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1979/02/14 第91回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第091回国会 予算委員会公聴会 第2号
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1979/02/14 第91回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第091回国会 予算委員会公聴会 第2号

#1
第091回国会 予算委員会公聴会 第2号
昭和五十五年二月十四日(木曜日)
    午前十時一分開議
 出席委員
   委員長 田村  元君
  理事 小此木彦三郎君 理事 瓦   力君
  理事 小宮山重四郎君 理事 村田敬次郎君
   理事 渡辺美智雄君 理事 大出  俊君
   理事 川俣健二郎君 理事 二見 伸明君
   理事 寺前  巖君 理事 小沢 貞孝君
     稻村左近四郎君    片岡 清一君
      鴨田利太郎君    小山 長規君
      近藤 元次君    椎名 素夫君
      中村正三郎君    阿部 助哉君
      大原  亨君    川崎 寛治君
      兒玉 末男君    野坂 浩賢君
      八木  昇君    安井 吉典君
      横路 孝弘君    岡本 富夫君
      草川 昭三君    坂井 弘一君
      工藤  晃君    多田 光雄君
      中路 雅弘君    大内 啓伍君
      岡田 正勝君    中野 寛成君
 出席公述人
        (株)矢野経済
        研究
        所代表取締役副
        社長      矢野  弾君
        名古屋市立大学
        助教授     上村 政彦君
        名古屋市立大学
        経済学部教授  松永 嘉夫君
        名古屋大学教授 水野 正一君
        立命館大学教授 加藤 睦夫君
        慶應義塾大学教
        授       大熊 一郎君
 出席政府委員
        内閣官房副長官 加藤 紘一君
        総理府総務副長
        官       愛野興一郎君
        行政管理政務次
        官       宮崎 茂一君
        北海道開発政務
        次官      阿部 文男君
        防衛政務次官  染谷  誠君
        外務政務次官  松本 十郎君
        大蔵政務次官  小泉純一郎君
        大蔵省主計局次
        長       禿河 徹映君
        大蔵省主計局次
        長       吉野 良彦君
        厚生政務次官  今井  勇君
        農林水産政務次
        官       近藤 鉄雄君
        通商産業政務次
        官       梶山 静六君
        運輸政務次官  楢橋  進君
        建設政務次官  竹中 修一君
        自治政務次官  安田 貴六君
 委員外の出席者
        予算委員会調査
        室長      三樹 秀夫君
    ―――――――――――――
委員の異動
二月十四日
 辞任         補欠選任
  荒舩清十郎君     近藤 元次君
 稻村左近四郎君     椎名 素夫君
  奥野 誠亮君     片岡 清一君
  海部 俊樹君     鴨田利太郎君
  始関 伊平君     中村正三郎君
  木下 元二君     松本 善明君
  柴田 睦夫君     中路 雅弘君
同日
 辞任         補欠選任
  片岡 清一君     奥野 誠亮君
  鴨田利太郎君     海部 俊樹君
  近藤 元次君     荒舩清十郎君
  椎名 素夫君    稻村左近四郎君
  中村正三郎君     始関 伊平君
  中路 雅弘君     多田 光雄君
    ―――――――――――――
本日の公聴会で意見を聞いた案件
 昭和五十五年度一般会計予算
 昭和五十五年度特別会計予算
 昭和五十五年度政府関係機関予算
     ――――◇―――――
#2
○田村委員長 これより会議を開きます。
 昭和五十五年度一般会計予算、昭和五十五年度特別会計予算及び昭和五十五年度政府関係機関予算、以上三件について公聴会を行います。
 この際、御出席の公述人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
 公述人各位には、大変御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。昭和五十五年度総予算に対する御意見を拝聴し、予算審議の参考にいたしたいと存じますので、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただくようお願い申し上げます。
 次に、御意見を求める順序といたしましては、まず最初に矢野公述人、次に上村公述人、続いて松永公述人の順序で、お一人約二十分程度ずつ一通り御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えを願いたいと存じます。
 それでは、矢野公述人にお願いいたします。
#3
○矢野公述人 どうも皆様おはようございます。
 ただいま委員長様から懇切なお言葉をいただきましたが、早速進めさせていただきます。
 ただいま御指名をいただきました矢野経済研究所の副社長をいたしております矢野弾でございます。
 今回の昭和五十五年度予算は大変むずかしい課題を抱えておりますが、私は賛成の立場に立って意見を述べさせていただきます。しかし、当予算を検討しますと、幾多の課題を抱えていることはこれまた紛れもない事実です。このことは、五十五年度に対する意見提示であるとともに、次期五十六年度予算に対する検討すべきこととして受けとめていただきたいと存じます。
 この予算の条件をまとめてみますと、まず第一に、財政健全化の第一歩を踏み出さねばならないこと、第二に、石油高騰下における経済活動の遅滞と停滞とを防がねばならないこと、第三に、物価の抑制、安定に努めねばならないこと、このような板ばさみの条件下の中で予算策定を図ることはまことに厳しいものがあります。特に、財政健全化を主張する多くの声も、歳出の抑制あるいはカットの問題になりますと、理解と協力の声をともにするかというと、逆に、歳出は別で、積極的に歳出、金を使えよということになります。この二律背反する中で予算をつくることは困難であることは言うまでもなく、担当者の苦心のほどを察するものです。収入が限定されているならば、その中での重点使用と選択は自明の理であり、国会、当予算委員会がその自明の理をもっと的確に浮き彫りにし、そのことを国民に知らしめることが必要ではないでしょうか。
 私は、今回、次の二点について申し述べます。第一は中小企業の問題でございます。第二は税制のあり方について申し述べさせていただきます。
 五十三年度において、国税庁の調べによりますと、日本の企業総数は百三十四万九千三百三十五社になります。このうち、二千万以上の利益を出しておりますのが六万三千九百九十八社、九%に当たります。二千万以下の利益を出しておりますのが五十二万六千八百四十七社、合計で六十九万八百四十五社、五一・二%が利益を出しております。驚くことに、残り六十五万八千四百九十社、四八・八%が赤字を出しているわけでございます。
 私がいまその数字を取り上げましたのは、その中で中小企業に該当するのは何社であろうかということでございます。店頭、一部、二部の上場その他を取り出しますと、約百三十万社が中小企業に該当するかと存じますが、ここで働いている就業人口は三千四百二十八万人です。一億一千万のうち五千四百万人が就業人口でありますが、そのうち中小企業で三千四百二十八万人働いているということでございます。この中小企業の分野にどれだけの施策が今回なされているのかということがきょうの焦点になろうかと存じます。
 今回中小企業庁は大変注意深い心配りをされたのではないかと存じます。予算がとりにくいあるいは厳しい条件下にあるということが前提のためにそのような創意と工夫がなされたのではないでしょうか。中小企業庁の予算説明のための冊子の冒頭にこう書いてあります。「活力ある中小企業の育成のために」。いままでに表題に「活力ある中小企業の育成のために」と書かれたのは、これが初めてかと存じます。そのためにも表題からその意欲がうかがえようかとも思います。
 この予算金額を取り出してみますと、中小企業庁の取り扱い分が一千七百九十八億九千七百万円、前年対比で四・六%です。大蔵省の取扱いが六百億、前年対比で六・二%でございます。労働省の取り扱いが三十五億七千八百万円、前年対比で九・四%。総計で二千四百三十四億七千五百万円、合計で前年対比五・一%でございます。伸び率から言いますといささか足らないという感じがしないでもないのですが、この中の重点使用ということを見ますと、第一に中小企業大学の創設、第二に技術アドバイザーの創設、あるいは問屋近代化事業の創設等々、十にわたる創設、新設が組み込まれております。十番目には地場産業振興対策という形で取り上げられております。
 この創設、新設の中から検討いたしますと、大変細やかな心配りがされているということが言えようかと思います。
 特に金融面におきましては、八〇年代の厳しい幕あけを想定いたしまして配慮がされております。どのようにされているかといいますと、中小公庫、国民金融公庫あるいは商工中金、この政府三機関で三兆一千五十四億、前年対比で一一八%でございます。財政投融資総計の前年対比が八%でございますから、その中では大変配慮がされていると言ってみてよいのではないでしょうか。特に金融の中で特筆すべきことは、新技術企業化保険あるいは中小企業体質強化資金制度という二つの新しい制度が生まれております。
 しかし、ここに考えなければならぬことが二つございます。一つは、このことを中小企業経営者あるいは適用対象者の方々にいかに認識、認知していただくか、この制度をいかに利用、活用していただくかということが問題ではなかろうかと思いますので、その面の配慮を十分いたさねばならないかと存じます。第二は、分散拡散型になっておる点でございます。これはシステムとしてあるいは今後基盤として形成されていくか、十分育成しなければなりませんし、場合によれば、必要任務の終わった施策はいち早く整理統合し、重点集中化を図っていかねばならないかと存じます。
 このことが、予算の厳しい今日社会における考え方ではないでしょうか。特に八〇年代が地方の時代あるいはソフトウエアの時代というニーズを抱えていることを先取りをいたしまして、時代に即応してといいましょうか、そういう視点に立っての予算、施策がなされているという考え方がくみ取れると思います。
 この機会に付言をさしていただきますが、中小企業の労働時間の問題がございます。週休二日制の徹底、あるいは家庭の日という祝祭日を設けるとか設けないとかいうような問題がございます。この点は十分配慮していただきたいのですが、いま労働省の調べによりますと、週休二日制の適用を受けておりますのが七二・三%になっておりますが、問題点は、週休二日制あるいは祝祭日を設けましても、その恩恵を受けられないのが中小企業の大半である。人がお休みをしているときに働いているというのがまた中小企業の実態であるということを十分お考えいただきたいと思います。と申しますのは、大企業あるいは諸官庁で働かれる方はこの休日の恩恵を受けられるでしょう。しかし、中小企業の大部分はその恩恵を受けられないということがあるということです。問題はそういうことでとらえるのでなく、労働時間でとらえることが適切ではないでしょうか。
 ちなみに、日本の年間労働時間は二千百四時間、アメリカが二千二十時間、ドイツが二千三時間でございますから、ヨーロッパ、アメリカ並みに日本はなってきているのだ。それと同時に、逆にもっと問題にしなければならないのは、有給休暇が使えない、休もうにも休めないという事態をどのようにお考えいただけるのでしょうか。
 そういう意味において、祝祭日の増加とか、あるいは祝祭日が重なったから翌日を休みにするというのは当を得ない。日本にある能力というのは勤勉と誠実と努力以外にないのです。資源がとれる国ではございません。そのこともひとつお考え合わせいただきたいというふうに思います。
 付言すべき第二のことはこのようなことでございます。住宅問題は量的には充足されたと言われておりますが、現実にそうでしょうか。持ちたい人が持てないというのが現状です。そうしますと、そのために考えなければならぬのは、公団住宅における施策ではないでしょうか。遠くて高くて狭いと言われておりますが、これは遠くて安くて広いという施策に変える道はないのでしょうか、あります。それは、土地買収費用が家賃計算に積算されているからでございまして、そのことを、土地を国有とするならば、上物だけの積算をするならば、家賃は安くなるはずでございます。そのような配慮を講ずる道は生まれないのでしょうか。いささかこれは中小企業問題とは、関連はあるかとも思いますが、付言をいたしておきます。
 では次に、第二の問題でございます税制改正の問題について触れたいと思います。
 五十四年十二月に税制調査会の答申を受けて、一月十一日に閣議決定を見ましたのは御高承のとおりでございます。それを受けて五つのことが提示されておられるわけでございます。
 第一が給与所得控除の見直し、二番目が退職給与引当金の累積限度額の引き下げ、三番目に利子配当課税などの適正化、四番目に土地、住宅税制、五番目に租税特別措置ということでございますが、この五つの累計で捻出される金額は三千五百十億円ということでございます。増税を図ることができない、歳出、支出の抑制という中で税制の公平負担を求めますと、この道以外ないということでこのことが生み出されたと思いますから、その意味においては、この問題点の取り上げ方は、税の公平化を求めるという意味において意義あろうかと思います。しかし、このことはもっともっと根本的なことを同時に考え合わせていかなければならないんだろうと思います。
 観点を変えますと、財政の健全化をいかに図るべきかということではないでしょうか。第二に、適正かつ合理的な支出を図る、この二点に集約されます。言葉で言われることで、恩田木工以来、入るをはかり出るを制す、このことに尽きようかと思います。
 そこで、このことを取り上げてみますと、四十二兆に及ぶ予算でございますが、公債は、今期は一兆円の減額をいたすわけでございますが、累計では七十一兆でございます。この四十二兆から今期の公債費十四兆を引きますと、二十八兆が実質の収入ということでございます。一般の企業において、売り上げに対して五〇%の借り入れを超えますと危険信号でございます。倒産に近づく。いま七十一兆、実質の収入が、先ほど申し上げましたように四十二兆から公債費を引きますと二十八兆でございますから、倍以上の借入残高を残している。そういう意味においては、後世に美田を残す必要はございませんが、後世に財政の健全化路線という路線の政策だけは財政健全第一歩として敷いておく必要があるのではないでしょうか。
 そのために考えなければならないことが一つあるとするならば、税の自然増収でございますが、税の自然増収に対する取り扱いを、一〇〇%公債償還に充てる、これがもし無理でございますならば、少なくとも八〇%は公債償還に充てるんだという明快な原則なりその道筋をつくる必要がないでしょうか。このようなことを考えます。
 アメリカの国家予算というのを取り上げますと、五十四年度は五千億ドルでございますが、このうち実に防衛費が二四%でございます。この二四%の防衛費を持ちながら、軍事費を持ちながら、公債依存は一二%でございます。わが日本はこの予算において防衛予算は五・二%でございます。防衛費は持っておりますけれども、その負担の少ない中で、何で財政がこのようになったのか。これは世評言われるごとく三Kの問題ではないかと思います。
 この中の一例の国鉄を取り上げますと、国鉄の助成金六千八百六億円、一〇・一%の増加、そして債務の一部たな上げが二兆七千八百三十四億、五十一年度のたな上げ分をまたたな上げして累計五兆五百九十九億円というたな上げを国鉄はしょいます。私どもは国鉄の重要性を本当に疑うものではございません。しかし、これを助成するための前提は、まず赤字部門と黒字部門を明らかにして、黒字の寄与率をどのように生かし、赤字をどのようにとめるのかという施策を考えなければ、輸血をしても、出血が続く限り輸血の効果がない、このような結果になろうかと思います。
 ひとつ皆様もそのとおりお考えいただきたいと思うわけでございますが、この中で特に考えねばならぬのは、四月二十日から四・七%値上げがされるわけです。すでに皆様もお気づきと思いますが、私鉄と国鉄の料金差というのははなはだしいものがございます。一例を挙げますと、新宿−高尾、私鉄は三百二十円です。国鉄を使うと五百九十円。品川−横浜、私鉄を使うと百八十円、国鉄は二百五十円でございます。渋谷−桜木町、私鉄は百五十円、国鉄は三百六十円。あえて細やかな料金を取り上げましたのは、私鉄において経営努力がされているのだ。国鉄においてなぜ経営努力がなされないのか。私はトータルな赤字を料金で救おうとするから無理があると思います。新幹線は黒字ですから、普通黒字部門は値上げしなくてよろしいはずです。ところが、全体が赤字ですから、そこに料金を値上げしてその収支を賄う、これでは合理的であるとは言えないと思います。そういうような形では財政の健全化を図るということは至難だろうと思います。一例を挙げたわけでございますが、そろそろ時間になってまいったわけでございます。
 私どもは、昭和二十年の敗戦、あの廃墟からここまでの復興をなした英知と勤勉、この日本人の特性、この八〇年代の幕あけに際して改めてこの英知と勤勉の呼び戻しをして、八〇年代に対応しなければならないのではないか、このように思います。
 そこで、本当の意味の発想の見直しをしなければならぬことが一つございます。日本の国は、戦前、戦時、現在を通じて変わらないことが一点ございます。私どもは昭和十六年にこう言われました。ぜいたくは敵だ。欲しがりません、勝つまでは。油は血の一滴。この油は血の一滴というのはいまも変わりません。日本は原料がとれません。原料を輸入して加工してそして輸出して貿易立国をなしておるわけでございますから、その意味におきましては、この付加価値をいかに高めるかということはもちろんのことですが、相互互恵、自由平等のもとで、その中での日本国づくりということを改めて考えなければならないかと思います。
 石油は昨年一年間で二億八千万キロリットル入ったわけですが、先ほど申し上げました昭和十六年は、五百万キロリットルで大砲も軍艦も飛行機もあったわけでございます。七%の節減は可能だと私は思いますし、またしなければならない。一階から二階にエスカレーターを使っております官民の事業所というのもいまだにございます。
 そういうことを見ますると、やれる国日本のために今年度の予算がいち早く成立して、さらにその展望を開いていかなければならないのではないかと思います。
 終わります。ありがとうございました。(拍手)
#4
○田村委員長 どうもありがとうございました。
 次に、上村公述人にお願いいたします。
#5
○上村公述人 上村でございます。
 私、大学で社会保障論というのをやっておりますものですから、来年度、五十五年度予算案に関連して、福祉政策に関する日ごろ考えております意見を申し述べさせていただきます。
 幾つかの点からと思っておりますが、まず最初に、福祉政策の目標というものは一体どこに置いて考えていかなくちゃならないのかという点から申し上げたいと思います。
 私は、福祉政策の遂行は、やはりあくまでも平等主義の実現とか、あるいは社会的公正の追求、そういうところに基本的には置かれなくちゃならない、こういうふうに思うわけです。言うまでもなく、社会の底辺にある人たちや、あるいは社会的弱者と言われるような人たち、障害者、母子家庭、老人というような方々の生活に配慮を加えていくということ、これも当然のことであるわけです。
 ただ、平等主義ということ、平等主義の追求についてはこのところかなり批判的な意見、見解が強いわけでございますね。つまり平等になってしまうと社会的活力がなくなってしまうとか、あるいは効率、生産性が低下するとかいうことを言われ、いまや平等主義は弊害であって、人によっては諸悪の根源であるというような言い方もあるわけですけれども、私はやはり平等主義については、細かいことは申しませんが、わが国の国民生活の現状あるいは福祉の状況、こういうものを考えたときに、やはり依然として低いものをもっと上げていかなくちゃならない、そういう方向は基本にはどうしても置かれなくてはならないものだ、こういうふうに考えます。
 社会保障というものを中心にした福祉政策、これは実は御存じのように所得再分配政策、所得再分配という方法をとって行われるわけでありますから、そういう点から考えてみても、社会の活力云々ということとは直接関係がないわけでして、先ほど申しましたような国民生活の実情、実態、内実でございますね。豊かさの普及、こういうことが言われていても、その中身を一見してみれば、いかにその豊かさの中身が貧弱なものであるかということは一目瞭然であるわけでございまして、そういうことを考えますと、やはり平等主義というものはまだわが国の現状においては追求さるべき福祉政策の基本的な目標として置かれなければならないのじゃないか、やや抽象的ではございますが、こういうふうに考えておるわけであります。
 そう言うのは、たとえば社会的な平等を求め格差の解消を求める、こういう国民的な要求が非常に強く広く広がっているということを見ても当然のことでありまして、たとえば御存じの年金の制度間格差の問題であるとか、あるいはいわゆる官民格差の問題であるとか、こういう問題がこの数年非常な関心を呼んだということは、こういう格差を縮小し平等を求めるという国民の欲求をまともにあらわしているものである、こういうように考えるわけであります。
 問題を多少個別的な問題におろしますと、つまり、いま申しました年金の問題、これは老後の生活保障の支柱になる年金、これについてもやはり平等主義ということを追求していかなければならないんじゃないかという考えを持っております。つまり、年金に見られる制度間格差あるいは官民格差と言ってよろしいでしょうか、こういうものを解消していく。老後の生活についてはだれもが人間らしい生活をできるような、そういうような生活にまた貢献できる、そういう生活を支えることができるような年金にしていかなくちゃならないわけであります。その場合に考えなくちゃならないことは、年金制度における格差とか平等ということは一体どういうことか、その格差の中身あるいは平等、こういうものも考えておかなくちゃ単なる上滑りの格差解消論になってしまうかと思います。
 御承知のように、政府原案、厚生年金保険法改正原案に、六十五歳という年金受給年齢を先へ延ばす案が用意されましたけれども、六十歳に引っ込められたというような状況を承っております。六十五歳でなくて六十歳でなくちゃならないという意見。これは各界、幾つかの審議会あるいは労働団体の側、野党から反対の意見が出ておりますが、その六十歳でなくちゃならない、六十五歳に反対だという意見、発言の根拠といいますか、それはいろんな点がございましょう。高齢者雇用の問題が心配であるという問題もありましょう。しかしもう一つは、公務員が去年暮れの法律改正で、六十歳になるということ、そういう原則が決まったばかりではないかということ、六十歳になったのに民間の労働者が六十五歳になったらまた格差が開くじゃないかということもあるわけですね。つまり、年金受給年齢の点についての格差、こういうのが一つの論拠になっておる。たとえば、総評の先日の年金制度の改革についての意見を読みましてもそういう点が出ておりましたのですが、私は実は、この六十五歳を六十歳に引き下げるべきだという意見について、同調といいますか、それを余り覚えないものであります。そういう点においては、政府提出の厚生年金改正法案の中身の六十五歳ということについて賛成というふうにも言い切れないところがあるわけであります。
 なぜそういうことを申すかと申しますと、公務員が六十歳で民間が六十五歳という、こういうことじゃ官民格差がある、これは困るじゃないか、そういう発言。これは国民年金が六十五歳であるということ、これを無視しておる、それを見ていないということですね。もう一つは、余りにも公務員の年金受給年齢にこだわり過ぎているんじゃないか。私も実は地方公務員でありますので多少差しさわりはありますけれども、実はこういうことでございますね。
 公務員の年金受給年齢が五十五歳から六十歳になるということは、単純に考えますと、年金額が上がるということですね。つまり、わが国の年金制度は、年金制度へ加入している期間が長ければ長いほど年金額が高くなっている、そういうシステムをとっておりますから、五十五歳から六十歳まで延ばすということになりますと、年金額はポイントにして一年当たり一・五でありますから、七・五ポイント年金額は上がることになるわけです。そうしますと、せっかく年齢の点では差を縮めたようなものが年金額で格差を生んでしまう、こういう結果が生まれてこないとも限らないわけですね。
 そういうことをあれこれ考えまして、実は、年金制度における格差の問題というのは、やはり年齢に置くべきものかどうかということについて疑問に思うわけです。年金受給年齢の格差を、それほど年金格差の問題として取り上げるべきものであるかということについて疑問を持つわけで、むしろやはり、老後の生活費になる年金額の格差というものを格差論の中心に置かなくちゃならないというふうに考えるわけです。
 年金額の格差という点で見ますと、私多少公的な資料で見てまいりましたけれども、昭和四十八年に、御存じのように大幅な改善といいますか、年金制度については改善が見られた。私は改善と言ってよろしいと思います。その結果いかなる状況になったかと申しますと、年金が四十八年に改正される前の状況と後の状況を比べますと、昭和四十七年、これは改正前の年でありますが、厚生年金を一とした場合に、一番年金額が高い地方公務員共済組合年金が二・三倍、つまり、厚生年金の年金受給者が十万円をもらうときには、地方公務員の共済年金をもらう人は二十三万円をもらう。次いで、公共企業体職員等共済組合年金が二・一倍、それから、国家公務員共済組合が二倍、こういう状況でありました。
 これが制度改正があった途端に、厚生年金一に対して、地方公務員共済という一番水準の高い年金制度が一・三、つまり、厚生年金受給権者が十万円もらう場合に、地方公務員の年金受給者が十三万円、こういうことになってしまいまして、ほかのいい年金制度といいますか、それも大体同じような状況でございます。最近は若干上がりました。差が拡大した傾向にありますが、大体一・五、一・四、一・三、そういうところでございます。つまり、十万円に対して十五万円、十四万円、十三万円と、この程度であります。この格差は、厚生年金保険制度の成熟化が進むとともにもう少し縮まっていくのではないかということは一応予想されると思います。そういう意味においては、年金制度間の給付格差の問題は、そう暗くはないというふうに言えるかと思いますね。
 さて、しかしそうはいたしましても、問題は国民年金でありまして、国民年金の対厚生年金との比率を見ますと、依然としてこれはもう終始〇・二でありますね。拠出制年金にしましても福祉年金にしましても大体〇・二、つまり、厚生年金十万円に対して国民年金は二万円だ。この状況をどうにかしなくちゃならない。他の年金制度はいいとして、国民年金制度をどうにかやっていかなくちゃならない。これは福祉年金という問題がございますが、福祉年金と拠出制年金との兼ね合いの問題もあります。拠出制年金部門の成熟化といいますか、こういうものにあわせて福祉年金も極力引き上げていくような方向、そういうものを求めていかなければならないというふうに思います。
 この年金制度間の給付格差、こういうものについては、国民年金がネックにあるということだけで、私はさほどここでは論じたいわけではないわけでありまして、実は最初に申しました受給年齢、この点について一つの提案といいますか、格差論として取り上げるほどではないかもしれませんけれども、しかし、いろいろな問題を考えたときに、高齢者雇用の問題だとか、あるいは確かに制度によって違う点がある、年金受給年齢に違う点がある、そういう点を考えた場合に、六十五歳だいや六十歳だと言わないで、年金受給開始年齢を六十歳と六十五歳の間に柔軟性を持たせた形で設定する、こういうことですね。つまり、働きたい人は六十二歳でも六十三歳でも六十五歳でも働く。そして、もうこれでおれは職業生活から引退するのだという人は六十歳でも六十二歳でも六十三歳でも年金受給の申請をする。つまり、六十歳で年金受給権を設定し、そして六十五歳までの間にその権利の行使を行う。もちろんそういう制度に対しては高齢者雇用面の強力な推進、これが大事であると思います。しかし、幸いにして御存じのように日本人の勤労精神といいますか、あるいは働くことに生きがいを持つという国民性、そういうものを考えたとき、まだまだ六十歳ではというようなお考えをお持ちの方はたくさんいらっしゃると思います。そういう方のためには六十五歳まで働いてもらう。極端なことを申しますと、在職年金なんて考えなくてもいいのではないか。つまり、六十三歳まで働きたければ六十三歳まで働いてそこで年金にスイッチする、こういう制度を考えてみてはどうかと考えるわけです。時間的な制約もございますので、第一の福祉政策の目標をどこに置くべきかという観点からのお話はその程度にさしていただきます。
 第二の点でございますが、これまた抽象的なことを申して恐縮でございますが、福祉政策のあるべき姿、こういうことは一体どうだろうか。あるべき姿、これから考えてみたときに、五十五年度予算案、これに関連してどのような感想なり意見というものが出てくるかということでありますが、福祉政策のあるべき姿という点については、こういう福祉政策というものは本来実は政治的中立性を要請されるものである、こういうふうな持論を私はもう十数年来持っておるわけでございます。
 その中身については徐々にお話しするとしまして、五十五年度予算編成の基本的方針については、いただきました資料を見ますと、あるいは新聞等を見ますと、基本的には公債発行額を減らして財政の健全化をまず図る、その第一年目である。したがって、当然に歳出予算は全体として抑制せざるを得ない。ですから、結果的に福祉予算も金がないのだから抑制せざるを得ないという、これはどう見てもそういう事実は明らかであると思うわけです。つまり公債政策、財政再建政策のために福祉政策が左右されるということ、福祉政策、社会保障関係費ということで見ますと七.七%の増、これは昭和三十三年以来の低率であると言われますが、つまり、先ほど申しましたように、政府の財政政策が福祉政策を左右するということになるわけですね。政府の政策の力点がどこに置かれるかによって福祉政策が左右されという状況、これは政治的な中立性がないということであります。つまり福祉政策は、そういう意味においては、いかなる政府が成立しようと、福祉というものは不動のものでなくてはならない。そういうものを称して福祉政策の中立性という、こういうことを考えておるわけでございます。これは国会議員の皆さん方には初耳といいますか、いまちょっと異論がある点ではないかと思いますが、もう少し聞いていただきたいと思います。
 というのは、そういう政策が福祉を左右する、こういう状況は予算全体についてだけではありません。個々の福祉政策、社会保障問題、こういうものを取り上げましてもそこにあらわれているわけです。たとえば健康保険問題を取り上げましょう。改正案は御存じのとおりであります。給付を家族も一緒にする、そのかわりに患者の初診時、入院時の一部負担を引き上げる、同時に保険料率を引き上げる、主としてそういう内容であります。その目的は健康保険制度、政管の累積赤字の解消、特に政府管掌健康保険制度の財政的安定を図るということでありまして、基本的には政府から金が出るのを減らそうということ、つまり、政府支出の削減にあるわけでございます。つまり改正の結果は、現行に比べて、実はこれも御存じと思いますが、被保険者一人当たりの負担が七千三十四円ふえるということ、逆に保険給付は八千三十五円減ってしまう、こういう制度の改善どころか政府支出の削減という財政政策のために制度改正が行われようとしている、私が申し上げたいのはこういう点ですね。
 実は余りそういうことを申し上げるとどぎつい表現になりますのでその程度にとどめたいわけでございますが、それでは福祉政策の停滞あるいは後退、これが生まれてくる原因、これはどこにあるか。つまり、これはそのときの政府の政策によるということは当然でございますが、何に政策の重点が置かれるか。これはたとえばイギリスの大砲かバターかという議論、これもまた同じ問題であるわけです。軍備増強に重点が置かれるか、あるいは国民生活改善に重点が置かれるか、福祉政策重視に重点が置かれるかによって、政府の態度によって、政策によって福祉が揺れるという状況が生まれ、停滞あるいは後退につながることになる。
 そういう点でもう一つ私が申し上げたい点は、制度的な要因であります。どういう制度的な要因かといいますと、つまり健康保険制度、特に政府管掌健康保険、これが財源的に見て政府資金が導入される形で組織されているという点ですね。つまり、保険料は被保険者、事業主の負担でありますが、そのほかに国庫支出金が導入されるというやり方、そういうシステムがとられているということ、これに問題があるということであります。これが制度的要因だということでございまして、健康保険制度の安定的な推移あるいは安定的な前進といいますか進展、そのためには、そういう政治的中立性を確保するために財源の点で政府資金を健康保険財源の中に取り入れていくというやり方、これを改めないとどうしても財政事情によって政府支出金を出すとか引っ込めるとかいうことになってしまうわけですね。
 そういう点を考えますと、われわれ、あるいはわれわれだけではございません、これは世界の英知であるわけですが、日本で言いますといわゆる組合、健康保険制度の組合方式というものがございます。つまり組合方式には、御存じのようにいろいろな問題点がございます。しかしただ一ついい点は、健康保険制度が政治的中立性を守れるという点、これがただ一ついい点といいますか、要するにいい点の一つであるわけです。つまり、自分たちの医療を自分たちが集めたお金で自分たちで使っていくということ、そうすれば、そこには政府の財政政策あるいは経済成長政策あるいは軍備政策というものとは関係ないわけですね。常に自分たちに必要なものを自分たちで集めて、そして健康保険を運営していく、そういうシステムがとられているわけです。つまり職域集団でありましょうとも、あるいは地域的な集団という形で組合がつくられようとも、どちらでも構わないわけです。御存じのように、いまの組合方式というのは企業内組合が非常に多い。いわゆる企業内職域集団として健康保険事業を考えていこうとしているわけですね。
 そういう点、いろいろやり方はあるわけでございますが、やはり政治的利害から離れた自主的な自律的健康保険制度、政治的中立性を確保できるような健康保険制度、社会保障の中で政治的中立性ということを考えていくならば、さしあたり健康保険の改革、そういうものが挙がってくるじゃないか。実はこれは西ドイツ、フランス、イタリア、西ヨーロッパ各国が経験したことでありまして、わが国だけの問題ではないわけでございます。
 以上、二点について意見を申し述べさせていただきました。どうもありがとうございました。(拍手)
#6
○田村委員長 どうもありがとうございました。
 次に、松永公述人にお願いいたします。
#7
○松永公述人 松永でございます。
 私は、日本経済の今後につきまして私なりの見通しを示しました上で、昭和五十五年度政府予算案につきまして若干の感想を述べてみたいと思います。
 今後の日本経済は、予算審議資料の一つとなっておりますこれでございますけれども、「昭和五十五年度予算及び財政投融資計画の説明」この資料の冒頭、すなわち第一ぺ−ジにも書いてありますように、この先、物価と景気とについて全く予断を許さない状況にあると思います。ですが私は、五十五年度予算案のもとになっております政府の五十五年度経済見通しよりも、まず確実にもっと情勢は悪くなるのではないかと思います。
 確かに統計的に確認できる時点までで申しますと、日本の経済はこれまでしり上がりとも言える拡大を続けてまいりました。あの第一次石油ショックのすぐ後、日本がほかの国にも先駆けて大きくマイナス成長に転じたのとは今回は対照的であります。鉱工業生産を見てみますと、昨年十月は前年比九・〇%の増加であります。十一月が一〇・〇%の増加、そして十二月が、速報値ではありますけれども、八一四%という高成長であります。物価も、昨年四月以来卸売物価の急騰が連続しておりますにかかわらず、消費者物価はわりあいと落ちついた動きをこれまでは示してきました。
 しかし、見ようによっては長く厳しい不況の芽がもうすでにあらわれつつあると言えると思います。このままでは、政府の五十五年度経済見通しより相当に情勢は悪くなると私は思います。一番気になりますのは、すでに昨年の十一月ごろから国民の実質所得が減少している、そしてそれに伴いまして消費支出の実質減少が始まっているのではないかということであります。そして、これが今後ますます本格化してくるのではないかということであります。
 政府の見通しでは、五十五年度民間消費支出、これは名目九・七%増加、そして実質で三・七%増加というふうになっております。しかし、昨年十一月、すでに個人消費のもとになります可処分所得の名目の伸び率が前年比四・三%の増加で、それに対しまして消費者物価上昇率は、まだ比較的落ちついていたとはいいましても、もうすでに四・九%であります。四・三に対して四.九、すでに明らかに所得が目減りをし出しているということであります。その結果、その月、去年の十一月でありますが、消費支出もすでに実質減少になっております。消費支出は名目で四・四%の増加ですけれども、これは十一月の消費者物価上昇率四・九%以下であります。こういったことがとりあえず昨年の十一月だけのことで、今後はそうならないというのであればいいわけでありますけれども、どうもそうではないように私は思うわけであります。
 まだ十二月の可処分所得の統計が明らかになっていませんけれども、そうして昨年十二月はわりあいとボーナスの支給が好調であったようでありますから、十二月はどうかわかりませんけれども、十一月はこのように可処分所得の伸びが物価上昇率に至らなくなった。この理由は、一つは可処分所得の名目の伸び率に昨年来はっきりと低下傾向があるからであります。そして他方、消費者物価の方は、だれがどう考えましても今後は上昇傾向が続くということであります。可処分所得の実質減少はすでに始まっており、私はそれがだんだんと大きくなってくるものと思います。それに従いまして、個人消費もすでに実質減少の局面に入っているということであります。
 可処分所得の名目の伸び率は、これまで昨年までは景気はしり上がりに上昇してきたのに、それにかかわらず落ちてきたわけであります。昨年一月から六月、要するに上半期の可処分所得の伸び率は平均で前年比七・六%でありました。それが、これは十一月までしかわかっておりませんので、七月−十一月の平均を出してみますと、六.二%の増。要するに七・六から六・二と、明らかにこれは伸びが低下してきているわけであります。しかも十月は五・二%、十一月は四・三%ということであります。明らかに低下傾向であります。
    〔委員長退席、瓦委員長代理着席〕
景気拡大が続いてきたのに、なぜ可処分所得の伸びが低下してくるか、これはちょっと考えますと不思議でありますけれども、全産業現金給与総額という統計があります。これを見ますと、その伸び率が景気拡大にかかわらず高まっていないということがまず一つ指摘できると思います。恐らく前回の不況以来の企業の減量化意識がまだ強く残っていて、残業手当等がカットされているのではないかと思います。また、いま一つは、昨年度は所得減税がなされておりませんので、所得の名目増加によって租税負担率が上がってきている。そのために、可処分所得の伸びが低下してきているのじゃないかと思います。
 ともかくこういう傾向があり、その上に消費者物価も、たとえば十二月五・八%アップ、そしてことしの一月になりますと、東京都区部の上がり方で六%以上、こういうことであります。そういうことを考えますと、もはや国民の所得の目減りは本格化していると言わざるを得ないと私は思うのであります。
 物価見通しも、政府の見通しでは、来年度消費者物価上昇率が六・四%、卸売物価上昇率が九.三%の上昇となっておりますが、昨年四月以来卸売物価の急騰が続いておりまして、昨年十二月までの平均で、月間一・五四%ずつ上がっております。年率に換算いたしますとい二〇・二二%の上昇ということであります。ごく二、三日前に発表されました一月の卸売物価は、御承知のように前月比二・一%、前年同期比一九・三%、年率換算二八・三%の上昇であります。果たしてどうやって政府の見通しの線に物価を抑え得るか、私はきわめて疑問だと思います。
 昨年十二月、原油が三〇%ぐらい上げられたわけでありますけれども、それとことしに入ってからの値上げが重なっておりますので、まだ卸売物価の月間の高騰が今後も続きそうであります。そうだとしますと、卸売物価の動きに大体六カ月ぐらいはおくれます消費者物価、これが六・四%程度の上昇に来年度とどまるとはとても思えないと私は思います。すでに述べましたように、東京都区部の消費者物価はすでに一月に六%台です。
 このようなことですから、今後の個人消費の実質減はますます避けられないと思います。そして、個人消費のGNPに占める非常に大きなウエートから考えますと、もしそのようになってきますと、景気後退は、私は政府の見通しで考えられているよりももっともっと厳しくなると思います。そして、景気が後退ぎみになってくれば、一昨年の中ごろから好調でありました民間設備投資需要、これもほうっておけば私は簡単に姿を消していくだろうと思います。そして、いま御審議中の二十年ぶりという要するに緊縮財政の影響も、だんだんことしの後半には加わってまいります。
 私は、一たん景気がはずみを持って落ち出しましたら、底なし沼のように落ち込んでいくような気がしてなりません。輸出の増加にしましても、政府の見通しあるいはOECDあたりの見通しのように増加が見込めるかどうか、非常に疑問であります。
 それこそ、前に言及しました予算資料「昭和五十五年度予算及び財政投融資計画の説明」のやはり冒頭にありますように、海外の先進諸国の景気の後退、これはまあ間違いないわけであります。すでにそのような気配が十分に出ております。米国は、前回の石油危機後にもなかったような厳しい政策対応をインフレに対してしております。前回の石油危機後、アメリカの景気後退等で昭和五十年、まだ別にそれほど円高ではなかったのでありますけれども、日本の輸出は減少続きという月が続きました。仮に今後少々いまよりも円安になるとしましても、輸出がそれほどふえるとは私には思えません。
 そのように、景気は一たん悪くなり出しましたら、どんどん悪くなっていくような気がします。何分にも日本自身、当面、所得減税とかあるいは公共投資とかあるいは金融緩和とか、前の石油危機の後と比べまして、自力で景気回復をさせる手だてが著しく減じております。したがって特にそう思います。どんどん悪くなっていくような感じがします。財政もそうであるように、前回の長くて厳しい不況で民間企業の不況抵抗力も相当に弱まっているのじゃないか。ますますどろ沼、底なし沼のように落ちていくような気がしてならないわけであります。よく乾いたタオルでもしぼるとと簡単には言われますけれども、不況に対して減量化の努力が今後さらにどの程度期待できるかどうかについては大いに疑問であります。底なし沼のように景気が悪くなっていくとしましたら、当然に企業の倒産の問題とかあるいは雇用問題とか、非常に深刻な問題になってこようかと思います。
 私は、このような認識に立ちまして昭和五十五年度予算案を見てみますと、きわめて不安を覚えるわけであります。仮に、これほど悲観的な見方をしないとしましても、五十五年度予算案にこのような不況と物価の両にらみ的な特徴、特色が出ているかどうかであります。
 さきに言及しました資料、これのやはり第一ページに「物価の安定を図りつつ景気の自律的拡大基調を維持すること」と、予算編成の大前提のようなものが述べられておりますが、予算案の中身が果たしてこれにこたえるような形になっているかどうか、私は、これを拝見いたしまして若干疑問を感じたわけであります。財政再建だけがひとり走りしているのじゃないかという感じがいたします。財政再建もいいですが、中身が日本経済の現在置かれている状態、今後置かれるような状態に合うよう工夫されているかどうかであります。
 たとえば、この資料の五十一ページと五十二ページを見てみたいと思います。
 そこには生鮮食料品流通等対策費の予算説明が載っております。不思議なことにこの予算は、前年比一一・二%の減額になっております。五十、ページにはその細目が載っておりますけれども、卸売市場の整備とかあるいは食品工業の技術開発とか、目先の長いものはともかくとしまして――こういうのは若干ふえておる。技術開発費等々は若干ふえています。しかし、これは目先の長い問題でありまして、効果はすぐに出てこないわけであります。せめてこの原油高のときに、これぐらいは価格安定を望みたいという野菜、果実、食肉、鶏卵、牛乳、水産物等の流通対策費が軒並み減額になっています。こういったものは、当面、国民生活を守る一番のキーポイントのような感じが私はするわけでありますけれども、消費者物価の上昇率がこれまで幸いにもおくれてきたのも、一つには農水畜産物価格が比較的安定してきたからであります。ところが、そういったものも最近一部に猛烈な値上がりであります。こういった時期に、最も大切なところで価格安定化の努力を弱めるということ、これは私どう考えても理解できないところであります。
 その他配慮していただきたい点、二つばかり申し述べたいと思います。
 私は、いま日本じゅうがもし賢明な決断をしさえすれば、まだ、底なし沼のように景気が悪くなっていって国民生活が不安に陥れられるということを避けることができるのではないかと思います。まだ、いまだったら可能だと思います。
 たとえば、これはやや大胆な言い方でございますけれども、この春ひとつ思い切って高目の賃上げをする、こういうことが一つ考えられます。一般に賃上げと物価の悪循環、これが心配だから賃金はできるだけ抑えるべきだという考え方が支配的であります。しかし、頭から賃上げを低く抑えるべきだという考え方は、私は愚かな考え方だと思うのです。前にも言及しましたこの資料のやはり第一ページに書いてありますけれども、インフレ抑制の目的は景気の自律的拡大維持のためであります。そのインフレが心配で、賃金を抑え込んで人々の生活が脅かされ、景気が一層悪くなりましたら、私はまさに本末転倒だと思うのであります。少なくとも消費者物価について最悪のケースを考えて――政府の六・四ぐらいじゃなくて最悪のケースを考えて、それを上回る程度の賃上げはすべきだと私は思うわけであります。本当に来年度の物価上昇率が六・四でおさまればいいのですけれども、おさまりそうもないということになりますと、現在いろいろ言われております今春闘の見通しでは、物足らぬという感じであります。
 日本はいまのところ諸外国に比べまして、卸売物価と消費者物価の上昇率に大きな開きがあります。かつまた、景気拡大がこれまで続いてきて、生産性もかなり上がってきております。いまであれば卸売物価上昇率をひどくせずに、少なくともホームメードの形でいまの一九・三を二〇とか二一とかいう形にいかせずに、インフレをむしろやわらげるような方向でもかなりの賃上げができるのではないかと私は思います。これはいま言った卸売物価、消費者物価の上昇率の開き、それから最近まで鉱工業生産にしましても八%、一〇%という高成長が続いてきたということからしまして、主要国の中でも日本にだけ開かれた可能性ではなかろうかと思います。
 とはいえ、すでに先ほどちょっと申しましたけれども、労働組合の賃上げ要求もかなり控え目な線で固まってきてしまっております。もうすでに遅しという感じが、こんなことを言っておりましても、しないわけではない。そうだとしましたら、あとは財政でカバーしていただくより、よりどころがないのじゃないかと私は思うのであります。物価高でこの先、国民の購買力が奪われないようにしていただきたいものと思うわけであります。所得が目減りせずに個人消費がある程度伸び続けさえすれば、民間設備投資需要も潜在的にはわりあいとあるように私は見受けます。したがって、持続的な景気の好調さが期待できるのではないかと思います。そうすれば、財政にとっても悪いはずはないわけであります。
 基本はどういうふうに考えたらいいかというと、先ほど述べましたように、民間にはまだ景気持続能力があるのであります。これを利用して、購買力の実質減少が直ちに消費減少となる低中所得層に所得の移転を行うことだと思います。
 そして第二、最後であります。もう一つ御配慮していただきたい点でございます。
 景気持続の観点から望まれますのは、いままで個人消費と並び景気拡大を支えてきた民間設備投資を立ち消えにできるだけしないことだと思うのです。一昨年夏以来、旺盛な設備投資需要は、NC工作機械を中心にしまして、主としてすそ野のきわめて広い中小企業の分野でなされてきました。しかもNC化、すなわち小型コンピューターを使いまして数値制御をします機械、これは工作機械だけではなくて、聞き及びますところによりますと、繊維の裁断とか縫製とかいろいろな分野に広げられつつあるという話であります。設備投資環境さえ十分であれば、潜在的な中小企業の設備投資需要はかなり大きいと私は思います。この景気等に先行き不安が強まってきた段階で、若干の政策的刺激を加えることは非常に効果的ではないかと私は思うのであります。
 そこで、中小企業対策費は一体どうなっているか。やはりこの資料に出ているわけでありますけれども、五十五年度予算案を見てみますと、中小企業対策費は前年度比五・一%の増加、すなわち平均並みの増加になっております。しかし、不況と物価をにらんだ五十五年度財政としては、戦略的意味合いでもっとこういうところに重点配分を考えてもよかったのではないかと私は思うわけです。
 確かに、中小企業対策費の中身を細かく見てみますと、中小企業近代化促進費、これが要するに中小企業の設備投資に関係するところでありますけれども、これは前年比一三・六三%の増加になっております。そのうち中小企業設備近代化補助金は八・四%の増加になっております。平均よりちょっとたくさんつけてあるわけです。したがって、それなりの配慮がなされている。この努力の跡は十分に見受けられます。しかし、たとえばいま問題になっております中小企業の設備近代化にかかわる助成金、これは私は中小企業に限っての投資減税の形でやってもいいと思うのですけれども、総額でどれくらいかといいますと、平均よりたくさん伸びておりますけれども、二十九億五千万円であります。私ども庶民には、二十九億五千万円なんというのはとてつもない大きな金額でございますけれども、国全体の予算から見ましたら、二十九億五千万円というのはかなり微々たる金額ではないかと私は思うのであります。きわめて多数の中小企業を対象にしてこれぐらいの金額でいいかどうか、私は疑問に思うわけです。いかに緊縮財政が必要な年度とはいいましても、この中に、日本経済の展望に関して望みの持てる形にしてほしいなと私は思う次第でございます。
 どうもありがとうございました。(拍手)
#8
○瓦委員長代理 各公述人にはどうもありがとうございました。
    ―――――――――――――
#9
○瓦委員長代理 これより各公述人に対する質疑を行います。
 なお、公述人各位に申し上げます。
 質疑者の持ち時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いいたします。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。鴨田利太郎君。
#10
○鴨田委員 鴨田でございます。よろしくどうぞお願いいたします。
 八〇年代の通商産業行政の課題は、天然資源小国の克服、頭脳資源、多角経営への飛躍、国際社会への貢献、活力とゆとりの両立であるということでありますけれども、中小企業の面について、矢野公述人にお尋ねいたします。
 五十五年度の予算を見るとき、果たして活力ある中小企業の育成がこの予算で達成できるかどうかということでございます。私たちを取り巻く環境は、昨日の新聞報道によりましても大変厳しい現状である。そしてまた卸売物価を見ますと、前年対比一九・三%と上げ足を速め、消費者物価上昇率は、目標が六・四%でございますけれども、この目標達成が大変むずかしいような現状じゃないでしょうか。たとえば、現在野菜が足らない、野菜が高いといいましても、産地によりましてはその野菜を詰める段ボールがすでに足らなくなっておる、そのために野菜を出荷することができないんだというような苦情が私どもの手元にも届いております。結局それによって値段が上がり、そしてまた、その中で働く中小企業というものは非常にむずかしい環境にあります。
 そこで第一点、八〇年代の中小企業対策についてでございますけれども、八〇年代の中小企業対策を今度の予算の中で見ますときに、総合的な経営力を充実するために、中小企業大学校の設立とか、体質強化のための助成強化、大型出店対策の充実、倒産防止策強化、産地振興対策、地場産業育成とか、目玉としては何か概括的に出てまいりまして、大きな目玉商品がないような気がいたしますけれども、先生におかれましては、重点政策の目標をどこにお考えになっておるのでしょうか。
 それから、中小企業大学校の設立についてでございますけれども、中小企業政策の柱の一つとして、今回の予算の中に人材育成と人材活用の中小企業大学校の設立があります。これに対しまして公述人は、人材育成とその運営の仕方をどのように考えていらっしゃるでしょうか。
 また、中小企業専任大臣についてのことでございます。今回自民党内で、中小企業の専任大臣を置くというようなことを検討されておりますけれども、この点についてはどういうふうにお考えになっておるでしょうか。
 また、地方企業の育成についてであります。特に現在、地方に造成されておる工場団地に誘致しても工場が参りません。地方企業の育成が大切と言われておる今日、各地で工場団地を造成しても工場が来ないという現状におきまして、親工場も来ず、下請の地方企業は衰退の一途をたどるばかりでございます。この点につきましても、地方の企業の振興策があったらひとつお教えくだされば幸いと存じます。
 それから、産地振興についてでございます。産地振興法ができました。これに基づきまして、新商品並びに新技術、新市場の開発が進められております。この政策が地域経済の振興に結びつき、発展につながると評価されておるかどうかという問題であります。
 それから次は、小売業とスーパーの進出の際のトラブル問題であります。
 現在日本の各都市で、小売業とスーパーとのトラブル、大型店とのトラブルが多々起きております。これに対して、大規模小売店舗法と小売商業調整特別措置法との二本立てで商業活動の分野調整が行われております現在、形の上では調整ができても、実際は常にトラブルが起きております。また、法の網をくぐりまして、現在埼玉県の宮原に建築されましたダイエーのボックスストアのような問題、実態は、既存の商店街がダメージを受ける場合が多いわけでございますけれども、それに対する本当の意味の救済策がありません。既存商店街の商人は、今日まで営々と町づくりのために非常に貢献をしてきたのでございます。そうすると、その商店の方々は商権の確立を主張しております。そして、それがひいては地方自治体への行政介入を求める声が多く出てまいりました。この点から考えまして、大店法と商調法を適用するに際し、地方自治体が計画しておる都市計画の中で必ず調整せよというような枠組みができれば、そこにおきまして建築許可の面からも無謀な大型店の出店に歯どめができるのではないでしょうか。地方時代にふさわしい理想的な町づくりへの参加ができるように思いますが、この点、先生にお伺いしたいと思うのであります。
 また、落ちこぼれの零細企業が出てまいります。どうしても落ちこぼれてまいります。この零細企業は、死ぬのを待つばかりの零細企業であります。もう死ぬときには閉店であります。これに対しますところのいままでの経済政策に対しまして、保護政策というものを考えていったらどうでしょうか。この点につきましても、公述人にひとつお尋ねしたいと思います。
 また、サービス業の位置づけについてお尋ねいたします。現在働く者の五三%は、広い意味でのサービス業で働いております。経済七カ年計画を見ますと、今後の中小企業の生きていく分野にサービス業が相当部分占めております。果たして今後サービス業が、経済主体として日本の経済をリードしていくという面におきまして、これはどういうふうな分野でもってどういうふうな方法でやっていくのか、これをひとつお教え願いたいと思います。
 以上が、私の公述人に対しますところのお尋ねでございますので、よろしくひとつ御指導のほどをお願い申し上げる次第であります。
#11
○矢野公述人 大変多岐にわたる御質問なものでございますから大変むずかしゅうございますが、大要まとめますと、現在取り上げられました中小企業対策についてどうかということが一点と、第二点は小売及びスーパーに対する商業地域における問題点という形に集約されようかと思います。第三点は、一次産業から二次産業、二次産業から三次産業へと移行する就業人口の増加、それに伴う三次産業に対する見方をどのように考えたらよろしいかというふうに束ねさせていただきたいというふうに思います。
 第一の、今回十にわたる新設、創設の施策の中の目玉は何かというようなことなんですが、この政策は私申し上げましたように、拡散、分散型である。そのために今後この中で留意しなければならないのは、この施策の中で強化育成すべきものは何かということの焦点をしぼり込む必要があるんじゃないか。その意味においては、この施策自身が八〇年代の幕あけに際して、中小企業に対するこのような心配りをしておかなければならないということが、その結果をもたらしたのだと思います。
 しかし、先ほど私が触れましたように、この中で金融面は十分配慮している。昨年暖冬でございましたから、そのためにことしの三月は繊維及び暖房器具の業界の手形が回ってきますから、その辺は大変困難だな、手形及び企業の倒産が発生するのではないかというようなことの配慮のためにこのことはなされているんじゃないか。財投八%の伸びに対して、中小企業の政府関係の金融が一一八%の三兆に及ぶ金を用意したというのは、そういう配慮であると私は理解いたしております。
 それから、その中で言及されました野菜の問題、段ボールの問題が出ておりますが、野菜の問題はもっと突き詰めて考えますと、ことしは野菜が高い、しかし去年はでき過ぎて捨てた、豊作の中の貧乏、これはミカンにもございます。あるいは米においても、減反奨励金というのを出しております。施策というものが、米をつくる時代から余る時代になったら、その施策は変えていかなければならないというのがおくれて、減反奨励金という施策に変わったという、これは明らかな事実でございます。そういう形で、時代の変遷に伴って施策が対応すべしということで集約化、体系化されなければならないのだろう。その中での対応を考えていかなければならないと思います。
 地場の振興策でございますが、この振興策は私は十分あり得るのではないかと思います。たとえば、新潟の燕の洋食器の問題、あるいは広島に行きますとやすり、あるいは四国に行きますと軍手であるというような、それぞれの特性を生かした地場産業がございますが、逆にそのことに対するたとえば資金面であるとか設備の近代化という配慮をもっともっと考えねばならないということはあろうかと思います。
 それと次の第二の問題に移りますが、小売とスーパーの共存の問題です。
 これは反対のみが強調されているのですが、スーパーと小売の要するに共存ということの行われている地域もございます。スーパーができたために客が集まり、客動線が別な角度で生まれて、そしてその地域が繁栄する。そのことによって小売店も潤うという道がとられているところもございます。ただそのためには、弱者と強者の共存という形のコミュニケーションのポリシーをどのようにつくるかという長い時間の協議が行われたところにおいてのみ、そのことが生み出されているということが言えます。現在、商店は三十七万五千、全国にございますが、この中でそのような道筋を生み出すということは私は可能だと思います。ただ問題になるのは、要するにそれぞれの立場が反対のための反対ということで話す道筋ができないとか、そのようなことが逆に問題ではないでしょうか。
 それから、サービス業の問題になるわけですが、サービス業というのは――もう一次産業に対する設備投資の時代は終わりました。ということになりますと、要するに八〇年代はどういう時代かというとらえ方だと思います。バレル二ドルが高度成長、バレル二十ドルが低成長、八〇年代のバレル三十ドルは何時代なんでしょうか。この何時代でしょうかという答えを解くのが政治であり、それから経済であり、個々の経営者だと思います。弱者であるがゆえにそのことの存在を否定されるということではなくて、弱者であるがゆえに自立、生きることに対してまじめである、そしてより真剣であるというエネルギーは内在いたしておりますから、その内在している自立性ということに対してどのような施策と方向性を与えられるか、またそのことに対するサポートを政治がどれだけできるのかという配慮をなさればよろしいのじゃないでしょうか。そういう意味においては、ソフトウエアの時代でございますから、そういう視点に立っての三次産業における、もっと要するに現状の事実の把握と予見性という中での組み立てをしていけばよろしいかと存じます。
 大変時間の短い間でということの条件下でございますので、お答えにならない点もあろうかと存じますが、この辺でとどめさせていただきます。
#12
○瓦委員長代理 次に、大原亨君。
#13
○大原委員 どうもありがとうございました。
 最初、矢野公述人にお願いいたします。
 あなたの御意見で、中小企業の問題で住宅問題に触れられて、土地問題に非常に思い切った発言がありました。住宅問題は、やはり中小企業の仕事の分野と非常に深いかかわりがあると思います。建築自体だけではなしに、建築に伴ういろいろな施設の整備その他で非常に大きな広がりを持っていると思います。その場合に一番大きな問題は、やはり土地問題である。土地の問題を解決しないと、住宅ローンにいたしましても、公営住宅にいたしましても、狭くて悪いということと関係いたしまして、だんだんと庶民からは手が届かない、住宅政策に公共投資の中で力を入れようといたしましても非常に行き詰まってくるという状況、その根本は国際的に見てみまして、土地政策について日本は高度成長とか列島改造という中で一番大きな失敗をしている。
 この国会でも、これは自民党の諸君、皆さんを含めて、たとえば土地は商品にあらず、政府の方もしばしば議論してきたのです。しかし、土地の国有ということについて思い切った御意見があったのですけれども、土地の国有ということになりますと、政策の選択の問題ですが、かなりこれは問題がある。そういうことで、私どもの間では、たとえば所有権はそのままにしておきましても、利用権について公的な規制を思い切って加えて、そしてそういう投機の対象には一切しない、商品化しない、こういう考え方があるわけですが、その点についてのお考え。
 もう一つ。今度の国会に土地税制の改正が出ておりまして、これは御専門ではないかと思うのですが、土地の譲渡に係る長期的譲渡所得の課税の特例というのが非常に問題になっておりますが、これについての御意見があればお聞かせいただきたい。土地の需要供給の関係、商品化、投機の関係というものでこれから議論が出てまいります。その点ひとつ……。
#14
○矢野公述人 いまの先生の御質問でございますが、土地問題というのは住宅に関連することは先生のおっしゃるとおりでございます。この問題、土地は都市問題という理解をした方がいいのだろうというふうに私は思います。
 この中で考えますと、私が申し上げましたのは、公団住宅が遠くて高くて狭い、その原因は、土地買収費が積算され、建物の建築費と両方合算の積算だから遠くて高くて狭い。その遠くてという条件は克服できませんから、遠くて安くて広いという施策はとれないのでしょうか、そのためには、土地買収費を建物の積算に加えないで、建物だけの積算で家賃の積算をすることはできませんか、その場合に土地を国が持つという形にしたら、そのような安い家賃提供ということができないかというふうに申し上げたわけでございます。ですから、それをストレートに、土地を国が保有する――方法は幾らもまた考えようがあろうかと思いますので、そういうことでお受けとめいただきたいというふうに思います。
 それから譲渡所得の問題でございますが、今回出されている税制改正の問題は、いまは保有税を考えて、持っている土地の吐き出しをしようというようなこともございまして、土地の提供をもっと容易にさせようというのがこの税制の背景だろうと思います。問題点は、そういうようなこともございますが、もっともっと考えていきますと、いま、かつて五百坪が二百五十、二百五十が百二十五、五十が二十五ということで、財産を引き継いでも税金が払えないから土地を売る、そして土地自身が零細化していっているというのが一面の事実でございます。その辺のための乱開発との関連の問題、都市における都市づくりと土地の問題、都市における土地の保有の問題、そういう三つの面から考えていかなければならないのじゃないかというふうに考えたりいたしております。
 以上でございます。
#15
○大原委員 時間が限られておりますから、もう一つお聞きしたいのですが、また時間がございましたらお願いいたします。
 上村公述人にお願いいたします。
 平等に対する考え方、それから社会保障の中立性、一貫性の非常にわかりやすいお話がございました。平等性に関係して年金のお話があったわけですが、御承知のように、六十五歳の問題については、きのう大体政府、与党の間で決着がつきまして、六十五歳という年齢の切り下げだけのつまみ食い、これは数字は消えましたが、再計算の五年後にはやるのだ、こういうことになっておりますから、これは言うなれば衣の下からよろいが出たということであります、中身は余り変わらぬということだと思いますが。
 それで一番大きな議論になるのは、公述人の御意見にあった点で私ども注目をいたしますのは、まあしかし絶対にこうでなければならぬということは年金や医療についてはないので、これは選択の問題ですが、六十歳から年金権を設定する。それから雇用の保障については、たとえば六十五歳なら六十五歳までは雇用上の差別をしないということで、日本は大企業を中心に五十五歳定年が四〇%を超えているわけですが、定年後の仕事が、つまみ仕事といいますか雑役的な仕事をやっている、老後が非常に不安だということで。雇用問題については解決すべき問題がたくさんあるわけです。その問題を、やはり相対的に中高年齢の労働力人口がふえていくわけですから、国民経済の中へ生かすという面からも、産業構造からも雇用問題を重視いたしまして、積極的に雇用政策を立てるという政策全体がないということが問題ですから、雇用については六十五歳までは保障するという相互乗り入れの中で選択の余地を残しておくべきではないかという御議論であったかと思うのです。その点、もし補足して説明していただく点があれば御意見をいただきたい、こう思います。
 それからもう一つの問題は、これで終わるわけですが、医療の問題です。
 日本の医療の問題で一番の問題は、年間一五%とか二〇%を超えて医療費が増大いたしまして、本年はひょっといたしますと総医療費が十三兆円超えるかもしれぬ。それを税金で負担し、保険料で負担し、自己負担を主としていたしておると思うのですが、これは財政再建のがちゃがちゃ大蔵省が議論している問題よりも、国民から言いますとさらに大きな問題であります。その場合に、そういう一五%、二〇%、これまでふくれてまいりますと保険財政もパンクするし、保険料負担も限界に参ります。
 そういうときに選択する道は、ヨーロッパの例で言いますと、イタリアはイギリスのような方式で公共保健サービスにいたしまして、言うなればお医者さんを月給制にしたわけです。登録制、人頭割の方式にいたしまして、点数出来高払いをやめているわけです。そうすると、今度は保険料の方は一般財源ということになります。これが見合ってくることになります。片っ方は公共保健サービス。
 それからフランスは、保険制度ではありますが、あなたは御専門ですが、これは療養費払いといって、窓口で現金を払って領収書をもらっておいて、後で精算をしてもらうという、こういう方式に行き詰まってからいたしました。
 西ドイツは、賃金、所得の上がる範囲内で医療費を抑えるということで、保険者と診療機関が団体的に相互に合意いたしまして、その分配を医師の方でやる、こういう仕組みにいたして抑制しておると思うのです。
 日本も、これは選択の余地というものはないわけです。基本的に、公述人は組合管掌の、組合方式のメリットを生かすことが、この社会保障の中立性と一貫性を保持するのに非常に意味があるのではないか。自分が保険料を出して、給付の中身についても自分が決定するという方式ですね。日本はいかんせん、医師会と健康保険の組合は大げんかのような形になっておりますから、ドイツの方式はなかなかむずかしい。これは日本医師会の幹部と与党・政府が癒着をしているということが一つ大きな原因です。癒着をしていない人もおります。正論を吐く人もおりますが、主としてそういうことで混乱いたしました。日本でも組合方式のメリットを生かそうといたしましても、非常に困難である。それを、現状を踏まえながら、保険の制度として日本はどの道を選択すべきかという点について、もう少し公述人の参考意見を敷衍していただくことがあればお答えをいただく、こういうようにいたしたいと思います。
#16
○上村公述人 御質問にお答えいたしますが、先ほどずいぶん時間をとり過ぎましたので、簡単にお答えしたいと思います。
 いま二つの問題を挙げられましたけれども、私、一つの問題に集約してお話しした方がいいんじゃないかというふうに思います。
 といいますのは、この年金年齢の設定の問題にしましても、あるいは医療費の問題、すべてこれはこれからの困難な高齢化社会という社会の到来を前にして、どうにかしなければならない重要なものであるわけでありまして、その点からの考慮というものをしてみれば、同一的にお答えできるのではないかという気がいたします。というのは、もちろん六十歳に年金年齢を設定し、六十五歳までの間に選択的にその年金の受給申請を行うようにする、これについては、先ほども申しましたように、高齢者雇用の積極的な発展がなければむずかしいわけであります。しかし、それもまた限界がありましょうし、言うはやすく行うはかたしという点がかなりあるということは考えなければならないという気がいたします。私は、そういう高齢者雇用の面と同時に、年金制度の側においてももっと違ったものを考えていって、そして高齢化社会に対応する体制を今後つくっていくような方向を考えてみたらどうかというふうに思っております。
 というのは、わが国の場合と西欧の場合とを比べますと、働くということについての感覚、考え方が違いますから、どうも外国のものをそのままというわけにはいきませんけれども、私、一つフランスの例をもとにして考えましたことがございます。
 それは、働きたい人には働く場を与える、しかし年金をもらいたい人に対してはどうにかもっと年金を、何らかの年金について手を打つ方法はないのか。いま政府が、特に厚生省で考えておられますような将来の年金構想というか、あるいは審議会等の構想というものを見ましても同じことではあるのですけれども、私、若干物足りない感じがするわけです。年金に関しては、私考えますのは、たとえばフランスで一九六二年に国民連帯基金という制度を設けました。これは、フランスはすでに六〇年代から一二、三%という高齢化社会でありまして、もう経験済みであるわけですが、その高齢化社会の問題の解決のために、国民連帯基金というものを設けました。これは税金でやるわけですね。老後問題を国民連帯で解決していこうじゃないか、そういう形でつくられたものでありまして、そういうふうなものに似たような年金制度、つまり老人扶養税といいますか、目的税でございますね。これはもう老人の年金のためだけにしか使わない、ほかには流用しない、そういう年金税的、目的税的なものを設けまして、そしてこの年金制度についていま危惧されている問題を解決していくという、そういう面からの解決が一つあっていいのじゃないかという気がいたします。
 それから医療問題でございますが、医療費問題については老人保健医療制度の構想が数年前からでございますか、あります。しかし、私はそれには反対でございます。私考えますに、原則的には老人をいままでの制度から排除して、孤立した一つの制度を設けるということに対する多少感覚的なといいますか、拒絶反応がございますが、もともと社会保険医療、社会保障医療、こういうものを考える場合には、弱い者も健康な者も、老人も若い者も、一緒にその保険制度を構成するものであるわけでありますから、弱い者だけ外へ出すという、極端に言えば、健康な者だけだったら医療保険制度は要らないわけですから、そういうような点から見ると、どうも老人保健医療制度は予防とかアフターケア、そういう点についての考えが入れてありますけれども、そういう点については私はこういうふうに考えております。
 そういう点を考慮した上で、つまり、いまの医療保険各制度の中に退職後もずっと入れる、所属することにする。老人に関する予防とかアフターケア、そういう問題は老人福祉法の拡大で解決するし、さらにはこの老人の医療費については、その所属する医療保険で解決する、そういう道がむしろ社会保険医療とかいうようなものにとってより適合したやり方、その趣旨に適合したやり方ではないかというふうに考えるわけです、いずれにしましても、高齢化社会に向けての老人の福祉政策というのは非常にむずかしくなってくる。
 そこで、年金の問題にしましても、医療の問題にしましても、たとえば年金でありますれば、これはいままでのような、保険料を納めたから年金をもらうのだとか、納めた保険料がこれだけだから、あるいは納める期間がこれだけだからこれだけの年金をもらうのだということ、そういう考え方ではなくして、高齢化社会という非常に大きな問題を解決するためには、もっと連帯といいますか、フランスではよく国民連帯、こう言いますが、国民的連帯の上に立った、つまり老後問題を解決するために、国民各人あるいは企業がどういうふうにそれに貢献していくか、あるいは財源を負担していくかというような視点から考えていかなくてはならない。医療についてもそうであります。退職して働かなくなっても、もとの保険制度に入っている、つまり保険料は払わなくてもいいわけですね。つまり、保険料に給付を結びつけるというような考え方は、極端に言えば戦前の純粋社会保険理論であって、戦後は転化したはずであります。そういうような、新しい社会保障の戦後の理念に沿った高齢化社会対策を、ここで考えていかなくてはならないのじゃないかというふうに考えるわけであります。
#17
○大原委員 ありがとうございました。
#18
○瓦委員長代理 次に、草川昭三君。
#19
○草川委員 草川でございますが、松永先生と上村先生に少し御質問させていただきたいと思うのです。
 松永先生が先ほどおっしゃられました、政府の経済見通しより景気は悪くなるのではないか、一たん景気が落ち込むと底なし沼になる、たとえば円安になっても輸出増は期待できないというお話があり、さらに中小企業の設備投資意欲というものをかなり高く評価されておられたと思うのです。
 輸出の問題と中小企業という二つの命題で、私、いまふと思ったのですが、いま非常に問題になっております対米経済摩擦の問題で、自動車産業の現地生産という問題に関連をいたしまして、一体将来、それは日本の輸出増にどのような問題があるのか、あるいはまたすそ野の広い中小企業の現状から、日本経済にとってどのような影響力を与えるかについて、松永先生からお話をお伺いしたいと思うのです。
 それから上村先生には、年金の官民格差については、支給年齢よりも支給額の方に問題があるというようなお話が少しございましたが、現在の共済年金の平均支給額と厚生年金の最高の支給額とがほぼ見合っておるわけでございますけれども、その点について、先ほど、格差が二・三倍から一・三倍と減少傾向にあるというようなお話がございましたが、その点私、少し納得できませんのでお伺いしたいということ。
 それから、日本の年金負担額の上限というのですか、負担限度額を、ヨーロッパのお話もございましたので、どの程度に抑えられるのか、見込みでございますけれども、お伺いをしたい、こう思います。
#20
○松永公述人 まず、この先輸出の増加が、いまのところはよくふえておるようでありますけれども、そうは期待できないのではないかと私が申しましたことについて、若干補足してみたいと思います。
 私が住んでおりますのは愛知県でございますけれども、愛知県の近辺、名古屋通産局管内の輸出認証統計をごく最近調べましたら、昨年円安が進展したということでございますけれども、特に中小企業の製品、伝統的な輸出品ですね、いわゆる地場産品というもの、これはドルベースでも円ベースでも、いわゆるノミナルでも、昨年は一昨年に比べてなお輸出額が若干減少しております。しかも、一昨年と違いまして昨年は卸売物価等々が上がりました。昨年一年間平均で卸売物価の上昇率は八%台になろうかと思います。そういう物価上昇を考えますと、実質はどうかといいますと、昨年円安が進展しましたけれども、やはり特に地場産品のようなもの、中小企業製品のようなもの、これはまだ相当大幅に減が続いていたということであります。私どもが私の住んでおります、愛知県で調べましたところによりますと、中小企業、特に零細輸出企業、これがいわゆる競争の限界ぎりぎり、そのレートを仮に限界レートと名づけます。その限界レートというものを何とか切り抜けたというのが、零細中小企業の場合には、私は昨年も本当に終わりごろだと思うのです。まだ多くの零細企業は、限界レートから切り抜けている、そういう感じを持っていない企業が多い。まあまあ適正な利潤が何とか最近の為替レートによって得られるというのは、大企業でも昨年の後半ぐらいからであります。中小企業になりますと、確実に昨年も終わりごろということであります。したがって、現在のレートでどうかといいますと、一部、たとえば工作機械とかあるいはいま話題になっております自動車とか等々は、ある程度ふえております。工作機械は、おととしの円高の最中でもかなりふえております。そういう一部ふえておるものもありますけれども、それほど私は一般的には輸出はまだふえてないのじゃないかと思います。
 そして、先行きでありますけれども、日本の卸売物価の上がり方は、これは主要先進国中最高であります。一月が一九・三%のアップ、十二月でもたしか一七・五%だったですか、アメリカがどれぐらいかといいますと、アメリカのインフレというのが相当一昨年以来騒がれておりますけれども、アメリカの卸売物価上昇率は二けたではありますけれども、昨年十一月でいいまして一二・八%であります。日本は卸売物価で見ますと、アメリカよりも大体五割ぐらい速いスピードで物価が上がっているわけです。当然に為替レート以外の点で考えました日本の輸出産業の価格競争力は弱まっているということであります。したがって、仮に今後円安が進展するとしましても、少々の円安ぐらいで輸出が激増するであろうかということであります。
 それと、やはり海外の景気の後退であります。日本の景気の後退も心配されるわけでありますけれども、日本の景気の後退は恐らく徐々であります。個人消費が減少してという形で徐々であります。しかし、アメリカの場合にはどうかというと、もうすでに一昨年、昨年と連続して十一回公定歩合を上げています。一昨年が七回、昨年が四回、十一回公定歩合を連続して引き上げております。そして現在は一二%でございますけれども、その後も、まあ公定歩合、金利政策には訴えておりませんけれども、厳しい金融引き締めを続けている。そして、財政面ではどうかといいますと、ことしの秋は大統領選挙があるということで、昨年の終わりぐらいは、まあ年が明けたらアメリカも政策転換をするのではなかろうかと思っておりましたけれども、年頭教書ではどうかというと厳しい方針を打ち出しております。前の石油ショックの後は、アメリカはそれほど大騒ぎしませんでした。日本は総需要抑制ということでスタグフレーションに対して引き締めを長いこと続けましたけれども、アメリカは不況がひどくなったと見るや直ちに不況対策、大幅減税等々で刺激をしまして、昭和五十年の中ごろからアメリカの景気は上向いてきました。しかし、今回は政策的対応が日本とアメリカとで全く逆になっております。そういうことを考えますと、世界の景気の後退はアメリカを中心にしまして相当ひどくなるし長引くであろう。そうして、そうなりましたら発展途上諸国の外貨事情も、前の石油ショックの後よりももっともっと悪くなるだろうと思います。しかも、高金利時代、お金を借りようと思いましてもなかなか金利が高い。発展途上国、また後進国に対する累積債務問題、カントリーリスクに対する意識が非常に強いですから、なかなかお金も借りられないということで、外貨事情は本当に悪くなってくると思います。そうなりますと、恐らく発展途上諸国、そのうち新興工業諸国、こういったものが輸出攻勢をきわめて激しくしてくるだろうと思います。そうしますと自動車とか、自動車はもう対米摩擦で先行き非常に危険でありますけれども、自動車だけではなくて、いわゆる地場産品のような中小企業産品の輸出も、発展途上諸国の輸出攻勢によってかなりがたつくんじゃないかと私は思うわけであります。
 第一はそれぐらいにしまして、最近自動車の対米輸出が非常に問題になっている、そこで自動車の海外生産、こういうことが話題になってきているけれども、それは一体どうかという御質問にお答えしたいと思います。
 私は、自動車のアメリカでの生産を仮に大手自動車メーカーが決意されても、その場はそれで多少日米の問題はやわらぐかもしれませんけれども、根本的にはだめだと思います。幾ら決意されましても――まず決意が非常にむずかしいだろうと思います。
 たとえば、私の住んでおります愛知県にはトヨタ自動車があります。トヨタ自動車の生産管理方式というのは、御承知のように独特のものであります。かんばん方式というものであります。こういう生産方式を現地アメリカで期待できるかといいますと、私は非常にむずかしいだろうと思います。したがって、アメリカで現地生産をして日本のようないい車が安くできるかどうか、恐らく自動車産業の首脳陣も非常に不安を持っていると思います。したがって、日本と同じように自動車を向こうで生産するためには自動車産業ワンセットで、部品産業等々すそ野が非常に広いのですけれども、ワンセットで持っていかなければうまくいかないんじゃないか。したがって、そういうことを考えますと、なかなか決断はできないだろうと私は思うのです。
 しかし、仮に決断をいたしましても、日米経済摩擦というのは私はそれだけでは解決しないと思うのです。決断をいたしましても、向こうで生産が始まって向こう産の自動車が向こうで出回る、したがって、こちらから輸出しなくてもいい状態になるというのは、かなりの先の問題であります。しかし、アメリカの景気の後退は、自動車産業をまず出発点にしましてもうすでに始まっているわけであります。そこへ、向こうで工場をつくるからといって自動車を輸出し続けておったら、必ずや私はいわゆる輸入制限問題、したがってこちら側の輸出自主規制問題、こういうものが出てくるんではないかと思うわけであります。
 しかし、そういう経済摩擦は、私は自動車に限らずもっと広い範囲に及んでくるんではないかと思うのです。ついこの間までの日米貿易摩擦――昨年の初めでしたか電電公社の資材買いつけ問題でまだもめておったわけです。あれはどうかといいますと、ただ理由は、日米の貿易がアンバランスである、日米の国際収支が不均衡であるということだけが理由でありました。アメリカの景気はどうかというと、五十一年以降非常によかったわけであります。日本側に譲歩を求めるアメリカの企業の足元は、景気がよくて非常にしっかりしておったわけであります。したがって、ああいう状態での日米貿易摩擦というのは私はまだ本物ではなかったと思うのであります。しかし、今回はどうかといいますと、日米の不均衡は、貿易の不均衡あるいは国際収支の不均衡は、まだ改善の過程にあります。しかし、彼らの足元が崩れつつある。それによって日本側に対して譲歩を求める声が出てくる、これは本物であります。そういう意味で、私は今後の日米関係というのは非常にむずかしいだろうと思います。
 簡単でございますが….−。
#21
○上村公述人 先ほどの御質問でございますが、年金格差、これもむしろ年金年齢の違いと私は言っておるのですが、年金年齢の違いよりもむしろ年金額の格差を重視していかなくちゃならぬのじゃないかということでございますが、現に減少傾向にあるということについての御疑問でございました。
 ただ、私が申しましたのは、総理府の社会保障統計年報をもとにした計算でありまして、これは各年度に年金給付費として幾ら支出されたか、それを何人の年金受給者がもらったかということで受給者数で割ったわけでありますから、単純なといいますか、一人当たりの年金額ということになるわけでございますね。年金額を見る場合の見方としては、たとえばことしは厚生年金が十三万何千円になるというようなことを言いますが、これは標準年金というものでございますね。三十年を設定してというふうな言い書き方でありますが、そのほかモデル年金という、正確に言うと何らかのモデルを設定してそして計算するモデル年金、こういうものもあるかと思います。
 そういういろんな年金額の計算の仕方はありますが、一人当たり年金給付費あるいは年金給付額で見てみますと、制度改正前と後にはかなり違ってきている。現実にたとえば昭和五十二年、これが統計年報の一番新しいいまの数字のようでございますが、これですと、厚生年金一に対して、地方公務員共済が一・五、公共企業体共済が一・四、国家公務員共済が一・三と、こういうような割合になっておるわけでございますね。こういう結果になった原因については、先ほど申しましたように、四十八年の改正がかなり貢献しているというふうに見てよろしいであろうと思うわけです。今後については、厚生年金保険の成熟化と言っておりますが、これが進むに従って、やはり厚生年金の全体としての支出、年金給付支出は多くなっていくということは予想されるわけでありまして、いま取り上げました限りでの厚生年金中心の各共済組合との対比での年金格差の問題は、好転の方向にいくであろうというふうに考えるわけであります。一それから、もう一つの点は、欧米における保険料負担の限界の問題でございましょうか。これは先ほどちょっと申したかと思いますが、欧米と言いましてもヨーロッパが中心でございますが、ヨーロッパ諸国の場合はすでに六十五歳以上の人口が一四%程度になっておるわけですね。わが国が一四%になるというのは西歴二〇〇〇年、あと二十年でございましょうか。そういう意味においては、わが国の今後の高齢化社会の到来に対する諸政策、これをどうやってつくり上げていくかは、ヨーロッパ諸国の経験がやはり参考になるんであろうというふうに思うわけですね。
 保険料の点でいきますと、ヨーロッパ諸国の年金制度の歴史的な、そして発展の現状を見てみますと、その特徴は保険料主義であるわけですね。したがって、国庫支出金は余り入らないというのが現状であって、たとえば西ドイツですと一八%、これを労使が半分ずつですから日本の倍でございますね。フランスですと一二・九%、約一三%、これを企業がかなり相当な、ちょっと覚えておりませんが、一三くらいのうちの約七・幾つくらいは企業負担でありますね。企業の負担が相当に高い。そういうような状況でございますが、企業負担の問題は非常にむずかしい問題を含んでおります。高齢化社会が到来すればこの程度の保険料負担はやはりあるんじゃないかということが予想されるわけですね。そういう意味では、国民の皆さんもやはり覚悟される必要があるかと思うのですね、もちろんその他の諸政策相まってでありますが。欧米における高齢化社会の現状からするとこの程度の保険料負担はあるんだ、こういうことですね。その辺でよろしゅうございますか。
#22
○草川委員 終わります。
#23
○瓦委員長代理 次に、寺前巖君。
#24
○寺前委員 お答えは簡単で結構でございますので、ゆっくりお話をしていただいたらありがたいのです。予定が大分おくれているようで、御協力をお願いしたいと思います。
 私は、まず矢野先生に三点お聞きいたします。
 第一点は、先生も、国債がこんなに発行してきたら民間で言えば倒産という段階の話だということで、財政再建の問題について非常に関心を持って問題を提起されたと思います。この間からここで論議になっておった点ですが、六十年度から十年間に百八十兆円の元手と利子その他を入れて返していかなければならぬという計算になっていくと、大変な事態だ。考えてみると、従来からここ数年来三〇%を超えるところの国債をずっといつも出してきている。こういうここ数年来ずっとやってきた予算の組み方に問題があったのではないか、この点についての御意見を聞かしていただきたい。これが一つです。
 第二番目に、税の公平化は非常に大切だということで政府の税制改正の五点を評価されてお話しになりました。この税の公平化の問題はこれでいいとおっしゃるのか、それともなおかつもっとここにメスを入れるべきであるというふうにおっしゃるのか、その点について第二番目にお聞きしたい。
 第三番目に、公共料金がいろいろと上げられてくるというのが今度の国政舞台における一つの課題、特徴点になってきております。試算をちょっとやってみるだけでも、電気の申請が八社平均で六四・四%ということになりますから、これだけでも四兆円余りの値上げが出てきます。ガスの三社を見ると五二%ということになりますから、四千五百億円というように出てくる。あるいは郵便、国鉄、麦価、たばこ、健康保険、NHK、次次といろんなことが出されようとしているわけです。こういうものを総合計しますと、計算の仕方でいろいろ出てくるでしょうけれども、たとえば電気の場合に大口向けの電力を除いたとするというやり方で出してみると、四兆円から五兆円という国民負担になる状態が待っている。一人平均にすると年に五万円近くの負担増という問題が生まれてくる。こういうような課題が今国会の一つの重要な課題だと思うのです。
 そこで、先ほど三Kのお話をされて、もっとメスを入れるべきであるという御提案がありましたけれども、国民負担増のこの公共料金の問題についてどういうふうにお考えになるのか、この三点についてお願いをしたい。
 皆さん、全部言ってしまいますので、よろしくお願いします。
 上村先生にはいろいろお話を聞きたいことがありますけれども、ちょっと気になった問題は、政管健保で国の負担を導入することをやめろという御提案があったと思うのです。
 私が知っている限りでは、健康保険は資本家負担と労働者負担が半々で、それにプラス政府の金の負担金が入っておる。ヨーロッパ諸国ではこの資本家負担をもっとふやせということで、日本よりもっと高いと思うのです。日本でも事実上資本家負担をふやしてきているという現状が存在しています。ですから、そういう意味ではこの保険制度が資本家負担をもっと高めよという問題は、私はそれは非常に大切な問題だと思う。ただ、この政府管掌健康保険というものは中小零細企業を対象にするところの事業体、そこの健康保険なれば、国家として助成するという積極性がそこにはなければならぬのじゃないだろうか。その政府が管掌しなければならないという対象に対する問題としてこれをなくすということについては、私はなぜそういう提起になるのか、理解に苦しむわけです。さらに言うならば、日雇い健康保険の場合にはもっと社会的にめんどうを見るという性格が必要だからというて、政府の負担というのが大きな位置を占めてくる、こういうように発展してきていると思うのです。国民健康保険の場合もそうだと思う。
 ですから、政府がこの保険制度の中に加わることに対して引き下がれという問題提起というのは、どう考えても理解することに苦しむので、その点についての御見解を聞かしていただきたい。
 最後に、松永先生でございます。
 消費能力を高めることが不況の克服にとって重要な問題だという提起がされました。私も非常に重要な提起だと思います。ところで、先ほど矢野先生から三Kに対してもっとメスを入れよという問題提起があったわけですけれども、国家予算を全体として考える場合に、今日これだけの赤字国債を発行する段階になって累積も物すごくなってきている段階に、財政の問題としてどこにメスを入れる必要があるのかということを端的に御指摘をいただきたい。
 以上でございます。
#25
○矢野公述人 三つの御質問をいただきました。財政、予算の組み方ということです。二番目が税の公平化、三番目が公共料金。
 この財政、予算の組み方、いまの政治のあり方ということを考えなければならないんじゃないでしょうか。たとえば一例を挙げますと、ある団体が自分たちの要求獲得のためにたくさん人を集めてむしろ旗を持って、そしてわれわれにお金をよこせということの現実の中で、たとえばその要求を受け入れなければならないというような事態で、そのひずみというものが生まれてきている。逆に言えば、そういう形の団体の力や集団の力、組織化の力のない中小企業においては、そのような事態の恩恵といいますか、受けることができない。そのような形のものが、いまの要するに予算なりということを一応ゆがめてきている問題があるのではないか。選択の幅の狭くなった八〇年代は、だめですよ、それはできないという姿勢でもって財政を組まなければならないという事態に直面しているということではないでしょうか。
 二番目の、税の公平化の問題ですが、これはやはり税の公平化というのは、弱者から取れないということになりますと強者から取るということに向かわざるを得ない。その中の第一歩ではないかという理解をいたしております。
 三番目は公共料金ですが、これは私は先ほどちょっと申し上げましたが、バレル二ドルのときは高度成長、バレル二十ドルのときは低成長、バレル三十ドル、この三十ドルを背景とした料金価格体系ということにならざるを得ない。その事態に即したものは公共料金のみならず一般の物価においてもそういうことを考えざるを得ないということで、料金体系を八〇年代料金体系という理解、そのことで受けとめねばならないんではないでしょうか。
#26
○上村公述人 お答えいたしますが、御指摘のように、歴史的に見たときに、健康保険制度を考えた場合、健康保険制度に対する国庫支出金の増加という傾向があることは確かでございます。しかし、そういうやり方が、健康保険というものを本来の立場に戻って考えたときにいいのかどうかという疑問から発するそういう発想であるわけでありまして、これはもう御承知のように、健康保険というのがわが国に入りましたとき、西欧の一応模倣という形で、ドイツ社会保険の模倣という形で始まったわけでございますが、いずれも西欧諸国の健康保険というのは、日本と違いますが、いわゆる組合方式をとっておった。ところが、日本で昭和二年から始めますときに、ああいう組合組織がつくれなかった、大ざっぱに言いますと。全然じゃないわけですが、つまりつくれなかったから、政府管掌でやらざるを得なかった。こういう状況は、健康保険の世界史的な歴史を考えますと、私は後進国型であるというふうに思うのですね。つまり、健康保険というものをやるからには人間の集団が必要である。保険集団が必要である。ところが、そういう集団が、戦前においては労働組合の組織を初めいわゆる社会的集団というものが西欧に比べたときに存在しなかったわけですね。そういうことで、一部、組合という形で始まったわけでございますが、しかし多くは政府がやらざるを得なかった。これは政府がやらざるを得ないということであるわけです。本筋から言えば、組合が健康保険をやるという組合方式というのが当時の世界的な常識であったわけなのですね。
 そういう原点に立ち返るということ、それも一つの考えにあるわけでございますが、もう一つは、福祉政策全般にわたって公権力といいますか、あるいは国家権力といいますか、そういうものの介入が強まる傾向というのは、これは先ほどの国庫支出金の増加と同じように、それに比例して強まってきているわけですね。つまり、国家的な統制が加えられる。それはお金を出すからその金の先を見るためにやはり公的な介入が行われることになってくる。そういう公的介入の問題点、これも一つあると思うわけです。
 それから、そういうものはもう一般的な問題でありまして、健康保険制度と年金との違いというような点についても考えなくちゃならぬという気がするのです。年金というのは、大体決まれば金を計算して送るだけの問題である。ところが、健康保険というのは、病人と医者といいますか、生活に密着しておるところがありますから、そこでいわば組合組織の全国一本の制度というような形ではなくして、その地域地域にあるいは職域に密着した制度で運営されるという点においてメリットを持つということは、よく言われることであるわけですね。
 あるいは先ほどから申しました政治的中立性といいますか、そういうことから考えていきますと、理想論に近い言い方でいきますと、日雇い労働者健康保険、こういうようなものも、これは一本化するといいますか、そういう形で健康保険というものは、やはり弱い者も強い者も、先ほど言いましたように健康な者も病弱な者も、一つの集団に入るものであるわけですから、本来ならば所得能力の低い日雇い労働者の人たち、こういうものも政管なり何なりに入るべきものであるのであろうと思うわけですね。しかし、それが分立している。そういう分立している現状から考えてみるならば、さしあたり手がつけられるのは健康保険の組合管掌化ということぐらいしか現実的にはないわけでございますね。そういう意味において、健康保険の運営、健康保険についての政治的中立性を守るということを考えますと、そういう道があるんじゃないかということでございます。
 それから、企業負担でございますが、企業負担については、私はもっと企業負担は高まるべきものと考えますが、問題が非常に複雑でありますので、そういう意見だけを申し述べさせていただきます。
#27
○松永公述人 この財政の赤字の時期に、どうやったら国民の消費生活を守ることができるのか、その方法を端的に述べよということでございます。先ほどは確かに私はその点をぼかしました。
 私はこう考えます。ちょっと申しましたように、現在のところであれば、企業にはかなりの収益的な余力がある。現に昨年のボーナスは二けたの率で支給された企業が多いわけであります。そして鉱工業生産は、先ほど述べましたように、昨年の終わりごろ、八、九、一〇%という伸びであります。大体常用雇用指数の統計を見てみますと、一年前に比べてほとんど数字は変わっておりません。ということは、一人当たりの鉱工業生産分野における生産量は八ないし一〇%ふえているということであります。一人当たり生産量がふえているということは、これは生産性が上がっているということであります。したがって、その程度であれば、別に賃金コストを上げることもなく賃上げができないことはない、現在であれば。ただし、一遍賃金を上げますと、これが固定化するという心配が企業の側にありますので、なかなか賃上げに対しては厳しいということだろうと思います。
 私は、いずれにしましても、いまが、このまま景気を大きく落とさずにいけるか、あるいは大きく落ち込んでいくか、その境目で非常に大切な時期だと思うのです。
 そこで、方法でございます。企業に臨時的措置として若干の税負担をしていただく――若干かどうか知りませんけれども。そうして、やはり臨時的措置として、これを固定化する必要は私はないと思うのです。いまが大切だということです。臨時的措置として、住民税、所得税の面で、やはり低所得層−私は中所得層に入ると思いますので本当は中所得層も入れてほしいのですけれども、低所得層だけでも結構であります。やはり減税をすることだろう。いわゆる所得の再配分であります。所得の再配分であれば、私は別に財政の負担にはならないと思います。
#28
○瓦委員長代理 次に、中野寛成君。
#29
○中野(寛)委員 まず、上村先生にお聞きをいたします。
 福祉政策のあり方として、いま大変多くのジレンマを持ちながら苦しんでいることは事実でありますが、いま特にわが国で福祉政策を考えるときに、やはり財源対策というものが一番大きなネックになっていることは言うまでもありません。
 先ほど、財政政策が福祉政策を左右するような状態であってはならぬという御指摘でございました。そして、そのことを避けるために、政府資金の導入のあり方というものを再考すべきだ。そうなりますと、財源としてどうするか。たとえば、フランスの例として、園児連帯基金、これは目的税としてこれを運用するという話がありましたが、結局そのようなことは実際上は国民の負担増ということにそのままつながる。ある程度避けられないというお話でありますが、現在日本でとられている負担でありますが、福祉、特に社会保障制度についての国民の負担率は、所得の約九%という実態かと思うわけであります。そしてまた、政府の考え方としては、昭和六十年度これを一一%にという計画がなされていると思うわけであります。果たして、よく言われます適正負担か高負担か、この考え方の中で、先生はどのくらいの負担率を考えておられるのか、このことを一点お聞きしたいと思いますのと、福祉制度の中にはまた、正しい自助努力というものが要請されることは当然だろうと思いますが、そういう中で、一部負担の制度についてどういうふうなお考えをお持ちであるか、そしてそれは、許されるとすれば果たしてどの程度まで許されるのか、そのことについてひとつお聞きをしたいわけであります。
 それからもう一つ、これはお話しいただいた中ではないかもしれませんが、健保制度の問題を論じますときの賦課方式についてどうお考えか、そのことをまずお聞きしたいと思います。
#30
○上村公述人 財源対策というのが大変な問題であるということは、この高齢化社会との関連でよく国民的な話題になっているという気がするわけでございます。ただ、最近感じますことは、高齢化社会ということが少しエスカレートし過ぎているのじゃないか、そういう気がいたします。地方におりましても、たとえば私たち年金払っていて、将来年いったときに年金もらえるんだろうか、そういうような不安、こういうような声も現実にありますし、どうも大変だ大変だと言うのはどうだろうか。たとえば健保の財政が好転化の兆しがあるとかいうようなこともありますし、年金について一体どうなんだろうかということをときどき疑わざるを得ないわけであります。しかし、確かに高齢化社会というのがやってくるということは事実である。そういう場合に年金が一番問題でしょうし、あるいは高齢者の医療の問題も大事でしょう。年金について考えるならば、まだ余り大変だ大変だということでスケジュールを示されていないように思うわけですね。そういう意味において、政策当局からは示されていないような気がいたします。
 そこで、その一環として国民連帯基金のようなものをその財源対策としてつくったらどうかというお話をしましたのは、これはつまり、非常にあらゆる分野においてふえるわけでございますから、負担するのは大変であります。しかし高齢化社会に対してはどうにかしなくちゃならない、老人の問題を解決していかなくちゃならぬというのは国民的な課題であるし、そういうものをはっきりさせた上で、この税収は目的税として老人の扶養のためだけに使うのだ、ほかに使うのじゃないのだということをはっきりさせた上での国民への税負担のお願いといいますか、そういうものは比較的国民の理解は得られやすいのじゃないか。一括して税金を取っておいて一般会計から出すようなやり方ではなくして、やはり目的税方式による高齢化社会対策というのを一つ考えたら、財源対策の一つの方法として考えられるのじゃないかということを考えているわけです。
 それから、その租税負担なり社会保険料負担の限度額というようなものは、これは理論的に割り切れる問題ではないわけでありまして、その国の生産あるいは労使の力関係、そういうその他もろもろの要因によって決定されるわけでありますから、きわめてむずかしい、予想とかいうようなものは立てにくい問題であるわけです。ただ言えることは、保険料負担という点だけに限って見るならば、医療保険あるいは年金保険の保険料負担という点について見るならば、先ほど申しましたように、すでに高齢化社会に入っている国ではあの程度の負担は現にやっているんだということ、そこまでは言えるわけでございます。
 一部負担の問題とその許容限度でございますが、やはり本筋から言えば、一部負担というのは、これはたとえば健康保険で言いますと受診抑制というか、そういうところに意味があるわけですね。しかし、受診抑制というものはそれだけしかないのかどうか、ほかに考えてみること、あるいは受診抑制のため、たとえば老人が病院を占拠するというような問題に対しては、老人クラブやあるいは地域の活動の中で老人に対して、国の医療費はこうなんだ、こういうような医者の利用の仕方をしなくちゃならぬのですよというような教育をしていくとか、いろんな方法があるのじゃないかと思うのですね。それで、ある程度の一部負担というものはやむを得ないとは思いますけれども、余り高額な、今回の千円というような高額な一部負担は反対でございます。
 それから賦課方式というお話でございますが、これは年金についてでございますね。しかし、私のいままでのお話の中でお気づきと思いますが、やはり医療保険においてもそういう物の考え方が入れられてこなくちゃならないということであるわけです。つまり年金については、現役が老後の人たちを養うというそういう意識、いま働いていま保険料を払っている人たちが、おれは幾ら保険料を払っているから幾ら年金をもらえるだろうかというようなことではなく、高齢化社会を社会的に集団的に養うために幾らの金が必要なんだ、その金をどうやって見つけ出すか、これが大事なことであって、それについてはまず第一に、年金なり福祉政策の政策主体の側にその大きな課題がかかるわけでございまして、私たち勉強をやっている者もまた考えていかなくちゃならぬかと思うわけです。健保についてもやはり、保険料払ったから保険給付をもらう、これが保険給付の権利性の根拠にされておりますけれども、これからは、そういう権利性というのは大事なことであると思いますが、しかしやはり保険料を払わなくたって保険給付はもらえるのだ、そういうような物の考え方、つまり集団的に病気に対する医療を解決していこうという、こういう物の考え方に立っていかないとならないのじゃないかという気がするわけでございます。
#31
○中野(寛)委員 私の持ち時間がなくなっていますが、最後に矢野さんにお聞きしたいと思います。
 中小企業の中で利益を上げているのは五一・二%だ、こういう状態ではどうするかということでありますが、中小企業庁がことしは中小企業の活力を生かすためにいろいろ工夫をされている、金額は別にしてその内容について理解をするというお話でございましたけれども、小手先と言っては語弊があると思いますが、これは他のいろんな条件がありますから一概にこれだけでは言えませんけれども、そういうことで果たして中小企業というのは本当に明るい見通しを持っていけるのか、先生は賛成の立場からおっしゃられましたので、私は実は少々そのことを疑問に思いながら話を聞かせていただいたわけであります。抽象的なお尋ねで恐縮ですが、果たして中小企業は、ことし中小企業庁の単なる工夫ということだけで本当に賄えるかなという感じがするわけでありますがいかがか、お尋ねしたいと思います。
 それから、税の自然増収は公債償還に回せ、こういうことであります。結局、三Kにもっとメスを入れよということがそれに付随する財政対策としてあると思うわけでありますけれども、三Kにメスを入れると言ってもこれは非常にむずかしい。いまこれよりもむしろ行政改革の方に目がいっているのじゃないかという気がするわけでありますけれども、行政改革について特にお触れにならなかったように思いましたけれども、もし重点的にこれをというお考えがあれば端的にお答えいただければありがたいと思います。
#32
○矢野公述人 中小企業にあすはあるかということがずばりおっしゃっておられることなんですけれども、日本における百三十四万の企業の中で、やはり自力更生、自立の道を歩むということが民間企業に課せられている課題でございます。その意味においては、日の当たる産業と日の当たらない産業という中において、中小企業自身も日の当たる産業、日の当たらない産業ということがございます。しかし、それは一つの歴史的変遷の中では、要するにかつては、高度成長時代は第二次産業に日が当たり、いまは二次から三次に日が当たるというような形で、業種転換ということもそれぞれの中で行われております。そういう意味において、その業種転換が行われることの道筋にやはり中小企業の育成の基本的な考え方が政策に反映しなければならない。その反映の兆しというものが新しい創設、新設の中にかいま見ることができるということを私は申し上げたわけでございます。
 それから第二の三Kの問題ということ、それから行政改革の方、それの方にもっと力点を置かなければならないのかというようなことなんですが、少なくとも入るをはかり出るを制するという意味においては、個人の家あるいは個々の企業においては懸命に努力いたしております。工場の閉鎖をするとかあるいは管理職の給与カットをするとか、そういうことは民において行われているわけですから、官において、三Kについても当然、そしてさらには要するに行政改革における問題点も、民における努力をひとつくみ取っていただいて、これは大変古い話ですが、こういうのがたとえになるのかはちょっと時代差があると思いますが、仁徳天皇が民のかまどの煙を見て、ことしは収穫が少ない、それで何といいますか、その年貢米の取り立てを減らすということが民に対する政治の温かさと思いやりですが、いまの政治にそれをどうぞ思い起こしていただきたいという感じがいたします。
 ですから、現実に入るをはかるということで一般消費税を求められたのもとめられた、見送りになったと言いますが、それにもましてKDDあるいは空出張、超勤手当の乱用ということが官で行われているのは、私はそればぜひ一掃していただきたい。その上で税負担を求めるという姿勢でなければ、国民の理解はやはりむずかしかろうというふうに思います。その点は、いまの予算が単年度で、金を残してしまうと取り上げ食っちゃうから使ってしまうということにあるんじゃないでしょうか。連結予算の中でどのようにお金を使うか、これは民はやっておるのです。どうぞ官の面でそのことを取り上げていただいて、お金の有効利用をお願いしたいというふうに思います。
#33
○中野(寛)委員 ありがとうございました。
 時間の都合で、あと松永先生にお聞きができませんが、それこそ短時間の間にお話がございましたので、少々先生御自身が粗っぽくお話しになられたのだと思いますが、一つ一つかなりうなずいて聞いておられましたから改めての御質問をいたしませんが、きょうは本当にありがとうございました。
#34
○瓦委員長代理 以上で各公述人に対する質疑は終了いたしました。
 公述人各位には、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。
 午後一時三十分より再開することとし、この際、休憩いたします。
    午後零時四十四分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時三十五分開議
#35
○小宮山委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。
 委員長が所用のため出席がおくれますので、出席されるまで、指名により私が委員長の職務を行います。
 この際、御出席の公述人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
 公述人各位には、大変御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。昭和五十五年度総予算に対する御意見を拝聴し、予算審議の参考にいたしたいと存じますので、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただくようお願い申し上げます。
 次に、御意見を承る順序といたしましては、まず最初に水野公述人、次に加藤公述人、続いて大熊公述人の順序で、お一人約二十分程度ずつ一通り御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えをお願いしたいと存じます。
 それでは、水野公述人にお願いいします。
#36
○水野公述人 私は、名古屋大学の水野でございます。
 ただいまから昭和五十五年度予算案につきまして意見を述べたいと思います。
 私の意見は、次の三つの点について述べたいと思います。第一に、五十五年度予算案の基本的性格とそれに対する評価、それから第二に、税制改正の主要点とその評価、第三に、財政再建のあり方に関する意見、この三点について申し上げたいと思います。
 まず第一の五十五年度予算案の基本的性格とその評価について述べます。
 五十五年度予算は、依然として厳しい財政環境におきまして、財政再建への第一歩を踏み出そうとする決意のもとで、それに向けて多大の努力を傾注したものであると言うことができます。このことは、次のような諸点においてうかがうことができると思います。
 その一つとして、五十四年度当初予算と比べまして、国債発行予定額を一兆円減額いたしまして、公債依存度を前年度当初の三九・六%から三三・五%に引き下げることにしております。また、特例公債依存度も二七・一%から二二%に下げることにしております。これは、五十年度以降逐年増加を続け、そのとどまるところを知らなかった国債発行に、六年ぶりでやっとブレーキがかかったということになりまして、額としては一兆円程度でありますが、その持つ意味はきわめて大きいと考えられます。
 第二に、このような国債発行の減額を、増税は小幅にとどめて、主として歳出抑制で行っている点であります。すなわち、比較的順調な税の自然増の見込みに支えられまして、増税は三千二百六十億円の小幅にとどめ、もっぱら歳出の抑制によって財政収支の改善を図ろうとしております。一般会計予算の規模は、前年度当初予算に対しまして一〇・三%増でありまして、国債費と地方財政費を除いた一般歳出の規模はわずか五・一%の伸びであります。これらは最近二十年間のうちで最も低い伸び率であります。一般会計の予算規模と一般歳出規模の伸び率は、過去昭和四十一年度から四十五年度間の平均は約一六・八%と一五・五%であります。また、四十六年度から五十三年度間の平均は二〇・一%と二〇%でありまして、これらと比べまして五十五年度の伸びがいかに低いものであるかということがわかるわけであります。一般会計規模の伸び率一〇・三%といいますのは、名目経済成長率の見込みの九・四%をやや上回っておりますが、国民経済計算のベースでは、中央、地方を合わせた政府支出の伸び率は六・八%程度になります。
 第三に、歳出の抑制につきましては、単に規模を抑制するというだけではなくて、経費全般についての厳しい見直しを行いまして、高度成長期におのずからつきましたぜい肉を落とすことに努力されております。すなわち、一般行政費の抑制、政策的経費の根底からの見直し、補助金の整理合理化、国家公務員の定員総数の縮減、行政の整理簡素化の推進等を図っていることは大いに評価されるところであります。
 第四に、それに関連しまして、受益者負担、所得制限の適正化等による歳出の節減合理化を図ろうとしております。具体的には、公共料金、社会保険料等の適正化でありまして、これによって公正な費用負担の確保に努めるとともに、歳出の効率化を図ろうとする点であります。
 第五に、公共事業関係費の伸び率をゼロにしたということは、歳出抑制とともにフィスカルポリシーの転換を示すものと考えることができます。
 第六に、財政投融資計画におきましても、事業規模、貸付規模を抑制することにしておりまして、前年度当初計画の八%増にとどめております。また、資金運用部資金による国債引き受けを二兆五千億円計上しております。これは前年度は一兆五千億であったわけでありますが、国債の円滑な消化を図ることにしております。これはまた、それだけ財政投融資計画の規模を圧縮するということにもなっているわけであります。
 五十五年度予算は、結果だけから見ますと、財政再建の第一歩と呼ぶにはまだ多くの点で不満なものであります。しかし、昨年までの景気回復中心の考え方から一変しまして、財政再建に真剣に取り組もうとするものでありまして、それも歳出面の徹底的な見直しから着手していったものであります。高度成長期を通して肥大化してきました財政に思い切ったメスを入れようとしたものとして、まことに画期的なものであると考えます。これについて財政当局の御努力に敬意を表するものであります。
 第二の論点に入りたいと思います。第二は、税制改正の主要点とその評価の問題であります。五十五年度税制改正につきましての主要点とその評価は次のようであります。
 第一に、五十五年度は一般消費税の導入はしないで財政再建の手だてを講ずるとされております。税制調査会の五十四年度税制改正に関する答申では、一般消費税を実施すべきである旨の提言を行っておりますが、昨年秋の総選挙で示された強い拒否反応によりまして、五十五年度に一般消費税を導入することは断念せざるを得なくなりました。幸いにもと申しますか、五十五年度は税の自然増に支えられまして、また歳出抑制の強い一般的要請によりまして、一般消費税を導入せずに何とか財政再建の第一歩を踏み出すという予算案が編成されることになったわけであります。これはやむを得ないと存じますが、税制調査会の答申を受けながら、一般消費税の導入に失敗したわけであります。
 後で触れたいと思いますが、財政再建のためには増税は不可避であると考えます。それもなるべく急ぐ必要があります。しかし他方、増税はだれしも好むものではありません。しかし、国民経済的にどうしてもそれが必要とされるのであれば、政府はそれだけの決意と勇断を持って取り組む必要があります。国民の理解を得る前に、政府・与党内での意思統一が不可欠であると思います。この点、遺憾に思う次第であります。
 第二に、増税は小幅にとどめて、歳出抑制に重点を置いた予算になっております。これについては、私の考えとしては、もう少し増税幅を大きくし、その分だけ予算規模も大きくした方が、五十五年度に予想されるかもしれない景気後退に対してはよかったのではないかとも考えます。特に法人税につきましては、二%程度の税率引き上げをしてもよかったのではないかと考えます。しかし、この点につきましては、政府案の基本方針はそれなりに一つの行き方でありまして、それについて特に異論をはさむつもりはありません。
 第三に、税制改正のポイントは次のようであります。
 その一つは、不公平税制の是正のために、利子配当所得等について総合課税に移行するためにグリーンカード制度を採用することにしました。また、企業関係租税特別措置につきましては、大幅な整理合理化を行うことにしております。さらに、給与所得控除につきまして、給与収入一千万円を超える部分に適用される控除率を現行の一〇%から五%に引き下げることにしております。また、退職給与引当金につきましても、累積限度を二分の一から十分の四に引き下げることになりました。
 その二といたしまして、土地税制については、宅地供給の促進という見地から部分的な緩和が図られましたが、現行制度の基本的枠組みは維持することとされております。
 その三としまして、個人住民税につきまして、課税最低限の引き上げを行うとともに、それによる減収に対処するための措置が講じられております。
 その四としまして、その他電源開発促進税の税率引き上げとか事業所税の税率引き上げがなされております。
 これらについて若干コメントをいたしますと、まずグリーンカード制でありますが、これにつきましては、利子配当所得についての本人確認と名寄せということが利子配当所得の総合課税への移行のための不可欠の課題でありますが、そのための有効な方法は納税者番号制度であると考えております。しかし、これについては国民の納得を得ることが困難であるとして、次善の策として考えられたのがグリーンカードシステムでありますが、これについてはその効果の面で問題なきにしもあらずと考えておりますが、十分な準備の上で実施することが望ましいと考えます。よくプライバシーが云々されますが、税の公平な執行との兼ね合いの問題でありまして、私は後者の方にウエートを置きたいと存じます。
 第五に、第五と申しますのは税制改正の主要点についてのコメントに関連する部分でありますが、企業関係租税特別措置につきましては、これまでも企業優遇税制としまして、不公平税制是正の見地からその整理合理化が言われてきたところでありますが、五十年度以降大幅に整理合理化が進められておりまして、今回では約八五%の整備が行われておりまして、不公平税制の是正の見地からの政策税制の整理合理化はおおむね一段落したものと見られております。また、この問題は政策目的と税の公平との兼ね合いの問題でありまして、政策的にどうしても必要なものまでも整理するということは妥当ではありません。
 それから次に、給与所得控除と退職給与引当金につきましては、ほぼ妥当な改正であると考えております。
 次に、土地税制につきましては、これはなかなかむずかしい問題でありまして、容易にはっきりした結論が出せるものではありません。ただ、宅地供給の促進のために長期譲渡所得課税の緩和を行いましたが、当然それと組み合わされるべき保有課税の強化がなされなかったことは不満とするところでありますが、一応現行制度の枠組みが維持されたことについては評価するものであります。
 それから、ついでに触れたいと思いますが、物価調整減税を実施すべきではないかという御意見も見られますが、これについては、財政再建のためにむしろ所得税増税が必要とされるときでもありまして、物価調整減税でありましても減税は適当とは考えられません。また、わが国の所得税負担は、主要外国と比べましてかなり低い方でありまして、減税を行う必要はないと考えております。
 五十五年度税制改正は、不公平税制の是正という点ではかなり前進を示したものでありますが、基本的には五十五年度予算の性格に対応したものとならざるを得ず、財政再建のための税制のあり方及び税体系の合理化という、より本格的な問題については、今後の課題として残されることになりました。これにつきまして、税制調査会で早急にこれらの重要な課題に取り組まれることを要望する次第であります。
 第三の財政再建のあり方に関する意見について述べたいと思います。
 すでに申し上げましたように、五十五年度予算案は、財政再建の第一歩とするという政府の決意と、財政当局の並み並みならぬ御努力が払われたものでありまして、その点大いに評価したいと存じます。しかし、この段階になりましても依然として明確な財政再建の方途が示されないままであることについて、財政再建の前途について多大の不安を抱くものであることを率直に申し上げたいと思います。
 そこで、財政再建の問題について私の考え方を述べたいと思います。
 まず第一に、財政再建の必要性でありますが、五十年度以降陥っております財政赤字は、景気が十分に回復すればおのずと解消するといった循環的赤字の部分もありますが、その大きな部分は、歳出の面か歳入の面で思い切った措置を講じなければ、仮に景気が十分に回復しても解消し得ない構造的赤字であると考えることができます。このような構造的赤字を放置しておいて巨額の国債発行を続けますと、財政の硬直化、財政規律の弛緩による非効率化といった財政上の問題のみならず、国民経済的にも重大な弊害を生じます。この中で最も重視されなければならないのが、クラウディングアウトあるいはインフレの危険の問題であります。ここに財政再建の必要性があるわけでありますが、景気回復に伴う需給ギャップの縮小によって生ずるインフレ要因の増大が間近なものになっていることを考えますと、これについては急ぐ必要があります。ゆっくりやっておりますと、大変なことになると思う次第であります。
 幸いにして、最近広く財政再建の必要性が認識されるようになりまして、それに異論をはさむ向きは少なくなったことはまことに喜ばしいことでありますが、それを急ぐ必要がある点についてはまだ認識が不十分でありまして、大分先のことであるように考えておられる方が多いのは残念であります。人々は多く、現に起こっている問題については真剣に心配してそれに取り組もうとしますが、たとえそれが近い将来であっても、起こるであろうと予想されるだけでは真剣にそれに立ち向かおうとはしないものであります。実際に問題が生じて初めて騒ぐものであります。しかし、それでは手おくれになる場合があります。赤字財政が惹起するインフレ問題についてはまさにそうでありまして、インフレは一たん火がつけば容易に消すことができないもので、無理に消そうとすればドラスチックなデフレ政策をとる必要がありまして、それを実行すれば、今度は経済を深刻な不況に陥れるということになります。すなわち、経済変動の振幅を大きくし、不安定性を増大させ、多大のロスを生ぜしめるものであります。
 このことは、近い過去の三十七年からつい最近までの苦い経験で十分明らかであります。赤字財政がこのような事態への導火線になることは、十分に可能性の高いことであります。すでに、一昨年来、卸売物価の急上昇が生じておりまして、徐徐に消費者物価へも波及しようとしております。これは、現在までのところ、主に石油価格上昇と円安等の海外要因によるものであると見られますが、いつこれが赤字財政を主因とする国内要因による需要インフレに結びつくかもしれません。このときのことを想像すると、まことに懐然たるものがあります。もちろん金融政策で立ち向かうべきでありましょうが、それにも限界があり、金融政策のみで抑えることができるかはなはだ疑問であります。仮に抑え込むことができたとしても、今度は深刻な不況という代償を払わなければなりません。このことを考えますと、財政再建はゆっくりと取り組んでよいものではなく、拙速でもよいから急ぐ必要があると考えます。この点、どうも一般的に認識が甘いのではないかと考える次第であります。
 第二に、財政再建の目標でありますが、財政収支の改善に目標を置くべきだと思います。このため、二段階に分けまして、第一段階では、昭和五十九年度に特例公債発行をゼロにするようにしまして、第二段階では、さらに建設公債の圧縮を図り、六十五年度ごろまでに公債依存度を一けた台に、できれば五、六%程度に持っていくということを目標にすべきだと考えます。建設公債だから限度いっぱい発行してよいというものではありません。建設公債発行といえども財政赤字でありまして、資源配分の調整、所得の再分配、経済の安定化といった財政の機能を十分発揮できるようにするには、財政はできるだけ身軽であることが望ましいのであります。建設公債容認の考えから脱却する必要があると考えます。
 第三に、財政再建の方法についてでありますが、財政収支の改善のためには、歳出面と歳入面の両面にわたってその構造的改善を図っていく必要があります。この両者はいわば車の両輪であります。歳出面に触れないで、もっぱら増税に頼ろうとすることが適当でないのは当然で、それでは多数の国民の納得を得ることはできません。この点で、今回の予算案で厳しい歳出抑制に取り組んだことは、まことに妥当なあり方であったと考えられます。しかし、あえて言えば、このあたりの見方について、一般にかなり誤解があったようでありますので、一言触れておきたいと思います。
 歳出抑制につきましては、今回の予算案で突如として方向転換して打ち出されたものではなく、すでに五十四年度予算から財政再建の一環として歳出抑制の方針が打ち出され、着々とその努力がなされてきたところであります。財政当局にかわって申しますならば、歳出の方の努力をしないで、もっぱら増税に頼ろうとしていたとする大方の受けとめ方はかなり誤解ではないかと思っております。このことは、五十四年度予算、五十四年度の財政収支試算及び大蔵省のその後の努力の跡を見ますと明らかなところであります。なぜもっとこれを一般的にPRしないで、増税のみを印象づけるという拙劣なやり方をしたのか、理解に苦しむところであります。
 ところで、歳出抑制が財政再建の重要な柱となるべきことは当然でありますが、非常に悪化した財政状態から抜け出すには歳出抑制だけでは無理であるし、また適当とも考えられませんので、どうしても増税がもう一つの柱にならざるを得ません。
 それは、一つは、国民の福祉のために、社会保障を初め公共サービスのある程度の水準の維持が必要でありまして、それをむやみにカットすることは、福祉水準の低下をもたらすことになり、望ましいものではありません。
 第二に、財政規模の過大化は避けるべきでありますが、適正な規模を維持するということは必要であります。これは、さきに申しましたような資源配分及び所得分配の観点から必要であるばかりでなく、適切なフィスカルポリシーという観点からも必要であります。よく小さな政府へ戻れという主張を聞きますが、政府は小さければ小さいほどよいといったものでもありません。
 第三に、財政再建に十分な期間をかけてよいというものであれば別でありますが、それが急がれるべきものだとしますと、歳出抑制のみでは無理であります。歳出抑制のためには、制度、慣行の変革が必要でありまして、それは早急に可能なことではなく、そのための計画をつくったとしても、それが歳出の節減に結びつくにはかなりの期間がかかります。これらの理由によりまして、増税はやむを得ないものであります。また、財政再建のための適当な一つの方法でもあります。
 さて、増税が必要としまして、いかなる税によるべきかという問題になりますが、五十五年度導入が予定されておりました一般消費税があのような結果になりましたので、改めてこの問題を税制調査会で審議して早く具体案を出す必要があります。
 私は税制調査会の一員でありますが、一般消費税の審議に加わった者としまして、幾つかのすぐれた特徴を持つこの税が十分な審議もされずに多くの国民の理解を得られないままに葬り去られようとしていることにつきまして、まことに釈然としないものを感じていることを率直に申し上げたいと思います。財政再建の立場からもっと論議を尽くしてほしかったと存じます。今後も重要な選択肢として残すべきだというのが私の意見であります。
 第四に、財政再建のためには早急に財政再建計画を策定する必要があるという点であります。
 財政再建を図っていくには、財政再建の目標とそれをいかなる方法でどのようなスケジュールで推進していくかの基本方針と、その具体策を明示した財政再建計画を策定する必要があります。政府は財政再建を急務としながらも、いまだにそのような計画を国民に提示していません。それを示さないままに国民の理解と協力を求めようとしても、多くの人はそれをどう受けとめ、どう判断してよいかわからず、いたずらに混乱し無用の議論を惹起するばかりであります。
 このような財政再建計画の必要性というのは、第一に、何よりも財政再建に関する政府・与党の意思統一を図り、第二に、財政再建の具体的方策についての議論を実りあるものとするとともに、広く国民の理解と協力を求め、第三に、財政再建の推進をより確実なものとするために必要と考えられるものであります。特に最後の点につきましては、現在でこそ景気回復が着実であるために財政再建の方向に足並みをそろえているようでありますが、もし景気動向が怪しくなれば財政再建は吹っ飛んでしまうかもしれません。もちろん、財政再建を進める上におきまして、そのときどきの経済情勢に対する配慮が必要なことは言うまでもありませんが、短期的景気動向によって大きく左右され、しばしば逆転すら起こるということがあってはならないと思います。きちんとした計画を持たなければそのような可能性は十分にあり、結局はインフレによる解決という最も避けるべき結末を迎えることになるおそれがあります。これまで経済計画とそれに基づく財政収支試算がある程度その役割りを果たしてきたと考えられます。しかし、本格的財政再建を進めていくにはそれではきわめて無力であるということは、これまでのいきさつが示すところであります。早急に財政再建計画の策定を望むものであります。
 これでもって私の公述は終わりたいと思います。御清聴ありがとうございました。(拍手)
#37
○小宮山委員長代理 どうもありがとうございました。
 次に、加藤公述人にお願いいたします。
#38
○加藤公述人 御紹介にあずかりました加藤でございます。忌憚のない意見を述べろという委員長の仰せでありますので、あるいは失礼にわたることがあろうかと思いますが、どうぞ御容赦いただきたいと思います。
 私は大体三つぐらいの項目で述べさせていただきたいと思うわけですが、その第一は、これは今年度の予算というよりは、その背景にあります問題をどう考えるかということを、これは全く私見にわたりまして申し上げたいと思うわけであります。
 それから二番目に、第一段で申し上げました考え方に立ちますと、明年度の予算はどのような点で首肯され、あるいはどのような点で問題を含んでいるかということを述べたいと思います。
 それから第三点目には、二点目の問題は主に財政再建の中身にかかわることでありますけれども、第三点目は御承知のような八〇年代の日本経済、世界経済もそうでありますけれども、非常にたくさんの問題を抱えておる、そういう経済に対して明年度の予算がどういう役割りを果たすことになるであろうか。あるいはまた私の私見を入れまして、どのような役割りを果たさなければならないかということを最後の三点目に申し上げまして、きょうの公述の責めを果たさせていただきたいと思うわけであります。
 一点目に戻りまして、御承知のように、来年度予算の重要な柱といいますか、一番主要な柱は財政再建問題にあることは言うまでもありませんわけですが、昨年度で十五兆円、今年度で一兆円減額になりましても十四兆円という大量国債が、世界的に見ましてもあるいは日本の財政の歴史の上に見ましてもどのような位置を占めるかということは、私がここでくどくど申し上げる必要がないくらいにおわかりいただけていると思うわけですが、私がいま申し上げますのは、そのような結果を招来いたしました要因というものをかなり大胆にそこから拾い上げてみますとどういうことになるかということを申し上げたいわけであります。その点につきましては、三点ほど申し上げたいわけです。
 その第一点は、最近の予算、つまり二、三年前の予算編成の過程を振り返ってみますとおのずから明らかであろうかと思うのですけれども、大量国債が二けた兆円を超えますのは実は七八年度予算である。七八年度予算でありますけれども、これも御承知のように、あの十五カ月予算ということで、実は七七年度の後半からそういう態勢に入っていると言うことができるかと思うのでありますが、実はその前の予算を取り上げますと、ちょっと正確な数字の控えがありませんのではなはだ失礼でありますけれども、たしか七兆か八兆足らず、七、八兆であったということであります。私は、いま財政再建を考える場合にそのことをまず第一に考えなければいかぬということであります。
 その中身を申しますと、これは御承知のように七%成長ということ、まずもって例の国際的な機関車論ということで、これはもっぱら国際経済の立場、国際政治の立場から提起されたと言うことができると思うのですが、もっとも、それは単に外的な問題だけじゃなくて、四十九年、五十年以降の戦後未曽有と言われた不況からの回復が非常に思わしくないという国内事情がありまして、それが合わさりましたのが七%成長ということで、大量国債ということになったと思うのです。その中身も、もう一つ突っ込んでみますと、これは公共投資が主軸になったことは言うまでもありませんが、それが公共投資の、何というふうに表現したらよろしいか、資源配分機能と申し上げておきますと、それに対して需要創出機能という方にむしろ重点が置かれて、需要創出策として大型の公共投資、大量国債が発行されたということをまず銘記しなければいけないと思うわけであります。実はそのことが明年度予算でどのような考え方をすべきかという二点目の問題にかかわってくるわけですけれども、明年度予算そのものにつきましては後で一括して申し上げることにいたしまして、それが第一点であります。
 それから第二点は、租税問題にかかわる問題であろうかと思うのでありますが、私は、日本の税制が最近四、五年間この方若干の変化を示していることは間違いないと思うのですけれども、しかもそういう結果を含めましてなおかつ問題なのは、つまり不況期に実際の経済力あるいは企業の利潤、個人の所得、主に企業の利潤をここでは考えるわけですけれども、不況期に経済実勢を上回って税収が急速に減退する、そういう租税構造であるということであります。それはそれじゃ好況期にうまくいくかというと、好況期には当然国庫に納められるべき税収としてその税収が確保できない。少し割り切って言いますと、そういう租税構造を持っているということが、財政再建に当たりまして現実認識として第二点のポイントになろうかと思うわけであります。
 ここで言いますのは主に一点と二点でありますが、さらにそれにつけ加えまして、これは一般の歳出だけじゃなくて、建設、赤字両国債を含めますところの国債の元利償還費が急増しているということであります。ことしの例で申しますと、三〇%台の膨張を見ているということがその端的な例でありますけれども、ここずっとその膨張率が激しいということであります。もっとも、これにつきましては、第一点と第二点に比べまして非常に高度の義務的経費という性質がありますので、さてこれをどうすると言いましても大変なことであるということは重々承知しているつもりでありますが、まあしかし、財政再建の背景にあります問題点の第三点としてそのことをぜひ申し上げておきたいということであります。
 このように考えますと、世上財政再建の第一問題というのは、老齢化社会の到来が先の話だけじゃなくてすでに訪れているというようなことからへ福祉その他にたくさん金がかかるということを財政困難の第一の理由に挙げる向きがあろうかと思うのですけれども、これは十年とか二十年というような非常に長期に考えますと、私はそれはそれなりに根拠を持っていると思うのですが、逆に言いますと、そういう関係の費用はふやしていかなければならぬということであるわけです。しかし、差し迫った再建問題ではその問題は二義的な位置を占めるにすぎないということを声を大きくして言いたいわけであります。
 以上、主に二点挙げまして、それに国債費の問題をつけ加えまして、最後に福祉関係費の見方を述べさせていただきまして、これが私の財政再建の背景をどういうふうに理解すべきかという第一の問題点であります。
 そこで、第二の問題点でありますところの明年度予算について、このことをどのような立場で明年度予算は組まれておるかということを、私のいろいろ読ませていただきましたデータに基づきまして判断させていただくほかないわけですけれども、まず第一に言いますのは、その第一点についての問題整理がはなはだあいまいである。つまり、先ほど言いましたように、支出というものを需要創出政策中心に考えてきて、これは公共投資が主要なものでありますけれども、公共投資だけじゃなくて防衛庁のいわゆる軍事費も、特に最近のアメリカの国際戦略の変化の中で登場してきているということを言わなければならぬ。七八年度予算のときには、防衛庁は戦後最良の年であった、防衛庁の言う予算は大抵の年には大蔵省からいろいろといちゃもんをつけられるけれども、ことしは全部すらすら通ったというようなことを、これは新聞に載っているわけでありますが、そのことを含めまして、公共投資につきましては必要な社会資本をつくるという目的と需要創出という目的、おのずから別なものであるかと思うのですが、その需要創出の役割りというものを本当にどういうふうに考えているか。昨年、ことしといいますか、公共投資の効果が若干なりとも出てきたという評価がもっぱらのようでありますけれども、そういう世評的な評価にとどまるんじゃなくて、もっと科学的にといいますか、私は研究者でありますので特にそういう言葉を使いたいわけですけれども、これをお示しになる、その一歩でありましても、その具体化を予算の上にあらわすということがなければ、財政再建初年度と言われる予算としては非常に恥ずかしいものになるんじゃないかということであります。
 それから第二点は、租税構造のことでありますけれども、これを今年度、明年度のことにずっと引きつけて言いますと、御承知のように、戦後といいますか、あるいは戦前を含めて未曽有の利潤の増進、最高水準というふうに言われていることは御承知のとおりでありますけれども、これは財政再建というような課題が大きく課題となってないときならいざ知らず、今日のような再建問題が国政の重点問題であるというときには、このような利潤、あるいは場合によりますと所得の増ということになっているかと思うのですけれども、それに応じまして応分の租税収入をいただきませんと、再建の課題が果たせるわけはないということであります。従来、租税特別措置とか比較的狭いところで、あるいはまた大蔵省の御見解ですと本税化しない特別措置という、例の特別措置法の枠でお考えになる。私が申し上げますのは、それももちろん重要な問題として含みますけれども、もっと税制の基本的な問題であるということであります。たとえばその中には税率というような問題が当然出てきますし、その点で法人税の二%アップの問題などは、再建が国政の最重要課題になる段階におきましてかなり根拠のある御提案だったというように思うわけです。もっとも、これを中小企業まで一律に適用するかどうかということにつきましては、おのずからまた慎重な吟味が要ることは言うまでもありませんわけです。
 それから三つ目の点ですと、大量国債の国債費の重圧というのが、実は先ほど言いました七八年度、九年度に二けた兆円に達しました国債の利払い費が急増しているということで、実はこれは最近の一般的な問題であると同時に、とりわけ来年度の特徴的な傾向だと言うことができるかと思うのです。
 以上、要するに私から言わしていただきますと、財政再建の一番肝心なことを明年度の予算はどのようにお考えになっているのかさっぱりわからない。むしろ余りお考えになっていないのじゃないかということであります。だから、再建予算などというのはむしろお取り下げいただいた方がいいというふうに思うわけであります。
 その反対に、御承知のように、福祉、文教あるいは食糧関係費などを含めまして、何といいましても歳出の圧縮は大きいわけであります。その圧縮の大きさが逆に言いますと諸料金、諸負担の増加ということで、これも御承知のように、ある料金によりますと二〇%、三〇%に近いような引き上げ率が珍しくないというのが実情であります。
 それから、さらに公共事業費について言いますと、これも一言申し上げておかなければならぬかと思うのですが、前年度と同額という点はまさにそのとおりにお組みになったわけであろうかと思うわけですが、その前年度というのは、これは実は七七年度の財政史上未曽有なと言っていい公共投資の大膨張の予算を受けまして、七八年度というのは、これも正確な数字ではありませんが、それにさらに二〇%を超える上積みをしたのが昨年度の公共事業である。同じ額というのは、むしろ逆に言いますと、七七、七八年という臨時異例の措置をお続けになることだということをまず言いたいわけであります。
 それだけじゃなくて、御承知のように繰り越しという問題がある。これは金額は余りはっきりいたしませんけれども、五千億をオーバーすることは間違いない。差し引きした計算を仮にやりますと、これも余り正確な数字ではありませんけれども、ことしの予算は昨年の予算に比べまして公共事業についても二〇%を超える実質の支出権限をお持ちになるということを重視したいと思うのです。私が言いましたように需要創出政策の正確な科学的な吟味なしにそういう支出権限をお持ちになる、膨大なお金を持たれるということはどういうことになるかということも心配であります。先ほど水野先生がおっしゃいましたように、景気の動向いかんによっては七七、八年度の状態が再び出てくるというようなことでしたならば、これはそういうような意味でもまた再建元年というようなことが言えるかどうかも疑問に思うわけであります。
 それから、あとは簡単に要約的に申しますけれども、公共投資の前年度同額という形の中に、実は御承知のように、経済社会七カ年計画におきましても、公共投資の重点は福祉に向けていくんだということをはっきりおうたいになっているわけでありますが、この公共投資を前年度同額という同額の仕方が、おっしゃいますような生活関連についてもみごとにおつき合いをさせる形になって同率の削減になっているということが、これもどうにも理解に苦しむところであります。
 それからその次に、実は自然増収というのが神風のごとく起こりまして、五兆円の自然増収がある。これは普通は皆大体利潤や所得の増だと思っているのが世間でありますけれども、これはお調べいただきますとわかりますように、実はこの中で、税目で言いますと、個人所得税が最大の伸びを示しているわけであります。これは法人税より大きいわけであります。もちろん個人所得のレベルにおきましても、景気の動向の中で所得増という事態は起きてきていることを否定するつもりはありませんけれども、個人所得税がふえました最大の原因というのは、すなわち物価調整をしないところの課税最低限と、それから累進税率が生み出した結果でありまして、これはまさに自然増収と言うよりは自然増税と言わなければならぬ。二兆円の規模に達するというこの自然増収は、実は考えてみますと、付加価値税、一般消費税の初年度の五%ですか、あれでいきますと三兆円ということになる、他方で政府や地方団体がお金を使うときにも一般消費税を払わなければならぬということがありますから、ネットでいきますと、大体二兆円を割り込む数字になる。何のことはない、一般消費税でねらったものを個人所得税で完全に取り返しているということであります。大体三年越し調整減税がやられておりませんが、この点は非常に大きな問題でありますし、このことがそのまま続けられる、その上に再建をお考えになるということでしたら、大変これは認識不足、認識誤りだということをあえて申し上げたいわけです。
 時間も参りましたので、実は八〇年代の経済困難の中でこの予算がどういう意味を持つかということを申し上げたいわけですが、簡単に申しますと三点であります。
 一つは、やはり私のいま申し上げましたことでおわかりいただけるかと思うのですけれども、このような再建方式では財政再建にならないということをまず申し上げたい。それは、さしあたっては別といたしまして、少なからぬ将来にしたたかなインフレの土台を準備するほかないということであります。
 それからその次に、政府の主導によると申し上げるほかないわけでありますが、財政上の負担だけではなくて、公益事業、主要産業を含む公共料金のアップであります。これは政府に関係がないというようなことでございませんで、あるいはまた財政に関係がないということではございませんで、やはり明年度予算が示しました料金、諸負担における基本的な考え方の線上に電気、ガス料金のアップという問題もあろうかと思うわけであります。だから、そういう意味でこれは非常に財政問題であるということを申し上げておく必要があろうかと思うのです。
 問題は、昨年度は御承知のように、卸売物価が急騰いたしましても消費者物価は五%以内におさまってきたということがあるわけでありますけれども、そしてこの中には、大体川上、そう言いますことをお許しいただきますならば、大企業のところにおきます価格転嫁はかなりスムーズにいっている。中小企業のところでそれができないで、むしろ中小企業は仕入れ価格の上昇による、それだけの原因ではありませんけれども、企業倒産が昨年の十月から大幅に起きておるということであります。これは形は、ちょうど一般消費税がオランダでやられたときにも中小企業倒産が目に見えてふえてきたということと実は同じ現象でありまして、そういう過程の中で公共料金のアップが行われますと、ここで消費者物価の上昇に一挙に火をつける。御承知のように、本当はことしは油の方も大体行くところまで上がって、もう大して上がらないのだということを初めといたしまして、卸売物価も上昇が鎮静するという政府の見方を予算編成の前提におとりになっているかと思うのですが、いまはもうすでに状態が少し変わってきて、非常に危険なところへ来ている。その中での料金値上げの持つ重大性というものを、これは昨年の話じゃなくて、ことしの新しい段階で考えなければいかぬということが第二点であります。
 それから第三点目には、いまは中小企業で企業危機を促進し、それから、先ほど言いましたようなことでおわかりいただけるかと思うのですけれども、一般庶民の生活危機を促進するという性格を明年度予算はどうしても持つと考えざるを得ない。そういたしますと、インフレがインフレだけにとどまるのではなくて、インフレが不況に即転化するという危険を目の前に持っているというのが今日の状態であろうかと思うのです。一言で言いますと、スタグフレーションのしたたかな土台を明年度予算が回避することができるかどうか、大変疑問であるということを最後に申し上げまして、時間も参りましたようですので、私の公述にかえさせていただきます。(拍手)
#39
○小宮山委員長代理 どうもありがとうございました。
 次に、大熊公述人にお願いいたします。
#40
○大熊公述人 慶應義塾大学の大熊でございます。
 五十五年度の予算案について、私の意見を申させていただきます。
 まず、五十五年度の予算案は財政再建をかけた予算案であるということでありまして、果たしてその第一歩がうまくいったのかどうかという問題でありますが、私は、やはり財政再建に一応の足がかりがつけられたという意味では、本年度の予算をその観点からは評価をいたしたいと存じます。確かに、財政再建と言いながら、一兆円の国債減額では少ないというような声も聞かれるのでありますが、自然増収の半分が公債費と地方交付金に回り、そうして残りの一兆円を公債減額に充てますと、結局一般会計予算の歳出の伸びは実質五%程度にとどまらざるを得ないということを考えますと、まあ財政再建の第一歩としてはやむを得ないというふうに考えられるのであります。
 ところで、恐らく五十五年度の予算編成に当たりまして財政再建という見地を含めて二つの選択があったかと存じます。
 一つは、財政支出のレベルというものを、もちろんそれほど大幅にアップするのではありませんが、国民生活に支障を来さない程度にレベルアップしていくと同時に、それを財政再建の見地から何らかの増税で賄うという方法と、それから増税は一切廃止をして、そうして財政再建のために財政支出を切り詰めるという、こういう二つの選択があったかと存じますが、今日の選択は、どちらかと申しますと後者の方によっている、こういうことが言えるわけであります。それで私は、むしろ財政支出を大幅に切り詰めるということの国民経済的な効果と影響ということを考えますと、やはり余り大幅な財政支出の圧縮ということは、これは無理であるし、また望ましくもないのではないかというふうに考えます。したがいまして、今回の予算におきましても、たとえば大蔵省の財政のフレームワークを見ますと、A案、B案とありまして、増税をしないで支出を削減する案と、若干の増税をいたしまして支出を、もちろん支出の増加は非常に窮屈ではあっても、少しでも従来の財政支出の伸びを維持するというような方法とあるかと思いますが、やはり私は、どちらかと申しますれば、このフレームワークで若干の増税を図って、これは多分企業課税であったかと存じますが、それを支出の増加に振り向けるのが望ましかったということが考えられるわけであります。
 要するに財政というものは、財政の再建という大きな目標がありますが、同時に、国民経済に占める財政の位置、その影響ということを考えますと、非常に困難な財政運営であり、私は、恐らくこの困難さは五十六年度の予算編成に持ち越された、こういうように考えるべきではないかと存じます。つまり、それには五十五年度の経済状況というものを考慮に入れなくてはならないのでありますが、仮に、五十五年度の何らかの時期において景気が後退をして、五十四年度のような自然増収が得られないということになりますと、当然そこで財政再建のための手段を一体何に選ぶか、支出の削減か増税かというような問題に突き当たらざるを得ないのでありまして、それは恐らく五十五年度以上に厳しいものになるのではないかというふうに考え、そういう意味で問題を五十六年度予算に持ち越したんだというふうに考えるわけであります。
 ところで、この財政再建の意味と申しますのは、いろいろな観点から考えられますが、一つは、やはり財政が赤字を続けるということは国民経済にインフレ基調をつくるということであり、もう一つは、それは資源の使い方、国民経済的見地からの資源の使い方から見て浪費が多過ぎるということになるわけであります。
 後者について申しますならば、つまり、たとえば一般会計予算で国債を五十四年度のように四〇%近く発行して歳出を賄うということになりますと、それはある意味では公共サービスを四割引きで売っている、国民は四割引きで買っているということになるわけであります。こういう安売り、安買いというものが資源の配分上必ずしも好ましいことではない、むしろ将来に禍根を残すであろうということは考えられるのでありまして、この点を財政再建の意義の一つとして強調をしておきたいと存じます。
 さらに、いま公共サービスの安売りという問題を申し上げましたが、これに関連して、今回の予算で福祉の見直しということが一つの論争になったかと存じます。要するに、この場合の福祉というのは、恐らくできるだけ安く、無料に近く平等に国民に分かつ福祉のことかと存じますが、私は福祉の見直しということはどういうことかと言うならば、それは福祉というものを一定の目標を達成するのにできるだけ効率的な方法でそれを達成するということではないか。つまり、福祉の見直しではなくて福祉の効率化を図るということが必要であり、福祉が高い水準で平等に国民に提供されるということもある観点からは望ましいかもしれませんが、それが中途半端であるならば、真の弱者救済というものに手が及ばなくなってかえって不公平が残るのではないか、福祉の効率化ということをぜひ改めて議論をすべきではないか、こういうように存じております。
 さて、先ほど問題を明年度に残すような予算であるということを申しましたが、国民経済的な財政の地位から見まして、五十五年度の予算は果たして財政当局の申すように中立的であるかということについては若干の疑問なしとしないわけであります。と申しますのは、一般会計の歳出の実質増加は、先ほどの地方交付税交付金それから公債費の増加を除きますと結局五%の増にとどまっているわけで、これは水野公述人からも申されたように、近年にない低い伸び率であります。それに対して企画庁の経済見通しでは、消費者物価が六・四%ぐらい上がるであろうということを書いておりますが、もしそうだとすると、本年度の予算は規模から言って実質的な減少である、こういうように考えられ、果たしてこれでいいのかどうかという問題であります。
 これは本年度の経済がどのようになっていくかということにかかわるのでありますが、恐らく五十四年度に卸売物価がかなりの高騰を示し、これに続いて公共料金その他の値上げを考えますならば、やはり五十五年度においてかなりの物価の上昇を認めざるを得ませんし、またその反動として、今度は景気の後退ということになりかねない。要するにスタグフレーションと申しますか、そういうような事態が非常に憂慮されはしまいかと存じます。もしそういう状況でまた下期に補正予算というようなことになりますと、自然増収の期待できないところでの補正予算でありますから、せっかくの財政再建の第一歩はそこで崩れてしまうおそれがあるということになるわけであります。そういう意味では、私は冒頭に二つの選択があると申し上げましたが、やはりある程度は増税に頼りながら適度の財政支出の水準を保つということが、財政再建と国民経済的な見地とを両立させるためには必要ではなかろうかというふうに存じます。
 ところで、財政再建の必要性の一つの理由として、先ほどインフレ基調を除くことであるということを申し上げましたが、しばしば民間の貯蓄が過剰であるから国債を大量に発行してもインフレにはならないというような議論がございますが、しかし、民間部門の貯蓄超過というものは、国民経済全体から見ますと、貿易収支の赤字と財政収支の黒字とでちょうどバランスをしておりまして、どれが先でどれが後かはなかなかわかりにくい。しかし、過去十数年にわたって国債が累積をしていたということになりますと、やはり民間部門の貯蓄超過というのは、むしろ財政収支の赤字から生じた部分が多い。もちろん民間投資が低水準に推移したということもございますが、かなりの部分、財政収支の赤字によるところが大きい。だといたしますと、やはり財政再建によって国民経済におけるインフレ基調は取り除く必要があるわけであります。しかしながら、私は、一方で財政というものが景気の調整に果たす役割りというものもまた否定をすることができないわけであります。財政支出をこのような事態で一挙に圧縮をするということは、やはり経済的に大きな影響があるわけでありますから、私はやはりある程度は増税に頼りつつ妥当な財政支出の水準を維持していくべきではなかろうか、そうして、やはり当分の間は、恐らくこれまでどおり日本型のフィスカルポリシーと申しますか、公共投資の適度の調整ということに依存をせざるを得ないというふうに考えられます。
 さて、問題を五十六年度に持ち越したと申し上げましたが、なお最後に、五十六年度の課題として私ども考えなくてはならない三つの点を申し上げたいということであります。
 第一は、建設公債だからこれは目いっぱい発行してもいいのだという議論がありますが、しかし、これについてはやはりもう一度再検討をしてみる必要があるわけでありまして、公共投資が長期にわたって国民に便益を及ぼすのであるから一部は借金に頼ってもいいということもありますが、それは一つのプロジェクトをとればまさにそうかもしれませんが、多様なプロジェクトが大量に、しかも年々続けて行われるわけでありますから、全体として見れば、そうした税で全部賄っても一部借金で賄っても世代間の不公平、親と孫の間の不公平ということにはならないわけでありますから、ここで建設公債のあり方というものもそろそろ考えておくべきである。しかし、戦略目標として特例債を五十九年度までに廃止するということの是非をここで私は申し上げているのではないということはつけ加えておきたいと存じます。
 それから第二に、福祉の見直しということが議論になったと先ほど申し上げましたが、福祉というのは、全国民に平等かつ安い価格で供給をされるということは、ある意味ではこれは画一的な福祉サービスあるいは画一的な公共サービスというふうに言ってもいいかと思うのでありますが、しかし、他面において価格政策上の必要から生じました各種多様の補助金がむしろ所得保障的な意味合いに変化しつつあるということは言えるのではないか。そうして、補助金行政という言葉がしばしば言われますように、やはり補助金がケース・バイ・ケースにつけられることによって、画一的な福祉サービスによる福祉レベルのアップというものがかえって補助金の存在によって若干の不公平が生じて、福祉サービスの足を引っ張らないだろうかということをそろそろ真剣に考えるべきときであり、特にこの問題は、いわゆる農政と言われる分野において非常に多いかと私は存ずるわけでございます。
 それから第三番目に、先ほどから増税のお話を若干ちらちらと申してまいりましたが、ここ一年あるいは二年来一般消費税というものが問題になっておりますが、私は、増税という短絡した考えよりも、むしろ税体系の中でそうした消費税的なものをどういうふうに扱うかという見地からやはり再検討すべきであると思います。間接税というものは民間で生産をするプライベートな財貨サービスに税金をかけて、その税金で政府が生産をする公共サービスを提供するというふうな観点に立つならば、やはりそこにはわが国の所得税中心主義の税制全体に対するもう一つの考え方というものもあり得るかと存じ、以上三点が五十六年度に向けてやはり私ども検討すべき問題ではないかというふうに存じます。
 私の公述を終わります。(拍手)
#41
○小宮山委員長代理 どうもありがとうございました。
    ―――――――――――――
#42
○小宮山委員長代理 これより各公述人に対する質疑を行います。
 なお、公述人各位に申し上げます。質疑者の持ち時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いいたします。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。椎名素夫君。
#43
○椎名委員 大熊先生、水野先生、両先生に伺いたいと思いますが、次年度、五十五年度の予算案を考えるに当たって常に論議となるのは、これが日本のこれからの財政のあり方、先につながっているという性格を非常に持っているということであろうと思います。財政再建元年というような言葉が使われますし、あるいは事あるごとに、経済社会七カ年計画とかあるいは大蔵省のつくられた財政収支試算というようなものが引き合いに出されている、こういうことはその一つの証拠ではないかというふうに考えるわけです。
 私は、いまの大きな赤字というものを振り返ってみますと、この前の石油ショック以来の景気の大幅な下降というものを公共投資によって支えてきたということによる要素が非常に大きいかと思いますが、また、これが一つの景気の下支えになって効果を上げてきたということも、その効率ということはいささか問題があるというような議論もありますが、その効果はあったというふうに考えていいんじゃないかというふうに考えるわけです。
 先ほどお話がございましたが、五十五年度の予算案を見ますと、財政再建の元年であるということでそちらに問題をしぼり込んで、先ほど先生方がお触れになったような景気調整の要素というのは一応たな上げをしたようなところがあるわけです。これは当面の企業収益の増大とかいうことによる自然増収ということに大いにいわば助けられたわけであって、これは非常に幸運だったと思いますが、同時に、問題を少し先に追いやったという要素もあるわけです。
 で、成長率が考えたほどいかなかったということがあるにしても、非常に自然増収があったじゃないか、見込み違いが大きいというような議論もありますが、これは私は、企業収益というのはこれが上下するには非常にいろいろな要素があって、大きなフラクチュエーションがあると思うわけです。たまたまことしはそのいいところにぶつかったということであって、これから低成長が基調で続いていくという場合には、必ずしもこれが持続するということは保証できない。そういうことになりますと、何とかこういうようなあたりで、五年、六年かかって財政再建するまでは何事も起こらなければいいがというような感じがこの財政再建元年という予算案に見られるような気がいたします。しかし、先ほどから御指摘ありましたように、これは常にインフレの要素をはらんでいる。しかも、その揺り戻しとしての不況というような危険がある。そういうときに、どなたかおっしゃったような、過去二年における救急車が出動して救いの神になったという機能をいまやほとんど失っているというこういう状態で、その間にもう一度そういう必要が、いわば救急車の必要があったらどうするかというような問題が一つの大きな問題である。さらに、これから国際経済の相互依存度がうんと高まっておりますし、世界的な景気の後退ということから、中進国とか後進国での景気というものをわれわれはやはり考えていかなければいかぬ。そういう意味での需要というものも私はふえてくると思いますし、それからもう一つの問題は、これから油の価格が高騰して、それが日本の経済にどういうような影響を与えていくかということが議論されますが、もう一つは、危急のケースとしては油の供給が非常に危なくなるような政治的な危険性もある。こういうことに対する、いわば起こらないようにするための国際的なつき合いのための金というような需要もあるいは考えておかなければいけないのじゃないか。
 そういうふうに考えますと、非常に綱渡りのような数年間を日本の財政は過ごさなければいけないわけでありまして、先ほど水野先生から御指摘がありましたように、これは余りゆっくりしているわけにはいかない、大変に急いで財政再建をやっていかなければいかぬのじゃないかと私は思っております。
 そういうような観点から大熊先生に伺いたいのですが、財政再建元年といいましても、公債は依然として十四兆二千七百億円と外国に比べて非常に高い水準にある。これを一体どういうふうにして圧縮していくか、今後の公債政策についてもう少し御敷衍していただければと思います。
 政府のねらいは、昭和五十九年度で赤字公債の方はゼロにする、しかし、建設公債の方は必ずしも明確な指針というものがございません。先ほど見直しということを言われましたが、そこらあたりをどうお考えになるのか、御意見を伺いたい。これが一つでございます。
 それから、先ほどもお話がございましたが、いま言いましたような単に福祉ということだけではなしに、いわば日本という船全体を支えるような意味での支出の需要というものがある場合に、そういうこと全体を考えての受益と負担の考え方というのをどういうふうに考えればいいのかというあたり御意見を伺いたいと思います。
 時間が限られておりますので質問全部を申し上げてしまいますが、水野先生にお伺いいたします。
 五十五年度の税制改正の点でございますけれども、法人税の増税が見送られたということがあります。先ほどの先生の御意見では、あるいは少しやった方がよかったのじゃないか、しかし、政府案の考え方も考え方だということでこれを是としたというお話でございましたが、そこらあたりの考え方を少し敷衍していただきたい。これが一つでございます。
 それから今後の税制ですが、どうしても行政改革その他不必要な支出の始末をつけることがもちろん前提かと私も思いますけれども、しかし、何らかの形での国民の負担増は避けられない方向ではないか。そのときに、昨年出てきた一般消費税の問題は、これはちょうど諸外国に見るように税体系の変化という形でいわば差しかえのような形で提案されたのと違って、お金が足りないところに出てきたところが私は非常に運が悪かったと思いますけれども、いま私が申し上げたような前提の上に立って、将来の日本の税体系としてはそういう間接税を含めたような税体系を一体どういうふうに考えればいいのか、その点をお伺いいたしたいと思います。
#44
○大熊公述人 私から二点お答えをさせていただきます。
 公債の問題でございますが、膨大に蓄積しつつあることはもう申し上げるまでもないことでございます。ただ、この財政再建、公債問題を処理するのに一つの問題は、これを一挙にできるだけ急速に実行することは他に非常に弊害が出てくる問題だと私は思うのです。先ほど申しましたように、ここで徐々に国民に租税による負担を求めていただかざるを得ないということは、財政支出は何が何でも財政再建のために削ってしまうというような性質のものばかりではないからでございまして、そこはやはり年数をかけて、徐々に国民に負担を求めながら解消をしていくということが必要だ、こういうふうに存じます。
 それから、福祉における受益と負担の問題でございますが、しばしば受益者負担の原則というのがございます。受益者負担の原則というのは、これも申すまでもないことでございますが、だれが受益者であるかということを判断して、その受益の程度において応分の負担をするというのが受益者負担の原則であります。でありますから、福祉サービスの場合、また広く公共サービスの場合、直接便益を受ける人もあるけれども、しかし、地域社会があるいは国全体がそのサービスによって便益をまた受けるということも十分あるわけでありますから、この公共サービスにおける受益者負担の原則というのは、そうしたサービスを受け取る程度、範囲において、国、地方公共団体あるいは保険制度あるいは直接本人がどの程度の負担をするのが公平であるかという原則でありまして、何でもかんでも国が負担をするのが公平ではないというふうに考えられます。
 それから同時に、この福祉サービスが、一部には無料で平等に給付をされるということになりますと、そこには経済学で申します混雑の問題が生じてきて、供給される福祉サービスの質の低下を来す。そうすると、やはり混雑を振り分けるためには若干直接の受益者の負担が必要になってくるという意味でございます。
#45
○水野公述人 まず第一点の法人税の問題ですけれども、これについては税制調査会の方でも実はかなり議論がなされまして、これについての一つの考え方といいますか、今度の予算案であらわれている考え方は、この際、歳出の抑制ということに主力を注いで、そのかわりにちょこちょこした増税はやらないで自然増収あたりのところにとどめて、もっぱら歳出抑制の方に主力を注ぐべきだという御意見と、それからそれに対して、私はどちらかといいますと法人税――この際来年度の景気の動向を考えますと、かなり不安定な不透明なところがありまして、余り財政で対応する余地をなくしてしまうのも問題でありまして、そういう点を考えますと、むしろ法人税を多少増徴して財政規模をそれだけふくらませておいた方がそういう景気に対する対応という点ではむしろいいのではないか、個人的にはそう考えているわけであります。しかし、いずれにしても、金額的には二%増徴しましても約五千億程度でありまして、全体の財政の規模からいきますと、これを特にどうすべきかという、それほど大きな問題でもないのではないかという気がしまして、この際は予算案に盛られているような歳出抑制にとにかく徹する方がいいのではないかという考えで、あえて法人税増徴という点にはこだわらないという考えになったわけです。
 それからもう一つは、一般消費税に関連しまして、税体系における間接税の問題でありますけれども、わが国の場合は、どちらかというと間接税の割合が減ってきておりまして、直接税中心にずっとなっているわけであります。それで、直接税中心、特に所得税を中心にするという考え方は、税負担の公平という点からいくとこれは望ましいという考え方が強いわけですけれども、それも全体の程度問題でありまして、果たしてそういう直接税が本当に税の公平を実現できるかという点について若干疑問があるわけです。
 といいますのは、たてまえはかなり累進課税でありまして、あるいは個人的な事情を考慮できるというような点で、負担の公平という点からすぐれていると考えられていますけれども、税の執行という点からいきますとかなりむずかしい問題がありまして、本当の意味で公平を達しようとしますと、たとえば税務体制というのをもっと強化する必要があるとか、あるいは個人の所得の申告その他をもっと正確にやる、もっと本当に正確を期そうとすれば、納税者番号制度あたりで所得のすべてを把握できるというような体制が必要ですし、それからまた罰則規定というものを強化する必要もある。しかし、どうもそういう点は、わが国の従来の税に対する考え方とは国民性あるいは税意識というものからして余りなじまないのじゃないかという気がしまして、この際やはり間接税のウエートをある程度高めていく方が、全体の税の公平という見地からむしろ望ましいのじゃないかという気はしております。
 以上です。
#46
○椎名委員 終わります。
#47
○小宮山委員長代理 次に、阿部助哉君。
#48
○阿部(助)委員 先生方御苦労さまでございます。大変失礼な質問になるかもわかりませんが、二、三お伺いしたいと思います。
 まず、水野先生にお伺いしたいのでありますが、いまも法人税の問題が出ましたけれども、財政再建という立場に立てば、予算の中で公債費の占める割合がこれだけもう大きくなって、それが財政を硬直化しておる、新しい事態に対応できないというので財政再建という話が出てきたんだろうと思うのです。そういう点からいきますと、公債はできるときに減らすべきなんじゃないだろうか。ことしあたり、法人の好況なときに法人からいただいて公債を減らす。不況のときには、これに何らかの景気浮揚策もやはりとらざるを得ないというのは、当然過ぎるイロハのイなんじゃないだろうか。不況になってから法人税の引き上げなんというのはおよそむずかしいことなんで、こういうときに取ってやるべきじゃないんだろうか、財政再建と言うならば第一歩なんじゃないだろうかという、その辺をもう少しお聞かせ願いたいと思うのです。
 財政再建というのがただ宣伝だけで、大蔵省や大臣が一生懸命なのかもしらぬですけれども、私たち見ていると、何か気持ちもあるのだろうけれども、宣伝の方ばかり大きくて、そのしわはみんな労働者の方や大衆の方へ向けられたのではかなわないので、そうじゃなしに、ことしのような場合には法人税からいただいて、公債は一銭でも出すのを減らしていくという構えがなければ、財政再建なんというのは言う方がおかしいのじゃないかという感じがするのですが、どうでしょうかね。
#49
○水野公述人 おっしゃるとおりだと思います。ただ、財政再建というのは、本格的に取り組もうとしますれば、法人税の増徴だけでは限界があると思います。現在、主要な諸国との法人税の負担の比較でありますが、いろいろデータのとり方にも問題がありますけれども、わが国の現在の法人税の税率といいますか、これはかなり高いところにいっております。地方税の事業税その他を含めますと、かなり高いところにいっております。それで、大体大ざっぱな勘ですけれども、高めるとしてもあと二%程度じゃないか、それが限界じゃないかと思います。余りわが国だけ特に法人税の負担を高くするということは、国際競争その他の面から問題があります。ですから、それで二%程度の法人税の引き上げ。これはやはり重要な問題ですけれども、財政再建という問題から考えますと、本命にはなり得ないというように考えます。
 ただ、来年度の予算の組み方としまして、私先ほど申しましたように、二%程度であっても、いずれは法人税の増徴というのが必要じゃないかと考えておりまして、いつやるかという時期の問題じゃないかと思います。それで、五十五年度あたりやってもいいんじゃないかと考えていたわけですけれども、そうならなかったというわけで、しかし、今後の問題だと思います。
#50
○阿部(助)委員 大蔵省の資料を見ますと、西ドイツなんかに比べると五ポイントくらい低いように出ておるのでして、まあいろいろなとり方がございましょうから……。
 ただ、いまのような形でこの公債を減らしていこうとすれば、私はここで福田さんと論争したことがあるんですけれども、これは戦時公債のようにインフレで紙くずにしてしまうか、それでなければ、返済の方法は税金をいただく以外にないんじゃないか、税金ならどういう税金なんだろうということで言ったけれども、インフレにはしませんというお答えだった。しかし、税金はと言うと、それは答弁が出てこないというので、今日もうどんどんふくれてしまって、来年度の末には大変なところへいってしまう。政府の見通しだと、六十年には百三十兆にもいってしまうということになったら、この公債費の占める割合で、もう財政はにっちもさっちもいかない。すると、せいぜい法人税でもだめなんだとすると一般消費税。これも政府の見通しでは、何か五%で三兆円くらいだというような話ですが、これがなかなかいかない。
 大蔵省のOBの、昔事務次官をやった人たちが集まって座談会をしておるのを拝見いたしますと、この人たちは大変気軽に言っておるんですね。初めは五%だけれども、そのうち一〇%にして、どんどん上げればいいんだと、役が終わったものだから非常に気軽におっしゃっておるんだけれども、この辺が本心じゃないだろうか。
 そうすると、一般消費税というのは、これもまた大変な大衆負担になってしまうのじゃないか。出足は処女のごとく、二、三年たてば一〇%から二〇%もいくという話になると、そら恐ろしくなってしまう。ということを考えると、じゃこの再建が何で、どういう税金で可能だと先生方お考えなのか、ひとつ教えていただきたいのでございます。
#51
○水野公述人 私は率直に申しますと、やはり一般消費税が必要だという考えは捨てておりません。それで、法人税の増徴というのもその一助にはなりますけれども、本命はやはり所得税の増徴か一般消費税、あるいは若干それを変形した形での何らかの消費税といいますか、間接税だと思います。それで、結局は所得税の増徴か、そういう形での間接税の増徴かという、その選択の問題になると思います。
 これについてはいろんな観点から考えられまして、そう短い時間にお答えすることは不可能でありますけれども、結論だけ申しますと、私は、先ほどの税体系の全体のあり方、あるいは所得税、あるいは直接税についてのいろんな問題点、こういうものを考えますと、この際やはりヨーロッパ諸国で実際に採用しております付加価値税、あるいは消費型の付加価値税といいますか、これがやはり有力な候補であるというふうに依然として考えるわけです。
#52
○阿部(助)委員 これはいろいろ意見のあるところでございまして、ある意味で、直接税はすぐはだ身にこたえるからどうだこうだという意見がございますけれども、国民はやっぱり取られるのは痛いんだ、痛いから物を言う、そこでその意見も聞いて財政を運営する。何かわけがわからぬ、真綿で首を絞められるように、どっかに抜けられるというのは楽みたいだけれども、私は、財政民主主義という立場からいったら、むしろ国民にも、苦しいんだ、痛いんだということがわかる、国民もそれにこたえて物を言う、その意見を取り上げて運営するのが私は本当なのじゃないだろうか。ただ、みんな政治家はだんだん利口になりまして、薄らうまくやる癖がつくから、私は財政再建なんかできないのじゃないかという悲観論があるわけでございます。
 そこで、加藤先生にお伺いしたいのでございますけれども、先生は先ほど、来年度は大変な自然増が出る。私も来年度は自然増という形で出ると思うけれども、五十六年度予算は一体どうなるのだろうか。大蔵省は恐らく法人税を増税するだろうし、いろいろなことをやるに違いないと私は見ておるのですけれども、しかし自然増という税金は、先生おっしゃったように、源泉の分と法人の好景気による自然増とが出ておりますけれども、この二つの性格は全く違うのじゃないだろうか。片一方は、公共投資やいろいろな政府の施策の恩恵も受けて大もうけした、それだからその税金が多くなった。ところが、労働者や一般の大衆の源泉の場合は、物価が上がって物価でいじめられる、そこへちょっと給料が上がると、八%も給料が上がれば一六%も弾性値が伸びるという形で、これは自然増というけれども、本当は増税なのであって、私はこの辺はやはり調整減税すべきだと思うのです。財政再建は財政再建、政府もちゃんと国民がもっと納得するような形でやらなければいかぬ、国民にもっと理解を深めながら再建の道というのを考えるべきだと思うのですが、先生の御意見は、私も大体似たような考えを持っているのですが、いかがでしょうか。
#53
○加藤公述人 おっしゃいますように、私もほとんど考えは同じだと思うのですが、一部問題にしたいところは、つまりさしあたって個人税と法人税でありますけれども、個人税の方は税制の仕組みが違いますので、名目所得増がかなり急ピッチで税負担増になっていく。その点の一つは、ちょっとほかの話をいたしますけれども、住民税の減税をしなければいかぬ。住民税の課税最低限を見ますと、生活保護基準よりは下回っている。生活保護者も税金を納めなければならぬというような非常に実際的な問題から出てきておるのですが、これは実は住民税だけの話ではなくて、所得税にも通ずる問題だと思うのです。
 問題は、そういう名目所得増というか、インフレ過程の中で、企業課税と個人課税のバランスがどんどん崩れていくということで、個人税がいまより絶対に負担をすべきでないということを言うつもりはありませんけれども、企業税、法人税とのバランスが決定的に崩れていく。それは、三年もしたら目に見えてそうなってくる。それから勤労者の場合でも、そういう源泉に取られるのが急増していくのと一緒に、社会保険料がふえていくという二つの大きなあれがふえますので、源泉で差し引かれる負担というのはかなり激しくふえてくる。それで企業税とのバランスが崩れていくということを重視したいと思うわけです。
#54
○阿部(助)委員 大熊先生にお伺いしたいのでございますけれども、先生のお話で、まあどっちにしたって、だれが考えてもそうなんだと思うのですが、財政再建の問題は、これは結局ある程度出る方も抑えなければいかぬけれども、同時にまた増税に頼らざるを得ないというのはだれが見てもそうだと思うのですが、先生はこのときに大体どんなふうな税金を中心にして、これだけ大量な公債、これは短期間にはどうしようもないところに来ていると思いますが、それにしても大体どんな税金でいくべきだというお考えでしょうか。
#55
○大熊公述人 短期間には確かに解消し得ないと思いますので、何らかの国民の負担にお願いをするということを先ほども申しました。それは、法人税というお話が出ておりましたが、やはり法人税だけの引き上げでは限界があるわけでございますから、何らか別途負担を国民に求めざるを得ない時期がやがて来るであろう。そのときに、日本の直間比率の状況から見て、間接税あるいはそれに類するものの比率がもう少しふえるような形でもいいのではなかろうか。所得税中心主義を改めるということでは決してございません。そうではなくて、若干直間比率を直すということで、たとえば一般消費税もその間接税の一種でございますから、そういう形でそちらに負担を求めざるを得ないであろうというふうに考えております。
#56
○阿部(助)委員 終わります。どうもありがとうございました。
#57
○小宮山委員長代理 次に、草川昭三君。
#58
○草川委員 水野先生にお伺いをしますが、ただいま先生の方から、五十五年度の予算について、財政再建の初年度としての評価があったと思うのです。そこで私は、実は予算のつくり方の問題でございますけれども、いわゆる対前年度プラスアルファ方式というのですか、増分主義というのですか、そういう発想というのがやはり今回も抜け切れなかったのではないだろうかという結果論的な批判があるわけですが、こういうような情勢の中で、旧来の発想から抜け切れていないという意味で財政再建の初年度と評価できるかどうか、まずそのことについてお伺いしたいと思うのです。
#59
○水野公述人 おっしゃるように、いままでの予算編成といいますのは、前年度実績主義というのが中心だったと思います。財政再建を図っていくためには、歳出面の効率化といいますか抑制、しかもそれは規模を抑制するだけでなくて、一つ一つ歳出項目について洗い直していく必要があるわけで、そういう点では、旧来の方式というのをかなり思い切って改めていく必要があると思います。ただ、現実問題としてはなかなかむずかしいのではないかというふうに思います。
 私は実際に直接タッチしておりませんので知りませんが、聞くところによりますと、大蔵省の方でもサマーレビューなりあるいは財政制度審議会での各特別部会、そういうところで今回はかなり重点的にいろいろな項目について洗い直して、思い切って節減合理化をやっていく、そういう姿勢で取り組まれたようであります。ただ、多くの問題が、先ほど私申し上げましたように、制度、慣行に関する問題でありまして、そう一朝一夕に、すぐ翌年度の予算案の数字にそれが反映されるというところまではいかないと思いますけれども、やはりそういう努力を重ねていくことが必要だというように考えております。
#60
○草川委員 大変恐縮でございますが、もう一問。
 先生はたしか税調の方にも関係をしておみえになると思うのでございますが、エネルギー関係税の七五%が道路のいわゆる特定財源として振り向けられておるわけでございます。新経済社会七カ年計画の社会資本投資が二百四十兆円ぐらいになるわけでございますが、そのうちの最大の費目が道路の一九%、こういう位置づけになっておりますが、それほど道路というものにウエートをこれからもかける必要があるかという問題が一つあると思うのでございます。
    〔小宮山委員長代理退席、瓦委員長代理着席〕
 それと同時に、もう一つ目的税というもの、いわゆる特定財源でございますけれども、これを解体した方が今日的な財政の窮迫状況というものを是正をすることにならないだろうか、いわゆるかきねを取っ払え、こういうような意見もあるわけでございますが、この点について先生の御意見はどうでしょうか。
#61
○水野公述人 その点につきまして税制調査会でもかなり議論がされまして、おっしゃるようなそういう特定財源化というのを外して、一般財源化すべきじゃないかという意見がかなりの人から出されました。しかし一方では、特に地方財政関係の方で、道路整備につきましても国道関係はかなり整備が進んでおりますけれども、地方道の方はまだ未整備のところがかなり多い。しかも、地方道の整備については一般財源の方の持ち出しがかなり多くて、そういう点を考慮すると、一挙にといいますか、そういう一般財源化に向けていくというのはまだ時期尚早じゃないかという意見も地方自治体関係あたりから強く出されまして、結局そういう点もっと今後検討するということになったわけであります。
 それで、経済計画での公共投資の額でありますけれども、これは確かにこの段階になりますと、私やはり過大な計画じゃないかという気がいたしておりまして、全面的に、特に経済計画における公共投資の計画、こういうものはやはり見直すべきであるというように考えます。
#62
○草川委員 最後になりますが、第二の予算と言われるいわゆる財投のことについてちょっとお伺いをしたいわけでございます。
 私も、財投というのは過去に日本の成長に大きな役割りを果たしたということは認めるわけでございますが、財源的に年金財政もいよいよ積み立てが崩れて賦課方式に近くなるということが言われておるわけでありますし、あるいは支出の面でも、いわゆる開銀あるいは住宅公団等の実績でかなりの不用額とそれから繰越額が出ておるわけでございます。そういう面からいいますと、役割りが終わったとは申し上げませんけれども、一つの見直すべき時期ではないだろうかという意見を私は持っているわけですが、先生の方の御意見はどうなのでしょうか。
#63
○水野公述人 おっしゃるように、財投自身も、特に原資の方あたりでますます郵便貯金に頼る比率が大きくなっておりますし、その郵便貯金も、いままで順調に伸びてきたのが今後必ずしもそうは期待できないという情勢だと思います。それから、運用面におきましても、従来のようなものとはかなりパターンが違っていくということが予想されまして、両方合わせまして財政投融資についても大きな見直しの時期だということも、確かにそう考えます。
 しかし、財政投融資そのものにつきましては、一つは財政投融資計画というものが広い意味での公共投資の大きな資金供給の役割りを果たしております。しかも、政府の一般財政で行います全額公費で負担をする公共投資とは違いまして、いわば有償の資金で行う公共投資であります。また別な性格を持つ。それに対する重要な資金源であり、また政策金融という面でもまだ大きな役割りを果たす。政策金融でも、特に今後住宅なり地域開発なり、あるいは中小企業関係なりというのは、その必要性というのはますます重要性がふえこそすれ決して衰えていないわけでありまして、確かに見直しの時期ではあるけれども、全体的にはやはり財政投融資そのものが今後とも重要な役割りを果たしていくというのは期待されると思います。
#64
○草川委員 以上で終わります。どうもありがとうございました。
#65
○瓦委員長代理 次に、寺前巖君。
#66
○寺前委員 限られた時間でございますので、簡単にお答えをいただいたらありがたいと思います。せっかくの機会ですので、失礼になるかもしれませんがお許しを願います。
 まず、水野先生にお願いをいたします。
 財政再建が非常に大事な問題だから、みんなもっと関心を持たないと急速に大変な事態が来るぞという御指摘が最初にあったと思います。急速に迫ってくる事態にあるというのは、ここ数年来赤字財政、国債が三〇%以上にわたるところの予算を編成してきた、急速にこれを重大な事態に追い込む要因をつくってきたというふうに、これは率直に言えるのじゃないだろうか。私はその点で、ここ数年来の予算に三〇%以上の赤字国債を発行するというやり方をやってきたという問題について先生はどのようにお考えになっているのか、お聞きをしたいというのが一つです。
 それから第二番目に、今日財政が非常に困難に陥っている。素人目にはそういうときには、政策的に歳入の面において、国際競争力に打ちかつとかあるいはいろいろな理由をつけて特別な税対策というのを法人関係でやってきているではないか、だからその分野について全面的にメスを入れる必要があるのではないかというのが、だれでも考える一つの問題だと思うのです。それからもう一つ考える問題は、今度は出す側において、住民に犠牲を与えないようにして、特別にめんどうを見てきたところを抑えるという措置をやるべきではないか。だれでもこの両側面を見るのが常識だろうと思うのです。
 そういう意味では、国家予算の中で特別に租税特別措置法なりいろいろな企業に対するめんどうを見てきた、この分野に対しては今度の措置でいいのかどうか、もっとメスを入れるべきではないのか、この点に対する先生の見解をひとつお聞きしたい。
 それから歳出面で、住民の負担になるようなことでは国家財政全体が危機のときにそれでは政治にならないだろう、だから、歳出面で不要不急でここは抑える必要があるじゃないかという御意見はないのか。この二つの点について先生の御見解を聞きたい。
 ちょっとあと全部言わしていただきます。
 それからその次に、大熊先生にちょっとお聞きしたい点は、福祉の効率化ということを先ほどおっしゃいました。先生は何か具体的に想定をしてこれは効率的ではないという御意見があるのだろうと思いますので、それは一体何を指しておられるのだろうか。その効率化をやることによって財政再建の面においてはどういう役割りをするのか、一体どのぐらいの予算的な対策を組むことができると考えておられるのか、第一点お聞きをしたい。
 それから第二番目に、今度の国政の中で大きな位置を占めるのは、次々と公共料金の値上げが日程の問題になってきているということであります。公共料金が上がると、庶民生活全体にも諸関係を与えてくるわけですが、そうなってくると、国家財政再建の道に入っていくというわけだけれども、この公共料金の問題と国家財政のあり方の問題との関連を先生はどういうふうに見ておられるのか。したがって、この公共料金値上げ問題については一体どういうふうにあるべきだとお考えになるのか、第二番目にお聞きしたい。
 最後に加藤先生に、両先生のお答えをいただいて、先生の見解は先ほどから聞いていますと、真っ向から相違うように思います。したがって、この先生方の提起された問題に対しては一体どういうふうにお考えになるのか、お二人の先生方の発言を聞いていただいて、それに対する先生の御意見を聞きたいということと、もう一つは、先生は今度の予算は財政再建の道にならぬとおっしゃった。ならぬのだったら、大胆に一体どの点にメスを入れられる必要があるのか、その問題提起を端的にお願いをしたい。
 以上です。
#67
○水野公述人 ただいまの御質問にお答えしたいと思います。
 まず第一点の、これまで赤字をことさらふやしてき過ぎたのじゃないかという御指摘ですが、確かにそういう点は私は同感の点があります。しかし、こういう赤字を拡大してきたという点につきましては、やはり五十年度以降不況が長引きまして容易に回復しなかった。これに対して金融政策ではやはり余り効果が期待できないわけであります。どうしても財政でもってその景気浮揚を図る必要があったわけであります。そういう点ではある程度の景気対策としての赤字の拡大というのは必要であったし、またやむを得なかったと思います。ただ問題は、その程度の問題だと思います。特に五十二年、五十三年度あたり一部の人から、景気回復のためであれば公債を幾ら発行しても構わないんだという議論がかなりなされたわけですが、こういう行き方はやはり行き過ぎである。財政でもって景気浮揚を図るといういわゆるフィスカルポリシーの役割りそのものは私も重視いたしますけれども、やはり一方では、中長期的な財政の健全性というものを頭に置きますと、おのずから節度を持ってやるべきであったのではないかという気がしております。
 それから、企業関係の特別措置につきましては、これは先ほど申し上げましたように、五十年度以降かなり精力的に税制調査会でもってこの整理合理化に取り組んでおりまして、項目にしては約八五%まで整理合理化を進めているわけであります。もちろん個々に当たりますればまだ不十分な点があるかもしれませんけれども、先ほど申しましたように、租税特別措置すべてがだめだと言うわけにはいかないわけでありまして、やはり政策的な見地からどうしても残さざるを得ないものもあるわけでありまして、不公平税制の是正という点ではほぼあるところまでいったのではないかという気はいたします。もちろん絶えずこういうものの見直しというものは必要であります。
 それから、ついでに申しますと、いわゆる租税特別措置による減収額というのは、企業関係の租税特別措置で申しますと、五十四年度予算ベースで総計二千三百億でありまして、そのうち一千億が中小企業関係のものである。ですから、それを除いたいわゆる大企業優遇と言われているものはその残りの千三百億であります。これを全廃したところでそこから上がる増収というのは千三百億であります。もちろん増収そのものよりも不公平税制の是正という点での名目が大切でありますけれども、それについての私の考えは、以上申したとおりです。
 それから、歳出面でもっと抑制というか、節減合理化の点であります。これはまだまだ大いにやっていただきたいと私は思っております。ただそれはそれとして、歳出の個々のものについての洗い直しあるいは節減合理化という問題と全体としての予算規模の適正なあり方という問題とはまた別に考えられるべき問題だと思いまして、余り切って切って切りまくっていいという問題ではない。ある程度の水準というものを維持する、そして財政力というものをある程度保つということは、財政に期待されている機能、役割りを果たす上においてどうしても必要だと考えております。
 以上です。
#68
○大熊公述人 第一点は、福祉の効率化という問題でございますが、福祉の効率化と私が申し上げましたのは、福祉の真の目的を達成するためのコストをできるだけ低くするということでありますが、別の言葉で言えば、一定のコストでできるだけ高い福祉を実現するにはどうすればいいかということを申し上げたわけでございます。私が念頭の中に特に置いてございますのは、わが国の健康保険制度でございます。安い病気は非常に簡単な料金で治療を受けるわけでありますが、しかし高額の医療に関しましてはかなりの負担が国民に及んでいる。特に被扶養者の場合には、これは定率でありますから、場合によってはどのくらいかかるか非常な不安も一あるわけであります。私は大体、健康保険については定額の負担で、そうして被保険者も被扶養者も全額保険で見るというのが保険の制度である。ただし、その場合の定額が低ければ低いほどいいということは出てこないわけであります。一定の額を毎月用意しておけば、病気になったときにはそれこそ健康保険でほぼただに等しい治療費で診ていただけるというようなことで、言いかえるならば、そういう意味では私は、いまの日本の健康保険制度は効率化されていないというふうに考えます。
 それから第二に、公共料金と財政の問題でありますが、これは公共料金の中には、たとえば石油が上がった、したがってコストが上がった、どうしても公共料金を上げざるを得ないというような事情、他方、財政負担も望めないというような事情がある場合もあるでありましょうが、しかし、公共料金の場合には個別にもう少し検討をしてみたいというふうに私は考えます。
 たとえば一つの例を挙げますと、米であります。米の場合は、米が余っているのに消費者米価が上がるという経済の法則に反することが行われている。これは一体どうしたらいいのかということでありまして、単に逆ざや解消ということではなくて、生産者の方のお米を一体どういうふうに持っていくのかということで、米価を一つの公共料金とすれば、そういう考え方があるということでございます。
 それからもう一つは、国鉄の料金であります。道路の特定財源で道路をよくすればするほど国鉄の赤字がふえて、それを結局政府が負担をするという形を現在とっているわけであります。こういう傾向になりますと、今日独占力を失っている国鉄の場合にはますます赤字がふえ、政府の負担がふえる。しかも自動車の場合は、道路が壊れれば国あるいは都道府県が見てくれる。国鉄の場合には、国鉄が土砂崩れを起こしてもそれは国鉄で負担をして直さなければならぬということになりますと、ますます国鉄の競争力が落ちてくる。そのために政府の赤字がふえるということになりますし、しかも国鉄の運賃を上げればお客離れがますますひどくなるということでありますから、これはむしろ公共料金の問題というより、そうした日本の運輸行政と申しますか、交通政策全般の問題として財政上取り上げていかなくてはならぬというように考えております。
#69
○加藤公述人 私への御質問は、お二人の公述人と少し議論をかみ合わせてくれということのようでありますが、かみ合うかどうかはわかりませんが、若干出ておりました問題で御意見を申し上げたいと思います。
 一つは、七七年の十五カ月予算、七八年それから七九年の、これは実行過程はちょっと違いますけれども、予算編成の態度というのを見ますと、一つの問題点というのは、あれだけの大量国債を発行することの可否で、また逆に言いますと、あれだけの国債を発行するならば、それを後へ続く短い期間に縮減していくという腹を固めた上でないと、これは建設国債だけじゃありませんけれども、あのような十五兆円というような国債発行には問題があった。やはりそれを自分で考えるよりは、あの当時のことを思い浮かべてみますと、アメリカのモンデール副大統領が来て非常にばたばたの状態で決めたというようなことが、後に禍根を残すことになっているんじゃないかということが一つです。
 それからもう一つは、効果の問題なんですけれども、御承知のように最近の公共投資は、その大型化と高度化の結果、発注先が大企業にかなり集中してきているということがありまして、ちょっと前までは地方団体などで中小企業発注に積極的に取り組んだような事態もありますけれども、それは事が変わってきたというよりはむしろ、大企業への集中の度合いをそういう形でもって何とかしようという努力のあらわれじゃないかというように思うわけです。といいますのは、効果の点でも本当にあの金額があらわすような効果があったかどうかということが問題だろうと思うわけです。主として前の方に申し上げたことでかえさせていただきます。
 それから、福祉の効率化の問題でありますけれども、この点の一番のポイントは、いまの諸政策、諸制度というものを前提にして、それで経費の削減の見地だけから取り組まれるということは大変間違っている。何が必要かといいますと、財政面だけじゃなくて、これは前から特に農業などでは言われてきたことでありますけれども、総合政策、これは言葉が非常に便利なものですからよく使われますが、総合政策を政策と制度の両面にわたって十分吟味され切り開いていく中で、施策を講じていかないと、財政支出の非効率の部面というものは否定できなくあることは事実でありますけれども、これは思うことも成らないということを申し上げておきたいわけです。
 それから料金のことにつきましては、ここで一般的なことを言うつもりはありませんけれども、非常にタイミングが悪いということを言わなければならぬかと思うのです。新聞にも出ていましたけれども、つまり川上の方から価格転嫁が行われる。中小企業のところでは、価格を上げようとしても買い手が心配だということで、自分でかぶっていくという状態の中で中小企業の倒産がふえていくというようなことがあります。ちょうどそういうときに、政府が来年度予算で示したような料金値上げの態度ですと、ちょうどそれに乗っかって価格転嫁が行われるという条件が非常にふえてきておる。特にことしに入りましていまが一番その危険な事態だということを申し上げて、一般の公益事業の公共料金も、政府の公共料金と全く別の問題ではないということを申し上げたいと思うわけです。
 それから最後に、大胆に削れというお話の問題ですけれども、これはきょうの公述で申し上げましたように、やはり一番の問題は、十五兆円規模に相応した公共投資の体制を相当根っこから洗い直しまして、たとえば七カ年計画の二百四十兆円の計画であるとか、それから大蔵省の財政収支試算におきましても、五、六年間にわたって一〇・一%の増加をやっていくというような計算がありますけれども、その辺が第一に問題だということであります。それで、公共投資をやりましても、何か物ができれば結構だというようなことじゃございませんで、たとえば新幹線とか高速道路にいたしましても、できた後大きな赤字を抱えていくというような、つまりそれは経費の点からいいますと、社会の必要に本当に合致しているかどうか疑わしいものもあの公共投資計画の中に少なからずのっているというようなところも大きく変えていかないといけないのじゃないかというのが一点です。
 それから軍事費につきまして、防衛庁の費用ですけれども、これもさっきと同じように、七八年のちょうどどたばたのときに決められ、しかもそれがどうも私たち見ていますと、国際政治、国際軍事の問題についての定見があるように思えない。結局アメリカの戦略にのめり込んでいくだけが落ちだというようなやり方で軍事費をふやす必要は毛頭ないわけで、そういう点から疑わしい費用は、防衛庁の費用につきましても、幾ら幾らと申し上げるわけにはいけませんけれども、かなり削減対象にしていいのじゃないかということです。
 それから最後には、先ほど言いましたことをもう一遍繰り返しておきますと、やはり総合政策、たとえば、ちょっと時間をいただきましてあれですけれども、三日ほど前の日経新聞に、岩手県のずっと山の奥の村ですけれども、国民健康保険の記事が出ていました。それがどれだけ信頼できるのかどうかということを別に確かめようもありませんが、要するにそこでは、医療費を最小限に抑えて、それで国民健保も黒字である。それで病気がないというようなことで、一番ポイントは予防医療の徹底にあるようですけれども、ですからお年寄りなども医療機関に列をつくってくるというような状態の中でかえって医療費が減っていったというようなことがありますので、これは一つの小さな総合政策版であると思います。
 あっちこっちいろいろ申し上げましたけれども……。
#70
○寺前委員 どうもありがとうございました。
#71
○瓦委員長代理 次に、中野寛成君。
#72
○中野(寛)委員 きょうはありがとうございます。各先生に一点ずつお尋ねをいたしたいと思います。
 まず水野先生でありますが、一般消費税、これが実現しなかったことは財政再建の上からも大変残念だというお話でございました。一般消費税について別にここで論議をするつもりはありませんけれども、これを取り上げられた場合、応能負担の原則、古い原則かもしれませんけれども、それとの関連はここで崩れていくのかどうか。それからまた同時に、この一般消費税の持っている広範なメリットというものについてもっとPRすべきだったのではないかということでございましたけれども、単にPRするということで国民が納得するとは私ども思わないわけでありまして、いわゆるPRという一つのテクニックではなくて、もちろん先生もテクニックを使ってという意味ではなかったのでありますが、具体的な誠意といいますか、そういうものが政府の政治姿勢の中で見えなければ納得しないと思うわけであります。言うならば、その前に政府は何かするべきことはありませんかという声が返ってくると思うわけであります。行政改革とかそういう幾つかの問題が指摘されてくるであろうと思うわけでありまして、そういうことにつきましてどのようお考えか、お聞きをしておきたいと思います。
 次に、加藤先生でありますが、いわゆる自然増収の問題は、その内容を見ると、個人所得税にかかわる分がきわめて多いわけであるから、物価調整減税をやらなかったがゆえに生じた自然増税だということでございました。私もその辺のことについてはうなずけるわけであります。また、調整減税等当然できる範囲でやるべきであろうというふうに思いますが、財政再建等を考えますときには、それを補てんするものが当然なければならない。いままでの政府のやってきたいろいろなことに対する批判または反省、そういうものは数多くあると思いますが、現時点においてそれでは何をなすべきか、何ができるかということが私どもの当面の課題であろうと思います。水野先生そしてまた大熊先生も、たとえば法人税等についてはもっと前向きに考えてよかったのではないかという話でございました。加藤先生も法人税には触れられたわけでありますが、どのくらいまでなら引き上げられるとお考えでしょうか。水野先生と大熊先生、たしか二%ぐらいまでは容認できるのじゃないかというお話がございましたが、このことにつきましてお聞きしたいのと、優遇税制の見直し、典型的な一つか二つの事例をこの中で挙げていただければありがたいと思います。
 それから大熊先生にお尋ねしたいわけでありますが、いまも御質問がありまして、福祉の見直し、いわゆる効率化の問題で指摘をされました。画一化された福祉ということについての御批判があったわけであります。これは公共料金の受益者負担の原則とも関係があるのですが、結局何らかの方法でそういう負担ができる所得保障というものが基本になければならないのではないか。そのことによって受益者負担というものもあらゆる人が負担できるわけでありますし、福祉の問題につきましてもいわゆるばらまき福祉ではなくて、所得保障がなされることによってむしろ福祉にかかる経費も削減でき、かつまた効率化も可能になってくるのではないか。その辺の方法等につきましてもう少しお聞かせいただければと思います。
 同時に、一般消費税との関係でありますが、先生から、ことしまた物価の高騰、そして景気の後退、スタグフレーションの心配について御指摘があったわけでありますけれども、たとえば一般消費税を実施したとした場合には、なお一層その心配は高いのではないかと思うわけであります。すでに一般消費税は断念されているわけでありますが、これは将来にわたって断念をされたわけではないわけですし、また両先生のように、それを前向きにとらまえるという御意見もあるわけでありますので、あえてこの際お聞かせいただければと思います。
 以上でございます。
#73
○水野公述人 私に対する御質問、二点あると思います。
 一つは、一般消費税と応能負担の原則の関係でありますが、一般消費税の根拠といいますか、あるいは租税原則との関係につきましては、一つの考え方は、消費というものに担税力というのを認めて、そして所得課税という所得を担税力とする課税に対する一種の補完的な課税の役割りを担わせようというこの考え方は、大体イギリスあたりでも議論として出ておりますいわゆるエクスペンディチャータックス、これについての考え方はまさにそれでありますし、多くの消費税を考える場合の根拠にもこれを持ってきているように思われますが、一般消費税の場合もそれが言えるのではないかという気がいたします。すなわち、所得のみを担税力とするようなこういうものはどうしても限界がありまして、それをいろいろな税で補完をする必要がある、その一つが消費課税だと思います。もう一つ問題になりますのは、恐らく逆進性の問題が出てくることだと思いますが、これについては、税の仕組みその他の工夫で、逆進性を完全に取り除くということはできませんけれども、かなりの程度までそれを緩和することはできます。
 それから第二の点でありますけれども、一般消費税が国民の理解を得られなかったという点はいろいろな理由があると思いますが、その一つの大きな理由としまして、おっしゃるように、財政再建の一環としてこういうものが必要だということと、それからそれを特に増税にウエートを置いてやるということを強く印象づけ過ぎたのではないか。先ほど私が申し上げましたように、財政再建のためには、歳出面の見直しと歳入面というものと両方組み合わせてセットとして出すべき問題でありますが、どうも歳出面の方というのが印象が薄くて、増税の方ばかりが出過ぎたというのがうまくいかなかった一つの理由じゃないかと考えております。
#74
○加藤公述人 私へのお尋ねは、たとえば法人税二%引き上げとかそういう問題もあるけれども、差し迫ってその財源というものを税制を通じてどのように保障できるのかということだろうと思うのですが、それで一番先に申し上げたいのは、従来の租税特別措置の整理がまだ不徹底である。たとえば退職給与引当金などは一つの典型的な例で、それがいまの電力料金にまで響いていることは御承知だろうと思うのです。そのほか挙げましたら、貸し倒れ準備金も、あれは実態は一万分の一ぐらいの貸し倒れ率だというようなことも言われたことがありますが、全体にどうでしょうか、二分の一ぐらいまでいっているのかどうか、もともとほとんど全額がそういう特恵税制の性質を持っている。もっとも中小企業につきましてはまた別の立て方があって、必ずしもそれが特恵税制ではなくて、中小企業課税の公正を保障するために必要だというようなことがあるので、一律には論じられませんけれども、これをどうしても言わなければならぬ。
 それからその次に、税率の問題ですけれども、日本の法人税の税率を外国と比べましても、たとえば法人事業税を入れるか入れないかというような問題が出てきてしかるべきでありますし、それから、日本は少なくとも二%ぐらいは税率を上げることができるという大蔵省の判断まであるので、つまり比較の点の問題がありますけれども、私はそれより利潤の大きさというもの、日本の企業ですと、これは実はきょう用意してきてありませんけれども、税収の比較でいきますと、日本の税というのは法人税の比重が大変高い。国によりましては所得税の十分の一ぐらいのところがある。それでは日本は税金が高くてそうなっているというようなことであるかといいますと、そうではなくて、利潤の大きさだろうと思うのです。そのことを逆に考えますと、利潤の大きさというものを何らかの方法でつかまえて、それでそれに対しては、やはり負担力が違うんだということ、必ずしも擬制説を批判するというようなところだけじゃなくてもっと実際的にやったら、日本の会社の利潤というのはかなり安い法人税率で課税されているというふうに見ることができる。つまり、税率を単純に比較するのではなくて、利潤の率とか量というものを考えてやるべきだ。ということで考えますと、かなり企業課税の法人、特に利潤の高い大きな法人から税をいただく余裕があるのではないかというように思っておるわけです。
 もっともそれは一面では、八〇年代経済戦略、企業戦略ということで非常に大胆に新しい製品を開発していく、それに成功した企業というのは利潤が高くなるというようなことで、なかなか一律にいかない点があって技術的にどうするかという問題があるのですけれども、そこを切り開くことが税率の上では重要じゃないか。単に中小企業も一緒にして二%上げるというような問題ではないように思うのです。
 それだけで済むかというと、ちょっと列挙だけいたしますと、そのほかにキャピタルゲインの課税がある。これはヨーロッパではある程度やられているところがありまして、これも余り正確なあれじゃないのですけれども、北欧系の財政の比重が非常に高くなっているところではキャピタルゲイン課税を大体実施している。日本でも、こんなのるかそるかの財政再建のときにキャピタルゲイン課税の話が出てこないなんということがどだいおかしな話だろうと思うのです。
 その一つのあれとしては、このごろふえております株式の時価発行、あのプレミアムに課税するかどうかというのは、ちょっと簡単でない議論があることも御承知だろうと思うのですけれども、しかし一歩退いても、あれが株主に還元されるときには課税対象になるはずなんですね。ところが、日本のキャピタルゲインというのは還元率がはなはだ低くて、この前新聞に出ておりましたところですと二割ぐらい、八割は企業が抱え込んでいるというようなことがあって、株主に還元しますとその時点で税金がかかるはずなんですけれども、そういう対象になるのは二割ぐらいで、大部分は無税で来ているというようなことがありますし、そのほかにもいっぱいあるわけですね。大体大きな網としては、シャウプの勧告であれされました法人擬制説がその根っこになっているというふうに申し上げてよかろうかと思うのです。
#75
○大熊公述人 所得保障の充実という問題でございますが、わが国が戦後社会保障制度を導入いたしまして、社会保障制度は社会保険と公的扶助という二つの制度を柱にいたしておりますが、これは言うならば所得保障の制度であるというふうに考えられる。私が申し上げたいのは、こうした所得保障の制度である社会保障制度をきちんともっと実効あるものにしておかなければいけない、それがないからばらまき福祉というような問題が出てくるのであるということを実は申し上げたかったので、御説のとおり、所得保障を充実し、そうして、それによって後顧の憂えなく働ける基盤をつくるというところが一番大事であるというふうに考えております。
 それから一般消費税の問題は、財政再建の見地から何らかの増税ということは必要である、それでその一部として一般消費税が望ましいということを私はもちろん考えておりますのですが、問題は、この一般消費税という新しい税の導入の仕方というものは誤ってはいけない。恐らくこれからもしスタグフレーションというような事態になりましたら、これはとても一般消費税を導入するという時期にはなるまいというふうに私は思う。ですから、私は最初のときに、五十五年度の予算で二つの選択があって、一つは、増税によって財政支出もリーズナブルなところの水準をねらうという選択と申し上げましたが、実はこれは五十五年度予算で一般消費税が導入できるなら望ましいということを申し上げたわけであります。こういうタイミングの問題が一つある。
 それから、増税というのは確かに国民に負担を求めることで、だれしも非常に拒否反応を示すわけでありますが、むしろ税体系の変更、つまり直接税の一部を間接税にかえるというふうな考え方になりますと、実は所得税を減税するか、あるいは不公平税制をどういう形かで直した上で、その分を、恐らくその分以上になると思いますが、一般消費税で埋めるというような、そうした税体系の改正ということを十分国民に納得していただけるかどうかという問題。それからもう一つは、やはり大切な財政支出の財源を一般消費税に求めるんだということを国民に納得していただけるかどうかという問題であります。
 したがいまして、政策的にも戦術的にも、一般消費税の導入というのは非常に微妙な問題を含んでおりまして、タイミング、それから国民の納得のいくような歳出とのリンクの問題というようなことを考える必要があるんじゃないかというふうに思っております。
#76
○中野(寛)委員 ありがとうございました。
#77
○瓦委員長代理 以上で各公述人に対する質疑は終了いたしました。
 公述人各位には、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。
 これにて公聴会は終了いたしました。
 次回は、明十五日午前十時より開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後四時三分散会
ソース: 国立国会図書館
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