするのですが、国際法上、「放棄」というのはどういうことになりますか。いわゆる「領域の変更」ということに対して「放棄」というのはどういうことですか。
#66
○政府委員(有田圭輔君) 平和条約二条(C)ですか、この北方地域について、樺太それからキューライルについて放棄するという趣旨は、その部分について一切の権利、権原を放棄するという意味であります。ですから、権利、権原があるということをその後の時点において主張しないという趣旨であります。
#67
○小林武君 これは放棄したところは少なくともどこかに帰属するということになるのだと思うのですね。それはそういう見方もあるし、何か「放棄」ということになれば、それをどっかに投げてしまって、だれにも帰属しないところの土地のようにも理解できるが、普通、国際法上の「領域の変更」という場合には、そういうことがちょっとあまり常識的な議論の中にはないと思うのだが、これはどうですか。
#68
○政府委員(有田圭輔君) ただいま日本に対する関係で申しますと、日本側から見ますと、権利、権原を一切放棄するというかっこうになっておりますが、サンフランシスコ平和条約は多数国間の条約でございまして、その帰属をどう定めるかはその他の関係国が決定し得る問題であると、このように考えております。
#69
○小林武君 日本の場合で言えば、放棄ということは、これはもう一切、今後これについて返還を求めるとか、わが領土であったから国民の要望があれば返るものだとかいうような希望を持たないということになりますか、放棄の場合。
#70
○政府委員(有田圭輔君) サンフランシスコ平和条約を署名した時点におきまして、日本側としては樺太それからいわゆる、キューライルについては権利、権原を放棄して、その後において何らの主張も行なわないと、このように決定し、また約束しておる次第でございます。
#71
○小林武君 そうすると、今後北方領土というものに関して国民の世論を固めるという場合には、いわゆる政府の言う「固有の領土」以外のところについてはいまの政府は発言しないと、こういうふうに理解してよろしいですね。
#72
○政府委員(有田圭輔君) お答えいたします。政府の統一見解は、固有の領土は国後、択捉、歯舞、色丹であると、で、歯舞、色丹については日ソ共同宣言において一応の言及がございますが、国後、択捉についてはいまだ対ソ折衝中でございまして、これらの地域をわれわれとしてはソ連に対して返還を要求していく、このように考えております。
#73
○小林武君 あのね、聞いているのは、放棄したものについては返還を求めるということはないのですねと、こう聞いているのです。
#74
○政府委員(有田圭輔君) そのように考えておりません。
#75
○小林武君 考えていないというのはどういうことかね。放棄したと、そうでしょう、条約で放棄したでしょう。私はわからぬから聞いているのですよ。わからないから聞いている。われわれが、まあ、とにかくしろうと目で、「領域の変更」ということを国際法上やった場合にはいろんな方法がある。幾つかの方法がある。しかし、放棄ということになるとどういうことになるのだろう。放棄というのは投げ捨てることですからね。投げ捨てたものに対して、一体、それを講和条約の中で決定した、調印した、批准したということになった場合に、少なくとも国際的な慣例からいって、そのことに再び返してくれということを言えますかどうかということを聞いている。あなたいま、言えますというようなことを言っているのだが、どうですか。
#76
○政府委員(有田圭輔君) ただいまことばが足りませんで注意されましたが、それは返還を求めない、そのようなことはできないということでございます。日本側としてはサンフランシスコ平和条約で権利、権原を放棄しておりますので、それをまたあらためて取り戻すというような発言はできないということでございます。
#77
○小林武君 そうしますというと、「固有の領土」というのはこれはどういう意味でしょう。固有の領土からはずれた地域というものは、これは日本が発言権がないという立場で放棄したのだと思うけれども、その見解はどうですか。
#78
○政府委員(有田圭輔君) 「固有の領土」と申しますのは、特に法律的な定義はないかと思いますが、われわれの申しております「固有の領土」というのは、あらゆる時点において外国の支配下になかった、常に日本の支配下にあった地域と、こういう意味で申しております。したがいまして、よく言われます一八五五年の日魯通好条約におきましても、これはロシアと日本側との間の千島の境界線を定めた条約でありますが、得撫島以北の十八島ということを千島の区域、キューライルの区域として申しております。また、それに至る歴史的な過程におきましても、ロシア側の支配はこの地域には及んでおりませんでしたが、得撫までは帝政ロシアの支配下にあった。こういう意味で、いかなる観点からも常に日本側の支配下にあった。このような意味で「固有の領土」、このように理解しております。
#79
○小林武君 私は北海道の人間ですから、多少それについては見解も持っているわけですけれども、あなたのおっしゃることだというと、カムチャッカのほうから十八の島というのは、元来日本が持っていない島である、それは旧帝政ロシアがそれを占有していたものだ、彼らの領土であるという見解に立っていまの条約をあげられたわけですか。歴史的にそういう証明がどういうふうにつくわけですか。少なくとも十七世紀の間にかなり両方の間でその問題についてやり合っていますわね。
#80
○政府委員(有田圭輔君) 私どもの理解しているところでは、幕府当時におきましても、ロシアの東方経営、また千島からの南下と、いろいろ接触がありましたようでございますが、しかし、国後、択捉それから得撫、その辺までが接点でございまして、いろいろ交渉はありましたようでございますが、しかし、常にこの国後、択捉に至るところまでは日本側の勢力圏として確保しておりまして、ロシア側の確立した権力が及んだというようなことはなかったように理解しております。
#81
○小林武君 まあ、そのことについては歴史的なことで、いろいろ議論する必要もないことですから、まあやめますけれどもね。その条約はわれわれもよく知っているのですよ。そこで、その条約の中に、樺太の南半分というものは、条約の第何条ですか、二条でしたか、ありましたが、ちょっといま記憶しておりませんが、これは雑居地になっておりますね。その場合に、南というのは、それは南樺太というのは雑居地になったが、それは一体その場合は何ですか。それについてはなおその後幕府との間にかなりのやりとりをやっている。外交交渉をやっていますわね。その場合はどういうことになりますか。その条約というものを非常に強くあなたが主張する場合には、その南半分というのはどういうことになりますか。
#82
○政府委員(有田圭輔君) お尋ねがどの点をお尋ねしておるのか、私には必ずしもはっきりいたしませんが、その条約に関する限りは、これはお話しのように、歴史的にいろいろなやりとりがあった結果、その点はどちらの領域とはっきりきめることができないということで、これは混淆の地ということで認めたものと、このように考えております。
#83
○小林武君 日露和親条約の第二条というのがありますわね。そうしてその際の妥協の産物は「日本国と露西亜国との境エトロフ島とウルップ島との間に有べし。」と、そういうことが書いてあって、「カラフト島に至りては日本国と露西亜国との間に於て界を分たず是迄仕来の通たるべし」と、こういう第二条がある。私の考えならば、固有の領土)固有の領土というようなことを、この条約に従って、これは愛知外務大臣も国会の中で答弁されておる。速記録に載っておることですから、私もよく読んでいます。しかし、その場合に、その条約を非常に基準として考える場合には、一体その後半の樺太の問題というのをどう理解するかということが出てくるわけですわね。非常に「固有の領土」ということを強調いたしておりますから、「固有の領土」を強調して放棄するという事態が起こっていくわけですから、その点についてのはっきりした見解というのがなきゃならないと思う。私は、領土というものは、狭かろうがどこにあろうが、重要なものだというととは、これはお互いのどの国にも共通した考え方ですからね。ソ連と中国との間の長い歴史の中における国境問題というものも深刻な問題だということ、こう考えましたときに、放棄という事態はなかなか重大なことだと思う。その放棄を宣言するということについて、あなたたち政府の見解は、日露和親条約というところに一つの基点を置いてものを考えているということになりますから、それで私はいまのような質問をしているんですが、どうも質問の趣旨、わかりませんか。
#84
○政府委員(有田圭輔君) 先ほどからのお尋ねによりましてお答え申し上げておりますが、サンフランシスコ平和条約で、日本国といたしましては、樺太それからいわゆるキューライル・アイランズを放棄しております。これについては権利、権原を放棄して今後それに対しての発言なり、返せということは主張しないということをその時点においてはっきり明言しております。そこで、「固有の領土」と申します場合に、特に私、それが特定の意味を与えられた法律用語とは考えておりませんが、政府が「固有の領土」として御説明申し上げているその意味は、いつの時点においても日本のものであったということからして当然日本に帰属すべきものということで「固有の領土」と申し上げていることでございます。そこで、和親条約も、いわゆるキューライル・アイランズというものはどういう範囲であるかという点につきましてこれは唯一の日ソの間で条約として結ばれ、明らかにされておりますものでございますので、再々これを引用している次第でございますが、その条約によりますと、いわゆるキューライル・アイランズというのは得撫プ島以北の十八島、このようになっております。したがいまして、国後、択捉というのはキューライル・アイランズに入らないわれわれの固有の領土であるという、このように御説明申し上げている次第でございます。樺太につきましては、その当時まだいわゆるソ連と日本の混清の地、日本側から見れば、これも日本の領土というような主張が当時なされ得たかと思いますが、その点については争いがあったことだと思いますが、混淆の地となっております。その後、いわゆる日露の間の戦争によりまして南樺太が日本側に割譲されたというふうにわれわれ考えております。したがいまして、これも一つのそのような歴史的背景がございました結果、私どものただいま申し上げておりますいわゆる「固有の領土」というふうには受け取っておらないわけでございます。
#85
○小林武君 私は、樺太千島交換条約というものによって、これはあれでしょう、樺太はいわゆる雑居地、両方の混淆する場所だということをこの和親条約の第二条にそう認めている。そうでしょう。そういうことを、今度は樺太との交換条約の中で、南のほうまで樺太をロシアが領有するということ、そういう決定があって、千島全体が日本の領有になったと、こういうことでしょう。だから、その際の、両国の固有の領土というものはかなり幅のあるものだと思うんですよ、これは。ロシアの固有の領土とも言えないでしょう、それは。「固有の領土」といった場合には、択捉から、いわゆる政令に言われているような島が固有の領土と断言できないのじゃないですか。そこうはどうですか。
#86
○政府委員(有田圭輔君) 「固有の領土」と申し上げます、つまり、法律的な定義はございません。したがいまして、われわれ政府がいままで「固有の領土」としていろいろ御説明申し上げているその「固有の領土」という趣旨は、先ほど来御説明申し上げましたように、いつの時点においてもその点について――領有について争いのなかった土地と、このような意味で申し上げている次第でございます。歯舞、色丹については、これはいろんな意味から言いましても、北海道の一部というふうに理解されております。国後、択捉についてこれがどういうことかということで、われわれの御説明と、そうしてこの和親条約というものに言及しております次第でございます。樺太につきましては、これは先ほど来先生御指摘のとおり、混淆の地という中間的な地位を与えられて、一つの日ソ間の話し合いと申しますか、論議の種になっておりました地域でございます。これが、交換条約によって、そういう問題点をなくすために交換されて、ステータスがはっきりしたというふうに理解しております。その後、日露間の戦争によりまして樺太が日本側のものになったと、このよな歴史的背景でございます。あくまでも、「固有の領土」というものの字句の説明におきましては、われわれが申し上げておりますような意味で「固有の領土」という字句を使っているというふうに御理解いただきたいと思います。
#87
○小林武君 外務省の見解はわかりました。
 しかし、私は、少なくとも樺太の問題、千島の問題についてはそう平板にものを考えるべきではないというふうにも考えているんですけれども、これについてはあなたの、政府の考え方というものは明らかになりましたから、いずれまたそういうことの論争は将来に起こることでございましょうから、これで打ち切りますが、そこで総務長官にお尋ねしたいんですけれども、北方領土の問題で世論を固めるといいますか、世論がどうも高まらないからというようなところに、北方についての課を置いたとか、北方問題をこの法律の中に取り上げたと、こう言っているわけでありますが、どういうわけでこの世論が高まらないかということについて見解を承りたいと思います。
#88
○国務大臣(山中貞則君) 世論が固まらないという言い方はたしかしてないはずですが、世論が全国民的なものでなければならないはずのものが、人が現実に旧領土に居住していないというせいもありましょうか、その点で、北海道の利害関係と申しますか、それらの島に関係のある方々、これはもちろん自分たちの生涯をかけた、あるいは子々孫々に至る問題でありましょうし、したがって、北海道内の人々も同じ気持ちの合意的な世論があると思いますが、これが全体的に、返ってくる沖繩まで含めた意味においても、早く返ってくるのであろう沖繩の人々も含めて全部の国民が、残された北方領土問題に、全面的に対ソあるいは対国際的な世論を喚起する必要がある。あるいはそういう世論の底辺を広げる必要がある。現在では、どうしてもそういう意味において、沖繩ほどの大きな国民的世論を構成するのに少ない、間があるのではないか、これは私の率直な意見でありますが、そういうことであってはならないのであるという意味を含めておるつもりでございます。
#89
○小林武君 まあ、それだけと、こう考えていますかな。北のほうと南のほうということになると、大体同じようなものだということ、人が住んでいるとか、全部千島の場合は返されましたからね。いわゆる旧千島とわれわれが言っておったところからは全部追い返されたというか、本土に移っちゃった。しかし、それが人間がいないということ、これはやはり一つのそれは原因だとも言えます。しかし、それだけだろうかということですよ。どうして一体沖繩が全国的な、全日本的な問題になったか。これはやはり北方の問題を政府が取り上げる場合には私はもっと深められなければならぬと思うのですが、それだけのことでしょうか。私は、一つにはやはり「固有の領土」というものの考え方、われわれが北方領土をひとつ返還を求めるというときの領域の問題と関係が一つあると思うのです。
#90
○国務大臣(山中貞則君) それも否定できない要素であろうと思いまずし、また、幾ら折衝してみても、公的にも半公的にも接触を持ってみても、がんとしてそのような事実の存在することを認めない国家が相手であるということもありますし、また、しかも、そのような前提の上で、どしどし洋上で逮捕して抑留するというような一方的な強大国家権力の行使が行なわれております。先般のソ連から要人が日本に来られました際、万博の機会に日本側から友好ムードとして抑留者を釈放してくれということを最終的に頼んだところ、よく調べてみるということでしたけれども、それがあれだけの長い抑留期間明確にされていなかったにかかわらず、簡単に返してくれたという意味では、ある意味で、どうもわかりにくい相手であるという感じもいたします。いま言われたような点、あるいは私が特に申しましたような点、いろいろな点であきらめムードのものになってはならない基本的な問題がすなわち領土の問題であるのだということを、私たちは粘り強く、しかも不断の努力をする必要が政府にもある、そういうふうに認識しておる次第でございます。
#91
○小林武君 まあ私は、沖繩の問題が全国民的な問題になったというよりかも、アジア全体の問題になった。アジアの平和という問題、さらには、もっと発展して、核戦争に対する脅威というようなものも、やはり沖繩の問題を中心にして、世界に起こりつつあるということは、これは日米関係から起こる問題である。私は、このことが、少なくとも政府よりか、むしろ沖繩の人たちが本気になってこれについて運動を起こしたということだと思うのです。その重要性をとらえないということは、私は、やはり北方と沖繩の問題を取り上げる場合には、今後北方問題をどう発展展開させるかということの上においても重要なことだと思うのです。
 時間の関係もありますから、ひとつ先に進めますけれども、そういうものの見方をしますというと、前回のときに外務大臣と私とやりとりをやったのですけれども、沖繩を返してもらったということは、たいへんものわかりのいいアメリカが返してくれたと、こういうふうにいまの長官の御答弁だとなるので、私は、そうばかりは言われないのではないかという議論を、質問を外務大臣にした。それはナショナル・プレス・クラブにおけるところの佐藤総理の演説の中には、アメリカと全く同じ国益の立場に立つのだ、アメリカの極東におけるところの果たすべき役割りについては全面的な協力をするのだということの保証、もしこの保証を日本がけった場合においては沖繩は返ってきたでしょうかという質問をしたわけです。これについては、どうもやりとりやっただけでさっぱり私の思うことを答えてくれなかったけれども、私は何も賛成してくれと言うのじゃない。賛成してくれと言うのじゃないけれども、いわゆる今度の共同声明の中に盛られている沖繩問題は四項目か五項目あるけれども、その全般に流れているものは、沖繩を返す条件というものについて日本は保証した、そういう条件の保証があったから沖繩ぱアメリカが安心して返せるという状況になったのだと、こう見ておる。いま北方領土を返す場合においても同じことが言われるのではないかという私の考え方があるわけです。どういう保証をするのか。いわゆるあなたたちの言う北方領土だけを、「固有の領土」だけを返すにしても、返しても安心だというような条件をこれからあなたたちは調査研究するのかどうか知らぬけれども、それらについてどんなお考えを持っているのか、これをお伺いしたい。
#92
○国務大臣(山中貞則君) 私は、外交防衛の分野を除く沖繩の県民の人々の復帰あるいは復帰まで、あるいは復帰後の未来について全力を傾けてもっぱら専守防衛いたしておりますが、しかし沖繩は、サンフランシスコ講和条約でアメリカが信託統治にゆだねるまでの間の立法、司法、行政の全権を行使するということになっているわけですから、信託統治ということから逆に考えると、日本が独立してしまったあとは、独立国家の明確な領土の一部分を信託統治に付することは、国連加盟国になった日本に対しては、ちょっと理論的にも国際法上も、目的としては果たし得ない領土の価値を持ってきたと思います。そういうことで、いま小林さんの言われるような見方も成り立つかもしれません。しかし、それについては私、反論する意思もありませんが、そういう意味では、やはりアメリカとしては国際的な自分の考え方というものを自分は自分なりにそういう環境も静かに考えたせいも私はあろうと思いまするし、また、百万になんなんとする周辺の住民の協力なくして、いかなる強力な――これは強い力の意味の強力でありますが――基地も機能を果たし得ないという現実の前には、私は決してこれを目をつぶることはできないだろうと思うのです。しかし、戦略的な価値と言えば、現在の南千島に原子力潜水艦の太平洋全体をにらむ基地があるのかどうか、そこのところも、住民がいないだけに、軍事基地と住民とのトラブルという問題は判明いたしがたい要素もございますし、もろもろの要素はあったと思います。あるいはそのような見方も成り立つかもしれないと思いますが、この段階では完全な本土並みであって、極東の戦略的なキーストーンとしての核装備等も撤去するのだということであるならば、この際は一応のある意味の最大公約数の上に立ったものであると私としてはすなおに受け取って、もっぱら専守防衛、自分の任務を遂行することに努力したいと考えます。
#93
○小林武君 まあ、大臣の所管のことから言えばそうだと思うのです、国務大臣だからね。またいろいろな点についても考えなきゃならぬはずですし、閣内では統一をされた見解もあると思います。しかし、そのことをいま議論しようとは思いません。ただ私は、何といっても、アメリカに安心を与えるということが沖繩を返したという条件だと思う。その証拠に、どうですか、それはたった二人の議員だというけれども、アメリカの共和党と民主党の議員が日本の軍国主義化というあれを出したり、あるいは上院においては、従来はこの沖繩の返還の問題についてはかからないというようなそういうあれだったが、議会に承認を求めるというような要求が出てきている。その求めるというその理由は、日本への施政権返還に伴うアメリカの不安というようなもの、そういうものが主たる原因であるということはこれは新聞にもそら書いてある。こういうことを考えますと、単なるきれい事の話では国際間の話なんというのは進むわけではないわけですから、私はそういうことを言っているわけです。だから、北方領土の問題についても同様なことを考えない場合には、いかに国論をどうしようと実効のあがる結論というのは出てこないのではないかというのが私の主張です。それに対して政府は一体どういうあれを持っているのか。これは政府の責任です。そこで最後に一つだけ外務省のほうにお伺いいたしますけれども、愛知さんがコスイギン首相との間の北方領土に関する交渉といいますか、話し合いを持ったときに、資料を十分整備して行ったというが、どういう資料を出して説得をはかったのか、あるいは交渉をはかったのか。また、その際に、問題は片づいているということの主張は一体どういう観点からなされたのか。大臣はいないけれども、お答えできるならしてもらいたい。
#94
○政府委員(有田圭輔君) 昨年九月に愛知大臣がモスクワに参りまして、その際コスイギンそれからグロムイコ外相に会いまして、この北方領土問題についてコスイギンに要請をいたしました。その当時愛知大臣からもいろいろ御説明申し上げましたように、先ほど来の御説明の過程で出てまいりましたいろいろな論点も含めてコスイギンに説明したわけであります。ソ連側は、これは直截に、その問題が一連の国際取りきめで解決済みだと、このようには申しませんでした。しかし、この第二次大戦の際にはソ連側としても非常に大きな損害をこうむったと、そこでこの第二次大戦の結果定まったこの国境というものを、一つを動かせばほかに波及するということもあり、この現時点でこの問題に触れるということは適当でないと考えると、このような説明がありました。で、通訳を入れての会談でございますし、時間の制約もございましたし、また、向こう側から、解決済みというようなことで、いろいろな条約その他取りきめを引用するということはなかったものですから、われわれのほうから、われわれの根拠として考える点を説明しただけで、一々のその取りきめについての議論の応酬ということはございませんでした。御承知のように、この日ソ共同宣言を締結するに至ります過程におきまして、われわれとしても平和条約をつくろうということで努力したわけでございます。したがいまして、その当時のソ連側との交渉におきましては、各種の取りきめその他について詳細な議論の応酬がございましたので、ソ連側の立場、あるいは日本側の立場のソ連側の理解というものも双方で十分わかっていると、このように考えております。
#95
○小林武君 その問題については最後に一つだけ確認をいたしますけれども、そうすると、政府といたしましては、将来、いわゆる「固有の領土」と言っているところの返還を求めるというこのことだけにとどまって、千島をも、全体をも返してもらうべきだという、そういう進め方、北方領土の問題の進展のさせ方というのは全然ないと、こう理解してよろしいですね。
#96
○政府委員(有田圭輔君) そのとおりであります。対ソ折衝におきましては、この「固有の領土」ということで、共同宣言に言及されている歯舞、色丹に加え、国後、択捉のこの二島を強力にソ連側に対して返すようにということを今後とも対ソ折衝の過程において進めていくつもりでございます。
#97
○小林武君 文部省にお尋ねいたしますが、なお、この点について総理府総務長官からも御意見があったら承りたいわけですけれども、まあ返還になった場合、文部省もおそらく各省庁の連絡会議に参加して、文教の問題について、返還にあたってですね、沖繩の教育、これは幼児教育から大学教育まで含めて当面やらなければならないこと、あるいは何年かの計画のもとで充実強化しなければならないというような問題点があったらひとつそれをあげてもらいたい。
#98
○政府委員(安嶋彌君) 沖繩返還に伴う問題点でございますが、これは御承知のとおり、沖繩の教育制度、これはほぼ本土と同様でございまして、基本的には問題は比較的少ないかと思いますが、しかし、多少ではございましても、本土と相違する点の措置の問題、それから、制度が同じでございましても、物的その他教育水準にかなりの格差がございます。そうしたものを、復帰に際しまして、どう円滑に本土の行政のワクの中に入れていくかということが問題になるわけでございます。もちろん、原則は本土の制度、水準がそのまま沖繩に及ぼされるということでございまして、昭和二十七年以来各種の指導助言、あるいは援助を行なっているわけでございます。私ども省内でいろいろ検討いたしております事項といたしましては、たとえば教員の定数の問題でございますとか、あるいは学校の施設の問題、あるいは教材の整備の問題、それから政府立といたしまして、琉球大学、その他私立の大学、短大等がございますが、この内容が本土の設置基準等に比較いたしますとかなりの差があるというような問題、それから、多少こまかい問題になるかもしれませんが、琉球育英会であるとか、あるいは学校給食会であるとか、そういった沖繩限りの特殊法人の扱いの問題でございますとか、あるいは文化財保護の問題でございますとか、指定の問題でございますとか、そういった各般の問題があるわけでございますが、ただいま申し上げましたように、本土の制度、あるいは水準がそのまますみやかに沖繩に及ぶような、そういう心組みで準備もいたしたいと考えておりますが、復帰になりました後におきましても早急にそういう事態が実現できるように努力していきたいというように存じております。
#99
○小林武君 長官にお伺いしたいのですが、本土に返る、返還される、復帰する場合にですね、私の考えでは、教育水準をどう高めるか。それはいま話のあったいろいろな物的条件もありますし、あるいは教職員の問題もあるでしょうし、さまざまな問題があるわけですけれども、その問題について、まあ何年か後には――五年の後か七カ年の後にその水準に復するというような、そういう財政的な取り扱いをするのか、あるいは、そうでなくて、かなり年限を縮めて、できるならばきわめて早い時期に本土並みの状況にまで持っていくという、こういうやり方をやるのか、二つあるとすれば、私はあとのほうが今回の復帰の場合には最も適当だと思うけれども、長官の考え方はどうなのか、あるいは、文部省においてはそれについてどういういま方針を持っているのか、お答えを願いたい。
#100
○国務大臣(山中貞則君) 私の考え方は、復帰までにおいても、教育のレベルにつきましては、措置し得るものはあとう限り本土のレベルにひとしきものにしなければならない義務を国家は負うと思います。どのような地域に、どのような職業で、どのような環境のもとに住もうとも、義務教育に関する限りはひとしき条件がなければならないことは当然でございますが、そのために、立ちおくれている問題については全面的な本土並みというものをその他のものに先がけてやらなければならない性格のものであると考えます。ただ、施設等につきましては、なかなか一年や二年で完全に本土並みの施設になり得るかどうかは問題のあるところでございましょうから、そこらのところはやや残るかもしれませんが、その他の問題については、もう可及的すみやかに本土並みの状態において、帰ってきた子供たちの条件は何ら本土の子供たちと変わらない環境に置く義務が政府にあると考えております。
#101
○政府委員(安嶋彌君) まず、教員定数について御説明申し上げたいと思いますが、御承知のとおり、本土におきましては、教職員定数と学級編制の標準につきまして第三次の五カ年計画が進行中でございまして、本土の場合は四十四年から四十八年までの五カ年計画ということになっております。沖繩におきましても、これとほぼ同様の年次計画がすでに立てられておりまして、スタートは一年おくれておりまして四十五年からでございますが、目標年次は四十八年、したがいまして、沖繩の場合は四カ年計画で本土の第三次五カ年計画の目標を到達をする、こういう計画でございまして、現在行なっておりまする援助もそういう計画を前提にいたして積算をいたしておるわけでございます。復帰の時点におきまして、これは四十七年といたしますならば、ちょうど本土におきましても沖繩におきましても、その計画の途中ということでございますが、私どもはおおむね本土並みの水準が確保できるというふうに考えております。
 それから次に、関連をいたしまして教材費でございますが、教材費につきましては、本土におきましては四十二年からの十カ年計画を実施をいたしておるわけでございますが、沖繩におきましては、これまた本土とほぼ同様の基準をもちまして、四十四年度から八カ年計画の基準を前提にいたしまして援助費等も組まれているわけでございますから、到達年度ほこれまた本土の場合と沖繩の場合とは同様である。中間的にその復帰の時期が参いるわけでございますが、その段階におきましては、これは多少のズレが出るかと思いますが、ほぼ同じ足並みで整備が行なわれるものと考えております。
 それから、施設でございますが、本土におきましては、四十四年から四十八年にかけましてこの整備計画を立てておるわけでございますが、沖繩におきましてはこれが実は一年早くなっておりまして、四十三年から四十七年ということになっておりまして、これまた現在の援助の積算もそれを前提にして行なわれているということでございますから、大体基本的にはほぼ同一の水準が実現をするというふうに思っております。
#102
○小林武君 あと二点だけお尋ねいたしますが、一つは大学ですね、学部を新設するという問題。これは、沖繩のこれからの復帰後のいろんな産業その他文化、政治、あらゆる面から見て、かなり特殊な配慮が必要だが、それについては検討がされたかどうか。現存の大学の学部と、さらにもっとこれについてふやさなきゃならぬというような計画があるのかどうか。ふやすとすれば一体どういうものがいま必要なのか。これが一つある。
 もう一つは、教員の免許状の問題については、これは弁護士の場合ならば一つの法律案が出て、そしてなかなか議論がありましたけれども、免許状の問題になるというと、かなり共通していると思いますけれども、その免許状の切りかえにあたって何か困難な点があるのかどうか。あるとするならば一体どういう対策をしているか。
 それからもう一つ、沖繩の給与の問題ですね、賃金の問題についてはどういうことになっておるのか。あるいは切りかえによって年金その他についてどういうことになるのか、それらの点をお答え願います。
#103
○政府委員(安嶋彌君) 沖繩の大学の問題でございますが、政府立といたしましては、御承知のとおり琉球大学とその附属の短期大学があるわけでございます。本土におきましては、二十四年に新制大学が発足をいたしました場合、当時各府県にございました国立の大学と高等学校、専門学校と統合いたしまして、一府県一大学という前提を立ててまいったわけであります。そうした従来の経過から考えますと、琉球大学をどう扱うかということもおのずから方向が出るような感じがするわけでございますが、現在の琉球大学の学部の内容は、御承知かと思いますが、法文学部、教育学部、理工学部、農学部、最近は保健学部というものが設けられております。この最後の保健学部につきましては、沖繩の医療事情等が特に反映されてこういう学部ができたというふうに考えております。いずれにいたしましても、国の本土の基準と比べました場合には、物的にも人的にも相当大きな格差がございますので、私どもといたしましてもやはりこれを埋めるということが先決であろうというふうに考えております。したがいまして、その復帰後、この琉球大学と申しますか、これにどういう学部を新設するかということは、まだ検討の段階には至っておりません。いずれそういう時期が参りますならば、真剣に検討すべき課題であるというふうに考えております。
 それから、沖繩の教員の免許制度の問題でございますが、御承知のとおり、沖繩におきまする免許法は昭和三十四年に当初のものができておりまして、この内容は本土のものと若干相違がございましたが、本年の三月改正になっておりまして、内容が本土と全く同様になったというふうに聞いております。したがいまして、この免許状を本土の免許状に切りかえることにつきましては私ども問題はなかろうというふうに考えておりますが、しかし、まあ関連して申しますならば、沖繩における教員養成のあり方の問題でございますとか、あるいはこうした切りかえた教員の研修の問題であるとか、いろいろあると思いますが、免許状自体につきましては切りかえにおそらく問題がないというように考えております。
 それから、給与制度でございますが、これも御承知のことと思いますが、ほとんど本土の給与制度と同様でございますが、これをどういうふうに切りかえていくかということにつきましては、琉球政府の部局が国の機関のものとなるというものがあろうかと思いますが、それから、一般の地方公務員がどういうふうに切りかえていかれるかということもあるかと思いますが、その辺、全体よくにらみ合わせまして、関係省庁とも十分連絡をとりながら善処をいたしていきたいというふうに考えております。給与制度の基本はそんなに違いませんからあまり問題はないかと思いますが、多少の出入りはあるようでございます。その辺のところは、ただいま申しましたように、国家公務員、地方公務員、一般のやり方等との関連もございますので、十分検討いたしてまいりたい。
 それから、年金につきましては、これは昨年の七月から公立学校の教職員共済組合法が発足をいたしておりまして、これも給付内容その他につきましてほとんど本土と同様でございますから格別問題は少ないかと思いますが、これまた国家公務員共済組合あるいは地方公務員共済組合その他とも関連がございますが、不利な扱いにならないように、そういう考え方で対処してまいりたいというふうに考えております。
#104
○小林武君 基本については、大体賃金の場合、心配がないと、こう言われたけれども、これは四十六都道府県のそれぞれの水準からいったらどのくらいに入りますか、沖繩というのは。
#105
○政府委員(安嶋彌君) 四十六都道府県のどの辺に位置づけされるかということにつきましては、ただいまちょっと資料を持ち合わせておりませんが、四十四年の四月現在の実態でございますと、これは文教局調査の資料、それから本土の実態といたしましては四十四年五月の文部省初中局財務課の調査でございますが、給料だけを平均をいたしますと、この場合一ドル三百六十円ということで比較をいたしますと、沖繩の場合、小学校五万九千六十九円、本土がそれに対しまして六万五十六円。それから中学校が、沖繩が五万三千三十九円、本土が六万五百四十四円ということでございまして、小学校につきましてはほとんど近い額、中学につきましては沖繩のほうがかなり安い平均給料になっておりますが、これは教員の資格、年齢構成その他による影響も大きいかと思いますけれども、この数字だけをもって高い低いという比較はできないかと思いますが、こういうことになっております。
#106
○小林武君 高齢者が多いのじゃないの、沖繩の場合は。
#107
○渋谷邦彦君 きょう防衛庁長官がお見えにならないそうでありますので、いままで伺った問題を整理しまして、若干お尋ねをいたしたいと思います。
 初めに、琉球政府の行政機関についていろいろ検討いたしますと、申すまでもなく、国家的な機能と、あるいは府県のそうした行政機関的な性格を帯びたものと、両方混在しているような状況であります。これらについては、当然政府としても復帰直後のことを考えて、あるいは本省に吸収できるもの、あるいは明確に府県の機関として継続的に存置するもの、それをたて分けていらっしゃるであろう、このように判断されるわけでありますが、考えてみますと、当然本省に吸収されなければならない部署が相当数にのぼるのではないか、こういうふうに思いますが、それをどういうふうに整理されてこれからいかれるのか。また、この問題については、各省がそれぞれの立場で具体的に検討されているであろう、こう思いますので、進捗状態がどうなっているか。また、それをチェックするところはどこなのか。総理府としてはそういう責任のある立場でありますので、当然総理府がおやりになっているであろうとは思いますが、その辺の状況について、まず長官の考え方をお聞かせいただきたい、こう思います。
#108
○国務大臣(山中貞則君) これは、私どものほうで各省の意見を聞きながら今後調整していく立場にあると思います。現在は、まだ琉球政府の職員としての職責のみがあるわけでございますので、これから逐次国政事務そのものの分離、県政事務分離、それから市町村で本来やるべき仕事もまたありますので、そういうものの分離等を相談いたしながら、行政の仕分けをしつつ、復帰の時点において国家公務員、琉球沖縄県職員あるいは市町村職員というような区分けをしていかなければならぬかと考えます。
 ただ、琉球政府の機構の中で、局長の特別職というのが、これがどうもやっかいでございまして、特別職でありますから、主席が民間の人をぱっと登用することも可能であるわけでありますけれども、実際上の行政のレベルでそれらの方々が国家公務員にそのまま移行することもはなはだ困難であろうと思いまするし、沖縄県という発足をいたしましたときの機構の中でどのように位置づけられるのか、それらのところはこれから議論の存するところだろうと思います。
 さらに、現在の日本の制度の中にありますならば、それぞれの開発銀行、金融公庫をはじめとするいろいろな政府の金融機関等がありますが、現在では、沖縄の政府の特別会計というような形のままで、しかも、本土と違った形式の中に置かれておりますし、また、開発金融公庫等のごときは、これは民政府の所管するところとなっておりますので、これらの機構、機能、そういうものに従って、人そのものの問題も、やはり単に現在の琉球政府職員のみに限らず仕分けをしていかなければならない点が出てくるだろうと考えます。
#109
○渋谷邦彦君 いまの御答弁にもございましたように、これからも相当議論をかもし出すであろう、こういうことが予測されるわけでありますので、相当困難な条件というものがあるいは横たわっているのではないかということを非常に心配するわけでありますが、やはり行政機構というものの整備というものが、それが機能的に働くかどうか、これがやはり民生安定の上で相当なウエートを持つということになりますれば、これは当然復帰前においてもう体制を整えて、復帰後直ちにいろんな面での作業ができる、ころすることが当然望ましいことでありますけれども、特に国税関係であるとか、あるいは法務関係であるとか、あるいは警察関係であるとか、これは当然本省の直属の出先のようなそういう機関になるであろうというふうに推測されるわけでありますが、そうした場合に、いろんなむずかしい点も配慮しつつ、離島というそういう特殊な地域等も十分考慮していく場合に、戦前の、いわゆる九州に本拠地を置いた出先という形にするのか、それとも、北海道方式のように、あくまでも出先は沖縄であるというような形をとるのか、そこらあたりも当然考慮の対象になっていらっしゃると思うのでございますが、そういうものも含めてこれからの作業というものはたいへんだろうと、どんなスケジュールでこれから運ばれるか、そうした問題を含めてその辺をひとつお聞かせいただければ非常にありがたいと思います。
#110
○国務大臣(山中貞則君) 先ほど達田委員にもお答えを申しましたとおり、復帰の時点を現実に踏まえる段階になりませんと、対策庁のままでこのまま移行していくのか、あるいは開発庁を設けるのか、これらの問題については明らかにしにくいと考えます。明瞭に立法、行政、司法の三権が日本政府のもとにゆだねられる年次というものをつかまなければならぬと考えますが、その他の問題はもうそれまでに、それぞれに国家公務員になるという人たちの心がまえの問題もありましょうし、自分はいやであると、国家公務員になるぐらいならばやめるという人も中にはおるかもしれないわけでありますから、一人一人の問題にも当然なるわけでありますので、この区分け作業というのは、なるべくすみやかに復帰に至る過程の中であらかじめ相談を進めていくべき事柄と判断いたしております。
#111
○渋谷邦彦君 この問題についてはこれからも鋭意検討が加えられて推進されるだろうと、こう思いますので、この程度にしておきます。
 次に、やはり当面する問題の一つに、人身事故に対する補償問題、これもしばしば、当委員会のみならず、いろんな機会に論議されてきた問題でございます。やはり現地沖縄県民の率直な希望としては、何としても賠償についての支払いをしてもらいたい、こういう願いで一ぱいであるわけです。ところが、特に講和前においての人身事故については当時の高等弁務官の好意によっていわゆる補償というものが行なわれた。ところが、手続上どうしてもその期日に間に合わなかった人たちが相当数いるわけであります。琉球政府の記録によりますれば、死亡が百六十件、それから負傷が百五十七件、請求金額が約六十万ドル、これがそのままになっておるわけですね。ところが、平和条約第十九条の規定に従って、これはもう日本国民はあらゆる一切の請求権を放棄したのである、こういうたてまえをとっております関係上、しばしば高等弁務官と折衝しているにもかかわらず、これはもう不可能である、こういう回答が返ってきている、こういうふうにわれわれは聞いているわけなんです。もしそれが米国の公法に準拠した場合においてもこれは絶対に不可能である、こういうようなことが将来とも考えられた場合国として補償できないかということでありますが、この点はいかがでございましょうか。
  〔委員長退席、理事山本茂一郎君着席〕
#112
○国務大臣(山中貞則君) 国際的には日本の立場は明瞭になっておるわけでありますけれども、実際上講和前の補償の対象として取り残されておることが客観的に確認をされ、それが琉球政府その他の証明等のあるものであって、なおかつ、アメリカ――現在の施政権者というものが講和前で大多数は処理をしたにもかかわらずそれが取り残されておることが明瞭であるという問題については、まだ実態等についても、よく私のほうも外務省等も把握していないようでございますが、これらの点も今後相談していかなければならぬことでありましょうけれども、たてまえ上は日本の姿勢というものははっきりしております。しかし、現実には、そのようなたてまえの中で、やむを得ず、自分の責任でなく取り残されておる人々というものの実態があります場合には、これからそれをどうしたらいいか――アメリカに向かって相談していくべきか、してだめならば、日本国政府自体が何か考えなければならないものであるか、これらの点は今後もう少し議論していきたいと考えます。
#113
○渋谷邦彦君 私がいまお尋ねした内容につきましては、おそらく総理府のほうにも琉球政府を通じて陳情なり請願なり、あるいは琉球政府――というよりも法務局でございますか――のほうから出されておるかどうかわかりませんけれども、そのように私どもは理解していたつもりなんでございますが、いまのお答えでございますと、正式に政府に対してそういうような陳情はなかったということでございますけれども、現地のオーソライズされた機関において、間違いなくこれは何とか補償の対象にしてもらいたい、こういうことを認めている限りにおいては、これは当然扱っていただきたい。で、特に急いでいただきたいというそのねらいは、これは言うまでもなく、こうした人身事故にあった方々の家庭生活の環境というのは、日本の本土内においても同じでございますけれども、非常に生活が苦しい。要するに、働き手もない、働くにしてもどうしようもない、そういうようなにっちもさっちもいかないという環境に置かれているがゆえに、何とかその救いの手を差し伸べられる方法はないものかということで、やはりせめてその賠償請求権というものに一るの望みをかけている、こういうふうに思うわけであります。それだけに、これだけはできるだけ時間を詰めていただきまして、復帰前に解決のめどをつけていただくならば、これらの被害者はたいへんな恩恵を受けることになりはすまいかと、こう思いますので、その辺のことを再度御見解を明らかにしていただきたいと、こう思います。
#114
○政府委員(山野幸吉君) 私どものほうへは、琉球政府のほうから正式なそういう要請書なり申請書は参っておりません。講和前人身障害未補償者連盟というところから、おそらくこれは琉球政府が公認した書類じゃないと思いますが、そういうものは届いております。実は私どもとしましては、いま総務長官からもお答えございましたが、この補償問題につきましては、一応千七百七十五万ドルのあの中で、当時のこの講和前補償の連盟のほうで全責任を持たれまして、琉球政府と相談の上で解決、講和前はこれで全部済んだという、当時そういう報告を受けておりまして、したがいまして、まだそういう問題が、御指摘になるようなそういう未補償のものが現在残っているということは、実は公式には聞いていないわけでございます。したがいまして、今後この補償の問題は米側に責任がある、あるいは日本側に責任がある――前回の委員会来いろいろ御討論あったところでございますので、十分今後実態を調査いたしまして今後検討していく問題である、それ以上のことはいまのところ申し上げかねるわけでございます。
#115
○渋谷邦彦君 関係資料があるのです、私の手元に。これは琉球政府から出された資料なんですが、その中で「法務局関係」という項目の中に入っているのです。それは御存じないということは考えられないということでいまお尋ねをしたわけです。それが正式であったかどうかわかりませんけれども、正式でないにいたしましても、こうした文書の中に明確に示されている以上、「琉球政府」とこう書いてあるわけですから、再度御調査をいただきましてその御確認をしていただいて、それが正当のものであるかどうか、ここらあたりもあるいは政府としてもこれから御検討していただかなければならない問題があるかもしれません。しかし、これはなるほど当時の手続の上から不幸にその期日に間に合わなかった、そうしたことでこれらの人たちが不幸にも取り残されてしまったというのではあまりにもかわいそうでありますから、この問題については早くめどをつけていただければ、たいへんその被害にあわれた方々は喜ぶのではなかろうかと、こう思いますので、この点、重ねて特連局のほうに御要望申し上げておきたい、こう思います。よろしゅうございましょうか。
#116
○政府委員(山野幸吉君) この資料の問題につきましては、いま申し上げましたように、琉球政府からは正式に琉球政府の資料はいただいておりません。この参議院の当委員会で沖繩へ調査に参られたときに、関係団体あるいは琉球政府等から御要望があったように聞いております。なお、よくその事実の関係を十分把握してみたいと考えております。
#117
○渋谷邦彦君 事実関係が明瞭になりましたならば、当然これに対する対策もお考えをいただきたい。これは長官よろしゅうございましょうか。
  〔理事山本茂一郎君退席、委員長着席〕
#118
○国務大臣(山中貞則君) たてまえ論から申しますとたいへん困難な問題でございまして、これは日本政府の責任でやったものでもなく、また一方的になされたものでもなく、相互に、アメリカも措置をとり日本側もその中に入って措置をとりまして、そうして琉球政府も、被災者の代表と申しますか、それらの被害者の方々も、相互に中に入られて落着したものという前提になっておりますので、公的にここで、その際に取りこぼれがある、漏れているものがあるがどうするのかというだけで、それらの人々もさらにさかのぼってすぐに何かいたしますという答弁をいたすのにはちょっとむずかしい問題がありますので、実態関係についていま少しく調査をしてから政府の態度を相談したいと考えます。
#119
○渋谷邦彦君 沖繩問題につきましてはこの程度にしておきたいと思いますが、次に、北方関係に関する問題について、二、三お尋ねをしたいと思います。これは最初欧亜局長さんにお願いをしたいと思います。
 このところ、愛知外務大臣あるいは川島特使がソ連を訪問されまして、その主たる目的は、いろいろございましたでしょう。しかし、日本国民として年来の念願でありました北方領土の返還については、もう今日まで何回となく会談を重ねて交渉に当たってこられております。しかし、そのつど、返還のめどはつかない、非常にその壁は厚過ぎるというような答えがはね返ってきておるわけでありますけれども、先ほども若干その問題について論議がかわされたようでございますが、当局といたしまして、やはり将来ともに非常に壁が厚いのかどうなのか、そしていままでの交渉過程を振り返ってみるまでもなく、これは絶望に近いのかどうなのか、その辺どういうふうに把握をされていらっしゃるのか。そしてまた、今後に対していろいろな北方領土返還についての対策というものをどのように基本的にお立てになっていらっしゃるのか、前にも私、こうしたことを外務大臣にお伺いしたことがございますけれども、やはり、現在という新しい時点に立ってお答えをいただきたい、こう思います。
#120
○政府委員(有田圭輔君) お答え申し上げます。率直に申し上げまして、北方領土問題につきましては、従来機会あるごとにソ連政府に対して、
 これがわが国の国民的な要望である、また、いかなる観点からしても、わがほうに主張があるのである、また、日ソ共同宣言はできましたが、平和条約はまだ両国間にできていない、で、それは一にかかって領土問題の未解決ということにあるのである、また、日ソ間はその他の点についてはきわめていい関係になりつつある、したがって、平和条約ができてないというのはいかにも不自然である、お互いによく反省をして、この問題を至急解決をはかろうじゃないか、この際、ソ連側においてこの点を認めて、率直に国後、択捉も返すようにしてほしいということを言っております。私はこの場で、壁が厚い、あるいはこれに悲観しておるというようなことは申し上げません。私といたしましては、このような正しい立場はいつかはやはりソ連政府当局もまたソ連の国民も理解してくれるものと信じております。したがいまして、引き続きいろいろな皆さまの御支援をいただきまして強力に対ソ折衝を進めていきたいと考えております。また、この領土問題につきまして、これは解決済みというような説明が当初からいろいろございました。そのほかにもいろいろな説明がございます。しかし、だからといってわれわれはこれに対して悲観をする必要はないのではないかと存じます。これはやはり日ソの両国間関係の全般的な観点に立って解決されていくべき問題でありますと思いますし、これが日ソの両国間にプラスになるということは、いつかはソ連側が正しく理解してくれると信じております。
#121
○渋谷邦彦君 ことばじりをつかまえて申し上げるわけではございませんけれども、「いつかは」ということはたいへん気の長い話かもしれませんし、あるいは百年先か、二百年先かという、うがって言えばそういうことにもなりかねない。いままでは、これも御承知のとおり、戦争によって奪われた領土というものは戦争によって取り返す以外には方法がない、あるいはまた、沖繩の返還というものは、これは特殊の中の特殊の例に属するのだということが言われてまいりました。したがって、いまそうしたような議論というものは当然ほうはいとして起こってきておるわけでございますけれども、いま局長がおっしゃられた、これからの日ソ交渉の推移いかんによっては決して不可能なことはないのだ、この可能性というものは十分残されておるというふうに御答弁されたように記憶をいたしておりますが、そこで、その可能性を裏づける背景というものは一体何か。これは文化交流、経済交流等もございましょう。具体的にそうしたことを踏まえてのお話だろうと思うのでございますけれども、一がいにこれとこれとこれとというぐあいにやるのだということにもちろんいかないということは十分承知しておりますけれども、当局といたしまして、従来のいろいろな苦い経験、また新しい経験に基づいて、今後どういうようなところに基本的な考え方を置いてまず突破口を開くというための交渉を機会あるごとにされるおつもりなのかどうなのか、その辺のアウトラインだけでもけっこうですからお聞かせ願いたい。
#122
○政府委員(有田圭輔君) このソ連の対日態度と申しますのは、御承知のように、これはここ数年来、やはり日本との間に友好親善関係を保っていきたいということであるように私ども了解しております。これはソ連政府の最高部の決定であるというふうに信じております。したがいまして、各面におきまして、経済関係におきましても、またその他の交流におきましても、また、最近におきましては、いわゆるシベリア上空の開放ということがございまして、わが国の飛行機で、わが国の乗員で、これは東京――モスクワ・ビヨンドということで飛行を実施しております。これはこの交渉の際におきましても、ソ連側はやはり日ソ間の交流を深めていきたいというような点から政治的決定をしたというふうにわれわれは理解しております。したがいまして、この日本とソ連との間の関係をいい関係に保っていくということは、私どもとしてはソ連政府の基本方針であるというように考えております。したがいまして、もしそのような前提に立つならば、いままでのようにいろいろなプラスの面は出てきております。しかし、事ごとにソ連政府に対して私ども申しておりますことは、われわれ決してこれに満足していない、非常なマイナスの面がある、それはなぜか、これは北方領土問題である。また、そのほかにいろいろ過去に問題がございました。しかし、それはすでに解決した問題である、しかし、残っておる問題は、現実に北方領土の問題がある、したがって、われわれがソ連に対して抱いておる感情というものはおのずからそこに問題があるのである、この問題を解決しない以上、これはやはりわだかまりというものがあり、いろいろな問題の進展をはばむ原因になるのである、また、その領土問題があるから、また安全操業の問題もあり、またその他の問題も生じてくる、したがって、われわれが現在考えなければならない問題は、このマイナスの面をいかにしてなくすか、われわれとしては話し合いによって一歩一歩これに近づけたい、北方領土問題についてはわれわれとしてはこう考える、したがって、ソ連の最高首脳部においても十分その点を考慮してほしい。これはいわゆる経済関係におきましての貿易量を幾らにするとか、あるいは漁業交渉における漁獲量を幾らにするというようなこれはバーゲンの問題ではございません。これは基本的な姿勢の問題であり、両国がどのようにその関係を考えるかという基本問題につながる問題であるということでソ連側に説明し、また、今後も説明していくつもりでございます。したがいまして、これは、先ほど私、「いつかは」と申し上げて、非常に気の長い話ではないかというようなお話がございましたが、私どもとしては必ずしもそのように考えておりません。われわれの目標といたしましては、なるべくすみやかな時期にこのような時代を招来したいと、このように考えております。
#123
○渋谷邦彦君 その問題に関連してもう一点だけお聞きしておきたいと思うのですが、いままで日本政府、相当やはり努力をしてこられたと思います。しかし、なかなかそれが思うようにいかなかった。けれども、どうやらその見通しも来てないわけでもない。ならば、いままでこのソ連の最高指導階層が判断している日本に対するいろんな理解の中には、やはり軍事的な背景というものが、いわゆる日米安全保障条約を軸にしたそういう軍事的な背景というものがじゃまをしているのじゃないかということが一つと、それから、しばらく前に、シベリア開発のために日本からのプラント輸出の要請があった。けれども、日本の企業側においては、へたにシベリア開発にプラント輸出をした場合、日本の産業界が重大な脅威を受けるような状態になりかねないということで、えんきょくに断わったといういきさつを聞いております。こうしたことがやはりソ連の不信につながって、今日までその折衝が思うようにいかなかったというような原因にもなっているのじゃないだろうか。まあ、そのほかにもいろんな、歴史的にさかのぼれば、日露戦争あたりからというようなことも考えられるでしょうけれども、現在の時点においては、そういうような当面した問題が介在しておるがゆえに思うように交渉というものが進んでいないのじゃないかというふうに見られる場合がございますけれども、その辺はいかがでございましょうか。
#124
○政府委員(有田圭輔君) これはソ連の各新聞に出ます対日論調というものをいろいろ集めてみますと、遺憾ながら、やはり日本に対する当たらざる非難、イデオロギー的な非難というものが引き続き存在することは事実でございます。しかしながら、これは御承知のように、一九六〇年の初頭におきましては、安保条約云々ということで非常に日本をそういう新聞の場面において攻撃しますと同時に、政府に対しても直接ノートをもっていろいろ申してまいりました時代がございます。その後におきましては、ベトナム問題ということでまたいろいろ非難がございました。しかし、私の記憶するところでは、過去一両年の間はこのような政府のレベルにおける非難というものはございません。新聞論調においては引き続きそういう非難はございますが、そういう点においてはソ連の対日姿勢というものは緩和されている。また、御承知のように、ソ連の日本に対する接触というものは非常に幅の広いものでございます。招待というものも各階層に来ております。したがいまして、そういう点においても、ソ連側といたしましては、この現実の日本の立場に立ってその上で対等に交渉するという立場をはっきり認識してきております。
 それからプラントの問題でございますが、私ども、そのようには理解しておりません。むしろ、天然ガスの問題にいたしましても、日本側といたしましては、年間、最終年度二十四億立米程度のものは企業間の話し合いによって北海道にこの需要を喚起できる、したがって、その話もできるというようなことで話がある程度進んでまいりましたような経緯がございます。御承知のような日本経済の発展に伴いまして、この日本の資源の要求量というものは非常に大きいものでございます。したがいまして、シベリアをある程度開発してそこから資源を持ってきても、これは日本の総需要量に対するきわめてわずかなパーセンテージでありまして、これによってソ連側から政治的な制約を受けるというような危険というものは、一応、かなり少ないのではないか、むしろ問題は、延べ払いとかあるいは金融条件について、これがわれわれの現在における能力の限界を越えたものであると、これはなかなか話が進まないというような点が実態であると存じます。
#125
○渋谷邦彦君 いまお伺いしたお話を承るにつけて、意外に思いますことは、比較的最近は前向きに日ソ間が進んでいると、にもかかわらず、漁業交渉に至ってはこれはいつもうしろ向き、日本国民の、特に北海道地域の漁民にとってはたいへんな不満をかもし出すような交渉結果に終わっているという実情でございますけれども、この辺の、今後のやはり日本国民の利益というものに結びつく、さりとてソ連の利益を侵害しないということを十分にやはり日本としても踏まえた上で交渉に臨んでいるはずでございますので、これが残念ながらいつも煮え湯を飲まされるような交渉結果に終わるということは、非常に残念でならないわけでございますけれども、今後の日ソ漁業交渉というものは、日本国民の権益と申しますか、漁民の利益と申しましょうか、それを十分に守っていけるだけのそういう成果を期待できるものかどうか、この点いかがでございましょうか。
#126
○政府委員(有田圭輔君) 先ほど私、日ソ間のマイナスの面が幾つかありこれが非常に残念であるということは常時ソ連側に申しておりますということを申し上げましたが、それは、第一に、領土問題、また安全操業の問題であり、第三は、先ほどは申し上げませんでしたが、日ソ漁業交渉において毎年毎年長時間かけて、必ずしも日本側の現地の皆さまに御満足をいただけないような交渉結果に終わっているということは残念でございます。これの円滑化ということを考えるべきだということを申し上げております。しかし、同時に、これは、このやはり両方の漁業者なりあるいは関係当局の関係する問題でございますし、サケ・マスの問題につきましては、漁業条約によって漁業委員会というものがございまして、その委員会の場における科学的な資源調査の結果、討議を通じて、その上に立って、いかなる規制措置をとり、また総漁獲量をどうするかという問題がきめられております過程でございます。しかし、残念ながら毎年毎年繰り返しております科学的根拠に基づく資源評価というものが、日ソ科学者の間に必ずしも一致しないという点に問題がございますわけです。いろいろむずかしい問題が起きておりますし、また、傾向的に見て、日本側の総漁獲量なりいろんなものがだんだん減ってきておる、あるいは規制措置が強化されておるというような現実に終わっております。しかし、同時に、全体のサケ・マス資源というものがどういう傾向にあるかということがまた一つここに問題がございます。ただ、私、先生がおっしゃられましたように、非常に長い時間をかけて必ずしも満足のいく結果に終わってないということは認識しておりますので、今後これらの交渉に際しては、できるだけ私どもとしては努力いたしまして、関係者の皆さま方に幾ぶんでも御満足をいただけるような交渉結果をかちとるように引き続き努力したい、かように考えております。
#127
○渋谷邦彦君 では、だいぶ時間も経過してあとわずかでございます。
 最後に、中身について若干お尋ねをいたします。これをずっと拝見してまいりますと、「本土と沖繩又は北方地域との間において解決を要する事項について、調査し、連絡し、あっせんし、及び処理すること。」、こうあるわけですが、念のためにここで確認をしておきたい意味から、特連局長に、どういう具体的なことをおやりになるのか、それをお願いしたい。
#128
○政府委員(山野幸吉君) まあ、この北方地域との間において解決を要する事項でございますが、これは現在総理府に北方領土問題の各省の連絡会議を設けまして、ここを通じましてこれらの問題について関係省庁の意見をまとめて逐次解決しておるわけでございます。この問題の一つとしましては、過去五回実施してまいりました北方墓参問題等が最もはっきりした問題でございます。それから、北方地域への引き揚げ島民の方々の戸籍の移転とか、あるいは遺産相続、遺産の不動産の相続登記の問題等がございます。それからまた、これは解決を見ましたけれども、北方四島に対する普通交付税で北方四島を北海道の面積の中へ算入しまして特別な財政措置をとる問題とか、あるいは北方領土の地図の取り扱いの問題とか、教科書に対するこの北方問題に対する指導の問題とかその他、まあそういったような問題がこの北方地域の間において解決を要する問題でございます。
 沖繩との関係につきましては、従来沖繩事務所がこの事務を取り扱ってまいりましたが、いろいろ沖繩から本土へ来られた方々の戸籍の取り扱いの問題、公の身分証明の問題、それから本土から沖繩へ行かれた方たちのいろいろな琉球政府との関係のあっせん問題等々でございます。
#129
○渋谷邦彦君 それと同時に、これはちょっと前後いたしましたけれども、関係資料の収集及び国民世論の啓発をはかる、こううたわれておりますが、中身はたいへんもう理想的なんです、どれを拝見いたしましても。ただ、往々にして「国民世論の啓発」なんということになりますと、具体的にどうやるのか。お役所の宣伝啓蒙というのは一番へただという定評があるわけです。これなんかは、具体的にどうされて、さあ沖繩の次は北方問題だという国民的な関心を呼び起こすためにはどういう具体的ないま対策をお考えになっていらっしゃるのか、それを聞いておしまいにします。
#130
○政府委員(山野幸吉君) これは大体北方領土問題対策協会を中心にしてやっていただくことに予定しておりますが、北方領土問題に関する学識経験者を集めまして研究会をつくって、そこでいろいろ北方領土の過去の経緯あるいは国際法上の考え方、そういうようなものを研究いたしましたり、あるいはまた、従来からやっておりますように、北方領土返還の国民大会を開きましたり、あるいは北方領土の資料展を開催いたしましたり、あるいはパンフレット、リーフレットあるいは機関紙(誌)等の発行等を通じまして、北方領土問題に対する国民世論の喚起をはかるということでございます。
#131
○渋谷邦彦君 その点については、どうか、いま私が申し上げましたように、並べたようなぐあいにいっていないんですよね、はっきり申し上げまして。どうかその成果が十二分に発揮できるように期待して、これから注目してまいりたいと思います。
#132
○川村清一君 最後の質問で、お尋ねしたいことをたくさん用意してまいったわけでありますが、時間がもう全くございませんので、きょうできなかったことはこの次の委員会でいろいろお尋ねをすることにいたしまして、約束した時間内でほんとうに大事なことだけ二、三お尋ねします。
 沖繩問題では、これは総括的な問題になりますが、山中長官にお尋ねするわけでございますが、山中さんが総務長官に就任されまして以来、この沖繩問題につきましては非常な情熱を持って鋭意当たられていることは評価し、その点に関しましては私は敬意を表するものであります。しかし、新聞報道等を見ますというと、あまりに積極的であるのか、長官の性格によるのか知りませんが、一面とっぴと思われるような構想をぽんぽん打ち上げられておるのであります。その内容は具体的にどういうことかわかりませんが、新聞等に発表されたものを見ますというと、一、二あげますと、沖繩に特別会計制度をつくりたい、こういうような構想を発表されてみたり、あるいはフリーゾーン、すなわち自由貿易地域を設定したらどうかといったような構想も発表されておる。これらがいい悪いとかということを私は申し上げておるのではないのであります、もちろん内容まではわからないのですから。しかし、非常に意欲的である、積極的である、これは評価しておるわけです。ところがまた、新聞の記事等を見ますというと、山中長官があまり張り切るものですから、ほかの省庁のほうでは、それなら総理府にまかしておけとか、そんなこと言ったってできるものかといったように、いささか冷淡な態度を示しておる。陰でいろいろ批判をしておる。大蔵省ではこう言っておるとか、通産省のほうではこういうことを言っておるとか、自治省ではこういうことを言っておるといったような記事等も出ておるわけでございます。で、こういったようなことを総合してみますというと、張り切った長官がどんどん先に走っていった、そしてちょっと振り返って見たら、走っているのは長官だけで、あとだれもついてこなかったと、こういうようなことになりますれば、せっかくの長官の意欲というものが現実の姿としては何も実現されない。そのために迷惑を受けるのは沖繩の県民であるということになるのでありまして、私はその点を心配しておるのであります。そしてまた、対策庁の法案を検討してみますというと、いままであった特連局に毛がはえた程度のものでありまして、目新しいものとすれば、調整部というものができます。この調整部が各省庁間の意見を調整していく重大な任務を持っておるものだと思うのでありますが、調整部の部長に当たる人の任務はきわめて重大だと思いますし、また、ほとんどの各省庁の協力を得なければならない問題、これを調整していく場合に、この対策庁の主管でありますところの長官、この長官は次官クラスの方であるということ、どなたがなるかわかりませんが、その個人を私、決してどうとかこうとか言うのではなくして、次官クラスの長官がこのような各省庁にまたがる問題、しかも各省庁はそれぞれ役所のセクショナリズムを持っておる、こういったような役所の意見を調整して、そして一つのきちっとした線をきめて進めていくといったようなことがはたして可能なのかどうかという一まつの不安を持っておるわけでございますが、この辺について長官の御見解を最後にひとつお示しいただきたいと思います。
#133
○国務大臣(山中貞則君) 私は就任いたしますときに総理に、沖繩問題については自分が全責任をとらしていただく、どうも全部私がかぶりますということを申し上げました。総理も、全責任をまかせるという話でございましたが、なるほど、はた目には私一人が走っておるように見えるようなことも幾つかございましたし、かといって、まさかと思っていたことが実現したことも一つ二つございますが、私は先頭に立って走って、その途中で一つ二つ行き過ぎやあるいは勇み足があってもかまわないと思っております。私が一人走っているのではなく、そこには沖繩県民百万の願望という目に見えないものが私を走らしているのだと考えておる次第でございます。たとえば、例をあげられましたフリーゾーンの問題でございますが、これは現在も二十五年の施政権の中で存在しておるわけでございますから、それをやらないとするならば、フリーゾーン地帯は廃止するということを言わなければならないはずでございます。これは廃止する意向はない。さらにそれを有効に活用し広げて、新らしい形態もそこに展望をして初めて沖繩のあすを読み込むことが可能であるという信念を持っております。これは私がこれから打開していく政治的な問題でございます。
 さらに、特別会計の問題は、総理大臣から任命をされた十分後の記者会見の席において申し上げたことでありまして、決してそれは倉皇の間に、あわただしい間に、私が総理府の役人から何かメモをもらってそんなことを言ったのではないことは御想像はつくと思いますが、私、長年奄美大島が復帰いたすまで、その復帰運動の先頭に立ち、そうして復帰いたしましたときも、その直後にときの安藤国務大臣、自治省担当の大臣と一緒に行きましてその喜びをながめ、次に沖繩であるという決意を昭和二十八年にかたく心の中に秘めたのでございます。それから陰に陽に沖繩の人々の問題について全面的な協力をやってまいりました。閣議においてパインの自由化が決定されまして、沖繩の人たちの壊滅的な打撃の上に思いをはせないまま決定されたことを知りまして、私は野にありましたけれども、当時の責任者の大臣にいろいろ説いてまいりました。沖繩の人々はパインを基幹産業としてキビとともに立っていこうとしておるときに、祖国から切り離した沖繩の未来の芽をつんでしまうようなことをしてはいけないということで、やっと各大臣が翻意してくれましてパインの自由化ということが取り消された事実もございますが、それらのことも過去の問題として御披露いたしましたけれども、しかし、今日までやってまいりましたその結果、私の頭には、沖繩が日本に返ることがきまったら、あるいは沖繩が日本に返ったらどうあるべきである、どうすべきであるかが絶えず頭の中にあったわけでございます。ですから、たまたま沖繩担当をおまえやれと言われたとき、直ちに特別会計構想というものが私の頭の中で特別に作業をする必要もなく、まずそのくらいはやらなければならない、明らかにしておかなければならないことであるということがことばとなって出たわけでございまして、当然特別会計は設置さるべきものと私はかたく信じておりますし、そのことは実現は可能であると考えております。
#134
○川村清一君 北方領土の問題につきましてきめこまかく質問を申し上げる用意をしてきたわけでございますが、いかんせん、時間がございませんので、これはこの次に譲らせていただきますが、せっかく外務省の欧亜局長あるいは水産庁長官に御出席願っておりますので、それに関した部面だけを簡単にお聞きしますので、答弁も簡単にひとつお願いをいたしたいと思います。
 ソ連に対して要求すべき北方領土の範囲でございますが、この問題につきましては、残念ながら政府当局とわれわれ社会党は見解を異にしております。それにつきましては予算委員会あるいは本委員会において私は佐藤総理あるいは愛知外務大臣と数度にわたって議論をしてきましたが、意見の一致を見ないままに今日に至っておりますことは残念でございます。私どもの主張はさておいて、政府の主張されておりますその範囲に限って私はいまお聞きするのですが、まず国後、択捉、これはサンフランシスコ条約において放棄しておらないし、放棄した千島列島に包含されておらないということになりますれば、当然国後、択捉は固有の領土であり、それは当然北海道の一部である、かような論議が成り立つわけでありますが、それで間違いはございませんか。間違いないなら「ない」、あるなら「ある」でけっこうでございますから、端的に御答弁を願います。
#135
○政府委員(有田圭輔君) 「固有の領土」の範囲は、歯舞、色丹、国後、択捉というこの戦前の行政区画が、私、歯舞、色丹として北海道の一部に、国後、択捉が別途であったかどうかつまびらかにいたしませんが、いずれにせよ、その時点でどういうふうな行政区画になりますか、返還された時点においてきまる問題だと思っております。
#136
○川村清一君 歯舞、色丹はもちろん北海道の一部でありますから私は申し上げなかった。国後、択捉は北海道の一部であります。一部であったかなかったかよく知っていらっしゃらないといったような、外務省の欧亜局長ともあろう方が、そういう答弁をされることはまことに遺憾であります。しっかりそういうことを勉強していただきたいと思います。
 次に、これは北海道の行政区域にございましたので、これはしたがって北海道の附属島嶼である利尻、礼文、奥尻、天売、焼尻、こういう島々と同様である、こう考えて誤りはないか。
#137
○政府委員(有田圭輔君) 同じだと思います。
#138
○川村清一君 そうしますと、ポツダム宣言の第八項に日本国の主権の及ぶ範囲がきめられておりますが、この中に「北海道」というのがありますが、この北海道という範囲の中に国後、択捉は包含されているものと解釈することが当然だと思うが、いかがでございますか。
#139
○政府委員(有田圭輔君) ポツダム宣言の附属島嶼と申します中に全部それらが列挙されておりません。したがいまして、その日本国の領域の範囲を決定するのは平和条約において最終的に決定される問題だと思います。ただ、このポツダム宣言を受諾し、その後の占領時代の経過におきましては、施政権の範囲でいろいろの占領命令が出ておりまして、また、日本国の直接の施政権の範囲から分離された地域もございまして、したがいまして、この国後、択捉は現実にはいまソ連が占有しておりますわけでございます。また、ソ連との間においては日ソ共同宣言はできましたが、平和条約はできておりません。この平和条約ができておらない理由は、日ソの間に領土の問題、領域の範囲においての争いがございます。
#140
○川村清一君 時間が三十分までなんです。あと二分しかないのです。まあ十分ぐらいいただいても十分ぐらいしかないので、長々と説明されなくてもけっこうです。私もわかっておるのです。端的に答えていただきたい。
 ポツダム宣言の第八項に「カイロ宣言の条項は、履行せらるべく、又日本国の主権は、本州、北海道、九州及四国並に吾等の決定する諸小島に局限せらるべし。」、こうなっておるわけです。そこで私は国後、択捉は北海道の一部であるということを確認いたしましたので、ポツダム宣言の第八項にあるこの「北海道」というものの中に当然国後、択捉は包含されておるものと、こう解釈をして差しつかえないかどうか。これが当然であろうとお尋ねしておるわけですから、そのとおりならそのとおりとおっしゃっていただけばけっこうです。
#141
○政府委員(有田圭輔君) この「北海道」と申します場合に、実際の行政区画がどうであったかは別といたしまして、ポツダム宣言その他に「北海道」と申します場合、北海道本島を意味したものだと思います。それに附属する諸島ということだと思います。
#142
○川村清一君 行政区画は北海道ですよ。戦前も北海道国後、択捉は全部島に役場があるのですよ。
#143
○政府委員(有田圭輔君) これは日本側の行政区画においては、北海道という地域が一定の諸島にまで及んでおっても、ポツダム宣言発出の際の、向こう側が「北海道」と言った場合には北海道本島を主として意味したものだと思います。
#144
○川村清一君 そこで、私は出発点にサンフランシスコ条約第二条の(C)項を言っておるんであって、サンフランシスコ条約第二条の(C)項によって、国後、択捉を放棄しておらない、こうおっしゃる。そうして、国後、択捉は戦前においては北海道の一部をなしておった、行政区域の中に入っておった。したがって、ここで言う「北海道」というものの中には当然国後、択捉は含まれるでしょう。それを否定されるならば、サンフランシスコ条約においてこの島は放棄しないという政府の議論はくずれるのではありませんか。重ねて申し上げますが、その次に、一九四六年一月二十九日、連合国最高司令官覚書と言われたメモランダムが出されております。これが一番問題になるのでありますが、この覚書には、「日本の範囲に含まれる地域として」、その中に北海道というものが明記されておる。ところが、その次に、「日本の範囲から除かれる地域として」ずっと島が書かれておりますが、その中に「千島列島、歯舞群島(水晶、勇留、秋勇留、志発、多楽島を含む)色丹島」となっております。そこで、ポツダム宣言第八項に書かれておる「日本国の主権は、本州、北海道、九州及四国並に吾等の決定する諸小島に局限せらるべし。」――北海道には主権が及ぶ、こういうふうに書かれておって、次に、連合国最高司令官の覚書の中において、日本の地域から除かれる地域として千島列島、歯舞群島、色丹島と、こう書いてある。そうして、この最高司令官のメモランダムというものが一九四六年一月二十九日に出たために、この国後、択捉、歯舞、色丹、この中に施政権が及ばなくなってしまった。行政権が及ばなくなってしまった。ここから問題がたくさん出てきている。現在なお解決されない問題があるわけであります。そこで政府は、国後、択捉は固有の領土である、いまだかつて外国人によって支配されたところではない――ということは、歴史的に日本国の主権がずっと及んでおったところである、行政権がなされておった。ところが、こういうメモランダムが出たことと、カイロ宣言、ポツダム宣言、そうしてサンフランシスコ平和条約、これらの関連はどう説明されるか。ここがきちっとならなければ、これから私がいろいろ質問する問題、これが解決しない。これは昨年、北方領土問題対策協会設立の審議の際に、この問題でずいぶん時間をかけて議論をした。法制局とやり合ったんですけれども、どうしてもこの点でもって問題が暗礁に乗り上げて解決しないわけなんです。そこで、政府の御見解をお尋ねしておいてこれから問題を発展さしていきたい。
#145
○政府委員(有田圭輔君) 先生御指摘のこのメモランダムでございますが、「若干の外廓地域を政治上、行政上日本から分離することに関する覚書」、一九四六年一月二十九日付の指令だと了解いたしますが、これの第六項には「この指令中の条項は何れもポツダム宣言の第八条にある小島嶼の最終的決定に関する連合国側の政策を示すものと解釈してはならない。」、こうございます。したがいまして、これは占領行政の便宜のために行なわれた指令でございまして、この領土の最終的帰属その他は当然平和条約で決定さるべき問題でございます。第一に、サンフランシスコ平和条約におきまして、この点につきましては、第二条(C)項におきまして、われわれは樺太、それからキューライル・アイランズを放棄するということを明言いたしました次第でございます。しかも、このキューライル・アイランズという中には、国後、択捉というものは含まれていない。それは日ソの関係におきまして、一八五五年の通好条約に、明らかに得撫島以北十八島というものをキューライル・アイランズと定義しておる。また、われわれの感情といたしましても、この国後、択捉は一度も外国の支配下になかった、われわれが使用しております固有の領土である。したがって、この返還を要求する、このように考えております。
#146
○川村清一君 その辺のいきさつはわかるのであります。そこで私お伺いしたいのは、いわゆる大西洋宣言、それを受けてカイロ宣言、それを受けてポツダム宣言、それを受けて日本国の無条件降伏、そして一九五一年のサンフランシスコ平和条約、こういうふうに発展してくるわけであります。そして平和条約において、日本は第二条(C)項で千島列島を放棄した、しかし、この千島列島には国後、択捉は包含されない、これが政府見解であります。そうしますと、この一九四六年一月二十九日のメモランダムというもの、これは最高指令官の覚書、しかしながら、その上のいわゆる連合国の最高首脳部が政治的に決定したこの事項に軍司令官の覚書というものは違反しておる、こういうふうに考えるのですが、違反でないとするならば重大な過誤をおかしておる。もっともこの覚書には竹島も入っておる。「日本の範囲から除かれる地域」として竹島も入っておる。そうしますと、いわゆる連合国の最高首脳部が決定した戦略路線というものに現地の軍司令官というものは違反――と言えば言い過ぎかもしれないが、この方針を誤っておる、こういうふうに解釈する論理というものは誤りでございますか。
#147
○政府委員(有田圭輔君) 先ほど申し上げましたように、これは日本が降伏し、占領下におきましてどのように日本に占領行政を行なうかという使宜的な措置でございまして、これによって何ら日本国の領域が決定されたというふうには解しておりませんし、また、そのように解すべき種類の命令ではございません。したがいまして、日本の領域はサンフランシスコ平和条約において決定され、また、対ソ関係におきましては、今後におきまして話し合いをして決定をする、このように考えております。ですから、命令は命令として、何らそれ以前におきまして連合国側の決定に違反するものでもないと、このように解釈しております。
#148
○川村清一君 重ねてお尋ねいたしますが、この命令によって、国後、択捉に当時在住しておった日本国民が非常な損害を受けておる。この島民たちは何も好きこのんで北海道本島へ逃げてきたのではなくして、ソ連の強制的な命令によって引き揚げてきた。そのためにすべての財産を放棄してきた。大損害を受けておる。この島民の受けた損害に対する補償なりといったようなことはだれがするのか。放棄したことのない日本の主権が存在しておるこの地域に住んでおった住民が、自分の意思に反してその地を去らせられてたくさんの財産を残し、その財産が何ら補償されておらない。これは戦後各地から引き揚げてきた方はたくさんありますが、これとは違う。日本の全くの固有の領土で行政権の及んでおったところであります。この行政権が、いわゆる最高司令官の覚書によってそこから分離してしまった。そのために受けた住民の損害は、政府は一体それを補償する責任がないのかどうか。この点――時間がありませんから、せっかく水産庁の長官にお見えになりましたが、悪いですが、この次にしてください。――それを政府見解として外務省はっきり述べてください。
#149
○政府委員(有田圭輔君) これは、損害を補償すべきかすべきでないかということのお答えは、外務省の所管事項と離れると思いますが、これは、先ほどの命令の違法かどうかというようなお話につきましては、私といたしましては、これは違法ではないと、その時点において占領行政上の権限において行政分離を行なったというふうに解釈しております。
#150
○川村清一君 最後に、外務省の所管でなかったらどこであるかということが一つと、それから、違法でないかもしれないけれども、司令官としては誤ったものである、勘違いしたものである、平たく言えば、ミスである、こういうことになりませんか。
#151
○政府委員(有田圭輔君) これは、その当時に、われわれといたしましては、ポツダム宣言を受諾し、また最高司令官が行政命令としてそのような措置をとったものでありまして、その点についての判断がどうであるか、また、日本側から見てどうこうということを申し上げる立場にないと存じます。
 また、その補償問題につきましては、外務省所管事項ではございません。これは、どちらの所管か、私、またおしかりを受けるかもしれませんか、ただいまのところ、お答えいたしかねます。
#152
○国務大臣(山中貞則君) どうするかは別にいたしまして、北方領土関係者の資産その他の問題は私のほうの所管でございます。
#153
○委員長(塚田十一郎君) 他に御発言もなければ、質疑は尽きたものと認めて御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#154
○委員長(塚田十一郎君) 御異議ないと認めます。
 それでは、これより討論に入ります。御意見のある方は、賛否を明らかにしてお述べ願います。
 別に御意見もないようでございますが、討論はないものと認めて御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#155
○委員長(塚田十一郎君) 御異議ないと認めます。
 それでは、これより採決に入ります。
 沖繩・北方対策庁設置法案を問題に供します。
 本案に賛成の方の挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#156
○委員長(塚田十一郎君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
#157
○山本茂一郎君 私はただいま可決すべきものと決定されました沖繩・北方対策庁設置法案に対し、自由民主党、日本社会党、公明党、民社党の四派の共同提案として附帯決議案を提出いたします。
 趣旨説明は省略させていただき、案文を朗読いたします。
    沖繩・北方対策庁設置法案
      附帯決議(案)
  政府は総力を挙げて沖繩復帰対策の推進に取り組み、万遺漏なきを期するとともに、とくに左の事項について善処すべきである。
 一、沖繩の経済及び社会の開発、発展を図るための基本的な施策の策定に当つては、沖繩県民の意向が反映されるよう十全の措置を講ずること。
 一、復帰実現に当つては、沖繩県民の生活に不安や混乱が生ずることがないよう、必要な経過措置、特別措置を講ずること。
 一、復帰後は豊かな沖繩県づくり推進のために、行政面、財政面において特別の措置を講ずること。
  右決議する。
 以上であります。何とぞ御賛成くださるようお願いいたします。
#158
○委員長(塚田十一郎君) 山本君から提出されました附帯決議案を議題といたします。
 山本君提出の附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#159
○委員長(塚田十一郎君) 全会一致と認めます。よって、山本君提出の附帯決議案は全会一致をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。
 ただいまの決議に対し山中総務長官から発言を求められておりますので、この際、これを許します。
 山中総務長官。
#160
○国務大臣(山中貞則君) ただいま満場一致で可決されました附帯決議の趣旨三点、いずれも同感でございますので、賛成の意を表し、さらにこの趣旨をくんで今後全力を傾けてまいるつもりでございます。
#161
○委員長(塚田十一郎君) なお、議長に提出すべき報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#162
○委員長(塚田十一郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。本日はこれにて散会いたします。
  午後一時四十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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