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1970/04/02 第63回国会 参議院 参議院会議録情報 第063回国会 文教委員会 第7号
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1970/04/02 第63回国会 参議院

参議院会議録情報 第063回国会 文教委員会 第7号

#1
第063回国会 文教委員会 第7号
昭和四十五年四月二日(木曜日)
   午前十時十八分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 三月二十六日
    辞任         補欠選任
     田村 賢作君     今  春聴君
     二木 謙吾君     津島 文治君
 三月三十日
    辞任         補欠選任
     今  春聴君     田村 賢作君
     津島 文治君     二木 謙吾君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         楠  正俊君
    理 事
                田村 賢作君
                杉原 一雄君
                安永 英雄君
    委 員
                大松 博文君
                土屋 義彦君
                中村喜四郎君
                二木 謙吾君
                宮崎 正雄君
                吉江 勝保君
                鈴木  力君
                田中寿美子君
                内田 善利君
                多田 省吾君
   国務大臣
       文 部 大 臣  坂田 道太君
   政府委員
       文部政務次官   西岡 武夫君
       文部大臣官房長  安嶋  彌君
       文部大臣官房会
       計課長      安養寺重夫君
       文部省大学学術
       局長       村山 松雄君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        渡辺  猛君
   説明員
       日本学術会議会
       長        江上不二夫君
       日本学術会議事
       務局長      関戸 嘉明君
       会計検査院事務
       総局第二局長   鎌田 英夫君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○国立学校設置法の一部を改正する法律案(内閣
 提出、衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(楠正俊君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 理事の補欠選任についておはかりいたします。
 三月二十六日付の田村賢作君の委員異動に伴い、理事に一名欠員を生じております。ただいまからその補欠選任を行ないたいと存じます。理事の選任につきましては、先例により委員長にその指名を御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○委員長(楠正俊君) 御異議ないと認めます。
 それでは理事に田村賢作君を指名いたします。
    ―――――――――――――
#4
○委員長(楠正俊君) 国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本法案につきましては、すでに提案理由の説明を聴取いたしておりますので、これより質疑に入ります。
 政府側から坂田文部大臣、安嶋大臣官房長、村山大学学術局長、江上日本学術会議会長、関戸同事務局長及び鎌田会計検査院第二局長が出席しております。
 質疑の申し出がございますので、これを許します。田中君。
#5
○田中寿美子君 今日議題になっております国立学校設置法の一部を改正する法律案につきましては、ほとんど問題がないと存じます。秋田大学に学部を増設する、九州工業大学を工業大学と佐賀大学に改めるという、こういうことでございますので、問題はあまりないと存じます。ただ、日にちに関しては幾らか修正されるのじゃないかという点だけをお聞きいたしまして、私はこの法そのものに関してでなくて、これに関連いたしまして、国立学校――国立大学を中心にしまして、高等教育のあり方、国立大学の管理運営の問題について御質問いたしたいと思います。その修正点、修正をする必要があるのではないかという点だけただいまお答えをいただきたいと思います。
#6
○政府委員(村山松雄君) いま修正点がどういう問題であるかというお尋ねだと思いますので、その点につきまして御説明申し上げますと、この法律案は国立学校の設置法でありまして、学部あるいは大学院の新設について規定してございます。学部、大学院などは、事柄の性質上、通常成立いたしますれば四月一日から発足することを予定いたしておりますので、法律案も原案は昭和四十五年四月一日から施行するという原案になっております。本日すでに四月一日を経過いたしておりますので、すでに実態に合わなくなっておりますので、その点につきまして修正の必要性が出てまいっておるのではないかと思います。
#7
○田中寿美子君 ただいまの点は了解いたしましたので、私、文部大臣に大学改革についてのお考え、特に国・公立大学の管理運営の面でその基本的な態度をお伺いいたしたいと思います。
 もうすでに一昨年来たいへんこの問題については議論されてきておりますし、それから今国会になりましても、もうすでに私どもの同僚がだいぶお尋ねいたしております。私は文教委員は今回が初めてで、ずっと大蔵委員ばっかりいたしておりました。しかし、四十三年以来のあの大学紛争につきましては、だれにもまして心を痛めておりました。なぜなら、私のまわりにも若い大学生がたくさんおりますためでございます。昨年、大学の運営に関する臨時措置法をあのような強行手段で通してしまわれました後、文部大臣は大学改革案を中教審に諮問していらっしゃいます。この答申を待って自分の、文部大臣として方針を立てるんだということを、しばしばこれまでの委員の質問に対してお答えになっていらっしゃるんですが、そのお答えの中では、文部当局にはまるで腹案というものがないかのように、中教審の答申待ちであるというような言い方をしていらっしゃいますけれども、本来審議会というのは、今日各行政機関が使っておりますところの審議会というのは、ほとんど政府の方針を合理化するために使われているというきらいがございます。そういう点で中教審につきましても、文部大臣は六月に出るのを待ってこれによって方針を決定するというような言い方をしていらっしゃいますが、一体中教審の答申をどの程度に取り入れていかれるおつもりなのか、そのままそっくりお使いになるのか、あるいは現在中教審の答申の中間報告試案に対していろいろ各方面の意見を聴取する形が中教審によってとられております。そういったようなものも含めて参考にされるおつもりなのか、その辺を初めにお伺いしたいと思います。
#8
○国務大臣(坂田道太君) この大学の改革の問題は非常にむずかしい問題でございますし、したがいまして、昨年度の大学紛争というものを見た場合に、いろいろ原因がありましょうが、その一つの原因としましては、現在の大学というものがはたしてこれから先の社会の中において果たすべき役割りとしてほんとうにその大学の使命を遂行するためにうまく機能しておるであろうかどうかという問題、これがやはりあると思うのでございます。これに対しては文部省は文部省なりに、あるいは私は私なりに考え方もあるわけであります。また同時に大学を構成しております各大学にも意見があるわけでございます。また、この国立大学について申し上げますれば、国立大学協会というような人たちの間におきましても、やはり意見がございます。あるいは私立大学は私立大学としての意見がある。あるいは学術審議会は学術審議会としての意見がある。そういうところにあまり私どもがこれでなければならないのだというような形を提示することは、いま田中先生が御指摘になりましたように、何か中教審をわれわれの考え方で合理化するための一つの手段に考えているのじゃないかというような御批判も生まれてくるかと思うのでございます。したがいまして、私たちが諮問いたしました気持ちといたしましては、一体何が問題なのか、何を問題とすべきなのかという、まず問題点についての共通の意識と申しますか、あるいは考え方というものを持って、それからどうあるべきかということにつながっていかなきゃならないというふうに考えまして、まず当面の問題としては、管理運営というものを考えるにいたしましても、単に管理運営ということだけではもう大学の問題は解決できないのだ、それからまた管理運営ということを考えた場合には、一体学生の地位というものは大学の中でどう考えられなければならないのか、つまりパーティシペーションの問題等もちょうどフランスの大学改革がございましたために、そういうような渦巻きが日本にも出てまいりましたわけでございまして、そういうことから始めまして、ようやく本年の一月の十二日に中教審としての一応の構想、試案というものが発表されたわけでございます。これにつきましては中教審自身もいろいろの考え方を持っておるわけでございますが、しかし、この試案に対して一体どのような評価があるのか。国民各界、各層はどういうような意見を持っておられるのか、あるいは当局の大学は、どういうような考えを持っておられるのか、あるいは国大協その他の私立大学関係あるいは各種団体はどういう意見を持っておられるのか、あるいは一般国民はどういう意見を持っておられるかというようなことを柔軟に取り入れるべきところは取り入れようというような気持ちから、各種団体とも、あるいは国大協とも、あるいは各大学ともできる限り意見をくみ取るための手続をとって、東京におきましても、また大阪におきましても、二回にわたって公聴会を開いた、こういうことで、やはり日本の将来の大学の位置づけというものを考えていく場合には、国民的な合意というものを前提としてでなければ、幾ら制度をつくってみたところが実際にその運用ができない。したがって、大学の使命でございまする学問の研究あるいは教育というものが果たせない、こう考えまして、非常になまぬるいといいますか、どこへいくのかというような御必配はあろうかと思いますけれども、私としましては慎重に取り扱ってまいりたい、まあかように考えておる次第でございます。
#9
○田中寿美子君 ただいまのおことばですと、中教審の答申が、中間報告が出て、それに対して各方面の公聴会、各方面の意見も聞いて、それから国大協の意見書も出ております。各大学の学長の意見なども出ております。それらをみんな参考にして柔軟な態度で結論を出すんだということになると思いますね。しかし昨年の大学の運営に関する臨時措置法案を強行したときのあのやり方を見ますと、そしてあの中に書いてあることで大体の方針が出ているような気がするのですね、その考え方が、特に運営に関しては。それで、たとえば森戸会長は、加藤東大学長その他の大学の学長の意見を聞かれたわけなんです。しかし、そのときに非常に強い批判が各学長からも出て、それに対してその意見に反論をし、その意見をいれないような態度をとっていられるわけです。このようなことは文部大臣としてはどうお考えになりますか。
#10
○国務大臣(坂田道太君) この新しい国民のための大学をつくるという仕事と、それから当面しましたあのようなゲバルト学生によって占拠をされて、学問の自由と大学の自治とが全く失われてしまったような状況の大学というものを一応大学らしい大学にするという緊急事態に対する処置とはおのずと違うと私は思うのです。したがいまして臨時的なものである。そういう臨時的なものでありますし、おのずと違いますけれども、しかし、私としましては、この臨時大学――大学運営に関する臨時措置法につきましても、あくまでも大学当局の自主的解決の努力を手助けをする、あくまでも手助けをするという形において大学側の自主性というものを尊重してやるという基本方針はあの法案にも貫かれておると思うのでございます。また同時に、御心配をおかけしましたけれども、今日、教育研究を中止するというような事態は避けられまして、そうして大学みずからの自主的解決の努力が実を結びまして、一応ゲバルト学生の横行というものは許さないという形になって、一時は七十五であるとか、あるいは七十七であるとか、国・公・私立合わせました紛争校というものが、今日では国・公・私立合わせましてわずかに十一校、しかも長期紛争校というものは十二月たしか二十二日の段階で姿を消した。そして臨時大学問題審議会というこの委員の任命をいたしましたけれども、この委員を任命いたしましたときにも、でき得べくんばこの臨時大学問題審議会にははからないことをもって私の最上の願いといたしますと申し上げたわけでございます。臨時大学問題審議会は開いたことは開きましたけれども、そういうような私の願いが達成されまして、言うならば伝家の宝刀としてとうとう一度も抜いておりませんし、これからもおそらく抜くことはないだろうということで、あくまでも大学の自主的解決の努力の積み重ねによって大学が平常化した、そして大学それ自体のたたずまいというものをみずから直していただくことを私といたしましては念願をいたしておる、これには今日も変わりがございません。
#11
○田中寿美子君 私は、その臨時措置法のことの御説明をお願いしたわけでなくて、あれはたいへん強行されたものですから大臣も内容を覚えていらっしゃらないくらい審議がなかったわけですね。そのことをちょっといま非常におもしろく聞いておりましたけれども、私、お尋ねしましたのは、森戸会長ですね、大学の学長たちの意見を述べたのに対して意見を聞くと言って呼んでおきながらどんどん反論して、自分たちの中教審の答申というものは絶対的なものであるかのような態度をとっていられますが、そのようなことに対しては文部大臣はどうお考えになるかということです。
#12
○国務大臣(坂田道太君) 私は、国大協やあるいは各大学の先生方がいろいろな意見を述べられることは非常にけっこうなことだと思います。歓迎をいたします。しかし、たとえばある大学の学長が言ったからそれに対して従わなければいけないのだということはないと思うのでございます。それから、いまから考えましてもそう考えておるわけでございます。たとえば学生参加というような問題いろいろございますけれども、何か現在の風潮というのは学生の意思を反映しなければならぬという、このことは私どもも同様に考えますけれども、先生方はそういうことはよもやお考えになっていないと思いますけれども、何か学生の言うことを聞かなければこの学生参加の意味がないのだと、こういうような考え方である。私は、大学なら大学のたたずまいというようなことを考える場合は、やはり譲られないところは譲られないというものがあってしかるべきじゃないかと、その辺のところがあいまいになっておる、力関係によってその大学のたたずまい、あるいは管理運営というものが規定をされてくるというところが非常に間違いであって、やはりこれは理性的な討議の形においていろいろの意見を聞きつつまとめ上げていくということは、私は非常に大事じゃなかろうかというふうに思うのでございます。でございますから、学長のある一つの意見に対して森戸会長がこういう意見であると言うことは当然なことであって、それがないということはむしろおかしい。そして、それをだれが批判するかといったら、一般の社会の人たちが批判をしてくれる、あるいは各党の先生方がまた御批判になる、そしてその時期、その時点においてはいろいろこれはありましょうけれども、ある時間を経過してきますと、それが定着するというような形になって、そのときのことは非常にドラスティックなようなことのように見えたことが非常に国民的合意を得た一つの一致、まあ一致すべかりし点であったということもございましょうし、あるいはそうでないということで前の時点の結論というものがまたくつがえされるということもあろうかと思いますけれども、少なくともそういう過程というものをやはり大事にしていくということは私は大切だと思いますし、どうもその辺のところは、私おっしゃるようなお気持ちはわからぬわけではございませんけれども、何か国大協が言った、あるいは東大の学長が言ったのはすべて聞かなければならない、こういうようなふうに聞こえてならないのでございますけれども、東大の学長が言ったことでも間違いがあるし、反論があるし、批判があるならば堂々と私は主張すべきである、そういうことを、いままで二十年間学問の自由とか大学の自治という美名のもとにわれわれが何かタッチをしなかったというところに私は今日の大学それ自体が国民から問われておる、あるいは学生たちから問われておる諸問題が残っておるのじゃないか、改善すべきこと、あるいは改革すべきこと、みずから大学自治を言っているからにはすでにそういうことに気づいて学生の意思をくみ上げるところの管理運営あるいは教育研究のやり方というものについて具体的にやはり各大学としては今日まで述べられなければならなかったのじゃないか、発表されなければならなかったのじゃないかというような気がしてならないのでございます。
#13
○田中寿美子君 ポイントが少しそれるわけなんで。――私は何も東大学長が言ったからそれを全部聞けとか、公述人の言ったことが全部正しいなんて思っているわけではないので、中教審の中間試案が出て、答申の試案が出て、それをもとにして各界の意見を聞くという場合に、それは一応聞くべきだと思うのです。ですから、一々、言ったことに対して、そうじゃないのだ、自分のほうが正しいというような言い方をするということは、参考人を呼んだり公述をしてもらう意味がないのではないかと言っただけであって、何も私は学生参加のことを、――大々的に学生参加と言ったっていろんな形があると思いますが、そのことを言わなければだめだということをいま全然問題にして言っているのではないということをよくわかっていただきたいと思います。
 それで、そういうことを繰り返していても非常に長くなりますので、国大協の改革案のあの意見書の中に、文相の権限について触れている部分があるわけなんでございます。それは学長とか学部長の選考に関して、かりに学生が参加している場合でも、これが学長及び学部長の自主的な責任、自主的な判断で選考されている限り違法ではない、現行法のワク内では違法ではない。だから、かりに学生が参加していても、これに対して文部大臣が拒否する権限はないということがありますね。それについて文部大臣はどういう御意見をお持ちになりますか。
#14
○国務大臣(坂田道太君) その前に、ちょっと前のことにこだわるようでございますけれども、私が申しましたのは、学長とそれから森戸会長とが、何といいますか、お互いにディスカスをする。私はそのディスカスが非常に大事なんで、ただ言いっぱなし、聞きっぱなしでは意味がないのじゃないかということなんです。むしろそういうディスカスの過程において、東大の学長が何か言う。それに対して、いや私たちの言う意味はそうではございませんよ、こうです、あなた方のおっしゃる点はこうではございませんかというようなことを言う過程において、森戸会長や中教審の委員の方々が聞いておって、なるほどそれは東大学長の言うこともいいことだ、これは取り上げようという形が出てきてしかるべきだと、こういうふうに思うのです。
 それには深入りいたしませんが、いまの学生参加の問題でございますが、ここがまた、質問をどういうふうに受け取っていいかわかりませんけれども、学生が参加して人事権に参加するというのがどういう形において行なわれるかということが実は一番の問題でございまして、一般的にはなかなかそれは実は言えないと思います。たとえば一橋方式みたいな形における拒否権という形も、あれもやはり学生参加だというふうに見る、あるいはまた、あれは全く一つの人気投票みたいなものなんだというふうに見る、あるいはそういう意味じゃなくて、最終的にはいまの法令にございまするような範囲内において、最終的には、そういうようないろいろな学生の意思をくみ取る手段方法を考えるけれども、最終的にはやはり教授会の意思によって、そしてきまっていく。あるいは評議会の意思によってきまるということであるならば、私は現在の何といいますか、法律に違反するということにはならないのじゃないかというふうに思うわけでございます。
#15
○田中寿美子君 何べんもくどいようですけれども、森戸会長が学長の意見を聞いたときに、こんなものは論外であるというようなことを記者会見で発表しております。そして新聞にも、単に聞きおくだけで一向それを参考にしないようなことならば、呼ばなくたって同じようなことじゃないかという批評がありましたので、念のためにそれを申し上げたわけで、文部大臣の場合には、そういったような意見をいろいろ参考にして、そして答申をきめるのだというふうに理解いたしますが、そのように理解してよろしゅうございますね。
#16
○国務大臣(坂田道太君) 森戸さんも私と同じようなお考えと承っておりますよ。何か私、取り違えだろうと思います。そういうふうに私は森戸先生とお話をして、今日まで特に国民的合意を取りつける努力をしてきているわけですから。
#17
○田中寿美子君 新聞に発表された談話ではそのようには取れない談話を発表していらっしゃる。
 そこで大臣がお出かけになる時間があるようですから次の問題に移りまして、事務的なことであとで事務当局の方にお尋ねしたいと思います。
 一つは、次の問題はまあ大学、日本の大学のあり方について、これは根本的にいろいろ問題にしなければならない問題だらけでございますが、特に管理運営の面で考えてみますと、非常に高等教育が安上がり教育になっているということなんですね。非常にいま大学に行く人がふえていて高等教育は大衆化している。数から見ましても、昭和四十三年百五十万の高等教育を受けている人がある。大学の数が八百五十二校もある、短大合わせて。そういうふうな量が非常に拡大しているのに対して質のほうはどうかという点なんですが、学生一人当たりの教育経費、消費支出経費、これは国際的にいうとたいへん低いのですね。その辺のデータお持ちでございますか。
#18
○国務大臣(坂田道太君) 確かに二十年の歩みを考えてみますると、量的拡大が非常に大きく、たとえば、昔でございますと大学生というのは八万ぐらいだったのが、今日は百五十万とか、あるいは百六十万というようなことになってきております。そのことそれ自体はまた一面において私は意味があると思いますけれども、しかしやはり量的拡大を急いだあまりに質的充実というものがそれに伴わなかった、あるいはそれに対する十分の配慮をわれわれは欠いたということは率直にこれを認めなければならないというふうに思いますし、一九七〇年代の高等教育機関のあり方ということを考えた場合には、御指摘のとおりに、私は質的充実だと思うのでございます。しかし、この質的充実と申しましても、やはり大学の先生をすぐ養成するということはなかなか実は困難だと思いますし、数量的にいまの八万だったものが百五十万とか百六十万とかというようなことになったということと同時に、私はその高等教育機関といわれる大学、まあ短大から大学までに入ってきておる生徒たちも、昔ならばA、Bの上ぐらいまでしか大学に入れなかった。しかしながら今日はA、B、C、Dぐらいまでも入れるようになった。それからそれを受けておるところの先生たちだって、昔ならばAのクラスというような先生ばかりだった。それが今日では受けとめている先生自身もA、B、Cのような人たちも大学の先生にならざるを得ないような状況になってきたということ。しかし今度は百五十万、百六十万の中には、特に国立大学に入っておる中には、年収――これは少しデータが前でございますけれども、六〇数%の人が百万円以下の家庭から入ってきておる。この事実はやはり非常な戦前と戦後の私は変わり方でいいことだ。フランスあたりで農民の子供も、あるいはまた労働者の子供も大学へというドゴールが演説をやらなければならないのに引きかえて、日本ではすでにそういうものが達成されておる。ただ私が申し上げたいことは、国立大学三十万の一学生当たりは、いつもここで申し上げますけれども、ここに大体頭割りでございますけれども、八十万ぐらい、私立大学は、財政投融資を含めましても二万七千円か三万円以下、補助金だけでございますと一万円以下だと。それゆえに今度は、私学援助ということ、経常費、人件費を含む援助を考えたわけでございますが、しかも一教官当たりの学生数というものも、国立大学については、戦前も大体一対八、そして今日も大体一対八、これは女子も含みますし、頭割りでございますけれども、そういう形になっておる。ところが私立大学のほうは、一対三十とか一対四十とかいうことになっておる。この八十万円といいますけれども、これは病院とか研究所とかいうものをはずしますと、おそらく四十万円くらいに経費はなるのじゃなかろうかと思います、一人当たり。その点、たとえばイギリスですと、大体八十万円。ですから、その半分程度。それからフランスは二十八万というようなことでございまして、国立大学に関しては、そう諸外国に比べて低くは――アメリカなんかに比べればそうでもございませんけれども、ないんじゃないかというふうに思います。ただし、私学を含めて計算しますと、おそらく一人当たり十四、五万というようなことになりますので、そこで私は、やはり私立大学の百十万の学生も大学生なんだ、高等教育を受けている人材なんだ。あるいは私立大学といえども研究の成果を社会に還元しておるんだというその実態を踏まえて、やはり量と同時に質ということを考えた場合には、国立大学まではいかぬにしても、少なくともその本務教授の半分ぐらいまでは国が援助していくというようなことを達成していかなければいかぬのじゃなかろうかというのが私の考え方でございます。
#19
○田中寿美子君 その量がふえたことは、確かにみんなが大学に行けるようになったのですから、私もその点は進歩だと考えているわけです。しかし、それが同時に、量がふえたために、一人当たりの単位教育費ですか、それがぐっとそれで下がったというのじゃなくて、教育のために使う金が少ないということだと思うのですね。
 それで、量を誇っても、それが原因になって、学生の問題、大学の紛争も起こってきている。そういうことを考えますと、非常に早急に質を上げなければならぬ。教師を養成するお話をなさいましたけれども、それは教師だけの問題じゃないと思いますね。非常に近代化してきたこの技術革新の時代には、私立その他で非常にお金が要るだろう。それにもかかわらず、一九三五年当時の、一人当たり十四万円というような高等教育に支払っている単位教育費ですか、これが今日依然としてまだそのとおりであると、その状態であるということ。高度経済成長政策を積極的にとった年から今日まで単位教育費が同じだということ。非常にその点は、文教の責任におありになる大臣として、七〇年代の教育をおっしゃったので、それならば、一体今後どういう見通しをお持ちになるのか。単位教育費というのは、アメリカで八十万、イギリスで八十一万、西独で三十五万というような金をかけているわけですね。ですから、これに対してどういう見通しをお持ちになるか、それを積極的に主張していらっしゃるのかということが一点です。
 それから、いま文部大臣のほうから、国内における私学と国・公立の大学とのアンバランスのお話が出ました。ですから、量がふえるということによってアンバランスがさらに拡大してきている。こういうことが、紛争のまた大きな原因にもなっているわけなんです。ですから、量に対して質を早急に引き上げるというその対策がなければならない。その辺をどのくらいの見通しを立てていらっしゃるのか。私は、それは具体的な計画があってしかるべきだと思いますがいかがでしょうか。幾らぐらいまで引き上げるつもりなのか、何年の間に。
#20
○国務大臣(坂田道太君) いま先生の御指摘になりました単位当たり十四万円という意味の内容を実は先ほど私は申し上げたわけなんで、そういう見方では抽象的観念的にはわかりますけれども、実際に即しますと、そうじゃなくて、国立大学の三十万についてはかなり西欧並みにやっておるのですと。しかしながら、百十万の私立大学については、とにかく一万円以下――つまり人件費について、経常費についてはもうやらないのだという鉄則みたいなものが従来ございました。したがいまして、非常にそこに質的なものが悪いという形に実はなってきておるわけなんです。ところが、従来、われわれ政府としての考え方も、その壁を打ち破ることができなかったわけでございますね。でございますから、もちろん国立大学といえどもまだこれは質的な上昇というものを心がけなければならないが、今日まで、いまおっしゃるように四〇年代ぐらいからちっとも単位費用が増さないのだとおっしゃる意味は、それは私立大学についての何らの財政措置というものを国としてやったことがないから、多少こっち、国立のほうが上がってまいりましても、もう全然動かないという数字になってきておると、こういうふうにひとつ御了解をいただきたいと思うのです。
 そうでございますから、一体これから先どれくらいの当該年齢人口をこの高等教育機関に学ばせるようにするのが適当かどうかという問題そして、そのことから、現在の私立、公立、国立の充実ということでどれくらいお金が要るか、そしてこれで足りないとするならば新しい幾つかの大学をつくらなければならない。新しい大学、今日の社会に対応できるような新しい構想の大学をつくるとすると、一校当たりまあ五千人なら五千人として幾らぐらいかかるのだ、そういうことを、実は先ほど申しますように、中教審でこの五月一ぱいぐらいには中間報告がなされると思いますが、さらに私といたしましては、最終答申の来年の五月までの間に、中教審に、いま申しますような長期的教育計画と同時に、それに要するところのお金、あるいは国民所得の中において何%ぐらいまでは高等教育に使うべきである、その中に局等教育機関にはどれくらい使うべきであるという一応の考え方というものをひとつ検討していただきたいということを、中教審にお願いをいたしておるわけでございます。でございますから、私として、いまどれくらいのお金がかかり、どれくらいかけなければならないかというその数字は持ち合わしておりませんけれども、しかし、先ほどから申しますように、国立大学一人当たりといえども、もう少しこれは増額していかなければならない。いわんや、私学の教育研究の質を高めるというようなことから考えるならば、もう学生納付金あるいは入学金というものは限界に来ておりますから、国といたしましては、やはり相当の援助をしていかなければならぬということが、おのずとそこから生まれてくるのじゃないかというふうに思っておるわけでございます。
#21
○田中寿美子君 いま、百十万の非常に多数を占めておる私立大学の学生の教育費支出というものが非常に少ない、それをいままで考えられていなかったというお話でございました。そうだと思います。それで、国立大学でも私はまだまだ問題がいっぱいあると思いますが、高等教育に国家の財政支出している比率がだんだん下がっているのですね。これは高等教育だけじゃなくて、文教費全体の総予算の中に占める比率、伸び率というものは、昭和四十年度がピークで、それからどんどん下がっているのですね。どんどんと申しますか、上がらないのですね。そういう点が非常に問題だ。教育が大事だとか人間が優先するとか言いながら、実はそういう支出は下がっておる。高等教育の場合に、一九二五年に八二%財政支出をしていたものが、年々下がってきておりまして、六〇年五六%、六五年五四・二%。ですから、大臣がもしそういうことをお考えになるなら、それはきちんと、それを実際に、高等教育の質をよくするために財政支出はどれくらいしなければならないかということを理想を掲げていただく必要がある。
 それから、いま日本のGNPがすごく上がっているというので世界二位、三位、ソ連を入れれば三位というふうに言われておりますけれども、これだってGNPに対する教育費の支出、公共的支出、これを見てみますと、やはり四十年がピークですね。アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本は四十年は一・五%GNPに対して公共的な教育費の支出、アメリカは六・五四%、イギリス五・九二%、フランス三・五八%、西独三・四〇%、イタリア五・八九%、日本が一番低い。日本はGNPにおいてはそれらの国をはるかに追い抜いてきているわけですね。それで日本に非常に大学生の数はふえたという、その点ではアメリカと非常に似ているわけですね。アメリカも非常に量がふえて、いまやアメリカの大学の数が二千二百、六百七十万の大学生がいる。量がふえたために質が低下してはいけないというので、大きな計画をいろいろ立てております。ですから国家が高等教育に、アメリカの大学はほとんど州立と私立、有名な大学はみんな私立でございますけれども、それでも国家が財政支出しているものは非常に大きいわけですね。それでアメリカのカーネギー高等教育審議会のレポートというのがございますけれども、それで見ますと、一九五七年にGNPの一%を高等教育のために使っていたと、六七年にはGNPの二%、これは大学教育です。さっき申しましたのは公共教育ですから、大学だけではありません、全教育を含めてですが、いま申しております比率は大学教育に関してなんですけれども、七七年には三%にしよう、それだけの計画を立てない以上は、急速に技術革新をいたしていくいまの時代に、もう政府の支出だとか、民間からの寄付というものは限界にきている。大きく国家財政を投入しなければならないという考え方の勧告をして、そうしてそういう計画を立てています。文部大臣はさっき国民所得に対する比率幾らということを言われたけれども、国民所得というのはちょっと問題で、それだけでは問題があると思います。ですから、GNPに対してどのくらいというような計画ぐらいはお立てになる気がないのかどうか、お伺いしたいと思います。
#22
○国務大臣(坂田道太君) 私は当然それは出てこなきゃならないと思います。ですけれども、現在の段階では一体大学をどれくらいつくったらいいんだと、あるいはどれくらい高等教育機関に学ばせたらいいのかという、そういうドラフトが実はないままに、ただふやせふやせとも実は責任者としてはそうも言えない。しかし、一応の参考にはなると思います。国民所得のことが出ましたので、まあそれはGNPのほうがいいと思いますけれども、たとえばよくイギリス、フランス、ドイツとおっしゃいますけれども、イギリス、フランス、ドイツは、たとえばイギリスは当該年齢の人口に対して一一%でございますね。それからフランスが一二%、若干こえてきたと、それから西ドイツにおきましてはおそらく八%から九%だろうと思います。ですから西ヨーロッパはどっちかというと非常に質的な、昔のいわばフンボルトの大学みたいな学問のうんのうをきわめ云々というような大学をまだ考えておるわけです。ところが日本は開放型の制度に変わったわけなんです。それはどっちがいいか悪いかという問題がこれは残ると思いますけれども、私は六・三・三・四制度をとった開放型の制度になったことは一部評価する人間でございます。したがいまして、イギリス、フランス、ドイツがあまりに質ということだけにとらわれ過ぎて、まだ身分的にもあるいはまた経済的にも恵まれない人たちの才能というものの開発というのを怠ってきたということがはっきり言えるのであって、私は必ずしもこのことだけでは教育の問題は論じられないと思うわけでございまして、日本はこの点に関しましてはいいところへいっているというふうに思っております。しかし、それで満足しているわけじゃない、ただ御指摘のような質的充実、それからGNPの何%というような長期計画を立てなきゃならぬということは私も考えております。
 しかし実際問題として、たとえば東大の、これもいつもここで申し上げて恐縮でございますが、一万五、六千の学部学生と大学院の学生に対して、三千五百人の教官と五千人の事務職員、合わせまして八千五百人の人でもって教育研究をやり管理運営をやっておる。もちろん、十学部及び十四の研究所がございます、これも全部含めてでございますけれども、いま一教官あたりといっても、たとえば駒場は確かに一対二十、しかし本郷にまいりますと四対八、医学部のごときは一対一・二、そうすると約八千五百で一万五、六千の教育研究というものをやれるような管理運営の方法というものは、何とかやれないのかと私は言い続けてきたのです。一橋はこれはスモールユニバーシティーでございますから、そういうことができたのかもしれませんが、学長みずから――これは増田先生のときですけれども、自分も、学長も講義に立つ、研究所の人たちも教養の講義に立つ、つまり全学出動という形において、もう一年生に入ったときからスモールグループに編成をして担当の教官を置き、そうしてやられているということを私は聞いておるわけでございます。そういうような仕組みというものは、東大では一体やれないのか。で、茅先生に聞きますと、私もそういうことを考えたことがあったんだ、その当時はできませんでした――しかし去年のことでございまして――こういう事態であると、東大としてもそういうことをやるようになるんじゃなかろうかと思います、こうおっしゃいました。ところがあの加藤学長の最近の、これはまだ全学的な形において認められたものではございませんけれども、しかし考え方としては、むしろ全学出動、教官出動、駒場の先生が本郷にも行く、本郷の先生が駒場に行くというようなやり方でくふうをされ始めている。そうして二年一般教育、二年専門教育というようなかたくななやり方でなくて、これを四年間を通じたいわゆるグループという形において、四年間を通じて一般教育をやるというようなカリキュラムの編成等についても考えが出てきているわけなんで、私はそういうようなやり方で相当くふうがあってしかるべきじゃないだろうかというふうに思うので、もちろん、その間、施設設備の問題あるいは教官の待遇の問題はどうせ書き変えていかなきゃなりませんけれども、現在の中においてもう少しやりようがあるんだ。それが何か一種の権威主義というか、あるいは非常に悪いことばで言いますならば、自分の教授としてのいすというものをあまりにも守るがために、若い教官や助手の人たちを登用するという道が開かれておらないという、まあその辺のところにも、これは実はいろいろ学生が問いかけてきているんじゃなかろうかと私は思うわけなんでございます。だから、先生のおっしゃいましたことはまさに私も考えておることでございます。そういうような長期的計画、そうしてGNPに対してどれくらいの予算を出したらいいかということは、できれば私は来年の春ぐらいには中教審の答申も出ましょうし、私どものほうも考えておりますから、そこで初めて長期教育計画というものが出てくるし、そうしてまた大蔵省財政当局に対しても要求というものが責任を持って要求ができる、また皆さん方にも御提示ができるというふうに考えておる次第であります。
#23
○田中寿美子君 その個々の大学の内部の運営の方法について、これは私もたくさん問題があると思います。そういうことではなくて、私立大学も含めて全体の高等教育に投資するところの費用というものは、もっと国家的な立場でちゃんと計画があってしかるべきじゃないかということを申し上げたので、今後どのくらい大学をふやさなければならないか、それにはどのくらい要るかということがわからないというはずはないと思う。たとえば労働力の計算だって、みんなできている。人口の増加率だって、一応予想がされているし、年齢階層別にどれくらいの人たちが高等教育を受けるようになるかということもわかるわけですから、それにあわせてつくるのが、これは全世界的にみな研究していることですので、そういう点から政府の負担というものをもっと高等教育全部にかけて、そうして数は多くても安上がりの高等教育にならないように、そういうことを保証することが一つは大学の運営をよくする保証になるだろう、こういうふうに考えて申し上げた次第なんです。
 それで、大臣が十五分にお出かけになるようですが、ついでにまた研究費のことですけれども、この研究費の政府の負担の割合なんです。日本の場合、非常に比率が低いですね。民間の会社から出ている比率が多いわけです。これは昭和四十三年度ですが、政府負担で二九・四%、会社からが五七・五%出ているわけですね。こういうことをどうお思いになるか。つまり、たとえばアメリカでしたら政府が六七、民間が三三、英国は政府が五三%、民間が四四%、フランスは政府が六二、民間が三五です。民間の会社からの研究費の負担が多いという状態ですね。これに対して文部大臣は、今後どういうふうにしたらいいとお考えになりますか。
#24
○国務大臣(坂田道太君) いま御指摘になりましたことはそのとおりなんで、まあ日本におきます研究というものが、最初の間は研究というのは大学だけだというふうなことだったわけでございましょうが、しかし、今日ではその開発研究、応用研究というものが、各企業におきましても活発に行なわれるようになった、そうしてそういうような比率になっておるかと思います。
 で、私は、企業それ自体がそういうような研究意欲を持つということは、やはり国の発展にとりまして非常に大事なことだと思います。同時に、私は、大学における基礎研究とは一体何なんだ、この辺をやっぱり少し突き詰めて考えてみる必要があるのじゃないだろうかというふうに思います。その意味合いにおいて、何もかにも基礎研究なんだというような考え方でなくて、そのかわり最も基礎的な研究に対しては相当の思い切った投資をしていく、国としてやっていくということが学問の水準を高め、あるいは世界の学問的水準に寄与をする、あるいは創造的な発明・発見というようなものが生まれてくるということになるかと思います。たとえてみれば、自然科学の場合におきましても、どうも各大学が非常に工学の専門をつくるようになりまして、そのまたもとのもとになる理学部というものが比較的諸外国に比べると充実がされていない。むしろイギリスとかフランスとか、おそらくドイツもそうだろうと思いますけれども、理学部というもの、つまりほんとうの学問の基礎になるところに充実をしてきている。これが、私、やはり今後考えていかなければならない課題だというふうに思いますし、それから、いまおっしゃいましたような民間の比率に比べて非常にわれわれの国の投資予算額というものが、研究投資の予算が少ないというようなことにつきましては、今後十分考えていかなきゃならない課題だと、おっしゃるとおりだと思います。
#25
○田中寿美子君 その民間の会社から研究費が出る問題については、あとでもう少し私は触れたいと思うのですが、いまの科学研究費に対して、研究費の負担の問題で、いま文部大臣が基礎研究にはうんとお金を入れなければいけないと言われたのですが、この点で、私、学術会議の江上会長に御意見をちょっとお伺いしたいのです、同じ問題で。
 というのは、あとで学術会議のことはもっとお尋ねしたいと思っておりますけれども、昭和四十二年に科学研究基金の設置の勧告をなさいました。その中に、国の科学振興予算がたいへん少ないと、外部からの寄付金は妨げないが、しかし、大型の研究に対する事業予算は相当たくさん出るけれども、それが出るために小さな基礎的な科学の研究費が圧迫されるというようなことが書いてございますね。そういうことはどういうことを意味しておりますか、もう少し具体的に御説明願いたい。つまり、予算のほうで見ますと、基礎的な研究のほうの予算はずっと少ないですね、まるで。ですから、その辺を今後どういうふうに――いま文部大臣は、基礎的な研究のほうに大いにお金を出すべきだと言われておりますけれども、事実としては基礎的研究のほうの予算が四十五年度要求額でも六百二十九億ですね。科学研究費その他全体で六千百三十三億ですから、少ないわけです。この辺はどういうふうにお考えになりますか。
#26
○説明員(江上不二夫君) 学術会議は科学者の代表機関として、日ごろ、日本の科学研究のあり方ということについての科学者の意見をまとめることをやっておって、ただいまお話がありました勧告も、日本じゅうの科学者の意向を集めてつくったもので、学術会議の会員はもちろんでありますけれども、学術会議の会員の選挙の母体になっておりますいろいろな学会、全国的な学会が約四百近くございます。それぞれの専門について最も権威ある全国的な学会、私どもの理学部会、日本数学学会、日本物理学会といったようなもの、それから文学、法律、全国にわたりまして全部数えますと三百六、七十ございます。そういうところにそれぞれの学問のこれからの将来像というものについてお考えを伺うというようなことをお願いして、実はそういうような経費は全然ないんでありますけれども、中堅あるいは若い研究者が貴重な研究なり時間をさいて手弁当でつくりましたものを、そういうものをもとにいたしまして学術会議に研究費委員会、あるいは長期研究計画委員会というのがございますが、これからの十年先、あるいは五年先の日本の科学技術研究はどうあるべきかというふうなことを扱う長期計画委員会が中心になりまして、それぞれの専門の学術会議の会員が協力いたしまして、それぞれ集められたものを集約してつくったもので、基本的には、日本の科学技術の健全な発展のためにはやはり調和のとれた、あらゆる学問の調和のとれた発展ということ、調和のとれた発展ということが条件であるという立場に立ちまして検討いたしまして、そういう結論を得ましたので、やはり巨大科学に対してはこのぐらいあてがわるべきものである、やはり巨大科学以外の小さな人文・社会科学、自然科学の基礎になるもの、そういうものについてはこのぐらいあてがわるべきだ、また、あてがうべきだということは、あてがって、それが有効に使われるだけの日本に研究者があるし、数年後には生まれるという計算に基づいて、いわゆるマンパワーということもその基礎に置いて出した数字なんでありまして、その中の一環として、最初にちょっと言われました科学研究基金は、その当時出したとき、これから五年後ぐらいには約三百億ぐらいというのが科学研究基金として適当であろうということを申しましたが、その科学研究基金の構想というのは、アメリカのナショナル・サイエンス・ファンデーションといったようなものを非常に参考にいたしまして、そうして日本の科学者の科学研究の実情というものを踏まえてつくりました案で、もちろん学術会議の言うことはそう細部までは議論いたしません。基本的な考え方と大綱を言っておるのでありますけれども、それが政府で取り上げられれば政府部内において細目がきめられるというふうなのがわれわれの考え方でございますので、細部にわたっておりませんけれども科学研究基金の大綱をつくりたいと、それはその当時の考えで、五年後だと約三百億ぐらい。それがビッグサイエンスの外にあってわりあい一般の研究でかなり重要と認められたようなものに力を入れて進めるための基金、アメリカ・ナショナル・サイエンス・ファンデーションは、大体最近の予算は千六、七百億円、五億ドルぐらいがことし、去年のことでありますけれども、それに対しまして、私どもの五年前に三百億と言ったのは決して大きなものでない、むしろ控え目であったというふうに感じておるわけであります。それは人文。社会科学から自然科学の全領域にわたって、ビッグサイエンスを除きまして、特に学問の立場から考えて大きく発展させなければならないもののために使うべき金というふうに考えています。その当時、いま文部省の科学研究費がございますが、もしそういうものが認められましたら、文部省の科学研究費というものはむしろそこに解消する。ことしの予算では七十二億、去年六十億、文部省の科学研究費というようなものは当然その中に解消されるべきだというふうに考えておったわけでございます。
#27
○田中寿美子君 それで、江上先生は基本的に国の予算から出されるべきだというふうにお考えになるわけですか。それとも寄付によってよろしいということでしょうか。
#28
○説明員(江上不二夫君) 私どもの考えといたしましては、そういうものが、たとえば特殊法人のような形でできる、新しいものができること、そういうことまで私どもは別に案があるわけでございませんので、むしろ学術会議の勧告に基づいて政府が取り上げられる過程において御検討になり、その過程において私どもも考えがあれば御相談に乗っていくというふうに考えておりますので、具体的にはやっておりませんけれども、現在特殊法人としてたとえば学術振興会のようなものがございますから、そういうところの事業としてやるということは可能性としてはある。とにかく、少なくともその大部分が国からの費用、国費によってまかなわれる。しかし、もちろんそういう特定な会社などの利益というようなことを離れて、全く国の学問のために自由に使えるということにさえすれば、必ずしも国の費用だけでなく民間の寄付ももちろん喜んで受ける。しかし、もちろんそれがひもつきで特定の利益に使われるようなことであっては引き受けられない。そういう形の意味において国のものとは限らない、そういうことでございます。
#29
○田中寿美子君 どうもありがとうございました。後ほどまた伺わせていただきます。
 先ほどちょっと数字を間違えました。文部省に要求して入っております、文部省が要求しております学術振興費六百十三億ですね。そして科学研究等研究費の関係、これは五十五億、重要基礎研究の推進というのが六十二億で、一つずつ位を間違えておりました。これは学術局の方が来ていらっしゃいますと思いますが、これは科学研究費というのは、文部省の科学研究費だけでなく、科学技術庁とか、あるいは大蔵省関係も入っているわけなんですね。全体として幾らぐらい総計で入っているのでしょうか。
#30
○政府委員(村山松雄君) 四十五年度の科学研究費七十二億と申しますのは全部文部省所管でございまして、他省所管のものは入っておりません。
#31
○田中寿美子君 文部省の所管の分はそれだけですけれども、これはほかの科学技術庁なんかのほうにも科学研究費というものが入っているわけでしょう。それから総理府、大蔵省にも入っているんでしょうか、そういうものは全然ありませんか。
#32
○政府委員(村山松雄君) 科学の研究に関する費用につきましては文部省のみならず、たとえば医療に関する医学の研究につきましては厚生省、それから産業に関係するものとしましては通産省、それから科学技術ということでありますと科学技術庁など関連各省、たとえば農林省なんかで農業関係の研究費は当然あると思います。研究費の取りまとめをいたして世間に発表しておりますのは現状で申しますと科学技術庁、それから場合によりましては経済企画庁あたりで取りまとめてやっております。
 それから国際比較というようなことになりますとOECDと協力いたしまして数字などを把握して発表いたしております。
#33
○田中寿美子君 総額幾らですか、各省に入っている科学研究費は。
#34
○政府委員(村山松雄君) ただいま責任ある正確な資料を持ち合わせておりませんが、昭和四十五年度の予算案、これは大蔵省が発表しました区分別の数字によりますと科学技術振興費といたしまして千百四十億というものを計上いたしております。
#35
○田中寿美子君 GNPからすれば非常に低いわけですね。さっきの学術会議が科学研究基金の設置を提唱されたときに、科学振興のためには研究費ですね、これの科学振興予算というのは総予算の一〇%程度確保せよというようなことを言っておるわけですね。文教予算全体がいま総予算の一一%くらいですね。ですから研究費というのは非常に少ないということがわかるわけで、これで今後日本の科学が進んでいくかというようなことは非常に問題だ、ですからそれ以外のこれまで申し上げましたように、もっともっと大きな数字を文教の責任におありになる文部大臣がお考えになるべきであろうというふうに思います。ことにたくさんの問題が学内に起こっておるときでございますから、そういうことを特にやっていただきたい。
 そこで大学の管理運営のことに入りたいと思いますが、ずっと続けてよろしゅうございますか。
#36
○国務大臣(坂田道太君) 呼びにくるまでいいですよ。
#37
○田中寿美子君 それでは中教審の中間報告の中にありますところの管理運営の合理化、こういう項目がございますが、中教審の中間報告についてはおそらく文部大臣も文部当局も非常に詳しく精通していらっしゃるはずだと思いますが、この中で管理運営の合理化というものは、強化だと私は思いますが、その強化の形態として、改善をはかる方向として、まず学長・副学長によるところの中枢的な管理機関をつくる。それから学長と学部長による執行機関がある。それから第三には学長・学部長の執行機関プラス評議会プラス教授会というものの合議制からなる審議機関を置く。それから学外有識者を適当な機関に入れる。さらに学生の問題では、適当な領域の問題について学生の声を聞くというようなことになっております。この辺ですね。まず、学外有識者を適当な機関にというのはどういう意味にとっていられますか、文部大臣。それから学生を適当な領域にというのはどういう形を考えていますか。――大臣が退席されるそうですが、この問題はあとで……。
#38
○国務大臣(坂田道太君) それじゃちょっと行ってまいりますが、また帰ってまいりますから……。
#39
○政府委員(村山松雄君) 中教審の答申の段階では国立大学の管理運営には、従来大学は評議会あるいは教授会というような管理機関を持っております。これらすべて学内者のみからなっておりました。そこで最近の状況にかんがみまして、やはり大学の運営に外部の声を反映することが必要ではないか。しかし、あらゆる場合に外部の声を聞く必要もないわけでありまして、必要とする事項や場合があるわけであります。大学が、この何と言いますか、閉鎖的停滞におちいるのを防止するような部面においてそういう必要性が特に強い。したがいまして、学外者を管理機構に入れる場合といたしましては、財務でありますとか、それから人事、あるいはその監査機構に外部の有識者を入れたらどうかというようなことを言っておるようでございます。
#40
○田中寿美子君 これは、中教審の中間報告だから文部当局のものではないということだと思いますが、いろいろなことが考えられると思いますね。たとえば理事会のようなものをつくっていくとか、評議会ですか、国立大学の場合、評議会の中に学外からの有識者を入れていくということ、そういうようなことが考えられているというふうにあるんですが、これの数と、それからその働きの仕方によって非常なある種の危険を感ずるわけなんです。
 それから、適当な領域の問題で学生の声を聞くのは、教務とか、広報とか、学生指導とか、厚生とか、そういう面というふうな説明がついておりますね。声を聞くというのはどういうふうに解釈したらいいんですか。これは学生参加じゃないわけですね。ちょっと意見を聞く、こういう考え方でしょうね。
#41
○政府委員(村山松雄君) 学生の声を大学の運営に取り入れていくことにつきましては、方向としてはそういう方向を採用すべきだという考え方でございますが、これにつきましても、やはり学生というものの立場、成熟度など考えまして、おのずから適当な領域としからざる領域があるのではないか。適当な領域といたしましては、学生が大学下、生活し、教育を受けるわけでありますから、その厚生面、あるいは課外活動の面、あるいはカリキュラムなどについて学生がこういう希望を持っておるというようなことについて、それを取り入れるような仕組みというようなことは考えてしかるべきではなかろうか。それから、まあ不適当な領域としましては大学の財政でありますとか、人事でありますとか、そういうものは学生の立場、成熟度を考えれば適当でないという考えであります。しからば、どういう形で取り入れるかにつきましては必ずしも明確な、一義的な結論は出されておりませんが、まあ考え方としていろいろと論議されましたのは、たとえば、新しく改革される管理機構のどこかに学生を参加させる方式もありましょうし、それから、特別な委員会で学生の意向をまとめてそれを取り入れるというようなやり方もありましょうし、また、ある特定の事項について学生の意向を投票その他の方法で表示させて、それを取り入れていくというような方法もあろうかと思います。その具体的な方法につきましては、主としてなおこれからの検討課題になろうかと思います。
#42
○田中寿美子君 全世界的に学生紛争が、大学紛争が起こっていて、どこでもこの学生というものが学問を受ける主体であるという考え方に立って、何らかの形で学生を参加させるという方向にみんな収拾しつつあると思います。これは、各国の例をいまあげる時間がありませんから、それでやはりその点は十分考慮していただかなければならないということだけ、一応申し上げまして、さらにその管理運営のいまは合理化と言われていますが、強化の面なんですが、管理運営を強化するための設置形態として二つの方向が示されている。一つは、「大学の管理運営の責任体制を確立するとともに、設置者との関係を明確化するため、大学の管理組織に抜本的な改善を加える。」その「抜本的な改善」というのは、学外の有識者を入れた新しい管理機関を設けて、そうした設置者、つまり文部大臣から大幅な権限の委任を受けて、大学と設置者との間の責任を明らかにしていく権限なんかを明らかにしていくんだ。こういうふうな説明がついておりますけれども、これちょっとこれだけではわかりにくいですね。たとえば評議員会なんかに入れて、そうして、大幅な権限をそっちへ委任するというのは、どういうふうにするということですか。しかも、その場合には、これは、いま、現行法では大学というのは、一般行政機関なんですね。ですから、その行政機関のままで大幅な権限の委任をした新しい強化された機関にするというのはどういう意味なのか、どういうふうなことになるでしょうか。
#43
○政府委員(村山松雄君) 大学の設置形態に関する改善の意見につきましては、方向が示されておるだけで、御指摘のように、あまり具体的な中身を明確にしておらないので、中教審それ自体としても方向を示して、さらにその外部の意見を聞いたりあるいは大学関係者の意見を聞いたりして詰めていこうという考えがあるようでございます。現在のところの一応の考え方といたしましては、第一の広義の行政機関としての性格を保持しながら、設置者との関係の明確化のための管理組織の抜本的な改善と申しますのは、少なくとも、現在、大学は国家行政組織法等の法令で行政機関としての位置づけがなされており、まあ国立大学につきましては、人事につきましてのみ、まあ教育公務員特例法というような立法措置があり、その他はおおむね慣行というか、そういうものによって設置者と大学との関係が処理されておる。その慣行についてどういうことが望ましく、どういうことが望ましくないかというようなことを検討して、広義の行政機関としておきながらも、かなり特別な地位を認めるような立法措置を講じたらどうかというようなことに相なるのではないだろうかと思います。
 それから、後段のほうになりますと、根本的に設置形態を改めることになりますので、これは国とは一応別の法人格を持つことに相なります。そうなりますと、国は設置の時点においてイニシアチブをとり、あとは、その特殊なる法人の設置形態の立法措置がなされるわけでありますから、その立法措置において国との関係も規定されていき、それによって運営されるということになりまして、国との関係が全く現在とは抜本的に改まることに相なろうかと思います。
#44
○田中寿美子君 いま二つとも御説明なさいました。それで、最初のほうの広義の意味の行政機関ということにして、そうして、しかも、権限を大幅に委任していくというやり方、それは具体的にたいへんわかりにくいのですけれども、私の想像いたしますのに、相当強力に外部の有力者といいますか、あるいは財界の代表やら、中教審のメンバーになっていらっしゃるような方々が考えられますけれども、そういうような人を入れて、そうして指導していくと、そういう考え方、それが入るとすれば評議会ではないかというような気がいたします。
 それから、もう一つの方向は、いまおっしゃったように特別な法人をつくって、それはもう行政機関ではなくなるわけですね。ですから、国家は補助金は出すけれども、それを一括してお金を出しておいて、その運営は全部自主性にまかせる。だから、これに対しては会計検査も何もない、こういうことですね。
#45
○政府委員(村山松雄君) 後段のほうの場合も、これはそういうものを構想して、これは当然立法措置が要るわけでございますから、立法措置によって国会の御判断を仰ぐということにもなろうかと思いますが、いまの段階で考え得ることは、特殊な法人というのは現在公社、公団、それから文部省所管でも、たとえば国立に関しましても国立劇場でありますとか、国立競技場でありますとか、そういうものがございます。これらは設置の際に立法措置を講じ、必要な資産を出資し、それから運営の準則を定め、必要な経費のかなりの部分を国費で補助する、こういうことになるわけでありますが、したがいまして、その運営の指針等は立法措置によってきまるわけでありますけれども、御指摘のありましたように、全くその全面的な自主性ということは、いかなる特殊な法人をつくりましてもこれはむずかしいんじゃなかろうかと思います。大幅な自主性を認める方向で検討がなされるかと思いますけれども、やはり基本的には特殊法人でありますと、国の最終的なやっぱり監督権は残存いたしますし、それから国費の補助がなされるとすれば、これは当然会計検査院の検査ということは不可欠なものだと思います。
#46
○田中寿美子君 会計検査院の検査を受けるというわけですか。
#47
○政府委員(村山松雄君) はい。
#48
○田中寿美子君 それで現在、国立大学は行政機関であるということになって会計検査を受けているわけですね。それで国立大学ですね、公費を効率的に使う、そのために会計検査を受けなければならないことになっているわけなんですが、国立大学の受託研究費並びに奨学寄付金ですね、これらに関して四十三年度の決算報告で見ますと、非常にたくさんの違法があるわけですね。これはどういうわけか、これまでこういうことはあまり報告されていなかったと思いますが、この実態と、なぜこういうことになっているかを御説明いただきたいと思いますが、会計検査院に。
#49
○政府委員(村山松雄君) 国立大学における受託研究と申しますのは、外部から資金を大学に提供いたしまして研究を委託する、大学のほうでそれが大学の本来の教育研究に支障がなく、それからさらに本来の教育研究に有意義であると認める場合には、学長の承認のもとにこれを受け入れて研究を行なう、こういう仕組みでございます。四十三年度につきましては、予算額が三億二千八百万円、決算が五億ということになっております。これは歳入がそうでありまして、それから歳出は、予算額が四億八千五百万、決算が四億八千五百万ということになっております。歳入の予算より決算が多いのは、この経費は国立大学の特別会計におきまして、弾力条項が適用されて、歳入のほうが予算を上回ればそれに見合う歳出がつく仕組みになっておりますので、歳入並びに歳出の決算額が予算より多くなっておるわけであります。で、四十三年度に会計検査院から指摘を受けましたのは、このような成規の手続を経ないで事実上外部から資金を受け入れて、大学が研究に使ったというのが指摘されたわけでありまして、そういう事態が起こる原因といたしましては、たいへんこれは遺憾なことでありますけれども、こういう会計経理の制度につきまして、大学の関係者、特に研究を行ないます教官の側において不なれ、未熟な点があるので、そういう手続があるにもかかわらず、ついそういう手続を経ないで事実上やってしまうという問題があるようでありますし、それからこういう指摘がありまして事情を調べますと、このような委託研究というのは、年度末になって申し出がある場合が多くて、予算が単年度で処理するようなことになっておりますと、受け入れても処理ができないものですから、つい成規に受け入れないで使うというようなことが原因になっておるのではなかろうかということがわかってまいりました。
 そこで、措置といたしましては、趣旨の徹底をはかりまして、こういう事実上の経理をするようなことのないように周知徹底を一そうはかっておりますし、また資金の使い方が会計上非常に研究に不便だという点につきましては、四十五年度におきましては、受託研究費につきましては繰越明許の措置を認めてもらうことによりまして、そういう便法を講じなくても済むようにいたし、こういう事態を根絶させるように努力をいたしておるのが実情でございます。
#50
○田中寿美子君 いま、手続上、大学の教官がよくわからないでやったというような御説明でございますけれども、あるいは年度末に入ってきたからということでございますが、私、四十三年度の決算書で見ますと、東北大学外十六大学で四十三年度中に教官が民間会社からの研究費を受け取って、大学の施設設備を使用して研究を行ないながら、受け入れた費用の全部または一部を受け入れて歳入に納付しないで予算外に経理したということが書いてございますね。さらにその件数は三百三十八件、一億六千六百六十九万ですね。それから奨学金のほうもそうなんですが、奨学金のほうも東北大学外十二の大学で四十三年度中、教官が民間会社等から大学における研究助成等のための奨学寄付金を受け入れ、これを歳入に納付しないで保有し予算外に経理しているものが三百五十二件、四千七百万円余あるということが報告されております。具体的に私も少し聞いたことがあるのですけれども、この特定の民間会社ですね、会社の名前は言いませんけれども、特定の民間会社が教授にお金を持ってきて、そうしてそこで委託した特定の計画をその大学の研究室で研究をして、そのお金を使い部下を養成して、そうしてその部下をその会社に入れてやる、こういうふうな実情が幾つかあるわけですが、まるでこれは一種の、悪いことばで言えば教授がブローカーになって労働力を、技術者を養成して提供してやる、私たちのことばで言えば産学協同ということはこういうことじゃないかという気がするのです。行政機関であれば、寄付金を受けたら、それをちゃんと一たん歳入として国庫に入れて、そうしてあらためて歳出をしなければいけないというような常識が教官のほうになかったというのか、そうじゃなくて、これはもう習慣として民間の会社が金を持ってきて教授と結びつく。あるいは別に悪意でない場合も私はあると思います。たとえば大学の中にすばらしい、一番先端的なコンピューターがない場合には、これは八幡とか富士とかいうようなところに行って、一番新しい技術を身につけなかったならば理工学部の学生としては困るので、そういう点ではそういうところに行って技術を身につけなければならないということはあると思います。ですから、そういうところに行って研究をしたからといって、それが産学協同だというふうに私たちはすぐに非難する気はございません。ですけれども、幾つかの会社と教授の結びつきというような事実があったら、これは非常に重大なことだと思います。もちろん会計検査院のほうではそういう内容に立ち入るわけではなくて、ちゃんと歳入に受け入れないで経理してしまったものを見つけ出されたのだと思いますが、これはそう簡単に見つからないものも一ぱいあると思います。金額にして小さいものもずいぶんありますね。私はその金額は資料としていただいておりますけれども、小さいからそのまま使ってしまうというようなこともある。行政機関である以上は、こういう公費の費用ですから厳格な検査なり監督が必要であると思います。しかし、大学がそういう行政機関であっていいかどうかということは、これは私はまた別の問題だと思っております。このことについてはあとで私は文部大臣の御意見を聞きたいと思っておるのですが、今度特別な法人格、つまり大学公社ですか、そういうアイデアがあって、そしてそれは相当大幅な自由がある。国からの公費をもらうけれども、それを使うことは全く自主的にやる。これに対して会計検査をするとおっしゃいましたけれども、そういうふうな関係になるかどうか。アメリカやイギリスの場合を少し調べてみますと、イギリスは有名なサポート・ノン・コントロールの原則で、大学の経費のほとんど七〇%を国費がまかなっていますね。ですから、イギリスは、私立でもほとんど公立と同じような意味を持っている。そして一切会計検査は行なっていないわけですね。しかし、報告の義務はあるというふうに書いてございますね。これは、金は出すけれども、国は干渉しないんだと。大学というものは大学の自治というものがあるから、だから金は七〇%も出すけれども、内容には干渉はしないのだという法則が貫かれていると思うのです。ですから、このお金を出すところというのは、大学補助金委員会というのが大蔵省の中にあって、それが所管している。そして、文部省の役割りというのは、教員の養成とそれから奨学金制度に関する所管だけでございますね。こういうのは、私、理想的な教育政策じゃないかと思うのですが、アメリカでもいま非常に連邦政府からお金が出ているようです。これにはまた私は別の意味があるかと思います。最近、国防省なんかもお金を出すようですが、別の意味があって、非常にそういう意味では産業と大学教育とが結びついている面があるかと思いますけれども、しかし、個々の大学、民主的な運営をしつつある、そして新しい大学の改革を目ざしている大学では、その会計検査があるというようなことが書かれていないわけですね。私は、日本の場合でも、もし大学公社というものができて、そして会計検査も行なわれない、一たんもらった金は自主的に使う。大学側からいえば、大学の自主性を守るというようなことで、いいように見えて、何か、さっき申しました、すでに幾つかの会社が大学の教授と結びついてお金を寄付していると、こういう形がさらに進んできやしないか。こういう懸念を持つのですけれども、その辺いかがでしょうか。
#51
○政府委員(村山松雄君) 制度を改革する場合にはいろいろなことが考えられ得るかと思いますけれども、私どもの承知しておる限りにおきましては、国費が支出される以上は、それが特殊法人になりましても、それから、これは民間機関でありましても、現在の会計検査院法によれば、会計検査をしないということはできないのではなかろうかと思います。
 それから、イギリス等の事例のお話がございましたが、イギリスにおいても、この大学補助金委員会、一九六四年の制度改革によりまして教育科学省というのができまして、大蔵省から教育科学省に移管されておるようでございます。その後、やはり会計検査をすべきだという意見があって、一九六八年、一昨年からは会計検査が行なわれるようになっておるというぐあいに聞いております。
#52
○田中寿美子君 私が手に入れました資料では、会計検査報告をすることがで承るということですね。しなければならないのかどうか、その辺は知りません。それにしても、これは外国の場合をそのまま日本に持ってくる必要はないわけで、私が懸念いたしますのは、さっきから申しておりますように、たとえば大きなメーカーが大学に寄付して直接取引をしていく、ことに理工科系の人と取引をしていくというふうなことがある現状は、もっと厳重に監視しなければならない。そういうことなんです。
 そこで、もう時間が参りましたから、少し飛びまして、大学の問題解決の方法としてはいろいろなことが考えられますけれども、きょうはせっかく学術会議の江上会長来ていただいておりますので、学術研究費補助金問題について日本学術会議と文部省の間で紛争があったわけですが、その問題について少しお伺いしたいと思います。
 それで、会長にお伺いしたいのですが、日本学術会議というものの発足当時の使命とか目的というのが、日本学術会議法の中に掲げられているわけですね。その性格とか権限とか意義とか、こういうものは今日もちゃんと保たれているかどうかということについて、率直な御意見を伺いたいと思います。
#53
○説明員(江上不二夫君) 現在でも日本学術会議法に従って学術会議は運営されておるわけで、しかし、具体的にはやはり二十年の経験によりまして、学術会議が発足した二十年余り前といまとでは、学術、科学技術が社会において持っている役割りというものも重みがまるで変わっておりますし、意味がかなり変わっておりますので、そういう点におきましては、学術会議の実際の動きというものも、もちろんそれに応じて変わっておるということは申せると思います。
 それから、学術会議自身、また、二十年余りを経過いたしましたので、今期第八期でありますけれども、第八期に、まあ二十年になりますので、それを振り返って、ただいま御質問がありましたような経験、いままで学術会議が学術会議法に従ってどれだけのことをやってきたか、そしてそれがどれだけの効果をあげてきたか、そういう歴史を振り返り、そうして現在、今後かくあるべきであるというあり方を検討するというような委員会などをつくって、ことしの十月ころの総会までにはそれをまとめたいというふうに思っておる。反省すべきところは反省して改革に進んでおるというのが実情でございます。一番大事なことは、日本学術会議というものは日本の科学者の代表機関でありますので、日本の科学者全体がどういうことを希望しておられるかということを学術会議でまとめまして、それを、学者がこういうことを希望しているのだということを政府に勧告する、あるいは申し入れる、そういうことが一番大事なんで、全体の学者の総意を結集する、そのために、先ほど申しました、これは第七期朝永会長のときからむしろ始めたことなのでございますが、最初のころはやっておらなかったことでございますが、先ほど申しました三百六、七十ほどの日本の代表的な学会の方々に、年に何回かその代表の方に集まっていただきまして、それぞれ専門学会としての御希望をお伺いする。それはもうだいぶ前からでありますけれども、「日本学術会議月報」、こういう印刷したものを各学会にお配りする、そうして希望を集める、そういうことは、最初からそういうたてまえでやっておりましたのを、むしろだんだんと経験を踏みまして具体的にやるようになったということだと存じます。これが国内問題としては一番大事なことだと思います。
 それからもう一つは、学術会議は政府の諮問にこたえるというととがございますが、諮問ということはむしろだんだんと少なくなっているというのが実情でございます。しかし、法律によって学術会議に諮問することがきめられていることもありますので、そういうこと、たとえば民間研究機関の助成に関することといったようなことは、法律によって学術会議に諮問する、どういう民間研究機関に助成すべきであるかというようなことは諮問することになっておりますし、それは現在も続けられておる。そういうことはございますけれども、全体として、諮問という形のものは非常に減っているということは申せると存じます。しかし、学術会議は、もちろん、諮問がありそれにこたえることは重要でありますけれども、何と申しましても一番大事なことは、日本の学者の希望を集め、それを勧告するということで、それは従来も行なわれておる。
 もう一つは、学術会議の仕事として、学術会議は本来諮問機関でございますけれども、日本の外国に対する国際的な代表機関という法律の規定に基づきまして、日本の科学者も外国に対する代表機関としてはやはり実施的な面も行なわなければならないのでございます。そういう面では実施的な面も行なっているわけで、たとえば学問の国際的な組織、たとえば物理とか化学とかそれぞれについてインターナショナル・ユニオン・オブ何々という形で国際学術団体ができております。たとえば物理の連合、化学の連合、そういうものがたくさんございますが、そういうところに日本学術会議は日本を代表して加盟をしております。さらに、そういう国際学術団体が全部で、国際学術連合会議を組織しております。これはユネスコなどとも密接な関連のある会議でありますが、日本学術会議はこれにも日本を代表して加盟している。日本の内外の代表機関であるという法律に基づきまして、日本の学術の代表機関として国際的にやらなければならないことを、実施機関としての役割りを果しております。そういう大きな国際組織はしばしば世界のいろいろなところでもって国際会議を催しますが、今度は日本でやってもらいたいというような国際的な世論が起こりますと、また日本のほうも日本の学問の発展のために今度は日本でやるほうがいいだろうというような、国際的な学者の要望と日本の学界の要望とによって、日本でそういう専門の国際会議をやったほうがいいだろうということになりますと、日本学術会議主催で、日本で国際会議を開催するとそういうこともやっております。そういうことも古い時代から続けてやっておりますが、それはやはり学問が、あるいは科学技術が社会に占めている役割り、あるいは科学技術の国際性というものの高まりにつれまして、徐々に日本学術会議がそういうものをやるのもふえつつありますが、しかし、予算の関係で私どもが希望するにはほど遠い、あるいは要求している額の二倍くらいは少なくともやらなければならない、国際事例から見て、日本の力から言えば二倍くらいやらなければならないと思いますけれども、もとよりはふえつつあるということは申せると思います。そのほかには、実施機関と申しますが、世界の各地で開かれておりますが、そういうところに日本の学者を派遣する、日本の学者としてはこういう方がそこに行かれたらいいのではないかという、日本の学術会議のそれぞれの部会あるいは委員会などで検討いたしまして、最も適任の方を世界各地で行なわれている国際会議に代表として派遣いたします。それも学問の国際性の増すに従って、また学問が社会における重みのふえるに従って、どんどん国際会議の数がふえておりますけれども、学術会議のその方面の予算があまりふえないというのが実情で、やはり日本の現在の力を考えますと、もっとふやしていただいて、学術の国際交流における日本の責任を果したいというふうに考えておりますが、そういうようないろいろなことにぶつかっておりますけれども、日本学術会議法の精神に従って、学術会議が最初にできたときに、第一回のときに、これからの学者のあり方として声明を発表しております、その声明の基本的な姿勢に基づいて、日本の学術の健全な発展のために微力ながら努力いたしておりますけれども、さらにあり方を検討して直すべきは直そうとしているのが実情でございます。
#54
○田中寿美子君 学術会議の使命とか目的という点から日本の学者の総結集された代表的な機関である、その意思を政府に申し入れるのだという点、それから諮問にこたえるという点、学術会議というのは総理大臣に直属しておる機関でございます。いま対外的な活動の面を強調されました、それは大いにそうだと思います。ところが、文部省の中に設置法のもとに入るところの学術審議会というのをつくられて、そうして四十三年度の例の研究費の補助金の配分について、学術会議の意見によらないで、その学術審議会の推薦した委員によって補助金の配分をきめていく、こういうようなことが行なわれたのですが、これは学術会議の権限を侵す、学術会議無視、あるいは諮問に関しては、これは諮問することができると、こういうようなものなので、だんだん諮問しないようになってきたのではないかという気がいたしますが、文部大臣いかがですか。
#55
○国務大臣(坂田道太君) 私どもは学術会議の、何といいますか、全然無視してやっているとは考えていないのでございますけれども、その間いろいろ意見の相違や何かあったことはありますけれども、しかし学術会議が果たすべきこと、あるいはわれわれが諮問する、それにおこたえいただく、あるいは学術会議として勧告をなされる、そのことにつきましてわれわれといたしましてそれを尊重しつつ、またそれをどういうふうに具体的に行政の上に乗せていくかというようなことにつきましては、やはり私たちとして考え、あるいは学術審議会というものがその役割りをなすわけでございまして、何といいますか、学術会議でやられたことはもうすべてそのままわれわれがやらなければならぬとするならば、それは少し私は行き過ぎじゃないかというふうに思うので、やはり行政とそれから諮問機関としての役割りというものはそれぞれあってしかるべきだ。もちろん学術会議は独立機関でございますけれども、そこの辺はやはりよく考えていかなければならぬと思っております。
#56
○鈴木力君 ちょっと関連して。いまの点についてちょっと関連してお伺いしますがね。これは総理大臣の管轄だからということになるのでありましょうが、政府側としまして、科学学術振興関係についての諮問の状況ですね、ここ十カ年くらい、どこにどういうことを諮問して、どこにどういうことを諮問して、学術会議には十年前には何々を諮問して、最近は何をしたか、しなかったか、その事実を少しお知らせをいただきたい。
#57
○政府委員(村山松雄君) 学術会議はわがほうの所管でございませんので、あまりその詳細は存じませんが、文部省所管といたしましては、学術関係といたしましては学術審議会と、それからもう一つ測地学審議会というのがございます。学術審議会につきましては、基礎研究を中心とする学術の態勢、条件の改善について諮問をいたしまして、これは学術審議会創設以来現在も審議中でございます。それから測地学審議会と申しますのは、これは天文、地球物理等に関しまして学術の方向についての諮問機関でありまして、たとえば国際地球観測年でありますとか、たとえば緯度の観測の問題でありますとか、こういうもっぱら非常に専門的な問題につきましておはかりいたしまして、その線によりまして学術行政を遂行いたしております。学術会議に対しまして文部省から諮問申し上げるということはございません。これはもっぱら総理府において処理なされておりまして、また学術会議の勧告なども総理府を経由いたしまして文部省にまいります。文部省といたしましてはそれを尊重いたしまして、できるものは行政面に実施に移してまいっておるというのが実情でございます。
#58
○鈴木力君 もう一つ。それでは、総理府の方来ていらっしゃいましたら、総理府から学術会議に諮問をした事項を最近十カ年くらい、これは中身は要りません、私は関連ですから時間はあまり食わないようにしますから、件名だけ傾向がわかるように説明してください。――総理府いないそうですから、それでは学術会議の事務局のほうでおわかりだと思いますから、事務局にすれば諮問されたということになりますけれども、その傾向をひとつ御説明いただきたいと思います。中身は時間かかりますから件名だけでよろしゅうございます。
#59
○説明員(関戸嘉明君) ただいま鈴木先生の御要求につきましては、帰りましてから、科学技術庁のほうで全部取りまとめておりますので、一応資料をとりまして御提出いたすことにいたしたいと思います。件名その他については、いま資料を持っておりませんので記憶違いのところがあるとまずいと思いますから、そういうことでよろしければそういうふうにさせていただきたいと思います。
#60
○鈴木力君 やむを得ないからそうしてください。
#61
○大松博文君 ちょっと関連質問。
 日本学術会議は、政府機関であるにかかわらず、大学立法のときに学術会議の名で反対したことに対して、会長はどう思われますか。
#62
○説明員(江上不二夫君) 先ほど申しましたように、学術会議は科学者の代表機関でございますので、科学者はこう考えるということ、またそれを言うためにこそ学術会議法でも、政府機関であるけれども独立して事を行なうということになっておりますので、学術会議は日本の科学者の意見の総意を十分に――先ほど申し上げましたように、それだからこそしょっちゅう学術会議の動きを日本の科学者全体に知らせる。――もちろん、それも決して十分ではないので、反省して、もっといい方法はないのかといま検討して、考えておりますけれども、学術会議の考える限りにおきまして、また経費の許す限りにおきまして、学術会議の考え方は日本じゅうの学者の考えを集め、そうして学者はこう考えるということを申すのが学術会議の使命であり、本学術会議の置かれた意義だと存じますので、それは、必ずしも現在の政府のお考えになることと合わないことがしばしばあることはいたしかたないのであって、むしろ、それを政府がどのようにお取り上げになるかということは政府のお考えであって、学術会議といたしましては、日本の学者はこういうふうに考えるのだということを申し上げておるのであって、必ずしも政府の考え方と一致しないのはやむを得ないと考えます。
#63
○大松博文君 そのときに、文部大臣が反対の意思表示があったときにどういう処置をされ、またどういうようなお考えを抱いて、どういうようにされたか、その処置方法をひとつお願いします。
#64
○国務大臣(坂田道太君) 学術会議から、いろいろ大学の民主化だとか、三項目――確かに江上さんおいでになりましたわけでございますが、その中で私が気づきましたことは、日本学術会議のお考え方は、いま国民から問われておる一つの大きい問題は、確かに大学の民主化ということも大切だという意味は、学生の意思を反映する、そういうようなくみ取り方を大学はしておらないというようなことも含めてそうだというふうならば、その点はそのとおりだと思います。しかしながら、またちょっと、特に国立大学に関しましては、納税者である国民の意思を反映するような学問の自由、大学の自治というようなことでなければならぬのじゃないか。大学のことは大学人にまかせろ、大学を構成しておる教官というのは学者なんだ、学者の言うことはすべて正しいと言わんばかりの、唯一のようにわれわれには受け取れましたものですから、そういうようなことこそがいま国民から問われているので、むしろ、やはり私たちがいま大学改革を考える場合においては、自主性自主性とおっしゃるけれども、一つの学生の政治的主張のもとに、しかも暴力を手段とし、大学を拠点として何か革命を起こそうというような、こういう考え方がのさばっておって、そうして真に研究を続けようという学者の自由が侵され、そうしてまじめに勉強しようという学生たちが学べない状況にあるじゃないですか、これはいままで大学のことは大学人にまかせろということがあまりにも強かったがために、実はうまく対応できなくなってきておるので、その点を私は取り上げなければならないと、私は考えておる。その意味においてはどうも学術会議の示されましたこの三項目というものについては、私は、どうもあまりぴんと実はこなかったわけでありまして、私たちの既定方針どおりに進めてまいりましたということでございます。
#65
○田中寿美子君 学術会議は諮問委員会であるから、その諮問に対して答申されたことも別に従う必要はない、それはそのとおりだと思います。しかし、審議会とか諮問委員会なんというのは非常にじょうずに使われているという事実がいままでたくさんあると思うのです。学術会議に関して、その学術会議が科学研究費の補助金の配分について、文部省のつくった学術審議会、それの考え方と意見が違っていた、しかし、それを聞き入れないで学術審議会というものをつくってしまった、それで配分をした、このことなんですけれども、学術会議は日本学術会議法によって総理大臣に直属している機関である、それに対して文部省では、文部省の中に審議会をつくってこれの意見を別に強行してしまったという事実があるわけですね。その後折り合いがつかれて、四十三年には、ちゃんとどうにか学術会議の中から学術審議委員のメンバーを入れて、そしてその配分についての意見を調整していったと、こういう経過があるわけですね。その辺になると日本学術会議が最初に発足した当時の意義というものを次第に失いつつあるのではないか、あるいはそれを認めないように文部当局がなりつつあるのではないか、そう考えるわけなんです。日本学術会議というのは非常に特異な存在じゃないか、外国にはあまりないんじゃないか、このような種類のものがあるのかどうか、最初にこれができたときには、たぶん教育ミッションが来て、その勧告によってできたのだろうと思うのですが、これは何をねらいにしていたかということですね。学士院でもないし、教授の横の組織でもないし、一体どういう性格のもので、それはたぶん私は大学の民主化のために必要とされてできたものではないかと思いますけれども、それについて文部大臣はどういう認識を持っていらっしゃるのか、今後学術会議をどのように評価していかれるのか、また、諮問機関としてのその機能をフルにお使いになるおつもりなのかどうか、その点お聞きしたいです。
#66
○政府委員(村山松雄君) 科学研究費問題の経過についてまず御説明申し上げますが、科学研究費の配分は、元来これは文部省の行政事務としてやってまいったわけであります。ただその過程におきまして、その基本の考え方などにつきましては学術会議と連携を保ってその御意見を聞きながらやってまいったわけでありまして、これは学術審議会ができます以前、以後において特にその基本的な考え方が変わったということはございません。学術審議会はこの科学研究費の配分のために設けられたのではなくて、もっと広く、日本の基礎的な学術の振興のための条件なり、体制なり、文部省が学術行政を具体的に遂行する場合に専門的な御意見をくみ上げる審議会として、従来ありました学術奨励審議会を改組いたしましてつくったものでございます。そこで、従来学術奨励審議会の研究費分科審議会でやっておりました研究費の配分事務を継承した、配分事務といいますか、配分の審議といいますか、これを継承したわけであります。その際配分方法に改善を加えましたが、その間御指摘のように、学術会議側と意見の調整を必要とする点はございましたが、これも御指摘のように調整が済みまして、昨年度からは学術会議との関係も円滑にやってまいっております。
 それから、学術会議の性格でございますが、これは私どもから申し上げるのはどうかと思いますけれども、これも学術会議ができる前には学術研究会議という、団体といいますか、機関がございまして、これがまあ終戦後、学術体制を刷新するために学術体制刷新委員会というものが研究者によって組織され、議論の結果、学術会議が法律によってできたという経過になっております。それ以後の経過につきましては、先ほど学術会議の会長のほうから御説明になったとおりでございます。
#67
○田中寿美子君 そうしますと、会長にお伺いいたしますけれども、学術会議の機能とか権限とかいうものは縮小されたというふうには考えていらっしゃらないということでございますか。
#68
○説明員(江上不二夫君) 確かに最初のころから考えると、権限は縮小されたと思います。しかし、実際面におきまして、先ほど申しましたように、初期のころは諮問というのがあったわけでございますが、現在は諮問という形でくるものは法律によって諮問することが義務づけられているものだけであって、それ以外に諮問というものが来なくなったということが言えると思います。それは私ども非常に残念だと、もっと日本の科学技術のあり方、特にいまいろいろ科学技術が調和して行なわれている、学術会議は日ごろから調和のとれた発展こそ、社会の健全な発展であるということを言っておりましたのに、それに反していささか不調和の発展ということがなされて、現在いろいろな公害その他の問題が起こっていることを考えると、非常に遺憾で、日ごろ調和を主張していた学術会議はもっと、調和に欠けるのにすべがないのは残念でございますが、諮問というのは、いま申し上げましたように、現在は法律によって規定されているもの以外にはありません。しかし、諮問という形じゃありませんけれども、法文によりまして学術会議の意見を聞くというようなことは、そのほかにも若干あるわけでございます。権限としては変わっておらないし、むしろ先ほど申しました学術の占めている位置が大きくなりましたので、大きくなっているところもあるというふうに一般的に言えるのじゃないかと思っておりますが、私どもは諮問がもっとあってしかるべきであるというふうには感じております。
#69
○田中寿美子君 文部大臣、いかがですか。さっき私、評価をどうなさいますかということ……。
#70
○国務大臣(坂田道太君) いま局長が申し上げましたように、基本的には学術会議は日本の学者の集まりでございますし、その意見というものを尊重していくということには、私は変わりはございません。ただそれを言われたことを全部うのみにしなきゃならないとは考えないわけでございますので、何かうのみをしなければいけないかのようなことがもしあるとするならば、それはちょっと学術会議の最初の考え方ではないんじゃないかというふうに思っております。先ほど御指摘になりました配分の問題これなんかはむしろわれわれにまかせていただくほうがいいんで、それの配分の基本については確かに学術会議が御答申いただくわけでございますけれども、それからどのように行財政の中において生かしていくかということについて、やはり私たちの審議会において検討するということは当然なことじゃなかろうかというふうに思うわけでございます。しかも、その点は先ほど局長から申し上げましたように、両者の間におきまして一応話し合いがついておりますから、けりがついたというふうに考えております。
#71
○田中寿美子君 最初に日本学術会議を発足させた意義というものがだんだん失われてきているような気がいたしますので、そういう点でもっと文部当局も文部大臣も日本学術会議を高く評価し、そしてそれを十分にフルに活用するようにしていただきたいというふうに私は思います。
 それから最後に、さっき大臣がお立ちになっていらっしゃいましたときに、事務当局の方にお尋ねした問題の中で、特にお伺いしておきたいと思いますことがあるんですが、それは大学の管理運営の新しい設置形態、管理運営の問題の中で、新しい設置形態として、二つの方向が出されておりますね。一つは、現在のままの行政機関としての性格を変えないで、しかし、外部からの新しい有識者を入れて、権限を強化していく、大幅に権限を委任していくと、そして管理体制を改善強化していく、こういう方向が出ております。それからもう一つは、例の公社案でございますね。ですから国は公費を出して、外部の有識者を入れてつくるところの一種の特別な法人に一括して金を出して、その運営は自主性にまかせる、だから中に立ち入っていろいろ介入をしないという、これはどちらかというと英国式のやり方に似た形態をとっております。しかし、私はさっきちょっとお話ししたのですけれどもね、現在の大学は行政機関で、したがって、その経理に関しては会計検査を受けなければならない、ところが、四十三年度の決算報告の中で、非常にたくさんの大学が受託金だけ受け入れた、奨学金を受け入れながらこれを歳入に入れないで、教授が直接民間会社から受け取って、それを使って処理していたという事実があげられているわけですね。で、この中には相当大きな成長産業のメーカーと教授の結びつき、あるいはその教授が自分の部下をその会社に供給する役割りをするという事実もあるわけです。ですからそういったことを勘案しますと、いまの公社案というものに、多少の懸念も私は感じるわけです。しかも会計検査院とか厳重に国の介入を許さないで、まっすぐに企業と結びつくことも可能になりはしないかという懸念を持つわけであります。それで、一体、この二つの設置の方向について、大臣はどっちの考え方が自分はいい案だと考えていられるのか。今後それを実現する場合は、どういうやり方でするつもりなのか、文部省のお役人をたくさん公社に入れ込むのか、そういったことを伺いたいと思います。
#72
○国務大臣(坂田道太君) 非常にこれはお答えがむずかしい問題でございますが、私はまず第一にお答えをいたしておきたいと思いますことは、一律には考えるべきじゃないのじゃないかというふうに考えます。どちらがいいかというふうには考えない。それから公社案というようなものが出てきたという意味も、私はこういうふうに考えておるわけでございます。と申しますのは、確かに日本が明治初年から勃興期にありました時代において、国立大学の果たしました役割りというものは非常に大きかったと思うものであります。しかし、今日私立大学が三分の二、三分の一が国立大学というような形になってまいりましたし、むしろ国立大学というような形でしばっておくことが、はたして学問の教育研究というものを進める上においてプラスになっているものかマイナスになっておるのか、というようなことも考えなければいかぬのじゃないか。それからまたビッグサイエンスの問題については、やはり一大学によって処理できないので、一応国・公・私立あわせて共同研究、あるいは場合によっては民間の研究者と一緒になって共同研究をやると、あるいは民間の研究者が大学の中にまた帰ってくるというような形が将来どうしても出てこなければならないというような場合において、一つの公社案というものもその考え方ではなかろうかというふうに私は思います。
 それからお金の問題につきましては、これはやはり国の税金でございますから、納税者の納めます金でございますから、それが適正に行われる、ほんとうに有効に行なわれると、不正がないというようなことについて、会計検査院等がタッチをするということは当然なことであって、今度私学助成を考えます場合におきましては、やはりその面については監督をきびしくしていかなければならない。経理を明らかにしていかなければならない。ガラス張りにしていかなければならない筋合いのものであるというふうに思います。かといって、たとえば私立大学の人件費を――つけるようになったからといって人事問題であるとか、あるいはその学校の教育の内容であるとか、あるいは建学の精神であるとかいうようなことにわれわれはくちばしを差しはさむということは慎むべきことであって、むしろ戦後私立大学までが、東京大学とか京都大学みたいな形をまねするような形になってしまった、特徴が大学になくなってしまった。この意味においてむしろ特徴のある、個性のある私立大学がたくさん出てほしい、そのことも教育研究の上においてプラスになる、私はかように考えるわけでございます。イギリスはほとんど八〇%まで国がお金を出しておるわけでございますが、昔はさほどまで経理についてはやかましくなかったわけでございますけれども、今日におきましては戦前に比べましても非常にたくさんの大学が出てまいりましたし、結局UGCの取り扱う金というものも膨大になってまいりました。したがいまして、今日の段階では会計検査院がやはりタッチをする、まあ当然のことでございますけれども、そういう仕組みに変わってきておるということでございまして、私はその点についてはそういう考え方を持っておるわけでございます。
#73
○田中寿美子君 もう時間がなくなりましたからこれでやめますけれども、中教審のほんとうの答申が六月ころ出て、そうして文部省もさらに大学のあり方についての方針を出されるということになると思いますが、現在もうすでに非常な苦しみの中から紛争を処理して、そうして新しい改革の方向を見つけ出しつつある大学が幾つかあるわけなんで、その大学の自主的な解決を最も尊重すべきではないか、だから文部当局がイギリスやアメリカその他の状況を見て、文部省の役割りというのは大学の中に介入していくことじゃない、大学の中で学生が学問をすることや、それから大学の管理や運営がうまくいくためのその環境を整備していくこと、あるいは教員を養成していくこと、あるいは財政面の責任を果たしていく、そういうことにあるんじゃないかと思いますので、その点は十分大学の自主的な解決にまかせることを第一義に考えていただきたいということを要望いたしまして、私の質問を終わります。江上先生ありがとうございました。
#74
○杉原一雄君 一つは、三月十七日に質問したわけですが、そのあとで要望事項として学校の公害についての調査データを要求してあるんですがね、私は個人的に幾つか持っておりますけれども、それは忘れたのかな、官房長、――ああ、わかった、わしらの調査したのと混乱したので、わかりました。
 それではきょうここでお答えをいただかなくてもいいと思いますけれども、実は私の故郷ですが、新聞が一日おくれに来るものですから、たいへん日付がまずいのですけれども、三月三十一日付で参ったので、人口四万五千の都市ですが、そこに市立の病院があるわけですね。その病院の経営管理が非常に問題で、まあ経営が不振だということが大きな原因だろうと思いますが、累積赤字が一億五千万だ。
#75
○委員長(楠正俊君) ちょっと速記をとめて。
  〔速記中止〕
#76
○委員長(楠正俊君) 速記をつけて。
#77
○杉原一雄君 そういうことで、私がきょう関連して先ほどの答弁のやりとりの中からあえて質問しようとした意図はそこにあるのです。非常にそれは危篤な状態である中で、医者が二人、特に整形外科と産婦人科の医者が他に移転してしまった、だからこれは開店休業だ、こういう状態になっておるわけですね。この事実をあれこれ言う必要はいささかもありません。そのことからあえて秋田に医学部を設置するという問題と関連して、先ほどのことなんですけれども、この次の機会に、これは厚生省の担当だと思いますけれども、日本の現状、医者が幾らほどおって、その医者一人が国民何人を担当しているか、同時にまた、それでおそらく不足だという結論はわれわれ一致して出ると思いますから、目標は一人当たり幾らの国民をお医者さんが担当するのが西欧並みに見てふさわしいのか、そのことをまず目標を立てていただいて、大学に医学部を設置することは需要供給の関係だと思います。需要供給の関係だとすれば、一体その目標を達成するに幾ら医者が足らぬか、そうすればいま秋田に医学部がつくられて、八十人。これではおそらく不足だという結論が出ると思いますね。そうしますと、それに引き続きどこに医学部を設置するかという問題。おのずから文部省としては、厚生省を越えてあなた方が医者をおつくりになる立場になるわけですから、その医学部設置の年次計画とまではいかなくても、何かそういうものを持っておいでになると私は信じますですよ。ただ残念ながら、三月の十一日の衆議院における学術局長の山原委員に対する答弁ですね、この答弁の中で、秋田は具体的な案を持ってきたから秋田へ医学部を設置することに決定した。私、このことを言っているんじゃありません。その他が出てきているわけですね、静岡とか、あるいは大分、愛媛それから富山というふうになっておるわけです。それらの点については、それぞれの県がそれぞれの形でいろいろ要望事項を出しているはずなんですが、局長の最後の答弁は、と「記憶しております。」ということなんです。でありますから、これは記憶いたしておるという程度であって、文部省の中に年次計画的なものは何らないということを意味するような感じがするわけなんです。そこで期待したいのは、七日の日にあらためて質疑応答が繰り返されるわけですから、その機会に、先ほど言ったような幾つかの点と合わせて、大学に医学部を設置する、公立私立を問わず。それは私立は誘導行政ですから。そういった問題については、ある程度の国民の健康管理の問題等を含めて、文部省なりの計画ですね、それをこの次の機会に示していただくことを私、要望いたします。できますかできませんか。
#78
○国務大臣(坂田道太君) いまのお話、日本は十万人当たり大体一一二になっております。イギリスあたりでございますとこれが一一五、ソ連は二一〇、しかしこのソ連の二一〇は、医学生養成の制度が違うと思いますけれども一、とにかく二一〇。それから米国が一四八、フランスが一二三、西ドイツが一五四、イタリアが一六九ということになっております。しかし、われわれのほうでは残念ながらどこまでもっていかなければならないかという資料は実は持ち合わせておりません。一応の、これも全体として厚生省としてあるいは政府としての発表ではございませんで、一つの目算として十万人当たり大体一四〇というようなことを局長が説明いたしておるわけでございます。そういうようなことは、まだ実はきまっておらないということだけ申し上げて、できるだけの資料は提出をいたします。
#79
○安永英雄君 最後ですが、大臣いらっしゃいますから関連して質問いたしたいと思います。
 先ほどから大学法の問題をめぐって質疑なり御回答があったわけですけれども、いまさらここで大学法の功罪の問題についていろいろただしていくということは、別の機会にしたいと思う。ただ問題は、現在起きておりますいわゆる日航機の乗っ取り事件の問題であります。これは一応社会犯罪として全国民が非常にこの問題については不安を抱き、むしろ怒りをもってこの事件を見守っておるわけでありますが、これは最終的には詳細出ておりませんけれども、少なくとも中に入っておる犯人というのは、これは赤軍派の学生だと、こういうこともほぼ明らかになっておるのであります。で、大学法のこの審議をめぐって、私どもはいろんな角度からこの大学法については反対をしてきたわけでありますけれども、その中の大きな一つの柱として反対の理由にあげたのは、こういった法的な措置、いわゆる私どもに言わせれば弾圧と、こういった形で大学紛争を収拾していく、こういったことは、むしろこの学生の暴力、こういったものが潜行して悪質化していくという傾向になりはしないかという問題を、私どもとしては提起をしたのであります。まあ、これは詳細結論が出ないとわかりませんけれども、少なくともいまの情勢からつかむ場合には、ただ単に社会的な犯罪というこの問題だけで解決できない問題もひそんでいるように、背景には感じられるわけです。少なくとも学生というのでこの問題が動いているということ、そうしてしかも赤軍派という、これは大学紛争、あの思想あるいは行動、こういったものの継続として、地下にもぐっておると、私どもとしてはこの行動を見るわけでございます。したがって、これは当面の問題としては、全国民の心配であり、怒りであると思うし、文部大臣としても閣僚の一人として、これに対して対策はいろいろ打っていると思います。運輸大臣としても現地に飛ばれておるし、外務大臣その他関係の各省が大わらわで、何とか無事に乗客をおろしたい、こういうふうな懸命な努力もあっておるさなかでありますけれども、あえて私はここで文部省を追及するとか何とかいう気持ちはございません。しかし、少なくとも大学の学生の行動だ、あるいは中退をした者もおるらしいのですけれども、少なくとも事教育に関する要素がこの事件には含まれておるという立場から、私は、簡単でけっこうですけれども、文部大臣のこの問題についての責任をどう考えておるのか、そして今後この問題についてどう取り締まろうとされておるのか、こういった問題はあすにもまた別のところで起こりかねないと思う。これは推測しがたいところであります。そういった面で、今後の文部大臣のこういった問題についての見解、御所見、こういったものを承りたい。私は、かつて南極観測船が現地に到着した、こういった朗報が入ったときには、この委員会で劈頭に文部大臣はこれを報告をされておった、求めはしなくても報告をされておったということもございますし、この委員会でこの問題について文部省は非常に関係があるし心配もされておるし、手も打っておられると思う。今後の方策も持っておられようというふうに期待をしたわけでありますが、そういう意味で明らかにしていただきたいと思います。
#80
○国務大臣(坂田道太君) 今度の事件というのは、国民全体が怒りを持ってこれを見ておると思います。まことに遺憾なことでございまして、これは学生であるとか何とかいうことじゃなくて、人間としてやっぱり許すべからざることだというふうに私は考えるわけでございます。何ら無関係な乗客あるいは乗務員というものを人質にして、そして自分たちの主張を貫こうとするこのような行動というものは許すべからざることだというふうに思います。ただ、これが赤軍の学生であるのかないのかさだかではございません。しかし報道によりますと、どうも赤軍派に属する学生であるらしいということが言われておるわけでございます。で、私自身といたしましては、このような行動というものは、もう学生という身分を持って行動しておるとか何とかいうような問題じゃないんじゃないかというふうに思うんです。少なくともこういうようなことが起こらないように政府全体として今後考えていかなきゃならないというふうに思います。私たち警察あるいは公安調査庁あたりで調べてみますると、この共産主義者同盟赤軍派というものが、四十四年の七月、首相訪米阻止闘争にあたり政治状況の認識の相違、革命戦略と戦術をめぐって、関東派と関西派が対立して、関西派が新たに赤軍派というものになったということで、四十四年の七月にできたように思います。それからその主張といたしましては、武装蜂起ということから、国際性を持った世界革命戦争あるいは世界同時革命、世界党あるいは世界赤軍、世界革命戦線を創出するというスローガンを掲げ、主張をいたしておるわけであります。昨年の九月二十二日に大阪で交番の襲撃を行なったのを皮切りに、大阪戦争あるいは東京戦争というものを呼号し、過激な集団として反代々木系の各セクトからも一孤立をしておるというふうに言われておるわけでございます。活動家の総数は約関西勢が二百人、関東勢が百人、合わせて三百数十人ということでございまして、赤軍派の構成は中央軍、地方軍あるいはゲリラ活動を行うパルチザンみたいな三つから成り立っておると言われておりますし、パルチザン部隊は五人一組のゲリラ部隊というふうに言われておりますが、四十四年の十一月五日に、山梨県の例の大菩薩峠で赤軍派学生が特別訓練を行なっておりましたときに機動隊員に急襲されまして五十三人が逮捕されましたのを初めといたしまして、現在までに三百二十数人が逮捕されております。うち五十五人が勾留中、なお未逮捕者が二十数人ということで承知をいたしております。
#81
○委員長(楠正俊君) 本法案に対する本日の質疑は、この程度として、これにて散会いたします。
   午後零時四十八分散会
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ソース: 国立国会図書館
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