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第096回国会 予算委員会 第5号
昭和五十七年二月四日(木曜日)
    午前十時一分開議
 出席委員
   委員長 栗原 祐幸君
   理事 江藤 隆美君 理事 越智 通雄君
  理事 小宮山重四郎君 理事 堀内 光雄君
   理事 三原 朝雄君 理事 阿部 助哉君
   理事 藤田 高敏君 理事 坂井 弘一君
   理事 大内 啓伍君
      宇野 宗佑君    上村千一郎君
      大原 一三君    大村 襄治君
      奥野 誠亮君    海部 俊樹君
      金子 一平君    鴨田利太郎君
      後藤田正晴君    近藤 元次君
      塩川正十郎君    澁谷 直藏君
      正示啓次郎君    砂田 重民君
      瀬戸山三男君    根本龍太郎君
      橋本龍太郎君    原田  憲君
      藤尾 正行君    武藤 嘉文君
      村山 達雄君    渡辺 栄一君
      石橋 政嗣君    稲葉 誠一君
      大出  俊君    大原  亨君
      岡田 利春君    木島喜兵衞君
      野坂 浩賢君    山田 耻目君
      横路 孝弘君    草川 昭三君
      正木 良明君    木下敬之助君
      竹本 孫一君    金子 満広君
      瀬崎 博義君    山原健二郎君
      中馬 弘毅君
 出席国務大臣
        内閣総理大臣  鈴木 善幸君
        法 務 大 臣 坂田 道太君
        外 務 大 臣 櫻内 義雄君
        大 蔵 大 臣 渡辺美智雄君
        文 部 大 臣 小川 平二君
        厚 生 大 臣 森下 元晴君
        農林水産大臣  田澤 吉郎君
        通商産業大臣  安倍晋太郎君
        運 輸 大 臣 小坂徳三郎君
        郵 政 大 臣 箕輪  登君
        労 働 大 臣 初村滝一郎君
        建 設 大 臣 始関 伊平君
        自 治 大 臣
        国家公安委員会
        委員長     世耕 政隆君
        国 務 大 臣
        (内閣官房長
        官)      宮澤 喜一君
        国 務 大 臣
       (総理府総務長
        官)
        (沖縄開発庁長
        官)      田邉 國男君
        国 務 大 臣
       (行政管理庁長
        官)      中曽根康弘君
        国 務 大 臣
        (防衛庁長官) 伊藤宗一郎君
        国 務 大 臣
        (経済企画庁長
        官)      河本 敏夫君
        国 務 大 臣
        (科学技術庁長
        官)      中川 一郎君
        国 務 大 臣
        (環境庁長官) 原 文兵衛君
        国 務 大 臣
        (国土庁長官)
        (北海道開発庁
        長官)     松野 幸泰君
 出席政府委員
        内閣法制局長官 角田禮次郎君
        内閣法制局第一
        部長      味村  治君
        公正取引委員会
        委員長     橋口  收君
        公正取引委員会
        事務局審査部長 伊従  寛君
        警察庁刑事局長 中平 和水君
        行政管理庁行政
        監察局長    中  庄二君
        北海道開発庁総
        務管理官    楢崎 泰昌君
        防衛庁参事官  新井 弘一君
        防衛庁参事官  冨田  泉君
        防衛庁長官官房
        長       夏目 晴雄君
        防衛庁防衛局長 塩田  章君
        防衛庁人事教育
        局長      佐々 淳行君
        防衛庁経理局長 矢崎 新二君
        防衛庁装備局長 和田  裕君
        防衛施設庁長官 吉野  実君
        防衛施設庁総務
        部長      森山  武君
        国土庁水資源局
        長       高秀 秀信君
        法務省刑事局長 前田  宏君
        外務省アジア局
        長       木内 昭胤君
        外務省北米局長 淺尾新一郎君
        外務省条約局長 栗山 尚一君
        大蔵省主計局長 松下 康雄君
        大蔵省関税局長 垣水 孝一君
        文部大臣官房長 鈴木  勲君
        文部省管理局長 柳川 覺治君
        農林水産大臣官
        房長      角道 謙一著
        農林水産大臣官
        房予算課長   京谷 昭夫君
        農林水産省構造
        改善局長    森実 孝郎君
        通商産業省貿易
        局長      中澤 忠義君
        通商産業省基礎
        産業局長    真野  温君
        通商産業省機械
        情報産業局長  豊島  格君
        郵政省電気通信
        政策局長    守住 有信君
        建設大臣官房長 丸山 良仁君
        建設省計画局長 吉田 公二君
        建設省都市局長 加瀬 正蔵君
        建設省河川局長 川本 正知君
        建設省道路局長 渡辺 修自君
        建設省住宅局長 豊蔵  一君
 委員外の出席者
        予算委員会調査
        室長      三樹 秀夫君
    ―――――――――――――
委員の異動
二月四日
 辞任         補欠選任
  藤田 義光君     大原 一三君
  藤本 孝雄君     近藤 元次君
  渡辺 栄一君     鴨田利太郎君
  辻  第一君     山原健二郎君
同日
 辞任         補欠選任
  大原 一三君     藤田 義光君
  鴨田利太郎君     渡辺 栄一君
  近藤 元次君     藤本 孝雄君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 昭和五十七年度一般会計予算
 昭和五十七年度特別会計予算
 昭和五十七年度政府関係機関予算
     ――――◇―――――
#2
○栗原委員長 これより会議を開きます。
 この際、委員長から御報告申し上げます。
 昨日の阿部君の御要求に基づき、政府から資料が提出されましたので、お手元に配付いたしておきました。
    ―――――――――――――
#3
○栗原委員長 昭和五十七年度一般会計予算、昭和五十七年度特別会計予算、昭和五十七年度政府関係機関予算、以上三案を一括して議題とし、総括質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。大出俊君。
#4
○大出委員 本題に入ります前に、総理に御感想、心情を承りたいことが一つございます。
 それは、私、御存じのように選挙区が横浜でございまして、いまから四年四カ月前ぐらいになりますか、厚木基地のファントムが墜落をいたしまして、全く夢にも思わぬ――お住まいになって、二人のお坊ちゃんを抱えて楽しく暮らしておられた当時の林和枝さん、現在の土志田和枝さんでございますが、四年四カ月の闘病生活の末にお亡くなりになりまして、私は隣の選挙区でございますから、隣の伊藤茂代議士に任しておきましたが、余りたくさんの人間が行くのは御迷惑をかけますので……。事情は逐一聞いておりましたし、それなりに物も言っておりましたが、何とも私の知る限りがまんができない、身のふるえるような怒りも実は感じますし、またお気の毒過ぎるわけでございます。
 当時、お亡くなりになられて、これは二十六日の未明ということでございますが、告別式が二十八日であったわけでございますけれども、施設庁の長官がお見えのようでございましたが、何ともこれは物の言いようがない、悔いが残るわけでございます。
 このことに関しまして、何しろ皮膚の八〇%を失った方でございますから、体液が流れ出るというので、皮膚の移植手術を当時の御主人林一久さんからなさいましたが、ある記者の方がお医者さんとも相談をして、私に皮膚を下さいという全国的なキャンペーンをやった。この方にかつて聞いてみましたが、千六十名の方々が応募されまして、この中から選定をして、体液が出ないように体を包んでいく皮膚の移植手術を続けた。七回ぐらいおやりになったのでございましょうか。その上で、四歳、一歳の坊ちゃんの亡くなったことも知らされたりいたしまして、御本人が帰らぬ人になったところであります。
 私はあわせて、前から言ってきているのですけれども、ああいう大変に人口密集の地になってしまった厚木基地の周辺、ここに基地を置くことがどうしても納得いたしかねる気持ちをいまでも持ち続けているのでございますけれども、そこらも含めまして、冒頭に、総理の心情、お感じをお聞かせいただきたい、こう思うわけであります。
#5
○鈴木内閣総理大臣 米軍機の墜落事故によります林和枝さん、お子さん二人を含めまして、あのような悲惨な事態が起こりましたこと、そしてお子さんも亡くなり、また闘病生活に本当に耐えがたい苦痛を重ねてこられた御本人もついに亡くならたということでございまして、まことに痛ましい事態でございます。
 政府といたしましても、心から深甚な弔意を表しておるわけでありますが、このような事故が再び起こらないように、米軍当局に対しましても、その安全確保の措置につきまして強く要求をいたしておるところでございますが、ただいま大出さんから、根本的には基地の撤廃でなければこれは解決できないんだという御指摘がございました。
 この基地の問題につきましては、日米安保条約、地位協定等々いろんな安保条約上の取り決め等もございまして一急にこの問題に対して結論を出すというわけにまいりませんが、できるだけ市民生活に影響のないような観点からも、基地問題等につきましては今後十分検討してまいりたいものだ、こう思っております。
#6
○大出委員 重ねてもう一点承りたいのでありますが、この告別の式が行われている間、この地域は大変な厚木基地から飛び立つ飛行機の騒音に包まれておる地域でございますけれども、このときだけその爆音が聞こえないように発着を停止した。ここらは市民生活というものがあるんですから、いまちょっと最後にお話がありましたが、やはりこれは市民生活を考えた、いますぐどけられないにしても、基地の運営あるいは部隊の運営を図らなければいかぬと私は思うのですがね。
 そのことが一つと、もう一つ、そこへもってまいりまして、P3Cの一番機が、きのうも問題になっておりましたが、稲葉さんの質問にもございましたが、べらぼうに高い予算単価になりそうでありますが、実は厚木に到着をいたしました。二十五日の午後一時十五分ですね。これから一体厚木にP3Cは何機、いつまでに入ってくるのですか。実はここには大変な建物がつくられて、いま急ピッチで建設されつつあるのでありますが、時間はかけませんが、きちっと答えてください。
#7
○塩田政府委員 P3Cの今後の配置計画でございますが、現在の時点で決まっておりますのは、先ほど先生がおっしゃいました厚木の飛行隊一個飛行隊は考えております。まだ飛行機の数は飛行隊全部の数に達しておりませんけれども、厚木に一個飛行隊ということは考えております。以後の配置につきましては、まだ検討中でございます。
#8
○大出委員 いま前段に申し上げたような事故も数々ございまして、だからここに反対を叫ぶ団体がたくさんできてくるというのも無理からぬこと、当然でありまして、これまた別な機会にもう少し詳しく詰めさせていただこうと存じます。
 本題に入りたいのでありますが、石橋委員の質問に皆さんが、私聞いておりましたが、たくさんお答えになっておりました。全く感心をしない答弁も幾つもございました。私の調べた結果からいたしまして、まことにけしからぬと思う答弁もございます。そこらを順次詰めさせていただきたいのでありますが、その前に武器の技術輸出という問題をめぐりまして、アメリカから大変に強い要求があるということが新聞等に書いてあります。和田装備局長がアメリカに行ったりいたしておりますが、一体、何と何と何をアメリカは輸出しろと当面言うのでございますか、はっきりしておいていただきたい。
#9
○塩田政府委員 ちょっと装備局長、席を外しておりまして恐縮ですが、私が聞いておりますのは、まだアメリカからどういうものだというふうに具体的な話があったというふうには聞いておりません。
#10
○大出委員 装備局長が消えていなくなったのじゃ困るな。――来たか。
 超しSIであるとかあるいはフェライトであるとかICであるとか光ファイバーであるとかいろいろなことが言われておりますが、私は、超LSIにしてもあるいはフェライト、ICなどにしても実は現状どうなっているかという日米間の引き合いの状況、これも実は細かく詰めたい大変な問題がございます。だが、社名を一々挙げてのやりとりというのは、きょうちょっと時間がありませんから、改めてやりたい。これはまことにもって違反であると言わなければならぬ問題もある。したがいまして、それは改めていたしますが、いまのところ向こうは何を、日本の技術をアメリカがいただく、日本が輸出する、アメリカが輸入する、そこははっきりしない、わからない、こういうことですか。
#11
○和田(裕)政府委員 具体的な個別の技術面につきまして、アメリカ側はこれを挙げまして日本に要請している、そういう段階にはまだ来ておりません。
#12
○大出委員 そうすると、これは何をどうしろというのはさっぱりわからぬけれども、とにかく武器輸出禁止の三原則あるいは統一見解に穴をあけてアメリカに武器技術を持っていこう、こういうわけですか。まことにもってどうも不可解でありますが、後で物を申し上げましょう。
 そこで、一九五五年に、十月ごろでございましょうか、この相互武器開発計画、これは援助資金が背景にあるわけでありますが、読売新聞等がお書きになっておりますが、この開発計画、二十六年前のつまり相互計画、相互武器開発計画、これは一体外務省にあるのか防衛庁にあるのか、一体どこにあるのか。十四項目の発議を通告をしたというのだが、この十四項目はここに新聞等が挙げているようなものだと理解していいのか悪いのか。これは一体なんですか。われわれ全くつんぼ桟敷で一かけらも知らないんだけれども、どういうことですか、これは。
#13
○和田(裕)政府委員 相互武器開発計画につきましては、外務省を通じまして防衛庁にお話が当初ございました。三十年ごろからアメリカがこの話をやっておったということは御存じだと思いますが、三十一年ごろより米国側からわが国に対しまして相互武器開発計画の提案がございまして、防衛庁内におきましても本件の内容につきまして検討を行ったことがございます。しかしながら、昭和三十七年に至りまして、米国側からドル防衛の見地からこの種の協定の締結は中止したいという申し出がございまして、本件に関する検討は中止されたというふうに承知しております。
 お尋ねの十四品目でございますが、いまそこら辺の資料につきまして鋭意検討中でございますけれども、私どもがいま発見いたしました点を一つだけ申し上げますと、防衛庁におきまして昭和三十五年ごろから、米海軍からMAP供与されましたUF1、これは双発の飛行艇でございますが、これの改造によりまして対潜飛行艇PS1の研究開発に着手しておりましたけれども、飛行艇の研究開発には多額の費用を要するために、相互武器開発計画によります資金援助を期待いたしまして、昭和三十六年八月ごろ、飛行艇の開発を具体的な項目として提案することを検討していたという事実がございます。しかしながら、前に申し上げましたとおり、本計画が中止されたことに伴いまして対潜飛行艇の共同研究開発は中止された、こういう事情でございます。
#14
○大出委員 どうもいきなりそこから入ってしまうわけにもいかぬですな、いまの答弁。対潜飛行艇の引き合いみたいなことがあった、この十数項目の中で。いまPS1の話が出ましたが、これは事情によって中止をされた。つまり、共同開発をやらなかったということになるわけでありますが、そこにいきなり入りますとほかのものの質問に差しさわりが出てまいりますから、もう少しほかのことについて承りたいのでありますが、外務省、この新聞等が書いております相互計画、武器開発計画、外務省から聞いたというのですが、外務省にありますか。
#15
○淺尾政府委員 お答えいたします。
 一九五六年ということでございまして、二十数年前ということで、いま御指摘の相互武器開発計画、これは当時アメリカが自由主義諸国の防衛能力の向上のために、各国が行う新たな装備の研究開発に対してアメリカが財政的に援助等を行うことを目的として、主としてNATO諸国との間で実施することとしたものでございまして、アメリカとNATOの一部の国とで計画が実施されていたものと承知しております。
 日本に関しましては、ただいま装備局長がお答えいたしましたように、昭和三十一年ごろアメリカ側から日本側に対しても同じような計画を日米間で実施することにつき提案がございました。ただ、その後検討をわが方としても行った模様でございますが、アメリカ自体が本件の計画を取りやめたということで立ち消えになっております。
#16
○大出委員 安田寛さんの論文がありますけれども、その前に、そうすると、外務省にはこの二十六年前の相互計画、略して相互計画といいますが、これはあるんですな。そこをはっきりしてください。現在ある。この文書はある。
#17
○淺尾政府委員 文書があるかどうかということよりも、そういう申し入れがあっただけでございまして、その後わが方としても若干検討に着手したわけでございますが、アメリカ自体が取り下げたということが経緯でございます。
#18
○大出委員 そんなことを言ったって新聞に――これはこしらえたものだとはだれが考えたって思えぬじゃないですか。あると言えば出せと言われるから、あなたはないと言う。ないとも言わないんだ、取りやめたということになっているだけだ、こう言う。後で一括言いましょう、時間がかかりますから。
 さて一九五一年に米議会で相互安全保障法、いわゆるMSAがつくられた。背景に軍事援助資金がある。一九五四年、昭和二十九年にMDA、日本国と合衆国との間の相互防衛援助協定がつくられた。これがいまいろいろ問題になっているものの基礎になっている。MDA、その基礎はアメリカのMSA、こういうことです。
 さて翌年、昭和三十年、一九五五年に米政府が日本に手交した、それが相互武器開発計画。三十一年に正式に日本との間の話し合いになった。手渡したのは三十年。この計画に参加する云々というところで向こうの事情で中止になったと言う。防衛庁の先ほどの答弁によれば、対潜飛行艇等の共同開発の提案ですから、共同開発を考えたのだけれども、向こうがこれを取りやめたから打ち切りになった、こういうわけです。
 さて、安田寛さん、この当時の防衛庁の法制調査官、いまの防衛大学の教授、この人の文章によると、相互武器開発計画というものはアメリカの事情で、ドル防衛の見地もあり、無償援助の打ち切りもあり、ここでやめた。だが、ただやめたんじゃない。この計画は一九六二年、つまり三十七年の「防衛目的のための技術的資料情報交換取り決め」なるところに一部引き継がれている。これは、交換公文だけは土井たか子委員の質問で皆さんは出しておいでになります。上原康助君の質問によって、実はこの交換公文それ自体は大して意味はない。大平さんのお名前で「拝啓」から始まってライシャワーさんにやった、後で聞きますが、こういうものをやりましょうと言ったわけ。これには取り決め本文と附属書がついている、こういう仕掛けになっている。
 ここにこの交換公文がございます。「日本国政府は前記の規定に従い日本国とアメリカ合衆国との間に防衛開発交換計画を樹立するための必要な取り決め」、防衛開発交換計画を取り決めましょうと大平さんがエドウィン・ライシャワー・アメリカ合衆国特命全権大使あてに手紙をお出しになった。応諾をした。応諾をした文書がここにあります、時間がないから省略をしますが。ポイントは一つ、防衛開発交換計画の樹立。これは日本から申し入れた、向こうが承諾をした。これが資料情報の交換公文、こちら側から申し入れている。だから、防衛開発交換計画がここに存在をすることは明白である。これは昭和三十七年十一月十四日。そこで一日違いで、十一月十五日に、称して取り決め本文というものがある。交換公文のよく言われる子供に当たる取り決め。それと附属書というのがある。前段に防衛開発交換計画があって、取り決め本文が翌日にできて、そしてあわせて附属書ができた。この附属書には「日米双方が合意した研究開発項目についてその都度設定をする」となっている。ここまでは五十六年十月十九日に防衛庁が上原君の質問について要旨を提出している。こういう経緯である。このことを念のために申し上げて、間違いがないかどうか、承っておきたい。
#19
○和田(裕)政府委員 ただいま御質問の、交換公文に基づきますところの具体的な覚書の概要につきまして、上原先生の御要求によりまして提出したという事実は間違いございません。
#20
○大出委員 防衛開発交換計画が存在をする、お認めになるかどうか。あわせて、取り決め本文、一日違いで締結されているそれに基づく附属書、その都度決めることになっている、その都度設定をすることになっている。だからたくさんあるはずだが、これも間違いがないか、お答えを願いたい。
#21
○和田(裕)政府委員 十月十九日に御提出いたしました資料交換に関する取り決めにつきまして申し上げたことでございますが、これにつきましては「日米当局間が合意した研究開発項目についての、技術的資料及び情報を交換することを目的として」云々、そういうふうに書いてございます。
#22
○大出委員 「日米当局両当事者間で合意した研究開発項目について個々に具体的な交換技術資料の件名、範囲及び秘密区分並びに関係する機関及びその当局その他について規定する」ことになっている。正確に言うとこうですな。いま簡略におっしゃったから念のために全文申し上げておきましょう。
 こういう形になっているところに、さて、これは三十七年、以来、きのうの稲葉委員の質問に出てくるF15に関する交換公文、これには取り決め本文があって附属書がある。そこまで出してもらわなければ、一体どういうことになって単価がこう上がってくるのかさえわからない。指摘だけしておきます。後からあわせて申し上げます。
 次に、四十一年、一九六六年、これが安田寛さんの指摘するいわゆる新覚書と言われているもの。安田さんの論文間違ってない。
 実はここにテープが一つございまして、一つじゃないんだ、あそこに三つばかりありますが、安田さんの言っているのは古いことでもあり間違いだらけでございます、なんてことを防衛庁の装備局の管理官、村井君ですが、この間、うちの横山利秋さんの主宰する武器問題のプロジェクトに来て、外務省の課長さん、通産の課長さん、通産の参事官、四人並んでぬけぬけとおっしゃったけれども、何も間違っちゃいない。一つも間違っちゃいない。あなたの方がうそを言っている。後から明らかにする。
 そこで、安田さんの論文によるとこの覚書というのは一体何か。先ほど私が提起い化しました相互武器開発計画。このときに、金は半分ずつ出し合う。その成果はアメリカがいただく。特許あるいはノーハウの通常の権利はアメリカが取得する。こうなっていた、援助資金が背景で。それを新しい覚書に切りかえる。そしてこの覚書の仕掛けは、金は半分ずつ出す、成果は、特許権その他は同じくアメリカがいただく。こういう仕掛けになっているが、ただ一つ違うところがある。それは、アメリカの陸海空三軍の必要であるものに限ってこの計画を進める。だから、この新覚書以降行われるであろう共同開発というものは、アメリカの陸海空三軍が必要なものに限られる。資金は通常の開発研究費目から出す。資金援助じゃない。こういうところが変わっただけであるというふうに指摘している。そうすると、この新覚書の性格は、対潜飛行艇等の計画を考えたが途中で取りやめになったと言われているものと、仕掛けは同じである。成果は向こうに行く、こうなっている。間違いない。そうでないと言うなら出していただこう、後から要求はいたしますが。
 そこで、以上の仕掛けの上で、皆さんはこれどうしても出せないといまおっしゃるのかどうか、念のために承りたいのだが、外務省でございますか、これらの一連のものを私は当然出していただ円いていいと思うのでありますが、これは大変な金と絡んでおりますから。一番最初の十三項目、十四項目――十四項目というのはべらぼうな金がついているのですね。あなたの方はあるともないとも言わぬけれども、大変な金がついている。
 実は、後からこれは申し上げるけれども、対潜飛行艇PS1の話が出たが、これも日本の国民の金を六十億使っている。ちっとやそっとの金じゃない。かくのごとく、F15にしてもあるいはP3Cにしても、すべてこの取り決めの結果出てきている。附属書を見なきゃわからない。F15のごときは、去年の予算単価とことしの予算単価と一体幾ら違うか。去年は八十四億四千九百万円、ことしは百九億。P3Cはどうか。去年は九十八億千二百万円。ことしは一体P3Cは幾らか、百十六億。なぜこんなにべらぼうに一年で予算単価が上がるのかということは、これを見なきゃわからぬ。それを出さない。こういうふざけたことになっている。この点を指摘だけいたしておきます。後から一括物を言います。
 さてそこで、石橋さんの質問を私は聞いておって、さっき口にいたしましたが、課長さんが四人集まった。防衛庁装備局の管理課長村井仁さん、外務省北米局安全保障課長の加藤良三さん、通産省貿易局為替金融課長広海正光さん、通産省官房参事官竹内征司さん、この方々はいろいろとんでもないことを言っております。後から必要な都度申し上げますが、これはやみでとったのじゃないのだ、盗聴じゃないのだから。私は、目の前でテープを動かしていただいて、言っているのがこれに入っている。全部これ私が自分で訳してみた。とてつもないことを言っておりますが、これも後で必要の都度申し上げることにいたします。
 そこで、まず第一に、地位協定の十二条、ここから入ります。地位協定の十二条で、外務省の課長さん、加藤良三さんですか、言っているのは、時間がないから細かく読むのはやめますけれども、「これは在日米軍が武器を含む物資を調達するに当たって、原則として全く制限は課せられない、自由である、まさに自由である。」こう言うわけです。横山利秋代議士の方から、「そういうことを言うならば、在日米軍が武器をどんどん買って韓国へ持っていった、アメリカに持っていった、それでも自由か。」「地位協定十二条は、在日米軍が物資調達をするに当たって原則として何らの制限を課せられない、したがってそのとおりでございます。」武器を買って韓国へ持っていく、アメリカへ持っていく、自由自在、「まさに自由でございます。」こう言っている。
 安倍さん、あなたはこの間石橋さんの質問に答えて、地位協定の乱用、悪用という表現を使っている。課長さんの方は、おたくの課長さんなんかもっとひどいのだが、乱用、悪用どころじゃないのだ。全くまさに自由である、こう言っている。横山代議士が「日本政府はノーは言えないのか。それでは、米軍が日本国内で武器などを買って、これを韓国へ送る、アメリカへ持っていく。通産省もぼやっとしている。つまり、オールマイティーということか。」「その点について米軍が行う調達行為は原則として全く制限はありません。」外務省の課長さんの答えだ。どこへだって持っていける。「いや、まあそれは大変なお話を承ったわけだが、次は、」と言ったら、ここで通産省官房参事官の竹内さんから発言があり、「その点について、通産省の官房参事官でございますが、米軍が日本における米軍の貨物の輸出入につきまして、地位協定に基づきます貿管令に基づく特例によりまして、これは除外されております。つまり、米軍の貨物の輸出入につきましては自由である。まさしく自由であります。」どうですか、これ。わざわざ発言を求めて、横山さんが韓国へでもどこへでも持っていけるのかと言ったら外務省の課長さんがまさに自由だと言うのに、通産省の官房参事官が、これを表に持ち出すのに貿管令の特例、例外で全く自由、まさに自由、それでは全く何の歯どめもない。あなたは悪用、乱用と言ったが、実務をやっている課長さんがこう言っているのだが、大臣、悪用、乱用を一体どこでどうやってチェックするのか。
 それから、その前に、十二条というのは、義務規定であるのか、義務規定でないのか。契約自由の原則と言うが、そんなことはない。十二条というのは、「合衆国は、この協定の目的のため又はこの協定で認められるところにより日本国で供給されるべき需品又は行なわれるべき工事のため、供給者又は工事を行なう者の選択に関して制限を受けない」、業者の選択について制限を受けないと書いてあるだけじゃないですか。何が契約自由の原則です。しかも、地位協定の十六条というのがあるはずです。これは前に私も、法制局長官の高辻さんとさんざんここで議論したことがある。地位協定十六条というのは、「日本国において、日本国の法令を尊重し、及びこの協定の精神に反する活動、」これには「特に政治的活動を慎むことは、」と入っておりますが、「合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族の義務である。」地位協定それ自体は、軍隊の構成員というのは軍隊全部なんだから、日本国憲法を尊重する、協定の精神に反する活動をやらない、日本国において、日本国の法令を尊重するのですよ、こうなっている。それを、韓国へでもどこへでもフリーパス、在日米軍が武器を買っていく。それで大臣は、悪用、乱用しないだろう、のんきなことを言ってはいけません。一体、義務規定であるのかないのか。園田外務大臣は、楢崎弥之助君の質問に対して、日にちは五十六年十月十六日、「義務協定でないことは御発言のとおりだと私も思います。」認めているじゃないですか、義務協定じゃないと言って。行政協定の権利がとれた、あたりまえじゃないですか。日本には主権があるのだ。十二条について、通産大臣にひとつもう一遍明確にお答えいただ一きたい。
#23
○安倍国務大臣 地位協定の解釈につきましては、外務省でお答えをするのが筋だと思いますが、いずれにいたしましても、この地位協定のもとで、在日米軍は、原則として制限を受けないで武器を含め物品等をわが国において調達をできるわけでありますし、また、輸出貿易管理令の義務または制限を免除されておるわけであります。
 そこで、通産省としましては、いましり抜けがないかというお話がございますが、これは安保条約及び地位協定の性質上、これが悪用あるいは乱用されることはない、こういうふうに信じておるわけであります。
#24
○大出委員 時間がないからもう一つ言いましょう。
 地位協定の十二条の二項の扱いというのは、「現地で供給される合衆国軍隊の維持のため必要な資材、需品、備品及び役務でその調達が日本国の経済に不利な影響を及ぼすおそれがあるものは、日本国の権限のある当局との調整の下に、また、望ましいときは日本国の権限のある当局を通じで又はその援助を得て、調達しなければならない。」これが二項ですが、二項の扱いなんかは、安保国会、六〇年、このときに問題になりまして、白米合同委員会の合意議事録を出せ、地位協定十二条の、こうなったのです。出てきている。私も一つ持っている。二項について、「調達調整品品目リスト」、この中には、事前の調整を必要とする品目ということで、電気銅だとかアルミニウム地金だとかニッケル地金だとか、みんなこれは事前調整が必要で、日本側が断っている。だから、乱用、悪用させないと言うならば、これは日米合同委員会で取り決めたんだから合同委員会で、悪用、乱用させないように、そこへ出てくる在日米軍の構成員のだれかれに、十六条に言うように日本国の法令に従うようになっているのだから、日本は平和憲法を持っておって武器禁輸の三原則もあるのだから一切そういうものはだめなんだということをなぜ明らかにしない。乱用、悪用をそこできちっと抑えないのか。先ほど私は、園田外務大臣の、義務協定ではないということを例に挙げたが、時間がないから全部詰め切りはしないが、いまの点はまた引き続きやるけれども、通産大臣、悪用、乱用しないと言うなら――これは武器の方ですよ、製品の武器の方。武器技術の方は、中澤貿易局長の答弁で、外為法二十五条で、役務取引という条項の中で許可が要るのだからここでチェックできるということになっている、この間の議事録で。私は全部議事録を起こして、ここにある。全部ある。だから、そちらはそれとして、残っているのは武器という製品について。これは全部議事録、速記録を起こしてあるけれども、製品について、地位協定の性格上悪用、乱用するようなことはさせないし、ないとあなたはおっしゃったのだから、どういうふうにさせないかと言えば、合同委員会なり何なりでチェックしなければできないじゃないですか。どうですか、通産大臣。
#25
○安倍国務大臣 これは、日・米安保条約を結んでおりまして、そのもとにおいて地位協定というのがあるわけでございますから、その地位協定の性格、性質上、悪用とかあるいは乱用というものはあり得ない、こういうふうに考えておるわけでございます。
#26
○大出委員 あり得ないと言ったって、チェックしようがなければ、あり得ないと言っているだけだということになってしまうじゃないですか。大臣、悪用、乱用はあり得ないと言っているが、あり得ないのならあり得ないようにさせなければいかぬじゃないですか。あったらどうするということになる。悪用、乱用させない、合同委員会なり何なりを使ってきちっとこれ話し合ったらいいじゃないですか。何とか答えなさいよ。
#27
○栗山政府委員 先生の御質問が地位協定十二条の問題でございますので、私から答弁させていただきたいと存じます。
 十二条一項、二項につきましては、先生よく御承知のとおりに、従来からも申し上げておりますが、十二条の一項は、わが国の施設、区域を使用する米軍が、自分が必要とする物資、役務を日本の中で調達する場合には、それを自由に調達することができる、そういうことを前提といたしまして、契約の相手方については制限を設けてはいけないということを一項で定めておるわけでございます。前提は、いま申し上げましたように、米軍が日本の施設、区域を使用する、いわゆる在日米軍というものが日本で必要とする物資を調達することができるということを、原則を定めておるわけでございます。
 そこで、例外は二項である。二項は、日本の経済に不利な影響を及ぼすようなおそれがある調達があるときには、それは日米両政府の間で話し合って、その調達についてある種の調整を行うことができるということを定めておるわけでございます。
 そこで、先ほど先生お読みになりましたことでもはっきりいたしておりますが、制限する理由というのは、日本の経済に不利な影響を及ぼすおそれがある場合、これは先生よく御承知のように、いわゆる希少物資等を典型的なものとして念頭に置いてつくられた規定でございまして、そういう場合には制限することができる、こういう趣旨でございます。
#28
○大出委員 わかり切ったことをべらべらしゃべったってしようがないんだ。そんなことはきのうやきょう議論しているのじゃないんだ。どうやれば乱用、悪用をチェックできるかと言っている。やらなければ意味がないじゃないか、それだけのことだ。答弁をしないので先に進みましょう。時間がもったいない。後で一括やりましょう。
 さて、答弁をしないので、時間がむだですから先に進みますが、ここで一つだけ聞いておきたい。
 安倍通産大臣、あなたは、この速記録によりますというと、武器の共同開発――研究開発とかあなた言っていますけれども、研究開発というのは、武器輸出禁止の三原則の枠外である、そういう答弁をしている。だから新聞は、共同開発はできる、共同開発はできる、こうなっているわけです。
 念のために申し上げておきたいのですが、前任者の田中六助さんが共同開発も武器輸出と同様に扱うという答弁をしているのだが、あなた御存じですか。質問者はそこにおいでになる坂井弘一さん。
 これはどういうことかというと、共同開発は、必ず海の向こうに技術がいく。共同開発そのものが海の向こうに技術がいくようにできているから。当時英国の例を挙げて坂井さん言っておられますが、共同開発をやれば両方のノーハウなりみんな出し合うのだから、わかっちゃうんだから、いやでも向こうへいっちゃうじゃないですか。輸出というのは何かと言ったら、本邦からほかの国へ出ていくことだと言うのだ。さっきの私のテープの中に入っている。そうすると、ここで共同開発をやればみんなわかっちゃうんだから、向こうへ出ていっちゃうじゃないですか。共同開発だけは三原則に抵触しない、関係がないと言ったってだめなんだ、そんなものは。だから、そこは詰められていて、きちっと田中六助氏、前通産大臣の答弁が行われている。あなた御存じかどうか。
 そして、共同開発はそういう関係になるのだが、あくまでも切り離せると思っておられるのか。田中さんの答弁は、「武器技術の輸出と同様に、共同開発についても同じ考え方で進めたいと思います。」と答えている。どうなんですか、これ、大臣。ほかの者は要らない。時間がない。
#29
○安倍国務大臣 私が石橋委員に対して答弁いたしました「共同研究開発は三原則の対象ではないと思います」というのは、要するに、共同研究開発、いろいろな態様があると思いますが、概念としては三原則の対象にはならない。しかし、もちろん、共同開発に伴っていわゆる武器の輸出であるとかあるいは武器技術の供与というものが起こるときは対象になることは、これはもうはっきりしていると思うわけであります。
#30
○大出委員 防衛庁長官、あなた、武器の共同開発というのはこれから始めるのだ、そのために、だから新しい取り決めが要る、これから始めるのだ、いままでやっているわけじゃないのだから、これから始めるのだから新しい取り決めが要る。時間がないから、この議事録、全部速記を起こしてありますが読み上げませんが、そういう答弁をなさいましたな。いかがですか。確認してください。
#31
○伊藤国務大臣 そういう趣旨の答弁をしました。
#32
○大出委員 櫻内外務大臣、あなたは石橋さんへの答弁で、新覚書その他で、現在あるいろいろなさっき私がたくさん挙げたけれども、あれで、武器のアメリカとの共同開発ができるか、やれるか、あるいは武器輸出ができるかと聞いたら、外務省としていろいろ防衛庁に聞いた、そういうのがある、あるけれども、外務省の方で権利義務を持つようなものじゃないと聞いているという答弁を先にされて、安倍さんの後に最終的な答弁として、「私はできないと思います」とお答えになりましたが、間違いないですな、できないと思うとあなたは答えておりますが。
#33
○櫻内国務大臣 そのように答弁をいたしました。
#34
○大出委員 そうすると、いままでの制度、法令あるいは協定等ではできない。しかも、さっき装備局長答弁では、対潜飛行艇等があったけれどもこれは断った。金の話もそのときあったけれどもと、こう言うわけです。やってない、こう言う。
 念のために和田装備局長にもう一遍承りたいのだが、あなたの一番最後の答弁、石橋さんが、「いままでに武器の共同研究開発というものが行われたことがあるのかどうか、」――これをそのとおり読みますよ。「あるのかどうか、この点について確認をしておきたいと思います。」と聞いたら、和田さんが答弁に立たれた。そして、「御質問でございますが、共同研究開発という言葉は非常ないろいろな言葉を含むのでございます。私どももいろいろなところを当たってみましたけれども、場所によりましてその定義が区々でございます。場所によりましてその内容がいろいろございます。一般的に考えられますのは、まず研究なり開発なりに必要な技術、それから技術者、人でございます。それから、どういうものをつくろうかという運用要求、これのすり合わせあるいは資金、あるいはこれを実際に研究開発をするための施設、試験設備とかあるいは試射場」、これは鉄砲を撃つところです。「試射場とか、そういったところでございます。そういったもの、あるいはその試作品をつくるための生産設備、そういったものを全部プールする、これが共同研究開発ということになるんではないかと一応考えられますけれども、一番理念型といたしましては、そういったすべてのものを持ち合う、しかも、なるべくならば平等に、これが理念型でございます。」こういうふうに言って、「けれども、片や人と人とが会ってお互いに知恵を交換するというものですら共同研究と呼んで呼べないことはない、また呼んでおられる方もございます。したがいまして、共同研究開発の定義いかんによりましてお答えが違ってくるかと思います。」
 つまり、和田さんの言っているのは、お互いに知恵を交換するというものを共同研究と言うならその程度のことはあるかもしれない、こう答えておいでになる。間違いございませんか。速記録でございますから、簡単にお答えください。
#35
○和田(裕)政府委員 その部分はそのとおりでございますが、直ちに私はその後で補足いたしまして、たとえば、運用要求を運用者、これは実際に兵器を使う方でございます。先生よく御存じでございますが、そのオペレーターの方がお互い会いまして相談し合うというようなことを仮に共同研究と呼ぶようなことがあれば、そういったことはあり得ることだと思うというふうに補足してございます。
#36
○大出委員 会って話し合うというやつね。それで、大体再確認を求めてできました。
 そこで、実は全くうそばかりおっしゃっているので、それはみんな違うということを立証したい。時間がありませんから、もう少し途中入れたいものがあるのですが、やめます。またの機会に……。
 これをひとつ配ってください。PS1の共同開発、実に綿密に、しかもべらぼうなものがかかり、技術がかかり、金もかかり行われておりますので、細かく立証いたしますので、ぜひひとつごらんになっていただきたいのです。配ってください。
 いまお配りをいたしております資料で簡単な説明をいたします。時間の関係がございますので、特にあっちの和田さんに配っておいてください。
 さっき共同開発はやめたと言うのだから、これは独自開発と言いたいのでしょうけれども、独自じゃないのです。これをごらんいただきたいのですが、一枚目の右、グラマンUF2アルバトロスという飛行機。カモメですね。アルバトロスという飛行機がございます。UF2、UF1、ワン、ツーとあるのです。左の新明和UFIXS、これは実験機と右の方に書いてありますが、実験機でございます。実験に使ったのです。一枚あけていただきますと、そこに新明和のこしらえましたPS1、先ほどお話が出ました潜水艦用の対潜哨戒機PS1、大型飛行艇でございます。
 これはどういう仕掛けになっているかといいますと、実験機と書いてあります写真の下の方に、私が「みづきりがよい」とこういうふうにひらがなで入れておりますが、これは波切りとか水切りとかいろいろな言葉を使います。要するに、新明和の前身である川西航空機というのは飛行艇の専門の航空機会社でございます。大変な技術を持っております。その技術の焦点は何かというと、水切りや波切りがいい。つまり、飛行艇の弱点というのは、高いうねりや波が大きいと、着水にはずんじゃったり、ひっくり返っちゃったりする。
 で、この実験機の一番てっぺんに書いてありますように、「戦後の潜水艦の爆発的進歩にともない、対潜機としての飛行艇の価値は新たな脚光をあびることになり、」こういうことは事実なんです。アメリカが対潜哨戒機の意味で飛行艇をどんどん開発した。そうしたら、アメリカの飛行艇は、ジェット機のようにジェット燃料を使うようになってから試験機が二機おっこちましてうまくいかない。そこで日本と、新明和、前の川西との間でいろいろ交流を始めまして、川西の後身である新明和、ここにアメリカ側から物を頼んだ。水切り、波切りのいい、耐波性の強い、つまり、ある意味でSTOL性というわけでありますが、STOL性とは何か。STOLのSはショート、TOはテークオフ、ショートテークオフ、Lはランディング、つまり離着陸が短距離でできる。C1なんという飛行機は六百十メートルで飛び立てる。だから、滑走路が千二百メートルあれば簡単にできる。実はそういう意味の特徴を持っているSTOL性の強い飛行艇をつくろう、対潜哨戒機、こういうことです。
 それで、川西、新明和に頼んだ。新明和は技術者が頼まれて始めていたわけでありますが、これが、もう時間がありませんから申し上げますけれども、進んでまいりまして、海上自衛隊が、日本の海自が正式にアメリカに要請をすればアメリカは応ずるという話になりまして、アメリカの側でUF1という飛行艇を一機日本に実験用として供与した。もらってきた。この前にアメリカ側は調査団が日本に来ている。その結果やろうということになって、アメリカは日本から専門家を招聘した、博士を呼んだ。そして話を詰めていきまして、日本の当時の見積もりでは八十億、最終的に六十億ぐらいのようでございますけれども、アメリカが実験用の飛行艇を一隻、そして技術を提供する技術者が来ております。
 というところで、この実験機が始まりまして、この供与されたものをほとんど改装をして、この写真にありますような実験機ができた。話は三十年ごろから始まっておりますが、本当のところ三十五年から、そして三十七年、三十八年、三十九年、ここで実験機がおおむね固まりまして、いろんなノーハウやデータ、諸元が集まりまして、ここから四十年というところでPS1のいまの形のものができて、さてそこから出発するというと、例の新覚書の四十一年、三十七年というのは資料情報の交換公文ができた年でありますが、そしていまのPS1の形になって、実験が最終的に終わったのが四十三年の四月であります。その間、アメリカからはこの実験につきっきりで人が立ち会っている。そして、そこからすべてのデータは詳細にアメリカに筒抜け、直接アメリカ海軍に出ている。そのことがきわめて詳細に記録されております。
 私は、先ほど共同開発というものの定義をこの議事録で申し上げましたが、とりあえずこのPS1開発に至る経緯というのは、明確な共同開発、きわめて壮大な共同開発、しかも日本の国民の金を六十億つぎ込んでいるが、すべての諸データはアメリカへ。「すぎ」という船に乗りまして、四月の二十八日だと思いましたが、最終日であっても、約二百メートル横にアメリカの技術者が乗っかった船がありまして、ここで日本の技術者と最終的に感激の握手をするという場面まで出てくるわけでありますけれども、そして明確に詳細なデータが送られている。そのことを細かく記録している人もいる、後から申し上げますが。これについてひとつお答えを承りたいわけでございます。共同開発ではないと言うか。
#37
○和田(裕)政府委員 お答え申し上げます。
 先ほど来申し上げていますように、共同研究あるいは共同開発あるいは共同研究開発、これは非常に定義がいろいろございます。いまお話しになっていることはこれから確認させていただきますけれども、もしいまおっしゃっていることが全部本当であるといたしますと、どうも共同研究開発になるかと思います。
#38
○大出委員 詳細に申しましょう。この記録を細かくしておる方は、名前を申し上げましょう、元海将補、海軍少将閣下です、日辻常雄さん。飛行艇の専門家でございます。この試験実験というのは実は大村航空隊司令部でこの範囲でやったのでありますが、この日辻さんは大村航空隊の司令をおやりになり、海兵の六十四期の方でございます。この時代から飛行艇の専門家でございます。最後は第四航空群司令でございます。PS1開発研究の当人でございます。
 これは海上自衛隊の「安全月報」という皆さんの内部資料に長年月にわたって連載をされている。しかもこの方は後で本をおつくりになっている。これが書いてあるのは五十六年一月、つまり去年、三年連続連載。「PX誕生記」、私はここに持ってきてほうり出してもいろんな方に失礼ですから写して書いてまいりました。そのとおり書きましたから要点だけちょっと読みます。
 「PX誕生記」。会社の試作段階ではPS1はPXS、その前身UF−XS及び試作一号誕生までの状況。海上自衛隊の飛行艇を使うことを決めたのは昭和二十八年、これは例の海上警備隊発足のとき。それが翌年の昭和二十九年七月一日に海上自衛隊と名称変更が行われる。新明和――飛行艇の川西、ここで昭和二十八年に新型飛行艇と取り組む。そして、この人は、このときに委員会ができた研究委員の一人。耐波性の高い新型をつくる、こういうことになった。
 そして、UF1、UF2、P5Mというふうに当時は米国は優秀な飛行艇を対潜哨戒機としてつくってきた。そして、P6Mというジェット飛行艇のところで失敗をして、一号、二号機が墜落をした。このとき、三十年の夏でございますが、アメリカが新明和に頼んだ。徳田という技師さんが炎天下で防火用水のところで模型をつくって、一生懸命御自分が小さい飛行艇を引っ張っている。そこへこの人がちょうど行き合わせた。そして聞いたら、米海軍の依頼で始めたんだ、模型をつくったんだと言う。波消し装置の基本研究、これは成功しました。三十年から今度は高揚力、飛び上がるのですね、この風洞実験をやる、これも成功した。
 この二つを合わせまして、さて、日本でこれをつくるとすれば幾らかかるか、約八十億かかる。そうすると、八十億もかけられない、六十億くらいしか何ともならない。各部にPRをしたけれども、何ともならない。足らない分はアメリカからとアメリカに頼みに行った。三十二年に海自が非公式にこの調査を新明和に命じております。そしてその結果、アメリカは三十三年六月、実地調査に参りました、何人もの方が。P5Mの技術を日本に提供しよう。そして、ここからがPXSの日米共同開発になってくる。
 そして、三十四年に海幕は、日米共同開発を望むということを米軍に申し入れた。共同開発を望んでいる。米海軍は、詳細説明のため菊原博士を招請をする。この人は新明和の中心の技術者であります。この人を米海軍は求めた。そして、海上自衛隊と十分打ち合わせの上で菊原さんはアメリカへ行った。そしてアメリカで長時間かけてP6Mの試作の話、日本のPS1と同じようにアメリカの新しい飛行艇をつくる、そして、対潜哨戒機を急速に発展させなければ潜水艇対策ができないということを力説し合って、正式要請があれば米海軍が資材と技術で協力をする、足らない分は資材と技術で出す、こうなる。そして試作に取り組もうということになった。だからSTOL性能の高いものをつくってくれ、こうなる。協力する。海自から正式な申し入れがあればUF1一機を実験機として提供する。波高四メートルぐらいでも着水できる、そういうのを何とかつくりたい。ここから始まる。
 そして、一番最後のところを読みますと、波高四メートルの海上で感激の握手。米海軍は当初からPXSの開発に異常なくらい興味を持って協力をしてくれたが、中でもPXSの本命ともいうべき荒海の試験、これにはずいぶん苦労しているようです。細かく書いてあります。荒海の試験には注目したい。NASC、ネーバル・エアー・シスーテム・コマンド、これは調べてみますというと、アメリカの海軍航空管理司令部、こういうわけでありますが、ここから、一人じゃないのでありますけれども、ロックさんという責任ある技官の方がおいでになりまして、実は試験を何年もやっているのですけれども、この派遣されてきた技師さんたちがみんなずっとついている。氏は試験期間中、支援艦「すぎ」に乗艦し、熱心な観測を繰り返し続けてきた。試験の成果は、NASC、つまりアメリカの海軍航空管理司令部、ここに詳細に報告されている。四十三年四月二十六日、ついに試験最終日に到達をして、何と波高四メートルが観測された。横のうねりがあって、PXS、つまりPX1の前身である実験機、この真横二百メートルに位置する「すぎ」、ここで観測しているわけでありますから、そこへおりてきたこの実験機が、四メートルのうねりのところをみごとにバウンドもしないで着水をした。非常に巨体を持っているロックさんがこの船の二階から飛びおりてきて、菊原博士とまさに感激の握手をして、これでアメリカの目的とした五メートルの波高に耐えられる、ついにそこまで来たということで両者は本当に感激の握手をして、アメリカにお帰りになった。こういうことがちゃんと書いてある。間違いも何もない。
 そして、政治的背景を一つ申し上げます。なぜこれがアメリカで量産に入らなかったか。日本は大分つくりましたが、日本は対潜飛行艇PX1があるというのに何でP3Cを買うのか、問題はここにある。当時アメリカは、ソビエトその他いろいろなことを考えて、海上、湖沼の上に位置して対潜作戦が行える大型飛行艇でいくか、それとも陸上の基地から飛んでいって潜水艦狩りをやる、そういう陸上から飛んでいく大型飛行機にするかというのでしのぎを削った論争の最中。また、メサットを求めていろいろな軍人の間のあつれき。日本の海自の中でも、そんなばかなものを何でつくるかという大きな争い、もう亡くなった方もいますが、みんな書いてあります。
 そしてPXSが、三十五年からなんですけれども、本当のところは三十七年、八年、九年、四十年、四年間。五年目の四十一年に新防衛計画ができているのだけれども、ここまでいった。これは最終的には四十三年であります。この間に、ロッキード社を中心にしていまのP3Cの展望ができてしまった。両者を比較するというと、対潜機としては明らかにP3Cの方がいい。だからアメリカは、そこから大型の飛行艇の対潜作戦というものを寸陸上から飛んでいく、長時間滞空に耐える、しかも大変な電子機器を備えるいまのP3C方式に大きく切りかえていった。本来ならば日本は、これだけ国民の金を六十億も使ったんだから、採算見積もり八十億の足らない分はアメリカから現物供与を受けたんだから、しかも共同開発で資料は全部行っちゃったんだからPS1を使うべきなのに、何で不経済なP3Cを買わなければいかぬのかということになる。
 こういうことをやっておって、四十三年四月二十六日、試験の最終日というのは何か。武器輸出三原則は四十二年にできた。石橋さんの質問で何と言っているかといえば、武器輸出三原則ができたのだから、そのとき以前にあった新覚書だ、協定だというもので抵触するのがあれば、このときに全部表に出してくる筋合いではないのかと言っているでしょう。そういうものはないんだからというのであなた方は流したでしょう。これは明確な共同開発ではないですか。これ以外に共同開発なんというものがそんな簡単に存在しますか。しかも、安田寛さんが提言をしているとおりに、だから残念だと彼は言っているのです。出し合ったはいいが、後みんな向こうへ持っていってしまう、そんなばかなごとが許されるか、しかも、相手は新覚書のときには、前とは違う、通常の研究資金を出すのだ、そしてアメリカの陸海空三軍の利益のためにしかやらなくなっているじゃないか、それでも援助とは何だと言って安田寛さんは怒っているのです。そうでしょう。
 こういうことをやっておきながら、ぬけぬけとやらないと答える。知恵を出し合って話し合うぐらいのことはあったかもしれぬがと。私は、そういう装備局長はやめてもらいたい。
 しかも、私は三十八年に国会へ出てきたけれども、内閣委員会に入って足かけ十五年やったけれども、十五年間ついにだまされ続けた。以来、予算を始めてこれまただまされ続け。歴代の防衛長官もだまされっ放し。そうでしょう。亡くなった池田さんのときからだ、ぼくは。池田さんから始まって、歴代の総理みんなだまされっ放し。国民も全部つんぼ桟敷でだまされっ放し。しかも、安田さんが物を言わなければ資料交換協定、交換公文も出てきやしない。これは全部秘密だ。三十二の細目もわからない、何にもわからぬ。六十億、国民の金を使ったこともわからない。そんなばかなことで、これから技術開発だ云々だ、共同開発、冗談じゃない。私は諸君に責任をとっていただきたい。本当に歴代の防衛庁長官のなさったことを、みんなお並びになって責任をとっていただきたい。亡くなった総理まで連れてきて私は物を言いたい。一体そんな、ばかなことがありますか。
 しかも、時間がないからもう一つ申し上げるが、CI、これは簡単に申し上げるが、いまあるC1は三十機ぐらい自衛隊は持っている。配ってください。このC1の方は時間がないから簡単に申し上げておくが、反論があれば後で幾らでも説明する。これも証人がきちっといる。
 C1はアメリカがどうしても欲しい飛行機だ。CIというのはどういう飛行機かというと、C130という輸送機がアメリカにある、それを小型にしたような飛行機なんだが、一つ大きく違う。STOL性能が高い。STOL性能とは何か。ショート・テークオフ・ランディング、六百十メートルで離陸できる。だから千二百メートルの滑走路があれば優に飛んでいってしまう。ベトナム戦争の経験でアメリカは、ずうたいの大きいものばかり一生懸命こしらえてもうどうにもならない、ばんばん撃たれた、このC1型式がどうしてもほしい。このC1というのは、一枚目の右に書いてあるC46、これはアメリカの飛行機ですが、この後継機なんです。このC1をアメリカはどうしても売ってくれと言う。ところが、武器輸出三原則があるから売れないと防衛庁は断った。売れなければノーハウその他の諸元をよこせというので、全部やってしまった。これはつくったメーカーがあるんですよ。
 おたくには技本というのがあるでしょう。技術本部です。技術本部のいまの本部長は何というのですか。いまの本部長さんがこの方の専門家じゃないですか。何だってわかっている専門家ですよ。この方がSTOLという問題、つまり非常に短いところを飛び上がる、この件に関してのまさに専門家だ。STOL性能の高いものをこしらえておる張本人だ。前の技術研究本部の責任者は堀さんでしょう。それから、この中に技術関係参事官の夏村さん、この間の例の新覚書の調印者だ。国井装備局長と夏村技術参事官が調印している。この夏村さんは大砲の専門家だ。その次は岡太技術関係参事官、その次は番匠技術関係参事官、いまは冨田さん。岡太、番匠両君は航空工学の専門家だ。これを従えて技研本部はSTOL性の高いC1をつくった。どうしても欲しいというのでこの諸元を全部アメリカにやった。それによってアメリカがつくったのが、同じC130を原型にしておりますけれども、これは線引きで書いてあるのをごらんになると、出典が違うから大きい小さいはあるけれども、第一のC1中型輸送機の上の線引きしてあるところの横の機体を見ていただきたい。これと下の二枚目のボーイングYC14の線引きの機体を見ていただきたい。形もほとんど同じです。素人が見たってわかるでしょう。マクダネルダグラスのYC15、これも線引きを見るとほとんど同じです。つまりSTOL性能というのを、アメリカはないからどうしても欲しかった。そしてこのC1ができたのは四十八年、アメリカのこの二つのうちの片っ方ができたのが五十一年、一年おくれてもう一つ、こういうわけです。これも明確に証拠もございます。川崎重工が、これを渡してから書類は焼却をして今日ないと、こう言う。渡したことをお認めになっている。
 皆さん、これは一体どういうことなんですか。武器技術はアメリカにやってしまったじゃないですか、売り渡してしまった。YC14、15ができたのは五十一年、五十二年です。五十一年というのは三木さんの統一方針も決まっている。
 私はここで提案をいたしますけれども、先ほど、どうもおっしゃるとおりなら共同開発だと装備局長は言ったが、おっしゃるとおりに違いない。私は名前まで挙げているじゃないですか。出典まで申し上げたじゃないですか。日誌のようにみんな書いてあるのを書いておられる。うそも偽りもない。私はそのとおり筆記してきた。だから共同開発に間違いないじゃないですか。壮大な共同開発だ。やっているじゃないですか。何で一昨日私のいる目の前でぬけぬけとうそをおっしゃるのか。防衛庁長官、あなたは、いままではなかった、これから新しくと言う。やっているじゃないですか。責任をとってくださいよ。責任を明らかにしてください。
 総理、お聞きになったらわかるでしょう。国民をつんぼ桟敷に置いてこういうことをなさっておって、責任を明らかにしてください。その上で先ほど私、申し上げた新覚書四十一年六月のもの、それから、先ほどこれまた私が指摘をいたしております例の交換公文に基づく取り決め本文、正式に申し上げますが、MDAを踏まえておりますまずその相互武器開発計画、新聞にすでに載っております。この中の十三項目、本当は十四項目でありますが、実はなぜ私がこれまで触れるかというと、この中には魚雷の開発なんというものが五、六年続いているのですよ、この十三項目の中のホーミング魚雷。
 これも正確に申し上げましょう。アメリカの魚雷は水中速度が二十ノットぐらい、日本海軍の魚雷は四十五ノットある。これは速いんだ。私は豊橋の予備士官学校の出身だから、当時から大崎に行って教わっておりましたが、確かにそのとおりだ。酸素魚雷、これは優足性が高い。優足というのは速いということだ。べらぼうに速い。航続距離は長い。だから、アメリカは優足性の高いこれをどうしても欲しい。二十と四十五なんだからメリットが高い。ところが、日本の方はホーミング装置を持っていない。だから目玉がない。目玉を日本は欲しいから、アメリカは優足が欲しいから一緒になった。それで製鋼所へ行ったのだ。行ったときに、片や電子魚雷というものがあって、酸素魚雷というものの事故率その他が問題になって、これもやはり企業競争ですよ、つぶされたんだ。形式を言ってもだめなんだ。だから、開発計画、そしてそれを引き継いでいる三十七年の防衛目的のための技術的資料、情報交換取り決め、これの取り決め本文、取り決め本文の中には先ほど私が申し上げている交換公文にある計画、これも出していただかなければ困る。そして、取り決め本文とそれに基づく附属書、これを私は新覚書と一緒にどうしても出していただきたい。そうしないと、これはF15なりP3Cなり、みんな予算に絡んでいる。なぜこんなに高い単価になるかわからない。お出し願いたい。これは重大な関係がある。総理、お答え願いたい。
#39
○和田(裕)政府委員 いまおっしゃいました日米間の資料交換取り決めでございますが、これにつきましては、先ほど申し上げましたとおり、概要につきまして提出させていただいたわけでございます。いまおっしゃいました本文並びに附属書は、日米間で公表しないということになっておりまして、秘扱いの文書でございますので、これは差し控えさせていただきたいと思います。
#40
○大出委員 そんなわけにいかない。いままで、ソウル地下鉄だって審議が進まなくなった。これにも秘密取り決め、秘密協定が入っている、中に。そんなわけにいかない。国民の皆さんのためにどうしてもこれは、単価自体が問題なんだ。出しなさい。いままでの責任を明らかにして、どういう責任をとっていただけるかいかんです。そのいかんによってでなければ審議ができない。資料をお出しください。
#41
○和田(裕)政府委員 まずPS1の件につきまして、三十三年ころから三十七年ごろを中心にいたしまして、いろいろ当方の方から技術資料、技術情報を出したというお話がございました。これは通産省の問題かと思いますが、武器技術の規制が政府全体の統一見解でできましたのは五十一年二月二十七日でございまして、それ以前は武器についてのみ規制しておったというように私は承知しております。
 なお、これとの関連で申し上げますと、さきに申し上げておりますように一日米間におきましては資料交換取り決めがございまして、それによりまして技術資料及び技術情報を交換ベースで出すということになっております。そういうルートがあるということだけを申し上げておきます。ただ、これについて、PS1と関係があるかどうかという点については、その中身に触れますので申し上げられませんけれども、そういう事実があるということだけ申し上げておきます。
#42
○大出委員 おとといの答弁からいって、君、やってないと言ったじゃないか。知恵を持ち寄ることはあっても、そういうことはやってない――いや、待ちなさい。君に言っているんじゃないんだ。君はもういいんだ、答えたんだから。
 総理、責任を明らかにしてください。ああいういいかげんな答弁をした上で……。四十二年に三原則ができているじゃないですか。
#43
○鈴木内閣総理大臣 いろいろ大出さんから御指摘がございましたが、事実関係をよく調査をいたします。その上で、この問題をどう処理するか考えなければいけない、こう思っております。
#44
○大出委員 それまでやってください、じゃ。あと質問しない。(「予算審議の重要問題だ」と呼び、その他発言する者、離席する者多し)
#45
○栗原委員長 この際、午後一時まで休憩いたします。
    午前十一時五十七分休憩
     ――――◇―――――
    〔休憩後は会議を開くに至らなかった〕
ソース: 国立国会図書館
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