くにさくロゴ
1947/10/02 第1回国会 参議院 参議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第27号
姉妹サイト
 
1947/10/02 第1回国会 参議院

参議院会議録情報 第001回国会 司法委員会 第27号

#1
第001回国会 司法委員会 第27号
  付託事件
○刑法の一部を改正する法律案(内閣
 送付)
○岐阜地方裁判所多治見支部を設置す
 ることに関する請願(第十一号)
○帶廣地方裁判所設置に関する陳情
 (第四十九号)
○刑事訴訟法を改正する等に関する陳
 情(第六十号)
○民法の一部を改正する法律案(内閣
 送付)
○家事審判法案(内閣提出、衆議院送
 付)
○函館市に札幌高等檢察廳支部設置に
 関する陳情(第百四十号)
○法曹一元制度の実現に関する陳情
 (第百四十五号)
○裁判官及びその他の裁判所職員の分
 限に関する法律案(内閣提出)
○農業資産相続特例法案(内閣提出)
○経済査察官の臨檢檢査等に関する法
 律案(内閣送付)
○裁判官彈劾法案(衆議院提出)
○裁判所法の一部を改正する等の法律
 案(内閣送付)
○札幌高等裁判所並びに高等檢察廳帶
 廣支部設置に関する陳情(第三百二
 十四号)
○最高裁判所裁判官國民審査法案(衆
 議院送付)
  ―――――――――――――
昭和二十二年十月二日(木曜日)
   午前十時五十一分開会
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○民法の一部を改正する法律案
  ―――――――――――――
#2
○委員長(伊藤修君) これより委員会を開会いたします。昨日に引続きまして民法の一部を改正する法律案に対する質疑を継続いたします。
#3
○岡部常君 本日までに御説明になりました点に触れまして、少しく質問をいたしたいと思います。
 第一といたしましては、改正案の第一條「私權ハ總テ公共ノ福祉ノ爲メニ存ス」という條文につきましては、すでに本委員会におきまして相当深い質疑應答が行われたのであります。特に総理大臣並びに司法大臣の出席も求めまして、その答弁も得たのであります。その結果といたしまして、相当明らかにはなつたのでありますが、まだ腑に落ちない点もあるのでございますこの條文は、公共の福祉ということが主体になつておるのでありまして、私権はこれを守るために生れて來たという感じを與えられるのであります。基本的人権たる私権が認めらるるに至りました歴史的の事実に反するのみでなく、私権が基本であつて、これを行使するについては、公共の福祉に反してはいけない。又私権を公共の福祉のために常に利用する、重い責任があるということを規定しておりまする憲法第十二條及び第十三條の趣旨にも悖る感じを與えられるのであります。これが從前の委員会におきましても、全体主義的の匂いがするとか、或いは極端に申せば、これは憲法違反ではないかというような疑いを抱かせた点であろうと考えるのであります。政府は、この趣旨におきまして第一條を修正せられるおつもりかどうか。又修正するとすれば、どういうふうな線に沿うておやりになるつもりであるか。その点を確めて置きたいと存ずるのであります。
#4
○政府委員(奧野健一君) この点につきましては、すでに十分御議論も拜聽いたしたのでありまして、政府の案といたしましては、要するに憲法の條章から申しましても、私権ということはその字の示すごとくプライベートな権利ではあるが、これはやはり公共の福祉に反するような私権というものは、要するに認められないものであつて、結局は公共の福祉のために存するのだ。言い換えれば、私権であるからどういうふうに利己的にこれを行使してもいいというふうに考えることは間違いであり、公共の福祉に適合するように行使しなければならないという趣旨を現わしたのが、第一條の第一項の趣旨でありまして、若しこの言葉の使い方が適当でないということでありますならば、要するに結局の趣旨は、私権だからといつて自己の利益のためのみに使うのではなくて、公共の福祉のために適合するようにしなければならないと義務ずけられておるものであるという趣旨に外ならないのでありますから、これが不適当な表現であるということでありますれば、國会においてそういうふうに適合されるように修正されることにつきましては、政府といたしましてはまだその点てついて最後的の態度を決めてはおりませんけれども、大体において政府としては、何ら異議のないところであらうというふうに考えております。
#5
○岡部常君 只今の御説明によりましても、從前の質疑應答を徒らに繰り返す感じがいたすのであります。これ以上この質疑を重ねるのも無用に存じまするが、ただ私はこの基本的人権ということが、新らしき憲法においていかなる重味を持つかということを申上げて、後の参考にいたしたいと思うのであります。
 これはもう前に誰か委員が申上げたこともありますが、これは日本人というのみでなく、世界の人類の血によつて築き上げて來たところの基本的人権であると考えるのであります。日本の憲法においてのみでなく、これは最新の世界における憲法に現われたところの、人類の大いなる血の犧牲の下にできたものであるということを考えなければならないと存じます。將來生れる憲法にいたしましても、又それに基くところのいかなる法律、殊に民事関係の法、民法におきましては、この点が非常に大きな値打を持つだろうと考えるのであります。その点から申しましても、やはり私権というものが自由になるというようなことではよくないと私は考えるのであります。これは一つの意見として申述べて置きたいと思うのであります。
 次の点をお伺いいたしたい。改正案の第一條ノ二につきまして、「本法ハ個人ノ尊嚴ト兩性ノ本質的平等トヲ旨トシテ之を解釋スヘシ」という條文でありますが、これは憲法の第二十四條第二項の末段にありまする文句をそのまま採用したものと考えられるのであります。憲法第二十四條は婚姻、離婚、夫婦の共同生活、夫婦の財産関係等に関する原則規定であります。然るにこれを民事法全体の解釋基準とせよというのは妥当でないと考えられるのであります。この点に関するお考えを伺いたいのですが、この規定によりまして、民法の相続編、親族編その他に根本的の大改正がされなければならんということは言うまでもないことでありましよう。そうして個人、人格の尊重、法の下における國民の平等の原則ということは、憲法の第十三條、第十四條に明示するところでありまして、この原則は民事法だけに適用するものではなくして、刑事法にも、経済関係の法におきましても、はた又その他の公法関係にも適用せられる性質のものであるべきであります。從つてこの原則を特に民事法の原則として掲げることは適当でないと考えられるのでありますが、この点もいかがでありましようか。殊にこの人格の尊嚴並びに平等の原則を民法全体の解釋の基準とせよというのは、無用のことではないかとも考えられるのであります。何となれば、憲法の趣旨、精神に反する民法の規定はすべて無効であると申さなければならない。民法の規定の解釋はすべて憲法の規定を基準としてなすべきことは当然のことであるからであります。而して民法の規定の解釋について爭いのある場合は、裁判所がこれを最後的に決するのでありまして、法律を以て裁判所のなすべき解釈の基準を與えるということは、いわゆる封建的立法の形である。少くとも新らしいやり方ではないと考えられるのであります。尢もいわゆる解釈的規定というものについては、これは例外があると存じますが、右樣の理由で改正案第一條ノ二は、憲法に適合するように民法を改正するというのが改正法の目的でありますが、その点と照し合せてみて妥当でないように考えられるのであります。その点の御説明を頂きたいと思います。
#6
○政府委員(奧野健一君) 先ず第一点といたしまして、第一條ノ二の原則は、憲法の第二十四條第二項に掲げておる事柄であつて、これらのことは親族並びに相続の編に関することであるにも拘わらず、民法全体の指針としてここに掲げることは適当ではないのではないかという点であります。仰せのように第二十四條第二項は專ら婚姻或いは身分関係、或いは親族、相続に関する立法における指針を示されたものであるということは、仰せの通りと考えます。併しながら実は親族、相続に関する指針として、その編の冒頭にでもこの條文を置こうかというふうにも考えたのでありますが、やはり親族、相続以外の一般の財産上の法規の区域におきましても、やはりこの精神は個人の尊嚴と両性の本質的平等ということは、財産上の領域におきましても、その指針になるのではなかろうかというふうに考えたのであります。
 そこで先ず第一に、法律行爲に関する能力の問題であります点につきましても、妻が妻なるが故に無能力とされておるということは、両性の平等、或いは個人の尊嚴と相容れないものであるという考えから、妻の無能力に関する規定、民法の第十四條から第十八條の規定は削除いたしたのでありますが、それと同じような事柄がその他いろいろの財産の関係の法規についても考えられるのではなかろうか。例えば仮に損害賠償の問題にしても、貞操蹂躙、いろいろな損害賠償の問題にしても、両性の平等というふうなこと、或いは又雇傭関係につきましても、男女の間の不平等というふうなことがあつてはならないというようなことは同じことでありまするので、そういうふうな親族、相続以外の財産法規に関する区域におきましても、この原則はやはり解釈の指針としてよかろうというふうに考えまして、全般に通ずる原則として掲げたのであります。
 次に、然らば、これは民法だけの問題ではなく、その他公法関係においても、その指針となるべきものであつて、民法だけに掲ぐるのはおかしいではないかという点であります。御説のように、これは憲法に定めておる原則でありまするので、必ずしも民事法規のみならず、一般の公法関係その他法律制度全体の指針原則でなければならないというふうに考えます。が、取敢えず民法の領域におきましてもこれは大きな指導原理であるので、他のことはさて措き、民事法規にこれらの原則を掲げることが、民事法全体の解釈適用の上に大きな役割を持つことになるのではないかという考えから、理論としてはお説の通りでありますが、必ずしも民法の中に入れたということで、外の法規には又反対であるという意味に取られることはないという考えから、これは先の臨時法制調査会並びに司法法制審議会等においてもそういう要綱を決定いたしたのであります。それに基いてこの中に採り入れることにいたしたわけであります。
 次に、こういう解釈方針を示すということは、むしろ封建的なものではないかという御意見でございますが、もうすでに憲法の二十四條によつて明らかになつておる以上、そういうことは無用な規定ではないかというように伺つたのでありますがお説のように、この二十四條に明らかに、「法律は、個人の尊嚴と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない」ということが掲げられております。これは解釈でありますが、政府或いは國会が、今後これらの問題について立法する場合において、そういうことに立脚して制定しなければならないという立法上の指針を示したもので、それが直ちに解釈上の指針になるかどうかは、多少の疑問があるのではないかというふうに考えるのであります。そこで我々立案者としましては、民法全体に亙つてこの精神を体して立案立法いたしたのでありますが、尚その法律の具体的な適用い当りまして、いろいろ法律に現われていない部分についての解釈を施さなければならない。これは裁判所のみならず、國民全体がこの法律を運営いたして行く際には、常にそういう問題が起きるのでありますが、その場合に、法律全体がこの個人の尊嚴と両性の本質的平等に立脚して改正、或いは立案をいたしたのでありますから、その解繹もその線に副つて解釈を施して貰いたいという意味でありまして、憲法のそれらの要請に基いて立案をしたが、更にそれを運営解釈適用をする上においての指針ともすべきものであろうということから、この一條ノ二は設けたわけであります。
#7
○岡部常君 御説明承りましたが、新らしき憲法におきましては、從前の大日本帝國憲法と変りまして、國民の権利義務というようなものは非常に詳細に規定してあるのでありまして、ここに法律の基本解釈というものが集中せらるべきものと考えるのであります。この点に関する見解は私と違いますが、それは敢えて深くこの上申しませんが、只今まで述べました第一條及び第一條ノ二の全体を通じて見まして、これは改正案或いは現行民法の全体の調子を私は見たわけではありませんが、從前の法文の扱い方と大分違うように感ずるのであります。申さば木に竹を接いだという感じを免れないのであります。訓辞的の、或いは解釈をこうこうしろといつたようなやり方は、外には現われておらないと思いますが、この点のお考えはどんなものでありましようか。
#8
○政府委員(奧野健一君) 大体新らしい傾向といたしまして、やはり冒頭にその法律全体の持つ使命でありますとか、その理想を掲げるというふうなことが、最近相当各法律について行われておりますので、今まで從來のような理論的に考えますと、やや漠然とした、或いは訓辞的と思われる点もあろうかと思いますが、近時やはりそういうような法律の目的を條文の中に、一條あたりに示すというふうなやり方も行われておりますので、現在における法律の体裁としては、必ずしも不適当ではないというふうに考えております。
#9
○岡部常君 次の点に移りますが、改正案におきましては、総則の規定中檢事という言葉を使いまして、檢察官と改正しなかつたように見えるのであります。第七條、第二十五條、第二十六條、第二十七條、これは檢察廳法第四十二條で改められたことになつておりまするから、当然改めらるべきものだと思うのであります。全文を書き直された親族、相続編では、檢事を檢察官と書き改めておられるのでありますが、何かここに理由があるのでありましようか。その点を伺つて置きたいと思います。
#10
○政府委員(奧野健一君) お示しのように、親族、相続編全文を口語体、平仮名体に改めましたので、その部分は檢事という言葉を使わないで檢察官といふ言葉を使つたのでありますが、第一編から第三編までの部分は從來通り文語体で全体の改正をいたしませなかつたが故に、近き將來この第一編から第三編までは、更に憲法の精神によつて再檢討いたして、全文をやはり口語体、平仮名に改めるつもりでありますので、この点はその際に讓つて、取敢えず全文を書き改めた四編以下のみに新らしく檢察官という言葉を使つたので、それ以前の一編から三編までの分は、今後の全般改正の際に改めるというつもりであります。
#11
○岡部常君 これはやはり先程申しましたいろいろな点に、そういう木に竹を接いだような感じもありましようが、いつそこの際お改めになつてもいいのじやないかと思われますが、どんなものでしうか。
#12
○政府委員(奧野健一君) 勿論改める方がいいのでありますが、これは一應は、先程委員がお示しになつた檢察廳法の第四十二條で、他の法律中檢事とあるのを檢察官というふうに当然改まつたことになつておるのであります。そこで然らば、形式をそういうふうに整理する方がいいのではないかという点だけが残るので、実質的には改まつておるわけでありますから、もうすでに檢察廳法で、外の法律、いわゆる民法等において、檢事とあるのは檢察官ということに改まつておるわけですから、変えなくても当然に事実改まつておるわけであります。
#13
○岡部常君 その点で何か特別に政令でも出ておるようなことはありませんか。
#14
○政府委員(奧野健一君) 別にそれはありません。
#15
○岡部常君 それでは次の点に移ります。改正案の第七百二十八條第二項でありますが、「夫婦の一方が死亡した場合において、生存配偶者が姻族関係を終了させる意思を表示したときも、前項と同樣である。」と規定されておりまして、生き残つた夫婦の一方が、死亡した一方の血族との間に存続しておりまする姻族関係を終了させるには、その意思表示が必要であるが、その意思表示は何人に対して、いかなる形式でなす趣旨でありましようか。これは默示の意思表示でもよいかどうか、その実例を示して頂きたいのであります。これは理論的に申しますると、死亡した配偶者の血族、例えば父母、兄弟に対して右の意思表示を個別的になすべきで、意思表示を受けた血族との間にだけ姻族関係が消滅することになるように考えられるのでありますが、かような方法に代えて、戸籍を管理しておりまするところの市町村長に屆出をするという形式によるということは認められないものであろうかどうか。又生存配偶者が從來の共同生活團体から脱すること、即ち生存配偶者が更に配偶者を得て婚姻をなし、又は改正法第七百五十一條によりまして、生存配偶者が婚姻前の氏に復したとき、姻族関係を終了させる默示の意思表示ということになると思われるのでありますが、いかがなものでありましようか。要するに、本條において離婚以外の方法で婚族関係を終了させる原因を具体的に表示することが適当ではないかと考えるのでありますが、その点に対する御意見を伺いたいと思います。
#16
○政府委員(奧野健一君) 御質疑の点は御尤もでありまして、これは実は戸籍法を御審議願わなければ、そういう御疑問を抱かれるのは御尤もなのでありまして、第七百二十八條第二項の姻族関係終了の意思を表示するというのは、これは戸籍法によつて戸籍吏員に屆け出るという形式によつていたすのであります。又只今御指摘の七百五十一條の、從前の氏に復するという場合も、これ亦戸籍吏員に対する屆出によつて、そういう効力が生ずるわけで、すべてこれは屆出によつて、そういう効力が生ずることに戸籍法によつてなつておりますので、これだけの條文ではそういう御質疑が当然かと思いますが、その点は戸籍法に明らかになつております。
#17
○委員長(伊藤修君) 只今御質疑中のは、離婚方法以外の方法によつて姻族関係が終了する具体的事例としてですね。
#18
○政府委員(奧野健一君) この離婚以外の場合においては、例えば夫が死亡して妻が残つたという場合を考えますと、離婚があれば勿論姻族関係は終了しますが、夫が死亡したというだけでは姻族関係は継続して行くのでありまして、その場合に若しその妻の方で姻族関係を終了せしめたいと思えば、その屆出をなすことによつて、姻族関係が終了するということになるので、離婚以外は、配偶者一方の死亡という場合だけでありますが、死亡の場合に、過去といひますか、現行法では、家を去つた場合に初めて姻族関係が終了することになつておりましたが、家を去るという観念がなくなりましたので、姻族関係終了の屆出ということによつて姻族関係はなくなるということにいたしたのであります。
#19
○委員長(伊藤修君) そうすると、七百二十八條の二項と七百五十一條の二項の場合のみですね。そういうお尋ねじやないですか。
#20
○政府委員(奧野健一君) 離婚以外で姻族関係が終了するのは、七百二十八條の第二項の場合だけです。それで七百五十一條は、実は從前の氏に復する場合は、多くは姻族関係の終了の意思表示を同時にやるだろうとは思いますが、観念的にいえば、姻族関係終了の意思表示をやらないで、氏だけを元の氏に復えるということもあり得るので、その場合は、氏は婚姻前の氏に復したが、姻族関係は残つておるということになるわけで、嚴密にいえば姻族関係終了というのは、七百二十八條の第二項だけの規定であります。
#21
○岡部常君 次に改正案の第七百三十條「直系血族及び同居の親族は、互に扶け合わなければならない。」とございますが、これは親族共同の生活を維持するために協力し合わなければならない、協力義務を認めるとでも申しましようか、但しそれは政府委員の御説明もすでにございましたが、法律的な強制力を持つものじやない、扶養義務を設定する意味はないという御説明がすでにあつたのであります。そうすると、これは道徳的意義を示すに過ぎないように感ぜられるのであります。かくのごときことは、同居親族間の自然の道義観念、相互扶助の道徳律というようなものに任して置けばよろしいものではないかと考えるのであります。極端に申せば、これは無用の法文ともいえるのでありますが、その点に関する御説明を願いたい。
#22
○政府委員(奧野健一君) 御尤もであつて、法律的に申しますならば、法律的な効力がないものを法律の中に置くことは無用ではないかという、全くその通りであります。ただ從來の民法上の戸主、家族、即ち家の規定を全部削除いたしました関係から、ややともすると、從來の実質の家族共同生活、我が國の古來からの美風である家庭生活それ自体をも否定するがごとき感じを抱くので、そういう法律的な家の制度は廃止しても、実際上我が國の親族共同生活或いは家族制度というような、実質上のそういう制度まで廃止するのではないということを、どこかに明らかにして貰いたいという要望が非常にありまして、それでまあ実は法律的には扶養の義務とか、或いは協力の義務というものはなく、いわば道徳的な規定でありますが、やはり家族生活は互いに円満にやらなければならないといつたような道徳的な規定を、道徳的な意味を持つだけでもいいからという非常な要望がありましたので、これを入れたわけであります。
#23
○岡部常君 然らば、この第七百三十條というものは、実際の運用に当りましては、家事審判法など、実際取扱う場合の訓辞とか、教訓的なものに使われるおつもりなのですか。
#24
○政府委員(奧野健一君) さようでありまして、家事審判法におきましては、先ず第一條に、家庭生活の円満なる維持ということに重点を置いておる、それと相見合いまして、そういう意味の意義があるというふうに考えております。
#25
○岡部常君 次の問題に移りますが、改正案は從來の戸主、家族その他家に関する規定を廃止したことになるのでありますが、憲法の個人の人格の尊重、國民平等の原則に從いまして、戸主権を否定し、従つて家督相続を否定することになりますれば、これらを中心とするところの從来の民法上の家とか、或いは家族制度は廃止せられるべきは当然の結果であります。けれども、夫婦或いは親子その他の親族の共同生活の團体というものは現存するのであります。この共同生活は家庭生活として相互扶助の精神に從いまして、ますます向上発展、又純化すべきものであろうと思うのでありまして、この点は何人も異議がないところであると信じます。この親族共同生活團体は、一定の場所即ち家庭に同居して、又寢食を共にする、人間生活における最も自然的なものでありまして、社会生活の基本をなすものであるのは申すまでもないところであります。この基本的な社会生活團体を、法律上においても認むべきが当然であろうと思います。これを認めることによりまして、社会全般の向上発展を期することができるのであります。文化生活の充実を期することができると考えるのであります。現に戸籍の上では、この共同生活團体を認めて、氏を同じくする者の團体として戸籍が編成せられておるのであります。又人の住所であるところの生活の本拠は、共同生活團体の存する場所であります。故にこの共同生活團体は、すでに法律上の意義を有しておるものと申されるのであります。この実体は認められておるのであります。改正法はこれにその名称を附けることを遠慮しておるようでありますが、民法の上で家とか家族という観念を認めない、從つてこれに類する名称を使用することを極力避けておりましても、いわば頭隠して尻隠さずという譏りを免れない点もあろうと思います。戸主権を有する戸主、これに服從する家族の存在ということは、これを認めない、この新らしい意味における共同生活團体に名称を與えて、これは仮に家團又は碎けて家庭、或いはもつと世俗一般に通じますところの世帯として、法律上の名称を與え、これに属する者を新らしい意味の家族とし、その家族の中で家族員の日常生活の世話をする者、例えば納税の面倒を見るとか、或いはその他生活に必要な事務を代行する世話役をする人間を、家族会議その他の協議方法で選出するとか、これを仮に家掌、車掌の掌の字をとりまして、家を掌る、家掌とか家團管理者というような名称を附けて、これに祖先の祭祀を主宰せしめる、祭壇墳墓を管理せしめることにする、そういつたような新らしい法律制度を、民法上認めることが新憲法下における夫婦、親子、親族共同生活團体のあり方を明白にするものであり、又その向上発展を期する所以であると考えられるのであります。要するに從前の家乃至家族制度は、これを揚棄しまして、新らしい憲法の精神に副つたところの家族制度を法律上も認めて行つたならばどうであろうか、かように考えるのでありますが、この点について御意見を承りとうございます。
#26
○政府委員(奧野健一君) その点は非常に重大な問題でありまして、現在のところ、やはり我が國の家庭生活、或いは家族制度、或いは実際の親族共同生活というのは、むしろ、民法を超越したものというふうに考えておるので、むしろその関係を法律でいろいろ規定をすることはいかがなものであろうかというふうに考えて実際の家庭生活ということは、むしろ事実或いは國民の道義心、そういう國民性というようなものに任していいのでないか、法律で一々その関係を、法律関係として採り上げて行くということは、むしろ避けた方がいいのではないかという考えの下に、お示しの家團といつたようなもの、場合によつては家というものの中に、そういう法人格を備える一つの團体を認めて、それを社会の中心の一つの單位にして行くというふうな考え方を採らなかつたのであります。併し、それらの点は重大な問題でありますので、いずれ更に全般的な檢討の際には、そういう点も余程研究いたさなければならないというふうに考えております。
#27
○委員長(伊藤修君) そうすると、今の御質疑のような事実上の家というものの基礎に立つて、この民法が制定されておるというふうにも思えたのですが、そうでございますか。
#28
○政府委員(奧野健一君) 実際の家庭生活ということは、民法の触れない超民法的なものとして、ただそういう家庭生活というものを尊重するというので、別にそれを否定するのではないという趣旨を七百三十條に現わすと同時に、一方実際の家庭生活の円満な維持ということに努力するという手段としては、家事審判法によつて実際の家庭生活の営みを円満に行けるように、紛争の解決等については懇ろに國家が面倒を見ようという行き方をしているという意味であります。
#29
○委員長(伊藤修君) そうすると、権利関係の伴わないいわゆる從來の日本の家というものを認めての上の立法でありますか。そういうふうに伺つてよろしうございますか。
#30
○政府委員(奧野健一君) まあとにかく戸主、家族、そうした從來の家という法律上の制度は止めたのであります。
#31
○委員長(伊藤修君) 事実上の家というものは……。
#32
○政府委員(奧野健一君) いや、それには触れないで……。
#33
○委員長(伊藤修君) そういうものは事実として認めて、その上にこの法律が規定されたものですが、そういう現実を認識した上の立法ですかという意味です。
#34
○政府委員(奧野健一君) それに全然タツチしないで、併しそれを否定するのではない。
#35
○委員長(伊藤修君) 尊重するとなれば、そういう事実を基礎にしての法律の建前ではないのですかという意味です。
#36
○政府委員(奧野健一君) それは法律の上には現われておりません。
#37
○委員長(伊藤修君) 現われておりませんが、その観念を否定しないとすれば、飽くまでも認めて行くことですね。
#38
○政府委院(奧野健一君) 現実の姿としての家庭生活があることは、それは認めて行くわけです。
#39
○岡部常君 次の問題に移りたいと思います。改正案におきましては、現行民法の第七百六十八條を削除しておるのであります。つまり七百六十八條には「姦通ニ因リテ離婚又ハ刑ノ宣告ヲ受ケタル者ハ相姦者ト婚姻ヲ爲スコトヲ得ス」という規定を廃し、削除しておるのであります。これは刑法改正案が姦通罪を廃止することを前提とするものであるのは勿論であると思うのでありますが、右刑法の改正案がいかになるか、國家においていかに取扱われるかということによつて決せられる問題でありましようが、仮に右刑法改正案で姦通罪が廃止されたといたしましても、姦通で不貞行爲をしたものとして離婚の判決を受けた、これは改正民法におきましては七百七十條第一項になりますが、相姦者と婚姻をななことを許すのは、いわゆる姦夫姦婦の行爲を是認する結果となるのでありまして、少くとも風教を害するものと認むべきものであります。相姦者との婚姻は、公序良俗に反する行爲として、法律上無数と解するのが正当であると信ずるのでありますが、かかる行爲は法律が特に禁止することを明らかにして置くのがよいと思われるのでありますが、この点に関する御意見を伺いたい。
#40
○政府委員(奧野健一君) 刑法におきまして、いわゆる姦通罪の廃止という改正の建前で参りましたので、民法におきましてはただ妻の姦通だけを離婚の原因にしているしいう現行法の建前は、両性の平等に反するものであるというところから、夫婦の一方に不貞の行爲があれば、それは廣く男女を問わず離婚の原因になるということにいたしたわけであります。そこで不貞行爲があつたということで離婚した場合に、その不貞行爲の種類が姦通であつたというふうな場合は、その相姦者同士の婚姻を禁止するかどうかという問題になるわけでありますが、今囘の民法の改正では、不貞行爲と廣く言いましたので、相姦、姦通のみを意味していない、廣くなつたという理由と、又一方刑法において姦通罪というものが廃止されますと、判決で相姦者誰と誰との間における姦通というふうなことがはつきりする機会がないというようなことにもなります。ただ判決もないのに、相姦者の婚姻を禁止するということはちよつと実行ができないという点、及び元來姦通の場合、離婚しておきながら更に相姦者の婚姻を禁止するということは、いわば復讐的な感情というふうなものも多分に入つて参る、そういう場合に一番困るのは、その相姦通間に生まれた子供が、父母の婚姻ができないということになると、どうしても嫡出の子になり得ない、なる機会がなくなるということになつて、むしろ罪のない子供を非常に非惨な状態に陷れしめるというようなこともありますので、いろいろなことを考慮に入れて、相姦者の婚姻禁止の規定を廃めたわけであります。これは刑法の姦通罪の廃止と密接な関係は持つておりますが、ただそれだけの理由ではないのであります。勿論修正になりまして、姦通罪を男女共に認めるというようなことになりました曉においては、更にその点について早急に檢討を加えなければならないというように思つております。
#41
○岡部常君 その最後の点は分りましたが、姦通罪が刑法において廃止せられた場合は、民法の一般的解釈によつて、公序良俗に反するものとして無効と認めるという解釈を裁判に任せるわけでありますね。
#42
○政府委員(奧野健一君) そこまではまだ行つていないのであります。その他いろいろ子供の関係等がありまして、それを絶対に禁止するかどうかということも更に考えて行かなければならんと思います。
#43
○岡部常君 次の問題に移りまして、改正案の第七百五十條の点であります。「夫婦は、婚姻の際に定めるところに從い、夫又は妻の氏を称する。」と規定してあるのであります。從つて夫婦の一方は他の戸籍に入籍されるのでありますが、婚姻によつて氏を改めた夫又は妻に未成年の子があるときは、その子をいわゆる連れ子として引取り、自己と同一の戸籍に入れて同居させることは一般に行われている例でありますが、この連れ子に自己と同一の氏を称せしめる從つて同一戸籍に入れ得ることにすることが現在の社会生活の実情に適するものと考えられるのでありますが、この点はどんなものでありましようか。右は改正法において民法の七百三十八條のいわゆる引取り入籍を廃止した関係から許されないという見解があるかも知れないのでありますが、右は民法上の戸主を廃止し、家を廃止する原則の下においても、戸主又は家とは関係なく戸籍を同じくせしめるのでありまするから、差支えないと考えられるのでありますが、いかがでありましようか。
#44
○政府委員(奧野健一君) その点は仰せの通りでありまして、いわゆる連れ子といいますか、そういう者を引取り入籍する途ができることにいたしております。それはこの案の七百九十一條によりまして、子供が父又は母と氏を異にする場合において、家事審判所の許可を得て、その父又は母の氏を称することができるという規定、若し子供が十五才未満である場合にはその法定代理人たる者、母でありますれば母が家事審判所の許可を得て、自分の婚家の、婚家という言葉はなんでありますが、新らしい自分の変つた氏に子供の氏を変えることができる、そういう途を開いているわけであります。
#45
○岡部常君 次の問題で、改正案の第七百五十一條は「夫婦の一方が死亡したときは、生存配偶者は、婚姻前の氏に復することができる。」ことを規定しているのであります。即ち生存配偶者が実家に復帰して実家の氏を称し、実家の籍に入ることになるが、この場合に生存配偶者が夫婦間の未成年者の子を養育することが事実上必要な場合が多いのであります。又その子の幸福である場合も多いのでありますから、その子に生存配偶者と同じ氏を称せしめることができる、その子を引取つて同一戸籍に入れることができるようにしてはどうかと考えるのであります。改正案の第七百六十七條の「協議上の離婚によつて婚姻前の氏に復する。」場合にも右同樣なことになるのでありますが、いかがなものでありますか。尤も右に対する反対意見の理由のないことは前に述べた場合と同樣であります。尚右の引取り入籍を認めることは、父が子を認知した場合にも、その子に父の氏を称せしめ、父の籍に引取り入籍できる途が改正案第七百九十一條によつて認められているのでありますが、この点に関する御意見を伺つて置きたい。
#46
○政府委員(奧野健一君) 今お示しのように、そういう場合はすべて七百九十一條、即ち母親が婚姻前の氏に復して、子供の氏と異にすることになつた場合においては、七百九十一條によつて自分の氏に変えることができるわけであります。その場合にやはり戸籍は同一戸籍であるということになるわけであります。又認知の場合も同樣でありまして、七百九十一條によつて、父の氏に子供の氏を変更することもできるわけであります。すべて從來ありました親族入籍、引取り入籍の規定に対應して、七百九十一條という規定によつて、子供と親の氏の違つた場合の調整を図ることにいたしておるわけであります。
#47
○岡部常君 今度は第七百五十二條についてであります。「夫婦は同居し、互に協力し扶助しなければならない。」と規定してあるのであります。而して家事審判法案の第九條第一項乙類第一号によりまする右の場合、「夫婦の同居その他の夫婦間の協力扶助に関する処分」を家事審判所が審判又は調停によつて定めることができることになつておりますが、右の処分という方法がどういうふうに行われるか、右の処分というものは最高裁判所が定める規則によつて明らかになるとは思われますが強制処分というような方法は非常に困難であると考えられるのでありますが、どういうことを予想しておられるのか、承つて置きたいと思います。
#48
○政府委員(奧野健一君) これは現在におきましては、人事訴訟によつて、判決で以て、例えば別居すべしというふうな判決をやることになつております。尤もそういう判決は、強制離婚ができません故に強制執行はできないのでありますが、今度はそういつたような訴訟で判決によつてやるということはむしろ適当ではないので、やはりこれは家事審判所がそういう場合に適当な審判をやるという意味であります。即ち処分と申しますのは、家事審判所の審判、いわゆる決定であります。尤もその中に金銭の支拂を命じておるような部分がありますれば、これは執行力ある債務名義ということになることは、家事審判法第十五條にあるのでありまして、大体はすべて審判手続、非訟事件手続的ないわゆる審判手続にいたしましたので、從來のような人事訴訟法による判決手続ではない審判手続といたしたいというわけであります。
#49
○岡部常君 次は第七百五十六條であります。「夫婦が法定財産制と異なる契約をしたときは、婚姻の屆出までにその登記をしなければ、これを夫婦の承継人及び第二者に対抗することができない。」と規定してあるのであります。この規定は現行民法の第七百九十四條と同一の規定でありますが、この夫婦財産契約をして登記をしたという実例は極めて少いと聞いておるのであります。民法施行以來、僅か数件であるというようなことでありますが、実際の統計はどんなふうになつておりましようか。この点承りたい。
 それから新憲法施行後は妻の地位が高められ、妻の経済力も増進して來ておる関係上、この財産契約というようなことも漸次増加する傾向にあろうと考えられますが、この契約を婚姻屆出までに登記しなければ、第三者に対抗し得ないとすることは、果して実情に適合するかどうかということが疑われるのでありますが、いかがなものでありましようか。それにつきまして右の契約の登記は、婚姻の屆出から何どきでもできることとしてもよいのではないか。又これを変更することを得るものとしてもよいのではないかと考えられるのであります。尚又登記をしなくとも右の財産契約を公正証書にするという方法もあるのではないか。公正証書にしたときは、家事審判所の許可を受けなければ、婚姻中と雖も取消すことを得ないことというふうにしてはいかがかと考えられるのでありますが、御意見を承りたいと思います。
#50
○政府委員(奧野健一君) 只今手許に統計の資料を持つておりませんので、この次までには差上げることができると思いますが、仰せのように夫婦財産契約をして、その登記をした実例は極めて少いのでありまして、我が國において殆どこういう制度が行われませんから、むしろこういう夫婦の財産契約の制度は廃めたらどうかという議論も相当あるのであります。併しながら今後婦人の地位が法律的に非常に向上して参るという場合には、夫婦が婚姻に入る前に、予めそういつたような財産についての契約をいたすこともあろうというふうに考えまして、これは從來通り一應残したのであります。そこで若しこれが段々利用されるというふうになります場合には、この点について更に尚檢討を加えなければならないという考えを持つております。どういうふうにこれを改めて行くかということは、他の外國の立法例等に詳しい規定がありますので、そういう点も参酌して参りたいと思いますが、只今仰せになつたように、要するにこの考え方は婚姻生活に入つてからでは、これは夫婦の愛情というような、或いは実際上のいろいろな感情から、公正を保つことができない。そこで婦夫間の契約はいつでも取消しをすることができるというふうに、夫婦間においてはそういう法律的にやかましいことを言わないということになつておりますので、どうしても夫婦になる前に、そういう契約をはつきりして、動かせないように、特別なことのない限り変更ができないというふうに、七百五十八條によつて変更のできないようにして置かなければならないという考えは、まあ適当であろうと思うのでありますが、それを必ず登記をすることにするか、或いはまあ第三者の関係を見ると、やはり討議を必要とするように考えます。併し夫婦間の間であれば、公正証書くらいでよいのではないかということも考えられます。殊に又只今お話のありましたように、家事審判所というものができまして、夫婦財産契約の変更というようなことについても、家事審判所がこの中に入つて参りまして、これは七百五十八條にありますように、一旦決まつた夫婦財産関係を変更する場合には、家事審判所に請求して変更するということになつておりますので、家事審判所の機能が段々活動いたしますことも考えまして、夫婦財産契約に関する制度は改めて研究をいたしたいというふうに考えております。
#51
○委員長(伊藤修君) それでは本日はこの程度で散会いたします。明日は午前十時から質疑を継続いたしたいと存じます。
   午後零時十二分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     伊藤  修君
   委員
           大野 幸一君
          大野木秀次郎君
           奧 主一郎君
           水久保甚作君
           鈴木 順一君
           岡部  常君
           松村眞一郎君
           山下 義信君
           阿竹齋次郎君
           西田 天香君
  政府委員
   司法事務官
   (民事局長)  奧野 健一君
ソース: 国立国会図書館
姉妹サイト