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#1
第096回国会 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第9号
昭和五十七年八月十二日(木曜日)
    午前十一時四十二分開議
 出席委員
   委員長 久野 忠治君
   理事 片岡 清一君 理事 小泉純一郎君
   理事 塩崎  潤君 理事 住  栄作君
   理事 佐藤 観樹君 理事 堀  昌雄君
   理事 中井  洽君
      上村千一郎君    植竹 繁雄君
      大西 正男君    後藤田正晴君
      瀬戸山三男君    田名部匡省君
      竹下  登君    竹中 修一君
      浜田卓二郎君    中村  茂君
      山本 幸一君    渡辺 三郎君
      岡田 正勝君    安藤  巖君
      小杉  隆君
 委員外の出席者
        参  考  人
        (参議院議員) 斎藤栄三郎君
        参  考  人
        (参議院議員) 宮之原貞光君
        参  考  人
        (参議院議員) 栗林 卓司君
        参  考  人
        (参議院議員) 近藤 忠孝君
        参  考  人
        (参議院議員) 野末 陳平君
        特別委員会第二
        調査室長    秋山陽一郎君
    ―――――――――――――
委員の異動
八月十二日
 辞任         補欠選任
  粟山  明君     植竹 繁雄君
同日
 辞任         補欠選任
  植竹 繁雄君     粟山  明君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 参考人出頭要求に関する件
 公職選挙法の一部を改正する法律案(参議院提
 出、第九十五回国会参法第一号)
 派遣委員からの報告聴取
     ――――◇―――――
#2
○久野委員長 これより会議を開きます。
 午後二時より再開することとし、休憩いたします。
    午前十一時四十三分休憩
     ――――◇―――――
    午後二時二十二分開議
#3
○久野委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 先刻来、再三にわたり事務局をして公明党・国民会議の所属委員に出席を要請いたしておりますが、いまだに出席がありませんので、やむを得ず委員会を再開をいたします。
 去る九日、参議院提出、公職選挙法の一部を改正する法律案審査のため、大阪府に委員を派遣をいたしました。
 この際、派遣委員より報告を聴取いたします。塩崎潤君。
#4
○塩崎委員 派遣委員を代表して、団長にかわり、私から概要を御報告申し上げます。
 派遣委員は、久野忠治委員長を団長として、竹下登君、堀昌雄君、石田幸四郎君、中井洽君、安藤巖君、石原健太郎君と私塩崎潤の八名でありました。
 会議は、八月九日午後一時より大阪市にあります大阪社会福祉指導センターにおいて開催し、まず団長から派遣委員及び意見陳述者の紹介並びに議事運営の順序等を含めてあいさつを行った後、意見陳述者から意見を聴取し、これに対して各委員から熱心な質疑が行われました。
 意見陳述者は、大阪商工会議所会頭古川進君、九州大学教授杣正夫君、同志社大学教授山本浩三君、大阪地方同盟副書記長・政治部長岡田元弘君、社会福祉法人阪神共同保育会南清水保育園園長藤田保弘君、自由法曹団大阪支部幹事長東垣内清君の六名でありました。
 意見陳述者の意見の概要について、簡単にその要旨を御報告申し上げますと、まず、大阪商工会議所会頭古川進君は、賛成の立場から、現行の参議院全国区制をめぐる問題点、参議院にふさわしい人材の選出、政党の選定した候補者と有権者の判断、政党選挙における人材重視の必要性、新しい制度改革についての国民の理解と認識を深める配慮等の諸問題。
 次に、九州大学教授杣正夫君は、反対の立場から、現行の全国区選挙に対する評価、わが国の政治風土と比例代表制、被選挙権に対する制限、立候補制限の違憲性、比例代表制と供託金制度、選挙運動及び政治活動の機会の公平確保等の諸問題。
 次に、同志社大学教授山本浩三君は、賛成の立場から、参議院の存在理由、現行全国区制の弊害の是正と政党本位の選挙制度の採用、比例代表制選挙の沿革、比例代表制の長所と短所、国政における政党の地位、改正案と憲法との関係等の諸問題。
 次に、大阪地方同盟副書記長・政治部長岡田元弘君は、反対の立場から、候補者選定への国民の不参加、無所属立候補の制限の違憲性、参議院の独自性の弱体化、定数是正の緊急性、ブロック制の採用等の諸問題。
 次に、社会福祉法人阪神共同保育会南清水保育園園長藤田保弘君は、拘束名簿式比例代表制の導入に賛成、本改正案の修正が必要との立場から、現行の全国区選挙の現状と問題点、国民各層からの有能な人材の選出、信頼される候補者の選定と政党の良識、参議院の政党化と参議院の機能の両立、参議院の運営等の改革の促進、名簿届け出政党要件、議席配分方式及び供託金額に対する修正等の諸問題。
 次に、自由法曹団大阪支部幹事長東垣内清君は、反対の立場から、選挙制度に対する憲法上の要請、地方区の定数是正、戸別訪問、文書活動等の自由化、企業献金の禁止と買収等の根絶策、改正案の憲法上、制度上の問題点等の諸問題について、それぞれの立場から、意見、要望等を申し述べられました。
 次いで、各委員から、参議院議員としてふさわしい人物像、全国区選挙の実態の変遷、比例代表制採用のメリット、全国区制改正の必要性、ブロック制を適当とする理由、名簿届け出政党要件の緩和、政党本位の選挙の考え方、候補者選定のあり方、供託金額と没収制度、現行全国区制の特色、参議院の運営等の改革の必要性、比例代表制と無所属立候補、改正案についての国民の理解度と実施時期、改正案による金のかからない選挙の実現の見込み、改正案における政党の取り扱いの差異、改正案と各党の合意、政党法の制定、ブロック制の採用、記号式投票の採用、政党選挙のあり方、名簿登載者の選挙運動、被選挙権の憲法上の意義、改正案と全国区の存在意義、離党と議員の身分等の諸問題について多彩な質疑が行われ、滞りなくすべての議事を終了いたしました。
 以上が概要でありますが、会議の詳細につきましてはその内容を速記により記録いたしましたので、それによって御承知願いたいと存じます。
 速記録ができましたならば、本日の会議録に参考として掲載されますようお取り計らいを願いたいと存じます。
 なお、現地における会議の開催に当たりましては、地元の関係者を初め多数の方々に御協力をいただきました。ここに深く謝意を表し、報告を終わります。(拍手)
#5
○久野委員長 これにて派遣委員からの報告は終わりました。
 お諮りいたします。
 ただいま御報告のありました現地における会議の記録が後ほどでき次第、本日の会議録に参照掲載することに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#6
○久野委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
    ―――――――――――――
    〔会議の記録は本号(その二)に掲載〕
     ――――◇―――――
#7
○久野委員長 参議院提出、公職選挙法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 この際、申し上げます。
 理事会におきまして、本案は、現行の参議院議員の選挙制度の仕組みを根本的に改めるという特殊性にかんがみ、全国区選挙を経験した方々、すなわち参議院議員の方々からその実態等について御意見を聴取することが必要であるとの御意見がございましたが、今日まで参議院議員の方から直接参考人としての御意見を伺ったことはございません。この点についても十分な御協議がなされましたが、今回は、冒頭に申し上げましたとおりの特殊な場合であり、かつ、本案の審査に万全を期するとの観点から、特にこれを行うことといたしました。
 お諮りいたします。
 本案審査のため、本日、参考人として参議院議員斎藤栄三郎君、同じく宮之原貞光君、同じく栗林卓司君、同じく近藤忠孝君、同じく野末陳平君、以上の方々の御出席を求め、その意見を聴収することにいたしたいと存じます。これに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#8
○久野委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
 ちょっと速記をとめておいてください。
    〔速記中止〕
#9
○久野委員長 それでは、速記の用意をしてください。
    ―――――――――――――
#10
○久野委員長 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中のところ御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。
 本案につきまして、それぞれのお立場から忌憚のない御意見を承りまして、審査の参考にいたしたいと存じます。(拍手)
 次に、議事の進め方でありますが、まず斎藤栄三郎君、宮之原貞光君、栗林卓司君、近藤忠孝君、野末陳平君の順序で、お一人十五分程度の御意見をお述べいただき、次に委員の質疑に対しお答えをいただきたいと存じます。
 それでは、斎藤先生にお願いいたします。
#11
○斎藤参考人 私は、昭和四十九年七月七日の七夕選挙と五十五年六月二十二日のダブル選挙の二回経験をいたしました。きょうは五十五年の経験を中心にしてお話をさせていただこうと思います。
 全国区は残酷区だとよく言われますが、その根拠とするところは、気の毒なことでありますけれども、四十六年の選挙のときには当選後三カ月で村上孝太郎氏が十八位で当選しておりながら亡くなりました。そのときにまた社会党の山本伊三郎先生も当選後二週間で亡くなっておられます。五十五年の選挙のときには向井長年氏、民社党の先生でいらっしゃいますが、当選の報を聞きつつ亡くなられた。これくらい痛ましいことはないと思います。謹んで哀悼の意を表しますが、自民党では江藤智氏が選挙の最中に倒れまして、当選後一年で亡くなっておられます。このような原因は、もちろん個人の理由もありましょうけれども、選挙制度それ自身に非常な無理な点があるのだと私は考えるのです。これが残酷区と言われるゆえんです。選挙の前に大体の政治活動をしておらなければ、二十三日間ではとてもそれはらちが明くものではありません。はっきりと区別をいたします。選挙前の政治活動の一端を申しますと、全国を飛行機で飛んで歩いたり、あるいは自動車で回ります。そのために非常な肉体的な疲労が蓄積される結果ではないだろうかと考えます。
 次に資金でありますが、銭酷区と言われます。これもくどいようですけれども、政治活動の資金なんで、選挙資金ではありません。大体一年半ないし二年前から全国を回らなければなりません。そのために非常な金がかかるのであります。その金の明細につきましては、私は昭和五十五年五月二十八日発行の朝日新聞並びに昭和五十五年八月の文藝春秋並びにつたない本でありますけれども、このような「誰も言わない政治の内幕」というのを五十五年十二月に発行をいたしました。それらの中に詳しく載せておきましたから、ごらんいただければおわかりいただけるかと思います。約五億円の金を必要としたのであります。その調達の方法や何かについては、もちろん皆明らかにしてあるわけでありますが、なお御質問があれば後で詳しく触れることにいたします。
 アメリカのことわざに、ハム、ソーセージと政治家のふところは明らかにしないものだと言われております。それをなぜあえて発表したかと申しますと、発表する前にずいぶん考えました。特に家族には、そんなことを発表したら選挙に落ちるだろうと言われましたけれども、これを改革しなければならないという私の気持ちから、あえて発表をいたしたのであります。
 なぜこんなに金がかかり、またなぜこんなに肉体的な苦痛を伴うかといえば、選挙制度に原因があるのだと思います。いま全国を一つの選挙区にしてやっておる国はグアテマラ、オランダ、それからイスラエルの三国であります。しかし、これらの国々は人口二百万ないし四、五百万程度の国でありまして、全国を歩くのにもそう苦痛は感じません。しかし、日本はいま有権者が八千二百万人、そこに各党から百人の候補者が出て争うわけであります。八千二百万の有権者に自分の存在を知っていただく、そして自分の政策を御理解いただくためには、どうしても文書活動並びに直接自分が有権者にお目にかかって自分の主義、政策を聞いていただかなければなりません。テレビで非常に有名なタレントの先生とかあるいは大きな組織に抱えられた先生方だったら、組織ぐるみでありますから、その必要はないかもわかりませんけれども、私のような無名であり、かつまた能力のない者が議席を得るためには、これぐらいの努力をしてもなおかつ第一回目が百十四万、第二回目が百六万であります。このように見てまいりますと、選挙制度それ自身を再検討しなければならないというのが、私の二回の選挙を通じての結論であります。
 そして、よその国々でどういう制度をやっているかということは、かねてから興味を持っておりましたが、特に私が長い評論家並びに学者の生活から政界に入って参議院で感じたことは、いまのままの参議院でいいだろうかという疑問であります。
 昭和になってから、従来二院制だったものが一院制になってしまった国が十カ国あります。逆に一院制だった国が二院制になったのはたった二カ国にすぎない。もう一回言いますと、二院制が一院制になってしまったのが十カ国もあるわけであります。このままでいったら日本でも恐らく一院制になれ、参議院無用論というのが起きるのではないだろうかということをかねてから懸念しておりました。しかし、こういう悩みは私だけではなかったと見えて、実は書庫から非常に古い本を引き出しました。大正十三年、いまから六十年前に出した本です。この著者は、法学士、公爵近衛文麿著であります。題は「上院と政治」、発行所は日本読書協会。これを私はずっと通読いたしました。近衛さんの悩みは、やはり貴族院議員としてこれでいいだろうかという反省と悩みから、御自分で人を使ってこういう本をあらわされたものであります。私自身が参議院議員になってから、いまのままではいけないということを痛切に感じた。しかし、憲法四十二条で二院制度になっている以上は、やはり参議院の特色を発揮しなければならない。それがためにはもっと有為有能な人材が金をかけないでも出られるようにするということが現代に生きる私たちに対してかせられた課題ではないだろうかと感ずるのであります。この近衛さんの本の結論は、世界各国の上院を調べたのでありますが、結論はアメリカの上院に学ぶべきだという結論になっております。そのアメリカの上院というものは非常に権威があるのは、人数が百名しかいないということ。非常に少人数である。そうして任期が六年である。下院議員は二年、大統領は四年、上院議員は六年です。したがって、アメリカでは上院で条約が主として審議され、決定されていく。日本もまさにそうならなければならぬということを近衛さんは言いたかったのでありましよう。
 同じような悩みを持って私は日本の参議院というものがどうあるべきかということを感ずるときに、まず第一にやらなければならぬことは、金のかからない選挙にしなければいい人に出てもらえないということが一つ。もう一つは、参議院内部の改革をしなければだめだということです。そこで参議院の改革というものに取り組んでおりますけれども、なかなかこれはむずかしい問題です。
 きょうは時間の関係で選挙のことだけに限定をしてお話をさせていただきますが、こんなに金がかかったのでは、それはいい人は出やしません。そうしてこんな肉体的な苦痛を伴うのではとても出てくれないかと勧誘するだけの勇気は持ち合わせがありません。そういうような点から見て、私は今度の改革案がベストではなくてもよりベターであるということを確信しております。どうぞひとつそういうような点から、諸先生方の御協力と御賛同が得られれば非常に幸せだと思うし、果たしてどういう参議院になるかということはこれからの運用の問題で非常にむずかしいとは思いますけれども、私は選挙というものは社会教育の機会だと思っております。その機会に自分の思想を述べ、その機会に大衆の要望をくみ上げていく。そうして日本の政治をよりよいものにしたいというのが選挙だろうと思うし、だからこそ国家も多額の金をかけるのです。
 私はそういう考え方のもとに、選挙前の政治活動としてこういうパンフレットを約五十四万部配りました。この中身は、私が講演したものを速記にとって有権者の方々に見ていただこうというわけであります。一部が約四十四円でありますが、五十四万部つくりましたから、これだけで二千三百万円かかるのです。これに郵送料をつけ加えたら大変なものになるのであって、とにかく八千二百万の有権者、そこへ百人で争うというところが根本なんであって、もう少し選挙を公営の方向に持っていくのでなければ、有為な人材にお出ましいただけないのではなかろうかと思います。
 委員長、このつまらないパンフレットですが、皆さんに配りたいと思いますが、よろしゅうございますか。
#12
○久野委員長 どうぞ。
#13
○斎藤参考人 そこで結論を申し上げたいと思いますのは、どんな制度でも完全無欠なものはありません。恐らくマッカーサーが日本に示した憲法の中で一院制を主張した。当時の総理大臣幣原喜重郎先生が、先進国は二院制であるからというので二院制にしていただいた。日本の面積はカリフォルニアの面積より小さいのだから全国区でやってみろという簡単な理由で全国区制を導入してみましたが、あれから実験してみると非常な弊害が伴うということが明らかになった以上は、私はこれを改正するのに勇気を持つべきではないだろうかと考えるのであります。しかし、それぞれの個人差がありますから、金がかからなかったという人もおられますし、私よりよけいに金を使った方もおられることはよく存じておりますけれども、私は明細書を書いて持っておりますから、後でもしも御質問があればそれを公開したいと考えるのであります。
 これで終わります。(拍手)
#14
○久野委員長 どうもありがとうございました。
 次に、宮之原先生にお願いいたします。
#15
○宮之原参考人 本法案についての参議院の審議経過は、会議録によって先生方も十分御存じだと思いますように、憲法論議が最も大きな焦点であったわけでありますが、国会史上異例とも言うべきこのような他の院の議員を参考人として陳述を要請されたという今回の趣旨をおもんばかりますと、むしろ私はこの憲法論議よりは、この改正法案が今後の参議院の機能なり参議院のあり方にどのような影響を及ぼすのか、ここのところを院の違うところの衆議院の皆さんに私の見解を申し上げた方がより参考になるのではないだろうかと、このように考えますので、与えられた時間、これらの問題について意見を申し述べたいと思います。
 まず第一は、参議院の機能とのかかわりでございます。参議院は第二院といたしまして、衆議院の行き過ぎをチェックするところの機能と補完機能を持っておるということは、参議院に籍を置く者がひとしく確認をいたしておるところでございますが、その確認に立ちながらも、本改正法案によって実は参議院がいよいよ政党化をし、衆議院のコピー化が強まり、参議院の存在価値がなくなるので、この法案は参議院の自殺行為なんだ、このような意見とか、あるいはまた八〇年のダブル選挙におきますところの全国区票の一七・四%に及ぶ無所属、諸派票や、国民の政党不支持層が二五・八%に達しておるという現実を考えてみた場合に、政党本位の選挙制度の導入をすることは民意をないがしろにするばかりか、参議院制度の否定だという意見があるのであります。
 しかし、私はこのような見解に同意するわけにはまいりません。そもそも参議院は政党化すべきでないという意見自体が、私にとりましては非常におかしいと思うのであります。憲法の強く期待をいたしておりますところの議会制民主主義におきます政党の果たしているところの役割りと、国民の政治的意思を国会に反映させるための媒体としての政党の重要な機能を直視をいたしますならば、第二院の参議院といえども政党化はむしろ当然であり、自然の流れであると思うのであります。それだけに、みずからは政党に属しながら参議院の政党化強化反対論の主張は、私は最も理解に苦しむところでございます。問題はこの改正法によって、たとえ政党化が強まりましても、肝心な参議院の機能が維持されればいいわけなんです。したがいまして、いわゆる本改正法案によって果たして参議院の機能が失われるのかどうか、ここのところがやはり問題点でなければならないと思うのでありますが、私はこの点、本改正法案によりますところの参議院制度の改革ということと、参議院の機能をより高めるための機構改革とは、決して二律背反するものではなく、むしろ車の両輪でなければならないと考えておるものであります。
 この点、第六次選挙制度審議会におきまして、むしろ政党化を前提とした参議院本来の機能を発揮できるように努めるべきであるというこの報告書と全く同じ考えを持つものでございます。同審議会がそのために具体的に五つの項目の提言をいたしております。また、参議院改革協議会の小委員長報告もこれらのことを付言をいたしておるわけでございますだけに、この問題の実現を図るということは、私はこの選挙制度の改革と同時にきわめて重要な問題だと考えておるのであります。
 率直に申し上げまして、自民党の皆さんは、この大事な機構改革の問題について、残念ながら積極的だとはお世辞にも申し上げることができないのでございます。機構改革による参議院の機能を高めるという努力を放置しておいて、もしこの法案のみ成立すればよしという考えがあるとするならば、それこそ反対意見の参議院のいわゆる存在価値まで失ってしまうという意見と同じ結果になってしまうのではないかということを私はいまおそれておるのであります。
 私は、この機会にこのことと関連をいたしまして、特に与党の自民党の皆さんにお願いを申し上げたいのであります。それば、いま申し上げましたように、参議院のいわゆる機構改革という問題は、まさに参議院全体の緊急の課題でございますので、もっと積極的にこの問題について衆議院の皆さんも御理解と御協力をいただきたいということでございます。先般の参議院改革の小委員会の問題につきまして、実は衆議院の与党の皆さんからクレームがついたために、これがなかなか参議院で現在進展しておらないという実態でありますだけに、再びこのような愚を繰り返すことのないような十分な御理解と御協力を、むしろ与党の方でイニシアをとってやっていただきたい、このことを私はお願いを申し上げなければならないと思うのであります。
 また、私は、国民の中に政党不支持層や脱政党化の傾向のあることは否定をいたしません。このような傾向は、国民の価値観の多様化ということと、残念ながら既成政党に対するところの国民の批判、不満の所産であると思うのであります。しかし、さらばといって政党本位の選挙の導入は反対であるとか時期尚早であるという論はいかがなものでしょうか。それは、先ほども申し上げましたように、議会制民主主義下の政党の役割り、比重からいたしまして、むしろこういう批判があるからといってこれを否定をするのではなく、積極的にそれぞれの政党はなぜこのような国民の批判があるのか、ここのところにみんなが思いをいたし、みずからの姿勢を改めるということが私は先決ではないかと思うのであります。
 私は、こういう意味合いにおきましては、この法案は必ず政党の自浄作用をもたらすと考えておるのであります。すなわち、政党というものが直接国民の判断を仰ぐという形になるわけでございますから、政党は今日国民が何を考え、何を欲しておるかということを常に追求しなければなりません。それだけに政党はみずからの姿勢を正すと同時に、国民の意図は那辺にあるかということを考えていくとするならば、それぞれの政党は国民の期待にこたえるべく自分の姿勢を正すことになるのではないでしょうか。私は、そういう意味から長い目から見ますれば、これは日本の政党の発展につながるところの一つの方法だとさえ考えておるのであります。
 第二に、参議院のあり方と関連をいたしまして、二点ほど申し上げておきたいと思うのであります。
 その一つは、参議院の現状と比例代表制の本質からして、自民党案の政党条件が果たして妥当であるかどうかという問題でございます。
 申し上げるまでもなく、比例代表制の本旨は、小選挙区制とか中選挙区制とは異なりまして、国民の可能な限りの少数意見を国政に反映させる。そのためには全国区という大選挙区の方がより適切だという考え方に立脚をしておると私は思っております。また一方、参議院における全国区の状況もまた、御承知のように少数意見の反映とも言うべき無所属や小会派の皆さんが選出をされ、それぞれ小グループの院内会派をつくって国会活動をやっておられます。私はこのことは好ましいことだと思うのでございます。
 これらのことどもを考慮をいたしますと、果たして自民党案の政党要件というものはそれに一体適合しておるのかどうか、このように考えてまいりますと、率直に申し上げて厳し過ぎると見ております。このことによって、単に無所属の皆さんばかりか、現に活動をしておりますところの小会派の皆さんの締め出しにもなりかねない要素があると思いますだけに、一体参議院のあり方の中でいかがなものだろうかと考えておるのであります。もっと緩和すべきであるという主張は、先ほどの報告にもありましたけれども、恐らく衆参を通じての公聴会、参考人の皆さん方の共通の見解ではないでしょうか。
 もちろん政党本位の選挙を行う以上、政党は最低の政党機能を果たし得るところの条件を備えたものでなければなりません。したがいまして、一人一党ではこれは話にならないと思うのでありますが、さらばといって本法案のこの政党要件では、参議院の今後のあり方あるいはまた少数意見を可能な限り拾い上げていくという形に相なりますならば、もっともっと緩和の方向について話し合いを進める必要があると、このように考え、実は私ども社会党も御案内のように、これに対するところの具体的な提言をいたしておるわけでございますので、どうか本委員会におきましても、これらの問題についてはそれぞれの角度から検討していただきまして、よりよい結論を出していただきたいということを私はお願いを申し上げておきたいと思います。
 いま一つは、基本的な権利制限の明白な合理的理由ともかかわりますところの問題でありますが、全国区制創設の本旨とのかかわりの問題でございます。
 反対意見といたしまして、全国区制創設の本旨は、職能的な組織を有する人が選びやすいということだった。本改正法案によってこの特色がなくなるとか、二院制の基本は衆議院は政党代表、参議院は政党の介入をさせない高度の全国的専門意見の直接代表で構成されることだ。本改正法案は、その意味ではこの基本が根本的に否定をされるとか、さらには無所属議員が比較的に多く、かつ職能的、階層的な要素を持つ専門性のある議員が存在をする現状こそ高く評価さるべきものであって、改正法案はこれを全く否定をするものだという御意見があるわけでありますが、私は全国区制創設の本旨からいたしましても、この意見に賛成はできないのでございます。
 なぜかと申し上げますならば、参議院全国区制は職能代表であるべきだという主張は、なるほど憲法論議のところには一部あったわけでありますが、そのような主張は、この法案が国会に提出される段階に至りますところの立法段階、制定段階においては、否定をされておるわけでございます。このことは、昭和二十一年十二月の帝国議会におきますところの大村国務大臣の提案説明からも明らかであるのであります。また、参議院の政党化否定論も、当時の議事録を見ますれば、提案者の大村国務大臣によって否認をされておるのでございます。それだけに、創設時の本旨は、むしろ当時提案者の説明でも明らかにされておる地域代表的な考え方を全然考慮に入れない、もっぱら学識、経験ともにすぐれた全国的な有名、有為の人材を選抜することを主眼とするという、このことの認識であるべきだと思うのであります。
 それならば、現在の参議院の全国区の状態は、果たしてこの創設の本旨にかなった方々ばかりかと、こう言いますと、実は私を含めて、必ずしもそうだとは断定できるところの自信がないのでございます。それは有権者の側から見ますれば、先ほどもお話がありましたように、八千万を超えるところの大有権者の側にとって、百人前後の候補者の中から参議院にふさわしい一人の人を選び出すということは非常にむずかしゅうございます。そのため、投票は勢いタレント候補の当選率の高いという人気投票的要素が出てきておるということも否定できない事実ではないでしょうか。また候補者側から見ますれば、当選するためには、すぐれた学識経験者というよりは、まず何よりも膨大な資金力と組織力が絶対条件となるので、特定の団体をバックとする人物を候補者とするところの傾向にならざるを得ないというのもまた現実であるのであります。同時に、文字どおり全国を走らなければならないという選挙方法は、強靱な体力を必要とするということも事実であるのであります。
 このような現状からいたしますと、むしろ全国区制創設の本旨に沿うためには、またあるべき本旨に立ち返るためには、もっと幅広い層からよりふさわしい人物をそれぞれの政党がリストアップして、国民に政党として責任を持って審判を求めるという方法がより合理的な方法だと考えるものでございます。
 最後に、いま一点申し上げておきたいことがあります。それは選挙運動のあり方についてでございます。
 本改正案は、政党本位の選挙ということに籍口して、名簿登載者の選挙運動を全面的に禁止をして、選挙区選挙の候補の上にただ乗っかるだけだという拱手傍観的な方針を率直に申し上げてとっているのであります。私は、このようなやり方は、個人中心の選挙運動に長年なじんできた国民にとっては大変な戸惑いを生じ、かつ直接有権者との接触を絶つことからくるところの政治からの遊離をもたらすことは必至だと思うのであります。申し上げるまでもなく、政治は政治家と有権者の手の触れ合いを通じ、そのぬくもりを伝え合った中から生きた国民本位の政治が醸成をされるものでございます。このことは、たとえ比例代表選挙区選出の議員といえども同じだと思うのであります。そういうような意味合いにおきましては、政党本位選挙という名のもとに選挙運動で有権者との直接のつながりを一切絶つというやり方は、決してこれは成功しないものではないか。最小限度のものは認めるべきだと思うのであります。率直に申し上げまして、この点特に衆議院の委員会におきましては十分御理解を賜りたいのでございます。
 同時にまた、このことは衆議院の皆さんではなかなか御理解できないところの、参議院議員でなければ理解しにくいところの心情がもう一つあります。それは、一方は多くの方々が文字どおり血みどろの選挙との戦いをやって当選をされてくるというのが、選挙区選出の議員でございます。ところが片一方は、みずからはやりたくても直接的な選挙運動を全然やれないで、選挙区選出の議員の候補者の上に乗っかって当選をしてくるところの比例代表区の当選議員、この二つが一つの共同の営みをしておるのが参議院であります。こういう状態の中に、果たして心情的にきちんとしたものが生まれてくるものかどうか、ここのところがやはり議員心理の微妙なところでございますから、これはやはり衆議院の先生方は十分この点は理解をいただきまして、こういうことどもの中から最低限それならば政党本位選挙という中でこの選挙運動というものをどうすべきか、ここのところをどうしてもやはり先生方の御議論の中で手直しを私はしていただかなければならないと思うのであります。もちろん私どももいわゆる候補者の、いわゆる名簿登載者の個人運動を認めるということは、政党記入のみ有効であるという選挙方法ですから、投票時には混乱を起こさないかとか、あるいは選挙運動に金をかけないという本改正法案の一つの趣旨から見れば問題がないとは言いません。しかしながら、やはり選挙運動というのは本来自由でなければなりませんし、同時にやはり国民とのそれぞれのつながりを何らかの形の中で、選挙運動の中でも与えていくという、このことがやはり政治と国民との間をつなぐ場合にはきわめて重要ではないだろうか、このように考えるわけでございますので、どうぞひとつこれらの諸点についても十分留意をしていただきまして、よりよい結論を出していただきたいということを申し上げまして、私の陳述を終わります。
 ありがとうございました。(拍手)
#16
○久野委員長 どうもありがとうございました。
 次に、栗林先生にお願いいたします。
#17
○栗林参考人 法律案の中身につきましては衆参でそう別に違った見方があるわけではございませんし、中身については私は割愛をして、参議院側の実感を御報告をして御参考にしていただきたいと思います。
 中身に触れないと申しましたけれども、一言だけ申し上げますと、今回の改正案というのは、明らかに憲法違反と言い切ることは私はできないと思います。といって、明らかに合憲であると言うことも、これもできない。いってみますと、限りなく黒に近い灰色というあたりがこの法案の性格だろうと思います。
 そこで、立法府として立法政策の問題を考えた場合には、両院で法案が可決されますと、当然合憲と推定されます。したがって、合憲と推定されて、行政府は遵守義務があります。ところが、いざ違憲訴訟が出て、いや実はあれはクロだった、違憲であるという判定が出ますと、事は選挙法ですから、その判定が出るまでの間行われた全国区選挙は無効になる。無効になると、その間成立した法案は、全会一致の場合は別として、与野党対立した場合には、果たして成立したのかどうか、それすらわからないという重大問題を起こすわけです。したがって、その憲法違反のおそれがある法改正というのは極力回避をしながら次善、三善の策を求めていく、私はこれが一番正しいあり方ではあるまいか。
 ちょうど参議院が戦後発足をいたしまして、衆議院とは違った選挙制度を持たないと、新しい議院を置く意味がないではないかというので、実はいろいろな案がございました。そのときに、公選制というのが大前提として置かれたものですから、あそこの案はだめだ、この案はフリーエレクションには反するから避けよう、これもだめだというような慎重な検討を経ながらたどりついたのが、全国区と地方区のいまの混在する参議院の姿になったのですが、これがいいかどうかは別にして、憲法に対してどういう距離を持った法律案かということは、立法府である限りはよほど慎重に私は議論をすべきではないか、かように思っております。
 参議院で一年この方この法案を抱えておったわけですけれども、参考人、公聴会、それぞれ意見聴取をいたしました。参考人は六名お呼びしたのです。六名の内訳は、当然賛成三名、反対三名でお呼びをしたのですが、お話を伺っておりますと、実は賛成二名、反対四名。それで賛成のお二人もよく聞いてみると、実現不可能な前提条件をつけて、だから私は賛成だとおっしゃっているので、常識的に見ると六名が六名実は慎重論ないし反対論。公聴会の公述人は九名お呼びをしました。これは四名対四名、賛成、反対、それから一般公募が反対一名。これもよく伺っておりますと、実は、賛成は二名で、あとの七名が反対。これは公述人、参考人の御意見ですから構わないのですが、そういう意見が陳述されたことに対して、お呼びをしている参議院の側でどう対応したんだろうか。その間の事情は衆議院のこれまでの御議論でも余り違わないのではないか。いま、残念ながら国民、有権者の方はこの法案について深くは知りません。やっとこのごろになって、これは通るかもしらぬというのでだんだん関心を持ち始めてきた。しかも、事は衆参の片方の性格を決定的に決めるような実は改正案、慎重審議をしてくれというのがいま国民の大多数の声だと私は思います。参議院は残念ながらああいう不正常な状態で処理をいたしましたけれども、こういう国民の声に対して、では、衆議院としてどうこたえていくのか、それは皆様方の課題だと私は思います。
 そこで、参議院側の実感の問題なんです。実は一番困りますのは、拘束名簿式比例代表制になりますと、有権者から見るとだれに票を入れたのかわからない。当選した議員から見るとだれから御支援いただいたのかわからない。よしあしは抜きにして、一体こういう制度が日本に根づくのだろうか。これが実は最大の問題なんです。
 これはお名前は申し上げませんが、ある現職の閣僚が私にこう言ったのです。栗林さん、私は一年間に盆、暮れで大体一千万使いますよ。まあそのお人はそうかもしれません。その人が、今度の名簿の議員は一銭も要らないのですよね、これが六年たったらずいぶん差がつきますね。こういう素朴な実感というのは、さっき宮之原さんが微妙な議員心理と申し上げましたけれども、非常に根強く存在するのです。片一方の地方区の方は汗水たらして戦って勝ってきておる、こっちの方は、温泉で寝ているとは言いませんけれども、とにかくこうやっていて当選しちゃうのだ。一体これをお互いがどう思い合ったらいいのだろうか。これはある政党の役職の人がおっしゃったのですが、名前を言った方がいいですね、社会党と申し上げます。その人が言ったのは、社会党というのはつらい政党で、野党第一党です、したがって当選できないとはっきりわかっていても地方区に立候補せざるを得ない、そういう立場に立っております、そういう人は当然当選できません、累々たる死者の群れであります、その努力の上に全国区だけがすぽんと当選するのかや、これは許せない、そうだと本当に思います。今度自民党の議員の意見を申し上げますと、恐らくこれから全国区というのは肩身が狭いでしょうな、そうおっしゃるのです。いままで全国区が、よしあしは別にして、あの広い選挙区をねじり鉢巻きで戦って勝ってきたと思うから地方区の皆さんは仲間だと思うのです。その選挙の苦労を全然しない、それが一体自分たちの仲間だと思えるんだろうか。選挙をする人、選挙をしない人、これで同じハウスが構成できるんだろうか。となりますと、いま参議院議員が実感として思っているのは、とうていできない。これは自民党の中でもとかくの御議論があるように私は伺っております。本当はそういった議論はもっと早く出していただきたかった。選挙をしない議員が一体どういう発言力があるのか。たとえば予算委員会を開く、テレビが入る、そのときに全国区の議員をだれがノミネートしますか。これは地方区だということになるし、党の役職、参議院の公職、日の当たる場所にその全国区の人たちを持っていこうと思うほど地方区の人は気楽な神経では恐らくない。選挙が近くなればなるほど全国区というのはどこか中二階に上げられて運営されるのではないだろうか、そうに違いないという実感が、私がいまこれを申し上げているのは、参議院の中に多いということなんです。
 きのう参議院の改革小委員会を持ちました。これは改革協議会、河野議長が就任以来参議院の改革ということに鋭意努力してまいりました。その実際のワーキングコミッティーということで小委員会が持たれて、昨日会合がございました。どういう結論になったか。われわれは来年の選挙の後どういう参議院になるのか全く想像がつかない、したがって参議院改革作業はここでピリオドを打つ、これまでいろいろ苦労してきたけれども、その記録は、あのころはよかった、こういった議論もできたんだなという思い出に残しておこうじゃないか。
 なぜそこまで思い詰めるかといいますと、では名簿を一体だれがつくるのか。仮に私が党内で十番目に当選してある議員が五番目になった。九番目でもいいです。そのときに、何であんたは十番目であの人は九番目なんだと言われたときに、ああ、選挙をやったものね、向こうは。私自身も含め、私の支援者も含めて、納得するのです。今度はだれかが決めるのですよ。何で私が十番であれは九番なんだ、何で私が下なんだと言われたら、本人としてはまあしようがないと思ったって、支援者に説明ができない。これは選挙制度として本当に相成り立たない。政党というものを理想像を描いてやるのだったら、それは何でもできます。現実問題は議院証言法だってままならないのがいまの政党の現状でしょう。その政党の現実をおきながら、どうやって順番を決めるのですか。しかも、だれが決めるのですか。当然、決定権を持っているのは、ひがんで言うわけじゃないけれども、大体衆議院の皆さん。党執行部を握っているのは衆議院です。では衆議院が順番を決める、しかもだれから支援を受けたかわからぬ、その百名の全国区議員たちはどっちを向いて仕事をするのだ。お礼の言いようもないのですから。となったら、それは名簿を決定する人に向けて百名のごますり集団ができる以外の何物でもない。しかも、衆議院に対して参議院はどういったことになるかというと、何か異を立てるのが参議院の任務なんです。衆議院の言うとおりやっているのだったら置いておく必要は全くない。ところが、その百名は衆議院に対して物が言える立場に立つのだろうか。となりますと、結局だれしも言うのは、これは参議院の自殺行為ではないか。これも参議院の中に非常に深い実感なんです。
 これは各党それぞれの党としての対応をなさっておられますけれども、参議院議員として党派を離れて見てまいりますと、逆に言うと、自由投票であの法案を決めさせてくれたら、絶対に参議院は通りません。どの政党といえども、これは御提案の政党も含めてですよ、御提案の政党も含めて自由投票だったら、過半数が反対であります。
 いま参議院の危機感というものは非常に深いものがあります。私の支援者等を回りまして、今度選挙制度は変わるんだよ、こうなるんだよと言ったら、よくよく聞いたあげくの果てに何と言うか。だったら、全国区やめちまいなよ。これが国民、有権者の共通の実感ですよ。
 そこで、実は参議院の議長所信というのが、最終本会議を開くに当たって示されました。内容はどうかというと、まあ二回やってみようよ、後は変えちゃおう。これがだんだんと新解釈が出まして、ああそうか、二回やる、もう全国区無用論が国民の声になる、そうしたら全国区やめちまおうよ、いわば今度の法案は全国区を廃止するための一里塚なのでありますと。これは、実は自民党の相当上の方も同じことをおっしゃっておられました。私は、ここまで来たらいっそ全国区をやめたらどうだ、そちらの方がよっぽどいい、あんなワンステップなんて言わないで、思い切ってやめたらどうだ。現在参議院は二百五十二名であります。全国区百名、地方区百五十二名。これをやめることを前提にして、思い切って地方区の定数を是正したらどうか。それは国民の声になりますよ。
 そこで、定数を是正して全国区なしだ、地方区だけだ、こうなったときに、実は都道府県の中で全県一区の衆議院区が相当あります。そこで、衆参の選挙の違いがあるかというと全くない。そうなってくると、地方区の地域の見直し、それは当然出てくる。そうなればどうなるか。わが党がかねて言っているように、それはブロックに再編成した選挙制度しかないのです。ところが、これがなぜできないかというと、今回の改正案というのはいろいろときれいごとは並べておいでになりますけれども、実は改正の目的はたった一つ、金をかけない、金をかけないために改正をする。そこで、私は自民党に口を酸っぱくして言ったのは、一体幾らかけているのだ、出してくれ。出ないのですよ。わずかに斎藤先生が新聞に発表されておるものですから、そのゼロックス焼きを持ってきて、これだけです。国民から選ぶ権利を取り上げて、しかもある目的を持って衆、参と置いたのでしょう、その参議院がどうなるかといったときに、金がかかるというのだったら、出すのが当然であります。しかも、これは違憲訴訟は必ず出ますよ。そうしたら、法廷の場所では出さざるを得ませんよ。そう考えてみると、一体幾らかけているのか。自民党の中でも私はかけていないという人もいるのです。
 実は、選挙に幾ら金がかかるかというのは、一概に言っておりますけれども、千差万別であります。私は現在全国区でありますけれども、地方区の選挙運動の主宰をしたこともありますし、衆議院の応援の主宰をしたこともあります。私の経験で言いますと、ごく大まかに言って、地方区も衆議院も全国区も、大体似たり寄ったり。問題は選挙に金がかかるようになってきた、ここにあるだけです。
 そう考えますと、今回のこの改正案というのは百害あって一利なし。もともと選挙法を一党単独で出すというのは、これはもう国会常識に反するのです。その点を十分に御勘案の上、御審議賜りたいと思います。(拍手)
#18
○久野委員長 どうもありがとうございました。
 次に、近藤先生にお願いいたします。
#19
○近藤参考人 本委員会の私どもに対する御要請は、全国区選挙の実態を語るということでございますので、私自身の体験に基づいて若干述べたいと思います。
 日本共産党は、候補者の選定それから実際の選挙運動、さらにはいわゆる準備活動、そのすべてが党主体に取り組んでおりまして、もともと個人中心の選挙というものはございません。全国区もまた例外じゃございませんで、ある意味では衆議院、地方区議員以上に党中心の選挙ということになっておるわけであります。
 私自身の例をとってみましても、私自身は全国公害裁判を担当して住民運動をともにしてまいったという経験を国会に生かすということで、党の方から全国区候補に決定になったのだと思っておりますが、党の候補者に決まる前までは富山市で法律事務所を開業する弁護士でございまして、よく言われているように、全国区に出るようないわば組織も、もちろん金もございません。まあ党員といたしまして、これは多くの党員がそうであるように、実際自分が仕事をする分野で大いに大衆のために活動する、あるいは住民運動を起こす、そういう中で党の姿を知ってもらって党への支持を訴える、選挙に勝つように活動するという、そういうことをやってまいったのであります。
 もとより、その候補者になった以上は、取り組む範囲も、いままでは一地方あるいは特定の公害なら公害という分野であったわけでありますけれども、それが国政全般に広がるとか、活動分野も大変広大な範囲に広がってまいりますし、いままでは一弁護士だったのがこれからは党を代表しての行動ということで、もちろん責任も大変大きくなってまいります。
 しかし、党員としての活動の本質という面では、日常的に、先ほど申し上げたとおり、大衆の利益のために活動し、党の政策や姿を知ってもらって、党への支持を強めていく、選挙で勝利してやがては、自民党さんには申しわけないけれども、政権を獲得するという、こういうことを目指して、これはすべての党員が活動しておるわけでございまして、それが候補者になったからといって特別に変わるものではなかったわけでありますし、実際、私自身の何回かの選挙や国会議員の仕事もそのようでございました。これらの活動は日常不断に行われておりまして、これは党員のみんながやることでありまして、それは候補者に限られたこと、あるいは選挙のときに限られたことではございません。日常の党活動も選挙活動も、これは実際党の活動として行われるわけでございまして、候補者は党組織や党員と一体となってその任務、もちろん候補者ですからその任務は一般党員に比べてはるかに大きいわけでありますけれども、そういう任務を遂行するということ、これが私どもの実際の党活動であり、そして、それが選挙という、日常の党活動が一番集約的にあらわれる選挙での活動でございます。
 そういう立場から、これから幾つか、この法案をめぐって問題になっている点について申し上げますと、この現行制度を改革する必要がある根拠として、一つは金がかかり過ぎる、それから、範囲が広くて有権者と候補者の結びつきが薄くて、選ぶ側からは選択しづらい、選ばれる側からは、これは参議院ではたしか松浦先生でございましたけれども、むなしさを感ずるという面がございました。さらには候補者にとって、言われたような肉体的にも大変で残酷区だという、こういう諸点にございます。
 まず、私の体験から申しますと、金がかかるというのですが、これは参議院の審議の中でも、栗林議員も申しましたように、どこにどのように金がかかるのか、これを明らかにするように私どもも求めましたが、何ら具体的には開示されませんでした。ただ、辛うじて示されたのが三点ばかりございまして、一つは、百万の得票目標のためには三百万の人に後援会の通知を出すとかあるいはパンフ郵送などをする、それから全国の後援会事務所設置費用あるいはその維持費用、また二年ないし三年間、全国をあいさつ回りするための交通費等々、そういうことで後援会活動あるいは準備活動、この準備活動の中には事前運動ときわめて紛らわしいものがありますが、そういうところに数億の資金がかかるのだ、こういうことでございますが、私の活動に照らして申しますと、第一に、大体三百万の人にパンフ等の発送をするために郵送料をかけるとか、一たび三百万の人にはがきを出しますと一億二千万もかかるとか、そういうことは私どもではとても考えられません。
 もとより、共産党でも党の政策宣伝パンフだけではなくて、個人の候補者の、あるいは予定候補の人物や活動歴あるいは公約、これをパンフにいたしまして発行いたします。さらには、候補者の声や考えを実際にテープに吹き込んで、これを県委員会、地区委員会、そしてさらに現場の党組織、さらに後援会の皆さんにこれを渡すようにいたします。この過程で、たとえば支部の会議ではそういうパンフを見たり、あるいは候補者の声を聞いたりして、この候補者のイメージはどんなものか、どうやって後援会をふやすために訴えていくか、そういう討議をいたしまして、その討議に基づいて、党員の一人一人が自覚的に、かつ自発的にこれらの行動をいたします。一人一人の党員あるいは支持者が党の政策あるいは候補者の人柄、識見等をまず自分のものにして、そしてそれを近所の人や知人に訴えて、後援会への加入を呼びかけて、そして入会してもらった方には、ここが違うのですけれども、その方からパンフ代をいただくわけでございますから、元手も全部消える、そういう仕組みになっておりまして、これが私ども共産党の日常活動の一つとして行われているものであり、また共産党後援会の活動と言ってよろしいわけでございまして、それが五十万近い党員と、さらに多くの党支持者の活動に支えられて行っているわけでございますから、いま指摘されておるような後援会にパンフを配布するために金がかかる、それだけに数億に近い金がかかるということは、私どもの場合にはそういう体制にはもともとないということでありますし、また、そういうところに金をかけること自身が問題である、このように私は考えます。
 それから第二に、候補者の事務所費用や会の維持運営に金がかかるということでありますが、もしそれが候補者の方でそういうお金を出すといたしますと、それは後援会じゃなくて候補者のいわば私的な組織にすぎないのじゃないか、私はこう思います。日本共産党後援会というものが各地でできておりますが、その運営も、それから財政問題も、党や候補者とは別個のもので運営されておるわけであります。もちろん目標は選挙に勝つということで、活動も一体となってやりますけれども、組織や財政は別個のものであるということをこの際申し上げておきたいと思います。
    〔委員長退席、片岡委員長代理着席〕
 それから第三に、候補者やその関係者の行動費に金がかかるということもしばしば参議院で言われてまいりました。しかし、これも本当に組織的、効果的に選挙に取り組めばわずかで済むのじゃないか。これは私の体験から申せます。
 わが党の場合に、これはいま申し上げたとおり、日常的に全国の党組織と党員が活動いたしております。大衆の利益を守るために活動するというのは党の存在意義だとみんな自覚いたしておりますし、また、党を大きく強くしていくことなしにはその責務を果たせないということで、いわば党の拡大と大衆活動、これは二本足の活動と言っておりますけれども、これが基本であります。したがいまして、日常定期的に支部会議が開かれ、それから党の決定や方針をそこで討議をし、具体化を図りますし、それに基づいて実際活動いたします。そういう中で、生活相談所とかあるいは赤旗や地域新聞の発行、さらに政策や理念問題でのビラ配布、しばしば全戸配布と言われておるものでありますけれども、さらには小集会やあるいは国会報告演説会などなど、これは選挙のときに限らずに常時行っていることであります。全国予定候補に決まった者は、そういう日常の党活動に参加をし国会報告を行う、あるいは政見を述べるということで、日常の党活動の一環としてこれらの党員や党組織と一体となって行うもので、いわば準備されたところに、それぞれの地域でやっておるところに、いわば体を運ぶだけでございまして、動くのは候補者本人と秘書。ですから、きわめて若干名であります。そしてその費用はきわめてわずかでありますし、またそれも党自身が負担をするわけでございます。ですから、これはいわば準備活動というよりも日常の党活動というぐあいに考えられるべきものだと思います。ですから、これに対して、選挙準備に、移動に金がかかると言うのですが、これはいままでそういう体制がないところに急に多数の人間を専従させたり、あるいは地方へのオルグということで多数の人を派遣すれば、それは当然に金がかかるわけでありますが、そこで金がかかるという悲鳴は、これは実際、政党の組織体制の未整備、あるいはそういう整備をしないことの怠慢の反映であって、それを選挙制度の責任にするのは間違いである、このように私は思います。
 次に、範囲が広く、有権者との結びつきが薄いと言いますが、私の体験からは決してそうはなっておりません。これは当委員会でもたしか公明党の石田委員からも指摘があったように、衆議院選挙区の場合でも、確かに全国区に比べれば選挙区は狭いけれども、やはり実際回れば、得票目標に比べて実際会う人はきわめて少ないんだという指摘もございましたけれども、ですから、やはり衆議院には衆議院なりの結びつき、また全国区には全国区なりの有権者との結びつきがあってしかるべきであります。それに、広ければ広いなりの活動の仕方もあるわけで、それに合った活動をすれば、特別に残酷区だということはないんじゃないかと私は思います。
 私の例で申しましても、関係する府県を、しかも主要都市を回るだけになりますから、行く先々は一回限りです、これは選挙期間中に限って言えば。となれば、地元の党組織では、その一回のチャンスを最大限有効に生かそうということで、最大限の努力、準備をしてくれますから、いわば候補者側にとっては一回一回が最も多数の人に接することができますし、また最も集中的に、あるいは最も情熱的に訴えることができるわけでございまして、ですから、いわば選挙期間中という鋭い政治対決の中で一つの選択を選挙民に訴える、また党員や党支持者に対してはそのために決起を訴えるということは、これは私は大変張り合いのある活動でございまして、むなしいというよりか、むしろ逆のものを感じておったわけでございます。ですから、私の体験では、特に体力的に衆議院や地方区よりも大変であるとか、肉体的、精神的な苦痛が特別にひどいとかいうことは、私はなかったと思います。
 以上のように、全国区の今回の改革の必要の根拠とされておりますのは、各政党が政党としての組織体制を強めて、日常活動を強化することによってこれは解決可能な問題ではないかと思います。現に、金をかけずに、またむなしさも感ぜず、さらに特に肉体的、精神的な過度の負担も感ぜずに選挙を戦っている政党がありますし、また個人がおります。これに対して、みずからがその体制にないという、いわば自分側の都合で、中身は、先ほども御指摘がありましたように、違憲、また不合理な内容に制度を変えようとするのは間違いである、私はこう指摘せざるを得ません。
 政党は、もう申すまでもなく、民主主義を支える基礎でありますし、歴史的にも必然なものであると思います。議会制民主主義は政党なしには機能し得なくなっている今日、政党はその役割りを果たすように努力することこそ必要であります。そういう点で、わが党はこの衆議院の当委員会にも拘束名簿式比例代表制を骨子とする法案を提案いたしました、これは修正案でありますけれども。ですから、比例代表制そのものは国民の意思を正しく議席に反映し、政党本位の選挙にふさわしい制度であると考えます。同時に、小政党の進出できる機会を奪ってはならない。また、無党派主義という信条を理由に立候補を制限するなど、こういう違憲の点もなくさなければいかぬというのが私どもの法案でありますけれども、しかし政党本位の、あるいは政党政治の時代に、それにふさわしい選挙制度ができることは、これは当然であると私は思うわけであります。しかし、本法案はそうはなっていない、こう思います。そこで、提案者や自民党の方で政党本位の選挙と言うのであるならば、むしろ政党自体の近代化にこそ努めるべきである、こう申し上げたいと思います。
 最後に、政党は生まれながらにして政治活動をする団体であります。政党本位の選挙と言うのであれば、まさに政策と政策が争われる。そして日常の政治活動の総決算とも言うべき選挙のときこそ、それが最大限発揮されるべきであると思います。ところが、自民党案は、政党本位の選挙と言いながら大変な制限をしているわけであります。元来、選挙運動制限の理由というのは、立法の経過でも明らかなとおり、個人中心の選挙だから弊害があるということだったのですが、政党本位になればその根拠がなくなるにもかかわらず、それをほぼ全面的に禁止するということは、比例代表選挙に関してほぼ全面禁止するということは、政党本位の選挙ということと矛盾するのではないか、こう思います。
 そこで、これも私自身の体験から見まして、現行全国区制度の選挙運動の範囲というものは、制限された中でも比較的範囲が広いと思います。たとえば個人演説会は、これは無制限にできるわけであります。ですから、私自身が行けないたくさんの場所には候補者自身のテープが行くとか、あるいは代理弁士が行くとかいうことで、候補者にかわった活動ができておったわけであります。これがもし政党本位の選挙ということになるならば、これが今度は政党中心の、政党が主体となっての選挙運動になると思いますけれども、それはむしろそういう機会がより広く認められるべきであると思います。
 そういう点で、今回の法案の比例代表選挙における運動のほぼ全面禁止、公営を除くほぼ全面禁止というのは、政党本位の選挙にも逆行すると同時に、暗やみ選挙に拍車をかけるものであると思います。こういう点をひとつ御再考いただくことを申し上げまして、私の陳述を終わります。(拍手)
#20
○片岡委員長代理 どうもありがとうございました。
 次に、野末先生にお願いいたします。
#21
○野末参考人 私は、党籍は新自由クラブに置いておりますけれども、過去二回、全国区無所属でやっておりますので、有権者の心理というか、有権者の立場も考えながら、個人的ないろいろ思うところをお話ししたいと思います。
 まず、政党化の問題、それから無所属議員を締め出すというこのことなのですけれども、確かに無所属で立候補する場合に全国区は非常にありがたい制度で、地方区や衆議院は全く歯が立たないというくらいの差がありますが、しかしその全国区がなくなって、今度改正案になりますと無所属がはっきり言って立てないということになりまして、政党条件がいろいろありますが、ああいうものは無所属ではないですから、そうなると無所属の候補者というのは確かにもう立候補する場がないということは事実言えると思います。ただし、厳しく言うならば、しかし地方区だってあるじゃないかあるいは衆議院選挙があるじゃないか、立候補の自由そのものはどこかにあるのだから、国政参加の道は開かれているということであれば確かにそのとおりなのですが、しかし余りにも無所属にとって荷の重い地方区あるいは衆議院などはちょっとこの際頭に浮かんでこないですから、そうするとどうしても全国区という場で無所属が立候補できるような選挙でないと困る。しかし、それは個人的な都合で言っているのではありませんで、やはり何百万あるいはそれ以上の無党派層というか政党に所属していない、個人で自由に活動できる人間を選びたいという意識あるいは欲求が有権の間で非常に強いというのは過去の例を見てもわかるとおりなのです。そうすると、改正案によりますと、そういう無所属の、どこの政党にも属さないで自由にやってくれそうな人間を選びたいという有権者の欲求というのは現実には満たされないわけです。いい人がいるけれども、政党に入っているのでは意味ないや、それでは参議院らしくないじゃないか、こういうことになりますと有権者を少なくとも締め出す、無党派に投票したいというこの有権者の心理は無視する、こういう点が今度の改正案では非常におかしいということでありまして、僕などは、立候補する自分の立場でなくて、やはり有権者というものを、もう少し投票心理、欲求、そういうものを考えなければ現実に合っていない改革だな、こういう気がするのです。
    〔片岡委員長代理退席、委員長着席〕
ですから、まず無党派層を選挙参加から締め出すというこの点で非常な疑問を持っております。
 しかし、現行の制度が完璧だと思っておるわけではありませんから、いろいろな点で欠陥があるのはよく承知しておりますが、改正案のプラスそしてマイナスと現行制度のプラス、マイナスを比べるとどちらがベターであるかということは一概には言えないということも申し添えておきます。
 それから、政党化の問題ですけれども、現実に政党政治であって参議院だって政党化しているじゃないかということをおっしゃる意見もありますけれども、それならば参議院は要らなくなりますので、やはり現実は政党化していても参議院らしさを残すという、ここは大事だと思うのです。その意味で無所属が何人かいる、多ければ多いほど参議院らしいのではないかと個人的に考えております。
 それから、しかし無所属でなくても政党が参議院議員に対して党議の拘束をしないのだ、現在の新自由クラブのようなものですが、そうであれば僕のように党籍があっても現実には衆議院側の党の決定とは違う賛否をときどきやっておりますので、この点で純粋の無所属ではないまでもそれに近い国会活動ができているということで、政党化を促進するとか阻止するではなくて参議院らしさを少しでも残しておきたい、こう思う立場では政党が党議拘束を解いてくれればいいのですが、現実にはそれはなかなかむずかしいと思います。ですから、その辺の課題も含めながら今度の改正案を考えるとちょっと、参議院らしさをなくす方向だけで、これは参議院の否定につながりかねないのじゃないか、こういう気がしております。
 政党化と無所属締め出しはこのくらいにしまして、次はお金がかかるという話ですが、これは確かにかけようと思えば幾らでもかかるだろうし、非常に個人差のあることですが、先ほど栗林さんもおっしゃいましたけれども、選挙そのものが金がかかっている。地方区もかかっている、衆議院もかかっている、区会議員、都会議員、市会議員、県会議員もみんなかかっている。かけようと思えば幾らでもかかるし、また有権者が金を欲しがるような体質に候補者がしてしまったということもありますので、そうなりますと参議院の全国区だけが金がかかるからこれを直せという同じ理屈を地方区にも衆議院にも、すべての選挙のやり方に及ぼさなければならなくなるので、全国区だけ金がかかるよ、だからこれを金のかからないようにしたよと言って果たして済む問題かどうかということを考えまして、むしろ今度の改正案が別の形のいろいろな不明朗なお金のかかることを何かもたらすのではないかという不安もないではありません。しかし、これは政党内での名簿の問題などにも関係してきますから私にはよくわからないので、そんな不安があるということだけ聞いていただきたい。
 さて、次が有権者の立場とかなり密着するのですが、名簿議員の存在というのが今後の参議院でどうなるかということなのです。
 これは先ほど来他の参考人の発言の中にもありましたけれども、比例代表で選ばれたのは、これは僕は名簿議員だという言い方をしたいと思うのです。その意味は、やはりちょっとそこに差別をしているということなのですけれども、僕自身は名簿に載せてもらって比例代表区で選ばれて参議院議員でございというような気にはとうていなれないのですけれども、これは有権者心理とも密接に関係があるのですね。有権者というのは、やはり政治は人なりというふうに考えて、個人の名前を書きたい、個人に投票するのだ、それが選挙だ、これが全員だと思うのですね。先生方の衆議院の選挙の場合でも、政党の看板はしょっているけれども、やはり個人だろうと思うのです。個人の名前を書く選挙である。だから、その政党が気に入らないところもあるけれども、しかし君がいいのだから、あなたが優秀なのだから私は入れるよという有権者もかなり多いわけですから、やはりあらゆる選挙は政治は人なりで、有権者というのは個人の名前を書くというところに投票意欲も起きるし、選んだという実感もあるだろうと思うのですね。そうしますと、今度の比例代表の名簿になりますと、これは個人の名前を書きたくても書かせないのですから、書いたら無効になる、せっかく投票しても無効にさせられてしまうというので、この辺が有権者心理を非常に無視しているのじゃないか、余りにも政党本位あるいは候補者本位の考え方ではなかろうかというので、ここが非常に大きな疑問なのです。
 ただし、違う意見がありまして、この党の中にいろいろな人が入る、だからかえっていいのだということがありますけれども、いろいろな人が入るということは、嫌な人もまたたくさん入るわけですね。そうすると、これはどう考えたらいいだろうか。特に名簿というものは党が決めるわけで有権者が決めるわけじゃありませんから、決まった名簿に基づいて有権者が投票するのだというものの、順位、人選その他有権者があずかり知らぬところで決められる。そうなりますと、たとえば問題のある議員がいるとしますね。これは選挙違反をしたとかあるいは倫理問題で何かいろいろあるとか、そういうような議員がいるとしますね。そういう人は、衆議院の選挙で自分の名前を書いてもらう、あるいは地方区でも全国区でもいいですが、個人の名前を書いてもらえば少なくともここで洗礼を受けたのだといって何か罪が帳消しになる、そういう傾向が現実にありますね。今度は、そういう問題議員というのは洗礼を受けさせないで名簿の中に紛れ込ませるということも可能なわけです。それをやったら政党のイメージがダウンするぞとおっしゃるけれども、しかしほかにいいイメージのをくっつけまして帳消しにしようという作業もできるわけだから、そうなるとこの名簿は問題議員の隠れ場所になりかねない。それはもちろん政党の偉い方々がそんなばかなことはしないとおっしゃればそうかもしれません。しかし、必ずしもきれいごとでは済まない場合も出てくるでしょう。だから、名簿などが逃げ道になったとすると、さあ、そこで有権者はこいつがいるのに、しかしこっちに好きなのもいるのだし、どうしたらいいのだ。これは、やはり政党の名前を書かせるというのが選挙では無理なので、個人の名前を書かせるということにしないと、この名簿の悪用というものは有権者心理を非常に逆なでするということになってしまって、これは単に政党はそんな自殺行為はしないというようなことでは説明がつかないのではないか、そういうふうに考えているわけなのです。しかし、これは有権者の心理ですから、新しい制度になってみて結果が出なければ何ともわかりません。
 そこで、そういう制度によって選ばれた参議院議員というものの立場を僕は想像して、自分がそうであったということで仮定でお話しすると、先ほどから話が出るように、やはりこれは、個人の名前を書いて当選したならばまさしく選ばれた議員ですから自信も自覚も責任も感じますね。しかし、個人の名前を書いてないのですから、要するに政党の事情でたまたま名簿のいい位置につけてもらったというだけで当選できるのですから、これが本当に選ばれたと言えるかどうか、本人そのものがそういう自覚を持てるかということになりますと、どうもこれは名簿議員といいまして、どうやら何となく肩身が狭くて、ほかの先生方の努力に乗っかってお情けで、あるいはうまいことをやってその他大ぜいの一人で来ているんだというような、これはコンプレックスだって持ちかねないということなんです。これは参議院において現にあるわけで、それはあたりまえだと思うのですが。地方区の人は血みどろの選挙をやる、全国区は、比例代表区はそこまでやらなくていいんだからとなれば、どうもこの選ばれた、戦いで勝ち抜いた人と戦いらしいものもしないで、本当に選ばれたかどうかよくわからないような、有権者に選ばれたんじゃなくて党に選ばれた、そういう議員の混在する参議院というのは、ますますこれから有権者にそっぽを向かれるといいますか、機能を発揮できなくなってしまうというようなことで、ちょっと弊害が今後に出てくるということになりますね。
 だから、選挙選出議員と名簿議員と、こういうものを一緒にして同じ重みで有権者が見てくれるかどうかということは、非常に大きな問題だろうと思って、これはやはりおれには国民の支持があるんだ、こういうふうに思える選挙でないと、残念ながら国会議員の責任も自覚も生じないんじゃないかというぐらいに極論したいんですね。
 選挙運動のついでに言いますと、選挙というのは、先生方もそうだと思いますが、自分を売るわけです。個人の味で勝負するのですから、政党の存在も大きいけれども、個人の味がなければだめだ。個性を売るという、これが選挙なのに、今度の比例代表の改正案だったら一体何をしたらいいんですかね。政党が決めた運動をやれって、その他大ぜいの一人で車に乗って訴えたって意味がありませんよ。やはり自分の意見、自分のキャラクターを売って有権者にアピールして、必死になるから一票が来るわけです。そういうことをやらない選挙、これはやはり戦いようがない。楽だというのはうそで、名簿に載れば多分通るから楽だろうなんて、そんなばかなことはありませんよ。やはり本当にやってきたという、汗を流したというところに選挙に挑戦する意味があるわけですから、楽だから名簿はいいな、これで六年安泰かなんというようなのは第三者が言うこと、あるいははっきり、もう老境に達しまして体も言うことを聞かなくなったりしてのんびりしよう、そういう人だったら別ですよ。しかし、まともな候補者だったら、そんなことはないですよ。ですから、楽だと思うのは第三者で、本人は名簿に載っけられただけで、当落が順位によってはどうなるかさっぱりわからないという、これだったら自分で訴えて歩きたいですよ。それができないで、つまり候補者にも自分を表現する場所を与えてくれない、有権者にも、個人の名前を書きたいのに書かせてくれない。こういうことになりますと、この制度はどうなってしまうんだというくらいに、つまり参議院軽視とか今後の参議院が不安だとか、そういうことじゃなくて、選挙としてかたわじゃないか、まともな扱いは受けないというふうに、いままでやってきた実感から感じますね。
 それから次に、今度はその名簿の問題で、これがやはり有権者に非常に不評をこうむるだろうと思いますね。これは政党の中でもいろいろ御意見があるようですから、さすがにここはむずかしいんだなと思いますけれども、そのむずかしい名簿づくりをそのままにして、これが基本であるこの比例代表の制度を成立させるというのは危険だと思います。
 この名簿の欠点は、もう僕がいろいろ言うまでもありませんで、やはり現職というのは何といったってがんばりたい。そうなると、名簿の上位にランクされると、これはありがたいわけですから、そういう人にとっては何となく都合がいいけれども、新人とか若い人にとってはいいかどうか。党がちゃんとするよなんていったって、なかなかそんなに簡単にいかないのがいままでの公認争いを見ても、いろいろなことでわかりますから、この名簿づくりの欠点の第一は、非常に老化するということで、これは憂うべき状態ですね。
 それからいい人を出すというのも理屈ではわかるのですね、文化人とか学者とかいうふうに。いい人というのは一体何だということですね。政党がいい人をと言うけれども、それは有権者が決めることだから、名前を書く選挙なら有権者が決めるけれども、政党がいい人を出すんだよと言うけれども、政党に都合のいいいい人だったら余り意味がない。そうすると、どうもそういうことになりがちだ。となりますと、政党のちんどん屋を選ぶようなもので、文化人だの学者だのときれいごとを言うけれども、そんな簡単なものじゃありませんよ。同時に、選ばれる学者、文化人もはっきり言って、御用学者、御用文化人ならいざ知らず、骨のあるまともな人は簡単に出てこないと思う。なぜならば、名簿の順位とか政策の細かい点とかいろいろありますから、いまの制度では確かに金がかかったりして大変で出にくいけれども、名簿になったから簡単に出れるかというと、はっきり言って大したことのない文化人は出てくるでしょうね、学者も出てくるでしょう、あるいは純然たる御用学者ならいいでしょうが、本当に有権者が欲しがっているまともな人は出にくいだろう、こう僕は思いますね。
 ですから、この名簿のつくり方の欠点はここにもあるのではないかというようなことで、まだ幾つもありますけれども、名簿というものがきっと有権者にそっぽを向かれると思う。つまり、この序列がどういう基準でつくられようが、これを見て有権者が、わかった、こんなにいい人がたくさんいるならこの政党にという人も中にはいるでしょう。しかし大部分の人は個人の名前を書かせろということになって、この名簿選挙というのは、いろいろな問題を含めて結局は有権者不在ということで、有権者の好みから遠ざかり、これが棄権をふやすのかそれともいいかげんな票に結びつくのか、この辺はわかりませんが、少なくも諸悪の根源は名簿にあり、こういうことになりかねぬ。だからこそ、各党の間で名簿づくりに慎重な意見がいろいろ出ているのだろうと思いますが、いかに慎重な意見が出てこの名簿づくりの基準が決まろうとも、やはり問題は、有権者との距離は埋めることができないであろう。政党の立場で決めた名簿が有権者の好みあるいは欲求に必ずしも一致するわけじゃありませんから、そこで、こういう名簿選挙を一、二回やれば院内でも、そして選挙のときの有権者の心理からいっても余り評判がいいという予想はつかない。これはだんだん評判が悪くなって、正直に言うと私も栗林さんの意見に同じなんで、二回やったらこんな意味のない選挙なぞはやめてしまえという声が出るでしょう。その結果どうなるかはわかりませんが、少なくも、そうなると、いまの制度に欠陥はありながらも、どっちがベターかということをその時点で問うと、もとには戻れないけれどもしかしこれは改悪だったという結論が有権者の間からは出るのではないかということを非常に感じますね。
 これは、おこがましいですが、いままで二回選ばれたという立場でどうもそんな気がするわけですから、これは有権者の立場からも、それから候補者の立場からも、そして当選した参議院議員の立場からも余りもろ手を挙げて賛成のできるような内容ではありません。
 どうもありがとうございました。(拍手)
#22
○久野委員長 どうもありがとうございました。
 以上で参考人からの意見の開陳は終わりました。
    ―――――――――――――
#23
○久野委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。塩崎潤君。
#24
○塩崎委員 まず最初に、本日私どものために参考人として御出席をいただきました斎藤先生、宮之原先生、栗林先生、近藤先生、野末先生に心から感謝を申し上げたいと思います。
 衆議院議員が参議院議員に質問する、このようなことは私どもも大変ちゅうちょしたところでございます。そして私どもの党の中においても大変不安がございました。私もそのようなことを理事会でも申し上げたのでございますけれども、ともかくもこの法案は、全国区制度というこれまで昭和二十二年から昭和五十五年まで三十三年も行われました選挙制度を根本的に改正する法案でございます。そしてこのような法案についていろいろ参考人の御意見を伺いましたけれども、結局は皆様方の体験、皆様方の考え方が私どもにとって最も大きな判断の材料になる、このような強い声がございましたし、野党の方々は特に強かったわけでございますから、私もその点につきましては危惧はございましたけれどもその御意見に賛成して、皆様方においでをいただいたわけでございます。本当に質問者の方は立場が強くて、私も大蔵省で長らく答弁をいたしましたが、答弁するというのはいかにも分が悪いような感じを与えますので、私は大変反対したこともいま思い出すわけでございますが、ただいま先生方のきわめて見識のある、しかもまた参議院議員といたしまして本当に制度の根本に触れました御意見を賜ったので、私といたしましても本当にまず感謝を申し上げまして、おわびを兼ねてお礼を申し上げたいと思うのでございます。
 さてそこで、いま五人の先生方から貴重な御意見をいただいたわけでございます。これまでの全国区制度、斎藤先生が言われますように、グアテマラ、オランダ、イスラエル、これらの小国でしか行われていないところの全国区制度をいままで私も実はよくやってきたものだと思っているわけでございます。これも私は先般の公聴会でも申し上げました。実は私も四十三年七月七日の選挙に出まして、この全国区制がいかに残酷区制度であるかということを身近に体験したものでございますから、本当に身につまされて、今度の改正案は現行制度よりもはるかにまさるものである、こういうふうに考えているものでございます。しかしながら、比例代表制度、しかも拘束名簿式比例代表という制度は選挙の先進国では行われておりますけれども、日本でいままで経験したことがない。先ほど大正十三年の近衛文麿先生の御案もお示しありましたけれども、比例代表制度までいっていないようなことでございましたが、この比例代表制度は先進国では定着しておっても、まだまだ日本では初めての試みでありますだけに、不安があることは私も率直に考えているところでございますし、先生方も皆さん全部その点について触れてこられたのでございます。
 そこで、これらの問題についてひとつまたお教えをいただきたいと思うわけでございますが、まず私は現行の制度について先生方の御体験がどんなものであったかということから始めて、先ほど宮之原先生は、今度の改正案は、私はそうでないと思うのですけれども、選挙運動を名簿登載者についてはほとんど禁止しておるから、ここに大きな問題があると言われました。しかし、これもまた私は、この制度が現行どおりの全国区の選挙運動をやるならば改正の意味がないと思うのでございます。斎藤先生の御本を拝見いたしておりまして、自分は小心者であるからこのように準備をしたのかもしれないということまで言われながらやっておられるのですけれども、私はそうじゃないと思うのです。選挙になれば日本人は全く選挙に熱中して、奇抜な、奇妙きてれつな手をやってまでも勝とうとすると言われているぐらいの選挙の特殊な風土でございます。したがって、日本の選挙法はむしろ選挙の規制が多い。たとえば宮之原先生、こんなことばどうでしょうか。斎藤先生の御本を読んでみますと、「私は、選挙期間中、毎日三百五十キロ走り、二十三日間で八千キロを走破、昭和五十四年二月から選挙の準備に入ったので、合計千六百回の講演をしている。」それだけではなくて、選挙を開始されたときからの日程がずっと出ておる。このような選挙をしなくても本当に参議院にふさわしい方に出てもらい、また出したいというのが今度の改正の趣旨だと私は思うのですね。しかし先生のような全国区の選挙運動を認めますと、私は程度の問題かと思うのですが、またもとに返る、改正の趣旨が没却されるような、元も子もなくするようなことになりはしないかという心配でございます。
 しかし一方、現在においても、不思議なことに選挙運動を一つもやらなくて当選された方がおるのですね。きょうおいでをいただかなかったので、私もその間の体験も伺いたかったのですが、昭和四十九年七月七日の選挙のときには斎藤栄三郎先生はそれだけ苦労されて、六位で百十四万七千九百五十一票。ところがきょうおいでいただく予定だった、大変残念だったのですが、青島幸男先生は三位で百八十三万六百十八票、先生より七十万ばかり多いのです。ここは七十万ぐらい多いことを問題にしているのではないのです。しかし、その四十九年六月十五日から四十九年の七月八日までヨーロッパ旅行に行かれて、選挙期間中全然日本におられない。理想かもしれませんが、選挙運動を全然やられなくてすでに現行制度のもとで当選された方がおる。しかも選挙費用はゼロである。
 こんなような矛盾があるのですが、まず宮之原先生に、先生の言われる選挙運動を今度の名簿登載者に認める範囲はどんなものか。私のいま申し上げたような、参議院の全国区に向いた本当にりっぱな見識のある人、そういう人を選挙運動をそんなにしなくても政党がやることによって出すという趣旨から見て先生の言われる点は矛盾するおそれがないかどうか、まず第一に宮之原先生から伺いたいと思うのでございます。
#25
○宮之原参考人 私の答弁が先生のおっしゃりたい核心に触れておるかどうかわかりませんが、あれですか、お尋ねになっておるのは、選挙運動をやらなくても文字どおり全国区にふさわしい人が出せるのだからいいじゃないか、こういうことなんですね。確かに、政党が責任を持ってこれがわが党の推すところの名簿なんだということでやられる、それ自体はいいと思うのですが、ただ率直に申し上げて、それならばその人が本当に自分の選挙運動なりいろいろなものを通じて、国民がいま何を考え自分に何を期待しておるか、ここのところを政治家として選ばれる以上はやはり御自分でも肌で感じ取っていただくということは、政治に携わる者にとって非常に大事だと思うのです。政党選挙といえどもやはりその最低限のものを選挙運動の中で認めていただきたい。あるいはまた、先ほど実際に参議院のそれぞれの心情、それぞれの党派の中にあるところの上がってくる議員の心理状態を考えますと、ある程度全国区の皆さんも走り回る中から若干の汗をかいて、その体験を持ちながら国会に出てこられるということは、地方区との兼ね合いを考えますときわめて大事なことじゃないだろうか、こう私は思うのです。したがいまして、政党本位の選挙で政党が推薦をするのだからその人は何もせぬでもいいじゃないかということは理論的にはわかりながら、政治の実態を考えるとある程度のことは何かやるような方式ということを考えない限り、どうなんだろうか。ここのところに原案と私どもの見解の相違があるわけです。その点は私はおわかりいただけると思うのですがね。これはどんな学者先生でも、いま国民が何を考えているか、おれはあそこを回ったらこう言われたぞ、そういうのが実際あって、それが国政の中に反映されるということはきわめて大事なことじゃないでしょうか、そういうことです。
#26
○塩崎委員 斎藤栄三郎先生にお尋ねしたいと思いますが、いまの問題でございます。
 本当に参議院にふさわしい人を選ぶのが今度の改正案のねらいであるということでございますが、先生方の中には、これは金がかかるとか、あるいは選挙運動についての残酷さというものは個人差があるというお話でございます。しかし、どうでしょうか先生、私は先生の言われることは同感なんですけれども、「私のような小心者はどうしても準備にかなりの神経を使わざるをえない。」私はそうじゃなくて、大抵の人が選挙については全力で投球する。衆議院でも同じだと思うのでございます。
 私は、先生はタレントだと実は思っておるのです。それで、タレントでこのような差が、金の使い方とか選挙運動について差があるというようなことは、私は見方によるかと思うのですけれども不思議な感じです。しかし、先生としてこれでも十分選挙運動をやられたというお考えであるかどうか、なぜこういうふうなことをやらざるを得なかったかということについてひとつ御説明を願いたいのでございます。
#27
○斎藤参考人 大変適切な御質問で、第一、参議院に出るかどうかというとき、非常に迷いました。私は「時事放談」をやっていましたので、その相棒の細川隆元先生に相談をしたところが、あんなつまらぬものはやめろと言われました。しかし、私は政治は非常に大事だと思います。したがって、私は出てまいりました。ところが、出た以上は後へ引っ込めないのが政治の世界だろうと思います。一本の丸木橋を渡るようなものです。したがって、出た以上は全力投球をやらなければなりませんから、私はできるだけの努力をいたしましたし、幸い先生方の御努力でこの制度が新しく生まれた場合にも、私は全力を挙げて党の方針に従って運動をやる考えでございます。選挙運動をしないで当選できるとは私は考えておりません。やはり全力を挙げて自分の政策を訴え、また国民の皆様方が何を考えておるかということを酌み取るための努力をいたす考えであります。
#28
○塩崎委員 ありがとうございました。
 それでは栗林先生に。いまの選挙運動と申しますか、とにかく残酷な全国区の制度であるかどうかについて、先生は現状維持的なお考え方が強かったように私は見受けるのでございますが、私は実は四十三年七月七日に次点で、これは当選よりむずかしい五十二番目というところに来たわけです、五十一人当選ですからね、それから考えて、私はもう二度と全国区だけは――先生の言われるように一日三百五十キロ、約八千キロを二十三日間で回る、しかも、三台の自動車のうち候補者が一台に乗る、他の二台は家族が乗る、こういったことは落選後の私はとうていできないと思ってあきらめて、衆議院の方に泣く泣く移ったわけでございますが、先生いかがでございましょうか。そして、今度の改正案を見ても、選挙区選挙制度の中において全国区と申しますか、名簿登載者の運動が行われる、この方が私ははるかにすぐれておるように見える。いかにも現在の制度は候補者に過酷な運動を強いて、本当に見識のある方々が出にくい、こういうことは言えませんでしょうか。
#29
○栗林参考人 全国を回って歩く場合も、あるいは衆議院の場合もそうでしょうけれども、選挙というのは人情の海を渡るようなものでして、ここは支援が少ないなと思うとげっそり疲れる。ところが、支援の熱が非常に高くて花束をもらってやっていると、あっという間に一日が終わってしまう。ですから、つらいかつらくないかというのは多分にその候補者個人の主観が影響すると思うのです。
 そこで、ごく客観的に見て、全国区と――衆議院でもいいですよ、じゃどれくらい大変なんだろうかと考えてみると、一日両方とも二十四時間、両方とも夜は寝るのです。三度の食事を食べるのです。となったら、衆議院と全国区と比べて一体どっちがどう大変なんだろうか。恐らく皆さんはそうだと思うのですが、お宅にお帰りになりますと、地元の選挙区の相談事や何かで私生活はゼロになる、そういう御生活だと思うのです。ところが、全国区の場合はその地元の問題というのはさすがに持ち込んできません。広過ぎてしまうものですから、向こうがあきらめてしまう。したがって、地元の問題で自分の時間を使われるということは実はない。と見てまいりますと、全国区というのは本当に残酷区なんだろうか。いわばキャッチフレーズとして残酷区だと言っているだけであって、実は同じかもしれませんし、ある地方区の候補に言わせますと、冗談言いなさんな、私の方がよっぽど大変なんだ。私はそういったこともあるだろうと思うのです。したがって、寝床が変わったら寝られないという人は、それは確かに全国区には向いておりません、旅が多いですから。それらを除きますと、全国区なるがゆえに大変だということばどうも言えないんではないか。
 そこで、ある自民党の方に伺ったら、いやそれは栗林さん、あなたの言うとおりだ。だけれども、私はむなしくてさびしいんだとその方は言っていました。だけれども、むなしくてさびしいというのは、茫漠とした日本全国を旅をするときの実感をおっしゃっていると思うのですけれども、いやしくも立候補するからには、さびしくてしようがないというのはちょっと私には合点がいきません。
 そこで、いまの御質問なんですが、私は現行制度でいいとは毛頭言っておりません。言っていないのですが、仮にたとえば自由名簿の比例代表制にしようじゃないか、こうなれば話は全く違うのです。数字はうろ覚えでありますけれども、選挙を比べてみますと、衆議院の場合は、自民党の得票率は約四五%議席獲得率は五五%、地方区になりますと、得票率が自民党の場合五五%で、議席獲得率は六〇%を超えると思います。ところが全国区は、得票率が自民党の場合二六%、議席獲得率も二六%。だから、現状でもすでに準比例代表制だと言われているのがいまの全国区なんです。したがって、われわれは比例代表制に反対しているわけでもない。拘束名簿は成り立たないと言っているのです。したがって、この法案を各党の合意を得てやろうと思ったら、たった一字を加えればいいだけなんです。非拘束式比例代表制だったらあれだけの参議院の騒ぎは起きない。この非という言葉を承知していながら入れない理由は何か。いまと全く同じだという。いまだって二六%、議席二六%、全く同じです。それじゃ意味がない。意味がない理由は金がかかる、こういう短絡した議論で押してこられますと、それは反対せざるを得ない。
 われわれの全国区の悩みというのは、実はお金ではありませんで、全部縦割りでやるものですから、日ごろ気持ちを合わせて闘ってきた同志が全国区になるとお互いが相争うのです、民社党の中で、同盟の中で。これは耐えられないのです。したがって、何とか変えたい、これは実感です。といって、拘束名簿式比例代表制になると、これは日本人の心理に完全に逆らっている。また、各国の例にいたしましても、拘束名簿という非人格的集団に対してどうやって人間味を与えるか、そこに苦心し腐心しているのが世界の例でありまして、今回のような自民党の御提案はまさに前代未聞の法律だと私は理解しております。
#30
○塩崎委員 次に、野末先生にお尋ねしたいと思いますが、無所属候補締め出しが適当でないという観点のお話が最初にございました。私も、一つの考え方であり、見識であろうかと思います。ところが先生、無所属候補が一番当選したのは現行制度で、しかも昭和二十二年でございます。当時は二百四十六名の候補者がおりまして、初めて参議院の全国区制度が施行されたときでございます。百人の当選者のうち五十七名が無所属であったわけでございます。有名な山本有三先生、田中耕太郎先生が出られて緑風会ができたあの選挙でございます。しかし、いまや無所属候補というのはきわめて少なくなってきている。当時は、昭和二十二年は、私はいつもこの点を申し上げるのでございますが、わずか十二万四千ばかりで当選できたのでございます。したがって、十二万四千ぐらいの票を獲得することは、ちょっとした知名の人であればできないこともない。それでも、私どもの衆議院の選挙区から見ればまだ多いから、むずかしい点もあるかもわかりません。いまはどうでしょうか。六十四万三千の票がこの間の五十五年の最低当選ラインでございます。斎藤先生の御本を見ると、八十万人を目標に置いて、これに対して常にいろいろの接触をしていかなければならぬのだというようなことを言っておられるのですね。
 私どもが衆議院をやってみて、選挙というものは有権者の数、そしてまた当選に必要な最低当選ライン、最低当選者の得票が多くなればなるほど選挙が大変むずかしくなる。したがって、特定の団体で、そしてまた政党に関係があって、一つの団体ならばとてもできないから、全体の他の政党との間の連携もとれるような政党との関連もなければ、六十四万三千、恐らくこの次は七十万になろうかと思いますが、とれる自信のある人はおらぬわけですね。したがって、これまで三十三年のうちに、法律は一字も直していない、全国区の法律が昭和二十二年にできて五十五年まで一つも変わっていないのに、現実は大きな変貌を来して、自然に無所属候補を締め出してきた、この現実なんですね。この現実をどう考えられるか。
 むしろいまの方がだんだん政党化している。したがって、特定の団体あるいは官僚、さらにまたわずかなタレントぐらいしか出られなくなってきておるというふうに私は考えているわけでございますが、いまの無所属候補の締め出し論、これまでの趨勢から見てどのようにお考えか。私は、先生の言われるのと逆に、このままでいくとだんだん無所属候補の締め出しが出てくる、こういうふうに思うのですが、いかがでございますか。
#31
○野末参考人 無所属が減ってきたということは、やはり無所属でも期待にこたえられないという人がいればそれは減るわけですし、それから、何十万とると言うけれども、有権者もふえる、あるいは投票率もいろいろある、ですから、必ずしも昭和二十二年といまとを比較して、そこにどういう分析ができるか、これはむずかしいと思うのです。
 ただし、いまの塩崎先生の質問ですが、いまのままでも無所属は減っているじゃないか。確かにそうですが、減っているからという理由で無所属が出られなくしてもいいということにはならないのですね。選ばれる自由は与えてほしいと思うのですね。ですから、減るか減らないか、有権者が締め出すのだったら全然構わないのです。有権者が落とすのだったらいいのですが、しかし、選ばれる自由がないんだ、立候補もできないんだということになると、やはり無所属の中にもそれはいろいろな人がいますから、ですからどうでしょうかね、十把一からげで無所属を全部扱うということが問題になるので、先生のは無所属全部ひっくるめまして、いまのままだって減っているからというように聞いたのですけれども、僕は、少なくも有権者に締め出されて落選するのはもって瞑すべしだ、しかし、選ばれるかどうかやってみるという、このチャンスがそもそもないというのは、やはり無所属候補にとっても、あるいは有権者の中の無党派支持層にとっても不幸なことではないか、こういうふうに考えているわけなんです。
#32
○塩崎委員 ありがとうございました。議論にわたりますので、それは避けていきたいと思います。
 そこで、参議院の政党化の問題が、この拘束名簿式比例代表制度への移行によって大変心配されているわけでございます。
 それで、この問題は、宮之原先生から、参議院の機構の改革の問題、これによって対処し、機能を参議院らしく動かすことによって対処をすべきだという御意見がございました。私は大変ごもっともなお話だと思うところでございますが、斎藤先生の御本を読みますと、政党化の問題も大変心配されているわけでございますが、それはそれとして、現状が政党化しているのだから、その前提のもとに進めていって、しかし、当選後は党議の拘束によるものを緩和していくというようないろいろのやり方で政党化は避けていくべきだというお話でございます。その点もう少し御説明していただきたいのは、政党化が好ましいというお考え方が片一方にある一方、そうじゃないのだ、やはり政党化は好ましくないのだ、自民党が一般消費税を決定しても自分は絶対反対だという、自民党は非常に党議の拘束の緩いところでございますが、先生はこの比例代表制度によるところの政党化の問題をどういうふうに考えられるか、御意見を賜りたいと思います。
#33
○斎藤参考人 中央公論の九月号に福岡政行さんという方が、全国区改正は何党を利するかという論文を書いております。きのうこれを私は読みましたが、どうしても政党化は避けがたいであろうと言っております。私は、できれば衆議院と参議院とは違った意見を出さなければいかぬし、それでなければ二院制度の価値がないんじゃないかと思いますから、その本の中で、政党化は余り望ましくない、こう書きました。しかし、この新しい制度になると、やはりだんだん政党化は進まざるを得ないだろうと思う。問題は、その参議院の質、議員一人一人の質によって、政党化の長所と短所とをうまく使い分けていく、長所のみを伸ばすようにすることがこれからの大きな課題ではないかと考えます。
#34
○塩崎委員 時間も参りました。近藤先生にお尋ねする時間がなくなりましたので、大変非礼をおわび申し上げて、再度五人の先生方に心から御礼を申し上げ、また、私の質問が非礼にわたった点がございましたらお許しを得たいと思います。
 以上、大変ありがとうございました。
#35
○久野委員長 堀昌雄君。
#36
○堀委員 本日は、参議院全国区の皆様に当院にお越しをいただきまして、本当にありがとうございました。
 選挙制度というのは、まさに各政党が行っております政治の基本的なルールを定めることでありますので、私は、一般の法律も重要でございますけれども、特にこれは非常に政治の根幹にかかわる部分でありますから、大変重要な案件だと考えております。
 そこで、実は参議院の全国区の皆さんの御経験を伺いながら、私たちも十分勉強してこの審議に役立てたい、こう考えましたものですから、まことに異例のことでございましたけれどもお越しをいただきまして、本当にありがとうございました。最初に厚く御礼を申し上げます。
 この前、私、趣旨説明に対する党の代表質問をやらしていただきまして、そこで申し上げたことでありますけれども、私は、いま、日本の将来を考えてみますときに、非常に心配なことが一つございます。その非常に心配なことは何かといいますと、これまでは日本は先進国に追いつけばいい、モデルが前にあって、私ども日本の国民は、何かのモデルがあったらそれを取り入れて、さらにいいモデルをつくり上げるという才能は大変すぐれたものがある、こう思っておるのでありますが、どちらかというと、これまでの日本のいろいろなものを見ておりますと、オリジナルに新しいものを考えるという点ではどうも欧米諸国から劣る部分があるような感じがしてなりません。
 そういうモデルがあってやっているうちはよかったのでありますが、いまや日本は一番前列に出てきまして、もう前にはモデルがない。モデルがないところで、自分たちの国、民族を世界の中でどういう国にしていくかということがかかっておりますのは、私は政治だと思うのであります。いま日本ではいろいろな分野で活動が行われておりますけれども、少なくとも経済の分野あるいは科学技術の分野、いろいろな分野で世界に比較して決して劣るものではないと私は思っておりますが、残念ながら、日本の政治は非常に問題があるという気が私はしてなりません。なぜ問題があるかといいますと、それは日本の選挙制度に非常に関係がある、私はこう考えておるわけであります。
 私は、昭和三十三年に国会に出していただきましてから、その当時考えましたのは、日本の政治の中で一番重要に考えなければいけないのは、財政経済の問題が政治家としてはきわめて重要な課題である、これが一つでございました。もう一つは、政治制度がまともにならなければ日本の政治は将来よくならないだろう、こう考えました。そこで、選択の自由が認められた昭和三十五年から、実は大蔵委員会、そうして公職選挙の特別委員会に属して、主としてこの場所で今日まで二十数年やってまいったわけであります。
 そこで、選挙制度の問題をやっております中で、第一次、第二次、第五次、第六次の選挙制度審議会の特別委員もやっておりました。そこですべての皆さんがおっしゃっていたのは、何とかひとつ日本の選挙制度を個人本位から政党本位に変えたい、このことは御出席であった当時のほとんどの委員の皆さんの集約的な意見でございました。実は私もそう思っていたわけでございます。しかし、具体化という問題については、各党の利害もありまして、今日までなかなか進まなかったわけであります。私は、順序として、政党本位の選挙は衆議院から行うべきだというのが持論でございますが、現状では、衆議院から政党本位の選挙をやるということはなかなかむずかしい段階でございます。
 そこで、参議院の問題が出てまいりまして、これについては、第六次の選挙制度審議会以来、やはり何らかの方針、方向で考えなければいけない、こうなっておりまして、第七次は、御承知のように、解散等がありまして答申ができない状態で終わっておりますけれども、方向としては政党本位で考えた方がいいのじゃないかというのが、選挙制度審議会の方向でございました。
 そこで、実はどういうことを心配しているかといいますと、衆議院で申しますと、ともかくも政党本位ではなくて個人本位でございますから、自由民主党は全部選挙区で複数候補が出ております。そうしますと、自由民主党というのは、私どもが見ておりますと、政策で私どもと争っていないのです、衆議院選挙は。個人の内部の争い。そうしますと、後援会をできるだけ強固につくって、選挙期間中は別としても、日常この後援会組織を拡大培養して、自民党の皆さん同士で競争するわけですから、これは必然的にお金がかかってくるわけですね。政策の争いではなくて、後援会拡大の争いでございますから、これは避けられない。その形が自民党の中に各派閥というものをつくって、その派閥が競い合い、その結果がロッキード問題に発展してきておる、私はこう見ておるわけであります。
 システムを変えない限り、倫理委員会を設けようが、証言法を改正しようが――自民党の金権体質はこのシステムがもたらしておるのでありますから、まずこのシステムを変えることによってそういう可能性を抑える。もちろん、倫理の問題も必要でありますし、証言法の問題も必要でありますが、土台はどうもこのシステムに問題がある、私はこういうふうに考えておるわけでございます。ですから、そういうふうにしなければならぬのですが、衆議院の方はなかなかそうならない。
 それでは、参議院の問題を考えますときに、いまずっと話を聞いておりまして非常にはっきり感じましたのは、現状から新しい制度を見ていらっしゃいますので、これは私どもはわかりません。皆さんも恐らく、きょうお話しになったことは、参議院の現在の御経験の立場からそのとおりだと私は率直に感じておるわけであります。しかし、全然質の違った、個人本位の選挙から政党本位の選挙にがらっと変わったときに、一体これはどういうものになるかというのは、いま提案をされておる自民党の提案者の方も、それから私どももちょっと予測ができない、やってみないとどうなるかわからないということだけは間違いのない事実でございますね。
 そこで、ずっとお話を聞いておりますと、実は野末先生はそれにお触れになっておりませんけれども、斎藤先生は、比例代表拘束名簿は御賛成、それからわが方の宮之原先生も、比例代表拘束名簿は賛成、それから栗林先生は、拘束名簿は問題があるけれども比例代表は賛成、それから共産党の近藤先生は、比例代表拘束名簿は賛成だけれども無所属その他の問題を考えろ、野末先生からはそういうお話はなかったのですが、無所属の方にウエートがかかっておりますから、そうすると、これはやや個人本位の選挙というお考えかもわかりませんが、共通しておるところは、比例代表という点については、ここに御出席の五人の皆さんのうち四人までが御賛成のようであります。
 栗林先生のおっしゃいましたように、欧州の各国で比例代表拘束名簿を導入した時期は非常に古いのであります。それをやっている過程を通じて、拘束名簿についてはいろいろ問題があるということで、各国においてこの拘束名簿をどうやって改善をして、選挙をする国民との関係で、国民の意思が伝わるようにするという工夫がいろいろされております。西ドイツの比例代表小選挙区制もそういう一つの工夫のあらわれであります。各国皆やっておりますから。
 ただ、最初から私どもは、ベストなものというのはどうも考えられないので、まず、とりあえずスタートとしては、これが私もベストと思いませんが、拘束名簿で一遍やってみて、参議院議長がおっしゃるように、二回ほどやったら見直してみようということは、私は正しい提言だと思っておるのであります。すべての制度に初めからベストなものは、人間の能力として、将来を見通し、制度が変わるのでありますから、見通すことはできません。ですから私は、次善の策として、当面この拘束名簿比例代表を参議院に導入するのが適当ではないか。それはちょっとさっきから申し上げましたようなことで、個人本位から政党本位にすることによって、個人本位で使われるむだな費用をシステムとして遮断ができれば、そのことは、選挙制度とか政治倫理とか、いろいろな問題の上にプラスに働くのではないだろうかということでございまして、よりベターな選択という意味で、実はこの全国区比例代表拘束名簿というのは、私が政策審議会長をしておりましたときにわが党が問題を提起しておりますので、今日いろいろお話を聞いて非常に私も勉強になりました。
 ですから、そういう意味で、ひとつ先生方の方で、いまの比例代表拘束名簿は拘束名簿としながらも、やはり二回ぐらい選挙をやって、そして試行錯誤の結果、またひとつ各党が全部で集まってこの問題について検討するということが、この選挙制度にとっては非常に大事なことではないだろうか。私ども、決してこれがベストだと言ってやろうという気持ちではないという気持ちも申し上げながら、ひとつお一人お一人から、いま申し上げたことについての御感想を承りたいと思うのでございます。
#37
○斎藤参考人 私たちが新しい制度を考えるときにまず取り上げたのは、社会党が約八年前にお出しくださったあの案です。大変よくできておって、あのまま使わしていただいてもいいくらいなものですが、それは版権侵害がある。そこで、ない知恵をしぼってできましたのが自民党案でございます。ですから私は、どなたでもまじめに考えれば、たどりつく結論は同じだと思います。
 いま先生がおっしゃったとおり、私は、先ほども言ったように、いまのがベストだと思っておりません。しかし、いまよりはベターだと思いますから、二回の経験を生かして再検討するということはぜひ必要なことだとは私は考えます。
#38
○宮之原参考人 わが党の最高の権威者の堀先生からいろいろお尋ねをいただくのは非常に恐縮でございますが、せっかくの御質問ですからお答えさせていただきたいと思います。
 選挙制度をこう改めることのルールにつきまして、実は参議院段階でさまざまな意見が大分出たのです。先ほどもちょっとありましたけれども、きわめて大事な民主政治のルールを一党だけでという話も出たわけですが、これは各党で可能な限り一つの共通の土俵をつくるということはやはりきわめて大事なことだと思うのです。ただ、現行の全国区制度が改革の余地があるということは、先生御指摘のように第五次、第六次、第七次と出ておるわけですね。私は、そういう意味では、この比例代表制の方向をたどるということは、すでに選挙制度審議会の多数意見と申しますか、方向性は出ておると見ておるのです。そういう意味では、この際いわゆる個人本位から政党本位の選挙制度に切りかえるということは、かねがねわが党も先生の指導によって全く同じ立場からやっておったわけでございますから、これはもうそのとおりだと思いますが、確かに御指摘のようにベストではないと思うのです。
 ですから、よりよい方法をお互いに見つけ出していくということは必要だと思いますし、また私どもは、この拘束名簿式比例代表制の自民党案には基本においては一致しながらも、ベターという立場から考えると、やはり今日の切りかえ時期の現実ということも考えていかなければならない。だとすれば、先ほど御質問もあっておりますけれども、一体全面的に選挙運動を禁止していいのか、全く百八十度変えていいのかどうか。あるいはまた現実に小会派があるわけですから、政党要件というのも、いわゆるベターの中でも現実的対応という方向をやはり考える必要があるのではないだろうかということから、社会党の見解があるわけでございますけれども、これは実際お互いやる中で、改める必要があるならばどんどん改めていく。私は、たとえこれが成立をいたしましても、何も二回待つ必要はないと思うのですよ。次の通常国会でも臨時国会でも、ちょっとやはりあれはまずかったというならば、思い切って、具体的な選挙運動のいろいろな問題については変え得るものは変えればいいし、あるいは一回やってみて、やはりここを改善すべきだというのなら、よりよいものに改善をしていくということは至当じゃないかと思うのです。したがって、そういう意味では、参議院の議長が二回やってと言う、これは何も二回と区切る必要はないと私は思うのです。やってみて悪ければ、根本は変える必要はないと私は思いますけれども、やり方については積極的にお互いにいい知恵をしぼっていく必要があるのではないか、こういう考えでございます。
#39
○栗林参考人 いまの堀先生の御議論ですが、実は参議院でもたびたび議論になりまして、今回の全国区の改正問題が選挙制度のグランドデザインとの関係でどういった位置にあるのか、実はこれはお答えがございませんでした。なぜかといいますと、確かに衆議院の場合、いまの中選挙区がいわば諸悪の根源かもしれないのですね。中選挙区なものですから、それは定数の数だけ政党がそろえば別ですが、やはり同じ党の中で複数候補が立つ、立てば当然に派閥ができる。したがって、自民党のせいだけだとは言いませんけれども、自民党の中の競争がまた金のかかる選挙というものを実現してくる。となってまいりますと、やはり小選挙区比例代表制が頭に浮かぶのですよ。これは多岐にわたりますから、深い議論はしておりませんけれども、政党本位の選挙に移行するんだ、個人本位の選挙は弊害が多い、こうなると、小選挙区比例代表制をひとつグランドデザインに乗せて、多少前後はあるけれども、今回は全国区を変えるんだ、こうなりますと、それはそれなりに納得がいく。
 衆議院と地方区と全国区を比べますと、衆議院も地方区も共通点は、無所属、小会派の当選はきわめて困難なんです。全国区は何かといいますと、実は全国区は小会派、無所属が国会に代表を送る唯一の門なんです。現在参議院は、第一党は自民党でありますが、第二党は無所属、小会派なんです。第三党が社会党なんです。今回の御提案ですと、この第二党が全部そぎ落とされるのです。しかも今度は、政党要件がかかっていますから、これは自社両党案どちらでも同じです。これまで第二党の位置にあった人たちが出ようと思っても出られない。しかも地方区、衆議院ではない独特の小会派、無所属のための、ためにと言ってもいいですね、開かれた門が全国区なんだ。するとこのやり方というのは、自社両党と申し上げたら失礼でありますけれども、いかにも不況カルテルのように見えるのです。
 もともと、比例代表制というのは、これは釈迦に説法でありますが、国民の政治意識のより正確な縮図を国会につくり出すということですよね。ところが、政党要件をつくって、いわばすそ切りをしておいて比例代表制というのは、これは言葉の意味として正確ではございません。もともと、政党法をつくろうと自治庁があったころ案が出ましたけれども、あのときの政党要件はたしか一%の支持率。しかし今回は、自社両党案でもパーセンテージは高い。しかもいま参議院で第二党を占めている小会派あるいは無所属の人たちがいかなることを訴えているんだろうか。私は、わが民社党も含めて既成政党全部に対する不信票だと思う。そのときに、胸に手を当ててみずからを正すことを考えるべきなのか、あるいは今回の似て非なる比例代表制を持ってきてそぎ落としてしまうことをするのか。
 となると、私は、やはり選挙制度というのは国民と一緒に歩くものでありますから、恐らく堀先生の場合も、堀個人に対して入れている後援者の方が多いと思いますよ。それは日本社会党だからというのじゃなくて、やはり堀先生だからと。どなたもそうだと思いますよ。この有権者の気持ち、これは理屈じゃない。そういう政治風土、選挙風土の上に国会にしても地方議会にしてもできているのです。そうでしょう。そうなったら、それはそれで踏まえながら、いまの弊害を直すためにどうしたらいいかということを考えるべきであって、いま仮に大きくジャンプをするとしてもせいぜい自由名簿までですというのが、再々申し上げていることであります。
#40
○近藤参考人 拘束名簿式比例代表制が政党本位の選挙に最もふさわしい制度であるということ、それから得票に応じて議席が配分できるという点で合理的であるという点では一致いたしますし、共産党といたしましては、戦後一貫してこれを主張してまいりました。ただ、今回の法案は、大変厳しい政党要件で無所属等を排除いたします。比例代表の比例代表たるゆえんは、少数政党の得票に応じて議席を確保できるという点にあるのですが、それをあらかじめ排除してしまう点で、これはきわめて不合理でありますし、私は、それは比例代表という名を使っておりますけれども、似て非なるものと思います。
 それから、違憲性については先ほど申し上げたとおり、信条の問題、さらに結社しない自由の侵害の問題でありますし、憲法違反の法案はやはり実現してはならないと思います。
 問題は、立候補自身を排除してしまうという点で、西ドイツの選挙法にも五%条項がありますが、あれは得票の結果であります。ですから、先ほどから野末議員も発言がありましたけれども、舞台に上がれないという点で、私はこれは大変まずいものだと思うわけであります。やはり何が合理的かというのは国民の意思に従うべきだろう。となりますと、国民はやはり政党も求め、同時に無所属も求めておる。となりますと、無所属あるいは小政党が出られる選挙、これが大事だと思います。
 参議院の段階を通じましても、専門家がほとんど一致した点は、比例代表制はもちろん合理的であるけれども、政党要件は厳し過ぎるという点でございましたので、二回やってみたらというお話でございますが、これは賛成いたしかねますし、大体無所属などがいなくなってしまった段階で見直しという点では、私は国民の意思を正しく反映するものとは思わないと思います。
 以上であります。
#41
○野末参考人 比例代表制にはそれなりのいろいろな意味があると思うのですが、それだったらば、それを先に全国区にやるというあたりがちょっと理解できないので、ほかの選挙でやっていただくのが筋ではないか、こういうふうに思うのです。というのは、やはり政党本位で選挙をやって個人本位という面を無視しますと、先ほど言いました有権者の心理にもかなり違和感が出ますが、それよりも、参議院らしさというものが全くなくなってしまうわけですから、ただでさえそれがない、参議院無用論というのがあるのに、全く個人本位の面を無視して、政党だけで選挙して、そういう選ばれ方をするという参議院らしさを全く否定して排除してしまうのだったならば、これは参議院無用論ですからね。ですから、堀先生がおっしゃいました比例代表云々という場合にも疑問がありまして、僕は全国区に導入することには基本的に賛成はできかねるのです。ですから、いまのままで言うならば、やはり有権者あるいは候補者ともに、選挙というのは個人本位の面というのが全く無視できない。ひょっとするとそれがほとんどかもしれませんね。そうなると、無所属の立場というものもやはり認めてもらって、政党条件の緩和というものを、何といいますか一人一党に近いぐらいにまでしてもらえるならば、それだったらまた考えようがあるのですけれども、いまのままではとうていという感じなんです。
#42
○堀委員 今度は、ちょっと個々の問題についてお尋ねをいたしたいと思います。
 先ほど野末先生は、私はいま新自由クラブに所属しておるが選挙は無所属で戦っておる、新自由クラブは党議の拘束が非常に緩いのでいいんだというお話でございました。私がこの当委員会で承知している範囲では、新自由クラブはこの法案に賛成のようでございまして、先生のお話はもうまさに全然反対でございますから、そういう点では新自由クラブというのは大変ユニークな政党だ、こういうふうに私は思っております。
 そこで、実はいまのお話の無所属の問題、それから参議院の政党化の問題、こういうものに関して、私は実はこういうふうに思っているわけでございます。それは、参議院が政党化するということは、衆議院と同じような形で参議院の政党が動くのならば、これは私は二院として余り意味がないと思っております。
 今度の法案の一つの重要な部分は、党員または推薦された者を候補者にするという点でございます。選挙の面でこれから名簿が、これは今後二回の選挙では現職の方がいらっしゃいますから、なかなか各政党とも自由な名簿づくりはできないと思いますが、私が二回と申したのもそこに関係があるのですが、そこから先は政党間の競争でかなり無所属の方に近いような方を自分たちのリストに載せることによって、要するに自分たちの党の関係だけでなくて、より幅の広い支持者が獲得できるような競争がおのずから生まれてくるという一つの予測を私は持っておるわけであります。そうなってまいりますと、競争でございますから、まさに政党員が参議院の名簿に載るよりも、政党以外の推薦者の方の方が名簿にたくさん載ってくるというかっこうになり得る。
 そうなると、推薦をいたしますのは、要するに政党として私どもの党の方針に完全に沿っていただかなければ推薦できませんなんて言ったら、まともな人はだれも、じゃそんなものなら推薦要らないよ、おまえさんたち勝手にやれということになりますから、必然的にいま野末先生が新自由クラブにいらっしゃるように、参議院議員として最も識見、良識のある、経験のある方をぜひひとつわが党の推薦で出ていただきたい、それについては党議の拘束等は先生の判断に任せますと言わなければ、まともな方は出られないと思います。そこで衆議院における政党と参議院における政党が、私はこの制度でも転換できるのではないかと思うのです。それでお互いが競争になれば、自分の党は衆議院、参議院が同じあれでなければだめだというようなことをかたくおやりになる党は、国民がそれはおかしいぞ、やはりもっと幅が広くて、そういう良識の人が良識の立場で行動できる人をたくさん選んでいる政党の方を入れようじゃないかという問題が起こる可能性が十分にあるんじゃないかと私は思うのです。
 ですから、いまのシステムの無所属という問題と、これから二回選挙をやった後における参議院全国区という制度で政党という問題を考えるときに、将来的に、いま野末先生がやっていらっしゃるような形でかなり政党が対応せざるを得ない方向になる、そのことが参議院の二院としてのあり方を高める方向にいく。どうもいま現実に政党化反対と言われておるのは、いまの参議院はまさに党議拘束です。党員ばかりですから党議拘束で、もう衆議院と参議院は同じだ。これはもうまさにカーボンコピーだと言われてもやむを得ないわけですね。私どもは、そういうことのためなら衆議院だけでいいと思うのです。同じように政党化して同じことをやるものを二つ置くということはむだな負担を国民に強いるだけでございますから、やはりここでもう一遍参議院全国区というものを置いた原点に返って、そうしていまの競争原理を生かしながら、各党が国民にこたえるというシステムをこの中でつくっていく可能性が十分にある、こう私は考えております。
 そこで、無所属問題というのは、当面は、無所属ということになりますと、ここのところだけが個人本位になってしまうのです。一人を認めてその方だけが運動できるとなりますと、どうも個人本位が片一方にあって、片一方が政党本位となりまして、システムとしてはどうしても論理の一貫性が保てない。ですけれども、私どもは、できるだけ小会派の皆さんの立場を尊重したいということで、宮之原先生がさっき御提案になったように、社会党は参議院において自民党の政党条件よりはもっと緩和したものを出している。
 参議院における各会派の方は、先例集その他をずっと見ますと、二名から会派ができる、こうなっておりますが、おおむね三名以上の会派のようでございます。そうすると、現状では三名の会派で出ていらっしゃるのだから、これは会派で、私どもは政党と言う必要はないので、政治団体でいいわけですから、政治団体というのは、何も三人が同じ意見でなければいかぬということじゃないのでございますから、まずここからスタートをしていただいて、三人、二%それから五人、これは私どもは、現状を前提としながら、いまの私どもの考えにつなぐ方法としては大変重要ではないか。
 この前から衆議院で中央公聴会、地方公聴会をいたしまして、一部の例外を除いて御出席のほとんどの方が、やはり政党条件を緩和すべきだという御意見でございました。私ども全くもっともだと思っておりまして、いま申し上げたようなそういう方向でこの問題を考えれば、無所属の問題というのは、いまの衆議院の政党イコール参議院の政党、この概念から見ると、これからの将来としては、そんなものをつくるんならこれは基本の問題に返って一院か二院かと――これは憲法改正にもなりますがね、そういう議論に発展しかねないので、やはりわれわれの努力によって政党自身が自己規制をしながら、衆議院は衆議院、参議院は参議院としての新しいものをつくり上げるということであれば、いまお話しになった点でかなり可能性が調整できるのではないかという気がしますので、ちょっと野末先生の方から順次お答えをいただきたいと思います。
#43
○野末参考人 先生のお考えのとおりに具体化していけば、確かに問題は大分少なくなると思います。それから名簿をつくる場合にも、いい意味の競争も出てくるかもしれません。しかし根本的に、党議の拘束をしなければ無所属と似たような活動ができるではないかとおっしゃるのですが、党議の拘束を外れた場合に、衆議院あるいは党から見た場合に勝手気ままにやり過ぎるのではないかということも出てくると思います。それも許していただくというならば、そこまで政党が大らかになるかどうか疑問なんで、僕がいま各政党を見ておりますと、名簿に載せるまでは、つまり立候補をさせるまではいろいろいいこと言いますけれども、後になったらやはりそれは認めがたいということも現実問題として多いと思うのです。そうなりますと、結果的にはロボットになる可能性の方が多い。あるいはロボットじゃないのだ、おれは個人の意思でとはいえ、やり過ぎますと、やはり少し、周囲の目といいますか、おまえ名簿で来ているんだから、そんな勝手気ままにやられちゃ困るよということだってあるかもしれません、党によって。そんなことで、現実的に先生のお考えのとおりにいきそうもないから、党議の拘束を外すというのは言うはやすくしてむずかしい。
 私どもの新自由クラブは、まさに党議の拘束はしておりませんが、しかしそれも、小さい勢力だからできることで、参議院が十人、二十人というふうになりましたら、これはやはり勝手にばらばらやれというんだったら党じゃないですからね。しかも衆議院側と参議院側が全然違うんだなんというのは、党の面目もつぶれたりして、やはり問題がいろいろ出てくるんじゃないでしょうか。ですから、党議の拘束を外すというのは簡単に実現するような気はしないのです。
 でも、いま先生のおっしゃるような方向がこの改正案でぐっと出てきたらば、それは大分いままでとは雰囲気は変わってくるだろう。結果的にしかしそれはむずかしいんだろう。やはり無所属という立場で選挙を戦い抜いてきて、無所属の活動をするという人間を何人か置くことが参議院らしいんだ、こういうふうに考えます。
#44
○近藤参考人 まず、政党と申しますのは、これは国民の中にたくさんある意見、一人一人は大変無力で、それは政策や政権には結びつかないわけですが、それが政党というところに最大公約数集まりまして、そして政党で行動し、やがて政権にまで国民の意思が反映するということだと思います。となりますと、党議拘束というのは、それを外している政党もありますけれども、私は、これは政党に必然的に伴ってくるものじゃないか、こう思うのです。問題は、事前に党内で民主的討議が十分に行われて、そして決まった以上はそれに従うというのが政党の政党たるゆえんである、私はこう思いますので、先生のおっしゃった点はかなり無理じゃないかと思います。
 それから、無所属主義というのは、私は一つのりっぱな信条だと思いますし、国民の中にはどの政党にも所属しないで活動したいというのもやはりあると思うのですね。それを無視するわけにいかないと思います。
 それから、私は、参議院の本当の機能というのは、衆議院と同じように参議院も政党化したから参議院の機能が失われるというのではなくて、たとえば本当に金権腐敗に対してこれをしっかりと監視をし、これを追及できる政党が多いかどうかということだと思いますし、その点では、私は、田中金脈事件というのは一つの典型だったと思うのですね。あのときには、保革接近が参議院で一躍起きたために、衆議院ではそこまでいかなかったのが、参議院でむしろその突破口が開けたという点を見ますと、私は、本当の参議院のチェック機能というのは、本当に国民の立場に立った政党がどれだけ出るかということにかかっている、こう思うわけであります。
#45
○栗林参考人 現実に立った御議論ではないかということなんですが、先生のお話を伺いますと、そうできたら、たらつきですね。このたらつきの議論が本当に信じられるんだろうか。とにかくこの法案が通ったら一夜にして全政党心を入れかえてやるというのは、ちょっとそれは想像するのがむずかしい。ですから、確かにそうできれば私いいと思います。
 ところが、そのときにはいい人をまず名簿に書くということですね。それは文化人、学識経験者等々ありますね。堀先生も恐らく同じ御体験ではないかと思うのですが、たとえば大蔵委員会でもいろんな方を参考人でお呼びをします。大学の先生も呼ぶ。その都度私が痛感したのは、大変不遜なことを申し上げて恐縮ですが、案外知らないな、おれの方がよっぽど知ってらというほど学者ばか。だから、そういった人たちを名簿に並べてとおっしゃるんだけれども、実際にその人たちを当てはめていくと、やはり国会議員というのは一遍選挙をくぐってこなきゃだめだ、こうなると思うのです。これはわれわれの実感ですよね。
 私は今度立候補します、名前を言う、有権者の顔を覚える、握手をする、そんな中から普通の人が候補者になり、議員になってくるという、これは現実にやはり将来も変わらない、日本人の中における議員のでき方だと思う。そうすると、そのたらつきの議論はいかにも私は通らないという実感が深うございます。
#46
○宮之原参考人 全く堀先生の御見解と同じでございます。さすがはやはりこの道の権威者だ、こういう感がします。
 率直に申し上げまして、いわゆる切りかえ時期ですから、来年の選挙あるいは次の選挙の場合は、これはやはり一票投票で上がってこられた現職の方がおりますから、文字どおり各政党のあるいは本法がねらっておるような形を、名実ともに各政党がそれぞれ幅広いいろんな人を直ちにそろえるということは、私は非常にむずかしいと思う。だから、ここにやはり現実的な対応をせざるを得ない。特に来年の選挙の場合にはそうせざるを得ないと思いますが、だんだんやはり時を経るに従いまして、回を重ねる中から当然そういう形になると思うのですよ。でなければ、その政党は国民の批判を受けて、支持されないのですよ。
 もともとがいまの仕組みでは問題がある。また、自他ともに認めるりっぱな方もおられるけれども、一つの階層にかたまり過ぎておるじゃないかと、さまざまあるわけですから。しかも今度の法案の中にも、いわゆる政党員だけじゃなくて、先生がおっしゃったように党で推薦をするところの人も含まれるわけですから、そうすると、おれはもういわゆる一票投票は嫌だけれども、この政党がやるというんなら、おれはシンパだから登録されて出てやろうというりっぱな学識経験者がうんと将来は出てこられると私は思うのですよ。やはりそうして出てこられた方は、今度は逆にきわめて個性の強い皆さんが出てこられますから、それはちっとやそっとで、党の決定だ、従えと言ったって僕はそうはいかないと思う。また、出てもらうときに、いわゆる大事な党の基本方針はひとつ守ってもらうけれども、いろんな問題の中では自主的に判断してくださいということで、私は、それぞれの政党がその方を物色されると思うのですよ。ですから、やはり行く行くの姿はそうなります。
 それだけに私は、やはり今後の参議院の会派を想像してみた場合に、必ずやはりぼつがつくと思うのですよ。もちろんいまわが社会党と共産党以外皆ぼつがついておりますけれども、そのぼつもお一人だけのぼつですからね。今後は名実ともにやはり幅広い、まあ社会党で言えば社会クラブぐらいの、そういうものでなければ、これに沿うものができませんから、したがって、やはりそうなってまいりますと、党の拘束ということも、党議というのも、きわめて基本的なもの以外はそれぞれの自主性を発揮してもらう、こういう運営になってまいるだろうということが想像できるのです。
 そうなりますと、先生御指摘のように、これは参議院が政党化したからといって衆議院と全く同じだということになりますと、これは全く存在価値がなくなるわけです。
 したがって、私は、このことと同時に、いま一つ大事なことは、人物の問題もさるごとながら、先ほども申し上げましたように、積極的なやはり参議院の機構改革はさしてもらわなければならぬと思うのですよ。この二つが相またなきゃいかぬと思うのですよね。そこに私が車の両輪だと申し上げたところのゆえんがあるわけです。
 したがって、まあ私そういうところでざっくばらんに申し上げますけれども、たとえば与党の皆さんが、これで上がってくる人は大臣や政務次官にせぬ、これぐらい決められたら大分変わるじゃないでしょうかね。まあ私ども野党だから気楽に申し上げるかもしれませんけれどもね。そうなりますと、勢いやはりそれぞれの専門のものを国会の中で生かすという、こういう方が出てこられますよ。
 したがって、私は、そういう意味では、いわゆる機構改革のこの問題と、いま申し上げましたところの、幅の広いそれぞれの政党運営という中では、先生がおっしゃったような形で、あるべき姿として近い将来出てくる。ただ、先ほど申し上げたように、来年手のひらを返すがごとく出るということは、どの政党も僕は保証できないと思う。それはそれぞれのお家の事情の中から、やはり過渡的な措置をしませんければならぬ。したがって、これが三回、四回という間には必ず私どもはそうなり得る、こういう展望を持っておりますから、原則的に賛成だ、こう申し上げているところでございます。
#47
○斎藤参考人 私は堀先生のお考えに全く同感です。また、その目標に向かって努力をする考えであります。
#48
○堀委員 いま宮之原先生の方で参議院の機構改革、運営の問題にお触れになりました。私もこれは非常に重要だと思っております。
 それはどういう点で重要かと申しますと、衆議院は全部縦割りの各省別システムになっているわけですね。私は経済を主としてやっておりますから経済で申し上げますと、いまや経済といいましても非常に省際といいますか、省と省とにまたがっているような問題がずいぶんありまして、大蔵省、通産省あるいは経済企画庁、農林省、こういうものをばらばらに縦割りで処理をしているのがこの時期には大変適切でない、私はこう考えているのです。
 ちょっとさっき、政党政治の将来の不安の問題で、私ども衆議院の場合ですと、内部の競争だとかいろいろな問題があって、金帰火来などという変な制度になっているわけですね。この委員会はこの間から大変恪勤精励で、土曜日もやる、月曜日もやる、まさに金帰火来は吹っ飛ばされて精励恪勤に励んでおりますが、金帰火来ということは、真ん中に委員会がありますから、勉強する時間がないんですね。要するに金曜日の夜、土曜日の夜、日曜日の夜、月曜日ぐらいに勉強しないで、後火曜日からの委員会にどうやって出られるのだろうか。真剣に勉強するためには、個人的なことを申して恐縮でありますけれども、二時間質問をするために私はずっと過去から、いまはそれほどやりませんが、四十時間準備をしなければ二時間まともな質問ができない、こう思っておりますので、その四十時間を生み出そうと思えば、どうしたって毎週帰っていたのではどうにもならない、こうなります。
 そうすると、特に自民党の場合には競争が激しいわけでありますから、私どもよりはよけいに実は金帰火来になる。とてもじゃないが政策の勉強どころか、いかにして再選されるかに主たるエネルギーを全部かけてしまって、政策の勉強をする暇がない。そうすると、官僚がやっていることを結局受け継いでやられる。大変失礼な言い方ですけれども、大臣が就任されまして、私は、大臣になられた方との国会の論議は、事務当局が答弁しないで、大臣が答えられる範囲でやるべきだと思うのです。ただ具体的な計数その他は事務当局が言うべきですけれども。ところが現実は、ともかく役人が書いた想定問答集などという怪しげなものに基づいて一生懸命これを読んでいるというのが大臣では、日本の政治というものの将来は全く暗たんたるものがあるのですね。もっと政治家が選挙に煩わされなくて勉強できるようにすることが、私はいま日本の政治に求められていると思うのです。
 そうしますと、さっき栗林先生、政党本位で小選挙区の話が出ましたが、私は小選挙区は当面だめだと思っているのですよ。なぜかといいますと、小選挙区でもし自民党がおやりになるときには、自民党の場合に、われわれとの関係もありますが、自民党の中で無所属で出ようという人たちが出てきまして、その人たちがしょっちゅうやっている。そうしますと、いまちょっと安定していますが、過去に奄美大島で起きたように、無所属が当選して自民党になって、自民党公認が落選する。その次にはまた逆になって、また無所属が当選して自民党になって、今度自民党が落選する、こういう事態が私は小選挙区をやれば起こると思うのです。
 もう一つ問題は、いま国民は後援会組織とかそういうものにならされておりますから、小選挙区になったらこれがまた徹底してやらなければいかぬということになりまして、決して金権の問題が片づかないと思うのです。ですから、私は、一昨年私の私見でありますけれども、総理に、ひとつ西ドイツの選挙制度を比例代表を中心にして一遍検討して考えようじゃないか。十年間比例代表をやりましたら、その後小選挙区になっても国民が政治教育を受けますから変わってくると思うのです。少なくとも十年間は比例代表制をやろう。そしていまの西ドイツで拘束名簿についてのチェックを邦における小選挙区でやるというのも、私はドイツの大変すばらしい工夫だと思う。
 私は出身が医者でございますから、大体自然科学は実験ができるのです。社会科学は実験ができないのです。そうしますと、選挙制度審議会での問題点は、実験のできないことを、新しいモデルはああだこうだという議論をしますと、なかなか結論が出てこない。しかし、われわれと同じように勤勉でよく働くドイツ民族が、少なくともあの年数にわたって実行しておる制度は、それなりに私どもがやってみる価値がある、実験済みの制度ですから、頭でいろいろなことを考えるよりは、あれを入れたらどうだろうかということを、私は当委員会で総理にボールを投げてございます。この間も本会議でちょっとそのことに触れたのでありますけれども。
 ですから、そういう意味を考えますと、先生方はいま汗をかいてとおっしゃるのですけれども、汗をかくのは、選挙中ぐらい汗をかいてもいいと思うのですが、大体いまの制度は年がら年じゅう汗をかいていなければ当選できないという制度なんですね。斎藤先生の御本も読んでわかりました。要するに選挙期間、参議院は二十三日ですね。二十三日はまあまあ私はどれだけ汗をかいていただいてもいいと思うのですが、延々とその前に一年間も汗をかかされたのでは、参議院議員としての本来の政治家としての任務を放棄して、要するに再選のための努力に走ってしまう。これは衆議院だけに限らず、特に参議院は選挙時期が決まっていますから。衆議院はいつやるかわからない。そろそろ私どもも、これでまる二年過ぎましたから、これからは臨戦態勢でいかなければいかぬと思っておるわけですが、そういうことで、選挙が近づけばもう政策の勉強どころではないということになります。その結果、政策の争いがなくなれば、私は政党の存在価値がないのじゃないだろうかという気がいたしますので、そういう点を含めて、やはり選挙に汗をかくことも必要だが、汗をかかないで勉強する方をもっと真剣にみんなで考えていかなければ、要するに官僚を指導するのでなければ困るのじゃないか。
 そういう立場に立ちますと、たとえば参議院では、いまの私どもの縦割りを広げた経済委員会というようなことで、経済委員会というのは要するに大蔵省、経済企画庁、通産省、農林省、場合によっては運輸省も入るかもしれませんが、幅広いそういう委員会で、そこで各大臣も出て、各省も出てやるとかいうことも考えて、衆議院の縦割りシステムを参議院も同じように移すというのは、これはコピー化を促進するシステムでございますから、やはり選挙制度のシステムを変えると同時に、参議院のシステムを現状に即すように変えていただいたらどうか。
 第一、私は大蔵省と長いつき合いですが、局あって省なしでして、局だけでこうやっているわけですね。私は最近大蔵省に提案しておるのは、金融行政といってもいまや銀行局、証券局、理財局、それから国際金融局、四つがかみ合っているわけですから、一つ一つの局だけで問題にならないのでして、だから金融財務官構想ということをぶつけていまして、調整機構をちゃんとつくれ、こう言ってやっておりますけれども、やはりそういう現状の国際化といろいろな問題に沿った対応を、衆議院はなかなかそこができませんので、こういうことはぜひ参議院でやっていただいて、いまの宮之原先生がおっしゃるような機構改革、運営のあり方をぜひ――何かさっきはもうやめてしまったというようなお話でしたが、これはとんでもないことで、ここからスタートをして、宮之原先生の御提案のように、車の両輪式で、あるべき参議院へ向けて先生方のお骨折りをぜひいただきたいと思うのですが、それについて斎藤先生から御意見をひとつ伺いたいと思います。
    〔委員長退席、片岡委員長代理着席〕
#49
○斎藤参考人 堀先生の御意見に全く同感です。やはり国会に出していただいた以上は、政策でお国に尽くすべきだし、有権者にお返しをすべきだと思いますから、ぜひそういう方向に持っていきたいと思います。その意味においても、私自身もそういう努力をしてまいりましたし、これからもできるような制度にしなければだめだと考えております。
#50
○宮之原参考人 先ほど私が申し上げたのもその趣旨なのですが、それで、また具体的にいわゆる各省別の委員会をやめて領域別にせよというのが出ておるわけなんですよ。それで参議院の小委員会は大体まとまったんですけれどもね。先ほども申し上げましたように、なかなかおえら方ぞろいの与党の衆議院の皆さんがうんとおっしゃらぬものですからね。そこに(発言する者あり)いや本当ですよ、停滞しているのですよ。だから、私は、やはりそういうことも相またなければ、本当の本法のねらっておるところにいかないということを先ほども申し上げて、また与党の皆さんに協力をお願いしたのもそこなんですから、それはもうきわめて私は大事なことだと思います。
#51
○栗林参考人 比例代表で考えますと、地方区を含めた参議院全部の比例代表というのが本来の議論なんですね。今回は全国区だけですから、したがって全国区は金帰火来がない、したがって一生懸命勉強しようや、地方区は汗かいてろという参議院ができ上がると言っているのです。したがって、これは理屈じゃなくて感情論としてしっくり来ない。いろいろな点で違いが出る。それは余り程度のいい議論じゃないんだけれども、もうバッジの色も変えてくれやということだってごく自然に出てくる。ここが問題なんです。こういう人の和を欠いていて参議院の改革が進むんだろうか。
 それで、きのうの小委員会はもうこれでピリオド打ちますよということに自民党を除いて各党ともいったのは、この法案を通したことによる挫折感が本当に深いのです。片一方は勉強専門、片一方は汗かき専門、これで一つのハウスができるか。ですから、確かにおっしゃるように、これから従来のように行政機構に私は多くは期待できないと思います。日本の政治、特に国会が将来の政策形成に受け持つ役割りというのは非常に重大になってくる。そのときにどたばたと金帰火来をやっていていいのか、私も全く考えます。しかし、これは本筋の仕事としてなぜどたばたしなければいかぬのか、長い時間かけて有権者を説得しながら、やはり一つ一つ積み上げ、つくっていくしかない、これは私は近道はないと思っております。
#52
○近藤参考人 参議院の機構改革は、わが党も賛成した案ができておりますので、問題は参議院側にはなくて、恐らく堀先生の御発言もこの場所でこちらの方を向いて言われたのだろう、こう理解をするものであります。
 それからまた、議員として大いに勉強する、力をつけるという問題は、基本的に保障するのは、政党の近代化の問題が基本だと思います。もし選挙制度にあるとなればもちろん改革が必要でありますが、その点では、私どもの方の党では、先ほど申し上げたとおり、戦後一貫して比例代表制を主張しておりまして、それは衆議院にも、これは都道府県ごとの比例代表制でありますが、主張しておるわけであります。
#53
○野末参考人 参議院における委員会審議のあり方その他については、これはもう前からいろいろな議論がありまして、衆議院と同じにやらない方がいいということで、それは先生のおっしゃるとおりなんです。しかし、それと比例代表によって議員が選ばれてきたらいかにもそれが可能であるかのごとく、それは違いまして、やはり選挙制度と別に、選ばれたわれわれがどこまで具体的に改革を実現できるかということになりますから、ちょっと関係がないと言い切れないのですけれども、そんな密接なかかわりはないと思います。
#54
○堀委員 あとは各党のお話の中で私の感じたことをちょっと申し上げたいと思うのですが、先ほど共産党の近藤先生は、政党がきちんと組織化されていないから金がかかるんだ、こういうお話なんですね。しかし、これは政党、政党によって私はタイプがあると思うのですね。まさに私は、いま日本の政党の中で組織化されている政党というのは公明党と共産党だけだと思っておりまして、それをどこの物差しではかるかといいますと、ある執行部が長期にわたって安定して持続しておる。今度も宮本委員長がようやくチェンジされましたが、長い間宮本委員長、今度は不破委員長、これもまたかなり長期になるだろう。公明党も竹入、矢野執行部というのが長く続いておる。長く続き得るというのは、党内が組織化されていますから、要するに党内における異論が余り起きないからそうなるんだと思うのですね。宮本さんは最後の日まで人事は何もおっしゃらなくて、最後に、何か四時間ぐらい、もうそろそろみんな帰りたいという時間になって、休憩になってみんなやきもきしてから発表になった。突然発表されて、それがぴしゃっと全会一致で決まるというのが私は組織政党というものだろうと思うのであります。
 ところが、こういう組織政党は近代社会では、この形では過半数を占めるようにはなかなかなりにくい。要するに非常に国民の価値観が多様化しておりまして、ある一定の枠内でないと身動きならぬというのは、いやあおれたちはかなわぬということで、多様化しているものですから、多様化の一番右翼は自民党ですな。その次はわが党社会党、これも多様化でちょっと大変なんですが、ちょっと多様化ですね。民社党も、私どもに比べれば政党がまだ小そうございますのでまだあれですが、民社党の中でも共産党や公明党とは違って多様化の要素は持っていらっしゃる。
 そこで私は、さっきお話しの、金がかかる、かからないというのは政党の組織化、近代化によるんだというお話は、確かに皆さんの方はそうでしょうが、しかし、選挙を拝見しておりますと、私どもの参議院の候補者で選挙事務所を構えるのに、わが党は金がないもので小さな事務所で、電話の数も知れているのですけれども、共産党の場合は巨大な事務所に電話がいっぱい並んで、いやはやこれは金をかけて――かかるんじゃなくてかけておられるんだと思うのですがね、大変な違いなんですね、わが党に比べますと。ですから、そういう面では、金がかかる、かからないの問題と、政党の組織化、近代化の話は別じゃないか、私はこう思うのですが、近藤先生、いかがでございましょうか。
#55
○近藤参考人 組織政党は政権とれないというお言葉でありますが、私どもは、たとえば柔軟な政策、また正しい政策をとることを目指しておりますので、お言葉を返すようになりますが、申し上げておきたいと思います。
 あと、いままで問題になっているのは、個人に金がかかって大変だという話であります。となれば、それはむしろ政党が選挙の主体になるわけでありますから、むしろ政党の負担の問題であると思います。そしてもう一つ大事なことは、たくさんな金と申しましても、一人一人がたとえば党費とかカンパとかそういう積み重なったもの、企業献金でなくて個人献金の結果に基づくものであります。堀先生びっくりするほど金をかけているとは思いませんけれども、まさにそういう一人一人の積み重ね、そういう点で、私は、政党は近代化し、たくさんの党員に支えられて民主的に運営するということが民主主義の一番の基礎である、こう思います。
#56
○堀委員 終わります。
 どうも皆さんありがとうございました。
#57
○片岡委員長代理 岡田正勝君。
#58
○岡田(正)委員 五人の先生方、貴重な御意見をどうもありがとうございます。大変御苦労かけておりますが、私も質問させていただきますので、どうぞよろしくお願いをいたします。
 私は民社党の岡田でありますけれども、私は、今回のこの改正案に対して、栗林先生ではございませんが、憲法違反の疑いがまことに濃厚、限りなく黒に近い、こういう観点から実は反対の意思を持っておるものでございます。
 さてそこで、冒頭にお伺いしたいと思いますが、栗林先生のきょうのお話の中で、参議院改革小委員会の作業をついにやめることにしました。非常に悲しいことを聞いたのでありますが、その主な理由は何でありましょうか。
#59
○栗林参考人 若干さかのぼって経過を申し上げますと、実はさっき堀先生もおっしゃったのですが、縦割りの議論をやっていたんでは参議院は意味がない。したがって、省際間、局際でもいいですが、ひっくるめて議論をしようではないか、しかも参議院というのは任期は六年だ、相当腰を据えて議論ができるではないかということで、各党寄り寄り実は昨年の春ごろから精力的に仕事をいたしまして、いまの常任委員会、特別委員会を整理して、特別委員会は原則としてなくす、常任委員会は、縦というのが行政との関係で一つ残るものですから、一応それはいいでしょう、残しておいて、その他は特別委員会を整理して、七つだったと思いますが、七つを使って調査委員会をつくろう。自民党の方からは、いや調査委員会というのはどうも言いなれていないのだ、調査会にしてくれないかと言うので、自民党の顔を立てて調査会にして、たとえば財政経済調査会とか、森羅万象全部扱いながら、主として中長期の問題を扱おうではないか。したがって、それは政府委員は出てこなくても結構です、自由討議をしながらお互いに意見を深めて、でき得れば国民のコンセンサスを求めていこうではないかということで大体議論がまとまりまして、これは各党とも実はそれぞれ問題を持っておったのですが、担当の者がそれぞれ党内を説得しながらやっとこぎつけて、遠藤という、これは人の名前ですが、遠藤小委員長の名前をかりた遠藤私案というものをまとめたのです。
 そこまで来たら、これは私は本当に一番困るのだけれども、自民党の方から、いやあれはおれ知らぬよ、まだ総務会の議を経ておらぬというので全部取り上げられて、それで自民党では党内に特別委員会を持ちましてさんざんの議論をやって、とどのつまりはストップしちゃった。参議院の担当の国対副委員長等は涙を流して頼んだそうです。それでもだめだ。要するに、参議院というのは邪魔にならないように立っていろということなんですよ、本当は。何か新しいことをやると、何か考えているのじゃないかという疑心暗鬼も恐らくあったのでしょう。ここでまず第一の挫折がございました。
 第二はどうかといいますと、実はさっきのこれから参議院がどうなるのか、想像ができない。要するに人の和を欠いたハウスというのは、政党の差はあっていいのですよ、あっていいのだけれども、人の和を欠いた百プラス百五十二イコール二百五十二、これが一体どんな院になるのだろうか。私どもでは想像がつきません。したがって、ピリオドを打ちまして、それで来年選挙がございますから、改選後の連中でもしやりたかったら続ければいいじゃないか。いま私どもとしては続けるつもりにはとてもなれませんということでございます。
#60
○岡田(正)委員 大変よくわかりました。
 次にお尋ねをしたいと思いますことは、これは斎藤先生と宮之原先生にお願いをしたいと思います。
 先ほど来両先生のお話の中にも出てまいりましたが、いま全世界百六十六の国がございますね。その中でも百四の国が一院制という状態でございます。こういうことは国民も多かれ少なかれ知っております。さらに近年に至りまして、昭和の御代になってからでございますが、十カ国が二院制から一院制になったということも先生から御発表がございました。そういうような状態のときに、いまわが日本で、全国区が広過ぎてしんどい、金がかかり過ぎる、だから拘束名簿式比例代表制にしようではないかということが、私ども衆議院の者から言わせたらはなはだ唐突に出てきておるわけです。参議院で決めたのだから、参議院がいいというのならほっとけやという乱暴な意見もあります。しかし、同じ国会として私どももともに責任を持たなければなりませんから、十分な審議をしなくてはならぬわけであります。
 中でも国民が非常に憂えておる問題、私も金帰火来組でございますけれども、帰りまして話題になることと言えば、最近は景気の問題はもうどこかへ行ってしまいまして、全国区の問題にほとんど集中するのですね。十人が十人おっしゃいますことというのは、人口がわが日本の倍あるアメリカ、特に日米友好というのが全世界の中でも一番緊密でありますから、したがって一番例にとりやすいのでありましょう。その人口が倍ありますアメリカにおきまして、日本の参議院に匹敵をいたします上院が百名の定員ではないか、そして衆議院に匹敵をする下院が四百三十五名ではないか。ということになれば、単純なる人口比例ということから言いますと、その半分でいいのではないかというような意見まで出まして、大体皆さんが言われるのは、そんなに全国区がしんどい、金がかかってどうもならぬ、こうおっしゃるのなら、この際、行政改革ということを政府も国も国民もみんなが挙げて言っておるときでございますから、そんなにかなわぬ、かなわぬと言うのなら、国会議員みずから行政改革の先頭に立って、大変五名の先生方に失礼な言い分でございますが、これは選挙民が言っていることであります、国会からまず行政改革を率先垂範したらどうや、百名の全国区の議員をなくしたらどうや、その方が最もすっきりする、こういう意見が私が聞く範囲では十人が十人です。一人も違う意見の者がおりません。非常に私は心配をしておるのであります。
 その国民が感じておる一つの理由は、先ほど来いろいろ議論が繰り返されておりますが、こんなことをしたら完全に参議院は政党化してしまうじゃないか、政党化の促進じゃなくて政党化してしまう。それなら衆議院と参議院は全く一緒であって、参議院の存在の意義がなくなってくるではないかということをしきりに国民は心配をしております。そのことにつきまして、両先生はいかようにお考えでありましょうか。
#61
○斎藤参考人 いま岡田先生のお言葉の中に唐突にというお言葉がありましたが、実は自民党に関する限りは唐突ではございませんね。もう十年ぐらい前からこの改革の案を練っておりました。私のつたない本の中にも町村金五案というのが載っております。ですから、唐突に出たわけでは全くありません。それは当然のことなので、たとえばマルクスの思想というのはリカルドの思想の発展の上にのみ成り立ったのであって、いま私たちが取り扱っておる問題も、先輩の思想の上に成り立っているわけですから、決して唐突ではございませんのです。
 それから第二に、全国区をやめたらどうかという御意見、それも一つの御意見かと思いますけれども、全国から有識者を出したいというのがこのねらいでございます。その点が地方区と違うところですから、やはり私はこの制度は必要であると考えております。
#62
○宮之原参考人 それぞれの選挙制度というのは、何も外国にあるからやらなければならないということにならぬでもいいのじゃないでしょうか。それぞれの国の事情の中で、いろいろな歴史的な経緯の中から、いろいろなところのものを参考にしながらつくるわけですから、私は、たとえば拘束名簿式比例代表制というのが、いわゆる先進国の中では、西ドイツは小選挙区との抱き合わせでございますけれども、だから、初めてだからどうだということは論外じゃないだろうか、こう思います。
 それから、唐突の問題は、先生も御存じのように、これは先ほどわが党の堀先生からも意見の中にあったわけでありますが、実は第五次の選挙制度審議会、昭和四十一年ですね。それから第六次、第七次と、この参議院の選挙制度の問題についてはきちっとした結論は出ておりませんけれども、議論をされてきたところの問題なんです。またそれぞれ各党の代表として、特別委員として各党からも出ておられる。しかもまた、わが党ではすでに七年前に、やるとすればこういう方向だという方向性を出したところの問題でございました。ただ、それが国民全体から受けるところの印象は、最近になってからいろいろな新聞記事になっておるものですから唐突にという感があると思いますが、いろいろな経緯を見ますれば決してそうじゃないと思うのです。
 ただ、私どもが申し上げておるのは、ここが自民党さんと違うところですけれども、選挙のルールなんだから、だから一党だけでぽんと出さないで、もう少し事前にそれぞれやればよかったじゃないか、こういう意見を私どもも持っておるわけなんです。
 しかしながら、私どもとしては、今度おたくと違うところは、昨年の臨時国会に出されてきた、すでに具体的な問題として出されてきておるものを引っ込めろ、引っ込めろでは、これは政党として余り無責任だ。わが党はこう思う、こういうものを堂々と出して審議すべきじゃないかと思うのですよ。ここのところは日ごろの民社党さんの主張と同じなんですね。ほかのところのものは、民社党さんはよくそういう立場から出されるのですからね。だから、そこのところが違うのですけれどもね。恐らく最初に結論ありきじゃなかっただろうかと推測しないでもございませんけれども、その点はお許しいただきたいと思います。
 なお、行政改革の問題と関連をいたしまして、お話によりますと、十人が十人というお話ですから、それは先生のお聞きになったのはそうだろうと思いますが、実は私に聞こえてくるところの十人が十人の意見は、それは行政改革の中での国政の議会議席の云々ということはきわめて大事だ。しかし、そうなれば、衆議院は四百七十一名あったのを御都合で五百十一名に上げたのだから、まずこれから減らしたらどうか。というのは、参議院の方は御承知のように変わっていないわけですから、定数は。だから、まずそこのところを範を示してもらいたいという世論のあることも事実でございますし、その点が衆議院の皆さん十分考えていただきたい。私から言わしめれば、そのことが先じゃないでしょうか、こう申し上げたい気持ちでいっぱいなんですがね。
 それといま一つ、参議院の政党化の問題、これは私は意見が全く違うのです。第二院としても、議会制民主主義の中でも政党の役割りということを考えれば、この政党化というのは否定するわけにいかないと私は思う。問題は、やはり衆議院と全く同じような形の政党の運営であっては困る。それならばどうするかという問題から、いわゆる機構改革の問題、いろいろな問題と並行しながら、いわゆる政党化されても参議院の特色が発揮できるようなあり方ということを追求すべきだ、これがなければだめなんですよと先ほども申し上げたところでございます。
#63
○岡田(正)委員 それで、これに関連して、先ほどのお答えに対してまた質問をさしていただきますが、冒頭栗林先生にお尋ねをいたしました、参議院改革小委員会が絶望感に襲われて、その改正の作業を一時ストップすることにした、まことに悲しいことである、その理由は何でしょうか、二つお答えがありましたですね。調査会等の問題等につきましても、これがいいではないか、調査委員会の方がいいんではないかと言ったら、調査会にしたらどうだというような意見まで出て、そのことを自民党さんの方にお願いをしたら、衆議院の方で、いわゆる党幹部の方でしょうけれども、現在、完全に参議院が政党化されていない今日であっても、それはけ飛ばされて、みんなが非常にがっくりしている、慨嘆しているということをおっしゃいましたね。
 そのことを考えますと、今度のように、今度の法律案というのは、衆議院と参議院と同じ政党でも違っておってもいいんじゃないか、乱暴なことを言えば、そういうことになるわけですね。衆議院で決まった政党の決定に対しても、参議院のたとえば自民党なら自民党は従わぬでもいいじゃないか、そういうやり方でいったらもっとうまいぐあいにいくよ、社会党もそうなんだよというようなことをおっしゃっています。
    〔片岡委員長代理退席、塩崎委員長代理着席〕
これは何も知らぬ者が聞いたら、まことに耳ざわりがいいですね。それは、今度こういう法案を通しても、参議院が政党化することにはなりません、なぜならば、それは政党の決定に従わないのであります、参議院だけは別であります、こう言うのですから、これは選挙民、それを演説されたら、ありゃ、本当かなというて、みんなびっくりすると思いますよ。初めは疑い、そして信用するでしょう。だが、その結果はどうなるのですか。その選挙のときに、この法案によりますと、いわゆる名簿の届け出をすべき政党並びに団体は、それぞれその政党、団体の名称と、そして綱領と、そして党則と、それから規約とを必ず届けなければいけませんね。そして今度は、新聞、テレビその他で出しますことは何か。まあ公報でしょうけれども、公報で必ず出さなければならぬのは、いわゆる政策を出さなければいけません。そして政見を出さなければいけません。そして個人のいわゆる来歴等の紹介がなければなりません。そういうものをみんな公に発表するわけでしょう。それで、有権者はその政党に投票するわけでしょう。
 そうすると、その政党に投票した国民から見ますと、自民党のいわゆる名簿の中にある拘束された議員さん、当選された議員さんがその党の決定に従わないでいいということは、頭から国民をだましているんじゃありませんか。えらい便宜的な、便利重宝な議論が先ほど繰り返されておったので、私もちょっと目をくるくるさしたのですがね。そんなんだったら、今度の改正案というのは頭から国民をだました改正案ということになりはしませんでしょうか。そのことにつきまして、斎藤先生に伺いたいと思います。
#64
○斎藤参考人 新しく選ばれる議員の中には自民党員でない方も多く出てくると思いますね。したがって、そういう方に対して党のおえら方がどういう態度に出るかということは全くわかりません。
 それから第二は、過去において私自身の経験を申しますと、自民党の場合、拘束というものは非常に緩やかだったと思います。たとえば独占禁止法の改正がかかりました。自民党としてはこれを通すのだという決定でありましたが、参議院で、われわれ六名の者が、どう考えても納得しかねるというので、その反対をいたしたのであります。それでも別段お小言もいただいておりませんし、除名されておりませんのです。ですから、わりあいに緩やかじゃないかと私は思うのです。これは党の首脳部のお決めになることであって、私のような末席の者が考えるべきことではありませんけれども、やはり各人の持っている知識、経験、それを生かしてよりよい政治をすることがねらいでありますから、党が決めたことが全部そのまま守られなければ除名だなんということをやったのでは、私は近代的な政党ではないと思います。ですから、矛盾だとは思いませんです。よろしゅうございましょうか。
#65
○岡田(正)委員 これは斎藤先生のように博士号を三つも持っておるというような、まあ全日本人の中でも非常に貴重な存在のそういう人は、自民党としても失うのには余りにも惜しうございますからね。ですから、先生が独占禁止法等の問題で、ときにはだだをこねられましても、よくありますじゃないですか、ちょっと腹ぐあいが悪いで本会議場に入るのはこらえてください。これは生理現象ですからね。ですから、便所に行っておるやつまで首に綱をつけて引っ張り出すというようなことはどんな政党だってできるわけはないのでありまして、それを先生が、たとえば演壇の上へ立って、自民党が出した今度の提案については私は絶対に反対である、一体総裁は何をしておるんだ、こんなべらぼうな法案があるかというようなことをやられて、なおかつ、私は除名にも何もなりませんでした、御苦労さまでしたというて実は慰めてもらったのですというなら、話は別ですよ。
    〔塩崎委員長代理退席、委員長着席〕
 だけれども、国民が見、常識から見るならば、国民に党の名称を出して、そしてその綱領を出して、党則を出して、規約を出して、これは届け出なければ資格団体にならぬのですから、それを出して国民に公表するということは、このことに賛成をしてくれる党員ではありませんがこの方を推薦しましたということでございましょう。自民党の出される名簿の中に、共産主義の方が出ますかね。そんなことはないでしょう、理屈から考えても。だから、先ほど来、私から言うならば大変危険な問答が繰り返されておったなと思ったから、冒頭にこの問題に集中して実はお伺いをしたわけでありまして、そういうふうに、自民党さんから出された法案であっても、中身に入ってくるとこういうふうに支離滅裂になってくるんですね。それが私どもにとっては大変心配なのです。
 そのことは議論にわたりますから、それ以上申し上げないことにいたしまして、続いて斎藤先生にお尋ねをいたしますが、無所属が事実上締め出しとなりますね。これは、理届の上からいいますと、そんなことはありゃせんよ、おれはもう出ていこうと思うのだったら、四%の得票、これは新しい政党だったらありません。それから五人の国会議員、これも新しい政党ならありません。しかし、十名以上の名簿をそろえて、四百万円掛けて四千万、耳をそろえて出してこい、そうすれば無所属だって立候補できる余地はあるじゃないか、こういうことにいままでの説明はなっておるわけです。大体いままでの基本的な説明というのは、地方区があるのですから、地方区の人も出ておるのだから、そこへ行ってどんどん運動すればいいんだ、これは決して無所属の締め出しじゃない、こういうことをおっしゃいますけれども、私は、これは詭弁だと思います。事実上、無所属の方々の締め出しになる。これは野末先生も本当に血を吐くような思いでおっしゃっていらっしゃると思いますが、これは十人のがん首をそろえようと思えば、たとえば一人を当選させるために四千万の金を使い、そして供託金は、今度は三千二百万ふんだくられる、こういうことになる。いままで斎藤先生は五億円使ったという本を出していらっしゃいまして、私はその中身を読んでいませんからわかりませんけれども、いままで選管へ届け出られたその届出書から言うたら、最高に使った人が三千五百万、そして最低の使った人が千五百四十円ということでございますから、それは、先生の書いていらっしゃるのは事前の分も入っているわけなので、決してそのことを私はとやかく申し上げるのではございませんが、いまの選挙費用三千五百万が一番最高だと言っているのに、片方、無所属の者が立候補しようと思ったら、頭から三千二百万円どぶへ捨てるような気持ちで出なければ立候補ができないというこの現実、こういう、いわゆる小党派、少数派締め出しということについて、どのような御感想をお持ちでございましょうか。
#66
○斎藤参考人 岡田先生にちょっとつけ加えさせていただきますが、自民党が――いま独禁法だけじゃないのであります。一般消費税の反対のときは、私が先頭に立って反対をいたしました。(岡田(正)委員「あれで自民党が救われたんです」と呼ぶ)
 それから、今度のグリーンカード問題でも、金丸先生が委員長で、私は参議院から出て副委員長をやっております。で、一般消費税のときには党議決定であります。今度はもう法律までできちゃっているのです。それに対しても私は、反対のことは反対だと言いました。もちろん除名されたときには甘受するという気持ちでやっておりました。しかし一言も、どなたからもこれは文句は言われておりません。そういうようなところが自民党のいいところじゃないかと考えております。
 商工委員会でも独禁法のときには一時間質疑をいたしまして、速記録にもそれは載っておるわけでありまして、決して自民党の首脳部が知らないからというわけではないと思いますね。これだけつけ加えておいて……。
 それから第二の問題について、新しい制度につきましては、実は立案者であり、発案者である方にひとつ答えていただくことが正確を期するゆえんだと思いますから、それをお許しいただけますでしょうか。発案者がここにいらっしゃるわけですから、発案者にひとつ説明していただいた方がよろしいかと思います、委員長のお許しを得れば。(岡田(正)委員「いいです、いいです、よろしいです」と呼ぶ)
 それじゃ、私の私見を申し上げます。
 私は無派閥の方々が締め出されるとは思いません。むしろこうするのじゃないかということを考えておりますのは、相当知名度の高い方々を出して十人にして、そうして票をかなり集めるのじゃないか。この制度で、一部の方々は、自民党が党利党略とおっしゃるけれども、むしろそうじゃない、いま反対をしておられる方々の方にかえって利益が回るのじゃないかということさえ考えております。そうして、途中、当選しちゃった後でやめることは自由なのでありますから、自分は本職の方へ戻ると言っておやめになる。そうすると繰り上げ当選、こういうことになってまいる可能性があるのでありまして、私は、十人集めるということは決して困難ではないと思います。
 それから、お金の点については、私は五億使ったと申しましたのは政治活動で使ったのでありまして、二十三日間の資金は、自治省に届けてありますが、三千百万でございます。
#67
○岡田(正)委員 いまの問題は、野末先生の御答弁をいただかないとどうにもならぬと思いますので、ひとつよろしく……。
#68
○野末参考人 無所属の締め出しの点であろうと思いますけれども、斎藤先生の意見によりますと、いろいろな手があるというようなことで、結果的には得するのじゃないかと言うけれども、それは締め出されたるがゆえに、やむを得ず苦肉の策としてやることであって、仮にそれが成功したとしても、それは本意じゃありませんね。筋も違いますね。ですから、これは論外だという気がします。
 それから、岡田先生のお話の中で、無所属がという点では、私は、もう先ほどから何回も繰り返すように、選挙に出る場を与える、洗礼を受ける、選ばれるというその場を与えてもらえないことにはどうにもならない、その保障をしていただくことだけをお願いするしかありませんですね。
#69
○岡田(正)委員 ありがとうございました。
 それから、今回の法改正の中で、お金がかかり過ぎる、それから広過ぎて非常に過酷である、残酷区であるというような問題が出ておるのでありますが、先ほどもどなたか御意見があったかと思いますけれども、参議院の全国区の選挙だけが広過ぎて金がかかってということではないと思うのです。これは私どものような新米代議士でありましても、もう選挙のときに、もちろん事前も含めてですよ、選挙の本番になれば、もう朝から晩まで、車に乗っておるキロ数だけでも三百キロを下回る日はありません、自動車だけで。そして、まさに寝る時間といったら三時間であります、一日の間に。そして演説だけではございません。行く先々で陳情を受けなければなりません。これがまた大変なことであります。これは地方区だって同じだと思うんですね。私の方の広島県で言いましたら、広島県を三つに分けて、その中の三区から私は出ておるのですから、地方区の人なんかは三倍の広さですから、それはすさまじい努力でございます。
 そういうことから考えたら、やはり全国区の方だけがしんどい、えらいということは、これは引っ込めてもらわぬといかぬと私は思いますね。これは都道府県の議員さんにいたしましても、あるいは市町村の議員さんにいたしましても同じですよ。範囲が広いか、小さいかというだけのことでありまして、体を使うことと心を痛めることと、それから金を使うことにつきましては、それは大小の規模はありましても、それはみんな楽をして通った者は一人もおりません。そういう点から考えまして、全国区が広過ぎてつらいということについては、私は、ひとつ今後も考え直しをしていただきたいなあと――大体選挙というのは孤独な闘いですからね、何かしらん、いつでも自分がひとりでやっているような気持ちになりますから、つい自分だけのことを考えてみると、えらいなあ、さびしいなあ、しんどいなあということが先に立つかわかりませんが、みんな同じなんですよ。それをやり抜かなければ当選できないわけですよ。ですから、そういう点では、私、質問しようと思いましたけれども、この問題についてはあえて質問をしませんけれども、みごとな選挙戦を展開しておる近藤先生、ちょっと一口……。
#70
○近藤参考人 これは私が先ほど申し上げたことでございまして、私自身の経験から見ましても、わが党の衆議院議員候補それから地方区候補、全国区候補、これはいずれも肉体的、精神的な苦痛は変わりないと思っております。ある意味では、全国区というのは毎日毎日変わっておりまして、風景も変わりますし、気候や食糧も変わりますので、いい面もなくはない、こう思っております。
#71
○岡田(正)委員 やはり仲間同士の発言ではありまして、非常に愉快です。
 そこで、野末先生にちょっとお伺いしますが、先ほど来から本法改正に伴いますこの原因というのは、その一つは、やはり金がかかり過ぎるということが、先ほどの広い、そしてしんどい、知られにくいという理由のほかには金がかかり過ぎるというのが最大の理由でございました。そのことにつきまして、金というものはかかり過ぎるのではなくて、斎藤先生には失礼でございますが、五十人の中で上の方に行こうと思うから金がかかるのであって、これはウルトラCではありませんが、まあ四十番から五十番の間に入ればいいわいということならもっと使い方が違うと私は思うのです。だから、金はかかるのではない、かけ過ぎておるのである。選挙というものは、私は事前運動を含めて金をかけない選挙というのを全国会議員がお互いに約束をして、候補者が約束をして、みんなが選挙の浄化に努めるのがあたりまえ、こう思っておるのでありますが、野末先生、模範的な答弁をひとつ……。
#72
○野末参考人 それはもう理屈で言えば金はかけなければかけないで済むでしょう、あるいはかけようと思えば幾らでもかかるでしょう。しかし、やはり心配であり不安であり、そして運動をする人たちが動くにはやはりある程度のお金が要るという現実も考えれば、かければ幾らでもかかるように切りがない。そうなると、現実にかかるという候補者あるいは政党があってこれはあたりまえだと思うのです。ですから、みんなでかけないようにしようとおっしゃるけれども、有権者のこともありますからなかなかそれはむずかしい。それで、僕個人は地方区、衆議院についてはわかりませんが、全国区については、確かに金のかからないやり方もあるけれども、それは僕で言えば金をかける部分をすでにマスコミなどを通じて名前を売っちゃっている、そういう特殊な理由があるわけですね。これを金銭に換算すれば物すごいわけですから、やはりこれは特殊事情でもって金がかかる、かからないということで断定するのはよくないと思うのです。しかし、この現実的な金のかかる弊害を何とかしなければいかぬというならば、やはり公営選挙の面を非常に強くするということによって金のかかり方は政党にしろ候補者にしろ非常に楽になってくると思うのです。いまのポスター十二万枚、はがき十万枚というけれども、これだってむちゃくちゃに金がかかるわけです。しかし、十二万枚のポスターを張り切れるということは考えられないのに法律ではこれが許されるというような矛盾もある。となれば、こういうものもやめさせて公営部門だけに、公報なりあるいはテレビの政見放送なり、そういう公営部門の拡充ということを真剣に考えれば金のかかる弊害はいろいろな点で少しはまともになるのではないか、そういうふうに思っております。
#73
○岡田(正)委員 今度の改正の中で私が最も気になりますのは、二十五人を限度といたしまして名簿を出せば出すほど紙面は大きくなってくる、あるいはテレビの時間も大きくなってくる。ところが人数が少なければ少ないほどそれに比例して小っこくなっていく。これは個人選挙じゃない、政党選挙でありますから、一応の枠をはめてどうしてもこの政党要件でやるのだ、十人と五人、そして四%でやるのだということをどうしても通すというのであるならば、政党対政党の選挙でありまするから、何人名簿候補者がおろうとそういうことには関係なしに、どの政党も同じスペース、同じ時間でやるべきではないか。これが本当の選挙の公平ではないかというふうに思うのでありますが、その点について各先生からお答えを簡単にお述べいただきたいと思います。
#74
○斎藤参考人 私は立案者でもありませんし、まだ確定している問題ではないので、将来の問題だと思いますから、先生の御意見はお伝えいたしますけれども、私自身の考え方はいま申し述べることはできません。
#75
○宮之原参考人 これも一つの見解だと思いますね。ただ、率直に申し上げて参議院の審議の段階では話はそこまで及ばないのです、憲法論議に花が咲きましてね。だからむしろ最終段階で詰めをされるところの衆議院段階でいろいろ議論をされたらいかがでしょうか。
#76
○栗林参考人 いまおっしゃったのも一つの考え方だろうと思います。普通、発言時間を調整する場合に小会派にはげたをはかして大会派は若干不利になるということもあるいは参考になるのかもしれません。いずれにしてもいまの形はどういう選挙をやるのか具体的に頭に思い描かないまま案ができてきたということだろうと思います。
#77
○近藤参考人 選挙の結果の議席に応ずるものでなくて、選挙期間中政党が対等であるべきだということはりっぱな識見だと私は思います。で、今回の法案でそれができるかどうか、できないわけでもないのですが、たとえば共産党でも二十五名立てたらいいのじゃないかというのですが、それにつきましては御指摘のような大変厳しい供託金があるために阻まれているという点は大変残念だと思います。
#78
○野末参考人 私、基本的な考えを抜きにして、先生のいま質問になられました政党の名簿者数に応じてかなり不公平、その問題ですが、これは個人本位でなく政党本位だと言いながら個人の数が物を言っているというあたりで非常に矛盾していますから、政党本位ならばどんな小さい政党も運動のパワーを同じくしないと結局大きい方に有利という結果になりますね。ですからおっしゃるとおりこれはおかしい。ですからどんな新しい政党でも、政党条件が仮にどういうふうになろうと、その条件にかなって出てきた以上は全部が平等であるべきだ、そう思っています。
#79
○岡田(正)委員 今回の御提案というのは自民党さん一党だけの御提案でございますね。それで、先ほど来先生方の御意見の中にもあったかと思いますけれども、いやしくも選挙制度の改正ということになりますとこれはルールの改正です。ですから自民党さんお一人の考えでそのルールを変えてしまうということは大変乱暴な話ではないか。言うならば土俵の大きさを一党だけの関係で大きくしたり小さくしたりゆがめてみたりというようなことをやられたのでは困るというのと一緒でありまして、私は、各党が合意に達するまでとことん話し合いをして、その上で制度の改正を行うべきである。参議院の改革をやろう、参議院の内部の改革をやろうということについて、各党が血が出るような思いをして一生懸命議論をやっていらっしゃるのと同じように、これは各党の合意を得なければいかぬ。自民党じゃ十年前からやりおった、社会党は七年前からやりおった、あんたら知らぬのが悪いんだ、こういうことになるようでございますが、国民から見たらまさに唐突でございまして、こういう点は各党が十分合意に達するまで練って練って練り上げたものを最大公約数として出してくるというようなことにしませんと――完全一致、一〇〇%一致ということはどの場合でもなかなかむずかしいでしょうけれども、少なくとも最大公約数をつくるだけの努力はなさるべきではなかったかなと思うのでありますが、ひとつ最後に各先生から御意見をいただきたいと思います。
#80
○斎藤参考人 いま先生御指摘の努力をせよ、きっと先生からごらんになると努力が足りないとおっしゃるかもわかりませんが、自民党としては十分努力したつもりであります。実は私も前国会のときには理事をやらしていただきまして、ずいぶん他の先生方とも連絡をしたつもりでございます。努力が足りないと言われれば反省せざるを得ませんけれども、自民党としてはなし得る最大限度の努力をした結果がこれだったと御了承を得たいと思います。
#81
○宮之原参考人 議会制民主主義のあり方のルールづくりですからね。それは先生御指摘のように可能な限り各党の合意を得て出すというのが一番いいことだと私は思います。したがいましてそれぞれの党で、発議の時期は別にいたしましても――ただ自民党だけでこれが出されてきたというところに今日難航しているところのゆえんがあるのじゃないでしょうかね。昨年の通常国会で出て消えて、臨時国会からずっとここまで続いておるわけですから。それで一院を通そうとした無理があったから参議院で御承知のような状態になった。したがって、あと残された期間はわずかでございますけれども、ここで十分また皆さん方お話しいただきまして、合意の中で一つの方向性を出していただくことを私どもは期待いたしております。
#82
○栗林参考人 経過だけ御報告申し上げますと、最初にこの改正案が出てきたのは、去年の通常国会の終わる日の約十日前でございましょうか。これは廃案になりました。なった理由というのは、これは党派を超えて議運の理事会の共通印象というのは、選挙法のようなものを一党単独とは一体何だ、ちょっと頭を冷やしてこいというのが廃案になった理由でございました。ところが、頭を冷やしたかと思ったら、冷やさないで臨時国会にまた同じものが出てまいりました。臨時国会は行革関連特例法案が主たるものでありましたから、大臣諸公は全部そちらにくぎづけになっております。選挙法ですから、当然法務大臣、自治大臣の出席を求めた。自民党の方は、議員立法なのだから大臣は要らぬではないか、そうはいかぬというこの駆け引きだけで実はほとんど使ってしまいました。実質審議なし、舞台裏の駆け引きだけで追われるというのが去年の臨時国会でした。これは継続審議になったのです。
 そのときに民社党と公明党で共同しましてある提案をいたしました。内容は、選挙法というのは、一党単独はおかしい、第三者機関への付託も含めて審議を委託しなさい、その結論が出たらそれはまた従えばいいではないか、いまでも私どもはそう思っておりますが、その提案をしたところ自民党の方から反対をしてまいりました。またその法律案が通常国会に出て御案内のこの間のていたらくになった。
 なぜこうなったかなのですが、自民党とすると、十年かかったとおっしゃいますけれども、まず前段の部分でどういう党議がまとまってきたかといいますと、実は自由名簿式比例代表制なのです。これが自民党のほぼ党議に近い意向でございました。もし非拘束自由名簿式になればこれはまだそれで話し合いはあるのです、人の名前が書けますから。これがなぜ拘束名簿式になったかというと、実は社会党案が拘束名簿式比例代表制であった。そのときに、社会党があの案を出しているから思い切って拘束名簿式比例代表制にしてしまおう、そうなれば通るのではあるまいか、こう自民党が考えた。したがって、一党単独で提案をしながら、内心は社会党が協力をしてくれるだろう、これが、実は急遽非拘束自由名簿式から拘束名簿式に自民党が変わった理由であります。当時自民党が一般向けにこういうパンフレットをつくりました。そこの中にいみじくも言っているのは、「社会党が賛成しているいまが選挙法改正の絶好の機会である。」こういういきさつがあったということなのです。
 何もいま、私、非難めいて言っているわけではありません。あくまでも、これはわれわれがかねて言うように、第三者機関も含めて慎重に議論をしながら成案を求めていくべき筋合いの法律案だと思います。
#83
○近藤参考人 岡田先生が言われましたことは、私自身も昨年十月の本会議質問以来、理事会、委員会で繰り返し主張してきた点であります。自民党の方は、定数是正の方は各党合意がないからやらないという点も考えまして、全くこれは理不尽なことであると思います。衆議院段階では、わが党も抜本的修正案を出しておりますので、これも含めて各党の協議と合意を進めるようにお願いしたいと思います。
#84
○野末参考人 各党合意はそれは結構なのですが、合意すれば成立したも同じようなもので、しかし、現実には、いままでいろいろと御質問を受けましたけれども、賛成の方、反対の方いろいろあり、党内においてもいろいろな意見がおありのようで、それを横並びの政党で合意するということは、これはもう不可能だろうと思いますから、現実論としては各党合意ではこういう法案は出てこないでしょう。しかし、非常に大事な問題を一党が出してくるというのは、まさしくこれを認めるわけにいきません。これは国会議員の自分たちの利害にかかわることを自分たちで決めるというところで、そもそもスタートがおかしいので、第三者機関に初めから諮って決めてもらわなければいけない。そういう委員の構成といいますか、そういう審議会というか、諮問の会ですか、そういうものをつくる点においてのいろいろないきさつはあるでしょうけれども、できた以上それに従うということでこういう選挙法の改正を特に全国区についてはやるべきだったのじゃないか、こういうふうに思っています。
#85
○岡田(正)委員 最後の質問を私が申し上げましたのは、政治資金規正法の問題にいたしましても定数是正の問題等にいたしましても、各党の御意見がそろいませんので提出をしていないのでございます、こういう説明がありながら、今回のこの制度改革についてだけ一党で提案されたということについて非常に不信を持っておりますので、その国民の声を皆さん方はどう思うかという点についてお伺いしたわけでございます。大変ありがとうございました。
#86
○久野委員長 安藤巖君。
#87
○安藤委員 私は共産党の安藤巌でございます。
 本日は、五人の参議院議員の先生方、調子のいいお話も含めていろいろ貴重な御意見を拝聴いたしましてありがとうございました。参議院議員の先生方から御意見を伺うというのは全く画期的なことなのです。ところが、ごらんのとおり公明党推薦の参考人の方、それから予定されておりました青島幸男さんが不出頭ということ、さらに会期末までの日程も決めないで御意見を伺うということ、これは問題だと思うのです。
 私ども共産党は、近藤参考人の方からも意見陳述がなされておりますように拘束名簿式比例代表制そのものには賛成しておるのです。ただ、無所属、無党派の立候補を認めない、それからもう一つは選挙活動を大幅に規制している。この問題で、これは大きな憲法上の問題でもあるというふうに思っておるのです。無所属立候補云々の問題につきましては後で野末先生にもいろいろ御意見をお伺いしたいと思いますが、いろいろ金がかかるから、あるいは残酷区だから、そういうことになっているのは現在の選挙制度にもともと原因がある、もともと選挙制度に無理があるからじゃないかというような御意見があるのです。
 最初に斎藤先生にお伺いをしたいと思うのですけれども、まず、相当たくさんのお金をお使いになった。本にも書いておられますからね。そのお金をお使いになったのは、先ほどもちょっとお話があって、私もおかしな話だなあと思ったのですが、何かむだな費用を使った、あるいはどぶに捨てるようなというお話もあったのですが、むだな費用を使ったというような印象を持っておられるのかどうかということなのです。といいますのは、斎藤先生は政治家としてこれから国民の支持を広くお受けになって、そして政治家としての活動をこれからやっていこう、そういう政治活動の一助じゃないかと思うのです。となると、どうしてもむだな費用というのはおかしいと思うのですが、そういうような意思を持っておられるのかどうか、まず最初にお伺いしたいと思います。
#88
○斎藤参考人 いま私は、むだな費用と申したことはございません。政治活動には必要欠くべからざる費用だと考えております。私自身、学者であり評論家をやってまいりました関係上金があろうはずがありませんので、自宅を四分の三売り、おやじからもらった熱海の別荘を売り、血の出るような金でございますから、私がそれを遊興飲食に使うなどということは全然ありませんし、ただ一件の選挙違反もしておりません。したがって、むだな金を使ったとは私は考えておりません。
#89
○安藤委員 その関係で三つに話を分けて斎藤先生にお伺いしたいと思うのですが、選挙期間中あるいは準備期間中、瀬踏み行為というふうに言われておりますね。まず選挙期間中は除きまして、いろいろお金がかかるというのは、とにかく準備活動あるいは瀬踏み行為にお金がかかるという話で、選挙期間中は法定選挙費用がありますから。ですから、その準備活動あるいは瀬踏み行為というような段階でのお話をお伺いしたいと思うのです。
 斎藤先生は、まず斎藤栄三郎という名前をとにかく有権者の皆さん方に知ってもらわなくちゃならぬ、これは当然だと思うのですが、それだけをお訴えになったのじゃないだろうと思うのですね。やはり自民党の公認としてお出になる以上は、自民党の政策、これをしっかりお訴えになったと思うし、自民党そのものの宣伝もしっかりおやりになったのではなかろうかと思うわけですね。これが一つです。
 それからもう一つは、今度はこの改正案のとおりでいきますと、政党が名簿をつくって順位を決める。温泉に入っておったり、あるいは寝ておったりでも当選できるじゃないか云々という話もございますが、私は、そんなわけにはまいらぬのじゃなかろうか。先ほど斎藤先生も、名簿に載せてもらってとにかくがんばるのだというお話をされておったのですが、そうしますと、残酷区というのが拘束名簿式比例代表制になるとなくなってしまって悠揚としておられる、あるいは残酷区なんというのはなくなって、ちょっと動けばいいみたいなことになるということにもならないのじゃないかというような気がするのです。
 そうしますと、この拘束名簿式比例代表制をとったからといって残酷区がなくなるというわけにもまいらぬじゃないか、やはり相当動かなくちゃならぬじゃないか。相当動いて、これまでは個人選挙ですから、先ほどおっしゃったようにいろいろ斎藤栄三郎という名前も売らなくちゃならぬ、この改正案の中でもがんばると言っておられるし、やはり党の名前と政策宣伝はもちろんやらなくちゃいかぬと思うのですが、その名簿に私が載りておりますよということもしっかり知っていただく、そして斎藤栄三郎を、名簿登載者の識見はこれでありますというのを訴えなくちゃおかしいと思うのであります。そうなると相当動き回らなくちゃならぬ。どうして残酷区がなくなるのかしら。そうするとその活動の金も要るんじゃないかという問題、この点についてどういうふうにお考えになっておられるのか、それが二つ目です。
 それから三つ目が、やはりそれと関連するのですが、名簿に登載する問題です。自民党の中でも比例代表制問題研究会というのをおつくりになって、あるいは考える会という会もあるようでございますけれども、その名簿に登載するについての基準なるものをいろいろお考えになっておられるようですね。それを拝見しますと、新聞紙上で拝見するのですが、党への貢献度とか支持団体への支持ぐあいとか、だから支持団体から支持を失ったら名簿から外すとか、こういうのが記事に載っているわけですね。そうしますと、名簿に登載をしてもらうためにも支持団体に対してしっかり運動をして支持してもらうというようなこともどうしても必要なんじゃないかなと思うのですね。
 だから、こういう点からいっても残酷区というのはどうしてなくなるんだろう。やはり支持してもらうために動き回らなくちゃならぬ。あるいは先ほどもちょっとお話がありましたけれども、党への献金というようなことも出てくると、やはりお金の問題もつきまとうのじゃなかろうか。
 こういう三つの疑問があるのですが、これに対して斎藤先生、どのようにお考えになっておるか、お伺いしたいと思います。
#90
○斎藤参考人 いま先生御指摘の第一点、自分の名前を知っていただくための努力はもちろんいたしますけれども、それでは有権者の方々に対して失礼千万な話で、私はそのときに配りましたパンフレット、先ほど先生のお手元に届いたかと思いますけれども、その中にも一般消費税の問題を解説し、それから自分の意見を述べてあります。それから、たとえば財政再建はどうするかというようなことを数項目にわたって述べておりまして、少なくともこれをごらんになった方は、私の考え方なりあるいは党の大きな方向は御理解いただけたのじゃないかと思います。したがって、冒頭に触れましたように、選挙というものは社会教育の機会だと考えております。
 それから第二点の、新しい制度になっても運動をやるだろう、それじゃ残酷区はなくならないじゃないかという御指摘であります。それから同時に、金も依然としてかかるのじゃないかという御指摘ですが、具体的な例で一つ申しますと、たとえば私が大阪に行って講演をやる、聴衆にポスターを張って見ていただく、立て看板もやります。それを全部いままでは自分の費用でやりました。しかし、今度この新しい制度の場合は、個人がそういう演説会なんかやるということはできません。党がおやりくださる。そうすると、各政党そうでありますけれども、党の方に恐らく選挙対策本部みたいなものができるであろうと思います。そこから斎藤はどこへ行けという御指示があるだろうし、それを知るためには斎藤の支持団体は何かということを届け出なければいけません。したがって全く未知の世界に行って話をするより、知ってくださっている方々のところに行ってこういう新しい制度になりましたと御説明申し上げて、今度は斎藤栄三郎と書くのじゃありません、自民党とお書きいただきたいという新しい制度のPRなどもやらなければならないかと思います。
 したがって、いままでの制度ですと個人選挙です。しかし今度は党営選挙であり、そうして先ほどから話が出ましたように公営選挙の方向にだんだん持っていくであろうと思いますから、その点精神的に非常に気楽じゃないでしょうか。いままでですと、選挙の途中で金がなくなってしまったからおれはおりるよというわけにいかないのであります、それは過去においてはおりた方もおられますけれども。しかし、走り出してしまったものを途中でやめるわけにいきませんから、無理をしてでもやらざるを得ません。今度はそうじゃなしに、党という一つの組織で指令が出て、そうして働くわけですから。それから党に対する貢献度を首脳部がどう判定なさるかは首脳部の判断に任すのでありますけれども、私は全力を挙げて党の政策を知っていただく、あわせて新しい制度をPRするために努力いたそうと考えております。ですからいままでに比べて比較の問題なんで、全く残酷区がなくなるとは思いません。やはり運動はしなければいけません。
 それから前から何回も出ておりますように、どんな選挙でもつらいのだろうと思います。むしろ区会議員の選挙の方が全国区よりつらいかもわかりません、一票一票争奪戦ですから。全国区の場合は投網を投げてすくうようなものですから、したがってつらいという点から見れば小さな選挙区の方がよほどつらいのかもしれませんけれども、私自身の体験から先ほど申し上げましたように、自己の負担において資金の調達をし、自己の負担において一回選挙をやると、私は大体六キロやせます。それで六年かかってようやく四キロくらい戻ってまいりまして、かつて私は七十二キロぐらいあったものがいま六十キロでありますが、とにかく個人の負担においてやるよりも、むしろ党の負担において、また公営の要素をなるたけ盛り込んでいくというところに、従来よりは残酷区ではなくなるし、銭酷区ではなくなるであろうと考えております。
#91
○安藤委員 次に、宮之原先生にお伺いしたいと思うのです。
 これも斎藤先生にお伺いしたのと同じように、まず第一点は、これまでの先生のおやりになった選挙で、個人名だけではなくて、社会党の政策と社会党の名前もしっかりお売りになったのじゃないかということです。そういうことをまずお尋ねしたい。そういうことになれば今度の政党選挙ということになっても全国区の場合変わらないのじゃないかなという印象がするのです。それについてどういうふうにお考えになっておられるのかということ。
 それから、名簿に登載される人、いわゆる全国区の候補者ですが、この人たちの運動もある程度認めるべきだということを先ほどおっしゃった。それは社会党が参議院でお出しになった案にそういったこともちょっと入っているのだろうと思うのですが、ある程度ということではなくて、今度の改正案でも、政党本位の選挙ということになっても、その名簿登載者、全国区の候補者の人たちがその党の、宮之原先生の場合ですと社会党の政策はこうでありますというのはしっかり訴えて回る必要があるし、私が載っておりますというようなことも言う必要があるし、というようなことから考えると、ある程度ではなくて、最初にお尋ねしましたように、現行でも自分の名前を売ると同時に党の政策もしっかりやってきたんだということであれば、党の政策を宣伝するためにも名簿登載者に対する選挙活動の範囲は現行法どおり認めてしかるべきではないのかと思うのですね。これは社会党さんの案とは違います、わが党案の方です。だから現行法どおり認めるべきではないのかなというふうに思っておりますが、その点についての御見解をお伺いしたい、これが二つ目です。
 それからもう一つは、無所属、無党派は認めない、これは社会党案にもあるわけです。これはよく新聞紙上等でも言われておるのですが、もともとこれは自民党の方にも関係あるのですが、斎藤栄三郎先生は提案者じゃございませんからお尋ねしなかったのですが、宮之原先生は参議院の方では提案者になっておられるものですからその関係でお尋ねするのですが、やはり無所属を認めないというのはこれは社会党の、そして自民党の党利党略じゃないのかというような話があるわけですね。結局、無所属が立候補できない、だから無所属へ入れようと思っておった人、その人の票をいただくことができるんではないかということを自民党と社会党が考えているのではないか、こういう話ですね。そういう話もございますので、私もなるほどなという気もせぬでもないのです。ですから、その辺のところは宮之原先生はどういうふうに考えておられるのか、後でまた出てさましたらお尋ねいたしますが、まずこの三点をお尋ねしたいと思います。
#92
○宮之原参考人 いままでの選挙運動の中で党の政策は入れなかったか、こういうことでございますが、これは党の公認を受ける以上はどの政党から出ている候補者もそうだと思いますが、もちろん党の政策を入れます、あるいはまたプラスするのに個人のローカル的なものもやはり入れていくという一つの特色があると私は思うのです。問題は、そのことと資金とのかかわりがお聞きになっているところだと思うのですが、これは先ほども近藤先生からも陳述がありましたけれども、近代化されたところの政党だと自負されている共産党さんから見れば文字どおりいままでの選挙も党運営の選挙ですね。パンフからポスター一つまですべて全国的に規格化されていますから。けれども、率直に申し上げてわが党は皆さんみたいにきちっとそこまでいきません。ですから、政党の宣伝活動と同時に個人で受け持つところの分野というのもやはり相当あるわけなんです。私自体の経験から見ますと、率直に申し上げて第一回目に出たころは自分としては知名度もあると自負してやりました、大した運動もしないで。そしたら御承知のように最下位のところでございましただけに、いろいろ自分で反省してみると、いわゆる知名度だけでは選挙はやれない、個人としてもやはり運動するということも相当必要だ。だとするならば、やはり党の具体的な運動が始まらない、少なくとも二年くらい前から自分のリーフ、個人本位のリーフをつくるなりいろいろなものをやらなければならぬ。あるいは国会報告としてそれぞれのポスターもつくってやらなければならぬ。これはおたくと違いましてわが党のごときはとても政党がみんな持ってやるというわけにはまいりませんね。そういうような点で見ますと、これは相当費用がかかるということは偽らざるところじゃないでしょうかね。それはおたくや公明さんみたいにきちんとしているところは、これができようとできまいと同じという論理に立つかもしれませんけれども、しかし、いかに政党本位の選挙になろうとも、それは個人のものがいままでよりは大分党の方に任される場合はありますけれども、イコールというわけにはまいりません。たとえば今後党運営の選挙になるとすれば、ポスターの問題についても共同でつくっていくと思うのですよ。あるいはリーフの問題にしても共同でつくっていくと思うのですよ。やはりそういう面での費用が軽減されるということは実際じゃないでしょうか。そういう意味では、党本位の選挙になるのだから金は絶対要らないのだということにならぬと思う。それは総体的にいままでより減額される、減るということだけは明確に申し上げることができると思うのです。そこのところはやはりおたくの政党の今日までの仕組み、やり方と他の政党との違いじゃありませんか、そのどちらがいい、悪いは別にいたしましても。だから自分の政党をもってすべてを律するというのは非常に無理があるのじゃないだろうか、こう思います。
 それから、選挙運動の問題について私どもがある程度と申し上げておりますのは、政党本位の選挙でありますだけに、しかもまた若干の費用も節約しなければならないという面になると、やはりぎりぎりのものは認めるべきだという立場に立っております。だけどおたくの方の御意見は現在の全国区で使っておるところのポスターからはがきから政連車三台を認めろということでございますし、私のところは三台を一台にしよう、こういうことでございますから、そういう面では政党本位の選挙になるとするならばやはり費用の面では相当軽減をせざるを得ないようなかっこうになると思うのです。しかし、さればといって選挙運動は本来自由であるべきだという基本的な理念は全く同じなんです。で、私どもといたしましてはいわゆる今度の拘束名簿式比例代表の中でのぎりぎりのものとしてはこの程度のものが必要じゃないだろうかという立場でございますから、そこのあたりが若干、やはりおたくの全面的に認めろという、現行法どおりというところとの違いがあるのだ、こういうふうに御理解をいただきたいのです。
 それから無所属の問題でございますが、党利党略という御批判があったわけでありますが、その御批判は私どもとしては全く当たらないという立場なんです。と申しますのは、私どもとして政党条件を自民党よりうんと緩和してもらわなければならないという立場に立ったところのゆえんのものも、やはり今日の参議院運営の実態ということを考慮したわけなんです。御承知のように無所属の皆さんも、今日衆参とも政党本位の運営がされておるわけですから、入ってこられますとやはりそれぞれの会派をつくらなければ、いわゆる一人ではなかなか委員会にも入れてもらえない、こういう実態があるわけですね。それだけに、国会活動をやるとすればやはり最低限のグループは必要だ。参議院の運営でされておりますのは三名のグループがほとんど実態だ、こういうことになりますれば、その三名の方々がやはり選挙の際にも、たとえば二院クラブとか一の会というのをつくっておられるわけですから、それは政党でないとしても一つの会派としての名称でやっていただいても結構じゃないだろうか。(発言する者あり)ちょっとやめてくれませんか。
#93
○久野委員長 御静粛に願います。
#94
○宮之原参考人 せっかく一生懸命御答弁申し上げておるのに……。
#95
○久野委員長 御静粛に願います。
#96
○宮之原参考人 いかに委員会の理事さんといえども、それは失敬に当たると思いますよ。
#97
○久野委員長 私語は慎んでください。
#98
○宮之原参考人 したがいまして、私どもといたしましては、やはり今日の参議院の中で無所属の方々が国会活動でやっておられるところのそのままの形をいわゆる一つの政党条件として認めることによって生かされていくのじゃないか、こういう立場なんです。そこで申し上げておきたいことは、なぜそれならば一人一党を認めないか。そこにおたくとの違いがあると思うのです。おたくの方は拘束名簿式比例代表、政党本位の選挙は賛成だとおっしゃる。しかし、政党としての機能は一人一党で果たして国会の中で果たせるかどうか、こうなりますと、果たせないというのが現実でしょう。いまも申し上げたように、無所属で入ってこられた方も参議院では三名で一グループをつくっておられるのですよ。せめてそのグループとして活動していただく、一人一党という御主張は無理があるし非現実的だ、ここのところがおたくとの一番の差異であるというふうに御理解いただきたいと思います。
#99
○安藤委員 御意見として伺っておきます。いまは議論の場ではありませんからね。
 次に、栗林先生にお尋ねしたいのですが、ブロック制のお話をお伺いしましたが、それとは別に、今度の改正案によりますと、先ほどから議論しておりますように、改正案では比例代表と言っておりますが、そこでの候補者名簿登載者の選挙活動が全面的に禁止されることも含めて相当大幅に制限される。その党の政策を相当細かく有権者に訴えようとすると、地方区の選挙で全国区の選挙にわたることを妨げないというのがあるものですから、結局すべての地方区に候補者を立てなければならないということになってくるのではないかと思うのですね。そうなりますと、これは金がかからぬ問題といっても相当金がかかるのではないかと思います。だから、そういう点でもいろいろ問題にしておられるのではないかと思いますが、やはり立てなければいかぬというふうに考えておられるのかということも含めて御意見を伺えればと思います。
#100
○栗林参考人 もともとこの案というのは一票制がもとの姿でして、一票制ではどうもぐあいが悪いというので急遽二票制に変えたといういきさつがあるので、原形は一票制なのです。したがって、地方区を立てなければどうにもならぬというふうに一応は言える制度だと思います。そうしますと、仮に民社党を例にとりますと、従来、全国区選挙というのは党としてやるよりも、どちらかというと、同盟さん頼むよというかっこうで、同盟に金も人も候補者もということでやってまいりました。よしあしは別であります。今度は党が中心になるわけでありますから、党として膨大な選挙資金を集めて、しかも、候補者は従来の者を使うとしても、運動員を持たなければいかぬ。しかも地方区に立てなければいかぬということになりますと、民社党にとってはすさまじく金のかかる選挙制度改正案であります。果たしてそれに耐えられるかどうかと見ておりますと、いささか危機感を持ちながら党としてはいまこの法案の行方を見詰めておるという状況であります。
#101
○安藤委員 次に、近藤忠孝先生にお尋ねしたいと思います。
 改正案による名簿登載者の選挙活動の全面禁止というのは暗やみ選挙に道を開くものだというふうにおっしゃったのですが、これはやはり憲法上の問題でもあるのではなかろうかというふうに思うのですね。ですから、その辺の御意見をお伺いしたい。
 それから、それと関連するのですが、名簿登載者の選挙活動を禁止するということは、かえって政党の政策宣伝にマイナスになるのではないか。だから政党本位の選挙だといううたい文句のこの改正案からすると大きな矛盾になるのではないのかなというふうに思うのです。その辺についての御意見を伺いたい。
 それから先ほどの金のかかる、かからないの問題。これは政党の近代化の問題だ、近代化こそが必要だというふうにおっしゃったのですが、政党の近代化というものの中身ですね。一体どういうのが政党の近代化なのか。
 この三つ、お伺いしたいと思います。
#102
○近藤参考人 まず暗やみ選挙でありますが、ともかくわずかな公営を除いて全部禁止されますから、全国区候補としては実際は選挙運動ができないわけであります。やはり、この名簿に載っている者であるということとか党への支持を訴える、当然これは選挙期間中の候補者の一番大事なことであります。元来、日常からそういう言論戦は重要でありますが、それが最も激しく戦える選挙のときこそ最大限認められるべきなのに逆にこれを禁止するということは、言論の自由に対する重大な侵害になると思います。
 それから、かえって政党の政策宣伝のマイナスになるんじゃないかという点につきましては、私は発議者の松浦先生とも議論したことがあるのですが、自民党のお考えでは、ふだん政党は宣伝しているから、政党としてわかっているんだから何も選挙期間中これを宣伝する必要はないではないかということが、この期間中ほぼ全面的に禁止する理由になっているようでございます。これはいま申し上げたとおり全く逆であって、まさに選挙のときこそ宣伝が最大限認められるべきであります。となれば、なぜ公約を掲げるのか。公約はまさに選挙のときに国民の選択を求めて掲げるわけでありますから、そういう点ではそれに逆行するものであると思います。元来、政党本位の選挙になれば政策と政策が争われます。いままでの選挙運動禁止の根拠というのは、これは自治省の説明でもそうですが、個人本位の選挙だと結局売名とか個人のつながりで選挙運動をするから買収などが起こりやすい、利益誘導が起こりやすいというのが禁止の理由であります。それが政党本位になれば、まさに政策と政策が争われるのですから、その理由はなくなるわけであるのに逆に規制を強化するというのは全く間違いであると思います。
 最後に、政党の近代化の中身でありますけれども、一つは政党が一人一人自覚的な党員によって構成されること、そして党内では民主的な運営、そしてそれに基づいて決まったことは全党一致で行動するということ、さらに政策立案能力を高めて、しかも国民の意見にマッチした科学的な政策を確立していくということ、最後に、そういうことに基づいて政権に迫っていくということがその中身であろうと思います。
#103
○安藤委員 野末先生、最後になって失礼でございました。いよいよ野末先生にお尋ねしたいと思うのです。
 野末先生は先ほど来無所属締め出しもってのほかという御意見をしっかりお述べになっておるのですが、私ども共産党の出しております案は、拘束名簿式比例代表制で、政党が名簿をつくって候補者を出すというのとあわせて、これまで参議院で無所属の方々が相当多数の国民の支持を得られて議席を確保されてそれぞれ活動をなさっておられる、こういう実態を踏まえて、さらに憲法上の問題、これも踏まえて、結社の自由とか選挙権、被選挙権の問題を踏まえて、無所属、無党派の立候補も認めろという案でございます。御承知だろうと思うのですが。そうなりますと、先生の言っておられる無所属を認めろという御要請にはその関係ではぴたっと一致していると思うのです。片や比例代表制も主張しておるのですが、両方というようなことで御賛同いただくというわけにはまいらぬでしょうかということをお尋ねしたいと思うのです。
#104
○野末参考人 無所属を認めていただくことは非常にいいと思うのです。しかし、それ以前の問題として、選挙というものは個人の名前を書くということから始まるので、そこのあたりがいまの制度ではあり得ません。だから無所属を認めても、それは一人一党ということになると思うのですが、そこだけが個人の名前ということはあり得ません。そうするといわゆる団体の名前ですね、個人イコール団体だから。こっちはたくさんの個人イコール政党。これがなかなかすっきりした形になりませんので、無所属を認めていただくことよりも以前に、個人の名前を書くという有権者と候補者との間の一番コミュニケーションの図れるこの部分で、どうも賛成はできない、こういうことになります。
#105
○安藤委員 最後に、各先生方に一言ずつでもいいですからお伺いしたいのですが、いま自民党提出の改正案審議の真っ最中でございますが、参議院の審議があってああいう結果になってそしていま衆議院ですが、この拘束名簿式比例代表制なるものについて、先生方の御感想でいいのですが、一般有権者の皆さん方、国民の皆さん方に大分浸透してきているとお思いなのか、まだまだなかなか浸透してきていないとお思いなのか、この点だけ各先生方に一言ずつお伺いをして、終わりたいと思います。
#106
○斎藤参考人 十分浸透していないと思います。したがって、これから非常な努力をして周知徹底させ、御協力いただくことが望ましいと思います。
#107
○宮之原参考人 最近になりまして、大分マスコミが取り上げておりますので、どういうものかな、この程度は大体おわかりいただいていると思うのです。しかしながら、その取り扱いも、いやどこで強行採決したどうだということばかりしか出ておりませんからね。いわゆる中身は出ておりませんから、中身のことでは余りわかっていないのじゃないでしょうか。それだけにこれが成立するとすれば相当積極的に政府は物の仕組み、いろいろな問題についてこれから来年の六月までにこのPRをしてもらう、いろいろなものを通じて。でなければ、来年になってからまたいろいろな誤差が生じてくるのではないか。たとえば従来の慣例でつい個人の名前を書いてしまったりするというようなことが出てくるわけですから、これからまた政府は非常な責任があると私は思います。
#108
○栗林参考人 法案の中身はもちろんでありますけれども、何か選挙制度が変わるらしいねということに気がつかれている有権者の数自体がまだ少ない、ほとんど関心なしの状態だと思います。
#109
○近藤参考人 関心が高まってまいりましたのは、七月九日の参議院委員会における強行採決以来だろうと私は感じております。それから中身の問題については、かなり意識の高い層、自覚的な人々の中にもまだ正確に知られていない状況でありますので、国民全体の中にはほとんどまだ知られていない、こういう状況であろうと私は感じております。
#110
○野末参考人 全く浸透していないと思います。たとえば僕が会う人は、全国区がなくなるんだってとか、選挙法が変わるらしいねということは言います。だからその程度の関心があるわけですから、それをとらえて中身の変わり方を説明するけれども、実に時間をかけなければわかってもらえません。しかし、これは一回、二回経てくれば要領はわかると思うのです。わかると思うのですが、一つの不安は、来年の選挙にこれをどうしてもやるのだということになりますと、その間に浸透させることは不可能ですから、必ず死に票といいますか、いろいろな問題が出てくる。悪くすればグリーンカードと同じことになりまして、成立はしたものの準備不足で無理だ、誤解があり過ぎてかえって弊害が生まれるのだからなんということも有権者側からでなくて国会側から出てくることすらあるということですね。これは党内の意見もいろいろ不協和音がそれぞれの党でおありのようです。特に参議院にはあるようですが、いまこの時点で有権者に浸透させるということは全く不可能だ、そういうふうに考えております。
#111
○安藤委員 どうも先生方ありがとうございました。
 終わります。
#112
○久野委員長 小杉隆君。
#113
○小杉委員 皆さんには長時間本当にお疲れだと思います。先ほどから聞いておりまして、衆議院として参議院の方々をお呼びするというのは非常にユニークな初めてのことでありましたのでいろいろ事務局も心配していたようでありますが、私がこう聞いてきた中では、やはり実際に全国区の選挙を戦った人ならではという貴重な御意見を聞けたということでこの催しは、企画はよかったというふうに自賛しているわけであります。
 そこで、実は割り当てられた時間にこだわらないで、私はもうずばり率直なところをお聞きして早く終わりたいと思います。
 そこで、まだこの法案の行方がどうなるか、まことに予測がつかないわけでありますが、いまの衆議院の政治の構造から見れば、政党関係から見ればこれは通る可能性が非常に強いわけですが、斎藤栄三郎先生以下五人の方々に、もしこの法案が通ったとしたら具体的にどんな運動をされるのか、ひとつ当事者として自分はどういうことをしようと思うか、あるいはほかの人も含めて、一体どんなことを皆さんがやり始めるのかという点を率直にお聞かせいただきたいと思うのです。
#114
○斎藤参考人 大変ずばりそのものの御質問で、私はまだ四年先のことで来年の選挙ではありませんからこれは想像でお話をすることになります。私自身はまだもう四年先です。
 まず党に公認申請をいたします。そうすると党の方では選挙対策本部をつくって、そこで君の支援者はだれかということをお聞きになる。そこへ行ってまた今後も引き続き応援をしてくださいと頼んでこい、こういう指令が出される。そして今度そこで演説会、たとえば先ほどちょっと触れた大阪でやる場合に、従来だったら個人で会場を借り個人でポスターを張ったやつを大阪府連の各支部にお願いをして、そこへ体一つ持っていって演説会に臨む、こういうようなぐあいに変わってまいるのであろうと思います。よろしゅうございますか、それで。
#115
○宮之原参考人 これは政党本位の選挙になるわけですから、おまえどうするんだと聞かれたって困るんですよ。これは政党のそれぞれの責任者の皆さんに聞いてもらわなければなかなかむずかしいので御勘弁をいただきたいと思います。
#116
○栗林参考人 この法案は徹底抗戦、廃案、阻止でやっておりますけれども、ただ仮に通った場合にどうなるかということを申し上げてみますと、従来全国区選挙というのは政治的に見ますとプレッシャーグループが直接政治に参加する一つの道だったんですね。プレッシャーグループの中を労働組合と言いかえても結構なんです。労働組合が政党を媒介にしないである意味では直接国政に参画できるというものとして、プレッシャーグループのお互いの競争がまた激しくなってきた。またプレッシャーグループの支援を得ないと立候補もできなくなってきた。これが実はいまの全国区の問題の一つなんです。したがって、それを何とかしなければいかぬということは片面ありながら、いままでやってきたプレッシャーグループの人たちにしますと、こう言うのです、名前を書けないのじゃやる気しないね。ですから仮に民社党、同盟の関係でいきますと、従来は同盟は自分たちの仲間から候補者を立てるものですから、百人のうち百人が実は運動員になってくれた。今度はどうかというと同盟の中の民社党支持票しか票にならない、こういう変化は実は自民党でも社会党でも各党全部あるのです。したがって、どうなるかということはやってみなければわかりません。いまからはっきり言えることは、投票率はがた減りになる。そこの中でどういう作戦を立てていくのかとなるとなかなかむずかしいと私は思います。ただ私が触れる支援団体の表情から見ますと、ほっと胸をなでおろしてもうやらないということになります。
#117
○近藤参考人 私もいまのところは反対で頭がいっぱいでありまして、通った後どうなるのかということは考えておりませんけれども、そう言われてちょっといま思い浮かびますのは、わが党の場合、先ほども指摘いたしましたとおり候補者と党員、党組織一体となってやりますので、そういうやり方には変わりはないと思います。ただ運動規制が、全国区の運動がほぼ全面禁止でありますので、政見放送などやってしまった後一体どんなことになるだろうか、これは候補者自身もまた分身となって活動する党員自身もいままでに比べてずいぶん活動の分野が減るのじゃないか、そういう意味では政策論争も余りないまま選挙が終わってしまうのじゃないかということを感じております。
#118
○野末参考人 まあ仮に成立をすれば、各党いろいろ戦術というか戦略というか、考えるだろうと思うのですが、それはあくまで有権者がこの法律をどう受けとめたか、この成立の過程あるいは成立の状況なども影響あると思いますね。ですから、これからごく個人的にこれが成立した後を予想しますと、候補者になりたい人は名簿の順位取りでもって必死になると思います。これはあたりまえです。しかし、その順位取りに必死になるところが実は問題で、ごまをするとか、あるいはお金を使うとか、何が出てくるかわからない。でも、まさかそんな人はいないだろう、こう思うので、この順位取りは無視しても、順位が決まったらおしまいだということなのですね、いいところに並んだらもう終わりですから。そうなると、当落すれすれの線にいる人のみが必死になるような、かといって個人的には何もできない、これは非常に候補者にとっては残酷な名簿の順位になると思いますね。
 一般有権者にとってみてはどうなるかといいますと、これも僕が一票入れるというような立場で予想してみますと、名簿が決まってしまったのならおもしろくないのですよ。正直言って、選挙はお祭りでなければいけないのですね、有権者にとってですよ。一票入れる心理は非常にまじめですが、おれの支持したやつが通るか通らないかというこの辺のスリルとか、こういうものも非常に大事なんですね。これが投票率を上げることにもつながるのです。だから、こういう投票率が上がることによって、そして皆さんも選ばれてくる。この面を無視している名簿というのは有権者を白けさせるだけでおもしろくない選挙になる。となれば弊害はおのずから知れていますから、幾ら地方区があっても、名簿の順位が決まるまではいろんな関心も持つでしょうが、決まったらすべてはおしまいで意味がない、弊害のみあらわれる、こういうふうにぼくは考えます。
#119
○小杉委員 斎藤栄三郎先生は、主として四年先ということでそれまでのことをおっしゃったわけですが、当面これは来年七月に控えているわけでして、いま自民党の中でもいろいろ党に対する貢献度だとかいままでの実績とかあるいは支持者の組織の強弱だとか、そういうことを参考に決めるというふうな選考基準を設けてやっているわけですね。これから四年間ある斎藤栄三郎さんの場合は、当然そういうことで一生懸命実績を積み、党への貢献度を上げるように努力をされると思うのですが、具体的に選挙戦が始まった後、一体この二十三日間をどう過ごすのか、その辺をちょっと聞かせていただきたいのです。
 それから、宮之原さんは答弁を避けられたんですが、恐らく日教組の組織を持っておられるし、また今度公選法改正で党には相当貢献をしましたから名簿の順位も大分上がってくると思いますけれども、さっきあえて答弁を避けられましたが、選挙が始まって、それじゃ具体的にどういうことをおやりになるんだろうかということを再度伺っておきたいと思うのです。
 ほかの方はかなり詳しくお話しになりましたので省略をしたいと思います。
#120
○斎藤参考人 選挙は四年先でありますけれども、私はこの四年間、党の一員として党の指令に従って行動いたします。いま全国組織委員会の副委員長をやっております。したがって、そのポストで全力を尽くして働きます。そして上の方の人がごらんになって、党に対する貢献度が高いか低いかは私は党の判断に任せます。
 それから、二十三日間をどう動くかということになると、これは来年やってみてから初めて私自身が何をなすべきかということを考えるのでありまして、そういう意味において来年の方は大変御苦労だと思いますが、まだ四年先の、私にとっては非常にいい勉強の機会だと考えております。その二十三日間をどうするかについては全く白紙であります。
#121
○宮之原参考人 個人的に君、どうするんだという御質問には、これは答えるわけにはまいりません。ただ、候補者としてなった場合は、それぞれの候補者は、わが党の場合は、この選挙方法が地方区の上でしかできぬわけですから、これは地方区の応援演説、地方区と一体になって二十三日間走り回るということに相なると思います。その場合に、これは各政党ともいろいろ創意工夫をされると思いますけれども、恐らく一県だけ歩くわけにいきませんから、君はこの県とこの県というかっこうでそれぞれ重点地域というのを割り当てることになるのじゃないでしょうか。同時にまたその前の方は、それぞれの推薦母体と申しますかあるいは縁故の深いところの団体の方をその以前には地固めに回るとか、そういういろいろな方法というのをそれぞれの政党がこらすのじゃないでしょうか。私も自分の党がどうなるということはわかりませんけれども、常識的にはやはりそのことが一番基本になると思います。したがって、どの党も地方区の上に乗っかるだけにやはり地方区に重点を置いておくという形になるのじゃないでしょうか。
#122
○小杉委員 きょうは意見を述べる場じゃありませんから余り申し上げませんが、そういう点では残酷区と言われるいまの制度を改めようという点で、今度の制度が通ったとしても、恐らく全国を走り回って地方区の応援に回るということになると、この点は変わらないのじゃないかという印象を受けるわけですね。
 それでは次の質問に入ります。
 斎藤栄三郎さん、宮之原貞光さんあるいは近藤忠孝さん、この制度、すなわち拘束名簿式比例代表制については基本的には賛成の立場でお述べになったわけですが、いろいろな制度にはやはりいい点と悪い点とあると思うのです。現行の全国区制度だっていい点そして弊害もある。今度の制度が実現をしたとしても先ほどからいろいろ御意見に出ておりますようにいろいろ懸念される短所があるわけです。したがって、今度は賛成をされている斎藤さん、宮之原さん、近藤さんには、この制度が実現したらどんな弊害なり短所というものが予想されるか、またそれに対してどういう注意を払っていかなければいけないか、その点をひとつ率直に当事者としてお聞かせいただきたいのと、それから栗林さん、野末さんは基本的に反対の御意見ですが、この制度は好まないけれども、もし実現をしたらどんなメリットというか長所が出ると思うか、あるいはそれを期待し得るかという点、大変お答えにくいかもしれませんが、それぞれお答えをいただきたいと思うのです。
#123
○斎藤参考人 いま小杉先生の御指摘のメリットの面から言うと、いままでの制度では出られなかった方がかなり出ていただけるのではないかと思います。これが私は、参議院の本来の使命を達成するために必要な基本条件だと思います。
 しかし、デメリットもあるだろうと思います。それは、順位が余り下だとどうも気が進まないよということになっちゃいますから、その順位の決定が非常にむずかしいだろうと思います。しかし、それは個人の感情で判断すべきものではないので、党の首脳部の方々が自民党のために、また国のために順位をどう決めるかということを御判断なさるべきで、組織の中の一員として私はその決定された順位に従います。順位の決定が非常にむずかしいということはどなたでも指摘するところであって、むしろこの法案を成立させていただいた後において党の首脳部が非常にその点御苦労なさるのではないかと考えます。
#124
○宮之原参考人 メリット、デメリット論を言いますと切りがないと思うのですが、ただ私は基本的な問題として、政党本位の選挙になるということは日本の政党政治の発展のためには好ましい状況に行く行くはなっていく、こういうふうに判断をしておるわけです。と申しますのは、政党が常に国民の批判の対象になっていく、政党のあり方というのが常に問われていくわけですから、それぞれの政党が。したがって、いわゆる何党は好かぬけれどもあなただけはいいというかっこうにもうならぬのですよ。そうなりますと、勢いそれぞれの政党でいろんな問題が起きて、もうあれば何派がやったんだということにはなりませんわな。だから、それぞれの政党にとってはみずからの政党を常に正していくためにはどうすればいいかという、自浄作用と申しますか、そのことが一番ここで期待されるところなんですよ。もしそういうことにならぬとすれば、私は日本の政党政治の破滅だと思うだけに、そのことが一番のあるべき姿の面での望ましい形であるし、またメリットになり得る、私はこういう判断をいたしております。
 デメリットの面でもいろいろあるわけですが、それぞれの候補者個人から言わせば、本法案がそのまま通ってしまったら当選しても浮いてしまうのじゃないかという危惧をそれぞれの当選者が持つということは否定できないと思うのです。国会でも浮いてしまうし、有権者からも浮いてしまうのじゃないか。言うならば雲の上の人になってしまうのじゃないかという危惧を率直なところ私は持つのです。それだけに、そうしないための手だてということを積極的にやっていく必要があるのじゃないでしょうか。
 先ほどもそれぞれの方々から陳述がありましたように、いわゆる血みどろになってやって当選をされてくる方、片一方はただ何もしないでと言うと語弊がありますけれども、手をこまねいた形で上がってこられるという状況の問題、これが一体自分の政党の中にどういう比重、影響力を与えるかということが私はあると思うのです。現に与党の皆さんでも、そうして上がってくる者からは総裁の選挙権を奪おうじゃないかという議論さえもあるわけですからね。私はそういう非常識なことはされないとは思いますけれども、それは一つの……(「非常識じゃないよ」と呼ぶ者あり)これは非常識ですよ。同じ国会議員として権利を行使するわけですからね。だから、それは一つの例ですけれども、それだけにそういうことをどうするかということが一つ出てきましょうし、また有権者とあれと直接の肌の触れ合いが非常に少なくなりますから、政治に国民がいま何を求めておるか、そこのところをつい忘れがちになってしまって、自分の専門だけの専門ばかになってしまうのじゃないだろうか。政治家としての専門性を発揮してもらうためにはどうすればいいか、ここのところをこのまま放置すると大変なことになりますから、これはお互い気をつけていかなければいけない。それを除去するのにはどうすればいいかというのが今後の克服の一つの手だてじゃないでしょうか。
 同時にいま一つ、私は先ほども申し上げたのですけれども、参議院の機構を改革することによって参議院の特性というものを発揮させませんと、現実の問題として、片一方の機構改革の方はいま休会になった、店じまいになった、片一方は法案が通りそうだ、こうなりますと非常にアンバラが出てくるわけですから、これはやはり積極的に機構改革という問題は与野党責任を持ってそれぞれやっていただかなければならぬ。こうなっても参議院としてはこれでできるじゃないか、第二院の役割りを果たしておるじゃないか、ここのところを発揮できるような手だてを講ずる必要があるのではないだろうか。
 以上、たくさんありますけれども、常に強く思っているのはそれだけです。
#125
○近藤参考人 私どもが賛成しておりますのは本当の正しい意味での拘束名簿式比例代表制でありますが、自民党案は、先ほど申しましたとおり、比例代表制の最も特質の一つである少数派も出られるというところをあらかじめ排除しちゃうわけですから、非合理、違憲、そして党利党略ということで、結局、無所属、無党派を排除するという点で、それを支持しておった国民の意思が全く反映しないという点では政治不信が広がるのではないかという点がデメリットだと思います。
 それから、われわれが主張しております少数派も、また無所属も立候補できるところの本当の拘束名簿式比例代表制になった場合、それは最も政党本位にふさわしいし、先ほど申したとおりです。かといって、それは完璧なものではないわけでありまして、それを運用する場合に、たとえば紛らわしい政党名が出てくるとか、そういうような弱点は出てくるとは思います。しかし、それは運用でやっていくべきだろう、こう思っています。
#126
○栗林参考人 この法案が通ったらどうなるかという予想はわりあいに立てやすいと思います。
 まず最初に、名簿の順位をめぐって各党それぞれの醜い争いが展開されると思います。これは何も日本だけではなくて、西ドイツはいま拘束名簿式比例代表制をとっておりますけれども、政党法ができて党員の無記名投票というルールが決まるまではごたごたが絶えなかったのです。政党法は十八年という長い時間をかけて慎重審議をしてきた。もともとこの手の大改正というのは一年、二年はかけてあたりまえなんです。
 西ドイツでやっておるじゃないかと言うのですが、御承知のことでございますけれども、第一次大戦で負ける寸前に実はこの拘束名簿式比例代表制が採用されたのです。そのときに与党が提案したのは実は自由名簿式なんです。社民党が主張したのが拘束名簿式。特に主張したのはカウツキーです。ですから、共産党が拘束名簿式を主張されるのは私は理にかなっていると思うのです。なぜ自民党が拘束名簿式をおとりになるのか、私には信じられません。いまうまくいっているかといいますと、もともと投票というのは人の名前を書くという人間臭い行動なんです。これを政党という非人格的集団の名前を書かせる、これは西ドイツでいまでも残っている大問題でありまして、しかも五%条項、すそ切りがありますね。
 たしかヤスパースだと思ったのですが、あの人が亡くなる前に遺書みたいなかっこうで発表した本があるのです。中を読んでみると、この拘束名簿式比例代表制というのは西ドイツに大変な禍根を残す、これは結局政党の寡占支配をもたらす、国民有権者はその寡占支配の政党を通してしか何も言えなくなる、そうするとおもむくところ政党に飽き足らない力というのはアングラ化する。最近でもよく青年暴動なんか起こっておりますけれども、それもこれもこの拘束名簿式比例代表制のせいではないかと少なくもヤスパースは言っておりました。
 問題は、いま有権者の中で一番根強い政治に対する感情は何か、これは政党不信です。どの党と言いません。この政党不信の上に順位争いをめぐって、これはどの党でも恐らく起きるでしょう。これはマスコミの絶好の好餌です。しかも、政党という非人格的集団を書くしかない。それは当然来年の選挙が終わりますと全国区離れ、というよりも有権者の参議院離れが始まる、これは私は間違いないと思う。したがって、いまこの法案が実現しようとしているものは、提案者の御主張とは全く違って、有権者の政治離れ、これを促進しながら、一体日本をどこへ持っていくのだろうか、私はそちらの方がよほどこわいと思います。
#127
○小杉委員 強いて長所を挙げれば、どうですか。
#128
○栗林参考人 長所は、冒頭申し上げましたように、百害あって一利なしであると思います。
#129
○野末参考人 プラスとマイナスというようなことで御質問なんですけれども、有権者にとってプラスはほとんどないのじゃないかと思います。
 それから、参議院にとってはもうプラスなぞは期待できないだろう、こういうふうに思います。しかし、強いてプラスがあるとすれば、ある政党にとっては非常にプラスでしょう。というのは、全国区にかけるお金を有効に使えるから、地方区に使うにしろ何にしろ、確かにむだに等しいような金が全国区は政党の場合かかっているように思いますから、政党にとっては有利であろう。この制度そのものは大きい政党には有利であろう、あるいは名簿で上位に並べる人々にとっては非常にうれしいだろう。こういうふうなことで、このプラスは有権者サイドから見たら全くプラスになりませんね、むしろマイナスの方が多い、マイナスばかりというぐらいに私も思っています。
 そして、一つだけ、よく言われるのですが、この制度になったら本当に出したい人が出てくるんだ、有識者とか文化人がいろいろ出てくるんだと言うけれども、あれはうそですね。ということは、そういう人に出てもらいたいと本気で思うんじゃなくて、そういう人も名簿に添えれば政党のイメージアップになるとかアクセサリーとしてにぎやかとか、むしろそういうことが働いているのであって、これは利用しているわけですね。ですから、先ほど言ったように大した者は出てこないということがむしろ言えるのです。そして、有権者から見て本当に出したい人が出てないじゃないか。これはお金がかかるから、制度が悪いからだめなんだよというふうにはとってないのですね。やはりそういう人は嫌なんだろう、あんな政治の世界なんかばかばかしいから嫌なんだろうとか、その出したい人の個人的意思というものもあるわけですから、だからこういう制度になったからいろんないい人がどんどん出てくるよ、政治もよくなるというような期待をかけるような愚かな有権者はいない、そういうふうに考えます。文化人が出てくる、有識者が出てくるということを何となくこうやって持ち歩いてこの法律のよさを言うのは、もう完全なるごまかしで、僕は政党というのがいかにまあ根性が悪いかということすら感じるのです。それを断言できるのは、政治家の皆さんは学識経験者とか文化人にコンプレックスを持っているんですね。だからこそそういうことを言うのだと思うのです。学識経験者、学者、文化人がいかに視野が狭くて、意見が頑固であるかというのは、皆さんが雑誌に発表される評論などお読みになればわかるので、これじゃやはりちょっとどうかと思うのです。だから、有識者なんか期待しないで、あるいは学識経験者、文化人よりわれわれの中で幾らでもあれ以上のがいるというのが僕は本音だろうと思うから、その本音を言わないで、文化人が出てもらえますからというのは何かちょっといただけない意見だと思う。こういうふうに考えて、もう百害あって一利なしですね。
#130
○小杉委員 時間が参りましたからこれでやめますが、それぞれお考え、非常に率直なところを聞かしていただいて、きょうは別に討論でもないし、議論の場でもありませんから、生の感想を伺っただけでございます。
 今度個人本位から政党本位というものに変わっていくためには、いまの衆議院にしても参議院にしても、やはり政党としての政策立案能力とか政治倫理のあり方とか、まだまだ整備をしていかなければならない点がいっぱいあると思うんですね、政党法の制定とか。いま私のうちにアメリカの大学生と高校生と泊まっておりまして、ついこの間、日本の国会議員とアメリカの上院議員なり下院議員と比較してどういう感想を持っているんだと聞きましたら、アメリカの場合は、上院議員でも最低三十人以上のスタッフを持って、いろんなインフォメーション、情報を積極的に、これが欲しいと言ったらどんどん出かけていってとってくる。日本の場合はもうお役所の方から、もっぱら受け身でもらってやっている。そういう点で日本の場合はもう少し政治家がいわゆる立法機能といいますか、政策立案能力というものを持つ必要があるんじゃないかということを大変鋭く指摘されたのですが、この点について、時間がもうありませんからどなたかその点について――斎藤栄三郎さんにひとつお考えを聞いて終わりましょう。
#131
○斎藤参考人 私たちの言いたいことを言っていただいてありがとうございました。実際問題として、いま秘書を二人いただいております。私自身は、自分の費用でもう五人雇って、合計七名でやっております。それでも足りません。できれば実際問題としてもう少し秘書をふやしたい、しかし財政が許さないからというので私は限度七人でいま四苦八苦しております。ですから、もう少し秘書をふやせるような参議院になってもらいたいと思いますね(「参議院だけじゃないですよ」と呼ぶ者あり)しかし人の畑に手を出すのは失礼だから申し上げませんが、できれば、やはり本当に率直に言えば十人ぐらい秘書がいて、そして専門別に調べさして、それを私が判断する、こういうことになるのがいいと思いますけれども、現実にはそうはまいりません。だから、その点は先生が強く主張してくださることを希望いたします。
#132
○小杉委員 それじゃ、終わります。
#133
○久野委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。
 この際、参考人の各位に一言お礼を申し上げます。
 本日は、御多用中のところ当委員会に御出席をいただき、貴重な御体験を踏まえ、さらに具体的に、明快に御意見をお述べをいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げる次第でございます。どうもありがとうございました。(拍手)
 次回は、明十三日午前十時理事会、午前十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後七時三十五分散会
  〔本号(その一)参照〕
    ―――――――――――――
   派遣委員の大阪府における意見聴取に
   関する記録
一、期日
   昭和五十七年八月九日(月)
二、場所
   大阪社会福祉指導センター
三、意見を聴取した問題
   公職選挙法の一部を改正する法律案(参議
   院提出、第九十五回国会参法第一号)につ
   いて
四、出席者
 (1) 派遣委員
   座長 久野 忠治君
      塩崎  潤君    竹下  登君
      堀  昌雄君    石田幸四郎君
      中井  洽君    安藤  巖君
      石原健太郎君
 (2) 政府側出席者
        自治省行政局選
        挙部選挙課長  岩田  脩君
 (3) 意見陳述者
        大阪商工会議所
        会頭      古川  進君
        九州大学教授  杣  正夫君
        同志社大学教授 山本 浩三君
        大阪地方同盟副
        書記長・政治部
        長       岡田 元弘君
        社会福祉法人阪
        神共同保育会南
        清水保育園園長 藤田 保弘君
        自由法曹団大阪
        支部幹事長   東垣内 清君
     ――――◇―――――
    午後一時開議
#134
○久野座長 これより会議を開きます。
 私は、衆議院公職選挙法改正に関する調査特別委員長久野忠治でございます。
 私がこの会議の座長を務めますので、よろしくお願いをいたします。
 この際、私から、派遣委員を代表して、一言ごあいさつを申し上げます。
 皆様御承知のとおり、ただいま本委員会におきましては、参議院全国区制度の改革を図ろうとする参議院提出、公職選挙法の一部を改正する法律案の審査を行っているところであります。
 当委員会といたしましては、本法案の審査に当たりまして、国民各階層から意見を聴取するため、御当地におきまして、この会議を催し、各界の代表の方々から忌憚のない御意見をお伺いしようとするものであります。
 御意見をお述べいただく方々には、御多忙中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。
 まず、会議の運営について申し上げます。
 会議の議事は、すべて衆議院における委員会運営についての議事規則及び手続に準拠して行い、議事の整理、秩序の保持は、座長であります私が行うことといたします。発言をなさる方々は、必ず座長の許可を得て発言していただきたいと存じます。
 なお、この会議におきましては、御意見を陳述される方々は、委員に対しての質疑はできないことになっておりますので、あらかじめ御了承をお願いいたします。
 次に、会議の順序につきまして申し上げます。
 最初に、意見陳述者各位から御意見をそれぞれ十五分程度に順次お述べいただいた後、委員より質疑を行うことにいたしたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
 次に、本日の出席委員及び意見陳述者の御紹介を申し上げます。
 出席委員は、自由民主党の塩崎潤君、竹下登君、日本社会党の堀昌雄君、公明党・国民会議の石田幸四郎君、民社党・国民連合の中井洽君、日本共産党の安藤巖君、新自由クラブ・民主連合の石原健太郎君、以上であります。
 次に、各界を代表して意見を述べていただく方々を御紹介申し上げます。
 大阪商工会議所会頭古川進君、九州大学教授杣正夫君、同志社大学教授山本浩三君、大阪地方同盟副書記長・政治部長岡田元弘君、社会福祉法人阪神共同保育会南清水保育園園長藤田保弘君、自由法曹団大阪支部幹事長東垣内清君、以上の方々でございます。
 それでは、古川進君からお願いいたします。
#135
○古川進君 ただいま御指名をいただきました大阪商工会議所会頭の古川でございます。
 最初にお断り申し上げておきますが、私は、選挙制度につきましてとりたてて専門的な知識を持ち合わせているわけではございません。したがいまして、本日は、私のこれまでの見聞を踏まえまして、一有権者の立場から現在の参議院選挙につきまして率直な感想を申し述べて、公述人としての責めを果たしたいと存じます。
 私は、有権者だれしもが現行の参議院選挙制度、特に全国区制度のあり方につきましてはいろいろな問題点があると感じていると思っております。有権者の立場から申しますと、百名を超える数多くの候補者の中からどのようにして一人を選べばいいのか、非常に戸惑いを覚えるのであります。テレビやラジオを通じて政見放送のすべてを聞くことはまず不可能であります。選挙公報にいたしましても、ポスターあるいははがきにしましても、実際どれだけの判断材料になり得ているのか、はなはだ疑問に存じております。結局、組織の代表者とか全国的に知名度の高い人を選ぶといったことが多くなりまして、確信をもって投票に臨める人が数少ないために、結果的には必ずしも民意が適切に反映されない選挙になっているのではないかと思うのであります。
 また一方、選ばれる側にとりましても、現行の制度は非常に過重かつ過酷な制度と聞いております。わずかの期間に全国を駆けめぐり、有権者にアピールするため、候補者はもちろんのこと、支援する人たちも資金、体力の両面で大きな負担を強いられておられます。当選後、体力消耗したあげく、登院も相かなわず、議会活動も果たし得ないままにむなしく逝去された実例も散見されるのでございます。
 このように現在の参議院全国区制は、選ぶ側にとりましても選ばれる側にとりましても、疑問の多い制度であると言わざるを得ません。そこで、こうした困難な――有権者の政治的意思が正確に反映されることを図るためにも、今度の改正というものが行われることが妥当であろうと思いますし、それに呼応いたしまして国民の幅広い層からの有為の人材がクリーンに選ばれるような仕組みがあってしかるべきではないかとかねがね考えているところでございます。また、現在論議を呼んでおりますところの改正の焦点が参議院全国区制のあり方についてでありますだけに、参議院の基本的なあり方とも関連いたしまして、衆議院と異なる参議院の役割りという点につきまして十分考慮が払われる必要があろうかと存じます。
 このような見地から、伝えられるところの比例代表制について考えてみますときに、従来の制度よりはすぐれた点が幾つか見受けられるように思います。
 まず選ばれる側の問題でございますが、いわゆる理性の府としての参議院には、これにふさわしい豊かな学識、識見を備えた人材を国民の各界各層から送り込むことが必要でございます。しかし、当選するためには膨大な資金と強大な組織力とを必要といたしますがために、従来すぐれた学識経験者など有為の人材が立候補に二の足を踏みますし、政党が出馬を要請いたしましても固辞されて、結局候補者難に陥っていたというのが実情ではなかったかと思うものであります。したがって、勢い組織力を持った、またマスコミに顔が売れている候補者中心にならざるを得なくなりますし、国民各層から参議院議員としてふさわしい人材を集めて理性の府を築き上げるという参議院本来のあるべき姿はなかなか実現にほど遠いというのが実情ではないかと思うのでございます。
 このように、選ばれる側の立場から考えますと、巨額の資金がなくとも、また強大な組織のバックアップがなくとも、クリーンな形で参議院議員としてすぐれた学識、職能経験者に立候補を促すためにも、現状よりは改善が期待され得るところの比例代表制をとるべきではないかと考えるところでございます。ただし、現実の問題といたしまして、まず候補者名簿の作成には非常な困難が伴うであろうことも十分推察できるのでありますが、この点につきましては各政党の良識に期待したいと存じます。
 次に、選ぶ側に立って考えてみますと、改正案によりますれば、候補者は政党が推薦する者に限られ、しかも順位は政党が決めてしまう。また、政党に投票しなければならないために、長年個人に対する投票という選挙になじんできた有権者といたしましては若干の違和感があることは否めないのでございます。有権者の立場が非常に限定されるとの批判もあるようでありますが、今回の改正のポイントは、有権者の選択の困難性、候補者の資金力、労力の問題等を解決しようとするものであり、個人をベースとした従来の選挙制度による限りでは、これらの問題を解決することは困難でありましよう。この際、議会制民主主義の担い手である政党を明示することによって有権者の判断を仰ぐという行き方は、それなりに妥当な仕組みではないかと考えるものであります。
 したがって、当然参議院の政党化が進むことが予想されます。この点に関しましては、参議院までが政党化してしまったのでは衆議院と参議院との差がなくなって二院制の意味がなくなるという指摘がございます。従来の考え方からいたしますれば、確かにこうした主張にも論拠があると思われるのでございます。ただ、今日議会制民主主義のもとで政党が重要な役割りを果たしている点を勘案いたしますと、改正案は政党に強く期待した現実的な策であると言えるものであろうと思います。
 しかも、この点で強調いたしたいのは、政党主体の選挙と言われておりますものの、結局は個人としての政治家の資質が問われるものでありまして、各政党がすぐれた候補者を立てて国民の審判を仰がねば党勢の拡大は図れなくなってくると思うものであります。すなわち、本来の参議院議員たるにふさわしい人材を擁していない政党は国民の支持を得ることができなくなるのでありますし、この意味におきまして、政党か人物かという二者択一の論議は必ずしも適当であろうとは思わないのであります。
 また、参議院本来の機能を発揮する問題につきましては、以上述べましたように、人材重視の必要性が長期的には理性の府への方向づけをもたらすことが期待できるのではないかと考えられます。
 いかなる制度にもメリットとデメリットがあり、おのおのの立場で批判、意見があることは当然でありますけれども、今回の改正によりましてクリーンな選挙が実現するとしますならば、人、物、金の過度の負担が軽減され、これまでそれらの重荷に耐えかねて立候補を断念してきたすぐれた人材が次々に政界入りを果たし、有権者の選択もまた適切かつ容易となることが期待されるものでありますし、それは参議院選挙のあり方として一つの前進であろうかと思うものであります。
 いま一点特に申し上げたいことは、この改正案には技術的な問題が多いために、国民に理解を求める上で十二分な配慮をしていただきたいことであります。各党がみずからの利害関係のみにとらわれて論議に屋上屋を重ねている状況は、国民に政治に対する不信感をつのらせるだけでありまして、健全な議会制民主主義の発展にとっても決してプラスではございません。いま大切なことは、国民に対し現状の問題点を明確に提示いたしまして、新しい制度改革案につきましての認識を深めるために最大の努力を傾注することであります。これが当事者の最大の責務であろうかと存ずるものであります。このように国民の理解を深めることが参議院本来のあり方を実現する要諦であると確信する次第であります。
 以上、参議院公職選挙法の改正問題につきまして意見を申し述べましたが、冒頭にも申し上げましたように、私は本件に関する専門家でも学者でもございません。実を申しますと、この数日あわてて試験勉強をやった部類でございまして、申しわけないと思うのでございますけれども、ただ、私の理解の及んでいないところでなお重要な問題点が潜在してはいないかということを危惧いたします。しかしながら、過去幾たびか投票を重ねまして、また選挙の実態を見聞するにつけまして、今日提案されている参議院全国区制度の改正案は、現状の改善に資するという点で大きな意味がありまして、私としては本案に賛成をしたいと思うものでございます。
 これをもって公述人としての意見発表を終わらしていただきます。
 以上でございます。(拍手)
#136
○久野座長 ありがとうございました。
 次に、杣正夫君。
#137
○杣正夫君 ただいま御指名を受けました九大の杣であります。
 私は、幾つかの点で、この拘束名簿式比例代表制の改正案に対して疑問を持っておるものであります。その観点から意見を述べさせていただきたいと思います。
 まず第一に、全国区選挙、これは選挙の結果、つまり選挙の効果、機能といたしまして、衆議院選挙、それから地方区選挙と三種の国政選挙がありますが、その三種のうちで最も国民の政治世論の多様性を代表してきた選挙である、そして多党政治もここから口火が切られてきたということをわれわれは知っておるのであります。そういう意味で、この全国区選挙は最も民主的な選挙であった、こういうふうに考えるわけであります。これを次に述べますような幾つもの難点を持った比例代表制に改めるということにはメリットが余り見出せず、むしろデメリットが大きいと考えるものであります。
 次に、この比例代表制選挙というのは、根本的に言って日本の政治風土の現状に調和しないと私は考えております。比例代表制選挙は、申すまでもなく議席に実らない死票をできるだけ少なくして、ある量以上の支持を持った政治的立場に議会に勢力を持たせるという、代表制の点ですぐれた制度であります。ところが、これが効果を上げ得るのは、社会が人種、宗教、言語等々で文化的に構造的な対立が根深いヨーロッパ大陸の諸国においてであります。スイスは非常な小国でありますけれども、このスイスでは四つの民族がおり、四つの言語が語られている。こういうところでは、代表制というものを非常に考慮しなければならない。ここで比例代表制選挙が行われる。オランダにおいてもそうです。オランダでも、フランス語が通用するところ、英語が通用するところ、ドイツ語が通用するところというふうに、言語的に非常に分かれている。ところが、日本には、社会が文化的に構造的に分かれているというような、そういう状態が御承知のようにないのであります。
 次に、国民の政治世論、選挙にあらわれる政治世論が、現在のところ党派的に編成されておらないのであります。自治省が支援しております明るい選挙推進協議会という団体がありますが、この団体が毎回の全国選挙で、その投票日の直後、投票行動に対する世論調査をいたしております。この報告は皆さん御承知のことかと思いますが、この世論調査の現状を見ましても、政党本位で投票したということを言う者が三割前後、それから候補者個人に注目して投票したという者がやはり三割前後、どちらでもない、両方ともというのも含めてその他というふうになっておりますが、そのように、この投票選択において政党を主として考慮して投票しているという者が三割そこそこである。逆に候補者個人と考えて投票している者が同じくらいの数に上っているという現状であります。つまり、党派的に選挙を受けとめるという態度がまだ選挙人の多数派にはなっておらないという現実を、この統計資料からわれわれは見るわけであります。しかも、新聞その他の調査によりますと、この明るい選挙の調査でもそうでありますが、日常支持政党なしという無党派層が非常にふえてきております。こういうような投票態度の動向に対しまして、比例代表制選挙は政党支持を押しつけるという結果になるのであります。
 さらに第三番目に、比例代表制選挙の経験がわが選挙人にはないことであります。このことは非常に重要なことでありまして、やはり投票の際の選択基準であるとか選挙運動に対する参加であるとか等々、いろいろと投票の選択を決定するところの行動があるわけですが、そういうようないままでの経験が比例代表制選挙ではにわかには役に立たないというような、そういう選挙の経験がないことが非常に大きな選挙人にとっての問題であるというふうに思うのであります。
 次に二番目といたしまして、公職選挙法に即して申し上げますが、この法律は、憲法に規定された民主的な自由な選挙の秩序法規として多くの欠点を持った悪法であると私は思うのであります。悪法であるというようなことを申し上げるのは、大変厳しいあるいは思い切った表現であるのでありますが、この悪法である性格というのは、一々具体的な論拠をもってお示しすることができますが、きょうは時間の関係もありますので、その全部には触れません。しかし、主なものを挙げてみますと、まず第一に、公職選挙法は被選挙権の実行の制限を大幅に行っております。それは、まず選挙運動の期間が短いこと、それから届け出期間が短いこと、供託金が高額であること、選挙運動の言論、表現の自由の制限が非常に厳しいこと等々で、新人や資金のない者が選挙に出るには非常に困難であるというような機能を発揮しているのであります。西欧の自由諸国の選挙法を見まして、これほど被選挙権の実行を制限している選挙法はほかに例がないのであります。日本は抜群にこのような被選挙権を実行するという点で大きな制限を課しております。そして、被選挙権の実行を制限するという形で、結果的には選挙権を制限するという役割りを上げているということが言えるのであります。いま問題になっております改正案は、この被選挙権の実行の制限のシステムをさらに一段と推し進めたものであるということが言えるのであります。私は、この点がこの改正案の最も大きな問題点であるということを申し上げたいと思います。
 第三に、無所属候補の立候補禁止と少数政党の立候補を困難にしているということが挙げられます。これは、いま申しました被選挙権実行の制限体制の中心的なものになるわけですが、このことは憲法に違反するという疑いがあるのであります。ある人が自由民主党に入党する、党員であること、そしてまたある何かのことで離党するということは、これはもう重大なその者にとっての精神的態度の問題になるわけです。同様に、ある人が無所属であるということ、どの党にも属さないということは、これはやはり同じ程度に重大な精神的態度にかかわるものであります。こういう精神的態度を憲法は、思想、信条の自由であるとか、あるいは被選挙権に信条であるとか社会的身分等々によって差等を設けないというような精神的自由にかかわる保障をしておる。それからまた結社の自由というものも保障をされている。そういうようなことから考えて、無所属候補とか少数政党を締め出す結果になるというこの改正案は、この点で非常に問題を持っておると思うのであります。
 第四番目に、供託金の倍額の引き上げが問題にされると思います。比例代表制選挙の部分のみならず地方選挙に至るまで、いままでの供託金が倍額に引き上げられるということになるのでありますが、これは供託金制度の本来の趣旨を逸脱し、立候補の意欲に金権による障害物を設けるものである。このことは大衆政党に対する政略的な圧力になると思うものであります。特に全国区名簿登載者一人につき四百万円というのは、大変な問題を提起しているものであると思います。
 御承知のとおり、この供託金制度というのは、大正十四年、男子の普通選挙法に衆議院議員選挙法が改正されましたときに、イギリスの制度をモデルにして日本に持ち込まれたものでありましたが、そのときは二千円から出発いたしました。そして戦後になってからこの供託金の額がどんどん上げられてきて、現在は衆議院で百万円、参議院の全国区で二百万円となっておりますが、モデルになりましたイギリスでは、イギリスの下院の選挙は百五十ポンドで、円貨に直しまして約七万円であります。手本のイギリスにおける立候補供託金というのは七万円程度であるのが、日本においては百万円、二百万円、そしてそれがさらにこの案では四百万円に高められようとしておる。他の種類の選挙についても現行の倍額にされようとしております。
 これは大変な問題で、供託金というものの本来の趣旨は、誠実な立候補を保証するという意味の、立候補に対する候補者からの保証金の性格を持ったものであります。ところが、もうこのような高額になってきますと、そういう保証金というような性格から逸脱した別のものとなってひとり歩きをしている。どういう方向にひとり歩きしているかと申しますと、一つは現職議員の自己保身対策、つまり競争者がたくさん出てくることを好まないという現職議員の保身的な意図が一つ考えられるわけです。それからもう一つは、党略的な意図として、大衆政党の進出をこのことによって抑えるということであります。これはすでに普通選挙制が決められたときに見られたことでありまして、当時無産党の進出が予想されておりましたが、無産党の進出を抑えるために二千円では低過ぎる、三千円にしようという案があったのが、それは余りだというので二千円にとどめられたという経過がございます。そういうような大衆政党の進出を抑えるということと、それから現職議員の地位をより現状維持的に安泰にするというこの意図が、日本の供託金制度の高額化ということの背景にひそんでいるのではないかと私は考えておるのであります。
 第五番目に、やはり供託金制度でありますが、供託金制度というのは比例代表制には本質的に要らないものであるというふうに考えられるのであります。というのは、この比例代表制というのは議員の選出の大きな権限を政党にゆだねております。そういう意味で比例代表制の選挙というのは非常に政党に信頼を置いた、政党の良識に信頼を置いた制度である、それが比例代表制の原理的な前提であります。このように信頼された政党が誠実さを欠いたような候補者を挙げるというようなことは理論的には考えられないのでありますが、まあ実際的には考えられるかもしれませんけれども、ともかく、そういうような政党への信頼というものを前提とする比例代表制選挙において、その立候補保証金という性格のこのような供託金、それから、その供託金という形で候補者の乱立を防止するということも一つ供託金制度にはありますが、その候補者の乱立というようなものも、政党に対する投票なのでありますから考慮する必要はないわけであります。こういう点を考えましたときに、比例代表制と供託金制度というのはなじまないものであります。
 しかも、名簿登載者が供託金算出の単位とされておりますが、これも非常におかしいのであります。この名簿登載者というのは得票数に直接に責任を負う主体ではありません。当落にも責任を持ちません。ですから、名簿登載者というのは相当な数を認めても、これは理論的にも実際的にも何ら支障はないのであって、それを供託金の額で抑えるということは必要ではないと考えられるのであります。
 第六番目に、党に配分された当選者数に名簿登載者数が不足するときはどうするかということに対する明確な規定が見出せないのであります。名簿登載するのに巨額の供託金を用意しなければならないということを恐れて名簿登載者の数をしぼることが考えられるわけですが、しぼりますと、選挙の結果、その党が善戦してかなりの票数がそちらに行った、名簿登載者数が当選の割り当て数に不足するということは、理論的には十分起こり得るわけです。それからまた、選挙の結果は国民の世論によって決まるわけですから、票によって決まるわけですから、ある与党が、多数政党が大きな失政をやらかす、その場合には大きく国民の支持は他の党に移っていくということがある。そういうことは実際的にも可能であります。そういう場合にはどうするのかという規定をはっきりこの改正案に盛り込む必要があるのではないかと思うのであります。
 第七番目に、政党による選挙運動、それから選挙のときにおける政治活動の機会が不公平になっております。この選挙運動、政治活動の機会の均等というのは、公職選挙法で言いますところの公明にかつ適正な選挙という、つまり選挙の公正ですが、選挙の公正の重要な部分になっておりますが、これが非常に不公平になっている。名簿登載者数によって、その政党が進める選挙運動は新聞広告とか政見放送とか選挙公報等々の扱いにおいて非常に有利な処遇がされておる……
#138
○久野座長 杣公述人にちょっと御注意申し上げたいと思いますが、お約束をいたしております時間をはるかに超えておりますので、質疑応答の時間等もございますので、残された意見の公述がおありだとするならば、その質問の際にひとつお触れになっていただきたい、かように存じますので、結論をお急ぎいただきたいと存じます。
#139
○杣正夫君 はい、わかりました。
 それでは八番目に、選挙運動の言論、文書活動が禁止に近い大幅な制限がなされている、これがまた問題であります。
 九番目に、公選法の理論的前提を変えねばならないのではないか、つまり候補者というのはだれであるかという問題、選挙運動の主体というのはだれであるかというのが混乱しております。
 十番目に、金のかからない選挙になるということ、これは必ずしも保証はできません。
 十一番目に、政財官の癒着構造が選挙による批判を受けることなく制度的に強化されるというおそれがあります。これは構造腐敗や超国家主義、ファシズムに導かれた明治憲法の古い体制の復活につながるものにはならないかということを恐れます。
 十二番目に、全国区選挙における無所属候補、少数政党候補の大量得票は、政治における管理社会化への国民世論の抵抗のあらわれであると私は解釈しております。この比例代表制選挙によってこのような無所属候補、少数政党に集まった大量票を締め出すということは、国民の選挙に対する無力感が大きくなり、選挙に対する期待感を非常に減退させる、ゆがめる結果になるということを私は恐れておるのであります。
 したがって、本案につきましては、さらに慎重審議を加えていただき、広く国民世論、野党の意見を聞いて練り直しをされることをお願いしたいと思います。(拍手)
#140
○久野座長 ありがとうございました。
 次に、山本浩三君。
#141
○山本浩三君 公職選挙法の一部を改正する法律案に対する意見を述べるのですが、特に限定いたしまして、今度の法案によります参議院の全国区の改正、比例代表選出議員に関しまして述べさせていただきます。
 私は同志社大学で憲法学を専攻しているものでございますが、まず参議院の存在理由についてでございます。憲法四十二条は、「國會は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する。」いわゆる両院制を定めております。これはアメリカ合衆国のような連邦制国家であればあるいは両院制が必要かもわかりませんが、わが国のような単一制国家において果たして両院制が必要であるかどうか、これは憲法学的には問題だと思います。現に憲法案作成過程で総司令部案が一院制であったそうでございますが、日本政府、特に吉田茂氏が強く主張して両院制になったと言われております。ところが、吉田茂氏は政界引退後の回想録の中で、やはり一院制にしておけばよかったということを書かれております。しかし、憲法で両院制国会というのを採用した以上、衆議院と異なった性格を参議院に与えなければいけない。いわば参議院の存在の独自性を保障するために、憲法は参議院の権限あるいは参議院の組織について規定を置いているわけでございます。参議院の組織について見ますと、参議院議員の任期、改選について衆議院議員と異なった規定を置いております。これは四十六条でございます。さらに公職選挙法におきまして、議員の定数、被選挙権年齢、選挙区等につきまして、参議院の組織について衆議院と異なった規定を設けております。このようないわば法律上の苦心というのは、できるだけ参議院議員が衆議院議員と異なった選挙手続によって選出され、もって参議院の国会における独自性を確保しようとしたものと言えます。
 しからば、参議院の独自性ないしは存在理由というのは何かと申しますと、一般に衆議院の専制化を防止するためのチェック的役割り、あるいは批判的役割り、あるいは学識経験者の専門的知識の補充による補完的な役割りを果たすことであると言われております。参議院の全国区選出議員の制度も、初めはこの目的に沿って参議院に有為な学識経験者を選出せしめようとする意図からつくられたものと考えられます。初期には御承知のように山本有三あるいは田中耕太郎というようなりっぱな人材がたくさん選出されたわけであります。しかし、衆議院と同じく国民によって選挙された議員で組織するという参議院が、衆議院と同じ政治的傾向を持つ党派によって運営されていくということは、これは自然な趨勢であると言わねばならないと思います。だから参議院の政党化というのは当然のことであると考えなければいけないと思います。しからば、参議院の政党化を阻止しようとするならば、参議院議員を任命制にするとかあるいは職能代表にしなければいけませんが、これは憲法改正しなければできませんから不可能であります。
 さて、この全国区制度という、全都道府県という広大な地域を選挙区としまして八千万人の有権者を対象とする個人本位の選挙は、理想としましてはともかく、現実にはいろいろな困難な問題を生じてきた、これは否定できないわけであります。とりわけ有権者にとりましては候補者の選択が著しく困難である、また候補者にとりましては身体的、経済的に過重な負担を強いられる、よってりっぱな人物が立候補をちゅうちょするということ、これはもう当然でございます。
 このような全国区制の弊害を是正するために、たとえば全国を数ブロックに分けて個人本位の選挙を行うべきである、こういう御意見も全国区の貴重な改正意見であり、試みるに値するものと私は考えています。しかし、今回の改正法案というのは、このような個人本位の選挙ではなく、政党本位の選挙制度を採用したことにおきまして、わが国の選挙制度の歴史におきまして画期的な意味を持っていると高く評価し、この法案に賛成するものでございます。
 次に、比例代表制選挙についてでございますが、比例代表制選挙というのは、すでにフランス革命のときから、すなわち十八世紀末から、選挙としましては合理的な選挙方法であると主張されておりました。すでに十九世紀末にはベルギーで採用されております。二十世紀の初めにはスイスでも採用されております。しかし、この比例代表制度が世界で脚光を浴びたのは、一九一九年の第一次大戦後のドイツ憲法、いわゆるワイマール憲法で採用されてからであると考えられます。わが国におきましても、その影響で一九二五年に京都大学の教授の森口繁治博士が「比例代表法の研究」というりっぱな書物を書いておられます。また政界におきましても、昭和の初めに齋藤實内閣の時代に比例代表法の採用が企てられまして、法制審議会で検討されたということもございます。
 日本国憲法のできる前にいろいろな民間の憲法草案が出ていますが、その中で総司令部が非常に高く評価しています憲法研究会の憲法草案要綱というものがございます。これは、高野岩三郎、森戸辰男、岩渕辰雄、鈴木安蔵というような当時の名士がつくられたものでございますが、その中にも、これは憲法草案の中でありますが、「第一院は全国一区の大選挙区制により満二十歳以上の男女の平等、直接、秘密選挙(比例代表主義)によって満二十歳以上の者より公選せられたる議員をもって組織され、その権限は第二院に優先す」というふうな規定が置かれまして、比例代表を選挙原理としております。
 特に、わが国の学界に影響を与えましたワイマール憲法の十七条は、ドイツというのは御承知のように連邦制でございますから、各構成国、ラントでございますが、「ラントは、自由主義の憲法を持たなければならない。」これは十七条でございます。そして、「議会は、普通、平等、直接、」直接というのは後でも問題になりますので御記憶願いたいのですが、「直接、秘密選挙により、比例代表の原則に従って、すべてのドイツ人の男子及び女子が選挙する」、こういうふうにワイマール憲法で各ラントに対して比例代表制の選挙を強制いたしております。さらに連邦自体につきましては、国会議員については、二十二条によりまして、「普通、平等、直接、秘密選挙により、比例代表の原則に従って、満二十歳以上の男子及び女子によって選挙される」、こういうふうに決めております。
 ただ、ワイマール憲法のこの規定が問題になりましたのは、実は阻止条項、何%以下の政党は選ばれないという阻止条項を置いていなかった。たとえばナチスが初めに台頭しましたときは三%の獲得票数でありますから、現在の西ドイツで置かれているような五%条項があれば、ナチスは政権をとれなかったのではないだろうかというようなことが言われている。そういうことから、そういう阻止条項を置いていなかったために小党分立ということになり、ワイマール憲法崩壊の一つの原因とされたわけでございます。
 ワイマール憲法の後の一九四九年の現在の西ドイツ憲法、いわゆるボン基本法におきましては、選挙においては比例代表という規定は置いておりません。すなわち、国会議員の選挙につきまして三十八条で、「ドイツ連邦議会の議員は、普通、直接、自由、平等及び秘密選挙によって選挙される」、ここでも直接という規定を置いております。御参考までに、日本国憲法におきましては国会議員の選挙については直接という規定は置いておりませんが、西ドイツの現行憲法においては置いております。
 ところが、この西ドイツの連邦選挙法によりましては、比例代表制に小選挙区制を併用した制度を採用しております。そしてこの連邦選挙法の規定におきまして、三選挙区、五%条項という、いわゆる阻止条項でございますね。すなわち、各州において小選挙区制でまず投票いたしますが、その場合、三人当選しなければいけない。三選挙区において一議席ですから三人通っていなければいけない。さらに全体におきまして百分の五の有効投票を持っていなければいけない。こういう、いわば五%以下あるいは三人以下の小党を阻止する条項を置いております。
 御承知のように、西ドイツ憲法におきましては憲法裁判所というものを置きまして、わが国とは違いまして、直接、違憲の法律を裁判できるという制度がございますが、ここで、この五%条項というのは憲法違反じゃないか、少数党を締め出す憲法違反ではないか、こういう訴えがございましたが、一九五七年の一月二十三日に連邦憲法裁判所は、比例代表制における議席の配分に際して、いわゆる小党派、スプリッターパルタイと言って、余り適当ではございませんが、日本ではお茶わんなんかの破片の破片政党と訳していますが、小党派を憲法生活の撹乱の予防のために除外することが許されるのである、こういう合憲の判決を下している。これは日本にそのまま入れるのは妥当でないかもわかりませんが、かつて小党分立によって悩んだということからこういう判決が出ているわけでございます。
 五%ならいいのなら、もっと上ならどうかというのに御参考までに申しますと、これは州議会選挙でございますが、七・五%の阻止条項を定めましたシュレスウィヒ・ホルシュタインですかの州議会選挙法は、平等条項に違反するから憲法違反である、こういう判決を下しております。
 比例代表制の長所と短所、先ほども杣先生がおっしゃいましたが、一般に言われておりますのは、長所としましては、有権者の意思が忠実に議会に反映する。いわゆる投票の結果価値の平等というのがいま憲法学会で定数是正の問題で言われておりますが、これが保障される、あるいは民主政治の合理性が実現されるということ、これが第一点でございます。第二点は、少数者にも議席獲得の機会を与える。いわゆる多数代表制の小選挙区制と比較しますと、そのことははっきりわかるわけであります。それから、議会政治というのは政党政治でありますから、比例代表というのはこの政党本位の選挙を維持発展させる。さらに四番目としましては、有能な学識経験者らを議員とすることができる。もうああいう過重な選挙運動をしなくてもいいということになれば、有能な学識経験者が場合によりましては立候補するということが考えられるわけであります。
 一方、比例代表制の短所というのは何かというと、多数政党の分立ということでございまして、これは先ほど申しましたように、阻止条項の採用で防げるのではないか。それから後で申し上げますが、選挙の直接性の原則に違反するのではないか、こういうことが言えます。それから有権者の選挙に対する関心を弱めるのではないか、こういうような指摘もございます。
 その次に、この制度を採用されますと、政党というものが非常に重要視されてきます。これは九州大学の、もうおやめになった林田先生という憲法学者でございますが、この方がすでに「政党を無視した純粋に個人本位の選挙法は時代錯誤である」ということを書かれておられますが、今回の比例代表制の導入によりまして、政党本位、政党の政策本位の選挙が行われることになりまして、国政における政党の地位というものが上昇することになりました。これは、私は非常に歓迎すべきことだと思います。
 憲法と政党の関係につきましては、これはドイツのトリーペルという教授が四つの段階に分けて説明しております。まず、憲法が政党というものを敵視する段階、それから無視する段階、それから承認する段階、それから憲法の中に編入する段階。ちょうど日本国憲法におきます現在の政党というのは第三の段階で、いわば法律によって承認されている段階であります。日本国憲法には政党の規定はございません。だから第四段階には入っていない。西ドイツの憲法はすでに政党を憲法の中に定めておりますから、第四段階に入っておるわけでございます。わが国では法律によって定めております。たとえば国会法では会派というような表現を使っておる。公職選挙法では政党あるいは党派別というような表現をしております。
 政党を真正面から規制していますのは、御承知の政治資金規正法であります。
 政党が日本国憲法の統治構造において重要な役割りを担っているということは、すでに最高裁判所の判決の中でも言及されております。これは八幡製鉄の政治献金事件でございますが、昭和四十五年六月二十四日の判決の中で、「憲法は政党の存在を当然に予定しているものというべきであり、政党は議会制民主主義を支える不可欠の要素なのである」と、こういうふうに言っております。このように、国政において重要な役割りを果たしている政党の地位が、いままでは低く、いわば冷遇されてきたと言えます。私もちょっと調べましたが、たとえば労働組合の法人格というものは認められている。ところが、政党の公益法人としての人格というのは、あるいはあるかもわかりませんが、私の調べた範囲ではまだない。あるいは、政党が非常に国政において重要な役割りを果たしておるにかかわらず、たとえば政党の運営費等についての公費助成が行われていない。こういう点から見ましても、その他もございますが、やはり政党というものが不当に冷遇されているんじゃないかと思えるわけであります。しかし、今回の改正法の実施に伴い、政党の責務が重大になる一方、政党の国政上の地位も正当に評価されることになると思います。それとともに、将来は選挙の公営化のみならず、各政党の運営費についても国庫による助成の手段が講ぜらるべきであると考えます。
 最後に、結論でございますが、憲法学を専攻しておりますので、改正法案と憲法との関係につきまして二つの点にしぼりますと、まず選挙の直接制でございます。
 憲法四十三条は、「両議院は、全國民を代表する選擧された議員でこれを組織する。」と定めておりまして、先ほど申しましたように、ドイツの憲法のように直接国民はこれを選挙するというふうには定めておりません。地方公共団体の長とか議員につきましては、憲法九十三条二項が、地方議員、その他の吏員は住民が直接これを選挙すると定めております。これを対照しまして、国会議員の選挙については間接でもいいんだというような議論もありますが、やはり有権者が直接選挙するものと考えねばならない。そうすると、改正案の拘束名簿式比例代表制選挙の場合は直接選挙に違反しないかという問題が生じます。この問題もやはり西ドイツの憲法裁判所で問題になりましたが、名簿で投票しました後で今度は政党がその名簿の中から自由に選択するようになれば直接制に違反するが、そうでない限り直接制に違反しない、こういう判決が出ております。
 それから、被選挙権、すなわち立候補の自由の制限につきましては、参議院議員の選挙は同時に地方区、いわゆる選挙区選出議員の選挙も行われますから、これに立候補することもできますから、さらに政党等の要件を満たす団体をつくれば立候補できますから、憲法違反にならぬのじゃないか、このように考えております。
 終わります。(拍手)
#142
○久野座長 どうもありがとうございました。
 次に、岡田元弘君。
#143
○岡田元弘君 大阪同盟の岡田元弘でございます。
 参議院全国区に拘束名簿式比例代表制を導入しようとする公職選挙法の一部を改正する法律案について、私は基本的に反対する立場から意見を申し上げたいと思います。
 まず、今回の改正案が改正すべき主な理由といたしまして、一つには、選挙区が余りにも広く、候補者に過酷な運動を強いるという点を挙げておられるようであります。二番目に、多額の選挙費用を必要とするということがあるようであります。さらに三番目に、多くの候補者の中から一人を選択するのは非常に困難であるなどが主たる理由として挙げられているようであります。早速私は、この改正案に反対する理由を以下申し上げたいと思います。
 まず第一に、議員を決定するのは有権者でなく、政党によって決定されるという点であります。私たちは、戦後選挙の都度、みずから選択をいたしました候補者個人の氏名を投票用紙に記入してまいりましたが、しかし、今回の改正案によれば、政党によって作成された候補者名簿に従って政党名を記入することになるわけであります。しかも、候補者名簿の作成は政党の任意に任されておるのでありまして、政党、政治団体に所属しないほとんどの国民は、これに全く関与することができないわけであります。昭和五十五年五月の朝日新聞による参議院選挙直前の政治意識調査によりますと、投票の際、人柄で決めると答えた人が五三%を数えているわけであります。同年六月の毎日新聞の調査によれば、候補者選びの基準として政党や団体を挙げているのは一四%にすぎず、六七%の人々が個人中心の選択をしているということの結果が出ておるわけであります。果たしていま提案をされております政党本位の選挙とする改正案によって民意がより正しく反映されるのでありましょうか。また、今日無党派層が四〇%にも及んでいる実態からいたしますと、このことはかえって投票率の低下を招き、民主主義に逆行することが懸念をされるところであります。そしてまた、この制度は、公務員を選定すると定めた憲法十五条一項、さらに「選擧された議員」と規定をいたしております憲法四十三条一項に抵触するものと考える次第であります。
 第二に、政党、政治団体に所属しないと立候補できなくなるという点であります。すなわち、今回の改正案によりますと、候補者名簿を提出できる政党、政治団体の資格要件の問題であります。それによれば、個人または無所属立候補を事実上認めないという内容であります。政党、政治団体に参加するか否かは全く個人の判断、選択にゆだねられるべき問題であり、憲法二十一条一項も、結社の自由とともに結社しない自由をも保障しておると存ずる次第であります。そのほか、この改正案は、憲法十四条の法のもとの平等、あるいは四十四条ただし書きの議員の資格に関する規定など、憲法の民主的な諸原則に反するものであることは、国会の審議を通じてすでに強く指摘されているところであります。
 第三に、第二院としての参議院の独自性が弱められるということであります。戦後の一時期、先ほどもお話がございましたが、参議院におきまして緑風会なるいずれの政党にも所属しない会派がありましたが、最近では政党化が進み、二院制の効果が薄れてきていることはすでに事実であります。しかし、衆議院の審議の経過において必ずしも正しく反映されていない国民の各種の意見やあるいは利益を正しく反映し、そして衆議院に対する大所高所からする補完的、批判的機能を果たすことが参議院本来の使命であろうと考えるわけであります。そしてまた、いま国民の多くがそのことを強く求めているところだと考える次第であります。しかし、いまここに提案されておりますように、候補者にとって決定的に重要でありますところの候補者名簿の作成が政党によって行われることになった場合、候補者として名簿に記載されるのか、そしてその順位などを考えますときに、候補者として党へ忠実ならざるを得ず、その結果といたしまして党への従属関係は一段と強められ、参議院の政党化は決定的、固定的にならざるを得ないことを憂慮するものであります。このように考えますときに、本改正案はまさに逆転の発想であると言わざるを得ないのであります。
 以上、私は改正案に反対する論拠を申し上げました。私は改正案に反対をいたします。しかしながら、今日の選挙制度が完全であるとも考えておりません。全国区選挙は選挙区が広大であり、運動が大変だということも実感として感じております。二十三日間の運動期間と言われますが、実際には少なくとも一年前から運動に取り組まなければ選挙にならないことも、身をもって体験をしてきております。したがって、参議院の選挙制度、特に全国区制度について、現行の制度が最善のものと考えておるわけではありません。しかしながら、公職選挙法の改正というのは、立法者が立法者に関する法律をつくるという、他の法律にない性格を持っておるものであります。またこの問題は、現存する特定政党間のみの問題ではございません。将来にわたってのきわめて重要な国民的な政治課題だと思います。
 議会制民主主義の制度下において、私は、最終的には議会の多数によって決せられることを承認をいたします。しかし、この問題についてはなお多くの時間をかけ、審議すべき問題であって、今日までの経過及びこの問題がどれほど主権者である国民の間に理解されているかを考えますときに、最近新聞紙上でも報道されておりますような、きわめて近い時期に多数の賛成だからといって決着をつけるべき問題ではないことを強く主張いたしたいと思う次第であります。そのため私は、この選挙制度の改正については、少数党の意見も多数党の意見同様に扱って慎重に審議するとともに、その内容を国民の前に公開されるように要望いたしたいと思います。
 いま選挙制度を検討いたしまする場合に、まず第一に着手しなければならないのがこの拘束名簿式比例代表制の問題でありましょうか。私は必ずしもそうではないと思います。定数是正の問題はどうなっているのでありましょう。一票の重みということが問題となり、世間の関心の的となって何年になるのでありましょう。すでにこの問題については国民の広範な運動も起こっておるわけであります。今回の選挙制度の改正の理由の一つに、より民意を的確に反映することがあるといたしましたならば、何よりもまず取り組まなければならないのが定数是正の問題であると私は確信をいたすのであります。さらに、公正な公営選挙を強化することなどが先決の事項であると考える次第であります。
 次に、選挙制度改正の内容について意見を申し上げたいと思います。
 本改正案の幾つかの点において、反対する側からは憲法違反であるあるいは憲法違反の疑いがあると指摘されておりますし、これに対して提案する側からは憲法違反ではないと主張されております。憲法違反であるのか否かは、結局司法の判断にゆだねなければ結論の出ない問題ではありましょう。ただ私の申し上げたいことは、憲法違反でなければそれですべてよいという問題ではないということであります。私は先ほど反対の理由を二、三挙げました。現行の有権者による直接選挙から間接選挙となり、全国区参議院議員を事実上決定するのは有権者でなく政党になること、政党、政治団体に属さなければ立候補できないこと、第二院としての参議院の独自性と機能が一層弱くなることなどを申し上げました。これらがたとえ憲法違反にならないといたしましても、この改正案が主権在民、自由、平等の憲法に照らしまして、わが国の民主主義にとって前進となるのか後退となるのか、党派を超えた御審議をお願いを申し上げたいと考える次第であります。
 また、この改正案に対して各種の意見も出されていると私は聞いております。現行選挙区が広大に過ぎて候補者に過酷な運動を強いる、多額の資金を必要とする、またその反面、選ぶ側からしても候補者の選択が困難であるというのが改正すべき主たる理由となっております。
 そもそも参議院全国区制度が発足をいたしました意味合いは、私も聞いた話ではありますけれども、学識経験ともにすぐれた、全国的に有名有為の人々を選出することを主眼とするとともに、職能的知識経験を有する人材が選出されることによって職能代表制の持っている長所を取り入れんとするねらいがある。このように昭和二十一年十二月の議会における参議院制度制定の提案説明に述べられているようであります。すなわち、発足の当初からその意味するところは、地域代表的な性格とせず、全国を一つの選挙区とした広い範囲から職能別代表を含めて有為な人材の国政参加を求める、このような趣旨から発足をいたしておるものと理解をいたしております。
 しかしながら、制度発足以来数多くの経験を通じて、今回提案されておりますような改正すべき理由の生じておりますことも、私は決して否定をするものではありません。しかし、事は選挙法に関する問題であります。仮に改正することを認めても、その改正の方法については種々意見の分かれるところであります。そしてまた、意見の分かれるところが民主主義のよい点でもありましょう。しかしその際、大変大事なことは、多数党は少数党の意見をも十分尊重するということだと私は思います。
 そして本改正案に対する異なった意見として、今日までに、参議院議員の制度を廃止して衆議院議員のみの一院制を主張する意見もありますし、いま一つの意見といたしましてはブロック制の問題があります。全国区制度制定当初から、より広い地域からよりよい人材を、そして職能代表制の長所を採用するという立場に立ちますならば、今回の改正の主たる理由に照らしましても、このブロック制ということはかなり検討に値するものと私は判断をいたします。もちろん幾つのブロックにするのか、ブロックの形成はどのようにするのかなど、具体的に問題を論議すると意見は数多く分かれると思いますし、なかなか容易なことではないと思います。しかしながら、一致点を求めて各党のせっかくの御努力を心からお願い申し上げたく存ずる次第であります。
 以上申し上げてまいりましたが、いずれにいたしましても百年近く日本の選挙は個人に投票する選挙が続いてきたわけであります。しかし私たちは、いまかつてだれも経験したことのない参議院制度の根本的な改革に取り組んでいるわけであります。議会の多数は男を女に、女を男にする以外のことは何でもできるという言葉があります。今回の改正案が多数党に有利であるということはすでに言い尽くされているところであります。しかも、一度制定をされると修正、改正は非常に困難であることは今回の経緯からも説明を要しないところであります。
 以上申し上げましたことに従い、私は結論として、この改正案を撤回されることを強く要望をいたしたいと思います。そして、参議院全国区制が発足したその経緯と果たすべき役割りを改めて確認して、その原点に返って、よりよき制度を確立するために、多数党に対しては寛容、少数党に対しては多数決の原理を尊重することを確認しつつ、すべての政党が虚心坦懐に御審議くださいますように心からお願いを申し上げる次第であります。この場合、特に多数党の責任が何物にも増して重大であることを強調させていただきたいと考える次第であります。
 さらに、私は最後に、このような私どもの意見を申し述べる機会をお与えいただきましたことにつきましては、深く感謝の意を表する次第でございます。ただ、新聞報道によりますと、十三日の日にかは特別委員会で採決をするということが報道をされております。事実かどうかは知りません。しかし、そういうふうに報道されておるのを読みつつこのような公聴会において意見を申し上げることは、何かむなしさを感ずるわけであります。すでに結論があって、そしてただ手続、形式としてのこのような意見を聞いていただく機会があるといたしますと、それはまさに形式的でありまして、今後のためにも私はこの点につきましては強く遺憾であることを申し上げておきたいと存ずる次第でございます。
 以上で終わりたいと思います。(拍手)
#144
○久野座長 ありがとうございました。
 次に、藤田保弘君。
#145
○藤田保弘君 ただいま委員長から御指名をいただきました南清水保育園の園長の藤田でございます。専門の先生方を前にいたしまして、一介の保育園の園長でございます私が意見を申し上げるのは大変僣越と存じますけれども、ちまたの一人の宵ということでお聞きをいただきたいというふうに思います。
 私は、保育園の園長として毎日子供たちの保育に専念をしております。何よりも大切な平和、原水爆の禁止を人類のために求めながら、子供たちが幸福に育っていくことを願って働いているわけでございます。この私たちの願いが実現するかどうかはすべて政治にかかっていると思います。私たち一般の市民も、このような立場から政治や選挙制度に無関心ではおられません。
 そこで、本日の公述人として、私は選挙制度、特に参議院全国区制の改正の必要性について意見を申し上げたいと存じます。
 私は、わが国が主権在民の国でありますから、当然のこととして幅広い国民の代表を国会に送らなければならないと考えています。しかし、参議院の全国区選出議員の現状を見ますと、自民党の場合には、高級官僚出身者が十六名、約四〇%、あるいは新宗連、軍人恩給など利益団体代表と言われる方々が十四名、約三五%、タレントと言われる方が七名、その他が三名となっています。社会党の場合には、労働組合出身の方が十六名、八八%、団体が一名、その他が一名。民社党の場合にも、労働組合出身の方が五名、八三%、その他が一名。そして小会派の方々は、タレントの方が八名、その他が一名という状況になっています。
 私は、こうした現状を見るとき、もっと国民各層から学識経験のある方、または職能知識にすぐれた方々を代表として国会に送るようにしなければならないと思います。かつて参議院全国区は学識経験にすぐれた方々が多く選出され、緑風会という会派があり、参議院は良識の府と言われたこともあったと記憶しているのでありますが、こうした方々が立候補されなくなった背景には、やはり現行の選挙制度に問題があると言わざるを得ないのであります。
 全国区で大量の得票を得るためには、その後ろに大きな組織票を持たなければなりません。そのために、業界や利益団体の票をまとめやすい高級官僚や労働組合の役員の候補者が多くなりがちであります。また、全国にまたがった広範囲な選挙運動を行うためには相当な資金がかかります。また、ある程度知名度があり、票をまとめやすいということから、すぐれた学識経験者を候補者とすることができなくなり、結局、高級官僚や労働組合の役員が候補者として選ばれる形になってしまっているのであります。
 私は当時の状況はよく知りませんが、昭和二十一年十二月の当時の帝国議会における参議院制度の制定のための大村国務大臣の提案理由説明においては、次のように述べられていると聞いているのであります。
 すなわち、地域代表的な考え方を全然考慮に入れない、もっぱら学識経験ともにすぐれた、全国的な有名有為の人材を選抜することを主眼とするとともに、職能的知識経験を有する者が選出される可能性を生ぜしめることによって、職能代表制の持っている長所を取り入れることを目的としているのであります。
 この趣旨からいたしましても、参議院全国区にはもっと幅広い層からの、よりふさわしい有名有為の人材が選出できるような制度に改正することが、現状をそのままにしておくより、はるかによいことだと考えるものであります。
 ことに候補者を立てる政党側にしてみれば、当選させるためには相当な資金と組織力が必要条件となるため、どうしても特定団体をバックにした人物を候補者として選ぼうとする傾向にならざるを得ません。同時に、日本全国を走り回らなければならないという選挙運動は、候補者本人だけでなく、運動員も過酷な肉体労働が要求されているのであります。全国区選挙が残酷区などと呼ばれているのは、こうした背景があるからだと思います。
 こうした候補者や運動員の実態、また多くの資金力、組織力を持たなければ当選できないということになれば、すぐれた学識、職能経験者などは立候補に二の足を踏むのは当然だろうと思うのであります。結局、国民各層から有為な人材を選ぶことはできなくなります。そこで、強い組織力をバックに持つ人やマスコミによって知名度が売れたタレント候補者に限られてしまうのではないかと思うのであります。そうしますと、資金力がなく、組織をバックにしない有識者の方々に候補者となってもらうためには、やはり現行の選挙制度を改正する以外にない。現在、国会に提案されている拘束名簿式比例代表が最良のものとは考えませんが、現在の選挙制度より一歩前進したものと考えるものであります。
 拘束名簿式比例代表制は、有識者の名簿をそれぞれの政党または政治団体がつくり、順番をつけた名簿をもって政党または政治団体が国民に対して信を問うことになるのですが、こうした選挙方式を採用する上で、それぞれの政党または政治団体は国民に信頼される候補者を名簿に並べるかどうかで良識を問われることになります。こういう選挙制度ですと、参議院も政党代表になって二院制の意義が薄れるとの批判がありますが、私は、議会制民主主義における政党の役割りは大変重要であり、現状の政党政治からすると、参議院の場合も政党代表にならざるを得ないと考えるものであります。
 ことに、参議院の政党化を強めることについては、第二院として参議院の衆議院に対するチェックの機能、補完機能が失われるとの意見がありますが、私はそうは思いません。結論から先に申しますならば、第二院としての機能を発揮することと政党化が強まることは矛盾するものではなく、両立できるものであると考えます。それは、議会制民主主義のもとにおける政党の役割りは、参議院といえども重要であり、かつ政党化は自然の流れだと言えるのであります。私は、政党化を前提として、なおかつ参議院本来の機能を発揮できるように、参議院における審議のあり方を含めて改革を進めるべきだと考えるものであります。
 しかし私は、拘束名簿式比例代表制を採用するにしても、現在衆議院で審議中の公職選挙法の一部改正案につきましては、次のような修正が必要だと考えるものであります。
 それは第一に、政党の要件を可能な限り緩めるということであります。自民党提出法案では、候補者名簿を提出できる政党または政治団体の要件が、所属国会議員が五人以上、直近の国会議員選挙の有効投票が四%以上、参議院議員候補者が十人以上のいずれかでなければならない、となっているのでありますが、これでは少数政党に厳し過ぎると考えます。したがって、参議院に提案された社会党案のように、所属国会議員を三人以上、直近の選挙の有効投票は二%以上、参議院議員候補者は五人以上にした方がよいと思います。
 第二は、当選人の決定方式でありますが、これもこの法案の大政党に有利なドント式から、社会党案の少数政党に配慮した修正サン・フグ方式に改めるべきであります。
 第三は、供託金の引き上げでありますが、これも現行の二倍の四百万円とするのでは余りに多額となり、かえって選挙の費用を増加させることにもなるので、少なくとも一・五倍、三百万円程度にとどめるべきであります。これらの点につきましては、自民党は国民の声を謙虚に聞かれるべきだと思うのであります。
 最後に私は、選挙法の改正につきましては、国民の参政権を正しく行使させ、選ばれた国会議員は国民の意思を正しく反映させていただかなければならないと考えるものであります。いやしくも党利党略で選挙法の改正が行われてはならないと考えるものであります。
 選挙法の改正は、十分審議を尽くしていただきまして、一致点を見出し、全党の合意の上で成立されることをお願いいたしまして、私の公述を終わります。(拍手)
#146
○久野座長 ありがとうございました。
 次に、東垣内清君。
#147
○東垣内清君 私は、日ごろ弁護士として、市民の生活と権利に深くかかわりを持ち、また自由法曹団員として、憲法や民主主義擁護の活動にも参加しておりますが、そのような一国民として、自由民主党が提案されました参議院全国区制法案につきまして若干の意見を述べさせていただきたい、このように思います。
 国会議員の選挙は、国民の主権行使及び政治参加の最大の機会です。憲法は、「日本國民は、正當に選擧された國會における代表者を通じて行動し、」云々、これは前文でございますが、「両議院は、全國民を代表する選擧された議員でこれを組織する。」憲法四十三条でありますが、このように定めております。このようなことはあえて指摘するまでもないことでございますが、この国民主権、議会制民主主義に沿う選挙を保障するためには、次のような基本条件が確定されることが不可欠だと考えます。
 第一は、国民の多数が平等に投票に参加できること。選挙権の数、質とも平等であるということです。
 第二には、国民の政治参加の自由が平等に保障されていること。選挙活動、政治活動の自由保障の問題でございます。
 第三は、自由で公正な民意の形成を阻害する要因を徹底的に排除すること。企業や団体の献金を禁止し、買収などを根絶することなどでございます。
 第四は、国民と国会との社会的パイプ役とも言うべき政党の自主的で自律的な発展を保障すること。結社の自由を認め、政党への監視、介入とも言うべき政党法などを排除しなくてはならないと思います。
 第五に、議会の構成が国民の多様な政治意思を公正に反映し得る選挙制度であることでございます。小選挙区制など、多くの死票を生み、いわば民意切り捨て制度とも言うべきこのような制度は排除することでございます。
 これらは、憲法上最小限の要請だと言っていいだろう、こういうふうに考えます。
 こう見てきますと、緊急に着手すべき点の一つは、地方区の定員是正の問題です。一九八〇年の国勢調査結果によっても、議員一人当たり人口で一対五・七三というひどい不均衡が生じております。
 また、選挙活動は政党や候補者だけが行うものではありません。国民みずから政党の政策や候補者の政見、人柄を知り、支持する政党や候補者の当選のため、国民の中で相互に働きかけ、支持を広げ合っていく主体的な運動でございます。これを旺盛にするためには、戸別訪問、文書活動などが自由でなくてはなりません。国民の選挙、政治参加の自由を金縛りにした現行公選法を早急に改めなければならない、こういうふうに思います。
 金権腐敗政治の根源とも言うべき企業、団体献金の禁止、買収など、悪質犯罪の根絶策等も緊急課題だと考えます。
 ところが、こうした点については全く手をつけないで、参院全国区制改革のため大幅会期延長の強行、次いで参院公選法改正特別委員会での採決強行、本会議での異常な事態での強行採決など、納得しがたい事態が続いておると言わなければならないと思います。
 参議院全国区制に期待されるものは、全国的で長期的な視野に立つ国民代表を選出し、良識の府として慎重な審議を通じて衆議院を抑制、補正しようとする点に中心的な意義が認められてきたし、最近では小政党や無所属候補が少ない選挙費用で国政に選出される貴重な舞台としての役割りを果たしてきております。
 今回の改革法案は、これを一挙に変革しようとする大改革でありますが、第三者機関の審議も経ておらず、政党間の基本的合意もいまだありません。結局、多数政党による党利党略によるものとしか思えないわけでありますが、この点は法案の次の点に端的にあらわれているのではないかと思います。
 第一は、小政党や無党派、無所属の締め出しです。比例代表制ないし政党本位の選挙の実現という説明も、無党派などを締め出す理由にはなりません。自民党の御都合によるもの以外ではないのであります。名簿の下位に位置づけられた者が無所属などで立候補しようとするのを抑制するためだというふうに聞き及んでおります。
 第二に、ドント式の採用です。これが多数政党に有利であることはよく知られております。最も簡明な単純比例配分を排除する理由は全くないわけであります。
 第三に、選挙運動の規制です。法案は、政党本位の選挙制度をうたいながら、名簿登載候補者個人の選挙運動を一切禁止し、政党などの選挙運動を新聞広告、テレビ、ラジオでの政見放送及び選挙公報に限定するなど規制を強化し、しかも、これらの機会も相対的に多数政党に有利に割り当てられることになっております。選挙活動、政治活動の自由化、言葉をかえますと、国民に国政参加の機会、方法を広く認めること、これはもしそうすることが革新政党に有利に働く、こういう認識が規制強化へと向かわせているのではなかろうかというふうに疑わざるを得ません。
 強行採決の繰り返しという法案審議過程とあわせ、法案の持つ党略性は明白だと言わなければならないと思いますが、次に述べるように、この法案は違憲のもので、反民主的なものである点において、とうてい廃案以外にはないものと考えます。でき得れば撤回願いたいものだと思います。
 名簿を提出できる政党などを三つの要件のいずれかに該当するように限定しておりますが、この点につき憲法十五条は、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、國民固有の権利である。」と規定し、最高裁大法廷判決は、選挙権が基本的人権であることを確認した上、これと表裏の関係にある「被選挙権者、特にその立候補の自由も憲法十五条一項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである」、このように判示しております。これを所属政党の有無、すなわち無所属、無党派を理由に差別したり奪ったりすることは、国民主権に対する重大な侵害であると考えます。たとえ無所属や少数党でも、その活動を保障することは当然であり、議会制民主主義にとって基本的要件であります。法案のようにあらかじめ法的に規制し、排除することは、国民の主権者としての選択の権利を奪うものであり、現に国民の中に存在する多様な政治的意思をあらかじめ抹殺しようとするものであって、とうてい憲法の容認するところではないと考えます。
 また、憲法十四条の法の下の平等の定め、同四十四条の「両議院の議員及びその選擧人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信條、性別、社會的身分、門地、教育、財産又は收入によって差別してはならない。」との規定に照らし、無所属などに対する立候補制限も信条による差別というふうに言うべきです。
 憲法二十一条は、結社し、または結社しない自由を認めていることから、いずれの政党にも加入しないことや、法案の定める条件に合わない政党に属していることで比例代表選挙への立候補を認めず、あるいは制限、政党等結成を実質上強制するというふうになることなどは、明らかに結社の自由に対する侵害だと考えます。
 十名の候補者をそろえれば立候補できるから違憲ではないと弁明する向きもあるようですが、供託金の倍増とその没収規定は大きな経済的負担を強いるものであり、自由侵害の役割りを果たすものと言うべきです。いずれにしても二十一条違反の点はぬぐい切れません。
 また、憲法十五条は、公務員たる個人を取捨選択する権利の保障と解する見解、これは日弁連の意見書、本年三月に発表されておりますが、もあり、かかる主張も「一つの解釈論としては軽視することができない」という見解、これは憲法研究者三十一氏の八月五日付の声明でございますが、こういう指摘も傾聴しなければならない点だと思います。
 次に、選挙運動を大幅に規制することの違憲性でございます。言論の自由の保障は議会制民主主義を支える重要な柱です。一つは代議制、多数決原理のチェック機能を果たすものとして、一つには国民の代表を選ぶ過程で主権者たる国民が主体的な選挙への参加を保障するものとしてであります。法案との関係では、特に後者にかかわることでありますが、現行公選法では、戸別訪問禁止やたび重なる改悪によって、文書図画の領布制限を初め、政党や候補者などの選挙運動や政治活動の規制等、諸外国に例を見ないほど厳しい規制をしております。加えて、本法案では一層規制を強化する方向で臨んでいるわけであります。これでは、有権者は政党の政策や政策論争についても十分知ることができず、いわんや候補者の政策、識見等も十分知ることができません。候補者や政党の活動を制限し、国民の知る権利を侵し、政治参加の機会と方法を奪い、選挙を暗やみ化し、ひいて議会制民主主義を掘り崩すことになりかねない、このように考えます。これらの制限には、これという合理的理由も認められず、憲法二十一条に違反するものと言わざるを得ません。
 なお、法案は政党の自主的、自律的発展の保障という観点から問題があります。
 以上が、この法案に賛成できない理由の骨子でありますが、最後に、参議院、衆議院を通じて、私たちと同様参考人あるいは公述人の多くの方々が意見を述べております。多くの反対意見がございました。また、賛成意見の中にも無条件で賛成する方はほとんどなかったように理解しております。現在の段階でこれらの意見が十分反映されているとも思えません。こうした重要な制度の改革に当たっては、十分論議を尽くし、国民諸階層の意見をよく聞いていただき、政党間の基本的合意を得て進めていただきたいものだということが一国民の立場からの切なる願いでございます。
 以上が私の意見でございます。(拍手)
#148
○久野座長 ありがとうございました。
 以上で意見陳述者からの御意見の開陳は終わりました。
    ―――――――――――――
#149
○久野座長 この際、質疑者並びに意見陳述者の皆様に申し上げます。
 当委員会の理事会で協議をいたしました結果、質疑時間等につきましては次のように約束されておりますので、念のために申し上げたいと存じます。
 塩崎潤君、自民党、十五分。堀昌雄君、社会党、四十九分。石田幸四郎君、公明党、十六分。中井洽君−民社党、十五分。安藤巖君、共産党、十三分。石原健太郎君、新自由クラブ、十二分。
 以上でございます。
 時間が限られておりますので、どうか持ち時間の範囲内で質疑応答が行われますようにお願いを申し上げる次第でございます。
 これより委員からの一質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。塩崎潤君。
#150
○塩崎委員 私は、ただいま御紹介を賜りました自由民主党の塩崎潤でございます。
 先生方、大変貴重な御意見を賜りました。さらにまた非常に深い憲法論議などもいただきました。大変参考になったことをまず御礼を申し上げたいと思います。
 そこで、私の持ち時間は大変制限されておりますので、お三方にだけ御質問をさせていただきたいと思います。
 まず第一に、山木先生にお願い申し上げたいと思います。
 先生は御意県の中で、全国区制度というものは参議院の選挙制度として、参議院という二院制度の中の位置づけを考えられて適当なる制度に打ち立てるべきであるという観点から、改正の必然性、さらにまたドイツの判例まで引いての憲法論議について、御明快なお答えをいただいたわけでございます。
 そこで、その御立論の際に一つ出てまいりました先生の御意見の中に、昭和二十二年の第一回の選挙に山本有三先生、田中耕太郎先生というお名前を出されておられたのでございます。そのお気持ちは多分に、当時そのような大変全国で有名な、しかも有識者とも思われる先生方が出られた。私、当時のことを思い出すのでございますが、当時はわずか十二万四千票ということで当選できたのでございます。候補者は二百四十何名かの候補者があったのでございますが、現在は御案内のように立候補者はわずか百三名ぐらい、百人ぐらい、しかも前回昭和五十五年の選挙では、当選の最低ラインは、六十四万三千という大きな票を獲得しなければ五十番以内に入れないというような結果でございました。そこで、このような十二回にわたる選挙の変遷から見まして、先生はどのように考えられるか。
 まず第一は、先生が申されましたように、先生のお話だと、山本有三先生や田中耕太郎先生が出られた当時の、つまり百人のうち五十七名までが無所属の方が当選されて、緑風会をつくられた。このようなことが、参議院と申しますか、参議院議員として、参議院の構成としてふさわしい姿であるというふうな印象を受けたわけでございますが、先生はそのようなお気持ちで述べられたかどうかという点が第一点でございます。
 そこで、第二点にお尋ねしたいのは、この間十二回、選挙もございました。昭和二十二年から昭和五十五年まで三十三年もたったのでございますが、この閥全く法律の改正は行われない。全国区制度について何の法律の改正もないのですけれども、選挙の実態は、いま申しましたような候補者の数がもう半分以下に減っている。当選ラインは五倍以上に上がっている。このように変わってきたのはどういう原因と考えておられるのか、この点をひとつ承らせていただきたい。
 そこで第三番目に、先生は恐らくこのようなことは、現在の全国区制度はもう行き詰まってきた、その点については藤田先生がいまなぜ全国区の制度が行き詰まったかということを詳細に述べられましたが、私は全く同感でございます。そこで、こういうふうに行き詰まったとすれば、なぜ比例代表制を適当と考えられるのか、その点を御意見を賜りたいと思います。
 以上、三点でございます。
#151
○山本浩三君 ただいま三つの御質問がございまして、三つ要領よく私の頭の中に入ったかどうかわかりませんが、まず第一点に、最初全国区というものが設けられたときには山本有三氏とか田中耕太郎氏とかいうようなりっぱな方が選ばれ、そして緑風会というような、いわば無党派的な、衆議院の党派とは関係ないような党派ができた。これが理想的なあり方かどうかという御質問だったと思うのですが、やはり両院制を設けたからは、何とか第二院に対して存在意義を認めなければいけない。そういうふうに考えると、やはり衆議院とは構成の違った、先ほど申しましたような補完的な役割りを持つものとして、そういうりっぱな学者なりあるいは学識経験者が選ばれるのが望ましいと思うわけでございます。しかし現況におきましては、先ほど御指摘のような有権者の数、それから獲得票数等から申しまして、そういう方々が選ばれにくくなった。しかし、そういう参議院の政党化はやむを得ないが、政党化した上でなおかつそういう学識経験者を選ぶにはどうしたらいいか、こういうことになりますと、やはり比例代表というものが、政党の自主性、良識によりまして、名簿にはそういう学識経験の豊かな方が選ばれるんじゃないか、また選ばれなければいけないんじゃないかということを考えますと、まず第一点としまして山本有三氏とか田中耕太郎氏とかいうような方々は、現況におきましてはすでに全国区で恐らく立候補されないであろう。そういう方々を引き出す効果というものが今度の比例代表においてはあるんじゃないかと私は考えております。現況の全国区というのは確かに、言っては悪いのですが、マスコミで有名な方々は通りやすいが、一方におきましては議会制に対する、あるいは政治に対する国民の無関心というものをむしろつのらせているんじゃないだろうか。ああいう方でも政治家だと、名前を出すといけませんから申し上げませんが、そういう形で、政治に対するあるいは議会政治に対する無関心あるいは政治を軽く考えるというような傾向をもたらしているんじゃないかと、これも非常に心配するわけであります。
 今度の選挙におきましては、やはり政党は責任を持って、そしてりっぱであると各政党がお考えになる方を名簿に載せられる。これはもう政党が非常な責任を持たれる選挙でありまして、と同時に、これは政党の選挙であると同時に政策の選挙でございますから、各政党が自分は政権を獲擬した場合はこういう政策を実現するんだということを必ず約束されると思うのです。そのことによりまして、今度は逆に選挙に対しまして、政党に対しましてあるいは政治に対しまして国民の関心を強めるんじゃないだろうか、そういうふうに思いまして、この制度に賛成しているわけでございます。御指摘のように全国区の制度が非常に問題点がある、何回もの選挙の結果問題点が出てきているということは、これはもう御指摘のとおりでございまして、私も同感でございます。
#152
○塩崎委員 その次に杣先生にお尋ねしたいと思います。
 六人の公述人の大多数の方々は、全国区の行き詰まりと申しますか、現在の状況から見て改正の必要性は認められるというような御意見が多かったように私には聞こえたわけでございますが、先生はその点についての御意見が少なかったように、私が聞き取れなかったのかもしれませんが、そういう印象を受けたわけでございます。そこで、いま山本先生からも申されましたが、私も申し上げましたように、ともかくも緑風会が昭和二十二年にできて昭和四十年に消えていった。しかし、よく言われておりますように、山本先生もまた言われましたように、あのような状態が二院制度、衆議院との関係において参議院においては望ましいようなことが言われることが多いのです。このようなことが消えていって現在に来ておるのでございますが、そういう趨勢から見て、現在の全国区制度については改正の必要性はあると考えられるか、ないと考えられるか、その点についての御意見を承りたいと思います。
#153
○杣正夫君 一番最初に申し上げたのでありますが、全国区選挙というのは、三極の国政選挙の中で一番民主的な選挙であったと申し上げたのであります。というのは、政党化してきている、これはおっしゃるとおりであります。もう衆目の認めるところでありますが、その政党化の必然の中で、その流れに例外的な議員が出てくるという余地が残されている。これが政党政治の行き過ぎ、特に衆議院からなされる政党政治の行き過ぎに対する一つの国民の批判、抑制の機能がこういう形で代表されるということです。
 それから、それとも関連するのですけれども、少数政党がいまの全国区選挙では一番出やすい選挙であるということです。選挙の歴史をずっと見ておりまして、公明党にしても共産党にしても、この参議院全国区選挙というのが一つの進出の拠点であった。そのことによって政党政治の多党化ということが導かれた。これは非常に全国区選挙の重要なメリットであった、私はこういうふうに考えるのであります。そういう点でいまの全国区選挙というものを評価しておるものであって、その政党化のゆえにこれを制度的にも政党にあらざれば議員になれないというような形にすること一は、いままでの全国区選挙の逆転的な改正であって望ましくないと思っております。
#154
○塩崎委員 最後に、岡田政治部長に御意見を承りたいと思います。
 岡田部長さんは御陳述の中で、改正の必然性は認めるのだというお話がございました。その理由としていろいろ挙げられましたけれども、その中でいま申しました、たびたび繰り返すようになって恐縮でございますけれども、参議院にふさわしい方々を選ばなければならないというようなことを岡田部長さんも言われました。それがどのような理想であるか、四十年になくなりました緑風会のことを考えられているのではないと思いますけれども、そのような観点から見てブロック制を御主張されましたが、ブロック制の方がより比例代表制よりも適当であるという理由について、もう少し詳細な御説明がいただければ大変幸せでございます。
#155
○岡田元弘君 いま塩崎先生、私が改正の必然性を認めた、こういうふうにおっしゃいましたが、私は必ずしも改正しなければならぬということを申し上げておるわけではありません。先ほど申し上げましたように、やはり参議院、特に全国区制度が発足した意味合い、広範な地域からよりよき人材を求める、こういう趣旨は生かしていかなければならぬと私は基本的に考えておるわけであります。しかし、十二度にわたる選挙を通じまして、やはり今回でも挙げられておるような改正すべき理由の生じておることも、これは否定するものではございません。こういう立場に立っておるわけでして、決して改正をすべきだということを申し上げておるわけでないので、その点はひとつ御理解をいただきたいと考えておるわけであります。
 ブロック制の問題でございますが、言われておりますような、この改正の理由に挙げられておりますような、選挙区が広過ぎる、候補者にとって過酷な運動だ、あるいは資金が大変だ、あるいは選択が困難だというようなことに仮に正当性があるとするのなら、私が冒頭申し上げましたような参議院の特性を生かしながら、同時に、そういう弊害があるとするならそこらの調整を図るという意味においては、このブロック制ということもかなり検討に値するのではないか、こういうことを申し上げておるわけです。要するに、一々のことを申し上げませんけれども、私が基本的に考えておりますことは、この改正について賛成、反対、これは自然にあるわけで、議論のなかなか尽きぬところだろうと思います。ただ、どうしても解せぬのは、戦後三十七年、十三回その選挙をやってきて、そしてもう来年の六月ないし七月、つまりいまから十カ月ほど後に選挙を控えておるわけです。このときに何としてでも今回上げなければならぬというのはどういう意味合いなんだろうか。私は、正直に申し上げまして、こう政党政治が進んでまいりまして、参議院における政党化ということも否定しがたい実情にあることはよくわかりますが、しかし同時に、国民の間に政党の存在そのものがそれほどになじんでおるだろうか、こういう懸念をするわけです。こんなことをこういう機会で申し上げては失礼なのかもわかりませんけれども、たとえば衆議院の選挙においてはAの政党の方に投票する。大阪で言いますならば、府会議員はそれに反するBの政党、市会議員にCの政党、こういうふうな実例は私はよく聞いておる。それがいいとは思いませんけれども、そういう実例をよく聞いておるわけであります。
 そしてまた、私は、きょう一時からこの会合があるものでありますから、直前に、この御近所で役所の公務員の方でありますけれども、この方にもちょっと意見を求めたところ、ほとんど全くと言ってもいいほどこの改正案の内容については重要なポイントも御存じでなかったわけです。国民はいろいろな層がいらっしゃるから一概に言えませんけれども、公務員の方で、一般的に言えばかなり政治的関心も高いと思われる方ですら、なおこの内容についてはそれほど御存じでない。こういうところからまいりますと、何も無理をして、にわかにこれを決めなければならぬことではない。したがって私は、十分な時間をかけて、もっともっとより実際的な国民の幅広い意見というものをお聞き取りをいただいて、そして各党が、まあ党利党略をなくせと言ったらこれは無理な話かもしれませんが、少なくともやはり超党派的な立場に立って御審議をいただいて、よりよき制度を求めていただく。そのためには、この案を一たん撤回をしていただいて御審議をお願いしたい、こういう趣旨で申し上げておりますので、御理解を願いたいと思います。
#156
○塩崎委員 時間がなくなりましたので、大変貴重な御意見をありがとうございました。
#157
○久野座長 次に、堀昌雄君。
#158
○堀委員 私は、昭和三十五年の一月から公職選挙の委員となりまして、途中抜けたこともときどきございましたけれども、今日まで一貫してこの選挙法案に取り組んでおる者の一人でございます。選挙制度審議会が設けられまして、第一次、第二次、第五次、第六次の選挙制度審議会に特別委員として出席をいたしておりまして、第三者の皆さんの御意見も十分に承っておる者の一人であります。
 そこで、私は現在の日本の状態を考えますときに、一番大事なのは、日本では政治が一番おくれている、こういうことだと思うのであります。ではなぜ政治がこんなふうにおくれているのかと言いますと、私どもの立場で言いますと、よく皆さんもお聞きいただいておると思いますが、衆議院は金帰火来という言葉がございます。金帰火来というのは、金曜日に東京から選挙区に帰ってまいりまして、そして今度は火曜日の朝、国会が始まりますので東京へ帰る。要するに、土、日、月という、本来私どもは国会議員であれば十分自分たちの職務に関する政治、政策の問題の勉強をする重要な期間を、選挙区であいさつ回りというか集会に顔を出す、要するにそういう本来の政治とは無関係な選挙のための時間に費やしているわけであります。その結果、日本のいまの政治というのは完全に官僚主導型の政治になっておりまして、自民党の藤山さんもかつて、自分は閣僚をやってきたけれども、日本には政治はなくて行政があるだけだ、こう慨嘆をされておりましたが、私も全くもっともだと思っているのであります。
 そういたしますと、日本はこれまで先進国に追いつけばいい、キャッチアップをすることが主たる課題でございましたから、モデルがありましたから、モデルのある間は、官僚の諸君がそのモデルを最大限に有効に活用しながら、そこへ追いつくためにはそれなりのことができたと思うのでありますが、いまや日本は一番前に並んで、もはやこの前にはモデルがないわけであります。そして問題は、中長期の観点に立って世界的の視野で問題を考えなければならないところに来ておりますが、官僚の諸君が政策を担当するのはいずれも各省の局長でありますけれども、各省は全部縦割りの局という行政部分にありまして、幅の狭い視野の中で、局長は大体長くて二年でありますから、二年先までしか物を見ない人たちに一体日本の政治が任せられるかどうか。
 私は、いま日本の政治というものは重大な転換点に差しかかっていると思うのであります。そうすると、一番大事なことは何かといいますと、政治家が政治に専心できるシステムをつくることが日本の将来にかかっておる、こう考えるのであります。衆議院はいま申し上げたとおりでありますが、参議院は幸いにして六年の任期がありますけれども、最初の四年間はともかく政治に専念していただけますが、後の二年間は、いずれも範囲が広い地方区あるいは全国区でありますから、その行脚のために時間を費やされて、ほとんど勉強ができない、中断される、こういうことになるわけであります。ですから私は、日本の政治の将来を考えましたときに、どうしても政治家がもっと安心して専心政治に励んで、そうして政党が政策の争いを通じて政治が前進できるようなシステムを構築する以外にないのではないか。日本では政治が一番おくれていると言われるのは、実はこの個人本位という選挙のシステムにあるということが、選挙制度審議会が第一次審議会以来一貫して主張をされておることでありまして、私も全く同感なのでございます。
 ですから、この比例代表の問題というのは、本来は衆議院が先に行うべき課題なのでありますけれども、しかしなかなか自由民主党は多数で私たちの発言に耳を傾けてくれません。私は、一昨年の十一月に公職選挙の改正案のときに鈴木総理に、私は出身が医者でございますから、われわれ自然科学の立場では実験をして物を確かめることができますが、政治のような社会科学に属するものは実験ができません。そうすると、自分たちと同じような民族性といいますか、そういう国民がすでに使っていて、そうしてそれがかなり有効に作用しておるようなシステムを日本に持ってくることが最も望ましいのではないだろうか。頭で考えてもなかなかこれはうまくまいりません。そこで、私は西ドイツの比例代表小選挙区制をひとつ総理、検討してくださいとボールが投げてあるのでありますけれども、なかなかそこまで至らないというのが現状であります。
 それはそれとしておきながら、さっき藤田公述人がお話しになりましたように、実は現状は私ども社会党も民社党も労働組合の出身者が主体でございます。さらに自民党の場合には高級官僚あるいは団体の代表という形にならざるを得ないのでありまして、これでは大変問題があるのではないだろうか。ですからそういう意味で、まず選挙制度として私たちの望ましい人に出ていただくためには、比例代表拘束名簿式というのは、政党が良識を持って対応すれば現状は十分改革ができる、こう考えるわけであります。まあこの二回の選挙は、現在現職の方がいらっしゃいますから、この方たちを優先しなければならない、当然のことでございますが、次に来る三回目の選挙からは政党のイニシアチブによって、一番国民が見てりっぱな有識者あるいは職能経験者を出した党に国民の支持は集まるということで、ここでは競争原理が働いて、各党おのおの競争をして、本来参議院に最もふさわしい人たちをもし候補者のリストに出さなければその政党は国民から批判を受ける、こういうことになるというふうに私は確信を持っておりまして、やはりかなり長期にわたって問題を考えなければ、いま直ちにこれを取りかえたらどうなるかということではないと考えておるわけであります。
 そういう意味で、個人本位の選挙制度から政党本位の選挙制度に変えるということは、すでに先進諸国すべて実はそうなっているわけでありまして、かつて制限選挙の時代には個人との結びつきというのはやむを得なかったと思うのでありますけれども、いまや膨大な、日本の場合には八千万の有権者がいるわけでございまして、この人たちが選ぶのならばやはり政党本位の選挙になって、そして政治家と有権者との結びつきが現状ではなくて、いまは個人の結びつきでありますから、後援会組織とかなんかとかに顔を出さなければ落選するというのがいまの制度でございます。
 私は党の政策審議会長になりまして一生懸命党の政策をやっておりました。ところが、地元の私たちの同志は私に、もっと選挙区へ帰ってこないとあなた落選しますよ、こういう話でありました。しかし、自分の選挙のために党務を怠るわけにいきませんので、それはもしそうなっても私は党務に専念したいと言って余り帰りませんでしたところが、みごとに五十一年に落選をいたしました。まさに日本のいまの選挙制度というのは、地域に顔を出していなければ、どれだけ国会で一生懸命勉強していても、実はそれが評価をされない。それはまさに個人本位の選挙制度の最大の問題点だろう、こう考えておりますので、そういう意味で私は、この比例代表の制度そのものを推進しておる一人でございますので、この制度は賛成なのであります。
 そこで、ちょっとお伺いをいたしたいのでありますが、個々にわたりますので、皆さんお一人お一人にお伺いさせていただきます。
 古川公述人にお伺いいたしますけれども、比例代表の制度は、私は非常に民意が正しく鏡のように反映される合理的な制度だ、こう考えておりますが、この制度はやはり政党本意の選挙でありますために、どうしても政党に条件をつけなければならなくなってくるわけであります。私どもは、参議院に提案をいたしました社会党案の中で、現職議員三人というのを最低の単位にいたしました。これはどういうことかと申しますと、二人の党というのは党として成り立たないわけであります。意見が違いましたら、二人では集約的な意見になりません。三人のときは要するに一対二という関係になりまして、少なくとも一つの方針が民主的に決定できるので、最低単位が現職議員が三名というふうに考えたわけであります。さらに、自民党案の四%を二%としておりますのは、二%でありますと、必ずあらゆる選挙において当選者が出せておるはずでありまして、少なくともそれが政党の一つの要件として必要ではないだろうか。そして、五名の候補者ということは、出した者が全員通るということはまずむずかしいわけでありまして、大体六割通るとすると、さっき申し上げた三名の議員ができる単位になる。ですから、これが私は最小の政党の単位だ、こう考えておりまして、いまの自民党案の五名、四%、十人の候補者というのは、やや少数政党を締め出す嫌いがあるということで私どもはこういう考えをとっておりますが、この点について古川公述人はどういうふうにお考えになるかをお伺いしたいと思います。
#159
○古川進君 お答えいたします。
 ただいまの堀先生の御意見に対しまして私なりの意見を申し上げますならば、制限を受けているという、被選挙人の権利が侵されるということが先ほど来いろいろ発表されました。私もそういうものを可及的に救済する方法が必要ではないかというような拡大解釈も必要であろうと考える次第でありますけれども、被選挙人の立場と別に、先ほど公述人の一人が触れられましたように、それから最も適当だと思っている方が不幸にして当選なさらないという事例を私どもも数回経験しておりますのと、死票の問題、自分がこの方こそと思って入れたものがついに死票になってしまったという非常に苦い経験、むなしさを数回味わっております。したがいまして、そういうことと必ずしも一体に考えるわけではございませんけれども、やはりできますならば一人でも多くの人が被選挙権の立場でお出になれるようなことにできないものか。この面は私、冒頭申しましたように素人でありますけれども、これからもう少しく審議を続けていただければと考えるところであります。
 私のつたない経験から申しましても、メリット、デメリット、今後の制度についてデメリットもございましょうけれども、これはやはり国民の良識と申しますか、選挙人の熟成を待てば必ず良識的な判断を将来下すでしょうし、一時的な余り無理な方式ですと、将来選挙人側からの批判となって、いつの日にか必ずしも成功しないような、当初の予期した効果をあらわさないようなことにもなりかねないと思うのでございますけれども、国民全員に対してのPR、広報徹底ということが、こういった面からもぜひとも必要であろうと思うところでございます。
 回答にならないかもわかりませんけれども、以上でございます。
#160
○堀委員 次に、杣先生にお伺いをいたします。
 先生は現状の方がいいというお考えのようでございますけれども、私はやはり現状は非常に問題があって、将来的には一般に言われております参議院を良識の府にするためにはこの制度以外にないのじゃないかというのが私の意見でございます。
 そこで、先生から、明るい選挙制度を進める会でございますかの世論調査で、政党によって選んだ者が三割、個人が三割、ドントノー部分がその他、こういうことだというふうなお話がございまして、また無党派層がふえておる、政党支持を押しつけるというお話だったのですが、私は現状の個人本位の選挙制度で政党で判断する人が三割あるということは、それだけもう政党に対する認識が広がっている。政党本位の選挙をやっていて政党が三割、個人が三割というなら別でありますが、現状の選挙は日本はすべて個人本位の選挙でありますから、そういう意味では、政党に対する認識は、個人本位の選挙でありながらかなり浸透しておるのではないか、こういう感じがいたしておりますし、実は日本の支持政党なしというアンケートのとり方はちょっと問題があると思うのであります。外国ではいずれも、次の選挙にあなたはどの党に投票しますか、こういうアンケートの調査でありますから、そういう支持政党なしというのは出てこないのでありますけれども、日本の場合には、支持政党はと聞かれますと、支持政党というのは一貫して何かつながりを持っておるというのが支持政党という認識になるものですから、それでは、たとえば私たちにかなり身近な関係のある方は社会党と言っていただけますけれども、私に投票してくださる方の中でも、それはたまたまそのときにそう考えただけであって、常に社会党支持ではない、こうなりますと、支持政党なしに入るということでございますので、私は、世論調査のあり方そのものに少し問題がある、こう考えておるのであります。
 ですから、実は東京の中央公聴会でちょっと西平先生に私伺ってみたのですけれども、西平先生のお話では、選挙人名簿をチェックしてみると、どうもそういう支持政党なしというのは余りなくて、ただそのときそのときに移動をするという意味で支持政党がない。要するに浮動票でありますね。だから、政党支持の関係と浮動票というのは関係が薄いけれども、常に選挙についてはそういう関係があるということだというお話がございましたので、私は個人本位の選挙でもなおこういう状態であるならば、この点はやはり政党本位の選挙に変わることによって、政党自身がもっと、いまのような形でなくて政策努力をして国民に、たとえば自由民主党と私どもが政策の争いで選挙をするようになることが日本の政治を高めることになると思います。
 いま、率直に言って、ここに二人自民党の方がいらっしゃいますけれども、私の選挙区でも自民党の方がいま二人出ていらっしゃいます。この二人出ていらっしゃる方は、私たちとの争いになっていない。お二人の中の争いになっているわけです。ですから、これでは政策の議論に発展する可能性がないわけでありまして、やはりそういう意味では、端的な例がいま教科書問題というのが起きております。私は、あれは官僚政治の最大の盲点が出たと思うのでありますが、自由民主党の中で一つの意見が出てくる。官僚はそれをじっと見ていて、ちょっとこれに対応しなければいかぬと思って対応してこれをやる。彼らにすれば世界だとかそういう問題でなしに、自分たちの狭い教科書検定という部分の中だけで自民党の意向にこたえようということになって、結果的にそれが大きな政治問題に化した。当然のことだと思うのでありまして、行政指導というものがいかにまずいことかということの象徴的な例だと私はいま見ておるわけであります。そういう意味で、先生は政党本位の選挙という問題についてどういうふうにお考えになっておるかということをお伺いしたいと思うのでございます。
#161
○杣正夫君 堀先生のおっしゃいますように、世論調査で政党本位がかなりの数に上るということの中に、政党に対する支持といいますかそういう政党に対する評価がかなりできていると言われましたけれども、全くそれはそのとおりだと思います。しかしながら、日本の政治の原則と申しますのは、憲法十三条に「すべて國民は、個人として尊重される。」ということがありますが、そこにもあらわれておりますように、選挙権個人主義、被選挙権個人主義、これは日本の政治の運用の基本原則であります。ですから、確かにイギリスなどでも、全く政党政治が模範的に発達している国であるかと思いますけれども、選挙においてはやはり候補者個人が先頭に立って、その背景に政党を持って戦っていく。だから選挙費用の計算も個人で、候補者のレベルでとらえる。だから選挙のときに、政党の選挙活動は日本のように制限されておりませんから選挙活動は自由にできるわけですけれども、選挙区における政党の選挙活動の費用というのは候補者個人の中に算入されるという形になっております。ですから、形の上ではあくまで候補者個人のレベルで選挙運動が進められるわけです。そして選挙人は投票の対象を選択するに際しましては、もちろん政党的背景を非常に重視いたします。政党の背景を重視しながら、さらに候補者の人物に対する考慮、配慮、評価を入れて最終的に決定するという順序をとるわけなんで、やはりいまの選挙権個人主義、被選挙権個人主義、この憲法の原則からいたしますと、日本の選挙は候補者個人を先頭に立てて、それを政党の活動によって支えるという形をとるのが基本的なあり方であり、憲法に沿うあり方である、こういうふうに私は考えるわけです。
#162
○堀委員 ちょっとその点でもう一つ伺いたいのでありますが、憲法十三条は、「すべて國民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に封ずる國民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の國政の上で、最大の尊重を必要とする。」私も、このいまの憲法は、そういう個人の自由といいますか基本的人権が中心になっていることは全く憲法の定めるところだと思うのでありますが、そういたしますと、たとえばいま私がちょっと申し上げたように、金帰火来で、しょっちゅう集会に顔を出して、政治はほったらかしで自分だけが選挙に出ればいいという、このいまのシステムの方が、先生は個人本位だからこの憲法が定めておるところでいいのだ、こういうお考えでございましょうか。私は、やはり政治というものが、そういう一つの概念とか観念の問題を超えて、実際的に国民に何を与えるかといいますか、何をもってこたえるかという中身の話がなしに、そういう概念規定、観念的な形而上論というようなことだけで処理をされたのでは、日本の将来の政治に非常に不安を感じるものでございますので、お言葉を返すようで恐縮でありますが、この憲法の土台となっております個人の基本的人権あるいは自由の問題という問題と、いまの選挙の問題とは、必ずしも同一に考える必要はないのではないか。それであるならば、アメリカやフランスや、いずれも最もこういう問題について先進国である国が政党本位の選挙になっておるという形は一体どうなんだろうかという点を考えますと、ちょっと私、そこには憲法との関係では問題は必ずしもそれほどコンタクトにくっついているのではないのではないかという気がいたしますが、もう一回お伺いをさせていただきたいと思います。
#163
○杣正夫君 おっしゃることは、結局日本において実際の選挙運動が選挙期間をはみ出て日常化している、そういう問題だろうと思います。まさにそこに日本の選挙の問題点があるのでありまして、選挙に費用がかかるということがこの改正案の提案の趣旨にも含まれておりますが、しかし、選挙に費用がかかるのは、選挙期間の正規の選挙運動にかかるよりも、むしろ選挙期間外の日常化した選挙活動に、選挙地盤の培養でございますね、そういうことに費用がかかるのが実態でありまして、先生のおっしゃるのは、要するに日本の選挙運動が公職選挙法の外にはみ出て日常化している、その日常的な選挙運動で努力を怠ると次の選挙が危なくなるという点であろうと思います。つまり、選挙運動をどうして秩序づけるかという問題にかかわってくるわけですが、その点で一番問題になるのが、日本の選挙が言論、表現の自由を非常に大幅に制限している。肝心の選挙のときに戸別訪問を初め文書図画、演説、そういうことが非常に細かく制限されておる。
 堀先生は前から私よく存じているのですけれども、大体日本の選挙運動というのは実に厳しい制限をやっておりますので、私はよく申し上げるのですけれども、選挙運動の言論、表現については包括的禁止、限定的解除というやり方で、選挙運動を一切してはならぬという前提のもとに、選挙運動としてやっていいことを法律で決めているというやり方であります。これの漫画的な規定が公選法の百六十二条であります。これは「個人演説会においては、当該公職の候補者は、その選挙運動のための演説」をできる、これが第一項であります。当該公職の候補者の個人演説会で当該公職の候補者は選挙運動のために演説できるということが第一項に書いてあります。第二項は、その他の者も演説できると書いてあるのです。要するに、個人演説会ではだれでも演説できるということなんですけれども、それを事新しく書かなければならないというのはなぜかというと、選挙運動で演説をしてはならないという大前提があるからなんですね。そういう漫画的な規定を設けなければならないほどに、日本の公職選挙法というのは選挙運動の言論、表現の自由というものを非常に厳しく縛っているわけです。もう申すまでもないことでありますけれども、民主政治というのは討論の政治であります。それは政治の基礎である選挙の段階から始まるわけで、選挙の段階で国民のレベルからずっと政治に対する討論を集中的に盛り上げていく、そういう形で、その結果、国民の候補者に対する判断、政党に対する判断がなされて選挙の結果に出てくるという、この討論の政治が選挙の場面で実現いたしますと、堀先生の心配なさるような、選挙運動が選挙の期間の外にはみ出て、日常活動を活発にやらなければ当選が危ないというようなことはなくなるのではないか、私は常々そういうふうに考えております。
#164
○堀委員 ありがとうございました。
 山本先生にお伺いをいたします。
 私は、この拘束名簿比例代表制を推進している方なんですけれども、この制度の一番の盲点は、要するにすべての候補者選定が政党に全部一任されておるというところが、この制度の基本的な盲点だと思っているわけであります。この盲点を西欧の比例代表の各国はいずれも何らかの形でこれを修正しようということで、西ドイツの小選挙区制というのは生まれた。要するに、その半分については選挙民の選択権を認めるということでありますから、大変すぐれた制度だと私は思っているのでありますが、当面しかし日本の場合には、まずいまの制度でやって、そうしていまの政党が良識をもっていい候補者を、国民が納得できる候補者を競争的に出していくということが行われて、しかしその過程を通じて、また試行錯誤でこれらが改められて、いい時代が来るだろうと私は思うのでありますが、当面はそういうふうなことで考えざるを得ない、こう思っておるわけでございます。
 そこで、そういう意味において、いまの比例代表拘束名簿式というものも、必ずしも私はこれが万全の策だと思っていないのでありますけれども、その点について先生はどういうふうにお考えになるかという問題と、やはり供託金の問題は、これは私どもの党の案にも入っているのでありますが、政党選挙でありますから、どうもこれは供託金というものは個人に対応する問題で論理的になじまないという点が基本的にあると思うのであります。
 ただ問題は、しかし売名的な立場でやろう、それは供託金がもしないとするならば、そういうものがどんどん乱立をしてくるということになると、これは国の公費をもって選挙の費用をかなり負担しておりますので、決して余りプラスでないな、こう思いますと、これも必ずしも万全の策ではないなという感じがしておるのでありますが、その点、私どもは政党条件を下げまして、供託金も下げているものですから、自民党案でいきますと大体十人で四百万円ですから、政党は最低四千万円は供託金を出さなければならない。私どもの方は五人で三百万円だと申しておりますから、千五百万円で済む。程度の差でありますけれども、千五百万円ぐらいならまあまあと思うのですが、四千万円積めと言われたら、これはかなり厳しいなという気もいたしますので、私は、なるたけそういう意味で少数の方がグループとして、政治団体としてその比例代表にも参加されるということの方が望ましい、こう見ておりますので、この二点について山本先生のお考えを承りたいと思います。
#165
○山本浩三君 拘束名簿式比例代表にした場合に、名簿に載せる手続でございますね、これの御質問がありました。私は、この案が自由民主党から出され、かつ社会党も、対案は出されましたけれどもほぼ同じ内容を出されたときに、果たしてこの名簿をどうして作成されるのか、自由民主党とか社会党のような大きな政党が、いろいろな人がおられるのをどうしてつくられるのかと、これは一番関心を持っている点でございます。先ほど堀先生が、あと一回と二回は前任者を優遇しなければいけない、そうすると楽でございますが、第三回目はどうされるのか、これは私のみならず国民がみんな関心を持っている点だと思います。この方法につきまして、最近の日本というものはマスコミが非常に発達しておりまして、週刊誌もたくさんありますから、やはりそういう私利私欲で優先させるというようなことになりますと、刑罰規定もございますが、マスコミあるいは国民の世論が許さないだろうと思うので、公正に行われるのじゃないかと思ってはおりますが、非常に関心のある興味深い問題だと思います。国によりましては、そういうことがございますから秘密投票で決めているというようなところもあるようでございますが、これは社会党はどういうふうにされるのか、できましたらお教え願いたいと思うわけでございます。
 確かに国民にとりましては西ドイツのような小選挙区制を併用した方がいいかもわかりませんが、しかし、やはり政党というのは単に受動的に国民の意識を議会に反映するのみならず、選挙人を教育、育成、指導する役割りもあると思うのでございます。そういう意味におきまして、社会党におかれましても、比例代表というものがいかにすぐれているのか、しかも今度の選挙は政党本位で、政策本位の選挙でやるんだという、これからの日常活動をやっていただきたいと思うわけでございます。
 それから、先ほども御質問ありましたが、社会党案は現職三人、自民党案は五人、社会党案は二%、自民党案は四%、五名、十名、供託金の三百万、四百万というのは、これはもう程度の差じゃございませんかと思うわけでございます。何か、先ほどお伺いしますと、現在の議席を占められている方を配慮されて社会党がそういう案を出されたとおっしゃるのならば、できるだけ全議員の賛成が必要でございますから妥協されたらいいと思いますが、やはりある程度のこういう阻止条項というものは、公費がたくさん要りますから必要じゃないかというふうに考えております。
#166
○堀委員 ありがとうございました。
 岡田公述人にお伺いをいたします。
 私ども御承知のように、総評あるいは中立労連その他と密接な関係を持って日常の仕事をしておるわけでありますが、今回のこの問題については、総評の側とすれば賛成をしたいというお考えであります。それは、先ほどちょっと藤田公述人がおっしゃられたように、私どもの全国区というのは主として総評あるいは中立労連に依存しておるということでありまして、率直に申しますと、果たしてこれが政党の選挙かどうかという点について私は疑問を持っておるわけであります。こんなに労働組合に完全におんぶをしたようなかっこうで政党が選挙をしておることが、果たして労働組合にとってプラスなのか、政党にとってプラスなのか、実は大きな疑問を持ってこれまでやってきた一人でございますので、その点では私は、総評といえども同盟といえども、大きな労働組合として同じような関係におありになるんじゃないかなと、こう考えますので、その点についての岡田さんのお考えをちょっと承りたいと考えるわけでございます。
#167
○岡田元弘君 堀先生おっしゃいました総評さんの方ではこの制度を賛成という立場をとっていらっしゃるようであります。こういうことを言うては失礼かもわかりませんが、社会党は総評の政治部やと、こういうふうな批判がよく聞かれるわけであります。しかし、私ども同盟の立場としましては、民社党を支持はいたしておりますけれども、しかし決して民社党が同盟の政治部だとも考えておりませんし、政党の立場、労働組合の立場、任務もそれぞれ違っておるわけでありますから、そこは明確に区別をしてやってきておるつもりでございます。ただし、おっしゃいますように全国の選挙となりますと、確かに私どもの組織内の組合員が候補者として出ておりまして、そして選挙を戦い、当選をさしていただいておる、こういうことは事実でございますが、しかし、そういう点は、制度の問題と運用の問題とは別個に考えなければならぬと思います。そして、おっしゃいますように政党本位の比例代表制が民意をよりよく代表する、あるいは死票をなくするという意味においては一面の正当な理由があるかとは思いますけれども、しかし、いま出されております改正案というのは、その問題だけでなく、先ほどから私も申し上げましたし、他の公述人の先生からも言われておりますように、つまり政党、団体に属さなければ立候補できないとか、あるいはいまの案からまいりますと候補者になったものの選挙活動ができないとか、いろいろなものが一つにまとまってこうなっておるわけでございますので、私どもとしては、明確にいま提案をされておりまする改正案には反対、こういう立場をとっておるわけでございます。
 ただ、将来的にはやはり政党の御努力ももちろん必要といたしますし、私どもが支持する民社党自身だって、より幅広い層から候補者が擁立できて、そして党活動に働いていただく、こういうことには持っていかなければならぬと思いますが、それは運用の問題だし、私たち今後の努力の問題だと考えておるわけでございます。
#168
○堀委員 藤田公述人にお尋ねをいたします。
 公述の中で、参議院が第二院として役割りを果たすには、政党化の問題とは別個に参議院の組織なり運営あるいは審議のあり方を改革をした方がいい、こういう御意見がございました。私もその点は全く同感でありまして、実は参議院はいま参議院改革を進めておられまして、ことしは予算の審議についても新しい方法をとられて、試行錯誤を続けておられるのであります。ですから、どうも衆議院のカーボンコピーだと言われておる理由は、システムが同じようになっておる、要するに予算委員会は予算委員会、大蔵委員会は大蔵委員会、全部システムが同じになっていれば、どうしてもそういうふうなコピーみたいになるのですが、ここのシステムが少し変わってくると、これはずいぶん中身が変わるのではないかという気がします。
 たとえば衆議院では連合審査ということを法案によってときどきやるのですけれども、いま経済問題が非常にむずかしいところへ来ておるときですが、私は大蔵委員会所属で長くずっとやっているわけですし、商工委員会にも行ってまいりました。そこで、いま経済関係の委員会というと、大蔵省、経済企画庁、通産省、あるいはまだもうちょっと広げれば農林省、かなり広くなりますが、ここらぐらいは経済関係として非常にウエートの高い部分だ。そうすると、そういうのを包括した経済委員会というものが参議院にあって、常に総合的にそこで議論が闘わされる、いろいろな角度から論議がされるとなると、政党がそこにかかわっていても参議院の特殊性というものははっきり生きるのではないか、こんなふうに感じておりまして、私は政党化必ずしも御意見のように悪だと考えてないものですから、参議院の改革について何か御意見があればひとつお答えをいただきたい、こう思います。
#169
○藤田保弘君 議事運営の内容につきましては、私そんなに詳しく存じているわけではないのですが、いま堀先生おっしゃいましたように、参議院の特性を生かすような運営のあり方があると思いますので、そういう意味では堀先生の御意見に同感でございます。
    〔座長退席、塩崎座長代理着席〕
#170
○堀委員 最後に、東垣内公述人にお尋ねをいたします。
 私は、共産党の方ではこの比例代表制には御賛成だというふうに、実はテレビ討論会等を通じて理解をしておるわけであります。比例代表制というのは、さっきから申し上げるように政党本位の選挙でありますから、比例代表に反対だとおっしゃる方たちが無所属立候補を認めよとおっしゃるのは論理的だと思うのでありますけれども、比例代表制は賛成だ、比例代表制賛成ということは個人本位から政党本位を選択をしておられるわけですから、政党本位を選択しておられて無所属の個人の立候補を認めろというのは、これは論理がちょっと通らないのじゃないか、私はこういう感じがいたします。
 そこで、そういう立場から、東垣内さんは、先ほど無所属立候補を制限するのはまずいとおっしゃっておりますが、それではあなたは比例代表制には御反対なのかどうか。御反対ならば、それは当然の論理の帰結でございますので、その点だけを伺って、もし比例代表制賛成だとおっしゃるならば、なぜそれでは個人本位の無所属の問題についてそういう問題提起をされておるかを伺いたいと思うのでございます。
#171
○東垣内清君 非常に率直な御質問だと思います。比例代表制それ自体については、私は反対ではございません。ただ、いま改革すべき問題としてなら、先ほど堀さんがおっしゃったと思うのですが、まず衆議院の方が先ではないかという御認識はお持ちなんですね。私もそういうふうに思うのです。
    〔塩崎座長代理退席、座長着席〕
 現在、参議院の全国区が果たしておる役割りは、戦後長い間個人投票で全国区から、先ほど緑風会の話も出ましたけれども、良識の府としての一定の役割りを果たしておりますし、それから個人で多様な方々が出馬できるような、そういう効能も持っておるわけです。それはそれなりにまた貴重な役割りを果たしておるのではなかろうかというふうに、現在の参議院については思っております。
 衆議院につきましては、まさに政党が政策を真正面から闘わせる、そういうふうな場として憲法上も位置づけられておるだろう、こういうふうに思いますし、比例代表制をとるならばまず衆議院が先決だというふうな考え方を強く持っております。まあどういういきさつなのか、参議院の全国区が先に着手になったのですが、いろいろなお考えがあるのだろうと思います。
 ただ、比例代表制という場合に、政党本位だというふうにいまおっしゃったと思います。われわれの目から見ますと、政党本位にならざるを得ない側面がございますけれども、同時に、国民のさまざまな政治意思が公平に反映する制度だという側面を持っておるのが比例代表制であろう、こういうふうに思うわけです。だから、その点を重視するならば、個人の立候補を認めることと比例代表制を認めることとは一向に矛盾しないのではなかろうか、こういうふうに思います。
 なお、一言つけ加えさせていただきますと、比例代表制をとる、拘束名簿式をとるというふうにやっていく上においては、やはり政党が近代化される必要が前提にはあるのではなかろうかと思うわけです。国民のわれわれ――私、国民の立場から発言しますと、こう申し上げたわけなんですが、最近は憲法を改悪されるんじゃなかろうかというふうな危惧を持つ状態もいろいろあるわけですが、そういうときに、たとえば共産党は少数だから共産党さんに頼ったって仕方がない、社会党さんもしっかりがんばっていただきたいけれども、自民党の中にも改憲反対派があるじゃないか、その方に大いにがんばっていただきたいというふうな国民の選択意思というものもかなりあるようにも思うのです。まあどれだけあるかというのを計数的に出せと言われてもこれは困りますが、そこまで研究しているわけではありませんが、そういう観点からの個人投票を期待する声もかなりあるようには思います。したがって、現在の参議院全国区制をまず先に改革するのはいかがなものであろうか、こういうふうな個人的な見解を持っております。
#172
○堀委員 どうもありがとうございました。
 終わります。
#173
○久野座長 石田幸四郎君。
#174
○石田(幸)委員 公明党の石田でございます。
 公述人の各位におかれましては、貴重な時間を割いていただき、また卓越したいろいろな御意見をちょうだいいたしまして、まことにありがとうございます。皆さんの御意見はできるだけ今後の審議の中に生かしてまいりたいと、まず最初に決意を表明をさせていただきたいのであります。
 ただ、私の持ち時間が全体で十六分でございまして、大変申しわけないのでございますが、全部の公述人の方々に御意見をちょだいできるかどうかはちょっとわかりませんので、順次御質問申し上げたいと思うのでございますが、時間が参りましたらばお許しをいただきたい、このように思う次第でございます。
 また、私どもの立場は、いま各公述人の御意見を承りましても、いわゆる比例代表制の制度そのものの問題、さらにまたその比例代表制を含むいま提案されている法律の問題、この二つの御意見がいろいろな角度から述べられておるわけでございますが、私ども公明党は、この比例代表制そのものをこの制度に対する今後の検討について否定しているものではございません。しかしながら、現在提案をされておりますこの法律案がいかにも欠陥が多過ぎる、こういうふうに思うのでございます。そういった意味で、この法案をこのまま通過せしむるということになりますといろいろな意味で混乱が起こるし、また個人選挙と政党選挙との混在でございますから、そういう面でも法律の条項の中にもいろいろ問題がある、こういうふうに考えているわけでございます。私の意見を述べていると時間がなくなりますので、まず古川公述人にお伺いをいたしたいのでございます。
 先ほど岡田公述人もお触れになったのでございますけれども、この比例代表制を含む法律改正案でございますが、この比例代表制はドント式あるいは修正サン・ラグ方式とかいうのがございまして、一般の選挙民の方々にこの法案の内容あるいはまた比例代表制そのものも十分に御理解をされているかどうかという点が非常に心配なわけでございます。通ってから後九カ月もあるじゃないかというような議論もないわけではありませんが、しかし、これは大事な、まさに日本の選挙制度を根本的に変えていくわけでございますから大変な問題であるわけでございます。私どもの立場からいきますと、むしろこの政党選挙への選挙制度の移行というのは解散をして民意に問うべきぐらいの大きな問題である、こういうふうに考えておるわけでございます。そういう意味におきまして、余り急いでやりますと国民の皆さんがまだ十分に理解をしないうちに選挙に入ってしまうという心配があるのでございますが、賛成のお立場から、これは急速にやるべき問題と御判断をされるか、もうここまで来ればやむを得ないとお考えになるか、あるいはなおかつ十分な国民への周知徹底の方法を考えてさらに審議を進めるべき問題とお考えになるか、まずお尋ねをいたすわけでございます。
#175
○古川進君 お答えいたします。
 先ほどの御質問に対しまして、率直に私どもの立場、一国民として申し上げたいと思うのでございます。私は大阪商工会議所の会頭をやっておりますが、大阪商工会議所の議員ですら、食事その他のときに今回のこの改正案について議論をいたしますと、御存じない方が多いということは事実であります。しかしながら、先ほど私が申し述べましたように、きのうきょうの新聞にこの公聴会の記事が載るようになりまして、それで次第次第に国民も勉強を進めていますので、私はこういった面でマスコミその他をふんだんに駆使することによれば国民の理解は得られるものと確信いたしております。私自身もきょうのこの公聴会のために少しくにわかに勉強したのでございますが、非常に関心を深めながらいろいろな記事を読ましてもらっておりますし、周りの者も同じような機運になって、私の周りは、何か私が変なことを放言しちゃいけないものですから、大変心配して勉強をしてくれております。それで、周りもだんだん理解が深まってきましたから、これを機に一層理解を深める運動をやっていただきたいというのが第一番の私の意見でございます。
 さらに、いますぐこれをやらなければいけないかどうかという御質問に対しましては、先ほど堀先生もそのほかの方々からもお話がございましたように、私はこういう問題は長期的な観点に立って、現時点だけで判断すべきではないということを思いますし、重要な問題であるだけに必ずしも長期をかけてもっともっと練り上げろというだけでは百年河清を待つようなことになりはしないか。そういった意味で、私がこの際一応この改正案に賛成いたしました理由は、もし弊害があらわれるならば、よく言われますような大きな政党が力や数に物を言わせていくというようなことをもし乱発しますならば、これは国民が必ず長い時間の間にこの政党頼むに足らずということではっきりと次の結論を出す。私は国民の良識を信頼してそのぐらいのことを長期的観点からやってもいいのではないかというような気がいたします。ただ、あくまでも国政に専念する人を一人でも多く送り込めるような方式を練り上げていくのが第一番に必要であろうということを考えているところでございます。
#176
○石田(幸)委員 それでは、続いて杣先生にお伺いをするわけでございますが、今回の公選法の改正の理由を聞いておりますと、一つには全国区という広い対象、八千二百万を超える有権者という大変な問題がある。もう一つは、いわゆる瀬踏み行為といいますか準備活動にすごくお金がかかるということが提案理由になっておるわけでございます。この間も私、委員会で議論をいたしたのでございますが、全体の候補者数から見ましても、いわゆるお金がかかるかかるとおっしゃる方々は大体四分の一程度、二五、六%というのが実情でございまして、その他の人たちはどれだけ金がかかっているかというのはよくわからないのでございますけれども、しかしお金がかかるという問題の面からとらえてみますと、これは地方区でも大変金がかかるということが言われておりますし、現実にまた衆議院の選挙でも金がかかり過ぎるということが、前回のいわゆる千葉県におきます第一審の有罪判決を見てもおわかりのとおりでございます。そういった意味で、私はこのお金のかかる問題というのは、参議院の全国区に出ようとする個人その人が金がかかるという、それだけの問題で改正すべきではなくて、衆議院あるいは参議院の地方区、全国区全体を含めた問題としてのとらえ方がなければ、改正の理由にするについては大変党利党略的な要素を持っているのではないか、こういうふうに思うのでございます。
 また、この法案が通過したときに、政党関係が供託金等の問題を考えますと、かなり多額のお金を用意しなければならない、あるいは従来地方区に出していなかった政党も地方区へ出さなければならないというようなことで、いわゆる金権選挙的な体質が縮まるというよりはむしろ拡大されるような印象を国民の皆さんは持つのではないか、こういうふうに思うのでございますが、この点について杣先生はいかがお考えになりますか、お伺いしたいのでございます。
#177
○杣正夫君 選挙に金がかかるということが戦後一貫して選挙運動の改正の理由にされてまいりました。ところが、一度の改正もその選挙に金がかからないような効果を上げたことがなくて今日に至っております。
 参議院の全国区の比例代表制への改正というのは、これまでのやり方とは違って政党選挙に持っていくということで、金のかかり方の流れが違ってくるということは考えられるのでありますが、しかしながらいままでのことから考えますと、やはりこれでも相当金がかかるのではないか。いま石田先生がおっしゃいましたように、この法案から見るところによりますと、どうしても地方区に議員を出している政党が、その地方区の候補者が運動できまずから、全国区の集票に有利である。そしてまた地方区の選挙でA党に投票した者は全国区の選挙でもやはりA党に投票するという投票の連動性の可能性がある。そういうことから各党ともに、いままで地方区に出していなかったところも地方区に議員を送らなければならなくなる。そうなりますと供託金の負担というものも非常に多くなる。しかも、そういう全国区のねらいで地方区に送るものでありますから、それが供託金の没収点以下になるという可能性もこれまた非常に多いのであります。
 そういうような表面から見て必ずしも選挙費用が少なくて済むとは言えないのでありますが、それのみか、これは選挙運動を非常に制限しておりますから、勢い選挙運動の日常化ということがあらわれてまいります。その中には準備活動も含まれてくるわけでありますが、この制度における選挙に金のかかる契機はどの辺に出てくるかということを考えてみますと、たとえばいま自由民主党で順位を定める基準ということが論議されており、私はそれを新聞の報道によって承知しているだけなのでありますが、たとえば順位を高めてもらうために、あるいは名簿に登載してもらうために、党活動に対する貢献度というものを評価すべきだということが言われております。その党活動に対する貢献度というのは何かというと、たとえば党員拡大に成果を上げたというようなことが党活動の貢献度をはかる一つの基準にされている。そうなりますと、この間の福田内閣のときの総裁選挙の予備選挙で全国的に大々的な党員拡大運動が行われて、自由民主党は三百二十万でありましたか物すごい党員、党友の拡大に成功したわけでありますが、その実情を見てみますと、企業なりあるいは議員なり地方議員なりの有力者が何名、何千名の党員を引き受けて、そしてその党員の党費を立てかえ払いするというような形で党員拡大がなされたということが各新聞紙に詳細に報道されておりました。ですから、党員拡大運動というようなものも、実際のまともな政党の組織活動ではなくて、そういうような形で地方の有力党員が引き受けて、あるいは企業がいろいろな事情で引き受けて党員を調達するというようなやり方になってまいりますと、その順位決定の基準になる貢献度というところでかなりの金が要るというようなことが出てまいります。
 それから、党員にならなければなりませんから、党費なりあるいは寄附なりという形で準備資金という名目の選挙費用が要る。あるいはまた名簿登載者というのは選挙運動をしなくてもいいんだ、温泉につかっていて当選を待っておればいいんだということが初めは言われたのでありますけれども、最近は名簿登載者に選挙運動を義務づけようという意見も出ているということを私は朝日新聞によって知りました。そうしますと、選挙運動を義務づけるということになりますと、その選挙期間に各地方に出向きまして、地方区の運動をしている候補者に対して選挙運動を依頼するというような形になるわけですが、それは単に頭を下げて依頼するというだけではなくて、そういう背景にはやはり金が動くということに当然なるわけです。
 それから、これは皆さんも十分御承知のことかと思いますけれども、選挙というのは日本で最も激しい政治闘争の一つの制度的な形態であります。政治闘争ということになりますと、その勢力を維持するためにあるいは拡大するためにどんなことをしてでも投票を得たいというような運動が、せっぱ詰まった段階では必ず出てくるわけであります。そうなりますと、党のレベルでの地方の選挙活動ということは十分考え得るわけでありまして、これは大変大規模な組織的な腐敗選挙になり得るということを恐れるわけであります。そういう点で、選挙に金がかからないということを、いままでの経過から考えますと、必ずしもこれは信ずることができないというふうに私は思っております。
#178
○石田(幸)委員 時間がなくなりましたので、山本、岡田、藤田、東垣内の各公述人の皆さんには大変申しわけありませんけれども、御質問を割愛させていただきます。
#179
○久野座長 中井洽君。
#180
○中井委員 民社党の中井洽でございます。陳述人の皆さん方、お忙しいところ、また大変貴重な御意見を賜りましてありがとうございます。
 私ども民社党は、この法案に反対でございます。反対は憲法の立場から、あるいは法案の中身そのものから、いろいろな面からございますが、時間がございませんので四人の方に一遍に御質問申し上げますので、私の与えられました時間、十五分ということでございます、十五分の中でお答えを賜ればありがたい、このように考えます。
 最初に古川会頭にお尋ねいたしますが、もし政党本位の選挙がいいということを認めるとしても、この法案の中身そのものはずいぶん政党の差別があるわけであります。供託金の問題、政党の要件の問題、あるいは地方区に候補者を立てなければ全然選挙運動ができないといったような問題、そういった政党の差別についてどのように御判断をなさるかということが第一点であります。第二点は、先ほど公明党の石田先生の御議論にもありましたけれども、古川さんは、屋上屋の議論を重ねずに早く国民に理解を求めることを考えてくれ、こういう陳述をなさいました。しかし、いまのままでいけば、まあ社会党さんは制度は賛成ですが、法案は反対であります。したがって、通るとしても自民党一党で通るわけであります。公職選挙という選挙のルールをつくる法案が一党で、しかも参議院ではああいう不幸な採決で行われた、そういったことで本当にいいとお考えになるかどうか。この二点でございます。
 それから山本先生にお尋ねをいたします。
 第一点は、古川会頭と同じくでありまして、政党の差別ということについてどうお考えになるかということであります。第二点は、このような法案をやるときにはやはり政党法をつくるということを前提にすべきじゃないかと私は考えますが、先生の御意見はいかがでございましょうか。第三点は、そういった欠点が私どもあると考えるこのような改正法案よりも、先ほど先生が一考の価値がある、採択をする価値があるとお考えになったブロック制、これとこの法案と優劣を比較した場合に先生はどう御判断なさるか。この点をお尋ねいたします。
 次に、岡田陳述人にお尋ねいたします。本日の陳述人の中では唯一の、全国区の候補者を担がれ、あるいは長年選挙運動をされてきた人としての御意見を賜りたい、このように思います。
 先ほどの御意見を聞いておりますと、まあまあいろいろな問題がある。たとえば、皆さんの組織の仲間であった向井先生が選挙の最中に亡くなられるというようなこともあった。しかし現行、有識者を出すあるいは職能代表を出すということを考えれば、皆さん方の代表というものは職能代表の一人である、こういう誇りを持って選挙運動をおやりになっていらしゃると思います。また、堀先生から金帰火来というお話がございましたけれども、これは私みたいな選挙に弱い衆議院議員が金帰火来でございまして、参議院の全国区の人というのは余り金帰火来をしていない。逆に、皆さん方が職能としてのいろいろな意見陳述をするときに、私ども衆議院にやる場合には地域性がどうしても入ってくる。全国区の人だと、皆さん方の意見だけを全面的に法案という形にやっていける、そういう形があるんじゃないか。したがって、いろいろあるけれども、現行制度でもう少し努力をしてみるべきじゃないか。私は、これが岡田さんの御意見だと拝聴したのでありますが、そのように理解してよろしいかどうか。第二点は、もしこの制度がとられるとして、皆さん方はいままで組織として選挙をやってこられた、いままでの中で民社党、民社党、あるいは総評さんも社会党、社会党という形で選挙運動をおやりにならなかったと思うのです。候補者が仲間だから、労働組合の仲間だからということでおやりになった。それを政党だ、政党だという形に変えて、わずか十カ月ぐらいのことで、本当に間違いなく、誤りなく国民に伝わるだろうか、このことを心配をいたします。そういった立場で、私どもはもっとわかりやすい改正ということを盛んに言っております。その一つは、自書式を改めて記号式にする。政党の名前を書いて丸をつけるという方法も一つあるじゃないか、こんなことを言っておりますが、そういった点でいかがでしょうか。この二つであります。
 最後に、杣先生にお尋ねをいたします。
 先生は、十幾つ例を挙げて悪法だとおっしゃいました。それを全部お聞きするわけにいきません。二つだけ聞きます。供託金の問題であります。
 供託金は私ども反対をいたしておりますが、たとえばこういう考えに立ったらどうでしょう。この法案で当選者を出した政党からは供託金を取らない、あるいは四%という要件があるわけですから、四%以上得票をとれば供託金を取らない、それならばいいというふうに供託金の方だけお考えにならないか。これが一点であります。第二点は、この法案の中には、政党の選挙というものはどうだということは一つも書いてないわけであります。先ほど先生がおっしゃったように、個人を規制をしておる公職選挙を政党に出てはめる、こういう大変な矛盾があると思います。私は、政党の選挙というものを明確にすべきだと考えますが、先生の御意見はいかがでしょうか。
 あとお二人の方には憲法問題についてお尋ねをしたかったのであります。本当は、自民党さんと社会党さんと共産党さんが憲法で一緒になるなんというのはめったにないことでありますからお尋ねをしたかったのでありますが、時間がございませんのでお許しをいただきたい、このように思います。
 以上です。
#181
○古川進君 お答え申します。
 先ほどの政党差別についてのお尋ねでございますが、私は、この問題につきましては、それぞれの党の党議を重ねた上での結論が出ておりますし、これはいわば方法論的な問題に相なっているように考えております。したがって、現在出されておりますこの法案につきましても、メリット、デメリットは数多くあるわけでございますけれども、こういったものを織り込んだ上でプラス、マイナス考えますと、この方法、現在出されている法案というものを、プラス面を大いに買っていくべきではなかろうか、このように考えております。供託金の問題あるいは所属国会議員の数の問題とかいろいろございますけれども、こういった問題もおのずからこれからの審議によって最終決定をしていただくべきでありますし、私は、力によって強行した場合の国民の批判は、将来必ず出るものだと思います。重ね重ねで恐縮でございますけれども、商工会議所というところは、決して政財界の癒着の点ではございません。雑草の集まりでございます。全国の中小企業は、全企業数の九八%近くが中小企業でございますけれども、そういったものの集まりが会議所でございますし、会議所の声というものはこれは庶民の声と聞き取っていただいていいと思います。決して私は金権に結びつくような団体ではないと思います。ただし、票権はたくさんございます。票の数はいっぱいあるという集団でございます。そういったものがそれぞれ話し合いながら先ほどの御質問のようなこともいろいろ討議するのでございますけれども、私は、強行した、一つの力で押し切った場合に対する国民の批判が、自浄作用を必ずもたらすものである。ただし、さっき申しましたように、しばらくの長期的な観点でこれは考えるべきで、目先だけで直ちに効果が出るとは思いませんけれども、やはり国民の良識というものが長期間の間に自浄作用を促してくると思います。先ほどのお話の中に国民の有権者は無党派が多いというお話がございましたが、まさにそのとおりでございまして、恐らくこの無党派組はそれぞれの場合の各党の行動その他を見詰めて投票するでありましょうから、無党派ということは、そのときそのときの刻々動く各政党の動きをじっと監視しておる派であるというぐらいに了解してもよかろうかと思いますので、私は、政党間の差別というようなものはございますけれども、おのずからそこに結論づけというものはつくり上げるべきであるし、これを長期的な観点で見守るべきではないか、このように考えておる次第でございます。
 以上でございます。
#182
○山本浩三君 三つの点、お答えいたします。
 まず、差別じゃないか、これは特に民社党さん、公明党さんにとっては差別じゃないかと、そういう政治的な観点からの御質問だと思いますが、事実参議院の公聴会でもどなたかがおっしゃっているように、これは連合崩しじゃないかというような発言もあったかと思いますが、確かに前回の衆議院と参議院の同時選挙の前は、新しく民社党、公明党さんあたりが連合されて候補者を出されて、参議院では逆転するんじゃないか、そういうような観測があった。ところが、衆議院と参議院が同時選挙が行われましたから、それどころじゃないというので、各自党活動に入られて、連合はなかなかいかなかったわけでありますが、今度の場合は、いま御指摘のように、各選挙区に候補者を立てられる大きな政党は有利になるだろうと思います。その点につきましては、現在の民社党さんあるいは公明党さんにとっては不利になるかもわからないが、しかし、民社党、公明党にとりましても、やはり単独で政権を獲得するという意欲がおありであれば全選挙区に立てるような努力をされるべきじゃないか、あるいは似たような二つの政党が新党をつくられるのも、これはまた一つの行き方ではないかと思いますが、現況において政治評論的に言えば、やはり民社党さんにとっては不利で、これは差別というか不利益であるということは否定できないと思います。
 それから、供託金の問題は後で申し上げますが、政党法の問題、先ほど同じ陳述人の中で東垣内さんは政党法を警戒するとおっしゃいましたが、私は政党法というのはできざるを得ないんじゃないか。しかも、この政党というものが国政においてこれだけの重要な役割りを果たしてくるという段階においては、政党法というものをつくらざるを得ないんじゃないかと思っております。
 それから、政党法の法人格というのを先ほど申し上げましたが、実は、これは民社党の西田八郎さんからお聞きしたのですが、何か車を買っても民社党では車は買えないんだ、これは個人の名前にしなければいけないんだ。そんなばかなことはないでしょうと言ったら、そうだと言われて、私も調べてみましたところが、政党の法人格というものは定まっていない。こんなばかなことが先進国であるのかと、私は不思議に思っておるわけなのでございます。少なくともそんなことぐらい一番早く解決されたらどうか、公益法人であることは確かなんですからね、というようなことを考えています。
 私は私立学校の者でございますが、私立学校に対しましては、公費からも莫大な御予算をいただいております。この際、お礼を申しておきますが、私立学校は公教育を負担するからといって補助があるのに、なぜ国政の重要な役割りを果たしている政党に対して大幅な公費助成というものはないのか、これは私、憲法学者として不思議なんですね。身近な人に対して、なぜ、どう思うと言ったら、いや私立学校は……と言うんだけれども、話が詰まってしまうわけでございます。この政党というものは今度の比例代表制の選挙におきまして重要な役割りを果たされるのですから、それに対します活動の規制という面じゃなしに、政党本来のあり方を定めた政党法あるいはそれに対する公費助成というようなものは、お考えになってはいかがかと思っております。
 それから、ブロック制でございますが、全国区というものはやはり欠陥がある、これは中井先生もお考えだろうと思います。そうすると、やはりブロック制もいいと思います。しかし、個人本位の選挙よりも私は政党本位の選挙の方が理論的には非常にいいと思っていまして、この案には賛成なのでございます。このブロック制の問題は早晩出てくると思うのです。と申しますのは、参議院の定数是正というような問題が出てきますと、地方区が各都道府県に割られている、これはやはり崩さなければいけないんじゃないか。つまり定数是正をする場合に、最高裁判所で判決が出てきたような場合においては、いまの参議院の数をふやせばよろしゅうございますが、ふやせない場合におきましては、やはり島根県と鳥取県を一つのブロックにするというようなことが出てくるんじゃないだろうかと思うのですが、そういうことはまたお教え願いたいと思います。
#183
○岡田元弘君 中井先生が御指摘をいただきましたように、私は、まず第一番目の、現行制度でここしばらくいくべきだ、急な改革は好ましくない、こういうふうに考えておる次第でございます。その理由はもう先ほど来申し上げておりますが、私は、余りにも国民の間にこのことが理解をされていない、こう思うわけです。古川公述人が先ほどおっしゃいまして、私もそうでありますが、公述人になってにわか勉強いたしますと周囲の者も関心を持つ。そういう意味では、こういう公聴会をやっていただくことによって一歩一歩この理解を深めるのかわかりませんが、いかに私の周囲の者が理解してくれましても、八千万の有権者でありますから、なかなか理解をしていただくということにはならぬことだと思います。しかも、先ほども申し上げておりますように、来年、十カ月後に選挙を控えて、しかもいま中井先生のお話を聞けば、社会党さんも比例代表制ということには賛成だけれどもこの改正案には反対だということにいたしますと、自民党さんの一党による採決、こういうことになろうかと思いますが、私も、少なくとも事は公職選挙法の問題でございますので、そういうことは避けて、やはり長い目で、いずれの案がいいのかということを審議すべきだと思います。中井先生最後におっしゃいました、たとえば政党に投票するにしても、政党名を書くのか、あるいは印刷してある各政党名の上に丸を打つのか、これはずいぶんの違いがあると思います。それに対する賛成の意見もありましょうし、反対の意見もありましょう。どのような案でありましても賛成、反対の意見が出るところはいいわけですけれども、そういう前提に立って、やはり長時間をかけて御審議をいただくということがいま何よりも大事なことではないかと実は私は考える次第でございます。
 それから、私ども同盟も、従来それぞれ産別ごとに仲間を立てて、そうしてAならAという仲間の選挙ということで力いっぱい選挙をやってきたわけです。しかし、仮に今回の改正案が通過をいたしますと、従来とは全く異なった形態になってくるわけです。私らも非常に懸念をするわけですが、それは冒頭に申し上げましたように投票率の低下を来さないか、このことは非常に心配なところでございます。もちろん私どもも、仮に制度が変われば変わったで、その対策を講じて選挙戦を力いっぱい戦わなければならぬと思いますけれども、しかし急激な変化といいますか改革は、断じてこの問題についてはやるべきでないということを、重ねて申し上げておきたいと思います。
 以上でございます。
#184
○杣正夫君 二点について中井先生にお答えいたします。
 供託金の問題というのは、町村議会の選挙を除くすべての選挙の供託金が倍額に引き上げられるということですが、これは現状維持どころか低減を図るべきである、それが先ほど言った本来の供託金制度の趣旨に沿うものだ。それから特に比例代表制選挙につきましては、これは全くなじまない制度である。投票の対象である政党というのは議員選出の最終の決定権をゆだねられている、政党が信頼されている、そういう前提に立つ比例代表制選挙のもとでは、その政党が供託金を出すということはその制度の本来的な意味と矛盾するということであります。先生のおっしゃった供託金の案は、部分的な改善は認められますけれども、やはり本質的な問題は解決しておらない、そういうふうに考えるわけです。
 それから第二点の政党選挙の趣旨が徹底しておらないということ、これはもう確かにそうであります。これはこの改正案の非常に大きな理論的な欠点でありまして、御承知のとおり政党は選挙のときに確認団体として活動できます。そして、その候補者に対して政治活動として支援活動を展開する。その確認団体の活動には差等があるのであります。これはなぜ差等があるかといいますと、平等な選挙運動の機会を持った候補者を基準にして、その候補者の活動に対する政党活動でありますから、候補者を多く擁している政党はそれだけ確認団体としての政治活動は多くしてもいいという議論になるわけです。ところが比例代表制の場合は、投票の対象として前面に出てくるのは政党であります。だから政党が選挙運動をするということになっております。ですから、参議院選挙というのは比例代表制とそれから選挙区の選挙とが一緒にやられることになるわけですが、そうなりますと、政党が、選挙運動の主体としての政治活動と、それから確認団体として選挙運動を側面から支援する政治活動と二つをやるということになりまして、その点の論理が整理されておらないという感じであります。そして投票の対象としての政党が平等に扱われておらない。地方区に候補者を立てているところは地方区の議員が運動できる。地方区の議員が全国区というか比例代表制のために運動ができる。それから名簿にたくさん載せている党は、また選挙運動を、新聞広告だとか政見放送、選挙公報等で運動の範囲を広げることができるという改正案の条文がありますが、そういうように投票の対象としての政党の選挙運動が公平になされてはおらない、差等がつけられている。
 それからまた、候補者はだれであるか、選挙運動の主体としての候補者がだれであるかということがはっきりしておらないのであります。名簿登載者であるようであり、また政党であるようである、その点がはっきりしておらないというところに非常に混乱があると思うのであります。そういう論点はぜひとも法律にする前に整理されなければならないものである、こういうふうに私は思っております。
#185
○中井委員 ありがとうございました。
#186
○久野座長 安藤巖君。
#187
○安藤委員 共産党の安藤巌でございます。
 公述人の皆さん方にお尋ねをしたいのでございますが、私も時間の制限がございまして十三分ということでございますので、残念ながら杣先生と東垣内先生のお二人にだけお尋ねをさせていただきたいと思いますので、その点よろしく御了承をいただきたいと思います。
 まとめて御質問を申し上げたいと思うのですが、いま杣先生は、政党選挙をうたいながらその関係の整理がこの改正案にきちっと整理されておらないというようなお話がございました。それと関連をいたしまして先ほど先生の方から、今度の改正案は言論、諸活動の大幅制限がある、これは問題だというふうな御指摘がございましたが、全国区で、改正案は比例代表区というふうに言うておりますけれども、名簿に登載された人たちは何にも発言することがないわけですね。それは地方区へ行ってあれこれというのはあるようですけれども、発議者の方々の御説明によると、何にも運動しなくてもいいんだ、必要ないんだ、かえって邪魔だみたいなお話があったのですが、これは私どもの共産党がいま修正案を出しておりますけれども、その修正案の中では、名簿登載者の選挙活動は現行法どおりちゃんと認めろという中身になっているのです。これまでも全国区の候補者の方々は、自分の個人の識見だけあるいは自分の名前だけ、自分のいままでの経歴だけというのばかり訴えてきたのではなくて、やはり自分の所属している政党の政策はこうです、その政策を実現するためにがんばりますから私に入れてくださいよ、こういう運動をしてきたと思うのですね。だから、そうなると政党選挙で政策をもって争うのだということになりましても、やはり全国区の名簿登載者の人たちの選挙活動というのは、政党の政策を一層幅広く有権者の方々に知っていただくためにも必要ではないかというふうに思うのですけれども、この一点をまず杣先生と東垣内先生にお尋ねをしたいと思うのです。
 それから、もう一つ東垣内先生にお尋ねをしたいと思いますのは、先ほど比例代表制は認めて無所属の立候補を認めろというはちょっと矛盾するのではないかというような堀先生の方からの御質問がありまして、なかなか貴重な御意見をいただきました。個人立候補でいま無所属でいろいろ活躍しておられる方々とか、あるいは国民の意思を反映するためにはそういうことが必要なのだとかいうお話がございましたが、私どもはこれは一つの憲法問題といたしまして、この前もこの委員会で、憲法十五条に選挙権、被選挙権は国民の基本的権利だとうたわれている、これは先ほど東垣内先生が御引用になった最高裁の判決でもちゃんとある、それを憲法四十四条の議員及び選挙人の資格を法律で決めるというふうになっておる、この四十四条を利用して選挙権そのものを法律で決めることができるというような解釈を発議者の先生方はとっておられるようですね。私は、選挙権というのは十五条でちゃんと決めてある、だからそれを侵害しない範囲でその資格を四十四条で決めるだけであって、四十四条で選挙権そのものを法律で決めるわけにはいかぬのだというふうに考えておるのですが、これまでいろいろ選挙運動なんかもやってこられたのではないかと思いますし、一市民としてということをおっしゃったのですが、やはり大事な選挙権の問題ですから、その辺のところも御意見がいただければありがたいと思います。
 以上でございます。
#188
○杣正夫君 名簿登載者の選挙運動の禁止の問題でありますが、名簿登載者というのは各党ともにその党の中で非常に重要な役割りを演じている人あるいは重要な役割りを期待される人でありますから、こういう人たちがやはり選挙運動の前面に出てきて言論、文書活動で活発な活動をされるということは当然のことではないかという気が私はいたすのであります。そして思い出しますのに、参議院選挙におきましては選挙区が広い。全国区は全国である、非常に広いので、最初の参議院議員選挙法がつくられたときは、参議院選挙に関しては戸別訪問も自由化するというようなかなり大幅な選挙運動の自由化が試みられたのであります。運動の範囲が広いからいろいろな形の選挙運動があってもいいのではないかというような観点からそれがなされたわけでありますが、一度その法律は成立いたしました。しかしながら、昭和二十一年十二月に成立して、そして昭和二十二年二月に、ほかの選挙並みにまた制限の体制に引き戻されたという経過がございますが、やはり参議院の選挙運動は非常に範囲が広いために、こういう選挙こそ運動は自由化すべきだという考え方が本来的な考え方ではないか、私はそう思っております。
#189
○東垣内清君 第一点の、政党だけの選挙活動を認める、加えて個人の選挙活動を認めるということでございますが、政党の政策が国民により深く浸透することは非常に大切なことだと思います。これは現在の選挙の実態を見ましても、実はこの点がはなはだ不十分だろうというふうに思います。政策ビラ幾つとかいうふうなことでいろいろ制限がある。演説会もごく制限される。さまざまな制限がございますので、おのずと顔写真が先行しまして、あと政党の持っておる政策は何かということを本当によくわかりやすく訴えておるか、さらに言うならば政党同士の間で切り結ぶような形でよく国民に理解されていっておるか、こういう点ははなはだ不十分です。政党のそういうふうな選挙活動が大いに自由にされ、そしてよく宣伝活動がやれるように行われることが大切だというふうに思いますが、と同時に、加えてどのような人が議員としてその政党を支えていくのかあるいは活動していくのか、そのことは何よりも非常に重要なことです。また議員は、多くの場合政党の方針に従って活動なさるわけでしょうけれども、それぞれの専門分野もあるわけでしょうし、一定の先見的な意見をお持ちの方もあるというふうに思います。そういうふうな個人の識見等もしっかり国民に理解していただくという機会を十分保障することが非常に大切だと思います。この点が制限されておるということは今回の改正法の非常に問題のあるところだろうというふうに思っております。
 それから、憲法問題です。これはもう御指摘のとおりだというふうに思います。被選挙権は憲法で定められておるものであって、法律によって奪ったりどうこうすることはできないものだというのが私の考えです。
#190
○安藤委員 これで終わります。
#191
○久野座長 次に、石原健太郎君。
#192
○石原(健)委員 杣先生にお尋ねいたしますが、先ほど今回の改正のいろいろな欠点とか改正後に予想されるさまざまな弊害といったようなお話がございましたが、仮にこの改正が成立した後でも全国区制度というものが存在の意義があるというふうにお考えになっていらっしゃるかどうか。
 それから、山本先生にお尋ねしたいのでありますが、無所属とか個人で立候補するということについてはどうお考えになっていらっしゃるか。また、選挙の主体が政党か名簿登載者かはっきりしないというお話がありましたが、それにも関連するのですけれども、今回の改正によりますと、当選後、たとえば党籍を変わった場合にはそれが認められる、党を変わっても議席を保持したままで、従来の党は議席が一つ減るということになっておるようでありますけれども、その点についてはどういうふうにお考えになっていらっしゃるか、お尋ねいたします。
#193
○杣正夫君 石原先生の御質問は、仮にこの制度ができ上がっても、なお全国区といいますか、その制度は存在の意義ありやということでございますね。その点でございますけれども、私は、やはり衆議院の政党が成長いたしまして本当に名実ともに信頼の置ける政治が進められるようになり、無所属候補というものも配慮しながら衆議院の比例代表制化というのがいいのではないか。そうなりますと、参議院は全国区も地方区も含めて制度のあり方を考えていく必要がある。イギリスの下院と上院の関係、日本の二院制とは違いますけれども、国政に対する権限が非常に下院が優位になっておりますが、やはりそういう形で参議院の運営なり憲法の範囲内における参議院の権限の合理化と申しますか、そういうことは十分考えられると思います。そういうことでございます。
#194
○山本浩三君 まず今度の制度で、全国区の場合、個人で立候補できなくなるのではないか、こういう御質問かと思いますが、参議院議員の選挙は、いままでの言葉で言いますと絶えず全国区と地方区というものでペアになって行われていますから、全国区は政党本位、地方区は個人本位というような場合においては地方区からも立候補できるのではないか。ただ、全国区の場合は、先ほどいろいろ議論が出ていますように、四%、五人とかあるいは立候補者十人というような制約がございますが、しかし、同時の選挙で個人として地方区から出られるのじゃないか。しかも地方区の場合、東京都のような場合は八人でありますが、三年ごとで四人でございます。非常に大きなブロック的な選挙なので、そういうところから立候補できるのではないかという問題が第一点でございます。
 それから、党籍の問題は、立候補いたしまして名簿の中に記載されまして政党の順番によって議員になった人を、党籍を離れたから議員の資格を失わしめるというのはやはり憲法的に問題があるのじゃないか。少なくとも憲法には議員の資格を失わしめるような条件として、そういうものは書いてないんじゃないか、このように考えます。
#195
○久野座長 これにて質疑は終了いたしました。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 意見陳述者の方々には、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。拝聴いたしました御意見は、本法案の審査に資するところきわめて大きなものがあったと存じます。厚く御礼を申し上げます。
 私がいまさら申し上げるまでもなく、地方においてこのような皆さんの貴重な御意見を承るという会を催すことはきわめてまれでございます。通称中央公聴会とか地方公聴会と言っておりますが、よほどの事情がなければこの地方公聴会というのは催されないというのが従来の国会の慣例でございます。これをあえて今回御当地に参上いたしまして、このような御意見を承る会を催しましたゆえんのものは、皆さんすでにお述べになりましたように、今回の改正は日本の憲政史上初めてとも言っていいほどの重要な改正の案件でございます。であるだけに、このような会を催した次第でございます。
 それから、この際、もう一つだけ申し上げさせていただきますが、私は、私ごとを申し上げて恐縮でございますけれども、公職選挙法の特別委員長に就任をいたすこと、今回で三回目でございます。しかも今回は二回連続して就任させていただいたのでございます。であるだけに、この案件の処理につきましては非常な重大な責任が負荷されているものと私自身は考えている次第でございます。であるだけに、国会におきましては各党の皆さんにも非常な御協力をいただきまして、衆議院といたしましては従来の例に見られないほど期日を費やして慎重審議に徹してまいりました。これからもまだ審議を尽くすつもりでございます。
 特に、来る十二日には、異例とも言うべき参考人の意見聴取を行うことにいたしたのでございますが、その参考人の選定に当たりましては、みずから体験をされました全国区選出の各党の議員の皆さんに御出席をいただきまして、体験を中心にして御意見を陳述いただき、さらにこれに対して各委員から真剣な御論議をいただくことに予定をいたしておるような次第でございます。それで終わるわけではないのでございまして、引き続きまだ審議は続けていくつもりでおります。
 そのような際に、この会に長時間にわたって、しかも貴重な御意見をお述べをいただきましたことは、きわめて意義深いものがあったと存じます。ここに委員長といたしまして、心から皆さんに厚く御礼を申し上げるような次第でございます。
 それでは、以上をもちまして散会をさせていただきます。どうもありがとうございました。
    午後四時五十三分散会
ソース: 国立国会図書館
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