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#1
第096回国会 公職選挙法改正に関する特別委員会 第10号
昭和五十七年六月十八日(金曜日)
   午前十時開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 六月十七日
    辞任         補欠選任
     名尾 良孝君     梶原  清君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         上田  稔君
    理 事
                中西 一郎君
                降矢 敬義君
                村上 正邦君
                赤桐  操君
                多田 省吾君
    委 員
                井上  孝君
                小澤 太郎君
                梶原  清君
                小林 国司君
                斎藤栄三郎君
                田沢 智治君
                玉置 和郎君
                鳩山威一郎君
                藤井 孝男君
                円山 雅也君
                福間 知之君
                矢田部 理君
                大川 清幸君
                峯山 昭範君
                近藤 忠孝君
                栗林 卓司君
                前島英三郎君
   委員以外の議員
       議     員  青島 幸男君
       議     員  中山 千夏君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        高池 忠和君
   参考人
       駒沢大学教授   上条 末夫君
       青山学院大学教
       授        清水 英夫君
       明治大学教授   富田 信男君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○公職選挙法の一部を改正する法律案(第九十五
 回国会金丸三郎君外四名発議)(継続案件)
○公職選挙法の一部を改正する法律案(宮之原貞
 光君外二名発議)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(上田稔君) ただいまから公職選挙法改正に関する特別委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 昨日、名尾良孝君が委員を辞任され、その補欠として梶原清君が選任されました。
#3
○委員長(上田稔君) 公職選挙法の一部を改正する法律案(第九十五回国会参第一号)及び公職選挙法の一部を改正する法律案(参第二号)につきまして、参考人の方々から御意見を聴取いたします。
 参考人といたしましては、駒沢大学教授上条末夫君、青山学院大学教授清水英夫君及び明治大学教授富田信男君の御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 皆様には御多忙のところ、またあわただしい出席依頼であったにもかかわりませず、御出席いただきましてまことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。本日は皆様から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
 それでは、議事の進め方について申し上げます。
 まず、お一人十五分程度で順次御意見をお述べいただき、その後委員の質疑にお答えをいただきたいと存じます。
 それでは、まず上条参考人にお願いいたします。上条参考人。
#4
○参考人(上条末夫君) 上条でございます。
 まず、私は参考人として意見を述べるに当たりましてその前提を申し上げたいと存じます。
 それは、今回この国会に提出されております参議院全国区選出議員の拘束名簿式比例代表制案、これにつきまして賛成でございます。ただし、これは原則として賛成でございまして、幾つかの希望的条件がございますので、無条件に賛成というわけではございません。
 まず、私がこれに賛成をいたします理由の第一は、これまでの選挙は、どちらかといいますと個人本位の選挙が行われまして、政党本位の選挙がどうも行われなかった。そのために政策レベルの論争が大変に少なかったわけでございまして、このことは民主政治にとって芳しいことではない。しかし、この比例代表制をもし採用するとするならば、そのような政策レベルの論争が期待できるのではないかということでございます。
 第二は、現在、皆さんも御承知のように、日本におきましては政党の支持率が大変低下してきておりまして、これはいろいろな調査によって違いますけれども、三〇%ないし四〇%に達しているということは大変ゆゆしい問題でございます。しかし、この比例代表制をもし採用するとするならば、国民の政党に対する関心が高まるであろうということが期待されるわけでございます。
 それから第三には、選挙に当たりまして大変多くのエネルギーを費やすことになるわけでございまして、こうした拘束名簿式の比例代表制をもし採用するとすれば、そうした大変にエネルギー、そうしてまた経費のかかる選挙活動から解放されまして、参議院議員の皆さん方は国政に専念できるのではないか。しかも、参議院は衆議院と違いまして任期は六年でございます。この長期間にわたりまして国政に活躍できる、しかも長期的なビジョンに立って衆議院とは違った角度から政治を大所高所から判断し、あるいは対応することができるのではないか、こういうことが期待できるわけでございます。それと同時に、有能な人材を確保することができる可能性がございます。
 それから第四には、政治の活性化が図れるのではないかと考えるわけでございまして、従来のようなこのマンネリ化した政治に新しい活力を導入するということになるのではないか。これは初めて採用する制度でございますから、その結果がどうなるかということは私も判断しかねるところでございますけれども、少なくともこうした新しい制度を導入することによりまして政治の活性化が図れるのではないかというふうに思います。
 次に、私のこの公職選挙法改正に当たりましての希望意見を申し述べたいと思います。
 まず第一は、この比例代表制というものはわが国において初めて採用されるものであるわけでありまして、これが採用されるかどうかは別といたしまして、ともかくこうしたものが国会に提案されたということは初めてのことであるわけでして、議員の皆さん方には十分おわかりだろうと思いますけれども、国民の皆さんにとりましては大変未知なものであり、わかりにくいものである。私自身も、こうした経験がわが国においてございませんので、その結果がどうなるかということにつきましてはいささかの危惧を持っているわけでございます。したがいまして、皆さん方がこの議院におきまして討議をされ、あるいは結論をお出しになるだろうと思いますが、その過程におきましてこの比例代表制というものを十分国民に理解できるように説明をお願いしたいと思うわけでございます。
 特に、長年にわたりまして参議院の改革ということが叫ばれてまいりまして、その結果一つの案として今回のような拘束名簿式比例代表制案が提案されたのだと私は理解いたします。したがいまして、参議院改革とこの今回提案されました拘束名簿式比例代表制案というものとがどのようなかかわり合いを持っているのかという点も同時に考慮いたしまして、十分なる国民の理解を求めるように御努力をお願いしたいわけでございます。
 それから第二に、わが国においても、もちろん政党政治でございますけれども、衆議院は早くから政党化されておったわけでございますが、参議院につきましてはその設置のいきさつからいきまして三十年代に至るまで政党化はそれほど進んでいなかったわけでございますが、それ以降政党化が進んで今日に至りまして、衆議院とほぼ同じような政党化が進んでまいったわけでございます。この政党化と参議院の国会における役割りというものとの関係を明確にすべきではないか。そうでないと、衆議院と全く同じように国民に受け取られがちでありまして、そうしたところから参議院無用論などというものが主張されることになるわけでございまして、衆議院と同様に政党化されたこの参議院というものが衆議院とどう違うのか、そして今後どのような役割りを果たしていくのか、この参議院の独自性というものがこの法案の審議の過程において明らかにされることを期待するわけでございます。そうでありませんと、拘束名簿式比例代表制になりますと一層政党化は明らかになるわけでございまして、そうした際の国民の混乱を避けるという意味がございます。
 第三は、全国区と地方区の区別でございます。今回提案されております自民党案も社会党案もともに全国区選出議員についてのものでございまして、地方区選出議員については、これは地域的代表の意味があるからというような理由をもちまして、どうも今回は参議院の地方区選出議員についてはほとんど触れられていないように私は感じます。もし間違いがありましたら訂正をさせていただきますけれども、いずれにいたしましても今回の論議の中心は全国区選出議員にあるわけでございますが、地方区の選出議員をどうするのか。もし仮に今回提案されております法案が可決、成立されたといったときには、全国区選出議員と地方区選出議員とがその選出方法が異なることになるわけでございまして、その際両議員の間に心理的なあつれきが生じはしないかという危惧を私は大変強く持っているわけでございます。
 本来ですと、同じような選挙方法によって同じ議院の議員は選出されるのが望ましいと私は考えるわけでございますが、今回提案されておりますのは全国区だけでございます。もしこの地方区についても考慮しあるいは改正をするということがあるとするならば、その際には十分配慮をいただきまして、地方区選出議員についても同じような比例代表制を採用するというようなことが考慮されていいのではないか。そしてまた、もしその際地方選出議員に地域的代表の意味を持たせるということであるならば、この地方区選出議員については公明党または民社党などが主張されておりますようなブロック選出制というものも十分考慮していいのではないかというふうに考えます。
 しかし、いま直ちにそうすべきであるというふうには私は考えませんで、とりあえず全国区選出議員について比例代表制を採用しそしてこれを試みてみる。その結果を見ましてこの地方区についても改正が行われることが望ましいと考えております。
 いずれにいたしましても、この選挙法というのは合理的かつ公平な選挙の制度を定めたものであるわけでありまして、したがって、合理的かつ公平なものでなくてはならないと考えます。
 細かい点私は触れませんけれども、たとえば供託金の問題でございますけれども、自民党案によりますと四百万円となっておりますが、これはいささか高いのではないかというふうに考えます。この供託金は御存じのように泡沫候補の乱立を防ぐというのが一つの目的であったと私は記憶しておりますが、もしそういう目的があるとするならば、今度のこの拘束名簿式比例代表制になりますとそのような候補者は立候補することができなくなるわけでありまして、したがって供託金制度の一つの目的は失われてくる。したがいまして、供託金を余りに高くすることはやはり少数政党にとって不利になってくるわけでありまして、案によりますと落選した者は没収するということでございますので、一層少数政党にとっては不利なものとなってくると思います。したがいまして、供託金は、いま出されておる案の額よりは、自民党の案でございますけれども、いささか安くした方が、つまり低額にした方がよろしいのではないかというふうに考えます。
 それから、政党として認める人数でございますけれども、自民党案では十名、社会党案では五名となっておりますが、これは確認団体の条件とも照らし合わせまして、十人にするか五人にするか、どちらかにお決めいただくことになると思いますけれども、巷間言われておりますように、余り人数を多くいたしますと少数政党が立候補しにくくなるということがございますので、その点は十分な配慮が必要かと思います。
 それから、選挙というものは適正に国民の政治的意思というものが反映されなければならないわけであります。したがいまして、いかにして国民の政治的意思というものを選挙を通じて吸収するかあるいは集約するかということに係っているわけでございまして、この公職選挙法の改正も、議員の皆さんの立場は十分わかりますけれども、選挙法というものは国民のためにあるという点を十分配慮されまして、国民によりよき制度をということをお忘れいただかないようにお願いを申し上げるわけでございます。
 近年におきましては、価値の多様化が進んでまいりまして、政治的意思も多様化してまいっております。したがいまして、多くの政党があらわれまして多党制になってくるのは世界的趨勢でございまして、わが国でもそういう現状にあるわけでございます。しかし、この多党化も限度がございまして、余りにも数が多くなりますとまた政治的な混乱が生じるわけでございまして、政党というものは国民の政治的意思を集約する機能という大変重要な役割りを持っておるわけでございまして、したがってある一定限度に国民の政治的意思というものを集約しあるいは統合することが必要であろうと思います。したがって、私は現在ございます七党以上に政党がふえることは余り好ましいことではないと考えるわけでして、ある程度の歯どめをした方がむしろ議会はスムーズに運営されるのではないかというふうに考えます。
 こうした点を考慮されまして、十分な御審議をいただいて、国民のための選挙法改正をしていただければ幸いと存じます。
 以上でございます。
#5
○委員長(上田稔君) ありがとうございました。
 次に、清水参考人にお願いいたします。清水参考人。
#6
○参考人(清水英夫君) ただいま委員長より御紹介いただきました清水でございます。
 このたび参考人としての私の意見を申し上げるに際しまして、実は依頼を受けましたのが突然でございましたので、十分な準備ができなかったので、これから申し上げますことにつきましても、そういう状況にあったことを御了解いただきたいと思います。
 私は憲法学を専攻する者でございまして、今回の拘束名簿式比例代表制につきましても、その政治的な意義であるとか効果であるとかは、これはむしろ政治学的な見地からの専門意見にお譲りすることにいたしまして、本日は主に憲法上の問題について意見を述べさせていただきます。
 申すまでもないことでありますけれども、国民主権下の現憲法におきましては、特に国政選挙に際しましてはできるだけ国民の政治的意思が正確に反映されることが望ましいわけであります。そして、民主主義的な見地から言えば、少数意見が十分に尊重されるような制度が不可決であると思います。また、今回の公職選挙法改正はとりわけ参議院のあり方とも関連しているわけでございま、して、制度化を考える場合に衆議院と異なる参議院の使命、役割りというものが十分に配慮される必要があることも申すまでもないことであります。その点におきましていわゆる比例代表制が多くの長所を持っていることは否定し得ないことであると思います。
 この制度が一般にわかりにくい点や小党分立を招くおそれがあるという欠点はありますけれども、一八五六年デンマークで採用されて以来、多くの国でこの制度が採用されていることは、以上のような長所を考慮したことだと思います。けれども、この比例代表制、特に今回問題になっております拘束名簿式のそれにつきましては、それを採用する上におきまして憲法上幾つかの疑点が存在することも事実であります。そこで、以下主な問題点について指摘してみたいと思います。
 第一に、以下拘束式と申しますが、拘束式は原則的に政党を主体とする選挙制度でありますために国民の被選挙権を侵害したり結社の自由を奪うのではないかという問題点がございます。
 前者の点、すなわち国民の被選挙権を侵害するのではないかという点につきまして申し上げますと、確かに従前に比べまして無所属で立候補することがこれまでよりもいささか困難になる点が問題であろうかと思いますが、今回提案されている自民党及び社会党の両案とも、政党、政治団体の要件につきましては個人の立候補を不可能にさせているわけではないということから、これをあえて違憲というまでには至らないと存じます。ただ、その要件はできるだけ緩和することが望ましいのであって、それをどの程度まで緩和できるかということが一つの争点だろうと思います。
 また、個人よりも政党を選ぶ基準にいたしますことは、参議院の政党化をいよいよ推進するという見方もございますが、この点につきましては、無所属の候補者が最小限のところで一致点を見出しまして政治団体としての資格を備えて機能すれば、かえって政党化の歯どめとなるという見方もあるわけであります。これは運営上の問題でございます。
 次に、結社の自由についてでございますが、結社の自由というのは、その意味からいたしまして、団体を結成することの自由と結成しないことの自由及び団体に加入する自由と不加入の自由を意味するものでありますので、無所属の立候補者が立候補することができなくなったり著しく困難になるときは、憲法二十一条の結社の自由に反するおそれが出てくるわけであります。とりわけこの拘束式が政党法的なものに発展することになりますと、その点のおそれがより大きくなることは申すまでもございません。
 次に、拘束式は名簿に登載されている候補者以外の者に対しては投票できませんので、これは選挙民の選挙権の侵害になるのではないかという疑いがあります。この点につきましては、憲法学上国民の選挙権、被選挙権が絶対不可侵の基本的人権、たとえば思想の自由や表現の自由のような不可侵の基本的人権であるかという問題ともかかわりがございます。国民主権下の民主政体におきましては、選挙権、被選挙権がきわめて重大であることは申すまでもありません。しかしながら、憲法十五条第一項の公務員の選定罷免権、いわゆる国民の政治的権利と個々の国民の持つ選挙権を同一することは無理であって、個々の選挙権は法律によって具体的に設定されるというのが通説であると思われます。したがって、公正で合理的な選挙を達成する上である程度の制約が加えられても直ちに違憲ということはできないと思います。問題はその制約の目的、程度、内容にあるわけでありますので、前に述べましたように立候補の制限を著しく困難なものにせず、事実上立候補の自由が保障されている限り選挙権侵害ということにはならないと思われます。
 次に、拘束式は法のもとの平等、特に憲法十四条の保障のもとにあります法のもとの平等に反するという批判もございます。この点につきましては、憲法は合理的な差別まで禁じているわけではございませんので、問題として拘束式によってどのような差別が具体的に生じるのか、またその差別を必要とするだけの合理的理由が比例代表制にあるのかという判断にかかっていると思います。その点について言いますと、確かにこれまで提案されている諸案につきましては十分納得のいく説明がなされていないという感じを受けざるを得ないわけであります。
 さらに、ドント方式は西ドイツで採用されているものでありますが、選挙人の意思が全く候補者個人に及ばないおそれがあります。その点につきましてこれが選挙権の侵害になるという疑いもございます。その点におきまして確かにもし技術的に可能であるならば、その点では非拘束式によって選挙人に選択の余地を与える方が民主的であると思います。この点につきまして違憲とまでは申せませんが、全く個人抜きの選挙になりますときは、政党と国民との間に間隙が生じまして、選挙に熱意を失う危険のあることを指摘しておかなければなりません。
 以上申し上げましたように、現在提案されている拘束名簿式比例代表制は、以上の諸点に関する限りあえて違憲の問題は起こらないのではないかと思います。
 ただ、今回の改正の大きな理由となっております、選挙費用が膨大にかかる、超有名人以外の立候補が困難になっておる、さらに全国を一選挙区とすることの過酷な候補者に対する負担という点が挙げられております。しかしながら、この点は選挙運動との関連におきまして、選挙運動について強い規制を加えますと、選挙費用が助かるという点はあるかもしれませんが、このためにテレビ等で全国的に知られている人以外の立候補ということが大変困難になるという矛盾が生じてくるわけであります。
 政党本位の選挙といいましても、結局は個人としての政治家の資質が問われていることには変わりないわけでありますから、したがって政党及び個人の政見発表の機会をできるだけ尊重するということが大切なのではないかというふうに思います。また、政党、政策中心の争いとなれば、各党の政策の争点が国民に理解される必要が一層重大になってくるわけであります。
 その点につきまして、これはかねがね私が思うことでございますけれども、国政選挙という最も重大な国民的選択の機会にしばしば運動の制限が安易に行われているということが問題になるわけであります。これは憲法二十一条の言論、出版の自由に対する違憲的な制約になるおそれがあるということをあえて指摘しておきたいと思います。
 最後にお願いいたしたいのは、選挙制度の改正が往々国民をなおざりにして行われることであります。上条先生も申されましたように、この選挙制度の問題は国会の規則とは全く異なる憲法レベルの国民的関心事でありますし、また選挙制度の改革というのは、立法機関の仕事ではございますけれども、基本的には主権者国民の問題であるということをぜひとも忘れないようにお願いしたい。
 すなわち、選挙制度の改正というものは選ばれる論理ではなくて選ぶ論理に立って考慮していただきたい。その点からいたしますと、一般の国民に今回の改正がややもすれば党利党略のように受け取られていることや、比例代表制とはいかなるものかについて、まだほとんど十分に理解されているようには思われないのは大変遺憾であります。一たんこのような制度が採用されますと、それがやはりまずかったというようなことがありましても再改革は非常にむずかしいわけでありますから、この点についての慎重な御審議をお願いいたします。
 最後に、そのことと関連いたしまして、すでに裁判所の判断も厳しく出ております選挙区における定員改正の問題に対して真剣に取り組んでいただきたいわけでございまして、それが行われない、それがなおざりにされておりますと一層党利党略の改正であるというような国民の疑惑は晴れないというふうに考えます。
 以上をもって私の意見を終わります。
#7
○委員長(上田稔君) ありがとうございました。
 次に、富田参考人にお願いいたします。富田参考人。
#8
○参考人(富田信男君) 御紹介にあずかりました富田です。
 私は比例代表制に向かっての根本的方向には賛成なんですけれども、自民党案と社会党案を見まして根本的修正を要するのではないかというのが私の見解です。
 私の観点は、どうすれば少数意見も含めて選挙で国民の意思と利益が反映するか、これがまず第一点。それから第二は、上院の機能とは一体何なのか、この両者を考えて改正案を拝見した次第です。
 それで、二、三分時間をいただきまして外国の例を申しますと、外国の上院の例を見ますと、イギリスでは、上院は世襲貴族、それから一代限りの終身貴族、それに若干の法官貴族、聖職者、こういった人々によって構成されている。あるいはフランスでは、国民議会それから地方議会の代表によって選挙人団が構成されて、そしてそこで上院議員を選んでいる。これは間接選挙であるわけです。それからノルウェーでは上院も下院も一度に議員を選挙しまして、議員同士の互選によって上院と下院を分けている。あるいは西ドイツでは、各州の政府閣僚によって上院が構成されている。大きな州は五人、中くらいの州は四人、小さな州は三人というように投票権は制限されておりますが、政府閣僚によって構成されているわけです。それからアイルランドでは、首相指名議員とそれから大学及び各職域代表によって上院が構成されている。アメリカやスイスは御存じのように各州二人ずつ上院議員が選出されている。ソ連は各共和国とか各自治共和国、各自治州、各民族管区から代表が出ているわけでして、上院と下院というのはやはり何か少しニュアンスが違うのじゃないかというふうに私は感ずるわけです。
 そうすると、日本で一体どうしたらいいのか。一方で衆議院で中選挙区制をとっている。そうしますと、定数の問題もありますけれども、しばしば得票率と議席率というのがアンバランスになる。それを他方において参議院で比例代表制にすれば、これは少数代表法でありまして少数意見も参議院には反映される。それから比例代表制で各政党が名簿を作製するならば、拘束名簿式比例代表制であるならば、非常にエネルギーとお金とさまざまな苦労を要する、そういう選挙を経ずして識見ある議員が選ばれるのではないか。そういう一方で衆議院を考え、他方で参議院を考える。それで、現行制度というものをある程度前提にするならば、やはり参議院においては比例代表制を採用する以外に参議院の特色を発揮できないのではないか、このように考えるわけです。
 しかし、そこで清水先生もおっしゃったようにさまざまの疑問点が生じてくるわけです。
 比例代表制は憲法に抵触するかという問題がまず第一に起こってくるわけです。しかし、これは議会制民主主義を前提とする以上政党の存在は不可避でして、憲法は議会制民主主義を予定しており、近代民主主義国家で政党の存在を抜きにして政治は考えられない。そうするならば、上院といえども政党化は必然の趨勢であるわけです。参議院議員は全員政党を離脱するというような規定でも設ければ別ですが、それ以外においては政党化は必然の趨勢である。それで、憲法がいま申し述べましたように議会制民主主義を予定している以上、やはりその政党が前面に出る比例代表制は私は憲法に抵触するとは考えないわけです。
 問題は政党本位にするか、個人本位にするか。これは両方可能なわけですが、選挙を政党本位にしても憲法違反にはならない。仮に衆議院で比例代表制を採用するというとき果たして憲法違反の声が起こるだろうか。私は起こらないのじゃないかというふうに思うわけです。衆議院で起こらない以上参議院でも起こらないのは当然ではないかと考えるわけです。
 それで、政党の定義ですが、ないしは確認団体の定義ですけれども、自民党案によりますと五人以上の所属の国会議員、あるいは社会党ですと三人。間近な衆議院総選挙ないしは参議院通常選挙で自民党案ですと得票率四%以上、それから社会党案ですと二%以上。第三には自民党案ですと十人以上の候補者、社会党案ですと五人以上の候補者ということになっている。
 これにいささか疑問を持つわけです。私は一人一党を認めるべきであるという考えに立っている。そうすれば憲法第十四条第一項の法のもとの平等の保障にも反しないし、第四十四条議員資格の差別禁止にも抵触しないのではないかというふうに考える。確かに五人や十人、参議院に立候補しようとする人がそういった人数を集めることは可能だと思います。したがって、そういう意味では実質的には一人一党でも五人でも十人でも大して変わりはないのですが、一人はいけなくてそれじゃ何人ならいいのか。二人ならもう確認団体なのか、五人ならいいのか、十人ならいいのか、一体その論理的な基準はどこにあるのか、ちょっと私にはわかりかねる。
 本来比例代表制というのは定数全部のリストをつくるべきじゃないかと思うのです。五十人が定数なら、自民党も五十人、社会党も五十人、五十人に間に合わないところは政党連合をつくってそして五十人のリストをつくる。これが普通比例代表制の私は本来のあり方じゃないかと思うのです。それで、やはり参議院に議席を持ちたいというような考えを持つ人でしたら五十人ぐらい同志を集めることは可能じゃないか。これは一人一党を主張するのとちょっと論理的に矛盾するようですが、論理的には一人一党でも構わない、しかしリストは本来なら五十人並べるのが至当じゃないかというのが私の考え。そうすれば、現在の一人一党を認めるならば小会派やあるいは無所属の方も立候補の自由を奪われることはない。
 ただ、そういった場合、やはり自民党案、社会党案、両方を通じまして供託金にいささか疑問がある。選挙に当たって非常に多くの国費が使われることはこれは事実であるわけです。それで、そうしたとき売名候補なりあるいは選挙を営業に利用しようとするような人が出てくる。それでやたらに貴重な税金を使われてはとてもたまらぬ。それで、現行が二百万円で、自民党案ですと四百万、社会党案ですと三百万ということですが、自民党案ですと十人必要なわけですから四千万の供託金が必要である。社会党案ですと五人ですから千五百万円の供託金が必要になる。こういった比例代表制を一方でとっていて政党本位の選挙をやる。それで、他方で立候補者一人につき幾らというのは論理的にやや矛盾しないかというふうに感ずるわけです。政党ないし政治団体として供託金を出すようにしたらどうか。
 それで、やや古い事例ですが、十年ほど前、第三十三回総選挙が行われて、このときに公営に要した費用というのを茨城大学の中野実助教授が計算しておりますが、そのとき公費として一人当たり約二百八十万円使われているというように中野先生は示しているわけです。そうしますと、まあこれ十年たって物価も違っている。仮に一人当たり四百万円使われるとするならば、社会党案の五人ですと二千万円、自民党の十人案ですと四千万円。だから、したがってやっぱり下限二千万円、上限四千万円ぐらい程度を政党ないし政治団体として供託金としたらどうかというふうに考えるわけです。
 社会党案を読みますと、はがき一人十万枚が無料で出せるというふうに書いてある。それで二十五人が限度である。このはがきだけでやっぱり一億円かかるわけですね、郵送料だけで。そういうことを考えれば、やはり政治団体として二千万なり三千万なり供託金を出す。そして得票率二%未満の政党――二%といえば比例案分にすれば一人は議員を出せるわけです。得票率二%未満の政党に対しては供託金を没収したらどうか、そういうのが私の考え方です。これは自民党案、社会党案に即して議論を進めるにはややとっぴなことを言っているかもしれませんけれども、しかしやはり論理的に納得できないとなかなか賛成できないということになるわけでして、したがって政党本位の選挙をやるんだから供託金も政党本位にしたらどうか、そして二%未満没収にしたら売名候補などはある程度チェックできるのではないか、そのように考えるわけです。
 それから、国民の選挙権の問題ですが、候補者を記載したリストに投票する以上私は違憲にはならないと思います。しかし、拘束名簿式比例代表制ですとどうしても人の要素がかなり排除される。人の要素をどう入れるか。スイスでは候補者リストの一部分を削除したり、あるいは他党の候補と入れかえをしたり、同一候補にダブル投票をするというようなことを認めているわけです。そうしますと、きわめて計算がめんどうではありますけれども、先ほど申しましたように、どの党も五十人の候補者を記載して、そうしてそこで修正可能のようにすれば、これはやはり人の要素というものも比例代表制のもとでも入ってくるのではないか。ただし、これは参考意見であるわけです。
 そうして、議席配分についてはドント式、修正サン・フグ式が提案されておりますけれども、これは比例配分、たとえば最も単純に二%につき一人。それで、どうしても端数がありますから足りない分が出てくる。不足分は得票率を二%で除した残りの多い方から充当していくというようにすれば、めんどうなドント式はこうだとか修正サン・フグ式はこうだというようなことを国民に理解していただくには大変困難な要素がありますので、もっと単純に、なるべく単純にやった方がいいのじゃないかというふうに考えます。
 それから、上条先生も清水先生もおっしゃったように、特に清水先生おっしゃったように、選挙運動は原則として可能な限り自由化し得るように、なるべく自由化の方向に持っていっていただきたいというのが私の希望であるわけです。
 私は十五年前に参議院全体の比例代表制を提案したことがあります。それは、第一には少数意見も一方の院では代表し得るように。第二には、参議院を一種の世論調査機能と申しますか、国民はどの党をどの程度支持しているかということを参議院で明らかにして、そしてそれで衆議院の多数の横暴なりなんなりをチェックする機能を果たさせる。第三には、全国区候補というのは国民一般の親近性がやはり乏しい。われわれ約百人の候補を比較することは不可能であるわけです。勢い組織候補や知名度の高い候補に有利になる。一人で全国を二十三日で回るのは不可能を強いるものであるわけでして、むしろそれよりも政党選択の方が国民の意思に沿うのではないかと、そういう理由で十五年前に参議院全体の比例代表制を提案したわけです。
 お金がかかるとかあるいは望ましくない議員も出てくるというような問題は、実はこれは候補者個人並びに政党の見識の問題でして、私は直接制度の問題であるとは思わないわけです。そして、最初に申し述べましたように、少数意見も含めてどうすれば選挙が国民の意思と利益に沿って機能し得るかという見地で改正に取り組んでいただければと思います。
 どうもありがとうございました。
#9
○委員長(上田稔君) どうもありがとうございました。
 以上で参考人の方々からの御意見の聴取は終わりました。
 これより質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#10
○円山雅也君 円山でございます。
 まず、上条先生と清水先生に共通の問題としてこれから少しお尋ねをさせていただきたいと思います。
 この委員会でも、この制度の論議をいたしますと、まず選挙権、被選挙権が憲法上基本的人権であるからという論拠に立ちまして侵害かどうかが常に論じられてまいりました。そこで上条先生にお尋ねするのですが、先ほど清水先生の御意見で、選挙権、被選挙権は基本的人権であるとしても、いわゆる表現の自由やなんかと異なって絶対不可侵なものというような性質と違うのだ。しかも憲法十五条一項の公務員の選定権、これは直ちに即選挙権に結びつくものじゃないのだというような清水先生の御意見がありましたが、この点上条先生はどのようにお考えでしょうか。同意見でございましょうか、それともこれについて御異論がございましょうか。
#11
○参考人(上条末夫君) 私も清水先生とほぼ同じでございまして、選挙権及び被選挙権は憲法上言うところの基本的人権ではなくて権利あるいは資格である。したがって、法律上この制限を設けることは可能であると考えます。
#12
○円山雅也君 そこで、清水先生と上条先生に共通にお尋ねをしたいのですが、まさに私が知る限り学界ではいま上条先生がお話しのような選挙権、被選挙権のとらえ方が多いように思われるのでございますが、たまたま昭和四十三年十二月四日の最高裁の大法廷判決、この判決の論理、結論はどうでもいいのでございますけれども、この論理が憲法十五条一項の公務員の選定権を即選挙権に結びつけ、そしてその裏返しとして被選挙権を導き出す、こういう論法をとるものですから、選挙権及び被選挙権は憲法十五条一項によって生じた何か国民固有の権利であるかのごとく、何かそうなってしまう、受け取られかねないというふうに、どうもそういう解釈が出やすいのでございますけれども、いま仰せのように上条先生また多くの学者の先生方の御意見で、つまり十五条一項と選挙権とは別物なんだ、しかもかつ四十四条とか四十七条からくると憲法上も選挙権、被選挙権は法律によって与えられた資格に近いものなんだということならば、どうもこの四十三年の最高裁の論理の導き方が、立て方が、結論はともかくとしまして論理の導き方がおかしいのではないかと思っているのですけれども、この点上条先生、清水先生のお考えはどのようにお考えでございましょうか。
#13
○参考人(上条末夫君) 私、余り法律が専門でございませんので、むしろ清水先生の方にお答えをいただいた方がよろしいかと存じます。
#14
○参考人(清水英夫君) 私の意見は先ほど申し上げたのに尽きているわけでございますが、なお多少敷衍いたしますと、憲法上の問題として選挙権を考える場合に、基本的人権にも、すべての基本的人権が同じポジションを持つのではなくて、その中で非常に法律をもってしても制約することができないという基本的人権と、法律をもってすれば――もちろんそれは違憲的な制約ではいけないわけですけれども、法律をもって制約することができる人権とあるわけであります。選挙権をその前者のような法律によっても侵し得ない基本的人権であるというふうに考える説は、私の知る限りではまだ少数説であろうかと思います。やはり法律によって与えられる資格であるというふうに考えるべきではないか。
 ただ、それはどのような資格にしても許されるというのではなくて、それは十分憲法十五条の趣旨というものを尊重して、そして資格を決めていかなければならない。また、選挙権、被選挙権の資格につきましては、憲法四十四条にありますとおり、ただし書きによる差別はこれは絶対的に禁止されておりますが、そうでない合理的な資格付与であればあえて違憲とは言えないというふうに考えております。
#15
○円山雅也君 私も余り、不勉強でございますが、少なくとも憲法の選挙に関する各条項を見る限り、または学界の御意見を拝見する限り、どう見ても、いわゆるまず選挙権、被選挙権がぽかりと何か天賦自然のような基本的人権として生まれてきて、そして何かそれの制限は、またたとえば公共の福祉か何かの条文を持ってきて、それでなければ制限できないのだというようなふうな前提のもとに、この委員会ではどうも、だからその制限がけしからぬ、けしからぬというような御論議にすぐ走ってしまっているような気がしてしようがないのですが、選挙権、被選挙権がもしもそうじゃなくて法律によって生じてくるところの一つのそういう資格または権利なんだとするならば、たとえば選挙権にすれば成年に、二十歳にならなければ、国民全部が持つわけじゃなくて二十歳以上にならなければできない。被選挙権に至ってはやはりこれも年齢から数えたっていろいろな制限がございます。
 そういう前提の上に立つものであって、そしてそういうふうに理解をしておいて、それが憲法の各条文に違反するような制度はいかぬのだという論議ならいいのですが、いきなりぽかっと不可侵の権利だというふうな御論議がよくどうもあるのですけれども、いまの両先生のお考えを聞きまして私もちょっと自分の考えに自信を持ったわけですけれども、そうしますと、昭和三十年二月九日の最高裁の少数意見にこういう考え方が出ております。
 これは齋藤裁判官と入江裁判官の御意見なんですけれども、両議院の議員の選挙権、被選挙権については、わが憲法上他の諸外国と異なりすべて法律の規定するところにゆだねている。されば両権、つまり選挙権、被選挙権です。両権はわが憲法上法律をもってしても侵されない普遍、永久かつ固有の人権であるとすることはできない。むしろ――ちょっと省略しますが、むしろ云々云々とあって、時宜に応じ、自由かつ合理的に規定し得べきものと解されなければならない。こういう少数意見がございます。
 清水先生、この点、こういう御意見についてはどうでございましょうか。
#16
○参考人(清水英夫君) 先ほどの私の説明と円山先生のお話とが必ずしも同じというふうにはちょっと受け取れなかったのですが、その点で補足しながら説明させていただきますと、私は、憲法十五条によって、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」、「国民固有の権利である」ということを書いてございますので、これは純基本的な人権であるというように考えて解釈することは差し支えないと思うのです。ただ、それはあくまで何といいますか抽象的理念的なレベルの問題であって、そのような固有の権利に対してどのような具体的な参政権を与えるかということについてはこれは法律にゆだねられている、そういうふうに解釈すべきであるというふうに考えます。
#17
○円山雅也君 この点は離れまして、先ほど清水先生から、選挙制度でもって全く個人抜きの制度になるようなことがあると、国民と候補者との間が遊離してしまう危険があるのだという御指摘がございました。その点につきまして今度の改正案、自民、社会両党案とも、一応候補者はリストアップをいたしまして選挙の前に前もって公表をするという手当てがとられておりまして、富田先生の御意見ですと、こういう手当てをするならば違憲の問題は起こらないじゃないか。つまり清水先生が一番危惧された、全く候補者個人が抜きになった選挙はちょっと危険だという御意見でしたけれども、そうすると、じゃこういうような候補者の個々のリストアップをしてそういう手当てをしての制度ならば違憲の問題がないという富田先生の御意見については、清水先生はどうお考えでございましょうか。
#18
○参考人(清水英夫君) 私が申し上げましたのは、技術的に可能であるならば非拘束的な要素を入れまして、そしてたとえば具体的に言いますと、ある政党がリストアップされた候補者の中に、ある政党については支持するけれどもこの候補者についてはどうしても賛成することができないということがあり得るわけですね、特に日本のようにかなり個人的なつながりを大事にする、いいか悪いかは別にして大事にする社会におきましては。そうしますと、それを除けば私はこれは賛成だという選択が全然できなくなってしまう。そうすると、全体としては賛成だけれどもこの人を当選させるぐらいならもうやめてしまおうとか、そういう方向に移る危険性はないだろうかということがありますし、またできるだけそういう――結局政治というのは個人に帰着するわけですから、そういう要素を技術的に可能ならば入れるべきだというふうに考えます。ただ、そうしないからといってそれは違憲だということにはならないと思います。
#19
○円山雅也君 こういう意見、これも憲法論なんで清水先生にお尋ねいたしますが、つまりいま先生がいみじくもおっしゃった、そのようなリストアップと違憲との問題、ちょっと違うふうにおとらえになっているようですけれども、たとえば十五条一項から選挙権、被選挙権を導き出しますという論理だと、選挙というのは、まるで「公務員」という規定が、表現があるものですから、個人選挙、憲法が予定している選挙というのは個人を選ぶ選挙に限るのだというような御意見、これはたしか日弁連もそのような御意見だったと思いますけれども、意見に直結してくるのですけれども、憲法上の要請として個人を選ぶことがそれは選挙で、政党を選ぶ選挙は憲法上もだめなんだというような、つまり個人選挙に限るのだというようなお考えはどうでしょうか。これは日弁連のたしか反論だと思いましたけれども。
#20
○参考人(清水英夫君) 先ほどこの点については、富田先生がおっしゃいましたように政党というものを抜きにして現代的な民主政治というものは考えられないわけでございますから、ですから全く個人を抜きにして政党法的な考え方でいけば違憲の疑いが出てくると思いますけれども、そうでなければ憲法十五条とそれから政党本位で選挙するということには矛盾は起きないと思います。
#21
○円山雅也君 最後に上条先生にお尋ねいたします。
 上条先生、先ほど比例代表制、これは合理的かつ公平な制度であるということを申されましたが、いわゆる比例代表制度というのは死票をなくして国民の意思を公正に国会に反映させるという制度として最も民主的な選挙制度である、つまり民主的な制度であるという点につきましては学界では異論がないのじゃないでしょうか。
#22
○参考人(上条末夫君) 先ほど富田先生もおっしゃいましたように、この比例代表制というものは現在考えられておりますこの代表制の中では最も合理的かつ公正な制度であるし、したがって民主政治においてこういう制度を取り上げるということは大変結構なことであると私は考えますし、多くの人たちがこの比例代表制というものについては非民主的だという意見は少なくともございません。
#23
○円山雅也君 終わります。
#24
○福間知之君 憲法論議が行われているわけですが、上条先生あるいは清水先生、富田先生、三先生とも今回の自民党提案あるいはまた私ども社会党提案になる全国区選挙の比例代表制については基本的に違憲とは考えられない、このように承知をしてよろしいでございますか。
#25
○参考人(上条末夫君) はい、そのように考えて結構でございます。
#26
○参考人(清水英夫君) 全般的に――疑わしき点はあると思います。ただ全般的には違憲ではないと思います。疑わしき点というのは、たとえば選挙運動の制限等については私先ほど申し上げたとおりでございます。
#27
○参考人(富田信男君) 私は基本的には憲法違反にならないと思います。ただし、政党が候補者リストをちゃんと提示した場合であるわけでして、候補者リストを提示しないで政党のみで戦うという場合は違憲になるのではないかと思います。
#28
○福間知之君 清水先生にお伺いしたいと思うのですけれども、すでに先ほど円山委員の御質問に対する御答弁の中にも触れておられますけれども、確かに日本における今日までの選挙の歴史からいきまして、有権者国民と候補者との触れ合いといいますか、かかわり合いというものを非常に強く持ってきた選挙でございます。
 したがって、政党本位の選挙に切りかえる場合に、富田先生のおっしゃる名簿リストを出さないで政党だけで選挙をするというのは論外といたしまして、名簿登載者を一定数出して国民に事前に公表して選挙に入るという前提でございますが、その場合でもやはり候補者自身のいわゆる選挙民との触れ合いを全く運動として認めない、選挙活動として否認する、政党の活動によってとってかわるということについて、私どもの場合少し一気にそこまでやることはやや飛躍ではないか。国民の側にも戸惑いが出るかもしれない。
 また、先ほど上条先生でございましたか、地方区選出議員とのあつれきなどが相互に起こってくるのじゃないかとか、あるいはまた選挙をやる政党の側からすれば、さらに具体的に種々な問題が地方区選挙と全国区選挙の絡み合いで生じてくることは予想されております。
 そんなことも考えあわせますと、私どもの案では一定の名簿登載候補者といえども選挙活動ができる。たとえば先ほど指摘されましたようにポスターが五万枚とかあるいははがきが十万枚、もちろんこれは国費での負担でございます。あるいはまた、現在の全国区制度で認められている宣伝自動車一候補者三台、これを一台にする、三分の一にする。私どものアバウトのもくろみでは、現行の全国区候補者の選挙のほぼ三分の一程度の量的な選挙運動を存置する、認めていく、こういう考え方を持っているわけですけれども、先ほど富田参考人も清水参考人もおっしゃられましたけれども、選挙運動はできるだけ自由化することが望ましいという観点に立てば、大体私どものこの考えが政党本位の比例代表制選挙を行うその範囲内においてそれにもとらない限度の選挙運動ではないのかと、こういうふうに考えまして提起をしているわけですけれども、この程度じゃ不十分だとお考えでございましょうか。
 これは何といいますか、きめつけた別に御答弁を求めているわけじゃありませんけれども、大体の感触としていかが富田先生、清水先生お考えでございましょう。
#29
○参考人(富田信男君) 現在の全国区制改正問題について、いろいろな理由、背景によって生じているのでしょうけれども、一つはやはり全国区の候補と国民との間の親近性というものが余りにも乏しいということからも生じていると思うわけです。そうしますと、全国区の候補者について、各党がリストアップされた方について、選挙公報とかあるいは新聞による広告とか、さまざまなことによって国民にどういう人物が社会党なら社会党でリストアップされているかということを知らせることは可能だと思いますけれども、しかしそれでも一体社会党はどういった候補者を持っているのかというのは必ずしも十分熟知し得るとは限らぬ。それで、社会党案に示されているものが適当かどうかすぐに判断しかねるのですけれども、やはり社会党はこういう候補者を立てているのだということを国民に熟知させるために、やはり候補者のある程度の選挙運動は認めていいのではないかというのが私の考えです。
#30
○参考人(清水英夫君) 社会党の案のように選挙運動をできるだけ政党、個人ができるようにするという考え方は基本的に私賛成でございます。
 ちょっとここで観点を変えて申し上げたいのですが、今度の公職選挙法の改正についてもそうですけれども、やはり最近のニューメディア――非常にとっぴですけれども、ニューメディアの状況というものをどれだけ御考慮に入れながらこういう選挙運動のことをお考えになっているか、どうもその点が私にとっては不満が残るところなんですね。つまりこれまでの選挙運動のあり方というものを前提としておつくりになっているのではないか。今後、非常に文字多重放送もすでに御存じのように現実化しておりますし、これからBS――放送衛星などもどんどん打ち上がるということになりますと、また在宅投票ということも十分に技術的には可能になってくる。そういうような将来に目を向けた選挙運動のあり方というものをやはり十分に配慮された上でのことなのかどうかということを、ちょっと御質問の趣旨とは外れるかもしれませんが、そういう意味で私は従来型の金のかかる選挙運動ではなくとも新しい技術の利用によって十分に国民に個人あるいは政党の立場を知らせるということは可能になってきているので、その辺のことをやはり考慮していただきたいというふうに思います。
#31
○参考人(上条末夫君) 私の指名はございませんでしたのですが、一言私申し上げておきたいと思います。
 社会党さんのいわば運動の仕方、私も基本的に賛成でございますが、もしつけ加えるとするならば、選挙公報のあり方を考えたらいいのではないかというふうに私常々思っておりまして、それは今度どのような選挙公報にするかということは私存じてはおりませんけれども、かなりに、政党だけを羅列してそこに政策を並べるというのではなくして、やはりそこに各政党がリストアップいたしました候補者名とその簡単な略歴とをつけまして、そしてさらに政党の政策という、との二本立ての選挙公報をつくれば、まあ選挙運動とは別でございますけれども、国民にそうした候補者を周知することができるのではないかというふうに考えております。
#32
○福間知之君 じゃ上条先生にひとつ御答弁をお願いしてお聞きしたいと思うのですが、先ほど御説明の中で、参議院も現状、政党状況から見まして衆議院と同じように政党化の趨勢は避けられない、こういう一定の御認識があると思うのですね。しかし、それで割り切ってしまってはいけないので、参議院は独自性を発揮する工夫をすべきだ、こういう御指摘がおありだったと思う。全くそのとおりだと私どもも考えておりまして、かねがね参議院では河野議長時代に各委員会のフリートーキング制の採用なども不十分でしたけれどもやってみた経過がありまするし、最近は参議院の改革ということで、今年度の予算の審議期から、言うならば各常任委員会が一定の時間、関係の予算審議を一斉に開催する、こういうふうな試みもやってみました。
 まだそのほかにも懸案が残っているわけですけれども、独自性ということになりますと、議員の選び方、今回のような選挙方法の改正だけでなくて院の運営そのものですね、旧来の惰性から脱却して何かやはり衆議院とは異なって参議院にふさわしい良識の府としての運営のあり方を確立すべきじゃないか、こういうような意欲で与野党お互いに勉強しているわけですが、この機会に先生もその独自性をどうするかを考えるべきだと御指摘ございますが、何か貴重なひとつ御示唆がございますればお伺いをしたいと思うわけであります。
 時間もございませんので清水先生にお伺いしますが、先ほどドント方式などでは選挙人が当選者に対する選択の自由が及ばない、したがって非拘束名簿式比例代表制が望ましいのじゃないかと、こういうようにおっしゃられたと思うのですが、それはちょっと私もはっきりしなかったですが、そうだとすれば、それはこの今回の比例代表制というものとはかなり趣の異なったものになってしまうというふうに私は結論として思うのですけれども、時間の関係でどこまでお答えいただけるかわかりませんが、簡潔にお伺いをしたいと思います。
 それから富田参考人でございますが、なかなかこれも貴重な御意見だと思うのですけれども、むしろ供託金は個人じゃなくて政党なり政治団体として出したらいいじゃないか、こういうふうなお話でありますが、これは外国でやはりこういう制度がございますのでしょうか。
 そのほか幾つかございますが、時間がありませんので以上でとどめたいと思います。
#33
○参考人(上条末夫君) 参議院の改革についてでございますけれども、私も幾つか考えておりますけれども、その一つは、やはり任期が六年という衆議院よりも長いわけでございますし、今度仮にこのような拘束名簿式の比例代表制案が採用されるということになりますと、参議院の議員の方は大変国政に専念できるということを先ほど申しましたわけでございますが、そういう意味で衆議院議員の方とは大分質が異なってくる、条件が違ってまいりますので、それだけにいままでのような選挙にかなりのエネルギーを割くというのではなくて、やはり参議院は衆議院をチェックする機能を果たさなければならないわけでして、したがって先ほども私申しましたように、長期的なビジョンを立てまして、そして国のあり方あるいは国内政治のあり方あるいは外交問題等々を十分配慮いたしまして、長期的なビジョンの上に立った法案の提出というものが考えられる。
 それから、私先ほど有能な人材が確保できるのではないかという期待を申し上げたのですけれども、仮に拘束名簿式になった場合に、やはり政党エゴが優先いたしまして、その党員あるいは党の貢献者というようなものが優先をいたしまして、従来の候補者とほとんど変わりがないというものでありますとかなり効果は半減してくるわけでして、そうではなくて、このリストアップされる候補者の中に、選挙をやって当選するという、こういう能力は持たないけれども、参議院議員としてすぐれた能力を持っているという方をこのリストの中に挙げることによってそれが可能であるというふうに私は考えたわけでして、従来と同じような候補者が出てくるのでしたらこれは余り人材の確保にはならないのではないかというふうに考えます。したがって、そういう有能な人材をリストアップするような、こういう方法を考えていただければと思うわけでございます。
#34
○参考人(清水英夫君) どのような制度にもメリットとデメリットがあると思うのですね。ですから、非拘束式になりますとどうしても技術的にむずかしくなるしわかりにくくなるというデメリットがあると思います。選挙制度というのはなるべく単純明快であることの方が望ましいわけであります。そうだとすると、単純明快だけで割り切ると改正しない方がいいということにもなるわけでありまして、いろいろな要素を考えなければならない。もしも拘束式をとるといたしますれば、いまの上条さんの御意見と共通するのですけれども、候補者選びの公開、プロセスの公開、これをぜひ公明正大にやっていただいて、どういうプロセスでこの候補者がそのリストの中に入ってきたかということは包み隠さずやっていただきたい、そうしなければ国民の疑いというのは晴れないというふうに思います。
#35
○参考人(富田信男君) 政党が供託金を出しているというケースは私は実は知らないのですが、これは私が個人的に考えたことであるわけです。公営選挙、多くの国では大体現議席に応じて政治資金を使用し得るようにしたり、どちらかというと大政党に有利なようなケースはありますけれども、イギリスでは供託金を出しておりますけれども、これは小選挙区制でして今度の場合のケースとは全然違うわけでありますが、私の知る限りでは政党が供託金を出しているというのはちょっと存じません。
#36
○多田省吾君 私は憲法論それから政治論、両方質問をいたします。
 まず、私たちはやはり個人の立候補を禁止したような拘束名簿式比例代表制は憲法違反だと思います。この前、日弁連が公法学者の方にアンケート調査をしたときにも、憲法上問題があるという学者の方が七割近くいらっしゃった。また、いま御意見を聞きますと、憲法上問題があるので非拘束にした方がいい、あるいは憲法に抵触しないように一人一党がいいというお話も、清水先生あるいは富田先生からあったわけです。憲法上問題があると言わない学者の方でも、たとえば国民主権を侵すおそれがある、灰色部分に属する問題が多いとか、あるいは政治論の方で今度はいまの全国区制にまだ愛着があると、こうおっしゃっている学者の方もおられるわけで、やはりこの個人の立候補を禁止した拘束名簿式比例代表制というのは大変憲法上、政治論上問題があると思います。
 先ほど円山先生が昭和四十三年の最高裁の判決のことをおっしゃったので私もちょっと述べますが、昭和四十三年十二月四日の最高裁の大法廷全員一致で、その判決の中に「憲法一五条一項は、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」と規定し、選挙権が基本的人権の一つである」と。その上に「誰を選ぶかも、元来、選挙人の自由であるべきであるが、」云々とありまして、被選挙権を「不当に制約を受けるようなことがあれば、」「選挙人の自由な意思の表明を阻害することとなり、自由かつ公正な選挙の本旨に反することとならざるを得ない。」ですから、「憲法一五条一項には、被選挙権者、特にその立候補の自由について、直接には規定していないが、これもまた、同条同項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである。」、こうあります。
 ですから、選挙制度審議会の第六次のときも、私もいたんですが、林修三元法制局長官も、この四十三年の最高裁の判決もあるので、個人の立候補を禁止した拘束名簿式比例代表制は憲法上疑問があると、こうはっきり公述人として公式的な場所でおっしゃっているわけですね。
 私どもも、自民党さんいろいろおっしゃいますけれども、憲法が認めた立法裁量の範囲内の合理的制限であるというようなことですが、自民党が昭和五十二年に出された改正案には無所属者の立候補を認めていたわけです。ですから、私は、個人の立候補を並列運用することは理論的にも実際的にも可能である、これを運用上の混乱等を理由にして退けることは意図的な排除であって合理的な排除じゃない。しかも、公共の福祉論によって基本的人権を制限するというようなことは、もうあらゆる基本的人権が侵されてしまうおそれがある。じゃ無所属個人は公共の福祉に沿わない存在かと、こうなります。
 私は清水先生にお尋ねしたいのですが、そういうことから見て、選挙権も被選挙権も立候補の自由もやはり重要な基本的人権の一つである以上、自由権あるいは社会権と並んで国民の参政権というのはもう大変な基本的人権の重要な一つですから、だから自民党案のように政党要件五名とか四%とか十名という、これが違憲にならない限界なのか、限界の意味はそういうところにあるのか。
 あるいは憲法二十案の結社の自由――非結社の自由というのもあるわけですよ。ところが、政党に帰属しない人は十人以上、しかも四千万円の供託金を出さないと立候補できない。当選できないと全部没収される。一人当選しても八人分三千二百万円没収されるというのは、そんななかなか立候補できないような過酷な条件をつけるということは、私は非結社の自由にも反するんじゃないかなと思うのですが、その辺、清水先生はいかがお考えですか。
#37
○参考人(清水英夫君) 御質問の点につきましては、一番最初に私が申し上げたことにほぼ尽きると思いますが、全く個人の立候補を禁止するという制度であれば、これは少なくとも憲法十五条にかんがみて憲法違反の疑いも出てくることは御指摘のとおりだと思いますけれども、しかし先ほど申し上げましたように、現在の案は絶対的に個人の立候補を不可能にさせているわけではない。できるだけその要件は緩和して個人の立候補を可能にすることが望ましいと思いますけれども、全く個人の立候補を不可能にしているわけではないということと、それから地方区と全国区と二つのシステムになっているわけでございますので、その点で地方区の方で個人の立候補ということも可能でありますし、総体的に見てこれが違憲であるというほどのことは言えないのではないかというように思います。
#38
○多田省吾君 地方区は別個の選挙なんですよ。一つ一つについて合憲か違憲かを論ずるべきであって――地方区は一人区二十六区、二人区十五区、ほとんど小選挙区制ですから。市川房枝先生のような方でも、東京地方区で落選される、全国区では最高当選されているわけです。そういった点から見て理由にはならないと思うのです。
 また、清水先生は選挙運動がほとんどできないということは憲法違反の疑いがあるということもおっしゃっておりますが、憲法論だけやっていると時間がなくなりますので政治論的に皆さんにお伺いしたいのですけれども、とにかく百年近く個人選挙が日本で行われてきた、候補者個人に投票する。今度は個人に投票すると無効だ、政党に投票せよ。そしてその政党名簿は政党がつくるわけです。国民はつくれないわけですよ。だから、きょうの朝日新聞の社説なんかにも、参議院全国区議員の自民党当選者名簿は、灰色高官として強い疑惑の中心人物がつくられるということになって、国民は容認できるだろうか、こういうような批判もあるわけですよ。私は、そういう姿から見て、非常に国民は容認できない、皆さんは本当に国民にわかりやすくとおっしゃっていますけれどもね。
 ワイマール憲法下の西ドイツで自民党案と同じものをやったら、国民有権者と立候補者の結びつきが非常に希薄になって、それで政治不信に陥ってヒットラーが出てきたというようなこともあるし、それから政党投票のみに限ることは大変非人格化ということで、人格化を入れようということでいまのヨーロッパの選挙制度は、ほとんど先生方おっしゃるように非拘束名簿で個人に投票する、個人も立候補可能だ、あるいは自由名簿で自由に国民がリストを変更できるとか、あるいは移譲式とか、全部個人本位の選挙に切りかえているじゃないですか、比例代表制。
 だから、われわれも比例代表制そのものが絶対いけないと言っているんじゃないのだ。私たち公明党も、たとえば政党化を進めてもいい、衆議院にあっても都道府県ごとの非拘束名簿をやったらどうかと提案したこともありますよ。だけれども、参議院に最も政党化の強い拘束名簿を、しかも個人も立候補できないようなものをばさっと持ってきて、衆議院以上に政党化を進めるということは、やはり参議院の本質論から見ても納得できない。そういう点から見て国民がとっても戸惑うのじゃないか。だから、ある方はどうも新しい全国区制度だと投票率が低下するおそれがあるから来年は衆参同時選挙にしょうなんていう、そんなこと新聞に出ていましたけれども、これは本末転倒だと思うのですね。
 ですから、そういう点から考えて、先生方、本当にこういうものが国民にとって納得できる改正かどうかですね。先生方もみんないろいろ基本的な立場をおっしゃった以上のいろいろな御注文をつけていらっしゃる。ですから、いろいろそれは疑問点あるいはそういったものをお持ちなんだなということはよくわかりますけれども、その辺の政治論から見て、この制度を採用した場合本当にどんな選挙になるのか、非常に私も恐れるものですから。参議院をりっぱにするためにいろいろ私たちも超党派でやったときも、国民の皆様から参議院に何を望むか、そのときはやはり参議院を衆議院以上に政党化を進めてもらいたくないと、こういう意見が圧倒的に多かった。
 そういう例から見まして本当にどうなのか。時間もありませんが、上条先生、清水先生、富田先生、それぞれ御答弁をいただきたいと思います。
#39
○参考人(上条末夫君) 改めて私の方からつけ足すようなことはないように思いますけれども、拘束名簿式でありましても国民が投票する際には政党だけではなくてやはりそこにリストアップされました候補者、これを考慮して投票することになるわけでして、単に政党だけに投票するということはこれまでもありませんし、今度のこの拘束名簿式でもやはり選挙人というものはそのときに候補者を考慮するわけでありまして、その政党の中に自分がどうしてもこの人は嫌いだという候補者が入っていればその政党には投票しないことになるわけでして、確かに政党に重点が置かれ、個人のウエートが低くなるということは言えますけれども、全く個人的要素がなくなるとは私は考えておりません。
 以上でございます。
#40
○参考人(清水英夫君) 憲法上問題があるということと、それから憲法違反かどうかということとは、これは憲法学者としては同一視するわけにはいかないので、憲法違反かどうかと言われるとあえて違憲とは言えないというようなことにならざるを得ないわけです。ただ、それで問題がおまえないのかと言われれば、それは問題があることは先ほど非拘束式のこととか選挙運動とか、そういう点で申し上げたとおりでございます。
 なお、やはり各政党にはそれぞれメリットもデメリットもあるわけでございますが、比例代表制を採用する場合には、やはり国民の政治的意識というものを比較的正確に議会に反映させる方式であるということについてはこれは疑う余地はないのではないか。ただ、全く政党だけで事を運ぶということであれば問題だということは重ね重ね申し上げたとおりでございます。
#41
○参考人(富田信男君) まずお答えする前に、多田先生からも選挙権は基本的人権じゃないかというお話がありまして、円山先生私に質問してくださらなかったわけですけれども、基本的人権というのは思想、信仰、良心の自由など、単に日本人に限らないわけです。日本人であろうが、アメリカ人であろうが、中国人であろうが、人が人である以上持つ当然の権利、それが基本的人権です。で、選挙権というのは国民の基本的権利であって基本点人権ではないわけです。それで、国民主権を大前提とする以上、その国民主権から論理必然的に発生する権利だということ、それをまず前提に置いて考えていただきたいと思うわけです。
 それで、政党化を促進することは確かかもしれませんけれども、現在、現実においても参議院の政党化というものは進捗しているわけで、むしろその政党化を促進、刺激することにはなるけれども、どの政党を国民がどの程度支持しているかということを明らかにすることによって、先ほど申しましたように、衆議院における議席率、それから得票率のギャップなんかからいろいろ問題が生じておりますが、他方参議院でそういったものを示す。それからやはり候補者としてそれぞれの政党のリストをリストアップされておりますので、その人を見て選ぶことになりますから、必ずしもそういう国民の人を選ぶ権利を全く否定するということにはならないのじゃないかというふうに思います。
#42
○委員長(上田稔君) 多田君、時間が超過しておりますので短く質問してください。
#43
○多田省吾君 私はいま富田先生のおっしゃった選挙権が基本的人権ではない、権利であるとおっしゃったことは大変疑問だと思います。やはりいまの小学校、中学校の教科書だってはっきり基本的人権と出ておりますし、われわれ国会議員としては、昭和四十三年の最高裁の判決で選挙権が基本的人権の一つとはっきり述べられている以上、それを否定するなんていうことは国会議員の資格を放棄することですからおかしいことでございます。
 まあ、それはそれとしまして、清水先生は先ほど憲法上問題があるということはおっしゃったわけですが、私の政治論的な質問に対して詳しい御答弁は時間的な問題もありましてお答えいただけなかったのですが、一つだけお願いしますが、世界じゅうでいまやっている選挙で、個人が立候補できないような拘束名簿式比例代表制ですね、個人に投票すると無効になるというような制度、全世界のどこにありますか、御存じでしたらおっしゃっていただきたい。
 私は、西ドイツの小選挙区比例代表制併用案、あれは一つの案で、その中には小選挙区制のところには個人に投票できるし、当選すれば名簿から除かれる。あれは一つの案ですから、完全拘束式じゃないと思うのです。だから、それ以外で本当に個人に投票して無効になるような選挙制度、比例代表制を全世界のどこでやっておられるか、御存じでしたらお答えいただきたいと思います。
#44
○参考人(清水英夫君) 私は選挙制度について専門家でございませんので、いまの御質問についてはお答えすることはできません。
#45
○多田省吾君 皆さんにお答えいただきたい、簡単に一言。
#46
○委員長(上田稔君) それじゃ簡単に御答弁を願います。
#47
○参考人(上条末夫君) 私もそういう例は知りません。
#48
○参考人(富田信男君) 拘束名簿式はありませんと思います。
#49
○多田省吾君 ありがとうございました。
#50
○近藤忠孝君 最初に富田参考人にお伺いしますが、先ほど参議院全体の比例代表制を提案をされたと、これはこの「政治悪への挑戦」という御本にもございますね。これは地方区はなくして全部全国区というのですね。これはもちろん政党政治を前提に考えておられるのだと思います。
 それからもう一つ、先ほど先生が言われた一人一党、それもその場合には当然お認めになっているのか、この点どうですか。
#51
○参考人(富田信男君) その本で一人一党を……
#52
○近藤忠孝君 いや、そうじゃなくて先生のお考えでですね。
#53
○参考人(富田信男君) 現在は一人一党を認めた方がいいのじゃないかという考えを持っております。
#54
○近藤忠孝君 その場合、一人一党を認めると政党本位の選挙と矛盾するとか、あるいは政党本位の選挙は自民党案なり社会党案なり政治悪で必然的なものなのだ、そいつはもうどけることはできないのだと、こういう意見があるのですが、それについては先生どうお考えですか。
#55
○参考人(富田信男君) 先ほど申し述べましたけれども、一人なら政党でない、それじゃ五人なら政党か、十人なら政党か、何人なら政党かというのは非常に判断がしがたいので、それで一人一党は認めるけれども、先ほど申し述べましたように、でき得るなら、もし可能ならば、どの党もどの政治団体も定数五十なら五十人のリストアップが望ましいのではないかというのが私の考えです。
#56
○近藤忠孝君 そこで、次に清水参考人にお伺いしますが、先ほどの意見聴取の中で、国政選挙においては国民の政治的な意思が正確に反映することが必要である、少数意見が反映することが不可欠である、こうおっしゃいましたですね。現在の全国区制度はそういう点では無所属が出やすい制度であるということが現実であります。そうなりますと、私が思いますのは、現実は確かに政党化の方向、多くの国民がそれぞれ政党を支持する。と同時に、無党派、無所属も支持するという、そういう現状があるわけですね。そうすると、そういう現状が正しく反映する制度、私はそれが最も合理的であり、かつまた国民主権を基礎にした憲法の精神に合致する方向である、こう思いますが、どうですか。
#57
○参考人(清水英夫君) 私は現在の全国区制度が必ずしも少数意見を的確に反映するように機能しているとは考えないわけです。いずれにしても、相対的な問題でございますけれども、国民の意見をできるだけ正確に反映するという点で言えば比例代表制の方がより反映し得るのではないか、そういう比較的な意味で申し上げたわけです。
#58
○近藤忠孝君 その場合は、もちろん私も現行全国区制度が完全と思っていないし、よりよい比例代表の方法があればそれは大いに進めるべきだと、そういう考えは持っております。
 そこでお伺いしたいのは、しかしその比例代表制をとった場合に、全国区制度はその場合考えの外に置いて、現実に政党を支持する人々がおる、しかしまた一定数無所属あるいは無党派を支持する人がおるという場合に、それが正確に議席に反映するというそのことは憲法の立場から見ても好ましいのじゃないか、こう思うのですが、どうですか。
#59
○参考人(清水英夫君) そういうような制度が発見されればその制度がさらに望ましいと思います。ただ、いま提案されている諸案も、必ずしも無所属の方を排除するということではなくて、有志的に無所属の方でも立候補して、要するに政治団体化すればよろしいわけですから、そういう点をふさいではいないという点で違憲とは言えないというふうに申し上げておるわけです。
#60
○近藤忠孝君 それから、先ほど先生は個人の立候補を全く禁止すれば違憲であるとおっしゃって、いまは無所属でも団体化すればとおっしゃったのですが、その前のお話ですね、個人の立候補を全く禁止すれば違憲であるという点について申しますと、自民党案も社会党案も個人としての立候補はこれはやっぱり禁止しているわけですね。たとえば四%の場合には一人でも出られるのだと思います。しかしその場合もやはり団体として出なければだめなんです。たとえば市川房枝党とか八代党とか青島党とか中山党とか、それじゃだめだというんですよ。となりますと、これは個人としてではもう出られないというに等しいのですね。そうなりますと、やはり現実的には先生がおっしゃった個人の立候補を禁止しているのじゃないかということになります。
 そしてまた、これは憲法上の概念でありますけれども、無党派主義もこれは一つの信条である。これは自民党さんも答弁で認めていますからそこのところはもう間違いないことだと思うのですけれども、となりますと、それはやっぱり四十四条に言う信条による差別の問題に当たらないか、こういう憲法上の問題が出てくるんだと思いますが、その点どうですか。
#61
○参考人(清水英夫君) 私はおっしゃるとおり形式的には個人の立候補はできない制度だと思いますけれども、実質的には何人かの同志を募ってそして政治団体化するということは可能なわけなんで、実質上個人の立候補は可能だと思っております。それができないというのであれば私の誤解であって、そうとすればそれは私は憲法上問題があるというふうに考えます。
#62
○近藤忠孝君 次に上条参考人にお伺いしますが、先生は主に政治意識の方の御研究でかなり造詣深いように聞いておりますが、その中で、政治意識というのは、まず一つは個人一人一人が政治的関心を持っているということ、それからそれが正しい政治的な知識に基づくということ、そしてそのみずからの自発的かつ自覚的な判断で政治的判断を行う、そのことが私は民主的な政治がより進む、またそれがさらに欄熟していくというぐあいに先生のお考えをお読みしたのですが、そう読んでよろしいでしょうか。
#63
○参考人(上条末夫君) そのとおりでございます。
#64
○近藤忠孝君 そこで、三人の先生にお伺いしたいのですが、そうなりますと、いずれにしても政党化の方向ありとなりますと、やっぱり政策論争が必要だと思うのですね。これは先ほど清水先生もまた富田先生も言われましたけれども、現行でもかなり選挙運動を規制しています。それ自身が憲法上問題があるとおっしゃったのですが、もちろん私たちはそれ自身が憲法違反だと思っていますけれども、仮に一歩譲って、現行のいろいろな規制が、これは個人本位の選挙だから個人に任しておくと政策論争などそっちのけにして売名をやったり個人的つながりで金で票を集めてくる、だからいろいろな規制が必要だと、こう言われておるわけです。それが大体制限の基本的な理由のようです。
 ところが、今度政党化になりますと政策と政策の論争。となりますと、いままで運動を制限した根拠がまず基本的に失われるのじゃないか。となりますと、ともかくも政党の運動になるんですから、その場合には政治活動、政治運動、これは基本的に自由であってしかるべきじゃないかと、私はこう思うのですが、三先生の御意見をちょうだいしたいと思います。
#65
○参考人(富田信男君) いまの御意見に賛成でして、基本的には選挙運動は可能な限り自由化した方がいい。ただその場合に、社会党案にも自民党案にもいろいろな制限がありますけれども、その限度をどこに置くかというのは非常にむずかしいのですが、方向としてはやはり自由化していただきたい。ことに政党の場合はそうである。
 それから、先ほど申しましたように、候補者の場合にも、こういう候補者がいるのだということを知る意味でもある程度は候補者にも選挙運動の自由を認めていいのじゃないかというふうに考えております。
#66
○参考人(清水英夫君) 私も先ほど申し上げましたように選挙運動というのはできる限り自由にさせるべきだと前からそう考えておるわけでございまして、個人的に言えば戸別訪問についても許されるべきである、戸別訪問を全般的に禁止している現在の制度は憲法違反である、それは私は考えております。
 それから、政党レベルで政策の浸透を図るためには、先ほどニューメディアのことも申し上げましたけれども、できるだけのメディアその他を使ってそして国民にその政策が浸透するという前提がなければ、そもそも今度のような制度は根本的な欠陥を持つことになるのではないかというふうに考えております。
#67
○参考人(上条末夫君) 私も同意見でございます。
 ただいま近藤先生が御指摘になりましたけれども、現在において無党派層が大変に多いわけでして、これが大変私は議会政治上一つのネックになっていると考える。これはやはり一つには政党側の責任だと考えるわけでして、国民の側で本当に信頼し支持できる政党が少ない。それじゃそれ以外の政党を望んでいるのかというと必ずしもそうでもないわけでして、大変その辺あいまいでございますが、現在の既成政党に対してかなり不信が強いわけです。それは一つにはこの政党の政策というものが国民の間に浸透していないというところにあると思います。したがって、この各党の政策というものをもっと国民に理解せしめ、そしてそういう理解のもとに政党支持というものが行われるべきであろうと思います。
 社会党案その他によりましても選挙事務所が都道府県一カ所になっておりますけれども、選挙事務所が都道府県一カ所ぐらいで果たしていいのであろうかというふうに私は感じるわけでして、もう少しこの選挙事務所などというものもふやして政党の政策活動というものを活発に展開できるようなそういう措置が必要ではないか。そして、この政党というものを選挙を通じまして十分に国民に理解してもらうという努力がなされるべきであろうと私は思います。
#68
○近藤忠孝君 最後に、供託金について触れられた富田、上条両参考人にお伺いしますが、供託金として厳し過ぎるのじゃないかとか、あるいは政党本位の選挙にしてはやっぱり矛盾があるのではなかろうかと、こういうお話がございました。私ここで指摘したいのは、一つは供託金の額もさることながらものすごい厳しい没収規定ですね、当選者の二倍を超えた分全部没収ですから。ですから、全国区比例代表だけに十名立てた場合あるいは五名立てた場合、両党案のを計算してみますと、一人当選できる力でそれだけの候補を立てた場合、四千万及び千五百万積んで、自民党案の場合には三千二百万没収、当選してもですよ。それから社会党案の場合九百万没収、こういうことになるんですね。
 私は当選して供託金没収されるなんていうことは大体供託金制度の基本に反するのじゃないかと思うのですね。しかもこんな高い額。となると、候補者一人当選させるためにこれだけの額の没収を覚悟しなければ選挙ができないなんていうことは大体無党派、無所属、小政党を排除することじゃないかと、こう思うのですが、それについてのお考えを聞きたいと思います。
#69
○参考人(富田信男君) 供託金というのは、先ほど申しましたように売名候補とか本当の意味の泡沫候補というものを規制するという意味合いがありますが、現在の自民党案なら自民党案によりますと、当選可能の人以外ほとんど立候補させることができないというか、計算しますと損になりますからなるべく当選ぎりぎりプラスアルファぐらいでとどめておくということになるのじゃないかというふうに思います。そして、ことに現在小会派や無所属の方も出ておられるんですが、その方は十人候補者を並べなければならぬ、そして結果的に一人しか当選しないというようなときにはおっしゃられるように供託金を没収されなければならないわけでして、したがって私は政党が供託金を出した方がいいのじゃないか、人数によって供託金の額を増していくというよりはそちらの方が望ましいのじゃないかというのが私の考えです。
#70
○参考人(上条末夫君) 私は先ほども指摘したわけですけれども、四百万円という供託金は高過ぎるのではないかということでございまして、政党要件を人数の方で制限し、その上にこの供託金を倍増するということになりますと二重の制限になるわけでして、いわゆる少数政党にとりまして大変不利になってくるわけでして、私は先ほど公平にと言ったのは少数政党を有利にしろということでは全くございません。しかし不利にすることはやはりいけないのではないか。
 比率的に見ましても、やはりこの当選人の倍以下は供託金没収ということになりますと、先ほど来計算されておりますような非常に少数政党にとっては金銭的な負担が大きくなってまいりまして、仮に十人集めて立候補できるといたしましても四千万円の金を集めるということは大変なことであるわけでして、私はむしろこの供託金、本当にこの比例代表制をしかも拘束名簿式でやるとするならば、供託金などというものはない方がいいくらいのものでありまして、むしろ公営選挙を進めることによりまして、この公営の費用によりまして選挙を行うと、そうすれば非常に立候補しやすくなってくるわけですし、この拘束名簿式であっても無所属の方ばかりが集まって十名あるいは五名一緒になれば立候補することができることになるわけでございまして、そういうことがなるべくできるようなそういう条件を整えておくのが必要であろう。
 それから、私は人数は余り少なくするのは問題だと申しましたのは、やはり選挙でございまして、候補者がある程度おりませんと国民の側でも判断がしにくいわけでして、一人だけよりもむしろ数人ないし十人ぐらいおりますと、より一層それらの人たちによって票が集められまして当選の可能性が高くなってくるということがございます。したがって、候補者の数はある程度あった方が私はよろしいと思います。そのためにもやはり供託金というのはそうつり上げる必要はないのではないかというふうに思います。
#71
○栗林卓司君 上条参考人と富田参考人にまずお尋ねをします。
 比例代表制というのは国民の政治意思の広がりの近似値を議会につくっていこうということだと思います。ですから、普通小会派が賛成でありまして、大会派が反対というのが比例代表制だろうと思うのです。それと全く逆な姿がなぜ起こっているのだろう。比例代表制はそういう趣旨ですから、民主主義の原則からいっても一番かなう制度ではないかといたしまして、選択肢が二つあると思います。一つは、移譲式をとるか自由名簿式いわゆる非拘束をとるか拘束名簿をとるか、いかなる制度をとるかという一つの選択肢。もう一つは、全国区だけやるのか、地方区を含めた、これは先ほどお答えございましたが、地方区を含めた両方なのか。この二つをまず制度として考えていく場合には選択をしなければいけない。
 そこでまず、移譲式か自由名簿式か拘束名簿式かですが、移譲式というのは確かに理屈はいいのだけれども非常に煩瑣で複雑であると言われております。それから拘束名簿の場合には、これはどなたも御指摘になりますように、この選挙制度が持っている非人格性、もうこれは最大の問題点。そうすると、比例代表制をとるとして、しかも日本の政治風土というものを十分勘案しながらこの第一の選択を行おうとすると、どれになるのでしょうか。私は自由名簿、すなわち非拘束しかないのではあるまいかと思っております。
 その次の全国区か地方区かなんですが、いまの日本の議会政治を見ますと、衆議院の方では大会派が当然いるわけですが、大会派が国会をいわば管理、コントロールしている。それは数の原理ですから別にどうこう言うことはありません。ところが、この国会を支配している大会派が事実上同時に行政を支配する。したがって、三権分立がこの一点ではもう空洞化しているわけです。政権交代があれば別ですよ。しかし過去の例に見る限りは政権交代はほとんどなかった。そうすると、ではそういう多数党に対して何でチェックをするか。それは不信任案の決議あるいは信任案の否決だと思うのです。しかし、これとても多数派の中で内部分裂でも起きない限りはまずとてもだめだという中にいまの自民党政治がそそり立っているのだろうと思います。
 それに対して参議院は何をするのだと。おまえたちは衆議院をチェックするのじゃないかと言われてみたときに、いまの地方区はどうかといいますと、これは事実上極端な小選挙区ですから大会派に極度に有利です。全国区はどうかというと、俗に準比例代表制と言われているぐらいにこれは比較的素直に国民の政治意思を反映している。となると、地方区も含めて比例代表にしようと、そうなったら、同じ政党化といいながら中選挙区で選ばれてくる衆議院の議員構成といささか違うはずだ。そう考えていくと、この第二の選択肢は全国区と地方区あわせてやるのが参議院の役割りからいっても当然ではあるまいかと思うのですが、上条参考人、富田参考人に御意見を伺います。
#72
○参考人(上条末夫君) 第一のお尋ねでございますけれども、二つの選択肢とおっしゃいましたけれども三つの選択肢をおっしゃったわけでして、名簿式か移譲式かということになると思いますが、移譲式が普通とられているわけでして、そのためにはかなり複雑な要因がございますので、なかなか採用がしにくいということもございますでしょう。
 それから名簿式の場合は政党の方で名簿をつくるわけでございますから、国民は非常に手数が省けましてわかりやすい。国民に選ばせるというのも大変これは問題でありまして、国民が十分にだれがいいかということの判断ができていればいいわけですけれども、そうでない場合にはなかなかこの目安がつけにくい。したがって名簿式がとられることになるわけですし、その名簿式の中で拘束式かあるいは非拘束かあるいは自由かということになってくるわけですけれども、やはりこれは政党の良識に従いまして国民にその目安を示すという意味で、私は拘束式の方が国民にとってはいいのではないかというふうに考えます。
 それから、第二の点でございますけれども、私先ほどちょっと申し上げたのですけれども、全国区だけで本当によろしいのか、地方区はどうするのかということは私自身が先ほど問題を提起したわけでございまして、同じ参議院議員でありながら異なった選挙方法によって選出された議員の間で本当にうまくやっていけるのだろうかという心配がありますし、いま栗林先生が申しましたように、同じ参議院であるならばむしろ同じ選挙方法をとった方がよりベターかもしれない、この辺は私も自信はございませんけれども、ベターではないか。
 その際には、地方区も全国区もあわせて比例代表制をやったらどうかというのが一つでございますし、もう一つは、民社党さんとそれからたしか公明党さんが主張されていたと思いますけれども、ブロック制でやる。これは仮に参議院の地方区の議員に地域代表制的性格を持たせるならばという条件でございまして、どうしてもそういうことが必要であればそういう全国区制の比例代表制とブロック制の比例代表制と、こういう形をとるべきであろうし、そうでなくて参議院は同じなんだと、やはりことごとく国民の代表であるから地域性というものは考慮する必要がないということであれば、全国区、地方区あわせて比例代表制にしてもよろしいのではないかというふうに考えております。
#73
○参考人(富田信男君) ヨーロッパで比例代表制を採用している国が多いわけですが、そこでのやはり一番の悩みは比例化表制をとりながら人の要素をどう入れるかということに苦心してさまざまな方式が用いられていると思うのです。先ほどちょっとスイスの事例を申し上げましたけれども、十人なら十人の定数でそのまま全部十人がリストアップされてまして、そのまま無修正で入れますと十票として計算される。で、修正されると修正されたとおりに計算されるわけですが、そこで人の要素も入ってくるわけです。確かにその計算はきわめてめんどうになりますけれども、可能ならば私は自由名簿式がよろしいのじゃないかというふうに思います。
 それから、全国区だけか、地方区も含めて両方行う方がよいのかという御質問ですが、全国区も地方区もやはり参議院として一体性を保たせるために両方――仮に全国区一本にせよフロック制をとるにせよ、本当は同じ方式の方が望ましいのではないかというのが私の考えでして、そして少数党の意見は、結局国会はディスカッションの場ですので、その国会のディスカッションがなるべく有権者にわかる、伝達されるような方策というのを考えていただければというふうに思っています。
#74
○栗林卓司君 またお二人に伺うのですが、さっき上条参考人は政党支持率が大変落ちてきた、ゆゆしい事態であるとおっしゃいましたし、片方では政党化は進んでおりますという富田参考人の御意見もございました。
 それで、なぜその政党支持率が低下したのだろうか、この理由なんですけれども、一つは価値観の多様化もあったかもしれません。われわれ政党に属している者から見ると、やはり痛烈な既成政党批判がその中に入っているのではないかと受けとめた方がどうも正直ではなかろうか。そうしますと、各政党ともそれぞれ、最近話題の自浄能力も含めて、自己改革の努力をしていくことによって有権者の信頼を取り戻していく、これが私は本筋だと思うのだけれども、政党離れが進んで、とにかくいま参議院では得票率でいいますと第一の政党が自民党です。第二の政党は諸派・無所属です。第三が社会党、こうなっているわけです。
 今度の改正案では、この諸派・無所属はまず切り落とされると考えていい。それは一緒に名簿をつくればいいじゃないかと言っても論弁でございましてね、個人本位の選挙から政党本位の選挙と言っている文脈には乗らないのです。ただ、名簿選挙で、しかも国民の代表として正当に選挙をされたという要件を満たすためにこれは名簿選挙なんで、ここにくっついてある団体名は名簿の仮称としての団体名ですというすりかえをしているだけであって、事実上は相当下をそぎ落としてしまうのは間違いない。
 そうなりますと、私にはこう見えるのです。政党離れが進んでまいりました。既成政党、特に大政党は大変困っております。そこで大政党が不況カルテルを結んだようなものだと。これに対して小会派がそんなやり方あるかと言って怒っているので、本来だったら比例代表制はむしろわれわれが主張すべきことであります。
 こういうやり方についての御意見を簡単にお述べいただきたいと思います。
#75
○参考人(上条末夫君) 先ほどもちらっと申し上げたのですが、この新しい選挙制度を導入することによって政治に活性化が期待できると私は申し上げた。これはいま栗林先生が御指摘の意味を含んでおるわけでして、やはり政治に対する関心の低下、あるいはこれが政党に対する支持の低下につながってきておるわけでして、戦後日本の政治、大変現在におきましてはマンネリ化してきておりまして、政権交代がないということもこれは重要なファクターの一つであろうと思います。したがって、政権交代ができるようなこういう政治状況というものをつくり出していかない限りにおいて、現在の陥っているこのマンネリ化を脱することはむずかしいというふうに考えます。その一つとしてこの比例代表制というものを採用し、そのことによって国民がどの政党をどのように支持しているのかということを明らかにするということが大変いいのではないか。
 先ほど富田先生もおっしゃっておりましたけれども、いままでの選挙ですと、個人本位と政党本位と両方がまじりあっておりまして、政党票だと言われている票がどのくらい本当に政党支持の票であろうか、大変疑問になるわけでして、個人的な票が大変多いのではなかろうかというふうに思います。そういう意味で、せっかく政党政治を行っていながら、国民に真にどの政党をどの程度支持しているかということを明らかにする機会がなかったわけでして、そういう意味で私はこの比例代表制というのは大変そういう機能を果たし得るのではないかというふうに期待するわけでございます。
 そして、栗林先生がおっしゃいますように、本当にこの比例代表制というのは、他の選挙制あるいは代表制――多数代表制、少数代表制に比べまして少数政党が有利な制度であることは間違いないわけでして、したがって本来ですとこれは少数の政党の方々の方から提案されるべきものであるにもかかわらず、今回は多数政党である自民、社会両党から提案をされているということでございまして、その裏は私わかりませんけれども、その点がむしろ私の方がお聞きしたいくらいのものでありまして、なぜ少数会派の先生方がこれに反対をなさるのか、むしろ積極的に賛成をされるという気がするわけでして、自民党にいたしましても社会党にいたしましても、先ほど私が申し上げましたように、参議院改革ということが出発点であって、その参議院を改革する一つの試案としてこれが私は提案されてきたというふうに理解をしているわけでありまして、それ以上のうがった私は見方については意見を差し控えたいと思います。
#76
○参考人(富田信男君) 栗林先生の御指摘のように、政治不信それから既成政党に対する不信というのは、一方では確かにかなり強いものがあると思います。
 それで、先生は大政党不況カルテルというお言葉を用いられたのですけれども、上条先生もおっしゃるように、比例代表制は本来は少数代表法でして、少数政党にむしろ有利だというような考えのもとに出発しているわけです。ただ、むしろ問題は、その政党の制約条件とかそれから運動の制約とか、そういうところにあるのであって、比例代表制そのものは、一方で衆議院があり他方で参議院があって、その参議院がやはり国民の政治的意思の所在というものを明らかにする機能を比例代表制を導入した場合にするのじゃないかというふうに考えます。
#77
○前島英三郎君 長時間御苦労さまでございます。
 三先生に伺いますが、まず上条先生に、原則的に拘束名簿式比例代表制は賛成の立場で御意見を述べられまして、その後で希望意見を挙げられました。伺っておりますと、希望意見はきわめて重要な点でありまして、事によると原則賛成も取り下げなければならないような内容だと私は思っているのですが、その一つに参議院の独自性ということを触れられました。衆議院との違いについて先生御自身はどのように期待しておられるのか、まずお伺いしたいと思います。
#78
○参考人(上条末夫君) 私は、せっかく上院が置かれている以上は上院としての機能は果たさなければならないであろう、この上院としての参議院、これはやはり一つには下院としての衆議院のチェックの機能があると思います。したがいまして、先ほどから申し上げておりましたように、まず有能な、少なくともと言っては申しわけないのですけれども、年齢的にも被選挙権に五歳の差がありまして三十歳以上になっているということは、やはり人生経験あるいは学識経験が豊富であるということを前提としているわけでありまして、したがってそういう方々が参議院議員にはなるべきであろう。
 そして、私は拘束名簿式に原則として賛成をいたしましたのは、このことによって選挙によっては当選できないが――選挙によってというのは従来の選挙でございますが、あれで選挙戦を闘い抜いて当選するということはむずかしいけれども、この拘束名簿式によれば当選できるであろうという方がリストアップされることを私は期待するわけでして、そういう意味で私は拘束名簿式に賛成するわけでして、もし人的要素を加えるということになれば、自由名簿式あるいは非拘束名簿式の方がこれは確かにそのとおりであろう。しかし、こうなりますと、選挙は政党のレベルじゃなくて再び個人のレベルにおける選挙戦になる可能性が出てきまして、私の望むような方が参議院議員にはなれなくなってくるというおそれがあるために、私はむしろ拘束名簿式の方がいいのではないかと、こう申し上げているわけです。そういう意味で参議院がそういう衆議院のチェックをする。
 それからもう一つは、独自性と申しましたのは参議院として衆議院とは違った何ができるのかということでありまして、一つは私は、長期的な見通しの上に立った判断をされまして、そういうこれからの日本の方向性を示すような、そうした法案の提出が必要ではないか。つまり衆議院から法案が回ってきたのを審議するというのではなくして、むしろ参議院の側からそういう日本の将来について大変重要なかかわり合いを持つようなそうした政策あるいは法案といったものをどんどんと提案していくという、そういう能力を持った方、そしてまたそういう機能を果たすことがいいのではないか。
 どうもいままで私が見ているところによりますと、衆議院の方が先に法案を出して、後からそれを参議院が審議するという場合が多いわけでございますけれども、必ずしもその必要はないわけでして、むしろ優秀な参議院議員の方々が集まりまして、その英知を集めた政策なり法案なりを積極的に提案されていくという、そのことによって私は衆議院のような四年任期、しかも中途で解散がいつあるかもわからないという、こういう不安定な議院よりも、安定して六年間その国政に携わることができるという利点を生かしたそういう独自性を出したらいかがであろうかというふうに考えるわけです。
#79
○前島英三郎君 そこで、自社両党案によりますと、政党が選定した人材がよりふさわしい人材でありまして、有権者の票を集めた人が必ずしも参議院議員にふさわしい人材とは言えないかのような私は中身だと思うのです。そこで、そういう意味では、衆議院とは違った参議院の良識というものがいま求められておるときに、逆にどのような豊かな学識経験者を有していたとしても、ふさわしい人材を有したとしても、その政党の論理に縛られて、しかも自由な判断ができないとしたら、これがよりふさわしい人材と言えるかどうかということなんですね。
 そういう点では、有権者の直接投票の結果に信を置かないとした民主政治というものは私は成り立たないという気がして非常に危機感を感じているわけですけれども、むしろ有権者の直接投票の結果に信を置かなく、しかも政党の判断が有権者のそれをすぐると、こう考えるようになってくると、それはファシズムの一つの始まりだというふうにさえ私は思うのですが、その辺はどうお考えになりますか。
#80
○参考人(上条末夫君) 私、ファシズムというのは大変嫌いなんですけれども、そういういろいろなポテンシャルといいますか、可能性はあるわけでございまして、その中で何が最も可能性が高いかあるいは何が最も期待できるかということで私は判断をしたいと思うわけでございまして、先ほども申し上げましたように、こうした有能な人材が入ってきますと、前島先生がおっしゃいましたように政党の論理で縛られてしまうのではないかとおっしゃっておりましたが、むしろ私は政党が変革されるのではないかということを期待するわけです。
 そういうことによって、既成政党が国民に余り支持されていない。しかし、この既成政党が脱皮することによって新たに国民の支持を回復することができるのではないか。私は現状のままの政党ではなかなかこの政党の支持を回復することはむずかしい。そこに何らかのインパクトを与えることによってそれが可能になってくるのではなかろうかというふうに考えるわけです。
#81
○前島英三郎君 また後ほど伺います。
 清水先生にお伺いしますけれども、先生のお話をよく聞いておりましたら、拘束名簿式ではなく非拘束名簿式が望ましいとも受け取れるような御意見でございました。この辺は富田先生も同意見で発言なさっておりますけれども、それと同時に選ばれる側の論理ではなく選ぶ側の論理でやれ、こういうお言葉で、これも私も全く同感でございます。具体的にはどのようなことが必要だとお考えでしょうか。
 いま非常にこの拘束名簿式が急がれておりまして、何かもうがむしゃらに突き進むみたいな雰囲気がありまして、国民がドント式とは、サン・ラグ式とは、拘束名簿式とはわからないままどうも突っ走られているような気がして非常に何とも言えない気持ちを持つのですけれども、やはりこれが周知徹底するにはかなりの期間もまた必要だろうというふうに思いますけれども、その辺はどのようにお二人の先生に伺えるかと思っております。
#82
○参考人(清水英夫君) いま前島先生がおっしゃった点は同感でございまして、私も政治の実情には疎いものですから、なぜこんなに急がなければならないのかという点は全く同感でございます。やはり非常に重要な国民の基本的な問題にかかわることですから十分に論議を尽くしていただきたい。特に国民の側にまだまだこの問題についての認識が不十分でありまして、それが不十分なままに制度化されますと、メリットが抑えられてデメリットが拡大するということにもなりかねないので、その点はひとつ良識の府でございますので、参議院でよろしく御審議を重ねていただきたいというふうに思います。
#83
○前島英三郎君 それで、両党案の中にも大変運動の制限がありまして、これは重大問題という御指摘もあったわけですけれども、運動にお金がかかるというところから自社両党案が出てきているようにも私は思うのです、背景には。やっぱりお金が一番だろうと思うのです。
 私は、選挙の公営化、特になぜ金が、かけているからかかる、なぜ残酷とこう言われるのかということを考えますと、選挙の公営化、特に思い切った、いまテレビの時代と言われておりますけれども、そういう方向がよいと思いますし、先ほどもまた清水先生もニューメディアというようなお言葉の中でそうしたことも御意見に述べられましたけれども、やはり公営化という問題、いかに金がかからないようにするのか、より多くの人たちにその意見が述べられるようにそれぞれの候補者がやるようにすべきかということが論じられないまま一つの制度が出てきたわけですけれども、その辺は清水先生もやはり公営化という問題の考えに対してはどうでございましょうか。
#84
○参考人(清水英夫君) 公営化という問題には簡単には賛成できないのでありまして、それはなぜかと言いますと、やはり選挙の国家管理の危険性が出てきますので、その辺のところを十分配慮しませんと公営化という点についてはにわかに賛成できませんが、しかしできるだけお金のかからない選挙にするということについては国民的な合意が得られるし、そういう意味ではおっしゃられるように新しいコミュニケーション手段を十分に御検討いただきたいというふうに思っております。
#85
○前島英三郎君 富田先生に伺いますが、一人一党を認めるべきだと、そうすれば憲法に抵触しないはずだとの御意見、これも私も同感でございます。先生のお立場としては、政党化は参議院においても当然のこととされておりまして、それならば供託金についても政党単位にしてはどうかというような御意見もありました。そして、その結果として二%未満の得票の政党は議席も与えないし、供託金も没収するという、こういうふうなことですけれども、つまり選挙前での制限をできるだけ緩くしておき、選挙結果によって政党の要件が問われる、こういう考えであると受けとめてよろしいでしょうか。
#86
○参考人(富田信男君) はい、そのとおりでございます。そのとおりですけれども、二%未満で供託金没収とは申しましたけれども、議席を与えないとは申しません。
#87
○前島英三郎君 そうしますと、非常にいまは価値観の多様化に伴って多党化していくのは世界的な傾向であるというふうに上条先生もおっしゃっておられましたけれども、それには私も同感でございますが、しかしまた上条先生はそれには限度があると言われましたが、その理由は何でしょうか。
 私は、むしろこれからも非常に多党化していく傾向であろうし、それをまた模索しているいま一つのそういう潮流ではないかとさえとらえている。いまのそれは既成政党がいかにだらしない状況になっているかということが、やはり国民の一つの願望の中に、一つの自浄作用の中に政党の努力の足りなさに対する不満というものがあるように思うのですが、それを先生は若干制限すべきだというような点がちょっとわからないのですけれども、いかがでしょうか。
#88
○参考人(上条末夫君) 私は無制限な多党化はよろしくないということを申し上げたわけです。どの程度がいいかということは大変むずかしいわけでございますけれども、日本の国会の実情を見てみますと、やはり国会議員十人くらいの政党でなければ、実際上政党政治が行われる中において政党としての役割りを果たし得ないのではないか。
 そこで、前島先生がおっしゃいますように、既成政党に対する不信感が高まって、しかも価値観が多様化してくると多党化してくるのは当然だと、こうおっしゃるのですが、そのとおりでございますけれども、もう一つ私は申し上げましたのは、政治は統合の機能を持たなければならない。したがって、富田先生は一人一党というふうにおっしゃっておりますけれども、一人一党は基本でございまして、その一人一党の中で共通した点があるならばそれによって連合して一つの政党をつくっていく。したがって、仮に無所属、つまり既成政党に反対の方々はこれはそれで私は結構だと思いますし、現在少なくともそういう既成政党に対抗し得るような政党の出現は期待されるところであると思います。
 しかし、国会議員になってもなおかつ一人一党であっては、やはり議会の中で政党としての機能あるいは議員としての役割りさえも果たしにくいという状況でありますので、そういう方々はやはりある程度妥協しまして、一つの連合的な政党を形成することによってそれが果たせるのではないかというふうに思います。
 したがいまして、私先ほど言いましたように、現在の七党ぐらいでよろしいと言ったのは、この七党が仮に本来の政党としての集約機能あるいは教育機能あるいは行政機能を果たし得るならばこれで十分でありますし、もしだめであるならばもう一党ぐらいはできてきてもいいのではないかというふうに申し上げるわけであります。
#89
○前島英三郎君 トラは死んだら皮を残し、人は死んだら名を残す、政党が霧散したら何も残らないというようなもので、どうも政党をかけがえのない一票を持っている有権者に押しつけるというものが果たして民主政治のあるべき姿かという点では、この比例代表制は議院内閣制をとっている衆議院、政党政治を優先している衆議院ならいざ知らず、参議院というものの土壌だけで考えたときに、私は大変やっぱり問題点があると思うのです。衆議院にない良識がまた参議院にいまは求められていると思うわけです。
 私たちは一人一党、それは正直言いましてタレントという立場でありますから、それは非常に何億も使っている皆さんから不愉快なまなざしを受けるかもしれませんけれども、それゆえにガラス張りで政党に拘束されていない自由がありますので、参議院の中で、解散もない中でじっくりと一つの専門分野の中で取り組むということが可能なわけですね。今度はそういうことを、それぞれのプライオリティーを政党がすべて決めてしまうということになりますと、国民に政治の目が向くだろうか。やはり順番獲得のために派利派略、個利個略、そういう形で国民がますます政治離れということになりはしないか、参議院無用論になりはしないか、そういう危惧を抱くのですが、その辺も含めまして三先生に一言ずつお伺いして、私の御質問は閉じさせてもらいます。
#90
○参考人(上条末夫君) 私は全部にお答えすることはできませんが、一つだけ申し上げたいことは、日本の政党というものは国民の基礎の上にあるということをさらに認識していただきまして、政党があってそれを国民が支持するのではなくて、国民の支持の上に政党が成り立つという、こういう発想の転換が必要であろう。
 もう一つは、日本の政党は拘束力が強過ぎはしないか。もう少しこの多様化した社会におきましては政党自体も柔軟性を持つ必要があるのではないか、こういうふうに思います。それだけでございます。
#91
○参考人(清水英夫君) 先ほど二大政党の不況カルテルだという御指摘がございましたけれども、私はこの拘束式の採用によって政党が不況から脱却できると思ったらこれは大間違いであって、それは国民を非常になめている考え方だと思うのです。恐らく提案されている方はそういうことではないと思っております。
 私は、むしろ現在における政治的無関心層の増大を憂慮するわけでありまして、そういう価値観の多様化ということが多党化を生むことはこれは間違いないと思いますけれども、そういう方向に向かうのではなくて、政党政治への、不信につながっていくということは、これはとりもなおさずファシズムに大きなチャンスを与えることになるわけでありますから、したがってこれは国民がどのようにしたら政党を信頼できるかという政党自身の問題だと思います。そういうことを抜きにしてこの制度を考えても、それは意味のないことだというふうに考えます。
#92
○参考人(富田信男君) 一人の政党もやがて多数党を目指していると思います。ですから、一人の政党だということで政党の体裁をなしてないということは必ずしも私は言えないと思うのです。それで、多党化は国民の利害が多様化している以上これはある程度までは必然的じゃないか。ただ、そういうところで比例代表制に賛成いたしますのは、やはり比例代表制にして名簿をつくりますと、選挙に余り悩まされずに長期的なプロジェクト、福祉の問題その他長期的プロジェクトに取り組めるじゃないか、そういう観点から比例代表制に賛成するわけです。
 それから、参議院ではフリートーキングをなさっていらっしゃるようですが、これはほかの方がどうお考えか知りませんけれども、場合によってはクロスボーティングというものもあってもいいのじゃないかというふうに考えます。
#93
○委員長(上田稔君) この際、お諮りいたします。
 委員外議員青島幸男君及び中山千夏君から発言を求められておりますので、これを許可することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#94
○委員長(上田稔君) 御異議ないと認めます。
 それでは、青島君に発言を許します。青島君。
#95
○委員以外の議員(青島幸男君) 参考人お手洗いのようですから、ちょっと御出席をお待ちしたいと思うのですけれども、いかがでございましょうか。
#96
○委員長(上田稔君) 速記をとめて。
   〔速記中止〕
#97
○委員長(上田稔君) 速記を起こして。
#98
○委員以外の議員(青島幸男君) どうも参考人の皆さん方御苦労さんでございます。
 私も一、二点御質問させていただきますけれども、お三方の御意見をお伺いしておりますと、おおむね原則的には賛成なさっておられるようにお伺いしました。しかし、それぞれに大変厳しい条件もお設けになっておられますようですし、まず共通してお三方の御意見に見られるのは、とにかく選挙制度を変えるというようなことは実に日本の国の民主主義政治にとって重大な問題である、このことを国民の多くの方々に実情を周知徹底せしむることがまず前提条件として必要であろうということは、お三方の御意見として私は承ったつもりでおりますけれども、私の聞き方が違っておりましたらおわび申し上げますけれども、その点につきまして、こういうわが国の民主政治の行く末に非常な影響力を及ぼすであろうと思われるような選挙制度の改革の案の審議のあり方ですけれども、清水先生おっしゃられましたように、ただ従来の選挙のやり方、選挙制度のみから目を転じて、ニューメディアあるいはどういう形の手段がこれから出現するかわかりませんけれども、そういうところまで含めまして、もっと国民的な規模で大きく議論が交わされた後にこういう委員会に持ってこられて審議するというようなかっこうがむしろ私は望ましいと思っております。
 御承知のように、いまごらんいただいておりますように、当委員会におきましても過半数を自民党一党が占めております。私と中山さんはいまお聞きのように委員外発言でございまして、正当な委員としての立場を認めてさえいただいてない状態でございます。しかも、議員立法という形でこの重大な問題がこの委員会で審議されまして、しかもついせんだっては、大変不名誉なことを申し上げて恐縮でございますけれども、当委員会で審議中断の動議が突如出されまして、これがそのまま認められて委員会がストップいたしまして、何日か空転存したというような悲劇的な事実もありました。
 こういう状況の中で、この東大な法案が、第三者機関にゆだねたり、あるいは多くの方々の御意見を聴取することなく、きょうは参考人としておいでいただいておりますけれども、もっと広い視野で物を考えた上で十分な論議が国民的な規模でなされて、その上で判断をされるということがより望ましいと私は思っておりますけれども、お三方にそれぞれ御意見を承りたいと思います。
#99
○参考人(上条末夫君) 私は、もう繰り返しませんけれども、この新しい制度を導入するに当たっては、十分国民に周知徹底するようなそういう努力を期待するということを最初に申し上げておるわけでございます。
 それから、審議に当たりまして、私いま政党の拘束性が強過ぎると言ったのは富田先生の発言されましたクロスボートを考えているわけでございまして、拘束名簿式とは関係ございませんで、つまり政党の拘束力が強過ぎて政党の議決あるいは決定がそのまますべての議員を拘束し、自由な発言ができないというような状態がもしあるとすれば、そうしたことが問題であろう。ですから、余りそういう党の決定にこだわらずに自由に意見を表明いたしまして、特に参議院でございますから、それぞれの良識ある方々のお集まりでありますし、そうしたところで自由な発言をして、しかも効率的な審議がなされることが必要でありまして、余り党の決定にこだわり過ぎますと同じことの繰り返しが行われたりする危険性もございますので、かなりそういう党の拘束性を弱めて自由な発言ができるような、そういうところでなおかつ効率的に審議をされることが必要ではなかろうかというふうに思います。
 そうした中でやはり問題なのは、この制度を導入するあるいはしないことによってどういうメリットがあるのか、あるいはどういうデメリットがあるのかということをもう少し明確に国民に示すべきではなかろうかというふうに思います。
#100
○参考人(清水英夫君) 私の意見はもうすでに申し上げたので、繰り返しになりますのでごく簡単に申し上げたいと思いますけれども、その比例代表制が国民の政治的意思を比較的正確に反映する制度である点を評価するとすれば、現在の選挙区の定員是正の問題とは論理的に一致する問題でありまして、私はそいったことをやっぱり考慮しながらやっていただきたいということを先ほど申し上げたとおりでございます。ですから、そういう選ぶ方の論理を大いに尊重していただきたい。
#101
○参考人(富田信男君) 今回の全国区制改正につきましていろいろな新聞で何回か確かに報道されておりまして、私はそのコピーを持っておりますけれども、それでもまだ不十分だと思います。それで、手段はよくわかりませんが、何らかの手段でもう少し国民に周知徹底させる方策が考えられてしかるべきじゃないかというふうに思います。
#102
○委員以外の議員(青島幸男君) 御意見を伺いました。
 それでは個別にお尋ねをするのですけれども、どうも上条先生の御意見を伺っておりますと、大変に国会議員は全員善人で非常に有識者ばっかりで私利私欲を離れて国に貢献するという方々ばっかりお集まりで、そのようにとんとんと進むというふうな御見解をお持ちのように、お人柄でしょうか、大変楽観的にお考えになっているように拝察するのですが、有能な人がこういうやり方をすれば出られるであろう、あるいは政治の活力が増すであろうという御意見も先ほどから承りました.けれども、もしそのようなことが前提としてあればこんなところでこんな議論をしなくて済むわけですね。
 実際にどういう人が出るだろうかということは、党が順位を決めるわけですから、これはおどろおどろした金銭的あるいは派閥的闘争が当然行われるだろうということはよくわかりますし、それから政治が活発化する、活性化するであろうということですけれども、先ほど先生もちょっと危惧の点をおっしゃいましたけれども、従来のような人が出るようなことだったら余り私は期待できないということもおっしゃられたようですけれども、まさにそうならざるを得ない宿命があるわけですね。ですからその点をお考えいただきたいと思います。
 それからもう一つは、政党の拘束が非常に強いので参議院がその意味を失いつつあるのではなかろうかということが叫ばれておる折に、政党化をもっと進めてしまうような拘束式比例代表制を取り上げますと、先生の危惧はますます深くなってしまうというふうに私は考えますけれども、時間がございませんので簡単にお答えをいただきたいと思います。
#103
○参考人(上条末夫君) 繰り返しになりますので簡単に申し上げますけれども、私はそういうような前提を設けまして、前提というよりは条件をつけまして、そのような参議院になってほしい、それでこの代表制案がそれに寄与するならばそれに賛成する、こういうことでございまして、まあ各党の中でどのように候補者が選ばれてくるかということは次の段階の問題でございましょうし、それも良識ある態度で決定がなされることを私は期待するわけでして、もしそうでないならば国民の批判は一層強まるわけでありますし、そういう政党に投票する人は少なくなるわけでありまして、結果として国民の審判を仰ぐということになるわけですから、そういう意味で私は余り心配はしないわけでして、むしろ今度は国民の良識ある投票行動というものに期待をする、こういうことになると思います。
#104
○委員以外の議員(青島幸男君) 清水先生にお尋ねいたしますけれども、先ほども個人の立候補が全面的に認められないようであれば違憲ではなかろうかという御意見でございましたが、先ほども政党に所属しないということも一つは信条としてお認めいただけているような風潮でございました。私申しますのは、参議院はすべからく政党に所属しない人によって構成されるべきだという信念と申しますか、政治信条を持ってこの場に臨んでおります。これも私の信条でございますので、この信条を貫いてまいりますと、たとえ選挙のための便宜的な行動にしろ政党に所属しあるいは政党を構成することが自己矛盾に陥るわけです。この点を憲法の上からも、あるいは政治信条の上からもどのようにおとらえになりますか、御意見を承りたいと思います。
#105
○参考人(清水英夫君) 青島先生がどういう信条をお持ちになろうとそれはもう全く憲法上保障されているわけでございます。そういう信条のために差別されるような選挙制度であればこれは違憲となります。したがって、そういうある種の信条を持とうと持つまいとそれは自由なんですが、そういう人を全く排除する場合には違憲の疑いが出てくるということを申し上げておるわけであります。
#106
○委員以外の議員(青島幸男君) まさにそのお答えを私は伺いたかったわけでございまして、明らかにこの法案が憲法違反であることを確認いたしました。ありがとうございました。
 終わります。(発言する者多し)
#107
○委員長(上田稔君) お静かに願います。
 中山君。
#108
○委員以外の議員(中山千夏君) まず最初に上条さんにお伺いいたしたいのですけれども、先ほどからもういろいろな形でお答えも出ておりますが、もう少し詳しくお伺いしたいので御質問いたします。
 この改正によって政党に対する関心は高まるという御意見を先ほどおっしゃったように聞きました。それからまた、その後の質疑の中で、この改正によってこれをきっかけにして政党が脱皮するであろうと、そういう期待を持っているということだろうと思うのですけれども、この辺のところがどうも私は具体的にちょっとよくわからないのですね。どういうふうに関心が高まっていくのか、あるいは政党がどのようにどういうきっかけで具体的にはどう脱皮していくのか。
 私が期待する脱皮といいますと、多くの人たちがそうだと思うのですけれども、やはり金権体質がなくなっていくとか、それから国政に本当に一般国民のことを第一に考えて党利党略を離れて政治に励むというようなことだろうと思うのですけれども、そこを少しお聞かせください。
#109
○参考人(上条末夫君) まず最初の第一の点でございますけれども、政党に対する関心が高まるであろうと申しましたのは、従来の選挙はどちらかといいますと政党よりも個人が中心になった選挙でございまして、中山先生も個人票をお取りになって当選されたわけでございますけれども、どうも政党の影が薄い。選挙のときには政党の影が薄くなりますが、いざこの国会の場になってきますと、政党が前面に出てきて個人は引っ込んでしまうという、こういう状態が見られたわけでございまして、そこに国民は、せっかくある人に期待をかけて投票したのにその人がどうも国会へ来たら途端に期待に沿うような活動ができなくなったという、こういうことが一つの国民の政治あるいは政党あるいは政治家に対する不信の原因になっているように思うわけでございまして、そのためには、やはり政党を支持しそしてその政党が自分の期待するような活動をされるという、その政党に整合性がなければならないし、その所属する議員はやはりその政党の所属議員であるということが明確にならなければならない。
 つまり、投票するときに政党を忘れて投票するという、そして後であああの人はあの政党の人だったのかというようなことがしばしば生じるわけですが、少なくとも参議院におきましては、個人的な要素というものをなくしましてどうしても実質的には政党政治になるわけでございますので、そういう政党と同時に個人を選べるようなシステムがあれば政党に対する関心は高まるのではなかろうかと、こういう期待でございます。
 しかし、一方におきまして危惧もございまして、今度は無党派の人たちが棄権する可能性は確かにあるわけです。これは特に申し上げなかったわけですけれども、多くの棄権票が生ずるという可能性も全くないわけではございません。そういうものに対する危機を若干私も感じております。したがって、完全な制度というものはなかなか見つけにくいわけでございまして、そのどちらがよいかということで選択をしなければならないだろうと思います。
 それから、政党が脱皮するであろうということは、私は再三申し上げましたように、選挙に強い人が必ずしも政治家として適当であるということは言えないわけでございまして、いまのこの選挙制度ですと、第一に選挙に当選する、つまり選挙で集票能力を持った人がすなわち政治的能力を持っているというふうに判断されがちでありますけれども、それはどうであろうか。やはり選挙で票を集める集票能力と政治家としての能力というものは必ずしも一致しない面があるのではないか。そういう意味で私は、選挙の集票能力はないけれども政治家としては十分な能力を持っている、こういう方がこの拘束名簿式によってリストアップされ、その方が当選をしてくる、このことがその政党の中に新風を吹き込んでこないものだろうか、そういうふうに期待をするわけです。
 つまり、選挙にさえ強ければいい、そしてそういう人が党内で大変な実力者としての、何といいますか、役割りを果たすというようなことだけでいいのだろうか。それと違ったもう一つの面の、そういう政治家としての能力を持った人がその政党の中で重要な役割りを果たせるようになれば政党の脱皮ができるのではないか、こういうふうに期待をしております。
#110
○委員以外の議員(中山千夏君) 選挙にさえ強ければ必ず政治的な能力があるとは限らないというのはそのとおりだと思うのですけれども、選挙に強いということは多くの人がよかれあしかれ選んでしまうというわけでありまして、そこのところでは上条さんは多くの人が選んでしまうことを必ずしも肯定的には受け取っていらっしゃらない。そして、この政党本位になった場合には、選ぶ方の良識というものを非常に肯定的に受け取っておられて、明るい展望を持っておられて、有権者の選択によって、審判によって政党はよくなっていくであろうということをおっしゃるので、そこのところがどうも矛盾しているように思うのですね。
 それともう一つ。私の方は、政党というものをいま見ておりまして、制度が変わって脱皮するぐらいだったらいま脱皮してもいいのじゃないかという気がすごくしますし、それから名簿になった場合に、先ほどおっしゃっていたように上条さんがお考えになるような有能な方が各政党の名簿にずらりと並ぶかどうかというところにも非常に疑いを持っているわけなんですね。そういうところはどういうふうに克服していらっしゃるのでしょうか。やっぱり政党の良識というようなことなんでしょうか。
 その辺のところを、政党の良識を信じていいものかどうかというのをお三方に伺いたいのですが。
#111
○参考人(上条末夫君) これは少なくとも政党の良識を私は信じざるを得ないわけであります。もし政党に良識がないということであるならば、政党政治は否定されなければならないわけでありまして、日本の議会政治そのものが崩壊せざるを得ないということになってくるわけです。少なくとも現在の政党は全部だめだ、全部解党しろと、こういうことにもなりかねないわけでして、私はそうではなくて、少なくとも現在存在するところの政党は何らかの、多少の差はあるとしてもそれなりの政党の機能を果たしておるわけですし、議会政治の上において重要な役割りを担っていると考えるわけでして、ですから相当にやはり良識があると私は認めたいわけです。
 それから、選挙に強い人が票をとったのをどう評価するか、私はこれは素直に認めなければいけないと思います。国民の支持を得た者は、これは少なくともそれを率直に認めなければならないわけであって、少ない人の方がむしろ国民から支持されて多い人の方が国民から支持されなかったんだというような、そういう論理は私は持ちません。
 ただ、この票のとり方に問題があるわけでして、国民の側では必ずしも合理的に判断をして投票をしているとは限らないわけでして、むしろ同調的あるいは感情的な投票が多いわけで、特に個人本位の選挙に際しましてはそういうものが優勢になってくるわけでありまして、したがって、政党本位の選挙になりますと、より一層国民は合理的な判断によって投票することができる可能性が出てくるわけである、少なくとも個人的な感情はまじってこないわけでありまして、そのように考えるわけでございます。
#112
○参考人(清水英夫君) 世の中にはザインとゾルレンと両方あるのですが、政党にもソルレン――あるべき政党と、それからある政党があるわけでありまして、私たちが期待を持つのはあるべき政党であってある政党ではないわけであります。したがって、現在におけるある意味での政党離れというのは、まさにこれは政党自身の責任として強く受けとめていただきたい。
 私が本当に危惧いたしますのは、政治というものが国会の中であるいは政党同士の間だけで一種の取引の道具というようなことになりますと、ますます国民の政治不信、政党不信につながって、そうしてやがて民主政治の崩壊にまでいくのではないかということを非常に憂えるわけであります。そういうことであります。
#113
○参考人(富田信男君) 選挙に強いということはそれだけのやはり支持があるということで、私はそれなりに少なくとも国民の何らかのものを代表しているというふうに考えるわけです。それでも国民から多くの批判を受ける政治家が選挙されてきているということは確かに事実かもしれませんけれども、私は政党の良識に信頼するというよりやはり長い目で見れば国民の良識に信頼するわけでして、現在の政党離れもやはり一面における国民の良識の反映じゃないか。
 それからまた、リストにどういう候補が並ぶか、いいかげんな候補が並ぶか本当に識見のある候補が並ぶかということについて、一回目、二回目はわからないにしても、やはり時間をかければ国民はすぐれたリストを考えた政党を選ぶようになるのではないかというふうに考えます。
#114
○委員長(上田稔君) 時間がありませんが。
#115
○委員以外の議員(中山千夏君) もう一つだけ。
#116
○委員長(上田稔君) じゃ中山君、短く願います。
#117
○委員以外の議員(中山千夏君) はい。
 いろいろ皆さんの中から疑問点もたくさん出てきまして、そのことについては修正意見なども含めてずいぶん根本的なところにかかわりがある問題が出てきたのでちょっとびっくりしているようなところもあるのですが、かなりこれは時間をかけて、強行採決なんかはしないでやっていくべき問題だと私は思うのです。上条さんはかなり積極的に御賛成のようですけれども、一人の国民の立場として、強行採決をしてでも早期に通してしまった方がいいとお思いですか、それともきちんと審議をした方がいいとお思いでしょうか。これを最後の質問にします。
#118
○参考人(上条末夫君) それは私はあくまでも皆さん方を信頼いたしまして、十分なる審議を期待いたします。
#119
○委員以外の議員(中山千夏君) どうもありがとうございました。
#120
○委員長(上田稔君) 以上をもちまして質疑は終了いたしました。
 参考人の方々には長時間にわたり有益な御意見をお述べをいただき、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後一時散会
ソース: 国立国会図書館
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