くにさくロゴ
【PR】姉妹サイト
 
#1
第096回国会 公職選挙法改正に関する特別委員会 第12号
昭和五十七年六月二十四日(木曜日)
   午前十時十一分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 六月二十三日
    辞任         補欠選任
     円山 雅也君     関口 恵造君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         上田  稔君
    理 事
                中西 一郎君
                降矢 敬義君
                村上 正邦君
                赤桐  操君
                多田 省吾君
    委 員
                井上  孝君
                小澤 太郎君
                小林 国司君
                斎藤栄三郎君
                関口 恵造君
                田沢 智治君
                玉置 和郎君
                名尾 良孝君
                鳩山威一郎君
                藤井 孝男君
                野田  哲君
                宮之原貞光君
                大川 清幸君
                峯山 昭範君
                近藤 忠孝君
                栗林 卓司君
                前島英三郎君
   委員以外の議員
       議     員  青島 幸男君
       議     員  中山 千夏君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        高池 忠和君
   参考人
       名古屋大学教授  長谷川正安君
       慶應義塾大学教
       授        堀江  湛君
       中央大学教授   佐竹  寛君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○公職選挙法の一部を改正する法律案(第九十五
 回国会金丸三郎君外四名発議)(継続案件)
○公職選挙法の一部を改正する法律案(宮之原貞
 光君外二名発議)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(上田稔君) ただいまから公職選挙法改正に関する特別委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 昨日、円山雅也君が委員を辞任され、その補欠として関口恵造君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(上田稔君) 公職選挙法の一部を改正する法律案(第九十五回国会参第一号)及び公職選挙法の一部を改正する法律案(参第二号)につきまして、参考人の方々から御意見を聴取いたします。
 参考人といたしまして、名古屋大学教授長谷川正安君、慶應義塾大学教授堀江湛君及び中央大学教授佐竹寛君の御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 皆様には御多忙中のところを御出席いただきましてまことにありがとうございます。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。本日は、皆様から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じますので、よろしくお願いをいたします。
 それでは、議事の進め方について申し上げます。
 まず、お一人十五分程度で順次御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えをいただきたいと存じます。
 それでは、まず長谷川参考人にお願いをいたします。長谷川参考人。
#4
○参考人(長谷川正安君) すでに当院には、参議院議員の選出に拘束名簿式比例代表制を導入する公職選挙法の一部を改正する法案が自民党及び社会党から提出されておりますが、私の見解では、両党の法案は同工異曲であって、その基本的性格には変化がないと思われますので、両案を同時に対象としながら私の意見を述べることにいたします。
 私の意見は大きく二つに分けられます。一つは両法案の政治的性格についてです。もう一つは、私は憲法学を専攻しておりますので、その憲法的性格について述べさせていただきます。
 政治的問題の第一は、今日、選挙制度についてさまざまな重要問題が山積しているときに当たりまして、ほかの問題を差しおいて参議院全国区の改正だけが、各党への相談もまた第三者機関への諮問もなしに唐突に国会に提案されたことがどういう政治的な意味を持っているかということです。周知のように、現行の選挙制度につきましては、最高裁判決ですでに違憲と判断された公選法の別表の問題、すなわち議員定数不均衡の問題がありますし、下級審ではありますけれども、しばしば違憲判決の出ている戸別訪問禁止の問題もあります。また、すでに法律で定められた再考期間が過ぎてしまった政治資金規正法の問題など、緊急の問題がたくさんありますけれども、それらが何ら解決されていないのに参議院全国区の改正問題だけが登場するのは、私の印象では立法の順序としていかにも不自然だという感じがいたします。
 そのことは、私当特別委員会の議事録を拝見してまいりましたけれども、四月二十八日の峯山議員の発言にありますように、昭和四十九年十二月四日に設置された当特別委員会の小委員会の全会一致の運営方針を見ますと明白のように思われます。その運営方針、「当面の検討事項」の第一は「参議院地方区の定数是正」であり、第二は「政治資金規正法の改正」、第三は「選挙公営に関する件」であって、それが全会一致の方針として定められているそうです。ところが、その方針がなぜか全部棚上げにされて今回の法案が突然あらわれてまいりました。
 私は、その政治的意味について、これは法案を提出した政党の党利党略が優先されているからではないかという感じがしています。考え方は、またその思考のプロセスは違いますけれども、究極のところでは、どうも自民党と社会党はこの法案では利害が一致しているように思われます。
 既成の大政党という立場から、小政党あるいは無所属議員を排除し、選挙期間中の政治活動を厳しく制限するという点では両党は一致しております。さらに、自民党についていいますと、比例代表制を導入することにより、私の印象では、現行の地方区で圧倒的に有利な立場を獲得することができると思います。それはすべての政党ができるだけ多くの地方区で候補を立てることが比例代表制の議席配分にとって有利になるからです。すなわち、自民党候補は、多党化している野党候補が各区で乱立する、またたとえば中道連合であるとか革新統一を結成するということが比例代表制を導入することによって非常に困難になる、そのことによってどうも自民党が有利になり過ぎるような印象がします。したがって、この法案の政治的な効果は、一人区はもちろんですけれども、二人区においてもちょうど小選挙区制を導入したのと同じような効果を上げることができます。
 そういう点を考えますと、社会党が自分に不利な自民党案と同じようなものを出してくるということは奇妙にも思えますけれども、私の拝見した三月十五日号外として出された社会新報の解説を読みますと、比例代表制の導入によって、社会党は地方区の得票よりも全国区の得票が異常に低い、あらゆる政党に比べて全国区の得票が地方区の得票に比べて異常に低いという弱点があり、その弱点を補うのにこの法案は適当だということが述べられております。あるいはまた、社会党が依存している労働組合の財政とかその他の問題もあるいは動機になっているのかもわかりませんが、いずれにしても、いまの二点を挙げただけでも、この法案は自民党あるいは社会党のそれぞれの党の利益を考えてのことではないかという印象を私は受けております。
 したがって、まあ動機はともかくといたしまして、客観的に見ますと、二つの法案というものは、今回は比例代表制、選挙区制の併用になるわけですけれども、これがさらに推し進められていくと、将来においては衆議院において小選挙区制と比例代表制併用案という、かつて国会で問題になった法案、これが問題になるのではないかという、そういう危惧を私は感じております。
 私自身は政党本位の比例代表制そのものに反対しているわけではありません。しかし、それを導入するのならば、選挙制度全体を見通して、どういう順序で何から手をつけていくかという順序が大切ですし、かつてここの小委員会で全会一致で決めたような問題点を処理しながら導入するということが必要ですし、また導入するためには、投票をするあるいは立候補をする人たちを含めての国民の政治的な条件というものがあることを軽視してはならないと思います。
 特に、日本の政治の現状を見ますと十分に政党本位になっているとは思えません。また政党という共通の概念をつくることができないほど現在の政党の性質には相違があるようにも思われます。また、原因はともかくといたしまして、国民の政党離れの傾向というものもそう軽視してはならない傾向だと思います。政党本位の衆議院と並んで参議院の存在理由がもし認められるとするならば、その存在理由の一つには、今日の日本の政治の現状が反映しているのではないかというふうに思います。そうだとしますと、比例代表制の導入は、もしするならば、これは一般論としてではありますけれども、政党本位を疑う人のない衆議院においてなすべきであり、参議院についてする場合には、小政党だけではなく、現在有力な支持者を持っている無所属の候補者の権利を侵害しないように配慮しながら導入する必要があるように思われます。これが政治的な問題です。
 次は憲法の問題です。
 その第一は、二つの法案が規制の対象としている国民の選挙権、被選挙権が日本国憲法が保障する基本的人権であるかどうかという根本的な問題であります。
 結論から申しますと、フランス大革命が高揚した一七九三年六月二十四日に憲法が制定されておりますが、これはもちろん国民主権の憲法でありますが、この憲法には人及び市民の権利の宣言、いわゆる人権宣言というものが付せられておりますが、その人権宣言の第二十九条で選挙権が人権の一つであることが明記されております。そういう二百年前の事実から始まって、今日国際的に認められている国際人権規約、自由権の第一にある自由権規約の中でも選挙権が人権の一つとして認められております。一般的にいえば、参政権とりわけ国民が立法のためにその代理人を選任する選挙権が基本的人権の一つであるということは、私の勉強した限りでは、憲法の歴史から見ましても、また現在の比較憲法的観点から見てもほとんど異論なく承認されていると思われます。
 もちろん人権宣言、正しくは人及び市民の権利の宣言のうちで、国家の形成を予定している選挙権は市民の権利に当たりますが、しかしそれが憲法上の人権であって立法府にゆだねられた単なる法律上の権利でないことは明白であります。だからこそ日本国憲法は、人権を扱っている第三章の十五条におきまして、まず第一項で広く公務員の選定、罷免する国民固有の参政権を認め、その参政権の核心をなす選挙権については、同じ条文の第三項、第四項で成年者による普通選挙と秘密投票を認めたわけです。
 成年者による普通選挙と秘密投票を規定したというのは、明治憲法のもとで選挙権の実現が妨げられていた歴史的な事実を反省して、選挙権の実現を妨げるものを排除するという意味でこの普通選挙と秘密投票の規定が設けられたと私は考えております。国民の選挙権が本当に自由な選挙であるためには立候補の自由もなければならないということは、昭和四十三年十二月四日の最高裁大法廷判決の多数意見がこれを認めているとおりです。
 本院のこの特別委員会の討議の中で、第十五条に選挙権が明示されていないとか、第四章国会の第四十四条で「両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。」と規定されているところから、選挙権、被選挙権は実は権利ではなく選挙人の資格にすぎないという意見がありましたけれども、私の研究したところでは、それは現代ではこっけいな議論であると思います。国民の選挙権、被選挙権が憲法上認められたからこそ、その権利を適正に実現させるために法律が権利を行使する国民の資格を規定するのだと、こういうふうに理解すべきだと思います。
 選挙権の本質が公の務め、公務であるとかあるいは公の義務であるというのは、人権思想に対立する戦前の国家主義的な思想が強かった時代の法律論の名残りでしかありません。国民主権に基づく憲法の歴史では、選挙権は主権的な人権であるとして、自由権や社会権に比べてさえより重要なものとして認める憲法学者もいるくらいです。
 このように考えますと、今回の公職選挙法の改正は、憲法の改正、特に人権規定の改正にも当たる重大な意味を持っている問題を私たちはいまここで討議しているのだと思います。
 第二の問題は、二つの法案は政党本位の拘束名簿式比例代表制を採用するに当たりまして、政党の意味というものを明らかにすることなしに、何か恣意的に政党の基準を決めているように思われます。程度の差はありますけれども、名簿提出資格とされているたとえば四%条項であるとか、あるいは五人以上の国会議員であるとか、十人以上の候補者云々というようないわゆる三条件がございまして、これは社会党案でも若干緩和されておりますけれども同じく条件とされております。また、供託金が二百万から四百万に倍増し、厳しい没収条件がついております。この点を考えますと、先ほども触れましたけれども、すでにある小さな政党あるいはこれから生まれようとする新しい政党を参議院から排除することになるのではないかと思います。
 問題は、自民党や社会党という大きな政党が恣意的に政党のあり方を決めてはならないということです。政党というのは憲法でいいますと憲法二十一条第一項が認めている結社の一種になります。憲法第二十一条第一項は結社の自由を認めていますが、政党はこの結社の中でも最も重要な政治的結社のことを指していることは当然です。したがって、憲法は結社の自由の一つの場合として政党の自由を認めており、そこで政党のあり方は国民の自由な判断にゆだねられるべきであるというのが憲法の立場だと思います。いわゆる政党法というものについて批判が非常に多いのは、政党の自由を侵害する危険が多いというふうに思われているからです。
 政治的結社である政党の自由を貫くためには、すでに述べた三条件というものは私は不要だと思います。届け出のあった政党をすべて選挙に参加させるのが、本当の意味で政党本位の選挙ということになると思います。そしてその取捨選択は有権者に任せるべきです。私は思い出しますけれども、戦後衆議院の最初の選挙が行われたときにたしか政党の数は三百ぐらいあったのじゃないかと思いますが、三十数年を経て国民の選択のもとにいま一定の数の政党が議席を持つようになってきております。全く新しい制度を導入しようとするならば、そのぐらいの寛容さが必要な気がいたします。
 政党が憲法上の結社であるとしますと、いずれの政党及び政治団体にも所属したくない個人は、これは一人では結社の自由を行使することはできません。結社というのは二人以上の恒常的な結合だと思われるからです。したがって、政党本位の比例代表制を厳しく適用しようとすれば、単独の無所属候補は排除されざるを得ません。しかし、憲法第四十四条の後段では選挙における信条による差別を禁止しており、無党派主義が政治的信条の一種であることは、これは議事録によりますと自民党の発議者も認めているところであります。私は、したがって政党本位の比例代表制を導入するにしましても、導入する場合に抽象的にその論理を一貫させることに関心を持つのではなくて、この導入によって排除される危険性のある単独の無所属の議員の権利を侵害しないような方法を検討する必要があると思いますし、またそれが不可能であるというふうには考えません。
 最後に、選挙期間中の政治活動が現状以上にますます不自由になる点が問題となります。
 憲法第三章には政治活動の自由という規定はありませんけれども、政治活動の自由が近代憲法成立の大前提であるということは歴史が証明しているところです。憲法第二十一条第一項の表現の自由の中に政治的表現の自由が含まれるというふうに説明することもできますが、政治活動の自由はそれ以上のものというふうに考えております。そうだとしますと、政党本位の比例代表制を導入しながら選挙期間中の政党の政治活動を原則として禁止してしまうということは、私は自己矛盾であるように思います。選挙期間中こそ自由な政治活動を認め、国民の選挙に対する関心、政治に対する関心を大いに高めるべきだというのが私の考え方です。現行の公職選挙法自身すでに憲法違反のおそれ、この政治活動の自由の制限においてすでに違憲のおそれが多分にありますけれども、全国区の選挙を現在以上に不自由にするような二つの法案は、金をかけないということだけに関心があって、現在各級の選挙において国民の政治的関心が非常に低下しつつあるという事実を軽視し過ぎているのではないかというふうに感じております。
 このような政治的な問題、憲法の問題、私の考えを通じまして、この二つの法案には私は反対であります。
#5
○委員長(上田稔君) ありがとうございました。
 次に、堀江参考人にお願いいたします。堀江参考人。
#6
○参考人(堀江湛君) それでは、私の考えるところを御報告してみたいと思います。
 御存じのとおり、現在の参議院の全国区制度というのはかなり問題の多い制度であるということは論をまたないところでありまして、選挙区が全国にわたるということで候補者にとっては異常な選挙運動の過程における労力を強いられるということ、また選挙区がきわめて広大なためにどうしても選挙にお金がかかる、資金を要するということ、まあこういう点から全国区に、現在の選挙制度に非常に多くの問題点があることは明らかであります。その意味で、今回自民党と社会党両党によってそれぞれ全国区に比例代表制、厳正拘束名簿式の比例代表制を導入することによって、いわゆる選挙区が広過ぎるという問題、もしくは選挙に非常に金がかかり過ぎるという問題を解決されようという試みは、これは私決して評価するにやぶさかではないところであります。
 ただ、こういった制度を導入される場合に一つお考えいただきたいことは、少なくとも国会における選挙制度を改変する場合には、従来の議席数と著しく変動を生じないようにするという配慮が必要ではなかろうかと思います。そういう点でいわゆるドント式の方法によるこの分け方というのには若干問題があろうかとも思われます。つまり、第一党である自民党、そして第二党である社会党、第一党には有利に、第二党にはやや有利に働くかわりに、しばしば指摘されているとおり小政党には不利に働く傾向があるからであります。
 そこで、社会党の提出された公選法の改正案におきましては、いわゆるサン・フグ法を導入することを定めておられますが、ただサン・ラグ法の場合も、これはサン・ラグ法にもいろいろなやり方がございますが、これをいたしました場合には、今度はきわめて少数の一、二名の政党には有利に働きますが、これが三名、四名、五名、六名といったあたりの政党になりますとそれほど有利に働くというわけではない。しかし、いかなる制度といえども改革をした場合には全く前と議席が同じということはあり得ないし、またそれは本来の国民の代表を選ぶという趣旨からしても必ずしもそれに拘泥する必要はないわけではありまするけれども、一つの問題点であることには間違いなかろうかと思います。
 ところで、実は今回の拘束名簿式に関しまして一部に参議院の政党化が進むので好ましくないという批評があるような気がいたしますが、私はこれはやむを得ないことではないかというふうに考えております。と申しますのは、わが国は議院内閣制をとっておりまして、議会における多数派に基礎を置く政党が内閣を組織し、そして両院に対し、主として衆議院、しかし結果的には両院に対して政治的責任を負う以上は、実はそこに政党化が進むということはある意味では当然のことでありまして、元来、議院内閣制をとる以上は、政党化するということはまああらかじめ予定されていたのではないかと考えても必ずしも言い過ぎではないのではないかと考えるわけであります。ただ、かといってそれではすべて政党化ということで今回の制度に全く問題がないかというと、必ずしもそうは言えないというところに私の一つ問題とすべき点があるように考えるわけであります。
 そこで、現行のこの二つの改正案につきまして主として検討すべき点、もしくは私の方から――実は公選法と申しますのは選挙にかかわる諸問題だけを論じておりまして、当選後のことについては別に規定してないわけでございますけれども、一体国会の各党の今回の公選法改正案を御提出になった議員の先生方が当選後のことについてどういうふうにお考えになっておるのかということ等に関連して、三点ほど私の方から問題を提起し、かつ御意見を承りたいと思うわけでございます。
 第一は、まずこの厳正拘束名簿式の名簿の問題でありますけれども、厳正拘束名簿式になりますと、事実上国民は政党に対して投票するということにならざるを得ないわけであります。そして、政党に投票するということになりますと、すでにこの公選法の名簿の作成のところにおきまして、名簿の登載者がその選挙が始まる前の段階において除名、離党等が行われた場合にはその名簿から外されるということが記載されておりまするけれども、当選後において離党したり除名されたり、そういった場合に一体どうなるのかということであります。
 たとえば、この政党名簿に投票した場合には、その政党に国民が投票したわけでありまして、個々のそこに名簿に挙がっております候補者一人を一括して信任したということになるのではないかと思いますと、その一人が党から除名された場合にその取り扱いはどうなるんだろうか。これは一方において憲法のいろいろな規定とも関連してまいります。憲法四十六条では参議院議員の任期を六年というふうに定めておりますから、したがって党を離党、除名されたからといって議員の資格を失うわけではないと思いますが、しかし国民が個々の議員について果たして投票してそれを当選せしめたのかどうかという問題が残るわけであります。
 もし仮に、離党、除名した場合には議員の資格を失うということになりますと、ただいまの憲法の条項もしくは院内における討論、発言等について院外で責任を問われないという五十一条の規定等と一体どうかかわるのかという問題等が残ってくるわけであります。また、御存じのとおり政界、政局というのはきわめて流動的なものでございますので、将来政党の、政界の再編成等が起こった場合には、一体この参議院全国区についてはどうなるんだろうかという問題がどうしても残らざるを得ない。この点をひとつ十分御検討いただきたいというふうに考える次第であります。
 第二の点といたしまして、名簿の作成は各政党の裁量に任せる、任意であるという旨が記載されております。そこで、確かに個々の候補者の選挙運動における資金は要らなくなるかもしれませんが、名簿の順位をめぐって今度は党内に腐敗が生ずるおそれはないかという問題であります。
 そこで、それを予想されて、いずれの改正案におきましても、その名簿作成に関して政治腐敗が起こった場合にはこれを罰則によって規制するという規定が載っております。確かにこれは、たてまえとしては、コンテクストではそのとおりでありますけれども、しかし翻って考えてみますと、この罰則を設けた場合にそれを調べるのはだれであるかという問題が出てまいります。そうすると、ここにいわゆる行政権の立法権に対する介入という問題が起ってこないか。つまり、政党という最も自由でなければいけない性格の組織に対して警察がこれを捜査し、あるいはその他さまざまな取り調べを行うということになってはこれは一つ問題であります。
 しかし、かといってそれでは議員の、候補者の全く自主的な、自立的な業績に信頼するということになりますと、これはやはりどうもそうはいかないというところからこの規定が生じたのではないか。そうなりますと、この名簿作成をめぐって生じた腐敗を一体どういうふうに解決したらいいかということをひとつ御検討いただきたいというふうに考えるわけであります。そうして、こういう場面で政党の中枢的な組織に至るまで行政権がいろいろと介入できる余地は、できるだけ排除しておいた方が望ましいのではないかという感じがするわけであります。
 三番目の問題といたしまして供託金の問題がございます。そうして、これにつきましては、従来主として供託金が額が多いか少ないかということをめぐってもっぱら議論が展開されておったようでありますが、むしろ問題点は、たとえば私の読んで理解する限りでは、名簿のうちの半数以上は当選しないと供託金の没収にかかわってくるように読めるのでありますが、もしそういうことであるとすればこれは多少問題ではないか。
 実は、政党というものは時に一般の予想に反する著しい躍進という時期があるものでございますが、そういった場合に、理論的に申しますと、名簿の各政党が獲得した政党票を計算して議席を配分しました場合に、理論的には名簿で提出されている候補者の数よりも実は獲得した議席数の方が多いということも生じる。これは理論的にはあり得るわけでありますから、したがってやはり少なくとも――そうしてまた参議院で政党活動をいたしますためには院内交渉団体としての必要な十名以上のそういった議席を得たいと思うのは、これは政党人として当然のことでありましょうから、そうすれば、ともすれば名簿に記載する候補者の数は多くなるのがむしろ当然であるということになりますので、そうするとこの面で供託金の規定によって名簿に載せる人間の数を制限する、制限されざるを得ないという点に若干問題点が残るのではないかという気がするわけであります。
 もちろん、かといって無制限な立候補を、候補者名簿への記載を許すことになりまするど、そうするといわゆる泡沫候補に近い、そういった当選を最初から予定していない候補者名をいたずらに列挙するという問題が出てまいります。これはいわゆる公共の福祉に法的に言えば反するということにもなろうかと思いますので、このあたりももう少し御検討いただきたいと思うわけであります。
 主として、私一番この公選法の改正案について心配しております点は以上の三つの点であります。
 第一に、現在の政党名簿で投票した場合に、当選後にその当選者の何人かが離党、除名された場合に一体どうなるのか。あるいは党そのものが分裂したり政界の再編成が起こった場合にどうなるのか。それからまた、先ほど個人の立候補制限になるのではないかという長谷川参考人の御意見がございましたが、仮に現在無所属で当選しておられる方々が緩い会派をつくって政党を形成して、そうして選挙に臨まれるということにならざるを得ないと思いますが、そういった場合には当選後にこれが再び分裂する、離散するという可能性はかなり高くなる場合があると思いますが、こういう場合に一体どうするのだろうかという問題が残ってまいります。
 そこで、私見といたしましては、たとえば最高裁の裁判官の審査に近いような形で、各政党に投票すると同時に、政党名簿に列挙された候補者中の望ましからざる候補者に対して有権者がバツ印をつけるといったような手法等を導入しておけば、そうすればそこに挙げられた候補者を個人としても承認した、投票したということになるのではないかという気もいたしますが、しかしまあいろいろ方法は考えられると思いますが、現状のこの原案のままではどうも問題が残りそうだというふうに感じるわけであります。
 それと、先ほどの名簿作成に関してはどうしても政治腐敗は免れがたいように思われる。かといってその政治腐敗を規制するということになりますと、そこに行政権の介入を招くことにならぬかという問題。
 さらに、供託金をめぐって、名簿に候補者を書く、弱小政党の場合にこれをたくさん列記することが制限される、場合によっては理論的に獲得した議席数だけの候補者を埋めることができないことも時に起こり得ないことではないというような問題、こういうことを考える次第であります。
 しかし、いずれにしましても現行の全国区の制度は非常に問題の多いものであることは明らかでありますので、そういうものを一歩進めるという点では十分評価できる改正案ではなかろうかと、かように考える次第であります。
#7
○委員長(上田稔君) ありがとうございました。
 次に、佐竹参考人にお願いいたします。佐竹参考人。
#8
○参考人(佐竹寛君) 私は、現代議会制民主政治が健全に発展するためにという視点をもちまして、政治学者の立場から、まず二院制における参議院のあるべき姿並びに選挙権、被選挙権につきまして理念的、原理的にいかにあるべきか、そうして現代、一九八〇年代の議会制民主主義において政党並びに政党組織外の国民にとって第二院がどのようにあるべきかということを、社会科学的な政治学的立場から若干意見を申し上げさせていただきたいと思います。
 ただ、とりわけここでひとつ最初に申し上げておきたいことは、八千万の有権者の中には政党組織に所属していない、むしろ一個人としての平凡な一有権者市民というものが多数おるということであります。そして、そういう人々の中には、選挙のみならず政治に深い関心を持っている人たちが非常にたくさんおります。私は、むしろきょうは政党の皆様方にそのような一般市民有権者がどういう考え方を持っているのかということを配慮しながら申し上げてみたいと思います。
 以下、大体五点にわたって申し上げてみたいと思います。
 第一点は、二院制における第二院、すなわち政治的機能と今回の比例代表制との関係であります。
 わが国の参議院というのは当然英国、米国、西独、フランスの二院制と違っております。これは憲法発足以来、第二院としての日本の参議院は、第一院に対するチェックと補完という独自の機能を持つべきであるという考え方が支配的でありました。その後、御存じのように政党化が進む、これはある意味では自然的な成り行きであったという御意見もあるようでありますが、その現実ということを認めれば一体どういうことになるのでありましょうか。本来の参議院の存在というものは、先ほど申しましたような独自のチェックと補完の機能にあるとするならば、それをなくしてしまう今回の比例代表制の全国区への適用というものは、むしろ衆議院的政党化の促進の上で、いわば第一院の上に屋上屋を重ねる、あるいはよく言われますカーボンコピーとしての参議院、これは参議院廃止論につながっていく危険性があると思います。
 現に、六月十九日の読売では、自民党憲法調査分科会では一院制を打ち出す、そういう記事が出ておりますが、私は現代の日本の政党政治の成熟度ではまだまだ一院制には早過ぎる、むしろ第二院の政治的機能というものを十分に発揮すべき段階ではないかと思っております。とすれば、いままでの歴史の過程の中で、とりわけ全国区がその参議院の独自性を発揮してきたように思います。無所属の方々はもちろん、党に所属の方々も、どちらかと言えば党議拘束からは比較的自由な立場でいろいろな慎重な審議、発言ができるはずであったわけであります。
 したがいまして、第一点で、私見でございますが、比例代表制には政治学的観点からよい点が多々ございます。したがいまして、わが国において、衆議院において比例代表制を適用するならば、これは十分に考慮するに値すると思います。たとえば西独の方式の場合がいい例であるかと思うわけであります。どちらにしろ、参議院の全国区にまず比例代表制を適用するということは、先ほどから問題が出ておりますように、無所属並びに後ほど触れます憲法的な問題から非常に疑義があると言わざるを得ません。
 それから、第二点に移りますが、選挙権、被選挙権は、長い三百年の政治哲学思想史の観点から申しまして、基本的人権とは不可分の権利であると考えるべきであります。したがいまして、いかに法定によって選挙権あるいは被選挙権の枠を決定することができるといっても、国民主権あるいは基本的人権というものの枠を狭めることについては十分な慎重な検討がなされなければならないと思います。したがいまして、たとえば選挙権のこのたびの比例代表制における適用では政党名に投票する、このことは少なくとも参議院にはふさわしくないと言わざるを得ません。
 それから、第二点の被選挙権の制限については、先ほども御意見がございましたが、私は大事なことは何度でも繰り返した方がいいと思いますので申し上げますが、とりわけこれから立候補しようとする市民有権者、これに対しては条件の第三番目、いわゆる所属の比例代表選出議員候補者を十人以上有しなければならないということは、これは明らかに憲法二十一条の結社の自由の裏返しで、結社の強制、強制されない自由というものに対する強制ということで、重大な問題点を含んでいると思います。社会党のサン・ラグ方式はその点十分配慮しているということでございますけれども、やはり基本的な結社の自由と結社を強制されない自由という根本的な問題から言いますと、社会党の案も問題があると思うのです。
 それから、院内会派にも十分配慮があると申されましたけれども、院内会派というのは、院内での活動については可能であっても、名簿式の選挙になりますと、これはこの方々に順位をつけろというのはまことに筋の通らない問題であろうかと思っております。
 それから、第二点の問題の最後に地方区ですね、個人で立候補したい人は地方区に回れということがございますけれども、これは現実を無視した形式論と言わざるを得ないような気がいたします。なぜなれば、特に定数不均衡の逆転地区では現実に個人候補は当選がきわめてむずかしいということは、すでに具体的な事例が示しているところであります。
 第三点に移りますが、第三点は普通平等選挙の立場からの供託金の問題であります。
 この供託金につきましては、もともと法案が金のかからない選挙改正であるというまことに結構な御趣旨でございます。確かに政党側の方々にはかなりのメリットがあるのかもしれませんけれども、市民有権者の立場から出るにはむしろ従来より一層金がかかる、一層出にくくなるという問題になっております。
 すなわち、御案内のとおり従来の一人当たり二倍四百万円で十人と言いますと四千万円ですね。このいわゆる架空の十人のリストを立てまして一人の人のみが当選した場合には、いままで二百万円でよかったのが四千万円の供託金をつくった上に三千二百万円の没収ということになるのであります。これは先ほどから出ております自由民主主義社会の自由選挙の立場からはきわめて問題があるのみならず、日本の一般的庶民感覚からいいましても、これはいわゆる金権選挙として大きなギャップを感じざるを得ません。この点は大組織における潤沢な政治資金、選挙資金を持っておる方々にはぜひとも考えていただきたいことであります。たとえば故市川房枝参議院議員の場合その他のように、法定費用内で金をかけないで当選している人もいるということでございます。
 それから、第四点になりますが、この第四点はいささかむずかしい問題かと思いますが、むずかしいという意味は現代の問題であります。
 現代の社会は言うまでもなくきわめて多元的、多様化している社会であります。このような社会において、民主政治、議会制民主政治が機能するにはきわめて重要な原則があります。たとえばアメリカの民主主義理論研究家でありますロバート・ダール教授、このダール教授は、民主政治の質の問題として最も重要な点は、まず有権者市民がパブリックコンテステーション、これは公共の問題について異議を申し立てるということでございますが、いろいろな自由な発言というものが選挙権と被選挙権と限りなく完全に近い形で果たされるような社会で申し立てられること、言いかえますと、参議院のような場所にいろいろな意見のある人がいろいろやってこれるということが現代議会政治において最も質を高めるゆえんであるということでございます。
 そういう見地から申しますと、政党というのはもう御案内のとおりに国内、外交すべての政策に包括的に体系的に政策をお持ちです。ところが、現代人というものは欲求が多様化しておりますから、Aの政策には賛成でもBの政策にはどうしてもついていけないということがございます。そうしますと、どうしても単一の問題についてだけ投票せざるを得ないという、これはむしろ政治意識、政治的関心の深い人ほどそのような悩みを持っているのが現代社会です。したがって、そこから四〇%の無党派、あるいは私どもの試算によりますと、前回の五十五年の参議院選挙では実に法定得票数の一二%の人がそのような無所属に投票しているということでございます。
 したがって、私は、政党の皆様が、特に現代の多様社会に適応するには、政党の政党による政党のためのといういわゆる組織中心だけの発想をお持ちにならないで、ぜひいま申し上げたことを配慮に入れていただきたいと思うのであります。なぜなれば、そのようなことを無視したときには、恐らく多くの有権者が政治的無関心あるいは疎外感に陥ってしまい、そこから悪循環で現代の民主政治に好ましからない結果が出てくるのではないかと思います。
 最後の第五点目になりますが、このようなことを考えてみますと、参議院の最も大事な機能というのはいろいろな意見が個別に参議院に反映することであります。その点、全国区への比例代表制というのは早急に議決されるべき問題としては余りにも問題が多過ぎます。したがって、むしろ私は地方区の定数不均衡是正が先決ではないのかということを言わざるを得ません。
 具体的に申しますと、五十年の選挙では一対五・二七、現在は一対五・七まで一票の格差が開いております。六月二日の毎日新聞によりますと、この参議院定数訴訟の目下上告中の最高裁での審理は大法廷で審理されるということが決まったようでございます。比例代表制という配慮をするならば、とりわけ憲法十四条、法のもとの平等による一票、一人一票の原則を地方区において貫くという配慮、これがむしろ優先的ではないのかというふうに思うわけであります。
 したがいまして、最後には、選挙制度というのは大変大事なテーマでございますので、すべての党並びにすべての議員の大きなコンセンサスが得られるまで慎重にも慎重に御審議をいただきたいと存じます。できれば第三者機関での抜本的な審議が望ましいと考えております。
 終わります。
#9
○委員長(上田稔君) ありがとうございました。
 以上で参考人の方々からの御意見の聴取は終わりました。
 これより質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#10
○中西一郎君 いろいろ御意見を聞かせていただきましてまことにありがとうございます。時間の制約もございますので数点について御質問をしたいと思います。
 その前に。私は発議者でもございません、発議者は何人か来ておられますが。御意見で御答弁を求められるような口ぶりのお話もございましたが、これについては十分発議者の皆さんがお聞きになったことであろうと思いますので、私からはお答えすることはできない、そういう立場であるということを御理解いただきたいと思います。
 まずお答えを願いたいのですが、長谷川先生のお話に直接関係があるわけじゃないですが、お書き物の中で、五十七年二月の法律時報にいろいろ書いておられます。その中で、比例代表制また政党本位というようなこと自身についてはっきりしたことはおっしゃっていなかったのですが、自民党の党派的な提案だと先ほどもおっしゃいました。しかし、われわれは必ずしもそういうつもりでやったのではないので、遠い将来に理想を描いて、そこへ近づけていきたいということで提案したのでございますが、まあ自民党が出したからといって比例代表制そのものを水に流してしまうような政治論は慎めというふうにおっしゃっておるというふうに理解をいたしております。
 そこで、お聞きしたいことはそれとまた別なんですけれども、その文章の中で、これは中山先生なり青島先生にはちょっと当てはまらないのですけれども、しかし無所属であるということでは当てはまるんですが、「一匹狼的な議員は」――だから決してお二人を一匹オオカミだとは申しませんが、「一匹狼的な議員は議会制度そのものに有意義な存在であるのかどうかが問題」であるという御指摘をなさっておられる。その点について、私なりの見解はいろいろございますが、まず先生それはどういうふうに、たとえばこれは一行でございますので四、五行に延ばして表現していただければどういうことになるのか、お聞きしたいと思います。長谷川先生から。
#11
○参考人(長谷川正安君) 私は比例代表制に一般的に賛成しているのは、政党本位であるということと、それから議会政治というのは現状ではほとんど多くの国では政党本位で運営されることによって効果が上げられている、だから議会主義がいいか悪いかはその政党そのもののよしあしにかかわっているというふうに考えておりますので、原則として言いますと、日本だけではありませんけれども、今日の議会制度においていわゆる一匹オオカミ的な、一人一党的な存在というのは余り積極的な意味を持っていないというふうに私は判断しております。これはもう日本の場合もそうですし、他国の場合にも同じように私は考えております。
 しかし、制度論として、今回の法案の問題として考えるならば、私の考えとは違って、一匹オオカミ的な方々がおり、先ほど佐竹参考人も言われたように、そういう方々に対して一七%も国民の支持があるというのが現状ですから、比例代表制は政党本位でありますけれども、それを導入する場合に、そういう事実があるということを前提にして、憲法違反の疑いを起こし後で最高裁に御厄介になるような問題を起こさないように法律はつくるべきだというのが私の意見です。
#12
○中西一郎君 いまのことにつきましてもし御意見なりがございましたら、堀江先生、佐竹先生、簡単にお答えをいただきたいと思います。
#13
○参考人(堀江湛君) 私考えまするには、原則論においては長谷川先生と全く同じ考えでございまして、議会政治はやはり数の政治でございます。実際に参議院で法案の修正等を行おうといたしますれば、あるいは院内の交渉団体の権利を得ようとすれば十人以上の議席、あるいは予算の裏づけの必要な場合は二十人以上の議席が必要だという現実を踏まえてまいりますと、実は一人一党的な存在というのは本来の議会政治の政策形成という点からすればなじまないということにならざるを得ないと思うのであります。
 ただ、しかし現実に今日国民の意見が非常に多様化しておる、そうしてなおかつ国民の代表で国会は構成されるわけでありまするけれども、現実に世論はきわめて複雑多岐な面を持っておりますので、いろいろな選挙制度で代表を選ばざるを得ないということになりますと、その結果全国区からそういった一人一党的な方々が当選され、かつきわめていわゆる大政党が気がつかないような問題を提起されるという点では大いに意味があったというふうに思うわけであります。
 しかし、今回の改正で、では一人一党を認めないということで全くこういった方々の当選が不可能になるかといいますと、必ずしもそうとは思えない。私どもの試算でありますと、これは試算というのはいろいろな統計学者がやるのでありますが、そして私ども政治学をやる者も計算いたしますけれども、これはいろいろな条件がついておりますのでなかなか簡単にはいきませんが、仮に前回の参議院選挙の計算をそのままいたしますと、前回参議院の全国区で無所属が三人と諸派でお一人、中山先生加えて四人御当選になっておりますが、もし仮に四人の方が一種の院内会派的な形で政党名をおつくりになって立候補されれば、実際には前回の票でいきますと七議席をとるという形になって事実上第二党になってしまうのでありますが、したがって必ずしもしゃくし定規に原則論を考えなくても、それぞれ有能な政治的資質をお持ちの方でありますので、制度の多少の改変は乗り越えて従来の存在意義を発揮なさることができるのではないかというふうに私は考えております。
#14
○中西一郎君 佐竹先生、もし御意見がございましたら。
#15
○参考人(佐竹寛君) 比例代表制そのものにつきましては私も両先生と同じ意見でございまして、国会に国民の意見を正しく議席に反映できるという意味では賛成でございます。ただ、政党政治のイニシアチブといいますか、これは歴史的発展過程からいって下院、すなわち衆議院にございます。第二院の政治的役割りというのは、むしろその衆議院の審議した法案についていろいろな別の角度から慎重に審議をするという役割り、これを逃せば第二院の役割りはございません。第二院はたくさんの税金を使って存在する存在意義がなくなってしまいます。
 そういう意味におきまして、先ほど申し上げましたように、一九八〇年代以降というのは急速にいろいろな問題が起こっていくいわば変貌の時代、急激に変貌する時代であります。そういう場合に、いわゆる大政党では大きな油のタンカーのようになかなか方向転換がむずかしい。その中できしんでいろいろな問題が起こってくる。そういう新しい問題、しかも深刻な問題について敏感に国会で吸収していくというのには、私はこの一人一党的な人でも十分に議席を占める、そういう新しい風穴といいますか、新風を吹き込むところの風穴は見逃すわけにはいがない。
 それからもう一点は、やはり民主政治というのは少数意見の尊重ということでございます。きょうの少数意見があすの多数になるかもしれません。その少数意見の中でも、いま申し上げたようなむしろ巨大な組織からはみ出しているもの、それからやはり政党の枠の中での発想と、やっぱり国民の主権あるいは基本的人権の角度で全体から政党政治を見るという枠というのはちょっと枠組みが違うところがあります。したがいまして、ここには福祉の専門の先生その他それぞれの分野の活躍の先生おられますけれども、私はそういう一つの分野で徹底的に打ち込んでいる方々というものが全国区に多ければ多いほど現代における議会制の固定化が少しでも克服できると、そういうふうに思っております。
#16
○中西一郎君 ありがとうございました。
 私自身は政党に属していますし、政党に属しておられる方はたくさんおられます。パーセンテージで言うと政党に属していない議員は一%か二%の間ぐらいではないかと、いまの現状でです。で、りっぱな方おられる。この制度が先に向かって動いていきますと仮定いたしまして、そういった方々を、どの政党が自分自身の、何といいますか改革によりましてどの方を引き入れるか、そういう努力を政党はなすべきではないかというふうに実は考えておるのでございます。
 そのことを別にしまして、もう残り時間わずかでございます。拘束比例代表というのがいろいろお話ございましたが違憲であるというふうにお考えであるのかどうか。再度イエス・オア・ノーだけお三方にお願いしたいと思います。
#17
○参考人(長谷川正安君) この法案で出ている制度、拘束名簿式比例代表制の導入の仕方は憲法違反の疑いが非常に濃いと思います。比例代表制一般は私は日本国憲法でも違憲になるとは思っていません。ただ、この法案の導入の仕方では違憲の疑いが非常に濃いと思います。
#18
○参考人(堀江湛君) これは最終的な裁判所の判断がどうなるかというようなことはまた別の問題でありますが、若干の憲法上の疑義があることは否定できないと思いますが、かといって明瞭な違憲であるという判断もいたしかねるという、そういう感じであります。
#19
○参考人(佐竹寛君) 私は、憲法論で合憲か違憲かということが非常に言われておるのでありますが、率直に申し上げて合憲か違憲かという形式的な基準で、合憲だから押し通していいとか違憲だから絶対だめだとかという、それは余りにも形式論になると思うのです。したがいまして、私はこの法案に関して申し上げますと、先ほど申し上げましたように選挙権、被選挙権というものは数百年の歴史の中で基本的人権と切り離せない重要な基本権の第一位に位すべきものでありますので、その制限というものにはきわめて慎重でなければいけない。そういう意味におきまして今回の法案につきましてはかなり深い疑義があると申し上げます。
#20
○中西一郎君 あと二分でございますが、一分ですか、非拘束比例代表というのは私はこう思うのです。ある党はたくさん得票したと、ある党は少なかった。AとBとします。B党で四十万票しかない。しかしA党では全体は少ないけれども六十万票とっている。ドントでずっといきますと、修正サン・ラグでもそうですけれども、場合によって四十万票の人が当選して六十万票の人が落選するということがあり得るのですが、そのことについて野党の諸君から別段それが違憲であるというお話を聞いたこともございません。学説としても聞いたことはない。すると、個人が個人を選ぶのが選挙であって、政党を媒体として議員を選ぶいまの拘束名簿式ですね、これがいかぬという理由にはならないのじゃないかという見解を実は持っておるのです。
 そういう考え方がいいのか悪いのか、もう時間ございませんので簡単で結構でございますが、よろしくお願いします。
#21
○参考人(長谷川正安君) 私は、政党本位で選挙制度をつくるということは、個人本位でつくるのが合憲であると同じように憲法違反ではないと思います。
#22
○参考人(堀江湛君) 私は、憲法で国民の選挙された代表という規定でありますので、したがって名簿式自体は問題ないと思います。ただ、私が先ほど問題にいたしましたのは、国民は政党に投票したのだがその名簿のすべての人に対して投票したかどうかが明らかでない、この点が当選後の活動において問題になろうということを申し上げたわけであります。
#23
○参考人(佐竹寛君) 先ほど申しましたように、衆議院で本格的な比例代表制として考察する場合には、正面から憲法違反ということにはならないと思います。しかし、日本の場合の政治文化を考えた場合、それから一人一票の原則から考えた場合には、参議院においてはその点を十分配慮すべきだと思っております。
#24
○野田哲君 参考人の方には大変お忙しいところをありがとうございます。社会党の野田でございます。
 まず、長谷川参考人にお伺いをいたしたいと思いますが、長谷川参考人の御意見を伺っておりますと、自由民主党の提案に係る今回の全国区の選挙制度の改革案についても、それから社会党から出している案についても同工異曲であって、政治的な面から言っても憲法上から言っても、一言で言えば取りつく島もないと、こういうような御意見を拝聴いたしたわけでありますけれども、先ほど中西委員もちょっと引用されたわけですが、私やはり法律時報の二月号で長谷川参考人が「巻頭言」で述べておられる御見解を前に読んでおりましたので、その印象からいたしますと、本席でお述べいただいた御意見はちょっと私もおやつという感じがしたわけなんです。
 参考のために私の感じたところを読んでみますと、「比例代表制という選挙制度に限っていえば、この制度は、議会制民主主義の将来にかかわる重大な意味をもっており、時間をかけて本格的に検討するだけの価値をもっている。自民党の党派的提案に反対するあまり、比例代表制そのものを水に流してしまうような政治論はつつしまなければならないであろう。」こういうふうに述べておられます。そして、「選挙制度において「政党本位」を徹底させることが憲法に違反するかどうかが問題になる。比例代表制においては、投票だけでなく、立候補も政党抜きには考えられないからである。無党派の個人は比例代表制になじまないのだが、そもそも一匹狼的な議員は議会制度そのものに有意義な存在であるのかどうかが問題になる。」こういう御見解を述べておられるわけであります。
 ただいま述べられた御見解によりますと、自由な選挙のためには立候補の自由も保障されなければならない、こういうふうに述べておられますし、それから選挙権と被選挙権が基本的人権かどうか、こういう点からも御意見を述べられているわけでありまして、きょう述べられた御意見とこの法律時報に述べられた「巻頭言」とでは若干異なるところがあるのじゃないか、こういうふうに私は伺いましたが、長谷川参考人としては基本的には私どもが出している案、自民党の案には反対だ、こういうふうに述べられたわけですが、比例代表制そのものについては肯定をされている、この点はそう受けとめていいのだと思います。
 そこで、結論としてお伺いいたしたいのは、長谷川参考人としては比例代表制も憲法的にも違反ではないということで肯定的な立場に立っていらっしゃるとするならば、どのような制度の比例代表制ならばいいとお考えになっていらっしゃるのか。その点概要をまずお聞かせいただきたいと思うのです。
#25
○参考人(長谷川正安君) 私は、きょうすでに提案されている法案について見解を求められたという準備をしてきまして、私自身が発議者になるならば言いたいことはたくさんあるのですが、ただいまの御意見に触れる限りで簡単に言いますと、私はまず衆議院に導入すべきだという意見ですけれども、仮に譲って参議院の全国区に比例代表制を導入するとすれば、拘束名簿式であるということは私は賛成です。
 ただ、私が先ほど意見の中で言いましたように、自民党も社会党も内容は違いますけれども三つの条件をつけて、大きな政党はそのまま残れるけれども、小さい政党あるいは先ほどの佐竹さんが言われたように四千万円の準備のできない政党、小さい政治団体はもう当然排除されてしまうという、そこに非常に問題がある。だから、比例代表制を導入しても政党の規制というものを恣意的にやらない。憲法はあくまで結社の自由を認め、政治活動の自由を認めているのですから、それをあらかじめ法律でもって政党の自由を縛るようなこの三条件というものはやめるべきだ。これがなくなって、選挙中にその政党の自由な選挙運動がもっとできて、供託金がこんなに上がらなければ、私は必ずしもこの案には反対はいたしません。
 しかし、いまの条件ではとても比例代表には賛成ですけれどもこの案には賛成するという気持ちにはなれない。私が法律時報の「巻頭言」で書きましたのはそういう趣旨でございまして、決してそれを書いてから意見が変わったわけではございませんので。
#26
○野田哲君 堀江参考人にお伺いをいたしたいと思います。
 堀江参考人の御意見の中で幾つか問題点を指摘されているわけですが、その中の一つとして今回の両案とも当選後のことに触れていないという点を御指摘になっていらっしゃるわけで、お伺いをいたしますとなるほどそうかなという気がするわけで、まず名簿制について、政党に投票した場合に、名簿に登載され当選した者がその後議員としてあるまじき行為を行って除名をされた場合のこととか、あるいはもう一つは政党の改編が行われていった場合とかに一体どうするのだと、こういう点の御指摘があったわけでありますが、この指摘された問題点について、堀江参考人としてもしこうしたらどうなのか、この点についての問題点をなくしていくためにこういう点を取り入れたらどうか、こういうふうな御意見があればお聞かせいただきたいと思います。
#27
○参考人(堀江湛君) 一つ考えられますのは、ベルギーの選挙方式がたしかそうだと思いますが、これは政党名の下に候補者名が列記されておりまして、政党名に丸をつけてもいいし特定の候補者に丸をつけてもいいという制度をとっております。それからもう一つは、イタリアの方式でありまして、イタリアでは政党名に丸をつけると同時に候補者名を、たしか一名でしょうか、書いてよろしいというような制度をとっているような気がいたします。
 かつて非拘束名簿式というのが選挙制度調査会等で議論されたことがあるかと思いますが、その際はまず政党名簿の候補者に投票するという形をとっておりました。これは一番問題ないのでありますが、実はそれでは現行の金がかかる選挙を改善するということには全く役に立たない、現行と同じことになってしまうわけでありますので、そこに非常にジレンマがあろうかと思います。
 私、先ほど最高裁の審査方式のようなものはどうだと申し上げたのは、実はそこら辺のことを、つまりいまの個人本位の選挙に後戻りしたのでは何にもならない、かといって現行のままでは、ことに当選後の政界再編などという場合に非常に問題が起ころうということで、いわゆる最高裁方式などはどうかなと、併用したらどうかなというような気がしたのでちょっと申し上げたわけであります。
#28
○野田哲君 はい、結構です。
#29
○多田省吾君 本日はありがとうございます。
 私はまず長谷川先生に御質問したいのですが、長谷川先生はいまの自社両案は無所属の権利を侵害するおそれがあるので憲法違反の疑いが非常に強いと、こうおっしゃっておられるわけです。
 それでこの前、日弁連の公法学者に対するアンケートでも、自民党案は憲法上問題が多いと回答された方が七割近くあったと報ぜられておりますが、それぞれ、たとえば十四条の法の下の平等とか、四十四条の議員資格の差別の禁止の問題とか、あるいは二十一条の結社、非結社の自由とか、あるいは十五条の参政権は基本的人権であるという、そういった問題の条項を挙げておられた方が大部分だったと思います。
 先生は、この参政権というものは基本的人権の中でも最も大事なものだということも強調されておられます。やはり自社両案が三つの政党要件に厳しい条件をつけて、事実上無所属の候補が供託金等の関係あるいは結社の自由との関係もありまして出られないという状況において私は憲法違反だと思っておりますけれども、先生は憲法の何条何条によって憲法違反の疑いがきわめて強いとお考えなのか、その点をお尋ねしたいと思います。
#30
○参考人(長谷川正安君) 私のきょうの報告で一番強調したかったのは、先ほど言いました三条件をつけて名簿を提出する政党なり政治団体を規制しているというところが最も憲法違反の疑いが濃い、それは憲法二十一条の結社の自由の明らかな侵害である。これは私は疑いじゃなくて憲法違反だと思います。
 ただ、無所属を排除する――全く積極的に自分は政党をつくるのは嫌だと、一人でやりたいというのをもし無所属あるいは無党派と言うんだとすると、その人を排除するということは四十四条で言っている選挙制度において信条による差別をしたことになるから、これは政党本位の比例代表制をみんなが合意して適用する場合に、一人でなければ嫌だという人が入ってこなくなるというのはある程度やむを得ないこともあるけれども、さっきの三条件なんかをつけないで政党というもののあり方を自由にしておけば、これは政治活動をやりたいという方ならそこで十分救済される。しかし、三条件をつけておいてなお無党派の人を排除したら、これは明らかに四十四条の信条による差別、政党は嫌だという信条ですね、これの差別になって憲法違反の疑いが濃い。違憲だと私が言い切らないのは、憲法学者の中にそれが信条になるのかどうかということについては若干の、私は少数意見だと思いますけれども、無党派主義というのは信条ではないという、少数意見だと思いますが、有力な少数意見がありますから疑いがあるというふうに言ったわけです。
#31
○多田省吾君 ありがとうございました。
 先生は二十一条に関しては完全に憲法違反だと、その他の条項に関しても疑いが非常に強いとお答えいただいたわけでございます。
 堀江先生にお尋ねしたいのですが、長谷川先生が法律時報にお書きになったことで大分御質問があったので、私も大変失礼かとは存じますけれども、昨年公明、民社、社民連の三党の選挙制度シンポジウムに堀江先生においでいただいて、自民党案にはかなり問題があるというお話をいただきました。きょうも検討すべき点を三つ言っていただいたわけでございます。
 それに関連してお尋ねしたいのですが、堀江先生は、比例代表制というのはヨーロッパの大陸で発展した制度ですが、金がかからないからといって導入した国はかつてないと。比例代表制を採用したら金がかからなくなるという保証は決してないと。きょうも先生は、たとえば党内で順位を上げるために金がかかるおそれもあると、こうおっしゃったわけでございますが、そのお考えは変わりございませんか。
#32
○参考人(堀江湛君) ただいまの多田先生の御指摘のとおりでありまして、元来比例代表制と申しますのは、国民のさまざまな世論が非常に複雑に錯綜している場合に、そういった各対立をできるだけまんべんなく正確に議席に代表させようというために考案された制度でありまして、ヨーロッパでは従来そういう方向に使われてきている。これはもう否定できない事実でございます。
 そこで、ただいま多田先生の御指摘のあった限りにおきましても私はそういうことを申し上げたわけでありまして、そのことについては私現在でも全く考えを変えてはおりません。ただ、日本の現状の中で仮に比例代表制を導入することによってお金が、政治資金が従来よりは軽減されるということが明らかであるとするならば、そういうことの目的のために比例代表制を導入したからといって、これはその比例代表制の本来の発案の趣旨に反するからといってそれを否定するわけにはいかない。つまり制度ができ上がってしまえばどう利用しようとそれは自由であるということにはなるわけでありまして、ただ私、つまり政党が使うお金あるいは個々の候補者が使うお金を全部加算していった場合に、果たしてどれほどの軽減が生ずるかなという点についてはいまだに若干疑問を感じてはおりますけれども、しかし見かけ上は確かに多少は軽減することは間違いなかろうかと思っております。
#33
○多田省吾君 それから、私もこれから自民党案、社会党案に対して内容についての質問をしたいと思っているのですが、まだしていないのですけれども、補充当選が六年間まるまるできることになっているわけですよ。ところが、普通は三カ月でもう繰り上げ当選はできないのですね。今度は比例代表だからといって六年間まるまる次点者が繰り上げ当選ができる、各党において。ですから、場合によっては一日議員なんというのも生ずるおそれがありますし、現在の法でも国会選挙は任期満了の六カ月前になれば補欠選挙もできないようになっているわけですよ。その辺でヨーロッパの選挙制度とお比べになって、そういう制度は本当にいいのかどうか、端的にお答えいただきたい。
#34
○参考人(堀江湛君) 私、まさにその点で先ほどから問題にしておるわけでございますけれども、つまり六年間の間に政党の再編が行われた場合に、一体その補充をどの政党名簿によって行うかという問題が当然生じてこようかと思いますので、これはぜひしかるべき方法で別の法律あるいはその他によって各党間であらかじめお定めになっておく必要があろうかと思います。
#35
○多田省吾君 それから先生は、拘束名簿でございますと、いわゆる候補者と有権者の間に距離が出て好ましくない候補なんかは拒否するわけにはいかない、これはさっきもおっしゃったとおりです。それで最高裁の判事のマルバツ式のようなものを導入したらいいじゃないかと。これはヨーロッパではたしか自由名簿式と言っておるわけです。非拘束もあります。そういった面は非常に大事かと存じます。
 というのは、やはり世界の選挙制度を見ましても、第一次大戦後ワイマール体制のもとで西ドイツは自民党案と同じようなものをやったわけですが、非常に有権者と候補者の間の接触がなくなって、そして無味乾燥な選挙になった。それから非常に選挙がおもしろくなくなって投票率も低下したとか、それでその間に乗じてヒットラーが出てきたなんということもあるわけですね。
 それで、いまのヨーロッパは人格化ということを言って、ほとんど拘束名簿は一つもやっていないわけです。西ドイツだって小選挙区比例代表制併用案ですから、あれは一つの選挙ですから、完全拘束じゃないわけです。その他は全部先生おっしゃるように自由名簿とか、あるいは非拘束名簿とか、あるいは移譲式になっているわけですね。これを日本で初めて完全拘束式を参議院にしかも導入するというのは大変問題があると思うのですが、その点いかにお考えですか。
#36
○参考人(堀江湛君) まず、厳正拘束名簿式を採用した場合に、有権者と政党というか、個々のそれによって当選された方との間に距離が生ずるということはこれは否定できない事実でありまして、現に西ドイツ等でその弊害が一部問題になっております。それが一点であります。
 それから、実はこの前の御質問のときに私ちょっと言い忘れましたけれども、厳正拘束名簿式を導入した場合に、果たして政治資金が減るのかという問題で、たとえばあるルールを決めて、現職優先の、それから前の選挙における当選数の順位によるといったようなルールを決めておけば、こういう場合には多分軽減されるだろうと思いますけれども、しかしそれはまた将来いろいろな問題が、別種の弊害も考えられるということをつけ加えさせていただきたいと思います。
#37
○多田省吾君 私は参議院が衆議院以上に政党化を強めるということは反対なのです。先生も政党化には一定の歯どめが必要だとおっしゃっていますが、やはり私は、市川房枝先生のような方が無所属でも立候補できる、当選できるような余地を少なくとも残しておかなければならない、そう思いますが、先生いかがでございますか。
#38
○参考人(堀江湛君) 確かに多田先生の御指摘のとおりだと思いますが、ただ私もう一つお考え願いたいことは、きょうは余り問題になっておりませんが、むしろ問題点の所在は投票後にいかに議席数を配分するかという配分の仕方でありまして、ドント式、サン・ラグ式等がいま挙がっておりますけれども、われわれ暗黙のうちに何となく比例代表制は一番正確に死票がないような配分になるというふうなイメージを持っておりますが、実際には必ずしもそうではないのでありまして、現在の全国区は一種の中選挙区制なのでありますけれども、結果的には、場合によってはこの比例代表制のドント式やサン・ラグ式以上に非常に正確に得票数が配分されるという面もあるわけでございますね。やり方いかんによっては非常に死票が減る場合もある。そこで、むしろ問題点は配分の仕方にあるのではなかろうかというような気がちょっとしております。
#39
○多田省吾君 そうすると、いま先生おっしゃったように、現行全国区制というのは非常に比例代表制の効果を実現している面があると、むしろこの比例代表制のドント式、修正サン・ラグ式を導入するよりもいまの方が比例代表の効果を発揮していると、このように言えましょうか。
#40
○参考人(堀江湛君) 大変同じことを何度も繰り返すようで恐縮でございますが、私現行の全国区の制度はいかにも弊害が多過ぎる。そういう意味では、今回の案は一歩前進であるということを評価する点ではやぶさかでないと申し上げたわけです。ただしかし、この改正案にはなお問題点があるので、そういう問題点をひとつぜひ是正していただきたい、こういうふうに申し上げているわけでございまして、現行制度のままがいいとはちょっと申しかねるわけでございます。
#41
○多田省吾君 ええ、私は全部のことを言ったのじゃなくて、民意の正確な反映という点については、先生は前回は現行制度の方が正確にむしろ反映されているのだということをおっしゃったから、現状の方がはるかに望ましいという民意の正確な反映という点ではと、こうおっしゃったからお聞きしているので、それは変わりございませんね。
#42
○参考人(堀江湛君) はい、多田先生の御指摘のとおりでありまして、正確に議席数を案分比例した場合と、それから現在の選挙結果と、それからドント式とサン・ラグ式――サン・ラグ式と言ってもいろいろありますが、これをやりましても、どれが一概に一番正確であるかというのは申しかねる。おっしゃるように現行制度の方が正確に反映する場合もあります。というのは、三名とか五名の衆議院の場合は、中選挙区制は非常に死票が出てまいりますが、五十名という多数になりますと、これは非常にそういう死票は減ってくるわけです。
#43
○多田省吾君 最後に、時間がなくなって申しわけないのですが、佐竹先生に御質問したいと思います。
 私は、佐竹先生が国民の立場、選ぶ側の立場から御意見を述べられたことに対し大変共鳴を感ずるのでございますが、現在自民党案に対して賛成か反対かという世論調査が余りないのですが、三月二十九日に、NHK放送世論調査所で三月六日、七日の二日間実施した「くらしと政治」についての意識調査の中で、第三十二問に「自由民主党は全国区の選挙制度を比例代表制に改める法案をすでに国会に提出しています。「この制度では有権者が投票するのは、候補者ではなく政党や団体で、議席数は政党や団体が獲得した票数に比例してきめられます」。あなたは、この選挙制度に賛成ですか、反対ですか。」。これに対して「賛成」は一〇・六%、「反対」は三七・九%、「どちらともいえない」二四・一%、「わからない・無回答」二七・四%という結果が出ているわけですね。
 ですから、非常に恐れるのは、こういう百年近く日本では候補者個人に投票する選挙が行われてきたのに、世界で一つも例がない拘束名簿式、個人に投票すると無効、政党に投票しなければならないというような選挙制度を導入するということは国民が非常に戸惑うのじゃないか、こう思いますし、また政党の問題にしましても、中西先生がさっきおっしゃったように、政党に帰属している人はいま全党合わせて約二百万、国民の大体一・七%です。ところが、比例代表を行っているヨーロッパ諸国は大体一〇%とか一五%が政党員になっております。ですから、まだ日本では拘束名簿式比例代表制を導入するには非常に条件が整っていない、こういう感じを受けるのですが、この二点どうお感じになりますか、お答えいただきたいと思います。
#44
○参考人(佐竹寛君) 一番大事なことは、先ほども申しましたように、いま多田先生もおっしゃったように、百年の日本の議会史、政党史の中でやはり個人投票というものがずっと続いてきている日本の政治文化から言いまして、やはり個人の投票というものを抜きにして政党名だけというのは余りにも不自然といいますか、時間をかける必要があるだろう。やはり政党の質の向上ということの責任は、むしろまず衆議院から政党になじむということが始められるべきでありまして、そういう意味では参議院の全国区にまず適用するというのはどう考えても不自然を免れません。
 それからもう一つでございますが、戦後もう間もなく四十年近い個人の立候補というボランタリですね、既得権と言うとちょっと言い過ぎですけれども、そういう選挙制度で、特に全国区の存在意義というものがとりわけあるわけですから、そこにそういう特色をなくすということは、余り、今回の金をなくす、人材登用の法案としては、何か目的と手段とがずれてきていると感ずるのでございます。
#45
○多田省吾君 ありがとうございました。
#46
○近藤忠孝君 最初に長谷川参考人にお伺いしますが、先ほど日本の現状は性格の違う政党が存在している、それに対して一つの概念で規制することの問題性を指摘されたのですが、そうしますとどういう危険が出てくるのか、もう少し詳しく御説明いただきたいと思います。
#47
○参考人(長谷川正安君) ちょっと御質問の意味がわかりかねるのですが、もう一度。
#48
○近藤忠孝君 日本の現状は、これは恐らく自民党、共産党などを言っているのでしょうが、性格が違う党がたくさんある。それに対して一つの概念で政党を規制することはやっぱり問題があるのじゃないかということで憲法論を展開されたのですが、政治的な意味で一つの概念で性格の違う政党を規制した場合の問題点。
#49
○参考人(長谷川正安君) これはよく問題になることですけれども、たとえば西ドイツで五%条項という有名な評判の悪い条項がありましたが、あの場合にははっきり当時の共産党を排除するために政党というのは五%以上とらなければ政党の扱いをしないというような、そういう規定の仕方ですね。この四%なり二%という自民党、社会党案のパーセンテージがどこから出てきたのか私にはよく理解できませんけれども、少なくとも日本の場合でも、現在の小さな政党あるいはこれから参議院に登場したいという政党をただパーセントで抑えてしまうということには大変大きな問題がありますし、また議員の数がというようなのは全く政党の既得権の擁護でしかないと思いますし、候補者の数が十人なければ政治団体なり政党として扱わないなんていうことも、およそ政党の扱い方としては、政党本位と言いながら政党の扱い方については内容のない、合理性のない扱い方だというふうに私は思うのです。
 ですから、いま自民党から社会党、共産党その他さまざまな政党があるのですけれども、確かに国民の立場から見ればそれを同じ政党と言っていいのかどうか、内容が余りにも違い過ぎるというのが実情だと私は思います。そういう意味では、政党本位の選挙制度を衆議院からまず導入し、また全国区に導入することも第二の問題として私は適当だと思う。そのことによって国民に対して選挙が大変大きな政治教育の場になるというふうに私は考えております。
 ですから、政党本位にするということが議会主義の基準であって、ただその政党というものがどういうものであるかということは、日本の現状ではかなり国民相互に自由に討議しながら時間をかけて決めていくべき問題で、ある特定の政党なり特定の政府が、政党とはこういうものだというふうに決めてしまうということは大変弊害が大きいというふうに考えています。
#50
○近藤忠孝君 次に、堀江参考人にお伺いしますが、これは自民党に報告された「政党、有権者の変化の予測についてのレポート」なんですが、その中で新聞記者及び学者による座談会の要約がされています。その一つに各政党のメリット、デメリット、これは拘束名簿式を採用した場合ですね。その中で、やはり自民党にとっては得ではないかと思われる、こういう指摘があるのですが、この指摘については先生はどうお考えになりますか。
#51
○参考人(堀江湛君) これは先ほどから何度か触れたことでありますけれども、どういう配分方式をとるかということによってかなり結果が変わってまいります。それからもう一つは、一人一党を認めるか認めないかということもまた条件に入ってまいります。それによって数字はかなり変わってくるのでありますが、いずれの方式をとりましても自民党が現状よりもふえる。これもしかし実際にはわかりませんで、いままで個人に投票していた人たちが全部果たして所属政党の名前を書くかどうかという保証はないのでありますが、仮にそういう条件で計算いたしますと自民党は若干有利になります。しかし、その場合共産党も有利になります。
#52
○近藤忠孝君 その討論には先生参加されておるようですね。
#53
○参考人(堀江湛君) いえ、私参加しておらないのではないかと思いますが。
#54
○近藤忠孝君 出席者の中に、学者三名の一人に先生のお名前が出ておりますが、これは主催されたのは独協大学の大久保教授なのですが。ですから、自民党の直接の依頼じゃなくて、自民党が大久保教授に委嘱されて、そこから恐らく先生に委嘱されたと思うのですが。
 いま共産党有利と出ていたというのですが、共産党余り変わらずとこうなっておるので、それはまあ参考までに。
 それからもう一つ、先生先ほど、個人立候補は一定の考慮をすれば現在可能じゃないかと。現在の自社両案、特に自民党案によりますと、たとえば四人の方が一つの党派をつくったらいいじゃないかと。というのは、大体そういう党派ができるのかどうかということがまず前提問題になりますね。それから大体個人名は名のれませんからね。あるいは類推するのもだめなんですね、四人の名前の頭文字だけやってもやっぱりだめなんです。そういう点では、さらに供託金がもう厳しいとなりますと恐らく事実上不可能じゃないか。事実上不可能に追い込むようなそういう小政党あるいは無所属の排除がこれは妥当かどうか、その点どうでしょうか。
#55
○参考人(堀江湛君) 最初の方の御指摘でございますが、先ほど大久保教授の名前が出ましたが、これはずいぶん前に大久保教授の座談会に出たことがございますが、その計算は私ではございませんで、大久保教授の研究室のなさったものであろうと思います。
 それから、私どもの試算では共産党はどのような計算によりましても四議席とれるということで、現状三議席であります、前回三でありますから、したがいまして一議席ふえることになります。
 それから、無所属の先生方が立候補されて緩い会派をつくったらどうだというようなことは事実上不可能ではないか。したがって、これはむしろ投票方式等を十分御勘案になれば、つまり政党名の下に名簿を列挙するというような形をとれば問題はある程度解消するのではないか。それから、何十人という名簿をおつくりになれば大変な供託金が要ることになりますが、現在ここに御列席のようなそういう無所属議員の方の場合でございますと、供託金の額云々で政治活動が著しく制限される――もっとも供託金の額をどうとるかということも多少まだ問題が残っておると思いますが、必ずしも、供託金額を多少もう少し勘案する、あるいは最初の、もとの額とあと人数割りでふえてくる分があるようでございますが、そういうあたりを多少勘案すれば、一方において無責任な乱立を避けると同時に、まじめなと申しますか、識見ある方の立候補は可能になる道が残るような気がいたしております。
#56
○近藤忠孝君 わが党は損得に関係なく反対なのです。
 次に、長谷川、堀江参考人にお伺いしますが、政党名簿の作成問題についてお伺いしたいと思うのです。
 一つは、先ほどから引用されております法律時報の「巻頭言」によりますと、長谷川先生は「日本の現状でいえば、政党の近代化に役立つことはかなりはっきりしている。それなのに、もっとも前近代的と思われている自民党が、その導入に熱心なのが不思議である。」とこういう御指摘がございますが、名簿の作成問題と思いますが、これについての御意見。
 それから、先ほど堀江先生、名簿作成問題について触れましたので、同じような面から、恐らく政党の近代化との関係でどうお考えか、それぞれお尋ねいたします。
#57
○参考人(長谷川正安君) 私は、名簿の作成に賛成なのは、その名簿の作成を通じてそれぞれの党がどういうつくり方をするかということが、それを国民が見ることによってその党の性格なりその党のあり方というのが非常によくわかると思うのです。ですから、たとえば自民党が世に言われる複雑な派閥をどういうふうにうまくその表にするのかとか、あるいは社会党がどうするかとか、共産党がどうなるかというようなこと。したがって、名簿作成の仕方というものをかなり自由に公然とそれぞれの党がやっていただけば、そのこと自体が大変大きな国民にとっては政治教育になるし、選挙のための非常な参考になる。
 それからまた、その名簿にどういう人物が出てくるか、もう自分のところの何というか党員だけが出てくるのか、あるいは推薦してそうでない人が出てくるのか、あるいは得票能力の多い人だけが出てくるのか、あるいは学識経験の多い人が出てくるのか。そういうことも考えますと、この拘束名簿式で各政党がどういう名簿のつくり方をするかということは、政党の将来のためにはかなりプラスの役割りを果たすのじゃないかという私は感じを持っています。
#58
○参考人(堀江湛君) 私、本来歯切れの悪い発言というのは非常に嫌いなのでございますが、事この厳正拘束名簿式の作成に関してはどうしても歯切れが悪くならざるを得ないのでありまして、仮に現職優先というようなシステムをとりますと確かに事は大変スムーズにいきますけれども、参議院の構成が非常に老齢化していくということがなきにしもあらずであるということが考えられます。
 それからまた、逆にそういうことが党内で一つのルールとして承認されておる場合には、日本は議院内閣制をとっておりますから、どうしても党議の拘束という面が出てまいりますが、名簿の上位で次の再選も保証されておるようなそういう議員の先生方が党の執行部の決定に必ずしも賛成にならない、あるいはかなり自由な行動をなさり過ぎるという面も出てこようかと思います。
 かといって、今度は党の執行部の権限を非常に強化いたしますと、文字どおり単なるボーティングマシンといいますか、単なる頭数にすぎなくなるという面も持っておるのでありまして、その点でこの厳正拘束名簿式にはどうも私引っかかるものを持っておるのでありますが、かといって以前自民党が主張しておられたような個人投票の形での自由名簿式にいたしますと、現行より一歩も進歩がないという弊害も考えられますので、何ともまことに私歯切れの悪い結論にならざるを得ないわけです。
#59
○近藤忠孝君 最後に三人の先生にお伺いしますが、運動規制の問題であります。
 一つは、これはやっぱり結社の自由との関係でこれをどう考えるべきかという点が第一点。それからそれともちろん関係いたしますが、いままで選挙運動規制の根拠としては、個人本位の選挙だから個人のために金を使うという点が恐らく唯一のまた制限の理由だったと思うのですね。ところが、今度は政党本位になると。政党本位になった場合にはまさに政策と政策が争われて公正に行われるはずなのですね。にもかかわらず、特に自民党案ではわずかな公営を除いて全面的な禁止です。こういう問題について三人の先生方はどうお考えか、お伺いしたいと思います。
#60
○参考人(長谷川正安君) 私は一般論として言うわけですけれども、私の感じでは最近この十年間、選挙をやるたびに何か世間は静かになっていって選挙に対する関心がだんだん薄くなっている。その一番大きな原因は、私は公職選挙法で選挙期間中の政治活動を厳しく制限したために、選挙と関係のないようなたとえば平和運動であるとか民衆運動であるとか、そういうものまで選挙期間中はほとんどやられなくなってしまうというのが現状だと思うのです。そういう意味では今度の比例代表制の導入はそのこと自体は私は賛成なのですが、それに付随して、いままでは個人ができないのを政党自体がふだんやっているから選挙期間中はやらなくていいというような理屈で政治活動ができなくなるということは、憲法のどの規定というよりも近代憲法の原則である政治活動の自由に対する重大な侵害だというふうに私は考えています。
#61
○参考人(堀江湛君) 実はこの点につきましても私非常にジレンマを感じております。と申しますのは、実は地方区については今回の公選法の改正では現行どおりということになっております。そうして、全国区については政党本位ということでありますが、現実の問題としてその間をはっきりと分けることはなかなかむずかしかろう。そうすると、余り選挙運動に対する規制を緩めてしまうと、事実上全国区の今回の導入の趣旨が無意味なものになってしまうおそれはないか。かといって、規制を強化するとただいま御指摘のような問題も若干出てくる。
 しかし、本来できるだけ政治腐敗を避ける、あるいは国費のむだな浪費を避けるというのが一つの今回の導入の趣旨であるならば、やはり全国区の選挙運動を野放しにするわけにはいかない、規制をせざるを得ない。その辺でこれまた非常に何ともお答えしかねる非常な問題点をいろいろはらんでいるような気がいたします。
#62
○参考人(佐竹寛君) 選挙運動につきましても、先ほど申し上げました基本的人権を守るためには選挙権、被選挙権がきわめて大事である。それは同じように表現の自由というものと切り離せない。そういう意味では私は戦後の日本の選挙法というのはそのいずれも制限をしていく方向をたどっていると思います。たとえばいまの無所属で会派をやっている方が四人なら四人組めばいいじゃないかということですね。これだって、たとえば日本食の専門の方と洋食専門の方と、それから中華料理専門の方、これをどういうふうに序列をつけるのか、これはむちゃな話だと思うのですね。
 ですから、堀江先生が言われましたように別の方途を講じればいいのですが、いまのやり方では明らかに制限ということですね。この発想は私は選挙運動にも貫かれてきていると思います。したがって、原則としてどこまでかということは技術的な問題がありますが、私は自由競争の選挙運動ということを基本とした審議をやるべきだと、そのことだけ申し上げておきます。
#63
○近藤忠孝君 ありがとうございました。
#64
○栗林卓司君 最初に、お三方それぞれについてお触れになりませんでした問題についてお尋ねをしたいと思いますが、堀江参考人のお言葉をおかりしますと厳正拘束名簿式比例代表制、恐らくその言い方の方が正しいのであろうと思います。個人本位の選挙から政党本位の選挙に移行すると。この政党本位の選挙というのはどういった意味なのか、これも実は内容が漠としておりまして詰めてみなければいけない問題なのですが、とにかく個人の名前は書けない、政党名を書くのだと。では何で選択をするのか、それは党の政策でありますということで説明されているのですが、来年の経済見通しもわからないで歳入欠陥をこさえているいまの政党の実情からしますと、六年先を見通せる政策が出せるか。これは恐らく全世界どの政党を見渡してもなかなか危ないと思いますし、しかもこれから八〇年代、九〇年代という変動ただならない状況を考えますと、それはもう無理だと言わざるを得ない。
 そうすると、仮にたとえば厳正拘束名簿式比例代表制でやるとしたら六年という任期は妥当なのだろうか。この点についてそれぞれ伺いたいと思います。
#65
○参考人(堀江湛君) 国会議員の任期について、これはいろいろ議論はできるのでございますけれども、現実には参議院議員の任期は六年であるというのは憲法で規定してありますので、この問題は事実上ちょっと手を触れにくい問題なのではないか。つまり、もし六年が妥当でないということになりますと、これは憲法改正につながる問題だということになりますので、事実上実際の政治論としては何かほかの方策を考えるよりほかいたしかたない。六年の任期ということを改めることはちょっとむずかしかろうと思います。
#66
○参考人(長谷川正安君) 私もいまの任期の問題と政党の政策立案能力の問題とは余り関係がないのじゃないかというふうに思います。
#67
○参考人(佐竹寛君) 比例代表制は、先ほどから出ておりますように政党本位、したがって政策本位になるのが当然だと思います。したがって、その主体というのはあくまでも衆議院が主体になるべきでありまして、先ほどから述べましたように、第二院の機能というのはむしろそれに対するチェック、補完の機能ということに、重点とは申し上げませんが、そういう幅を持つべきである。そういう意味ではやはりある一定の期間衆議院の任期よりは長いのが妥当であろう。そういう一般論としては言い方しかできないと思うのですが、私案としてはいろいろ、学者の中には四年の任期で二年半数交代ですね、そういう私案もあることはあるようでございます。
#68
○栗林卓司君 いまの御質問とも絡むのですが、憲法に書いてあるのでどうもしょうがないじゃないかというお話なんですが、私は厳正拘束名簿式比例代表制、いわば政党が前面に出る選挙制度でございますが、それを採用するということになると、いっそのこと憲法を変えてしまおうかということまで覚悟をしなければいけない大議論だと私は思うのです。したがって、極端な議論では、やめてしまえ、一院でいいではないかということも十分主張としては説得力を持ち得る。もともとそういうステージの私は議論だと思うのです。
 そこで、堀江参考人にお尋ねしたいのですが、政党化はやむを得ない、よく私そう質問されますので、それは困るよと答えながら、どうもちょっと質問と答えが食い違っているなと感じておりましたので、自分なりに整理をしてみたのです。
 政党化が進むというのは、政党に所属をして、政党を名乗って選挙運動をする議員が非常にふえてきたということが政党化だとすると、おっしゃるとおりだと思います。また事実そのように一般に使われるわけですね。
 もう一つの政党化というのは、政党内の中央集権が進む。それを政党化と言うかどうかは別にして、そういった問題意識でこの問題をとらえた場合にどうだろうか。
 実は、参議院の政党化が、今回の制度導入に当たってまず直感としてわれわれに来ますのは、最初ではないんです。政党の中央集権化。中央集権化がなぜぴんとくるかと言うと、現在失礼ですがごく小さな政党を別にしますと、委員長は全部衆議院議員、書記長、幹事長も全部衆議院議員、それが中央集権ということは、いまでさえ風下でひいひい言っているのが、またこれどうにもならなくなるじゃないか。
 ならなくなったって、おまえ政党に属しているんだからしようがないじゃないかと簡単に言えるかというと実は言えないのでありまして、こもごもおっしゃっておりますように国民意識の多様化は進んでおりますね。この多様化が政党に反映していないのだろうか。政党というと一色であって有権者の方は多様化しているんだ、そう簡単にさらっといけるものなんだろうか。
 私が経験した、見聞きしながらしているところは、実は政党内無所属が非常にふえてきた。政党を名乗っているんですよ。それがいまの少なくも参議院の特徴だ。衆議院というのは権力争奪の場ですから、あそこは党員拘束が厳しかろうとだれがどうなろうとそれはそれだけの場だと。参議院ですと、参議院議員というのは案外党内野党でありまして、党内野党の場所を守っているから参議院がチェック、補完の機能ができるんです。したがって、参議院というのは党内野党でなければいかぬ。もちろん無所属の方もたくさんいて構わない。ただ、政党に属している多数の側から見ますと、党内野党性を失ったら参議院を置いておく意味は何にもないじゃないか。(「そのとおりだ」と呼ぶ者あり)そうなんですよ。
 そこで問題になりますのが拘束名簿でして、では一体拘束名簿をだれがつくるか。各党によって事情は違うかもしれませんけれども、これは政党のやはり権威にかけてつくるものでして――途中は知りませんよ、それはやはり委員長なりあるいは幹事長なりが最終的には全責任を持ってつくっていくということになると、参議院というのは、もともとは全国区、地方区は半々でいこうというのが、途中若干党略めいた修正が入って百名と百五十二名ですよね。この百名が完全に党執行部に握られてしまうということになったときに、この参議院がそれぞれの党内野党として、衆議院に対する参議院として果たして機能するんだろうかという実態面から考えると、出てくる結論は、いっそのことやめてしまえ、参議院を置いておいたって時間のむだじゃないかという議論の方がはるかに説得力を持つ。
 では、いま参議院がどうしているかと言いますと、同じ政党に属しているものですから、党内野党を立てるといってもなかなかむずかしい。党議拘束の緩和ができるか、なかなかむずかしい。アメリカのようにクロスボートができるか、そういった環境はありません。そこの中で悩んでいるわけですが、いまの話を踏まえながら、政党化はやむを得ないのだというように簡単に割り切ってしまえるんだろうかということを堀江参考人に伺い、佐竹参考人にもし御意見がありましたらいただきたいと思います。
#69
○参考人(堀江湛君) これまたまことに歯切れの悪いことになりますが、私、先ほどから党の政党化の場合に政策で争うということがそれぞれの先生方から御指摘がありましたけれども、政策と申しましても一党の政策は非常に多面的でありまして、したがいまして一体どの部分――一つの経済政策、産業政策をとりましても非常に多面的でありますので、そこでどの部分をそれぞれの議員が代表されるか、主張されるかという問題が出てまいります。そうなりますと、厳正拘束名簿式で党が順序をつけてしまう場合に多少問題が起こりはしないか。
 そこで、何か有権者の側で自分たちの意向をその順位に反映させることはできなかろうかということを再三申し上げたわけなんでありますが、しかしかといって以前のような完全な自由名簿式にしてしまえば非常に弊害が多いわけでありまして、そこで現在の厳正拘束名簿式型でもう少し何か有権者の意向をその順位に反映できる方法はないかなと考えているわけであります。
 もう一つ、御指摘のとおりこの方式になりますと、党の執行部の指導力が非常に強化されて中央集権化が進むことはある程度避けられないと思います。さもなければ、先ほど来申し上げたような、従来の何か決まったルールで現職優先というような形でやらざるを得ない。そうなった場合にはまた別種の問題が生じてくるであろう、こういうことでございます。
#70
○参考人(佐竹寛君) いまの厳正拘束名簿式で中央集権化するというのは、私は全く同感でございます。やはり衆議院がいままで私はいろいろ比例代表制からいけばむしろ中心の場だと申し上げたのですが、それが第二院の機能まで拘束をするということになりますと、もうこれは第二院の機能をなくしてしまう。この問題は特に政党の体質、さらには有権者並びに立候補者の政治意識に非常に関係があると思います。したがいまして、権威主義的な体質のところではますます参議院の自由な立場というのはなくなってくる、議員さんお一人お一人がなくなりますから。
 それから、これはいろいろな学者の見方があると思いますが、むしろ拘束名簿式は、いまの堀江先生のお話のように、長老制のほかに、比例代表制の特徴はいわゆる一〇〇%比の有効得票率に対する獲得率ですから、やはり知名度、特に何といいますか、大衆受けのする知名度の人をどうしても入れてくる。そういうことからいくと、非拘束と拘束とのメリットの差がどこにあるのかということはむしろ疑念を持つ学者もおりますね。それはやはり有権者の政治意識とそれから各政党の体質等考えて結論が出る問題ですから、私はやはり危険性のある問題というのは回避すべきだと、そういうふうに思っております。
#71
○前島英三郎君 長谷川先生、堀江先生、それに佐竹先生のいろいろな御意見を伺いまして、大変勉強させていただいておりますけれども、まず選挙というものでよく言われることは、出たい人より出したい人ということを言いますけれども、出たい人はどうしても金がかかりますし、何とか金がかからない方法はと。また出したい人は、なかなかいろいろなその人の信条などもありましてむずかしい問題もある。
 そこで、この自社両党の拘束名簿式というものが論議されるようになりまして、参議院というあり方もまたいろいろな角度で問われているわけでありますけれども、先ほど特に堀江先生のお話の中で大変私も感じましたのは、たとえばその人が当選をしてきて名簿の上位にランクされる。そのランクされるのも、いわば集票マシンというような人で、一時的に集票マシンとしてその人が駆り出されて、個人なら一千万票取るであろうけれども、その人一人の力で実は多くの人がまた議会に送り込まれる。しかし、その人がちょっと何か党の中で自分の意見と違うことがあると除名されてしまう。除名された場合に、その人を含めた一つの政党を支持した人たちへの申し開きはどうするのか、これは大変重要な問題だろうと思います。
 主権在民、主権は国民にあるというのなら、この新しい制度が入ってきても、その選んだ国民に対するそうした問題は大変大きな問題にふくれ上がっていくであろうというふうに思います。その辺のことをもう少し学びたいと思いますので、先ほどの御意見を踏まえまして、またお聞かせいただければと思うのですが。
#72
○参考人(堀江湛君) 先ほど来何度か御説明しておることを繰り返すような形になるのではないかということを恐れるのですけれども、やはり厳正拘束名簿式でございますと、国民は形の上では政党に投票したということになります。ただいまの前島先生の御指摘のとおりに、その名簿の上位に知名度の高い大衆受けのする候補者を並べて仮に集票いたしたとしましても、それはその政党の票となるわけでありますから、その政党の議席の配分に力を発揮する。しかし、実際に党内においては、文字どおり集票マシンとして発言権が認められないという場合が当然生じてまいります。
 この場合に、直ちにこれが除名に至るかというのは必ずしも現実的ではないと思いますが、むしろ問題は、つまり党内において発言権がない、あるいはしかるべき政策判断能力のないような方をいわば集票マシンとすることによって議席をふやしていくということが果たしてよろしいのかなという問題がどうもやはり残るような気がいたします。ことに、再三申しておりますように、後に政党の離合集散等が生じた場合に一体どうなるのだろうということを、これはぜひひとつ皆様方でお決め願いたいというふうに思っております。
#73
○前島英三郎君 政治はよく生き物と言いますし、刻一刻と変化をしております。戦後いろいろな形で政党が育ち、またその政党が消えてはまいりましたのですけれども、そういう形の中で私はむしろ参議院というもの、全国区というものを考えたときに、全国的な視野に立って、衆議院ではそれぞれ縄張り争い的なような政治指向をわれわれ見ておるわけですけれども、参議院のせめて全国区の選ばれてくる一人一人は、それぞれ専門分野で、ガラス張りの中で六年間腰を据えて一つの問題が考えられる。
 その場におきましては、過去にもそういう意味では本当に、市川房枝さんとかここにいるわれらの仲間たちも、その一人一人が信念を持ってやってきているわけでありますけれども、今回こういう拘束名簿式、君らは君らで何か参議院を考える会とか一つの名前をつくってやれと言いましても、今度はそれは一人一人の信条からしますと、大変矛盾を感じざるを得ないわけです。
 そういう点で、じゃ私は車いす党なら車いす党をつくる、こういうことになりますと、さて議席を得るために私はあるいは九人のだれかお願いをしなければならないということになるわけです。つまり、借り物を九人用意して一つの議席を得るためにやらなければならないということになってまいりますと、私はまた自分自身の一つの政治信条の中にも大変矛盾を感じてくるわけであります。
 そういう点でも、いかに自社両党のこの拘束名簿式比例代表制というものが、主権者たる国民を無視したものであり、あるいは憲法のたとえば二十一条の問題などを含めた抵触する部分を考えるかということをいろいろ煮詰めてまいりますと、実に何とも悲しい制度である。そんなことで、今後これがどう推移していくかわからないにいたしましても、長谷川先生、堀江先生、佐竹先生に伺いたいのですけれども、主権者である国民が、選ぶ側が外された形の中で、主権が政党にあるべき形のようなこの選挙制度は、私はやはり何としても慎重にしなければならないと思うのですけれども、再度御意見を伺えればと思っております。長谷川先生いかがですか。
#74
○参考人(長谷川正安君) 私は、比例代表制なり拘束名簿式比例代表制に主たる責任があるのではなくて、それが衆議院にまず導入されるのではなくて突然参議院の全国区に導入されたというのが一つの大きな問題でありますし、それからまた政党についていわゆる三条件をつけて名簿を提出する資格を厳しく制限しているというところに、いわゆる少数政党なり無党派の人が排除される原因があるのであって、私自身は政党本位に国会を運営するということは衆議院であろうと参議院であろうと賛成でありまして、何か参議院が各党の野党あるいは党内野党の人の集まりだというのは、きょう初めて先ほど伺ったのですけれども、それはその党の特殊事情であって、私は一般論から言えば、同じ国で二院制度で一つの国会が運営されるときに、同じような政治的傾向で政党が分布してくるというのはもうごく自然のことであるというふうに考えておりますので、政党本位の選挙、比例代表制に問題があるのじゃなくて、今回の導入の仕方、それから条件のつけ方に大変問題があるというふうに考えています。
#75
○参考人(堀江湛君) 私は、現在参議院の全国区、地方区、衆議院とそれぞれ選挙区制を異にしております。実はこれは大変意味のあることでありまして、つまりそれによっていろいろな異なる角度から国民の代表が選ばれてくる。そうして、それぞれその特色を生かして国政に、国の政策決定にその立場を反映なさるという点で大変メリットがあるのではないかと考えております。そういう意味では、今回の全国区の改正におきましても、従前からの全国区の持つよさを殺さないような形でぜひこの選挙区制の改正をお進めいただきたい、かように考えるわけであります。
 そうしますと、本来のこの自民党、社会党の両党から御提出になっております本案のねらいは、つまり政党化もさることながら、いわゆる余りに広大過ぎる選挙区から生ずる選挙運動上の問題、もしくは余りにも膨大な選挙資金を要するということから生ずる問題等が中心でございますから、そういう趣旨を生かしながら、なおかつ従来日本の全国区には、一人一党という言葉がございますが、ある意味では職能代表的な色彩もずいぶんあったように思いますし、それからただいまの前島議員のような、そういったいわば職能というよりもある一つの特定の問題をめぐって国民の意見を代表される方もあるわけでございますから、そういう現在持っている参議院全国区のよさを何とか今回の改正案の中に可能な限り盛り込むという方法をひとつお考えいただいたらいいのではないか、かように考えるわけであります。
#76
○参考人(佐竹寛君) 現在の全国区のあり方にマイナス面があるということは十分はた目にはわかっておるわけであります。しかし、やはり金のかからないためというのは、金がかかり過ぎているかけ方に問題が基本的にあるのであって、かからなければかからないでやれる方法が別に制度をいじらなくてもできるはずの問題があると思うのですね。それは政治資金の規制の問題も入るでしょうけれども、それよりもそういう金をかけないためにということで、いま前島先生おっしゃったような基本的な一人の人の意思、表現の自由あるいは政治的信条というものを、九人の人を立てなければ立候補できないということはどう考えても本末転倒と申しますか、もうちょっと厳しい言葉で申しますと角を矯めて牛を殺すような、むしろ参議院のよさをなくしてしまうのではないかと、そういうふうに思っております。
#77
○前島英三郎君 政治というものはともすれば最大公約数になってしまいますけれども、国民の中でその最大公約数から以下の人たちの部分をやはり取り上げていこうというのが一つの私の政治信条。政治というものはそういう中では最小公倍数であるのが原則であろう、これも私の一つの信条であります。
 そういう点では、やはりこれが参議院という本来のチェック、第二院としてのあり方、その育った、生まれた原点というものに返る努力をせずして、それぞれが、大政党が党利党略――私の党利党略という見方が妥当かどうかは別にいたしましても、世上党利党略というのが大変叫ばれておりますけれども、そういう意味では大変その参議院の機能を抹殺してしまいますし、いわば私は参議院の自殺行為であるというぐあいにしか思えないのですけれども、政党化が進むのはやむを得ないといたしましても、やっぱり参議院の育ってきたその原点というものを振り返るということが佐竹参考人も大変重要だということをおっしゃっておられましたけれども、それと同時に、定数是正の問題なども含めまして、ただこの問題だけがいま非常に公選法の中心的議題になっているのはどうかと思うのですけれども、この拘束名簿式は一つの案として、ほかにどういうことを同時並行としてやらなければならないか、三先生の御意見があったら伺いたいと思います。
#78
○参考人(長谷川正安君) 私は先ほど参考意見の中で述べましたけれども、選挙制度に関するものだけでも緊急にやらなければならないのは、参議院の地方区の定数の是正であるとか、それから公選法で禁止された政治活動の自由、たとえば戸別訪問を禁止するなんという、これは世界で日本だけしかやっていないようなその選挙運動の規制の撤廃であるとか、それから法律自体が再考期間を設けているたとえば政治資金規正法の問題とか、そういう問題というものを私はこの問題も含めてもし検討するならば、先ほどどなたか参考意見の中でありましたけれども、第三者機関にゆだねるとか、あるいは各党でもっと合意を得られるような審議をするとか、そういうことが望ましいのじゃないかというふうに考えております。
#79
○参考人(堀江湛君) 私考えまするに、衆議院の選挙区は大体特定の限られた地域を基盤にして、そこで代表を選ぶというシステムをとっております。それに対してもう少し大きな都道府県レベルで選ぼうというのが参議院の地方区でございまして、そういう意味では参議院の地方区の定数是正というのは私見といたしましてはむしろ逆ではなかろうか。つまり、非常に人口の集中した先進的な都道府県とそれから過疎的な県とがあるわけでありまして、参議院の地方区はどちらかと言えば各都道府県対等に近づける方がむしろ望ましいのではないか。そのかわり衆議院では、いま問題になっておりますような定数是正問題で、選挙区による有権者と代表のアンバランスはできるだけ早く人口比に近づけるように努力していただきたい。
 それに対して全国区の場合は、その地域なり都道府県では少数派であるけれども、全国を糾合するならば決して無視できないという人たちの意見を反映する場であり、かつそういうふうにだんだんと強化されてきていたのがこの参議院の戦後の歴史でありますから、このよさをぜひなくさないようにしていただきたいと考えるわけであります。
 そうしますと、現在やはり自発的な下からの盛り上がりというのは、いかなる場合にもこの自由社会においては大事にしなければいけないわけでありまして、したがってたとえば農業関係、あるいはさまざまな産業界、あるいは宗教界、文化界等のいろいろな職能的な利害というものを、執行部といいますか党の中央機関が一方的に決めるのでいいのだろうか、もう少し選挙民の自発性というものを尊重する方法はないものかということを、再三繰り返すようでありますが感じておるわけであります。
 そこで、何とか今回の拘束名簿式の中でそういった市民、有権者の自発性、職能代表という意味での自発性をもうちょっと強調できるような何らかの方法をお考えいただけたらいいのではないかという気がいたしております。
#80
○参考人(佐竹寛君) 現在の改正法案とあわせて考えられるべき問題は何かという御質問のように承りましたので、まずやはり何といっても全国区と地方区という現行制度でございますから、まず地方区は五十一年の衆議院の最高裁の判決で明らかに違憲の判決が出ております。そうしますと、どうしても現在は地方区というものも人口を基礎にして定数配分があることは間違いないわけでありますから、参議院の地方区の特殊性をいかに勘案しても、一人一票のもとにある選挙制度としては一対五・七という開きはいかにも基本的人権、投票権から見て不自然でございますので、このことはやはり早急に検討すべきであると思わざるを得ません。近く最高裁でも判決が、大法廷でこれから審理されるということでありますので。
 それから、やはり衆議院も一対二以上に開いている選挙区というのはたくさんございますので、ここは参議院でございますけれども、同時にやはり勘案すべき問題だと思います。
 先ほど堀江先生おっしゃられました参議院のあるべき姿としては、やはり衆議院が政党本位であるとすれば、アメリカとは日本は国情は違いますけれども、やはり地域、まあブロック制にするか都道府県別にするかは別としまして、抜本的に衆議院とは違う議員構成の考え方はすべき余地があると思うのです。ただ、これは混同するというのは非常に問題がありまして、ですから今回全国区だけを改正をするということは、いま申し上げた意味では大変問題がある。
 最後に、先ほど長谷川先生もおっしゃられましたけれども、いまのようなすべての問題を改めて総合的な見地から考えるべき第三者機関による審議会なりそういうものを設置すべきだと思っております。そこで大いに各党の先生方の逆に御意見、参考意見を伺うべきだと、そこでまた検討すべきだと思っております。
#81
○前島英三郎君 あと一問いいですか。
#82
○委員長(上田稔君) もう時間オーバーしておりますので、これで。
#83
○前島英三郎君 じゃ、ありがとうございました。
#84
○委員長(上田稔君) この際、お諮りいたします。
 委員外議員青島幸男君及び中山千夏君から発言を求められておりますので、これを許可することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#85
○委員長(上田稔君) 御異議ないと認めます。
 それでは、まず青島君に発言を許します。青島君。
#86
○委員以外の議員(青島幸男君) どうも三先生お忙しいところ御苦労さんでございます。
 長谷川先生、佐竹先生は、直ちにただいま社会党並びに自民党が提出しております法案で臨むということははなはだ疑問があるというお考えのようで、私もそれには全く同感でございます。ただ、堀江先生が賛成の御意見をお持ちのようなので、私は大変はらはらしておったのですけれども、よく伺ってまいりますと、名簿作成について解決不可能に近いような深い疑念をお持ちのようなんで、このままいったのではとても承服しかねるというような御意見とも承りましたので、大変安心したような次第でございますけれども。
 いまこの両法案が出されておりますところの大前提といたしましては、いまのやり方では金が非常にかかる、それから地域が非常に全国区と広いので選挙のやり方の上で大変矛盾がある、あるいは難点があるということが前提になっているわけでございますが、金がかかるというのはかけるからかかるという見解を常々新聞などでも拝見いたしますけれども、全国区だからとりわけかかるという筋合いのものでもないと私は思うのですね。と申しますのは、全国区でも五十三万で当選いたします。地方区で六十万取って落選なさる方がおいでになるわけです。そうすると、五十万、六十万という票を目指して選挙活動をなさるという点につきましてはほぼ同じような論じ方をしなければならないのじゃないかと思うのです。ですから、金がかかるということの前提は一つ外れると思うのですね。
 それから、堀江先生も大変疑念を感じておいでのようでしたけれども、現在の個人の名前を書くという投票のあり方だと金がかかる、しかしそれを政党名に投票するという形にしても果たしてそんなに大きく経費が軽減できるであろうかという保証はないという御意見のようでございました。してみますと、あるいはいま提案されております法案を無理やり推し進めましても、金のかかるという面については現行と余り差異はないと、お三方の御意見ともそうなるんではなかろうかと思うのですけれども。
 それともう一つ、広過ぎるという御見解でございますけれども、これは確かに北海道から沖繩までかなり広い地域にまたがっております。しかし、ただいまの状況から考えますと、マスコミュニケーションの発達の度合いなどを考えますと、北海道におりましても沖繩におりましても、東京で起こりましたあるいは佐渡で起こりました事件、あるいは考え方、文化的なものの催し物にしても即座に見受けられる、判断できるという、かつてマスコミュニケーションが発達してない時期から考えますともう格段の差があるほど、物理的には遠くとも形而上的な意味は詰まっておりますね。
 ですから、東京全区あるいは北海道全区というようなかっこうと、北海道から沖繩まで確かに物理的には広うございますけれども、このマスコミュニケーションの度合いと、それから幸いなことにわが国は一言語一民族で長い歴史をこの島国の上に築いてまいりました。特にアメリカのように宗教的な対立とか、あるいは言語上の対立とか、あるいは行き違いとかというものは幸いにございませんですね。
 ですから、そういう意味合いから勘案いたしますと、たとえばアメリカの地域を考えましてこの選挙区を想定いたしますと、確かにユダヤの方もおいでになるでしょう、アラブの方もおいでになるでしょう、カソリックの方もプロテスタントの方もおいでになるし、それぞれ言語習慣を異にしておる方々が大きな地域に分散しております。そうなった場合、それを一つの選挙区として勘案するのは多少問題が残ることは事実だと思います。
 しかし、私るる申し上げましたように、物理的には確かに広さに差異はございますが、形而上的に考えますと、数の上から申しましても、先ほど申しましたように六十万地方区で得票なすって落選する方もおいでになる、全国区で五十三万で当選なさる方もおいでになるというようなことを勘案いたしますと、決して物理的な地域の広さだけをもってこれを広過ぎると断じてしまうのは難点がありはしないか。早計ではなかろうか。
 こう考えますと、自民党さん、社会党さんが提案なさっておいでのように、この金がかかり過ぎる、あるいは広過ぎるというのも、これは前提として形をなさなくなるのではないかという感じがいたします。
 それから、提案者の方で常々申されますのは、いかにもただいまの全国区の選挙のあり方が非常に矛盾が多い、やりにくいということが国民の間から、有権者の間からほうはいと自然発生しているようにおっしゃるのですが、決してそうじゃございません。選挙をして選ばれる側の論理でいま提案されております、この法案は。金がかかるのも労力がかかるのも有権者ではありません。有権者はちっとも金かかったり労力かかったりしないんですよ。金がかかるのはこれから選挙に臨もうとする、立候補しようとする人です。労力がかかるのも立候補している側の人間なんです。立候補している側の人間だけが寄り集まって、外部の審議機関に依頼することもなく、このような形で審議するということにも、まず長谷川先生もおっしゃられた、佐竹先生もおっしゃるように疑念がありますが、その上に二つの大前提を意味ないものと私はいま論じましたけれども、こういう前提の中でいまこれを推し進めようとするということについて堀江先生はどのような御見解をお持ちですか、お尋ねしたいと思います。
#87
○参考人(堀江湛君) どうもはなはだお答えしにくい御質問でございますけれども、私は現代政治学、政治の現実を分析するのが仕事でございます関係上、どうも長谷川参考人や佐竹参考人と多少肌合いを異にしておりまして、非常に現実にやや引きずられ過ぎるのかもしれませんが、与党と野党第一党が御提出になった法案というのは、議会政治は数の政治でございますので、これは通過、成立する可能性は非常に高いものであろう。そうすると、そういった中でもしそこに何か問題点がはらまれているとするならば、それを一体どういうふうに正していったらいいのであろうかというような、とかくそういう結論になりがちなので、多少どうも持って回ったような言い方が多いのではないかと思います。
 実は、しかし確かに候補者の方々にはいろいろな特性がございますので、たしか選挙区は決して広過ぎないといういま青島先生の御発言でございますけれども、しかし青島先生もさようではないかと思いますが、つまりすでに国民の間に広く知名度のある候補者の場合には、これは今日のようにマスコミが発達した段階では広過ぎないということにもなろうかと思いますが、今度は逆に、ある組織に乗って御出馬になる方にとっては、その候補者がその組織の推す候補者であるということを周知徹底させるためにはこれはかなりの努力を要するのではないかと思いますので、そういう点ではやはり候補者は一律にはいかないのでありまして、多くの候補者の場合にはやはりどうも選挙区は依然として広過ぎるという気がいたします。
 それから(発言する者あり)
#88
○委員長(上田稔君) 不規則発言をやめてください。
#89
○参考人(堀江湛君) それから、金をかけるのは候補者の側であると、これは御指摘のとおりではありますけれども、これはすでに公職選挙法の認めておりますいわゆる法定選挙費用をとりましても、これは明らかに全国区が最も高いということは、仮に法定選挙費用の中で選挙運動をおやりになるということが――仮にというのは失礼でありますが、法定選挙費用の中で運動をおやりになっていたとしましても、全国区に政治資金を要するということはやはりどうも否定できないようでありますので、まあその辺のことを念頭に置いて一歩でも前進すればよろしいのではないかという気がどうもしておるのであります。
#90
○委員以外の議員(青島幸男君) 衆議院の選挙区あるいは参議院の地方区、全国区とさまざまな選挙の形態があって、そこからさまざまな角度によって国民の代表が選ばれることは大変有意義であるというふうに御発言になりました。私は、全国区の選挙のあり方というのは、恐らくそういうことを事前に想定してつくられておると思うのですね。ふだんの日常の活動によって、全国的な規模で何をやろうとしているか、何を考えているかということをおおむね知られている方が、二十三日の選挙期間を通じて立候補したことを知ってもらえばそれで当選できる一たとえば市川房枝さんなどはほとんど運動をなされなくても、五十年の婦人運動の歴史がかの方を当選させているわけです。ということをもともと想定してあるのでありまして、こういう選挙制度をそのまま残しておくことがさまざまな角度で選ばれてくる方の国民の意思を反映すると、先ほど先生おっしゃられたこととつながってくると思うのです。
 ですから、そういう方がむしろ当選すべきで、地方の有力な意見であっても全国的な規模としてはそうでないという方は、それこそ衆議院もありますし地方区もあるのですから、そちらから出ていただくということの方が、国民のさまざまな、各層から各様な……
#91
○委員長(上田稔君) 青島君、時間が超過していますので、短く。
#92
○委員以外の議員(青島幸男君) はい、終わります。
 ということなんでございまして、その辺のところも御勘案いただければと思います。
 それから、政党化をこの法案は徹底的に制度化してしまうというところに問題があると私は考えますので、その点ちょっとつけ加えさせていただきまして、大変長くなりまして失礼ですが、終わります。
#93
○委員長(上田稔君) 次に、中山君に発言を許します。中山君。
#94
○委員以外の議員(中山千夏君) 青島さんの時間が切れちゃったので、ちょっといまの続きのことを私も考えていたものですから申し上げますが、広過ぎるということが大変問題になりまして、でも私考えてみたら、日本の大きさが変わらないことはあたりまえで、この選挙法を制定した当時も広さは同じであったろうと。そうすると、何でこのごろになって急に広過ぎる広過ぎるという話になるのかと思って考えましたときに、やっぱり青島さんと同じように、もともと広いところを選挙期間中に走り回って名前を知らせなければならないような人の候補を予定していなかったのだろう、予想していなかったのだろうとしか思わざるを得ないわけです。
 ところが、交通手段とかマスコミなんかが発達しまして、そうして逆に想定されていなかったような方たちの選挙活動が可能になってきたわけですね。二十三日間で走り回ると相当知名度も高まるし政策も徹底できる、日ごろの政治、政党活動に加えて名前を知ってもらうこともできるということが逆に最近になって可能になってきたと、こう思うわけです。それが可能になってきたために、最初は予定されていなかった政党色の強い方たちが全国区という場所にふえてしまった。
 そうすると、これが望ましいことなのかどうなのかというところから考えてみないと、どうも逆になってしまう。現状では、むしろ昔に比べれば実質的には全国区は狭くなって活動は楽なはずなのにもかかわらず、いまになって広過ぎる広過ぎるということで、最初に制定したときの意味を忘れてしまっては、これは本末転倒であろうというふうに私は考えているわけです。ちょっと青島さんのを受け継いで、そういう考えを持っているのだということです。
 それで、一匹オオカミというお話が先ほど出まして、私たちは立候補するときには確かに一匹オオカミなんです。だけれども、議会の中に入りますと、おっしゃるとおり一匹オオカミというのは存在していても何にもできないというところがありますので、それぞれ議会の中に入ったら会派をつくって、発言権だとかそれから決定権だとかをなるべくたくさんおのおのが得られるようにということでやっているわけなんですね。だから、事実上われわれのように会派をつくっている一人一派の人間は、いわゆる意味のない一匹オオカミというふうにはなってしまわないだろうと。会派をつくって活動する限りにおいては意味がないというふうに考えてはいらっしゃらないだろうと思うのですけれども、長谷川さん、いかがでしょうか。
#95
○参考人(長谷川正安君) 私は、議会主義というものを前提にする以上は、その当選した方が、できるだけ自分と政治的な意見の同じ人が集まってそして行動するということが非常にいいことだと思いますし、それは議会の中だけではなくて議会の外でも、選挙のときであろうと日常的な政治目的を達成する場合でも、およそ政治はただ意見を述べることに意味があるわけじゃないですから、言ったことが実現する目的で行動されるなら、同じ意見の人たちが集まって、先ほど言った憲法で結社の自由というのがあるわけですから、それを政党と呼ぶか何と呼ぶかは別問題ですが、行動することは大変いいことで、中山さんはだから国会へ入ってそういうことが非常によくわかったのじゃないかというふうに私は思っていますけれども。
#96
○委員以外の議員(中山千夏君) 国会に入る前から、選挙に一人人間を出すにしても、とても一人でやっていてはなかなか出れないわけで、それこそ相当な知名度とか何かが必要だということは出る前から相当わかっていたので、政党というようなものではないですけれども、一応の結社をつくって活動してきたわけです。
 そこで、政党といいますか結社といいますか、グループといいますかの性格が、参院の中のグループはどういうふうであるべきかという問題になるんじゃないかと思うのですね。それは、先ほど栗林さんがすごくわかりやすく合理的にお話ししてくだすったんですけれども、そういう点から考えると、私たちですと、たとえばグループを組んでも、なるべく個人の意見が生かされるように、大筋では大体一緒であっても個々違ってきますから、採決のときに縛らないようにというようなことができるわけですね、ばらばらの採決が。
 ところが、現在の政党の状況を見ておりますと、参院の中で政党というのはすごく一元的にぱっぱっと――野党だそうですけれども、やっぱり同じ行動をしてしまうようにまあ見えるわけです、見ていて。そして、それは栗林さんのお話を伺ってわかったことなんですけれども、衆院の支配下と言ってはいけないのでしょうけれども、どうしても衆院の力に引きずられてしまうところがある。そうすると、選挙の制度をいじってそういう政党化した結果として、栗林さんが御心配なさるように、ますます衆院のカーボンコピーになってしまったら、これは一院の方がまだましじゃないか。その辺佐竹さんはカーボン化してしまうから反対だとおっしゃっているのですけれども、政党化は仕方がないことだ、自然だと、半ばこう是認する形の御意見をお持ちの長谷川さんは、その辺、二院制ということについてどうお考えになっておられるのかというあたり、少しお聞かせ願いたいと思うのですが。
#97
○参考人(長谷川正安君) 実は、私は戦後の憲法の歴史を専門に勉強しているものですから言うのですけれども、これは歴史的な事実ですが、御承知のようにマッカーサー草案では一院制であったのを日本政府が二院制に変えさせたんですね。ところが、変えさせたときに、どういう二院をつくっていいのか全然決めずに変えさせたんですね。私は金森徳次郎さんから直接伺ったのですけれども、先生は、あれ二院制にしちゃったおかげで、どういう二院をつくっていいのかわからないで、ずいぶん困って、議会の答弁はわからないようにわからないように答弁していましたということを私に直接言ったことがあるんですね。だから、そんな高尚なものじゃないんです、もともとは。しかし、憲法で決められたものですから、あるんだから何とか特色を生かさなければいけないといって、いままで苦心して運用してきたし、いまも皆さん苦心しておられると思うのです。
 私の意見では、日本では二院制度にして第二院を置く合理的な理由というのはないと思っています、私の考えではね。しかし、憲法にはあって、みんなの知恵でそれが衆議院とは違う特色を生かそうと思って運用してきていますから、これは一般論では言えない。人によってどういうここにメリットがあるかという考え方は、党によっても違うし、それから議員さんによっても学者によってもみんな違うというのが私は現状だと思うのです。
 ですから、それはそれとしまして、いまのカーボンコピーになるかどうかという問題は、これは政党のあり方の問題であって、もし衆議院議員であろうと、それから参議院議員であろうと、また全然議員でない党員であろうと、自分の所属している政党の政策形成に自分が関与していれば、党が出した方針について賛成をするということはあたりまえのことであって、それは拘束とかなんとかという問題ではないと思うのですね。しかし、党が民主化していないで、自分の意見が全然反映されてないところで何か決まってきて、それで投票しろと言うから問題が起こるのであって、これは日本の政党のあり方の問題であって、参議院のあり方の問題とは私は直接関係ないと思うのです。参議院だけを野党的にすれば、それは政党がもう現状と変わらないという前提ならば、ある特定の政党はそうかもわかりませんけれども。
 少なくとも私の考えている近代的な政党ならば、その政党の政策に自分が関与しているという意識があり実態があれば、政党が決めたことを党員がそのとおりに発言し、それを実現するように努力するというのはあたりまえのことであって、私が政党化を認めているのは、その政党の内容がよくなるという前提で認めているのであって、その内容が私はかなり問題になると思います。
#98
○委員長(上田稔君) 中山君、もう時間ですから。
#99
○委員以外の議員(中山千夏君) まだ一分あります。
#100
○委員長(上田稔君) 時間ですよ、短くやってください。
#101
○委員以外の議員(中山千夏君) はい。
 いずれにしても、皆さんのお話伺いまして、先日も三名の方に伺ったのですが、反対あるいは大変いろいろ問題があるし、憲法の改正にまでつながっていくような深い問題を持っていることで、きょうお伺いした中でもお三方とも、第三者機関にゆだねるべきであるという御意見をお持ちの方も二人いらっしゃいましたし、いずれにせよ慎重審議ということを六名の方がみんな言っていらっしゃると、このことを私は非常に心に強くとどめました。
 どうもきょうはありがとうございました。
#102
○委員長(上田稔君) 以上をもちまして質疑は終了いたしました。
 参考人の方々には、長時間にわたり有益な御意見をお述べいただきましてまことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後一時一分散会
ソース: 国立国会図書館
【PR】姉妹サイト