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1949/02/23 第7回国会 参議院 参議院会議録情報 第007回国会 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第13号
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1949/02/23 第7回国会 参議院

参議院会議録情報 第007回国会 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第13号

#1
第007回国会 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第13号
昭和二十五年二月二十三日(木曜日)
   午前十時五十二分開会
  ―――――――――――――
  委員の異動
二月二十二日委員水久保甚作君、草葉
隆圓君、池田宇右衞門君、小畑哲夫君
及び紅露みつ君辞任につき、その補欠
として北村一男君、小林英三君、城義
臣君、門屋盛一君及び大隈信幸君を議
長において指名した。
二月二十三日委員小杉イ子君及び阿竹
齋次郎君辞任につき、その補欠として
楠見義男君及び柏木庫治君を議長にお
いて指名した。
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○カラカンダ地区抑留者の実態調査に
 関する件(右件に関し証人の証言あ
 り)
○証人喚問に関する件
  ―――――――――――――
#2
○委員長(岡元義人君) これより委員会を開会いたします。
 去る十七日、久保田義藏外三百六十八名の署名の下に、ソ連地区第九十九地区第九分所において、ヒラトフ少尉は思想教育のために全員集合の席において、日本共産労書記長徳田球一氏より、その党の名において思想教育を徹底し、共産主義者にあらざれば帰国せしめざるよう要請あり、よつて反動思想を有する者は絶対に帰国せしめぬであろうと言われたことに対しての真相調査の懇請書を提出されましたるため、去る十八日の委員会において、取敢えず徳田書記長の証言を聞く前に、一応懇請者代表一名、その際立会せる露語堪能の者、山森友太郎両名の証人の御出席を願つた次第であります。尚通訳に当つた管末治君は、住所調査に暇取りまして、而も北海道北見市であるため、本日の期日に間に合わなかつたので、他の機会に延ばさざるを得なかつた事情を各委員に御了解を願いたいと思うのであります。
 先ず証人の宣誓……。
#3
○中野重治君 委員長から今報告がありましたが、それはこの前の打合会及び委員会での決定とはやや違うのではないかと思います。それはあの際、問題はカラカンダ第九十九收容所における俘虜の状態の調査のために、この問題をきつかけに証人に来て貰つて事情を聞く、こういうお話なのであつて、特定の人々の証言そのもの、例えば今日ここに出席することのできなかつた通訳の口を通して云々のことが語られたという、懇請書に書かれておる文句そのものの取扱いというものがこの委員会の任務ではなかつたということは、この前明らかになつておるんですから、その点もう一応委員長から、今日の委員会が委員会として、この問題を取上げた趣旨をはつきりさして置いて欲しい、こう思うのであります。
#4
○委員長(岡元義人君) 中野委員からの只今の御発言に対しまして、今日の証人の出頭を願いましたのは、一応先ず懇話者の代表等において証言を求めました上におい、徳田書記長の証言を聞く必要があるかないかということをば審議するために、証人の御出席を願つたのであります。
#5
○中野重治君 中の、委員会が開かれた後の手続においては、そういう方向へ進むであろうということは予測されておつたけれども、この問題が委員会によつて取上げられて、何のために委員会がやるか、その趣旨ですね、その趣旨は、今日見えておられる証人そのもの、或いはその人達の提出された文書に書かれておる。共産党徳田書記長というふうな人々自身に問題があるのではなくてそれに関係はあるけれども、カラカンダ地区における日本人俘虜の取扱、その生活状態について一層正確な資料を我々が手に入れなければならない。委員会がこの問題を取上げた目的はそこにあるのだ。手続においてはさつき委員長が言われたように進むでおろう。この点を明らかにして置いて欲しい、こういうわけです。
#6
○委員長(岡元義人君) 了承いたしました。只今中野委員の御発言は御尤もでございまして、かねがね証人出頭に際しましては、目的を申上げてあつたのでありますが、重ねてこの際当委員会がこの問題を取上げておりますのは、今尚ソ連地区に残留いたしておりまするところの同胞が相当数おりますので、これを速かに帰還せしめるために、どのような方法をとつたらいいかということに、かねがね当委員会は最も関心を拂い、その対策を講じつつあつたわけであります。本日証人の出頭を願いましたのも、勿論我々委員会が一時も早く、残された同胞をば日本へ来て頂く、そのためには一切の実情がどうなつておるかということをば調査する必要があつたわけであります。
#7
○中野重治君 先程委員長から報告がありまして、この一問一答録に問題になる会議の日本人工作員管某、これが通訳をしたということが書いてあるのですが、そのために管という人はこの問題を調べるのに重要なポイントをなす、このことは明瞭でありまして、この前天田委員等々からも、管氏を是非証人として呼びたいというお考えが強くありまして、これは尤もなことでありましたから、この点を事務局の人を通して運ぼうとしたのであるけれども、先程委員長が報告されたように、昨日乃至今日になつて、管氏は北海道北見におられるということが漸く分つた。そこでここへ呼ばれないということは、この度のこととしては止むを得ないことだと思います。併し管氏が重要なポイントをなすということは切らかであるし、今後然るべき措置がとられるだろうと思いますが、この前の委員会で管氏のことが問題になつたときに、管氏のことは所在がよく分らない。又舞鶴の方でも確かに帰つてはいるけれども、いつ帰つたか分らないというような話であつた。こういうことは帰つたということが明らかであるにも拘わらず、いつ帰つたか分らないのでございます。その所在もなかなか分らなかつたということは、何か疑義を残す性質を持つている、こう思います。今後こういうことがもつと、援護局方面でもてきぱきと、即座に分るようにやつて貰わたくちやならないということが一つと、それからもう一つは、あのとき委員会で管氏というのは朝鮮人らしい、朝鮮人ならば証人に呼べるかどうかということもちよつと問題になつた。誰が管氏は朝鮮人であるという判断を下したかというと、これは委員会の事務局がそういう判断を下したということが速記に留められております。それで北海道北見に在住される管氏は朝鮮人であるか、日本人であるのかということと、それから今後その件に関して証人として呼べる手続が十分可能かどうかということ。それから一体事務局はどういう材料に基いて朝鮮人であるという判断を下されたのか、この点明らかにして置いて欲しい、これは簡單でございますから、その点を願います。
#8
○淺岡信夫君 十八日の委員会に私おりませんで分りませんが、大体委員長理事会においてのいろいろなこの問題の取上げ方につきましては、数時間に亘つて論議され、而も中野委員もその委員長理事会にオブザーバーとして出ておられ、相当の発言をなされておつたのであります。そこでこの通訳の管君を呼ぶということは、理事会において私が慫慂したのである。ところが事務局のいろいろな手抜かり、或いは遺憾な点があつて、今日の委員会に管証人を呼び得なかつたということは甚だ遺憾であります。けれども、これに対しては手だけは打つたのだということだけは、先程事務局から聞いたのでありますが、併し今日こうして証人も出ておられることでありまするから、このまま進行して頂きたい。そうして勿論管証人を呼ぶということに至れば、これはそういうふうな手続をとつて、来るべき機会に管証人をお呼び願うということで一つ議事を進行して頂きたいと思います。
#9
○北條秀一君 中野委員及び淺岡委員のお話を聞いておりまして、私は今特に中野委員から発言がありました点は、先般の理事会における打合の、際にも私はあそこにオブザーバーとして出ておつたのでありますが、カラカンダ地区抑留同胞の実態を調査するということが結論であつた。とこが今の委員長の最初の御発言は、そのために徳田書記長を呼ぶ前提として二人の証人を差当り呼んだのだ。こういう説明があつたために、これは理事会の決定及び委員会の決定と違う、そうでないのだ、カラカダ地区抑留同胞の実態を調査するという單純な目的を明示されればよかつたのでありますが、今言いましたような説明がありましたために、中野委員から問題が出たのだと思うのであります。従つてその点を確認されれば、私は淺岡委員の発言によつて議事を進めることに一向差支えないと考えます。
#10
○委員長(岡元義人君) 北條委員に申上げますが、その点については先程委員長からはつきりするように申上げたつもりでございます。
#11
○北條秀一君 その点が確認されておれば私は異存はありません。どうぞ議事を進行願います。
#12
○委員長(岡元義人君) それでは進行することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#13
○委員長(岡元義人君) 先ず証人の宣誓を求めます。御起立をお願いいたします。傍聽の方も起立を願います。先ず久保田証人より宣誓を願います。
   〔総員起立、証人は次のように宣誓を打なつた〕
   宣誓書
 良心に従つて真実を述べ、何事もかくさずも又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人 久保田善藏
#14
○委員長(岡元義人君) 山森勇太郎さんにお願いいたします。
   宣誓書
 良心に従つて真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。
        証人 山森勇太郎
#15
○委員長(岡元義人君) 御著席を願います。この際証人の方に一言御注意申上げて置きたいと思います。先程も本日の調査の目的を明らかにいたした次第でありますが、証言に際しましては、宣誓されました通り、事業そのままを述べて頂きたいのであります。尚、議院におきます証人の宣誓及び証言等に関する法律第六條によりますと、「宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処する。」ということになつております。この点は十分御注意をお願いしたいと思います。併し民事訴訟法の第二百八十條に該当する場合は証言を拒否できるようになつておりますけれども、この点も併せて御注意申上げて置きます。御参考までに民事訴訟法第二百八十條を朗読いたして置きます。
 第二百十八條 謹言カ證人又ハ左ニ掲クル者ノ刑事上ノ訴追又ハ處罰ヲ招ク虞アル事項ニ關スルトキハ證人ハ證言ヲ拒ムコトヲ得證言カ此等ノ者ノ恥辱ニ歸スヘキ事項ニ關スルトキ亦同シ
  一 證人ノ配偶者も四親等内ノ血族若ハ三親等内ノ姻族又ハ證人ト此等ノ親族關係ニアリダル者
  二 證人ノ後見人又ハ證人ノ後見ヲ受クル者
 以上であります。尚、委員会の運営を円滑ならしむるために、証人から発言されますときには、必ず「委員長」と前以てお呼び下さいましてし許可があつてから発、言を願いたいと思います。
 先ず久保田証人の証言を求めますが、先日提出されました懇請書の趣旨について、改めて久保田証人からその懇請書の趣旨について御証言を求めます。
#16
○証人(久保田善藏君) では只今委員長のお言葉によりまして、一応懇請書の内容をここに発表いたします。
   懇 請 書
 在ソ日本軍事俘虜及抑留者引揚促進は停戰後に於ける日本の重要、国策にして、之が具現に関し進駐軍の絶大なる努力と国民の総力を挙げ居るところにして洵に感激に堪えざるところなり然るに第九九地区(カラカンダ)第九分所に被收容中同所長代理中尉シャヘーフ治政治部将校ヒラトフ少尉(通訳日本人管某)は思想教育の為全員集合の席上俘虜の帰還質問に対しヒトラフ少尉は左の如く言明せり
  「日本共産党書記長徳田球一氏より其の党の名に於て思想教育を徹底し共産主義者に非ざれば帰国せしめざる如く要請あり依而反動思想を有する者ば絶対に帰国せしめぬであろう」
 世界平和及民族の自由独立を標標せる日本共産党の斯る態度は人道を無親し国民の総意に悖り在ソ同胞の犠牲の上に党勢拡大を企図し剰ヘソ連に阿諛せんとするものなり果して之が事実なりとせば日本政府進駐軍の努力及国民の総意に反するものにして引揚促進に多大なる障碍を及すは言を俟たず依而右事実の真否を究明し善処あらん事を切望す茲に二月九日歸還せる日の丸梯団全員名に於て懇請するものなり
   昭和二十五年二月十四日
         日の丸梯団一同
          三百七十三名
 これが懇請書の内容であります。
 次に、私はこの懇請書を提出するその理由といたしましても先ず最初にここにおられる諸氏に、一応ソ連の対外政策並びに軍事俘虜抑留者に対するところの取扱い、これを一応認識して頂きたいと、このように考えるものであります。これの発表について委員長の許可を願いたいと思いますが、如何ですか。
#17
○委員長(岡元義人君) 久保田証人に申上げますが、要点だけできるだけ時間をとらないで述べて頂きたいと思います。
#18
○証人(久保田善藏君) 分りました。
#19
○淺岡信夫君 カラカンダ地区の問題、一般調査ということになつておりまするから、一言詳細に十分御証言を願うようにして頂きたいと思います。
#20
○委員長(岡元義人君) 只今淺岡委員から御発言がございましたが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#21
○北條秀一君 今証人が言いました内容と、淺岡委員が言いました内容は多少食違いがあるのではないかと思います。カラカンダ地区における残留同胞の実情を詳細に証言して貰いたいというのが淺岡委員の発言であつたと思いますが、証人の言はソ連の対外政策並びにその引揚遅延、こういうことでありましたので、先のソ連の対外政策というふうな問題は、これは單に証人の主観に基くものでありまして、私共としてはあとにこれは参考資料になるかと思いますが、先ず何よりも必要なのは、本日証人を呼んだ核心に触れて行く必要があると思います。ですから、それは淺岡委員の言われたように、カラカンダ地区の收容所における残留同胞の実態を我々は先ず把握したい。その点についての証人の証言を求めたいのであります。
#22
○淺岡信夫君 私は今北條委員が言われました点につきましても同様でありまするが、私は全般的な問題を指したのでありまして、証人は証書としての制約を受けないことを骨子といたしましてや広範囲に亘つて、それはどの部門に属そうが、或いはどの範囲に亘ろうが、十分に不覊奔放に証言を頂きたいと思います。
#23
○天田勝正君 広範囲の証言も私も賛成ではありまするが、今淺岡委員のお話によりますと、証人の宣誓にこだわらずという意味の言葉がございましたが、これは……
#24
○淺岡信夫君 こだわらずとは言わない。
#25
○天田勝正君 それは速記を見ればいいと思うのですが、それはこだわらないわけには行きません。やはり証人が宣誓した範囲において真実を述べるということは飽くまで守つて頂かなければ、今後本委員会の権威に関するので、この点はさようにお運び願いたい。
#26
○淺岡信夫君 異議なし。
#27
○天田勝正君 それで、ソ連の対外政策というようなことにつきましては、これは当委員会或いは各委員がその判断を下すのでありまして、さような対外政策が如何なるものを指すかというのは、実態をお述べ願えればよろしいので阿りまするから、先ず総括的にカラカンダ地区におけるところの残留同胞の生活実態、これらをいわゆる広範囲にお話を願いまして、次に、先程朗読されましたところの懇請書の内容的なもの、即ちそれは如何なる場所で、如何たる人達がおつて、誰がそれを聞き、又それを証拠立てる人達は誰であるか。こういうようなことを微細に亘つてその点は御証言願いたいと思う。こういう順序でお進め願いたいと存じます。
#28
○門屋盛一君 この国会の委員会に証人として呼び出されたときの証人の心理状態ということを余程考える必要があると思います。この意味から言いますと、主体は、一番の目的はカラカンダ地区の実態を聞くことにあるのでありますが、その実態を述べる上に、証人自体がこれだけは附加、附加えるという意味ではなく、説明しなければ分らないと思うことは、これは言かなければならない。(「その通り」と呼ぶ者あり)委員会の運び方としまして、かくのごときことは、事前に委員会で打合せして置くことで、証人を前に置いてそういう議論をやりますと、証人の発言する心理状態に悪影響があると思う。非常に発言しにくくなる。その意味において淺岡委員の言い廻し方は、自由奔放ということを言われると、自由奔放は困る。困るけれども、証人がこのカラカンダ地区のことを詳しく説明する上において、証人自体がこれだけの説明を加えなければならんと思われることは遠慮なく発言して貰う。私も証人として二時間ばかり調べられた経験がありますので、制約を受けますと真実を述べることができなくなる。これだけは申上げて置きます。そのつもりでやつて貰いたい。(「異議なし」「進行」と呼ぶ者あり)
#29
○委員長(岡元義人君) それでは久保田証人に、只今各委員から、最後に門屋委員から御説明がございました通り、その点御了承されて証言をして頂きます。
#30
○証人(久保田善藏君) 今カラカンダ地区の状況を申されましたが、我々はタシケント地区よりカラカンダ地区に来て、約四ケ月間最後の取調べの地としてカラカンダに集結したのであります。私がここに述べることはソ連の対外政策と申しましたが、本日ここに最も重大な、問題となつているところの、日本共産党書記長徳田氏の放言せる問題に関しまして、これは関連性を持つし、且つ又なぜ我々が四ケ年半という長時間に亘つて残されて来たか。或いは又帰還がどうして遅れたかということを述べなくてはこの問題を突き詰めて行くことはできない。だからこそ、私はその必要性から求めてここにお述べするわけであります。その前に私はその当時通訳をしておりました管末治が、この席上にいないことは誠に残念であります。なぜならば、私は第九十九地区九分所において反ソ宣伝を行いましても而もそれは全大衆を集めまして、文化活動の中において反ソ宣伝を徹底的に行なつたのであります。そのために私は当時教育の任に当つておりました管末治から徹底的な批判を受けたわけであります。私はその管末治がことにいないことは誠に残念でありますが、いずれにせよ、この席上においてなぜ帰還が遅れて来たか、この問題についてお話して見たいと思います。
 ソ連は全世界の勤労階級に向つて、ボルシェヴィキ党の名において、偉大な社会主義の城塞であるソ同盟は、全世界の勤労階級を資本主義と帝国主義の鉄鎖より解放し、民族の主権を擁護し、平和と自由、民族独立のスローガンを掲げて進む先導的国家であると呼びかけているのであります。そうして又全世界の平和を破り、全世界の勤労階級を戰争の恐怖の中にさらし、民族の独立を尊重せず、再び全世界を第三次世界大戰の渦中に捲き込み、特に日本の場合、対ソ攻撃のための軍事基地となし、全日本人を肉弾と化し、世界制覇の野望を達成し、第二のフィリツピンと化さしめ、或いは又帝国主義を復活し、満洲、朝鮮、台湾を奪回、これを日本へ提出、強力なる日本を再建し、世界攻撃の足場にせんとしているものこそ――帝国主義者であり、現日本吉田内閣であると宣伝しているのであります。在ソ軍事俘虜及び抑留者の帰国問題に関しましては、帰還を遅らしているものこそ――であり。現吉田内閣でありもそれを取巻く一連の反動であると主張しております。私はソ連におけるかかる日本新聞により宣伝が全く正反対であることを強調し、四年間の在ソ生活より学び得たソ連の真実を暴露し、アメリカ進駐軍、衆参両院、吉田内閣に本懇請書を出した理由を説き、日本共産党書記長徳田球一氏がソ連に呼びかけたという「日本人にして赤化思想を、持たぬ者は絶対に日本に帰して呉れるな。」、この非人道的な行為の真否を追及し、残されたる在ソ日本人救命のために、全日本の総力を結集して、この問題解決のために協力あらんことを切望するわけであります。然らばソ連の政策でありますが、これはマルクス・レーニン主義の理論による共産主義社会の建設に向けられているのであります。我々がソ連で読まされたソ同盟共産党史、即ちボルシォヴィキ党史、弁証法的史的唯物論や、ソ連憲法、即ちスターリン憲法、その他数多くの書籍やパンフレットの中に綴られたる共産主義、即ちマルクス・レーニン主義論理は一応整然たる筋道による語字で綴られている。ソ連は三十二年前の封建制度と資本主義を打破し、今や社会主義より共産主義へと移行しつつある社会主義の発展的途上にあると呼びかけております。そうして又人による人の搾取のない国、平和と自由と平等の国、都会と農村の対立のない国、階級的対立のない国、民族の平等、民族的偏見のない国、文化、政治、生産生活、あらゆる面において世界の国と称しておるのが、このソ連であります。恐らくソ連に抑留されているところの何十万の日本人が、ソ連に軍事俘虜並びに抑留者となつたドイツ人・イタリー人、朝鮮人、中国人その他数多くの国民が異口同音に呼び唱えるところは、共産主義理論は遠大なる夢のような理想であるが、革命後三十二年間経過せし現有のソ連の実情は、この理想より遥かにかけ離れたものであると言い、甚だしきは、ソ連人自身にして、ソ連政府の政策に心からなる賛意を表しておらないということを、ここに断言し得るものと思います。そうして又極端に言えば、ソ連は―――――と言うことができるのでありまして、現在のソ連はこの実際の政治の運用から見れば、――の国であり、ボルシェヴィキ党の――政治であります。ソ連には十六の共和国であり、そして百十一の人種が住んでおります。我々の知つておる実際に生活した国は、ウズベックスタン、カザヒスタン、この二つの共和国でありますが、この共和国の中で、果してイズベック人、カザヒ人、タタール人が、それぞれの国の主権を握つておるでありましようか。又これらの人種で、ありとあらゆる職場で指導的、或いは又主要な地位に著いておる人が何人ありましようか。我々が見たり聞いたりした範囲内にあつては。これらの国々は事実上―――――とほぼ同一の状態に置かれておるのであります。国民の生活は共産主義への過渡的時代であり、而も独ソ戰において傷め付けられたとは言え、戰勝国として、而も戰後五ケ年を経過した今日、貨幣改革が行われ、切符制が廃止されたにも拘わらず、依然として而も衣食住に亘り実に苦しい生活を続けており、我々が曾て見たこともないような乞食生活をしておるのであります。これは私達が直接その市民の生活の中に入つて見て来たのであります。最低生活を送りつつある我々俘虜に対して、ソ連の市民が金を貸して呉れ、今日で二日も食つていないからパンを何とかして呉れ、煙草を呉れと幾度となく言われたのであります。このような事実から、彼らの生活の窮乏せる一端を覗き見ることができるのであります。そして又高い板塀を鉄條綱に囲まれた厳しい銃の監視の中で、絶えず強制的に共産主義理論を押付けられた。特に抑留者の場合には、過去の経歴その他で睨まれていたために、抑留者は果していつ帰れるか、抑留者は帰れないであろう、民主運動をやつて赤化思想を持つている。或いは又この者は思想的に変化したとみなされる者は帰れるであろう。このような種々の噂が飛んだのであります。そして帰りたい一念から、先ず我々はタシケント地区の第二分所において僞民主運動をやつた者も少くないのであります。併し本質は暴露されました。勿論ソ連側自体としても、前職関係者や抑留者は幾ら民主運動をやつても信用しなかつたのであります。そして我々抑留者や全職関係者は、あちらこちらもウズベック共和国の隅から隅を奴隷のごとく取扱われて転々と移動して来たので駈ります。その間大勢の患者を出して行つた。そうして移動の度に煙草やその他の当然配給を受けるべき金までも搾取されて行つたのであります。入ソの際着て行つた軍服や、背広や、将校の持つて行つた物品まで、あらゆる手段によりはぎ取られ、甚だしきは收容所のソ連の兵士、下士官その他の職員の手に渡つて行つたのであります。それに代つてぼろぼろの作業衣が支給されたのであります。ソ連政府の温かい愛情で着せられたぼろぼろ服と下駄靴を身に着けて、故郷の空を眺めて我々は泣いたのであります。そうして当然我々の口に入るべき肉やパンや、米や野菜や、保温用の石炭までが收容所の職員の手に流され搾取されたのであります。だが皆ただ黙つて堪えて来たのであります。反ソ的なことを言えば、ありとあらゆる手段によつて残され、移動させられ、いずこへともなく姿を消して行くからであります。皆歯を食いしばつて帰国を待つた。そうして雨の日も風の日も零下三十五度、四十度の白雪の下にただ黙々として作業を続けて来たのであります。その間腕を取られ、手百を奪われ、或いは又足を收られて、そうして負傷をしてばたばたと倒れて行つたのであります。――は民主運動を利用しまして、ソ連強化こそ日本民主化のゆえんであり、帰国云々する者は真の民主主義者ではない。ソ連はプロレタリアの祖国である。日本の民主化を、民族の孤独を、日本人の解放を願い、――帝国主義者。――反動と闘争するものこそソ連である。この偉大なソ連を強化し得ない者は反動として赤化思想を植付けて、民主運動と結び付けて労働を強要して来たのであります。或るときは即死、或るときは病に倒れ。或るときは不具者となり。日本の空を眺め。一日も早く迎えに来て呉れることを神に念じておるのであります。我々は二度も三度も帰還のための感謝文を書き、或るときは三十分以内に移動と言われ、蹴倒すようにして囚人列車に乗せられ、真つ暗な檻の中で放浪の旅を続けたのであります。我々が移動した地で市民に対し、お前達は物質的にも、精神的にも仕合せに恵まれておるかどうかと尋ねますと、その反対の答を我々は聞きました。ソ連には囚人の多いことに驚かされる。どこへ移動しても多くの收容所を見ることができます。勿論この中には朝鮮人も、中国人も、日本人も、ドイツ人も、イタリア人も、白系露人もおります。日本人の場合は停戰後樺太より刑を受けてソ連の奥地に送られた人が多いようであります。タシケントで会つた樺太から五年の刑を受けて、三年で解放されたが、働く所もなくも放浪の旅を続けておると泣いて君つた五十歳の人の話では、約五万人の受刑者がソ連に来ておると泣いて言つておりました。その原因を聞きますと、停戰直後、自分の船で家族を連れて日本に密航しようとしたところを発見された者、自分の畑で作つた大根一本抜いて五年、或いは出勤時間が三十分遅れたといつて作業サボとして送られた。このようにして社会的共有物云々とか、或いは作業サボとか、種々の理由を付けて送つたそうであります。この人達もいつの日か日本に帰ることができるであろうか、ただそれのみを待ちわびておるのであります。帰国、これは戰後四年、在ソ同胞は勿論のこと、日本におる家族の最も念願とするところであります。我々はソ連にあつて、その帰国の問題について幾度となく追求して参りましたが、その度に、お前達の帰国を遅らせておるものは――であり、現吉田内閣であり、そうしてそれを取巻く一連の反動である。幾度話しても迎えに来ない。ソ連はいつでも約束した人数を返すだけの用意をしておるに拘わらず、船も寄越さない。或いは十一月以降シベリヤ鉄道が凍結して運行困難である。衛生的見地からいつてもソ連はそのような無責任なことは絶対にできない。或いは又ナホトカが凍結しているから今年は駄目だ。このようなことを毎年繰返して来たのであります。ところがその度我々が最も困難とするシベリア鉄道を無事故で、ただの一人も犠牲者を出さず通過してナホトカに着いたのであります。勿論毛布一枚貰うことができませんでした。ところがナホトカに着いて見ますと、ソ連が砕氷船を寄越さなければ来られないというナホトカ港、日本海は青々として我々を迎えて呉れたのであります。而も日本においては今か今かと迎えの船を準備して、ソ連からの出航要求を待つておるという事実を我々はナホトカで知つたのであります。我々はここにおいてはつきりと――の労働力欲しさの――の手の内を知ることができたのであります。我我はそのときに考えました。若し米進駐軍がいなかつたら、或いは全日本国民の世論に訴えて、現内閣、参集面院及び復員庁初め当局の絶大なる支援と熱烈なる帰還促進運動がなかつたら、この最も厳しい冬季間に、前例なきこの輸送はなされなかつたであろうということを痛感したのであります。そのことは日本土陸と共にますます強く感じられたのであります。そうして今まで第一梯団におられた人も続々と我が日の丸梯団に入団して来たのであります。私はここで日の丸梯団を代表して強調したいことは、我々が生涯を通じて永久に忘れ得ぬ感激、それはナホトカにおける高砂丸乗船以来、我々に対して示された船長はじめ復員関係当局の肉身にも優る温い愛情と、我々日の丸梯団が桟橋に上陸したとき、あの雨の中にびつしより濡れながら我々を心からなる誠実と温い愛とを以て迎えてくれたダグラス・マッカーサー将軍代理の出迎え、参衆両院代表その他各府劍代表の出仰えであつたのであります。整然として並べる我が日の丸梯団は遠く一万キロ離れた戰友の無事を折り、異国の地に永遠に眠る人達の冥福を祈つたとき、アメリカ進駐軍代表参衆両院代表も皆一斉に脱帽し、目には早や熱い涙が光つているのを見たのであります。この姿を見よ、この人達が何で国を売り我々の帰還を遅らせているといえよう、各代表の激励の挨拶に応えて全員新民主日本建設のためやるぞの一言を以て船中で作つた日の丸を先頭に宿舎へと進んだのであります。私ははつきりという、我々の帰還を遅らしたのはアメリカ進駐軍でもなく日本政府でもない、この責任はソ連当局にあるということを。
 そうして今ここに最も大きな問題となつているのは、ソ連将校の語つた日本共産党書記長徳田球一氏の言葉であります。民族の独立、自由と平和を愛して闘う共産党が、ソ連当局に対しまして日本共産党の名において、反動は帰して呉れるな、こういうふうな非人道的な暴言を吐いたことが事実とするならば、ソ連における共産主義の理論と実際と一致していないのと同様、口に民族の独立を唱えながらこの裏面において日本民族を滅亡の渕に追込まんとする恐るべき政策であるということが言えるのであります。世界の平和も民族の独立も自由も幸福も、この帰還促進運動の発表なくしてあり得べきではない。アメリカ進駐軍総司令官ダグラス・マッカーサー閣下は、我々日本人に日本の表徴たる日の丸を帰して呉れました。ソ同盟政府は日本共産党と共に日本の国に赤旗を樹てようとしています。併しながら日本人の求めているものは赤旗ではない日の丸である。断わつておくが我々日の丸梯団は帝国主義者ではない、又徒らに保守反動の集結でもない、又第三次世界大戰の放火者でもない、又民族の独立を失い奴隷となり肉弾になるための組織ではない、帝国主義はた又封建制度への復古も希つてはいない、民主日本の延再建こそ我々日の丸梯団の念願し目的とずるものである。この目的達成のために残留在ソ同胞の帰還促進運動の前衛として活躍することを我々は政府に対し要求すると共に、我々も又この日の丸の旗の下に死んで行く覚悟を持つております。我々は、思想により理論謀略により資本主義諸国を内部より崩壊せしめ、結局において世界制覇を夢みているととろの――真実を暴露し、そうして誤れる方面に向えるところのソ連より帰つた人達の宣伝によつて赤化して行こうとする人を徹底的に正しい方向に進めて行く考えでおります。
 それで今問題となつているところの九十九地区九分所において行われた政治集会の内容をここでお話いたします。私達はタシケントのアングレン並びにタシケント第九、第三分所より集結いたしまして、最後の集結地であるところのカラカンダ九十九地区の九分所に着いたのが九月の七日であります。そうして九月十五日十時三十分、この九分所にあるところのクラブにおいて政治集会と称しまして、そのときに六百名いたのでありますが收容できませんので二回に分けて收容すると言いまして最初に三百名程入れたのであります。そのときの出席者はソ側の所長代理であるところのシヤフエール中尉、政治部将校であるところのヒラトラ少尉、日本側俘虜及び抑留者約三百有余名、それから司会としましては日本人の政治工作員管末治、これによつて政治集会が持たれたのであります。政治部将校の講演の内容は第一に国際情勢、即ち民主勢力の世界におけるところの拡大、これについて縷々述べられまして、朝鮮の独立並びに毛澤東を首班とするところの中国の解放、そうしてこの中国の解放がいかに世界の民主勢力に大きな影響を及ばずかということを縷々述べたのであります。その次に日本の民主化、これについて述べられまして、日本の民主化はソ同盟の強化なくしては絶対にでき得ないということを強調したのであります。三番目に今後のラーゲル生活についてまず文化活動を早急に展開せよ、或いは生産についての規律を確立せよ、これを述べたのであります。この結論として生れたものは、日本の民主民族戰線に結集すること、赤旗の下に結集することでこれは強烈なるところのイデオロギー赤化思想を持たなければ実際になされないというこう、又ソ同盟の強化なくしては絶対に日本の民主政府の樹立はでき得ない、共産主義の勝利はあり得ないということを、この文化或いは生産規律の確立に持つて行つたのであります。即ち労働は正義である、これはマルクス・レーニン主義の根本理念から来るものである、だからお前達は思想を強化すると共に徹底的にソ同盟強化のために狂奔しなければならない、身命を賭して闘わねばならないということをここで謳つたのであります。その次に元興安特機にいました軍事俘虜峯田恒次三十才は、我々はアングレンで帰国のために中間集結地に行くのだとソ側将校より言われ出発した、今までに何回となく同じことを言われて幾多のラーゲルを廻つて来たのであります、又ここでは帰還問題については何ら話をして呉れない、みんなの知りたいのは、国際情勢なんかはどうでもいい、とにかくいつ帰れるか聽いたのであります。
 ヒラトフ少尉曰く、帰る時期は言えない、と簡單に述べられたのであります。これに憤激いたしまして、元憲兵軍曹でありました植松楢数は、今年の春ソ連は十一月までに戰争犯罪のため取調中の者を除く以外の者は帰国せしめると声明したではないか、我々はこの九万五千の中に入つておるのかどうか、これは一体どうなるのかということを追及したわけであります。そのときにヒラトフ少尉立つて曰く、日本共産党書記長同志徳田球一より、反動分子は帰して呉れるな、このように共産党の名において日本の反動分子は決して帰して呉れるなと言つて来た、だからみんなは赤化思想を持たない限りは、反動は絶対に日本に帰ることはできないであろう、このようなことを述べたのであります。そしてこのことは第二回目の三百名にも知らされたのでありますが、一同は憤激いたしましてこの二回目の集合には参加しなかつたのであります。このようにして徳田書記長の放言せることが果して真実とするならば、我々は日本に帰つてこのことを徳田書記長と対決して徹底的に追及しなければならない。これが日本民族を愛し、平和を愛し、自由を尊重するところの日本共産党の取るべき行為ではないということを喧々囂々と述べたのでありますけれども、そのときに余りこれを大きく取上げていると、又どこに送られるか分らないと言うて皆自重して黙つて来たのであります。
 これがこの問題の内容でありますが、次に結論として、日共はソ連に対して隷属的である、それは明らかに日本共産党がソ連の支援を受けてているし、ソ連の力によつて武力革命を起さんとしている、だからこそこのたびのごとき野坂批判が発生したのであります。若し日共がソ連強化のため協力せずマルクス・レーニン主義の根本理論より外れたる行動をとり平和革命を起さんとするなれば、ソ連はこれを反動として痛烈なる批判を加えチトーのごとき存在に陥れるであろう。このたびのごとき徳田氏の非人道的放言は日本民族独立も主権の擁護も、自由と平和も只單なる念仏に等しき共産主義を暴露し、今何十万というソ連領土よりの完全なる帰還なくして、真の平和も民族の独立も民主的政府の樹立もあり得ないのである。共産党は民自党や或いは社会党を売国奴と称しているが、これは又日本新聞でも堂々と宣伝されたのでありますが、我々に言わせるならば、日本共産党こそ日本国土を売り、日本民族を滅亡の死の渕に追込まんとするところの恐るべき売国奴であるということができるのであります。国会は憲法上主権を行使し国家最高の意思を決定する機関であります。共産党議員も当然これが組織者たるに拘わらずかかる国策にもとり人道を無視せる行為をなしたることの真否については、参衆両院において徹底的に究明するの方途を講ぜられ、共産党は国民の前にその重大なる責務を如何にして負うべきかと明らかにせられんことを要望いたしまして、私の説明を終りたいと思います。
#31
○門屋盛一君 主体より大分説明の方が長かつたのでありますが、要するにカラカンダ地区での思想教育の折に、証人は三百人くらいの人が一緒にその思想教育を受けた、そういうことなんですが、そのときにどういう形でやつたかということが問題になるのですが、証人はロ語は十分に分るのですか。
#32
○証人(久保田善藏君) 少しは分ります。
#33
○委員長(岡元義人君) 証人に申上げます。先程御注意申上げましたように発言されるときには必ず委員長の許可を得てから発言願います。
#34
○門屋盛一君 証人は議会に馴れておりませんから私の質問は暫く一問一答で参りたいと思います。
 証人は証人自身でロ語が分るのですか、或いは向うの人の言われたことを通訳を通じて聞いたのですか。
#35
○証人(久保田善藏君) 勿論通訳を通じて聞きました。
#36
○門屋盛一君 あなたは分らないのですか。
#37
○証人(久保田善藏君) 少しは分ります。
#38
○門屋盛一君 大体問題はいろいろと言われたのですが、本当にそういうことを言うたか言わんかということになるのですが、無論宣誓しておるのであるからこれに対してあなたが嘘を言つておるとは思えないのであるけれども、少し分るぐらいで今お話になつたようなことがちよつと判断が言かんと思うのです。
#39
○証人(久保田善藏君) 併しそれは管末治氏の日本語の通訳によつて我々は聞いたのです。
#40
○委員長(岡元義人君) この際ちよつと委員の方にお諮りしたいと思いますが、山森勇太郎証人がその際立会われております。証人として特にロ語が堪能の者をば選んで出席を求めておるのでありますが、この際山森証人より証言を先に求めた後に御質問を願いたいと思いますが御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#41
○委員長(岡元義人君) それでは先ず山森証人……
#42
○原虎一君 議事進行についてです、が、先程門屋委員からも御意見がありましたが馴れておられない関係もありましようが、意見の発表は質問の場合に述べられるというような形で進められるようお願いしたいと思います。ただ事実だけを述べて頂くように委員長から重ねて御注意願いたいと思います。
#43
○委員長(岡元義人君) 尚証人の方に申上げておきますが、これから先は各委員から質問された要点に対してだけお答えを願いたいと思います。尚山森証人の証言を求めますが、只今久保田証人が述べられました第九地区におきまして植松橘数君から質問されました際にどのようなことがヒラトフ少尉から伝えられたのか、あなたは直接分るわけでありますからその点等に触れて、御証言を願いたいと思います。
#44
○淺岡信夫君 その前に山森証人がどの程度のロ語を解するのか、その経緯を委員長からお尋ね願いたいと思います。
#45
○委員長(岡元義人君) それでは山森証人はロ語はどうして話せるようになつておられるのか、過去における経過を先ず以て御証言願つて続いで委員長からの質問に答えて頂きたいと思います。
#46
○証人(山森勇太郎君) 自分は軍隊に入りましてから約一年間ハルビンにおいてロシヤ語の教育を受けた者であります。そうして一応師団司令部の情報部に入りまして、それから更に停職のときまでずつとロシア語の講習を受けておつた者であります。通訳といたしましては陸軍の一等通訳であります。只今の集会に際してのソ連政治部将校のヒラトフ少尉の演説の内容は正に今久保田氏が述べられたような要点によつて盡きると思います。それは全然間違いありません。それから最後に植松楢数氏の質問に対しての返答といたしましては、自分がソ連の政治部将校から聞いた直訳を申しますと、大体ヒラトフ少尉は、日本共産党の要請によつて、本年の十一月までに日本人俘虜全員帰還せしめるという政府の声明に対しては、反動分子はこの適用を受けない、この声明には関係がないのだ、こういうような話をいたしました。それを通訳の管末治氏が只今久保田氏が申しましたように共産党の書記長徳田氏からの要請によつて反動分子を帰して呉れるな、そういつたような通訳をいたしたわけであります。
#47
○天田勝正君 まず先に久保田証人に伺いますが、先程長いこと述べられた点を要約いたしますれば――――その独裁をやる方の側は極めてよろしいけれどもやられる方の側ば誠に悲惨である、こういうことを長い時間かかつて説明されたわけであります。その具体的な問題を私は聞きたいのであつて、あたなが仰せになりまする各收容所を移動する場合に、いろいろな給與の面について搾取されておる、こういうことを述べられましたが、その搾取とはどういうことであるか、或いは蹴倒される云々という点がありましたが、それらの事実、どこで誰が……あなたの場合だと思いますが、自分が如何なる理由によつてそうした処置をとられたか、こういうことを先ずお聞きしたいのであります。
 それからこの点は私開き漏したかも知れませんが、樺太から五万人の日本人受刑者が送られておつてそれらの人と会つたというやに聞いたわけでありますが、あなたはどこで如何なる人に会つて、その人の話によつて云々ということを御存じになつたのか、或いは又あなた自身が会われた人でも何人くらいおつたのか、とうした具体的なことをお開きいたしたいのであります。更にナホトカに参つてから今までの――の宣伝というものは全部――であるということが明らかになつたのだ、こういうことを仰せでございましたが、私共今まで非常に当委員会で証人を喚問いたしました場合に不思議に感ずるのは、向うへ参つておられる方でも勿論インテリの方が相当多いのであります、それらの人達が殆んど全部といつていいくらいに日本が船をよこさないから、要するに帰すことができないのだ、こういうことをまともに信じておる。自分みずからが拘束されて自分みずからが自由を奪われておる立場に立つならば、日本が全体としてそのような立場に立つてないということは直ぐさま了解が付くことではなかろうかと私共は考えるわけであります。そこで、あなた方の仲間に多いでありましようが、沢山知識階級がおられたそれらの人達もやはり向うにいるうちは、ソ連の宣伝と申しますか教育というものを全的に信じておつて、それがナホトカに来た瞬間に変つて来た、この点を先ず御証言願いたいと存じます。
#48
○証人(久保田善藏君) 只今の質問に対しまして、相当長くなりますので差支なければここで発言いたしますが、如何ですか。
#49
○委員長(岡元義人君) 証人に申上げますが、只今天田委員から聞かれた点だけについて、運営上非常に時間を取りますのでお答え願いたいと思います。
#50
○証人(久保田善藏君) では帰国の問題に関しまして、樺太から来ら、れた人達の中から五万人の人間がこちらに囚人として送られておるという、これに関しましては一九四九年の六月に、シベリアの或る刑務所に送られておつたところの老人と若い人が二人アングレンの收容所を訪ねて参りました。そうして入口の所へ立つておりました。彼らの要求は、飯を食わして貰いたい、寝る所はないか、できればこの收容所に入れて呉れないかという要求であつたのであります。私はその柵の所に立つておりまして、どこから来たのだということを聞きましたら、実は五年の刑でシベリアに送られたけれども、三年で出て来て、三百円のルーブルの金を貰つて放り出された、日本に帰して呉れと言つたところが、金を持つて極東に行つてはいけない、タシケント地区に行けと言われて汽車に乗つて来たが誰も雇つて呉れないし、タシケントの收容所に行つたところが、アングレンに日本人が沢山いるからアングレンに行けということで、やつと歩いて来たが、知つている人は誰もいない、何とかして呉れないかという話でありました。そのときに、五万人の人が一九四八年の末までに囚人として送られるであろうということを私達は聞いた、だから現在すでにもう四九年であるが故に五万人の囚人が来ているに遠いないということを言つたのであります。そこからして私達はその人々の言葉を一応信用し、当時ソ連において新生命という新聞が発行されておりましたが、それも全然樺太の状況とは異なつたものであるということを聞きまして、この人々の言葉を一応信用して我我は参つたわけであります。それからタシケントに来ても農場に捕虜のうちに潜り込んでいた二人の樺太から来た囚人がおりました。この人達は先程申しましたように大根を盗んで囚人となつたのだそうであります。それは帰れるか帰れないか分らないけれども一応捕虜のうちに入つておれということで入つておるという話を聞きました。この人の話によるとシベリアで四千五百人の人間が、労働で死んでおるということを聞きました。それから今度はカラカンダに参りまして二人の人に收容所の外で会いました、そのときも、それはすでにもち市民権というものを持つておりました、市民権を持つたら帰れないから何とかして帰して貰えるようにして呉れないかということを、これは三十七八歳の男でありましたが言つておりました、現在非常に苦しい生活をしておるということを言つておりました。それから尚七ラーゲルの裏に囚人收容所がありまして、中国人、朝鮮人、イタリア人、ドイツ人といういろいろの囚人が入つて強制労働に服しております囚人ラーゲルがありましたが、二十数名の日本人が嚴重なる警戒の下に作業しておりまして、私共が作業しておる所に行つたら銃を向けられまして話すこともできませんでしたが、樺太から来たということを聞きました。恐らく私達はその五万人というものは全ソ同盟のうちの各地区に透られて強制労働をさせられ、或いは死んで行つたのではないかというように考えるのであります。
 それから帰国の問題について、日本が船をよこさない、吉田政府が船をよこさないということについては、四年半を通じて日本新聞並びに政治将校の口から聞いて来たのであります。これは日本に帰つた人達のすべてが知つておるわけであります。日本新聞を読んだ者は全部知つておるわけであります。これに関しましても、私達はそのときは果して日本政府が船をよこさないのか、進駐軍がよこさないのか、或いはソ連が呼び掛けをしないから来ないのか半信半疑でありました。ところが段々とナホトカに近着き、カラカンダに行き、そうして第十五分所からハバロフスクを通過して行くに当りまして、その列車の中でいろいろな話を聞きながら、確かにこれはソ連が帰国を遅らしたに違いないということを一応判断しました。ということはとにかく十一月から五月までは絶対にシベリア沿線は通れない、だからお前達は帰れないのだ、だから暖かくなるまで待てということをよく言われましたので、それからナホトカは結氷して十一月から五月までは船が入れないのだ、碎氷船がなかつたら船は入れないし、碎氷船をよこしても日本は船をよこさないということをたびたび聞いたのであります。これはここにおる山森君も、ここに出席しております岸勇一君、日高清君も全部知つておりますし、直接聞いたことであります。ところがその最も困難な時季を、我々は一月、二月というところの最もシペリアの酷寒を無事に通過して来たし、且つ又ナホトカに着きましても青々たるところの海原を見ることができたのであります。その前の前の年は果して今年と温度において違つておるかというとそうではないのであります。いずれも同じ條件下にあつたのであります。これを見ても明らかに――――我々を強制労働に服せしめたということが、これは明らかであります。
 それからもう一つ、一九四八年にどんどんとカラカンダ或いはタシケント地区から帰国と称して送つております。ところが私達がナホトカに着いて前におつた人達から聽くところによりますと、ここにどんどん集結させて何万人というものは收容所に一杯となる、ところが船は全然来ないから結局十一月にかけて大勢の人がおつたそうであります。ところが船はよこさない、これはやはり幾ら呼んでも日本が、人は集つているけれども、日本は船をよこさないのだ、ソ連が言つたことは正しいのであるということを言つて、シベリア地図の伐採事業その他に送つたのであります。これを見ても――であつたということを私達は言い得るのであります。これは帰つた人達のすべてがそういうことが言い得ると思います。以上であります。
#51
○天田勝正君 私の証言を求めた点にまだ答えておられない点がある。その前に私申上げて置きますが、こういう場所にお馴れになつておらないと思いますから、多少逸脱しても結構なのでありますけれども、一つ証言を求めた点は是非お答え願いたい。
 それは第一点でありますが、あなたが先程長く述べられた点は、要するに独裁をやる方はいいけれども、やられる方はたまらん、こういうことをいろいろ言われたと思う。そのうちに移動の場合にえらい搾取を受けたとか蹴倒されたということを言われておるのですが、その抑留者がえらい目に遭つたという事例はどういうことか、こういう具体的なもの聽いておるのでありますが、その後の判断は私共の方で下したい、こう存じておりますから、ここであなたが述べられたところの、先ず移動の場合に搾敗されたとかどうとかそういうことは例を挙げて言つて貰いたい、こういうことです。
 それから第二点。今五万人の受刑者云々という問題でありますが、証言の信憑性を強めるために一体いつどこで誰から聽いた、シベリア地区で邦人に自由に会えるという機会が極めて少いときで、たまたま会えた場合には名前等もお覚えになつておると思いますが、或る人とかこういう表現でなしに、名前はどういう人だつたというようなことをお聽きしたい、こういうわけであります。
#52
○証人(久保田善藏君) 今の質問に対しましては具体的にここで述べても構いませんが、先程も言われましたように時間を制約されております。今名前を云々言われましたけれども、四年半を通じてメモも我々に対して書かせない、又それを持つて帰らせない、こういつたときに名前を覚えることは困難でありますし、且又そのときに名前も私達は聽かなかつたし本人もそれは言わなかつた。タシケントで一緒にたばこを吸いながら話をしても僅かの時間であつたし、アングレンにおいては柵外からであつたし、先程もカラガンダの状況を話しましたが、嚴しい監視の中での話でありましてただ樺太から来たと言うだけでありまして、名前を一一挙げることは今私にはできかねます。
 それから抑留者が搾取をされたということでありますが、又移動の際に非常にひどい目に遭つたということに関しまして話をいたしますと、我々がウラジオ・ストックからグロテコに参りましたときに、零下三十三度ぐらいだつたと思いますが、そのときにあのグロテコの特設刑務所の零下三十何度というところの部屋の中に、素裸になつて全員が一糸もまとわず二時間四十分立たされたこともあります。これは消毒と称してぶち込まれたときであります。以後冷たい濕気の多い中にぼろぼろの服を着せられて、兵隊のとすり換えられたところの服で寝せられたのであります。汚い話でありますけれども大便に行くにも銃劍付きで以て後に手を組んで戸外に出されまして、零下三十何度というところでさせられてそのために病気になつて倒れた人もある。爾後グロテコ、サマルカンドの刑務所、或いはコカント、チュアーマ、こういつたところに移動する際にはいつも囚人列單であります。暗い便所も満足に取りつけてない、一歩も外に出られない、窓一つない、豚箱同然の囚人列車に乗せられて送られて参りました。
 それから搾取の問題でありますが、これは茂々にはたばこ或いは給金というものが、四百五十六ルーブル一ケ月一人に対してかかります。それ以上の百パーセントのノルマを過ぎたときは、それに伴つて給金が支拂われます。ところがその給金を一日遅れた或いは二日遅れたと称しては支拂わないのであります。当然百パーセント働けば貰えるのでありますけれどもそれをいろいろりゆうをつけてくれなかつたのであります。そうこうするうちに直ぐ移動になります。移動になるとそれが有耶無耶に葬られてしまつたのであります。で、たばこにしても当然配当されべきところのものが二ケ月三ケ月呉れなかつた場合もカラカンダであるのでありますが、我々はその体験を誉めて来ております。大体以上で簡單に証言を終ります。
#53
○天田勝正君 もう二点申上げます。具体的にと私が申上げたのは、つまりそのように搾取されてソ連側職員に使われているというようなお話があつたと存じますので、そこでそうしたものがあなた方の手に渡らないという事実は、貰つていないのでありますからその通りでありましよう。それがつまりソ連側将校或いは職員の搾取であるかどうかという点を知りたいために、私は具体的にと申上げた。それがどういう事実からいわゆるソ連職員の搾取である、こう判断されたか、その材料について先ずお述べ願いたい。
 もう一点ついでに聽きますが、先程六百名の俘虜を集めましてそこでヒラトフ少尉の話を聽いた。その話の結果あとに残つた三百名のものというのは奮激して集まらなかつた、こういうことを言われているのでありますが、そういう場合には嫌ならば集まらなくても構わないという程度の自由は許されたのかどうかという二点をお願いします。
#54
○証人(久保田善藏君) 最初に五百余名集められまして、帰つて来てその問題で相当鼎の湧くような議論が飛んだのでありますが、その次に又呼掛けられましたがでこれについては本当に僅かの人間しか集まつていなか言たということを証言できます。何故ならばそれによつてもうすべてが盡きているし、大体カラカンダの九分所に集められたというのは、四年半を通じての反動分子として集められた人であつて、いろいろな政治集会に余り出ない人達であります。ところが帰国問題が聽きたいために集まつた人達が最初の三百人であります。で、出なくてもいいかどうかというお話でありますけれども、これは一応民主委員会というか或いはフンクチョネール及びアクチーブというものがありまして、それらが呼掛けてそうして集合することになつております。全部集まらないから強制的にこれを引張つて来て集めるということはありません。
#55
○中野重治君 山森証人に先ずお尋ねします。先程あなたがロシア語をよく分る力でこういうふうに聽き取つたと、直訳的に述べられたのでありますが、こんなふうに私は聽いているのですが。それでさつきのあなたの証言と喰違いないか、ちよつとお尋ねします。政治将校ヒラトフ少尉の話として直訳的に申しますともヒラトフ少尉は日本共産党の要請によつて、本年の十一月までに日本人俘虜全員帰還せしめるという政府の声明に対しては、反動分子はその摘要を受けない、この声明には関係がないのだ、こういうような話をいたしました、というふうに私は聽取つたのですが、それで間違いありませんか。
#56
○証人(山森勇太郎君) 間違いありません。
#57
○中野重治君 続けて二、三の点について……(淺岡信夫君「委員長、議事進行について」と呼ぶ)両証人に対して演説は省いて貰つて、簡單に尋ねいと思うのですが……
#58
○委員長(岡元義人君) 先に淺岡委員から議事進行について発言があります。
#59
○淺岡信夫君 時間も十二時十分でありますから、ここで休憩をして頂いて、一時なら一時まで休んで休憩をして頂きたいことを私動議として提出いたします。
#60
○中野重治君 その問題に関して……休憩に私は異議はありませんが、委員長から改めて両証人に要求して頂きたいことがあります。それは自由奔放云云という淺岡委員の発言もあり、その他の委員の発言もあつて、これは尤もでありますけれども、我々は吉田総理大臣の演説を聞くわけではないのだから、その点は証人に委員長の方から改めてよく話して上げて頂きたい。
#61
○委員長(岡元義人君) 証人に申上げて置きますが、今中野委員から御発言がありましたけれども、その点十分御注意申上げます。
#62
○北條秀一君 淺岡委員の議事進行に関する動議に賛成。
#63
○委員長(岡元義人君) 只今淺岡委員の動議に対しまして、北條委員から御賛成の御発言がございましたが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#64
○委員長(岡元義人君) 一時まで休憩いたします。
   午後零時十二分休憩
   ―――――・―――――
   午後一時三十二分開会
#65
○委員長(岡元義人君) 休憩前に引続き委員会を再開いたします。午前中中野委員からの質問が留保されておりましたので、先ず中野委員から質問を願います。
#66
○中野重治君 久保田証人にお尋ねいたします。一つは先程の久保田証人の証言によると、ヒラトフ少尉ですか、共産主義者でなければ日本に還さないと言つた、そういうわけですが、久保田証人自身は共産主義者となつていると、こう認められるわけですか。
#67
○証人(久保田善藏君) 私は共産主義者ではありません。
#68
○中野重治君 成るべく短かくやりますから簡單に……。そうすると、日本語では普通……先程久保田証人が演説されたようなことを盛んに言う人々を反動的な人々と、こういうわけですが、そういう人がここに現われているのですから、共産主義者にならなければ還さないと、こう言つたということは実際には行われなかつたと、こうなりますか。
#69
○証人(久保田善藏君) 私自身がここに還つて来たとしても、私一人の、一個の問題であつて、何十万という人達の引揚げに関してこれが当て嵌まるとは考えられません。
#70
○中野重治君 証人に重ねて教えて上げて頂きたいのですが、私も時間がないので、質問が沢山あるけれども、短くしでお尋ねしているわけですから、問に対して答えて頂きたい。外のことを言うなと私は禁止するわけではありませんが、先ず問に対する答えを先にして頂きたい。
 次に久保田証人は以前の職業、及び現在の職業は何でしようか。
#71
○委員長(岡元義人君) できるだけ簡單に……
#72
○証人(久保田善藏君) 私は逮捕されるまでは、召集される以前はダンスホールの支配人であり、停職前は食堂の支配人でありました。遼陽の部隊から帰つて来て、直ちに避難民救済団体を起しまして、大連奉仕団の実践部長、並びに中心会の会長を勤めておりました。
#73
○中野重治君 現在の職業……
#74
○委員長(岡元義人君) 久保田証人、現在……
#75
○証人(久保田善藏君) 現在何も職業に就いておりません。
#76
○中野重治君 次にお尋ねいたしますが、このヒラトフ少尉、管末治通訳、久保田証人等々が一緒に出たこの会合、この会合はどういう目的で催されたのですか。
#77
○証人(久保田善藏君) これはタシケントからこの地区に集まつた人々が非常に無規律状態であり、而も反ソ的な感情が濃厚にあつたため、この人達に規律を確立する意味において、尚政治的に言いますならば、非常にソ連の政策に相反した行動を取る、そういつた意味からこの政治集会を持つて、現在の世界情勢というものがどういうふうに動いておるか、民主勢力が如何に拡大されておるか、だからお前達は飽くまでも日本民主化のためにはこうしなくてはならないということを結び付けて、生産面においてパーセントが上つておらないし、而も作業意欲というものが低下しておる。これを向上さすために図つたところの政治集会であると考えられます。
#78
○中野重治君 そうしてそういう啓蒙のための集会が、日本人俘虜の民主委員会によつて自治的に講習された六百人程のうち三百人程が出席した、こういうお話でしたね。
#79
○証人(久保田善藏君) そうです。
#80
○中野重治君 そこでそのとき、今後ラーゲルの生活について文化活動を早急に展開せよという話があつた、そうして規律を確立せよという話があつたというのですが、そうするとこの文化活動の展開、規律の確立ということは、その当時まであつた誤まつた反ソ宣伝を止めるということ、それからラーゲルの生活そのものを合理的に規律化して行くということであつたわけですか。
#81
○証人(久保田善藏君) 最後の三番目に挙げられました文化活動の面も或いは生活規律の確立、これと生産意欲の高揚、これは文化活動においては勿論反ソ的な文化活動は展開され得ないし、そうして收容所の清潔、整頓、或いは文化的なデコレーシヨンを行う、こういつたことと生産意欲の高揚ということは四ケ年半を通じて絶えず民主委員会を以て教導されて来たことであるし、そのときも明らかに我々の眼から見るならば、規律の確立ということは意識統一にもなるし、或いは生産高揚の一翼を担うことになるし、だからこそこれを強調したものと思われます。
#82
○中野重治君 そうしますとも久保田証人自身はそのときの話を相当理解して、政治的な判断し意見は別として、規律を正しくして行く、文化運動を展開するということには或る程度積極的に応じた、こう見ていいわけですか。それともそれに反対したということになりますか。
#83
○証人(久保田善藏君) 四年半を通じての各收容所において私は十三回移動しておりますが、各收容所における文化活動というものが実にまだ……。或いは生活の規律の確立、そういつたものが飽くまで生産と強制的な労働、これに結び付けられておつたので、カラカンダに来てからはそういつたものには絶対に賛意を表しておらないし、反対をし、私は故意に病気を作つて作業に出ておりません。だからこの問題に関しましても私は賛意を持つておりませんでした。
#84
○中野重治君 この民主化運動、或いは文化活動、規律化の問題に関しまして、久保田証人はわざと病気を作つて参加しなかつたと、こう言われるわけですか。
#85
○証人(久保田善藏君) 自分は勿論四級で、チュアマに起つたところの事件のために腹を手術しております。それで勿論体が弱いことには間違いありません。併し私の本質というものは飽くまでも反ソ感情というものは物凄く持つておりましたし、而もその性格というものが民主運動と結び付けて強制労働を行わしめたということは、ここで一々具体的に述べると相当時間がかかりますから述べられません糧それは事実であつたし、大衆の輿論として浮び上つた大きな問題であつた。だから私は強制労働をさせられる必要はないし、又そんな宣伝啓蒙に乗じられて無理に……大事にして生きて帰つて、実際の事実を暴露したければならんというような考えを持つておりましたので、斃れることを私は欲しませんでした。だから生産に対してを協力しませんでした。
#86
○中野重治君 それとでも久保田証人御自身のソヴィエト制度或いは共産主義というものに対する批判は別として、これは腹にしまつて、事実上の表面的な問題としては、腹の傷というようなことは仮病で、積極的に参加しなかつた、こういうさつきの証言はそのまま認めていいわけですね。
#87
○証人(久保田善藏君) 私の病気に関しましては、日本の軍医がおりまして、これは四級である、彼は……
#88
○中野重治君 病気のことについてもお尋ねしますが、腹の傷ということもあり、又基本的に共産主義に対してはちやんと自分の意見が別にあるというところから、労働の問題に関しては故意に病を作つて積極的に参加しなかつたというさつきのあなたの証言はそのまま認められるかということです。
#89
○証人(久保田善藏君) そこをはつきり聞いて頂きたいと思います。私は軍医が認めてるところの四級の大尉であります。四級は労働不可能者として取扱われておりました。勿論仕事に出まして出られる体でありました。而も軍医並びに体位検定の上においてタッチしたソ連の人達において一応労働不能者としての立場、これを認められて作業に出ておりませんでした。勿論本質的な問題につきましてはここで話しません。
#90
○中野重治君 あなたの腹の傷というものはウズベックにおられたときですか、その他におられたときですか。
#91
○証人(久保田善藏君) ウズベックです。
#92
○中野重治君 その腹の傷は日本人によつて付けられたものですか。
#93
○証人(久保田善藏君) 勿論日本人によつてです。
#94
○中野重治君 そうすると、その日本人によつて腹を傷つけられて治療を受けなければならないという原因は、何か日本人同士の間で勢力争いから何か腹を突かれてそういう事件が起つたという報道があるのですが、そういうことですか。
#95
○証人(久保田善藏君) その通りです。
#96
○中野重治君 その傷痕が今でもあるそうですが、ありますか。
#97
○証人(久保田善藏君) あります。
#98
○中野重治君 次にもう一つ久保田証人にお尋ねしますが、第九十九ラーゲルの九分所というのは、全部ではありませんが大体において前職者といいますか、元日本軍の憲兵、それから特務機関、こういうところに勤めていた人人が大部分であつた、こういう報道があり、且この会合のときも峯田恒次君は元興安の特務機関におつた人であり、植松楢数君は元憲兵軍曹であるというふうなのででやはり大体においてこの九分所はそういう人々が大多数を占めておりましたか。
#99
○証人(久保田善藏君) 九分所に集つた人達は過去において憲兵、特務機関、警察官、協和会その他満洲、朝鮮の行政官、司法官、こういう人達であります。
#100
○中野重治君 そうすると、この集会があつたことについてはそういうふうな特殊な人ルばかり、或いはそういう人たが大部分であつたために反ソ活動とか或いは規律の問題とかで何か特殊な問題があつたのではないかということも考えられるのですが、外での経験から併せてその点何でしよう。
#101
○証人(久保田善藏君) 特殊な事件といつても別に我々の方は聞いておりません。中にはそういつた今申しましたような前職者以外の、例えば密告されて憲兵でない者が憲兵になつておつたこともありますし、或いはソ連の諜者を捕まえていない者が捕まえたという調書ができておつたし、或いは又上等兵であつた者で中尉になつておつたし、そういつた例で調査を受けた人から直接これは聞いたのでありますけれども、要するに民主委員によつて反動的分子として密告された人達も前職者の中に普通の兵隊であつた人も入つております。その集会を持つたときにはそういつた面職者云々というものと関連してその集会が持たれたことはあつたかも知れません。
#102
○中野重治君 そうすると、こうなりますか、こういう前識者が大多数を占める九分所でこういう啓蒙的な集会が民主委員会によつて自主的に持たれて、そこでこういう出席者があつて、後で問題になるような特定の話があつた。そうしてその中に日本人同士で刃傷沙汰も起したことのある久保田証人、元の大連のキャバレーの主人公が今日この問題を提出された、こういうことになりますね。
#103
○証人(久保田善藏君) よく分りませんが……
#104
○中野重治君 もう一遍簡單に……お分りにならないそうですから、もう一遍簡單に話します。つまり九十九收容所の第九分所というものにどういう日本人がおつたかというと、その大多数は元の日本軍の憲兵、特務機関の人人、満洲の協和会の人々、それから日本人側の司法官或いは警察関係の人人、こういう人々が大多数であつた、こういう分所であつた。そうしてその中には上等兵でありながら中尉だと傭つておつたし、或いは逆であつたかも知れませんが、そういう者もおつた。それから久保田証人のことについて言えば、前の職業はさつき証言なすつた通りだが、とにかく日本人同士で腹に何か刃物で刃傷沙汰を起すというようなこともあつた。そういうふうなところで世界の情勢或いは日本の民主化の問題、それから今後ラーゲル生活の文化活動を展開してもつと規則的にやつて行かなければならんという問題を中心としての集会が民主委員会を通して自主的に持たれた、そこで日本へいつ帰して呉れるかというようなことからして、日本共産党徳田球一云々というような話になつた。そこで久保田証人、あなたはその問題を提げて国会へ出されたと、こうなりますかというのが私の問いです。
#105
○証人(久保田善藏君) それを説明いたします、今私の腹切りの問題を提起しておりますが、残されたことと腹切りとは何ら関係はありません。私はカラカンダおいては似非民主運動を、やつたこともあります。これは当時抑留者は絶対に帰れないというようなことを朝鮮人通訳の崔という男から聞いております。それでそのときの言葉の中に民主運動をやつて積極的に生産面或いは政治サークルその他において出て行く者は名前を挙げられて、先に帰れるであろうというようなことを聞いたため、この中に岸さんとかいう人も来ておりますが、一緒になつて似非民主運動をやつたのでありますが、本質が本質であるだけに、直ぐパージ……逮捕されましたが、私は相当の非難を受けて追放されております、併しそのカラカンダの九分所に行つたときに集会を持つて、そうして私は腹を切つた、喧嘩をしたからそこに残されたのではなくて、要するに大連におけるところの避難民救済団体中心会というものが反ソ的団体であつたし、又当時私は岡村大将の副官なりと密告を受けた男ですが、そういつたことから暴力的組織団体として密告されたわけであります。事実は何ら反ソ的なこともやつていないし、むしろサービス・ステーシヨンを作つてソ連の人達を待遇した。これは避難民を救済する上において物資が必要であつた、そのために当時の司令官であつたところのコゾロフ中将から物資を得たいというような考えを以てサービス・ステーシヨンを作つたのであつて、決して何ら反ソ的な行動をやつておらないのに、四回も拷問によつて気絶して、而も血だらけになつて私はソ連に送られておる。このような反ソ感、これも手伝つておつたのであります。併し帰りたいという一念から似非民主運動をやつたことは事実であります。併し九分所にやられたことは腹切事件とは何ら関係はありません。そういつたでつち上げられた事件によつて思想犯人として恐らく送つたのではないかと、このように考えます。
#106
○委員長(岡元義人君) ちよつと中野委員に外の委員から……
#107
○中野重治君 そういうことは、私はお尋ねしていないので、答えられても仕方がないのですけれども、併し久保田証人の衷情は私として了解するつもりです。
 次に山森証人にお尋ねしたいと思います。あと少しですから、他の委員諸君の御了解を得たいと思います。
 先程山森証人がお話なすつたことを改めてお尋ねしたいのですが、これは私は共産党の人間として見ますと、久保田証人が初めに長い意見を述べられたことと、このロシア語のよく分る山森証人によつて述べられたこととはや問題が非常に違つて来るような印象を受けます。それで、その点をお尋ねしたいと思いますが、その前に山森証人は日本新聞を読まれておりましたか。
#108
○証人(山森勇太郎君) 読みました。
#109
○中野重治君 途中ですが、久保田証人は日本新聞を読まれておりましたか。
#110
○証人(久保田善藏君) よく読んでいました。
#111
○中野重治君 続いて山森証人にお尋ねします。この、ここで「直訳的に申します。」としてありますからは、ヒラトフ少尉の言葉はここからここまでになりましか。日本共産党の要請によつて、本年の十一月までに日本人俘虜全員帰還せしめるという政府の声明に対しては、反動分子はこの適用を受けない、との声明には関係ないのだ。これだけになりますか。
#112
○証人(山森勇太郎君) 自分は可なり距離の遠いところから聞いておりましたから、詳細に分らなかつた点もありましたが、自分の聞いた範囲では日本共産党の要請によつて、本年十一月までに戰争犯罪行為の取調べ中の一団を除いては全員帰国せしめるというソ連政府の声明に対し、反動分子にはこれが適用されない。こういうように聞いたのであります。併せて通訳がこれに対して、只今久保田氏が先に述べられたように通訳したのであります。
#113
○中野重治君 分りました。非常に正確でなくてもそれは仕方がないと思います。そうすると、十一月までに日本人俘虜を、戰犯関係を除いて全員帰すと政府が言つたけれども、反動分子はやはり残す、戰犯分子に食つ付けて残すとこういうふうに説明したわけですか。
#114
○証人(山森勇太郎君) そのときのソ連政府の声明は、プラウダの新聞に出ていた通り、本年十一月までに九万五千のうちで戰争犯罪行為を取調中の一団を除いては全部帰す、だから反動も勿論帰すという声明であります。
#115
○中野重治君 ソヴィエト政府の政府の声明ばそうでありましたが、この月の会合でヒラトフ少尉は更にそれに附け加えて、日本共産党からこういう申入れがあつたから、だから反動分子も残すんだと、こういつたわけですか。
#116
○証人(山森勇太郎君) そうです。
#117
○中野重治君 続いてお尋ねします。先程のお話しでは恰かも日本共産党の要請によつて全員帰還せしむる、何かこれは文章の関係にもよるでしようが、日本共産党の要請によつて、山森証人その他が今日帰つて来られたというふうになり兼ねないのでお尋ねしたわけです。
 それで、それについて山森証人達は日本新聞にも発表された筈の、確か五月二十日頃の、戰犯分子を除く九万五千の日本人俘虜は十一月までに全員帰すというソヴィエト政府の声明は読んでいらつしやるわけですね。
#118
○証人(山森勇太郎君) 呼んでおります。
#119
○中野重治君 そうすると、反動分子は、ずつと向うに残されたということになつておりますか。あなたの感じとしてで結構です。
#120
○証人(山森勇太郎君) 残されておりました。
#121
○中野重治君 十一月以後です。
#122
○証人(山森勇太郎君) 残されておりました。
#123
○中野重治君 反動分子が……
#124
○証人(山森勇太郎君) はあ。
#125
○中野重治君 私がお尋ねしたいのは、こういうことがあるわけです。この五月五日に、日本共産党からソヴィエト共産党へ電報を送つております。それは「日本共産党中央委員会書記長徳田球一ソ同盟共産党中央委員会御中、親愛なる同志、ソ同盟で捕虜となつている日本人の引揚について貴党の拂われた努力に対し、深く感謝しております。彼等の引揚促進は日本国内で重大問題となつておりで日本共産党初め人民の挙げて熱望するところであります。我が日本共産党は、今までその促進と、引揚者及び家族の救援に努力しております。去る三月十八日七ソ同盟代表部に引揚促進を要請しも今年中に引揚を完了するようお願いした際、これに対する回答を約束され棄また。引揚再開の時期を迎え、我が国の保守反動がとの問題を反ソ反共宣伝の其に供しつつある現在、我が党は人民の切望に答え、次の事柄の実現を貴中史委員会に対し、心から期待するものであります。
 一、在ソ邦人の事情を知らせること、二、引揚についての計画の発表、
 尚これにつき日本側に対する要求があれば合せて公表されたい。最後に繰返し本年中に是非とも引揚が完了するよう万全の御努力をお願いする次第であります。」これが五月五日に発表されて、そうして次に五月二十日にソヴィエトの共産党ではなく、ソヴィエト政府から久保田証人も御承知のように、戰犯関係を除く九万五千人の日本捕虜は十一月までに全員帰すと、こういう発表があつた。そして十一月以後に残されておると山森証人の言われる人のことは我々には直接知らないが、先程からいわゆる特殊左政治的立場の話をされた久保田証人等たにも帰つて来ていられる。そうなると、日本とソヴィエトとは国交は回復しておりませんから、日本共産党がソヴィエト政府を動かずということはできないわけでありますし、これは日本共産党からソヴィエト共産党に電報を打つて、ソヴィエト共産主義者の活動によつて政府がこの問題をも正しく取上げて来たというようなことであれば一応理解される。併しこれは理解されるということであつて、断定することはできません。それでこの日植松元憲兵、それから峯田元興安特機の方の一問一答によると、ここでは、日本共産党書記長徳田球一から、反動分子は帰して呉れるな、みんな民主主義者とならなければならん、民主主義者になつてから帰して呉れという話があつたから、反動は帰さん、こうヒラトフ中尉が言つたと書いてありますしもそれから共産主義者にならなければ帰して呉れるなという要求があつたので帰さない、こう言つたという話があるのでずが、一方から言うと、共産主義者でない人が沢山帰つておりますし、それどころか非共産主義者というだけでなしに、反共産主義的な人も沢山帰つておる。だからこれは仮に共産主義者にならなければ帰さないのだ、こういうものがあつたとしても、実際はそうなつておらない。これは日本人で似非民主主義運動をやつた人さえもあるという久保田証人の証言があつたくらいですから、いろいろな人があつただろうと思いますが、こういうすべてから見て行きますと、どうもそこが私に納得が行かない、一方ではとにかく共産党がソヴイエト共産党に対して電報を打つて、それから十五日後にソヴイエト政府から戰犯を残して全員帰すという話があつた。それからいわゆる反動と言われる人々も皆帰つて来ておる。これは反動という名付け方が本当にどこまで正しいをいうことについてはいろいろ問題があろうと思われますが、沢山帰つて来ておる。久保田証人自身も帰つて来ておる。そうするとそもそもその訴願の趣旨が極めて曖昧になるような気がする。その点は山森証人どうお考えになつておりますか。
#126
○証人(山森勇太郎君) 十一月までに帰す、帰国せしめると明瞭に政府が声明しております。然るに反動がこの十一月までに帰つておらないのであります。何故そういうことが分つたかといいますと、取調べに際して反動であつた諸氏が非常に簡單な取調を受けた、明瞭にお前は戦犯で残されておるのではない、それで残された人が非常に多くあつたのであります。それで我々とか、そういつた反動の連中が帰つて来たのはすべて日本の国家、政府、或いはマ司令部の声、そういうふうな国民的な輿論によつて我々は帰り得たのである、そういう感を只今深くするものであります。
#127
○委員長(岡元義人君) ちよつと山中野一委員に申上げますが、まだあと他の委員質問の申入れが沢山ありますから、それが終つて又後程やつて頂きたいと思います。
#128
○淺岡信夫君 民主的にやろうじやないか。
#129
○中野重治君 この問題に関して私は、特に共産党を代表してでありますが、重要な関係があるが、民主的にやるためにはそれに性質に応じてやつて貰わなければならん。
#130
○委員長(岡元義人君) ではできるだけ簡單に一つ。又後程他の委員から申入れがありますから、その点を一つ御了承願います。
#131
○中野重治君 そうすると、山森証人は引揚の問題がー九四五年十二月ですか、あのときの三浦、テレヴイヤンコ協定に基いて行われておるということは御存じでしたか。こういうことは御存じでなくともいいが、御存じかどうか、お尋ねして置きます。
#132
○証人(山森勇太郎君) 知つておりますが、あの際には月五万以上帰すという声明があつたと思いますが、それは御存じですか。
#133
○中野重治君 それは私勿論知つております。
#134
○証人(山森勇太郎君) それに対してそれが正当に行われておるかどうか、我々はあれは全然行われていないと思います。
#135
○中野重治君 私の方で(「愚問を発するからだ」と呼ぶ者あり)今は証人の方から質問を受けておるわけではありません。私の方で時間を険約しているのであるから、その点は証人の方でもよろしくお願いします。捕虜の送還というものは協定に従つて行われておる。それに関して三浦、テレヴイヤンコ協定に関しては、三浦氏は日本代理の性質を持つておる、それに基いて船は送られ、人が帰つて来る。それからこの帰つて来た人の処置等についてもいろいろの機関がやつておるのですが、日本の党がこれらの国の動き、それから国と国との協定の実行ということに何か手を加えて、それがゆすぶられるということになれば、これは連合諸国の協約に基く実行が日本の党によつて干渉されて動くということになるのであつて、そういうことはあり得ないと、いう我々は信じます。
#136
○門屋盛一君 議事進行について、これは敢えて中野議員に限つたことでもないのですが、こういう委員会の証人喚問の際、証人に対する間に自分の主観を混えたり、或いは何をして誘導尋問に陥る虞れがあるので、少し議論に亘り過ぎると思うのですが、これは中野議員に拘わらず今後の質問は極めて重要点だけにしないと、時間が掛つてしようがないと思うのです。(「賛成」と呼ぶ者あり)
#137
○証人(久保田善藏君) 先程からの中野委員のお話を聞いておりますと……
#138
○中野重治君 私は久保田証人に何も尋ねておらない。それから他の委員から通告があるそうですし、門屋委員の話もありますから、一応ここで打切つて置きます。
#139
○小林英三君 こういうことを一つ承りたいのですが、先ず久保田証人にお伺いしたいのですが、懇請書が出ておりますが、これは先程からの中野委員と、久保田証人との間の質疑応答の中にも、久保田証人の身分とか経歴とかいう問題についても大分探求されておりますが、この懇請書は久保田証人並びに二、三名の人だけで、自分の今までのこういうことを聞いたということによつて判断並びに直感によつてお出しになつたのですか、それとも日の丸梯団が三百人いらつしやるか、五百人いらつしやるか知れませんが、これらの何百人かの人がこの事実に直面され、そうしてそれらの方が内地に帰られて、非常に憤慨をされて、この懇請書をお出しになられたか。密接な連絡の下に、お出しになつたのかどうか。或いはあなた方二、三名かの人だけでお出しになつたのかどうかということを承わりたい。
#140
○証人(久保田善藏君) 只今のお問いに対しまして、これは配達幹部、日の丸梯団幹部のみの名前によつて提出したものではありません。それは当時九分所の、この話を直接聞いた者及び間接に附いた者、それと日の丸梯団に入つて来た人達、この人達がこれは以ての外のことである。当然この問題に関しましては抗議しなくてはならないというような結論に基きまして、提出したのであります。
 それとちよつと附け加えて置きますが、我々より先に一月の、本年度の第一梯団で帰つて来た人達、この人達の中にもこの新聞を見まして、俺達はこの問題についてはまだ追及していなかつたけれども、これは当然やるべきだ。我々もこれに参加ずるといつて上京して来ている人達が五名おります。第一回目の丸梯団の人達であります。決してこの懇講書は、我々幹部のみによつて作られたものでもないし治それは懇請書と一緒に提出しておりますところの各人の氏名、これがすべてを物語るものであります。
#141
○小林英三君 次に山森証人に承わりますが、先程からあなたは非常にロシア語を長い間教習されて、殊に陸軍の一等通訳である、こういうお話を承つておるのでありますが、九月十五日のカラカンダにおきますいわゆる政治部将校であるヒラトフ氏の講演の際におきまして、これは先程からの証人のお話によつて、通訳は管末治という人がなさつたそうでありますが、あなたは非常にロシア語に通曉しておられ、非常にうまいという話であるが、その講演の全体ですね、山森証人が当日お聞きになつた講演の全体及び内容、それから峯田という人と、特に植松なり管という人の質問及び先方さんの応答等に対しまして、全部があなたは直ぐ……、先程遠方から聞いておつたような話もありましたけれども、ロシア語の上手なあなたは直ぐそれらのことか理解できますか。これを承わりたい。大体その内容がですね、はつきり掴めたかとうか。
#142
○証人(山森勇太郎君) 大体内容を掴めました。
#143
○小林英三君 そうしますというと、その当時の通訳は管とかいう人かやられたものですか。管という人の通訳ですか。政治部員ですか何ですか。その人か講演並びに質疑応答について多分通訳されたと思いまうか、その通訳の全体に旦つて、あなたか脇から聞いておつて、それらのことか大体内容においては、その通訳の内容ですね、あなたかお聞きにたつたことも、いわゆるロシア語で話している将校の言つたことも、管さんが話したことも、あなたか聞いたことも、大体の内容においては一致しておりますか。
#144
○証人(山森勇太郎君) 大体一致しておりました。
#145
○小林英三君 それではまあ私は管氏が通訳されたことも、あなたが自分で直接に、ロシア語がうまいあなたが聞いておつたその全体を通して、大体内容が一致しておつたということであれば、あなたの言うことをそのまま受入れて結構だと私は考えますることを前提として、これを承つて行きたいと思います。ロシアの政府の声明では、二十四年の春のロシア政府の声明では、十一月までには戰犯取調中以外の者は全部帰すと、こういう声明があつたということは、先程来聞いておつたのであります。そこでその九月十五日のその日に、ヒラトフ政治部将校が、日本共産党、これはまあ書記長の徳田球一氏が言つたかどうか、どつちでも同じでありますけれども、日本の共産党の要請によつて、いわゆる共産主義者以外、民主主義でないいわゆる反動的なような者は帰してはいかん。帰さないことになつておる。これは日本の共産党の要請によつてそういうことになつておるということを、まあ今のヒラトフという政治部将校が、植松氏の質問によつて答えたそうでありますが、これにつきまして、それじや私共は考えるには、それらの附いておる人のうち、或いは在留の邦人の中に、ソ連の幹部か、これとこれとは反動的の分子である、これとこれとは民主主義といいますか共産主義者だということがはつきり掴めないと思うのです。つまりそういうことを言つたということは、今後と雖も、これからでも共産主義になれば帰すのだというふうな工合にあなた方に聞いておりますか。それをお聞きいたします。
#146
○証人(山森勇太郎君) ソ連側にはこの人間が反動であるかないか。或いは前職者であるかないかということはほぼ分つておつたと思います。それですから明瞭にソ連側が、本共産党の要請によつて、反動を帰さなかつたのだと、こういうように自分は解釈します。
#147
○小林英三君 それから久保田証人に承わりたいと思うのですが、先程から贋共産主義といいますか、或いは共産主義を衒うというか、そういう人も大分方便上あつたということでありますが、つまり今まで帰つた人が、早く帰して貰いたいために贋の共産主義者、いわゆる一瞬共産主義者というようなことの仮面を被つて帰された人も相当おりますか。
#148
○証人(久保田善藏君) おります。その帰還問題についてに、一九四七年の末からフンクチヨネールというのがありまして、これが人選をしておりました。当時第二回目までの者はフンクチヨネールの助言によつて、人選がされておつたのであります。全面的に……。これは或る程度考慮したかも知れませんが、一応これを受入れに、フンクチヨネールの人選した者を先に帰したということはベゴワードにおいてあるのであります。それから共産党の名によつて、抑留者の中から、前協和会の人であつた松岡という人か、共産党の要論によつて、この人は抑留者でありなから、協和会の一員でありなから、ハバロフスクに行つた例があります。これは前に共産党の人間であつたので先に帰つて来たとのことです。それて日本共産党と連繋が保たれておつたということが言えるのであります。
#149
○原虎一君 両証人に必要に応じてお尋ねいたしますから、そのつもりでお答えを願いたいと思います。
 先程両証人から説明がありました、即ちヒラトフ少尉の政治演説で、日本共産党の要請により、十一月末までに戰犯以外の者を帰えすという政府声明があつた、これはその通りにプラウダに載つておつたかどうか。その点を先ず伺います。
#150
○証人(山森勇太郎君) それはちよつと違つております。日本共産党の要請によつて十一月までに帰るのでなくて、これはソ連政府の発表で、本年十一月までに戰犯以外の者を一応帰えす。それでこの日本共産党の要請によつては、ただ反動分子はこの十一月までに帰えすのじやなく、帰えさないで呉れ、こういうのが日本共産党の要請であります。十一月まてに帰えすというのはソ連側の発表であります。
#151
○原虎一君 そういたしますと、日本共産党の要請により、反動分子に帰えさないということはプラウダには軌つていないのであつて、ヒラトフ少尉の演説だけでありますか。
#152
○証人(久保田善藏君) 只今も申しました通りに、プラウダの発表は、ソ連政府ボルシェヴィーキの声明によつて、九万五千名の者が十一月中に帰えるであろう、但し一部取調中の者を除いては、ということを書いてあります。共産党の名において帰えさないであろう、赤化思想を持たない者は、日本共産党の要請によつて帰えれないてあろうということを、九十九地区の九分所において言つたことであります。これはヒラトフ少尉が所長と面坐して言つたことであります。その外においては新聞にも何らそういうことを発表されておりません。
#153
○原虎一君 先程の久保田証人か陳述なされたときに、私の聞き違いかも知れませんか、日本共産党の要請により、反動分子は帰えさない、こうヒラトフ少尉か演説したのか、日本共産党の徳田球一君かそう言つたと聞いておるから帰えさない、反動分子は帰えさないと言つたのか、これを明らかに願いたいと思います。
#154
○証人(久保田善藏君) 管通訳の言葉によりますと、日本共産党の名において、徳田書記長から、お前達が赤化思想を持たない限り帰えして呉れるなと言つて来ておるから帰えれないのである、ということを管末治ははつきり言つております。
#155
○原虎一君 山森証人は、今久保田証人が陳述した通り、ヒラトフ少尉の演説をそう解釈いたしましたか。
#156
○証人(山森勇太郎君) ヒラトフ少尉の言によれば、日本共産党の要請によつて、こういうように自分は遠くから開いたのであります。併し管通訳はその際、日本共産党の書記長徳田の名によつて反動分子は帰えさない、こういうように言つたのであります。
#157
○原虎一君 これは山森証人にお聞きしますか、その場合ですね、これはあなたの感じをお聞きするのですから少し落着いてお聞き願つた方かいいと思います。その場合ですね、ヒラトフ少尉が、日本共産党と直接関係かあるとは思われんのでありますから、日本共産党か、ソ連政府若しくはソ連内部の共産党賞に対して、そう言つているのを、ヒラトフ少尉が言つておるのか、ヒラトフ少尉が一つはそういことをどこからが命令されているのか、ヒントを得ているのか、こういう点についてのあなたの疑問は起らなかつたのでありますか。又あなたがどういうふうに看取されたかという点をお聞きしたいと思いまり。分らなかつたらちよつと面倒なことでありますから、もう一度説明します。
#158
○証人(山森勇太郎君) ソ連側の收容所における政治部将校でありますから、その政治部将校の返答というものは、当然ソ連上司からの命令、或いは伝達かあつたものと自分は解釈します。
#159
○原虎一君 それには久保田証人もですね、管通訳によつて聞かされたときの感じは、明らかにヒラトフ少尉が、ソ連政府の命令を受けて、そう言つておるという感じを受けましたか。
#160
○証人(久保田善藏君) タシケントのコカントの所長が、お前達は、そのときは強制労働ですか、幾ら逃げようとしても絶対的に作業さす、作業しなかつたら、お前達は刑に付せられるであろうということと関連しまして、このときのヒラトフ少尉が言つた言葉は、私は飽くまでもその所長の言葉と関連性を以て、そのときは共産党の名前を出しておりませんけれども、コカントでは出しておりませんけれども、これは確かに共産党と、日共とソ連政府との間に、何らかの形を以て連絡がとられ、そうしてこの九十九地区、カラカンダにおける地区にも、外における政治将校にも、そういうような伝達があつた、このように考えます。
#161
○原虎一君 私のお聞きしておる点は、想像されて御答弁なさつたのじやないかと思いますが私のお聞きしたいのは、山森証人と久保田証人は同じ場所でヒラトフ少尉の演説をお聞きになつたそのときの印象をお聞きしておる。別のところでお聞きになつたのは別に伺うのでありますが、前以てもう一度お伺いしますが、お二人はヒラトフ少尉の演説を同じところでお聞きになつたのであるかどうか。
#162
○証人(久保田善藏君) 同じところで聞きました。
#163
○原虎一君 そこで先程私が山森証人にお伺いしましたように、ソ連政府の命令を受けてヒラトフ少尉が、そういう演説をしておるのだという印象を、管通訳がしたときにも、あなたは、久保田証人は受けましたか受けなかつたか。何ら疑問を挟むものが……私の聞きたいのは、ヒラトフ少尉が自分の私見でそういうことを言つてるのか、政府が命令を下して、これを伝えておるのか、この点をあなたの印象を伺つておる。
#164
○証人(久保田善藏君) そのときのヒラトフ少尉の言葉は、民主主義を唱え、日本民族の独立を、再建を擁護して、それをスローガンとした日共の書記長が、かかる暴言をなすとは、一応耳を疑いました。併しながら先程も申しましたような事例もあるし、我々がソ連において共産党から、先程中野委員が読上げました…
#165
○委員長(岡元義人君) 発言中ですが、委員長が注意いたしますが、要点だけ。今原委員からの質問は、上からずつと通して来ておるという感じをあなたが受けたか、印象を受けたかどうかということを間いておるので、その点だけ。
#166
○証人(久保田善藏君) 一応疑いましたけれども、直ぐその後において、確かに日共と連絡があり、且つそのようなものが上司からの伝達であるということを受けました。
#167
○原虎一君 ヒラトフ少尉は、カラカソダの收容所にどのくらいの期間おつたのか、その点を御存じの方から、どちらでもいいからお答え願いたい。
#168
○証人(久保田善藏君) 私達が九分所に来てずつと、私が七ラーゲルに追放されるまで、彼はそこにおりました。その以前どこのラーゲルにおつたかということは知りません。
#169
○原虎一君 山森証人に同様のことをお伺いしますが、あなたは露語がよく分るのでありますが、これはヒラトフ少尉が、そういう政治演説をやりましたそのカラカンダの收容所にどのくらいの期間おつたのかどうか。それからもう一つ続けて聞きますが、ヒラトフ少尉から諸君にされたような演説を、外でも聞いたということを船に乗る以前からですね、船に乗つてからでなしに、船に乗る以前に、あなた方が一緒に聞いた以外の人から聞いたかどうか、この二つをお答え願います。
#170
○証人(山森勇太郎君) ヒラトフ少尉がカラカンダにどのくらいおつたかという質問に対しては、今久保田氏が述べられたごとく我々がカラカンダにおつた期間、即ち九月頃から十四年の米までヒラトフ少尉がおりました。それからその次の外の地区でも聞いたかという御質問ですね、これに対しては外の地区で同様に日本共産党の要請によつて、或いは日本共産党の徳田の要請によつて、というような詳細な話はありませんが、大体どこの地区においても、ソ連を強化しなければ絶対に帰えれない、民主主義者にならなければ日本に帰えさないんだと、こういうような風潮といいますか、そういつた流れはありました。
#171
○原虎一君 もう二点程お伺いいたしますが、今日あなた方がこの場所で陳述されていますところのその不満なる事実、不満なる事柄に対して日本に帰つてその事実を確め、或いはそれを抗議するために日本共産党の本部若しくは党の幹部に会つてそういう話をし、事実を質すようなことをしたことがありますかどうか。
#172
○証人(久保田善藏君) この問題に関しまして、我々日の丸梯団は、直接日共に行つて徳田書記長と対決するかどうかという問題を協議いたしましたが、これは我々としては日本に長くいないし、いろいろな事情に関しましても非常に浅薄であるし、どうしても日本政府を通じて、或いは衆参両院を通じてこの問題を提議して、そして解決を見出して貰いたい、このような案を持ちまして懇請書を提出したわけであります。
#173
○原虎一君 最後にお聞きいたしますが、お二人共日本の政党に加盟されておるかどうか。日本にあるいずれかの政党に関係を持ち、或いは加盟されておるかどうか。それからどういう政党をお好きであるか、この点をお伺いします。
#174
○証人(久保田善藏君) 只今申されました件に関しまして、私達はまだ帰つてそのまま舞鶴から上陸して、家族にも会つておらない始末であります。だからどの政党にも入つておりませんし、今後我々の欲するものは、日本の民主的な政府の樹立、これを要望する者であります。
#175
○証人(山森勇太郎君) 自分もまだ如何なる政党にも属しておりません。どの政党を好むかと言われましても、別段これといつて坂上げることもありませんが、別にこれを以て憎むとかそういつた政党もありません。
#176
○天田勝正君 私も先ず委員長から証人に要望されるのが当然でありましようが、時間を節約するために私から申述べるのであります。私共は長い間証人喚問をしておりまして、いろいろ資料を集めております。従いまして私共が質問をした要点だけお答え願えれば、別にそれからはみ出たことを言わなければ、我々が恐らく分らないであろうという想像でいろいろとお附け加えになると思うのでありますが、そういう必要は決してございませんから、先ずこの点一つ要望いたして置きます。
 私は山森証人に伺います。先程久保田証人から樺太から日本人の受刑者五万人が入ソしておる云々と、こういう話がありまして、これは私共の委員会としては非常に重要な関心を持たなければならないものであります。そこであなたは特に露語に堪能でありまするから、こうしたものを面接見た場合は、これは露語に堪能でなくても誰でも分るのでありますが、更にその堪能なる露語を駆使されまして、ソ連の将校、或いは收容所の職員又はどういう機会にか一般の民間人、こういうような人達から五万人であるか、或いはそれより多いか少いかは別といたしまして、こうした樺太なりも或いはその他の地域なりから日本人の流刑者が送られておると、こういう事実を御承知になつておられるかどうか。先ずこの点伺います。
#177
○証人(山森勇太郎君) 承知しております。内分でも目撃しております。而も現在ここに我々の中で樺太の邦人と同じ家におつた者がおります。
#178
○天田勝正君 そのあなたの承知しておられる流刑者の数は大凡そどのくらいですか。それは時期的にも違いましようが、例えば総数で申されても結棒。自分が知つておられるという一定の時期においてこの数であるという表現でも結構であります。
#179
○証人(山森勇太郎君) 当分は樺太邦人が刑を受けてソ連に流刑されたと、そういうことは聞いておりますが、その総数については知つておりません。併しその総数についてはよく知つておる方が外にあると思うのであります。
#180
○天田勝正君 あなたにみずからがお会いになつというのはどこでどういう方でありますか。
#181
○証人(山森勇太郎君) 先程久保田氏が言われたように、アンダレンにおいて二名程営門のところまで来ておりました。それでこれに対して或る程度の我々の方からも話かけがあつて、明瞭にこれは樺太から来た人間でおるということを確認いたしました。又ラーゲルにも若い者で樺太から流刑されて来ておつた者があります。或いはタシケントにおいてもそういつたような事例があつて、樺太邦人が来ておるということを聞きました。
#182
○天田勝正君 この質問するのは、今まで幾度かの証人喚問の際に、多少通訳というような役割をした人は、これは比較の問題でありますけれども、その收容所内における他の收容者よりも多少自由が利いたと、こういうことを承知しておりますために聞くのでありますが、そこで山森証人は多少他の收容者よりも、自由、こういう立場におられたかどうか。この自由いうのは今言つたように非常に疑問がありますけれども、ただ比較の問題で他の收容者より多少自由に外へ掛られる機会があるとか、まあ使いというような恰好にしましてもですが、或いはソ連の人達といろいろ話す機会、こういうような自由が與えられておつたかどうか。
#183
○証人(山森勇太郎君) 自分は昭和二十三年までは自由に行動し、ラーゲルの外に自由に出ておりました。併しその後自分は民主運動というものに対して反対的な立場にあつたために、その自由を奪われましたのでその後は自由な行動をとつておりません。
#184
○天田勝正君 そこが非常に重要なんです。二十三年までは多少自由な立場に置かれておつて隊のよそに外出もできた。こういうことでありまするから、さような期間において一般邦人等が他の地域からソ連に堪られた、こういうことについての情報入手が、私は懲罰ラーゲルにおられたときなどよりも得られたであろう、こう考える。その期間において、よくこれは拘束されると想像が逞しゆうなるものでありまして、ですからいろいろ接触しているうちにどのくらい一般邦人が来ておるかというこういう話が出たと思うのでありますが、出たとすればどのくらい来ておるというようなことを聞かれましたか。
#185
○証人(山森勇太郎君) 二十三年の末までには、まだ樺太邦人が刑を終つてソ連領内に入つて来たというような事件はなかつたのであります。従つてその後において樺太の満刑者が我々の地区に来たものですから、その数は直分には掴めないのであります。
#186
○天田勝正君 なかつたと言つて断言されるのは、あなた自身が見かけないというふうに了解したらいいと思うのでございますが、というのはこれは誘導というふうにとられては困りますが、本委員会においですでに証人を喚問した際に、それ以前においてそうした刑をきて入ソせしめられたと、こういう証人がおるのでありますから、今の証言は絶対いないということでなしに、あなたがみずからの耳や眼には触れなかつた。こういうふうに了解してよろしいですか。
#187
○証人(山森勇太郎君) 二十三年の末までには自分は見かけませんでしたから、その点は自分としても確答申上げられませんが、二十四年からは明瞭に自分が目撃しております。併しそのときには自分は自由を奪われておりましたから、他の人同等くらいしか知りません。
#188
○天田勝正君 委員長、質問を変えます。先程山森証人が久保田証人のお話を聞かれましたように、移動の際等には、特に搾取が行われたこういうことを言われておるのですが、これに対する答えはまだ山森証人からはないのです。答えとして話されたのは、私の問いに対して以外のことです。そこであなた自身の経験からいたしますれば、こうした一收容所から他の收容所へ移る場合に、持にソ連側の軍人なり或いは軍人でなくてもその職員なりがあなたを搾取したと、あなた方に給與が渡らないということでなしに、それを取上げた。こういう事実を御承知でありますか。
#189
○証人(山森勇太郎君) 承知しております。
#190
○天田勝正君 どこで。
#191
○証人(山森勇太郎君) 現実には、移動の際最もそれが甚だしく行われたわけであります。普通收容所におる場合においても、肉なんかの配給などでも骨ばかり渡す。それでソ通側は全部いい分を持つて行くと、こういう形で現れておりますね。特に先程久保田氏が申されたように、移動の際は当然渡るべき俸給没收してしまう。或いは石鹸、煙草などの配給も没收してしまう、こういうことが明瞭になつたのでございます。これはなぜなつたかというと、我々に配給するところの定量の表がありますから、それによつて我々は一月に幾ら貰うということが分つておりますから、我々は明瞭に搾取されたということの判断ができます。
#192
○天田勝正君 もう一つ、今度はこれは証人に伺う前に委員同士で聞かなければならないことでありますけれども、それに触れる時がありませんから省いて証人に伺います。先程中野委員がおつしやつたこと、つまり日本共産党はソ連に対して打電しておると、こういう手続は一体どうされたのか、私が非常にびつくりしたわけです。そのことは日共だけが自由に、占領下に置かれておるにも拘らずソ連共産党に対して連絡がとれる、こういうようなふうにも聞こえて非常に驚いているわけでありますが、あなた方向うにおられて、ソ連政府、ソ連政府でなくてもよろしゆうございますが、ソ連政府若しくはソ連共産党は、日共に対しては自由に連絡がとれるのだ、こういうふうに考えておられましたかどうか。
#193
○証人(山森勇太郎君) 連絡が自由に行われていたということについて、自分は詳細を知りません。
#194
○委員長(岡元義人君) この際、議事進行についてお諮りしておきたいと思いますのは、今日午後の証人喚問の案件が一つございます。相当時間が経過いたしましたので、今後の質問に対しましては、まだ各委員から申込みもございますので、できるだけ五分間程度で御質問をして頂きたいと一応お諮りしたいのでありますが……。(「賛成賛成」と呼ぶ者あり)
#195
○北條秀一君 議事進行ですが、それでは大体今時四十五分でずが、どのくらいで終えるか先ず決めて頂けば、その範囲内で全部やつて頂きたいと思います。三時半までにこれを終るというふうにお諮り願いたいと思います。
#196
○委員長(岡元義人君) 只今北條委員から御発言がございましたが、三時半までに一応質問を打切るということにいたして御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕 
#197
○委員長(岡元義人君) 御異議ないと思います。では淺岡委員。
#198
○淺岡信夫君 山森証人と久保田証人にお尋ねしたいのですが、先程中野委員からミラ、テレヴィヤンコ協定からいろいろ出されましたので、随分廻りくどい説明で、あなた方なかなか困つただろうと思うのですが、何か私共としても非常にはつきりしなかつたものですからはつきりお答え頂きたいと思うのです。或いは私の聞き間違いであつたのかも知れませんが、先程中野委員の説明において、共産党が昨年の五月五日にソ連共産党に打電して、その結果九万五千人が十一月までに帰えせるようになつて来たというふうな言い廻しの話だつたのですが、それに対しては先程両証人は、いや、それはソ連政府の発表だつたというふうに言われたのですが、その点につきまして、簡單でよろしゆうございますから、はつきり一つ山森証人からお答え頂きたい。
#199
○証人(山森勇太郎君) それはソ連側の発表によつてであります。
#200
○証人(久保田善藏君) 私達は日本共産党がそのような打電をしたということを聞いた覚えもありません。又若しそれを打電したならば、必ずソ連政治部将校が民主委員会を通じて、宣伝啓蒙の一端としてこれを述べる筈であります。ところが全然そういうことが述べられていない点から私はそれを疑う者であります。
#201
○淺岡信夫君 山森証人、久保田証人に重ねてお尋ねいたしますが、その共産党からの電報の要請があつたということを、あなた方は先税日本新聞を見ておられるという御証言がありましたが、そうした日本共産党よりの電報というものが、日本新聞その他に載つておつたかどうか。或いはあなたは御覧になつたかどうか、その点をお答えして頂きたい。
#202
○証人(久保田善藏君) そのような帰還問題に関するところの電報も、日本新聞で見たこともありませんし、又プラウダに載つたということも聞いたことがございません。併しその他野坂参三氏並びに徳田書記長の討論要旨、こういつたものは日本新聞に明らかに報道されておりました。併しこれがどういつた径路で以てソ連におけるハバロフスクの日本新聞に送れたかどうか、これが私達にははつきり分りません。
#203
○証人(山森勇太郎君) 要請はなかつたと思います。新聞には全然載つておりません。
#204
○淺岡信夫君 そこで久保田証人にお尋ねいたしますが、カラガンダ九分所のクラブにおいて、二十二年九月十五日の十時中頃、三百名の人達に対して、ヒラトフ政治将校が言われた、この時に管通訳がいろいろ通訳をされた、そのヒラトフ少尉とそれから管通訳とのその通訳の工合ですね、つまり一つくを区切つて通訳したか、或いはヒラトフ政治将校が言われたのをまとめて管通訳が言つたかどうか、その点につきまして簡單に一つ。
#205
○証人(久保田善藏君) 国際情勢並びに日本の現在の民主化の状態、こういつたものに関しましては、相当長い期間に立つてヒラトフ少尉が述べ、それを最後まで通訳としての立場で書いて、最後に通訳しました。併しこの帰国問題に関しましては先程申しました名の者が簡單に述べております。その尋問に対して簡單に答えております。一つ一つを彼は簡單に通訳しております。
#206
○証人(山森勇太郎君) 話の内容においても、大体或る程度のところで話を区切つて話しておりました。質問に際しましては、一人ずつ簡單なる質問に対して区切りをつけてやはり返答しております。
#207
○淺岡信夫君 峯田恒次の質問というものは、誠に簡單であります。それに対してヒラトフ政治将校の言われた、帰る時期は言えない、これも簡單であります。ところが次の植松元憲兵軍曹の質問に対して、これも簡單でありまするが、これに対しての、今年の春ソ連は十一月までに戰争犯罪のため調査中の者を除く以外の者は帰国せしめると声明したではないか、これはどうなる、という植松君の御質問に対して、先程久保田証人は、日本共産党書記長、同志徳田球一より反動分子は帰えして呉れるなと言つて来た。だからみんな民主主義とならなければならん。反動は絶対帰国せしめんであろうと、これを言われたのでありまするが、一方山森証人の言によりますると、直訳すると、日本共産党云々というその点が、先程中野君のいろいろな質問に対して、あなたもテレヴィヤンコ云々というところから始まつたものですから、この点がはつきりしないのですが、この点を或いは私自身が聞き違えてはつきりしておらんのかも知らんが、そのことをもう一つはつきり言つて頂きたいと思うのです。
#208
○証人(山森勇太郎君) この通訳に関しては、久保田氏が述べられたごとく、日本共産党徳田書記長の名において、共産党は、反動分子は帰還できないであろうと、こういうように返答したのであります。
#209
○淺岡信夫君 そうしますと、あなたはロシア語が非常に分るという立場において、管通訳が徳田書記長云々ということを附加したということに対して不審を抱かなかつたですか。
#210
○証人(山森勇太郎君) 別段抱きません。
#211
○淺岡信夫君 別段抱かんということは、そういう空気と言いましようか、流れと言いましようか、共産党と言えば、その代表者は徳田であるというようにあなたは感じておられたのでありませんか。
#212
○証人(山森勇太郎君) 当然そうであります。あの場合においても徳田という言葉が出たかどうか、自分は遠くで余り聞えなかつたが、通訳においては明瞭に徳田書記長という名を出しておりますから明瞭だと思います。
#213
○淺岡信夫君 山森承認は遠くだ遠くだと言われておりますが、三百名くらい入る部屋というなら、そう大した大きな部屋でもないが、例えばこの予算委員室でも三百名くらいゆうに入るから、この部屋よりいつて大きかつたですか、小さかつたですか。
#214
○証人(山森勇太郎君) 大体このぐらいの部屋であります。それで自分は一番後におりましたから、又いつもソ連側の話は、そういつたような、ソ連を強化しなければ駄目なのだ、労働に対して挺身してやらなければ駄目なのだと、そういつたつまらん話でありますから、自分も興味を持たずに後の方でただ漠然と聞いておつたのです。ただ管氏の通訳に対しては、自分もはつきり聞いて、徳田書記長ということを言つておりました。
#215
○淺岡信夫君 いずれの証人でもいいですが、この当日そのクラブに集まれということは誰が指令しで来たのですか。
#216
○証人(久保田善藏君) クラブに集まれということは、政治部将校が言つたのであると思います。なぜならば、民主委員会が招集する場合は民主分子しか集めません。要するに民主同盟というものがあつて、それに参加しておる者しか集めないのであります。全員集合というときには、これは大隊長、コンバートというものがあつて、これが集める。そのときの話では、管君が点呼のときに、点呼が終つて十時半頃になつたらクラブに集合して貰いたい。一遍に入れないから約三百名くらい先に入つて欲しいということを、政治部将校と一緒に並んでやつておりました。だから政治部将校並びに所長の命令だと思います。
#217
○証人(山森勇太郎君) 同様です。
#218
○淺岡信夫君 私はまだ中野委員にもお尋ねしたい一点がありますが……
#219
○委員長(岡元義人君) 淺岡委員に申上げますが、一応質問が済んでから委員会において御討論願います。
#220
○穗積眞六郎君 二点ばかり伺いますが、委員と証人の応答で大体分つたのでありますが、山森証人に伺いますが、只今の植松元憲兵軍曹の質問に対して、ヒラトフ少尉の答えた言葉が、管通訳の通訳と、あなたが直接に開かれたのと少し違うというので、あなたはこういうふうに聞いたということを一番初めに述べられましたのですが、その食い違いというのは、講話長徳田球一ということを言つたか言わないかという点が一つあつたようでありますが、共産党の希望として、反動は絶対に帰国せしめない、この点についてはあなたのお聞きになつたのと、それから管通訳の通訳とは一致しておるのでございますかどうか。その点をはつきり承わりたいと思います。共産党の申出でによつて、反動は帰えして呉れるなと言つて来ておるから……、こういう点でございますね、この点については管通訳の通訳と、あなたが直接にお聞きになつたことと食い違いはございませんか、と言つておるのです。
#221
○証人(山森勇太郎君) 別段食い違いはないと思います。そのときも、先程淺岡委員も質問があつたように、その時の空気から云つて、又或いはソ連の我々に対する待遇から云つても当然日本共産党徳田書記長の要請によつて、反動は遅れるのだ……
#222
○穗積眞六郎君 徳田球一氏云々ということでなしに、反動分子は帰えして呉れるなという共産党の要望があつたということは、あなたもお認めになりますのですか。
#223
○証人(山森勇太郎君) 認めます。
#224
○穗積眞六郎君 ちよつと、もう一つ全く別の質問をしたいと思います。これは両証人に伺いますが、タシケント、カラカンダ、あの地区に今どれだけ残つておりましようかというのが一点でございます。
 それからこの前の船で帰られました証人のお言葉に、その証人が帰る時に、ラーゲルにいた人をABCといいますか一、三と分けて、第一のグループはみんな帰えす、それから第のグループは、結局満洲国とか朝鮮等の行政官、司法官等が多くて、この人は残されていた。第三のグループは、スパイ嫌疑の人だとか、満洲国の協和会の人だとかであつた、そうしてその時は第一のグループの先ず殆んど全部が帰えされたと、こういうことを言つておられたのであります。カラカンダから帰えります時に、あなた方は今度帰えられますときに、そのとき第のグループに入つていた人がどのくらい帰つたか。それから第三のグループに入つていた人で帰えられた人があるかどうか、御存じならば述べて頂きたい、これが一点でございます。
 それから最後は、あなた方がお帰りになりますときにも、そういうふうに第一、第、第三というふうに分けられて、第一だけ帰えされるというようなことがあつたかどうか。そうして附け加えてその後の第一グループの人が何か帰えれそうな模様があつたかどうか。これだけのことを一つ御証言願いたいと存じます。どなたからでもよろしうございます。
#225
○証人(久保田善藏君) 九分所においても只今申されましたように、第第二、第三グループというのが帰還の話が持出される以前にあつたわけでありますが、当時猛烈なるところの取調が行われまして、どんどんと営倉にぶち込まれて、そうして営倉を拡大して行つた当時であります。あらゆるバラツクが片つぱしから営倉になつて行つたときであります。このときに私は第グループに入つておりました。九十九名の第グループであります。第三グループというのは、特機並びに満洲第八六部隊諜報関係が多かつたのであります。第一グループというのが反動と称される者、大体警察官並びに普通の憲兵でありましたが、その人達と、それから民主運動で密告されて、何でもない人が何かの形で憲兵になつたり、警察官になつた人達、こういう人達が第一グループであつたのであります。それで第グループは殆んどが協和会関係でありました。私は行政官の立場でこの第グループの九十九名の中に入つておりましたが、第一グループは殆んど十五分所に廻されました。これが第一の帰還者として十五分所に送られたわけであります。残つたのは、第二グループと第三グループでありますが、併しそのどきにも九十九名の中からも、第一グループに入つておりました。第三グループの者も幾らかこれに入つておりました。又十五分所に行つた者が、その後そこで選別されて又九分所に帰つて来ております。主に六百名でありましたが、ここの第一グループの人は殆んどが帰つておりまして、そのときの十五分所で残されたものは百五名か六名だつたと思います。あとの者は九分所に残つておりました。
#226
○証人(山森勇太郎君) 只今の証言にもありましたように、第一グループは大体において帰つて来られたのです。第グループ、第三グループは大部分が残りました。第一グループというものは、大体この前の我々より前の梯団で帰つております。それで我々は、自分は第三グループに入つておりました。それでグループと三グループの中で、協和会と只今の八六部隊というのを除いだ外は、カラガンダの十五分所というところに昨年十六日に移つております。この際に移つた員数が百十一名であります。その百十一名のうち、今回帰つた者が大体七十名であります。それでその後に第一グループ、第二グループ、第三グループと分けられたかどうかという御質問ですね。
#227
○穗積眞六郎君 あなたのときに分けられたか……
#228
○証人(山森勇太郎君) この第一グループ、第グループ、第三グループと分けられた以後に、又分けられたということはありません。
#229
○穗積眞六郎君 余り沢山伺いましたのでいけませんでしたが、あなた方の御想像で、タシケント、カラガンダ地方にまだ何人ぐらい残つておるだろうという御想像でございますか。それを承わりたいと思います。
#230
○証人(久保田善藏君) 私達は鉄條網の中で、而も高い塀の中に閉じ込められておつて、外のラーゲルのことは余り分りませんが、ナホトカに来てから大体の判断をいたしますと、或いは聞いたことによつて一応推定いたしますと、ウラジオ……
#231
○委員長(岡元義人君) 久保田証人に申上げますが、先程も各委員から注意がありましたが、各委員はすべての收容所の状況は、その都度資料を持つておりますので、只今穗積委員が聞かれたカラガンダ、タシケント地区に残つておる者はどのくらいだ。それだけお答え願えればよいのであります。
#232
○証人(久保田善藏君) カラガンダを申上げますが、カラカンダには、私達の知つておる範囲内では約八百名ぐらいおります。
#233
○証人(山森勇太郎君) カラガンダにおいて、囚人收容所でない者、即ち我我のおつた收容所には大体九分所に百三十名、これが只今の協和会関係者、それから行政官、それから八六部隊の者、こういつた者が百三十名、それから十五分所には大体四百名ぐらいおつたものと想像します。それで大体普通の捕虜收容所におつた者が六百名、それからその他の囚人の收容所に抑留されておる者、これが大体四百名、こういう話であります。合計千名というような数であります。
#234
○天田勝正君 今の数が合わないですよ。九分所百三十名と十五分所四百名と、六百名と四百名では……(「いいんだよ」と呼ぶ者あり)
#235
○委員長(岡元義人君) 山森証人の只今の証言中に合計千名と、区分けされました数字の合計の数字が食い違つておりますが……
#236
○証人(山森勇太郎君) 大体の推定ですが、確実のところを申すわけにいきませんが、勿論そういうわけで、囚人の收容所におる者の数を確実に推定することは我々には不可能であります。
#237
○穗積眞六郎君 百三十名と四百名合計して六百名、それに四百名ぐらい、こういう話でありますか。
#238
○証人(山森勇太郎君) はい。それは百三十名というものは確実であります。併しあとの十五分所における四百名といつたのは、大体の概数であります。大体九分所、十五分所乃至は八分所もまだ若干残つておつたように思います。ただ自分のおつた第九分所に関しては確実な数字であります。
#239
○北條秀一君 人の証人に伺いますが、あなた方はラーゲルに收容されておる間に賃金は貰つたのでありますが、最後にその賃金は残つたのか、残つた賃金はナホトカを出るときにどうしたのか、その点についてちよつと……
#240
○証人(久保田善藏君) お答えいたします。ナホトカを出る別、カラカンダにおいてその、三日前に給料が支拂われております。そして出発する日に全部捲き上げられてしまいました。
#241
○証人(山森勇太郎君) 只今の証言のごとくカラカンダにおいて最後に或る程度の賃金を支拂われました。その間四年間において我々が賃金をどのぐらい受けたかということに対しては殆んど受けなかつたと言つて過言でないような状態です。
   〔委員長退席、理事天田勝正君委員長席に着く〕
#242
○北條秀一君 久保田証人は捲き上げられたと言いますが、誰が一体捲き上げたのですか。
#243
○証人(久保田善藏君) 実はお前たちはもう最後的段階になつて強力に運動をやらなければならないというので、猛烈に作業を展開さして、そしてその得たところの金をその二、三日前に、二、三日ほど前に呉れまして、そして十五分所に行つて、十五分所で以て私物検査が行われまして、身体検査が行われまして、そのときにある金を全部そこの入口で、営門で取上げました。これは勿論所長、政治情報部員その他の人がタツチしております。
#244
○北條秀一君 次は、あなたは抑留中に何通日本に手紙を出し、何通受取りましたか。
#245
○証人(久保田善藏君) 私は三通出しております。一通も受取つておりません。抑留者の場合誰も、私たちと一緒に行動したカントからタシケント地区におつた者は殆んど受取つておりません。
#246
○証人(山森勇太郎君) 葉書を大体四通、それから封書を一通出しております。それで故郷から受取つた返事は抑留者の葉書、あれを二通受取つております。
#247
○北條秀一君 久保田、山森両証人は抑留中、大体同じ行動をとつたようでありますが、その間における諸君の同僚は一体何人死んだのか。
#248
○証人(久保田善藏君) 今ここで何人死んだかということを言われましても確答はでき兼ねます。何故ならばこれは大きな問題だと思いますので、よく我々のグループと調査いたしまして、然るのちに確実なる数字を発表いたします。
#249
○北條秀一君 両証人は国会に懇請書を出されたのであります、が、これと同時に日本共産党の幹部に、どなたかに面会を申込み、そして諸君の意のあるところを告げられましたか。
#250
○証人(久保田善藏君) 懇請書を提出するその日に徳田書記長にお会いして、一応この問題についてお聞きしたかつたのでありますけれども、時間の関係或いはその他で以てできなかつたのであります。
#251
○北條秀一君 両証人の今までの話を開いておりますと、同胞が残留せしめられでおるのは、竹本共産党の要求であり、帰つて来たのは国民の輿論とマツカーサー司令部の要求である。こういうふうな結論になるように私は思うのでありますが、そうすると鉄の意思を持つソ連の政府には何ら意思がないということになりますが、その点についてどういうふうにお考えですか。
#252
○証人(久保田善藏君) これは実にデリケートな問題であつく実際にソ連におつた人でないと分らないのでありますが、四年中を通じて帰国問題を通じて私たちは日本政府並びに参衆両院、マツカーサー司令部から我々の帰国問題について非常に追及して来ておるし、抑留者の問題に関しましては万国赤十字社を通じて非常にやかましく言つて来ておるということは、三本の筋を附けておりますところの五六人の兵隊から聞いております。而もソ連の兵隊であり……非常にやかましく言つて来ております。だからお前たちは直ぐ帰れるだろうということを、ソ連の兵隊が言つております。
#253
○北條秀一君 山森証人に伺いますが、ここに提出された懇請書とあなたの今月の証言とが食違つておると承知しますが、即ちこの懇請書には通訳係管某と括弧はしておりますが、結論としてはヒラトフ少尉が次のように言明したというように書いてあるのでありますが、あなたの先程の証言とこれは食違つておりますが、どつちが一体正しいのですか。
#254
○証人(山森勇太郎君) それは直接通訳に当つた管某が正しいと、こういうふうに自分は判断します。それですから自分の言つた証言と比べますと、それ程管某の通訳と違反するものではない、こういうふうに解釈しますし、自分としては管某の通訳をとります。
#255
○北條秀一君 それで分りましたが、先程来証人から話がありましたいろいろな発言の中で、多少私は妥当を欠く点があるのじやないかと考えるのでありますから、この際委員長におかれましてはその妥当を欠いた点があれば、それはあとで委員長が訂正をするというふうにお取計らい願いたいと思うのであらますが、その点を念のために両証人に御了解を得て頂きたい、こういうことを希望いたしまして私は止めます。
#256
○理事(天田勝正君) 承知いたしました。両証人に申上げて置きますが、本委員会の終りますまでに今北條委員が仰せになつた通り、若しこの点が間違つておる、この点は実はこう証言すべきであるというような点につきましてお気付きになりましたならば、さようにお述べ願いたいと存じます。
 では、更に各委員の質問を願います。
#257
○中野重治君 久保田証人にお尋ねします。あなたに怪我をさした人間は帰つて来ておりますか。
#258
○証人(久保田善藏君) 今取上げております俘虜問題と、私の怪我問題と何の関係がありますか。
   〔理事天田勝正君退席、委員長着席〕
#259
○委員長(岡元義人君) 証人に御注意申上げますが、簡單にできないならできない、そういう工合に先程冒頭に委員長から御注意申上げてあることをよく了承して頂いて御発言願いたいと思います。
#260
○証人(久保田善藏君) それでは、私と喧嘩をした男は先に帰つております。
#261
○中野重治君 名前、住所は分つておりますか。
#262
○証人(久保田善藏君) 分りません。
#263
○中野重治君 名前分りませんか。
#264
○証人(久保田善藏君) 名前は分ります。
#265
○中野重治君 名前を……
#266
○証人(久保田善藏君) 中村八郎。
#267
○中野重治君 大体においていつ頃帰つたか御存じありませんか。
#268
○証人(久保田善藏君) この前の梯団で帰つた。
#269
○中野重治君 前の梯団というといつ頃になりますか。
#270
○証人(久保田善藏君) 一九五〇年の第一回の高砂丸梯団であります。
#271
○中野重治君 他の問題ですが、今度船で千百何人帰つておりまして、その中で三百五十八名でしたか、これが日の丸梯団でしたね。
#272
○証人(久保田善藏君) そうです。
#273
○中野重治君 久保田証人等々のお話についてこの日の丸梯団以外の人々及び日の丸梯団内の久保田証人以外の人の話を我々が聞いて、両方つき合せるとはつきりするだろうとこう私は考えますが、久保田証人の賛成を得られますか。
#274
○証人(久保田善藏君) それは何に関してでありますか。
#275
○中野重治君 久保田証人等々から今日証言がいろいろありました。これに対して委員会が判断を下す必要があるのですが、それについては同じ船で帰つて、日の丸梯団に入らなかつた人が千七百人程ある。この中から誰か外に出て貰い、又三百九十名の日の丸梯団内の、久保田証人以外の人に出て貰う。その両方をつき合わせると我々としてははつきりできると、こう考えるのですが、この考えに久保田証人に賛成が願えますか。
#276
○証人(久保田善藏君) 残念ながら幹部を除いた以外の者は全部日の丸梯団であります。勿論、若し第一梯団の方に、そのときに直接この問題にタツチした人、或いは間接的にもこの話を闘いた人がおりましたならば、どうぞ御自由に出して頂きます。
#277
○中野重治君 日の丸梯団内の他の人、又この三百七十八名以外の千七百以上の人達、同じ船で帰つたその中から、この種の問題に関して委員会が他の証人を呼ぶことに、あなたは賛成なさらんというわけですか。
#278
○証人(久保田善藏君) 賛成でございます。
#279
○中野重治君 結構です。それで日の丸梯団を作ることについては、あなたはいつ頃から考えておられました。つまりナホトカを出る前から、或いは船に乗つてか……どういうふうに。
#280
○証人(久保田善藏君) 勿論我々は反動として睨まれて来た人間であるし、いろんな面において発言はなかなか困難であります。だからこの日の丸梯団を作る上においては、ナホトカに来る前、すでに輸送間において、私は車中においてアクテイブと称する連中と闘争を展開して来ております。ナホトカに着くと何時に第一梯団の一木という人間と喧嘩をしました。俺は反動である、君達は共産党員であるし、君達が掲げているところの百項目に及ぶ吉田政府に対する要求事項に関しては、絶対反対であるということを宣言しているし、つまり出発する前の日に、十時までに反動調査が行われております。その間を縫つて我々は非合法的な日の丸梯団を組織……
#281
○委員長(岡元義人君) 証言中重ねて御注意申上げますが、できるだけ、要点だけ……
#282
○中野重治君 私の問い方を変えましよう。日の丸梯団はどこでできました。船の上でこれが……
#283
○証人(久保田善藏君) 日の丸梯団は、ナホトカにいるときに非合法的に運動が展開されまして作つたのであります。
#284
○中野重治君 ナホトカで非合法的に日の丸梯団として作つたと、こういうわけですか。
#285
○証人(久保田善藏君) そうです。
#286
○中野重治君 非合法的に日の丸をつけたわけですか、ナホトカで……
#287
○証人(久保田善藏君) 勿論胸にはつきりと日の丸、これをつけることは許されませんし、心の中に日の丸をうけました。(笑声)
#288
○中野重治君 船に乗つてから、或いは舞鶴において、復員官、その他から日の丸梯団の組織に関して、そういう胸に貼りつける旗を、或いは切れを受取りましたか、乗つてから……
#289
○証人(久保田善藏君) その布に関しましては、私共は日の丸を作ると言つて貰いませんでした。ちよつと要ることがあるから切れを呉れということを要求しました。
#290
○中野重治君 それは誰に要求して、誰から受取りましたか。
#291
○証人(久保田善藏君) それは看護婦に要求して看護婦から受取りました。
#292
○中野重治君 久保田証人は日の丸梯団という、胸に日の丸をつけて上陸する部隊があつたことをナホトカまでの間に知つておりましたか。
#293
○証人(久保田善藏君) 当時私達の間には、現在日の丸梯団としての幹部を勤めておつた十何者の人達によつて、これがナホトカで秘密的に協議されまして、船に乗り込むと同時に、第一梯団の方に直接交渉を行いまして、そうして三名対三名を以てこの問題について協議し、そのときに船に乗り込んでおりましたところの復員官の人たちは、一応反対をいたしました。併し私たちは強引にこれを突進めて行つて決裂して、そうして分れたのであります。
#294
○中野重治君 これ一つでやめますから答えて下ざい。船に乗る前に日の丸梯団という上陸のし方があるということを、向うにいたときに知つておつたかということが私の問です。
#295
○証人(久保田善藏君) 日の丸梯団という上陸のし方と言うのはどういう意味ですか。
#296
○中野重治君 日の丸梯団という胸に日の丸をつけた、最初はヨジウムチンキで揃えたとかいう話がありますが、そうして他の人々とは違つて、我々は日の丸に云々というふうな主張で上陸しますれ。
#297
○証人(久保田善藏君) そうです。
#298
○中野重治君 あなた方も今度は日の丸梯団として新聞なんかが書き立てておるわけですが、日の丸梯団という形で上陸するということがあるのをナホトカまでの間に聞いて知つておられたか。
#299
○証人(久保田善藏君) 勿論この組織については我々と同一の立場にあつた人間によつて協議されたのであつて、その他の三百何名という人間に対しては我々は船に乗つて呼びかけたのであります。幸いにも私の中隊であつた人達は、私共と同じように非常にふだんの苦しみに喘いで来た人でありましたので……
#300
○中野重治君 委員長から一つ説明して下さい。
#301
○証人(久保田善藏君) あなたに対してよく言わんと分らんから。(笑声)
#302
○委員長(岡元義人君) 久保田証人に御注意申上げますが、委員会は委員会の権威を以て証言を承つておるのでありますから、只今の中野委員が質問されましたことは、ナホトカから向うで日の丸梯団というような上陸の方法もあるのだというようなことを、すでに知つておつたかどうか。だから知つておつたか、知らないか、イエスかノーか答えて下さい。
#303
○証人(久保田善藏君) 知つておりました。
#304
○中野重治君 どういう筋合で知つておつたか、簡單に答えて頂きます。
#305
○証人(久保田善藏君) こういうことについては語る必要はありません。
#306
○委員長(岡元義人君) 久保田証人に申上げますが、先程も御注意申上げましたように、知つておられる範囲においては簡單に証言をして頂きたい。分らないなら分らない……
#307
○証人(久保田善藏君) 私たちはとにかく日本人である。帰るときには必ず赤旗でなくて、日の丸を胸に、心につけて帰るのだということを、私たちは強く心に銘じて帰つて来ましたから、だからこれは飽くまでも計画的に行なつたのであります。ただそれだけです。
#308
○中野重治君 日の丸梯団はこういうやり方があることを知つておつたという証書が先程ありました。それで私の尋ねたいのは、誰からどういう筋合で聞いておつたとか、或いは日本の国からの手紙に書いてあつたとか、或いは新聞で見たとか、そういう簡單なことを答えて頂けばいい。心に日の丸ということは私はどうにもいたし方ないことであつて、どうにもしようと思うものではありません、そうでなくて、誰かから聞かれたのかも或いは何か文書で読まれたのか、知られた経緯です。それを聞けば終ります。
#309
○委員長(岡元義人君) 久保田証人に委員長から重ねて、中野委員の質問をまだ証人は呑み込んでおられないのではないかと思いますが、日の丸梯団というのはあなた方の日の丸梯団を言つておられるのではないのであつて、前にも日の丸梯団というようなものでどしどし上陸ができるのだ、そういうような方法があるのだということを、あなたは知つておられたのか、こう聞いておられるのであります。分りますか。
#310
○証人(久保田善藏君) 我々は船に乗つてから新聞によつて、前の日の丸梯団というものが帰つたということを聞きました。併し我々も胸に日の丸をつけたから日の丸梯団という名称をつけなくちやならんということもなかつたし、我々は自由にどんな名称を付けても構わんし、併しこの問題に関して、私たちは、人から聞いたから日の丸を胸に付けたということは絶対ありません。自分で独断でやりました。
#311
○中野重治君 証人の言葉は大分どうかしていると私は感じます。それで、先程の証言を拒否するがごとき考え方もあるようでありますし、疑惑を残して、時間もありませんから私のここでの質問はこれで打切ります。
#312
○淺岡信夫君 両証人に簡單に答えて環きたいと思います。この管末治通訳はアクテイブであつたかどうか。
#313
○証人(久保田善藏君) 管末治は大アクティブであります。
#314
○証人(山森勇太郎君) 民主主義委員として、カラガンダ地区の全部を統轄しているような地位にありました。
#315
○淺岡信夫君 重ねてお尋ねしますが、その大アクテイブである管通訳が、徳田書記長云々ということを特に附加したわけですが、それについてあなた方が何か、こういうことをどういうふうに思われましたか。先程聞きましたけれども、もう一遍アクテイブだということを聞いたことに対してお答え頂きたいのです。
#316
○証人(久保田善藏君) もう一度はつきり……
#317
○淺岡信夫君 その管末治通訳がアクテイブですれ、ということを今御証言になつたわけですが、それがヒラトフ政治部将校の言われたことに対して、先程山森証人のお話では共産党云々ということを言つた、それには徳田書記長ということはなかつたというのですが、ところがこの管通訳は同志書記長徳田球一だと、こういうことまで育つておるわけですね。そういう点に関して特に管通訳は強調しておるように私は思うのですが、それは強調でなくして、それは普通の考え方だ、普通の通訳のあり方だつたのだ、こういうふうにあなたはお考えになるかどうか、この点を……
#318
○証人(久保田善藏君) 私はロシア語はよく分らない関係上、管通訳はヒラトフ少尉の回答をそのまま通訳したものであると考えます。
#319
○証人(山森勇太郎君) 自分も先程中野氏からだつたですが、質問に答えました通り、管某の通訳を採りたいと思います。自分が非常に場所も離れておつたという関係上、自分の耳というものに対してそれほど確信を持てませんが、管某の通訳の通り採用しております。
#320
○淺岡信夫君 そうしますと、先程懇請書に書いてありましたこの管通訳が言つたということを、そのまま取つていいというのですかね。
#321
○証人(久保田善藏君) 私は管通訳の言つたことはヒラトフ少尉の言つたことである、ヒラトフ少尉の言つたことは徳田書記長の言つたことであるということを、私はここで断言いたします。
#322
○証人(山森勇太郎君) そのように取なつて頂いて結構です。
#323
○委員長(岡元義人君) 一応この際質問をこれにて打切りまして各証人には退席を願いまして、懇請書の取扱に対しては、この際十分間休憩いたしました上、審議いたすことにいたして御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#324
○委員長(岡元義人君) そのように取計らいます。証人の退席を願います。
#325
○証人(久保田善藏君) よろしくお願いします。
#326
○委員長(岡元義人君) 十分間休憩いたします。
   午後三時三十四分休憩
   ―――――・―――――
   午後三時五十三分開会
  ―――――――――――――
#327
○委員長(岡元義人君) 休憩前に引続き委員会を再開いたします。
 この懇請書によりますところの証人に対する質問も一応終りましたので、この際日本共産党書記長徳田球一氏の証言を求めるか否かという点についてお諮りいたします。
 尚この点につきましては発言時間、非常に時間が制約されておりますので、五分間に制約いたしたいと思いますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#328
○中野重治君 議事進行に聞して……この種の問題については理事会を開いて手続を考いて欲しいと思います。
#329
○委員長(岡元義人君) 中野委員に申上げますが、只今休憩時間中に一応の委員長、理事の打合をいたしましたその結果において、只今お諮りいたした次第であります。
#330
○淺岡信夫君 今日両名の証人から証書を求めたのでありまするが、只今委員長から御提案がありました共産党書記長徳田球一君を証人として喚問するということに結論として私は賛成し、その動議を出したいと思うのであります。更にカラカンダ第九收容所におけるところの証言に関する問題と、それに関連するかどうかは知りませんが、秋田市下中城町高橋彌太郎という人によつてこの委員会にも一つの書面が送られ、その書画を見ますると、昭和十四年七二十五日、本籍秋田県雄勝郡院内町下院内、現住所秋田市公園前敬愛学院内、職業秋田南高等学校助教諭高橋彌太郎、この人の名前を以て秋田検察廳検事にも告訴状が出ておるのであります。その告訴状の大意を申上げますると、昭和二十四年二月二十日秋田市記念館における日本共産党書記長徳田球一氏の公開演説の要旨の中にも、今日の証言によつて言われたような問題が出でおるのであります。更に同年の六月二十九日やはり秋田市記念館におきまして、野坂參三君の公開演説ということも共々附加されてありまして、その内容の一端を申上げますと、約三千の聽衆を前にして、ソ連引揚の握延するはソ軍の要求通りに司令部、日本政府が船を廻してやらぬせいであり、ソ連の責任でない。又日本は将来ソ連り世話になる国に決まつておるから、今はソ連から引揚を急がず五ケ年計画に協力すべき云々と説かれて、そしてこれに対する五名の証人が附加されておるのであります。こうした点から考えまして今田の証言等と思い合せて見ました場合におきまして、こうした点が果して事実であるかどうかという点に対しまして、これを明確にすることが、最も今の民主化されて行くところの日本の現状において必要である。こうした点から共産党書記長徳田球一君を証人として喚問することを私は提唱するものであります。
#331
○委員長(岡元義人君) 他に御発言がありませんか。
#332
○中野重治君 私はこの委員会が開かれるに至つた証人の喚問がなされるに至つた経緯から見て、淺岡君の案には反対であります。この問題は今日より証人の証言からも分るように、一方の証人は相当興奮しておつて証言拒否の態度にも出ておる。それからその内容は委員が聞かれて、記録されておる通りであつて、甚だ政治的意識が濃いということが一つ。それから時に証人の証費に関しては高橋彌太郎その他の人々を証人に呼んで、問題をもう少し調べなければならない。特にこの委員会が証人を呼んだ肝腎のカラガンダ地区における日本人俘虜の状態の調査、このことに主眼があるのでありますから、そういう方面を他の証人を呼んで調べて、更にその上で必要があらば共産党徳田書記長の喚問ということも問題になり得るでありましようけれども、現状において徳田書記長を証人に喚問するということは、今月までの経緯から見て妥当でない。この種の問題は従来この引揚委員会が新聞の種になり、選挙運動云々というようなことを言つておる人も沢山あるのでありますから、委員会としてその点、妥当な方法を講じなければならん。今の段階において徳田書記長を呼ぶということはよくない。私はこういう意見であります。
#333
○天田勝正君 いろいろ見方もありまようが、私は先ず呼ぶことに賛成いたします。と申しまするのは別段本委員会の行動が選挙運動に当て嵌るかどうかということは別の問題といたしまして、本日証人を呼びましたこの問題は、すでに新聞紙でも取上げられておりまする問題でありまするし、今又資料を貰いました秋田の高橋彌太郎という人が告訴されたという、この点につきましてもこれ程に詳しくないにいたしましても、新聞に報道されておると私は記憶いたしております。現在私共が引揚問題で到達しておりまする段階は、今までもしばしば問題になりました残されておる者の中のすべてではないまでも、日本人の手によつて残されておるか、或いはソ連側の意向によつて残されておるか、こういうことが非常に重要な問題でありまして、少くとも吉村隊事件の際におきましてはソ連側というよりも、むしろ日本人の手によつて残されたのではなかろうかという疑惑の方が遥かに多かつたわけであります。今回の問題も必ずしもそれらの日本共産党、或いはソ連側の意向によつて残されるということが言われたにいたしましても、それによつて全部が残されるとは今の証言から見ましても考えられませんけれども、併し過去においては又そういうこともあつた、又日本共産党とソ連政府の意向に拘わらず、現在まだ残されておるということは、これは否定できない事実でありまして、而もここに一つの疑惑を生むごときことが発生したといたしまするならばも国民の前にこの疑惑を解くという意味からいたしましても、徳田書記長を喚問することは何ら差支ない。ただここに問題になりまするのは、本委員会の権威が如何に相成るかということでありまするけれども、過去の衆議院における考査委員会等の証人喚問に、各党の巨頭を呼んでおりまする経過から見ましても、決して本委員会の威信を失墜するものでないと、かように考えられまするので、早くこの引揚問題を推進して行きまするためにも、又疑惑を解くためにもこの際徳田書記長を喚問するということは妥当である。かように考えまするので、私は証人に呼ぶとこのように主張いたすものであります。
#334
○門屋盛一君 私は徳田球一君喚問に賛成いたします。只今中野委員からこの委員会が選挙運動に云々というお話があつたのですが、それにいろいろの見方でそう見る人もあるかも知れませんか、参議院の名誉のためにこれは一言申上げて置きますか、大体在外同胞引揚問題に対しましては、留守家族はもとより国民全部が重大なる関心を打つておるところであります。それでありますからこの引揚を促進するということを大いなる目的として生れた当委員会でありますから、その目的のために進むということか主であつて、その目的のために進むために若干委員会か誤解を受けたりすることは止むを得ないと思う。大体今何故に他の地区の引揚か終了しておるにも拘わらず、ソ連地区の引揚か遅れておるかということは、これは国民かひとしく疑惑を持つておる点であると思います。その疑惑の一端として現われましたところの今日のこの証人喚問におきまして、成る保証人はこういうところに慣れていないし、反当委員会としましてもこういう正人喚問等の手続、或いは運営等において不慣れの点もありまして、若干興奮したような場面もあることはありましたけれども、私達か議員としての良識を以て判断しましても、本日の両証人の陳述によつてますますその疑惑を深めたということは言い得ると思います。のみならず先程の中野委員の御発言によりますと、何らか共産党と、ソ連共産党か、或いはソ連政府との間か知りませんが、直接に通信でもてきておるかの感を持たせるような発言もあつた。これらの国民の疑惑を解いて、そうして帰られないということ、又何とかして早く引揚を促進するということについて、国民に安心して頂くということが当委員会の目的の一つであります。私はそういう点をはつきりするために遠慮することはない。喚問すべきてあり又喚問されるところの共産党書記長徳田球一君も進んで出るということはできるのですから、喚問された機会にはつきりして貰つた方がよい。こういう理由の下に賛成いたします。
#335
○城義臣君 私も徳田球一君の喚問に賛成するものであります。理由を簡單に述べたいと思います。人間の主義は本来出てあるべきであります。我々は民主主義を奉ずる者といたしまして特定のイズムを押しつけんとするためにそこにいろいろな力か加えられることは我々として承服されないのであります。今回の問題は、共産主義に共鳴をしない反対の者を反動分子として烙印を付ける。そうしてお互いに日本人の同胞である以上、共産労のこの動きによつて少しでもこの引揚ということか妨害されるというような、こういうことは、これは国民にとつて誠に悲惨なことであります。特に遺家族にとつて見ては堪えられないことだと私は考えるのであります。従つてその真相をこの際飽くまでも徹底的に洗うということは、これは当委員会の当然の責任として、我々ねこの際両証人の述べられたことか、果して一方的な捏造された意見であるかどうかということを、より明確に知るためにも、是非とも日本共産党の書記長である徳田球一君を喚問するということが、最も民主的な私は運営であると、かく確信いたしまする理由を以て淺岡議員の言われる動議に賛成をするものであります。
#336
○委員長(岡元義人君) 外に御発言もなければこの問題について採決いたしたいと思いますか、徳田書記長を証人として出頭願うことに御賛成の方は挙手を願いたいと思います。
   〔挙手者多数〕
#337
○委員長(岡元義人君) 多数でございます。徳田書記長を証人として出頭を求めることを決定いたしました。尚この際出頭の日取につきましては、如何取計らいいたしましようか、お諮りいたします。
#338
○淺岡信夫君 その期日並びにその決定は一応委員会て決定すべきてございまするが、その打合事項その他に対しましては委員長、理事に御一任願う。この動議を提出いたします。
#339
○門屋盛一君 淺岡君の動議に賛成でありますか、私は附加いたしまして、本日長時間に亘りまする証人喚問の質疑応答等は、極めて次の証人を喚問します上において重要なのであります。それで現在の当院の機構で、速記か非常に遅れている。これは一つ委員会の要求として速かに、この速記録を揃えて頂いて、速記録完成後において理事会なり、委員長でお計らい願いたい。こういうことを附加えて置きます。
#340
○委員長(岡元義人君) 只今門屋委員からの御発言がございました点につきましては、十分速記を急がまして、その資料か揃いましてから出頭を求めたいと考えますが、只今淺岡委員の御発言ございました動議に対しまして御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#341
○委員長(岡元義人君) じや委員長、理事において一応打合せいたすことにいたします。
#342
○中野重治君 速記のでき上るのを待たなければなりませんが、速記の内容に関して先程北條委員からも発言がありまして、委員長がこれを了承されたわけですが、速記の或る部分、場合によつて不穏当と思われる箇所は、適当にこれを処理するという話かありまして、これはそうされるのか妥当だろうと思いますが、その際削除、訂正等々の箇所については原本保存を願いたい。このことをお願いします。
#343
○天田勝正君 今の中野委員の御発言は、委員長がそのように言われたのですか、それとも私か委員長として委員長の席についた場合に、私が申上げたことについて申されたのでしようか。これによつて私も発言したいと思いますかお聞きしたい。
#344
○中野重治君 天田委員が委員長席に着かれたときであつたか、岡元委員が委員長席に着かれておつたときであつたか、今正確に覚えておりませんか。いずれにしても委員会において北條委員からそういう話があつたので、これは天田委員であつたならば天田委員から、その点正確に発言願えれば尚いいと思います。
#345
○委員長(岡元義人君) お答えいたします。その際委員長は大田理事にやつて頂いておつたと思います。
#346
○天田勝正君 そこで私の証人に対しての注意の概要はこういうことであります。この後で適当に証言を取消す、或いは訂正するというようなことではなしに、つまり本委員会の継続中の後にという意味でありまして、その間に証言の内容に間違いがある、或いはこういう証言をすべきであつたというような点かあつたならば、さように後で訂正を願いたいと、こういうことを申上げたのでありまして、私が委員長、或いは理事としてそれを勝手に訂正する、こういう意味ではございません。そういう結果が……私は当時委員長はそばにおられましたか、その趣旨を体しまして、最後に各委員からの質問がこちら側の山森証人でありまするか、山森証人に対しで前の証言と間違いないか、こういうような処理にされたのだと、こう了承しておるわけであります。
#347
○門屋盛一君 速記録の訂正とかいうことは、大体国会法、及び参議院規則によつて一つのルールかあるのであります。殊に今日のような場合の証人の発言を訂正とか何とかいうことは、原則的に認められ得ないことなんです。それで、若くそれが、意味が変らない程度において字句の修正があるというようなことに、今までの速記録の訂正の慣例がある。それ以上に亘る訂正はあり得ない、その範囲内の訂正であつたならば、原本も訂正されて行くので、中野委員の御質問はちよつと的が外れておるのであります。この当院のルールに従つてお扱い願えばいいと思います。
#348
○天田勝正君 念のためにもう一度証人をここへ呼出されるたろうと思いますが、その際委員長からその旨を含まれまして、今までの証言中何か訂正する箇所かあるかというふうにお聞きになつて、この点かこうてあるということになれは、さように当人の申出によつて訂正すればいいのであつて、それが先に門屋委員から仰せになつたように、国会法や本院規則を無規して訂正できるということになつては重大でありまするから、訂正するならば、今のうちに私はさよう処理するつもりであつたということを、さつき申上げた通りでありますから、さようにお取計らい願います。
#349
○柏木庫治君 私は委員の質問する態度について、委員会のために一言申上げたいのでありますが、今日の証人は相当日にちも経つておりますし、又こういうところに一々呼出されて、中野委員のごとく、淺岡委員のごとく、ああいうふうに問われますと、実際問題としてどぎまぎいたして、そうスムースには出ないと思うのであります。だから例えば中野委員みたいな冷静な賢明な方でありましても、北條委員が発言したことに伺つて、その時の委員長が岡元委員長であつたか、天田理事でありたか、それを忘れておるというような事実がありますので、委員の質問の仕方に、証人を責めるような……私は初めてこの委員会に出まして、淺岡委員と中野君の両委員の質問の仕方は、実際酷じやないかと思うように感じられた。実際申しますと、そう今取つた。今ここで行われた委員長と委員の間に、中野君が新らしく質問するのでさえも、いずれの委員長であつたか分らなかつたと、こんな生々しい程の間違いがあるんですから、そこは余りに真相を聞くために、中野君から相当やられて、今度又淺岡君がねちねちとよりをかけてのあんな質問のし掘りは、実際私は親切な質問のし掘りでは本当に真相を掴む質問のつもりではないというふうに感じられましたから、委員として私の所懐を述べて置きます。
#350
○委員長(岡元義人君) それでは門屋委員からの御注意もございます。この委員会が終りますまでに、本人よりの訂正の申出がありました場合には、委員会にかけて速記は訂正する。この規則に従つてやりたいと思います。尚本月は大変問題が……
#351
○淺岡信夫君 一点附加して置きたいと思いますことは、この証人喚問の期日等も、この速記ができてからと思うのでございまするが、それに更にこの秋田市の高橋彌太郎君から、本委員会に陳情が出ております。それに対しましては、秋田市におけるところのとの徳田書記長の演説内容等によつて、告訴状が提起されておるのであります。その告訴状に対して、検察庁がどういうふうな処理をされておつたかというような点も、こめ徳田書記長の証人喚問に当つては、そうした書類も一揃え揃えて頂くということを特にお願いして置きます。
#352
○委員長(岡元義人君) 淺岡委員の御発言了承いたしました。尚大連事件関係の証人の出頭を願つたのでありますが、非常に内容が複雑な問題でありまして、相当時間も本日経過いたしましたので、この証人に対しての証言を求めるに関しましては、どのようにいたしたらよろしうございますか。一応お諮りいたしたいと思います。ちよつと速記を止めて。
   〔速記中止〕
#353
○委員長(岡元義人君) 速記を始めて。本日は午後大連事件関係の問題について、証人の出頭を願つておつたのでありますが、午前中の審議が長時間に亘りましたため、只今より証言を求めましても、相当時間を要しますので、一応この証人の方々に御了解を願いまして、期日を延期して、その延期の期日に関しましては、委員長、理事に一任して頂くということに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#354
○委員長(岡元義人君) そのように取計らいいたします。
 久保田証人と山森証人に、委員長からお伺いして置きたいことがございます。本日この委員会において述べられました証言中に、間違つておつた、訂正して置きたいという点がありますか。その点あつたら、この際御発言願いたいと思います。
#355
○原虎一君 先程どなたか御注意がありましたように、ちよつと時間を置いてやらんと、突然ですから。委員長の宣告の趣旨がお分りにならんかも知れん。
#356
○委員長(岡元義人君) 両証人に申上げますが、只今委員長から申上げたことを重ねて申して置きますけれども。本日当委員会において御証言なすつたことで、あれは訂正して置きたいという箇所がありましたならば、との機会にこの委員会の終らないうちに御発言を求めます。ゆつくりお考えになつてよろしうございます。なければ、ないとお答え願います。
#357
○証人(久保田善藏君) 別にございませんが、ただ一言お願いして置きます。簡單ですから御了承願います。先程中野委員からの訊問によつても、私が腹を刺された、喧嘩をした相手中村、これと私とは、すでにソ同盟におるときから仲直りをして、そうして今後お互いが仲よくやつて行こうということを語り合い、話合つて、しつかりと手を握つた男であります。私はここで日本に帰つてまでその男の名前を発表するということは誠に自分としては不本意であります。併しながら委員長のお話もありましたので、一応名前を発表しましたが、私は木心といたしましては彼の名前をここで出すということは不本意であります。一応これだけは中野委員の御要求によつて出したということだけを御承知願います。外は何もありません。
#358
○委員長(岡元義人君) 山森証人は。
#359
○証人(山森勇太郎君) 別段ありません。ただ先程自分の直訳として「日本共産党の名において」と言つたのは、管某の通訳においては「日本共産党の徳田書記長」と明瞭に言われたという点。従つて自分といたしましては管某の通訳をとつて「日本共産党徳田書記長の名において反動は還して呉れるな」とこういうように訂正して頂きたいと思います。
#360
○委員長(岡元義人君) ちよつと証人、もう一回今の問題を。
#361
○証人(山森勇太郎君) 自分の直訳として聞いた範囲においては「日本共産党」というように聞いたのでありますがし或いは聞き落しかも知れませんし、管氏は身近において聞いた話でありますから、管氏の「日本共産党の徳田書記長の名において反動は還して呉れるな」、こういうような訳の方を採用して頂きたいと思います。
#362
○委員長(岡元義人君) それはすでに先程証言中にございました。
#363
○証人(山森勇太郎君) はあ。
#364
○委員長(岡元義人君) それでは……(「閉会」と呼ぶ者あり)
#365
○中野重治君 ちよつと簡單に発言さして頂きます。それは今久保田証人からお話のありました点で、それは久保田証人もよく分つて帰つて頂きたいので、ちよつと発言します。それは中村君と久保田君とが仲直りをした。この仲直りをしたということは今初めて聞いたのですが、それを又喧嘩をさせようというようなことを、私が考えているわけじやないのですから、そういうことはどうか気にかけないで帰つて欲しい。それから私が求めたから答えたと言われるのですが、それは当然であつて、委員会はそのために来て貰つたのです。今日いろいろ困難をしたのは、私が答えを求めたことについては、答えがなくて、演説をされるから私は迷惑する。我々は決して裁判官が罪人を裁くというような立前でやつているのじやないのですから、その点はどうか誤解なくお帰りを願いたい。この点だけ……
#366
○委員長(岡元義人君) 両証人におかれましてはまだ帰還早々でありまして、いろいろ御都合もあつたかと思いますが、長時間に亘つて本日は貴重な証言をなされました。この点委員長より厚くお礼を申上げます。
 本日はこれにて委員会を閉会いたします。
   午後四時三十四分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     岡元 義人君
   理事
           天田 勝正君
   委員
           原  虎一君
           淺岡 信夫君
           北村 一男君
           小林 英三君
           城  義臣君
           伊東 隆治君
           大隈 信幸君
           門屋 盛一君
           木内キヤウ君
           宇都宮 登君
           柏木 庫治君
           楠見 義男君
           北條 秀一君
           穗積眞六郎君
           中野 重治君
   証人
           久保田善藏君
           山森友太郎君
ソース: 国立国会図書館
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