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1949/02/21 第7回国会 参議院 参議院会議録情報 第007回国会 文部委員会 第6号
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1949/02/21 第7回国会 参議院

参議院会議録情報 第007回国会 文部委員会 第6号

#1
第007回国会 文部委員会 第6号
昭和二十五年二月二十一日(火曜日)
   午後一時五十八分開会
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○調査承認要求の件
○元号に関する調査の件
○教育職員免許法の一部を改正する法
 律案(内閣提出)
○教育職員免許法施行法の一部を改正
 する法律案(内閣提出)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(田中耕太郎君) それでは委員会を開会いたします。
 御異議ございませんければ議事の順序を変更いたしまして、先ず第四番目の調査承認要求に関する件を議題といたします。これはこの前にこちらで以てお諮り申上げました、元号に関する調査承認要求の件でございます。要求書の内容を申上げますと、一、事件の名称、「元号」に関する調査、一、調査の目的、新憲法の制定後「元号」に関する法的基礎が不明確となつており且つ、新憲法の精神から見ても、一世一元の制が果して妥当であるかという問題についても研究の必要が生じて来た。又講話会議を控え将来我が国が国際社会の一員となるべき立場からも、この際文明諸国共通の年号計算に従つてはどうかという問題が起つてくるというような見地から、元号に関する調査を行なつて、速かにその対策を講ずる。これが調査目的でございます。それから一、利益、「元号に関する種々の疑義を明確にし、文化国家の建設に寄與する。一、方法、官庁、公共団体及び学識経験者等から意見を聽取し、資料を要求し、又必要に応じて現地調査を行う。一、期間、今期国会開会中。それから費用の点は現在計算することがちよつと困難でございまして、取敢えず他の点だけを以て承認要求書を出したいのであります。右本委員会の決議を経て参議院規則第三十四條第二項により要求する。年月日。ということでございます。只今の内容の調査承認要求書を提出いたしますことにつきまして御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○委員長(田中耕太郎君) 御異議ないものと認めます。それではさよう手続を進行いたします。
  ―――――――――――――
#4
○委員長(田中耕太郎君) 次に議題の第一でございます教育職員免許法の一部を改正する法律案並びに教育職員免許法施行法の一部を改正する法律案、これを一括して議題にいたしますことにつきまして御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#5
○委員長(田中耕太郎君) それでは御異議ないと認めます。この両法案につきましては前月一般的の説明、提案理由の説明並びに各條文についての説明がございました。今日は質疑の段階に入つておるわけでございます。右両法案につきましてご質疑がございますれば御発言を願います。前回御出席になられた方で大分この問題については関心を持つておいでになり、御質疑がありそうな様子でございました。
#6
○河崎ナツ君 今、河野さん質問ありますそうで呼びにやりました。質問沢山あるとおつしやつていました。
#7
○委員長(田中耕太郎君) 速記を止めて。
   〔速記中止〕
#8
○委員長(田中耕太郎君) それでは始めて下さい。
  ―――――――――――――
#9
○委員長(田中耕太郎君) それでは再び議題の順序を変更いたしまして、年号に関する件に戻りまして、只今御配付申上げました資料につきまして專門員の説明を願います。
#10
○専門員(岩村忍君) お手許に配付しました資料をちよつと御説明申上げます。
   年號ハ一世一元トス
     (明治元年九月八日行政官布告)
 今般御即位御大禮被爲濟先例之通被爲改年號候就テハ是迄吉凶之象兆二隨ヒ屡改號有之候得共自今御一代一號ニ被定候依之改慶應四年可爲明治元年旨被仰出候事
    詔 書
 詔體太乙而登位膺景命以改元洵聖代之典型而萬世之標準也朕雖否徳幸頼祖宗之靈祇承鴻緒躬親萬機之政乃改元欲與海内億兆更始一新其改慶應四年爲明治元年自今以後革易舊制一世一元以爲永式主者施行
  明治元年九月八日
    詔 書
 朕皇祖皇宗ノ威靈ニ頼リ大統ヲ承ケ萬機ヲ總フ茲ニ定制ニ遵ヒ元號ヲ建テ大正十五年十二月二十五日以降ヲ改メテ昭和元年ト爲ス
  御名御璽
  大正十五年十二月二十五日
         各國務大臣 副署
   元號ノ稱呼
    (昭和元年十二月二十五日内閣告示第一號)
 元號ノ稱呼左ノ如シ
 昭和
   明治三十一年勅令第九十號(閏年ニ關スル件)
     (明治三十一年五月十一日勅令第九十號)
 朕閏年ニ關スル件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム(總理、文部大臣副署)
 神武天皇即位紀元年數ノ四ヲ以テ整除シ得ヘキ年ヲ閏年トス但シ紀元年數ヨリ六百六十ヲ減シテ百ヲ以テ整除シ得ヘキモノノ中更二四ヲ以テ商ヲ整除シ得サル年ハ平年トス
   明治五年十一月十五日太政官布告第三百四十二號
 今般太陽暦御頒行神武天皇御即位ヲ以テ紀元ト被定候ニ付其旨ヲ被爲告候爲メ来ル二十五日御祭典被執行候事
  但當日服者參朝可憚事
   登極令
    (明治四十二年二月十一日皇室令第一號)
    (昭和二十二年五月二日皇室令第一二號により廃止)
 第二條 天皇践祚ノ後ハ直ニ元號ヲ改ム
  元號ハ樞密顧問ニ諮詢シタル後之ヲ勅定ス
 第三條 元號ハ詔書ヲ以テ之ヲ公布ス
   皇室典範
    (明治二十二年二月十一日)
    (昭和二十二年五月一日皇室典範及び皇室典範増補を廢止する皇室典範により廢止)
 第十二條 践祚ノ後元號ヲ建テ一世ノ間再ヒ改メサルコト明治元年ノ定制ニ從フ
   日本國憲法
 第七條 天皇は、内閣の助言と承認により、國民のために、左の國事に關する行爲を行ふ。
  一 憲法改正、法律、政令及び條約を公布すること。
  二 國會を召集すること。
  三 衆議院を解散すること。
  四 國會議員の總選舉の施行を公示すること。
  五 國務大臣及び法律の定めるその他の管理の任免竝びに全權委任状及び大使及び公使の信任状を認證すること。
  六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復權を認證すること。
  七 榮典を授與すること。
  八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認證すること。
  九 外國の大使及び公使を接受すること。
  十 儀式を行ふこと。
 第九十八條 この憲法は、國の最高法規であつて、その條規に反する
  法律、命令、詔勅、及び國務に關するその他の行爲の全部又は一部は、その効力を有しない。
  日本國が締結した條約及び確立された國際法規は、これを誠實に遵守することを必要とする。
  皇室典範第十二條(帝国憲法 皇室典範 義解樞密院議長伊藤伯著)
  践祚ノ後元號ヲ建テ一世ノ間ニ再ヒ改メサルコト明治元年ノ定制ニ從フ
  恭テ按スルニ孝徳天皇紀二改二天豐財重日足姫天皇四年一爲二大化元年一トアルハ是レ建元ノ始ニシテ歴代ノ例制トナレリシモ其ノ後陰陽占トノ説ニ依リ一世ノ間屡々年號ヲ改メ徒ニ史乗ノ煩キヲ爲スニ至レリ明治元年九月八日ノ布告ニ云今般御即位御大禮被爲濟先例之通被爲改年號候就テハ是迄吉凶之象兆二随ヒ屡々改號有之候ヘ共自今御一代一號ニ被定候依之改慶應四年可爲明治元年旨被仰出候事ト此レ本條ノ依ル所ノ令典ナリ
 これが大体専門調査員室で調査いたしました元号年号に関する法的の根拠なんでございます。
 それから一言御説明申上げて置きたいと思いますのは、元号、年号という名前でございまして、新聞でも元号、年号、両方を使つておりますが、これははつきりした解釈が困難なものでございまして、元号という言葉を初めて使いましたのは旧皇室典範において使つておりますので、それ以前には今までの私の調査いたしました範囲においては、中国においても、日本においても元号という言葉は使つておりません。すべて年号という言葉で表されております。ですから、旧皇室典範が元号という言葉の起源だろうと存じます。
 それからその使い分け方をいろいろ方々にお問合せしたり、或いは私自身いろいろ調査して見たのでございますが、結局こうだろうと思うのでありますが、私共の結論といたしましては、元号と申しますのは、例えば明治とか、昭和とかいうような言葉がそれが元号でございまして、年号というのは昭和何年、明治何年ということを、それを昭和という元号を含めてその下に数とそれから年という字を付けたもの、これを年号と称しておるらしいのでございます。併しこの用法は新しい用法でございまして、日本の古いところ、或いは中国などで使つておる用法とは違うのであります。中国でも年号というのは、改元から改元の間のことのみを年号というのでございます。従つて日本の古いところでも、中国でも、改元した場合のみが年号で、改元しない場合には年号でないのでございます。従つて中国でも民国で改元しないということになりましたので、民国何年というのはあれは年号ではございません。そういう意味で元号と年号という点が非常に言葉の使い方がはつきりした点がございませんが、大体私の研究した範囲では、元号と年号とはそういうように使い分けて差支ないだろうといろいろな材料から推定いたします。但しこれは異議があるかも知れませんが、ちよつと外の資料が出ない限りこの今の解釈で差支ないかと私は存じております。
#11
○委員長(田中耕太郎君) 只今岩村専門員が説明されたことにつきまして御発言ございませんか。
#12
○山本勇造君 速記を止めて……。
#13
○委員長(田中耕太郎君) では速記を止めて。
   〔速記中止〕
#14
○委員長(田中耕太郎君) 速記を始めて下さい。それでは元号の問題につきまして、これは皇室典範、その他法制と密接な関係がございますために、参議院法制局長が見えましたので説明を改めたいと思いますが、如何でございましようか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#15
○委員長(田中耕太郎君) では御質問して頂いた方が都合がいいそうでございます。それじや私から御質問いたします。
 現在皇室典範の中に年号についての規定が全然欠けておる。旧皇室典範にはあつたのでございます。それが新皇室典範によつて除かれた理由並びにいきさつ、或いはそれについて何かその間の事情を知るような速記録の記事があるかないかというような点についてお伺いしたいと思います。
#16
○法制局長(奧野健一君) そのいきさつ及び資料につきましては只今調査いたしておりませんし、聽くところによりますと、それらの点については何ら速記録等にも表れていないということであります。ただ私が思いまするのには、新憲法下になりましてからは皇室典範に規定がありましたように、「元號ヲ建テ」云々といつたような事柄、むしろ天皇の権限に属しないのではなかろうかという見解の下に皇室典範からそういう十二條のような規定を全然削除したものというふうに考えております。
#17
○委員長(田中耕太郎君) それではもう一つ重ねて伺いますが、元号に関する問題は憲法の国務に関することと言えるかどうか、そういう点についての御意見を伺いたい。
#18
○法制局長(奧野健一君) 元号に関する事柄は、従来改元の問題につきましては、改元の告示等には必ず国務大臣のみが副署しているような経過になつておりますし、そういう点から考えて見ましても、これは憲法に言う国事に属するものというふうに考えられます。而して国事に関して天皇がなし得る権限につきましては新憲法の七條に規定がありまして、こういう点については規定がありませんから、やはり国事に関することであつて、而も天皇の権限に属しないというふうに新憲法の下において解釈すべきであろうと考えております。
#19
○河野正夫君 局長にお伺いしたいのですけれども、まあ今回こういう元号に関する、或いは年号に関するいろいろな問題を本委員会で調査研究することになつておるのですが、若しこういうことがない場合に将来元号といつたようなものが天皇の権限に属しようと属しまいと、日本国の将来において現在の憲法、或いはいろいろな法律の建前から、制定と言うか、発布と言うか、称呼を公式に用いるというようなことがあり得るでしようか、どうでしようか、その点を承ります。この法律の範囲内での……。
#20
○法制局長(奧野健一君) 御承知の通りに、先程の皇室典範の十二條とか、或いは登極令の規定がすべて廃止されておりますので、今後若しそういう必要がありますれば、法律を以て規定し得ることであろうと考えております。
#21
○河野正夫君 つまり現在のままではあり得ないことになる、こういうわけですね。
#22
○法制局長(奧野健一君) 天皇が作られるということはあり得ないことでございます。
#23
○河野正夫君 公式文書等において昭和何年何月何日というふうに書かねばならないということになつておりますか、どうですか、只今の制度において……。或いは公式文書で一九五〇年何月何日と書いて悪いかどうか、それが現在の法律或いは省令等でどうなつているか。
#24
○法制局長(奧野健一君) 年月日というような記載がありますけれども、昭和云々ということはないと考えております。
#25
○山本勇造君 そうしますと、明治元年に出た行政官布告というものは、今では廃れたものと解釈するのでしようか、先ずそれだけお伺いいたしましよう。
#26
○法制局長(奧野健一君) この明治元年九月八日のは、その当時において明治元年という年号をつけたのと、一世一元にして変えないという詔勅でありまして、今後は勿論こういう新らしく天皇が詔勅を出されるということは憲法上認められないと思いますが、従来のこの詔勅自体としては、その当時にこういう詔勅があつたというものとして残つているのではないかと思います。
#27
○山本勇造君 そうしたらもつと、今のあなたのは非常に答弁しにくいところであろうと私も想像するのですが、天皇は今出せない、併しこいつは残つているということはちよつと私ははつきり分らんのですが、又そういうふうにして置かないと、今の我々の使つておる昭和何年というのにも響いて来るのだろうと思いますから、そういう意味でのこの今のような答弁で、今のところは我慢して置くのがいいかとも私は思うのですが、併し……。
#28
○法制局長(奧野健一君) その点は、その後例えば大正十五年十二月二十五日を昭和元年とするというような詔勅等も出ております。そういうふうに、現在においてはこういうことは詔勅によつてなし得ないことであろうと考えますが、当時は少くともまあ適法でありまして、そうしてその一旦そういうふうに変えられました結果と言いますか、効果と申しますか、現在におきましてはそれは年号に対する一つの名称としてあるわけでありまして、その効果それ自体は憲法に照して見て、憲法では年号をつけてはならないということはないわけでありますから、その現在にある客観的な名称それ自体としては憲法に違反するものではない。即ち昭和何年ということそれ自体としては憲法に違反するものではない。即ち昭和何年ということそれ自体は別に憲法に違反するものではないが、今後そういう手続によつて新らしく改元をするということは許されないものであろうというふうに考えております。
#29
○山本勇造君 とにかく今の憲法九十八條があるのですから、その方からすると明治元年の詔勅の中には「欲與海内億兆更始一新」とか「主者施行」とかいうのがある。そこのところはちよつとこの九十八條の方にも触れて来るところがありはせんかと思うのです。それは又新たに年号のことを国会において決めて行くということは差支ないわけですね。
#30
○法制局長(奧野健一君) 差支ないと思います。
#31
○山本勇造君 従つてもう一つ伺いたいことは、若し現在のままであつて、ここで以て法律の改正をしないでおつたならば、天皇が崩御されるとか或いは退位されるとかいう場合は、現在のままであつたらどういうことになりますか。
#32
○法制局長(奧野健一君) 現在のままでは天皇が改元をいたされるという法律上の根拠がないのではないかと思います。
#33
○堀越儀郎君 今の法律では根拠がないというのですか。
#34
○法制局長(奧野健一君) ないのです。
#35
○堀越儀郎君 若しなくなられたときは、昭和という年号の問題を国会で取上げて決めない限りは、昭和という年号は続いて行くということになるのではないですか。
#36
○法制局長(奧野健一君) それはやはり一世一代として発布されておりますから、続かないと思います。
#37
○堀越儀郎君 仮に続かないとすると、現在の天皇がなくなられたときは、年号がなくなるということですか。
#38
○法制局長(奧野健一君) 法律を以て規定しない以上は、なくなるわけです。
#39
○山本勇造君 少し議論になりますが、今のような質疑応答の結果から考えると、このままであつたら非常な困難な自体、そしてそれを我々が今知つて、そうして抛つておくということは、立法府におる我々として、このままに捨てておくということはいけないのではないかと思うのですが、少し議論に入りますが、そういう気がいたします。
#40
○三島通陽君 今仮に出産届とか死亡届に一九五〇年何月何日というようなことを書いて出した場合には、役所としてはそれをどう取扱いますか。
#41
○法制局長(奧野健一君) 現在では年月日を書いて出すということになつておりまするので、普通には昭和何年云云と書いておりますが、現在では或いは受付けないのじやないかと思われます。
#42
○山本勇造君 今これを西暦にするとかいうとは、これは僕は行き過ぎだと思う。現在の我々の問題としては、新聞等で西暦にするのだというような書き方をしていますが、我々のこの委員会の立場としては、年号の問題は憲法のときになんか規定があるべきではなかつたかと思われますが、憲法の中にはどの規定もないし、それからして皇室典範にも今度はそれが落ちておる。そして今の質問応答の結果、天皇の退位或いは崩御したときには、どうすることもできない状態におるのですから、立法府の方から言つたら、速かに、どういう方法でやるかはこれから研究しなければなりませんけれども、この元号或いは年号のことについて、僕ははつきりとこれから研究を続けて行くというふうにこの委員会が進んで行かなければならんのじやないかと思いますが……。(「異議なし」と呼ぶ者あり)
#43
○三島通陽君 今の山本委員の御発言、私も全然同感なんですが、そこで新憲法が施行されましてから、政府においてそういうことを今まで研究したことがあるでしようか、どうでしようか。それから参議院といたしましても、国会としても、そういうことは一応研究すべきだつたので、前の文化委員会というようなところでは多少そういう問題は出ておつた。我々もその下心はしておつたのですが、政府ではあつたかないかということを一応伺いたいと思います。
#44
○法制局長(奧野健一君) 当時政府におきましてそういう企てがあつたと聞いておりますが、尚詳しいことは今後聽いて参ります。
#45
○三島通陽君 これは少し先きに伺うべきかも知れませんが、元号をどういう方向で各国で用いているか、勿論これは西暦が一番多いと思いますが、例えばシヤムが仏暦というように、そういう国があると思うのですが、そういう研究がありますか。一応伺いたいと思います。
#46
○委員長(田中耕太郎君) その点は専門員の方で或る程度までは承知しておると思います。
#47
○三島通陽君 適当な機会に一応御研究になつて頂きたいと思います。
#48
○委員長(田中耕太郎君) 大体分つておる程度のことを一つ報告して頂きたいと思います。
#49
○専門員(岩村忍君) 日本のことは要らないのですね。西洋のだけで……。
#50
○三島通陽君 日本国外のを。
#51
○専門員(岩村忍君) 日本以外のことを申上げますと、世界の人口のうち大体八億くらいが西暦を使つておるだろうと推定されております。それから御承知のようにその外の主なものとしましては、ヒヂラ紀元、即ち日本で言われておる回暦、これはマホメツトがメヂナへ逃亡した時を以て元年として、これは太陽暦ではございませんで太陰暦でございます。これは測定の方法に二つございまして、カレンダーでやる方法と、実際に望月する方法とありまして、月を観測して決める方法でございます。回教徒の世界の人口はよく分らないのでありますが、四億五千万前後じやないかと存じますが、そのくらいが使つておるものと存じます。それから仏暦がございます。実は仏暦というのは、非常に限定された範囲でございまして、それから最近の情勢が分らないのでございますが、今三島委員のおつしやつたシヤムにつきましては、こういうふうになつておるのでございます。
 第一には、国際條約の場合には仏暦とそれから西暦と、若しも相手国に年号のようなものがありましたらそれと、三つを併用する。併しこれは相手が非常に限られておりまして、日本と中国だけよりないと存じますが、中国も中共の下では恐らく西暦を使つておるのではないかと推定されます。第二は、一般の外交文書は全部西暦を使用しております。第三には、国内の公文書は仏暦を使うという、この三本建の制度になつております。
 従いまして世界の全体から見ますと、記年方法にはその他非常に沢山いろいろのがございますけれども、一番沢山使われておるのは西暦でございます。その次は中華民国で年号、これは年号とは申せないのでございますが、民国記年を使つておりまして、これが次になろうと思います。第三が人口の数から言うと日本、こういうことになると思います。但しこういう点を非常に注意しなければならないと思いますのは、西暦とか仏暦とか回教暦を使つておりましても、改元の制度がございませんので、一本で続いておるわけであります。それから中国でも、民国になりました時に年号を廃止しましたので、民国何年というのでずつと行つて、改元はしない。従つて年号というものは民国になつた時になくなつたわけでございます。従いまして日本のように天皇なり皇帝なりが代るごとに改元して行くという制度は、世界中で私の知つております範囲では、日本だけであると存じます。
#52
○山本勇造君 今のに関連してちよつと伺いますが、回々教の方ではヒヂラ紀元を使つておるようですが、ペルシヤのような国は大分回々教が盛んなようですが、トルコでは今はそれを使つてないのではないかと思われるのですが、その点を一つ明らかにしておいて頂きたいと思います。
#53
○専門員(岩村忍君) ペルシヤでは使つております。それからパキスタンは、はつきりしたものを調べようと思いましたが、パキスタンができてから分らないのでありますが、今山本委員のおつしやつたトルコにつきましてはヒヂラ紀元を廃しまして西暦を使つておるのでありまして、それはケマル・アタチユルクが大統領になつてから、アラビヤ文字を廃止したのと同時に西暦を使うことになりまして、ヒヂラ紀元は公には使わないことになりました。その他回教国というのは小さいのがございますけれども、ソ連の中に入つている回教国等は全部西洋暦ばかりを使つておるのでありまして、ヒヂラ紀元は使つておらない。少くとも公にはそうなつております。
#54
○委員長(田中耕太郎君) それでは外にこの元号の問題について御発言ございませんか。
#55
○山本勇造君 大分これはいろいろ意見も質問も尚あるかと思いますし、意見が出て来るわけでありますが、これは先程ちよつと懇談の間で話しましたように、広く有識者の意見を聽いた上でしなきやいかんと思いますが、この委員会といたしましては、さつきのような元号について疑義があるのですから、この委員会としてはこれを採上げてですね、そうして有識者の方々や何かの出席を請うて、そうして意見を聽くというようなふうに進めて行く方がいいと思いますけれども、如何なものでしようか。
#56
○委員長(田中耕太郎君) 御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#57
○委員長(田中耕太郎君) それでは本日はこれで、元号の問題はこの程度に止めて置きまして、次の問題に入りたいと思います。ちよつと速記を止めて下さい。
   〔速記中止〕
#58
○委員長(田中耕太郎君) それでは速記を始めて下さい。
  ―――――――――――――
#59
○委員長(田中耕太郎君) では初めに戻りまして教育職員免許法の一部を改正する法律案及び教育職員免許法施行法の一部を改正する法律案につきましてこれから質疑を開始いたします。
#60
○河野正夫君 ちよつとお伺いしますが、この法案は予備審査でございますか。或いは先議でございますか。
#61
○委員長(田中耕太郎君) これは先議になつております。
#62
○河野正夫君 先般の委員会で資料のことをお願いして置きましたが、今日手許に頂きましたが、まだこれは私共も当つておりませんので、これに関する質問は保留いたしますが、その他二、三の点について先般文部省側に私質問をして置いた筈でありますが、若し私の方から質問せんでもお答えが願えるならばお答え願います。或いは要点を申上げてもいいのですが、文部省側では如何ですか。
#63
○委員長(田中耕太郎君) 今政府委員の劔木君がすぐ参りますからしばらくその質問はお待ちを願えませんでしようか。
#64
○河野正夫君 よろしゆうございます。
#65
○若木勝藏君 免許法の一部を改正する法律案の方で、ちよつと私この前に欠席しておつたものですから、はつきりしないので、ちよつと質問したいと思うのですが、この法律案、原案で見てみたら、「附則第五項の次に次の三項を加える。」その中の6項、即ち一番先にあるところの項目でありますが、この中の文面で一頁のしまいから二行目あたりから、「同表第三欄に掲げる在職年数については、同表第二欄に掲げるそれぞれの教員免許状の授與を受けることのできる資格を得た後、同表第一欄に掲げる学校の教員として良好な成績で勤務した旨の所轄庁の証明を有する在職年数を通算することができる。」これの説明を願いたいのですが、つまりこれは「同表第二欄に掲げるそれぞれの教員免許状の授與を受けることのできる資格を得た後」、これがいつを指すのかがはつきりしないで、それをちよつと……。
#66
○説明員(玖村敏雄君) 御説明申上げます。今の「資格を得た後」と申しますのは、例えば師範学校を卒業いたしました者は、昭和二十四年におきまして九月一日現在で二級の中学校と小学校の教員になれるのでありますが、その日から免許状を、新らしい免許状を得て今度は勤務年数を数えるというのが原案であつたのであります。今度は師範学校を卒業した以後の年数を通算して勤務年数とするというように改正いたしたいのであります。
#67
○若木勝藏君 重ねて念を押したいと思うのでありますが、そうするとそれまで在職した年数が全部通算されるということになるのですね。
#68
○説明員(玖村敏雄君) さようでございます。
#69
○若木勝藏君 ああ、分りました。
 次にもう一、二伺いたいのでございますが、この施行法の方の附則の「第七條」規定は、昭和二十八年三月三十一日まで、その効力を有する」ことになつておりますが、そういうふうに二十八年三月三十一日まで効力を有すると、こういうふうに改正される案になつておるようでありますが、これはそれまでに認定講習が終了するというふうな見通しに立つてやられくものであるかどうか、その点を伺いたい。
#70
○説明員(玖村敏雄君) 今度の免許法は、例えば仮免或いは二級、或いは一級というふうに幾つかの種類を設けましたけれども、例えば二級の教員免許状は就寝免許状でありますので、必ずしも一級にならなくても教員としては勤めることができるわけであります。従つて二十八年の三月三十一日までには、全部の人がその現職教育を受けて單位を取るとか取らないとかいうこととは直接的には関係がないのです。併し実際問題としては二十八年の三月三十一日までに一番多い人が二十三單位を取ればいいのでありますから、それは大体取れるという見通しであります。
#71
○若木勝藏君 大体そうするというと、その認定講習等において取れるという見込、見通しでやられたというようにもまあ受取れるのでありますが、それではその認定講習を実施するところの費用といたしまして、ここに示されたものが、二千四百万円程度であるようでありますが、これで以て十分認定講習が実施されるとお考えになるのかどうか。
#72
○説明員(玖村敏雄君) 認定講習を主催いたしますのは大学か、或いは都道府県教育委員会かのいずれかであります。そして国家公務員であるところの教員については文部大臣がその研修に対して責任を負い、地方公務員たるべき公立学校の職員については都道府県教育委員会がその研修について責任を負うということは、教育公務員特例法の第十九條に定められてあるところであります。従つて今御指示のありました二千四百万円というものは、これは現在そういう公立の教員の全部を一年間にやつてのけようというような計画に基いておるものではありません。幾分かは都道府県教育委員会の方で負担をして頂くという予想の下に立てられた予算であります。
#73
○若木勝藏君 そうしますというと今のお話では、二千四百万円というふうな予算というものは、尚地方の財政なり予算というものを相当あてにして立てておるものであるというふうに受取られるのであります。ここに私は非常に遺憾な点が考えられるのであります。もう地方の財政というものは御承知の通り非常に切迫しておつて、常に困つておる状態なのに、更にこれに対して文部省としては圧迫を加えるようないろいろな認定、講習等の立案をするということについては、どうも教育行政上どうかと思われるのであります。この点については私ももう少しそういう予算関係を調査してからにいたしたいと思いますので、この程度で質問は留保いたしますが、尚若し予算上これができ得たとしても、僅か二十八年の3月までの間に先生方が恐らくこれは殺到するのではないか、資格を得たいものですから……。そうなると事実教育がどんな恰好におかれるか、子供が抛げられてしまうのではないか、教室が空くのではないかというふうにも考えられますが、そういう点について文部省としてはどういうふうな御見解を持つておられますか。
#74
○説明員(玖村敏雄君) 教室が空つぽになつてしまつて皆現職の教育を受けに出掛けるというようなことは、私共のほうで予想いたしておりませんので、一方で上級の免許状を取得いたします條件としては、教員として良好の成績で勤務するということが証明されなければなりません。そこで大体單位の計算をいたしてみますと、夏の休みとか、冬の休みとか、或いは土曜、日曜日というようなものを皆利用して行けば足りないことはない。相当先生方の負担としては重いと思いますけれども、新制大学の四年を出た者が小学校、中学校の一級になるとすれば、従来の師範学校を出た人はちようど新制大学の二年を出た程度に当りますので、若し学生であつたら六十單位を取らなければならないところを、別表第四によりますと四十五單位、それから施行法第七條によりますと二十三單位といたしておるのでありますので、その程度の教育を加えて一級にしたいというのが、我々の方の希望するところであります。
#75
○藤田芳雄君 今の質問に関連するのでありますが、今一度二十八年の三月三十一日と切られたその根拠はどこにあるのか、伺いたいと思います。
#76
○説明員(玖村敏雄君) 根拠と申しますのは、これは暫定措置で一年の間に止めてしまうべきものだというふうに初め考えていたのでありますけれども、併し何と申しましても二十三單位を取つて貰うためには二十八年までくらいは置かなくちやならないというので、今度二十八年三月三十一日にしただけでありまして、現実に大多数の教員が二十八年の三月三十一日までに一級が取れないという状態であつたら、これは当然問題になると思います。併し新制大学の第一回の卒業生が国立の大学から出る年というふうな予想の下に、これは二十八年三月三十一日にしたのでありまして、特別な根拠というべきものはありません。
#77
○藤田芳雄君 そうすると、特別な根拠がないものといたしますと、最初一年で終るべき暫定的なものであるから、これでは無理であるからといつて延ばしたという、その意味を本当に活かして行くならば、先程若木委員からもお話のありましたように、上級の免許状を欲しい、或いはどうしても貰わねばならん臨時免許状を持つておる者は随分多いのであります。而もその多い者が單位を取ろうとしますのには無制限にはできない。一定の数を限定してやつて行かなければならない。例えば夏休みだつたといたしましても、それを全部研修をやるわけにも行かない。それから土曜、日曜と言われましたけれども、それは講習する場所が非常に沢山設けられるならばそれも可能性がありますけれども、一県に一ケ所二ケ所のことでは到底不可能のことだと思います。そういう点を考え、殊に最近のように定員定額制というものが布かれて、教員も非常に人数において無理を来たしておる。もうなんとも融通する点のない、穴だらけの教員の配置組織であるという場合に、これがうまくやつて行けないことは明らかであります。そうすると二十八年と切つたことに大変な矛盾があると思うので、どうももう少し最初の考の通り本当に現職教員が楽に、無理をしないでも取つて行けるというような形に考えることはできないものですか。その点をもう一つ……。
#78
○説明員(玖村敏雄君) 二十八年の三月三十一日までに所定の單位が取れるか取れないかと言いますことは、御意見のように非常に計算上微妙なところの一線であろうかと思います。例えばこれを二十九年に延ばすとか、三十年に延ばしたらできるかと言いましても、事情によつてはそれでできない方もあるかも知れない、こういうことも考えますし、尚先程も申上げましたように、大体別表第四によつて、本則によつて現職教育を進めて行くということが、日本の教育社会の水準を高めるという根本的な要求から申しますと望ましいのでありますから、一日も早くその方に返して、常態の教員研修並びに養成の軌道に乗せたいということも考えるわけであります。それで若し小学校が一学級に対して一・五、中学校が一学級に対して一・八の定員を得ることができますならば、教員仲間で相互に協調して話合つて行けばいろいろな時間をそこから生み出すような工夫もできなくはないのではないかと考えております。
#79
○若木勝藏君 今の問題に関連しまして、少しく議論に亘るかも知れませんけれども、伺いたいと思うのであります。この第七條をそもそも二十八年の三月三十一日までというふうに区切りをつけるということは、施行法の第七條の趣旨に悖るのじやないか、これは等しく現職職員が上級の免許状を取つて、そうして教育に対して一生懸命にやつて行きたいという気持があるのでありますから、それらの者が全部終了するまで年限を切らないのが法の精神ではないかと思うのであります。それを二十八年というふうな工合に切つてしまうということは、国家の予算から考えても、或いは地方の予算から考えても、どうも無用のことのようにも思うのであります。その辺に対する御意見を伺いたいと思うのでありますが……。
#80
○説明員(玖村敏雄君) 繰返して申しますけれども、施行法の正確は暫定的な措置でありまして、そういう暫定的な措置というものをいつまでも置けば、やつぱり日本の教員養成並びに教員の研修の問題について、非常にいつまで経つてもこれで、もういいというときは来ないわけです。つまり今後も例えば二級で出る先生もおるし、仮免で出る先生もいるが、仮免から二級に、二級から一級に上つて参りますのですが、それは又奨励すべきだと思う。併しそれを若し施行法の第七條を存置して置きますと、いつまでも際限ない、その低い方で皆上級の免許状をとる。そうなれば、一方で大学の四年の教育を終つたものをして、国民教育に当らせるという免許法の根本趣旨にやはり悖るところがある。そこのところを成るべく早く、さつき申上げたように正規の軌道に乗せたいというので二十八年と切つたわけであります。
#81
○若木勝藏君 私はそこに、非常に文部省としてのあせりがあると思うのでありますが、免許法の方が本体で、施行法は現職に対してやるものでありますから、これはどちらかというと、間接的なものであります。それに対して、非常にあせつた形で切込んでしまうということは、非常に私は現職者の立場をなくすると同時に、教育界に混乱を起す本を作られておるのじやないかと思います。これは議論になりますけれども……。
 その次にもう一つお伺いしたいのは、施行法の第八條ですが、校長だけを三十年の三月三十一日まで延ばして、他の者は据置くというようなことに対し、この点についてお尋ねしたいと思います。
#82
○説明員(玖村敏雄君) これは、校長の免許状を得るためには、その基礎資格として、教員の一級免許状を持たなければならないということが決めてあるのであります。校長になる人は、教員の中の、特に高い教養のある方々になつて貰いたいのであつて、その意味から、是非校長は一級免許状を、教員の一級免許状を持つた者になつて貰うということにすべきだと思うのであります。ところが若しこれを、二十六年の三月三十一日までにして置きますと、校長が全部一級の教員免許状をとる時間が足らないことが起り得ると思いますので、そうなりますと、実は免許法にこう書いてもいいわけなんです、校長の免許状は、教員の二級免許状以上を持つた者に與える、ということにして置けば、それでいいわけなんです。そこで一級にして、校長の地位を高めるか、二級にして現状に即するかという、まあ二つの要求があるわけなんです。ここで私共の方で願わしいと思いましたのは、やはり一級の教員免許状を持つて校長になつて貰いたい。それがためにもつと時間を與え、昭和三十年三月三十一日まで延ばしたらどうだろう、こういう意味なのであります。
#83
○河野正夫君 私は前の総括的質問が済んでから細かいことを承ろうと思つておつたのですが、まだ劔木さんお出でにならないので、やや具体的な件に触れながら一、二承りたいと思います。今、若木君が問題になさつた二十八年で打切るという施行法第七條の問題ですけれども、これは意見に聊か相亘るかも存じませんが、今、若木君が言われたように、中央及び地方の予算が十分でなくして、現職の講習が完全に行けない、或いは又受講者自身のいろいろな事情から、二十八年までに誠意と熱心さはあつても、その資格を取れないという場合もあり得るのでありますから、それよりも私は一番重要なことは、教員需給の実態から非常に難点が来やせんか、こう思うのであります。今手許に配られました、今日配られました二十五年度の現職教育講座に対する経費の最後の方に小学校中学校教員需要供給数調、この前要求して置いた資料が提出されておるのであります。この表を見ましても、二十八年度に打切りになりましても、無資格教員が一万一千二百七十九人も使わなければならん、こういう状況になつておるのでありますが、二十八年度になれば、三月になれば、二十八年の三月になれば、新制大学の優秀な卒業生が殆んどその教職の需要を充し得るというのであればとにもかくにも、これはこの計画によつても無資格教員が相当ある。尚有資格者の中にでも現職にありながら、いろいろと上級免許状のために勉強しておるという人もある。そういうような人々を二十八年度に、僅かしか出ない、全体の需要から言うと僅かしか出ない教職員の新らしい養成者があつたからというので、打切るということは不合理じやないか、それまでの間に、現職に就いておる、或る意味の新制大学以下の教育を受けた者が何とかして勉強して資格を得たい、というような者のために、二十八年度で打切られるということになるのはいかんと思うのであります。この点如何ですか。
#84
○説明員(玖村敏雄君) 無資格者の数でございますが、二十八年度になれば全部ゼロになるということは望ましいですけれども、それは非常に困難で、実際にはできないだろうと思う。完全に有資格教員の供給し得るまでは、従来の行き方を保存して置いたらどうかという御意見だと思いますが、二十八年までと雖も、本年もやりましたし、明年も、明後年も国立の大学で、大体いわゆる無資格教員なる者に教育を施して有資格者にするという措置はいたして行くわけであります。併し、それが果して御指摘のような全部の数を有資格者に切替え得るか否かについては、多分不可能であろう、と申しますのは、いわゆる無資格教員なる者は、三年、四年、五年くらい勤める人があつても、それが辞める人が多いものですから、又次に無資格者が入つて来る、無資格者が来ては、無資格者が出ていくという形になるものですから、そこの見通しは甚だ困難だと存じます。
#85
○河野正夫君 折角現職で教育したのに逃げられてしもうということの中には、勿論逃げる人の側のいろいろな理由がありましようが、逃がす側にも十分な理由があるわけでございます。その点も反省しなければなりませんけれども、併し、それでいいと思う。私はとにかく現職にある間は、相当の費用を以て教育するということは必ずしも教員の免許状に限らず、一切の職場において現職にある間、その職場の教養であろうとも、十分な教養をつけるということは、死ぬまでそういうように国民を教育する一環として大事だと思う。ですからその意味で、何も私はここで講習を打切る、第七條のようなふうにその場合に無資格者が多数入れ替るであろうけれども、現に今勤めておる、二十八年になつても勤めておる人々の希望を奪うがごとき方法は面白くない。事実曾て尋常師範といいますか、少し低い程度の師範学校の卒業生が相当におつて失業者さえおつたというような府県などにおきましても、又特別な今日でいえば助教といいますか、そういうようなものが雇われておつて、そしてその人が非常に子供にも好かれ、本人も勉強して優秀な校長になつて来るだけのいろいろな講習を受けて資格をつけて来たというのを我々は知つておるのです。そういうふうな意味でもやはり單に規格のある学校の卒業生だけを優遇するだけでなく、そんな好学の志があり、熱心な教育者というものには希望を持たせて行くんだという方面には十分努力しなくちやいかんじやないか。私米国の教育なんかの事情を聞いても可なりそういう無資格者のような人が多い。そしてそれらの人は無論米国では腰掛のように考えておる人も多いようです。日本の教員の大部分はそうではなくして、それで身を立てようという熱心な人がむしろ優秀な学校の卒業生よりも優秀な教員が多いことを私は知つているのです。ですからそれを二十八年度で希望を粉砕するということは甚だ親心のないやり方だと思いますが、その点は如何ですか。これはある考え方を押し付けられたというならばいざ知らず、我々は国民教育の立場から十分考えて頂かなけりやならん点だと思います。
#86
○説明員(玖村敏雄君) いわゆる助教といいますものは小学校か中学校の仮免という、つまり五ケ年通用して一回更新してもう五年、つまり十年間通用する免許状を取るためには施行法第七條によりますと二十五單位であります。それから本則に掲げると三十單位になる。そこでその差は五單位なのでありますが、その五單位をできるだけ早く本道にかえすという希望において勉強して貰いたいというのが私共の方の案なんです。
#87
○河野正夫君 それは私も了承しておるのですが、若木君が言うように現職の人には相当に止むを得ず国なり公共団体の必要から、先程のこの統計表でも分りますように無資格者を採用しなければならん。そして現実にそれが一年、二年やつておるというような人を優遇するようにしなければならないという私の考え方なのです。ついでに一つ承りたいのはこの附則第五項の次に次の三項を加えるというところの高等学校の教員のことだつたと思いますが、單位を非常に殖やしておる。これも勉強させなけりやならんという意味では分らんことはありませんけれども、併しながらこれは理屈はこの際申上げませんけれどもいろんな理由によつてこれは不合理である。この前これは最初に免許法及び施行法の論議の際にも私達は相当話したんだと思うのでありますけれども、それを特に減らせという要求が、声が聞えておつたのに、今回は更に読み替えが非常に、十五を四十五ですが、三倍にも値段が上つているということは、これはインフレをデフレにしようという世の中に少し不合理ではないかと思うのですけれども……。
#88
○説明員(玖村敏雄君) 結局こういうことなんでございます。従来の專門学校の卒業生が師範学校、青年師範学校の卒業生がおりますのですが、この專門学校の卒業生は中等学校教員の免許状がありますと高等学校の二級になる。高等学校の二級といいますのは新制大学の四年を出た力なんです。それから高等師範学校の卒業生及び四年制の專門学校の卒業生は二級に切替えられる。それから大学の卒業生のうちで高等教員の免許状のない者も二級に切替えられる。ここに新制大学で申しますと、新制大学の二年程度を終つた專門学校の卒業生と新制大学の三年程度を終つた四年制專門学校程度の卒業生と、それから新制大学を卒業してもう一年やつた大学の卒業生とがひとしく二級に切替えられる。これは非常に不合理でありますので、この三年程度の專門学校卒業生というものを基準に考えますと、この人々は先程申しました師範学校の卒業生が新制大学の二年を出たとほぼ同じだというその原則から申しますと、二ケ年足らないわけなんです。これに対しては六十單位が在学生であれば要求せられるのでありますから、四十五單位要求するのが正しい。但し将来新制大学の卒業生が高等学校の二級になりまして、そうして一級を取るためには、その方は十五單位に直し、旧制度の專門学校の卒業生は四十五單位にしてそうして中学校の教員の場合とのバランスをとつたわけであります。丁度バランスが別表第四を御覧になると分りますが、五ケ年間に四十五單位というのでバランスがとれて来るのでありまして、この点は私共の方のむしろ手落ちでありまして、十五單位というようにすべきところが間違つておつたというべき、非常に不十分であつたと考えておるわけであります。
#89
○鈴木憲一君 この前の説明を聞き漏しましたので、概括的な点でお伺いしたいのですけれども、一体免許法という法律に対し私は非常に不思議に感じますことは、資格を取れ取れというふうに押売りするような傾向になつておるので、これをなぜ自主的に俺は取るのだという実力を持つた対象の法律にしないのかということが先ず不思議に考えられる。予算等もこちらからそういうことをやらせて実施する機関だけに予算を與える。私はそれよりも希望する個人に予算を與えてやるというような考え方をして行けないのかどうか。個人がその費用によつて試験を受けたい者は受ける。それで大学等は絶えず開放しておつて、その或る一定の期間に講習をするが、受講者を募る、その受講者が国から受けた補助によつて自分の力に応じてそれを受けて行くというような、今ここにあるような免許法とはあべこべな方法によつて取らせるようにすれば、本当に先生達が進んで自分の免許の必要を感じ、或いは実力を養成して行くんだというふうに考えるのですが、これですというと何でも取らせるように取らせるようにというふうな傾向があるわけなんです。そうしまするというとこの機会に惠まれないところの教育者というものが非常に出て来るのじやないかと思うのです。或る一定の期間だけ講習を開催する、或いはその地域的に考えましても、非常に講習を受けるに不便であるとか、或いは個人のいろいろの理由からその期間は工合が悪いのだ、そういうことが全く自由に受けられるようにしてやらなければならんと思うのでありますが、先ずそういう点を、なぜこういうふうに押売り的に講習を開かせるようにしておるのか。こういうことが教育者のみずから進んで学を修め、教養を身につけ免許を取るという風習を失くすのじやないかというふうに、非常に私は遺憾に思う一つの点なのであります。
 いま一つはこの予算は国立大学だけにおいて実施するようになつておるが、他に補助は出せないものかどうか、私立学校等が、或る地域的に考えまして一つの府県でおつてもあそこの私立学校でやつておると非常に便宜があるというような場合に、そちらに委託して行わせる、そういう場合には同様な補助を與えるというようなことは考えられないのかどうか。尚この提案理由の説明を見まするというと、すでに新免許状を取つたものがあるようでありますがどのくらいあるのか、それは取つたものはこの今度の改正案と私はよく見ませんが関係はないかどうか。尚その免許法を改正して呉れという要望が非常にあつたようでありますが、どういう点に主として要望があつたのか。それらの点について先ず一応お伺いします。
#90
○説明員(玖村敏雄君) 一番最初に御質問頂きました免許状を取れ取れという形になつておるとの御意見でありますが、この免許法は実は何もそういうことはちつともいつてはいないわけでありまして、ただこの種の免許状を持つておるものは何ケ年教員を勤めることができる。この種の教員免許を持つていれば一生教員をしていることができるということを規定しておるのでありまして、欲せざるものに取れという義務付けていることはないのであります。
 それから次に私立大学に委託してやらせたらどうかということでありますが、これは私立大学は勿論みずから主催することができるわけであります。その私立大学が主催する場合に国の費用が使えないかということでありますが、これは私立大学にそういう費用を流すことは非常な困難があるようでありますので、尚研究して見なければならないと存じております。
 それから次にこの新らしい免許状をすでに得たものがあるようだがという御質問でありましたが、差上げました今日の資料の中に大体一級免許を得るもの、二級免許を得るもの、仮免を得るものが何人くらいあるかということについての推定であります。この推定は併し根拠がある推定でありますが、それだけの人々はすでに新免許状を得たか、或いは今得る手続をしておる最中だと思います。
 それから次に改正に関する要望でありますが、これにつきましては、私共は教職員組合の代表の方々ともお目にかかつておりますし、それから各都道府県の教育委員会の方面からいろいろのことを承わりましたし、又各学校から個人的に、或いは学校全体として要望のあるところを述べられたこともありますのであります。その要望の私共の方から見て尤も合理的であると考えられるものは、全部改正案に入つておるわけなのであります。それじやその他のこの改正案に載らないところのもので要望の強かつたものは何か。こういうことをお答えすればよいのだと思いますが、その一つは現職教育の別表第四の單位を減らせ。もつと軽くせよという一つの要望があります。それから第二は、專科教員の中で專門学校に準ずべき学校、例えば音楽の学校だとかというふうな、これは各種学校でありますが、專門学校に準ずべき各種学校の卒業生をもつと優遇といいますか、高く切替えよという要望がありました。それから初等科教員という、昔本科教員に対して初等科だけを受持つ正教員があつたわけでありますが、この初等科教員の免許状を以ておる者は小学校の六年生までを受持つことのできる免許状であるから、従つて今度は小学校の高等科がないのであるから、これは当然小学校の正教員である。だからこれを二級に切替えて呉れ。こういう要望が強くありました。今ちよつと資料を持つて参りませんでしたが、私に特に強く入つておるのは今の三点であつたと思つております。以上であります。
#91
○鈴木憲一君 文部省の方では只今申上げましたように、取らせるつもりでやつておるのではないのだというような話でありますが、それはまあ話のしようでどうにもなるのである。事実全国の先生達はこの免許法というものに対して、まあ非常に分り易くいえば、迷惑を感じておるわけなのであります。もう少しさつぱりと切替えて呉れればよいのに、而もこういうような大きな負担をして切替えられる。それも自分達の意思を尊重して、自由に機会を惠まして呉れるのならばよいけれども、機会が誠に不均等であり、不自由である。それをも顧みずに予算があつて実施をさせるということは、これは明らかに一つの強制だと考えられる。それでこれにそれは取つても取らないでも自由とはいうものの、取らなければやはり職に離れなければならんというような生活に脅威を感ずるのであります。もう少し先生達の生活に、教職員の利害に影響するのだと称しておりながら、事実は擁護する反対の途が随分実際において出て来ておる。でありますから、地方の先生達は非常にこれに困つておる。而もやるのならば、どうせ講習にも出て来ればよいのだというような、非常に積極性を欠く。これならば日本の新らしい教育への切替えに非常に大きな大きな欠点が私は今に現れて来るのではないか。なぜもつと自由にお前達は進んで取つた方が得だぞというような、自然に取ることに向かつて来るような法律を拵えないのかというふうに考えられるわけであります。
 それから私立学校にしましても、委託がむずかしいと言われるが、そこに国なり、地方教育委員会が委託をして行なうというようなことをしたならば、私はできるのではないかと思いますので、この点は尚よく研究して頂きたいと思うのであります。それから私立学校が委託を受けてやります場合には、却つて受講者に対して、これは臆測でありますが、非常に豊かな気持で講習を受けたり、受けさせたりするというようなことができるのじやないか、どうも官学で而も前からの学芸大学、師範学校の跡継ぎ見たいなものがやるということは、いよいよ先生らしく育つて行くというような臭味が大いに出て来るのじやないかということを心配するわけです。こういう機会に私立の自由な学問というような立場を大いに先生達に体得させてやることが、いい機会じやないかと私は考える故に、私立学校の委託講習というようなものを努力して頂きたい。
 それから各方面からの要望でありますが、例えば單位を減らして呉れ、尤もな要望だと思うのであります。現職にある者が、單位を減らして呉れという要望は尤もな要望であると思う。ところが事実はこれは殖えているのじやないか。そういう要望をどういうわけでかなえることができなかつたのか。処遇にしましても要望は尤もだと思うのであります。そういう点がなぜ満たせなかつたのか、そういう点を二、三お伺いしたい。
#92
○説明員(玖村敏雄君) 單位が殖えていると申しますのは、先程申上げました、高等学校の二級が一級になる場合のみでございます。今度殖やしておりません。それから改正の要望に対してなぜ応えられなかつたか。先程申上げましたように、一部分はここに入つている。残りました問題は、さつきの第一のいわゆる別表第四の單位を減らせという要望は大学教育との均衡を保つ上からはどの程度の單位を要求する方が合理的だと考えたのであります。それからいわゆる初等科訓導の場合は、これは師範学校の卒業生より学校で修学いたしました年数が、二年若くは三年少いのでありますから、それを同じ二級に切替えることはやはり今度は教育者の内部における不均衡を来す。そこでやはり同じく正教員であるところの仮免許状を與えるということなのでありまして、そこのところを余り基準を下げますと、やはり教育者の資質の向上を狙う点からは工合が悪いじやないかと考えたわけなのであります。
#93
○藤田芳雄君 今の單位の問題についてですが、二級から一級に行くのを、他との均衡上バランスをとるために直したと言われますけれども、今も鈴木委員から言われますように、現職に就いておつたという尊い経験から相当ものを言つていると思うのであります。そういう意味から言いますと、むしろ要望の出ているように減らした方がいい。幸いにして見落しだつたか何か知らんけれども、高等学校の二級、普通教員を一級に直すものが、年数は三年で單位が十單位となつているんですが、これを十五に増して殖やすよりは、むしろその間違つたと言われる本のものを土台にしてバランスをとつた方が要望にも応えられ、又現在の日本の国情からいいましても却つて妥当な点が出て来るのじやないか、要するにバランスが上に行かないで、下のバランスをとれるように持つて行つたならばいいのじやないか。と申しますのは、勿論やはり先程も問題になりましたように、免許状を上のものに取ろうとするためには相当の経費が必要である。ところがその経費は上げられていない。或いは教育を受けようとするために、それがための人員を多数相当とらなければならん。然るにその人員の補充もうまく行かない。そこへ持つて来て今のように現職の尊い経験というものが相当ある。それを計算の中に入れてあるのか。むしろ今の下の線を基本にしてバランスをとれば先程の要望にもかない、実際の実情にも副うかというふうに考えられるのですが、如何ですか。
#94
○説明員(玖村敏雄君) 下の線に揃えますと、全体の問題が容易に解決するとおつしやいますことは私共よく分るのであります。併しこの画期的な時代に教育者の社会的地位を上げるというふうな点からも、又教育の効果を徹底させるという点からも教育者を專門的な職業者として確立するがためには大学教育によるという建前を立てようといたしますと、今度はその方とのバランスが破れてしまうというところに非常に処しにくいところがあるのでありまして、その点一つ御検討頂きたいと思つております。
#95
○岩間正男君 三点ばかりお伺いしたいのですが、先ず第一にこういう講習というものは、国家の負担においてやるのが妥当と考えられるのですか、個人の負担においてやるのが妥当と考えられるのか。これは文部当局はどういうふうな御意向を持つておられるか、伺いたいと思うのであります。
#96
○説明員(玖村敏雄君) 文部当局とおつしやいますと、ちよつと私答えかねるのですが……。
#97
○岩間正男君 これは大臣の答弁ですが、取敢えず課長さんの考えを伺いたい。それは技術的の面から直接知つておられるだろうと思うから伺うのです。
#98
○説明員(玖村敏雄君) 国家の負担で全部の教員を教育するという一つの教員養成体制というものを考えますならば、そういう立場も成立つということは私も十分分るのであります。併しこういう種類の認定講習は先程ちよつと申上げましたが、教育公務員特例法の第十九條に地方公務員たる地方教官についての研修は都道府県教育委員会が責任を持つという規定がありますために、若し国家が負担するとなれば大学で自由に講座を開放して、教育者の希望するものは来て呉れというふうないわば公開議座を開く以外には手がないのであります。教育公務員特例法の中に地方公務員たる教員の研修について国も又これに補助することができるという一條がありますと、我々の予算措置は非常に楽になるのでありますけれども、それがないことが非常に今になつて私共分かつたのでありますが、困難の原因になつておるのであります。そこでこういう研修につきましては、国は大学を開放していつでも教育者の希望を持たせるようにする。それから都道府県教育委員会も又相当の経費を負担して、そういう講習を受け易い條件を作つて行く。個人も又若干の貯蓄、或いは若干の金を割いてこのことのためには出て行く。こういうふうに三本建の協力関係ができなければ、成立たない現状であると申上げて置きたいと思います。
#99
○岩間正男君 現状についてのお話があつたのでありますけれども、大体この免許法の適用を受ける、そういう人は義務教育の人が多いと思う。そういう観点に立つて言いたいと思うのですが、今のお話だというと、規定の上にないから国家から現在補助する態勢が非常にうまく行かないということで、そうなりますと、地方公共団体に大分負担がかかるという形になると思うのでありますが、とにかく地方公共団体或いは国家でも、とにかく個人の負担でやるべきか、それともそういうような公共団体でやるべきか、この点を原則的にどうお考えになるか。併し今の説明はこれに対して国家も地方団体も、それから個人も、何とか貯蓄というようなことでこれの負担を一部負担すべきである。こういうような答弁でありましたが、義務教育というような点から考えれば、これはどうでしよう、やはり私は公共団体で負担すべきである。併し公共団体は御承知のように今の財政状態ではこれは殆んど不可能であります。従つて国家が、殊にこれは国民の義務教育という観点から考えるときに、どうしても国家が協力して殆んど大部分の費用をここで負担する建前にならなければ、この講習というものはこれは完全に行なわれないと、こういうふうに考えますが、その点如何ですか。
#100
○説明員(玖村敏雄君) 御説に対して御尤もだと思いますし、私共も本年も最善を盡したつもりなのでありますが、力及ばずして予算を取ることが不十分でありました。皆さんの御援助を得て更に一層この点については努力いたしたいと思います。
#101
○岩間正男君 そうすると、この法案の施行が経済的な根拠が非常にこれは不完全だということが今の答弁で認められたということになると思うのでありますが、従つてこの法案を施行する上において、非常にいろいろな欠陥が起つているんじやないかと思います。これはこの前のときも出たんでありますが、個人の負担が全体の費用の大部分を占めておる現在においては、或いは九〇%、九五%というようなウエイトがかかつている、こういうような形でこれは進められているということは、非常にこれは重大問題だと先ず考えます。これはいずれもつとこの点についてはいろいろな資料で明らかにしたいと思いますが、今まで更にこれは文部省の方で不十分だつたから国会でやつて呉れと、そういう話でありますが、無論国会でもやりますけれども、どうもこの原案作成において非常にこの点が稀薄であると、こういうことを認めざるを得ないわけであります。その点は今の答弁で当然文部省側も認められておるものと私共は先ずこれは考えてもいいと思うのであります。
 その次に移りますが、その次はどうですか。この一年間講習会をやつて見たんでありますが、これは大体のその経過を反省されてうまく行つたと考えられるかどうか。殊に現在日本の教育の民主化の中で重要な問題になつている民主的な教育の方向というものは、こういう講習会によつて掴まれたとお考えになつているかどうか。つまり所期の目的を達し得たとお考えになつておるのか、この点どういう感想を持つておられるか伺いたいと思います。
#102
○説明員(玖村敏雄君) この免許法によります講習会は昭和二十五年度が第一回になるのでありまして、従来行われましたものは再教育講習会といたしてやつておつたわけであります。そこで本格的な教育が昭和二十五年度から発足いたしますので、今御質問のことについてははつきりしたお答えをするわけに参りません。
#103
○岩間正男君 そういう建前になつておるでしようが、大体併し一年間やられたあの結果というものは、当然今度のやり方の上に非常に重要な経験になる、そして又恐らくそういう方法が取入れられ、それと同じような方法で遂行させられるのじやないかと考えられるのですが、一年間の反省においてどういう考えを持つておられるか、これを承わりたいと思います。
#104
○説明員(玖村敏雄君) まだ一年はやつておりません。さつき申上げましたように、昭和二十四年の九月から施行されたので一年はやつておりませんが、従来いろいろやりました講習会を通じて、その結果についてどういう感想を持つかという御質問でありますが、勿論効果があつた、やり方のまずいところは次々に批判を受けて、おのずから改善して行くという意図の下に今後新たな教育を始めようとしておるのだと了解しておるのであります。
#105
○岩間正男君 効果の問題ですが、効果の問題をこの講習会の中だけで考えるということはちよつとできない問題だと思います。つまり教育全般の問題として考えなければならん、講習に出て行つたために後の補充にいろいろ問題が起つたとか、講習を受ける人に多くの犠牲を負わされたとか、それから講習の内容そのものがいろいろな点で問題がある、こういうような点から十分に総合的に検討されないとこれはいかんと思うのでありますが、そういう点を一つお答え願いたいと思います。
#106
○説明員(玖村敏雄君) 調査いたしましてお答えいたします。
#107
○岩間正男君 それではそれまでお待ちするとしまして、第三にもう一つついでに、これはありましたら資料を頂きたいのでありますが、これはその講習が終つたときに、何か最後にテストみたいなことをされておるだろうと思います。そのテストの問題のようなものが、これは文部省の方に集約されておるものがあつたら、これは非常に重要なものになるんですから、私達はこの次の法案を審議する上に欠くべからざる問題だと思います。ということは、そういう講習の内容がどのように進められておるか、形式的な講習をさしておるのではないか、実際に日本の民主的な教育を進めて、その民主的な教育の内容そのものが重要な今後の教育と関連を持つて来るわけでありますから、その点が恐らく最後に集約された形としてはテストの問題としてこれは我々は把握しておるのでありますから、できるだけ多くの広汎なそういう例について、これの資料を頂きたい、こういうふうに思いますが、如何ですか。
#108
○説明員(玖村敏雄君) さつき申上げましたように、昭和二十五年度から本格的な免許法による現職教育が始まるのでありますから、過去のものにつきましてはそういう評価するための問題というものを課したところもあるかと思いますが、課さなかつた場合が多かつたように聞いておるのでありますが、尚そういう点につきまして資料がありましたら調査して置きます。
#109
○河野正夫君 劔木さんもおいでになつたので、主として局長にお伺いいたしたいと思います。この前現職教育に関する予算のことをもつと区分けをした資料を頂きたいと申しておつたのでありますが、どうも今日頂いた資料は、その意味では事務的な区分けでありまして、私共の期待したような数字も出ておりません。役務費とか事務費とかいつたようなことでは、それは実際にどういう運営で得られるか、例えば私共は国立大学が一府県に一つあると仮定して、一大学当りどのくらいになり、一回の講習において講師が何名ぐらい動員できるかといつたような見当を知りたかつたのでありますが、それは本日資料がおありにならなければ、本日そういうことを承わらなくとも結構でありますが、若しそういうふうな方向の予算の内訳がありましたら後日お届け願いたいと思います。ただこの際一つちよつと承つて置きたいのは、文部省は伝え聞くところによると、二十五年度の予算として免許法講習に関しては一億六千万円程の経費を計上したということであります。然るにそれが驚くなかれ二千四百万円ぐらいに切下げられてしまつた、C・I・Eのルミースさんあたりも、十五億ぐらいは要るだろうという説明をなしておつたそうでありますが、それの何分の一ですかに切下げられた。そこで私の承わりたいのはこれも本日でなくて結構でありますが、一億六千万円の要求の原案を何らかの形でお示し願いたい、若しありましたら参考に後日承わりたいと思います。
 さて予算について一番大事なことは結局文部省が幾ら要求しても取れないという実体なんであります。この点について或いは大蔵当局乃至地方自治庁関係の人々は一体文部省の要求に対してどう理解とどういう意見を持つておつたか。私共必要とあらば大蔵当局なり、地方自治庁当局を証人といいますか、ここに来て頂いて説明も承わらなければならんかとも思つておりますので、文部当局が折衝しておる過程でどういう態度を示しておるか、この点を先ず承つて置きたいと思います。
#110
○政府委員(剱木亨弘君) 今日御手許に差上げました資料は御要求になりましたような内訳を実は差上げることができなかつたのは残念でございますが、実は今御質問にもありましたように文部省といたしましては、一億六千万円を計上して要求したのでございます。もとより一億六千万円でも十分な経費とは考えていなかつたのでございますが、併しこれが認められれば、或る程度講習も計画的にやることができると考えておつたのであります。ところが今のように二千四百万円に削られてしまつたのであります。従つてこの内訳につきましてはこれは大蔵省と今例えば諸手当の單価をどうするかといつたような問題につきまして実数その他計画と関連しまして今交渉中でありまして、まだ確定しておりませんので差上げることができなかつたのでございます。それで一億6千万円を計上しました当時の内訳につきましては早速お届けいたします。それから一番我々として困難を感じましたのはこの教育委員会におきまして責任を持つてやるということが規定上はつきりしておりますので文部省としてやる分は、例えば旅費を受講者の旅費を計上するとかそういつたようなことがどうしてもできませんで、ただこれまでの大学の方面だけから施設をすることだけが限定されて来たわけであります。それが一つの予算折衝で非常に困難を感じた点でございます。尚大学の方面からやるだけでも実はこれでは十分ではないのでございます。これは実は最後までこの問題は未解決のような問題でずつと交渉しておりましたが、その解決しないうちに予算が決定してしまいまして、関係方面も最後まで努力して貰つたのでございますが、結局国会提出に至りますまでにはこの金額に決定されたわけであります。
#111
○河野正夫君 その予算に関してもう一つ細かいことですが承つて置きたいのですが、今先程玖村課長からのお話もありましたが、事実上特例法の中にこういう研修に対して国が補助することができるという條文が欠如しておることが大蔵省と地方自治庁との交渉過程において非常に困難であたと思うのでありますが、将来文部省が今立案考究中であることか、或いはすでに成案を得て閣議で決定をしたとかいう標準教育費の問題と関連をするのであります。地方自治体のその査定標準行政費の中に教育費をどれだけ考えるかという單純なものだけの問題といたしまして、兒童一人当り云々というような文部省庶務課の考え方としてそれは結構でありますけれども、そういうものの中に今言うように地方自治庁なり大蔵当局なりは研修に国の補助を認めないという建前であるならば、研修に対しては十分な費用が地方自治体では計上されなければならん、その点が今立案過程中の標準教育費という中に織込まれておるのかいないのかどうか。将来これは重要な問題として若しそういうことでなければ我々としては教育公務員に関する特例等も考えなければならんのでこれに関連して……。
#112
○政府委員(剱木亨弘君) 今度の平衡交付金の中で昨年は一人当り旅費は三千円計上しておつたのでありますが、本年はこれは四千円に増額して貰つております。これはやはり研修ということを考慮に入れて増加して貰つたわけであります。
 それから標準教育費の計算の場合には当然に先生のこの研修に要する経費を計上したものであると思います。今それは十分考慮されておると思いますが、ただ標準教育費もやはり将来におきましては十分あらゆる面から相当研究を必要とすることがあると思つております。
#113
○河野正夫君 質問の第二点に移ります。それは先程からしばしば問題になつた免許状を下附する場合に終了單位の問題に関連してであります。一体單位を相当数を取らなければならないということは、机上プラン的にいえば教員を勉強させなければならん、だから余計單位を欲しいじやないか、現職教員が單位を少くして呉れということはおかしいじやないかというような声も一方どこからか聞えて来るということでありまするけれども、実をいえば人事院あたりで職階制を考え、上級の職階に上るための試験といつたようなふうなことを考えているその考え方というものを聞いて見ますると、そこの職域においておのずから、而してみずから研鑽をして、そういうことを相当高く評価するということになつております。その考え方からいいましても先程説明されたような申請大学と專門学校の卒業生とのバランスがどうなのか、ただ年限が高等から單位を多くしなければならんというのでなくして、むしろ現職の教員なら教員、その職域においてどれだけの研鑽が積まれておるかということが更に或る程度單位に代つて考えなければならないと考えるのであります。その点は聊かは考慮されておるようではありますけれども、その点においてもう少し人情を以て考える点がいろいろあるのじやないかと思うのであります。例えばこの新教育の理念ということについてはこれらの範囲外ですけれども、私は大いに議論があるのでありますが、それは留保いたしまして新らしい教育ということについていろいろと指導があるものですから講習に出るばかりでなくて学校内においても、或いは東京都などでは教育研究協議会というようなものを組織してその教育界においても実にエネルギッシュに研究をし、或いは実験をし討論をしてやつておるのであります。勿論自発的研修ということはそれは形式的な講習会の何單位かに当ると思うのであります。こういうようなものの例えば組合なりで、組合という言葉がいやに聞える方があるならば、校長の認定でもよろしいのでありますが、そういうようなものを單位にとつて代るということは実際に個々に応じて見ると非常に重要だと考えるのであります。極めて優秀な、極めて熱心な教員が講習に行けなかつたお陰で遂いに実際はそれ以上の研修をしておるにも拘わらず免許状を取れない、こういうことがあり得るのであります。この点をどう処理しようとされるか、一応御意見を承わりたいと思います。
#114
○政府委員(剱木亨弘君) 上の免許状に進みますために考慮さるべき点は、全く申されますように、その講習等によつて得ました單位の問題と、それから、その人の現職にありました経験年数、この二つの点が当然考慮さるべき点だと思います。ただその際にいずれを重要に考えるかという問題が今御質問の趣旨の点だと思いますが、これは免許状の大体の行き方からいいますと、今申されましたように、むしろ経験年数よりも実際の講習の單位の方を重んじているのじやないかとお考えになるのは御尤もな点があると思います。ただこの経験年数を完全に單位として換算いたします場合には、それが本当に今申されましたように教育研究会その他で自発的に大いに研究しておるという証明が、どの程度に客観的につくかという問題が一つの問題として残るのでございまして、できるだけ私共としてはそれを考慮したいという念願でやりましたことは事実でございますが、結論といたしましては、今御指摘になりましたような傾向が現れて来たのであります。併しこれは要するに客観的に法規として決めます場合においては、やはりはつきりしたその事実に基かなければならん、そうでないと又却つて不公平な面が出て来る、こういう面から決めましたような程度に取入れるという結論になつたのでございまして、尚この点につきましては、十分單位制度と現職の経歴年数との問題を研究して参りたいと思います。
#115
○河野正夫君 今の点にもう少し細くして申しますが、例えばこういう新制度にならない前には、大学は出た、併し英語の免許状を持つていないというものが、旧制中学校に五ケ年以上勤務し、誰が見ても相当に教育的な技術からいつても、或いは力量からいつても、あるというような場合は、校長の推薦といいますか、それによつて免許状を得ることができた、そういう制度があつたのであります。或いは又校長の推薦が得られないとしても、みずからいわゆる文検……何と言いましたかを受けて免許状を取る機会があつたのであります。そういうような途が段々に狭められて来て、單純な機械的な年数計算でやるという、この機械的な計算だけでなく、どこかにやはり彈力のあるような余地を残すような方法が必要ではないかというのが、私の質問の主眼点なのであります。
#116
○政府委員(剱木亨弘君) 従来この教員検定につきましては、経歴検定というのがありましたのは事実でございますが、一面又この経歴検定ということ自体が相当欠陥があつて、形式的にのみ堕して、ただ五ケ年間いれば、その校長の証明書というのは、いつでも優秀な成績でしたというふうな証明がついて来るというようなことで、欠陥があつたことは事実でございまして、一面又この点を改正しなければならんという点が、今度のやはり單位計算になつたわけであります。併し單位計算そのものにつきましても、又これは相当形式的に堕する心配がありますので、実質的に單位計算が、本当の実力なり、本当の研修を裏付けて行くということを、今後我々としては努力して行かなければならん問題であろうと思います。とにかくいずれにしましても、いずれを偏重してもやはり欠陥はできて来るのでありまして、要はその実質的なその研修の結果が力になつて現れて来るように努めて行かなければならんと思います。
#117
○河野正夫君 もう一つだけ。折角こういうふうな教職員免許法施行法というのができ、更に我々がこれを苦労してこの改正案を審議するのでありまするが、この現職の教員諸君にとつて極めて重大な問題が……噂にせよ、或いは或る部分は現実に、そういう動向があつたのでありますけれども……起つて、又将来も起らないとは限らないと思う点を今指摘して、御意見を承わりたいと思うのであります。その一つは、家庭科を社会科と合併するというような問題が今日起つておる、小学校において合併すると。将来は高等学校にまで至るであろうといつたようなことが考えられております。この小学校の場合はまあいいですけれども、中学校乃至は高等学校で、その一つの教科に又別の教科がついて来るといつたようなことになりますると、これは非常に重大な問題を惹起して来るのでありますが、今日事実文部当局の或る一部でこういうふうな教科の合併とか、改廃とかいうことを未だに考えておるということは、形式的に六・三・三制乃至はいろんな新らしい教科ができ、いろんな新教育法及びその理念が唱えられて、非常に混乱しておるところへ、安定をしようと思うと、そういうふうにぶち壊す、非常に面白くないと思うのであります。従つてこれは教員自体からいうと、家庭科の教員とすれば、今この講習を受けておつたつて、将来は社会科と一緒にされたときには、又変になりはせんかという不安感を與えることになる。そういう憂いは今家庭科について申上げましたのですが、家庭科についてそういう意向があつたか、どういう動きがあつてそういう噂或いは不安を教職員の間に起したか。更に当分の間はそういう教科の改廃については触れないという言明を得体のですが、その点は如何ですか。
#118
○説明員(玖村敏雄君) 御指摘の教科の改廃の件でありますが、これにつきましては、直接関係しておりますのは初等中等教育局でありますが、教員免許と関係がありますので、私の方でも多少存じておるわけでありますから、それを申上げたいと思います。家庭科を中学校では職業家庭と一緒にして、一科目にしてしまおう、丁度図画工作というのが一緒であるようにです。そうしようということになつております。但しそれは免許法の上では、職業と家庭を区別する、免許法の改正はしないという了解を得ておりますので、今後これが大きな変動を来すことはないと存じます。
#119
○河野正夫君 高等学校はどうですか。
#120
○説明員(玖村敏雄君) 高等学校は違います。
#121
○鈴木憲一君 今度の、二十五年度の講習の印刷物を見まするというと、地方費が不明になつておりまするが、地方費というものに対しては何らその見通しはないんでございますか。
#122
○政府委員(剱木亨弘君) 実は地方費の各県で只今予算を更生しまして、教育委員会とその府県の方との話合が進んでおりますことは聞いておりますが、ただちよつと中央でその経費を組もうといたしておるのに、これはそうでないような力が及んでおるような節も聞いておりますので、そういうことは面白くないというので、できるだけ地方で組んで貰いますように只今努力をいたしておる途中でございます。
#123
○鈴木憲一君 そうしまするというと、まあこの不安定な講習を今度まあ進めて行くわけなんでありますが、恐らく文部省で胸算用しておるような地方費というものは取れないんじやないかというふうに考えられます。そうしますというと、勢い個人の負担というものが非常に大きくなつて来るわけであります。而もその個人の負担が大きくなり、国の費用は僅か一人当り千円で、貧しい教員がいよいよこれはまあ千円で、自分の生活を脅かされるような、非常な縛られる結果となるんで、年取つた教員や貧しい教員達が実にこの免許法の講習を繞つて苦労するのじやないかと思うのであります。これが地方費が確かに見通しがあるという立場から国が予算化して行うのが妥当だと思うのでありますが、この表を見まするというと、二十六年度、七年度まで地方費を見込んでやれるのですが、これは非常に来年あたりは、この面で混乱が起つて来るのじやないかと思うのでありますが、そういう際には、国としては来年度以降は大いに増額をするというような御決心があるかどうかをお伺いいたします。
#124
○政府委員(剱木亨弘君) 地方費の方は、只今地方で相当額計上して貰いますようにいろいろ中でございますが、実際は相当府県でも努力して頂きまして、計上して貰えるものと期待しておりまして、これは結局この講習の重要性ということから、地方でも十分認識して頂きまして、できるだけの経費を計上されるように期待いたしております。尚国費といたしましては、先に申上げましたように、私共としては一億六千万円でも不十分だと考えておつたのでございまして、来年度におきましては、できるだけの増額につきまして努力をして参りたいと考えております。
#125
○鈴木憲一君 この一億六千万円という掛声は誠に素晴らしいのですが、実際はそういう貧弱なものに押潰されたのですが、それで以て尚且つ先生達に千円でお前達やれという程に文部省は人情がないのかということに、まあ私は考えられる。一体政治というものは、とにかく一番根本に人情というものがくつつかなければならん。殊に教育に関係のある政治というようなものは、小さい子供に直ちに影響をいたしまするので、何としてもこの一億六千万というようなものを取らなければこの講習は行わんと、ところがこれは何年間にやつてしまわなければならんというような、実にそこのところが何かこうじぐざぐな嫌な気持を教育者全体に持たせるというふうに考えられるのですが、その辺文部省はいま少し頑張つて、この費用が増額できなければ来年は一応止めよう、棚上げしてしまえというようなお考えはないかどうか。
#126
○政府委員(剱木亨弘君) この教職員免許法が大体国会を通過しましてから、予算折衝に移つたわけでございまして、でございますから、予算が少しであるからというわけでこれを取止めるということは、ますますこの講習会の法律で決めましたのを與える機会がないという状態で、この少しの経費でも、私共としては、その実施面におきまして最大の効果を挙げるように努力して参りたいと思います。尚この点につきまして、私は根本的な考え方といたしましては、文部省又情がないじやないかとこう申されますけれども、併し、この新らしい教育の方針としては、教育は国民の手に帰して頂くというのでございまして、だからこれはやはり地方でも、中央でも、国民の輿論としてこれが国会なり、又は教育委員会なりに反映して来るということが、非常に重要な点でありまして、予算の点から申しましても、現在我々が極めて微力で御期待に副うような予算が取れんのは非常に残念でございますけれども、できるだけこの教育の重要性から、やはりこういつたような問題にも強く輿論が反映して参りますように期待をいたすわけでございます。
#127
○岩間正男君 今の問題の関連質問でございますが、どうも妙な御答弁のように聞いたのであります。これは文部省が大体最初に一億六千万円どうしたつて必要だということで始められたが、取れなかつたと、何とかやらないよりはやつた方がよいからやるんだが、あとは国会の方でよろしくやつて貰いたい、若しくは人民の熱意を集中してやつて貰いたい、こういうふうな話でありますが、どうも世の中ではそう言つておらないようであります。勿論そういうふうな態勢も、教育に対する熱意を表現することとして必要でありますが、いつでも今までのやり方を見ますと、文部当局が最初に立てた案をどこで守るかという守り方、方法、これが問題になると思うのです。だから、鈴木君の方から、できなければ棚上げするくらいの決意がなければならんのだと、こういうふうに言われておりますが、この点についての議論を私はここでやろうとは思いませんが、今の御答弁では、これは恐らく鈴木君も満足されないし、外の諸君も満足されないと思います。これは関連質問でありますが、私の質問いたしたいのは、やはり二、三点でございます。
 先ず第一に、講習会をやるのですが、この講師が問題だと思うのです。一体この講師をどのようにして決めておられるか、どうも講師を天降り的に決められまして、講習員がそこに送られ、そこで一度決められますと、否応なしに講習を受けなければならないというので、実はなかなか無味乾燥なものもなきにしもあらず、実際どうもどうかと思うものもあるわけです。これは今年あたり我が文部委員会が実際にその現状を視察すればはつきりする問題でありますが、そこでどのようにして講師を決めておられるのか、この点を先ず伺いたいと思います。
#128
○政府委員(剱木亨弘君) この講座では、大体国でやります場合には、大学の責任におきまして講座を開始して貰うわけでありますが、その際におきまする講師は、勿論その大学の権威に我我としては信頼いたしまして、その大学の教授が当る場合と、又広く他から講師として招んで来て講座を開始する場合とがあると思います。それから府県で大学の指導の下にやります講習につきましては、勿論講師の選定は府県のお選びになりますけれども、当然にその大学と相談されて適当な講師を選ぶように努力はされると考えております。
#129
○岩間正男君 現状で、これはこの次あたりの計画においてもそうだと思うのですが、何か文部省でそういう講師を交渉するというようなことをされておるのですか、これはどうですか。
#130
○政府委員(剱木亨弘君) これからの建前は、全部各地方にございます大学の責任においてやつて頂くということにいたしまして、その講師の選定等に、大学から依頼があれば別でございますが、積極的にこちらから講師を選んで押付けるということは考えておりません。
#131
○岩間正男君 最近耳にする傾向ですが、どうも戰争前の伝達講習というようなやつですね。何か講習する範囲について、もう大体内容が決定されておつて、とにかくそれを間違わないように伝達するというような、そういうような例が出た地方のことも聞いております。こういう点は、尚十分にこの問題についてはもつと掘下げて論及しなくちやならない問題だと思います。
 その次にお伺いするのは、こういう例を私は聞いております。校長が陣頭指揮をして、講習会に行けと、それで何時までに誰が遅刻したかということを皆一々記録する。それから居眠りしたのは誰々だというようなことを記録する。そうしてそれがその教員の成績の内容になる。而も、それが首切りの対象になる。こういう形で進められたはつきりした例を私は掴んでいる。こういうようなことが行われているとすれば、文部省はこれに対してどう思われるか。これは正に戰争前の、正に何といいますか、天降り的な教育をやりましたときに我々はそういう体験がある。そうして而もそこに行きますと、さつきの問題と連関するが、実に無味索漠だ。実に何をやつておるか分らない。第一話をする人間が、信念がなくて太平洋戰争というようなことを説いておる。(笑声)これは戰争の話ですが、そういうような、これじやとても聽いていられないのです。索漠としてなんぼなんでも……、それは我々は教育のことはしかつめらしいかも知れませんけれども、これは全く実は聽かない方がよかつたのかも知れない。殊に戰争前なんかはそういう態勢がどうも講習の中に実際に出ている。そこで自然と夏休のような暑いときになりますと眠いから居眠りも出る。そういうような内容のないものを形だけ作つて、何單位というような如何にも尤もらしいことになりますけれども、そういう形になつてどんどん出されて、一方はさつき河野君から出された問題ですが、自分で自発的にやる、自分から奮い立つてやろうとする、そういう民主的な自分から自主的にやるという態勢の方については、これは何ら文部省はこれについてすすめていない。こういうことは非常に大きな問題であり、講習会そのものもすつかり浮上つているところができているし、どうも戰争前のああいうような形だけ踏襲するというような点が出ているように考えられるのですが、これはどうですか。居眠りをするような内容の講習はお止めになる意思があるかどうか。
 それからもう一つは校長が陣頭指揮をやつているような、このような馬鹿げた事態に教育を戻していいのかどうか、この点を伺いたい。
#132
○政府委員(剱木亨弘君) この点はさつきも河野委員から御指摘がありました点だと思いますが、單に経歴だけを形式的にやつて行くということが弊害があると同じように、單位制度を採用しまして内容の空白な形式的な講習になる、やる方も形式的になり、受講する方もただ形式的に受ける。この危險は十分にあると考えるのでございまして、若しそうなれば單位制度を採りました根本的な点の欠点が現れて来ると考えのでございます。でそういう講習を取止めるということでなしに、やはり実質的にこの講座が立派なものになつて行くというふうにまあ努力しなければなりませんので、特にその点は大学は自分の責任においてやつて行くということを明らかにしておりますのもこれはやはり大学の権威によつてそれがとやかくの非難を受けないように、大学自体が努力して頂けるというように私共は期待いたしておるのであります。
#133
○岩間正男君 あとのもう一つは校長の陣頭指揮でやつている……。
#134
○政府委員(剱木亨弘君) 甚だその点につきましてはまだ私そういう……。
#135
○岩間正男君 例を出してもいいのですが……。
#136
○政府委員(剱木亨弘君) 仔細な例を私聞いておりませんので、又十分調べまして……。
#137
○岩間正男君 もう一つ、先の第一項は希望的御答弁ということになるかと思うのです。
 それからもう一つ申上げたいのは、大学の権威というようなお話がありますが、もう少し大学を検討される必要があると私は考える。殊に果して今の小学校の教育、それから実際例えば国民の生活がいろいろと本当に苦しいところに追込められて、その中に子供達が喘いでいる。その中でやはり教育というものを、何か今までの象牙の塔からちよつと半分出かけて、又戻りつつあるというような態勢の中の教授では、これはなかなか講習し切れまいと思う。こういう点を十分検討しないと、今の劔木さんの希望的な御答弁が空虚になつてしまうのじやないか、現実から離れてしまうのじやないか。こういう点が日本の大学の再検討の問題になりますが、それと同時に大学だけに委せる、大学の権威においてやる、これだけで一体何をおやりになられると思いますかどうか。これは私は自分のことを申上げても変ですけれども、曾て成城学園におりましたときに、小学校の問題を大学の先生に来て話して貰おうじやないかということを澤柳政太郎博士、我々の学園長であつた博士に話をしましたところが、非常に叱られたのです。何を言つておる、それは小学校のことに対して一番権威を持ち、それから実情を知り、それからそれに対して深い造詣を持つているのは君達じやないか、それを大学の先生なんかよんで来て聽こうという、そういう見識がそもそも間違つておる、こういうことを言われたことがあります。これは御参考までに申上げるのですが、大学の先生がそういう概念的な空虚なことを教えて、文部省が安心して、破壊された苦しい日本の現実、押詰められた現実の中に挟まれている教育を担当し切れるかどうか、この点をもう少しはつきり御答弁願いたい。
#138
○政府委員(剱木亨弘君) 今までのこの新制大学切換前の師範学校につきましては、師範学校が教員養成はいたしますけれども、そのあとの面倒は全く見てないということが言えたと思うのであります。ただ附属の小学校等でその研究集会なり中心的な働きかけをした例はありましても、大学の本校の方の先生が直接に、主として積極的に指導するという面は非常に少かつたかと考えるのであります。新制大学におきましては、今度大学の学芸学部なり教育学部に切換えたのでございますが、その点につきましてははつきりとその地方におきまする教員養成の責任を持つばかりでなく、この大学を出たあとにおきましても最もよき相談相手となつて、現職教育の責任を持つて行くという責任の分担を明らかにしておるのでございまして、この意味において今までとは違つた意味において、この学芸学部がこの現職教育に相当の権威ある努力をして頂くことを我々としては期待をいたしておるのでございまして、又それが必ずできると考えますし、又内容的にもこれが改善に向いまして私共はこの新制大学に切換えました一つの最も重要な仕事としてこの方面に努力して参りたいと考えておるのでありまして、大学が決して遊離してあつてはいけないという状態で、又それを自覚して大学がやつて頂きますということによつて、そういう今御指摘のような面は次第に改善されて行くものと考えております。
#139
○若木勝藏君 私は二つばかり伺いたいと思うのでありますが、その一つは先程河野委員から質問がありました家庭科の問題に関連して来るのでありますが、一体先程からのいろいろな質問応答によりましてもこういうことが考えられるのであります。文部省でやつているいわゆる教育行政というような方面を考えて見ますと、全く猫の眼の変るように変つておるのじやないか。折角現職職員の免許状の点が施行法で以てちやんと決まつて、安心して落ち着いてやつておるかと思うと、今度それは二十八年の三月で打切られる、そういうような改正案が出た。それから家庭科というふうなものが存置されておつたのが、今度それが廃止されて職業家庭科というようなものにせられてしまう。いつこれが又明日変るものやらどうやら分らん。非常にこういうところに現職の先生方の混乱を来す本が文部省にあるのではないかと思うのです。それで私は荀も家庭科というような教科につきましては、一文部省あたりが勝手にぐるぐる自分の都合から変えるべきものではないと思う。又これは十分教育者の立場というようなものも、或いは一般世論というものも考えてやるべきものだと思うが、この点につきましては、文部省としてはこれを先に予定せられた学校の教育課程及び編成の基準に関する法律案というようなそういう法律によつて、これを改正するつもりであるか、或いは單なる施行令というような省令によつてやるつもりであるか、この点どうであるかということを一つお伺いしたいのであります。
 それからもう一つは玖村さんがお帰りになつておられないようでありますけれども、免許法の方面においては、たとえ職業家庭科となつても職業科と家庭科は別だ、こういうようなお話がありましたが、それでは家庭科の免許状を持つておる者は職業科を担当できるか、その辺のあれがどういうふうになつておるか。職業家庭科というものも担当できるものかどうか、こういう点については不明瞭でありますのでその点も伺いたいと思うのであります。
 質問の第二点は研修の予算のことでありまするが、この免許法並びにこの施行法が立派に実施されて行くがためにはその前提となるものは私は、前提というか裏付けというか、そのなるものは教員の研修施設が完全に行われることにあると思うのであります。それに関しまして先程鈴木君の質問に対する劔木政府委員の答弁は極めてこれはおかしなふうに私は考えられるのですが、ここまでやつたけれども止むを得ない、後はあなた方の方にも一つ御努力願いたいし、世論を喚起して貰いたい。こんな自信のないことで先程お話申上げたようにこの免許法の、或いは施行法の海底というものは行われるものではない。恐らく一億六千万円の予算がなければ二十八年で以てこの研修ができ上らないというふうなことが文部省の最初の考えであつたろうと思うのであります。若しそれが一億六千万円でなしに二千四百万円で打切られるならば当然この改正は駄目だということになる。そこまでの肚を決めて文部省は今日おられるかどうか、こういうような点について私はお伺いしたいのであります。
#140
○政府委員(剱木亨弘君) 学科課程の問題は先程玖村説明員から申しましたように、初等中等教育局においてやつておるのでございますが、私共前に当校教育局におりました際にこの問題につきましては、私といたしましては、教科課程につきましてははつきりしたことを法律で基準を以て定むべきだという考え方を持つておつたのでございます。現在どういう方向に進んでおるか私はまだ聞いておりませんけれども、その点は一応責任局の考え方を通じましてお答えいたしたいと思います。
 それから職業科と家庭科の免許状は別々に出すのでございます。その免許状は家庭科の免許状を持つておれば家庭科だけでありまして、職業科の副免許状といつたもを併せ持つていなければ職業科は教えられないと思います。
 それからこの研修の問題につきましては全部の教員を講習いたしますのには勿論一億六千万円でも足りないということはこの前申上げたのでありますけれども、実際の面といたしましては校長になりまして、現に校長である人が資格を、一級免許状を持たない人が切替えられますのはこれは強制的な意味がありまして、一級にならなければ校長を辞めなければならないという実情にありますので、これはこの法律で三十年まで延期したわけでありますが、その他の場合におきましては、上級の免許状を取るのは、必ずしも期限を切つておりません。そこで必ずしもその三年とか五年の中でやらなければならんという線が出て参りません。それでどうしてもそれはそうなければならんということになれば、予算的にこれは強く主張できますけれども、何年かのうちにやればいいというように、形式的になつておるものですから、そこでこれを必ずこれだけの金額は今年度是非要るという最後の線が出て参りませんで、それで單に重要な経費というような問題から押して参りますのには、法的にはその点非常に弱いのであります。そういう意味におきまして、これがまあ我々の希望通り取れなかつたというふうな実情でございます。
#141
○藤田芳雄君 今の若木君の質問と連関するのですが、若木君の方からは予算が減つたからこの改正の要がないじやないかというお話がありましたけれども、私は予算が減つたから改正しなければならんと思つております。但しその改正の方向は私この現実出されている、これとは違つてもつと年限を延ばして、單位を減らさなければならんのではないか、それは先程のお話にもありましたように一億六千万円でも足りない、それがまして出すなというふうな問題のものであるならば、それに応じて獲得するところの單位数を減らす、或いは修得年限を延ばして貰うというふうにしてやらなければ到底できない。その意味から私は改正する要がある、こう申しておるのでありまして、文部当局の方の改正の意思もそこに考え及ぶ必要があるのではないかという点を一つお伺いしたい。
 その次に今の校長の問題があつたのでありますが、校長の件につきましては、この法案の方には、この法令が施行される以前において取得した資格についていつてありましたが、ところが今現在施行されてから、もう次々と新らしく校長が任命されて来る。これらの校長は、いわゆる一級免許状を持たない。そういたしますと、今三十年と限られますと、このあとまだまだ欠員ができてどんどん校長の補充をやつておる。而もその校長というものは、決していい加減にやつておるのではなしに、或る一つの選考をやつて、そうして資格を決めてからやつておるらしいのであります。そういうような形において、校長も決められて行く、それがやはり本年だけでなしに、尚これからあると思うのですが、六年か七年頃になつてから校長になつて、さて三十年までというふうなことで失格の問題が引つ掛かつて来たら、これも変ではないかというふうな感じがいたします。とにかくそうして予算の不足から来る改正ということが最も重要な点だと思いますので、そういうような点をお伺いいたします。
 もう一つ資格を取る單位の問題なんでありますが、今の中小学校方面の実情を見ますと、特に最近教育の内容をよくするためには、研究指定校とか、或いは研究学校とか、何かいろいろ命題を課せられたところの、私設学校としてやられるものが大分ある。そうしますと、この学校へは、その方面に專任しなければならん、最も優秀な教員をそちらに向けて行かなければならん。そういたしますと、そうした人がたとえ上級の資格を欲しいと思つても、自分らの仕事の関係上やれない。而もその仕事はどんなものかというと、本当に中学校なり小学校なりの教育の内容について、教師としての最も優秀なる方面に精進しておるわけでありますが、結局資格を得るところの單位の中には入らないという矛盾が来た、そうするとよい教員程、選ばれた教員程資格が得られないというような形もここに生れて来る。そこで今、現在はないといたしましても、その單位の中で何かそうしたものをも含めるようなことを考慮する意思ありや否やこの点をお伺いしたい。
#142
○政府委員(剱木亨弘君) 年限を延ばす必要はないかという問題でありますが、これは切替えにつきましての第七條は極く特殊の場合の経過規定でございまして、これにつきましては、どうしてもやはりこの程度で打切りたいと考えております。それから校長の方は一級になりますのは相当この前の規定では困難であろうと考えまして、今回三十年まで延ばしたのでありまして、又一面この教員の切替えといつたようなものでいつまでもこの暫定的なものが残つておることは望ましいことではないのでありまして、やはり校長の二級の人でもできるだけ早く資格を取るように努力をして貰いたいと考えております。
 それから上級の資格について本人の執務なり現在やつておることを十分考慮できないかという点でございます。これは実は教員免許法全体について言えることであろうかと思いますが、私個人的の考えを申上げて相済みませんが、やはりこれはいろいろ御批判を得ておりますように非常に複雑でございまして、何かもう少し全般的にすつきりした法律に直す必要はないか。それから教員養成計画等の関係におきまして、この免許法が大学の教育にどういう影響を及ぼして行くか、大学の教育を非常に單位制の関係で混乱に陥れる点はないかといつたような問題につきましても相当もう少し掘下げて研究して行かなければならんと考えておりますし、今御指摘のような点につきましてもやはり十分考慮していろいろ研究して行かなければならんと私考えております。
#143
○河野正夫君 もう大分時間も遅いので今日はこの辺で閉会の動議を提出いたします。
#144
○委員長(田中耕太郎君) 河野君の動議に御異議ありませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#145
○委員長(田中耕太郎君) それではこれを以て本日はこの程度で散会いたします。
   午後四時五十四分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     田中耕太郎君
   理事
           若木 勝藏君
           木内キヤウ君
           藤田 芳雄君
   委員
           河崎 ナツ君
           河野 正夫君
           岡崎 真一君
           大隈 信幸君
           星   一君
           堀越 儀郎君
           三島 通陽君
           山本 勇造君
           岩間 正男君
           鈴木 憲一君
  政府委員
   文部省事務官
   (大学学術局
   長)      剱木 亨弘君
  事務局側
   常任委員会專門
   員       岩村  忍君
  法制局側
   法 制 局 長 奧野 健一君
  説明員
   文部事務官
   (大学学術局教
   職員養成課長) 玖村 敏雄君
ソース: 国立国会図書館
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