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1949/01/27 第7回国会 参議院 参議院会議録情報 第007回国会 通商産業委員会 第3号
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1949/01/27 第7回国会 参議院

参議院会議録情報 第007回国会 通商産業委員会 第3号

#1
第007回国会 通商産業委員会 第3号
昭和二十五年一月二十七日(金曜日)
   午後二時二十一分開会
  ―――――――――――――
  委員の異動
十二月二十三日委員川上嘉市君辞任に
つき、その補欠として宿谷榮一君を議
長において指名した。
十二月二十六日委員小林米三郎君辞任
につき、その補欠として中川以良君を
議長において指名した。
一月二十一日議長において平岡市三君
を委員に指名した。
一月二十六日委員宇都宮登君辞任につ
き、その補欠として山内卓郎君を議長
において指名した。
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○派遣議員の報告
○公聽会開会に関する件
  ―――――――――――――
#2
○理事(玉置吉之丞君) これより通商産業委員会を開きます。本日は委員長が不在でありますから、私がその職務を代理いたします。前国会において審議未了となりました特別鉱害復旧臨時措置法案は去る十二月二十三日に再び提出されました。予備審査として当委員会に付議されております。就きましては、法案の審議に先立て、本日は鉱害に対する現地視察の委員より御報告を伺いたいと存じます。尚、公聽会等についても御相談をいたしたいと考えます。この場合山口班の方から一つ御報告をお願いいたしたいと思います。
#3
○中川以良君 現地の鉱害施設につきまして、私が本月の初めに九州地区並びに山口地区を見て参りましたので、その状況について概略の御報告を申上げます。丁度参りまするのは、私と駒井委員とが参ることになておりましたところ、駒井委員が止むを得ざる御要件のために参加されませんので、私と林專門員並びに長尾主事と共に参つた次第でございます。
 先ず本月の十二日に福岡の折尾に着きまして、ここで杉本福岡県知事より鉱害の状況を聽取いたしました後、高松、中鶴炭鉱の附近、及び遠賀川の筋、更に新入、赤池、方城及び田川の、これらの炭鉱附近を同日視察をいたしたような次第であります。そして翌十三日に山口県に参りまして、小野田において小野田附近の状況を視察し、更に詳細の説明も聽取いたしました。即ち桜山炭鉱、小野田炭鉱、小野山炭鉱、若山炭鉱の諸炭鉱をそれぞれ視察いたして来た次第でございます。それから翌日は宇部地区の第二雀田炭鉱及び長伸炭鉱の被害地を視察いたして、同日午後宇部石炭局におきます官民合同の、これは炭鉱経営者側、被害者側、並びに地方自治団体等の人々が出席をしてくれまして、忌憚のない懇談会をいたしまして、これを以ちまして、視察を終えたような次第でございます。
 大体視察の対象となりましたところを列挙して申上げまするならば、先ず九州の筑豊地区におきましては、高松炭鉱一坑附近の約五百五十町歩の陥沒地帶を見たのであります。それから中鶴附近の中間町岩瀬の約七十町歩の陥沒いたしておりまするところの耕地を見ました。ここは只今ボタで以て埋立工事をいたしておりまして、このボタの上に更にいい土壌を積み上げて前の状態に復帰をする工事であります。それから更に遠賀川の護岸工事の状態を視察をいたしました。それから新入炭鉱附近の古月村の墓地及びその附近の部落の住宅の被害状況、並びに農耕地の水沒地帶、及び減收しておりまする田地の現状、更に西川沿岸の河床が上昇をいたしておりまする現場、及び今の陷沒地に溜つておりまするところの水を常時排水用のポンプでこれを汲み出しておりまするところの現況等を見たのであります。更に赤池炭鉱の発電所附近の部落の陷沒地帶、及び今申しましたようなやはり排水ポンプを据えて排水しておりますところの現況を見たのであります。次には方城炭鉱附近の耕地の不規則な陷沒地、及び排水ポンプによる施設、それから彦山川の堤防が不同沈下をいたしておりまするところの、到る所堤防が沈下をいたしておる状況、並びにこの附近の家屋の傾斜破壊状況、及びこれに対する一部復旧をいたしておりまするところの現状を視察いたしました。最後に九州におきましては、田川炭鉱附近の下伊田地区の農耕地沈下地帶の給排水施設の状況、並びに伊田南部の学校の被害状況を見たのであります。学校がやはり傾いて何遍も地上げをしても又沈下をする状態等を具さに見たのであります。それから山口県の宇部小野田地区におきましては、桜山炭鉱附近の約六町歩に亘りまする陷沒不毛田地の状態を見たのであります。次に小野田炭鉱の有帆川流の海面の干拓工事現場に続きますところの約四十町歩の水沒田の復旧工事をやつておりまする現状、更にこれに続く各所に点在しておりまするところの不毛田、減收田の現状を具さに見ました。並びに若山炭鉱附近の道路が沈下しておりまする状況、及び附近の民家の被害及びこれらに対する復旧をしておりますところの状況、次に小野山炭鉱附近におきますところの瞬時中炭鉱統合後の強行採炭によりまするところの田面、家屋に與えた被害の現場、これは町の殆んど真中というような所に坑口を開け、或いは竪坑等を入れておるというような実に極端な一つの例であります。ここにありまするところの小学校がやはり非常に傾斜をしておりまして、就学児童に及ぼす危險な状態をもよく学校の校長から聽き、又現場を見たような次第であります。更に第二雀田炭鉱附近の約十四町歩の水沒地帶及び家屋床上げの現状、それから用排水路の沈下をいたしておりまする状態を見ました。更に長伸炭鉱附近の耕地の点在、各所に点在しておりまするところの陥沒地帶の現状、それから用排水路の沈下しておりますためにこれが復旧の現場等更に各所に沈沒地帶が出来ましたので、水田が小型畦畔を作りまして、沢山幾つにも畔を作りまして、耕作をしておる場所の実情等をも見たのであります。
 以上のような所を見て参りまして、この視察をいたしましたところの概括的な所感を簡單に申上げますならば、この視察をいたし、我々が現地の実情に接し、又現地の被害者その他関係者の真の叫びを聞き、更に最後におきまして懇談会をやりまして、いろいろな率直なる意見等も聽取をいたしました。これらを総合的に達観をいたしまするに、先ず法案の狙いといたしまするところの特別鉱害と、それから一般鉱害との判別につきましては、今少しくこれに時日をかけて調査をするのでなければ、明言ができないのではないかと存ずるのであります。極めて判定困難と思われるものもあるように感じられました。併し場所によつては認定が明白なものも沢山ございます。これらの認定に当りましては、仮にこの法案が通りましても、愼重に取扱う要があるであろうということを先ず第一に痛感をしたような次第であります。
 それから第二には、特別鉱害の根拠となりまするべき強行命令書や、或いは施業案等戰争中のものをいろいろその写し等を見たのでありまするが、これらは日にちがないので十分調査する暇がなかつたのでありますが、戦時中に強行いたしました小野山炭鉱とか、若山炭鉱等の、小野田市街地の下を百尺ぐらいの所を掘つておるというような浅い所を採炭しておつたような実情、更に九州の遠賀川の堤防の下をやはり強行採炭をさせたというような、かような乱暴な措置は今更の如く、私共戰時中如何に無謀なことをやつたかということを痛感して止まなかつたのであります。
 第三には、動力資材が戰時中において極めて不足をいたしており、一方において増産を強要されたために、実質的に到る所強行採炭を、不合理なるところの採炭をしておつたということは、全くこれは到る所に認められておるのであります。
 第四には、以上のような結果によりまして、鉱害というものは私共が想像したより以上に、現地におきまするところの被害状況は激甚であり、而もその範囲は極めて広大であるということを感じたような次第であります。
 第五には、復旧工事の状態を見まして、又被害者の方々の実情等を拜見いたしまして、この復旧工事は一刻も休止をすべきではない。特に被害堤防の復旧工事等は、工事の中止によりまして、万が一この不測の水害を蒙ることがあつたならば、実に寒心に堪えないところの大きな被害を惹起するであろうということ。更に道路とか或いは橋梁、又その他公共施設等は住民の日常生活に極めて重大なる関連のあるものでございまして、これらに対しては至急に工事を進めなければならん、而もこれちはできるだけ国家が多くを負担をし、できるならば国家が全額を負担でもしてやるべきであろうということを、私は感じて止まなかつたのであります。
 それから第六には、家屋住宅が破壊又は沈下されております状態、又各地においてこの鉱害のために井戸水が全部渇れて飲料水を失つたために、そこに住んでおります者が非常に困つておるというような、これらの殊に日常生活に及ぼしておりますところの影響に対しては、これ又放置ができないと存ずるのであります、更に又收穫を失つた農民は、その一部を炭鉱より金銭補償を受けているのでありまするけれども、これがために転落農家となり、従来地味もよく收穫も沢山あつた農民が、今日かような状態のために生活に脅威を受けているというようなことに対しましては、早く何とかこれを善処すべき措置を取らないと、これは社会思想的にも極めて面白くない結果を見るであろうということを感ぜざるを得なかつたのであります。
 第七には、地方公共団体及び炭鉱の鉱害復旧に対して盛り上るところの熱意は、私共大いに感動をせしめられたよろな次第でありまして、地方のこの法案に対しまするところの、今日関心というものは非常に大きなものがあると存ずるのであります。併しながら宇部地区のような低品位炭産出の地方では、石炭の統制撤廃以来到る所休廃業をいたしております鉱山が続出をいたしておりまして、延いては復旧及び補償に対しまして、炭鉱といたしまして十分なる措置ができない、又望みがないというようなことがございまして、被害者がこれがために非常に不安が深刻化しているということがよく見受けられるのであります。
 第八には、本法案に対しまするところの被害地の期待は、只今申しましたごとく頗る大きなものがあるのでありまして、早くこれを通して貰いたいという声がございます。然るに目標金額は五十億円に過ぎないのでありまして、特別鉱害の認定にも、これは問題が今後沢山出て来るものと存ずるのであります。その結果特別鉱害の認定の選に洩れて失望する者がらく沢山出るであろう。今日は特別鉱害も一般鉱害もその地元の人はこれは混同して考えまして、どの鉱害も全部この法案を以て復旧されるであろうと安易に考えている者もあるのであります。この点は将来十分愼重に考えなければならないと存じます。これがために一般鉱害の被害を受けた者も、この法案に便乗して復旧をして貰おうというようなことを考える向きもあるかのように考えられますので、これらは大いに考慮を要するかと存じます。
 それから第九には、以上の諸要請から見まして、言い得るねらば、復旧予算の今年度増加はできるだけ国庫が余計にこれを負担する。理想から言えば国庫が全額を負担したならいいのではなかろうか。それから更に五ヶ年と申しまする期間も、能う限り短縮することが望ましいと存ずるのであります。
 第十には、最後にこの法案に対しまする現地の反響を総括的に申しまするならば、先ず第一に現在の被害状況を早期復旧をするために、法律の制定を急速にすベしという声は各地とも多く、いずれにしてもこの被害の復旧は、一刻も忽がせにできないということは一致した意見のようでございます。それから政府原案に対しまして筑豊地区並びに小野田地区の一部等におきましては、無修正通過を要望しておりまする向きが多いよろでございます。それから現地の公共団体のこれがために受けますところの苦痛も相当多いのでございまして、これらの人々はこの法案ができるだけ早く通過いたしまして、復旧対策が確立できますることを、要望を強くしておりまするようであります。それから宇部地区の一部即ち海底炭鉱を主とする非加害炭鉱は原則的に鉱害復旧には賛意を表しておりまするけれども、納付金の負担には極力反対をいたしておるのであります。即ち加害炭鉱は負担をすべきでも、非加害炭鉱は負担をすべきではないということであります。殊に非加害炭鉱におきましても、いわゆる炭鉱自らが或いは海底において浸水したとか、その他いわゆる特別鉱害地区にあらざるところの大音な負担を背負つておるということを強く主張しておるのであります。それから最後には納付金の問題につきましてはいろいろな意見がございまして、例えば北海道とか九州等の五千円も六千円もする炭と、宇部地区のような二千円も今日割るような炭と、同じような一率のいわゆるトン当り二十円二十六円九十銭というような一率の負担をしようということは極めて矛盾があるのではないか。これは飽くまでも公明に扱うベきであろうという意見が強く出ておりまする次第でございます。かよう次第ございまして、大体視察をいたしましたところの状態は以上ようなわけでございます。今後はなお法案にたいしましては飽くまでも私共は公明なる立場におきまして、嚴正に、これを検討いたしまして、各方面の希望に応うべきではないかと思うのであります。宇部地区の懇談会におきまするところのいろいろな話もございますが、これはどうですか。
#4
○理事(玉置吉之丞君) 簡單に一つ。
#5
○中川以良君 それでは極めで簡單にその懇談会におきまするところのいろんな意見を二、三申上げて見たいと存じまするが、小野田の市会議員をしておりまする太田某は被害者を代表いたしまして、特別鉱害復旧は加害炭鉱のみに責任を負わすべきではない。戰時中に取られた非常識な国家の手段による強行採炭によつての鉱害であるから、当然国がその責任を負うべきであろう。戰時補償を打切つたことに伴つて放置されていることは、我々は納得できない。国が財政的に本件の処理不能のため、今回こういう法律を作つたのであるから、是非一つ早くこれが実現できるようにして下さいというような要望であります。
 それから山口県鉱害被害者連合会書記長の和田某が申しまするには、鉱害による被害者の窮状は見られた通り、’家は傾き、父祖伝来の耕地は不毛又は減收田となつて、農民は非常に苦悩を嘗めておる。それで一日も早くこの我々の耕地を復旧して貰いたい。殊に宇部地区におきましては、石炭統制撤廃以来休業或いは廃業の山が続出をしておるので、被害耕地が炭鉱の運命と共にどうなるかということを皆が案じて、将来を思うと我々は実に慓然たるものがあるのだ。何とかこの点を御同情をして貰いたいということであります。
 厚狹町長の山木某は、厚狹市におきましては、地下百尺の浅い所を強行採炭をしたので、鉱害発生を見たのは当然である。戰前には二毛作の良田であつたのが、陥沒の結果二十町歩に亘る耕地が僅か五十ミリの降雨によつて、さながら沼と化してしまうというような状態である。用排水路に及ぼしたところの鉱害により、二百町歩の麦作を全滅したといろ例がある。これが対策といたしましては、二十四年度に百五十万円の町費を投じで通水量を五倍に改良したが、なかなかこれでも思うように行かない。これがために町の財政は大きな負担となつて困つている。更に道路は随所に陷沒を生じ、二百間に亘つて盛土工事を施行中である。町としては当惑している。更に井戸の水が涸れて一滴の水も出なくなつて、今日数百戸に対するところの給水に非常な困難を覚えているというようなことを申ているのであります。
 それから船木町長の山本某は、従来は当町は六ケ所の炭鉱の鉱業所があつ月一万二千トンの出炭があつたのであるが、そうして人口の四割は炭鉱関係者であると言つてもよい炭鉱町であつた。併しながら今日平均四千カロリー以下の低品位炭にて、統制撤廃と共に人員の整理が始つて、失業者は二千人に上つている。失業対策も今日としてはさながら焼石に水である。かようなところに持つてきて、鉱害が方々に出ておるので、非常に町としても住民としても困つている。この鉱害によるところの被害者は全町の人口の半分に及んでいる。井戸水の涸渇、耕地の陥沒、家屋の倒壊、又道路橋梁の被害等極めて甚大なものがある。殊に飲料水の処置は緊急を要するので、厚生、建設両省に調書を三回も提出してお願いしたけれども、まだこれの決定を見ていないというような状態であるというようなことを申しております“それから炭鉱労働組合の山口支部長の木村某は、この法案は是非早く実施して貰いたい。併し労働者の立場として是非お願いしたいということを申して、次の四点を申しております。それは第三條の特別鉱害認定は直接財源との関係を有するから、審議会を單なる大臣の諮問機関としないで、決議機関として、民主的にこれに労働者代表をも加えて貰いたい。第二に復旧工事の認可は急速且つ的確なる鉱害復旧を建前としているのであるから、非加害炭鉱、加害炭鉱、労働組合等よりなるところの民主的機関を組織してこれに決定権を與えて貰いたい。それでこの復旧個所を決めて貰いたいということであります。
   第三には、第二十二條の財源については、法案に示す期間の鉱害は国家の総力によつて行なつたことであるから、軍事補償打切の原則はあるとしても、全額国庫は負担すべきである。それから山口地区について言えば、炭鉱が不況であるから、原案通りとすれば労働條件の低下が来る。現在九千名の者が失業手当を受けているが、その中には炭鉱で抱えておる者が七千五百名を占めている。これはこの上炭鉱にこの経費を負担させた場合には労働條件等が悪くなり、社会問題をもつと大きく惹起するということを言つております。
 それから第四には、附則の工事実施期間は五ケ年となつているが、急速に復旧する必要から、期間は短縮されたいと言つております。
 それから非加害炭鉱の代表といたしまして、宇宇部興産の濱野某は、本法案の趣旨には賛成である。復旧の一日も早いことを希望する。被害がこのまま放置されていることは自分も非常に遺憾に思う。但し本法案は立法の際に国費の負担が困難にてかような形となつたのであるが、本来は国家が負担すべきものである。国家がこれがために全額負担ができなければ、直接加害炭鉱のみによつて負担をして貰いたい。強行採炭を原因とする被害は地下にも及んでいるが、海底炭鉱浸水の補償を国家はやつていない。強行採炭によるところの海底炭鉱は出水増加を来たし、今日でもまだ排水の負担を炭鉱自体が背負つて進めておる。坑内鉱害に対して国は何ち補償も與えないのであるから、非加害炭鉱は眠に見えない、又特別鉱害以外の負担を沢山背負つておることを是非認識をしで貰いたい。然るが故にこれに対する非加害炭鉱が、この法案にあるような負担をするといことは得心が行かないということを申しております。
 更にやはり非加害炭鉱の大濱炭鉱の灰谷某は、鉱害の復旧は是非実施すべきである。その方策としては政府立案の法律案の趣旨には賛成であるが、次の三点に問題がある。この問題の解決なしには法案を進めることは如何かと思われる。
 一つ、地表沈下という鉱害を一定期間、即ち昭和十六年十二月八日から二十年八判定することは事実上不可能でおろう。
 それから二つには、法律案の根幹を相互扶助精神に求めておるが、これを強制することは当を得ないと思う。仮に強制するとするならば、全般的な諸條件に対して行うべきである。
 三には、戰時強行出炭によつて発生したところの鉱害は、本法に言うところの地表沈下のみではない、目前の出炭増加に狂奔する余り、補修及び掘進作業は中止をされ、湧水の増加、運搬系統の複雑化等は、将来炭鉱が永久的に背負つ自己に対する大きな鉱害である。地表沈下が鉱害として相互扶助の下に取上げられるならば、これらの諸問題も同時に取上げられなければならないと信ずるのである。
 これを要するに、鉱害の復旧には賛成であるが、それはすべての鉱害について行わるべきものでありますと共に、その鉱害を生ぜしめた炭鉱工業権者の責任と負担とによつて実施をせらるべきものであると信ずる、かようなことを申しております。
 それからもう一つ、やはり非加害炭鉱の沖宇部炭鉱の藤部某は、本法案に言うところの復旧は当然国が行うべきもので、万が一止むを得ず財源の一部を炭鉱に負担せしむるとしても、非加害炭鉱より徴收することは不適当であり、且つ負担に到底堪えない。特別鉱害については次の諸点に問題があるということを申しております。これは施業案によるもの以外は炭鉱側に責任がある。出炭を強いられたことは事実であるが、その点は海底炭鉱も同様であつて、理由にはならない。二つには、一般鉱害と特別鉱害とを混同しておる虞れがあるのではないか。真の特別鉱害はそれ程多くはないと考える。その区別を厳格にやつて欲しい。三には、当炭鉱は昭和二十年七月に戰災を受け、又坑内浸水事件もあつたが、自力で復旧し、これが経営上の非常な重圧となつて来ておる。この上更に地表鉱害の納付金を負担することはできない。仄聞するに北海道、常磐地方は納付金を免除されるということであるが、宇部も同様の取扱を受けるべきであるというようなことを申しております。
 それからもう一、二点で済みますが、どうせ公聽会をやられると存じますが、その参考になると思いますので、ついでにもう少しく御報告を申上げます。
 これも非加害炭鉱の松濱炭鉱の土井某は、戰蒔中の強行出炭を原因とする鉱害であるから、終戰後に開坑した松濱炭鉱のごときは納付金免除の措置を採つて貰いたい。この炭鉱は終戰後に開坑した新らしい炭鉱であります。それで復旧すべき義務は当然加害炭鉱にあるのであるから、国と加害炭鉱において財源を負担すべきであるということを申しております。
 それから更に非加害炭鉱の瀧口炭鉱の平川某は、やはり同じように、本法案の成立は望むが、納付金の賦課方法は修正を要する。宇部地区のような低品位炭鉱と、九州、北海道等の、主として高品位炭の産出炭鉱とでは、売値に格段の差があるから、これに対して同一の納付金を取ることは適当でないということを申しております。
 それから小野田炭鉱の吉田某は、加害炭鉱としては復旧を一日も早く行い、社会不安を除去したいのであつて、これがために従来より自力を以てでも、できる限り復旧を行なつて来たのである。又今後も続けて行く考えである。かかる状態の中に立案された法律案が、炭鉱のためだけでないことは明らかである。全体がこれをやはり責任を持つて行うべきで、今日の社会政策上是非必要なことであるから、是非原案通りこれを施行されることを懇望するというようなことを申しておるのであります。あといろいろな意見もございまするが、大体大同小異でございます。
 以上の次第でございまして、私共は視察を終えまして帰つて来たような次第でございます。今後の御審議の上におきまするところの御参考に申上げます。以上をもちまして御報告を終ります。
#6
○理事(玉置吉之丞君) 次に九州班をお願いいたします。
#7
○廣瀬與兵衞君 それでは只今から去る十二月九日より十二月十五日までの一週間、福岡県下及び熊本県の一部に亘る、筑豊炭田、三池炭田地方の特別鉱害地視察の経過につき御報告いたします。派遣されました議員は社会党の島清先生、緑風会の鎌田逸郎先生、民自党の廣瀬の三人でございます。視察しました被害箇所の詳細は後で述べることにしまして、先ず被害状況の大要につき申し上げます。何と言いましても福岡県は石炭県で、昨年度出炭実績によりましても、千四百三十万トンで全国出炭量の四〇%に及び、又その半面これがために多大の鉱害を蒙つていることもまた見逃せない事実でございます。特に戰時中の強行出炭は、九州に集中されたような状態で、その鉱害も又我々が想像していた以上に大きく、この度の視察により、特別鉱害が如何に大きくへ又その被害による影響が地元側に與えている物心両面の苦痛は、実際に現地を視察し、被害民の切々たる陳情を聞いて見なければ分らないのではないかとさえ思つたくらいでございます。福岡県下の炭坑は比較的平坦地の耕地又は人家密集の地域で採掘している関係上、土地陥落に因る被害が激甚で、その現象も多岐多様にわたり、昨年九月現在の調査によると、特別鉱害の復旧費総額は百二十九億六千万円の巨額に達すると言われ、実に九州、山口地方における全被害の九〇%に相当する甚大なものでございます。従つてその被害の及ぶところ、耕地にして六十二ケ市町村に跨がり、これがため年々の米麦の減收は、二十二万八千余石、広範囲に亘る耕地の傾斜又は、水没、或いは灌漑排水施設を破壊され、水田としての効用価値を喪失又は減退し、祖先伝来の田畑を失い、余儀なく農業を離れ転職している者も決して少なくないようです。然しながら現下の経済情勢下においては転職とて、容易にできず、被害農民からは原形償還の切々たる要望を到る所で受けた次第です。家屋被害戸数は二万三千二百戸に及び、倒壊或は傾斜陥落し、降雨毎に雨漏又は浸水し、保健衛生上放擲して置けない状態にあり、飯塚市の一部の如きは、過去の繁華商店街だつたものが、戰時中の強行出炭のための鉱害により今は見る影もない街になつているのも見かけられました。又道路、河川、橋梁、堤防、港湾等の公共施設の被害も相当大きく、道路の如き、その延長二十一万三百六十メートル、河川堤防の延長十四万三千五百メートルを算し、いづれも波状的に陥落し、道路は常時浸水或いは降雨時浸水して、交通運輸に甚だしく支障を来たし、河川堤防等の陷落は出水時氾濫、又は決潰の虞れがあるものもあり、沿岸住民に及ぼす精神的苦痛は勿論、慮外の災害を誘因する危険のものもあり、特に熊本県の荒尾市のごときは、三池炭鉱の戰時中の強行出炭により、海岸堤防に亀裂を生じ、幾度かの風水害におそわれ、その決潰が憂慮され、一に荒尾市の市政は市民一体となつて日夜鉱害対策に費されている所もありました。上水道にありましても、地盤の陷落、地下水位の低下、漏脱又は洗炭水、坑内水の放流等に因り、被害人口は百万人に及ぶと言われています。これは筑豊炭田地帶を縫つて流れる遠賀川の上水道工事現場を見ましてもその状態がよく分りました。又鉄道の被害も大きく、筑豊炭田一円に跨がる直方保線区の鉱害総延長は約十九キロと言われ、到る所被害あり、他の鉱害視察と並んで、容易に視察のできましたことは、余り嬉しくない現象でした。沈降量も累計最高七メートル五〇、現在尚一メートル二〇程度の沈降を見ているので、これを加えると実に八メートル七〇の沈降量を示している所もありました。鉄道は石炭産業と切離すことのできない密接な関係があるので、線路復旧に懸命の努力をしているが、なお相当の被害が残つているような状態でございました。其他墓地、通信、送電施設等の被害も多数あり、遠賀郡中間町の常貞部落の墓地のごときは、昭和十八年の強行出炭により陷落、降雨期には水浸し、お盆のとき橋をかけ、墓石に線香を投じで橋の上から墓参するごとき状態でありました。以上のごとき被害状況でございますので、特別鉱害として全国被害の九〇%を持つ福岡県民は、石炭生産者、被害者、自治団体を問わず、一丸となつて日夜鉱害対策に懸命の努力を傾注されている状態で、県政上大なる一劃を成し、今度の法案審議について、参議院通産委員の鉱害地調査については、全面的賛意と協力を寄せていただき、連日強行軍の日程で、雨中傘をさして見ることもあり、現地では被害民の切々たる陳情にあい、日沒後おそく宿につくこともありました。これも一重に県民の鉱害対策に対する熱意の現われで、私達一行もその熱意に打たれ終始観察を行なつたような次第でございます。それでは次に視察しました日程の順に従い簡単にその状況をお知らせいたします。十二月九日東京を午前十時三十分発、翌十日午前十一時半折尾着、直ちに三菱化成黒崎工場に着きました。これは以前本委員会で陳情を受けましたことのある問題で、特別鉱害ではありませんが、鉱害の一種で黒崎工場にとつては命とされる瀬板貯水池の地下が、高松炭鉱の採炭によりそのダムが危険にさらされていると言ふことで、三菱化成と高松炭鉱との間で種々紛糾のあつた所でございまして、目下調査団を編成しその解決に努力しているような状態で、鉱害調査の一端として瀬板貯水池を見せていただき、細部の問題には触れず、直ちに高松炭鉱の鉱害地視察に向いました。先づ遠賀郡水巻村陷落地状況視察。ここは戰時中の強行出炭に基く被害の顯著な所で、総拂式採炭により、被害の起ることも予め考えられたが、強行出炭命令上止むを得ず採炭、地表の陷落を来たし、耕地が一面の沼と化し、排水も困難なような状態となつていました。尚隣接鉱区は終戰後同一條件のもとで、五〇%実收率の残柱式により採炭、現在何ら被害の現われない事は、如何に戰時中の強行出炭が被害を伴つていたかを物語つているようでした。次に曲川沿岸耕地の陥落復旧工事を車中より視察、ここはやはり特別鉱害地で、昭和二十三年一億七千万円の予算で百七十町歩の耕地復旧と堤防の復旧工事を実施中であるが、配炭公団の廃止により、復旧費二四%のプール資金の中絶により、前途に不安を感じ工事は遅延の状態にありました。次に水巻村頃末地域の省線沈降地帯視察、ここも特別鉱害で丁度県道と省線とが交叉した地域に鉱害が現れ、省線も県道も沈下し、ガードになつている省線の下の県道は、車馬の交通にさえ支障を来たしている状態でした。次に遠賀郡中間町に於ける上水道工事視察、ここは昭和十八年頃の強行出炭により、遠賀川上流の本数炭鉱の選炭汚水及び坑内水が流れ水質を汚濁し、そのまま水源となし得ないので、伏流水を取入れて水源にすべく消毒しているような状態でした。これからの給水範囲は、六市一町人口七十万に及ぶと言われています。以上高松炭鉱の鉱害地で、次に大辻炭鉱の鉱害地視察に向い、先づ遠賀郡香月町の住宅被害地を視察、ここは昭和十八年から二十年にかけての強行出炭により、三メートルの沈下を来たし、市街地でありながら殆んどその様相なく、昭和二十四年の第二・四半期分のプール資金により嵩上げ工事継続中なるも、以後は公団の廃止により工事不能となる見込で、現在一部工事を中止して、工事半ばに終らんとする状態でした。この頃は降雨激しく傘をさして見たような次第で、一入被害民の気持は暗いように思われました。次いで三菱新入炭鉱関係の鉱害地視察に向い、先づ鞍手郡劒村地内遠賀川左岸堤防工事視察、ここは戰前一般鉱害として復旧済のところ、昭和十七年から十九年にかけての強行出炭により、一メートル乃至二メートル沈下、応急対策として昭和二十三年から二十四年にかけ工事継続中でしたが、プール資金の廃止に伴い工事を中止中で、若し堤防が決潰すれば、遠賀郡左岸平坦地一帶は非常な危険にさらされる状態にありました。次いで鞍手郡香月町、及び中間町の墓地の沈下現場を視察、両地域共昭和十八年頃の強行出炭により沈下したもので、降雨期には墓に行くこともできず、橋をかけ橋の上から線香を投じ墓参するの奇景を呈すると言われ、地元民は長時間我々の来るのを待つて、陳情を受けた次第です。次いで翌十一日古河月尾炭鉱関係の鉱害地視察を行い、先づ鞍手郡小竹南小学校の被害状況視察、ここは昭和十八年頃からの強行出炭により不規則沈下を来たし、校舎は到る所にひづみを生じ、地面は水平面上の不釣合な高低が出来、排水路が逆流するの奇景を呈し、目下各所に補強工事を実施中でしたが、完全になるのは不可能と思われ、教育上相当の支障を来たしていると思われました。次に小竹町山下部落の被害地視察、ここも戰時中の強行出炭で陷落、農耕地が一面の沼と化し、その沼から電柱の先端が頭を出している奇景を呈し、附近炭坑引込線にも相当の被害が見られました。次に旧鉄二瀬炭鉱の鉱害地視察に向いました。
 嘉穂郡二瀬町水江、片島、川津の被害状況視察、ここにおいては、戰局の進展に伴い、国家の非常増産命令に応ずるため、昭和十八年四月初旬高尾二坑、新一坑を開坑、地表より七〇メートルの浅掘りで強行出炭をしたため、沈降四メートル一七に及び、戰前沈下一メートル四九に累加され、農耕地及び家屋に甚大なる影響を與えていました。部落農耕地全部が被害を受け、加うるに遠賀川と建花寺川との合流地点でその堤防も沈下し、洪水の危險にさらされている状態で、被害民一同は原形復旧を望み切々たる陳情を受けた次第です。
 次いで幸袋線二瀬駅の被害地視察をし、二瀬町の住宅被害地の視察に向いました。二瀬町は丁度相田炭鉱と新二瀬炭鉱という小規模な炭鉱に挾まれた鉱区内にあり、戰争中の強行出炭により、特に沈降の激しかつた地帶で、附近に流れている建花寺川の川底より町は低く、八月のジユデイス台風のときの豪雨は猛威を振い、二瀬町に甚大な被害を與え、陥落した町は水浸し、水のはけ口がなく、数週間水中にあつたと言われ、それが援助を炭鉱に求めて行くが、炭鉱は曾て企業整備に遇い、一時鉱業権の移動があり、現在の炭鉱に責任のない状態で、零細な町の経済状態を以てしては如何ともし難く、常に種々の恐怖にさらされて生活している状況でした。ここでも地元被害民からの切々たる陳情を受けた次第でございます。次いで忠隈炭鉱の鉱害地の視察に向い、飯塚橋の沈下状況を見ました。穂波川を挾み両側に市街地を持つこの橋の使命は重大でありますが、昭和十八年頃の忠隈炭鉱の強行出炭により、一メートル五〇の沈下を来たし、これが補強を急がなければならないが、未だ完成の域に達していませんでした。次いで飯塚市菰田町の市街地陷落の状態を見ましたが、これも特別鉱害地で、沈降激しく、道路より数段の階段を設けて商店の入口があり、旧繁華街も今はさびれた通りになり、僅かの降雨にも水浸する状態でした。次ぎに穂波村堀池地域の陷落地を見ましたが、ここは戰前までは、採掘を放棄していたのでありますが、戰局の熾烈に伴い、昭和十七年経済査察使山内六兵氏の命令により、地上重要建物を移転しての採炭を強行したため、急激な陥落を来たしているような状態でした。
 翌十一日は、飯塚発、博多経由にて大牟田に行き、三池炭鉱の鉱害地を視察しました。三池炭鉱の鉱害復旧費は約十億の巨額にのぼるも、その大半はいわゆる戰時中の強行出炭による特別鉱害と見倣されている状態で、その鉱害の典型的なものとして、先ず大牟田市の中心地にある五月橋附近の沈下を見ました。これは昭和十六年から二十年にかけての強行出炭により一メートル五〇沈下し、海を目前に控えた此の附近は、満潮時或は降雨時には、五〇センチも浸水し、市内交通、家屋に及ぼす影響が甚大なるものがあると言われ、工事継続中でありました。次いで同市内大黒町附近の陷落地を見ましたが、これも戰争中の強行出炭によるもので、農耕地が一メートル乃至二メートル三〇も沈下し、雨水の自然排水不能となり排水ポンプを常置し、排水に備えているような状態でした。尚視察の足を延ばし、熊本県の荒尾市の鉱害地を見ました。ここは特殊なもので、三池炭鉱の強行出炭により市街地密集地の陥落を来たし、一方海岸堤防には難多の亀裂を来たし、いつ決潰するか分らず、市街は殆んど堤防に近接している関係上、堤防の決潰は正に市民にとつての重大問題であり、一日も安らかに居住できない状態で、市長始め、地元民の熱烈たる陳情を受けた次第でございます。荒尾市の視察が終りましてから三池三川坑に入坑し、具さに坑内状況を見ることができました。三川坑は斜坑でございまして、人車で地下二千五百尺まで下り、坑内は有明海底になつており二里近く歩き、坑内作業の最先端である切羽の現場を見ることができましたのは、私達にとりまして貴重な経験であると同時に、又鉱害との関連上新たな認識を得、地下作業の実感を自ら体験したことは誠に有意義なものでございました。
 翌十三日は早朝大牟田発福岡に向う寸暇を利用しまして、三井染料工場を見せていただき、東洋一の高層建築を誇る本工場は、石炭を原料とする一貫した化学工場で、各種染料、医薬品、コークス、コールタール、その他石炭を原料とする数十種の化学製品を生産、その実績は石炭と並び、国内産業上重要な役割を果していることに意を強くした次第です。なお附近一帶は他の大工場が密集、これらすべてが石炭生産により、成立つていることを知つたときは、今更の如く石炭の重要性を認識したものでございます。三井染料工場視察後直ちに大牟田発福岡に向い、福岡石炭局における鉱害関係者懇談会に臨み、すでに関係者六十名以上は会場を埋めつくし、盛会を極め、石炭局北山監理局長の司会で、占部石炭局長の挨拶に始まり、終始熱心活発なる意見の開陳があり、会を閉ぢることの容易に出来ないような状態でした。席上福岡県杉本知事は、県民は挙げて日夜鉱害対策に集注している状態で、被害甚大なるものがあり、本法案の無修正通過の一日も早からんことを切望しており、特に法案二十二條が問題となつていると聞くが、鉱害の有無により、又地域別により負担金の差ができることは絶体反対の旨の発言あり、栗田福岡県被害者代表は、鉱害による被害民の苦痛の程を諄々と述べられ、戰時中の強行出炭による特別鉱害は、本来なら国家の責任において復旧し、全額国庫負担により復旧されるべきであるのに、それが従来プール資金制度により復旧されていたのに、急に鉱害対策の考えもなく配炭公団を廃止、プール資金さえ中絶を来たし、今日殆んど工事は中止の止むなき状態になつたのは誠に遺憾であり、被害民の苦痛は全く多くの社会問題を起している、この上は一日も早く全国平等負担による法案の無修正通過を切望する旨の発言があり、又炭鉱側代表として九州鉱業協会鉱害課長豊福氏より、九州の炭鉱は一般に老令で、一般鉱害賠償費はトン当り平均五十円も出しているような状態で、戰時中の強行出炭はまずまずその被害を増大して行つた。そして多くの社会問題を引起し一日も放置できないような状態なので、プール資金制度の廃止された今日早急なる法案の無修正通過を希望している旨の発言がありました。その他長崎県佐賀県の各県代表、荒尾市長等、多数有意義な切々たる発言がありましたが、会議録も出来ていますので詳細はそれを御覧下さい。
 翌十四日、午前福岡市の西端部にある姪濱特別鉱害地の観察を行いました。ここは早良鉱業所の強行出炭による陷落被害の顯著なもので、農耕地約三百七十町歩が被害を受け、減收米麦は四千九百石に当り、その復旧工事は至難と言われている状態でした。
 以上で鉱害地の視察を終了、当日午後四時十四分福岡発、翌十五日東京着、日程通り着京した次第でございます。以上で視察しました経過の報告は終りましたが、最後に一言附言しますと、今度の視察により、特別鉱害地の被害は我々が想像していた以上に大きく広範囲に亘つていて、幾多の社会問題を起している今日、プール資金制度のなくなつた今日、早急に之が対策として何らかの方法を講じなければならない事を痛感しました事です。又一般鉱害と特別鉱害とは一部競合している分もありますが、個々の現場につき説明を聞けば一応明瞭になると思われました。なお農耕地、住宅、小学校、特に危険な堤防等の被害は、被害民に與える直接の影響が甚大であるので、復旧工事継続の早急に可能な状態にすることが必要であること等を特に感じましたので、一言附言し特別鉱害地視察の報告を終ります。なお観察途中受領しました陳情書及び福岡石炭局における懇談会の会議録もございますので御一覧下さい。
#8
○中川以良君 尚各地で受けましだ陳情書並びに参考の写真その他一件書類がございますが、これも委員長に差上げますから、皆さんに御覧願えるようにして頂きたいと思います。
#9
○理事(玉置吉之丞君) 委員長において適当に取計らつて行きます。
  ―――――――――――――
#10
○理事(玉置吉之丞君) それではこれから例の特別鉱害に関する公聽会について相談をいたしたいと思います。衆議院の方では二月九日、十日の予定で公聽会をするそうでございますが、当委員会としましては、これより規模を縮小した形で、専門員側で計画されておりますし、これについて御意見を承りたいと存じます。尚日時は、公述人が一部衆参両院共通の人が出ると思いますので、それらの人々の便宜を考えまして、二月八日といたしたいと思います。如何でしようか、大体の御人選は御了承を願うことにして、その後の変更は新聞公告もしなければなりませんので、応募者の人選等は委員長に御一任を願いたいと思います。
   〔「賛成、異議なし」と呼ぶ者あり〕
#11
○理事(玉置吉之丞君) 御異議のないようでありますからさように取計らいます。
#12
○專門員(林誠一君) それでは只今考えております概略の人選をちよつと申上げたいと思います。但し多少の変更は今後起ると思いますが、その点は御了承願います。
 先ず被害者の代表といたしましては福岡県の鉱害対策被害者連合会の栗田さん、福岡県知事の杉本さん、山口県鉱害対策組合の和田さん、その他もう一名ぐらい考えております。
 加害炭鉱代表、これは当然九州と小野田地区になりまして、九州の方は九州石炭鉱業協会の小西さん、それから小野田の方は小野田炭鉱の鉱業権者の大岩さんでございます。
 非加害炭鉱代表は先ず三人ぐらい、大手筋としまして北海道炭鉱汽船の常務の萬仲さん、それから中小筋として宇部興産から、それから常磐関係から御一人、そのくらいに考えております。
 その次の学識経験者、これも三人ぐらいお願いしたいと思つております。差当り二人考えましたのが、東京大学の採鉱の青山教授、それから建設省の河川局長の目黒さん、あと一人考えなければなりません。尚公述人は公聽会の規定によりまして新聞公告もいたしますから、その中から或る程度人選もしなければなりませんので、多少のゆとりを取りまして、その結果によつて最終的に決めたいと、こう思います。只今申上げましたような大綱について、御意見がございましたら承つて適当に直したいと思います。
#13
○理事(玉置吉之丞君) 如何でしようか。
#14
○廣瀬與兵衞君 その人は全部衆議院の方にも行かれる方ですか。
#15
○專門員(林誠一君) それはちよつと分りません。衆議院の方はまだ確定しておりませんから……。
#16
○理事(玉置吉之丞君) これは大体の目安だけで、多少変更するということを御了解の下に進めたいと思います。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#17
○理事(玉置吉之丞君) 他に御質問、御意見ありませんか……なければ本日はこの程度で散会いたします。
   午後三時八分散会
 出席者は左の通り。
   理事
           玉置吉之丞君
           廣瀬與兵衞君
   委員
           栗山 良夫君
           重宗 雄三君
           中川 以良君
           小杉 繁安君
           境野 清雄君
           鎌田 逸郎君
           山内 卓郎君
           駒井 藤平君
  事務局側
   常任委員会專門
   員       林  誠一君
ソース: 国立国会図書館
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