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1949/04/11 第7回国会 参議院 参議院会議録情報 第007回国会 厚生委員会 第27号
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1949/04/11 第7回国会 参議院

参議院会議録情報 第007回国会 厚生委員会 第27号

#1
第007回国会 厚生委員会 第27号
  公聽会
  ―――――――――――――
昭和二十五年四月十一日(火曜日)
   午前十時三十八分開会
  ―――――――――――――
  委員の異動
四月七日委員竹中七郎君辞任につき、
その補欠として谷口弥三郎君を議長に
おいて指名した。
四月八日委員小林勝馬君辞任につき、
その補欠として紅露みつ君を議長にお
いて指名した。
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○生活保護法案(内閣送付)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(塚本重藏君) これより生活保護法案につきまして厚生委員会の公聽会を開きます。
 公述人の方に一言御挨拶申上げます。本日は我々厚生委員会の生活保護法案審議に当りまして公聽会を開きましたところ、公私何かと御多用の中をお繰合せ下さいまして御公述下さいますことを厚く感謝いたします。尚一応公述が全部済みました後に、皆さん方の御質疑を願うことにいたしたいと思います。
 最初に松本隆文君にお願いします。
#3
○公述人(松本隆文君) 本日お招きを受けまして、おこがましく参上いたしました。この方面の権威のお集りの中でいの一番に公述人として意見発表の御選定を頂きましたが、一向こういう晴やかな場所で意見を発表するような、そういう経験もないものでありますから、面はゆい盲蛇に怖じないというような感じなんでございますが、実は私の身寄りの者が段々保護法の温かい手で御保護を頂いております。それでしばしばそういう保護を受くる側の意見も耳に入つております関係上お伺いいたしまして、まあ保護を受けるような立場の希望と言いますか、多少の意見を述べさせて頂きます。
 先ず第一に、私は本法案に対して満腔の敬意と賛意とを表したいと存じます。昨日の読売紙上に椎名麟三という方が「世相そして人間・政治」と題しての寄稿の中に書かれておりましたことが、私平素の所懷を代弁して下さつたように感じましたので、お読みになつておりましようが、その一節を読まして頂きます。「このごろの新聞の社会面には、余りに悲惨な報道が多すぎるようだ。殺人や自殺や心中がまるで日常茶飯事となつている。」こういうような書出しになつております。全く日常茶飯事というのは少し極端な言い方のようでございますが、事実それに近いものがあるのじやないかと私は感じておるのでありまして、何が故に然るやというところの議論は暫く措きまして、現実がかくある以上は、必ずそれに応ずるだけの確たる政治的方途、或いは施策があらねばならないと存じます。椎名氏は続けまして、「僕にとつては、それらの記事の方が政治面のそれよりも、自分がいま、いかなる現実の状況に置かれているかを強く知らされるのである。……少くとも経済生活に関するかぎり日本の民衆は限界状況に置かれていると断ぜざるを得ない。ほんのわずかなきつかけが彼等を死へ陷れてしまう。ことに七人も十人もの一家が、何によつて心中へ追い込まれなければならなかつたかと考えるとき、人間の責任と同時に、その一家へ希望を與えることが出来なかつた政治の責任について、心から怒りを感ぜざるを得ないのである。」政治の責任正にその通りだと考えるのであります。論者が或いはこの政治の責任を以て全国家若しくは全国民を目標、対象とする関係上最大多数の最大幸福とか、或いはいわゆる大義親を滅すとか、或いは小の虫を殺しても大の虫を生かすのだというような表現の下に、国民個々に対する責任を意味しないというようなふうに言うか分らないのでありますが、かくのごときに対して椎名氏は弁駁をいたしまして「政治は、全国民のための政策遂行上、このような二三の犠牲も已むを得ないというであろう。これらの悲惨事は、全国民がその政治を善しと認め、心から讃美しているときに起つた二三の特殊な例外に過ぎないと説明するだろう。また政治は、全国民に対して責任をもつているのであつて、このような二三の例外に対しては責任をもつことが出来ないだけでなく、持つ必要も認めないのだと放言するであろう。しかし政治がたたかわなければならないものこそ、まさにこの二三の例外が起るという可能性に対してではないか。そしてそれが政治の責任であり、人間の責任ではないか。この二三の例外に対して責任は解除されていると放言する現在の政治は、政治としての失格を意味するだけでなく人間としても失格である。」人間として失格。正に然りであります。民主主義が個人の尊嚴というものを基調とするものと考えなければならない以上は、ただの一人も餓えに泣く者なきを期するという政治こそ昭和維新の民主憲法下の政治でなくちやならんと確信するのであります。でいろいろなことを引合いに出して恐入りますが、数日前の東京タイムスに、自殺、心中お待ちなさい、保護法で明るい光が輝いているという、都の民生局関岡保護課長の談としまして、「さい近の社会情勢の中では、勤労能力があり、仕事に従事している人たちでも、給料の遅拂、未拂などで保護の申請をするものが多くなり、いままで生活保護をうけていた人たちの状態と変つてきた、今国会で決定されるはずの生活保護法の改正案によつて、いままでお情け法律のように考えられていたのが、保護の打切りとか処理に不服のある場合は知事、厚生大臣まで不服の申立が出来る権利があたえられるとになり、要保護者のためには本当に生きた法律として活用されるわけだ」こういうふうに言つておるのであります、それで要するに、自殺、心中ちよつてお待ちなさい、保護法があなたを待つておるというような意味合で、この非常に温かい手を差伸べて下さるということは誠に有難いことでありまして、以上が私の本法案に心からの敬意と賛意を表するゆえんであります。尚本法案は法令体系と民主的な融通性との調和ということに非常に苦心された跡が見え、而もこの立派に調和が取れておることを拜見いたしまして誠に嬉しいことと存じます。以上は先ず心からの賛意を表するということについての理由といいますか、ゆえんであります。
 次にかような立派な法案ができ、段々に積極的にこの仕事が行われることになりましたことを嬉しく有難く思うと同時に、層一層積積的に本事業を遂行して頂きたいという意味から少し慾深過ぎるような希望を申上げたいと思うのであります。と申しますと、或いは保護救済といつたような一般慈善事業的といいますか、社会政策的施策というものはしばしばなきに如かざるところの惡結果を生ずることがある、不正直な者を保護してしまう。或いは又怠者を養成してしまうことになりかねないから、むしろ消極的でいいのであつて、奬励して保護救済を受けさせるべきではないというような議論も生じましようし、或いは又進んで保護救済無用論とか、或いは全然反対の立場も出て来るかも知れないと思うのです。今日御出席の中にもまあその賛否が出るかも知れません、反対の御意見の方も御出席のように拜見しておるのでありますが、一応御尤もの意見であります。併し私は敗戰日本の将来をつくづく考えて見まして残念ながら失業問題、或いは貧困者の保護グ済問題などは殆んど運命的に、必然的に日本が相当長く背負つて行かなければならない重荷があつて、この点からますます積極的に施策されなければならないと考えるものであります。すでに生存権の擁護を世界注視の中に憲法に規定したこと、或いは健康保險にせよ、或いは失会保險制度にせよ、各種慈善的意味のあるところの事業を、むしろ奬励しておるというような現状におきまして、いわゆる生活保護のようなものをいよいよ積極化して然るべきものと思うのであります。勿論その運用の面において極力愼重を期さなければならないということはよく私も承知いたしております。管理、監督をますます嚴にいたしませんと、惡用濫用に陷る虞れがございまして、不正な者を保護したり、或いは怠者を養成したりするというような恐るべき結果を招来するということを保し難いのであります。従つて私の申上げたいことを簡單にしましたならば、更に更に積極的にやつて頂きたい。但し管理、監督は積力嚴にということなんであります。具体的に申上げましよう。本法の條章は法令の形式上そういうふうになるのでございますが、大体強制断定規定で、されなければならないとか、しなければならないとか、或いは行われる、或いはものとする、定める、する、よる、などというような強制断定規定と、それからできる、妨げない、というような可能任意規定に大別されますが、その中のできる規定というやつを、一層本事業を積極化するために、しなければならないという規定に修正実施して頂く、或いは修正がむずがしくても、修正されたと同様の精神が実施して頂いて、それによつて本法運用の全きをいたして、いずれの日か本法の必要なきに至るというようなことになることを期待する次第であります。尚この積極化するために、要保護者の調査内偵というようなことは最も重要な事項だろうと考えるのであります。ややもすると、耳に入つて与りますことが、本当に、真に保護を必要とするという状況にない者が保護を受けておる。或いは又真に保護を必要とする者が保護を受けていないとかいうようなことが、よくあるやに承つておりますので、本事業の成果あらしめるためには、どうしてもその責任者というものを明らかにする必要がありはしないかと考えておるのであります。
 以下條文について少し申上げてみたいと思います。第七條でございますが、第七條は「保護は、要保護者、その提養義務者又はその他の同居の親族の申請に基いて開始するものとする。但し、要保護者が急迫した状況にあるときは、保護の申請がなくても、必要な保護を行うことができる。」とありますので、これを何とか強制規定にして実施して頂くわけに行かないか、こういうことを考えるのであります。即ち保護は、何々の同居の親族の申請に基いて開始するものとする。但し、この但書以下を、「但し、第二十一條第一項による社会福祉主事及び第二十二條による御生委員はそれぞれの担任区域内における要保護者の有無状況を平素よく調査知悉すると同時に、その調査内偵は愼重なるを要し、万一要保護者が急迫した状況にあるときは、申請を待たないで市町村長に内申し、必要なる保護を行わなければならない。」こんなふうな意味合いにして実施して頂いたらと思います。
 それから次は第四十條であります。「道都府県は、保護施設を設置することができる。」と、こうあるのでありますが、説明が多少不十分なためにまだその点までお考え及びでないかも知れませんが、私は敗戰日本がいつまでかような状態が続くかということは予想はできませんが、失業者も、生活困窮者も相当長い期間あると私は見ておりますので、「できる」でなくして、これも何とかして各県に定数の保護施設というものがなくてはいけないというふうにしたいと、こういう希望なのであります。従つて「都道府県又は市町村は必ず定数の保護施設を設置しなくてはならない。その数並びに地域等は別に條例で定める。」こういうふうに願つたら如何かと考えておるのであります。
 それから第四十六條であります。第四十六條の三項でありますが、「都道府県知事は、前項の規定により届け出られた管理規程の内容が、その施設を利用する者に対する保護の目的を達するために適当でないと認めるときは、その管理規程の変更を命ずることができる。」とあります。如何にも民主的のようでありますが、これも事業を積極化するために「命じなくてはならない。」というふうにできないものかというふうに考えております。
 それから次には第七十四條であります。第七十四條に、「都道府県は、左り掲げる場合においては、第四十一條の規定により設置した保護施設の修理、改造、拡張又は整備に要する費用の四分の三以内を補助することができる。」これも何とか「補助しなくてはならない。」とならないかと考えるのであります。それからその二項の二、三であります。二号に「厚生大臣及び都道府県知事は、その保護施設の予算が、補助の効果を上げるために不適当と認めるときは、その予算について、必要な変更をすべき旨を指示することができる。」とありますが、これも「できる。」を「しなくてはならない。」に変えられないか、「しなくてはならない。」というふうにならないかという意見であります。それから三号の「厚生大臣及び都道府県知事は、その保護施設の職員が、この法律若しくはこれに基き命令又はこれらに基いてする処分に違反したときは、当該職員を解職すべき旨を指示することができる。」これもやはり「できる」規定でありますが、これも「しなくてはならない」規定にして、「指示しなくてはならない。」こうできないかという考えであります。大体「できる」規定を「しなくてはならない」規定にしたいという希望はその辺であります。
 次に第七十七條でありますが、「被保護者に対して民法の規定により扶養の義務を履行しなければならない者があるときは、その義務の範囲内において、保護費を支弁した市町村の長は、その費面の全部又は一部を、その者から徴收することができる。」とありますが、これもやはり多少強制的な意味を持たせて、「その者をして納付せしめることを要する。」というふうにしたら如何かと考えております。
 それから次に第七十八條、「不実の申請その他不正な手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者があるときは、保護費を支弁した市町村の長は、その費用を全部又は一部を、その者から徴收することができる。」これを「不実の申請その他不正な見隔により保護を受け、又は他人をして受けさせたと認められる者とあるときは、保護費を支弁した市町村の長は、その費用の全部又は一部を、その者をして納付をしめることを要する。」というふうにしたいと考えるのであります。
 それから次に第七十九條、「国は又は都土府県は、左に掲げる場合においては、補助金又は負担金の交付を受けた保護施設の設置者に対して、既に交付した補助金又は負担金の全部又は一部の返還を命ずることができる。」これも「できる」でなく、「負担金の全部又は一部を返還せしめることを要する。」というふうにしたら如何かと考えております。
 それから次には八十三條の罰則でありますが、「不実の申請その他不正な手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者は、三年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。但し、刑法に正條があるときは、刑法による。」こうあるのでありますが、先程ちよつと申上げました、つまり責任者というものを明らかにした方が運用上、又積極化する上において必要ではないかと申上げました関係上、この社会福祉主事又は民生委員が仮に調査、内偵の責任者であるというふうに考えますならば、こういう人に対しても誤つた場合、或いは多少共謀とかいうような意意味で、不実の申請があつた、不正なことがあつたというような場合には、この社会福祉主事又は民生委員に対しても多少の処罰があつて然るべきじやないかということを考えております。
 尚細かい用語上のことや、或いは多少の意見がございますが、それは後に讓ります。甚だ蕪雑でございますが、本法案に対する賛成の意見と並びに希望意見とを申上げました次第でございます。以上。
#4
○委員長(塚本重藏君) 次に日本医師会代表の萩原松治君にお願いいたします。
#5
○公述人(萩原松治君) 本日はこの席におきまして、生活保護法案についての意見を述べさして頂きまする機会を與えて頂きましたことを厚くお礼を申上げます。
 生活保護法案の中で医療扶助に関しまして意見をこれから申上げたいと思います。御提案の理由の説明にもございますように、生活保護法におきましては、医療扶助の問題はその事柄から申しましても、又それに要する費用の点から申しましても、非常に重要な問題であると考えるものであります。従いましてこの法律案の中に医療に関してのいろいろな條項が規定されており、医療の取扱が保險診療のそれに準ずるようになつておる次第と考えるものでありますが、尚これに対しまして更に十分な規定が必要であると考えるものであります。と申しまするのは、健康保險は二十数年の歴史を有しておりまして、その後終戰後もたびたび改正をされて、現今医療を行う仕組といたしましては、一応完備した法律と見られるのであります。併しながら生活保護法の医療扶助の規定にはこれと若干の食違いを生ずる点や、不備な点もあるように見受けられますので、私共医療を担当する者といたしましては、この医療扶助が重要であり、且つ法の趣旨を活かすために適正妥当な運用を期する意味を以ちまして意見を申上げ、修正をお願いしたい次第であります。
 第一に申上げますることは、第四十九條で医療扶助に際しまして、これを担当する「医療機関を指定する」という規定となつております。このことにつきましては、その機関を指定するか、或いは医師というものを指定するかに相当問題があると考えるのであります。健康保險におきましては、保險者の指定するものといたしまして、保險医たる医師を指定する以外に、医療機関そのものを指定するという二つの方法が従来採用されておるのであります。併しながら今日までの実績に徴しますと、機関を指定する場合には、治療責任の所在が不明瞭と相成りまして、診療報酬請求上の不便、或いは不都合も生じまして、保險医を指定する方法よりもいろいろの欠陷が現われます関係上、保險当局ではこの弊を是正しようといたしまして、昭和二十五年度から、この保險者の指定するもの、即ち医療機関そのものを指定する方法に修正を加えまして、特定のものを除きましては、その施設に勤務いたしております個々の医師について同意を求め、保險医として指定するように現在進んでおるのが実情であります。従いまして日本の医療の現段階におきましては、今日審議に上つております生活保護法につきましても医療扶助の各條に、このような時代の推移に適合した方法が採らるべきものと考える次第であります。このことは医療の最終責任が医師個人に所在するという建前の具体化でありまして、医療扶助についても健康保險と同様の取扱がなされる点、特にこの法律の第五十條の規定においては「厚生大臣の定めるところにより、懇切丁寧に被保護者の医療を担当しなければならない。」とありまするし、第二項には「指定医療機関は、被保護者の医療について、都道府県知事の行う指導に従わなければならない。」とあります。本案の第五十四條には、報告の徴收及び立入検査等について機関の管理者、現在の医療法におきましては、管理者は必ず医師でなければなりませんので、その医師、歯科医師、又は薬剤師にその責任を負わしめておりますように、機関に対してではなくて、正に医師に直結した條文があるわけでありまして、結局医療の責任を医師に帰することに変りはないのであります。又診療方針は健康保險の例によるところになるも拘わらず、機関そのものを指定することは前述のような弊害もありますので、これは被指定の主体を医師個人に置くこととし、且つは特別の理由のない限り、あまねく医師の同意を求め、誰彼の区別なく、この仕事に欣然参加協力し得るよう修正する必要が特にあると考える次第であります。昨今衆議院の一部においては、このあまねく医師を指定することについて、これは政令で定めるべきであるというような御意見もあるかに仄聞いたしておるのでありますが、この法律をして不動のものたらしめるためには、是非共ここで明確に規定すべきだと存ずるものであります。従いまして以上申上げました理由から第三十四條、第四十九條、第五十條及び第五十一條を整理いたしますると、第三十四條第二項を「前項に規定する現物給付のうち、医療の給付は、医療保護施設を利用させ、又は医療保護施設若しくは第四十九條の規定により指定医、又は指定薬剤師にこれを委託して行うものとする。」かように修正いたしまして、更に医師及び薬剤師の指定につきましては、第四因九條の「厚生大臣は、国の開設した病院又は診療所の医師又は歯科医師について本人」、ここで本人と申しますのは、当該医師、歯科医師であります。「本人及び主務大臣の同意を得て医療を担当させるものを指定する」、2「都道府県知事は、前項以外の医師、歯科医師又は薬剤師について本人及び開設者の同意を得て医療を担当させるものを指定する」。次に指定医及び指定薬剤師につきましては、第五十條の「前條の規定により指定を受けた医師、歯科医師又は薬剤師は、厚生大臣の定めるところにより、都道府県知事の行う指導を受け、懇切丁寧に被保護者の医療を担当しなければならない。」2「厚生大臣は、前項の定めをなさんとするときは、中央社会保險医療協議会の意見を聽かなければならない。」3「都道府県知事は、第一項に規定する指導について、必要があると認めるときは、地方社会保險医療協議会の意見を聽かなければならない。」といたしまして、次に指定医の辞退及び取消につきましては、第五十一條「指定医又は指定薬剤師は、三十日以上の予告期間を設けて、その指定を辞退することができる。」2「指定医又は指定薬剤師が前條第一項の責務を怠つたときは、厚生大臣の指定したものについては厚生大臣が、都道府県知事の指定したものについては都道府県知事がその指定を取り消すことができる。」に修正いたしますと、社会保險の他の法律と線が揃うと考えます。
 第二番目に申上げますことは、診療方針及び診療報酬についてでございます。法の第五十二條でありますが、この第五十條におきまして「厚生大臣の定めるところにより、懇切丁寧に」云々という條文がございますので、今医療扶助の費用の殆んどが国費によつて賄われるものでありますから、診療方針につきましても当然厚生大臣が定めるべきでありまして、本條におきまして敢て国民健康保險の例による規定を設ける必要はないかと考えます。且つ又国民健康保險の診療方針並びに医療給付の範囲は現在のところでは個々ばらばらでありまして、取りわけその診療方針につきましては全国一貫した方針が実在いたしておりません。いわば空に近いものであります。一口に申上げますれば、より所のまちまちなものに頼ることと相成りまして、この法律の無差別平等の原則にも反することとなり、今直ちにここに適用することは徒らに混乱を来たしまする以外に、何ら益するところはないのであります。次に診療報酬につきましても、これは全国的観点からいたしまして健康保險の例によることが一応妥当と考える次第であります。従いまして診療方針については以上の理由からいたしまして、第五十二條「指定医又は指定薬剤師に支拂う医療扶助に要する費用の額の算定については、健康保險の例によるものとする。」としデ第二項は削除されたいと存じます。
 次に第三に申上げますることは、医療費の審査に関する第五十二條及び第五十四條の規定は、社会医療制度における最も紛議を生じ易い問題でありまして、このことが円満に推進されるか否かは、医療扶助の死命を制するものであります。従いまして医療費の審査又は診療録等の検査につきましては、十分な規定が必要と考えるのでありまして、この点に関し健康保險におきましても多年の実績から改正がなされておりまするので、今日行われておりまする條項を、ここに取入れることが最も妥当と考える次第であります。即ち医療費の審査に関しましては、
 第五十三條 市町村長は、指定医又は指定薬剤師の診療又は薬剤の支給が、第五十條第一項の規定に反し、又は不当と認められるとき、その他必要があると認められるときは都道府県知事に対して、第五十四條の規定による診療録、その他の帳薄書類の検査又は診療報酬請求書の審査を請求することができる。
 2 都道府県知事は、前項の規定による審査の請求による審査をなすときは、生活保護診療報酬審査委員会の意見を聽かなければならない。
 3 都道府県知事は、第一項の規定による請求による検査又は審査をなした場合において、診療内容又は診療報酬請型の不正又は不当の事実を発見したときは、当該指定医又は指定急剤師に対して、指導上必要な指示をしなければならない。
 4 都道府県知事は、政令の定むるところによる第二項に規定する検査又は審査をなすために要する費用を、検査又は審査を請求した市町村長より徴收することができる。
 第五十三條の二 生活保護診療報酬審査委員会の委員は、医師及歯科医師を代表する者、市町村を代表する者及学識経験者の中より各七人以上の同数を、都道府県知事が委嘱する。
 2 行項の規定による委嘱は、医師及歯科医師を代表する者、市町村を代表する者については、それぞれ所属団体の推薦によらなければならない。
 かように修正いたしまして、次に報告の徴收及び立入検査につきまして申上げます。
 ここでは現在行せれておりまする社会保險診療報酬支拂基金法の例によりまして、第五十四條をかようにいたしたいと思います。
 第五十四條 生活保護診療報酬査審委員会は、診療報酬の審査のため必要があると認められるときは、都道府県知事の承認を得て、当該指定医又は指定薬剤折に対して出頭及び説明を求め、報告させ又は診療録その他帳簿書類の提出を求めることができる。
 2 都道府県知事は、前項の規定により出頭したものに対して、政令の定めるところにより旅費、日当及び宿泊料を支給しなければならない。
 又は健康保險の例によりまして、第五十四條の二を、
 第五十四條の二 都道府県知事は、診療内容及診療報酬を審査するために必要があると認められるときは、命令の定むるところにより、当該隊吏良員をして診療録その他の帳簿書類を検査せしめることができる。
 2 前項の規定によつて検査を行う当該官吏吏員は、命令の定めるところによりその身分を示す証票を携帶し、関係人の請求があるときは、これを呈示しなければならない。
 第五十四條の三 都道府県の職員若しくは生活保護診療報酬審査委員会の委員又はこれらの職にあつた者は、診療報酬審査に関して知得した医師、歯科医師若は薬剤師の業務上の祕密又は個人の祕趣を漏洩することはできない。
  と修正することが必要となると考える次第であります。
   更に第八十四條には、第五十四條の三の規定に違反した場合の罰則を考慮いたしまして
 第八十四條、第四十四條第一項、第五十四条、若しくは第七十四條第一項第二号の報告を怠り、若しくは虚僞の報告をし、又は第二十八條第一項、第四十四條第一項、又は第五十四条の二の規定により当該官吏、吏員の立入検査を拒み、妨げ若しくは忌避し、第五十四条の三の規定に違反した者は五万円以上の罰金に処する。
 と修正されたいわけであります。
 第四番目には、これは簡單な字句の問題でありますが、第十五條第一項第二号に「薬剤又は義療材料」とありますが、これは前後各号の表現から見ましても「薬剤又は治療材料の支給」と修正し、行為の総体として表現するのが妥当と考えます。
 以上これを要約いたしますると、生活保護法の中で最も重要点と考えられます医療提助に関する事項につきましては、今後ますますその社会性が重視され、医療を受ける側は申すまでもありませんが、更に医療を担当する者の社会的自覚と責任を明らかにすることは誠にこの改正法の根幹をなすものと考える次第でありまして、ここに敢て修正意見を申述べた次第であります。以上。
#6
○委員長(塚本重藏君) 次に日本療養所患者同盟理事長の澤田榮一君にお願いいたします。
#7
○公述人(澤田榮一君) 私は全国三万五千の主として結核を更生する団体の会長代理を務めております。
 生活保護法が昭和二十二年と記憶いたしますが施行されまして以来、私共日坊同盟はその改善を常に叫んで参りました。戰後四年の間に国内の生産は向上いたしまして、一般的に生活の安定が見られておるようでありますが、私共患者の生活はちつとも改善されてはおりません。却つて苦しんでおる者がますます苦しみに落ちて行くような状態であります。労働力の保全、回復と社会釈序の維持といつたような一般的な社会保障の見方のうちにあつて、この生活保護法こそは憲法二十五條に明記されておる「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衞生の向上及び増進に努めなければならない。」というこの基本的人権に基き、あるべき姿として当然押出さなければならないと信ずるのであります。併し過去三年間に亘りまして、私共が実際に見て来た今までの生活保護は、これは決して健康で文化的とは言い得ないのでありまして、殊に憲法の二十五條の後半に盛られておる積極的な意図、向上及び増進に努めなければならないというふうな意図は少しも感ぜられないのであります。
 例えば一例を引きますれば、国家予算六千億に上る予算のうちで僅かに百五十億しか、この生活保護法の方の予算が支給されないという実情を見て頂けば分るのであります。私共は勿論この生活保護のみにすべてを委ね、頼るものではありません。むしろ最近における中小企業の倒産と首切り失業、こういう社会問題を切実な根本的な問題として解決される全政治面の動きの中で、この生活保護法の意義を認め、この全面的政治面の解決にむしろ期待をかけているものであります。それだからと言つて私共はこの生活保護法を軽んずるものではなく、最後の我々に用い得るぎりぎりの線として最も重大性を感じているわけであります。この生活保護法が如何に美文、名文を連ねても、実際それを裏付ける予算がなければこの法律は死文になつてします。我我はそれを信じ、ここにこの生活保護法改正に当りまして、この予算の増大、基準額の引上げを切の望むものであります。以上私の保護法に対する全般的な点を申上げました。
 次に各條項に亘り申上げたいと思います。第一章第一條でありますが、この後半部に、「その最低限度の生活を保障するとともに、」とあります。ここに私は「健康で文化的な」という二十五條のこの字句を挿入して頂きたいのであります。これは第八條、第十二條の「最底限度の生活」の前にも挿入して頂きたいと思います。
 次に第四條の扶養義務者の問題でありますが、「民法に定める扶養義務者」云々とありますが、この民法では八百七十六條に「三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。」ということが明記されているのであります。ところが私共長期療養患者の立場から申上げまするならば、こうしたことが非常に無理なのであります。私共は結核の患者でありますが、今結核患者によつては長い者では十六年、短い者でも四年以上の療養を必要としております。こうした者が一家の中から一人出た場合、全部がその犠牲となつて、逆境に立たなければならないのであります。かかる事由から伯父、伯母までに扶養の義務を負わせることは当然できないのでありまして、これは特に最近の経済的な生活困窮からも言えるのでありますが、我々はこの点について反対するものであります。この点につきまして、せめて血族の親子、兄弟程度にこの範囲を制限して頂きたい、こういうふうに私は考えるのであります。これは第十條におきます世帶單位保護の原則並びに七十七條の費用徴收とも関連性を持つております。
 次に第八條「保護は、厚生大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、」とあります。この「厚生大臣の定める基準により」というものがどのくらいの額であるかと思しますると、現行では六大都市において、五人世帶で五千三百七十円であります。改正案では五千五百三十円くらいまで、約百六十円くらいの増加が見られると承つております。併しこの数字は最近におきますCPSの東京都四百八十二世帶の調査、四・八一人における一万三千四百二十六円六銭、この数字から比べますときに、実に格段の差を持つておるのであります。私共はこの基準額の引上げを最低七〇%くらい頂きたいと考えておるのであります。そこで私はこの「厚生大臣の定める基準により測定した」云々の項を、特にここで「別に定める特別審議会の測定した要保護者の需要を基とし、」とし、特別審議会を以て実際的、理論的に研究測定して頂きたいと思うのであります。それからその條項の終りの部分で「その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。」という項を、「不足分が完全に補われねばならない。」というふうに変えて頂きたいと思います囲現在の医療保護が非常に低い査定標準で行われているということを私は申上げるのでありますが、その例として私はこれから二、三の問題を拾い上げて見たいと思います。新潟の国立新潟療養所におきましては、昨年の七月以降医療の打切りを受けた者が七名、その中市町村財政の窮迫によるものが五名を占めております。それから生活扶助の打切り、切下げを受けた者は五十名に達しているのであります。こういうふうな状態であります。それから私自身被保護者の立場として皆様に申上げたいと思うのでありますが、現在の生活基準額は非常に低過ぎる。これでは健康にして文化的な最低生活は当然望み得ないのであります。私の例を申上げますと、私は七十歳になる父親と、三十歳になる姉、これはやはり患者でありますを持つております。そうして頂いておる生活扶助は千四百二十円であります。ところが私共療養しておりましてもやはり身の廻りの品、或いは給食が十分でないために補食費として相当の金額を必要といたしまして、最低千五百円から最高では一万五千円以上も使つておられる方があるのであります。そのような状態で私共姉弟が父の頂きます千四百二十円の中から半分程とり、後に七百円そこらしか残つていないのであります。これではとても七十歳になる父親が生活できない、そこで父親が只今内職をして飴の行商をやつております。ところがその利益が月に僅か九百円に充たないのであります。一日三十円になりません。このような状態でその一月の生計費は、私ここに数字を持つておりますが、二月におきまして、僅かに千五百十八円三十銭しか使つておりません。それから三月には千四百五十七円七十銭しか使つておりません。このような支出の中で現在の配給物資の価格というものが相当な額を占めておりまして、一千三十八円五十銭、これは二月であります。三月には七百三十七円七十銭、この程度の支出があるのであります。こういう状態でありまして、家は只今アパートの二階を間借りしておりますが、雨は漏り日は一日中射さず、而もその生活に至つては副食費は僅か月三回しか野菜を買うことができない、こういうふうな状態なのであります。実にその悲惨なことは言語に絶しておるのでありまして、私はこうした下々の末端を本当に議員の方に見て頂きたいと思うのであります。
 次にこの例にもありますように、地方においては非常に漏救があります。この漏救、つまり救護に漏れているものでありますが、私はその一つの例としてこういうことを申上げたいと思す。現在国立療養所の入所規定の中にはこういう條文があります。これは入所費等取扱細則でありますが、所長は入所者の中でその生活事情が生活保護法の保護対象たるべき状態にある者で、他の如何なる方法によるも療養費支出の途なき者については入所費を免除することができる、こういう條文があるのです。ところがこれにありますように、生活保護法の保護対象になる状態にある者がなぜ生活保護法に適用されないか、言い換えれば基準額が低いために保護法に適用されないということがはつきり言えるのです。このような状態で、このような制度で、例えば例を申しますと、国立清瀬病院においては八百三十名程度の患者の中百十数名がこれに適用されているのであります。こういうふうな実情であります。
 次に第十條、世帶單位の原則でありますが、その條文の後半部に「但し、これによりがたいときは、個人を單位として定めることができる。」私は先程も申上げましたような長期疾病等の場合には非常に困難な面が出て参りますので、「これによりがたいとき」というところを更に具体性を持たせ、「長期疾病その他の事由により世帶を單位としがたいときは、個人を單位として定める」というふうに改めて頂きたいと思います。このような單身孤独の保護を受けておる者が、私のおります清瀬病院では八百数十名中百名程いるような実情であります。
 次に第十一條でありますが、ここに盛られております七つの扶助は、扶助が本当に実質的に裏付けられていなければならないと思うのです。今までの例を考えますと、例えば生業扶助では僅か二千円しか頂けません。現在国民金融公庫では生業資金として五万円を貸出しております。僅か二千円の金で生業に必要な機具又は材料を買い、或いは技能の習得をしろと言つても無理なことははつきりしております。このような状態に落ち込む者は、みすみす落ち込むのが分つていながら、それを救済することができないのであります。次に葬祭扶助においても同様でありまして、現在六大都市では葬祭扶助として千四百円が支給されております。ところが東京都の都民葬ではこれはマル公でありますが三千四百五十円、葬儀社は千四百円では到底できない、最低二千五百円を必要とすると言つております。この葬祭扶助を頂く場合におきましても、申請を出してから実際に手許に頂くまでに非常に遅い。その結果葬式が出せないで借金をするというふうな例が実に多いのであります。又千四百円の額では到底満足な葬儀を行うことはできず、霊柩車に乗せる場合には、棺は二つ三つ一緒に重ねて運ぶ。朝燒場に持つて行つても晝間は燒いて呉れない。夜棺と言つて夜に骨にする、こういうふうな例があります。日本におけを搖籃から墓場まではこのようにして至る所に大きな欠陷を持つていると私は思うのであります。
 次に第十五條でありますが、二のところで「薬剤又は治療材料」と書いてありますが、これは「薬剤又は治療材料の支給」、ミスプリントかも知れませんが、健康保險法には「支給」の文字が入つております。
 次に第二十一條でありますが、ここで社会福祉主事が設置せられております。私はこの社会福祉主事の設置の意図は、現在漏れておる数多くの人間を更に救い上げるために、更に適正な保護を加えるために、設けられるべきものであると考えます。併し現在になつて社会福祉主事を急速に整えることは困難であると思うのです。これは專門の社会事業活動家でなければならないと、こういうふうな点から、無理であると考えるのであります。又厚生当局が考えておられるようでありますが、現在の吏員を一部これに振替える、このようなことであれば、結局労働過重で今以上の実質的な向上というものが考えられないのではないかと考えます。又この社会福祉主事を設けられるための経費の点を考えましても、私はこの点に反対したいと思います。又社会福祉主事は地方の各市町村に、就任いたしましても、その土地の事情というものが審かでない場合には、所期の効果を挙げることもできないと思います。今までの民生委員制度がこのようにして官僚化するのではないが、私はそのような危惧を持つております。常にこのような点から、予算と見比べて、これだけの予算だからこれだけしか救えないということであつてはならないと思います。この意味で私は民生委員の公選制というものをここで申上げたいと思います。確か民生委員の改選期は二十六年の七月の存じておりますが、この民生委員を公選制にし、あまねく大衆の輿論を反映して生まれ出た民生委員こそ、最も大衆的な立場に立つて、その生活を守り、向上をさせて行くことができると信じます。このような公選制を採ることによつて、社会福祉主事というふうな、竹に木を接ぐような措置を講じなくとも済むのではないかと信じます。
 次に第二十四條の第四項でありますが、「保護の申請をしてから三十日以内に第一項の通知がないときは、申請者は、市町村長が申請を却下したものとみなすことができる。」、これは私はおかしいと思います。今度の生活保護法改正は、社会局長さんも言つておられるように、従来薄弱であつた保護の権利、義務ということを強く前回に押し出しております。その面からこの規定の第一、二、三條の裏付としてこの点は非常にまずいと思います。調査を十分にせず、三十日経つたから申請は却下したものとみなすのだ、こういうふうな一方的な印象を受けるのであります。この点からこの四項を削除して頂きたいと思います。この点につきましては不服申立の六十五條三項、六十七條三項も同様であります。そうしてこの六十五條三項、六十七條三項には「前項の通知には第二十四條第二項の規定を準用する」として頂きたい。第二十四條第二項の規定とは、「前項の書面には、決定の理由を附さなければならない。」これだけの親切があつて然るべきだと考えます。
 次に第二十六條「市町村長は、被保護者が保護を必要としなくなつたときは。」とあるのですが、これは民生委員の制度がありながら、市町村長が保護を必要としなくなつたということを認めるというような一方的な感じを持ちます。この点につきまして「被保護者が保護を必要としなくなつたと思われるときは、民生委員、被保護者より十分事情を聽取の上、その必要あればすみやかに保護の停止又は廃止を決定し」と、こういうふうにして頂きたいと思います。それから「第二十八條第四項又は第六十二條第三項の規定により保護の停止又は廃止をするときも、同様とする。」とありますが、この点についても同じであります。
 次に第四十六條、「保護施設の設置者はその事業を開始する前に、左に掲げる事項を明示した管理規定を定めなければならない。」この管理規程は非常に重大なものでありまして、特に小さな医療機関などにおきましては、非常に重要性を持つて来ると思います。それで「その事業を開始する前に、」の下に、「被保護者を責任を以て保護するために左に掲げる事項を明示した管理規定を定めなければならない。」このように入れて頂きたいと思います。それからその三項目であります一番終りのところに、先程もおしつやられましたように、「その管理規程の変更を命ずることができる。」これは「命じなければならない。」とすべきだと存じます。
 次に四十七條三項を「保護施設は、これを利用する者に対して、責任を以て保護に努め、宗教上の行為」云々として頂きたいと思います。
 それから四十八條の四項で、保護施設の長の内申制度でありますが、これは非常に惡用される虞れがあると思います。終戰以来三ケ年に亘りまして、患者が民主的に医療機関当局の不正工作をいろいろ摘発して民主化して参つたのでありますが、今後このような問題が起きた場合に、患者が例えば所長にそれを問い質すといつた場合、惡用されまして市町村にこれを届出られるということになる虞れがあります。よつてこの項目を全文削除して頂きたいと思います。
 次に第五十二條の「指定医療機関の診療方針及び診療報酬」の点でありますが、現在の生活保護法の医療の診療方針は、厚生省告示百五号、昭和十八年三月に出されておりますものによつておりまして、その診療報酬の点におきましても健康保險と大体同様であります。ところが先ず私はこれを診療報酬の点から考えて見いたのですが、社会保險の診療報酬の算定協議会で標準額が決められます。この標準額を厚生大臣が認定しまして、そうして国民健健保險の診療標準額といたします。この標準額が更に市町村と担当医療機関の協定で條例の中でいろいろと変更ができる、このような二つの面がありまして、具体的に申上げますならば、昨年の八月、九月においては国民健康保險は十円であつた。当時健康保險は十一月でありまして、十月以降に肩を並べた。将来は又これがどういうふうになるかも分らないというふうな面があります。それから医療の範囲の面におきましては、看護、移送というようなものが国民健康保險では顧みられておりません。それからコルセット、矯正眼鏡というようなものも生活保護法の医療保護では現在特別診療面によつて給付されておりますし、体温計、吸入器、氷嚢、水枕というふうなものは生活保護法においては生活実費のうちに盛り込まれております。こうしたものに対する面からいいましても、現在の国民健康保險は生活保護法よりも、その医療面において実質的に或る見劣りを持つておるのであります。この国民健康保險の利用者が少いという点、まだ歴史的に日残く、二十数年を閲した健康保險とは格段の差を持つておると信じます。現在国民健康保險法による組合は、五千市町村に行われておるようでありますが、その約四割が破滅の状態にある。経済的に行詰つておるということが言われております。このような状態は結局五割負担という国民健康保險制度そのものに大きな欠陷があつて、大衆の生活が五割の負担を許さなくなつて来て、経済的能力がなくなつておることを示すものであります。社会保障制度の末端として生活保護法の医療を最低医療という建前から、この国民健康保險に右へならえするならば私はいかんと思うのであります。二十二年七月にアメリカの社会保障制度調査団が参りまして、日本政府への勧告を行なつておりますが、この中におきましてさえ、一部負担金の廃止、医療給付の一部として国庫扶助を行うというふうな強力な勧告を行なつておるのであります。私はこの点からも国民健康保險の例によることがまずいと思いまして、この医療方針並びに診療報酬を健康保險並みに準じて頂きたいと思います。
 次に第六十二條でありますが、第二項「保護施設を利用する被保護者は、」の下を「その団体生活を健全なものにするため、第四十六條の規定により定められたその保護施設の管理規程に従わなければならない。」として頂きたい。これは前に挙げました管理規程の下におきます項と対照して附加えたものであります。それから第三項に「市町村長は、被保護者が前二項の規定による義務に違反したときは、」とありますが、これも「違反した」というのは一方的な見方ではないか。「義務に違反したと思われるときは、被保護者より十分事情聽取の上、保護の変更、停止又は廃止」として頂きたい。こういうふうに考えます。
 それから第十章に参りまして費用でありますが、私はこの費用を全額国庫負担とすべきであると信じます。最近におきまして、地方財政の逼迫から患者の医療の打ち切り、生活扶助の打ち切り、一部負担等が続々と殖えておりまして、先程も新潟の例を申上げたのでありますが、私はここに三重県の或る国立療養所に起つた一つの例を引きたいと思います。これはその療養所の患者より私宛に来ておる手紙でありますが、「小生昭和二十三年十月より生活保護法により生活扶助を交付されておりましたるところ、突然昭和二十四年一月廃止の通告を受けました。小生といたしましては生活扶助を交付されている時より現在に至るまで何ら收入が増加する何ものもなく、家屋も荒れ果て風雨に遭つて凌ぎ難きまでに荒れ果てている状態にありますこととて、再審議を依頼しましたところ、何の返信もなき有様で、それで区域民生委員、民主協議会及び民生常任委員に再審議を依頼し、又役場の方へも返信料付にて依頼しましたが何ら返信なく、それでその後民生委員長に会つて話しましたところ、私情においては十分同情しますが、何分村の財政上のこともありますのでと、とかく言を左右にして結論を得なかつたのであります。こんなことを繰返している間に心痛の余り病状惡化し遂に手術をしたのでありますが、その手術のために、当地看護婦会の慣例料金は、食費別百八十円のところ事情を訴え食費共百八十円にして頂きました。ところが経過惡く三ケ月附添人をつけましたが、その三ケ月分の看護料の一万六千二百円は支拂いの方法もなく現在に至るまで療友に借用したまま今日に至つております。こんなわけで当療養所事務所といたしましても見るに見かねて支書を以て交渉に当つて呉れましたが、依然同じて返答なく、それで遂に靜澄園側から庶務課長代理及び患者係の厚生係と、患者同盟の生活部長が村当局へ出向いて呉れましたところ、厚生係の机上には小生の文書が全部小山程一まとめにして一册の綴りにしてあつたと、三者共驚いてその誠意のなさに呆れて呉れました。先日も父が来ての話では民生委員会の意向として、結核患者を保護すれば長期に亘るから困る。又一人を保護すれば、後々の人まで保護しなければならなくなり、自分達が生きている間先例を作つては村人に申訳がないとの内輪話らしく、小生の村は三重県阿山郡鞆田村で厚生省でも御承知のごとくよく表彰されております。」云々「尚役場の方では実際支拂う能力がなかつたら帰つて来いとも申し、最低生活も維持できない者が、せなくともいい手術をしたのだから勝手にしろとも申して」云々と、このような悲慘なる実情もあります。それから二十五年の一月、今年の一月の私の調べたデータでは国立清瀬病院において四十二町村の支拂が遅れておりまして、その一つである埼玉県の或る村におきましては、患者が二十三年の三月から現在まで入つておりますが、二十三年の三月から二十五年の一月まで全然支拂がされておらない。その患者を私よく知つておりますが、患者を父親が埼玉県の福岡村役場に勤めておりますが、給與の中から一割を差引いて村に拂えば医療券を出してやろうと、このようなことであります。このような例は非常に多くて、川越在の或る村でも村が苦しいから、村の負担分を患者が拂えば、全額の医療券を出すという所が非常に多いのであります。私はこのような点から全額国庫負担というふうにして頂きたいと思います。
 それから第七十六條でありますが、「第十八條第二項の規定により葬祭扶助を行う場合においは、」云々、これは葬祭の場合においては、たとえ扶助を受けておるその一人が死んでも、その扶助受けておつた者が使用しておつた物は、そのまま他の者によつて使用されるようになる。又施設に入つておる個人の場合におきましても、殆んど生活に窮乏して売る物がないのが実情であると私は考えます。このような意味からこの点を考慮して頂きたいと思います。
 以上私が大分申上げましたが、昨年の暮に私共患者の方で厚生省に対しまして、長期在院者の生活扶助費の支給、当時三百五十円でありました、これを千二百円程に引下げて貰いたいと要請いたしたのでありますが、それに対しまして厚生省の当局が出された結論は一月四百五十円であります。僅かに百円上つたわけでありまして、この内訳を見ますと、我々のお願いしました補修布年八ヤールに対しまして、厚生省当局では年四ヤールしか見て頂いておりません。これでは我々の着ている寢衣、敷布、枕カバー、一切の物が年四ヤールで繕われるということでありまして、我々といたしましては全然これでは足りないということになります。
 私は以上いろいろ申上げた点から、書申に皆様方によつてこの生活護法案が更に改正修正され、又大幅な予算を伴つて我々の面に現われて来ることを強く切望する次第であります。以上で終ります。
#8
○委員長(塚本重藏君) 以上を以つて午前の公述人の公述を終りましたが、この際御質問等がありましたら……
#9
○井上なつゑ君 先程萩原さんからでございましたが、お伺いいたしましたが、医師会の御意見で、その指定する機関は、指定する機関よりか個人の方がいいという御意見でありますが、これはきつと支拂の関係上、そうおつしやると思うのでございますけれども、私が考えますときに、これは個人の開業医の方は別でございますけれども、大きな公的の医療機関なんかでございますと、その機関が指定されました方が、患者のためには都合がよいように思うのでございます。と申しますのは、外でもございませんが、このお医者さんでも生活保護のために指定されてお医者さんということになりますと、お医者さんが何と言いましようか、特別に定められてしまうということになりまして、そうしてこのお医者さんでないと生活保護の患者は診られないとか、いいお医者さんは生活保護では診られないということになつて、結局これはお金で以てなんだかいいようになるように思いますので、本当にこの点はこれから社会……、何と申しましようか、医療と申しましようか、いろいろと病院の中でもこの社会奉仕の部面が出て参りますと、患者の金銭の支出の如何に拘わらず、病院というものはみんなお医者が全部寄つて患者さんを診て行くのが、これからの社会医療ではないかと思います。この点は、このお医者さんはこの患者を診て、健康保險だけしか診られない、或いは生活保護しか診られないということになると、社会保障の制度に逆行するのではないかと思います。で、私はむしろこの原案のように機関を指定して頂いた方が、非常に患者のためだと思います。と申しますのは、国によりますと、支拂はどういうようになつておるかということを、お医者さんが御存じのないところも沢山ございます。お医者さんは治療專門に、この人は生活保護である、この人は社会保險であろうと、自費であろうとちつとも、支拂如何に拘わらずお医者さんは診療、治療なさるというようになつております。会計の部面で金をやり取りしておりますと、本当に患者はいい気持で、どんな苦しい人だつてちつともそういうような金銭上のことを患者自身が心配することなしに診療されておりますので、これから社会保障制度が実施されましたら、恐らく日本の医療なんかもそうして行くべきであつて、お医者さん個人がこの患者は生活保護の患者であるということでいわゆる治療するということは、非常に患者に不安を與えると、こう思うのでございますけれども、この点に関してちよつて萩原さんの御意見を伺いたいと思います。
#10
○公述人(萩原松治君) 質問の点につきましては、私共が考えておりますことは、診療に携つております医師である以上は、いわゆる医療担当者である以上はあまねくこの仕事に御協力を申上げたい、こういうことをこの法律の中に一つ編み込んで頂きたいということを、先程強調して申上げたつもりであります。
 それから機関を指定した方が便利か、医師そのものを指定した方が便利かというお尋ねもございましたが、この点につきましても先程申上げましたように、最近の健康保險の例を取つて申上げますと、保險者の指定するものと申しまして、医療機関そのものを指定した建前が取られておつたのでありますが、これについてはいろいろの不便やら、いろいろの事情がありまして、その範囲を極めて縮小をして、そうして個々の医師について同意を求め、指定をするという建前に最近変つて来ておるのであります。それで特定のものは無論これは機関そのものを指定するのでありますが、多くの者が医師そのものを指定する。然らばその医師そのものを指定するのであるというと、いろいろのそこに不便が起るだろうというのでありますが、この不便についてはあまねく医療を担当する者がこれに参加する。それからどうしてもそういう考え方を持たなくてはならんという一つの大きな理由は、医療純のものは究極の責任にあるのである、機関にはないのであります。例えて申しますというと開設者そのものが医療に対しては責任を持つわけには行かないのであります。開設者と申しますというと、医者でない人も開設者になり得るのでありますから、現在の医療法上におきましてはこういつた関係上やはり究極の責任を持つところの医者を指定して飽くまでも医者のこの法律に対するところの協力心や、それから責任の問題を明確にしたいと、こういう考え方から出発いたしまして先程申上げた次第であります。
#11
○谷口弥三郎君 ちよつとお尋ねして置きますが、この機関を指定するよりか医師を指定することは、治療上、或いは管理上、或いは申請書を出したりする面から申しまして、指定医を置くということは非常に必要なことと存じますが、この指定医はどういうようなふうにして指定する予定でございましようか。これを都道府県の知事などが勝手に或る人だけに相談して指定するようなことでは、どうもよくないと思いますので、実際に言うたら医師会に指定をするような医者をずつといわば申請させて、そうしてその中から医師会がこの者がよかろうというのを推薦して、都道府県の知事がそれを指定するというようなふうになるのでございましようか。どういうようなふうの御意見ですか。
#12
○公述人(萩原松治君) 指定に関しましては只今お話の中にもありましたように、医師会が指定の或る部分の考慮を拂うというような建前につきましては、優生保護法におきまして医師会そのものが選考いたしまして、適当と認める者はこれを指定するという方法がありますが、これは非常に我々も今後そういう方法で行けるならば、こういつたやり方も結構だと思うのでございます。尚現在のところにおきましては普通の国の経営でないところの病院、診療所、普通一般の開業医とか、或いは公立の病院とかというようなものにつきましては都道府県知事が指定することにいたしましても、一応すべての医療について指導の責任を帶びております医師会が、殊に医師会長がこの指定について意見を述べ得るような方式にいたしましたら、一番これはこの法律の運営を円滑ならしめる上においてもいいのではないかと思うのであります。
#13
○谷口弥三郎君 次に第五十條の修正御意見でありますが、厚生大臣又は都道府県知事は中央社会保險医療協議会又は地方の社会保險医療協議会の意見を聞くことになつておるようですが、その理由はどういう……
#14
○公述人(萩原松治君) この医療協議会の問題は、医療協議会そのものの建前が、従来健康保險の面で申しますというと、保險医の指導やら監督やらをいたします一つの機関といたしまして社会保險診療協議会というものがございまして、それから一方この診療報酬の問題につきましては、社会保險診療報酬算定協議会がありまして、この機関によつて厚生大臣の諮問に答えておつたのでありますが、この二本建の機関を一本にまとめた社会保險療協議会という機構を整えて、それが実施されましたものと一応考えて、この医療協議会に諮つて貰う。こういう考え方なんでありまして、それで勿論厚生大臣は或る定をなす権限をお持ちでありまするし、又都道府県知事は一般の医療の担当者に対して指導監督する面を持つておりまするが、これが一方的であつてはならん。殊に医療そのものの本質が常に日に月に変つて行くものでありまするし、従つてそれを基礎にして行くところの診断とか、治療とかいうものは高度の科学と社会性とが要求されるものでありますから、広く厚生大臣なり都府県知事なりは、世の中の識者の意見を徴して、これを合理的に運営して行く方が、最も合理的ではないか、こう考えましたために只今申上げましたのでございます。
#15
○谷口弥三郎君 この第五十二條の修正意見でございますが、国民健康保險は全国的にできておらん場所があるので、これは健康保險の例によるということは最も適切な修正意見だろうと思います。健康保險に対して、只今どういうふうな診療報酬ということになつておりますか。
#16
○公述人(萩原松治君) 健康保險につきましては診療報酬の額は、六大都市その他の大きな都市におきましては、点数制でございますから、その一点の單位が十一円、これは特別扱いであります。それから全国の大部分の保險医療機関に支拂われる診療報酬額は、一点について十円であります。それでこの健康保險については従来の算定協議会におきまして決定額を決定しておつたのであります。それから話がついででありますから申し上げますが、国民健健保險については、標準額を決めて、そして地方の市町村にその一点に対するところの報酬額が、その地区々々において国民健康保險の理事者と担当医との間でこれを決定する。この標準額というのは飽くまでもこれは最高の額であつて、それ以下の範囲で決定するならばこれは異論がないわけであります。
#17
○谷口弥三郎君 次に第五十三條の2でありますが、生活保護診療報酬審査委員会の意見を聞かなければならんことになつておりますが、これはその委員会は常置する考えでございましようか、或いは臨時という……、少し疑義が出ずるようでありますが。
#18
○公述人(萩原松治君) これは現在地方によりますというと表向きではありませんが、各お医者さんから出ております医療券について参ります請求書を一応保險審査会、或いは国民健康保險の審査会という機関で、これは拜見します。それを拜見いたしますといろいろ請求上の事務上の点やら、それからこの保護の本来の使命にそぐわないような方面も多少見受けられるようであります。これは單にその開業しておる担当医という意味のみでなくて、やはり国の指定している病院においてもそういう点は一応あるのであります。従つてこうした法律によつて国の費用で賄われるところの医療の医療費というものについては、一定の機構を整えた審査機関において、常時これを審査した方が最も公平である、こう考えておるのであります。
#19
○谷口弥三郎君 医師会等の審査はいわゆる診療報酬基金の方の審査委員会で一本にやつたら如何でございましよう、そういう点に対しまして……。
#20
○公述人(萩原松治君) これはそう統一できればそれが一番よいと思います。結局医療報酬の点につきましては、最後の決定権は厚生大臣におありになるのですから、やはり医療そのものには二つあるべき筈がありませんので、やはり一つにして二つはないという建前からいたしましても、やはり健康保險の、要するに基金の審査委員会というようなものを御利用になりますのが、審査そのものが一本になり、一つの水準を以て審査できると思いますので、これは至極結構なことだと思います。修正の意見の中に申上げましたたように、一応こういう機関の名目は挙げておりますが、そういうことに願えれば却つてその方がよいと思います。
#21
○谷口弥三郎君 最後にもう一つお伺いいたしておきたいと思いますが、第五十四條で指定医とか、或いは薬剤師に対しまして、出頭又は説明を求めたり、報告させたり、或いは診療録その他の帳簿などを提出させるということであるようでありますが、薬剤師の場合は帳簿書類と言つたらどういうふうなものでありますか。
#22
○公述人(萩原松治君) これはやはり薬剤師が調剤して、そうして薬を患者に差上げます。そのもとは医師が発行いたします処方箋でありますからこれが保管されていなくちやならん。でその処方箋に関するもの或いは医薬品の台帳とか、特にやかましく嚴重に取締を受けておりますものでは、麻薬の出納、こういうような調剤、投薬に関するところの帳簿がそれぞれ規定されておると思います。これらについても検査若しくは審査をする必要が起つて来るのではないかと思います。
#23
○藤森眞治君 ちよつと一つお伺いいたしますが、やはり指定医の問題でございますけれども、こういういわゆる社会医療については成るべく沢山なお医者さんが参加しなければならんということは一応考えられるのですが、今医師会側から出ました論を見ましても、厚生大臣が指定する、或いは都道府県知事が指定するだけで、今の谷口委員も多少そのことはお尋ねになつたようですが、これなんかやはり希望する医療担当者を成るべく沢山にするということが必要じやないか、この点が一応考えられる。それからもう一つは現在でも健康保險の診療、つまり社会保險診療をやらない人がある。というのは中には非常に練達堪能な立派な人であつて、これをいろいろな理由から拒否しておる人がある。こういう人なんかも政府の方では成るべく参加するようにして貰いたいという希望があるのです。これにはやはり、医師会なんか中に入つてそういう斡旋をする。それから又多数の医者の中にはこれまでも保險その他の方の実績から見て、又好ましくない人がないとも限らんと思う。そういう場合にもどういう人が適当かということについて医師会がよく都道府県知事の指定の折に相談に與つて、そうして適当な人を決める。万一事故のあるような場合にはこれを推薦しないというような形をおとりになると、非常に指定医がよくなつて来るのではないか。即ち惡い人も何するが、今度よい人、希望する人を中に入つて斡旋するという態度に医師会が出られるということがよくはないかと思いますが、お考え如何でございましようか。
 それからもう一つは、診療報酬の審査の問題ですが、現在どんなふうにして医療報酬の審査をされておりますか。現在の実情をちよつと承わりたいと思ます。
#24
○公述人(萩原松治君) 前段の御質問でありますが、非常に特技を持たれるとか、学識経験の深いという方で、指定医にお入りにならない方でできた場合には……こういうことでありますが、これにつきましては、やはりその医師が所属しております都道府県医師会のようなものがどこまでも熱意を持つて、この仕事に参加して頂くよりに努力すべきだと思う。この問題は、勿論その当人の自由意思でありますから、止むを得ない点もできるかも知れませんが、少くとも都道府県医師会長のような職にあります者は、熱意と努力を惜しまないでお勧めをする。そしてこれに参加して頂く、こう行くより外に道はないと思うのであります。それから誰でも彼でも保險医、指定医になつたといたしますというと、これは医療担当者の中でも例外という者もありますものですから、とかくの風評を残す、種を蒔くような場合もないとは限りません。或いは過去にもそういう風評を醸した場合もあるかも知れません。そういつたものは、やはり都道府県医師会長がそれに対するところの意見を述べ得るような仕組にして頂きまして、本当にこの仕事に誠心誠意協力できるような方法が一番望ましいと思います。併しながら先程意見を申しました際にも、一方的に厚生大臣、或いは都道府県知事という側から制限指定をするようなことがあつては、これはいけないと思うのであります。この仕事に協力したいという希望を持つ適格者であるならば、誰でも指定して頂く、あまねく全国の医師にこれを担当させて頂きたいと、こう思うのです。
 それから現在の審査の方針でありますが、現在の審査は、健康保險におきましては、社会保康診療報酬支拂基金に基きまして、審査委員会規程がございます。この審査委員会の規程は、これは……
#25
○藤森眞治君 この生活保護法による医療の審査の状態を……
#26
○公述人(萩原松治君) これは表向きの審査ではないように私は考えているのでありますがこれは一例を申上げます。全国的に行渡つているものかどうか存じませんので、一例を申上げるのでありますが、私の方の県におきましては、国民健康保險の、これは法的の審査委員会ではありませんが、国民健康保險の審査委員会ができております。それに委託して参りまして、市町村長が委託して参りまして、そこで拜見させている。無論これは法的のものではございません、自主的なものであります。そしてその審査方針は大体社会保險の診療方針担当規程というようなものを参考にいたしまして、審査をいたしております。
#27
○井上なつゑ君 澤田さんにお伺いしたいのですが、澤田さんは大変に社会福祉主事のことを心配しておられるようでございますけれども、若しも社会福祉主事を養成する学校ができまして、そこで本当に專門に要保護者のために働いて呉れれば、ちつともこれは御反対になるわけじやないでしようね。
#28
○公述人(澤田榮一君) 只今のことにつきましてお答えいたします。現在その養成学校が一つあると存じます。社会事業專門学校と申しまして、年間養成される生徒が大体百名程度いる。このような実情でございましては、現在直ぐそのようなことを行うことが無理である、こういうふうに考えるわけです。
#29
○中平常太郎君 澤田君にお伺いしますが三親等の、或いは一親等、二親等、三親等によりましても、いろいろ直系もあるし、傍系もあるわけですから、これを一親等、二親等ぐらいにしたいというお話がありましたね。それは叔父叔母に、そういうことを縋るということは堪えられないというようなふうの話が先にありましたね。叔父叔母という側の者は大体あれはこれらから家庭裁判所にでもかけて申告せねばそこまで手が伸びないのであつて、民法の規定にもそれをなし得るということになつておるのであつて、民法の立地條件たる救済というような場合は、直系のずつと三親等になつておりますから、直系の三親等でも四親等でも、直系は互いに隣保相扶の関係から、これは優先するということになつておりますから、民法が改正されん限りはこの規則が第四條にありますけれども、あれはただ明確にしただけで前の保護法にもやはりこれを同じように扶養義務者としての民法の適用から規定されてありましたので、変りないのですね、その点。
#30
○公述人(澤田榮一君) この点につきましては、現行法では確かに扶養義務者の解釈は同じだと思います。併し実際には家事審判所の方へ持込みまして、つまり扶養を考慮する、こういうふうな実例は非常に少い。殆んどないと言つていいぐらいのものでありまして、そのような意味で……。又第二には先程私が申上げました最近の大衆の生活というものが非常に経済的に困窮しておる者が多い、又生活保護法の適用を受けるような者の家庭というものが非常に困窮しておるという、そういう経済的な面から、例えば具体的な例としまして、嫁に行つて姉がおるとするのですな、そんな場合でも人に頼るということが無理な場合もあり得る。そういうふうな面から飽くまでも実情に即して考えて頂きたいと思います。
#31
○中平常太郎君 その点はその通りだと思うんだがね、暫えてみれば富豪の、お金を沢山持つておる叔父さんがある。その叔父さんは、甥が難儀しているけれどもとり合わん、こういうようないろいろな眼に余る状態の場合に、家庭裁判所に行けばそこが打開できるという途があるだけであつて、普通その叔父さんが直ちに救わなければならんという法律にはなつておらんですから、三親等、四親等というのは直系の尊属、卑属と言うたものでありますから、これは民法と同じですから、これを直すと言うたら民法の改正からしなければならん。ですから叔父さんや叔母さんに縋りたくなけれず申告せんでもいいですから、どこまでもそんな人に縋りたくなかつたら家庭裁判所に行きさえしなければいいですね。
#32
○公述人(澤田榮一君) 只今の御発言御尤もでありまして、私はかかる意味から、世帶單位保護の原則が第十條に盛り込まれております。これにより難いという者は、これは結核というような長期療養の場合、個人を單位として認める、そういうような方向に持つて行つて極力その実情に合せて考えて行きたい。こういうふうな解釈をしたいと思うのです。
#33
○委員長(塚本重藏君) それでは午前の公聽会はこれで一応閉じまして、午後一時半まで休憩いたします。
   午後零時二十分休憩
   ―――――・―――――
   午後一時四十九分開会
#34
○委員長(塚本重藏君) それでは午前に引続きまして公聽会を続行いたします。
 公述人近藤先生の御都合によりまして、最初にお願いいたしたいと思います。尚質疑につきましても近藤さんの分は先にお願いしたいと思います。
 それでは大阪商科大学の教授、近藤文二君に公述をお願いいたします。
#35
○公述人(近藤文二君) 近藤でございます。勝手なお願いをいたしまして恐縮でございますが、先にやらして頂きます。
 アメリカの社会保障調査団の報告書によりますと、我が国の社会保障における最も重要な進歩は一九四六年十月に制定された生活保護法によつて実現されたのであつて、それによる給與は今尚不十分の譏りを免れないとはいえ、世界において最も進歩したものと考えられる一つの総合的、無差別的救済制度であるというふうに言われておりますが、併しそれにも拘わらず、その基底に横たわる救貧法的な性格はこれを覆い隠すことはできないと私は考えるのでございます。ところが今回の法案におきましては、この点をでき得り限り拂拭いたしまして、生活保護法の近代的性格を明らかならしめようとするものでありまする点におきまして、法案そのものの趣旨につきましては、全面的にこれに賛意を表するものであります。併しながら生活保護法のように、ともいたしますれば、封建的な救貧法制度と誤られ易い制度の運用につきましては、十分その点に意をいたさない限り、場合によりましては法の趣旨をはき違えるような危險が甚だ大きいと考えるのであります。従いまして法の規定はでき得る限りこのような誤りを冒さないように愼重に作成されなければならないのでありますが、その点につきまして今回の法案中最も問題となると考えますのは、第二十二條であろうと思うのであります。と申しますのは、この條項は現行法の第五條におきまして市町村長の補助機関と定め、その活動如何が本法の保護の成否に重大な関係を持つておりますところの民生委員をば、單なる協力機関といたしまして、而も市町村長又は社会福祉主事から求められたときにおいてのみ、市町村長及び社会福祉主事の行う保護事務の執行について、これに協力する、こういうような権限を與えることに止めておるという点であります。要保護者の決裁は、專ら民生委員の自由裁量に委ねられておるために扶助の公正妥当な給與が余り望まれない、こういうような非難はかねがねから識者によつて指摘されて来た点でありまして、この点は私と雖もこれを認めるに吝かではないのであります。従いまして私はその著書の中におきましても、この制度は生活の保護を要する状態にある者に対して国が扶助の責任を持つと共に、差別的又は優先的な取扱をなすことなく、平等に保護せんとするものであるというように規定をしておりなからも、その認定を一に名誉職的な民生委員の手に委ねておる結果、最低生活を営むことのできない者は当然に権利として公の扶助の請求することができるという建前が確立されていない。こういうふうに論じたことがあるのであります。従いまして、その意味におきましては、一部の人々の反対があるにも拘わらず建前といたしましては、第二十二條の規定にはむしろ賛成するものであります。併しながらそれは飽くまでも保護が民主的に行われることを前提としての話でありまして、若し保護の事務に当る市町村長や社会福祉主事が、従来この仕事に專心努めて来られたところの有能な民生委員を無視され、努力を拒むというような事態が起つたとしますならば、却つた法の趣旨に反することになるという危險がないではないと思うのであります。その意味におきましては、保護を民主的に行うためには必ず民生委員の協力を求めることとし、民生委課のこの制度に対する熱意を失わしめないように、施行令その他によつて十二分に注意をされる必要があるのではないかと思うのであります。これが第一点でございます。
 次に第二点といたしまして、保護の実施機関を都道府県知事とせず市町村長とし、而も市町村長に対しましては「保護を決定し、且つ、実施しなければならない」というふうに十九條に明記されております点は、現行の第四條に比較しまして正に一段の進歩であるというふうに考えることができます。更に又補助機関として民生委員の代りに社会福祉主事を以てしたことも、前述の趣旨に基きまして妥当な取扱方であると考えるのでありますが、この点につきましても問題は、一定の資格を持つ会社福祉主事が果してこの短時日の間に任用され得るかどうかという点において大きな疑問を持たざるを得ないのであります。生活保護の近代化という点から申しますと、專門的知識を持つ有給の補助機関の存置が必要であることは疑を容れる余地はないのでありますけれども、現在の実情から見まして有能な社会福祉主事を早急に求めるということは極めて困難であると思います。恐らく任用の方法を嚴重にいたしませんときには、短時日の教育しか受けないところの無能な主事が続出いたしまして、今日の民主委員について言われる各種の非難以上の非難を生じないとも測り難いと思われるのであります。特にこの点につきましては第二十七條、第二十八條、更に第六十二條の運用について注意を要すると考えるものであります。従いまして若しでき得るならば過渡的に民生委員と社会福祉主事に任用し得るというような余地を残すべきではないかと思うのでありますが、これは身分という上から申しまして非常にむつかしい問題であるということは分りますが、何らかの過渡的な方法をとる必要があるのではないかと思います。以上が第二点でございます。
 第三に問題といたしたいのは保護の内容でございまして、特に第八條の運用であります。現行法の下におきましては、御承知のように六大都市におきます五人世帶の生活扶助費が五千三百七十円というふうになつております。この扶助費は、算定されました昭和二十四年の五月を例に取つて東京都のCPSを見ますと、二万四千二百七十六円十七銭という数字が出ておりますので、CPSの三八%にも当らないということがはつきりするのであります。勿論この場合には生活扶助費の方は三十三歳の女世帶を対象として計算されておりますのに対しまして、CPSの方は各種の世帶を平均したものでありますから、これを比較するのは理論的には正しくないと思うのでありますけれども、併し三八%というこの数字につきましては余程の考慮をいたさなければならないと思いますし、更に又エンゲル系数は八二%であるという点につきましても、これは無視できないところの重要な問題を含んでいるのではないかと思います。この点におきまして法案が住宅扶助を別建とし、補修費給與の途を聞いたこと、更には教育扶助の制度を設けまして、義務教育制の完遂を図つておりますことは大いに多とせなければならないと思うのでありますが、問題は特に扶助の内容、それの再検討でありまして、この点につきましては扶助額の増額が勿論必要でございますが、その算定に当りましても現在のように復雜極まる方式を用うることは、この際やめた方がいいのではないかと思います。そうでなければ折角法案がその三条におきまして「この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。」というふうに規定したとしましても、それは空文に終つてしまう虞れがあるからであります。尤もこの点につきましては最低賃金制との関係、更には失業保險その他の社会保險におきますところの給付の大いさとの関係を考えなければならないのでありまするが、いずれにいたしましても第三條の趣旨を十分に徴底せしめるような保護の内容を持つべきものにして頂きたいことは、特にこの際切望してやまないのでありまして、そういうような條件を前提といたしまして、この法案に賛意を表する次第でございます。以上が第三点でございます。
 次に第四の問題といたしましては、第三條の趣旨から申しまして、第二條及び第四條につきましての多少の考えを述べさして頂きたいと思います。と申しますのは、第二條は無差別平等の原則を謳つたものでありまして、「すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護を、無差別平等に受けることができる。」と規定しておりまするが、このことは第三條の趣旨と矛盾しないであろうかどうかという点に多少の疑問を持たざるを得ないのであります。又第四條に規定されておりますところの「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維用のために活用することを要件として行われる。」ということを十分に貫徹するための一つの妨げとはなりはしないかと考えるものであります。その理由は、第三條にいたしましても、第四條にいたしましても、要保護者の主体的な立場を十分に認識することによつて初めてその趣旨が貫徹されるのでありまして、要保護の根拠が例えば失業ということにあるか、或いは老衰ということにあるか、身体障害ということにあるか、更には未亡人ということにあるか等々によりまして、その扱い方、内容は異るべき筈であります。未亡人、身体障害者等は、單にこれを救済する以上に授産にまで及ばなければならないのでありまして、特に失業者については同様のことが言えるのでありますが、この点について、成る程生活保護法では生業扶助という制度を従来から設けております。併しながら無差別平等の原則がありますために、その生業扶助の制度というものが十分に活用できないようなことになつているのではないかと私は考えるのであります。この点は生活保護法の成り立ちが、軍人恩給の廃止と関連しておる点にまで思いをいたしますときには、むしろ現在は思い切つてこの原則を撤廃してしまう、そうしてそれぞれの要保護の根拠に基いた妥当なところの保護の内容を規定すべきではないか、若しそうでなければ第八條や第九條の活用は困難になるのではないか、こういうふうに考えるものであります。これと関連しまして第四條第二項について一言したいのでございますが、第四條第二項は「民法に定める扶養義務者の扶養及び他の法律にめ定る扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。」とありますし、更に第七十七條には「被保護者に対して民法の規定により扶養の義務を履行しなければならない者があるときは、その義務の範囲内において、保護費を支弁した市町村の長は、その費用の全部又は一部を、その者から徴收することができる。」というふうに決められておりますが、この点は現在のように、国民の大部分が生活に苦しんでおりますときは、余程運用を巧みにしないとその趣旨に反するようなことになる虞れがないのではないと思うのであります。要するにこの点につきましては、日本人の生活形態が個人主義を基調とすべきか、家族主義の遺産を承け継ぐべきかの重大問題に関連を持つており、問題は民法の問題にまで触れて行くのでありますけれども、生活保護が個人主義を建前にしておるか、家族主義を建前にしておるか、この点において今少しく検討をしなければならないのではないかと思います。以上が第四点でございます。
 次に第五点といたしまして、医療扶助について一言いたしたいと思います。医療扶助につきましては、医療機関を指定いたしまして、これに医療を行わしめるのは結構でございますが、診療方針及び診療報酬については、国民健康保險又は健康保險のそれによることを第五十二條において規定しながら、第五十三條におきまして、「都道府県知事は、指定医療機関の診療内容及び診療報酬の請求を随時審査し、且つ、指定医療機関が前條の規定によつて請求することのできる診療報酬の額を決定することができる。」としておるのはどうかと思うのであります。その審査は、むしろこれを国民健康保險や健康保險の審査機関に代行せしめるの途を開くべきではないかと思います。そうでありませんと、本法による医療と社会保險の医療との調整が図られないような危險が起つて来るのではないかと思います。以上は第五点でございます。
 最後に第六点といたしまして、真にこの制度を救貧法的な性格から脱却せしめますためには、第七條の趣旨をもつと明確にする必要があるのではないかと思います。第七條は、読み方によりましては要保護者は当然に公の扶助を請求し得る建前を現わしておるとも見られるのであります。又その点は第六十四條において、「被保護者又は保護の開始若しくは変更の申請をした者は、市町村長のした保護に関する処分に対して不服があるときは、それ決定のあつた日から三十日以内、書面をもつて、県該市町村長を経由し、都道府県知事の申立をすることができる。」というふうに定めておることによつても裏書きされておるようでございますが、その点をもつと明確に規定いたしまして、保護が一つの権利であるということを確認するところまで行かなければならないのではないかと思います。同時にこの点を推し進めて参りますならば、保護費のごときは、その全額を国が負担するというようなところにまで行くべきではないかと思うのでありますが、この点につきましては、地方税制の問題等複雜な関係がございますので、一応は法案に示されておるような線でいたし方がないと思いますが、建前といたしましては、全額国が負担するというところまで行くべきではないかと思うのであります。
 以上甚だまとまらない陳述べございましたが、生活保護法案につきまして、その運用上特に注意すべき点を申上げまして、法案御審議の御参考に資したいと思う次第でございます。
#36
○委員長(塚本重藏君) 以上で……。有難うございました。御質疑ありませんか。
#37
○山下義信君 大変有益な御意見を拜聽いたしました。大体近藤教授のお述べになりました御意見は私共と全く同感する点が多々あるわけでありますが、問題は最低生活の水準をどういう線で引くかということが、結局問題でありまして、而も健康にして文化的なる最低生活の水準とは如何なる水準を言うかということが問題だろうと思うのであります。具体的には。それが只今教授の述べられました生活扶助、その他の扶助の内容になるわけでございまして、この点、いろいろ考え方、見方があろうと思うのであります。近藤教授はそういう点、どういうふうに我が国の、いわゆる健康にして文化的な最低生活の水準とは如何なるものを言うかということについてどうお考えになりますか。且つ又その水準の発見の方法は、如何にすればそういう水準を求められるか、調査の方法等につきましてお考えがあれば承わりたいと思う。現定の生活扶助の基準の考え方は、御承知のごどく、現実にどん底生活をしている者の大体の家計の調査をいたしたものを基にして、いろいろ統制経済以来の種々なる資料を基準といたしているのでありますが、大体只今どう底生活をしている者の実態を直ぐ捉えて、それを持つて来るということは、必ずしも妥当でないのではないかというようにも考えられますので、この際明確に本法の求めておりまするような、いわゆる健康にして文化的なる我が国の最低生活の水準というものをはつきりいたさなければならん段階に押し詰められて来ているのであります。例えばよく資料の一つとして出ますCPSの調査を一応の目安でありますが、併しながら教授の御承知の通り、これは種々なる家計が含まれているのでありまして、それが必ずしも一つの基準ともなり得ないとも考えられるのであります。文化費のパーセンテージ等の通り方もいろいろ又考えようによつてはあろうかと思いまするので、それらの点はどういうふうにお考えになりますか、御意見を承わりたいと思います。
#38
○公述人(近藤文二君) 只今の山下委員からの御質問は、非常に重要な問題でありますと同時に、非常に又むずかしい御質問だと存じます。日本の経済の実態から申しますと、働いているところの労働者の最低賃金ですらもが、場合によりましては非常に低いのでございますから、その最低賃金というようなものと睨み合して生活保護の内容を決めなければならない限り、文化的と申しましても、その文化という意味が極めて低いものしか認められ得ないのではないかと思います。又失業者の生活に対する失業保險金との関係なんかを考えましても、いろいろとむずかしい問題があると思うのでありますが、現在の制度において、扶助費の基準をお定めになつております場合に、極端な例といたしまして、月入沿二回というような数字が出ておつたりしまして、殆んど常識外れの数字があるのではないかと思います。従いましてそういう点を細かに一応再検して頂くということと、それからCPSという普通の国民水準におきますところの生活形態の分析を十分いたしまして、それの何割というような形でなしに、具体的な、現実と結び付きました数字を算出して頂きましたならば、今少し違つたものが出て来るのではないか、こういうふうに考えております。先程私が申上げました言葉の中に。現在非常に複雑な計算をしていると申上げましたが、それは基準の計算のし方が複雑であるからいけないというのでなくて、基準を決めます場合の計算は複雑に当然ならざるを得ないのでございますが、当嵌めます場合に、捉えておりますものが、もう少し簡單なものができるのではないかという意味で申上げたのでありまして、山下委員へのお答えといたしましては、甚だ抽象的なお答えしかでき得ないのでございますが、基準額を決められました場合にも、いろいろ数字を見せて頂きました際に、それが常識では判断ができ得ないような数字が出ておるような気がいたしましたので、そういう点を御考慮願いまして、どん磯生活をしておるところの人々の生活と、それからCPS生活とを引比べて一応の線を出して頂く、そうして最低賃金なり、失業保險の給付なりとの場合のバランスを見まして決めべきではないか、これはむしろ生活費の内容を決めまして、これを前提にして最低賃金なり、更に保險金の給付額なりを決定すべき問題であろうと思うのでありまして、生活必需品の方の計算はこれはそう私むづかしくないと思います。問題は文化費をどのくらいの割合に取るかということにあると思うのでありますが、現在のところでは大体二月頃の状態でエンゲル系数は五〇%ぐらいになつておるように聞いておりますが、そういう点も考慮いたしまして、現在のようなエンゲル系数を今少し何とかして頂かなくちやならないのではないかというような考えを持つておるわけであります。尚細かい点につきましては、数字的な問題になりますし、ここでお答えするだけの資料を持合せておりませんので、他日機会がありましたならば述べさして頂くことにいたしまして、本日はこの程度で御勘弁をお願いしたいと思います。
#39
○山下義信君 問題は文化費のパーセンテージだと思うのですが、いろいろ取り方もあるじやないかと思いますけれども、これも又一つ教授から他日適当の機会にでも承わりたいのですが、結局問題は文化費のパーセンテージの問題だと思うのですね。CPSに出ておりますのも必ずしも一定ではありますまいが、大体まあ一〇%乃至一五%ならばいい方なんで、最近の大阪の商工会議所でお調べになりました昨年の十一月でありましたか労働者の生活調査では五%乃至七%ぐらいの程度に止まつておるようであります。その文化費の定め方というものがどうあるべきかということが問題になるじやないかと思います。一つ又他日教授から承わる機会を得たいとい思ます。
 それから民生委員の問題ですが、御指摘がありましたが、私は民生委員の協力というものは、熱意というものはこれは教授の御指摘の通りに当然熱意を失わせてはなりませんけれども、民生委員の本法の運用に付しての協力の熱意は、必ずしも保護の実施機関の側に立たせなくても、この本法の対象の被保護者の側に立つということが大きな転換ではないかと考えるわけであります。権限があるから熱意を持つてる、権限がなくなるから熱意が衷失するといつたんじやこれは問題にならんと思います。従つて被保護者の保護の側に立つ、特に保誤の申請権、不服の申立権ということが認められ、被保護者の権利の保護の側に立つということに立ちさえすれば、これは必ずしも民生委員に権限がないに拘わらずいわゆる従来のような保護の決定の権限はなくても、十分に民生委員本来の性能というものが発揮ができるじやないか、私はかように考えるのでありますが、その点どうお考えになりますでしようか。
#40
○公述人(近藤文二君) 私も、先程申上げましたように、建前といたしましては、民政委員を協力機関にする方がむしろよいのじやないかというふうに考えておりますが、法律の方は、協力することを求めても求めなくてもよいような書き方になつております点につきまして多少の疑問を持つので、これは運用上実際におきましては、必ず協力を求められるような民主的なやり方をして頂きたい、こういう希望なんでございます。それ以外に、今山下委員から御指摘になりましたような、保護を受ける側からの考え方で民生委員の熱意を呼び起すというその立て方、これは結論で申上げました保護というものに対して、権利ということをはつきりと被保護者が自覚するということにかかつておるのでございまして、日本の場合、その点が果してどの点まで明確にされ得るかということになりますと、現段階においては、まだまだだというような感じもいたしますので、やはり権利として保護を要求するという建前を、もつと法律において明確にして頂きたいという希望を持つております。そうでございませんと、今御指摘になつたような行か方で、保護を受ける人が果しておるかどうか、建前といたしましては、御指摘のような建前で行くべきではないか、こういう考えでございます。
#41
○小杉イ子君 私は教授と同じ意見のところは、第二十一條の二項でございますが、「社会福祉主事は、事務吏員をもつて充て、政令の定める資格を有する者の中から任用しなければならない。」と、こういうところは、私はその事業をなさる方なら、大抵生活に困らない人でありますから、又そういう人でなけれぎならんということをかねてから主張しておる点で、先生と同じ意味合を持つておるのでございますが、これがこのまま通るということは、これまでの民生委員の働きを全くなくする意味を含んでおると思います。その理由は、生活保護を受けるということは、余り手柄ではございません。それで自尊心のある人は、人に知られたくない。殊に近所あたりに知られたくない。できることならそうと裏で話をしたいという意味から、私は先生と同じく反対するものでございます。それにつけまして、第七條の申請保護の原則でございますが、ここをどういうふうにお考えになりますか。この保護のところは、「保護は、要保護者、その扶養義務者又はその他の同居の親族の申請に基いて開始するものとする。但し、要保護者が急迫した状況にあるときは、保護の申請がなくても、必要な保護を行うことができる。」と。こう書いてございますから、私はこれはこれでよろしいと思うのでございますが、教授は如何お考えになりますか。
#42
○公述人(近藤文二君) この第七條は、先程申上げましたように、第一点といたしましては、「その扶養義務者又はその他の同居の親族の申請」ということが家族主力と個人主義との関係でどうなるかという点において多少の疑問を持つておりますが、現在の民法の建前から申しますと、こういう建前になるのじやないか、これでとにかく申請によつて保護を要求することができるという原則が認められており、又必要な場合においては申請なくしても保護が與えられるということになつておりますので、建前といたしましては、私賛成でございますが、この保護を求めることの申請という手続的な書き方だけでなしに、この際に保護が権利として要求され得るのだという意味を実は盛つて頂きたいと、こういう考えなんでございます。これだけでは申請という一つの手続だけを書いたかのような感じがいたしますので、もう少しはつきりと権利であるということを第七條あたりで確認ができ得たならばというふうに思うでございますが、そういう点を除きましては、第七條に賛成でございます。
#43
○委員長(塚本重藏君) 有難うございました。それでは、次に民生委員をしていらつしやる鈴木寛一君にお願いいたします。
#44
○公述人(鈴木寛一君) 福島県の民生委員をしておる鈴木寛一でございます。最初に民生委員法と生活保護法の関係について申上げたいと思います。私は民生委員としての立場からこの両案の関係を論じて、生活保護法第二十二條は、決して我々民生委員を満足せしむるものではなく、最後に申上げるように、修正を希望、要求するのであります。尚公述人名簿の賛否欄に、私の分が賛成としてありますが、これは修正派でありますから、御訂正を願いたいと思います。
 さて、私の言わんとするところのものは、すでに二、三年前よりその兆を見まして、厚生省初め、全民連、昨年は広島市の第四回の民生委員大会において、その他中央、地方を通じての大問題、大焦点でありまして、正に両法案の最高峰であると思います。すでに三月六日におきましては、民生委員側の代表が、衆参両院厚生委員の方々に対しまして、国会にこれを反映せしむるように、陳情済みであります。かかる趣旨におきまして、專門家並びに識者の間において十分論議されたと見るべきであると思いますが、私の罷り出ました理由はここにありますので、敢て重ねて開陳する次第であります。
 さて、御承知の通り、今回の改正案は、誠に整然たる体系を備えられまして、旧案とは誠に雲泥の差がありまするが、先程近藤教授からありました保護の機関につきましては、前申上げました通り、我々としては、今日までこの道の第一線に関係した者といたしまして、消極的な取扱を受けるようになり、本然の職務まで抹殺されるかのように直感せられまして、理論的にも、感情的にも甚しく失望と寂寥を感ずるのであります。これは決して私一人ばかりでなく、全国十三万の同労者がひとしく叫び声ではないかと存ずるのであります。申すまでもなく、昭和二十三年の七月二十九日改定されました民生委員法の第十四條には、民生委員の被保護者に対する職務につきましては、詳細に記述されまして、これでいかないとすれば、むしろ民生委員法が改正されなければならないと思うのであります。飜つて今回の生活保護法の改定案によりますと、一方的にお役御免の申渡しをされたようになつたおるのであります。この点に関しましては、要路の方々はこれに対して、民生委員を「本然の姿に返す」という字句を使用しておりますが、然らば、「本然の姿」とは何であるかと、こう考えざるを得ないのであります。この「本然の姿」とは、即ち法律によつて確認せられた前言の機能ではないでしようか。若しそうだとすれば、民生委員はどこに行くべきかということが言われるのであります。併し私共といたしましても、民生委員の職務機能の全部が対要保護者関係の全部でないことは、人後に落ちざる程度に知つておるつもりであります。ですから要保護者関係に関する限りにおいては、この整備された訂正案の運営の下に民生委員の機能を積極的に活用されて、適正妥当なる方式において、我が国社会事情に即応した援護をさすべきであります。勿論民生委員自身も、今日までの功罪に対しましては十分なる反省と、人格識見の向上と、職務に必要なる技術及び知識の修得に、一段と努めなければならんことは申すまでもないのであります。
 次に前言と重複するようでありますが、この両案の今日までの運営活動状況を図解的に申上ぐれば次のようであります。即ち生活保護法という一つのギアーが民生委員法によつて活動しておつた、いわゆる主軸が民生委員でありました。ところが改正法案によりましては、その主軸がいわゆる社会福祉主事が主軸になりまして、そのギアーが非常に縮小されます。そうしまするというと従来までは非常に廻転がよく行つたものが、改正案によりまするというと、その廻転が頗るにぶるんではないかというふうに考えるのであります。
 次はいわゆる行き過ぎた民生委員の事項に関するものでありますが、この民生委員法が実施以来、各種の国内事情、なかんずく事務当事者の不慣れ或いは不敏のために、一部の老巧な民生委員の進出に任せられた結果、本法と民生委員法との間に大きなギャップができたという話は一応肯けないものではありません。併しながら苟くも民生委員を依嘱された方々は、いわゆる当該地方の端的に言つて有力者であり、社会福祉、国民生活安定のために挺身しようとした筈の方々であつたと思います。それが一部のいわゆる行き過ぎ、或いは過誤のために、多数善良なる民生委員が同一の非難を受けるということは、今回のごとき思い切つた大幅な改定らしきものを受けることは誠に気の毒なことであると思います。これは監督指導の任に当る都道府県知事並びに市長村長の職務の実践励行が如何にルーズであり、実力のないものであつたかということを物語る証左でありまして、徒らに民生委員のみを責むべきものではないと思います。よつて惡質又は不良の民生委員があるとしましたならば、法の定むるところによりまして再訓練するなり、又は解職なりによつて、醇化すべきであると思うのであります。このこともせずに、一方的に措置することは、この種事業の実施上に将来に亘る禍根を残すことであつて、真に民生事業国家百年の大計を立てるために嘆わしきものであるというべきであります。換言しますれば、民生委員の攻勢という言葉を使つていいか分りませんが、攻勢のために市町村長の側が後退をしたために、行政的手腕によつて窮余の一策を打つたと解釈されても止むを得ないんじやないかと思います。こと社会福祉、国民生活安定のための全く特異な制度に関しましては、かくのごときことでなく、両者納得行くように明朗の間にことの解決を図りたいと荷願してやまないものであります。
 最後に我々といたしましても、何も旧套に馴染み、或いは法的背景を振りかざして、或いは又面子のためにかれこれ言うのではありません。要はその日々の生活に喘ぐ百七十万同胞のために、お互いに居住を同じくするこれらの人々の日夜の相談相手として、或いは又杖とも頼む民生委員となつて、いわゆる政府と個人の仲界者としてできる限り面倒を見てやりたいのであります。これが改正案のごとく数において限定された社会福祉主事の手に委ねられたならば、いわゆる痒いところに手の届く援護の手は伸べられないのではないかと危惧するのであります。併しまだ実施もしないうちにとやかく臆測することは杞憂と言われるかも知れませんが、靜かに将来を洞察して、決してこの点は改善案ではないかと思うのであります。又社会福祉主事に被保護者の衝に当らせるということは、一種の官僚化とも言うこともできると思うのであります。勿論この主事人物の選定に当るましては、相当に実力のあるものを据えられるということは申すまでもなく、その適性には相当の條件があるでありましようが、いずれにいたしましても、民生委員のようないわゆる民間人の持味を発揮することは困難であると思われます。又今日まで民生委員に見られたいろいろの過が絶対的に起り得ないとは保し難いと思うのであります。又このいわゆる社会福祉主事は転職とか転任とかいうものを願慮してみなければならないと思うのであります。このことは被保護者に対しまして困難と不便を強要するのであります。いわゆる居住を同じうする御生委員ならば、これらの点は十分除かれるものであると思います。先ず一利一害はあると思いますけれども、これは正しく民生委員の方が有利でありまして、苟くも困窮者、国民の自立を待望するということも見由けるならば、同所に居住する民生委員の方が誠にその趣旨に合うのではないかと、こう考えるのであります。と言いましても、私はここでこの法案に初めて設置されました社会福祉主事に信頼性がないというのではありません。補助機関からいわゆる協力課関への段階は、民生委員法、生活保護法の実施以来過去四ケ年の尊い経險、実績に鑑みまして、止むを得ざる措置であると考えるのであります。故に先に述べましたごとく、十三万の民生委員、百七十万の被保護者のために、この協力の形式を強化されることを望んでやまないものであります。單なる法文の字句に拘泥するなとは全民連岸常務のお訓しではありますが、我々は法文の字句を額面通りに受けることが常道、常識ではないかと思います。私は真に謙虚な気持で以上申上げました。過日新聞紙上に、この法案に関する公聽会の公示を見まして、熱心に関心を持たるる者は振つて意見を開陳せよという文章を見て即刻申し出たところ、未熟にして田舎の民生委員がこの光栄ある席に出ることができましたことは私の本当に光栄であります。私の心は十三万民生委員の、今こそ僭越ながら、代弁者となつて謙虚にこの事情を訴えておるのであります。よりまして法第二十二條は法文を修正されまして、ュ多の試練を経て意義ある転換期を迎えられたこの生活保護法に、従来絶大なる協力を惜しまなかつた民生委員の根本精神を酌みとられ、名実共に世界に冠たる社会保障制度の一環とするべき措置せられんことを念願してやまないのであります。そこで案文の私案といたしましては、市町村長玉は社会福祉主事は、市町村長及び社会福祉主事の行う保護事務の執行については、民生委員の協力を求めなければならない、こう一つの考えておるのであります。この微意が採択されるならば、今咲く桜のごとく長く厚生史上に豊かな香りを留めるということを確信して疑わないものであります。
 誠に雜に申上げました失礼いたしました。これを以て終ります。
#45
○委員長(塚本重藏君) 次に婦人団体会長さんであられます竹田輝江さんにお願いいたします。
#46
○公述人(竹田輝江君) 竹田輝江でございます。
 この法案は、生活保護法の制度を拡充強化するものであると謳つております。確かに本法案第一條の目的規定は、生活保護制度の基本原則として、現行法第一條に比べて確段の進歩であります。これは国民の最低生活を営む権利を明確にしたことは、本法案第九章で要保護者の保護を受ける権利について今まで曖昧であつたことを明確にしたものと考えます。併しながら本法案の一応立派に整つた定め方にも拘わらず、実施において、基本原則として掲げられた目的が果して達成されるか、十分に達成されるかどうかという疑いを持ちまして二三その点を挙げて見たいと思います。
 第一に、この法案は生活保護について余りに包括的にできておるようであります。保護の種類として七種類に定めておりますが、この中に医療扶助、出産扶助については兒童福祉法、身体障害者福祉法、それに優生保護法などに規定する保護の医療実施が生活保護法の中に流し込まれて処理されておるというところに、却つてこれら諸法の保護の目的を十分果し得ない場合が生じて参ると思います。例えば優生保護法の経済的困難を事由とする人工姙娠中絶の場合におきまして、民生委員の意見書を添付してそうして申請するのですが、手術の実施については、生活保護法の医療保護の水準に照して扶助の限度を別に前めることになつております。そのために経済的な困難を事由とする場合でも、必ずしもその手術費というものはすべて扶助されるとは限らないので、その手続にからんでいろいろな問題が生じて来て、本来の優生保護法の趣旨を十分達成すると言えなくなる場合があります。更にその申請は、生活保護法による医療保護の申請ですから新らしく申請するのです。調査やそれから書類の作成などで案外手間取る場合がありまして、決定を待たずに処置する場合も出て参りますが、一度被保護者となると何もかもが便利且つ有利に処理される被保語者とすれずれの線におる人、それが健気にも奮闘して死線を守つておる。そういう要保護者には誠に不便にできておるのであります。優生保護審査会費の二百円や、医師の診断書の五十円さえが思案されるくらいのそういう人達では、その手術前の保護が決定されるということを一日も早く希望されるのであつて、入院して手術を受けても、費用の問題で安心感がないて、すでに遅れて民生委員の所へ駈け込むとか、大きな腹を抱えている人が一月もするするしている場合が生じて来るのであります。兒童福祉法、身体障害者福祉法、殊にそういう場合でもこれとほぼ等しく、生活保護法に依存することが余り多いので、却つてこれら諸法の本来の目的が弱められて来ているかのように思われます。東大の整形外科をちよつて覗いてみましても、毎日押駈けている患者に果してどれだけの福祉が施されているか、支もその患者には最初からレントゲンとかギブスというようにまとまつた金が入用な筈です。そうして又マツサージなんか毎日通つて一年も二年も通わなければならない。そういうふうな問題が医療保護という狭いその枠の中でいわゆる兒童福祉法、身体障害者の本来の福祉というものが何か弱められているようなことになりはしないかと考えます。そうして又單独医療扶助の場合は、生活扶助の基準で線を引くために、実際の憶担が重過ぎるというようなことがありまして、支拂が滯つたり又は治療を中止するような場合だつて生じて参ります。
 次に否差別平等を建前としております。これは結構なんですが、併しそのために戰爭の生んだ特別の現象として未亡人が我が国には沢山いるのですが、その対策としては却つて弱体になつているようなことがないか。生業扶助、それから教育扶助、住宅扶助などについては、特に特別に留意が必要であると思います。それでこれは施設の方に飛びますが、公的な施設でも未亡人に関係ある母子療、それから授産場、保育所、養老施設等が現在のものではまだまだ貧弱に過ぎますと思います。授産所など今度整理されて、杉並区では公的なもので一つ、保育所にしろそういうことですから遠隔の人には十分に利用ができない。そういう者に何らかの具体的な策が施されたいと思います。それから昭和二十四年九月の世帶構成別に調べられた生活扶助を受けている保護者、これが女が生活の中心となつている世帶が最も多く、四十八%であります。この人達にとつても特に恒久的に救われる授産事業が計画されて欲しい。少し條文が飛んで恐れ入りますが、被保護者の支給額から僅かな内職の收入を差引くことになつておりますが、未亡人なんか子供を抱えて施設の利用もできなくて、本当に血の出るような僅かな内職を差引かれては、精神的にも経済的にも最低生活基準に押付けることになつて、却つて更生の意気をなくさせはしないかと思われます。
 次に第二十一條の問題で、保護実施の必要の問題でありますが、今まで民生委員は全国で十二万五千、民生の事務所の職員に協力して来たことは、何といつても要保護者にとつては便利で手近いし、お役所風ではないし、自分達の生活の中に生活しているだけあつて、親身の取扱を受けるという嬉しさがあつたのであります。民生委員は要保護者の発見や調査が早くて、書類作成手続などを懇切に、手を取つて数えて呉れるというばかりでなく、生活の方針の改善や身の上相談、それから自分の家庭のごたごたの相談、内職の斡旋相談、質屋通いの相談に至るまで、相手になつて呉れているので、要保護者の事情を最もよく知つていて呉れます。被保護者として取上げて行く場合に、社会福祉主事がこれに代つて取扱う方がよいかどうかは申上げるまでもないことと思います。被保護者は二十三年度が千人当り二二・九で、二十四年度になつてずつと減つて、九月には一八・四となつて来ております。一方最近の世相は陶を突かれるような一家心中や自殺、それが殆んど生活苦によるものでありますし、一般主婦達も値の下つた衣料の山を見ましても手が出せない。主食の配給さえも満足に受けられない深刻さであるのでありますから、要保護家庭が段々殖えている筈なのに被要護者が殖えないのは、尤も最近の統計は出ていませんが、漏救になつていないかということが案ぜられます。このようなときに以前よりずつと数の少い有給職員が、お役所風の仕事の仕方で要保護者の処理に当るのでは、到底本法の目的を十分に果すことは困難であると思います。手近なところに、時間をとらずに駆け込むことのできる窓口を生活困窮者が求めているのであります。これはケースワーカーとしての民生委員に期待をする外ないと思うのであります。それで第二十二條の民生委員の職務権限をはつきりして、市町村長又は社会福祉主事から求められたときは、これに協力するものとするという消極的な受身な存在にしてしまうことは、民生委員の本質から、他面要保護者の利益のために賛成できません。それで勿論民生委員については一部にとかくの批評やなんかございます。保護の実施について合理的に理解することも怠つたり、單に顏役のような気分になつておる者もないではないと言われておりますけれども、これは一少部分に止るもので、選び方がうまく行けば素質、能力、能率等に適任者を選び出せないということはないでしよう。杉並区では三十一名の婦人が選ばれておりまして、その中に婦人団体から推薦された者も多分に含まれていて、非常に熱心に動いております。問題は第一に、選任の方法にあると共に、第二には、その年額五百円というような殆んど無報酬に近い待遇で過重な奉仕を求めて来た点にあると思います。むしろ民生委員の待遇を現在のような常識で考えられないような状況に置かないで、適当に改善して行くことが望ましいと思います。要は法の実際的実施に当る者が、お役所一本になつてはこの保護事業を大変窮窟なものにしますし、窓口が忙しければ調査が遅れる、調査に出れば受附人が変る、時間外は取扱わないというふうに、お役所に免れ難い困難が有給吏員を真のケースワーカーたらしめないでありましよう。本法の目的を十分達成させるためには、民生委員に関するこの規定をもつと積極的たらしめるように修正して欲しいと思います。
 ざつとした何で恐縮でしたが、これで終ります。
#47
○委員長(塚本重藏君) 最後に慶応大学の教授の國乾治氏に公述をお願いいたします。
#48
○公述人(園乾治君) この生活保護法案の提出せられました理由について、幾つかあると思いますが、最後に示されたところによると、社会保障制度審議会から社会保障制度の一環として生活保護制度を急速に改善強化するということの勧告があつたためにこの法案をお出しになつたということが書いてございます。社会保障制度審議会で生活保護制度の改善強化に関する勧告という文書が発せられましたが、それには原則を示すこと、実局要領に関することの二つに大きく分けまして、原則については、この総則に示されたような内容が挙つておるのでございます。それから実施要領に関しましては、第一に保護機関に関する事柄、この中には一定の資格を持つている職員に專念させるということ、事務取扱に関しては準則を定めて責任を明瞭にすること、保護施設或いは保護費の支拂を受けるところの医療機関を市町村長が監査し得ること、尚民生委員は小町村長の行うところの保護に協力すること、そうしてその事柄は、保護を必要とする状態にある者を発見すること、又実施に関して必要であつた場合には市町村長に意見を述べること、最後に保護を受ける者の生活指導をすること、この三つが民生委員の任務になつております。それから次に保護施設に関しては保護施設の種類及び定義を法律で明瞭にしなければならんということ、保護施設の設置及び廃止については都道府県知事の認可を必要とすること、それから都道府県知事は必要と認めた場合に施設の、設置の改正、或いは施設の廃止を命じ得ること、尚監督を強化して公の支配の下に置くということ、それから国は都道府県に対し、又都道府県知事は市町村に対して、一定の手続きをした上で保護施設の設置を命じ得ること、これらのことが保護施設に関する項目でありますが、次に保護の内容についても、保護の程度及び方法に関して、原則的な事柄は法律ではつきり決めるということ、尚又保護の実施の現状は消極的であるから、これを積極的に運用し、経済厚生的な施設を拡充し、防貧自立の機能を発揮するようにしなければならないということ、新たに教育扶助及び住宅扶助の制度を設けるということ、これが保護の内容に関するものであります。それから最後に保護費に関しては、現在の八、一、一の負担区分は、地方の負担が過重に失するから、この制度の円滑なる実施に対する障害となつておる。従つて地方負担の経減を図らなければならんということ、市町村の保護事務を施行するに要する費用の二分の一は、国において負担すべきであるということ、国及び地方公共団体はこの制度の実施に要する必要にして十分なる金額を予算に計上し、且つこれを支出するということを法律で明記しなければならんこと、以上のような内容を持つている勧告を出したのでございますが、その大部分が今回のこの法案に盛り込まれているように考えます。
 午前中からの公述人の言葉の中にも何回か繰返されましたが、この法案の第一條の規定、これは最低限度の生活を保障するということともう一つその自立を助長するという二つの目的を持つているものでございますが、この後の自立を助長するということにもつと力瘤を入れる必要があると考えます。つまり消極面ばかりでなく、積極的にこの法律を運営するということが極めて大事であると考えます。單は貧困者を救うということではないということは、この生活保護法の沿革から見ても言えますし、又現在の生活保護法でも一応そういう欠点は除かれてはおりますが、今回のこの改正によつて一層その点がはつきりしたことと考えますが、この條文を本当に生かして行くためには、今度出ますところの政令その他によつて、肉付けをし、それを実際に運用して行く面が非常に大事であると考えます。條文について申しますと、第四條に「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」ということがございます。これはいわゆる保護の補足性というものでございますが、この場合に資産、能力その他あらゆるものを、活用するということが條件であると言えますが、このことを非常に窮窟に実施しますと、最低生活が保障せられないことになりますし、又自立を妨げるこにもなつて来ると思いますから、條文はこのままであつても、その運営については周到な注意が必要であろうと考えます。又そのためにいろいろの規定をするということも必要になつて来ると考えます。
 それから第六條には「要保護」の定義が上つておりますが、この定義は、例えば金銭給付とか現物給付とかという文字が使つてあります。この給付という言葉は、保險学の用語であるが、この場合には普通の保險学で言つておるよりも広い意味に解釈をしなければならないように考えられますが、ここでも例えば金銭の給與又は貸與とか或いは物品の給與又は貸與、それから医療の給付ということになつておりますが、例えばいろいろの保護施設を利用することもやはり現物給付の中に入れられるものだと考えられます。この要保護の定義は、別段異論はございませんが、普通の要保護と違つておるということ、それからちよつと先程言いましたように、保護施設の利用ということも、若し入れるならばここにはつきり謳つて置く必要がありやしないかと考えられるのであります。私がここで特に興味を感じましたのは、この生活保護法に保險の用語が入つたということ、即ち段々に封建的な、或いは慈惠的な制度から自主的な制度に発展して行く過程としてこういうような用語の説明が入つたものだというように感じたのであります。
 それから第二章の第七條でございますが、これは他の公述人も言つておられましたが、申請によつて保護が始まるというのが原則であり、又急迫した状況にある場合には、申請がよくても保護が行われるということになつておりますが、ここで権利であるということが尚はつきりしていないように考えられるのであります。で條文をはつきり権利であるというように明示した方がよろしいものと考えるのであります。第八條については、「保護は、厚生大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、そのうち、その者の」とございますが、「その者」と言いますと、これは要保護者個人の場合であるか、或いは他の條文からも考えられますが、世帶主或いは世帶全体というふうに考えるか、はつきりしない点があるのではないかと思います。尚その終り方の部分は、「不足を補う程度において行うものとする。」というのでは、弱過ぎます。従つてこれは、「不足分を補はねばならん。」というようにしないと、権利たる内容が充実しないように考えられるのであります。その次に第二項は、これも運営について十分注意をしなければならん相当困難な面が含まれておると考えます。即ち、「最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、且つ、これをこえないものでなければならない。」というこの條文を生かすについては、周到な注意が要ると考えます。
 第三章の方へ入ると、第十一條の保護の種類は七つできておりますが、これは教育扶助、住宅扶助、この二つが、先程申しましたように、社会保障制度審議会の勧告に基いて加わつておるので、結構だと考えます。併し、十二條以下に各扶助の程度が規定してございますが、それはいずれも「困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者に対して、」という同一の言葉で示されておりますが、「困窮のため」というこの原因が、属人的な、つまり人に属しておる、例えば失業疾病、傷害、或いは老齢、若しくは身分上の関係で未亡人とか、遺族、遺兒というようなことにもなるかも知れませんが、その外に天災地変による困窮というような場合にも、同様に扶助が行われるということをはつきりさせたいものだと考えるのであります。尚これらの各種の扶助については、例えば同様に困窮と言いましても、医療扶助を行います場合には、医療扶助の原因が発生し、それに対する新たなる出費が加わつたために扶助を必要とするという場合があるのであります。言い換えますと、平常であるならば困窮してはいないけれども、疾病、傷害ということのために困窮するということも起ると考えますので、ここに單に「困窮のため」云々という場合の、その困窮の程度については、各扶助を與えます場合に、十分運用上の注意が必要と思われます。ついでながら申しますと、出産扶助については、従来は看護というのが上つていたのでありますが、今回は省かれております。これは普通の出産である場合には看護は必要としないというような建前であろうかと思いますけれども、入れて置くべきではないかというようにも考えます。
 それから少し飛びまして、第四章の「保護の機関及び実施」でありますが、実施機関として市町村長が挙げられていますが、その十九條の終りのところに、「保護を決定し、且つ、実施しなければならない。」ということになつて、これは市町村長の責任だということがはつきりしておると考えますが、尚列えば「市町村長の責任」というような字をここに加えられたならば、もつとはつきりするのではないかというように考えます。それから二十一條の補助機関でありますが、私の考えでは、この二十一條の補助機関は、むしろこれは執行の機関である。つまり十九條が市町村長の責任の規定であり、二十一條がこれを執行する機関であるというふうに考えたいのであります。従つて「都道府県知事又は市町村処長の事務の執行を補助させるため、社会福祉主事を置かなければならない。」というのは、「都道府県知事又は市町村長は、この事務を執行するために、社会福祉主事を置かなければならない。」というように改めるべきではないかと思います。社会福祉主事を新たに設置するということについては、私は異論はございませんが、外の方も言われましたように、早急に有能であるこの福祉主事を求めることが容易ではないと思います。又一旦そういう主事が得られましても、各地方の詳細な事情に精通しないということもあるし、又容易に転任をするというようまことがあつては、折角の福祉主事が本来の使命を完全に遂行することができないようになるかも知れませんので、この点は十分任用について注意を必要とすると思います。それから、先程来殆んどの方が申されました、二十二條の問題でありますが、これは努力機関というよりも、むしろ補助機関というように改めたいのであります。そうして、「市町村長又は社会福祉主事から求められたときは、」というのは、これは削除したいのであります。本来の建前として、民生委員はこの生活保護法を施行するに関して協力する、或いは協力というのが工合が惡いならば、補助するというような意味に持つて参りたいと思います。そうして民生委員が行うべき任務は、先程も読上げましたように、審議会の勧告にもある通り、必要な調査をするとか、或いは意見を具申するとか、或いは生産指導をするという点にあるわけであります。そうしてこの民生委員をどういうふうにして任命するかということでございますが、これは公選にするという方法もよいかも知れませんが、又候補者を何人か挙げて、その中から市町村長が指名するというふうな方法でもよろしかろうと考える。又ある場合に、民生委員会が社会福祉主事に任用せられるということは、甚だ妙味のある制度であろうと考えます。それから二十七條の指導及び指示でありますが、これはその二項、三項にも示してはありますけれども、この指導又は指示が非常に嚴重に行われるという場合には、折角の生活保護法の目的とするところが達成せられないというような危險もあるかと考えますので、運用に関して十分注意しなければならんと思うのであります。そうでなければ、最初に申しましたように、消極的な面だけになつてしまつて、積極的な、つまりいわゆるボーダー・ラインから落ちないようにするというような働きにならない場合が起つて参ると考えます。これらの点は條文そのものをどういうふうにして運用するかということに問題があると存じます。
 第五章の保護の方法でございますが、この方法に関しては多くの問題はないように考えますが、第六章の保護施設については、第三十八條に保護の種類がいきなり列挙してあります。これについては保護施設がどういうものだという條文を一つ設けて、はつきりさせて置く必要があろうかと考えます。無論三十八條を見ますると、そういうような列挙せられたものが保護施設であるのだということになるかも知れませんが、別條を設けまして、この保護施設を行うところの、設置する或いは運営する責任者が誰であるかということをはつきりさせると共に、その費用負担についてもここで一応触れて置くことがよろしいのではないかと考えます。尚三十九條に「厚生大臣の定める最低の基準以上のものでなければならない。」ということが書いてあるのでありますが、ここのところが、或いは四十條のところに、もつと例えば国が責任を以て保護施設を行うか、或いは都道府県が保護施設を設置しなければならんということを明瞭に謳つた方がよろしかろうと思います。例えばここの第四十條では「都道府県は、保護施設を設置することができる。」というようにぼんやりとしたことになつておりますが、これはもつと義務付けるのがよろしかろうと思います。例えば、厚生大臣が必要と認めた場合には、とかいうふうな言葉にしてもよいけれども、都道府県或いは市町村というものが設けなければならん場合がある。という、それを示した方が徹底的であろうと考えます。それからその次の公益法人が設置します保護施設に関してでありますが、第四十一條以下のところには、公益法人の設置したところの保護施設に対してばかり適用せられる條文と、それからいわゆる公設の、市町村若しくは都道府県が設けたところの保護施設と、それから公益法人にも適用せられる條文と、二つあると思いますが、その條文をはつきりさせた方がよろしいのではないかと考えます。それから少しく飛びまして四十七條の規定でありますが、「保護施設は、市町村長から保護のための委託を受けたときは、正当の理由なくして、これを拒んではならない。」ということが書いてありますが、これは無論両方の保護施設であろうと考えますが、若しこれを拒絶した場合には、設立の認可取消になることと考えますが、或いはそうならないで、これを反省せしめるような方法を設けた方が、より実際的ではないかと考えております。
 それから第七章の「医療機関及び助産機関」についてでありますが、この診療方針及び診療報酬の決定、つまり五十二條でありますが、それは国民健康保險なり、或いは健康保險の基準によるということにすべきであろうと考えます。つまり同樣の、或いは類似の医療給付が行われるものと、歩調を同一にするという意味からであります。
 尚飛び飛びに申しますが、六十二條の規定「被保護者は、市町村長が、第三十條第一項但書の規定により、被保護者を收容し、若しくは收容を委託して保護を行うことを決定したとき、又は第二十七條の規定により、被保護者に対し、必要な指導又は指示をしたときは、これに従わなければならない。」というのでありますが、これも運用の如何によつては非常に危險だと思います。危險と言つては少しく言い過ぎるか盲知れませんが、円滑な保護の実施が行われなくなるという危險がございますので、十分に政令その他によつて運用上の注意をしなければならんと考えます。
 時間がございませんから少しく飛びますが、第十章の「費用」の問題でありますが、これについては現行の生活保護法と負担の割合は変つていないように思いますが、社会保障制度審議会の勧告にもありますように、国の負担を増して地方の負担を軽減するということが必要だろうと考えます。これは配付税と申しますか、地方税によつて還元するということによつて行われるかも知れませんが、本来の建前として地方の負担を軽減するのが本筋だというように私共は信ずるものであります。條文にばかり即しまして、而もそれを飛び飛びに申しましたので、甚だ雑駄なことになつたのでありますが、若し御質問がございましたらば、尚その時に補足することといたしまして、私の公述を一応これで終ります。
#49
○委員長(塚本重藏君) 有難うございました。
#50
○山下義信君 園先生から大変詳細に、而も逐條に亘つて重要な点を指摘して頂き誠に有益な示唆を與えられ有難く思うのであります。先生はどうお考えになりますか、この第二十二條を皆さんが問題にしておいでになるのでありますが、私は率直に言つて第二十二條の、これは尚別の意味での民生委員の在り方についてもつと十分に規定するというこ等のことは、私自身の見解もございますけれども、一応この法律の骨子を是認した以上は、この法律の新らしい骨子に基いての運用という上に立つて見まするというと、民生委員の方々の十分なお力、御努力を期待するについては、少しも私はこの條文の表現で補足するところはないと考えるのでありますが、これは先生はどうお考えになりますか。それはただ、求められたときは協力するものとするというような、單に一條のうちの一句を寸断してとりますというと、極めて消極的な微温的のようにとれまして、何だか要らんような扱いにされたように見えますけれども、併し率直に公平にこの文章を眺めたときに、この中には重大なものが含まれておるということを私は思うのであります。殊に私の見逃すことのできんと言いますのは、市町村長及び社会福祉主事の行う保護事務については書いてない、「保護事務の執行」と書いてある。市町村長の行う保護事務の執行について、協力するとある、これは單なる意見を求めるとか、單なる手伝いを頼むというだけでなくて、場合によつては市町村長の行うところを代行させる場合があるかも知れない。社会福祉主事のいないところにおいては、皆さんが非常に心配されまするが、社会福祉主事の数が少なくて十分にその措置が行届かないところにおきましては、社会福祉主事の行う仕事をやつて貰わなければならんかも知れんというこ徳までも、私はこの法律の文章には含まれておるように思うのであります。
#51
○公述人(園乾治君) 「求められたときは、」ということが、非常に消極的な響きで、他の方はどういうふうにお考えになりますか、求められなければやれないのだという、市町村長或いは社会福祉主事が求めなかつたならば、積極的に協力はできない、消極的な協力というふうにこの文面では響くのですけれども。
#52
○山下義信君 私は教授が先程指摘されましたように、民生委員のいわゆる特殊奉仕家としての在り方についての積極的活動は、市町村長に求められようが求められまいが、自由自在になし得る余地が十分あると思う。求められるというときは、市町村長の権限が、社会福祉主事の権限が或る程度まで民生委員の手伝いを頼もうというときでありますから、市町村長が求めないのにこの責任が法律上に負わされていない。民生委員が一つの執行事務に干與するということは、私はその責任の分野を明白にする上には如何かと思う。この「求められたとき、」というのは、軽いただ手伝いという程度で求めるのではなくして、相当重要なる仕事を頼むときで、即ち市町村長の責任の範囲内のことを頼むときがありまするから、「求めるとき」としなくちならんのではないか、こう條文が解釈できないかと思いますが、教授はそうお取りになりますか。
#53
○公述人(園乾治君) 山下さんのおつしやる意味だつたら結構だと思います。まあ責任を持たせないと十分に活動しない、責任を與えないと協力がしにくいというふうな実情になるのじやないですか。
#54
○山下義信君 それから問題は、教授も御指摘になりましたようにボーダー・ラインの点については、本法は極めて遠慮されてありまする微温的な性格の点でありますが、これは私そう思うのでありますが、教授の御意見を伺うのですが、居宅保護と收容保護、先程給付という言葉でおほめになりまして、私も同感でありますが、收容という古い字句を使つたところもあつたかと思いますが、その收容保護の建前ですから、收容保護と居宅保護の本質と言いますか、その保護のやり方が、若し違えることができたらば、この居宅保護を中心とする、そればかりの保護法ならば、全く生活保障の我々に期待するようなものになり得るのじやないか。いわゆる收容保護というものの保護をする範囲、程度というものが居宅保護を全く同一の水準を以て生活保障の程度に飛躍し得られるかどうかという点なのですが、これは諸外国の事例などは如何でしようか。多少その間に差があるのじやないかと思うのですが……
#55
○公述人(園乾治君) あるのじやないかと思いますが、今資料を持つておりませんが、居宅の場合と收容した場合と差が相当出て来ると思います。今山下委員のおつしやつたような、いわゆる差がなくなれば一番いいでしようけれども……
#56
○山下義信君 それを一律にしようとするところに、そこに少し無理な点があり、不十分な点があるのじやないかと思います。現状としては止むを得ないだろうと思うのです。
#57
○公述人(園乾治君) 併し全体から言つてこの法案が非常に進歩的で、もう一歩進めば社会保障の一基幹というようなものになるのじやないかと私は非常に光明を持つて見ておるのですが……
#58
○山下義信君 私も非常に思つたよりもより以上によくできていると思つておるのでございますが、殊に段々いろいろ御不満な方面もあるかも知れませんが、要保護者の権利がはつきりと本法で認められてあります点は、この権利を正当に行使しますればですね……ですから要保護者の権利が確立し、市町村長の責任が明確にせられたこの本法の建前で、民生委員の権限を持つた行動というものがどの程度できるかという問題ですね、これは鈴木さんどうですか。今までは要保護者に権利がなかつた、市町村長の権限と言いますか、むしろ市町村長の義務というものが極めて曖昧でありました。従つて民生委員の方に或る程度まで権限を持つて頂かなければ、要保護者の保護も十分できませんし、市町村長の保護の義務も不完全でございますから、それを補助して、うんと尻を叩いて貰わねばならん仕事の分野がありましたが、併しながら件保護者の権利がしつかりと確立され、市町村長の義務も法律でしつかりと謳われました以上は、民生委員の方がその中間で権限を持つて保護者に臨む、権限を持つて市町村長の一部のお仕事をなされる余地は、この法律上ですね、法律の建前から幾分かお荷物が軽くなつたのではないかと思うですね。その軽くなつただけは今度は要保護者の権利の保護の立場にお立ちになつて、そうして不服のある者は、不服申立の代理人になる。それから要保護者の必要な者には保護の申請の代理をもしてやるがいい。ですから弁護士のような仕事といいますか、代理人のような仕事といいますか、そういうお仕事が、いわゆる斡旋のお仕事がうんとあつて、少しも民生委員の仕事は私は減らない、ただ形において何か一つの権利を持つておつたような在り方が少しく方法が変つただけで、むしろ要保護者の権利を擁護し、市町村長の義務を履行させるために御奔走をして頂く、気を付けて頂く場面が非常に、法律を完全に実行する上において、民間の有志として動いて頂くことが非常に重大になつて来た、こう私は思うのですが、鈴木とんどうお考えになりますか。
#59
○公述人(鈴木寛一君) 先程近藤教授に対して、山下委員は要保護者の味方になれということをおつしやいまして、今重ねて伺つたのでありますが、誠にそうであります。この方面におきましては我々は軽くなつたことく考えます。併しながらいわゆるお話をまとめて行きますれば、そういう面は決して軽くなつておりません。ただ法文が誰にも分り易く書かれるのが注文の趣旨だと思います。今御説明を聞きますと、執行機関に携わるのだから重大であるというお話を聞けば、誠に我々は安心するのでありますけれども、誰にも分る法文、簡單に知つて、誰れでも分る法文であるならば我々はこれを了とするのであります。先程申が申上げました字句に拘泥するなといいましても、まあ一般に字句に拘泥するのが当然であります。御立案になつた方々の精神を受入れ、我々の精神にぴつたりさえすればここに異存はないのであります。
#60
○山下義信君 私のお尋ねの仕方がまずかつたかも知れませんが、この法律の上で、このたびの改正法のこの法律の上で、民生委員としてどういう仕事をしたいとお考えになるのですか。率直に言うて、どういう仕事をするようにこの法律で書いて貰いたいという御希望ですか。
#61
○公述人(鈴木寛一君) 職務でありますか。
#62
○山下義信君 民生委員のなされる仕事ですね。
#63
○公述人(鈴木寛一君) その仕事は民生委員法に書いてありますから、書いて貰う必要はないと思います。
#64
○山下義信君 いや……
#65
○公述人(鈴木寛一君) 関係だけを書いて貰えばいいのです。
#66
○山下義信君 従来通りのお仕事を希望せられる、こういうわけですか。
#67
○公述人(鈴木寛一君) そうであります。
#68
○山下義信君 それはやはり保護の決定やいろいろな、このたびの法律で市町村長のなすべきことになりましたそれらの仕事を、従来はいろいろとして頂いておるのでありますが、その通りをやはり依然としてやろう、こういうお考えですか。
#69
○公述人(鈴木寛一君) 先程いわゆる勧告案の程度で、私もこれは言い過ぎましたが、勧告案に示されたあの案の内容といいますか、そのくらいのいわゆる職務をやることで結構だと思うのであります。
#70
○小杉イ子君 園教授に伺いますが、園教授は第二十二條を字句を改正するくらいにふだんお考えになつていないかと思うのであります。それはなぜかと申しますると、すでに二十一條の三項におきまして、丁度社会福祉主事のすべての権利というものを大分落ちておるわけであります。それでありまするからかも知れませんが、これは第二十二條ですが、「民生委員法に定める民生委員は、市町村長又は社会福祉主事から求められたときは、市町村長及び社会福祉主事の行う保護事務の執行について、これに協力するものとする。」、こう書いてあるのですが、「求められたときは」という言葉に誠にこうおとりになるだろうと思う。如何に民主主義とは言いながら、言葉が余りにも目下に対する非民主的の言葉であつて、協力をして貰わなければならんことであるならばもう少し……如何に法文とは言いながらもう少しやさしい言葉がありそうなものだ、私はこう思うのでございます。今はすべてのことでも、警察でもすべしという文句を書くところでもしましようと書く今日になつておる。それを法文とは言いながら、これは余りに分らない言葉ではない、分り過ぎているけれども、併し余りに見下げた文句である、私はこう思いますので、園先生にいいところを言つて頂いたと思つたのですが……
#71
○公述人(園乾治君) 全くお答えにはならんかと思いますが、私は社会福祉主事というものが執行機関で、それらの補助機関として例えば民生委員会というものがあれば、民生委員会というものを設けて、そこで当然の職務として求められなくても一緒になつてやるのだ。つまりそういう組織がございませんけれども、民生委員会或いは民生委員協議会というものがあれば、それと社会福祉主事というものが表裏一体となつて協力してこれを動かして行くようにしたらどうだということなのでありますから、だから求められなくても当然やるということなのです。先程山下委員からおつしやられた意味はよく分るのですけれども、意味がちよつと違うので……
#72
○井上なつゑ君 竹田さんにお伺いいたしたいと思いますが、要保護者の中に、御承知のように数十万と申しましようか、未亡人の方もいろいろございましよう。それが又大変に人口問題についての優生保護の方面からも人工妊娠中絶、婦人達のことを大変に御心配下さつておりますのでございますが、この法律が若し実施されるようになりましたら、今問題になつておりますところの、補助機関でございますところの福祉主事の問題でございますが、主事でございますね、この主事問題でございますが、この主事はこの法律によつて初めてできるのでございま4。この要保護者の中に婦人が沢山おりますのデ、結局主事の中にも何パーセントかの婦人を持たなくちやならないと思うのでございますが、(「結構」と呼ぶ者あり)これはどのくらいの程のパーセンテージで主事の中に婦人がいたらよろしいとお考えになりましようか。
 それともう一つは婦人が主事になるような教育を受ける見通しはどんなものでございましようか。現在の民生委員をしておられるような方が特別の教育を受けられるというような見込みはございましようか。三十何名の婦人を民生委員がおられるというお話でございますが……
#73
○公述人(竹田輝江君) 大体民生委員は二年乃至三年勉強してなられますのでありますから、優秀な方は別に学校にお入りになつて特に勉強なさらなくても直ぐその任に当られることとは思います。併し福祉主事を置くのに私は反対いたしておるわけでございまして、見通しとして、現在までの民生委員の在り方というふうに、協議会によつてすべてを決定する権限が持たれるというふうなことに私は賛成しておるものでございますから……
#74
○井上なつゑ君 あなたは主事に反対でいらつしやいましようけれども、若しこれが実現されましたら、やはり婦人も沢山要保護者の中にいるのでございますので婦人の主事も必要だと思いますが、そういう場合にどれくらい程婦人がおつたらよろしいとお考えになりましようか。
#75
○公述人(竹田輝江君) そうでございますね、どのくらい程と申上げても……、今のところ杉並区には民生委員が三分の一おるのです。でありますから先ず三分の一くらいは、半分とまでいいたいところですけれども、そのくらいに進出したらどうかと考えますけれども……
#76
○委員長(塚本重藏君) 本日は公述人の方かばが委員会の生活保護法審議のためにいろいろと有益を意見をお聞かせ下さいまして有難うございました。今後の審議に益するところが非常に多かつたと思つております。委員の間におきましてよく皆さんの御意見に更に検討を加えまして善処して行きたいと考える次第であります。厚くお礼を申上げます。
 これを以つて公聽会を終ります。
   午後三時五十四分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     塚本 重藏君
   理事
           藤森 眞治君
   委員
           中平常太郎君
           山下 義信君
           石原幹市郎君
           草葉 隆圓君
           谷口弥三郎君
           井上なつゑ君
           小杉 イ子君
           穗積眞六郎君
  政府委員
   厚生事務官
   (社会局長)  木村忠二郎君
   厚生事務官
   (社会局保護課
   長)      小山進次郎君
  公述人
           松本 隆文君
   日本医師会代表 萩原 松治君
   日本療養所患者
   同盟理事長   澤田 榮一君
   大阪商科大学教
   授       近藤 文二君
   民 生 委 員 鈴木 寛一君
   婦人団体会長  竹田 輝江君
   慶応義塾大学教
   授       園  乾治君
ソース: 国立国会図書館
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