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1979/04/23 第91回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第091回国会 科学技術振興対策特別委員会 第11号
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1979/04/23 第91回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第091回国会 科学技術振興対策特別委員会 第11号

#1
第091回国会 科学技術振興対策特別委員会 第11号
昭和五十五年四月二十三日(水曜日)
    午前十時三十一分開議
 出席委員
    委員長 瀬野栄次郎君
  理事 小沢 一郎君 理事 小宮山重四郎君
   理事 塚原 俊平君 理事 石野 久男君
   理事 中林 佳子君
      狩野 明男君    椎名 素夫君
      玉沢徳一郎君    中村 弘海君
      船田  元君    綿貫 民輔君
      関  晴正君    日野 市朗君
      湯山  勇君    木内 良明君
      瀬崎 博義君
 出席国務大臣
        国 務 大 臣
        (科学技術庁長
        官)      長田 裕二君
 出席政府委員
        科学技術庁長官
        官房長     下邨 昭三君
        科学技術庁原子
        力局長     石渡 鷹雄君
        科学技術庁原子
        力安全局長   牧村 信之君
 委員外の出席者
        参  考  人
        (日本原子力船
        開発事業団理事
        長)      野村 一彦君
        参  考  人
        (日本原子力船
        開発事業団専務
        理事)     倉本 昌昭君
        参  考  人
        (日本原子力船
        開発事業団監
        事)      佐伯 義郎君
        特別委員会第二
        調査室長    曽根原幸雄君
    ―――――――――――――
委員の異動
四月二十三日
 辞任         補欠選任
  上田  哲君     関  晴正君
  田畑政一郎君     湯山  勇君
同日
 辞任         補欠選任
  関  晴正君     上田  哲君
  湯山  勇君     田畑政一郎君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 参考人出頭要求に関する件
 日本原子力船開発事業団法の一部を改正する法
 律案(内閣提出第二六号)
 日本原子力船開発事業団法及び日本原子力研究
 所法の一部を改正する法律案(石野久男君外四
 名提出、衆法第三七号)
     ――――◇―――――
#2
○瀬野委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、日本原子力船開発事業団法の一部を改正する法律案及び石野久男君外四名提出、日本原子力船開発事業団法及び日本原子力研究所法の一部を改正する法律案の両案を一括して議題といたします。
 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。
 両案審査中、必要に応じ、日本原子力船開発事業団役員の出頭を求め、意見を聴取することとし、その人選等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○瀬野委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
    ―――――――――――――
#4
○瀬野委員長 これより質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。関晴正君。
#5
○関委員 原子力船「むつ」の問題について、原子力船開発事業団がいろいろと御苦労されてきたところでありますが、私どもの記憶によりますと、あるいは認識によりますと、この事業団というものは、ことしの十一月をもって終わるものだ、こう思っているわけです。それが終わらないで、今度は研究という文字をつけまして新しく模様がえをするということになるのでしょうが、どうしてそういうことになるのか、この際お答えいただきたいと思います。
#6
○長田国務大臣 お説のように、現在の日本原子力船開発事業団法によりますと ことしの十一月末でその法律の期限が参ることになっております。ただ私ども、従来の経緯をいろいろ聞かされるところによりますと、そこでいろいろなお説があったようでございますけれども、その中には、事業団としては船舶用の原子力の舶用炉につきましての研究機能を充実すべきだというお説が、前回この事業団法の延長の御論議の際に、非常に多くそういう御意見の方々がおられた、そのように承っております。
 そういう観点と、それから実験船としての運航の実績もつけて、広いその面からの研究もいたすべきだという当初からの主張、そのようなものもかみ合わせまして、このたび行政改革の趣旨も若干織り込みまして、五十九年度末まで「むつ」の開発とそれから研究機能を充実させること、そういうようなことも兼ねましてこのような法案を提出いたした次第でございます。
#7
○石渡政府委員 若干補足をさせていただきます。
 まず、経過でございますが、現行の日本原子力船開発事業団法は、先生御指摘のとおり、本年十一月三十日までに廃止するものと議決されております。この経過は、ちょうど三年ほど前の昭和五十二年の第八十二回国会におきまして、同事業団法の改正のための政府原案が一部修正された結果、このように議決されたものでございます。
 この修正の御趣旨は、日本原子力船開発事業団が原子力船についての研究開発機関に移行するための必要な措置をとるべき期間として約三年間の延長を認められたという経緯があるわけでございます。この経緯を踏まえまして、政府といたしましては、同事業団法案の改正の趣旨を踏まえまして、原子船開発をめぐります最近の情勢をも踏まえまして、ただいま大臣の申し上げましたような考え方のもとに、この延長をお願いしているというのが経過でございます。
#8
○関委員 研究と開発と別の次元に立って、そうして二つのものをやるという考え方に立っているのですか。
#9
○石渡政府委員 元来、研究の成果を踏まえて開発に進むというのが一つの技術開発の進め方だと存じまするが、現在の原子力船開発事業団は、原子力船「むつ」の開発が主なる任務となっていたわけでございます。しかしながら、先ほど御説明申し上げましたように、原子力船開発に備えて基礎的な研究もあわせて行うべきである、また、そういう趣旨を踏まえて研究機関に移行していくべきであるという御趣旨を踏まえまして、新たに原子力船全般に関する基礎的な研究をもあわせて行うという趣旨で、研究機能を付与するという改正をお願いした次第でございます。
#10
○関委員 私ども、この事業団というものは、とにかく原子力船の第一船を開発する、そのための研究を深める、研究を深めて開発を前進させる、これはそういう内容の法律であったと思うし、趣旨であったと思うのです。決して研究が離れてあったものではなかった。これはもう立法のときの説明にも、趣旨にもうたっております。今度の法律改正でその研究を入れて――研究を別部門にゆだねるようなかっこうにでもするというならば、そうかなとも思うのだけれども、この事業団の内容とするものは、私は、これまでのものと異質になるものはないのじゃないだろうか、同じものじゃないだろうか、こう思うのですが、違うのですか。その点をお答えください。
#11
○石渡政府委員 法律の純粋なる解釈という観点から見ますると、先生の御趣旨が正しいと存じます。ただ実態といたしまして、現在の日本原子力船開発事業団は時限立法でございます。その時限立法は、原子力船「むつ」の開発をするという観点に合わせまして時限が切られているという実態でございますので、現実の問題として研究は、その「むつ」の開発に必要な研究に限られていたというのが実態であるわけでございます。ところが、前回の改正の御趣旨を踏まえまして、研究の範囲がそういうことでなくて、原子力船開発の全体についての基礎的な研究から積み上げるようにという御趣旨と理解いたしまして、今回のような改正をお願いした次第でございます。
#12
○関委員 「むつ」の原子力船の開発研究というものと原子力船の開発研究というものは同じものになりませんか。「むつ」と名がつけば変わりますか。性格としてこれは同じものになりませんか。
#13
○石渡政府委員 研究の対象、考え方としては同じものかと思いますが、現実の問題といたしまして、現在、原子力船に搭載いたします舶用炉の技術は、やはり日進月歩であるかと理解しております。したがいまして、そういう改良舶用炉の研究をねらうというのが、特に研究という機能を付与するということをうたった主体になっているわけでございます。
#14
○関委員 この問題についての考え方、とにかく研究という文字をつけて法律改正をするのだというその意味は幾らかわかります。わかりますけれども、今日、事業団が国民に与えている一つの信頼度と申しましょうか影響度と申しましょうか、それを那辺にあると思っておられるかということを私は長官に聞きたいと思うのです。と申しますのは、五十一年三月三十一日をもってこの事業団は終わることになっております。にもかかわらず、なおことしの十一月まで幾らか息をつかせたというところには、新しく移行する、研究機関に変わっていくという前提があってのことであった、こう思うのです。そういうことであるならば、一概にそれらのことを一々厳密にやらぬでも容認できるのじゃないだろうかというのが、あのときの態度であったと思うのです。
 私が一番考えることは、五十一年三月三十一日をもってこの事業団は命をなくしたものなんです。法律的に命のなくされたものが、五十二年十月に幾らか生き返ったということになるでありましょう。団としてもあるいは長官としても、五十一年三月三十一日をもって法律的根拠が失われたのだ、このことについてどう思われておるのかということと、あわせて原子力船「むつ」が持っておったところの機能、あるいはこれに当たってきたところの諸体制、それらのものを総反省すべき一つの時点に立たされたと思うのでありますが、この二つを一度に聞いてなんですけれども、法律的なことは長官から、それから事業団の行ってきた原子力船「むつ」についての基本的な反省と申しましょうか、総括的なもの、この点については事業団の方からでも結構ですし、政府の方からでも結構ですが、この二つの点についてお答えください。
#15
○長田国務大臣 法律につきましてのいろいろな御解釈もあり得るかと存じますが、私ども、事業団が今日まで法的にも有効に存続してきたものだ、そのような考え方に立っている次第でございます。
#16
○石渡政府委員 若干補足させていただきます。
 やや細かい法律論になりますけれども、当時の議論といたしまして、事業団法は、その附則第二条におきまして、「この法律は、昭和五十一年三月三十一日までに廃止するものとする。」と規定されていたわけでございますが、この規定は、定められた期限内にこの法律を廃止することについての立法者の意図、方針を明らかにしたものであるということでございまして、この法律を廃止するためには、別途の立法措置を講ずる必要があるというのが当時の政府の見解でございます。
 したがいまして、そのような別途の立法措置が講じられなかった場合に、その期限の経過によりまして当該法律が自動的に失効するということにはならないという解釈でございまして、昭和五十一年四月一日以降も原船事業団がその存立の根拠を失ったものとは考えていないというのが私どもの見解でございます。
#17
○野村参考人 お答えいたします。
 去る四十九年に放射線漏れを起こしましてから今日まで何をやってきたかという御質問でございますが、遮蔽改修の実施が非常におくれたということにつきましては、事業団といたしましても、まことに申しわけないことだと思っております。
 ただ、その間、事業団といたしましても、技術陣を強化いたしまして、大山委員会とかあるいは安藤委員会等の御指摘、この「むつ」というものは相当の水準に達しておるので、これに適切な改良を加えていけば十分役に立つという御指摘でございますので、その御指摘の線に沿って遮蔽改修の準備をしてきた。それには遮蔽改修の材質、第一次遮蔽、第二次遮蔽の材質をも新たなものにしました。それから、いろいろの事故の解析、調査とか、あるいは部分的には安全性総点検の一部でございますプラント機器類の調査であるとか、そういう試験研究もやってまいりましたので、その間、事業団としては、できる範囲内において事業団なりに努力をしてまいったつもりでございますけれども、全体として遮蔽改修の工事が今日までおくれたということに対しては、大変申しわけないことだと思っております。
#18
○関委員 先に一つずつ片づけましょう。
 五十一年の三月三十一日をもって、この事業団というものは、法律的には廃止されたものなんです。われわれはそう思っているわけです。いま長官は、法的には廃止されたものではない、こうお話になっておりますけれども、法的根拠のなくなったものを、なお法的に根拠ありとするのには無理だと思うのです。この時点に立って、緊急の臨時措置法でも生まれて一なお継続するとか、なおこの問題については考えるとか、これがあれば別です。全くなくなっているわけです。それなのに、なお法的根拠がありと言えるのは、何をもとにして言えるのでしょう。どこかに何と書いてあるからこれだというものがあるなら示してください。
#19
○長田国務大臣 当時の政府側の法律解釈の衝に当たります内閣法制局の見解が当時示されておりまして、それによりますと、「日本原子力船開発事業団法の一部を改正する法律案が昭和五十一年三月末までに成立しない場合、昭和五十一年度以降日本原子力船開発事業団が行い得る事業の範囲について、法制局の見解をただしたところ次のとおりである。」ということで「日本原子力船開発事業団法は、昭和五十一年三月三十一日までに廃止期限を延長する改正法が成立しない場合でも、昭和五十一年四月一日以降日本原子力船開発事業団が、当然に法的存在を失うものではない。」ということを基本といたしまして、ただし、いろいろな仕事を新規に始めることは妥当ではない、しかし、事業団そのものが存立しなくなるということにはならないのだ、これは別途の法措置が出て初めて現実に消滅する、そのような法制局の解釈が示されておりまして、政府側としては、そのような解釈のもとに、今日まで参っているところでございます。
#20
○関委員 そこで、別の法律ができるまではそういう解釈でおると言うのですが、その別な法律は廃案になったでしょう。その別な法律は成立に至らなかったでしょう。継続審議から廃案に至ったでしょう。廃案になっても、なおそのことが生きるという根拠に法制局は立っておりますか。
#21
○石渡政府委員 五十一年三月三十一日以降でずっと継続審議をお願いしておったわけでございますが、一時期、ちょっと日にちを正確に記憶しておりませんが、国会の審議が混乱をいたしまして、継続審議の手続きがとれなかった時期があることは、先生御指摘のとおりでございます。
#22
○関委員 だから、手続がとれないということは廃案になったわけでしょう。廃案になっていながら――継続審議中なら別ですよ。廃案でしょう。そこのところ、どうです。
#23
○石渡政府委員 確かに手続的には廃案でございましたが、その時点での政府の解釈は、単に廃案になっただけで、国会の御意思として、廃止ということが明確に察知できないという状況でございましたので、継続審議と同じ状況が続くという解釈でございました。
#24
○関委員 とにかく日本の法律というものがあって、そして法律のもとにすべての行為は運営されているわけです。金を支出するのも、事業を行うのも、すべて法的根拠によって存立の基本が確定され、運動が展開されているわけです。この事業団が、五十一年の三月三十一日をもって切れているわけです。切れておっても、新しい法律をつくろうという一つの方向があるわけですから、それがやがてできるであろう、それまでの間は見よう。慣習上、あるいは何といいますか法制局の見解、そういうものも幾らかはわかる。わかるけれども、出したものが廃案に至ってしまって、なおこれが生きている、こう見るのは私は無理じゃないだろうかと思うのです。
 それで、これまでの間、一体事業団の理事長なり監事なりはどういう見解を持っておったのか。私は特に、監事がこういう場合にはどういう役割りを果たしたであろうか、こういう法的根拠を失ってまで事業団というものがどういうお気持でおられたであろうかというのを、この際ひとつ聞いておきたいと思うわけです。
#25
○長田国務大臣 当時の法制局の見解によりますと、その後、特別に事業団を廃止するという積極的な意思を込めた法的措置がとられない限り、事業団そのものが消滅するものではないという立場に立ちまして、御承知のように、その後、事業団法の改正、存続についての期限延長をする改正法案も可決されたところでございまして、したがいまして、私どもは、事業団は引き続き存続し続けて今日に至っている、そのように考えている次第でございます。
#26
○佐伯参考人 お答えいたします。
 ただいま政府の方からもお話がございましたとおり、私ども事業団といたしましては、政府の見解に基づきまして、その見解の中身といたしましては、事業団が存続することによりまして、当然必要とされる業務、それから従前の事業の成果を維持管理する業務、こういうものにつきましては行うことができるというふうに書いてあります。したがいまして、これに伴います維持管理業務に必要な経費の支出につきましては、一応適正に支出されたというふうに現認いたしております。
#27
○関委員 私は、この監事の方々の監査の意見というものがどういうものになっているかということを実はお尋ねしました。お尋ねしましたけれども、毎年毎年出てくるところの監事の意見というものは同じです。特にこの法的根拠を失ってからの監事の意見というものは別にあるべきものだろう、こう思って関心を持って見ました。だがしかし、法的根拠がなくなっても、五十一年六月二十九日の監事の意見、また五十二年六月二十一日の監事の意見、同じです。適法かつ妥当であることを認めます、どうして適法になります。事業団の存在がなくなってしまって運営しているのが、どうして適法になるのです。この辺の言い方というのは間違っていませんか、お答えいただきます。
#28
○佐伯参考人 一応先ほどの御見解のとおり、団法は存続しているというふうに理解をいたしております。
#29
○関委員 それは勝手な解釈でしょう。少なくとも国会が定めた法律の効力というものが、この事業団においては五十一年三月三十一日で区切りがついたのです。そして五十二年十一月まで、原子力船「むつ」がさまようと同じようにこの事業団もさまよったわけですよ。えらい目に遭っているのです。原子力船「むつ」も気の毒だけれども、この事業団も気の毒だと私は思っています。だがしかし、気の毒な状態というものは率直に認めて、次の新しい手を打つのでなければ、これは前進ということになりません。それをそのままにしておいて、何か法的根拠ありだとか法制局の見解ありだとかということは、原子力船「むつ」が洋上で漂うて、あわてふためいて飯粒を練って糊塗したと同じような姿だ、こう思っているわけです。
 そういう意味では、少なくとも監査の意見というものは、ここにあるような五十年度の財務諸表及び決算報告書について監査した結果、適法かつ妥当であることを認めますという、この適法ということには非常な抵抗を持つわけです。あなた方監事というものは、何の意味で監事になっておりますか。しかも年に一遍か二遍監査をすればいいのかどうかわかりませんけれども、相当な給料もいただいているわけです。普通の方よりも高い給料をいただいて監事の地位も保全されていると言っていいでしょう。そういう監事が、法的根拠がなくなっているものについて監査をする場合、あるいはその執行について何らかの意見があってしかるべきじゃなかったのですか。何もなかったのですか。法制局見解様々ということで過ごしてきたのですか、お答えください。
#30
○佐伯参考人 監事といたしましては、そこに掲記いたしております適切、妥当という表現は一応例文でございまして、そのほかに、いろいろと事業団の業務の運営、それから予算の執行の適切かつ妥当な、効率的な運用が行われるようにいろいろ監査をいたしておるわけでございます。したがいまして、いまの適法の問題につきましては、先ほどの問題から外れる、それには入らないかと思っております。
#31
○関委員 同じ問答を繰り返しても時間のむだですからこの辺で置きますけれども、理事長は、この法的根拠がなくなった時点をどのように理解し、そしてこの問題をどうしなければならないかとお考えになりましたか。
#32
○野村参考人 ただいま大臣、局長から御答弁のございましたことと同じでございます。つまり五十一年度の時点で期限が切れたということによって、当然、事業団の存続の基礎が消滅したというふうには理解いたしておりません。それは廃止するための新たな法律というものが別に出されなければ法律的には有効である、従前の事業団としては有効に存続する。ただ、その業務の執行の範囲は、先ほど大臣、局長が答弁されましたように、要するに継続的な業務に限られるので新規な事業はやれない、こういう見解でございます。
#33
○関委員 とにかく一時死んだわけなんです。一時死んだけれども、死んだままにしてもおかれないというので、生かさなければならない。どの程度生かしたらよろしいか。生き返るのと生きた後の姿というものをどんなものにしたらよろしいかというところで、この事業団というものは研究所みたいな機能に模様がえをする、そのことのために必要とする時間をここに設定しようというので、ことしの十一月まで時間を与えた、私はこう思うのです。
 そういう点からいきますと、この与えられた時間で研究所の機能を持ったところの機関として変わっていってしかるべきじゃないだろうか、こう思うのだけれども、今度の場合では変わっていくのじゃなくて、いままでの事業団に研究の機能を加えて進めていこうということなんです。ことしの十一月までにという立法の趣旨からいきますと、大きく変わって趣旨に反するものになっているのじゃないでしょうか、この点どうでしょうか、
#34
○石渡政府委員 日本原子力船開発事業団の研究機関への移行ということにつきましては、先ほど申し上げましたように、五十二年秋の第八十二回国会におきまする審議あるいは修正の御趣旨であったわけでございます。私どもは、その趣旨を踏まえて今回の提案をさせていただいているつもりでございまして、その名称の問題と離れまして、内容的には「むつ」もその研究の対象として扱い、考え、そしてまた将来の原子力船開発に備えましての、長い目で見ましての舶用炉に関する研究の着実な積み重ねということを内容に考えまして、今回の法案を提出させていただいている次第でございます。
#35
○関委員 私は、原子力船問題について政府のとってきたこれまでの措置、また事業団の運営してきたこれまでの経過、こういうものを総反省するときに何が一番の誤りであったと政府は見ておるか、こういう事態を招いた最大の原因は何であるとお考えになっておるかお尋ねいたします。
#36
○石渡政府委員 原子力船開発のスケジュールが計画どおりに進まないという実態があることは御指摘のとおりでございます。その原因につきましては、多々あるかと考えますが、一つには、行政の立場からいたしまして、研究開発というものが必ずしも当初の予定どおり進むというものではない、そのためには、やはり時限立法というような、ある時点までにある成果を必ず上げるということの計画自体に難点があったのではないかということが基本的にはあるかと考えております。そして、その第二の問題といたしまして、ある事業を行う場合に、やはり地元の協力と理解というものが絶対的に必要なものであるという点の配慮が欠けておったという点が、反省すべき第二の点であったと考えております。
#37
○関委員 最大の理由は、原子力船事業団にその炉を開発するに当たっての許可をした政府、総理大臣ですよね、この総理大臣が原子力船事業団に能力ありとして原子炉の設置に当たっての許可をしたこと自体に、私は、不十分なものがあったのじゃないだろうか、許可するに値するほどの条件を事業団は持っておらなかった、持っておらない者に持っておるとみなして許可を与えた、これが一番の誤りではないだろうか、こう思っておるのですが、どうですか。
#38
○牧村政府委員 原子力船「むつ」の許可を与えるに当たりまして、当時の原子力委員会が安全性に関する審査をいたしたわけでございます。その際に、当時、原子力委員会の下に設けております安全審査会というのがございまして、日本の原子力の安全関係の専門家が集まっておるところでございますが、当然、そこでいろいろな調査、解析をした上で安全を確保できるという答申をもらいまして、許可に至ったことは事実でございます。その後の放射線漏れによります政府の大山委員会等の調査におきましても、当時の放射線遮蔽という問題に対しまして、日本でいろいろな実験研究をやったわけでございますが、中性子の漏れというものに対しての知見が不足しておったことは、その後のいろいろな調査によって明らかにされたわけでございまして、そういう意味合いからは、当時の専門家で考えつかないようなことか起きたということは否めない事実でございます。その辺は非常に反省すべきことと考えておりますが、その後の遮蔽改修工事の変更許可等に当たりましては、その後の知見等も十分入れ、また原研等の協力を受けまして、万全の審査をしておりますので、現在佐世保で工事が行われることにつきましては、今回はそういうことを絶対に起こさないように十分な規制をしてまいりたいというふうに考えておるところでございます。
#39
○石渡政府委員 ただいま、原子力船開発事業団を対象に許可を与えた点に問題があったのではないかという御指摘でございます。実態につきましては、安全局長から御答弁申し上げましたが、大山先生のリポートにも問題点の第一として提起されている点がその点でございまして、若干読ましていただきますと、事業団に関しては、単なる事務処理機関的性格が強かったという指摘がなされているわけでございます。すなわち、恐らく許可の時点につきましては、当然、技術的にも責任をとった形での運営がなされるであろうという想定のもとに許可がなされたというふうに想像できるわけでございます。結果といたしまして、事務処理機関的な運営がなされたという点が、あのような技術的な失敗を招いたという第一の原因になったかと考える次第でございます。
#40
○関委員 やっぱりこの問題の最大の原因は何であるかということがわからないで次に進むということはむずかしいわけです。いまもお答えがありましたけれども、こういうことが記されているわけです。核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律の第二十四条に、内閣総理大臣が原子力船を含め原子炉を設置しようとする者に許可を与える際の条件が規定されておりまして、その条件によりますと、内閣総理大臣は、原子炉設置者からの許可申請が次の各号に適合していると認めるときでなければ許可をしてはならない、そしてその次の各号の四項目のうちの三項目目、設置者に「原子炉を設置するために必要な技術的能力及び経理的基礎があり、かつ、原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること。」、ところが「むつ」の許可の申請をした日本原子力船開発事業団は技術的能力を欠いていた。このことは「むつ」放射線漏れ問題調査報告書にも明らかに示されているところである。したがって「むつ」に許可を与えた総理大臣の責任は明白だ。したがって今日、この「むつ」に許可を与えた総理大臣は許可を取り消すべきだ、こういう一つの意見があるわけです。この意見をどう思いますか。
#41
○牧村政府委員 先生御指摘のように、技術的能力につきましては、原子力船の場合につきましては、建造者である原子力船開発事業団並びに船をつくります造船事業者を含めまして、その技術的能力について検討したところであるわけでございます。その結果、技術的能力があるといたしまして設置の許可をいたした次第でございます。その後、試験運転を開始するに当たりまして、放射線漏洩というトラブルが起きたわけでございます。確かに、先ほどもお答えいたしましたように、遮蔽工事をいたしますときに、当時の知見としては予想し得なかったような中性子の放射線のストリーミングの現象によりまして放射線が若干外部に予定以上に漏れたということでございますが、直ちにそれをもって先生御指摘のように設置許可を取り消すべき事柄であると私どもは考えておりませんで、この問題は、その後の調査によりまして十分改修できるわけでございますので、そういう変更を行いまして、改修工事を行って健全なものにしていくのだという姿勢で臨んでおるわけでございます。
 「むつ」は何分にもわが国でも初めての研究開発段階の原子炉でございます。また軽水炉としては国産の一号炉と言ってもいいものでございまして、研究開発段階におきまして、いろいろな予想し得ないものも起きることは覚悟しておらなければいけないわけでございます。この「むつ」の欠陥がきわめて本格的な原子力安全のトラブルであるならば、先生おっしゃるようなことをすることを考えなくちゃいけないわけでございますけれども、日本の技術力によりまして十分改修可能であるという判断にいま立っておるわけでございまして、そういう線で今後の計画を十分に検討することによりまして、「むつ」を安全に運転できるものと現在私どもは考えておる次第でございます。
#42
○関委員 とにかく初めに当たっての政府の姿勢というものがよく吟味をしなかった、能力の吟味もしなかったし、開発研究に時間を与えるような措置もとらなかったし、そうして船と炉というものを一緒にさせちゃって実用の方向へ向けていっちゃった、私は、これが一番問題であった、こう思うのです。他国において成功しているものが、わが国においてなぜ成功しなかったのか。わが国独自の一つのものを編み出して進めよう、この意というものは大いに尊重していいと思うのです。だがしかし、他国のまねごとで進めなければならない段階において、わが国独自の創造的なものをここにつくりかえてということは、いいようでもあるけれども、反面、テストなりそういう研究というものが不十分である段階においては、私は、これは無理だったと思うのです。放射線漏れがあったということは、漏れがあっても、これを防ぐだけの力があれば防ぐことができたでしょう。またもう一つは、放射線漏れがないような状態につくっておかなければならないところに生じたということがあるでしょう。いま政府の方としては、ふたが悪かったのだ、ふたの仕方を考えればいいのだ、こういう安易なことで臨んでいるとすれば、私は、また間違いをもたらすであろう、こう思います。
 そこから、わが党としては、今回新しく法律を出して、炉と船というものを切り離して、十二分に耐え得る船、それに必要とする炉のあり方、こういう研究にどっこい専念した方がいいのじゃないだろうか、こういうところから、この機会に法律改正を出しているわけなんです。わが党の出しておる法律改正の方向が最も国民的なものになるのじゃないだろうか、こう思うのですけれども、この点については長官、どうお考えになりますか。
#43
○長田国務大臣 お説のように、炉の研究開発に全力を注ぎ、実験船として運航するということは、その次の後の段階にというのも一つの御主張だというふうに考えますが、私どもとしましては、「むつ」につきましての実験航海、一応開発を完了しまして、実験航海までやって、その間に得ましたいろいろな経験というものを将来に生かしていくことが、御承知のように、世界に有数の海運国でもあり、造船国でもある日本として、取り組んでいかなければならない重要な項目だ、そのようにも考えておりますので、研究開発の機能も新たに強化をする、そして実験航海までの段階を経ました経験というものも将来に生かす、両方の目的を追求し達成していく、そのような趣旨から今回このような改正案を提出した次第でございます。
#44
○関委員 この船が近く修理をされる、そうして何らかの形でまた生き返る、そういうことを期待しておられるようですけれども、私どもは、これはなかなか困難な作業ではないだろうか、こう思っております。
 そこで、あと時間もありませんから、次にお尋ねしておきたいことは、何かこの船の修理に当たって佐世保に入った、ようやく緒についたということが新聞にも報じられているわけなんですが、現地の漁協とこちらの方の当事者のお話し合いの中に、この修理を終えて、そうして完了するかしないうちに、修理に入るそのさなかにおいても、どうしても定係港がなければならない、母港を定めておかなければならない、こういうことでそちらの方としては新しい母港の設定を急いでおられるだろう、こう思うのでありますが、その新しい母港を見つけるのに自信がございますか。
#45
○石渡政府委員 何としてでも探し出さなければならないと考えております。
#46
○関委員 何としてでも探し出さなければならないというのは一つの願いでありますが、これは四十九年にこの事件がありましてから、もう六年たっております。そうして至るところを、適地を適地をということでお探しになっていることでありましょうけれども、適地を定めることが至難ではないだろうか、適地を定めることができないとなれば、この船の修理にかける金もむだになるのじゃないだろうか、私は、こう思うのでありますが、その適地、母港、これをいつまでに見つけられますか、いつまでに探せられますか、その見通しをどう思っておられますか。
#47
○野村参考人 五十三年の十月に佐世保港に入港いたしましたときに、現地で五者協定というものを結びまして入港いたしたわけでございますが、そのときに約三年間の修理を終わって、それから母港に行く、しかし、母港はなるべく早く選定に当たるようにという協定の文言がございますので、私どもは、その趣旨に沿いまして、いろいろ事情調査をいたしまして、これは事業団だけでできることでございませんので、事業団としての考え方をまとめてほぼ中間的な一つの案を現在まとめ上げているという段階でございますので、これを政府の方でもなるべく早く判断していただきたいということでお願いをいたしております。
#48
○関委員 佐世保に行って一年半暮らしておりますね、この一年半暮らしている間に、何の手もつけないで一カ月四千万ずつ払うわけです。そうしてもう七億二千万という金を払わなければならないところにいまきているわけですよ、何の仕事もしないで。そうしてこれから修理代をかけておやりになるとすれば、またここに時間もかかるし、金もかかるでしょう。仮にうまくでき上がったとして、その上で定係港がないとなればどうにもならないじゃないですか。修理に手をつけることも急がなければならぬのだろうが、定係港そのものを持つ見通しがここにつけられないと、これはやってもむだになってしまうのじゃないでしょうか、この辺はどうですか。
#49
○長田国務大臣 定係港の問題が非常に重要な問題であることは、私どもも十分承知しております。これにつきましては、基本的には原子力による舶用炉の安全性につきましての広い国民の御理解と、それにつきましての信頼というものが基本だと思っておりますし、また同時に、目の前の問題といたしましては、佐世保に入港して以来、事実上若干のいろいろな措置とかあるいはその検討はなされておりましたが、当初の計画どおりに進捗しておらないということなども一つの大きな原因だというふうに思っておりますが、幸いにしまして、佐世保におきます遮蔽改修の問題は、大分時期がたちましたけれども、めどが立ちまして、これから全力を挙げて、期限内に完成すべく、関係者が努力を続けていくことになりました。そういう、局面につきましての若干の進展も見られております。私ども、その問題の何らかのめどがつかないままに定係港の問題に取り組みましても、取り組むべき筋合いではございますから、心構えではそのつもりでおりますが、成果は十分上がり得ないのではないか。一応佐世保の方は佐世保の方で軌道に乗せまして、そうして定係港の問題に取り組むというようなことも考えておりましたので、もうあちらが軌道に乗ってまいりましたので、ただいま関係者全力を挙げて、これから定係港の問題にしっかり取り組む所存でございますことを御理解願いたいと存じます。
#50
○関委員 とにかく日本のどこの港でも引き受けるところがなかったのだが、私どもの青森県の昭和四十二年における知事が陸奥湾のむつにこれを認めました。この四十二年において青森県のむつが認めたことが、今日非常な誤りを来したという反省に立っていろいろ作業が行われているかと思います。ホタテの宝庫である陸奥湾、波静かにして非常にいい湾です。これは日本における、言うなれば漁業資源の一大地域でもあります。ここで一たび放射能汚染があったらどうなるだろうか。この海は入り潮と出潮が全然違っておりまして、一たん入った潮は、陸奥湾内をぐるぐるまずはよく回って、その上で太平洋に出ていくようになっております。
 そういうことを考えると、あの場所にこれを認めることはなかっただろうと思うのだけれども、当時の知識の浅さ、あるいはまた、あのころむつ製鉄が来るであろうというのが来なくなったところから、何らかのものが欲しいという、おぼれるものがわらをもつかむがごとき心理状態にありまして、四十二年の十月に、県として大湊を定係港として認めるという方向に至ったわけです。結果として、今度四十九年、この放射能漏れがあり、欠陥原子力船だということもわかり、そしてまた、出ていくときのあの陸奥湾における一大海戦、これは長官も記憶の中にあろうかと思います。
 そういうような一大海戦を思い浮かべて、そうして結果として結ばれた四者協定、この四者協定は、半年以内に新定係港を定めます、二年以内に撤去をいたします、その他二、三ございますが、そういうことで、それならば、人権上の問題もあるから、帰ってくるのを容認しようじゃないかということで入れました。そういう意味で、国と県と地元と、それから県漁連、この四者において結ばれた四者協定というものは、完全にまた守られなければならないと思っておるのですが、この点について長官はどう思っているのか。
#51
○長田国務大臣 先ほどもお答えいたしましたように、佐世保におきまして、「むつ」そのものの遮蔽修理を完了するめどが立ってまいりました。すっきりした安全な「むつ」というものにつきましてのめどをしっかり立てるということを、私どもは一つの大きな前提条件として考えておりますが、ただいま御指摘の四者協定につきましても、よく承知しているところでございます。
 五十三年の八月初めに、当時の熊谷科学技術庁長官が青森県下に参りまして、地元側三者、青森県知事、むつ市長及び青森県の漁連の会長、三者の方々と会談いたしました際に「むつ」出港後の適当な時期に四者でその問題について検討するというようなことで意見の一致を見たというふうに承知しておるところでございます。私といたしましては、この意見の一致につきまして、その結論を十分尊重し、ただいま申し上げましたような「むつ」につきましてのめども立ちましたので、今後しかるべき時期に、できましたら早い機会と思っておりますが、地元の三者の方々と御相談の上で、現在の定係港撤去問題の解決に取り組んでまいりたい、そのように考えているところでございます。
#52
○関委員 お答えからいくと大変よさそうな気がするのですが、もっと簡単に言えば、四者協定をきちんと守る決心でございます、こういうふうに伺ってよろしゅうございますか。
#53
○長田国務大臣 従来の経過をも踏まえまして、また将来の問題につきまして、地元三者の御意見も十分尊重しまして、よく御相談をしてまいる、そういう決意でございます。
#54
○関委員 ちょっとひっかかるんですがね。と申しますのは、いまの御相談ということは、またあそこへ戻して置いてもらおうというお考えですか。とんでもない話ですよ。それはないということだけはきちんと言ってくださいよ。
#55
○長田国務大臣 私が承知しておりますところでは、熊谷長官が青森県に参りまして、三者の方々と会談いたしました際に、「むつ」出港後の適当な時期に四者で検討をするということで意見の一致を見た、そのように承知しているところでございます。
#56
○関委員 大変な間違いが一つあります、長官。これは長官ですからね、熊谷長官は過去の人ですからね。四者協定というものがある。四者協定というものを長官は十二分に知っておりますか。まずそこから聞きます。知っておりますか。
#57
○長田国務大臣 大体承知しております。
#58
○関委員 そうしますと、この四者協定というのは、原子力船の母港としては撤去するということなんです。撤去するということです。さきの答弁では、あなたは撤去についての御相談をするというのだから、私はいいなというお答えに伺った。しかしその後、四者協定の取り決めの後においでになった熊谷氏との話で、心持ちの変わった者同士の話で話しているその内容についてのことをよく、ということになると、大変な違いになります。長官、これは大変な違いです。
 われわれ一番心配しているのは、ここのところでは、いまの市長は一番先に持ってきた市長なんです、だから、またこの市長になって、できればまた置いてもらいたいという希望が市長のところにある。あることは事実です。だがしかし、そんなことで協定というものがいいかげんにされるならば、これは大変なことになる。行政の継続性、法律が効き目がなくなっても団そのものを生かしておくほど、ある程度重みもあるわけですから、いわんや、結ばれた協定を守るという行政の継続性は、長官、持っているわけです。その四者協定というのは、ちゃんと文書にして、そして判こを押したものなんです。よりどころは、これなんです。これを大事にし、これを尊重して、少なくともこの問題で原子力船の定係港にむつを考えることはないのだ、これは長官の御意思として私はいただきたいわけなんです。
 長官、これもあり得るなんということになると、これはとんでもないことになってしまうわけですよ。こうなると、審議もストップしなければならなくなるし、政府自体の大問題になると私は思うのですが、この点は、長田長官は良識の人ですから、やはりちゃんと国が結んだことについては遵守します、こういう意思だけは明らかにしていただきたい。
#59
○長田国務大臣 先ほど私は、従来の経緯をも踏まえということを申し上げました。四者協定は尊重してまいるつもりでございます。同時にまた、いろいろな情勢につきましてお話し合いをすることも、これまた一つの当然の事柄だと思っております。十分尊重をいたします。
#60
○関委員 十分尊重というところに力を入れておいてください。同時にというのがその後につけられるというと、尊重とその次の話がつながらないことなんです。ですから、同時に以下というものはカットして、尊重します、政府は約束したことを守ります、いかに自民党あしきといえども、約束は守りますと、こういうことぐらいははっきりしてくれませんか。もう一遍、重ねてお願いいたします。
#61
○長田国務大臣 そういう経緯は十分尊重してまいるつもりでございます。
#62
○関委員 終わります。
#63
○瀬野委員長 湯山勇君。
#64
○湯山委員 短い時間でございますから、端的にお尋ねいたしたいと思います。
 私がこういう質問をいたしますのは、佐世保重工の社長が来島どっくの社長でありまして、私の地元の県でありまして、そういう関係で愛媛県から佐世保へ行っている人も多いし、またテレビなんかでごらんになったように、佐世保から愛媛県へ来ている人もあって交流がありまして、いろいろこの問題が話題になっております。
 そこで、そういうことを中心にしてお尋ねいたしたいのですが、私ども聞いてみますと、どうして佐世保へ持ってきたのかということについては、これは新聞で見るとおり、五十三年の秋十月に勝手に持ってきたのだ、新聞もそういうふうな書き方をしています。無契約で係船したのだということをしきりに言っておりますが、そういう事実に間違いございませんか。
#65
○石渡政府委員 その当時の記録等をよく調べてみたわけでございますが、若干事実関係を述べさせていただきますと、佐世保港におきます修理につきましては、昭和五十二年十一月、当時の佐世保重工の社長が当時の田村運輸大臣に対しまして、「むつ」の修理を引き受けるという趣旨の口頭の回答を行っているという事実がございます。また、それに前後いたしまして、五十二年の九月から佐世保重工は、日本原子力船開発事業団の要請に応じまして、技術協力職員を派遣いたしまして、遮蔽改修の基本設計作業に従事させているということ、また翌年、五十三年四月になりまして、やはり佐世保重工は、むつ改修工事室という組織を設けまして、工事の実施体制を整えて、五十三年の六月ごろからは「むつ」の回航に備えまして、係留岸壁の整備あるいは警備体制の検討といったようなことを進めてきているという事実があるようでございます。
 したがいまして、このようなことから、事業団側と佐世保重工との間には、「むつ」の受け入れということにつきまして実質的な合意があったということは事実であろうかと考えているわけでございます。回航に先立ちまして、事業団も係船等の契約に一層の努力をしたようでございますが、その契約には至らなかったということのようであります。しかし、先ほど申し上げましたような実態を踏まえまして、実質的な合意があったという判断と、それから係船等の契約につきましては、修理契約あるいは入渠契約の際に一緒に行うというような慣習もあるよしでございまして、こういったことをあわせ考えまして、回航後に契約を締結するという判断のもとに、五十三年十月に「むつ」を予定どおり回航した、こういう経過があったと承知している次第でございます。
#66
○湯山委員 委員長もお聞きのとおりで、推測はそうかもしれませんけれども、実質、それについての係船契約、そういうものはなかったということですね。
#67
○石渡政府委員 回航に先立ちましての係船契約がなかったというのは事実でございまして、決して好ましいことではなかった、かように考えます。
#68
○湯山委員 そこで、このことは国がやることとしては、事業団も国と一括して見ていますから、そういうことがあっていいかどうか、そういうところにやはり今度の一つの問題点があるのじゃないかというように考えます。
 後ほどまた申し上げることにして、さて、それ以後、いま関さんからもお話がありましたが、約一年半交渉が難航した、それの一番大きな理由は何だったのでしょうか。
#69
○石渡政府委員 原因の一つといたしまして、係船料の金額がなかなか折り合えなかったというのが大きなひっかかりになっていたわけでございます。それに絡みまして、交渉当事者でございますSSKと事業団との間の意思の疎通が欠けていた期間がございまして、必要以上に年月を経たという点は遺憾に考えております。
#70
○湯山委員 それが一年半たってようやく合意に達した。いま御答弁を聞いておりますと、五者協定というのでこれが合意に達したのだということですが、その合意の内容はどういうことですか。
#71
○石渡政府委員 五者協定と申しますのは、佐世保への「むつ」の回航に際しまして、五者、すなわち科学技術庁長官、原船事業団理事長、長崎県知事、佐世保市長及び長崎県の県漁連会長の間で結ばれた合意事項でございます。
 その主なものは、いわゆる核封印方式で修理を行うのだということ、あるいは佐世保港における放射能の監視体制を強化するということ、また風評による魚価の低落に対する魚価安定対策について必要な措置をとるというようなことを内容とするものでございまして、ただいまの係船料契約等につきましては、全く当事者間、すなわち佐世保重工と原船事業団との間で締結するものでございます。
 なお、その間、先ほども申し上げましたように、なかなか難航いたしましたので、長崎県知事が仲介の労をとられたという事実はございます。
#72
○湯山委員 先ほどは五者協定ですか、それによれば約三年というようなお話がございましたが、じゃ、いまおっしゃったのでは、科学技術庁長官、事業団、県、市、県漁連、この五者でおおむね三年というようなこともお決めになったわけですか。
#73
○石渡政府委員 そのとおりでございます。
#74
○湯山委員 それじゃ、佐世保重工との間にはそういう協定はないのですか、いまの期限等については。
#75
○石渡政府委員 期限についてはございません。
#76
○湯山委員 じゃ、佐世保重工はいつまで係船させるということになっておるのでしょう。
#77
○野村参考人 佐世保重工との係船の契約は、予算の年度ごとの契約でございますので、先般契約をいたしましたのは、過去の五十三年度と五十四年度でございます。五十五年度以降はこれから契約をするわけでございますが、その中で継続をしていくということはうたってございますので、今後も継続していきます。
 ただ五者協定の期限内に修理を完了すべく努力をするというのが私どものあれでございますので、佐世保重工と文書にしたものはございませんが、実質的な合意は、その五者協定の期限までは係留をお願いする、こういうことでございます。
#78
○湯山委員 私が聞いたのでは、期限が決まっておるのです。期限は五十六年の十月八日、こうなっておる。そして係船したのは五十三年の十月十六日ですね、だから、係船してから三カ年ということであれば五十六年の十月十五日になるべきはずですが、一体なぜ五十六年の十月八日になっておるのかということを聞いてみますと、それは、さっきお話があったように、岸壁にフェンスなどの警備施設を行ったのが五十三年の十月九日で、そこから起算して三カ年、したがって期限は五十六年十月八日となっている。おっしゃるように漠然としての一年ごとじゃなくて、きちっとこうなっておるのですが、これはどっちかが間違いですね。
#79
○野村参考人 SSKと私どもの合意文書は、先ほど申し上げましたように、年度で区切ってございまして、五十四年度の年度末までの契約をやっておるわけでございます。それ以外の期間についての文書の合意はございません。
 ただ、先生がおっしゃいました起算点でございますが、五十三年度の起算点については、これはいまお話のように、事前の準備というのがありますから、「むつ」が回航して着岸する以前の日を含むのが起算点になっておるということは御指摘のとおりでございます。したがって、五十三年度の契約の中には、一日ぐらい違うかと思いますが、その日が起算点になっております。ただ、一番最後の時日については、私どもとしては、文書でもっていつまでということをSSKとの間に合意をしたものはございません。
#80
○湯山委員 これは私、非常に重要な問題だと思うのです。約三年とかおおむね三年、これが合意である。しかし一方、さっきの話では、その合意の中に入っていないのです。佐世保重工を抜きにして係船期間を決めるなんというのは、まことに非常識だし、それではできないと思う。しかも、それを一年ごとに区切るなんて、どうして三年というのが出るのでしょう。私は、いまのように、会社側のだれという責任がある人というわけではありませんが、そういう面での正確な人、その人に聞いてみたのです。そうしたら、いまきちっとこうなっていると言うのです。日にちもいまのように正確に、係船は何日だけれども、そういうフェンスや警備施設をやったのは九日で、したがって三年たった五十六年の十月八日となっている。それがいまここで決まっていないというのでは、はなはだ困るのじゃないでしょうか。
#81
○野村参考人 その先生のお説のあれでございますが、私どもは、先般四月の二日ですか、大臣もお出ましいただきまして、SSKの社長との間に基本的なゴーサインといいますか、工事を進めることの合意を得ました後に、向こうの専務取締役と私どもの担当の専務理事とが具体的な詰めの事務をやり、契約を結んだわけでございますが、その契約は、いまも申しましたように二つございまして、一つは五十三年度から五十四年度までの係船等の契約と、それから昨年の七月に三適間ほど入渠いたしましたドック料の、これは過去の分でございますが、契約をしたということでございまして、それ以外に、もちろんいろいろ口頭による折衝は将来のことについてもやっております。しかし、五者協定のおおむね三年の間に修理を終える、その間は岸壁を使用させていただくという基本的な、話の間の口頭の了解といいますか、事実上の了解があるわけでございまして、五十六年の十月何日までというふうに限定された日にちの契約はございません。
#82
○湯山委員 これは非常に重要な問題だと思います。期限内にやるということもさっきおっしゃっておられましたが、期限内と言ったって、莫然と三年では期限内がいつまでかというのがわからない。したがって、この問題はもう少しはっきりさせていただく必要がある、場合によれば来てもらって、協定がおっしゃったとおりなのかどうなのか、確かめていただく必要があるのではないかと私は思うのです。
 と申しますのは、次へ参りますが、係船料は月四千万と聞いておりますが、それは今日までのことでしょう。今後のことは幾らになっておるのですか。
#83
○野村参考人 先ほど申し上げました五十四年度末までの係船料が四千万円でございます。今後のことにつきましては、確定した額はございません。
#84
○湯山委員 つまり、意見が合わなくて係船料で一年半延びた、これが主な原因だと先ほどはおっしゃいましたね。
 さて、その係船料が五十四年度まで決まっておるけれども、五十五年度、今月のはまだ決まっていない、そんな状態が一体契約と言えるのでしょうか。大臣、いかがでしょうか。
#85
○長田国務大臣 基本的に「むつ」の遮蔽改修をやることにつきましては、もう非常に円満に合意に達しているわけでございます。五十五年度の係船料につきましては、これはいまの物価動向とか、そういうようなものに対する懸念が会社側にあるように思われますし、そういうようなことで基本的な合意でずっと工事をやっていくことについては、いささかの支障もないと思いますが、具体的に幾らに決めるかということにつきましては、先方側に若干もう少し事態の成り行きを見たいという意向があるように私どもは聞いております。具体的な点につきましては、私ども余り詳細のことは存じませんが、そういうふうに聞いておるところでございます。
#86
○湯山委員 私は、それでは非常に不安で、とてもじゃないが、やっていけないと思うのです。
 どなたか信頼性工学というのを御存じでしょうか。専門の方、信頼性工学というのがあるのを御存じありませんか。
#87
○石渡政府委員 名称程度しか理解しておりませんで、まことに申しわけございません。
#88
○湯山委員 名称は御存じですね。
#89
○石渡政府委員 承知しております。
#90
○湯山委員 前の宇宙衛星の「あやめ」、これも長官の所管でしょう。二度にわたって失敗したときに、いろいろな人がそれについて意見を述べています。そのときに、事前に信頼性を高めよ、それが科学技術進歩の基礎になるのだということで、これは室津さんというのですか、大阪府立大学の専門は信頼性工学ですが、「日本では失敗したら大騒ぎするが、事前に技術面の信頼性を高めておこうという姿勢が何事によらずおろそかにされがちだ。宗宙開発技術も例外ではない。」、こう言っているのですが、原子力船「むつ」も例外ではない。こんな技術の面ではなくて、本当に事務的に処理できることを、係船する、それもきちっと三年とはっきりしていない。それから先月までの係船料は決まっておるけれども、ここから後は決まらない。こんなことで一体この仕事かできるのでしょうか。長官、これをお進めになるに当たって、しっかりお考えいただかなければならぬ問題だ、こんなふうに思います。
 この辺、もし事業団の方できちっとできないなら、この委員会へやはり当事者に来てもらって、なぜ係船料の約束ができないのかということを聞けば、向こうも言います。そうすれば正確な判断ができるわけだから、やはりお呼びいただいて、徹底的にやることが委員長を含めてこの委員会の役目じゃないだろうか。そうすることが国民に対する信頼と、こういうことを二度と繰り返さない道ではないかと思いますので、大変出過ぎたことを申しますけれども、委員長も御配慮願いたいと思います。
 それから、次にお尋ねしたいのですが、今度の費用は幾らかかるのですか。
#91
○石渡政府委員 現在、五十三億円を遮蔽改修工事の予算として、債務負担行為として計上しております。
#92
○湯山委員 最初につくるときには、船体が二十九億で炉の方が二十七億で五十六億でございましたね。今度はその改修ですから、五十三億というのですが、それはどういう内訳になるのでしょう。請け負う方は石川島播磨重工と三菱重工ですね、その両社がどれだけずつ請け負うことになるのですか。
#93
○倉本参考人 この遮蔽改修工事は、大きく分けますと、格納容器の中の一次遮蔽の改修工事と格納容器の外の二次遮蔽の改修工事に分けるわけでございますが、格納容器の中の工事は三菱にやってもらいます。それから格納容器の外の二次遮蔽の方は石川島にお願いをするということでございますが、この工事をいたしますのに、遮蔽のための材料というか遮蔽部材につきまして、その一部につきましては、私どもの方で発注をいたしまして、船主支給品といいますか、私どもの方から支給をする形のものがございますが、これらを含めて全体で五十三億という予算になっておるわけでございます。
 現在、一次遮蔽、二次遮蔽の工事につきましては、三菱、石川島と、佐世保造船所で工事をいたしますので、佐世保重工のお力もおかりしなければなりません。したがって、これにつきまして先ごろ坪内社長のゴーサインが出たということで、ようやく佐世保とのお話し合いができるようになりましたので、現在、この点についての詰めを精力的に行っておる段階でございます。
 予算的には、一次遮蔽の方が、五十三億のうちの三十億円、それから二次遮蔽の方が二十三億円ということになっております。
#94
○湯山委員 漠然と一次遮蔽が三十億で二次遮蔽が二十三億、それで事業団の方からどれだけ持っていってどう、佐世保重工はどれだけの仕事をするのでしょうか。三菱が三十億で石播が二十三億、こういうことじゃないですね、いまの御説明では。事業団の方で材料を持っていくものもある、それはまた別だ。それから佐世保重工が下請か何かやるのがありますね、その分は幾らか。いまの御説明では、五十三億は全部三菱と石播へ行ってしまって、あとへ行く分がないようですね。
#95
○倉本参考人 この点につきましては、現在、この契約につきましての交渉を三者間で詰めておる段階でございますので、まだ、佐世保の分が幾ら、三菱が幾ら、石播が幾らというところは確定いたしておりません。これは早急に契約の運びに持っていきたい、かように考えております。
#96
○湯山委員 長官、お聞きいただいたとおりですが、とにかく係留してもう一年半たっている。これは大変だからというので恐らく突貫工事だと思います。突貫工事で一年半で、しかも五十六年の十月八日までには完成しなければならぬ、長官も先ほど来非常に御熱意をお示しになっておりますけれども、いまになってまだどこがどれだけ工事をやるかわからない。これは大変な責任問題でもあるし、言葉は悪いかもしれませんけれども、重大な怠慢です。果たしてこれでできるでしょうか。長官はどうお感じですか。私、時間がありませんから、率直に感じをお述べいただきたい。
#97
○長田国務大臣 決して安易にそれができ得るという状況ではないと私も考えておりますので、事業団を初め関係事業者などに対しまして、全力を挙げて、余り粗漏なこと、拙速になってはいけませんが、十分にしっかりとした工事をできるだけ早くやり遂げてくれるようにということを強く要請もしておりますし、そのために必要な打ち合わせなども緊密にやってくれるように、特に強く要望しておるところでございます。
#98
○湯山委員 私は、もっと厳しく申し上げたいのですけれども、長官の就任前のことですから……。
 一体一年半、事業団は何をしておったのでしょうね。いまになってやるのは三菱重工と石播だと言う。どこに故障があったというのもわかっているわけですね。先ほどの御説明では、そんなに中心部のむずかしいところではないのだ、ごく初歩的な間違いがこういう事故につながったということでよくわかっている。それなら、こうすればいいということはわかっているわけですから、もうとっくに請負なんかできて、契約ができたらぱっとかかれるという体制でなければ、とてもじゃないが、期限内にできることはむずかしいと私は思う。
 それから定係港ですか、これだって、先ほど来あんなにおっしゃっておるけれども、いまのようなテンポじゃとてもできない、こんな感じがします。それは「あやめ」のときにもそういうことが書いてありました。こういう重要な事業を事業団に任してやるところに一つの誤りがあるということを信頼性の学者も言っています。「あやめ」なんか東大でもやっている、事業団もやっている。そんなことで、ばらばらにやって、ちっとも集中してない。それを事業団が中心になって進めるということだから、これは反省しなければならぬとちゃんと言っておるのです。
 私は、これとこれとは決して二つじゃないと思います。下手すると、これでできたと思って一年半先にやってみたら、また別なところで事故が起こっているという心配がないとは言えないと思うのです。長官、そういう心配は皆無と断言できますか。
#99
○長田国務大臣 安全の問題につきましては、安全委員会の系統でいままでも相当やっておったと思いますし、今後もそういう取り運びになると私は思っております。
 あと、契約の三者間の区分などか明確じゃないという点などにつきましても、鋭意それぞれ作業は進められておるというふうに思っております。ただ、従来の経緯などから、準備作業につきましても、四月二日以前に十分にやり遂げられない部分がかなり残っておった関係などで、先ほど理事長からお答え申したような事情になっていると思いますけれども、これにつきましては、私どもも御所論と全く同様に考えておりますので、急遽、しっかりとした契約も締結し、作業も進めるように私ども全力を尽くす所存でございます。
#100
○湯山委員 いまの係船料の問題も安易に考えては片づかぬ問題だと思います。それは一千万が四千万になったとかいうような話もあろうけれども、もしあの岸壁を佐世保重工が使って、他の船を持ってきてやれば、係船料だけでなくて、それの工事から何から仕事が一緒にくっついてくる。ところが「むつ」をあそこの中心部へああ据えたために、そういう仕事が全部飛ぶわけですね。カモがネギを持ってくるのが、カモばかり来てネギがくっついてない。だから、こうやって佐世保重工が仕事をするなら何十億かの仕事ができるわけです。しかし、ただ係船だけで、そんなのは全部飛ぶわけだ。そういう計算か、専門家ですから事業団の中にはあるし、科学技術庁にもある。だから、単なる係船料となるのか、「むつ」がふさがなければ他の船が仕事を持ってやってくる、そうするとどれだけの収入になるのか、その調整を常識的にしなければならないものを、一千万か何ぼか出して、ただ船つなぎ賃だけでやれというようなのも非常識だと思います。そうだと、今月分からの係船料だって簡単には片づかぬのじゃないでしょうか。そういうのはおよそ常識があると思うのです。そういうことと何か事業団は離れておるのじゃないでしょうか。いまのようになって、これから交渉ですけれども、いま申しました係船料だけ。それから期限もそうです。おおむね三年か、いまのようにちゃんと五十六年の十月八日なのか、これもそう。どれだけの仕事をどこがやる、これもきちっとしていません。どれだけを事業団は資材として提供するか、これもわかっていない。本来ならば三年かかってみっちりやるべきものが一年半になっておるのです。こんな冒険を果たしてやっていいかどうか、このことについては、いまいろいろお聞きしてみまして、やはり信頼性に欠けている、国民からもそう、お互いからもそう、当事者間もそうだと思います。
 そこで、もう一遍その辺を長官の御意思でたたき直して、もっと納得のいくような、信頼できるような体制を早くおつくりいただきたい、これを最後にお願いして、質問を終わります。
#101
○長田国務大臣 御趣旨の点は十分体しまして、これからやってまいる所存でございます。
#102
○瀬野委員長 木内良明君。
#103
○木内委員 今回の事業団法の改正案の審議に関しまして、「むつ」の問題並びにわが国の原子力船開発がどうあるべきか、こうした展望を描き出す上から質問を行いたいと思います。
 わが国は、明らかに海洋国家でございまして、海洋立国、加工業立国という特性を持っているわけであります。したがって、その意味から私は、海運に関しては、きわめて重大な決意を払い、なおかつ、常に先進的立場を保持することが、今後のわが国の繁栄と存続のために不可欠であるというふうに考えるわけであります。
 しかしながら、今回のこの「むつ」の法案の審議に当たって、現状をいろいろつまびらかに検討してまいりますと、大変憂うべき現状であるというふうに感じているものであります。「むつ」につきましては、これまでいろいろの失敗や経過があったわけでございますけれども、過去の教訓を未来に生かすという立場から、さらにまた新しい展開を行うという意味からこの問題を考えていきたい、こういうふうに思います。
 初めに、原子力委員会が、昭和三十六年二月八日付の「原子力開発利用長期計画の開発見通し」の中で一定のプランを立てておられるが、このプランの中の開発、建造あるいは研究の基本的考え方と概略は当時どんなものであったか、さらに、この見通しに基づいて開発研究が順調に進んでいたならば、現在どういう状況になっているべきであるか、この点をまずお聞きします。
#104
○石渡政府委員 先生御指摘の昭和三十六年二月の原子力委員会決定でございますが、その原子力開発利用長期計画におきましては、原子力船の実用化の見通しにつきまして、まず一九七〇年代の後半、すなわち昭和五十年代の前半には「わが国の海運界においても原子力船がその船列に加えられるものと考えられる。」という見通しを立てております。そういう見通しを基礎にいたしまして、原子力第一船の建造計画につきましては、同長期計画におきまして、一九六八年、すなわち昭和四十三年ないし一九七〇年、昭和四十五年に竣工することを目標としてその建造を進めるというふうに述べられております。
#105
○木内委員 この三十六年の見通しと比較する上で、昨年の十二月二十日付で原子力船研究開発専門部会の報告書が出ているわけでありますけれども、昨年十二月におけるこの報告書の内容、さらに現状分析、今後の見通し、これはどうなっていますか。
#106
○石渡政府委員 昨年十二月二十日付の原子力研究開発専門部会報告書によりますと、まず、先ほど申し上げました昭和三十六年当時の見通しに対応する部分といたしまして、原子力船の実用化時期につきましては「二十一世紀に入る頃には、欧米先進諸国において原子力商船の導入が相当進んでいる可能性がある」というやや文学的な見通しでございますが、こういう見通しを示しているわけでございます。
 そういう意味から申しますと、昭和三十六年当時の計画から見まして、大幅におくれているという点が指摘されているわけでございます。また現状分析といたしまして、こういう状態であるので、わが国の原子力船の研究開発は、陸上炉では相当豊富な実績を持っているという事実を考慮しても、欧米先進諸国に対して相当程度、少なくとも五ないし十年程度の遅れがあるというふうに分析をしております。
#107
○木内委員 大臣、いま局長に、三十六年二月の見通し並びに昨年の現状分析ということでお聞きしたわけでございますが、お聞きいただいたように、この両論にはきわめて大きな隔たりがあるわけであります。詳細につきましては、今後いろいろとお聞きしてまいりますけれども、まず、この開発かすさまじいまでのギャップでおくれを示しているという現状に対して、率直にどうお考えでしょうか。
#108
○長田国務大臣 原子力船の実用化の見通しが、最初の計画と比べて大幅におくれておりますことは、御指摘のとおりでございます。当時、世界的に原子力船の実用化が近いという予測をしまして、また諸外国におきまして、原子力船の開発が精力的に進められていた情勢からしまして、日本におきましても、短期的に原子力船の技術を確立し、また要員を養成するためにこの計画を立てたというふうに私は承知しているところでございます。その後、原子力船の実用化が、世界的にも当初の予測より大幅におくれる見通しになってきておるわけでございます。その間、日本におきましては、開発計画そのものも、いろいろの不幸な事態をも交えまして、当初の計画よりも大幅におくれている次第でございますし、また世界の海運界の方でも、商船におきます原子力船の実用化は余り進んでおらないというようなことでございます。
 しかし、先ほど原子力局長がお答え申しましたように、世界有数の海運国であり、造船国である日本で、原子力船の技術が五年ないし十年おくれているということは、非常に重大なことでもございますし、また今後の日本の商船ということを考えましても、たとえばエネルギー需給の長期計画などを考えましても、石炭の運送とかその他非常に大幅な商船の利用面というものがございまして、これらの情勢なども考えますと、極力早い目に原子力船の開発を進め、また舶用炉の研究を進めていく必要が出てきている、そのように考えているところでございます。
#109
○木内委員 いま長官からいろいろと御説明があったわけでありますけれども、現状としては、ある一定段階でこの研究開発がストップしているということが言えると思うわけであります。
 実は、衆議院の調査室で出しております「わが国の原子力問題の経緯と論点」という資料がございますけれども、この中に「原子力開発利用長期計画の改訂の経緯について」という付録があるのですが、これはいわば主要事項の改訂一覧表なんですね。これにはどんな項目があるかといいますと、たとえば原子力発電について、それから動力炉の開発、核燃料、さらに今回問題にしております原子力船について、それぞれの年次においての主要事項の改定内容が出ているわけであります。
 私は、原子力船以外については、一定の評価に値する進捗が感じられるわけであります。ところが、この原子力船の項目だけは、他の三項目に比べて見るも無残な後退ぶりを実は示しているわけですよ。いま局長も若干触れましたが、昭和三十六年二月八日の方は、「おそくとも一九七五年頃までには、その経済性は在来船に匹敵しうることが期待されるので前期十年間において原子力船一隻を建造し、運航せしめる。」、こういう見通しなんですね。これが六年後、昭和四十二年になりますと「舶用炉の改良研究を推進する。」ということになっております。そして昭和五十三年九月になりますと「「むつ」の遮蔽改修及び安全性総点検を行い、実験航海を実施する。また、研究開発を進めるために十分な研究開発体制の整備を図る。」ということ、仮にこの三十六年と五十三年だけ、両極端を取り上げてみても、いわばこの内容というものは後退、後退、後退なんですね。縮小に次ぐ縮小をしているわけです。
 一体いままで、この事業団なり、さらにまた原子力船を開発しようという姿勢を持つべき科学技術庁は何をしてきたのだという指摘が、先ほど同僚委員の方からございましたけれども、まず、その辺の感懐をお聞きしたい。加えて、こういう後退の環境の中で今回の法改正を政府としては提案されているわけでありますけれども、この法改正がどういう位置づけをするのか、この辺まず局長から、さらに大臣からお願いしたいと思います。
#110
○石渡政府委員 先生御指摘の資料につきましては、まさに今日までの原子力開発関係の主要なプロジェクトの経緯が明らかになる資料でございまして、私どもも、原子力船とほかのプロジェクトを横並びに見まして、非常に考えるところがあったわけでございます。
 原子力船につきましてぜひ御理解を賜りたいと存じますのは、三十六年当時ブームと申しますか、世界的に原子力船の実用化が近いのではなかろうかとみなが判断しておった時期であったということをまず考えねばならないと思うわけでございます。そういう情勢のもとに、世界有数の造船国であると自負しておりました日本が、早くこのプロジェクトをスタートさせ、そして一番早い方法でこの技術を習得しようと考えたということは、ぜひ御理解賜りたいと存ずるわけでございます。
 その後、不幸にいたしまして、予期しなかった技術上のトラブル等々のために、この研究開発が遅延に遅延を重ねてきているということで今日に至っているわけでございます。しかしながら、昨年一年間をかけまして原子力委員会で検討いたしました結果といたしましても、今後の原子力船の可能性というものは非常に高いものがあるという判断でございまして、その時期につきましては、二十世紀に入るところに相当行き渡るという判断でございますけれども、わが国といたしましては、今後ともじみちに原子力船の研究開発に取りかかっていかなければならないという判断をしている次第でございまして、そういう趣旨を踏まえまして、第八十二国会におきます審議の趣旨もあわせ踏まえて、今回の法案を提出させていただきたという次第でございます。
#111
○長田国務大臣 「むつ」の開発がいままで非常に不幸な事態の連続ということも踏まえまして、御指摘のように非常におくれ、今日の状況になってしまったということにつきましては、大変残念に思っておるところでございますが、同時に、原子力船の見通しにつきましても、昭和三十六年当時考えましたことと、その後諸外国におきましても、たとえば西ドイツなどででき上がったものを係留しておくとかいうようなことで、商船におきますエンジンの原子炉化というものが趨勢として相当おくれてきているという事態もその間交えたわけでございます。
 ただ、日本におきましては、御存じのような海洋国家としての日本の特殊性あるいは今後のエネルギー計画に関連しましての輸送問題などからしまして、むしろ商船としての舶用炉に原子力を導入することの必要性が諸外国よりも増してきているというような情勢が今日起こってきていると考えられますし、そのような観点をも交え、先般の法律改正の際の御論議の経緯なども踏まえまして、このような法案を提出し、今後の研究開発と、それから運航の経験による船舶運営につきましての価値ある経験を積んでまいりたい、そのように考えた次第でございます。
#112
○木内委員 先ほどの局長の御答弁の中にございましたけれども、当時この研究開発のプランが立案されるときの世界的状況は非常に熱いものがあった、このムードに酔った、したがって、その研究開発を急いだという傾向があったというはっきりした御答弁があったわけであります。振り返ってみて、拙速であった、したがって、当時の見通しとしてはきわめて甘いものがあった。これはもう私がさっき調査室の資料で申し上げたとおり、現実問題として後退しているわけです。当時甘かったというその点をまずお認めいただきたい、こういうふうに思います。それは大事なことです。
#113
○石渡政府委員 先ほどの私の答弁の中に、実用化の見通しにつきまして二十世紀に入るころと間違えて申し上げました。二十一世紀でございますので、おわびして訂正させていただきます。
 それから、当時の原子力船開発に取りかかるときの姿勢でございますが、端的に申し上げまして、今日になって振り返ってみればという前提ではございますけれども、その間やや焦ったと申しますか、少し拙速、急ぎ過ぎたという点については、私は個人的には認めたいと思います。
#114
○木内委員 どうも先ほどからお話を聞いておりますと、そういう点についてはとか個人的には認めたいとか繰り返しておられるわけですけれども、一体これは責任はどこなのですか、開発がおくれている、研究が遅々として進まないという原因は。
 私も、きょうはここに豊富に議題を用意しておりますので、その点お認めいただかないと、先へ進めない感じがするのです。これは長官、一言でいいですよ。わが国の原子力船の開発研究の当初段階における見通しは甘かった、過去のそうした事実に目をつぶらずに、お互いにその教訓を生かして、今後の研究開発の展望を行おうという前提でさっき申し上げたわけですから、長官、ひとつどうですか。
#115
○長田国務大臣 これは話がちょっと別になりますが、先般の人工衛星「あやめ」の問題などにもございますように、私どもは、そのときどきに全力を尽くしてまいるということ、その結果が後になって若干見通しを誤ったということにもなるという点につきましては、その時点時点で全力を尽くしたかどうかということにつきまして、そういう観点からは評価してまいりたいと存じます。しかし同時に、また過去の誤りというものを今後繰り返すまいというような点は、私ども科学技術の研究開発に携わる者としましては、特に絶えず心がけなければならないところだと存じます。御指摘の点につきましては、十分肝に銘じてこれから事に当たる所存でございます。
#116
○木内委員 またここで責任問題になりますと、前回長官とやりました、先ほども同僚委員が触れておられましたけれども、宇宙開発みたいな問題になってしまいますので、この程度にいたしますけれども、いずれにしても、私が申し上げたいのは、いわば発想は純粋でも、いま長官が言われたように、そのときそのときで全力を尽くしていたのだ、だから、しようがないのだという姿勢が、わが国の科学技術関係の研究開発における大きなネックになっていると思うのです。これは一連のテーマをながめてみても、そういう責任を転嫁するような、一生懸命やっていました、しかし失敗しました、で済まない問題ばかりなんですね。
 そういう意味で、これはいまお聞きしたわけでありますけれども、十分申し上げている趣旨を踏まえて、今後、責任体制の明確化とともに重大な決意で臨んでいただきたいと思います。
 これまでのお話にもありましたけれども、見通しの甘さということについて、その原因を総括的に洗う必要もあろうかと思うのですけれども、端的に言って、わが国にはこの原子力船を研究開発する環境、土壌が整っていないのか、あるいはこれまで研究開発がおくれてきている現状を考えてみるとき、たとえば開発委員会のメンバーの能力がなかったのか、あるいは時間がなかったのか、さらに予算がつけられなかったから十分でなかったのか、それとも未来予測の技術が不備であったのか、この点をお答えください。
#117
○石渡政府委員 このような事態の推移を見ているということについては、いろいろな原因が複合してと申しますか、重なり合ってのことかと存じますが、私、ただいまの先生の御指摘の四点につきまして、むしろ消去法で考えてみますと、予算が余りにも不足しておったという事態はなかったと考えますし、また時間はあったわけでございます。したがいまして、やはり技術の実用化の予測の早まりと申しますか、それも含めまして、将来技術の予測が不正確だった、また、そういう予測に基づきました計画自体に結果として無理があったというようなことが主な原因ではないかと存じます。また研究開発自体を離れまして、やはり国民の理解と申しますか、地元との意思の十分な疎通という点が欠けておったという研究開発のやり方に意外に大きな要因があったのではないかというふうに考えている次第でございます。
#118
○木内委員 いままでのこの問題についていろいろとお話をいただいたわけでありますけれども、さて、ここで昨年の十一月二十七日の専門部会の研究開発計画ワーキンググループの資料が私の手元にあるのですが、この中で計画の手直し、延期というものが今後行われ得るような、やはり従来と同じ見通しであるという可能性が当然出てくるわけですね。現段階におけるワーキンググループが出した報告書の実現への見通しについてはどう考えますか。
#119
○石渡政府委員 ワーキンググループの作業でございますので、これが最終的にオーソライズされたという段階のものではないわけでございますが、研究者のグループとして今後こういうふうにやっていきたい、また十分やっていけるという意味での計画であることをまず御理解賜りたいと存じます。
 この計画は、大きく言って三つの部分に分かれるわけでございますけれども、まず「むつ」の第一計画と申しますのが、現在進められている計画それ自体でございまして、第二計画は、それがうまくいったならば、その後ではこうしたいということでございます。また改良舶用炉の研究は新たにつけ加わるわけでございまして、当初はむしろペーパープランと申しますか、設計評価の研究が主体になるものでございます。そういう意味では「むつ」第一計画並びに改良舶用炉の設計評価研究等は、恐らく計画どおりに進められるであろうし、その成果を踏まえて第二計画かどのように進められるべきかということが、ある時点でさらに具体的に検討されるというスケジュールである、かように理解しております。
#120
○木内委員 いまのこのワーキンググループの報告書、十年計画スケジュールというのがあるわけでありますけれども、ここで「むつ」の第一計画についての表記がなされております。加えて、また「むつ」の第二計画も出ているわけですけれども、五十四年度、五十五年度現在、五十六年、五十七年の半ばまで、たとえば「むつ」の第二計画、概念設計ということになっているわけですね。たとえば第一計画がまだ見通しが十分立っていないのに第二計画が、プランがどんどん独立して先走っているような感じがしてならないわけでありまして、当然、第二計画というものも第一計画というものとの相関関係の中で進められていくものであるというふうに思うわけです。したがって、この第一計画と第二計画の相関関係の関連状況はどういうものか、加えて、第二計画というものの進展がいまどのようになっているのか、お聞きします。
#121
○倉本参考人 この専門部会の報告書でございますが、現在、私どもが「むつ」を開発いたしております立場、また「むつ」の第二計画といいますのは、私どもとして「むつ」の将来といいますか、「むつ」の現在の炉心での実験を一応考えているわけでございますが、現在の燃料は、約二年たちますと新しい燃料にかえなければならないということもございまして、将来の開発を考えますと、やはり第二次炉心と申しますか、そういうものについての計画を考えなければいけないということで、第二次炉心の勉強を若干いたしておるわけでございますが、これらにつきましては、もちろん今後、政府の方の御方針なり何なりというものが決まりましてから具体的には進んでいくということになろうかと存じます。
 したがいまして、現在私どもは、その第二次炉心についての基礎的な調査検討をいたしておるという状況になっているわけでございます。
#122
○木内委員 いまお聞きいたしました第二計画の問題と関連いたしますが、今後の研究開発のあり方として過去の計画実施段階における問題についても若干触れておきたいというふうに思います。
 過去における計画実施段階の問題ですけれども、昭和三十九年に建造見積もりのための基礎設計、基本設計をもとに委託発注され、昭和四十年に三菱原子力、IHIに改良設計を頼む、四十二年三月に原子力第一船開発基本計画改定が行われる、こうした段階において当時実際の原子力船の設計思想というものにはどういう点が配慮されたのか。その一つとして、なぜ分離型の軽水炉が当時選択されたのか。
 と申しますのは、当時の計画策定段階から今日までの長い時間を経過した現状では、一体型の炉の経済的効用が評価されるようになってきたわけでありまして、当時としての見通し、それから今日における第二計画等の関連で、このいわゆる一体型の経済的効用についてはどのように判断されるのか。
 またさらに、一体型、反一体型とあるわけでありますけれども、なぜそうした種類の中からこの「むつ」の炉が選択されたのか、こうしたいきさつについてお聞きします。
#123
○倉本参考人 「むつ」当時の設計思想でございますが、これは昭和三十八年の最初の原子力第一船開発基本計画というのがございまして、これに基づきますと、原子力第一船の設計及び建造は、搭載する原子炉も含めて可能な限り国内技術によって行うものとするという御方針が出されておりました。この線に沿って、原子炉を含めた原子力船第一船についての計画を事業団で進めてまいったわけでございますが、舶用炉につきましては、その当時はサバンナ号というものがアメリカで計画をされておりまして、一方ドイツにおきましては、オット・ハーンの計画が進んでおったわけでございますが、サバンナの方は、現在の「むつ」と同じ分離型を積んでおりました。オット・ハーンの方は一体型であったわけでございますが、わが国の状況等から考えまして、その当時、この米国のサバンナ号あるいは陸上発電炉との経験等がわが国においてはあったというようなことを踏まえて、この分離型が選ばれたのではなかろうか、かように考えます。
 ただわが国で、国内技術と申しますか、一応舶用炉としては、軽水炉、しかも加圧水型炉が一番適当であるという線から、この加圧水型炉につきましては、当時わが国において設計能力と申しますか、経験等からは三菱原子力工業というところがあったというような点ももちろんあるかと思いますけれども、もう一つは、この一体型につきましては、オット・ハーンは確かに一体型でございますが、一体型の方は非常に背が高くなるというような点もあったと思います。現在の「むつ」にはこれを積めないというような点もあったのではなかろうかと思います。そのような点から分離型、加圧水型炉を採用する方針を決定されたものと存じております。
#124
○木内委員 いまの参考人の御説明で、いろいろ海外技術というものがあったけれども、でき得る限り自主技術、国内技術で対応していこうという判断のもとに当時スタートした、結果的には、今日の現状に見られるように、こういうていたらくといいますか、状況になっているわけであります。
 逆に考えてみますと、国内技術でいけるのだという当時の判断が明らかに間違いであった、こういうことになりますね。
#125
○石渡政府委員 今日のていたらくという手厳しい御指摘でございますが、確かに開発のテンポはおくれているとはいうものの、技術的には当初の予定よりも格段にできの悪いものであったというふうには私ども考えていないわけでございまして、確かに失敗もあったわけでございますから、りっぱなことは申し上げられませんけれども、何とかこれに手を加えていけば、まだまだ十分研究用には使えるのだというレベルのものであると今日の時点での技術判断でも考えているわけでございます。そういう意味から、当時、国産でいこうという判断をしたということについては、決定的に間違いであったとの御指摘ではございまするが、私どもそうは考えていない次第でございます。
 なお、国産以外で本当に方法があったろうかということにつきましても、若干私、疑問があるわけでございまして、当時まだ世界でも数少ない開発状況でございましたから、日本に好意的に技術を出そうということが現実の問題として行われ得たであろうかという点にも疑問を感ずるということも申し添えさせていただきます。
#126
○木内委員 当時、三菱とウエスチングハウス社との間でチェック・アンド・レビューの技術契約が交わされていたわけでありますけれども、このウエスチングハウスの一般的手法についての技術契約なのか、それとも当時のものか、わが国の原子力第一船の特質を考えたいわゆる特殊なものであったのか、チェック・アンド・レビューに関する技術契約が。特に放射線漏れを生じたところに関してのチェック・アンド・レビューについてはどういう対応がなされたか、さらに今後、チェック・アンド・レビューということについては、技術面でどういう対応をされていく御見解をお持ちなのか、この点についてお答えをいただきたい。やはりこの事故というのは、今回だけで終われば、私の気持ちからしましても、これに過ぎたるものはないわけでありますけれども、そうかといって絶対に起こらないとも限らない、その辺のひとつ明快な一線というものをお示しいただきたいと思うのです。
#127
○倉本参考人 三菱と「むつ」の舶用炉の製造契約をするに当たりまして、やはり自主技術で十分であるとは言いながら、やはり三菱がウエスチングハウスから技術導入といいますか、ウエスチングハウスと技術提携をしておったという関係もございまして、この製造契約には事業団といたしましてはウエスチングハウスのチェック・アンド・レビューを一応受けてもらおう、こういった点についてチェック・アンド・レビューをしようということで、このチェック・アンド・レビューに関するコンサルタント契約というものを結んだわけでございます。これは三菱がウエスチングハウスと技術提携を結んでおるといった点で、実際の設計についての先方とのチェック・アンド・レビューについてのディスカッションというものについては、三菱原子力工業の職員に限られておったというような状況もあったわけでございます。それで、ウエスチングハウスとチェック・アンド・レビューでやってもらいましたのは、遮蔽設計の主要部分のレビューを含めまして計測制御系統あるいは主要系統の設計、それから主要遮蔽系、安全保護系、それから核熱設計等の非常に広範囲にわたりましたチェックをしてもらったわけでございます。
#128
○木内委員 いまざっと、過去の問題について何点か触れたわけでありますけれども、四十九年の漏洩事故の後の対応ということで何点かお聞きします。
 実は放射線漏れ問題報告書、大山委員会の報告書の内容ですけれども、この報告書の中で原子力第一船の設計当時、わが国には遮蔽設計専門家がほとんど育っておらない、遮蔽材の能力についてのいわゆる判断力が足りなかったことが大きな問題として指摘されているわけであります。さらに、その後のJRR4による遮蔽実験でのストリーミングの問題等についても触れられているわけでありますけれども、この指摘の中の遮蔽設計の専門家がいなかったことが原因である、逆に言えば遮蔽設計の専門家が十分かつ効率的に育たなければ、今後のわが国の原子力船の開発研究というものは進み得ないのだ、こういう意味を持つ報告書だというふうに私は思っているのです。
 そこで、お聞きするわけでありますけれども、この大山委員会の報告書が出てから今日に至るまで、その専門家が実際に育ってきているのかどうか、わずかな期間に育つとは決して思われないわけでありまして、もし育っていないとすれば、大山報告書に基づいての明快な今後の見通しを立てる上でこれは重大なネックになってくる問題だというふうに思います。
 お聞きした点、専門家はどのように育てられてきたのか、また、その教育、育成の場はどういうふうになっているか、現状についてお聞きします。
#129
○石渡政府委員 遮蔽の専門家と申しますか、特にこの遮蔽の技術が問題になりますのは、御指摘のように、舶用炉のようにきわめて狭い場所に原子炉を設置しなければならないという場合に非常に問題になる分野でございます。そういう意味で、大山リポートの御指摘は、まことにごもっともな御指摘であった、かように考えるわけでございます。また一方、陸上炉も含めましてそういう安全の確保という観点からも遮蔽は重視されるべき分野であるわけでございます。
 まず、政府といたしましては、これまで安全確保対策の一環といたしまして安全研究の充実、あるいはこういう一環としての遮蔽問題の重視ということで研究者、技術者の養成訓練を進めてきたということでございます。具体的には、原研等で行います研修コースでの遮蔽のコースの充実といったことで対応してきている次第でございます。
 なお、遮蔽の専門家と申します方々は、むしろいろいろなケースを想定いたしまして、計算機を駆使して、その状況あるいは研究を進めるというのが手段でございまして、そういう意味では、計算コードの開発といったものも即遮蔽の専門家の養成につながるということを御理解賜りたいと存じます。
#130
○木内委員 私は、具体的にその教育、育成の場はどのようであったかというふうに聞きましたら、研修コースの充実を行ったというだけの御答弁です。それでは局長どうですか、答弁になっていますか。冗談じゃないですよ、これは。
#131
○石渡政府委員 大変失礼いたしました。
 そういう意味で原子力分野におきます人材の養成につきましては、従来、大学あるいは原研、放医研ということでございます。先ほど申し上げましたのは、原研での研修期間を特に重視していくということを申し上げた次第でございます。
#132
○木内委員 いまのは漠とした、原研における研修コースの充実ということが行われているというだけの答弁の繰り返しでありまして、少なくとも、その答弁の趣旨を一生懸命くみ取ろうとしているのですけれども、私は、それ以上の成果が上がっていないというふうに判断せざるを得ない。専門家が育っておらない現状だ、こういうふうに思うのです。これはどうですか。
#133
○倉本参考人 確かに、「むつ」の問題が起こりました時点、それから、それまでの間におきまして、遮蔽技術というものが、わが国においてそれほど伸びておらなかった、また、遮蔽の専門家の数が非常に少なかったということは事実でございます。しかし、数は少のうございますけれども、原研にJRR4という遮蔽の実研炉がございまして、ここで遮蔽の勉強は進められてきております。また「むつ」の問題が起きましてから、私どもの方で、この「むつ」の遮蔽改修をするに当たりまして、原研での模型実験というものもいたしました。また「むつ」の問題の原因の究明ということで、それまでに数の少ない専門家が原研、また運輸省の船舶技術研究所等で開発をしてこられました計算コードというものを利用して、この「むつ」の放射線漏れの原因究明等もしてまいったところでございますけれども、大型計算機の開発とともに「むつ」の問題が契機になりまして、遮蔽についての研究開発というものが、以前に増して行われるようになってきたということは事実でございますし、また遮蔽の問題は、軽水炉さらには高速炉の開発という点が、最近は以前に増して充実してきており、その専門家も、そういった設計あるいは解析というような点でだんだん育成されてきておるというぐあいに私どもの方は思っております。
#134
○木内委員 いろいろお聞きしてみましたけれども、いずれにしても、十分ではないというふうな判断を私は持つものでございます。
 大臣、ここで専門家なり人材の確保ということでまとめてお聞きいたしますので、ひとつお答えを願いたいと思うのです。
 いまの遮蔽設計の専門家も含めて、舶用炉の研究開発のための人材の確保、さらにまた、人材の育成をどう行おうとされるのか、これが一点。
 それから、この点に関しての特殊設計部門における諸外国との技術提携が当然必要になってくると思うのですが、これはどう考えるか。
 さらに、こうした専門家に対する制度的、財政的対応というものが必要になってくると思うのです。やはりわが国の場合は、私も、この委員会に所属して、いろいろと各部門についての考察を行ってまいりましたが、その中で感ずるのは、こうした専門能力を持った技術者の待遇というものが十分でない、働く生きがいというものが余り感じられない、張りのある状況というものをいろいろ配慮していく必要があるというふうに考えるわけでありまして、これが一点。
 それから、舶用炉の開発に携わる研究者、技術者の資格基準というものを、場合によっては考えていいのではないか、そこまでの誇りと社会的地位、さらに今後への責任を明確にする意味からも考えていいのではなかろうか。
 あと余り時間がありませんので、いま二つ、三つまとめてお聞きしたわけでありますけれども、まず大臣の御答弁をお願いしたい。
#135
○長田国務大臣 原子力関係の開発は、全般から見ますと相当進んでおりまして、すでに発電用の実用炉につきましても二十一基動いておるわけでございますし、また、その他の研究の部門でも、原子力研究所あるいは動燃事業団等につきまして、多くの関係者、まあ民間などからも事実上参加したりして、その研究開発に従事しているわけでございます。全体としましての陣容が非常に豊富になりつつあるということは申せるような感じがいたします。また、大学等におきます原子力関係の研究者というようなことにつきましては、もう先生も御承知のとおり、物理専門という方ばかりよりも、機械とかその他非常に広範な学部、学科等におりました者が、卒業後、原子力の研究に従事するということの方が、むしろ頭数としても多いかと思いますし、そういう分野は、日本の従来の学校制度におきましても相当あったわけでございます。
 ただ、ただいま御指摘の原子炉の遮蔽改修の遮蔽という面につきまして見ますと、一般の原子力発電の原子炉と舶用炉とかなりの違いがあることも御指摘のとおりだと存じますが、しかし、それにつきましても、これはほかの面での経験というものも十分生かし得る点でございますし、また、これらの技術者等の需要につきまして、私ども研究の機会を多く与える、研究のための国際的な交流等につきましては、かねがねかなり手広くいろいろな方面との交流などもなされておりますし、それにつきましての予算措置等も、科学技術庁におきましては、一般官庁に見られないようなところが十分考慮されていると存じますが、なおまだ足らざる点もいろいろあるかと存じますので、関係事務当局などの考え方なども集めまして、今後必要な適切な措置を講じてまいりたい、そのように考えております。
#136
○木内委員 決して十分な御答弁ではないと思いますが、次に移ります。
 法案の改正内容についての問題でありますけれども、この事業団を原子力船研究開発事業団へ移行、変更ということになっておりますけれども、どうも一般的に、期限までに他の機関と統合という歯どめはあるにしても、現段階でこの開発事業団が研究開発事業団に変わるというのは、ある意味では大変な後退のイメージがあるという指摘もあるのですけれども、今回のこの点に関する法改正の趣旨をお聞かせください。
#137
○石渡政府委員 研究開発事業団への移行ということが後退の印象を与えるのではないかという御趣旨でございますが、むしろ長期的な観点に立って原子力船の技術を着実に蓄積していくのだという趣旨を踏まえまして、原子力船の経済性、信頼性の向上を目指した改良舶用炉の開発に関する研究も、長期の見通しを持って行うのだという趣旨でございまして、後退というよりもむしろそういう意味では前進であるというふうに考えているわけでございます。
 また、そういう意味で、今回の法改正につきましては、新たに行うべき改良舶用炉等の開発に関する研究業務について、「むつ」開発と密接かつ有機的な連携を保ちながら進めるという観点で、研究開発事業団への移行をお願いしている次第でございます。
#138
○木内委員 大臣の退席の時間が迫ってまいりましたので、いまからお聞きすることは、大変重要な問題でございますので、よろしくお願いしたいと思うのです。
 新しく研究開発事業団になったと仮定しまして、「むつ」にどのような性格が付与されるかという問題でございます。
 今回の審議に当たって、私も一定の意思を持って臨んでいるわけでございますけれども、昭和三十八年の八月、事業団法に基づいて原子力第一船開発基本計画というものが策定されて、船の総トン数が六千トンというふうな明示もされておりました。用途として海洋観測及び乗組員の養成というふうになっておったわけです。これが四十二年三月に至りまして、基本計画の改定が行われた。この中で総トン数が八千トンに変更になっているということでございますけれども、用途として特殊貨物の輸送ということが乗組員の養成訓練とともに挙げられているのです。
 そこでまず、この四十二年の三月の改定は、この用途についていまでも生きていますか。簡単で結構です。
#139
○石渡政府委員 いまでも生きていると考えられます。
#140
○木内委員 この特殊貨物の輸送ということは、いわば実用船ということなんです。いまの段階で諸般の事情を類推すると、実用化ということは、まだまだほど遠い、もうさらにずっと遠い段階の話でありまして、これはあくまでも研究船として用いるべきであるという答弁をいただかなくては、私は、一定の賛否の姿勢をも明らかにし得ないというものを持っているのです。この特殊貨物の輸送ということに私は重大な疑義を感ずるわけであります。
 先日のこの委員会における大臣の提案理由説明の中にもこういうのがあります。「「むつ」については、所要の修理、点検を完了した上で実験航海等を実施し、実験船として最大限の活用を図ることとし、さらに「むつ」開発の成果を踏まえつつ、将来における原子力船の経済性、信頼性の向上を目指した研究開発を推進する必要があると判断した次第であります。このためには、現在の日本原子力船開発事業団に所要の研究開発機能を付与し、「むつ」の開発を引き続き進めるとともに、原子力船の開発に必要な研究を行う機関に改組することが適当であると考えております。」、さらに「本法律案は、以上のような判断から、現在の日本原子力船開発事業団を改組し、従来の「むつ」開発業務に加えて、原子力船の開発に必要な研究業務を行う日本原子力船研究開発事業団とするものであります。」というふうになっているのです。
 私は、この提案理由説明の中でも、大臣の実用化への一定の距離を置いた見通しというものが感じられてならないわけでございまして、さらにワーキンググループ等の報告書によっても、たとえば「むつ」については舶用炉プラントの振動、衝撃特性の改善が研究開発のテーマとしてまず必要だ、あるいはまた舶用炉プラントの負荷追従特性の改善が必要だ、さらにまた平常運転時及び過渡期の安全の確保でございますとか、こうしたいわゆる主として安全確保の観点からの研究開発というものがまだまだ立ちおくれている、十分でない、特に一定の冷態期間があったために何ら進んでいないというのが現状なんですね。
 さらにまた、経済的な面からの詰めがいまだにできていないわけであります。これは具体的にはたとえば舶用炉プラントの小型軽量化、さらにまた稼働率の向上、運転の省力化、こうした確立というものが十分行われていないということは、実用化に対しては克服すべき、解決すべき問題が実はまだまだ山積をしているわけでございまして、私が心配になりますのは、この四十二年の改定の中の特殊貨物の輸送という用途がいまなお生きているとすれば、これは賛成するわけにはいかない。現段階においては、あくまでも研究船、実験船にとどめるべきであるという、これは大事な点でございますので、前向きに御答弁をいただきたい。
#141
○長田国務大臣 「むつ」の性格につきましては、まさに御所論のとおりだというふうに考えております。私どもは、これをあくまでも実験船として使いまして、その成果を今後の舶用炉の改善あるいは原子力船船体等の改善の面に生かしたい、そのように考えているわけでございます。そして今回の法律に盛り込まれました事業団の新たな性格、舶用炉につきましての研究開発を進める、そういう段階を経まして後に実用船というものが建造されるべき取り運びだ、そのように考えている次第でございます。
#142
○木内委員 特にいまのところで、安全確保の観点からということが一つ、さらにまた経済性改良の観点からの研究開発の確立が行われていない、だから「むつ」はあくまでも研究船であって実用に供されないというふうに受けとめていいですね。
 それでさらに、実用化への客観情勢というものがパーフェクトな状況で形成されないうちはあくまでも研究船として用いるという、改めてはっきりした御答弁をいただきたいと思います。
#143
○長田国務大臣 そのように考えております。
 ただ、実験航海を終えました場合に、単なる実験という形だけにとどめておくか、あるいはかなり経済性には問題のある船でございますけれども、実験研究というのが主目的ではございますが、現実の使い方として、ただ実験という形でだけ動かすか、たとえばどこかの観測用に使うとか、これはもう全く見込みがあるわけじゃありませんが、たとえば南極観測などにも使うとか、いろいろなこともそれは現実問題としてあり得るかもわかりませんけれども、主目的は、原子力船としての「むつ」の性格は実験用、そのように私どもは考えているわけでございます。
#144
○木内委員 さらにはっきり聞きたいのですが、私がさっき申し上げた趣旨に沿うての御答弁もありましたが、しかしながら、若干それからこぼれる部分の御答弁もあるので、その点が心配なんですよ。南極観測であるとか、あるいは特殊云々というニュアンスがあるのですが、この点がはっきりしないうちはまずい。もう一度はっきり言ってください。
#145
○長田国務大臣 原子力船「むつ」の存在そのものが研究開発用のものだということは、はっきり私は申し上げることができます。
 ただ同時に、では研究開発用だとして、どこかにずっととめておくかどうか、あるいはそのためにだけ動かすかどうかという点になりますと、目的ははっきりしておりますけれども、その現実の使い方をたとえばほかのような目的に、私はそのための実用船としては決して向かないと思いますけれども、何らかの形でそのときどきの、たとえば――たとえばです、全く根拠かあって私は申しているのではありませんが、青少年の研修用などにも兼ねて使うかどうか、そういう問題はその時点でまたいろいろ考えるべきことでございます。
#146
○木内委員 大臣、それはだめですよ。だんだん後退して広がってきてしまったじゃないですか。青少年の研修用なんかとんでもないですよ、何を言っているんですか。これはだめだ。全然話が違うじゃないですか。この「むつ」は実験研究用として使うのでしょう。それにとどめるのでしょう。さっき言われたどこへ係留するとか形態の問題は別にして、この「むつ」に付与される性格は何かと聞いたわけです。実験研究用として使う、まさにそれだけであると言ってください。
#147
○長田国務大臣 私の用語が適切でなかったかもわかりません。まさに実験研究用に使い、研究開発の目的に使います。では、それ以外に何ら「むつ」というものはほかの人も乗せないし、荷物も何にも載せないかということになりますと、主目的はそれですが、その主目的の範囲内で何かいろいろなことに使うこともあり、それまで否定しないということを申したかったわけであります。
#148
○木内委員 実験研究用の範囲内でというお話がございましたので、私は納得するわけでありますけれども、四十二年の三月に基本計画の改定が行われまして、この特殊貨物の輸送ということが明示されているわけですよ。これはいまの御答弁を踏まえて、いずれこの項目についても改定をされるべきであると私は思いますが、この点はどうでしょうか。
#149
○長田国務大臣 そういう方向で今後取り進めてまいります。
#150
○木内委員 長官、参議院の方にいらっしゃるそうですからどうぞ。大変時間がオーバーしまして申しわけありません。
 それでは、局長にいろいろお聞きしますけれども、この基本計画の改定の時期的めど、今回の法改正に関連してどういう準備を進めていかれるか、大事な部分ですからお願いします。
#151
○石渡政府委員 まず法案の成立が大前提になりますけれども、それ以降原子力委員会に対しまして、ただいま大臣の御答弁もございましたので、それを踏まえまして、私ども事務当局として、こういう方向で改定をいたしたいという提案をいたしまして、原子力委員会での議論を経た上でそういう手続がとられる、こういう段取りでございますが、いずれにしろ、なるべく早いアクションを、行政的な事務をとりたいと考えます。
#152
○木内委員 この審議の中で一定の前進なりつかむべきものがあったというふうに私はいまの問題については判断をさせていただきたいと思います。この法案についての大きな判断の足がかりとなる答弁であったというふうに私は考えたいと思います。
 時間もございませんけれども、それでは最後に一問だけ。
 先ほどの遮蔽設計専門家の問題、さらにまた関係技術者の問題等にも関連があるかもしれませんけれども、原子力船「むつ」を、今後健全な目的に沿うた運用といいますか、用に供するための重大な要素の一つに、人という問題があると私は思う。事故の前後から今日に至るまで、船長だけでも四人もかわっている、事故当時の乗組員は一人もいなくなっている、すっかりかわってしまっているというふうに私は聞いているわけです。これはむしろ、事故当時、乗組員としてそこにいた実体験を持つ人間の確保というものが必要になってくると思いますし、くるくるかわっていたのでは、本当の意味で乗組員の養成訓練というものは行われ得ないのじゃないかというふうに思うのです。
 これは本日の最後の質問でございますけれども、まず事業団の方並びに局長の方から御答弁をいただきたいと思います。
#153
○野村参考人 「むつ」の乗組員がいろいろと交代をしているということについては、御指摘のとおりでございます。ただ私どもは、「むつ」の乗組員といいますのは、国の航海訓練所を初め民間の大手六社の海運会社から、いろいろのポストの船員を派遣してもらっておるわけでございますが、そういう人たちが中心になって、今後の原子力船の普及に伴いまして、その中心となるべき人材になるという考えをいたしますと、特定少数の専門家を養成するというだけでなくて、広くそういう主な海運会社あるいは国の養成機関の幹部、あるいは一般の船員を、ある期間を置いて派遣して交代をするというシステムは、これは一つの方法ではないかと思います。また、事業団におきましても、特に、一般の船の教育はもちろんそれぞれ従来も受けておるわけでございますので、原子炉の、あるいは原子力関係の研究につきましては、原研に派遣をして必ずオリエンテーションをやっておりますし、それからまた、船の舶用炉の操作につきましては、シミュレーターを持っておりますので、そのシミュレーターで一定の期間研究を実地について勉強をさせてやるということでございます。
 なお、特に船員の養成につきましては、船長等も交代いたしましたけれども、たまたま私どものいまの理事の中に初代の「むつ」の船長もおりまして、現在は理事として陸上勤務をしておりますが、その関係の教育の仕事もやっております。そういうことで、基本的な原子力船の運航の安全を含めました操船あるいは機関の操作ということについての習熟を、極力現場に即した教育をいたしております。
 ただ、先生のおっしゃるように、余りこれが短期間に頻繁に交代するということは好ましくございませんので、長期間十分船務をマスターできるような機関に派遣をしてもらうということで今後ともいきたいと思っております。
#154
○石渡政府委員 特に船の乗組員に対する御配慮でございまして、私自身も、神戸商船大学に原子力船を専攻するコースがある時期に設けられまして、卒業生が希望の就職ができないというような問題を耳にいたしまして、非常に責任を感じていた――口幅ったい言い方でございますが、感じた時期があったわけでございます。また、船員の方々につきましては、現実に船が動いていないという特殊な事情がございましたので、むしろ短く交代していただくという現実の姿は、現状においてはやむを得ないと思ってはおりました。しかし、船が動くという状態になった場合には、一つにはエキスパートを養成するという観点と、それから、なるべく多くの人に経験をしてもらうという二つの要素をうまくかみ合わせての運営ということが大切であろうと考えますので、少なくとも先生の問題提起におこたえできるように考えてまいりたいと存じます。
#155
○木内委員 以上で私の質問を終わりますが、ただいまの問題並びに積み残しの問題については、明日またお聞きをするつもりでおります。ありがとうございました。
#156
○瀬野委員長 次回は、明二十四日木曜日午前九時五十分理事会、午前十時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後一時五分散会
ソース: 国立国会図書館
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