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1970/03/10 第63回国会 参議院 参議院会議録情報 第063回国会 文教委員会 第4号
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1970/03/10 第63回国会 参議院

参議院会議録情報 第063回国会 文教委員会 第4号

#1
第063回国会 文教委員会 第4号
昭和四十五年三月十日(火曜日)
   午前十時十二分開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         楠  正俊君
    理 事
                田村 賢作君
                永野 鎮雄君
                杉原 一雄君
                安永 英雄君
    委 員
                大松 博文君
                二木 謙吾君
                吉江 勝保君
                秋山 長造君
                田中寿美子君
                内田 善利君
                多田 省吾君
   国務大臣
       文 部 大 臣  坂田 道太君
   政府委員
       文部大臣官房長  安嶋  彌君
       文部省初等中等
       教育局長     宮地  茂君
       文部省大学学術
       局長       村山 松雄君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        渡辺  猛君
   説明員
       文部大臣官房審
       議官       西田亀久夫君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○教育、文化及び学術に関する調査
 (昭和四十五年度における文部行政の重点施策
 に関する件)
 (昭和四十五年度文部省関係予算に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(楠正俊君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 教育、文化及び学術に関する調査として、昭和四十五年度における文教行政の重点施策に関する件及び昭和四十五年度文部省関係予算に関する件を一括して議題といたします。
 政府側から坂田文部大臣、安嶋官房長、宮地初等中等教育局長、村山大学学術局長及び西田大臣官房審議官が出席いたしております。
 質疑の申し出がございますので、これを許します。
 安永君。
#3
○安永英雄君 さきの本会議で、総理も、教育の内容、制度全般にわたって新しい時代に即した教育体系を打ち立てていきたいという方針を述べられました。さらにまた、その席で幼稚園から大学までに至る学制全般にわたって改革をしたい、こういう意思表明もあったわけでありますが、さらに、前の委員会で、文部大臣の所信表明の中でも、教育のあり方について、この際根本的な検討を加える、こういう表明があったわけです。もちろん七十年代に臨む教育の問題については、一つのやはり転換期がきている、いわゆる改革すべき時期がきているというふうには、私も考えておりますから、その立場でお聞きをしたいというふうに考えます。
 したがって、まず第一番に聞きたいことは、そういった所信表明、方針が示されましたけれども、これを具体的にどう進めていくかという問題についての手順といいますか、こういったものを示していただきたい。これは所信表明の中にも、あるいは中教審の答申を得て、それから各層の意見を聞いて云々という、非常に抽象的に書いてありますけれども、この点具体的に、作業として、内容はあとでお聞きしたいと思うのですけれども、手順として、どのようにお考えになっておるかという点について、まずお聞きしたいと思います。
#4
○国務大臣(坂田道太君) 学制改革の必要性の有無を含めました学校教育の総合的な拡充整備の基本的施策につきましては、去る昭和四十二年に剱木大臣のときでございますが、中教審に諮問をいたしまして、ただいまその審議を進めていただいておるところでございます。この春には初等教育から高等教育までの全体の学校教育制度の改革の基本構想試案が取りまとめられる予定になっております。中教審におきましては、引き続き国民各層の意見も聴取しながら、その基本構想の肉づけと、それから実施手順を検討いたしまして、来春、文部大臣に最終答申を行なう予定でございます。私といたしましては、中教審が公表いたしました基本構想試案に寄せられる各種の意見や提案に耳を傾けますとともに、国民的合意の得られる教育制度の改革の方向を見出しまして、答申を受けました段階で制度上、運用上、必要な改革を積極的に進めていく考えでございます。
#5
○安永英雄君 非常に予測できないかもしれませんけれども、しかし、これだけ総理も文部大臣も、さらに剱木前文部大臣の時期から、すでに御構想を練り、進められてきておりますから、大体のスケジュールというのは、もう少し明確に言えるのじゃないかというふうに考えるのですが、春とか来春とか、それからどうなさる。いわゆる答申を得てそれからどうなさる、こういった問題について、もう少し詳しい腹案があればお聞きしたい。
#6
○国務大臣(坂田道太君) 中教審の初等教育から高等教育までの第二十五特別委員会におきましても、非常に熱心にやっておるわけでございます。で、これが四月の末になりますか、あるいは五月の初めになりますかわかりませんが、とにかくその段階で、一応の試案が決定される。あるいは総会に報告をされるということになろうかと思いす。それから来年の四、五月までの間におきましても、ちょうど第二十六特別委員会でやりましたと同じような方法において、国民各界、各層の御意見を聴取するという手順も踏まえるやに承っているわけでございまして、その間国民的合意を取りつける。あるいは国民の御意見を持っておられる方々の御参加をわずらわす、そして、そういうような意見を十分踏まえた上で、日本のこれからの運命を決します教育制度をつくってまいりたい。かように考えておるわけでございます。
#7
○安永英雄君 先でもお聞きしたいと思うのですが、ここで問題になりますのは、やはり国民各界、各層の意見という問題が非常に問題になると思うのです。ここでお聞きしておきたいのですが、たとえば今度の中教審の報告をめぐって、ごく最近、各界、各層の意見を聞かれ、こういった場合に初めて教師集団といいますか、日教組等の意見、こういったものをお聞きになったようですが、この答申を受けて、それから政府として、文部省として、それから各界、各層の意見というのは、この種の問題については長年、もう十数年にわたってこういった学制改革も含めながら研究を続けてきておる日教組の組織も一つあるわけです。これも一つの大きな教師集団の代表としての性格を持っている。これについての意見、こういったものは明確に聞きたいというふうなお考えがありますかどうか、まず当初に聞きたい。
#8
○国務大臣(坂田道太君) 中教審におかれましては、日教組という教師集団に意見を聴取をされたわけでございます。私は最終答申を得ましたときにそのことについては考えてまいりたいというふうに思っております。
#9
○安永英雄君 その問題はその程度にしておきたいと思いますが、私の希望としては、ぜひともそういった各層といった中で意見は聞いてもらいたい。また、これは追ってそういった判断をされるときにもさらに御相談を申し上げてみたいと思っております。
 そこで、総理大臣の施政演説なり、あるいは文部大臣の所信表明の中で、幼稚園から大学に至る教育制度全般についての改革をする時期が来たんだという認識のもとにこれは進められておるわけですけれども、そのことは多少触れてあると思いますけれども、これは時間の関係とかそういった問題で、私どもとしてはその真意、こういったものを中教審等は中教審の検討の中では明らかにされておりますが、これを諮問をされた文部省、文部大臣の、そういった改革をしなければならぬという、現在の教育界といいますか、特に教育制度というものをめぐってどういう現状認識をされておるか。言いかえますというと、こういう状況だからこう改正しなければならぬという、どういう情勢を分析して諮問をされたのか。あるいは現在これだけ明確に幼稚園から大学まで改正するというふうにはっきり言い切った現在としては、この現状認識というものも相当整理されて、明確な立場から進められておるに違いないというふうに考えますので、この点、教育の現状といったものからこの改正に至る現状把握というものについて、大臣のお考えをお聞きしたいというふうに考えます。
#10
○国務大臣(坂田道太君) この改革を思い立ちました気持ちの中には、現在の教育におきましていろいろの問題が投げかけられておるということは安永さんも御承知のことだと思うんでございます。詳しくはあるいは政府委員から御答弁を申し上げたいと思いますけれども、たとえて申しますと、いま一番問題になっておりますのは、戦後どうも人間性の教育というものがつちかわれなくなってきておるのではないだろうかというような問題、あるいはこの大学紛争に象徴されますようなああいうゲバ学生というものがなぜ一体出てきたのか。もちろん、大学それ自体の管理運営、あるいはまた教育、研究のあり方等に問題もあるようでございますが、同時に、大学の問題は単に大学だけの問題でなくて、大学に続いております高等学校教育あるいは中学校教育、小学校教育あるいは幼稚園教育という学校制度それにも、ただいま申しました人間教育ということだけを取り上げましても、これでいいのかという議論もあります。
 また、最近の子供たちの心身の発達状況から考えますと、大体義務教育は六歳児から入るわけでございますが、もう少し早い時期に学校に入れたらどうだろうか、つまり五歳児入学というような、あるいは五歳児から義務教育に入るというようなことを考えるほうがいいのではないかという議論があるかと思えば、また、一方におきましては、そうでなくて、あまりにも教育というものに合理的といいますか、あるいは効率的ということばで表現したほうがいいのかもしれませんが、ただ知的教育を詰め込みさえすればいいということで子供の発展段階に応じた、あるいは能力、あるいはその人の性格、あるいは個人差、あるいは適性、こういうものに応じた教育でなくて、画一的にそういうような制度があって、急行列車のように学校制度を通過することをもってよろしいというような考えも一方にあるという弊害を持っている。だから、むしろそうじゃなくて、しばらく人間教育、情操教育、そういうようなことをかなり時間をかけてやる必要があるのじゃなかろうかという議論も一方にあって、そういうような意見の方から言うと、早期教育はいまの段階ではむしろ慎んだほうがいいのじゃないか、むしろ現制度のほうが定着しておるのじゃなかろうか、こういうような議論もございます。同時にまた、区切りの問題につきましても小学校教育六年、そうして中学三年、そうして高等学校の三年、この三年、三年の区切りというものがどうしても人間性の教育に一貫した教育がなされない。また、それに入学試験制度があって、どうもペーパー・テストを重視するという入学試験のあり方から考えると、中学校に入ったときからもう試験勉強、それから高等学校に入ると大学に入る試験勉強、そういうようなこともあって、六・三・三制という刻みが一体いいのかどうかという議論もあろうかと思うのでございまして、こういうようないろいろの問題がいま出てきております。この段階において、ちょうど六.三.三.四を採用いたしましてから二十数年を経過いたしました今日の段階、さらにこれから先目まぐるしい社会の発展に対して、現在のこの制度というものに対しまして総点検をしてみる時期にきているのじゃないか、こういうような考え方から四十二年に学校制度全般に対する諮問が行なわれたというふうに私は考えておる次第でございます。
#11
○安永英雄君 非常に具体的に現在の教育の中であらわれた考えなければならない問題の、私にとっては提起というふうに受けとりたいのですが、こういった現状を踏まえて教育の大改革をやりたいということなんですが、私の聞きたかったのは、もう少し整理された制度の上ではどうなんだ、人間性の問題ではどうなんだということが、整理された点が一応お聞きしたかったわけです。むしろ私のほうで一応いろいろ大臣のいままでの答弁なり、あるいは文部省の出している発刊物等を見て、はっきりこれは相当な計画のもとに現状認識のしかたを文部省なりに、政府なりにつかんでいるというふうに私は感じたので、その一つ一つを私は批判もしたがったし、そうでありますけれども、非常に今度は砕いておっしゃったのでちょっとつかみにくくなってしまったわけですけれども、要するに、いま最後におっしゃった答申をされる場合に当面の問題としてやはり教育の機会均等、こういったものの中にも問題がある。あるいは国家社会の要請というものに順応しているかどうか、あるいは一番最後にたくさん例をあげられましたけれども、人間の発達段階と個人の能力適応に応じた問題、こういった問題、刻みの問題等も出てくるでありましょうけれども、要するに、この三つの柱の中で、私はたとえば機会均等、こういった問題で問題を提起されておるとするならば、どういう現状を握っておられるか、あるいは国家社会の要請というのについては、どういった社会の要請をつかんでおられるのか。こういったことを聞きたかったのですが、そういった面についてありましたら、これはいろいろデータもとり、いろいろありますから、大臣でなくてもけっこうですが、こういった面について、私は答申されたのもこの三つの柱だと思う。もちろんそうだと思います。答申されたこの三つの柱をめぐって、現在ゆがんだ、あるいは改正しなければならぬ、あるいはここは改正すべきでないとかいろんな諸問題が出てくると思うんですけれども、そういった問題も重要ですから、きょうに限った問題ではないけれども、まずお聞きして、今後の委員会でただしていきたいというふうに考えましたからお聞きしたわけですが、これは担当の方でもけっこうであります。これだけの大改革でありますから、もう少し改革しなきゃならぬという根拠なり現状認識というものは整理されなければならぬと思うし、当然であると思いますから、もう少しお聞きしたいと思います。
#12
○国務大臣(坂田道太君) こまかい問題につきましては、西田審議官からお答えを申し上げたいと思いますが、その前に、私たちが六・三・四制度を採用したその結果、教育の機会均等が非常に高まってきたということははっきり言えるのじゃなかろうか。まあ小学校、中学校につきましては九九%の就学率を見ておりますし、また高等学校におきましても、現在では都会ではもう八〇%をこえるというような状況、それから大学におきましても、まあ短大から大学まででございますけれども、しかし高等教育機関と呼ばれるこの高等教育を受ける当該年齢人口も今日では二〇%をこしておる。こういうことを考えますと、私たちが常に先進国と考えておりましたイギリス、フランス、ドイツというようなヨーロッパ諸国に比べると、その身分あるいは経済的な条件ということにとらわれることなく、相当広い層に教育の機会均等が与えられておるということははっきり申し上げられるのじゃなかろうかというふうに思うわけでございますが、しかし、この教育の機会均等という問題を、単にそういう就学率という形だけでとらえるのでなくて、質的にこれをとらえた場合に、はたしてどうなのかという問題につきましては、やはりわれわれはもう少しさらに前進をしなけりゃならないというふうに思うのでございまして、適性に応じ、あるいは年齢に応じ、あるいは能力に応じた真の教育の機会均等というものが与えられなけりゃならない、かように考えておるわけでございます。
#13
○説明員(西田亀久夫君) ただいまのお尋ね、中教審の昨年の七月に、明治以来、これまでの、過去の学校制度の発達を分析、評価されまして、中間報告が出ております。すでにごらんいただいたと思いますが、その中で指摘されております問題を、ただいまお尋ねの点に即して簡単に要約して申し上げます。
 第一番目の、中教審のその現状に対する分析、評価の観点は、これまでの学校教育が国家社会の要請とどのようにうまく合致してきたか、あるいは国民に対して真にそれが機会均等という観点からどういう点に問題があるかという角度でございます。この点につきましては、わが国の学校教育の普及というものは、社会の経済その他さまざまの発展と非常に足並みをそろえて急速に伸びてまいりました。また今後ともその普及というものはまだ続くであろうという一つの大きな趨勢が見られます。その場合に、今後の学校教育の拡充については、一つは、教育を受けたいという国民の要請にどう応ずるかということと、その学校を卒業していく人々が社会の中で働く場を適切に得るという人材需要との関係において、いかに一つの合理的な調整を行なうかというような観点、もう一つは、その教育がその本人の資質の向上について、どこまで有効な効果を上げているか、そういうような観点を総合して、今後、学校教育の拡充、整備について合理的な計画を立て、それを計画的に実施していくというような、そういう考え方が必要であるということがいわれております。その場合に、機会均等の点につきましては、特に就学前教育の段階におきましては、幼稚園、保育所の両者の機能がそこに必ずしも十分にうまく調整されていない、そして各都道府県におきます就学前教育の機会には、かなりにアンバランスがございます。またその中には、公立と私立という状況の違いによります父兄負担の格差というものも明確に指摘されております。その点から就学前教育の振興について、国としてもう少し積極的な機会均等の実現についての方策を考えるべきであるということが一つでございます。
 さらに、高等学校の教育も急速に普及してまいりましたが、これを地域別に見ます場合にはやはり公・私立の比率にいろいろな違いがありますし、地方の必ずしも富裕でない県におきましては、高等学校の設置にかなり重い財政負担をしながら、なおかつ、必ずしも進学率については十分な状況でないというようなこともございまして、高等学校の教育の普及についても、そのいろいろな地理的、財政的な条件について検討すべき問題が指摘されております。特に高等教育につきましては、国立を私立との父兄負担の格差というものが実質上進学に対して大きな支配的な要因となっておるということが、具体的な資料によって指摘されておりまして、家庭の職業であるとか、あるいは父兄の経済的な能力であるとかいうものが、学問的な能力以上にかなり大きな支配的な要因として出ておることが指摘されております。
#14
○安永英雄君 簡単でいいですよ。
#15
○説明員(西田亀久夫君) はい。そのような観点から、学校体系におきましても、基本的にこれらを改革すべき問題点があること、あるいは財政上の問題につきましても、教育投資についての今後の考え方などが指摘されております。
 で、これらはすべて過去の実績についての評価でございますが、現在、審議会は、先ほど大臣もお話しのように、いままではそうであった、しかし、さらにこれからの社会の変化に応じて教育にどんな問題が投げかけられてくるか、それが教育としてどう受けとめなければならぬかという将来に向かっての問題の、具体的な問題のとらえ方を現在審議中でございまして、それらを両方含めまして、改革の基本構想というものにどう具体的な解決策を考えるかというのが現在の審議会の検討段階であると存じております。
#16
○安永英雄君 せっかく説明いただいたからお聞きしたのですけれども、私の聞いているのはそうじゃないのです。中教審の答申をされた内容について私は十分承知をしておるのであって、文部省自体が教育改革をしなければならぬという現状認識は、まず中教審に諮問をされるときの、こういう問題があるからこういう問題についてひとつ討議をしてくれと、審議をしてくれということを投げかけられてからの問題であるということで、したがって、何もかにも教育の問題なのか、どんな問題があるのか、とにかくあなたのほうにまかせるから、とにかく出しなさいという、そういう不見識な形で文部省が今度の改革に当たっておるとは考えられない。だから私は、文部省の、端的に言えば中教審に三つの柱を示して、これについて検討してくれという限りにおいては、基本的にこの三つについての現状認識をやってこそ私は答申をされたと思うから、別に私は中教審の答申を聞くわけじゃなくて、文部省の態度、こういったものを中教審と照らし合わせて私は聞きたかったんであります。そういう意味でおっしゃっていただきたいと思うんですけれども、もう時間もありませんから、この点については全く中教審のあの答申と、文部省の出された意見というのは一致しているというふうに、いまそういう意味でおっしゃったのかどうか、それだけお聞きしたい。そのつどそのつど出しているけれども、これは全く答申をした意味と同じような情勢分析をしておられておるというふうにとられておるのかどうかということのほうをまずお聞きしたい。
#17
○説明員(西田亀久夫君) 四十二年の諮問の際には、従来の中教審に対する諮問の形式とは違いまして、諮問事由につきましては、戦後二十年を経て、さまざまな問題の指摘があるから、この際、基本的な線から再検討をお願いしたい。さらに、将来の世の中の変化に対応するために、二十年、三十年の先を見通した教育のあり方というものを見通してもらいたいというきわめて一般的な理由でございまして、その際に検討すべき課題というものを文部省としては提示いたしておりません。そして、諮問の際に検討していただきたい三つの観点というものを取り出しまして、その場合に、教育制度が国家社会の要請にどのように適応しておるかどうか、あるいは個人の人間の発達段階と適性能力に応ずるという観点から、いまの学校制度のどこに問題があるかを考えてもらいたい。また、三番目には、教育費というものの効果的な配分、その適正な負担区分という観点から検討していただきたいという三点をあげておられます。ただ、諮問の際に文部事務次官が補足説明といたしまして、その際に、当時の文部省当局として考えておりました主要な問題の意識というものの説明をつけ加えております。その中には、第一番目は、わが国の高等教育というものが、急速に普及してまいりましたが、その全国的な配置なり、計画的な設置という問題について、どういう将来の考え方をすればいいかということが第一の問題であったと思います。それから第二番目には、高等教育と中等教育との接続について、一般教育その他さまざまな問題が指摘されておりますが、その点について学校利度としてどういう改革を考えるべきかという問題の指摘がございます。それから三番目には、国民教育として五歳児就学とか、あるいは幼稚園義務化などさまざまなことが言われておりますが、国民教育の始期と終期というものについて将来どういう考え方を取るべきか、この点について一つの方向を出していただきたい、これは文部省自身の見解と申しますよりも、問題の意識でございます。最後には、学校教育と社会教育の関係という観点について将来のあるべき姿をひとつ検討していただきたい、この辺が次官補足説明によりますその当時の文部省側のかなり中心的な問題意識であった、かように考えております。
#18
○安永英雄君 私は文部省のその後出されたいろいろな資料あるいは見解、こういったものをずっと検討してみますと、これははっきり文部省として一つの学制改革をしなければならぬという現状の把握という問題については貫かれたものが私ははっきり見受けられるので、ただ単に、次官がたまたま付け加えた、こういった問題ではないというふうに私は把握しているからお聞きしたのですけれども、これ以上聞いてもそれ以上のことはおっしゃらないと思うのですが、要するに、文部省としては次官がちょっと説明を加えたという程度のもので、あとは中教審が一応こういった問題について問題を出してみなさい、それからこちらのほうは検討しましょうという態度を正式に表明されたというふうにしか受け取れない。しかも今度の国会で七〇年代という問題を大きく取り上げて、そうして幼稚園教育から大学教育まで抜本的に変えるのだということを、この施政方針なり、今度の文部大臣の所信表明の中ではっきり言われて、こういったことの中ではこれでは私は済まされない、国民のほうには変えますぞと言っておいて、どういう問題があるから変えますぞということは一つも言わないという立場では、私はこれは非常に不見識だと思うし、不親切だと思う。国民は非常にこれは関心を持っている点です。しかし、関心を持っているのは、幼稚園から大学まで変えてしまうぞという部分がばかっと出されているから、どうして変えるのだ、こういう説明を国民にしなければ、これは混乱をさせるばかりだと思うから、私はこの委員会を通じてはっきりさしてもらいたいという気持で言ったわけですけれども、それでは現状認識と、それに立っての文部大臣の今度の全般にわたっての改革をしたいという、その基本的ないまの理念というものについて、文部大臣の所信をひとつ伺いたい。
#19
○国務大臣(坂田道太君) 先ほどから申し上げましたように、日本の教育制度は、特に小学校教育なんかにおきましてはかなり高い水準にあろうかと思うのでございます。そういうわけでございまして、いま冒頭に私が申し上げましたように、はたして教育の機会均等ということばが量的だけでなくて質的にどうなのかというようなこと、これがやはり一番大切な問題、課題ではないかというふうに考えているわけでございます。
#20
○安永英雄君 機会均等の問題が質的に欠けているという、これは幼稚園から大学までの学制改革の基本的な大臣の信念ですか、理念ですか。
#21
○国務大臣(坂田道太君) なかなかむずかしい御質問かと思うのでございまして、一口にはなかなかこれは言えないかと思いますが、しかし、今日人間社会というものが非常に技術あるいは科学技術の異常な発達、それに伴う産業構造の変化、あるいはまた社会生活の変化、その中にはいろいろございましようが、都市集中というような問題もございましょう。そういう中にありまして、テレビというようなもの、つまり情報産業あるいは情報化社会といわれるような高度な社会になってまいりますと、やはりその中に生活し生きていくためには、そういうような技術や、あるいは知識というものが高度になっていくということは当然なことでありまして、それに対するそういう高度な知識あるいは技術というものを身につけたいというのは、これまた人間の非常な欲望ということにもつながってまいるかと思うわけでございまして、それに対して学校制度の中においてもこれをどう受けとめていくか、あるいは異常な経済成長の中において人間性を失わないような、ほんとうに人間をどうやって育成していくか、あるいは個人の持っておりまする人格と申しますか、あるいはそういうものをすこやかにそこなわれることなく伸ばしていくためにはどうしていくか、そういうような考え方から現在の制度というものを一ぺん総ざらいして、機械文明の中において、あるいは異常な経済成長の中において、はたして人間性が保たれるであろうか。そして、その欠陥は学校制度
 のいまの制度でいいのかどうなのか。あるいは学校制度だけじゃなくて、むしろそれは入学試験制度の問題であるとか、あるいはまた教育をする教師自身の問題であるとか、あるいはこういうような高密度社会あるいは大衆社会になってくると、いままでは学校教育あるいは学校制度だけでこれがやっていけたんだけれども、もうそういう時代は過ぎちゃって、そうして学校制度だけでこれを全うすることはできない。社会教育あるいはゼロ歳から就学までの家庭教育、また学校を出まして職業についた後、さらに教育を受けなきゃならない。そういうような機会も与えられなきゃならない。そういう社会に変貌しておる。そういうことから考えると、むしろ生涯教育という形においてこれを考えていかなきゃならぬ。その場合における生涯教育の中において、学校教育制度はどうしなければならないかというようなことが、われわれが諮問をいたしました基本的な考え方でございまして、理念と言えるかどうかはわかりませんけれども、われわれが諮問いたしました考え方というのはそういうことでございます。
#22
○安永英雄君 どうもよくわからないんですが、総理大臣も文部大臣もことしの大きな国政の柱として教育の問題を取り上げられ、しかもその教育の問題が幼稚園から大学まで全般的にわたっての学制改革、こういうものを意図しておるということを国民に示されて、なぜそういった改革の時期がきたのか、またどういう考え方で改革をしようとするのか、その問題については私は明確なものがなきゃならぬと思う。またそれは国民に知らさなきゃならぬと思う。そして国民全部がそう納得し、おっしゃるとおりに納得し、そういった方向にこの教育の改革が向かわなきゃならぬと思うんですけれども、いまおっしゃった点はどうも納得がいかないような気がするわけです。この点は先ほどの答弁からいったら多少おかしいような点もあるんです。教育の機会均等、こういったものの質という問題を見詰めなきゃならぬ。質の問題に
 ついて考えなきゃならぬ。これが一つの大きな学制改革の内容だと、それを私は考えているんだと、その内容というのは具体的にいま示されたと、こういうことで生涯教育、また教育全般、こういう中における学校教育、こういったものを考えているんだと、こう言われるが、生涯教育というのは何を目ざしておるのか。その生涯教育という点については、さっき多少の説明はありましたけれども、要するに、高度な技術とかあるいは知識、こういったものが必要な時代になってきたとか、またその陰に隠れて人間性が非常に圧殺されておる、こういうひずみ、こういったものを変えていくんだということになれば、ますます私はそこらの関連がわからなくなってくるんです。明確にひとつおっしゃってください、あまり長いあれは要りませんから。どういう考え方でやるんだと。
#23
○国務大臣(坂田道太君) 安永さんの御質問を私はよく了解できないからお答えもまた御了解ができないような答弁になるかと思うのでございますが、私の基本的な考え方というものは、教育制度というものはそう簡単に一政府の一時期において何かこうでなきゃならぬというようなことで押しつけるようなやり方はやりたくないと私は考えております。むしろ国民的合意を取りつけつつ、いま問題になっておる問題意識にいたしましても、先ほど西田審議官から申し上げましたような三つの観点というものを、一応われわれは考えておるけれども、そのほかに問題意識もあるかもしれません。その問題意識の選び方でも、私は押しつけるべきものではない。中教審でもお考えをいただきたい、あるいは国民も考えてもらいたい。つまりいままでのやり方というものが、何かこっちでぴしんときめて、安永さんにここで御説明すれば、ぴしんと少なくとも理念的には明らかなことを言って、そしてそれを法制化すればそれでよろしいと、そういうものの考え方で学制改革はやるべきではないのだというような気持ちを私は持っておるわけです。したがいまして、こういうような投げ方でいって、問題意識にしましてもいろいろの問題意識があるだろう。そのうちでどういうものをとらえたらいいのか、だんだん整理をしていって、そうしてこういうような問題点がある。共通の問題意識としてこういうものが出てきた。そうするとこれに対しては一体どういうふうなアプローチのしかたをやったならばいいか。それを実現するためにはどういうような手順と順序を踏んでいったならばよろしいか。こういうようなやり方こそ、私は民主的なこの学校制度改革の態度ではなかろうか。しいて考え方ということをお聞きになるとするならば、私はそういう考え方でまいりたい。こういうことをお答えするより以外に実はその答えができないわけでございます。
#24
○安永英雄君 いまのこの学制改革についてのさばき方といいますか、持って行き方についての大臣の考え方については、私は賛成いたします。しかし、私は当初に聞いたのはそういう意味だった、手順という問題。
 そこでもう一つ、前に戻りますけれども、そこまでおっしゃるならばこの学制改革の問題については、中教審のこの答申というのがおそらく四月か五月、春に出るだろう。それを受けて、そして来年の春ですか、そういったところでしたいとおっしゃるけれども、中教審の答申を受けた以降の国民各層の意見をという表現がありましたけれども、いまおっしゃったような形でいけば、必ずしもそのいつの時期ということではなくて、これはスケジュールは全く考えていない。こういうふうにとってよろしいですか、いまの気持ちは。
#25
○国務大臣(坂田道太君) 先ほども申しましたように、この春、一応の中間答申は得られる、あるいは試案が出される。しかし最終答申は来年の春あるいは四月か五月ということでございます。その最終答申を得ました上において、私がそれを検討し判断をし、さらにまた国民的合意を、さらに私自身としてそういう手順を踏むということも考えられるというふうに御了承を賜わりたいと思います。
#26
○安永英雄君 まあその点はわかりました。その基本的な考え方、さばき方については、私はぜひそういった方向でやってもらいたいと思います。
 ただ、問題は、そうだからといって、国民に押しつけるということではないんで、と申しましても中教審の場合はそれ自体でそれぞれの情勢分折をやり報告をやっております。少なくとも、こまかい問題は別として、幼稚園から大学まで学制改革をやらなければならぬという政府の現状認識と、こういった方向に問題があるから、ここは変えたいんだという、そこはどうでしょう。こういった野放しじゃなくて、やはりあれだけはっきり言い切る場合においては、ただ単に科学技術の進歩だ云々という形で、国民にその時期がきたんだと、こういうふうな言い方は、私はやっぱり無責任なんで、これは限度があります。これはいろいろ限度があるけれども、それにしてもやはり私はあるべきだと思います。しかし、それはいまさら聞きません。
 私はいまから質問していきます。
 したがって、まず第一番に、この改革の問題について、私は憲法並び教育基本法、こういった問題が大きく出てこなければならぬと思うのですけれども、中教審の答申、今日までいろいろ内容を見ますというと、憲法とか、あるいは教育基本法、こういった問題について基本的にさらに振り返って、それの中の範囲において改革するのだという意欲は出ていない、こういうふうに私は思います、いまの答申を見まして。そこで文部大臣にお尋ねをしたいのですけれども、この改革の方向はわかりましたけれども、教育基本法との関係、憲法との関係、こういったものについては非常に憂慮すべき中教審その他の動きがあるし、文部省の発言もある。先ほどもいろいろ意見が出ましたが、たまたま出てくるいわゆる国家社会の要請という問題、あるいは高度の経済成長、あるいは高い技術あるいは知識、こういったものの変革というものが大きく今度の改革の基本になっているような気がする。必ずそのあとには人間形成とかなんとかついていますけれども、全般を通じて見ますならば、私はそういった高度成長政策、あるいは高度の技術、知識というものの今日の非常な上昇ぶり、それに即応するという立場、特にその中における産業というものについての変革とそれに対応する教育政策、こういったものが前面に出てきている、こういうふうに私は総括的に言えると思う。したがって、教育基本法をもう一回読み直す時期が来たんじゃないかというふうに私自身は考えるわけです。教育基本法の理念というのはあくまでも人間形成だ、そして個々の国民、こういったものが知性豊かな、心身ともに健康な国民の存在というものがあってはじめて成長するのだという、いわゆる基本的人権、この主義と平和主義というものを貫いておる、私はとうといやはり教育基本法の第一条だと思う。これを逸脱した改革案はないはずだと思うんですけれども、それについて基本的にどう思われますか、教育基本法、憲法との関係。
#27
○国務大臣(坂田道太君) 憲法並びに教育基本法、私はそのとおりに考えております。
#28
○安永英雄君 私は今日までそう考えてあるならば、相当逸脱した面が出てきているのではないかというふうに考えます。さっきも申しましたように基本法の精神というのは人格の完成をめざしておるし、そうして個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んずる、そして自主的精神に満ちた国民を育成するのだというのが、これが教育基本法の大精神であるわけなんでしょう。したがって、これは調和の問題であるとは思います。けれども、国家社会の要請という問題は、これは確かに必要でしょう。国民が何を考え何を教育に望んでいるかという問題は、これはもちろん大事でありますけれども、教育基本法のこの精神を逸脱してはならない。私は、いわゆる次元の低い教育の問題の取り扱いであったならばたいへんだという気持ちがあるから、学制改革という問題も非常に次元の低い時点で考えることは混乱を起こす、また誤った方向に私は行くんではないか。これはまあ百も承知でしょうけれども、私は申し上げますけれども、戦時中、戦前の教育を考えた場合に、極端なやはり国の要請、権力の要請、こういった形で教の方針が固められ、学制改革もそういった方面でなされたのはもう御存じのとおりであります。したがって、それの結果として出てきたものはこれは非惨なものであったわけです。その反省の上に立ってできたのが憲法であり、教育基本法であったはずであります。したがって私は、もう一回その時点に立ち返って考えなければならぬのではないか。と申しますのは、私は社会の要請という問題について、一つはあまりに産業界、企業というものの要請をそのまま国民の要請、そういうふうに取り違えている点が非常に多くあるのではないか。私はそういった点を懸念するわけで、したがって、今日まで、たとえば高等学校における専門教育の多様化、あるいは高等専門学校の設立についての趣旨、こういったものについては私どもはその当時もずいぶんその真意をただし、反対もしたわけでありますけれども、あまりに産業界――そうして現在の社会というものは産業界を中心にして回っておる、こういうふうな考え方で国民の総意というものが何を考え、何を教育に要求しているかという点については、私は非常に片寄った把握をしておるのではないか。先ほどもいろいろ基本理念なり、あるいは現状把握について質問しましたけれども、そのつど飛び出してくるのは、この産業と非常に関係のある科学技術、高度成長政策、国民経済、こういったものが大きく前面に出てきて学制改革の基本になっているような気がするから、私は申し上げるわけです。
 たとえば、これは大臣は御存じだろうと思いますけれども、四十四年の九月、日経連のほうで、教育の基本問題に対する産業界の見解というものが出ている。ごく最近は、四十四年の十二月一日に、産学関係に関する産業界の基本的認識及び提言、こういう教育に対する問題を提起している。それ以前もずいぶん出されている。私は、産業界が教育の問題についてどのような要求を持ち、教育に何を望んでおるかという点について、黙っておれという立場ではありません。それは当然そういった意見は各層から出るべきだと思います。その各層の一部にはこの産業界の、たとえば日経連のこの教育に対する意見というものは私はとうといと思う。それを私は出すなとは言わぬ。しかし、これを出したことによって、この内容を私はいまから読み上げるのはあまり時間がありませんから差し控えたいと思いますが、たとえば、要点を申し上げますと、四十四年の九月に出ました点で、わが国社会は高度産業社会と言うことができるだろう、高度産業社会のもとでは方向づけるものは、教育の方向づけるものは、推進者は産業界――なかんずくこの推進者というのは経営者である、こういう基本的なかまえの中から教育についての見解が出ておる。あるいは四十四年の十二月の一日に出された日経連の見解というものを見ましても、大学を包み込んでおる社会、これは現体制下の産業社会と現定してよろしい、この産業社会の体制に組み込まれたそこを通じて社会との接触が唯一である、だから大学と社会とのかかわりというものは産業界と大学とのかかわりであるという、こういう理論の構成の中からこの教育に対する意見が出ている。要するに、大学問題という問題は、これはもう社会全般についてわれわれの社会、こういったものが主体になっているのだから、大学と産業との関係というものはここであるというふうな言い切り方も私は中に出ているというふうに見ている。いろいろな見方はありますけれども、たとえば昭和三十三年ごろ、各企業というものは中央研究所というものをつくったのであります。そうして大々的にみずから基礎研究をやるといってこれは出発をしたのでありますけれども、三十九年ごろになって、この研究所はうまくいかなくなったのであります。したがって、企業側では別の企業としてこの研究所を分離する、こういう動きに出たのであります。もちろんこの研究所をつくるときには、各大学から研究者というものを引き抜いてつくったわけでありますが、ほとんどが現在ではまたもとの大学の職場に帰っておる。このことは当然私的な資本の利害の関係から、研究をさせるといって根っこを押えて、やれやれと言っても、これは成功することは当然あり得ない。その時期がすでに来たのであります。したがって、産業界としては産学協同、こういった問題を大きく三十九年ごろから唱え出したのであります。要するに産業界としては自分独自でつくった研究組織というものについては限界があるということで、またもとに戻って、大学の中の研究成果というものを利用する、これ以外にないというふうに判断したのは当然です。それ以降の答申というのはすべて強く出ております。私は産学協同とかあえて言わないでも、産業界と大学とのかかわり合いというのは、言わなくてもあるわけです。しかし、ことさらにこの問題を大きく産学協同という形で取り上げ、それについての提言を堂々とやっておるというのは、これは産業界における一つの運動で彫ります。かかわりについて強調するのは、これは運動であります。一つのイデオロギーと言っても私はいいと思う。こういった考え方の中から出てくる、それが強調される、そうして文部省自身も、そういった社会というものが大きく国民の教育に対する要求だというふうにこれを考えるならば、私はたいへんだと思ったから言ったわけです。具体的に私は例があるんです。現にいままでそういった方向でやった場合に、高等学校における、先ほど言った多様化、高等専門学校の問題は、現実にそういった中で生まれてきておる。次の大学の改革案についても、全くそれと同じような思想が入っておるように私は考えるわけであります。そういった関係で、ごく最近国民の声とか、あるいは科学技術の振興、こういった問題について、大きく今度の学制改革の基底に入っておるのではないかという私の心配なんです。長くなりますので、この点大臣のひとつ見解をはっきり、学校教育法との関係といった問題について、お答えを願いたいと思う。
#29
○国務大臣(坂田道太君) 安永さんのおっしゃるのは少し片寄っているのじゃないかという気がしてならないのですが、そう私たちは何も産業界がこう言うたからどうだというふうにはちっとも考えていません。しかし、産業界だってやはり人間社会を構成しておる有力な社会でございますから、そういうようなことにやはり耳を傾けて考えていく。そうしてやはり私は国民全体の一般的要請に応じた学校制度を考えていく、自主的にそういう問題は考えていくということは当然なことでございまして、ただ、世の中というものは、好むと好まざるとにかかわらず、自然科学の発達と科学技術の発達、産業構造の変化、これはお互い認めていかなければならない。その中におっしゃいました教育基本法の自主的な精神を養う、あるいは人間性豊かな青少年を育成していくと、こういうことがいかにむずかしいかという課題が、まさにわれわれに与えられた課題である。これに対して目をつむっておる限りにおいては、人間性豊かな自主的精神に満ちた、そういう人間形成は私はできないと思う。ですから、そういう自然科学あるいは都市集中、もろもろの人間性を阻害するいろいろのものに対して、われわれが冷酷なような目を見開いて、そうしてそれに対して人間性をどうやって育てていくのかということを考えなきゃいけないのじゃないか。それから、今日大学と産業界との関係、これはもう無関係では、これは研究それ自体が発展しないのです。民間の研究所あるいは大学の基礎研究、こういうものが共同した研究所をつくってやっていくというような世の中になってきておるわけなんで、そのためにいままでの大学というのはあまりにも門を固く閉じ過ぎておったんじゃないか。そういう社会になってきたということをひとつ考えていただきたいというのが私は大学の人たちにしょっちゅう言っておることなんです。象牙の塔象牙の塔ということだけでは今度は大学の一体意味すらわからなくなってくる。むしろ大学の研究がだんだん取り残されるおそれがありゃせぬか。むしろその産業界の人たちがさらに大学に入って行く、あるいは大学の先生になるというような仕組みも考えていく必要があるのじゃなかろうか。そういうような時代を迎えておるのじゃなかろうか。それに対して大学は大学としての学問の自由と、大学の自治というものを守りつつどうやって社会一般の要請に対し、あるいは産業界の要請に対してどうこたえていくか、そこに教育研究をどうやらなきゃいかぬのか、その場合においてまた管理運営をどうしなきゃいけないのか、あるいは教育研究の成果を環元する場合にどういう還元のしかたをしたほうがいいのか、そういうようなことを私はやはり産業界と大学当局とが話し合うとか、あるいはまた協議をする、われわれがあっせんをする、そういうようなことなくしてはいまおっしゃる学問の研究も進まない。あるいはまた教育の場面におきましても人間性をそこなうような結果になりゃせぬかということをわれわれは考えてこの制度全般について考えておる。将来二十年、三十年先のことを考えてどう大学はなけりゃならぬかということを私は考えておるのでございます。そう安永先生御心配になるような事柄じゃないのじゃないかというふうにまあ思えてならないのでございます。
 それから、高専制度にしましても、今日これを評価しない人はいないのじゃないか。これはあるいは意見が違う、その当時御反対であったからまだいまもそう御反対なのかもしれませんけれども、今日高専制度そのものも、私はいままでの六・三・三・四のこの単線型に対しまして、高等学校の段階から一貫して五年間の職業教育、専門教育をやるということはきわめて意義のあることじゃないか、もちろん高専制度、それの内容充実等についてまだ不十分だと、あるいは一般教養をもう少しやったほうがいいとかというような議論はございますけれども、ただ高専制度自身についてまだ疑いをもっておられるというのはどうも私にはわからないわけでございます。何かその安永さんあたりのお考えの中には職業教育や何かをやることは何か間違いであると、何か一般教養みたいなことをやっておるのが教育のすべてであるというようなお考え、まあそうではなかろうと思いますけれども、そういうふうに受け取れるようなおことばでございまして、私はむしろその職業教育を通じて人間形成もできることであるというふうに考えておるわけなんで、たとえば中国にしましてもソ連にしましても、むしろそういうことを強調しておる。しかもこの教育基本法の中に勤労を尊ぶということもあるわけでございます。学びながら教育をするというような、そういうような制度も拡充をしつつあるわけなんで、その辺をあまりそう産業界産業界と、そうして、それに何かわれわれが一辺倒で制度を考えておるようにおっしゃいますけれども、われわれはそうではないので、一般的な国民の要請を考えつつ、どう教育制度はなけりゃならぬか、そして、時代の進展、工業社会あるいは高密度社会に対応する制度としてあるべき姿をいま模索をしておる、ひとつこうお考えいただけないものかというふうに思うわけでございますが、もし私が間違っておるところがございましたらひとつお教えを願いたいと思います。
#30
○安永英雄君 時間もきたようでありますけれども、まあ、いまから参議院のほうは相当時間がありますから、次々ひとつただしていきたいということで、きょうは主として大臣の基本的な考え方を承っておきたいと思うんですが、いま大臣のおっしゃるような内容についても相当矛盾もありますけれども、さらに、現在出ておる中教審の答申、中間報告、こういったものについては、いま大臣のおっしゃったこととはほど遠いような内容になっていますから、この点については一つ一つ取り上げて、大臣の納得されるような、そして、明らかに私が先ほど言ったようなことが現に起こっておる、また、この案を実施されたらやっぱりそういった点が出てくるということを今後明らかにしていきたいと思う。
 ただ、私は誤解のないようにしてもらいたいのは、高専の問題について、基本的に、いまの高専なくせとかなんとか言っているのではない。要するに、やはり産業界というものも一つの私たちの社会を形成しておるわけですから、これの意見を十分聞かれることも大切だと思う。先ほど言ったように、教師集団の意見を聞かれることも確かに重要だと思う。そのことを否定しておるわけじゃない。あまりにも現在の中教審の問題とか、あるいは今日に至る多様化の問題、いろいろ答申をしてきましたけれども、あまりに、先ほど言った日経連あたりの教育方針がそのまま入っておる。しかもそれは産業界の要請だということを言っておる人もはっきりある。それが出ておるという点について私は注意を申し上げたわけである。教育改革そのものについては、いまの産業界の要請もありましょう。そういうことなら、それらの大きな国民の、ほかにある要求というものを満さなきゃならぬということを申し上げただけでありますから、これは今後明らかにしていきたいと思う。ただ問題は、改革すべき問題が現状の中にあるということを私は認めておる。そういうことできょうは基本的に聞きましたけれども、以上で終わりたいと思います。
#31
○委員長(楠正俊君) 本件に対する質疑は本日はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午前十一時二十二分散会
ソース: 国立国会図書館
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