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1979/04/09 第91回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第091回国会 社会労働委員会医療保険制度に関する小委員会 第3号
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1979/04/09 第91回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第091回国会 社会労働委員会医療保険制度に関する小委員会 第3号

#1
第091回国会 社会労働委員会医療保険制度に関する小委員会 第3号
昭和五十五年四月九日(水曜日)
    午前十時三分開議
 出席小委員
   小委員長 戸沢 政方君
      越智 伊平君    瓦   力君
      住  栄作君    田邊 國男君
      竹内 黎一君    八田 貞義君
      箕輪  登君    山崎  拓君
      湯川  宏君    大原  亨君
      金子 みつ君    前川  旦君
      村山 富市君    森井 忠良君
      谷口 是巨君   平石磨作太郎君
      梅田  勝君    浦井  洋君
      米沢  隆君
 出席政府委員
        厚生省保険局長 石野 清治君
 小委員外の出席者
        社会労働委員長 葉梨 信行君
        社会労働委員  田口 一男君
        参  考  人
        (日本医師会常
        任理事)    中山 昌作君
        参  考  人
        (全国自治体病
        院協議会会長) 諸橋 芳夫君
        参  考  人
        (健康保険組合
        連合会常務理
        事)      廣瀬 治郎君
        参  考  人
        (日本労働組合
        総評議会生活局
        長)      福田  勝君
        参  考  人
        (全日本労働総
        同盟生活福祉局
        長)      小寺  勇君
        社会労働委員会
        調査室長    河村 次郎君
    ―――――――――――――
四月九日
 小委員小沢辰男君三月二十七日委員辞任につ
 き、その補欠として八田貞義君が委員長の指名
 で小委員に選任された。
同日
 小委員前川旦君三月二十七日委員辞任につき、
 その補欠として大原亨君が委員長の指名で小委
 員に選任された。
同日
 小委員田中美智子君同日小委員辞任につき、そ
 の補欠として梅田勝君が委員長の指名で小委員
 に選任された。
同日
 小委員八田貞義君同日小委員辞任につき、その
 補欠として小沢辰男君が委員長の指名で小委員
 に選任された。
同日
 小委員大原亨君同日委員辞任につき、その補欠
 として前川旦君が委員長の指名で小委員に選任
 された。
同日
 小委員梅田勝君同日小委員辞任につき、その補
 欠として田中美智子君が委員長の指名で小委員
 に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 医療保険制度に関する件
     ――――◇―――――
#2
○戸沢小委員長 これより医療保険制度に関する小委員会を開会いたします。
 医療保険制度に関する件について調査を行います。
 本日は、本件につきまして参考人から意見を聴取することといたします。
 午前中は、日本医師会常任理事中山昌作君に御出席いただいております。
 この際、一言ごあいさつ申し上げます。
 中山参考人には、御多用中のところ御出席いただきまして、まことにありがとうございました。本件につきまして、忌憚のない御意見を承り、調査の参考にいたしたいと存じます。
 なお、念のため申し上げますが、本小委員会は医療保険制度改革の基本問題について調査を行うことになっており、健康保険法等の一部を改正する法律案の審査は行っておりませんので、御承知おき願います。
 次に、議事の進め方でございますが、まず参考人から御意見を二十分程度に要約してお述べいただき、その後、小委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
 それでは、中山参考人にお願いいたします。座ったままで結構でございます。
#3
○中山参考人 中山でございます。貴重な発言の時間をいただきましたことをまず感謝申し上げます。
 初めにお断りしておきますが、私、医師ということでございますが、これからお話ししますことは、医師だけではなくて、医療関係者あるいは医療担当者といいましょうか、そのような方々全体に基本的に相通ずるものであろうと思うことをお話ししたいと思います。また、さらに広く言いますと、われわれが願う国民の健康という、その国民そのものと同じ立場で考えられているということを私は信じております。
 初めに、資料の説明を簡単にしたいと思います。
 四つほどございますが、武見会長資料としまして、「第六回医政研究委員会」というのがございます。これが資料の一番目とお考えいただきたいと思います。この中には、日本医師会がすでに昭和四十三年から抜本改正を唱えておりまして、その流れの中で検討されましたいままでのわが国における健康保険の問題点と、その問題点を解決するために、社会保険にかわるものとしては何が、どのような要件が必要かということが書いてございます。
 第一枚目のところに、「自由社会の医療」という、医療についての基本的な考え方の図がございます。
 一枚めくっていただきまして、ページ数では十四となっておりますが、その左下のところに、「社会保険に代わるもの」として十の要件が書かれてございます。これらの資料については、後ほどお目通しをいただければ幸いと思います。――失礼しました。表紙が外れているそうでございますので、ナンバー一、「世界の医療の流れ」となっております。ページが一ページから始まっておりまして、その一ページにありますのが「自由社会の医療」という概念図でございます。その次のページの左下にありますのが、社会保険にかわるものの要件を述べたものでございます。
 次の資料に移りますが、「健保法改正案作成にあたり学術的、社会科学的観点に立って要望すべき範囲と方向」という、やはり武見会長の文章でございます。これは昭和五十三年に出たものでございます。この中には、先ほど申しました日本医師会が多年主張してきました抜本改正の構想をさらに現代的に積み上げまして、特にその中で問題になりますのは老齢保険に対する予防給付、さらに言うならば、老齢保険を予防給付一本にしぼった形の、その点に関しては全く新しいアイデアを打ち出したものでございます。すでにお目通しの方もいらっしゃると思いますが、御一読願いたいと思います。
 三番目の資料は「Bioinsuranceの概念」というものでございます。これは昨年の世界医師会総会において武見会長が提出された文章でございますが、その中にやはり図が出ております。「未来の医療の社会進歩」というものでございます。
 これは医療制度全体を一つのフレームワークであらわしたものでございまして、一番上に「一般倫理」「特殊倫理」というものがありまして、それが両方相通ずるものとしてバイオエシックスという概念でまとめております。それらが、そこの図にありますように、医学の研究、教育、医療というものと互いにフィードバックしながら、医師あるいは医療関係者のアクティビティー、そして医療におけるフリーダムというものと関連し、それにさらに医療における公共性、特殊性が絡んでシステムができ上がっていく。しかも、その際に、経済が機能的にも構造的にも関与して出てくる。このような形で出てきたものでなければ、これらの医療制度を支える経済制度、特にその中の保険制度とはなり得ないということで、これは従来の保険、インシュアランスという言葉を使えば、どうしても古い概念がつきまといますので、全く新しい言葉をつくろうということでバイオインシュアランス、生保険あるいは生存保険と訳してもいいかもしれません、そのような言葉をつくり出したのでございます。したがって、インシュアランス、保険という言葉を使っておりましても、損害保険等に始まった従来の保険の概念は一切取り去って考えていただきたいと思うわけでございます。
 最後に、四番目には、昨日出された会長の「声明書」が入ってございます。これらも健康保険の基本的問題を考える上の参考となりますので、きょう提出させていただきました。
 本小委員会に呼ばれまして発言を求められました際に、私考えましたことは、いままでこの小委員会で非常に綿密な調査がなされていることは資料等によって拝見させていただいたわけでございますが、その中で、やはり一番基本的な総論部分を検討しておく必要があろうというふうに考えました。したがいまして、私はきょう総論部分についてお話をしたいと思います。すでに十分御承知のことの重複になるかもしれませんが、やはりその総論を踏まえて未来に向かっての方向を確定しておきませんと、幾ら各論部分で細かい議論をいたしましても、それが将来の進歩につながらないというおそれがございます。したがいまして、総論をお話しさせていただきたいと思います。
 まず、わが国の社会保障は公的扶助とかいろいろなものからでき上がっておりますが、その中で何といっても社会保険が最も大きな比重を持っているということは言えると思います。そして、この社会保険を統合して社会保障を行うということが、昭和二十五年の社会保障制度審議会の勧告にも盛られているわけであります。わが国の健康保険につきましては、強制加入ということで現在国民皆保険というふうになっておりますけれども、その制度は御存じのように分立しており、しかも加入する国民の側に立って考えれば、その分立した制度を選択する権利を持っていないという点を御注目願いたいと思います。しかし、これは現在社会保険とされているわけであります。したがって、医療保険を考えますと、社会保障としての機能が要求されているということをまず第一に考えなければならないと思います。
 そうしますと、それは医療保障ということになります。医療の保障ということになりますと、これは物の損害の保障という形ではどうしても補てんができません。戦後発達してきました人権意識にこたえ得るためにも、医療のそのものの給付、現物給付というものがまず絶対の必要条件になるということでございます。つまり、自由社会における人権を守るための医療保障という立場で物を考えていきたいと思います。
 以上から、まず医療についての理解が絶対に必要だということになるわけでございますので、大変僭越ではございますが、医療についての考え方を述べさせていただきたいと思います。
 医療とは何かという問いかけに対して、医療とは医学の社会的適用である、これはわれわれの会長である武見先生のいわば哲学でございます。と申しますのは、現実論として考えますと、医療というものは、医学の以前から、ヒポクラテスの、あるいはもっと昔からあるわけでございます。しかし、ここ一、二世紀の間、医学というものが科学的体系を備えてきたという現実を踏まえますと、どうしても医療はこの科学性を無視しては成り立たないということでございます。
 しかし、いま一点、医療が人間に対して行われるものであるということを考えますと、社会との関連というものを抜きにしては考えられません。ここに医療における人間関係が絶対に必要だということで、医療における科学性と人間性というもの、特に人間関係でございますが、この二つの必要さを強烈に物語った哲学であると私は考えます。
 もう一つ考えますことは、医療概念の拡大でございます。昔は、医療というのは痛みをとめたり、出血をとめたり、あるいは病気で苦しい、不安だという患者の苦痛をやわらげることに専念していたわけでございますけれども、医学がどんどん進歩し、それとともに公衆衛生というようなマスとしての対応の科学が進歩してきました。したがって、現在では、ただ病気の治療ということではなくて、病気になる前からの健康の増進、なってから後の治療、そして社会復帰までを含めて、さらに一人一人の人間の問題だけではなくて、地域の住民全体の健康の向上あるいは地域の健康度といいましょうか、人間を離れた地域環境そのものの健康度の向上ということまでにも貢献することができるようになってきたわけであります。この点を理解していただきたいわけでありまして、現代の医療はこのような広い範囲になっております。したがいまして、保健いわゆるヘルスという言葉を使いますが、私どもはメディシン、医療とヘルス、保健とは全くシノニム、同義語である、このように解釈しております。したがって、このような広い範囲を包括する医療をわれわれは包括医療、コンプリヘンシブ・メディシンというように呼んでいるわけであります。
 また、健康につきましても、WHOが言っておりますように、精神的、肉体的、そして社会的な健康ということももちろんでありますし、武見会長はこれを形態的、機能的、さらに遺伝的という言葉を使っております。この遺伝的というのは、先ほどのWHOの定義にも入り切れない広い範囲を含んだ将来へ向かっての健康であります。そのような広い健康を取り扱うというふうに考えていきたいと思うわけであります。
 これから先、今度は医療の特殊性について幾つか触れていきたいと思います。
 まず、医療の個別性であります。人間というのはホモサピエンスとしての一つの種の中に恐らく無限と言えるほどの個別性を持っております。この個別性というのは、人間の体だけではなくて、そこに起こる病気、あるいは病気によって起こってくる、あるいは治療によって起こってくる人間の体の変化にも個別性があります。この個別性に対応できなければ、医療というものは成り立ちません。また、そうでない医療は、患者の人権を尊重し、患者の自由を尊重したということにならないと思います。
 次に、医療の地域性であります。生物というのは環境によって変化をします。これは科学的に実証されております。入間も同じであります。その住む自然環境、社会環境によって変わっていく。したがって、そこに起こる病気も、それらによって変わってくるということであります。ここでエコロジー、環境科学というものが非常に大切になるわけであります。人間にとって最もなじみ深い環境というのは、家庭であります。そして、その家庭の存在する地域という、この二つが基本的な環境ということが言えると思います。この地域の環境特性とか地域における健康状況というものを離れて医療は成り立ちません。ここに地域医療というものの必要性が十分あるわけであります。日本医師会は、この点に注目いたしまして、すでに二十年来この理論を打ち立ててきました。そして、地域の医師会を指導して数多くの実践成績を上げております。これについても十分現実を見ていただきたいと思うわけであります。
 次に、医療の公共性ということであります。医療はすべての人々に関心があり、すべての人々が必要とするものであります。それだけではなくて、自他すべての人にかかわり合いがある。たとえば、昔で言いますと、悪性の伝染病がはやればほかの人にも迷惑がかかる、ほかの人にもうつるということがあったわけであります。現在においては一人の人が病気になれば、それをみんなの力で治さねばならぬ、いわゆる医療費がかかるということで、やはりすべての人に関係してくるわけであります。これが医療の公共性であると思います。
 しかし、医療には、公共性だけではないわけであります。経済学者の方は医療を公共財と呼んで分析をしようとなさいますけれども、それでは分析し切れないということをおっしゃっております。どういうことかといいますと、個体、一人一人の人間との対応に際してはもちろんのことですが、マス、大ぜいの人間に際しましても、先ほども言いましたように、医師と患者、あるいは医療関係者と住民との間の人間的な信頼関係、これがなければ成り立たないのであります。たとえば、医師に対する不信感があれば、それだけで患者側は同じ薬についても効き目が下がってしまうということも、科学的に実証されております。
 さらに言いますれば、どんな人間であっても最終的には医療の手の届かぬ死という問題に突き当たり、宗教的な解決策もあろうかと思いますけれども、現在わが国における習慣としては、最終的にこれはやはり医療がタッチせざるを得ない場面であります。この場合を考えましても、医師と患者の人間関係というものが成立しなければ、全然医療というものは成立しないということがおわかりいただけると思うのであります。
 それから、医療の公共性に関しましては、日本の医師がいかに公共性にこたえた仕事をしてきたかということは、恐らく外国を見ていただけば歴然とわかると思います。すでに明治の初めのころから学校医という制度、これは制度でございますけれども、そこに医師が献身的に奉仕をしてきました。現在は、それは産業医という形とか地域における健康教育という形で非常に定着しております。しかも、多少の報酬はあるかもしれませんが、ほとんどいわゆる奉仕に近い、ノンプロフィットの活動として医師会あるいは地域の医師は展開しております。この点も現状を篤とごらんいただきたいと思うわけであります。
 そのほか医療の特性といたしましては、治療の場面におきましては、医師と患者が同時に同じ場所にいなければいけないとか、同じ時期、同じ時刻にいなければいけないという同時性というものがございます。このためにまた逆に医療サービスは保存しておけない、蓄積しておけないということもございます。
 さらに、医療の不確定性ということがございます。この中ではいつ病気になるかわからない、治るかどうかわからない、どれだけ費用がかかるかわからないということはボールディング等によっても言われておりますけれども、これは患者側に立った言葉だけではなくて、医療を行う側に立っても不確定性があるわけであります。したがって、医療保険あるいは社会保障という形で医療を社会的な対策でやっていこうということが人々の間の要望として出てき、それが現在行われてきたということになります。マスとしての対応によって危険の分散あるいは負担の平等化ができるわけでありますけれども、その際、考えなくてはいけないのは、それだけではなくて、こういうマスとしての対応によって不確定要素の減少ということが可能だということであります。後でちょっと触れますけれども、地域医療とか予防的な施策というのはその一つの具体的な例でございます。
 もう一つ、今度は医療の原理についてお話しいたします。
 自由経済の原理といたしましては、人間の物的欲望に置いているわけでございます。そして、きわめて単純化された原理で非常に多くの経済現象が説明されてきたわけであります。しかし一方、これでは分析し得ない部分が出てきて、それに対する補正といいますか、修正がなされ、いわゆる混合経済体制というものが現在できてきたわけであります。それらへの批判はありますが、それは別といたしまして、医療における原理は何かと言いますと、治りたいという患者の気持ちと、治したいという医師の気持ちが原点でございます。この原点を除きますと医療というものは理解できないと思います。たとえば、患者の治療を目の前にして経済的な動機を優先させて判断するという医療は考えられません。これはどなたも御理解いただけることだと思います。ただ問題は、では、いついかなる場面でもそういうふうに対応できるかといいますと、必ずしもそうではありません。いま目の前に迫った患者の治療に、その場で選択できる範囲においてはこの原則は必ず貫けますけれども、時間を異にし、あるいは場所を異にした場合、たとえば例を引いてみますと、現在CT、コンピュータートモグラフィーという頭の中の変化に対する非常に有力な診断手段ができました。しかし、この機械一つに数億円かかるというものでございます。われわれ臨床家にとりましては、頭が痛い、頭をけがしたという人が来たときに、すぐその場でその検査をしたいわけであります。そうかといってすべての病院、すべての診療所にこのCTを設置することはできません。したがって、われわれはできるはずであるのにできないという実情にぶつかっております。これがいま言った原則に合わない部分であります。しかし、これとてもマスとしての対応、たとえば私どもでは医師会病院をつくっておりますが、そこにCTを設置するということによって対応ができるようになります。こういうことで私どもは地域医療というものを非常に広い範囲で考えておるわけであります。先ほど言った原理が守られないようなことは、医師集団あるいは医師会という活動によりましてこれをみずから補正をしていくということをわれわれは地域医療の理論の中に組み込んでおります。そして、それを実践しております。最後に、医学の進歩ということを考えなければなりません。知識というパンドラの箱をあけてしまった以上、後から後からあふれてくる知識に人間はおぼれてしまう。しかし、これから逃れることはできないと言われております。しかし、現実にはこの知識によって新しい技術分野を開発して、そして生存条件を向上させてきたわけでありますけれども、それ自身によって破滅の危険を感じているということで、現在いろいろ新しいエシックスが問題になってきたわけであります。医療においてもまた医学という知識の洪水から逃れることはできないわけであります。知識の進歩の方向をどのように方向づけるか、知識の進歩から何を選択するかということが今後非常に重要になってきます。これは細胞レベルあるいは酵素レベルでも選択というものの重要さが指摘されまして、それらを研究している学者からバイオエシックス、生の倫理あるいは生存の倫理という言葉が出てきたわけでありますが、医療においてもメディカルエシックスという新しい部分の新しい展開が要求されてきているわけです。これは人工蘇生器、有名なカレン事件等においても当てはまることでございますが、それらをすべて含んだバイオエシックスというものがなければこの選択が可能でないということであります。この医師の職業倫理あるいは特殊倫理といいますか、これとその選択を受ける患者側の一般倫理、特殊倫理との結合というものがなければ、医学というものはいま言った知識の洪水におぼれてしまうということであります。そうかといって医学の進歩をとめることはできない。進歩をとめれば将来の人間の福祉のチャンスを摘むことになるだけではなくて、病気にしろ不健康にしろ、それはそれなりにまた発展しております、それに対する闘いが医療でありますので、それに負けることになります。いかなる進歩を選択するかということが問題なのであります。医療制度というものは、私どもはこのような医療を社会へ定着させるものだというふうに考えております。そして、その医療制度を経済的に支えるのが医療経済でありまして、その医療経済の中で現在わが国で非常に重要な部分を担っているのが医療保険制度だ、健康保険制度だ、このように理解をしております。健康保険制度は決して医療制度そのものではありません。
 以上のことから考えてみますと、現在のわが国の社会経済あるいは社会生物学的状況の変化の中で一番大事なものは何かと言えば、まず急速な人口の老齢化だろうと思います。その次には、それにも関係しますけれども、たとえば栄養の過剰とか運動の不足とか情報のはんらん等々によりまして疾病構造、病気の種類が変わってきたということであります。かつての感染症優先の時代から、現在はいわゆる成人病の時代になってきた。これに対する医療のあり方も当然変わってこなければならないわけであります。
 その次に、人権意識の芽生え、向上であります。これも非常に重要なことであります。さらに言えば、資源の枯渇の問題もありましょう、あるいは環境の汚染の問題もありましょう、これらを考えながら総論的にこれから医療がどう行くべきかということを見据えて、そのためにはどのような各論が必要かということで、その各論を支える健康保険は何か、このように考えていきたいと思うわけであります。
 次に、医療と経済の問題について考えてみたいと思います。
 医療費というのは、私どもは地域社会の健康度を高めるための社会的費用、このように考えております。家庭に病人ができてその治療費がかさんで、そのために家庭の経済が破壊したり、あるいは病人の治療を中断せざるを得なくなったりというような場面は非常に悲惨であります。そのようなことになりたくないということで、現在わが国においては国民の連帯的な努力によって社会的な施策として健康保険というものをつくってきたし、それをいままでやってきたわけであります。しかし、いまの家庭の状況が社会全体で起こったらどうなるかということを考えねばならぬわけであります。当然家庭の場合と同じにどちらも、つまり経済の破滅も病気の治療の中断のどちらもとりたくないというのが本当の願いだろうと思います。しかし、ややもすると、家庭の場面でいやがったそれらの選択を、国家レベルではしてしまおうという人がいるのではないかというふうに危惧しております。そのような選択があり得ないとは思いませんが、それは最後の場面でしかないと思います。
 では、どうしたらいいかということになろうかと思います。そのためには医療のむだを排除せよという言葉があるわけであります。もちろん本当にむだがあれば当然排除すべきだと思います。現在あると考えられる中のむだは何かを考えますと、一番大きなものは、まず医療における計画性の導入がおくれたということであります。二番目には、医学の進歩のおくれがあってはならないということであります。しかし、考えますと、医療には一見むだのように見えてもむだでないものがたくさんあります。それは何かというと、医学の進歩のためのいわば投資である部分、あるいはさっき言いました、医療というものは保存がきかないために、常にある程度の余裕を持っていなければならないということがあります。これらは決してむだではないわけでありまして、これをむだと思って排除してしまいますと医療は萎縮あるいは崩壊に向かいます。さらに、もっと悪いことには、本当はむだでないことを費用が高いということだけでむだだという考え方がある場合であります。これはもともと考えが間違っているわけでございまして、その結果は当然わかるわけであります。必要なことは、有効なものをさらに有効にするということでありまして、これはさっき言いましたように、計画の導入ということでありますが、それは何かといえば医学の進歩の将来方向を見詰める、そしてさっき言いました社会的あるいは社会生物学的変化に対応し得るものを考えるということでございますが、私どもはここでプライマリーケアというものを提唱しているわけであります。以前から提唱してきました地域の医療の中で、さらにプライマリーケアを進めていこうということであります。
 そのプライマリーケアとは何かということを簡単に説明いたしますと、一次医療という言葉がよくありますが、そういうことではなくて私どもは基本医療と訳しておりますが、医学というものがどんどん細分化して、人間を見失って臓器レベル、細胞レベルの科学になってしまっておりますが、それらを総合して人間を尊重する立場で医療を行おうということであります。そして、同時に、病気ができてからではなくて病気ができる前の段階、疾病の発生段階あるいはさらに健康が崩れる前の予防段階でこれを把握していこうということであります。さらに、個々の人間だけではなくてその人間が住む家庭という環境の中でそれをとらえる、あるいはその家庭のある地域という環境の中でとらえる、つまり医療というものを個々の人間に対する医療行為だけではなくて、環境そのものの健康度を増すというところまでも一緒に考えていこう、こういう形が私どもの考えるプライマリーケアであります。このプライマリーケアを老人の場合にまず当てはめてやっていこう。これがいいと言っても、一挙にすべての医師が、すべての医療関係者がこれに向かうということは、経験的にもなかったことだし、システムとしてもでき上がっていなかったし、これに関する医学、科学そのものがまだ十分に発達しておりません。科学の発達の方向をそちらに向け、われわれの意識をそちらに集約し、そしてシステムをつくっていく、こういう努力が要りますので、その努力を支えるために非常に大きなてこになろうというのが、先ほど初めに御紹介しました会長の老齢保険を予防給付一本にする。これは予防給付といいましてもいわゆるプライマリーケアをやるということであります。老人といえども人間の続きでありまして、これを健康保険という国民全体の医療の枠からはみ出させることはよくないのでありまして、医療の一貫性ということでとらえていかなければなりません。しかし、その中で予防給付、プライマリーケアに関してはいままでと違うものだということをみんなが認識するために新しい制度をつくって、そしてそれが進みやすい方向でいこう、こういうことであります。このような考え方の中でバイオインシュアランスという新しい概念をつくってきたわけであります。
 一応ここで説明を終わりたいと思います。
#4
○戸沢小委員長 以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
    ―――――――――――――
#5
○戸沢小委員長 医療についての哲学、原理的なものを中心にいまお話し願いましたが、資料の中に日本医師会の考える健康保険の新しい発想等についての資料もございますので、そういうものも含めまして質疑をお願いいたしたいと思います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。山崎拓君。
#6
○山崎(拓)小委員 大変高邁な医療の哲学や原理について貴重な御意見を承りまして、ありがとうございました。そこで、いろいろ承ったのでありますが、お考えになっておりますようなそういう基本的な理念から、それに最もふさわしい医療の制度、保険制度が中心になりますが、それはどういう制度であるのかということについて、すでにいろいろ御発表になっておるわけでございますけれども、その点についてお話を承りたいと思うのでございます。
 きょう私どもがいただきました資料の中に「声明書」がありますが、この声明書の前段の中で、健保修正案は何ら学問上の条件に対してこたえていないという御指摘のもとで、「少なくとも早急の問題として人権尊重の立場に立って新しい給付を開発し、それによって高齢化の対策を若い時代から給付面の改善によって達成しなければならない。」云々と、こう書いてございますが、医師会の考えておられる具体的な方策あるいは制度というものについて、少しばかり御説明をいただきたいと思います。
#7
○中山参考人 それでは、御説明申し上げます。
 まず、私ども社会保障として医療保険を考えておりますので、その社会保障としての要件について初めにちょっと御説明を申し上げて、それが関連あるということでございますので御説明申し上げます。
 いままで述べてきたような医療の特性を支えるものでなければならないということと同時に、社会保障であり得るためには医療への患者、国民の接近が容易で平等でなければならないということがあります。そして、さらに所得再配分の機能を持たねばならないと思うわけであります。所得再配分というのは税でやるからよろしいではないかという議論がございますけれども、やはり税だけでは完全でないということがございます。なぜかと言えば、健康保険に関しましては健康者から病者へという所得の再配分がございます。老齢化問題を考えれば、若い人から老人へという所得の再配分もございます。さらに、健康なグループ、これはグループをつくりますと健康なグループは裕福なグループになります、それから不健康なグループ、結果として裕福でないグループヘの所得の再配分、これらの機能も持っていなければならないということになります。現在一と二、つまり健康者から病者へ、若い人から老人への機能は比較的よく行われております。しかし、たとえば老人保険を健康保険から切り離すということになりますと、ここはまた問題が出てきてしまいます。三番の裕福なグループから裕福でないグループヘの所得再配分、これがうまくいっていないということが現在の問題になろうかと思います。
 そこで、私どもがまず理想的と考えております医療制度、もちろん理想的と言っても今後社会の進歩に伴ってさらにどんどん修正を積み重ねていかなければならぬと思いますけれども、それは先ほどから言いましたように、まず地域医療ということでございます。地域医療というものは、その情報の核としまして私どもは地域保険調査会というものを考えております。これは昭和三十八年の医療制度調査会の答申の中にもその文言がすでに出てきておりますが、現在日本でもう数百のその調査会ができておりますが、ここでは医師だけではなくて地域の住民あるいは行政その他の学識経験者が入って、その地域における医療をどのように進めていったらいいかということを検討していくわけであります。そして、私ども医師の立場としましては、医師会で医師会員の意識を集めまして医師会病院というものをつくって、あるいはそれができないところでは臨床検査センターというものをつくっているところがございます。ここでお互いの技術を高めながらそれを公開する、そして患者にそれを十分に利用していただくという形で推し進める。
 それから、いま一方では国民に対する健康教育というのを非常に重点的にやっております。先ほど来説明してまいりましたように、医師と患者の人間関係というのは、医師側の倫理だけでは成立しません。患者側にもそれを受け入れる、みずから健康になろうという倫理観がなければならないということでございます。不健康は現在では不倫理であります。健康であろうということはみずからの努力で、努力はしなければならないわけであります。それらを健康教育という形によって国民に理解していただく、実践していただくという形をとっております。この三つの柱の上に成り立つのが地域医療ということで私どもは考えております。そして、これを支える医療保険制度として私どもが考えますのは、先ほどの資料の昭和五十三年八月の会長の論文の中にあるものでございます。地域保険というものを考えております。
 これは地域単位でつくりまして、あくまでも地域の特性を踏まえる。地域の特性ということの中には、地域住民の健康の状況、社会環境の状況、自然環境の状況、そしてそこにおける医師と患者の人間関係ができ上がっております。幸いに私ども医師、特に開業医というのは住民の中に一緒に住んでおりますので、非常にコミュニケーションがよろしゅうございます。現在コミュニティーの崩壊ということが言われてコミュニティーづくりの必要が言われておりますけれども、少なくともわれわれ医師は地域の住民との間にコミュニケーションを持っております。そのコミュニケーションをてこにして医療というものへのコンセンサスをまとめていくということがなければ、これは発展のしようがないわけであります。そのようなものをまとめる形で地域保険というものを考えます。三本立ての構想と私どもも言っておりましたけれども、本質はこの地域保険一本やりでございます。すべての人がこの地域保険に入り、そこでお互いのコミュニケーションを高め、お互いの情報を集めて将来の健康への対応をしていくということであります。しかし、これだけではもちろん不十分であります。現在非常に産業が高度化し、そこにおいて労働環境あるいはその地域の住民に与える影響というものもいろいろございます。また一方では、科学的には産業保健の科学が非常に進歩いたしました。それの専門の研究所もあれば大学もできたという状況でございますので、そのような科学的な進歩をとらえて、そして職場環境における健康づくりあるいは将来の疾病予防ということへの対応、このために産業保険というのを考えております。
 さらに、先ほど言いましたように、老齢対策としましては、老齢になった人の病気を治すのは地域保険の中でできるわけですし、それが望ましいのでありますけれども、その老齢化して病気になる前の、すでに若いときの段階から老齢化したときの不健康を防ぐための健康のチェックなり指導、生活指導でございますね、管理なり、そういうものをやるための、いわゆるプライマリーケアをやるための保険として老齢保険を考える。これをあわせて三本立てと言っております。
 これが現在私どもの考えている最も理想的な形でございます。
#8
○山崎(拓)小委員 地域保険の考え方を承ったのですが、私どもが保険制度、医療制度について抜本的な改革が必要だという見地からいろいろ検討をいたしておりますゆえんは、一つは、さっきお話の中に出ましたむだの排除の問題があるのです。これは御案内のとおり、昭和五十四年度の医療費が十一兆円にも及ぶというような実態の中で、もちろんお話の中にありましたように、費用が高いだけでむだとは言えない、それが真に必要なものであれば、もちろん金額にかかわらず、コストにかかわらず、それは支出されるべきものでありましょうけれども、しかし、万一その中にむだというものが含まれておるとすれば、それはどうしても排除しなければならぬということになろうかと思います。
 そこで、お伺いしたいのは、現在の医療においてむだがあるのかないのか、むだがあるとすればどういうむだなのか、そして、それは現在の制度に欠陥があるがためにそのむだがもたらされているのか、そして、もっと言えば、いまおっしゃるような地域保険の制度が確立されればそのむだというものは排除されるのか、その点についてお伺いしたいと思うのです。
 私が申し上げておりますむだは、国民一般の常識とされております、先生は常識とおっしゃるかどうかわかりませんが、たとえば薬づけ医療でありますとかあるいは検査づけ医療でありますとか、あるいは一部の医師に限られていると思いますけれども、今日の出来高払い制度を悪用して不当な所得を得ているというような現実、そういったものを指して申し上げているわけです。
#9
○中山参考人 医療のむだが本当にあれば、当然排除すべきだと思います。ただ、先ほど来言いましたように、むだに見えるけれどもむだでない部分、これは排除すべきではありません。したがって、本当のむだということにつきましても、いわゆる薬づけと言われておりますけれども、これにも二つ考え方があります。一つは、いわゆる本当にむだでありますね。それからいま一つは、やはりむだに見えてむだでない、いや本当は全然むだでない、たとえばわれわれは結核を薬づけによって撲滅してきました。急性白血病を薬づけによってずいぶんいい予後を得るようになってきました。これは当然むだじゃありませんね。そうじゃなくて、必要がないのに使った医療のむだ、これがあるかないか。これは全然ないなどとは私とても思いません。当然あるだろうと思います。その中にも余裕という意味で少しのむだがあるかもしれません。これは必ずしも排除すべきものではないかもしれません。そうじゃなくて、たとえば全く経済動機でもって、患者の治療の目的を外れた投薬があれば、これは本当にむだでございます。むだというよりむしろ悪でございます。これは当然やめるべきであります。そんなものを残せというふうには考えません。しかし、現在の制度の中でそれがわずかでもあるから、現在の制度が悪いというのは余りにも短絡的であろうと思います。
 先ほど私、自由経済の話をしました。自由経済の中で国民一般はみんなちゃんとした経済行動をしているわけであります。しかし、中には詐欺もあり、どろぼうもあります。詐欺があり、どろぼうがあるから自由経済はだめだといってこれを破壊する気にはならないだろうと思います。それと同じで、医療においてもそういう根本的な原則を守った全体の姿は残すべきであります。しかし、その中で排除できるものは、やはりむだがあれば排除すべきです。
 そのために地域医療がいいかどうかということですが、地域医療という場合に、私どもは比較的小さなグループから積み上げて考えていきます。たとえば現在、保険の審査、これは県単位でやっております。県単位でやりますとかなり広い範囲になりまして、患者についての情報が必ずしも十分審査員の耳にも目にも入りません。これがもし郡市区単位ぐらいになりますと、あの患者はこうでなかったではないかとか、この患者の治療はこれでまだ足りないくらいだとか、その判断ができるかもしれません。また、医師についても、あの医師の行動は、このレセプトからはいかにもたくさん使っているようだけれども、正しい医療をやっている人だということ、あるいはそうでない人だということ、これもわかるかもしれません。そういう意味で、地域医療という情報をもとにしてやっていく方が少なくとも現在より効率的になることは確かだと思います。かつてそういう経験がありました。
#10
○山崎(拓)小委員 地域医療、地域保険に現在の分立制度を統一した場合に、いわゆる医師の倫理が高められるというニュアンスに承ったのですが、もう少しその点をよく御説明していただけませんか。
#11
○中山参考人 医師が一人一人で働いている場面でも医の倫理というものは当然持っております。しかし、医師といえども人間でありますから、苦しい状況に立てばそれに対応することがないとは言えません。ところが、医師が集まって地域活動をする場合、医師会活動を現在地域活動でやっておりますけれども、とにかく全部をごらんになればびっくりするほどたくさんの社会活動をほとんどノンプロフィットでやっているわけでございます。それは何かというと、そういうふうにお互いに集まって、お互いの医師としてのあり方というものを考えながらお互いに切磋琢磨してやっていくということによって医の倫理が高まるということでございます。
#12
○山崎(拓)小委員 それから、もう一つお話しになった所得再配分の問題なんですが、地域保険に切りかえていけば、若い世代から老人の世代への再配分、あるいは健康者から不健康者への再配分がうまく機能していく、さらに豊かな人から豊かでない人への再配分がうまくいくというような話があったのですが、果たしていわゆる第三点の豊かな人から豊かでない人への再配分がうまくいくような地域保険制度というものができるのだろうかという点にわれわれは疑問を持つわけです。というのは、地域保険制度、つくり方にもよりましょうが、やはり地域によって相当格差がございますね。それなのに地域単位でそういう制度をつくっていけば、その地域間の格差というものは当然出てくるだろうということになります。
 ちょっと細かい話になって恐縮なんですが、この地域保険で保険料をどういうふうに住民にかけていくかという問題、徴収率の問題が出てくるわけですね。それは地域保険の場合は住民それぞれの所得というものが違いますから、税金の面でも所得の捕捉率というのは、クロヨンという言いならわしがありますように、非常に捕捉率が違っておりますね。そういう現実もありますので、果たして地域保険にすればそういう所得再配分の機能というものがうまく働くのかどうか、結局現在の保険分立制度とまた違った意味での不公平、不均衡というものが出てくるんじゃないかという懸念を持つのですが、その点いかがですか。
#13
○中山参考人 まず、所得の捕捉率について、これはどうも私ども責任を負えませんし、御返答いたしませんが、地域における格差の問題は当然考えなければなりません。そこで、私どもの考えております地域保険といいますのは情報の単位あるいは医療の単位として地域を考えておりますけれども、保険としてはさらに上部に調整機構を設けておりまして、全国レベルでの財政調整を当然考えております。
 さらに言いますと、先ほど来説明しましたように、医療保険の中に、医療が本当に必要としている給付は何かということをつかむ機構がいままでのあれではないわけであります。医療保険そのものの中には内在されてないんですね。保険者というものがあって財政を支配し、それによって保険が決められているというような形になっていたわけです。そうではなくて、われわれは医療の情報によって、現在必要とする医療は何か、その医療をどういうふうに給付すべきかということを同時に判断し、指導できるようなものをこの保険の中に組み込んでいくということで、この図の最後にございますが、最上位保険センターというものを考えております。これは全国レベルの医学の知識を集約して、そこでそういうものを考えていく、それが保険にすぐ反映できる形にしていく。いま言った地域格差の財政的な是正だけではなくて、医学的な格差もこれによって是正することが可能であろうと思います。
#14
○山崎(拓)小委員 最後に、もう一点お伺いしたいのですけれども、昨日発表されたこの声明書の中で、「高齢者の医療は国民医療から分離して考えるべきでなく、」云々と書いてありますね。今回健保法の改正案等を国会に出して審議をしておるわけですが、それと別個に、御承知のように、老人保健医療制度をできれば五十六年度から発足させる方向でいま検討が進められているということなんですね。そういう老人保健医療制度を発足させることによってこの面での疑問は解消できると思うのですが、そういう御認識ではないんですか。
#15
○中山参考人 ちょっと違うようでございます。私どもが考えておるのは、医療部門については、いわゆる治療とかいま健康保険で給付しているような狭義の医療については、老人であれ子供であれ一本化した地域保険なら地域保険でやっていくべきである、老人を切り離して考えるべきではない、こういうことでございます。先ほど来言っております老齢保険というのは、いままでやってきた医療と違う新しい形の医療を行うために、本来からいえばそれらを含めた全部地域医療一本でいいと思うのですが、しかし、いきなりでは幾ら制度の改革といってもそれには国民も医師も対応し切れない。したがって、ある程度実験的段階として、まず老齢保険のプライマリーケアだけ別建てにしていく。老齢者を別にするのではなく、老齢者対策を別にするということで、老齢者は一本でやっていく、こういうことでございます。
#16
○戸沢小委員長 村山富市君。
#17
○村山(富)小委員 大変次元の高いお話を承って参考になったわけです。
 地域医療、地域保険の考え方ですが、いまの日本の医療の一つの欠陥として、ある意味ではやはり過密過疎があると私は思うのです。人口の多い都市に集中して、農村、周辺部は過疎になっている。これは否めない事実だと思うのです。こういう状況になったのは一体どこに原因があると思われますか、これが一つです。
 もう一つは、地域医療を考える場合に、いま先生から話を聞いたのですけれども、日本には御案内のように国立病院、大学病院、あるいは自治体病院、日赤、済生会といったような公的医療機関もありますね。こういう国立、公的医療機関と地域医療の関連というのはどういうふうにお考えになっておるか、まずはその点お伺いします。
#18
○中山参考人 過密過疎が起こってきた原因というのは、一つにはやはりいままでの健康保険制度によると思います。かつて自由医療であった時代には、資本が集まるところに医師が集まるということはよく武見会長が分析しております。しかし、健康保険になると人口が集まるところに医師が集まる。これは制度に引きずられてどうしてもそうなる面がございます。
 では、これをどういうふうに打開するかということになってきますと、幾つかの方法があります。一番手っ取り早い方法としては、そこに医師がいなくても、いつでも医師が行かれるような道路の整備とかなんとかということで解決された部分も幾つかございます。しかし、離島とかその他そういうことのできないところもあります。これに対して、現在国立病院等が中心になってやるところもあるし、医師会が中心になってやるところもありますが、何らかの形でそこまで手を伸ばそうという努力はしております。ある部分できたところもあるし、まだできないところもあると思います。
 そのようなことで、先ほどの公的病院との関係の問題に入りますけれども、本来、公的病院こそそういうところに重点的に医療を配分するべき立場のものであるはずなのに、それがいま民間と同じように、人間の集まるところに集まってきたというところに大きな欠点があるのではないかと私は思います。私どもとしては、公的病院といえども地域医療の一環として組み込んで、お互いに協力してやるべきだと考えております。それを拒否するものではありません。しかし、現在の体質は、彼らはオープン化してないということで大変問題がございます。
#19
○村山(富)小委員 先ほどお話がございましたように、患者さんは治りたい、医師は治したい、患者と医師とはこういう信頼関係によって結ばれて医療が成り立っている、それはまさにそのとおりだと思うのです。ただ、さっきもお話がございましたけれども、最近医学の進歩で大変高度な高額の医療器械が出ておりますね。こういう高額な医療器械が地域やら何かの関連もなくて無原則に持ち込まれていくというところに、さっきのお話じゃありませんけれども、やはりむだが若干あるのではないか。もう少し医療器械、医療機器、そうしたものを適正に配置することが当然考えられていいのではないか。さっきもちょっとお話がございましたけれども、やはり医療には公共性がある。医療機関、医療給付の面で公共性がもっと尊重されていいのではないか。そのために若干の規制が加えられたりなんかすることは当然考えられるのではないか。ですから、もう少し規制を考え、計画的に配置をしていくということがこれから必要ではないかと思うのですが、その点はどうですか。
#20
○中山参考人 何らかの手だてが必要だという点については賛成でございます。ただし、これが法的な規制によるべきかどうかという点は慎重に考えなければならないと思います。と申しますのは、先ほどの高額機器におきましても、たとえば地域医療、地域保健調査会が非常に活発な活動をしているところにおきましては、そのような物の配置がうまくいくようにお互いに相談をしてやっております。これは外からの規制ではないけれども、内部の自主的な規制ですね。これはある程度成功しております。しかし、そういうものが十分発達してないところは資本の動きによって勝手なものができてくるというところも確かにございます。
 したがって、私どもはいきなり規制するよりも、地域医療がもっと推進できるような形をとって、その中で自主的にやっていく方がいい。といいますのは、法的な規制というのはあくまでもかたいものでありまして、地域医療の実情がそれにそぐわなくなっても対応できません。それではやはり患者の不幸になりますので、順序としてそのように考えております。
#21
○村山(富)小委員 大変生臭い話になって恐縮なんですけれども、先ほどからお話が出ました医療のむだですね。私は医学の進歩におくれないように先行投資をしたりなんかすることは決してむだではないと思うのです。ただ、これだけ医療費が毎年上がっていく中に、やはり相当部分のむだがあるのではないかということも否定できない事実ではないかと思うのです。先生から考え、あるいは日本医師会から見て、どういう点に一番排除すべきむだがあるというふうにお思いでしょうか。
#22
○中山参考人 排除すべきむだがないとは私は思いません。しかし、それが相当部分だとも思っておりません。どういう点にあるかということにつきましては、やはりこれは医師が医の倫理に十分目覚めていないという部分があれば、そこに起ってくると思います。これを直すよりほかないと思います。
#23
○村山(富)小委員 たとえば、薬なら薬を例にとりますと、私どもがいろいろ調べて承知している範囲では、必要以上に薬が投与されているのではないか。現に、患者の皆さんが薬をもらって、そして全部薬を飲んでいない。もう痛みを感じない、あるいは治ったと思ったら飲まなくなる。こういうのでは、やはり大分現実に薬剤のむだがあるのではないかというふうに思うのです。外国の場合などでも、医療費の増高を抑制するために、総医療費を枠を決めて、そしてその総枠で抑えていくというようなことをやっている国もありますけれども、私は、医療費のそういった部面のむだを具体的に率直に出し合ってなくしていくということが、ある意味では日本の医療と日本の保険制度を健全に守っていく前提になるのではないかというふうに思っておるわけです。
 そこで、お尋ねをしたいと思うのですけれども、五十三年、五十四年度の保険財政は、当初政府が見込んだ予想よりもはるかに好転しているわけです。現に五十四年度は若干黒字になっておりますね。こういう現象が出てきた背景と理由はどういうところにあるというふうにお考えですか。
#24
○中山参考人 幾つかの質問がありますので、順番にいきます。
 まず、薬を患者が飲み残すからむだだというのは、非常に短絡的だと思います。私どもから言わせれば、患者が命をむだにしていると思う場合がしばしばございます。抗生物質なんか、治ってもやめたらだめなんであります。また再発しちゃうのですね。十分やって病気が起こらないようにしておかないと、この次再発したときには、その薬をやってももう効かなくなる危険さえあるわけです。そういうことまでもむだと思われては、これは心外でございます。しかし、実際にむだがないとは言っておりません。ある部分では多少あるでしょう。しかし、そこを混同なさらぬようにしていただきたいと思います。
 それから、外国で財政の枠をはめているから、やはり日本でもやるべきではないかということですが、それが最善の方法であればまねするのもいいですが、私どもはあれは最善の方法とは思っておりません。最善の方法は、私どもは、先ほど説明しましたように思っております。あれは最後の手段だ。確かに、医療費のために人間が餓死するような極端な場合があれば、これは抑制するのがあたりまえです。そうでないのに抑制するとしたらば、それは人権尊重の立場に立ったと言えるでしょうか。
 それから、財政好転の原因でございますが、幾つもありますが、その中で二つだけ説明します。
 私どもは、よく組合健保をつくらせなかったからだというふうに言ったことがあるのを御存じだと思います。確かにこの効果は、ここ二、三年の間ではそれほどではありませんが、かつて数年来のことを考えますと、これは明らかに大きな効果があります。
 しかし、もっと本当の効果は、これは厚生省などの出した統計を見ていただくとわかると思いますが、ずっと伸びてきた有病率が、ここ数年来頭打ちになってきております。これは非常に重大な事実であります。地域医療の展開の効果があったというふうに私どもは考えております。長い目で見ていただくと、医療費の増大というのも決して悲観的ではない。
 たとえば、いま非常に高い高いといって問題になっている人工透析の話に触れてみたいと思いますが、私が大学を出て医局に入って間もなく、初めて私どもの医局で人工透析を一回やりました。医局の総スタッフ、恐らく十二、三人から二十人の医師がかかりっ切りで、看護婦も二十人ぐらいついて、一晩も二晩もかかってやりまして、結局、不幸なことにその患者は亡くなりましたけれども、そのときの医療費は恐らくゼロであります。コストはゼロではないはずであります。医師が二十人、看護婦が数十八ついたわけであります。検査もかかっております。現在はそれに比べてはるかに安くできているのですね。しかも、それによって患者の生命が長らえて、ある部分社会復帰もできている。
 効果はそれだけではないのであります。その間に腎臓学の進歩がどんどんあって、将来はそういう患者が出なくなるための治療が現在開発されつつある段階です。あれはそのための一つの投資になっているわけです。そういうふうに見ていただきたいと思います。それが完成すると、医療費は途端にその部分に関しては安くなります。
 これはたとえば種痘のことを考えてもわかると思います。種痘ができるまでは、痘瘡で大ぜいの人が死んだ。それが種痘ができてぱたっと痘瘡が減るわけですね。それまでには相当長い期間がかかっている。結核についてもそうです。したがって、医療というのは、二年や三年で見てはだめであって、やはり二十年、三十年の歴史的な考察をしていただきたいと思います。
#25
○村山(富)小委員 きょうは日本医師会の代表としておいでをいただいたのですけれども、いまの日本の医療をいろいろ扱う制度の中で、中医協というのがございますね。中医協は毎年医療費の改定をしたり、それからその他必要な会議を招集して作業をしているわけですけれども、その中医協がここ二年ばかり全然開かれなかった。そのために、五十一年度に医療費の実態調査だとか、その調査結果の扱いも決まらずにいままで推移してきているということが国会でも若干問題になりましたけれども、ああいうことからしますと、いまの日本の医療や日本の医療保険制度の中における中医協の持っている機能と役割りというものは大変大きいものがあると私は思うのですね。これだけ医療問題がやかましく議論をされている社会で、中医協が、全然ある意味では機能し得なかったというところにはいろいろな問題があると思うのですけれども、私どもが承知している範囲、あるいは、中医協が先般開かれましたけれども、その中医協の中でいろいろ議論をされ、意見が出されておる、そういう範囲を聞いてみますと、やはり中医協が二年間開かれなかった一つの理由に、全部かどうか知りませんけれども、診療側が出席をしなかった、その出席できなかった背景は、厚生省と日本医師会が断絶状態になってうまくなかったというところに原因がある、こういうふうにも言われているのですけれども、こういう現象、現状に対してどのようにお考えでしょうか。
#26
○中山参考人 中医協が開かれなかった原因に、日本医師会と厚生省あるいは保険局との断絶のことをおっしゃいましたけれども、まず第一に、この間に私どもは、中医協を開くから出席してくれという要請を一遍も受けておりません。第二に、その間に私どもは断絶でない時期が相当ございました。
 それから、中医協が医療保険に関して非常に重要だということは私どもも同感でありますが、ただ、先ほど私が説明しましたような将来の医療の進歩に向かってあれが本当に十分機能し得るかどうか、これはいささか疑問がございます。
#27
○戸沢小委員長 金子みつ君。
#28
○金子(み)小委員 お願いいたします。
 先ほど先生のお話をいろいろ伺わせていただきまして、一つ伺いたいことがあります。
 それは、医療の話の中で、健康の定義というのを御説明くださいましたね。武見会長の健康の定義、それは形態的、機能的、遺伝的健康であるというふうに考えていらっしゃると伺ったのですけれども、それはよくわかるのですが、やはり人間の健康というのは身体の健康だけでなくて、それには、生活している人間ですから、生活ということが必ず関連してくると思います。そういたしますと、WHOが定義しておりますように、精神的、肉体的、社会的健康というのがございますね。社会的というのは、いわゆる生活をバックに考えた言い方だろうと思うのですけれども、それはなくてもいいというふうな考え方なんでしょうか。そこら辺がちょっとわからないのですが、そのことは含まれていないというふうに思えるのですけれども。
#29
○中山参考人 私どもは、WHOの定義を否定しているのではありません。あれはあれとして、ただ、あの中には遺伝的という問題が入っておりませんので、それを補完する意味で言っております。ですから、社会的というのを否定しているわけではございません。
#30
○金子(み)小委員 そうすると、素人わかりがするためには、それに遺伝的というのがプラスされたというふうに理解すればよろしいわけですね。
#31
○中山参考人 はい、あれだけでは不十分だ、こういうふうに考えたわけでございます。
#32
○金子(み)小委員 わかりました。
 それから、いま一つお尋ねしたいと思っておりますことは、医療というものは医学の社会的適用であるというふうにおっしゃっていらっしゃいました。それは私どももよくわかります、そのとおりだと思うのですけれども、私はときどきこういうことを聞くことがあるのです。日本の医学の進歩は世界の医学の進歩に決して劣ってはいない、だけれども、それを社会的に適用する場である医療については非常に格差がある、日本の医療は十分ではない、こういうことをよく聞くわけですが、医学そのものは立ちおくれてないのに医療が大変立ちおくれているということについては、医療の中心になっている診断治療ですか、これが中心になって、このこと自体に問題があるのか、あるいはこのことを中心として医学的管理下にある患者さんたちの――この患者さんたちは療養生活をする人たちですけれども、その療養生活の関連において立ちおくれているからなのか、その両方なのか、その辺はどのようにお考えでいらっしゃいますか。
#33
○中山参考人 日本の医療がおくれているというのは、恐らく終戦後間もなくから十年ぐらいの間のことをそのまま現在までおっしゃっている人もあるのじゃないでしょうか。現在、日本の医療がおくれているかどうかということに関しては、たとえばある部分について、非常に機械的な設備を要する部分の医療が普及が少ないとか、そういう点だけをとらえればおくれている部分があるいはあるかもしれません。それから、医学そのものの進歩において、ある部分においては外国に何年かおくれているという部分もありますが、これは進んでいる部分も逆にあるわけです。しかし、医療全体、国民の健康を増進するという成果の上に立ってみて、日本の医療がおくれていると現在お考えでしょうか。現在、日本の平均寿命が世界第一位になりつつあるわけでございますね、ある部分ではなっている。しかも、皆さんが病気で寝ているわけじゃありません。有病率とか受療率はかなりの数があっても、相当の、いやほとんどの人が健康で働いていらっしゃるわけです。これでも日本の医療がおくれているというふうにお考えなんでしょうか。
#34
○金子(み)小委員 私が考えているということではなくて、いま申し上げたのは医師の方々の御意見なんです。
#35
○中山参考人 わかりました。それは専門的な狭い分野、いま言ったマシンを使う部分の発展のことを言っていらっしゃるのだと思います。全体を見ておくれていると私どもは思っておりません。
#36
○金子(み)小委員 そうすると、先ほどお尋ねいたしましたことを分解してみますと、立ちおくれているというふうに考えられるのは診断治療、いわゆる医師の機能である診断治療、このことはおくれているとは思わないというお考えなのか、それとも療養下にある患者の生活の世話を含めた、何というのですか、医療ファンクションそのものですね、それ全体がおくれているというふうに理解していると考えられるのではないかと思えるのですけれども、その辺先生方はどっちだとお考えになりますか。
#37
○中山参考人 医療の個々の場面においてはおくれているところもあり、進んでいるところもあり、いろいろだと思います。しかし、いまおっしゃったように全体、医療のファンクションと見て、これはおくれていない、こういうことでございます。
#38
○金子(み)小委員 そういたしますと、それと関連するのですが、いまの日本の医療費の問題で社会保険の問題が出てきますけれども、この社会保険の中では、これは健康保険と呼んでおりますけれども、御承知のように、健康保険じゃなくて疾病保険でございますね、疾病の給付だけしかしていませんから。そうすると、疾病保険の日本の医療保険の現在の形でも、いま先生おっしゃるように、決して医療はおくれていないし、これだけ健康になっているじゃないかというふうにお考えだとすれば、医療保険の中に先ほどからお話が出ているいわゆるプライマリー・ヘルス・ケアのようなものが入るための、あるいは前々からよくお話に出てまいります保険の中に予防給付が入るべきであるという考え方なんか入れる必要はないというふうに、ちょっと考え方があれですけれども、それすら考えられるのじゃないかというふうなこともありますが、それはいかがでございますか。
#39
○中山参考人 日本の医療はおくれていないと私は言いましたので、十分だとは思っておりません。特にこれから高齢化が急速に起こってきますので、いま言った予防給付、プライマリーケアは必要でございます。まだ十分ではございません。外国と比べておくれていないと私は考えておりますが。
#40
○金子(み)小委員 そうすると、原則として保険医療というものは、現在のような疾病給付だけではなくて保健に関する、あるいは予防に関する給付も当然その中にあるべきだというふうに理解していいわけですね。
#41
○中山参考人 はい、そのように考えております。
#42
○金子(み)小委員 次のお尋ねは、先ほど来何回か出ましたけれども、医療費のむだの話の関連なんでございますけれども、私もよく話はわかります。むだだと思われているけれども本当はむだではないという話もありますね。そのことも先ほどの御説明で私はわかったのですけれども、むずかしいのは医学の進歩のためのむだでないむだ、進歩のために使われることでむだと考えられるけれどもむだでない、こういうものがあるわけですね。しかし、その区別とか、じゃそのどれがどうなんだというのは非常にむずかしいことだと思うのです。非常にむずかしいために、先ほど来御質問の中にも出てきましたような、言葉は悪いのですけれども悪用するというようなことがあるのですね。そこら辺は医師会としてはどのように整理しようと考えていらっしゃるのでしょうか。
#43
○中山参考人 確かに御指摘のように大変むずかしい問題で、私ども自身それを明確に区別することはできないと思います。現在むだと思っても後になってむだでないということ、あるいは逆に現在いいと思ってやっていることが後になってむだだと思うことも、医学の進歩の中で幾つもあるわけでございます。したがって、明らかに本当にむだのむだというのはこれはわかるかもしれません。明らかにむだでないものもわかるかもしれませんが、その中間の部分についてははっきりした線は引けないであろう。したがって、医療にはある程度余裕は仕方がないのであろう、そのように考えております。
#44
○金子(み)小委員 そういたしますと、新聞などでときどき出てまいりますけれども、大変に高額な医療費を使っているのが本当にむだだという意見が出ることがありますね。しかし、その患者に行われた治療の内容がむだでないと主治医はおっしゃるわけですね。ほかの医師がこれはむだの部分があると仮に指摘したとしても、それはそうでないというふうに主治医が言えばそれはむだでなくなる、こういうふうに解釈できるのでしょうか。
#45
○中山参考人 それはただ個人個人の主治医なりそうでないと言う医師なりの一人一人の判断だけでは必ずしもいかぬと思います。やはり医学というレベルでより多くの人の目で見る、決定されなければわからぬ部分もあると思います。それからいま一つは、幾ら意見が違っても、片一方のむだでないという主張をする医師がむだでないという主張をするに値する根拠を持ち、その行動なり成果を上げる場合、例を引いて言いますと、たとえばある検査を非常にたくさんやる、ほかではやってないのにやったからむだだという意見が当然出てきます。しかし、それによって実際にほかで見つからないものが見つかることもあるわけですね。これだけでもまだむだかむだでないかは判断できないのですが、そういうことを積み重ねることによってそこで一つの医学の、これからはこういう検査は必要がなくなるのだよ、あるいは本当に必要なんだよという科学的なデータが出てくれば、これは決してむだではないと思います。それがもし出てこないで漫然とやっている場合には、むだである可能性があります。
#46
○金子(み)小委員 大変むずかしいですね。それから、むだの関係に関連していますけれども、このことの考え方をちょっと教えていただきたいのですが、先ほど先生例にお引きになりましたむだのところで――薬づけの話のときでした。過去において結核の治療は、薬づけをして結核は大分治療してきたじゃないかというお話がございましたね。確かにそういうことはあったと思います。しかし、そのときにその結果、副作用の結果、後遺症が残ってしまったというのございますね。こういうことについてはむだと考えるのか考えないのか。いま一つは、後遺症が残ることがあっても構わないのか。そこら辺の考え方ですね。たとえば、命が助かったのだからいいじゃないかというような言い方にするのか、その辺、人間の全体的な機能を見て、そしてそれを治すのが医療だと思うのですけれども、大変に部分的になってしまった結果、それはどういうふうに解釈したらいいのでしょう。
#47
○中山参考人 それをむだであると言うかむだでないと言うかということは非常にむずかしい問題だと思いますが、とにかくそういう場合に副作用が出ることが好ましくない、出ないようにするべきだというのは当然の主張だと思います。そのような努力をするべきだと思います。しかし、そのような努力をしても、医学というのはやはり不確定性要素を持っておって、つまり実験科学でございませんで経験科学でございます。進歩をするためにはどうしてもある程度の試行錯誤がございます。これは避けることができないと思います。
#48
○金子(み)小委員 そのこともわからないわけではないのです。しかし、最近のスモンの問題なんかはどうお考えになりますか。
#49
○中山参考人 スモンの原因についてはキノホルム説が大体主力ということはわかっております。しかし、キノホルムを飲んだ人が全員なったわけでもないというのも事実であります。したがって、そこには患者の要因なりあるいは薬の方の製剤の要因かどうかわかりません、あるいはその他の要因があったかもしれません。それらを考えますときに、あのキノホルムの投与が、では必要か必要でなかったかというところに問題の最終点が行くと思うのです。これも個々の問題について一つ一つ違うわけでございまして、一概には物は言えないと思いますが、ただ私いつも感じますのは、あのキノホルムが非常にたくさん投与された時期というのは、わが国においてそれまでずいぶんたくさんはやっておりました消化器系伝染病、腸チフスなり赤痢なりが急激に減少していった時代であります。これが無関係だともちょっと考えられないのであります。
#50
○金子(み)小委員 今度は少し話が変わりますが、先ほど来地域医療の問題を非常に強調していろいろ御説明をいただきました。私もそのとおりだと思って伺っていたんですけれども、地域医療を支える三つの項目もお出しになっていたわけですが、この地域医療――日本医師会では地域医療に非常に力を入れていらっしゃるということもいろいろ伺ってはおるのですけれども、現在、日本医師会で行っていらっしゃる地域医療のあり方と、それからいわゆる行政的な立場から、地域医療とは申しませんけれども、地域の住民の健康を管理している保健所の機能がございますね。この保健所の機能、あるいは公的病院あるいは診療所というようなものが地域にはございますね。これらのいわゆる地域における医療保健機関、こういうものとのつながり、あるいは機能のあり方、連携、そういうものについては医師会としてはどういうお立場で、どういう進め方をしていらっしゃいますでしょうか。
#51
○中山参考人 公的な施設であっても地域医療の一環には変わりないと思っております。ただ、地域医療がうまくいくためには、やはり住民なり医師なりが自分で自分らのことをやるんだという自主的な意欲が必要であります。この自主的な意欲がないと、行政指導でやりますとどうしても血の通ったものができません。その結果がかつての保健行政の失敗であったと思うのでございます。そういう点の反省を素直にしていくべきだと思います。
#52
○金子(み)小委員 その自分でやらなければならないという考えを起こさせるのが、先ほどお話の中に出てきている健康教育なんというのはそれになるんじゃないかというふうに考えるのですけれども、そうだとすれば、健康教育をいままでは余りやってなかった、こういうふうなことになるわけなんでしょうか。十分に国民を指導してなかった。わからせなかった。
#53
○中山参考人 いままでというのはいつからかわかりませんが、医師会としては相当古くからやっております。ただ、健康教育といっても、国民を集めてそこでお話をするという形の健康教育だけではうまくいきませんで、健康教育そのものをまた国民が一緒になってプランニングするというところまで来ますと効果が出てきます。そういう意味で相当時間がかかっておりました。
#54
○金子(み)小委員 その問題とプライマリー・ヘルス・ケアとは結びつくと思うのですね。プライマリー・ヘルス・ケアというのは最近非常に取り上げられてきておりますし、よくわかるのですけれども、私どもの考えでは、プライマリー・ヘルス・ケアといまは新しく言っているけれども、もともとこれは地域では保健婦がやっていた仕事じゃないか。保健婦の人がいわゆる――先ほど先生はプライマリー・ヘルス・ケアの日本訳を基本医療とおっしゃいました。医療という言葉を使われてしまいますと問題は別になるのですけれども、私どもはいわゆる診断治療ということが加わった医療というふうには考えてないわけですね。プライマリー・ヘルス・ケアの中にはもちろん予防的な活動、それから保健指導的なもの、健康生活の指導、そういうものが入りますね。ですから、私どもは、いま始まったんじゃなくて、保健婦がやっていたんだというふうに理解しますし、かつて保健所は結核の治療をやっていました。ですから、あれもプライマリー・ヘルス・ケアだったんじゃないかというふうに思うわけですね。ですから、日本になかったんじゃなくて、組織的にならなかったと申しますか、そういうことだったんだろうというふうに思うわけです。ですから、それが今度きちっと組織的にやられればもっと効果が出てくるというふうになるんだろうと思うのです。保健婦の人が行っていることについて、よく開業の先生方からよけいなことをするなというおしかりを受けて非常に仕事がしにくかったということがございました。今日そんなことをおっしゃる方はないと思うのですが、それでもその辺はもう少ししっかりと取りつけておかないと、本当の意味のプライマリー・ヘルス・ケアを、最前線の人としては保健婦を活用なさることだろうと思いますものですから、その辺は医師会ではどのように御理解なさっていらっしゃるか。
#55
○中山参考人 ちょっと理解に差があるように思いますけれども、プライマリー・ヘルス・ケアあるいはプライマリーケアと私ども簡単に呼んでおりますが、先ほど言いましたように、メディシンとヘルスは私どもとしては同義語と考えております。ですから、それは強制するわけではございませんが、したがいまして、保健婦さんの仕事というのは非常に重要な部分であるという認識に立っております。いままで、かつてそういう実績をつくってこられたこともよく評価しております。しかし、それは保健婦さんだけではなくて、いまおっしゃいましたように、保健所活動の中にもありましたし、あるいは開業の医師の中にもそれぞれあったわけでございます。確かに、御指摘のように、それを統合していくということが必要なわけでございます。先ほどありましたように、保健婦さんに対して医師が邪魔だということを言ったこともあるでしょう。それから逆に、保健婦さんが言ったことが医師の診療を阻害してしまったこともあるわけです。それはお互いの連絡が十分でなかったり統合がされてなかったためで、お互いの機能はそれぞれ必要な大切なものだけれども、その間の連絡の不一致があったことがそういうことの原因だと思います。今後そういうことをなくすために、それをもう一遍意識づけてやっていこうということがプライマリーケアの主張でございます。
#56
○金子(み)小委員 ありがとうございました。
#57
○戸沢小委員長 平石磨作太郎君。
#58
○平石小委員 私、きわめて常識的にお伺いをしたいと思うのですが、いま高度なお話を承って非常に感銘したわけですけれども、やはり政治の場にあって、現実に医療というものが、いま先生のお話にもございましたように、医療経済――医療経済は日本では医療保険だ。そういう形でいま現実に保険制度と医療制度とが両々相まって日本の医療というものが行われておるわけですが、いまのこの医療費が相当伸びていっておる現実はどのようにお考えでしょうか。いわゆる国民所得以上に医療費が伸びていく。先生がおっしゃったことはよくわかるのです。よくわかるのですが、一応これはやはり目を配っていかないと現実にはむずかしいというような情勢なんですが、国民所得を上回るだけの医療費の伸びというものをどのように評価せられるのか、その点お伺いしてみたいと思います。
#59
○中山参考人 医療費の伸びが国民所得の伸びを上回ると、こういう意味でございますね。かつて、いまから数年前、石油ショックの以前約十年、まあ七、八年にわたりまして日本においては国民医療費の伸びとGNPの伸びとがパラレル、平行したわけでございます。これを見て、諸外国の医師、医療経済学者は驚嘆したわけでございます。われわれの国では医療費というものは必ずGNPの伸びよりも多く伸びているものである、しかるにそれが日本では伸びない、一体どうしてこういう摩訶不思議なことが起こるのかということでございます。これはGNPの伸びよりも先に多く伸びていくのが本来普通なんでございます。GNPの伸びというのは、結局国民の生活水準の向上でございます。国民の生活水準が向上すればより高度の文化、その中でも特に健康に関する医療への要求が高まります。人権意識も高まります。当然なんでございます。その当然が抑えられてきたのがむしろ日本です。いま伸びていくことはむしろ当然だと私どもは思います。
 しからば、当然ならば幾ら伸びてもいいのか。これは話が別でございます。幾ら当然なものであっても、そのために逆に基本的な国民の生活が脅かされたり、産業が衰退して結果的に国民の生活が脅かされてはこれはいけません。ですから、そのためにはそのような状態に至らないようにすることが必要です。そのためには何が必要かと言えば、結局医療が本当に有効なものになっていくという意味でプライマリーケアを一つ挙げました。国民の健康度が向上して生産性を上げる、これもあると思います。この二つでいくのがまず一番大切だと考えております。しからば、いま日本の医療費がそんなにものすごくなっているのか。これは外国との比較で言いますと、先進諸国の中で日本よりはるかに高いところがまだまだあるわけでございます。
#60
○平石小委員 いまおっしゃった状態で、国民所得よりもやはり伸びるのが通常だ、それが医学の進歩である、こういうお話でございますが、私、どなたがおっしゃったかはわかりませんけれども、聞いた話に、いまのまま医療費が伸びておれば、三十年後には国民総生産、GNPと国民医療費とがイコールになる。これは何かわかりません。何かわかりませんが、そういうことを聞いたことがある。そういったこともあり得るかもわからない。そうしますと、これはあくまでも国民が負担していかなければならぬ医療費ですから、何とかそこらあたりでひとつ適正な医療といいますか、保険の中でお医者さんがいわゆる必要な医療というものを一応つかまえる。その必要な医療というものが、やはりお金の面等も考えに入れた中での適正な医療といったような、そこの調和といったようなものは何か考えられるかどうか。そこらあたりもひとつお教えいただきたいと思います。
#61
○中山参考人 まさにそこが大切なところで、考えなければならぬわけだと思います。ただ、その場合に法律的にこう決めてここまでで削るというような形は最も好ましくないのであって、医師と患者が納得して治療というものはここまででいいんだということが成立する範囲でしかできないと思います。それはバイオエシックスとわれわれは言っているわけでありまして、医師の倫理と患者の倫理が一致したところでしか成り立たないわけでございます。
#62
○平石小委員 非常にむずかしいわけですが、結局私たち現実にこの保険制度の面も考えていかなければならぬ、それから医療の面も考えていかなければならぬ、こうなりますとどうしてもそこへ突き当たるわけですね。だから、医師会のおっしゃっておられるようないわゆるプライマリーケアとか、あるいは理想的な――理想的と言ったら失礼かもわかりませんが、そうあるべき姿なんですが、そうあるべき姿へ持っていくためにも、やはり現実にいま行われておるこの保険制度あるいは医療費の伸び、あるいは保険制度におけるところの赤字の問題、これは現実に考えなければならぬことになっておるわけですね。それで私たちも頭が痛いわけです。野党ですからそれほど頭は痛くないのですけれども、与党が考えなければならぬことだけれども、将来を見たときにはやはりわれわれとしてもそこは考えてあげないと、結局よく支えないということになった場合に、お医者さんも困れば患者さんも困るというようなことからいまのことをお聞きしたわけです。
 それで、いまおっしゃったような三つのいわゆる地域保険、それから産業保険、老齢保険ということで、やはり医師会の方も保険制度によって日本の医療は支えていこうというお考えがございますから、その内容はともかくといたしましても、やはりそれが健全な形において仕上がっていくという形を医師会自身も求めておられるというように私は理解をするわけです。そういう意味で、そこらあたりの調整のとれたといったようなことが医師会あたりからお教えいただければ――いろいろ抽象的な話になりますとわからなくなるのですが、厚生省あたりが何かそういったような一つの案をつくる、先ほどのお話の中にもありましたが、官僚に支配される、これもいかぬことになるのですね。だから、どこかがやらなければならないという現実があるわけです。どこかがやらなければならぬ、現実は、それならだれが一体するかということにも心配が出てくるわけです。そこらを医師会あたりはどういうように考えられるか。うちの案を入れたらこれはいいんだと言えばそれまでの話ですけれども、現実にそこまではできない、徐々にしかできないという場合に、そこらあたりは御協力を賜れることなんでしょうか、どうでしょうか。
#63
○中山参考人 当然、医療に関しての正しいあり方の選択というのは、やはり医師が一番責任を持ってやらねばならぬことであります。現在、審査というようなものも結局医師がやっております。その、やる方の医師も審査を受ける方の医師も、結局先ほど来くどくど言っておりますように、医の倫理、特に新しい形のしかも一般倫理と結合する、つまり国民のコンセンサスと一緒になり得る医の倫理というものの上に立って、これはやらなければできないわけでありますので、もちろんそのために私どもはそういうことのできる制度にしてほしいということを強く主張しているわけでありますけれども、またその制度ができる前であっても、やれる範囲においては当然やるべきであるし、そのように主張しております。しかし、これはその制度ができるまでは、一挙にそれができたと同じ効果を上げろと言われても無理でございます。
#64
○平石小委員 そういったようなことで、いま保険組合あたりが医療費のお知らせをしておりますね。これがどうでしょうね、それの一助というか、苦肉の策といいますか、私は正しいあり方なのかどうかわかりませんが、現実にそういった医療通告制度が出ているわけですが、これはどのようにお考えでしょうか。
#65
○中山参考人 幾つか問題点がございます。一つは、いわゆる医療費の通知だけではなくて、病名、病状まで書いてある通知があるようでございます。中にはもう医者に行くのをやめてみたらどうかというような非常に非人道的なものまであります。しかし、こういうようなあり方は当然だめでございます。では、医療費だけ通知したらいいか。これでも二つ、問題がございます。一つは、医療費が通知されることによって、医療、医師にかかったという事実だけはわかります。個人のプライバシーが一つここで侵害されます。いま一つは、医療費の計算において非常にめんどうくさい保険点数の計算をさせられているということは御存じだと思いますが、その場合きわめてわずかな月のずれなり点数のずれがあった場合にこれを一々悪意によるものと解釈されると大変な混乱が起こります。患者側はそこを知らないでそういうふうに思う場合があります。
 こういう意味で問題はありますけれども、医療費が患者に通知されること自身は、そういうことがなければ決して悪いことではない、あたりまえのことだと思います。ただ、その手数が大変だろうと思いますし、そこまで保険者がやるならば、なぜわれわれが主張しているような一部負担金の保険者徴収をやってくれないのか。その方がよほどすっきりすると思います。
#66
○平石小委員 そういたしますと、医療費通知ということについては、いろいろ問題はあったとしても、一応評価はできるということですね。
#67
○中山参考人 その問題が解決されればでございます。
#68
○平石小委員 あちこちでやっておられることを私ちょっと聞いてみますと、非常に保険制度に対する理解が高まった、あるいは医療に対する理解が高まった、いい面も出ておるわけですね。それから、自分がかかった治療費が一体どのくらいであったかということもわかるというようなことで、いい面も出ておるわけです。それはいろいろいまおっしゃったような面もありましょうから、なおこの点についてはやり方その他についても、方法等についてもやはり検討は私は残っておると思います。残っておると思いますが、こういったことが苦肉の策といいますか何とかの形で出てきたのだから、これはやはり医師会の皆さん方にも協力をいただいて、それがよりよいものとして行けるような形に行けば非常にいいのではないかなと私は思っておるわけです。ひとつこの点は、いま評価もいただいたわけですから、よろしくお願いしたいと思うわけです。
#69
○中山参考人 ただ、あくまでも人権の侵害にならぬように、そして医師と患者の間の不信を醸すようなことがないように、これだけはきつくお願いいたしたいと思います。
#70
○戸沢小委員長 谷口是巨君。
#71
○谷口小委員 時間がありませんから関連してお伺いいたしますが、中山さんは、失礼ですが、私よく履歴を存じないで申しわけないのですが、自分で診療なさっているのですか。――そうですか。
 それでは、ちょっとお伺いしたいのですけれども、現在、処方せんを発行する場合、結局医療の公開が推進されるわけになりますけれども、それに伴うメリットあるいはデメリットはどのようにお考えですか。
#72
○中山参考人 処方せんを発行する場合、まず医学的な問題から言いますと、一般的に言えばこれは当然いい面がたくさんあるわけでございます。ただ、もちろん先ほど言いましたような患者のプライバシーの問題とか、あるいは病気の種類によっては患者自身に知られたくない場合がございます。そういう点、これはもちろん別に配慮せねばなりません。しかし、医学的に言えば、幾つかのいい面がございます。まず第一に、患者がその薬についての知識を持つ場合があります。それから、これを薬局に持っていって、そこでもし薬剤師の方がしっかりしておって適正な指導がしていただければそこでまた患者の方の情報がふえるという点でよくなります。また、医師の処方に対する薬剤師としてのチェックといいますか、ミスの防止という点にもつながります。ですから、いいところだけとって言いますと非常にいいことだと思います。しかし、さっき言いましたようなプライバシーの問題、それから薬剤師側の受け入れ体制に実は現在まだ問題がございますので、その辺のところの現実はなかなか一概に評価し得ません。
#73
○谷口小委員 論争する気はありませんから、御意見だけ伺っておきます。
 医師法の第二十二条、この中に処方せんの発行がありますね。この場合に特例がある。それから、患者もしくは付き添う人たちとかそういう人たちが必要でないと申し出た場合、こうありますね。これは現実に行われておりますでしょうか。
#74
○中山参考人 全体の現実について私は把握し切れておりません。私自身の経験を申し上げます。
 過日、日本医師会が処方せん発行強調週間というのをやったことを覚えていらっしゃると思います。新聞では何か医師がまた悪さをやったというような書き方をしております。あのときに私はうちへ来ている患者に全部処方せんを書いて渡しました。頼むから持っていってくれ、今回だけでもいいから、試しでもいいから持っていってくれと言って、百人のうち持っていったのは三人です。そのほかの人には仕方がないので経験のために、これは見本ですと、見本と書いてこのようなことだけれども理解してくれとやっと渡しました。その三人のうち、処方どおりの薬ができたのは一人だけでした。あとは帰ってきました。
#75
○谷口小委員 処方どおりできた、できないは処方の書き方とかいろいろな問題があると思いますけれども、私がいま非常に奇異に感ずるのは、中山さんのところで御自分でなさっているわけでしょう。そうすると、本来ならば処方せんが要らないという方々にはやらないけれども、何も言わない方々には大体処方せんをやっていることになるわけですね。処方せんが要らないという方は余りなくて、結局黙っておる方には処方せんを出す。そういう結果が一週間の期間中に百人に対してとにかく持っていってくれと頼まなければならない状態になったという判断もできるわけです。わずかに三人だけ持っていってくれたということを聞くと、その二十二条を法律どおりに守ることは非常に厳しいということですね、現状は。どうですか。
#76
○中山参考人 われわれは法律と同時に患者の福祉ということを考えます。そのために患者が困るようなことは強制できません。
#77
○谷口小委員 何か切り文句になってきましたけれども、論争するわけじゃないですから、お静かにやりましょう。
 問題は、法律がある以上、本人が要ると申しているのじゃなくて、要らないと言わない限りこれは要るということに法律は解釈されるわけですな。それに対する日本医師会の考え方、あるいは中山さん個人の考え方を改めてもう一度お聞きしておきたいのです。
#78
○中山参考人 われわれは処方せんを書いてやるということが原則的に最もいいと思っております。しかし、あらゆる場面で処方せんだけに頼ることはできません。これは特例のあるとおりでございます。
#79
○谷口小委員 もう一つ。
 先ほどちょっと同僚の委員からもありましたように、例をスモンにとりましょうか。あのスモンに例をとりますと、私は、キノホルムだけであるかどうかはいろいろきわめて厳しい問題があると思うのです。あれに決めてしまったことはちょっと医学上も問題があるという感じもしますけれども、どっちかというと、いま製薬側あるいは国だけが責任を問われておるわけですね。薬を使用した側、いわゆる投薬した側の責任も私は見逃すことはできない。それを追及する、しないは別として、投薬した側の責任もきわめて大きいのではないかと私は思いますが、その辺は中山さんはどうお考えですか。
#80
○中山参考人 キノホルムを投与してスモンが起こるということを知っていて投与したら、当然責任は問われると思います。
#81
○谷口小委員 そうすると、製薬側と全く同じだということですね、当時、つくったときにはその被害を全く知らなかったとすれば。それでは、片っ方だけが追及されて片っ方が追及されないというのはちょっと公平を欠くような気がいたしますが、もう少し丁寧に御説明願いたいと思います。
#82
○中山参考人 製薬会社のことについては私は専門家ではございませんけれども、少なくとも薬をつくる段階において専門的な資料の収集その他いろいろな治験をせねばならぬという規則がございます。その上にのっとって薬がつくられ、販売されるわけでございます。それに対して医師の方は、一応厚生省の許可した薬であれば使っていいという原則に立っているわけでございます。もちろんそれに対して副作用が出たという情報が直ちにわかればそれへの対応をせねばなりません。
 それから、副作用についての情報があったではないかという主張もあります。古い文献を調べれば確かにそうかもしれません。しかし、医学の情報というものは、数多くの情報の中から、この情報は確かだというのが一般的な水準として認められるまでには相当の時間がかかります。これも御理解願いたいと思います。
#83
○谷口小委員 キノホルムぐらいの薬ならどこでもすぐ準備できると思うのですけれども、あれがもし医薬分業みたいな形になっていて処方せんがきちっと出されておれば、私は結果はおのずから変わったと思うのですが、中山さんはどういうふうに考えますか。
 これ以上伺うと時間がなくなりますから、これを伺って私の質問を終わります。
#84
○中山参考人 それは私わかりません。やってみないとわからなかったのじゃないかと思います。
#85
○谷口小委員 ちょっと説明が足らぬのです。
 それでは、もう一回聞きたいのですが、やってみなければわからぬということじゃなくて、もし処方せんを発行しておれば当然処方せんのチェックが行われますな。あるいはこれはちょっと異常な分量であると思えば医師に問い合わせますな。そういうことが行われたとすれば結果は若干変わってきたのじゃないかということを私はお伺いしているのです。どうですか。
#86
○中山参考人 スモンは異常な分量でない方にも起こっていると私は理解しておりましたけれども。
#87
○戸沢小委員長 それでは次は、浦井洋君。
#88
○浦井小委員 中山さん、どうも御苦労さまです。
 この小委員会は健保改正案に触れないという申し合わせで、私も先生にいろいろ御質問をしたいと思うわけです。
 先ほどの先生の御意見の中でプライマリーケア、これは人間尊重の医療だ、 ヘルス・イコール・メディシンだ。いわゆる包括医療という中に含まれるんだ。具体的には病気の起こる前に、予防というところに力を入れて、家庭の中でも力を入れ、それをさらに広くしていけば地域の中でとらえるんだ。その場合に、開業しておられる第一線のお医者さん方は地域の住民と十分なコミュニティーを持っておる。当然その中では、いまも他の委員から言われたように、チーム診療といいますか、チーム的な仕事の仕方が大事だろうというふうに思うわけです。同時に、先生の御意見の中で言われたように、急速な高齢化社会が来る、それから疾病構造も変化をしていっておるということは、私もそうだと思います。そこで先生方ががんばっておられるわけですが、現在、そういう日本医師会の目指しておられるプライマリーケアを具体的に実践していく上でいろいろなネックがあるだろうと思うのです。そのネックを率直にもう少しお話しいただきたい。というのは、私も実は日本医師会の会員の一人であるわけなんですが、そうは言われるんだけれども、下部の医師会へ行くと苦労はしているけれどもなかなかうまくいかないという点があるのですね。そういう実情はつかんでおられるだろうと思いますし、その辺の御意見をお伺いしたいわけです。たとえば、いま出ていましたように、診療報酬体系の中にそういうプライマリーケアを実践していく上での報酬体系が全然ないということももちろんあるでしょうし、そういう点はどうでしょうか。
#89
○中山参考人 確かに実践というのは非常にむずかしい問題であります。しかし、診療報酬体系以前に、まず医師自身がこの医療のあり方にまだ十分なれていないということがあります。その次に、これを専門的に進めるための科学としての医学そのものが、プライマリーケア医学というものがまだ確立されておりません。ある一部の国においてはそれへのアプローチが少しずつなされておりますけれども、まだ進んでおりません。そのような背景の中でありますので、むずかしいという問題が、まずこれが大きな問題でございます。
 その次に、保険の制度の問題に絡んでくると思います。確かに指導料等の設定が不十分でありますし、それからチームを組んでやる医療、これから確かに必要でございます。保健婦の方なり、あるいは老人の家庭看護等、これはチームでなければ当たれません。その場合に、もちろんわれわれとしては、そこに医学の理論を貫くためには医師の指揮者といいますか、コンダクターとしての役割りというものは考えるわけですけれども、いずれにしてもそれぞれの大ぜいの人たちが働きながらいまの診療報酬体系では全然それが評価できないというところに一番大きなネックがあるように思います。
#90
○浦井小委員 二番目の制度の中に……。
#91
○中山参考人 いや、先ほど言いました二つの問題の次の問題として、保険制度の中ではそこに一番大きな問題がある、このように思います。
#92
○浦井小委員 いま医学が発達しておらない、それで医師の中に十分な知識が植えつけられておらないというお話でございます。先ほど冒頭の先生の御意見の中にも、知識の中に埋没してはならない、そのいろいろな知識の中から進歩発展する方向のものを正しく選択することが必要だというふうに言われたと私は理解しておるわけなんですが、このごろは非常に医学部の入試などがきつくなって、確かに法学部より医学部の方が秀才がよく集まっているというような話も聞いて、そこで、出てきた若いお医者さんなんかの姿を見ますと、確かに知識はあるわけなんですよ。しかし、病気を治していくという点では、これはいささか苦言になりますけれども、必ずしもそこ、人間の生命と直面をして真摯な努力をそういう立場でやっているかどうかという点で、私常々疑問に思っている。いわば木を見て森を見ない医師ができてこないだろうかなという危惧を持っておるわけなんですが、そういう点も含めまして、先生、これからの医学教育についてどういうお考えを持っておられるのかということを聞きたいと思います。
#93
○中山参考人 大変むずかしい問題でございまして、私は確実なお答えはし切れないと思いますが、ただ、基本的な方向としては、いま先生が御指摘のように、人間全体を見ることのできない医師が育ってくる危険が非常に多いということは事実でございます。したがって、医学教育の段階あるいはもう少し前の段階からその辺へ向けての+分な対策がこれから必要であるということは全く同感でございます。具体的な施策、ちょっと私答え切れません。
#94
○浦井小委員 そこで、最初の質問に返るわけなんですが、そういう先生のお話にもあったようにプライマリーケアを実践していく、それで当面の目標はやはり高齢化社会を迎えて老人なんだ。当然これは社会的にもあるいは政治的にも老人に対するそういう施策なり医師会側の働きかけというのが最も緊急度が高いだろうと私も思うわけなんです。というのは、先生御承知のように、寝たきり老人というようなものが地域に散在しておるわけですよ。開業医の先生方が月に一回あるいは年に何回か往診をされて、家族も見放しておる、そういうお年寄りをさあ病院あるいは施設に収容しようということになれば、なかなかそれが困難であるという事情はよく御承知だと思うわけなんで、だからそういう中ではやはり在宅ケアといいますか、在宅の公的ケアが必要だというふうに私は思うわけです。私の少ない知識からでありますけれども、いま保健所なんかがいろいろな形で老人の在宅ケアに乗り出しておるところがあるのですが、先生が先ほど言われたように、行政指導というような形でやるとほとんどうまいこといってない。ただ、うまいこといっているところを見ますと、やはりその地域の福祉事務所であるとかあるいは保健所であるとかあるいは医師会であるとか、そういうところがまずテーブルについて、そしてその中で第一線の患者を担当しておられる開業医の先生方が責任を持って先頭に立つというような姿勢がはっきりしているところは大体うまいこといっておるというふうに私は思うのです。たとえば、具体的な名前を申し上げますと、都内では足立区なんかは比較的うまいこといっている。隣の区では、制度はあるのだけれども医師会の先生方が、まあ端的に言えばそっぽを向かれておるので、足立区はそうではなしに逆の方向が出ているので、小さな数字ではありますけれども、地域的にも老人の死亡率が減るし、寿命も延びるし、床ずれ、褥瘡が減ってきたというような報告を医師会雑誌なんかで見たことがあるのですが、そういう点について、先生異議なしだろうと思うのですが、ひとつ御意見をお伺いしたいと思うのです。
#95
○中山参考人 先生のおっしゃるとおりでございまして、やはりこれから在宅ケアというのは非常に重要でございます。さっき先生、公的とおっしゃった意味がちょっと私とりにくいのですが、いずれにしてもその患者や家族だけではなくて社会的な温かい手を差し伸べてやるということがぜひ必要でございます。先ほど私は日本の医療はおくれてないと言いましたけれども、その周りの福祉部分についてはまだまだ問題がある点は、いわゆる社会福祉部分でございますね、これは世間でも広く指摘されているとおりであります。私もそのとおりだと思います。その際に、医師会の、あるいは地域の医師がそれに理解を示すということが一番大事だというのも御指摘のとおりで、そのためにこそやはり地域医師会活動あるいは地域保健調査会活動というような形で、医師だけではなくていろいろな方が集まって、そこでお互いに意見を交換し合いながらそういう社会的な意識を高めていくということはやはり一番大事なことだと思います。
#96
○浦井小委員 それに関連をいたしまして、いま各所で問題になっておりますのは、これは行政の責任だろうと思いますが、そういう寝たきり老人が地域で散在しておる、非常に放置されておる。老人ホーム、特養ホームなどが非常に少ない。病院も一般の病院は受け付けない。そうすると、そういうお年寄りを専門に入院をさして取り扱うような病院が、いわゆる老人病院なるものが各地にできかけておるわけなんですが、そういうような実態について日医として把握しておられるか、またそういう問題についてどういう対策を考えておられるのか、ちょっと聞いておきたいと思います。
#97
○中山参考人 基本的な考え方としましては、施設へ収容してというのはやはり最善の方法とは思っておりません。やはり在宅で十分にできれば患者のためにも家族のためにも最高でございます。しかし、全部の者はそれではできない。したがって、施設は必要でございますが、その場合、いわゆる老人ホームと老人病院、あるいは老人病院との中間型ぐらいのものが現在できているわけですが、その中に、たとえば医師会では医師会病院と併設してつくっているところがございます。このようなところでは医療とのつながりが非常に綿密でございますので、患者の健康状態あるいはしたがって精神状態も非常にいいということが見えております。しかし、中にはそういうところを一つの資本を拡張する場所だと考えて手を伸ばしてきているものがないとは言えないと思います。私ども、その実情を完全に全部はつかみ切っておりません。しかし、そういう形では望ましくないと思っております。
#98
○浦井小委員 そういう形では望ましくないわけですがね。やはり……
#99
○中山参考人 いま言った資本の拡張のために行うのは望ましくないのであって、地域の医療の拡充と充実という形で、やはり地域保健調査会が中心になってそういう方向に持っていってつくっていくという形が一番いいと思います。
#100
○浦井小委員 やはり医療の公共性というようなものがもっと先行すべきであって、営利性の追求に走り過ぎることは好ましくない、こういうことだろうと理解するわけです。
 そこで、それと同じような問題で、いまもどなたかから出ましたように、薬づけ医療あるいは検査づけ医療というようなことがマスコミなどを通じてよく喧伝をされるわけなんですが、検査制度のあり方について、ちょっと各論的になりますが、日医として一体どういうふうに考えておられるのか、どういう対策を持っておられるのか。いまは大体野放しと言えば野放しですよね。そういう点で精度管理などもやっておられるようですし、ちょっと聞いておきたいと思います。
#101
○中山参考人 精度管理のお話が出ましたので、そこから先に説明いたしますと、現在、医師会病院、医師会立臨床検査センター、これは全部、そのほかいわゆる登録臨床検査所、これはほとんど精度管理の枠の中に入っております。あと国公立病院もかなりの数が参加しておりますし、一般病院も参加しております。ただ、いわゆる未登録の検査センター、これはどうにも私どもの手の届かないところでございますので、どうなっておるかわからないところでございます。
 これは検査センター的なもののお話でございますが、それから個々の医師の検査に対する考え方、これはやはり医学の進歩というものを見据えて、先ほど来言っておりますように、医師の選択で行うという以外にいい解決策はないと思います。
#102
○浦井小委員 確かに、登録されているところは精度管理などを通じてある程度日本医師会の方でもつかみ得る方法がある。問題は、未登録といいますか、未登録以前の問題として、非常にでたらめなやり方をやって、データにも信頼がおけないというようないわゆる検査屋なるものもあるわけなんで、そういうものに対して、日医としては、会員に注意を喚起すると同時に、早く対策を講じておくべきではないかと思うわけなんですが、もう一度その点について。
#103
○中山参考人 会員に対する指導はすでに行っております。しかし、未登録検査センター等へ私どもが直接手を下しようがありません。これは行政の責任だと思います。
#104
○浦井小委員 いま先生の方にいろいろスモンに対する質問がありました。私は、やはりスモン病というのはキノホルムなくしてはあり得ないというふうな立場をとっております。そういう中で、量をたくさん飲んだか少なく飲んだか、それはその人の素因にも関係してくるだろうと思います。だから、そういう点で、日医としても積極的にスモン患者の救済なんかについて理解をしていただいて、そして被害者などと力を合わしてがんばっていただくように要望しておきたいと思います。
 以上であります。
#105
○戸沢小委員長 それでは最後に、米沢隆君。
#106
○米沢小委員 きょうは大変御苦労さまです。久しぶりに大学の講義を聞いたような感じがいたします。
 先ほどの話の中で、医療というものを個別性、地域性、公共性という形で御説明いただいたわけなんですが、特に公共性の中で、医師と患者の人間関係あるいは信頼関係一こういうものがなくては医は成立しない、私も全く同感でございます。ところが、いまお医者さんを取り巻く環境といいましょうか、お医者さんを見る目というものは、患者の方は信頼関係はかなりそのまま維持されておると思いますが、社会全体としては残念ながら信頼関係を阻害するような状況に一面進んでおるような感じがしてなりません。それがたとえば薬づけとか検査づけとか、不正請求とか、われわれはそれは例外と見たいと思いますし、同時にわれわれの誤解があったり、あるいは理解不足があったりして、そういうふうな理解をしておるのかもしれません。しかし、例外があるということ自体は、社会の目からしたら何だということにならざるを得ない。残念なことじゃないかと思うのです。特に、そういうのがまた大きく喧伝をされていきますと、すべてがそうじゃないかというふうに誤解をされる。これは先ほどからおっしゃいますように、信頼関係がなければ医は成立しないという問題にとっては大変ゆゆしき問題ではないか、私はこういう感じがするわけでございます。いまの医療に関するいろいろな制度は、みんな医師を信頼してできておる制度です。ほとんどそうです。そういう意味からは、おっしゃったように、医療のむだをなくす話の中で、自由社会にも詐欺やどろぼうがおるという感覚以上に、お医者さんに対する倫理あるいは自己規制みたいなものは、他の人に対する以上に求められてしかるべきものであり、またそうであるべきだ。政治家にもいろいろおりますから余り偉そうなことは言えませんけれども、少なくとも医の倫理を確立する、あるいは医師の自己規制、特にむだというものは、確かに行政が介入できるものでもありませんし、素人が介入できるものでもありません。まさしくお医者さんを信用しての話でありますから、その中に不本意ながら遺憾な事例があるということは残念なことだ。
 そういう意味で、医師会として、お医者さんの倫理の確立といいましょうか、自己規制を求めていく、そういう問題に対してどういうふうに取り組んでおられるのか、その点を一回お聞かせいただきたいと思っておったわけです。
#107
○中山参考人 具体的な取り組み方というのは大変むずかしゅうございます。しかし、会長は常にこの倫理の問題は、もうすでに十何年前に医の倫理集を出版しまして、非常に広い範囲の、これは医師だけではありません、哲学者、社会学者等を含めた広い範囲の本を出版し、会員に全員配付して読んでもらうようにしております。また、常々地域医療というものを体して、その中で医の倫理あるいは医師としてのプロフェッションとしての自覚というものの高揚を図っておるわけであります。
 これを具体的にと言いましても、日本医師会というのは民間の自由参加の団体でございまして、行政のような強制力を持っているものではございません。また、強制的なあり方がいいものでもありません。したがって、あくまでもやはりこれは自主的なあり方ということになりますので、あらゆる機会に、特に現在バイオエシックスという問題を打ち出しておりますので、これを強く指導していく方策をとってはおりますけれども、それ以上具体的なことはちょっとここで申し上げかねます。
#108
○米沢小委員 確かに、おっしゃいますように、医師会は任意に集まってつくられた団体でありますから、強制力はない。弁護士抜き法案のときによく言われましたね。検察官は検察審査会というものがある。裁判官は弾劾裁判所がある。弁護士とお医者さんだけはその本人にすべて帰着するわけですね、こういう問題は。そういう意味で、いろいろと社会的に問題になっておる部分もありますから、私は医師会としてもう少しそこらに力を入れて、医の倫理というものを各医師会会員のお医者さん同士がお互いにディスカッションするとかあるいはお互いに何か鞭撻を受けるとか、そういう方法、手段にもっともっと力を入れてもらわねばならない問題ではないか、そういうふうに思っておるわけです。
#109
○中山参考人 確かに、あらゆる機会にそういう努力をすることは、いままでもやってきましたし、今後ももっと続けていきたいと思います。
 少し細かい具体的な話になりますけれども、医師会では、地域における医師の中で、医師としてふさわしくないという判断の下る者がいた場合に、その指導ももちろんのことながら、医師会員の除名ということもありますし、都道府県医師会が行政から委託されている優生保護法指定医のようなものはこれを取り消すというような強硬な手段をとっていることもございます。この点は御理解いただきたいと思います。
#110
○米沢小委員 それから、先ほどの話の中で医学の進歩ということに関連しまして、進歩から逃れることはできない、しかしながら医学情報等々洪水みたいに出てくる、そうした中でいかに進歩の中から選択をするかということが重要であるとおっしゃいました。確かに私もこの点また同感でございます。しかしながら、次から次に出てくる研究成果等々を、洪水みたいに出てくる中で選択することは大変なことだ。同時にまた、選択し得たとしても、そのものを全国に散在するお医者さん方に情報として、研究成果として勉強してもらうとか、わかってもらうとか、理解いただくということは、これまた大変むずかしい問題ではないかと考えるわけです。したがって、医師会本来のそういう任務があるかどうかわかりませんけれども、全国に散在するお医者さん方に対していかにそれをシステマチックに研究成果の情報を入れるか、そのことがまた医師会という団体としては非常に重要な任務を帯びる問題ではないか、そういうふうに考えるわけですね。そういう意味で、医師会としてそういうものにどう対応されているのかという問題が一つ。
 それからもう一つは、特に過疎地域、辺地に行きますとお医者さんが来てくれない。これは経済的な問題もありましょうけれども、一つは勉強ができないので医学の進歩についていけない、できれば若いうちに都会地域にある医療機関で勉強しながらまた医者としての仕事もしたいという御意見もかなり多うございまして、特に若い医者は辺地医療等には見向きもしないというのが本当は現実なんです。そういう医学の進歩についていけない、もしそれを補完するものがあるならばやはり田舎に行っても医者としてがんばりたいという方は出てくるんじゃないか、その点やはり一つの欠点がそこに出てきているんじゃないかと私は思います。
 もう一つ、これも同僚議員から先ほどから話が出ておりますが、たとえば薬害なんかが発生しましたときに、国の責任、製薬会社の責任、医師の責任と三者の責任が云々されます。たとえば、腎臓の特効薬だといってクロロキン製剤を飲んだ、ところがそれが網膜症になった。たとえば、薬なんかを見ますと、書いた時期はちょっとずれたんじゃないかと思いますが、クロロキン製剤を大量にあるいは長期間にわたって投薬するときには眼科医の定期検査を受けながら投与しろということが確かに虫めがねで見たらわかるように書いてあるのです。ところが、そのあたりが残念ながら情報として伝わっていないということが、一面ああいうクロロキン網膜症的なものを発生させた一部の要因をなしておるんじゃないか、こういう感じがするわけです。ですから、もしお医者さんがそういう薬の使い方等について深く勉強していただいておったならば、ひょっとしたら救われたかもしれないというものも現実としてあったんじゃないかという感じが私はするわけでございまして、そういう意味からもこういう医学情報の伝達というものをいかにして医師会としてやっていただけるか、これはわれわれ大変重大な関心を持っておるわけであります。その点、医師会として御意見を聞かせていただきたいと思います。
#111
○中山参考人 まず、医学レベルでの、あるいは研究レベルでの進歩をどのように選択するかという問題になりますと、医師会の中にもありますけれども、レベルとしては医学界の問題であろうと思います。したがいまして、今度は医師会が会員に向かって情報を伝達するレベルというのは、やはり医学的には確立した水準のもの、あるいは医療へ即移行できる水準のものということになろうと思います。この辺の情報伝達としましては、毎年社会保険指導者講習会を開いてそれを各地で伝達講習会をしてもらっておりますし、その他優生保護法あるいは学校保健、いろいろな講習会がございます。そういうものを使い、あるいは日本医師会雑誌を使い、あるいは医薬品カードを使い情報は流しております。しかし、いま言ったように、医学レベルのものとの間にはどうしても時間的なずれができる。いま一つ、医療情報といいますものは、情報を受けた側がそれにすぐ反応できるかどうか、施設等の問題もありますし、あるいは経験科学でございますので、本で読んだのがすぐぱっとそのまま実効を上げ得ない場合もあります。多少の時間的なずれはやむを得ないと思います。
 それから、過疎地域の問題、まさに御指摘のとおりでございまして、これは医師としてどうしてもジレンマに悩まざるを得ない、過疎地域に行きたい、しかし行けば医学の進歩におくれるという問題がございます。したがって、これは医師会ひとりの力ではとても対応し切れない部分がございます。やはり行政の力をかりる、あるいは医学教育関係者全体の協力がなければ成り立ちません。
 それから三番目に薬の問題ですが、まさに御指摘のとおり、情報というものはより綿密に早く知らねばならぬと思います。そのような努力は今後も続けていきたいと思いますが、先ほどの使用書きの注意事項の時期は恐らくかなり後ではないかと思うのでございますが、私もちょっと時期ははっきり覚えておりませんが。
#112
○米沢小委員 最後に、バイオインシュアランスですね。私はなかなか理想的な概念だと思いますが、この文書を読ましていただきますと、経済が医療を支配するような状況がある、したがって制度は制度で勝手につくり、医の倫理はヒポクラテス以来倫理として医師に強要されているのが事実である、したがって医者みずからがこれでよいという制度を考え、そして関係する諸科学を導入することが最もよい方法であると考えます、これが骨子だと思いますね。そういう観点から、健康保険における一部負担の思想はこの保険原則から出たものでありますが、全く医療問題とは本質的に相入れない性格のものだ、したがってバイオインシュアランスの場合には現物給付によってその人の健康を保障しようというもので、これから二十一世紀の世界の医療制度はこういう観点から進めていかねばならない、私は理想論としては確かにすばらしいものだと思います。
 ただ、こちらの「健保法改正案作成にあたり」云々という論文にもありますように、医療政策がビジョンと計画性がなかったと言われるならば、確かにそういう面もあると私は思いますね。もし、その計画性があったならば財政対策はそれにつれて確立されたかもしれませんけれども、残念ながらそういうものが現実の問題としてなかった。したがって、医師会がおっしゃるように、特に予防医学的な観点から力点を置いていったならばもっともっと医療費は少なくて済むであろう。しかし、残念ながらいまからその予防医学に対処しようという行政のおくれがありますから、結果的にはもしそれができたとしても、遠い将来においては確かに財政対策は確立されるかもしれませんが、残念ながらそこが確立するまでにはやっぱり金というものの制約がある。国家財政の制約もありますれば、あるいは負担能力という問題でもいろいろ問題があるわけで、ですから、この理想論ができ上がった段階では確かに問題はないかもしれませんが、その過程においては財源を一体どうするのかとか、あるいは財源の負担能力をどう考えるかという制約が残念ながら現実の問題としてはある。その点、こういういろいろな提案をされておりますけれども、その部分についてどういう御理解をいただいておるのか、ちょっと聞かしてほしいと思います。
#113
○中山参考人 将来の計画といいましても、そんなに遠くない将来にその効果は出てくると思います。つまり、いままでのようなやり方でもすでに有病率は頭打ちになった、これにさらにいま言った予防的なプライマリーケア的アプローチをすれば、そう遠からずその効果は出ると思います。
 しからば、それまでの間財政が本当にもたないのか。現在の日本の総医療費がアメリカなり西ドイツなりに比べてどうなんだという点をお考えいただければ、そんなに悲観的ではないと思います。さらに、たとえば、政管健保と組合健保の赤字の問題、黒字の問題を持ち出してみますと、組合健保の付加給付あるいは保養施設費全部をひっくるめてこれを仮に経営余剰と考え、さらに持っている資産までを考えれば、そのくらい何とか維持していけるというふうに私どもは考えております。
#114
○米沢小委員 終わります。
#115
○戸沢小委員長 以上で中山参考人に対する質疑は終わりました。
 参考人には、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。小委員会を代表して厚く御礼申し上げます。
 この際、午後一時まで休憩いたします。
    午後零時十九分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時五分開議
#116
○戸沢小委員長 それでは、これより小委員会を再開いたします。
 医療保険制度に関する件について調査を行います。
 午前に引き続き、本件につきまして参考人から意見を聴取することといたします。
 ただいま御出席の参考人は、全国自治体病院協議会会長諸橋芳夫君、健康保険組合連合会常務理事廣瀬治郎君、日本労働組合総評議会生活局長福田勝君及び全日本労働総同盟生活福祉局長小寺勇君、以上四人の方々でございます。
 この際、一言ごあいさつ申し上げます。
 参考人各位には、御多用中のところ御出席いただきまして、まことにありがとうございます。本件につきまして、それぞれのお立場から忌憚のない御意見を承り、調査の参考にいたしたいと存じます。
 なお、念のため申し上げますが、本小委員会は医療保険制度改革の基本問題について調査を行うことになっており、健康保険法等の一部を改正する法律案の審査は行っておりませんので、御承知おき願います。
 次に、議事の進め方でございますが、諸橋参考人、廣瀬参考人、福田参考人、小寺参考人の順序で、お一人二十分程度に要約して順次御意見をお述べいただき、その後、小委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
 それでは、まず諸橋参考人にお願いいたします。どうぞ座ったままで結構でございます。
#117
○諸橋参考人 全国自治体病院協議会といたしまして、医療保険制度改善について意見を申し上げます。
 まず第一に、国民医療の確保向上と医療費の効率化を図るための対策について述べます。
 その第一には、診療報酬体系の改革であります。
 医療資源の効率的な活用と医療費の効率化を図るためにも次の問題が大事であります。
 一としましては、部門別の原価補償方式をとることであります。現在の診療報酬体系は、歴史的に見ましても余りにも薬剤偏重に傾いております。これを医師、薬剤師、看護婦等の技術を尊重する料金制への転換を要望するものでございます。
 現在、診療報酬の原価を大幅に上回っている黒字部門につきましては、調剤部門、検査部門、人工透析部門がございます。また、大幅に下回っております赤字部門は、入院部門、特に看護、リハビリ部門、病院外来の特殊性から見ての外来部門、手術部門等でございます。特に低額に定められております技術料につきましては、基準看護料、それから病院におきます調剤料でございます。甲表については十日以内の調剤料は病院では認められてございませんが、これが調剤所に出しますと七百六十円という調剤料が請求されるわけでございます。また重症、急性の患者に対しては入院時の医学管理料が余りにも安くございます。手術料についても同様でございます。薬価基準につきましては平均薬価制、五〇%バルクラインをとることを要望いたします。
 第二は、全国画一悪平等料金制をやめまして、病院・診療所間、病院間の機能別料金制度を導入することを要望いたしたいと思うわけでございます。病院指定制度を拡大することでございます。
 その機能別料金制をとる必要のあるものについては、入院時の医学管理料でございます。基準看護につきましては、看護婦の数によりまして特二類から三類までの区分がございますが、病院診療におきましては医師の数が大変必要でございます。この医師の数によりました入院時医学管理料の差はございません。したがって、脳外科、心臓外科あるいは重症を扱うような未熟児におきましても、一人で数人も診れないような科と、一人で五十人、百人を診療できるような精神科におきましても、医師の技術料としての医学管理料は差はございません。これは大変な不公平でございます。なおまた、室料におきましても、病棟一床当たりの面積あるいは冷暖房による差はございません。基準看護料につきましても、現在の料金ではまだまだ不平等でございます。まだまだ差が足らないことを申し上げたいわけでございます。
 病院指定制につきましては、現行は基準看護、基準給食、基準寝具あるいはリハビリの一部、デーケア、ICU・CCU等ございますけれども、この対象の拡大を要するものは、CTその他高度の検査、NICUについての件数でございます。あるいは小児、未熟児医療、ICU・CCUの拡大でございます。それから、病院指定制にとりまして、予防給付をわれわれは要望するものでございます。
 第三には、室料差額、付添看護改善のための条件を整備することでございます。
 私どもとしては、付き添いなき看護、差額なき入院を目指しておるものでございますが、残念ながら現在の特二類をもってしてさえも、たとえば病床五十床当たり二十人の看護要員を置きますと、これは基準看護特二類の最高の点数をいただけるわけでございますが、しかし、この二十人を日勤、準夜、深夜と分けた場合におきましては、準夜、深夜におきましては二人ないし四人しか置けないわけでございます。したがって、一〇%程度の重症患者を持った場合には付き添いなくしては看護ができないことを申し上げたいわけでございます。
 個室加算につきましても、病状に応じて医療上必要とする場合、特別治療室に入れたような場合におきましては保険給付をしていただきたいと思うわけでございます。
 また、基準看護基準につきましては、看護助手を大幅に導入することによって看護基準を作成いたしまして、付き添いなき看護に進むことができるやに思うわけでございます。
 特三類看護におきましては、患者二・〇人に対して看護員一人を置いた場合においては、基準看護特三類の新設、あるいは小児、重症看護の加算についても要望いたす次第でございます。
 看護料につきましては、現在大幅に赤字になっておるので、原価を補償したいわけでございます。
 また、医師の地域偏在是正のために、医師不足地域に対しての誘導政策、僻地加算、あるいは税制のことでもよろしゅうございます、そのようなことは必要だと思います。
 また、保険給付につきましては、治療だけではなくて、予防給付においても大幅な導入を認める。たとえば、四十歳以上につきましては、年一回所定の総合健診を行った場合に、三分の一程度の自己負担のもとに保険給付を行って、予防、健康増進に努める体制の確立が必要だと思うわけでございます。
 次に、中医協の改組の問題でございます。
 現在、医療費は、病院五〇%、診療所四〇%、歯科一〇%でございます。また、全国の病院数の二五・三%、ベッド数の四七%は国立公的の病院が占めております。医療費の二五%は国立公的の医療機関が占めております。これにもかかわらず、中医協には真の意味の病院代表が出ていないわけでございます。日本医師会が診療担当者と称して独占しております。その病院代表と称せられる日本医師会の代表の方の病院を見ますと、基準看護、基準給食、基準寝具、三者あわせとっておるベッド百床以上の病院の代表は一人もございません。日本医師会の独占を排しまして、公的病院の代表にも推薦権を与えていただきたいわけでございます。ちなみに、法人格を持った病院代表は、日本医師会のほかに全国自治体病院協議会、日本医学協会、日本病院会、全日本病院協会等がございます。この委員の数も、診療担当者代表、支払い者代表、公益代表の三者同数制といたしまして、専門委員会を設置し、事務局を独立して、実態調査を毎年実施する、あるいは公益委員に一定の条件のもとで裁定権を与える、このようなことを要望するものでございます。
 次に、病院の計画的、体系的整備でございます。
 厚生省には前に基幹病院構想がございました。私どもも一県に一カ所ないし数カ所の基幹病院、さらにまた地域中核病院を指定いたしまして、公費により施設設備の整備を要望するものでございます。
 さらに、基幹病院には公衆衛生活動あるいは教育機能、救急機能、僻地中核病院機能、こういうものを持たせまして、公私の医療機関も含めて医療網を設定することでございます。
 高度の医療、たとえばCT、特殊な医療、人工透析、このようなものにつきましては公費をもって施設設備の整備を行いまして、その運営にかかる人件費等につきましても公費負担とし、診療報酬はこれらの費用を除いたランニングコストのみとすることを要望するものでございます。すでにアメリカにおきましても二千五百万以上の医療器械については施設認定が行われてございます。
 次に、公的病院病床規制の問題でございます。これは議員立法によりまして昭和三十九年から施行されたわけであります。公的病院だけを規制しようというわけでございます。したがいまして、昭和三十四年と昭和四十九年を比較いたしますと、そのふえた病院の数は二千四百五でございますが、この九九%は私的医療機関でございます。昭和三十三年から四十年までの法が施行されなかったときには、国立公的の病院病床が一床増すごとに私的病院は一・五床の増でございましたが、この法が施行されましてから、四十年から五十年にかけましては国立公的が一床増すごとに私的のものは三・七床増と、非常なアンバランスをとっておるわけでございます。スーパーマーケット式の質の悪い私的病院が法の規制外にどんどんつくられるということは、日本の医療界にとって大変マイナスだと思うわけでございますので、私的病院につきましても国は計画的に調整する必要があると思うわけでございます。
 医師の地域偏在是正のためにも、地域別に保険医療機関定数制を設け、不足地域においては積極的に医療機関を認め、満杯の地域においてはこれを保険医に指定しないということも医療機関の地域偏在是正には役立つかと思うわけでございます。
 次に、医薬分業の問題でございます。
 医薬分業そのものにつきましては私どもは賛成するわけでございますけれども、現在トンネル調剤所と称しまして、同一経営主体によります病院あるいは調剤所がつくられまして、その処方せんで請求し、さらにまた調剤料で請求する、また薬品を原価よりもはるかに安い金で買う、このようにやった場合に医療費は急増することは火を見るよりも明らかでございます。このような名目だけの医薬分業につきましては私どもは反対するわけでございます。
 臨床検査所につきましては、現在その設備、人員、運営等につきましては何らの規制がございません。したがいまして、ここに委託と称されまして下請検査所がどんどんつくられ、これは保険指定医療機関の資格もないわけでございますが、そこに下請をすることによって医療機関は六〇あるいは多いところは八〇%のマージンがあるといいます。このような現象があったためでございましょう、医療費の中で占める検査の割合は、昭和四十八年六・六%から五十二年には九%と上昇してございます。このような精度管理も行われない、何らの規制も受けていないような検査所につきましては今後厳重なる監視を要すると思うわけでございます。
 次に、老人医療供給体制の整備でございます。
 老人医療供給体制といたしましては、医療費は無料になったわけでございますが、しかしながらその供給体制は余りにもおくれているわけでございます。また、いままでのように営利を目的とするような特別養護老人ホームが開設されることは望ましいことではないと思うわけでございます。私は、公的病院並びにこれに準ずるような病院に特別養護老人ホームが併設されることを望むわけでございます。ちなみに、関東地方の某県におきましては、現在三十四件の特別養護老人ホームの開設が申し込まれてございます。そのうちの三十二件は開業医による併設の特別養護老人ホームでございます。
 次に、これらの病院におきましては、予防、保健、訪問看護、リハビリ、包括医療、このようなものを積極的に行うことが必要でございます。社会福祉と病院とが密接な連携をとりまして老人福祉に寄与したい所存でございます。
 なお、厚生省で現在やられております市町村保健センターにつきましては、このような公的あるいは準公的病院に併設されることが望ましいと思うわけでございます。
 最後に、医薬品の流通秩序の問題でございます。
 医薬品はメーカーによる管理価格が行われてございます。また、日本医薬品卸業連合会会長渡邊徹太郎氏の言によりますと、公的病院には高く、民間病院には安く販売しているということでございます。したがいまして、薬価基準を高くするということは九〇%バルクラインを守ることでもございます。私どもはこのように公私の医療機関に薬の値段に差をつけて販売するということは徹底的に排除する必要があると思うわけでございます。
 また、プロパーにつきましても現在何らの法的規制もございません。諸悪の根源はこのプロパーにありという意見もございます。医薬品情報は国の責任において医療機関に流すことを要望するわけでございます。
 以上、時間がございませんので、簡単に全国自治体病院協議会としての意見を申し上げました。
#118
○戸沢小委員長 ありがとうございました。
 次に、廣瀬参考人にお願いいたします。
#119
○廣瀬参考人 健保連の廣瀬でございます。
 最近、医学医術、薬学が非常に進歩してまいりまして、人生に非常に大きな貢献をしておられることについて、まず心から敬意を表するわけでございますが、一方、それに伴いまして医療費も年々大幅に増加しておるわけでございます。賃金の伸びあるいは国民所得の増をはるかに上回って伸びておるわけでございまして、今後ともこういう傾向が続くとすれば、遠からず医療保険制度が財政的に破綻するのではないかということを憂慮しておるわけでございます。今後とも医療は進歩するでありましょうし、また国民も高度の医療を要望するでありましょうが、やはりそれの裏づけの財源という問題を当然考えなくてはならないと思います。私は、この無限である医療と有限である財源とをどのように調和させるかということが数多くある問題の中で一番重要なことであろうと考えております。そういう立場から、時間の制約もありますので、三項目について意見を述べたいと思います。
 第一点は、医療の財源、医療費の効率的使用という問題でございます。そのためには、まず、この医療費の中にむだがあるとすれば、そのむだを排除するということが当面の問題として重要であろうと思います。これにはいろいろの問題がありまして、国民もまた自分自身の健康は自分で守るという自覚が大事でありましょうし、保険証を必要以上に乱用しないという心構えも必要であろうと思います。また、ごく一部のお医者さんであろうと思いますけれども、残念ながら多額の不正請求をしておるいわゆる悪徳医師というものが新聞にもときどき載るわけでございますが、やはり人命を取り扱うお医者さんは医の倫理というものを深く心に持って医療に従事していただきたいと思うわけでございます。
 それから、一番大事なことは、行政庁が医療に関する責任をもっときちっと果たしてほしいという点でございます。具体的に申し上げますと、厚生省の仕事として保険医療機関に対する指導監査という権限がございますが、それをもっと徹底強化してほしいということでございます。そのためにはこの監査官の人数をもっとふやすとともにその権限を明確にし、それから身分保障もし、待遇ももっと改善する必要があろうと考えます。
 また現在、薬価基準と実勢価格と、物によりましては相当の開きがありますので、薬価調査の方法をさらに改善をして極力実勢価格との乖離がないように措置をしていただきたいと思います。
 また現在、請求書いわゆるレセプトの審査は支払基金で行うことになっており、われわれも契約をし、手数料を払って審査をしてもらっておるわけでございますけれども、必ずしもその審査が十分に行われているとは考えられません。これは県ごとに審査委員がおりましてかなり厳正に審査しておる県もありますけれども、ほとんど無審査に近い状態で過ごされておるというところもありまして、県によりまして審査基準が非常に不統一、ばらばらであるという問題があるわけでございますが、やはりきちっと審査基準を統一して適正な審査をしてもらうように、厚生省が支払基金を指導していただきたいと思うわけでございます。
 それから、もう一つの問題は、こういうむだを排除すると同時に、限られた医療資源というものの配分を、効率的な使用をしていただきたいという点であります。医療保険の目的は、重病で非常にお金のかかる場合には手厚い保険給付を行う、反面、少額の経費で、自己負担をしてもそれによって家計に影響を及ぼさない程度のものは自己負担していいと私は考えておるわけでございます。これはよく例に出される問題ですが、火災保険等でも、たばこで畳を焦がしたとか障子が破れたというような程度のものは保険の対象にならないのと同じように、やはり医療保険も重病には手厚い給付、それから家計に影響がない程度のものは自己負担をする、医療保険の目的から見てそういうふうにあるべきだと思うわけでございますが、現実の姿を見ますと、重病で入院した場合には、いわゆる保険外負担ということで、大部屋に入りましても部屋代の差額を取られる病院がございます。また、基準看護の承認を受けている病院に入りましても、自分で自分のことができない患者はやむを得ず自分の費用で付添婦を雇わなければならないという問題もあるわけでございまして、こういう問題が現在もまだそのままになっておるということは医療保険の目的から見て私はゆゆしい問題であろうと思います。こういう問題を解決するためには、その財源措置も必要であろうと思いますけれども、やはり一部負担というものを適正化し、それで浮いた費用をそちらの方へ回すというようなことが、限られた財源を効率的に使用する一つの方法であろうと考えておるわけでございます。
 なお、特に部屋代の差額徴収で、非常に多いのは大学の付属病院であるというふうに聞いておりますが、大学病院は、御承知のように、文部省所管でありまして、単に治療のみならず教育研究等も目的にしておるわけでございまして、そういう費用が相当かかると思いますけれども、文部省の予算が十分でないためにそれの一部が保険者に請求されたり、部屋代という名目のもとに患者負担になっておるという問題もあろうかと思いますので、大学病院における必要な研究教育費というものは文部省の予算できちっととって、それが保険者なり国民の負担にならないような措置をしていただきたいと考えております。
 それから、その次の問題は、医療機関の整備の問題でございまして、ただいまもお話がありましたが、日本は皆保険でございますけれども、それにふさわしい医療供給体制が整備されていないことが一つの大きな問題であろうと思います。そのためには地域別の医療機関整備計画を策定すること、あるいは病院と診療所との機能を分化し、相互の連携を図ること、あるいは無医地区対策を講ずること、そういうことを一定の計画を持ってやることが、一方においては医療機関が乱立することによるむだを排除するとともに、無医地区対策もあわせてやっていただきたいと考えております。
 その次の問題は、むだがないとしてもどうしても要るだけの金は要るわけでございまして、その金は公費、税金によるか保険料によるか自己負担によるか、この三つの方法しかないと思うわけでございますが、どういう部門を公費で持ち、どういう部門を保険料で持ち、どういう部分を自己負担で持つかということが一つの大きな問題ではなかろうかと考えております。私は、医療に関するマンパワーの養成、あるいは医療に関する研究教育、あるいは救急医療、僻地医療、その他国でなければ行えないような経費につきましては、税金による公費をつぎ込むべきであろうと考えております。それから、一般の医療につきましては、重病については手厚い給付をということで保険料で賄う。それから、一定の金額は自己負担ということが合理的ではなかろうかと考えております。その保険料でどの程度持ち、自己負担でどの程度持つかは、最終的には国民の選択の問題であろうと思いますけれども、自己負担を少なくすれば保険料がたくさん要るという相関関係を十分に考える必要があろうと思うわけでございます。
 それから、第二の問題といたしましては、医療費の支払い方式、いわゆる現物給付、出来高払いという制度が現在わが国では行われておるわけでございますが、この制度にはいろいろ長短があると思いますが、このままでいいかどうかについて私は非常に疑問を持っておるわけでございます。諸外国におきましては、皆様御承知のように、イギリスではホームドクターに対しましては人頭請負方式と申しますか、登録した人数で報酬を払うということが原則になっておりますし、フランスでは償還方式といわれておりますが、一応現金で払って、後ほど保険者から払い戻しをしてもらうという方法が行われているようでございますが、いずれも一長一短があると思います。
 わが国は当初から現物給付、出来高払いという制度で行われており、この制度が定着しておりますので、根本的にイギリス方式なりフランス方式に変えることはとてもできないことではなかろうかと思っておりますし、またそれぞれ長所、短所があるわけでありますので、やはり現物給付、出来高払い制度を前提としながら、最初に申しましたような無限に伸びる医療費というものについて何らかの歯どめをかける必要があるのではないかと考えております。御承知のように、ドイツでは日本と同じように、むしろ日本がドイツのまねをしたわけでございますが、こういう出来高払い制度をとっておりますけれども、年間の医療費総額というものを保険者団体と医師団体とで契約をして、その範囲内において出来高払いで払われておるようでございますが、それでもなかなか十分ではないので、一九七七年に疾病保険費用抑制法という法律をつくりまして、医療費の伸びは大体賃金水準の伸び程度に抑えるという立法がされたわけでございまして、今後わが国でも医療費の総額は一体どの程度が適正かという問題、それからどのようにして総額というものに抑えるかというような問題を真剣に考えなければならない時期であろう、そういうふうに考えております。
 それから、最後の問題といたしまして、医療保険制度のあり方につきまして意見を申し上げたいと思うのです。
 医療保険制度のあり方につきましていろいろな方面からいろいろの御意見がありますけれども、国民の勤労形態から考えまして、自営業者といわゆるサラリーマン、雇用者と分けまして、現在は地域保険である国民健康保険と健康保険制度に分かれておるわけでございまして、いわゆる二本立てが適当であろうと私は考えております。両者の間には勤労形態も違えば、また収入の形態も違うからであります。問題は、健康保険の中に、御承知のように、私どものような健康保険組合と、政府でやっております政管健保があるわけでございます。それぞれ長短はあると思いますけれども、医療保険もやはり一つの運営でございまして、そこでは保険者の努力によりましてかなりむだな医療費が排除できる要素が多分にあるわけでございます。たとえば、被保険者家族に健康教育をするとか、あるいは疾病予防活動をするとか、あるいはレセプトの点検をするとか、そういう非常にきめの細かい仕事は小集団である健康保険組合の方がやりやすいという長所もありますし、いずれにしてもこの健康保険組合は労使代表が組織いたしまして、自主的に自己責任において管理をし、運営をしているというところに非常に大きなメリットがあると思っております。したがいまして、今後ともこういう健康保険組合をつくり得る条件の整ったものはできるだけ速やかに、できるだけ多く健康保険組合方式を推進していくべきであろうと考えております。そういう健康保険組合方式のできないものをどうするかという問題が残るわけでございますが、最終的には、そういう組合方式のできないものを地域単位で自主的な組合をつくって、自己責任で管理をするということも将来の問題として考える必要があるのではないかというふうに考えております。ただ、欠点として、小集団であるがために格差ができるとか、あるいは危険分散が十分にできないという欠点も当然あるわけでございまして、そういう欠点を補うためには、健保組合間で共同事業としてお互いに危険分散につきましては再保険をやったり、あるいは非常に格差の大きいという問題につきましては、国の助成とあわせて組合内部でも相互扶助の精神に基づいて助け合いをやっていくことも必要であろうと考えておりますし、現在健保連といたしましては組合間で自主的にそういう共同事業をやっておるわけでございます。一部で言われておりますように、全く経営努力というような要素を無視した画一的な財政調整というものは、こういう組合の経営努力という意欲を阻害することになるだろうと考えておりますので、そういう画一的ないわゆる財政調整というものには私どもは反対をしております。
 以上でございます。
#120
○戸沢小委員長 ありがとうございました。
 では次に、福田参考人にお願いいたします。
#121
○福田参考人 福田でございます。
 私は、医療を受けている国民の立場で若干問題点を指摘してみたいと思います。
 最近の医学の進歩等によりまして平均寿命が世界のトップクラスになっていることから見ても、私どもは大変現在の医学には感謝をしているわけですけれども、しかし一面から言うと、今日ほど医療制度や医師に対する不満が多い時代はないのじゃなかろうか。マスコミだけじゃなくして私どもの周辺においても現在の医療制度の矛盾や、また医師に対する非常な不満が国民の間からわき出ているというふうに思うわけであります。
 その問題点は、大きく分けると三つぐらいあるように思うわけですが、一つは救急、僻地医療の不備の点でございます。都会の真ん中におっても医療砂漠と言われるくらいに救急医療についてなかなか診てもらえないような事態が幾つも起こっているし、それからまた特に救急医療では第三次救急に対しまして非常に不備である。これは一昨年私どもが社会党と一緒に調査に行きました際、たとえば兵庫県の淡路島で、あそこに十万人おられるわけですけれども、第三次救急の施設がないために、その際は徳島や神戸まで出ていかなければいけない、そういうような事態でございますし、それから御承知のとおり、無医村地区が全国で約二千カ所と言われておりますし、この人たちも保険料は払っているわけであって、保険料は払っているにかかわらず医者に診てもらえないという不備、これは国民皆保険の体制からいってもまことにおかしい事態であります。
 二つ目には、何といっても保険外負担の問題でございまして、ただいまも廣瀬さんからもお話がありましたが、私どもも現在の室料差額についてもまた付添看護につきましても、この事態はまさに異常だと思うわけであります。私の知人で、奥さんが難病にかかられたために、私立病院でございますが、二年間に六百四十万円という金を支払ったという領収証を見せていただきました。これは室料差額、付き添いに要した金でありまして、一サラリーマンが二カ年間に六百四十万の金を払うということは国民皆保険体制からいってまさに異常でございまして、最近厚生省は室料差額が五十四年で一四・七%に減った、一%程度減ったという発表をいたしておりますけれども、先ほどもお話ありましたように、学校法人では五五%も占めておりますし、とうてい厚生省の調査のような実態ではないというふうに私ども調査の結果からも言えるわけであります。特に室料差額とともに付添看護につきまして、基準看護病院でさえ付添看護を行っている、こういう事態、特にこの保険外負担につきまして最も不満に思うところであります。
 三番目には、医療費のむだの問題であります。この点もただいまいろいろ御説明ありましたけれども、実際私ども医者に行っても薬をもらって完全に薬を飲む人がいないし、薬は非常にもらうことはもらってくるけれども、しかし飲み残しているというのが各家庭の実態だと思うわけであります。薬代についても、最近は少し減ったと言っても薬剤費そのものは減っておりませんし、入院外の投薬、注射は依然として五〇%を占め、各国に比べても最も高い比率になっていることは御承知のとおりであります。これは一面から言えば薬がもうかるということ、すなわち薬価基準が非常に不公正であるということを示していると思うわけであります。私は昨年以来スモンの患者と一緒に今日までスモンの問題で運動を進めてまいりましたが、あのスモンについても日本で一万一千人、ところが外国ではあのキノホルム剤を飲んでの被害者は二けた台であるというふうに言われている。これは実態がどうか正確にはわかりませんけれども、それにしても余りにも差があり過ぎる。これは一面から言うならば薬の飲み過ぎではなかろうかということも薬害の問題でございまして、単にむだだからというだけじゃなくして、薬を多量に飲んだことによって薬害を起こすという大変悲惨な結果が生まれている。これも医療問題の一つの日本における欠陥であろう、こう思うわけであります。
 それと同時に、しかもこの薬代等のむだがあるにもかかわらず医療費が年率一五%程度伸びを示す。五年間で約二倍になる。五十八年度には二十兆に達すると言われているわけでありまして、こういうことは、飲まないような薬を出す一方薬によってもうける、そのことによってメーカーが薬で三兆円と言われる市場が形成される。こういう異常な事態に対して、国民はだれしもこれに対する大変な批判を持っておるわけでありますし、また一方におきまして、一部の医者でございますけれども高額所得のトップにいる、あるいはまた医師の学校の入学金であるとかいろいろな面で、かつて私どもが医者に対して抱いていた尊敬の念から、最近は非常に厳しく国民が医師を見ているというふうに言わざるを得ないと思うわけであります。
 そこで、大きな二つ目といたしまして、このような医療改革に対する基本的な対策は一体何かということでありますが、この点も大きく分けて私は三つあると思うわけであります。
 第一の点は、医療に関する公的責任を明確にすべきであるという点であります。具体的には医療教育、医師、看護婦また医療技師等の医療の教育は当然国が行うべきものであり、そしてまた救急医療などの不採算医療についても当然これは国が行うべきであると思うわけでありますが、これを民間にゆだねてきたところに基本的な問題があると思うわけであります。医療の支払いの体制については、皆保険体制で支払いは社会化されてまいりましたが、医療の供給体制そのものは自由開業医制度そのままであるというこの矛盾が、しかも国が医療に対する公的な責任をとってないということが、第一のこのような医療の状態を招いた基本的な問題であるというふうに思うわけであります。本来病院等は国公立ですべてやるべきものではないのだろうか。病院を私立にこんなに任せ、また医学教育を私立医大に任せてきた、こういうところに基本的な問題があると思うわけであります。
 二つ目といたしまして、治療中心の医療から予防中心の医療に改めるべきであるということであります。これは今日の診療報酬制度そのものも先ほど御指摘のとおりいろいろ問題がございますし、そして治療中心のためにリハビリ関係が大変おくれている。今後は高齢化社会に急速度になってまいりまして、ますます入院費が増大をする。こういう状態の中で治療中心の現在のような制度を続けていくならば、医療費が将来破綻をすることは目に見えていると思うわけであります。
 そこで、今後特に老人医療なり乳幼児の医療について登録制度をとったらどうかというふうに考えるわけであります。特に老人医療とか乳幼児については予防が中心でございますし、また医師の方々に聞いてみても、やはり少し安心して医療ができるように登録制度をとってほしいという声も出てきておるわけでありまして、この際、老人医療なり乳幼児の面から登録制度をとったらどうかということであります。
 さらにまた、保健所の再生強化の問題であります。現在の保健所が全くパーマネントや理髪とか、そういうところの一定の検査等にしかすぎないような保健所ではなくして、本来保健所の所長は医師でございますし、保健所が予防の中心に立つべきである、そういう立場に立って住民の健康センターとして保健所を再生、そして強化すべきである、このように考えるわけであります。
 三番目に、病院と診療所との関係であります。この病院と診療所については、あるいはまた一般の医者と専門医との関係の競合をなくして、相互の連絡を密にしていくということが必要であろうかと思うわけであります。この機能分化が明確にされるならば、あるいはまた医療器具等の共同利用等につきましても十分にやられるならば、これほど大きな設備が必要でないんじゃなかろうかというふうに考えられるわけでありまして、そのためにも現在とっている自由開業医体制についてやはり何らかのメスを入れなければいかぬ、このように考えるわけであります。
 以上申し上げましたことが基本的な問題であります。
 第三といたしまして、それでは医療改革の当面の重点は何かということについて申し上げてみたいと思うわけであります。
 当面の医療改革の重点は、何といっても保険外負担の解消の問題であります。これは先ほど申し上げましたような実態でございまして、そのためには、私は特にお願いをしておきたいのは、まず現在保険外負担で大変に苦しんでおられる方々がたくさんおられる。しかも、この保険外負担の問題は、最も患者、家族の弱いところへつけ込んで金を取るわけでございますので、ぜひとりあえずの処置として各県保険課に駆け込み寺のような窓口をつくっていただきたい。先ほど私が事例を申し上げましたような二年間で六百四十万とか、もう膨大な金を出さなければいかぬような立場にある方について何らかのやはり個別救済策をとる手段をまずとってもらいたい、これがまず緊急な問題であろうと思うわけであります。
 それから次に、看護婦の看護基準の問題でありますが、これもいままで触れられましたけれども、私どもは、看護基準についてはやはり一対一の関係が必要である、特二からさらに一対一の看護基準を設けるべきである、全体の約一割くらいが必要ではなかろうかと考えるわけであります。そして、全体の看護婦の待遇改善を行うことによりまして約二十万人くらいの増員がされるならば、付き添い問題の解消、それからほぼ充足できるのじゃなかろうかと思うわけであります。今後の雇用問題からいたしましても、看護婦の待遇改善と、そうして増員問題は非常に重要な問題であると思うわけであります。
 さらにまた、医師、医療機関の適正配置の問題等であります。それからまた、室料の差額廃止につきましては、これはやはり診療報酬の改定が必要である、このように考えるわけでありまして、当面の重点の第一は、何といっても、ただいま申し上げました保険外負担の解消の問題である。第二には、やはり医療費のむだの排除の問題であります。一昨年、中医協で、医療費のむだの排除を六カ月以内に行うようにということで、支払い側と保険局長との間で確約がされていたにもかかわらず、現在に至るまで医療費のむだの排除について明確な措置が出ていないということは大変遺憾に思うわけであります。
 そういう面で、ただいまもお話のあったような薬価の適正化の問題、あるいはまた医療費のチェックシステム、支払基金等の問題、あるいはまた中医協の改組等についても、私どもは当然行うべきであるし、特に中医協につきましては、公益側の委員についてはいま四名ということになっておりまして、ほかの支払いなり医療関係の委員と、数が二分の一程度でございますので、公益側の委員も同数にする必要がある。
 さらにまた、私は小寺さんと一緒に社会保険審議会の委員をしているのでありますが、中医協なり社保審等において当然事務局を設けてもらいたい。厚生省の事務当局がときには事務局になったりするというのは非常に困るわけでありまして、中医協なり社保審等の重要な審議会についてはやはり事務局を設けてきちっとわれわれ委員との日常の連絡がとれるようにしていただきたいと思うわけであります。
 医療費のむだの排除については、ただいままで私ども、運動としても医療の一一〇番あるいはまた医療の領収書を必ず受領するような運動、こういう運動を全国的に進めてまいりまして、医療費のむだの排除等については市民運動の次元からわれわれもやってきたつもりでございますが、いま申し上げたようなところの改革を必要とすると思うわけであります。
 以上のような当面の措置を行うことが、本日は健保改正の問題は議題ではございませんけれども、ただいまのいろいろ出ている前提として当然行うべきものであるというふうに考えるわけであります。
 そして、私は、最近の医療費の傾向として、たとえば政府管掌健康保険の最近の動きでございますが、五十三年度で、厚生省の当初予算に比べまして三百七十三億円、五十四年度は七百五十四億円、実は低くなっているという実態は、この分析をぜひ国会においてもやっていただきたいということをお願いしたいわけであります。二兆幾らかの予算の中の金額ではございますけれども、いままで当初予算よりもさらに医療費がふえていたにもかかわらず、五十三年度から当初予算を割るような事態が出てきたということは一体何を示しているのか。これは国民の中からあるいはまた薬離れが起こっているのか。そしてまた、政管健保が赤字だということから健保の改正等の理由が出てきたわけでありまして、その政府管掌健康保険が厚生省の当初予算よりも相当赤字が少なくなってきている。この実態をもう一度ひとつわれわれも分析をし、そしていま国民の医療に対する見方がどうなっているのかというところから根本的にやはり医療面を見るべきであろう、こう思うわけであります。
 さらに、私は社会保険審議会の委員もやっておりますので、その立場から一言言わせていただけるならば、二年前にああいう法案が出されて、しかも一週間に三回も四回も審議をして一昨年の五月の上旬に出しておきながら、二年間にわたってほとんど審議もなしに、そしてまた重要な改定が行われるということであるならば、当然これは社保審に戻してもらいたいというのが私自身の持っている気持ちでございまして、そういう意味におきまして、この問題は、二年前のあのわれわれが審議したころから相当医療をめぐる周辺が変わってきている、そういう事態の中で、再度こういう問題については審議会委員としても審議会の場でも議論をしたい、このように考えるわけであります。
 以上申し上げる次第であります。
#122
○戸沢小委員長 ありがとうございました。
 次に、小寺参考人にお願いいたします。
#123
○小寺参考人 小寺でございます。
 医療保険制度改革の基本問題ということでありますので、そのことが対象となる範囲を考えますと、医療保険制度はもとよりでありますが、それに関連する諸制度、すなわち診療報酬制度から審査支払い制度、薬価制度、さらに公費負担のあり方、医療の供給体制、大変関連する範囲が広いわけであります。時間の関係がありますから、余り細かくは申し上げることができないと思いますので、そうした全体を踏まえながら要点だけ御意見を申し上げる、こういうことにさせていただきます。
 まず第一に申し上げておきたいことは、医療保険制度改革をやる場合に、ある程度改革を行っていく場合の尺度になるような理念、そういったものが合意される必要があるんじゃなかろうか、こういうふうに私どもは考えております。そして、その場合の理念というのはどういうことかと言いますと、公正という問題と効率という問題この二つの考え方が医療制度全体を改革していく場合の理念、尺度にならないといけないのではないか。そうしないと、いたずらに問題が表面化するだけでありまして、肝心なまとめということが困難になるのではなかろうかという懸念があるからであります。
 そのことをまず最初に申し上げておきまして、次に医療保険問題でありますが、医療保険につきましては、現在法改正問題で爼上に上がっておりますので、これは重複することを避けますが、特に申し上げておきたいのは、いままで意見がいろいろ出ておりましたが、保険外負担の解消問題でありまして、これは今回の法改正にも全く触れられていないということになっております。
 保険外負担は、御承知のように、現在の医療保険というのは逆立ち保険であるという批判がされておりますように、重症になるほど保険外負担が非常に大きくなっていくために、その患者は生計に困るという事態が発生しております。したがいまして、この保険外負担の内容になっていますところの差額ベッド問題と付添看護問題、ぜひこういったものについての解消をここで積極的に図るだけの措置が考えられるべきではなかろうか、こういうふうに考えております。
 差額ベッドにつきましては、一番新しい厚生省の資料を見ますと、三人以上の部屋ではかなり減ってまいっておるということが指摘されておりますが、個室で見ますと、依然として、これは逆に傾向としては差額ベッドがふえておるという傾向になっておりまして、現状約六九%に達する差額ベッドが残っておる。それから、二人部屋の場合でも三九%の差額ベッドが残っておるということであります。重症者が収容されるであろうという個室とかあるいは二人室、そうしたところでこうした差額ベッドがいまだなお多く残っておるということは非常に問題ではなかろうかと思う次第でありますし、また都道府県別に見ますと、東京とか大阪とか京都とか愛知、こういった人口が集中している都市に行くほど差額ベッド、三人部屋以上の解消すらなかなか思うに任せていない、そういう実情にあるようであります。
 したがいまして、こうしたものをいかに解消するかということになると思うわけでありますが、私どもはこれに対しては、診療報酬制度の中で個室、二人室、三人室以上についてのそれぞれ明確に差を設けた室料を設定することが妥当ではなかろうかという考え方を持っております。したがいまして、診療報酬でそうした差額ベッドを明確に置きまして医療機関に支払うという方法をとることによって、医療機関が本人からこうした個室、二人室についての差額ベッド料を取るということを厳重に抑制していくことができるんじゃなかろうか、こういうふうに思っておるわけであります。
 それから次に、付添看護の問題でありますが、これもいろいろ方法があると思いまして、私どもが思っていることが最善とは思っておりませんが、一つ検討していただきたいテーマとして考えておりますのは、現在の付添看護を解消するためには、もちろん現在の基準看護の見直しということが必要だということは前提になります。したがいまして、特二の二・五対一というものよりはもっと密度の高い看護基準というものが必要になってまいると思いますが、それはそれとしまして、現在なお看護婦不足でありますから、現在の病院群の中で比較的完全看護――看護基準の見直しをやるという前提でありますが、それをしながら、完全看護ができるであろうと考えられる病院群とそうでない病院群とに大別をしまして、前者については早急に看護婦充足もやっていただいて、完全看護の徹底を図ってもらう、それから後者につきましては付添看護職員の必要性が残りますので、そうした付添看護職員の費用を含めた診療報酬の支払い体系、支払い制度をこしらえてもらう、そうしたことを実現することによってこれまた医療機関に診療報酬として支払うということにしまして、医療機関が本人から徴収するという方向を抑制をしてもらう、こういうことにしてほしいものだというふうに思っておるわけであります。これは一つのたたき台として申し上げておるわけでありまして、このとおりやってほしいということではありません。ほかにいい方法があればそういったいい制度をとにかく取り上げてもらいまして、ただ単に行政指導だけで解消しなさいということではできないというふうに思いまして、いい制度を発見してほしいというためにこういった提案をしておるというふうに御理解をいただきたいと思うわけであります。
 保険につきましては、ほかに給付上いろいろありますけれども、それは省略しまして、体系についても一言申し上げておきたいと思います。
 これは健保連の方からもお話がありましたが、私どもは医療保険の体系は被用者保険と地域保険の二本立てにすることが妥当であろうと考えます。なぜかと言いますと、被用者保険と地域保険では、先ほど被用者とそうでない差があるというお話がありましたが、そのほかに保険料を支払う場合の所得把握に差がございます。したがいまして、その点の調整がちょっとできないはずであります。片一方は本人が申告した所得税を基礎にした負担でありますし、片一方は全額そのまま、事業主から受ける賃金そのままを基礎にして保険料というものを考えているわけですから、この所得把握の相違ということはどんな場合でもちょっと解消しないというふうに私は見ております。ですから、それが解消しないのに無理をして負担の均衡といったところで、これはナンセンスであろうと思います。
 それからさらに、最初に申し上げましたように、これからの制度というのは公正と同時に効率ということを考えなくちゃいかぬということが明らかに言われると思いますので、効率的運営という観点から出ましても、この両者を分けて体系のし直しをしていくということが妥当ではないか、こういうふうに思うわけであります。
 それからさらに、体系でもう一つ申し上げておきたいのは、現在ない制度でありまして、定年退職者の継続医療制度の問題と高齢者のヘルス医療制度の問題であります。定年退職者の問題をなぜ私どもが問題にするかと言いますと、現在の被用者保険でいきますと、定年という、これは会社、企業の事情でありますが、定年になりますと、勢いその後本人は政管という方向に行く人もかなりおられますけれども、国民健保に行く、あるいは被用者保険の被扶養者になる、そういうことになってまいります。国民保険の方へ行くという場合を考えますと、被用者保険が健康な間だけのものとして、そして定年に来て、健康状態がすぐれないようになって国民健保にしりぬぐいさすという、こういう不合理を起こすことになります。したがいまして、私どもは少なくとも被用者保険と地域保険の二本立てを明確に志向するという態度をとるのであれば、被用者保険としてなすべき最善の努めをするという責務があるわけでありまして、定年が済んだら国民保険へという、そうした被用者保険の後片づけのできない問題点は整理しなくちゃいかぬ、こういうふうに思うわけでありまして、そういう観点から定年退職者の継続医療問題というものを考えなくちゃいかぬというふうに思います。
 さらに、高齢者のヘルス医療制度の問題につきましては、これは社会保障制度審議会の答申がいま白紙でちょっと残念でありますが、答申が一応されたということでありますから、内容については申し上げませんが、とにかくこういった制度の創設を促進するという必要性はあると思います。特に財政調整ということが非常にいろいろ言われておりますが、私は、財政調整については一番大きなところは所得の問題と高齢者を含む比率の問題からくる不公平感であろうと思います。高齢者の問題だけでも被用者保険なり地域保険全部を通じて別建てで検討していくという制度をこしらえますと、財政調整をやらなければいかぬという不公平感を明らかに是正ができるわけでありますし、さらに所得の問題は、政管についての国庫補助は大体相応しておると見て余り間違いがありませんから、そうすると財政調整問題もことさら言う必要はないのではないかということもまた一方で言えます。ですから、制度をできるだけ公正にし直していくために必要な新しい制度としてこういった高齢者の保健医療制度を考えていく、こういった必要性が高いのではないかというふうに思います。
 次に、診療報酬制度の問題について申し上げますと、診療報酬につきましては、私どもは技術と物の分離ということは、現在の甲乙両表の動きから見まして、大分できてきておりますけれども、もう一歩踏み出しまして、病院と診療所の報酬を区別をしてこしらえるという方向が必要ではなかろうか、こういうふうに思うわけであります。そうした病院と診療所の報酬のあり方を求めるためには、まず中医協の機能強化をする必要があると思います。
 それから、その中医協の機能強化のところでは、これは公益側が現在少ない状態でありますから、公益側も他の側と同じように同数にするということと同時に、診療所側代表については当然非常に大きな勢力、シェアを持っております病院関係の人が入ってないということでありますから、そういったことも考えるべきではないかというように思いますが、同時に中医協に相当な事務局を持ちまして、その事務局によって医業の経営実態調査、これは三年に一回ということになっておりますけれども、大体隔年、二年間に一回ぐらいその事務局でそういった医業経営の実態調査をやるというようなことも必要ではないかなというふうに思います。そうして、そういう調査を踏まえながら、病院と診療所別の報酬がいかにしてなし得るかという検討を中医協自身がやるべきではないか、こういうふうに思っているわけであります。
 次に、薬価問題でありますが、薬価問題でとにかく一番大きいのは、薬価差益の問題をいかに正すかということになろうかと思います。
 そのためには、まず第一に、医薬分業をモデル地域を設定する中で促進をしてもらうということが着手しよいのではないか、私どもはこういうように思っておるわけであります。
 それから、第二に、薬価調査の励行ということをやってほしいと思います。五十三年度の薬価調査は、支払い側、需要側、供給側両者サイドの調査と同時に、担当官による随時調査ということが行われてきました。これを五十三年度だけにとどまらせずに、今後ともひとつ継続的に、定期的に実施していく、随時調査は定期ではありませんけれども、必要によってとにかくやっていく、こういうことは大いに励行してほしい、こういうように思います。
 それから、第三番目に、薬価とコストの分離ということを検討できないかという問題であります。これは薬価差益が問題でありまして、薬価差益をどういうふうに合理的に正すかというためには、薬価というものと、それから医療機関が保管をしておる保管コスト、そういったものとがいま混同されておりますから、そういったものを完全に分離する、そういったたてまえからこの薬価問題に取り組むということが必要ではないか、こういうふうに思っているわけであります。
 医療費の次に効率性の問題でありますが、これもいろいろありましたが、先ほどからかなり出ておりますから重複は避けますが、一つは、高度の設備とか高額医療機器の使用に当たっては、できるだけ共同利用を工夫してもらう。これは投資の効率性という観点から必要ではないか、こういうように思っております。
 それから、監査指導強化は省もいろいろ努力されておるわけでありますが、支払基金の強化をやはり問題にしてほしいと考えます。御承知のように、支払基金は現在基本金がたかだか百万円でありまして、政府は四十万円しか出していない。残りの六十万円を保険者等が出しておる。この百万円の基金であれだけの大作業をやらしておるわけであります。そこに一つの問題があります。
 それから、そうした基本金をふやす中で審査の委託、これは現在委託は義務づけられていないで、委託することができるという方向ですから、やはり政管健保だけでなしに、他の診療報酬についても義務づけという方向で方向性を明確にした方がいいのではないか。あるところへ行くと全然審査なしで医療機関に直接支払われるというようなところがあるわけですから、それではやはり報酬支払い上でのアンバランスが起きまして、医療機関としては高く払ってもらうところを歓迎するのはわかり切っておりますから、できるだけこの審査業務というのは支払基金に委託を義務づけるというところまで踏み切ったらどうか、こういうふうに私は思うわけであります。それから、当然それに必要な所要費用の納入というのも義務づける必要がある。非常におくれておってもほったらかしにしておってよろしい、こういうことはよくないというふうに考えます。
 それから第二に、職員の地位を明示してもらいたいと思います。また、特殊法人のようでありますけれども、職員の地位は全く基金法では明らかにされていない、触れていないという状況であります。そこで、そういったものを職員の地位を明確にする中で、審査に対する職員の位置づけ、助言の強化ということも当然支払基金法で考えるべきである、私はこういうように思っております。
 それから、第三番目に、考え方によると事務処理でありますが、たとえば医療機関に必要によって説明を求める、あるいは書類の提出を求めるというような場合に、現在一々都道府県知事の承認が要るということになっております。そのために時間がかかって審査が長引く、こういう結果が起こっております。ですから、これはやはりそういった事務の問題でありますから、機動性を持たせるという意味で、幹事長権限をもっと高めるという必要があるんじゃないかというように考えます。
 そのほか効率性の問題では、領収書の発行ができないのであれば、被保険者証へせめて費用の記入だけでもしてもらうということぐらいはひとつ励行をしてほしいものだというふうに考えます。
 大体各分野にわたりましては以上、あと医療供給体制の問題でありますが、これについてはいろいろ出ておりますから割愛をさせていただきまして、ただ老人ヘルス医療をやる場合に、せめてホームドクター制度の検討ということができないのかということと、現在の公的病院のあり方、特に国公立病院のあり方というのはこれでいいのかということ、そういったところに問題があるということだけ申し上げておきます。
 終わりに、公費負担医療でありますが、公費負担医療につきましては、やはりヘルスサービスの分野と公費で負担する医療費の分野、こういったものの分野の明確化ということが必要であろうと思います。そして、それに関連して医療保険との関係ということもありますが、それらを総合的な視点でもう一回ながめ直しをして公費負担医療のあり方というものを考えてもらうべきではなかろうか。現在、公費負担医療の適用基準というものも社会的通念としてまだ確立されておらないというふうにも見えますので、そうした基本的な見直しを公費負担医療ではやっていただきたい、こういうふうに思います。
 以上です。
#124
○戸沢小委員長 ありがとうございました。
 以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
    ―――――――――――――
#125
○戸沢小委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許しますが、時間の関係上簡単にお願いいたしたいと思います。なお、お答えを希望する参考人の方のお名前をおっしゃっていただきたいと思います。湯川宏君。
#126
○湯川小委員 ただいま医療保険に関する基本的な事項について、大変各角度からの御意見をいただいたわけでありますが、要するに、今日直面しております医療保険を制度として今後長年にわたってまともな形で運営していかなければならない。それについてどうも最近の医療保険の特に財政問題についての不安というものがある。この不安をどのようにしてこの段階でなくしていくか、それについての具体的な方策をいろいろと拝聴したと思うのでありますが、特にことしの五十四年度の総医療費が十一兆円になろうというふうに言われておりますが、一部ではさらに、従来の五年間でおおむね倍増したのであるから今後五年すれば二十兆を超えるじゃないかというふうなことも言われたりしております。ただ、従来五年で倍になったかちまた倍になるというふうな、考え方としてはいささか私ども反論もしたい点もありますが、そういうふうな趨勢に対してわれわれはどのように個々の部面で対処していかなければならぬかというのが当面の医療保険の一番大きな問題かと思います。もちろん老齢化の進むに従いまして老人の医療が相当な増高をするということは避けがたいことかと思いますが、従来の高度成長以来何とかなるわというふうな一般お互いの間の受けとめ方が、この数年来そうはいかない。やはり医療としてはサービスしなければならぬものについては手厚くサービスしなければならないけれども、制度全体としては各部面で厳正さというものを貫いていかなければいかぬというふうなことが一般に認識されるに至ったということは大変好ましいことだと思います。特にこれからの安定成長ということに関連しまして、市民一人一人が、特に従来は病気になってもただなんだというふうな感触が、比較的自分の健康保持に対する自己責任といいますか、そういう点であるいは欠けた点もあったかと思いますが、そういうことがだんだんまともな形のものに変わりつつあるというふうな印象もありまして好ましいことだと思います。
 そこで、総医療費の十一兆云々というと大変な額でございますが、これが相当な勢いで増高するだろうというふうなことが予測されるにつきまして、廣瀬さんにお伺いしたいと思うのですが、いまのちょっと申し上げました五年でさらに倍になるかもしれぬじゃないかというふうな推計等に対しましてどのような御認識をしておられますか、伺いたいと思います。
#127
○廣瀬参考人 今後の見通しは非常にむずかしいのですが、私先ほど申し上げましたように、やはり医療に関係するすべての人が、このまま従来の勢いでは財政的に医療保険がもう破壊するぞという意識を強く持つ必要があると思います。かなり最近そういう意識が強くなってきたと思いますけれども、まだ国民と申しますか、患者の立場でも、保険制度が余りにもありがた過ぎるために必要以上にお医者さんにかかる、あるいはお医者さんのはしごというふうな言葉もありますが、そういうこともやはり国民自身も自覚をして、先ほど申し上げましたように、自分の健康はまず自分で守るという意識と努力が必要だろうと思いますし、医療従事者もこの医の倫理というものを十分に尊重してもらう。それから行政庁も、先ほどるる希望を申し上げましたが、こういうことが本当にそれぞれの立場の人が真剣にそういう気持ちでやっていかれればこの医療費の伸びというものの勢いはある程度減るんじゃないかと予測はしております。したがって、今後関係者がどれだけ意識を持ち、どれだけ努力をするかによってその伸び率は相当違うのじゃないかということでございまして、どういう前提で考えるかということが問題でありますけれども、いずれにしてもいまの歯どめのない、しかも現物給付、出来高払いという制度そのものはどうしても医療費が非常に伸びやすいという宿命、性格を持っていると思いますので、もしこの制度を続けるなら、やはり先ほど申しましたように、一定の医療費の限度というものはどの程度であるべきかという論議と、それを保障する何らかの方法が最終的には必要ではなかろうか。まともな答弁にはなっておりませんけれども、そういうふうに考えております。
#128
○湯川小委員 そういう面には、この五年間といいましても過去に比べれば伸び率は幾らかずつ下がってきておるということは事実でございますが、私はこの五年倍増というふうな受けとめ方をみんなでもって抑え込んでいくんだという心構えが必要だと思いますが、そういう点で廣瀬さんの方なんかもいろいろな角度で御努力賜っているのも非常に敬意を表するところです。
 そこで、結局財政運営からいいますと、保険料と自己負担と公費負担をどのようにかみ合わせるかということであるわけですが、公費負担につきましてはおのずから限度がある。また、保険料につきましても最近の状況から言えばそうべらぼうにも上げていけない。そうしますと、自己負担について適正な負担をしていただかざるを得ないかと思いますが、一部で言われますように、給付水準を九割とか十割ということは事実上困難、また実際諸外国におきましても、同じように医療費の急増に対しましてそれぞれの国で非常な努力をしておられることは御承知のとおりです。薬剤の負担につきましても、イギリス、フランス、ドイツあるいはスウェーデンあたりが相当な負担も実施しておりますし、それから健康保持についての自己責任といいますか、従来のようなのほほんとした自分の健康保持に対する構えというものをもう少し市民が反省して、ある程度自己責任というものについて、かかる、それに該当する負担、なかなか計算はむずかしいと思いますが、そういうことについても考えなければいかぬのじゃないかというふうな感じがするわけであります。かたがた先ほどお話しのように、西ドイツの医療抑制法ですか、ああいうようなことでそれぞれの先進国においても苦労しておるところであります。私ども一番心配するのは、従来やってきたから何とかという構えでなくて、この時点で本当に将来やっていけるという構えに、早急にそういう体制を固めるということが非常に大事かと思うのです。
 そういう点で、いまの薬剤問題とか健康保持に対する責任の問題とかを含めまして、自己負担についての感触を福田さん、何か御意見。
#129
○福田参考人 自己負担につきまして、現行は政管が給付率大体八八%程度、それから健保組合で八九%程度、ですから残りが自己負担ということになっておるわけでございますが、これから少なくとも自己負担というのは現行を割るようなことでは納得すまい。今度、きょう健保改正の問題はやらないということでございますが、ただ問題になっておる健保改正が八三%程度まで、自己負担がその分だけ上がるというところがいろいろ言われておる大きな問題だろうと思うのです。そういう点から言いましても、私どもも適正な自己負担について何も反対しておるわけではございませんで、少なくとも現行は割らないし、それからこれから本人、家族が同一であるということについても何も異論を申し上げておるわけではないので、そういうところの前提問題を申し上げ、いろいろ問題にしてきたということでございます。
#130
○湯川小委員 それから、先ほどのお話の中で付添看護婦と差額ベッドの問題、いろいろ御意見がございましたが、確かに現在の状況では当事者が非常にお困りになっておるということは事実で、これに対してどのような方策を考えるかということで、廣瀬さんでございましたか、一部負担をまともな形で取ってその方の財源にも考えられないかというようなお話、ちょっとございましたね。何かほかに差額と付き添いとにつきまして御提言ございませんか。
 諸橋さん、病院側として実際問題としまして差額ベッドも本当は取りにくいものを取らざるを得ない、あるいは付き添いも患者の状況によってはそうしてもらわざるを得ないということで、現場でいろいろお困りになっておられると思いますが、これに対して病院経営者として何か具体的な御提案ございますか。
#131
○諸橋参考人 お手元に配付申し上げました参考書類の中に、「社会保険診療における室料差額・付添看護改善に関する意見書」というものを私どもの委員会で五島貞次先生を委員長としましてまとめたものがございます。先ほど簡単に申し上げましたように、室料と言ってもその面積、建築費あるいは暖冷房その他いろいろのものがあるわけでございます。したがいまして、減価償却も大変違ってくるのですが、それが一律に同じように全国でやられているところに大変問題があるのじゃないかと思うわけでございます。病状に応じて、先ほど申し上げましたように、医療上どうしても一人にしなくてはいけない、たとえば亡くなるような重病人を大部屋でもって扱っておった場合には大変ほかの人が困るわけです。したがって、こういうものは病院が病状によって個室に入っていただかなくちゃいけないわけですから、そのようなものは御自分でもって負担するのじゃなくて保険の対象にするような形。しかも、その室料においても、木造のものも鉄筋のものも、あるいは面積の少ないものもあり、りっぱな暖冷房がついてあるようなものについては料金を変えることも一つの手じゃないか。現在は労災保険においては二千五百円までは病状によって必要としたものは室料の差額代は保険で給付になってございます。そのようなことも一つの大事なことじゃないだろうかというふうに私どもは思っております。
 それから、付き添いの問題でございますけれども、先ほど申し上げましたような基準看護特二類の看護婦の絶対数では、重病人を扱うような病院は残念ながら付き添いが一人もいなくなっては病院運営はやれないわけでございます。しかし、それをどうするかということになった場合には、それじゃ看護婦をそんなにたくさんすぐに集められるかといった場合には、これはなかなかむずかしゅうございます。雇用問題も含めまして助手というものが比較的得やすい段階であれば、それを二カ月でも数カ月でも教育することによって、助手でもって果たせるような看護の分野もたくさんあるわけでございますので、それを導入するような点数を決めていただければ、現在の二・五人に対して一人の看護要員ということじゃなくて、あるいは一に対して一人助手で間に合うところは助手でやるとかそのような形で、したがって正看よりは助手を入れた場合には点数が低くなるのは当然でございますけれども、そのような形をとればそうむずかしくないのじゃないだろうかというふうに私はいま思っているわけでございます。
#132
○湯川小委員 小寺さんにお伺いしたいと思いますが、これはごく一部だと思いますけれども、お医者さんの出来高制度に対してこれを悪用するといいますか、不正請求とか不当な請求がときどき報道されたりするわけですが、社会的に一般の人が非常に苦々しい気持ちで報道を見ておるというふうに思います。たとえば、公務員等が十万、二十万の汚職をすれば、首になり、退職金も飛び、年金も飛び、そうして二度の勤めも大変だというふうなことになるのに、何千万もつけ増ししても余りひどくないんじゃないか、こんなことが許されていいのかというふうなことがよく言われていますね。今日、厚生省関係の方からのこういう不正なことをするお医者に対する取り扱いに対して、国民として医者に対するどのような態度が好ましいとお思いになりますか。
#133
○小寺参考人 ちょっと述べやすいようでむずかしい質問なんですけれども、どうでしょう、まず医師の報酬というものをどのくらい見るかという問題があるのですけれども、これはなかなか私ども素人で簡単に言い切れない問題なんですが、やはりサービスというのは高くつくということでして、日本の場合、比較的サービスというと無料だというような印象でずっと戦時中から来ていたものですから、そういう意味ではちょっとその考え方に変更を加えなくてはいかぬわけなんです。たとえば、国家公務員である医師の報酬がどういうふうにして出されておるか、それと一般の医師との関係というのはどの程度の関係づけをして評価をしたらいいのか、そういうところで検討してもらうということしかないと思うのですね。
 それで、私ども心配しているのは、医師の方で、先ほど福田さんからも出たように、裏口の問題があるし、不正問題が出てくるし、そうすると被保険者として負担することを考えるときに、そういったむだなところに相当とられるという、それは困る。これは私どもの言う公正感から全く逆なんです。ですから、できるだけ医師の診療報酬、技術というものを適正にどういうふうに見るかということで議論をしていただいて、とにかく一応基準らしきものを求めてもらうということが必要ではないか。それによって今度は出す側はいまの不満感、不公平感というものがなくなった状況で負担にどうたえるかということになりますと、また被保険者としての考え方もおのずから変わってくる、こういうことは言えると思います。
#134
○戸沢小委員長 村山富市君。
#135
○村山(富)小委員 自治体病院の諸橋先生にちょっとお伺いしたいのですけれども、これは端的にお尋ねして、いまお話がございましたように、自治体病院等の公的医療機関と民間の開業医、薬の購入価格が違う。素人が考えますと、大きな病院の方が大量に買えて、そしてある意味からしますと支払いの方も客観的に信頼度が高いというふうに思われますから、安く買えるのではないかと思うのですが、いまのお話ですと逆ですね。これはどういうところに問題があるというようにお考えになっていますか。
 それから、これもまた端的にお尋ねして恐縮ですけれども、一般的には医療機関というのは大変もうかっているというふうに言われていますね。一般の開業医がもうかっておるのに、ある意味では税金も払っていない自治体病院が赤字が出るというのは一体どういうところに問題があるようにお考えですか。
 それから、これは午前中ちょっと医師会の方にも中医協の問題でお尋ねしたのですが、二カ年間も中医協が開かれなかった。中医協は単に診療報酬の問題だけではなくて医療制度、医療保険等について相当大きな権能と機能を持っていると思うのです。これだけ医療問題がやかましく議論されるとき、その中医協が二カ年間全く開かれなかったということはやはり問題ではないかというように私どもは思うのですけれども、その開かれなかった理由は主として厚生省と日本医師会の断絶にあったと考えられておるわけですけれども、ある意味からしますと、診療側を代表する委員の方は、医師会だけが何も診療側を代表するものではないというように思いますから、もう少し公平に各層を代表して運営できるようなものに改組する必要があるのではないかというふうに私どもは考えておりますけれども、その点についてはあなた方の立場からしていまの中医協のあり方についてどういうふうにお考えになっているのか、もう少し端的にお答えいただきたいと思うのです。
 この中医協の改組の問題については、単に医療機関だけではなくて、支払い側の皆さんにも関係があるわけですから、もしそのことについて補足する御意見がございましたら、御意見をお聞かせ願いたいというふうに思います。
 それから、いま一つは、先般厚生省が社会保障制度審議会に老人医療のあり方について諮問をしました。これは今年度の予算編成の際に、いまの老人医療無料化に対して一部有料化しよう、こういう動きがあって相当問題になったのです。これは厚生大臣と大蔵大臣の覚書まで交換をされて、さらに検討し、見直すという課題として残されておるわけです。この老人医療のあり方がこれから大変大きな問題になっていくわけです。特に老齢化社会を迎えて相当大きな問題になっていく可能性がある。そこで、やはり何らかの改善を考えていく必要があるのではないか。
 社会党は老人医療の保険制度のあり方について一つの考え方を出しています。その要点を申し上げますと、いまの医療は治療中心になっておる、それをもう少し健康管理、健康指導、予防といったようなものにウエートを変えていく必要があるのではないか。とりわけこの老人医療についてはそのことが重要ではないか。そういう意味から考えますと、老人医療を別建てにして、そしていまの点数出来高払いというものについては弊害があっていろいろな角度から検討されているわけですが、この際、健康管理と健康指導、予防といったようなものを重点に老人医療を考えるというたてまえから言えば、むしろ老人医療だけを登録制に切りかえてやった方がいいんではないかというふうに考えて、社会党はそういう意見も出しているわけですが、そういう考え方に対してどういうふうにお考えになられますか。それぞれの立場からのお考えを聞かせていただければ大変ありがたいと思うわけです。
 それだけです。
#136
○諸橋参考人 第一の御質問でございますが、薬の値段が公立病院には高く、民間医療機関には安く差別対価というものが公然とまかり通っているという現状でございます。これは先ほど申し上げましたように、日本医薬品卸業連合会の渡邊会長がみずからそのようなことを申されておるわけでございます。数カ月前の参議院の社労委員会に参考人として呼ばれたときにも、渡邊会長はやはりそのようなことを申しております。その内容は、薬価基準を高く決めるために国公立病院には高く売っておりますと、薬価基準は九〇%バルクラインでございますので高いところに安定いたします、したがってメーカーも医療機関も利益をこうむることができるということでございます。
 公的病院は一流品しか大体使わない。私は、自治体病院の方には、薬はメーカー品、一流品を安く買って少し使って治すようにということをいろいろ言っているわけでございます。したがって、私どもは一流品のマージンは大変少のうございますけれども、公的なものは薬の安全性からいっても一流品を使うべきだ、そのようなことでございますので、公立病院は引け引けと言っても、どうせ一流品しか買わないのだからというメーカーに比較的安心感がありますが、民間病院は必ずしも一流品を使わなくても差し支えないように聞いております。したがって、民間病院はある程度値引きをしないと二流品を買われてしまって、それでは一流メーカーは売れなくて損であるから、一流メーカーも民間病院には安くするんだということで、その理由があるかと思うわけでございます。
 第三番目は、プロパーは民間の医療機関には余り入ってございませんが、公的あるいは国立の方にはプロパーが大変たくさん入ってまいっております。私どもの病院でもかつて調べましたら九十四社入ってございまして、これを規制したわけでございますけれども、このプロパーの費用が大変メーカーの負担になるから、したがって国公立病院には高く売らなくちゃいけない、このような理由からだというふうに私は聞いてございます。
 次の、民間病院は黒字であるけれども自治体病院は赤字であるという大変痛い御質問でございますけれども、これは理由がはっきりしたものがあるのでございまして、第一に、自治体病院は立地条件から見ましても大都市には比較的少のうございます。山間あるいは僻地、離島とかにあって、自治体病院一千のうちでその町、その村でたった一つの医療機関というのが二百十幾つございます。このようなことは行政的な一つの病院でありまして、その病院がなければその町では入院することもできない。そのようなことで、一つは、立地条件が悪いということでございます。
 それから、高度医療、不採算医療を担当するわけでございます。自治体病院が民間と同じようなことをやっておっては、これはまた設立の意味もないわけでありますが、たとえば高度医療について言いますと、胃の手術をする場合におきましても、レントゲンはもちろん、胃の内視鏡で調べて、ここの点まではがんがある、ここの点まではがんがないということを術前によく調べてわかるわけでありますが、その胃の切除を行うときにも術者とそれから助手が二、三人、麻酔が一人、少なくとも四人でやります。看護婦はもちろん数人つくわけでございますけれども、病理に持っていってまだがん細胞があるようではこれはまた再発する心配があるからということで、切除したときに直ちにこれを調べて、そこは安全だ、そこはまだ切り足らぬ、あるいはそのリンパ腺は危ないとか、そういうことを徹底的に調べてやるわけでございますが、このようにやる手術代と、それからドクターが一人、看護婦二、三人でやられるような胃の手術代も単価としては同じであります。このようなことからどうしても原価がたくさんかかるということが言えるわけであります。
 なおまた、先ほど申し上げましたような不採算医療につきましても自治体病院はやらなくちゃいけないわけですが、民間ではもうからない医療は別にやる必要はないわけでありますし、赤字になってまでその医療の経営を続けなくちゃいけないという理由はないわけであります。
 次に、有資格者の数でありますけれども、百床当たりの医師、看護婦あるいは薬剤師、育成技師、検査技師、栄養士、このような有資格者の数を民間の医療機関と比べますと、これは自治体病院の方が数が多うございます。したがって、人件費も高くつくということが言えるわけであります。
 いま一つは、部屋代の差額収入のことでございますが、自治体病院は医業収益の中で占める室料差額費は丁二%であります。日赤、済生会は三・五から五%、民間の大都市にある医療機関は一〇%、私立の医科大学が三〇%、このように言われておるのが現状でございます。したがって、室料差額をもし自治体病院が一〇%も取ることができれば、これは相当の黒字になります。しかし、本来の設立の趣旨から言いましても、このように多額の部屋代の差額を取るということは許されてない現状でございますので、これは言うべくして行うことができない問題だと思うわけでございます。
 その次に、中医協の問題でございますけれども、先ほどいろいろ申し上げましたように、私どもは、何も医療を担当するのは日本医師会の会員だけではございません。また、日本医師会の中から委員が選ばれて独占されているわけでございますが、これは歴史的に見ましても大変残念なことなんですが、かつては日本病院協会から代表が出ておったこともございます。現在のところ、残念ながら診療担当者八人のうちの日本医師会の代表というのが五人、それから薬剤師会が一名、歯科医師会が一名出ておるのですが、病院の代表とおっしゃられても、現在高度医療をおやりになっているような基準看護、基準給食、基準寝具あるいは総合病院、こういうふうな方は一人もいないということで、厚生大臣はかつて、日本医師会の代表の中には病院代表も入っているというような返事をされましたけれども、私どもは、あれは病院の代表じゃなくて、診療所程度の病院の代表でしかないものですから、したがって高度医療、そのようなことは余りおわかりになってないんじゃないかということを思うわけでございます。先ほど申し上げましたような国立公的の病院が占める医療費の割合は二五%もあるわけでありますので、ぜひとも公的病院の代表者にも推薦権を与えて、そして自治体病院協議会も法人格を持ってございますが、同じ土俵に上げて、そこで議論して正しい医療費の設定が行われることをぜひ望みたいわけでございます。
 なおまた、公益委員にも――中医協は診療担当者が一人欠けても会議を開けないということじゃなくて、公益委員に、意見の対立があった場合には裁定権を与えて、そこで結論を出すようなことを私どもぜひともお願いしたいと思うわけでございます。三者同数制とすることは同様でございます。皆さま方の、この後の参考人の方と私は同じでございます。専門委員会を常設する、事務局を常設する、これも当然のことでございます。
 最後に、老人医療の問題につきまして、私は老人医療を担当してございます。また、養護老人ホームも併設して、私は所長を兼ねております。その感想から言いましても、医療費の方だけを無料化して供給体制を怠っておりますものですから、老人は大変困却している。と申し上げますのは、先ほどの保険外負担の問題もあります。老人は医療は無料化になったからといって、病気になった場合に病院に行けば部屋代の差額を取られる、今度付き添いは自分で連れてこいとか、そういうふうな負担がいろいろ取られるということを聞いておるわけでございます。
 なおまた、私が実際診療しての感じでは、こんなに所得のある老人までも国は無料にしなくちゃいかないのか。日本の経済はそれほど豊かじゃないというふうに聞いているのに、このようにタクシーで来てタクシーで帰って、そして病院の方はただだというような、診療を受ける人もまことに申しわけないと言っているような実情でありますので、余りにも無料にするということは、これは行き過ぎじゃないんだろうか。それだけの余力があったのならば、もっともっとその費用を重点的に恵まれない人に使ってやる必要があるんじゃないか。ある程度の所得の少ない人に対しては当然無料ということもよろしいでしょうが、ある程度以上の所得のある人については、やはりこれは一部負担をつけていただいて、たとえば外来に来る場合に一回百円でも結構でしょう、あるいは入院した場合に給食代として実費で一日五百円でも結構でしょう、そのようなことを負担していただくということは、健康は自分でもって守るんだという観念が徹底いたしまして御本人にもよろしいんだろうと私は思うわけでございます。
 歯科の入れ歯につきましても、無料だということで一人で大体十個くらい総入れ歯を持っている老人がたくさんおります。これはある病院に行きますと、つくってもらったら、ちょっと入れてみたけれどもどうも痛いんでまた別に行く。やはり入れ歯というものは相当の期間がまんしていただかないと自分のあごにぴったり合わないんで、これは大変残念だと思うわけでございますが、そのような現状でございますことを申し上げたいと思います。
 先ほどまた、健康の増進とかあるいは健康管理指導、予防に力を入れる、これは当然のことだと思うわけでございます。日本の医療は余りにも治療中心でございます。世界各国から見ましても、予防にもっともっと力を入れ、予防に対しても保険給付をしていただくということは、大変望ましい姿だと思います。
 なおまた、老人は病気があると言えば病気があります。ないと言えばないわけで、これは一つの生理的の現象でもあり、老化現象でもあるわけでございまして、すべての老人の病気を、あるいは不自由のところを病院が扱ってやらなくちゃいかないということもないのじゃないだろうかと思うわけでございます。
 と申し上げますのは、養護老人ホーム、特別養護老人ホームで十分間に合う程度のものも相当あると私は思います。しかし、先ほど申し上げましたように、このような特別養護老人ホームの制度を厚生省が推奨されるに当たりまして、いままで老人医療、老人福祉に対して力を入れていらっしゃらなかった開業医さんが営業目的として特別養護老人ホームを押すな押すなということでもって申し込まれるという現状についても、これは大変憂慮しなくちゃいかないんじゃないだろうかと思います。このようなものはぜひとも市町村、公のものが力をもっと入れてやるのが一番望ましい姿じゃないかと思うわけでございます。
 以上でございます。
#137
○戸沢小委員長 どうもありがとうございました。
 その他の参考人の方々から中医協問題につきまして御意見がありましたら、それから老人医療のあり方についての御意見を承りたいと思います。
 順次、廣瀬参考人からお願いします。
#138
○廣瀬参考人 まず、中医協の問題につきまして意見を申し上げます。
 一つは、委員の構成の問題でございますが、いまお話がありましたように、公益委員の数が各側の半分であるわけですが、支払い側委員と医療担当者委員との間では、片方は払う立場、片方は受け取る立場で、まあ利害が相対立する立場にあるのは事実でございまして、両者だけではなかなかうまく意見の一致を見ない問題が多いわけでございます。そのためにこそ公益委員の判断が非常に大事でございまして、特に中医協の公益委員の任務は非常に重要だと思います。そういう意味から申しまして、少なくとも各側と同数にふやすべきであると私は思っております。これが第一点です。
 それから第二点は、病院代表の話でございますけれども、聞くところによりますと、日本医師会は病院も全部代表しておるからそれでいいんだと言っておられるようでございますが、本当に日本医師会の代表の方がそういう高度医療をやられる病院の立場も代表して意見を述べておられるとすれば病院側から文句が出ないはずでありますが、出ておるところを見ると、本当に高度医療をやっている病院の立場を代表していないんじゃないか。これは外から見た感じでございますが、そういう意味から申しますと、やはり本当に高度医療を担当しておられる病院の代表を別に出すべきであろうと考えております。
 なお、先ほどの二年間も中医協が開かれなかったというお話に関連いたしまして、いま各側が全部休みますと中医協が開こうにも開けない、成立しないというようなことになっておるのですが、そういうことになりますと本当に審議ができないわけでございますので、各側が全部休んだら審議ができないという法律になっておるとすれば非常におかしい。自分が都合が悪ければ休めばいいということではぐあいが悪いので、故意に休んだ場合には何か白紙委任というような取り扱いだけで決定できるようにすべきではないかというふうに思っております。
 なお、中医協の事務局の話が出ましたが、私も結論的には賛成でございまして、医療経済実態調査、その点やはり適正な医療費を決めるためには相当大規模な、かつまた専門的な知識も必要ないろいろの調査あるいは国民経済その他の観点からの検討、そういうものが相当要ると思います。そういう意味から申しますと、とにかく十兆円に及ぶ医療費というのは大変な金額でございますから、やはりしっかりした事務局を独立に置くことにつきまして私は賛成でございます。
 それから第二に、老人保健医療の問題でございますが、皆様のおっしゃる御意見のとおり、やはり老人につきましては治療も大事ですけれども、むしろやはり健康管理、予防の方がより大事だと思います。特に、老人につきましては、生活指導とか食事の指導とか、そういう日常の生活の指導というものが非常にやはり健康に関係があるわけでございますけれども、現在の診療報酬では、そういうことを幾ら親切に時間をかけて指導しても、診療報酬として報酬の対価がないので、やりたい人でもやってくれないというところに現在の診療報酬制度の出来高払いの一つの欠点があるのじゃないかと思います。したがいまして、いまの御意見のように、老人につきまして、特にヘルスの問題を大いにやろうという以上は、私はやはりそういう行為に対する報酬の支払い方式を変えるべきだと思っております。先ほどフランス、ドイツのような制度に一挙に変えられないと申しました。これは全体の問題を言ったわけでございまして、健保連といたしましても、すでに五十二年には、老人のヘルスにつきましては、やはり出来高払いよりもむしろいまお話のありましたような登録方式の方がいいのじゃないかという提案をしております。これは一般に医療費の支払い方式が医者のビヘービアを変えるという有名な言葉がありますが、やはりそういう健康管理、疾病予防、あるいは生活指導等を一生懸命やれば相当の報酬がもらえるという制度にすればほっておいてもそういうことが重点的に行われることになるのじゃないかというふうに思っております。
 ただ問題は、ホームドクターという、そういう仕事をするに、いま現在の開業医がふさわしいかどうかという、どういう人になってもらえばいいかというようなこと、それから、本当に治療を要する人が入院をする場合にはまた別の方式も考えなくちゃならぬということで、これを実行するためにはいろいろ技術的な細かい問題はあると思いますけれども、大筋としては老人の疾病予防、健康管理を大いに進めるためには、やはり支払い方式は現在の出来高払いよりもイギリスのような登録方式の方がベターである、そういうふうに考えております。
#139
○戸沢小委員長 福田参考人にお願いします。
#140
○福田参考人 中医協の問題につきましては、先ほどお二人が言われましたことと特に変わりございません。ただ、中医協については、むしろ私どもとしては四者構成といいますか、いまは三者構成という形ですが、むしろ事業主と被保険者の方を分けて、そして公益、それから医療機関、事業主、被保険者ということで、四者構成がむしろもっと妥当じゃなかろうか、それから医療関係者の中に病院関係が入るということはこれは当然のことでありまして、自治体病院の方が言われるとおりだと思います。
 中医協の運営について、私は中医協の方はやっていないわけでございますけれども、中医協というのは独立して、ほかの審議会と違って、行政機関的性格を特に持っている機関でございますから、もっと自主的な運営ができるような、そういう意味において事務局が特に必要でございましょうし、中医協の何か自主的運営ができるような、一部の人たちの拒否によって開かれないとか、そういうことがないような形のもの、それで、そういうときにはやはり公益側が代行するというのは、ある意味では普通の審議会のやることでございまして、そこらも民主的運営が必要かと思うわけでございます。
 それから、老人医療制度につきましては、先ほど先生の言われましたことは私ども原則的に賛成でございまして、先ほどもそういうような立場で申し上げたつもりでございます。特に年齢について、六十五歳からにやはり引き下げるべきではなかろうか。現在七十歳から無料化が実施されておりますが、有病率から見ましても、病気しがちになるのは六十五歳、この六十五歳というところがやはり年齢の区切りじゃなかろうか。そうすると、これから公費負担をやっていく場合には相当な費用がかかる。予防中心で登録制度をとるということは賛成でございますし、先ほども申しました。問題は、老人保健医療制度のこれからの問題は費用をどういうふうにだれが見るのかというところが一番大きな問題だろうと思うのです。そういう意味で小沢試案なり前の橋本試案等もいろいろ言われたのだと思うので、その意味から申し上げますと、いま制度審に諮問されておりますが、これは簡単にそういうものが出るとも思われないし、またそこのところがはっきりしないと、たとえ何を言ってみても実現が不可能なんじゃなかろうかという意味におきまして、私どもも老人保健医療制度六十五歳、それまでは先ほど小寺さんが言われましたような老人医療制度をそれぞれの健保で延長して六十五歳までやはりつないでいくという構想は描いているわけですが、費用の問題について正直申し上げてさてどうしたものかということで、制度そのものも必要であるけれども、そこらのところで実はむしろ大変悩んで検討を進めているというのが正直申し上げた私どもの考えでございます。
#141
○戸沢小委員長 どうもありがとうございました。それでは、小寺参考人にお願いします。
#142
○小寺参考人 中医協の構成等については、いま出ておりますとおり賛成です。
 それから、事務局強化も同様に賛成です。
 老人医療問題の登録制のところですけれども、これは私も実は賛成なんですけれども、この場合に、支払い方式をどうするかということ、金の裏づけが大事であろうと思うのです。支払い方式は、やはりちょっと出来高払いは難があるのじゃなかろうか、そうすると人頭払い方式かというような感じがします。その辺を検討していただくことも大切だろうと思います。登録制は賛成でございます。
#143
○戸沢小委員長 ありがとうございました。
#144
○村山(富)小委員 時間が余りないのでなんですけれども、やはり共通して皆さんが御指摘になりましたのは、余りにも医療にむだが多過ぎる、そのむだをどう排除するかということにもっと真剣に取り組めばもっと保険は健全になるのではないか、こういう御意見でいろいろな点が指摘をされたと思うのです。その中でやっぱり一番最初に挙げられましたのは薬価の差益ですね。薬価の差益で、薬をたくさん上げることによって収益が上がる。しかも、その薬には副作用があっていろいろな弊害が起こる。だから、極端に言いますと、薬をたくさん服用することによって新しい病気をつくってまた薬が要る、そういう悪循環を繰り返しておるのではないかと言われるぐらいに薬の問題というのは大きな問題ではないかと思うのです。医薬分業が一つの方法として考えられているわけですけれども、さっきお話もございましたように、医薬分業はトンネルの薬局をこしらえて本来あるべき医薬分業とは大分違った形であらわれつつある。こういう弊害も起こってくるので、大変むずかしい問題があると思うのですけれども、そうした薬の問題等について、もう少し適正に、しかも安全性が確保されて使われるようにするためにはどういう方法が一番いいのかということが問題になると思うのです。
 時間がございませんから、それぞれに聞きますとまた長くなると思うのですけれども、これは健保連の廣瀬さんで結構ですから、その点何かお考えがありましたらお聞かせをいただきたい。
 それからもう一つは、保険外負担です。これは本来、現行では、健康保険の場合には本人十割、家族七割、国民健康保険の場合には本人、家族七割、こういう条件になっていますから、したがって健保で契約して保険に入っておる、あるいは国保に入っておる、こういう者について保険外負担が大変たくさんかかるというのはだれが考えたってもってのほかの話であってよくないわけです。ただ、保険外負担を解消するためには、先ほど来お話もありましたように、単なる行政指導だけでは解消しない。どこかにやっぱり無理がある。その無理を解消するような手だてを講じなければ効果は上がっていかない。こういう点が大変問題になってくるのではないかと思うのですけれども、端的に言いまして、室料差額等々を残して取ってもよろしい、そのかわりにそれはあくまでも本人の承諾を前提にするというふうなことにきちっとすべきであるというふうにお思いですか。そこらの点はどういうふうにお考えになっておるか、これはひとつ総評と同盟のお二人にお答えをいただきたいと思うのです。
#145
○戸沢小委員長 それでは、薬対策について廣瀬参考人お願いします。
#146
○廣瀬参考人 実勢価格と薬価基準との差をなくすべきであると口で言うのは非常にやさしいのですけれども、私も余り薬のことは詳しくないのですが、やはり場所によりまして、また購入の包装単位によりまして、あるいは購入の量によりまして、実際上同じものでもかなり価格が違うというような事実もあるようでございますので、幾ら厳密に調査をしても、すべての人が損もしない、得もしないようにということは完全にはできないのじゃないかと思っております。それにしても、やはり随時調査をやることによって現在のような大きな利幅というのはもっと縮小できると思います。そういうことで、やはりめんどうでも随時調査をやるということが一つ必要であろう。
 それから、調査もかなり品目なり包装単位を限定してやっておるようでございますけれども、もう少し包装単位をいろいろな種類のものを対象にした方がより合理的ではなかろうかと思っております。そういうことで調査の方法をもう少し工夫すれば、少なくとも現在よりは相当改善できるであろうと思っております。
 それからもう一つ、この点はまだよく詰まっておりませんけれども、薬の中でも主として使われる重要医薬品というのが幾つかありまして、これが非常に重要なあれでございますが、そういうものはひとつ何か医薬品配給公団なり国家買い上げをして現物で渡して使った分だけを補給する、お医者さんが薬を使うことによってもちろん損もしなければ得もしない、そういうことを考えたらどうかという意見を私、前にある人から聞きまして、そういうことができるかどうか問題でございますけれども、そういうことも一つの案かなと思っておりますが、それができる、できない、あるいはいいか悪いかという判断はまだできておりませんが、そういう意見も聞いたこともありますので、ちょっと御参考までに申し上げておきます。
#147
○戸沢小委員長 では、保険外負担の問題につきまして福田参考人お願いします。
#148
○福田参考人 室料差額につきましては、本人が希望して入るというケースを何も私ども否定しておるわけではないのですが、ただ、病院側によって、本人が入ると言ったから入れたという病院側の言いわけに使われる場合が往々にしてあるわけでありまして、したがって少なくともいま厚生省が言っておるような三人以上は取るべきではないし、それから二人部屋につきましても私ども一昨年調査したところでは、自治体等でも二人部屋を相当取っている事例が多いわけです。というのは、三人部屋と二人部屋を区別するために自治体病院等で相当な室料差額を取っている。これはやはりおかしいので、個室については、個室に入らなければいかぬような人がいて本人が希望した場合に若干取ることについてはある程度わからぬでもないですが、二人部屋以上のところはやはり原則としては取らないということをきちっとしておかないと、何か本人がいいからということを理由にしまして室料差額が――兵庫県の但東町で、丹波の方で私ども調べた例では、たしか自治体病院で四五%ぐらい室料差額、二人以上で取っているというのが、私調査の結果、資料を持っております。これはどうもやはりいけない。やはり室料差額は取らないというのが原則であるということをきちっとしておかないといけない、こういうふうに思います。
#149
○小寺参考人 差額ベッド問題は、現在のように、千円一律というところに無理がありますから、そこで個室と二人室と三人室以上くらいの段階で診療報酬制度で差額ベッドを明確に認めるということがいいのじゃないかということを実は私申し上げたのですが、そういう手だてを講じて、そうすると片一方、選択問題は全くゼロだということになるわけですが、選択問題もこれは本当に利用する側からあるようですから、だからその場合は、少なくともその病院の選択できる個室とかそれから二人室というものの限度を抑える。たとえば、いま個人ベッドを見ますと、先ほど言ったように、個人ベッド病床数の約六九%だ、二人部屋が三九%、これは差額を取っているわけですから、こういう発想ではとてもじゃないがおかしいわけです。少なくともそういったものを一〇%以内ぐらいに抑えるとかいうような形にして、そして本人が選択する場合についてはやむを得ぬ、それはそれで取ってもいいのじゃないか、こういうことは言えると思います。そういうふうに思います。
#150
○村山(富)小委員 午前中もこの問題についてお尋ねしたのですが、医療保険、特に政府管掌の健康保険だけ見ましても、五十三年度、五十四年度は当初見込みと大分違いまして好転をしているわけです。特に五十四年度は単年度黒字になっておる。こういう財政が好転をしてきた背景は、理由は一体何なのかというふうに午前中もちょっとお聞きしたのですけれども、いろいろ見方があると思うのです。これは時間がなくてお答えは聞けないかもしれませんけれども、やはりその一つの大きな要素には、健保連の皆さんが医療費を本人に通知するというような運動をしていらっしゃる。恐らくこれがやはり効果があったと見て、厚生省も五十四年度、五十五年度で予算を計上して、そしていよいよ通知するということをやろうということになっておるわけですからね。私はある意味でやはりそういう運動が徹底して、少なくとも医療には間違いないのだということが社会的に認められれば、そのことはひいては医者と患者の信頼関係をつくっていくことになる。だから、大変いい運動ではないか、当然やるべきことだというふうに思っていますけれども、これは医療費のむだをなくしていくということからも、医療に対する国民の信頼を高めていくということからも大変重要なことだというふうに思うのですが、その点はどういうふうに考えておるか、特に廣瀬さん。
 それからもう一つは、私どもは医療保険というもの、特に健康保険なんかは健康保険組合、同時に、さっきお話がありましたように、地域においてはやはり地域の健康保険組合をこしらえて、そして組合が民主的な運営の中で自主的な経営の努力をすべきだ、そういう努力を通じて医療保険全体がやはり健全に維持されて守られていくというふうに思いますから、そういう方向にすべきではないかというふうに御意見も申し上げておるところなんですが、その点も含めてどういうようにお考えですか。いままでの経験を通じて御意見を聞きたいと思うのです。
#151
○廣瀬参考人 実は先ほど時間がございませんでしたので、申し上げたかったのですが割愛したのですが、御承知のように、健保連といたしましては医療費の通知を行っておるわけでございます。これは当初のねらいはやはり被保険者、家族に、医療費の額というものは本人が払った分しか知りませんので、健保組合でこれだけ払っておるのだ、総額はこんなに高いものだ、よって余りむだ遣いしないように、病気にならぬように心がけようという教育的なねらいで始めたわけでございますが、これをやってみますと、結果的に、この通知をもらったけれども実は自分はそのとき医者に行った覚えがないというような、いわゆる架空請求というような問題も出てまいりまして、そういうことで被保険者にとっては医療費というものは非常に高いものだ、われわれがどんどんお医者さんにかかれば保険料が高くなるのだ、やはり自分の健康は自分で気をつけなくてはならぬという教育的な意味が非常に大きいと思っております。それから、結果的な効果といたしまして、いままでごく一部のお医者さんでありましょうけれども、軽い気持ちで水増しあるいは不正請求をしておった。それで、大してばれもしなかった。ところが今度は、医療費通知をやられて、うっかりするとばれるぞということで、そういうことは今後うっかりできないという、一部のよくないお医者さんに対してそういう心理的影響を与えて、不正な請求がかなり少なくなったという効果もある、そういうふうに考えております。
 この運動をやりましたときに、医師会から、こういうことをやると患者と医者との信頼関係を阻害するという御異議があったわけでございますが、私どもは、病名は知らせないように、個人のプライバシーの尊重ということは十分気をつけまして、単に医療費の額だけ通知するようにということで十分配慮してやっております。したがいまして、正しい医療をやり、正しい金額を請求している人は何にも信頼関係を阻害することにはならない。仲間で変なのがおればやられる方がよいということで、むしろお医者さんからも非常に称賛のお言葉を賜っております。これは単に健保組合だけではなしに、政管はもとより共済組合も国民健康保険も全部やってほしいということを呼びかけておるわけでございます。
 それから第二の、健保組合の自主的な努力ということでございますが、一般的には、自分のことは自分でやらなくちゃいかぬ。自分の組合だから、要するに医療費が高くなれば保険料は高くしなければいけないんだという自己責任という観念が非常に強い。それはやはり運営の基礎でありまして、そういう点から、健康教育をしたり、疾病予防活動に力を入れたり、あるいはレセプトの点検をやったり、医療費通知運動をやったり、これも人も金もかかるわけですが、そういうことを自主的にやって、むだな医療費の排除をする、できるだけ病気にならぬように運動するというような、要するに、自分のことだから自分で一生懸命やろうというその精神が、組合でやった場合に非常に違うという実感を持っておるわけでございまして、今後とも、保険者のあり方としては、国がおやりになるよりも、こういう自主管理、自己責任体制の組合方式の方がいい、そういうふうに考えております。
#152
○戸沢小委員長 次に、谷口小委員の予定でしたが、谷口小委員はほかの委員会に出ておりまして、後回しにしてほしいということでございますので、それを採用させていただきます。
 順序を変更いたしまして、浦井洋君。
#153
○浦井小委員 諸橋さんにお伺いをしたいのですが、きょういただいたのは「医療保険制度改善についての意見」、こういうことでありますから、医療費の問題については、主に診療報酬体系をいじるという観点の非常に参考になる御意見であるわけなんです。
 先ほどの御意見でも言われたように、自治体病院というのは、離島、僻地を典型にして、不採算医療ですね、高度医療であるとかあるいは休日夜間、救急、こういうものを受け持たなければならぬ必然性があるわけですし、またやっていただきたいというふうに思うわけなんです。そういう場合に、そういうことでここに書かれてないんだろうと思うのですけれども、自治体からの要望なんかには、そういうものに対して国からいろいろな助成をしてほしいという要求がたくさん出るわけですね。そういうのがおありだろうと思うので、ひとつそれを教えていただきたいと思います。
#154
○諸橋参考人 これは、診療報酬問題とともに、私どもの自治体病院がやらなければいかない高度医療、不採算医療そのものについての応分の助成を、資本的なもの並びに運営費につきまして助成をいただきたいということは、自治体病院の特殊診療部門につきまして、救急医療の問題、それから小児の医療の問題、がんの医療の問題、そういうことにつきましては常に私ども申し上げて、年年少しずつではありますけれども、助成を増してきていただいてございます。また、特別交付税におきましても、救急医療あるいは看護婦養成所の費用あるいは一床当たりの精神、結核、一般、こういうものについてもいただいておりますが、何と言いましてもまだ十分ではないのは大変残念なことでございます。そのようなことで、診療報酬で賄い切れるものはよろしいんですけれども、山間僻地、離島にあるような病院は患者の数も少のうございます。しかし、少ないからと言って、これをなくすることはできないわけでございます。そのようなものに対しては、行政的に必要なものでもございますので、これは資本的投資あるいは診療報酬で足らないところの運営費はぜひ公費の負担でしていただきたいということを申し上げてあるわけでございます。
 日本は、強制的に国民皆保険にされておるわけでございます。しかしながら、医療供給体制は、日本は自由主義国家であるという名のもとに自由開業医制を主としてやられておるために――日本は義務教育ですから国民はすべて教育を受けなければいかないということになっております。どんな山間僻地、離島に行っても小学校、中学校はございます。そのようなことで、医療機関についても、国民を強制的に皆保険にしてある以上は、山間僻地、離島のようなところにはもっともっときめ細かく助成をやっていただいて、義務教育を国民が安心して受けられると同様なことをひとつ医療についても供給体制を整備していただきたい。憲法第二十五条に「すべて國民は、健康で文化的な最低限度の生活を營む權利を有する。」とあるわけでございますが、病院、診療所、医療機関がなくして、どうして健康な文化的な生活を営むことができるかと、私ども大変残念に思うわけでございますので、ひとつ一層の助成方を先生方にお願い申し上げる次第でございます。
#155
○浦井小委員 地方に行くと、小さな町の市長さんなんかから、市民からは市民病院をつくれという声があるんだけれども、とてもつくれないという話をよく聞くわけです。いろいろな統計資料を見ますと、最近はやや経営が持ち直したというふうなことを聞いておるわけなんですが、独立採算制ということであるのですが、もし自治体病院協議会の方でお手持ちでしたら、現在公営企業である病院事業に対して各自治体の一般会計からの投げ込みはどれくらいのものなんですか。
#156
○諸橋参考人 六百億円から八百億円、数百億円繰り入れまして、数百億円程度の赤字でございます。累積赤字は残念ながら二千億以上、それから不良債務は約一千数百億程度持っているのが現状でございます。詳しい数字はまた(浦井小委員「資料を出していただきたいと思うのです」と呼ぶ)それは後ほどお届け申し上げます。
#157
○浦井小委員 そこで、赤字を生む原因は、やはり不採算医療を抱え込まざるを得ないということで、診療報酬を少々いじくってもなかなか追いつかないということ。やはり根本のところには独立採算制というような一つのたががある。これを取り払うということについては諸橋さんなんかどういう御意見をお持ちなんでしょうか。
#158
○諸橋参考人 私は、診療報酬で賄い切れるところは当然診療報酬でやるべきだと思います。しかし、独立採算といっても、公営企業法の十七条の二に決めてございますたとえば高度医療とか不採算医療とか、そういうようなものについては診療報酬で賄い切れないところは、公衆衛生活動とか看護婦の養成費用もそうでございますけれども、これを一般会計から繰り入れろという原則がございますので、そのような原則をやってなおかっこの診療報酬で賄えなくて赤字になるような病院もあるとすれば、現実あるわけですが、山間僻地、離島、これはやむを得ません。そうでなくて、ある程度の中小都市以下にそういうところがあるとすれば、最大の原因は医師の確保難であります。医師が集まりさえすればまず大幅な赤字というものはあり得ないだろうというふうに思うわけでありまして、そのようなことがないように、われわれはもちろん親方日の丸であってはいけないので最大限の努力をするようにということはわれわれも申し上げ、私ども自治体病院協議会では経営研究会とか経営指標とかいろいろなものをつくって、最近自治省とも一緒になりまして、いままで赤字であったけれども黒字になった病院はどのような努力をしたか、どのような職員の協力があったか、そのような事例集をつくって職員に配付したりして士気を鼓舞しているわけでございます。
 したがって、私どもがあくまでも診療報酬の改正に望むのは、先ほど申し上げましたような診療報酬で持つべきものまで持っていただくのではなくて、たとえば看護料につきましても同様でございますが、付き添いなき看護をやれといった場合に、一ベッド当たり一人というように看護婦を用意すればできます。しかし、そのようなものを用意した場合には何ら報酬がないわけです。これはやればやるほど赤字になっていく。そうかといって、自治体病院は、先ほど申し上げましたような手術についても、非常にたくさんの専門家を用意してやる場合にはこれは赤字になりますが、しかし、それをやらないでいいかといえば、それではだれがやるかということになった場合には、われわれの使命としては、地域の医療を確保し、地域の医療水準を高めるということが一つの使命ですから、やはりこれはやらざるを得ないというふうに思っておるわけでございまして、独立採算、公営企業法そのものが悪いとは私は言ってはいません。これは運用の仕方によってはよろしいというふうに思っておるわけでございます。
#159
○浦井小委員 また後でその資料の控えなどをいただけたらと思います。どうもありがとうございました。
 健保連の廣瀬さんにお尋ねをしたいのですが、時間が余りないのであれなんですが、先ほどから話題になっております医療費の通知をする、これを運動化するという問題ですね。これはプライバシーを尊重して慎重にやるというお話があったわけですが、被保険者なりあるいは被扶養者なりから見ると、要するにいろいろなことから自分のプライバシーが企業の側に漏れていろいろな不都合なことが起こるんではないかというような危惧がないのかどうか、それに対する歯どめをどういうふうな形でやってもらえるのかということをお聞きをしたいと思います。そういうことをやることによって被保険者が医療機関に対する受診をためらうというような傾向がないのかどうかということ。
 それから、先ほどの御意見の中に、重症はできるだけ十割給付、軽症にはある程度自己負担もやむを得ないというお話であったわけでありますが、われわれは重症も軽症も十割給付を主張しておるわけであります。軽症の自己負担をふやすことによって、医療の原則である早期発見、早期治療というところに阻害が起こらないかという危惧を持っておるわけであります。そういう点でどう考えておられるのか。以上の諸点についてお聞きしたいと思います。
 それから、時間がございませんので総評、同盟の方にお聞きをしたいのでありますけれども、私ども共産党としては将来は政管健保、政府管掌も地域別に組合方式に変えていくべきだ、組合方式というのは、その一つの集団の疾病的な特徴もつかみやすいし、また組合員の意見が健保組合の運営に反映して非常によい方式だというふうに思うわけです。ところが、いまの仕組みが、御承知のように、健保組合の代表は事業主が選定した者からしか選出できないというような縛りがありまして、健保連の方おられますけれども、えてして健康保健組合のやり方というのが本来の目的から労務管理の一環に組み込まれるという危惧がなきにしもあらずであるというふうに私は思うわけです。そういう点で一体そういうふうにならないようにどういうふうに努力をされておるのかということですね。
 それから、もう一つの問題は、これは総評も同盟も抱えられておるだろうと思うのですけれども、保険料の負担区分の問題ですね。日本の場合政管健保でフィフティー・フィフティーということになっておりますが、これはむしろ諸外国の例から見ても珍しい方で、諸外国では七、三とか、あるいはもっと大きな開きになっているわけであります。だから、そういう点で、この運動についての将来のやり方と展望、こういう辺について順次お伺いしたいと思います。
#160
○戸沢小委員長 それでは、廣瀬参考人から。
 時間がありませんので簡単に御答弁願います。
#161
○廣瀬参考人 医療費通知につきましては先ほど申し上げましたように、プライバシーの尊重をしなければならないということは当初から十分に気をつけておりまして、病名は一切書かないということで、金額だけを知らせるということにしております。
 それから、若干の受診抑制のおそれがないかという御質問でございましたが、この運動をやりましたときに、確かに、こういう医療費通知をもらった、これは一体どういう趣旨なんだ、病気になっても医者にかかるなという意味かというような文句があったことも、ごく少数ですが、そういうケースもありました。そういう場合にはよく趣旨を説明して、決してそういうことじゃない、あなた方の払っている保険料がみんな病気になった人に使われておるんだけれども、あなたがこの前病気になってお医者さんに行ったときにはこれだけ使いましたという事実をお知らせしているだけですということで、これは話し合いをいたしまして、そういう趣旨を十分に了解してもらっております。なお、この運動を始めるに当たりましては、ここにおられる総評さんとも同盟さんともよく打ち合わせをいたしまして、そういう誤解のないように中央団体としても努めておるわけで、両団体からもこの運動に大いに協力をする、大いにやろうという御協賛をいただいておるわけでございます。
 それから、先ほどの一部負担の問題でございますが、これは程度の問題があると思います。それで、一つは金額の程度の問題と、国民のこれに対する意識の問題であろうと思います。非常に大きな一部負担ということになりますと、やはり受診抑制、かかりたくても金がないためにかかれないという問題があるかと思いますので、私どもの一部負担もそんな大げさなことを考えておるわけじゃないので、現在の生活水準を基礎としてお医者さんに診てもらうときには多少の一部負担という程度のことしか考えておりません。なお、この一部負担があるために病気になっても医者にかからない、早期受診を阻害するかという問題、もう一つ、やはり国民の教育レベルの問題があると思います。幸いにしてわが国は非常に教育レベルが進んでおりまして、こういう場合に医者にかかる必要があるかどうかということは、やはり現在の教育レベルでは多少の一部負担のために早期受診が阻害されることがない、そういうふうに考えております。
#162
○福田参考人 将来の健康保険の体系として、政管を組合方式に変えることについて私どもは賛成であります。それで、その際はやはり地域を基盤にして組合方式に変えていくべきである、こういうように思うわけであります。現在の健康保険組合が労務管理の一環として成っているということ、この点は御指摘のとおりでありまして、したがって私どもは現在の組合方式は賛成であるけれども、何も現在の健保組合そのものを賛成しているわけではない。やはり基本的には組合員の参加と効率化が組合方式の最も利点なんだから、効率化はある程度図られているけれども、組合員の参加がないではないかという面を指摘しておりまして、やはり団体交渉等を通じまして民主化をしていくということをいま進めているわけであります。それから、そのための法改正、政管の横割り等の法改正は当然これから必要になります。
 それから、保険料の負担割合につきましては、現在健保組合がほぼ四、六になっておりまして、私どもは三、七を主張しております。したがって、健保組合自身がもうできているわけですから、これと同様な共済についても当然やるべきであろう。そのためにやはり法改正が必要であると思うわけでありまして、それぞれ組合の交渉を通じまして保険料の負担割合の改正をやっておるわけでありますが、ぜひ各党にもお願いしまして、少なくとも当面は健保組合並みに法改正してあげて、おいおいひとつ三、七にやっていただきたいということでお願いしたいと思います。
#163
○小寺参考人 健保組合化の問題は私も賛成です。その場合に労務管理化しない、避けるということは、先ほど福田さんが言われた参加問題が一つありますし、それから同時に、共同事業をできるだけ進行させていく、こういうことが必要であろうと思うのです。私どもの健保組合方式というのは、大手は大手勝手にやっているということになっていますから、大手も中小企業も含めてそこで系列化できるものはそれでやる。それから、地域的に産業別とかいうかっこうでやれるところはそうやる。それでもなおかつできないところは総合健保という方式でやる。その場合に、それぞれで所得の格差ということから保険料収入の格差が発生する。そこで、国庫補助というようなものはそういう観点から見て再配分し直しなさい、そういうことで、弱いところは健保組合の中で支えていく、できればそういうことを共同事業から国庫補助の配分へ、そういうところまで突っ込んでいく。そういうことをどんどん議論していきますと、労務管理化というのは自然に影が薄くなってくるだろう、こう見ているのです。
 それから、保険料の割合問題については、いま福田さんが言われたとおり、私どもも七、三ぐらいにはしたい。そこで、社会保障の費用全体で事業主の負担を国際的に先進国グループで見ますとやはり低いわけですし、それから医療の保険料の負担ということだけで比較してもやはり事業主負担というのは低いという結果が出ています。それから、わが国の国民医療費全体で見た場合に、やはり事業主負担というものは個人負担よりまだ下回る。それで、公費負担と国庫補助と入れますと、それよりまだ下だ。だから、事業主は一番小さい負担割合になっていますが、そういったところから事業主側自身もこれはもう少し検討し直す必要がある、こう思っております。
#164
○戸沢小委員長 米沢隆君。
#165
○米沢小委員 きょうは四人の方、大変御苦労さんです。
 最初に、諸橋参考人にお伺いします。
 先ほど来問題が提起されておりますように、保険外負担の解消、これは本当に重要な課題でございまして、一日でも早く解消する方策をつくり上げねばならぬと私たちは考えております。そこで、たとえば差額ベッドの実態とか、あるいは基準看護病院であるにもかかわらず付添看護婦等が入っておるというこの実態は非常につかみにくい。差額ベッド等の調査等につきましても、病院等に書いてもらうだけの申告制みたいなものでございまして、実際は傾向はわかっても本当の実相はわからない。ましてや基準看護病院に付添看護職員的なものが、看護婦的なものがどれだけ入って、どれだけの金を取って、どういうかっこうで仕事をしているかというのは本当にわからないですね。そこで、われわれはそういう話だけでの議論ですから、どうも迫力がないのです。自治体病院を預る立場として、実際自治体病院における特に付添看護の実態みたいなものをできれば赤裸々に教えていただきたい。
 それからもう一つは、差額ベッド等についてもいろいろな提案がありますけれども、一体、差額ベッドがたくさんありますが、現在の差額ベッドをなくせよと行政指導されたときに、はい、わかりましたと言って、なくす気になるのは、どれぐらいの金を出したらいいのか。その二点をまず最初に聞かしてほしいと思うのです。
#166
○諸橋参考人 自治体病院につきまして付添看護の実態でございますが、これは家族付き添いについては別であると思っております。病院が患者さんの負担において付き添いをつけるようなことは、自治体病院ではあってはいけないというふうに私どもは指導しておるわけでありまして、ただ病状によって家族が付きたいといった場合に、病院側が許可を与えてこれに付くのは、私は日本の国情から見てこれはやむを得ない現状ではないかと思っております。私どもは現在付添看護の患者さんが、その負担において派出婦のようなあるいは派出看護婦のようなものをつけている実態については詳しい調査は持っておりませんが、少なくともこれはあってはいけないというふうに思っておりますし、私のおります旭中央病院におきましては家族は付き添いらしきことはできない。そうかといって、脳外科その他いろいろのことで植物性の人間になってどうにもならないものは一部屋に集めて、私ども看護は特二類をとっておりまして、これではとても手が足らないんで、派出看護婦を病院が雇ってそこに二十四時間つけるような体制にしておるものでありまして、私どもはそういうふうな実態を、ほかにどのようなことがあるか詳しく存じ上げませんが、まず私どもは自分の病院から見て、そのような姿が一番望ましいのではないかというふうに思っております。
 なお、差額ベッドにつきましては、先ほど申し上げましたような自治体病院の医療収益の中で占める割合が一・二%でございますので、これがもし一兆円という医療収益としますと百二十億ということでございますので、そう問題になる数ではございませんので、これは診療報酬の中である程度見ていただくことによって私は解決するのではないかと思います。なお、この中には病状以外に、本人の希望によって、われわれの地域住民の中にも所得も違いますし、どうしても一人にならなければいけないのであって、金は出しても一人にみずから進んで入りたいという人もあるわけでありまして、一・二%はすべて保険外の負担に強制的に本人の意思に逆らってやっているわけではありませんので、まずこれは患者の希望によって入る場合においてはやむを得ないことだと思いますし、また日本の生活水準から見ましても、病気になった場合に生活保護の患者と同じ医療しか、同じ部屋にしか入れないということがあった場合に、これは少しまずいのじゃないかと思うわけですが、いま少しかいつまんで、医療上の必要の場合、あるいは本人が特に希望する場合ひっくるめて一・二%でございますから、解決策はそうむずかしくないと思っております。
#167
○米沢小委員 基準看護病院は確かに付添看護婦は必要でないように看護点数等を引き上げておる、こういうふうに厚生省の方は言うておるわけですね。まあ家族についてはやむを得ない。しかし実際は、家族でなくても医師が黙認する形で介護あるいは看護のために入っておる事実はありますね。そこで、ここに提案がありますように、助手みたいなものを何とか導入する方法はないだろうかというようなことが議論になってきておるのじゃないか、こう思う。
 そこで、たとえば御承知のとおり基準看護料でも二類の場合に、一般二類の特別加算という制度ができていますね。お医者さんがその患者が重症で常時監視をしなければならぬと認めた場合には特別に付添看護婦を入れてその分だけ保険点数でめんどうを見てもらおうという特例ができておりますけれども、今後も、基準看護料の見直しとも関連しますけれども、この付添看護料をなくしていくために必要なものであるならば病院でプールしてある程度確保してその分を保険点数で見てもらうのか、それともそれぞれ場合場合によって病院があるいはお医者さんが認定することによって派出婦あたりから派遣をしてもらうような制度をとった方がベターなのか。いずれの方法をとっても実際は付添看護婦的なものをなくすという方向になると思うのですけれども、病院としてはどちらの方が便利なのでございましょうか。
#168
○諸橋参考人 病院としては、基準看護の特三類、特四類あるいは特五類といいますか、付き添いを雇わなくてもやれるような体制ということが一番望ましいと思います。
 先ほど申し上げましたように、特二類で五十ベッド二十人では公休とか代休とか日曜祭日の休みもあります。年休もあります。産休もあります。あるいは病欠もあります。このようなことでは一日に勤めている者は十五人程度。これを日勤と深夜、準夜に分けました場合に、夜多くて三人か四人。そのような現状でありますと、重病人を扱うような病院で死ぬような患者がありますとそこに大変な手をとられて、一人も付き添いはいなくてやれと言われてもとてもやれない現状。じゃ何でやれないことをやるんだ。もしそれを強行されるならば、病院としては重病人はお断り、現に病院によっては患者を選んで、この患者ならば入院させる、この患者ならば入院させないという現象もある。こういったことは自治体病院に許されるべきものではなくて、どんな患者さんがいらしてもこれは受け入れなくちゃいかないと思うわけですが、そのようなことですから、ぜひこれは基準看護の特二類をもっともっと密度の濃い看護まで上げていただくことが必要ではないかと私は思うわけであります。
 ニュージーランドへ参りましたときに、付き添いは一人もございません。日本は病院へ行くと付き添いがいるというふうに笑われましたけれども、あそこの病院では一床当たり一・二人おります。ICU、CCUは一床当たり四人おります。しかも、そのほかに総婦長室に二十人くらいの看護婦がプールしてあって、重症がおったとか、休んだとか足らないとかいうときにそこから派遣できるような体制になっております。日本は残念ながらそれだけの看護要員がいないものですから、したがって看護婦が間に合わなければ助手のようなものでも大幅に増していただけば、これは看護協会は反対のようでありますけれども、私は理想よりは現実の方が大事じゃないかと思うのですが、そのようなことをやって、もっともっと改善していただけるのじゃないだろうかというふうに思うわけであります。
#169
○米沢小委員 お話を伺っておりますと、現在の付添看護婦的なものを保険点数で見て助手みたいなものを確保するよりも基準看護そのものの見直しが先行すべきであるというふうに御意見として承ったのですが、それでいいのでしょうか。
#170
○諸橋参考人 結構であります。
#171
○米沢小委員 それから、中医協の改組の問題、ほとんどの方が触れられました。確かに現在の中医協のあり方には問題があることは事実でございます。そこで、いろいろと御提案をなさいましたけれども、これは長年にわたって改組しようという提案をなされてやってきた問題であるにもかかわらず、現在に至るまで実際はほとんど改組らしき改組ができない。一体どこに問題があると思うのか、福田参考人、小寺参考人にお伺いをしたいと思います。
#172
○福田参考人 私は中医協には出ておりませんのであれですが、いままで中医協そのものが、診療報酬が中医協で決められるというところで、あそこが支払い側と診療側のいわば政争の具になっておるわけであります。したがって、本来から言うと、あの公益側の権限がもっときちっとしておれば、どうにもならないときは民主的に選ばれた公益側がある程度裁定を下すというのが普通のルールなんですけれども、そこのところが明確でないためにあの中医協の運営が非常にうまくいってないのじゃなかろうか、こういうふうに思うわけであります。しかも構成が、先ほど言われたように、診療側でも病院側が入ってないということになりますと、日本医師会の考え方が非常に前面に出るということになります。そういうところが一応あれなんですから、したがって、先ほど言いましたように、私どもは四者構成にして公益側の人数をふやして、民主的に選出された公益側にある程度のところは、どうにもならぬときにはゆだねていくことが必要ではないか、こういうふうに考えます。
#173
○小寺参考人 構成上の問題があることは御承知だと思いますから省略しまして、先ほど福田さんからお話があったように、日本医師会は、診療報酬の面での支払い側と診療側の対立の場のようなことになっておるわけでありますから、むしろ中医協は解体すべきだ、要らない、こういう線を出しております。これはまさに強化とは逆行で考えております。
 それから、事務局体制そのものを考えてみますと、医師会をよけて考えてみますと、実際事務局体制をこしらえるといっても、薬価調査をするにしても医業経営調査をやるにしても果たしてどれだけの人数の事務局が要るのか、かなりいろいろな点から簡素化した事務局にしないとかえって中途半端で、むしろ機能はないんじゃないかというようなことも検討材料としてはありましょうし、要望にこたえるだけの強化をしようという形で事務局を考えると相当多人数の事務局にしなければならないというようなこともあるでしょうが、その辺についての検討が進められていない、それが第二の事情ではないか、私はこういうふうに思っているわけであります。
#174
○米沢小委員 それから、諸橋参考人に「医薬品流通秩序の正常化」という欄で御説明いただきましたが、「公私医療機関に対する差別対価、病院間の極めて大幅な差別対価が公然とまかり通り、」と、確かに私が調べた調査でも、薬というのは国立にいくに従って高く買っている、民間の医者、普通の診療所、病院、市立病院、県立病院、国立病院と並べてみますと、国に近づくに従って高い薬を買っておられる。ちょっと前の調査でしたから、いまはどうなっているかわかりませんが、確かにそのことは事実だと思いますが、一方では薬の購入の仕方に努力の足りないところもあるんじゃなかろうか。先ほども私たちは一流品を買っているというお話でありますが、確かに公的病院は銘柄保証の一流品を買っておられることは事実だと思います。しかし、その一流品を買うにしましても、一般のお医者さんができるだけ安く買おうという努力と、自治体病院等が買う努力とは、努力の差において大きな違いがあるのではなかろうか、私はそんな感じもするわけでございます。
 そこで、いままでだったら、何の薬を買いましょうかと言ったら、その担当のお医者さんに言って、ではこれとこれぐらい買っておけ、いまは何か委員会みたいなものがつくられて、かなり合理的に近代的に薬剤の購入が始められておると聞いておるわけですが、その実態はどうなのでございましょうか。
#175
○諸橋参考人 最初に申し上げました資料の表六に、私どもが昨年十月に購入した分につきましての購入値段を全部調べたわけでございますが、ごらんになっていただきますと、薬品名は挙げてございませんけれども、番号の一で薬価基準が千五十円のものに対して、二百四十二の病院で最高は千五十円で最低は三百二十円、三倍以上の開きがございます。これは数年前にも調べたところ、やはり最大に差があるのが三倍程度あった現状でございます。何がゆえにこのように差があるのかというのは、いま問屋は値段を決めるのにほとんど権限がございませんで、メーカーの方が値段を決めまして、それで買わなければ納めないとか、そういうふうに大変な圧力をかけてくるわけでございます。確かに努力が足らない点もあると思うわけでございますが、そのようなことがありまして、私どもは七、八年前から自治体病院共済会というものをつくりまして、薬はこういう値段でもって買えるぞ、われわれはこういう値段をあっせんするぞということで一流品をあっせんしているわけでございますが、使用の頻度の多い上位二十品目について申し上げますと、私ども自治体病院共済会であっせんできますのは薬価基準の大体五二%程度でございます。医原性の病気も起きるものですから、薬は副作用がございますから、副作用を防ぐ意味においても一流品を少し使って、しかも安く買って治すように、その標準は国立病院は大体二〇%程度の値引きと言いますけれども、三〇%まで一流品を引かないで買っているものは努力が足らない、四〇%以上引いて買っているものは優等生であると私は言っているのですが、優等生は一千の病院の中で残念ながらまだ一、二の病院しかございません。しかし、その優等生の病院がどういうふうに買ったか教えてくれるかといいますと、これを教えますとまた薬を納めなくなるものですから、これはやはり教えられないということですが、大体は三〇%以上に値引きになってきてございます。民間病院の方にお聞きしますと、四五%程度引いておると言いますけれども、これは一流品だけではございません。二流品も入っての値段でございますので、自治体病院としては、先生が御指摘のように、かつてはそのような気配は多分にあったと思いますが、この数年来は、薬の問題につきましては非常なる努力をして数年前よりも少なくとも一〇%以上は安く買っておる現状でございまして、自治体病院のこの運動に対しましては、メーカー及び問屋からごうごうたる非難をこうむってございます。しかし、その非難にもかかわらずこのように努力をしてわれわれは経営努力に相当の成績を上げたということは御報告できるのじゃないかと思います。
 なおまた、各病院におきましては薬事委員会をつくりまして、同一銘柄、同一効果のものであれば、同じ一流品であれば値段の安いそのようなものを使おうじゃないか、新薬については薬事委員会をつくって、そして一つの新薬を取り入れたならば別のものは、古いものは除外しようじゃないか、そういう運動を非常に力強くやっておりますので、もっともっと効果を上げてくると思うわけでございます。
#176
○米沢小委員 もう一つ、これは福田さんと小寺さんの方にお願いしたいのですが、医療費が年々高騰していく、できれば十分な医療を受けてその給付についてはいわゆる保険料と国家の補助とで賄われれば一番ベターでありますけれども、医療費がふえていく、そして内容をよくしようとすれば、どうしても保険料と国庫負担だけではどうしようもないということで一部負担が入ってくる。しかし、一部負担が入って保険料が入って国家財政がある程度出してくれても、それでも賄えないような事態になってくる可能性があるのじゃないか。そうなった場合には、どうしても保険料をもう一つふやすかとか一部負担をふやすかとか、国家財政にもいろいろ限界がありましょうけれどもぎりぎりのところを出させてもこれもやはり限界がある。そうなった場合に、どうしても保険を維持できないということになったら、いまはやりの目的税的なものが導入されたり、特に老人医療保健等については、そういうことを考えねばならぬ時期が来るのではないかと思うのです。出したくないというのは人情でしょうけれども、出さなければ保険そのものが維持できないということを考えたときに、保険料なんかを取られる立場としてある程度の腹を固めておかなければならぬのじゃないか、わかるところはわかっていくべきじゃないか、そう思うのでございますが、どうなのでございましょうか。
#177
○福田参考人 いま御指摘のように、どうしてもぎりぎりのところへくればそれはそういうふうに考えざるを得ないと思います。そのためにも、たとえば先ほど来申し上げてきた保険外負担は、これは金のかかる方ですから、保険外負担を保険に取り入れれば。ところが、一方医療費のむだの問題は、マイナス、医療費を削れる面でございます。そういう前提になるところをぎりぎりやっていただいて、その後でこれだけはどうにもならないというものについては、これは何も私どもも保険料、国庫負担、それと一部負担についても、当面どうしてもかかるものは認めることはやぶさかではないわけですが、いまのところ私が冒頭申し上げたように、医療費についてこれだけ国民の批判があるわけで、そこのところはぎりぎり詰めていかないと実際問題としてなかなか納得しないわけなんですよ。そういうふうに考えるわけでございまして、そこがいま、傾向が大分国民の目も厳しくなりつつある最中でございますので、もう少しそこのところをぎりぎりして、そして私どもも判断するものはしなければいかぬ、こういうふうに考えております。
#178
○小寺参考人 そういう事態にならないように努力してもらわなければいかぬわけですが、そのために出ているのが医療費の効率化問題だと思います。それで、保険料それから国庫補助、一部負担の場合に、次にどういう調整をするかということになりますが、やはり健康者と患者との関係の公平感というようなことから考えますと、保険料をのべつ幕なしにどんどん上げていくということは困難性が出てきますから、その辺は仮にむずかしくても、ぎりぎりになってきたときには保険料である程度やっても、そこからむずかしいということになれば一部負担で手直しということになるのじゃないかと思います。さらに、その場合行き詰まるということになると、保険問題ですから給付の計算しかあとはないということになるのじゃなかろうか、こういうふうに思うのです。
#179
○米沢小委員 ありがとうございました。
#180
○戸沢小委員長 それでは最後に、谷口是巨君。
#181
○谷口小委員 参考人の皆さん方、長時間大変御苦労さまでございます。私が最後でございますが、もうしばらくの間ごしんぼう、御協力願います。私は最後の小寺参考人のところはほかの委員会に行きまして聞いておりませんので、申しわけございませんが、順番にお聞きしたいと思います。
 最初に、諸橋参考人に伺いますが、書類の中にも四番目の「医薬分業・医検分業」という中に、第一に「トンネル調剤所による医薬分業は禁止する。」とありますね。このトンネル調剤所というのは俗に言う第二薬局のことですか。
#182
○諸橋参考人 そうであります。
#183
○谷口小委員 そういたしますと、私、おっしゃることはよくわかります。第二薬局というのは、御承知のように、自分の同じ敷地の中に建物だけ区切りをして処方せんを出して処方せん料は取る。それから、薬づけがあったかどうかわからぬがどんどん書いて、何の批判も行われないから、薬価そのものでもうけている、言わば二重取り、これは第二薬局と私たちは称しておりますけれども、私どもも全く同感ですね、これはもうやるべきではない、こう思いますが、もう一つごく最近これにもう少し輪をかけたのが出てきましたね。たとえば、各県の医師会あたりでも指導されておるようでありますが、医師みずからが経営する薬局もしくは何軒かの医師が共同して経営する薬局、それが不可能ならば地元のだれか薬剤師なんか入れて共同の経営をしろというふうな意味の動きがあるようでございますが、私はこれはもうトンネル調剤所といわれるものに入ると思うのですけれども、それに対するお考えはいかがでございますか。
#184
○諸橋参考人 私も同様でございます。それは広い意味で第二薬局に入るのではないかと思っております。私どもの協議会としましては、医薬分業は基本的には賛成なんです。だけれども、先生がいま申されたように、たとえば病院の経営、病院自身は処方せんで取り、奥さんの名前でもって人を雇ってきた薬局、それが同一敷地内にあって、資本は同じわけです、こういうものをやる。それは結局処方せんでもうけ、さきに先生が申されましたように調剤料でまたもうけ、さらにそこに会社をつくってありますと薬品を仕入れるのにまたも、三重にもうけられるようなことでは医療費は大変むだに使われるわけだと思うのです。したがって、そういうものではなくて薬剤師さんがちゃんとりっぱな薬局をつくられて経営ももう全然違う、そこに病院から処方せんが出て、そこで調剤される、このような姿であれば大変望ましい姿だと私どもは思うわけでございます。
#185
○谷口小委員 私、全く同感だと思います。何に限らず所得がふえて、そしていろいろそういう状況になってくるとますますそういうものが欲しくなるそうでございまして、非常にまじめな方もいらっしゃると思いますが、所得番付にしても不正の番付にしても、どっちかと言えば顔を出し過ぎますね、ごく最近。そういうものは、国民の立場から見て医師に対する信頼を非常に壊していくのだと思います。これに対して、午前中の話でも医師のモラルが問題になりましたけれども、私は関係団体はもっともうけることの相談よりもやはりそういう倫理の問題に力を入れるべきだと思うのですが、その点に対する考えはいかがでございましょうか。
#186
○諸橋参考人 医師は人間の生命を扱うわけですから、それは当然何よりも倫理が必要だと思うわけでございます。残念ながら、もうかることになりますとすぐに第二薬局ができたり、あるいは特別養護老人ホームがもうかるとなるとすぐに開業医さんがそれに飛びついていくような姿というのは大変哀れむべき姿ではないかと私は思うのです。医師は何といっても社会の指導者であってしかるべきでありますので、この点そういうことがないように――自治体病院におきましてはこのような調剤所を持っておるところはまずございません。それから、特別養護老人ホームを持っておりましても、経理は全く別でございますので、もし利益が出たとすればそれはすべてその老人ホームに入っている方々に還元されるような形になってございます。そのようなことで、私ども自身ももっともっと身を引き締めて医の倫理を徹底したいと思っているわけでございます。
#187
○谷口小委員 私もそうあってほしいものだと考えます。
 次に、ごく最近いろいろ問題になって、その方向づけがされているような感じですが、医師一人で法人化するといういわゆる医院の法人化に対してはどのようにお考えでございますか。
#188
○諸橋参考人 これにつきましては私ども深い知識はないのでありますが、もしも税金問題だけでそういうことをおやりになるとしますと、私ども勤務医は何ら税金の恩典がないわけであります。医師は公的の使命を果たしておるから、税金をまけてやるんだということを言われた場合においては、私ども自身も重症者が参った場合には寝ないで看護もしますし、診療もいたしますし、また病院職員も、夜急患が入ってくれば、二十四時間救急医療センターで働いているところは、看護婦も検査技師もレントゲン技師も同じようにやっているのであって、開業医さんだけがそういう公共性を発揮しているとは私は思えないわけでありますので、税金云々の問題は、所得のある人は、ことに日本がいまのように経済状況が大変苦しいときになったら、まず開業医さんも余り税金税金とおっしゃらないで、率先して払っていただくようなことが公平の原則からいっても大変望ましいことだと思うわけであります。
 残念ながら、一人法人がどうであるかこうかというのは私どもの団体にとりまして関係のない問題でございますので、詳しくは知りませんが、税金のことから言ったら、私いま申し上げましたようなことでひとつ貫いていただきたいと思うわけでございます。
#189
○谷口小委員 非常に関係があるお話をお述べいただきまして、感謝しております。
 それからもう一つ、先ほど五〇%バルクラインとおっしゃいましたね。非常にむずかしい問題があると思うのですが、私が知っている範囲内では、いわゆる私立の病院とかあるいは個人の開業医の方々が一般に一番安い値段で薬を入手されているのではないかと思います。その次が余り不正のできないというか、国公立自治体、こういうところになってきていると思います。ごく最近は、現物添付というのはございますか。あるいはゴルフの招待とか、そんなのはございますか。
#190
○諸橋参考人 現物添付はかたく禁じられておりますから、そのようなものはございません。それから、ゴルフの招待とか、こういうものにつきましては、少なくとも私どもの病院あるいは私ども役員の耳に入っているところでは、そのようなことは贈収賄につながりますから、公務員が綱紀粛正といって薬を安く仕入れるためにも、そのようなものにつきましてはかたくお断りしてございます。私どももその誘惑に乗らないように、またプロパーも誘惑しないように、これをかたく言っておりますものですから、まずそういう心配はあり得ないのだというふうに私は思っております。もしあるとすれば、これはかたく取り締まらなければいかぬと思っております。
#191
○谷口小委員 諸橋参考人、最後にもう一つお聞きをしたいのですけれども、先ほどお話の中に、諸悪の根源はプロパーにあるとお話しになりましたね。私もある程度理解できます。だけれども、具体的に、諸悪の根源はプロパーにあるというお話を少し……。
#192
○諸橋参考人 ちょっと言い過ぎだったかもしれませんけれども、私はそのように申し上げた方がおわかりになっていただけるのではないかというふうに思って実は言ったわけでございますが、プロパーはいろいろなものを配って、万年筆を配ったり、あるいはゴルフに行ったり、あるいは映画に誘うとかいろいろなことで、これは結局その病院に薬を売り込まんがために、あるドクターと特別なコネをつくらんがためにこういう方々を派遣しておるというふうに私は思うわけであります。したがって、ある病院では、プロパーがボールペンを配付して歩くと、途端にそのプロパーの推奨する薬の購入を申し込まれてきて大変困るのであって、ボールぺンが必要であれば、病院では何本でもいつでも買ってやるから、そういうものはもらわないようにというふうなことを言っているわけであります。私の知っている病院でも、あるいはまた私どもの病院でも、十数年前にはそういうプロパーを規制しなかったためにプロパーがのべつ幕なし入ってまいりまして、私の田舎の病院でございますけれども、九十数社入ってございました。これが月二回回ってますと、二百人近い者が入ってきて、御婦人を裸にして診察している最中にまで戸をあけて入ってまいったり、大変困ったこともございました。また、この薬を使うことによってどれだけリベートをやるとか、そういうことをやられますと、もらう方も悪いですけれども、誘惑する方がもっと悪い。あるいは、この薬はまだ保険点数は受けてないけれども、許可になってないが、この名前でやると成分は同じだから、こういうふうにしているところが多いですからこういうふうにおやりなさいということまで教えていかれて、大変困った現状も方々の病院で聞いてございます。あるいはまた、学会その他に行くとなりますと、プロパーが切符を買ってやるとか、宿舎をとるとか、人間というのは弱いものですから、ちょっと誘惑されますとそれに乗るのです。
 ですから、プロパーはそのために入れるのではなくて、医薬品情報を正しく伝えるということがプロパーの本当の使命だと思うのですが、残念ながら現在はそのようなことが行われていないわけでございます。したがいまして、プロパーを大幅に制限して、プロパーを何カ月も入れなかったこともございます。メーカーの方から大変苦情を言われました。それで、プロパーの費用にしても大変なものだと思います。そのような曲がったプロパー活動じゃなくて、正しい薬品の使い方、あるいはこれとこれとは同じ値段でありますけれども効果はこのように違いますとか、あるいは新しい薬品がこのようにできたとか、外国の文献はこうでありますとか、プロパーがそのように活動してくれるのが大変望ましい姿ではないかと思うのです。しかし、そのようなことは望むべくして望まれないのであって、これはプロパー自身にもメーカー自身にも大いに反省していただかなくちゃいけないと思うわけでございます。
#193
○谷口小委員 全く率直な御意見を伺いました。私も職業柄そういう話をよく聞くのです。一番やりにくいのは国公立だそうでございまして、個人が一番やりやすいという話を聞いておりますけれども、その国公立あるいは自治体病院の諸橋参考人の方でもそのようなことがあるぐらいだから、実態がかなり予想されると思います。ありがとうございました。
 次に、廣瀬参考人に伺います。
 先ほど、レセプトの問題についてお話がありましたね。かなり審査もあるけれども、不審査に近いという表現をお使いになりましたけれども、実態はそんなにひどいのですか。
#194
○廣瀬参考人 先ほど申し上げましたように、支払基金というのは、各県単位にありまして、県によってかなり差があります。例を申し上げますと、東京の支払基金は、私どもの立場から見ますと、かなり厳正公平にやっておるというふうに思っております。それから、悪い例を挙げますと、大阪の支払基金が余りよくない。
 それで、実は支払基金も三者構成になっております。医師会の推薦による審査委員と、われわれ支払い側から推薦している審査委員、審査委員ですから、全部お医者さんではございますが、それからいわゆる学識経験の中立の委員と三者構成であります。ところが、東京で異議がありまして再審査を申し出ますと、保険者の言うとおりが正しい、そのとおり査定しますということで要求が通るのですけれども、同じケースを大阪で再審査をお願いしても、だめ、原審どおりということで戻ってくる。これは一例でございます。
 その原因をいろいろ聞いたのです。審査委員の中にはわれわれが推薦している審査委員もおりますので、どうしてそういうことになるんだということを聞きましたところ、大阪の例ですが、中立である学識経験の委員に医師会の系統の人が非常に多いんだ、それで多数決ということになりますとわれわれの意見が通らないということを言っておりました、これは一例でございますけれども。
 そういうことで、県の支払基金の審査の状態が非常にアンバランス、まちまちでありますので、私どもは統一的に厳正にやってほしいという意見を申し上げたわけでございます。
#195
○谷口小委員 もう一つ伺いますが、患者になさっている医療保険通知は、私が知っている範囲内では、デメリットよりもメリットの方がかなりある。私の知ったある団体なんかはこれを始めてからぐっと支出が減った、こういうこともあるのです。そればかりでもないかもしれませんが、これについてどのようにお考えですか。
#196
○廣瀬参考人 医療費通知運動は、先ほども申し上げましたが、実は被保険者が保険料を払っておるのですけれども、自分がお医者さんに診てもらった場合にその医療費は、自分で払った初診時一部負担の六百円とか三割の自己負担はわかるのですけれども、実際に総額として幾らであるか、あるいは保険者がどれだけ払っているかということが特に本人の場合にわからないわけでございます。それで、健保組合で、医療費の支出が非常に多くなって保険料率を上げなければならぬという提案をいたしますと、上げるのは反対。ところが、どうしても上げないと赤字になるということで、なぜ反対されるかということをいろいろ研究しますと、医療費というものがこんなに高いものであり、組合からもこれだけ払っているということを御本人が知っていないんだということで、そういう事実を知らせるということ、それからまた保険料を払っている人は、自分がかかった場合にはどれだけかかったのかということを知る権利もあるということで、事実をお知らせするというねらいで、結局、医療費をたくさん使えば保険料を上げなければならぬという認識を持ってもらおう、もっと一歩進んで言えば、したがって、なるべく病気にならないように自分の健康は自分で守るべきである、そしてお医者さんに行く数が少なくなったり、医療費が少なければそれだけ保険料も少なくて済むんだという意識を持ってもらいたいというのが医療費通知の趣旨でございます。そういうことで、まだ完全とは言えませんけれども、そういう意味で、医療費通知を受けて初めて、医療費というものはこういう高いものであるかということを知ったという感想を言われる人が非常に多いわけでございます。
 それから、副次的な効果といたしまして、こういう通知をもらったけれども自分はお医者さんに行った覚えがない、そういう事実がない、調べてくれということで、いろいろお医者さんに照会しますと、あれは間違いでしたということで、本当の間違いかもしれませんけれども、場合によっては架空請求というものがそのことによって発見されるというケースもかなりあるわけでございます。
 そういうことで、被保険者に対する教育、それから結果的には不正請求の防止にも役立つと考えております。われわれ健保連としては、健保組合としてはやっておりますが、ほかの政管もほかの保険者もこういう運動をぜひやってほしいということをお願いしております。
 なお、あわせまして、病名等を書きますと、個人のプライバシーの問題がありますので、病名は書かないように、金額だけにしなさいということで、そういうふうに指導しております。
#197
○谷口小委員 いまのお話のように、私が承知している範囲内では、患者側から言うと、どんどんやってほしいという声がかなり強いということは私は認識しております。ありがとうございました。
 次に、福田参考人に伺います。
 先ほど、医療費の領収書をもらってこいという運動をしているとおっしゃっていましたが、どの程度の効果が上がっておりますか。
#198
○福田参考人 領収書運動は、私のところでは、実は税金の確定申告の際の控除の際にも領収書があるとないとでは非常に違いますし、そういうことを含めて、税金対策も含めた一環としていま取り組んでおるわけでございます。
#199
○谷口小委員 私が承知している範囲内では、領収書を出すのをきらう方が非常に多いんですね。何できらうのか私はわからないんだけれども、先ほどの医療費通知と同時に、領収書をじゃんじゃん請求した方がいいと思うのですが、今後どういうふうにこの領収書運動は強化していかれますか。
#200
○福田参考人 いま先生おっしゃるように、お医者さんはなかなか出したがらぬし、知っておればおるほど何か水臭いというふうなことでございますが、私どもいま税金の確定申告闘争といいまして、大体サラリーマンから源泉徴収するのはおかしいじゃないかという立場でやっておりまして、水臭いとか何とかというのではなしに、物を売って人から金を取った以上は領収書を出すのは当然であるということで、出してくれと言われたら気持ちよく出すように、そういう角度でお医者さんにも接触するようにということを指導しております。
#201
○谷口小委員 ありがとうございました。
 諸橋参考人にもう一つ、先ほど落としましたので。
 医師法第二十二条、処方せんの問題ですけれども、これに関連して、現在、国民側もあるいは国側も医薬品の使用責任といいますか、使用した側の責任は問題にしないですね。たとえば、スモンの問題を例にとってみても、きちっと処方せんが出されて規定のところの薬剤師がきちっと目を通せばこれは一目でわかるわけです。非常に少ない人も出たと言いますけれども、やはり多量に連続投与された人が現実は多く出ているわけですね。そういうことを見ますと、いわゆる使用者責任というのは非常に重大だと思います。薬をつくったメーカーの責任も問わなければならぬし、国の責任も問わなければならぬが、一番ひどいのは使用責任だと私は思うのです。医薬分業がもし実際に行われていれば、スモンだってある程度防げたのじゃないか。スモンがあの薬だけだとは必ずしも断定できないと私は思いますけれども、大きな要因であることは間違いない。そういうことになると、医師の使用責任、処方すれば薬剤師も入りますが、使用責任ということは非常に重大だと私は思うのです。それに対する認識はいかがですか。
#202
○諸橋参考人 お答えいたします。
 その意味もあり床して、私どもは一流品を使うべきだと言っておるわけであります。十五ミリと書いてあるけれども、このメーカーは十ミリぐらいしか入れないのじゃないだろうか、したがって二本使わなければいけないのじゃないだろうか、こういうことではやはりまずいということで、一流メーカー品であればまずそういうことはあり得ないことでありますので、一流品はさっき先生から御指摘いただいたように、値は確かに高いのですけれども、安全性という点で保管管理も品質管理も一流品は十分にいっていますので、私どもは一流品を処方するように公的病院では指導しているわけでございます。
 なおまた、私どもが処方せんを書いた場合に、人間ですから絶対に間違いがないとは言えません。〇・一グラムあげるところを間違って一・〇と書いた場合に、もしも薬剤師の方がわれわれの処方どおりに出したとしたならばだれの責任かというと、極量を超えておった場合には処方せんを出したわれわれの責任じゃなくて薬剤師の責任ですから、私どもは病院の薬剤師にはこれははっきり言っております。間違っている場合にはすぐ電話ででも交渉してくれ。念を押してもなおかつドクターの方でそれは結構だと言った場合にはドクターの責任になるけれども、処方せんに対して薬剤師が何ら疑わなくてそれを出した場合においてもし副作用があったとすれば調剤した薬剤師の責任になる。こういうふうにダブルチェックをすれば間違いはより少ないのであって、自分で診て自分で処方して自分で調剤してやるよりは、間違いははるかにあり得ないだろうと私は思っています。スモンについても、一体日本は何であんなにたくさんの薬を使ったのか、諸外国から見れば患者の数が非常に少ないのに、何がゆえにあんなに日本で出たのか、大変残念なことだと思っています。
#203
○谷口小委員 先生がおっしゃるように、医者がみずから処方し、自分で調剤すればまだいいのですけれども、書くだけは書いても後は全くノータッチの面も現実にはあるわけですね。これは非常に大事な問題です。
 参考人の方々には最後までありがとうございました。終わります。
#204
○戸沢小委員長 以上で参考人に対する質疑は終わりました。
 参考人各位には、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。小委員会を代表して厚く御礼を申し上げます。
 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後四時三十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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