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1947/08/13 第1回国会 参議院 参議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第13号
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1947/08/13 第1回国会 参議院

参議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第13号

#1
第001回国会 司法委員会 第13号
  付託事件
○國家賠償法案(内閣提出)
○刑法の一部を改正する法律案(内閣
 送付)
○岐阜地方裁判所多治見支部を設置す
 ることに関する請願(第十一号)
○帶廣地方裁判所設置に関する陳情
 (第四十九号)
○刑事訴訟法を改正する等に関する陳
 情(第六十号)
○民法の一部を改正する法律案(内閣
 送付)
○連合國占領軍、その將兵又は連合國
 占領軍に附属し、若しくは随伴する
 者の財産の收受及び所持の禁止に関
 する法律案(内閣提出)
○昭和二十一年勅令第三百六十一号
 (昭和二十一年勅令第五百四十二号
 ポツダム宣言の受諾に伴い発する命
 令に関する件に基く連合國占領軍の
 占領目的に有害な行爲に対する処罰
 等に関する勅令)の一部を改正する
 法律案(内閣提出)
○罹災都市借地借家臨時処理法の一部
 を改正する法律案(衆議院議員武藤
 運十郎君提出)
○皇族の身分を離れた者及び皇族とな
 つた者の戸籍に関する法律案(内閣
 送付)
○家事審判法案(内閣送付)
○小委員会設置に関する件
―――――――――――――――――
昭和二十二年八月十三日(水曜日)
   午前十時二十九分開会
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○國家賠償法案
○刑法の一部を改正する法律案
○小委員会設置に関する件
―――――――――――――――――
#2
○委員長(伊藤修君) 大変お待せいたしました。これより委員会を開会いたします。本日は國家賠償法案につきまして、從來の予備審査の質疑の継続をして参りたいと存じます。質疑の前に発言の通告がありますから、鬼丸さんの発言を許可いたします。
#3
○鬼丸義齊君 今日は幸い司法大臣が御出席でありまするから、この機会において裁判、檢察、即ち司法に関しまする当面の問題について一言お尋ねいたしたいと思います。いつ誰の時代にどういうことから慣習づけられたのか分りませんが、御承知のごとくに裁判檢察の任に当りまする者は、從來その職務に性質からいたしまして、最も社会の事情に精通されておりまして、そうしてそれを裁判の上に活かして、極めて妥当公正なる審判として貰わなければならんものだと思います。然るに從來司法の関係の方々は、これは最も職務に忠実な結果としてのこととは思いまするが、いかにも民間人に接しますることに対して非常に臆病である、否臆病というよりも、むしろ民間人に個人として接しますることは、恰も涜職のごとくに考えておりまする感じがいたします。それ故に轉勤はしばしばありまする上に、社会と全く隔離されておりまする感がありますることは夙に御承知の通りであります。これは結局若しも社会人と親しく交がある、或いは縁故があるとかいうようなことがありますると、やがて裁判の公正を害するというふうなことに対する杞憂の結果であろうと思います。この点は確かに職務の公正を望みまする司法裁判の局に当りまする者としては、誠に心掛けといたしましては結構なことには相違ございませんが、併しながらそれがためには殆ど象牙の塔に籠つておりまして、社会と隔絶しておりまするために、自然と裁判の上におきましても往々にして化石であるということの謗りを受けることになると思います。殊に私は最近の日本の現状からいたしまして、いろいろ食生活その他に対しまする窮屈な事態に直面いたしておりまする今日、いかにも私は裁判檢察、即ち司法関係の方々の今日の生活状態というものは、極度に脅威を受けておるものと思います。果して今日の状態にして、私は何ケ月間保つであろうかと思つております。この意味からいたしまするならば正に司法の危機に瀕しておる、いわゆる崩壞の寸前にあるのじやないかと思つております。待遇が從來とてもやはり行政官とその均衡を保つとかいうようなことのために、殊更司法官にのみ格段なる待遇をするということは、これはでき得ないでありましよう。併しながら現実の職務の執行振りといい、或いは実際司法官として職を奉じておりまする方々の生活状態を見たならば、私は一日と雖もこれを看過することのできない状態ではないかと思います。殊に大臣はその点に対しましては、格別なる造詣のあられる方でありまするが、戰後瀕々として起るまする犯罪は、もう全く日を逐つて増加いたしておるのであります。これがためには、刑事裁判のごときは少くとも從來に比しまするというと、何十倍かの激増を見ておりまする現状であると思う。若し弁護士の方の側から見まするならば、或る意味において、私は弁護士のむしろ黄金時代の感がいたします。事件は非常に多く、而もその事件の性質が單なる事件でなくして、先般も大臣に伺いましたごとくに、不良青少年が良家といわず然らざるものといわず、殆どすべてが刑に触れることがあるために、弁護士の仕事は非常に多い。それを高い所からと申しまするか、兎に角官に在りまして見ております。そうして自分みずからはひしひしと迫つて参ります食生活、衣生活或いは住生活に対しまする脅威というものは全く計り知れないものがあります。私はあらゆる官吏の、この嵐に罹りまして非常に堕落しておりまする現状に対しましては、眼を覆うものがあると思いまするが、少くとも司法関係に対しては、全く私共は同情と申しましようか、何と申しましようか、形容のできないような氣持を以て、尊敬しながら感じておるのであります。幸いに今日まで余り大きな馬脚も出さず、その職その官を守つて参つておりまするが、併しながらこれはおのずから限度があります。固より從來からありまする司法関係の人が民間人と接しますることに対して、非常な涜職のように考えておりますることは、いい慣習であるか、惡い慣習であるかと申しまするならば、私はむしろ時代に合わない慣習だと思います。この際これに対しましては、もう少し門を開いて、個人としては大いに社会に接触し、街頭に出ずる措置に出なければならんと思います。現にまだ地位の高からざる行政方面の官吏におきましても、街頭に立つておりまするが、少しもそれに対します大きな弊害はないのであります。殊に司法官、高等の教育を受け、高等の試驗に及第されておりまするような方々が、個人のいわゆる縁故とか或いは情実によつて、大切なる公務を曲げるというようなことは、私共考え得られないことであります。いわゆる角を矯めんとして牛を殺すの感があると思う。職務の公正を期せんために、社会と全然別居しておりますようなことで果して社会のあらゆる方面から起ります事件を、快刀乱麻の適切なる判決ができるかどうか、ということに対しまして私は多分なる疑いを持ちます。さればこそ先程申上げましたごとくに、司法の化石という謗りを受けるに到ると思います。それがために社会とは隔絶いたしておりますために、今仮に友人遠方より訪ねて來つたと雖も、食を共にすることすらでき得ないというふうな惨めな現状に対しましては、私が今更此処で申上げるまでもないと思います。從來とかく司法省関係に方面におきましては、大体予算審議等の場合におきましても、一番先に頭を下げるのは司法関係であります。これは私をして言わしむるならば、從來司法官吏の人が司法大臣を殆ど盥廻しのごとくして独占いたしておりました結果であると私は思う。從來裁判官、檢察の局にありまする者が司法大臣の職に就きまするというと、再び元職に帰ることができないというような結果、自然と貴族院に入るか何らかの方途に出なければならんというようなことになりまして、非常に忠実と申しましようか、卑屈と申しましようか、とかくにして予算審議等においても、いつでも司法の方は從順と申しましようか、無抵抗と申しましようか、いの一番に叩頭いたしますることが從來の例であります。これが段々重なり重なりまして置き去られましたのが現在の司法関係の官廳であります。幸い今囘は在野の鈴木法相を頂きました。司法関係の者といたしましては、從來の弊を勿論喝破されまして、正に崩壞せんといたしておりまする司法関係の方面に対しまして、在野出身の司法大臣を頂きましたためには、私は司法大臣に対しまして是非この司法の救世主となつて頂きたいと思います。裁判が司法省より分離いたしまして独立するという極めて画期的の改革時期でございまするが、併しこのときに当りまして、いかに独立して別になつたといたしましても、やはりその弊は残るのであります。幸いに野人司法大臣を頂きました今日、その職に対しまして必ずしも從來のごとく恋々たるものでないということを私は確信いたしております。職を賭してこの司法の危機を鈴木司法大臣によつて救つて頂きたいと思います。若しそれ待遇において行政方面との均衡を失するというようなことが、口癖のように強い勢を以てこれを阻止せんとする者がありといたしましたならば、鈴木司法大臣の賢明を以たれまして何らかの方法を以て、どうしてもこの司法だけは最少限度において私は清らかなる蝕まれざる司法省として、司法関係として私は残して置きたいと思います。この意味におきましては司法の待遇改善に対しましては一つ画期的飛躍的の思い切つたる予算を取つて頂き、待遇を本当によくして、そうして又一面におきましては、司法関係の人が民間人と交りますることはむしろ職務の公正を期することの結果にしかならないと思います。大臣の奮励によりまして、さような弊風は一掃されまして、よく個人としては社会人にまみえ、そうして社会の下情に精通され、快刀乱麻の判決を得るようにして頂きたいということと同時に、他の官廳におきましては民間との接觸部面が多いためにかようなことは……或いは語弊があるかも存じませんけれども、往々にして聞きまする、忌わしき役得が伴つて参つております。司法の官吏におきましてはいささかもその点はできないのであります。今全國の司法関係の裁判官に対しまして、裁判官或いは檢察諸公に対しはして、生活上の脅威を受けておると申しまするということは、一つの侮辱的のことではございまするけれどもこれは默つておる場合ではないと思います。從來とても司法関係の者がとかくにして置去られますことは、私も経驗もございまするが、どうも司法の方々に、例えば在朝在野の司法の方々にいかに人氣があるといたしましても投票には何の関係がない、又審議いたしまする議題におきましても國民とは何だか縁遠いような氣がいたします。そういうようなことから、あらゆる方面から司法は置き去りを喰う運命にあるのであります。夙に野に在られまして、鈴木司法大臣はこの状態は私以上に、御存知だと思います。どうかこの意味におきまして私は司法の救世主になつて頂きたい。予算獲得に対しまして或いは大藏省方面の強烈なる反対があるかも知れませんがさようなことは問題でないと思います。どうか大臣は固き決意を持たれまして、この際司法の滅び行かんとしておりますのを救つて頂きたい。これは御承知の通り、こうして戰後の社会状態は、ひとり民事といわず刑事事件といわず、到底これは人力を以て阻止することは甚だ困難な状態にあります。從つて司法関係の仕事は残念ながら私は日を経るに從つて殖えるものと思います。然るにその人事の按配等を見ましても、恐らく私は他の行政方面におきます官廳の人員の定数、仕事の分量、それらにおきましても到底その比でないと思います。それがために、人が足らないために公判を聞くこともできず、さればといつて勾留は段々と長くなつて参りましていわゆる基本的人権を天下に宣言して置きながら、裁判の実際といたしますと、殆ど人権はめちやめちやである。どうか人員の増加並に司法関係者の待遇に飛躍的なる改善を加えて頂きたいと思います。顧みましてこれが危うかりし司法の威信を保つ所以であると思います。どうか切に、野人鈴木司法大臣は特にこの点に対しても固き御決意の下に、一刻も早くこの状態を救つて頂きたいことをお願いいたします。と同時に、これに対しまする大臣の確固たる所信を伺いたいと思います。
#4
○松村眞一郎君 私只今の御質問に対しまして、私の感じますことを、突然今私の感じましたことでありますが、それを一つ申上げたいと思います。何が故に從來司法の関係者が冷遇されておつたかということはこれは深く考えなければならんことと存じます。只今お話のあつたことは多年日本において唱えられておるところであります。曾て大木伯が司法大臣になられてときに司法官化石ということを論ぜられたがその当時世論囂々でありました。ところで、政友会内閣におきましては、政友会の二本柱であると称せられておる松田、原という人の中で、松田氏は司法省を背負つて立たれたのであります。政友会を動かすところの一番の元老であるその人が、司法というものは非常に大事であるということで、司法省を引受けて立つたために、司法官は非常に松田正久さんを感謝した。それは銅像になつて証明されておる。それは大臣になる人自身が司法権に先ず信念を持つて進むことが必要であると同時に、司法官それ自身も亦深く考えるところがなければならんと思います。私は司法委員会の第一囘において、最高裁判所の長を選ぶについて愼重なる手続をおとりになるということを司法次官から説明がありましたから、私はその時申しました。最高裁判所の長を選ぶ方については非常に愼重であるが選ばれる方についての御考慮はどのくらいされたのであるかということを私はお尋ねしたのであります。私はこの発言を非常に重要視して、司法委員会の第一囘のときに申上げたのであります。その意味は司法官それ自身が小さい天地を自分で守ろうというような偏狭な態度があるのであります。それはやはりいけません。自らも解放し、今仰せられたように社会に突進するというような考えを持つて行かなければならないと思います。私は大木伯がそういうことを言われた当時、法制局の参事官をしておつたのであります。始終司法省の諸君に接觸にたしましたが、そのときに私は申した、司法官自身が街頭に出なけりやいかん。これは宗教が世の中を教化するためには山に籠つておつたのではいけないのであつて、宗教も街頭に出なければならないごとく、司法官もやはり街頭に出なければならない。これは私は多年そのことを主張している。これは両方とも、世間一般も法律の大切なことを考えなければなりません。日本は遺憾ながら法律というものを尊重することが非常に足りない國である。若し國民全体が法というものが非常に大切であるということを考えたならば、おのずから立派な司法官ができるということに私はなると思います。イギリスは遵法の精神を國民が非常に強く抱いておりますから最高の俸給を取る者はローヤーの生活であります。英國で一番月給を取る者は誰かというとローヤーです。これは同時に貴族院の議長です。三権分立ということをいいますけれども、イギリスはバーリアメントそれ自身が自分で司法権を行つている。三権分立じやない。司法権に一番重きを置いている國である。これは國民全体の、法律に対する大切なりという観念が起つて來なければ、幾ら大臣が今仰られたがごとく大藏省と鬪われても、國民の共鳴が得られなければ予算は通りません。私は一番大切なことは國民全体が、法律が非常に大事なものである。そして司法を立法と行政と、この新らしい憲法によつて何が故に明確に分つたのであるかということも國民が反省しなければならんと思います。殊に司法大臣の月給は、この度の制度によるというと、最高裁判所の長よりも低いということを考えなければなりません。最高裁判所の長は総理大臣と同じ月給を貰う。司法大臣と最高裁判所の裁判官と同じ月給であるということがいかにいわゆる司法権……司法大臣はいわゆる司法行政をやつておるのであつて、司法権をやつているのじやありません。これは私は憲法改正の際に木村司法大臣と議論を鬪わしたことは、憲法改正の委員会の速記を見れば明瞭であります。司法大臣は実は司法行政の大臣であつて、むしろ檢察大臣と称すべきものである。司法ということは裁判所である、裁判所を立派なものにしなければならない。その意味において今救世主というようなお言葉をお使いになりましたが、それは大臣が犠牲的精神を以て、司法権というものの確立のためにその権威を発揮するためにお働き願いたいという意味と私は了解いたします。司法大臣はむしろ司法権を擁護するための行政機関でありますから、私は自分の議論を率直に申しますならば、司法省というものは不必要であるということを私は信じている。司法大臣というものよりも、最高裁判官が大切である。今度の内閣におきましてもいろいろ労働省を設置するというような議論もありますけれども、司法省存廃問題を國民が眞劔に考えないところに、司法に対する理解が國民にはないと信ずるのであります。内務省をやめるとか、労働省を作るとかいうことが問題となる前に、立法、司法、行政の画然たる三権分立に対して、今日ここに建設したところの新憲法の精神をどのくらい國民が理解しておるか、どういう程度に司法権を確立しなければならないかということをもう少し深く研究したいと思うのであります。先だつて司法省の將來はどうなるかという問題がこの委員会で発言されたのでありますが、それに対する司法大臣の御答弁は私はどつちかというと余り軟らか過ぎると思うのであります。もう少し強く司法権について何らかの主張をして頂きたい。私は司法委員なるものと司法省の関係を深く考えさせられる。今我々は民法と刑法の改正を審議いたしております。立法をいたしております。ところが、憲法に次ぐところの大法典というものは刑法と民法にある、その刑法、民法の草案が司法省という行政官が作つておるのである。我我司法委員は立法機関であつて、國会がここに立法権をやらなければならない場合に、我々國会の司法委員が、何が故に民法の原案ができないのであるか。何が故に刑法の原案ができないかということを、私自身は深く愧じておるのであります。こういう関係も十分御考慮を願つて、司法問題に関する立法、司法、行政の明確なる観念を把握せられて、司法権確立に大臣は邁進せられんことを深くお願いいたします。
#5
○鬼丸義齊君 申し落しましたが、私の少くとも知る範囲におきましては、恐らくはこのままの状態にしておきましたならば、司法の中堅層は今年一杯保たないと思います。司法事務に行政事務とは異りまして、少くとも專門の仕事である。俄かにこれを補充するということは容易ならんことである。若しそれ言うがごとくに、司法の中堅層にして段々と職を去る者ができたならば、司法はどうなるでありましようか。私はこの点におきましても、本当に先程申上げまた崩壞寸前の状態であるということを附け加えまして、大臣の御答弁を願いたいのです。
#6
○松村眞一郎君 私は先程申しましたことを尚追加いたします。私は司法省の方、司法省と申してはおかしいのでありますが、司法官の方から解放しなければならんということの意味は、最高裁判所の裁判官なり、長官を選ぶ範囲の中に、私今此処に明文を持つておりませんが、少くとも十名は司法出身の者でなければならんという規定があります、これを靜かに眺めますというと全部は司法官出身でもよろしいということになります。これは司法省に立籠つている者が自己の擁護をするというがごとき規定に私は感じます。多くとも十人を超ゆることを得ずというならばよろしい。少くとも十人は司法官出身の者でなければならないというと全部司法官でもよろしいと言つているではないか、私はそういう規定は決して公明正大の規定であるとは考えません。そういう意味において、私はそういうようなことも十分お考え願いたいという意味を、私は第一囘の司法委員会においてその説を述べたのです。その以上は司法省となり、司法権に重大なる責任をお感じになつておるお方が靜かにお考えになるということを私は希望いたします。
#7
○國務大臣(鈴木義男君) 只今鬼丸委員並に松村委員から非常に熱心にして有益なる御質問がありまして、幾多の点において私といたしましては共鳴をし、敬意を表するのであります。
 先ず第一に、今日司法官の待遇が甚だ菲薄であるということは、鬼丸委員のお言葉の通りでありまして、恐らく明治以來ずつと司法官が、……檢察官をも含めまして申すのでありますが、菲薄なる待遇を受けておつたということは否定できない事実であるのであります。これは要するに、我が國の文化の程度が低くして、物を作る、直ちに右から左に儲かるというような仕事に関係しておる者は物質的に優遇されてもよろしい。併し裁判とか檢察とかいうようなものは余り必要なものでない少くとも社会の生産に貢献するところがないというような、極めて浅薄な考え方が國民の間に存在いたしまして、立法議会等におきましても、常にその待遇改善等を叫び、或いは人員の増加等を要求いたしましても、できるだけこれを圧縮して、その要求を通さないようにしておつたということも、否定し難い事実であるのであります。いわば一種の厄介者扱いをされておつたというような形を取つておるのでありまして、私は偏えにこれは我が國民の文化の程度の低さを表明する以外の何ものでもないとにがにがしく感じておつたのです。幸い文化の向上がやや見るべきものがありまして、司法又は檢察に対して、有識者の認識というものは非常に高まつたのであります。近來これらの人々を優遇するということに対して昔日のような傾向が少くなつたことは、我れ人共に喜ばなければならんことに存ずるのであります。併し待遇が依然として行政官なみであります。行政官の中でも高い者と必ずしも歩調を一にしておらないことは事実でありまして、今日の日本のこのインフレ状況下におきまして、何ら他に副收入のない、又先程鬼丸委員か仰せられまするように、できるだけ廉潔を持し誤解を避けて、清廉潔白な生活態度を執らなければならない司法官、檢察官といたしましては、殆ど言うに忍びざる生活状態にあることは公然の祕密であると申して差支えないのでありまして私は乏しきにこの任を受けて畫夜そのことを考慮いたしておるのであります。生活上の脅威を取除かずして、決して公正なる司法権の行使或いは円滑なる檢察の実績を挙げることのできないことは申すまでもないことであります。最近最も憂うべき現象は、生活難に堪え兼ねて続々辞表を提出する判檢事が多いということでありまして、これは他の職業者と異なりまして一朝一夕に獲得することのできない知識と経驗とを必要とする仕事であるだけに、非常に憂うべきことでありまして、その点におきましても、鬼丸委員の御指摘は極めて適切であります。私は司法大臣として深憂に堪えないのであります。これは一つこの委員会における皆樣の御協力、お智慧も拜借いたしまして是非打開して行きたい、こう希うのであります。從來司法の予算につきましてそれぞれの大臣が迫力が弱かつたために、十分に獲得することができなかつたという御指摘があつたのでございますが、その点も無論若干の眞理を含んでおると思いまするが、これもやはり先程申上げた日本國民全体の司法というものに対する認識の低調さから來ておつたことでありまして、この際私共は最高裁判所の設立を契機といたしまして、あらゆる方面から、司法権がいかに國家機構のうちで尊い機能を営んでおるものであるかということを、廣く國民に認識せしめ、又この予算審議権をお持ちになつておりまする議会の御理解と御協賛とを得て、是非一つこの正当なる予算を頂戴することができるように御協力を願いたいと思うのであります。私としては固より死力を盡して十分に頂戴いたすべき予算は頂戴いたすという決意を固めておるのであります。司法官は國家官吏として他の行政官吏以上に優遇することができないということは、少しも私は考えておらないのでありまして、その職務の性質上極度に信用を重んじ、同時に見識を尊び、超然として時流の外に在つて、独自の見識で働かなければならない、いわば聖なる仕事、聖職であるのでありまするから、これは行政官よりも一層優遇せらるべきものであると信ずるのであります。行政官が最高なるものが幾らであるから、それ以上に裁判官をすることはできないという考え方は、根本的に間違つていると存ずるのてありまして、松村委員が適切に御指摘になりましたように、イギリスのごときは最高法官は総理大臣よりも数倍の俸給を貰つているのであります。而も忙しき仕事をするわけではないのであります。悠々自適本当に國家の大切なる問題が起りましたときに、その積年の蘊蓄を發動するだけの仕事を持つているだけで、それだけの優遇を國家から受けているのであります。それで初めて私は良い裁判官ができると思うのでありまして、憲法を改正いたしまする際に、私はその理想を実現したく存じたのでありまするが、立法、司法、行政の三権を分立せしめて、対等に扱うという原則を立てました以上は、参衆兩院議長、総理大臣よりも遙かに上の物質的待遇を最高裁判所長官にだけ求めるということも、やや無理がありましたが故に、同格で我慢をするということにいたしたのであります。併しこれは或る意味において、物質的待遇は別として精神的尊敬という点においては、最高の尊敬を克ち得べきものでなければならんと考えておるのであります。それで初めて國家が安泰を得るのであります。最高裁判所が独立をいたしましていよいよ発足をいたしたのでありまして、これは私共國務大臣として生みの親としての役割を勤めさせて頂いたのでありまして、深く光栄とするところでありまするが、でき上つた以上は、これに全権を委ねて、敢てその権限を干犯しないことを私は決意いたしておるのであります。それで裁判権の尊ぶべきことを認識することにおいて何人にも劣らないつもりでありまして、私は最高裁判所長官、判事各位が親任式並びに認証式を終つて、役所に帰られますや、第一に私はお伺いをいたして、司法大臣として敬意を表し、御祝辞を呈したのでありまして、それからただ精神的な尊敬だけでは、生きている人間でありまするから、十分にその任務を盡して頂くことができないと考えまして、私共が助力すべき権限を持つておりまする間におきまして、できるだけ俸給のごときは、内閣総理大臣並びに國務大臣と同格にすることは勿論といたしまして、進んで今のインフレ時代に、貸幣において僅かの優遇をいたしましたところで、実際には非常な苦しい生活をやらなければならんことは、申すまでもないのでありまするから、せめて住宅に対する煩いを除去して、殊に他の方面から御來任になりまするお方には、特に官邸を差上げることにし、又乘物のために、交通のために非常な不便をされますることは、仕事の能率を著しく下げることでありまするから自動車等もできるだけ速かに各裁判官に配置させるというようなことをいたしまして、実質俸給を非常に高くすることに努力いたしたのも、甚だ恐縮でありまするが、私の発案に属するのであります。こういうふうにして、裁判官の最高峯におります各位が優遇されるということは、やがて後に來らんとする若き裁判官、檢察官等の、或いは在野法曹の人々をして、將來大いに志を伸べようという奮発心と向上心を起させる所以であると存じましたるが故に、私は今の事情において許される限りの優遇を、最高裁判所の長官、判事各位にいたしたつもりであるのであります。これを以ても、私が鬼丸委員の御心配になりまするようなことについて、相当に考慮いたしておるということを一つ御了解を願いたいのであります。
 尚、裁判官が、身を持するに謹嚴ということを努力する余り、だんだんと世間から遠ざかつて行つて、化石化する虞れがないという御心配に対しましては、遺憾ながらそういう心配があるということを申上げなければならんのであります。私は、在野法曹として幾多の檢察官、或いは裁判官の諸君と交わりを持つておるのでありまするが、確かに我が國の司法官は、必要以上に國民と接触することを警戒している、甚だしきは恐怖心を持つているのではないかと思われるくらいに遠慮されるということを、目のあたり見ておるのであります。これは、司法官の人々が憶病であるということも否定できませんが、又國民の側にも、私は大いに反省すべき欠点があると思うのでありまして、公私というものをはつきり区別することを日本國民がよく知らない、で最初はわだかまりなく交際をいたしておりまして、飮食を共にする、結構なことでありますが、何か機会があると公務に関する請託のようなものを持出す、そういう虞れがありますがために君子危うきに近寄らずということで、腫れ物にさわるというような態度をとられることになるのでありまして、私自身は野にありまするとき、未だ曾て公私を混淆しなかつたつもりでありまして、高等学校から大学まで、同じ教室で学んで來た同窓の友人の檢察官でありましても、裁判官でありましても、役所以外の場所において、事件に関する話をし、或いはお願いをすべき問題を話題に上せたことはないつもりであります。常に、若し正式に弁護士として職務上頼むべきことがあるならば、いかに親しい中でも、役所以外においてはこれを語らず、役所に参つて言葉を改めてお願いをする、こういうふうにいたして來ておつたのであります。從つて、飮食を共にする、共に遊ぶということがありましても、全然公けのことに関係なく、やすい心地を持つて御交際願えるように仕向けておつたつもりでありまするが、それは私の方の氣持がそうでありましても、必ずしもすべての人々がそうである。というわけにいかんために、やはりその周囲の環境の中にありましたために、警戒をされて、甚だ不愉快なる思いをしなければならんことがたびたびあるのでありまして、それがだんだん司法官を固くしいわゆる社会から遠ざかつて、世間知らず、ドイツの諺にいうウエルトフレムドという現象を呈することになると思ふのでありまして確かに長い間司法官の生活をしておられますと、他から見ると余程浮世離れをしておられて、あれではちよつと名判官にはなれんぞという印象を與える人も少くないのであります。いかなる時代においても、民事でも、刑事でも、行政事でも、本当の裁判は法律を理解する事実を認識すること以外に、ここに一つの勘というものが働くことは否定できないのでありまして、酸いも辛いも噛み分けた苦労人が、よく法律に照し合わせると共に、生活の実態を掴んで、当事者の思想感情、いろいろなものを間違いなく把握して、そうして裁断を下すということが、裁判の眞髓であることに変りはないのでありまして、大岡越前守は理想化された人間でありまして、事実どれだけの名判官であつたかということについては尚十分の考証を必要といたしましようが、少くとも裁判官の理想が大岡越前守でなければならんということも否定できないのであります。それにはどうしても、裁判官なり檢察官なりの人々がもつと豊かな氣持をもつて、國民と共に生活をし、どんなことでも國民がやるだけのことは自分もやつて、そうしてよく生活感情、生活体驗を共通にするという心懸けと実績が必要であると思うのであります。そういう意味においてますます裁判官を優待しなければ、そういうことをやろうといつたところでできない。芝居を一度も見たことがない、この頃声の出る活動写眞があるそうだということを、今から五、六年前ではありますが、珍らしいことのように語つたという裁判官の話を聞いたのでありますが、そういうことではどうもちと酸いも辛いも噛み分けた裁判というものを期待できるか知らんと、不安の念を持つわけでありまして、是非ともそういう見地から、司法官の優遇論というものが大切な意味を持つと思うのであります。そこで私は一閣僚としては閣議においてあらゆる努力を傾けて、司法省のためにも、裁判所に対しましては直接権限を持ちませんが、助言者として努力いたすつもりでありますが、これは議会の方に裁判所の予算を御編成になりまする権限があるのでありますから、これは逆に私の方からこの司法委員会に特にその点には御努力を願いたいということをお願い申上げる立場にあるのであります。やるつもりであるということを申上げておきます。
 尚、司法省廃止論というような問題について、司法省は裁判所ではない、お言葉のその通りでありまして、司法権は完全に独立をいたしまして司法省から離れたのであります。そのことはよく存じているのでありまして、司法省という言葉がしばしば誤解を起しますから、裁判権が独立した後は、或いはこれを別の名前で呼んだ方がよいのではないかということも考えているわけであります。併し檢察だけを掌る所でないのでありまして、行刑、保護法案の立案等についてもやつておりまするわけで、今俄かにこれを廃止することが妥当なりや否やということについては、前囘お答えいたしましたように、十分更に愼重に考慮する必要がある、無論檢察廳を独立させ、その他の局も独立させますれば、司法省というものはなくなつてもよい、國家機構の上からこれらの機構、職能がなくなるということは予想できないことであります。どつかでやらなければならん、そこで行政簡素化の建前からなくする方がいいか、やはり依然として存置せしめて、できるだけこれを集約的にやつて行く方がよろしいかということは一つの研究題目であると考えておるのであります。法律は議会で作るべきものであつて、司法省や司法大臣が民法を出したり、刑法を出したりすることは、余り褒めたことでないということは、これ亦御説の通りであります。私は誰よりも強く國会の立法権というものを尊重すると共に、確立する日の一日も早からんことを希望しておる一人でありまして、議会が立派な調査機関をお持ちになり、議会が独立の法制局をお持ちになりまして、そうしてそこで立案に從事し、同時にこれを審議し立法化する、こういうことに相成りますれば、我々の仕事はずつと少くて済むわけであります。但し民法、刑法のごときものが、司法に関する法律であるから、最高裁判所、又は裁判所が作るべきものであるということについては、強い反対の見解が存するのでありまして、裁判所は飽くまで法を適用する場所であり、法を適用するものが法を作るということは、一つの権力分立の紛淆を來すことであつて正しくない。法を作るものは飽くまで國会であり、これを適用するものは裁判所である、この建前は何処までも堅持しなければならない、而して國会にその準備をなして提出するものは、國会自身がやる場合と、内閣における各省がそれぞれの調査機関を持ちまして立案の準備をいたす、これは行政でありまするからして当然各省が分担すべきことに属するのではないか、こんなふうに只今のところ考えておるわけであります。いずれにいたしましても、國会が名実共に立法の府として立案準備からお始め下さるときが、早く参ることを希望するということは申上げるまでもないのであります。それらの点を申上げましてお答えといたしたいと存じます。
#8
○松村眞一郎君 司法大臣の司法権に対しまする大変に熱烈であり、眞摯なお心持及び態度は十分了解いたしました是非その方針によつて強くお進み願いたいと存じます。我々國会人としてはそのお考えに共鳴する以上は、できるだけの協力をしなければならんという考えで、責任を痛感いたします。それは深くここに自分でも感じますから、それを申上げて置きたいと思います。ただ立法、司法、行政の関係につきましては、これは法律論でありますから、私ここで法律技術的と申しますか、そういう議論を鬪わすことは適当でないと思います。ただなかなか三権分立ということはむずかしいのでありまして司法官が法律を解釈をすることは、或る意味において立法の一部であるということは、法律学問的にも申し得るわけであります。ジヤツジ、メード、ローということがあります。必ずしも司法権行使は絶対的に何ら立法の要素がないのであるということは、私はこれは学問上としてはそういう説には賛成しません。殊に不文法の英國におきましては、むしろジヤツジ、メード、ロー、即ち裁判することそれ自身が不文の法律を発表していると殆んど同じであります。デクレアするのでありますけれども、裁判所以外にコモン、ローと普通法が何であるかということを示し得るものはないのであります。そういう不文法の國と、日本のごとき成文法國とは、これはおのずから性質が違うと思います。
 行政の点に至りましては、司法大臣と所見を異にするのでありまして、立法に準備が行政であると私は考えてはおりません。立法の準備は即ち立法の準備である、元來行政府というものは法令の範囲内において行動するのが行政でありますからそういう点から申しまするならば立法の準備はこれは行政でない。これは明らかに立法そのものの準備でありまして、司法省のなすべきことでないことは当然であります。行政廳のなすべきことでないことは当然であると存じますが、大臣の仰せられました移管は、今の國会の状態では最高機関であり、立法機関であるということを憲法で命ぜられ、そういう職責を痛感しておりますけれども、手足がありません。私はむしろ國務大臣としての司法大臣にお願いするのは、内閣にある法制局であるとか、或いは司法省でいろいろ大臣のいわゆる立法行政をせられておる職員を挙げて國会の方に移管することを、大臣として御主張願いたいと思います。これによつて初めて國会の立法機関としての組織が完備すると思うのであります。内閣に法制局を置くというようなことは、すでに或る意味において國会を尊重していない態度であるということを私は深く感ずる次第であります。これを一言大臣にお願いいたします。
#9
○國務大臣(鈴木義男君) 特に御答弁申上げる必要はなく、御希望は喜んで承つて置きます。尚立法と行政とのデリケートな関係は、議論を始めると切りがなく展開すると思います。よく松村委員の仰せられることは私も承知いたしておるつもりでありまして、さればこそ、例えば民法、刑法、刑事、民事のような裁判をするために必要な法律は、やはりこれを行なつておる人に聞くことが一番正しい道であると考えまするが故に、裁判官から多数の民事局、刑事局の職員を獲得いたしましてそうしてこれに調査立案をさせておるわけであります。そこに有機的関聯があるわけであります。若し嚴格に区別すべきものであるというならば、そういうことはやつていけないわけであります。尚法制局を國会に移管する。或いは民事局、刑事局をも移管するというようなことについても考えないわけではない、今日まで議に上つたこともあるのでありますが、今の段階では、内閣の方にも立法の準備以外に政令を出さなければならんいろいろな立法…副立法とでも申しましようか、仕事がありまするために、全然これをなくするということは不便であります。できるだけ御協力申上げて、國会の方の陣容を充実することには御協力申上げることは吝かでありません。全部挙げてこれを移讓するということについては私から責任ある答弁を只今いたすことはできないのであります。そういう氣持を持つておるということだけ御了承願いたいと思います。
#10
○岡部常君 鬼丸委員が、現在の司法官の生活を非常に御心配の余り、貴重なる御質問をいたされ、又それに対して大臣の御説明を得て了承いたしましたが、私はその近くにありまする、又或る意味において関聯の深い、而して又同じ司法省の屋根の下にありまする刑務官のことに触れて聊かお尋ねいたしたいと存ずるのであります。
 先般私が行刑のことに対して御質問申上げましたことについて、大臣が十二分の関心を持つておられるという御答弁を得まして、私大いに満足いたした次第であります。從いまして、只今鬼丸さんが御心配になつたようなことについては、当然お考えの中に入れられておると存じまするが、從前の例からいたしますると、とかく隅つこに片付けられまして、どうも下積みになつておつたというのが実情であると存ずるのであります。私は本來檢察裁判というものの極めて大切であるということはよく存じております。併しながらそれにも増して、國家は大いに重きを行刑に置かなければならないのじやないかということを考えるのであります司法に現れましたものは一つの事件であります。それが檢察、裁判を経まして刑務所に送られますると、その事件以上にその人間を扱う、生命を扱う、否、その霊性を扱うというところの高い尊い仕事を分担することになるのであります。從いまして、私は行刑の仕事というものが、とかく世の中から忘れられ勝ちでありまするが、これは檢察、裁判にも増して大切なことではないかと考えるのであります。從いまして司法官に対する待遇の権衡というようなことも常に考えて行かなければならないと思うのでありますが、從前はどうも、司法官と申しましても、ただ檢事に随伴するといつたような待遇しか受けておらないように考えるのであります。行刑の仕事が効果が挙らないように言われまする、いろいろな欠点もありましようが、又この待遇の薄いというようなところも又その原因でないとは決していえないと存ずるのであります。私は先日大臣の行刑に対する御関心の程を承りましたが、それに裏附けとなりまする待遇の問題について深き御考慮をお願いいたしたいと存ずるのであります。
 それに関聯いたしまして、從前の刑務官の、殊に刑務官の中で幹部級、高等刑務官となるべき人の養成と採用ということに関しまして、どうも足らない点があつたように考えるのであります。具体的に申しますると、毎年々々人の変動がある、新陳代謝があるのでありまするが、その補充をする途をしつかり確立しておらないように存ずるのであります。例えばその年に出ます大学の卒業生、又高等試驗の資格を持つておる人を入れると、そうして後の備えを確実にするというようなことに対して、御準備が整つておらないように考えるのであります。これなどはやはり必ずしも司法省として重きを置かなかつたと言われても仕樣がないのじやないかと思います。從いまして、人材をその方面に吸收することができないという結果も生じておるのではないかと存ずるのであります。私はこの点に関しましても非常なる憂慮を抱いておる者でありますが、將來どういうふうにおやりになりまするおつもりでありまするか、その辺を伺つて置きたいと存ずるのであります。
#11
○國務大臣(鈴木義男君) 非常に重要な御質問でありまして、私はその点については、前に刑務行政上について、行刑のことについて從來下積みになつておつたという事実も率直に認め、できるだけ今度はこれを平行線まで持ち上げて來るということを努力するつもりであるということを誓いましたつもりでありまするが、今日重ねてそのことを繰り返して置きたいと思うのであります。お説の通り檢察も裁判も大切でありまするが、これを実を結ばせるものは行刑でありまして、行刑が立派に行かなければ、佛作つて魂入れずということに相成るわけであります。是非私はそのためには待遇を檢察官、司法官と同格にすることは勿論といたしまして、良き人を得る、幅の廣い、奧行のある、單に法律だけを知つているというような人でなく、十分に文化的教養と思想、感情、人道主義的な、センチメントにも富んでいるところの行刑官を沢山得たい、こう考えている次第でありまして、これには特別の教養の方法が必要であるということも痛感しているのであります。実は過般進駐軍の或る人々とお話をいたしたのでありますが何故に日本の警察が人権蹂躪を叫ばれ、日本の刑務官が十分に刑事被告人を改遇遷善せしむることができないという一部の非難が起るかということは、いろいろの理由もあろうが、要するにその人が高級な人でないというようなことも一つの大きな原因ではないか、教養の豊かな、感情の豊かな立派な人々がこの任に当つているならば、警察にせよ、行刑にせよ、檢察も同樣でありますが、それぞれ潤いのある、本当の花も実もある仕事ができることであろう、こういう批評を聞きまして、誠にその通りであると痛感いたしたのであります。そのためには、今までのように、外に行き所がない、外にどうも適当な仕事がないから、警察に入るとか、或いは行刑官になるとかいうような情ないことでは、百年河清を待つものだと思うのでありまするから大学を出で、有爲の青年諸君が喜んでこれらの仕事に入つて來ることができるように待遇を立派にし、精神的尊敬をこれに拂うようにいたすことは勿論として、教養の機関につきましても警察の方でいえば、警察大学というようなもの、行刑の方でいつても行刑大学のようなものを作り、そうして長期適当な指導官の下に、司法研修所において判檢事を教養するように、やはり高等刑務官を養成するというようなことが望ましいことであるということを私は考えておるのであります。それなら來年からそれはやれるかということについては、只今ちよつと責任のあるお答えをいたし兼ねますが、できるだけ早い期間にそういうことを実行して行きたい、その他朝野のいろいろな思想、感情を代表しておられまするお方方の、或いは委員制度にいたしましてもよろしい、或いは何か審議会のような機構にいたしてもよろしい、とにかく、御協力とお智慧を拜借して、行刑の上においても一新時期を画したいという希望を持つている次第でありますどうか意のあるところを御了承を願いたいと存ずるのであります。
#12
○岡部常君 從前の例を申上て將來改善して頂きたいと存ずるのでありますが、先程ちよつと申しましたが、新らしい人を入れることに対して、大学方面との連絡ということが殆どないと申して差支えないのであります。自分のことを申してはいかがかと思いますが、私は実は進んで曾て刑務官に入つた者でありまして、三十有二年の経驗を積んだのでありますが、その間に私自身が感じたこと、而してこれは私の後に続いておる若干の人も同樣に感じておることでありますから、私はこの際に大臣にも申上げ、又同僚の委員各位にもお聽き願つておきたいと存ずるのでありますが、どうも自分らの後継を入れて下さるという氣分が、上層に乏しかつたのであります。時たまにはそういう氣運も動きましたが、大体においては先程おつしやつたように、外に行くところがなければ來いといつたような調子になつておつたことを甚だ私は淋しく感ずるのであります。それと同時に手近に資格者がおりまするために、つまり判檢事方面から送つてくることができるというようなためにそれに頼られたことが相当多く長い間続いたのであります。これが部内の空氣をどういうようにしたか、特に本当に志を立てて行刑のために縁の下の力持をやらうとして入つたという人の氣分をいかに腐らしたか、それによつて発展すべかりし途がいかに阻まれたかということを私は余りにも沢山見ておるのであります。それならお前はそれを堂々と建言でもすればよいのじやないかと言はれるようなこともございましようが事実はそういうようなことのできないような周囲の事情であつたのであります。最近行刑というものの値打そのものが相当認められまして、又大臣も非常に御理解がお深いと拜承いたしますので、実はこの機会に先程司法権のために大いにやつて貰いたいという松村委員のお話がありましたように、行刑のために一つ大いに画期的な手を打つて頂きたいと、かように考えるのであります。試みに從前判檢事から入られた方がどういう経路をとつておられるかお調べになりましたならば思い半ばに過ぎられるだらうと思います。そういうような有爲な方が本当に行刑ということを知つて迭つて來られたならばいいのですが、ただ腰掛に二三年やつて、いい所があればそつちにすいすいと迭つてしもうというのが、実情であつたのであります。私は今後においてはそういうことはないと信じたいのでありますが、その点大臣のお考も伺つて置きたいと存ずるのであります。殊に自分の主義主張を実行し得る行刑局長の地位というものが、未だ曾て行刑の本当の体驗者、経驗者から出ておらない、而も何年かの間行政科の試驗を通つて本筋を行つておる人が相当数あつたに拘わらず、それが認められないということは、私は実は不思議に存ずるのであります。これは外の部内ではなく、司法部内に存しておつた妙な空氣ではないかと思うのであります。こういうようなことが一般の若い人、後進の意氣を腐らしているということはどれだけ深く大きいものであるかということは私は常に考えております。そうしてこれは私ごとでなく、公ごととして私は非常に心配しておるものであります。現在幸いにして中堅或いはそれ以上の行刑の方へ志してきた者がきら星のごとく揃つておるのでこれらの人々の進路にどうぞ大なる光明を投じて頂きたいと考えるのであります。
#13
○國務大臣(鈴木義男君) 只今の御質問のうち大切な点についてだけ簡單にお答えをいたします。実は私も、なぜ行刑局長には行刑を体驗した、そうしてそのエキスパートである人がならないのか不思議に思つておつた一人であるのであります、ということを申上げたならばお答えになるかと思うのであります。それでできるだけ近い將來においてそういう私が不思議に思つておつたことを不思議でないことに一つ実現いたしたいと考えております。
#14
○小川友三君 私から一つ……
#15
○委員長(伊藤修君) ちよつとお待ち下さい。國家賠償法につきはして本審査をいたしますから、予備審査の質疑の継続をお願いいたします。
#16
○鬼丸義齊君 大臣にお尋ねします。この國家賠償法の第一條の提案にありまする損害賠償の條件として、故意又は過失によりますること、及び違法に他人に損害を加えたというこの二つの復讐的條件が加わることによりまして被害者側の立証が非常に困難に陷ることから、折角賠償法を定めましても、結局その実を結ばないというようなことの虞れがあるというところで、前囘から、民事局長に質疑をいたしましたのでありますが、尚大臣としてこの点についてどういうお考えを持つておるかをこの際はつきりして頂きたいと思います。
 実は刑事補償法が制定されましたときに、警察は勿論檢事局、裁判所すべて不当の拘束に対しては一律に國家は賠償しろ、こういうことを私は議員提出の法律案として当時出したのでありますが、それが段々削除されてしまいまして、最後に成文化されたものとしては殆んど骨拔きの如く、起訴後における無罪又は免訴、更に又は寃罪者でありましても心神喪失者であるとか、或いは又聾唖者であるとか、十四才以下の刑事無責任者であるとか、或いは又被疑者において故意又は過失の理由によりまして嫌疑を被むるに至つた者こういう者が賠償責任なしというような規定になりまして、結局折角こうした法規の制定がされましたに拘わらず殆どすでに昭和六年刑事補償法が制定されまして以來、今日までの間において頻々として起りまする寃罪者のありまするに拘わらず、事実上賠償いたしましたものとしては極めて少額であります。私今日は手許に統計を持つておりませんが、過般司法省の方から参考資料として出されましたる統計によつて見ましても、殆ど寥々たるものであります。当初昭和六年の補償法の定められました時には、大体予算を八万円取つたと記憶しております。ところが事実上使いましたのは、初年度においいては二千円に足らざる程度である。そうしたことによりまして、いつもながら政府が折角そうした制定を布こうということになりましても、結論としては殆ど有名無実の徒法に等しいような結果になることがいつでもあります。私は今度の賠償法の制定に当りましても、特にこの点は注意を拂つたのでありまするが、すでに憲法の十七條におきまして明らかに、公務員が不法行爲によりまして國民に損害を與えたる場合には、國家並びに公共團体は賠償の責任があることが明白にあるのであります。それがこうしたような規定を設けて、二重にも三重にも賠償するの責任の、非常な困難なる……立証困難なる状態におきますることは、やがてこの結果の発生に対しまする官吏の虞れを著しく法文の上において去勢をされるというような嫌いがあるのであります。殊に私は今度の國家賠償法が、いよいよ制定発布になるといたします場合には、一体この刑事補償法との均衡はどうなるであらうか、刑事補償法によりまするというと、起訴後における無罪、免訴、或いは非常上告によりまして無罪になつたというような場合におきましてのみ規定してございまするが、その他の者のいわゆる起訴前の不当拘束、強制処分中におけるところの不当拘束、公務員の不法行爲によりまして一つの損害を加へました場合においても、当然この國家賠償法に入るであらうと存じます。然るに、刑事補償法において定めましたる賠償の金額というのは一日五円以下であります。一ケ月間不当拘束いたしましたといたしましても、僅かに最高額百五十円にしかならないのであります。一年間不当拘束に会いましたとして、それに対して國家の賠償は千八百円です。こんな法律が一体私は國民に対するところの何の権利の伸張になるかと思います。私はすでに國家賠償法がこうして一般的に定められました場合には、当然この刑事補償法というものは廃止して然るべきものでないかと思います。若しこれを廃止せずして、そのまま存続するといたしましたならば、非常な不條理なことになりまする。起訴前の者に対しましては、非常に厚き賠償をなし或いは起訴後における者に対しましては、殆ど訴訟費用の印紙代にも当らんようなことになります。これであるとするならば、全くこれは氣休めと申しましようか、むしろごまかしの、いわゆる國民に対します一つのごまかしの法律であります。そういうことになりましては大変だと思います。故にこの際やはりこの公証人に対しまする賠償とか、或いは戸籍法に対する賠償、不動登記法に対する賠償と同じく、賠償法をこの際制定されまするならば、刑事補償法はすべてこれを廃止いたしまして、そうして苟くも刑事民事を限らず、挙げてこの憲法の趣旨に叶うべき私は賠償をなさなければならんと思います。この点につきましての大臣の御所見を伺いたいと思います。
 尚私はこれに関聯いたしまして伺いたいのでありまするが、先程大臣にちよつとお目にかかりましたときにも伺つたのでありまするが、御存じないようであります。実は先月の初旬だと思います。これは名古屋における一つのでき事でありまするが、名帝大の法医学の大家、二十数年間法医学の権威者としてその名を恣まにしておりましたる小宮喬介君が、突如七月初旬に檢事勾留になつたのであります。各新聞は筆を揃えて、一号活字で以て、殆ど連日これに対しまして記事を書き並べたのであります。ところが、小宮君は直ちに、事の重大に驚きまして、二十数年間の職を直ちに辞職いたしまして、それから更に未決拘留中に自殺を図りまして、悉くそれは新聞に報道されておりまして、非常に大きく扱われた記事であります。その事件の嫌疑の大要が新聞に報道しておりますところによりますと、小宮君が法医学の関係上いつも解剖に当る、警察或いは檢事局等から依頼されまして、解剖に当る、そういうような縁故から、警察、檢事に対して非常に親交の間にある、こういうようなところから、経済統制違反等の事件或いはその他の重大なる事件を小宮君に頼んで、小宮君の手を経て警察或いは……某所と書いてありまするが、某所に対して贈賄をした、それがために得た金は三十万以上に及んでおるというようなことが新聞に傳わつておりました。すでに小宮氏の暗躍によりますること自体が非常な世間の注目を惹き、疑惑を高めておりまするばかりでなく、非常な大罪のごとくにして当時新聞にも扱われておりましたし、又同君のごとき存在が勾引をされますというようなことは、容易ならんことである、本人に取りましてはすでに死を決して、勾留中自殺を図つたのであります。二十数年の栄職を捨ててしまつたのであります。而もそれに関聯いたしまして、某警察署の巡査部長が自分の子供を二人刺し殺して、みずからも自殺しております。これは小宮事件に関聯をしておると書いてありました。然るに十日間の強制処分期間が過ぎますると、小宮君は帰つて來たのであります。自由を解かれたのであります。今日尚起訴されておりません。これがために一般世間の疑惑というものは一段と深くなりまして、司法権の威信に関しまする重大なることになつております。過般私は永井檢事正にも、市島檢事正にも会つたのでありますが、まだ搜査中と聞いております。ところが、頻々として投書が参る、今日も参つております。小宮ほどの人であるから、あれ程の大袈娑な檢挙をしておつても結局事件は有耶無耶に葬ることになるであろう、檢事局最初の勢い、如何にしたかというふうなことの、極端なる投書が頻々として來ることを聞いております。私は檢事正に聞いたのでありますが、起訴することになるのであるか。まだ分らない。不肖この点において分らないということを言つておりました。これは起訴いたしますれば……、不都合なことがあるといたしましたならば、これはもう小宮君のみずから招きましたる責任でありまするから、当然でありまするが、若しも今日までまだ何らの起訴の手続に出でておりませんところから見ましたならば、或いは私は起訴すべからざることになるのではないかと思つております。それといたしましたならば、若し社会人の司法権に対しまする疑惑は一段と深いものがあります。のみならず若しも起訴すべからざる事件を勾留をして、あれだけ世間に曝されまして、自分は職を去り、そうして自分は自殺を図り、或いは関係者が親子三人自殺をするというような大きな波紋を起しましたことは、結局やはりこの檢察当局の誤りで、非常な失態であると思います。これは固より起訴前の行爲でありまするから、刑事補償法には該当いたしませんが、若し國家賠償法が成立するといたしましたならば、当然これらの事件に対しましても当ることと思いまするが、刑事補償法を拡大いたしまして、これらのものに対しまして、今若干の賠償金を出したからといつて到底代え難きものであります。私は定めて司法当局としましては、それ程の大きな事件でありまするために報告もされておることと思いますし、一体どういうふうなことになつておるかをこの際大臣より一つ明白にして頂きたいと思います。尚又賠償法に対します改正についても、補償法廃止及び賠償法第一條の條件について明確な御答弁を願いたいと思います。
#17
○國務大臣(鈴木義男君) 第一條につきましては鬼丸委員の仰せられるように理想をいうならば、一切の公務が與えた損害につきまして、國又は公共團体が賠償することが望ましいのであります。ただこれは実際にやつて見なければ分りませんが、そう無過失責任で行きますと、或いは國家財政が破綻するようなことが起りはしないか、そういうことを心配いたしまするので、少なくも「故意」「過失」並びに「違法」に侵害したという場合に限定しなければなるまいということで行つておるのでありまして、実績を見た上で、或いはお説のような改正を加える必要を感ずる時が來るかも知れませんが、只今のところはそういう趣旨を以ちまして第一條を維持したいと存ずるのであります。
 尚いわゆる寃罪者の賠償という問題は、これはやはり憲法改正の際に私から提案をいたしまして挿入をして頂いたのでありまして、この十七條と共に第四十條の方は、これは無過失責任でありまして、損害の有無を問はず賠償をするわけでありまするから、これによつていわゆる拘禁を受け、辱しめを受けた慰藉は國家がする、その金額は完全に損害を賠償するという目的ではないのでありまして、むしろ國家がその過失を詫びるというような意味のものでありますから、金額の多寡を論ずることは必ずしも妥当でないと思いまする。併しいかに刑事補償法でも、インフレの現状に合はないような補償は意味をなさないと思いますから、近く刑事補償法の改正と相俟つて改正をいたす予定であります。故にお説のような矛盾はなくなるかと存ずるのであります。それでも十分に滿足させ得るかどうかということは申上げ兼ねますが併しこの故意、過失によつて違法に損害を加えたという事実がありますならば、それと兩方取ることは差支えないわけでありますから、その点は或る程度まで被害者に滿足を與えるのではないかと思うのであります。
 それから小宮事件に関する見解如何という御質問でありまするが、名古屋の小宮事件というものは、すでに新聞紙上にも報道せられましたのでありまして、或る程度御了承のことと思うのでありまするが、勿論司法省にも報告が参つております。ただ搜査の過程にありまして、新聞紙上に出た以上のことについて只今申上げる自由を持つておらないことを遺憾に存ずるのであります。新聞紙上に出ておりますところは犯罪揉み消しの依頼を受けて七万円を受領した、或いは同じようなことの依頼を受けて七千円を或る者から受領したというような事実は、すでに世の中に発表されましたからここで申上げてもよいかと思いまするが、尚いろいろ取調べを進めておるのでありまして、遺憾なことは大事な共犯者が所在不明になつておりまして、小宮が拘置せられますると、直ちに行方不明になつておりまするので、いろいろ搜査困難を感じておるわけであります。又この事件が事実なりや否やは、まだ責任を以て申上げ兼ねますが、事実である限り決して揉み消したり、途中で行方不明になるようなことのない事件であるということは申上げられるのでありまして、責任を以て法に照して処断せられることは疑いないと、こう御了承を願いたいと思います。
#18
○齋武雄君 本法案第一條について民事局長に御答弁を願います。國家賠償法は新らしい憲法の十七條から発した法律と考えておるのであります。十七條によるというと、「何人も、公務員の不法行爲により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、國又は公共團体に、その賠償を求めることができる。」こういうふうになつておるのでありまして、損害賠償をなし得る場合は、公務員の不法行爲である、そうして損害を受けた、この二点に限られるのであります。損害賠償要求の條件は、公務員が不法行爲であつたという、そのために損害を受けたということであります。然らば不法行爲とは何であるかというに、民法の第七百九條では「不法行爲」という題で「故意又ハ過失ニ因りテ他人ノ權利を侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス」、「故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ權利ヲ侵害シタル者」、侵害することが不法行爲である。こういう規定をしておるのでありますが、本法の第一條によりまするというと、「故意又は過失」の外に「違法」ということを附加えております。「國又は公共團体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたとき」、こういうふうに規定しておるのでありますが、民法の「不法行爲」より更に「違法」という文字を使つておるのでありますが、具体的な場合において、只今鬼丸委員から質問があつた小宮事件といいますか、そういう場合においては一体どういうふうに取扱うのでありますか。こういうことになると思うのであります。これは小宮事件が起訴されて公判に付されて、そうして無罪になつた場合においては、憲法の第四十條によつて無過失責任があるのでありますから、損害賠償の責任があるのでありますが、起訴されなかつた場合において、そのままになつた場合において、故意、過失はあつたけれども違法でなかつた。強制処分をするということは檢事の職権でありますから、犯罪ありと思料した場合に強制処分にするということは檢事の職権であるから違法でないのだ、併し犯罪の疑いがあるということを認定するについて、故意、過失がある。故意過失があつても他人の権利を侵害しても違法でないから、損害賠償の責任がないのだという不合理を生ずるのであります。それでありますから、私は苟くも故意、過失によつて他人の権利を侵害した場合においては不法行爲である、それが違法になるか違法にならんかということは問う必要がないと考えるのでありますが、そういう場合において、具体的の場合にどういうお考えであるかお伺いしたいのであります。
#19
○政府委員(奧野健一君) 只今御指摘のように、憲法十七條では、公務員の不法行爲によつて云々ということになつております。そこで、その憲法にいわゆる不法行爲というのを、その内容を故意又は過失によつて他人に損害を與えるという内容を明らかにいたしたのが第一條の立案でありまして、然らばその不法行爲というのは、民法の七百九條の不法行爲と違つて、七百九條には特に「違法に」とか或いは「不法に」というようなことがないにも拘わらず、此処にあるのはどういうわけかという御質問でございますが、この前もちよつとお話申上げました通り、民法の不法行爲におきましては、すでに表題において「不法行爲」、すべてそれが不法であることを前提に立案されておりますので、特に「違法」とか「不法」ということを各條文に入れる必要がないのでありますが、本案におきましては独立して特別法としてございます関係上、適法行爲によつての損害を加えた場合は、賠償の責任があるように誤解を招いては困るというところから、「違法」という文字を特に掲げて一方又七百九條の中から「權利ヲ侵害シタル者」という字を除きまして、それに代わる意味でやはり「違法」ということでよかろう。いかなる権利を侵害したかということがいろいろ問題になつて、権利の探究のために、折角保護を受くべき者が保護を與えられないというようなことが判例等で問題がありますので、苟くも不法行爲によつて損害を加えた場合には権利の何であるか侵害された権利が何であるかということの探求を要せずして、不法行爲として賠償責任を認めるという趣旨でございます。そこで結局まあ故意、過失によつて他人に損害を被らすということは不法行爲であるのでありまして、特に「違法」という文字を入れる必要はないではないかという議論もあり得るかと思いますが、全体的に見てそれが不法行爲であるという点を明らかにいたしたいために「違法」という文字を入れたに過ぎないのであります。
 それから只今の御設例の小宮事件等につきましては、具体的な事柄でありますから御答弁申上げ兼ねまするが、抽象的にいいまして憲法四十條に基く場合には、後で無罪の判決があつた場合に働く規定で、而も只今大臣からお話がありましたように故意、過失を問はない、損害の発生有無に拘わらず、刑事補償法によつて補償を受けるのでありますが、無罪の判決がないようないわゆる搜査だけで終つたというふうな場合の例を考えて見ましたならば、その拘留或いは拘禁というふうなものについて、それに携さわる官憲に故意、過失があつた場合に、それが普通に考えれば疑うべからざるものを、故意又は過失によつてそういうふうに具申をして、それがために違法に損害を加えたという場合には、やはり國家賠償法の適用があると思います。
#20
○齋武雄君 具体的の事例でありますから、小宮事件については答弁を求めるということは無理でありまするが、一般的問題でもよろしうございますが強制処分は檢察官は認められておりますけれども、強制処分が違法ではないのであります。犯罪ありと認めた場合に、強制処分を要求して、強制処分をやつた場合は違法ではないのでありますが、併し強制処分を要求するについて、故意、過失があつた場合においては故意、過失はあつたけれども、違法でないから損害賠償の責任がないのであるという、第一條の規定を率直に便宜上解釈すると、そういうふうになるのでありますが、その点は少くとも第一條ははつきりしないのであります、一体故意、過失というものはどれにする問題であるか、違法につく問題であるか、或いは強制処分自体は形式上適法であつても、それを求めるについて故意、過失、不注意があつたならば、損害賠償の責任があるかどうかということは、この條文自体ではいろいろの問題が起きて來るのじやないかと思うのであります。それで先程民事局長がちよつとそれに触れたようでありますが、結局故意、過失によつて、他人の権利を侵害すれば違法行爲であります。民法はそういうふうになつておるのだ、ただ適法なものでも損害賠償をするように思われると困るから違法という文字を入れたのだ、こういうお話があつたようでありますが、それならば、民法の規定のようにはつきり故意過失によつて他人の権利を侵害した場合に違法という文字を入れないで、「國又は公共團体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて故意又は過失によつて他人の権利を侵害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる」、これで明瞭ではないかと思う。特に「違法」という文字を掲げたということについては疑問を持つのでありますが、その点についていま一度簡單でよろしうございますから……
#21
○政府委員(奧野健一君) 現行法の民法の七百九條で、権利の侵害という要件を特に加えるということについては学者の間においてもむしろ異論があるのでありまして、御承知のように、判例等におきましても、いわゆる大学湯事件のような場合に、果していかなる権利の侵害があつたかというようなことについて、いろいろ問題があつて、むしろやはり損害を與えれば、いかなる権利が侵害されたかということを審査せずに、賠償せしめるのがよいという議論が多いようでありまして、そういう意味で、特に権利の侵害を要件といたしますことは、却つて人権の保護ではないという意味で、「權利ヲ侵害」ということを止めまして、「損害を加えた」というふうに変えたわけでありますが、然らば「違法」ということはこれは不用ではないかということでありますが、まあ普通の法律家から見れば、故意、過失によつて損害を加えたというような場合には、違法ということは当然考えられるのでありますが、故意、過失というのは、そういう損害を生ずることの認識だけの問題でありまして、適法な職権の行使の結果、損害を生ずることが分つておつたような場合においては、損害発生についての行爲はあるわけなんであります。適法の行爲の結果、職権の行使のためにその職権の行使を受くる者が損失を被むるべきことは、分つておりながら尚故意にやる、併しその場合に常に損害賠償の責に任じなければならんかというと、それはそうではないので、それも職権の発動については、違法なる行爲によつて損害を加えた場合でなければならないので、そういう意味で故意ということが、全然純粹に、主観的な結果に対する認識ということになりますと、死刑執行をやることによつて生命を奪うということに対する認識がある、從つて故意によつてそういう結果に対する認識はあるのでありますがこれは違法でないから問題にならないので、要するにやはり「違法」ということをそこに現して置かないと、万一誤解によつて、普通の適法な行爲によつて損失があつた場合でも、補償しなければならないのじやないかという疑いを抱く虞れがあつては困るという意味で「違法」、或いは「不法」といつても結構かと思いますが、ただ行政上の行爲であります故に、「不法」と云わないで「違法処分」というようなことがよくいわれるので「違法」ということをいつたに過ぎないので、要するに違法性のある行爲であるということをどこかに現したいという趣旨に外ならないのであります。
#22
○松村眞一郎君 大臣にお願いいたすのでありますが、憲法の趣旨は、私人が不法な行爲によつて損害を被つた場合には民法でやる國と公共團体のものは今度これでやる、結局不法の損害を受けて訴えるところなからしむるという趣旨だと存じますが、いかがでございますか。
#23
○國務大臣(鈴木義男君) その通りであります。
#24
○松村眞一郎君 そこで私は大臣に伺うのは、近頃政府は公團というものを頻りに作ることをやつておる、公團は國であるか、公共團体であるか、私人であるか、その三つの中のいずれかでなければならないと思います。私は國だと思いますが、大臣いかがでしようか。
#25
○國務大臣(鈴木義男君) 法制上の問題としてはちよつとむずかしい問題があるのですが、実際としては國を代表するものであると考えていいと思います。
#26
○齋武雄君 第二條についてお伺いするのでありますが、第一條は「公権力の行使に当る公務員」ということをはつきりしておるのでありますが、この前の御答弁では、これは公権力の行使に当る場合における國家賠償法であるこういう御説明でありましたが、第二條は「道路、河川その他公の営造物」云々と書いてありまして、公権力であろうが、何であろうが、全然関係ないすべて國家の施設或いは管理に当るもの全部かと私は考えるのでありますがその点はいかがでありますか。それから若し全部含むものとしますれば、公権力とは関係なく、全般を含むものとすれば、民法の第七百十七條との関係はどういうふうになるのか、この二点を伺いたいと思います。
#27
○政府委員(奧野健一君) 第一條は公権力行使の関係でありますが、第二條は公の営造物の関係で、これは純然たる私法関係とも申上げられないので、むしろ公法関係であつて、而も公権力行使の関係ではない、私法関係と公権力関係との間における中間の公法関係であります。そこでそういう公法関係における公の営造物との関係において損害があつたという場合に、七百十七條が当然適用があるかどうかということは、これはいろいろ問題がありまして、古い事態におきましては、大審院の判例等におきましても、それは公法関係であるから七百十七條の適用がないという判断を下しておりましたが、大正五年以降、これはやはり公法関係であるけれども、七百十七條の適用があるということになつておりますので現在におきましては、第二條がなくても、公法関係でも……民法の七百十七條は恐らく私法関係に関する規定でありますが、その規定が当然公法関係でも適用があるという判断になろうかと思います。こういうふうに公法関係或いは公権力行使の関係に関する國家の賠償を規定する際、その点を明らかにするという意味で、判例も必ずしも統一されておりませんので、その関係を明らかにするために二條を設けた次第であります。
#28
○松井道夫君 大臣に質問があるのですが、大臣に午後お差支えがなければ午後でも……
#29
○國務大臣(鈴木義男君) 成るだけ一点だけなら今伺つておきたいと思います。
#30
○松井道夫君 この点は一つ大臣の御意見を承つておきたいと存ずるのであります。憲法第十七條でありますが、これが今度新らしい憲法で「公務員の不法行爲により」云々ということで、それに應ずるためにこの國家賠償法というものが作られた、これは申すまでもないのでありますが、私のお聞きしたいと思いますることは、この十七條の精神であります。その精神によりまして國家賠償法というものが解釈され、或いは現在は立案されておるわけなんであります。我々が審議をいたす上に非常に参考になろうかと存じます。と申しまするのは、要するに憲法第十七條これは民主國家におきまして、國政の受託者、公権力の受託者といたしまして当然の原理をここに現したものであるか、或いは旧日本におきまして、天皇の大権の行使という観念上、公権力の行使については國家が損害の賠償に應じない、そういつたような観念があり、思想があり、又戰時中顯著でありました例の專制的、官僚主義的と申しますか、そういつた傾向がございましたので、そういつたような関係上、特に日本國において、公権力の行使によりまして國民が損害を受ける傾向が強い、これは何とか救済しなければならんといつた日本に特殊な事情からこの十七條ができたものであるか、即ち民主國といたしまして普遍の原理を此処に書き現したものであるか、或いは日本に特殊な原理を此処に書き現したものであるか。私といたしましては、普遍の原理ということを高く掲げておりまする新憲法の規定でございまするから、普遍の原理に基いた規定だと存ずるのでありますが、その点を明確にいたして置きたいと思います。御意見を承りたいと思います。
#31
○國務大臣(鈴木義男君) 立法者の意見必ずしも権威あるものではございませんけれども、私共新憲法を改正いたしまする際に、これを規定することについて議論をいたしたわけでありまするが、そのときの精神は、民主主義國家においては、ここまで行かなければ本当に公権力の受託者としての公務員の責任というものが果されない。と共に、國家がその賠償責任に任ずるということによつて、本当に國民をして自分は主権者である、主権は國民に在るという意識を完からしめるものである。こういうような普遍的な原理に立つてこれを制定いたしたわけであります。從つて私はそう解釈いたしておりまするが、それが偶偶日本の特殊の國情に鑑みても、又日本民主化を促進する上においても適切なる規定であると、こう考えるのであります。
#32
○委員長(伊藤修君) この程度で質疑を終りまして休憩いたしまして、午後は一時半から開会いたしたいと思います。
   午後零時三十一分休憩
   ―――――・―――――
   午後二時七分開会
#33
○委員長(伊藤修君) 大変どうもお待せいたしました。衆議院で民法の質疑を開始しておりますために、政府委員が衆議院の方へ参りましたものですから、國家賠償法はこの次に讓りまして刑法の一部を改正する法律案に対する質疑を継続いたしたいと思います。本日は第七章の「犯人藏匿及ヒ證憑湮滅ノ罪」の第百五條について質疑を御継続願います。
#34
○松井道夫君 百五條におきまして、社会情勢の変化によつて、「之ヲ罰セス」ということを改めまして「其刑ヲ免除スルコトヲ得」ということに改めるということなんでありますが、これはその趣旨とするところは了承できるのであります。併しながら、やはり親族間の情誼ということを、他の全然親族でない者の場合と同じに取扱うという場合もあるという趣旨に見られるわけでありますけれども、現在の制度と比べまして、余り急激に変り過ぎるような感じがいたすのであります。もう少しやはり親族間の情誼というものを法文の中に出してもよいのじやないかというように感ずるのであります。それで「其刑ヲ減刑シ又ハ免除スルコトヲ得」といつたようにして、原則として減刑するんだ、併し情状によつて免除することもできるというようにした方が適切ではないかとも思われるのですが、この点に関する政府委員の御意見を伺いたいと思います。
#35
○政府委員(國宗榮君) 御説の通りに百五條の規定は人情に基いた規定でありまして、親族の関係ある者に対してかような行爲をしないことを期待し難い、こういうところから、これを罰しないことになつておるのでありますがもともと行爲自体が、適法な行爲、或いは放任すべき行爲であるというわけではないのでありまして、親族といいましても、本人との関係において親疎の別がいろいろあろうかと思うのであります。場合によつては國家の司法権の行使を犧牲にしてまでも、いわゆる民情を重視することは却つて常軌に反すると考えられることもあろうかと存じますので、殊に今日のごとく國家の強権による犯罪搜査ということが、いろいろな意味から自制を要求されておりまする状況にありましては、その半面一般人の檢察、裁判に対しまする積極的な協力が一段と要請されなければなりませんので、事情によつてはこれを処罰し得る、こういうようにした方がよかろうと考えまして、「罰セス」というのを「其刑ヲ免除スルコトヲ得」と、かように改めたわけでありましてお説のようにいろいろな場合もあろうから「減軽又ハ其刑ヲ免除スルコトヲ得」というふうにしたらどうかという御意見でありまするけれども、この第七章の「犯人藏匿及ヒ證憑湮滅ノ罪」これは刑の短期、下が定めてないのでありまして、上だけが定めてある、從つて減軽の規定を設けましても余り意味がないのじやないかというふうに考えられるのと、百十三條の規定がございますが、「第百八條又ハ百九條第一項ノ罪ヲ犯ス目的ヲ以テ其豫備ヲ爲シタル者ハ二年以下ノ懲役ニ處ス、但情状ニ因リ其刑ヲ免除スルコトヲ得」、第九章「放火及ヒ出火ノ罪」につきましてこういう規定がございます。これも減軽のことを規定していないのでございます。「刑ヲ免除ス」ということで十分に足りるのじやないか、かように考えております次第であります。
#36
○松井道夫君 私の申上げました趣旨はちよつと私の言い樣が惡かつたかも知れませんが、「其刑ヲ輕減ス」、原則として軽減してしまう、又は「其刑ヲ免除スルコトヲ得」、そういう工合にしたらどうかというのであります。そういう例は刑法上外にないかも知れませんが、併しそれに似たような例が四十條にあるのであります。「聾唖者ノ行爲ハ之ヲ罪セス又ハ其刑ヲ減輕ス」、こうなつておるのでありまして、これは外の親族相続とか、その他親族間の罪についての権衡等を考えなければならんかとも存じますけれども、この場合に「減輕ス」、又は「其刑ヲ免除ス」、そういう工合にしたらどうか、こういう意味でございます。そうして只今短期が決まつておらんから余り意味がないのじやないかと仰せられますけれども、長期が決まつておりますので、それが半分になるということだと、やはりそれだけの意味があるのじやないかと思います。
#37
○政府委員(國宗榮君) お説御尤もと存ずるのでありますが、併し刑を免除いたしますれば、減軽されるよりも尚一層それによつて十分の目的が達せられるのじやないか、特に減軽の規定を設けなくとも、これで十分賄えるのじやないか、かように考えておる次第でございます。
#38
○松村眞一郎君 今の解釈ですが、なんですか、「免除スルコトヲ得」という工合では減軽はできないのですね。つまり免除するか免除しないかであつて、減軽はできないということになりますか。
#39
○政府委員(國宗榮君) お答えいたします。免除をしない場合には当然に減軽をするということにはならないのでございまして、情状によつて減軽するというだけしかできないのであります。
#40
○松村眞一郎君 情状によつてというのではなく、親族であるということによつて、情状の問題は又別なんですけれども、つまり同じ罪質を親族と親族でない者が犯した場合に、親族であるから免除をするわけですね、「免除スルコトヲ得」といえば免除もできますけれども、ただ親族であるということで一緒になつてやつたという場合、その場合には免除するか免除しないかであつて、同じ罪質であるけれども、それよりは軽減できない、こういうことになるのじやないかと思うのですが……
#41
○政府委員(國宗榮君) 御説の通りだと存じます。
#42
○委員長(伊藤修君) 第七章に対する御質疑は他にありませんですか。それでは、第七章ノ二「安寧秩序ニ對スル罪」。百五條ノ二から百五條ノ四までについて御質疑を願います。
#43
○齋武雄君 この「安寧秩序ニ對スル罪」は、全部削除になつたのでありますが、この前予備審査の時にお伺いして置きましたが、尚確かめて置きたいと思います。この規定は多くは戰時の関係であつて廃止するのは当然だと思いますが、ただ百五條ノ二、経済界を混乱した場合、人心を惑乱することを目的とした場合、或いは経済上の混乱を誘発した場合、こういうような場合を規定しておるのであります。この規定は今尚相当必要でないかと私は考えるのであります。殊に現在のように経済界が混乱しておる場合におきましては、特に必要でないかと考えるのでありますが、この点を全部削除したということにつきまして、何か他の方法によつて政府はそれを救済できるとお考えになつたのでありましようか。他の方法というのはどういう方法であるか、その点を伺いたいと思います。
#44
○政府委員(國宗榮君) お説の通り第百五條ノ二の規定は、現在におきましてもやはり相当必要な面があろうかと考えるのであります。併しこれを削除いたしましたのは、やはり多少第七章ノ二全般に亙りまして戰時色があるということ並びに「人心ヲ惑亂スルコトヲ目的トシテ虚僞ノ事實ヲ流布シタ」或は又「銀行預金ノ取付其他經濟上ノ混亂を誘發スルコトヲ目的トシテ虚僞ノ事實ヲ流布シタ」、こういうふうにありまして、この虚僞の事実を流布するという点が、今日憲法におきまして言論の自由を非常に強調しておる立場におきましては、もう少し具体的にこれを規定して、この條文の適用において間違いのないことを期したがよかろう、こういう趣旨から、むしろその全面の改正の際に一應再檢討するということで削除したことは前囘申上げた通りございますけれども、これについては甚だ不完全でございますけれども、現在まだその效力を持つております警察犯処罰令の第二條第十六号によりますと、「人ヲ誑惑セシムヘキ流言浮説又ハ虚報」ということにつきまして、処罰規定を先ず設けておりまして、それから取引所の相場の変動を図る目的又は有價証券の募集若しくは賣出しのため、又は有價証券相場の変動を図る目的で、虚僞の風説を流布しますれば、取引所法又は証券取引所法の違反になる。それから食糧供出等のこういうような問題につきまして、経済界の事情を混乱せしめるというような場合におきましては、食糧緊急措置令の第十一條の食糧供出米の煽動罪によつて処断できますし、尚これは余計なことになりますけれども、百五條ノ四のような場合におきましては、各種の経済統制令によりまして、或る程度これを補つて行くことができる、かように考えましたので、一應これを削除するということにいたした次第であります。
#45
○委員長(伊藤修君) 他に御質疑はありませんですか。それでは第十二章の「住居ヲ侵ス罪」、百三十一條、百三十二條について御質疑はありませんですか。

#46
○松井道夫君 百三十條の罰金の点ですが、これは前の委員会のときにも質問いたしたわけでありますが、大体その章の或る一つの規定で改正をされておるというような場合には、大体それに関聯するその章の他の條文の刑へも罰金その他を調整してあるように拜見するのです。ところが、この十二章の「住居ヲ侵ス罪」に対しましては、改正の手が加えられたにも拘わらず、この五十円というのは、今の経済状況からいえば、貨幣價値からいえば頗る受取れないものが、そのままにされているのでありますが、この点については何か特殊な事由でも考えているのですか。
#47
○政府委員(國宗榮君) お答えいたします。別に特殊な事由はございません。甚だこれは軽い罰金刑でありまして、今日の事態におきましては、かような罰金刑は刑罰としての效果を持つかどうか疑問だろうと思うのでありますがこれは前囘も申上げましたように、刑法の全面改正の際に罰金刑というものは全面的に一應改めたい。そのときまでに讓ろうということで、そのまま置いたわけであります。その点御了承願います。
#48
○委員長(伊藤修君) 他に御質疑はありませんですか。
#49
○松村眞一郎君 第百三十條を見ると「艦船」というのがございますが、この艦というのは構いませんですか。軍艦がなくなつて……
#50
○政府委員(伊藤修君) 御答えいたします。やはり現在艦というものはないわけでございます。これも今後の刑法の改正の際に考慮すべきことでありますが、ただこういうことが考えられるのであります。外國の艦が日本の港に碇泊している場合、それに侵入するという場合があるのであります。但しこの艦船の艦は省くということも考慮いたします。
#51
○松井道夫君 『百三十二條中「本章」を「第百三十條」に改める。』こういうようになつております。本章といいますと、結局百三十一條が拔けられるのでありますから、「本章ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス」ということにして置いても、別に差支えはないように思えるのであります。何かこういつた場合、刑法の中で條文が少ししかない、章の中に條文が一つしかないというような場合に、「本章」と書かないで條文を挙げる例が外にあつて、そういうふうになさるのでありますか。
#52
○政府委員(國宗榮君) お説の通り「本章」でもいいのでありますけれども、こういうふうに改めましたのは、一部改正のときに法制局でこういう例を採つております。その例に依つたまでであります。
#53
○松村眞一郎君 今井さんから「本章」と「百三十條」というようなことがありましたが、私もただほんの形式上の議論をするのですが、「第九十條及ヒ第九十一條削除」とありますね。從來のものならば、「九十條削除」「九十一條削除」といたしました。そういうふうに書きますと、その下に「削除」、又その下に「削除」というふうに書きますより、こういうふうにやつた方が便利だと思います。その條文がずつと書かれる時にですね。「九十條及ヒ九十一條削除」と、こういう條文ができると、この方が簡單でいいと思いますけれども、從來の行き方ではこういうふうではいけないと思いますがそういうふうになつたのですか。
#54
○政府委員(國宗榮君) お説のような從來のやり方もありましたし、又今囘のような削除のやり方も從來多少あつたと思いますけれども、最近法制局の形は、今囘の削除のような形でやることになつております。その例に依つてやつたに過ぎません。
#55
○松村眞一郎君 今度條文を印刷する場合に、頭を揃えないで「乃至削除」というふうに印刷することになりますね。そういうことになりますね。
#56
○政府委員(國宗榮君) そういうことになります。
#57
○松村眞一郎君 分りました。
#58
○委員長(伊藤修君) 他におありになりませんか。第二十二章「猥褻、姦淫及ヒ重婚の罪」、百七十四條から百八十四條までです。
#59
○鬼丸義齊君 姦通罪の賛否に関しますことが問題になつておりますが、私は姦通罪の制定目的と申しますか、立法の理由がどこにあるかということを定めますことが非常に大きな問題だと思います。姦通罪の処罰の目的は、その不貞行爲に対しまする懲戒の意味か或いは母体の純潔性を保持するとか、或いは混血兒の存在ということが家庭に及ぼします影響等の関係、或いは親子関係の絶対性等を破壞するものでありといたしましたならば、おのずからこの憲法改正に伴いまする本法の死活の問題に係つて参ると思います。諸外國のことは別といたしまして、我が國におきまして、久しい間に亙つてこの制度が毅然として存続しておつたことは、ただ單に妻の不貞に対する懲戒ということでなく、むしろこの母体の純潔を保持するということに重点があるのじやないかと思われるのであります。そこで、この度憲法が改正されまして、男女の両性が法律上同一になつたというようなことからそういう論が起つたのでありまするが、元來男女の同権といいましても、これがために男子と女子というものが何でもかんでも同一なものであるということは言い得ないのじやなかろうかと思うのであります。昨日の公聽会においても、阿部さんなどの御意見もございましたごとく女子は受胎によりまして、その体質に対して拭うことのできない一つの大なる組織上の変化が生理的にあるものだと思います。例としては甚だ当らないか存じませんけれども、私共の常識としておりまする洋犬を血統証付のままで飼いまする場合には、非常にその洋犬の價値というものが高い、ところが一度その洋犬に和犬を交尾せしめまするというと、その價値というものは正にゼロに等しい程度のものになつてしまう、これはどういうことかと申しますと、洋犬が和犬と交尾したといたしますると、それによつて洋犬が受胎する、受胎いたしますというと、いわゆる洋犬の体質に著しい変化、いわゆる組織が変つてしまう、それがために最初一囘和犬と交尾したという一つの事実がありますというと、その犬はその後一生の間洋犬同士の交尾によりましても、やはり最初の一囘の和犬との交尾がずつと残つておりまして、必ず毎囘分娩の度ごとに和犬が出て参ります。これは多産な犬でありまするから極めて明白でありまするが、人間の場合と体質が違うというのであるならば別でありますけれども、同じくやはり生物であるということを考えますというと、すでに受胎によりまして、女子としての体質に大なる変化があるということが私共は思われるのであります若し混血兒などができました場合において、家庭に対して或いは親子の関係において、どんな大きな悲劇が生ずるかは今更多く申上げるまでもないと思います。そこで私は夫婦の生活がやがてこの親子の関係と同一でありまする場合には、不純の混血兒の生れた場合ということによつて、その家庭は根抵から破壞される、これは少くともやはり禁止規定によつて防止する必要があるというところで以て、從來からやはり毅然として姦通罪の存立が何人も疑うところなく布かれて來ておつたのじやないかと思われます。私は昨日の公聽会の議論といたしましては、若し罰するとするならば、やはり男子に対しても同樣に罰すべきものである、女子も男子もいわゆるその不貞に対しては共に同罰すべきものであるという議論がありましたけれども、若しこの姦通罪を認めました立法の趣旨が、只今申上げましたごとく純潔の保持にある、家庭の円満いわゆる家族主義の趣旨を貫く、尊重するという意味からいたしましたならば、女子だけの姦通罪を法によつて、これを禁止するということは誠に私は理由あることじやないかと思うのであります。この点に対しまして、司法当局として姦通罪の立法趣旨がいずれにあるか、又男女両性の間において、そうした一つの関係によつて女子の体質に生理的大なる変化を來すかどうかということについての御研究があつたかどうか、この点を伺いたいと思います。
#60
○政府委員(國宗榮君) お答えいたします。百八十三條姦通の罪につきましての立法の趣旨につきましてお尋ねでございますが、お説の通り母体の純潔を保持するということもその一部の目的になろうかと考えております。併しながら婚姻という事実がこれまでの家族制度を維持して行きます上において最も重要な社会的な制度であつたと思うのであります。而も婚姻によりましてできました家庭というものが、これが社会の根本的な秩序の基本になるという考え方からいたしまして、かような制度の帰結といたしまして、当然に相互に対して実は貞操義務というものが要望されておつたのではないかと思います。ただ併し男女間の生理的な相違によりまして、並びに男女間の貞操に関しまする歴史的なこれまでの事実によりまして、女子の方だけを罰するという建前でこの刑法が來ておつたのではないかと、かように考えております。ただ併し今のお尋ねのように、第百八十三條を削除するに当つて、司法当局といたしまして、科学的に婚姻という事実により、或いは女性が男子と関係することによりまして、何か科学的なそこに変化を生ずるということについて研究したかどうか、こういうことに対しましては、実はその点についてははつきりした研究はいたしてなかつたのであります。立法の趣旨は只今申上げたように考えております。
#61
○齋武雄君 改正草案では百八十三條の姦通罪を削除いたしまして、百七十四條の猥褻を重くしたのであります。現行刑法の「科料ニ處ス」というのが「六月以下ノ懲役若クハ五百円以下ノ罰金又ハ拘留若クハ科料」ということになりますが、科料ということと六ケ月以下の懲役ということは非常な相違であります。次の百七十五條、これは「五百円以下の罰金」を「二年以下ノ懲役又ハ五千円以下の罰金」と、こういうふうに改めたのでありますが、一面において姦通罪を削除して、一面において猥褻罪を非常に重刑に処す、重くするということはちよつと考えて矛盾するように考えるのでありますが、刑罰を重くしたということについて、何か特別の事情でもあるのでしようかそれをお伺いいたします。
#62
○政府委員(國宗榮君) 百七十四條並びに百七十五條の刑を重くいたしましたのは、今日の情勢に照しまして、猥褻の行爲、並びに猥褻の文書、図画というものが……猥褻の行爲が実は今日の状況からみまするというと、默視でき難い状態にあるものが、非常に多い並びに猥褻の文書、図画、これも今の出版の自由というところからいたしまして、自由の枠内を外れたかような文書が多く出版されておる、こういう現下の事情に照しまして、これは刑を重くしなければらない、並びにこれらの行爲というものは、出版の自由並びに國民の自由が保障されゝばされる程、これは國民として自制しなければならないものであるという考え方からいたしまして、この刑を重くしたのでございます。さような点から申しまして、夫婦間の貞操義務に相反するような行動を何故削除いたしたかという点に至りまするというと、現下の情勢からみますると、甚だ矛盾しておるように考えられるのでございますが、この姦通罪の問題につきましては、これはむしろ夫婦間の純潔の保持ということは、夫婦間の愛情と道義とによつて維持して行つてもよろしいのではないかと、かように考えまして、この点百八十三條を削除したわけでございます。
#63
○大野幸一君 百七十五條が「五百円以下の罰金又は科料」というのを、「二年以下ノ懲役又ハ五千円以下ノ罰金若クハ科料」ということになつたようですが、刑罰は一時にそう飛躍して重刑になるということは避けるのが至当ではないかと思うのであります。そこでこういう事件はそう惡氣があつてやるわけではない、むしろ利慾にいでたる犯罪である。私は二年としたことは重きに失し、利慾という点において五千円の罰金ではこれはまだ足りない。それから特に此処では從來はやる軽科主義を採つていないのはどういうわけかという御説明を伺いたいのであります。
#64
○政府委員(國宗榮君) 御説のごとく百七十四條並びに百七十五條の両條におきまして、現に刑法が規定しておりますよりも格段にこの刑を上げましたことにつきましては御尤なことと存ずるのでありますが、先程から申上げましたように、この百七十四條は科料のみの刑でありまして、科料は御承知の通りに二十円未満であります。今日刑としてこれらの行爲に対しまして余り妥当ではないということが第一点でありますし、百七十五條も実は出版の自由が認められておりまして、今日新聞紙法とか出版法に関します取締りの法規を適用することができないのでありまして、刑法の規定に依つてこれを取締つて行くという建前をとらざるを得ないのであります。從いまして甚だ乱暴のように見えますけれども、刑を格段に重くいたしました。尚この両罰の規定を設けないじやないか、こういう御質問でございまするが、刑法の規定でございまするから、その点につきましては一應從來のように両罰規定を設けないで選択刑として置くと、こういうふうにいたしたわけであります。
#65
○松村眞一郎君 猥褻の罰を重くし、さうして姦通罪を止めるということは先程御説のありましたごとく、私は矛盾すると思います。ただこれを理論的に理窟をつければどういうことになるかというと、猥褻の場合はこれを罪にしなかつた場合には、その行爲者を別に民法の不法行爲者とすることはできませんから、その方の救済はないから姦通の場合と事実は違います。姦通の方は民法で訴えができます。それは不法行爲かどうか知りませんけれども、そういうことであるから違うということは言えましよう。ところが、刑法が考えておる法益は公の秩序だと思います。猥褻罪と姦通罪とは同じだと思います。刑法からみれば……。民法は民法の規定で、刑法で民法のことを考えるのは間違つておる、刑法の問題は刑法で処置すればいい、民法で何とかしてくれるだろうというので、刑法を廃止するのは議論として徹底しない。刑法として片付けるべきであります。ところが、今度の公聽會においても小野さんでありましたか言われましたが、折角政府の方で力を入れて研究されて改正刑法仮案というようなものに対して相当の考慮をしなければいかんのじやないかという見地から、姦通罪をただ簡單に廃止するということは、司法省としてはそういうことを賛成できない筈だと思います。それはどういう意味かというと、改正刑法仮案を見れば非常にこれは考えなければならん、私の現行の刑法で申しますというと、表題の立て方が甚が疎漏であります。どういうことを書いておるかというと、表題が「猥褻、姦淫、重婚の罪」、こういうことです。罪を並べておるだけであつて、いかなる法益を害したかということが書いてない。実はこれはドイツの眞似をしておるのです。ドイツはジツトリツヒカイト(風俗を害する罪)というので纒めてある。ところが、仮案を見ますというと、それがちやんと出ておる。この仮案というものは余程考えたものであろうと思う。仮案は現行法二十二章に書いてあるものを二つに分けておる。姦淫だけを別にしておる猥褻と重婚と姦通、これを「風俗ヲ害スル罪」の中に入れてある。この現行法では姦通もそれから強姦も共に姦淫罪と見ておる。ところが、仮案は強姦は姦淫罪に見ます。併しながら姦通は姦淫罪とは見ないで、「風俗ヲ害スル罪」と見ておる。だから猥褻の罪と姦通罪とは共に同じ風俗を害するという意味で、刑法の保護しておる法益は何かというと、風儀を害するということそれであれば、姦通が行われても風俗は害されないということを原案者は申されるのであるかをお尋ねするわけです。風俗を害さないことになるから止めたというなら分る。依然として風俗を害するのであるとしながらこれを止める理由はないと思う。仮案には「風俗ヲ害スル罪」ということが書いてある。風俗を害しないと考えられるかどうか。猥褻の行爲は、今の御説明によりますと、出版、印刷の自由の行き過ぎであるからいけないといわれるのであるが、行き過ぎておるから風俗を害するというのか、行き過ぎておるということだけでは意味をなさない。風俗を害するが故に犯罪としての罰を重くする。姦通は風俗を害するということでないならば廃してもよいでしよう。害するというならば、廃するということは私は理論が立たんと思う。ただ刑法改正の審議会で多数決になつたからこうして提案して置いたのである、立法府は今度は國会になつたのだから、國会で当然考えて頂きたいという意味の提案であると私は思う。一委員から司法省の当局がどつちか腹を決めたらよかろうと言われたときに、司法省は此処でお決めを願いたいと言われたが、私は司法省の考え方が正しいと思う。立法府は國会であるから……。元は天皇が大権としてお持ちになつておつた、その大権の立法権の輔弼の関係で司法大臣が元は提案者であつたのだから、政府が政府案というものを確立して維持するのは当然である。今度は國会が立法権を持つておるのだから司法省が國会にお任せするという態度の方が私は正しいと思う。それであるから司法省は自信なくして出されたということを断言された方がよい。理論から考えれば姦通罪も猥褻罪も「風俗ヲ害スル罪」である。併しながら多数決で姦通罪の方はともかく廃するということになつたんだから、政府は提出したんだと、論理一貫せざるということを明瞭に告白される必要が私はあると思う。今の答弁では権利自由というものを濫用しておるからということのために、猥褻罪を重くするということですが、私は濫用ということは先程申した通りの考え方にならねばならんと思います。それが何の法益を害するかといえば、風俗を害するという私の説を肯定されると思いますが、いかかですか。
#66
○政府委員(國宗榮君) お説の通り百七十四條、百七十五條並びにこの百八十三條も「風俗ヲ害スル罪」に私は該当すると考えるのでありますが、ただ併し百八十三條は「風俗ヲ害スル罪」でありますが、法律を取扱う手続の上におきまして、親告罪ということに相成つております。これを扱います上におきまして、或いは夫婦間の愛情に任す又は社会の道義の批判に任してもよろしいんじやないかと、かように考えてこれは削除したわけであります。「風俗ヲ害スル罪」といたしましては、本質上百七十四條、百七十五條と変らない、かように考えております。
#67
○松村眞一郎君 私の説を認められたと思います。政府側は原案を提出した、併しながら姦通は風俗を害するということを認められた。ただ姦通について民事上の保護の途があるからと言われたのですけれども、これは婚姻という問題だけであつて我々の風俗を害するということは、他人間の婚姻関係を第三者が外から侵してはいけないと思う私は姦通というのは夫婦関係だけで議論しておりません。離婚の原因になるとかならないということは、夫婦だけの問題である。姦通の非常に風俗を害するということは、第三者が入つて來て侵害するということが惡い、間男が惡いという事柄であります。それが重点であるが故に、「風俗ヲ害スル罪」として考えておるのであつて、血統の純潔を保護するという問題は又別の観点から考えるべきであると思う。それが刑法規定の根柢であります。併しながら純潔を害するということの罪が風俗を害するということと因縁をつければ、それは実はそうなる。ともかく風俗を害するということが要点である。それであれば風俗を害するという法益の破られることをどうして償いますかこれは刑法の説明として伺うのはおかしいのでありますけれども、私は外侵と言います。外侵と内背とが起るわけです。内からの背信行爲が起るわけです。結婚という信頼関係、夫婦互いに相信頼しておるものを内で破るというのは背信行爲であります。背信行爲であるが故に契約を破棄するという理由があるんだから、離婚の原因になることは当然であります。併しながら外から侵して來る罪は民法の何で救済するのでありますか。刑法の方で提案された場合に、民法で何とかするだろうと言われた。何とかするということはどうすることを刑事の方の立場からお考えになつておるのでありますか。外から侵して來るという侵害行爲を民法上の何で請求するのでありますか。どういう損害賠償を要求するのでありますか。民法のどの点において何を侵したのであるか。妻が姦通したために夫は外から侵して來るところの間男に対して、いかなる権利を侵害されたからというので、民事上の要求をされるのですか。不法行爲のどれによるのですかその用意なくして弁護はできないと思います。これは姦通罪を止めろという説は、例えば牧野博士のごとき、民事刑事を通じて責任をどこかで背負う、責任をどうして背負うのですか。牧野さんに質問するのぢやないのです。あなたがどう考えておるか、私の言う外侵です。内背と外侵と二つあるわけです。二つの法益は別であります。これがアメリカの立法においては両者を別に考えておる。外侵の方はフオーニケーションということになつておる。内背の方はアダルタリー、この二つの犯罪行爲になつております。アダルタリーは離婚デイヴオースの理由となるのである。外から侵して來るということに対し、民法で妻の無能力がなくなり、刑法で姦通罪がなくなる場合の本質の変る夫権について民事上にどういう救済があつて、どこをお考えになつておるかということをお伺いしたいと思います。
#68
○政府委員(國宗榮君) 民事上の保護につきまして、姦通罪の場合に、間男した男の方は、一体どういう救済があるかと、こういう御質問のように拜聽したのでありますが、私の考えといたしましては、これに対しまして当然この姦通をせられました夫の方から、その妻を姦しました男に対して、不法行爲になると考えております。この点に関しましては判例もあるというふうに私も考えております。
#69
○松村眞一郎君 私は從來の判例のことは別にお尋ねしません。將來のことを伺うのであります。私はそれを法益というふうに考えて、それを司法省としては刑事上の立場から、どういう法益が害されたということをお考になつておりますか。
#70
○政府委員(國宗榮君) 刑事上の立場からという御質問でありますけれどもこれは民法の問題でございまして、結局夫の名誉権或いは夫権の侵害になろうかと、かように考えております。この百八十三條の点につきましては、前囘も申上げました通り、司法省としましては、この削除を固執しておるわけではないのであります。
#71
○松井道夫君 私も百八十三條の削除に関聯して御質問申上げますが、從來はこの家の住居権といいますか、これは戸主なら戸主或いは夫なら夫というものにあつて、間男が、第三者の男が家に姦通のために入つて來るという場合には、家宅侵入罪で処罰されておつたのであります。ところが、今度は夫婦平等でありまして、これは家は誰の所有になつておりますか、或いは誰が借主名になつておりますか知れませんけれども、住居権という点からいうと或いは夫婦同じというふうに一應見られるのでありますが、今の家宅侵入罪の関係におきましては、やはりそういう不法の目的で侵入して來た場合には私はやはり家宅侵入罪で処罰せらるべきものであると存ずるのであります。その点についての当局の御説明を伺いたい。
 次に姦夫姦婦が不都合な行動を……性交とは申しません、不都合な姦通の目的であると十分察知できるような状況にある場合に、本夫がそれを見つけたという場合には、私は夫権に対しまする正当防衞としてこれを傷つける、男を傷つける、乃至は場合によりましては、その時の状況によりましては、これを死に致すというような場合がありましても、私は或る程度正当防衞で、罪は成立しないものと存ずるのであります。この傷害罪乃至は殺人罪、この点についての政府の御見解をお聽かせ頂きたい。
 それから次に、これは資料で頂いておるのでありますが、これはこちらの方で調べるのが本当でありますけれども、まだその余裕がありませんのでお尋ね申上げるのであります。姦通罪の立法例といたしまして、夫妻双方とも罰するということで、ニユーヨーク州の刑法が挙げてあるのであります。ところが、ここで見て明らかでありまするように、アメリカの各州では刑法が違うように思われます。又この度の公聽会におきまして、一流の学者の中で、アメリカの刑法では姦通を処罰していない所もあるという印象を與へる御議論があつたと思います。十分御研究がなくて、そういう御議論をなさつたのかも知れませんが、それで私お伺いしたいことは、ニユーヨーク以外の諸州では一体姦通を罰する所、双方罰する所、或いは双方罰しない所、或いは程度を変えて罰する所というようなことがどんな工合になつておりますか、その点をお伺いしたいと思います。
#72
○政府委員(國宗榮君) 御質問の第一点の住居侵入になるかならないかという点でございますが、住居権者の承諾を得ずして姦通の目的で入つて参りました場合には、お説の通り住居侵入になるものと考えております。それから正当防衞の点でございますが、これは具体的事案について判断すべきことでありまして、姦通の現場を取押えたから直ちに殺害してもよろしいということはちよつと申上げにくいことと思うのであります。或いは防衞の程度を超える場合に該当する場合もありましよう。正当防衞にかかる場合もあろうかと思います。具体的のものに当りませんと、はつきりしたお答えはちよつとでき兼ねる次第でございます。
 それからアメリカの各州の刑法におきまして、姦通罪の扱いをどういうふうにしておるかという御質問でございますが、資料に差上げました中の、ニユーヨーク州の刑法だけは実は分つておりますのでここに書き上げたのでありますが、その外にはカリホルニヤの刑法がございます。このカリホルニヤの刑法におきましても、姦通罪は処罰いたしております。詳しいことはよく分つておりません。その他の州にも各州沢山ありまして、それらの州の刑法が手許にございませんので、実際まだ研究いたしておりません。
#73
○松井道夫君 ちよつとお伺いいたします。家宅侵入の点でお尋ねしたいのですが、住居権者の承諾を得ずしてというところが私將來問題になるのじやないかと存じて、御見解を伺つたわけなのであります。夫と妻と、これは住居権を平等に持つておるのか、或いは獨立して持つておるのか。從來は原則として夫が持つておると見られ、或いは戸主が持つておると見られたのでありますけれども、すでに民法の改正で戸主権というものもなくなり、夫婦が平等になつておる、それでその点が將來は、從來とは異つた問題になると思う。法律上の問題になるのじやないかと存ずるので、その点のことをお尋ねしたのであります。
 次に、正当防衞の場合は、これはお説の通りその場合でなければ分りませんけれども、私といたしましては正当防衞が成立することがあり得るということを御答弁願えれば、それで結構なのでありまして、お話の中にそういうお言葉があつたかと存じますから、それで満足いたします。
 今の家宅侵入罪の点だけ、將來御研究願ふことも結構であります。只今御答弁を願えば一番幸せであります。
#74
○政府委員(國宗榮君) これまでは御承知の通り家の賃借主は夫でありますけれども、これを以て住居権者とみなしておつたのであります。今後男女の平等によりまして民法上どういうふうに解釈いたしますか、実は私もまだ研究不十分でございますので、十分なお答えはでき兼ねるのであります。研究いたしまして後にお答え申上げます。
#75
○松村眞一郎君 刑法の仮案というものについては、どういう程度の重要性をお置きになつておるのでありますか。これには姦通罪については大分詳しく規定されておる。大体において両罰主義でありますけれども、夫と妻とは別の罪になつておるようであります。これは或いはスイスの刑法にでも依つてやつたのでありますか。立法の参考にされたものはよく分りません。その刑法は分りませんが、こういう仮案になるについての資料があるのじやないかと思います。それがあれば参考のためにお出し願いたいと思います。仮案の理由があるだろうと思います。
 それとロシヤについては一九二二年の刑法と書いてあるが、その後改正がある筈です。姦通罪というようなことについて、関係のあるような條文は何かありませんか。姦通罪を規定してないけれども、その代りこんな規定が入つたというようなことも研究すべき必要があるのじやないか。それはロシヤにおいては花柳病を交接物によつて傳染させた場合を有罪にしております。そういうところが、姦通罪を風俗上から見ておるか、身体に対する迫害という見方をしておるかで非常に違うと思います。ロシヤの立法理由が若し分れば承知いたしたい。
 それからアメリカについても私ははつきり資料を覚えておりません。一九〇九年のクリミナル・コード、これはユーナイテツド・ステーツのクリミナル・コードだと思いますが、それに姦通が有罪であるという規定があつたことを記憶しております。そういう法文を集めたものが政府部内の何処かにあるのじやないかと思います。カリホルニヤ刑法があれば、それを参考のために見せて頂きたいと思います。カリホルニヤは成文的に立法しておりますが、大体私の承知しておるところでは、アメリカはむしろ成文法で姦通罪を罰しておる國と見ておる。
 イギリスでもエクリジヤステイカル・コード、宗教裁判所で犯罪にする。イギリスで無罪にするのはコンモン・ローだけで、コンモンウエルスの成文法では有罪にしておる。これはレストレーシヨンの時に廃止しております。そういうことがありますから、イギリスは姦通罪がない國であると見て、ない國の立法例を蚤取り眼になつて探してもないのが当り前であると思う。
 ロシヤでは姦通罪を罰しておらんが日本とは社会事情が違う。姦通罪を公の風俗という方面から見るのと、身体を迫害するという方面から見ると大変な違いです。それは國の風俗が男女の関係をどう眺めるか、根本的の考えが違う。日本はどういう考え方をしておるか、よく考えなければならん。日本にはまだ花柳病を交接物によつて傳染せしめた場合を犯罪とする、ということは刑法の規定にないのです。そういうことは余程関係があると思います。私の聞いておるところでは、そういう場合にロシヤでは親告罪になつておりません。そういうことは関係することでありますから、資料があればできるだけお示し願いたい。
#76
○政府委員(國宗榮君) いろいろ有益なるお話を承りましたが、仮案については、これは大体フランス系の考え方だというふうに承知いたしておりますが、これにつきましては立法理由書等が手許にございませんので、いずれ探しまして、仮案はどうしてこういう経過になりましたか、時間がありましたら研究いたしたいと思います。
 それからソヴイエツト刑法の問題でありますが、これも私共の方にあります資料によりますと、一九二二年のものしか手許にないのでありますが、これも一應此処には條文を挙げておりませんけれども條文を、或いはその刑法自体をお目に掛けてもよろしいかと思います。
 それからカリフオルニアの刑法、これも司法省にあるはずでございますから、資料として御覽に入れて差支えないと思つております。
#77
○委員長(伊藤修君) それでは只今の松村君の御要求の資料は委員会から要求することにいたしますから御提出願いたいと思います。英國の宗教裁判の参考資料も一つ……。
#78
○松井道夫君 今資料の話が出ましたが、私は離婚に関する各國の制度、これは公聽会にもありましたように、姦通罪ということと、離婚に関するいろいろの制度ということは裏腹になる意味合も勿論あると存じますが、なきにしもあらずかと存じます。これは民法の改正の方で一部頂いておるかも知れませんが、まだ目を通しておりません又ありませんでしたならば、成るべく廣い範囲に亘りまして、離婚に関する資料を頂載したいと思います。
#79
○委員長(伊藤修君) 離婚の原因の統計ですか。
#80
○松井道夫君 原因のみならず、アメリカあたりでは、別居とか、その他扶養料とかいろいろ制度があるらしいように聞いておりますが、そういう離婚に関するいろいろの資料をお願いしたいと思います。
#81
○委員長(伊藤修君) 只今の松井君の要求にかかる参考資料を御提出願います。
#82
○松村眞一郎君 刑事局長にお尋ねしたいのですが、姦通を両罰とする刑法仮案のような案がいいと考えておいでになりますか。我々にどつちか自由に選択してくれというような意味の初めからの申出でですが。若し両罰にするというような思想で進むとすれば、政府として持合せておるのが仮案である。これをいいと思うということまで言えるのじやないかと思います。いかがでしようか。
#83
○政府委員(國宗榮君) お答えいたします。若し姦通を両罰にするということにいたしますると、刑法改正仮案から申しますと、妻が姦通した場合の処罰と夫が他の婦女と関係した場合の処罰と、尚多少の違いがございます。政府といたしましては、憲法の二十四條の建前からいいまして、これは同じように処罰しなければならんのじやないかかように考えております。只今手許にございませんけれども、仮案の前の予備草案というのがございますが、それでは両方同樣に罰しておるはずでございます。その趣旨で行つた方がいいのじやないかと考えております。
#84
○松村眞一郎君 男女同権ということはすべて同じにするべきものであるかどうかということはまだ議論を持つております。先程も委員の一人から仰せられた通り、男女というものは全く絶対的に違つておる、権利の上では平等であつても事実はそうではありません事実に即した立法をすることが男女同権であると考えます。強姦の罪では男が強姦をすれば罪になりますけれども女が男を強姦した場合には罪ではありません。男女同権ならば両方である。女が男を強姦することがないかというと事実あります。そういう所がある。日本の中にあります。そういうことを男女同権だということを言う必要はないと思いますから、必ずしも今あなたの仰せられた通り、両方罰するときには、仮案ではいけないということまでに私は賛成はしませんけれども、両方同じ罰に処した場合には、こういう案があるのだということを御提示願いたい。仮案の前の案というものを、我々はそういうものを檢討する必要があると思います。
#85
○委員長(伊藤修君) それでは先程の書類に追加いたして前の案を御提出願いたい。二十二章は他に御質疑ありませんか。……それでは二十五章「涜職ノ罪」につきまして……
#86
○松村眞一郎君 私はその前の二十四章について一應発言したいのですがよろしいですか。
#87
○委員長(伊藤修君) それでは二十四章について……。
#88
○松村眞一郎君 私は今の政教の分離ということについて、前から度々議論をいたしておるのですが、これは憲法の趣旨から申しますと、趣旨に適合したようにやはり規定が私はなければならんと思います。どういうことかというと「何人も、宗教上の行爲、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない」ということが書いてある以上、強制したならばどうであるか、犯罪になるか、それを考えない刑法は二十條の信教の自由というものを十分了解していないと思います。そこでロシアの刑法を見れば、これは政教分離に関する件というものが項目として掲げてある。何もロシアの眞似をするというのじやありませんが、ロシアが共産党の國になつた場合に全然政教を分離いたしました。そういう趣旨と日本の政教分離は違いますが、併しながら憲法にこういうことを書いておる以上、この憲法の規定に違反したものは犯罪であるということを考えなければならんじやないかと思います。その犯罪であるという観念が一つ起つて、そうして現在あるところの礼拜所に対する規定がそこに動いて來る。一方においてはあるものを禁じ、一方においては國家の風教に利益ありと思うからこういう礼拜所は保護するのである、こういう考え方をしなければ、私は刑法の改正案は、憲法に副う趣旨に改正を取敢えずしたのであるとおつしやつておりますけれども二十條に対しての本当に眞劍な研究がなかつたと思いますが、そういう御研究があつたのでありますか。二十條には「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教國体も國から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」とあるが、行使したらどうしますか。余程考えなければいかん問題じやないかと思います。そういうことについての御考慮があつたのでありますがどうでありますか。
#89
○政府委員(國宗榮君) 御質問は、憲法二十條の「何人も、宗教上の行爲、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない」、これにつきまして何か刑法上の保護を考えたかどうか、かように伺いましたのですが、その点につきましては一應の考慮をいたしましたが、結局、「脅迫ノ罪」の中の三百二十三條、これで賄えるじやないかというふうに考えましたので、この際は特に刑法の條章に加えなかつた次第でございます。二百二十三條は、「生命、身體、自由、名誉若クハ財産ニ對シ害ヲ加フ可キコトヲ以テ脅迫シ又ハ暴行ヲ用ヒ人ヲシテ義務ナキ事ヲ行ハシメ又ハ行フ可キ權利ヲ妨害シタル者ハ三年以下ノ懲役ニ處ス」とありまして、憲法では宗教上の行爲、祝典、儀式又は行事に参加するという義務はないのでありまして、義務なきことを暴行脅迫を以てする場合においてはこれで大体賄える、かように考えましたので、一應考慮いたしましたが、この度の改正には別な保護の條章を設けなかつた次第であります。
#90
○委員長(伊藤修君) それでは第二十五章の「涜職ノ罪」、百九十三條から百九十八條まで。
#91
○齋武雄君 「涜職ノ罪」についてその刑罰を重くしたことは大体において賛成でありまするが、百九十六條について何らの改正をしないということについて疑問を持つのであります。百九十六條は「前二條ノ罪ヲ犯シテ因テ人ヲ死傷ニ致シタル者ハ傷害ノ罪ニ比較シ重キニ從テ處斷ス」、こういふ規定でありますが、この百九十六條は何らの改正をされておりません。公務員が職権を濫用した罪につきまして重くしたということは、現存の民主主義に副うた、新憲法に副うた非常にいい規定でありますが、公務員が苟しくも職権を濫用して人を死に致した場合、死傷とありますから死に致した場合も含むと思いますが、人を死に致した場合は、「傷害ノ罪ニ比較シ重キニ從ツテ處斷ス」といふことであつて、殺人の罪と何故比較しないのであるか。例えば普通の人が暴行によつて人を死に致した場合においては殺人の罪になるというのでありますが、公務員が職権を濫用して監禁したり或いは暴行虐待したりそういうようなことで死に致した場合においては「傷害ノ罪ニ比較シ」、こういう規定でありますが、特にこの点について殺人の罪或いは傷害の罪、両方に比較するということに何故改正しなかつたか。どういう特別の理由があるのであるか、その点を伺いたい。
#92
○政府委員(國宗榮君) その点につきましては、公務員がその職務を行うに当りまして、職権を濫用して人を死傷に致したという場合に、若し故意があれば勿論殺人になりまして、殺人の規定の適用を受けるのであります。特に百九十六條の「傷害ノ罪ニ比較シ重キニ從ツテ處斷ス」という適用はないのでありますが、ただその殺意のない場合、故意のない場合におきまして、致死になりますると、これは二百十條と比較することになりまして、傷害致死の罪と比較することになるのでありまして、その点において欠くるところがないと、かように考えた次第であります。
#93
○委員長(伊藤修君) では第二十七章「傷害ノ罪」に移ります。
#94
○來馬琢道君 この刷り物の百九十五條の「陵虐」の「陵」の字は誤植ではありませんか。
#95
○政府委員(國宗榮君) これは刑法の百九十五條の規定に前からその字を使つておるのであります。
#96
○委員長(伊藤修君) 第二十七章に対する御質疑はありませんですか。政府案は二百九條第一項中の改正になつておまりす。
#97
○松井道夫君 二百八條の規定を非常に重くされたということはこれは伺つておりますが、「告訴ヲ待テ之ヲ論ス」というのを取つてしまつた。これは成る程、例えば今の不良團といつたようなものに対して、積極的に取締るという場合には結構だろうとも存ぜられますけれども、そうでなくて、日常些細なことでは暴行は加えますけれども、それは傷を付けたら後でやつつけられるということで、その辺で納まることが実は多いのでありまして、これを警察官に早速に調べられるということでは、やや不安があるのじやないかと存ずるのであります。それでいつぞやもお話があつたと存じますが、この暴行罪の告訴をしたために後からひどい目に遭つたとか、そういつたような例でもあるのかどうか。又そういつた積極的に取締官憲が出て行かなければならないときに、恐れて告訴しない人も、取締官憲の指導よろしきを得て告訴させるといつたようなことができないのもかどうか、さような点を御説明願いたいと思います。
#98
○政府委員(國宗榮君) 二百八條が親告罪でありましたものを、親告罪の項を取つてしまつたのでありますが、その考え方は、暴力の否定を特に今日必要といたします民主主義の体制の社会においては、單なる暴行といえども決してその罪質としては一概に軽微ということはできない。こういう考え方でこれを取つたのでございますけれども仰せのように極く軽微な暴行、又惡質でないところの暴行というものが考えられるのでありまして、これらの取扱いにつきましては、從來と同じように檢察の運営におきまして妥当を期して行きたいと考えておるのであります。ただ只今のを尋ねのように、親告罪になつておる関係上、告訴いたしました場合に、加害者から後に何か害惡を加えられたというような事例があつたのではないか、こういうようなお尋ねと拜承いたしましたが、その点につきましては、格別さような事例をこれまでに多く見たわけではございません。ただ併しこの暴力を看板といたしておりますような團体等の所属員が、人を撲つたり何かいたしましたときに、被害者の方におきまして後からの仕返しを恐れて、当然に訴えたいという氣持を持つておりながら訴えなかつたという事情は、これはあろうかと思います。それらの場合はその暴行が惡質であるというような場合には、これは改正によりまして十分に取締りができて行くと、かように考えております。
#99
○小川友三君 二百八條の問題でありますが、私は暴行を加えられた体驗がありまするので、殊に眞劍にお伺いしたいと思つております。「暴行ヲ加ヘタル者、人ヲ傷害スルニ至ラサルトキハ二年以下」というように安くしないで、三年以下の執行猶予がありますから、三年以下ということに改正して貰いたいと思います。それから、「俺は参議院の誰かを撲つた」という馬鹿がおりまして、これも「五百円で撲れる」というので、安く見積りまして撲られて参りましたが、これは「五千円以下ノ罰金ニ處ス」ということにいたして大いに守つて頂きたいのであります。この暴力團というものは非常にはやつておりますので、私は親米運動を提唱するために、暴力團に始終、月に五、六囘撲られる羽目にありまして、その暴力團と鬪つております。そのために疲労しておりますが、これはうんと罪を重くして貰いたい。軽いために我々は暴力を被つております。懲役を三年以下、罰金が五千円以下にする意思があるかどうか……。
#100
○政府委員(國宗榮君) 只今御質問のような惡質な暴行に対しまして、これを非親告罪といたしまして取締りをするということがその趣旨でございますが、数人協同し、或いは團体の余力を以ちまして暴力を働きますときは、暴力取締法というものがございまして、これは三年の刑を定めているのでございますので、その法律との兼合いからいたしまして、二百八條の刑は二年でよかろうということで二年以下ということにいたしたのであります。罰金につきましては、傷害の規定が「十年以下の懲役又ハ五百圓以下ノ罰金」ということになつておりまして、單純な暴行を加えたのみでなく、その暴行によつて傷害を與えた場合にも五百円以下の罰金となつておりますので、その関係上二百八條の罰金も五百円に止めた次第であります。さよう御承知を願います。
#101
○委員長(伊藤修君) 他に御質疑がなければ第二十八章「過失傷害ノ罪」、二百十一條に対する御質疑を願います。
#102
○松井道夫君 二百十一條で後段として「重大ナル過失ニ因リ人ヲ死傷ニ致シタル者」とあります。私共拜見いたしますと、そうすれば業務上必要な注意を怠つて、而もこれは業務上重大な過失で以て死傷に致した場合は、それじやどうするかということがすぐ疑問に出て参ります。それから、過失を軽過失と重過失に分けるということも、刑法上余りないのではないかと存ずるのであります。私はこういう場合にはどうしても三年にしなければならんということならば別でありますけれどもその前の條文の第二百十條で「過失ニ因リ人ヲ死ニ致シタル者ハ千圓以下ノ罰金ニ處ス」とありますのに加えまして、二年で我慢できるならば、「二年以下ノ懲役又ハ千圓以下ノ罰金」、こういうようにすべきだと思います。それで千差万別の重過失の場合は二年で結構でありましよう。ただそういうことを刑法の條文に現わさないで、裁判官の裁量といたしまして、過失に因つて人を死に致した者は千円以下の罰金、二年以下の懲役にして置くということにしておけば、それでよいのじやないかと存ずるのであります。この点について御意見を伺いたいと思います
#103
○政府委員(國宗榮君) お答えいたします。重過失と軽過失と区別した規定は余りないではないかという御質問でございますが、余りないのでございますが、昭和十六年の改正によりまして重大なる過失が、重大なる過失による失火、業務上の過失と同一の刑に依つて定めることになりまして、これが刑法上における先例といえば先例と思うのであります。第百十七條の二になつております。
 それからこの「重大ナル過失ニ因リ人ヲ死傷ニ致シタル者亦同ジ」というものを加えましたのは、人の身体並に生命に対する保障を厚くしたいという趣旨にあるのであります。非常に注意義務の懈怠程度が大であるという者に対しましては、業務上の注意義務を怠つた者と同一に扱つて差支えないのじやないかと、かように考えまして「三年以下ノ禁錮又ハ千圓以下ノ罰金」という刑で等しく罰するというふうに考えたわけであります。お説のように段階を設けてはという御意見でございますけれども、この改正の程度で差支えないではないかというふうに考えております。
#104
○松井道夫君 先例は只今拜聽いたしましたので分りましたが、併し先例がちよつとおかしいのであります。要するに重大なる過失を業務上の過失と同じにしてよい、そういう抽象的な概念は分りますが、業務上重大なる過失を行つたのをもつと重くやらなければ均衡がとれない、その点も伺つているのでありまして、漫然それでいいじやないかというのでは納得できない。一般の方が聞いて納得できないと思います尚何か根拠でもありましたら伺いたいと思います。
#105
○政府委員(國宗榮君) 業務上の注意義務、業務者に要求されている注意義務でありますが、業務者は相当程度の注意をなし得る能力を持つております。從いまして、その重大なる過失と軽過失と区別して、そうして普通の場合の過失と区別した方がいいではないかという御質問でございますが、業務上の注意義務を分ける必要もなかろうというふうに考えてそのままにいたした次第であります。或いはお説のようなお考えが正しいのじやないかという氣もいたしますけれども、この際はその点までは分らなかつたのであります。
#106
○小川友三君 二百十一條の「業務上必要ナル注意ヲ怠リ」云々、この條項ですが、これは最も今愼重にやらなければならない、と思いますのは、食糧買出部隊の乘る汽車と電車であります。私共の利用しておる東武電車では、車掌に聽きますると、一ケ月に二十人から三十人電車から落つこつて死んだという話です。甚だしい日には一日に五人くらい死にますということを聞いて慄然としたのであります。それは業務上必要なる注意を怠つた車掌が、定員以外に、而も何倍も乘せますからして振落されまして、顛落して死んでいるのであります。それが東武電車ばかりでなく、全國の大都会に近いところの私鉄並びに軌道電鉄において、非常に多くの者が振落されて死んで行つておるものと思われるのでありまして、特に全國の電車、汽車から振落された人々の統計を、昭和二十年、昭和二十一年、二十二年は五、六月までの統計を御当局で集めて頂きまして、業務上必要なる注意を怠つたために、何万の人、或いは何千の人が死んで行くという原因をお調べを願いたいのでありまして、これはこういうことを車掌が言つておる。あれ程注意したのに乘つたのだから、落ちて死んでも俺は知らん構やしない、落つこつたつて面倒くさい、電車が遅れているから行つてしもうという現状であります。人が二三人落つこつても電車は止らずに行つてしもうということで、これはこの條項に從えば懲役を喰わないで、禁錮ぐらいだからというので非常に軽くやつておりますので、非常に多くの人が轉落死をやつておるのであります。これはこの際むしろその統計を調べて頂くと共に、三年以下でなく五年以下にして頂いて、それから罰金も千円だなんて安くしないで、一万円ぐらいの罰金にしてしまつて、大いに車掌君に或いは運轉手君に自重して頂いて、注意して頂いて、最大多数の生命を守りたいという意味を持つております。政府の御意見を……。
#107
○政府委員(國宗榮君) 御質問誠に御尤もと思うのでありますが、今日の交通機関の状態というものは、非常に乘客の方にもその過失がある場合が多いのじやないかとも考えられます。併しながら現に交通機関の業務に当つておる者が、これが自分の業務を十分盡さないために、人に死傷の結果を生ぜしめるということは、これを避けるべきでありまして、御質問の趣旨から申しまするというと、取締上の点に、もう少しこの方面に留意をしなければならないというように拜承するのであります。この点は十分注意して行くつもりであります。
 それからこの刑をもう少し上げたらという御意見でありますが、それも御尤もと思いますけれども、他の法條との関係上、三年以下の禁錮、或いは千円以下の罰金と一應こういうふうにいたしてあります。取締りにつきまして十分の手当をいたしますると共に、それによりまして鉄道或いは軌道等の從業員に対しまして、十分なる警告を與えるようにして、事態を救済して行きたい、こういうふうに考えております
#108
○小川友三君 関聯してのことですが東武電車あたりの話を聽きますと、車掌も運轉手も現在一人も処罰を受けていないという話であります。一年に四五百人も人を殺しておるが、誰も処罰をされていない、死んでも一人金一封二百円と決つておる、二百円死んだ体の上に乘つけてやつてそれでいいのだ落つこつたつていいんですよ、あれは二百円包めばいいんですからといつて非常に軽く、食用蛙が落つこつたぐらいに軽く考えておりまして、この條項が活用されていない方面が非常に多い。これは今御当局のお話の通り、乘つかる方も非常に惡い。定員以上に乘つたのだから……。そこで立法府として刑を重くして、それを各鉄道、私鉄方面に知らせまして、今度は非常に重いんだというので注意するような機会を與えたいと思いますが、それに対して政府委員の御意見を承りたいと思います。
#109
○政府委員(國宗榮君) 法律を改正しまして刑を加重いたしますと、確かにお説のような傾向になるとは存じますが、併し今日の交通の状況というものが一つの原因をなしておると思いますしそれの是正とそれに対しまする取締当局のもつと眞劍なる態度、乘客の自制乘務員の奉仕的な行動、こういうものが原因でありまして、只今お話のような國民の悲慘な状態を救わなければならないと考えるのでありますから、この際は刑はこのままといたしまして、業務上の過失に因つて死傷の結果を生じた場合につきましては、もう少し人命を尊ぶという点から注意をしろということを取締官廳に警告いたしましてこの点を改めて行きたいと考えております。
#110
○齋武雄君 「過失傷害ノ罪」は勿論人の身体生命を保護する規定であります。保護するために認めた規定でありますが、二百十條では、過つて人を死に致したる者は千円以下の罰金である。二百十一條では、今度の改正によりまして、重大なる過失があつて人を傷つけた場合、死に至らないで人を傷つけても三年以下の禁錮、千円以下の罰金こういうことになるのであります。その法益が生命身体であると考えておるのでありますが、死亡した場合、過失が重大でなかつた場合においては千円以下の罰金であつて、過失が重大な場合においては、ちよつと傷をつけても三年以下の禁錮又は千円以下の罰金、これは均衡がとれないのではないかと考えるのであります。勿論私は重大なる過失と不注意の過失と区別する必要があると考えるのでありますが、具体的には非常に困難な問題であります。これは重大なる過失であるか、或いは重大でない過失、軽過失であるかということは非常に困難であります。著しく違つた場合は分りますが、紙一重の場合があるのであります。その場合において重大なる過失として、單に傷をつけた場合において三年以下の懲役になるのだ、それからこれは重大ではない、軽過失であるといつて人を死に致しても千円以下の罰金にしかならないこれは改正刑法では関係がないのでありますが前の刑法がこういうふうになつておるので、私は不合理だと考えておるのでありますが、この際こういう点について御研究がなかつたのであるか、私は刑の均衡が取れないのではないか、過失傷害を認めた関係上均衡が取れんと、こういうふうに考えております。
#111
○政府委員(國宗榮君) 法益保護の関係から申しまするというと成る程お説のような点が考えられると私も思うのでございますけれども、刑法の建前といたしまして、過失犯と故意犯とを分けまして、元來が故意犯を原則といたしております。過失犯につきましては処罰の規定がある場合にこれを処罰するということになつております。過失につきましては非常に軽い刑を多くは定めておるのであります。尚「重大ナル過失ニ因リ人ヲ死ニ致シタル者亦同シ」とありまして、重大なる過失の結果傷害を與えた場合に、二百十條によりまして重大なる過失によつて人を死に致した場合との刑の均衡に非常に差があるではないか、という点につきましても、全くその通りでございまするけれども、二百十一條にも千円以下の罰金という罰金刑にする範囲が定まつておりまして、法の運用におきましては、重大なる過失に因つて傷害を生じた場合には、殆ど二百四條の故意を以て傷害を與えた場合と紙一重のような場合も考えられるのでありまして、この二百四條の場合は「十年以下ノ懲役又は五百圓以下ノ罰金」という相当重い刑になつております。更に傷害を與えましたその傷害の被害の数においても、多勢を傷つけた、死の結果は生じなかつたけれども、重大なる過失によつて多勢を傷つけたという場合におきましては、これはやはり相当の刑を科した方がいいという場合も考えられますので、二百十條との関係からいいまして少しおかしいようでありますけれども、重過失の場合におきましては、人を傷害した場合にやはり二百十二條の刑で処罰して行くというように考えて、その点についても一應は考えていたした次第であります。
#112
○委員長(伊藤修君) 他に御質疑がなければ第三十二章「脅迫ノ罪」です。二百二十二條第一項です。御質疑ありませんですか。……それでは二百二十六條、これは條文の整理でありますから、御質疑ないと存じます。次に進みたいと思います。それでは第三十四章「名譽ニ對スル罪」、二百三十條から二百三十二條までですな。
#113
○來馬琢道君 三十二條……
#114
○委員長(伊藤修君) ええ。「名譽ニ對スル罪」全部です。
#115
○大野幸一君 二百三十條ノ二の第三項ですね、新らしく制定せられたる経過及び理由をもう一度御説明願いたいと思います。
#116
○政府委員(國宗榮君) 二百三十條ノ二の三項は「前條第一項ノ行爲公務員又ハ公選ニ依ル公務員ノ候補者ニ關スル事實ニ係ルトキハ事實ノ眞否ヲ判斷シ眞實ナルコトノ證明アリタルトキハ之ヲ罰セス」、こういふ規定でありまして、公務員は憲法の第十五條第二項にありまするように、國民全体の奉仕者である。その責任は誠に重いし、又人格識見共に非難されるところのない立派な人物であることが要求されておる。從つてこの現職に在る公務員及び公務員たらんとする候補者は、十分に公衆の批判の前に曝されまして、その人物に関して檢討されなきやならない。公務員又はその候補者に対する批判は、私行の如何を問わず、動機の善惡を問わずして、その批判が眞實である限りは、公益上の必要が高いものかように考えまして、單に事実の眞否だけを判断して眞実であるということが分つた場合にはこれを罰しない、併しその外は罰する。こういう趣旨でこの規定を設けたのでございます。
#117
○來馬琢道君 これはもと新聞紙法にあつた條文がこちらに移つたのでございましようか、二百三十二條ノ二というのは……。
#118
○政府委員(國宗榮君) 新聞紙法のを移したというわけではございません。新聞紙法は御承知の通りに、新聞紙法の四十五條でございますが、新聞紙法の四十五條によりますと「新聞紙ニ掲載シタル事項ニ付名譽ニ對スル罪ノ公訴ヲ提起シタル場合ニ於テ其ノ私行ニ渉ルモノヲ除クノ外裁判所ニ於テ惡意ニ出テス專ラ公益ノ爲ニスルモノト認ムルトキハ被告人ニ事實ヲ證明スルコトヲ許スコトヲ得若其ノ證明ノ確立ヲ得タルトキハ其ノ行爲ハ之ヲ罰セス公訴ニ關聯スル損害賠償ノ訴ニ對シテハ其ノ義務ヲ免ル」かように規定してありまして、私行に渉るものを除くの外惡意に出てず、專ら公益のためにするものと認められて、その事實を被告人が証明をいたしましても、私行に渉るものは駄目だということになつておりますから、この場合は新聞紙法を移したものではありませんで、私行に渉るものでも、公益上の益害に関する事實に係わりまして、その目的が專ら公益を図るに出でたものと認めるときは、事實の眞否を判斷して、眞實なる証明あるときはこれを罰しない、こういうふうにいたしまして、私行に係わる、係わらないということについては、別に制限を置かなかつたわけであります
#119
○來馬琢道君 そうしますと、新聞記者は私行に関することを摘発して紙上に掲げることは、この刑法においては罰せられないことになる。序でに伺いますが、この頃新聞記者を知らないものですから、新聞紙法を忘れましたが、新聞紙法は只今あるのでしようか。
#120
○政府委員(國宗榮君) 新聞紙法は現在この法律を廃止したということになつておりませんけれども、昭和二十年の九月十月に掛けましてのGHQの指令によりまして、現在は適用しない法律になつております。その意味におきましては或いは廃止されたのではないかと思つておりますけれども、明らかに廃止されてはおりません。尚只今御質問の点でありますが、新聞記者が私行に渉る記事を掲載した場合に、本章の罪になるかという御質問だと思いますが、私行に渉る罪につきましても、一般の場合におきましては、それが公共の利害に関する事実に……私行でも公共の利害に関することに係わつておりまして、目的が公益を図るということを唯一にいたしておりまするときは、その新聞に書きました事実が眞実であるかどうかを証明いたしまして、若しそれが眞実であるということが証明された場合には、これは本章の罪にかからない。更に公務員、公務員の候補者に関する場合におきましては、これはどういう動機に出ましようとも、事が眞実でない場合だけは罰する。眞実である場合は処罰しない。こういう規定でございます。
#121
○齋武雄君 私も第三項についてお伺いするのでありますが、極端にいうと、第三項はどんなことを話しても眞実であれば罪にならないのだ、こういうふうに見られるのでありますが、仮に衆議院議員の候補者が選挙運動をした場合において、それを落選させる目的でいろいろなことを話す、そういう場合においてその言つたことが眞実であれば、公共の利害に関することでなくとも、或いは公益を図る目的でなくとも、そういう落選させる意思の下にやつた場合でも、全然罪にならんようでありますが、これは若し事実でないことを言つても、これという証明をするまでは相当の時間がかかると思いますが、その間に選挙は終了してしまうそれが非常に利害関係をもつて落選をする、こういうような場合においては弊害があると私は考えるのでありますが、この立案についてそういう点を御考慮になつたでしようか。
#122
○政府委員(國宗榮君) お説のごとくこの三項の規定が不必要に濫用される虞れがありますることは、私共も非常に心配するところでありますが、今日の情勢におきましては、公務員に対する考え方を一挙に改めよう、又公務員自身の自覚も一挙に改めよう、そうして公務員の資質を向上せしめる、多少の弊害はあつてもこの程度の措置は止むを得ないというふうに考えたわけでありまして、お説のように、選挙の当時におきましては、人身攻撃的なものをどんどん発表してやる場合が多かろうと思います。併しそういう場合におきまして、苟くも少しでも虚僞の事実があつた場合には、これはどんどん告訴権を行使して頂きまして、そうしてこの條章の眞実なる正当なる適用を國民にはつきりさせて行くということを実際の運営の上において実現させて行きたいと、かように考えておる次第であります。お説の点は十分に実は考慮いたして、かような規定にいたした次第であります。
#123
○松井道夫君 只今の御説明で大体分りましたけれども、この二百三十條の二の第一項の「公共ノ利害ニ關スル事實」ということは、純然たる私行はこれは入らないように解される。併し公共の利害に関する私行といつたようなものでも差支えないような御説明もあつたと思いますが、その辺の公共の利害の意義、適用等について御考慮願いたいと思います。
 それからこれは妙な質問でありますが、この二百三十條以下殊に「名譽ニ關スル罪」になりまする二百三十條の二以下の解釈でありますが、この中で仮に削除乃至重大なる変更を加えられては、政府としてはどうしても納得同意いたしかねるといつたような規定がございましたら、どうぞお示し願いたいと思います。というのは、二百三十一條、侮辱罪だつたと思いますが、この点に関しては政府の方でも非常に疑問に思つておるが、これを復活することも考えられるといつたような趣旨のお話がありましたので、その辺の関聯でお伺いする次第であります。
#124
○政府委員(國宗榮君) この「公共ノ利害ニ關シ」と申しますることは、これは非常に抽象的な概念でありましてその内容は要するにその時代の健全なる社会常識によつて決定されるものと考えております。判例が段々集積されまして、そうして具体化されて行く性質のものであろうと思つておりまするが、要するに「公共ノ利害ニ關シ」ということは、そのこと自体が公の利害に関しておるということでありまして、これもこういう私行に亘ることは含まないのじやないか、こういうような御質問と拜しましたが、私行と申しまするのは、これは從來の判例によりまして、私行については官吏、公吏その他の公務員、又は公共團体その他の公の施設に関する職員若しくは委員としての行動以外のものはすべて私行だ、こういうように解しておりますので、例えば医師とか或いは弁護士の職務上の行爲、その他労働組合の役員とかいうものになりますと、從來はすべてそれらの行爲は私行と解されて來たのでありますが、これらのものはやはり弁護士、医師の行爲自体が公の利害に関する場合が考えられるのでありまして、必ずしも「公共ノ利害ニ關シ」という中には、私行に亘るものを含まないというわけには参らないと考えておるのであります。
 それからこの二百三十條の二の中で政府においてどうしても固執しなければならんのかどうか、こういう御質問でございますが、政府としましては、この二百三十條の二を適当と考えまして提案いたしたのでございます。一應これでやつて行きたい、かように考えております。
#125
○小川友三君 二百三十條の点でありますが、「公務員又ハ公選ニ依ル公務員ノ候補者ニ關スル事實ニ係ルトキハ事實ノ眞否ヲ判斷シ眞實ナルコトノ證明アリタルトキハ之ヲ罰セス」、このことにつきまして、特に全國区の参議院議員の場合といたしますと、相当逆宣傳をされてもそれが分るのは選挙が終つて落選をした頃であるということになるのでありまして、これを削除して貰いたいと思いますが、削除をするのが一番適正だと思つております。特に此処に「公務員ノ候補者」というように露骨に書かれておりますが、これは選挙の場合に相当運用されるものでありまして、私は昨年の総選挙の時に民報という新聞に惡く書かれまして、猛烈に惡く書かれたのであります。それを訴えようにも選挙のために目が廻る程忙しくて訴えるというような暇がない、仕樣がないことを書きやがつたなと言つておるうちに、もうすでに選挙が終つて、私は三万六千票かで落選したのでありますが、書かれたために落選した、実際名誉毀損であるが、さて民法という小さな新聞では仕樣がないと言つて諦めてしまつたのでありますが、これは特定の候補者を落選さすために持つてこいの條項であります。こういうべらぼうな法律を易々とここに政府案だといつて出されることは、選挙に出ない方は痛くも痒くもないかも知れませんが、選挙に出る人にとりましては、誠にこれは恐るべき青酸加里的法律であります。特に全國区の場合、全國区の地盤で、どういうように惡く書かれてもなかなか分らない、分つたら謝るまでだ、分るまで書きまくれということで書かれれば、誰でも落選するのでありまして、これは私に言わせますれば、猫いらず的或は青酸加里的候補者に対する惡法だと思つておりますので、全的面に削つて頂きたいのでありますが、政府御当局は果してそれだけの親心があるか、慈悲があるかということをはつきりと御説明願いたいと思います。
#126
○政府委員(國宗榮君) 只今の御質問は誠に御尤もなことと思うのでありまして、實際この世の中が正常でありまして、國民が本当に自覚を持つておりましたならば、他人を傷付けるためにあることないことを中傷するという事態はなくなると思うのであります。そういう社会を政府といたしましては、或いは國民全般も希望すると存ずるのでありますが、遺憾ながら只今お話のようなことが予想され勝ちでありまして、殊に選挙に相成りますというと、候補者の方々においては余りさようなことはないのでありますが、候補者を一生懸命立てておりまするその仲間の中には、自分の立てております候補者を当選させたいために、他の候補者の行動に関しまして中傷するようなことを宣傳いたす場合があろうかと存ずるのであります。それをこの法條では全く防ぎ切れないのでありまして、その意味から申しますと、これは誠に惡法であるということになるのでありまするが、併しながら一面振返つてみますと、虚僞な事實をかれこれ言われましても、その事實というものは、その人の人格によりまして眞實なことは、眞に國民にその後において分ることだろうと思うのであります。公務員にいたしましても同樣であろうと考えるのでありまして、今日の事態におきまして眞に正しい人間を公務員とし、或いは議員とするということが最も望ましいと思うのでありますけれども、國民の自由な批判を廣い範囲にさせた方がよいのではないか、かような考えからこれを設けたのであります。政府といたしましては現在これを直ちに改めるということの考えはないわけでございます。
#127
○小川友三君 このことにつきまして政府はいかに親心がないかということがはつきりしたのであります。選挙をやる人は財産を掛け、命を懸け、實際全力を挙げて、國民を救うために選挙に立候補するのであります。私は去年の四月に立候補した場合に、三万六千票で衆議院に落選しましたが、投票の前の日に約一万五千枚の葉書が來た。今囘小川友三死亡仕り候間この段御報知仕り候、小川家親戚一同という葉書が投票の前の日に配達されまして、それで小川さん死んでしまつたというので投票する人がいなかつたのであります。それがなんと一万五千枚の葉書が御丁寧にも印刷されて投票の前の日に來たのであります。そういう巧みな猛烈な作戰を演じまして、その葉書を出した奴が何処の奴だか、どういう奴か皆目分らない。消印は東京板橋の消印で、而も埼玉縣の加須の町を中心に一万五千枚もばら撒きました。こうした惡知慧を付けるこれは大きな動機になります。差出人は小川友三親戚一同というので、どうにも困つたのでありますが、そういう惡質な犯罪が、これが一つあるために抑えることができないのでありまして、特に選挙をやつたりした人人にはよく分るのでありますが、先程も前の議員さんからこの條項に対して御質問がありましたが、私は徹底的に候補者に対して嚴罰に処すということに賛成ですが、こういうことは誠に惡法でありまして、どうぞ政府は大いに心を入れ換えて頂きたいと思います。
#128
○政府委員(國宗榮君) 誠にこの實例を挙げての御尤もな御質問で甚だ恐縮に存じます。只今のような場合は、或いはこの選挙法の罰則によつて救済される場合もあろうかと思うのでありますけれども、併しやはり選挙に関しましては、多く中傷のための名誉毀損ということがあり得ると思います。この点につきまして、この條文は全く保護し得ないという点は、率直に認めなければならんと思いますけれども、より多くやはり公務員の資質ということに重点を置きまして、尚且つこの規定をこのまま存置したいとこう考えておる次第でございます。
#129
○來馬琢道君 この二百三十條の第二項でありますが、死者の名誉を毀損するという問題は、この法律が、刑法ができる頃、或いはその前の刑法のできる頃は、死者の名誉を毀損するという問題などは余り重く考えられていなかつたことであります。最近而かも二三日前の新聞紙を見ておりまして、「女優須磨子の恋」という映画がすでに上映されておる。その中に出て來る人で現に生きておる人もあるが、すでに死んだ人もある。名を此処で言つてもよいのですが、相馬御風というような相当の大家であるが、今郷里の越後の方に引込んで、良寛禪師の詩や歌を研究しておるらしい。その相馬御風なんという松井須磨子の頃にもう相当な大家であつた人が、まるで今でもまだ駈出しの詩人であるように映し出されておる。あれは相馬御風がこの東京にいないから默つておるかも知れませんけれども、これは実に相馬御風君に氣の毒である。外にもまだ名が出ておりましたが、それを今一々言つては煩わしくなります。而してすでに死んだ人などに対しましてもそういうことが書かれてあります。私はそのときに、元の刑法の時分においてはまあこのくらいなことでよかつたであろうけれども、將來或いは現在でもそうでありますが、名誉に対して、それから殊に小説とか詩とかいうものの文藝物の重要視せられる今日においては、そういう或る場合における舞台に立つた人々の遺族というような、或いは門弟とかようなものが、その劇を或いはその小説を見たときに、非常なる侮辱を感ずることがあろうと思う。それは此処に書いてあるように誣罔ではないかも知れないけれども、只今の相馬御風君の場合のごとき、惡口を言つておるのではないけれども、相当の大家を実に走り使いをする詩人程度の者に取扱われたということは、本人には非常に名誉を毀損されたことになる。こういう場合において、この時代に我々が刑法を改正するということに相成つたので、この問題については当局としても相当考慮して貰わなければなりませんし、我々も又深甚の注意を拂わなければならないと思つたのであります。この二百三十條はただ刑を少しく重くするというだけの手入れであると思います。その点は当局において注意せられたのでありますか。又は不用意の問にこの問題は通過したのでありますか。その辺の用意を伺つて置きたいと思います。
#130
○政府委員(國宗榮君) 只今の御質問の点でありまするが、特にその点だけを取上げまして深く研究し、考慮したというわけではございませんけれども、名誉毀損ということにつきまして一般的に考えまして、今日の時代におきましては、名誉の保護を一面重くいたしますると同時に、更にこの言論の自由に関しましては、十分なる自由なる範囲を拡げる、相矛盾するようでありますけれども、両方の考え方を調和いたしまして、そうして「名譽ニ對スル罪」の刑を上げ、或いは二百三十條の二という條章を設けまして、この改正に当つたのでございます。勿論お尋ねの点につきまして、具体的にさような点も特殊に取上げて考えたわけではございませんが、全般的には一應考慮に入れた次第であります。
#131
○松井道夫君 二百三十二條中、本條項に次の一項を加える告訴権者の問題でありますが、「天皇、皇后、太皇太后、皇太后又ハ皇嗣ナルトキハ内閣總理大臣、」とあります。併しながら私考えまするのに、この名誉毀損につきましては、この数囘前の委員会の席でありましたか、これは個人の天皇にせられましても、個人という資格であるのだ、こういうように考えるのであります。個人の資格で告訴せられる皇后、太皇太后、皇太后その他皇嗣又同じであると存ずるのであります。これが象徴の資格でございますると、天皇における場合は、内閣総理大臣ということが適当であると存ずるのでありますが、只今申したように象徴という資格ではあらせられない、その他の方な尚更でございますが、それで私は皇族会議の議長、これが告訴を代つてするところの適当な機関でないかと思います。これを國の機関であり、行政の最高の機関でありまする内閣総理大臣にしたという理由、これは皇室の支持にも関係するところの皇室会議の議長が最も適当と思われるに拘わらず、今の内閣総理大臣を告訴権者にしたという理由を承知いたしたいのであります。
#132
○政府委員(國宗榮君) 本來この告訴権者として「天皇、皇后、太皇太后、皇太后又ハ皇嗣」、これについては内閣総理大臣というふうにいたしましたのは、天皇は國家の象徴であらせられますると同時に、國民統合の象徴たる地位を有せられておるのでありまして、かような地位にある方は、一面自分一個のことでありましても、やはり自己が象徴するところの國民の一人に対して刑事訴追を求めるということは、その象徴たる地位から見ましてふさわしくない、又到底これを期待することもできない、こういう考えから内閣総理大臣が代つて告訴を行うというふうにいたしましたが、総理大臣にいたしましたのは、只今申上げましたような点で、我が國の象徴、國民統合の象徴であらせられる天皇には、その國民を象徴しておられます関係上、國民を処罰するというようなことは考えられないという考に立ちましたので、そこで一應は只今お尋ねのように、天皇の一番近親の、例えば今御指摘になりました皇族会議の議長というようなものに告訴権を行使させた方がよいのじやないかということを一應考えて見たのでございましたけれども、併しそれでは余りに先程申上げました観点から、天皇に身近であるのではないか、それならば今日宮内府も内閣総理大臣の下におきまして、いわゆる國の義務として宮廷の仕事を扱つておられるという点もありますので、それならば内閣総理大臣に告訴の代表者と決めた方がよろしいかような点から内閣総理大臣も規定いたした次第であります。
#133
○小川友三君 大分時間が経ちまして急いでおりますが、今の問題であります総理大臣が代表者になるという質問に対しまして、不覚にも政府委員は、皇族会議の議長をしてさせた方がよいだろうという松井委員の質問に対しまして、実はそう思つたんだけれども、余り近親者の方にやつて貰うというのは恐縮だから総理大臣にしたという御説ですけれども、知らない人は本当にしてしまいますが、皇族会議の議長は皇室典範によつて総理大臣がやることに決まつておるのでありまして、これはやはり総理大臣なんです。皇室典範を少し見て頂かなくちや困るのでありまして、その点を御注意申上げてお話を申上げる次第であります。さてそこで総理大臣も皇族会議の議長も同じ人であるということに決まつたのでありますから、方向を轉換いたします。この代理者は、実は総理大臣がいなかつた場合は告訴をしないことになりますが総理大臣がいないこともあるのですから、その時は誰が起つかという問題であります。総理大臣がいない場合は参議院議長であるか、或いは衆議院の議長であるか、副総理格の者がやるのであるか、或いは参議院議員の人がやるか、衆議院議員の人がやるか、或いは近親族である秩父宮殿下がやるのかということになるのでありますが、その点は法律でありまするから、明確に三段論法を以て、二段三段の構えをして置くことが必要ではないかと、そう憂うるのでありますが、政府の御所見を伺います。
#134
○政府委員(國宗榮君) 只今大変御有益な御注意を頂きまして、誠に恐縮に存ずる次第であります。内閣総理大臣がいない場合に誰が代つてやるかということでございまするが、内閣総理大臣は、これは國の建前といたしまして必ずおられることを予想いたしまして内閣総理大臣といたしたのでありまして、それに代るべき者につきましては考えを及ぼさなかつた次第であります
#135
○齋武雄君 私は二百三十一條、いわゆるこれの「削除」についてお伺いするのであります。二百三十條では刑罰を「一年以下」から「三年以下」に重くいたしまして、言論の自由の行き過ぎを矯正しておる。これは結構なことであると考えるのでありますが、二百三十一條は全然削除である。公然と人を侮辱した場合においては「拘留」、「科料」ということを全然なくしたのである。これは言論の自由という建前から必要であると考えるのでありますが、併し民主主義は各人の人格を尊重することが重大でないか。言論の自由が何でも自由であるという意味に履き違うことが、國民に確かにあるのでありまして、お互いに人格を尊重することである、こういう観点からいたしますと、これは廃止の必要がないのじやないか、殊にこの刑罰は拘留、科料という極めて軽い刑罰になつております。蔭でやつた場合、祕密にやつた場合は別問題でありますが、公然人を侮辱した場合においては、これは民主主義に反するのではないかと、こういう考えを持つておるのであります。特に外國使臣に対する特別規定、そういう規定が、外にまだありますが、そういう特別規定が廃止された場合において外國との國交の関係とか、いろいろのそういう点も考慮いたして見ますれば大した刑罰でもありませんから、こういうのは存置する必要があるのではないかと考えるのでありますが、御意見を承りたいと思います。
#136
○政府委員(國宗榮君) お説の点、私は御尤もと思うのであります。公然人を侮辱いたしますことは、我々が、希望いたしておりまする民主主義社会の人の言動といたしましては、遙かに遠いものでありまして、好ましくないところでございます。併しながらこの侮辱は時によりまするというと非常に教養のある人々でも時と場合によりまして多少感情的なことに走りまして、いわば單に礼儀を失したような行爲のやや程度の高いもの、こういうふうに考えられる行動がある場合がございます。かようなものにつきましては刑罰を以つて処するということは妥当でないと一應こういう観点に立ちまして、やはりもう少し法律の規定に緩やかにして置きまして、感情の発露に任せた自由な言動というものを、暫くそのままにして置いて、これを社会の文化と慣習とによりまして洗練さして行くということも考えられるのではないか、そういうような観点から侮辱罪を廃止することにいたしたのでございます。お説のような御意見も十分に立ち得ると私も考えております。併し政府といたしましては今申上げましたような点がこれを削除いたしたのであります。その点御了承願いたいと思います。
#137
○委員長(伊藤修君) それでは二百四十四條及び二百五十七條は條文の整理でありますから、御質問ないことと思います。又侮辱の各條項も疑議がないと存じますが、質疑がありますでしようか。
   〔「ありません」と呼ぶ者あり〕
#138
○委員長(伊藤修君) それではこれで大体の質問を一應終了いたしまして、尚その余については改めて質疑を繼続することにいたします。ここで十分間ばかり休憩いたしたいと思います。
   午後四時三十四分休憩
   ―――――・―――――
   午後四時四十八分開会
#139
○委員会(伊藤修君) それでは引続き開会いたします。
#140
○鬼丸義齊君 私姦通罪の問題について生物学者、婦人科の大家、それを数人証人として、この際当委員会に呼んで頂いて、母体に対する受胎の影響を一つ鑑定証言を得たいと思いますが、この際やつて貰いたいと思います。
    〔「賛成」と呼ぶ者あり〕
#141
○鬼丸義齊君 結局男女両性の、やはり両罰主義を採ろうとすることに対する、男子の場合に非常に違反者が多いことを連想して、そうして姦通罪を一緒に処置しようと、こういうことにあると思いますから、若し男女の区別がはつきりと立法令とか、先程の政府委員の答弁のごとくであるとするならば、姦通罪を現在のまま存して置いても何ら差支えないと思いますから、是非一つ適当な権威者を呼んで頂きたいと思います。
#142
○委員長(伊藤修君) 只今の鬼丸議員の動機に対しまして御意見願います。
#143
○小川友三君 今の鬼丸先生の御提案は誠にいい提案でありまして、賛成するものであります。それでこれは医学者から見た姦通という生理的状態を我我司法常任委員が知るということは極めて必要であります。私も藥專で藥物學と生理学を習つておりまするが、姦通ということは、そうした專門の藥學上、医學上から見ますと、これは罪にならないような事件でありますのでありますが、併しその範囲が極めてむつかしい問題でありまして、審さにそうした專門家を本院に呼んで頂きまして我々が討議をするということが必要であろうと思つております。で、公聽会で山下議員さんが発言されました「どうした行爲を姦通として見るか」ということは、非常に意味深長でありまして、関係はしなかつた、股でこすつたというようなことで行けば姦通は成立しないのでありまして、或いは玄関口までしか行かなかつた、庭まで入らなかつたということもありますから、その点を生理學者も共に大いに研究するという必要から私は賛成するのであります。
#144
○委員長(伊藤修君) 動議は成立いたしましたが、証人を呼ぶことについて御異議ありませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#145
○委員長(伊藤修君) それでは証人を呼ぶことに決定いたします。つきましては証人の数とその人選、それから証人に聽くべき要旨は委員長に御一任願えますでしようか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#146
○委員長(伊藤修君) それから証人を呼ぶ日も共に委員長に御一任願いたいと思います。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#147
○委員長(伊藤修君) それではさように決定いたします。
#148
○小川友三君 希望として男の医者と女の医者と両方の医者を呼んで貰いたい。
#149
○委員長(伊藤修君) 承知いたしました。それぞれ手続を経て証人を呼ぶことにいたします。
 次にお諮りすることがありますのですが、現在この委員会に本審査として付託されておりますのは、國家賠償法案、予備審査として付託せられておりますものが、民法の一部を改正する法律案、刑法の一部を改正する法律案、罹災都市借地借家臨時処理法の一部を改正する法律案、皇族の身分を離れた者及び皇族となつた者の戸籍に関する法律案、家事審判法案、以上六件であるのであります。これら法律案の審査の進捗を図る必要上、小委員会を設けて、これら法律案の審査を付託致したいと存じますが、いかがでございましうか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#150
○委員長(伊藤修君) 御異議ないものと認めます。つきましては、小委員の數につきまして御意見がおありになりますでしようか。
#151
○松井道夫君 小委員の數は十一名といたしまして、その選任は委員長の指名に一任したいと存じます。その趣旨の動議を提出いたします。
   〔「賛成」と呼ぶ者あり〕
#152
○委員長(伊藤修君) 松井君の御動議に御異議ございませんでしようか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり 〕
#153
○委員長(伊藤修君) 御異議ないものと認めます。然らば委員長におきましてこれより小委員を指名いたします。阿竹齋次郎君、松村眞一郎君、來馬琢道君、小川友三君、岡部常君、鬼丸義齊君、齋武雄君、大野幸一君、松井道夫君、鈴木安孝君、伊藤修、
 以上十一名を小委員に決定いたします。
 それでは本日はこれにて散会いたしたいと存じます。
   午後四時五十五分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     伊藤  修君
   理事
           松井 道夫君
   委員
           齋  武雄君
           鬼丸 義齊君
           岡部  常君
           小川 友三君
           來馬 琢道君
           松村眞一郎君
           山下 義信君
           阿竹齋次郎君
           大野 幸一君
  國務大臣
   司 法 大 臣 鈴木 義男君
  政府委員
   司法事務官
   (民事局長)  奧野 健一君
   司法事務官
   (刑事局長)  國宗  榮君
ソース: 国立国会図書館
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