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1980/12/22 第94回国会 参議院 参議院会議録情報 第094回国会 本会議 第1号
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1980/12/22 第94回国会 参議院

参議院会議録情報 第094回国会 本会議 第1号

#1
第094回国会 本会議 第1号
昭和五十五年十二月二十二日(月曜日)
   午前十時二分開議
    ―――――――――――――
#2
○議事日程 第一号
  昭和五十五年十二月二十二日
   午前十時開議
 第一 議席の指定
    ―――――――――――――
○本日の会議に付した案件
 一、日程第一
 一、事務総長辞任の件
 一、事務総長の選挙
 一、故議員藤井丙午君に対し弔詞贈呈の件
 一、故議員藤井丙午君に対する追悼の辞
 一、特別委員会設置の件
 一、北西太平洋のソヴィエト社会主義共和国連
  邦の地先沖合における千九百七十七年の漁業
  に関する日本国政府とソヴィエト社会主義共
  和国連邦政府との間の協定の有効期間の延長
  に関する議定書の締結について承認を求める
  の件(衆議院送付)
 一、日本国の地先沖合における千九百七十七年
  の漁業に関する日本国政府とソヴィエト社会
  主義共和国連邦政府との間の協定の有効期間
  の延長に関する議定書の締結について承認を
  求めるの件(衆議院送付)
     ―――――・―――――
#3
○議長(徳永正利君) これより会議を開きます。
 日程第一 議席の指定
 議長は、本院規則第十四条により、諸君の議席をただいまの仮議席のとおりに指定いたします。
     ―――――・―――――
#4
○議長(徳永正利君) この際、お諮りいたします。
 事務総長植木正張君から事務総長を辞任いたしたいとの申し出がございました。
 これを許可することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#5
○議長(徳永正利君) 御異議ないと認めます。
 よって、許可することに決しました。
   〔植木正張君事務総長席を退く〕
   〔拍手〕
   〔参事前川清君事務総長席に着く〕
     ―――――・―――――
#6
○議長(徳永正利君) つきましては、この際、事務総長の総挙を行います。
#7
○真鍋賢二君 事務総長の選挙は、その手続を省略し、議長において指名することの動議を提出いたします。
#8
○片岡勝治君 私は、ただいまの真鍋君の動議に賛成いたします。
#9
○議長(徳永正利君) 真鍋君の動議に御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#10
○議長(徳永正利君) 御異議ないと認めます。
 よって、議長は、事務総長に前川清君を指名いたします。
   〔拍手〕
     ―――――・―――――
#11
○議長(徳永正利君) 議員藤井丙午君は、去る十四日逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。
 つきましては、この際、同君に対し、院議をもって弔詞を贈呈することとし、その弔詞は議長に一任せられたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#12
○議長(徳永正利君) 御異議ないと認めます。
 議長において起草いたしました弔詞を朗読いたします。
   〔総員起立〕
 参議院は議員従三位勲一等藤井丙午君の長逝に対しつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます
 弔詞の贈呈方は、議長において取り計らいます。
    ―――――――――――――
#13
○議長(徳永正利君) 降矢敬義君から発言を求められております。この際、発言を許します。降矢敬義君。
   〔降矢敬義君登壇、拍手〕
#14
○降矢敬義君 本院議員藤井丙午君は、去る十二月十四日、東京女子医科大学附属病院において、急性心不全のため逝去されました。まことに痛惜哀悼の念にたえません。
 私は、同僚議員各位の御同意を得て、議員一同を代表し、故藤井丙午君のみたまに謹んで哀悼の言葉をささげたいと存じます。
 藤井君は、明治三十九年二月、岐阜県加茂郡白川町の素封家で、県議会議長を務められた藤井紳一氏の四男として出生され、長じて県立東濃中学に学び、優秀な成績をおさめられました。同校の四年生になったとき、上級生の暴力的な蛮風とこれを見て見ぬふりをしていた校長等の無責任な態度に憤り、ストライキに立ち上がり、改革をかち取りました。この早くも発揮された一徹な正義漢ぶりと奔馬のごとき直線的行動力は、君の一生を通じての資質でありました。
 その後、早稲田大学の専門部へ入学されましたが、ここでもたちまち頭角をあらわし、わけても大学改革を要求するストライキの委員長として大活躍されました。これが縁となって、翌年、ひどい就職難の時期に、中野正剛代議士及び緒方竹虎主筆の両先輩に見込まれ朝日新聞に就職されました。
 昭和十一年、文部省詰めになった同君は、独特の勘と熱心さで、当時、平生釧三郎文相のもとで秘密裏に企画されていた六年制義務教育を全額国庫負担で八年制にするという計画をスクープするという大活躍をされました。
 この事件が契機となり、翌昭和十二年、林銑十郎内閣の抜き打ち解散の際、平生氏からの立候補のすすめを受けました。君は弱冠三十一歳で、徒手空拳の選挙を岐阜二区で戦い、少差で惜敗、次いで日本製鉄会長に就任された平生氏の秘書となられたのであります。秘書としての三年間、半官半民、天下りの寄り合い世帯である日本製鉄の経営ぶりをじっと見詰めていた同君は、心ある同志を語らい、平生会長に改革案の実行を進言し、これが入れられて大改革が行われました。
 太平洋戦争に入るや、鉄鋼統制会の理事兼総務局長の要職に抜てきされ、次いで終戦後は鉄鋼協議会専務理事に就任されました。このとき同君は三十九歳でありました。昭和三十二年には、十九波に及ぶ鉄鋼ストに対しても、ゼロ回答でこれを押し切りましたが、同君の信念は、「苦しいときは労使ともに苦しむ、しかし余裕のあるときは従業員の生活向上に会社は全面的に努力する」というものであり、後に業績向上の際に、この信念は、いわゆる鉄鋼の一発回答として慣行化されたのであります。
 昭和二十二年、新憲法下における初の参議院議員選挙が行われ、藤井君は、全国区から当選され、緑風会に所属されました。翌年、芦田内閣の経済安定政務次官に就任、GHQとの交渉に苦労されました。こうした経験が後に財界随一の政界通たらしめたものと思われます。
 同君は、昭和二十五年、参議院議員の任期満了と同時に八幡製鉄に重役として迎えられました。以後、常務取締役十年、副社長十年を務められました。昭和四十四年、八幡製鉄と富士製鉄の合併による新日本製鉄の誕生とともに同社の副社長に就任され、昭和四十八年から相談役として今日に至っております。
 昭和四十九年には、郷里からの再三の要請もだしがたく、老齢を気遣っての御夫人の反対にもかかわらず、参議院岐阜県地方区への出馬を決意されました。これは、権威ある参議院を確立すべしとの信念と、教育問題に真剣に取り組んでみたいという意欲によるものと聞き及んでおります。かくて、第十回参議院通常選挙にみごと当選され、また本年の選挙で再び当選されました。この間、終始、文教委員会委員として活動されたのであります。
 お元気なときは、委員会に精勤せられ、温顔もって人に接するという態度で、いつもたたえられていたあの微笑が忘れられません。こうして、若いときからの同君の激しくも多彩な足跡を振り返るとき、老境に入られてからのあの人なつっこい、はにかむような微笑は、人が変わったかのような印象を与えましたが、実はこれこそが同君の生まれたままの自然の姿であったように思われます。
 同君はまた、経済界、政界、労働界を初め、教育・文化、スポーツ、芸能等の各界に至るまで、広く、かつ深い見識を持たれていたために、中央教育審議会委員、国家公安委員等、政府や各種団体の何十もの委員、役員を委嘱され、国家社会のために輝かしい貢献をされました。
 また、同君は、囲碁、書道、常磐津等は玄人並みの多芸の人でもありました。人生大いに楽しむべしとして、「長楽天道」を座右銘としておられたと聞いております。
 このように、多面的な才能、知識、行動力と健康に恵まれた同君の人生は、よく学びよく遊べという人間形成の根本を具現されたものであり、並みの人間の何倍かの豊かな人生を生きられたと言って過言でなく、さぞや御本人は満足されていたのではないかと思われます。
 いまや、私たちに課せられた責務は一層重大さを加えつつあります。私たちは、君のすぐれた識見と貴重な体験に多大の期待を寄せておったのでありますが、しかるに君は、忽然として不帰の客となられました。まことに惜しんでも余りあり、ひとり本院のみならず、国家、社会のためにも痛恨事であると申さなければなりません。
 ここに、謹んで、君の輝かしい人生と多彩な業績をしのびながら、心から御冥福をお祈り申し上げまして、追悼の言葉といたします。(拍手)
#15
○議長(徳永正利君) これにて休憩いたします。
   午前十時十四分休憩
     ―――――・―――――
   午後三時三十二分開議
#16
○議長(徳永正利君) 休憩前に引き続き、会議を開きます。
 この際、特別委員会の設置についてお諮りいたします。
 災害に関する諸問題を調査し、その対策樹立に資するため、委員二十名から成る災害対策特別委員会を設置いたしたいと存じます。御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#17
○議長(徳永正利君) 御異議ないと認めます。
 よって、災害対策特別委員会を設置することに決しました。
 本院規則第三十条により、議長は、議席に配付いたしました氏名表のとおり特別委員を指名いたします。
     ―――――・―――――
#18
○議長(徳永正利君) この際、日程に追加して、
 北西太平洋のソヴィエト社会主義共和国連邦の地先沖合における千九百七十七年の漁業に関する日本国政府とソヴィエト社会主義共和国連邦政府との間の協定の有効期間の延長に関する議定書の締結について承認を求めるの件
 日本国の地先沖合における千九百七十七年の漁業に関する日本国政府とソヴィエト社会主義共和国連邦政府との間の協定の有効期間の延長に関する議定書の締結について承認を求めるの件
  (いずれも衆議院送付)
 以上両件を一括して議題とすることに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#19
○議長(徳永正利君) 御異議ないと認めます。
 まず、委員長の報告を求めます。外務委員長秦野章君。
    ―――――――――――――
#20
○秦野章君 ただいま議題となりました議定書二件につきまして、外務委員会における審議の経過と結果を御報告いたします。
 一九七七年に署名されました北西太平洋のソ連の地先沖合いにおける一九七七年の漁業に関するソ連との協定及び日本国の地先沖合いにおける一九七七年の漁業に関するソ連との協定の有効期間は、今日まで三度にわたって延長されましたが、その有効期間はいずれも本年末に満了することとなっております。今回の二つの議定書は、両協定の有効期間を明年末までさらに一年間延長するとともに、明後年以降の問題に関して明年十一月十九日までに会合し協議することを定めたものであります。
 なお、明年のソ連の二百海里漁業水域におけるわが方の漁獲割り当て量とわが国の二百海里漁業水域におけるソ連の漁獲割り当て量は、本年と同様それぞれ七十五万トン及び六十五万トンと定められております。
 委員会における質疑の詳細は会議録によって御承知を願います。
 本日質疑を終え、別に討論もなく、採決の結果、両件はいずれも全会一致をもって承認すべきものと決定いたしました。
 以上、御報告いたします。(拍手)
#21
○議長(徳永正利君) これより両件を一括して採決いたします。
 両件を承認することに賛成の諸君の起立を求めます。
   〔賛成者起立〕
#22
○議長(徳永正利君) 総員起立と認めます。
 よって、両件は全会一致をもって承認することに決しました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時三十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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