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1970/04/28 第63回国会 参議院 参議院会議録情報 第063回国会 文教委員会 第13号
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1970/04/28 第63回国会 参議院

参議院会議録情報 第063回国会 文教委員会 第13号

#1
第063回国会 文教委員会 第13号
昭和四十五年四月二十八日(火曜日)
   午前十時九分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 四月二十七日
    辞任         補欠選任
     松下 正寿君     萩原幽香子君
 四月二十八日
    辞任         補欠選任
     大谷 贇雄君     植木 光教君
     土屋 義彦君     剱木 亨弘君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         楠  正俊君
    理 事
                田村 賢作君
                永野 鎮雄君
                杉原 一雄君
                安永 英雄君
    委 員
                植木 光教君
                剱木 亨弘君
                大松 博文君
                土屋 義彦君
                内藤誉三郎君
                中村喜四郎君
                二木 謙吾君
                宮崎 正雄君
                吉江 勝保君
                秋山 長造君
                鈴木  力君
                田中寿美子君
                内田 善利君
                多田 省吾君
                萩原幽香子君
                須藤 五郎君
       発  議  者  内田 善利君
   衆議院議員
       修正案提出者   河野 洋平君
   国務大臣
       文 部 大 臣  坂田 道太君
   政府委員
       文部大臣官房長  安嶋  彌君
       文部省管理局長  岩間英太郎君
       文化庁長官    今 日出海君
       文化庁次長    安達 健二君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        渡辺  猛君
   説明員
       公正取引委員会
       事務局経済部長 三代川敏三郎君
       外務省条約局国
       際協定課長    山田 中正君
       労働省職業安定
       局業務指導課長  保科 真一君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○日本私学振興財団法案(内閣提出、衆議院送
 付)
○学校給食法の一部を改正する法律案(内田善利
 君外一名発議)
○著作権法案(内閣提出、衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(楠正俊君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 委員の異動について報告いたします。
 昨二十七日、松下正寿君が委員を辞任され、その補欠として萩原幽香子君が委員に選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(楠正俊君) 日本私学振興財団法案を議題といたします。
 まず、政府から提案理由の説明を聴取いたします。坂田文部大臣。
#4
○国務大臣(坂田道太君) このたび政府から提出いたしました日本私学振興財団法案につきまして、提案の趣旨及び内容の概要を御説明申し上げます。
 私立学校は、従来それぞれ特色のある教育を行なって、わが国学校教育の普及と発展に重要な役割りを果たしてきましたが、近年私立学校の占める割合はきわめて大きくなり、今後のわが国の社会、文化、経済の進展のために、その教育の一そうの充実と向上が要請されているところであります。
 私立学校の教育に必要な経費は、従来その大部分を設置者みずからが負担してきたのでありますが、私立学校教育の社会的な貢献を考えますとき、その振興をはかるため公費による適切な援助を行なうことは、現下の重要な課題となっております。
 政府は、従来から私学振興のため種々の施策を講じてまいりましたが、このたび私立学校に対する助成措置を一段と充実強化することとし、来年度予算案において、新たに私立大学等の教員給与費を含む経常的経費に対する補助を行なうための経費として百三十二億円余を計上いたしております。
 この補助金は、従来の設備費を主たる対象とするものとは異なり、教員給与費、教育研究に必要な諸経費等の経常費を対象とするものであり、その使用についてはできる限り私立学校の自主的判断を尊重する反面、補助金の配分が真に教育研究条件の向上に役立つよう適切に行なわれることが要請されます。
 学校法人に対するこの補助金の交付の業務は、学校法人等に対する資金の貸し付け、私学の福祉関係団体等に対する助成金の交付、寄付金の募集、配付等私立学校教育の援助に関する他の業務とあわせて、公正な第三者的機関において総合的、効率的に実施することが最も適切妥当であると考え、私立学校振興会を発展的に解消して新たに日本私学振興財団を設立することとし、この法律案を提出いたした次第であります。
 次に、この法律案の内容を申し上げますと、特殊法人日本私学振興財団に関し、設立の目的、資本金、組織、業務、財務、会計、監督等に関する規定を設けるとともに、私立学校法その他関係法律の一部改正を行ない所要の規定を整備するものであります。
 すなわちまず第一に、日本私学振興財団は、私立学校教育の充実及び向上に資し、あわせてその経営の安定に寄与するため、補助金の交付、資金の貸し付けその他私立学校教育に対する援助に必要な業務を総合的かつ効率的に行ない、もって私立学校教育の振興をはかることを目的とするものであります。
 第二に、日本私学振興財団は法人といたしますとともに、その設立当初の資本金は、政府が出資する十億円と私立学校振興会の解散のときまでに政府から私立学校振興会に対して出資された金額の合計額といたしております。
 なお、政府は必要があると認めるときは、この法人に追加して出資することができることといたしております。
 第三に、この法人の業務についてでありますが、その第一は、私立学校の教育に必要な経費に対する国の補助金の交付を受け、これを財源として学校法人に対し補助金を交付することであります。業務の第二は、学校法人または準学校法人に対し、その設置する私立学校または私立の各種学校の施設の整備その他経営のため必要な資金を貸し付け、及び私立学校教育に関連してその振興上必要と認められる事業を行なう者に対し、その事業について必要な資金を貸し付けることであります。業務の第三は、私立学校教育の振興上必要と認められる事業を行なう学校法人、準学校法人その他の者に対し、その事業について助成金を交付することであります。業務の第四は、私立学校教育の振興のための寄付金を募集し、管理し、及び学校法人、準学校法人その他私立学校教育の振興上必要と認められる事業を行なう者に対し、その配付を行なうものであります。業務の第五は、私立学校の経営に関し、情報の収集、調査及び研究を行ない、並びに関係者の依頼に応じてその成果の提供その他の指導を行なうことであります。
 なお、この法人は、これらの業務を行なうほか、この法人の目的を達成するため必要な業務を行なうことができることといたしております。
 第四に、この法人の役員として、理事長一人、理事四人以内及び監事二人以内並びに非常勤の理事四人以内を置き、理事長及び監事は文部大臣が、理事は理事長が文部大臣の認可を受けてそれぞれ任命することとし、その任期はいずれも二年といたしております。
 なお、この法人には、その運営の適正を期するため理事長の諮問機関として、運営審議会を置くこととし、業務の運営に関する基本的事項を審議することといたしております。
 第五に、この法人は、文部大臣の一般的監督を受けるほか、特にその業務の公共性にかんがみ、業務方法書、事業計画、予算、財務諸表等については、文部大臣の認可または承認を受けることを要するものといたしております。
 第六に、この法人の設立のための所定の準備手続について規定いたしております。
 なお、私立学校振興会は、この法人の成立のときにおいて解散し、その権利及び義務は、この法人が承継することにいたしております。
 第七に、私立学校法予ての他関係法律の一部を改正し、所要の規定を整備することといたしております。
 私立学校法の一部改正について申し上げますと、その趣旨及び内容は、国及び地方公共団体の学校法人に対する助成措置の拡充に対応して、学校法人の公共性をさらに高めるとともに、助成効果の一そうの確保をはかり、私立学校の自主性を尊重しつつ、私立学校における教育研究の充実向上を期するため、学校法人の経理の適正を確保するための規定を整備するとともに、必要最小限度において所轄庁の権限に関する規定を整備いたすものであります。なお、所轄庁がその権限を行使するにあたっては、私立大学審議会等の意見を聞かなければならない旨規定いたしておりますほか、その運用につきましては、とくに慎重を期する考えであります。
 以上がこの法律案の提案の理由及び内容の概要であります。何とぞ十分御審議の上、すみやかに御賛成くださるようお願いいたします。
#5
○委員長(楠正俊君) 次いで、本案に対する衆議院における修正点について修正案提出者、衆議院議員河野洋平君より説明を聴取いたします。
#6
○衆議院議員(河野洋平君) ただいま議題となりました日本私学振興財団法案に対する衆議院修正につきまして、御説明申し上げます。
 本修正は、自由民主党、日本社会党、公明党及び民社党の共同提案にかかるものであります。
 まず最初に修正案文を朗読いたします。
 日本私学振興財団法案の一部を次のように修正する。
  附則第十四条に次の一項を加える。
 4 改正後の私立学校法第五十九条第十項及び第十一項の規定は、政令で定める日までの間は、適用しない。
 次に修正の趣旨を御説明いたします。
 わが国における学校教育上私立学校の果たす役割りはますます重要さを加え、しかも私立学校の現状は公費による適切な援助を必要としております。
 この要請にこたえるため、本年度新たに教員給与費を含む経常費補助を行なうための必要な予算が計上され、私立学校に対する助成措置が一段と充実強化されることになりました。これに伴って、本法案において、私立学校法を改正して、学校法人の経理の適正を確保するための規定を整備するとともに、所轄庁の権限に関する規定を整備しようとするものであります。
 しかしながら、衆議院文教委員会における日本私学振興財団法案の審査の過程において、私立学校の自主性を尊重し、これをみだりにそこなわないよう、所轄庁の権限行使については、十分慎重な態度で臨むべきだとの意見があり、私立学校関係団体からはこの規定を削除してほしい旨の要望がありました。
 以上の経緯から、私立学校の今後の状況を見守るため、本法案附則第十三条によって新たに設けられる私立学校法第五十九条(助成)第十項及び第十一項の学校法人に対する所轄庁の権限に関する規定は、これを政令で定める日までの間は適用しないこととした次第であります。
#7
○委員長(楠正俊君) 本案についての質疑は後日に譲ることといたします。
    ―――――――――――――
#8
○委員長(楠正俊君) 学校給食法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 まず発議者から提案理由の説明を願います。内田君。
#9
○内田善利君 ただいま議題となりました学校給食法の一部を改正する法律案について提案理由及び改正の内容を御説明申し上げます。
 わが国の学校給食は、戦後の経済的困窮と食糧不足から児童生徒を救済するための応急的措置として始められたのでありますが、その後学校給食法の制定的、予算的措置の改善により、今日のような普及を見るに至りました。
 近年、わが国の児童生徒は戦前に比べ著しくその健康が増進され、体位が向上しつつありますが、これは学校給食の普及により食生活と栄養の改善が推進された結果によるものと言っても過言ではありません。今後においても学校給食が心身ともに健全な国民の育成を目ざす学校教育の充実、また食生活の改善という国民的福祉の増進にとって、きわめて大きい意義、役割りを果たしていくものと考えます。
 申すまでもなく、学校給食は児童生徒の心身の健全な発達に資し、かつ国民の食生活の改善に寄与することを目的とするものであり、義務教育諸学校におきましては、教育の目的を実現するために、本法第二条に定める目標の達成につとめて行なわれているのであります。そして、学校給食はこれらの学校における教育課程の一部をなすものであり、教科活動と並び学級指導として大きな意義と役割りを持つ教育活動であります。
 義務教育諸学校の教科用図書につきましては、憲法第二十条の義務教育無償の規定に基づき、すでにその無償措置が実現し、義務教育の充実に大きく貢献しております。したがいまして、次の段階として義務教育諸学校における学校給食費の無償措置を実現し、さらに一そう義務教育の充実をはかるべきであると考えます。
 次に、学校給食の現状を見ますと、学校給食が開始されてから、小学校で二十年以上、中学校十年以上を経過いたしましたが、なお、未実施の学校が相当残っております。昭和四十三年度の文部省の調査によれば、小学校において完全給食校は七六.八%であり、未実施校四・五%、約三十万人の児童が給食を受けておりません。中学校において完全給食校は四二…二%であり、未実施校七・六%、約八十万人の生徒が給食を受けることなく放置されておる状況であります。
 未実施校について調べてみますと、農山村、漁村等の僻地性の高い地域に多く、給食を実施できない理由は、当該町村の財政的貧困と保護者の所得水準が低いため、給食費の負担にたえられないことによるものとされております。もっとも、昭和四十年に高度僻地校に対しましては、僻地学校特別対策により国庫負担による無償給食が実施されておりますが、これもパンとミルク程度の不完全給食であります。これを完全給食に引き上げるとともに、国庫負担による無償給食の措置をこれらの給食未実施地域の学校にまで及ぼし、学校給食の普及の拡大をはかることは、喫緊の要請であります。
 さらに、学校給食実施地域の学校につきましても、最近における消費者物価の急激な上昇により給食費も値上りの傾向にあり、保護者の教育費負担増の大きな要因となりつつあります。したがいまして、義務教育諸学校における保護者の教育費負担の軽減をはかる見地からも、早急に国庫負担による学校給食費の無償措置を実現する必要があると考えるのであります。以上が本改正案を提案した理由であります。
 次に改正案の内容について御説明いたします。
 第一には、国公立の義務教育諸学校の設置者に対して、学校給食を義務づけるとともに、私立の義務教育諸学校においては学校給食の実施につとめなければならないとしたことであります。
 第二には、学校給食の給食内容を定めるとともに、その他学校給食に関する基準は政令で定めることにいたしております。
 第三には、学校給食に要する経費は義務教育諸学校の設置者の負担とすることにいたしております。
 第四には、国立・私立の義務教育諸学校の設置者に対し、学校給食の運営に要する経費の一部を補助することとし、この補助については、この法律で定める給食内容及び基準に適合させるに十分なものでなければならないことといたしております。
 なお、附則において施行期日を昭和四十六年四月一日とし、また、経過措置及びその他関係法律の改正を行なっております。
 以上がこの改正案の骨子でありますが、何とぞ御審議の上、すみやかに御可決あらんことをお願いいたします。
#10
○委員長(楠正俊君) 以上で本法案についての提案理由の説明聴取は終わりました。
    ―――――――――――――
#11
○委員長(楠正俊君) 著作権法案を議題といたします。
 政府側から坂田文部大臣、今文化庁長官、安達文化庁次長が出席しております。
 質疑の申し出がございますので、これを許します。杉原君。
#12
○杉原一雄君 さきに文部省から、「衆議院文教委員会における参考人意見要旨」、こういうのをいただきました。
 そこで、きょうはその中で特に著作者団体協議会会長石川達三さんが意見を述べられたそのことを文化庁のほうで要約されているわけです。大きく分けて二つあるわけですが、文部省内でもこの意見を十分御検討されたと思いますので、各項目ごとに文部省のその後の意見なり判断をお聞かせいただきたいと、こう思うのであります。
 大きく分けての第一点は、「この法案には著作者の権利の制限に関する多くの条項が存するけれども、著作者の権利をこのようにみだりに制限すべきではない。」という大前提があるわけです。これに対して七つにわたっての具体的な指摘があるわけですから、一項目ずつお願いしますが、第一点は、「第一条の「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、」の文言は、利用ということを非常に重視するものである。」、こういう指摘があるわけであります。これは四月の十六日、わが党の鈴木委員からも強く指摘し、文部省側の反省を促したところでありますが、この項に限って、この指摘についての文部省のその後の考え方を明らかにしていただきたいと思います。
#13
○政府委員(安達健二君) この第一条の目的で、中心は著作者等の権利の保護をはかるということにあることは終始申し上げておるところでございまして、それは著作者等の人格的及び経済的な利益を確保することによって、著作者、隣接権者等の労苦に報い、そういうことによりまして著作物のより豊かになることを期待し、もって文化の発展に寄与するという、これが第一の目的と申しますか、中心的なものになるわけでございます。しかしながら、一方におきましては、著作物は何と申しても広く国民に利用されること、それがあって初めて意義があるのでありますから、著作物の利用の面ということにも当然意を用いる必要があるわけでございます。しかも、この場合におきましても、著作物の利用は公正に行なわれなければならない。それが同時に著作者の利益を守ることにも当然つながるわけでございます。そういう意味で単に「利用に留意しつつ」というのではなく、「公正な利用に留意しつつ」というようなことに留意をしておるということでございまして、そういうことを留意しつつ、著作者等の権利の保護をはかる、こういうのがこの「留意しつつ」という趣旨でございまして、そういうことが相まって文化の発展に寄与することができる、こういうことでございます。
 それから、ここで利用という場合には、何か著作物を使用して営利を目的とする企業の利益を考慮したというようなふうに理解されますると、そうではなくて、これはあくまでもその著作物を利用するのはこれは国民であるから、その一般国民の公正な著作物の利用に留意するということも必要だという意味をあらわしているにすぎないのでございまして、営利企業等の利益に奉仕するとか、そういうような意図は全然ございません。
#14
○杉原一雄君 一々ここで反論したり私の見解を述べることは避けますが、一項目をそれで終わりまして、第二の問題ですが、御承知のとおり、「第三十一条の図書館における複製の規定は、もう少し厳密に規制すべきである。」という石川先生の指摘であります。この条文はお読みいただけばわかると思いますが、この指摘に対してその後の文部省の検討、これに対する何か積極的な努力のあとが示されれば幸いだと思います。
#15
○政府委員(安達健二君) 図書館等におきまして著作物の複製ということが行なわれ、それがまた文化の発展にも寄与しているということは御承知のとおりと思うわけでございますが、その際におきましても、やはり著作者の利益と申しますか、権利を擁護するということが非常に必要であるという観点で、ここでは、まずこういうような複製が許されるところの施設につきましては政令でもって定めるということでございまして、ここにございますように、「公衆の利用に供することを目的とする図書館」と言っているわけでございますから、たとえば会社等の営利企業の中の図書館、そういうものは公衆の利用に供するとも言いがたいし、そういうような面からいたしましてそういう施設は政令では指定しない。あるいはまたその指定する場合におきましても、著作権に関する知識を十分持った司書がおらなければならないというようなことで、この政令で定める場合におきましては、著作者の権利、利益が十分守られるように、この政令の制定にあたりましてはそういう点を十分留意をいたしたい、かように考えているわけでございまして、またこの一号、二号、三号等におきましても、たとえば一号で「複製物を一人につき一部」というように限定をいたしましたり、あるいは三号で、他の図書館の求めに応ずる場合におきましては、絶版その他これに準ずる理由により一般には入手することができない、そういうようなものの複製だけを認めるというように、この規定の運用なり解釈等におきましては、十分ひとつこの図書館等における複製の趣旨は考慮しながらも、この著作権者の利益を守ることにおいて十分の配慮をしなければならない、かように考えているところでございます。
#16
○杉原一雄君 いまの答弁の中で、特に念を押しておきたいことは、政令を定めるにあたって、「その他の施設」の点ないし司書の問題、こういう問題について十二分の配慮をしながらこの種の運営には遺憾なきを期したいのであると、私はいまあなたのおっしゃった答弁を理解しますが、それはそれでいいでしょうか、どうでしょうか。
#17
○政府委員(安達健二君) そのとおりでございます。
#18
○杉原一雄君 その次は三十七条ですが、これはすぐぴんと頭にくると思いますが、これは「(点字による複製等)」という問題であります。これについても石川先生の指摘は、「盲人のための複製等の規定は、法律上設けるべきではない。」、こういう要約のしかたでありますが、四月二日の衆議院における小委員会で石川参考人がおっしゃっていることを、その辺のところだけ特に念入りに見たのでありますが、結局盲人の皆さんがお気の毒だ、そういったようなものに対する施策というものは、こういう形でなされるべきものではないのではないだろうかという一つの社会福祉政策についての基本的な考え方も中にあるように伺いますので、この点は先生の意見をまともに受け取れば、この条項は削除すべきだというふうにも理解するわけですが、その辺のところを文部省のほうではどのように考え、かっこの条項を存置するとすれば積極的な意図はどうであるか、その辺のところをお聞きしたいと思います。
#19
○政府委員(安達健二君) 石川先生のおっしゃいましたことは、盲人用の点字複製等については著作者は理解を示し、その場合には無料でやってもらうというように現にしているというものを、法律によって強制されるというのは困る、こういうのが石川先生の中心的な御意見でございます。そういうことにつきまして、われわれといたしましては、盲人用の点字複製について、著作者の方々がそのように盲人の福祉のために示されておりまする御理解に対しては深く敬意を表するものでございます。しかしながら盲人の福祉の増進という積極的な見地に立ちますと、やはりこの点字複製等をより容易にするということが盲人の福祉の増進ということのためにはやはりよいよいということを言わざるを得ないわけでございまして、こういうような立法例も、社会福祉の非常に進んでおりますたとえば北欧等におきましては、こういう規定も見られるわけでございますので、やはり盲人の福祉増進という見地からこのような特例を設けることがいいのではないだろうか。ただその場合におきましても、この二項に「その他の盲人の福祉の増進を目的とする施設で政令で定めるもの」というようなのがございまして、こういうことのためにかえって金もうけをするというようなことにならないように、政令の場合におきましても十分その点を配慮いたしまして、このせっかく従来から示されておりますところの、著作者の盲人の福祉に対する御好意にも十分報いるようにしなければならない、かように考えているところでございます。
#20
○杉原一雄君 次は第六十八条です。「第六十八条の放送のための強制許諾の規定は、著作者の拒否権を奪うものであり不当である。」というふうに要約されておりますが、先生の公述も読みましたところ、そういうふうに理解されます。端的に言えば、六十八条を削ってしまえばいいということだと思うのですが、その著作者団体の代表者が言っておられるこの意図を、これを削除することなく著作権者の権利を優先させるという観点から、この法の理解並びに政令上の配慮、そうしたものがあればお聞きをしたいと思います。
#21
○政府委員(安達健二君) 著作物の放送による利用という場合におきまして、この第六十八条に定めているような制度につきましては、ベルヌ条約でもこういう制度を認めておりまするし、また現行法でもこのような制度があるわけでございます。そういう観点、また放送の公共性ということからいたしまして、著作者の権利の乱用について配慮をするというような観点から、この六十八条の制度を従前と同じように設けたわけでございますけれども、いま御指摘のように、問題はこの裁定の運用にあろうかと思うわけでございまして、その点につきまして、まず一段といたしましては、七十条の第三項におきまして、裁定をする場合においての制限をいたしているわけでございまして、
 一つは「著作者がその著作物の出版その他の利用を廃絶しようとしていることが明らかであるとき。」、もう自分は世の中にこの著作物を出したくないというようなことが明らかである場合には、文化庁長官は、放送会社からかりにそういう要請があってもこれには裁定を与えない。あるいはこの第二号で、「著作権者がその著作物の放送の許諾を与えないことについてやむを得ない事情があるとき。」というようなのがございまして、そういう場合にはやはり裁定を与えないというようなことにいたしまして、著作者の意向をこの裁定の場合に十分慎重に配慮するというような規定も新しく置いておるわけでございまして、今後この第七十条三項の運用にあたりまして、この法文に掲げてありますところの趣旨を十分くみまして、またこの著作権法全体が著作者の権利、利益の保護にあるという観点を十分頭に置きまして、この裁定がそういう先ほど申し上げました趣旨におきまして、著作者の意向を十分尊重した上で裁定が行なわれるようにいたしたい、かように考えておるところでございます。
#22
○杉原一雄君 その次は、ここに示してあるとおり、第八十四条三項のことですが、絶版請求権について、あらかじめ損害を賠償しなければ絶版ができないとする規定は不当である、というのであります。これはこのままで私何も加えることはないのでありますが、これに対して文部省の見解をお伺いしたいと思います。
#23
○政府委員(安達健二君) 出版権と申しますのは、この七十九条にございますように、複製権を持っている著作権者がその著作物を文書または図画として出版することを引き受ける者、すなわち出版会社に対して出版権を設定するというような関係になるわけで、自分のものを一定期間の間出してほしい、出しましょうというようなことで、その出版権という物権を設定するわけでございます。その出版権の存続期間は三年、原則として別段の定めがない限りは三年というようになっておるわけでございまして、相互の信頼関係というものを前提として出版権が設定されておるわけでございます。ところが、著作者のほうでもうその著作物の内容が自分の確信に適合しなくなったということで、もはや自分の著作物としては出版はしたくない、こういう強い気持ちがある場合に、やはりその著作者の気持ちというものもこれをやはり尊重しなければならない。しかしながら信頼関係の上においてこの複製権を与えられたところの出版権者というものの利益というものも同時に考えなければならぬ。そういう意味におきまして、その出版を廃絶するというためには、出版の廃絶はできるけれども、その場合には出版権者に通常生ずべき損害をあらかじめ賠償してもらいたいというのがこの規定の趣旨でございまして、これは現行法にもこの規定があるわけでございます。この現行法の規定を整備いたしましたのがこの八十四条の三項の規定でございまして、したがいまして、これは著作者の意向というものと一たんその出版権を設定されたところの出版権者の利益というものを相互に尊重しながら、これをその目的を達するにはどうしたらいいかということになりますと、やはり廃絶はできる。できるけれども、その通常生ずべき損害はあらかじめ賠償する、こういうのが一番適切であるということで、現行法と同じ趣旨で規定をいたしておるわけでありまして、条文上若干の整理はいたしておりますが、趣旨は全く同様でございます。
#24
○杉原一雄君 七項は、他の委員のほうから繰り返し質問され、意見の述べられた映画の著作権の問題ですから、これは私なりに了解しておりますので省略いたします。
 そこで、大きく分けて第二項の問題で、まあ石川先生は御承知のとおり小説家ですから、そういう立場から、特に法案について日本語として不適当だという指摘が三点にわたって行なわれております。これについて、これはことばの問題ですけれども、文部省のそれについての考え方をお聞きしたいのですけれども、とにかく第二条の一項の五号ですが、しかし、この文章を読みますと、必ずしもそこではないような気がするのです。先生の公述された文章を読んでみると、六になるのじゃないかと思うのですがね。「レコード製作者」というところがあります。「レコードに固定されている音を最初に固定した者をいう。」と、これはわからぬと言われるのですね、先生は。先生の言い分は、「固定されていなかった音を最初に固定した者」というふうに書きかえてもらいたいというのが石川先生の御意見なんですけれども、その後検討されて、その点についてどうお考えになっているか、これをお聞きしたいと思います。
#25
○政府委員(安達健二君) この「レコード製作者」というのは、最初に音を固定した者ということでございますけれども、それをさらに正確に言いますると、つまりこの五号にレコードの定義がございまするが、そういうレコードに固定されている音を、それを最初に固定した者というわけでございまして、つまり保護されるのはレコードに固定されている音を保護するわけでございますが、その音を最初に固定した者がレコード製作者として保護されるというわけでございますから、このほうが正確であるというふうに思うわけでございます。
#26
○杉原一雄君 私は判断をちょっと申しかねますけれども、私も何か石川先生のおっしゃるほうがいいような気がするわけですね。それはそれで流しておきます。
 次は、文部省からいただいた資料では第二十一条一項とありますが、先般の速記録を見ますと、これは二十条だと私は思います。そこで二十条の第一項ですが、「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。」と、こうなっているわけですね。これも何か読んでみて石川先生はおかしいとおっしゃるのです。私もおかしいと思いますが、先生の言い分では、改変を受けないものというところを「拒否することができる」というふうに書きかえていただけばどうだろう、こういうことなんですけれども、それも安達的な解釈をひとつお願いします。
#27
○政府委員(安達健二君) この著作者人格権というのは、いわば受け身の権利でございまして、その著作物なり題号というものが常に同一性に保たれておるような状況に保つ権利というようにまあなるわけでございまして、したがって、それはいいと言わなければ変更、切除その他の改変を受けないという逆の面から書いたわけでございます。それに対して拒否するとか反対するということになりますと、それは権利の発動になるわけでございまして、それはあとのほうのその権利の侵害というところに出ておるわけでございまして、たとえば百十二条に、この著作者人格権を「侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」と、こういうところでその権利というものが発動してくるわけですね。したがって発動することは、発動する前の権利というものがあってそれを発動するわけでございますから、権利としては発動できるものが権利であるというように私ども考えるわけでございますから、このようにするのが当然で、反対することができるということはちょっとおかしいのじゃないかと思います。
#28
○杉原一雄君 それではもう一つですが、第二十四条ですね。これも「著作者は、その言語の著作物を公に口述する権利を専有する。」と、その「言語の著作物」だと、この点を指摘されているわけですが、「言語による著作物」というふうに書きかえたほうが妥当ではないだろうかというのが先生の意見なんですが、これはずいぶん国語の話みたいになって申しわけないんですが、この点もいかがでございましょうか。それを最後にしてこれで終わります。
#29
○政府委員(安達健二君) 「言語の著作物」、「言語による著作物」は、日本語の「の」と「による」の語感の問題になるのじゃないかと思うのでありまして、「言語の著作物」というのは、言語というものによって表現された著作物といいますか、そういうものを言うわけでございますが、もし、「による」とすれば、「言語により表現された」としなければ、何か石川先生のも不十分になると思うのでございます。そこのところを「言語の著作物」と簡明に言えばそれで筋は通るわけでございまして、さように私どもは考えて、「言語の」ということにとどめたわけでございます。
#30
○田中寿美子君 私は、主として映画の著作者の著作権の問題についてお尋ねしたいと思いますけれども、最初に、この著作権法全体に対して、衆議院でも非常に短時間にさっさと通ってしまいました。参議院でも十分の時間がないということに対して、非常に私は不満に思っております。というのは、この著作権法は、研究すればするほど非常に重大な問題でございまして、まだまだ疑義が一ぱいのままで終わってしまいそうな気配で、非常に私はその点を遺憾の意を最初に表明したいと思います。
 法律というのは、その法律の出される背景があるわけで、著作権法案全体の背後にあるものに私はたいへん心配を感ずるわけです。それで、まずそのねらいなんですけれども、先ほども杉原委員が第一条「(目的)」の中の、「これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、」という文言のことをおっしゃいました。この間、鈴木力委員もこの点についてお尋ねになったようなんですけれども、それは先ほどの政府委員の御説明ですと、国民の公正な利用なんだ、だからいいじゃないかという意味にとられるわけです。一体この「公正な利用」ということばそのものの意味はどういうことなんですか。この法律を初めから来ますと、「これらの文化的所産の公正な利用」というのは主語はどれになるのか、さっぱりわからないのですけれども、一体目的はフェア・ユースという意味ですか、フェア・トレードという意味ですか、その辺はっきり伺いたいと思うのです。
#31
○政府委員(安達健二君) いまおっしゃいましたフェア・ユースというのは、というもので英米法で一つの考え方がございますから、それとこれと若干の違いがございますから、それをここでそのとおりでございますとは言いにくいのでございますが、いまおっしゃいましたフェア・トレードということより、言うならば、フェア・ユースというような考え方に立っておるわけでございます。もちろんそれは英米法でいうところのフェア・ユースとそっくりそのままではないということはもとよりでございますけれども、そういうものでございます。
#32
○田中寿美子君 大臣の提案理由説明に補足された次長の説明の中で、著作物等の公正な利用に留意して著作権等について妥当な制限規定を整備したと、つまりこれは著作権者の権利の保護の法律なのか、それとも制限のための法律なのかという疑問を全体として私は持つわけでございます。その辺御説明を願います。
#33
○政府委員(安達健二君) 著作権というものを定める場合におきまして、その著作権というものは天賦人権ではなくて、法律によって定める権利でございますけれども、その前におきまして、その権利というものをどこまで認めるかという権利の限界というものが当然あるわけでございます。たとえばこの著作権におきましては、権利は永久に続くのではなくて、死後五十年というように一定の限度をきめるわけでございます。そういうような意味におきまして、著作権について権利の制限をするということは、同時に権利の内在的な限界を定めるということにもつながるわけでございまして、どこの国の法律におきましても、著作権というものを定める場合に、著作権というのは非常に強い権利でございますから、それにつきまして「文化的所産の公正な利用」という観点からこれに制限を加える。他のことばで言えば、限界を定めるというのはどこの国でもやっておるわけでございまして、今度の法案におきましては、それは非常に必要なことであるけれども、それが非常にまた著作権者の利益を不当に害するということにならないように、これを「公正な利用」というようなことで、たとえて申し上げますと、この三十三条で、教科書に掲載する場合におきましては、これはやはり掲載していただいて、最もいいものを、教材を子供に与えなければならないというけれども、そのために著作権の制限をいたしますけれども、その場合には必ず補償金を払うというようにいたしまして、ただでは使わない。やっぱり使う必要がある場合には使えるようにするけれども、そこはやはり補償金を払うというようにするというようなふうにいたしまして、この単に著作権を制限する場合におきましても、著作権者の利益をも考慮するというようなことで「公正な利用」というようなふうに表現をいたしておるところでございます。
#34
○田中寿美子君 その「公正」なら「公正」という判断をする機関の問題なんですね。今度は著作権を政府が管理をするようなことに結局なっていますよ。これは文化庁がこの法律案で、著作権の内容に対して介入してくるような形になっておるわけです、現行法としては。その点では。著作権者の権利を侵害すると言って私はよろしいと思うのですけれども、大体著作権法というのは、どうも問題の仲介業務法と一対になっているのですね。著作権法のほうだけ改めまして、仲介業務法のほうは昭和三十七年当時のままにしておくということ自体に問題があるし、全体を読んで国際法と触れるような面とか、それからあるいは法全体だいぶ矛盾するところがあるように私は思います。
 それから文言の問題もたびたび言われておりますが、ずいぶん問題があって、それからあちこちの国の法文をつき合わしたような感じのするところや、たいへんずさんな感じがするので、なぜそんなに急がなければならないのか。もちろん部分的には、たとえば著作権が死後三十年が五十年になったというようなよいところもある。しかし、非常にそういう点で、著作権というこれは財産権ですね、それへの政府の介入という心配がある。こういうことを非常に感じます。これは言論や出版の統制というふうな、支配というような危険も含むことができるということから、文化庁が非常に大きな役割りをするわけです。その点ちょっと御説明をいただきたい。
#35
○政府委員(安達健二君) 第一の点は、この著作権法は私権を定める法律でございますので、この間の問題におきましては、もちろん原則として最終的には裁判所が判断をするということでございまして、文化庁が介入するとおっしゃいますけれども、それは、従来からございましたような裁定の制度の場合において行なうというようなことが中心でございまして、なお、それからあっせんの制度を設けたということで、両当事者からあっせんの申請があった場合に、そのあっせんをするというようなことにおきまして文化庁というものが入ることはございますけれども、根本的にはこれはもう一般の私権の問題でございますから、これは政府が介入するというようなことはもちろんあり得ないことでございます。それが第一点でございます。
 それから第二点といたしまして、条約との関係においてズレがあるというようなお話もございましたが、そのようなことは一つもございません。これは具体的におっしゃっていただければこれは明解にいたしたいと思います。それからずさんなというようなお話ございましたが、もしずさんなところがあるならば具体的に御指摘をいただきたいと思います。
 それからもう一つ申し上げたいと思いますが、この仲介業務法との関係でございます。この点は、実は現在昭和十四年に作成されました「著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律」というのがございます。これとの関連が一つございます。この点につきましては、実は審議会におきましても、その点について仲介業務法についての審議会の答申をいただいております。そこで、この新しい著作権法と「著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律」の改正というものを同時に出すべきではないかと、こういうふうな御指摘もいただいているところでございます。その点につきまして、実は仲介業務法に関するところの審議会の答申でございますけれども、その審議会の答申におきましては、現在とっておりますところの著作権の仲介業務につきましての認可制、許可制、それから使用料というものを定める場合には認可を得なければならない、こういう仲介業に関する基本的な体制というものは、これは現行法と同じ答申をいただいておるわけでございます。したがって、現行法がございますれば、従来と同じように著作権を管理するための規制というものは行なわれておるわけでございます。ただ、現在のこの「著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律」はかたかなの法律で、新しい立場からいいますと、なおこれを補いたい、補う必要がある規定もございます。そういうものもやはり早急に入れて、新しい仲介業務法をつくらなければならないということは私どももひとしく感じておるところでございまして、先生のお示しのとおり、仲介業務法につきましては、できるだけすみやかに改正案をつくりまして御審議をいただきたい、かように考えているところでございます。
#36
○田中寿美子君 たいへん問題があるのですが、私は三十分しか時間をもらっておりません。実は一つ一つ指摘したいと思っておったのですが、そういう時間がありません。あとで鈴木委員から条約関係のことがあると思います。それから介入はあり得ないとおっしゃいましたけれども、事実では、実態の中ではずいぶんいままでも現在もあるわけです。今後もあり得る。ことに、たとえば音楽著作権協会なんというのは、これはもうほとんど独占的に文化庁からの認可を得て報酬をきめたりするわけですから、こういう実態があるということ、それから仲介業務法のことは、これは現行法どおりの答申であるということに私はもうむしろ疑いを持つわけで、著作権法は、現行法よりはずいぶん、ある意味では、権利の点では逆行しております。この仲介業務法のほうは戦時中のままの方向で行くというのは非常に私はこれは問題だと思いますが、そのことをいま議論している時間がございません。ただ、たとえば、その法文の中で矛盾すると思います点は指摘だけで、時間がありませんので、ほかの問題もやりたいものですから……。
 映画の問題ですけれども、映画の著作者はだれかと考えてみます場合に、その第二条の二項では「著作者」とは「著作物を創作する者をいう。」という定義になっておりますね。ですから、映画を創作する人は著作者であるはずだと、これはいろいろたくさんいる。ところが映画に関しては十六条で別の規定をつくっておりますね。その定義で、「映画の著作物の著作者」というものをあらためて定義している。このこともおかしい、もし一貫させるなら、この定義のところでやったらいいはずだと思うのです。それから十六条の文言の中には非常に疑問のことばが一ぱいある。これはすでに映画監督協会の代表からも指摘されておりますが、「制作、」ということば、それから「監督、演出、撮影、美術等」の「等」、そのほか非常に疑問がたくさんあります。で、監督というものの内容、これはいろいろなもので定義を調べてみますと、非常に映画の創作の源泉になるものなんですね。こういうものからの著作権を製作者のほうに移してしまうということ自体が、これは監督家協会の人たちは憲法二十九条の財産権を侵害すると、私ももちろんそれもそうだと思いますけれども、それだけではなくて、実体に合わせてみますと、憲法二十一条の集会、結社及び言論の自由、表現の自由、こういうことにも抵触するような作用をしているのですね。これは二十九条のことです。ですからそういう意味で、私たちは二十九条はあってはならないというように考えているわけなんですけれども、その点はこまかくお尋ねしている時間がいまありませんので、いまの問題についてはお答え願わなくともけっこうです。大体お答えはわかります。
 それで私、公正取引委員会の方にお尋ねしたいのです。映画界というのは、これは提案理由説明の中に、二十九条でも、それから全体に対してもそうなんですけれども、映画界の実体を勘案しながらというようなことばがあるわけです。そこで、まずお尋ねしたいのですけれども、著作権というのが独占禁止法二十三条で、無体財産権の行使行為というので、これは独禁法の適用除外になっているということは私も承知しております。ところで、その二十三条の中のことばに、「この法律の規定は、著作権法、特許法、実用新案法、意匠法又は商標法による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」「権利の行使と認められる行為」ということですね。そうしますと、著作権の場合は、著作権法による著作権の権利の行使と認められる行為というのは何なのか、あるいは著作権の権利の行使と認められない行為というのはあるはずですね。認められるというのがあるのだから認められない行為というのはどういうものを考えられたか。なぜこれをお伺いするかといいますと、この法案をつくるときには法制局と審議され、それから必ず調整の意味で独禁法と引っかからないかどうか、公正取引委員会と相談なさるはずだと思うのです。ですからそのことについて公取の方の御意見を伺いたい。
#37
○説明員(三代川敏三郎君) お答え申し上げます。独占禁止法の二十三条で、著作権法その他による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない、とございますが、「権利の行使と認められる行為」と申しますのは、著作権法によりまして、著作権者には独占的な権利が与えられているわけでございます。その独占的な権利を何といいますか、保っていくために必要な範囲においては、その行為は権利の行使として認められる。しかし、それを逸脱するような行為には認められない、そういうことでございます。
#38
○田中寿美子君 認められない……。
#39
○説明員(三代川敏三郎君) その著作権法によって認められている権利、それを守るために必要な範囲をこえている行為、そういうものは権利の逸脱として認められない、そういうことでございます。
#40
○田中寿美子君 具体的に言ったらどういうことになりますか、映画の場合。
#41
○説明員(三代川敏三郎君) いままで著作権に関連いたしまして、あまり問題がございませんので、同じ無体財産権のほうで、特許のほうでございますが、日本ではございませんが、外国のほうで問題がございますので、それでお答えさせていただきたいと存じますが、特許権法のほうですと、たとえば特許権の対象となっている品物、それをほしければ、それと関係のないものも使える。たとえばある機械を使う場合には、その機械に使われる部品といいますか、もっと具体的に申しますと、IBMという会社がございます。そうしてそこでつくった機械、それにそのパンチカードを使う、そのパンチカードは自分のところのものを使わなければいけない、そういったような制限をつけて特許を与えている。その場合に、パンチカードというのは何もIBMのつくったパンチカードでなくてもどこのものでもいいはずだということになると、それを自分のところのパンチカードを使えということになりますと、それはパンチカードにおける自由な競争というものを特許権によって制限しているということになるから、それは逸脱だと、そういうような考え方でございます。
#42
○田中寿美子君 映画について御説明いただけないのは残念なんですけれども、その「権利の行使と認められる行為」ということばがあるからには権利の行使と認められない行為もある。ということは、その権利の乱用があり得るということを意味してるんでしょうね。
#43
○説明員(三代川敏三郎君) おっしゃるとおりでございます。
#44
○田中寿美子君 そうしますと、文化庁長官でも大臣でもいいんですけれども、この今度の法案では映画の著作権は製作者のほうにいくことになっていますね。そうしますと、その製作者の権利の行使の乱用ということもあり得るわけです。そうお思いになりますか。
#45
○政府委員(安達健二君) 権利の行使ということでございますから、権利の行使ということは、著作権法で認められた権利を行使するということでございます。したがいまして、その権利の行使と関係のない行為というものについては、もちろん適用ということがあり得るかもしれないけれども、権利の行使と著作権法によってどういう権利があるかということがはっきり書いてありますから、それに関する限りは適用がないということでございまして、いわゆる権利の乱用というようなものは、権利の行使と認められるか認められないかということは、もっぱらむしろ独占禁止法二十三条の解釈の問題だろうと私どもは考えます。
#46
○田中寿美子君 そこで、公正取引委員会は、そういう権利の行使と認められない行為とかあるいは乱用とかということがあり得るということを頭に入れてこの法案の調整に応じられたのかどうか、これ調整されたのか。
#47
○説明員(三代川敏三郎君) おっしゃるとおりでございます。そういう乱用ということがあり得ると考えて調整いたしました。
#48
○田中寿美子君 この法案の提案理由説明の中にも、映画界の実態を勘案するという――ことばはちょっと違うかもしれませんが、そういうことばがあるわけです。ところがその映画界の実態というのは、これは御存じだと思いますけれども、これは公正取引委員会なんかは十分把握していらっしゃるのが当然だと思うんですけれども、今日これまで、参考人も述べておりましたけれども、映画界の五社というものがあって、これはほとんど独占企業でございますね。五社協定というのは監督に対して統一契約書というのを入れさしておりますね。たとえば専属監督契約書一号のAというようなものを入れさして、それでその中の第六条によりますと、「本契約による乙の監督映画の一切の権利は甲又は甲の指示する会社が保有するものとする。」というような契約を入れておりまして、そして形式上は現行法で自由契約なんですけれども、実際には、五社協定が意味していることは、一社との間に契約上のトラブルが一つでも起きたら他の四社はその監督の地位を剥奪してしまうこともできる、全部干してしまうということもできる。これは監督だけではございませんですね、俳優についてもそうでございますね。たとえば山本富士子が全然映画に出られないのはなぜか、五社の協定を破っているからだ。それから製作会社は五社がほとんど独占している。それに配給機構があって、配給会社があって、それから興業と、縦に独占しているわけですね。で、五社の指定している作品以外のものはほとんど自由には上映できないような体制をつくり上げている。こういう実情を公取のほうでは認識をしていらっしゃるのかどうか。
#49
○説明員(三代川敏三郎君) 映画の関係につきましては、独占禁止法ができましてから間もなく映画の全プロ契約でありますとか、あるいはしばらくたちましてから、それにかわるものとしてできましたブロックブッキングの契約、そういったものを違反として取り上げて是正をいたしました。そういったように、映画の製作、配給面という点では、映画会社というものは事業者と認められますので、その行為につきましては、独占禁止法の適用があると考えております。で、その監督さんとか俳優さん、それは一体労働者なのか事業者なのか、その点が非常にわかりにくいことでございまして、大部屋の俳優さんあたりですと雇用契約が締結されていると思われますので、労働者ということになると思います。そしてそうでなくて、いわゆる歩合給と申しますか、そういった契約の方々になりますと、それが労働者ということではなくなってくると思われますが、といって、それじゃそれが事業者ということになるのかという点になりますと、その給付するサービスの内容というものが非常に個人的な性格を持っておりまして、はたしてその競争というものにどの程度なじみ得るのだろうか、山本富士子さんの演技というものは山本富士子さんでなければできない、そういったような非常に個人と結びついた性格を持っているように思われますので、その辺で事業者性というものがなかなか判断がつきにくいところでございます。
#50
○田中寿美子君 私は映画の著作権が直接独占禁止法に結びつくというふうに考えているわけではなくて、映画界の実情が全く独占の状態で運営されているというその状況の中で著作権が製作者、会社のほうに全部移ってしまうということに危惧を感じている、こういう意味なんで、それで公正取引委員会がいまの映画界の実情を著作権とまず離れて考えてみて、五社が独占形態をとっておるということ、そしてちょうど縦のカルテルみたいな形で配給機関も興業の、上映する映画館まで支配するというような体制について、いまおっしゃった昭和二十五年の東宝・スバル事件というのは、非常にはっきりと、あのときには独占禁止法違反の審決が出ているのですね。最高裁までいって出ているわけですが、その次に映画全プロ事件というのが出て、これなんかも問題になったけれども、その後ほとんど問題にされていない。ところが独占の状態がもっともっと進んでいると思うのです。そういうことについて、一体公正取引委員会というのはこういう背景のもとで今度映画の著作権がきまろうとしているのですけれども、公正取引委員会というのはそういう問題に対してみずから職権探知ですか、そういうようなこともなさらないのかどうか、そういう申告はなかったかどうか、申告はおそらくないと思うのですね。現在の場合の映画会社というのは非常に強力な会社というものに対して、監督にしましても、俳優にしても、その他演出家でも、美術関係でもみんな弱いのですね。ですから申告するほどの立場はとても日本の現状ではとれない。その中で、それじゃ独禁法の番人であるところの公正取引委員会がこういう事情をみずから職権で探知したというような努力は全然なされなかったのかどうか。また今後そういうものをする気はないのかどうか。
#51
○説明員(三代川敏三郎君) 私どものほうで、いままで耳にしております限りにおいては、できるだけ努力をいたしてきておりますし、また今後とも努力をいたしたいと考えております。なお昭和三十七年の公正取引委員会の年次報告の一二四ページに「松竹株式会社ほか5名に対する件」という項目がございまして、その中に、ただいま先生のおっしゃいました六社協定の問題を取り上げてございまして、その場合には六社以外の映画会社、独立プロでございますが、それと契約している俳優などを使った映画は六社は配給しない、そういうような申し合わせをしております。それにつきましては、独禁法上問題があるということで調べてまいりました。そしてその過程におきましてこの六社のほうは、そういった条項をみずから取り除くということをいたしましたので、それは不問にいたしたということがございます。
#52
○田中寿美子君 この面では映画界だけではないと思いますけどね。さっきの音楽著作権協会にしてもそうだと思いますが、たいへん独占的な権力を持って、それに関係している著作権者を圧迫する実情があるわけなんです。そういう中で、この権利が全部製作者のほうに移ってしまう、現行法では一応取引契約関係になっているわけなんです。契約関係になっていてすら、現在ほとんど――先ほど申し上げましたように、五社の監督統一契約書というものがあります、統一協定があって、それが自由契約ができないような状況になっている。それを今回全面的に法律でバックアップして、製作者のほうに著作権を与えてしまうということに対して、私、非常に重大な危惧を感じております。それで、これはもちろん単に経済的な権利、財産権が移ってしまうという問題だけではなく、たとえば独立プロが自由につくったものを配給ルートに乗せることができない、上映することができないというような点から考えてみましても、先ほど申しました憲法二十一条の言論、出版、表現の自由を侵す、こういうことになり得るというふうに私は思っているんです。これは文化庁のほうではどうお考えですか。
#53
○政府委員(安達健二君) 映画の著作権の帰属につきましては、諸外国ともいろいろ規定をいたしておりますが、ほとんどの国が映画の著作権は映画製作者に帰属するという考え方で規定しているのでございまして、日本だけが特例を開くというものでは毛頭ないことをまず第一にお答えいたしたいと思います。
 それから二点といたしましては、こういう二十九条の規定ができると自由契約ができなくなると、こういうお話ございましたけれども、二十九条によって著作権が映画製作者に帰属いたします場合におきまして、参加契約その他におきまして、その著作権の行使について映画製作者と著作者との間に契約を結ぶことは十分考えられるわけでございまして、たとえば外国に配給する場合にはどうするとか、あるいは国内でテレビに乗せるときにはどうするとかいうようなことがその両当事者間の契約でできることでございまして、私どもはそういうことができる、この二十九条によってそういうことができなくなるというものではないということは、いろいろな機会に今後とも十分明らかにしていきたいと思うのでございます。
 それから第三点といたしまして、このような規定が憲法にいうところのその表現の自由を侵すおそれはないかということでございますが、そういうおそれは全くないと思うのでございます。たとえばいまお示しになりました独立プロの場合は、その独立プロダクション自体が映画の著作権を持つわけでございます。その場合におきまして、それがどのように配給されるということは、これは著作権の問題ではなくて、その著作権の売買の問題として考えられるわけでございまして、その問題は著作権を独立プロに与えたことによって妨げられるものではないわけでございまして、したがって、その表現の自由云々とは全然関係がない問題として私どもは考えているところでございます。
#54
○田中寿美子君 時間がもうなくなりましたので終わらなければなりませんけれども、たいへん水かけ論になってしまいました。もちろんこの法律そのものがそういうふうには規定していないのはあたりまえなのであって、だからおたくのほうでも補足説明の中で、実態を勘案するということを書いて、映画界の実情に応じると……。私どもは実情はこうであるということをいまお話しした。これはだれも知らない人はない状況ですね。映画界の五社独占ということ、そして最近は、この間も問題になりましたけれども、大映と日活かどっか、松竹なんか、経営が不振である、そこで映画輸出振興協会というのが多額の不正な融資をしたという問題がありますが、こういう大きな会社にしては、政府側の援助があるわけです、これは通産省の関係だと思うのです。そういうふうなことがあって、事実上映画の中に働いている人たちに自由契約が行なわれていないという実情の中で、著作権を一方的に全面的に製作者に移してしまうということについては、私は非常に心配である。だから著作権審議会の審議の過程で、第五次案のときには、あそこのところに「契約に別段の定めがない限り、」というので、この二十九条に入れられましたでしょう。それを今度は取って「当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているとき」、このことばの意味も私よくはっきりどういうことを意味しているのか、特別の定めがない限り、ということばとどこが違うのか、どうしてそれが取り去られたのかということにも疑義を抱くわけです。ですから、全体として、最初に申し上げましたように、この法案全体のねらいの中に、著作権に関してたいへん大きく文化庁が介入してくるということが問題であるということを申し上げたいわけです。ことに映画がこのごろテレビで再放送される、あるいはその場合に、短縮されたり、それから一部改変されたり、編集されたり、商業放送にスポットで使われたり、こういうようなことがあった、あるいは政治的に関係あるような映画の部分だとか、あるいはセックスに関係があるような部分だとか、そういうものが監督の創作の立場からずれてしまって著作権を侵害していくという実例も起こり得ると思うのですね。これを先ほどの最初の「公正な利用」というところにもつていかれるのかどうか、その辺の非常な危惧を私は持ちますので、この二十九条に対しては、あるいは二十九条に関係して十六条もそうですし、第二条の定義のところもそうですし、関連するものもたくさんありますが、その辺は特に一番この著作権法の中で私は問題であるということを指摘しておきたいと思いますが、このことについて一応の御見解を伺って、それで終わりたいと思います。
#55
○政府委員(安達健二君) ただいま御指摘になりました点についてお答えを申し上げたいと思います。
 第一は、この第二十九条の「製作に参加することを約束しているときは、」ということばの意味でございますが、その映画の著作者、監督なりカメラマン等が映画の製作に参加することを約束すると、そういう約束というものが前提になって、その約束の際にいろいろな条件をつけることができると、そういうことを明らかにする意味でこの
 「約束しているときは、」ということを入れたのでございます。これが第一点。
 それから第二点といたしまして、いわゆる一昨年閣議で決定されました案に、「契約に別段の定めがない限り、」とあったものがなくなったということの点でございます。なお、その「約束しているときは、」云々は、一昨年の案にももちろんございますので、その違いは「契約に別段の定めがない限り、」を入れるか入れないかの問題だけであるという前提で申し上げるわけでございます。その後いろいろ検討いたしましたところ、この審議会の答申では「契約に別段の定めがない限り、」というような趣旨のものはなかったわけでございます。しかしながらいろいろ映画の状況等から考えて、そういう留保の余地を考えるかどうかというような点も検討いたしたわけでございますが、映画の関係はやはり物件でございまするし、しかもこれは明快にするということが必要である。それで、そういう前提の上に立って契約を結ぶということのほうがより一そうこの問題を解決する上においていいのではないかという関係で、この「契約に別段の定めがない限り、」を削った。削って昨年と今回の案とがそういう案で出ておる、趣旨は審議会の答申どおりになっておるということと、それから映画の著作権の関係を明快にする、その上に立って契約を結ぶようにしたほうがよいのではないか、そういう考え方に立っているというのが第三点でございます。
 それからこの映画を短縮するとかというような問題になりますと、これは人格権の問題になるわけでございます。この点は先ほど杉原先生からも御指摘のあった第二十条によって同一性保持権があるわけでございますから、映画をかりに著作権は監督等は持たないことにいたしましても、人格権の作用として、そういう短縮とかそういうものは一切まかりならぬということになっておるわけでございまして、その点は今度の法律で著作者を監督等と明記したことによって、この監督等が人格権を持つ関係が非常に明快になったわけでございまして、この点は私ども十分評価していただいていいのではないかと思うところでございます。
 それからセックスとか政治的な関係、その他の関係で利用するのが公正な利用になるかということでございますが、これは全然関係のないことでございまして、著作権の制限として働きますのは、この第五款に書いてある場合だけでございまして、それ以外の理由によって著作権は制限されるということはないわけでございます。逆にその著作権の制限される場合を明快に、明らかにすることによってむしろ著作者をはっきりと保護するということがむしろねらいでございまして、制限の規定が多くなった、あるいは整備されたということは権利の制限を強くしたとおっしゃいますけれども、むしろその関係を明快にして、こういう場合以外は制限されないということを明記することによって、しかもその場合の公正な関係を規定することによりまして著作権者を保護するという面もあるということを御了承いただきたいと思います。
  〔委員長退席、理事永野鎮雄君着席〕
#56
○鈴木力君 時間が足りないそうですからはしょってお伺いいたしますが、まず最初に、労働省の職業安定局の業務指導課長さんにお伺いいたします。時間がありませんので、法律の条項やなんかについては一切はしょりましてお伺いいたしますから、どうぞあしからずお願いいたしますが、いまのテレビなり、あるいは映画もそうだと思いますけれども、いわゆる実演家のあっせんをやっておる、通称プロダクションとわれわれ言っておるんですが、この組織はといいますか、この業者は職業安定局というよりも労働大臣の認可になっている業者であることは間違いございませんね。
#57
○説明員(保科真一君) 芸能社でございますが、芸能社の実態を見ますと、二つの形態があるように思います。一つは芸能社が請負契約を結びまして、芸能社の企画、責任のもとに請負としてやる場合と、それから芸能社所属の演芸家の職業紹介をやるというような二つの形態があるかと思いますが、職業紹介をやる場合におきましては、職業安定法の三十二条で許可を受けなければならない。それから演芸家、音楽家等につきましては許可できる職種になっております。現存のところ、労働大臣の許可を与えております演芸家関係の紹介業者は百六十四ございます。
#58
○鈴木力君 そこで伺いますが、労働大臣の成規の許可を受けないでこの種の業務をやっておるプロダクションはどのくらいございますか。
#59
○説明員(保科真一君) 芸能社につきましては、ただいま申し上げましたように、いろいろの形態がございまして、職業紹介的な行為をやっております芸能社と、それから請負でやっておる芸能社がございます。で、請負でやっております芸能社につきましては、職業紹介ではございませんので、許可を受ける必要はないわけでございますが、職業紹介をやっております芸能社、百六十四ばかり許可いたしておりますけれども、これ以外にも、いわゆるもぐりでやっております芸能社もあるように私思っております。で、そういうようなもぐりの芸能社につきましては指導を加えまして、労働大臣の許可を受けて、また指導監督も十分やりながら許可を受けさせるような方向で指導いたしておる次第でございます。
#60
○鈴木力君 ここに芸能社の名簿があるのですが、これを見ますと、名前は特に固有の名前を言う必要はありませんから申し上げませんけれども、芸能人紹介何々プロダクション、こういうのがずっと並んでいる。そのうちに労働大臣許可とついておるのとついていないのとある。ついていないのが堂々とこういうものに登録をしまして、そうして芸能人紹介という業務を大っぴらにやっておるわけです。これを大っぴらに労働省がやらしておる。これはもぐりとはいうけれども、ここまで大っぴらにやりますというと、ぼくらはもぐりとは思えない。何か特殊な事情があるのですか。あるいはもしないとすれば、これらは早急に労働省はやはり調査をいたしまして適正な運営の指導を強硬に加えなければいけないと思うし、許可を得ていなければ職業安定法違反ですから、そういう職業安定法の違反の立場から取り締まりというものを厳重にやってもらいたいと思いますが、いかがですか。
#61
○説明員(保科真一君) ただいま先生の御指摘の点でございますが、芸能社が請負でやっております場合には職業安定法の問題はないのでございますけれども、職業紹介的なことをやりながら認可を受けないというものもあるように思いますので、この点につきましては都道府県に指示をいたしまして、東京とか大阪のような芸能社の多いところにつきましては、芸能家関係の団体とも接触いたしまして許可を受けるように指導いたしておるわけでございます。先生の御指摘もございますので、今後そういうもぐりの紹介的なことをやっておる芸能社につきましては、十分実態を把握いたしまして許可を受けるように指導いたしてまいりたいと思います。
#62
○鈴木力君 それはそういうふうにやってもらえばいいと思いますが、そこで今度は許可を受けておるほうのプロダクションがやっておるやり方の中身を労働省は御存じでしょうか。どういう状態でいま芸能人の紹介事業をやっておるのかお伺いいたしたいと思います。
#63
○説明員(保科真一君) 許可を受けておる芸能社につきましても、やり方として二つの形態がございます。職業紹介的な、たとえば放送会社等の使用者側から、こういう芸能人をよこしてもらいたいというような求人の申し込みがございまして、それに適当な者を紹介するというようなやり方と、芸能社自体が請負契約を放送会社等との間に結びまして、芸能社の企画、責任のもとに、その番組を請け負ってやるという二つの形態があるかと思います。職業紹介的な行為をいたします場合には、芸能社のほうで求人の受付をいたしまして、それに適当な者を紹介する。で、手数料につきましては職業安定法の施行規則によりまして、賃金の一〇%以内を特別に会社側からとっていいということになっておりますので、そういうように指導監督しておるところでございます。
#64
○鈴木力君 そこで、いまの職業紹介的にきっちりと一〇%以内の手数料でやっておるという例もあるかもしれませんけれども、あとで話がありましたけれども、そうじゃない、請負契約でやっておる部分というのは、これは労働省で認可するプロダクションの事業の範囲には入らないわけでしょう。それはどうですか。
#65
○説明員(保科真一君) 請負につきましては労働大臣の認可の分には入りません。
#66
○鈴木力君 そこで私労働省にお願いしたいのは、二枚看板を掲げておるわけですわ。そうして、一枚の、認可を受ける看板のほうは看板であって、あとの部分は、労働省の監督を受けないような、これこそぼくはもぐりの業者が非常に多いのじゃないかとこう思うのですね。それで、その場合に、――どうもこれも、何とかという特定の名前をあげるといろいろ差しさわりがあるので、私のところには多少の資料もありますけれども、きょうは申し上げませんですがね、この請負契約という形のものを持っていって、そうして芸能人の人たちとの間の関係は雇用契約だというかっこうをとっておるという例が多いようなんですね。したがって、そのタレントならタレントの人に月給を払っておる。そうして、その月給を払っておることによって、その芸能社がテレビなりあるいは映画なりで普及してやる――普及してやるといいますか、そういう形をとっているのが非常に多い。そうなってきますと、いわゆるわれわれがいま著作権で議論をしておる隣接権という問題が完全にそこで殺されてしまうわけです。生かされなくなってしまう。たとえば、それがどういう形になっておるかというと、かりに雇用契約というなら、労働条件がきっちりとしていなければいけませんから、労災法なりその他の労働者としての法律が全部適用されなければいけないけれども、その面は適用されていない。そういう状態があるようなんです。特に私問題にしますのは、これはまあ労働省のほうの責任じゃないのですけれども、実態を申し上げますと、たとえばこういう例が一つある。これは、名前を出しますと、日本教育テレビという会社が、芸能人との間の契約をどういう形で結んでいるかといいますと、こういう形ですよ。私儀今般貴社の製作する何々に出演するにあたり、私が本番組に出演することによって生ずる実演等のすべての権利は、貴社に帰属するものであることを了承いたします。と、これが契約書なんです。私はまあ日本教育テレビと出してしまいましたけれども、これは一つのサンプルという意味で出したので、教育テレビだけがこれはやっているわけじゃない。この様式がほとんどの芸能社にもいま適用されている。だから先ほど文化庁の次長が、出演者はそう弱くない、契約ができるのだからと、こう何べんもおっしゃっておるけれども、実態の契約というのはこういうことなんですね。これに判こを押さなければテレビに出れない、あるいは映画に出れないわけですから、そこで私は、労働省の課長さんとはいまどうこうとやりとりするつもりはございませんが、こういう問題が放置をされておりますと、一方、著作権、あるいは隣接権といって文化庁ではたいへんこれは鼻の高い、新しくつくった権利だといっているところなんですが、その鼻の高いところが、一方のほうの何といいますか、もぐりとかああいうやり方とか権力関係とか、いろいろな形において全部つぶされておるというふうにどうも見えてしようがない。そこで私は、きょう時間がありませんからこれ以上くどいことを申し上げませんけれども、課長さんに、私がいま申し上げましたような観点から、まず、認可をしておる法人に対して、芸能社に対して、相当の調査をしてみる必要がありはしないか。そして、認可をするという職業安定法の趣旨に基づいて、その趣旨が生かされておるかどうか。もし生かされてない部分については、相当強力な指導をする必要がある。それからなお、認可を受けていないでやっている芸能社については、相当あくどいやり方が見えるようです。たとえば、何と言うのか私はよくわかりませんで、映画にたくさん出てくる、馬に乗ってかえ玉になってずっとやるような場面に出るような人も、あるいは切られ役や切り役も、そういう人は、昔の何といいますか、戦前土工関係の労働者をやる一つの業者があった。ああいうのと同じように、雇っておいて、どこから何人と言われたら出ていって日雇いみたいな扱いを受けておる。しかし、法律からいうと、その人たちも実演家です。そうして、その人たちが出なければその劇が成立しないわけです。そういう面も、いまの芸能社のあり方なり職業安定法のあり方なりからもメスを入れないと、こういう権利というものが生かされないと思いますから、きょうはひとつお願いだけしておきます。どうぞ調査をして善導をされますようにお願いしておきます。
 そこで、あと文部省にお伺いいたしますが、映画の問題につきましては、いま田中委員からも質問がありましてお答えがありました。その質問、お答えとも、もう従来ここだけじゃなしに、何べんか繰り返されたことにすぎない。この前私は文書をちょうだいいたしましたのですが、どうもこれを読んでみますと、――読んでみますとというよりも、文化庁の答弁を伺いますと、権利を与えた、権利を与えたと、こう非常にいいような答弁があるわけですね。しかし、与えたことは事実だが、同時に、文化庁の手によって、与えた権利々取り返しているという節がどうもあってしようがないわけです。映画の問題ですが、まあ理屈ははっきりしているのでしてね。実情に合わせるためには著作者に権利を与えて何ら差しつかえないはずで、契約事項なんだからとこうおっしゃる。だから著作者側に権利を与えておいてあと契約事項のところで実情に合うように処理をすればいい。特に著作権の譲渡なんという道もあるのですから、そういう点でやらせればいいので、権利のあるべきところさえはっきりしておけば、一向支障がない。この文書はそういうことじゃなしに、逆に、いかにして弁解をするかという文書であります。この御答弁は時間がありませんから要りません。しかし、私はこれを読みまして一番感じますのは、一番あとのくだりです。終わりの三行、ここが文化庁の言いたいところだと思う。「映画製作者の映画製作に対する寄与の大きいことからして、これに何らの権利をも認めないとすることは適切でない。」、ここが言いたいところなんでしょう。しかし、もしこれが適用になるとすると、たとえば山下清というあの画家がある。あの人の絵を今日に至らしめた寄与の大きい方々がたくさんあると思うのですね。
  〔理事永野鎮雄君退席、委員長着席〕
たとえば私の知っておる神崎清先生なんかもそうだ。そうすると、神崎清先生があの山下さんの絵ができるために寄与が大きかった。そういう人にも何らかの権利を与えないのはおかしいというのかどうか。これは著作権の議論じゃないと思う、そういう議論は。そういう意味では、私はどうもこの点については納得いかない。この点は、時間がありませんから、これはまあそのことだけを申し上げておきます。
 そこで、映画についてもう一つ関係のあるところなんですが、お伺いいたしたいのは、権利を与えておいてどうも取り返しているという少し意地の悪い言い方をいたしますと、五十四条の二項に、これを読んでみますと「映画の著作物の著作権がその存続期間の満了により消滅したときは、映画の著作物の利用に関するその原著作物の著作権は、当該映画の著作物の著作権とともに消滅したものとする。」と、こうあるでしょう。そういたしますと、一方においては原著作者には死後五十年という権利を与えておる。映画と抱き合わせにいたしまして、映画の著作権がなくなると、死後五十年がここでは取り上げられてしまう。こういう取り上げ方というのが各所に見えるわけです。時間がありませんから、ここ一つだけ申し上げます。この意図は一体どういうことなんですか。
#67
○政府委員(安達健二君) 映画の著作権の場合に、シナリオとかそういう原作になった小説とか、そういうものがあるわけでございまして、そういう場合におきましてそのシナリオの著作者なり小説の著作者が映画の著作物の利用についてもこの著作権を持っております。こういうことは当然なことでございます。それはその場合にその利用に関する限りは映画の著作権が消滅したときに消滅する。ということは、そのシナリオというものの著作者が持っておるその映画の利用に関する限りの権利でございます。したがってたとえばそのシナリオを使ってまた新しい映画をつくるとかいうことについては、それは死後五十年あるわけであります。その映画の利用に関する限りはそこで切れる。これはイギリスなどでもこういう立法例をしております。したがってこれは別に不当なものでは毛頭ございません。
#68
○鈴木力君 イギリスではこういう立法ですか。イギリスのこのくだりに関する法令をちょっと読んでください。
#69
○政府委員(安達健二君) ちょっと待ってください。
#70
○鈴木力君 時間がありませんから私のほうで言いますよ。イギリスの法令には消滅するというようなことばはないのです。原本持っておりませんが、イギリスでは、著作権を侵害しないものとすると、こうあるのです。著作権は認めている、消滅さしていない。消滅さしていないがその場合には著作権を侵さないものとすると、こうある。こういうことばを、イギリスがこうやっているというようなうその答弁をしてもらってこの法案を審議するということになれば容易なことではない。
#71
○政府委員(安達健二君) 実質的には同じことだと思います。侵害されないということは、その映画の著作物の利用に関する限りは原作者の権利が動かないわけですから、その場合においては同じです。
#72
○鈴木力君 全然法律論から言ったら違うんです。著作権は認めておるわけだ、認めておるけれども侵害しないということなんで、こちらのほうから侵さないということなんです。だからたとえば著作権料を払いたいという場合には払えという著作権だけは生きておるわけです、思想上からいうと。消滅するということばと、それから侵害しないということばとは、著作権がないものは侵害するしないという議論はないでしょう。著作権を認めているから侵さないということばに変わっておる。もしそういう答弁をするならこれはもう外務省の条約局長を呼んでやり直さなければなりません。
#73
○政府委員(安達健二君) イギリスの場合は、著作権の制限の場合におきましても、次のような行為によって利用することは著作権の侵害にならない、こういう規定のしかたをしておるわけです。一方この法案におきましては、何々することができると、こういうように規定をしておるわけでございます。その立法のしかたがまあいわば侵害されないという消極的な表現と、できるとか消滅するとかいう書き方の問題であろうと私は思うわけでありまして、要するに使っても侵害にならないから、原作者は権利を主張できないわけです。ですから権利を主張できないということは権利が認められないと実態的には同じことですから、それを表現として、できるとかそれから消滅するとかいうような形で書いてあるということは、立法の技術の問題でございまして、内容的には違わないと思います。実態的には違わないと思います。
#74
○鈴木力君 これは立法の技術と言うけれども、立法の立場が違う。侵害とならないという意味は、著作権者のほうに主体を置いているから、かりにその映画が自由に放映されても侵されたことにはなりませんよと、こういう言い方なんです。基本的な立場と思想が違うということですよ。それが何で死んでしまったということになるのですか。生きているけれども侵害されないということと――イギリスのやつ私も多少読んでみましたよ。ここの侵害されないということばを使うためにはある程度やはり議論をしたということも聞いておる。こういう点についてはイギリスでどうこうといういまあなたと議論してもしようがないけれども、そういうような形で、見えないところで権利を取り返そうとしている思想がこれにある、こういうふうに私はどうしても見ざるを得ないわけです。
 そこであと大臣にちょっとお伺いいたします。一体この法律が通過したといたしましたならば、これはもう前から議論しておるところですから議論の余地がないのですが、条約との関係が非常に出てくるわけです。この法律が通過したら適用される条約はどの条約ですか。
#75
○国務大臣(坂田道太君) まだ十分に整備されない点がございますので一挙にブラッセル条約というわけにはいかないと思います。
#76
○鈴木力君 そうするとローマ規定に拘束されると、こういう意味ですね。
#77
○国務大臣(坂田道太君) そのとおりでございます。
#78
○鈴木力君 そうしますと、私はこの前に大臣からお伺いいたしましたときに大臣がおっしゃったことばの中にも、ブラッセル規定にやはり加入をしたいのだ、する意図があるのだ、しかし、いま直ちにできないということを伺いました。その大臣の考え方はごもっともだと私も思うのです。それから文化庁長官からも同じような御返答を伺いました。特に長官からは、しかしそれがただ単に日本がおくれているときめつけるよりも、日本の実情というものもある、その実情を無視するわけにいかないからその実情を理解してもらうようなことも努力しなければいけないという御答弁をいただいておるはずです。その限りでは私はおっしゃるとおりだと、こう思っておるのですが、具体的に、この法律が通ったらどういう形でブラッセル規定の適用を受けるような、加盟を受けるような手続をなさるおつもりなのか、技術的にはどういう難点があるのか、その点をお伺いいたしたい。
#79
○政府委員(安達健二君) ブラッセル改正条約に加入するためには、著作権の保護期間を死後五十年にするということと、それから音楽の録音物によるところの演奏権につきまして公の演奏の範囲を全般的に認める、こういうことが必要でございます。これにつきましては、原則ではそのようにいたしておるわけでございますが、ただ公の演奏権の範囲につきまして附則十四条というようなものがございますので、したがってその点においてのズレがあるということが条約に入ることの困難性をあらわすわけでございます。
 そこで、それならば今後どうするかというその具体的な問題のところでございますが、一つは、附則十四条そのものが規定から削除されるということになれば、そこの点についての問題はなくなる。しかしながら日本の実態から附則十四条をなお残す必要があるということでございまするとどうするかという問題、その一つの方法は、この前、野村参考人がおっしゃっておりましたのは、日本ではそういうことは認めないのだという一種の留保宣言のようなものをして、それで外国がそのまま黙っておればそれでいいのじゃないかというお話がございました。
 それからもう一つは、いま長官の考え方によれば、十分その趣旨、日本の実態をわかってもらうという場合において、外国の音楽の著作権者が日本では一般の喫茶店等においての音楽の演奏、いわゆるレコードによる演奏には要求しないというようなことが認められれば、外国からそういう要求がなければ、それは条約との抵触は問題にならないわけでございます。そういうような面で了解が得られるかどうかというのがその第二の方法という、いずれも両者、いま申し上げましたその留保宣言にいたしましても、その前におきましてはやはり外国の権利者の態度というものが、十分そのように理解されるという前提があってでございまして、そういうようなことがおよそ考えられる方法だと思います。
#80
○鈴木力君 まあできるだけそれは早いときに私はやはり実現をしてもらいたいと、こう思うわけです。ただ、さっき伺いましたように、その間はローマ条約の拘束を受ける。ローマ規程の拘束を受ける、そうしますと、少なくとも私がしろうとなりに読んでみますと、この法案はブラッセルをにらんでほとんどできているんじゃないか、こう思うのですね。いまの附則十四条があるけれども、そういたしますと、この法律がかりに通ったといたしましても、条約的にはローマの拘束を受ける。そうすると一体どういうことになるのかということがここで一つの問題になるだろうと思うのです。ただ、私は、ただいま保護の権利のところの死後五十年とかという権利は、条約が優先するという考え方からすればそれほど大きなことはないにしても、どうしてもこのブラッセルに加入できないんだという前提で、しかも加入するというルールで法案を出して、そしてローマの拘束を受けるということになると、どうも矛盾が少し大きくなりはしまいかと、こう思うのですけれども、その点はいかがなんですか。
#81
○政府委員(安達健二君) 一般に国内法でもって条約に与えるもの以上のものを国内法で定めるということ自体は別段支障がないわけでございます。それが第一点、
 それから第二点といたしまして、条約が適用されるのは、このほかの国との関係においての問題になるわけで、外国人の著作者、主として外国人の著作者に対してどの規定によって保護するかという問題になるわけでございます。逆に言えばほかの国の、ベルヌ同盟国の人が日本に対して保護を要求する場合に、ローマ規定に従って保護を要求することしか日本に対してはできないというだけのことでございますから、したがってその点については特に支障はないと思うわけでございます。それ以上の保護を与えるということは別に支障がないし、しかもその外国人が要求する場合には、ローマ規定によってしか日本では保護を要求できないというだけの話でございますから、特に支障はないと思います。
#82
○鈴木力君 そういうふうに簡単に言いますが、それは確かにローマ規定にも、ブラッセル規定にも条約より寛大ということばを使っておったかどうか記憶しておりませんけれども、ことばは正確じゃありませんが、条約より上回る部分は差しつかえないと、こうありますね。しかし、基本的に用語の解釈や何かが食い違っておるような場合にはこれはあらかじめある条約で――時間がないから一々言いませんが、その国の国内法によるというやつがずっととある。そのあるものは国内法でやれるけれども、それ以外のものは条約が有効なんでしょう。そこはどうですか。
#83
○政府委員(安達健二君) ローマ改正条約でも、ブラッセル改正条約でも外国人の著作者に対して内国民待遇すなわち日本人と同じ保護を与えるということは、条約にあるものはその国になくてもその条約にもし入っているならばその国に対してはその条約に定める権利を請求できるということになってくるわけでございます。したがって、具体的には外国人の著作者が日本で要求できる権利の問題について、条約のことばというものは生きてくるわけでございます。そしてその国内法によって、その内国民待遇を、国内法に従って与えられる内国民待遇の問題について、この日本の国内法というものによっているということでございます。したがってその間の矛盾はないようにわれわれとしてはもちろん書いているわけでございます。しかし、矛盾がある場合には条約が優先するということになっておりますから、特に問題になることは生じないと思います。
#84
○鈴木力君 そうするとこういうことですか、矛盾がある場合には条約が優先するから、矛盾があっても大したことにならない、そういうことですか。
#85
○政府委員(安達健二君) 大したことにならないという、そういう意味ではなくて、国内法といたしましてはそれぞれの条約と解釈上矛盾が生じないように、もちろん努力をしてやるわけでございますけれども、もしあればというだけの仮定の話でございまして、そういうものがあってもかまわぬというような、そういうずさんなことを申し上げているつもりではございません。
#86
○鈴木力君 どうも時計のほうが早いのでこっちも容易じゃないのですが、今度の法律で使っている「公表」ということばが出てきているわけですね、この「公表」ということばをわれわれが読んで見ますと、どうもよくわからぬことばが非常に多いのでございます。十八条ですか、ここでいろいろ「公表」のことが書いてあるわけです。ところがローマ条約によりますると、ローマ条約の拘束を受けるということですから、四条の四項になりますか、「公ニシタル著作物」ということが、この拘束を受ける、こう思うのです。そうしますと、「公ニシタル著作物」は、本条約の意味においては、「刊行シタル著作物ヲ謂フ」と、こうあるのです。「刊行シタル著作物ヲ謂フ」と、こうありますね。「演劇脚本又ハ楽譜入演劇脚本ノ上演、音楽的著作物ノ演奏美術的著作物ノ展覧及建築的著作物ノ建設ハ公ニスルノ意味二非ザルモノトス」とこうあるのです。ところが法案を読んで見ますと、どうもよくわからないのは、この写真や何かについては、展示したときが「公表」したというふうな表現がおそらくあったと思うのですね、第四条の三項を見ますと「美術の著作物又は写真の著作物は、第四十五条第一項に規定する者によって同一項の展示が行なわれた場合には、公表されたもの一とみなす」と、こうある。拘束を受けるとさっきおっしゃったローマ規定には、展覧と展示がどう違うかわかりませんけれども、「刊行シタル著作物ヲ謂フ」と、こうある。「刊行シタル著作物ヲ謂フ。」ですから写真にとっていいますと、一つの写真が写真集になるのか、あるいは一枚の写真となるのか、これが刊行そのものが著作物であるわけです。ところがこれを見ますと、展示したときがもう著作物になっている、条約のほうは展示、展覧はみなさないとこう書いてある、この辺はそれでも同じ意味なんですか。
#87
○政府委員(安達健二君) ベルヌ条約に定めておりまするただいまお示しの四条の「公ニシタル著作物」は、本条約の意味においては「刊行シタル著作物ヲ謂フ」ということは、この点についての問題がございまして、このブラッセル改正条約の場合におきましてはそれが四条、五条、六条の規定の適用上、公表された著作物というようなふうにはっきりいたしまして、ここで言っている「公ニシタル著作物」というのは、いわゆるこの案で言えば発行という概念に当たるわけでございまして、したがって、条約の四条に関する限りは、「公ニシタル」というものは、いわゆる複製物の十分な部数が公衆に提供されるという考え方でやっているわけでございます。その点はブラッセルで明らかにされただけでございまして、考え方はローマの改正条約においても全く同じでございます。そこで、たとえばあとの十一条の二でございますか、そういうところで使っている場合におきましては、この「公ニシタル」というのはむしろ発行ではなくて、たとえばこの法案の四条で書いておりますように、「公表」というのは、発行というものは当然「公表」になる、それからそれ以外には上演とか演奏とか放送とかあるいは展示とか、そういうものがあった場合もこれは公表になる。つまり公表というのは発行プラスその他の公表を入れたものを公表という概念でとらえておる。ところがローマ改正条約によるところの「公ニシタル」ものというのは発行という意味で、それは公表の中には入るわけでございますが、狭い発行という意味であるということでございまして、このベルヌ条約でいっている「公ニシタル」というのは、発行するということがこの条約上保護の著作物になるかどうかの判断の基準でございますから、その点を明らかにするためにそういうことをいっておるわけでございます。
 そこでもう一つ申し上げますと、その点が問題になるのは六条の関係でございます。法案の六条で、「最初に国内において発行された著作物」と、こういうようなものを保護するわけでございますが、たとえば外国人のものでも国内で発行された場合には保護するということで、この場合のことがまさにベルヌ条約の四条との関係になるわけでございます。その関係を明らかにしておるわけでございますから、したがって、ローマ改正条約の公表されたというものと、この法案におきまする公表との関係は全然内容が違うわけでございますから、その点の矛盾抵触などということは起こり得ません。
#88
○鈴木力君 内容が違うというが、「「公ニシタル著作物」トハ」と、こうあるわけでしょう。要するに公表と同じような意味ですわね。その場合に、一方ではこれは公にしたものとは意味しないと、こうある。法案のほうは、展示した場合は公表とみなすと、こうある。それが全然同じ意味だということは、私はどうも日本語でもよくわからぬのです。どこが同じなんですか。一方は、展示したものは公にしたものとは認めないと、こう書いてあるでしょう、ローマ規定には。それからもちろんブラッセルにもその意味のことがあります。ところが法案のほうは、展示された場合には、公表とみなすと、こうある。それが同じだという点をもう少し説明してください。
#89
○政府委員(安達健二君) 発行という定義は第三条で書いてあるわけでございまして、この法案の第三条の発行が、このベルヌ条約の四条の四項の発行、公にするという意味になるわけでございまして、そうしてその関係において発行というものと、それから「公ニシタル」というものとが同じ概念としてつくられてあるわけです。ですから、その内容が一致しておるわけでございますから、ことばが、「公ニシタル」ということばを使っているから、その「公表された」ということばとまぎらわしいという意味の御心配だろうと思いますけれども、内容的には、このローマ条約にいう「公ニシタル」ものは、こちらのほうの発行というものに対応して、たとえば保護すべき著作物の範囲などはそれと対応して、先ほど申しました六条でちゃんとローマ改正条約と合わせて使ってあるわけでございます。ただ、ことばの使い方が違っているだけでございまして、しかも、そのためにブラッセル改正条約では四条、五条、六条の関係だけで、「公ニシタル」という意味はそうだぞということを断っておるわけです。ですから、何もそれは従来と考えを異にしたのではなくて、ローマ改正条約で公にするということばを実は発行という意味に使っておる。事実上、しかもそれを使うのは四、五、六条だけだぞということにしている。実はこの前のストックホルム改正条約は、そういう誤解がないように、それをはっきり分けろ、公にするということばをなくするようにという話もあったのですが、従来からあるからこのままにしておけということになっただけでありまして、要は「公ニシタル」ということばは、ベルヌ条約では発行の意味に使っておると、ここにはそれははっきりと書いてある。ですから、それに対応してこちらのほうは発行という概念を使って、それによって発行と公表とを分けて、そしてベルヌ条約上中身が発行というところはみな発行、発行ということにしてありまして、そのほかに、今後は、その著作物の利用が、単に発行ということだけでなくて、いろいろな機会に放送とか上演ということがあるわけですから、そういうような関係におきまして新しく公表という概念を取り入れたわけでございまして、その公表という概念とベルヌ条約にいう「公ニシタル」というものは中身が違うわけですから、その点十分御了承いただきたいと思います。
#90
○鈴木力君 そこで、中身が違うものを取り上げてきたわけでしょう。さっき私が前もって聞いておったのは、拘束をするのはローマ条約だとはっきりしているわけでしょう。そうすると、ローマ条約で、中身が違うものがよろしいと、拘束しない条項はどこにあるか、ないのです。四条だけでしょう、「公ニシタル」ものはという解釈は。それから、公表というのを発行という意味に使うということはよくわかるのです。それは確かにベルヌ条約でも四条の四項にそういうふうなことが書いてある、ブラッセルでも。そのかわりブラッセル改正条約でも、四条、五条、六条の「規定の適用上」と頭にはついておる。ローマにはついていないわけです。だから対応するというけれども、たとえば写真で話をしてもらえば一番いいわけです。写真をとったものをどこかに展示をする。この法律の四条三項によりますと、「展示が行われた場合には、公表されたものとみなす。」。公表というものは発行なんだと、こう言っておると、展示されたものが発行ということにはならぬでしょう。そこのところの公表があいまいであると、写真なら写真の起算点がきわめてあいまいになってしまう。そういう点で私は著作権の権利者にも及ぼす影響が大きいから、この点をただしておかなければいけないと思って聞いている。
#91
○政府委員(安達健二君) その発行というものと公表というものとは、この法律で明確に区別しているわけでございます。で、この法律で発行というのは、複製物が相当数、三条に書いてありますように、作成され、頒布されたというときに発行という状態になる。そのほかに、たとえば写真にいたしましても、展示をするとかそういうことによって一般に知らされるわけであります。それは発行ではなくて、発行プラスもう一つの違ったものがあるから、発行も一種の公表でございますから、発行とその他の公表を合わせて公表という概念でとらえているわけでございます。したがって、たとえば保護期間の起算にいたしましても、その期間に発行されない、たとえば本として出ない場合でも、展示をされればそこで保護期間の起算が始まる、こういうようにしているわけでございます。でございますから、この法律では、発行というものとその他の公表を合わせた公表というものとは別な使い方をして、そしてそれぞれに適応してちゃんと規定しているわけでございますから、その点で御疑問になっているのは、「公ニシタル」ということばをベルヌ条約のローマ改正条約に使っているじゃないか、それと国内法による公表というものと違うじゃないか、そこがおかしいじゃないか、という御質問だろうと思うのです。その点は、ブラッセル改正条約にいうところの「公ニシタル」という意味はこちらの言っている発行と同じであるということは、従来から申し上げておるとおりであって、その点はこの法案の中で明らかにしているわけでございます。
#92
○鈴木力君 だからローマの拘束を受けるということでいまぼくは質問しているわけですよ。この法律が通ってもブラッセルに加入ができない。そうすると、拘束を受ける条約は何かというときに、ローマの拘束を受けるという、これはさっき御答弁ではっきりしているわけです。そうすると、ローマの四条にある以外に別に公表というところがどこにもないわけでしょう。それからブラッセルにしても、やはりあるじゃないですか、四項に。たとえば「演劇用又は楽劇用の著作物の上演、映画の著作物の上映、音楽の著作物の演奏、文学的著作物の朗読、文学的又は美術的著作物の伝達又は放送、美術の著作物の展示及び建築の著作物の建設は、公表を意味しない。」と、こうある。条約は「公表を意味しない」と、こうある。国内法は公表とみなすと、こうある。国内法は別に分けたんですと、こうおっしゃられたけれども、条約の拘束を受けるという立場からすると、同じ意味なら条約と同じことばを使っているのがわかりやすいわけですね、その辺はどうなんですか。
#93
○政府委員(安達健二君) 条約自体もその公表というものを二つに使っているわけでございます。つまりこの四条にいう公にするというのは発行という狭い意味であると、それでそれはブラッセル改正条約では四条、五条、六条の規定の適用上というように、内容を明らかにしているわけです。しかも、たとえば無名、変名の著作物の保護期間は公表のときからと書いてありますが、この公表は単に発行ではなくてその発行以外の公表をも含めたものであるというように解釈されているわけなんです。ですから、このベルヌ条約自体が非常に何といいますか、両方の意味で「公ニシタル」ということばを使っているわけです。そこでその誤解を避けるために、一応ブラッセル改正条約では四条、五条、六条の規定の適用上というように明らかに区別したわけです。ですからその区別したところに従ってこちらは、この四条のほうのやつは発行だ、そのほかの保護期間の起算点とかそういうことはいわゆる公表ということばで使っているだけの話でございまして、それは条約の使い方が、それ自体の中で公にするということばを二様に使っておるということから混乱を生じておるだけの話でございまして、この法案の中ではそれを明確に区別して間違いのないようにしているということでございます。
#94
○鈴木力君 そうするとこの条約のどこに、区別して別のものを使っていいというところがありますか。たとえば四条、五条、六条の規定の適用上、こうあるでしょう。四条、五条、六条の適用の上にその範囲に限ってみても、たとえばいまの四条の三項のところですね、発行されというところだ、このくだりからいってもこの三項というのはどうしても抵触するんじゃないですか。たとえばこの四条の五〇ページのところに「美術の著作物の展示及び」、これは公表を意味しないと、こうなっている。そうすると写真の場合、具体的にどういうことになるかという、写真を展示した場合に公表を意味するということが条約のどこに書いてあるかということです。
#95
○政府委員(安達健二君) 四条に言っている公にするとかしないとかいうのは、著作物の保護の基準といたしましてベルヌ条約では未発行の著作物と、それから同盟国内において発行された著作物を保護するということのたてまえをとっておるわけでございます。その場合のいわゆる発行というような意味におきまして「公ニシタル」ということばを使って、そして保護の基準を定めておるわけでございます。それは先ほど来申し上げておりますようにこの法案では同じ立場にしておる、それはおわかりだと思います。
 それからベルヌ条約におきましてもこの公にするということばを二様に使っておるというのを申し上げたわけでございまして、たとえば十一条を見ていただきたいんですが、五七ぺ−ジのところに「本条約の規定ハ公ニシタルモノト否トヲ間ハス演劇脚本又ハ楽譜入演劇脚本ノ公ノ上演及音楽的著作物ノ公ノ演奏ニ之ヲ適用ス」とございますが、その三項に「本条の保護ヲ享有スルが為ニハ著作者ハ其ノ著作物ヲ公ニスルニ際シ其ノ公ノ上演又ハ公ノ演奏ヲ禁止スルコトヲ要セズ」というのがございます。ここで言っている公にするというのは、単に発行ではなくて、その上演とかそういうものも入っているわけです。だから条約自体も公にするということばを二様に使っておるわけでございます。それはもう確かに先生の御指摘のとおり条約自体で二様に使っているわけですから、それをなるべく明快にするためにこの法案におきましては発行というだけのときには公にするということばはもう使わない、それはもう発行ということばにしよう。それからそれ以外のものを含んだ場合には公表ということばにしようというようにはっきりするためにそういう努力をしているだけのことでございまして……。
#96
○鈴木力君 これはそう読んでほんとうに国際法上よいのかどうか、これは十一条と言われたでしょう。公にするといなとにかかわらずという意味は、さきの公にするという定義を欠いてはいないわけです。あの定義によって公にする、あるいはしないにかかわらずということで、それは何も展示ということはそこにはないわけです。いいですか。そうして三項は公表の際――公表の際というのは発行を意味するというんでしょう、発行を意味した場合に公の上演や演奏を禁止するものではないということなので、それが公の上演や演奏が公表だとは言っておるわけではないのです。公表の際にはそれは禁止されないと言っているのです。公表という規定はきちんとしてあるわけです。
#97
○政府委員(安達健二君) それは下のところのブラッセルのところと同じ内容になっておるのですが、ブラッセルのほうではそれを入れかえまして、「この条の保護を受けるためには、著作者は、著作物の公表の際に公の上演又は演奏を禁止することを要しない。」この場合の公表というのは、先ほど申しましたいわゆる発行ではなくて、広い意味の公表だというふうに世界的な解釈になっておるわけです。だからベルヌ条約自体が二様に使っておるところに問題の起源があるわけでございまして、それはブラッセル改正条約では四条、五条、六条というようなふうにはっきりいたしましたし、またストックホルム規定ではそれを発行というぐあいに言いかえてきておるわけです。だからそこの辺の関係がありまして、いまのような御議論が生じたと思いますけれども、これは国際法のどなたに聞いていただいても間違いございません。
#98
○鈴木力君 はっきりしなければいけないのは、ストックホルム規定までいま持ち出したら話にならないわけですよ。拘束を受ける条約が何かというときに、ローマ規定だということははっきりしておるわけです。そうしてここではストックホルムまで持ってきて、それではストックホルムに加盟できるかといってもできないでしょう。何かごたごたいろいろ道具立てをして、わけのわからないようにしてしまって――余談でありますが、私がこの前質問申し上げたら、もっともわからぬことを聞いたからですけれども、国会議員なんかよくわからぬからしょうがないよというささやきがあったということをよそから聞いた。それは私自身はそのとおりですけれども、私よりわからぬ国民にわからせるのが法律の立場ですから、そういう意味ではっきり言わなければならぬ。そのときにローマとブラッセル、ストックホルムがあって、われわれはいまブラッセルをめがけておるわけですよ、さっき何べんも言うとおり。しかし法律にきずがあってブラッセルにはいけない。ブラッセルにいけなければローマの規定を受ける、もっともしかしローマには国内法で自由を許されておる部分がある。それはそのとおり。別段の定めのない限りこの条約によるという五条にもそういうことが書いてある。そうなってきますと、ブラッセルの解釈をローマに持ってきてとか、ストックホルムを横目ににらんだりして、この法律が通っておると国際的にいろいろ混乱するのではないか。特に私心配するのは、この公表という意味がはっきりしていないと、衆議院でも審議されたように、たとえば公表後五十年が九十九年になることもあると次長が答えたような問題まで出てくる。そういう問題をすっきりしておかないとぐあい悪いのではないかと、こういう意味で聞いておる。
#99
○政府委員(安達健二君) これはローマ改正条約の「公ニシタル」という意味で、それを国内法におきましては発行というふうにとらえまして、それでその六条によって保護の基準を定めておるわけでございます。したがってこの四条の「公ニシタル」ものと、それから法案の三条なりこの六条なりとは全く同一のものでございますから、したがって、全然ローマの改正条約と矛盾しない、「公ニシタル」という意味はこの発行ということばであるということでございますから、それを発行ということばでとらえているだけでございまして、条約で言っている公にするというのは発行でございますので、そのことをそのままやっているわけですから、全然矛盾がない。ただ公表ということばですね。公表ということばと「公ニシタル」ということばとが非常に訳語として似ているものですから、その辺で御心配の点があるかと思うんですが、このローマの改正条約で言っている。パブリッシュというふうになっているわけです。ですから、その意味は発行という意味でございますから、その発行という意味に従ってこの条約ができておるわけでございまして、そのほかの四条以外の関係におきまして、公表という概念を取り入れて規定をしておるというだけでございますから、この四条の「公ニシタル」ということと、国内法に言っている発行とは中身が一緒でございますから、全然矛盾ということはないわけですから、ただことばが似ておるということでございます。
#100
○鈴木力君 もう時間がないものですから、時は神さまで、この辺でやめなければなりませんが、私は、しっかりしてもらわなければならないのは、この公表、公にしたる発行ということはわかるわけですよ。そこで規定されておればいいわけです。そのほかに別の公表がまた出てくるから混乱をするということなんでして、時間がありませんからもう申し上げませんが、いずれこれはなお慎重に審議をする機会があると思いますが、たとえば外務省あたりのいろいろ文章を読んでみましても、また外務省のかつて参事官をやられた方の文を多少読んでみましたが、いろいろ読んでみますと、やっぱりいろいろそういう点については突き当たりがあるようだと思うんです。そういう意味につきましては、やっぱり相当検討されまして、きっちりしたものにつくってもらいたいと、こう思います。さらに条項についてもずいぶん問題があるように思いますけれども、そういう点については、この次に機会を、時間をいただきましたら、なお御質問申し上げたいと思います。
#101
○内田善利君 私は、この法が施行された場合に、懸念される問題の一つとして、日本音楽著作権協会と業者とのいろんな紛争などが起っておるようでありますし、先ほど田中委員からもちょっと一言触れられておりましたが、この問題についてお伺いしたいと思いますが、この使用料ですけれども、非常に陳情もたくさんまいっております。またその紛争の実態も非常に多種多様でありまして、裁判ざた等も非常に多いのでございますが、こういった紛争の原因になっております音楽著作物の使用につきまして、著作者と利用者との間に十分な協議が行なわれて、円滑な運用がなされるように要望いたしまして、二、三質問したいと思います。
 このような紛争が非常にある。A店では同じ規模でも一万円程度、B店になりますと非常に多額になっておるとか、いろいろ各地ばらばらである。使用料の規定がどのようになされておるのか。まずこの点についてお伺いしたいと思います。
#102
○政府委員(安達健二君) 著作物の使用料につきまして、「著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律」によりまして、仲介業務者が著作物使用料の規程を定める場合には文化庁長官の認可を受けなければならない、こういうことになっておりまして、そして、その認可の申請のありましたときは、文化庁長官はその要領を官報に公告いたします。それから、「出版ヲ業トスル者ノ組織スル団体、興業ヲ業トスル者ノ組織スル団体其ノ他命令ヲ以テ定ムル者ハ前項ノ要領ニ付公告ノ日ヨリ一月以内ニ文化庁長官ニ意見ヲ具申スルコト」ができる。それで、文化庁長官は、その認可をするときには、公告の日から一カ月経過したる後著作権制度審議会に諮問しなければならないというようなふうになっておりまして、そういう手続を経まして、現在日本音楽著作権協会の著作物使用料規程というものが定められておるということになるわけでございまして、この使用料につきましては、総則、実演、それから放送、映画、出版、それから、蓄音機レコード、オルゴール、録音テープというように詳細に定めておるのでございます。
#103
○内田善利君 その日本音楽著作権協会の著作物使用料規程についてですが、その計算と言いますか、算出方法についてお聞きしたいと思いますが、この規程の中の収容人員というのはどういうことを示しておるのですか。
#104
○政府委員(安達健二君) まずその演奏会における収容人員というのは、どこかのホールで演奏をいたします場合の収容人員というものがあるわけでございまして、それから見ているということになるわけでございます。
 次に、社交場の場合においての、その収容人員というものをどう見るかということでございますが、その社交場につきましては、キャバレー、カフェー、ナイトクラブ、ダンスホール、喫茶店、ホテルその他これらに準ずる社交場において著作物を使用する場合は、その2、の、いま申しました演奏規定の五割の範囲内において、使用状況及び演奏時間を斜酌して使用料を決定するということで、通常のものよりまず五割にするというのが第一の原則でございます。
 それからその次に、いま申し上げました収容人員というものを、たとえばキャバレー等ではどうやって出すかというところになろうかと思うのでございますが、一応社交場における収容人員というのは、社交場の客席の総数を言うということになっておるわけでございますが、それは、客数でございますけれども、ホステスとか、ダンサーなどもすわるわけでございますから、そのホステスやダンサーなどの数を引いたものが、まずこのキャバレーにおける収容人数になる。こういう考え方になるわけでございます。
#105
○内田善利君 よくわかりました。
 その社交場において五割の範囲内においてということはよくわかりましたが、「使用状況及び演奏時間を斟酌して使用料を決定する。」と、この辺が非常に幅広い内容を持っているのじゃないか。この辺で混乱を起こしているのじゃないかと、このように思いますが、この点はどうですか。
#106
○政府委員(安達健二君) たとえば演奏時間につきまして、一般演奏会の演奏になりますと五分未満、五分以上十分未満というふうに二段階に分けておりますけれども、そこのところで、原則として五分未満で扱うというように一番少ない金額のところでやるというようにやっているわけでございます。それと収容人員でございますが、先ほど申し上げましたようなふうにして社交場の収容人員をきめるわけでございますけれども、その場合には一般の演奏会における収容人員は五百名未満ということで一本になっております。それを社交場の場合には百名未満の場合と百名から二百名の場合、二百名から三百名の場合、三百名から四百名未満の場合というような段階に分けまして、たとえば百名未満の場合でございますと、これを五分の一にするというようにして、この五百名未満という一本のものを、さらに四段きざみにして逓減しておるということになるわけでございます。
#107
○内田善利君 さらに非常にこまごまとした質問になりますが、収容人員による特別斜酌はどのようになっているのか。
#108
○政府委員(安達健二君) いま申し上げましたが、百名きざみによりまして、たとえば三百名以上四百名未満の場合は、五百名未満一本のところをそれを五分の四にする。それから収容人員が二百名以上三百名未満の場合は五分の三にする。百名から二百名のところは五分の二にする、収容人員が百名未満の場合は五分の一にするというふうに斟酌をいたしておるわけでございます。
#109
○内田善利君 計算の出し方がよくわからないのですが、たとえば第1類収容人員は五百名未満となっておりますが、たとえばある社交場で収容人員が五十名であった場合には、どのような使用料になるのか、計算できますか。
#110
○政府委員(安達健二君) まず五分未満のところでまいりますと、まず一般的に二分の一にするわけでございますから、まず二百円のところが百円になるわけです。まず百円という分から出してきますね。それからその次は、その第二に百名未満の場合には、五分の一になるわけでございますから、百円の五分の一になって二十円ということになりますね。二十円になって、それからもう一つ先ほど申しませんでしたが、協会との間にちゃんと契約を結んでいる場合には、それをさらに半分にするというようにしておるわけでございます。したがって、その場合は十円になる、こういう勘定になるわけでございます。
#111
○内田善利君 この中に「平均入場料」というのがありますけれども、この「平均入場料」はどのような計算をするのか。また実際入場料等を社交場で取っているのかどうか。
#112
○政府委員(安達健二君) ダンスホール等で入場料を取っている場合もあることはあると思いますけれども、普通はむしろ取らない場合があるわけでございますので、それはセットで料金制をしている場合には平均営業時間の一セット料金の三〇%というものを一応入場料としてここにある平均入場料と見るわけでございます。それからセットの料金制がない場合は、これはこまかいことになりますが、ビール一本、つまみ、ホステス料の各料金の合計金額の三〇%というようなふうできめていくわけでございます。そのほかに席料とか卓料、テーブルチャージ、ショー・チャージなどがある場合にはそれに若干ずつ加算をしていくというようなことで、ここに一般にきめてある平均入場料というものを計算をしていくということになるわけでございます。
#113
○内田善利君 入場料がない場合にはどのようになりますか。
#114
○政府委員(安達健二君) 入場料がない場合には最低のところの百円未満というところになるわけでございます。
#115
○内田善利君 百円未満ですか。五十名というのは出てないですね。
#116
○政府委員(安達健二君) 先ほど申しましたように五十名のところですと、結局、一応先ほどの勘定によりますと十円になるわけでございます。それから平均その程度のものでございますと、大体一日に三十曲くらい演奏するということになりますと、一日当たり三百円ということになるわけでございます。そのキャバレー等で相当音楽を使っても音楽使用料が三百円というのはちょっと安いじゃないか。それが最低であって、三百円程度は、いかに五十人であっても、音楽の著作者に払っていただいてもいいんじゃないかというところで最低を十円といたしますと、そういうことになるわけでございます。これはなまの場合でございますから、なま音楽を使ってバンドが入って音楽を演奏するわけでございますから、その演奏の使用料として著作権者が全部で三百円をいただくというのは、それほど不当なことじゃないのじゃないかということで、いまのところはその十円のところが最低というところで運用をいたしておるところでございまして、お示しの百円以下をさらに刻むかどうかという問題は、なお検討を要することと思いますけれども、現段階においてはそれほど不当なものではなくて、一曲十円、一日三百円を音楽の著作者に還元をするというそういう考え方でいけば不当ではないのじゃないかと考えます。
#117
○内田善利君 大体この刻みによりますと五百名未満、千名未満、二千名未満二千名以上とこのように刻んでありますが、平均といいますか、収容人員は何名くらいが一番平均の収容人員になりますか。
#118
○政府委員(安達健二君) 社交場の場合でございますか――私どもいま詳細に正確にはちょっと答えがたいのでございますけれども、やはり大きなキャバレーというのはそうたくさんはございませんから、大体四、五十名くらいのところが多いのじゃないかと思います。ただ小さいナイトクラブとかそういうところになりますと、もっと少ないかもしれませんけれども、ちょっと実態の数字はいま持っておりませんので、正確にはお答えできません。
#119
○内田善利君 四、五十名ということですが、四、五十名の五十名が計算の、使用料規程に出てないようでありますが、百名未満で出ておりますが、五十名もひとつぜひ検討するようにしていただきたいと思います。五十名が一番平均じゃないかということですから、それ以下も相当あるわけですから、この辺ぜひ考慮していただきたいと思いますし、また、いまのいろいろ説明を聞いておりますと、非常に使用料規程はきちっといっておるように思いますが、その反面非常に紛争が絶えない。特に裁判ざたが多い、こういう実情でありますが、一体この原因は何なんでありましょうか。
#120
○政府委員(安達健二君) これは多少歴史的な点があるわけでございますが、音楽著作権協会が社交場から使用料を徴収するということを始めましたのは、大体昭和二十七年ころからでございます。そしてその当時は外国との協会の間で契約を結んでない、すなわち外国の楽曲についてはまだ委託を受けてないというような状況でございましたので、楽曲も主として国内が主でございまして、それでそういうところから今日まで二十年近い年月があるわけでございますので、それぞれ契約のときに適切な金額ということできめてきておるわけでございます。そこで契約の更新のときにもう一度直すわけでございますけれども、一たんきめますというと、更新のときにほかの店がこれほど高くなったからおたくもこれだけといっても、いままでどおりでいいじゃないですかということで、なかなか更新が合理的にはいってないというようなところでございまして、全国すべてが先ほど申しました内規によって完全に統一されて徴収されていないというところがあろうかと思います。そこで隣の店と比べて自分の店は高過ぎるとかという紛議が生じてくるわけでございます。したがって私どもといたしましては、今後協会としては使用料額の算定につきまして、ただいま申しました内規を十分業界の方にお話をして御理解、御協力を得て、使用料をむしろ直していこうという方向で強く協会を指導いたしておりまするし、今後も御指摘の点などもいれまして十分検討して、全国的に見て公平なものとするというような方向で今後の指導を十分やってまいりたいと、かように考えておるところでございます。
#121
○内田善利君 音楽著作権使用料ですけれども、ソ連は無料だと聞いておりますが、諸外国はどのようになっておりますか。
#122
○政府委員(安達健二君) ソ連が無料であるかどうかちょっと私わかりませんけれども、諸外国におきましては、少なくともベルヌ条約に入っておる国におきましては、日本と同じようなこういう規程をつくりまして、その規程で運用しておるわけでございます。この規程については外国人の権利も入っておりますから、外国人も非常に関心があるわけです。したがって、この規程というものはある程度一種の世界的な相場と申しますか、そういうものが漸次形成されているわけでございます。したがって、この取っている額なり方法等におきましては世界の他の国の団体もこれを認めておるということになっておるわけでございまして、文明国におきましてはこういうような、具体的には若干の違いもありましょうけれども、一般的には大体において同じような方法なり金額等というものが定められて相互に徴収し合っておると、こういうことになろうかと思います。
#123
○内田善利君 わが国では全国合計どれぐらいの使用料になるか、おわかりですか。
#124
○政府委員(安達健二君) 音楽著作権の使用料額は昭和四十三年度の決算では三十一億でございます。そのうちでいわゆる実演と称するものは七億七千二百万円でございます。この中には、実演でございますから社交場以外の演奏会等も入っておりますけれども、それが大体七億七千二百万ほどでございます。
#125
○内田善利君 非常に下部では混乱をしておるようでございますが、このことは先ほども次長から言われましたように、著作権についての普及徹底ということがなされていないということでありますので、ひとつこの著作権のことについてはよく普及徹底して、著作者と使用者、利用者との間でよく協議が行なわれて納得のいく契約をして円滑にこの使用が行なわれるように要望いたしまして、この点についての質問は終わりたいと思います。
 それから、まだ少し時間があるようですから、法案に入りますが、三十三条でございますが、前回多田委員からも質問がありましたが、四項の「前三項の規定は、高等学校の通信教育用学習図書及び第一項の教科用図書に係る教師用指導書への著作物の掲載について準用する。」とありますが、教師用指導書というのはどういうものなのか。これは法的に根拠があるのか、文部大臣の検定を経ておるのか、この点についてお伺いをしたいと思います。
#126
○政府委員(安達健二君) 教師用指導書と申しますのは、教科書の内容の説明とか、あるいは指導の要点というものを書きしるしたものでございまして、先生方が教科書を教える場合におきましての参考といたしまして、その教科書の発行者、同一発行者がその教科書に付属して発行するものでございます。これについては特に法律上の根拠というものはございませんけれども、すべての発行者が漏れなくこの教師用指導書を発行しておるということは事実でございます。
#127
○内田善利君 文部大臣の検定を経ておるわけですね。
#128
○政府委員(安達健二君) これは検定の対象にはいたしておりませんが、検定する場合の参考資料としてその教師用指導書の提出をしていただきまして、参考までに文部省のほうで見ておると、こういう性格のものでございます。
#129
○内田善利君 教師用指導書ですから、児童に教える、生徒に教える以外の幅広い内容を持っておるはずです。したがいまして、この教師用指導書には教科書にないいろいろな著作物が入ってくると思いますが、そういった意味でここに特にあげられたわけだろうと思いますが、そういうことなんですね。
#130
○政府委員(安達健二君) 先ほど申し上げましたように、実際にどの教科書でもその教師用指導書がついております。これは逆に言えば教師用指導書のいいものができませんと教科書自体も採択が十分されないというようになっておりまして、まさに教科書とうらはらになっているものでございます。しかも、多くの教師用指導書におきましては、大部分が、たとえば引用した文学のものでございますと、その教科書に載っている以外の部分を少し継ぎ足して載せるとかというようなこととか、あるいはこの部分を教える場合には全体がこうなっているから、この部分を教えるときにはその全体のこういう姿を見ながら、考えながら教えてください。あるいはこの教材を教えるにはどういう計画でやったらいいか、これは二時間でやるとか三時間でやるとか、そういうようなことが書いてあるとか、あるいはこの教材を扱う場合の目標は何であるかということが詳細に書いてあるわけでございまして、したがって、教科書とは不離一体のものであるというようなことで運用されているわけでございまして、したがって、教科書について認められるこのような制度は、同時に教師用指導書にも適用するということが適切であると、こういうことでございます。
#131
○内田善利君 私の質問はこれで終わります。
#132
○多田省吾君 私は最初に条約関係について二、三御質問したいと思います。そのあとでこの前の質問の残りについて若干質問させていただきます。
 最初に、平和条約第十五条の規定によって著作権法の特例を定めましたいわゆる連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律というものがございますけれども、この前の昭和四十二年におけるストックホルムのベルヌ条約改正会議におきまして、こういった問題については勧告が出ているわけです。日本もその勧告当事国としてこういった勧告を活用して、連合国と外交交渉するとか、あるいはこういった連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律というものを廃止するような方向ですね、これをとるべきだと思いますけれども、この点に関しては一体外務省はどういうお考えをお持ちであるか、またいままでどういうことをなさってきたか、それをまず最初にお尋ねします。
#133
○政府委員(安達健二君) 外務省からお答えいただくのでございますが、ストックホルム会議のことでございますので、ちょうど私どももストックホルム会議に出席いたしましたので、先生のお話の点についてのことだけちょっと申し上げさせていただきます。それは、ストックホルム会議におきましてそれぞれの委員会がつくられまして、その委員会から出ましたところの勧告というようなものがございます。その中に、いまおっしゃいました一つとして保護期間の延長というのが取り上げられているわけでございます。それは、読んでみますと、「ドイツ連邦共和国は、協定当事国における保護期間の延長に関する特別協定の締結のために関係国間において交渉を継続するようにという、会議が表明すべき勧告を委員会が採択することを提案した。この提案は、最初、委員会により否決されたが、再検討され、起草委員会の提案した若干の修正を加えて採択された。」ということでございまして、これは二国間条約におきまして、たとえば死後五十年よりも長くするというような場合におきまして、そういう交渉を継続するというようなことでございまして、先ほどおっしゃいました連合国の国民の保護期間の問題とは直接関連がないのではないかと思いますが、一応念のために私から申し上げさせていただきました。
#134
○説明員(山田中正君) いま御質問ございました点でございますが、平和条約に規定されております連合国に対する戦時加算につきましては、これは現在の時点においてなおかつこのままにしておくことにつきましてはいろいろ問題はあるかとも存じますが、平和条約でわが国が一応約束いたしていることでございますので、これをどのように処理するか、きわめてむずかしい問題でございます。私どもといたしましては、現在の時点で具体的にこれをどのようにするかということをお答え申し上げる立場にございませんが、慎重に検討さしていただきたいと存じます。
#135
○多田省吾君 安達次長にお聞きしますけれども、この連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律におきまして、これは保護期間が旧法の死後三十年のときの定めでございますが、戦時加算といたしますと、ほぼ十年四カ月二十日、このようになると思いますけれども、今度の改正におきまして死後五十年というように延長された場合、この十年四カ月二十日というものが加算されるのか、それともいわゆる二十年の中に食い込んでしまって、事実上五十年でよろしいのかどうか、この点をお聞きしたい。
#136
○政府委員(安達健二君) この問題は、日本国との平和条約の第十五条Cの解釈の問題になるわけでございます。その条約の解釈からいたしますと、その期間につきまして、十五条のCというところに「権利者による申請を必要とすることなく、且つ、いかなる手数料の支払又は他のいかなる手続もすることなく、千九百四十一年十二月七日から日本国と当該連合国との間にこの条約が効力を生ずるまでの期間は、」つまり戦時加算の期間は「これらの権利の通常期間から除算し、」というように書いてあるわけでございます。いわゆる権利の通常期間から除算する、逆に言えば加算をするということでございますが、そういういわゆる権利の通常期間というものは、解釈といたしまして、平和条約を批准したときにおいて著作権法で規定しておった保護期間であるか、あるいは著作物の保護が要求されるとき、その保護が要求されるときの国内法の定める保護期間であるかという問題でございます。もし前者でございますれば、三十年にその戦時加算の年数を入れるということになると、五十年の中に食い込むということになるわけでございます。しかしながら、この条約の解釈としては、これは平和条約批准時における保護期間ではない、通常の保護期間である、ノーマル・タームということになっているから、それが法律が変われば変わったときにおけるところの保護期間であるという解釈でございますから、したがって五十年にその戦時加算の期間を加えたものである、こういう考え方になっておるわけでございます。
#137
○多田省吾君 いますでに国連憲章なんかでも、佐藤総理が敵国条項なんか廃止すべきであるということを強力に申し入れている現段階において、また沖繩返還が一九七二年において見通しがついている現段階において、こういったものは、もう当然撤廃すべきであると思いますけれども、どう思いますか。またその撤廃に関してどういう努力をいままで払われてきたか、これからどうなさる
 つもりか、それをお尋ねしておきます。
#138
○説明員(山田中正君) いま御指摘の点でございますが、先生の御意見のとおり、現在の時点におきまして、特に著作権法の改正に基づきまして保護期間を延長されるというような時点におきまして、戦時加算の制度は実質的に満足されるので、廃止すべきであるという御意見もごもっともであると思います。ただ、戦時中に、戦争が始まりまして、これら連合国との平和が回復しますまでの間は、著作権の保護が行なわれていない法的な立場にあったということも現実の事実でございますので、それをわれわれ、平和条約でその分を加算するということを約束している事実もございますので、この点につきましては、関係各国の意向なども十分確かめなくてはならない点でございますので、慎重に検討していきたいと思います。
#139
○多田省吾君 文部大臣にお尋ねしますけれども、当然著作権のこの改正案に関しましては、ベルヌ条約等との関係等もあり、相当外務省と折衝されたこともあると思います。こういった点で、まだ国内法に、附則第二十四条、二十五条にまでこの著作権の特例に関する法律というものが固定されているわけです。これに関して、一体外務省とどういう折衝をなさったのか。それからこの附則二十四条、二十五条に固定されたものは、引き続きずっといつまでも置いておかれるつもりなのか、どうですか。
#140
○政府委員(安達健二君) この附則二十四条をつくるにあたりまして、これはまず著作権制度審議会でこの問題を審議するための特別委員会を置きまして、これは特に外国との条約関係の問題を審議するところで審議をいたしたわけでございまして、そこでいまおっしゃったように、その五十年の中に食い込むということもこれはまた一つの考えであろうけれども、しかしきめ手は条約の解釈の問題であるということで、外務省の関係当局とも十分審議をしたのでございますけれども、この平和条約の解釈からすると、それは通常の期間に合算するわけでございますから、それは当然その保護を要求されるときの保護期間と見るべきで、批准のときのものではない、これはいかにしてもそのような解釈はとり得ない、という外務省の解釈でございました。したがって、その解釈に従ってこのような規定になっているわけでございます。
 したがって、この平和条約そのものをどうするかという問題は、これはまた非常に大きな問題でございます。私どもは、この平和条約の解釈上、許される範囲内においてこの著作権法をつくるというのがわれわれの使命であるということから、このような規定を置いたということでございます。
#141
○多田省吾君 ですから、さっき外務省の課長もおっしゃったように、実質的には五十年の中に食い込んでよろしいのではないかという話もありましたけれども、この際、これを外交ルートに乗せて、これを撤廃をはかることはできないのですか。
#142
○政府委員(安達健二君) これはつまり解釈の問題ではなくて、ポリシイの問題になるわけでございますから、私どもが云々することではございませんけれども、いわゆる戦敗国に対してこういう戦時加算の制度をするというのは、第一次世界大戦後から行なわれている制度でございまして、これを直すということになれば、いろいろな問題との関連もございまして、なかなかむずかしいだろうと私どもは思うわけでございます。ただ私どもは、現行の平和条約の解釈という立場から、こういう解釈をせざるを得ない、そういうふうに考えてこのような制度をつくった、こういうことでございます。
#143
○多田省吾君 時間もありませんので、次に移りますけれども、先ほども鈴木委員からブラッセル規定についての質問がございました。もしストックホルム規定の批准国が所要数に達する、そうしてストックホルム規定が発効するということになりますと、そのときにはブラッセル規定に入れないということになるのじゃないか。その点はどうなんです。
#144
○政府委員(安達健二君) ベルヌ条約におきましては、新しい改正条約が発効いたしますと古い条約は閉鎖されるということになりますから、ブラッセル改正条約には入れないということになるわけでございますけれども、新しいストックホルム改正条約というものに入ることはもちろん可能でございますから、その場合はブラッセル改正条約を飛び越えてストックホルム改正条約に入ると、こういうことになろうかと思います。
#145
○多田省吾君 そうしますと、もう時期がきましてもブラッセル条約に入れないようなことがあったらば、もう閉鎖されたものとしてその次のストックホルム条約に加盟するという方向で進むわけですか。
#146
○政府委員(安達健二君) もしブラッセル改正条約が閉鎖されれば新しいストックホルム改正条約に入るという姿勢で進むというのは、仰せのとおりでございます。
#147
○多田省吾君 この前参考人として来られた野村委員のお話では、審議会というものは何もブラッセル条約に加盟するということを前提にして審議したんじゃないと、それは参考にはしたんですけれども、別にそれに入るということを前提にしてやったんではないという話もございましたけれども、それはほんとうなんですか。
#148
○政府委員(安達健二君) 審議会の基本的態度といたしましては、日本の国に最も適合した著作権制度は何かということを検討しようと、しかし、その場合には当然、その国際的な基準であるところの、国際的基準を定めたブラッセル改正条約もございますから、そういうものを参考にするということはこの著作権を高めるという意味において適切である、そういう関係で審議をいたしました結果、もしもそういうものができてブラッセル改正条約に入れればこれは望ましいことだというような考え方で審議が行なわれたわけでございまして、政府といたしましても、あくまでも日本の実情に最も即した著作権制度をつくると、その場合には国際的な条約をよく見る、そして、もし入れるようになったら入りたいと、こういうのが基本的な態度でございます。
#149
○多田省吾君 先ほどの御答弁でも、次長から、附則十四条のままでも留保するかあるいは関係諸国と話し合いでブラッセル条約に入る可能性もあるんだということでございますけれども、その点もやはり外務省の条約局等とも話し合って、そして、今後加入の方向についていろいろな手段、方法等を通じて推進していく方向なのかどうか。
#150
○政府委員(安達健二君) その点は現段階のところでは困難であろうけれども、仰せのように入ることは、加入することは望ましいと、その場合にはどういう手段、方法でいくかというようなことにつきましては、今後とも外務省とも十二分に相談をいたしますと同時に、それぞれの関係国なりあるいは同盟の事務局というようなところとも話し合いを進めてまいりたいと、かように考えておるところでございます。
#151
○多田省吾君 私たちはもう八年にわたってやってきたわけですから、改正案の審議会、あるいは文部省でつくられる際に、そういったことを外務省とも十分検討なさって、むしろ批准案も一緒に提出するというような方向でいったほうがよかったんじゃないかと、こう思いますけれども、外務省におきましては文部省とどういう話し合いでベルヌ条約等の関係は進んでおられるのか、外務省の方からちょっとお願いしたい。
#152
○説明員(山田中正君) いまの多田先生から御質問のありました点につきましては、現在御審議いただいております法案の立案過程におきまして、外務省といたしましては文化庁のほうから十分に御相談を受けております。私どもといたしましては、著作権法の改正の結果ブラッセル規定に入ることになることが、先ほど安達次長からの御説明もございましたが、望ましいという御意見と同じでございまして、そのような形での法律改正が行なわれることを期待いたしておったわけでございますが、先ほど安達次長からの御説明にもございますように、特に附則第十四条との関係でブラッセル規定を厳密に実施するにはやや疑問点がある、したがいましてこれをどのような形で解決いたしますか、先ほど安達次長からの御説明のような線でやります場合には、今後関係国との間の話し合いということもございますので、法案が制定されました時点におきまして文化庁とも十分協議の上対策を考えたいと思っております。
#153
○多田省吾君 ちょっとはっきりしませんけれども、安達次長にお尋ねしますが、ブラッセル条約に入れなくなったらストックホルム条約に入るのだというお話でありましたが、ストックホルム条約はもちろん実体規定というものは開発途上国のための条約のように聞いておりますけれども、その他の管理規定も若干あるようでございますが、そのブラッセル規定に入れない場合はストックホルムに入りたいという仰せでございますけれども、その間においてブラッセルに入るくらいの努力をすればストックホルムにも当然入れるのだ、そういう御見解ですか。
#154
○政府委員(安達健二君) いまブラッセル改正条約に入ることについての問題となっておりますところのレコードの演奏権の範囲の問題、これについてはストックホルム規定もブラッセル規定も内容は同じでございます。したがってブラッセル規定に入れるようになるということは同時にストックホルム規定にも入れるようになるということでございますから、もしも、まあ現在のところストックホルム規定は一カ国だけしか批准しておりませんからまだ先のこととは思いますけれども、もし急にブラッセル改正条約に批准加入する国が――失礼しました、実体規定を批准している国は三カ国でございますけれども、そういう国がふえてこれが条約が発効するようになるということになると閉鎖になりますけれども、実体的には同じことでございますから新しいストックホルム改正条約に入るということで、その点の難点については両者に共通でございます。一つについて解決すれば他についても解決できる、こういう関係になります。
#155
○多田省吾君 先ほど鈴木委員からも質問がございましたが、この新しい改正案がローマ規定と絶対に抵触しないと、そういうことをはっきり言えますかどうか。
#156
○政府委員(安達健二君) ローマ規定と抵触するということは一つもございません。
#157
○多田省吾君 各条項について若干質問をいたしますが、第十条に、二項ですか、「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、前項第一号に掲げる著作物に該当しない。」と、こういう条項があるわけです。で、まあたとえば記録映画のようなものは事実の伝達ということでありますけれども、これを創作的にまとめた記録映画、こういうものはこういった著作物に入るかかどうかですね、そうしますとニュース映画なんかの関係と記録映画の関係はどうなるのか、この問題をお尋ねします。
#158
○政府委員(安達健二君) この十条二項で、「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、前項第一号に掲げる著作物に該当しない。」、こういうのは、たとえば、だれがどこの省の次官になったかというような人事往来とか、あるいはだれが死んだとかいう死亡記事とか、そういうようなものでございまして、あるいはどこどこで火事があったとか、交通事故があったとか、そういうようなもの、日々のニュースのようなものは本来著作物性を備えない、だからその保護をしないんだと、こういう考え方でございます。したがって、いまおっしゃいました報道の映画にいたしましても、その写真にいたしましても、それは創作性と申しますか、著作物性がある限りはこれは当然保護されるわけでございまして、通常記録映画とか、いわゆる写真というものも、この十条二項には該当しない、それは保護されるものであるということでございます。これは国際的にも承認されていることでございまして、この前のストックホルム会議の議事録によりましても、日々のニュースまたは雑報に関する単なる報道は著作物を構成するに必要なる属性を有しないから条約はそれらを保護しない。これと同じ規定がございます。そういう考え方でございます。
#159
○多田省吾君 この前の参考人の方のお話の中に、高橋さんですか、今後情報時代といわれるように、さまざまの新しい機械が発達しますけれども、たとえばビデオ・カセットのようなものの二次使用の問題、権利の問題、またそのほかにも今後出てくるでしょうこういうもの、現在あるものもございます。こういったものをなぜ入れなかったのかということですね、権利の中に。
 それから、今後そういうものが出てきた場合に改正していこうとなされるのかどうか。
#160
○政府委員(安達健二君) ビデオ・カセットの問題は、いまのこの十条二項とはもちろん関係はないことでございます。これをどうするかという問題でございます。ビデオ・カセットは言うならばレコードに似たところでございまして、レコードが音だけを入れているものに対して映像が入っていると、こういう関係になっているわけでございます。それはレコードとの関連においての問題が当然生ずるわけでございます。これについてなぜ規定しなかったかという、映画としての著作者の権利とか、そういうものはもちろん保護しておるわけでございますから、ただ特に問題になるのは、レコードの二次使用について実演家に報酬請求権を認めている、そういうものをレコードに認めるならそれと同じようなビデオ・カセットにも認めてもいいんじゃないかという意味の御発言かと思うわけでございます。それで、そういうものについてどうするかということでございます。現在はまだビデオ・カセットとして十分に利用されている段階までいっていない、そういうものが発明されたという段階でございます。問題は一体ビデオ・カセットというものが個人のうちで自分でビデオ・カセットを買ってきて、そして自分のうちのテレビにはめて見ておるというのは、これは私的利用の問題ですから、レコードを自分のうちでかけているのと同じ状況でございます。したがって、実演家の二次使用請求権の問題にならないわけでございます。問題になるのは放送局がそのビデオ・カセットを使って放送するとか、あるいは社交場でビデオ・カセットを使ってみんなに見せるとか、そういう状況が出た場合に初めて問題になるわけでございます。ところが、まだそこまでの状況に至っていないわけです。はたしてビデオ・カセットというものがそういうような使い方をされるかどうかということは、もう少しその状況を見ないと、まだ即断はできないわけでございまして、こういう新しい器機が出ました場合において、もちろん著作権としての保護を十分考える手はあるわけでございますけれども、しかしながら、同時にそういうものの使用形態との関連において生ずる権利の問題は、その利用状況がどうなるかということを見きわめた上で考えなければならない、そういう意味におきまして、これは今後の重要な課題であると考えておるところでございます。
#161
○多田省吾君 時間もありませんので、簡明にお答え願いたいと思いますけれども、隣接著作権の問題でございますが、この前のお答えの中にも著作者人格権というものは財産権に劣らず大事にしていくつもりだと、そしてこの改正案でも、前のほうに出ているわけです。そのように認めながら、どうして隣接著作権の場合には人格権を、あるいは人格権に当たるものを認めなかったのか、あるいはすでに演奏歌唱として死後三十年という権利を認めていながら、幅を広げたということもありましょうけれども、どうせ権利者の保護を認める進んだものをつくりたいという意図であるならば、どうしてこれを後退するような既得権を侵害するようなものになったのか、この二点をお尋ねします。
#162
○政府委員(安達健二君) まず実演家の人格的利益の保護の問題でございます。これにつきましては現在の民法によるところの不法行為、名誉棄損という形で保護をされるということで足りるのではないかという考え方でございまして、この前高橋参考人からお話がありましたが、どうも例外にそういうものを保護しなければならないような例もちょっと出てこなかったように感じているわけでございまして、今後の実演家のそういう権利が実際に阻害されるようなことがあるかどうかというような実態も十分考えた上で、もしそれが民法による保護だけでは足りないというような事態になりましたならば、これはやはり考えなければならないということで、これは今後の検討の課題として十分積極的に検討してまいりたい、かように考えておるわけでございます。
 それから第二の著作隣接権の保護期間の問題でございます。これにつきましては先般も申し上げたとおりでございますけれども、著作隣接権というのは新しい権利として考えられたものである。そこでこの著作隣接権者になるのも単なる演奏歌唱者以外に俳優とかその他以外に範囲が広くなったということもございます。さらに放送も入ってきたというようなこともございまして、そういうことと、それから権利の内容につきましても二次使用料請求権というような新しい権利の内容も出てきたわけでございます。そうした場合に新しい、そういう権利の保護期間をきめる場合には、やはりこの出発点としては国際的基準ということをよく考えて、この隣接権条約に定める二十年から出発するということがよいのではないだろうか。しかしながら今後のいろいろな状況等を勘案した上で、これはさらに検討を続けていくべき課題である、かように考えておるところであります。
#163
○多田省吾君 次に、写真でございますけれども、この前も丹野参考人からきわめて強く要望されたところでありますけれども、利益の反する雑誌協会におきましても芸術的な写真なら死後二十五年という要望をしているわけです。もちろん写真家協会では死後五十年を要望しているわけでございますね。それが公表後五十年というふうになっているわけですけれども、公表後ということになりますと、豊田参考人もおっしゃっておりましたように著作権の表示をしていただきたいというような要望もあるわけですが、丹野参考人のほうからはとんでもないことだ、権利が侵害された上にそういったことは必要のないことだという意味のお話もあったのでありますが、著作権表示の問題並びに彫刻と同じように写真芸術というものを死後五十年になぜしなかったのかという問題、これを。
#164
○政府委員(安達健二君) まず表示の問題でございますけれども、写真についてだけ、その複製物に著作者名を表示しなければこれを保護しないというような、この表示を義務づけるということは、ベルヌ条約で精神といたしております無方式による保護という精神に反しますから、そのようなことは採用しがたいところでございます。しかしながら複製物に著作権表示をするということが望ましいということは権利者側からも使用者側からも言われているところでございまして、したがってそういうような慣行は将来できてくるだろう、あるいはまたそういうものが慣行ができてくるように育成するというようなことが必要だろうと思うのでございます。
 実は、その前に、どういう表示をするかということでございますが、実は、万国著作権条約というものがございまして、アメリカではアメリカの国会図書館に登録しなければ保護しないということになっておりますが、万国著作権条約がC記号をつけて、第一発行年と著作権者をしるせばアメリカでも保護してくれるという条約がございます。したがって、アメリカでの保護等も考えまして、いわゆる万国著作権条約によるところのC表示というようなものをつけることが適当であるということを私ども考えておるわけでございまして、この表示には著作物の第一発行年の表示ということが必要になってくるわけでございます。そういう表示が一般的になりますると、この関係のところが権利者にとっても、また使用者にとっても便利な状況になるのではないだろうかと、かように考えておるところでございます。
 それから、写真の著作権の保護期間について、死後起算にすべきであるということはたびたび伺っておるところでございまして、これもまた十分考えられる御意見だと思うわけでございますけれども、同時に、出版者側のほうは報道写真とそうでないものとを区別しなければならないとかというようなお話も出ておるわけでございまして、実はそういう問題をどういうようにするかということは、なおこれは専門的にも十分検討して考えていかなければならないところであると、かように考えておるところであります。
#165
○多田省吾君 最後に、映画の問題でまとめて質問します。
 大体、第二十六条によりますと、「著作者は、その映画の著作物を公に上映し、又はその複製物により頒布する権利を専有する。」と「専有する」というような強力な表現もありますけれども、実際は、二十九条によって映画製作者がフィルムを所持しているようなそういう状況でございますし、また著作権もそっちのほうに譲渡されているような現状でございます。で、これはちょっと関連がおかしいし、またこの前の西河参考人、あるいは衆議院の大島参考人等も、監督協会の意向として、二十九条はどうしても、これがなくてさえなかなか契約ということがむずかしいのに、二十九条があればもう百パーセント有利な契約というものが全然できなくなるというような強力な主張もあったわけでございます。また、それに関連しまして、なぜ、四十三年四月二日のあの閣議決定の「契約に別段の定めがない限り、」という条項を今度の改正案で取ったのか、あるいは一部の西欧諸国の法律と同じように、少なくとも譲渡じゃなくて、譲渡推定の項目にすればまだましだったのではないかというような意見もあるのでございます。先ほどからもいろいろ意見がありますように、五社協定とか、特に製作者側に強力な姿がある日本において、やはりこの二十九条というものが非常に問題だと、こう思います。で、それに関連しまして、先ほど申し上げましたように、これの二十九条を廃止すべきである、あるいは少なくともこの「契約に別段の定めがない限り、」という条項は取る必要がなかったのではないか、あるいは譲渡推定にすべきではなかったかという問題ですね、これをどのように考えてなすったのか。
#166
○政府委員(安達健二君) 映画の著作権のこの二十九条があるから契約の余地がなくなるということではないということは、従来から申し上げているところでございまして、映画の著作権の利用につきまして両当事者間で契約することはできるわけでございまして、これは映画監督が、たとえば映画の海外配給とか、テレビ放映等について条件をつけるということは、ここに十分できることであるということがまず第一でございます。
 それから第二の点は、この「契約に別段の定めがない限り、」というような規定を入れることによって譲渡推定というような規定はどうであろうかというお考えでございます。そういう考え方はもちろんあり得るところでございますけれども、映画というものの著作者が多様であるとか、あるいはその映画製作者の寄与というようなことから考えまして、権利関係を平明化して映画の利用を容易化するということに立ちますると、映画の著作権の帰属についてはこれを簡明にすることがよろしいと、そこでもしこの二十九条に、「契約に別段の定めがない限り、」というようなことになりますると、先ほどおっしゃいました非常に強い権利であるところの物権というものの移動が、当事者間の事前の契約等によって行なわれるというようなことについては問題があると、これは野村参考人からもこの前お話があったところでございます。そういうような観点から、この映画の著作権の関係を簡明にすると、その簡明にされました基礎に立って両当事者間が十分な契約を結ぶというようなことが大事であろうと考えるわけでございまして、両当事者が映画の製作に際し、明快、適切な契約を結ばれる慣行が確立されますように、今後あらゆる機会にこの趣旨を十分徹底をいたしてまいりたい、かように考えているところでございます。
#167
○多田省吾君 以上であります。
#168
○須藤五郎君 時間がありませんから問題を五、六点にしぼって質問しますから答弁のほうも簡潔にひとつやってください、お願いします。
 まず第一は、五十一条二項の共同著作物の著作権の問題ですが、この共同著作物の著作権は、共同者の最終に死亡した著作者の死後五十年と、こうなっております。ところがおじいさんと孫とが共同著作者の場合は、著作権の存続期間が、おじいさんが死んで孫が死ぬまでには五十年ぐらいの期間がある、それから孫が死んでから五十年あるとなると、約百年間著作権というものが存続することになると思うのですが、その二人の場合も、一人がおじいさんが死んでしまってから孫が受ける著作権の使用料ですね。これはおじいさんが生きておったときと同じような額がとれるのかどうか、支払われるかどうか、こういうことです。
#169
○政府委員(安達健二君) まず著作者の死後でございますから、おとうさんがあってそれからその著作権が孫とかそういう移ったあとのことではないわけでございます。ですから、孫とおじいさん二人の人が要するに共同著作した場合にあとの人が死んだときから五十年というそれだけのことでございますから、非常に年齢の違う人がやれば、その著作物が相当長く保護されるということになるのは当然でございます。
#170
○須藤五郎君 その場合、そのあとの人に、生き残った人に払われる著作権の使用料というものは、二人が生きておったときと同じ額が払われるかどうかということです。
#171
○政府委員(安達健二君) 同じでございます。
#172
○須藤五郎君 同じね。ここでむずかしい問題なんですが、五線譜に記録できない音楽の著作権の認定ですね。どう認定するのかということです。たとえますならば、電子音楽のような類です。
#173
○政府委員(安達健二君) 文字に書けないけれどもテープにはとっておけるわけでございます。したがって、テープにとらなければその電子音楽を保護しないというわけではございませんけれども、あとで争いがあった場合、確かに私のつくった電子音楽だというためには、やはり記録をしておく必要がありますが、それが五線譜に書けないということになればテープにとっておいて、これは確かに自分のつくったものだという立証に使うということはもちろん必要でございますけれども、テープにとっておかなければその電子音楽は保護しないというわけじゃないわけですから、無断で固定するとかそういうことについて禁止することができるわけでございます。
#174
○須藤五郎君 その場合に、テープにとってなくても電子音楽の著作権は保護するとおっしゃるけれども、テープにとらなかったら楽譜にあらわせないですね。記録ができないのですね。そうしたらその音楽をほかの人が使った場合、著作権の侵害だということはどこで認めるかということになりますね。
#175
○政府委員(安達健二君) ですからその証拠としてテープにとっておく必要があるということだけですね。だけれども、保護するということは何もテープにとらなきゃ保護しないというわけじゃございませんが、確かに私がつくったものだと立証するにはテープにとっておかなければ不便でしょうということを申し上げているだけです。
#176
○須藤五郎君 ことばではそういうふうに簡単に言えるけれども、実際にそれを保護するということが私は非常に困難になると思うんですよ。どういうふうな形で保護していくかですよ、形はないんだから、音は消えちまってるんだから。
#177
○政府委員(安達健二君) たとえば電子音楽を無断で録音して、そしてそれをレコードにして売るということになれば、その人の侵害になるわけですね。電子音楽をつくった人の著作権の侵害になりますね。たとえば須藤先生がお書きになった電子音楽、それは別に譜が書いてないと、しかしその音楽が演奏されたと、それを私が無断でとりまして、それをレコードにして売り出せば、私は須藤先生の著作権を侵害することになるわけです。その場合に須藤先生は、私がつくったものですということに対して、いやそれはおれがつくったと立証されないと裁判で争えないから、その場合にテープにとっておいて、このとおりおれのだということを主張される意味でその録音をされておったほうがよいでしょうということを申し上げているだけです。
#178
○須藤五郎君 そうすると、録音しておかないとその場合に争えないということになるわけですか。そうすると電子音楽は、楽譜に書けない音楽は録音を必ずしておく必要があると、しておかないと著作権は守れませんよと、こういうことなんですか。そこを明らかにしておいたらいいんですよ。
#179
○政府委員(安達健二君) それは即興で、アドリブなどで音楽をやるとかそういう場合もありましょうし、あるいは踊りの振付でございますね、あれが何にも証拠が残ってない場合に、確かに須藤先生の作だという証拠がない場合に争えないと同じようなことになるわけでございます。それはいかにしても方法がないわけですから、そういうものは一応されておくほうがよいのではないかということを申し上げているだけです。保護されることには変わりないわけです。
#180
○須藤五郎君 同じことを繰り返すようだが、保護することは変わりないといっても、証拠がないから保護できないんですよ。だから、むしろそういうものはテープにとってちゃんとしておく必要がありますよと、こういうことをあなたは答弁したらそれでいいと思う。
#181
○政府委員(安達健二君) そのとおりでございます。
#182
○須藤五郎君 私が答弁しなきゃならないようなことになるんですね。(笑声)
 それではもう一つ、最近の映画、テレビの録音には音楽か音かどちらかわからぬような判明しがたいものが私は多々あるように思うんですよ。そうすると、一体あの映画に録音した音に著作権があるのかどうか。何かやっておるとバシャーンというような音が入ってきたり、またいろいろな奇怪な音が入ってきますね。あれを音楽といって著作権を認めるのか、あの音に著作権があるのかどうかと、こういうことですよ。
#183
○政府委員(安達健二君) いまのはサウンドトラックの問題になるわけですね。サウンドトラックは、映画の著作物の一部であるということで、直接は著作権は生じませんけれども、そのサウンドトラックをそのままレコードにするということになると、まあその隣接権的な保護が一つ考えられるということは言えます。ですから、結論から言いますと、映画の著作物の中に入っているものは映画の著作物の中にめり込んでいますから、独自のものはないわけでございますけれども、それをかりにまたサウンドトラックにしてその音を聞いてということになると、その音を最初に固定したものがレコード製作者として隣接権的な保護を与えられると、こういうことになるわけです。
#184
○須藤五郎君 これも私から答弁しなきゃならぬことになるような感じがするんですが、要するに、映画でも何でも、芝居でも何かある音楽がずっとありますね、流れてくる、そこに変な音がボンと突然入ってきたりいろいろする面があるんですよ。その音に著作権があるのかどうか。これはやっぱり譜に書けないですね。譜に書けばここに何々の音を入れるとか、どういう奇怪な音を入れるとかいうことばで記録しておくしかしょうがない。しかしその奇怪な音というものはいろいろあるわけですね。そのとき使った奇怪な音が一つの固定したものじゃないですね。だからそのとき入れた音に著作権があるのかどうか。これもやっぱりそのあとでそれを録音して、それと同じような使い方をしたときに初めて著作権ができてくるんで、録音をしておかないと証拠がないから、著作権というのは、私は、五線譜に書けないいわゆる電子音楽などの著作権と同じように守れないんではないかと、だから録音をしておく必要がありますと、こうあなたがお答えになればこれも解決する問題だと思うんだが、どうなのそこは。
#185
○政府委員(安達健二君) 映画の場合には、それが一つの映画の効果というようなものと結びついて、おそらく映像と一緒に聞かなければ、そのサウンドトラックで変な音を聞いて何の音かさっぱりわからないから、そういうものが独自に利用されるということもないと思いますけれども、前の場合にいけばそれは映画の著作物の中の一部だということになりましょうし、それからそういうものについてさらに独自の一つの思想、感情の表現だと認められれば、それ自体としての著作物性も備えてくるわけです。ところがいまの場合、記録しておかなければならぬというのは、サウンドトラックでも記録してありますから、その場合には先生御心配の、特に記録しておかなければだめじゃないかということの心配は、この場合には生じないのじゃないかと思います。
#186
○須藤五郎君 ほかの人がまた同じような使い方をする場合があるわけですよ。その場合に、だれに著作権があるのかという争いが起こってくる場合に、甲の人に著作権があるのだという断定を下すためには、やはり記録しておかなければならぬ、やはりこの電子音楽だって聞く人々によって何のことかわからぬことがたくさんあるわけですよ。それをあなた、いまテープに録音しておけば著作権があると、こういう認定でしょう。なければ証拠がないから著作権を争う場合に不利だ、争いようがないという、あなたがいまお答えをしたのだから、それと同じように音そのものに著作権があるのかどうか、こういうことなんです。それじゃあるというならばどういうふうにしてそれを守るのか、こういうことですよ。
#187
○政府委員(安達健二君) まずそういうものが一体著作物性を備えるかどうかということが一つあるわけです。これはあらゆるものにおいて、著作物であるかどうかという判断は問題があるわけでありまして、かりに著作物であると、思想、感情の創作的な表現であるというようなことになれば、それはすでにもうサウンドトラックに記録されているわけですから、先生のいまおっしゃっている場合は。ですから証明する道は、かりに著作物だといたしました場合には、特にその証明の問題はサウンドトラックにのっているということで先生の御心配は出てこないと思うのです。
#188
○須藤五郎君 サウンドトラックにのっていない場合はどうですか。
#189
○政府委員(安達健二君) のっていない場合というと、昔の映画のように、何か映画をやっているうちにだれかがこっちで音を出すわけでございます。無声映画でしゃべっていたかわりにだれかドカンと卓をたたくというような場合でございますか、ちょっとわかりませんけれども……。
#190
○須藤五郎君 非常に説明がむずかしいのですよ。芝居をずっとやるでしょう。芝居とやって下座が流れていますね。非常に悲しい静かな夕暮れのようなときに、そこへ鐘がボーンと響いてくる、その音に著作権があるのかどうかということなんですよ。最近の映画にそういう場面が非常に多いのですよ。そうすると、その音も著作権の中に入るのかどうか。
#191
○政府委員(安達健二君) 通常はそういうものには著作物性を書いてないと思います。
#192
○須藤五郎君 これは一番最後に質問しようと思っているのですが、先にしても同じですから……。
 著作権審議会というものができますね。それいつごろ開かれるのか、その構成メンバーの中に、私のこれは希望ですが、これまでの審議会の構成メンバーを見ると、いわゆる利用者側が非常に多いのですよ。この著作者である専門家の代表というものが非常に少ない。数年前から、何回もの審議会のメンバーを調べたのですが、ないのです。今度もし審議会を開かれるならば、その構成メンバーの中にいま問題になっておりますところの映画の著作者代表、写真家代表、隣接権者代表等各ジャンルの著作者の代表を加えるべきだと私は考えますが、政府当局はどういうふうにお考えか、これは今文化庁長官にお願いしたい。
#193
○政府委員(今日出海君) 私もその説に賛成でございます。
#194
○須藤五郎君 先ほど社会党の方が芸能社の問題を出されましたが、この芸能社とそれに所属する芸能人の間には出演料に対する何か契約、これが規定があるのですかどうですか。それはなぜかというと、その出演者がこの芸能社の人たちに不当に搾取されておる、そしてもう本人はへとへとに疲れておる、芸能社はどんどん太っていくが出演者はどんどんやせ衰えていく、そして非常に芸能出演者、いわゆる芸能人の生命が非常に短くされてしまう、こういうことを聞いておるのですがね。やはりこれははっきりとした規定があって、それを文部省がはっきりとつかんで監督しておるのかどうか。
#195
○政府委員(安達健二君) いわゆる芸能プロダクション等におきまして、その実演家とプロダクション自身との間にどのような契約が行なわれておるかどうかについては必ずしも私どもも十分関知してないところではございます。しかしながら今後この隣接権制度が創設されまして、実演家の保護の道が開けたわけでございまして、その場合に、先ほど鈴木力先生からのお話があったように、法律でその実演家の権利を規定しただけではその保護に欠けるという問題があるわけでございまして、そういうためにたとえば日本歌手協会とか、日本放送芸能家協会とか、日本芸能実演家団体協議会というような実演家の団体がございます。そういうところで、個々の実演家の力だけではなかなかいいものが獲得できない、そこで標準契約とかいうようなものをつくっていく、そういうものの標準契約ができますと、それに従って実演家の保護がはかれるというようなことも出てくるわけでございます。したがいまして文化庁といたしましては、この文化庁の干渉、介入にならないようなことに十分注意しつつ、これらの実演家の実際的なその地位なり経済的、社会的地位が向上できますように今後とも十分な指導助言をしてまいりたい、かように考えておるわけであります。
#196
○須藤五郎君 私たちが見ていると、全く不当労働行為のような扱い方がされているわけですよ。やはり実演家は労働者です。それをあるところへ売り込む。何というのですか、芸能社の力を借りないと、本人はNHKでもどこの放送局でも売り込みに行けない、また舞台へ売り込みも行けない。だから売り込んでもらうためには芸能社の言うことを聞かなければならぬ、そういう弱さが芸能人にはあるのです。そこをつけ込んで芸能社が不当な搾取をする、こういうことが言われておるわけです。だからこういう点はやはりぼくは不当労働行為できちんと基準をつくって、手数料としては何割以上は取ってはいけない、著作権協会ににはそれがあるでしょう、そういう基準をきちんとしていかなければ私はいけないと思うのです。出演者は放送局から幾らその人がもらっておるかということを知らないのです。自分がもらうだけの金で、それで済ますということになるわけですね。だから、そういう不明朗なことを改めていかなければならぬ、だからそういうことを大いに考えてもらいたい。
 それからもう一つ、先ほど鈴木さんが問題にした五十四条の二項の問題ですが、「映画の著作物の著作権がその存続期間の満了により消滅したときは、当該映画の著作物の利用に関するその原著作物の著作権は、当該映画の著作物の著作権とともに消滅したものとする。」ですがね、これは私はこういうふうに理解しているのですが、私の理解が正しいのかどうかということを返事してくれたらいい。この場合、シナリオは映画から切り離した一つの文学的な作品としては著作権があるのか、死後五十年まであるのか。それから美術、音楽等等の著作権は映画と切り離して、映画が著作権がなくなったときに映画と切り離した立場に立ってはやはり著作権というものはあるのかどうか。私はあるというふうに理解しているのですがね、どうなんですか。
#197
○政府委員(安達健二君) 先生の御理解のとおりでけっこうだと思います。
#198
○須藤五郎君 じゃ、もう一点だけ質問しておきます。
 出版権とか興業権等々を譲渡しますね、ある条件で。その作者は出版をしてもらいたい、興業をしてもらいたいという希望でこの権利を譲渡する、ところが譲渡を受けた会社側はその著作者の意思を尊重せずいつまでたっても出版しない、いつまでたっても興業しない、いわゆるお蔵入りでその人の心血注いだ作品が葬られてしまう、こういう結果が起こった場合に、この著作者のそういう切実な権利といいますか、希望といいますか、それはどういうふうにして守られていくのですか。
#199
○政府委員(安達健二君) その著作権を他人に譲渡いたしますると、そのものをその著作権者がどのように利用しようとも最初の著作権を持った人がこれをどうこう言うことをできないというように思います。それは、かりに、著作権を著作者が持っております場合でも、これを出版してくれと言っても出版社が出版してくれなければどうにもならない。あるいは放送したいと思っても放送局が取りあげてくれなければどうにもならないということでございまして、著作権は、いわば無断で複製され、放送されないという権利でございますから、積極的に放送させる権利、積極的に出版させる権利ではございませんので、先生のおっしゃったことは、原作者が持っていますると他の人に著作権を譲渡した場合であるとを問わず、同じことだと思います。
#200
○須藤五郎君 こういうことなんですよ、かりにぼくというものを例にとれば一番わかるのですが、私は宝塚在職中たくさんの曲をつくりましたが、その著作権というものは、会社在職中につくったものは、その著作権、興業権は会社に所属するというこれがあるわけですね。ところが、その在職中につくったものの出版を希望する出版社がこちらへあらわれてくるわけですね。その場合に、会社に出版をしてくれと言ってもあちらは出版をしない、ところがこちらは出版をしたいという希望者がある場合これはどうするか。それならば、向こうに出版意欲がなければ、出版をしたいという人があるならば、この出版権はこちらに持ってきてもいいじゃないか。それじゃなかったらもう作者の権利というものは全然もう譲渡した瞬間からゼロになってしまうと、それを何とかする方法はないかということなんです。いまの方法ではないのです。
#201
○政府委員(安達健二君) その場合は会社からその著作権を買い戻す、一応会社に属した著作権を須藤先生が買い戻せば、そうすれば先生はそれを出版したいという出版社から出版できるわけであります。したがって著作権をまず会社から先生が買い戻すということをできればそれで問題は解決すると思います。
#202
○須藤五郎君 著作権というものは、それは私たちは幾らで売ったとか、そういうものではないのですよ。そのとき給料をもらっておってそして給料をもらっておる者は著作権を会社に譲渡するという、そういう規則でそういう結果になった、それじゃ買い戻そうと思うときにどういう条件で買い戻すのですか。
#203
○政府委員(安達健二君) 一ぺん売ったものをもう一度買い戻すわけですから、売ったというわけじゃありませんけれども、会社が持っている著作権を私に譲ってください、それじゃ幾ら幾らで売りましょうということになって、先生は幾ら幾らの著作権の買い受け料を支払って自分が著作権を持って、そして今度は出版したいという会社に出版させていただくということにすれば問題は解決いたします。
#204
○須藤五郎君 私、これで質問やめますがね、私がこんな質問をしているのは、今日まで著作権というものに対する認識が芸術家に非常に浅い、少ないということなんです。その結果、こういう不合理なことが起こってきておるのですよ。だから芸術家にとっては著作権というものは自分の命と同じように大切に守っていかなければならないものだと、こういうことを私はこの席上を通じて天下の芸術家にはっきりと認識してもらうために私はこんな質問をしているわけです。今文化庁長官にも、著作権というものはこれほど大切にしなければならぬ問題なんですから、今後この著作権が十分に守られていくように、この著作権法も早い機会にできるだけりっぱな著作権法に私はしていってもらいたい、こういうことです。
#205
○政府委員(今日出海君) まことにごもっともな説で、私は非常に賛成でございますが、あなたの場合に作曲を出版するという権利まで会社が持っているのですか。
#206
○須藤五郎君 出版権と書いてありますから私は持ってると思うのです。
#207
○政府委員(今日出海君) 私はどうかと思うのです。シナリオライターの場合はそのようなことはございませんです。ですから、私はどうもいまのお話はふに落ちないのでございますが、あくまで須藤さんの作曲は、上演権は会社にあっても著作権はあくまで芸術家のものだというように私は思っておりますし、またそうあらせねばならないと思います。
    ―――――――――――――
#208
○委員長(楠正俊君) 委員の異動について報告いたします。
 本日、大谷贇雄君及び土屋義彦君が委員を辞任され、その補欠として植木光教君及び剱木亨弘君が選任されました。
    ―――――――――――――
#209
○委員長(楠正俊君) 他に御発言もなければ、質疑は終局したものと認めて御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#210
○委員長(楠正俊君) 御異議ないと認めます。
 それでは、これより討論に入ります。御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べを願います。
 なお、修正意見のある方は討論中にお述べを願います。安永君。
#211
○安永英雄君 私は日本社会党を代表して、著作権法案に対する修正案を提出いたしたいと存じます。
 案文はお手元に配付いたしましたとおりで、朗読は省略させていただきます。
 修正案を提出いたしました理由につきましてはすでに本委員会の審議を通じて明らかにしたところでありますので、その内容についてのみ御説明申し上げます。
 本法律案の目的中「これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ」とあるのを削ること。
 教科用図書等に利用する場合、著作物の内容の改変について、用字または用語の変更に限ること。
 映画の著作物の著作権の帰属について「製作者」とあるのを「著作者」とすること。
 映画の著作物の利用に関する原著作物の著作権は、当該映画の著作物の著作権とともに消滅したものとすることの規定を削ること。
 写真の著作物の保護期間について「公表後五十年」を「著作者の死後五十年」に改めること。
 著作隣接権の保護期間について「二十年」を「三十年」にすること。
 第五章「紛争処理」に関する条項を削除すること。等を行なおうとするものであります。
 何とど御賛成くださいますようお願いを申し上げます。
#212
○委員長(楠正俊君) 須藤君。
#213
○須藤五郎君 私は日本共産党を代表しまして、著作権法案についての一部修正案を御提案いたします。その修正案はお手元にすでに配られておると思いますからごらんを願いたいと存じます。
 私は本委員会で審議されました著作権法案が現行法と比較して、第一に、著作物の例示を豊富にし、かつ、それらへの著作権の及ぶ範囲を広げたこと。第二に、著作権の原則的保護期間を死後五十年に延期したこと。第三に、実演家等の権利を保護するため、新たに隣接権制度を設けたこと等等、著作者等の権利を保護する上で、一定の前進があると考えます。
 しかし、個々の内容を見ますると、本法案には、その趣旨・目的に照らして、なお少なからぬ問題点を含んでいるのであります。
 中でも問題となりますのは、すなわち、映画の著作権を映画製作者に帰属するとした第二十九条、写真の場合一般著作物の保護期間と差別し、「公表後五十年」と定めた第五十五条及び隣接権の保護期間を公表後二十年とすることによって、現行法より権利縮小となる第百一条の三点であります。
 これらの三つの条項は、本法案の趣旨・目的に著しく反するのみか、それぞれ該当する人たちの既得権さえ脅かす内容のものとなっているのであります。
 したがって、私は本法案の趣旨・目的を貫き、もって著作者等の権利をより保護するとの立場から、少なくともさきの三点の修正が必要と考え、ここに修正案を提出するものであります。
 次に修正案の内容について、御説明いたします。
 修正案の第一は、第二十九条の削除についてであります。
 そもそも著作権法の原則は、第十七条にあるとおり、著作者がいかなる方式の履行を要せずして、その権利を享有するところにあります。
 ところが第二十九条では、その原則に反し、著作者でない映画製作者に、作品完成と同時に、その著作権は帰属するとなっているのであります。これは明らかに、映画の著作者の権利を不当に侵害する内容のものであり、かつ、著作者でない映画製作者を有利に保護することを意図したものにほかなりません。にもかかわらず、政府は、その根拠を、一、映画製作上、資本の面で、映画製作者の寄与する点が大であること、二、映画の著作者は多様であるため、映画の利用・流通の面から、権利の集中が必要であることの二点に求めているのであります。
 しかし、これは映画製作者側からの一方的理由づけでしかありません。
 それは第一に、本法案の趣旨・目的からしてだれがどれだけ資本を出したか、その度合いに応じて著作権の享有が決定されるべきではないからであります。もし著作者でない者が著作権を得たいとするなら、当然著作者から、著作権の利用について譲渡・許諾を得ればよいのでありまして、その道は本法案に十分開かれているのであります。
 第二は、第二十九条を削除しても、権利の集中は可能であり、映画の利用・流通もいままでどおり確保されるのであります。すなわち第十六条に映画の著作者として例示された者が共同著作物の権利行使を規定した第六十四条、第六十五条によって、自主的に代表者をきめ、権利の集中が行なえるのであって、もって利用・流通の円滑化が確保されるからであります。
 こうして、第二十九条は削除すべきと考えます。
 修正の第二は、写真の著作権の保護期間を定めた第五十五条中「公表後」を「死後」と改める件についてであります。
 いまさら強調するまでもなく、写真を美術作品と同様に評価することは現代の常識なのであって、他の芸術作品との制作過程の相違をもって、不当に差別する根拠は何もないのであります。したがって、写真の場合も、他の著作物の保護期間とひとしく、死後五十年とすべきと考えます。
 修正案の第三は、隣接権の保護期間を定めた第百一条中、「二十年」を「三十年」と改める件についてであります。
 第百一条によれば、隣接権の保護期間が公表後二十年となっているが、その対象の一つである演奏歌唱と録音物は現行では著作権として保護され、その期間は、死後または公表後三十年となっているのであります。この点からすれば、このことは実質的な権利縮小なのであります。したがって、少なくとも、現行どおりの公表後三十年とすべきと考えます。
 以上が、修正案の提案理由とその内容であります。
 私は、文化、芸術の発展とは、著作者の権利を真に守ることなしにはあり得ないと考えます。
 何とぞ、そうした立場で十分御審議の上、各位の御賛同をお願いする次第でございます。
#214
○委員長(楠正俊君) 萩原君。
#215
○萩原幽香子君 私は、民社党を代表いたしまして、本法案に賛成の討論を行ないます。
 二十一日の本委員会で、松下委員から、わが党の問題点とするところについては質疑を行なったわけでございますが、その後引き続き、本法案をめぐってわが党文教部会で審議を重ねてまいりました。その際、この法案は多くの問題点を内包しておりますけれども、法案の性格からいたしまして、これらの問題点を徹底的に究明するならば、法案自体のバランスをくずし法案作成を振り出しの段階に引き戻してしまうというおそれも出てくる。こうした見地に立って、本法案はベストではないけれどもベターなものと評価を下しまして、本法案の趣旨に賛成すべきだという態度を固めたわけでございます。
 ただし、私たちが問題点といたしましたのは、一番目には映画の著作権の帰属問題、二番目には写真の著作権保護期間の問題、三番目には附則十四条の除外規定問題、四番目には応用美術の保護問題、五番目には今後の課題としてのカセット・テープ、ジュークボックス等の問題などもあるわけでございます。こうした点につきましては、今後引き続き十分検討し、制度の改善に努力されることを要望して、本法案に賛成するものでございます。
#216
○委員長(楠正俊君) 他に御意見もないようですから、討論は終局したものと認めて御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#217
○委員長(楠正俊君) 御異議ないと認めます。
 ちょっと速記をとめて。
  〔速記中止〕
#218
○委員長(楠正俊君) 速記を起こして。
 これより著作権法案について採決に入ります。
 まず修正案について順次採決するのでありますが、安永君及び須藤君提出の両修正案には共通する部分がございますので、まずこの共通部分を問題に供します。
 両君提出の修正案中の共通部分は第二十九条、第五十五条、第百一条及び以上の修正に伴って条文の整理をした点でございます。本共通部分に賛成の方の挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#219
○委員長(楠正俊君) 少数と認めます。よって、両修正案中の共通部分は否決されました。
 次に、安永君提出の修正案中、ただいま否決されました共通部分を除く修正案全部を問題に供します。本修正案に賛成の方の挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#220
○委員長(楠正俊君) 少数と認めます。よって、共通部分を除く安永君提出の修正案は否決されました。
 次に、須藤君提出の修正案中、先ほど否決されました共通部分を除く修正案全部を問題に供します。本修正案に賛成の方の挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#221
○委員長(楠正俊君) 少数と認めます。よって、共通部分を除く須藤君提出の修正案は否決されました。
 それでは、次に、原案全部を問題に供します。本案に賛成の方の挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#222
○委員長(楠正俊君) 多数と認めます。よって、本案は多数をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 永野君から発言を求められておりますので、これを許します。永野君。
#223
○永野鎮雄君 ただいま可決すべきものと決定いたしました著作権法案について、自由民主党、日本社会党、公明党、民社党、日本共産党五党の共同による附帯決議案を提出いたします。御賛同をお願いいたします。
 案文を朗読いたします。
 以上でございます。
#224
○委員長(楠正俊君) おはかりいたします。
 ただいまの附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#225
○委員長(楠正俊君) 全会一致と認めます。よって、本決議案は全会一致をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。
 ただいまの決議に対し文部大臣から発言を求められておりますので、この際これを許可いたします。坂田文部大臣。
#226
○国務大臣(坂田道太君) ただいま御決議のありました附帯決議につきましては、政府といたしましては、その趣旨を体し、誠意をもって対処いたしたいと存じます。
#227
○委員長(楠正俊君) なお、本院規則第七十二条により議長に提出すべき報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#228
○委員長(楠正俊君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後二時十九分散会
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ソース: 国立国会図書館
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