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#1
第096回国会 公職選挙法改正に関する特別委員会公聴会 第1号
昭和五十七年七月六日(火曜日)
   午後一時四分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 七月二日
    辞任         補欠選任
     福間 知之君     本岡 昭次君
 七月五日
    辞任         補欠選任
     関口 恵造君     玉置 和郎君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         上田  稔君
    理 事
                中西 一郎君
                降矢 敬義君
                村上 正邦君
                赤桐  操君
                多田 省吾君
    委 員
                井上  孝君
                小澤 太郎君
                小林 国司君
                斎藤栄三郎君
                田沢 智治君
                玉置 和郎君
                鳩山威一郎君
                藤井 孝男君
                宮之原貞光君
                本岡 昭次君
                矢田部 理君
                大川 清幸君
                峯山 昭範君
                近藤 忠孝君
                栗林 卓司君
                前島英三郎君
   委員以外の議員
       議     員  青島 幸男君
       議     員  中山 千夏君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        高池 忠和君
   公述人
       サントリー株式
       会社社長     佐治 敬三君
       憲法会議事務局
       長        川村 俊夫君
       日本労働組合総
       評議会事務局長  富塚 三夫君
       日本婦人有権者
       同盟会長     紀平 悌子君
       帝塚山学院学院
       長        原 龍之助君
       全日本労働総同
       盟副書記長    高橋 正男君
       福岡県社会保育
       短期大学教授   大里  坦君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○公職選挙法の一部を改正する法律案(第九十五
 回国会金丸三郎君外四名発議)(継続案件)
○公職選挙法の一部を改正する法律案(宮之原貞
 光君外二名発議)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(上田稔君) ただいまから公職選挙法改正に関する特別委員会公聴会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 去る二日、福間知之君が委員を辞任され、その補欠として本岡昭次君が選任されました。
 また、昨日、関口恵造君が委員を辞任され、その補欠として玉置和郎君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(上田稔君) 本日は公職選挙法の一部を改正する法律案(第九十五回国会参第一号)及び公職選挙法の一部を改正する法律案(参第二号)について、七名の公述人の方々から御意見を伺います。
 この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 皆様には御多忙中のところを御出席いただきましてまことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。本日は、皆様から忌憚のない御意見をお述べをいただきたいと存じておりますので、よろしくお願いを申し上げます。
 次に、会議の進め方について申し上げます。
 まず、お一人十五分程度で順次御意見をお述べをいただき、その後、委員の質疑にお答えをいただきたいと存じます。
 それでは、まず佐治公述人にお願いをいたします。佐治公述人。
#4
○公述人(佐治敬三君) ただいま委員長から御紹介をいただきました佐治でございます。
 私は、憲法学者でもございませんし、また選挙制度についての知識もきわめて浅薄でございます。ただ、まず参議院の地方区、その後参議院の全国区に立候補いたしました親友の応援をいたした経験がございますので、この経験に基づく実感あるいは庶民的感想といった立場から意見を述べさせていただきます。
 私が応援をいたしましたのは長年の親友、現在自由民主党の地方区御選出の先生でございます。彼が参議院に出馬いたしましたのは昭和四十八年の参議院大阪地方区の補欠選挙が最初でございました。前議員の逝去のあとを受けまして急遽立候補したのでございますが、経済界からのいわゆる輸入候補でございまして、党としての応援体制もどちらかといいますと不備のまま選挙戦に突入をいたしました。
 そのため選挙戦では、全くのボランタリー組織といいますか、あるいは市民の政治参加と言ってもいいかと思いますが、青年会議所のOBや現役の仲間連中が急を聞いてはせ参じまして、梅田や難波や大阪の繁華街でビラを配りましたり、選挙の宣伝カーに同乗して大阪府下を走り回ったのであります。結果は遺憾ながら共産党の沓脱タケ子先生に僅差で敗れました。投票日が雨でございまして票が開かず、特に沓脱先生のお住まいの西淀川区で差がついたようであります。
 応援した者として振り返ってみますと、敗れはいたしましたけれども一種の充実感がございました。これは大阪という限られた地域を大阪育ちの私が回りながら選挙民の反応を肌で感じたというところから出てくる実感ではないかと思います。何か理屈を超えたものかもしれません。候補者本人も同様の思いをしておったと思うのであります。ところが、全国区ということになりますとこうした感覚が全く失われてしまっておりました。
 二回目の体験は昭和四十九年の全国区参議院選挙の応援であります。幸いに当選はいたしましたけれども、このときはまるきり選挙を応援しておるという手ごたえさえはっきりいたしません。よし今度こそは張り切ってひとつ彼を当選させてやろうと思いましたけれども、全国八千万の有権者のどこに的をしぼって、だれを対象として運動をしていったらいいのか全く五里霧中であります。その前のときとは打って変わりまして早くから立候補の意思を表明しておりましたし、またいわゆる支持母体も青年会議所だけではなしに薬品業界という候補者の出身業界も加わっておったのでありますけれども、政治目的の組織とは違いまして、こうした青年会議所にしましても薬品業界にいたしましても、こういった組織は全国対象の選挙では結束力も弱く反応も鈍く、候補者の意見がどこまで浸透いたしましたのか全く手ごたえがございませんでした。
 同じように大阪の梅田や難波でビラを配ったのでありますけれども、全国区となれば、どれだけがこれ聞いておるんやろなというような感じであります。全国を回るといたしましても、わずか二十三日の間に四十七都道府県を回り切れるものではございません。選挙期間の制約を除きましても、八千万の有権者に個々の候補者がアピールするという仕組みには大きな限界がございます。
 いらだちと空回りのうちに選挙が終わりましたが、たまたま台風で伊勢市周辺の投票日が全国より数日おくれました。よしここで――このときまでは遺憾ながら彼は六年議員ではございませんで三年議員でありました。「一・三(参)議員」だというようなことを言うておりましたけれども、ここでひとつ、もう一歩で六年議員の席に入れるんだと、長靴を履きまして水浸しの伊勢へ駆けつけまして、青年会議所のOB、現地の青年会議所の人たちと一緒に水害のお世話をしながら選挙の応援をしたのであります。このときの充実感は地方区応援のときあるいはそれ以上のものがございました。
 無我夢中の二十三日間が終わってからの実感を一言で申しますと、全国区参議院選挙とは風の中に灰をばらまくようなもので、手ごたえ、反応といったものがまるでつかめないということであります。かつ、青年会議所というようなボランタリーの組織ではとても太刀打ちのできない壁を感じるえたいの知れないものであるということであります。
 以上のような体験の中から私の心に生じましたのは、現行の参議院全国区制への疑問であります。
 まず第一に、定められております二十三日間ではどのようにして候補者が全国を回って支持者に訴えることができるか。必ずしも法は全国遊説を強制しておるわけではございませんけれども、こういった疑問をぬぐい去れないのであります。また、生身の人間でございますので、この二十三日間に全国区を駆けめぐるということの過酷な肉体的な負担は大変なものであります。昭和五十五年六月の選挙で、八十七万票を獲得して全国区に当選されました向井長年氏が当選証書を手にされることなく亡くなられた、まことにお気の毒であり、党及び御本人の無念さはさぞやと思う次第でありますが、自由民主党の村上孝太郎さんも、私の記憶によれば同様の事例であったと思います。まことに全国区参議院議員選挙というのは非人道的な感じでございます。
 問題は、期間だけではなしに、ポスター十万枚、はがき十二万枚、自動車三台、これだけで二十三日の間にいかにして全国に浸透を図ることができるか、有権者の信を問うことができるか、はなはだ疑問であります。私は、現行公選法は参議院全国区に関する限り全く実情と遊離し著しく形骸化していると申し上げたいと思います。
 第二は、いわゆる地盤、支持組織の問題であります。法定の選挙期間内といった短期決戦に勝ち抜くためには、平素から長期にわたって政治を目的とした支持組織の維持拡大が必要なこと、そして本番突入以前に支持組織がいかに結束をしておるかが当落を決めるのであるという事情は、先生方の方が十分御承知のことかと存じます。政治そのものを目的としない青年会議所といったような、ボランタリーな緩やかな任意の組織ではとうてい対抗は不可能であります。良識の府と期待されておる参議院に当選するためには、しっかりしたひもつき――余り上品な表現ではございませんが、でないとだめであると思いますと、いささか割り切れない感じを抱きます。
 第三は金の問題であります。私の友人候補への応援は主として肉体労働のサービスでございまして、彼が幾らお金を使ったかということはつまびらかにはいたしておりませんが、たまたま斎藤栄三郎先生の「誰もいわない政治の内幕」を読んで、さこそと感じたのであります。先生によりますと、自宅敷地を含められて五億円以上の金をお使いになったと。私の友人であるその議員も家、屋敷を手放したと聞いております。参議院全国区で当選するには一財産つぶしてしまうのかと寒けを感じた次第でございます。これでは金や組織のない人は立候補不可能であり、すぐれた人材による理性の府という参議院の理想が急速に失われていったのも無理なからぬことかと思います。
 以上は立候補者応援の経験からの意見でございますが、次に有権者の立場から発言をさせていただきます。
 百人以上の候補者の中から有権者はどのようにして一人を選ぶのか。テレビやラジオの政見放送のすべてを聞いてその中から一人を選ぶという判断を下すのは不可能であります。選挙公報にいたしましても、これを隅から隅まで真剣に読んで一人を選ぶというのも困難であります。またポスターというのは単に印象を与えるにすぎない。はがきは、また来たかと、これまたどれだけ判断の材料になっておるか疑問であります。全国区の場合は、よほど知名度の高い人かあるいはブラウン管等でなじみのある方、組織の代表者以外は実際選びようがないというのが実情であります。自信のない投票がさまざまな弊害を呼んでおることはもう申し上げるまでもないと思います。
 また、比例代表制になりますと、参議院が人物本位から政党本位になってしまうという制度上の反論もございますが、私の庶民的感覚からすれば、有権者が参議院全国区の立候補者の中からこれぞという人を選ぶには、特定の知名人を除けば政党本位にならざるを得ないのが実情ではないかと思うのであります。
 また、政党本位か人物本位かという議論の立て方にも疑問を感じます。よい人物を擁していない政党はよき政党として政権を維持することはできません。私ども広告に携わっておるわけでありますが、広告の哲学といたしまして、一人の人を長い間だますこと、大ぜいの人を一回だけだますことはできるが、大ぜいの人を長い間だますことはできないという言葉がございます。実はこれはリンカーンの言葉を宣伝広告の方に引用をしておる言葉だそうであります。政党にしろ人にしろ、長期にわたって選ばれるには有権者の信頼がなければならないわけであります。
 この問題に限って言えば、もし政党が候補者名簿に不適当な人を挙げ続ければ最終的に有権者の批判を受けることは明らかであり、人物本位という観点に努力しない政党は必ず報いを受けると思うのであります。したがって、この参議院全国区につきましても、私は政党か人物かといった二律背反の問題とは考えません。
 金のかかる選挙、候補者の負担、有権者にとっても候補者の選択が困難であるといった現在の参議院全国区制の手詰まり状態を解決するものとして、公職選挙法の一部改正として提案されております比例代表制は検討に値する案かと思います。
 政党を単位として選択することになれば、候補者各人がそれぞれの支援団体維持拡大のために金を使う必要がなくなり、選挙中の心身的負担も少なくなるでしょうし、また当選して議員となられた場合にも、地盤維持に気を使うよりは国政への専念が可能になります。有権者にとりましても選択が容易となり、無効票の減少、貴重な票が生かされるというメリットがあろうかと思うのであります。
 最初に申し上げましたように、私は選挙制度の専門家ではございません。したがって、改正案がベストだと断言するだけの勇気はないわけでありますが、また私の気づかない問題点もあろうかと思います。ただ、私の体験や見聞した範囲から判断いたしまして、新しく提案されております制度はよりベターではないかと存じまして、改正案に賛成をする次第であります。
 最後に一言だけつけ加えさせていただきますが、本件は日本の選挙制度にとりましては大改革であります。国民の合意を得るための十分な努力をされることを特に希望いたしまして、公述人として意見発表を終わらせていただきます。
#5
○委員長(上田稔君) ありがとうございました。
 次に、川村公述人にお願いをいたします。川村公述人。
#6
○公述人(川村俊夫君) 川村でございます。
 私は、自民、社会両党から提出されております公職選挙法改正に関する二つの法案、これは現行憲法の民主的原則に反するものであり、現行制度の改悪につながるものであるという立場から反対の意見を述べさせていただきます。
 私は、現在の参議院全国区制が最も理想的であり、一指も触れるべきでないというふうには考えておりません。また、提起されている比例代表制という選挙制度も、一般的に言えば政党政治の展開という現代民主主義政治の展開過程の中で考え出された制度であり、主権者である国民の意思を正確に議席数に反映するという点では民主的な選挙制度であるというふうに考えています。しかし、今回の自社両党案について言うならば、羊頭を掲げて狗肉を売るという言葉がございますが、私は比例代表制本来の特質をすべて帳消しにしてしまっている改悪案にほかならないというふうに考えております。
 第一番目に、名簿提出につけられている資格要件の問題であります。少数政党や無所属候補の排除を目的とするこの資格要件が、憲法二十一条の結社の自由、憲法十四条の法のもとの平等、あるいは憲法四十四条ただし書きの議員の資格に関する規定など、多くの面で憲法の民主的諸原則に反するものであることは、当院本会議の代表質問あるいは当委員会における討議の中でもしばしば指摘されてきたことであり、私もそのとおりであると考えております。
 これに対して自社両党は、あるときは選挙権は人権ではないかのような考えを明らかにしながら、政党本位の選挙を実現するためにはこれらの名簿提出要件は合理的範囲のものであってやむを得ないというふうに説明してきたように思います。選挙権が人権かどうかという問題についてはしばらくおくとしまして、一般的に言えば憲法は議院内閣制をとることによって政党政治を目指しているのであり、私も政党本位の選挙は議会政治の発展にとって望ましいものであると考えています。
 しかし、そのことと現在議会内で多数を占めている政党が法の力によって少数政党、無所属の個人を排除することとは全く別の問題です。主権者である国民が、日常的に政党の活動に接する中で政党のあり方に理解を深め、政党政治に信頼を置くならば、必然的に政党を政治の担い手として選択するのであって、その選択の範囲をあらかじめ現在の多数党がとやかく指図すべきものではないと考えております。国民が食堂に入りまして何を食べるかというのはこれは国民の自由でありまして、これだけは食べてはいけない、この範囲にしなさいという権利は、私は政党にはないと考えております。
 また、今日の少数政党に明日の多数党になる可能性を保障し、時々の国民の意思を敏感に反映しつつ議会を構成していくことこそ議会制民主主義政治の最も基本的な特質の一つであり、現在の多数党が現在の少数党の将来の可能性まで閉ざしてしまうのは、保身のための党利党略だと言ってもやむを得ないと思います。しかも、その排除の仕方が、たとえば直近の選挙における四%以上の得票などという何ら客観的根拠を持たない恣意的な数値の決め方であることからすれば、少数党を生かすも殺すも大政党のさじかげん次第ということになってしまう危険を指摘せざるを得ません。
 第二の問題は、国民の要求に逆行して、選挙運動に対する規制を自民党案ではほぼ全面的に、社会党案では現在の三分の一程度にまで強化しようとしていることです。
 さきの京都府知事選挙では、選挙の公示がなされた途端耳目に訴える選挙活動がほとんどできなくなり、府民の中にはもう投票日が過ぎてしまったのかと思い違いをした人もいたそうです。すでに現行法のもとですら言論、政策で支持を訴えるという選挙運動本来の姿とはほど遠いものとなっています。この選挙運動規制をさらに強化するというに至っては、本来最も政治的論議が活発に行われなければならない選挙前の一定期間は、逆に政治的空白の期間とならざるを得ません。
 しかも、自民、社会両党の案は政党本位の選挙を標榜しているわけですから、むしろ選挙運動を全面的に自由化し、政党と政党の間の政策論争、理念論争を堂々と展開してこそ真に政党本位の選挙となり、国民の選択基準もはっきりするというふうに考えます。そういうときだけ金のかからぬ選挙を前面に出し、政党本位の選挙に口をぬぐうというのは全くの御都合主義であるというふうに考えます。
 そして、この金のかからない選挙ということについて言うならば、選挙制度改革のあらゆる機会にこのことが強調されていながら、そのかかり過ぎる金の実態が何ら明らかにされていないということこそ奇怪だと言わなければなりません。もしその金が政党としての日常活動に要する経費であれば、それは選挙制度改革の理由に挙げるのは公私混同だと思います。各政党の国民的支持基盤の大小によって財政的力量が異なるのは当然であって、各政党がその力量に応じた金の使い方を考えればいいだけの問題だと思います。また、純粋に選挙費用の問題について言っているのであれば、本日ここにおいでの議員の皆さんはすべて法定選挙費用の範囲内で選挙を戦われたというふうに自治省に届けられているわけでありますけれども、その額は日本の民主主義の成長に役立てるものとしては私は決して高いものではないと思います。
 問題は、ここで言う金が、国民にその実態を明らかにすることができない金、つまり買収や供応を初めとする利益誘導のための黒い金ではないかということです。あるいは百万の票をとるためには三百万の有権者に顔写真や経歴を送って支持を訴えるという、個人本位的な前近代的な選挙運動が行われているからではないかというふうに考えます。しかし、そうした金は、幾ら選挙制度を変えて選挙運動を規制したところで、その体質を改めない限り決して減るものではないと思います。これまでのたび重なる選挙制度改革、そのほとんどが選挙運動の規制でしたが、この改革によってもいささかも金が減っていないことは明らかであります。また、今回の比例代表制導入の問題をめぐっても、すでに名簿への登載やその順位をめぐって多くの金が動くのではないかという危惧が各方面から指摘されているとおりであります。
 真に金権選挙の根絶を望むなら、違反行為に対して、たとえばイギリスのように立候補権の永久剥奪を含む厳しい罰則を科してその根を絶つという、そういう勇気が必要ではないかと思います。ひもつき献金の授受禁止や金権選挙への罰則など、立法者たる皆さんがみずからに厳しい態度で臨む以外に道はないと思います。また、政党の体質を近代化し、政党が中心となって政策を前面に出した選挙戦を行うようにしていくことこそいま求められているものだと思います。政党の中に残っている金権的体質あるいは前近代的体質をそのままに、民主政治の保障となるべき選挙制度や選挙運動の問題に責任を転嫁すべきではないというふうに考えています。
 以上が、自民、社会両党の案の主な問題点ですが、私は、これまで何回かの公職選挙法改革において見られ、また今回の自社両党案に見られる共通の姿勢について指摘しておきたいと思います。それは日本国憲法の制定を初めとする戦後の一連の民主的改革にもかかわらず、選挙法の分野では戦前的発想が残されていると指摘されていましたが、その傾向がその後ますます拡大され、今日の自社両党案によって一層強化されようとしていることです。
 つまり、天皇を主権者とし、議会は天皇を協賛する機関でしがなかった戦前の憲法のもとでは、選挙権は公務であるとかあるいは国家機関形成のための権限であるというふうにとらえられ、選挙が国家の行事としてとらえられたのはある意味では当然だったかもしれません。しかし、戦後の憲法は明白に国民主権の原則に立ったものです。幣原内閣の文相も勤めた故前田多門氏は、「戦争をきっかけといたしまして、同じ選挙と申しましても、選挙の意味と内容に非常な相違が起ってきているわけです。終戦前はほかにやる人がある。その本業でやる人に対して力をかしておったのが、今度はわれわれがやらなければだれもやらない」と語っておられます。
 つまり、戦前の国家管理の選挙あるいは国家の行事としての選挙から、戦後は国民が主体となった選挙、つまり国民が自由に態度を表明し、討論し、納得し、そこで形成された意思に基づいて投票するという選挙が目指されなければならなくなったのだと思うわけです。天皇の政治を協賛するために国民は選挙に参加するのではなく、生命、自由、平等などの基本的人権をよりよく保障する議会、政府を構成するために国民は選挙に参加するのであって、選挙権はいわば基本的人権保障の基盤とも言えるものだと思います。この選挙権を公共の福祉などの抽象的な理由によっていかようにでも制限できると考えるのは戦前と戦後の憲法の違いに目をつぶったものであるというふうに考えます。
 ところが、選挙権のこの重要な性格を尊重し、欧米では選挙を社会の政治的行事と位置づけているのに対し、わが国では依然として国家の行事的色彩を色濃く残しています。欧米では自由が原則とされている選挙運動が、わが国では包括的に禁止し限定的に解除するという禁止が原則とされ、戸別訪問や文書活動などを広範に規制しているのはその端的なあらわれだと思います。選挙権が国民の権利であることを重視して、アメリカでは一票の価値の一対一・四六の格差をも違憲としその是正を命じているのに対し、わが国では一対五・七三もの格差が放置されているのもそのあらわれだと思います。
 しかも、戸別訪問の自由化や議員定数の是正に関しては、すでに国民の広範な運動が起こっており、裁判所もしばしば違憲の判断を下しております。鈴木首相の言によれば、議員定数の是正については各党間の協議をまってということですが、ここにも選挙権を国民の権利の立場からではなく、政党の利害の立場からしか見ない戦前的発想が残っているように思います。もちろん、政党間の争いの土俵に関する選挙法という問題ですから、私は政党間の協議が必要はないというふうには申しませんけれども、このいま出されている公職選挙法の二つの案のように政党間の意見が真っ二つに分かれている問題でもあえて提出し成立を図ろうとしていることを見れば、政党間の協議という言葉も全く矛盾した都合のよいときだけの言葉のように思えてなりません。
 ともあれ、今回の自民、社会の両党の案のように、名簿提出の資格要件や選挙運動の規制など、ますます国家管理選挙的性格を強めようとする案は、国民主権に逆行し、わが国の民主主義を一層危機に追い込むものです。真に議会制民主主義の発展を望むならば、憲法に違反する選挙運動の規制あるいは名簿資格要件などという一切の規制を行わない比例代表制を検討すべきであると思います。また、選挙運動の自由化や議員定数の是正についても、口先だけではない真剣な取り組みを行う必要があると思います。
 最後に、公職選挙法というのは立法者が立法者に関する法律をつくるという他の法律にはない特殊な性格を持っています。ともすれば党利党略、国民無視の問題が起こる可能性を強くはらんでおります。世上Xデーなどという言葉が言われ、強行採決が予定されているということまで言われておりますが、私はもっともっと多くの国民の声を聞き、慎重に審議されることを特に強調しておきたいと思います。
 終わります。
#7
○委員長(上田稔君) ありがとうございました。
 次に、富塚公述人にお願いいたします。富塚公述人。
#8
○公述人(富塚三夫君) 私はまず選挙制度改正の必要性について申し上げてみたいと存じます。
 第一には、幅広い国民の代表を国会に送らなければならないということであります。
 現状、自民党さんの場合には、高級官僚出身の方が十六名、約四〇%、あるいは新宗連、軍人恩給などいわゆる利益団体代表と言われる方々が十四名、約三五%、タレントと言われる方が七名、そしてその他が三名。また社会党の場合には、労働組合出身の方が十六名、いわゆる八八%、団体が一名、その他が一名。民社党の場合にも、労働組合出身の方が五名、八三%、その他が一名。そして小会派の方々は、タレントの方が八名、その他が一名という状況になっています。
 私は、労働組合の側から見ても、社会党が労働組合代表中心であってはならないし、もっと国民各層から学識経験あるいは職能知識経験にすぐれた方々を代表として送るようにしなければならないと考えています。今日まで、社会党の場合も労働組合以外の代表を多く立候補してもらうために努力を続けてきたと思います。しかし事実上、大量得票を得るためには、そのバックに組織票を持たなければならないこと、全国にまたがった広範な選挙運動を行うためにはかなりの資金がかかること、また一定の知名度を必要とすることなどから、すぐれた学識職能経験者を担ぎ出すことができなくなり、結局大きな組合から組織内候補として担ぎ出すようなかっこうとなってしまっています。
 そしてまた、私たち内部の議論からしますと、小さな組合から立候補させることができない悩みがあります。常に大きな組合と中小の組合との対立が生まれてきています。また、三年ごとの選挙のため、表と裏、すなわち今回はこの組合代表、次回はこの組合代表という形となり、選挙の取引みたいな不自然なかっこうをつくり出しています。
 私は、当時の状況をよく知りませんが、昭和二十一年十二月の当時の帝国議会における参議院制度の制定のための大村国務大臣の提案説明ということについて聞きました。すなわち、地域代表的な考え方を全然考慮に入れない、もっぱら学識経験ともにすぐれた全国的な有名有為の人材を選抜することを主眼とするとともに、職能的知識経験を有する者が選出される可能性を生じせしめることによって職能代表制の持っている長所を取り入れんとするねらいがあると述べられていると聞いています。この趣旨から見ても、参議院全国区は、もっと幅広い層からのよりふさわしい、有名有為の人材が選出されるように制度の改正をすべきことが現状よりもよいと考えます。
 候補者の側からすれば、当選するためには膨大な資金力と組織力が絶対的条件となるために、どうしても特定団体をバックとする人物を候補者として選ぼうとする傾向にならざるを得ません。同時に、文字どおり日本全国を走り回らなければならないという選挙方法は、本人も運動員も過酷な肉体労働が要求されますので、一方では銭酷区あるいは残酷区などと呼ばれているのもそうしたことから出ているものと思います。
 私たち総評の大単産の組織内候補者でも、立候補いたしますと約二年間くらい家にも帰らずに寝食を忘れて全国を走り回り、身体を駆使して選挙運動をいたします。しかし、残念ながら惜敗した結果、家族とともに寝込んでしまって、ついに本人は病気になって倒れられてしまったという例もあります。
 こうした候補者や運動員の実態、また膨大な資金力、組織力を持たなければ当選できないということになれば、すぐれた学識職能経験者などは立候補に二の足を踏み、結局国民各層からの有能な候補者を選ぶことができなくなります。そこで、勢い組織力をバックに持つ人やマスコミによって知名度が売れている候補者に限られてしまうことが多いのではないかと思います。そうしますと、金がなくとも、組織をバックにしなくとも有識者に出ていただくためには、現状の選挙制度をとるのか、目下国会で審議されている拘束名簿比例代表制をとるのかということになると、現状よりよくなる比例代表制をとるべきだと私は考えます。有識者の名簿をそれぞれの政党がっくり、政党本位に国民に対して信を問うことがよいと考えます。
 また、こうした選挙方式を採用する上でそれぞれの政党の良識が問われます。政党の良識ある態度を望みたいと思います。
 次に、議会制民主主義下における政党の役割り及び現状の政党政治からすると、参議院の場合も政党代表とならざるを得ないと考えます。
 一般的に、昭和四十五年六月の最高裁大法廷の判示にもあるように、政党は議会制民主主義を支える不可欠の要素であり、国民の政治的意思を国会に反映させるための媒介として重要な機能を果たし、かつ政党を無視してはとうてい議会制民主主義の円滑な運用は期待することはできないとあります。すなわち政党の任務、役割りを直視すれば、既存の政党に対する批判はあるにしても、また参議院が第二院だからといっても、国政の場における政党の比重は上がってきていることは事実だと思います。
 このように政党の現状と参議院全国区制度からしても、むしろ選挙制度を政党本位の制度に改めて、政党がそれぞれ責任を持った候補者を提示して国民の審判を仰ぐことが望ましいとして打ち出されたものが拘束名簿比例代表制であると理解しています。この場合でも、さきに述べたとおり重ねて強調したいのは、組織力や資金力、またマスコミによって知名度が高いという人たちだけが出られるというのでなく、優秀な人を政党が良心をもって保障するものでなければならないと思います。
 問題は、政党に所属しない候補者を締め出すのではないか、あるいは政党の推薦という形には多くの欠点が出てくるのではないか、またそれは憲法違反ではないかという点であります。
 目下、国会の論議また新聞などによる賛否両論の意見などを聞きますと、無所属候補の立候補禁止は、憲法第十四条一項、すなわちすべての国民は法の下に平等である、四十四条一項、議員資格の差別を禁止をしている、また憲法第十五条一項、公務員を選定し、及びこれを罷免することは国民固有の権利として、国民の基本的権利である選挙権、被選挙権を規定している、そのことに制限を加えることは違反ではないかと言われています。
 私は、法に対する判断は司法府が行うべきだと思いますが、立法裁量といっても無制限ではなく、日弁連も主張しているとおり、明白な合理的な理由がない限り権利は保障されなければならないと考えます。その点、前に述べた改正の合理的理由からしても、若干の制約は憲法の許容範囲で憲法上の疑点もないという主張が一部にあることを承知しています。
 しかし私は、憲法の精神に沿って、自民党案のような政党条件でなく、そこを緩めて可能な限り小会派の方々が出られるように、またドイツの緑の党のように多様な考え方の人が小さな党をつくり、憲法の趣旨を生かしていくように努力をしてもらいたいと思います。
 次に、参議院の機能と政党本位の選挙との関係について述べます。
 参議院の政党化を強めることは、第二院として参議院の衆議院に対するチェック機能、補完機能を喪失させる自殺行為になるのではないかという意見があるように思われますが、私はそうは思いません。結論から先に申すならば、第二院の機能を発揮することと政党化を強めるということは、決して両立できないことではないと考えるからです。
 さきに申し述べましたように、議会制民主主義下における政党の役割りは参議院といえども重要で、かつその政党化は自然の流れと言えます。それだけに第六次選挙制度審議会の報告にもありますように、むしろ政党化を前提とした参議院本来の機能を発揮できるように努めるべきであるとの立場に立って、参議院機構改革に対する同審議会の多数意見の五項目提言や、参議院改革協議会の遠藤小委員長報告の実現に全力を傾注することこそが現実的対応の方途であると考えます。
 この点、私が外から見た感じでは、自民党は参議院の機能を発揮するための機構改革に熱心でないように見受けられます。選挙制度の改革と機構改革は車の両輪のようなもので、同時並行的に各党が全力を挙げて取り組むべきだと考えます。
 最後に、選挙法の改正という問題は、前に述べられた方も申されましたように、国民の参政権を正しく行使させ、選ばれた国会議員は国民の意思を正しく反映させる観点でなされなければならないことは当然です。いやしくも政党の党利党略であってはならないと思います。
 きょうの新聞、テレビでも改正に伴う各党の態度などが紹介されていますが、全党の合意が得られるように国会の場で十分審議を尽くしていただきたい。そして一致点を見出していただきますことを要請いたしまして、私の公述を終わります。
 ありがとうございました。
#9
○委員長(上田稔君) どうもありがとうございました。
 次に、紀平公述人にお願いいたします。紀平公述人。
#10
○公述人(紀平悌子君) 初めに、委員長初め皆様方にこの機会を私にお与えくださいましたことを感謝申し上げます。と同時に、余りにも十五分という時間の短いことも申し添えさせていただきたいと思います。
 まず私は、自民、社会両党の参議院全国区拘束名簿式比例代表制には反対の立場で意見を申し述べさせていただきます。
 私は、日本婦人有権者同盟に所属し、三十三年選挙と政治の浄化ということを通じて議会制民主主義の確立の運動をしてまいりました一人でございます。そして、私ばかりでなく、選挙法改正運動協議会に所属をしております全国地域婦人団体連絡協議会、主婦連合会、理想選挙推進市民の会、日本青年団協議会、そして私どもの団体の五つの青年婦人団体は、昭和三十六年以来有権者の立場で選挙制度あるいは政治資金制度の研究と、事あるごとに改正意見を申し述べてまいりました。
 また、私個人の立場から申し上げますと、私は単に政治啓発活動をしてまいりましたばかりではなく、市川房枝その他の理想的な候補を立てて、推薦選挙を幾たびも行ってまいりました応援団の方にも加わっております。また、私自身が被選挙権を行使をいたしたことが一回だけございます。こういった立場から、素人の意見ではございますが、この一番聞かれていない国民有権者の側の論理に立ってお話を申し上げたいと思います。
 まず、この委員会の皆様方にはすでに何回も私どもの反対の意見を申し述べさせていただいております、書面においてではございますが。それをまず繰り返します。
 反対の理由ですが、拘束名簿式比例代表制案は憲法違反であるという立場に立っております。人間が長い歴史の中でかち得た普通、平等、直接選挙の諸原則をさして合理的でない理由で改悪するものである。憲法の前文、そして十四条の一項、十五条の一項、二十一条の一項、四十四条ただし書きにそれぞれ違背するという考え方です。
 二つ目は、参議院の政党化を選挙制度の上から助長してしまうもので、第二院の存在意義を後退させるということです。
 三番目は、選挙は国民有権者のものであるはずなのに、選挙制度審議会すら開かれないまま国民有権者無視の政党エゴの法案作成になっていること。ドント式であろうが修正サン・ラグ式であろうが、党利党略の法案である。この三点でございます。
 まず第一点の憲法違反の関係ですが、私はごく普通の市民常識にのっとった憲法解釈で申します。本法案が成立すれば被選挙権及び選挙権が侵害されることになりますが、私は意見をほとんど聞かれていない有権者の側、すなわち選挙権者の権利の問題にポイントをしぼります。
 この案によって、全国区五十議席に対し直接選挙から間接選挙になり、有権者は直接候補者を選べなくなります。候補者個人を選任するのではなく、党への投票を要請することは、公務員、つまり員とは人でありますので、人を選定すると決めた憲法十五条一項に違背し、さらには選挙された議員と規定している憲法四十三条第一項にも文言上違反すると考えられます。
 また、実質的には、平等、普通、直接選挙の大原則を、金がかかり過ぎる、候補者の労苦が大変だ、国民が候補者がわからない、PRも大変だというふうな理由で改悪し、国民の参政権に制約を加えるものです。
 参政権は、憲法上いわゆる自然権とは違う、公共の福祉により制約できるのだ、そして憲法四十四条、四十七条により、議員選挙人の資格は四十四条、選挙区、投票方法その他選挙に関する事項は法律に任せられているのだから国会の裁量だというふうな意見があるようですが、私は参政権こそが国民の基本的人権を保障する手段的な権利として最も重要な権利であると考えています。
 そこで、私たち有権者がこの法案が成立したらできなくなることを申し述べてみます。一つは、無所属の候補者を選ぶ自由が否定されます。二つ目は、名簿提出資格のない政党または団体を選ぶ自由が否定されます。三番目は、資格を持った政党に所属をする特定候補者、だれだれさんですが、それを選ぶ自由が否定されます。
 こういった権利が奪われる代償に、同法案が有権者国民に与えるメリットは何かということを一応考えてはみました。メリットが大きければ、前述の有権者の自由権の侵害もがまんすべきかもしれません。
 さて、自民党案の言うメリットとは、提案理由及び本会議、委員会等での説明や御答弁によれば、金のかからない選挙になる、候補者の労苦の解消、選ぶ手がかりの保証、この三点です。しかし、果たして金がかからなくなるのでしょうか。
 そもそも選挙に金がかかるのは選挙期間中ではなく、後援会による事前運動に金がかかるのです。なぜならば、選挙終了後、法定選挙費用内ですべての運動母体が届け出をしているわけですから、それは証明されると思います。事前の金の流れをやめさせる方向で改正をしなければ、実際には金のかからぬ選挙にはならないのです。その点で、期間中の候補者の負担軽減のみを配慮する当法案は土台ピントがずれていると思います。
 また、比例代表候補は従来の全国区の選挙運動的なことはできないとしていますが、昨年十月二十一日の当委員会で、金丸三郎議員は村上正邦委員の質疑に対し、名簿登載候補も選挙区選挙の応援に行くとか、従来の支持団体をフルに活躍してもらう方法を講じてもらう。だから、名簿に入ってしまってホットスプリング・スリーピングなどというふうな事態は生じないであろうと答弁しています。これでは、比例代表候補は労苦が解消されるどころではなく、また候補の後援会も大分動くようですから、実際の選挙運動態様によっては、選挙期間中の金は現行制度のもとでのそれと大して変わりはないのではないでしょうか。
 自民党法案第百七十八条の三の私の読み方がもし間違いでなければ、選挙区選出議員候補はその選挙運動で比例代表選出議員候補の選挙運動を背負って行えるようですから、労力的、経済的な負担が現在の地方区の候補、選挙区選挙候補にふえてくるのではないでしょうか。
 次に、これはすでにちまたで懸念されていることですが、候補者名簿登載の順位に関して登載権者への贈収賄の問題が挙げられます。自民党案では、二百二十四条の三の第一項、第二項で名簿登載権者による受託収賄罪とその罰則、三年以下の懲役または三十万円以下の罰金、それが規定されていますが、登載権者の認定そのものが困難であり、あっせん収賄や事後収賄の処罰規定がないこと、刑罰が刑法の受託収賄罪百九十七条一項、七年以下の懲役と比べて半分以下であることなど、欠陥だらけで実効性には乏しいと思います。
 自民党の案のメリットの三番目、選挙区が広域で有権者の選ぶ手がかりが不十分なのを解消してあげましょう、そして政党が責任を持って政党名簿で投票を受けとめますということですが、確かに全国区はだれに入れたらよいかわからないという有権者の声はあります。ですけれども、それだけで間接選挙にしてしまうことは国民有権者の政治的教養や判断力をもろに、否定してしまったことになります。
 それに有権者の政治意識調査、これは少し前、五十二年の五月の共同通信ですけれども、全国区は広過ぎてわからないから変えた方がよいと答えた有権者は二六・九%、現行のままでよいとした人は三九・七%で、はるかに上回っています。
 わが国に議会制度が取り入れられて九十年余り、戦後三十五年、人に投票することが国民に定着しています。政党名簿に投票を強いることは、有権者に困惑や混乱、そして政治不信をさえ招くことになるでしょう。
 このように考えてくると、選ぶ自由の制約の代償として国民有権者が得る福祉はほとんど見るべきものがなくなってしまいます。
 自民党は、拘束名簿式比例代表制合憲論の中で、政党こそ国民の政治的意思を反映する存在だから、その優位性ゆえに参政権の自由を制限することは憲法十三条にいうところの公共の福祉の範囲内であると主張していますが、果たしてそうでしょうか。現実に政党は国民の意思を反映するところまで成熟していないと思います。
 五十五年五月の朝日新聞による参議院選挙直前の政治意識全国世論調査によれば、投票する人を決めるときは人柄で決めると答えた人が五三%、同年六月の毎日新聞の同様の世論調査によれば、候補者選びの基準として政党や団体を挙げているのは一四%にすぎず、六七%の人が人間中心の選択をしています。
 五十五年六月のダブル選挙で、全国区では無所属候補者が有効投票の一四・四%の得票率を示しており、市川房枝、美濃部亮吉、青島幸男、中山千夏議員など、無所属または無党派的な候補が高位当選していることを考えるとき、参議院には党より人を期待している国民の意思が明らかであります。ロッキード判決で有罪となった党員の議員辞任もさせられず、灰色議員の証人喚問すら実現し得ないような日本の政党の現実の中では、国民がみずからの代表者の選択を白紙委任できることではとうていありません。
 百歩譲って、政党の将来性に期待するとしても、白紙委任には保証が欲しい。案の二百五十一条の二によれば、連座制の適用は党のする選挙には適用がないが、党が違法行為をした場合、どのようにだれが責任をとるのでしょうか。名簿登載候補当選者が万一党籍変更した場合、有権者の信託は裏切られます。政党の分裂や合同、再編成があった場合、どこがどうやって担保するのでしょうか。また、名簿は五人ないし十人寄れば提出できるとされていますが、背番号候補的な名簿も政党と認め、国民の税金を公営部分に支払うのでしょうか。これらの有権者国民あるいは納税者の疑問に法案は答えてはいません。
 本法案を撤回し、金のかからない選挙には企業献金を禁止する方向での政治資金規正法の改正、公正な選挙制度のためには、五十一年四月、私どもの訴訟に対し、違憲と断ぜられた議員定数不均衡是正の法改正を第一優先順位として着手すべきだと思います。
 少し時間が余ったと思いますけれども、これで一応やめさせていただきます。
#11
○委員長(上田稔君) ありがとうございました。
 次に、原公述人にお願いいたします。原公述人。
#12
○公述人(原龍之助君) ただいま御紹介にあずかりました原でございます。
 今回の法律案について私の考えを述べさせていただく前に、大変恐縮でございますが、順序として憲法は一体参議院にどういう機能を果たすことを期待しているかという点でございますが、もうこれは改めて申し上げるまでもございませんが、一口に言って参議院は衆議院と違った機能を果たしてもらいたい。権限は弱いけれども、衆議院の審議の過程において必ずしも正しく反映されていない国民のいろいろな意見あるいは利益を正しく反映し、そして衆議院に対するアドバイスと申しますか、警告を発し、そしていわば補正的な、批判的な機能を果たすことを期待していると考えるわけでございます。
 どうすれば参議院がそういう期待にこたえることができるか。これは一つは選挙制度の問題であり、一つは参議院の運用の問題であろうと思うのでございますが、ここでは選挙制度の問題に限って申し述べますと、現在の参議院の選挙制度について見ますと、もっぱら不合理な点と申しますか、弊害が全国区制度にあると思うのであります。これは先ほどからの公述人の方々の指摘でもはや申し上げることもございませんが、候補者側からいたしますと区域が広過ぎて費用と労力がかかる。有権者側からいたしますと候補者の選択が困難である。また、選挙が組織を中心として争われ、この組織の系列が政党と結びつく、参議院の政党化を助長している。また、選挙が人気投票化して特定候補者に投票が集中する、チェックの方法がない。とりわけ、いろいろな弊害ございますけれども、参議院の政党化ということが参議院に対する期待を裏切っていると思うのでございます。
 そこで、全国区の選挙制度を考える場合に政党化をどう見るかということが問題でございます。この点は選挙制度審議会に参加させていただいた一人としてずいぶんこの問題は論議したわけでございますが、しかし議会政治は政党が主体となって運営され、選挙が政党を土台として争われる以上は、政党化は必然的な傾向で避けることはできないと私は思います。むしろ参議院の政党化を前提といたしまして参議院の独自性を発揮するような選挙制度を考えるべきであろうと思うわけでございます。そういう意味において今回の比例代表制法案は参議院にふさわしい選挙制度ではないかと思うわけでございます。
 その理由といたしましては、選挙が個人本位から政党本位に、選挙運動は政党が主体となって行われる、そこに金のかからない明るい選挙の実現が可能となるのではないか。また、名簿式の採用は政党が当然候補者を厳選することになって、従来金がかかるとかあるいは選挙運動を好まないために立候補しない人物もこのリストに載せることができ、参議院にふさわしい人物の選出が期待できるのではないか。また、比例代表制は何よりも国民の意思を公正に反映する、かつ少数代表の議席をも確保するという利点があるということです。また、従来の全国区選挙の結果は各党の得票率と議席とがほぼ一致している、実質的にはすでに比例代表の効果を上げている、そういうふうな意味におきまして制度としてこの選挙方法を採用する素地ができ上がっているというふうに考えるわけであります。
 私は、先年イギリスの下院でございますが、総選挙の実態を見ましたときに、選挙が政党本位、政策本位で争われる。選挙運動の主体は政党であり、候補者の選定は地区政党にゆだねている、地区政党は候補者を厳しく選ぶ、地区政党がその候補者に選挙資金を交付する、そういう意味において金がなくとも有能な人、出たい人よりも出てほしい人が選ばれる、平等に選ばれるというチャンスが保証されている。それに加えて国民の高い政治意識に支えられまして選挙違反がない、まことにうらやましく感じたわけでございます。
 もちろん、衆議院議員の選挙についても個人本位から政党本位の選挙に改める必要があると思うのでございますが、さしあたって当面の全国区に比例代表制を採用され、この一角からでも選挙の浄化の実現を期待したいと念願しているわけでございます。
 なお、政党本位、選挙運動の主体が政党であり、元来議員の選挙は国政運営の中心となる国民代表者を選ぶ手段でございますから、将来はこれに要する費用は国家が負担するということを考えるべきではないか。現に西ドイツで連邦議会の政党の選挙運動には国庫から助成されている。わが国におきましても、今後選挙運動の許容範囲と国の財政力を考えまして、合法的な選挙運動の費用を国が負担するということにすることが望ましいのではないかと思うわけでございます。
 それからもう一つ、この比例代表制の採用は、ただいま申し上げましたように全国区に金がかからないというメリットがあるわけでございますが、金のかからないということはむしろ比例代表制の付随的な効果である。この制度の本来の趣旨は、代表の公正、少数代表の議席を確保できる、このことが制度の基本的性格であろうと思うのでございます。
 また、この制度の導入によりまして、今日価値観の多様化した各国民の利害を参議院に反映し、そして政権担当の政府をつくる衆議院に対して批判と補正の機能を果たすことができるという意味において、参議院のあり方にふさわしい選挙制度であろうと思うわけでございます。
 次に、改正案に伴って提起されている問題につきまして、さしあたって憲法上の問題に限って考えてみますと、拘束名簿式比例代表制は政党主体の選挙制度である、憲法の問題といたしまして基本的に政党にこういった公的な役割りを与えることが憲法上許されるかどうかという点でございますが、これは申し上げるまでもなく、現代の議会政治の運営の主体は政党である、憲法もまた当然にその役割りを承認していると考えるわけでございまして、先ほども公述人の方から引用されましたように、昭和四十五年六月の最高裁の判決におきましても、すでに憲法には政党についての規定はないけれども、議会制民主主義のたてまえからいって政党の存在を当然予定していると判示しております。拘束名簿式比例代表制は政党の憲法上の役割りを当然前提とする選挙制度でありまして、憲法に明文の政党規定がないからといって憲法上この制度が許されないと解することはできないと思います。
 第二に、ただし憲法上の解釈問題といたしまして、憲法四十三条に、両議院は選挙された議員で組織すると規定されておりますが、政党投票で選ばれた議員が選挙された議員と言えるかという疑問でございますが、しかし政党に投票すると申しましても、選挙人はあらかじめ各党の候補者名簿を点検した上で投票するのでありますから、いわば候補者の群と申しますか、に対して投票するわけで、当選人はいずれも憲法による選挙であることには変わりはないと考えます。仮に政党への投票が実質的には一種の間接選挙に当たるという見方をしましても、憲法四十三条はただ選挙された議員とあるだけでございまして、憲法九十三条に定めるような直接選挙に限らず、間接選挙をも認める趣旨と解するのがこれは通説でございます。そして、選挙の内容なり方法は法律で定めるということになっているのでありますから、政党に投票することを決めても違憲となるものとは言えない。
 それから次に、拘束名簿式比例代表制のもとでは国民は政党の候補者名簿に登載されていなければ立候補できない、また反面に国民はその名簿に登載されている候補者以外の者に対しては投票することができない、これが国民の基本的人権である選挙権や被選挙権を侵害することではないかという問題がございますが、まず選挙権について考えてみますと、選挙権は基本的人権であるという見解は憲法十五条の公務員を選定、罷免することは国民の固有の権利であるということを根拠にしているわけでございますが、この十五条一項の規定は確かに国民主権主義の原理のあらわれであり、その意味でこの権利は国民主権の原理と結びついて、各国民の基本的人権であると言っていいと思うのでございますが、問題はこの選挙権を直ちに公務員選定、罷免の固有の権利と同じく見ていいかどうかという点でございます。
 この十五条一項の国民固有の権利と申しますのは、公務員、ここでは広く国民代表というくらいの意味でございますが、国民代表者の地位の根拠は最終的には国民の意思にかかっているという意味でございます。直ちに具体的に個々の代表者が国民によって選ばれるということを決めたものでもないということ。この権利はいわゆる表現の自由とか思想の自由のような自然的な基本的人権と違って制度上の人権でございます。
 それで、いかなる範囲の国民に選挙人たる地位と資格を与えるかということは、法律によって決められる性質のものでありますから、憲法が選挙権という文字を用いることなくして選挙人の資格という文字を用い、そして選挙人の資格は法律で定めると規定していることから申し上げましても、右のような選挙権も法律的な性格を前提としたものと考えます。したがって、この比例代表制によりまして選挙人が政党の名簿登載者以外の者、つまり無所属の候補者には投票することができないという選挙権の制限を受けることになりましても、それを違憲と見るべきものでないと考えます。
 被選挙権につきましても同様、選ばれる権利を持つ者は一定の資格を与えられたものでございます。その資格は法律によって決めるというわけでございまして、したがって比例代表制の採用が憲法の禁止するところでない以上は、それに伴って名簿登載者以外の者は立候補することができないということになりましても、それは憲法に違反するものではございません。
 そのほか結社の自由に違反するのではないか、あるいは無所属主義ということが信条、憲法十四条あるいは四十四条ただし書きに言う信条であって、無所属の立候補を認めないことが憲法違反でないかという意見もございますが、これはそう当たらない。仮にまた、無所属が信条や社会的身分になるといたしましても、被選挙権は制度上の人権でございますから、合理的理由があれば差別することは違憲とならないということ。今回の比例代表制の採用によりまして無所属の立候補が認められないということになりましても、選挙の公正確保という法律の趣旨の目的にかなうわけでございますから、合理的差別として許されるというふうに考えます。
 最後に、今回の拘束名簿式比例代表制が憲法に違反するものとは言えない。しかし、違憲じゃないといたしましても、立法政策として適当であるかという問題になりますと、少し意見がございまして、問題は憲法のもとで可能な、どのような改革を選択するかということであろうと思うのであります。選挙制度の改正は、政党の立場によって利害関係が異なる、また同一政党の中でも議員の一人一人にとって直接の利害関係が絡み合っているというところに選挙制度の改正のむずかしさがあると思うのでございます。
 そういうふうに選挙制度の改正は各党の利害にかかわるだけに、わが国の現実に即した実現可能なものでなければならないのではなかろうか。改正の方向がただ原理的に正しいとか理論的にすっきりしているというだけでなしに、現在のわが国の政治状況のもとで実現可能なものであることが望ましいと思うのです。言いかえれば、選挙制度は議会政治の共通の土俵でございますから、一方原理的な正しさを求めながらも、他方比較的与野党の協調の得られやすいようなものでなければならないのではないか。そういう意味で、立法政策として今回の改正案が、無所属の立候補は認めないが、実質的にいわゆる無所属を可能ならしめるための配慮が加えられていることは妥当と思うのでございます。
 また、今回の改正案をめぐりまして、政党本位の選挙の改革の方向に賛成しながらも、個人的要素を排除しているのは妥当でないという意見もあるようでございます。私もこれまで有権者が個人本位に投票するという長い間の慣行から考えまして、いま少しく個人的意思の介入を認める余地を残しておく方がよかったのではないかというふうに思うわけでございます。
 要するに、選挙制度は与野党の共通の土俵でございますから、与野党の歩み寄りの期待できるようなものが望ましいと思われるわけでございまして、選挙制度の問題でもって与野党が激突するというようなことは議会政治の危機をも招くおそれがございます。代表的民主主義の基本ルールである選挙制度の改革につきましては、慎重に審議を重ねていただきまして、与野党の最大公約数の合意を見出せるよう努力していただきたいと要望するわけでございます。
 ひとまずこれで終わります。
#13
○委員長(上田稔君) ありがとうございました。
 次に、高橋公述人にお願いいたします。高橋公述人。
#14
○公述人(高橋正男君) ただいま紹介をいただきました同盟の高橋です。
 まず最初に、公述人の機会を与えてくださった貴委員会に対し感謝を申し上げたいと思います。
 私といたしましては、現在審議されている公職選挙法改正案、拘束名簿式比例代表制については基本的に反対の立場であります。したがいまして、ただいまからその理由を述べさせていただきます。
 国会の論議では、公職選挙法改正の理由といたしまして、全国区制については選挙区が広過ぎて選挙運動はできにくい、またそのため候補者名の周知徹底はできない、単なる人気投票になりかねない、余りにも資金がかかり過ぎるなどが挙げられているようであります。
 しかし、私といたしましてはきわめて不満な点は、明年七月に行われようとしている参議院議員選挙について、今日なお選挙法が決まっていないということです。これでは国会が選挙民である国民の負託にこたえることを薄めることになり、政治不信を助長するのではないかと心配するものであります。
 現在審議されている自民党の改正案である拘束名簿式比例代表制は、個人の立候補を禁止していますが、そのことは候補者を通じて国民の意思を反映する選挙を不透明にし、選挙制度の根幹を揺るがす重大な問題であり、大政党の都合のよい選挙制度であると言われてもやむを得ません。社会党の改正案は、自民党案と比較すると、中小政党と無所属候補に対し若干緩和の内容となっていますが、それほどの距離はなく、本質的には同じ軌道のものと思われます。
 拘束名簿式比例代表制は、党議拘束が一層強化されることにより、名簿順位をめぐって利益団体等の争いを激化させる結果となりかねません。また、改正案の実態は一種の間接的な選挙であると思います。そのため、候補者の名簿をつくるには本来国民主権の精神を反映できることが必要であると思います。参議院については党より人で投票している日本の政治風土の中で、政党への投票には抵抗が強く、棄権の増加を招く結果になると心配されます。また、今日無党派層が四〇%にも及んでいる実態から、ますます国民の政党離れが進み、投票率の低下を招き、民主主義に逆行することが懸念されます。
 選挙制度の根幹にかかわる改正は、現存する特定政党間のみの問題ではなく、民主主義ルールの基本にかかわる議会制民主主義の土俵づくりの問題であり、きわめて重要な国民的政治課題でもあります。したがって、自民党の多数を頼んで押し切ることは民主政治の基本ルールに反することであって、本来全政党の合意が好ましいところですが、さもなければ少なくとも政党数の三分の二以上の賛成を得ることが必要であると考えます。
 もし改正案が決定され、それによって選挙が実施されるならば、本来の参議院の独自性が薄められるとともに、一層政党化が促進され、参議院の存在意義が問われるばかりでなく、二院制の否定にも通じるものであり、議会政治に対する不信を強める結果になると思います。
 また、最近政党化が進み、二院制の効果がすっかり薄れてきており、多くの国民は参議院本来の機能回復の必要性を強く求めているときに、政党本位の選挙制度導入は発想の逆転であると言わざるを得ません。比例代表制自身は衆議院議員選挙に適用する方向で検討すべきであると思います。
 拘束名簿式比例代表制が全議員のうちの一部の全国区選出参議院議員だけに適用されることは、候補者名簿の順位決定権を政党幹部が握ることになり、そのため当選者は政党または派閥に対し忠実になりがちであり、選挙民、国民とは遊離し、憲法の主権在民という基本精神を侵す危険性すらひそんでおり、国民のための政治意識は希薄化されるおそれさえあると思います。
 現在、全国区制は金がかかると言われていますが、改正案は必ずしも金がかからない制度とは断定するのは誤りでないかと思います。全国区は政党への投票となれば、全地方区に、または多くの地方区に候補者を擁立し激戦を展開しなければならず、地方区への資金投入の増大は自明の理であると思います。
 また、全国区制度は選挙区が広く候補者の周知徹底ができないとか運動ができにくいとか言われていますが、地方区制の一本化という問題、さらにはブロック制の導入などによって改革することは可能なはずだと思います。
 改正案の発想は、選挙される候補者側の都合を重視して、有権者である国民を念頭に置いたものと考えられません。衆参両院議員の定数の是正と政治資金規正法を抜本的に改正し、公正にして公明な公営選挙を強化するなどの先決が筋であり、今回の改正案は本末転倒ではないかと思われます。
 この改正案では、候補者名簿の届け出ができるのは政党や政治団体だけに規制され、条件がつけられています。立候補をしようとする場合には、政治信条に反してまでも政党や政治団体に無理して帰属しない限り立候補ができなくなります。これは政党、政治団体に対する投票の強制ということになります。また、筋を通して立候補する場合は政治団体をつくらなければならず、政治結社を強要する結果にもなります。
 政党や政治団体に帰属しない国民が立候補する場合は、新たな政治結社をつくり、そして本人以外に九名の候補者を擁立しなければならず、全候補者を全国区とするならば四千万円という膨大な供託金をそろえなければならないことになるわけです。また、候補者の半数を地方区候補者としたといたしましても三千万という供託金が必要となり、地方区の激戦化に伴い資金がかからない制度とは言えないと思うわけであります。
  さらに、選挙制度という国民の権利にかかわる重要な法案は、一度決定すれば修正なり改正のときには今回の例から見ましてもわかるとおりきわめて困難であるため、慎重に審議されることを求めるものであります。特に、民主主義の基本ルールの原点であるだけに、選挙制度の改正は党利党略に走ることなく、国民世論を聴取しながら審議されることを重ねてお願いするものであります。
 次に、選挙運動についての意見を述べることにします。
 自民党の改正案によれば、選挙運動には自動車、マイクの使用、文書の配布、街頭演説、個人演説会を禁止し、一党当たり一県一つの選挙事務所、新聞に政党の広告、ラジオ、テレビによる政見放送、選挙公報、これは一回限りでありますけれども、それを発行し、投票所に候補者名簿の掲載に限定しようとしていることです。
 これでは確かに金は余りかかりません。しかしながら国民には候補者を知る権利があります。言論、表現の自由は本来選挙運動において生かされなければならないものです。街頭演説などが禁止されるとすれば、立候補者が有権者である国民との触れ合う機会を失うことになってしまい、国会議員はだれのために働くことになるのか問われることにもなりかねません。
 政党や政治団体は、国家、国民のための政策、政治倫理の確立等を明らかにし、国民の判断によって投票されるものでありますから、選挙運動の制限緩和を図ることが必要です。
 以上で私の公述を終わります。
#15
○委員長(上田稔君) ありがとうございました。
 次に、大里公述人にお願いいたします。大里公述人。
#16
○公述人(大里坦君) 初めに、私にこの機会を与えていただきました貴委員会に感謝申し上げます。
 私は、福岡県社会保育短期大学に勤務して憲法、行政法を担当しています。また、福岡県明るい選挙推進協議会委員として微弱ながら明正選挙の推進に努めていますので、選挙法並びに選挙制度につきましてはそれなりに関心を持っているものであります。
 私に与えられております時間も限られておりますので、公職選挙法の改正に対する視点及び今回提案されております公職選挙法の一部改正案の内容のうち、第一点、改正案は憲法に違反しているかどうか。第二点、なぜ拘束名簿式比例代表制が採用されたのか。第三点、比例代表制は民意を代表するのか。第四点、拘束名簿で参議院にふさわしい議員を選ぶことが期待できるか。第五点、拘束名簿は参議院議員選挙に対する国民の関心を低下させはしないか。以上の五点について私の見解を述べてみたいと思います。
 まず、第一の選挙法改正に対する基本的視点について述べてみたいと思います。
 その第一は、選挙法は申し上げるまでもなく選挙のルールを決めた法律であります。それゆえにこのルールづくりはわが国における議会制民主政治の基礎づくりででもあります。したがいまして、このルールのよしあしはわが国の議会制民主政治をよりよく確立するか、それともそれに逆行するような結果を招来するかといった、きわめて重要な問題であるという認識に立つことが第一の視点であります。
 第二は、過去及び現在の経験を見ましても、選挙法の改正は大なり小なり党利党略に左右されがちであるということでございます。レーベンシュタインが指摘していますように、大抵の選挙法の欠陥は、それが政府と議会を支配するグループが選挙結果を自分たちに有利にするような方向へ歪曲するための便利な手段となっている、こう指摘しております。
 たとえば、わが国の歴史を見ましても、明治二十二年衆議院議員選挙法が制定されてから大正中期に至るまで、小選挙区制から大選挙区制へ、そして再び小選挙区制へと変更されております。そして、そのたびことに政権もまた交代しております。また、最近におきましても、公職選挙法の改正によりまして、紙と音の規制によって選挙運動が大きなさま変わりを見せていることは周知の事実でございます。
 このように選挙法の改正は、そのたてまえ論はともかく、その実態はきわめて党利党略的な面を持っているということでございます。それだけに、少数政党への配慮が十分なされていることが肝心であるということでございます。レーベンシュタインは、専制主義と立憲主義の違いは選挙法の制定の仕方及び選挙そのものへの扱い方にあると、その違いを明確に述べております。
 申し上げるまでもなく、民主主義は少数者の意見をも尊重することを要求しております。しかし、今回の公選法の改正について少数政党の方に強い反対がありますことは、その配慮が足りないのではなかろうか、こう思っております。
 それはともかくとしまして、参議院の性格からして、それを構成する人は多元的に選出されることが望ましいということでございます。この点につきましてはまた後ほど申し上げたいと思います。
 第三点は、国民の側から申しますと、現行制度のもとで果たして国民が納得し得る選挙法の制定ないしは選挙制度が期待できるかという点でございます。イギリスのように第三者機関による選挙区画委員会に類似したような機関をわが国でも創設する必要があるのではなかろうか、このように考えております。
 以上の三点が基本的な視点でございます。
 続いて、今回提案されております公職選挙法の改正の内容について見解を述べてみたいと思います。
 まず第一は、今回自社両党から提案されております公職選挙法改正の内容が憲法に違反するかどうかの点でございます。
 この点につきましては、先刻原公述人よりるるその見解が述べられましたけれども、私もあらゆる角度から検討してみましたが、憲法の諸規定に反する内容は見当たりません。ただ一点、私が疑義を持っている点は、憲法が期待している政治から逸脱するのではなかろうかという点でございます。言いかえますならば、立法政策として好ましくない、こう思うからでございます。
 申し上げるまでもなく、憲法が期待しています政治というのは議会制民主政治でございます。憲法制定議会の際、「国民というものはかなり複雑な性格を持っておりまして、一般選挙によって必ずしも国民の性格を完全に代表せしめ得るとは思われません。その普通選挙によってなお代表されざる国民の欲求がどこかに残っているのではなかろうか。してみれば、それを他の方法において代表せしめ、二院制を設くるのがよろしいのではなかろうか」という政府答弁の一節がございます。
 この答弁は二院制の是非についての答弁でありますけれども、この答弁から推察しまするに、憲法はより徹底した議会制民主政治を予定し、その一方法として二院制を採用したこと、またその一環として全国区制を採用することによって、より多元的な民意を議会に反映させようというねらいがあったのではなかろうかと考えております。だとするならば、全国区制はそれなりに大きな意義を持っているのではないでしょうか。
 したがいまして、今日、全国区制の選挙につきまして御提案の趣旨にあるような問題があるとするならば、マスコミ等を大いに活用し、選挙の公営化を拡大することによってこの制度を存続させることはできないだろうか。そうすることは選挙浄化にもつながり、一挙両得ではないかと考えるわけでございます。また、百歩譲って、ブロック制を採用することも一方法ではないかと考えられますので、本案だけに限定せず、柔軟かつ慎重な検討を期待したいものでございます。
 第二は、なぜ拘束名簿式比例代表制が採用されたかについてでございます。
 確かに全国区の選挙に御提案の趣旨のような問題があることも私は重々承知しております。そのような問題があったればこそ、昭和二十年代には推薦制の採用が議論されておりますし、三十年代前半には地方区一本化の議論もありました。そして、三十年代後半には、今日提案されております比例代表制の議論が台頭してまいります。その場合、第七次審では、衆議院の政党化は好ましくないから非拘束名簿の方が適当ではないかという意見があるのにもかかわらず、あえて政党化を促進させるような危惧のある拘束名簿式を採用されたのはなぜだろうかということに私は疑問を持っております。
 第三点は、比例代表制はより民意を代表するか、また反映させるかという点でございます。
 比例代表制は、国民の政治的意思を正確に反映するし、政策中心の選挙が行われ、かつ公正な選挙が期待される。その上選挙費用も少なくて済むといったメリットを持った制度であると一般には言われておりますし、それを私は否定しようとは思っておりません。しかし、比例代表制にもそれなりの欠陥はあります。特にここで申し上げたいことは、国民の政治的意思を正確に反映するという点についてでございます。
 比例代表制が採用されますと、確かに各政党の得票率に比例して議席が配分されますので、その意味ではより民意が反映したと言えるかもしれません。しかし、真に民意が反映するという意味は、そのような量だけの問題ではなく、世論の主要な動向が忠実に議会に反映されているかどうかの質の問題ではなかろうか、そちらのことの方が重要ではないだろうかと私は思うからでございます。
 特に、現在国民が議会に対して失望している原因の一つは、民意が議会に反映されていないという不満であります。そんな中にあって拘束名簿式が採用されるならば、国民世論と議会の意思との乖離はさらに大きくなるのではないかと危惧するものでございます。
 第四点の拘束名簿式の採用で参議院議員としてふさわしい人材が得られるかどうかという点でございます。
 私はこれについても否定的な見解を持っております。もっとも、参議院議員としてふさわしい人についての評価は人それぞれに基準が異なるでしょう。しかし、私は一応次のような基準を設けてみました。
 それは、跛行的両院制をとっているわが国の参議院の主要な機能はチェック補正的な機能であるという前提に立って、第一は内閣の批判者であること、第二は衆議院の批判者であること、第三は党や圧力団体から自由である人、第四は今日の複雑多様な政治、経済、社会におきましては国民の意思もまた多様かつ複雑であります。したがいまして、多元的価値感の錯綜する今日においてはより専門的、技術的な知識を有する人というような、以上四つの基準を設けてみました。
 そうしたとき、金権、派閥が公然化している今日の政治状況の中で、まず第一、第二、第三の基準に該当する人が果たして名簿に記載されることが期待できるだろうかということでございます。この点についてははなはだ疑問を持つものであります。そうでないとするならば、参議院の存在意義はなくなってしまうでしょう。それはまた同時に参議院の自滅ではないかということでございます。
 第五点、拘束名簿式は参議院議員選挙に対する国民の関心を低下させるという点でございます。
 拘束名簿式が有権者と議員との接触を希薄にします。また、有権者は自分の支持する候補者が当選する見込みがないと予想したときには、政党への支持をも思いとどまらせることが十分予想されます。そうしたとき、ただでさえ参議院議員選挙の投票率が他の選挙の投票率より低い状況にあるとき、さらに参議院議員選挙への関心は低くなることを予想するのにかたくありません。
 私が明正選挙推進のため県下各市町村の有権者の方々と接して感じることは、党より人、言うなればわが国には政党政治はいまだ定着していないという実態でございます。候補者と有権者のつながりの強さをこの肌に異常なほど感じるのが実感であるだけに、さらに参議院議員選挙の関心を薄めるというふうに私は感じるわけでございます。
 なお、この機会にもし教えていただきますならば、拘束名簿式で当選された議員がその任期途中に脱党されるようなときには一体どういうような措置がなされるかについても、もし教えていただければ逆に幸いに思っております。
 以上述べました理由から、私は自民、社会両党から提案されております公職選挙法の一部改正案にいずれも反対いたします。かと言って、一切の公職選挙法の改正を否定するものではありません。現在国民が最も望み、かつ期待しています公職選挙法の改正点は、政治資金規制の強化、議員定数配分の是正、選挙運動の自由化の拡大の三点であると思っております。したがいまして、この公選法の改正よりも、先ほど申し上げました三点の方が国民が待ち望んでいる点でございます。
 最後に、公職選挙法の改正はわが国の議会制民主主義の根幹に深くかかわる問題であるだけに、今後ともに慎重かつ冷静に御審議いただきますよう切にお願いいたしまして、私の公述を終わりにいたします。
#17
○委員長(上田稔君) ありがとうございました。
 以上で公述人の方々からの御意見の聴取は終わりました。
 ちょっと速記をとめてください。
   〔速記中止〕
#18
○委員長(上田稔君) 速記を起こしてください。
 これより質疑を行います。
 なお、公述人の方々にお願いいたします。
 委員の質疑にはなるべく簡潔にお答えをいただきたいと存じます。どうぞよろしく御協力のほどをお願いを申し上げます。
 それでは、質疑のある方は順次御発言願います。
#19
○斎藤栄三郎君 原先生にお伺いいたします。
 昭和になってから、二院制度であった国が一院制になってしまったのは十カ国、逆に一院制度だったものが二院制になったのはわずか二カ国にすぎません。どうも二院制度が動揺しているような気がいたします。従来のままの選挙制度では、日本でも参議院無用論がだんだん勢力を得てきたと思うし、これからも得るであろうと思います。そういうような背景のもとにつくられた今度の改正案であります。先生はこの案が幸い実施されれば二院制度堅持の方向に役立つかどうか。いま憲法第四十二条では二院制度がうたわれているわけであります。その点についてお教えをいただきたいと思います。
#20
○公述人(原龍之助君) 確かに第二院、参議院の政党化が大変進みまして、二院制度のあり方と申しますか、参議院の無用論まで飛び出しているわけでございますが、しかし憲法が二院制度を認めている以上、やはり参議院にふさわしい機能を果たすためにどうすればいいかという問題をどうしても考えなければいかぬと思います。それは、一つは先ほど申しましたように選挙制度の改正の手もあり、また一つは参議院の運用の問題であろうと思うのです。今回の参議院の選挙制度の改正は、やはり参議院にふさわしい機能を発揮できるという期待を持てる意味において改正の方向に賛成しているわけでございます。
 ただ、先ほどからも御指摘のように、参議院にふさわしい比例代表制であるためには、政党の候補者のリストを作成される場合に、できるだけ参議院にふさわしい人を送るというふうな努力を期待したいわけでございまして、もっともこの点については、名簿に順序をつけるという、順位争いは候補者にとって死活問題でございますから、激しいやっぱり順位争いが起きるのではないかとか、あるいは選挙前に巨額の資金がかかるのではないかとか、あるいは派閥の影響が強まるのではないかといったことも指摘されておるわけでございますが、こうした混乱を避けるためにあるいは各党におかれまして現役優先とか過去の実績というようなことをお考えになるかもしれませんけれども、それでは参議院にふさわしい新人を送ることができなくなりまして、議員の固定化あるいは国会の活力を減退することにもなりかねないと存じます。
 そういう意味におきまして、参議院にふさわしい新人、有能な知性人を送る、この際政党本位の選挙へ思い切った転換を図ろうとするのでございますから、真に参議院にふさわしい人物を送るよう努力していただくことが大事ではないかというふうに考えるわけでございます。
#21
○斎藤栄三郎君 もう一回原先生にお伺いしますが、先ほどのお言葉の中に西ドイツでは選挙資金を国家が負担するというお言葉がありました。私もそれについてはかねてから非常な関心を持っておりまして、現地でも調べてまいりました。有効投票一票についていまの為替相場で換算すると大体五百円ぐらいの金が出される。仮にそういうことにする場合に、それは憲法に触れるかどうかお教えいただきたいと思います。
#22
○公述人(原龍之助君) 憲法には抵触しないと存じますが、ただ国営が強化される、国営が拡大されるということになりますと、やはり政党の選挙運動の自由との関係で若干問題になるかと思うわけでございますが、先ほども申し上げましたように、やはり国庫助成というふうな点を考えまして、政党の選挙運動の自由を制約しない限りにおいて、この方向への改正というものは望ましいのではないかというふうに存ずる次第でございます。
#23
○斎藤栄三郎君 どうもありがとうございました。
 次に、富塚先生にちょっとお伺いいたしますが、先ほどのお言葉の中で非常に金がかかる、私は大変貴重な御発言だったと存じます。私自身が二回選挙をやりまして、幸い当選できましたけれども、非常に金のかかる実態を私は体験いたしました。私自身貧乏人ですから供応に一切使いませんし、選挙違反も一つもなかったし、実費でかかってしまう。そういうときに、いま富塚先生のお言葉で社会党の先生方でも相当金がかかるんだというお言葉でございました。この改革案が幸い通った場合にはその点はどうなるとお考えでしょうか。
#24
○公述人(富塚三夫君) 私は運動家でありまして、実態論から実は先ほど申し上げたのでありますが、いま先生が御指摘のように大変全国区制度の選挙はお金がかかることは事実であります。私ども一年前から選挙運動を始めることにいたしましても、事前運動が非常に重視されなければなりません。そうしますと、四十七都道府県一県に十人の選挙運動員を置きましても、実際は一日五千円ぐらいのお金を払ってやらなくてはいけない。月十五万です。そうしますと、それだけでも一人当たり二百七十万から三百万。そして、全体的に全国五百名でも十五億ぐらいの金がかかってしまうんですね。手弁当でやれと、こう言っても、食事代ぐらいは出してやらなくてはいけない。たまには運動員が一杯を飲むことも考えてやらなくてはいけないということなどを考えたり、また自動車とか事務所とか、機動力というものは大変重要でありまして、これもまた大変なんです。
 われわれの場合には、組合の事務所を使うことなどを大体便法としてやっておりますけれども、それでも実は大変な金がかかる。どうしても勝つためには。これは選挙ですから百かゼロかであって、負けると全部借金をしょってしまう。その借金をどうしてくれるかという問題があるものですから、まあ社会党は冷たいとか労働組合は冷たいとかというふうになって、いろいろな問題を後に残すことも事実なんです。したがって、金をかけないでやれるじゃないかと言ったら、やっぱり知名度の高い方とか特定の組織力を持つ人じゃないとだめだと思うのですね。そこのところを改革するということになりますと、私は現状の選挙制度よりもいま提議されていることがよりよいのではないかという点で、検討していただいたらどうかというふうに申し上げます。
 そこで、先生の質問にありましたように、結局この法律、つまり改正案が通ったら一体実態的にどうなるのかという問題は、私は具体的に金はかからないような仕組みになっていくだろう。後で質問があればお答えしようと思っているのですが、われわれは選挙運動も一定の選挙運動はしなければならない。政党として政策を掲げて争わなければならぬという問題もありますし、実態的にはかなり選挙費用は軽減をされるということになっていくことは間違いないというふうに思います。
#25
○斎藤栄三郎君 ありがとうございました。
 次に、高橋先生にお伺いしますが、御趣旨が反対であるということはよくわかりましたが、先生のお立場で、いまの制度で金がかかるのはやむを得ないと思いますか、金がなくても選挙できるとお思いでしょうか。
#26
○公述人(高橋正男君) 実際、私たちもやっておりまして、金はかかることは否定しません。しかしながら、建設的に民主的な日常的な活動を通じましてやはり政治教育ということが必要だということを痛感するわけであります。特に私は各先生方にお願いしたいのは、選挙というのはやはり何といってもその政策ですね。いわば、素材の不況とか中小企業が大変だといっても、内需拡大の政策をとりますといっても、具体的にその政策が国会で論議、論議されないというと問題でしょうけれども明らかにならないわけですね。内需拡大だと、何にどういう政策をやるか。そういう点について不満があるわけですから、日常的にやはり国会の先生方が地域住民と接触することが必要だろう。
 また、選挙の際そういうことを述べて、触れ合いを通じてやはり日本の民主化、政治倫理の確立をやることが必要じゃないかと、金はかかっても。私たちは民社党との協力関係もありますけれども、やはり手弁当です。もう本当に献金というのは、同盟から民社党にやるのはこれは政治資金規正法で一億しかできないわけです。そういう点で、実は金のかからないというのはそれは偽りだと思うのです。金はかかる。しかしながら、かからない方法というのはじゃ拘束名簿式比例代表制か、それでもこの内容ではやっぱり問題はあるのではないかというふうに考えています。
#27
○斎藤栄三郎君 そうすると高橋さん、この案は現行の制度よりはベターだとお考えになりますか。それともあくまでもノーですか。
#28
○公述人(高橋正男君) 基本的に反対ということは、当然、全政党団体八つの団体があるわけですから、そういう中で全会一致できるような内容に修正していただく、こういうことです。
#29
○斎藤栄三郎君 決して討論するわけではございませんが、選挙制度というのはなかなか全部が満足するようなものはできないというのがいままでの歴史の教訓だったろうと申し上げておきます。
 次に佐治先生に。
 私はまだ新米でありまして、国会に来てからわずか八年であります。しかし、四十九年に出てきたときの心境を申しますと、かつて明治二十三年の選挙で出てきた中江兆民が、せっかく当選したにもかかわらず彼は直ちに辞表を出した。それと全く同じ私は心境でした。金はかかるわ、出てきてもなかなか、政治というものはむずかしいものだということをしみじみ感じました。
 そこで一つ、先ほど富塚先生がいみじくも指摘したように、エキスパート、広く人材が集まっていれば私は議会というものは非常に楽しいところだろうと思います。そういう意味において、私は広く人材が出られる法案であることが一番選挙制度としては大事だろうと考えます。そういう観点から見て今度の改正案はいかがでしょうか。
#30
○公述人(佐治敬三君) 私は、政治というのはやはり政治に対して非常に高い意欲をお持ちになった方々、そしていまおっしゃったようなエキスパートの方々がお出ましいただく必要がある。そういう意味で、よく言われます出たい人より出したい人というのは必ずしも賛成ではないので、出たい人で出したい人を出すべきではないか。そういった方々が今回の比例代表制度によりまして政党から名簿に記載を願うという可能性は高くなるように思います。これは今後の政党の対応いかんでありますけれども、先ほど申し上げましたように、政党が今度は直接選挙民の審判をお受けになるということになるわけでございますので、この名簿にどなたをお載せになるかというのは政党の命運を決する非常に重要なステップになろうかと思います。私は、政党政治に対して必ずしも皆様方高い評価を与えておいでにならないような気がするのですけれども、現在の政党政治にかなり高い評価を与えてもいいのではないか。そういう意味では政党が賢明な対応をとられるということを信じております。
#31
○斎藤栄三郎君 どうもありがとうございました。
 終わります。
#32
○赤桐操君 まず最初に富塚事務局長にお伺いをいたしたいと思います。
 先ほども公述された中で、全国区選出の社会党議員は労組出身者が大変偏って選出されていると。このことについては御指摘のとおりであろうと思いますが、さらにもっと幅の広い選出の仕方を求めなければならない、そして有為の人材を送りたい、こういうことを述べられたと思います。私どもまさにそのとおりであると、同感でございますが、いろいろ長い間富塚さんはこうした現行制度で御苦労をいただいてきたわけでございますが、こうした有為の人材を送ろうとしたけれどもなかなか幅広い状態に至らなかった、こういうことを述懐されたと思いますが、現行制度での問題点についていろいろとまだお感じになっておられる点があろうと思いますが、それらを含めましてお話をいただきたいと思います。
#33
○公述人(富塚三夫君) 私は、現行の選挙制度に問題があるということはどなたもお感じになっているのではないかと、そう思います。現行の制度がいいと思われている方はまずないだろうと、こう私は思っています。そうしますと、どのように幅広い人材を参議院に送ることができるか、国会に送ることができるかということについて、選挙制度のあり方の問題について検討をされるというのは当然しかるべきだと思います。その中で今回の拘束名簿の制度が出てきているのだろうというふうに思います。
 そこで、私は労働組合の立場で主として社会党を支持して社会党の議員さんを出してくる役割りを果たしてきたのでありますが、いまのようなままではどうも労働組合の幹部だけが、あるいは大きな組合の幹部だけが出なければ出れないような状況がどうしても続いていくと。それは組織力、資金力、こういう問題にならざるを得ない問題をどう克服することがいいのかということについて、いろいろな観点から私どもなりに議論は進めてきているところです。それでなくとも社会党に対して総評の何々政治部とかいろいろなことをまあマスコミなどでもよく言われるのでありますが、やはり国会に対して、参議院に対して幅広い有為な人材を送れるような仕組みを考えるということになりますと、これはいわゆる政党が保証する有能な有為な人たちを出せるような仕組みに変えてもらうということが非常に重要であろうという点から考えまして、私は現行の制度よりも新しく提起されている制度の方がよりましであり、そのことについてぜひ国会で合意の得られるような努力をしていただきたいというふうに思っています。
#34
○赤桐操君 社会党はかねがね選挙運動については自由であるべきである、また可能な限り制限の枠を外すべきであるということを主張し、今日までいろいろ取り組んでまいっておりますが、まあ大変恐縮でありますが、自民党案は、いかに政党本位の選挙とはいいながら、いわゆる全国区選挙の選挙運動の禁止ということについてはいささか厳し過ぎるのではなかろうかと実は考えております。この点については運動家としての立場からどのように受けとめておられるか、伺っておきたいと思います。
#35
○公述人(富塚三夫君) 自民党案、社会党案の対比の問題が実はあるわけでありますが、私どもは、選挙運動を禁止してそして地方区に乗って全国区のことを考えようという自民党案と、選挙運動に若干の制約を加えながらも可能な限り選挙運動を認めていくという社会党案の違いのあることを承知しています。そういたしますと、社会党案では選挙運動をどういうふうに進めていくことのイメージをわれわれは考えてみた方がいいか、運動に携わる者としていろいろ検討をしてみました。やっぱり政策の問題、同盟の高橋さんもおっしゃったように政策の問題で選挙を争うということが非常に重要だと思うのです。その点で、政党が政策を掲げて選挙運動をする、そのことをどう保証するかという問題は、可能な限り選挙運動ができるような体制をとってやることが正しいというふうに思います。
 いま、私どもも衆議院段階においてこの春も減税要求なども行いました。また、ロッキード裁判によって政治倫理委員会の問題などもしつこく取り上げたいとわれわれは考えています。高齢化社会の到来で福祉充実、すなわち年金とか医療とか住宅を改善せいという要求もあります。さまざまな要求は政党の政策として、とりわけ自民党さんが政権政党として予算とのかかわり合いで打ち出される問題にどうわれわれの要求を対峙させるかということになると、おのずから参議院といえども政策の問題で明確に選挙運動体制をつくっていくような努力をしなければならないだろうと思います。そういう点で、選挙運動は可能な限りできる体制をとってもらいたいということは私の主張であります。
 幾つかの制約条項とか問題点は実態的には出てくると思いますけれども、皆さんの全党の合意の中で、可能な限り政策を中心とする選挙運動ができるような体制に自民党さんも考え直してもらう必要があるのじゃないかというふうに思います。
#36
○赤桐操君 次に、原先生にお伺いをいたしたいと思いますが、先生は長く選挙制度審議会の委員もやっておられましたし、大変御体験を持たれる立場におられまするので、そうした点をひとつ踏まえながら御意見を賜りたいと存じます。
 本委員会での論争の焦点は、御承知のとおり改正法案と憲法とのかかわり合いであろうと思います。改正法案の拘束名簿式比例代表制につきましては、政党要件で無所属立候補を禁止いたしております。これは憲法十四、十五、二十一、四十四、各条項等々に違反するという主張がございます。私は、明白な合理的理由があるならば十三条との兼ね合いにおきましてぎりぎりの制約はやむを得ない、そして憲法の許容範囲の立法裁量事項であると、こういうように考えるものでございまするけれども、先生の御所見はいかがでございましょうか。
#37
○公述人(原龍之助君) 先ほど申し上げましたように、確かに被選挙権とか選挙権というのはいわば国法上の権利でございますので、特に合理的理由があれば法律をもって制約することは可能であると。合理的理由につきましては、先ほども申し上げましたように、現在の参議院の選挙制度は非常に不合理な点がございます。そういう点で、そうした不合理を是正するために制約を加えるということはやむを得ないのではないかというふうに考えているわけでございます。
 それから、先ほど信条とか結社の自由の問題について時間の関係で省略させていただいたわけでございますが、この点につきましても、確かに結社の自由に違反しないかという疑問もあるわけでございますが、政党は確かに結社の一つであり、結社の自由は結社に、政党に加入すると否との自由があるわけで、したがって無所属であるということ、いずれの政党にも属しないということを認めないとすることは結社の自由を侵すのではないかという疑問もあるわけでございますけれども、この点につきましては、やはり立候補は認められないにしても無所属であること自体の自由は失われていない。また、無所属の立候補が認められないのは参議院議員の百名だけでございますから、比例代表選出議員だけでございますので、衆議院についての立候補は認められているということで、無所属の自由が侵害されたと見るべきではないというふうに考えます。
 また、信条という点についても、確かに四十四条ただし書きは「信条」とありますが、無所属主義はその人の政治上の立場とかあるいは主義になり得るとしましても、いわゆる十四条とか四十四条に言うような、憲法に言う信条、信仰上の確信であるとか信念であるとか、あるいはまた世界観などには当たらないというふうに考えているわけでございます。また仮に、先ほども申しましたように無所属が信条という点で問題になるといたしましても、制度上の人権でございますから合理的理由があれば差別は許される、特に選挙の公正の確保という点から、法律の趣旨、目的にかなう合理的な差別であれば許されるものというふうに考えるわけでございます。
#38
○赤桐操君 重ねて原先生にお伺いいたしたいと思いますが、合理的理由とのかかわりでございますが、私は少なくとも政党要件は、現在の参議院の実情、すなわち三ないし四人の各会派が多いという現実の実態を重視すべきである、こういうように考えるものでございます。こういう点から見ますると自民党案の方はいささか厳し過ぎる。確かに政治資金規正法に言うところの確認団体との整合性はわかるのでありますが、そのことの理由を主にいたしまして余りに規制が厳し過ぎるということにつきましては、無所属の締め出し、それだけではなく小会派の締め出しへの非難もこれは当然出てくるのでございまして、もっとこれは緩和されるべきだと考えますが、この点先生の御所見を伺っておきたいと思います。
#39
○公述人(原龍之助君) 確かに、先ほどもちょっと一言申し上げましたように、やはり政党本位の選挙という観点から見まして、今回の改正案は憲法に違反しないとしましても、やはり何か人の要素というものをもう少し取り入れるべきではなかったかというふうに思うわけでございますが、ただ無所属につきましては、先ほども申し上げましたように、自民党さんの案では十名あるいは社会党さんの案では五名というふうに、無所属の立候補を認められないとしましてもやはりそこに実質的に無所属議員がグループをつくって立候補できるという点において、そういう配慮がなされているというふうに考えるわけでございます。
#40
○委員長(上田稔君) 順次御発言願います。
#41
○前島英三郎君 御苦労さまでございます。
 特に、この自社両党案の拘束名簿式比例代表制につきましてずっと審議に参加しておりますが、われわれは大変憲法違反の疑いもあるという立場、しかも参議院という本来のあり方をも考えたときに、この自社両党案が本当に今後の参議院を参議院たる土壌として育てていくのだろうかという部分では全く疑いを強く持っております。私自身はこの制度は参議院の自殺行為であるというふうにさえ感じているところでございます。したがって、昭和二十一年の憲法議会におきましてなぜこの参議院全国区が生まれたのか、そういういきさつから、その原点に戻そうという努力もなしに、金がかかるからあるいは残酷区だからというようなそれぞれの選ばれる側の論理でこの選挙制度が審議されているということにも大変憤りを感じているわけでございます。
 そこで、まず伺いたいと思うのですけれども、日本のいまの政党というものは戦後三十数年たっておりましても新しく生まれては消え、消えては生まれている。たとえば、つい最近になりますと自民党から新自由クラブが生まれ育ってきた、あるいは社会党から社民連という形が生まれ育ってきた、あるいはかつての社会党の右派、左派というような確執もあった。そういう状況の中で、いま非常に多様化の時代だと思うのですが、現在の政党をベターな政党として国民に本当に皆さん方は推薦できる政党と評価しておられるかどうか、佐治さんから順次短く伺いたいと思います。
#42
○公述人(佐治敬三君) 欠点がないわけではございませんけれども、過去になし遂げてこられた成果と申しますか、そういったものを踏まえて考えますとベターであると思います。
#43
○公述人(川村俊夫君) 御質問にお答えする前に、先ほどの私の公述の冒頭で自民、民社提案の公職選挙法改正の二つの法案というふうに申しましたけれども、自民、社会の誤りですので、ここでおわびして訂正させていただきたいと思います。
 ただいまの御質問ですけれども、私は十把一からげに政党がベターであるとかあるいは悪くなっていると言うことはできないと思います。やはり、戦後の憲法の原則に照らして、前進的にこの憲法政治の実現を目指している政党もあれば、これに逆行している政党もあるというふうに考えております。
#44
○公述人(富塚三夫君) 私は議会制民主主義二大政党論が一番いいのではないかというふうに考えている一人です。ところが、現実には野党の側が分立化している状況で、労働戦線なども含めてそういう状況ですから、多元社会ではやむを得ない必然的なものがあると思いますが、これは八代先生などにもぜひ社会党に入っていただいて、すてきな政党にしてもらうようにしてもらうことがいいだろう。多数派結集に向けて政党もぜひ努力してもらいたい、自民党にかわる政権が取れる政党になってもらいたいということで、いまわれわれは運動面や実態面でそういう追求をしているところであります。
#45
○公述人(紀平悌子君) 日本の憲法には政党とは何かとかそれから政党に関する位置づけというのは何もないんですね。これは実態と大いに違うではないかという議論があるならば、そのようにまたそれをお考えになっていけばいいのだと思いますが、私は現実に政党政治が政治を担保していくということについて否定する者ではありません。けれども、現在ここで論じられている政党ということは参議院においての政党の問題でありまして、その点においては政党全体の体質そのものが、これは衆議院選挙においてもあるいは参議院選挙においても、確実に有権者国民、あるいは消費者、納税者、その人々の意思を代弁するところまで成熟をしていないと、その点は佐治公述人とは私は意見を異にいたします。
 例示を挙げれば数限りございませんけれども、余り長くしゃべってはいけないというふうな委員長の御注意でございますので、それはグラマン、ロッキードの例を引くまでもなく、あるいはこれまで政党の中で何回自浄作用が行われようとしてそれが行われないと、特に政権を担当しておられる政党においてということですので、これはなかなか政党に白紙委任ができないという私の論拠になってきているわけでございますし、これは一般の国民の中での位置づけもそうだと思います。ですから、政治資金規正法によって政党及び政治団体というふうなことがわずか触れられておりますけれども、法令上のそれは確実なものがないというのがいまの実態だというふうに心得ております。
#46
○公述人(原龍之助君) 今日の政党が国民の全幅的な信頼を得ているかどうかという問題でございますが、御承知のとおり現実に最近大都市で政党離れの現象が起こっている。また、支持政党がないというふうな層のふえていることも各種の調査の示すところでございます。その反面、いわゆる非制度的な市民運動が起きておるということ、これはやはり現在のいろいろな社会情勢の変化と申しますか、公害とか環境悪化の傾向とか、交通難であるとか物価高といった国民生活を圧迫する現状に対する不満が、やはりこれに対して既成の政党が十分な解決策を打ち出せなかったということに対する不信であろうと思うのです。
 ただ、こういう非制度的な市民運動が確かに議会制民主主義を補うという働きを持っている点において評価できるといたしましても、やはりそこに限界があるのではないかということ、そういう意味におきまして政党がもっと地道な日常活動によりまして国民の中に根づいて、住民の意識を十分吸い上げるということ、そして政策の上にこれを反映していって政治の主体性を確立するように、真剣な努力が必要であると思うわけでございます。
#47
○公述人(高橋正男君) 政党につきましてはすべて一〇〇%国民から信頼されているとは思われません。したがって、政権がスムーズに委譲できるような政治土壌を国民は望んでいるのではないかと思うわけであります。国民の多様化したニーズ、変化に対応する政策立案ができるような機能を政党に持っていただきたい、そういう前提で自己革新をやっていただきたいということを希望します。
#48
○公述人(大里坦君) 質問の趣旨が明確にとれない私自身の気がいたしますけれども、政党が評価されているかという御質問の趣旨であるならば、私はそれは国民のそれぞれの中で評価されている、こう見てよかろうと思うのです。
 ただ、じゃ選挙の投票行動において定着しているかというと、私全く別なように思うのです。というのは、私がこれは福岡県下の、国政選挙ではございませんが、県知事選と県議選とを住民の投票構造がどういうふうになっているのかということを調査したことがございます。そうしますと、県知事選の場合は保守票でございまして、そのある町村では八〇%が保守票へ行くんですね。その地域から今度は革新系の県議さんがお立ちになる、そうすると今度はそこのところから八〇%を超える投票が行くんです。だから、では国民が政党で選挙しているのか政策で選挙しているのかということでお聞きならば、そうじゃないのだ、これはもう全く人と有権者とのつながりになる。そういう意味では、政党政治というのは定着してないと先ほど申し上げた根拠はそこにあるわけでございます。
#49
○前島英三郎君 いま皆さんにお伺いいたしましたのは、つまり日本の政党というものは私は好きな政党もあれば嫌いな政党もあります。これは私は一人一党という立場。特にこの参議院という土壌を考えますと、特に解散もありませんし、一つの問題を六年間じっくりと衆議院のいろいろな問題をチェックできる、そういう機能としての参議院の存在がやはり原点にあるものですから、私はその立場でやっているわけです。
 ところが、今度のこの名簿式になりますと、つまり育ってもいない、またベターでもないそういう政党をいわゆる国民に押しつけるという制度なんですね。まあいろいろ問題点もあるわけですけれども、佐治さんにいまお伺いしますけれども、たとえばあなたは洋酒党ですか日本酒党ですかと言いますと洋酒党とお答えになる。洋酒党ならばその中でもやはり好きなウイスキーのメーカーがあると思うのですね。ところが、あなたは洋酒党ですかというとすべてもう洋酒党になって、やはりサントリーもニッカもみんな一緒にしてしまうというような形にもしなって、やはり国民は一人一人を本当に選べない。そういう意味では私は大変間違っていると思うのです。
 国民がいままで直接選挙で審判された者よりも政党が選ぶ人間の方がベターだという思考になっていくと、私は大変不幸だと思うのです。やはり国民が一人一人を選ぶ、そしてそれぞれ選ばれた人たちが意思を同じゅうする立場の中で一つの会派をつくる、あるいは政党をつくっていく。それはときには消えるかもしれない、ときには合流するかもしれない、私はそういう多様化のいま時代だろうというふうに思うものですから、皆さん方に、いまの政党は本当に信頼して国民の皆さんにベターな形でもって推薦できるかと伺ったのはそこにあるわけです。
 そういう意味では、国民の一人一人の一票というかけがえのない財産で選んだ者よりも政党が選んだ人間の方がベターだという思い上がった気持ちと私はとりたいのですけれども、果たしてそれで本当に国民の政治に対する喚起ができるだろうか。むしろ国民一人一人の選んだ者よりも政党が選んだ者がベターだという考えになってしまいますと私は大変危険な発想ではなかろうかと、このように思うのですけれども、佐治さん、富塚さんはどのようにお感じになりますでしょうか。
#50
○公述人(佐治敬三君) 洋酒党の中に派閥があって、ニッカ派とサントリー派――何かどこかで聞いたような言葉ですけれども、あるということ、これは事実でございます。そうしてそれぞれの派閥はかなり厳しく対立をしておるわけです。ただ、たとえば減税運動をやろうというときには、その派閥の抗争を越えて一致団結しまして清酒党、しょうちゅう党に対抗していこう、こういうことでございますので、それぞれ派閥があるということは、大同団結した一つの大目的を達成するということの前には余り大きな障害にはならないのじゃないだろうか。
 それから、私は選挙民の選挙判断というものに対して、紀平さんとは違って大きな信頼を置いていいのじゃないかと考えております。いろいろな制約がございまして一〇〇%信頼はできないかもしれませんけれども、やはり基本的には日本の議会制民主主義というのは諸外国どの国をとってみましても決してまさるとも劣らない、かように存じております。したがって、政党がこれから比例代表制に基づきまして名簿の人選を行われる、従来以上に先ほど申し上げましたように政党そのものが選挙民の批判を受けるわけでございますから、勢いきわめて慎重にならざるを得ない。そうして、もしそういう選挙民の信頼をつなぎ得ないということになりますれば、三年後の選挙でその政党に対するまた新しい批判が加えられるであろう。選挙は一回限りのものではございませんので、そういう意味では、長い目で見て日本の議会制民主主義にも信頼をしておりまするし、また政党のあり方というものについても、それに対する選挙民の判断の正しさということを踏まえまして私は信頼していいのではないか。
 ただ、先ほどお話ございました一人一党という問題でございますけれども、これは私は余り偉そうなことは言えないのですけれども、実際の政治活動という面では、やはり参議院の中におきましても活動の可能なある種の集団といいますか、そういうものをおつくりになって御活躍を願っておるのが実情ではないかと思いますので、そういった面から考えますと、この新法はそうした集団を基礎にされて立候補されるということを排除しているわけではない。そういうことから、非常にその点でも決して現状より改悪されるものではないというぐあいに考えております。
#51
○公述人(富塚三夫君) 私は、参議院が衆議院に対するチェックする機能とか、あるいは補完機能というものは一体どういうものなのか、非常に国民には現状ではわかりにくいのではないかというふうに一つは思います。
 と申しますのは、先ほど政党との関係について申し上げたのですが、今度のロッキード判決が出る、じゃ佐藤さん辞職せい、こういうふうに言う。あるいは倫理委員会設置せい、こう言う。参議院なら参議院だけでそういうことはやれるのじゃないか、やってもらっていいのじゃないか。結局、自民党さんは自民党さんの方針があるし、社会党の方針に他の野党は必ずしも同調しない。あるいは中道会派の中でもいろいろな意見を持たれる。ばらばらになって一体どういうことなのかということが国民は非常にわかりにくいと思うのですね。そういう点でやはり参議院も政党化ということが、そういうウエートが高くなってきていることは認めなければいけないのじゃないかということと、いわゆるチェックする機能と補完機能をどういうふうに果たしていくのかという問題は国会の課題として十分御検討いただくべきだ。
 だから、私は重ねて申し上げたわけですけれども、広範な国民各層の有識者を選び出すには、それぞれ、ドイツの緑の党のようにいろいろな考えの違っている人が一つの政党として国民に選択を求める。あるいは小会派、何か新しく緑風会をつくろうかという動きもあるようなことも伺いましたが、そういうことをつくってチェックする機能というものが現実に活動できるような方向をとっていただくことがいいのではないか。非常に高邁なりっぱな政治家が一人で出てこられて、果たしてどれだけが機能として、補完機能としてチェック機能としてあるのかという問題とのかかわり合いですね。ここらは十分これから議論をしていかなければならないと思いますのは、私は憲法違反というものは間違いでありますから、そこらは司法府の判断も一つはあるでしょうが、現実にみんなの合意の得られるような方向を打ち出していただきたいという点を重ねて申し上げているつもりであります。
#52
○近藤忠孝君 最初に川村公述人にお伺いしますが、先ほどの公述の中で選挙権の考え方やあるいは選挙運動の規制について古い考えが引き継がれている、こう言いましたけれども、ここのところもうちょっと詳しくお話しいただきたいと思います。
#53
○公述人(川村俊夫君) 選挙権につきましては、先ほど前田多門氏の考え方を明らかにしたのですけれども、先ほど御紹介しましたように戦前は選挙権公務説あるいは選挙権権限説、つまり国法上の権利として選挙権を認める、したがって国家統治者の認める範囲内での選挙であるという考え方が主流であったと思います。しかし、戦後、選挙に関する国民の権利というのは参政権の規定から始まるのではなく、国民が主権者であるという考え方から始まるという考え方の方が私には主流のように思えます。
 これは比較法の考え方から言いましても、一七七六年のアメリカの独立宣言、一七八九年のフランス革命の宣言、これらは国民の生命、自由、幸福追求の権利を、侵すことのできない生まれながらにして持っている権利であるということを承認すると同時に、この権利を確保するために国民は政府をつくるんだと、そのために選挙を行うんだと。したがって、基本的人権を確保するためには国民の主権が保障されていなければならない。国民の主権を行使する手段としての選挙、欧米流に言いますと自由な選挙こそが基本的人権の保障である、そういう考え方に立っているというふうに考えます。
#54
○近藤忠孝君 それから、運動の規制については、現在も大変規制されていますが、今度は政党本位なんですから、元来自由であってしかるべきだと思うのですが、自民党案ですと全国区ほぼ全面的に禁止と、部分的にはありますけれどもね、というようなことですね。そうなりますと、昨年運動規制が大分強まった、それ以来二、三の選挙を見まして、これがさらに規制されるとどうなるんだろうか、その辺についての御感想をお持ちだったら述べてください。
#55
○公述人(川村俊夫君) 先ほど京都の例を御紹介しましたけれども、公職選挙法によって言論規制が強化されるたびに、ほとんど比例的と言っていいぐらい投票率が下がっているという事実も前の東京都議選で実証されていることだと思うのです。選挙運動の規制はやはり国民に対する選挙への関心、政治的関心を低めている。先ほど政党の近代化の点についても若干触れたのですけれども、たとえばイギリスあたりですと戸別訪問が選挙運動の主要な手段になっている。国民が自由に討議しながら時には政党を呼んできて政策を一緒に練ったり、あるいは政党の意見を聞く。これはついこの前のアメリカの大統領選挙のときにも、パレードをやったり集会をやったりという姿がテレビ等で紹介されましたけれども、そういう国民の側の選挙運動、政治論議というものが日本ではますます抑圧されている。一方的に、今度の自民党案で言いますと公営という、テレビ、新聞、公報、これだけの枠内でしか選挙運動ができないということになれば、一部に暗やみ選挙という言葉がありますけれども、国民はほとんど判断の材料を持たない。言ってしまえば政策やその党の基本理念についても知らないで選挙運動に臨まざるを得ない。これではとうてい政党本位の選挙と言うことはできないのではないかというふうに考えております。
#56
○近藤忠孝君 もう一問伺いますが、今回のこの法案が国民の中に知られているのかどうか、この問題についての現状をひとつお聞かせいただきたいと思います。この点については大里公述人にもひとつお答えいただきたいと思います。
#57
○公述人(川村俊夫君) 私は憲法会議という団体に属しているわけですけれども、私たちの周りにいる労働組合であるとか婦人団体であるとか民主団体の意見を聞いてみる限り、非常に今度の法案というのはむずかしい、ドント方式とか修正サン・ラグ方式というような言葉も出てきてむずかしいんですけれども、それ以上にやはり、先ほどどなたかおっしゃいましたけれども、日本の選挙が始まって以来初めて個人名ではなくて政党名を書くという選挙制度が提案されている。一体それがどういうものかということについての具体的なイメージもほとんど持てない、そういう状況にあるのではないか。しかも、先ほど申しましたように、国民が公職選挙法の改正というときに望んでいる問題が定数是正とか選挙運動の自由化などというのがあるにもかかわらず、それを飛び越えてこれが出されてきた理由ですね、そういったものについてはまだまだ私は国民の認識は不足である。そういう意味から申しましても、もっともっと国民の中に周知徹底を図り、国民の意見を聞きながらこの法案の審議は進められるべきだと、そういうふうに考えています。
#58
○公述人(大里坦君) お答えいたします。
 率直に申しまして、先ほども私申し上げましたように、国民の間にはそれほど関心を呼んでおらない、これが実態でございます。
#59
○近藤忠孝君 その点は紀平公述人からもお願いします。
#60
○公述人(紀平悌子君) いまの大里さんと同じ意見ですが、状況としてはそうだと思いますけれども、なぜそうかということを一言つけ加えさせていただきたいと思います。
 たとえば、衆議院の小選挙区制の問題が四十八年に惹起されましたり、あるいは古いことでございますが三十一年に惹起されましたときには、これは非常に国民にアピールをいたしました、いろいろな意味で。それでいわゆる反対は反対、賛成は賛成という議論が相当盛り上がった。このことが非常に大事なことなんですが、国民の政治教育としても大事なことなんですが、今回に限りというか、前回五十六年の公選法の一部改正、これと今度、最近は特に選挙制度に関する国民の関心というものは非常に薄いように思うわけです。
 なぜ薄いかという原因ですが、一つは、大変恐縮でございますが、今回の問題はいわゆる新聞、テレビ、ラジオ等での取り上げ方というものが希薄であるということを言っていいと思います。それからもう一つは、各政党の方々、これは賛否両論ありましょうが、この方々が国民に対してそのことの是非論を訴えるというふうな機会がきわめて乏しいということが第二点だと思います。それからもう一つは、選挙制度を改正するときに限っては特に国民が常に不在であるという従来からの問題がありまして、そしてそのことが選挙制度に関しては国民を逆に遠ざけてしまう。結局国会でおやりになることだというふうな意識が蔓延しつつあるのではないか。これは非常に問題がある点だと思います。
 それから、意識のある有権者国民はこのことに非常な関心を持つ、またある層も非常にあるということなんですが、一般的には拘束名簿式比例代表制といいましても舌をかむような、それは一体何だというふうな質問が出るくらいでございまして、今回に限り特に関心が薄いということは大変日本の民主主義にとって不幸なことだというふうに思っております。ただ、それは基本的なたとえば学校教育や社会教育の中でのいわゆる選挙教育というか、アメリカ等で行われるような実践的な選挙教育というものが非常に低いというようなことに、根本の原因はそこだというふうに思っております。
#61
○近藤忠孝君 次に富塚公述人にお伺いしますが、先ほどの比例代表制が必要だという御意見、若干論拠は違いますが、私はよくわかりますが、ただ無党派無所属を排除する問題ですね。若干社会党は自民党案よりは緩和されていますけれども、それでも実際排除するわけですね。それがやっぱり許されるという論拠が必ずしもよくわからなかったのですがその点どうでしょうか。
#62
○公述人(富塚三夫君) 新聞で見たのですけれども、先生の方の案は一人一党とすべきだ、ということも認めるべきだと。党が一人ということがこれはちょっと論理的にあり得るのかという問題も一つはあるように思われるのですが、やはり無所属の議員さんを締め出すとかということじゃなくて、実態的に選挙に参加できる政党という形のものにつくっていただくということになると、私は工夫のしようがあるのではないかという点で、大変注目されているドイツの緑の党というものは、いろいろな層の人が入ってかなり国民の間でフレッシュな政党として関心を呼んでいるという問題も、過日欧州に行ってそういう話も実は承ってきましたし、かつて参議院は緑風会というものがありまして、そういう形のものはどういうふうにされるのかということについて、いわゆる排除していくのじゃなくて、そういうことを考えていただくということについて政党間の合意が得られるように努力してもらうことが――私は審議が非常に進んでいる段階でのきょうのわれわれの公述なものですから、まあ原理、原則も非常に大事だと思いますけれども、やっぱり国民の側から見てどう全体が一致する、コンセンサスが得られる方向を出せるかという点で私は私なりの見解を申し上げている所存でありますので、よろしくお願いします。
#63
○近藤忠孝君 その点で社会党案についての違憲性を指摘されますと、社会党の反論の一つに、最高裁でも結局選挙権、被選挙権、それが基本的人権だと言っているじゃないか、その点の指摘に対しましてこういう反論なんです。いままで反動判決を繰り返してきた最高裁の、しかも本文じゃなくて理由中で言っていることだから拘束されないというような、こういう意見なんです。私はこれはちょっと逆だと思うのです。私も総評弁護団の一員として、国労問題初めスト権など労働者の権利を最高裁に認めさせるための運動を一緒にやってきまして、そのたしか反動的な判決を繰り返してきた最高裁ですらこの大切な基本的人権、選挙権については基本的人権だと認めたというんですね。となりますと、革新政党でありまた労働組合の立場であれば、反動的な最高裁がいい判決したんだから、それをもっともっと拡大をする方向であってしかるべきじゃないか、こう思うのですが、ひとつ運動をされておる富塚さんのお考えを聞きたいと思うのです。
#64
○公述人(富塚三夫君) 基本的には私法律家ではないですから、先生方の方がむしろ法律的には詳しいでしょうからそのことの見解は避けたいと思いますが、しかし三権分立というたてまえが明確にある以上、司法府が現在どのような態度をとっているかについてわれわれは批判的態度を持っております。とりわけ労働問題に対しては反動的な判決があることを十分承知しています。しかしそのことと、だから司法府の機能が全部認められないという立場にもし先生がお立ちになるならそれは先生の見解でしょうが、私は三権分立という立場はいまの国家の機能の中ではそのことを大事にしなければならぬというふうに思います。
 そこで憲法違反問題、紀平先生もおっしゃっておったんですが、どういうふうに見解を出されるかについては私は私なりにそういう見方があるという点で若干見解を申し上げたのですが、詳しい各論についてどうこういうふうに申し上げるつもりはありません。私はもとより運動家であって法律家ではないし、法律家の先生方もおられますから、その点はそのようにお答えさせていただきたいと思います。
#65
○近藤忠孝君 最後に、法律家である原公述人にお伺いしますが、先ほどイギリスの話がございましたね、政党本位の選挙が実際行われていると。実際どのような形で行われているのか、戸別訪問なんかはどうなのか、それが一点。
 それから、先生の著書によりますと、参議院の制度の改革や選挙制度についても触れておりますが、これはむしろ制度改革よりは運用でやるべきだという、こういうぐあいに私拝見したのですが、それと先ほどの御意見との関係はどうか、これについてお伺いいたします。
#66
○公述人(原龍之助君) イギリスの選挙が政党本位、政策本位で争われている。イギリスではやはり選挙というものは、これは下院についてでございますけれども、人の争いであるよりは政党の争い、政策の争いであるという慣行が浸透をしている。つまり、言うまでもございませんが、下院は政権担当をつくる府でございますから、やはり政権担当――一票はつまり形式的には一人を選ぶことになりますけれども、結局は政権担当の府を選ぶのだということから、やっぱり政党本位、政策本位で争われているということが言えると思いますが、選挙運動も全くその意味で政党が主体になって運動するわけでございますから、かなり運動が自由というか、自由が認められている。
 ことに戸別訪問は、これは決して個人の候補者の売り込みではなくして、政党の政策を掲げて各戸を訪問して政策の浸透を図っている。しかも、これは有権者の政治意識の高さに支えられまして、選挙違反が過去五十年間もないということで、非常に戸別訪問がメリットを上げているというふうに思うわけであります。
 第二点は、ちょっともう一度。
#67
○近藤忠孝君 この御本では要するに運用の問題だとおっしゃったですね。
#68
○公述人(原龍之助君) これはずいぶん前に出した著書でございまして、まだ参議院の選挙制度をどう改めるかということについて考えがまとまっていなかった、そういう状況のもとで、やはり制度よりもまず運用を改めることが必要でないかと思ったのでございますけれども、もちろん今日では選挙制度の運用の改善ということは制度の改正と並んで絶対に必要なことでございますけれども、やはり選挙制度を変えるというか、政党本位の選挙を確立するためにはどうしても制度の改正も必要であろうかと思います。これは選挙制度審議会に参加さしていただきましてから痛切に感じたことでございまして、その著書では、ずいぶん前に出しましたので、そこではもちろん制度の改革についてもはっきりした考え方を持っていなかった当時でございますので、まず運用の改善にまつのが妥当でないかということを書かしてもらったつもりでございます。
#69
○近藤忠孝君 ありがとうございました。
#70
○栗林卓司君 きょうはどうもありがとうございました。
 まず、佐治公述人にお尋ねをいたしますが、先ほどおっしゃった中で選挙をやっているときの充実感というお話がございました。同感を持って伺ったのですが、選挙をやっているときの充実感は、私も候補者でございましたし、また応援もしておりましたし、どこに充実感を感ずるのかといいますと、自分が訴えた相手がいる、相手が反応をしてくれる、共感の関係がある、そういったことだと思います。とにかく有権者に対して自分を知ってもらいたい。
 それで、有権者は知るということをどういったことで確かめるかといいますと、日本の政治風土の場合には、まず顔を見なきゃいかぬ、ああなかなかいい感じだと。話をさしてみなきゃいかぬ。そして次にはさわってみたい。いわばこういったかっこうで知ってくると思うんですね。ですから、私も有権者として記憶があるんですが、握手をしたときのあの手の厚みがいいやとか、これは別に有権者を低く見ているのではなくて、そういった触れ合いというものを非常に大切にする民族性があると思うのです。
 そういった中で選挙をやるということになりますと、本人が行かなきゃ選挙にならぬじゃないかというので、しりをひっぱたかれながらどの選挙といえども実は肉体を酷使するわけです。何も全国区だけではなく地方区も、衆議院も地方選挙も全部酷使をしていく。それは同じなんだけれども、いかんせん全国区は広過ぎるではないかということをおっしゃいました。広過ぎるからということになると、じゃ狭めたらどうだというのがだれしも思う第一の解決案だと思うのです。
 当初、全国区の選挙制度について、現状の全国区制度に合わして推薦制とかブロック制とかいろいろございました。いま民社、公明両党ではブロック案を出しているんですが、ごく素朴に有権者の気持ちも考えながら、それは全国回るのは大変だぜという感じも含めながらいきますと、ある程度の広さに区切ったらどうだ、そうすると有権者の気持ちも日本の政治風土もそう損なわないで、しかも衆議院とは違った選び方のできる人が選べるのではないか。そういうブロック案についてどうお考えになりますか。
#71
○公述人(佐治敬三君) ブロック案について考えたことはございませんけれども、いま先生おっしゃいました充実感という点から言いますと、一番いいのは小選挙区のような小さい選挙区で、日常候補者とあるいは議員と選挙民が肌を合わせるといいますか、そういった機会の多い選挙区ではないか。
 それで、全国区は大き過ぎる、次にそれを狭めていったらどうかというお話でございますが、現在地方区という制度があるわけでございますから、その地方区は地域によって広過ぎる場合もありましょうけれども、ようやくにして充実感を満足させる程度の、これは選挙人、被選挙人に双方にですね、程度のものではないか。そうしますと、あとその全国区をどうするかということになれば、全国区はやはり先ほどもお話しございましたエキスパートといいますか、本当に政治をしてほしい人、そして本人自身も政治に情熱を燃やしておられるような方、そういった方を出しやすいようなシステムが好ましいのではないか。そう考えてまいりますと、全国区をブロックにするということよりも、全国区はそのままで残して、全国区にいま申し上げましたようなことを満足できる比例代表制を設けるというのが、現在よりははるかにベターではないかというぐあいに考えております。
#72
○栗林卓司君 そのお話なんですが、実はこれは自社両党案も同じなんですけれども、拘束名簿式比例代表制をとりますと、有権者の側から見るとだれを選んだのかわからなくなりますし、また候補者の方からするとだれから選ばれたのかわからなくなる、完全に間が切断されるわけですね。こういう議員と有権者の関係というのは肌の触れ合いを大切にする日本の政治風土の中で果たして育つんだろうか。私の意見でお答えは要りません。と考えてまいりますとなかなか無理なんではないかと思いますが、いま佐治さんがおっしゃったことを踏まえて考えてまいりますと、少なくも選びやすくなるという御主張がございました。候補者を品物にたとえて言うのは恐縮なんですが、商品で選びやすいというのは品数がまずたくさんあること、商品情報が豊富にあること、この二つが選びやすいという内容だと思うのです。
 ところが、今度は政党ごとにくくってしまいますから品数はきわめて少なくなる、要するに抱き合わせ販売の数が小さくなってしまう。しかも、商品情報はというと、これは両党案でもいまよりも減ってしまう。いまでさえどうやって有権者に自分のことを伝えるか、政党のことを伝えるかで苦慮しているのがいまの全国区制度ですから、それがいま以上に商品情報が少なくなる。そうなってみると、さてこれ制度として成り立つんだろうか。結局、紀平さんもおっしゃいましたけれども、これはいろいろ理屈はあったとしても、要するに政党に白紙委任をする制度になる、そう私は理解せざるを得ない気がするのです。そこで、佐治公述人は白紙委任したとしてもいいではないかというお立場なんでございましょうか。
#73
○公述人(佐治敬三君) そうでございます。白紙委任を受けるにたえるだけの政党であると考えております。
#74
○栗林卓司君 富塚さんにお尋ねします。
 たえ得る政党であるというお話が佐治さんからあったのですけれども、問題は、政党というのは国民各層にわたって深い根を張っていて国民の政治意思を形成する媒介として名実ともに存在をしている、加えて名簿がだれが見ても適正にできる、この二つの条件が満足されましたらそれは拘束名簿式比例代表制というのは理想的な制度かもしれない。問題は名簿なんですが、西ドイツでも政党法ができるまでは名簿の順位をめぐっていや実に大変な争いがあったんだそうです。結局どうしておさまったかといいますと、政党法で党員の秘密投票で決めなさいと決まったものですから、それからは争いの根が絶たれたとある本に書いてありました。私もそうだろうと思いますし、日本でも同じことではないかと思うのです。
 そこでお尋ねしたいのは、富塚さんは社会党員だと思いますが、社会党員として社会党をながめまして、一体党員が何名いるんだろうか、加えて総評は何名抱えているんだろうか。同じことは実は民社党と同盟の関係でも言えるんです。その党員の数、要するに党員の秘密投票で決めたらいいじゃないかという西ドイツの知恵さえまねることができないいまの政党の現状。それを見ると、政党として育っておりますと先ほどおっしゃったんですが、必ずしもそうは言えないのではないか。御所見を伺います。
#75
○公述人(富塚三夫君) 私は一社会党員ですが、党の幹部はやっておりませんから、大体党員はこのところ六万近くになっているんじゃないか。私どもも社会党を支持して強める会をつくりまして、広範に労働者の支持を得たいということでいろいろな党を強めるための努力は労働組合としてもしているところであります。
 問題は、私は先ほど申し上げましたように、各界の非常に有為有能な方々を、経験を持っておられる方々を選び出すということになりますと、どういうふうに順番とか名簿を考えるのか、大変巷間議論されているのは、これは大変なことになると、一体どうなるのか、いろいろな議論が各党にもあると思います。しかし、これは党が民主的に党の規約なり運営の中で決めることが正しいんだろうし、民主主義はまさにそこから出発しなければ私はいけないのじゃないかと思います。
 私は個人的なイメージで考えますと、やはり社会党も労組幹部だけが出ているような形じゃなくて、各界各層の代表の方々が前面に出られるようなことを考えるべきじゃないのかというふうに思います。もちろん労組の代表も何人か出すことになるだろうけれども、そういうふうなバランスをとっていくことが必要だろう。
 それから、候補者とやはり政策ですね、候補者と政党と政策という問題がやっぱり一体的になって選挙に臨むことになれば、現状でも百人前後の候補者の方が八千万の有権者ですか、選ばれるということになると、これは大変なことですね。青島先生のように有名な方ですとぱっと目につくけれども、一般の労働組合の幹部でも、どこどこの組合の委員長とか書記長をやって出たといってもよその組合にはわからない、自分の組合でもなかなかわからない実情なんですね。そうなりますと、やっぱり私は社会党は社会党の推薦をする有識者の中でその政策を支持してその政策を実現するためにこの選挙に臨むということを明確にして、国民に訴えて審判を仰ぐ、それが正しい姿なのではないかというふうに実は思います。
 したがいまして、党員が自発的に全体投票で選ぶことがいいのかどうか。社会党の委員長公選もありまして、果たしていいのかどうか、私は私なりにまた一つの疑問は持っているんですが、公選という制度は民主的でいいと思うんです。しかし、党の運営その他を考えた場合に、あるいは民主的に全体が納得することを考えますと、社会党にしても開かれた社会党ということになると、党員の党であると同時に国民の党であるということがなければならぬという観点の調和をどうつくり出すかということが問題であろうというふうに思います。
 先ほど栗林先生から地域的な問題で質問があったのですが、そういう問題が出ると小選挙区制の布石だから反対と、こういうふうになるし、やはりここにくると、現状の選挙制度をよりベターなものにするにはどういうことが必要なのかということを、やっぱり国民はそのことを望んでいるんじゃないか。全面的に選挙制度を改革するなどということは歴史の中でもそう簡単にできるものではないんじゃないかという点で、よりよきものにしていくという点でやっぱり私は政策と運動というものを大事にしながらこの制度を取り上げてもらった方がいいのではないかと、こう考えています。
#76
○栗林卓司君 私の所見だけ申し上げますと、これはよりよきじゃなくて、えらいジャンプなんですよ。ですから、民主的に決めれば一番正当ではないか、これはおっしゃるとおりなんです。ところが、三人寄れば派閥ができる日本の風土の中で民主的な運営が期待できるか。しかも、これは制度ですから社会党だけできてもだめなんです、自民党もできなければだめだ。しかし、自民党が八個軍団――幾つあるか知りませんけれども、あれ見た上でそんな運営ができるか、できるくらいなら証人喚問に応じてますって。だから、そういう現実を踏まえながら、ステップ・バイ・ステップとしていく手段としていいかどうかということを申し上げたので、これ以上申しません。
 あと原公述人と大里公述人に一つだけ伺いますと、比例代表制ですけれども、比例代表制というのは国民の政治意思を的確に反映する。ただ、選挙制度の場合には、もう一つ考えなければいかぬのは政局の安定ということです。両方相まってどういう制度を求めるかということになるんですが、参議院の場合、しかも参議院の全国区だけで考える場合には、政局の安定性というのは余り多くのことをそこへ考える必要はないのではないか。そう思いますと、比例代表制をとるんだったらよさを生かして政党要件などはつけるべきではないと私は思うのですが、原先生はどうお考えになるか。
 それから、大里さんにお尋ねしたいのは、今度は名簿が六年間有効でございまして、離党、脱党、何をしても議席はそのまま続くということなんですが、ですから五名の人が名簿の結果当選しまして、五名がそっくり離党してもその議員資格は残る。有権者は、前の政党名に私書いたんです、しかし制度上はB党に移ったって有効なんだ、こうしたことが日本人の心として理解できるでしょうか。
 以上です。
#77
○公述人(原龍之助君) 確かにお説のように、衆議院の方はやはり政権担当者をつくる府であるという意味におきまして政局の安定ということが第一であると思いますが、同時に民意の反映との調和を図るということもある。しかしながら、参議院の場合は、やはり衆議院と違って批判の府と申しますか、衆議院に対する補正的な役割りを果たすという意味におきまして、やはり民意が公正に反映されるかどうかという点に重点を置くべきである。そういう意味におきまして比例代表制が適当であると思うわけでございます。
 ただ、名簿作成の問題につきまして、先ほど申しましたようにいろいろむずかしい問題がある。また、名簿の順位作成をめぐっていろいろ予想される弊害もあると思うわけでございます。そういう意味において、政党本位の選挙というたてまえから申しまして、拘束名簿式をもう少し緩和して、やはり人の要素の介在できるような、つまり政党の名簿だけではなしに個人にも投票できるような余地を残しておいて、何らか当選者を決める場合もそういう要素を介入させるということが望ましいのではないかというふうに私は思っているわけでございます。
#78
○公述人(大里坦君) まず第一点の政局の安定の問題でございますが、先ほど私の公述の中で、比例代表制は欠陥もあるんだというのは実はそこにあるわけでございまして、多党化する可能性がある。したがいまして、衆議院の場合ならば私申し出たんだろうと思うのですけれども、参議院がやはり政府をつくる議会ではないという機能から申しまして、これにはあえて触れなかったということでございます。
 そこで、参議院の場合に私が比例代表制よりも現行の方がよろしいという前提に立っておりますのは、やはり個々一人一人の――憲法の制定の趣旨を私申し上げましたけれども、それと同時に一人一人の変わった意見というものが大事にされることがやはり参議院の機能の中で非常に大きな役割りを果たすのじゃないかということを私は高く評価するものでございますので、そのように申し上げたわけでございます。
 それから第二の脱党の場合、これは法律論ではなくてもうもっぱら信義論の問題だろうと、こう思いますので、それをどうするかこうするかはまさに立法政策の問題だと、信義論の問題で考えざるを得ないと、こう思っております。
#79
○多田省吾君 私は初めに紀平公述人に第三者機関についてお尋ねをしたいと思います。
 第六次選挙制度審議会等で比例代表制がずいぶん論議されたようにどうも思われておりますが、私も第六次、第七次選挙制度審議会の特別委員としてほとんど全部参加し意見を述べた者でございます。ところが、第六次選挙制度審議会の報告には「具体的内容についてまで十分審議をつくすに至らなかった」と、こうあるわけです。
 また、公述人としておいでになった林修三元内閣法制局長官も、昭和四十三年十二月の最高裁の判決、いわゆる憲法第十五条一項によって選挙権もそれから被選挙権も立候補の自由も重要な基本的人権の一つである、こういう判決が出ましたので、林修三氏は拘束名簿式比例代表制で個人の立候補を認めないと憲法上の問題が起こるだろうと、こうはっきり言っているわけですね。
 そのためか、第七次選挙制度審議会では、この中間報告の中に、
  「具体的内容についてまで十分審議をつくすに至らなかった」旨を答申した第六次選挙制度審議会の答申の線に沿って、その比例代表の内容について審議してはどうかという意見ものべられたが、参議院はその本質からして政党化すべきものでなく、参議院議員の選挙制度は参議院の政党化を前提とし、またはこれを促すものであってはならないという理由から比例代表制の採用に反対する意見も強くのべられたので、委員会は再度小委員会を設けて、各委員から提案された参議院議員の選挙制度の改善案について調整を行うこととした。
 この結果、小委員会では個人も立候補できる、個人に投票するといういわゆる非拘束名簿のようなものが決まった。ところが、それすらもう実質的審議は第一委員会においてはゼロだったわけですよ。ところが、この委員会で自民党案の発議者の方に非拘束名簿はどうかと聞きますと、それは個人の立候補を許し個人に投票するものだから現行制度とほとんど変わりないと、だからだめだと言うんです。だから、結局選挙制度審議会の意見すら全部踏みにじっているということになるわけです。
 ですから、私たちも、第八次選挙制度審議会を開いて、やはり第三者機関の答申を待ってするのが本当の選挙制度の改革ではないかと、こう主張しているわけでございますが、紀平先生、いかがでございますか。
#80
○公述人(紀平悌子君) お説のとおりだと思います。
 第六次それから第七次、特に第七次は答申に至っておりませんのに、第七次で答申が行われたかのごとき印象でお話のある向きもございますので、これは小委員会の意見が報告をされただけでございまして、第七次はいわゆる報告の形で出されただけでございます。しかも、いま申された多田さんのお話の内容のとおりでございます。私は第八次審議会がなぜ招集をされないのかということをまことに不思議に思っております一人でございますし、また私は、こういった法案の審議の場合には、先ほども栗林さんがおっしゃいましたように、大飛躍、大改革というか革命でございますので、国民の意見を他の方法でも聞くべきだというふうに思っております。
#81
○多田省吾君 それからもう一点、憲法違反の問題ですが、御存じのように日弁連が全国の公法学者にアンケートをとったところが、その回答者のほぼ七割近くが憲法上疑問があると答弁されているわけです。また、本委員会でも六月二十四日、参考人の方々は、はっきり憲法二十一条の違反である、あるいは憲法上疑念が強い、あるいは若干憲法上の疑いを否定できないというような、いろいろな御答弁もあったわけでございます。先ほど紀平公述人は選ぶ側からの憲法問題を詳しくお述べになりましたが、いわゆる被選挙権、立候補の自由も基本的人権の重要な一つでございますが、それを今度の自民、社会案は踏みにじっていると私は思っているのです。
 特に、無所属の個人が立候補を禁止されているということは、政党に帰属して名簿に登載されなければ立候補できないのですから、やはり社会的信条や政治的理由によって差別される。あるいは私は十人の政治結社はつくりたくない、こういう政治信条を持っている人が非結社の自由を粉砕されて結社を迫られる。こういうことはやはりはっきり憲法違反だと思いますし、特に立候補の自由ということは非常に重大な基本的人権の一つだ、こういう観点からも私は憲法違反だと思いますが、紀平公述人はいかがお考えですか。
#82
○公述人(紀平悌子君) その点に関しては冒頭述べましたとおりで、お説のとおりでございます。被選挙権に関しましては、当委員会でも議員の方々からもあるいは公述人の方からも十分過ぎるほどお述べになったと思いましたので、選挙権の方にしぼらせていただきましたわけで、自明のことでございます。
#83
○多田省吾君 紀平公述人にもう一点だけお尋ねしますが、実はこの前も申し上げたのですが、「NHK放送世論調査所では、三月六日、七日の二日間、全国の二十歳以上の国民一、八〇〇人を対象に「くらしと政治」についての意識調査を実施した。(個人面接法、調査有効率 七六・二%)」、その中に、三十二問に、「ところで自由民主党は全国区の選挙制度を比例代表制に改める法案をすでに国会に提出しています。「この制度では有権者が投票するのは、候補者ではなく政党や団体で、議席数は政党や団体が獲得した票数に比例してきめられます」。あなたは、この選挙制度に賛成ですか、反対ですか。」、これに対して、「賛成」が一〇・六%、「反対」が三七・九%、「どちらとも言えない」が二四・一%、「わからない・無回答」が二七・四%、すなわち賛成に対して反対が約三・七倍もあるわけですね。一割程度しか賛成しないわけです。
 私は、やっぱり国民の側、有権者の側に立って考えれば、百年近く日本の選挙は個人に投票する選挙が続いてきたわけです。ところが政党にしか投票できない、個人に投票すると無効になるという選挙は全世界いまどこでも行われていないわけです。もうヨーロッパで行われている比例代表制もほとんど非拘束名簿式、個人も立候補でき、個人にも投票できる、あるいは自由名簿式、順序を入れかえられるとか、あるいは移譲式がほとんどでございまして、拘束名簿は一つもないわけです、はっきり言って。
 それを日本にいきなり持ってくる。しかも、衆議院を通り越して参議院全国区に持ってくるなんということは全くとんでもないことでございまして、これは参議院の死滅につながると非常に私は憤慨しているわけでございますが、国民の理解が本当に得られるかどうか。私も知る限りの方に対して、今度の選挙はこうですよと聞きますと、ああ個人で立候補できないんですか、あるいは個人に投票すると無効なんですかとびっくりするわけですね。その辺はいかがお考えでございますか。
#84
○公述人(紀平悌子君) 先ほど憲法論がいろいろというかところどころで出まして、専門家の原先生からも御意見が出たわけでございますけれども、私が憲法十五条の言う公務員を選定する権利という選挙権の問題を申しておりますことは、ただ文言上の問題ではなくて、いま多田さんがおっしゃいましたように、国民がそうならないことを支持しているということを含めての、いわゆる国民の憲法意識というか憲法感情と申しますか、あるいは投票意識といいますか、そういうものを含めて違憲だということを申し上げておりますわけで、憲法の教条解釈で云々ということを私の立場からはもう余り言いたくないことでございまして、実は言いたいのはいまおっしゃいました後段の部分でございます。
#85
○多田省吾君 佐治公述人にお尋ねしたいのですが、栗林委員からもお尋ねありましたけれども、今度の自民、社会の改正案というものは、個人に投票すると無効になる、政党にしか投票できないというものでございまして、国民の皆さん、また有権者の皆さんが本当にこういう制度になじむかどうか、私は非常に疑問があると思うのです。先生は地方区、全国区の選挙を応援なされた体験をお述べになりましたけれども、こういう制度が本当に国民に支持されるかどうか、どうお考えでございますか。
#86
○公述人(佐治敬三君) 正直申しましてこの制度のいわゆるPRと申しますか、一般国民への浸透はまだ十分でないと考えます。したがいまして、現時点では先生のおっしゃいましたような疑問と申しますか、そういった疑問はやはりぬぐえないと思うのですけれども、この制度が改定されましてなお選挙までにはかなりの時間があるわけでございますので、そういった中で国民にこういう新しい改正案についての認識を深めていけば、必ずしも御心配になるような大きな拒否反応ばかりではなかろう。
 先ほど先生、人を選ぶか党を選ぶかということでNHKの調査の結果をお話になりましたけれども、少し古いデータですが、五十二年の六月におやりになりましたNHKの、これはどういうときにやられたのか詳しくは存じませんけれども、候補者を選ぶ理由といたしましては、支持している政党の候補者を選ぶというのが全国区で三四・八%、人柄で選ぶというのが二二・八%、それから団体、組合の推薦が二五・四%。団体、組合の推薦を、支持している政党の候補者というぐあいに一概に読みかえるのは問題があろうかと思いますが、仮にこの両者を合算して政策に基づく候補者選びというぐあいに考えますと、人柄によって選ぶという選挙民の数よりもはるかに多いというようなデータもございますので、必ずしも現在国民がすべて人柄によって選ぶということになっておるとも言い切れないような気がいたします。
#87
○多田省吾君 先ほど人を選ぶかまた政党を選ぶかというデータをお示しになったのは紀平公述人でございまして、私ではないわけです。紀平公述人のお話は非常に新しいデータだと私は思っております。いま私が述べたのは自民党案に賛成か反対かということなんです。賛成が一〇・六%、反対が三七・九%と、こういうことを申し上げたわけでございます。国民の間にも非常に拒否反応が強いということを申し上げたわけでございます。
 時間もありませんが、富塚公述人に最後にお尋ねいたしますが、まあ先ほど私述べましたように、やはり自民、社会両案とも憲法違反であると私は思っておりますが、学者あるいは一般の方々の間にも憲法違反の疑いが強い、憲法上問題があると指摘する人が非常に多いわけです。日弁連のアンケート調査によってもおわかりのとおりでございます。私は、やはり選挙権とか被選挙権あるいは立候補の自由というものは、最高裁の四十三年判決にありますように、重要な基本的人権の一つだと思います。やっぱりそれを制限することは、いかに合理的理由とかあるいは公共の福祉とか、こういう問題を持ち出しましても私は納得できるものではない、このように思うわけでございます。ですからその点が一点。
 それからもう一点は、やはり全世界のどこでもやってないような拘束名簿式比例代表制、しかも個人の立候補も禁止しているようなものがいきなり参議院全国区に持ち出されるということは、非常に参議院の機能からいっても問題がございますし、また国民の間にも納得できない、いわゆる先ほど申しましたような拒否反応があると思います。ですから、やっぱり全国区をどのように改正すべきかは、第八次選挙制度審議会とかあるいは各党の話し合いとか、十分やはり時間をかけて行うべきであって、そして優先してやるべきものは、やはりロッキード問題に見られるように、政界浄化のための政治資金規正法改正、あるいは衆議院の定数是正、参議院の地方区の定数是正、こういったものが先決である、私はこのように思いますが、富塚公述人はどう思われましょうか。
#88
○公述人(富塚三夫君) 私は一社会党員として、党が一つの法案を出した、責任を持って出したら責任を持ってそのことを国民の前に明らかにして、それを生かす努力をするのは当然じゃないかというふうに考えている一人です。その際に、赤桐さん、多田さんお並びなんですが、社会党、公明党あるいは野党の皆さん方が十分に話し合ってやってもらえばよかったという問題は、私は個人的にそう思いますが、多田さんおっしゃいますようにかなり憲法論議の問題、憲法に違反するんじゃないかという問題についての問題提起があるわけですが、私どもは選挙権、被選挙権、つまり基本的な人権は保障されなければならぬという立場はいかなる場合にもそのことは大事にしなければならぬと思うのです。
 そのことと、今回の自民党案あるいは社会党案、あるいはこれから議論されてどのような結末になるのか、そういう問題は十分話し合いをしていただければいいと思います。私は運動を担当している者ですから、法律の解釈について憲法違反じゃないとかそうだとか、いろいろな意見があるということを先ほど申し上げたので、その点はぜひ御理解いただきたいと思います。
 また、拘束名簿方式というのは初めてのことだから先ほど議論がありましたようにいろいろな問題が出てくるだろう。社会党一つとっても党の指導性の問題が問われてくるだろうし、民主的な使命はどういうふうにするかさまざまな問題を抱えると思いますが、しかし現実にいまの選挙制度よりもその方がいいのではないかということで幾つか問題点を提起しているので、どうかその点については具体的にひとつ話し合いの中で全体が一致点を見出せるように努力をしていただきたいというふうに申し上げておきたいというふうに思います。
#89
○委員長(上田稔君) この際、お諮りいたします。
 委員外議員青島幸男君及び中山千夏君から発言を求められておりますので、これを許可することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#90
○委員長(上田稔君) 御異議ないと認めます。
 それでは、まず青島君に発言を許します。青島君。
#91
○委員以外の議員(青島幸男君) 大変皆さん御苦労さまでございます。
 まず、佐治さんにお尋ねを申し上げます。先ほどから実際に御友人の選挙に関与なさったという実体験から、大変に説得力のあるお話として私伺ったのですけれども、私も実際の事例を挙げましてお話し申し上げたいと思うのですけれども、先年お亡くなりになりましたけれども、市川房枝という参議院議員がおいでになりましたことは重々御承知のことと思いますけれども、あの方の選挙の場合ですけれども、あの方も全国区でお立ちになったんですけれども、小さな装備の車で町々を歩きまして、それこそほんの一握りの方々に御自分の主張を述べておられた。その際に、遠くから走ってくるおかみさんというような方が握り締めて汗のにじんだ五百円札などをカンパするというかっこうで協力をなすったり、そういうこともありましたし、また事務所へ帰れば日本全国からさまざまな激励だのカンパだのが日々にもう山積みになるほど届くわけですね。
 ですから、その選挙に携わっている人間たちは佐治さんの御体験とは全然別に、実際に具体的に実体験として非常に具体的な反応を毎日、日々感じながら運動なさっていらっしゃったということで、必ずしも選挙区が広いから実際に具体的に反応を受けとめるというようなことはむずかしいんだということは、ちょっとお話が短絡に過ぎるのじゃないかという気がするんですけれども、私も市川房枝さんの選挙を見ておりまして実感からお話し申し上げているわけですけれども、その辺いかがお考えになりますか。
#92
○公述人(佐治敬三君) 市川房枝さんという希有の才能をお持ちになった方でございますし、また非常に長い歴史を背負っておられた方でございますから、ちょっと市川房枝さんの例で全部を律することはできないと。私の応援しました候補者は非力でございまして、商品の方はずいぶん名が売れておったのですが、遺憾ながら本人の方はそれほどでございませんでしたので、先ほど申し上げたような結果になったわけです。
 確かに、こういった経歴をお持ちの方の全国区の選挙というのは、それはそれとしておっしゃるような余り矛盾をお感じにならないでおやり願えたかと思いますけれども、だからすべての人が市川房枝さんのようにやれるかというとなかなかそうもまいらないという気がいたしますので、やはりそういった特例だけをつかまえて制度を云々するということには若干問題があろうかと。なるべく多くの方々に何と申しますか、適用できるような制度にすべきではなかろうか、そういうぐあいに考えるわけでございます。
#93
○委員以外の議員(青島幸男君) おっしゃるとおりだと思います。市川さんは約五十年にもわたりまして婦人の地位向上のために御活躍になりまして、そのことは日本全国という規模で何をお考えになり何をやろうとなさっているかということはもう周知の事実になっていたと、その上での立候補でございました。ですから、二十五日間飛び回るということもなくて御理解いただけたんだと思うのですが、しかし今度の制度にいたしますと、こういう市川さんのような方のお出になる可能性というものをいたく制約してしまうということになるわけですね。
 ですから、元来この全国区という制度ができた筋道のもとを考えますと、日常の活動やら著作物を通じて大体何をやろうとしている人かということがおおむねわかっている方が立候補するということを前提に考えられたことだと思うのですね。全く世間に知られてない方が、たった二十五日間で日本国じゅう走り回って、いかにお金を使おうと、自分の見解なり政治的な主張なりを理解してもらうように努めて歩くのは、これは肉体的にも経済的にも大変やっぱり無理だと思いますね。
 ですから、そういうふうにもともとできていたんで、多種多様の意見を、多種多様の方々が参議院においでになって、しかも党議拘束とか、あるいは支援団体に遠慮気がねなく賛否を明らかにしたり意見を御開陳になるというために参議院の全国区というのがあったということをまず考えますと、現実そういうふうでないからといって、あす、あさって、次の世代に、私どものいま子供たちの世代にまでもそういう可能性を一切この際封じてしまうと、現実そうだからといって、それに帳じりを合わせるかっこうで制度を曲げてしまうというのはいかがなものかという態度で私はこの委員会に臨んでいるわけですけれども、その点もう一つ御勘案いただきたい、こういうふうに私は思うわけでございます。いかがでございましょうか。
#94
○公述人(佐治敬三君) 昔の緑風会なんというのはいま先生おっしゃったような形ではなかったかと。しかし、その後の経過を見ておりますと、やはり緑風会という一面非常に良識的ではあるけれども必ずしも政治の御専門ではないといいますか、そういった方々のお集まりが参議院の中で発揮してこられた政治的な役割りというものが年とともにどうも色あせてまいりまして、とうとう緑風会を解散せざるを得なくなってこられたという現実はやはり認めなければならぬ。
 政治の世界というのはあくまでも現実的なものでございますので、そういったことを認めた上で今度の選挙制度改正を考えてみますと、市川房枝さんを選挙人名簿の中に入れる政党があっても私はおかしくないだろうと思いますし、また言われておりますように、十人でございますか、これは今後いろいろと御討議があると思いますけれども、十人の賛同者があれば、ひとつ市川房枝さんを出していこうというような運動が行われて、前回以上の得票をもって市川房枝さんが御当選になる。
 そうなりますと、市川房枝さんの御得票数は優に三人の当選者を出し得るということになるかもしれないわけで、そうなりますとやっぱり市川房枝さんとしては、個人で百何十万票おとりになるよりはそれを三人にお分けになって、三人の同志とともに選挙の成果を踏まえて参議院で御活躍いただく方がよりベターではないかという気もいたします。
#95
○委員以外の議員(青島幸男君) やっぱりこれは数の問題ではなくて、御本人の主張とか見解が大事にされるのは参議院の一面でもあるという認識もありますので、御見解は全面的に承服するわけにまいりませんけれども、結構でございます。
 富塚さんは、大変に運動家として、実に現実的に具体的に現時点で対応なさっていらっしゃいますが、いまさら三者機関に依頼してやるべきじゃなかったかというようなことを持ち出しても、いまここまで審議が進んでいるんだから現実的に無理じゃないかとお考えかもしれませんけれども、このかっこうでこの重要な問題が審議されるということについてはいかがお考えになりますか。
#96
○公述人(富塚三夫君) 選挙制度の問題ですから、与党あるいは野党第一党、大きな一つは責任があると私は思います。それから同時に、全政党が一致できる、それは憲法問題の議論もありましたし、そういう議論を十分尽くしていただきたいと思いますし、かなり長い時間をかけて審議されてきたいきさつもある。なおかつ、もっとやった方がいいんじゃないかと、先ほど栗林先生ですか、おっしゃったのですけれども、その辺の判断は政党の中で、国会の中でやっていただくことが適切だろうと私は思います。
 ただ、私が申し上げましたのは、現行の選挙制度には先ほど言いましたような欠点があるのだから、よりやっぱり改善をしていくという、そういう形のものにしていただきたいという点で問題を申し上げておりますので、後は立法府の国会の中で、参議院の良識というのはまた衆議院と違ったものを持っておられるやに私ども日ごろ幾つかの問題で思っておりますから、どうか十分お話し合いをしていただいて、皆さんで全会一致で決めていただければいいのじゃないかと、こう考えております。
#97
○委員以外の議員(青島幸男君) 紀平さんにお尋ねをいたしますけれども、どうも有権者無視というようなかっこうで審議がどんどん進んでいるというふうな御見解をお持ちの方も大ぜいおいでになると思いますけれども、その点運動家としての御実感もおありでしょうから、御開陳いただきたいと思います。
#98
○公述人(紀平悌子君) 富塚さんと同じく私も運動をしている者の一人でございますけれども、富塚さんに余り物を申してはいけないんでしょうけれども、富塚さんは運動をしていらっしゃる立場、やっぱり労働者も有権者でございますので、できるだけ有権者の立場に立って同じことを言っていただきたいななどと思いながら私が思いますのは、終始一貫私も実務を担当してきた人間でございます。それで、ただ理想を追ってということで意見を申し上げてはおりません。先ほどから申し上げておりますように、なぜ国民の一人としてこれに私が納得をしないかといいますと実効性に乏しいからです。これによってよくなるという保証が私の実務の体験によってはほとんどないんですね。
 ですから、金がかかるというのは、むしろ二十三日間あるいは二十五日間の選挙運動期間にお金がかかるのではない。これは法定選挙費用の届け出を皆様はなすっていらっしゃいますので、これは法定選挙費用以内でおやりになっておられるはずですし、またそれを一銭でも超過したらこれは大変なことになるわけですから、まあつじつまを合わせていらっしゃるのかもしれないが、選挙期間中はそんなにかからないんですよとおっしゃる方が実際おありになります。かかるのは事前の――私どもは事前運動と呼びまして、そしてまたなさる側の方はそれは政治活動だというふうにおっしゃいますが、その争いは永遠に今日まで続いておるわけでございます。そのいわゆる政治活動であるか事前運動であるか、その分にお金がかかるわけです。それで、今回のいわゆる金のかからない選挙区にするための選挙期間中の全国区、いままでの全国区の候補者が、全国区のいままでの態様において選挙運動はできないとしたことがどれほど金のかからないというメリットに通じるのかというのが私の意見なんですね、言いたいところは。
 それからもう一つは、政党はそんなことをしないと自治大臣も当初答えておられます。政党は悪いことをしない、ですから絶対違法行為はしないんだ、ですから連座制の適用はないといったような、大変短絡した御意見を本会議でしたか、そこでお話しになったように思いますが、これはちょっと信じがたいことでございまして、政党もまた人の集まりでございますからこれは違法行為はないとは言えない。その場合の連座制の適用のない政党のする選挙は責任はどなたが負いますかということを申し上げているわけです。これはデメリットでございますね、従来よりも。
 それから、仮に百歩譲って、政党ひとつ五十人に関しては責任を持ってくださいと申し上げたとしても、そこで起こり得ることは政党名簿作成のときに不正が行われないか、それに対する規制はきわめて希薄であるということ。
 それから、選挙運動の態様自身が地方区の候補者が非常に労苦を負うという形になりますので、先ほど同盟の高橋さんもおっしゃいましたように大変これは地方区の方でお金がかかるのじゃないか、その資金対策はどうするんだということで、これまた金のかかる一つの原因になります。
 それから、候補者自身いままでの全国区の労苦が改善されるかというと、どうもホットスプリング・スリービングでないということなんですから、やっぱり苦労なさるであろう、へとへとになるのではないか。しかも、いろいろな気がねをしながら苦労をなさるのじゃないかなというふうに思いやっているわけでございます。
 それから、その後肝心なことは、もし離党なさったり、党籍変更あるいは再編成があった場合、政党としての責任はどうおとりになりますかということで申し上げておりますので、どうもこれについてはよくならないということを前提で私どもはノーと言っているわけなんです。ですから、拘束名簿式比例代表制がいわゆる公共の福祉、つまり選挙が公正になり国民もそれで非常によくなるよというふうな公共の福祉を担保するものならばそれは考えてもいいでしょうねと言っているんです。しかし、そうでないいろいろなことが余りにも多いのでそれは困ると申し上げているわけで、その辺国民一人一人がこれはわかったら、きっとそういうふうに言うだろうというふうに思います。
 それから、公営の部分にお金がかかり過ぎるという不平も国民の側では言っております。私は佐治公述人と違う意味で有権者を信頼しているんです。ですから、長い間に英国も時をずいぶんかけていまのような選挙になったと聞いておりますので、国民のいわゆる政治的な成熟というものをもう少し待ってもらっていただけないかという論点に立っております。
#99
○委員以外の議員(青島幸男君) ありがとうございました。
#100
○委員長(上田稔君) 次に、中山君に発言を許します。中山君。
#101
○委員以外の議員(中山千夏君) どうもきょうは御苦労さまでございました。
 私は、基本的に全国区は現在のところ従来のままがよいという考えを持っております。しかし、仮に現在この改正が必要だということになりましても、このたびの改正案にはいろいろ疑問があるんです。時間がありませんので、そのうちの根本的な疑問についてひとつ全員の方の御意見を伺いたいと思っております。
 この改正案は、全国区という広大な選挙区から生ずるさまざまな困難に端を発しています。この改正案を出してきた理由として、選挙区が広大であるために金がかかり過ぎる、運動が十分できない、有権者の選択が困難である、そういう理由が示されています。ところが、全国区そのものは制度が変化するだけで、その選挙区は改正案になってもなくならないわけですね。従来の制度のままでしたならば全国区という広大な選挙区には存在理由があったと私は思います。それでは制度をこんなに大々的に変革してまで全国区を残さなければならないという理由は何なのかということが私にとっては大変疑問なんです。
 先ほど富塚さんはこの改正案がステップ・バイ・ステップの一段であるかのような御意見をおっしゃいましたけれども、一段どころではなくて大変な改革だと思います。確かに参院の全国区に限られていますから部分的なように見えますけれども、内容的には大改革だと思います。長い間労働者、国民の権利というものを大切に運動してきていらしたその視点からごらんになれば、必ずきっと大改革だというふうにびっくりなさるはずなのにおかしいなというふうに感じているんですけれども、そのような制度の大変革をしてまで全国区をなぜ残すのか。
 全国区という選挙区を、こうした比例代表制を導入するとか、その結果政党本位の選挙を実現する拘束名簿式を取り入れると、そういう形で全国区という広大な選挙区を残す意味はどこにあるのか、またはないのか、その理由。それを皆さんに、佐治さんから順にお伺いしたいと思います。
#102
○公述人(佐治敬三君) 私は政党本位の選挙が広く行われる方が好ましいと考えております。そのために全国区が政党本位の選挙になるのには最も適した選挙区ではないかと、そのように考えます。
#103
○公述人(川村俊夫君) 私も政党本位の選挙を実現するという観点においては同じであります。そして、全国区がこれまで果たしてきた全国的視野で国民の意思を反映するという意味では今度の改革、全般ではありません、比例代表制をもし取り入れるとするならば意味はあることだというふうに考えております。
 ただ、冒頭にも申しましたように、幾つかの条件がつけられることによってこの比例代表制の問題が非常に後退させられているという感じはぬぐい切れません。
#104
○公述人(富塚三夫君) 本質的に基本的に政党政治ですから、やはりいま先生方もおっしゃったように、政党が中心になって選挙するということは、そのことは国民が正しく認めていると、現実には私はそう思います。
 ただ、御案内のように、比例代表制というものは正しいと、しかし拘束名簿式は一体どうなのか、この改正案はどうなのかということについて幾つかの意見があるんだろうと思うのです。選挙制度を改正する、全政党の合意とか国民の全体の合意を得てというのは大変なことだと私は思います。その限りでは正しい方向にステップ・バイ・ステップを踏んでいくことがいいのじゃないかと、こういうふうに考えている一人です。現状よりもよくしていくということが政治のあるべき姿だと思いますし、国民が参政権を行使する上で非常に重要な問題だと思います。
 そういう点で、中山先生も、持論ですが、個人の立候補制限とかあるいはそれをはじき出すようなことがあってはいけないというかかわり合いと政党との問題について改正案の中で幾つかの議論が出されているわけですから、私は西ドイツの緑の党のことを申しましたし、できるだけ小会派の方々が一致していただけるような方向で政党的なそういうふうな方向を考えてもらったらどうでしょうかと、現実的にそういう提起をしているつもりであります。
 何と申しましても自民党さんの政治が長過ぎるんですから、かわっていただくにはやっぱり全体が選挙で勝たなければならない。勝つためにはどうするのか。これはわれわれは労働組合としての一つの戦略を持つのは当然でありますし、個人の労働者の思想、信条の自由は当然自由であります。しかし、われわれが支持する政党を勝たせるために何をするかというのは、これは労働組合である方針にはあっていいわけでありまして、そういう点で政党政治であるという前提に立つならば、私は今回の改正案を受けて、より皆さんの合意の上に一致できるような方向をつくり出していただきたい、問題点を排除していく努力をしていただきたいというふうに思います。
#105
○公述人(紀平悌子君) 従来の全国区というものがそのまま置けるものならば可能性のある選挙区であると考えますので、日本の民主主義確立のために現状のまま残すと。しかし、現在のままでいいということではなくて、たとえば同じ公営費を使うならば、全国区でもしPRが効かないというならば、たとえば立会演説会形式のテレビ放送などを工夫するとか、いろいろ運営のあり方で全国区の選挙の態様というものを変えていったらいいというふうに思っております。これについてはちょっと長くなりますので、いまのままの欠点をそのままにしていいとは私は申しておりません。
 それからもう一つは、選挙制度上もこの全国区の問題は取り上げられてきているわけですけれども、もう一つは参議院改革ということを歴代なさって、議長おかわりになるごとになさっていらっしゃる、その中からもこの問題が実は出てきておるかのように伺います。大事なことは、参議院が国民の望むような参議院になるためにはどうしたらいいかという、その点を並行させて全国区の問題を考えていただきたいというふうに思います。
#106
○公述人(原龍之助君) ただいまの中山先生の全国区の評価についてでございますが、現在のこの全国区制は今日までに国民の間に定着しているのではないか。また先ほども申し上げましたように、これまでの全国区の選挙の結果が各党の得票率と議席とほぼ一致して、実質的には比例代表としての効用を示しておりまして、それなりに安定している。それにかわるよりよい制度を見つけ出すことがむずかしい。これを廃止することによりまして参議院の衆議院と違った特異性が失われるというようなことを考えますと、やはり全国区制はこれを維持いたしまして、ただこれに伴って生じている弊害はこの選挙制度の改正によって是正するのが適当であるというふうに考えております。
#107
○公述人(高橋正男君) 広大である、金はかかる、運動はできにくい、さらには候補者の名前が徹底しにくいと、こういう四つの理由を私も申し上げたわけでありますけれども、当然ブロック制も可能ではないかということも申し上げたのです。全国区制そのものが名称だけじゃないかという感じも率直に受けざるを得ないわけです。したがって、来年の選挙でありますから、まだ決まらないというようなことについては全く不満を持つわけであります。したがって、現行制度でやって、そうして長期間国民の声を聴取してやる方法も、いろいろな方法もあると思うのですね。ですから、全国区制度についての欠陥も確かに私はあると思う。しかし制度というものは一短一長ある。これは斎藤栄三郎先生も言われたのですけれども、じゃ現行制度と今度の制度とどっちがかかるかといったらわからないんです。地方区にどんどん立てなくちゃいけない。そういう問題がありますから、これは私の立場から言うならば、とにかく慎重に審議して国民から本当によかったと言われるような内容にしていただきたいという希望を申し上げます。
#108
○公述人(大里坦君) まず全国区の評価でございますが、これは中山議員と同じような私見解を持っていることを先ほど申し上げましたので、同じような評価をしております。
 第二点、もう一つの私の基本的な考え方の中に、制度が悪いのかどうかということなんでございますが、現在の選挙の弊害というのは制度にあるのではなくてそれを動かしている人の側にあるんだというのを九大の杣教授が指摘しておりますが、私も同様な認識をしております。したがいまして、制度が一たんできますと、それが若干欠点がありましてもそのままもう動いてしまう、これがこわいわけでございます。それがためには、やはりこの議会制民主主義の根幹に触れる選挙制度であるだけに私は多様な議論があるだろうと、それをじっくり腰を据えて御検討いただきたい。先ほど紀平公述人がお話しになりましたように私も有権者を信じております。じっくり有権者は、いままだ個人本位の選挙であるかもしれません。しかし、そのうちに有権者は長い歴史の中でりっぱな政治意識なり政治的教養を身につけていく、これが民主主義を育てる第一の前提でございますので、じっくり御検討をいただきますよう私は切にお願いする者の一人でございます。
#109
○委員以外の議員(中山千夏君) どうもありがとうございました。
#110
○委員長(上田稔君) 以上をもちまして質疑は終了いたしました。
 公述人の方々には、長時間にわたり有益な御意見をお述べいただきましてまことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。
 次回の委員会は明七日午前十時から開会いたします。
 これをもって公聴会を散会いたします。
   午後五時散会
ソース: 国立国会図書館
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