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1980/07/22 第92回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第092回国会 本会議 第3号
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1980/07/22 第92回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第092回国会 本会議 第3号

#1
第092回国会 本会議 第3号
昭和五十五年七月二十二日(火曜日)
    ―――――――――――――
  昭和五十五年七月二十二日
    午後一時 本会議
    ―――――――――――――
○本日の会議に付した案件
 永年在職の議員天野公義君及び横山利秋君に対
  し、院議をもつて功労を表彰することとし、
  表彰文は議長に一任するの件(議長発議)
    午後一時四分開議
     ――――◇―――――
#2
○議長(福田一君) これより会議を開きます。
 永年在職議員の表彰の件
#3
○議長(福田一君) お諮りいたします。
 本院議員として在職二十五年に達せられました天野公義君及び横山利秋君に対し、先例により、院議をもってその功労を表彰いたしたいと存じます。(拍手)表彰文は議長に一任せられたいと存じます。これに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○議長(福田一君) 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。
 表彰文を朗読いたします。
 議員天野公義君は衆議院議員に当選すること十回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よつて衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもつてこれを表彰する
    〔拍手〕
    …………………………………
 議員横山利秋君は衆議院議員に当選すること十回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
 よつて衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもつてこれを表彰する
    〔拍手〕
 この贈呈方は議長において取り計らいます。
    ―――――――――――――
#5
○議長(福田一君) この際、天野公義君及び横山利秋君から発言を求められております。順次これを許します。天野公義君。
    〔天野公義君登壇〕
#6
○天野公義君 総選挙直後のこの特別国会において、私が永年勤続議員として院議をもって表彰を賜りましたことは、身に余る光栄であり、感激の至りであります。これひとえに、先輩、同僚諸賢の温かい御指導と御厚情のたまものであり、心から御礼申し上げます。
 私は、東京の旧第六区より昭和二十四年に本院議員に初当選いたしました。そして、旧六区より現在の六区となって今日まで、厳しい東京の選挙区にあって、あるときは落選の憂き目を乗り越え、当選を重ね、特に昨年十月の総選挙と先般の総選挙で当選し、今日の光栄に浴することができました。したがって、この三十二年間において御後援くださった方々、物故された方々、選挙区外から御後援くださった方々等、数え切れないありがたい方々の御厚情に心から感謝を申し上げる次第であります。(拍手)
 私は、昭和十七年九月、大学を卒業し、当時の同盟通信社に入社すると同時に、第二期兵科予備学生として海軍に入り、まる三年従軍いたしました。同窓同期の学生のうち、多くの戦没者がおります。戦争体験からしても、私は何よりも国の安全と平和が、自由と民主主義が基本であると確信いたしております。
 私の選挙区は、東京大震災及び第二次世界大戦中の空襲によって、再度にわたり大被害を受けたところです。災害に強い町づくりということは、わが国の都市政策の中心でなければなりません。東京では美濃部都政の影響もあり、最近やっと不燃、耐震対策が緒についたばかりであります。
 日本の経済が発展し、社会が安定し、優秀な人材が輩出しているのは、多くの部分を中小企業に負っております。中小企業の活力、中小企業者の家庭の活力によって日本が前進しているとも言えましょう。中小企業に不当な圧迫を加えないよう、活力を付与するよう、なお一層努力を傾注する必要があります。
 わが国の美しい風土は世界一であり、すばらしい歴史と伝統を持っております。その美しい日本の自然と伝統を守りながら経済社会の発展を進めるのには、さらに大きな配慮が要ると思います。
 考えていけば切りがありません。まさに内外情勢きわめて重大な時期にあります。
 本日の表彰を契機とし、初心を忘れず、誠心誠意事に当たり、長年御後援くださった方々に対し、御恩報じをするとともに、国家の進路に誤りなきよう最善の努力をすることをお誓いし、心からの御礼のごあいさつといたします。
 ありがとうございました。(拍手)
#7
○議長(福田一君) 横山利秋君。
    〔横山利秋君登壇〕
#8
○横山利秋君 ただいま、私は、院議をもちまして二十五年の永年在職議員として表彰の御決議をいただき、先輩、同僚の皆様から心温まる御激励や祝福を受けました。まことに感激にたえず、ことに謹んでお礼を申し上げる次第でございます。(拍手)
 私が本院に初めて議席を得ましたのは、昭和三十年、鳩山内閣成立直後でございました。当時、俗に、海行かば造船疑獄、山行かば陸運疑獄と言われた政治情勢に押されて、やみがたき社会正義心のもと、日本社会党から立候補し、奇跡の当選と言われたのでありましたが、自来まさに四半世紀、この間、日本の内外激動の政治の中で十回にわたる選挙戦に連続当選させていただきました。きょう、ここに栄を賜り、まことに感銘深いものがございます。
 かつて古人が歌われた「たどりつき振りかえみれば山川の越えにぞこえて来つるものかわ」の実感がひしひしと込み上げてくる次第でございます。これひとえに、先輩、同僚各位の温かい御厚志と御指導のたまものであり、また、郷土愛知県、特に名古屋市民の皆様の限りなき御支援のおかげと深く感謝し、心からお礼を申し上げる次第でございます。
 私は三歳にして父を失い、貧困の中で母は約二十年間、内職で私を育ててくれました。この間、給仕から国鉄への就職、働きつつ夜間中学、さらに遠く中支の戦場に赴き、戦後、混乱期を労働運動に挺身したものでございました。
 今日のこの栄誉と感激の中で、みずから省みて、果たして二十五年間、日本と国民のために平和と民主主義と生活の安定という初志の目的にどれほど貢献し得たかと考えますと、みずからの努力の不足を痛感せざるを得ません。かつはまた、きょうの日を待たずして先年死去いたしました母親の長年の労苦に報いることの余りにも少なかったことを思い出さずにはおられません。
 先般の衆参同時選挙に際し、各位とともに、八〇年代から二十一世紀を展望して、政党、政治家の任務と目標を国民の皆さんに訴えましたが、私は、改めて、初心に返り、よき社会、平和な日本の発展のために、真実一路、生涯をささげる決意を固める次第でございます。
 各位の一層の御指導と御鞭撻をお願い申し上げ、私のお礼のごあいさつといたします。(拍手)
     ――――◇―――――
#9
○議長(福田一君) 本日は、これにて散会いたします。
    午後一時十四分散会
     ――――◇―――――
ソース: 国立国会図書館
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