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1980/04/24 第94回国会 参議院 参議院会議録情報 第094回国会 大蔵委員会 第16号
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1980/04/24 第94回国会 参議院

参議院会議録情報 第094回国会 大蔵委員会 第16号

#1
第094回国会 大蔵委員会 第16号
昭和五十六年四月二十四日(金曜日)
   午後一時三分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 四月二十四日
    辞任         補欠選任
     竹田 四郎君     和田 静夫君
     前島英三郎君     野末 陳平君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         中村 太郎君
    理 事
                衛藤征士郎君
                嶋崎  均君
                藤井 裕久君
                穐山  篤君
                塩出 啓典君
    委 員
                岩動 道行君
                岩本 政光君
               大河原太一郎君
                梶木 又三君
                河本嘉久蔵君
                塚田十一郎君
                藤井 孝男君
                鈴木 和美君
                多田 省吾君
                矢追 秀彦君
                近藤 忠孝君
                三治 重信君
                野末 陳平君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        伊藤  保君
   参考人
       専修大学教授   青木 信治君
       成蹊大学教授   肥後 和夫君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○財政運営に必要な財源の確保を図るための特別
 措置に関する法律案(内閣提出、衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(中村太郎君) ただいまから大蔵委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 本日、前島英三郎君及び竹田四郎君が委員を辞任され、その補欠として野末陳平君及び和田静夫君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(中村太郎君) 財政運営に必要な財源の確保を図るための特別措置に関する法律案を議題といたします。
 本日は、本案審査のため、参考人として専修大学教授青木信治君及び成蹊大学教授肥後和夫君の御出席をいただいております。
 この際、参考人の方に一言あいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ、本委員会に御出席をいただきましてまことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。両参考人から忌憚のない御意見を承りまして、本案審査の参考にいたしたいと存じます。
 これより参考人の方から御意見をお述べ願うわけでございますが、議事の進行上、最初に参考人の方からお一人十五分以内で御意見をお述べいただき、その後委員の質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じますので、御協力をお願いいたします。
 それでは、まず青木参考人からお願いをいたします。
#4
○参考人(青木信治君) ただいま御紹介にあずかりました青木信治でございます。
 日ごろはもっぱら財政の理論の一部につきましてのみ勉強しておるものでございます。したがいまして、財政に関します実際問題に対しましては一般原則論以上に接近しかねると、そのように存じておりますので、あらかじめ御了承いただければ幸いに存じます。
 つきましては、早速でございますが、これより財政運営に必要な財源の確保を図るための特別措置に関する法律案をめぐりまして、ただいまお断り申し上げました範囲内におきまして、はばかりながら若干卑見を述べさせていただきたいと存じます。
 顧みますと、昭和五十一年五月二十二日、本院本委員会に送付されました昭和五十一年度の公債の発行の特例に関する法律案をめぐります公聴会が開かれまして、その可否についての意見がその際もこの私に対して求められたこと、なお記憶に生々しいものがございます。同法案は同国会では可決成立の運びにならなかったように記憶しておりますけれども、しかし、後に発行賛成の学説にも支えられながらついに日の目を見たというふうに覚えております。その結果、今日見るような国債の累積を現出しまして、私の見たところでは、財政民主主義が実質的に侵されているのではないかというような傾向を続けまして、国民の上にもまた重い貢納が強いられつつあるやに感じられます。
 いま五年近く前の同じ本院本委員会に求められましたところの私の意見が決して杞憂ではなかったのではないか、このように感じているものでございます。そして本日、財政運営に必要な財源の確保を図るための特別措置に関する法律案をめぐりまして再び本院本委員会で卑見を開陳しなければならない、そういう状況に立ち至りましたことは、国民の一人としてまことに遺憾至極に存ずるものでございます。
 思うに、こうした誤りがなされたと思われますのも、もとはと申しますと、これまでの財政規模の増大が経済の発展と国民生活の安定にそのままつながると見ますところの、いわゆる財政主導型経済論がまかり通ってきたためにほかならないと考えております。そしてこのような財政主導型経済論は、それに導かれて平時未曾有の公債を抱えしかも国民に多大の負担を課さなければならないという事態に立ち至りまして、国民一般からとともに学界筋のうちからもまたようやく疑いがかけられるに及んだというふうに見ております。
 私は、かねてよりこのような財政主導型経済論に対しましては批判的言辞をもっていたしまして、今日までひたすら安上がりの政府論を提唱してまいりましたものでございます。この安上がりの政府論につきましては、私的なことにわたって恐縮でございますが、日本財政学会における昨秋の大会でも研究報告をさせていただいた次第でございますが、卑見によりますれば、安上がり政府とは財政ないし政府の理想像かと存じます。しかし、本来安上がりの政府とは、私の考えるところでは、スミスとかベインの説とは異なりまして、国民全体のために必要不可欠な財貨・サービスのみを供給するにとどめるべしといった絶対的な議論であるかに存じます。すなわちそれは、たとえ国の経済の規模がどんなに拡大しましょうとも、また国民の便益増大欲がどんなに激烈に示されようとも、それを無視いたしまして、守り抜くべき効率的にして可能な限り小さな政府であってこそ意味あるものと、かように存じているわけでございます。そしてこうした安上がりの政府は、計画経済体制下でも、健全な国民の経済生活をむだな資源を費やすことなく送らせるために理想とすべき形態と存じております。いわんや自由経済体制下では、その上に国民の資源をできるだけ国民の自由な選択にゆだねて、効率的に利用する上で最も尊重されなければならない形態と考えているものでございます。
 翻って現況を見ますに、とりわけ行政改革を推進します側からの、行革は幹で財政再建はその結果として生まれる枝か花だという声が上がっているやに聞いております。この種の声は、まさに安上がりの政府論を地で行くものにつながるもので、きわめて傾聴に値するものと存じております。すなわち行政改革は安上がりの政府実現のための第一歩であり、安上がりの政府への道をたどりながら、それに伴って行われるべきものが財政再建であるという認識でございます。言いかえますと、財政再建とは、単に財政収支の均衡をもって事足れりとするものではないということであります。もちろん五十六年度予算は抑制型予算であると言うことはできると思います。しかし決して縮小型とまでは言えないと、このように思います。そして、それが安上がりの政府への一里塚としての予算であると言うには、伸び率二けたから一けたへ抑さえたという相対的な措置をもってしてはいまだしで、やはり増加でなく減少に転じたときにこそと存じております。ということは、安上がりの政府への移行のための姿勢は示されているものの、実はまだその第一歩さえ踏み出されていたいと言っても過言ではないと存じます。
 卑見によりますれば、安上がりの政府への第一歩は、潔い歳出の大幅削減主導型の財政収支均衡策によって踏み出されることができると思っております。ということは、とりもなおさず増税を初めといたしますいかなる国民の負担増も図ることなく財政収支均衡を遂げるようにしなければならないということになると存じます。ところが、本年度予算にありましては、伸び抑制とはいえ、公共事業費を初め諸経費は旧態依然たる形態を存続し、あまつさえ、少なくとも当面緊急を要すると見られない防衛関係費などのこれまでにない伸びも記録してさえおります。そして財政収支の均衡は、主として租税を初めといたします財政収入の増大によって図られていると見ることが許されると存じます。今次案の財政運営に必要な財源の確保を図るための特別措置も、無論こうした安上がりの政府実現の道に必ずしも忠実であると言えない措置の一環をなすものと感じております。
 さて、同法律案の内容は、特例公債の発行等、日本中央競馬会の国庫納付金の納付の特例、日本電信電話公社の臨時国庫納付金の納付、日本開発銀行の利益金の処分の特例、日本輸出入銀行の利益金の処分の特例及び産業投資特別会計からの一般会計への繰り入れの六事案を持っておるように見受けられます。
 まず第一に、特例公債の発行等につきましてあえて申し上げますと、こうした法的措置は、本来一会計年度限りの趣旨であったはずでございます。もとより、いわゆる特例公債の発行を認めますこと自体問題でございましたが、それがしかも会計年度ごとに繰り返されて当然視されるようでは、いわゆる特例法自体、特例ならぬ特例法化し、虚構もはなはだしいと言わなければならないと、かように存じます。
 次に、日本中央競馬会の国庫納付金の納付の特例の件に移らせていただきたいと思います。
 申すまでもなく、これも公債の発行と同様に、税外収入の一環であり、同時に五十六年度限りの法的措置でございます。しかし、政府関係機関ないし政府部内の仕組みに変更を加えた上で一層の財源捻出を図るという点では公債の発行とは異なり、以下日本電信電話公社の国庫納付金の納付等々の案件とともに、あえて申しまするならば、まことに斬新にして、また奇抜とも言われるべき趣向のものと存じます。
 そこで、この日本中央競馬会の国庫納付金の納付に関します特別措置でございますが、これは要するに、いわゆる第二国庫納付金としてどうしても五百億円は納付されるようにするために、特別積立金の一部二百億円程度の見込みのもとでこれを削り取るというふうに思われます。
 そこで、試みにこの特別積立金の内訳を見まするに、五十五年度現在では総額二千八百四十五億円のうち、固定資産等に振り向けられる額が大半の六七・八%を占める千九百三十億円にのぼりまして、繰越工事向けが五・〇%の百四十五億円で、流動資産はわずか二七・〇%の七百七十億円にすぎません。しかもこの流動資産は、各年度ごとに必要が生じた場合の固定資産形成に動員される使命を帯びているといった実情でございます。また、確かに注目を受けましたとおり、その国庫納付金は多く、それを裏づけるように売得金額も順調な伸びを示しております。しかしながら、競馬事業の核心をなす入場人員はそれに反比例して、五十一年度以来引き続き減少の一途をたどり、執行者側に一抹の不安を呼んでおります。そうであるとしますれば、特別積立金のうちの流動資産を枯渇させることはきわめて冒険であるとも言えるようでございます。はたまた、見逃せないことがございます。日本中央競馬会法におけるその第一条でしたためられている趣旨どおり、その事業結果は単に競馬の健全な発展を図って馬の改良増殖を行ってきたばかりではありませんで、国民の食生活と密接な関係のあります鶏卵や豚肉等を供給する畜産の振興、そしてまた社会福祉事業という面にも大きくあらわれているということでございます。さらにこうした特別措置は、一会計年度に限るものであるとの主張で納得されたいとするならば、私は直ちにいわゆる公債の特例法をもって他山の石とするように申し上げなければならないと存じます。
 第三に、日本電信電話公社の臨時国庫納付金の納付に関する案件に入りたいと存じます。
 この案件は、政府関係機関ないし政府部内の仕組みの変更による財源捻出という点では、すでに申し述べましたところの日本中央競馬会の国庫納付金の納付の特別措置と同様と存じます。しかし同時に、それとは違いまして、次に続くところの日本開発銀行の利益金の処分の特例及び日本輸出入銀行の利益金の処分の特例に関する案件に等しく、五十六年度限りの特別措置ではなくて、五十六年度から五十九年度にかけての四会計年度に及ぶ特別措置となっております。
 そこで、日本電信電話公社のいわゆる臨時国庫納付金に関する案件でございますが、これは日本電信電話公社における当該四会計年度中の積立金のうちの一部を四年均等割で各年度末までに国庫に納付させるという措置を新たに暫定的に講じるものと聞いております。
 ところで、この措置に対しましては次のような問題が感じられるのでございます。それは第一番目に、日本中央競馬会の国庫納付金の納付に関する措置と同様に、根本をたな上げしたところの、あえて申しますならばつけ焼き刃的な措置とも考えられないではございません。と申しますのは、日本電信電話公社法を制定の際、その独立採算制の原則を厳守する上から、赤字会計の場合も同公社みずからの努力によりこれを乗り切るべしとすると同時に、そのかわりに黒字会計の場合でも国庫納付金のごときは考えられないとしたように聞いているからでございます。仮にそうであるといたしますと、今回案のような臨時国庫納付金は、それがたとえ暫定的なものであれ同公社に対する片手落ちの措置であり、かつ同公社に認めた独立見算制の原則を国みずからの手によって切り崩す羽目に陥るのではないかと存じます。
 第二番目に、しかも今回案で臨時国庫納付金創設のため削減の対象とされます積立金は、本来利用者に対するサービス向上のための投資的面に寄与するものとなっておりますれば、一層問題視されなければならないと存じます。
 第三番目に、臨時国庫納付金の創設に際する問題点といたしまして、同公社における出資状況が挙げられると存じます。それは全額政府出資企業とうたわれてはいるものの、その大半は利用者の出資にゆだねられているのではないかと思われるからでございます。そうでありますれば、その積立金を本来利用者限りに還元さるべきでありまして、国庫納付金という経路をもって国庫に統合された上、不利用者を含むところの国民一般の上に還元されるというのは筋が通らないのではないかとも思われます。
 最後に、日本開発銀行並びに日本輸出入銀行の利益金の処分の特例及び産業投資特別会計からの一般会計への繰り入れに関する案件について触れてみたいと存じます。
 これらに対しましても、やはりあえて申しますと、場当たり的な感じを免れないと存じます。とりわけ産業投資特別会計の上に従来から置かれてきた心像は損なわれるものと思われます。であるといたしますれば、むしろ産業投資特別会計それ自体の再検討という抜本的改善方法を中心に本案件をめぐる問題を吟味するのがより適切かと存じます。
 なお、追加させていただけるといたしましたならば、本法律案はあたかも、俗な表現をいたしますと百貨店のように各種の案件を内包しておるやに思われます。しかもそれぞれの案件は、いずれも重要な内容を持っているかに見受けられます。そうした重要な個々の案件でありますれば、これらを一括して法律案化することには問題がないわけではないと、かように存ずる次第でございます。
 以上をもちまして、はなはだ粗雑ではございますが、財政運営に必要な財源の確保を図るための特別措置に関する法律案についての意見陳述を終わらせていただきたいと存じます。
#5
○委員長(中村太郎君) ありがとうございました。
 次に、肥後参考人にお願いいたします。
#6
○参考人(肥後和夫君) 成蹊大学の肥後でございます。
 財政運営に必要な財源の確保を図るための特別措置に関する法律案につき意見を申し述べたいと思います。
 まず、この法律案全体としての賛否でございますが、次のように考えます。
 この法律案は、従来は毎年度単独の法律案として審議されてまいりました公債発行の特例に関する法律案と、日本中央競馬会、日本電信電話公社、輸開銀及び産業投資特別会計から特別にあるいは臨時に納付金の納付あるいは繰入金の繰り入れを行わせるための法律案が一本化された形をとっております。
 したがいまして、問題は、第一に五十六年度に五兆四千八百五十億円の特例公債を発行することに関して、その是非の問題が提起されている。それから第二には、日本中央競馬会、電電公社、輸開銀、産投特別会計からそれぞれ特別にもしくは臨時に納付金の納付もしくは繰入金の繰り入れを所定の額や率で行わしめ、五十六年度予算において総額として千七百四十五億円の増収を図ることに関しまして、その是非が問われている問題という、二つの内容に関連していると考えます。
 結論的な意見を先に申し上げますならば、当面、国の予算につきましては財政の再建を図ることを中心に考えなければならないという基本的な理由から、この法律案はその内容となっているいずれの問題についてもやむを得ない措置であると考えます。
 なお、詳しい意見は次のとおりでございます。
 まず第一に、五十六年度五兆四千八百五十億円の特例公債発行の是非に関する意見でございますが、これについては、特に五十六年度予算フレームの特徴との関連で述べてみたいと思います。
 すなわち、五十六年度予算のフレームは次のようなものであったと考えます。すなわち、予算編成の至上命題といたしまして、財政再建のために特に特例公債への依存を五十九年度までにゼロにすることが従来から目標になっておりますが、五十六年度予算におきましては、五十五年度予算よりも一兆円ふやして二兆円減額する、それも五十六年度はその全額を特例公債の減額に充てるという、財政再建への政府の熱意を示す大方針がまず決定され、あわせて一般会計予算の五十六年度の伸びを前年度よりも低くし、一けたの伸びにするという基本方針がとられましたことによりまして、予算の枠組みはほぼ決まってしまったと考えるのであります。
 すなわち、五十六年度におきまして増税や税外収入の特別の増収を図らないで、歳入を自然増収だけで賄うことにいたしますと、約四兆六千億円が見込まれるのでございますが、特例国債二兆円減額の大方針のもとに国債収入の減少分を差し引きますと、財源の増加分は二兆六千億しか残らないことになります。ところが、この二兆六千億につきましては、国債費が一兆三千四百億円、地方交付税が一兆二千五百億円、合わせまして義務的経費の当然増が二兆六千億円弱見込まれますために、一般歳出の増加財源はほとんどゼロになってしまいます。これでは、消費者物価五・五%程度、卸売物価四・一%程度が見込まれている中で、一般歳出の総額は実質的に減額になってしまうわけでございます。せめて消費者物価上昇程度分に近い増収を確保しなければ、社会保障費や教育費等の当然増分や、ぜひとも計上しなければならない新規施策のための財源が確保できないという事情が見込まれることになりました。
 そこで、収入の増加を図りますために、第一に、国民の合意が得られるように、現行税制の枠組みの中でできるだけ増収措置を講じることによりまして、初年度一兆三千九百六十億円の収入を確保し、なおそれでも不足する分はなお残された財源として税外収入に着目して、その増収によって一千八百八億円を確保することになりましたわけでございます。その一千八百八億円の中の日本航空政府保有株式の売却分五十八億円を除きました千七百四十五億円の財源が今回の財源確保法案に関連するものになっているわけでございます。
 以上のような一般会計予算編成に伴うマクロ的な事情を勘案いたしますと、税負担の増加や経費節減につきましては、なお特別の国民的合意が熟しておりません現状におきまして、今回の法律案の内容は文字どおり財政運営に必要な財源の確保を図るための特別の措置であったと解されるのでありまして、ベストの措置がどうかは意見のあるところであると思いますが、現状において取り得るベターな措置であると考えざるを得ません。
 次に第二に、この特例公債につきましては、五十年度発行以来借りかえをしないで現金償還をするという方針がとられております。公債に対する政府の基本姿勢として評価できるのではないかと考えます。
 なお、ついでながら、このようにして成立しました予算の体質を検討してみますと、いろいろな角度からいろいろな見方ができると思うのでありますが、次の二つの点におきましても重大な課題がなお残っていると考えざるを得ません。
 まず第一は、やっとの思いで工面した増税分一兆四千億円も、国債費の当然増一兆三千四百億円をやっと貯えているにすぎない。したがいまして、国債の一層の減額によって国債費負担を大幅に引き下げるのでなければ、財政の弾力性はとうてい回復できないであろうと思われますことでございます。
 第二に、一般歳出増一兆三千億円、これは対前年度四・三%の伸びでありますが、五十六年度政府経済見通しの消費者物価上昇率よりは一%程度低くなっております。この点では総額の伸びの抑制が図られていると言えるのではないかと思います。高度成長が始まる前の三十年代初期の伸びになっている点が注目されるわけでございます。しかし社会保障及び恩給費を合わせますと、それだけで一般歳出増分の総額の六割を占めることになりますし、人口老齢化の急激な進展に伴って今後とも長期にわたってこの費用が増加することが考えられるわけでございます。この第一の点と第二の点の二つを考えましただけでも、予算の弾力的な運営が可能になるまでには、今後ともなお大変な努力が必要であると考えざるを得ません。経費のむだを徹底的に削り落とし、その努力を国民に評価してもらった上で、なお長期的には国民負担の増加を図っていくことが必要であろうかと思います。
 次に第三に、法律案の第二の問題点であります一般会計の納付金及び繰入金を臨時もしくは特別に増収する措置について意見を述べたいと思います。
 第一に、予算フレームのマクロ的な見地から見ました場合、この増収措置が少なくともやむを得ないものであるという意見はすでに述べたとおりでございます。
 第二に、制度の問題として、このような増収措置が妥当なものとして認められるかどうかという点について、特に問題になるのは電電公社の臨時国庫納付金ではないかと思います。中央競馬会、輸開銀につきましては、制度上も国庫納付金が法律上定められておりまして、今回は緊急臨時の措置として増収が図られているのであると解釈いたしますと、これらの機関が全額出資のきわめて公共性の強い公的な機関であることから、特に本質的に問題にすることはなかろうと考えます。
 また、産業投資特別会計の一般会計への繰り入れは、輸開銀の国庫納付金が産業投資特別会計に制度上帰属することになります関係上、一般会計の財源不足を補てんするための税外収入を確保するためには、当然にこの帰属された納付金を産業投資特別会計から一般会計に繰り入れる措置が図られなければならないわけでありまして、やむを得ない措置ではなかろうかと思います。
 しかし電電公社は、電気通信事業を企業的に経営するために設立された全額政府出資の安企業でありまして、制度上収益金の国庫への納付は法定されておりません。そういう点で今回の措置が制度上問題になるのではないかと思います。この点につきまして公共企業体等基本問題会議におきまして、公共企業体の経営形態や当事者能力が公共企業体のあり方の問題として取り上げられましたときの検討結果にかんがみますと、電電公社は消費者としての国民によいサービスをできるだけ安いコストで供給する責任と、それから一方では、全額出資の公的な企業体であるという観点から、納税者としての国民に財政民主主義の見地から負わなければならない責任と二重の責任を負っているわけでありまして、公共性と効率性の二つの面からそのあり方は考えられなければならないのではないかと思うのであります。今回は長期的なあり方の問題はさておきまして、一方では、遠距離電話料金の引き下げ等消費者のサービスを図りつつも、他方では、全額政府出資の公共機関の公共性の見地から、財政の緊急事態への協力が求められたのであると解すれば、今回の措置は是認されてよいのではないかと考える次第でございます。
 以上をもって意見の陳述を終わります。
#7
○委員長(中村太郎君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見の陳述は終了いたしました。
 速記をとめて。
   〔速記中止〕
#8
○委員長(中村太郎君) 速記を起こして。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#9
○穐山篤君 きょうはどうも御苦労さまです。
 最初は青木先生にお伺いをいたしますが、先生の最後に、この財政確保という名前で三つのものが一つの法律案になっていることについて御意見がありました。私どもも実はそういうふうに思っているわけです。少なくとも電電公社にしろあるいは競馬会にいたしましても国が臨時に国庫納付を強制するわけですから、国民の立場から言いますと金を召し上げられるあるいは将来心配の種が残る、こういうことになるのは当然だと思うんです。そこで、私どもの考え方と青木先生の意見たまたま一致したわけですが、国民の立場からすれば国会の審議というのは非常にわかりやすくしてほしい、あるいは国民が負担をする税金にしろその他の負担についてもその理由なりその額というものがごくわかりやすく国民の前に明示されることが一番必要だろう、そういうことが一番正しいだろうというふうに思うわけです。ですから、専門的に研究されております先生もそういうふうにごらんになっていたのではないかというふうに改めて敬意を表する次第です。
 さて、具体的なことでお伺いをいたしますが、この特例公債は、最初昭和四十年に千九百七十二億円の特例公債が国会で承認をされて、しばらくの間なかったわけですね。それから昭和五十年から二兆円、五十一年は三兆四千億円、以下毎年毎年恒例化しているわけです。そこで、この特例公債について財政法第四条というものを先生はどういうふうにお考えになられているのか、この点をひとつ解明をいただきたいというふうに思います。
 それから、この財政法第四条に関連をいたしますが、これが昭和二十二年に制定をされましたときの論争なりあるいはその後大蔵省その他で解説が出ておるわけですが、その解説されている文書の中に、われわれ注目をしなければならぬと思っておりますのは、こういうことが書かれておりますね。「財政法第四条を規定したその精神というのは、健全財政を堅持していくと同時に、財政を通じて戦争危機の防止をねらいとしている」ということをはっきり言っている文献があるわけですが、そういたしますと、最近の自衛隊の増強などにかなりの費用がかけられているわけですね。今年度の予算でいきますと二兆四千億という膨大なものになっています。そういう点で私どもも危惧をしているわけですが、財政法第四条と戦争危機の防止あるいは自衛隊の増強ということについて先生はどういうふうに財政的な面からお考えを持っておりますか。まずその点をお伺いしたいと思います。
#10
○参考人(青木信治君) 財政法第四条の意義とでも申すべき点につきましての私のつたない意見を求めてくださったように受けとめます。
 そこで私は、財政法第四条を次のように受けとめている次第でございます。と申しますのは、一般に財政民主主義あるいは民主主義というものにつきまして、ただこれを空間的にだけとらえる傾向が強いのではないかと存じております。しかしながら、財政民主主義ないし民主主義には時間的なとらえ方がきわめて重要であろうかと存じております。時間的とらえ方と申しますのは、これは極端な表現になるかもしれませんですが、たまたまいま自衛隊等防衛関係費をめぐる点につきましても御質問が絡んでいたやに思われますのであえてこんな表現を申しますんですけれども、国民の代表であるところの国会における御決定で決められた予算内容でありましても、これはおのずからそれぞれの時点においてのものと考えるのが適当かと思います。いま申しましたとおり、例を非常に大胆に設定いたしますけれども、仮にいまから五十年前の国会における審議議決というようなものが現在まで有効であるというようなことが許されるならば、これは五十年前の国民の意思によって現代の国民の意思が束縛されるというふうに考えなければならないと存じます。したがって公債というものは、これは発行することを認めたときの国民の意思によりましてこれを負担しなければならない時点における国民の意思を束縛するといった結果になりまして、これは財政民主主義ないし民主主義の時点間のじゅうりんである、このように私は考えます。その点におきまして、この財政法第四条の規定というものは、あえて申しますと、財政法の制定の意味の象徴であると言っても差し支えない重要な規定である、かように存じております。
 ただいま、たまたま自衛隊あるいは防衛関係費についてそれに絡んでの御質問も含まれたと思いますけれども、ただいま申し上げましたところでその防衛関係費に絡むところの御質問に対するお答えもある程度できたのではないかと存じますので、とりあえず以上をもちましてお答えといたしたいと存じます。
#11
○穐山篤君 お二人の先生にお伺いをいたしますが、国債の発行が毎年毎年特例公債を含めて相当あるわけです。来年の三月になりますと公債残高八十兆円になります。それから推定でありますが、昭和六十年になりますと百二十何兆円というふうな膨大な公債残高が出るわけです。そのために後代の人が、いまのお話にもありましたように、われわれを含め子供、孫が相当の負担を負わなきゃならぬ。肩にしょいきれないほどの借財をおやじがしたために息子や嫁や子供が苦労する、こういうことになるわけです。今年度の予算でいきますと四十二兆、それの約三倍ぐらいの借財を返さなきゃならない。返すために歳出カットあるいは行政改革、小さな政府というふうな努力をいたしますけれども、昭和六十年以降は、この法律にもありますように特例公債につきましては借りかえが不可能でありますので、毎年毎年キャッシュで返さなきゃならぬということですから負担は非常に増額をするわけです。将来の話ですからなかなかそう簡単なことは言えないと思いますけれども、どうやって借財を返していくか、これは非常に頭の痛い問題です。
 この点についてお二人の先生に、借財の返し方についていろんな御発想があろうというふうに思いますので、その点をお願いをしたいというふうに思います。
#12
○参考人(青木信治君) ただいま公債の償還に対する措置につきましての御質問をいただきました。
 私が冒頭陳述させていただきました中にもございましたとおり、歳出の思い切った削減ということを主導として財政再建はされなければ真の財政再建にはならないという見解を持っているものでございます。同時に、国民経済が発達しまして経済の規模が大きくなれば財政もそれに比例いたしまして大きくなってもいいんだという、これまで許された考え方に対しては非常に疑問を持っているということであります。これまで景気の悪いときは財政支出をいたしまして、それも大幅にいたしまして、しかも、あえて公債の発行まで大量にしてこれを行うと。それは不況克服のためにやむを得ないと。で、好況になりましたならばこれは削減の方向に向けられるものだという、いわゆる先ほど来申してまいりました財政主導型経済論というものによって推進されてきたやに思われますけれども、結果的には好況になりましても歳出の削減という挙には一向に出なかったということで、そういうことはまた単に理論的なものを信条とすることからではなくて、予算編成をめぐるいろいろな問題、そういうものが絡んでこういう傾向をたどってきたというふうに思われますけれども、そういったこれまでの財政主導型経済論というべきもの及びそれに乗じたところのいろいろな冗費をたな上げするというような傾向をこの際一切排除いたしまして、そしてまず歳出のもっと徹底的な削減ということに血道を上げなければならないのではないか、その努力が私の見た範囲ではまだはなはだ不十分である、このように存じております。
 先ほど来私の耳に入ってまいりますものといたしましては、まことにやむを得ないというような説が多いんでございますが、やむを得ないという言いわけの連続で、そして一向これが反省されない。そして排除されない。そういう悪習、陋習が排除されないということを認めていくならば、幾らたっても財政の健全化、そういうものはできないのではないかと思います。そこで、足りないからという口実だけではなくて、その裏にあるところの歳出を徹底的に洗い直し、そしてこれ以上どこをどう押しても切るところはないというようなことがはっきりあらわれたときに限り、別途歳入の面についても検討を加えるというのが正しい姿勢ではないかと、かように私は存じている次第でございます。
#13
○参考人(肥後和夫君) 御指摘のように、六十年度から五十年度以降発行いたしました特例公債の現金償還が始まるわけでございます。非常に重大な事態を迎えようとしているということは全く同感でございます。まあいい方法があるかというような御質問でいらっしゃいますが、いい方法があるかと言われまして、ありますと申し上げるほど自信はありません。
 ただ一般的には、やはり景気の、ちょうど一九八〇年代の後半になりますが、日本経済の活力がそのときにどうなっているかということが第一点です。第二点は、むだな経費をできるだけ削るという努力をそれまでに政府はどれだけやれるか。それによりましてやむを得ないと国民が評価するなら、必要な税負担の増加についても合意が得られている、そういうことしかまだ申し上げられない。とにかく現在現金償還をするという姿勢を放棄するというようなことは、これはもう言語道断ではなかろうか。とにかく現金償還をするという姿勢を堅持してそれを裏打ちする努力をすべきではなかろうか。それにつきまして六十年度以降の問題よりも、ともかく来年度以降まだ、この「財政の中期展望」を見ますと、来年度なお三兆六千五百億の特例公債、六兆七千九百億の四条公債を残して、それでなおかつ一兆九千八百億の赤字が、要調整額が残る、五十八年度につきましてこの要調整額はさらにふえる、こういうようなことになっております。ですから、やはり五十九年度までに少なくとも特例公債への依存を脱却できるような措置を講じるために、現在経費の節減にできるだけの努力を払って、そして国民がそれはよくやった、それでもなおやはり財源が足りないというのであれば仕方がない、負担の増加にも応じましょうというような合意の得られるような努力をするということが、将来のそういう償還への道を開くことになるのではなかろうか、そういうふうに考えております。
#14
○穐山篤君 国債の問題にまたかかわるわけですが、御案内のとおり、国債残高が年々急増をしております。それから、予算の中に占めます公債費の割合も、昨年は一二・五%で今年度一四%、それから借換債も急増をしてまいります。そういう意味でいきますと、この国債問題というのは非常に深刻でありますね。ですからその立場から言ってみても、国債の管理政策というものがひとつ考えられなければならないと思うんです。
 それはどういうふうな管理政策を展開をするかということが、実は重要な問題ではないかというふうに思うんです。また片方の見方で言いますと、財政再建というものが軌道に乗らなければ国債の管理政策の方もうまくいかないと、こういう二つの面から管理政策というものをながめる必要があろうと思うんです。大蔵省は大蔵省なりのことを発表されておりますけども、お二人の先生方にこの国債の管理政策の中で特に配慮をしなきゃならぬ、あるいは当面十分注意を払わなければならないと思われるようなものがありましたならば、ひとつお教えをいただきたいというふうに思います。
 以上です。
#15
○参考人(青木信治君) ただいま国債の管理政策の上で重要な点について、もしあったならば意見を述べるようにという御質問であったと思います。同時に、そういった国債の管理政策というものは、その前に行うべき財政措置ということを固めてからでなければできないのではないかという御意見も漏らされたやに受けとめております。
 私は、国債の管理政策でございますが、ちょっと御質問の範囲をあるいは逸脱して、かつそれをも含めさしていただきたいと、こんなふうに思うわけですけれども、ただいまは建設公債及び特例公債という大きな二つの長期公債を抱えているわけでございますが、こういった特例公債はけしからぬが、建設公債はいいという点につきましても、まず私は再検討の余地があるのではないかと、こんなふうに考えております。建設公債は後の国民もこれを利用する公共施設、公共事業、そういうところにすぐ結びつくものであるからこれは構わないという議論に支えられているものと思われますけれども、果たしてそういうふうに考えてこれを認めでいいものかどうか、そういう点について深い疑念を持っているものでございます。したがって、建設公債と称されるものにつきましても、今後は再吟味いたしまして、少なくとも以後はこれを縮少していくという傾向をたどるべきだろうと思いまして、そういうような現在認められている国債及び認められていない国債、そういうものの再検討をまずするということが先決問題でございまして、それを待って、それにあわせてそして国債の管理政策というものを考えるべきであるというふうに私は存じておりますので、今日の段階における国債の区別の上における管理政策というものはこれでは十分な措置に達するに至らないというような見解を持っているわけでございます。
#16
○参考人(肥後和夫君) 国債管理政策はまさに財政と金融の接点にある領域だろうと思います。一昨年あたりでございますと、民間の資金需要が活発になってきた段階でクラウディングアウトの現象が起こりまして、市中銀行の預金の増加分のほとんどが、これは統計のとり方によっていろいろの見方があったと思いますけれども、少なくとも市中銀行の預金増のほとんどが国債引き受けに使われるというようなことで、金融に非常なひずみを与えていた。最近その傾向が大分緩和されているわけでございますが、いま青木教授もおっしゃいましたように、そういう点で、まず基本の姿勢といたしましては、特例公債だけではなくて建設公債を含めて国債の総額を適量に抑える、それによって民間の資金需要に不当な圧迫を生じないようにすることが必要ではなかろうか、そのようなまず基本を踏まえました上で、あるいは、これも実際に実行されていますが、市中金利の状況に応じて国民のニードに合わせた、たとえば中期国債なりあるいはもっと短い国債なり十年物だけではないようなものをいろいろ取りまぜて供給する、市中の資金需給に適合していくというようなことが必要であろうかと思います。現在マネーサプライの伸びを見ましても、大体GNPの伸びと同じかあるいはややそれよりも低目に推移しているようでございますので、まあ健全ではなかろうか。最近は金利の引き下げも可能になるような状況になっております。ただ基本的には、やはり財政がしっかりしませんと国債管理政策なり金融政策なりが非常におかしくなってくるということはもう一般に指摘されているとおりでありますので、まさにこの委員会で御審議になっていらっしゃいますところの公債依存度の抑制、そのためのむだた経費の節減についての御審議というようなものが必要なのではなかろうか、そういうふうに思っております。
#17
○穐山篤君 最後に電電の納付の問題についてお伺いをするわけですが、千二百億円ずつ四年間で四千八百億円、大体、事のよしあしは別にして、新聞などを読んでいる国民の方は、まあ五千億円近い金が電電から国に納入されるという程度の情報は知っておられると思うんです。しかし、その電電公社が独算制というきちっとした制度を持っているということについては、大部分の人が知らないのではないだろうかというふうにも思いますね。そこで、国民的な感情から言うと、えらいことが起きたものだ。その次に気になりますのは、四千八百億円納入をしても財投から金を借りて国に納入する、そうすると当然利子もつくなと。利子が三千四百億円で、合計で四千八百億円借りた金が最終的に八千二百億円の返還をしなきゃならぬ、そうなりますとこの借金というものが非常に大変な問題だということを改めて感ずるだろうというふうに思うわけです。その次にどういう気持ちが起きるかといいますと、サービスは落ちないだろうか、あるいは積極的なサービスをこれからどういうふうに考えてくれるだろうか。その次には、電電の経営を相当圧迫するとするならば、料金め値上げということがすぐ頭に浮かんでくる。まあいろんなことがあるんじゃないかというふうに思うわけです。
 で、お二人の先生方は、この千二百億円ずつ四千八百億円については制度上問題ありと、こういうふうに言われたわけですが、そこで、こういうものの相談というのは国会で一応はやることになるわけですが、利用者なり一般国民の声をきちっと聞いた上で、そこで政府としては法案の提出の可否を考えるというのが一番まじめな態度ではないかというふうに思いますけれども、お二人とも制度上問題ありと言われたわけでありますので、私が一例として申し上げました国民に意見を聞く、あるいは利用者に十分に意見を聞いてというふうな問題についてどういうふうなお考えをお持ちですか、その点最後にお伺いをして終わりたいと思います。
#18
○参考人(肥後和夫君) まず五十九年度までに四千八百億円、年当たり千二百億円の臨時納付金を納付するということについてでございますが、私先ほどの意見陳述におきましては、結論としては財政運営に必要な財源の確保を図るための特別の措置であると、それで電電公社といえどもこれは全額政府出資の機関である、したがいまして、利用者としての国民に対する責任と、それから納税者としての国民に対する責任というのがあるわけでございまして、まさにこの財源確保の問題は、その税金を結局取らないかわりに納付金を納付させるという形になっているわけでございまして、公共性の観点からは臨時の措置としてはやむを得ないのではなかろうか。それで、いまお話ありましたように、電電公社法にはその利益金を国庫に納付するというそういう規定がたいわけでございます。規定がたいという点では、やはり電電公社のあり方としてきちっと今後御審議をすべき問題が残っているのではなかろうかと、そういう意味で問題があると申し上げたわけでございます。
 それで、国民に意見を聞く必要があるのではないかということでございますが、これはすべてこういう全部所有の政府機関につきましては、財政民主主義の立場からこれは国民に報告すると、それから国民の代表であるところの議会に報告して審議を受けると、こういう二重の意味で公開性の原則というものが求められているわけでございますから、筋としてはそのとおりであろうかと思います。で、その場合に、利用者としての国民と納税者の国民という二通りの国民に意見を聞く、あるいはその代表であられるところの議会で十分に御審議をなさるということであろうかと思うんですが、その場合にやはり実質的な問題としては、今回の措置がただ電電公社の負担にどのぐらいはね返ってくるのか、あるいは経常費のコストにどのぐらいはね返ってくるのかというような問題についての具体的な検討の上で論じられなければならないのではなかろうかと思うんですけれども、確かに電電公社の臨時の納付金は電電公社の資本勘定から取り崩して納付することになってくると、その資本勘定での利益積立金は、これは電電公社では結局投資に使っているはずだと。そうしますと、その分は結局穴があいて、結局電電公社としては借り入れをしなけりゃならないじゃないか、借り入れをすると、利子を払わなければならないと。利子を払う以上は、経常費の増加になるわけでございますから、これは電電公社の利用料金にはね返ってくるおそれはないかと。この辺の具体的な議論の上で問題が検討されなければならないと思うんでございますけれども、まあ五十九年度までの四年間であるということと、それから利子負担は千二百億円に対する金利分でありますから、数百億のベースであろうかと思うんですけれども、これはむしろコストの負担としてはきわめてわずかなパーセンテージになるのではなかろうかと。そうしますと、それが電電公社の企業努力によって吸収できないほどの負担であるかどうかというようなことが、結局検討されなければならないということにたろうかと思います。その場合に、たとえば政府が――電電公社の側として仮に勝手にたれ流しておいて、そのしりをわれわれが一生懸命努力して上げた利益にしわ寄せするのではつまらぬと、余力効率的な経営に努力しなくても、どっちみち取られるんならまあいいやというようなふうになるのではないかと。
 そういう面で、先ほど穐山先生が御指摘になりましたように、公共企業体は独立採算制を一応たてまえとして、あるいは理事会の自主的な責任というものを重視するたてまえをとってるんだと、こういう自主的な経営努力をさせるというのが、二十七年に電電公社が政府の官営事業から公社に編成がえされた最大の理由なんだから、そこはどうだということであろうかと思うんですが、まあその程度の問題でありますので、さしあたりは吸収できないようなほどの負担ではなかろうと。今回は、とにかく長距離電話の料金等の引色下げと並行して行われることになっているわけでございまして、将来はたとえば、電話需要の伸び悩みのような大きな問題を抱えていると思いますが、現在はなお活力があると思いますので、将来の問題はじっくりまた御審議を願うことにいたしまして、当面は一応乗り切れる問題ではなかろうか、そういうふうに考えております。
#19
○参考人(青木信治君) 先ほどいただきました御質問に伴う御意見にもおありだったと存じますが、今回日本電信電話公社に対する臨時国庫納付金という案が出てまいりましたあるいは出されました背景といたしまして、私はこのようなことがあるのではないかという声を耳にしている次第でございます。
 それは周知のことでございますが、同公社における不正経理、経理の乱脈ぶりというものが露呈されたということでございます。それとともに、先ほど御質問された向きからも御発言がございましたが、この日本電信電話公社というものを他の公社、たとえば日本専売公社等とその制度において同じ公社ということで同一視しているというきらいがあるのではないかというようなことでございます。私は、この点につきまして、同じ公社でございますので、ややもすると利用者あるいは国民一般から誤解されるおそれがあるということは確かであり、御質問の向きと全く同じような憂えを持っている次第でございます。
 そこで、すでに現在こうした日空電信電話公社に対する制度づけがなされているわけでございます。そこにおいて財源に窮迫しているということで、これを捻出するために暫定的に日本電信電話公社に与えられた本来の性格、制度というものをある意味においてゆがめて、そして臨時国庫納付金というものを求めるというのは、これは同じ国会において定めました日本電信電話公社の制度でありますならば、ある面でそうした意味を持って日本電信電話公社を制度化しておきながら、たまたま財源不足であるということでその本来の性格をゆがめるというのは、これは著しい矛盾ではないかと、こんなふうに考えるわけでございます。そして、かつ、仮に日本電信電話公社が多大な利益を手にしているということでありますならば、これまでそのように過大な利益をおさめないように管理、監督、指導するということが政府において必要だったのではないか。そういう義務、努力を怠って、そして仮に過大な利益をせしめていたということであるならば、これは政府の責任であるというふうに考えざるを得ません。同時に、もし利益があり余るということであるならば、この電話料金というようなものに対する再検討、そういうようなことが利用者によって多くを財源的に賄っているところの日本電信電話公社のやるべきことであり、また政府としてやらすべきことであると、こんなふうに考えている次第でございます。
#20
○矢追秀彦君 大変御苦労さまでございます。
 青木先生にお伺いをいたしますが、先生はチープガバメントについてかなり深い勉強をされておるようでございますけれども、いま行政改革大変やかましく言われまして、五十七年度予算編成も増税なしで行革によって財政再建をやっていきたいと、こう言われておりまして、いろいろ議論が出ておりますし、また第二臨調においてもいろいろこれから討議が行われていくわけですが、そこでお伺いしたいのは、一つは、ただ何でもかでも一律にカットしていくやり方、シーリングなんかもまた言われておりまして、予算をふやさない、その枠の中でやれとか、そういうのは往々にして大変よけいなひずみを起こしてしまうということで私は反対でございます。それよりもむしろ、どうしたら本当の節約ができるのかということについて、もっとそういう場づくりをまず先にやった上でその後にカットするならこれはある程度わかるんですけれども、いろいろ具体的なことを申し上げますと、たとえば健康保険の財政が赤字であるから、だから保険料を上げればいいんだと、あるいはまたお金を援助するのを減らせばいいんだとか、そういう安易なことではなくて、じゃどうしたら余り保険を使わなくて済むように、要するに国民の健康が守られていけば自然に地方自治体の国民健康保険も実際黒字になっているところもあるんです。地域医療をきちんとしたところは黒字になっておるわけです。何か国保というと赤字と決まっておる、それは間違いでして、そういった点の、じゃ地域医療をどうするかということについてもう少し、むしろ最初は少々お金がかかっても、五年先あるいは十年先にきちんと正常な形になるのであれば私はその方が望ましい、こう思うわけでございます。
 まだ、そのほか医療関係で申し上げますと、たとえば救急病院というのがございます。これは確かにつくらなければいけません。やらなければいけませんが、現実に救急病院に行っている患者さんの半分は急患ではありません。普通の患者さんが行っている。これは、とにかく近所のお医者さんが診てくれないから、しょうがないから一一九番に電話をして夜中に走っていくというのもあるでしょうし、とにかく税金払っているんだから使わな損だということで使っている人もあるでしょうし、いろいろ千差万別ですが、これもやっぱり私は地域医療がうまくいってない一つの欠陥がそういうことになっている。だから、これを何でも一律カットをすれば救急病院つぶせなんという議論になりますけれども、これは私はもちろん反対ですが、そういう救急病院一つをつくるにしてもそういうこともちゃんと考えた上で、じゃ規模はどの程度が適正であるのか、その地域医療の中でどうしていくのか、そういうことをやって、総合的といいますか、私は言葉として適当かどうかわかりませんが、行政改革をハードでやるんじゃなくてソフトでやれと、行政改革ソフト論というようなことを私自身申し上げているわけですが、先生のチープガバメントの考え方、余りよく勉強してはいないんですけれども、そういう将来本当に節約できるものは何なのか、ただ表面にあらわれた数字だけを切るのではなくて、私はそういう場づくりを先にやった上でやるべきだと。いま二つの例を申し上げましたけれども、そういうのはもう山ほどあるわけです。
 それからまたもう一つ、補助金の問題についても、現在もう全然眠っておる意味のないような補助金、まあ団体があってそれに対する補助金が出ておる、こういったことは、これは当然見直しをされると思いますけれども、これもへたをすれば、いろんな団体がありますから、予算編成のときには圧力団体がしょうちゅう各政党にいろいろ陳情されまして、結局声のでかい方が勝つというふうな結果になってきたのがいままでですから、へたをするとこの補助金だって一律カットということが出てくる。私、そういった点、本当に冷静にきめ細かにこの補助金の見直しもやらないと、ただ一律になれば大変なことになってしまうと思うわけです。また、補助金でも将来返ってくるようなものもあるわけです。科学技術の関係であれば将来はそれはもう十分返ってくる、むしろそれが日本の経済成長に大きな役に立つ、むしろもう大きなプラスだと、こういうのは私はむしろカットするよりもふやした方がいいんじゃないかと思うんです。そういうふうなことを考えますと、ただ一律的なかたい見方ではいけない、これが私の考えですが、そういった点で先生のチープガバメントの考え方について私のいま申し上げたような点についてどうお考えなのか。
 それからもう一つ、所得制限という問題ですが、これも行政改革で恐らく出てくると思うんですね。所得制限ということはどうあるべきなのか。私はまあ物によっては所得制限もやむを得ない、しかし物によっては所得制限をしてはならないもの、たとえば教科書の無償配付などは私は所得制限をやるべきではない。子供の世界にまで所得の多い人と少ない人で教科書がただになったり有料になったりするのはちょっとまずい。そうでないもの、もちろん高額の方は実際問題余りお使いにならない、たとえば東京都が今回老人の無料パスを一部カットしました。これなんかは高額所得者の方のパスを遠慮されたわけでして、もう皆さん自家用車を持っておられるような、そういうお金持ちの方の無料バスを取り上げることによって、これは一人大体一万一千円年間かかっていたようですね。これを吸い上げて約六億ぐらい浮いてきたということを私聞いておりますけれども、こういうやり方の所得制限は私はある程度やむを得ないと思うわけです。しかし物によっては、いま申し上げたような所得制限を入れることはまずい点があると思います。こういう点で所得制限ということはこれからいろいろ出てきますが、大体どの辺が限界なのか、どういう考え方を原則としてやった方がいいのか、その点を財政再建ということで伺いたいと思います。
 それから、私余り持ち時間ありませんのでついでに申し上げますが、これは肥後参考人と青木参考人両方にお伺いをしたいんですが、いまも穐山先生の方からお話があって肥後先生からも御答弁がございましたが、この電電公社の問題ですが、私も当委員会でこの間質問したんですが、今回の財確法で五十九年度までの四年間ということで、四千八百億電電公社から取ってくるという理由で四年間ということがうたわれているわけです。しかし、実際予算編成は日本の場合は単年度主義になっております。それを財源を確保しなければならぬという理由、しかも電電公社から四千八百億を一遍に取れないから千二百億ずつ四年間という理由だけでここだけ四年間にしておる。もし財政再建がうまくいって五十八年度でできた場合は、じゃ五十九年度もこのとおり取るということになるわけですよね。またそれが仮に延びた場合、昭和六十年度にずれ込んだと、財政再建がうまくいかなかったと、こういうことになりますと、また続いてやるのか。一応「財政の中期展望」における五十九年度に特例債をゼロにするという目標に基づいてこれができてきたと私は思いますけれども、それにしても私はこの四年間ということにしたことについて非常に疑義を感ずるわけでして、特に電電の場合四年に区切ってやってきたということ、それと予算編成はやはり毎年毎年であるということ、その年その年にきちんと数字を決めていけば、もし取るのであればそれはできたのではないか、このように考えるわけでして、その点について肥後先生とそれから青木先生からもお伺いをしたいと思います。
 以上、それだけお願いします。
#21
○参考人(青木信治君) お二つ御質問いただいたわけでございますが、最初に経費削減全般にかかわる御質問に極力お答えしてまいりたいと存じます。
 卑見にわたってまことに恐縮でございますが、これまで財政の理論にありましては、財政の役割りというものは三つないし四つある。一つは資源の最適配分であり、言いかえると公共財の供給、それから第二は所得再分配、第三番目は経済安定、それから第四番目として経済成長ということを挙げている向きもございます。こういった件は、実は本日御出席の肥後参考人がきわめて御造詣が深くていらっしゃるわけで、私のごときが申し上げるのははなはだおこがましい次第でございますが、そこで私は、とりわけ資源の最適配分、公共財の供給、それから所得再分配、経済安定というものがお互いに牽制することなく、あるいは他をゆがめることなく行うことができるかという点について、きわめて疑問を持っているわけでございます。
 そこで私は、本来最初財政の役割りとして備えられていたところの資源の最適配分、言いかえますと、公共財の供給という使命が最も一大市民社会においては少なくとも重要な役割りなのではないかと、かように存じております。つまり納税者一般あるいは貢納者一般が利用するもの、そういうものを納税者あるいは貢納者全体の拠出によって供給するというのが望ましいのではないかと思うわけでしございます。しかしながら、御存じのとおり所得再分配という貧者に対する、弱者に対する救済、あるいは弱者あるいは貧者の転落防止といったような措置、さらにはその所得の平等化ということ、こういうことの念願というものも考えないわけにはいかないというふうにも思います。
 しかしながら、これまで特にこういった二つの役割りを犠牲にしても、経済安定という名のもとにいたずらに景気浮揚のための政策が最重視され、そのもとにとりわけ資源の最適配分ということ、公共財の適正な供給ということがないがしろにされてきたのではなかろうかと、こんなふうに考える次第でございまして、この際は、まず公共財の適正供給という原点に戻って財政の役割りを考えてみる必要がありはしないかと存ずるわけでございます。
 そこで、経費節減、削減すべき経費についてでございますが、すでにわが国におきましてはそれほど深刻な経済不況にもありませんしいたしますれば、一層経費のうちに繰り込まれておりますところの産業保護育成費といったようなたぐいのものはまずもってこの見直しの対象になると、こんなふうに考えております。また同時に、それに伴うところの補助金、これは第一番目に削減されていってしかるべきものではないかと、こんなふうに考えております。
 それから、ただいま福祉問題に関しましても御発言、御質問いただいたわけでございますが、とりわけ私は、福祉予算にありましてはどうしてもこのあたりは認めざるを得ない、あるいは積極的にこれはつけていただかざるを得ないだろうという点は、ただいまも触れましたとおり、現に貧困状態にある弱者、そういう者の救済ということは、これはやはり最優先されなければならないのではないか。それから、それに次いで貧困への転落見込みといった弱い、たとえば今回税制改正に盛られましたところの父子家庭という――父子家庭の母子家庭に準じた優遇税制、そういうようなものはその後に来るのではなかろうかというふうに思っております。そしてこの所得の不平等是正ということ、これはもとより望ましいことではございますけれども、このことは他面、努力して、そしてそれ相応の所得を得た者、そういう者の勤労意欲をそぐというような結果にまでなる所得平等化というものは、少なくともこの一大社会におきましてはまた考え直さなければならないのではないかと、このように思っているものであります。
 続きまして、電電公社の今回の臨時国庫納付金というものを五十六年度から四会計年度にわたって求めるということの問題に関する御質問のお答えに入りたいと思います。
 これはまことに、私もただいまの御質問傾聴に値するものと思っていまして、敬意を表せざるを得ない感に打たれております。このような四会計年度にわたる負担を求めるということは、これは経費における継続費の裏返したようなものだというふうに考えることができ、これはある意味では財政民主主義にもとる措置であろうかと、こんなふうに考えます。
#22
○参考人(肥後和夫君) 私に対する御質問は電電公社の問題だけであると理解しておりますので、この点についてお答えしたいと思います。
 まず最初に、先ほども申しましたけれども、電電公社から臨時にせよ納付金を取るということが問題にはならないのかどうかという点から考えてみたいと思うんですけれども、先ほども触れましたが、三公社のうちで日本専売公社は、専売事業の健全にして能率的な実施を図るという目的でございますから、最初から財政収入を確保することが目的で公共企業体になっているわけでございますが、国鉄と電電二公社の場合には、納付金制度は法律の条文に規定されていないわけでございます。あとたとえば中央競馬会でありますとか、ここで問題になっている輸開銀とかそのほかの政府関係機関については納付制度があるということになっているわけです。
 そういう点で電電公社の問題が注目されるわけでございますけれども、国鉄についてそれじゃ納付金制度がない、独立採算制を原則としている。しかし補助金を五、六千億毎年一般会計から支出しているのですが、それでも赤字が出ている。その赤字が出たときに――一兆円、九千億ぐらいの赤字が経常収支で出ているわけですが、それはほっておけるかということになりますと、最終的にこれは政府が責任を持っている公共企業体であるから、最終的には政府が何かめんどう見なければならないということになっているわけでございまして、電電公社の場合はその逆でありますから、最終的には、やはり政府の政策を遂行する手段として、特定のサービスを企業体形式で供給するように設立されているものだというふうに理解するわけでございまして、公共政策を遂行する手段であるという点で公共性がある。
 それで先ほども申しましたように、国民にいいサービスを安く供給するという責任とそれから納税者としての責任、最終的にうまくいかなかったらこれは政府がその損失をかぶらなければならないという意味でやはりその責任があるということでありますから、今回の措置はあくまでも特例公債を二兆円減らすことを何が何でもやると、とにかく公債を減らすことが財政の健全化にとって最優先の課題だという、その政策の方針から、そうしてみたところが結局は金が足りない。それで増税について国民の合意を得られる限度は一兆三千億程度であると、しかも政府が前に期待しておりましたような一般消費税は国民に拒否された。それで今度は経費を削れるかということになりますと、いま真剣に取り組んでいられますから今後を期待したいと思いますが、いままでのところではこの程度でしかない。それで金が足りなくなったわけですから、とにかくどこかにないかということになったら、電電公社は相当な収益を上げているということになったのであろうと思います。でありますから、結局は財政がまだしっかりしないでたれ流しているしりが電電公社に来たわけでございますが、そういう意味で、いずれにしても公共企業体であり企業の自主的な責任というものを尊重しなければならない、そういったてまえの経営形態ではありますけれども、最終的には政府の政策遂行の手段であるという公共性からいって絶対にそういうことは認められないというわけでもない。
 ただ、やはりずるずると一般会計の赤字のたれ流し分を企業体で収益の上がっているところから取るというのでは、これはけじめがつかないわけでございますから、その辺のけじめはしっかりとおつけになられるように今後御審議を願いたいわけですが、そのあり方の問題として。当面は仕方がないというのが先ほどのやむを得ないだろうと、それで絶対にそれはいけないというわけの、そこまで言い切れるようなものでもないんじゃないか。ただ財政規律がきちんと確立いたしませんと、いつまでもだらだらと無原則にそういう納付が続くということになりますと、これはそういう公共企業体の効率的な経営というもう一つの基準から見て問題が出てくる、そういう意味でいま御質問にありましたような懸念に対しては十分に慎重でなければならないと思います。
#23
○近藤忠孝君 両参考人にお伺いしますが、日本銀行法によりますと、発行日銀券に見合う資産を積んでおかなければならないということになっているわけですね。ところがその約八十何%は国債なんですね。一方国債の増発が日銀券の増発につながるということも、直接じゃないにしても言われているわけですね。その点見てみますと、国債を増発して札がふえた、その札束に見合う財産が国債だとしますと、何かこれおかしいんではないか。となりますと、これは結局日銀券の規定の空文化になってしまうんじゃないか、その点で両先生がもし問題をお感じになるかどうか、いかがでしょうか。
#24
○参考人(肥後和夫君) 現在日本銀行法でも財政法でも国債を日本銀行に引き受けさしてはならない、国債を発行するのはあくまでも市中消化の原則に基づいて行われなければならないということにたっております。ただ、日本銀行としましては、適正な通貨の供給を図って、一応通貨価値の維持その他適正な金融行政に責任を持っているわけでございます。その関連で、たとえば公開市場操作というのはこれはあくまでも通貨供給コントロールの重要な、いま一番中心になっている手段である。したがって、通貨の供給が足りない場合には市中から買い入れて通貨の供給をふやす、あるいは市中に過剰流動性がある場合には国債を売ってそして通貨を吸収すると。その場合の買った国債は確かに資産になるわけでございますが、これは市場性があるところの国債であるということなのではなかろうかと思います。でございますので、やはり最終的には通貨政策が、財政の運営が不健全であるために結局そのしりぬぐいをするような形になっているとすれば、これは問題であるというような見地から結局判断するよりほかはないのではなかろうか。確かに御心配になりますように、たてまえとして市中消化の原則のもとに国債は発行されるわけでございますけれども、しかしいろいろな手管を使いませば、実質的には日銀引き受けの公債発行のような内容になるおそれもあるわけでございますので、要はやはり、そういうような形にならないように財政の規律を確立するということになってくるのではなかろうかと、そう思います。
#25
○参考人(青木信治君) 国債の所有形態をめぐっての御質問のように承りましたのですけれども、本来国債というものを仮に発行するといたしましたならば、これはただいま肥後参考人からも御発言ございましたが、一般市中にそれを求められなければならないと、そういう少なくとも可能性がない場合は発行すべき道理がないと、こんなふうに考えられるわけでございます。ところが御質問の向きの御指摘あるいは示唆にもございましたけれども、現に本委員会の調査室でおつくりになりました参考資料を拝見いたしましても、わが国の国債の所有者構成比では政府及び中央銀行のそれが何と三二・二%にも上っているという実情でございます。こういったことは国債の消化の予期以上の不健全状況を示しているのではないかと、このように思う次第でございます。
#26
○近藤忠孝君 それから次には償還の問題ですが、六十分の一ずつ返しているわけですね。建設公債については借りかえでまたさらにどんどん伸びていくという点が問題なんですが、それは別として、特に赤字公債の場合、六十分の一ずつしか返しませんから十年たっても要するに六十分の十ですね。そうするとあと一遍に返さなきゃいかぬ。そのことが一定の時期から物すごい国債費になっていくわけです。だからこの点ではむしろ赤字国債などについては、まあ発行しないのが一番いいんですが、どうしても発行する場合には償還についても十分の一ということを義務づける必要があるんじゃなかろうかと思うんですが、両先生の御見解を賜りたいと思います。
#27
○参考人(肥後和夫君) ちょっと恐縮でございますが、ちょっと御質問の……
#28
○近藤忠孝君 要するに赤字公債について、六十分の一ずつしか返さないわけですね。だから十年後に今度一遍にあと残った六十分の五十を返すわけですね。それが一挙に国債費の増大になって、だから私思うには、もともとそういうような借り方自身がもう問題だと思うんですが、もしもそれがやむを得ないとすれば、特に肥後参考人はやむを得ないというお考えのようですが、とすれば、今度償還制度について十分の一ずつ毎年返す、そうすれば十年でたまってくるわけですね。そういうことをむしろ義務づける必要があるんじゃなかろうか、そして初めて赤字公債の発行を認めるべきだというふうに思うんですが、その点いかがですか。
#29
○参考人(肥後和夫君) その御質問の点では、私まだ十分にどうも自信のある結論を持っておりませんので、また勉強さしていただきたいと思います。
#30
○参考人(青木信治君) 償還の仕方でございますが、ただいま認められつつあるところの償還方法のままでは御質問の向きの御憂慮どおりだろうと私も同感でございます。
 そこで、ただいまも御提案がございましたけれども、最低そういった一〇%を義務づけるという措置、これは大いに考慮に値するのではないかと、かように存じております。ではございますが、その前に、先ほど来申し述べさしていただいておりますとおり、経費の大幅な削減ということを一層推し進めお考えいただきまして、それとあわせて改めてこの償還方法というものを再検討していただきまして、そしてただいまお示しなされたところの率というものは、そうした中において最低限のものなんだという線で御推進いただければはなはだ幸いに存じます。
#31
○近藤忠孝君 結構です。
#32
○三治重信君 どうも御苦労さまです。
 一つだけお伺いいたしますのですが、この特例公債を出すようになったのは景気回復のために出すということになったわけですが、それが年々続いて、まあいまとなってこれを減らすのに四苦八苦しているわけなんですが、そうしますと、ケインズ的な政策で景気回復のために財政政策を積極的に使っていく。これはいわゆる建設公債だろうが赤字公債だろうが財政の積極的な支出をやっていく、まあ景気回復のためには結局税金を取るよりかそういう公債で賄って景気回復を図ると。この線に乗って日本政府も第一次ショックをやってきたわけなんです。しかし、いざやって何とか物すごい景気の停滞をある程度救った、景気回復の任務はやったと。しかしながら、今度はその後の減らすのに今日四苦八苦しているわけなんですね。そういうことからいって、御両所の先生は、やはりやってよかったんだと、しかしもう一度これを減らすことに積極的に考えたらどうかというのか、こういうような状態だから、やはりなかなかその言うことはうまく言っても実際には財政政策というものでそう経済をうまく動かせるものじゃないんだからやめた方がいいと、こういうふうに考えられるのか、これは単純な御質問なんですが、そういういまの赤字公債や財政再建についての見通しの、みんなやらにゃいかぬということはわかっていてもなかなかできぬというところを見て、どういうふうにしていったらいいか、またこれに対して御批判があったら簡単で結構でございますが一言サゼスチョンいただければありがたい、御意見をいただければありがたいと思います。
#33
○参考人(肥後和夫君) 石油ショックの後の狂乱物価のときに総需要抑制政策をやってそして一応物価を鎮静化させたところが、今度は失業問題あるいは構造不況業種の問題、非常に経営の困難な問題が出てきた。そこで当時の状況として積極的な公債発行をして景気浮揚を図った。その中で企業が減量経営に努力をしてそしてそれがやがて軌道に乗ってきた。労働組合の賃上げも大体経済的に合理的な線の中におさまった。そういうことで経済が活力を回復しました段階で、今度は公債を減らすべきであるというのがフィスカルポリシーの理論であるわけでございますが、これはもう政治の場の中でよくおわかりになって、あるいは痛感しておいでになられることと思いますけれども、私どもの方ではフィスカルポリシーといっても、どうも提案した学者は、不景気のときに公債を出すのが容易であると同様に好況になったときに減らすのも容易だという前提で理論を組み立てていたわけですが、どうも実際は非対照的で、不況のときには発行しやすいけれども、好況のときには経費を抑制しあるいは公債を減らす、あるいは増税するということは非常にむずかしいということがまあ世事に疎い学者の間でもよくわかってきたということであろうかと思います。
 で、いまは景気なのか不景気なのか、不景気であれば景気政策という観点から言えば、これは景気を冷やし過ぎないようにしなければならない。ところが、実際の判断ではそこが一番むずかしいところでございまして、たとえ失業率一つとっても非常にあいまいな問題が残っているということであろうかと思います。としますと、ある程度そのときどきの景気にきめ細かい対応をするという財政運営のほかに、もう少し中長期的な視野でやはり財政のあり方を筋の問題として考えていくというような運営のあり方というのが必要なのではなかろうか、そういう面で申しますと、やはり現在公債を減らしておく、そういうふうなむしろ中長期的な財政規律の観点からむしろ減らしておくということが将来本当にこの経済の困難が生じたときに財政が下支えに動く力が出てくるわけでありますので、やはりそういう意味では財政の健全化あるいは財政運営の規律を、この際、民間の経済も世界各国から比べれば非常にいい状況の中でできるだけ早く確立する、いまをおいてまだもっとよくなるようなときがあるのかということになりますと、これはいつの時期になっても細かい点では決着のつかないような、判断の分かれるような状況が出てくるのではないかと思いますので、そういうことで財政再建ということを現在重点的な課題にして体質を改善しておくことが将来の老齢化社会に向けての対応をうまくやっていける、あるいはそういうことで経済の正常な発展にも寄与する道になるんじゃないか、そういうような角度で考えているわけでございます。
#34
○参考人(青木信治君) まず、景気浮揚のための財政政策というものがどの程度の意味をこれまで示し、それから同時に、景気浮揚のためのあるいはさらには景気循環のための財政政策というものを考えていくべきだろうかという御質問のように受けとめたわけでございますが、まず先ごろまで続き、また先ごろ終了したというふうに言い伝えられております戦後最大の不況でございますが、長期景気停滞でございますが、これの何彼にそうした財政の介入がどの程度貢献したものであるかという点については、すでに各種の御意見が出てきているわけでございますが、私はそうした不況脱出に必ずしも伝えられているように財政政策が大きな貢献をなしたというふうに決めつけることは非常に問題ではなかろうか、むしろ民間における自立回復機能というものの方に力があったやに受けとめているわけでございます。
 そして、景気循環のための、景気調整のための財政政策というものでございますが、これの問題点、いささか申しづらい個所でございますが、政治的な配慮によるところの影響、そういうようなもの、これも非常に大きな問題だろうと思いますけれども、景気浮揚のための財政政策そのものの中にも問題があって意外な結果を生んでいる。とりわけ公債の発行につながるような大きな問題、それは私はこの景気浮揚のためのたとえば公共事業などというものの振興が同時に国民経済的に見て必要不可欠であるというものを充足するためにもなるということであるならば、ある程度の評価ができると思うわけでございますが、景気回復が優先かあるいは資源の最適配分が優先かというような立場に立ちました場合、不況克服という声が高くて、この資源の最適配分、言いかえますと公共財の適正な供給という面がないがしろにされてきた。また、こういう景気浮揚のための財政政策を評価した場合、そういう傾向をたどるのは必然的なものではなかろうか、こんなふうに考えまして、先ほどの御質問に対するお答えでもいたしましたとおり、私はこの景気調整のための財政政策というものはこの際大いに検討し直す必要があるのではないか、そうでなければ、先ほど私が申し述べさせていただきました卑見であるところの安上がりの政府というようなものはどだい絵にかいたもちに終わってしまう、このように考えている次第でございます。
#35
○藤井裕久君 きょうはどうもお忙しいところ大変ありがとうございました。与党で余り時間にやれというので、大変短い時間で恐縮でございますが、先ほど来のお話で、また広く議論になっている財政再建、それはやっぱりむだを省いて国民に負担を求めないような形でやらなきゃたらぬ。私は事実むだも大変あると思います。ところが、どうも国会の議論なんかでもそこでみんな終わっちゃっているんですね。むだを省け、そして国民に負担を求めるな、それが財政再建。私は実はそこがちょっとさびしいと思うんで、本当はこれから十年先なり二十年先の財政の姿ですね。これは国民経済の中でどういう位置を与えるかとか、国民生活の中にどれだけの影響を持たせるような財政があるべき姿なのか、これを本当は議論しないでごちゃごちゃ言っているのは私は中途半端だと思っております。
 そこで、先生方の御意見で片りんとして、青木先生はどちらかというと安上がりということを主張されたように思います。肥後先生はどちらかというと、長い将来においては国民の理解が得られるならばという御感触に承りました。
 現に日本の一般政府支出というのは、国民経済計算でいうと三〇%そこそこできわめて低いわけでございますね。ヨーロッパが四十数%だろうと思います。その中でむしろ公共投資というか、政府の固定資本形成は日本が非常に高くて、政府消費の方が非常に低い、こういう形になっているんだと思います。公共投資というか、政府固定資本形成というのは、これは蓄積ですから、だんだん落ちてくると思うんですね。その穴というか、それに対して消費支出、具体的には私は福祉とか文教とか、そういう政策だと思います、その大半をなすものは。これはいまの国の一般会計の状況、補助金の状況を見てもみんなそれははっきり出ていると思うんです。そこで、いまのところはどうやらまだ人口老齢化が進んでいないとか、年金が成熟していないとかいうようなことで何とかやりくりしているわけですが、ヨーロッパ並みの福祉ということ、ヨーロッパ並みの行政というものをやっていけば当然ヨーロッパ並みの負担になっていくということになるし、安上がりの政府というのは私は絵にかいたもちだと思います。口だけの話だと思います。そこで、やっぱり長い将来は財政の機能というのはそうなっていくのかなというようなあたりと、まあ安上がりということを非常に主張すれば、私は先進諸国がたどった道に対して新しい挑戦をする形になるんだと思うんですね。非常にヨーロッパ並みでやれ、やれということに対しても敢然と挑戦して初めてそういう政府ができるんじゃないかと思うんですが、そこいらについての端的な御意見ありましたらお聞かせいただきたいということが一つ。
 もう一つは、目先の問題で、経済界が来年は二兆八千億ぐらいの金は浮くんだという話を、これはまとめたかどうかは知らないんですが、新聞でよく出てきます。その中身もまた漏れ聞くと、相当額を交付税率の引き下げということに期待しているように出ておるわけでございます。現にラスパイレスなんかで見て、地方公務員の方がよりルーズだとか、いろんな問題からそういう議論がある反面、実はきょう本会議で地方交付税の議論が出たら、むしろ交付税率を上げろなんという議論の方が多いわけなんでございますね。こういうものは一体どういうふうにお考えになっているか、もしこれは御意見があればで結構でございますが、交付税率を動かすということが財政再建の対策としてどういうふうにお考えかということ、その二点だけお伺いいたしたいと思います。
 どうもありがとうございました。
#36
○参考人(肥後和夫君) それでは、非常に大きな問題の提起をいただいたわけでございますが、この点につきまして、いまは確かに諸外国と比べて小さな政府になっておりますけれども、現行制度でいきますと、たとえば老齢化が進んだだけでも、現行制度のままでいったら結局は、たとえば昭和七十五年ごろにいまの西ドイツ並みになってしまうということでございますし、そうなればサービスがいまのとおりであれば結局収入も西ドイツ並みに上がらなけりゃやっていけないわけでございますので、そういう意味で潜在的には藤井先生のおっしゃいますように大きな政府にもなっているというふうに思うわけでございます。
 それで、いろいろ社会保障財政の本も読んでいるわけでございますが、アメリカの議論の中で、たとえば健康保険なら健康保険については結局六十五歳以上の年金受給者とか障害者しか対象にしていないんですが、それでもかなり医療費のGNP比率が高いんですけれども、まだアメリカはヨーロッパまでにはいってないと、そういう意味で選択の余地がまだ残っているんだと、いまのうちに考えなけりゃならぬじゃないかと、こういうような議論があります。
 同じような問題は日本にもあると思うんですが、先ほども申したことですけれども、ただ一段歳出の増分の中でもうすでに社会保障費の増分が半分以上になっておりまして、それだけでも大きな負担になると。ところが、これからたとえば、年寄りはあと二十数年の後にいまの二倍にふえるわけでございますし、医療、年金の費用が急速にふえていくというようなことでありますと、現状ではどうもいまの財政フレームではやっていけないなという感じがするわけでございまして、そういたしますと、一つはやはり国民の生活を守ることが政府の究極の責任であるわけでございますから、国民の生活を守っていくという姿勢はきちっと堅持しながら、可能な財源の中で経済の効率、活力を維持しながらどうやってやっていくのかということを真剣に考えていかなけりゃならない。たとえば、厚生年金一つをとってみましても、長い目で見ますといまやもう計算が合ってない、国民年金ももうすでにおかしくなってきているわけでございますから、事実計算が合っていないという現状を踏まえて、計算が合うようにするにはどうしたらいいかということは考えていかなければならないのではなかろうかと思います。
 ただ、たとえば日本型福祉社会ということを苦し紛れに言い出していますけれども、どうもあれも私、ひとつまだよくわからないんですね。たとえば東京のようなところで、家族が少ないところで、年寄りは長生きするんですが、長生きしてもうろくし始めて失禁が起こってきますと、もう小人数の家族ではどうしようもないというような事態が起こってきます。さしあたり、それはデーサービスを強化するとかということも必要ですけれども、これだけで果たしていけるかどうか。そういうような問題もありますし、たとえば一方では病院や診療所がお年寄りのサロンになっていると、医療資源の浪費が事実発生している、あるいは乱診、乱療が行われているという面もございます。これらを含めて福祉のあり方、まあやはり財政の中で一番大きなのは社会保障の問題、次は教育の問題だろうと思うんですが、この辺のあり方はやはり長期的な視野から、いまでは計算が合ってないということを踏まえた上で検討しなくちゃならないんじゃないかということは考えます。
 次に、交付税率の問題ですが、これは確かに御指摘もありましたように、そして私も参考意見の陳述の中で申しましたが、税収がふえてもあるいは増税をしても、結局国債費と地方交付税を差し引けば残りは幾らにもならない。結局消費者物価上昇分を一般歳出の増に充てることもできない状況であるわけでございますが、そうすると一方では、交付税は所得税、法人税、酒税の三二%ということになっているわけで、その割合でふえている。その割合でふえているんですから、ある面では交付税率の負担が重いのか、あるいは国債費がふえ過ぎだから財政に無理があったのか、その辺のところもいろいろ意見が分かれるんじゃないか。それから、政府がやはり一方ではむだを省くということがありますし、それから東京都の財政再建に私関与しましたときに、やはりいろいろ考えましたのは、都でやることと、それから区や市町村でやることと、それから一般の都民に自前でやっていただくことと、その辺をきちんとすると、そういう意味で都が抱え込んでいる仕事を少しやはりおろすということも必要だと。そういうような問題にぶつかったわけでございますが、国と地方の間でもやはりそういう問題があるわけでございますので、この問題は、確かに国の財政から見るといま負担にたっているわけでございますが、なかなか簡単に結論を出しにくい。国の立場からの言い分もありましょうし、地方の立場から国の仕事を地方におろしなさいと。おろせば結局その財源は、本来の税でもらうか交付税率でもらうか二つしかない。税でもらうと経済力の格差が反映しまして、実際にはもらえないところもあるわけですから、交付税にある程度依存しなけりゃならないという問題もあるというようなことになりますので、ここのところは、やはりかなりその双方の立場をぶつけ合って、意見が熟するのを待たないことには簡単に結論が出しにくいと思っておるわけでございます。
#37
○参考人(青木信治君) 御質問の向きにおかせられましては、御意見とされまして大きな国、大国と申しますか、そういう国は勢い大きな政府を持つというのが必然的な傾向あるいはしかるべき形態であるというやに私は承ったわけでございますが、しかし、より長い歴史を振り返りますと、むしろ文明化するにつれて安上がりの政府化しているというのが実情ではないかと私は認識している次第でございます。
 そこで未来像でございますが、それにつきましては、先ほど来るる申し述べてまいりましたけれども、やはりわが国のようだ自由経済体制のもとに行く国においては、できるだけ国民の自由な選択に国の資源というものをゆだねるということが望まれるし、同時に文明化の線にも沿うことになるのではないかと、このように思っております。
 もう一つの地方交付税率についてでございますが、これも、先ほど御質問の向きのお言葉の中にも示されているわけでございますが、地方の財政ももちろん問題であろうかと思います。とかく、ある評論のものといたしまして、国は悪で地方は善だと、地方の時代であるというようなきわめて評価に値しない意見が多いわけでございますが、そういった意見に支えられたところの地方交付税の引き上げというものは、これは問題にならないのではないかと思います。
 そこで、地方交付税率をどうするかというような問題でございますが、これには私は、まず現在におけるところの国と地方との間の資源の配分、従来どおりのままでよろしいかどうかということの再検討、たとえて申しまするならば国と地方の事務配分、これはこれでよろしいのか、また国と地方の経費の配分のあり方、これでよろしいのか、そうしてまた、国と地方の財源の配分はこれでいいのかというような点につきまして、より十分な議論が行われて、そうした国と地方との資源の配分の十分な認識のもとにおいて初めて地方交付税率をどうすべきかということに関する意見が生まれてくるのではないかと、かように存じている次第でございます。
#38
○委員長(中村太郎君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方には、長時間にわたり本委員会に御出席を賜り貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございます。重ねて厚く御礼申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時三十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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