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1980/04/07 第94回国会 参議院 参議院会議録情報 第094回国会 文教委員会 第5号
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1980/04/07 第94回国会 参議院

参議院会議録情報 第094回国会 文教委員会 第5号

#1
第094回国会 文教委員会 第5号
昭和五十六年四月七日(火曜日)
   午前十時十四分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 四月六日
    辞任         補欠選任
     玉置 和郎君     浅野  拡君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         降矢 敬義君
    理 事
                大島 友治君
                世耕 政隆君
                勝又 武一君
                下田 京子君
    委 員
                井上  裕君
                山東 昭子君
                内藤誉三郎君
                仲川 幸男君
                松浦  功君
                小野  明君
                粕谷 照美君
                本岡 昭次君
                柏原 ヤス君
                高木健太郎君
                小西 博行君
   国務大臣
       文 部 大 臣  田中 龍夫君
   政府委員
       文部政務次官   石橋 一弥君
       文部大臣官房長  鈴木  勲君
       文部省初等中等
       教育局長     三角 哲生君
       文部省大学局長  宮地 貫一君
       文部省学術国際
       局長       松浦泰次郎君
       文部省体育局長  柳川 覺治君
       文部省管理局長  吉田 壽雄君
       文化庁長官    佐野文一郎君
       文化庁次長    別府  哲君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        瀧  嘉衛君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国立学校設置法の一部を改正する法律案(内閣
 提出、衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(降矢敬義君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本案は、前回の委員会で趣旨説明を聴取いたしておりますので、これより直ちに質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#3
○本岡昭次君 まず、文部大臣にお尋ねしますが、大学の問題を考えていくときに、私はどうしても、学歴主義とか受験競争の解消を大学の側からどのように迫っていくのかということをあわせて考えていかなければならないんじゃないかと考えるんです。いま世間を騒がせ、子供を持つ親を非常に不安な状態に陥れている早稲田大学のあの不正事件の問題も、言ってみれば、日本の社会に根強く存在している学歴主義の問題が象徴的にああいう形になってあらわれてきたものだと、このように考えるんです。どんな手段を講じてでも早稲田の学歴、肩書きが欲しい、そしてまた一方では、そのことを利用して金もうけをしようとする人たち、また企業あるいは官公庁の側も、高等学校卒業者よりも大学卒業者、大学卒業者の中でも有名校の卒業者をと、こういう一つの風潮がある限り、どうしてもあの種の事件というものは根絶やしできない、私はこう考えています。結局のところ、その根源にある学歴主義というものをどうするかということを文部省がしっかり考えていかなければならない。こう思うんですが、文部大臣のひとつ御見解を伺いたいと思います。
#4
○国務大臣(田中龍夫君) ただいま本岡委員から御発言のありました学歴偏重社会の問題、それはまさに同感でございます。
 御案内のとおりに、日本が新しく封建社会から新生日本として明治維新の新政府ができたとき、そういうふうなころからの一つの伝統的なものがあるかもしれません。あるいはまた国際的にも、イギリスのケンブリッジとかオックスフォードとか、あるいはアメリカのハーバード大学などとか、いろいろの有名校というものがありますが、今日われわれが一番考えていきたいことは、教育というものの機会の均等であり、同時に学歴社会というものから一歩出て、そうして広く開かれた大学である。そういう点から申しまして、私どもは、一つの例でありますけれども、放送大学なんというふうな新しい一つの動きなども、これも一つの学歴偏重社会をある程度まで修正をする過程でもあるかもしれません。しかしながら、ただいまも御指摘のように、われわれは学歴社会というもののからを破って、そうして開かれた姿にしたいものだと、かように念願をいたしております。
#5
○本岡昭次君 放送大学が果たして開かれた大学として、学歴主義というんですか、学歴社会、そうした忌まわしい問題を解決するきっかけになるかどうかは、また放送大学法案のところで十分論議をさしていただきたい、私はこう考えるんです。
 いまの大臣の御答弁では一向要領を得ないわけで、こうした早稲田大学のような事件が起こっているときにこそ、大胆に学歴主義あるいは学歴社会というものにメスを入れる必要があると思うんですがね。
 かつて永井元文部大臣は、四頭立ての馬車というふうな表現をされながら、学歴主義、学歴社会の問題に文部省として大胆に迫っていかなければならないというふうなことを述べられて、子供たちを持つ親、また学歴社会の矛盾というものを解決しなければならないと思っている多くの識者に大いに勇気を持たせたわけですが、文部省は一体いままで具体的にこの学歴主義というふうなものを解消することについてどのように努力をしてきたのか。このことが早稲田事件というふうなものに対する政府の国民に対する一つの答えではないか。私はこのように思うんですが、その点についてはいかがですか。
#6
○政府委員(宮地貫一君) 先ほど大臣からお答えしたとおりでございますが、具体的な取り組みとしてどういうことをやっているのかというお尋ねでございますが、具体的な学歴偏重社会の解消ということについては、もちろん文部省側でもいろいろ施策を講じておるわけでございますが、さらに広くは企業を初めといたしまして、国民各層の理解と御協力を得て進めていかなければならない事柄だと考えております。
 文部省といたしましては、たとえば教育課程の改定でございますとか、あるいは入学試験制度の改善というようなことにつきましては、共通一次試験を初めとして具体的な取り組みを進めてきておるわけでございます。さらに言われますところでは、大学等におきます格差の是正と申しますか、地方の国立大学の整備充実というようなことにも取り組んでいるわけでございます。そうしてまた大学全体の制度につきましても、大学の社会に対します開放でございますとか、あるいは大学の単位取得その他につきましても弾力化を図るというようなことで、学生個々人の能力、適性を伸ばすというようなことや、特色ある教育研究活動を展開できるような形で大学教育そのものについても内容の改善充実に努めているわけでございます。そういう制度の改善を踏まえまして、私どもとしては、大学について言えば、国公私立を通じたわが国におきます高等教育機関の均衡のとれた多様的な発展と特色のある内容を持たせるというようなことで、個々の大学にそれぞれ特色を持たせながら、特定の一部有名大学にのみ志向するようなことのないように進路指導その他を通じても具体策を講じているわけでございます。
 しかしながら、最初に申し上げましたとおり、もちろんこれは大学なり文部省側の取り組みだけて解決できるものではございませんので、たとえば就職に際しましての指定校制度の改善等につきましても、企業その他にも労働省等を通じましてあわせていろいろと働きかけもいたしておるわけでございます。たとえば指定校制度の問題にいたしましても、順次私どもとしては改善の方向は見えてきておるというぐあいに考えているわけでございますが、就職等に際しましても、企業なり社会全体がそういう学歴偏重というような考え方を打破していく社会全体の取り組みが必要であろうかと、かように考えております。
#7
○本岡昭次君 きょうはこのことを論議するのが本旨ではありませんので、その程度でまた次の機会に譲りますが、ぜひ文部省にお願いしたいのは、先ほどおっしゃった文部省側として大学の格差を是正するとか、あるいはまた大学の方の弾力化、あるいはまた企業の側に労働省等を通しながらさまざまな働きかけをしたというふうな事柄がいま述べられましたが、ひとつ資料として、私まだそうしたものを持っておりませんので、文部省が具体的に大学側に働きかけ、また労働省と協力しながら企業の側に働きかけていったその資料等がありましたら、ひとつ一括していただければありがたい、このように思いますが、いかがですか。
#8
○政府委員(宮地貫一君) ただいま御答弁申し上げた点でございますが、なお具体の事柄について御説明する材料は出すようにいたしたい、かように考えます。
#9
○本岡昭次君 そこで、先日の三月三十一日の新聞でしたか、東大の前学長が退官時に、学歴社会、受験戦争について東大の責任は大きい、肩書きになる卒業証書は廃止したらどうかというふうに、東大の自己批判として提案したというふうなことが新聞に報ぜられているわけなんです。東大の前学長が退官する際に、自分の跡を継がれた学長にあるいはまた東大そのものに対して、いまの学歴社会、受験戦争、そうしたものを解決していく一つの方途として、まず東大から卒業証書を廃止したらどうかという提言をされたということで、まあ退官されたときの話ですから、そのことについてもう東大の学長としての責任というものはないわけですが、しかしこのことの持つ意味は非常に大きいと私は考えるんですが、文部大臣、このことについてひとつ御見解いかがですか。
#10
○国務大臣(田中龍夫君) 私は二つの意味を持っておると思っております。一つは、学歴社会というもの、そういうふうな姿から、本当に開かれた大学としての理想を実現するために、東大の学長という一つの立場ということで向坊さん御自身が言われたということは、一つの大きな意味を持つということが一つですね。
 もう一つは、学長として学生諸君に対しては、つまり肩書きだけを評価して、いまの東大という肩書きだけで今後の人生に門出をするということはよくない、つまり個人としての能力とかあるいは人柄を中心として人間として評価される人間にならなきゃいかぬのだぞという意味と、私は後輩に対する指導の面で言われたことでもあると、かように考えます。いまのそのことは、とかく人生という長い航路の中において、自分が東大を出たからもうそれでもっていいんだ、エリートになったんだというようななまじっかな物の考え方を捨てなきゃいけない、東大なんていうものは、それを出たというだけであって、後は人生航路における不断の努力と不断の修養、勉強というものが肝心だぞということを私は後輩に厳しく言われた意味もある、かようにも考えております。
#11
○本岡昭次君 後半のその意味は私も文字どおりそうだと思うんです。
 そこで、文部省あるいはまたわれわれ文教委員会に所属している立場の者が論議する場合は、文部大臣が初めの方に述べられた、いまの社会にある学歴社会という問題に対して東大の頂点に立つ東大学長が言ったということに一つの大きな意味を持つ、その意味を一体具体的に政治の場でどのように解決していくのかということだろうと考えるんですが、ひとつ文部省として、この前学長の肩書きになる卒業証書を廃止したらどうかという提案ですね、この提案を受けとめて積極的に検討してみるだけの値打ちがあると、私はこう考えるんですが、いかがですか、その点は。
#12
○政府委員(宮地貫一君) 具体的な事柄で申し上げますと、卒業証書そのものは、これは卒業の事実を証明する文書というような性格を持っているものでございますので、それ自体を廃止するということは学校制度上非常に大きな問題であると私ども考えます。
 ただ、向坊前東大総長が言っておられるのは、卒業の事実の評価について、個人の能力や人柄を中心に考えて評価するようにすべきでないかというようなことを「卒業生諸君に贈る」という東大の広報に述べられている点を読んでみますと、そういう点に重点を置いているようにうかがえるわけでございます。
 考え方としては、先ほども御答弁申し上げたような学歴偏重社会の打破ということについては積極的に取り組まなければならぬ事柄でございますが、卒業証書そのもののことについては、そういういろいろとなお検討を要する点はあろうか、かように考えております。
#13
○本岡昭次君 この点はもうこれで最後にしますが、大学の側から積極的に、この学歴社会なり受験戦争の解消の問題、これを提起されるべきであろう、このように思うんです。
 そういう意味で、東大の前学長が述べられたことに私は大きな意味を持つんですが、そこで文部大臣、青少年の非行とか校内暴力、家庭暴力、こうしたさまざまな問題にかかわって、政府として、青少年問題の対策閣僚協議会ですか、というようなものを、総務長官の音頭取りで、文部大臣、自治大臣等が中心になって内閣の中に閣僚会議をつくっていったらどうか、こういういま話があるようなんですが、そうした話し合いあるいは会議の中の一つの大きなテーマとして、いま若干論じました学歴社会の病根を断ち切っていくためにどうしたらいいのか、具体的に言えば、早稲田大学のような入試に、あるいはまた単位の取得に、卒業にかかわって起こるああした不正事件を根絶していくためにどうしたらいいのかということにつながってくると思うんですが、そうしたことを一つのテーマとして、そうした閣僚会議の中で論議をしていくべきだ、このように考えるんですが、この点はいかがですか。
#14
○国務大臣(田中龍夫君) 先生の言われることもよくわかります。わかりますが、今度つくろうといたしております青少年問題の会議というものは、先生のいまおっしゃった目標とはちょっと意味が違うんじゃないかと思います。それは広い意味で学校問題、学歴問題、そこまで取り上げていけるかどうか、もっとターゲットをしぼった姿においての当面の青少年非行問題というものからスタートをするだろうと思いますが、それがだんだんと論議が展開されて、いまの学歴問題からお話しのようなところまで発展いたすかどうか、ちょっと私だけではいまここで申せないと思います。
 しかしながら、もちろん学歴偏重ということ、またさらにそれを前提におきました家庭における勉強の非常な過重の問題とか、教育ママという言葉がいいか悪いかわかりませんが、そういうふうな問題から、いろいろと論議は尽きないと思いますけれども、学歴偏重問題、ことに当該向坊発言というものと青少年対策の非行問題とは必ずしも直結しないように、少しニュアンスがずれておるようにも思うんであります。私は、いまの青少年問題の今度の三省庁会議というものの内容ということをいま申し上げたわけです。
#15
○本岡昭次君 私も直接東大の卒業証書をなくせとかいうふうな事柄に関して言っているのじゃない。これは一つの例として引いているわけでして、いまも文部大臣も言われたように異常な大学進学にかかわる問題があるんですね。何かきょうの新聞ですか、きのうですか、載っておったように、息子は就職したい、各種学校へ行きたいんだというのを、親がどうしてもおまえは大学へ行かねばならぬと言って、母親が息子と無理心中をしたとかいうふうな、どう考えても理解のできぬようなことが社会に起こっている。そういう状況はたくさんあると思うんですね。本人は大学に行く必要がないと思っても、学歴社会の中で親としてはどうしても大学だけは行っておけというふうな問題が本人の意思と違うところに起こる。またその逆の場合もあるでしょうし、青少年の家庭暴力とか非行とか、あるいは自殺とか、あってはならないような、そのために親子心中するとかということの原因が、どうしても大学というもののあり方にかかわってくるということは、これは否定できないと思うんですね。
 そういう意味で、せっかく政府の中で青少年のあり方について集中的にいろいろな立場から論議する、そうした場ができるんならば、その中でこの学歴社会というものの根絶を目指してどのように政府として具体的にメスを入れるのかということが、しっかりとした一つの柱に据わっていなければ、それは片手落ちであり、政府としては全く無責任な論議になってしまうんではないかと思いますので、ぜひそうしたものを積極的に取り上げていただきたい、こういうことを申し上げたわけなんです。
#16
○国務大臣(田中龍夫君) 先生のおっしゃることもよくわかるわけです。同時に、いま大学局長が申したように、一方においては、なぜ一体有名校に非常な競争を押し切っていきたいかといいますと、結局そこを卒業した後の生涯、人生において非常に優位に立つ、あるいはまた指導的な立場を持つ、これなんかというのは、まさに明治維新後の東京帝国大学というものを出たらばその人の生涯が約束づけられるといったような時代と、今日のような社会環境とは非常に違いまして、大学なども本当にあり余るほどのたくさんのりっぱな大学ができ上がっておるわけです。
 しかしながら、もう一つの面は、いまの生涯エリートとしてその人の人生において約束づけられるという中には、今度は会社やなんかが採用するときに、指定校といったようなものになることが今度は逆な影響を持つわけで、そういう点は先般、子女教育振興財団の関係の会議がありまして、有名な財界の巨頭の方々がお集まりになったことがありますが、そのときの話の中で、たとえばソニーの盛田さんなんかは、自分のところは学歴のあれは言わないことにしている、結局自分の会社に採用してから、そのかわりその人の能力に応じ、その人の努力に応じた点数を厳しくつけていくんだ、学歴なんということは問わないで採用は非常に広くオープンにするんだ、こういうふうな主張も言われ、幾つかの著名な財界人の方も、自分の会社じゃいまの学歴のことよりも本人本位ということにかけて、そうして採った後の努力でもって評価する、こういうことも言われております。
 そういうふうな、学校そのものが特殊な立場をとってエリートをどうこうというんじゃなく、反面においては、それを採る方の側で、受け入れ体制として学歴偏重あるいは指定校なんということを打破していかないと、両々相またないと目的はなかなか達せられない、こういうふうに思っております。
#17
○本岡昭次君 次の問題に入りますけれども、最後に、おっしゃるとおり、企業の側、それはあれでしょう、国家公務員の採用だってそうだと思うんですね。地方公務員の採用、文部省のいまの職員の方がそれではどういう学歴で構成されているんかというようなこと、いろいろありますよね。だから、そういうものを総合的に検討するところに値打ちがあるんだと思うんですね。そこには労働大臣も出てもらっていまのような話をすればいいわけですから、ぜひともこれはそういうことを文部大臣の方から積極的にその中で論議する柱としていただきたいということを要望申し上げて次に行きます。
 私は、国立学校設置法の一部改正ですが、その中で鳴門教育大あるいは鹿屋の体育大学等々ずっとあるんですが、鳴門の教育大学の問題にしぼってひとつ質問をしていきたい、このように考えております。
 そこで、上越、兵庫に続いて鳴門市に教育大学を設置するということであるわけですが、一体鳴門市というところに教育大学を設置しなければならない積極的な理由というのは一体どういうことですか。
#18
○政府委員(宮地貫一君) 鳴門教育大学についてのお尋ねでございますが、実は新しい教育大学の設置につきましては、四十九年以来調査が具体的に進められてきておりまして、兵庫、上越、鳴門と当初の創設準備調査というものが進められてきておったわけでございます。その間いろいろと経緯があるわけでございますが、兵庫に続きまして、上越については、立地条件なり地元の協力体制等というふうなものが整ったという判断に基づきまして、五十三年度に兵庫とともに創設に踏み切ったという経緯がございます。
 なお、鳴門についてもまたお尋ねもあろうかと思いますが、徳島大学の教育学部との問題等をも踏まえまして、今日まで準備を進めてきておったわけでございますが、地元の全体の体制も整いましたので、今回国立学校設置法の一部改正ということで御提案を申し上げるに至っておるわけでございます。
 したがいまして、私どもとしては、当初鳴門について調査をすることに決まった時点では、いろいろ総合的な判断というものがあったかと思うんでございますが、そういう従来の長年の設置調査の経緯を踏まえまして、鳴門に教育大学を設置するということで御提案を申し上げておるわけでございます。
#19
○本岡昭次君 主として地元の受け入れ体制というものが非常に重要な要件になっておるような話になるんですが、鳴門というのは徳島県で兵庫県といわば隣接しておるわけですね。淡路島、淡路からは橋でもできればものの十分ほどで行けるようなところですよね。なぜ兵庫と鳴門というこの近接したところに教育大学というものが次々と設置されるんですか。地元の受け入れ体制ということだけが理由なんですか。国立大学だから、やはり国として設置する積極的な理由がなければ、地元が来てくれ、来てくれということだけで、それではどこにでもつくりますということではちょっと国立大学としてはおかしいと思うのです。
#20
○政府委員(宮地貫一君) 先ほども申しましたように、そういうことを踏まえまして総合的な判断ということで申し上げたわけでございまして、調査費が当初予算化されました当時、一つの、何といいますか、観点といたしまして、地元からの御要望というようなこともあったわけでございますが、もちろん地元の要望ということだけで具体的な調査に踏み切るわけではございませんので、その点は一つの観点としてそういうことも検討課題の一つということで申し上げたわけでございます。
 御案内のとおり、教育職員養成審議会の建議等におきましては、たとえば各ブロックごとにこういう新しい教育大学をつくるということも考えられるというような趣旨の建議もあったわけでございますが、それらも教育大学を考えるに当たっての一つの重要な建議と私どもは受けとめて検討を進めてきたわけでございます。具体的にただ各ブロックごとに設置するというところまで踏み切っているわけではございませんので、従来申し上げておりますように、上越、兵庫と並びまして、鳴門の三つの教育大学をつくるということで、私どもといたしましては、当面この三つの教育大学の整備充実に全力を挙げるということで対応をいたしておるわけでございます。
 地理的に兵庫と大変近い場所であるという御指摘でもございますが、その点は確かに地理的な距離から申すと、大変近い点にあるということは御指摘のとおりでございますけれども、四国地区ということも頭に考えられるわけでございますし、その点は、先ほども申しました当初の発足調査に着手するに至ってから今日までの経緯というものも踏まえまして、この鳴門に教育大学をつくるという考え方については、すでに調査を始めました段階からそういう対応で来ておるというのが今日までの経緯でございます。
#21
○本岡昭次君 どうもさっぱりわからへんのですがね。総合的判断でとおっしゃって、総合的判断がずっと聞けるんかと思ったら、全然おっしゃらないわけです。
 いまの局長の話から私なりに解釈すること、理解できることは、要するにブロックごとにつくろうとした、というのは国として総合的な一つの見地から、徳島、鳴門は四国だからたまたま徳島と、それは高知であっても、愛媛であっても、香川であってもよかったんだと、こういうことになってくるわけですわね。
 そこで、いまあなたがおっしゃったブロックごとにというその総合判断でいけば、これから九州にも中国にも、そしてまた関東地区にも東北にも北海道にもというふうに大学が設置される中の一つとしての総合判断だと、こういうふうに受けとれるんですが、そういうことになるんですか。
#22
○政府委員(宮地貫一君) 先ほども申しましたように、教育職員養成審議会の建議ではそういう提案もあったわけでございますが、具体的に教育大学の設置の構想なり準備を進めるに当たりましては、上越、兵庫、鳴門、それから当初は実は鹿屋についてもそういう考え方であったわけでございますけれども、鹿屋についてはその後の調査の段階で、総合的な体育についての高等教育機関の設置ということで今日まで調査を進めていただいて、今回鹿屋の大育大学ということで設置を御提案申し上げておるわけでございます。
 その後、既設の教員養成大学学部の、特に大学院の整備というものを積極的に図るべきであるといういろいろ御意見もございまして、教員養成の全体といたしましては、当面新構想の教育大学としてはこの三校の整備に全力を挙げまして、さらに既設の教員養成大学学部の大学院の整備ということも同時にあわせて行うという方向をとったわけでございます。
 したがいまして、その両者相まちまして、全体の教員養成というものを進めていくという考え方を基本といたしたわけでございます。そういう意味で、全体的な考えから申せば、なおブロックごとに整備をするという考えも一面あろうかと思いますけれども、ただいま私どもが考えております教員養成、教員の資質の向上という観点からとっておりますところは、大学なり大学院の整備という点で申し上げれば、この三つの教育大学は現職の教員の研修を中心にしました大学院を重点に置いた大学でございますが、さらに既設の教員養成大学学部においても大学院を整備しながら、両々相まって、教員養成について既設並びに新設の大学を通じましてその資質の向上を図るという考え方で対応しているところでございます。
#23
○本岡昭次君 そうすると、ここでひとつはっきりおっしゃっていただきたいんですが、新構想の教員養成大学というものを設置していくというこの文部省の施策については、当面この三校でもってとどめる、そしてそれを整備する、さらに既設の教育系大学の学部あるいは大学院等も整備充実して、そして両方相まって教員養成の充実強化を図るということで、ブロックごとにこれをさらに次々と設置していくということは文部省として考えていないというふうに受けとめていいんですね。
#24
○政府委員(宮地貫一君) 私どもとしては、当面そういう方向で臨んでいるところでございます。
#25
○本岡昭次君 そこで、徳島大学の教育学部の話も先ほど出ましたが、兵庫でもこれが設立されるときに、神戸大学の教育学部と兵庫教育大学の学部あるいはまた大学院、それぞれの競合関係――一つの県内に教育系大学が二つあるということは、過去師範学校の時代から決して好ましいことは起こっていないわけなんです。それぞれが学閥、派閥をつくって、そして勢力を相争うというふうなことがありまして、その忌まわしい経験を私も兵庫の教員の一人として味わっているんですがね。だから、この徳島教育大学と教育系の新構想の大学ができるというその事柄が、どうもそういう意味では理解できないんです。
 というのは、徳島教育大学を拡充整備すれば事が足りるんではないかと、こういうことなんですね。そしてまた徳島県では二つの大学をつくらなければならないほど、あるいはまた四国全体で、あるいはまたその隣接する近畿とかあるいは中国、そういうところで教員のなり手が非常に少なくて、とにかく教育系大学をつくってそこの教員の需給関係というもののバランスをとらなければならないというふうなこと等があるんならば、それはそれなりの教員養成ということで理由が成り立つと思うんですが、文部省側からいただいた資料では、そういうことでは全くないわけで、たくさんの免許状を持っている人がおり、そして採用試験には多くの有資格者が殺到して、そして科目によっては十何倍、小学校でも六倍、七倍、そういう難関を突破して教員がいま採用されているわけで、そういう意味で、徳島県にこれをつくるということの意味が全く私には理解ができないわけなんですが、そうした点についてはいかがですか。
#26
○政府委員(宮地貫一君) 兵庫の教育大学の場合は、兵庫県という立地条件を考えまして、既設の神戸大学の教育学部については入学定員その他について変更を要することはないという判断のもとに兵庫教育大学ということで新設をいたしたわけでございます。上越教育大学の場合についても、考え方としては同様の考え方で対応しておるわけでございます。
 ただ、御指摘の徳島大学の教育学部との関連についてでございますが、鳴門の教育大学の新設について申しますと、この新しい教育大学は、教員の資質、能力の向上という社会的要請にこたえるために教員に大学院での高度の研究研さんの機会を確保するという、一言で申せば、大学院にウエートを置いた大学であるわけでございます。そういう意味で、単に地域の教員だけを対象にするわけではございませんので、むしろ言えば、広く全国各地からの教員の大学院での研究研さんの機会を広げるということがねらいでございます。
 しかしながら、一面、新構想の教育大学、これは兵庫、上越も同様でございますけれども、初等教育教員の養成の充実を図るということも考えているわけでございまして、これはねらいとしては、学校教育におきます実践的な教育研究といいますか、そういうふうなものを推進するという考え方で、現場の具体的な要請にこたえるような教員を養成しようという考え方で初等教育教員養成課程を置いているわけでございます。
 そういたしますと、徳島大学の教育学部との調整問題を鳴門に教育大学を置く場合にはどうしても考えなければならないということもございまして、従来から徳島大学教育学部との間にその間の調整を図るという考え方で、今日まで創設準備という段階で進めてきておったわけでございます。率直に申しまして、上越、兵庫の教育大学の発足とこの鳴門の教育大学の発足と時間的なずれが生じましたのも、そういう徳島大学の教育学部との調整ということに時間を要して、鳴門の教育大学の御提案が今日までずれてきたというのが、今日までの折衝の経過ということになろうかと思います。
 考え方といたしましては、徳島大学教育学部との調整問題についても、私どもとしては了解に達し、徳島大学の教育学部としても内部での検討をさらに進めてきていただいておるわけでございますが、ねらいといたしましては、この新構想の教育大学は兵庫なり上越なりで考えておりますのと同様なものをねらいといたしておるわけでございまして、そういう意味では、鳴門に新しい教育大学をつくっていくということは、私どもとしてはそれなりの意味があるものと、かように考えております。
 御指摘の点は、徳島大学教育学部を充実すれば何も新しい大学をつくらぬでもいいではないかという御指摘でございますけれども、私どもとしては、先ほども言いました新教育大学のねらいというものが、大学院におきます教員の研さんを中心にしたものであり、かつ初等教育教員養成課程を学部として持つものであって、それは現場の実践的な教育研究を推進するのに本当に役立つ教員を養成するというような、そういう新しいねらいをこの新構想の教育大学ではぜひ実現いたしたいということでお願いをしているところでございます。
#27
○本岡昭次君 いまの話を総合的に聞いておりますと、私が言ったように、とにかく先生の免許状、教員の免許状を持っておる人はたくさんいるんだ、そして、なりたいという者もたくさんいて、教員の採用試験はいま大変な状況にあるわけです。合格しても先生になれない、採用されないという人間もたくさん出てくるような状態なんですね。だから、教員を採用するに教育委員会は何も心配する必要ない。かつてはキャラバン隊を編成して、先生のなり手ありませんかと言うて、兵庫県なんかでも四国、九州、中国と、まことに失礼な話ですけれども、組合も一緒になって先生集めに回ろうかといったときもあったことから思えばこれは大変な――先生のなり手がたくさんおって、教育の条件としては非常にいいわけなんですよ。その上になおこういう新しい新構想の大学をつくるとすれば、何というか、私の考えでは一文部省にとって、それは考え過ぎだと言われるかもしれないけれども、そこに何か別の意図があるんではないかと思えて仕方がないんですよ、これは。
 いまの教育系の大学ではだめなんだ、いわゆる開放教員制度、教員養成が開放制になっていて、私立大学であろうと国立であろうと公立であろうと、教員に必要な講座を履修すれば単位が取れるといういまの状況の中からではよい教員は得られない、だからとにかく教員のための大学をつくらにゃいかぬのだ、だから徳島に徳島大学があって現にそこに教育学部があっても、それは文部省の方からすれば、現在の教員養成の立場からは役に立たないんだ、だからつくるんだ、それでこっちの教育学部をできればぶっつぶしてしまえと。何かまるで企業のスクラップ・アンド・ビルドみたいな形の持って行き方というふうに私は受けとめられて仕方がないんですが、そこのところを論議しておると、恐らくこれはもう解決つかぬだろうし、私はやめます。
 ただ一つだけその点ではっきりさしておいてもらいたいことがあるのは、それは私学であろうと公立であろうと国立であろうと、一般の大学で教員の免許状を取って教員になる人、あるいは既設の教育系の大学で教員の免許状を取る人、また新構想の大学を出て教員の免許状を取る人、その免許状というものは、これはもう変わりがないんだ――あなたはいま特別なことをおっしゃったね、現場にすぐ役立つとか、他の大学ではできない教員をそこで養成するんだというふうなことをおっしゃったわけですが、免許状において、将来にわたって、あるいはまた教員になることについても、特別な優遇措置を新構想の教育大学の卒業者に一切与えない、皆平等に教員としての採用、待遇すべてが行われるんだという保証をここでぴちっとしておいてもらわなければ――大学院の方はこれはされてありますわね、文書でもつて。いままでたびたびそういうことの答弁あったと思うんですが、いま改めて私にそこのところをはっきりさしていただきたいと思う。
#28
○政府委員(宮地貫一君) 今日、教員の養成制度なり免許制度のあり方というものについて、今後の検討課題として指摘されている点はいろいろあるわけでございます。しかしながら、この鳴門教育大学を含めまして、新しい教育大学の学部の卒業生についてのみ既設の教員養成大学学部の卒業生と異なる特別措置を講ずるということは考えていないところでございます。その点は、既設の学部の卒業生でございましょうとも、この新教育大学の学部の卒業生でございましょうとも、その点は、免許制度なり待遇面で異なる扱いをするということは考えていないところでございます。
#29
○本岡昭次君 いまの学部というのは、教育系の学部じゃなくって、一般の国公私立全部含めて、教員としての資格を取る大学はたくさんありますね、取れる大学、それも含めてのことですか。
#30
○政府委員(宮地貫一君) 戦後の免許制度はいわゆる開放制をとっているというのが根本原則でございまして、開放制をとっているただいまの免許制度で申しますと、免許状を取る先生は、国公私立を通じていずれも、免許資格の点から申せば、全く同一の扱いであるということでございます。
#31
○本岡昭次君 そこからさらに突っ込んでいきたいんですけれども、それはやめておきます、これはややこしい話になってしまいますので。
 そうすると、この問題について、私の考えは、新構想教育大学というものをことさらつくる必要がない、わけてもたった三校しかできぬという状況の文部省の施策というのがどうも合理性を欠くと言わざるを得ないんですよ。そういうことで私の結論としておきます。非常に合理性を欠く一つの大学の設置であり、必要がないものをつくっているというふうに私は考えますが、そこのところの議論はやめておきます。
 そこで次に、附属校の問題についてお伺いしたいんですが、鳴門教育大学にも附属校が設置されると考えるんですが、その鳴門教育大学の附属校の設置の構想はどのようになっていますか。
#32
○政府委員(宮地貫一君) 鳴門教育大学の附属学校の設置の構想というお尋ねでございますが、先ほどもちょっと申し上げたわけでございますが、徳島大学教育学部の改組の構想というものがさらにこれから具体的に進捗するということになるわけでございまして、具体的な設置の場所なり形態というようなものについては、そういう徳島大学教育学部の改組の具体の構想の進捗状況の推移等を見ながら、今後創設準備室において具体的な検討を行うということになろうかと思うわけでございます。白人体的には昭和五十九年度までにはその結論を得る必要があるわけでございますが、私どもとしましては、もちろんこの際、兵庫教育大学の場合の経験も十分踏まえながら、慎重に円滑な処理ができるように対応していく所存でございます。
#33
○本岡昭次君 いまの御答弁でいいわけですが、兵庫の教育大の附属がもたらした地元へのさまざまな影響、ぜひそうしたものを参考にしていただきたいと思うんですね。鳴門教育大学の設置される場所も、地図の上で見せていただいたんですが、鳴門市といっても人口六万程度ですし、大都市じゃない、小都市の部類ですよ。兵庫教育大学が設置された社町というのは、それは一万数千の小さな町ですけれども、その周辺は兵庫県が百万都市構想ということを進めながらやっている中心地であるわけでして、そういう面では、子供たちが附属へ通うという立地条件では鳴門よりもいいんではないか、こういうふうに見ているんです。しかし六万という鳴門市というものを直接抱えているというところからは、これは兵庫教育大よりもいいのかなと思ってみたりもするんですけれども、どちらにせよ、兵庫教育大学の谷口学長もおっしゃっておられるんですが、附属校をつくるということについて、いままで師範の附属の時代からいろんな経験を持っているけれども、兵庫県の社町というああした農村地帯に附属をつくったということに対する経験は初めてなんだ、だから非常にいろいろ問題が起こっているというふうにおっしゃったわけで、そのことをやはり参考にしてやってもらいたいと思うんです。
 昭和五十六年度の兵庫の附属の新一年生、二年生、そして四年生、五年生の各学年の人数、クラス数、一クラス当たりの児童数、そして先生の配当数、あるいはまた事務職員、養護教諭、こうしたものはどのようになっておりますか、現況をちょっと報告していただけませんか。
#34
○政府委員(宮地貫一君) 兵庫教育大学の附属小学校の昭和五十六年度の児童数でございますが、一年生が七十人、二年生が八十三人でございます。なお、四年生が四十六人、五年生が四十四人ということが見込まれております。これは五十六年の四月の初めの数字でございます。
 なお、学級編制でございますが、一年生を三学級に、二年生も三学級に編制をいたしております。四年生と五年生はそれぞれ二学級で編制をいたしているところでございます。
 なお、教員につきましては、校長は併任の教授でございますが、ほかに副校長一人、教諭十五人。これは昭和五十六年度の増員分が八人でございます。それから養護教諭一人を配置するということにいたしております。
#35
○本岡昭次君 いずれも定数が百二十人、百二十人に対して一年生が七十、二年生が八十三、四年生が四十六、五年生が四十四と、こういうことで、一クラス当たりはそれぞれ二十人台ということでまことに行き届いた教育条件のもとにこれは皆勉強しているわけなんですね。
 そこで、なぜこの百二十人の定数でありながらこのような生徒しか集まらないのかという問題は、前回も論議さしていただきましたけれども、基本的に附属の立地条件に無理があったということ、そこに附属の学校をつくったということに無理があったということを認めた上で、それでは一体どうするのかということの話し合いが始まらないと、地元に大変な混乱をもたらすというふうに考えているんですが、前回はその考えを否定されて、いや、そうじゃない、どこでも初めはこういう状態から始まるんだ、やがて先生が心配されなくてもきちんとした人数そろいますというふうに局長はおっしゃったんですが、その点いかがですか。
#36
○政府委員(宮地貫一君) 兵庫教育大の場合附属小学校の立地に問題があるのではないかというお尋ねでございますが、私どもといたしましては、立地条件なり地元の協力態勢というようなことも総合的に判断しまして、現在地に附属小学校を置くということを決めたわけでございまして、附属学校の使命といたしましては、通常の学校教育のほかに、附属する大学学部の教育研究に協力するということと、学生の教育実習の場としての機会を果たすということが目的としてあるわけでございまして、基本的には大学との地理的な関係は近い方が好ましいということで、地元の教育委員会とも協議して現在地に設置するに至ったわけでございます。
 御指摘のように、児童が集まっていないという現実があるわけでございまして、私どもとしては、五十六年度からは新校舎になるわけでございますけれども、五十五年度までは仮校舎で実施しておりましたことやら、したがって給食が実施できないというようないろんな条件もあったわけでございます。私どもとしては、この附属学校の目的なり性格というものについて地元の理解が深められて、また大学や附属学校そのものが地域の教育研究の向上という面でも積極的に協力していくというような、地元との関係では、地元の学校教育の向上のためにもこの大学なり附属学校が役に立つということが必要なことでございまして、積極的にそういう役割りも果たすようになることを念願をいたしているところでございまして、順次附属学校の充実も、私どもとしては今後その充実については、なお多少年月を要することかと思いますけれども、その点を十分見守りながら充実に努めてまいりたいと、かように考えております。
#37
○本岡昭次君 私も年月を要すると思うんですが、しかしいたずら腕をこまねいて年月を過ごしていくというのでは私は解決しないと思う。いま局長が言われたように、地元の理解を深める、また地元の教育レベルというものがそこに附属が来たことによって全体として上がっていくんだというふうな、そういうふうなものに対する積極的な附属側の、あるいは国として、政府としての理解、対応がなければならぬと思うんです。
 そこでお伺いしますが、一番の問題は、この地域は都市でありませんから、附属に子供が転校していくことによって学級減が具体的に起こっているんです。たとえば社小学校というところの現在の四年生は、三年生のときに百四十二名で四クラス、一クラス当たり三十五人で子供が勉強してきた。これは一年からずっとそういう形できたんです。ところが、四年生の募集が始まって附属へ二十三人が転校する。そうすると四年生になったときには百十九名で今度は三クラスになった。そうすると一クラス当たり四十人で勉強しなくてはならなくなったと、こういう変化が現に起こる。
 また、新一年生は、附属がない場合は、百五十八名の子供が社小学校に入学しているはずのものが、四十二名附属に行ったということによって、新一年生は百十六名と、こうなった。二六%の子供が附属に行っている。
 で、ある町内では、二十人その近くの社小学校という公立へ通うべき子供がおるのに、その中の十七、八人まで附属へ行ってしまった、公立へ行くのがわずか一人か二人という状態なんです。公立に行く方の親が、これは大変だ、私の子供も附属に行かさないかぬのかというふうなこと。もし全部附属に行ってしまいますと、その地域と公立の学校の関係は全く切れてしまうわけです。
 で、ああいう田舎ではいわゆる地区対抗、学級対抗リレーとか、いろいろなそういうことをやるんですね。その地区から選手出すんだけど、そこの子供は一人もその学年はおらぬ、皆附属へ行ってしまっておるというふうなこと。それで新宅と本家があって、新宅の子供は附属に行った、本家が、おまえは何しとるんやというふうな、何か全然関係のないところで悶着が起こっている。解放学級というふうなものがあるんですが、いままで皆一緒にそこで同和教育の問題を勉強しておったのに、附属に行ったら、その子供はもう解放学級へ来なくなる。みんな公立の学校へ行ってるときは、親が交通当番ということで町々に立ってその子供の登下校の安全を図っておった。しかし附属へ行くようになったら、その附属に行く子の親はどうするんかという問題。そういうふうなものが一向解決されないままいま地元は大変混乱と不安の中に巻き込まれているんですね。
 それで、また現在滝野東というところでは九十二名の子供がいるんです、四年生。これは非常に微妙な学年でして、二人の子供が附属へ行けば、たちまち二学級になってしまうんですね、いま三学級でしょう。
 こういういま例を挙げましたけれども、いろいろな条件を附属の募集される対象校の中に抱えているんです。そういう実態を知った上で、一、二の問題、当面の問題としてぜひ文部省に対応してもらいたい。先ほどおっしゃった、地元の理解を深めるとか、地元の教育の水準の向上に役立てるんだ、附属が来たことによって教育条件が悪くなったというようなことは一切ないんだというあかしを地元の人に与えなければならぬ。
 その一つは、附属に子供が転出したことによって、一、二、三年までが四クラスで来たものが三クラスになるとか、あるいは三クラスが二クラスになるとか、あるいは二クラスが一クラスになってしまうとかという学級減というふうなものは、それは起こさせない。現在のクラス数のままとにかく六年生までその学年は卒業させるという保証をとる。これは今年と来年一年だけですよね、起こるのは。来年は一年生と四年生ととるんですから。その後は一年生からだけとるんですから、そういうことは起こりません。初めから決まった形でいきます。しかし途中の募集の方法は後で尋ねますがね。だから、ことしと来年の問題に限って、附属へ子供が大量に進出したことによって学級減が起こって、その学校の教育条件の変化が起こったということについては、これはわずか先生を一人ずつ配置すれば済むことですよ。そういう対応を、学校統合するときにもそういう措置をしていますね、ある年度だけ。そういうふうなことをやってでも、全国的に数少ない条件下で、附属というものを教員養成にとって非常に必要な存在としていま地元の中に育てようとする事柄について、このぐらいの対応を私は文部省はしていいんではないかと思うんです。それが一つです。
 それから四十人学級というのがいまスタートしていますが、この地域はまだスタートしておりません。この四十人学級という問題。附属は四十人学級ですからね、定数に満ちて四十人学級。現在は大体二十人学級でいっている。だから、附属へ行った子の親が、公立の親に対して、附属行ってごらんなさい、いいですよ、少ない生徒に先生が丁寧に教えてくれますよと。何のことはない、附属へ行ったことによってこっちは人数がふえているんですから、公立に行っている親はかんかんになって怒っているわけです。だから、そういった事柄が起こらないように、四十人学級の四十人定数という問題についても、特別そうしたところについての配慮というものが、ある短い期間でいいんですよ、そのことが地元の理解なりあるいはまた地元教育の水準を引き上げるところで役立っていくと思うんですが、このことを十分検討していただきたいと思うんですが、いかがですか。
#38
○政府委員(三角哲生君) ただいま御説明ございましたように、昭和五十六年度におきまして、兵庫教育大学附属小学校の地元であります社町、滝野町、東条町から編入学した児童生徒数は、社町が百五十人、滝野町が十六人、東条町が五人、合計百七十一人というふうに私ども聞いております。この編入学に伴います学級減ということが御指摘のようにあるわけでございまして、これはそういうふうになるわけでございますが、社小学校が四学級、それから三草小学校が一学級で、合計五学級が減るわけでございます。
 で、減りました状況でございますが、四十人学級とかなんとかというのは、四十一人になれば二つに割るということでございますから、そのぐあいによっては、二十数人のところが、減りました結果、一学級になってクラスの人数が三十数人になる、こういう事例はあり得ることで、現にそういう事例は一例あるわけでございます。
 私ども手元の資料で見ますと、社町の場合に附属学校へ行かなかったら、大体全学年が四学級編制でありますが、それぞれのクラスは少ないクラスで三十一人、多いクラスで四十人、そういう状況でございますが、附属小学校に行きました結果として、三学級になりましたそのおのおのの学級の人数の状況はどうかと申しますと、少ないところではこれは同じく三十一人で、多いところでも三十九人と、こういうことでございます、各一学級の人数は。三草小学校の場合に、先ほど申しましたように、二十人台の二クラスが一クラスになりまして三十六、七人になっておる、こういう状況が見られますけれども、いずれも現行の四十人というものの範囲内でございます。
 それから質問の第二点で、四十人学級の問題を申されましたわけですが、ここは人口減少市町村ということで、小学校の一年と二年については四十人学級を適用していいところでございまして、現にそれらは四十人以下ということで編制されておる状況でございます。
 したがいまして、私ども、これは公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律に基づきまして措置いたすということにせざるを得ないわけで、この法律から外れて個別の手当てをするということは、これは制度上も事実上もできかねる話になるわけです。(「冷たい」と呼ぶ者あり)冷たいとか温かいとかいう話ではなく、法律で決まっているように措置しておりまして、事実上四十人未満で一学級が組織されておるわけでございます。
#39
○本岡昭次君 そしたら、附属も四十人で学級編制されたらどうですか。附属は四十人学級編制なんでしょう。そしたら七十人をなぜ三学級にする必要があるんですか。四十人と三十人にすればいいじゃないですか。なぜ一年生を三学級にするんですか。
#40
○政府委員(三角哲生君) 附属学校はただいま申し上げました標準法とは別のやり方で措置しておるわけでございます。
#41
○本岡昭次君 そういうことを言っておる限りだめですよ。学校というところは、四学級でずっと編制されているそのときと、三学級になったときと、二学級になったときと、これは学校の運営全体が変わるんですよ、大きくね。何も一クラス人数がどうこうじゃないですよ。一学年四クラスというときは一学年四クラスということで、これは学校の運営はすべてそれに基づいて行われてくるんですよ。それが附属ができたことによって、それぞれの学校が二クラスあったのが一クラスだけの学校になったり、四クラスが三クラスになったりするんですよ。附属ができたことによって起こっている教育条件の変化なんですよ。そのことに対して、それは仕方がないんだというふうに文部省が言う限り、局長がいかほどおっしゃっても、七十人、八十人というこの人数、減りこそすれふえることは絶対ない。地元は徹底的に附属に対して抵抗しますよ、あなたのようなそういうおっしゃり方をしておる限りは。
 それなら大学局長、あなたは地元の理解を深める、地元とともに教育の水準を引き上げていくことに役立つ附属にするということは、具体的にどういうことをもって地元の人にお示しになるんですか。
#42
○政府委員(宮地貫一君) 先ほども申し上げたわけでございますが、附属学校の使命としては、もちろん学部の教育研究に貢献することと教育実習を主たる役目とするわけでございます。附属学校での教育の取り組みといいますか、その具体的な附属学校での教育の進め方が、地域の公立学校にも実際面で参考になるような形で私どもとしては附属学校の運営というものを考えていくべきものだと、かように考えております。そういうような意味で、たとえば、教材研究でございますとか、そういう具体の指導に当たりまして、附属学校と地域の公立学校とがお互いにそういう教育の進め方について交流をし、また附属学校がその公立学校に役立つということは当然考えなければならぬことでございますし、そういう面で、私どもとしては、この新しくできました兵庫教育大学及びそこでの附属学校というものが地域の教育の研究なりその地域の教育の向上につきまして役に立つということを考えているわけでございます。
 先ほど附属学校の学級編制の問題についてお尋ねもあったわけでございますが、附属学校については、もちろん附属学校ということで格差というものがあってはならないわけでございますが、現実の問題といたしまして、そういう意味では、この兵庫教育大学の附属学校の募集にいたしましても、なるたけ早く全学年に生徒を、完成した学校にするという形で一年と四年で募集しているという、そういう意味では発足に当たりましての変則的な形の募集ということにならざるを得ないわけでございます。そういう意味で、現在の附属学校の生徒の数が、実際問題として先ほど御答弁申し上げましたような数字にとどまっているというのが現実でございまして、それは私どもとしては、発足に当たっての大変変則的な形でございますし、その点は先ほど申しましたように、地域社会とも十分協力をし合って、教育の向上に附属と公立と両々相まって果たさなければならぬということは当然のことでございまして、その趣旨を先ほど御答弁申し上げたわけでございます。
#43
○本岡昭次君 大臣、私は非常に大事な質問をさしていただいておるんですが、大臣にひとつお答えいただきたいんです。
 いまも宮地局長が答弁されたように、附属の学校が地元の公立学校とともに地域の教育の水準を上げていこう、そしてまた附属の側は地元に対して理解を十分深めていこうということについて、それでは具体的にどうしたらいいかということなんですよ。この前の質問のときも、宮地局長はこう答弁していただいておるんです。「地域社会の教育、先生御指摘のように、おっしゃるように大都会ではございませんので、その点が地域社会の従来の公立学校の教育条件等に対して影響があって、そのことが非常に公立学校に重大な影響を及ぼすというようなことのないように、その点は十分地域社会の教育の責任者側とも十分御相談を詰めながら円滑に進めていくように配慮をするつもりでございます。」と、このように言っておられる。
   〔委員長退席、理事大島友治君着席〕
そして、私がいま言っているのは、それが地元の教育条件にどういう影響を及ぼしているかということの中で、三学級あったものが二学級になり、二学級が一学級になり、そういうことがことしと来年にわたって起こる。そのことについて文部省としての対応は、学級減というものについての救済措置をこの附属の問題に限って検討する、考えるということこそが地元の理解を深めていく、それがぼくは百万言、多言を弄するよりも一番早道だと思うんですよ。検討するということは、それはいま三角局長が言われたように、それでは三が二になったときにどれほどそのことの条件が悪くなったんかとか、いや、そうでないんだということも検討していきながら、そうしたことについての配慮というものを文部省としてするんだと。でないと一方、附属は七十人で三学級ですよ。四十六人で二学級やっているんですよ。それがどれほど地元に対してさまざまな問題を投げかけているかということ、このことについてひとつ大臣の積極的な御答弁をいただきたいんです。
#44
○国務大臣(田中龍夫君) ただいま局長と先生とのお話を伺っておりました中にも考えられることでございますが、教育研究の推進に当たりまして附属学校の果たす役割りは非常に大きいのでございます。したがいまして、地元の関係者に附属学校の本当の目的が十分に理解していただけまするように努力をいたしますと同時に、地域の教育研究の向上にも積極的に協力をしていくなどいたしまして、附属学校と地域の公立学校がともどもに充実発展をしていくことを期待いたしておるわけであります。
 いずれにいたしましても、附属学校の設置をめぐりまして地元の公立学校に無用の混乱の生ずることがないように、大学に対しましても十分留意を促してまいりたいと、かように考えております。
#45
○本岡昭次君 いや、無用の混乱を起こすことのないようにということで、むしろいまは公立学校側は自衛手段を講じているんですよ。行かせまいとするんですよ。わかりますか。行ったら学級減になるんですから、だから行かせまいとすることは当然起こるでしょう。だから、いつまでたったって集まらないんですよ。やがて協力校つくらなきゃいかぬのですよ。これは地元の大変な協力を得にゃいかぬですよ。そのときに私の言ってることぐらいは検討されたらどうですか。学級減は起こさせないとね、ことしと来年のことだけですよ。ずうっと永久に起こることじゃないんです。ことしと来年だけそうした問題について一遍検討してみましょうと、教育条件が悪化するかしないか、その中身も含めてですね。そういうことが具体的に理解を示すことではないかと私は言ってるんですがね。二年間じゃないですか。
#46
○政府委員(三角哲生君) これはちょっとわからない点もあるんでございます。附属の方へ子供が集まる。それは地域の子供の数は一定でございますから、従来の学校の子供の数はその分だけ減るというのは、これはいたし方がないことだと思うんでございます。
   〔理事大島友治君退席、委員長着席〕
減りますれば、標準法に基づきまして学級の人数は決まってくる。
 それで、先ほど学級減ということをおっしゃいますけれども、この地区は現状では、将来はここの振興開発が図られるようでございますけれども、関係の学校で見ましても、社小というのが中心でございますから、従前は二十六学級あったものが四学級減っていま二十二学級と、こういうことでございますが、福田小学校は従来どおり十三学級、米田小学校は従来どおり七学級、三草小学校というのが八学級ありましたものが一つ減って七学級、あとはいろいろございますが、五学級の学校、十五学級の学校、十三学級の学校、十二学級の学校、十三学級の学校、いずれもどちらかと申しますと、小規模の学校が入っておる地域でございまして、これを学級減になったからけしからぬというふうに受け取れるようなお話もちょっと、それではというふうに申しかねる面がございまして、標準法の規定はここで一昨年来ずいぶん御審議いただきまして、今度の四十人学級の計画を進めておるわけでございますが、これは標準法でございますので、学級編成に関しての例外規定というものを設けておりませんものでございますから、もしいまおっしゃいますような個別のしんしゃくをしろというお話になりますと、これは標準法の改正について改めてどこからかの御提案をまって御審議をいただかなきゃならない、こういうことになってしまうんでございます。
#47
○本岡昭次君 そういう表向きの話ばっかりで、それはあなたのおっしゃることは私もよくわかりますよ。だけど、そのあなたの話では、まさに血も涙もない話で、そうですか、なら地元は学級減にならないようにぜいぜい抵抗しなさいということにしかならぬですよね。絶対集まりゃへんですよ、これ。それでいつまでも附属は二十人に一学級でやるんですか。そういうことになるでしょう、結果として。
 私は地元で附属反対の先頭に立ってやってきた男ですよ。だから、むしろ私はこんなことは言いたくない。附属へ行かすな、行かすなという運動をする方が私にとっていいんですよ。だけども、附属ができたら、一緒にやるための理解を求めるにはどうすればいいかということを私盛んに言ってるんでね。三角さんのような言い方をすれば、それは地元に、火に油を注ぐ、そういうことですよ、あなたのおっしゃってることなんてのは。私はありのままにそれは伝えますよ。三角局長は、減るのは仕方がないでしょう、附属ができたんだからと。それはそのとおりですよ。そんなこと何も、局長でなかったってだれでも、小学校の子供でもそのぐらい答弁しますよ。だから、減ったら減ったでやったらいいじゃないですか、そういうことでしょう。減るということがその学校にとってどういう教育条件の変化をもたらすのかということについて、標準法がありますから仕方がありませんねと、そういうことでしょう。それはそれでよろしいです、私は。もう結構です。次に進みます。結構です。(「よろしくない」と呼ぶ者あり)いや、もうしようがない、徹底抗戦やらせるわ、私は地元で。
 大臣、大臣も何も答弁していただけませんものね、先ほどの抽象的なこと以外。あなたの思いやりとか愛情とかいうものは一体どこへいっておるんですか、あなたの思いやりとか愛情とかというふうな問答。こうした一つの国立大学の附属を地元に育てるということに対するわずかな配慮というものを、ここでしなさいということを言ってないですよ、そのことを検討するぐらいのことをやってみたらどうですかと、私はこう言っているんですよ。大臣答えてくださいよ。私は法律のことはよくわかっておるんですよ、四十人学級であろうが定数法であろうが。
#48
○政府委員(三角哲生君) 私は政府委員として、事柄を正確に御説明申し上げなければならない義務があると思っておりますので、御説明をさせていただいた次第でございます。
 それからいま抵抗ということを仰せになりましたけれども、この事柄について附属へ子供を送らないという抵抗をしていただくことは、私どもはそういうことは困りますし、そういう必要があるかないかは、これは立場を異にする判断が入ってくるのかもしれませんけれども、私どもは抵抗などということは必要ないんではないかというふうに考えざるを得ません。
 それから、それは確かに四学級編制だった学校が三学級になりますれば、おっしゃいますように、これは明らかに変化でございますから、変化に対応して学校運営なり学校経営なりについての、また対応のためのいろいろな意味の御苦労なり努力なりが出てくるということはわかるつもりでございます。しかしそういった事柄は、あにここの地域、たまたまこういう附属ができたということが一つの主な要因にはなっておりましょうけれども、日本全国各地の過疎地域等ではすでにいろいろな意味で経験をした事柄でもあろうと思いますし、そうして学級の規模が減れば、いろいろな教育の運営の上では変化は生じましょうけれども、そういう点をさらにまたむしろいい面に生かしていくということもあり得るのであって、私はこれに対して、だから抵抗するというそういうお話は、ちょっと理解いたしかねるような気がいたすのでございます。
#49
○本岡昭次君 ちょっと私も感情に走り過ぎたと思うんですけれども、先ほどの抵抗というような言葉はここにふさわしくないから取り消しますが、私が一番問題にするのは、過疎過密とかいう自然的に子供がふえたり減ったりしても、附属だけは百二十人定数というものを確保するというんでしょう。よろしいか。過疎地域ですから減っていきますよね。附属だけはいつもこれだけの条件を確保するんだと言ってやる。なおそのことに、減っていって、公立はどんな変化があっても仕方がないというふうな状況が、私らにしてみたら、地元の人も、何か国立の権威をかさに着て地元の小中学校がどうなってもいいというふうに受け取れるでしょう。附属は四十人三学級百二十人確保するんでしょう、地元にどれだけ子供が減っていこうが。自然現象の中で増減を附属も受けて同じようにやっていくならよろしいよ。しかし附属は附属としての任務があるからと言って、あんたたちは百二十人定数を確保するためにあらゆる手段を講じられるんでしょう。だから将来そのことがきちっとおさまっても、過渡期的な措置というものはさまざま私はあると思うんですがね。だからそういう問題について検討する、一遍してみようというぐらい文部大臣おっしゃられたらどうですか。
#50
○国務大臣(田中龍夫君) なかなかむずかしい問題でございまして、役所の方の、法に従って行います局長の方は局長の立場もございます。また地元で御苦労なすっておられる先生のお立場も十分に拝察できますが、この問題は、いま局長が申し上げ、先生がおっしゃったようなことでは、これはもう話し合いの余地もないようなことで、それではまた困る。また附属の学校ができましても、そこには地元との間のよい関係がなければ、これまた円滑には学校の運営ができないでありましょうし、地元の方におきましても、いろいろと対立するようなことがあっては、私はそれこそ教育の本旨に沿わないような気もいたします。ここのところはまたお話し合いも今後のあれにいたしたいということにいたしまして、本岡先生も、この学校のりっぱな設立、地元の円満な関係の調整に御協力のほどを今後ひとえによろしくお願いいたします。
#51
○本岡昭次君 いまの文部大臣のお話で私も了解いたします。
 それで、ここでぼくはこんなことをやりとりすることじゃないとわかりながらやっているんですよね。だから、またひとつ局長とも話し合いさしてもらって、いま言いましたように、とにかく附属が地元の中に根づいていかなければならぬと思うんですよ。そのためにどうするかということを私は盛んに言っているので、それを法律の解釈だけで行ったら、これはにべもない話です。それで行くんなら、何もここでやらなくて、法律どおりこうしたらいいということになるわけで、それについてのこれからのひとつまた話し合いをさしていただきます。
 そこでもう一つの問題は、もう一つ混乱をもたらすという問題は募集の問題があるんです、募集。先ほど言いましたように、百二十人定数で七十だとか八十だとか四十だとかいう数ですから、定数に足りないからといって、ずっとこれから百二十の定数に満つるまで募集行為を続けていくというふうなこと、それでまた在籍証明も持ってこぬでもいいと。とにかく選手の引き抜きみたいな形で、もうがむしゃらに人を集めてきたらいいというやり方がまた地元を混乱に陥れ、不安な状態にしているわけで、募集業務についても、言ってみれば、十一月に第一次募集をやったらそれできちっといく。それから全部学年がそろったら、毎年新一年生だけの募集にとどめていく。定数が満ちてないからというので、毎年毎年一年から六年まで全学年の募集が行われるというふうな、そういうことだけは最低避けていただきたいと、私はこういうふうに思うんですが、それらの点いかがですか。
#52
○政府委員(宮地貫一君) 先ほど来御答弁申し上げておりますように、発足に当たりまして一年と四年から募集をしておるという変則的な状況にございまして、御指摘のような地元との調整についていろいろと問題点が出てきているという点も伺っておるところでございます。
 そこで、私どもといたしましては、明年度以降の児童生徒の募集に当たりましては、本年度までの経験に照らしまして、改善すべき点についてはできるだけ改善をし、地元の公立学校との間で、従来言われておりますようないろいろな問題点がなるたけ避けられるような形で実施できるように、大学側に対しても配慮を促してまいりたいと、かように考えております。
#53
○本岡昭次君 それではひとつよろしくお願いをしたいと思います。地元の公立の学校があって附属が成り立つと、こう思いますので、ひとつよろしくお願いいたします。
 次に、新しくできる鳴門大学の中でどういう講座が開かれるかということは、これは大学側がお決めになることだと、このように思うんですが、同じような形で上越、兵庫もいますでに先行してやられているというんだから、恐らく上越、兵庫と同じような形で鳴門も教育課程なりそういったものがそこにつくられていくと思うんです。
 そこで、同和教育講座ということについてですが、文部省は、教員養成学部を置く大学においては、教員となる者に対して同和問題に関し理解を深めるよう特別の措置を講ずることと、こういうふうにはっきりと言っておられます。そして、私のいただいた資料の中でも、国立大学の中に、教育学部ですね、講座がずっと開かれているんですが、この中に上越教育大学は見当たらない、兵庫教育大学はこれから学部が設置されるんですが、これは一体どうなっているんですか。
#54
○政府委員(宮地貫一君) すでに学生を受け入れております兵庫教育大学の大学院の方でございますけれども、大学院におきましては、同和教育関係の授業科目といたしまして、本年度から人間尊重の教育ということで二単位を開設することにしているところでございます。そしてまた学部は、御案内のとおり、五十七年度学生受け入れということでございますけれども、私ども承知しているところでは、同和教育一、二ということで各二単位を開設する方向で検討しているというぐあいに承知をいたしております。
 また、上越教育大学の学部は、五十六年度学生受け入れでございますが、同和教育の趣旨を取り入れまして、授業科目を開設する方向で大学においても検討を行っているというぐあいに聞いておるところでございます。
 鳴門教育大学の教育課程の細目というのは、今後創設後大学において検討されることになるわけでございますが、同様の配慮がなされますように十分留意を求めてまいりたいと、かように考えております。
#55
○本岡昭次君 わかりました。
 それでは最後に、教育委員会との関係ですね、これは上越、兵庫の教育大学ができるときにもずいぶんいろいろな問題があったと思いますから、鳴門教育大学の場合もそういうことが起こると思います。そこでまず、現職教員の出願やらあるいは派遣の取り扱いといったことについて、上越あるいは兵庫教育大学の場合と同様に鳴門教育大学の場合は取り扱われるのかどうか。
#56
○政府委員(三角哲生君) 同様に取り扱うつもりでございます。
#57
○本岡昭次君 そこで、まずお伺いしたいのは、結局現職教員がそこに研修を受けに行く、あるいは派遣されるという場合の最大の問題は、代替教員、裏づけになるかわりの教員をどう確保するかということがあるから、あるいはまた現給を確保する、賃金の部分を確保するということで非常にいろんな問題が起こるんですが、そこではっきりさしていただきたいんですが、衆議院の方の質問では、代替教員というんですか、研修定数というものが第五次の教職員定数改善を含めて四千六百四十一人になるという答弁をされております。そして、この鳴門を含め兵庫、上越とかいう新構想の教員養成大学に行く者は別枠で確保してあると言われるわけですが、もし三大学がそろったときには、一年生、二年生で千八百人、千八百人の大体三分の二程度は現職というんですから、千二百人ほどが現職になります。この千二百人という数は、四千六百四十一人プラス千二百という別枠なのか、四千六百四十一人の中に別枠として千二百人確保しているのか、そこのところを明らかにしてください。
#58
○政府委員(三角哲生君) 御指摘のように、この三大学の現職教員の受け入れの枠と申しますか、入学定員の三分の二をめどにしておりますから、千二百人でございまして、それはいまおっしゃいました四千六百四十一人の中でございます。
#59
○本岡昭次君 衆議院のあなたの答弁をずっと私読んで、なるほどこれはりっぱだなと思って関心したんですよ。「全体で四千六百四十一人という代替措置の計画を持っておりますが、」「その分は別枠として代替定数の措置をいたしております」と言うから、別であるかと思ったら、やっぱり中であるわけですね。中ですね。
#60
○政府委員(三角哲生君) はい。
#61
○本岡昭次君 そこで、そうすると、少ない多いは別にしまして、この新構想教員大学ができるときの一つの問題は、既設の教育系の大学の大学院へ現職の教員が派遣される場合と新構想の方へ行く場合、これが差異はない、同じ扱いをするんだということが約束されているわけです。これは文部省も約束をしていますね。
 そこで、それでは最終的には千二百人、この四千六百四十一人のうちの千二百人が新構想の方の大学院へ行くんですが、そうすると、既設のたとえば神戸大学とか名古屋大学とか東京学芸大学とか岡山大学とかいったところにできた教員の大学院に対しては、一体どのぐらいの人数が行くのかということなんです。行けるのかということです。別枠でないんですからね。片方は別枠保証で完全に行ける。同じように扱うということが数字の上でどうなるのかということが私の一つの聞きたいことなんですが、現在それでは一体この枠の中で新構想の大学に行っている数と、既設の教育大学の大学院に行って使っている枠ですね、それはどのぐらいの人数になるんですか、それぞれ。
#62
○政府委員(三角哲生君) 手元に五十五年の実績の数字があるので申し上げますと、研修あるいは留学等で派遣をしました実績が、これは教員養成大学が当然入っておりますけれども、一般の大学への内地留学もいいわけでございますから、そういう部分も含みまして、大学へ千百人行っております。うち兵庫教育大学に入った者が百十五人、それから各地の教育研究所、これへ長期に派遣されておる者が千百九十八人という数字になっておりますから、両方合わせて約二千三百人。こういうことでございまして、そして定数上五十五年度予算で措置いたしておりますこの研修等の定数の総数が二千三百八十一人でございますから、ちょうどほぼ見合った数字になっておるということが申せるかと存じます。
 確かに私どもは、既設の教員養成大学、これが現職の教員も受け入れてくれることを希望いたしますし、現職の教員がその方のいろいろな研究内容等に応じてそういうところを希望して行かれるということも望ましいと思っておりますので、そういう分につきましても、しかるべき手順を経て派遣される者についての定数は、この先ほど御指摘の四千六百四十一人の中で考慮していく、手当てをしていくというつもりでおりますが、このいま提案しておりますいわゆる三大学につきましては、これは現職教員の大学院における研修といいますか研究、これを一つのねらいとして、そしてかなりまとまった数を受けとめるという体制になっておりますので、これについては先ほどおっしゃいましたように千二百人というものを予定してこの中に組み入れたと、こういう経緯でございます。
#63
○本岡昭次君 そこで、研修の自由というものもあるし、いま言ったように既設の大学院と研修についてそこに差をつけない、同等に扱うということ、これは派遣されるときの現職教員のさまざまな勤務条件あるいは賃金の面等とは別に、それは数の上でもある程度そうしたことが保障されなければならないと思うんです。だから、千二百人研修に三大学に行くように最終的になるんならば、それに近い数の者の枠が、先ほど言ったさまざまな教育系大学の大学院に行っても、これを認めていくという事柄がなくてはいけないと思うんですが、その点いかがですか。
#64
○政府委員(三角哲生君) でございますから、それを端的に第五次計画の数字で申し上げますと、二千四百六十人を考えておりますので、ですから、この三大学以外に行きます分はその中で措置をしてまいりたい、こういうことでございます。
#65
○本岡昭次君 わかりました。
 そこで最後、その問題で、それでは各県にその枠を配当するとき、これはどういうふうな基準で配当をされるんですか。
#66
○政府委員(三角哲生君) 研修等定数は通常の枠以外に加算する数字でございますが、これの配分につきましては、毎年度予算で定められますところの研修等定数の範囲内で各都道府県からいろいろなデータをちょうだいいたします。各都道府県が持っております教育課程研究指定校でございますとか、あるいは特殊教育の実験学校、あるいは教育課程の基準改善のための研究開発校とか、そういういろいろな学校がございます。そういった学校の数でございますとか、それから何よりも長期研修の計画をどういうぐあいに各都道府県が立てるか、これらの計画数等をいただきまして、そしてそれらを勘案しまして全体を見て配分を行う、こういうやり方をとっておるのでございます。
#67
○本岡昭次君 そうすると、固定した枠じゃなくって、そこは各県の長期研修を必要とする状況に柔軟に文部省は対応しているというふうに受けとめていいんですか。
#68
○政府委員(三角哲生君) 基本的にはただいま本岡委員おっしゃったふうで、必ずしもこれは固定すべきものではない、そのときの状況でいろいろと対応すべきだと思います。
 ただ、一つ言えますことは、研修に毎年長期にわたって留守になさる先生の数というものが余りに動きますと、その代替の先生を今度はどうするか、こういうことが起きますので、その弾力性というのもある程度ゆるやかな変化、こういうことにならざるを得ないのが、これは現実の問題の処理であろうと思います。
#69
○本岡昭次君 そこで、立ち入って申しわけないんですけれども、ここで論議できませんから、ここ三年程度各県にどのような形でそれを配当したかということについて資料は後ほどいただけますか。
#70
○政府委員(三角哲生君) これはその県によって、その資料を見て、その数字だけでいろいろなことが論ぜられると、私ども都道府県に対して忍びないというような状況が出るということをちょっと心配するんでございますが、検討さしていただきます。
#71
○本岡昭次君 出してくださいよ、使い方は一々あなたの了解を得てから使いますから。そのくらい出したっていいでしょう。
 それから次に、受験について同意の基準というものがあるんですが、私はこれが一番問題だと考えておるんです。依然として同意の基準は変えないということで、いわゆる研修の自主性というものがこれで著しく損なわれるというふうに考えているんですね。そこで「学校運営上支障がなく、かつ有益であること。」と書いてあるんです。それからまた「長期人事計画との調整等に留意して行う」ことと、こういう言葉が非常に私ひっかかるんですね。あなた行ってよろしいという同意を与えるときの基準にあることですが、このことは相当論議されていると思いますので、ひとつ簡単に私に教えてください。「学校運営上支障がなく、かつ有益である」というその「有益」とはどういうことかということと、それから「長期人事計画との調整」という「長期人事計画との調整」とは一体何か。もう時間もありませんので、ひとつ簡潔にお答え願えませんか。
#72
○政府委員(三角哲生君) これは当時全国の教育長の団体の方でもいろいろと御議論いただきまして、一つの意見というものがまとまりましたので、それを私どもは参考にいたしまして、こういったことで指導をさせていただいておるわけでございまして、これは一つのしたがいまして基準でございます。
 それで、この字句の解釈みたいなことは必ずしも厳密にできないんじゃないかという気もいたしますけれども、「有益」というのは、たとえば理科の免許の担当者は理科で研修をしてほしい、その先生が何か社会学のコースに行きたいとか何とかいうようなこと、それは人間たくさんの人たちがおられますし、そしていろいろ勉学の志というのは、いろいろなあり方、それは自由でございますが、現職で、現給で行くというときはそういったようなことが出てくるんじゃないかということが一つの議論の過程にはあったようでございます。これは一つの例でございます。
 それから「長期人事計画」というのは、これは県でございますから、いろいろ皆さんで順番にある年齢段階のときには僻地教育も経験してもらうとか、いろいろ考えておるそのやさきに、今度行きたい、こういうときには、あと少し二年ぐらい待ってくれないかとか、そういうような調整がどうしてもある場合があるので、やはりこういう字句を入れておかないとそこに無用のまたトラブルが生じても困るというふうな配慮があったんじゃないか、そういう気がいたします。
#73
○本岡昭次君 気がすると。気がするでは困るんで、これはちゃんと文部省の方の通達にその言葉が入っているんでしょう。もちろん第三部会もそのことを言っていますけれども、文部省もその言葉でその通達を流しているんですから、もう少し責任を持った答弁をしてもらいたい。
 もう時間がないので、そこであと私の要望を言っておきます。
 それはいまあなたのおっしゃることだったらいいんですよ、局長のおっしゃるようなことで。それは「かつ有益」というのはそれぞれ専門のところで大いに伸ばしてきてくださいということ。理科の専門の方が音楽のところに行こうとすると、あなたは何をするんだと。それは有害とは言えないけれども有益ではないということだって私はいいですよ。しかし「有益」というこの言葉、逆にとったら、どのような場合に有益でないのかということをはっきりさせないといけない。もっと具体的な基準性がなければ、「有益であること」ということだけでは、管理者側あるいは任命権者側が単にいろんな意味での広い範囲の中で有益か有益でないかという判断をした場合に、これは公正な適用というんですかね、これは参議院の附帯事項の中にも入っていますけれども、公正な適用ということに対して著しく反することがこの字句の中で起こってくると思うんですよ。
 それからもう一つ、「長期人事計画」というのは、研修の問題ではなくて、私は、はっきりと将来だれを教頭にするか、だれを校長にするか、幹部候補生をどのような形で養成していくかということが「長期人事」ということだと思っておるんですよ。あなたのおっしゃるどこに研修に行かせるかというようなたぐいのものじゃない。
 そこで、そのものが結局、国大協の方でも一番問題にした、要するに、教員の人事行政の手段と大学がなってはならぬということとここのところが深くかかわってくるんです。だから私は、文部省が通り一遍の教育長協議会の第三部会のそこで決めたことをそのまま書き写して、「教員の派遣について」ということで下へおろしたということであってはいかぬ。そこに適正な運用、そして公正な中身を持つ、そして研修というのはあくまで個人の教員としての資質の向上にあるんですから、あるいはまたその人の資質を通してその職場に影響力を広げていくということにあるんですから、その人の将来の幹部候補生としての道筋というものが「長期人事計画」というものの中における調整ということであってはならぬ。このことを非常に強く私は思うんですね。でなければ、この新構想の教員養成大学に現場の教職員が派遣されるということは、先ほどから論議したことと全く意に反したことになると思うので、そうした受験に対する同意の基準というものが、参議院の附帯事項、八十四回の国会でやられた附帯事項に即して、これが正しく運用されるということを私は期待しているわけですが、最後にそのことについて文部大臣のお考えをいただいて私の質問を終わりたいと思います。
#74
○国務大臣(田中龍夫君) 先ほど来いろいろと御論議がございましたが、いろんな字句が御疑問の点もあったやに存じますが、文部省のいたしておりますことは、あくまでも性善説で、善意に基づいていたしておりますのでありまして、誤解がございましたらまたお話もいたしたいと存じます。あくまでも善意であるということだけは立証いたしておきます。
#75
○委員長(降矢敬義君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時十五分まで休憩いたします。
   午後零時十二分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時二十九分再開
#76
○委員長(降矢敬義君) ただいまから文教委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#77
○高木健太郎君 このたび大学が二つ、鳴門教育大学及び鹿屋体育大学、こういうものができましたが、それの具体的なことにつきましてはまた後でお聞きしたいと思いますが、大学を設置するにつきましては大学設置基準がございますが、それは土地であるとかあるいは施設であるとか、そのようなことの設置の基準を示したものであると思いますが、一般的にひとつお聞きしたいと思いますけれども、大学を新しく設置しようという根拠はどのように考えておられますか、まずそのことをお聞きしたいと思います。
 次いでもう一つは、国立大学を設置される場合には、だれが何を要求した結果そういうふうになるのか、大学を設置するときの経緯というものについてお聞きしたいと存ずるわけです。ひとつこの件についてお考えをお聞きしたいと思います。
#78
○国務大臣(田中龍夫君) 今後の大学、高等教育をどういう方向で考えるかという問題でございますが、高等教育の機関の整備につきましては、先生もよく御承知と存じますが、文部省といたしましては当面、昭和五十一年度以降五十五年度までの五カ年間を前期の計画期間といたしまして、また五十六年度以降六十一年度までを後期の計画期間といたしまして計画的に整備に努めておるところでございます。
 五十六年度から始まります後期の計画期間では、十八歳人口は漸増の傾向でございます。基本的な方針として、昭和五十四年十二月に出されました大学設置審議会の報告が示しておるところでございまして、それに従いまして、前期の計画期間に引き続きまして量的な拡大の抑制と質的な充実を進めました。また高等教育に対しまする多様な要請を受けとめ得るように高等教育の柔軟化を図っていく方針でございます。
 なお、現在は高等教育をめぐります諸般の情勢には流動的な面が多いわけでありますが、後期の計画を推進していくに当たりましては、今後における十八歳人口の推移と地域分布の変化、あるいはまた大学等への進学の動向、その他高等教育に対しまする需要の動向など、今後の状況変化にも十分に留意しながら計画の趣旨の実現に努めたいと存じます。
 これが一つの今後の大学並びに高等教育の設置の方向でございますが、後段御質問の経過等につきましては、私の就任以前のことでもございまするし、政府委員から詳細御報告いたします。
#79
○政府委員(宮地貫一君) 国立の大学なり学部なりの設置の経緯と申しますか、具体的にどういうぐあいに進めるのかというお尋ねでございます。これは既存の大学の学部の整備というようなことにつきましては、ただいま大臣から全体的な高等教育の計画的整備ということについて大要御説明を申し上げたわけでございますが、具体に個々の大学から学部なりの増設の計画が出ました段階で、地域の収容力格差でございますとか、あるいは専門分野構成というようなものを考えながら、特に地方の国立大学の整備を中心にいたしまして、また近年は特に人文社会系の分野につきまして各地方から非常に整備の御要望が強いわけでございますが、当面現下の行財政事情というものも大変厳しい状況でございます。これらを勘案しながら検討を進めて整備していくという対応をいたしております。
 さらに具体的には、たとえば創設準備経費を計上し、あるいは調査経費を措置いたしまして具体的な調査なりを十分行っていただいて、計画の熟しましたものから順次整備をするということで取り上げてまいっておるわけでございます。
 たとえば、具体的なことで一、二御説明を申し上げますれば、現在文部省として取り組んでおります具体例で申し上げますと、たとえば富山の高岡でございますが、高岡につきましては、短期の高等教育機関を設置するということですでに調査費も計上し、五十六年度予算では創設準備ということで取り組んでいるわけでございます。これは具体的には富山大学の工学部の移転問題とも絡む問題があるわけでございます。
 そのほか既存のもののないもので申し上げますと、たとえば身体障害者高等教育機関につきましての創設準備調査の経費を五十六年度の予算で計上いたしております。これは筑波大学を中心にして具体的な創設準備調査を現在行っている段階でございます。
 そのほか既存の大学におきましても、いろいろと新しい学部の増設その他の御要望もいろいろ各地からあるわけでございまして、それらについて十分調査を進めた上で、具体的な設置に進めるというような段取りで進めているのが具体的な進め方の現状でございます。
#80
○高木健太郎君 いまのお言葉の中に、いわゆる社会的の要請というようなこと、あるいは地域住民の要請というようなことがあるわけです。もともと大学がこのように非常にふえましたのは、例の高度成長期における社会的要請というものが根本になっていると思いまして、年間二校ずつという非常に急速にふえた時代があるわけでございまして、そういうことで社会的要請というものはその時代時代で非常に変化していくものではないかと思うわけです。
 私は、教育というものは時代の要請にも沿わなければなりませんけれども、しかしもっと根本には国民が教育を受ける権利があるということから出発している、いわゆる個人的、文化的の向上ということがその根本にあるわけでございますからして、大学が単に地域の要請とか、あるいは時代の要請あるいは経済界の要請ということによって、絶えずそれに合うようにしていくということは、大学設置というものの根本が薄れることがあります。特に、そのような大学は、一度設置しますと、これを廃止するということはきわめて困難でございますし、また一度ある種類の大学がつくられますと、それの性格を変えるということもこれまたきわめて困難なことでございますので、その点に対して文部省としてはどのように対応をしていかれるのかというようなお考えをひとつお聞きしておきたいと思うわけです。
#81
○政府委員(宮地貫一君) 御指摘のとおり、特に大学を含めましての高等教育機関の整備ということについては、慎重な配慮といいますか、そういうことが必要であることはもとよりでございます。
 先ほど大臣からもお答えしましたような高等教育の計画的整備につきましては、五十一年度以降前期計画、後期計画というようなものを立てまして、全国的な地域配備でございますとか、あるいは専門分野構成の均衡というようなことも十分念頭に置きながら取り組んでいるわけでございます。
 なお、さらに申しますと、大学進学人口になります十八歳人口の動向と申しますか、それの推移ということも、今後の高等教育機関の整備に当たって非常に重要な配慮すべき大きな要素の一つということが言えるかと思うんでございますが、すでに御案内のとおり、十八歳人口全体で申しますと、五十年から五十四、五年ぐらいまでをほぼ百五十万人台ということで大体横ばいで推移してきておるわけでございます。途中丙午の昭和六十年のところが若干落ち込みますが、今後五十六年以降この十八歳人口というのは百七、八十万人台になり、ピーク時で申しますと、これから約十年後ぐらいのところになるわけでございますが、昭和六十五年、六年、七年あたりで二百万を超える数になるわけでございます。現在の十八歳人口が百五十万人台ということからいたしますと、その点では絶対数でほぼ五十万人ぐらいがふえていくということがございます。
 現在の大学進学率がほぼ三七%台ということで、横ばいで推移をいたしておるわけでございます。この大学進学率が今後どういう方向になるかなお流動的な要素もございまして、必ずしも的確に予測を立てるということが困難でもございますが、今後これから十年間に向かって、こういう十八歳人口が大変ふえてくるという時期を迎えるわけでございまして、それらに対応するために、基本的には先ほども大臣からも御答弁申し上げました質の充実を図って、量的な拡大は原則的に抑制をしていくという姿勢で対応するわけでございますが、そういう全体的な十八歳人口の流れというようなことも踏まえまして、昭和六十一年以降の計画というものを私どもも具体的に今後早急に対応をする必要があると、かように考えております。
 なお、具体的に、時代の進展に対応し、また教育研究所の必要性に応じまして既存の大学の改組なり転換なりということがどう行われているのかということについてのお尋ねもあったかと存じますが、個々の大学からその具体の要求が出てまいりますれば、私どもとしても、具体のケースに応じまして検討するところでございまして、すでに研究所等につきましては、国立大学の場合についても、過去にもそういう研究所の転換というようなことについても、大学側から具体の計画が来ればそれに具体に対応していくということをいたしておるわけでございまして、御指摘のように、一たんできました組織というものを改組するというのはなかなかむずかしいことでございますけれども、全体的な時代の進展に伴い、また新しい教育研究所の必要性に応じた対応というものはすべきものと、かように考えております。
#82
○高木健太郎君 統廃合も、その大学の希望によれば、自分たちは考えないわけではないということは、私は大変いいことだと思います。非常に固定した、あるいは硬直化した姿勢というものは、今後の流動的な社会の変動に対応していけないのではないかと思いますので、こういうことは文部省の方からもときどき大学側と折衝されるということは、私好ましいことであろうと思っております。
 ただ、大学が非常に最近ふえましたために、いろいろの問題が起こっておりますのは御存じのとおりでございまして、本当ならば高等教育によって文化国家の形成に備えていくということですが、たてまえはそうでございますけれども、士農工商というもののかわりに一つの新しい身分社会が大学をつくることによって起こってくる。いわば富の再配分化が起こっている。あるいは学歴社会ということも非常に大きく言われております。こういう新身分社会化を防ぐということも一応考えなければいけない。これは非常に重要なことであって、きょうここで私お話しすることはいたしませんけれども、十分にひとつこれの対応はお考えいただきたいと思います。
 また、大学によりましては、大学のレジャーランド化ということも言われておりまして、マスプロによるレジャーランドになっておるというようなことで、せっかく苦労して金と時間をかけて国家がやろうとしていることがレジャーランドと化しているということは、国民の貴重な資財をそこにむだに使うということになりますので、この点も大学を増設するというときにはぜひ考えておかなければならぬことだと思うので、一言私の感想を申し上げておきまして、今後ぜひお考えいただきたいと思うわけです。
 鳴門教育大学と鹿屋体育大学ができるということでございますが、私この後、特に鹿屋の体育大学についてお聞きいたしたいと存じます。
 で、その第一に、設立の趣旨をひとつお話しいただきたいと思います。
#83
○政府委員(宮地貫一君) 鹿屋の体育大学の創設の趣旨についてのお尋ねでございますが、近年、国民の健康、体力づくりに対します関心が大変高くなってきておるわけでございます。体育・スポーツ、レクリエーションの分野の指導者としての人材養成が大変強く望まれてきております。また一面、公共スポーツの施設も近年著しく増設されてきているというのが現状でございます。こういうような事態を受けまして、資質のすぐれた社会体育指導者の養成確保がこれからの非常に重要な課題だと考えられるわけでございます。さらに民間での指導者の需要も見込まれるわけでございます。
 こういう社会体育の現状と将来ということを展望いたしまして、御提案申し上げております鹿屋体育大学では、社会体育に主眼を置きながら、一般市民の健康、体力づくりについて指導し得る体育・スポーツ、レクリエーションの分野のすぐれた指導者を養成するということを趣旨といたしまして、新しい構想の大学といたしまして、そういう従来国立大学では積極的に養成ということが必ずしも十分でなかった分野を補おうということで考えているものでございます。
#84
○高木健太郎君 目的は大変結構なことでございますが、それでは第一にお聞きしたい。社会体育に適した指導者をつくられるということです。そういう教官はどうやってお求めになるのかということをまずお尋ねしたいと思います。
#85
○政府委員(宮地貫一君) 教官層の確保につきましては、具体的には創設準備室で従来準備を進めておったわけでございますが、これから具体に、この法律案が可決をされますれば、創設準備室が教官層の確保を初めとして具体の準備を進めるわけでございまして、この法律案で御提案申し上げておりますように、開学はことしの十月を予定しておりまして、具体の学生受け入れば昭和五十九年度からということでございます。約二カ年半を準備期間ということで考えているわけでございますが、教官層の確保につきましてもそういう観点から考えてまいりたい、そういうことで準備室も準備を進めているというのが現状でございます。
#86
○高木健太郎君 もう一つは、教官を考えるということでございますけれども、それからまた施設は公共の施設がかなりあるということですけれども、公共の施設というのはあるといったところでそうたくさんあるものではないわけでして、実際は市の単位だとかというよりも、村の単位あるいは町の単位ぐらいでやらなければこの社会体育というのはできない。社会人というのはそんなに暇人でもございませんから、ごく短い、寸暇を割いて体育に参加するというような形になるだろうと思うんです。だから、現在の公共のそういう施設を使ってやるということでは不足するのではないか。これでは十分にいまの社会体育ということを満たし得ないのではないか。
 御存じのように、ドイツではトリム運動というのがございますけれども、それはいまある大きなビルの地下室、そういうところ、日本ではバーだとか、キャバレーとか、そういう娯楽施設があるわけでございますが、そういうものを町で全部買い取るとか、あるいはそれをあげて、そしてそういうところでその町のごく小地区の人が集まって体育というものをやっておる。これによって非常に体育が向上したということをわれわれは知っております。
 そういう公共施設だけに頼るんではなくて、社会体育ということをやろうと思えば、さらに小地区制のものを将来考えていった方がいいのではないかと思いますが、局長はいかがお考えでございますか。
#87
○政府委員(柳川覺治君) 体育施設の整備に対する要望が各地で大変高まってきております。先生御指摘のとおり、大規模な総合体育館のようなものと同時に、身近な体育館あるいは身近な運動広場、そういうものが大いに整備されるべきであろう、またそれらを通して子供たちの遊び場の確保にもつながるというような観点から、いま体育施設の整備に対する国といたしましての補助政策を進めておるところでございます。
#88
○高木健太郎君 ぜひそのように進めていただきたいと思います。体育というのはいつでもどこでもできるというような形をとらなければ、大きいところへ集めて何かやるというようなことをやっておりますと、本当の意味の体育では私はないように思うんです。そういう意味では、いまお話しになりましたような小規模な施設というものを各地につくられるように、あるいは各所につくられるように努力をしていただきたいと、ぜひお願いを申し上げます。
 もう一つ私お聞き申し上げたいんですけれども、現在日本では非常に高齢化が進んでおります。高齢になりますと何らかの病気にかかる。がんが多いとか、あるいは高血圧あるいは心疾患というようなもので倒れる人が多いわけですが、そういう病気がふえたというよりも、われわれはいつかは生涯を閉じるわけですけれども、そのときに偶然がんだとか心疾患にかかっていた、それが多いということを私はそう心配してはおりません。しかし一方で、体育というのは健康によいということが絶えず言われておるわけですが、その健康によいという科学的の根拠が実ははっきりしていない。このことについてこの大学ではどのようにされていくのか、その見通しをひとつお聞きしたいと思います。
#89
○政府委員(宮地貫一君) 先生御指摘のように、これから高齢化社会ということに向かうわけでございまして、そういう意味では高齢者に対しますいろいろ社会教育なり、そういう分野のいろんな対応も必要なわけでございます。
 この鹿屋の体育大学につきましても、いろいろ具体の構想については基本構想をいろいろ取りまとめていただいてきておるわけでございますが、その準備の段階でどういうような点で考えているかというところを二、三申し上げますと、そういう意味では具体の講座なり、授業科目というのは、これから具体には大学がお決めになるわけでございますが、たとえば体力科学ということで解剖生理学、運動生理学、体力論、バイオメカニクスというような、あるいは健康教育学という分野では公衆衛生、精神衛生、病理学、栄養学あるいは救急処置法というような、これからの高齢化の社会に対応し、また医学といいますか、医学の分野の授業科目というものも、御提案申し上げております鹿屋の体育大学等においては、そういうような面も重視するというような考え方でいろいろと準備を進めているというのが現況でございます。
#90
○高木健太郎君 大変結構だと思いますが、ぜひひとつ医学の方面もこのカリキュラムの中に盛るようにひとつお進め願いたいと思うわけです。現在までの体育学部といいますと、基礎医学の方はある程度取り入れられておりますけれども、臨床医学的の方面がほとんど顧みられていない。体育の最終の目的が国民の健康にあるということであるなら、これからは老人その他をお取り扱いにならなきゃならぬ場合が多いと思いますので、そういう意味では臨床医学というようなものもある程度教える必要があるのではないかと思うわけです。
 また、そうなりますと、医学の影が少し大きくなってきますと、たとえば解剖生理をやられるときでも、模型であれ何であれ、人体の構造というようなものも、あるいは人体解剖というものをどういうふうにその中に取り入れていくか、医学部との関係をどうするかということも慎重にひとつお考えいただきたいと思います。
 もう一つは、現在の大学における教養部のあり方につきましてはいろいろ問題が起こっておりまして、いわゆる教養部の空洞化ということを嘆いている人もあるわけです。単なる高等学校の教科の延長である、学生はこの教養部にある間にいわゆる学問的の興味あるいはその熱意を失ってしまう、こういうことがよく言われておりますが、この新しい体育大学をおつくりになるにつきましては、教養部をどうするかということも、ひとつお考えがありましたらお聞かせいただきたい。
 もう一つは、統一入試というのがあるわけですが、これは国立大学として統一入試をこれに課せられるということは考えられるわけですけれども、統一入試に公立大学として入りましたときに、特殊の大学、たとえば芸術大学であるとか、そういうところではあれだけの科目を全部課するということについては問題がございまして、現在でもいろいろ問題も言われております。そういう場合に、この大学では、体育ということに視点を置けば、統一入試全体の点数ということよりも、ある程度個性を伸ばすという意味である部分はカットしてもよいとか、あるいはそれを非常に低く見るとか、そのウエートの考え方をその大学自身に任せるおつもりがあるのかどうか、それをひとつお聞かせいただきたいと思います。これは一つの特殊な大学であるという意味でございます。
 それから研修、実習というものがあると思いますが、お互いを使って実習するということができますけれども、それ以外に、町に出かけていって実際の町の中における社会教育を観察する、あるいはそこで手をかすというような実習もお考えいただいたらどうかと思うんですが、その点に関してもお知らぜいただきたいと思うんです。
#91
○政府委員(宮地貫一君) お尋ねの第一点の教養部の教育の問題でございますが、これは一般論といたしまして、いろいろと問題点が指摘されておることも十分承知をいたしております。一般教育をどう深めていくかという点が、戦後の大学教育の中において内容的にも非常に問題点の一つであるというぐあいに考えております。
 なお、この鹿屋の体育大学でございますが、これは単科の大学になるわけでございますので、教養部という組織を別に設けるということにはならないかと思います。教育課程の編成といたしましては、幅広く柔軟な教育課程の編成ができますように、弾力性のある組織で考えていこうというのが基本でございます。
 それからお尋ねの第二点の入試についての考え方がどうかということでございますが、もちろんこれは大学が発足いたしまして大学自体がお決めになることではございますが、考え方といたしましては、ほかの国立大学と同様に、入学者の選抜については、たとえば高等学校からの調査書でございますとか、あるいは共通一次学力試験の成績でございますとか、あるいはこの大学が行います能力適正に関します検査の成績、その他の資料をもとにして総合的に判断するということになろうかと思いますが、具体的な方法といたしましては、今後この大学で検討をされることになるわけでございますが、もちろんこの大学の目的、性格というようなことにかんがみまして、考え方といたしましては、たとえば入学定員の一部について推薦入学制度を設けるというような事柄なども、具体の方法としては考えられる一つではないかと思っております。
 要は、この大学が設けられました本来の趣旨が生かされますような形で入学者選抜が行われるということが必要なわけでございまして、それらの点はこれから具体に大学自体が御判断になることであろうかと、かように考えます。
#92
○高木健太郎君 いま私が申し上げましたのは、いわゆる試験というものは、その人の適性を検査するという目的で行われるものだと思うわけです。そういう意味では、体育大学というものは究極的にはどういう人をつくろうとしているのかということがはっきりしないというと、どのような試験をそれに課すべきかということが決まってこないんではないか。統一入試は、十八歳あるいは高校卒業者に対して全体に行うものでございますけれども、そして高校までにおける学力の到達度というものを見るということでやられているわけで、それを一部分カットするというようなことはよくお考えになった上でなければできないことだとは思いますけれども、何もかも一つの枠の中にはめると、現在の教育がいわゆる画一化というものの弊害が言われておるときに、このような特殊な体育大学というようなものをおつくりになる場合には、十分このことを考慮に入れて適性を検査されるということが大事であろうと思いますので、一言私の考えを申し上げたわけでございます。
 その先で、今度は、ただ適性というときに、体育という名前につられていろんな生徒が集まってくるんじゃないか、志願者が来ると思いますが、これは一つの社会体育の指導者という面であるならば、自分自身が非常に何もかもできる、万能選手であるというような体育の考え方から、健康に非常に関心を持った人々を集めるというようなことも、ぜひこの入試の場合にお忘れにならないように、その趣旨の中に入れていただきたいと考えるわけでございます。何だか運動選手ばっかりをそこで教育していくのだということでは私はないと思いますが、その点いかがでございましょうか。
#93
○政府委員(宮地貫一君) 御指摘のような趣旨を十分生かすべき事柄であろうかと思います。先ほども、たとえば医学の問題でございますとか、健康に関する問題というようなことを積極的に考えることが新しいものを考えていく場合の、一つの大きなメリットといいますか、特色ということで御説明も申し上げたわけでございまして、単に運動選手を養成するという観点ではないわけでございまして、国民の健康づくりということに資するというようなことが基本に必要なことは当然のことでございます。
 なお、先ほどちょっとお尋ねのありました点で、たとえば具体的に、この鹿屋の体育大学の場合で言えば、社会体育の指導者養成ということであるならば、あるいは各種の社会体育施設における実習というようなことも取り入れるべきでないかというような点がお尋ねにあったかと思いますが、私どもといたしましても、そういう弾力的な対応ということで、実践的な指導能力を涵養するという観点から、社会体育施設におきます実習を取り入れるとか、あるいはそういうような体育施設の経営、管理というような能力の養成ということも大変大事な観点の一つであろうかと思っておりまして、具体の教育課程の編成に当たりましては、それらの点も十分配慮した方向で現実の対応がなされるものと、かように考えております。
#94
○高木健太郎君 私、大変結構なお考えだと思いますので、ぜひそのようにお進めいただきたいと思います。
 ただ、私心配しますのは、体育大学という名前がついておりまして、いわゆる保健というのがどこか薄れているように思うわけです。社会体育というものの目的が、体育だけを盛んにする、それと同時に、国民の健康を増進させるということにもし目的があるならば、余り体育ということを言うと、何だか選手養成の機関であるかのごとき印象を受けますので、その点もいろいろお考えになった上のことだとは思いますけれども、ぜひその点をどこかではっきりさせていただきたいというふうに思います。
 もう一つは、現在までお聞きしましたところによると、体育学部あるいは体育大学と言われるものが国立に大学が一つ、私立の方に十二大学、うち単科大学が五大学、合わせて十三大学あるわけです。これらの目的は保健体育という意味であろう、あるいはまた学校教育における教官としての指導者をつくっていくという意味でこのような大学ができていると思いますが、現在あるこれらと今後できる体育大学との間の非常に大きな違いをもう少しはっきりさしておいた方がいいのではないかと思いますので、その点お聞きいたしたいと思います。
#95
○政府委員(宮地貫一君) 御指摘のとおり、体育学部を有します大学ということでは十三大学で、国立が一つ。これは筑波大学の体育専門学群でございますけれども、国立が一つ、私立が十二大学ということになっておりまして、私立のうち五大学が単科の大学ということになっているわけでございます。
 基本的な特徴といたしましては、先ほど来御説明を申し上げておりますように、社会体育の分野に主眼を置いた体育大学といたしまして、しかも国立としては初めての体育系の単科の大学ということでございます。
 そのねらいといいますか、特色をどういう点に持たしているかということで御説明を申し上げますと、従来の体育大学なり体育学部では、言うなれば、学校体育の教員養成というようなことが、従来の体育系の大学で言えば、そういう点が多かったかと思うわけでございますが、今回取り組んでおりますこの鹿屋体育大学で申しますと、学校体育にとらわれないで、体育・スポーツ、レクリエーションの分野における実践的な指導者養成を図るという点が基本的なねらいでございます。
 したがって、教育内容について申し上げますと、たとえば健康教育の領域を重視した考え方で、年齢なり健康状態、職業に応じた運動処方等についての指導能力を涵養する。社会体育に関して申し上げますと、地域の社会体育でございますとか、あるいは職場体育とか、野外教育の分野の授業科目というものも開設して履修させる。それから、先ほども申し上げたわけでございますが、体育の実技につきましても、専攻する運動種目について高度の技能を身につけるということも必要でございますが、できるだけ多くの種目について基礎を履修させるというような考え方で対応いたしております。
 さらに、大学自体といたしましては、大学の開放と申しますか、社会体育の指導者等も積極的に受け入れて、指導力向上のための再教育を計画的に実施するというようなことも考えてまいりたいということでございます。
 最近、大学の開放ということも非常にやかましく言われておりまして、たとえばスポーツ教室などの公開講座というのはほかの大学でもだんだん積極的に実施してきているところでございますけれども、この鹿屋の体育大学においてももちろんそういう面を積極的に考えてまいりますとか、あるいはさらに言えば、国際交流というような分野で、留学生の受け入れでございますとか、あるいは諸外国の体育・スポーツ、レクリエーション分野の人材養成にも協力するというような非常に広い観点で、この大学の特色というものを生かすような形で新しい社会体育の分野の指導者養成という意味で、新しい大学としてりっぱなものをつくり上げていくような考え方を基礎といたしておるわけでございます。
 いずれにいたしましても、そのためには、先ほど最初にお尋ねもございましたように、教官層を確保するということが大変大事なことでございまして、そのためにこれから十分な準備期間をかけて、りっぱな教官層を集めるように努力いたさなければならないことだと、かように考えております。
#96
○高木健太郎君 いま十三大学ございますが、それらが大体どこら辺に分布をしておるか。
 ちょっとその前に、鹿屋の体育大学というのは、いままでの体育大学とは少し趣を異にした、社会体育を主体とした大学であるということがわかりましたが、それならば、この名称をもう一遍考えた方がいいんじゃないか。また体育大学ができたのかというようなことにならぬとも限りませんので、その点もぜひ――思い切ってやれば、鹿屋社会体育大学というようなことにすれば性格がはっきりするんじゃないか、あるいは保健体育大学でもいいわけですし、何かその点がないと、体育大学をもう一つふやしたというふうに一般には受け取られるんじゃないかと思いますので、そこらを一段ひとつ工夫をしていただきたいと思います。
 もう一つお聞きしますのは、現在大学を卒業した、経済学部、商学部あるいは法学部なんかを卒業している、あるいは薬学系の学校を出ている。ところが、実際にその専門が生きるような、自分の専門の能力を生かすような就職をしているということが非常に少ないと聞いております。また、体育大学をいままで出た人が現在大体どのような進路状況を示しているのか。せっかく新しい大学をつくっても、それと全然関係のないような就職先に行くということはきわめて不経済なことだと思うわけです。そういう意味では、これまでの体育大学を出た人がどのようなところに行っておるのか。
 それから大学は大体どの辺に分布しているのか。今度の社会体育大学というのは、日本にただ一つの大学になりそうですけれども、鹿児島というような非常にへんぴなところにありましても、そのようなことで全国からそのような人を集めるというような見込みがあるのか、そういうことについてひとつお伺いしたいと思います。
#97
○政府委員(宮地貫一君) 既存の大学の分布状態がどうかということでございますが、地区別に申しますと、北海道地区には体育系の学部というようなものは具体的にはございません。
 東北地区には、全体の入学定員一万五千に対して百三十人というような形で、比率で申しますと、〇・八六%というものが体育系になるわけでございます。
 次に関東甲信越でございますが、関東甲信越地区に一番多く体育系の大学なり学部もあるわけでございまして、入学定員総数約十五万人に対しまして約千九百八十五名の入学定員というのが体育系の入学定員ということになっております。全体の入学定員に対しての比率でいえば丁三三%という形になっております。
 次いで、東海地域も入学定員に対します比率からいえば比較的高い数値になっておりまして、入学定員の総数が約二万五千人でございますが、それに対して体育系が四百人ということで、一・六%の入学定員が東海地域ではあるということでございます。なお、沖繩までを含めまして、九州・沖繩で申しますと、入学定員二万九千人余りに対して百六十人ということで、〇・五五%という形になっております。
 地域的な配置という点で申しますと、関東甲信越、東海、近畿というような地域に比較的体育系の大学なり学部というものが配置されているということが言えるかと思います。
 なお、九州地区で申しますと、具体的には福岡大学、これは私立でございますが、福岡大学の体育学部が福岡にあるということでございまして、その点から申しましても、鹿屋の地域というのは、確かに日本全体から見ますと鹿屋という土地柄は西日本の九州の南部ということになるわけでございますけれども、先ほど申しましたような全体の配置から申しましても、必ずしも不適切ではないというぐあいに私ども考えております。
 なお、卒業生の就職状況が、特に専門分野を卒業しても必ずしも自分の専門分野で就職できないという現状があることも事実でございますが、たとえばお尋ねの点で、体育学部等の卒業生で申しますと、五十四年度の体育学部等の卒業者全体が約四千九百名でございますが、進路状況は、教員になっております者が一番多うございまして、教員が千七百八十七名、ほかに進学者が百二十六名おるわけでございますが、就職いたしておる者としては、ただいまの教員、その次がスポーツ関係で六百七十二名、公務員で二百五十八名、その他の就職者、これはいろいろあるわけでございますが、五百九十二名ということになっております。進学者を含めまして、三千三百人余りが就職なり進学ということで進んでいるわけでございます。
#98
○高木健太郎君 このように教員として進まれておられる方が非常に多いわけなんですけれども、それらと競合しないようにしないと、先ほどの本岡さんのお話でも、教員になることは大変困難であるわけなんですから、なおさらそういう問題が起こってきやすいわけですから、その点も十分お考えにならなきゃいかぬのじゃないかと思います。
 また、九州の方には少ないということですけれども、それは体育大学、体育学部として少ないわけであって、今度のやつは非常に特殊な社会体育を目標とするということであるなら、何もそんな端の方へ持ってかなくてもよかったんじゃないか。そこに国有地があるとか、そういうことで持っていかれたんじゃないかというような気もするわけでして、何だかちょっとその点が割り切れない気がしますが、その点ももし説明ができるならばしていただきたいと存じます。
#99
○政府委員(宮地貫一君) 午前の御説明の際にもちょっと触れて申し上げたわけでございますが、鹿屋に大学を設置するということについては、実は昭和四十九年度に調査費が計上されまして、それ以来今日まで検討してまいったわけでございます。
 最初は教員養成の新構想の大学ということでスタートはいたしたわけでございますが、その後、昭和五十三年度には新しい高等教育機関としてどういうものが適切であるかということについて調査に取り組むことになりまして、五十四年度には体育系の新しい高等教育機関としての調査経費が計上されたというようなことが経緯としてあるわけでございます。
 その間一国立体育大学の調査会、これは東先生が会長でございますが、体育大学の基本構想についての報告をいただき、また体育系の新しい国立大学の構想に関する調査会からも新体育大学の基本構想の報告がまとめられたわけでございます。そういう検討結果を踏まえまして準備を進めてまいったわけでございまして、実は調査の最初の時点ですでに鹿屋地区に大学をつくるについての調査ということでスタートをいたしたわけでございます。
 そういうことで、今日までいろいろと経緯があるわけでございますけれども、私どもといたしましては、体育系の新しい大学として御提案申し上げておりますように、名称について先生からさらに検討してはどうかという御示唆もあるわけでございますが、従来の体育大学とはその点が違って新しいものをねらっているというものについては、進路指導等に当たりましても、全国の高等学校等に対しましても、鹿屋体育大学のねらっているねらいというようなものについても十分理解を深めるように徹底をさせる努力は、今後私どもとしてもいたさなければならぬわけでございますが、そういう形でこの鹿屋体育大学を設置するということで対応いたしておるわけでございます。その辺、既設の体育大学とはねらいが違うという点については、私どもとしても十分努力を重ねて広く理解を深めるようにいたしたい、かように考えております。
#100
○高木健太郎君 ぜひそのようにお願いいたしたいと思います。初めの意気込みはそうであっても、実際建ててみると、体育大学という名前の示すとおりで、また一つふえたというだけに終わってしまわないように、ぜひその点を十分に考えていっていただきたいと思いますし、またいままでにある体育大学の卒業生あるいは教育学部を出た卒業生との間の醜い競合を起こさないように十分に御考慮を願いたいと思います。
 次は、この教育大学及び体育大学、どの程度の経費、施設費あるいは設備費と設置費をどれだけ考えておられるのか、もしお差し支えなくばお聞かせいただきたい。
 もう一つは、定員はどれくらい考えておられるのか。学生は百四十人ということを聞きましたが、ファカルティー・レシオがどれくらいになるのか、これなんかはちょっとおっしゃりにくいところがあるということでございますが、これまで既設の大学で非常に必要な科目が、あるいは社会的に必要な科目がふえるというときに、ぜひ定員の増員をお願いしましてもなかなかいただけない、ほかの定員をやりくりして非常に苦しいところを忍んでいるわけでございます。またそれは総定員法とかという枠の中でしかやれないから、何かやろうとすると、そっちの方を削るというので、非常に熾烈な定員の獲得争いがあるわけでございます。その場合に、新しく今度こういう大学をおつくりになると、それだけの定員をどこからか持ってこなければならぬ。またいま行革もあるという時期に、このような大学をつくりますとお金もかかりますし、定員にもかかわるということ、この点をどうお考えになっているか、ひとつお話しをいただきたいと思います。
#101
○政府委員(宮地貫一君) 全体の所要経費の見積もりがどうかというお尋ねでございまして、これから整備を要する点もございますので、ここで明確な数字ではなかなかお示ししにくいんでございますが、私ども一応推計をいたしております点で申し上げますと、所要経費といたしましては、施設整備費、設備費、用地取得費、これには造成費等を含めまして、全体で合わせまして約百億を若干上回る金額になろうかというぐあいに推定をいたしております。
 なお、こういう新しい大学をつくりますれば、当然に学長以下の所要の教職員についても配置を必要とするわけでございまして、これは御案内のとおり、特に国家公務員の定員削減計画という全体的な計画の進行しております中で、私どもとしても所要の教職員定数を確保するためには非常な努力を要するわけでございますが、こういう大変現下の厳しい財政状況ということも勘案いたしまして、先ほど御説明を申し上げましたとおり、開学はこの秋十月の開学でございますけれども、実際の学生受け入れに当たりましては、実は当初は
  八年度受け入れということでも考えたわけでございますが、全体的な慎重な準備を重ねるということと、さらにあわせて財政負担が集中しないということも全体の配慮の中にはございまして、実際に学生を受け入れる時期は五十九年四月ということで、これは鳴門の教育大学の場合も同様でございますけれども、そういう慎重な準備期間を考えるということで対応いたしておるわけでございます。
 もちろん、国立学校全体で申しますと、たとえば医科大学の整備というようなことで附属の病院施設の整備等で大変な定員の需要が要るわけでございます。そういう全体的に非常に厳しい状況、私どもも十分その厳しい状況ということを踏まえまして、これら私どもとしては今日まで十分な調査なりを進めて準備を重ねてまいったものでございまして、そういうようなものについて、この際五十六年度から開学に踏み切るということで予算を計上し法律案をお願いいたしておるわけでございます。その辺は、私どもとしましても、十分事態を踏まえまして慎重な準備を重ね、この大学が所期の目的を達成するようなそういう教官組織を整えるということも勘案いたしまして、慎重な対応で臨んでいるところでございます。
#102
○高木健太郎君 定員はお話し願えなかったんですが、一つの大学に、おいおいではございましょうけれども、最終的には二百人とかその辺の数になると思います。現在存在している国立大学あるいは医科大学系なんかは新設をされまして、その方の人間も要るわけなんですね。そこで、国立大学全体としてはその枠は余りふやさない、他の大学はもう削減されているという状況でございます。そういうときに新しい定員をここに持ってくるということですから、ほかの大学も充実しないでおいてこれをつくっちゃうというところに私ちょっと何だか非常にきついところを感ずるわけです。
 それはおわかりでございましょうから、これ以上は申しませんけれども、私一つここで提言があるんですけれども、現在現存している国立大学では定員削減を毎年何人かずつ強いられているわけでございます。何とかやりくりしておりますけれども、他の諸外国、先進国に比べまして、教授、助教授はおりましても、いわゆる下働きという人がほとんどいないわけです。そこをみんな切っていくわけです。そうすると、試験管を洗うところまでやらなければならぬ、動物の世話をするところまで研究者がやらなければならぬ。そういうことだと研究の効率が非常に落ちるわけです。これはもうおわかりの上でやっておられるんでしょうけれども、定員がふやされない、いろんなことでそういうようにやっておられるわけです。
 そこで、私の提言は、現在文部省から科学研究費というようなものを出しておられるわけですけれども、その科学研究費は人件費には使えないというそういう一定の枠がはめられているわけです。この科学研究費を人件費に使ってもよい、たとえば短期にその科学研究費が続いている間は一人なり二人なりの人間を人件費として使ってよろしい。現在、理学部とかあるいはその他のところで大学院に入りましても、月謝は払わなきゃならぬ、どこからも金は来ない、どこかアルバイトに行くということで、本当の意味の研究ができていないわけなんですね。人件費に使えれば、そういう人たちを研究に参加させていくということができるんじゃないか。奨学金も出ておりますけれども、科学研究費の中に人件費を入れて、現在あるところの大学の人件費を少しカバーしてもらう。こういうことができれば現在ある大学は非常に助かるのではないか。そうでないと、一方では定員をどんどん体育大学の方に持っていっちゃった、こちらの方は削減されるということになると、大学院としては非常に不平不満がその中から起こってくるのではないか。こう思いますが、この点をひとつ私提言をしておきましてお考えをいただきたい、大変むずかしいことがあるんでしょうからお考えをいただきたい。
 また、私いろんな大学人に会いますと、科学研究費の中で少しぐらい人件費の方に回してもよいということであれば、われわれ非常に助かるんだけれどもという話がございますので、これはもちろんパートでございますから、一年なり二年なりで切るということを承知の上で雇う。これはなかなかめんどうなことがあるんでしょうが、ひとつぜひお考えをいただきたい。
 また、いまの定員ということは、行革ということが一方で行われている最中にこういうことが出されるわけですから、それに対しては十分な説明をしなければならぬのじゃないかと思っております。この点もぜひよろしくお願いいたしたいと思います。
 あと一、二お聞きしたいこともございますが、以上で大体体育大学及び教育大学の大学設置の方は終わりまして、あと研究所のことについてちょっとお聞きいたしたいと思います。
 御存じのように、岡崎には分子研と生物、生理研があったわけでして、これが三年後には管理体制を一つにするということで私もいろいろ御相談を受けたことがございます。今度岡崎の方が機構として一本にまとまったようでございますが、岡崎国立共同研究機構という名前になりましたが、そういうふうな名前になりました経緯をお話しいただきたいと思います。
#103
○政府委員(松浦泰次郎君) 従来の国立大学共同利用機関は、名称中に目的とする研究内容を表現しておりましたが、本機構は研究分野の異なる三研究所で構成されております。それぞれの研究所の研究内容の全体を名称中に表現することは困難な事情がございまして、それで特定の機関の名称であることを明確にするという観点から、三研究所の設置場所が岡崎の同一地域にあること、これが新機構として統合する上で大きな契機になっておるということを表現することとしまして、岡崎という地名を冠することにいたしました。それから設置者を明らかにするという意味で国立という言葉を入れました。さらに研究所群の意味合いを出すこと及び全国の研究者による共同研究の場であるという新機構の基本的性質を表現することの観点から共同研究機構ということにいたしました。そのような要素を勘案いたしまして、岡崎国立共同研究機構という名称にいたす計画となったものでございます。
#104
○高木健太郎君 分子研とあとの生物、生理はちょっと性格が違うというので大変難航したわけでございますが、これではその内容がよくわからないということについては何か工夫をされたわけでしょうか。
#105
○政府委員(松浦泰次郎君) 名称としましては、いまのような名称にいたしましたが、この共同研究機構の下に三つの研究所が、平易な言葉で言うと、ぶら下がるということになりまして、それぞれ実際には三研究所がそれぞれの名称を使っていくというようなことが考えられるわけでございます。そのようなことで実際問題としてはそう不便はない。
 先ほど先生御質問ございましたように、私どももずいぶん関係者で検討いたしまして、その三研究所からも案を求めまして、また法制局の審議におきましても、そのようなことに相当時間を要しまして研究いたしましたが、ただ三研究所を共通するような名称というものがなかなか見つからない。そういうことで実際にはこの共同研究機構の下に三研究所がぶら下がりまして、それぞれの名称をあわせて併用するということでございますので、このようなことになった次第でございます。
#106
○高木健太郎君 共同という意味は、他の研究機関と共同ということもあるのでしょうか、あるいは三つが共同するというどっちのことになりますか。それからそれの英文のあらわし方はどんなふうになるか、ひとつお教え願いたい。
#107
○政府委員(松浦泰次郎君) この共同にはもともと、強い要素としましては、三研究所が共同していくという面が強いと思います。ただ、もともとそれぞれの研究所自体が全国の大学の共同利用機関としての性格がございますので、あわせ表現しておるというような考え方でございます。
 英文につきましては、いま私承知していないのでございます。英文につきましては、研究所内部におきましても固まった表現はまだ出ていないそうでございます。
#108
○高木健太郎君 実は早くつけないと、あそこは国際的な研究の一つの中心にもなっておりますので、そういう意味では私はできるだけりっぱな名前をつけてもらいたいのですが、そういうときに共同なんというのが非常に訳しにくいんじゃないかな、意味があいまいなものですから。だから、英文の名前をおつけになるなら、もちろんりっぱな方がおられるわけですから私なんか申し上げることじゃないんですけれども、内容がはっきりしないと名前を書くときも非常にめんどうなことが起こるわけです。だから、日本名はできたけれども、今度は英語名をつけるときにまたごたごたする。そういうことにならないように、十分りっぱな定義があった上でこの名前をつけられたということにしていただきたいと思います。それから次は、国立歴史民俗博物館というのが今度できるそうですが一国立の民族学博物館というのが大阪の方にあるわけですけれども、それとの関係をひとつお話しいただきたいと思います。
#109
○政府委員(松浦泰次郎君) 先生も御存じのように、国立共同利用機関には、大きく分けまして、大規模な施設、設備を設置し、それを多数の研究者が共同利用するといいますものと、それから特定分野についての資料を組織的にあるいは網羅的に調査、収集しまして^そこにまた多数の研究者が集まり、また連携をして研究を進めていくというものとあるわけでございます。
 いまの御質問の民族学博物館につきましては、その後者のような機能を持つものとして昭和四十九年に設置されたものでございますが、今回の国立歴史民俗博物館も民族学博物館とほぼ似たような使命、機能を持って出るものとして類似の共同利用機関ということが言えるかと存じます。
#110
○高木健太郎君 しかし同じようなものではないんでしょう。おのおの特徴がなければおかしいんじゃないか、大きなもの二つつくって。
#111
○政府委員(松浦泰次郎君) 国立民族学博物館の方は、具体的な目的としましては、「世界の諸民族に関する資料を収集し、保管し、及び公衆の観覧に供するとともに、民族学に関する調査研究を行い」というものでございます。
 もう一つ、新しく計画いたしております国立歴史民俗博物館は、「我が国の歴史資料、考古資料及び民俗資料を収集し、保管し、及び公衆の観覧に供するとともに、歴史学、考古学及び民俗学に関する調査研究を行い」というものでございまして、内容的にはかなりな相違があるわけでございます。運営形態がかなり似ておるということでございます。
#112
○高木健太郎君 よくそれでわかりました。
 もう一つ最後に、宇宙航空研が分離して宇宙研が独立するということでございましたが、どういうわけでそのようになりましたか、お聞かせいただきたいと思います。
#113
○政府委員(松浦泰次郎君) 御存じのように、わが国の宇宙科学研究は、従来東京大学付置の宇宙航空研究所を中心に行われてきた経過がございます。そこにおきまして科学衛星、大型気球あるいは観測ロケット等の大規模な研究プロジェクトを推進してまいったわけでございますが、近時アメリカ等との国際協力による共同研究事業、あるいは国内におきましては、宇宙開発事業団等で実用目的の衛星、ロケット等に関する機構、機関等との協力というような協力事業がかなり増加してまいりました。またこの宇宙科学につきましては、全国の大学等に属する宇宙科学研究者の創意と力をもっと強力に結集しまして、組織的な研究を進めるというような必要が生じてまいりました。そのようなことから、特定の大学の一部局としての付置研究所ということであるよりも、もっと研究の規模、体制、責任ある運営というような観点からしますと、国立大学共同利用機関という組織に転換する方がいいというような考えになったものでございます。
 このことにつきましては、文部大臣の諮問機関でございます学術審議会も、そのような宇宙科学の趨勢を見まして、わが国の宇宙科学に関する中枢となる研究所の必要性を強調してまいって答申をしております。
 そのようなことで、東京大学内におきましても、内部に委員会を設けましていろいろ従来の宇宙航空研究所のあり方等を研究してまいりましたが、大学から独立した宇宙科学研究所への転換ということにつきまして学内における意見の一致を見ました。そのようなことから今回独立の宇宙科学研究所として誕生させるという方向になったものでございます。
#114
○高木健太郎君 そうすれば規模も大きくなるし、定員もまたふやせる、あるいは予算ももう少しもらえると、こういうことになるわけでございますか。
#115
○政府委員(松浦泰次郎君) とりあえずは、先ほど申し上げましたような事情から、もっと共同利用機関としての性格を強く打ち出すということが中心になっております。したがいまして、今回の転換に当たりましては、大部分の従来の研究所の方々が新宇宙科学研究所に移行をするということでございますが、一部従来の東京大学にもとありました航空研究所の系列を含みますような航空機に関する部門等は、東京大学の中に残るというようなことでございます。ただ、宇宙科学の関係が世界的にも目覚ましい進展を見ておりますし、私ども今後の状況によりまして、それを支援、研究を助長していくということを考えていきたいと考えておる次第でございます。
#116
○高木健太郎君 大体まあ予算がふえるかということを聞いたんですけれども、ふえるんでしょう、多分。そちらの方がうまくいくんじゃないかという意味でお答えになったんだと思いますが、最後に、昨日の新聞で私立大学の補助金の削除というような問題が総理大臣からお話があったようでございます。一方ではしかし、私立大学というのはもともと私立大学としての建学の精神でお建てになって、独立自営ということでおやりになったことでございますから、非常にピュアな形で言えば、補助金というものはもらわないにこしたことはないんですけれども、しかし私立大学自身は、実は大学は私立大学の方がはるかに多いわけでございまして、国の高等教育というものの一環というよりも、それの大部分を担っているという状況でございますから、そういう意味で国がこれに対して少し肩がわりをしているということであろうと思うわけです。だから、国の一つの教育機関であるというふうにお考えになっておって、そこに補助金を出しておられるんだ、これを削除すると一方で言いながら、一方においては体育大学を建てていこうとか、あるいはこのような研究所を拡大していこうというような考えがあるわけですね。これは何とかうまく――うまくというよりも、国立大学あるいは国立の機関をこれだけ拡充し、定員を使っていくというようなことの根拠をしっかりしておかないと、割り切れない気持ちが残ってきてしまうんじゃないかなということを私心配するわけでございまして、きょうはその意味で体育大学に限りまして少し詳しくお聞きしたわけでございますけれども、これが有用に確かにこういうものが設立されてよかったと、長く喜ばれるというふうにひとつぜひこの際格段の努力をお願いしたいと思います。そうでなければ、行革はやる、定員削減はやる、こちらの方の補助金も削減する、あるいは国立大学の既存のものの定員も削っているという状況の中でこういうものが浮かび上がってくる、あるいは私立大学の設置を制限しているという中でこういうものが出てくるというところに、何となく割り切れないものが国民に残るんじゃないかと思いますので、一層のひとつ御尽力をお願いしたいと思うわけです。
 最後にお聞きしたいんですけれども、学術会議の方で、毎年ということでないでしょうが、これまでいろいろ勧告を政府の方にやっておるわけです。それの中にも研究所あるいはその他のものが含まれていると思います。これらはいま幾つぐらいたまっておりまして、大体将来どのようにこれをお取り扱いになろうとしているのか、そのことをお聞きして私の質問を終わりたいと思います。
#117
○政府委員(松浦泰次郎君) 昭和五十五年度までに日本学術会議から勧告のありました文部省関連の研究所等の設置に関しましては、すでに措置したものが三十四件ございますが、未措置のものが三十五件でございます。これにつきましては、学術審議会の四十八年の答申におきましても、今後設置される研究所は特定の大学に付置するにせよ、しないにせよ、共同利用研究所として設置することを原則とすべきであるというような方向がございますので、私どもそのような方向で今後検討していきたいと考えております。
 ただ、日本学術会議からそのような勧告等がございましても、それを踏まえまして、実際に担当する先生方の、どういいますか、企画といいますか、具体的な動きがございませんと、容易にそれが実現しないということもございますし、また日本全体の学術研究の現状との関係におきましては、文部大臣の諮問機関であります学術審議会の考え方等も踏まえながら今後対応していきたいと考えている次第でございます。
#118
○高木健太郎君 この教育あるいは研究というような問題は、国あるいは世界のいろいろの景気不景気ということによって動かされてはいけない、非常に長期的な一つの計画でございます。そういう意味では、社会的要請というようなことを言っていると、そうすると景気によって切ってみたり延ばしてみたりということになりますので、私は文部省としては、いろんな要求もあるでしょうけれども、これが将来国のためどういうようになるんだ、あるいは国民の幸せのためにどうなるんだ、あるいは一人一人の個人の幸せのためにそれがどのような形になるんだという教育の原点ということを踏まえられまして、余り左右されないように長期的な目でこの教育行政というものを扱っていただきたいと思うわけで、そういう意味で今度の体育大学というのもいろいろ問題がありましょうけれども、私はおやりになってもいいだろう。何か確信がおありになるなら、それでおやりになってもいいというふうに考えるわけで、単に経済的に見るならば、行革もやっている、定員削減もやっている、その中で建てるというとだれでもこれはおかしいと思うわけです。そういう意味で一文部省としては将来の日本あるいは将来の国民の幸せを考えてそうするんだというふうな根拠、原理をしっかり踏まえて今後もやっていただきたいと思います。
 以上をもって私の質問を終わりますが、文部大臣からもひとつお言葉をいただきたいと思います。
#119
○国務大臣(田中龍夫君) 高木委員からの非常に示唆に富んだいろいろな御質問なり、あるいはまた御意見に対しましては深く傾倒いたしておるところでございます。
 最後にお話のありました、文教政策というものが非常に基礎的なものであり、重大なものであると同時に、非常に息の長い将来の展望を踏まえたしっかりとしたものでなきゃならない、さようなことから、いろいろな当面の問題にいたずらに幻惑されることなく静かな姿において基礎を固めてまいりたいと、このように考えております。ありがとうございました。
#120
○高木健太郎君 質問を終わります。
#121
○下田京子君 ただいま議題となっております国立学校設置法の一部を改正する法律案の中で、第一番目に、「鳴門教育大学及び」というふうなところで、鳴門教育大学はすでに設置している上越、兵庫の二教育大学と同じように、教員の資質、能力の向上という社会的要請に対処するため、主として教員の研究等の機会を確保するんだと、これが一つの大きな目的になっていると思うんです。
 そこで、私は第一にお尋ねしたい点は、この大学に学ぶ現職教員の研修のあり方といいますか、そういう点でお尋ねをしたいわけなんですが、研修のあり方をめぐって衆議院の文教委員会でいろいろ議論になった経緯は、文部省の方では御存じだと思うんですが、その一つとして、「昭和五十六年度愛知教育大学大学院教育学研究科研修派遣実施要項」というものが出ているということについてどうなんだと衆議院で議論になったときに、存じてないので調査して、それで衆議院の文教委員会の方に報告したいと、こういうお話が三月二十五日にあったと思うんですけれども、その後文部省としてはこの愛知教育大学の実施要項を手に入れたと思うんですけれども、いかがでしょうか。
#122
○国務大臣(田中龍夫君) ただいま御質問の研修のあり方並びに後のいろんな経緯等につきましては、担当の政府委員からお答えいたします。
#123
○政府委員(三角哲生君) ただいま御指摘のように衆議院での御質疑がございまして、そのときに山原委員の方からコピーをちょうだいいたしまして拝見はしたんでございますが、さらにそういう御要請でもございましたので、愛知県の教育委員会の関係者からいろいろ説明を受けておりまして、大体の状況は私どもとしても理解しておるのでございますが、その後まだ機会を得ませんので、衆議院の文教委員会の方には御報告をするには至っておらないのでございます。
#124
○下田京子君 衆議院に報告してないけれども大体つかんでいると。でしたら、改めて当参議院の委員会で私がお願いしたいわけで、いまお持ちになっている実施要項に基づいて、まず「目的」をお読みいただきたいと思うんです。
   〔委員長退席、理事世耕政隆君着席〕
#125
○政府委員(三角哲生君) 「愛知県公立小・中学校の教員を現職のまま大学院に入学させ、職務上必要とされる高度な専門知識の研究習得によって、研修指導者の育成を図りもって学校教育の充実に資する。」
#126
○下田京子君 いまの「目的」は、鳴門教育大学の場合の研究目的とおよそ同じだと思うんですが、それじゃ「派遣の基準及び手続」、まず「受験者の資格要件」のところをお読みください。
#127
○政府委員(三角哲生君) 三つに分かれておりまして、三つごとに冒頭のところに黒丸がついております。
 ・四年制大学卒業後教職経験三年以上十年未満で年齢三十五歳以下の者のうち、教職の勤務及び指導力が優秀であり、身体強健かつ教育情熱に燃える者であること。
 .大学院修了後も愛知県公立小・中学校教員として勤務する誓約書を提出した者。
 ・上記要件を具備し、かつ市町村教育委員会が推せんした者。
#128
○下田京子君 それじゃ「推せんの手続」を読んでみてくれませんか。
   〔理事世耕政隆君退席、委員長着席〕
#129
○政府委員(三角哲生君) (ア)(イ)(ウ)(エ)とそれぞれみな括弧がついておりますが、分かれておりまして、順に申し上げます。
 (ア)校長は資格要件を満たすものであるかどうかを確認の上、本人の受験申請書、誓約書、教職実績書を添えて、市町村教育委員会に推せんする。
 (イ)校長の推せんを受けた教育委員会は、候補者一名を限度として教育事務所へ推せんする。
 (ウ)教育事務所は、市町村教育委員会から推せんされた候補者の中から一名を限度とする候補者を選定し、県教委へ推せんする。
 (エ)名古屋市教育委員会は、三名を限度とする候補者を選定し県教委へ推せんする。
#130
○下田京子君 いいですか大臣、いまの愛知大学の場合には、教員が研修する場合に校長先生がまず推薦する。それから教育委員会が上げて、そこでまたしぼって、それから教育事務所に上げて、またそこでしぼって、そして最後に県教委に推薦すると、こういうふうになっているんですね。ですから最初からずっとしぼられていきます。
 愛知教育大学の場合、実際は五十五年度何名の方が推薦され、そして何名合格されているのか。お調べだということですから、その辺どうなっていますでしょう。
#131
○政府委員(三角哲生君) 五十五年度に行いますのは、五十六年度の大学院入学者の選抜に係る手続になるわけでございますが、愛知県教育委員会のいわゆるこの手続を経て受験した現職教員は三名でございます。
#132
○下田京子君 合格者何名か聞いているんです。
#133
○政府委員(三角哲生君) そのうち合格した者は一名でございます。
#134
○下田京子君 もう一度聞きますが、推薦を受けて受験した者が三名で、合格した者が一名で間違いありませんか。
#135
○政府委員(三角哲生君) 同意を得て受験した現職教員は三名でございまして、そのうち合格した者は一名でございます。
#136
○下田京子君 それじゃ同意を得ないで受験した者は何名おりまして、合格したのは何人になっていますでしょう。
#137
○政府委員(三角哲生君) これは大学の方からの調べも必要であったわけでございますが、私どもただいま承知しております状況を申し上げますと、先ほど申し上げました三名受験、一名合格のほか、愛知県下の現職教員の受験者が三名、そのうちの合格者が二名という状況でございます。
#138
○下田京子君 そうしますと、推薦を受けないでも受験して、そして合格した人もおるわけですね。そして推薦を受けないで合格した方の人数の方が多いということになりますね。よろしいですね。
#139
○政府委員(三角哲生君) 推薦と申しますが、私どもが承知しておりますのは、同意手続を経ていない者が三名おりまして、そのうち二名が合格をしておるという状況を承知しております。
#140
○下田京子君 推薦、同意をもらわないで合格した人の取り扱いはどうなりますか。
#141
○政府委員(三角哲生君) これは所定の手続を経ないでの入学になりますので、現職現給のままということにはならない。したがいまして、退職して入学するとか、そのほかのいろいろなやり方があるかと存じますけれども、私どもがいま得ている情報では、いずれも退職して入学なさるという、そういう御本人の、何と申しますか、気持ちでやっておるようでございます。
#142
○下田京子君 大変問題がはっきりしたと思いますね。いいですか。その同意を得てない、推薦を受けてない者が合格しても実際には現職現給で研修はできない。しかし実際に推薦を受けて合格した人は現職現給で取り扱われる。大臣よろしいですか。
 そうしますと、教特法の十九条あるいはまた二十条から言って、教育公務員特例法から見て、教員の研修のあり方ということがこういうふうに差が出てくる、愛知県の場合はですね。それでこういう状況が鳴門の教育大学の場合にも出てくるんじゃないかという点で衆議院の文教委では問題になったし、いまのお話でも、はっきりと教員が研修をしたいというのに、その研修の場を片や推薦、同意を得てなかった、手続を踏んでなかったという点で、合格したけれども現職現給が認められないと、こうなってしまう。ここに問題があるんじゃないでしょうか。
 そこで、大臣にお尋ねしたいんですが、この愛知教育大学のようなこういう研修派遣実施、こういうやり方を御指導いただくお気持ちはないでしょうか。
#143
○政府委員(三角哲生君) いま御指摘の事柄についてもう少し事実関係をちょっと申し上げたいと存じます。
 三名のうちのお一方は、受験の同意手続をとるべく申請をなさいましたが、これは教職経験一年ということで、さっき私読めという仰せでお読みした中にあったかと存じますけれども、そういうことで岡崎市の段階で外されたのでございます。で、御本人は合格して退職の上入学なさったと、こういうことでございます。
 それからもう一方は、受験の同意の申請をなさらなかったということでございまして、これは個人的に受験を決意して、そうしてもし受かればやめることになるわけでございますから、そういう意味合いで校長の承諾を得た上で受験をなさった。そうして合格をいたしまして退職の上入学なさったわけでございます。
 それからもう一方は、これは教職経験がまだ二年ということでやはり外されたということでございまして、この方は受験したが不合格であったということでございます。
 でございますから、これは特に愛知県がこの問題について基準とか、あるいはやり方とかでぐあいの悪いような対応をしていたということではないというふうに思っておるのでございます。
#144
○下田京子君 受験の資格要件のところで、愛知の場合には三年以上十年未満、年齢三十五歳以下と、こうつけているわけですね。だから、それに合ってないよということだけれども、逆に言えば、合格した後で所定の手続をするということでも、いまのような年数要件等々で合ったらば、これは事務上のことですから何ら問題がないんではないかと思うんですね。とすれば、結果として、とにかくこういう合格したという方が、所定の手続が踏まれてなかったけれども、合格した後、手続をして、要件に合っていれば、じゃ現職現給で扱うというふうに運用上見られるんだというふうに解釈できるものでしょうか。これは大臣にお答えいただきたいと思います。
#145
○政府委員(三角哲生君) この大学院におきます現職教育というのは、あくまでこれは現職教育でございますから、現場での子供たちを相手にしてのある程度のしかるべき経験を持った方がそれを踏まえて研究をしていただくという趣旨があると思います。現職経験一年、二年ということで勉強なさる、これもまた自由でございますけれども、現職現給で出ていただくという趣旨があるわけでございます。一年、二年で勉強されることも結構でございますし、学部を終えてすぐそのまま修士課程にお入りになるということもいいわけでございますが、市町村の教育委員会なり県の教育委員会なりが教育の現場における教育水準の向上を期してこういう制度を設けますからには、一応の線は引かなければということで、そうして私どもも都道府県の教育長協議会とも相談いたしまして五年という線を引いたわけでございます。でございますから、それにのっとってやっていただいておるということで――三年ということでございます。失礼いたしました。
 それで、こういう手続が決まっておるわけでございますから、もちろん教育委員会側は、勉学の熱意等を含めまして公正な手続の執行をしなければならないと存じますけれども、これはお受けになる方も、人を教える立場の方々でございますから、良識を持ってそういうときの出処進退については御自分で考えていただきたいということが基本ではないかと、こういうふうに思うんでございます。
#146
○下田京子君 これは愛知教育大学の問題ですけれども、文部省が指導されているあれですよね、国立と同じように。
 それで、三月の二十日ですか、これは衆議院の文教委員会で、同じく局長さんがお答えになっておりますけれども、文部省の考え方としては、大臣にかわって局長がいつも御発言されているようですけれども、「私どもとしましては、新構想の教育大学へ行きます場合も、あるいは既設の大学院に行きます場合も、同じような状況、条件で事柄が出てまいります場合には、それはできるだけ同じような扱いに」していきたいというふうなことで、教育委員会にも考えてもらっているところでございますと、こう答えているわけですね。
 そうしますと、愛知教育大学のこの研修派遣実施要項なるものは、文部省がすでにやられている兵庫や上越に対する教員の派遣の基準とは違うわけですね。今回設置しようとする鳴門についてもまた違うわけですね。そういう点ですと、この愛知教育大学のこうした研修要項について改めるようにいま文部省がお考えになっている立場から御指導なされるんでしょうか。どうでしょうか。これは政治的なことだから、それこそ大臣がお答えくださいますよう、政治的ですからね。
#147
○国務大臣(田中龍夫君) 事務当局から、いままでのいろいろ規定を先生の御要請に従いまして読み上げました。私は第三者的と申しますか、その答弁を聞いておりまして、つまり言えば、愛知教育大学の上級の学校で勉強するということについて何ら阻んでおるわけではない。ただ、国なり何なりからお金をもらって上級の学校に行こうとするときには、これだけの条件を必要としますよということのように、こう常識的に聞いたんでありますが、だから、お国の方からお金をもらわないで自分で勉強し、自分で進学をするということは、何ら阻んでおるようなものではないんじゃないかと、こう考えて、これは非常に常識的に、いままでの経過も何も見ないで、常識的に見て、お金をもらって行こうというなら、お金を出す方のある程度までの条件は、それは仕方がないんじゃないかな、お金をもらわなくてもいい、自分で勉強するのである、これを邪魔しているわけではないように思うんでございますが、いかがなものでありましょうか。
#148
○下田京子君 大臣、何だかこの法案よくわからないみたいな感じで……。いま、そうじゃないでしょう。この設置法の中では、現職現給でもって研修の場を保証しますよということなので、だから、その問題について、愛知の場合にはこういう形でチェックしちゃっている、単に年数のことだけ。年数のことなんかでしたら実務上の問題ですから、それはもう解決するわけですよ。
 そうじゃなくって、基本的に鳴門に対してどうするかという点では、文部省が兵庫教育大学への教員の派遣についてということで一定基準を示したわけですよ。今後はその基準に基づいてやりますよということでのその基準の中には、たとえば入学者は、受験したいときには教育委員会と協議の上、同意をもってということで、前提的には、教職経験三年以上と、こうなっているわけですが、その基準はということで、基準は三つしかないんですよ。基準三つだけでしょう。
 その三つの基準というのは、一つは、入学志願者が大学院終了後も当該都道府県において教員として勤務する意思を有するかどうか。二つ目は、大学院の派遣が学校運営上支障がないかどうか。それから、これは他の委員からちょっと問題になりましたが、かつ有益であるかどうか。三つ目には、入学志願者の心身が長期研修に耐えられるか、これだけなんですよ。そういうふうなことで、あとは、長期研修云々に留意すること、こういうのもありますけれども、一定の基準というのは三つなんですよ。
 だから、この基準は、単純に実務的に取り扱うということになれば何ら問題はないのですよ。だから結果として、受ける人はだれでも受けなさいと。大臣がおっしゃっていることの意味を踏まえれば、受けたい人を阻むものじゃないというのなら受けさしてくださいと。そうして結果として、あと事務的に考えていって、チェックしていったら、さっきの例のように、二年しかなかった、それじゃ、だめですねと。じゃ、あなた、おやめになってもやりますかという話になるわけ。そういうことで受けることは阻まない。そうして合格して、事務的に見てみてどうかとかいうふうな形で処理されるのかどうか。ここが本当に研修のあり方というものを問題にしている一つの大きなポイントだと思うのです。そういう点でいま大臣に聞いたわけなんですが、局長どうなんですか、そういうことでいいんですか。
#149
○政府委員(三角哲生君) あくまでこの基準というのは、現職現給で出ていただく場合の一つの手続でございまして、そうして五十四年の通知で示しているのも一つの基準の例でございます。でございますから、これにのっとってやっていただくように私どもは指導し、助言をしてまいってきております。これは兵庫教育大学への派遣の際に決めました一つの通知でございますが、これは先ほど本岡委員からの御質疑もございましたが、上越とか鳴門につきましても、これと同じような扱いで指導したい、こう思っております。
 なお、いま問題にされております既設の教員養成大学の大学院に対する入学の志願につきましても、この兵庫教育大学に示したようなやり方でやってくださるのが望ましいと、こういうふうに私どもは考えておりまして、衆議院の文教委員会でもそのように申し上げたと、そういうつもりでおります。
 それで、愛知の問題でございますけれども、衆議院の方での御要請もありましたので、先ほど来御指摘になっておりますこの実施要項、これは若干の経緯があるようでございまして、愛知教育大学の方から、地元でもあるので、愛知県下の先生方にぜひ受験してほしいという、そういう働きかけも事実上あったようでございまして、それを受けて、愛知県としても、ひとつそれなりの意欲なりあるいは研究の能力なりある者については派遣しようということで、わざわざつくられたようでございますけれども、それは確かに御指摘のように、兵庫教育大学への派遣とは文面が異なっております。この実施要項の中身及びその運用について、事情を聞いた上で、しかるべき指導をしてほしいという御要請が衆議院の方であったわけで、私どもは、したがいまして県の方に聞いたわけでございますけれども、県の方としては、文面は違うけれども、実際の運用は、兵庫教育大学への派遣の希望者に対するやり方と同様のやり方で実はやっておるのだと、こういう話でございます。
 そういうことでございまして、私どもとして、その点は愛知県の教育委員会がそういった手続をとっているということは理解したわけでございますけれども、なお実施要項の内容には一確かに衆議院でも御指摘のありましたような、誤解と申しますか、そういうことを招くおそれのある文言等もありますので、今後この点を含めまして、文部省の通知の趣旨に沿った派遣手続に努めるように改めて要請をした次第でございまして、県の教育委員会の当局も、いろいろ検討したい、こういうぐあいに申されておるのでございます。
 この点は、ここで御報告を申し上げたことにしてよろしいかどうか、同じ共産党の先生の方からの御指摘でもあるわけでございますので、とりあえずそれだけ申し上げます。
#150
○下田京子君 そうしますと、確認したいんですが、一つは、上越、鳴門についても兵庫教育大学への教員の派遣と同じような形でやり、これが今後の一つの基準である、これが一点。二つ目には、この基準に基づいて既設の大学等にも、この愛知大学の例も含めて、できるだけ統一できるような方向で指導もしていきますという点、これは確認できたと思うんですね。
 そこで、さらに確認いただきたいのは、それじゃこの文部省が一定の基準としている兵庫教育大学へのこの教員派遣の基準なるものの幾つかの基準ですが、これは手続上の、事務上の問題だから、合格した後でもいいんではないかという点についてはいかがでしょうか。
 つまり、そういうことを申し上げますのは、先ほどの教特法のいわゆる研修のあり方という点から言っての一点。それから、これまた御承知だと思うんですが、「附属学校内地研修員実施要項」というのがあるのは局長御存じかと思うんですね。この附属学校の場合には、局長も御存じだと思うんですけれども、同じように派遣大学に行っていろいろ勉強したいというときには、合格した後で大学院の入学の許可の証明書をもらって、そしてその書類を届けるという仕組みになっているんですね。ですから、本来、こういうあり方で支障ないんじゃないだろうか、こう思うんですが、いかがでしょうか。
#151
○政府委員(三角哲生君) 先に個人的に受けておいて、それで受かったからそれでは行かせていただきます、さようならと、こういうわけにはちょっといかないと思っております。これはたとえ現職現給でいこうと、そうじゃなくて、今回の愛知の一部の先生方のように、卒業後一年ないし二年ということですから、やめて行かせてもらいますという方、そういう方の場合でも、これはやっぱり信義に反することになる。一緒に学校で子供たちを教えていて、勝手に大学でもどこでも受けておいて、受かったからやめさしてもらいますというのは、これは学校ではなくとも、通常どこでも職場ではそういうことは常識だと思います。ましていわんや学校……
#152
○下田京子君 発言の途中ですけれども、ちょっとごめんなさい。
#153
○委員長(降矢敬義君) 速記をとめて。
   〔速記中止〕
#154
○委員長(降矢敬義君) 速記を起こして。
#155
○政府委員(三角哲生君) それで、まず公立大学のことを申し上げたいと思うんでございますが、この現職現給で行く場合はもとよりでございます。でございますから、お断りをなさってお受けになるということがまずあるわけでございますので、その上で現職現給で行くということを申請なさる場合には、教育委員会の方としましては、これは当然そういう方が合格されることを期待するでございましょうから、合格した場合のことをまず考えなきゃならない。そうすればその間の給料の予算でございますとか^あるいは二年間行っておられる方のあとの研修代替教員の手当でございますとか、あるいは旅費の問題でございますとか、あるいは全体の教員――その方が抜けるわけですから、それをどういうぐあいな教員配置の人事をやらなきゃならないかということも絡んでくるので、そういう意味での手続が必要でございますから、これは事前に申し出ていただいて、それぞれの県でつくっておりますような基準に従って措置、処理をするということがどうしても必要であると思いますので受けて事後にそれをやればいいじゃないか、単にそれは事務処理の問題じゃないかというわけにはまいらないと思っております。
 なお、附属学校の派遣の問題につきましては、大学局長の所管でございますので、大学局長の方から申し上げたいと思います。
#156
○政府委員(宮地貫一君) 国立の附属学校教員が現職のまま大学院に入学して長期の研修に従事するに当たりましては、公立学校教員の場合と同様に、事前にその所属する大学の学長等の同意を得て受験する取り扱いとなっておるわけでございます。
 なお、御指摘の「附属学校内地研修員実施要項」でございますが、ただいま申しましたような手続で受験をしまして、合格しました者が研修員として派遣される間の旅費でございますとか、あるいはその者の代替非常勤講師手当を措置する場合の基準や手続を明らかにしたものでございまして、大学院を受験する際の手続や方法を定めた趣旨のものではございません。
#157
○下田京子君 ここに私その要項あるんですけれども、それは問題違うんじゃないですか。「この制度は」ということで一もう時間がないから私読みませんが、第一に、「目的」のところにきちっとありますよ。それから「資格」のところもいろいろ書かれておりまして、それで「候補者の推薦」というところで、合格後に書類を整えると、こういうことなんですね。時間がないから、全体まだまだいっぱい問題があるということを言っているんですが、限られた時間で、何ですか研修の保障といいますかね、つまり実務的な手続でなぜ悪いのかというあたりは明確にならないんですね。研修を受ける機会というのはだれにでも基本的に保障すべきじゃないか。そして、それはむちゃくちゃな話ないですよ。当然いろんな計画や何かというのは出てくるわけです。しかし、先ほどから議論しておりますように、もうしぼっていくというやり方でいったんではいろいろ問題があるんじゃないだろうかと、こういうことを言っているんです。
 これは本当に残念ですけれども、一人一人の研修、教育公務員の「職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない。」という教特法で述べられているその趣旨に基づいて研修を受けようと、職場の中でいろいろ話をして、校長さんが、じゃひとつ君、行ってこいよという、そういう職場の中で話し合っていく場合もあるだろうし、それからいろいろその地域地域で、大きな研究集会といいますかね、小中の研究集会もございますから、そういう団体の中から推薦されて、それじゃ私、行こうかという場合もあるだろうし、いろいろあっていいんじゃないか。そして結果として、その後基準に照らしてどうなのかというかっこうでやられていいんじゃないだろうかなということなんですね。大臣どうなんですか、その辺は。
#158
○国務大臣(田中龍夫君) さっきお答えした点と思うんでありますが、局長さんや先生のように、むずかしい専門語をよく知らないものですから、私はわからないんだけれども、つまり上の大学で勉強しようと思う、それを決して阻んでおるわけではないんじゃないかしら。それから、まあ卑近な言葉で言えば、お金をもらって上級の学校へやってもらうんだったら、そのお金を出す方の規定に従ってもらわないと因るんじゃないかなと、こういう気がするんでありますがね。
 ただ、一段階であったり三段階であったりややこしいとか、それからこういう規定がある、ああいう規定があるという条文のことをおっしゃっているような気がしまして、どうもわれわれ常識的な者からすると、何でもないような気がいたすのでありますが、どうでありましょうか。私はむずかしい規定や条文は存じませんから、常識論でしかお答えできません。
#159
○下田京子君 常識的に運用されれば私どもも問題がございません。ですから、常識的に文部省が示された基準に基づいて――もちろん、やぶから棒に、黙って行って受けて、私、受かった、こんな感じというんじゃないと思いますね。しかし基本的には、研修やなんか常識的にやられるという保障を何とかはっきりさせたいなあと思ったんですが、時間の中では残念ながら明確になりませんでした。
 それで、次に移りたいのですけれども、今度のこの設置法の中で、一つは、宇宙科学研究所を独立させることになりますね。この研究事業の実施内容といいますか、研究事業の主な内容をお知らぜいただきたいと思います。
#160
○政府委員(松浦泰次郎君) 今度予定いたしております宇宙科学研究所は、東京大学の宇宙航空研究所からの転換を考えているものでございます。この東京大学付置の宇宙航空研究所につきましては、御存じのように、昭和二十年代終わりであったと思いますが、いわゆるペンシルロケットから始まりまして、その後国際地球観測年におきましてロケットの打ち上げ等を行い、順次宇宙科学を発展さしてまいりまして、現在科学衛星を打ち上げ、あるいは大気球による観測、その他一般の観測用ロケットによる観測等の宇宙科学の推進をしてまいっております。今後も、転換をいたしましても、宇宙科学の中枢機関としまして、いま申し上げましたような分野を開発していくわけでございます。
 具体的にさらに申し上げますと、気球及びロケットによる観測以外に、先ほど申し上げました科学衛星の打ち上げ、昭和五十九年度にはハレーすい星の観測を目的としますプラネットAというロケットの打ち上げもすでに研究計画が進んでおる次第でございますが、さらに国内の機関等との連携によりまして、将来の大型ロケットのための液体酸素、液体水素エンジンの重要部分の分担研究、それからさらには国際的に現在新聞報道で騒がれておりますアメリカのスペースシャトル等を利用しました宇宙科学の研究等も今後進めていく計画でございます。
#161
○下田京子君 いまのアメリカのスペースシャトルによる研究も進めていきたいということですが、具体的にアメリカの協力を得る研究機関というのはどこですか。
#162
○政府委員(松浦泰次郎君) 具体的にはNASAと言われておる機関でございます。
#163
○下田京子君 NASAつまり米国航空宇宙局でやられている研究所でございますね。そうしますと、そのNASAではどういう研究開発をなさっているんでしょうか。
#164
○政府委員(松浦泰次郎君) これには、スペースシャトルを利用いたしまして、そこに粒子加速器による電子を宇宙におきまして放出しまして、宇宙の大気その他の観測を行うということが一つございます。
 それ以外につきましては、なお現在具体化はいたしておりませんが、ハレーすい星の共同研究、それからエックス線天文学、それから地球近傍におけるプラズマの起源に関する研究等も今後共同していこうというような動きがございます。
#165
○下田京子君 そのスペースシャトルなんですけれども、いよいよアメリカでNASAの研究で十日に船出するというお話を伺っているんですが、そうでございますか。
#166
○政府委員(松浦泰次郎君) はい、そのように聞いております。
#167
○下田京子君 このスペースシャトルが軍事研究にも非常に大きな役割りを担うということの報道を聞いているのですが、その辺は御確認されていますか。
#168
○政府委員(松浦泰次郎君) いわゆるNASAでございますが、これは本来米国の設置法によりまして、平和目的のために貢献するというようなことを中心的な使命とするというように聞いております。ただ、これにつきましては、国防省等が軍事的に利用します場合に、使用者としてスペースシャトル等を利用する場合があるということは聞いております。
#169
○下田京子君 一九八〇年、昨年の二月五日、朝日新聞の夕刊にこういう記事が載っているんです。「マーク米空軍長官は四日、米下院軍事委員会での証言で、ことし後半に最初の打ち上げが予定されている航空宇宙局(NASA)のスペース・シャトルが軍事的にも極めて重要な役割を担っていることを明らかにした。」。
 それから続いて三日後の二月八日、毎日新聞の夕刊で、さらにこういう記事が載っているんです。「ブラウン米国防長官は七日の上院商業科学運輸委員会での証言で、米航空宇宙局のスペースシャトル計画が軍事的にも重要な役割を担っているとの先のマーク空軍長官証言を再確認して、今後五年間の米軍の宇宙計画はスペースシャトルに決定的に依存することになるだろう、と述べた」。こういうことについて御承知でしょうか。
#170
○政府委員(松浦泰次郎君) 詳細には存じませんが、新聞報道等でそういう感じの記事を読んだことがございます。
#171
○下田京子君 新聞記事等ではお読みになっているということですから、とすれば、その軍事研究も行われているという点はお認めになるんでしょうか。
#172
○政府委員(松浦泰次郎君) これは先ほど申し上げましたNASAの設置法におきまして、NASAが主として目的とします、「宇宙における活動は、全人類の利益のために平和的目的のみに貢献されるべきであることを一議会はここに宣言する。」というような規定がございますが、その後ろの方にただし書きがございまして、「合衆国の武器体系、軍事活動及び防衛の発展に特有な活動又は第一義的に関連する活動は、国防省の責任において、かつ、その指導のもとに行なわれるものとし」というような規定がございますが、これはアメリカの特殊事情によるものではないかというように考えております。俗に私ども聞いておりますのは、ユーザーとして国防省がこれを利用することはあるというように聞いておる次第でございます。
 ちょっとよけいなことになりますけれども、コンピューターその他のことにつきましても、この利用の仕方によりましては、平和目的、学術の進展にも非常に役立ちますが、一面、利用によりましては、そういう軍事目的にもなるという両面があるわけでございますが、私どもは、日本の宇宙科学は平和目的のために奉仕する機関であるというように考えております。
#173
○下田京子君 平和目的のために研究されたい、これは私たち願うことです。しかしいまのお話の中でも両面があるということをお認めになられましたね。その両面の軍事目的の方についての歯どめはわが日本側としてはどういう形でとれるかというと、保証はないと思うんです。
 そこで、もう一つお尋ねしたいんですけれども、このスペースシャトルの積み荷割り当て予定というものが出されておりますが、御承知でしょうか。
#174
○政府委員(松浦泰次郎君) その点については存じておりません。
#175
○下田京子君 私、先ほど科学技術庁からもらいました。私、横文字弱いんですけれども、ずっとチェックしてみました。DOD、米国国防総省が管轄していて軍事目的に使われるプランになっております。このプランを見ますとどういう状態かと申しますと、時間がございませんから簡単に申し上げますが、一九八二年度――アメリカの場合には八一年十月、ことしの十月から来年の九月までが一年度になるそうですが、八二年度から八六年度までの計画がここにずっと全部載っております、科技庁の資料によれば。
 そうしますと、その実用飛行回数、この中で七十五回計画されております。七十五回の中で十八回軍事用に使われることが明確に計画上出されております。何と四回に一回が軍事目的だということがはっきりしております。しかも、どこから出ていくかという基地の想定なんかもここに入っているんです。いつ、日付ですね、何年何月何日、そしてどこから出るかというのがここに全部記載されているんですけれども、そういう中にはカルフォルニア州のバンデンバーグ空軍基地が当てられているところも幾つかあるんです。これは北極、南極の上空を回るというふうなことにもなりまして、軍事的にかなり大きな目的が予想されるという危惧を抱かざるを得ないわけなんです。
 こういうものをいままさにその事業内容として組むという、その相手方のNASAがやられている研究計画を文部省が承知していないでおやりになるというのは問題ではないでしょうか。大臣、どうなさいますか。
#176
○国務大臣(田中龍夫君) 今日の日本の国際社会、なかんずく科学技術の非常な高度の環境の中におきまして、私は、宇宙衛星というものは当然世界各国に伍して日本でこれを打ち上げることは必要だとまず思うんです。
 その次は、このNASAなるものをどう使うかということは、これはわれわれが考えております宇宙衛星の場合は、事業団の考えております宇宙衛星とは性格が、使用目的が違いまして、事業団のような長距離の軌道を行くのではなくって、むしろ短距離の地球に非常に近いところで運航をさせる。その目的もあくまで平和目的でしか使う考えは毛頭ないんです。
 それから第三には、NASAといいましても、そのほか事業団がやっておりますたとえば衛星にいたしましても、打ち上げの技術やその他アメリカのやっておるいろいろなものもありましょうが、私どもはそれは一つの道具でありまして、道具をどう使うかということは、これはあくまでもわれわれは平和に徹して、そうして日本の国民また世界人類の発展向上のためにしか使う考えはないし、使ってはならない。
 ただ、道具をどう使うかということは、使う者の心がけでありまして、たとえば一本の包丁でも、家庭において奥さんがかわいい子供さんやだんなさんのお料理に包丁でおこうこを刻んだりあるいはお料理をつくったりするのも、あるいはまたその包丁を使って人殺しをするのも、使う人間の心がけの問題で、たまたま包丁が人殺しにも使えるからといって家庭でも菜切り包丁は使っちゃいかぬとか、出刃包丁を使っちゃいかぬとかということはない。
 私は、そういうことから、日本国民というものが本当に世界の平和に貢献するために、あくまでも平和目的に、しかも近代科学において世界各国に伍して決して負けない、劣らないだけの科学技術を持たなければいけないし、それはあくまでも平和目的に使わなければならない。これはもう深く深く心に誓い、同時にそれに徹しなければいかぬ、かように思います。
#177
○下田京子君 いま大臣三つのことをお述べになりましたが、研究の開発という点で国際的な協力、これはもう必要なのは当然です。
 二つ目には、平和的利用ということと人類の発展に寄与する、これまた当然のことです。
 三つ目に、どう使うかという際の問題ですが、そこで大臣、どう使うかというためにはその保障が必要だと思うんです。その保障の一つとして、昭和三十七年の五月に宇宙開発審議会が、宇宙開発の基本的原則としては、平和の利用であり、そして自主、公開、そして国際協力ということを答申したと思うんです。
 そこで、私はこの保障の問題でお尋ねしたいんですが、今回この宇宙科学研究所が独立するに当たって、そこの研究者というのは教授であり、助教授であり、助手なんですよね。ですから、そういう皆さん方の身分を保障しつつ、同時に研究を保障し、その研究はいま言ったような目的のために、自主、民主、公開というかっこうで運営上保障されるということでやられるかどうか、それだけの御答弁でよろしいです。
#178
○国務大臣(田中龍夫君) 政府委員からお答えします。
#179
○政府委員(松浦泰次郎君) 宇宙科学を含みます大学等の基礎研究におきましては、研究者の自由な発想に基づいて研究活動が展開されるという特色を持ちます。また、そのことが、長期的に見まして、わが国の学術研究の水準の向上に貢献するというように考えております。
 また、その成果は当然公開されるものでございます。
 さらに、大学等で行われます基礎研究は、本来的に平和利用を目的とするものであることも当然のことでございまして、これは学術審議会の答申などの中においてもそのような趣旨がうたわれておるところでございます。
 また、この宇宙科学研究所におきます研究活動が、研究者の自発性、自主性に基づいて運営されるよう、その機関にしましても、たとえば運営協議員という制度がございますが、これはこれを利用します関係大学の研究者によって組織して、この宇宙科学研究所の研究計画を相談しながら固めていくというような趣旨のものでございますが、そのような点から、いま先生の御指摘のような点については問題はないものと考えている次第でございます。
#180
○下田京子君 自主、民主、公開の立場で研究、運営等がなされるように、問題がないということで言明されております。これまた、時間が限られていてないんで、そういう保障を具体的に今後の運営の中でお示しいただきたいということを期待したいと思うんです。
 最後に、もう一点でございますが、いま既設の大学全体の中でいろいろと、総合化の問題であるとか教育研究体制のあり方だとかということで多くの御要望が出ているのは大臣も御承知だと思うんです。これは後日に譲りたいんですが、福島大学なんかも学部増設等ではいろいろと御要請がありますし、それから前に私は質問しましたが、研究費そのもの、大学の教育予算そのもの、予算のあり方等についてもいろいろ議論があるところなんです。
 いろいろあれこれあるんですが、その中で一点にしぼりたいんですが、大学病院の問題で、大学病院の果たす役割り、これはどういうふうに考えられていますでしょうか。
#181
○国務大臣(田中龍夫君) これらの一連の問題につきましては政府委員からお答えいたします。
#182
○政府委員(宮地貫一君) 大学病院の果たす役割りは、いろいろな観点からあろうかと思いますが、基本的な点を申し上げれば、学部学生の卒業前並びに卒業後におきます臨床医学の教育と研究を行う場ということになろうかと思います。
#183
○下田京子君 臨床医学の教育と研究を行う機関であると、それだけでしょうか。もうちょっと詳しくお述べいただけませんか。
#184
○政府委員(宮地貫一君) さらに申し上げれば、そういう教育、研究という機能のほかにも、たとえば地域の医療機関の指導的なあるいはセンター的な存在というようなことで、診療の一端を担うというようなことも非常に大きな点であろうかと思います。
 そのほか救急病院、診療所、保健所などと密接な関係を保ちながら地域医療の全体の体系を形づくっており、いわば大学の附属病院がその中心的な存在として機能するということも言えるかと思います。
#185
○下田京子君 今度は非常にはっきりいたしました。
 そういう役割りを担っている大学病院なんですが、定員総数と定員外の実態、大学本来の目的を果たすためにそういった状態がどうかという点では御調査されていますか。
#186
○政府委員(宮地貫一君) 附属病院の定員問題、特に定員外の職員問題というようなことについては、私どもとしてもかねてその対応にいろいろ努力をしてきておるところでございます。
 たとえば在職中の非常勤の職員で正規の職員として採用希望する者については、国家公務員の採用試験の受験の勧奨をいたし、あるいはまた定員増とか定員に欠員を生じた場合には、そういう非常勤職員の適性その他を十分勘案しながら、可能な場合には正規の職員として採用するというようなことでも対応をしてきておるわけでございまして、過去数年間においても相当数の者を正規の職員に切りかえるというようなことで対応をしてきているわけでございます。
 なお、この問題は、定員問題全体に関係がございますので、なかなかそれを直ちに解消できるということでもない、大変根の深い問題であるということも十分承知をいたしておるわけでございます。今後ともそういう点での努力は傾けてまいりたいと思うわけでございますが、御案内のとおり、大変厳しい財政事情にあるというそういう現状から見ましても容易なことではないと、かように考えております。
#187
○下田京子君 一部調査されているんでしょうから、これは私が言うまでもなく御存じのこととしてお話申し上げますが、昭和五十四年度でいわゆる俸給表別に予算定員ということで、予算でもって定員化されている全国の幾つかの大学病院を比較したいんですが、私がちょっと問題にしたいと思うのは秋田大学病院の場合で、秋田大学病院は六百床なんで、予算定員が何人かというと四百四十一人。同じく山形も六百床で四百九十八名。筑波は六百床で四百九十一名。旭川歯科大が同じく六百床で四百七十八名。岐阜、六百床で四百六十三名。秋田が非常に落ち込んでいます。
 この前、行管庁から何か秋田大学に行かれたそうです。少ない中でどうやっているんだろうということで行ったというのですけれども、その五十四年の段階で、いま在職職員がどういう状況かということで、これは病院当局が出された数字を申し上げますと、細かく言っている時間もないんですが、幾つかのところを申し上げますと、診療科のところでは定員内が百六十四、ところが非常勤は九十六なんですよ。それから中央検査部というところがありますが、これは定員内が二十五、定員外が十二。それから中央手術室が定員内が二十、定員外が三。それから放射線、定員内が十六、非常勤が二。以下ずっとありますけれども、たとえば集中治療部というところ、これは定員内で十八名処置しているんですが、予算定員として来ているのはたった三名しかない。だから、こういう中でもまた動かさなければならない。全体的に定員内職員が六百十九、ところが定員外が何と百八十二、こういう状態になっているんです。
 もう予定の時間もないんで私多くを申し上げられませんが、こういう事態を調査して、これは予算措置で――財政難だというだけじゃ、大学病院本来の機能というものが発揮できないことになるんじゃないかと思うんですね。そういう点で、ぜひ一つは調査をし、それから同時にその大学病院の機能が麻痺しないでフルに動くような方向で検討いただけないかどうか。これは政治的なところですから、大臣に、御検討いただけるかどうかという点でお答えいただきたいと思うんです。
#188
○委員長(降矢敬義君) ちょっと速記をとめてください。
   〔速記中止〕
#189
○委員長(降矢敬義君) 速記を起こして。
#190
○政府委員(宮地貫一君) 私からいままでの経過を簡単に御説明申し上げます。
#191
○委員長(降矢敬義君) 簡単に答弁してください。
#192
○政府委員(宮地貫一君) 秋田大学医学部附属病院は、先生御存じのとおり、昭和四十五年の医学部設置の翌年に県立中央病院を移管してつくったというような経緯があるわけでございます。御指摘の定員措置について既存のものと若干ばらつきがあるというのは御指摘のとおりでございまして、私ども移管後、従来からも定員の充実については、たとえば四十七年から五十五年までに、それまで四百八十名でございましたものを五百四十三名にまで、定員充実措置についても従来も努力をしてきたわけでございますし、またいま御指摘の集中治療部につきましては、五十六年度予算におきまして新設を行って定員措置を行うというようなことで、必要な整備充実に努めてきておるわけでございます。今後もそれらの点については十分努力をしてまいりたいと、かように考えます。
#193
○下田京子君 大臣にいく前に一点だけで終わります。
 大臣の御決意を伺う前に一点申し上げたいのですが、いままでも努力もしてきたし、今後も努力していきたいという担当局長のお話、大臣、その最後のお話を承る前に、ついこの前看護婦の婦長さんがお亡くなりになったという経緯があったり、いろいろ健康的に破壊されている実態が出ています。それで、看護婦さんの夜勤の回数なんですけれども、昨年のやつをずっと看護部長室で調べられたデータが私のところにあるんです。
 これも細かく読む時間ありませんから申し上げますけれども、とにかく夜勤回数が毎月毎月平均九・七から十日以上なんです。こういう実態になっております。こういう点も御調査の上、改善方の努力をいただきたい。
#194
○国務大臣(田中龍夫君) 私、ちょっと取り違っておるかもしれませんが、先生現地を御視察いただいて非常に詳細にお調べいただいた、本当にありがとうございます。
 そこで、先生のおっしゃったいろいろな事例でありますが、行政監察もあったようでありますけれども、非常によくやっているということを強調されておりますけれども、よくやっている反面には、定員外が非常に多かったり、それからまた非常に勤務が過重であったりという問題も出ておるように先生の御調査でもなっております。これは財政窮迫の上から、本当に少ない定員で能率を上げてしっかりがんばらなきゃならないことは当然でありますが、余りオーバー労働になりませんように適正な勤務で、しかも経費の削減が十分できるという効果を上げなけりゃいけない、かように先生のお話から私は受けとめましたが、それでよろしいんですな。――ありがとうございました。
#195
○小西博行君 教育の荒廃という問題が近年ますます盛んに問題提示されているわけでありますけれども、その中で特に、教育大学あるいは大学院の設置という私どもにとりまして非常に歓迎すべき一つの法案が出てまいりまして、教員の資質の向上ということをうたっております。教育の問題をずっと突き詰めてみますと、教育委員会が悪いんだとか、あるいは文部省が悪いんだとか、あるいは教員が悪いんだとかいうようないろんな不毛の議論がなされる中で、私がずっと考えてみますに、現地で教育を直接つかさどっていくのは教員であるという観点から、何としても教員の資質の向上、あるいはそれを社会的に何としても解決していかなくてはならないという大きな大問題があるというふうに私は考えております。
 兵庫教育大学というのは去年設立されまして、ちょうど一年の時間が経過しているわけでありますけれども、従来の教育学部とずいぶん違った面があるのかどうか。私の手元には兵庫教育大学の教育課程、つまりカリキュラムがわりあい詳細に示されているわけなんですけれども、具体的にその辺の違いをお聞きしたいというふうに考えます。
#196
○国務大臣(田中龍夫君) 政府委員からお答えいたします。
#197
○政府委員(宮地貫一君) 兵庫教育大学における教育は具体的にどのような効果が上がっているかというお尋ねでございますが、具体的には大学院での教育研究活動を開始いたしましたのが昨年の四月ということでございます。したがいまして、現在の段階でその効果を直ちに評価するというについては、なお時期尚早という感じもいたすわけでございまして、私ども大学院及び学部ともどもすぐれた教員の養成に資するものと期待をいたしておるわけでもございますし、また少なくとも現在入学している大学院生の間では高い評価が得られているというぐあいに聞いております。
 なお、御参考までに、新聞その他で報道されておりますところに従って、現場の声といいますか、兵庫教育大学の大学院に学ぶ学生でございますとか、あるいは教官の声で二、三御紹介を具体的に申し上げてみますと、たとえば落ちこぼれでございますとか、校内暴力など現場の切実な問題について教官との自由な問いかけの中で研究を深めていくことができるというような声でございますとか、あるいは子供を真に生かすにはどうすればよいかという共通のテーマを持って入学してきた人たちが多いわけでございます。これは現場で教員を経験してきた方々でございますんで、そういう共通の意識が多い方々が多いわけで、そういう意味でお互いに仲間同士でもその点についての議論をし、そしてまた卒業までに何らかの手がかりをつかんで現場に帰りたいというような、そういう意味では大変積極的な意欲を持った学生がいるというようなことなどが地元の新聞等に報道されている点で承知をしているわけでございます。
 そしてまた、教官層の方にいたしましても、従来の学部の教官の場合と比べますと、そういう点が全く対応が違うわけでございまして、大学院の学生として入ってきている学生そのものがすでに教職を経験してきた方々で、そういう意味では大変真剣な取り組みをしている。したがって兵庫教育大学の教官方の間では、大学の先生方自身の方が、言うなればぼやぼやしておったんでは学生に直接に突っ込まれる点も多い。そういう意味で教官の方の取り組みも、学生の取り組みも、そういう意味での真剣、熱心さといいますか、大変真剣な場面が非常に多い。
 本来、私どもとしても、そういう点は一つのねらいというぐあいに考えていたわけでございますけれども、そういうようなことなど、地元の新聞その他に新しい教育大学の取材の記事等で報ぜられているそういうような具体例を一部御紹介申し上げまして、私どもとしては、本来のねらいといたしましても、そういうような現実の具体の問題を持ってお互いに研究研さんをする機会を持つということが非常に効果を上げるものではないかと、かように考えております。
#198
○小西博行君 この時間割りを見ていますと、ずいぶん演習というのがたくさんあるわけですね、大学院の方ですけれども、兵庫教育大学の。そういう観点からいきますと、先生業というのは、私も多少経験がありますから思うんですけれども、何か専門ばか、世間を余り理解しないでもある意味では職業としてやっていけるという感じが実はあると思うんです。そのために一般の生徒さんあるいは父兄の方々と対応していく場合にずいぶんずれが出てきているんではないか。大学でもそういう問題がございますので、できるだけ民間の優秀な方々を学校にお迎えして、そして実際的な経済の問題であるとか、貿易の問題あるいは世界情勢でも結構だと思いますが、そういう専門家を入れて積極的に教育をやっていくというのが、大学では私はかなりとられているというふうに考えるわけなんですけれども、特にそういう専門家を養成する、一回そういう教育の畑で長い間勉強された先生をさらに教育するという場だけに、先生そのものの資質の問題、教える方ですね、それについて非常に大切な問題ではないか。そのことが恐らくこの二年間の学習の中で非常にプラスになって現場へ帰っていかれるんじゃないか、そのように考えるわけですが、それに対する考え方はいかがでしょうか。
#199
○政府委員(宮地貫一君) 具体的に先ほど具体例を引いて御説明をいたしたわけでございますが、カリキュラム全体の組み方についての特色という点で一、二申し上げますと、たとえば教科領域間の連携に配慮して総合的な授業科目を開設するというような点、あるいは実践面に重点を置いた課題研究を設けてその修士論文研究への発展を図りますとか、そういうような教職経験でございますとか、そういう従来の研究なり教育を積み重ねをし、それが現場で十分生かされるような形で組み立てているわけでございます。
 先生ただいま御指摘のいわゆる専門ばかというようなことにならないように、広く経済の問題でございますとか、政治の問題でございますとか、そういう広い視野を得させるということも大変大事なことであろうかと思います。恐らくそういうような点につきましては、大学当局でも十分いろんな面で配慮をしていることであろうかと思いますが、そういう御示唆の点につきましても、私どもとしても教員が大体狭い世界だけで固まらないように、広い視野を持つということも非常に大切なことの一つであろうかと思います。十分配慮をすべきことであろうかと思います。
#200
○小西博行君 大学院、普通の大学院の場合は、研究ということで研究業績を積み重ねていくというのが一番大きな目的になっていますね。との教育大学の大学院というのは、そういう研究業務が主体でなくて、むしろ実際に役立つ教員像というものを想定された教育内容というふうに聞いているわけですが、その違いについて少し教えていただきたいと思います。
#201
○政府委員(宮地貫一君) 通常、大学院、特に研究面に重点を置いた大学院ということになりますと、大変非常に狭い領域について研究を深めるというようなのが通例考えられる大学院のパターンと申しますか、あり方であろうかと思いますが、先ほどもちょっと申し上げましたように現職教員の資質、能力の向上を図るということで、主として現職教員を受け入れて、大学院のそういう新しい形のものをこの鳴門教育大学についても設けているわけでございますが、基本的には、専攻の種類や教育課程につきましても、学校教育に関する実践的な教育研究を総合的に高度に推進できるように編成するというようなことで、先ほどもちょっと申し上げたわけでございますが、教科領域間の連携に配慮した総合的な重要科目ということで、たとえて申しますと、言語と人間でございますとか、人間と環境、自然と文化、国際理解、教育の人間学的基礎というような全体関連する教科領域を総合したような授業科目を開設するというようなことが一つございます。
 そしてまた、実践面に重点を置いた課題研究を設けるというような考え方で、たとえて申しますと、自主性を育てる学級経営の研究でございますとか、あるいは科学的思考を育てる理科教育の研究とか、そういうような、具体例で申せば、そういうような面で配慮をしていくというようなことがございます。
 それから教職経験を十分生かせるようにするというような形で申しますと、たとえば教授学習論でございますとか、学習の基本的課程でございますとか、そういう現職中に得た経験を生かした形で、さらに附属学校なりの授業に参画しながら研究が行えるというようなところにも重点を置いているわけでございます。
 そういうことで、既設のといいますか、従来ございます大学院よりもそういう面でこれが現職教員の資質、能力の向上という観点から必要なカリキュラムを編成し、また御指摘のような特定の分野で非常に深いものを求めるタイプのものでは基本的にはないという点が特色の一つというぐあいに言えるかと存じます。
#202
○小西博行君 ちょっと話題を変えますけれども、理想的な教員像というのを示していただきたいんです。私自身が過去教員でありながら、果たしてどういう教員が理想的な教員かということでずっと悩み続けておりましたから、その辺のところを所感で結構ですから、大臣にひとつお願いしたいと思います。
#203
○国務大臣(田中龍夫君) 大変にむずかしい御質問でございますが、端的に私の感じておりますことは、学者と先生というものは違うんだという気がいたします。学者は個人的に深く掘り下げて、そして自己の研究のうんのうをますます深からしめたらいいんでありますが、先生というものは自分の教え子にそれをりっぱに育て上げるということが要請されます。その関係から、学生の指導に当たっては、むしろ本当に深く研究しようという情熱を割いてでも、子供を育て上げてりっぱな人間に完成するという努力が、配慮がなきゃならないし、同時にまたそのためには、人間形成に必要な広い面の常識と申しますか、そういうものが特に要請されるのではないか。これは私の全く個人的な学者と先生との違った感覚でございます。
#204
○小西博行君 じゃ政治家は先生先生とよく呼ばれますが、その後者の方に属する。人を育てる、環境をよくするといいましょうか、社会の中をよくする、そういう意味での先生ということになるのかと思うんですけれども、もとの話に返ります。
 先ほどから実は私ずっとこの質問を詰めて確認していきたいと思っておったんですけれども、いわゆる現職の教員が教育大学の大学院、これに進学する場合のいろんな条件、これについてお聞したいと思っておりましたところ、下田委員の方からずいぶん詳しく質問があり、また答弁がございましたので、大体のところは理解さしていただいたわけでありますけれども、ただ一点だけ、公務員という形で給料をもらいながら、さらに高度な知識を得るために大学院へ入るわけでありますから、だれでも受ければだれでも入れる、しかも給料はもらえるという条件は、非常におかしいというふうに私は考えているわけであります。その点が一点。
 それからもう一点は、理想の教員像ということについて、先ほどちょっと理想的な先生、学者というお話でお伺いしたわけでありますけれども、一般社会人の中に大変教育熱心で、しかも人格的に相当すぐれておられる方がずいぶんいらっしゃるんではないか、ぜひ自分が教員になってみたいというかなり年配になっておられる方がいらっしゃるんではないだろうか。そういう方々、大学は出ておられる方の場合でございますけれども、大学院へ入って、さらにそういう勉強をしたいというときに、何かその門戸を開いておく必要があるんではないだろうか。たとえば一般入試ということがございますけれども、ただ普通の入試と同じようにいきなりその大学院を受けるということもなかなか大変でしょうから、論文試験その他で一般の方々が教育界に参加できるような、そういう形がこれからさらに必要になってくるんではないだろうか。そのことが、さっき申し上げました先生ばかを防止する一つの方策ではないかなというふうにも考えますが、この二点についてお考え方を聞かせていただきたいと思います。
#205
○政府委員(三角哲生君) 前段の御質問でございますが、先ほどもいろいろ申し上げさせていただいたわけでございますけれども、これは教員に限ることはないと思うんでございますが、現職教員としてその身分のまま給与を受けて研修をなさる。これは外国留学なんかの場合もあり得るかと思いますが、これにはそれなりのけじめというものがどうしても必要であるし、それは教育界に限らず通常の良識ある社会にはそういうことが当然ある、あるべきものだと、こういうぐあいに思っております。
 後段の問題については大学局長の方から御答弁あると思いますが、現在、私の感じでは、大学とか専修学校とかいうところは、わりと教員の資格というものが免許状の関係がございませんので、一般の方々がそういうところにお入りになって非常に教育的な効果を上げておられるという例が見られると思っております。
#206
○政府委員(宮地貫一君) 一般的に教員についてはもちろん免許状が必要ということが前提になるわけでございまして、お話の御趣旨を一応生かした現行制度ということで申しますと、教員資格認定試験という制度がいま行われているわけでございます。その認定試験を受けて合格しますれば、そういう方々が、そういう意味ではいわゆる専門外の方々にも教員になる道が開かれているわけでございます。
 あるいはお尋ねの御趣旨は、大学を出ておってさらに大学院へ入る場合に、一般社会人にも積極的に開放したらどうかというような御趣旨のようにも伺ったわけでございますが、この新しい今回御提案申し上げておる鳴門教育大学を含めまして、上越、兵庫も同様でございますが、入学定員が三百人ということになっておりまして、現職教員からの受け入れをほぼ三分の二ということで考えているわけでございます。残りの入学定員の中で、これは学部からストレートに大学に入ってくるという者ももちろん考えられるわけでございますが、ただいま御示唆のございましたような、社会人が積極的に入ってこれるように何かそこで工夫をすべきでないかというのも、確かに考え方としてはそういう考えも取り入れるべきものではないかと思います。
 なお、現職教員の大学院の入学試験に際しましては、現職教員の立場ということを配慮した、いろいろのことからも配慮はいたしておるわけでございますが、社会人が入る場合の対応ということも研究を要する一つの御指摘ではないかと、かように考えます。
#207
○小西博行君 免許状の件です。教員の免許状というのがもちろんございます。県の採用試験ということで合格されて、そして教員をやられるわけでございますが、自動車は大体三年に一回免許証の更新ということでチェックされるわけでありますけれども、この免許状の審査というものもこれから先何かの形でやっていく必要があるんではないだろうか、こんなふうに考えるわけですが、いかがでございますか。
#208
○政府委員(宮地貫一君) 教員免許の更新の問題については、従来から民社党の先生方からそういう御質疑を受けているわけでございまして、そういう御提案の趣旨も理解できる点もあるわけでございますけれども、しかしながら、これは教員全体の身分なり給与なり、制度の非常に基本にかかわる問題でございまして、それの対応としてはきわめて慎重に検討する必要があるんではないかと、かように考えております。
#209
○小西博行君 慎重に積極的にひとつ検討していただきたいというように思います。
 先ほど入学時のいろんな条件というお話をさせていただきましたが、さらに大学院へ現職の先生方が入られて、そして二年間の勉学をするわけでありますけれども、その途中で、たとえばいろんな事情によりまして退学をするとか、あるいは卒業後にもとの教員に帰らないで別方向にみずから就職をしていくという、こういう現象が実際あらわれてくるんではないかなという感じが実はしております。そういう意味で、それに対する対応の仕方といいますか、たとえば兵庫大学あたりでそういう実際的な事例があれば教えていただきたいと思います。
#210
○政府委員(宮地貫一君) 先ほど申しましたように、兵庫教育大学の場合、昨年度からスタートをしたところでございまして、具体の事例についてはまだ承知いたしておりません。
#211
○政府委員(三角哲生君) やはりこれは現職教育でございますから、大学院での教育研究の結果を現場へ持って帰ってもらいたいというのが当然の基本なんでございますから、そこで先ほどの基準の一つの例としても、入学志願者が大学院修了後も当該都道府県において教員として勤務する意思を有するというふうなことを述べておるわけでございます。ですから、御指摘のように卒業後今度は気が変わってほかへ行きたいと退職を申し出るということは、私どもは、しっかりした先生たちがあえて志願してこういう制度に乗っていくわけでございますから、そういうことは通常あり得ないと考えておりますし、またそんなことがないことを期待しておるわけでございますが、あまたある中でそういうふうに退職を申し出たというふうなことがありますと、これは法律上ぎりぎりした議論になりますと、これを拒否するということは事実上、法律上はできないと、こういう結果になるわけでございますが、私どもは、そこのところは先生なんでございますから、良識を持って出処進退はきちんとしていただきたいと、こういうことを考えておるわけでございます。
 それから途中で退学なさったという場合は、これは県教委、市町村教委などにおきまして、その時点で現場復帰が通常だと思いますが、現場復帰などの必要な措置を考えてあげると、こういうことになるのであろうというふうに考えております。
#212
○小西博行君 その問題は、都道府県の教育委員会で打ち合わせといいますか、確約書みたいな形で何かはっきりしたものがございますんでしょう。たとえば退学もですが、留年というような場合、勉強しなくて留年したというような場合ですね。
#213
○政府委員(三角哲生君) 留年の場合につきましては、原則としてそういった場合に派遣期間をそれによって延ばすというようなことは認めないものといたしまして、これは市町村の教育委員会が県の教育委員会と協議して、特に必要があると認める場合は例外的に延長はできると、こういう指導はしておりますけれども、原則は留年は認めないと、こういうことになっております。
#214
○小西博行君 その県の教育委員会あたりの指導の仕方がそれぞれ県によってもかなり違うんじゃないかという感じがするわけなんですね。そういう意味で、文部省が一応指導する責任はあるということに当然なるわけでありますから、その辺の文部省の見解というのは、この程度までこういうふうにしてもらいたいというのがすでにあるんでしょうか、もしあれば教えていただきたいと思います。
#215
○政府委員(三角哲生君) 五十四年に文部省の方から各都道府県の方に出しました通達の中で在学中の取り扱いについて述べておるのでございますが、そこでは、派遣された教員が二年間の所定期間で大学院を終了できない場合には、原則として派遣期間の延長は認めないものとすること、ただし市町村教委が都道府県教委と協議して特に必要があると認める場合は延長することができるものとすること、これだけを一つの基準にしております。二年間で所定の計画が終了できないというケースがありました場合に、通常は認めないわけでございますけれども、何らかの理由で、単に研究がきちんと行われないために二年で終わらなかったというんじゃなくて、中には若干延長してもう少し研究を完成するというようなケースもないわけではないでございましょうし、そういう例外的なケースについては、特に詮議をして状況によっては認めることができるという、そういう対応にしてはございますが、原則はやはり二年は二年でやっていただく。そういったことにしませんと、また次に出る方の差し支えにもなるとか、いろいろ影響があるということでそういう原則でいたしておるということでございます。
#216
○小西博行君 これは教育大学の例じゃございませんけれども、たとえば鉄鋼大学だとか能率短大だとか、民間から選ばれてその大学へ入って二年間勉強するという、これは大学院じゃございませんけれども、そういうシステムがあるわけですね。その中で、これは大学での落ちこぼれということなんでしょうけれども、当然大学院の中でも何かそういう形を明確にしておかないと、これは三年も四年もおれるわけじゃないでしょうけれども、問題点がこれから先出てくるんではないか。
 同時に、卒業した方々に対して何かその後、たとえば論文を提出してもらうとか、その後の実態について報告書を出してもらうとか、そういうようなことはございますんでしょうか。
#217
○政府委員(三角哲生君) 基本的には、大学院で研修をした成果につきましては、それぞれの教員が自分自身の学識なり指導力なりを高めているわけでございますから、そういう姿で卒業後の現場での教育実践に生かしていただくということが期待される。これが基本でございますが、いま御指摘のような研修成果そのものについて、どういうぐあいにこれを把握し、そして把握した結果をまた活用していくかという問題は、これは早晩卒業生が出るわけでございますので、一つの研究課題かと存じますし、これは教育委員会側からのそういう検討もございましょうけれども、大学院当局そのものでもどんなふうなことを考えられるか、両々ひとつ相談を必要に応じてはして、研究をしてみたい問題であると、こういうぐあいに思っております。
#218
○小西博行君 この間新聞見ますと、医者が卒業するまでに大体四千八百万という。これも学校によって全部違うと思いますけれども、大体四千八百万前後ぐらいの金がかかるというふうに新聞で見たわけでありますが、この大学院、二年間で大体一人当たりの費用といいますか、二年間養成するための費用というのは、大まかで結構ですけれども、おわかりでしょうか。
#219
○政府委員(宮地貫一君) ただいま具体的な資料の持ち合わせがございませんので、具体的な数字ではお答えはできないわけでございます。実は教官組織にいたしましても、言うなれば学年進行中ということで、整備がこれから順次行われていくわけでございます。この大学が完成年度に達しまして、年間の経常経費と申しますか、経常経費についての大体額が確定いたしますれば、大体一人当たりの経費というものもその時点では明確に御報告できることになろうかと思います。
#220
○小西博行君 少し視点を変えますけれども、実際に教員になる資格というのは、何も教育大学を出なくても、一般の教育課程、先生になるだめの必修科目をとって、そして教生をやれば教員になるわけですね。私はいつも思うんですが、いい教員をとにかくつくっていかなきゃいかぬという前提に立って、教育大学をちゃんと出られた人がりっぱな先生として進んでいくのか。あるいはかえって工学部だとかあるいは文学部だとか、全然直接教育と関係ない学生さんが教育に必要な単位をとって教員になっておられるという方がずいぶんいらっしゃるような気がするんですね。そういう意味で、いますぐおわかりかどうかは、突然の質問ですからわかりませんけれども、そういう比率みたいなものはデータとして文部省なんかにはあるんでしょうか。
#221
○政府委員(宮地貫一君) いわゆる教員養成大学学部の卒業生が教員になるケースと、そうでなくて、一般学部と申しますか、理学部、工学部その他の一般学部を出まして教員になる場合――戦後の教員養成について開放制をとっておるわけでございまして、もちろん一般学部の卒業生も教職に関する科目をとっていただければ免許状取得ということは可能なわけでございます。当然にそういう方々も教員になっているわけでございます。
 ただいま詳細な資料というものを手元に持ち合わせないわけでございますが、一般的なことで申し上げますと、小学校の先生の場合で申しますと、これは専門的な教員養成大学学部の卒業生が主として教員になるということが一般的な傾向としては言えるわけでございます。と申しますのは、御案内のとおり、小学校の場合には全教科担任ということが原則でございますので、目的大学でないとなかなか小学校教員の免許状がとれないというのが現実でございます。
 それに比べまして、中学校、高等学校、特に高等学校になればそうであろうかと思いますが、教科担任がもちろん原則でございます。したがいまして、工学部等の卒業の方が理科の先生になるというようなケースも考えられますし、その点は必ずしも一概にどちらがよりよい教師の養成になるかというのは、なかなかその点は一概には申せない点もあろうかと思いますけれども、中学校、高等学校について言えば、もちろん一般学部の卒業生でりっぱな先生方もいるかと思います。
 数字の点についてちょっと御説明申し上げるだけの材料をいま手元に持ち合わせておりません。
#222
○小西博行君 私、教員というのは、いまさっきから申し上げておりますように、いろいろな経験を豊富に持っておられる方々が正常な教育をしていただく、特に小学生のような子供さんの場合はもちろん当然でありますから、今度の特に大学院大学、この辺で再教育をされる先生方が本当にりっぱな方々であれば、問題が別にないのではないかな、むしろそういうところに力を入れていただきたいな、そう思いますけれども、これは一般質問の方でいろいろやらしていただきたいと思います。
 例の北海道の小樽へ四日五日民社党の調査団派遣ということで私も実は行ってまいったんですけれども、いまは父兄そのものが非常に熱心でございますが、何としても北海道の地元の教育大学、この辺が実は大変いろいろ問題があるんだということを耳にしたわけであります。かなりいろいろなデータもつかんでおるわけでありますけれども、そういう問題を考える場合にも、これから先の特に教員養成というものは、文部省そのものがもっと情報を集めていただいて、もっと勉強して、そして具体的な法律の内部でやれる範囲を密にやってもらいたい。
 こういう問題がいっぱいある中で、やれ放送大学であるとか、あるいは教育大学であるとかいうような、そういうような法案が次々出てきて、当然審議するわけですけれども、いまの教育をどうするかという一番基本的な問題をもっと真っ正面から見詰めて、そしてそれこそ本当に政治生命といいますか、命をかけてやってもらわないと、これは大変大きな問題で、とても改善できるものではないというふうに、私自身が実感を持っていま報告さしていただいているわけであります。したがいまして、何としても今度の教育大学あるいはその大学院、この問題に対してはもっともっと積極的に進めていただきたいというふうに考えます。
 特に、私はもっと具体的にお話を聞きたいんですけれども、たとえば学校へ入った場合のいろいろな授業料だとか、その他いろいろな経費の問題があるんではないか。この辺のところを私、勉強あんまりしておりませんが、お聞かせ願いたいと思います。現職ですから当然給料は出るんだと思います。そして月謝、学生会費その他いろいろがかかると思いますが、そういうような経費は大体どの程度一カ月かかるんでしょうか。
#223
○政府委員(宮地貫一君) 授業料の負担の問題でお尋ねがあったわけでございますが、大学におきましては、もちろんほかの学生と同様に、本人から検定料、入学料、授業料を徴収するということになるわけでございます。実質的なその負担はだれが行うのか。たとえば、教育委員会その他というようなことが考えられなくもないわけでございますが、大学側としては、その点は本人から徴収をしておりまして、特にその点の調査はいたしておりません。
#224
○小西博行君 奨学制度とかあるんですね。
#225
○政府委員(宮地貫一君) 現職教員で入っております場合、恐らくその場合の奨学制度はどうかというお尋ねであろうかと思いますが、これは現実に収入が保証されている方々でございますので、奨学制度の適用の対象にはただいまのところ考えられない、かように考えております。
#226
○小西博行君 教育大学の件は、その程度にとどめておきたいというように考えます。
 もう一点だけお話をちょっとお聞かせ願いたいんですけれども、たとえば岡崎国立共同研究機構の新設ですね、それから先ほどお話がございました宇宙科学研究所の新設、こういうお話を聞くたびに内容的に、私は科学技術特別委員会にも所属しておりますが、たとえば理化学研究所と今度できます岡崎共同研究機構、この辺が非常に機能的に似通った部分があるんではないか。内容的に見ましても、「基礎生物学研究所」及び「生理学研究所」と書いておりますね。私は何となくそういう感じがするわけなんです。宇宙関係でもそうだと思うんです。これは科学技術庁の方でもいろいろやっておられます。その目的の違いですね。科学技術庁ではなぜこういうことをやっているか。これは科学技術庁の方へ聞かなければいけませんけれども、文部省でやっているそういう研究機関との違いですね、この辺をちょっとお伺いしたいと思うんです。
#227
○政府委員(松浦泰次郎君) 一般的に申し上げまして、文部省の所管します大学サイドの研究所は、先生も御存じのとおりでございますが、研究者の自由な発想に基づく先駆的、独創的な基礎研究を中心に展開することを特色としております。また同時に、これらの機関は人材の養成にも寄与しているものでございます。これに対しまして、各省庁所管の研究所は、当該省庁の行政上の目的に基づく具体的な課題を中心として、主として応用的開発的な研究を行うという趣旨のものでございます。
 このように、両者はその目的、性格が異なっておりますので、重複することはないと考えておるのでございますけれども、しかし先生御指摘のように、実際問題としましては類似の分野もあるわけでございますし、それぞれ所要の協力を図りながら、特色を生かしながら進むべきものと、こういうふうに考えております。
 具体的に法文で申し上げますと、いま先生御指摘のございました理化学研究所は、理化学研究所法によりますと、「目的」といたしまして、「科学技術に関する試験研究を総合的に行ない、及びその成果を普及することを目的とする。」というので、これは非常に幅の広い事業が行われておると聞いておりますけれども、やはり中心は技術を志向するような研究というようなことでございます。
 それに対しまして、岡崎の新しく御提案を申し上げております設置法の九条の四、九条の五、条文が一号ずれてまいりますが、「国立大学における学術研究の発展に資するための国立大学の共同利用の機関として、次項の表に掲げる研究所を一体的に運営して同表に掲げる研究を行い、かつ、国立大学の教員その他の者で当該研究と同一の研究に従事するものに利用させるため、岡崎国立共同研究機構を置く。」という規定がございまして、その次の項に三研究所の名称と目的が書いてございます。そのようなことでございまして、学術研究というような観点が中心になっているわけでございます。しかし、現実にはやや類似の面もあることは否定できないかと存ずる次第でございます。
 ただ、この設置につきましても、昭和四十年の日本学術会議の総理大臣に対する勧告によりまして、分子科学研究所の設立が提唱され、また翌年に生物研究所、それから四十二年に人体基礎生理学研究所の設立というものが勧告されまして、四十八年に学術審議会がその三研究機関を緊急に設立することを文部大臣に勧告いたしました。そのような経過をたどってできたものでございます。
 そのようなことからは、全国的な観点、あるいは世界の学術研究との関連等から考えまして、この三研究所が日本に必要である、これを緊急に措置してこの面の学術研究を積極的に推進するようにというような考え方に基づいてできたものと考えている次第でございます。
#228
○小西博行君 つまり、一番詳しい局長さんでもなかなか領域を分けて機能的にはっきり明確に説明するのがむずかしいぐらい、内容的に大変似通っているんじゃないかというふうに私は理解しているんです。もちろん研究者ですから、自由な発想というのは、これは理化学研究所だって、おまえのところは全然自由な発想ないじゃないか、ただ産業に対する応用編だというような言い方しますと、これは筋が全然狂ってきます。
 実は、大変優秀な研究開発をあそこではやっているわけですね。私も実は行くまではわからなかったんですけれども、四百五十名ぐらいでしょうか、その中で二百五、六十人が学位を持って、しかも世界的な学者というのが数名いらっしゃいますね。腸内菌の研究をやっておられます光岡先生あたりもそうです。そういう意味で、何としてもこの辺の機能的な統合というものがもっとうまくできないんだろうか。これは私、中川長官にもしょっちゅう言っているわけなんです。もちろんこれは通産にも関係するわけですね、工業技術院という問題になりますと。
 そういうことで、何かしら一つのプロジェクト、研究目標を与えてやっていく、そういうものをやらなければ、何となくお互い、特に大学になりますと、いろんな機関で自由な発想でやるということは非常に結構なことなんだけれども、現実はその投資に対する効果というのは大変期待しがたい分野が出てくるんではないだろうか。そういう面でここにありますこの設置、これにもともと反対しておるんじゃなくて、もう少し内容的に煮詰めていく必要があるんじゃないか。局長さんも御存じのように、湯川先生とか朝永先生、ノーベル賞いただきましたりっぱな先生ですが、この先生も客員教授でこの理化学研究所へ所属しておったわけですね。そして、すばらしい研究を進めていっているという実態なんですね。そういう意味で、私は残念ながら、いまここに提案されているそれぞれの研究所には行ったことはございません。だから、これからまた行かしていただいて、いろんな勉強をさしていただきたいと思うんですけれども、その辺の専門的な機能、私は言葉では幾らでも言えると思うんですけれども、現実にそれをもっと整理して、もっとやりやすいような形で、同じ研究をやるんなら、そういう体制にしたらもっと効率的ではないか、そう思いますので、特に要望ということでお伝えしておきたいと思います。
 これで質問を終わります。
#229
○国務大臣(田中龍夫君) 小西委員からの御質問、われわれも同感でございます。
 そういうことから、われわれが同じような研究を至るところでやっておるということに対して、特に大蔵当局を初め、非常に不経済また浪費だと、こういうふうな批判があります。しかしそういう中におきましても、大局的には、まず第一点は、文部省の研究機関が非常に大きな他と違った使命を持っているのは、後継者の養成という使命です。それからもう一つは、よその応用研究なり工業化研究とは違いまして、あくまでも基礎研究であるということでございます。そういうところから、たくさんの研究機関が重複してやっておるという現状に対して、政府の最高機関としては科学技術会議というものをつくりまして、そうしてその辺を、最高の権威者から、しかも科学技術会議で非常に厳しく一件一件の研究のテーマまでスクリーンにかけまして、そうしてあくまでも重複を避けて、そうしてりっぱな成果を得られるように、政府の中においても機構をつくっておるわけであります。われわれは、科学技術会議がさらに一層機能を充実するように、概括的には関係各省の関係大臣が今度は介添え役に入りまして、合理的な研究をするように進めてまいっておるわけでございます。
 しかし、またもう一つ、科学技術の研究というものは、そう合理的に割り切れるものでないことは先生一番よく御承知のとおりでありまして、同じような研究がたくさんの学者によってやられておる。そういう事実は、いま御指摘になりましたたとえば大腸菌の中のバクテリアの研究なんかでも、これは一つ分子が違ったら全く違った方向の多種多様の研究が出るわけであります。そういう関係から、私も戦時中から理研の関係に関与いたしまして、軍需省の総動員研究命令の責任者でございました。あのころのいろんな研究機関の研究なんかでも、あの戦時中でさえ、たとえばトルオールを使わざる染料の研究なんというのは、七種類ぐらい同じような研究をやった結果その中で大きな成果を得ております。研究というものが、そういうふうに一つのものをピックアップして、それだけに任せられないところにまた無限大の一つの広がりがあるわけでありまして、そういう点、できるだけ合理化し、できるだけ効果を上げるように、政府といたしましても、科学技術会議を大いに強化して、そうして一方においては各省庁の研究機関を調整し、他方においては大学の研究を推進する。科学技術会議は、内閣総理大臣のもとに両方を踏まえた科学技術の最一局機関である、こういうことにいたしたわけでございます。どうぞ御協力をいただきます。
#230
○委員長(降矢敬義君) 以上で本案に対する本日の審査はこの程度とし、これにて散会いたします。
   午後四時五十四分散会
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ソース: 国立国会図書館
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