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1947/08/19 第1回国会 参議院 参議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第15号
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1947/08/19 第1回国会 参議院

参議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第15号

#1
第001回国会 司法委員会 第15号
  付託事件
○國家賠償法案(内閣提出、衆議院送
 付)
○刑法の一部を改正する法律案(内閣
 送付)
○岐阜地方裁判所多治見支部を設置す
 ることに関する請願(第十一号)
○帶廣地方裁判所設置に関する陳情
 (第四十九号)
○刑事訴訟法を改正する等に関する陳
 情(第六十号)
○民法の一部を改正する法律案(内閣
 送付)
○連合國占領軍、その將兵又は連合國
 占領軍に附属し、若しくは随伴する
 者の財産の收受及び所持の禁止に関
 する法律案(内閣提出)
○昭和二十一年勅令第三百十一号(昭
 和二十一年勅令第五百四十二号ポツ
 ダム宣言の受諾に伴い発する命令に
 関する件に基く連合國占領軍の占領
 目的に有害な行爲に対する処罰等に
 関する勅命)の一部を改正する法律
 案(内閣提出)
○罹災都市借地借家臨時処理法の一部
 を改正する法律案(衆議院送付)
○皇族の身分を離れた者及び皇族とな
 つた者の戸籍に関する法律案(内閣
 送付)
○家事審判法案(内閣送付)
○函館市に札幌高等檢察廳支部設置に
 関する陳情(第百四十号)
○法曹一元制度の実現に関する陳情
 (第百四十五号)
○裁判官及びその他の裁判所職員の分
 限に関する法律案(内閣提出)
○裁判所予備金に関する法律案(内閣
 提出)
  ―――――――――――――
昭和二十二年八月十九日(火曜日)
   午前十時二十三分開会
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○刑法の一部を改正する法律案
 (姦通が血統の純潔に及ぼす影響に
 ついての証言あり)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(伊藤修君) それではこれより委員会を開会いたします。本日の議事に入る前に御報告申上げることがあります。去る十五日の委員会におきまして、姦通が血統の純潔に及ぼす影響いかんということについて証人の出頭を鬼丸委員より求められました。その人選を委員長にお任せを願うことに決議になつておりましたが、委員長におきまして東京大学の古畑教授、慶應義塾大学の安藤教授及び山本、杉博士のお三人に交渉いたしました。然るところ山本博士は止むを得ない事情のため御出席願うことができませんでしたが、幸い古畑教授及び安藤教授の御快諾を得ることができましたので、本日ここに御出席を願うことになつた次第であります。これより証人の方の証言を求めることにいたします。その前に參議院規則に從いまして、証人の方に宣誓をお願いいたすことにいたします。御起立をお願いいたします。
宣誓書
 良心に從い眞実を証言することを誓います。
証人  安藤 畫一
証人  古畑 種基
#3
○委員長(伊藤修君) 尚念のため鬼丸議員より証言を求められる事項の内容について若し御注文がありますれば、前以て御発言を願いたいと思います。
#4
○鬼丸義齊君 大体順を追うて承わつた方がよいのかと思いまするが、要点としましては、男女の交接によりまする女子の体質上の変化がどういうことになるのか。若しその変化がありとするならば、單にその関係したる婦女子一名のみの一代に止まるものであるか。或いはそれが子孫にまでも及ぶのであるか。それから若しその体質上の変化があるとするならば、それは外形上或いは内容的にどういうような変化があるのか。動物なんかで以て……いろいろ動物もありまするが、殊に犬猫とかいうふうなそうしたものの体質と人間の体質、殊にこの交尾によりまする変化、こういうことについての異同はどういうふうに異同があるかということ、今日の医学上から見て、混血の場合にそれを何んらかの方法によつて、科学的に鑑別することができるのであるか。ありとすればその方法いかん。まあ大体細かい点は又後に御質問申上げることにいたします。
#5
○委員長(伊藤修君) それじや古畑教授の御証言をお願いいたします。
#6
○証人(古畑種基君) それでは、私は古畑でございますが、この本題は安藤教授の方が適当なんじやないかと思いますが、幾らか法医学的に関係のある問題であると思いますので、私の方に関係のある点だけ証言さして頂きます。先ず第一に、性交によつて女子の体質に変化を及ぼすかという問題でございますが、これは非常にむずかしい問題でありますが、これはあとで安藤教授から詳しい御証言があると存じますが、例えば女子が処女であつて、第一回の性交をした後においてはかなり体質に大きな変化があります。その中で、まあ血液の方に何か変化があるかという問題は、あるという説もありますが、今日のところではこの研究がまだ十分に行われておりませんが、今までの学者の説の一二を申上げて見ますと、性交によつて精液が吸收せられることによつて、女子の体内にそれに対する抗体ができる。つまり精液に対する抗体ができて來るから、その女子の血清を取つて調べるというと、その精液に対する反應を呈する人としない人とがあることによつて、処女であるか、処女でないかということが判るという報告があるのであります。これは処女反應といつております。つまり処女であるか処女でないかということを決める方法、これはウイーンの学者が最初そういう報告をいたしておつたのでありまするが、余りこういう問題は今まで突込んで研究したことはございません。その後、日本で九州帝大の法医学の教室で澤井博士が、これは産婦人科の方だと思いますが、法医学的に、この性交によつて、つまり処女の血液の中に変化が起る血清学的変化というものを調べる。で、確かにそういう変化がある。こういうことを報告しておるのであります。その後二三の人がちよつと簡單な研究をした人がありますが、余りこれを突込んで研究した人がございませんので、法医学上では、処女反應で処女であるか処女でないかということを学問的に決めるということは、まだ決定的にはできていない。併しながらまあできるという人もあるのでありますし、又ちよつと理論上考えるというと、できそうに思われる点もあるのです。で今日は私自身には経驗がございませんので、果してできるかどうだかということは、確とした証言はいたしかねるのであるますが、起る場合があるのではないかというふうに考えています。それから体質の外に、心理的に非常な影響を受けるということ、これはもう顕著な事実であります。それから体質でも、その人の新陳代謝であるとか、それから体の発育の状態とか、体の形が結婚後変つて参りますから、こういう点から申しますというと、初めての性交によつて、女子の身体並びに精神に非常な変化を與えるということは間違いないのじやないかと思います。尚この点は安藤教授の方が御專門でございますから安藤教授の方の御証言を伺いたいと思います。
 それから第二の問題……ちよつとはつきり記憶しておりませんでしたが、混血の場合にその鑑別ができるかとおつしやいましたが、混血した場合には、やはり鑑別ができる場合と、できない場合がありますが、大体の場合においてはできます。それから、この男子と女子との結合によりまして、女子自体の血統、つまり体質に変化が現われるということははつきり分つていないにしても、それによつてできる子供、その子供というものに対しては、これはもうはつきりした区別があるということは、これは私共は專門が法医学でございますので、その法医学の方で親子が眞の関係があるか、眞の親子でないかどうかというような鑑定をしばしば命ぜられることがございますが、これはやつて見ますと、確かに男子の血統を受け継いでおることを明らかに証明することができるのであります。それ故にそういう点から申しますと、男女の結合というものは、生物学的から申しますと、非常な重大な、そうしてこれは軽々に考えてはならない問題である。こういうふうに私共は存じております。
#7
○証人(安藤畫一君) それでは私証言いたします。今の御質問の方のことを後廻しにいたしまして、さつき控室で、この委員会の論議されておる問題を承わりまして、姦通という問題をどういうふうに医学的に見るかという委員長のお話がありましたので、そのことを先にお話して見たいと思います。無論私は姦通罪というものを成り立たすべきじやないかというような問題を論議するのではありませんで、いわゆる姦通という問題を、医学的の立場、殊に私の專門としておる産婦人科の立場からどういうふうに見ておるか、一つの見方の一面であります。そのつもりでお聽き願いたいと思います。
 先づ第一に性交の目的とでも申しますか、或いは性交の目的の本質はどこにあるかという問題を考えて見ます。人において性的交渉が行われる主な目的は二つありまして、一つは生殖という、レプロダクシヨン、生殖、この生殖というのは、新らしい個体が発生することを言うのであります。第二に生殖或いは情慾という問題であります。この二つが性交の主な目的として挙げられるのであります。併しこの二つがありますが、性交本來の目的は何かと言いますと、その第一の生殖にあるのであります。生殖或いは情慾というのは、生殖を達成する一つの手段であります。或いは補助でありまして、重要な目的ではないのであります。でありますからして、生殖ということ、或いは繁殖とも申します。これを度外視して、生殖のみを目的とした性交、性的交渉は、医学的には本質性のものではない。正しい性交の、性的交渉の目的ではない。こういうふうに考えております。これは性交の目的の本質ということに關する考えであります。それから生殖というものの対象を考えて見ます。生殖というのは、さつき申上げた通りに、新個体が発生するものでありますから、大体は数という問題を対象として取扱わるべきものでありますが、優生生殖をやつておる動物から見ますと、もう一つの問題が入つて参ります。即ち数以外に質という問題、質が入つて参ります。性質の質であります。質の問題が加わつて参ります。優生生殖では二つの異性、雌雄、或いは男女、雌、雄というような二つの異なつた性の性細胞が融合することで始まりますが、その際に非常に複雜な遺傳現象が行われます。その結果としては、その父或いは母と申しますか、母体或いは父体と全く同樣でない新らしい形質を持つた個体が生れます。從つてそういうふうにしまして、質の問題は或いは優良化されますし、或いは劣化されます。でありまするからして、結局生殖というものの対象は数と質との二つの方面に分れて考慮されるものであります。これは生殖の対象とする二方面であります。今度はその生殖というものを人の場合について考えて見ますると、人と動物との、或いは動植物との優生生殖をやります。動植物との間に人は特殊性があります。或いは特異性があります。即ち、人を除外しました動植物の生殖現象には制限が行われておりません。制約が行われておりません。即ち生殖は全く自由の異性間において行われております。特別にその間に、これとこれというような制約が加わつておりません。ただ自然状態において自由に行われておるばかりでなく、人爲工作を行なつた場合、即ち人工を加えた場合でも、全くその両性の選択は自由であります。数を目的として行われた場合、即ち数を殖やそうとした場合でも、それから優化を目的とした場合、即ち品質の改良、動物でも植物でも品質の改良を目的とした場合でも、生殖にあずかる異性は自由に選択されて差支えありません。ところが人においての生殖には、こういうふうな自由が許されないのであります。即ちその間に制約が置かれます。どういうふうに置かれておるかというと、人の生殖は法律上に認められた男女の二人の結合間に、即ち夫婦というものの間においてのみ許され、而ももう少し詳しく申しますると、人の生殖は夫婦間において行われるもので、而も生殖を目的とした性交のみが生殖、夫婦問に行われる性交であつて、而も生殖を目的とした性的行爲、或いは性的交渉のみが正道であります。これを道徳上に見て見ますると、これを純潔と申します。從つて夫婦以外の男女間に性交は性交の本質に悖つておるものであります。道徳上から言いますと、不倫行爲である。即ちこれを姦淫と呼んでおるのであります。こういうふうに考えますと、人における生殖の特異性から考えますと、人間を正道に保持して行くという法律の建前から行きますと、いわゆる姦通という事態を禁ずるのが正当であります。尚夫婦間においても、生殖を回避した性交、性交を行いながら生殖を回避する。いわゆる避妊を行う。夫婦問において生殖を回避する性交も又性交の本質に悖つておるものであります。この性交に関する二つの考え、性交は夫婦間においてのみ行われ、而もその性交は性慾を目的としたものでなくして、生殖を目的としたものでなければならんという考えは、これは医学的の考えでありますが、キリスト教の考えとも一致しておるのであります。殊にカトリツクの教義によく一致した考え方であります。即ちカトリックでは聖書の十戒の中にも、第六に汝姦淫するなかれというのが非常に重く置かれておりますし、それから現在行われておりますネオ・マルサス的の受胎回避は、或いは避妊法は、全然カトリツクでは認められていないのであります。そういう考えから來ておるのであります。何故人間においてこういうふうな考えが起つたかということは、はつきり私共にも分つていないのであります。でありますが、人が動物の靈長であるとされております特殊点から考えますと、どこに特殊な点があるかというと、無論これは動物に見られない特殊な精神作用、即ち靈的現象に関するものであることに相違はありません。從つてこういうような考えを人に置いたのは、家族、夫婦とか、或いは親子とかいうような、家族の純正とが、或いは相愛、或いは協力というようなものを目的としたところから來たものであろうと考えるのであります。でありますから、人類社会の安定を期する上においては、どうしてもこの意味においても、いわゆる姦通というもの、或いは姦通罪というものは、存置することが必要である。廢止すべきものではないということが言えるだろうと思います。
 それからその次は受精、生殖という現象に関する男性と女性、或いはこの場合は夫婦、父と母との責任の軽重問題であります。大体生殖という現象には次のような過程をとります。第一には、受精という問題がある。受精というのは男性の性細胞と女性の性細胞が融合することである。これが生殖の始まりである。出発である。それから受胎と申しますのは、普通では子宮の内膜に受精した卵がくつ付いて、そこで初めて母親との連結が起ります。そうして母親の胎内で発育して行きます状態を妊娠と申します。そうして妊娠は一程度胎兒が発育するために、言い換えれば母胎を離れて独立に生活し得る状態に達するまで母胎の中で発育をしまして、その後突如として母胎外に排出されます。これを分娩或いは出産と申します。出産後には尚独立に生活を営めないで、やはり母胎との結合が乳によつて行われます。即ち授乳という現象が続きます。乳兒という時代が参ります。この受精、受胎、妊娠、分娩、授乳という五つの時代は、生殖によつて一人の新個体が生れる間の全経過であります。その全経過に対して母と父との責任を考えて見ますると、受精は、男性の性細胞即ち精子、或は精虫と申します。それと女性の性細胞である卵子、卵との二つの細胞がなければ、絶対に受精は行われません。從つてこの問題については父母両者の責任は五〇%づつであります。即ちこの受精という瞬間に遺傳の現象が行われるのであります。即ち素質というものは、生れる新個体の素質は、全然父母両者の五〇%づつの責任が加わつておるのであります。從つて純血という問題になりましては、父母両者の責任が半分づつあるものと見なければなりません。ところがこれ以上の生殖現象即ち受胎、妊娠、分娩、授乳というずつと長い間、まあ大体に妊娠中が二百八十日、それからおつぱいを飲ませる時期が丸一年といたしまして、先ず二ケ年間の新個体の発育は全部母親の責任であります。その点においては男性は殆んど関與していない。即ち責任はない。即ち100%女性、或いは母性の方に責任がある。こういうふうに考えられるのであります。こういうふうに生殖の経過の責任問題から考えて見ますると、姦通という結果の軽重をこの点から比較して見ますると、女性を非常に重く見なければならぬのであります。言い換えれば、男性より受くる影響よりも、女性から受くる影響の方が新個体に対する影響は非常に重大であります。無論これは純血という問題を別にした場合であります。即ち素質という問題を別にしまして、素質以後に受精以後に、おけるところの環境の支配は、母性が最も重大な役目を、責任を持つている。こういうふうに考える。從つて姦通の結果に対して、考えるならば、男性よりも女性の方に重大な責任を自覚して貰わなければならない。で我が國における姦通に関する今までの刑法が、偏在的に女性側にのみ制的が加わつております。そうしていわゆる男性、或いは男系尊重というような非難が一部には行われておりますが、それはどういうわけでそういうふうに偏重されたのでありまするかは私は存じませんが、少なくとも今申述べたような医学的な解釈から申しますると、一面の理由があるものと見て差支ないのであります。でありますから、こういう点から申しますると姦通というものを男女両者に、両成敗をやるものとしても、その間に等差、差別を設けることが合理的ではないか。或いは不合理ではない。こういうふうに考えられるのであります。で、要するに結論を申しますると、医学的に見まして姦通というものはどこまでも禁止すべき性質のものである。その姦通による罪の正しき取扱い方に関しては、私共は何等申述べる資格はないのでありまするが、少なくとも姦通罪というものを存続させることは、医学的には大いに賛成をしなければならないものと考えております。
 次に御質問の要綱についてお答えいたしますが、大体この問題は古畑教授の医学的のもの及び、心理学的のものに関するものでありまして、さつきの古畑教授の証言に特別に加えるものは私にはないのでありますが、性交によつて体質的にどうなるかという問題でありますが、無論これは最初の性交に対して相当にひどい解剖学的、心理学的、或いは精神的に影響の起ることは無論でありますが、これをその個人を度外視しまして、子孫という問題、即ち遺傳という問題になりますと、影響は考えられないのであります。遺傳という問題は受精の瞬間に決まるものでありまして、受精後においては全然遺傳に無関係な、どんなことが行われましても、大体に今日の遺傳の知識から申しますと関係はないわけでありますから、どういう精神的或いは肉体的の変化が性交によつて婦人に與えられても、これが子孫にまで同じものが起り得るとは考えられません。ただその性交によつて受精した場合、或いは受胎した場合、妊娠した場合に、その子供に、その時の両性の性質が傳わることは無論である、その相手の如何によつては無論起りますが、ただ性交そのものによつて、さつき古畑教授の行なつた証言のような意味における遺傳的影響は認められません。先ず大体私の証言いたしますことはこのくらいであります。又御質問によつて、分つておりますことはお答えいたします。
#8
○鬼丸義齊君 私共は全く素人でありますから、甚だ卑近な例で当らないかも知れませんが、最も憂うると思いますことは、先般もやはりこの委員会で申上げたことでありますが、犬の場合に、洋犬が和犬と一回の交尾によつて受胎いたしました場合に、その最初の一回の受胎によつて……その後洋犬の牝としては、一代のうちに幾回かの分娩をいたしますが、その分娩の度ごとに最初の一回の和犬の交尾ということが一つありますために、一代分娩の度ごとに最初の和犬の子供ができる。それは勿論犬の場合でありますから人間とは違うでありましようが、そうした大きな影響が人間にあるかないかということについて、実は虞れを持つておるために伺つたのであります。交接によつて、性交によつて遺傳が始まるということは、その遺傳というのは、その交接によつて受胎した子供にのみ限られるのであるか。先程私の例を申しましたごとくに混血のような場合には、やはりその受胎いたしました子供の遺傳もやはり同樣に混血的の遺傳を持つのではないか。例えば先般もこの委員会から捨兒の寮を視察に参つたのでありますが、混血兒が捨兒になりました。そうした場合に最初種族の違いまするものとの交接によつて、その婦女子の一代の間にずつとその受胎の影響があるのではないかということに非常に虞れを持ちますので、その点を一つはつきり伺いたいと思います。
#9
○証人(安藤畫一君) 私の知つておる範囲内で申上げます。今の御心配の点は、遺傳学的に見ますると全然杞憂に属するものと思います。大体遺傳というものは、遺傳の担荷体が遺傳というものを担つておる。遺傳をする役目をする物質はどこにあるかというと、性細胞の核の中の染色体というものに潜んでおるのであります。從つてこの以外のものでは遺傳は行われないのであります。でありますからして、或る時の性細胞と性細胞の性質はそれによつつてできた子孫までは傳わりますが、今度変ればその次に一方は同樣であつても、例えば母親が同樣であつて男性の方が違つた場合には、元の影響が現われるわけが起り得ないのであります。生れたその第一回に、例えば混血の場合を申しますと、甲と乙との受精によつてできた子供には甲と乙との遺傳が起るのでありますが、今度は甲と丙との場合に、その乙の影響が現われるわけはない。その甲と乙との間に生れました子供の中には甲乙の遺傳質は入つておりますが、これが又その子供が他の者との間に性交して、そうしてできました子供の中には前のが現われます。それと全然無関係な、同じ母親が第三者、丙なら丙の人とやつた場合に、乙の影響があるわけはどうしても考えられません。遺傳学的には……。おわかりかと思います。
#10
○鬼丸義齊君 いや、分りました。
#11
○証人(安藤畫一君) だからそういう影響はないわけです。
#12
○鬼丸義齊君 私の先きに申しました犬の場合は……。
#13
○証人(安藤畫一君) だから、こちらは洋犬でありますが、日本犬と洋犬とが交尾しましてできました場合には、今度はその次に日本犬と日本犬とやつても洋犬の影響が残るかというお話であります。それは残り得ないわけであります。その和犬の生む子供には起り得ないわけであります。その和犬と洋犬と最初の交尾によつて生れた子供の中には洋犬の影響は残つております。今度別な和犬と交尾した場合にできるものに前の洋犬の影響は起り得ない。どうしても考えられません。
#14
○鬼丸義齊君 これは私共のやはり本当の実驗でありますが、例えば洋犬を買います場合に血族種で以て買います。それで和犬との一回の交尾でもありまするというと、最初の血統のままであつて、純血のままであつたら相当の高價で取引されますが、一度和犬と交尾したというような歴史ができますと、これはその洋犬の價値は殆んど無價値に近いものである。ということは、その後洋犬同士の間で交尾が行われましても、その後の分娩の度ごとに最初の一回の和犬という一つの歴史のために、ずつと何回かの分娩に必ず一匹なり二匹の和犬が出て参ります。これは私共の現に知つております常識であります。それから最初の一回の和犬との交尾によりまして、非常な高價なものが殆んど無價値になりますというところに、私共は非常な恐れを持つのであります。只今の御説明によると、一回の受胎によつて、すでに分娩が済んだならば、もうそれで以て最初の交尾はすつかり清算されてしまうのであつて、あとには全く何にも残らぬということでありますが……
#15
○証人(安藤畫一君) そうです。
#16
○鬼丸義齊君 それが非常に……実はこれはひとり私が素人ということだけでなくして、やはり專門家の医者の方にも聽いて見ましたが、やはり人間の場合でも同様に考えられる。すでに最初の一回の受胎によつて……受胎せない場合は問題でありませんで、受胎せない時分には最初の何と言うのですか、精子の発育が全然ないので、そのまま死滅してしまうのであるが、受胎という一つの事実があるならば、それによつてその体質に変化を來す。ただ一回の交接によつて、一回の分娩で以て全部清算されてしまうものじやない。こういうふうにも聽いておりますので、その点に対しまして、非常ないわゆる純血を害することになつて、この姦通罪に対する取扱につきましても非常に大きな影響があろうと存じまして、伺つたのであります。
#17
○証人(安藤畫一君) その点は私の或いは知識が足りないのかもしれませんが、最初の例えば犬の場合は、和犬の影響が体に血清学的に或いは精神的にあるということは考えられますが、少くとも遺傳という問題に対してはどうしてもそういうことは考えられません。
#18
○鬼丸義齊君 遺傳まで行かなくても……
#19
○証人(安藤畫一君) だから、その洋犬が一度和犬と交尾してできたならば、その次にずつと洋犬と交尾しても、その間に挾まつて和犬ができるというようなことはどう解釈しますか。これは遺傳学という本質から言つて考えられない。それは或いは私の遺傳に対する知識が足りないのかも知れません。遺傳の方の本当の学者に聽くより仕方がないが、私の今まで信じておる遺傳では考えられないと思うのであります。
#20
○小川友三君 姦通罪問題を中心に今日は專門家の方がお二人おいで下さいまして、誠に我々の参考になつたのであります。この遺傳ということはお話を伺いましたが、その場合に、古畑教授のお話の中で、処女反應というものに対してウイーンの学者と日本の澤井博士から性交による血清学的な報告があつたということを承わり、それで処女反應というものが知見できるという事実を知りましたので、これは勿論物理的に見るのではなく、科学的に発見する方法ができた訳であるのであります。それで安藤先生のお説は、受精する場合に精子細胞の核内にあるものによつて遺傳ができるという、この二つの大きな学説があるわけでありますが、今鬼丸委員の質問は、処女反應によるところの男女のここに大きな血清学的な変化ができておる。これが遺傳にまで傳わるような工合に思われるのであります。それから遺傳的に見て安藤先生の御説は、受精作用の場合、甲と乙の男女の場合、例えば乙の男子の精子が核を持つて行くからして、それによつて変つた一人のものができる。それ以後は影響はないという御説でありますので、ここに一つの食い違いがあるように思われるのであります。これにつきまして古畑先生に一つお伺い申上げますが、処女反應というものが世界の医学的にどこまで認められておるものであるかということと、それから血清学上どうした証拠があるかということと、処女反應を起すものは何パーセントまでのものが起しておるかということをお伺いいたします。
#21
○証人(古畑種基君) 先程私が申上げましたのは、処女が初めて男子と性交をした場合に、その受ける変化があるということを申上げたのでありまして、その変化を何かの方法によつて証明することができないか、それは処女反應によつて或いはできるかも知れないということを申上げたのであります。このことがこれは性細胞には全然影響を與えないものなんである。安藤教授の説と私の考えとは全く一致しておるのでありまして、その間に少しも矛盾はないと存ずるのでありますが、先程委員の方がおつしやいました混血の問題、例えば犬の問題を挙げられましたのですが、これはこの遺傳の方で申しますというと、潜伏遺傳というものに当るのじやないかと思う。つまり第一の夫と結婚しておりましたところの婦人が、第一の夫の影響を受けておつて、第二の夫と結婚した後に生れた子供に第一の夫の影響がある。こういう考えなんであります。これを潜伏遺傳と言つております。これは長い間遺傳学上昔は問題になつたのでありまして、有名なのはダーウイン先生の書かれておるモルトンの馬というのがあります。これはモルトンの有名な事件で、その後遺傳学者も大いに研究して否定されたのでありますが、その当時アラブ種の栗毛の馬に縞馬をかけた。つまり潜伏になる縞馬をかけて、その後その馬に別のアラブ種の馬をかけましたところが、その生れた三匹の馬の中に一匹が頸のところに縱縞、縞馬のような縞が現われた。そうしてたてがみが短かくて立つておる。こういう点が一回前に縞馬とかけたその影響が残つておる証拠であると、こういうことになりまして、その後遺傳学者がこれを研究いたしたのでありますが、これは明らかに観察の誤まりであるということになつた。その最初の馬、純血だと考えておりましたその馬は、アラブ種とポニーとの雜種でありまして、そのポニーにはよく見るというと、そういう縞があるので、その縞が現われたのであつて、縞馬のその縞が現われたのではない。その後その遺傳学者はいろいろな畜産動物につきましてこういう関係を詳しくお調べになつておりますが、全部これは遺傳学的に申しますというと、観察の誤まりという、こういうことになつて、今日では遺傳学的には潜伏遺傳というものはないというのが常識になつておるのであります。で、この御質問の、次の代に影響を與えるかどうかということは、性細胞に変化を與えない以上は何らかの変化がない。先程私が申上げましたのは、性細胞には変化を與えないで、ただ体に第一回のその性交によつて受けた変化について申上げたのでありまして、これは遺傳的のものである。遺傳するものは必ず性細胞、男子であれば精子、女子であれば卵子を通じて遺傳いたしますから、これに変化を與えない以上は、決してそういう遺傳的な心配はないのでありまして、先程犬について観察せられたようなことは、人間においては恐らく起ることはあるまい。これは今日の常識であると存じております。だからその点において、御質問で、私の申上げた証言と安藤教授の証言とが食い違いがあるようにおとり下さいましたのは、そういう点で食い違いはございませんのですから、どうかその点を……
 それから少し他言に亘るが、姦通の方に触れてもよろしうございますか。
#22
○委員長(伊藤修君) どうぞ……。
#23
○証人(古畑種基君) 医学的にこの問題は直接の問題ではないのでありますが、多少遺傳学的にこの問題も取扱つて頂くということが或いは必要ではないか。こういう点で多少その点を御説明さして頂きたいと思います。
 これは朝出がけに通俗の遺傳の本に書いてあつたのをちよつと參考のために持つて來たのでありますが、今遺傳する性質が二つある。遺傳する性質はいろいろあるわけなんですが、これは二つの場合、二つ赤の遺傳因子と黄色のもの、この場合には因子が四つある。この場合には全くの純血であります。AとBとあります。ABB、こちらの方はaabb、今この二人の間に結婚いたしまして、この遺傳の質がどうなるかというと、この間に二人子供が生れても、全部の人が一〇〇%、赤が二つと黄色が二つ半分ずつこういうふうに現われて参ります。これが今赤四つ持つておるのを甲の上といたします。これは本当の人間の性質と……こういうふうには行くかどうかは分りませんが、分り易いために通俗の本に書いてあつたのをちよつと説明するので、これは学問的にはちよつと正しくないのでありますが、この赤三つ持つておるのを甲といたします。赤二つ持つておるのを乙といたします。赤が一つしかないのを丙といたします。一つも持つてないのを丁といたします。こういうふうに優秀な、或る遺傳するドミナントの優性の性質が二つある。この人は非常に純粹な優性の性質を持つておる。この人はそれを持つていない。そこでその婦人と結婚すると、その間には両親に全然似ない。全部こういう乙という子供になる。子供が全部乙になる。優性の性質は二つしかない。ところがこのものを二つかけ合せますと、これはどれも四つとも皆同じになるのですが、今この第二の人が結婚いたしますと、この人の持つておる遺傳因子というものは、赤が二つ持つておる場合と、赤が一つ、黄色の場合、それから黄色二つ、こういう遺傳の中には四つの性細胞ができて來る。こつちの方にも四つの性細胞ができて参りますから、これとこれとが結合したり、これとこれとが結合したり、自由な結合が起るから、この結婚の間からは九通りの子供が生れて來る。そうすると、この赤が二つ、このABとAABが遺傳して参りますと、丁度この甲上が一人、それからこの時にはABとこのABをかけますと甲になる。それから赤い優性の遺傳因子を三つ持つておるものがここに現われる。甲が二つ、乙が三つ、それからこの赤が一つしかない丙、全然持つてないところの丁ということになるわけです。そうすると甲上、甲甲、乙乙乙、丙丙丙、こういう子供ができて來ることになります。これは小学校の成績の甲と必ずしも一致いたしませんから誤解ないように願いたい。ただ二つの遺傳因子の場合を述べておるのでありますから、今この二つの平等だと思つておる人間の間から生れて來る子供には、とにかくこういうような大きな差別ができて來る。そうすると現在我々が見ておりますところの社会にありますものは、こういう社会になるのでございます。今本当の優れた人と申しますのは、甲からこの甲、甲、それから甲の上、ところが大多数はこれと同じような普通の平均した乙というものが多い。それよりもちよつと優れていないところの最も劣性の性質を持つておるものがある。こういうことになりますから、今法律をお作りになるような場合には、こういうような人を目標にして考えたら、これはもう必要のないことである。これはその人の個人のことで、これはそんな人には、そんな法律、例えば姦通罪なら姦通罪というような必要はないと思うのであります。或いはここまでは必要ないじやないかと思うのでありますが、こういうところへ來た場合、参議院なら参議院にお集まりになつて御議論なさる――皆樣は、この辺のお方ですから、そうしますと、そういうお方々は理論的に申しても、こういうようなものはないのだ、こういうものは廃すべきだと思つておるのであります。こういう人の間ならば私は廃していいと思うのでありますが、併しこういう人が多い実際の世の中におきましては、こういう人を目標にするということも考える必要がある。或いは道の所へ繩を張つて置きまして、これから中へは入つてはいかん。こういうことをいうと、それは越えて行けます。破ろうと思えば簡單に越えて行ける。繩を張つてこれから入るなと書いてあれば、先ず普通の方は入らない。こういうふうに言えます。私は法律というものは全部には行かんかも知れませんが、とにかく繩を張つて或る程度までその人に制約を與えて……こういうふうな人は繩の必要がない。けれどもこつち側の人には或る程度繩が必要なんであります。或る一つの法律というものが必要じやないか。
 これは今日証言を求められておることからいえば余分なことかも知れませんが、御参考になるかと思いまして申上げたわけであります。皆樣はこつち側の人であるが、大多数はこういうところの人である。
 それからもつと下のこういう人はこれは法律を破つても平氣だ。法律なんか無視する人である。これはどうにかそういうものによつて右へ行つたり、左へ行つたり動き得る人である。実際今日の人間を医学的に見まするというと、それ程優れた教養のある者ばかりではない。こういう意味合で、若し御参考になるかどうか知れませんが、ちよつと申上げたわけであります。
#24
○松村眞一郎君 ちよつとその図によつて私が考えますと、丁というのはおかしいのじやないかと思います。「丙の下」でいいのじやないかと思います。
#25
○証人(古畑種基君) それはよろしうございましよう。
#26
○松村眞一郎君 丁では却つて誤りを起す虞れがあると思います。
#27
○証人(古畑種基君) これはちよつと外の本に書いてあつたのを分り易いように書いて來たのです。
#28
○松村眞一郎君 甲というものを「甲の上」となされば、「丙の下」でないといかんと思います。
 それから安藤先生にお伺いするのでありますが、只今の古畑教授のお話にも私は疑問を実は持つのでございますが、それは安藤先生のお話は、古畑先生同樣、やはり遺傳学だけの御議論ではないかと思うのであります。そこで制約がある。その制約が善であるという前提の下における御議論であると思います。若し男女の今結合しておるその制約が劣性の集まりであるという制約であるならば、優性が外から入つて來た方が却つて良い遺傳が起るのじやないかと思います。それでありますから、制約が善であるという前提の下における議論であつて、我々の法律論は遺傳の学問の外に、尚それに必要な要素がある。そこで伺うのは、私はむしろ憲法の方の問題がここに起ると思うのであります。これはよく何と申しますか、遺傳の学問の方の学者から御覧願いたい。私共の方は法律の議論ですから……遺傳の方の学者から申しますと、憲法の二十四條に、両性の合意のみに基ずくというのがあるが、それが問題じやないかというのが私のお尋ねする要点であります。何故かというと、合意のみということであれば、その合意による結合は、優生学から、遺傳学から見て。望ましからざる合意ということが起ると思います。その制約を是認するならば、却つて惡いものが段々できます。法律の方は私共の方で判断いたします。制約論はこれは実は、私の方の問題であつて、制約を維持することがいいか惡いかということは、遺傳の方の学問でないのであつて、法律の方の議論である。若し制約論をなさるならば、両性の合意のみによつてできるという婚姻関係それ自身の批判をなさらなければいかん。こういうように考えますが如何ですか。ただ無暗に両性の合意のみでいいということを是認するという法律制度であるならば、これは單純なる優生学から見たならば、その合意はいかないということを言うていいのじやないか。そこに憲法がただ両性の合意のみと言つているということに、遺傳学なり優生学の方から言うて、合意のみではいかないのである、優生学の知識を交えなければいかんという方の意味が出て來るべき筈と思いますが、如何でしようか。
#29
○証人(安藤畫一君) 今の議論には私は不賛成であります。私は憲法の方の合意による男女の結合ということは論議しておりません。人の生殖ということは、法律で許された男女間においてのみやるべきものであるという建前であります。その法律で結ばれるのはどういうような方法で結ばれるかを私は論議しておりません。若しそうならば、若し合意でやつたときに、優生学的に見て惡い人があれば、惡い子供ができるから、新たなものを持つて來て、優生学的にいいものを作つたらいいじやないかというのは、人間を動物と同じように取扱うものであります。動物の場合には、優化するためには、良い種を持つて來てどんどんかけます。人間は今私が言つたように、前提的に人間の生殖というものは、法律で許された二つのものだけしか行われませんから、優化するならば、その結合する前に、今のあなたの御議論のように、優化の方法をとるならば、結合するときに、優化的に優良種と優良種とが結び付くような手段をとらなければならん。併し私は手段を論じているのではない。併し一度結び付いた以上は、その結び付きを優化する。その子供を良いものを作るために、第三者の、夫婦でないものを持つて來て優良化するということは、人間では許されない。動物では許される。ナチスであつたと思いますが、ユダヤ人の血を一滴も入れないために、それともう一つは、数の問題で、人口増殖という線に沿いまして子供を作るために、夫婦の間に子供がどうしてもできない事情があつたならば、例えば夫の精子が全然欠乏しているが、妻には生殖能力があつた場合に、そうしてそれが純ゲルマン民族であれば、子供を殖やすために、第三者の男の精子を持つて來て人工受精を許すというような法律が出たようにも聞いておりますが、これは人間を動物と同じように扱つた、増殖政策に眩惑された方法だと思つて、私共は不賛成を唱えた。ドイツにおつた時だと思いますが、不賛成を唱えたのであります。それともう一つは、この問題に関係がないかも知れませんが、人の数を殖やすために私生児を認めるというようなことも、ナチス時代にいろいろ出たのでありますが、私共の立場は、生殖という問題を数と質とに考える場合には、人と動物とはどうしても区別しなければならん。如何に優良化される場合があつても、人間と動物とは取扱を全然変えなければいけないという立場の下にあるのでありますから、今のお話の意味には私は賛成いたし兼ねます。
#30
○松村眞一郎君 私は賛否を聽いているのじやないのですよ。賛否においては先生と同じ意見であります。結婚した以上は、それを維持しなければならんということは、私は先生と同じなんです。結論はそれは医学的議論じやないということを申しておるのです。それは私共の言うことなんであります、私共はもう先生と同じことなんですから、姦通はいかんということを言つておる。併しながらひとりその姦通がいかんということは、初めの結合がいいからということが言えないと私共の議論が強くならないことを恐れますから、それを強くする御議論をもう少し教えて頂きたいということを要求しておるのです。あなたの意見と同じなんです。それでは私の議論から申しますと、安藤さんが法律論をなさつておる。法律論を伺つておるのじやない。法律論は私の方で研究します。遺傳学だけでこの問題を防禦して行くかどうかという問題であります。今世間では姦通罪は止そうという議論があるのです。私は止しちやいかんという議論であります。どうしても姦通は法律として罪としなければならんということを確信を持つておるのです。それにただ細胞学、遺傳学、精子の問題、今ここに出しておられる一代雜種が両方平均しておる。二代雜種になれば分離するというのはメンデルの法則によつて明瞭なのであります。それだけで姦通が惡いという遺傳学だけで、我々が議論しておることでは、私はまだ満足しません。もう少し何かありませんかとお教えを得たいのであります。今おつしやつたことと同じなんです。ナチスのやることは良くない。人間として扱つておりません。姦通を是認はしません。姦通が止むを得ないものであるという論者の説は現在の結合に欠点があるという議論があるのです。これは医学的の問題じやありません。男女が本当の合意で結婚ができていない。だから愛なき結婚に姦通の起るということは止むを得ざる氣の毒な事情があるのじやないかという議論があるのです。これは法律的の議論で、それが医学的に言えないか。ということは、結合が医学的に見て望ましからざる結合であるということになれば、医学的の議論から見て……法律じやありません。医学的に人間の純粹なるものは殖えた方がいいという議論から行くと、その結合が惡い結合であれば、良い血が入つた方がいいのじやないかという議論になるのじやないか。動物と人間という問題でなく、凡そ良い人種を作るという問題ならば、法律の制約ということを更に超越して、我々は考えなければならんのじやないかということがむしろ、医学上の見地じやないかと私は思う。カソリックの問題があるということは、精神上の問題であり、社会風教上の問題であるから、それを伺いたくないのです。私は先生の仰せられる如く遺傳学だけを根拠とするのではまだ少し不十分なところがある。私は遺傳から見て……洋犬のことをおつしやつたでせう。これは今古畑先生もおつしやつた通り、遺傳の学問から言つたら後に母体に影響の残るわけがない。このことは細胞学、遺傳学で明瞭なのであります。それだけ言つておることの制度の欠陷に対して、医学上の見地から何かその外にありませんかということの、実は材料が欲しいために伺つておるのであります。
#31
○証人(安藤畫一君) もう一度、御趣旨が分りませんので……。
#32
○山下義信君 先生に伺いますが、私もその点を伺おうと思つてここにチエックしておいたのでありますが、男女の結合が生殖を目的とするということが第一、その立場から愛情の有無と受胎のパーセンテージというものが、学問的にわかるのでありませうか。その点が一つ。それから今松村委員からお尋ねしようとなさつたところは次の点にあるのじやないかと思うのであります。優生学上から愛情の深い者同士の間から天才が生れるということはいわゆる世俗で申しますが、不義の子供には偉い者ができるということをよく世間で申します。そういう意味で、愛情の深い者同士の子供に果してそういう優良兒ができるかどうかということを伺いたいと思います。
#33
○松村眞一郎君 私の質問を補充するようなことをおつしやつておりますが、私はそういうことを要望しておりません。そういうものはないと考えております。遺傳学上から考えて極く純粹に考えております。そんなことで大体良い子供ができるということは遺傳学上否認いたします。そういうことでない、もう少し何と申しますか、自然科学の方面から、遺傳学以外に何かありませんかということなんです。環境ということになりますと、遺傳学じやありません。今すでにお尋ねになつた中にも一つあるのですが、例えば両性の結合が愛情のある結合であるならば、ここに生殖ということも或いは行われることがあるか知れません。愛情がなければ、良い結合がなければ成功しないという虞れが起つて來るわけでありますが、そういうことが何かありませんかという考えなんです。
#34
○山下義信君 私の問を一つ御返事願います。
#35
○証人(安藤畫一君) ちよつと私はつまり初めの方の御質問の核心に触れ得ないのですが、私は遺傳学のみからこの問題を論ずるという趣旨で申上げたのでありませんが、一番重大な遺傳学を採り上げて説明の手段にしたのであります。無論人間が良くなるか惡くなるかという問題は、そういうことだけで考えられないので、昔から氏より育ちと言つております。だから、今氏の問題を言つておりますが、育ちの問題が加わることは、当然であります。環境の影響があります。それでありますから、母親の責任を問うた場合に、環境の大部分は母親が重大な影響を持つているということを申上げたのもそれであります。
 それから先程ちよつと二度ばかりお話がありましたが、結び付いたものが遺傳学的に良いものでなかつた場合に、それを良くするために良いものを一つ加えてもいいじやないかというお話は、私は不賛成ということを申上げた。人間というものはそういうふうな勝手はできない。一度結び付いた以上は止むを得ない。これは結び付く前にそれを講ずるものであつて、結び付いた後にそういうことをやるべきじやない。言い換えれば、なんぼ遺傳的に良いものを作つても、やはり姦通というものはいけない。こういうふうな立場であります。
#36
○松村眞一郎君 それは法律制度としてはあなたと御意見は同じなんです。法律制度としてはそうだが、医学的に言えないかということをお尋ねしている。
#37
○証人(安藤畫一君) 医学的に言つているのです。医学的にはとにかく生殖というものが限局されている。動物と違つて点は、動物は自由に許されている。人間は二人しか許されていない。その立場からいいと言うのです。
#38
○松村眞一郎君 それは法律制度であつて医学制度じやない。
#39
○証人(安藤畫一君) 医学的にも説明できるのです。さつき言いましたように、遺傳という問題をいつも持つて來る。いわゆる雜婚、日本人の間の雜婚の意味で、人種でない。ともかく二人を目的としたのは、そこに純血性を見たのでやはり遺傳を持つて來たのです。それ以外においてやはり医学的にもそういうふうに考えられるのであります。法律学的でなく……
#40
○松村眞一郎君 御趣旨はよく分ります。私の考と一致しているのです。言い方で法律的と医学的となる。意見は一致している。それではもう少し何か物足りないのです。
#41
○証人(安藤畫一君) そうすると愛情という問題……
#42
○松村眞一郎君 愛情というものを入れて医学的に……
#43
○証人(安藤畫一君) 愛情と受胎率の関係の御質問がありましたが、私の方でも不妊症に陷つている者に子供を生ませるようにするにはいろいろな因子があります。生れないためにもありますが、生むためにいろいろな因子がある。その中に性交時の性慾の差、これは愛情と同じものでないかも知れませんが、それが何時も問題になるのであります。これは絶対的のものではないのです。無論これは一つの補助因子になりますが、絶対的のものではない。というのは強姦をされておる際でも、受精します。だからこれは愛情というものは絶対的のものではないと、我々は見ておる。無論補助因子だから、愛情だけで以て受胎を左右するということは考えられておりませんが、受精をたやすくする可能性を多くする意味において、その時の、例えばこれはちよつと申上げ兼ねますが、オルガニスムスと快感の絶頂を両者で合せるものとか、性的技巧の中に加わつておるのですが、これは絶対的のものじやない。このくらいの程度のお答えしかできません。
#44
○山下義信君 それから愛情の深い者同士から優良兒が生まれるとか……
#45
○証人(安藤畫一君) ちよつと聽いておりませんが、私の遺傳に関する知識からは考えられないように思います。
#46
○松井道夫君 只今松村さんのお尋ねがありました点について、安藤先生は何処か核心を掴めないでおると思います。私はこれは安藤先生がちよつと誤解しておられるのじやないかという氣がいたしますが、今日は要するに証人という立場で來て頂いておりますので、前回の公聽会とは違いますので、それで純粹に医学上の立場から我々に資料を與えて頂く。こういうことなので、法律制度としての姦通罪を残すかどうかということは、これは我々の方で試みるべきことなのであります。ですからその点の御意見は拜聽しないで結構なのであります。ただこれに対して資料を與えて頂くという趣旨なのであります。それで私の質問に入りますが、純潔ということを只今申されたのでありますが、純潔という観念は、これは宗教上、道徳上倫理上の観念であつて、医学上の観念では普通はないように解釋されるのでございますが、ただ私は医学上も純潔ということを考えていいのじやないかということを考えておりますのは、要するにこれはいわゆる血液が汚れる。こういうことが普通言われておる点であります。例えば梅毒ならスピロヘータが血液の中に滲み出す。それが遺傳因子の方にも作用を及ぼす。これはそういうことがあるかどうか伺いたいことなのでありますが、さような場合に初めて医学上純潔が云々されるのではないかと存ずるのであります。それでその意味におきまして、姦通の子に何らか医学上の純潔を欠く。即ち正常の結婚から生れた子と比較して劣つておるとか……只今山下さんから優れたということを伺いましたが、劣つておるとか、その他医学上純粹の意味で純潔を欠くような場合があり得るか、想像できるかということをお尋ねしたいのであります。
#47
○証人(安藤畫一君) ジユンケツということい今文部省あたりで純潔と書いておるようです。あなたの方はどうですか。
#48
○松井道夫君 私の方はどちらでも結構ですが、実は医学上、生態上、変化を生ずるかという意味です。
#49
○証人(安藤畫一君) これはどうしても、潔いにしても血にしても、どういうことを純というかを医学的の観点から言いますと、純ということは何処までも、先程から何度も申しましたように、許された夫婦間においてのものばかりを純と申します。それ以外を不純と申します。
#50
○松井道夫君 ちよつとその点は分らないのですが、許された夫婦間の性交ということは、これは医学上の問題でございましようか。
#51
○証人(安藤畫一君) 人間というものは正常というものを、或る限局されたものに置かなければならん。
#52
○松井道夫君 ところが支那では法律上は一夫一婦でありますけれども、現実は一夫多妻が行われておるのです。又法律上一夫多妻が認められておる所がある。一夫一婦の法律であるから、それを維持して行くということは普遍の原則でなければならない。日本における一夫一婦の制度に立つた医学でありまして、私のお尋ねしておるのは、普遍の、世界に通ずる医学の原則をお尋ねしておるのであります。
#53
○証人(安藤畫一君) そういうものはやはり決められていないと思うのであります。
#54
○松井道夫君 今の純というのは私の言葉で、血の純で結構ですが、そういつたような純医学的、遺傳学的の関係で、不義の子と、正常の結婚の子と差がありやということであります。
#55
○証人(安藤畫一君) それは血清学上に言う差異はありません。ただ遺傳学的にのみ考えられる。それ以外には考える余地はありません。
#56
○松井道夫君 それならば純血という文字を撤回して結構ですが、医学上、遺傳学上、結婚外の子と結婚内の子と差異があり得るのですか。
#57
○証人(安藤畫一君) 不義の子と正式の子との間にですか。
#58
○松井道夫君 下世話では、密通の子は何処か素質が惡いとか、或いは体が弱いとか、或いはその後本当の子供ができても、間男に似るとか、いろいろなことを言うのですが。
#59
○証人(安藤畫一君) それは一貫したお答えでいいと思います。そういうことは全然ないわけであります。遺傳的に考えて全然ないのです。さつき鬼丸さんのお答えに説明が足りないで、後を古畑君から図によつてお話になりましたが、犬の場合の説明は隔世遺傳で以て説明できると思うのであります。最初にかけ合せた親が純血種であつたかどうかというときに、それが雜種であつた場合に、そのときに現われないで、幾代か後で現われて出ることはありますから、その点は大いに考慮されないと、解釈の誤謬ができて來ると思うのであります。それで、どうしてもこの問題は、今お話の最後の方の御質問では遺傳的に見るより仕方がないのでございます。その外には、例えばスピロヘータの入つた場合に血を汚すか、それは子供に傳わるかというと、無論スピロヘータは、受胎した後に胎内でスピロヘータは母親の血液から胎兒に移るけれども、遺傳的に見ては血は不純にならない。どうしても遺傳という問題を切り離して、この純潔という問題を持つて行かなければ不合理だと私は信じております。
#60
○宮城タマヨ君 安藤先生にお伺い申しますけれども、染色体が結合した後は絶対にどうすることもできないのでございましようが、染色体が結合するまでの條件というのには、ただ肉体的の問題だけでございましようか。何か精神的によつてその結合の仕方というものに区別があるのでございましようか。
#61
○証人(安藤畫一君) そういうことは私は聞いておりません。又信じておりません。精神作用で以て受精に影響……まあ受精し易くなるとしか易くならないというのは先の問題である。こういうことはありますが、染色体の融合の仕方を精神の作用で以て左右するということは信ぜられておまりせん。例えば男寺のできる……男になるか、女になるかという問題も、受精の瞬間に決まることでありますが、それは如何とも、現代の進んだ医学を以てしても何ともすることができない。少くとも人間にはできないのであります。即ちこれも染色体の結合を左右する一つの手段でありますが、同じように他の染色体についても、精神の作用とか、その他のいろいろなことについて人工的に、人爲を加えてこれを左右することはできないのであります。今までは染色体のどの辺にどういう性質が担荷されておる。潜んでおるというところまで染色体の研究は進んでいながら、人間へこれを良い性質の染色体だけをどういうふうにして持つて行こうというような、或いは惡いのを取つて行こうというような人爲的工作は成功していないのであります。
#62
○委員長(伊藤修君) 成るべく簡單に一つ……
#63
○小川友三君 簡單に変型先父遺傳問題についてお伺い申上げます。変型的先父遺傳ということが事実上あり得るということは、先程の両先生の御説明によつて察知せられたのであります。その例がモルトンの馬という例で古畑先生から只今御説明を頂いたのでありますが、モルトンの馬が交尾によつて縞馬ができた。その縞馬の牡を調べてみると、変型先父遺傳ということによるところの精子があつたのだという結論であると断定せざるを得ないのでありまして、これは古畑医学による先夫遺傳論と言いますか、或いは新作先夫遺傳論と申しますか、とにかく先夫の精子によりましてそういう説を、変型的な先夫遺傳があるという実態を把握したのでありまして、これは正統系の先夫遺傳でなく、変型的な先夫遺傳ということは私は断ぜざるを得ないのであります。それから処女反應に対しましてお伺いいたしましたが、古畑先生からお答えがなかつたのであります。処女反應というのは、医学者におわかりの通り、腟内に注入せられたところの異性の精液が吸収せられるのであります。又子宮腟内に入つた精液が吸収せにれるのであります。それによつて受胎はしなくとも、女性の血液がどういう工合になり変化をいたしておるということが見られるのでありまして、それが処女反應となつて現われるものと信ぜられるのであります。そうしますると……。
#64
○委員長(伊藤修君) 御質問の要旨を一つ伺います。
#65
○小川友三君 要旨は今遺傳についてであります。その女性の血液が吸収されたるところの精液によつて変つて行くのは事実であると思いますが、そういう点につきまして古畑先生からお伺いいたしたいと思います。
#66
○証人(古畑種基君) 今のはあなたのお聽き違いであつたので、変型先夫遣傳と仰つしやいましたけれども、私の申上げましたのは、先夫遺傳というのはないと思つております。先夫遺傳は否定しておるのであります。即ち先夫遺傳という言葉は昔はありましたが、今日ではそういう言葉は使いませんし、一般にそういうことを信じておらないのであります。だからして前の人の、先夫の遺傳が後の人の子供に出て來るというようなことはない。だからそういう変化はない。
#67
○小川友三君 アラブの馬の縞馬のできたのは……。
#68
○証人(古畑種基君) それは隔世遺傳であります。
#69
○小川友三君 隔世遺傳を変型遺傳と言うのじやないですか。
#70
○証人(古畑種基君) そうじやない。純粹でなかつたという意味であります。
#71
○小川友三君 隔世遺傳とういことは言えんのですね。
#72
○委員長(伊藤修君) さつきの馬が純粹じやなかつたのですか。
#73
○小川友三君 それはやはり変型じやないのでありますか。隔世先夫遺傳ということに……。
#74
○証人(古畑種基君) 昔は隔世遺傳ということを言いましたが、今は隔世遺傳という言葉は余り使いません。純粹じやなかつたので、先夫遺傳ではなかつたのであります。縞馬の遺傳ではなかつたと、こういうことであります。
#75
○小川友三君 そうしますと処女反應の血液に……。
#76
○証人(古畑種基君) 処女反應も、これもそういうことを言うだけで、今日確定しておらないのであります。あるかも知れませんが、今日のところでは判りません。
#77
○小川友三君 腟内にどのくらい吸収されますか。
#78
○証人(古畑種基君) それは研究できておりません。
#79
○委員長(伊藤修君) そういう細かいことは、あとで控室でお聽きを願います。
#80
○松村眞一郎君 安藤先生にお伺いたしますが、こういうことはいかがですか。医学上、姦通が行われまして、子供ができた。それが本父の子であるか、姦通の子であるかということは明瞭に判りますが。それが判ると又大分考えが違つた來る。それはどういうところで、どういうことによつて判りますか。
#81
○証人(安藤畫一君) これは全然私の方ではなく、古畑教授の方の問題になります。
#82
○松村眞一郎君 それじやどうぞ古畑先生から……。
#83
○証人(古畑種基君) それは判りますけれども、ちよつと短時間での説明はし兼ねます。
#84
○委員長(伊藤修君) 松村さんに申上げますが、親子鑑別に対するところの參考書を頂いておりますから、それを參考に下さつて、若し求められるならば簡單に……。
#85
○松村眞一郎君 じや簡單にお尋ねします。判りますか。判りませんか。それで結構であります、
#86
○証人(古畑種基君) 判ります。
#87
○松村眞一郎君 それで結構であります。
#88
○委員長(伊藤修君) それでは両博士に対するところの質疑はこの程度で打切りまして、一旦休憩いたします。午後は一時半から引続き開会いたしたいと思います。
   午前十一時五十七分休憩
  ―――――――――――――
   午後一時三十九分開会
#89
○委員長(伊藤修君) 午前に引続きまして委員を開きます。刑法の一部を改正する法律案の質疑を継続いたします。最初に鬼丸委員より質問の通告がありますから、これを許可したします。
#90
○鬼丸義齊君 刑事局長並びに行刑局長にお尋ねをいたしたいと思いまする。戰爭から続きまして、敗戰後殆んど世の中の事情がまるつきり一変して参つたのでありまするが、その結果として、犯罪面に及ぼしまする影響について、先般本委員会の委員一同と共に市ケ谷の刑務所並びに東京都の養育院等を視察して參つたのであります。私共はすでに視察をいたしまする前から、非常に氣遣つたおつたのでありまするが、残念ながらその氣遣つておりましたことを、具体的に承知することができたのであります。それは市ケ谷の刑務所に、只今既決と未決の両方の収容者がございまするが、先ず未決の拘置所の方の収容状況を聞いて見ますると、定員千二百名に対して、現に収容いたしておりまする者が二千八百人に及んでおるようであります。それから更に続いて収容いたしておりまする房内をずつと一巡いたしたのでありまするが、独房でありましても三名、雑居房に至りまするというと、定員八名に対して二十三名を收容いたしておりまする部屋を四五見受けました。殆んど坐つておりまするだけで一ぱいであります。而もその大部分が殆んど青年であります。尚又所長のお話によりますると、近來の收容者としては、從來は殆んど累犯者が七八割を占めておつたに拘わらず、敗戰後の今日においてはそれが全く轉倒して、初犯者が七割乃至八割に及んでおる。累犯者の方は、僅かに二三割の程度しかない。こういう状況であります。私共はよく法廷において、或いは刑事事件等に関與いたして承知しておりまするところによると、これは恐らく司法省の方でもすでに御調査済みとは思いまするが、既決の囚人でなく、拘置所内におりまする間において、青年或いは青少年が、その房内においていろいろな犯罪の手段、方法等について研究され、それが自由を得ましてから後に、その研究に基ずきますることによつて実行に移しておりまするような事例が甚だ乏しくないのであります。ただ雑居房に殆んど溢れるが如く入れておりまするその事実自体も、これは大変な実は人道問題だと思います。それのみならず、青少年の如き、非常に感受性の強い、而も今日では一触即発のような工合に道義の頽廃しておりまする時代に、ああいうような状態でありまするというと、むしろ犯罪をあの場所において習得せしめておるようなふうな感がいたすのであります。これは市ケ谷の刑務所に私共視察いたしましたほんの一片の点でありまするが、更に他の刑務所におきましても、拘置所におきましても恐らくはそれに優るとも劣らない状況であると思います。殊に私の知つておりまする名古屋の拘置所などは、定員三百名に対して、現に收容いたしておりまする者は八百数十名で、一番多い時代には、一千人を突破いたしておりましたことも最近にその例があつたのであります。保釈出所後に、いろいろと收容されておりました者から聞きますというと、殆んど酷暑のために夜分部屋内において多数入つておりますために寢られない。それがために、交代をして、二三人の者は必ず起きていなければ寢ておれない。そうして夜分交代して寢ておるというようなふうのことも聞いております。更に又犯罪の動機等におきましても、先程私の申しました如く、拘置所内において教えられましたことを実行に移して、再び三度捕えられている前例が甚だ乏しくないのであります。これは俄かに激増いたしました收容者の多くなりましたことでありますから、準備は整いにくい点があろうかと思いますけれども、何をおきましても、今日の状態のようなことを続けておりましたならば、檢挙によつて却つて油を注ぐようなふうな感がしてならないのであります。この点に対しまして行刑局長並びに刑事局長より、これらの青少年犯罪者に対しまする未決拘禁に対する処遇、及び今後の処置に対する御方針がありましたらお示しを願いたいと思います。
 尚続きまして、東京都の養育院に参りまして、捨子を收容しておりまする実況を見て参つたのでありますが、全く私共は目を蔽うものがあります。中には混血兒がありまするし、又非常に重態な病人もおりまして、而もその設備におきまして、私共は單なる皮相な観察でございましたけれども、どう考えましても、あの嬰兒に対する取扱が人道上私共は坐視するに忍びない状況に見て参りました。聞くところによりますれば、東京都の育兒院は、全國で以て甚だ不成績の一番最高峰にあるように聞いております。そうであろうと思います。嬰兒を扱つておりまする係員の態度にいたしましても、処遇の実況からいたしましても、当時三好所長の報告によりますると、八十数人からの中で以て、五十五名の死亡者、死亡率を出しているように聞いております。これはもう助かることが不思議と私共思いました。司法当局におかれましても、これらの点にも、定めて御注意をしておられることと思いまするが、この点に対しまする当局の御意見も併せて伺いたいと思います。尚又こういうような時代になつておりまするから、混血兒と申しましようか、とにかく異人種の嬰児が段々殖えて参ります。こうした捨子なども残念ながら日を経るに從つて殖えて参ろうと思います。これに対しまするお考えがどんなふうになつておるか。一應承りたいと思います。
#91
○政府委員(國宗榮君) 只今の御質問にお答えいたします。拘禁者が非常に殖えて参りまして、刑務所における処遇が犯罪者を更に養成する。又その処遇自体が人道的に見て非常に面白くない。こういう御意見につきまして、大変に御心配を頂きましたことにつきましては、政府といたしまして非常に感謝に堪えない次第でございます。刑事局の関係といたしましては、努めて拘禁をすることを差控えまして、必要最少限度において犯罪者、殊に未決拘禁者を扱つて行くということを立前といたしておるのでございまするが、最近の終戰以來の犯罪情勢と申すのは急激に増加して参りまして、これを手許にございます統計によつて御説明を申上げますと、昭和十二年におきましては檢事局で……檢事局と申しはしても区と地方の檢事局でありますから、第一審の檢事局で受理いたしはした犯罪の総数は、昭和十二年におきまして四十五万九千八百一件でございます。これは昭和十二年の総計でございまして、これが昭和十九年になりますと三十八万五千九百二十八件、昭和二十一年になりますと五十一万一千七百五十一件、昭和二十二年はまだ計数が出ておりませんけれども、大体一月から四月までの間を考えまして犯罪の状況をずつと比例にいたしまして昭和二十二年度の推定をいたしまするというと、大体七十四万になると思います。かように犯罪が非常に増加して参りましたことが、同時に拘禁する未決囚が殖えて來た原因の一つになつておるかとも考えるのであります。のみならず第一審の有罪判決の言渡、この統計によりますると、昭和十一年におきましては十八万八千二百三、昭和十六年におきましては十九万六千二百五十四、更に昭和二十年の九月一日から二十一年の八月末日まで、大体終戰後一年間の統計でございますが、これは十五万二千七百四十五、更に二十一年の九月一日から本年の二月末日まで六ケ月間の統計によりますと、第一審で有罪の判決を受けた者が十六万四千九百三十三、非常な増加を示しておる訳でございます。半年間におきまして大体終戰当時から昨年の八月末日までの間に有罪判決を受けた者よりも数が殖えております。昭和十六年の一年間の計数よりは多少減つておりますけれども、この情勢で参りますと、第一審の有罪判決を受ける者は非常に多くなるということが言い得ると思うのでございます。かように犯罪が非常に殖えて参りましたのみならず、有罪の判決を受けました者の罪質におきまして、非常な違いを示しておるのでございまして、昭和十一年におきましては、窃盜の罪で一年間に処罰を受けた者が二万五百七十四、昭和十六年一年間は一万五千八百八十一、更に昭和二十年九月一日終戰から二十一年八月末日までの一年間が急に殖えまして、五万四千百七十四、更に昨年の九月一日から本年の二月末日までの間におきましては三万八千六百九、半年間に約四万近に窃盜の有罪の言渡を受けた者があるわけであります。更に強盜の罪に至りましては非常な増加を示しておりまして、昭和十一年に一審で有罪の判決を受けた者が七百八十五名、昭和十六年が四百四名、二十年の九月一日から二十一年九月末日までが千百七十六名、昨年の九月一日から今年の二月末日までが三千四百二十四名、一面、賭博罪等は数を減じておるのでございまして、有罪の判決を受けた数が減じておるのでございまして、昭和十一年には六万七百十三名、十六年が七万四千三百六十四名、二十年九月一日から二十一年八月末日までが三万六千四百三十六名、二十一年九月一日から二十二年二月末日までが二万五千五百八十二、これも相当増加するものて思つております。強窃盜の数が非常に増加しておるということは、同時に又拘禁者の数が非常に殖えるということに相成つて來るのではないかと考えております。併しながら御説の通りに刑務所の收容能力、設備には限度がございます。犯罪はどんどん殖えて参り、拘束を必要とする者は殖えて参りますけれども、刑務所の施設その他に應じまして適当な措置をとらなければ、却つて逆效果を生ずる虞れがありますので、從來の檢察の扱い方を昨年以來改めまして、起訴する場合におきまして、拘束を必要としない者は成るべく拘束しない。勿論必要としない者はしないのでありますが、併しながら拘束しなくとも証憑湮滅或いは逃走等の虞れのない者には成るべく寛容にいたしまして、拘束を少なくするということを、本省といたしましても各檢察廳にその趣旨を傳えておる次第でございます。併しながら何と申しましても犯罪が非常に上昇の状況にありますので、これを減少することはなかなか現在といたしましてはむずかしい問題になつております。これを解決いたしますのには、刑務所の施設を物的、人的共に改善いたしまして、増強するということが最も適切なことと考えられるのでありますけれども、いろいろ國家財政の点その他の事情からいたしまして、早急にはこれを望むことはむずかしい問題だろうと考えるのであります。然らばこの拘禁者をなくする、少くとも拘禁の日数を短縮するということに心掛けをいたしまするならば、保釈の制度を活用するということも十分に採るように、本省といたしましては各廳にこれを傳えております。更に施設の問題を離れまして、裁判、檢察の面から考えますると、裁判、檢察の人員の充足、更に裁判所、檢察廳の施設の完備ということが、やはり審理を促進いたしまして、勾留期間を短縮し、同時に勾留者の数を少なくするということが考えられるのでありまするが、この判事、檢事の増員ということは十分心掛けておりまするけれども、現在甚だその給源に窮しておるわけでございます。同時に又裁判所の施設のことも本省といたしましては十分な努力をいたしておりまするけれども、今日のいろいろな状況によりまして、やはり資材、物資、予算等の関係からいたしまして思うようには捗つていないと思います。併しながらこういう状況におきましても、尚且つ拘禁者の数を少なくいたしまして、御心配のような人道的に見まして誠に申訳ない状態を排除し、更に再び罪を犯す、犯罪者を養成するような道からこれをなくするというようなことを考えますると、どうしても審理を促進するということが一番大切ではないかというふうに考えまして、裁判所に対しまして、私共の方といたしましては先ず裁判所の努力をお願いする。審理についての努力をお願いする。更に勾留、事件の優先的な審理をお願いする。尚又十分とは申しませんけれども、できるだけ空いた部屋を利用いたしまして、法廷を増設いたしまして審理の促進を図る。更に裁判所の民事の係の判事を刑事の方に轉用して頂く。尚且つ書類の作成、或いは訴訟記録の整備その他に関しまして、一層裁判所の職員に対しまする行政的な監督を嚴格にして頂くという趣旨のことを裁判所にお願いして、そうして少なくとも審理の促進を図りたい。
 更に檢事側におきましては、各主任檢事の責任におきまして、担当の裁判官に対しまして審理の遅延しておる事件については、檢事の方から審理の促進方を申し入れるように取計らう。毎月未決勾留の状況と審理の状況とを見合せまして、それに関しまする檢事の要望事項というものを檢察廳から裁判所に提出する。更に司法省におきましては、この状況に應じまして、全國的な未決の勾留状況その他の具体的事例を最高裁判所に通知いたしまして、最高裁判所に審理促進のための行政監督権を発動して貰う。尚且つ保釈の問題につきましては、檢察官におきまして保釈の請求のあつた場合には愼重に考えまして、できるだけ保釈の途をとるように取計らうという方策をとつて、施設並びに人員の恒久的な問題は先ず別途といたしましても、緊急当面いたしましてこれだけの措置を講じて行こうというように実は考えておる次第でございます。
 この問題は私共の方も最近の実情に鑑みまして、実は裁判所、檢察廳とのお集まりを願つて、特に審理促進をいたしまして、そうして未決拘禁者の数を少なくするということを最近督励いたしておる次第でございます。
 尚司法当局といたしましては、根本的問題といたしまして、刑事局に関する限りにおきましては、簡易裁判所の整備、区檢察廳の整備、それから檢察官の増員、これらの問題につきましてできるだけの努力をいたそう。こういたしまして先ず審理の促進を図るということが未決拘禁を少なくする先決問題であろうというふうに考えた次第でございます。
 今日多くの者が未決囚として拘束されておりますけれども、その大部分は先程申上げましたように強窃盗等の犯罪人でありまして、或いは保釈をするに不適当な者が多いのではないかというふうにも考えております。そういう者につきましては先程來申上げましたように、何といたしましても審理を促進いたしまして、そうして未決勾留期間を短縮する以外に方策はないというふうに、当面の問題としては考えておる次第でございます。尚今後の方針如何という御質問でございましたが、今後の方針といたしましても、根本的な施設の整備の問題、人員の整備の問題これはできるだけの努力をいたして参ろうと思つております。尚これによりまして法制的な措置を必要とするものがあれば、これも考えて行きたいと思つております。併しこの問題を待つておる中に未決囚が殖えて参りますので、これに対します対策といたしましては、只今申上げましたような当面の対策というものは、單に今日限りでなく、引続きましてこれを推し進めて行つて、そうして未決拘禁者の数を少なくするということを図つて見たいというように考えております。
 尚次に板橋の少年者の処遇につきましての意見如何ということでございました。この点につきましては、これは私共の管轄に属すべきかどうかと思いますけれども、これらの者がやはり多かれ少なかれ犯罪との関聯を持つものと考えますので、青少年犯罪者の対策の一環といたしまして、この点を十分に考えて行きたいと思つております。
#92
○政府委員(岡田善一君) 只今の御質問に対しまして行刑関係としてお答え申上げます。只今御指摘のありました通り、小菅刑務所を初めといたしまして全國各刑務所が非常な過剰拘禁を來しましたので、それがために殊に未決の処遇に対しまして相当遺憾な点を生じましたことは、誠に申訳ないと存じておる次第であります。これが対策につきまして、只今刑事局長から檢察、裁判の面からお答え申上げたのでありますが、行刑当局といたしましても、かような過剰拘禁に対しまして、何とかして收容能力を増加せしめなければならんというようなことを考えまして、先ず第一に戰災の復旧工事につきまして、目下鋭意努力中なんであります。又一面受刑者を特に過剰拘禁のひどい場所から、或る程度さようでもないと考えられます地方の方に移送を最近繰返していたしました。又同時に構外泊り込み作業を拡充いたしまして、拘禁緩和の一助といたしたいと考えまして、多少増加して参つたのであります。併しながら根本的に考えまして、現在の施設で以て、最近増加いたしました收容者、殊に未決拘禁者を收容いたしますためには、未だ十分だとは考えられませんので、昨年來我々といたしましては、軍の遊休施設を轉用いたしたいと考えまして、大藏当局を始めといたしまして、各省の協力を得て、相当これが入手方につきまして努力いたして参つたのでありまするが、不幸にいたしまして、地元の方で刑務所の設置を喜ばれない。むしろ猛烈な反対などが出まして、遺憾ながら我々の企図いたしまする計画がその十分の一にも達し得られなかつたことを甚だ残念に存ずるのであります。併しながらそれはそれといたしまして、このまま放置すべきものではないと考えまして、目下少なくとも被告を収容いたしまする刑務所の収容定員を増加させるために、新たに予算面で要求いたしたいと考えまして、目下その準備中でなんであります。いずれ各位のお力添えをお願いしなければならんと存ずるのでありますが、その場合には何とぞお力添えを頂きたいと存じます。
 尚未決拘禁者の惡感化の問題について、非常に当を得た御質問を承わりまして、我々といたしましても、なるべく初犯者に惡い感化を與えないというふうな趣旨で以て処遇いたしておるつもりでありますが、更に制度的にも研究の余地があるのではないかと考えまして、目下監獄法改正に関聯いたしまして、未決拘禁の問題、或いは青少年の収容者の問題について、折角檢討中なんであります。当面の問題といたしましては、只今刑事局長からお答えいたしました檢察、裁判の方からする対策と相俟ちまして、私の方といたしましても、収容施設の拡充も鋭意努力いたしまして、できるだけ御期待に副いたいと存じております。
#93
○鬼丸義齊君 刑事局長の御説明全く御尤もなことと存じます。俄かに激増いたしました結果としては、自然設備が足りないということも当然なことと存じまするが、私は審理の促進はもとより結構なことと思いますが、実際の問題といたしましては、この頃小菅に行つて、未決勾留者の実状を聞いて見ますると、二千八百名中で以て控訴中の者が四百二十名かありました。私はこれは実見の上から申上げるのでありまするが、すでに刑事訴訟法の百十三條において、大体勾留期間というものは二ケ月が原則になつております。止むを得ない場合においてそれを継続する場合に、一ケ月を切つて継続せよということになつておりますが、この頃小菅に行つて聞いて見まするというと、驚くなかれ未決勾留三年を越えておる者があります。一年以上の者も、ちよつと今統計を忘れましたが、多分相当数ありました。すでに刑事訴訟法においてかような嚴格なる規定がありますに拘わらず、そうした殆んど原則と例外とをまるつきり顛例してしまつて恬として恥じない現状に対しては、司法当局何と心得ておるかと私は思います。のみならず現在において私共の経驗からいたしますると、全く未決勾留の目的というのは逃走と証拠湮滅以外にない筈である。然るに、殆んど無用の拘束をなして、本人の改悛がどうであるとか、或いは再犯の虞れがあるとか、或いは……逃走はこれは別といたしまして、再犯の虞れがあるからということ、或いは懲戒の意味において、こういうようなことの口実の下に、警察以來立派にすべての事実を認めておつて、而も立派な父兄を持ち家庭を持ちておりまする者にして、一審の判決を受けましても尚且つ頑強に保釈の許しがない。これは恐らくは全國裁判所におきまする実情であると思います。これに対しまする裁判所の理解がもう少しありましたならば、こうした不自由な、非常に滔々として惡い影響のありまする拘禁を私は続けなくてもいいんじやないかと思います。現にそうしたふうな事例を挙げるならば、殆んど枚挙にいとまがありませんが、ともかくにも目的以外の意味に使われますることによつて、現に被告人の上訴権を著しく阻害しております。短期自由刑などに対しまする場合においては、保釈の許しがなければ、もう本人が如何に不本意でありましても上訴を取り止めるの外はない。これを見越して、却つてこれお惡用して上訴権を阻止しておるということが、恐らくこれは本当に全國的な私は惡例であると思います。大体において司法の信用は非常に高いのであります。他の官廳に比較いたしましては高いのでありまするが、そうした方面におきましては、本当に法を取扱いながら余りに私は無暴な態度であると思います。短期自由刑で以て、殆んどもうその中大部分は、一審の判決を受けまするまでに未決勾留をされておりますので、余すところ幾らもないにも拘わりませず、尚保釈を許さずして、遂には上訴の途を放棄しなければならんようなことに追い込んでおりますることは、滔々として実際に行われておりまする現状であります。これに対しましては、幸いに只今刑事局長よりの、この改善に対しまする御意見がございましたので、嚴重に一つこれは各裁判所並びに檢察廳に対しましても、無用の拘禁は嚴に一つ愼んで、そうして両々相俟つて人権尊重と、そうして又拘禁者の準備の、設備の足りないものとの釣合いを並行して行つて頂きたい。かように思います。よろしく願います。
#94
○政府委員(國宗榮君) 只今非常に私といたしましては心から注意しなければならん事例につきまして御指摘を頂きまして、この点につきましては、かようなことは私共といたしましても、あつてはならないことと考えておるのであります。ただ小菅の刑務所に三年以上も未決拘禁に相成つておるという事例でありますが、実はこの点につきましては、私も昨日これを知りまして、どういう事犯かということについて詳細に調べはいたしませんでしたが、大体私の知り得た範囲におきましては、確かこれは死刑か何かに該当しております殺人事件かと思つておりますが、戰時中記録が燒け、その他の関係上、現に上告中の事件だと聞いております。これらにつきましても檢察廳を督励いたしまして尚裁判所の方の審理を速かに開始して、かような長期の拘禁者をなくするということに一層の努力をしたいと存じております。更にこの家庭もあり、自白もしておる何ら拘禁の理由のない者を止め置くというような事例につきましては、この点につきましては檢察廳に対しましては、本省からもかような者の拘禁を避くべきであるということをしばしばこれまでも指令いたしておるのでございますけれども、かような事例が曾てありましたことも私は承知しておるのであります。そういうことが今日尚続いておるといたしますれば、尚一層徹底した指示をいたしたいと存じます。尚上訴阻止のような意図を以ちましての拘束に至りましては、これは誠に申訳ないのでありまして、かような点につきましても、今後こういう事例がないように檢察廳を督励いたしまして、裁判所の方にも了解を得るようにいたしまして、かような拘禁の事態を発生しないように努力いたしたいと思います。
#95
○松井道夫君 只今の鬼丸委員の発言について一言申してみたいと思います。新潟におきましては、以前は鬼丸委員の只今申されたような、保釈に関して申されたようなことが多々あつたのでございまするが、終戰後特に憲法発布以後はさような事例は殆んど全然なくなつたと言つていいくらい、保釈も時期を失せずに、むしろ弁護人が今までの例で審理の済まぬ中は保釈はむつかしかろうというようなことで差控えておりますと、裁判所の方から注意があつて、保釈願を出せといつたような、非常に尊敬すべき変化が起きておるのであります。私はこの点新潟の裁判所の各位に敬意を表しております。只今鬼丸委員の御発言で、それが全國一般的でないことを知つて聊か驚いておるのであります。併しながら新憲法の下に、その精神を自覚いたしますことによりまして、只今私の申したような極めて良好な方法、取扱ができるのであるということを確信しておりますので、これは是正することが不可能ではない。折角只今刑事局長が言われまれたように、全國に向つて力を盡されて、是非鬼丸委員の指摘されたような点を是正されんことを切望するものであります。一言発言いたしましたが、御答弁は別に必要ございません。
#96
○岡部常君 只今松井委員から心強いお話を承わりましたが、最近小菅に参りまして、私共が観察をし、又刑務当局から伺つたところによりますると、やはりあすこでは保釈責付が余りに少ないという感じを私共抱いて参つたのであります。大事を取るにも程々であると感じたのであります。もう少し大胆に運用なさつてはどうかということを痛切に感じて参りました。つきましては、從前保釈責付を実際上おやりになつて、その結果がどんなふうであつたか。逃亡或いは証拠湮滅というような事態でも起つたかどうか。そういうことの実績を私は実は調査して頂きたいと思うのであります。私想像いたしするに、そんなに惡い成績でないと実は考えておるのであります。否むしろ非常に好い成績を示しておるのではないかと存ずるのであります。若しこれが好い成績を今までに示しておるといたしますれば、これに対して大胆なる手をお打ちになつて一向差支ないのじやないか。かように考える次第であります。どうぞその資料を一つ御提出願いたいと存ずるのであります。
 もう一つお願いいたして置きたいことは、裁判の進行でございます。この点につきましては、刑事局長からしばしば御説明がありまして、御努力の程はお察しいたすのでありますが、これも亦私共視察いたしまして、又刑務当局から伺うところによりますと、必ずしも上々の成績ではないと考えられるのであります。これも一つの資料といたしまして、收容人員に対して出延人員がどのくらいになつておるかということで、その成績の一端が示されようかと存ずるのであります。その点はちよつと我々聞いたところによりますと、成績は芳ばしくないように存ぜられたのであります。これも一つ、小菅刑務所の方で、東京拘置所の方で調べ上げたのがございますから、それを一つ我々の方に資料として提供して頂きたいと思うのであります。
#97
○大野幸一君 先程刑事局長が未決勾留者を少なくするために、檢察廳を通じて、或る種の犯罪については特に或いは又重点的にということがありましたが、その犯罪というのはどういう犯罪であるか。聞き違いでしようか。
#98
○政府委員(國宗榮君) 未決拘禁者を少くする意味において檢察廳を通じて云々と申しましたのは、特殊の犯罪についてという意味じやないのでございまして、全般の犯罪につきまして、御承知の通り、檢事から保釈の請求ができないものでございますから、裁判所の方としても非常に忙しくやつておられるので、未決拘禁が長期に亙るような者、或いは長くなりかかるような者につきましては、比較的檢事局の方が目を付け易いのであります。檢事局の方から裁判所の方へ、こういう長い者があるから御注意願いたいという御趣旨のことを傳えよう。これを当局の対策の一つとしてこれから実行して行こうということでございます。
#99
○大野幸一君 それに関連して……この間、東京拘置所の調査によると、六月二日に千九百四人の收容人員があつて、八月二日は二千八百四十人ある。こういうふうに逐次増加して來たのであります。これは成る程先程の御説明によつて私は納得いたしましたが、犯罪の数が殖えたのでありましよう。併しその反面に休暇で審理が非常に減少して來た。六月二日が八十一名であり、八月二日は四十九名、こういうように逐次減つて行つているために、收容人員がおのずから殖えて來た。こういう現象もあるようであります。併し刑事局、檢察廳としてもやはり休暇はあつたのでありますが、一般に受ける我々の感じでは、憲法が五月三日に施行せられて警察或いは又檢察廳も相当人権の尊重が頭に入つたのでありますが、時を経ると同時に昔の考えが段々と戻つて來て、そうしてつい人権の尊重を忘れ勝ちになつて、余りに勾留状を発する件数が殖えて來ているのではないかと考えられるのであります。現に警視廳あたりのやり方は今以て昔と同じでありまして、例えば起訴後でも檢事さんは弁護人に対して成るべく面会をさせないようにしているということは間違いないのであります。或いは又起訴後に牽連事件があるからと言つてその記録を持つて他へ出張してしまう。起訴はされているけれども、判事さんの手許に審理すべき記録がない。こういうようなことである。なかなか檢事さんがみずから進んで判事さん方を督促して勾留期間を早くするというようなことは、むしろ難きを強いるよなものであつて、長年の檢事さんの習慣としては、弁護人の保釈請求を強く反対するというようなことがあるのであります。從つて今もお聽きしました政府委員のお方のお考えを、この際徹底的に末端まで滲透させて頂きたい。これは各檢察廳の檢事に目を一つ見張つて頂きたいということを希望しまして、私の質問を終ります。
#100
○齋武雄君 私もこの機会にちよつとお願いして置くのでありますが、それは只今刑事局長から、必要のない勾留は成るべく避けて早く保釈を許す。そういう方針で指令しているということでありまして、これは非常に我々の感謝するところでありますが、現在の情勢では我々が保釈願いを出した場合において、檢事の意見を求める場合において千篇一律に不許可ということになつております。許可ということは一つもないのでありまして、そうしてこれは意見を求めるということになつているから求めるのでありましようが、判事は大体において七割か八割ぐらいは許しております。そうするというと実際上において刑事局の親心は分らないのであつて、若しそれが許可をしないという意見であつたならば、殆んど大部分の者は許可されるのでありますから、それに対する異議の方法があります。それを放任してそのままになつておるのであります。現在の状況はこういうことでありますから、尚一般の御指令をお願いして私の質問を終ります。
#101
○政府委員(國宗榮君) 只今檢事の保釈に対します取扱につきまして、事実に即しました御質問がございましたが、弁護人の面会を許さないとか、或いは記録を持つて行つて事実上審理を妨害するというようなことは、今後こういう事態を起させないように、檢察廳に強く申述べたいと存じております。尚保釈の申請に対しまする検事の千篇一律な不許可という問題は、この問題も実は以前にはこの通りの事実があつたのでございまして、最近におきましても尚且つこういう事実があろうかと思います。併しこれはこの時代に処しまして、誠に檢事といたしましても不見識な問題と考えておりまして、この点につきましても実は一昨日東京の檢事局並びに裁判所の方々にお集まりを願つて、檢事におきましては千篇一律の不許可はやらない。出すべき者は出すという親切な考え方から出発してやつてくれ。徹底的にそのことを実行しようということを一應裁判所と檢事局との間に申合せをいたした。こういう次第でございますが、併しながらこの申合せだけでは相済まないのでありまして、この実行ができるかどうかの点につきましては今後の私共の努力にかかると思いますから、尚一層の努力をしたいと存じております。
#102
○岡部常君 この問題に関連して、これはやや言葉尻を捉えるような嫌いもございますが、私は保釈は罪の種類によつて限定すべき……必ずしも限定しないでいいのじやないかと考えるのでありますから、先程の刑事局長のお話では強盜、窃盜のごときはいかにも保釈の対象にならんかのように伺えたのでありますが、これはただ身許確実、証拠調べなどすでに完了しておる者でありまして、又裁判が相当手間取るというような場合には、やはり大胆にお許しになつていいのじやないかと考えるのでありますが、私の聞き方が惡かつたかどうか知れませんが、只今齋さんから承われば、檢事の方の意見で阻まれているような恰好も見えるそうでございますから、そういう点のないように一つ檢事方面をお督励願いたいと思うのであります。裁判の方は機構も非常に変りましたし、從前のように司法省の力というものも及び難いでしようが、併し檢察方面において良い空氣があれば、自然にそれがやはり裁判所の方にも及んで行こうかと考えるのであります。その点先程の罪の種類によつてそんな方針を決めておられるかどうか。ちよつとその点を伺いたいと思います。
#103
○政府委員(國宗榮君) 別に罪によりましてさような一般的な方針は取り決めていないのでございます。ただ先程申上げましたのは、檢事局といたしましても、起訴する場合に拘束の必要ある者に限つて成るべくやる。こういう建前を実はとつておりますので、現に入つている者は多くは窃盜、或いは強盜の罪ではないか。それらの者の多くの場合におきまして住居がないとか、或いは非常な危險性を持つておるとか、逃亡性があるというようなことが多かろうと思いますので、保釈をすることにつきましては、只今岡部さんからお話のありますように大胆にいたす積りでおりますけれども、尚又治安の問題も考慮いたしまして、窃盜、強盜が非常に收容者の中に多いということから、未決拘禁を直ぐ保釈によつて許して行くことが割合少いのじやないか。かように申上げたのでございまして、罪によつて差別を付けるということはないことを御了承願います。
#104
○鬼丸義齊君 只今局長の御答弁にありました治安問題を考慮に入れるというのは、未決勾留に対する保釈を許すか許さざるかに対して治安の問題は、これはやはり既定目的外になりはしないかと思いますが、それはやはり事実上おつしやつたやうに、実際の問題としては、各裁判所はやつておるようでございますが、司法省の方では治安の状況などをやはり考慮に入れて保釈拒否についての一つの理由にしておるのですが、揚げ足取るわけではありませんが、只今御説明がありましたから、私はやはり逃走、証拠湮滅以外の未決勾留ということは、それ以外の目的ということは、この中に含まれていないんじやないかと、かように思つております。実際問題としては、只今局長のお話のようなふうにして、どうも出すというと、もう一遍やりそうだからというのでなかなか出されないのが本当であります。只今の齋さんのお話にありました通りに、やはり名古屋なども少くとも檢事局はもう本当に千篇一律に全部不許可になつております。檢事局に同意を求めますと全部必ず不許可になつておりますから、これはやはり嚴重に、ひとり東京ばかりでなく、全國に対しましてその点は一つ嚴重なる御指示を願いたいと思います。
#105
○政府委員(國宗榮君) 只今治安の点を勘案してということを申上げましたが、その点は確かに鬼丸委員の仰せの通り、法律上の要件でございませんので、只今の点は勘案して保釈云々ということは間違いだ、こう仰せられますが、その通りと私は思います。ただ併し申上げようが惡かつたと存じますが、起訴する場合に拘束するかしないかという場合に、やはり治安の問題を多少考えるのでございまして、又実際申しますると、今御指摘になりましたように保釈の場合にも、やはり多少考えることは事実であります。その点につきましては今後尚一層平靜に考えましてやつて行きたいと考えております。
#106
○松井道夫君 ちよつと参考にまでお伺いいたしたいと思います。先程犯罪数が非常に増加したというて細かい数字の発表がありましたが、その中で刑法犯、これはまあ自然犯の趣旨でお聽きするのでありますが、それと経済事犯その他の罪といつたような割合が判りましようか。判りましたらパーセンテージをお聽かせ願いたいと思います。
#107
○政府委員(國宗榮君) 只今その点に関しまする詳細な統計を持つておりませんが、大体刑法犯が、これは第一審の有罪判決を受けた者でございますが、昭和十一年に十二万八百七十一、特別法犯が六万七千三百三十二、それから昭和十六年におきましては十一万六千五、特別法犯が八万二百四十九、それから昭和二十年の九月一日から二十一年の八月末日までの一年間でございますが、刑法犯が十万九千四百七十八、特別法犯が四万三千二百六十七、昭和二十一年の九月一日から二十二年の二月末まで刑法犯が八万四千九百三十三、特別法犯が八万というような有罪判決、有罪言い渡しの統計になつております。この二十一年の九月から二十二年の二月末日までは即ち全般に犯罪の数は殖えておりますけれども、特別法犯が際立つて殖えておりますのは、大体経済事犯が非常に殖えて來ております。三月、四月、五月、次第に経済事犯は殖えて参つております。
#108
○松井道夫君 特別法犯の大多数が経済事犯と解して間違いないのでございましようか。
#109
○政府委員(國宗榮君) そうばかりも申せませんけれども、併し大体数におきましては経済事犯が一番多いのであります。
#110
○委員長(伊藤修君) 刑法におきましても、やはり齋さんのおつしやつた通りであります。殊に岐阜の惡いことは、檢事勾留中は、檢事の許可がないと面会ができない。岐阜へ行くと檢事さんの許可を貰つて來て呉れと、こういうことを申されるのであります。そういう事例があります。
#111
○鬼丸義齊君 名古屋も同樣です。
#112
○委員長(伊藤修君) だから臨時措置法に違反しておると思うのであります。全國におきまして臨時措置法に対する手続がまちまちのように窺われるのであります。ですからこの際司法委員会の名を以て要求することは、本省から統一したところの保釈の取扱促進並びに弁護人の新憲法に基ずいたところの徹底的弁護権を許されるという、この三点を一つ御指示願いたいと思います。
#113
○大野幸一君 刑法臨時措置法ですが、被告人が勾留を受けたるときには、その勾留犯罪の原因となつた事実に対して弁護人を附することができるとこういうことになつております。弁護人を附するの権が勾留を受けたと同時に発生するのでありますが、弁護士に接見を禁士するのであります。特に接見を禁止するというわけではないが、多く接見禁止の請求をし、その決定を判事が出すと、弁護士もそれに含むという解釈と、弁護人を附する権利がある以上は、弁護人は又いかなる嫌疑を受けたかということを被告から聽く権利もあると、こういう解釈の二つまちまちですが、どつちにしても被告はただ弁護人を外において頼むだけで、弁護士の接見を禁止する場合が多いのであります。この取扱に対する解釈と、仮に今のような予審中弁護人は附せられるけれども、接見禁止をされれば、その範囲で弁護人にも及んで、弁護人は接見禁止の範囲内に入るとしても、この接見禁止を常に、一律にどんな事件でもやるということを一つ行政処置として遠慮して頂いて、止むを得ざる場合に限つて接見禁止をするということにして頂きたいということを希望するのであります。
#114
○委員長(伊藤修君) 今の三点に対して一つ政府委員の御意見を伺います。
#115
○政府委員(國宗榮君) 只今委員長から保釈に関しまして、全國の各檢察廳に対しまして、保釈すべきものは十分に保釈するように、司法省から嚴令を出して呉れと、こういう第一点の御要望がございましたが、この点につきましては私共といたしましても全くその通りに考えるのでございます。先程來お話のように千篇一律の不許可というようなことに相成つておりますことを甚だ遺憾に存ずるのでございます。早速保釈すべきものは保釈する措置をとるよう通牒を出したいと考えます。更に弁護人の應急措置法によりますところの弁護権を阻止するようなことは、法律上許されていないものと私共は考えておるのであります。特に被疑者である人に弁護人として選任された方が面会を求められる場合に、これを檢事の許可、或いは檢察官の許可にかからせるということは、私共としては法律上さようなことはできないものと考えておるのであります。この点につきまして、只今委員長から事実を指摘されましてお話がありましたが、さような間違いのないように通牒をいたすつもりであります。尚接見禁止の問題に関しましては多少議論のあるところと存じておりまするけれども、私共といたしましては、殊に被疑者の段階におきまして弁護人の選任を許しておるという点から見まして、少なくとも弁護人に対しましては接見禁止はなし得ないのではないかというふうに考えております。実はこの問題につきましては、率直に申上げますと、法律論といたしまして、私共の方で数日來研究をいたしておるところであります。ただ私共といたしましては結論としては、弁護人に対しては、接見禁止の効果は及ばないというような見解を持つております。尚この点はつきりいたしまして、結論に到達いたしましたら早速通牒を出すつもりでおります。
#116
○岡部常君 やはり東京拘置所を視察しましたところで、我々の見たところ、又聞いたところによりましてお尋ねをいたしたいと存ずるのであります。
 刑務所の官吏が肉体的に又精神的に非常に重荷を背負つて、よくその重任に堪えておるということを視察もし、又つぶさに当局から伺つて参つたのであります。現にこの委員会におきましても、二三度に亙り司法大臣に対しまして、それらの官吏に対する待遇という問題をお尋ねいたしたのでありますが、その際に大臣から非常に御理解のある御答弁を得ておるのであります。從前に比較して非常に行刑に重点を置こうという覚悟の程をお示しになられまして、非常に心強く感じておる次第であります。又聞きますところによりますと、すでに待遇改善の御計画もあるやうに伺つておりますが、その片鱗でも伺えれば結構だと思うのであります。つきましてはその待遇是正の方向がどういう基礎に立つべきであるかということであります。又私の希望をそれに附け加えて申上げますが、從前のやり方から見ますると、どういう根拠であるか存じませんが、警察官に倣う倣うというよりむしろ追随して、その後を追いかけるというようなやり方が常套であつたのであります。併しながらこれは職務の根本ということを考えますると、ただ單に外形が似ておる。昔ですと殆んど同じような服であり、帽子であり、劔であつたのでありますが、今度は少し変つて参りましようが、いずれにしても、ちよつとよそから見ると同じように見られるのであります。外形はいかようともあれ、その内容から申しますると甚だ違うように考えるのであります。警察官のことはさておきまして、刑務官というものが非常に精神的な方面に重点をおかなければならない。いわば社会教化の重責を担つておるというようなことを考えて、それを基本にして進まなければならないと考えるのであります。或る意味において私は教育家であるとさえ申したいのであります。それが警察官と同じ、或いはそれに追随する方向にのみおるということは、私はどうも解せないのであります。何らかそこに、この頃第一線に賣り出して來たところの教育者に準ずる教育者と共に良い待遇を受けるという方向に向つて行くべきではないかと考えるのであります。その点に関しましてどういう方向をお採りになりますか。お示しを願えれば大変結構だと思うのであります。
#117
○政府委員(岡田善一君) 只今の御質問にお答え申上げます。刑務職員の待遇の菲薄はことにつきましては、先般新聞紙上にも発表されまして、昨年七月一日現在の調べによりますと、刑務官の次は幼稚園の保姆というふうな、みじめな待遇であつたのであります。私共といたしましては、行刑の職責を完うする意味から申しまして、どうしても待遇を是正されなければならんというふうな建前から、昨年來種々大藏当局と折衝して参つたのでありまするが、或る程度初任給の引上げ、又それに関連いたしまして、看守長との均衡をとるということから、看守長の方の引上げについては了解を得ました。昨年七月から考えまして相当程度待遇は是正されたとは考えまするが、併し我我といたしましては、これを以て滿足すべきではないことは勿論でありまして、最近においても大藏当局の方で給與の全体的な改善、是正をするということを耳にいたしまして、目下給與局方面と折衝中なんであります。只今の予想といたしましては、大体他の省の同じ教育を受けた者の初任給或いは勤続年数と比較いたしまして、刑務官と他の官吏との間に少しも差別のないような仕組にしたいということを聞いておるのであります。併しながら只今御指摘になりましたように、刑務官の仕事が非常に油断のできない仕事でありまして、始終緊張していなければならん。又最近被告の素質が非常に悪化して参りまして、最近にも某刑務所における看守長が殺害され、或いは兇器で以て毆打されて負傷した。又中には拳銃で以て射たれたというふうな事例を見たのであります。さような危險な仕事をしておるという点、又それが職責を果すか否かが、社会治安に重大なる影響を持つものだ。更に考えまして、行刑が教育でなければならない、教育者だというふうないろいろな点を考えて見ますれば、我々といたしましては只今大藏省の方で計画いたしておりますと仄聞いたしまする程度では、未だ以て滿足すべきに非ずというふうなことを考えておるのであります。併しながらこれは私共だけでは、どうしても微力でありまして、結局皆樣方の理解ある御協力に待たなければ、到底実現が不可能ではなからうかというふうなことを考えますので、今後共何かとお力添え、御鞭撻を頂きまするよう、この機会に切望いたしたい次第であります。
#118
○松井道夫君 只今の問題に関しまして、私以前承わるところによりますると、労働基準法が來る九月一日から施行される。併しこれは又どうなるのか私現在は知りませんが。それで刑務官は労働爭議は勿論、労働組合をも組織することができないということになつておりまして、かかる待遇を受けている、かかる境遇にある刑務官を、第一に労働基準法による保護を受けさせなければならぬ。さように考えるのであります。八時間労働ということも、これも急速に刑務職員に適用して頂きたい。それによりまして、疲労その他から來まする事故をいろいろ防ぐことができると存ずるのであります。この八時間労働ということは、これを刑務官に適用いたしまする用意が現在進められておるかどうか、その点についてお尋ねいたしたいのであります。
#119
○政府委員(岡田善一君) お答えいたします。実は労働基準法が本年の九月一日から施行されるやに聞いておるのでありますが、刑務職員につきましても、私共といたしましては、全面的に労働基準法に準拠して取扱いたいというふうに考えておるのであります。ただ現実の実情といたしましては、現在の刑務職員の員数を以ちましては、時には、或いは相当部分が八時間以上を超過するというふうに考えられますので、私の方といたしましては、目下大藏省にこれが増員について準備中であります。從いまして、労働基準法の施行規則におきましては、暫定的に労働時間等につきまして実際の例外規定を置きまして、少なくとも來年の三月にはその例外規定をも削除して貰いたいというふうな心構えで目下準備中なのであります。
#120
○鬼丸義齊君 行刑局長に対してお尋ねいたします。現在の未決囚人の模様は先程も私が申しました通りに、累犯者よりも却つて初犯者が多い。又年齡的に見ても非常に青少年等が多いのであるということは、これはもう事実でありまするが、從來とても私は門外にありまして具体的には知りませんけれども、私の感じておりますることは、この刑務所内における教誨師の制度であります。これが概して僧侶の方にやつて貰つているように聞いておりまするが、近來の如き道義が頽廃しておりますとき、殊に青少年の如き若い者に対しましては、一体僧侶の教誨が果してどれだけの効果があるのであろうか。南無阿彌陀佛の効用というものは、相当年をとつております者すら多大の疑いを持つております者が、況んやまだ年少の者でありまする者に対して、この教誨が僧侶によつて專ら行われておるということがこの時代に副うておるのであるかどうか。むしろ私はよく免囚者から聞いておりますところによると、刑務所内における教誨に対しましては、殆んど関心を持つていないということが事実であります。これらについては、やはりもう少し研究して、或いはキリスト教の教義をもう少し注ぎ込むとか、その他適切なる教誨方法があるのでなかろうかと思うのでありますが、その点について局長さんの御意見を伺いたい。尚又これはひとり刑務所だけでなくして、やはり拘置所においてもそうでありますが、所内に專属いたしております医師であります。医師の待遇が非常に惡いがために、実際の問題としては甚だ治療に適しないということで、私共名古屋におりますが、名古屋の拘置所で、例えば病監で患者ができたといたしましても、本所の方から連れて來る。それも何だか非常な新らしい人であつて、まだ経驗がないというようなことでありまして、医療の設備が非常に不完全と思つておりますが、その点について局長の御意見を承わりたい。
#121
○政府委員(岡田善一君) お答え申上げます。第一点は青少年に対して佛教を主とした教誨師の効果がどのくらいであろうかというお問いと思いました。或いは御承知かと存ずるのでありますが、私共の方の少年刑務所におきましては、そういうような佛教徒の教誨師というよりは、むしろ教官という名前で以て、必ずしも宗教家に限りませず、本当の熱情家をできる限り採用いたしたいというふうな方針で進んでおりまして、從つて青少年に対しまして、必ずしも在來の佛教のみを固守いたしておりません。或いは所によりましてキリスト教の講座のようなものを設けましたり、或いはさような堅苦しい方面と離れまして、リクリエーシヨンによりまして、精神的に、或いは身体的に教化いたして行こうというような企てもいたしております。殊に目下監獄法改正につきまして委員会に付議いたしておるのでありますが、青少年の教化というものにつきましては特別の考慮を拂つて行きたい。かような観点からいたしまして、むしろ一般の行刑と切り離しまして、少年行刑法というものを制定してはどうだろうかということまで議題に上つております。できまする改正法が如何樣になりますかは別といたしまして、私共といたしましては、青少年の收容者の教化につきましては、格別の注意を拂つて行きたいと考えております。第二点の刑務所医官の問題でありますが、戰時中医官が應召いたしましたり何かの関係で、我我が適当な医官を採用し得なかつたことは事実なんであります。その後終戰に伴いまして、次第に我々の方に医官を希望される方が殖えて参りました。尤も待遇の問題につきましては必ずしも厚いとは申上げられませんが、併し普通の標準よりは、特別に私の方で事情を説明いたしまして、一号乃至は二号乃至は三号の高い標準で採用することを大藏省に了解を得まして、目下よりよい医官を採用しようとして努力中なのであります。併しこれも根本的に申しまして、待遇に関連いたしますので、私の方といたしましては更に努力いたしまして御期待に副いたいと存じております。
#122
○小川友三君 刑務所又は拘置所の視察の点で……
#123
○委員長(伊藤修君) 大体その問題は一通り済んだのですが……。十分結論も得たわけですから……。
#124
○小川友三君 結論は得たでしようが、もう少し承わつて置きたい。食事が……私この間視察に行きましたが、東京拘置所は二合五勺という話を所長さんから聞きましたが、先月行つたときは三合五勺でしたが、減つたように思います。これは一般民衆と同じということになつたのだろうと思いますけれども、これについてお伺いしたい。それから選挙のときに未決囚は選挙権があるのですから、今後の選挙には投票をさして貰いたいということに対する御所見を伺いたい。それから赤い着物は五月十六日から刑務所の規則を変更しまして、普通の着物を着るということになつておるのでありますが、普通の着物、いわゆる赤い着物にあらざるものをどのくらいのパーセンテージに着せておりますか。全國の五十八ケ所の拘置所、刑務所の状況を伺いたい。
#125
○政府委員(岡田善一君) お答え申上げます。食糧の点につきましては一般の食糧事情の逼迫に伴いまして、私の方で相当程度減量いたしました。が、その後食糧事情が相当好轉したように考えられますので、私の方としても早急に農林当局の方に復活をお願いしたいと考えております。
 次に未決拘禁者に対する選挙権の行使につきましては、今後十分留意いたしたいと存じます。第三点の赤い着物につきましては、私の方ではすでにこれを廃止することに決定いたしたのでありますが、現実の問題といたしまして相当赤い着物が残つているのであります。本來ならばそれを染め直して使用すべき筈でありまするけれども、染料の入手などが困難な事情もございまして、差当り残つているものについてはそれを着せて、今後手に入れまするものにつきましては、全然赤い着物を作らないという方針であります。事実正確な数字は只今持合せておりませんけれども、半分以下くらいは赤い着物が残つておりはせんかというふうに考えております。
#126
○小川友三君 鈴木司法大臣が監獄法の施行規則を五月十六日に変えまして、赤い色の着物を着せないということになりましたので、染料がないから赤い着物をまだ五〇%くらい着せておるといいますが、脱色剤のクロール石灰を使いましたならば白くなるので、染めないで済みますのですから、その方法を採つて頂いたらいかがでしようか。ちよつとお伺いします。
#127
○政府委員(岡田善一君) 簡單に入手できるのでしようか。
#128
○小川友三君 できます。
#129
○政府委員(岡田善一君) 只今は私の方がむしろ好いことをお聞かせ頂きましてありがとうございました。早速研究いたしたいと思います。
#130
○山下義信君 教誨師の問題でございますが、これは大要は承知いたしておるのでございますが、佛教家側の希望いたしておりまする事柄も、おそらく当局の方へお傳え申上げて御承知下されておると思うのでございまするが、尚この機会にお伺いなり、又お願いなり申上げて置きたいと思います。それは刑務所におりまする者に対しまして宗教的努力をいたしまする、そういう適任者を、関係の各佛教宗派におきましては大いに養成したいといふので、それぞれ養成機関を作つておりますようなことでございます。そういう所で十分御期待に副うような、つまり教誨の十分にできるような者を養成いたす方針でございます。当局では何らかの名称、何らかの方法を以ちまして、從來の通りに一つ宗教家を教誨方面にお使い下さるということの御盡力が願われないものでございましようかどうかということを、私只今参りましたので、お手数でございますが重ねて伺いたいと思います。
 それから次は僧侶の資格のありまする者を……佛教の立場で申しますと僧侶と申すのでございまするが、廣く申せば宗教家でありますが、そういう者を刑務所長に一つ御採用に相成るということを御盡力願えないものであろうかどうか。詳しいことは省略いたします。これは私は是非一つ試みてみて頂きたいと思うのでございますが、当局のお考えを伺いたい。又本省の行刑局の事務官の中にも、そういう方面に熱意のありまする適任者を局内の事務官に將來御採用下さいまするならば、非常にいいのじやないかという希望が一般宗教家方面において熱烈でございますので、当局のお考えを承わつて置きたいと思います。
 最後に刑務所内におきまする宗教による教誨、これはいろいろ御事情がありまして、從來よりは趣きが変つて参りましたことは承知いたしております。私は憲法の上から行きましても、いわゆる信教の自由というものがあるのでございますから、その新憲法の趣旨に則りまして、而も一宗一派に偏した宗教の傳道にならないという行き方といたしましては、これは私見でございまするが、囚人をして適当なる方法によりまして、所外の教会、殿堂、寺院というところに、いわゆる礼拜させ、各々の好むところによりまして礼拜をさせる。或いは説教を聞き、いわゆる参詣させるというような途をお開きになりますということは、これは改過遷善の上におきましていいのではないかと思うのでございますが、これらにつきましての当局の御所見を併せて承わりたいと存じます。
#131
○政府委員(岡田善一君) 第一点の宗教家を特に刑務所職員として採用する考えはないかという点でございますが、実は在來の刑務所の教誨師は殆んど全部宗教家にお願いいたしておりました。ところが御承知の通り新らしい憲法におきまして、國家が宗教的な活動をできないということに相成りました関係上、宗教家として、教誨師としておやり願つた方も全部一般の事務官に組み替えざるを得なくなつたのであります。勿論その仕事の内容につきましても、宗教的熱情を活かして頂きたいとは考えて、適当な仕事に就いて貰つてはおるのでありまするけれども、法の建前といたしましては、在來の教誨師というふうな制度がすつかりなくなつた形に相成つたのであります。從つて私の方としては今後は立場を変えまして、宗教家或いは宗教家でないということ、そういうことが問題でなしに、廣く熱情を持つた方で受刑者の教化に非常に適当な方があれば全部私の方で歓迎してお働き願いたいかようなふうに考えております。第二の刑務所長に僧侶を使つてはどうかというお問いでございます。私の方は刑務所長が在來固有の刑務職員からでなければならんとは考えておりません。從つて本当に熱情をお持ちになる方、又最も適当だというふうな方につきましては、今後民間の方にもお願いしてみたらどうかというふうなことを私考えております。但しその人の問題になろうと思います。僧侶であるがために刑務所長にするとか、僧侶でないからどうだというのでなしに、これも適当な方であれば民間の方も今後刑務所長としてもお働き願いたいと考えております。その次に僧侶の方を事務官に採用してはどうかという点であります。私もこの点必要を感じまして、最近旧教誨師をしていた方を私の方の局に事務官として來て頂きまして、目下教化の事務に就いて働いて貰つております。尚囚人の教化につきまして、寺院その他に、所外の所に通わしてみる考はないかという点であります。この点につきましては、目下監獄法改正に関連いたしまして種々議論の出ているところであります。御趣旨の点も参酌いたしまして十分研究してみたいと存じております。
#132
○山下義信君 只今行刑局長から大変誠意のある御答辯を頂きまして感謝いたします。私のお尋ね申上げましたのは、実は東西両本願寺から特に私に機会を得て当局にお願い申上げるようにということで、お尋ね申上げたのでございましたが、いずれも多大な御理解を頂きまして有難い御答弁で、私としては厚く御礼を申上げます。從來宗教家、特に佛教家が刑務所の教誨事業に多年努力して参りましたことはお認めの通りでございまして、今回新憲法の趣旨に則りまして、それらが制度、その他におきまして一変をいたしましたこと、延いては或いは当局におきまして宗教というものを行刑政策の上に或いは軽くお扱いになるのではないかというようないろいろ杞憂があり、関係者などが憂慮いたしておりましたのでございまして、どうか当局には一つ從來のように、いろいろな、もとより今日の立場の上でいたさなければならんことではございまするけれども、何も一宗一派には偏しません。佛教とは限りません。キリスト教各派を問いませず、宗教というものを重く用いまするという点に一層の熱意を頂きたいということが、民間聯盟の方面におきまする希望でございますることは、司法当局の御承知の通りでございます。只今の御答弁は関係者が痛く喜ぶところであろうと存じまするが、どうぞこの上とも宜しくお願い申上げたいと存じます。
#133
○委員長(伊藤修君) この問題はこの程度で打切りまして、刑法の質疑に移ります。御質疑のあります方はこの際発言をお願いいたします。
#134
○大野幸一君 私は前回二百三十條の二の三項について立法の御趣旨を伺いました。そこで疑問とせられるのは、今回名誉毀損を一年より三年に引上げて、いわゆる加重することになつたのでありますが、それは即ち個人の人権、名誉権を尊重することに相成ることと思うのであります。ところが公務員なるが故にこれを差別待遇して宜しいか。憲法十四條との関係に至ると、この解釈をどういうふうにされるのかということをお伺いしたいのであります。もとよりこの社会的身分ということに対して、公務員であろうと、又公務員の候補者であろうと、一般國民であろうと、法の前には平等という立場にある。その平等という意味が、受ける側において、名誉権を尊重される観点からしても同様でなければならないと思うのであります。ところが三項によると、その名誉権がないことになるのであります。他の目的を達するために、又他の権利を失うということもどうかと思うのであります。この点をよく御了承を願いたいと思うのであります。
#135
○政府委員(國宗榮君) 只今の御質問は、憲法第十四條との関係におきまして、「國民は、法の下に平等であつて、人種、信條、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」この憲法の十四條と二百三十條の二の第三項とは相反するのではないか。公務員並びに公務員の候補者のみに関しましては、單に事実の眞否を判断いたして、眞実なることの証明ある場合には名誉毀損罪は成立しないけれども、虚僞の場合にのみ成立する。この規定は憲法十四條に反するところではないかという、こういう御質問のことと承知いたしましたが、成る程公務員又は公選による公務員の候補者は一つの社会的地位ということは言えるのだろうと存ずるのでございます。併しこの犯罪によりまして、身分によつて……刑法の全般の規定におきまして、かような身分によりまして刑法上の取扱を異にするというのは外にもあるのでございまして、憲法に言うところの法律の前に平等だという趣旨とは、この規定自体は相反しないものと考えるのでございます。と申しまするのは、この身分に随伴しまして犯罪の構成要件を異にするということだけでございまして、特に公務員であるからして、これを名誉毀損の保護の対象にしないとか、或いはするとか、こういう点ではないと考えるのでありまして、公務員に随伴するところの当然の問題といたしまして、單に事実の眞否を判断するに止めたというに過ぎないものと考えておる次第でございます。
#136
○齋武雄君 私も二百三十條の二の第三項についてお伺いするのでありますが、これは前にお伺いしたのでありますが、尚確かめて置きたいと思うのであります。三項の規定によるというと、「公務員又ハ公選ニ依ル公務員ノ候補者ニ関スル」ものは、私行上に亙ることであつても公共の利害に関することである。專ら公益のものであると見て、そうして事実が眞実であつた場合には罰しない、こういう規定でありますが、これは非常に公務員に対して高い理想を掲げたと私は考えるのであります。苟くも公務員が人から非難されるような行爲があつてはいけない。こういう非常に高い理想を掲げたのでありますが、公務員の場合にはそれで宜しいと思うのでありますが、公務員の候補者の場合においては非常な弊害を來すのではないか。こう考えるのであります。この規定があるために副作用として重大な弊害がある。こういうふうに考えております。例えば選挙のあつた場合に、その候補者を落選させんがために、或いは自己の推薦した候補者を当選させるために相手の候補者に対していろいろのことを言つた。現在においてもそういう例はあるのでありまして、こういう規定がありますと、これが惡用されるのではないか。眞実であるか虚僞であるかということは、後になつてから分るのでありまして、選挙当時は分らないのでありまして、分つた場合においてはすでに選挙の結果が判明してどうにもならないのでありまして、これは惡い副作用がある。こういう規定を作ることは惡い副作用があるのであつて、公務員になつた場合においてはこの規定も止むを得ないと考えるのでありますが、候補者に対しては私は削る必要があるのではないか。削除した方が却つていいのじやないかこういうふうに考えておるのでありますが、その点につきまして、どうしても政府ではこれはこのまま削除することはできないという……これは例外論でありますから、そういうことを御質問するのはどうかと思いますが、參考のために、これをどうしても通さなければいかんというのであるか。或いは一應こう出したけれども行使するものでない。自由に考えて政府としては因らないのかどうであるかということをお伺いしたいのであります。
#137
○政府委員(國宗榮君) お話の如く、この規定は不必要に濫用される虞れがあると私共は考えております。殊に公選による公務員の候補者に対しましては、只今お話のような事態も恐らく度度起るのではないか。これはこの規定の趣旨から申しますと甚だ遺憾なことでありまして、本來は公選による公務員は一般の公務員以上に今後の日本の状態からいつて相当殖えることでありますので、從つてこの全般の非難の対象にせしめるということは妥当であると考えておりますけれども、併し今お話のようなそういう逆効果というものが発生することは、この規定では当然起つて來る。從いましてその逆効果をも尚忍びまして、今日の情勢から考えまして、公務員の資質を向上するためにはこれが必要であろう。かような考えからこの案を作成した次第でございますが。併しその点につきまして、私共といたしましてそういう考え方で出発はしておりまして、この原案につきまして政府としては責任を持つておるわけでありますが、飽くまでこれを固執するという考えはありません。
#138
○小川友三君 二百三十條ノ二の第三項につきまして同樣にお伺いいたします。特定の日限のある選挙に当りまして、惡用されるような場面が非常に多いということは、政府御当局もややお認め頂いたように思うのでありますが、これは我々議員として次の選挙の場合、或いは我々の選挙を度外視しても、我々同胞が選挙に立候補する場合に、非常に運用されることは事実でありまして、この場合に特に注意すべきことは、新聞紙が自由に発行されるために、号外を撒かれるという手を使われた場合には、特に辛辣に影響を來すのでありまして、後になつてから裁判をして、落選してしまつてから裁判をするという氣力は、候補者としてなくなります。落つこつたらしようがないと尻尾巻いてしまうとか、或いは落胆失望する状態になりますので、これはどうしても候補者という名前はこの條文から削つて頂きまして、だだ公務員ということに希望いたしておきますが、この問題につきましては特に司法大臣の臨席を仰ぎまして質問をいたしたいと思います。
#139
○大野幸一君 今の憲法第十四條ですが、成る程法の下に平等という意味が私の先程申上げたような場合に当てはまるかどうかということについて、当てはまらないだろうというお考えであつた。私の記憶に間違いなければ、前の委員会において不敬罪の廃止のところでしたか、政府のお方は、この條文を援用されて、不敬罪は廃止するようになつたのであると、こういうふうに御答弁されたように記憶するのであります。そうすると天皇の御身分もまた法の下に平等であるが故に、特別に保護する必要がない。こういうことになれば公務員と國民との間に、特別に國民に重く保護する。公務員に対してそれを保護しないという理由はないように思うのであります。私の質問の前提においたこの前の政府委員の御答弁が、私の考えておるような御答弁と違つておつたならばともかくとして、この点をお尋ねするのであります。
#140
○政府委員(國宗榮君) お答えいたします。不敬罪即ち皇室に対する罪の点に関しまして、前回申上げた点を御指摘になりましたが、それはその通りであります。併しながらこの二百三十條の二の第三項のこの場合におきましては、公務員という身分に随伴しました一つの加重といいますか、公務員という身分によつて犯罪の実質が重くなる。こういう考え方でありまして、決して憲法第十四條の法の前に平等であるという点に相背いた考え方ではない。かように考えております。
#141
○鬼丸義齊君 第二十五條の刑の執行猶予の條件が非常に拡大されまして、三年以下の懲役に対して執行猶予がし得られるようになつたのであります。これで大体刑法中にありまする強盜罪などでも、酌量減軽されまするというと救われることになるのでありまするが、私は百尺竿頭一歩を進めて、強盜傷人、それから強盜強姦、この罪は短期が七年以上になつておりまするために、執行猶予の規定より除外されることになります。近來の強盜或いは傷害、若しくは強姦というような事件におきましても、程度のひどいものと極めて軽徴なものがありますことは、御承知の通りであります。執行猶予の恩典も、法の上に與え得られないということは、大変不均衡に失するような場合が少くないのであります。私はすでに長期において重刑を以て臨んでおるのであるから、むしろこの際三年以上というのを、もう少し上げようということは無理だと思います。故に強姦いわゆる強盜傷人、この罪を短期を五年にして、そうして五年若しくは六年、六年というのは余りちよつと例がありませんが、仮に六年まで下げるとするならば、酌量減軽の場合に、執行猶予の規定によつて救い得られる場合があると思います。例えば強盜であつても極めて軽徴なる強盜であり、同時に又傷害にいたしましても殆んど名だけの傷害に属するような事件も、裁判所に繋属しますということは、御経驗あられる通りと思います。又強姦の場合におきましてもその例に洩れざる情状の見るべきものがあると思います。故に折角こうした機会に、拡大いたします機会に、やはり強盜傷人並びに強姦の短期刑を五年乃至六年に引下げるという御意見はないかどうかということを先ず伺います。
 それから次の問題は、すでに憲法において戰争放棄の定めができました。第九條であります。ところがこの國交に対しまする規定を見まするというと第九十三條に、「外國ニ対シ私ニ戰鬪ヲ爲ス目的ヲ以テ其予備又ハ陰謀ヲ爲シタル者ハ三月以上五年以下の禁錮ニ処ス」という規定がございます。すでに予備や陰謀を咎めておりまするのであるならば、戰争放棄を声明いたしましたならば、ひそかに戰鬪を開始した者に対しまする処罪規定というものがありますることは、私は当然でないかと思うのであります。これはやはりこの一面、國際信用を高める意味におきましても、そうした該当者は、あり得ないでありましようが、仮にあるといたしましても、ないにいたしましても、この規定を作つて嚴重なる刑罪を以て臨むということでなければ、その人格を疑われることになりやしないかと思います。戰争放棄の宣言をいたしました以上は、続いてこれに違反する者に対しましては嚴重なる処刑を以て臨む。こうならなければ既に予備陰謀において処罪規定がありまするのに、それより進んだ行爲に対する一切の加重的規定がないということは、首尾相合わないような氣がいたします。それに対しまする政府の御所見を伺いたいと思います。
 更に二百三十一條の侮辱罪の規定を原案を削除しておるようでありますが、私はむしろこの際こうした侮辱罪に対しましては、削除どころでなくして、一段と從來よりも重い刑を以て臨む必要がありはしないかと思います。既に対外的に対して戰争を放棄しております。対内的にもやはり人間は人間らしく生活をして行かなければならんことになるのであります。然るに、むしろこの戰争後におきまする道義の頽廃、これに対しまする、こうした人を侮辱するようなふうの行爲に対しましては、私はむしろ嚴重な規定を以て臨むことこそ然るべきでないかと思いまな。殊に皇室に対する罪におきまして、このたびは廃止に原案はなつております。若しそれ我々個人の場合は別といたしましても、少くとも皇室に対しまする不敬罪の規定すらないのでありまするから、今我々の國民的感情を以ていたしまして、皇室に対しまする侮辱的態度をとりましても、法の上において更にこれを処罰するところの規定がないというふうなことはあり得ないと思います。ひとり皇室に対しまするばかりでなく、我々個人といたしましても、國民としましても、時代に対しまして、むしろ侮辱罪は從來よりも重き刑を以て臨む必要があると思いまするが、この点に対しまする政府の御所見を伺いたいと思います。以上です。
#142
○政府委員(國宗榮君) お答えいたします。改正法の第二十五條に関連いたしまして、強盜、強姦、強盜傷人等の罪について、執行猶予の処置ができるように、その短期刑を下げてはどうかという御質問でございますが、お説の通り、強盜強姦、或いは強盜傷人というようなものの中には、非常に軽微なものと考えられるものもあるのでございまして、この法定の刑を盛りますることが、事案に対しまして甚だ苛酷に当るように考えられるものもあると存ずるのであります。併しながら本來強盜強姦、強盜傷人という罪は、非常に凶惡な犯罪でございまして、これがこのまま行われまするということは、実は普通の場合におきましては、執行猶予等を以て考えられない犯罪であろうかと思うのであります。併し法律のこの條文に当てはめます場合に、実体といたしまして、強盜強姦、強盜傷人を以て論ずることは非常に苛酷と思われるものが、やはり本條に照らしまして、強盜強姦、強盜傷人という場合が生じまして、その場合に、執行猶予とすることを妥当とするということに考えられるときに、甚だ法定刑では不備であるという点が考えられますので、その点につきましては、お説は誠に御尤もと存ずるのでありますが、そういう場合におきまして、このたびの刑法改正の際に、この短期刑を五年或いは六年に低下するということについて考えないかということでございまするけれども、本來が凶惡な犯罪、先ず執行猶予を以て臨むことがいかがと思われる犯罪だというように考えられましたので、短期刑に関する考慮をいたさなかつた次第でございます。仮に強盜傷人、強盜強姦等を以て論ずることが、甚だ事案に対して妥当でないというふうに見られる場合においては、或いは運用におきまして、強盜或いは強姦、或いは傷人のみで処罰する場合があり得るのではないかとも考えております。併し尚お説に対しましては、刑法を全面的に改正する日も近いと存じますので、その際十分考慮したいと存じます。更に刑法九十三條の私戰の予備につきまして、憲法において戰鬪を放棄した我が國において、私戰の予備を罰する規定を持つておりながら、その実行行爲を罰しないのはいかがかという御質問でございますが、この点におきましては前回既に御質問頂きまして、当時研究いたすことにいたしておりましたが、旧刑法並びに刑法の仮案におきましては実行行爲を処罰する規定を存置しておつたのでありますが、現行法におきましてはこれがなくなつております。その理由につきましては、実は手許にあるものにつきまして取調べをいたしましたが、どういう理由であるかよく分りかねるのであります。併し実際の問題といたしまして陸海軍刑法に擅権の罪がありまして、並びに当時は軍備を擁しておりましたので、いわゆる兵力を動かして他國と戰爭をなす、戰鬪をなすという場合は、これまでの國家におきましては軍隊を私に使うという、いわゆる陸海軍刑法の擅権の罪によつて殆ど目的が達し得られるというふうに考えられたので、特に実行規定を置かなかつたのではないかというふうにも考えられるのでございますが、今後必ずしもこういう事態が発生するかどうかにつきましてはよくまだ見当も付きませんが、殆ど発生する事態はないのではないかというふうに考えられまするし、又戰鬪する場所等に関連しまして、我が國が四面海を以て囲まれておりまするし、國内においてそういう戰鬪が開始されるのか、或いは國外においてされるのか、実際問題になりまするというと、その辺のところがはつきり見極めが付き難い。並びに予備と隠謀を罰して置けば、我が國のような國柄におきましては、実行行爲まで処罰する規定を設けなくても十分ではないかというふうにも考えておりますが、併し実際の問題といたしましては、九十三條の規定自体につきましても、この度の改正に当りましていろいろ考慮いたしたのでございますが、まだ我が國は占領下の事態にありまするし、今後の條約関係がどうなりまするか、そういう点も考慮いたしまして、刑法改正の際にもう一應この点を取上げて考えてみたい。こういう趣旨からこの点に触れなかつたのであります。お説の通り憲法の関係法規の趣旨を刑法において明らかにいたしまして、そして尚外國の信頼を得るということにつきましての御意見御尤もと存じますが、その点まだ実は考え及ばなかつたのでございます。
 次に侮辱罪を削除いたしました点でございますが、侮辱罪を削除いたしましたのは、この前も申上げました通りに、感情等の発露によりまして極く軽微な所爲であるという考え方から、今日の言論を自由にいたしました世の中からみまして、侮辱罪は削除した方が宜しいと、かような観点からこれを削除いたしたわけでございまするけれども、併しながら更に逆に、今日のような言論の自由になればなる程お互いの人格を尊重いたしまして、言動等において間違いのないようにすることが我我としては望ましいことであるという観点からいたしまするというと、これは削除の意味も非常に稀薄になると存ずるのでありまするけれども、一應言論の自由を尊重するという趣旨におきましてこれを削除いたした次第でありまして、お説のように皇室に対する罪を削除いたし、更に國交に関する罪を削除いたしましたその結果におきましては、この侮辱の規定を削除いたしましたために生じまする不都合というものは、相当あるものと私共は考えております。立案の趣旨は只今申上げた通りであります。この点よく御批判を願いたいと思います。
#143
○小川友三君 刑法の第二十六條に一項を加えるという……、罰金に処せられた場合に体刑の執行猶予は取消されるという意味を含んだ執行猶予の言渡しの取消という問題は、新憲法によりまして、國民はいかなる奴隷的拘束も受けないということであるが、又國民は個人として尊重されるという新憲法、國民はすべて基本的人権の享有を妨げられないという新憲法、憲法が國民を保障する。自由及び権利を尊重しておる。そこで又憲法を濫用してはならないという條項が第十八條、十三條十一條、十二條に明記されているのであります。
 この罰金に処せられたる場合は、罰金の執行猶予は取消されることがあつても、罰金により体刑の執行猶予は取消されるというこの條項に対しまして、絶対に反対するものであります。独裁的な旧欽定憲法においてさえも、禁錮以上の刑に処せられなかつたならば執行猶予は取消にならなかつたのでありまして、それを新憲法になつてからそれよりも遙かに罪を重くしまして、國民に奴隷的拘束を受けるかの感を與えるところの、自由を束縛するかの感を與える、國民の幸福、基本的人権を迫害するような、こうした旧憲法より重い條項に対しまして、絶対に反対するものであります。これに対しまして政府当局はどういう所見を持つておられますか。お尋ねします。
#144
○政府委員(國宗榮君) お答えいたします。「猶豫ノ期間内更ニ罪ヲ犯シ罰金ニ處セラレタルトキハ刑ノ執行猶豫ノ言渡ヲ取消スコトヲ得」。二十六條の次にこの一項を加えましたのは、前回に御説明申上げましたように、罰金刑に対しまして執行猶予を認めておりますので、その場合には更に罰金に処せられた場合にその執行猶予の取消をすることができることに相成つております。ところが一般の体刑に関しまする執行猶予につきましては、これまでは禁錮以上の刑に処せられなければ執行猶予の取消の言渡をしないことになつておりましたが、罰金刑に処せられたことを以て罰金の執行猶予の取消事由としました釣合上、体刑に処せられました場合において、更に猶予期間内に罰金に処せられた場合におきましては、この罰金に処せられたことを以て執行猶予の言渡を取消す事由といたしたのでございまして、その点につきましては只今御指摘になりました憲法の條章とは別に相容れないものではないとかように考えております。
#145
○小川友三君 憲法の第十二條に、「この憲法が國民に保障する自由及び権利は、國民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、國民は、これを濫用してはならないのであつて、」という條項がございますが、政府も國民であります。これを罰金を取消して体刑の執行猶予が生きるということは、非常に罪が重い法律でありまして、法を運用する側は非常に軽い問題でありますが、罰せられる方は非常なる苦痛でありまして、これは罰金の執行猶予は罰金によつて、執行猶予を取消すが、体刑はやはり禁錮以上の刑に処せられた場合という、いわゆる旧刑法の條項によつてやつて貰いたいのでありますが、これに対する明確な区別、罰金の執行猶予は罰金を科せられた場合はこれを取消す。体刑の執行猶予は禁錮以上の刑に処せられた場合はこれを取消すということに対して、政府の明確なる御答弁を、政征委員の方がその問題に対してできませんでしたら、大臣にお願いをいたします。
#146
○政府委員(岡田善一君) お答えいたします。結局只今申上げました理由によりまして、罰金に処せられたことを以ちまして、体刑に処せられる言渡があつた場合の取消し理由にいたしたのでありまして、この点につきまして、お説の如く罰金に対しては罰金、体刑に対しては体刑というように改めろという御意見は、これは御意見として了承いたしますけれども、政府として原案を出しましたのは只今申上げました通りの理由でありますから、どうぞその点は御了承を願いたいと思います。
#147
○齋武雄君 私は刑法五十五條の削除、連続犯の削除でありますが、これについてお伺いしたいのであります。連続犯は一箇の罪であつて新罪であるという原則からこれを削除したものであろうと考えるのでありますが、連続犯を全部その法則通り処分することになりますと、非常に繁雜であると私は考えるのであります。それでありますから、連続犯の場合においては、具体的な事実について適当と考えた具体的妥当ということで考えるより外ないと考えるのでありますが、政府においてはこの連続犯を削除した結果、具体的に全部やるのであるか。或いは適当に考えて妥当性ということを考えるのであるかどうか。この点についてお伺いいたします。
#148
○政府委員(岡田善一君) 勿論妥当性を考えまして、全部溝浚い式にやるという考えでこれを削除した次第ではないのでございまして、それは運用におきましてその妥当性を得た処置を得られるように努力したいと思います。
#149
○委員長(伊藤修君) それでは刑法に対する質疑は一應この程度で以て打切りまして、その余は懇談会においてお打合せいたしたいと思います。尚この際ちよつと申上げておきますが、明日は裁判官及びその他の裁判所職員の分限に関する法律案、裁判所予備金に関する法律案を主として審議いたしまして、時間がありましたらば、皇族の身分を離れた者及び皇族となつた者の戸籍に関する法律案並びに罹災都市借地借家臨時処理法の一部を改正する法律案、この二案の予備審査を明日と明後日にあげてしまいたいと思います。二十二日から二十五日まで民法の改正法の研究のために委員会を休みまして、二十六日に民法及び家事審判法案の審議に入りたいと思います。こういう順序で進めて行きたいと思いますから、どうぞよろしくお願いをいたします。本日はこれを以て散会いたします。明日は午前十時から開会いたします。
   午後四時五分散会
 出席者は左の通り。
   委員長
           伊藤  修君
   理事
           鈴木 安孝君
           松井 道夫君
   委員
           大野 幸一君
           齋  武雄君
          池田七郎兵衞君
           鬼丸 義齊君
           鈴木 順一君
           岡部  常君
           小川 友三君
           來馬 琢道君
           松村眞一郎君
           宮城タマヨ君
           山下 義信君
           阿竹齋次郎君
  政府委員
   司法事務官
   (刑事局長)  國宗  榮君
   司法事務官
   (行刑局長)  岡田 善一君
  証人
   東京大学教授  古畑 種基君
   慶應義塾大学教
   授       安藤 畫一君
ソース: 国立国会図書館
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