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#1
第096回国会 文教委員会 第4号
昭和五十七年三月二十四日(水曜日)
    午前十時三十二分開議
 出席委員
   委員長 青木 正久君
   理事 石橋 一弥君 理事 中村喜四郎君
   理事 西岡 武夫君 理事 三塚  博君
   理事 佐藤  誼君 理事 長谷川正三君
   理事 鍛冶  清君 理事 三浦  隆君
      赤城 宗徳君    臼井日出男君
      浦野 烋興君    狩野 明男君
      久保田円次君    高村 正彦君
      坂本三十次君    野上  徹君
      長谷川 峻君    船田  元君
      渡辺 栄一君    中西 積介君
      湯山  勇君    有島 重武君
      栗田  翠君    山原健二郎君
      河野 洋平君
 出席国務大臣
        文 部 大 臣 小川 平二君
 出席政府委員
        内閣法制局第一
        部長      味村  治君
        文部政務次官  玉生 孝久君
        文部大臣官房長 鈴木  勲君
        文部大臣官房審
        議官      宮野 禮一君
        文部大臣官房会
        計課長     植木  浩君
        文部省初等中等
        教育局長    三角 哲生君
        文部省大学局長 宮地 貫一君
        文部省学術国際
        局長      松浦泰次郎君
        文部省社会教育
        局長      別府  哲君
        文部省体育局長 高石 邦男君
        文部省管理局長 柳川 覺治君
        文化庁長官   佐野文一郎君
        文化庁次長   山中 昌裕君
        厚生省援護局長 北村 和男君
 委員外の出席者
        警察庁刑事局保
        安部少年課長  石瀬  博君
        国税庁直税部所
        得税課長    入江 敏行君
        国税庁直税部法
        人税課長    渡部 祐資君
        労働大臣官房参
        事官      歌田 長一君
        労働省職業訓練
        局訓練政策課長 野崎 和昭君
        自治省財政局財
        政課長     持永 堯民君
        文教委員会調査
        室長      中嶋 米夫君
    ―――――――――――――
委員の異動
三月二十三日
 辞任         補欠選任
  臼井日出男君     小山 長規君
  浦野 烋興君     久間 章生君
  狩野 明男君     山村新治郎君
  高村 正彦君    小此木彦三郎君
  野上  徹君     金丸  信君
  船田  元君     保岡 興治君
同日
 辞任         補欠選任
 小此木彦三郎君     高村 正彦君
  金丸  信君     野上  徹君
  久間 章生君     浦野 烋興君
  小山 長規君     臼井日出男君
  保岡 興治君     船田  元君
  山村新治郎君     狩野 明男君
    ―――――――――――――
三月二十三日
 私学の助成に関する請願(薮仲義彦君紹介)(
 第一四六五号)
 同(五十嵐広三君紹介)(第一五七六号)
 同外二件(上原康助君紹介)(第一五七七号)
 同(岡田利春君紹介)(第一五七八号)
 同外三件(枝村要作君紹介)(第一五七九号)
 同外七件(勝間田清一君紹介)(第一五八〇
 号)
 同外一件(川俣健二郎君紹介)(第一五八一
 号)
 同(川本敏美君紹介)(第一五八二号)
 同外九件(河上民雄君紹介)(第一五八三号)
 同外一件(木島喜兵衞君紹介)(第一五八四
 号)
 同(木間章君紹介)(第一五八五号)
 同外一件(久保等君紹介)(第一五八六号)
 同外九件(小林進君紹介)(第一五八七号)
 同外五件(佐藤敬治君紹介)(第一五八八号)
 同外一件(沢田広君紹介)(第一五八九号)
 同外五件(島田琢郎君紹介)(第一五九〇号)
 同外七件(清水勇君紹介)(第一五九一号)
 同外一件(関晴正君紹介)(第一五九二号)
 同(楯兼次郎君紹介)(第一五九三号)
 同外六件(戸田菊雄君紹介)(第一五九四号)
 同(中村茂君紹介)(第一五九五号)
 同(中村重光君紹介)(第一五九六号)
 同(福岡義登君紹介)(第一五九七号)
 同外二十八件(山田耻目君紹介)(第一五九八
 号)
 身体障害児に対する学校教育改善に関する請願
 (池端清一君紹介)(第一四七七号)
 同(岡田利春君紹介)(第一四七八号)
 同(北山愛郎君紹介)(第一四七九号)
 大学の学費値上げ及び奨学金制度改悪反対等に
 関する請願外一件(長谷川正三君紹介)(第一
 五七四号)
 高校新増設費国庫補助増額等に関する請願外二
 件(長谷川正三君紹介)(第一五七五号)
 私学に対する助成に関する請願外十四件(河上
 民雄君紹介)(第一五九九号)
 中学校英語の授業時数上限週三時間の強制反対
 に関する請願(長谷川正三君紹介)(第一六〇
 〇号)
 学校事務職員の待遇等に関する請願)(大出俊
 君紹介)(第一六〇一号)
 同(山口鶴男君紹介)(第一六〇二号)
 三重県明和町の斎宮跡保存に関する請願外二件
 (角屋堅次郎君紹介)(第一六〇三号)
 同(田口一男君紹介)(第一六〇四号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 文教行政の基本施策に関する件
     ――――◇―――――
#2
○青木委員長 これより会議を開きます。
 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。臼井日出男君。
#3
○臼井委員 私は、自由民主党を代表いたしまして、教育の基本の問題に関して質問をさせていただきたいと存じます。
 戦後わが国は、あの敗戦の瓦れき中からみごとに立ち直りをいたしました。今日のように、世界で有数の経済大国として発展することができたわけでございます。しかし、いまこの場に立ちまして、最近の少年の非行の激増、校内暴力の多発、特に事もあろうに教師に対する暴力の発生、このありさまを見ていますと、私たちは何か大切なものを経済の発展の努力の間に置き忘れてきたのではないだろうかと考え、慄然とせざるを得ないものがあります。教育こそその国の将来の命運を左右する大切な根幹であるということを考えるときに、いまこそ私ども日本にとってこの教育問題というものを改革するのが緊急の課題だということを考えるわけでございます。
 質問の冒頭に当たりまして、先般文部大臣から第九十六通常国会における所信の御表明をいただきました。内容を見て大変心強いものがございますが、大臣の決意を冒頭にお伺いいたしたいと思います。
#4
○小川国務大臣 申し上げるまでもなく、教育はいわゆる国家百年の計でございまして、いかなる状況のもとにおいても、いつでも国政の基本でなければならない、かようにかたく信じまして、教育、学術、文化の振興のためにあとう限りの努力を注いでまいりたい、このように考えております。
#5
○臼井委員 ひとついまの御発言の決意をもって教育の正常化に邁進をしていただくことをお願い申し上げる次第でございます。
 さて、刑法犯少年の人員並びに人口比の推移を見てまいりますと、戦後三回目の少年非行の激増期と言われているわけでございます。ただし、残念ながら五十五年、五十六年、引き続き非行というものは激しい増加を続けておりまして、いまだピークというものには至っておらない現況でございます。いつこの非行というものがピークを迎えて減少に向かうのか、いまのところではちょっと予想もできないような厳しい状態にあるわけでございます。
 戦後第一回目のピークというのは昭和二十六年でございます。この時期は戦後の混乱時期でもございますし、昭和二十五年には朝鮮戦争があったり、非常に食べる物にも事欠いておった時代でもありますので、少年の非行の増加というものはうなずけるものがあったと存じます。
 また、二回目のピークは昭和三十九年でございました。高度経済成長のさなかでございました。昭和三十五年には新安保条約が採択をされたり、安保闘争が激しく繰り広げられた時期が数年前にございました。キューバの危機あるいはベトナム戦争の本格化、そういうふうに非常に社会経済的にも不安定な状態にあったわけでございます。この時期の情勢から見れば、社会背景としてもうなずけるものがあったと思うわけでございます。
 さて、現在、三度目のピークというものが来ているわけでございます。この増加の傾向を見ますと、表を見れば一目して明らかなとおり、増加というものが、逓増しているのではなく、増減があるということを見るときに、単に家庭教育が悪いとか、あるいは学校の先生の教育の仕方が悪いというよりも、むしろもっと大きな社会的な背景というものも考えられるのではないかというふうに見られるわけでございます。現在、三度目の激増期に当たりまして、文部省としてはこの社会的な背景というものをどういうふうなとらえ方をしているのか、そのことについてお伺いしたいと思います。
#6
○小川国務大臣 少年非行あるいは校内暴力の実態は、ただいま臼井先生御指摘のとおりだと存じております。このことにつきましては、私も心を痛めておるのでございますが、一口に申しますれば、家庭、社会、学校、それぞれの教育機能が低下しておるということに起因いたしますいろいろな要因が複雑に絡み合って出てきている現象ではなかろうか、こう考えておるわけでございまして、いわゆる核家族化が進行いたしますために、非常に大事な乳幼児期の子供のしつけがなおざりにされて、過保護に陥っておる、あるいは学校におきましても、校長を中心として一致の体制で真剣に取り組んでいくという体制において欠けておる学校も間々ございますし、一人一人の生徒に対する配慮という点においてなおはなはだ遺憾な学校もある。また、社会の風潮は、御高承のとおり青少年の健全育成という見地からきわめておもしろくない昨今の風潮がございます。こういう背景のもとで、いたずらに自己顕示欲だけが強く、反面、自分を規制する力に欠けておる、そのような素質を持った生徒が外部の非行団体等の影響も受けて非行に走り、暴力に走る。きわめて一般的に大ざっぱに申しますればこのような背景がある、こう考えております。
#7
○臼井委員 私は基本的には、少年というのはきわめて弱いものであるという基本認識を持っているのでございます。したがいまして、社会の影響で一番影響を受ける、ひずみが来るのは青少年ではないだろうか。そういう意味で、社会の私ども一般成人の考え方、行動、そういったものがきわめて大きく青少年に影響を及ぼしているということは事実だろうというふうに考えるわけでございます。したがいまして、学校教育はもとより、家庭教育とあわせて、私ども社会におけるおのおのの立場の者がそのおのおのの立場でもって青少年の非行の防止というものに努めなければいけないというふうに考えているわけでございます。
 最近の青少年の非行の状態、五十五年に比較をいたしますときわめて増加も激しいわけでございます。五十六年に至っては、刑法犯少年の学職別の状況というのを見ますと大体七割強が中学校、高校の生徒に集中をしているというような状況でございます。こういうふうに考えてまいりますと、いまの状況の厳しさというものがわかるわけでございますが、青少年の非行並びに校内暴力の状況、これを文部省の方から簡単に分析をして言っていただきたいと思います。
#8
○三角政府委員 私ども、警察庁の方から刑法犯少年等の状況について資料をちょうだいしているわけでございますが、昭和五十六年は刑法犯少年の総数が十八万四千九百二人、こういうことで同一年齢人口千人当たり十八・六人ということでございまして、御指摘のありましたように前年に比べて増加をしておりまして、前年は十六万六千七十三人、千人当たり十七・一人、こういう数字であったわけであります。
 今度は五十六年におきます校内暴力の発生状況でございますが、これは中学生の場合に非常に多うございまして、発生件数が千八百四十二件で前年の千二百二件に対して五三%の増加、補導人員にいたしましても八千八百六十二人ということで前年の七千百八人に対しまして二四・七%の増、こうなっております。高校生の方は中学生に比べますと少のうございますが、五十六年が二百四十三人、五十五年が三百五十六人、こういうような状況でございます。この中でも特に教師に対する暴力というものが中学生の場合で五十六年七百三十八件ということで前年の二倍近くになっておりまして非常に憂慮すべきことである、こういうふうに考えておる次第でございます。
 私どもとしましては、校内暴力などの非行の顕著な事例につきまして各都道府県教育委員会から報告を求めまして、原因や背景の分析とともに具体的な事例をまとめた次第でございますが、これによりますと、校内暴力の原因や背景としては、事件を起こしました生徒は自己顕示欲が強くて自制心や忍耐力に欠ける、それから学習意欲が乏しく、事件が起こる前から学業を怠けましたりあるいは喫煙をしたりというようないわゆる問題行動の徴候のある場合が多いのでございます。それから、先ほど大臣も申されましたが、特定の非行集団とのつながりを持っている者も多いという状況が出ております。第二点としては、家庭における親の教育態度が、あるいは放任あるいは甘やかしあるいは過保護といったようなことで、十分な機能をしておらない、家庭におきます一番大事なしつけ、こういったものが十分でないということでございます。第三点に、先ほど臼井先生御指摘の社会的な世相というか風潮ということもございますが、特に校内暴力が発生する地域は、最近の住宅化に伴って新しい住宅地がつくられまして、そのために住民間の連帯感あるいは自分の住んでおります地域に対する愛着がまだ育っていないというような地域が多いのでございます。最後に第四点といたしましては、当該学校の指導を見ますと教師間に足並みの乱れがございましたり、生徒に対する理解が十分でなくて、たとえば何かございましたときに生徒に対する注意なり指導の仕方が実情を十分に調べた上でなくて生徒の心情を無視したものであった、それに対して生徒がそれをある期間心の中にいわば根に持っていたというような状況がわりあいと共通して見られるといったようなことが問題点であると考えております。
#9
○臼井委員 いま御説明のございましたとおり、特に校内暴力の激増が注目視されているわけでございます。特にその内容を見ますと、授業中に起こった校内暴力が非常に多い、単に学校内だけではなくて、外部との連絡を持った番長グループによるものがきわめて多いというふうな報告も聞いているわけでございます。校内暴力の発生について、高校生よりも小中学校の義務教育の生徒の方が傾向として多発している、これは統計を見れば確かなわけでございます。特に中学生に集中している。小学校の生徒の方は率としてはむしろ落ちてきている、中学生に集中しているというふうな事実をどういうふうにとらえておられますか。
#10
○三角政府委員 校内暴力の原因といたしましては、先ほど申し上げましたが、学校、家庭、社会それぞれのあり方、それから生徒自身の生い立ちとかそれによります意識、性格などの要因が複合しておる、こういうふうに考えるのでございますが、特に中学生による校内暴力事件が多く発生していることにつきましては、この時期は身体的な発達が非常に著しい時期であるわけでございますが、精神面では青年期の入り口に差しかかったというような段階でございまして、自我に目覚めていきます過程での心理的には非常に不安定な時期であるということがございます。あわせて、将来の進路について考えていかなければならない時期であるというようなこと、それから中学校までは、義務教育でございますが、義務教育として、高等学校ほどではございませんけれども、能力、適性などにだんだんに特徴が出てまいりまして多様に分化し始めてくる、こういう時期にそれぞれの生徒に見合った適切な指導をしなければならない、言ってみれば非常にむずかしい時期であるということは言えるのであろう、こういうふうに思います。
#11
○臼井委員 私立学校と公立学校、特に中学校、高校を比べてみた場合に、校内暴力の発生状況が私立学校よりも公立学校に集中しているというふうなことを仄聞いたしますけれども、この事実はどうでしょうか。
#12
○三角政府委員 校内暴力事件で警察によって立件送致されました生徒は、五十六年で見ますと、中学校ではございません。高等学校では三名、こういう状況でございます。
 私立学校でなぜ少ないのかということでございますが、これについて的確で完全な分析というのはむずかしいと思っております。考えられますのは、まず私立学校は、当然のことでございますが独自の私学としての教育方針を掲げまして、そして生徒あるいは父兄も含めてこの教育方針に共鳴をいたしました上で、いわばどの生徒もある程度共通の目標を持って入学してくる、そういう条件がある私立学校が非常に多いだろうと思います。それから教職員につきましても、建学の精神というものを踏まえまして、それを中心に協力体制、一致して取り組んでおるという学校が多いと思います。逆に公立の中学校は、これは義務教育のたてまえから退学処分が認められておりませんけれども、私立の場合には学校のルールというものをつくりまして、それによる措置というものは認められるわけでございます。それから、高等学校の場合は私立が約二八%くらい占めておりますが、中学校につきましては特に校内暴力が多いわけでございますが、私立中学校の生徒数の割合も全体から申しますと二・八%ということで非常に少ないというようなこと、そういったことを全部複合して考えますと、どうしても私立の方が少ないということが出てくるのであろう、こう思う次第でございます。
#13
○臼井委員 いま、私立の方では建学の精神というものがしつかりしておる、それに基づいて生徒も自覚を持って入ってくるというふうなお話がございましたが、私は最近余り学校に行ったことはありませんが、公立高校おのおのの校訓というものもありましょうし、その土地によるおのおのの学校経営の特色というものが当然あるだろう。しかし現実に私立の方が非行、校内暴力が少ないというのは事実であるということを、ひとつこの際改めて確認をしておきたいというふうに考えるわけでございます。
 警察庁の方にお伺いをしたいと思います。これも仄聞でございますが、警察で取り調べを受けられる、校内暴力とかあるいは非行で取り調べを受けられる生徒あるいは児童、こうした者を見てみますと、きわめて神妙でもっておとなしいという者が多いのだというふうなことを現場の方から伺ったことがありますけれども、警察庁としては、何かこういうふうな者について現場の警察官の方に調査といいますか、聞いてみるというか、そういうことをやったことはございますでしょうか。
#14
○石瀬説明員 校内暴力事件で補導するものも含めてでございますが、警察が補導いたします少年、必ずしもそういう統計的な調査はいたしておりません。しかしながら、個々の具体的事例を通じまして現場の取り調べに当たる刑事などから聞きますと、一つには、必ずしもおとなしい生徒ばかりではない、うそばかりつくという生徒が非常に多いということが一つございます。非常に最近の子供たちは質的に悪くなっているということを指摘する刑事が多うございます。それからいま一つは、確かに御指摘の面は一面としてはあるわけでございまして、暴走族の少年にしましても校内暴力の少年にしましても、集団でかたまりますととてつもない悪をやるわけでございますが、一人一人の少年を切り離してみますときわめて弱い、へなへなした少年が多い、それが集団で、暴走族に入ったりあるいはまた校内暴力をやったときには、通常のわれわれ大人の感覚では考えられないようないろいろな手荒なことをやる、こういうことは現場の刑事から聞いております。
#15
○臼井委員 学校教育法施行規則の十三条というのは懲戒の規定でございます。退学あるいは停学、訓告、そういうものの処分ができるというふうな規定がされておるわけでございますけれども、四項の規定で、ただし停学等については、学齢児童あるいは学齢生徒については行ってはならない、要するに義務教育の生徒については、停学等の処分はしてはいけないというふうに規定をしていると私は理解をしているわけでございますが、この規定によりまして実際の運用というのはきわめて限られてしまって、実は空文化しているのではないだろうかということも考えられるわけでございますが、この点についてはいかがでしょう。
#16
○三角政府委員 小中学校、特に公立学校におきましては、退学と停学というものが認められておりません。訓告といったそういう懲戒処分は、校長の判断で行われるということでございます。こういった懲戒処分につきましても、やはり教育上のいろいろな配慮の上でできるだけ適切に行う、こういうことが必要なわけでございます。
 それで、十三条四項の御指摘でございますが、学齢児童生徒には停学を行うことはできない、これは、やはり義務教育を保障するという見地から、義務教育相当年齢にある児童生徒には教育の機会をとめてしまうということは適当でない、こういうことで定められているものでございます。
#17
○臼井委員 確かに、私は冒頭に申し上げましたけれども、少年というのはきわめて弱いものであるということも事実でございますけれども、しかし体力から言いますと、中学生となると先生とも互角に渡り合えるような体力の持ち主もたくさんおるわけでありまして、そういう意味で、飛躍するかもしれませんけれども、たとえばお巡りさんの場合は腰にピストル、警棒をちゃんと下げている。消防官の場合には、火事に向かうに際しては防火服を着てホースをちゃんと持って進んでいく。学校の先生については、もちろん生徒に対しては愛情と忍耐、そういったもので教育をするというのが基本でございますけれども、現下の状況を見た場合に、私はどうも現在は学校教育というものが、多少言葉は悪いですけれども生徒になめられているというふうな面があるのじゃないだろうか、そういうふうな気がしてならないのでございます。
 ある学校の校長先生のお話を伺った際に、自分の学校というのはきわめてうまくやっているというふうなお話がございましたけれども、では全く非行、校内暴力というものはないのかというと、決してそうではないそうでございまして、実はあるのだ、しかしそれをうまくしのいでいるというのが現況であるというふうなお話をしていただきました。その中で特に自分たちの学校ではこのようにしているというふうな話がございましたので、ちょっと御披露してみたいと思いますけれども、まず最初に、校則違反あるいは非行、そういうものがあった場合には本人から始末書をとる。ただし、これについてはかなりのアフターケア、配慮というものが必要であるということは言うまでもないと思います。二つ目としまして、さらに程度のひどい者あるいは回を重ねた者については自主的謹慎をさせる、自宅謹慎を命ずる。それで、もし本人が本当に心から反省した場合には、自分でもってもう二度としないというふうなことを確信できた場合には出てこいということで、大体これも二、三日でもって出てくるそうでございます。そうしたら校長さんが面接をして、本人に確認をしてまた就学をさせる。さらにひどいような状況のときには出席停止を命ずるというふうなこともやっているそうでございます。それから、最終的には卒業延期も考えるのだというふうな話でございました。
 私は、いまこういうことを聞いてみますと、あえて子供たちに上から罰を加えるということばかりではいけないと思いますけれども、やはり教育というものを考える場合には、子供はまだ非常に未熟でございますから、ある程度厳しい処置というものもあっていいのじゃないだろうか。学校教育法施行規則十二条の、単に訓告だけしかできないような漠然とした規定だけでは、私はこれは十分ではないというふうな感じも持っているのでございます。まして子供たちでございますから、やはりそういう厳しいしつけ、処置というものがあることによって自制を受ける面もあるのであろうというふうに考えているわけでございます。こういう点について、この際文部省としてももっとはっきりとした指導をするべきではないかというふうに私は考えているわけでございます。
 先般ある新聞を読みましたら、埼玉県の教育局でもって校内暴力対策特別委員会を設置して、校内暴力対策のための指導資料というものを全校に配付をしたというような記事が出ておりました。この記事の内容は多分に批判的な面もあったように記憶をしておりますけれども、責任を持って監督をする県としてはこういう指導の方法はやはり必要であろうというふうに私は考えているわけでございます。そういうことも踏まえて、今後の義務教育生徒に対する懲戒のあり方についてひとつお考えをお聞きしたいと思います。
#18
○三角政府委員 懲戒としての退学とか停学は公立の義務教育では認められておりませんが、性行不良で他の児童生徒の教育に妨げがあるというふうに認められます場合には、市町村教育委員会は出席停止を命ずることができることとされておりまして、こういった制度を適切に運用するということが考えられるわけでございます。
 それで、学校での生徒指導というのは懲戒によってその成果を上げるということではなくて、生徒指導を適切に行いますためには、むしろ校長のリーダーシップのもとに、学校内で方針を明確に打ち立てますとともに、全部の教師が一体となって積極的に生徒に当たっていく、そして非は非とする毅然たる態度をもって対応するということが基本ではないか、こういうふうに思っております。
 ただ、御指摘のように、このごろの子供は一面において非常に明朗になっておりますが、一面において目上の人たちの言うことをなかなか素直に受け取らないというように、指導の受け入れについてのむずかしさというものがございます。これは社会においても、暴力行為が行われておりましてもわが身に振りかからない場合には見て見ないふりをするというような風潮がございましたり、そういったことの影響があるかと存じますけれども、およそ自分のことについていろいろとめんどうを見、教えてくれる立場の先生はやはり尊敬しなければならない、こういうしつけは家庭の段階からきちっとやっていただくということも大事かと思うのでございまして、学校の場で懲戒というものを手だてとしてやることが果たして究極的に有効であるかどうかということは非常に慎重に考える必要があると私どもは思っております。
#19
○臼井委員 先ほど申し上げましたとおり、私もあえて懲戒を表面に出して教育をやるというふうなことではございませんで、先生と生徒の心のつながりといったものがもちろん基本でございまして、これなくしては教育はないわけであります。しかし他方、やはりもう少しぴりっとしたものがなければならないような気がしたのでいまの質問をさせていただきました。
 三月十三日の読売では、埼玉県の公立中の生活指導の先生が暴力の鎮圧のために番長のOBに頼んでやったというふうなことが出ておりました。これはみずからの教育権を放棄することでございますが、やはり考えあぐねてといいますか、まあ早い話が、生徒を殴ればすぐまたお母さん方に訴えられるので、自分の手を汚さないで表面上何とか平静にしようとした、考えあぐねた末というふうなことも考えられると思います。また、きょうの新聞には、千葉県で流山高校の先生が自殺をされたという本当に痛ましい記事も出ておりましたし、広島でも校長先生が昨年から相次いで三人自殺をされておる。つい最近は広島の県の教育課長さんがやはり自殺をされたというふうに伺っているわけでございますが、こうしたわけで、いま大変なのは生徒ばかりではなくて、生徒を指導する立場の先生がきわめて厳しい立場にあるということがわかるわけでございます。いま教育の現場は新しい秩序を求めて非常に混乱しているということが感ぜられるわけでございます。この問題について文部大臣はどのようにお考えになっているか、お考えをお聞かせいただきたいと思います。
#20
○三角政府委員 大臣がお答えになります前に、先ほどの御質問の中でせっかく御引用をいただきましたのでちょっと補足させていただきます。
 あの埼玉県の教育委員会でつくりました一つの手引きでございますが、いかにも警察に頼るというところがあるかのごとき取り上げ方もされておりましたようでございますが、これは全体を見ますと、校内暴力ないしは少年非行に対する対処の仕方というものを非常に綿密にまとめてございます。その中で、学校というような組織の限界を超える場合に警察とどういうぐあいに有機的な節度のある協力関係をつくっていくかということを書いてございますが、その限界を越えるということについていたずらに乱用みたいなことにならぬようなことも配慮しているわけでございまして、概観しただけでございますが、私としては、これは最近出たものでは非常に適切な資料である、こういうふうに思っております。
#21
○小川国務大臣 少年非行あるいは校内暴力が出てまいりまする原因、背景は先ほど申し上げたとおりでございますので、学校、家庭あるいは地域社会が緊密に連絡をとりつつ対処していくべき問題だと存じております。
 家庭におけるしつけにつきましては、子供のしつけ方について学習をする機会を提供いたしますために、家庭教育講座というようなものも開催し、あるいは家庭教育相談事業というようなものも実施いたしておるわけでございますが、やり方、内容にますます改善、工夫を加えてまいるつもりでございます。また、今日の風潮、環境の乱れから青少年を守りますために総理府の青少年対策本部が実施しておりまする各種の施策に対しましては、文部省も積極的に協力をいたしておるわけでございます。特に学校につきましては、生徒の指導を専門の仕事としておるのが学校でございますから、新しい学習指導要領に基づきます学習指導を一層充実させる、あるいは教職員の能力、資質の一層の向上を図り、生徒指導あるいは道徳教育の場で正しい倫理観を培うとか、いろいろなことをやって対処していくほかないわけでございます。
 考えてみまするのに、この種の事例が頻発するということは、経済的な環境がますます豊かなものになってまいります反面で心というものが置き忘れられていることに起因する現象であるに違いない、このように信じておりまするので、本年初めに文部省内に事務次官を長といたしまする豊かな心を育てる施策推進会議というのを設置いたしまして、このために、従来文部省がやってまいりました各種の施策あるいはこれから新たに実行しようとする施策を総合いたしまして、全省一丸となって対処していく体制をも整えておるような次第でございます。
#22
○臼井委員 いま文部大臣のおっしゃいました豊かな心を育てる施策推進会議、これは文部省の行う指導としては非常に適切なものだろうというふうに私は思っております。しかし、こういった形のものと現実に教育の現場で対処しなければならない問題というのは非常にギャップがあるような感じもするわけでございます。こうしたものをどうやって教育現場に結びつけていくのかというふうなことがこれから課題として残るわけでございますが、ひとつ埼玉県の教育局で出したこうした指導、こういうものが本当に現場にとって適切なものであるならば、こういう点も大いに御研究をいただいて、具体的に現場でどうしたらいいのかということも指導できるようなこともぜひともこれからお願いをしたいというふうに考えておるわけでございます。
 戦後の日本の教育、政治というものを引っ張ってきたのは、国政のレベルにおきましては私ども自由民主党であるというふうな自負を持っているものでございます。日本の政治のいい悪いというふうなことになるならば、その責任をもし問われることがあるならば、第一党である私ども自由民主党がまず責任を負わなければならない。これは政治の常識でもございますし、それは私ども政治家の見識であるというふうに思うのでございます。
 現在の教育の荒廃の姿を見るときに、青少年の非行の激増の現況を見るときに、同時に、政治と同じように、戦後の教育現場を押さえてきた、そして現在でも五〇%以上の加入率を誇っている日教組の、教育者としての、教育専門家としての責任を問わなければいけないと私は考えるわけでございます。教育基本法第一条においても、教育の日的を人格の形成と社会の形成者としての自覚に置いているのでございます。これは法を守ること、つまりルールを守ることが社会生活を営む上にいかに必要であるか、そういうことを子供たちに理解させるのが教育の目的である、そういうことを示していると思います。
 こうした目的を子供たちにしっかりと教えるのは、先生という教育専門家の役目だろうと私は思うのでございます。法を守れと教える立場にある先生が、みずから、法で禁じられている不法ストなどを行って法を破ることは、本当にもってのほかであると言わなければいけないだろうと私は思うのでございます。公務員のストライキ禁止は最高裁判所のいわゆる四・二五判決ではっきりと合憲の判断が出ております。しかるに、いまだに先生のスト参加、しかも大切な勤務時間に食い込むストが相変わらず繰り返されているというのが現況でございます。
 最近、文部省では、日教組、日高組、十一・二五ストの参加及び処分の状況を資料としてまとめられたそうでございますけれども、処分の実施状況はどうでしょうか。簡潔にひとつお答えをいただきたいと思います。
#23
○三角政府委員 昨年十一月二十五日に行われました日教組等のストライキの参加者は約二十八万四千人でございます。
 これに対し、各都道府県教育委員会が行いました事後処置は、現在までのところ、懲戒処分約二万八千人、訓告約二万七千人、こういうぐあいになっております。
 なお、このストライキに対します率後処置がまだなされておらない都道府県があるわけでございますが、これにつきましては、年度末までには厳正な処置がとられるように、強くただいま指導を行っているところでございます。
#24
○臼井委員 私は、二十八万四千人のスト違反者があった、二万余人の戒告、訓告、そうしたものは非常に数が少ないというふうに思います。しかも、いま聞きますと、まだ処分がはっきりできておらない都道府県がある。非常に遅いというふうに考えるわけでございます。
 去年の七月十四日に開催をされました日教組の第五十六定期大会運動方針によりますと、「管理強化と押しつけ研修に反対し、」というふうに書かれているわけでございますけれども、この押しつけ研修とは、一体どこの主催をするどういう研修のことを言っているのでしょうか。
#25
○三角政府委員 ちょっと、その意味につきまして明確に申し上げるのもどうかなという感じがいたしますが、恐らくは、文部省ないしは都道府県の教育委員会あるいは市町村の教育委員会等が企画をし、そして教員の資質向上等のために行っております各種の研修会、講習会、こういうものを指しているのじゃないか、こういうふうに思います。
#26
○臼井委員 各県で文部省の指導によって各種の研修会が実施をされているわけでございますけれども、こういった研修会に対する参加率というものはきわめて低いと聞いているわけでございます。こういう点について、私は、ぜひともはっきりとした指導がなされなければいけないというふうに考えております。
 同じくその運動方針の中に、「教育行政の民主化を迫り、主任闘争を再構築する」というふうにあるわけでございます。この主任制度というのは、学校運営において指導組紙や役測り分担を明確にするためにぜひとも必要な制度であるというふうに考えております。現在の主任制度の定着状況についてお伺いをしたいと思います。
#27
○三角政府委員 主任制度は、御指摘のように、校長を中心に全教職員が一致協力して学校運営を充実していくというために重要な役割りを持った仕組みでございます。
 いわゆる主任手当は、教務主任等の主任が学校で各種の教育活動について「連絡調整及び指導、助言に当たる。」、こういう職務に対して支給されるものでございまして、現在これは全国において実施されているところでございます。
 なお、沖縄県におきましても、本年三月十五日に主任手当の支給に関する条例が公布、施行されまして、全五十三市町村のうち、すでに制度そのものが実施されております三十九市町村及び全県立学校については本年一月にさかのぼって手当支給開始の準備が進められている、こういうふうに聞いておりまして、制度としては全部に行き渡っておる次第でございます。
#28
○臼井委員 主任手当というのは本人の職務に対して出すのだ、先ほど来申し上げましたように、非行に対する学校の処置、これは校長以下教頭あるいは主任、職員、そういったものが一致団結してしっかりした態度で当たる場合にはいい結果を生んでいるというふうなのは、事例が幾つもあるわけでございます。私は、この主任制度についてもやはりその職務に対して手当を出すわけでございますから、その責務というものをしっかりと認識をして十分な仕事をしていただかなければいけないというふうに考えているわけでございます。
 日教組ではその闘争の手段として、主任手当の拠出金制を奨励しているというふうに聞いております。その現状と大体どれぐらいの額が拠出をされているのか、もしおわかりになったらお知らせをいただきたいと思います。
#29
○三角政府委員 日教組の方で発表しております拠出額の数字で申し上げるほかないのでございますが、五十六年三月までの累計額で約五十七億八千万円が拠出されておるようでございまして、これは支給総額がこれまでに約二百七十億円でございますので、これの約二〇%余りに相当する金額になるわけでございます。私どもとしては、この主任手当というのは、先ほど来申し上げましたような職務に対して支給される給与でございますので、給与というものについて日教組が現在これをいわば組織的、継続的に拠出させるということで、そして闘争と銘打ってそういうことを行っているわけでございまして、これはそういう給与というものを組織的、継続的に拠出させるというようなことはきわめて不穏当、遺憾なことでございます。文部省としては、この手当の趣旨を教職員が十分に理解して、ただいま御指摘のように、学校運営の上でも非常に生気ある、そして一つの組織なり一つの集団なり一つのチームとしてのきっちりとまとまった充実した活動を展開していただきたい、そういうふうに考えておるわけでございます。
#30
○臼井委員 国がその職務を果たしてもらいたいというふうにして出すお金、これは国民の大切な税金であります。そうした国民の税金が勝手にその主任の手から流れて使われている、こういうのは私は本当に国民の大切な税金というものを大切に使っていないというふうなことにもなろうかと思います。こういう面についての指導をこれからもしっかりやっていただきたいというふうに思うのでございますけれども、この主任から日教組にいわゆる拠出されたお金、これは税法上ではどういうふうに扱われているわけですか。
#31
○渡部説明員 教職員組合のような地方公務員の職員団体は、法人格を有するか否かによりまして、法人税法上は公益法人等に該当するか、あるいは人格のない社団に該当するかのいずれかでございます。しかしながら、いずれの場合におきましても、いわゆる収益事業を営む場合に限って法人税が課税されるということになっておりますので、お話しのような主任手当を寄附をするという行為は収益事業には該当しないということになりますので、法人税については課税関係が生じないということでございます。
#32
○臼井委員 お答えはわかっておったわけでございますけれども、特にこうした国からの大切なお金というものが日教組という団体に流れて、しかも課税もされないでもって使われる、こういうことに対して非常に遺憾であるということでもって、特にこの点について私の考えを述べるためにお聞きをしたわけでございます。
 この日教組の方針の中に、実損回復闘争を強化するというふうに述べておりますけれども、この実損回復闘争というのは、具体的にはどういうことを指すのでしょうか。
#33
○三角政府委員 実損回復闘争として言っておりますのは、過去におきますストライキ等の違法な行為に対する懲戒処分の結果、処分を受けた者につきましては、昇給の期間が通常の場合に比べまして延伸されることになるわけでございます。こういうような状況のときに、いわゆる和解というようなところに持ち込みまして、そしてその結果として昇給延伸を復元してもらおう、こういうことをねらっての一つの運動、これを実損回復闘争というふうに言っているのでございます。
#34
○臼井委員 先般、岩手県で過去四回のストの処分、そのうち一回分を和解によって延伸をもとに戻したというふうな記事が新聞に書かれておりましたけれども、この事実を確認しておりますか。
#35
○三角政府委員 岩手県におきましては、昭和四十八年四月二十七日の日教組統一ストライキに参加した者に対して懲戒処分が行われまして、その結果、ただいま申し上げましたような昇給の期間が通常の場合に比べて延伸されていたわけでございます。岩手県教育委員会は去る三月十五日に、この昇給延伸の復元のための措置をとった、こういうふうに承知をいたしております。
#36
○臼井委員 この記事によりますと、この実損回復によって、県としては二億円のお金を新しく支出をしなければいけないというふうなことになっているわけでございます。この分だけいわゆる日教組の救援基金が浮いてくるというふうな勘定になるわけでございますけれども、私は、大切な県民のお金がこうした形でもってなし崩しで出されるということに対して非常に遺憾に思っているわけでございますが、文部省はこういうことについてどういうふうな指導をされておりますか。
#37
○三角政府委員 御指摘のように、県の公の財政の上からの問題も当然あるわけでございますが、このような和解を行うことは、まずは行政の秩序を乱すということでございますし、それから懲戒処分そのものの妥当性についても、これが疑わしめると言うと語弊がございますけれども、そもそもその妥当性というものに触れてくることでございます。
 そういうことでございまして、私どもとしてはこういったことはきわめて遺憾なことと考えておりまして、これまでも従来から、このような和解を行うことのないように、各都道府県教育委員会に対して指導してきたところでございます。岩手県教育委員会に対しましても、いわゆる和解というものを行うことがないように強く指導を重ねてまいりましたが、それにもかかわらず岩手県教育委員会が昇給延伸の復元のための措置をとったことは、きわめて遺憾に存じております。
 私どもとしては、今後も岩手県に対しては筋道の立った教育行政が行われますように、なお一層指導の徹底をしてまいりたい。それからあわせて各県に対しても、このようなことが行われることのないように重ねて指導してまいりたい、こういうふうに思っております。
#38
○臼井委員 私は、岩手県の地元の事情というものは地元の方にお伺いをして、それなりのやむを得ない事情があったということもよく理解をいたしているわけでございますが、八一年の日教組の闘争方針といいますか、それに実損回復闘争ということで明記をされております。やがて全国でこうした形で一つの運動というものが起こってくる、これは当然わかっているわけでございますので、こういう点について引き続き文部省としても厳しい指導をお願いいたしたいというふうに考えているわけでございます。
 千葉県の五十七年一月二十四日付の新聞によりますと、約六年間教員ストというものが正しく報告をされておらない、ゼロ報告をされておったというふうな新聞記事が載っておりました。私も千葉県の出身でございますので、もし本当にストがなかったというならば胸を張っていばれるわけでございますけれども、もしこれがうその報告だったとするならば、これは、私は千葉県から出ている者として反対に非常に恥じなければいけないというふうに考えるわけでございます。その事実について何か確認をされておられるでしょうか。
#39
○三角政府委員 日教組等の全国統一ストライキに際しましての千葉県教育委員会の報告によりますと、ただいま臼井委員御指摘のように、千葉県教職員組合のスト参加者はゼロというふうにされております。仮に新聞報道で伝えられたとおり、実際にストライキ参加者があったにもかかわらずその報告がなされていないとすれば、これはきわめて遺憾なことであり、おかしいことでございます。まあ地域によってなかったところもあるし、あるいは新聞報道のようにあったかもしれないというような状況があるようでございますが、この問題につきましては、私どもは千葉県教育委員会に対してスト参加の事実のあるなし等について厳正に再調査するように指導しておりまして、この調査の結果を近く詳しく報告を受ける、こういうことにしておる次第でございます。私どもとしてはその報告の内容に応じて対処する所存でございます。
 以上でございます。
#40
○臼井委員 生徒を指導する先生の立場、これはもう公にうそをつくというようなことは絶対にあってはならないわけでございまして、私はそういうことはないというふうに思いますけれども、ぜひともこういう点についてははっきりと文部省としての指導をしていただきたいというふうに考えるわけでございます。たまたま藤本課長さんは、当時教育次長として千葉県の方に出ておられたということでございますので、そういう点もあわせてよく調査をしていただきたいというふうに考えるわけでございます。
 日教組が四月の中旬、春闘の山場に午後一時間程度のストを実施する、これは読売の五十七年二月二十三日の記事でございますけれども、そういうふうな新聞記事が出ております。公務員のストというのは禁止をされているわけでございますが、それを公然とこういうふうにストをするというふうに予告をするわけですから、それ相応のはっきりとした決意のもとで日教組としてもやってきているだろうと私は思うのでございますけれども、私は、やはり過去の経緯を踏まえてこういうものについても文部省としても毅然とした態度で対処をしてもらいたいと考えておりますが、この日教組のストに対して文部省としてはどういうふうな決意で当たるか、お伺いしたいと思います。
#41
○三角政府委員 先ほど来の御指摘のとおりでございまして、公務員である教職員がその目的のいかんを問わずストライキ等の争議行為を行うことは法律で厳に禁止されているところでございます。にもかかわらず、日教組はいわゆる春闘の山場においてストライキの実施を予定しておりますが、およそ法秩序を守り民主主義社会のルールを教える、そういう立場にある、しかも法律というものは世の中の最小限、最低限度必要な規範でございまして、学校ではむしろそれより上位の、道徳その他のいろいろな教育をしなければならない、こういう立場にある教職員が、このようにみずから法を無視した行為に走ろうとすることは、申すまでもなくきわめて遺憾なことでございます。私ども文部省といたしましては従前から、教職員がこのような違法な争議行為を行うことのないように服務規律の保持を徹底するよう、各都道府県教育委員会を通じて指導をしてきたところでございます。今回の春闘ストにつきましても、教職員がこのようなストライキに参加することのないように事前の指導を徹底いたしますとともに、また、万一ストライキが行われましたときには厳正な措置をもって対処するように、各都道府県教育委員会を指導してまいるつもりでございます。
#42
○臼井委員 大蔵省の方はどなたか見えておられますか。――日教組の資料を見ますと、救援基金特別会計という会計がありますが、これはどのような種類の会計であるか確認をしておられますか。
#43
○入江説明員 突然のお尋ねでございますが、私ども、寡聞にしてそれはどういう実態のものか、どういう性格のものかは確認しておりません。
#44
○臼井委員 ここに一九八一年の日教組の運動方針の案というものがあるわけであります。この中を見ますと、承認事項の中に救援基金として特別会計総額百七十一億二千万円というものが計上されているわけでございます。これは御承知のとおり、ストによって処罰を受けた先生に対する救済基金でございます。これがいわゆる懲戒処分とかそういうふうな処分を受けた先生個人個人に支払われているわけでございますが、この救援基金が個人の先生に支払われた場合には、これは税法上はどういうふうな取り扱いになりますか。
#45
○入江説明員 先生御承知のとおり、所得税は個人を対象にして課税するものでございますけれども、個人というものは法人と違いまして生身の人間でございますので、得る所得にさまざまなものがございます。さまざまな所得の性質に応じて公平な負担をしていただくということで、所得税法では、いろいろ課税の技術といいますか、工夫をしておるわけでございますが、その中の一つに所得区分というものがございます。先生御承知のように、たとえば利子所得とか配当所得とか事業所得とか給与所得とか、いろいろな所得区分を十種類に分けまして、それに応じていろいろな計算方法をするわけでございます。そういうことでございますので、いま先生御指摘の、教職員組合の方からたとえば処分に関連して処分を受けた方に支払われたお金がどのような性格のものであるかによりまして課税関係が違ってまいりますので、一概に申し上げることはできませんけれども、概略申し上げれば、その支払われたお金が処分を受けたことに対する見舞い金のような一時金の場合には、原則として一時所得として課税することになります。また、処分を受け方が本来雇用主から得るであろう退職給与に相当するものとして受けたような場合、これもまた一時所得として課税をいたします。それから、雇用主から受ける給与にかわるものとして、あるいはそれを補てんするものとして継続的に支払われる場合、これは雑所得として課税する。大体以上のような考え方が基本だと思いますけれども、具体的には、いま申し上げましたように実際に支払われたお金の性質によりますので、具体的な事情に応じて総合勘案して決定する、そういうことでございます。
#46
○臼井委員 予算では百七十一億円というものが組まれているわけでございますが、過去に実際にどれぐらいの金額が個人に対して支払われたかということを確認しているでしょうか。
#47
○入江説明員 御承知のとおり、課税の判断というのはいろいろな資料情報に基づくわけでございます。そして国税庁としましては、適正な課税をするためにあらゆる手段を活用しまして資料情報の収集に努めているわけでございます。しかしながら、資料情報の収集というのは、結局は協力関係がなければできないわけでございまして、御質問のこのような性質の見舞い金につきましては、なかなか協力が得がたいというのが事実でございます。
 またもう一つ、税法上は、いろいろな資料情報の一つとして法定資料というのがございますが、御指摘のような見舞い金のような場合というのは、法定資料といいますか、法定調書を切るべき支出にも該当しておりません。そういうようなことで、国税庁としてはできる限りの資料を集めておるわけでございますが、いま御指摘のような総額というようなものは把握しておりません。
#48
○臼井委員 私も余りほかから給料をもらったりしたことはないわけでありますけれども、たとえば私どもがテレビに出演をする、すると一万円何がしの報酬を得るわけでございますね。当然その支払いの調書というものは私どもに送られてくる、それによって処理をするということになっているわけでございます。
 この救援基金というのは、性格としては元来個人に対しての支出でありまして、団体に対して救援基金というのが出されたということはないだろうと私は思っておるのです。こうした個人に対する支出、しかも総額百七十一億円という大きな額のものが日教組から個々の先生に支払われたとするならば、大蔵省としてももう少ししっかりとした態度でもって徴税把握をすべきだろうと私は思っているのであります。たとえば本当に小さな額の駐車場への支払い、これは先ほどお話しございましたような法定調書というものがございまして、支払いを受けた方あるいは払った方、両方から調べがいって、ちゃんと払ったか払わないかぴたりとわかるような状況にできているわけであります。こうしたことから考えますと、当然もう少し大蔵省としてもしっかりと掌握する態度があるべきだと私は思いますけれども、その点についてどういうふうに考えますか。
#49
○入江説明員 申しわけございません。私、国税庁の所得税課の者でございまして、制度の方は主税局が担当しておりますので、何ともお答えいたしかねるわけでございますが、先生御指摘の趣旨、主税局の方に申し伝えたいと思います。
#50
○臼井委員 この辺にしておきますけれども、この百七十一億円というふうな大きなお金の支出について、徴税当局が非常にあいまいとした見方しかしておらないということで、実は私びっくりしたわけでございますけれども、もう少しこうした点についてはっきりとした考えを持っていただきたいと考えているわけであります。
 教育の問題、これはいろいろあるわけでございますけれども、この問題のひもの一つをずっとたどっていきますと、その一方の端は学習指導要領というものに行き当たるわけであります。学習指導要領は、小中高の学校教育の内容や方針の枠組みを、一定の基準を定めていると理解しているわけでございます。教育の普遍性や全国的な水準を維持する意味を持っていると考えますが、この理解の方法で正しいでしょうか。
#51
○三角政府委員 おおむねいま仰せのとおりでございます。
#52
○臼井委員 そこでお伺いしたいのは、学習指導要領の法的効力はどういうふうになっているのでしょうか。
#53
○三角政府委員 ただいまおっしゃいましたように、学習指導要領は、全国いずれの地域、いずれの学校におきましても、またどのような教師によっても、子供が受けるべき教育につきまして、その内容の共通性と一定の水準を保障するために、おのおのの学校がその教育課程を編成する際の全国的な基準ということで、学校教育法及び同法施行規則に基づいて定められているものでございます。そういう法的根拠を持っております。
#54
○臼井委員 昭和四十三年に定められました小学校の学習指導要領が五十二年の七月に改訂をされました。この改訂に当たりましては、教育課程審議会の五十一年十二月の「小学校、中学校及び高等学校の教育課程の基準の改善について」の答申に基づいて改訂がなされたわけでございます。やがて五年目を迎えるわけでございますけれども、この改訂に際して、特に答申のどういう点を留意をして改訂をしたのか、お伺いをしたいと思います。
#55
○三角政府委員 昭和五十一年の教育課程審議会の答申におきましては、学校教育の現状がどちらかと申しますと知識の伝達に偏っている、そういう傾向を改めまして、児童生徒が自分でみずから考え、そして正しく判断できるという力を持つ、そういうように育成していこうということを重視しております。
 そうして、そういう観点から、まず第一に、人間性豊かな児童生徒を育てる。第二といたしまして、ゆとりのある、しかも充実した学校生活が送れるようにしたい。第三といたしまして、日本の国民として必要とされます基礎的、基本的な内容を重視して、これを確実に身につけさせる。それと同時に、児童生徒の個性や能力に応じた教育が行われるようにする。この三つのねらいを示しておりまして、今回の学習指導要領の改訂はこのような答申の趣旨を尊重して行った次第でございます。
#56
○臼井委員 答申の方針はいまお話しにあったとおり、生徒みずからが考え、正しく判断できる生徒づくりというふうなことであろうかと思います。これによりまして、現場の方ではゆとりの時間というものも生まれてまいりましたし、また学習指導要領は非常に簡素化されたというふうに私は考えているのであります。答申の内容というものはきわめてすばらしいものがございますけれども、それを実際に具体化をするというのはきわめてむずかしいというふうに考えるのでございます。教育の基本的な、しかも重要な事項、要するに学習指導要領というものは簡素化をして、教科書会社の良識に任せる、あるいは現場教師の創意に任せる、そして生徒の自発性に任せろ、こうした方向づけというものは果たして正しいのだろうか。五年目を迎えまして、いま中教審でもいろいろ審議をされているわけでございます。やがてまた教育課程審議会の答申もされる時期が来ると思うのでございますけれども、五年間の反省をも含めて、何かお考えがあったらお聞かせいただきたいと思います。
#57
○三角政府委員 今回の――今回と申しますか、五十一年の答申に基づきます今回の新しい学習指導要領の編成につきまして私どもが考えておりましたのは、先ほど申し上げましたとおりでございます。この学習指導要領というものは、そこで申し上げましたように、教育内容というものの性格上、非常に細部にわたって記述するというものではございませんで、言いますればおよそ大綱的な基準ということにして、そこにとどめております。それで、各学校におきまして教育課程を編成するに当たりましては、その大綱的基準を十分に踏まえました上で、地域や児童生徒の実態に即して創意工夫を加えて、生き生きとした教育活動を展開していただきたい、こういうような配慮でございます。なお、学習指導要領のいわば解説と申しますか、これを敷衍して説明するものとして、それぞれの教科ごとに指導書というようなものもつくっている次第でございます。
 それで、五年経過して文部省としてはどういうふうに対応をしているかということでございますが、実施は、御承知のように小学校では昨年度から、中学校では本年度から実施されておりまして、現在文部省といたしましては、各学校でこの新しい学習指導要領の趣旨に沿いました教育課程の実践が定着するように指導に努めておりまして、そしてこの実施状況をより細かく実態的に把握いたしますために、本年から総合的な調査研究を実施しておりまして、私どもとしては時々刻々この状況を掌握しながら、今後新しい学習指導要領の成果についていろいろな側面から検討、評価をしてまいりたい、こういうふうに思っておる次第でございます。
#58
○臼井委員 私は、この学習指導要領のいわゆる簡略化といいますか、大綱的基準というふうな考え方に沿って簡略化されたわけでありますけれども、この指導要領、従前の四十三年の七月のものと比較をしてみますと、はなはだ記述が抽象的になっている。たとえば各教科の目標というものは、社会科なら社会科の大綱について、基準的、基本的なものを書いてあるわけでありまして、個々のものも大切であるけれども、この基本的な目標というか方向づけというものはきわめて大切な意味を持っておると私は思うのでございます。しかし、この今度の五十二年の七月の改訂によりまして、この目標というものが、従来は一、二、三、四と四つにわたって詳しく記述がされてあったわけでございますが、それが省略をされている。これはむしろ非常にあいまいになって、僕は余り改善だとは思えないのでございますが、この点についてはいかがですか。
#59
○三角政府委員 確かに非常に大綱的に、そして記述が簡略になっておるということは御指摘のとおりでございます。これは先ほども申し上げましたが、従来の学校教育が知識の詰め込みに陥りがちであるということで、それをできるだけ改善をいたしまして、子供が、知識だけではなくて徳育、体育の面でも十分な指導が受けられるように、知・徳・体の調和のとれた発達を期したい、こういう反省に立ちまして行ったものでございます。
 したがいまして、指導要領に定める各教科等のそれぞれの目標内容は、先ほども申し上げましたが、大綱的なものにとどめることにいたしたわけでございまして、この方針に沿いまして、いずれの教科につきましても「目標」というところの記述は簡略になっておるのでございますが、私どもといたしましては、各教科それぞれの本質的なねらいというものは以前の学習指導要領とそんなには変わっておらない、こういうふうに考えておるのでございます。
#60
○臼井委員 たとえば小学校の社会科、これは小学生に、自分の身の回りのいろいろな職業がある、そういう人たちの働きというものを認識させて、自分は単に一人だけで生きているのじゃなくて、多くの人たちの世話になって生活をしているのだということを認識させる役目があるというふうに思うのでございます。事実、内容については一年では先生のことあるいは共用施設のことあるいは安全を守る人の話、水、電気、ガスなどに働く人、こういうふうにおのおの明示をされているわけでございますけれども、かつて四十三年の七月の中には警察官あるいは消防官、こういった字が出てまいりまして、このおのおのについてかなり詳しく指辞するように出ておったわけでございますが、今回の改訂によりまして警察官の「ケ」の字もなくなった、消防官の「ショ」の字もなくなった。私はこういう事実は、どういうふうにして答申の意向を反映して具体化されたのか非常に疑問を持っているわけでございますが、この点についてお伺いをしたいと思います。
#61
○三角政府委員 社会科におきましても、先ほど来申し上げました新学習指導要領の改訂の趣旨に基づきましてまとめておるわけでございまして、その基本はやはり各教科の内容の精選と、授業時数も若干削減をした、こういうことでございます。そして社会科でも各種の職業や産業を網羅的に学習指導要領に示すことをやめたわけで、したがいまして御指摘のような姿になっておるわけでございます。そしてその職業や産業につきましては児童の生活とのかかわりにおいて選択的に学習できるように内容の再構成を行った、こういうことでございます。御指摘の警察官や消防署の人たちなどの仕事は、従前は第二学年の内郷として学習指導要領に示しておったわけでございますが、今回の改訂ではそういう特定の固有名詞としては挙がっておりません。第一学年では通学路の安全を守る人々というような表現になっております。それから第四学年では災害から人々の安全を守る機関という表現になっておりまして、これらのところで警察官の仕事や消防署の働きなどについて学習するように取り扱いを改めている、こういうことでございます。
#62
○臼井委員 御趣旨はよくわかるわけでありますけれども、警察官の本旨というのは災害から守るためが本来の仕事でもありませんし、通学路の安全を守るのも本旨ではないだろう。今回の改訂によって何か背中をかきたいところがあるけれどもかけないというふうな、むしろポイントをつけないような形に改正をされているというふうに考えるわけでございます。次の改訂期に当たってこういう点もひとつもう一度お考えをいただきたいというふうに考えているわけでございます。
 細かいことになるわけでありますけれども、この小学校の学習指導要領の改訂の六年生のところに国旗の問題が出ております。以前のものでは「わが国の国旗に対する関心や、これを尊重する態度を深めさせるとともに、諸外国の国旗に対しても」ということで、まずわが国の国旗というものの認識をしっかり持て、それと同町に外国の国旗についても考えろというふうな記述であったように思います。ところが今回の記述については「我が国や諸外国の国旗に対する関心やこれを尊重する態度を」と、いわば同列に扱っているわけでありますけれども、私は、この記述の改訂というものは全く考え方の趣旨が違う、むしろ従前の方に戻すべきだというふうにも考えております。それと同時に、国旗の問題が学習指導要領で六年生になってやっと出てくるというのはどうも納得ができない、もっと早い時期に、たとえば一年、二年の間に国旗というものに対する考え方を教えるべきではないかと思いますが、この点についてはいかがですか。
#63
○三角政府委員 日の丸につきましては、これが国旗であるという国雄としての認識というものは広く国民の閥に定着していると私どもは思っております。そういう状況を踏まえまして、学習指導要領におきましても従前からこれを国旗として取り扱うという前提のもとに指導を行っておるところでございます。
 ただいま臼井委員から、六年の社会の記述について、前回との相違に非常に注目をされるお考えが示されたわけでございますが、日本の国旗も外国の国旗も国旗として非常に尊敬をし、これに対する取り扱いは大事にしなければならないという点で、以前といまと変えたという認識は実は私どもは持っておらないのでございます。あとは、御承知のとおり具体的には、特別活動におきまして、学校で儀式を行う場合には「国旗、を掲揚し、国歌を齊唱させることが望ましい。」ということで、これを指導要領にも定めまして現場にも指導をしております。
 それから、六年で出てくるということでございますが、六年でそういうことを示しておりますけれども、音楽におきまして第一学年の「共通教材」として「白地に赤く」という「日のまる」を取り上げまして、国旗についての認識を深めさせるように努めているところでございます。
#64
○臼井委員 教科書問題についてもお尋ねをしたかったわけでございますが、時間がなくなりましたので、担当の方には大変失礼いたしました。特に、この学習指導要領というのは教育現場あるいは教科書の基本でございますので、ぜひとも前回の改訂について大いに御検討いただいてこれからのために備えていただきたいと思います。
 以上でもって終わらせていただきます。ありがとうございました。
#65
○青木委員長 午後一時に再開することとし、この際、休憩いたします。
    午後零時三分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時九分開議
#66
○青木委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 質疑を続行いたします。鍛冶清君。
#67
○鍛冶委員 文部大臣の所信表明に対する質疑をいたしたいと思います。あらかじめ質問要旨を通告はいたしておりましたけれども、それに関連して、直接通告いたしておりません問題についても若干触れることがあるかもわかりませんが、その点は御容赦願いまして、政府委員の方で御答弁をいただければ、こう思いますので、よろしくお願いいたします。
 最初に、教育関係の予算につきましては、いかなる事態があろうとも、内容的には常にプラスの方向で予算を組んでいかなければならない、私はこう思っておりますが、残念ながら来年度予算については大変厳しい予算になっていると思います。防衛費等の突出に比べまして、そういう点、若干遺憾な点があると思うのでございますが、この点につきまして文部大臣の御所見をまずお伺いをいたしたいと思います。
#68
○小川国務大臣 文教政策はどのような環境のもとにおきましてもいつでも国政の基本でなければならない、これを大幅に後退させるようなことがあってはならない、かように固く信じまして、予算折衝に際しましては及ばずながらあとう限りの努力を傾注いたした次第でございます。
 御高承のとおり、文教予算全体の伸びは二・六%でございまして、国債費並びに交付税交付金を差し引きましたいわゆる一般歳出の伸び一・八%に対比いたしますると、これを若干上回っている結果になっております。内容について見ましても、義務教育教科書無償給与を継続する、あるいは生徒指導の充実強化、私学助成の確保充実、科学研究費の拡充、生涯教育事業の充実、教育学術文化の国際交流の推進と申しますような必要な予算の確保に努めた次第でございます。現下の厳しい財政事情はこれを踏まえつつも、これからも文教予算の確保につきましては最大限の努力を傾注する決心でございます。
#69
○鍛冶委員 いま御答弁もございましたけれども、所信表明の中でもございましたが、「現下の厳しい財政事情のもとにおいても、文教行政の遅滞は一時たりとも許されないという覚悟をもって、」、こういうふうにおっしゃっておられるわけでありますが、思うような予算が獲得できなかった、実質的に昨年に比べて予算が後退したのではないかと私は思うのでありますが、そういう予算の中でそういう大臣の御覚悟だけで文教行政というものが果たして前進できるのかどうか、遅滞というものはむしろ避けられないのではないか、こういう心配もするわけでございますが、この点についていかがでございましょうか。
#70
○小川国務大臣 今日の非常に厳しい財政事情から出てまいりまする制約ということは確かにございますが、それにもかかわらず文教予算を確保いたしまするについては大勢の方からの御鞭撻も必要でございましょう。同時に何よりも私自身の決意が必要だ、こう考えております。
#71
○鍛冶委員 遅滞なくやっていくということでございましょうか。
#72
○小川国務大臣 仰せのとおりでございます。
#73
○鍛冶委員 これはほかの党の議員の方からの御質問ないしは大臣が外でいろいろ会合のときにもお話しになっていることで、いまさら確認の必要もないかとも思いますが、念を入れまして、義務教育教科書の無償給与制度堅持、この点について重ねて大臣の御決意を承りたいと思います。
#74
○小川国務大臣 私からも改めて申し上げるまでもないことだと存じております。この制度はすでに定着した制度であり、かつ広範な国民的支持を受けておる制度だと信じております。憲法の規定いたしまする義務教育無償の精神をより幅広く実施しようとする制度でございまするから、これから先もこれを堅持してまいりたい、こう考えております。
#75
○鍛冶委員 先に進ませていただきますが、鈴木総理の本年度の施政方針演説の中で少年非行の問題に触れられておりました。昨年も同様に触れられておったわけでございます。これは予算の一般質問の中でも私は取り上げたのでございますが、こういうふうに一国の総理が二度にわたって触れられた、しかも過去わが国の総理が青少年の非行のことについて触れたのは、たしか昭和四十一年だったと思いますが佐藤総理があるだけでございまして、その折は総理の施政方針演説の後で第二のピークと言われるときでございましたが、非行というものはいわゆる下げの方向、減少の方向をたどっていった、こういう過程を経ているわけです。
 ところが今回は、総理が二度にわたって昨年、本年と触れているにもかかわらず、その非行というものはむしろ逆にふえていっている、こういう状況があるわけでございます。これは大変遺憾なことだと思うのですが、これに対して大臣の所見をお伺いをいたしたいと思います。
#76
○小川国務大臣 私もまた非常に遺憾に存じております。ことに、最近に至りまして連日のように青少年の非行あるいは校内暴力が新聞等に報道される、本当に心を痛めておる次第でございます。
#77
○鍛冶委員 これは総理がそうやって三度も触れられておるのに下降どころか上昇、むしろいつ下がるかわからない、こういう状況というものは、やはり当面の青少年についての教育というものを受け持っております、また社会教育の面を含めまして受け持っておる文部省が、その行政の上で打つ手が非常に的確ではなかったのじゃないか、また熱意が足りなかったのじゃないか。こういうふうにもとられても仕方がないと思うのでありますが、そういう点についてはいかがでしょう。
#78
○小川国務大臣 これは学校、家庭あるいは社会のあり方に起因いたしますいろいろな要因の絡んで出てきておる問題でございまして、一刀両断のもとに解決をすることができるような決め手というものが本来なかなか発見しにくい問題でございまするが、今日まであとう限りの努力を尽くしてきております。にもかかわらずかような事態が続発するということにつきましては、私といたしましても、従来の努力になお足らない点があったのではないかということを反省をいたしておる次第でございます。
#79
○鍛冶委員 この点については強力に進めていただきたいわけでございます。
 これは政府委員の方で御答弁いただいて結構でございますが、前に佐藤総理が第二のピークのときに施政方針で非行問題に触れた、その後政府としてもいろいろ対応はされたようでありまして漸減してきたわけでありますが、この下がってきた原因といいますか理由といいますか、こういったものについて何か分析をなさったことがあるかどうか、この点お伺いをいたします。
#80
○三角政府委員 特にただいま御指摘のような傾向についてきちんとした分析というものはいたしておりません。
#81
○鍛冶委員 やはりこれは調べてみられることが大切ではないかと思います。これは御要望申し上げておきますが、その中で生かしていけることがあればやはりそれを取り上げてみるということも大切ではないかと思うのです。
 先ほど大臣の御答弁の中で具体的な対策をいろいろ手を打ってはまいりましたというふうにはおっしゃっておられましたが、具体的な対策というものはどういう手を打たれたのか、お答えをいただきたいと思います。
#82
○小川国務大臣 事柄の性質上非常に細々した施策を含めましていろいろきめの細かいことをやっておりまするので、後刻政府委員からお耳に入れさせますが、一つは、いわゆる核家族化が進行いたしておりまするために、人間形成にとって非常に大事な時期だと言われておる乳幼児期の家庭におけるしつけがなおざりにされて、過保護に陥っているということが指摘されております。そのとおりだと存じております。
 あるいはまた、物質的な環境がますます豊かになってまいりまする反面で心の大切さということが忘れられているという昨今の風潮も大いに影響いたしておると存じまするし、学校におきましても、校長を中心に教職員が一致結束して毅然たる態度で臨むという体制において遺憾な点がある、あるいは一人一人の生徒に対する配慮において欠けている。このような背景のもとに、生徒自身の性格とか素質ということももちろん影響がございましょう。いたずらに自己顕示欲だけが強い、その反面、自己を抑制する力に乏しい、かような生徒児童が外部の非行団体、たとえば暴走族等の影響のもとに、非行に走り、校内暴力に走る、かようなことだと存じまするので、家庭と申しますか、母親に対しては、幼児のしつけについて学習する機会を提供いたしますために、いろいろなことをやっておりまするし、また、最近の環境のまことに憂慮すべき乱れという問題に対処いたしますためには、総理府の青少年対策本部がやっておりますいろいろな行事に文部省も積極的に協力いたしております。
 さらにまた、学校は専門的に生徒の指導をするということが本来でございますから、新しい学習指導要領に基づきました学習指導の充実を図る、あるいはまた、教職員の資質並びに意欲の向上を図っていく、あるいはまた道徳の時間において正しい倫理観を培う、いろいろなことを実行いたしてきているわけでございます。
 詳細は、政府委員からお耳に入れさせます。
#83
○三角政府委員 ただいま大臣から全般的に御答弁申し上げたとおりでございまして、そして個々の細かいことにつきましては、昨年来、この委員会の場でも申し上げておるわけでございますが、特に昨年以降文部省として行いました施策について改めてと申しますか、ここで新たにつけ加えて御説明させていただきます。
 一つは、校内暴力事件についての事例の作成配付でございます。各都道府県教育委員会からの報告のございました顕著な事例二百十三件につきまして、その原因や背景の分析を行いますとともに、具体的な事例を掲載したものを取りまとめまして、そして全国にまたこれを参考のために配付をした次第でございます。
 それから第二には、児童生徒の非行の防止に関する通達を五十五年に出したわけでございますが、この趣旨の徹底を機会をとらえて図ってまいっておりまして、五十五年十一月二十五日付のこの通達を都道府県教育委員会委員長、教育長合同会議あるいは市町村の教育委員会の会議あるいは生徒指導主事の担当の部課長会議、あらゆる機会を通じまして、この徹底を図った次第でございます。
 それから第三に、生徒指導担当指導主事会議というものを、特に昨年十二月に緊急に都道府県の担当を招集いたしまして、校内暴力などの非行問題についての指導及び研究協議をいたした次第でございます。
 それから、生徒指導研究推進校及び生徒指導研究推進地域という指定を、これは従来からやっておりますが、五十六年度新たに小中学校を中心として地域ぐるみの取り組みを進める、そういう範疇を新たに設けまして、指定地域をふやしてまいっております。
 それから第五に、生徒指導資料の作成配付でございますが、最近の非行の状況にかんがみまして、大蔵省印刷局の方で発行してもらっておりますが、私どもの編さんをいたしました生徒指導資料第一集、これが一極の政府刊行物の中のベストセラー的なものになっておるのでございますが、これを最近の状況にかんがみまして、改訂版を新たにつくりまして、改訂第一版を出版いたしました。
 それからもう一つは、第十六集として「意欲的な生活態度を育てる生徒指導」、こういうものも新たに作成をして配付をした次第でございます。
 なお、現在は、中学校の生徒指導資料第十七集といたしまして、校内暴力に関する指導資料及び小学校用の生徒指導資料の第一集、これをいま作成中でございます。
 それから最後に、豊かな心を育てる施策推進会議というもの、これを省内に設置した次第で、これは大臣の発意に基づきまして、青少年の豊かな心を育てる施策を総合的に推進するために、事務次官を委員長としますこの会議を省内に設けた次第でございまして、五十七年度からこの豊かな心を育てる施策推進モデル市町村を指定するなど、乏しいながらも私どもの知恵を結集して事に当たりたい、こういうふうに思っておるのでございます。
 なお、つけ加えて申しますと、ただいま明年度予算で御審議をお願いしております予算案に盛り込んでおります新規の施策といたしましては、一つは、生徒指導推進会議というものを中央と各県で二回ずつ開催をして、これは学校、地域社会、社会教育関係団体あるいは地域のいろいろな関係諸機関相寄って、この非行問題に対する連絡協議を進め、対策を考えていきたい、そのための一つの手だてとして考えております。
 それから第二は、教育相談と申しますか、カウンセリングの技術指導、これを、従来は中央で研修会をやっておりましたけれども、やはりこの面の専門的な資質の向上を図りますために、地区別のこの講習会を広げていきたいということで、予算をお願いしております。
 それから第三に、勤労生産学習研究推進校というものを各県で指定をしていただくという施策も考えておりまして、これは、栽培活動を通じまして生ある植物、これをはぐくみ、その間に仲間同士で連帯し、協力して生産活動をやっていく、こういうことがねらいでございまして、それが本来のねらいでございますが、こういう活動を通じてまた子供たちが学校生活を生き生きとしたものにして送っていくようにということを願っておるのでございます。
#84
○鍛冶委員 いろいろ御答弁をいただいたのですが、通達とかいろいろな事例集配付、それからいろいろな会議、こういったことで鋭意努力を積み重ねておられるということは御答弁の中でもわかりますし、私も知らないわけではございませんけれども、問題は、会議を開きましても、事例集を配付したといたしましても、一番教育の現場においてこれに対処する先生方ないしは校長先生方、このあたりに本当に趣旨徹底がなされ、また真剣な話し合いの中でそれに対する取り組みが実践的にあらわれてこなければならないと思うのですが、そういう教育現場に至るまで、そういうふうに打ってこられた具体的な施策が果たして届いておるのかどうか、私は大変疑問に思うのでございますが、その点についてお考えはいかがでございましょうか。
#85
○三角政府委員 御指摘の点は非常に大事なところであろうと思っております。小中高等学校で四万ほどの学校数があるわけでございますので、私どもが単に通達などを送っておけばそれで済むということでは決してないわけでございまして、特に小中学校の教育は市町村の教育委員会という単位で、それぞれ、やはりこれだけたくさんの学校でございますから、自分たちの地域の学校を自分たちでしっかりと運営していく、こういうことで、これはまさにいまの教育制度の一つの地方で盛り立てていくという仕組みが成り立っているゆえんのものでございます。それから、それに対して県の教育委員会がきちんとした指導を進めていく、こういうことでございますので、私どもは現在の教育制度が持っている機能というものが正常に働きますように、その点については十分留意をし、努力をしていかなければならない、こういうふうに思うのでございます。
#86
○鍛冶委員 極論かもわかりませんけれども、いろいろあちこち現場を歩き、いろんなお話を伺っている中で声が聞こえてきたり、私はあるいはそういうこともあるのかなと思うのは、実際には文部省から都道府県の教育委員会にそういう形で流れる、また都道府県の教育委員会から市町村の教育委員会に流れ、それから学校現場に行くという形であろうと思いますけれども、それが非常に順送りぐらいになって、単なるけつたたきといいますか、監視機構といったら極端かもわかりませんが、そういう形になっているのじゃないか。そして、現場に行きましたときには、校長というところに一番しわ寄せが来ておる。結局、校長が何か失敗をしたときにはしかられちゃう、呼びつけられてやかましく言われる。要するに最終的には校長任せであって、いまちょっとお話が出ましたが、地域にということを小さくすればその学校単位にということにもなるのでしょうが、そこが自主的にということの中で、それが誤った形で流れていっているというおそれはないのかということを心配するわけです。
 というのは、現実にきょうもこの質問を昨日まで用意しておりましたら、けさの自民党の委員の方からの質問の中に具体的に出ていましたが、校長先生の自殺が相次いだ。また、けさの新聞にも、千葉で非常に残念なことに校長先生が自殺をなさっておられる。こういう具体的な事実が続いてきているわけですね。これはいま私が申し上げたことが必ずしも杞憂ではない、そういうことが現場にやはりあるのではないか。だから、非常に力のある、少々のことがあっても乗り越していくというぐらいの校長先生ですと、それは耐え得るのかもわかりませんけれども、余りにもまじめ過ぎる校長先生でどうかすると気の小さい先生は、悩むが余りに持っていきどころがなくて自殺に追い込まれてしまうということもあるのではないか。それがこういう形で続いているのではないか。そういうことを私は非常に心配をするわけです。
 昨年も校内暴力の問題で、校長先生の問題で特に取り上げて御質問申し上げたときにも申し上げたのでありますが、校長先生方に聞いてみると、半分ぐらいは逃げ腰の先生もいるということで、これはこれで私は大変よくない傾向だとは思うのですが、こういったことを含めて、やはり校長先生に、持っていきどころのないしわ寄せというものが全部来ていて、しかも成功すればそうほめる人は余りいないのですが、失敗したときにはただただしかられるばかりである、こういう形、こういうものがかえって対策をおくらしておるということになっているのではないか。こういう点について校長に対してのバックアップ体制、要するに、これは事件が起こったときには人ごとだと思ってはいかぬと口では皆言うのですが、本当にそういう形が出ていないのではないか。それは一番総元締めである文部省の大臣を頂点とする皆さん方が、大変な問題ではありますが、本当に真剣になってもう一つ、むしろ校長先生や教員の先生方が団結をしてやろうということに対して、またそうできる方向に本当にみずから飛び込んで、一緒になってやってあげるよ、もし何かあったら言ってらっしゃい、一緒にやりますよ、こういう姿勢が欠けておるのじゃないかと私は思いますが、こういう点についてはいかがでございましょう。
#87
○三角政府委員 ただいま鍛冶委員がおっしゃいましたことは、やはり一番肝心な点を御指摘になったというふうにお聞きした次第でございます。校長は学校の校務をつかさどり所属職員を監督する、こういう定めになっておりまして、最高責任者ということでやはり責任がそこに集中をしておる、そういうことでございます。責任がある以上は、校長がいろいろなことをその責任に応じて実行できるような体制が必要であると思います。そのためには、校長を中心として学校の教職員が一致協力する体制が必要でございますし、そして大きな学校の場合には、教頭や主任の働きというものが全体を結集するためには非常に期待されるところでございます。それから校長をどのようなぐあいに管下の学校に配属するかというような人事の上での配慮も、特に昨今のようなこういう校内暴力が発生をする時期においては重要である、こういうふうに思うのでございます。
 それにつけましても、やはりそういった校長が十分に責任が果たせますように、これはまた教育委員会は教育委員会の方で、ただいま御指摘もありましたが、いろいろな意味での指導助言というものについては校長のためにやぶさかでないということでバックアップしてやる、こういう体制づくりが重要かと思います。私ども今後、この面でのいろいろな協議をいたします場合にも、いま御指摘のような点は十分注意をして気をつけてまいりたい、こういうふうに思います。
#88
○鍛冶委員 これは具体的にどうこう言っても、亡くなられた方等に対しては大変お気の毒なことではございますが、ひとつそういうものを踏まえて具体的にバックアップをしていただきたいのです。私は、昨年も幾つか校長の権限等につきましても、こういうことはどうだろう、こういうことはどうだろうとか、教育は素人ではございますけれども、御提案を申し上げたりお聞きをしたことがございます。そういったことを含めて、それだけ校長にいろいろしわ寄せが来るのに、校長の権限というものが大変限られておるというようなことについて、私はいまのいろいろな問題を解決するには大変マイナスになっておるだろうというふうに感ずるわけです。
 特に、あるところで校長先生に聞きましたら、学校で確かに気持ちをそろえてやればいいということで言われるし、そうしたいと思うけれども、現実というものはなかなかそうはいかないところがある。いろいろと指導に来られたりする教委の方々等に、学校の中で共通理解を持ってきちんとやればいいのだと言われるから、それじゃ本当にできると思いますかと言って反論すると、いや、やはりできないのじゃないでしょうか、こういうことを言うというわけですね。その頂点に文部省がおられるかどうかわかりませんけれども、しかし、そういうような中で、力を合わせろとか校長はしっかりせいとか言うてみても、これは空理空論にすぎなくなるであろう、こう思うのです。したがって、具体的な内容はまた文部省の専門でございますからいろいろお考えになる中で、ぜひとも校長先生がしっかりとがんばるのにやりやすくなるような体制、また先生方が力を合わせるにやりやすくなる体制、これはもう理屈、抽象論でなくて、具体的にひとついろいろと施策を講じていただきたい。これは御要望を申し上げておきたいと思います。
 次に進ませていただきますが、先ほど大臣の御答弁の中で教員の問題、資質の問題で若干お触れになっていらっしゃいました。これは去る二月二十七日の東京青年会議所の主催の会合で青少年の非行問題に触れられて、教員のことに触れられて、権威と魅力を持った先生を育てることが大切だ、こういうふうにお述べになっていらっしゃるようです。これは私も賛成でございますけれども、そういう教員をつくるためにはどういうふうにすべきであるとお考えでございましょうか、それをお尋ねをいたします。
#89
○宮地政府委員 御指摘の教員の養成についてでございますが、教員の資質、能力の向上を図るためには、大学における養成の段階での問題と教員になってからの研修の段階等を通じまして、総合的に推進していくことが必要であろうかと思います。養成の段階の施策といたしましては、かねて国会で御議決をいただきまして、新しい教育大学、上越、兵庫、鳴門の教育大学等を創設いたしまして、現職教員のさらに資質向上のために大学院において資質を高めるというような施策を具体的に講じているわけでございます。あわせて既設の国立教員養成大学におきましても、教育学部に整備の整ったところからそれぞれ修士課程を設けるというようなことで充実をいたしているわけでございます。そのほか教育実習の改善を図りますために地域連絡協議会を設置いたしまして、教育委員会側と養成をします大学側との連絡を密にするというようなことなど、可能なものから順次実施してきているところでございまして、今後ともその充実のために私ども努力をいたしたい、かように考えております。
#90
○鍛冶委員 教員の資質の向上ということには、そういう具体的な施策ももちろん非常に大切なことでございますが、姿勢の問題というのがやはりあろうかと思うのです。使命感、これは一番大切なものだと私は思うのですが、大臣、これはいかがでございましょう。
#91
○小川国務大臣 仰せのとおりでございます。したがいまして、教員を採用いたします折にも、知識、学力だけでなく、強い使命感を持った、かつ指導力を備えた人材を教育界に導入をしたい、こういう観点から面接に重きを置く、あるいは実技に重きを置くというような方法も現在行っておるわけでございます。
#92
○鍛冶委員 この使命感というのは、やはりいまの教員の免許取得をするという過程の中で果たして打ち込む場所といいますか、そういうものをチェックする――チェックすると言うとちょっと語弊があるかもわかりませんが、場所といいますか、そういうものがどうもないのじゃないか。単位を取得する、それから実習、こういう過程を経るわけでございますが、そういうところが免許取得の際の大きなポイントでなければならないものがどうもないような気がいたしますが、こういう点について何か打ち込むという方法をお考えになっていいのではないかと思います。また、あるいは教員免許取得までの一つの必須の条件として何か義務づけちゃうというようなこと、これは形でどういうふうにしたらいいのかわかりませんが、いいのではないかと思いますが、この点についていかがでございましょう。
#93
○宮地政府委員 御指摘のように、使命感を持った教員の養成ということが大変大事だということはまさにそのとおりだと思います。そういう点で、問題は、そういうやる気と申しますか、そういうようなものをどのぐらい持っているかということを客観的に判断をして教員免許を授与するというようなことは、事柄としては確かに御指摘のとおりでございますが、教員免許を授与するに際してそのことを客観的にどう判断するかということは大変むずかしい問題ではないかと思うわけでございます。したがって、もちろん養成の段階も大変重要でございますが、さらにその後の研修その他を通じまして指導力の向上を図るというようなことで、先ほども御説明したような、たとえば大学院において実際に教職経験を持っている者がさらに資質を高めるような手だてというようなことも講じてきておるわけでございますが、御指摘の点は私どもも、養成の段階で免許状授与に際して判断するということは大変困難であるということは御理解を賜りたい、かように考えております。
#94
○鍛冶委員 質問の趣旨を通告いたしましたことから多少細かいことに触れておりますが、御容赦いただきたいと思います。
 さらに技術的な面で考えますと、小中学校の免許取得の際、やはり実習というものがある。この実習に行ったときの状況なんかを聞いてみましても、それぞれ引き受けてくれるところがなかなかないものですから、ついつい自分の出身した学校に行ってお世話になるという形が多いようです。しかし、学校というものは千差万別で、いい学校もあれば悪い学校もありますし、校長先生や教員、担当された方の質というものもさまざまあると思います。そういう中で、やはり授業を実際に担当させた方がいいのじゃないかということで担当させてもらう。それはいいのだけれども、どうも先輩の先生方が見てもくれなければアドバイスもしてくれないというような例もあるみたいなんですね、これは全部が全部じゃないかもわかりませんが。そこらあたりを含めて、実習の時間というものはもっととっていいのじゃないかということと、そういう実習のあり方というものを具体的にまだ検討する余地があるのではないだろうか。
 さらには、技術的な面で言いますと、自分自身の教養とか力とかいうことはともかくとして、やはり四十人の子供を引っ張っていくというような立場に立ちますと、その訓練される場というものがどうも少ないような気がするわけです。たとえば大きな声を出して生徒をまとめる、これは、しかるということじゃなくて、やはり大きな声を出さなければいかぬけれどもその大きな声を出す基本的なことすら身についていないというような先生、これは一つの例で申し上げるわけですが、免許取得の際ないしは教員養成の際に問題になることがいろいろ多くて、教師として果たして十分責務を果たすことができるのであろうかという点で大変心配になるわけでございますが、こういう点はやはり改良していくべきであろう、こう思いますけれども、これについてはいかがでございましょうか。
#95
○宮地政府委員 教員養成において教育実習が使命感を与えるというような点で大変重要な要素であることは、御指摘のとおりであろうかと思います。そういう観点から、かねがね教育実習の充実という点からその延長等がいろいろ議論をされているわけでございます。
 そこで、具体的には国立の教員養成大学学部の場合でございますと、教育実習について相当充実した方策がとれるわけでございますが、御案内のとおり、現在の教員養成制度は戦後開放制をとっているわけでございます。したがって、一般大学においても教職科目をとることによりまして免許状が授与されるわけでございますが、その一般大学における教育実習の充実を図るとすれば、その一般大学におきます専門科目の単位数との調整をどうするかというようなことが具体的に一つの問題点として言われているわけでございます。かつ、現在でも、免許状取得者が多くて教育実習がやや形骸化しているではないかというような指摘もなされておりまして、その点は私どもとしてもかねて問題点として意識はしているわけでございます。
 そういう戦後の教員養成制度の中で、しかも実質的にどういう改善策をとるべきであるか、それらの点についてはなお関係者等からもいろいろ改善策について御検討を願いながら――教育職員養成審議会においてもそれらの点は検討を願っているところでございまして、今後の課題でございますが、私どもとしてもその点は積極的に取り組まなければならぬ課題であろうか、かように考えております。
#96
○鍛冶委員 これは時間が余り長くかかってもよくない問題であろうかと思いますし、相当重要視されておられるようでございますので、私はひとつ早急にこの実現方を御要望申し上げておきます。
 先ほども局長答弁の中で、使命感ということについては、免許取得の時点では非常にむずかしい点があるというふうなお答えでございました。したがって、教員採用をした時点での教員研修というものの中で、これはしっかりやっていきたいというふうにたしか御答弁があったと思いますけれども、この教員研修ということについて、これは果たして十分機能しているのだろうかなという気が私はするのですが、文部省の御見解はいかがでしょう。
#97
○三角政府委員 教育がきちんといくか否かは、その教育そのものを実行し、担当するところの教員、これが一人一人がどのような資質と能力あるいは使命感に燃えてこれに携わるかということにかかっておりますし、それから、およそ人を教育する立場にある者がみずから不断の研さんをし学ぶという日常を送っていなければ、子供に対する一つの影響というか感化というものが本当のものになってまいらない、こういうふうに思うわけでございまして、その意味で私どもは、教員の資質、能力の一層の向上のために相努めなければならないこう思っておる次第でございます。このために、まず新規採用教員に対する研修、それから各教科に対する研修など従来から計画的に各種の研修を実施しております。それから、各都道府県教育委員会等が行います研修事業に対しましても、これを援助し、奨励するというような施策を講じてまいっておりまして、私どもとしてはこの研修というものは、今後ますます内容面を充実していかなければならない、こう思っておるわけでございます。
 その効果ということでございますけれども、いろいろな手だてを尽くしてかなりのことをやっておりますが、今後は私どもは、文部省のやります研修あるいは都道府県、市町村のやります研修、それぞれ全体の調和と申しますか、そういうものを考えまして有機的な連関をとって組織的に行われますように、そこのところにいろいろな意味の重複なりあるいはむだなりが生じませんように、そして教員が現職の教育というものをきちんと行いながら、それと並行してそういう研さんができますように、そこの間の調整について十分心がけてまいりたい、こう思っておる次第でございます。
#98
○鍛冶委員 研修については、余り回数が多いと、今度は自分自身の授業に差し支えるという面があると思いますし、さらにもう一面は、内容の充実というのは研修会で話す内容の充実と、もう一つは集まる人数といいますか、予定しているのに対してどれぐらいきちっと来ているかという内容的な充実というものもあろうかと思うのです。これは先ほどから通告から若干外れたことを御質問申し上げているので大変失礼な質問になるのかもわかりませんが、もし、研修会等の出席率といいますか、そういうのが若干でも把握されているようなことがわかるのでしたらお答えをいただければと思います。
#99
○三角政府委員 研修の内容あるいは研修を行います地域によりましては、時に予定しただけの出席が確保できないという事例がこれまでにありましたことは事実でございます。私どもとしては、教員の資質向上を図るために計画的に行います各種の研修につきましては教職員の職務として行われるものでございまして、このような職務として行われる研修については、病気などの特段の理由がない限り、これは積極的に参加をしてもらわなければならない、こういうふうに思っております。
#100
○鍛冶委員 私が聞くところでは、全部が全部ではないかもわかりませんが、イデオロギー等の相違等によって、むしろ一番来てほしい人が出てこない、何回やっても出てこないという例があるようです。そうすると、せっかくやったことが、これはもう効果はなしに等しいと言ってもいいのじゃないか。まじめな先生は出てこられるでしょうが、そういう先生方はむしろ余りしなくていいけれども、来ない人にやる必要があるという場合が、よく私どもも現場へ行ったときに耳にいたします。
 いま局長御答弁もございましたが、今後こういう点についても御留意を願って、本当に効果あらしめて、大臣がおっしゃったような魅力のある、力のあるそういう教員、使命感あふれる教員の研修というものをおやりいただきたい。これもまた御要望を申し上げておきます。
 次に進ましていただきますが、先ほどもちょっと局長答弁に出てまいりました、いま現在、教育の場で一番欠けておるのはやはり心の問題、それから家庭のしつけとの関連の問題、これがあるのだろうと思います。
 心の問題に対しては、今回文部省で豊かな心を育てる施策推進会議を設けて総合的な施策を推進する、こういうことで、先ほども内容に立ち至っての御答弁も若干ございましたが、具体的な内容は、大分時間もたちましたので一応おくといたしまして、これは市町村の指定をするようになっておるようでございますが、この指定というものは確定をしたのかどうか、これをちょっとお尋ねいたします。
#101
○三角政府委員 去る一月二十一日に、先ほどちょっと申し上げました豊かな心を育てる施策推進モデル市町村の実施につきまして、各都道府県教育委員会にその推薦の依頼を出したのでございます。現在までに二十五道府県から推薦を受けたところでございます。
 私どもとしては、指定する市町村につきましては、非行などの問題行動を防止して青少年の健全な育成を図りますために、学校教育、家庭教育及び社会教育、これらがそれぞれその機能を十分に発揮いたしまして互いに協力して取り組んでいただく、そうしてその成果がひいては広く近隣の市町村に波及するということを期待しておりますものですので、当該市町村におきます青少年の非行等の問題行動の状況でございますとか、あるいは学校、家庭、社会の連携協力の状況、それから全国的な地域配置、そういったことを総合的に判断いたしまして、これから選定、指定をいたしたい、こういうふうに思っております。
#102
○鍛冶委員 これは昨年も私ちょっと気がついたので、質問のときにお話をしておったと思いますけれども、市町村の指定については、「豊かな心を育てる施策推進モデル市町村の概要」、これは文部省でお出しになったのだと思いますが、これを見させていただきますと、三番目の「指定」のところに「都道府県教育委員会が、一定の要件に該当し、かつ、モデルとしてふさわしいと思われる市町村を文部大臣に推薦し、文部大臣がモデル市町村を指定する。」、こうなっておるわけですね。ここで私はちょっと意地が悪いかもわかりませんが、ひっかかるのは、「一定の要件に該当し、かつ、モデルとしてふさわしいと思われる」ということ。昨年もちょっと申し上げたように、モデルとしてふさわしいというのはどうも二つにとれるようで、内容が大変この表題のモデルからはるか遠く離れてふさわしくないから――ふさわしくないからというのはおかしいのかな。問題があるからこそ指定にふさわしいということで指定するのか、それとも、万事大体優良にいっておって余り問題がなぐて大変ふさわしいりっぱなところだからモデルとして指定するのか、この両面が考えられますわけで、どうも従来は文部省で指定なさる学校を見ておると、要するに優等生の方ばかり指定されておるのじゃないかという気がするのです。私はむしろ重点的に予算をつぎ込んででも、最初に申し上げましたように、ここをよくしていく、また非行の問題にしろ心を豊かにする問題にしろ、いろいろ取り上げてあります、こういう施策は大切なことだと思いますが、新しい施策も入っておるわけでございますけれども、こういうのを推進するときには、むしろ悪条件のところ、悪いところ、これが直ると、その事例がすべてに生かされていく、こういうようなところを指定されるという方向が正しいあり方ではないかというふうに思うのですが、こういう点についてはいかがでございましょうか。
#103
○三角政府委員 これは基本的には都道府県の方でいろいろと考えていただいて、いま御引用いただきましたような前提で決めていきたい、こう思っておりますが、いま御指摘のように、およそその状況が悪いところというか、言ってみれば病気のようなところだけ集めるということにもまいらないかと思うのでございますが、ただ私どもは、やはりぐあいの悪いところも当然指定しても構わない、校内暴力等が発生している地域でこういう取り組みをしてもらうということも当然あってしかるべきではないか、こう思っております。また、これまでの生徒指導の研究指定校なんかでも状況の悪いところを指定しまして、そして一致した取り組みで非常にそれが改善されたというような事例もあるわけでございまして、私どもは、必ずしも健康優良児のようなところだけをモデルにする、こういうふうには考えておらないのでございます。
#104
○鍛冶委員 これは悪いところばかり指定するのも確かに行き過ぎだろうと思いますが、ひとつ総合的に見て、結果がりっぱに全国に生かせるような形でぜひ御推進をお願いいたしたいと思います。
 次に、家庭のしつけの問題に入りたいと思うのでありますが、これは午前中の大臣の御答弁の中でも、また先ほどからの御答弁の中でも触れておったと思うのでありますけれども、最近の非行の原因の一つの大きな柱の中に、やはり家庭のしつけ、家庭という問題がどうしても出てくるわけです。私自身も、いろいろたくさんの先生にお会いしてお話を伺ってみても、やはり家庭のしつけをということが口から出てまいります。これは大変もっともなことだと思うのでありますが、この家庭のしつけという問題、この分野は、文部省とか教育委員会とかの行政上の、またないしは学校とのかかわりが大変ありながら、具体的には、何といいますか、直接乗り出してそれを文部省がやるとか教育委員会がやるとか学校側でそれを全面的にやるとかいう分野でないというようなところから、非常に微妙な、むずかしい分野であると思うのですけれども、これは、いま申し上げたように、全面的に文部省、学校サイド、教育委員会が責任を負うとか介入するという意味ではなくて、大変いい意味で、学校教育の中でか社会教育の中でかわかりませんが、やはりかかわりを持っていくということも、こういうふうな流れになってまいりますと大変必要ではないかというふうに思うのでございますが、この点についてのお考えをお伺いいたしたいと思います。
#105
○別府政府委員 子供の人間形成にとりまして、親の果たす役割りというのは大変大きいわけでございまして、その意味で家庭教育におきましては、子供が将来の社会の構成員としてりっぱに生き抜いていくための能力というものを身につけるように配慮してまいらなければならないというところが大切であろうと思います。
 ところで、乳幼児期から子供に一番密着をしておりますのが母親でございまして、母親が子供の心身の発達の状況でございますとかあるいは親の果たすべき役割りといったようなものについて学習をするということが大変重要であろうと思います。
 そこで文部省といたしましては、家庭教育学級を従来からやっておりますけれども、特に昭和五十六年度からは、その一環といたしまして、新婚あるいは妊娠期にある男女を中心とした、あすの親のための学級という制度を発足させまして、そういった両親の学習の機会をさらに拡充をしたわけでございますが、そのほかにも、両親が抱えておりますいろいろな問題点、悩み等の相談に応ずる家庭教育相談事業を従来から続けておりますし、さらに地域におきますそれぞれの事情に応じたもろもろの地域社会の問題、家庭教育の問題等を総合的に話し合う家庭教育総合セミナー事業というものを実施し、その成果を指導資料のような形をとりまして地域の御家庭に配付をする、そういった事業もやっておりますけれども、現在御審議いただいております予算では、さらにそういった予算を充実をするという方策を講じているところでございます。
#106
○鍛冶委員 これは大変むずかしいところがあると思います。これはわが党でも、広がる教育ということを提唱しているわけでありますけれども、PTAとは変わった形、また地域という、社会教育の場になるのかもわかりませんけれども、学校を含めての中で本当にそういう問題というものを理解し合う、ないしは話し合っていくという場、これは大変必要であろうかというふうにも思います。これは私どもも、今後こういうあり方について、どうあるべきかということはさらに検討してまいりたいと思いますが、文部省の方でも、こういう点についてひとつ強力にいろいろな施策の推進をお願いしたい。特に、やはり先ほどから議論しているのと同じような形になると思いますが、やはりそういう親としてのあり方を最も身につけてもらいたいし、出てきてもらいたいという人が、えてしてこういう会合とかいろいろなものには出てこない、出てきにくいということがあると思うのです。そういう意味で、これは学校教育というものの中で教員との絡み、PTAとの絡み、いろいろあると思いますけれども、やはりある意味ではしつけの分野できちっとしていくということは大切ではないかという気がいたします。
 特に最近の傾向は、企業が採用する際にも最終的にはどこで見るか、学力の違いが余り変わらなければ、結局単純なようですが、あいさつがきちっとできるかできないかというようなことに帰着するようです。私も、今度うちの息子が大学受験に当たって友達を連れてきて、何日か一緒にほかのうちの子供さんとも寝泊まりをしたのですが、そのときにある意味では僕は安心したというのは、非常にあいさつがよかったですね。これはやはり親がりっぱなのかな、学校がりっぱなのかなというような感じでした。朝起きると、きちっとおはようございますと言いますし、私が出ていくときには、いってらっしゃいとわざわざ出てくれる。これは、大変悪い面ばかりの話を見聞きしてきた私にとっては思いがけない喜びでもあったわけですが、こういうものがやはり全般にしみ渡っていく形で、これは文部行政の中で、出しゃばってもいかぬし、いろいろむずかしいところはあると思いますけれども、ぜひとも御努力を願いたい、リードをしていただきたい、こういうふうにこれも御要望を申し上げておきます。
 次に、中教審の答申の問題についてお尋ねをしたいと思うのですが、前文部大臣が中教審に今度三つの柱を立てて諮問をされたわけでございますけれども、ある意味ではこれは、昭和四十六年に諮問の内容というものは中教審答申の中でもう議論が尽くされているのじゃないかというふうな話もございます。これを再度諮問をするというのは文部省として見識がないのではないかというふうな議論もなされているわけでございますが、この点については文部省、どういう御見解をお持ちでございましょうか。
#107
○三角政府委員 文部省といたしましては、以前にも、御指摘のように学校教育の総合的な拡充整備のための基本的な施策について中教審に諮問をいたしまして、そしてそこでは、学校教育に関しまして制度面、内容面等にわたる広範な諸施策の御提案をいただいたところでございますが、これらの中で順次答申の趣旨の実現に努めまして、学級編制や教職員配置基準の改善でございますとか教員給与の改善あるいは幼稚園教育、特殊教育につきましても、それぞれこれにつきまして充実発展を図る、こういう重要施策を進めてきたわけでございます。教育内容につきましても、その後にこの趣旨に沿いまして教育課程審議会で御審議をいただきまして、その答申に基づいて、小中高等学校の教育課程について、これまで以上に一貫した見通しの上に立ちまして、その内容を基礎的、基本的な事項に精選する、そうして能力、適性等に応じました指導を充実するということを目指しまして、学習指導要領の全面改訂を行ったわけでございます。現在、これに基づく新しい教育課程が五十五年度から、小学校を皮切りに順次各学校において実施に移されているところでございまして、当面私どもは、この新しい教育課程が改訂の趣旨に沿いまして着実に定着するようにこれまでも努力をし、今後もそれに努めてまいるという考えでございます。
 今回の諮問は、内外の諸情勢の変化でございますとか、さらには児童生徒の能力、適性が多様化している、こういう実態に対応いたしますために、日本の将来というものをできるだけ長期的に見通しまして、高い見地から御審議をお願いする、こういうことにしたのでございます。そういうことで、私どもは同じことを二度やっている、こういうふうには考えていないわけでございます。
#108
○鍛冶委員 この答申は秋口ごろには出されるというように伺っているわけですけれども、この答申が出ましたならば、これはできるところから五十八年度予算に反映させていくという方向でお考えなんでしょうか。これもちょっとお尋ねをいたします。
#109
○三角政府委員 ちょっと鍛冶先生の御質問の意味合いがはっきり把握いたしかねておりますが、私どもとしては、中教審に対してこのような諮問を行いましても、その答申に基づいて直ちに学習指導要領を改訂するとか、あるいは具体の教育内容面の施策をすぐに発足させるというふうにいまのところ考えているわけでございませんで、現在の学習指導要領はその定着を図っていく、こういうことでございます。ただ、将来、これまでの実績によりますと約十年ぐらいの周期で学習指導要領の見直しを行っておるわけでございますが、その見直しをこれまでのように教育課程審議会で行うべく取りかかっていただきます場合には、今回の中教審での大所局所からの長期的な展望に立った御検討、これを踏まえて御審議を行っていただく、こういうことになろうかと思っておりますが、すぐ明年度予算云々というような考え方はいまのところいたしておらないのでございます。
#110
○鍛冶委員 ちょっと質問の仕方がまずかったかもわかりませんが、中教審答申が出ました際に、もし具体的な問題に触れて、多少早く実施した方がいいというものであるならば、五十八年度からでも予算を計上してやるのであろうかというふうに、仮定のことでお尋ねをしたわけであります。この諮問の柱から言いますと当然教育課程の問題、指導要領の問題に触れる問題が出てまいりますので、後でそういうお尋ねをしようと思っておりましたが、いまのお答えで大体了解ができましたので、それは一応おいておきたいと思います。
 それで、諮問の柱の二、三を見てみますと、二番目は「中等教育における教育の多様化・弾力化について」というふうにありますし、三の項目は「就学前の幼児の教育の在り方その他関連する諸事項について」、こういうふうになっているようでありますが、この内容を読む限りにおいては、私どもは、現在の六・三・三制の学制の再検討、見直しというものもある意味では考えなければ効果ある答申としては出てきにくいのではないかなというふうに思うのであります。新聞報道等を見ますと、大臣が、答申の内容にそれが触れられておれば学制の見直しを検討するといった方向も考えられるといったような記事が出ておったと思いますが、これについての大臣の御所見はいかがでございましょうか。
#111
○小川国務大臣 中教審に対しましては教育内容のあり方を諮問申し上げておるわけでございますが、教科書の問題は教育内容と密接に関連をいたしておりまするから、教育内容に関連をいたしまして教科書についてもいろいろな御論議が出てくるだろうと予想をいたしておるわけでございます。
 現行の制度のあり方につきましては、文部省といたしましては絶えず研究を続けておるわけでございますが、何らかの御論議がなされましたならば、これを貴重な参考として検討を進めてまいりたい、こう考えておるわけでございます。
 失礼いたしました。いま教科書と申し上げましたのは、学校制度の間違いでございます。
#112
○鍛冶委員 これは遅々とした進み方ではなくて、制度の見直しというものは、いまがタイミングとして一審真剣に取り組んでいい時期に来ているのではないだろうか。幸いこういう中教審に諮問をされたのであれば、そこからどういう形で答申が出るか私はわかりませんけれども、これは一つの機会として再検討、見直しをすべきときではないか、こういうふうに思うのでございますが、その時期ですね。出たら徐々にやりますというような、いままでも徐々にはやってはまいりましたというような御答弁でございましたが、タイミングとしてはそういう時期に思い切って学制改革ということについて、六・三・三制のままでいいのか、それともほかの体制がいいのか、これは「就学前の幼児の教育の在り方」も諮問されているわけでありますが、大勢としていま五歳児就学、就学を一年下げたらどうだとかいうふうな意見も強く出ておる折から、いろいろな形の中でタイミングとしていまをおいてはないというふうに思いますが、その点について再度お答えをいただきたいと思います。
#113
○小川国務大臣 学制の問題につきましては、いろいろな御意見もあり、現行制度に対する批判の出ておりますことも承知いたしております。それは確かに一つの宿題であるかもしれません。
 ただ、いまの時点がタイミングとして一番よいのではなかろうかという仰せでございますが、制度を改正いたしますと行政の面にも多大の影響が出てまいりますし、なかんずくこれは財政の面に影響するところがきわめて大きい問題ではなかろうか。今日のような財政がきわめて逼迫した状況下で直ちにこの改正に着手できるかどうか、この点につきましては私どもよほど慎重に考えなければならない問題かと思っております。
#114
○鍛冶委員 私が申し上げるのは、財政的な問題はございましょうが、それを乗り越えた状況下にいまあるのではないかというような気がするのですね。だからすぐに財政的なもので見直しというよりも、いまいろいろと教育の中で問題になっております子供の成長、発達の過程というものが、やはり私どもが小学校、小さいころとぐっと変わってきているということもありますね。こういうこともあるし、それから、さっき申し上げました五歳児就学ということも当然、いま常識的のように皆さん御議論が出てきている。そういう中で、私が校内暴力というものを党内でいろいろ担当してあちこち当たっておりますと、思いがけぬこういう面からも見直しをやるべきではないかという話が出てきたことがあるのですね。
 というのは、私どもは昔の学制のときに勉強してきたのですが、ついやっぱりやってきたものは、昔がいいとかいう意味ではなくて、昔との比較ができるわけですね。現在の六・三・三制、自分自身は体験をしておりませんけれども、その前の体制は自分が体験をしてきた。六・三・三制も、自分の子供やら自分の身の回りで身近にある問題ですから、そういうもののいろいろな形を見聞きしてきている。そういう中で比較する中で、子供の成長、発達という立場から見ても、たとえば六・三・三の三・三の方、これは中学三年で区切る、それで校内暴力が多い、こういう説があります。要するに、いまはちょうど反抗期になっている。前はもうちょっと高かったけれども、いま下がってきている。そしてその頂点のころに受験とぶつかり、学校が切れてしまう。そういうことから子供に対する対応というのがしにくい。ところが昔は、たとえば中学は五年でした。そうすると、その反抗期を乗り越えた四年生、五年生というのがおりまして、先生もさることながら、校長先生もさることながら、学校の中で上級生と下級生という中でのつながりがございまして、上級生が下級生をいろいろと指導したり、いろいろと話し合ったりする向きがあって、それがむしろ場合によっては先生よりも大変よく話を聞くというようなことから、非常に校内の秩序というものがある意味ではいい意味で保たれておったという話も出てまいりまして、私も自分のときを振り返ってみてなるほどなという感じがしたことがあるのです。
 これは、そういう面からの六・三・三に対する考え方でありますけれども、子供の成長、発達というようなこと、それから過去との比較の中で、特にわれわれの年代のそういう学制を生きてきた者は、そういういい意味で現実に比較ができますから、いい点を取り上げながら学制改革というもののあり方を見直す、そういうものについて提言していくような義務があるような気もいたしますし、さらには、これから高齢化社会になってまいりますと、学童の人口というものもだんだんと大きく変化をしてまいります。そしてさらに、技術の発達ということを見ますと、これは学校のあり方というものも、現在の単線型から相当に各個人個人の――いままでのいわば平等、平等、差別とか言っていたものは、私はやや誤っておったのではないかというような感じがしました。本当の平等のあり方というものは、一人一人に焦点を当てて、そして個性を伸ばしていくことが必要な時代に入ったのではないか。そういうことをやるためにも、単線型から今度は複線型に変えていくという必要もあるであろう。だから、これからの日本の進路を考え、子供自体の成長、発達のことを考え、いろいろな面を考えてみたときに、タイミングとして、これは学制改革というものについて文部省でも真剣に取り組みをやって検討すべきときが来ているのじゃないか、そしてその結果次第では、六・三・三でいいということになればそれはそれでいいのでしょうが、そうじゃないということになれば、この改正に財政とにらみ合わせながらやっていくという時期がちょうどいま来ているのだ、こういうふうに思うのですが、再度こういう点についての御意見を伺いたいと思います。
#115
○小川国務大臣 御意見には共感を覚えます点が多々ございます。そのような視角から現行の制度を考え直すということも確かに意義のあることだと存じますが、先ほど申し上げましたように、この問題はよほど慎重を要する問題ではなかろうか、なかなか安易に手を染めることもできない問題ではなかろうかと理解しておりますので、もう少し時間をかけて、引き続いて文部省といたしましては研究をしてみたい、こう考えておる次第でございます。
#116
○鍛冶委員 次に進ましていただきますが、これからよく言われる高齢化社会への移行というものが、世界に前例なくすばらしいスピードで日本も進んでいくわけでありますけれども、そういう中で、民間でいろいろとまじめにがんばり研究をし、いろいろ人生体験を積んできた方々で大変見識のある方、技術を持っている方々ですね、こういう人が自分の意思に反して今後職を離れなければならないという事態が起こってくる可能性が強い時代に入ってきたと思います。そういう中で、これは一つの考え方でありますが、そういう方々を教員として採用するという方向、これは考えてもいいのじゃないか、またそういう方々を教員として採用することによっていまの教育の内容というものもまたさらに変わってくるのではないだろうかというふうな気がいたしますが、こういう点、これは私の提言でございますが、こういう考え方についてはどういうふうな見解をお持ちでございましょうか。
#117
○三角政府委員 現在は、教員の新規採用につきましては御承知のように年齢制限を設けているというのが通常でございまして、いわゆる中高年者を新規採用で採用するということは一般には行われておらないのでございます。これは各任命権者におきまして、それぞれの自治体の事情に応じて、教職員定数の全体の状況とか教員全体の年齢構成を均衡のとれたものにしていく、こういうようないろいろな必要な要素がございます。これらを勘案して、一応人事計画というものを長期的に考えて実施しているものでございます。文部省といたしましても、こういったことは基本的にはやはりそれぞれの実情に即して、都道府県、指定都市等の任命権者において判断すべきものである、こういうふうに思っておるのでございます。
 いまの年齢制限でございますが、五十七年度の教員採用試験で見ますと、三十歳前後のところが二十七県、三十五歳が十一県、四十歳というのが七県、そして制限を設けていないというのが二県、こうなっております。さらに、教職経験者でございますとか特別の教科などについては、必要に応じて制限年齢というものを引き上げている、そういう扱いをしている県もございまして、それぞれやはり実情に即して必要な教員の確保に努めておるというぐあいになっております。
 ただ、ただいま御提案のように、社会的に経験豊かな人物を教職に活用するということについては、これは若干ではございますが部分的にそういうふうな例が全然見られないわけではございません。これは、やはり今後の社会の変化にも応じながら、ひとつ将来の課題として検討してみるということは意義のあることではないか、そういうふうに感じてただいまのお話を承った次第でございます。
#118
○鍛冶委員 これは新しい優秀な人材を教育の世界に教師として迎えるという意味で、ひとつぜひ前向きに御検討をいただきたい、こういうふうにお願いをいたしておきます。
 次に移らせていただきますが、話があれこれ飛びまして大変恐縮ではございますけれども、いま第二臨調の第一部会で文教政策についていろいろと検討がされているようでございます。その中で、義務教育の画一性を排除するために能力別学級編制、正式の名称は習熟度別学級編制ですかの導入推進を打ち出していく方針を固めている、こういうふうに言われておるのでございますが、もしこういう答申が出たとして、文部省はどういうふうな対応をなさるのか、これについて御意見を伺っておきたいと思います。
#119
○三角政府委員 第二次臨調でというお話でございますが、現在第二次臨調では行財政改革について内部で議論をされているという段階でございまして、私どもその状況については公的には承知をしておらない、そういう段階でございます。
 ただ、御指摘の能力別と申しますか習熟度別のクラス編制の問題でございますが、改めて申し上げるまでもなく、わが国の初等中等教育におきましては、日本という国家及び社会の形成者として必要な資質を養う、そして児童生徒の一人一人の能力や適性をできるだけ最大限に伸ばしていくということを基本的な理念としているわけでございます。それで、今回の小中学校の学習指導要領の改訂に当たりましてもこのことに特に留意をいたしまして、教育内容の精選をする、そしてそれぞれの教科の標準授業時数というものを削減いたしまして、これによりまして生じましたいわゆるゆとりの時間の活用、それから選択教科の範囲を拡大する、こういうことによりまして、できるだけ一人一人の児童生徒の能力、適性に応じた行き届いた教育ができるように、こういう配慮をいたしておるわけでございます。
 でございますから、ゆとりの時間を活用して、特定の教科等において何らかの事情で進みがつかえると申しますか停滞をしているような子供については、個別の指導等もやっていただくというようなことが望ましい、こういうふうに思っておりますが、高等学校で私ども実施しましたような習熟度別学級編制について、これを義務教育段階においてそういうふうに実施するかどうかについては、これはやはり慎重に対処していかなければならない、こういうふうに思っておりまして、現状では先ほど申し上げましたような、できるだけこのゆとりの時間等を活用したきめの細かい指導を行っていただきたい、こういうふうに思っている次第でございます。
#120
○鍛冶委員 私は、個人個人の個性を伸ばすという意味で、何も線を引っ張って分けて学級編制をすることが必ずしもいいとは思いませんけれども、これをうまく応用する形の中で、差別という意味じゃなくて、本当に個人個人に日を当てて、何とかその能力を伸ばしてあげる、そして生きがいのある人生を送っていく、こういう基礎をつくる意味でもこういう考え方というものは必ずしも悪くないのではないか。全面的にこれをやるということが若干問題になることもあるかもわかりませんけれども、これを消化した形でやはり何らかやってもいいのじゃないかなというふうな気がいたしておりますので、ひとつ前向きな形でこれは御検討を願いたいと思います。
 次に進みますが、これは外国人の教授、助教授の国公立大学での任用についてでありますが、これは議員立法で出てくるという方向で、私どももこれは決して悪いことではないというふうにも思うのですが、この点について文部省の御見解をちょっと承っておきたいと思います。
#121
○小川国務大臣 外国人の教員の任用の問題でございますけれども、国家意思の形成あるいは公的な権力の行使に外国人を参画させてはならない、法律の規定があるわけじゃございませんが、法理として今日まで認められておるわけでございます。しかし、学術の国際交流を図るということは今日の急務でございまするし、この問題に限りましては今日まで承認されておりまする法理を弾力的に解釈すべきものだと信じておるわけでございまして、私もまたこれが実現いたしますことを期待いたしておるわけでございます。
#122
○鍛冶委員 いろいろ多岐にわたってあれこれと御質問を申し上げましたが、真意は、何とか現在のいろいろ言われております校内暴力、非行等含めまして、学校教育が前向きに前進をしてりっぱな成果を上げるようにという意図でございました。そういう点についてもひとつ大臣先頭に、文部省において今後とも強力に御努力をお願いしたい、最後に御要望申し上げまして、若干時間の前でございますが、質問を終わらしていただきます。大変長い時間ありがとうございました。
#123
○青木委員長 三浦隆君。
#124
○三浦(隆)委員 まず教育の基本理念からお尋ねをしたいと思います。
 戦後の政治は戦前の政治への反省を原点とするものであり、この点教育も同様だというふうに思います。最高裁の学テ判決の中に、教育基本法は「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的で、しかも個性豊かな文化の創造をめざす教育が今後におけるわが国の教育の基本理念であるとしている。これは、戦前のわが国の教育が、国家による強い支配の下で形式的、画一的に流れ、時に軍国主義的又は極端な国家主義的傾向を帯びる面があったことに対する反省によるものであり、」、このように言われております。
 さて文部大臣は、その所信の初めのところで、「変化する社会環境の中で生涯にわたってその個性、能力を伸ばし、」あるいは人間性豊かな児童生徒の育成ということを言われております。この言葉は、教育基本法の前文に出てきます「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育」あるいは第一条の人格の形成あるいは個人の価値の尊重というふうなことと同じような意味だろうと思うのですが、いかがでしょうか。
#125
○小川国務大臣 仰せのとおりでございます。
#126
○三浦(隆)委員 さらに文相は、「進展する国際社会の中で信頼と尊敬を得るような日本人の育成」「また、わが国のみならず、世界の発展に貢献し得る」学術研究というのを挙げておられます。これは憲法前文第二段の、われらは「國際社會において、名譽ある地位を占めたいと思ふ。」あるいは同じく同三段にあります「いづれの國家も、自國のことのみに専念して他國を無視してはならない」と言っていることと同じように思いますが、いかがでしょうか。
#127
○小川国務大臣 その点もまた、ただいま仰せのとおりでございます。
#128
○三浦(隆)委員 最近、教育勅語復活の声が高いので改めてお尋ねしたいと思います。
 教育勅語は私たちが子供のころに学校でまる暗記をさせられたものでありますが、この教育勅語のせりふの中に「克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世々厥ノ美ヲ済セルハ此レ我カ国体ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦実ニ此ニ存ス」、教育の淵源はここにあると述べておりますし、そのことから「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」、このようにつながったのだと思うのです。
 さて、こうした教育勅語というふうなものが、戦後衆議院あるいは参議院におきまして廃止の決議などがされたわけですが、これについて訴訟が出されまして、教育勅語は悪くないじゃないかというふうなことなんですが、これについても最高裁の判決でははっきりとこれを否定しているわけです。
 さて、そうしたことを踏まえながら、最近の教育勅語復活論に対して文相はどのようにお考えでしょうか。
#129
○小川国務大臣 なかなかお答え申し上げるのがむずかしい問題でございますが、これは古い体制と申しますか、一口に軍事的、封建的というような言葉で特徴づけられておりまする古い体制を象徴するような文章でございます。今日においてこれをあげつらう必要のない文章ではなかろうか、こう考えております。
#130
○三浦(隆)委員 そこで、教育勅語のいま言いました文章の中の国体というふうなことに絡みまして、これも文部省が昭和十二年に公刊しました「国体の本義」という中に「我が国の教育は……、一に我が国体に則とり、肇国の御精神を奉体して、皇運を扶翼するをその精神とする。従つて個人主義教育学の唱へる自我の実現、人格の完成といふが如き、単なる個人の発展完成のみを目的とするものとは、全くその本質を異にする」、このように述べまして、そしてまた、この国体につきましては、御承知の治安維持法の条文によりまして戦前いろいろと大変であったわけですが、この国体の解釈が治安維持法の大審院の判決によりますと、「憲法」――旧憲法でございますが、「憲法第一条ニハ大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治スト規定シ我カ国体ノ如何ナルモノナリヤヲ明示シタリ、即チ万世一系ノ天皇ヲ君主トシテ奉戴スルコトカ我国ノ国体ナリ、換言スレハ万世一系ノ天皇ヲ戴ク君主制カ我国ノ国体ナリ、治安維持法第一条ニ所謂国体モ亦此ノ意義ヲ有スルモノナリ。」このようにありまして、さらに国体の変革ということについての大審院判例によりますと、「万世一系ノ天皇ヲ戴ク君主制カ我国ノ国体ナリ、治安維持法第一条ニ所謂国体モ亦此ノ意義ヲ有スルモノナリ従テ我国ニ於テ所謂「君主制」ノ廃止ハ同法ニ所謂国体ノ変革ニ外ナラサルモノトス。」とあり、さらに朝鮮の独立運動に言及しまして「朝鮮ノ独立ヲ達成セントスルハ我帝国領土ノ一部ヲ潜竊シテ其ノ統治権ノ内容ヲ実質的ニ縮小シ之ヲ侵害セントスルニ外ナラサレハ即チ治安維持法ニ所謂国体ノ変革ヲ企画スルモノト解スヘキノミナラス」とありまして、その罰条が最高刑死刑というふうなことになって、これは朝鮮のみならず台湾にも同じように該当する答えだと思います。そういう意味では、朝鮮あるいは台湾の人たちは、いまのこの治安維持法の解釈なりその他の法令によりまして、大変にひどい状況の中に置かれていた。すなわち、日本に対して弓を引けるような状況にはなかったのだというふうに思いますが、いかがでしょうか。
#131
○小川国務大臣 もとより当時の台湾の状況を知悉いたしておりませんが、恐らく仰せのとおりの状況だったと考えております。
#132
○三浦(隆)委員 次いで、最近憲法改正論というのが大変脚光を浴びているような気がいたします。これに対して文相はどうお考えでしょうか。
#133
○小川国務大臣 憲法の改正につきましては、総理大臣が国会におきまして憲法改正をする意思は毛頭ないと言明をしておられることは御高尚のとおりでございます。
 私も鈴木内閣の閣僚の一人といたしまして、総理の御方針に従うつもりでございます。
#134
○三浦(隆)委員 大変明確な御答弁でありがたいと思います。
 さて、教育基本法前文に「この理想の実現は、」すなわち憲法の理想の実現は「根本において教育の力にまつべきものである。」、このように述べております。とするならば、教員養成大学あるいは一般大学における教職課程の中で、これからこの憲法の理想を実現するべく子供たちに教育をしようとする教員の必修科目として、この憲法というものを行わしめるべきではないかというふうに思いますが、いかがでしょうか。
#135
○宮地政府委員 教員養成大学における憲法が必修であるかどうかについてのお尋ねでございますが、法律学については必修になっておりまして、法律の中で憲法を学習することになっているかと思いますが、なお具体的な事柄については、暫時お時間をいただきたいと思います。
#136
○三浦(隆)委員 実はかつては、教育職員免許法の考え方に沿いますと、仮に同じ法律をとるのであっても、憲法を含む法学四単位とありまして、単なる法律学、民法その他をとってもいいというわけではなかったわけです。
 それで、私はそれをもとに戻して、同じように憲法を含む法学四単位、このように変えていただけないものだろうかという質問です。
#137
○宮地政府委員 教員養成については、先ほど来御論議がございますように、教員の資質の向上の観点から、具体的に教職科目、教科専門科目をそれぞれどのように強化すべきかということが議論として出ているわけでございます。私どもといたしましても、教員養成制度全体の改正問題をどのように取り慰むべきかは今後の課題であると脅えておりますが、そういう際に具体的な教育科目についてどのように考えるべきか、今後の課題として研究させていただきたい、かように考えております。
#138
○三浦(隆)委員 文部大臣は、はっきりと現在の教育が憲法あるいは教育基本法の流れに沿うというふうなお答えであったと思うのです。とするならば、いまの局長の答弁ではありませんが、憲法を必修にしても何ら差しさわりのないものと私は思うのですが、これからの方向性を文部大臣としてどうお考えでしょうか。
#139
○小川国務大臣 御趣旨は十分理解できますので、検討をさせていただくべき問題だと存じます。
#140
○三浦(隆)委員 いまの文相の答弁、もうちょっと進んでほしいと思いますが、別に行って悪いという理由は何もないのだと思うのです。むしろ総理大臣以下、行政にしろあるいは立法に携わる者にしろ司法に携わる者にしろ、万般が憲法を尊重、擁護する義務をわれわれ自身が負っておるのでありますし、子供たちに対しても憲法以下の法令に従っての教育を施さなければならないわけです。ですから、たまたま法令に違反するような行為を仮に教員であってもすれば、教員もまた同じように違法な行為をすれば、処罰の対象になるものだと思いますから、そういう意味では、憲法を必修科目にして差しつかえないもの、ぜひとも前向きに検討していきたいというふうなお答えを、ひとつ簡単にお述べいただけないでしょうか。
#141
○小川国務大臣 今日の教員養成もまた教育基本法の掲げる基本理念に従って行われておるわけでございます。申すまでもなく、憲法の基本理念を受けた教育が行われておるわけでございまして、教育に際しては常に憲法の基本理念を顧み、これに立ち戻る教え方をしておると存じます。特に憲法について教えるという、そこまでの必要があるかどうかという点につきましては、なお検討させていただきたいと思います。
#142
○三浦(隆)委員 法律もいろいろとありますが、事細かに覚える理由は、それはないかもしれない。中学にしろ、高校生の公民の教科群というか政治経済の教科書、必ずと言っていいほど憲法は扱うのでありまして、ほかの六法全書にある法律を扱うかどうかは定かではないわけです。少なくとも憲法は必ず扱っているのでありまして、それを扱う以上は、それを教える教員は、少なくとも必修科目として学んでおいて何ら差しさわりのないものというふうに思うのですが、どうでしょうか。
#143
○小川国務大臣 御趣旨は十分了解をいたしておりますが、この場で即答申し上げかねる問題でございます。一つの研究課題として残すことをお許しいただきたいと思います。
#144
○三浦(隆)委員 では、前向きに研究して、検討課題として残していただくということで先に進ませていただきます。
 文相は、所信表明の中で、「国際社会の中で信頼と尊敬を得るような日本人の育成」、このようにお述べになっているわけです。とするならば、国際社会の中で信頼と尊敬を受けるようにわれわれ自身がならなくてはいけないのだろうと思うのですが、さて信頼と尊敬ではなく、政治を逆に腐敗させ、政治への不信を招き、議員の品位を汚し、ひいては議会政治を冒涜するような、そうした議員が出た場合、どのように対処されようとするのでしょうか。端的には、ロッキード事件で田中元総理が有罪判決を受けたような場合、教育現場ではこれをどう受けとめたらよいものでしょうか。文相は議員として、大臣として、そういう場合どうお考えでしょうか、どういう行動をとられようとするのでしょうか、お尋ねします。
#145
○小川国務大臣 子供は大人を見習うものでございますから、さような意味で政治倫理を確立するということ、きわめて大事な問題だと存じております。
 ただいまロッキード事件についての御質疑でございますが、これは現に裁判所に係属いたしておる問題でございますから、こういう具体的な問題について論評をするということは、この際ひとつ御容赦をいただきとうございます。
#146
○三浦(隆)委員 これは後ほど、これは仮定の問題でありますが、仮に有罪の判決を受けたという場合に、議員をやめたらどうであろうかというふうな提案がなされるかもしれないというふうに考えたわけです。というのは、一議員ではありませんで、憲法六十五条では行政権は内閣に属する、憲法七十二条では総理大臣は内閣を代表するもの、憲法七十三条では内閣は外交関係の処理、条約の締結等の事務を行う、憲法七条では内閣は、天皇の国事行為である外国の大使及び公使を接受するのに助言と承認を与えるというふうに大変に国際的な役割りをされる立場にある。ですからこそ国際社会の中で信頼と尊敬を受けるのは、まず総理大臣を筆頭とする人であろう。そうした人が、かりそめにもそうした国際社会の中で疑われるような、そういうことは日本にとって大変不幸せなことだろうと考えるわけであります。これは、仮定のことでございますので、一応ここにとめたいと思います。
 さて、次は、先ごろ判決の下りました台湾人元日本兵士の補償問題についてお尋ねしたいと思うのです。といいますのは、同じ国際社会の中で日本が信頼と尊敬を受けるように、私たちは文教委員として教育の面からこの台湾人元日本兵士の補償問題について考えてみる必要があると考えます。
 実は大正八年一月八日に台湾教育令というのが公布されました。昭和十六年三月二十六日にこの教育令が改正公布されております。そして昭和二十年五月二十二日、戦時教育令というのが勅令三百二十号でそれぞれ公布されまして、教育上も台湾は日本ときわめて深いかかわり合いを持つようになったわけであります。
 戦時教育令によりますと、第一条におきまして、学徒は天皇のため日本の国のために挺身することを要求され、第三条では学徒隊の組織、第四条で文部大臣による学校運営上の特別措置、第五条で文部大臣の定めるところにより学徒兵となり戦死傷した者に対する卒業措置などが定められ、第六条においては、台湾においては台湾総督が文部大臣の役を代行する、このように規定されたわけであります。
 植民地下の学校教育としては、実は朝鮮の場合も同じでありまして、明治四十四年八月二十四日、勅令二百二十九号によります教育令によりますと、その第一条に朝鮮における朝鮮人の教育は本令によるとし、第三条の教育目的では、教育は教育に関する勅語の旨趣に基づき忠良なる国民を育成することを本義とす、このようにうたってあります。このことは明治三十三年八月二十日より昭和十六年三月一日まで施行されておりました小学校令、勅令三百四十四号の第一条の教育目的、小学校は児童身体の発達に留意して道徳教育及び国民教育の基礎並びにその生活に必須なる普通の知識、技能を授くるをもって本旨とすという条項と比べまして、植民地下の教育の方が私たちの受けた教育よりも教育勅語による教育ということが徹底されておりますし、植民地下における児童の立場に立つ身体の発達に留意すること、あるいは普通の知識、技能を授くるということがきわめて不十分であったことをうかがわせるわけです。
 このような皇民化教育の成果といたしまして、昭和十六年の文芸台湾というのに載りました周金波という人の「志願兵」というのが実はございます。
    〔委員長退席、石橋(一)委員長代理着席〕
その一部分でありますが、「かしわ手を打つことは神々によって導かれ、神々に近づくことなんだ。……祭政一致は皇道政治の根源じゃないか。我々(報国青年隊)隊員はかしわ手を打つことによって大和心に触れ、大和心を体験することに努めているのだ。」、このように述べて、いわゆる反日的な友達に対して一生懸命言いわけをしている若い学生のせりふがございます。あるいはまた、高雄の青年団長であるダリヤンという人の文章の中では「テンノウヘイカバンザイ私ハ日本ノ男デス 大和ダマシヒガアリマス ドンナクルシイコトデモ テンノウヘイカノタメクニノタメナラクルシイトハオモヒマセン グンブ(軍夫)ニシテ下サイ」、こうしたいわゆる高砂義勇兵の働きのことを文章に訴えているわけです。
 このようにして、台湾人は軍人軍属として約二十一万人が従軍しまして、三万人が戦死したと厚生省が発表したようです。今日、台湾元日本兵士の補償問題について、あるいは従軍中の未払い給与、軍事郵便貯金等の支払い問題について、日本政府は本当に私は無情冷酷だと思うのですが、国籍の異なることを理由にして、これまで放置してきたわけです。これらの一連の経過を踏まえて、文部大臣としての大臣の御見解をお尋ねしたいと思います。
#147
○小川国務大臣 出時の実情についてきわめて事細かにただいま承らしていただきました。かつて日本の国籍を持っておった方々の戦時災害の問題と理解をいたします。まことに御同情にたえない問題でございますが、ただいま、補償の問題をどうするか、日本人同様の補償をすべきではないかという御論旨と伺いました。この問題は、実は文部省の所管外の問題でございます。私は、この場で責任を持った答弁を申し上げかねますことをまことに残念に存じております。
#148
○三浦(隆)委員 実はもともとは台湾の人は日本人ではなかったのでありまして、歴史的には、明治七年、閣議決定で、琉球島民の殺害を理由に台湾討伐を当時の政府が決定して、そしてその成果として、明治九年には、台湾事件の賞として西郷従道に勲一等を当時与えました。そして、帰属の不鮮明であった台湾が明治二十八年、日清戦争の講和条約によってわが国の領土となったわけです。
 しかし、これを納得し得ない台湾の人々の中には、その後間もなく、二十八年に台湾島民の反乱が起こりまして、独立共和国の宣言がされたりしまして、すぐに鎮圧されているわけです。
 二十九年三月には、台湾ニ施行スヘキ法令ニ関スル法律というのがありまして、台湾総督はその管轄区域内に法律の効力を有する命令、勅裁を経る律令と、勅裁を経ないで済む緊急律令を発することができるようになりました。このようにして、日本国内におけるよりも、立法措置としては総督府に大変な権限を与えたのです。その結果、台湾の人は、われわれ日本人よりも苦しい状況に置かれていくようになりました。
 同じく二十九年に、台湾総督府条例が出され、あるいはまた、同じく二十九年に、台湾総督府臨時法院条例というのが緊急律令でなされました。一審で即決でありまして、日本国内におけるような、いわゆる二審、三審制を持ち得ない状況に置かれていったわけです。しかも、反対する者は、三十一年の匪徒刑罰令などの法令によって過酷な刑を科されるというふうにし、一方では、三十三年には台湾神社をつくってみたり、四十一年には台湾刑事令というふうなものを出したりしてきたわけであります。
 さて、そうしたことの中で、なお反対運動に立ち上がる人もいたのでありますけれども、そうした人の一人として、たとえば黄猫選というのがおりました。この人はつかまって殺されているわけですが、その人の記録の中に「日賊来たりて疆土を侵す。」「この賊大いに人の類にあらず。任意に悪をほしいままにし、大小の罪なく、善悪の分なく、黒白の弁なく、ただ殺戮を嗜み、拏えれば即決す。庄を焼き、社を毀し、辱め婦女に及ぶ。種々の非法もってことごとく擬しがたし。」、このように述べております。
 また、同じく捕らえられて、処刑されました簡大獅というのがおりますが、絞首刑になる前の供述書の中に、「日本人は無礼で、しばしば家宅を捜索し、種々難癖をつけ、しかも婦女に暴行を働いた。私の妻は辱められて死んだ。妹も死んだ。母と兄嫂も死んだ。」「この仇を討とうと、万余の衆を率いて日本人と戦った。」といった云々の記録もここに残されているわけです。
 そこで王育徳という人の「台湾」という本によりますと、戦争がだんだんとひどくなるに従って、「増税につぐ増税、強制貯蓄、戦時公債割当、金品献納の金銭的負担の他に、軍夫、通訳、軍需工の徴用、勤労奉仕、志願兵、徴兵等の人的犠牲を強いた。その一方で、日本語の強制使用、風俗習慣の日本化を強化した。同化政策は台湾統治の基本方針であったが、ここに至ってシャニムニに推進され、いみじくも皇民化運動とよばれた。」、このように述べているのですが、こうした教育の成果があって、実は台湾の人たちが日本のために本当に日本人と同じように、あるいはそれ以上に一生懸命戦争に協力するようになったといういきさつがあったということであります。すなわち、本来日本に反対しようとする人もいたのに、日本の教育がまことに成果を上げて、いわゆる日本というものと仲よくやっていこうと次第に変わってきたわけであります。
 さて、現在戦死傷者に対する補償法としては、恩給法による軍人に対する補償、戦傷病者戦没者遺族等援護法等による戦地勤務軍属に対する補償、特別措置法による内地勤務の軍属に対する補償などが行われているのですが、これは厚生省の方にお尋ねしたいと思うのです。なぜ台湾の人に対し適用を排除してきたのであるか、その理由をお尋ねしたいし、あわせて判決に対する御感想、今後いかなる処置をとられようとするのか、お答えをいただきたい。
#149
○北村政府委員 いま先生お話のございましたように、旧軍人軍属に対します恩給法その他の処遇につきましては、軍人については総理府所管の恩給法、主として軍属につきましては厚生省所管の援護法で行っているところでございます。これらの法律はそれぞれ対をなすものでございまして、別々に運営はされていないものでございまして、ともに日本国民であるということの国籍要件を課してございます。この沿革につきましてはいろいろいきさつがあるわけでございますが、当面現行法で運用いたしますと、旧軍人軍属でありましても現在は日本国籍を持っていない台湾の方々でございますので、これらの法律によって補償をするわけには遺憾ながらまいらないわけでございます。
 また、先般の判決についてでございますが、これは私ども国の代理人としての立場にあったものではございませんので、内容はそれなりに承知はいたしておりますが、特にここで判決について意見を申し上げることは差し控えたいと思います。
#150
○三浦(隆)委員 きわめて味もそっけもないというか、いまの言葉は、日本のために犠牲になったそうした台湾の人々の心を温める何物もないのだろうというふうに思いますので、これに関して質問を続けていきたいと思います。
 台湾人戦死傷補償訴訟を起こしました原告人の懇請書というのが実はあります。この懇請書には、「皇軍の一員として南太平洋の最前線ラバウルに送られ、使命に従い命を惜まず、日夜なく必死に敢闘し、戦争は日に激しく任務を負いて負傷し、一生の希望と幸福は断絶し、終戦後は誰からも切り捨てられ空しい生活三十余年となりました。我等の余生は幾らありましょうか。こんな悲惨な境遇をお察し下さい。」、このように懇請書では述べたわけです。
 また、同じような原告の一人が、裁判の証言の中で、「私はこのような身体になりました。このような身体になったのも、国のため、日本国のためでありまして、決して私のためではありません。日本は戦争に敗れましたが、日本国内にいる日本国民全員が、私たちと同じような境遇に置かれている人がみんな補償をもらっているのになぜ、われわれ台湾出身の者には補償がないのか、私には了解できません。日本は今戦後の今日、世界の経済大国となりました。なぜ、このむかしの日本兵、日本軍属に対して、このような悲惨な運命におかれている私たちに、こんなに冷たいのでありましょうか。日本にも必ずや道義、人権、人道はあると思いますから、それを信じてこの訴えを出しました。」、このように述べております。聞いていて本当に胸が詰まるわけであります。
 また、同じようにして私が受け取りました懇請書の李という方の文章の最後のところに、「現在、貴国が終戦後のように困難な状態であるとしたら、私達はこれを要求する心はありません。今日の様に日本国が発展出きるのを祈って来た二十余万人の元日本軍人軍属及び遺家族達は、三十五年目の貴国の正義に基く回答を待望しています。」、このように述べまして、まさに日本が貧しければ要求しない、日本が豊かになったからなんだ、このように言っているわけであります。
 同じ大臣として、戦前戦後と立場を異にせよ、文部大臣、あるいは厚生大臣おりませんので、厚生省はこういうふうな立場に追いやったこれまでの日本の政治に対して、政府の閣僚として、あるいは高級官僚としてどのように思われているのか、ひとつそのお気持ちをお聞かせいただきたいと思います。
#151
○小川国務大臣 ただいままことに切々たる訴えのお言葉も聞かせていただいたわけでございますが、当時多くの台湾の人たちが、さっきお言葉にございました一たん緩急あれば云々というそういう教育をそのまま受け入れておったに違いない。そう考えますときに、今日の心情というものを察するに余りある問題だと考えております。
#152
○北村政府委員 いま先生るるお話しになりました問題につきましては、おのずから二つの側面があろうかと存じます。
 一つは、現行の軍人軍属に対します処遇法で適用できるかどうかという問題、それからもう一つの問題は、現行法では適用できないとしても、一つの戦後処理の問題として、台湾との間の請求権の問題として何か工夫ができないか、二つの問題になろうかと思います。
 前段につきましては、恩給局所管の総理府と援護法所管の厚生省のお答えは、先ほど申し上げたとおりでございます。
 第二の、日台間の請求権問題の検討につきましては、これは厚生省は旧軍人軍属の籍を現在記録として所管をいたしております関係で関係があるわけでございますが、たとえば郵便貯金の後始末の問題であるとか在外資産の置いてきた問題であるとか、そういうことで関係各省の間で現在連絡会をつくってこの問題を検討しているところでございます。外国との関係でございますから外務省、それから関係各省にまたがりますので内閣官房の審議室、この両省庁がお取りまとめ役をお引き受けになって、私ども現在その検討に参加している状態でございまして、今国会におきましても、外務大臣あるいは総理府総務長官から、この問題の重要性は認識しつつも、なかなか解決のためにむずかしい問題があるという御答弁があったと私は記憶いたしております。
#153
○三浦(隆)委員 いろいろな問題があるようですが、すでに戦後三十七年経過しておるわけであります。私たちにとって戦争はもう過ぎ去った過去のようなことかもしれませんが、いまだに深い傷跡をしょって生きている人がいるのだということですね。言いわけの前に、現行法が悪いものならば現行法を超えた運用というものがあるのじゃないかというふうに思うのです。旧来政治のあり方を示す言葉として、法にかない理にかない情にかなうというのがございますが、台湾元日本兵に対する法律がもし壁としてこれを阻むものであるならば、理にかない情にかなうような法解釈の方法ということによって何とか一線を乗り越えるということが、厚生省なりあるいはほかの省庁もですが、できないものなんでしょうか。
#154
○北村政府委員 関係省庁の会議もあることでございますので、先生の御意見、御趣旨のほどをよく関係方面に伝えたいと考えております。
#155
○三浦(隆)委員 国民あるいは国籍条項というものが仮にあったとしても、たとえば在日韓国人に対する法的地位の強化などに関連しまして、旧来日本人だけを対象としていた法であっても、国籍を異にする在日韓国人にも適用を認めるというふうな事例はこれまでにもあったのではないでしょうか。厚生省の知れる限りお答えをください。
#156
○北村政府委員 まことに申しわけございませんが、厚生省所管の法律で適用するという問題につきましては、先ほど来お答えを申し上げている措置をとったところでございます。その他の戦後処理の問題につきましては、これは主として総理府の方でいろいろお取り扱いがあったと思いますが、その全貌について私、承知をいたしておりません。
#157
○三浦(隆)委員 たとえば生活保護法による保護は、その第一条及び第二条によって、国民すなわち国籍に定められた要件を具備する者に限られると思うのですが、在日朝鮮人の場合、韓国人の場合に、平和条約発効前に日本国民の概念に入った上に、また保護請求権は、選挙権のような政治的色彩がそれ自体としてなく、かつこれの行使を排除することは死を要求する結果ともなることが考慮されるということから生活保護法の適用を受け、被生活保護者は二十六年八月十五日現在で一万三千六百六十世帯、五万九千九百六十八名があり、二十七年四月平和条約発効時には一万四千二百三十四世帯、六万三千九百七十一名に及んでいたわけであります。すなわち国民条項というものがあってもそういう事例はあったではないかと思いますが。
#158
○北村政府委員 援護局所管ではございませんけれども、生活保護は厚生省所管でございますので、私の存じております分についてお答えを申し上げます。
 確かに先生おっしゃいますように、生活保護法では法律上の支給要件を日本国籍を持った者に限るといたしておりますが、これは国民たると日本国民でないとを問わず、日本国内に居住している者について最低生活の物差しを当てて、それに満たない者についてはその満たない分だけいわば緊急避難的に生活費を保障するということを外国人に対しては予算上行っているものでございまして、恩給法なり援護法なりといったような国の使用関係をもとにする国家補償としての法律の運用とはおのずから一線を画されるべきで、そのような取り扱いをしているのだ、そのように考えております。
#159
○三浦(隆)委員 法は法なのでありまして、一応国民という一種の国籍条項を持ちながら、超えようと思えば超えられ得たのだということなんです。
 たとえばほかにも、鉱業法という法律があった場合に、鉱業法自体では、外国人は鉱業権者あるいは租鉱権者となることができないという規定が十七条あるいは八十七条であったわけです。ですけれども、二十七年十二月現在、朝鮮の方が単独四十九件、共同十六件、租鉱権一件、計六十六件、当時持たれていたわけであります。いわゆる法によって許されないのに持ち得ていたわけであります。そこで政府は困りまして、後から、翌年二十八年にその法を改正するということを図ったわけです。すなわち、法が改正されてから持ったのではないのであって、持てないという法規があってもなおかつ持ち得たのだということであります。
 あるいはまた、出入国管理令の二十四条四号のホによって、外国人の「退去強制」の条項の中に「貧困者、放浪者、身体障害者等で生活上国又は地方公共団体の負担になっているもの」というふうにあったのですけれども、ここにはいわゆる在日韓国人は適用しないというふうにしたわけであります。すなわち、外国人と言うならば本来は当然在日韓国人でも入るにもかかわらず、一応そこを排除したわけです。法解釈によって排除したのだということであります。
 もっと積極的に言うならば、たとえば地方公務員法なりの法律がある。そうした場合に、今国会ではいわゆる国立系等の外国人教員の採用の問題が論議されようかと思うのですけれども、すでに公立の場合におきましては、昭和四十八年度の場合に、公立大学教授五名、助教授六名、講師三名、助手四名、計十八名というものが外国人であって日本の公立大学の教員になっているわけであります。としますと、公務員法によりまして公務員宣誓を行ったかどうか、私はそこまで調べておりませんけれども、したとするならば、日本の憲法なり日本の法令を守るという宣誓をするということ自体が外国人であってどんなものかなという気がしないではありませんが、とにかく現実にはあり得るわけであります。すなわち、法規によっては国民、国籍条項があろうとも必要によればちゃんとそれを乗り越えることができるのだということであります。
 ならば、なぜこの台湾人の場合に限って乗り越えることができないのかということなのです。乗り越える気持ちをなぜ持たないのか、私はそれを再度厚生省にお尋ねしたいのです。
#160
○北村政府委員 先ほどお答えを申し上げましたように、問題が二つございます。第二の検討をいま各省庁間で行っているところでございます。先生の御意見は早速関係省によくお伝えをしたいと思っております。
#161
○三浦(隆)委員 実は法解釈のあり方ということで厚生省の方にお尋ねをしたいと思います。
 というのは、かつては法というものはいわゆる支配者の有利のためにあったものかもしれません。しかし現在の法律は、国民の国民による国民のための政治を行うという意味では、むしろ支配される側に立った、あるいは弱者の側に立った、そういう解釈があり得るのだろう、こう思うのです。
 さて、その個別論の前に、まず法解釈には旧来二つの考え方が学問上あったと思うのです。すなわち、概念法学と呼ばれるものから自由法学というふうにだんだん流れが変わってきたということであります。概念法学は「法規上の概念を客観的にして恒久不変なものと考え、概念の中にのみ解釈の正当性を根拠づけ、生活事実についての具体的現実的な妥当性という実践的な要請には目をつむり、概念構成をひたすら形式論理に従って追求するという立場」、これが概念法学と言われたわけであります。これに対して「概念法学の立場とは異なわ、法の不備不完全性を承認し、法の実践的使命の自覚から生活事実に即してその中から真実の価値を見出し、その具体的妥当性を求めて形式論理を排し、生きた法を科学的に自由に探究しようとするものであって、」、そういう法の創造性をもたらそうとする自由法学という流れがいま大きくなっていると思います。現実にそうだと言ってもいいと思うわけであります。
 さてもう一つ、文理解釈に対して論理解釈というものもございます。文理解釈も必要ではありますが、時において論理解釈も必要であります。すなわち、「事物の論理に従って、法の言わんとする真の意味内容を明らかにしていこうとする解釈手段」であります。たとえば、明治にできた刑法という法律の中に、汽車を転覆させてはいけないのだといったその後に、実はガソリンカーなるものが出たわけであります。文字どおりの文理解釈で言うならば、汽車は汽車であってガソリンカーは含まれていないわけであります。しかし現実に、汽車をひっくり返していけないのが、ガソリンカーをひっくり返していいという論理はないじゃないかということから、ガソリンカーも汽車に含まれるというふうな解釈がなされてきたわけであります。これが論理解釈というふうなものでありますが、厚生省としては、こういう解釈のあり方をお認めになりますか。
#162
○北村政府委員 どうも、所管行政につきましてはお答えを申し上げますが、先生のおっしゃった学問のことについてはちょっと門外漢でございますので、お答えは御遠慮させていただきます。
#163
○三浦(隆)委員 まことに残念というほかないのですが、結局、答えられないといっても、私にしろあるいは局長にしろ、何の痛みも感じないのですけれども、しかし、台湾の人にとっては大変重要な意味を持っているのだというふうに私は思うのです。だから、ここで私は、法というものが本来なぜあるものなんだろうか、むしろ私はそれを持つ主管としての厚生大臣に本当はお尋ねしたかったのです。法というものはなぜ守らなければならないのだろうか。恐らくは、法というものを守るには守るに値する価値内容というものが必要だからだ、こう思うのです。いわゆる「法は、社会における人々の間の交渉関係を調整し、社会に一定の秩序をもたらし、人々の福祉を維持増進する点において価値的である。すなわち法は、社会的共同生活の望ましい姿を志向し実現しようとする、その内在的な価値のゆえに、法としての妥当性と権威を有するのである。」、私はこの説のとおりだと思います。
 ところが、厚生省の考え方は形式論理に立って、いわゆる主権者命令説というか権力説というか、だめなんだ、それ一点張りなのではないだろうかという気がするわけであります。むしろ、守るに値する法の価値内容を実現していかなければならぬ。とするならば、かつての日本の国籍を無理やりのように取得させて、無理やりのように日本のために犠牲になった人々を、かつて日本国籍を持った者だというふうにして、仮に、日本人でなければいけないのだというその日本人という言葉の中に、元日本兵も含ましめるのだという拡張解釈をとっても、決して私は法律には違反しない、このように思えるのです。これが局長ではお答えをいただけないというのは大変残念であります。
    〔石橋(一)委員長代理退席、委員長着席〕
 そこで、文部大臣にもお尋ねしたいのですが、この台湾元日本兵の兵士の救済に向けて、閣議が仮にございましたときに、一円も早くこういう人々が救われるようにと積極的な御発言を閣議の中で、ひとつ厚生大臣のしりをたたき、あるいは外務大臣でしょうか総理府でしょうか、関係の方々のしりをたたいて、一日も早くこういう台湾元日本兵が現実に救われますように、すなわち、言いわけを言って逃げるのじゃなくて、現実に救われることのできますようなイニシアチブといいますか、そこまでいかれなくても、ひとつ文相として発言をしていただきたいという私の希望なんですが、いかがでしょうか。
#164
○小川国務大臣 先ほど来承っておりまして、御論旨は十分了解をいたしました。関係省の答弁を聞いておりますると、多少とも検討を行う余地が残っている問題であるような印象を受けておるわけでございます。私といたしましては、今後関係省が一層掘り下げた検討を行ってくれることを強く期待いたしておるわけでございますが、ただいま閣議の席上でというお言葉でございます。他省の所管に属する法令の解釈、運用の問題につきまして、閣議の席で私が発言をするということは必ずしも適当でないと存じますが、御要望の点について引き続き検討を重ねてもらいますよう、関係省に強く要望いたすつもりでございます。
#165
○三浦(隆)委員 これは、各大臣がある中で、文部大臣の場合には私は人ごとではないのだという気がするのです。先ほどるる述べましたように、まことに教育の成果なんです。わが国の強制的であったかもしれない教育の成果がこうした悲劇を逆に招いてしまったのだということで、同じような行為を再び繰り返してはいけない。これはやはり現在の文部大臣としても同じお考えだろうと思いますので、閣議で発言されても決して不自然ではない。厚生大臣は技術的なことしか取り扱わないのであって、閣議で最も発言をする立場にあるのはむしろ文部大臣であると言ってもいいと私は思うのです。言うなら、教育の成果によってそうなったからであります。厚生省のように恩給法との調合がどうだこうだ、そういう調和理論、抱き合わせ理論というのは、これはもう苦しまない立場の人が言っていることであって、苦しんでいる立場の人々の身に立ってほしいというふうに要望いたします。もっと極端に言えば、場合によっては超法規的なことだって行われないとは言えない。すなわち、新左翼の連中が飛行機でも奪取しておどかせば刑務所に入っているのを無理やりでも引っ張っていくかもしれない。こんなものは法律的に許されることじゃないのですけれども、現実にやられてみればどうしようもないじゃないかというのです。いま言っているのは、そんな厳しいことを言ったわけじゃないのだということを踏まえて、ひとつ善処していただきたい。
 さらに、もう少し同じ趣旨で続けたいのは、憲法前文第一段では「政府の行爲によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうに」というふうにあるわけであります。これは、旧憲法時代に犯した政府の行為の反省から出ているのだと思うのです、再び犯してはいけないと。前に犯したから、そして、現に犯したから、いま言った台湾元日本兵の問題が出たのじゃないかというふうに私は考えるわけであります。
 と同時に第二段で、「平和を愛する諸國民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と憲法は規定しているわけであります。まさに、今回の台湾人元兵士の問題は旧政府の政策によるものであって、これをあいまいに処置することは、みずからが公正と信義という名に違背して、平和主義に徹して生きようとする日本の大きなマイナスになる、私はこのように考えるのです。特に、諸国家と言わずに「諸國民」というふうに言っていることに私は留意したいと思うのです。国家国籍を超えて、人間として生老病死というともどものものに悩みながら、正義、人道への意欲に燃えて生きる国民です。こういう諸国家の国民に対して、われわれはみずからの安全と生存というものをかけているわけであります。ならば、かけるに値するようにわれわれ自身が行動しなければならないじゃないか。日本の手前勝手な生き方というものは他国民から軽蔑されてしまうじゃないかということを私は恐れます。
 同じ憲法前文第三段によりますと、「われらは、いづれの國家も、自國のことのみに専念して他國を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、」、このように言っております。本当にそのとおりだと思うのですが、現実には日本は自分の国のことだけを考えて、台湾の人のことを全く考えておらぬ、無視してしまっておるじゃないか。今回の台湾人元日本兵士の問題というのは、日本が日本だけのことを考え、台湾人を一方的に日本人としたり、あるいは外国人としたことによっているわけです。
 私は、法の単なる文理解釈を理由として決して無視してはならない、こう思います。本来、日本人が日本のために戦争に参加するということは、あるいは仕方がないかもしれない。しかしそれでも、日本人であっても兵役法に違反して兵役を免れようとした、そうした事例は少なくないわけであります。いわんや、台湾人元日本兵士の場合は、もともとが外国人であったものを無理やりに日本人とし、兵役の義務を課し、教育の義務を課し、従わずば、台湾独立運動などを考えれば治安維持法によって死刑にするとおどかし、そういう意味では、日本人以上に償われてもいい、補償されてもいい、私はむしろそう思うのです。あるいは、天皇の名による戦争であったことを考え、天皇のために死んだ人のことを考えるならば、天皇自身がこの判決の後にみずからおわびの言葉を台湾の元兵士に述べても決して不思議ではない。むしろそういう感覚こそが私たちにとって必要なんじゃないかという気がいたします。そういう意味での憲法尊重、擁護という義務を私たちは負っているのだということを私は訴えたい。答えが出ないことでしょうから、訴えにとどめまして、次の問題に移ります。
 その次は、国際文化交流についてであります。
 文相は、所信表明の中で国際文化交流ということを強調されているわけであります。まことによいことでありまして、旧来のわが国は、昭和四十九年の中教審答申の前文によりますと、「我が国の発展過程における特異な経緯は、地理的特殊事情により、異質文化との日常的接触が困難であったこともあり、往々にして、国民一般の国際理解や国際協調の精神の欠如をもたらし、独善的にして閉鎖的な行動様式を生み、特に、近年における海外活動の拡大に伴い、我が国に対するいたずらな誤解と不信を招く背景ともなっている。」というふうに述べたわけですが、こういうふうなことが先ほど来の台湾の人の問題にも大きく響くと思うのです。あるいはまた、日米あるいは日本・EC間におきます貿易摩擦の一因をなしているとも思います。そこで、「国際理解と協調の精神を持ち、国際社会において信頼と尊敬を受けるに足る日本人の育成に積極的に取り組むとともに、相互の連帯と発展向上の基盤となるべき教育・学術・文化の国際交流活動を、国内におけるこれらの振興施策を踏まえて抜本的に改善し拡大しなければならない。」と述べまして、さらに「文化交流は、それぞれの固有の文化に対する深い理解と尊重の精神の下に、異質の文化の相互影響による創造的発展を促すものであるという考えに立って、国内及び国外の文化活動の発展の動向に即して世界的な規模において行われるべきこと。」、このように述べております。これに対しては、この答申を受けました当時の奥野文相も、「急激に進展する国際化の時代にあって、この答申は、今後、我が国が教育・学術・文化の国際交流を推進するに当たっての指針になるものと確信いたします。それだけに、この答申をいただいた私どもの責任は重大であると痛感する次第であります。」「関係各省、特に外務省とは十分に連絡調整し、両省の協力によって積極的に施策の実現に努めてまいりたいと存じます。」というふうに述べて、答申の実現化への決意を披瀝されているわけであります。
 さてそこで、具体的な問題についてお尋ねしたいと思いますが、日本では英語やフランス語など語学の時間は多いのですけれども、英国やフランスでは日本語の学習をどのように行っているでしょうか。わかる限りの御説明をお願いいたします。
#166
○三角政府委員 いま急な御質問で、私どもちょっと手元に資料を持っておりません。後ほどよく調べさせていただきたいと思います。
#167
○三浦(隆)委員 恐らくわが国では、大学における英語あるいはフランス語の学習というのは、どこでも英語はほとんどやっておりますし、第二語学としてもドイツ語なりフランス語をとっている大学はいっぱいあります。それを勉強しているのは、大学の学部だけをとらえてみましても万余を超えております。これに対して、逆に外国の日本に対する勉強というのは大変におくれているようであります。
 たとえば昭和四十五年現在における「世界の日本語教育機関」というふうなのによりますと、フランスでは七つの機関で学生数四百七十六人、イギリスでは九つの機関、学生数二百十八名となっております。わが国で、私が言ったのは大学だけでありまして、ほかの中高とか各種学校を問うているわけではないわけであります。ここには大変な差がある、このように思います。このようなアンバランスはどういうところから出てきたものでしょうか。抽象的で結構ですから、お答えいただけますか。
#168
○宮地政府委員 わが国の教育制度は、明治以来外国の制度を取り入れてこういう近代国家として整備をされてまいったものかと思いますので、特にわが国の大学におきまして、そういう意味で、たとえば英語、フランス誰その他、外国の言葉を習得させることについて、諸外国、たとえばいま御指摘のようなヨーロッパのフランスならフランスにおける大学の日本語の学習の取り入れ方とわが国の外国語の取り入れ方とは、基本的にはそういう点が差異の出てくる原因ではなかろうか、かように考えます。
#169
○三浦(隆)委員 それではたとえば留学生の場合はどうでしょうかね。日本からイギリスあるいはフランスへ行っている留学生と、逆にイギリス、フランスから日本へ来る留学生、正確な数がいまわかりませんければ、概略でもどのようになっていると思いますか。
#170
○松浦(泰)政府委員 留学生は、現在日本に参っております外国からの留学生につきまして最初に申し上げますと、総数で七千余名おるのでございますが、ほとんどがアジア地域でございます。それ以外は、多くございますのが北アメリカ、それからその次がヨーロッパ、それ以外の地域というような順序になっておりますが、七千余りのうち約五千六百名がアジア地域からでございます。
 それに引きかえまして、日本から外国に行っております留学生は総数一万余名、正確な数字を現在持っておりませんが、そのほとんどは先生御指摘のとおり、やはりヨーロッパあるいはアメリカ等の先進地域に行っておるというような状況でございます。
#171
○三浦(隆)委員 さらに、観光客として日本からイギリスやフランスへ、あるいは逆にイギリスやフランスから日本へ来た数というのも、これはお答えいただかなくて結構でございますが、恐らくわが国から向こうへ行く人は多く、向こうから来る人は大変に少ないのであろうと思うわけでございます。
 そうしたことを考えてみますと、外国から日本に来るというのは、アジア関係の人が留学生であれその他大変多い。ところが、実際にイギリスなりフランスという国の人々は余り来ない。そこにEC諸国の日本に対する誤解というふうなものを招く要因が強まっているのだろうと思うのです。だから、われわれが向こうに出かけていく数と同じように向こうからこっちへ来てもらうような相互交流というふうなものをもっともっと積極的に図っていかなければならないのだろうと思うのですが、そうした意味で、この留学生あるいは芸術文化関係者、その他一般観光客など、日本に大ぜい来てもらうようにするためにはどういうふうにしたらいいとお考えでしょうか。これは文部大臣にお答えをいただきたいと思います。
#172
○小川国務大臣 文部省といたしましては、留学生受け入れの重要性にかんがみまして、昭和二十九年から国費の留学生制度をつくっておるわけでございますが、この制度のもとで日本に現に留学しておりまする留学生およそ千六百人ございます。五十七年度におきましては、毎年の国費留学生の受け入れ枠、従来の九百五十人を百五十人ふやしまして千百人に広げる。この種の努力は今日までやってきておるわけでございますが、一つの例でございますが、この種の施策を講じまして留学生の交流を図っていきたい、こう考えております。
#173
○三浦(隆)委員 時間もありませんので進んでいきたいと思うのですが、たとえば海外の指導的立場にある芸術家、文化人というふうなものを、もっともっと大ぜいの人を日本に招致する必要があると思いますし、また諸外国の日本文化研究者というふうな人たちの受け入れを促進して、そしてこれらの専門家の研究成果を通じて、わが国の芸術文化に対する一般外国人の理解を増進させることも望ましいと思いますし、あるいはまた、わが国の進んだ芸術文化や文化財保護関係の技術の習得のため来日する者に対してはいろいろと便宜を図ってやることが望ましい、こう思いますし、あるいは芸術文化に関する国際会議等の参加やわが国への国際会議等の招致を促進するというふうなことも望ましいし、そのほか種々芸術文化に関する諸外国との共同研究というのを進めることもオールすべて望ましいことだ、このように思いますが、いかがでしょうか。
#174
○小川国務大臣 教育文化の国際交流を図っていくということ、非常に大切な教育政策の課題であると信じておりますので、あとう限りの努力をして、この拡充を図ってまいるつもりででございます。
#175
○三浦(隆)委員 実は留学生の宿泊施設は昭和二十年代に一カ所つくられ、三十年代に四カ所つくられ、四十年代に十カ所つくられているわけです。五十年代、現在まで何カ所つくられたでしょう。
#176
○松浦(泰)政府委員 留学生のための宿舎としまして国立大学付設のものは、現在建設中のものを含めまして十六ございます。それから、日本国際教育協会という財団法人の運営いたしておりますものが二つ、それから民間団体の経営のものが九、計二十七施設ございまして、その収容定員は合計で千七百四十人でございます。これは留学生総数の約二四%に当たる数字でございます。
#177
○三浦(隆)委員 今後留学生、いわゆる国際交流というものを真剣になって進めていこうとするならば、留学生であれ、文化人の交流はますます飛躍的に増大するであろうということを考えるならば、こういう建物も、もっと積極的に量質ともどもにいいものをつくっていかなければならないと思うのです。また同時に、単に寝泊まりさせるというだけではなくて、国内における大ぜいの留学生同士の交歓の場というものをこしらえていく必要もあるでしょうし、またOB留学生のアフターケアの施設といったものも考えられていいだろう、こう思います。
 さて、奥野元文相は中教審答申にこたえまして、早急に短期、長期の計画を立ててその実現を図る所存である、あるいは積極的に施策の実現に努めたいというふうに述べられたのですが、そのころよりも、この国際文化交流というものの必要性は、さらにさらに大きく高まって今日に来ているわけであります。
 そこで、留学生とは限りませんで、教員、研究者、芸術家等のために、比較的安い値段で、交流の場としてふさわしい宿泊施設あるいは音楽、舞踊などの劇場、書画など美術品の展示場、親睦のためのホールなどを含めた意味での、仮に国際文化交流会館とでも名づけるようなもの、あるいはこれに類するようなことを行うような国際文化交流のための会館というふうなものがいまあった方が、これからあった方が私はよいと思うのですけれども、文部大臣どうお考えでしょうか。
#178
○小川国務大臣 申すまでもなく、きわめて望ましいことだと考えております。
#179
○三浦(隆)委員 もしよいとするならば、在任中にそれをつくってみよう、建設しよう、そういうお気持ちにはなりませんですか。
#180
○小川国務大臣 これは今後の留学生受け入れの見通し等とも関連をさせまして、十分慎重に考えてみなければならない問題だと存じます。任期中にというお言葉でございますが、なかなかそうもまいりかねる問題じゃなかろうかという印象を持っております。
#181
○三浦(隆)委員 つくった方がよいと答えられて、しかしなかなかそうもいかないというふうなお答えなんですが、確かにいまは行革のただ中でありますし、なかなか大変なことだとは思うのですけれども少なくともそういうものをつくりたい、つくるということの検討というか具体的な検討ですね。いわゆる本格的な予算は組み得ずしても、そういうものを検討する、たとえばどこそこにつくってみようとか、そういうふうなプランをお考えになる気持ちはありませんか。
#182
○小川国務大臣 このことにつきましては、今日までいろいろな構想も民間団体等から出ておるようでございまするし、文部省におきましても常時研究をいたしておるわけでございます。諸条件が整いました暁にはぜひ実行したいと考えております。
#183
○三浦(隆)委員 そこで文相にもう一つお尋ねしたいのですが、こういう留学生の建物にしろ、いろいろなものが東京に集中しやすい。たとえば今度の学術的な意味での会館をつくられる。すべてが東京に集中しやすい。政治は東京に集中するのであっても、せめて文化その他は東京から離そう。たとえば東京から至近な横浜に持ってこよう。いわゆる文明開化は横浜から始まったと言うけれども、横浜の港から全世界に通ずるものを持っているわけですし、外国人のイメージとしても横浜は大変にいい。また、いまはベイブリッジその他を踏まえながら湾津道路をつくっておりまして、昭和六十年には完成する予定でございます。これはまさに三十分もかからずに今度は結んでしまうわけです。むしろ都内の渋滞よりもいいかもしれないというような意味を考えると、まさにそういう国際文化交流会館とでもいうふうなものは、これはぜひとも横浜につくるのが私は最も望ましい、こう思うのですけれども、文相どうお考えですか。
#184
○小川国務大臣 人口、産業だけでなく文化をも地方に分散をして、それぞれ個性と特色のある地域社会をつくっていくべしというのが、亡くなられた大平総理の田園都市構想の一環であったと承知しております。その種の施設をつくりますときに、東京に固執すべき理由は全くない。
 横浜という場所につきましては、私の意識が必ずしも十分ではございませんから横浜が結構ですとまで申し上げるわけにはまいりませんけれども、場所にあくまでこだわる必要はなかろうと考えております。
#185
○三浦(隆)委員 重ねて言うわけですが、それはまず距離的に大変東京に近いです。それで、そういうものが横浜にはこれまでないわけなんです。国連大学というふうなものも近くていいかと思ったのですけれども、ない。そういう意味で、こういう文化的なものというのは大変横浜にふさわしいというふうに思いますので、私は検討するに十分値する場所じゃないか。つくらないというのじゃ、これはどうにもならぬのですが、もしつくられるというふうな方向性が仮にあるとすれば、その検討の中に横浜は入ってもいいものだと思うのですが、どうなのでしょう。
#186
○小川国務大臣 承っておりますと何となく横浜がいいような感じがいたさないでもございません。これは広い視野から、その種の施設を建設いたします場合には検討すべき問題だと考えております。
#187
○三浦(隆)委員 それでは、次はいわゆる開かれた大学構想といいましょうか、文相の所信に従ってちょっとお尋ねをしたいと思います。
 インターナショナルバカロレアというのがありまして、これは日本では昭和五十四年に加盟したと言われるのですが、それはどういうふうな意味を持っているのでしょうか。
#188
○宮地政府委員 インターナショナルバカロレアについてのお尋ねでございますが、これは異なった国籍の学生を持ちます国際学校の卒業生に国際的に認められた大学入学資格を与えるとともに、国際理解教育の進展に資するということを目的として創設されました事業でございます。そして、この事業では、各傘下の国際学校でインターナショナルバカロレアのカリキュラムを終了した者に対して統一的に行われる試験を実施をいたしまして、これに合格した者にインターナショナルバカロレアの資格を与えることを主たる内容とするものでございます。
 御指摘のように、わが国は、昭和五十四年度以降この事業に拠出金を支出して参加いたしますとともに、インターナショナルバカロレア資格の保有者で十八歳に達した者についてはわが国の国内の各大学への入学資格を認めているところでございます。そして、このインターナショナルバカロレア資格の保有者で大学に入りました者は、五十五年度で十人、五十六年度で十一人というような状況になっております。
#189
○三浦(隆)委員 放送大学を踏まえ、だんだんと大学の門戸も開かれてきましたけれども、しかし仮にスクーリングなどというものがあった場合に、働いている人はなかなかスクーリングに参加し得ない。働いているということの制約があったりしますとせっかくの機会を見逃すことにもなりかねないわけであります。そういう意味で、有給での教育休暇というものを、外国の事例なりこれからの日本のあり方としてどうお考えでしょうか。
#190
○宮地政府委員 教育有給休暇につきましては、一九七五年に有給教育休暇に関する条約が採択されて、現在十六カ国が批准しているというぐあいに伺っておりますが、わが国はなお批准していない状況でございます。これはわが国の労働法制上の問題点があるように伺っているわけでございますが、たとえば放送大学学園法案の審議に際しましてもいろいろ御議論がございましたように、スクーリングに参加するためにはたとえばこういう制度が積極的に活用されることが望ましいというぐあいに私ども文部省としては考えているわけでございます。なお、現在の制度としては労働省で進めております事業等もございまして、この有給休暇制度そのものも文部省限りで対応できるわけではなく、他省庁にもかかわる問題でございます。したがって、関係省庁とも協議を進めながら私どもといたしては前向きの方向で対処をしたい、かように考えているところでございます。
 なお、先ほど御質問のございました点、ちょっと補足して答弁させていただきたいと思います。
 憲法についての教員養成の問題についてお尋ねがございましたが、これは昭和四十八年の免許法改正の際に、一般教育科目の取り扱いについて免許法で規定することを廃止をしまして、一般的な大学設置基準その他に定めることになったわけでございます。その際、改正後の取り扱いとしては、一般教育科目については弾力的な取り扱いということにしたわけでございますが、もちろん教員養成を行っております大学では、日本国憲法や倫理学、哲学または宗教学というようなものは一般教育科目として開設して学生に履修させておりまして、そのこと自体は定着をしておるわけでございます。その法改正の際に、昭和四十八年十一月でございますが、大学局長名で各国公私立大学長あてに「教諭の普通免許状を取得しようとする学生の一般教育科目の履修について」ということで通知を出しておりまして、日本国憲法や倫理学等については規定として削除されておるけれども、従前どおりこれらの内容を含めて教育課程を編成して適切な指導が行われるよう指導通知は出しているところでございます。
 補足して答弁させていただきます。
#191
○三浦(隆)委員 いまの答えに関連するのですが、もう少し指導を徹底していただきたいと思います。私自身大学の場にあってそうした学生を教えた場合に、私はそれを主張したのだけれども、法律が変わってしまったからやらなくてもいいのだということで外されてしまったわけです。そしてそこでは、法学という名で実は民法をとって教員になるのが多いわけであります。私は憲法をぜひとれ、また、含むべきだと関係の教員にはずいぶん言ったのですけれども、法令が別に憲法をやる必要はない、外れているのだというふうにありまして、なかなか実現しておらぬのです。いまの答えと現場とは大変な隔たりがあるのでして、その言葉のとおり教員の養成の人たちの場合には憲法が必要だ、かつてのように憲法を含む法学四単位にむしろ持っていくように、より指導を徹底していただきたいと思うわけです。
 さて、質問を続けさせていただきまして、次は労働省の方にお尋ねをしたいと思うのであります。
 職業訓練のための教育も含めまして、開かれた教育という意味で労働省はいまどのような対応をとられておりますか、そのとられておる対応の種類とそれぞれの法の根拠などを簡単に御説明をいただきたい。
#192
○野崎説明員 労働省におきましては、職業能力の開発、向上という見地に立ちまして種々の施策を講じているわけでございますけれども、その基本的な見地は、ただいまお話もございましたように、従来でございますと新たに職業生活に入る方たちの教育ということが非常に重要だったのでございますけれども、技術革新の進展等もございまして、生涯にわたります職業訓練ということを基本理念に据えていろいろな施策を講じているわけでございます。
 具体的な施策の内容を申し上げますと、一つは職業訓練派遣奨励等給付金という制度がございます。これは特に中小企業におきまして、初めて社会生活に入ります方の訓練ということがなかなかできませんので、そういう中小企業の新規採用者に対して訓練を行う場合に賃金を助成する制度でございます。
 もう一つは、これは在職労働者の自己啓発の援助ということになりますけれども、ただいま少しお話も出ました有給教育訓練休暇奨励給付金というものでございます。これは大企業、中小企業を問わず事業主の方が労働者に有給の教育訓練休暇を与えていただきますと、その賃金に対して一定の助成をするという制度でございます。
 さらに離転職者の方につきましても、教育訓練を受けます場合には訓練手当等を支給しているわけでございます。
 法律上の根拠でございますけれども、大きく分けまして、在職者に対するいま申しましたような助成につきましては雇用保険法に基づいて行っております。それから、離転職者に対するものにつきましては雇用対策法に基づいて行っているところでございます。
#193
○三浦(隆)委員 職業訓練という枠はありますけれども、各種学校であってもそうした職業訓練と同じ趣旨だというように認定されればよろしいわけですか。
#194
○野崎説明員 専修学校、各種学校につきましても私ども非常に活用させていただいているのでございますけれども、一つの方法は、ただいま申しました有給教育訓練休暇の派遣先は専修学校、各種学校の場合でも当然含まれるわけでございます。
 もう一つは、公共職業訓練施設に入ることを希望されました方につきまして、第三次産業関係の科目等につきましては、訓練校でみずから訓練するよりは専修学校、各種学校にお願いをして委託をして訓練していただく方がいいということで、委託をお願いしております。
 なお、先生お尋ねの認定訓練につきましては、これは事業主御本人がおやりになる場合でございますので、専修学校、各種学校とは直接関係はございません。
#195
○三浦(隆)委員 雇用保険法の施行規則の百三十四条、職業訓練派遣奨励等給付金については、いわゆる放送大学は適用されないだろう、しかし雇用保険法施行規則の百三十条、有給教育訓練休暇奨励給付金というふうなところでは放送大学も適用されると理解してよろしいですか。
#196
○野崎説明員 御指摘のとおりでございます。
#197
○三浦(隆)委員 それでは金額的にはどのくらい支給されるのでしょうか、年度によって変わってきたというふうに思いますが。
#198
○野崎説明員 今年度と五十七年度でちょっと制度が変わりますけれども、今年度で申しますと中小企業の労働者の場合には一日千八百八十円の助成がなされます。大企業の労働者には千四百十円ということで、少し額が少なくなります。来年度以降は、これを中小企業の場合には支払った賃金の三分の一、大企業の場合には四分の一というふうに定率の助成に改めたいというふうに思っております。
#199
○三浦(隆)委員 時間のようですので、最後に一言お尋ねいたします。
 労働省の発想は大変よい発想だと思いますし、今後ともより推進していただきたいと思うのです。ただ、長寿化傾向にありますわが国の実情と、定年後もなお働きたいという勤労意欲を持つ人が多いわが国の国民性を考えたときに、将来予算上の問題で困難な問題を抱えるというふうなことはお考えになりますか。
#200
○歌田説明員 高齢化社会を迎えまして、高齢者に対するいろいろな対策については、今後とも充実していく必要があろうかと思いますし、そのために必要な予算の確保に努めていかなければならぬと思いますが、いま申し上げました給付金等につきましては、予算上の困難な問題がないように制度の健全な運営に努めてまいりたいと思っております。
#201
○三浦(隆)委員 最後に一言だけ、もう一度厚生省なり文部大臣にお尋ねをしたいと思うのです。先ほどの台湾元日本兵士の問題であります。
 一つには、現行法令によりましても、日本人という言葉の解釈の中に、日本政府により強制的に日本人とされ日本国籍を有するに至った元日本人も含むという解釈がなされ得ないか、あるいは戸籍による制約はあっても、元日本人の戸籍を持った者は除外されるという、拡張あるいは縮小解釈をして現行法規のもとでも救済の手段がとれるように、これが一点であります。
 どうしてもできなければ、現行法規にただし書きを一つつけていただきまして、元日本兵士の場合を除くと、除外例に対して、元日本の国籍を持っていた台湾元日本人あるいは韓国人は除くというふうにしていただく、これが第二点。
 もう一つには、恐らく各党によって共同して出されると思うのですけれども、新しい法をつくってそうした人々を救っていきたい、こういう方法があり得ると思うのです。私は、できるなら一番簡単に現行法でやっていただきたいと思うのですが、それができ得ないときでも、ひとつ文部大臣並びに、厚生省は局長ですが大臣に言って、議員が動いたからやるのだなんて消極的なことじゃなくて、むしろ現行内閣は積極的な姿勢をもって、議員に言われる前にみずから実現していくのだというふうなお気持ちをお示しいただくような答弁が願えるなら、一言お願いしておきたいと思います。
#202
○小川国務大臣 よく承りました。ただいま検討を要する法律上の問題点等についても御指摘いただいておりますが、私といたしましては、関係省庁に問題の解決についてさらに掘り下げた検討をしていただくように要望いたしますとともに、これを強く期待いたしておる次第であります。
#203
○三浦(隆)委員 では質問を終わります。
#204
○青木委員長 栗田翠君。
#205
○栗田委員 文相の所信に対して質問をいたします。
 文部大臣は、先日なさいました所信表明で「教育、学術、文化の振興を図ることは、国政の基本であると考えます。」というふうにおっしゃいまして、「特に、これからのわが国の教育は、一方では、変化する社会環境の中で生涯にわたってその個性、能力を伸ばし、他人を思いやる心の温かさと社会的な連帯意識を有し、往きがいのある充実した生活を送ることができるような国民の育成を目指し、他方においては、進展する国際社会の中で信頼と尊敬を得るような日本人の育成を図っていかなければなりません。」というふうにおっしゃっております。全体を通しまして、二十一世紀を展望した青少年の育成という非常に高邁な立場から文教行政の抱負をお述べになったというふうに思います。
 ところで、いま国際的にも国内的にも核廃絶、核軍縮に向けての世論が高まっておりますけれども、二十一世紀を展望する国際社会の一員として世界平和に貢献する青少年の育成という課題から見ましても、日本の教育の中に占める位置づけというのは非常に重要なものがあると思いますけれども、この平和教育について、その位置づけの重要性について大臣はどうお考えになっていらっしゃいますか。
#206
○小川国務大臣 学校教育におきましては、教育基本法の一条が規定いたしておりますように、平和な国家、社会の形成者として必要な資質を養うということを目的として行っておるわけでございます。
 このため、小中高等学校では、主として社会科におきまして、世界平和の必要性あるいは日本国憲法の平和主義の原則などについて、児童生徒の発達段階に応じて指導することといたしております。そこで、たとえば中学校の学習指導要領では、社会科の公民的分野におきまして、日本国憲法の平和主義についての理解を深め、わが国の安全の問題について考えさせるとともに、核兵器の脅威に着目させ、戦争を防止し、平和を確立するための熱意と協力の態度を育てる、かような指導をいたしておるわけでございます。
#207
○栗田委員 いまの学習指導要領、教育課程の中での問題をお述べになりましたけれども、特にことしは第二回目の国連軍縮総会も開かれますし、また国際的にもかってなく平和の世論が高まっているときでございますが、大臣のいまの御答弁にもかかわらず、先日の所信を伺い、また後で記録されたものを読みましたけれども、中に平和または平和教育という言葉が一言も入っていなかったのですけれども、これはどういうわけでございますか。
#208
○小川国務大臣 そのような言葉を使っておらなかったかもしれませんが、今日の教育が憲法並びに教育基本法が掲げておりまする平和主義の理念に沿って行わるべきことは当然でございますから、全体を通じてその趣旨はあらわしておるつもりでございます。
#209
○栗田委員 ところで、一九七八年に第一回国連軍縮総会が開かれております。そこで採択された最終文書、これは日本政府も合意をしておりますけれども、この第百六項と百七項に教育について述べている部分がございますが、御存じでいらっしゃいますか。
#210
○小川国務大臣 承知いたしております。
#211
○栗田委員 この百六項、百七項をちょっと私読んでみたいと思います。
 まず百六項は、「軍備競争によりもたらされる諸問題と軍縮の必要性についてのより深い理解と認識に資することを目途として、政府、及び政府機関、非政府機関、並びに国際機関は、あらゆるレベルでの軍縮及び平和研究のための教育計画を推進する措置をとることが要請される。」というふうになっております。
 第百七項、「総会は軍縮教育に関する世界大会の開催を計画しているユネスコの発意を歓迎し、この関連において、ユネスコに対し、就中、教員用手引、教材、読本及び視聴覚資料の準備を通じ、軍縮教育を明確な一研究分野として発展させるための計面を促進するよう要請する。加盟国は、そのような資料の教育機関の教科課程への組み入れを奨励するようあらゆる可能な措置をとるべきである。」というふうに述べております。
 当時から現在まで、もうすでに五年たっているわけでございますけれども、この第一回の国連軍縮総会で採択されました最終文書の内容に沿って、平和、軍縮教育について、文部省としてはどういうことをやってこられたのでしょうか。
#212
○三角政府委員 わが国の学校教育におきましては、従前より憲法及び教育基本法の精神にのっとり、平和的な国家及び社会の形成者として必要な資質を養うことを目的として教育を行ってきておるのでございます。このため、小中高等学校におきましては、主として社会科を中心に世界平和の必要性や日本国憲法の平和主義の原則などにつきまして、児童生徒の発達段階に応じ指導することとしているところでございます。その際、ただいまの第一回平和軍縮総会の最終文書の趣旨もございますわけで、軍縮問題についてもこれを取り上げまして、核兵器の脅威に着目をさせ、戦争を防止し、平和を確立するための熱意と協力の態度を育てる、こういうふうにしているわけでございます。
#213
○栗田委員 そうしますと、この軍縮総会での決議を受けて新たに何かをなさったということではなくて、いままでそのようにやってきたから特にやっていないということですか。
#214
○三角政府委員 私どもといたしましては、この最終文書に盛られております宣言及び行動計画というものにつきましては、全体を通じて支持すべきものである、こういうふうに考えておりますが、ただいま栗田委員がおっしゃいましたように、日本の場合には、憲法及び教育基本法に基づきまして、この会議の以前から、平和教育というものは先ほど来御説明申し上げておりますような観点からこれを重視してやっておりますので、私どもはこの文書を支持すべきものであると考えておりますのは、やはり私どもがこれまでやってきたものと合致しておる、こういう観点でございます。
#215
○栗田委員 大臣もこの合意の精神に沿って積極的に取り組んでいかれるおつもりですね。
#216
○小川国務大臣 平和を尊重すべきことにつきましては従来から一貫して教えてきておるわけでございます。今後もその方針を貫いてまいるつもりでございます。
#217
○栗田委員 それでは実際にどうなっているだろうかという問題で、ほんの一、二の例を挙げさせていただきたいと思います。
 先ほども私、読みましたが、最終文書の中でも、たとえば教科書、教材それから視聴覚資料などの中に軍縮教育を明確な分野として入れていけということが書かれているわけです。ところが、たとえばことし四月から使われます高等学校の社会科の教科審、これは教科書の検定問題でずいぶん問題を投げたものなのでございますけれども、その中のほんの一つですが、三省堂の例を挙げたいと思います。
 「現代社会」、この三省堂の教科書を励ますと、六十四ページから六十五ページにわたりまして二ページ、「核兵器と核利用の問題をどう考えるか」という「討論の広場」という教材がありました。この中身は、「原爆の惨禍と平和への願い」「核時代の危機に抗して」「原子力の平和利用は安全か」、こういう三つのテーマで二ページにわたって書かれていたものがあります。ところが、検定の中でこれがそっくり変わりまして、核兵器と核利用のうちの核利用だけしか残らないわけなんですね。「原子力発電をどう考えるか」というのに全部書きかえられております。そしてこの三密堂の「現代社会」の中には核兵器の問題を集中して扱った部分が全くなくなっているのですけれども、これはいま軍縮教育を進めていくという立場から言いますと、むしろ逆行しているのではないかと私は思うわけです。
 もう一つの例を挙げたいと思います。先日、三月十五日に毎日新聞が「読ませない高校図書館」という記事を載せておりました。これは愛知県で学校図書を購入しますときに、高等学校の校長先生がクレームをつけて図書を買わせないようにしている例が非常に多いということで、調査した学校の中で八十一校のうち十三校でそういう問題が起きているわけです。同様の記事は昨年十一月三十日、赤旗も報道している記事でございますけれども、どんなものにクレームがついているかというと、五十四冊ぐらいありますので全部読むわけにはいきませんが、超ベストセラーになった「窓ぎわのトットちゃん」、あの黒柳徹子さんが書いた本にまでクレームがついて購入ができません。四百万部売れたとかいろいろ言われているものが高等学校の図書館には購入できない状態になっている。この理由は、芸能人が書いたものだからいけないということらしいのです。それから「東京が燃えた日」、これは早乙女勝元さんの書かれたものなんですけれども、この理由が何と、戦争を取り上げているからいけないというクレームの理由なんです。その他あります。たとえば「妻たちの二・二六事件」だとか「女生徒の進路」とか「女たちの明日」なんというのがあるのですけれども、この理由などはふるっておりまして、「“女”はいけない」、こういうのです。女はいけないと言われたのでは私なんかどうしたらいいだろうか、校長先生の顔が見たいという気がするわけですけれども、こういうさまざまな理由で高等学校の図書館に購入すべき図書が、先生や生徒の希望があるにもかかわらずクレームをつけられている例が出ております。大体戦争を扱っているからいけないなどといって校長先生が図書を購入させない、こういうことが現場でやられているわけなんですけれども、さっき軍縮、平和教育を進めていくという立場をお述べになった大臣、こういう実態をどうお考えになりますか。大臣のお考えを伺いたいと思います。
#218
○小川国務大臣 教科書の検定に際しましては、申請してまいりました図書について、これが教科用図書として適切であるかどうかをきわめて厳正な態度で検定をいたしておるわけでございます。でき上がった教科書につきましては、人それぞれ立場があり、価値観、世界観を異にいたしておりますから、いろいろの御意見もあり御批判もあると存じます。そういう御批判は謙虚に受けとめてまいるつもりでございますが、個々の検定の内容につきましては、両方の当事者の意見を十分聞いてみませんと何とも申し上げかねることだと存じます。
#219
○栗田委員 しかし、核軍縮の立場に沿って積極的に取り組んでいくとおっしゃられ、また国連軍縮総会での最終文書にもあるように、各教材の中にもそういうものをもっともっと取り入れるべきだという文書になっているわけですから、これを積極的に取り上げていくべき立場にある教育行政の中で、校長先生が、戦争を扱っている本はいけないとか、また検定というのは文部省の方針に沿ってやられているわけですけれども、「原爆の惨禍と平和への願い」とか「核時代の危機に抗して」というところがばっさり切り捨てられているということは、逆行しているとしか言いようがないと私は思います。
 それでは次に、現場でどんなふうに取り組まれているか、それについて大臣がどう評価なさるかということを伺いたいと思います。
 委員長、ちょっと大臣にお見せしたいものがございますが、よろしゅうございますか。
#220
○青木委員長 はい、許します。
#221
○栗田委員 大変ぶこつなものを出してまいりましたけれども、これなんですが、土のかたまりのように見えますが、これはかわらでございます。これもかわらです。かわらが溶けてガラス状になっております。それからここにもあります。ここはかわらを拾った場所が書いてあります。元安川。全部片面が焼け焦げてやはりガラス状になっております。特にこれなどは、溶けて幾つかのかわらが張りついた状態になっています。ちょっと砂が落ちますから、もうここでごらんになれましたらそちらへお持ちしないでおきますけれども、このかわらは何かおわかりになりますか。
#222
○小川国務大臣 ちょっと拝見しただけで何だと断定するわけにまいりませんけれども、恐らく原爆を受けた結果かわらがそのような形になったのではなかろうかと思います。
#223
○栗田委員 御推察のとおりで、これがいわゆる原爆がわらでございます。もう何年も前から広島の高校生たちが、自分たちの住んでいる広島の土の下やその川の中に、かつて三十七年前原爆の被害を受けたかわらが掘り出されるということに気がついて、かわらを掘る運動を始めたわけです。それで、これは広島から長崎にまで広がりまして、最近は全国の高校生で夏休みなどにかわらを掘りに行く子供たちも出ているわけですね。
 こういうかわらを掘る運動と申しますか、教育の一環としてもやられているのですけれども、こういう取り組みというのが、それでは戦争を知らない子供たちにどんな感想を述べさせているかということをちょっと私読ませていただきたいと思います。非常にいろいろな感想が書かれていて感動的なのですが、時間の関係がありますので一、二だけ読んでみたいと思います。
 これは安田女子高校二年生の女生徒さんが書いたものですね。「家に瓦を持ち帰って、一つ一つ洗っているうちに、ピカピカと瓦が光っているのに気付いて、ドキッとしました。三十六年前の熱線によって溶かされた瓦が今、まるで原爆を忘れるなと言っているように光っていたからです。今よく考えると、あの日瓦の下に住んでいた人達はどうなったんだろうか。またあの川辺を歩いていた人達は……と考えるとなんだか恐ろしくなってきます。たった一個の原子爆弾で人間はもちろんの事、ガラスや瓦を一瞬にして溶かしてしまう戦争が昔のことだけでは済まされなくなっている現在、もし原子爆弾のスイッチが押されたら……と考えると、平和だと言われている現在も恐ろしいものだなと思います。私は瓦掘りに参加して、三十六年前の事を全て知っている瓦がそのままの形で今もなお残っているという事は、私達がこの瓦を使って広く戦争の悲惨さを伝えていかなければならないと思いました。」、大変前向きのまじめな感想を述べているわけです。
 長崎でもこういう感想があります。「なんと長崎にも原爆瓦はあったのだ。このことを広島に持って帰り、みんなに知らせよう。原爆は人間と同じように瓦も差別しなかったのだ。」といったようないろいろな感想が述べられているわけです。
 そして、もうこれは何年も前からこのような取り組みがされているのですけれども、一九七七年の八月六日に開かれました原水禁世界大会で、イギリスのノーベル平和賞受賞者であるノエルベーカー卿が来日されておりますが、このときに高校生たちが、「高校生は平和のために何ができるとお考えですか。」とこの卿に質問をしているわけです。これに対してノエルベーカー卿が、「首相に国連へ行って核兵器廃絶を訴えてくれるよう手紙を書きなさい。」と答えられて、生徒たちが全国から二百五十通のはがきを集めて首相に送りました。残念ながらこのとき総理大臣は国連にいらっしゃらなかったのですね。
 昨年開かれた原水爆禁止世界大会にノエルベーカー卿がまたおいでになって、ここで高校生たちが自分たちの掘ったかわらを持って、広島の原爆がわらを世界に訴える武器として使ってくださるようにと手渡しているわけでございます。それで卿はこれにこたえて、「香港・フランス・カナダでの会議でその約束を果たす」とおっしゃった。そしてことしのニューヨークの軍縮会議で高校生たちとの再会を望まれて、最後に、「あなた方若者の努力がなければ戦争と軍備のない世界は実現しない。」と言われたわけです。「まさに、この「原爆瓦」は世界に架ける、核兵器廃絶を叫ぶ決して崩されることのない“架け橋”なのだ。」とこの文筆は結んでいるわけでございます。
 大臣、先日はイタリアの大統領が訪日されまして、国会でも演説をなさいましたけれども、あの大統領も日本の国会で広島、長崎のことにまず触れられて、広島と長崎は、われわれ自身の問題でもあります、このことは今日なお自分の気持ちとして変わっておらず、あすへの警告として受けとめるべきであるということをおっしゃって、全面的な軍縮を提唱されたわけでございまして、大臣このことも御存じだと思いますが、こういう国際的な声、世論の高まりの中で、いま読みましたように、高校生たちがかわらを掘ったということは、ただ掘っただけではなくて、自分たちの知らなかった戦争を現実のものとして感じ、そして自分たちが将来世界平和のために尽くさなければならないという実感を心の底深く持つきっかけになったわけです。このような取り組みこそ二十一世紀を展望する青少年の平和教育活動と言えるのではないだろうかと私は思いますし、軍縮教育を推進する努力をすると大臣さっきおっしゃいましたけれども、そういう立場から見ましても、本当に世界平和に貢献していく一つの実践教育活動として評価できるのではないかと思いますが、御感想はいかがでございますか。
#224
○小川国務大臣 ちょっとお言葉の末尾のところをよく承らなかったのでございますが、何を評価できるかということをお尋ねになったのですか。
#225
○栗田委員 先ほどの風連総会で言われている平和、軍縮教育の一つとして評価できるのではないかと言ったわけでございます。
#226
○小川国務大臣 そのような評価ができると考えております。
#227
○栗田委員 いろいろ重なりますが、もう二、三私例を出させていただきたいと思います。
 いま現場では、子供たちのために父母の戦争体験を聞く取り組みをやったり、それから戦争体験者の体験を聞いて生徒たちがそれを聞き書きという形でまとめる運動だとか、これを教育の一環でやっているところが数多くあるわけでございます。
 ここに「梅の木の一の枝」という表題のついた厚い一冊の本を持ってまいりました。これはふるさと学習ということで、実は京都府の北桑田郡のある中学校でやっている取り組みなのですけれども、一年生から三年生までそれぞれ学年を縦に割って班を幾つかつくりまして、自分のふるさとで戦争体験者や戦争未亡人やそういう方たちのところへ行きまして戦争の体験をずっと聞いて調べて、それを一つのものにまとめたわけです。これを見ますと、「十二月の夏服」とか「運命をかえた三月十七日」「ふたつの道」「弟をうばわれて」といったように、十一の体験記録が子供の手によってまとめられております。私はこれを読みまして大変感動いたしました。いまの中学生がこれだけ深く物を考え、またりっぱにこれだけのものをまとめるのかと大変感動したわけですけれども、その中のほんの一部をちょっとお聞きいただきたいと思います。
 たとえば「梅の木の一の枝」という文集、これは「森本キヨ子さんの戦争体験」というふうになっておりまして、一年生から三年生まで十名の子供たちが班をつくって聞き響きをしたもので、こんなに厚いものです。これは、森本さんという方がかつて床屋の若い御主人だったわけですが、戦争に召集されて戦死をされます。キヨ子さんは当時若いお嫁さんで、生まれたばかりの子供を抱えていましたけれども、戦後戦争未亡人として苦難の中を生き抜いてきて、いまは年をとられていらっしゃるわけです。そのキヨ子さんのところに子供たちが行きまして、御主人が出征されたころの状態だとか、そのときどんなふうに思ったかとか、そういうことをいろいろと聞いたり、それから同じ森本さんの戦友であった方からお話を聞いたりしてまとめているわけなんですね。この最後のまとめのところに、こういう感想的なものを子供たちが書いているわけです。「戦争をおこす人も、戦争という、まるで子供あそびのようなものを考えたのも私たち“人間”なのです。そんな人間が哀れなような気がしてなりません。その反面、こんな考えを改め直すことのできるのも私たちなのです。」というふうに言っています。そして間がちょっとあきますが、「私たちは、これから将来を築いていく義務があるのです。そしてそのことを、後世へとつないでいくのです。戦争のいたましさ、悲惨さを、三十六年前の昔話にしてはならないのです。キヨ子さんの体験を通して、もう一度、真の平和とは何か、生命の尊さを考えていく必要があるのではないでしょうか。又、このふるさと学習にあたって、暗い思い出を語って下さったキヨ子さんに、心から感謝しています。」こういうまとめの文章が書かれております。
 それからもう一つだけ、これは沖縄戦の経験を聞き書きしたものもございます。これについても、終わりに子供はこう書いているのですね。「闇の中を生きぬいて」という長野武雄さんの沖縄戦記なんですが、「長野さんは北支での中国人ほりょの人達に対する日本兵の加害の事実も話してくださいました。中国人ほりょに土に穴を掘らし捕虜の首を軍刀で飛ばしその穴に死体をうめたことや、捕虜に、体がふくれるまで水を飲まし歩兵銃で撃ち殺したということなのです。そして沖縄では、逆に多くの日本兵が被害者になりました。戦争というものは人間をかえてしまう恐ろしいものだと思いました。」云々と、そして後の方にこういう感想が続いているのですね。「社会の動きばかりでなく私たちの身のまわりにも考えなおしてみなければならないことがあります。例えば、特攻隊のような服装をしたり、「尊皇愛国」「神風」「特攻隊」などの戦争につながるようなステッカーをつけたりしているのをよく見かけます。このようなことからも戦争への好奇心が知らず知らずに育っていると思います。長野さんは話の最後に「戦争はこりごりや。もう戦争だけはせんといてほしい。」と言われました。そしてこの聞き書きを読んでもらうと「よう書いてくれた。」と涙を流しとても感激してくださいました。長野さんの体験を無だにしないためにも、私たちはこれから先、永久に戦争の悲惨さを忘れてはいけないのです。そして戦争を防いでいかなければならないと思います。」、まことにしっかりとした感想が書かれております。
 そして、もうちょっと続きますが、もう少しお聞きいただきたいと思います。原爆展というのがいま各地で開かれておりまして、昨年の暮れは国会でも憲政記念館で原爆展が開かれました。これを子供も大人も改めて見ております。方々の展覧会場に感想文が残されているのですけれども、きょう私は、静岡県の清水市で開かれた原爆展の感想文と、同じく静岡県の榛原町で開かれました原爆写真展の感想文集を持ってまいりました。これは、どれも一つ一つ実に胸を打つ感想でございましたけれども、その中の三つだけをちょっと読んでみます。
 最初は、小学校二年生の女の子の書いた感想です。「わたしは、とってもびっくりしました。いちども、みたことなかった、しゃしんがいっぱいありました。せなかがやけたり、あしがやけたり、していた人たちは、どんなにかわいそうかわかりません。わたしは、なみだも、少し出てきました。わたしは、いま、かなしみがいっぱいに、なりました。どうか、しゃしんにのこってしあわせになって下さい。わたしも、もし、せんそうがおきたら、あなたたちみたいになっても、ぜったい、あなたたちをわすれません。」その後ずっと続いていますが、こういう本当にかわいらしいというか純真というか、そういう感想なんですね。
 それから、同じく小学校の女の子の感想で、これは学年が書いてないのですけれども、もうちょっと学年が大きいと思いますが、こんなのがあります。「私は、この写真をみていて、おもわずなみだがでそうになりました。くるしんでいるところなどをみるとつい「かわいそう。」と言ってしまいます。今でも病気でくるしんでる人などがいます。そのことを思うと、あれこれわがままをいって母や父をこまらせている自分がはずかしく思います。募金箱を見ても、私のおこずかいでは、ほんのすこししかできません。このことをとってもつらく思います。」「もうぜったいにせんそうをやらず、少しでもひ害をださないようにしてもらいたいです。」というようなことが書いてあるのですね。
 それから、高校生の男の子の感想がございました。高校二年生ですから、文章もそれらしい文章なんですが、こんな感想です。「我々は、現代っ子は、なんと幸せであろうか。そして何とぜいたくであろうか。死の放射能に健康な体を奪われ、家族をも奪われた彼等。そして、受験に失敗したからといって、世の中がおもしろくないからといって自殺する我々。写真の前をす通りする我々が恥ずかしい。自分と同じ現世代の人間が恥ずかしい。今、我々にできることは核兵器追放だけ。この悲劇を二度とおこさないことだけ。」こんな感想文です。まだたくさんございます。同様なものがこの中にはぎっしりと詰まっております。
 私は、これを読んで思ったのですけれども、いまの子供たちは、非行だ、暴力だ、自殺だと困ったものだと言われ、またきょうもずっとそのようなテーマでの質疑も繰り返されておりました。しかし、これを見て思いますことは、平和教育というのは実は本当に深い教育なのではないかなということだったのです。聞き書きをした中学生も、それから原爆展を見た子供たちも、戦争を二度と起こさないようにという感想はもちろんですけれども、それと一緒に、私たちは幸せだ、この幸せを大事にしなければいけない、いま幸せなんだから平和を次の世代で守っていかなければいけないということを言って、お父さんやお母さんにわがままを言っていた私が恥ずかしいと、かわいい小学生の女の子が感想を述べたり、高校生が、受験に落ちたからといって、おもしろくないからといって自殺をするわれわれと言って反省しているわけですね。結局、いまこの社会の中にいて、かつて命が無残に費やされた戦争の経験、その中で苦しんできた人たち、そういうものにじかに接したときに、子供は平和の大切さというものを本当の意味でわかるでしょうし、それから自分たちがいま恵まれているということがわかるでしょうし、将来何をなすべきかという生きがいまでも、子供たちがこういう実践の中で会得しているということが、まことに感動的でございました。これこそが、教育基本法で言われている生命の尊重、そして人格を尊重していく教育のあり方だと思いますが、大臣お聞きになっていかがでございましたか。
#228
○小川国務大臣 まことに胸を打たれる数々の文章をお聞かせいただきまして、仰せのとおりだと存じます。
#229
○栗田委員 このようなことが、いま現場で先生たちの努力でやられております。ともすれば赤い教育だということで妨害を受けたりもしております。けれども、子供たちを健全に育てていくために、平和、軍縮教育というものはどうしてもやらなければならない教育だということを、改めて私は主張したいと思うのでございます。特に、日本は平和憲法を持ち、また世界で唯一の核被爆国でございますけれども、この日本でいま軍縮のためにみんなが立ち上がっていかなければならないと思うわけでございまして、そういう意味からも、先ほど述べました第一回国連総会での最終文書に決められている「教育への取り組み」、これをもう少し積極的に、前向きに具体化していただきたいと思うのですが、いかがでございますか。
#230
○小川国務大臣 平和の重んずべきこと、戦争を防止して世界の平和に協力するような子供を育てるべきこと、これは教育指導要領に明記いたしておりますことは先ほど申し上げたとおりです。
 この趣旨を受けまして、現行の教科書におきましても、たとえばこのような記述がございます。先生が朗読をなさいましたので、私もお許しを願って読ませていただきます。少々長うございますが、これは小学校の「社会」六年の下、六の三という、東京書籍株式会社の発行した本でございます。
 「これからの戦争のおそろしさについて考えてみよう。」という表題のもとで、「核兵器のおそろしさ 第二次世界大戦の終わりごろに、アメリカ軍が、広島と長崎に落とした二発の原子ばくだんは、あわせておよそ、二十万人もの生命をうばいました。いまでも、このとき受けた大量の放射能のために死んでいく人がいます。」、こう書いて、中国新聞社が載せました当時の非常に悲惨なありさまを書いてございます。そこのところは省略をいたしますが、「現在では、この原子ばくだんの百倍から千倍のはかい力があるといわれる水素ばくだんもつくられ、核兵器をもつ国がふえています。そのうえ、大陸の間を飛んで、目標を正確にはかいできる核ばくだんをつけたミサイルが、ボタンをおせばいつでも発射できるようになっています。もし、これからの戦争に核兵器が使われたらどうなるか、考えただけでもおそろしいことです。わたしたちは、地球上から一日もはやく、すべての核兵器をなくし、人類が平和にくらしていくことができるようにしなければなりません。」
 これは一例でございますが、小学校の教科書だけではございません。中学の教科書にも同様の記述が現になされておる。平和を守り、核兵器を廃絶すべきことについて、少なくとも教育指導要領の趣旨を受けてこのような記述がなされておるということについては、この際先生にも御認識を賜りたい、こう考えております。
#231
○栗田委員 私もそのような記述があることは知っておりますが、心配しているのは、そういう記述が減ってきているということです。国語の教科書などで「川とノリオ」だとか「おこりじぞう」だとか「お母さんの木」だとか「ガラスのうさぎ」だとか、戦争体験を子供たちに理屈ではなく体験として教えていくようなものが偏向教材だというような言われ方もされているいまの情勢でございますゆえに、特にこういう問題を強調したいと思うわけです。大臣はそういう立場で平和教育は進めていらっしゃるとおっしゃっておりますので、ぜひとも現場でのさまざまな平和、軍縮教育への努力を大切に評価していっていただきたいと重ねて申し上げたいと思います。よろしゅうございますか。
#232
○小川国務大臣 御趣旨は十分承りました。
#233
○栗田委員 では次の問題に移ります。
 大臣は所信で中教審に諮問をされたことをおっしゃっておりますが、すでにいままでの質疑の中でもこの問題はずいぶん取り上げられております。今回の中教審の答申が出される時期なのでございますけれども、初め六月ごろだということがしきりに報道されておりまして、そのうちに中教審会長がもうちょっと延びるだろうということをおっしゃった新聞報道なども拝見しておりますけれども、実際にはいつごろ答申をお受けになる御予定でしょうか。
#234
○小川国務大臣 これは、時代の変化に対応する初中教育のあり方という非常に大きなテーマについて諮問を申し上げておるわけでございまして、事柄の性質上拙速を求めるべきものではございませんから、文部省といたしまして、中教審のしりをたたくというような非礼をあえてしてはいけないと思っております。十分の時間をかけて慎重に御審議をいただきたいと思っておりまするが、もう少し審議が進んでみませんと、いつごろ答申をいただけるか、今日の時点ではなかなか予測できない次第でございます。
#235
○栗田委員 予測できないというお話ですので、かなり先であろうということだけで、次の質問に移ります。
 昨年の十一月に中教審に諮問をなさったときの大臣の諮問内容の説明、それから事務次官の補足説明がここにございます。
 急激な情勢の変化に沿って検討してほしいという趣旨で諮問なさっているようですけれども、たとえば事務次官の補足説明を見ますと、「特に小学校及び中学校において学習すべき国民として必要な教育の基礎・基本とは何か、小学校、中学校及び帯等学校における教科等の構成の基本的な枠組みをどう考えるかなどについて具体的に御検討をお願いしたい」というふうに言っておられますし、それから「教科書につきましては、昨今いろいろの意見が出されていますが、例えば、教科書の検定をより公正に行うための方策や採択の広域化に関する論議などであります。」云々というふうに言っておられるのです。
 これを拝見いたしますと、教育内容についてもまた教科書についてもかなり基本的な問題、基本にかかわる問題の再検討を諮問されているように見受けられるのです。そうなってまいりますと、答申が出た暁、学習指導要領の改訂ということは考えていらっしゃいますか。
#236
○三角政府委員 初等中等教育におきます教育内容につきましては、常に社会の進展や既往の経験等に照らしまして改善を重ねてきたところでございますが、さらに、ただいま御指摘もございましたけれども、今後予想される内外の諸情勢の著しい変化等に対応して、教育内容について長期的展望に立った改善が必要である、こういう観点から、広くかつ高い見地からの御審議をお願いすることにしたものでございます。そういうことでございますので、中教審に対しましてはこのような諮問を行い、そしてその答申に基づいて直ちに学習指導要領を改訂するということを考えているわけではないのでございます。
#237
○栗田委員 しかし、基本的な問題の大きな変更が必要になってくるとすれば学習指導要領を改訂していかなければならないことも起こるわけですね。いかがでしょうか。
#238
○三角政府委員 これまでも大体十年ぐらいの周期をもちまして、その間におきます社会、経済、文化等の状況の推移、変化あるいは学問上の新しい進歩、そういった事柄を取り入れまして教育課程というものは改訂を図ってきたわけでございます。
 でございますので、今後学習指導要領の改訂について検討するということになりますと、またそのために文部大臣の諮問機関でございます教育課程審議会、この審議会におきましてより専門的な検討をかなりの時間をかけてやっていただく、その上で学習指導要領をまた改訂をする、こういう運びになることが予想されますけれども、それまでの間に今回の中教審での御審議をいただきまして、この御審議の結果を踏まえて教育課程審議会の方で御検討いただく、私どもとしては、こういうことが考えられると思っているものでございます。
#239
○栗田委員 五十五年十月二十九日に関西経済同友会でシンポジウムが開かれまして、「わが国の防衛はいかにあるべきか」というテーマで話し合いがされたことがあります。この記録がここにあるのですが、ここに講師として招かれた坂田道太氏、元文部大臣でいらっしゃいますが、この坂田氏がこういうことを言ってらっしゃるのですね。「現在の小中学校では、防衛問題はあいまいにされてきた。指導要領の改訂や教科書の再検討など近く政府としてどう扱うかを発表する予定である。国民の意識が変化していることを、学校教育、社会教育でどうとらえていくのかがますます重要となろう。」というふうにおっしゃっておりまして、元閣僚、まあ現閣僚でもいらっしゃるのですが、そして特に元文部大臣でいらした方が五十五年十月に「指群要領の改訂や教科書の再検討など近く政府としてどう扱うかを発表する予定である。」ということを断言していらっしゃいます。しかも、五十五年十月といいますと、ちょうどあの教科書が偏向しているというキャンペーンが一気に噴き出してきたときなので、時期的にも教科書の再検討という意味ではその背景の情勢というのが一致していると私は思うのです。こういうふうにはっきりおっしゃっておられますので、私は今度の中教審の諮問というのは学習指導要領改訂への布石かと思っておりましたけれども、この発言はどういうふうにお考えになりますか。
#240
○小川国務大臣 坂田元文部大臣のただいまの御発言、それはそのような御発言として謙虚に受けとめるつもりでございます。
#241
○栗田委員 謙虚にお受けとめになってそれに従っていくというわけじゃないですね。ちょっとその辺をもう少しおっしゃっていただきたい。
#242
○小川国務大臣 中教審に対しましては、時代の変化に対応する教育内容のあり方いかんということについて白紙で諮問を申し上げておるわけでございますから、ただいま仰せの問題を含めましておよそいかなる問題につきましても私があらかじめ審議に予断を与える、審議を拘束するような発電をいたしますことはこれは徳義の問題としていたしかねますので、ただいま答申とか教育課程の改訂ということに関連をしての御発言でございましたが、これは私が何か申し上げることは御容赦をいただきたい。
#243
○栗田委員 それでは重ねて伺いますが、たとえ時代の変化に対応する見直しのための審議でありましてもあくまで憲法、教育基本法の立場に沿って検討されるべきだと思いますが、その点はそうでございますね。
#244
○小川国務大臣 憲法、教育基本法の掲げておりまする基本理念を歪曲するような答申がなされるとは毛頭考えておりません。さようなことはあってはならないことでございます。あり得ないことだと信じております。
#245
○栗田委員 法制局はおいでになっていらっしゃいますか。――一つだけ伺いますけれども、これはかねがねずいぶん言われてきたことですけれども、宗教団体である靖国神社の国家護持やそれから天皇、政府の公式参拝は憲法の政教分離の原則に違反するということで、いままで政府は見解をはっきりさせておいでになったわけですけれども、これはいまでもそのとおりでございますね。
#246
○味村政府委員 この問題につきましては前から問題があるわけでございますが、政府といたしましては従来から靖国神社に公式参拝するということにつきましては憲法二十条三項との関係で問題があるという立場で一貫してきております。
 問題があるという意味は、このような参拝が合憲か違憲かということにつきましてはいろいろな考え方がございますが、政府としては違憲とも合憲とも断定はしておりませんが、このような参拝が違憲ではないかという疑いはなお否定できないということでございまして、そこで政府といたしましては、事柄の性質上慎重な立場をとりまして、国務大臣としての資格あるいは公務員としての資格で靖国神社に参拝するということは差し控えるということ、これはもう一貫した方針でございます。
 それから、靖国神社の国家護持の問題でございますが、国家護持というのは法律上の言葉ではございませんので、どういうことを指すのかということは必ずしもはっきりはしないのですが、仮に靖国神社の国家護持ということが国が靖国神社の運営につきまして参与するとか、あるいは国費を支出する、そういうようなことでございますとこれはやはり憲法八十九条なりの関係で問題があるというふうに考えております。
#247
○栗田委員 ありがとうございました。
 大臣に伺いますけれども、憲法の条文に照らして問題があるというその考え方をそのまま運動として推進している方たち、たとえば国家護持はすべきである、公式参拝これは違憲ではないから大いにやれ、そういうことを運動として推進しているその考え方を教育の中にいま持ち込むことは大変問題ですね。
#248
○小川国務大臣 教育の中にこの運動を正面から支持するようなこと、持ち込むつもりは全くござ
 いません。
#249
○栗田委員 法制局、どうもありがとうございました。
 ところで、いまそのような考えに立ってこれを運動化して、憲法違反ではないから大いにやらせようと言っている団体があるのですね。「英霊にこたえる会」というのがそれでございます。私ここにも英霊にこたえる会のいろいろな文書を持ってまいりましたけれども、こんなことを言っておりますね。「本会は、すでに憲法の法理解釈上からも、「公式参拝は違憲ではない」との立場をとりこれを広く国民各層に訴えるとともに、署名運動を展開し、ほぼ一千万に近い署名を得ております。」なんということも言って、いろいろと各県に組織をつくったりしておられるのです。
 ところで、その英霊にこたえる会の発起人が中教審の委員になっていらっしゃいますね。お二人いらっしゃいます。教科書小委員になっている方、それから中教審の臨時委員になっていらっしゃる方、お二人いらしゃいますけれども、大臣御存じですか。
#250
○小川国務大臣 私は、全部の委員の御経歴あるいは過去に発表なさった見解等につきましては、知悉いたしておるわけではございません。
#251
○栗田委員 そうですか。では御存じなくて任命なさったということでございますね。
#252
○小川国務大臣 私が任命いたしたわけでないことは御高承のとおりでございます。
#253
○栗田委員 時期が違いますね。しかし文部大臣でいらっしゃいますから、前の大臣のお仕事を受け継いでいらっしゃるわけで、その点は責任をお持ちくださらないと困るわけですけれども、お二人いらっしゃるのですね。千宗室氏とそれから臨時委員の勝部真長氏、このお二人が英霊にこたえる会のメンバーでいらっしゃいます。しかも呼びかけ人になっていらっしゃるわけですから、まさに憲法違反とみなされている主張を運動化していらっしゃる方でございます。そういうお二人が入っていらっしゃる。それだけではないのですね。
 実はこの中教審の教科書小委員九名いらっしゃるわけですけれども、その中にたとえば「日本を守る国民会議」の呼びかけ人が入っていらっしゃいますね。御存じでいらっしゃいますか。
#254
○小川国務大臣 存じておりません。
#255
○栗田委員 江藤淳氏がその呼びかけ人でいらっしゃいます。
 この日本を守る国民会議、こんなことを言っておりますね。「現憲法は三十有余年に亘り我々の社会規範として生きて来ました。言わば、半ば体制化した憲法とも言えます。そういった意味で、改憲とは、こうした戦後日本を形成して来た社会秩序や政治体制を根本から問い直す国民運動が必要とされてきます。」ということで、いまいろいろなことをやっていらっしゃる、いわゆる改憲運動の先頭に立っていらっしゃる方が教科書の小委員にいらっしゃいます。
 大臣にちょっと伺いたいのですけれども、たとえばいま日本の教育が荒廃している原因は憲法にあるという考え方が一部にございますが、大臣、これはどうお思いになりますか。
#256
○小川国務大臣 ただそれだけのことでは、ちょっと御発言の趣旨が理解できません。現行憲法がどのような憲法であるから、しかじかの理由で教育が荒廃している、かような説明をなさっていただきませんことにはお答えができかねる問題でございます。
#257
○栗田委員 そうしますと、現行憲法の中には教育を荒廃させる原因も含まれているとお考えになるのか、それとも憲法などが問題なのではなく、その他のものがいろいろさまざまな社会情勢などの影響から教育がいま危機に陥っているとお考えになるのか。つまり、肯定なさるかなさらないかということですね。
#258
○小川国務大臣 憲法の掲げておりまする平和主義、人権尊重あるいは民主主義の基本理念というものが教育を荒廃させるというようなことはあり得ないことだと考えております。
#259
○栗田委員 いま日本を守る国民会議は、憲法が青少年を非行に走らせる要因になっているなんといったパンフレットをたくさん出しておりまして、つまり改憲の立場でいまその先頭を切っているのですが、その呼びかけ人が教科書小委員のメンバーに入っていらっしゃるわけですね。憲法、教育基本法の立場に沿った検討、答申が必要な中にこういう方が入っていらっしゃる。それもお一人やお二人ではないのですね。九人の中でさっき申し上げた方お二人、それからこの江藤淳氏、日本を守る国民会議、いわゆる改憲論者。それから吉本二郎氏、この方は家永訴訟で文部省側の証人に立った方。それから久保田きぬ子氏、「疑問だらけの中学教科書」を高く評価していらっしゃる方。それから瀬島竜三氏、言うまでもなく第二臨調のメンバーのお一人、元大本営参謀、そして戦略研究センターの顧問、防衛庁を国防省に昇格させよなどという演説もしていらっしゃいます、こんな方。そのほかに古橋靖氏、この方は茨城県の教育長でいらっしゃる。鈴木俊一氏、言うまでもなく東京都知事でいらっしゃる。教科書小委員メンバーの大半が言ってみれば文部省、自民党などの主張をとられる方、さらにそれより右の方もいらっしゃるわけですね、憲法を変えろなんという立場をとっていらっしゃる。ところが、それより左側の方というのが全くいらっしゃらないのですね。右とか左という言い方をしてもおわかりくださると思いますけれども、中教審は広く衆知を集めるということをこの間からおっしゃっているのですけれども、これでは一体この教科書小委員のメンバーから出される答申がどんなものかということは、やってみなくてもわかるような気がするのです。私はそのことを問題にしたいわけです。
 いま本当に平和教育、軍縮教育ということを言っていますときに、教科書は偏向しているという立場の方や、いまの憲法があるから教育は荒廃しているのだ、憲法を変えろという立場の方や、そしてそれがもっともだと賛成する立場の方や、そういう方が大半を占めていらしたら、ここから出される答申はどういう答申だろうか。それは日本の国をかつての軍国主義時代にぐっと引き戻す教科書や教育内容についての答申を出される方たちに違いないというふうに思います。そのことを大変私は憂えるわけでございます。
 特に大臣に申し上げますが、たとえば憲法を改正せよという立場にはっきり立っていらっしゃる方や、それから英霊にこたえる会などの呼びかけ人になっていらっしゃる方は中教審のメンバーとしてふさわしくないのじゃありませんか。いかがでございますか。
#260
○小川国務大臣 委員に任命をされておる方々が個人としてどのような見解を持っておいでになるか、私は知悉しておりませんことは先ほど申し上げたとおりでございますが、憲法の改正について論議なさることはもとより自由でございましょう。
 しかし、平和主義、民主主義並びに人権尊重ということを基本理念として掲げておる憲法がございます。これを受けて教育基本法というものは現に存在いたしておるわけでございますから、およそ教育の問題を論議いたしまする際に、憲法に違背し教育基本法の理念にもとるような審議が行われるとは私は全く考えておりません。
#261
○栗田委員 しかし、メンバーは偏っておりませんか。広く衆知を集めるならば、いろいろな立場の方がいろいろな角度から御意見を述べられるのならまだましですけれども、そうでない、まあ非常に世俗的な言い方をさっきもいたしましたけれども、非常に右寄りと見られる方たちがそろっていらっしゃるということを問題にしているわけなんですね。これで大事な教育内容、教科書のあり方などが答申されて、その答申に沿って文部省がもしいろいろな改訂などを進めていかれるとすれば、これは大変なことだと私は思います。
 それでは、少なくともこの中教審で審議される中身を適宜公開なさって学識経験者、専門家たちの批判がいつでもできるような、またその中でみんなの世論が集中できるような、言ってみれば国民に開かれた形での中教審の審議というのをなさるべきだと思いますが、公開ということは御検討くださいませんか。
#262
○小川国務大臣 審議会の運営は挙げて会長に御一任申し上げておるわけでございまして、承るところによりますれば、会長におかれては審議の内容を一々公表しない、かような運営方針を堅持していかれるということでございますから、文部省として口出しをいたすつもりはございません。
#263
○栗田委員 私は、今度の中教審が教科書問題などを検討して、その結果、ちょうど臨調の答申が天の声、神の声であるといって行革の中身が決められていったように、これは天の声、神の声、国民の声であるということで有無を言わさず教科書の内容などの改訂がされていったら大変なことになると思っております。そのことを深く憂えているということを申し上げまして、次の質問に移ります。
 さて、ここ二年ほど勤労者世帯の実質収入が減ってきていて、赤字が続出しているわけです。そういう中で国民生活が苦しくなっており、当然教育費の父母負担というのが非常に家計を圧迫するようになってきております。教育費の父母負担の軽減というのは、いま国民の大きな切実な要求になっております。
 ところで、義務教育の場合、公的な負担とされているものは人件費それから施設整備費、維持管理費だと言われておりますが、そう考えてよろしいでしょうか。
#264
○三角政府委員 現行制度のもとではこの経費の性格から考えまして、人件費、施設設備費、維持運営費、これらについては公費をもって負担すべきもの、そういうぐあいにされております。
#265
○栗田委員 ところが、その義務教育は無償であるという原則からいって公的負担が望ましいにもかかわらず父母負担で賄われているものが非常にたくさんあるという問題がまた起こってまいりました。
 私は、昨日すでに文部省には資料をお渡ししてありますのでごらんくださったというふうに思いますけれども、お渡ししたものは秋田県の資料でございます。秋田県秋田市の資料なんですけれども、市内五十三の小中学校を調べて、その中でかなり問題のあるものが続々と出てまいりました。これを見ますと、小学校でも中学校でも何々協力費とか何とか費ということで、実にたくさんのお金を父母から集めているわけですね。たとえばT小学校、特に名前を伏せますけれども、とこなどは学年諸費、PTA会費として教材費、視聴覚費、衛生費、体育振興費、環境美化費、その他給食費――給食費は当然ですけれども、こんなものを集めている。そして中学校などになりますと、たとえば秋田市立のJ中学校、これは校長先生の名前で「保護者各位 学校集金についてお願い」ということでこれこれのものを納金していただきたいというふうに書いてあるのですけれども、私びっくりしました、十七種類あるのですね。PTA会費、体育振興費、文化振興費、吹奏楽振興費、環境充実費、学年学級費、生徒会費、保健費、理科資料費、技家実習費、視聴覚費、美術材料費、大会派遣費、生徒会誌、給食費、学習資料、技家材料費と十七種類集めておりまして、この中学校では、学年それから男女によって違いますが、年間三万六千円から七千円ぐらいのものを集めております。
 この徴収の仕方をいろいろ見てまいりますと銀行振り込みなどをするようになっていて、私の調査でも生活保護家庭、準要保護家庭に対してまで全く同じように一律にこういうものを集めているのだそうです。この一律に強制的に何とか費という名前で集めているということについて、これは地財法違反ではないだろうかという点でまず御意見を伺いたいと思います。
#266
○三角政府委員 地財法に決めておりますのは、「住民に対し、直接であると間接であるとを問わず、その負担を転嫁してはならない。」ということでございまして、もしこれが寄附金であると考えた場合には、強制的に、そして割り当てのようなことでやるとしますとこの法律に触れるというふうに考えるわけです。いまいろいろな経費のことをお取り上げになりましたけれども、たとえば学校に備えつけている教材でございますとか、あるいは先生が教授用に使う消耗品でございますとか、いろいろな機械器具あるいは消耗品としての用紙等に要する経費、これは学校の運営経費でございますから公費でもって賄うということでございますけれども、児童生徒が使います辞書ですとかノート、そろばん、定規でございますとか、あるいは学校でいたすにしましても技術家庭等の教科に用いる材料費でございますとか、そういうもので父母が負担するということがたてまえになっておる経費がございます。そういうものにつきましては、何らかの方法で父母の方から学校の方に出していただくということは通常あるわけでございます。
 それからその集め方でございますが、私どもとしては、やはり要保護家庭とか準要保護家庭から集めますものにつきましては、いろいろな意味の教育的な思慮と申しますか配慮を働かせてやっていただきたい、こういうふうに思っております。
#267
○栗田委員 それでは、どんなものに使われているかを少し具体的に申し上げて、かつ、それが準要保護それから生活保護家庭まで同じように割り当てられているということでもう一度御意見を伺いたいと思っております。
 これはT小学校ですが、たとえば最初に挙げました環境美化費の中の走路補修、これは運動場の走路ですね。それから校内環境のベニヤ板他などというのがあります。それから視聴覚費には備品のラジカセそれから暗幕・工事代、フィルム運賃、消耗品のカセットテープ、電池、レコード、これはみんな学校に備えつけの備品ですね。こんなものを全部この中から買っているわけです。それから体育振興費では遊具、器具の電柱及運搬代などというのもありますし、運動会のグランドマークとかプール管理維持費。それから教材費です。これは全部決算書ですが、これなどはすごいですね。国語、社会、算数、理科、音楽というふうに全部の教科にわたって、たとえば国語は朗読テープ。社会は地図黒板。算数は学習シート三、四、五、六年用。理科はエアポンプ、水温調節器、解剖顕微鏡。音楽は鑑賞用レコード、指導用レコード。図工はバレン、ルーラー。家庭のミシン学習カードだとか体育のロイター板。共通は卓上プレーヤー。特殊は長椅子、電話器ゼット。それから衛生費には、これはどういう方ですか人件費まで入っています。それから手洗い石けん液だとか清掃用洗剤のクレンザー、ガラス磨き、マジックリン、これは学校のトイレなどのお掃除ですね。それからバケツだとか清掃用長くつというのもありますね。ずっとこんなものがありますが、こういうのはいかがですか。こういう中身は公的に負担すべきものではありませんか。
#268
○三角政府委員 これはいろいろその使途が細かく出ておるようでございますけれども、いまお取り上げになりましたのは秋田市の学校のPTAの予算書のような資料だと思いますが、(栗田委員「決算書です」と呼ぶ)PTAが会費をどういうぐあいにし、どういうふうに徴収し、そしてこれをどういうぐあいに予算として計上してその経費を活用するか、それの決定なり執行なりは、PTAというのは自主的な団体でございますので、基本的にはそのPTAの運営のあり方の問題になると思います。そして公費で支弁すべきものか父母が面接負担すべきものか、あるいはPTAなり後援会といったような自主的、自発的な有志の団体が学校に協力するというような形で負担すべき経費、これはいろいろあると思います。基本的には公費とその本人負担というのは冒頭に御説明したとおりでございます。
#269
○栗田委員 自治省に伺います。自治省にもこの資料は前もってお渡ししたと思いますけれども、いま私が挙げたようなものは本来公費で負担すべきもので、たとえそれが任意であろうとも寄付その他の形で私費で賄うべきものではないと思いますが、いかがでしょうか。
#270
○持永説明員 ただいま文部省の方から御答弁があったわけでございますけれども、学校で必要ないろいろな経費につきましてはそれぞれ負担関係があるわけでございますが、結局公費でどこまで負担するかというそのところが明快にきちっと線が引けない面があろうかと思います。基本的、一般的な議論としては、当然公費で持つべきものは地財法の精神からいっても公費で負担すべきだという考え方は持っておりますけれども、しからば個々具体的にどれをどう区分けするかということについてはなかなかむずかしい問題があるのではなかろうかと思っております。
#271
○栗田委員 しかし、私が先ほど挙げたようなものはどうなんですか。たとえば運動場の走路のような施設の補修だとか、それから音楽とか体育とか科目ごとにいろいろ挙げましたが、地図黒板なんて学校で使うものですね。こんなものまで全部PTAが出すというのは、元来間違っているのじゃありませんか。自治省に伺いますが、地財法に触れませんか。
#272
○持永説明員 学校教育を進める上におきまして必要不可欠な経費はどこまでかというそこの問題に尽きると思うのですけれども、私ども、昨日先生から資料もいただきましたので秋田の方にも問い合わせしたわけでございますが、秋田の方の考え方としては、学校教育上最小限度必要なものについては公費で負担しておるというようなことも申しておりますので、いまおっしゃいました個々の経費あるいはその経費の使途が、具体的に学校教育上どうしても不可欠なものかどうか、そこらの問題につきましては、個々具体にさらに詳しく聞いてみないと何とも判断いたしかねると思っております。
#273
○栗田委員 黒板は学校教育上必要でありませんか。
#274
○三角政府委員 黒板は通常必要だと思います。教科によっては必要でない場合もあると思いますけれども、通常必要でございます。
 これも、いま自治省から申されましたが、実態はやはり個々の実情を調べないとわかりませんので、私どもも一々申しかねるわけでございますけれども、必要な黒板はあるがもう一つとかもう二つとか、いろいろな観点であった方が便利だというような場合には、必要最小限度は公費でやるけれども、その辺のところは父兄会の方でひとつめんどうを見ようということはあり得ることだと思っております。
#275
○栗田委員 そんなふうにおっしゃっていったら何だってよくなってしまって、何のために地財法があるのだかわからないわけですね。義務教育の考えからいっても父母負担はさせてはならないものが非常に多いわけです。
 たとえばこんなのもありますね。中学校で、成績一覧表だとか、こんなものの印刷代までPTAが出しているのですね。それからI中学校なんかは、年間使う紙ですね、ざら紙、中質紙、上質紙、電子コピー原紙なんというものは全部親の負担になっております。年間一人当たりのざら紙、中質紙、土質紙が千二百五十枚、年間授業日数が二百四十日として、一日一人当たり五・二枚、一学級で毎日二百五十枚前後の用紙を父母負担で賄っている。これだけの分量になってきますと、とれば全部だと思いますが、こういうものまでが父母負担で賄われております。それから、時間割りの印刷代、個人記録票の印刷代、成績カードの印刷代、学級組織表の印刷代、こんなのも全部父母の負担で、PTAの学年費から出されていますね。PTAといいますか、父母が出している、子供が家から持ってくる学年費で賄われているわけです。では、こういうものはいかがですか。
#276
○三角政府委員 紙につきましても、必要最小限度の紙はやはり公費で負担すべきものだ。ただ、その紙だけですと、どういう紙をどんなぐあいに使ったか、どういうものかはちょっとわかりませんので、直ちにいまこの場で先生御指摘の可否について論ずるということはむずかしいと思っております。
#277
○栗田委員 自治省に伺います。
 文部省は、特に局長は大変慎重な答弁をしていらっしゃいますけれども、しかし、いま素直にこの中身をごらんになった場合、これは問題があるとお考えになりませんか。そういうことをあれこれおっしゃって集めてもいいような状態にしておいたら、地財法なんというのはあったってなくたって同じなんです。紙のことでも、一日に一学級で二百五十枚ですからね、毎日平均して。これは授業に使っている分も入っていると考えるのが常識だと思います。そんな、毎日毎日文集なんか出しているわけじゃありませんしね。こういうことやらなにやら全部さっきから挙げたものを含めて言っているわけですが、自治省、いかがでございますか。
#278
○持永説明員 先ほど来お答え申し上げておりますように、個々具体の問題につきましては即断いたしかねる面がございますけれども、しかしながらやはり、本来公費で持つべきもの、あるいは公費で持たなくてもいいものというものを常に見直しをしてきちっと整理はすべきだと思っております。
#279
○栗田委員 問題はありますね。
#280
○持永説明員 具体的な実情まで十分調査しておりませんので、問題があるかどうか即断いたしかねております。
#281
○栗田委員 これは調査なさるべきだと思いますが、ぜひ調査してください。いかがですか。
#282
○三角政府委員 私ども、県を通じて聞いてみてもよろしいと思っております。
 一般的に申し上げますと、なるべくこの税外負担と申しますか寄附金というものは少なくしていこうという、そういうことは私どもの方針としては持っておりまして、従前、小中学校総経費中に占めるPTA等の寄附金による負担額の割合が四十年度は二・二%でございましたが、五十四年度では〇・四%というぐあいに減ってきております。
 ただ私どもは、やはり学校教育をいろいろな意味で盛り立てて教育していこうという非常に善意のお志まで、これは悪いことだというぐあいには申しておらない。そういうことでございます。
#283
○栗田委員 聞いてみてもよろしゅうございますとおっしゃっていますけれども、単に秋田市だけの問題ではなくて、実は全国的にいまかなりの範囲でこういうことがやられてきているようです。たとえば私の地元である静岡県などでも、清水市、島田市、それから静岡市などの市議会で問題になっております。
 ほかのものも持っていますけれども、きょうは清水市の例だけ持ってまいりましたが、環境整備費とかなんとかいう名前で、いろいろな校舎の補修などをやっているのですね。それから、体育館用のいすだとか材料だとか体育館の通路の鉄材だとかという施設に及ぶものまでも賄ったり、体育館の暗幕、緞帳、本箱なんというものもみんな入っています。
 それから、和歌山市でも同様の例がありまして、これは小学校十七校、中学校五十三校、計七十校を対象にして調べましたが、昭和五十三年度の場合、たとえば図書費は小学校で、市費、和歌山市が出しているのが千五十八万円、PTAが九百四万円。中学校では図書費が、市が出しているのが三百六十九万円、PTAが六百万円。それから施設整備費は、小学校が、市が出しているものが二億八千五百六十五万円、PTAが一億八千八百九十五万円。中学校が、市が九千十八万円、PTAが一億五千三百八十万円でして、これを総計してみますと、市が小中通して出している図書費、施設整備費は三億九千十万円なのに、PTAが三億五千七百七十九万円も出しているわけですね。こういう中身になっております。
 だから、父兄の善意で賄えるものはとおっしゃっておりますけれども、この内容なども、施設整備費などまでが含まれているということで、私は、非常に問題があると思います。こういうことが全国的にあちこちでいま問題になっているということで、私は文部省のもっとしっかりとしたお考えを伺いたいと思うのです。
 それはやはり、いま教育予算が削られてきておりますために、実際には教育のために必要な教材だとか施設だとかというものを賄い切れなくなって、ひいては親の負担に頼るようになる、そういう状態がいま広がってきていて、しかもそのことに対して、義務教育は無償であるという立場や――これは義務教育だけじゃありませんけれども、地方財政法に照らして、公的に負担すべきものはきちっとすべきだという文部省の確固とした御指導が余りないものですから、よけいずるずるとこういう形で父母に頼るようにいまなってきているのじゃないだろうか、私はそう思います。
 これは重大な問題でございます。ぜひ調査をしていただきたいということと、それからこういう形で公的負担をすべきものを、しかも強制割り当てのような形で父母に負担させていくということのないように今後指導をしていただきたいと思いますが、大臣のお考えを伺いたいと思います。
#284
○小川国務大臣 だんだん承りましたが、PTAは民間団体でございますから、徴収した会費をどのように使うかということはPTAが自主的に判断すべきことだと存じます。
 ただし、これが公的負担の肩がわりに充当される、そのために多額の会費が徴収されて父兄の負担を増高するというようなことは、きわめて好ましくないことであると考えております。何分ただいまこの場で承ったようなことでございますから、秋田県につきましては実態を調べてみるつもりでございます。
#285
○栗田委員 自治省に伺いますけれども、地財法の第十条、それから二十七条の四をちょっとおっしゃってください。
#286
○持永説明員 地財法の二十七条の四でございますが、「市町村は、」「当該市町村の負担に属するものとされている経費で政令で定めるもの」、具体的には、政令では市町村の職員の給与費、それから小中学校の建物の維持、修繕費、これが決められておりますけれども、そういうものについて住民に対して負担を転嫁してはいけない、こういうふうになっております。
#287
○栗田委員 十条は。
#288
○持永説明員 十条はたしか国と地方の負担関係の条文だったと思いますけれども、いま持ち合わせておりません。
#289
○栗田委員 割り当て寄附の禁止じゃありませんか。
#290
○持永説明員 割り当て寄附の禁止は四条の五でございます。
#291
○栗田委員 そうですか。それは私が間違えました。
#292
○持永説明員 これは地方団体でございますけれども、地方団体は住民に対しまして寄附金を割り当てて強制的に徴収してはいけない、こういう規定になっております。
#293
○栗田委員 こういう地財法があるわけですから、PTAが使うのは任意だけれどもとおっしゃいましたけれども、私が問題にしているのは、そこに触れるのではないかという疑いがあるということで申し上げているわけでありまして、ぜひ御調査を全国的にお願いしたいと思います。
 それでは、時間があとほんのわずかになりました。一言だけ最後の質問をいたしますが、昨年のちょうどいまごろ、高等学校の寄附金問題を取り上げました。そして学校の施設などにかなり多額の寄附金が割り当てられていて使われていたということで問題にしたわけでございますが、どう改善されたのか、どう指導なさったのか、その現状を伺いたいと思います。
#294
○柳川(覺)政府委員 静岡県におきまして、課外活動のクラブ活動等のために主として利用される合宿訓練等のための生活館などの建設に当たりまして、後援会等が寄附金を徴収した事実がございます。これにつきましては、県教育委員会を通じまして事情をお聞きいたしましたところ、寄附金の徴収方法等におきまして寄附金の任意性に誤解を招くような面も一部見受けられました。それらの点を教委でも詰めまして、昨年の七月に県教育委員会は各学校に通知を出しまして、寄附金に絡みますところの徴収方法あるいは公私の別を明らかにする等の改善措置を講じてまいりました。
 今年のこの面の寄附金につきましては、いま申しました寄附金の任意性を強調した取り扱いがなされておるというふうに承知をいたしております。
#295
○栗田委員 また新学期を迎える直前になっておりまして、新入生のオリエンテーション等もやられる時期になっているわけです。強制寄附でないということをはっきりさせることや地財法に触れるような用途で使わないこと、それを何としても徹底させていっていただきたいと思います。
 それから、最後に一言申し上げますが、昨年の春この問題を国会で取り上げて、その後文部省からの御回答をいただくということで幾度も幾度も足を文部省に運びました。ところが、誠意ある回答がなくて、課長すら出てこないという状態でございました。そういう中で、まるでこれでは寄附金を勧めているのじゃないかという気持ちにさえなる対応がありましたので、そのことを強く抗議したいと思います。
 何といっても、子供たちの教育のために公的に負担すべきものが父母に肩がわりさせられることのないように、地財法を守る立場できちっとした指導をしていただきたいということを最後に申し上げて、大臣の御決意を伺って終わりにいたします。
#296
○小川国務大臣 先ほど申し上げたとおりでございます。個々の事例につきまして、私が申し上げました趣旨に背反いたしておるようなことがございますれば、是正に努めてまいりたいと思います。
#297
○栗田委員 終わります。
#298
○青木委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後五時三十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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