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1978/04/24 第87回国会 参議院 参議院会議録情報 第087回国会 社会労働委員会 第5号
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1978/04/24 第87回国会 参議院

参議院会議録情報 第087回国会 社会労働委員会 第5号

#1
第087回国会 社会労働委員会 第5号
昭和五十四年四月二十四日(火曜日)
   午前十時二分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 三月二十七日
    辞任         補欠選任
     片山 甚市君     小谷  守君
 三月二十八日
    辞任         補欠選任
     下条進一郎君     森下  泰君
     秋山 長造君    目黒今朝次郎君
     小谷  守君     片山 甚市君
 四月二十四日
    辞任        補欠選任
    目黒今朝次郎君     穐山  篤君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         対馬 孝且君
    理 事
                遠藤 政夫君
                斎藤 十朗君
                片山 甚市君
                小平 芳平君
    委 員
                石本  茂君
                亀長 友義君
                田代由紀男君
                竹内  潔君
                福島 茂夫君
                森下  泰君
                穐山  篤君
                高杉 廸忠君
               目黒今朝次郎君
                安恒 良一君
                渡部 通子君
                小笠原貞子君
                柄谷 道一君
                下村  泰君
       発  議  者  片山 甚市君
   衆議院議員
       修正案提出者   戸井田三郎君
   国務大臣
       厚 生 大 臣  橋本龍太郎君
       国 務 大 臣
       (総理府総務長
       官)       三原 朝雄君
   政府委員
       内閣官房副長官  加藤 紘一君
       内閣総理大臣官
       房管理室長    小野佐千夫君
       厚生省年金局長  木暮 保成君
       厚生省援護局長  河野 義男君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        今藤 省三君
   説明員
       外務省アジア局
       中国課長     谷野作太郎君
       大蔵省主計局共
       済課長      山崎  登君
       大蔵省理財局総
       務課長      森  卓也君
       文部省初等中等
       教育局中学校教
       育課長      垂木 祐三君
       厚生省社会局更
       生課長      板山 賢治君
       郵政省貯金局第
       二業務課長    舘  義和君
       労働省職業訓練
       局訓練政策課長  守屋 孝一君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○社会保障制度等に関する調査及び労働問題に関
 する調査
 (派遣委員の報告)
○戦時災害援護法案(片山甚市君外四名発議)
○戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正す
 る法律案(内閣提出、衆議院送付)
○国民年金法等の一部を改正する法律案(内閣提
 出、衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(対馬孝且君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 去る三月二十八日、下条進一郎君及び秋山長造君が委員を辞任され、その補欠として森下泰君及び目黒今朝次郎君がそれぞれ選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(対馬孝且君) 次に、理事の補欠選任についてお諮りいたします。
 片山甚市君の一時委員異動に伴い、理事が一名欠員となっておりますので、この際、理事の補欠選任を行いたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により委員長の指名に御一任を願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○委員長(対馬孝且君) 御異議ないと認めます。
 それでは、理事に片山甚市君を指名いたします。
    ―――――――――――――
#5
○委員長(対馬孝且君) 次に、社会保障制度等に関する調査及び労働問題に関する調査を議題とし、派遣委員の報告を聴取いたします。小平君。
#6
○小平芳平君 去る二月十九日から二十一日までの三日間、対馬委員長、林委員、高杉委員、安恒委員、小巻委員と私小平の計六名は、特定不況地域離職者臨時措置法の指定地域等における雇用等の諸問題に焦点を当て、あわせて地域医療の現状等について実状調査を行うため、徳島及び高知の両県を調査してまいりました。
 調査は、両県庁、阿南市、高知職業安定所を訪れ、両県における労働需給及び離職者二法の運用状況の実際について説明を聴取するとともに、構造不況業種のうち、中小造船業及びフェロアロイ産業について、不況の実情、今後の見通し等を含め、経営者及び関係労働組合から意見、要望を聴取し、あわせて、これらの産業の工場及び関連施設を視察しました。また、地域医療に関連して、両県から地域医療計画について説明を伺い、徳島県立中央病院、半田町立病院及び高知市民病院を訪れて、救急医療、僻地医療、自治体病院の財政事情の現実に触れてきました。
 以下、調査結果の概要について御報告申し上げます。
 まず、両県の雇用情勢についてでありますが、両県の経済は、一般に中央の動きより三カ月ないし半年程度おくれるという特徴を有していて、最近、回復傾向にはあるものの、その程度はきわめて弱く、特に、雇用面の改善はまことに微々たるものであります。
 すなわち、徳島県の場合、全体としての求人倍率は、前年の〇・三九に対し〇・四九とわずかながら回復傾向にあり、中でも、卸小売業、サービス業などの第三次産業においては、求人数で前年に比べそれぞれ一〇・九%、一五・三%と増加傾向を見せています。しかし、製造業は全体的に不況色が強く、特に、造船は年間を通じて極度の不振が続いています。繊維は、円高の影響で年前半は停滞、その後、内需の一部の好調に支えられ、求人も若干改善の兆しが見られるという程度であります。また、木工関係は、年前半に経営悪化の表面化した企業が多く、人員整理など最悪の状態でしたが、後半に入って見本市の成約増などあってやや立ち直ってきている現状、機械関係は、全般に不振で、特にベアリング関係で年末近く大幅の人員整理が行われると言った実情にあります。一方建設業については、公共事業の発注増などを反映して、新規求人も対前年比二八・四%と大幅に増加し、全体の雇用改善に資していますが、雇用の安定性の面で十分とは言えないところであります。
 高知県の場合も、求人倍率は最悪期の〇・一〇を脱し、〇・二一となっています。建設業を主力とする中小企業群の求人の年平均四〇・七%増と、サービス業の二〇・四%増の二つで全体の雇用市場の数字を好転させているわけですが、県の中核産業である中小造船業の不振が続いている上に、高知県のいま一つの主要産業である農機具製造業の有力地元企業の倒産があり、明るさが見え始めたといっても、雇用の内容面では楽観は全く許されない情勢にあります。中でも、中高年齢層における求職難は、両県とも深刻で、中年齢層でも一般の約三分の一、高年齢層では、五十五歳ないし六十歳で約四分の一、六十歳以上だと七分の一以下となっています。
 こうした情勢にありますので、両県は、それぞれ雇用対策を積極的に進めていました。
 すなわち、徳島県の場合、県に商工労働部長を本部長とする臨時雇用対策本部を設置、経済不況下の雇用対策を推進する体制をつくるとともに、職業相談員の活用、地域別の雇用動向の把握、連絡会議の開催、中高年雇用開発給付金制度の周知せしめる企業指導等を行うとともに、特別求人開拓を実施し、約五千人の新規求人を積極的に開拓、また、公共事業発注機関と連携を図り千人余の求人を獲得しています。そのほか、職業転換給付金制度の活用、能力再開発訓練等の推進も行っています。
 高知県の場合も、副知事を長とする臨時雇用対策本部を設置し、失業の防止、離職者の再就職の促進に努めるとともに、造船離職者等の特別相談窓口を設置して、緊急求人開拓を実施しているほか、公共事業への就労をさらに促進するため公共事業就労促進指導員を県単事業として配置し、公共事業吸収率制度の周知徹底を図っています。このほか、県及び労使の構成により高知県雇用問題三者会議を設営し、三者が緊密に連携を保ちつつ、雇用安定対策の推進に努めているとのことであります。
 以上のように、両県とも、できる範囲の手は十分打っていると言えるわけですが、前述のように雇用面の改善がいまだに微々たるものであるのもまた事実であります。ここになお、国としてしかるべき手を打つ必要性を痛感したところでもあります。
 次に両県における特定不況業種離職者臨時措置法の適用状況等について申し上げます。
 徳島県では、同法による再就職援助計画を認定した事業所総数は四十二件であり、産業別では、造船業三十二件、繊維関係七件、その他三件であります。計画の中身は、希望退職が全部であって、配置転換、出向等はありませんでした。
 求職手帳の発給数は五百二十三人、うち、就職促進指導官の積極的な就職指導により百六十二人が再就職し、三十八人が職業訓練の受講を指示されています。雇用保険の受給中の者は、三百三十二人となっています。
 高知県においては、百三十六の事業所より再就職援助計画の認定申請が出され、すべて認定されました。求職手帳の発給数は千六百七人、求職申込件数は千七百五十五人となっています。うち、造船関係が九一%強の千六百四人であります。職業紹介によって就職した者は三百九十四人、職業訓練等受講者は百二十一人、雇用保険の受給者は、延長給付となった者を含め現在七百三十人となっております。
 両県における特定不況業種離職者臨時措置法の運用は、現在までのところ雇用保険の受給期間終了前後に再就職、訓練受講等に入っている者が多く、一応順調に法の目的を達成していると判断されますが、今後に延長給付期間の終了する者は高年齢者層になってくるだけに心配する向きも多く、期間のより一層の延長等の措置が必要ではないかとの声も聞かれたことをお伝えします。
 次に、特定不況地域離職者臨時措置法の適用状況について申し上げます。
 高知公共職業安定所の管轄区域が同法の特定不況地域として指定されています。同法に基づき、昨年十二月末までに七事業所、延べ三千九十人に雇用安定事業が行われ、雇用調整給付金の休業延べ日数は約一万三千日、訓練調整給付金の訓練延べ日数は約四千日、また、雇用改善事業では各種奨励金が合計百八十四人対象となっています。
 一方、徳島県においては、同法による指定地域がありません。後に触れるフェロアロイの日本電工の操短、新浜造船の更生法適用と二中核企業に問題を生じた阿南市が候補になりながら地域指定されなかったのは、国の指定基準に比べて、日本電工の生産推移がそれほど下がっていない、下請企業が少ないという点が影響したということで、現在の三十カ所ではやむを得ないが、七十カ所程度に拡大する場合は必ず該当するはずである旨の説明がありました。
 次に、構造不況産業である造船、フェロアロイ業の視察先について若干申し延べます。
 造船業では、新浜造船、今井造船及び新山本造船を訪れましたが、いずれも会社更生法の適用もしくは和議申請の企業であります。
 新浜造船の場合、最盛期に下請を含め約六百七十名働いていたとのことですが、現在六十二名で、船の修理をわずかにしているのみで、それもとだえがちであります。設備が新造船向きで、その引き合いはあるものの資金の保証の点で不成立になっているとのことです。
 今井造船の場合は、輸出船及び県の繰り上げ発注をした海洋開発調査船を建造中で、六月ごろまでの仕事は確保されています。しかし、それ以降については、引き合いはあるものの、船価が低く赤字となるので更生決定会社として問題があり、ちゅうちょしているとの説明でした。
 新山本造船の場合、和議が成立し、新受注と陸上部門への切りかえにより再建の方向へ向かっていますが、工事量が不安定なため、解雇した旧従業員を臨時としてしか雇えていないという問題を残しています。
 こうした地元中小造船業対策として、両県庁及び経営者並びに労働組合共通に、最近造船需要の減に加え、小型船の分野まで大手造船所が進出し、それが雇用問題を深刻化しているとの観点から、一、中小造船所と大手造船所との間の業務分野の調整、二、官公庁船の建造推進と融資制度の充実、三、造船設備削減に当たっては、地域経済への影響、中小造船所船台の実態等を考慮すること等の要望が出されました。要望はもっともであり、新年度において造船量を増加した予算編成をしていることにかんがみ、その発注に当たっては、地域的割り当てを伴った中小造船所への配慮が必要であることを痛感しました。
 なお、解雇の効力が争われている場合、雇用保険の個別延長分の支給が行われない現状に対し、組合側からその是正について強い要請があったことを申し添えます。
 フェロアロイ産業については、鉄鋼不況の影響を受けて昨年は年平均五五%の操業となっております。敷地内に種類によっては一年分もの製品が野積みされるなど不況の深刻さを物語っていますが、大資本系列であることなどにより、いままで解雇には至らず、生産調整によって切り抜けてきています。今年も六五%程度の操業にとどまり、夏季に三カ月程度の生産調整を行う必要があるとの見通しでした。そのため、雇用調整給付金について三月までの指定期間の延長の要望がありました。
 なお、御承知のとおり、この問題につきましては、雇用保険法施行規則に基づき労働省告示が出され、フェロアロイ製造業は雇用調整給付金の指定業種として四月一日より九月三十日までの間が再々指定となっております。
 地域医療については、その担い手である医師の確保が、県庁所在地を除いて非常に困難であること、救急、僻地等の医療確保について、施設整備には国の補助があるが、運営費の補助についての条件が厳しく実態に合わないこと、看護体制を十分にするには、特三類をつくることが最低必要であること等を訴えられ、またそのとおりであるとの感じをいたしましたが、時間の都合上、報告はこの程度にいたしたいと存じます。
 以上で報告を終わりますが、関係者から提出されました要望書の要旨につきまして、会議録の末尾に掲載方を御了承いただきたく、委員長の善処をお願いいたします。
#7
○委員長(対馬孝且君) 別に御発言もなければ、派遣委員の報告はこれをもって終了いたしました。
 なお、小平君の報告中に御要望のありました徳島県、高知県等からの要望事項を、本日の会議録の末尾に掲載することに御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#8
○委員長(対馬孝且君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいをします。
    ―――――――――――――
#9
○委員長(対馬孝且君) 次に、戦時災害援護法案を議題といたします。
 発議者片山甚市君から趣旨説明を聴取いたします。片山君。
#10
○片山甚市君 私は、ただいま議題となりました戦時災害援護法案につきまして、日本社会党、公明党、日本共産党、民社党、第二院クラブを代表いたしまして、提案の理由を御説明申し上げます。
 終戦後三十三年を経た今日も、なお、戦争の傷跡がさまざまな形で、その原体験を持つ人々の生活を圧迫し、生命と健康を失った多くの一般戦災者は、国から何らの援護を受けることなく、戦争犠牲者として、傷病苦と生活苦にあえぎながら、余命をつないでいる実情にあります。
 私は、これら戦災者の心情と、報われることなく高齢で亡くなられる方々の続出する日々に思いをいたすとき、援護の手が、一刻も早く差し伸べられる必要を痛感せざるを得ません。
 振り返ってみますと、さきの大戦では、原爆による被災者を含め、米軍の無差別爆撃はとどまることなく、「銃後」と思われていた非戦闘員と、その住居までも、一瞬にして「戦場」に変え、わが国全土にわたる諸都市を焼き払っていきました。
 昭和二十年四月十三日「状況窮迫せる場合に応ずる国民戦闘組織に関する閣議決定は、新たなる兵役義務により、兵として動員し、統帥権下に服役せしめ得る必要な法的措置を講ずること」を決め、昭和二十年六月二十二日に、即時公布された義勇兵役法では、「国民義勇隊に参加せしむべきものは、老幼者、病弱者、妊産婦等を除くの外は、可及的広範に包含せしむるものを徴兵」し、いわゆる国民皆兵体制をつくり上げたことによっても、当時、すでに平和な銃後は存在せず、戦場そのものとなっていたことは明白であります。
 これによる一般市民の死傷被害は、沖縄を除いても、優に八十万人を超え、罹災人口は、実に一千万人を超すと言われています。
 中でも昭和二十年三月十日の東京大空襲は、わずか二時間余の爆撃によって、全都の四割が一瞬にして灰じんと化し、炎の中で、約十万の都民の生命を奪いました。その惨状は、イギリスの一物理学者が、原子爆弾攻撃による荒廃化を除けば、いままでになされた空襲のうち、最も惨害をほしいままにした空襲と、指摘するほどでありました。
 昭和十七年二月二十四日に公布された戦時災害保護法では、戦後廃止されるまでの間に十二万七千人の民間戦災者、傷害者、同遺族に対し、救済、補償もなされました。
 しかるに、政府は今日まで、戦争犠牲者対策を、軍人軍属及びその遺家族など、昭和五十三年三月末現在約十四万人に限定してきているのであります。
 法制定後、準軍属と言われる人々など、わずかな範囲の拡大はあったものの、銃後の犠牲者に対する援護の手は、基本的に皆無に等しいまま、今日に至っているのであります。
 一方、今次大戦の同じ敗戦国である西ドイツでは、すでに昭和二十五年に、戦争犠牲者の援護に関する法律を制定し、公務傷病と同視すべき傷害の範囲をきわめて広範に規定したため、援護の手はあまねく一般市民にまで行き届き、その対象は、昭和五十二年六月末現在においても、実に二百十七万八千人にも上っています。
 わが国の戦争犠牲者対策について、原爆被爆者に対する特別措置は別として、あくまでも軍人軍属等に限定しようとする政府の態度は、大戦の過ちを、衷心から悔い改めようとする姿勢に欠けるばかりか、その態度のよって来るところが、軍事優先の思想にあるのではないか、との疑念さえうかがわせるものであります。
 戦後三十三年を経て、いまだに放置されたままの一般戦災者に対し、国の援護措置を望む国民の声は、戦災地域にとどまらず、それ以外の自治体から決議・意見書が多く寄せられている事実とともに、もはや一刻の猶予も許さないところに来ています。本案はこのような国民の声を背景に、本案成立の日まで、いまだ戦後は終わらないとの確信をもって作成し、再び提案するものであります。
 次に、本案の要旨について、簡略に申し述べますと、さきの大戦で空襲その他の戦時災害によって身体に被害を受けた者及び死亡した者の遺族に対し、戦傷病者特別援護法及び戦傷病者戦没者遺族等援護法(以下それぞれ特別援護法、遺族援護法という)に規定する、軍人軍属等に対する援護と同様、国家補償の精神に基づく援護を行おうとするものであります。
 ただし、遺族に対する援護については、遺族年金に加えて、一時金たる遺族給付金六十万円を支給することとしております。
 援護の種類別に申し上げますと、第一に、療養の給付、療養の手当一万六千五百円支給及び葬祭費八万円を支給することであります。
 第二は、更生医療の給付は、補装具の支給及び修理、国立保養所への収容並びに日本国有鉄道への無償乗車等の取り扱いであります。
 第三は、障害年金または障害一時金を支給することであります。
 以上、支給要件、給付内容はすべて軍人軍属等におけると同様であります。
 第四は遺族給付金、五年償還の記名国債として六十万円の支給であります。
 遺族の範囲は、死亡した者の父母、子、孫、祖父母で、死亡した者の死亡の当時、日本国籍を有し、かつその者によって生計を維持し、またはその者と生計をともにしていた者といたしております。
 第五は、弔慰金五万円の支給、遺族の範囲はおおむね軍人軍属等におけると同じであります。
 なお、この法律による援護の水準を、特別援護法または遺族援護法による軍人軍属に対する援護の水準と同じレベルにしたことに伴い、これらの法律による準軍属に対する援護で、なお軍人軍属に対する援護の水準に達していないものについては、同一レベルに引き上げる措置を講ずることといたしました。
 最後に、施行期日は、公布の日から、一年以内で政令で定める日としております。
 何とぞ、御審議の上、速やかに本案の成立を期せられんことをお願いいたしまして、提案理由の御説明を終わります。
#11
○委員長(対馬孝且君) 以上をもって趣旨説明の聴取は終わりました。
 本案の自後の審査は後日に譲ります。
    ―――――――――――――
#12
○委員長(対馬孝且君) 次に、戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本案の趣旨説明はすでに聴取しておりますので、これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#13
○片山甚市君 本案審議に先立ちまして、先ほどわが党初め四党一会派の共同提案による戦時災害援護法の提案をした趣旨に関連し、以下の諸点について質問をいたしたいと思います。
 私は、参議院に議席を得て以来、今次大戦による戦争犠牲者に対し、国家補償の精神に基づいて国民のだれもが差別されることなく援護の手が差し伸べられるべきだと、一貫してその要求をしてまいった者であります。その間、歴代の大臣も基本的な認識は全く同じであると言われておりますが、最初に、戦傷病者戦没者遺族等援護法等改正に当たり、戦時災害を受けた方に対する大臣の所見をお伺いしたいと存じます。
#14
○国務大臣(橋本龍太郎君) いま片山委員から、戦時災害についての議員立法の趣旨説明を横で拝聴いたしておったわけでありますが、率直に申しまして、私どもの世代になりますと、第二次世界大戦中の記憶というものはきわめておぼろげなものになります。私自身も小学校二年の終戦でありますだけに、細かい点について、当時すでに成人をしておられた方あるいはその時期においてすでに成人に近い年齢におられた方々のように細かい実態を存じておるわけではございません。ただ、それだけに子供心にも空襲というものの大変恐ろしかったこと、また、それに伴う機銃掃射等、あるいはその焼夷弾攻撃による火災等の恐ろしさというものは、本当に私どももよく記憶をいたしておるところでございます。
 ただ、従来から、国としてはこの一般戦災者の援護というものについて、一般社会保障の充実強化という中で対策を講じていくことが適当であるという考え方のもとに対応をしてまいったわけでありまして、戦後三十有余年を経て社会保障制度全体も今日一応の水準まで到達しております中におき、また戦後の復興の結果において国民一般の生活水準というものもここまで向上してまいりました現時点において、戦災者のみを取り上げて新たに特別の措置を講ずる必要性は乏しいのではないだろうかということを、政府として今日までも考え、いまもそのように考えておる次第でございます。
#15
○片山甚市君 政府が雇用関係を中心として、雇用関係というのは、国すなわち天皇でありますが、雇用関係を中心として、国内が戦争の真っただ中にあって爆撃をされておっても戦場でない、機銃掃射をされておっても戦場でない、こういう考え方。それがなければ日本列島など歯舞、色丹、択捉、国後など返せなどというようなことを言わなくてもいいんでありますが、日本の国土に住んだばかりにやられたんでありますから、当然私は、大臣がそうおっしゃっておりますが、国の責任でこれらについてのいわゆる責任をとるべきだと思います。
 そこで、内閣にお伺いいたしますが、実は、戦没者が合祀されているのを靖国神社と言い、その分社に護国神社があるようであります。クリスチャンである大平総理にお聞きしたいところでありますが、大平総理はおいででありませんから関係の方から総理にかわって答弁を願いたい。でなければ大平総理をお呼び願いたいんですが、四月二十一日に、いわゆる靖国神社とかいうものに参拝されたそうでありますが、私は、参拝の方法について公用車を使ったとか、私的でないとかあるとか、御本人の信仰と矛盾しておるかどうかなどなどということは考えておりません。それはどうでもいいことです、極端に言えば。しかし心配されたことは、戦没者に対する敬虔な慰霊というか慰めといいますか、という気持ちを表現したものでないかと思うが、それはどういう考えで総理大臣は行かれたんですか。おもしろ半分に、ちょうど花も咲いておるからいい調子だから行かれたんですか。
#16
○政府委員(加藤紘一君) いま片山先生おっしゃいましたように、大平総理が先般靖国神社を参拝いたしましたことは、政府としての行為ではなくて、あくまでも大平正芳氏個人の気持ちで行ったものでございます。したがって、政府としてもまた内閣としても、この行為に特に論評する立場ではございませんが、総理の個人的な気持ちをいろいろお伺いいたしておりますと、先生がおっしゃいましたように、戦争のために、また国のために命を落とされた方にかねがね感謝の気持ちと、そして哀悼の気持ちを表現したいという気持ちがあったところに、春の例大祭でございますので、それを機会といたしまして敬虔な気持ちで祈りをささげたというのが大平自身の気持ちと聞いておる次第でございます。
#17
○片山甚市君 クリスチャンだから、やおよろずの神は拝まなくてもマリア様を拝みになったらいいんでしょうけれども、それよりもとうといのは人間だということはわかった、人間大平、よろしいですね、それは。それはよろしい。それなら一体敬虔な慰霊の気持ちというのは何かということですが、国が戦争を遂行した際に、戦傷病者を初めいろんな人がおられますけども、あなたは大臣と同じように若いからわからぬけれども、戦陣訓というのがありましてね、あったんです。いわゆる「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。」、兵隊というものは捕虜になるな、死ねということで、そのかわり死ぬときには兵器は絶対敵に渡すな、保存せよ。三八銃という銃があったがそれを拝ませる。わからぬけどね、あなた方みたいな人にはわかりませんよ。ぬくぬくと育っておるんだから、タケノコみたいに。だからわからぬけれども、とにかく「死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。」ということがあったんです。いわゆるそういうようなことで戦争がやられたにかかわらず、その結果われわれは、日本の国の中で空襲を受け国土を守ってきた、そういう人についての身分は、天皇とその時分の国民というのは親子の関係でなかったんですか。あなたは勉強してなかったからわからぬでしょうけど、昔は天皇は親でありいわゆる国民は子供であると、こういうように言っていたように思いますが、それはどういうように思いますか。自分が命令して戦争に行って人殺しをした人間だけが子供で、家を守った、いわゆる国土におった者に対してはそんなつもりはありませんか。敬虔な気持ちで死んだ人にお参りに行ったんですからね、尊敬しますよ。そんなら生きておる人間がおりますから、それに対しては敬虔な気持ちはないですか。
#18
○政府委員(加藤紘一君) 橋本厚生大臣はたしか昭和十二年のお生まれと記憶いたしておりますけれども、私の場合には昭和十四年でございます。したがって、より戦争の記憶というものは定かでないということは先生御指摘のとおりであります。しかし、戦争の非常に悲惨であったということは、私たちも、当時幼稚園でございましたけれどもおぼろげながら知り、そしてその後の記録映画等で私たちも戦争はいやだなあという単純な気持ち、印象を持ったということも戦後のわれわれの育った時期の経験でございます。
 さて、先生がいま、終戦前の天皇陛下と、それから戦争に行かれた人、それと私人との関係はどういう関係であるかという御指摘でございますが、雇用関係であったのではないかという御指摘もあり、また親子の関係であったのではないかという御指摘もございますが、その点についての政府としてのきちっとした解釈というのは、その担当の方からお答えいただくことにいたしたいと思います。
#19
○片山甚市君 いや、総理大臣が来ておるつもりで話しておるんですから、担当は要りません。
 大体、私は天皇というのはインチキだと思う、それだったら、言葉悪いけど。親子の関係だと思うんです、その時分は。ですから、新憲法ができてから後の問題は、それは国民が主権在民ですから、天皇をどうするかということはこの国会で決めることですからそれは別でありますけれども、使い分けをしておると、いわゆる雇用関係というのは政府が雇用したのであって、天皇の命によりというのは軍隊なんです。それは橋本厚生大臣はお知りになりませんけれど、びんたを張るんでも三八銃でぶん殴るのも、何をするのも天皇の名によりと。いまよぼよぼになっていますけど、あの人が元気なときに今上陛下と言いよって、馬に乗っておるときの絵を見たらわかるとおり、その名前だけ出せばやれたんです。ですから私に言わせれば一あなたにはもうお答え要りません。できません人にしたってしょうがないですよ。そんな頼りないものをよこしてくれと言っていないんです。ちゃんとしたものにしてくれったってしょうがないんです。これ以上聞きません。
 そこで、戦没者に対しても同じように戦争遂行責任をわびる、いやもう済まなかったというつもりで行ったのかと思ったら、また、広島の原爆の碑に書いてあるように、二度と過ちは繰り返さないと霊前に誓い、憲法九条を守り抜いてやる、日本の国の平和を守りたいと参拝されたものでなくて、もう一度やっぱり戦争やってみたい、こういうおつもりだと考えてよろしゅうございますか。
#20
○政府委員(加藤紘一君) 総理が、まあ私人としてではありますけれども、再び戦争があった方がいいというふうにして参拝したということは絶対ないと思っております。
#21
○片山甚市君 ごりっぱな御答弁をいただけて感謝します。
 去る日でありますが、靖国神社に帝国主義戦争の責任を負うた――これは極東軍事裁判がありまして、日本から言ったら、何だアメリカのやろうにやられた、連合軍にやられたと思っているそうですが、A級裁判の人たち十四名が合祀されたという報道を去る十九日明らかにされました。国は事前に知っておったと思いますね、どうです。
#22
○政府委員(加藤紘一君) 政府及びどういう情報が入ったか、総理自身は、あれはたしか共同の記事であったと思いますけれども、その記事が出て初めて知ったと聞いております。
#23
○片山甚市君 知っておったと、にもかかわらず、これは二十一日に参拝をしておりますけれども、これは帝国主義戦争でございましてわれわれ日本の国が侵略戦争したあれです。日本の国を守る戦争じゃないんです。満州国をつくったり華北へ行って戦争してきたんです。日本の国を守るのが自衛ですよ。ABCD包囲陣で、アメリカやイギリスや、いわゆるチャイナ――シナやオランダ、ABCD包囲陣によって経済で制約、いまのちょうど東京ラウンドみたいなものだ、包囲されておる、これを突破せにゃいかぬということから始まったことには違いないのでありますが、そういうような理由で、立てということで東條英機という人が総理大臣としてやりましたね。天皇はロボットだったのかわからぬ。これは責任も感じないでしょう。しかしこの人たちは責任とっておるわけです。ですから、いまお聞きするんですが、このような人が祭られたことについて当然だと思っておるんですか、それじゃ。
#24
○政府委員(加藤紘一君) 靖国神社にそのA級戦犯の人が合祀されたということは、先ほど言いましたように、共同の報道で初めて知ったわけですけれども、しかし靖国神社自体がどの方を合祀されるのかどうかということについて政府がいろいろ判断申し上げることはできないと思っております。
#25
○片山甚市君 ありがとうございました。これから国営とか、国が何とか靖国神社をしたいなどとは寝言にも言わぬようにしてください、そのかわり。勝手なことをいいかげんに言わぬようにせい。いつもですね、そちらの方に並んでおる自民党さんの方から突き上げられてきたことにして、うまいこと言うて、私たちは死んだ人たちは祭ると言うとるけど、戦争して死に損のうて、ピストルを撃って、大体ですよ、大将がピストルよう自分で撃たなんで、変なところを撃って死に損のうて、またアメリカに絞首刑になったやつに頭下げにいくというばかがおるかと言うんだ。私が言うのは、大体気に食わないんですよ。個人的な名前挙げとるのと違うんですよ。そういうことについて「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。」、おまえらわからぬだろう、大学出ておっても。ちゃんとあるんだよ。わしらやられてきたんだよ、飯食えぬほどどっかれてきたんだ。どついた人間は年金もらわれへん、今度軍法会議にかかって――聞きますが、軍法会議にかかって殺された人間も祭られておるかここに、靖国神社に。聞くだけでいい、知っとるか知らぬか、日本の軍法会議にかかって殺された人間でも靖国神社に祭られておるかどうか聞いておる。
#26
○政府委員(加藤紘一君) 宗教法人で、祭ってありますかどうかということはわれわれわかっておりません。
#27
○片山甚市君 まあ知らぬことにしておこうということわかりました。国から軍法会議にかかって殺された人間に年金が出ていますか、遺家族に。これはわかるでしょう。敵前逃亡だ。
#28
○政府委員(河野義男君) 軍法会議等にかけられた人、いろいろ態様ございますけれども、当時の事情を勘案いたしまして、それらの人々に対しましても援護法上の処遇はいたしております。
#29
○片山甚市君 よくわかりました。それじゃそのとおり十分調べてみます。
 戦時災害援護法の提案趣旨の説明でも指摘しておりますとおり、国の姿勢は帝国主義戦争を遂行したものであり、そのために亡くなった者でも慰霊をするという立場であるということもよくわかりました。平和を願うことよりも、将来にわたって軍事優先、また軍国主義復活あるいはそれを鼓吹するために今回そういうような態度をとられたものと考えます。いま言われたように、敵前逃亡、またそういうことで処刑された兵士に対しても遺家族に対するいわゆる手当を出されておるという確認をいたしましたからこれ以上突っ込みませんけれども、私たちは、このようなことについては、今後戦傷病者に対する諸問題、遺家族に対する諸問題を論議するときに、もう一度改めて別の場所でお聞きをしたい。内閣についてはこれ以上追及いたしません。
 次の問題に移ります。
 実は大臣の方から、国の福祉施策によるところのいわゆる一般戦災障害者に対する措置で済ませたいと考えると、こうおっしゃっておるようでありますが、本年度の予算に障害者に対する予算が組まれています。それは、昨年の昭和五十三年四月二十日の日の附帯決議第一項目に、実態調査をするようにというふうに書かれておることについて実行していただける内容の一部でありますか、お伺いします。
#30
○政府委員(河野義男君) 戦災障害者の実情を把握するために、昭和五十年に一度実態調査を身体障害者実態調査と組み合わせて調査を計画したわけでございますが、いろいろな事情でそれが実現できなかったわけでございます。で、今回身体障害者実態調査を五十四年度に実施する予定でございますので、戦災による障害者についてもその比較においてこれを把握しようということで、戦災による障害者の実態調査を計画したわけでございます。そして一方、昨年の参議院の附帯決議にもその実情、実態について調査をするというような御趣旨の附帯決議もございますので、その御趣旨にも沿うものと考えておるわけでございます。
#31
○片山甚市君 予算は幾らですか。
#32
○説明員(板山賢治君) 三千三百五十万でございます。
#33
○片山甚市君 それだけの予算で、大体抽出でありましょうが、できるというならば速やかにしてもらわなきゃなりません。全体調査の問題は、それではどういうような構想で大臣お考えになりますか。
#34
○説明員(板山賢治君) 今年度の身体障害者の実態調査につきましては、調査の対象は身体障害者福祉法の別表に掲げます程度の障害を有する者を対象といたしまして、障害者の数あるいは現に受けております福祉サービスの状況、さらに必要といたします在宅サービスの内容、対策への要望、こういったものにつきまして千八百地区、約十万世帯を対象にいたしまして、ことしの秋実施いたしたいと考えています。
#35
○片山甚市君 厚生省はいろいろ言っていますが、結局一般戦時障害者のいわゆる調査などでは、適当に今回身体障害者調査ということで、昭和五十年、一九七五年と同じように、自治体や関係団体の協力が得られずに失敗するということはないという保証をいただきたいんですが、いかがです。
#36
○説明員(板山賢治君) 先生のおっしゃいますように、昭和五十年に計画いたしましたとき、調査用語の不適切さの問題とか、あるいは調査のねらいというものが障害者を施設に隔離するというふうな誤解を招きましたこと、あるいは調査の実施につきまして関係団体等の事前の意向を聴取していなかったこと等で反対がありましてできませんでした。大変残念でございましたが、今回はその経験を踏まえまして、これから約半年ございますので、その間に関係者の事前の十分な了解を得る、一つ一つ誠意を持って問題点を解決いたしながらぜひ実現をいたしたいと、このようなことで現在準備を進めております。
#37
○片山甚市君 去る四月十三日、参議院議員二宮文造君の提案をしておりますところの質問主意書に対して国の答弁を見ますと、大臣がいまおっしゃったように非常に冷たい。附帯決議に反するというように感じられるんですが、これはいかがなものでしょうか。
#38
○政府委員(河野義男君) 二宮文造議員の質問主意書に対する答弁書におきましては、民間戦災傷病者等について特別の調査を行うことは考えていない、こういう答弁がなされておるわけでございますが、一般戦災者についての国の基本的な考え方は、先ほど大臣から御答弁申し上げたとおりでございまして、一般社会保障の充実強化によって対応していくと、これが基本的な姿勢でございます。個々の特別の調査を行わないという趣旨は、特別な対策、一般戦災者に対しまして特別な対策を前提といたしまして、そのための実態調査、そういったものは考えていない、こういう趣旨でございます。
#39
○片山甚市君 実は、総理府が昭和五十二年度から実施しているこれは、一般戦災者に関する調査等に十分な連絡をとって附帯決議の趣旨に沿うよう努力する旨、第八十四国会の昭和五十三年七月十八日ですが、小沢大臣が言明しておられるんですが、その後厚生省としてこの調査とどのようにかかわって一この調査相当しておりますね、いわゆる総理府の管理室が担当でございましょう。これ見ておるんですが、これを参考にしながらやられたんですか。
#40
○政府委員(河野義男君) 総理府で実施されております全国戦災史実調査につきましては、昭和五十二年度、五十三年度両年度にわたって実施されておるわけでございますが、これにつきましては、厚生省といたしましても十分連絡を密にしてまいっておるわけでございますが、まだこの調査の結果について結果がまとまっていないと聞いておるわけでございますが、史実調査の結果がまとまりましたら、私どもも非常な関心を持っておりますので、十分検討していきたいと、かように考えております。
#41
○片山甚市君 私の手元にそれはあるんですが、協力をしない市町村がたくさんありますよ。たとえば、一番熱心にやってくれておる春日井市だとか半田市、それから大宮市、たとえば函館市、名前を挙げたら切りがありませんけれども、この赤丸つけたんですが、してないのがありますね、実際。松阪もつけてありません。彦根もない、東大阪もない、岸和田もない、泉大津もない、こういうことで、いわゆる軍事基地だった鹿児島の鹿屋もない。これやられておるんです、全部ですね。枕崎もありませんね。こういうように、戦災都市でありながら、名前をわかっておりながら、これについて協力をしてない。これは大体知りたくないからかもわかりませんけれども、これを一つの参考にして、今度調査されるときに十分に理解をするようにしてもらって全国的に把握をしてもらいたいと思うんですが、いかがでしょう。
#42
○政府委員(河野義男君) いま先生が御指摘のように、実際の調査の実施につきまして協力しない市の状況を私ども具体的には承知しておりませんが、先ほど申しましたように、この調査の結果につきましては関心を持っておりますし、調査の結果が出ましたらそれの内容につきまして検討さしていただきたいと、かように考えております。
#43
○片山甚市君 縦割り行政ですから、文部省は文部省、厚生省は厚生省、総理府は総理府で勝手に自分のあれをするんでしょうが、国民は一人ですからね、あなたたち役所は飯の都合でいろいろとあちらこちらで仕事をしてもよろしいけれども、われわれは困る。だから十分に連絡をとってやってもらいたいと思います。
 そこで、私はきょう申し上げたいことは、一九七六年、昭和五十一年の第三十一回国連総会で、いわゆる一九八一年ですから昭和五十六年になりましょうか、を国際障害者年とすることを全会一致で日本政府も参加をして決議しております。すでに二年を経過しておりますので、国際障害者年諮問委員会、これは二十三カ国構成ですが、政府機関及び任意団体による国内委員会の設置や、国内的にとられた措置に対する報告は求められていると思うがまだでしょうか。どういうように、いわゆるこの国際障害者年に対する国内委員会の設置ができておりますか、お聞きします。
#44
○説明員(板山賢治君) 御指摘のように、再来年が国際障害者年でございますが、現在外務省の国連局を窓口にいたしまして、関係各省いろいろの情報交換、これに対する対応等につきまして研究協議をいたしております。具体的にはむしろ外務省からの御説明の方が適切かと思いますが、私どもちょうど中央心身障害者対策協議会の事務局を担当いたしておりますので、若干その情報その他を知っておりますので御説明を申し上げますと、ことしの三月に、国連で諮問のための専門委員会がございまして、その結果を各国に連絡し、ことしの秋の総会に各国の行動計画等を提出して採択、決議をすると。で、それまでは外務省が窓口になりまして、その国連総会、九月でございますが、それが終わりました後で日本国としてのこれに対する正式の対応をするというふうに私どもスケジュールを伺っておりますような状況でございます。
 で、厚生省といたしましては、この国際障害者年を迎えるに当たりまして、やはり障害者対策を一つの発展させる転換期にあるというふうな認識のもとに、先ほど御説明を申し上げましたような身体障害者の実態調査を計画いたしましたし、さらには、町ぐるみ障害者の住みよい環境をつくるという観点で障害者福祉都市の予算を計上するなど、再来年に向けまして一つの計画を進めておるところでございますが、ただ、国際障害者年は、いままでの情報によりますると、障害者年に一つのお祭り的な行事をして終わりというのではなくて、障害者の参加と平等というメーンテーマを実現するために、再来年の昭和五十六年を契機として、その後十数年かけても、一つのプログラムを推進していくという観点で仕事をしようというふうな思想があるようでございますので、これらを踏まえましてこれから私どもも準備をいたしたいと、このように考えております。
#45
○片山甚市君 男女平等雇用の問題を含め、またいま児童年の問題を含めお祭りであったということを告白されましたが、今度はお祭りでなくてやると、フェスティバルでないと、いままでは国際婦人年もいわゆる児童年もお祭りであったと、こう理解をしてよろしゅうございますか。
#46
○説明員(板山賢治君) 私の申し上げましたのはそういう意味ではなくて、国際障害者年というものの持っております物の考え方が、国連専門委員会等の議論を通しましてそのように受けとめられておるということを申し上げたのでございます。
#47
○片山甚市君 いや、大臣、私が言いたいのは、国が基本調査したときは、いわゆる昭和四十五年の国勢調査以来ないんであります。それがあと五十年にお願いしてもできなかったんです。こんなぶざまなことで厚生行政がやられておるという、私は余り厚生省をいじめる方の役は好きでありませんで、御苦労願っとると思うから手心をいつも加えながら来たんですが、非常に腹が立つのは、ハンディのある者に対して普通の者が力を合わすのが、これが温かい世の中じゃないですか。調査ができなくて何が国の予算ですか、強い者が予算取るばかりです。大臣はそう思わなくても私はそう思いますから大臣の答弁を求めようと思いませんが、もう少し心の琴線に触れるというか、心の中に何かずしっと、ずしっというか、気持ちょく入ってくるようなものが欲しいと思います。と申しますのは、先ほど述べましたように、身体障害者調査は不十分のまま、結果的には国の資料としては昭和四十五年度のものしかないということであり、まして一般戦災障害者の実態などは、戦後から今日に至るまで何一つ明らかにされようとしないし、しょうともしない。その基礎データもない国が、社会福祉国家でござる、福祉元年でござい、社会保障を充実しています、世界よりりっぱだなどということを言うのは行き過ぎではないか。私が申し上げるのは、いわゆる艦砲射撃を受けたり、焼夷弾で焼かれた者はわかっとるんですから、やっぱりそういうものについては十分な配慮があるべきだと私は思う。鉄砲弾が飛んできた、敵前で軍服着ておった、看護婦にちょうど行っとって目の前に落ちたということだけが戦争でなくて、生糸を紡ぐ紡績工場で働く、家で、お父さんは行っとる、子供の洗たくをしとる最中で爆撃を受けても、私は戦争一環の中で犠牲者だと思うんです。これはいままで余裕がなかったと言うならそれまでですけれども、今日、アメリカから七十億ドルもの物を買えと言われておたおたして、日本電信電話公社が持っとる、いわゆる情報網まで売って、売国奴的にアメリカに、いわゆるIBMなどにコンピューターを売り込まれる、電子交換機を売り込まれる、そして情報全部盗まれることでも、また日米軍事同盟、安保条約あるからいいんだと思っておる、こういうような感じがいたします。いまの政府、大平内閣はどっち向いて行っとるんだ。日本の国の情報を売る、それと同じ。この問は、何か電電公社の通信研究所の諸君が中国に雑誌を出したんでスパイ容疑だとか何とか言われよった。いまやっとるところの日本の政府のやり方いうたらそういうことであります。私がいま質問をしている趣旨は、福祉国家ということならばデータをそろえてほしい。そうして、これに対して対策をしてほしいですね。そのために、ことしのいわゆる五十四年度の調査で、戦災者が、戦災者というか、戦時災害を受けた、体に傷を受けた人間がきちんとわかるようにしてほしい。私は多いことを望んだりするんじゃなくて、その上にデータができればどういう対策をするかということについて迫っていきたいと思いますから、もう一度課長答えてください。
#48
○説明員(板山賢治君) 先生の御指摘、十分に私どもかみしめまして、この調査の実現につきまして努力をいたしたいと思いますので、よろしく御指導をまたいただきたいと思います。
#49
○片山甚市君 私らの知っとる仲間で、反対ばっかりしとったのがよけいおりましたから、その五十年には。まあできるだけ私はそういうことを反対させぬように協力しますけれども、あんたの方のやり方がプライバシーというものを侵すというような心配になるようなことをすれば、やはりわれわれ人権を守るためからそうならざるを得ないと思います。
 そこで、国際障害者年が来るから何かやらねばならないというのでは心温まる行政でないと思うので、調査の内容と具体的な体制はどうつくられていますか、いま。
#50
○説明員(板山賢治君) 調査の内容につきましては、先ほど御説明をいたしましたように、主として障害者の皆様方が持っておられます現在の施策への希望、ニーズ、こういったものに重点を置いた調査項目を整理いたしておりまして、この案をつくりました上で障害者団体あるいは地方各市町村等の意見も十分に聞きまして、調査項目はこれから詰めていきたいと考えております。なお調査の実施につきましては、まだ時間もありますので、関係方面の御理解をいただきながら、福祉事務所を調査機関の中心にいたしまして実施をいたす予定でございます。
#51
○片山甚市君 まあ福祉事務所はいろんなものをやっていますから、ちょっとした片手間でということになるとこれは心もとないことであります。私どもも調べますけれども、とにもかくにも今度は資料が集まらなかったとか、そういうことはないようにしてもらいたいと思うんです。
 もう一度もとに返りまして、国際障害者年のことですが、国内委員会の設置については、所管がどこであろうと本体は厚生省がいわゆる障害者というものを握っておるのが普通だと思うが、それは間違いないか、これが一つです。その場合、国民全体には一般戦災障害者なども含めた、幅広い関係団体の合意を得る組織になるよう努力するようにしてもらいたいと思いますが、これは大臣お答え願えませんでしょうか。
#52
○国務大臣(橋本龍太郎君) 先ほどから片山さんからいろいろな点での御指摘があるわけでありますが、私どもは、いま板山課長からも申しましたように、ことしの障害者実態調査の中におきまして、一般戦災被害の方々の状況把握にも最善を尽くしたいと考えております。そうした中で、障害者年についての話が出ておるわけでありますが、私は恐らくことしの国際児童年と同じように、政府全体、関係するところは非常に大でありますから、障害者年に対する基本的な各省の調整その他の業務は総理府が中心になっておやりになると思います。しかし、その中において心身障害児を含め障害者対策の非常に大きな部分を私どもの行政が所管をすることは間違いないわけでありまして、雇用面を担当していただく労働省とともに、また教育面を担当していただく文部省とともに、私どもとしての最善を尽くしたいと、そのように考えます。
#53
○片山甚市君 そうすると、その場合すべての障害者に対する生活、教育、文化及び権利に関するあらゆる部面から問題点を検討を加え、短期的な問題もありましょうし、長期的な問題もありましょうが、具体的な政策を速やかに示されるよう、厚生省としては今後速やかに着手されるものかどうか、そしてそれは大体いつごろか。そのようなことが厚生省だけでやれないということはわかりました。国内委員会はそれじゃどこの所管かということをもう一度聞きます。そしてその上で、いわゆるいつごろまでにやるのか。
#54
○国務大臣(橋本龍太郎君) 私は、具体的なスケジュールにつきましては、先ほど申し上げましたような秋の国連総会の意思の確認を待って政府としてそれを決定し、それを受けて、恐らくことしの児童年と同じように総理府に推進会議を設けるというような形になろうかと思います。ちょうど児童年の場合にも、昨年総理府にちょうど一年前に推進会議を設けたわけでありますから、障害者年におきましても、恐らく秋の国連総会の意思の確認を待って、恐らく明春あたりには総理府を中心とした推進会議のようなものを結成することになるのではないかと、そのように考えております。
#55
○片山甚市君 そうすると、そのいわゆる障害者年に対する問題として、国内における宣言及び関連施設の発表とか、国内委員会または調整部局の設立、更生施設の設立等障害者施策の強化、就労機会、職業訓練の促進、社会生活参加の促進のための実際的な諸措置の開発重障害者収容施設の十分な供給、障害児、若年障害者、婦人障害者に対する配慮、法令の再検討、政府機関、国有企業への就労の機会の増加、公立学校、大学において教育を受けるための条件の整備、妊娠中、分娩時または出産直後の障害発生防止のための措置の促進、すなわち栄養とか免疫とか母体への配慮等、それから職業上の安全障害への認識を高めること及び職業安全規則、道路の安全措置の整備開発、あるいは障害に関する研究、統計、科学的データの整備、障害者のリハビリテーションに関する諸施策、達成状況に関する諸問題、障害者の権利、社会への参加に関し、学校、あるいは地域団体での啓発活動、あるいは障害者のための文化、職業施設、リハビリテーションセンターの器具を入れる等での関税や税金の免除、リハビリテーション指導員、また医療従事者、ソシアルワーカーの育成、障害者のための諸活動に対する資金援助キャンペーンなどというようなものが考えられると思うんですが、こういうことについては、すでにこの国際年を迎えるに当たって厚生省としては、文部省の関係を言った分は別といたしましても、考えられておりますか。
#56
○国務大臣(橋本龍太郎君) いまいろいろの角度から御指摘のありました中におきまして、これは障害者年があろうとなかろうと、どうしても私どもが行っていかなければならない分野のもの、たとえば、重障施設の供給の問題でありますとか、あるいは妊娠中、分娩時、あるいは出産直後の障害発生防止の措置の促進でありますとか、こうした問題は従来からも継続して行ってまいりました。また、ことしの国際児童年の中における母子保健対策の総合的な見直しを図る中におきまして、先天的な障害の発生予防、さらに、それを踏まえて、今度は生まれてきた子供さんの早期の治療、療育体制の整備とかいったような問題は現在もすでに実施をしつつあるわけでありますし、また継続して行っていくことは当然でございます。また、いまお話のありました、たとえば道路の安全の問題でありますとか、そうしたものはかって身体障害者モデル都市を試行的に行い、その中におきまして幾つかの反省点を踏まえた今回ソフト面をも加えた障害者福祉都市構想を現在推進し、障害者年を一つのピークにして、人口十万以上の都市を全部こうした形で整備をしてまいりたいといったようなことですでに動かしておるものもございます。ただ、いまお話しになりましたような総合的な一つのプログラムを作成するという段階には、これは政府全体としては今日まだ至っておりません。これは、いま申し上げましたような国連における意思の表明を受けた推進会議の中において行われるべき作業であろうと思います。厚生省自体としてはそれぞれのプログラムは順次現在も進行中でございます。
#57
○片山甚市君 そこで、先ほど言いましたように、二宮文造参議院議員が質問主意書を出しました答えに、特別に調査を行うことはないと、こうおっしやっておるんでありますが、先ほどから申しますように、この戦時災害を受けた方々をどのようにするのか、この人だけでなくて、後から私の同僚の穐山君の方から満州における開拓義勇団の問題も出てまいりますけれども、とにかく、私が一貫して取り上げてまいりましたこの一般戦災者に対する取り扱いについて、国際年のときに参加をして、発言権をまず与えてもらいたい。非常に熱心にやってきた仲間でありますから、この人たちの意見を入れていただけるようにまず大臣から御答弁を願いたい。そうして、特に、ことしからのことでございませんけれども、すでに地方公共団体においては、民間戦災死没者に対しても遺族に対しても弔慰金なども出しておるんですが、こういう地方から上がってきて中央からということでなくて、速やかに、私はもう大臣が若いですからあしたやめるということはないと思うけれども、大臣の問にですね、大臣の間と言ったら大体期限は切られますけれども、この数カ月というようなことを言うとまたきついでしょうが、速やかに、この問からの約束であるところのいわゆる戦時災害援護法を提案した趣旨にかかわる諸問題についての措置をとってもらいたい。どうしてもこれは怨念のようなものでありまして、これを解かない限りは日本の国は開けませんですね。こういう点で、理路整然と申しますと、天皇陛下の子供として戦争に駆り出されてやってきた、これが一つです。それから、雇用関係ということになれば自分の身内は全部雇用関係があった、こういうことになる。だから雇用関係があって、戦争に行く者がおるものだから残っておった者がそういうことになったということになりますよ。満州に連れていかれたのも、大豆をつくる、何をつくるということで義勇隊で内原の訓練所から引っ張り出されて行ったり何かして、また従軍看護婦の方の問題も、だまされて連れていったりして、これからもまた出てまいりますが、こういう問題もありますので、私の方としてはきょうの一般戦災者、これに対しては何としても調査の結果いままでと違った具体的な施策を一歩進めてもらう、こういうことについての答弁をいただきたいと思うんですが、大臣の抱負といいますか、これからのあり方を御答弁願いたいと思います。
#58
○国務大臣(橋本龍太郎君) 確かにいま片山さんから御指摘がありましたように、たとえば徳島市でありますとか、あるいは愛知県の岡崎津島、稲沢といったような場所において、一般戦災者に対する地方自治体としての施策を講じておられる例がございます。また愛知県のある町のように、社会福祉協議会がこうした方々に対する対策を立てておられるようなケースもございます。私はこの日本列島、長っ細い中で空襲を受けた地域、受けない地域、あるいは艦砲射撃を受けた地域、受けない地域、いろいろあるわけでありまして、それぞれの自治体において、その地域におけるかつての被害というものを踏まえられた対策をお立てになることを、国が決してそれにブレーキをかけるようなことを考えるつもりはありませんと、これは最初に申し上げておきたいと思います。
 私どもは、先ほどもおしかりを受けましたけれども、一般社会保障の体系の中において、福祉政策の体系の中において一般戦災の被災者の方々にも対応していくということで今日まで参ったわけでございますが、これは一応政府として、今日まですでによく御承知のように、いわゆる戦後処理の問題というものは全部解決をしたということになってきておる状況もあるわけでございます。厚生省自体から申しましても、昭和四十二年の十月に厚生大臣の私的諮問機関として援護問題懇談会を発足させ、大変広範な問題についてその中で御論議を願い、援護法の中において対処すべき事項をその時点において整理をいたしまして、その中で出てまいりました問題を順次整備を図りながら今日まで参りました。これは事務当局の立場から言えば、私はあらゆる問題はそこで一応議論の方向は尽きた、また結論が出たという考え方をとっておりますことは、これはひとつ当然のことではなかろうかと考えております。ただ、これは本当に今度は私の個人的な感じになりますが、先ほど申し上げましたように、私どもは終戦の当時まだ子供でありまして、その当時の実情に決して詳しいわけではありません。むしろ、空襲等によるこわくて逃げ回った実感のみが残っておる世代であります。私どもからもう一つ若くなれば、今度は戦争を知らない世代が出てくるわけでありまして、そういう世代の人間としてのこれは個人的な考えでありますが、援護法というものも今日までだんだん進展をしてまいりますと、実はここまで時間がたって、そして今日提起をされております問題は、先生の御指摘のような問題にいたしましても、あるいは先般来いろいろな機会に問題になっておりました陸海軍病院の看護婦さんの問題等にいたしましても、あるいはその他の細かい、法の適用外すれすれのようなケース、ある意味では大変細かい、判断のむずかしいケースばかりが残ってきておるという感じがいたします。これは後ほど御指摘があるということでありましたが、開拓団義勇隊の問題につきましても、従来から何回も、本院においてもまた衆議院においても御議論がありました。私ども、心情的にその話の中には理解のできるものもあるわけであります。そうなりますと、いますぐに私はこれをつくるという考えはとりあえず持っておりませんけれども、あるいは今回の御審議等を踏まえて、もう一度、提起をされております個別の問題をずっと拾ってまいりますと、将来においてもう一度こうした時代の変わりを踏まえながら、現在の援護法の体系においては処置できない接点部分に残る問題について、もう一度何かの判断を願う場を持たなければいけないのではないだろうか、そういうものをつくる必要がそろそろ出てきているのではないだろうかという感じも個人的に持っておることを率直に申し上げます。
#59
○片山甚市君 時間が来ましたので、それじゃ大臣、私的諮問機関であろうとも、この問題について取り上げていただき、私の意見としては、一年以内、もう結論を出るような努力を願いたいと思いますが、いかがです。大変むずかしいことであるということはわかっておるけれども、これは法律的に言えばもう済んでいることじゃないかというならば、新しく法律をつくるのはここですから、若さでひとつ答えてください。
#60
○国務大臣(橋本龍太郎君) これは若さに関係があるかどうかわかりませんけれども、ただ、私ども社会労働委員会、衆議院におりまして今日までずっと御議論を拝聴し、また私ども自体も議論をし、また、本院における御議論等も拝聴してまいりまして、率直に現在やはりその接点部分の問題についての御判断を願う場、そういうものが必要であろうという感じを持っております。今国会における参議院の御審議をも踏まえ、私はそういうものを考えてみたい、そのように考えております。また、それができました場合には、これはやはりもうできるだけ早い時間に御結論をお出しいただくようにお願いをしなければならぬとも思います。
#61
○片山甚市君 社団法人日本戦災遺族会定款というのがございまして、これは五十二年につくられたようです。これだけがあるんじゃないので、ほかの団体ありますから、ひとつ理解をしておいてもらいたい。そういう意見を聞くときには一方に偏らないようにきちんとしてもらいたい。これを申し上げて終わります。
#62
○安恒良一君 私の要求した出席者、来ておりますか。厚生省、大蔵省、それから総務長官、以下関係者。――来ていませんね、委員長。
#63
○委員長(対馬孝且君) 速記をとめてください。
  〔速記中止〕
#64
○委員長(対馬孝且君) 速記を始めてください。
#65
○安恒良一君 私は、戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案に関連をするものとして、次のことを質問をしたいと思うのでありますが、もともとこの戦傷病者戦没者等は、この法律の規定をするとおりでありまして中身はよくわかっているんです。
  〔委員長退席、理事片山甚市君着席〕
しかし、これも衆参の社労委員会なり関係委員会の中でいろいろな努力はされまして、今回この法律改正と同時に、その一部として、前日赤従軍看護婦への慰労金が年間交付される、一定の年齢制限等ございますが交付されると、こういうことについて政府が昨年の衆議院における社労委員会の六党の申し合わせに従って善処され、今回の法案の中に盛り込まれて提案をされ、前向きにされたことについては評価いたします。もちろんこれは三月二十三日の本院における予算委員会の粕谷先生の議論なり、三月一日の衆議院社労委員会における金子先生の議論なりで、前日赤の看護婦さんに対する処置も十分だとは思いません。しかしながら、一歩前向きに善処されたことについては私は評価をいたします。
 そこで、私も最近この問題について勉強したんですが、いまも厚生大臣が言われたように、なかなか接点の問題が出てくるわけですね、一つ処置をしますと。しかし、政治というのは、私はやはり公平であらなければならない。そこで問題の接点は何かというと、今度は前陸海軍従軍看護婦さんの処遇問題が出てきている。このことにつきましても、私は予算委員会の総理府長官、厚生大臣、関係委員の方のやりとり、それから衆議院における社労委員会の中のやりとり、こういうことを詳細に勉強いたしました。
 そこで、お聞きをしたいのは、前陸海軍従軍看護婦の皆さんからは二つのことがお願いとして出てきております。一つは、同じように戦地で苦労した看護婦さんであるから、どうか自分たちに対しても日赤従軍看護婦と同様の処置を講じてもらいたい。こういう処置が一つ出てきております。二つは、在職期間を各種公的年金に通算するような処置を講じられたいと、こういう二つのことがそれぞれ関係大臣のところにも御陳情があったと思います。もしくは関係局長のところにも御陳情があったと思います。
 で、私きのう陳情を承りましていろいろお聞きしますと、なるほどわれわれもこういう見落としておったところがあったなということを実は気がついたわけでありますが、これらの問題について、実はきのう私は総理府、それから厚生省、大蔵省、約十人ぐらい、局長以下関係の方に来ていただいていろいろ御説明を聞いたんですが、まず所在がはっきりしないわけですね。厚生省側に聞きますと、いや、これは総理府が中心だと、こういうことになるわけです。
  〔理事片山甚市君退席、委員長着席〕
総理府側を呼びますと、いや、それはやっぱりまず調査を厚生省の方がやってもらわないととてもということで、ややボールの投げ合いが続きまして、私も、ですからわかったと、それじゃきょう両大臣おられるところで――これはお役人に幾ら聞いたってだめだと、ボールの投げ合いしますから。やはり両大臣おられるところで、まず、どこでどういうふうにするのか、こういうことを聞こうということで、きのうは援護局長の河野さん、それから総理府から管理室長の小野さん、それから大蔵省は主計局の共済課長等々関係者全部に集まってもらって、かなり時間をかけて議論したんですが、まずどこでこういう問題を扱うのかということが、やや責任の――これは縦割りの悪いところで、たとえば大平総理が田園都市構想を出すと、いや、これはおれのところですといって一生懸命取り合いする、いい意味の取り合いか、悪い意味のか。ところが、こういうむずかしい問題になりますと、お役人はやたらにあっちへ投げこっちヘボールを投げて困っているんですが、まずお聞きしたいんですが、この陸海軍従軍看護婦と日赤看護婦さんのこの処置をどこでどう扱われるのですか、この関係についてちょっとお聞きしたい。
#66
○国務大臣(橋本龍太郎君) この日赤従軍看護婦の方々の問題が国会において議論になり、その議論を踏まえて超党派でこれの処置に当たりました段階におきまして、日赤従軍看護婦の方々に対する対応というものは、当時総理府ということで国会側も割り切り、またそれを受けて、御承知のように総理府の方に予算計上をするという形態をとっております。私どもとしては、総理府がこの問題の処理に当たられるという理解をいたしました。
 なお、踏まえて申し上げますと、この陸海軍看護婦の問題につきましても、先般来予算委員会を初めいろいろな場で、主として総務長官からお答えを願い、厚生省側としてはそれに対する資料その他で御協力のできる部分のお手伝いをいたすという体制にございます。
#67
○安恒良一君 そこで、これはそうしますと、主体的には、予算委員会でも三原長官は再度再検討してみたいと。ですから、きょうぜひ三原長官を呼びたかったんですが、いまこちらに向かわれているそうですが、再度再検討してみたいと、こう答えられていますから、その点は総理府いいわけですね。いま厚生大臣が言われたように、主として中心になってこれから検討するとすれば総理府であると、いいですな、それは。
#68
○政府委員(小野佐千夫君) 先般の参議院の予算委員会におきまして、三原総務長官は、この問題について再度検討するという旨の答弁をしておられます。私たちといたしましても、大臣の意を体しまして、関係各省庁と十分連絡をとりながら慎重に検討を進めたいというふうに考えております。
#69
○安恒良一君 それでは、私はこれは理由を再現してもしょうがありませんから、まず国会で問題になっておることだけ私の方で整理して申し上げますと、日赤と陸海軍の看護婦さんの違いは、片方はいわば昔流で言いますと赤紙で召集しているんだと、片方は志願だと、こんなことになっていますね。志願もしくは陸海軍が雇用しているんだと、こういう違いが一つ強調されています。
 それから第二番目の違いは、いわゆる日赤の看護婦さん方は救護班を編成して戦地に行く、だからその勤務場所は主として兵たん病院、野戦病院、仮野戦病院である。ところが陸海軍従軍看護婦さんは原則として陸軍病院、海軍病院である、こういう答弁をいろいろ大臣、関係者がされていますね。ところが、これはまた厚生大臣に言うと、すぐおれは若いから知らないと、こうなるだろうと思って三原長官を呼んだのですが、年齢には関係ないんですよ、実態がどうかということは。私どもで調査をし、また、すでに参議院の予算委員会で金子はるさんという元陸海軍従軍看護婦の会の会長さんがいろいろ証言されていますね。その証言を見ますと、まず勤務地については、あの大東亜戦争なりの場合においては、これはもう入り乱れている、勤務地については、こんなきれいに兵たん病院は全部日赤でと、そんなことはないと。本人もそう言っていますし、三原さんもいわゆる私も戦地経験が十分だ、その中でそういう実態はよくつかんでおる、こう言われています。そうしますと、これは勤務地に関しては同じ、ほとんど同じだと、これが一つ。それから、志願と召集令状と言うけれども、これも本人たちから言わせると、当時のわが国の軍国主義時代においては、これまた片山先生からもいまいろいろありましたように、いわば天皇陛下の命令とか、国のためということで、本人たちの意思は問わず看護婦さん方はそれぞれやはり前線に送られて看護業務につかれていることもこれは事実ですね。これは日赤の人だけが前線に行って、陸海軍の人だけが行っていないなんという、そんなことはないです。志願とか応召とか関係ない。私たちも戦争末期わずかしか知りません。本当のことを言って半年ぐらいしか知りません。しかし、現実に当時の先輩から聞きますと、もう全くその区別はないというんです、全く区別はないと、これは。ですから、この二つの理由から言いますと、これが区別をされる理由が私にはわからないんですね。主としてお役人の答弁の中で挙げられていることはいま私が整理して全部反論した。ですから、そういう上に立って、それ以外に何かありますか、それ以外に、非常に陸海軍の看護婦さんにはむずかしいということ。いま私は二つのことを整理した。一つは赤紙といわゆる志願ないし雇用、いま一つは勤務地の問題。しかし、これらは全部いま私は整理しましたし、それから先輩も、幾らでもここにもおられますから、行かれた先輩皆おられますから、全く同じだと、こう言っている。そういう上に立って、なお今回日赤の看護婦さんにやられたことは私は非常にいいことだと思います。やはり高齢のこの看護婦さんたちも、大変私のところに細かく、いまの生活実態から何からかにから来ておりますが、大変お気の毒だと思います。やはり政治というものはこういうものについてもあわせて救済をしていくべきだと思いますが、そこらについてどうですか、考え方を聞かしてください。
#70
○国務大臣(橋本龍太郎君) いま安恒委員から御指摘のありましたような理由、従来確かに総理府としてそういう主張をしておりましたことは事実でございます。ただ、これは安恒委員の方から先に言われてしまったのですが、私どもは本当に本で読む以外、また先輩の方々からお話を聞く以外当時の実情はつまびらかにしないわけでありますが、先般総務長官が予算委員会において、自分の体験からその実態について感想を述べておられたのは私も聞いておりました。安恒委員の御指摘のような問題点は多分あろうと私も思います。
#71
○安恒良一君 そうなりますと、私は次のことを明確にまずお願いをしなきゃならぬと思うのですが、後でこれは……。
 それから、その次に在職期間の各種公的年金の通算の処置ですね、これについて少しお聞きしたいんですが、大体陸海軍従軍看護婦さんは、陸海軍病院というのは、その後主として国立病院になっていますね。ですから、戦争中戦地から引き揚げてこられて国立病院に勤務された方と、それから、戦地から引き揚げてきてもう民間人になり結婚なんかされた方と、それからまた、今度は厚生年金なんかの適用の民間病院に勤務された方等々、いろいろこれはあるわけですよね、いろいろあるわけです。ところが、これもきのう年金課長やら共済課長やら呼んで聞いたんですが、いわゆる在職期間を各種公的年金に通算する処置を講じられたいということについて、政府としてはどういうお考えなのか、どこにどういうふうに問題があるのか。これは年金局長、それから大蔵省共済課長も来ておると思いますから、そこらであれをしていただきたい。ある程度私は、二十四年十月の旧令法、三十四年の共済の新法等々、そういうものは十分承知しておりますから、承知しているものとしてごく簡略に、どこにどういう問題があるかということについて御説明ください。
#72
○政府委員(木暮保成君) 厚生年金と国民年金の関連につきまして御説明を申し上げますと、陸海軍の看護婦の方々の従軍期間を国民年金あるいは厚生年金に通算するということでございますが、これは安恒先生よく御承知のとおり、厚生年金は昭和十七年、国民年金は昭和三十六年の発足でございます。したがいまして、こういう陸海軍の看護婦さんの従軍期間を通算するということは、従軍ということに着目をして特別の措置をとるということになろうかと思います。いわば国家補償的な考え方に基づいて処置をするということになろうかと思いますけれども、そうした場合に、先生よく御存じのとおり、厚生年金も国民年金もそれぞれの被保険者の方々が相互連帯の精神に基づきまして保険料を掛け合うという制度でございます。いわば民間の保険でございまして、国家補償の観点がない制度でございますので、厚生年金ないし国民年金に従軍期間を通算することはむずかしい問題というふうに考えております。
#73
○説明員(山崎登君) 私ども、旧陸海軍の共済組合の期間あるいは従軍期間を有する人が、引き続き公務員になった場合あるいは再び公務員になった場合におきましては、一般の雇傭人と同様に共済組合の組合員期間に一定の条件のもとに通算しております。
#74
○安恒良一君 一定の条件のもとにというのはどういうことですか。
#75
○説明員(山崎登君) ちょっと足らなかったわけでございますが、引き続いている場合につきましては組合員期間といたしますが、切れている場合には年金の資格期間としてつながっているということで、多少違っておるわけでございます。
#76
○安恒良一君 きのう細かく聞いていますからわかっているんです、ある程度。婦長さんは恩給法になっている、それから一般の看護婦さんは雇傭人と、こういうことでやられている等々、率直なことを言って、私の時間二十分しかありませんからあれですが、お聞きをした限りにおいてかなりぼくは問題があると思うんです。
 そこで、長官がお見えになるのを待っているんですが、まだお見えになりませんが、ぜひこういうことをしていただけないでしょうか。いわゆるこの二つの問題については主管庁は総理府であると、しかし、たとえば実態がどうなっているかというのは、これは厚生省の援護局が実態を調査しなきゃならぬわけですね。私の手元に看護婦さんがみずから調査された調査資料というのが上がってきております。これもかなり厚生省に出入りをされて実態をつかまれているわけですから、ですから、総理府としては何をやろうとしても実態が明らかでないとなかなか立てようがないということで、ぜひ、まず実態については厚生省の方で、元陸海軍従軍看護婦さんのいわゆる名簿といいますか、それから状態というのですか、私のところに六百三十名程度の方々の、外地の勤務の問題とか、引き揚げてきた港の問題であるとか、それから勤務年限であるとか、当時の部隊名であるとか、そういうのは全部一覧表をもらっておりますが、やはり厚生省として、まず援護局としては、資料は援護局しかないはずですから、実態を調査をしていただくと、そうしてその実態の調査ができましたならば、それに基づいて早急にひとつ、これはやはりいろいろな年金等の関係もありますから中心は総理府でありますが、総理府、厚生省、それから大蔵省三者で、関係者で委員会をつくっていただいて、少なくとも総理府長官も前向きに検討したいということを言われておりますから、いまこの二つのことが出ていますから、その点の取り扱いについてひとつぜひ三省の連絡の検討委員会を設けて、主管は総理府でありますが、結論を前向きに出すようにぜひひとつそのあれをしてもらいたいと思いますが、どうですか。
 総理府長官まだかね、行っているところわかっているんだから……。
#77
○政府委員(河野義男君) 実態の把握の問題でございますが、この問題を検討するためには、先生御指摘のように、まず実態を十分把握するということが必要であろうと思うわけでございます。その面におきましては、援護局におきましてできるだけいろいろ現在保有しております資料等から実態を明らかにする努力を続けていきたいと思います。
 ただ、陸海軍の看護婦につきましては、もともと軍人のような恩給制度がなかったわけでございます。年功評価に対する給付の制度がなかったわけでございまして、軍人につきましては兵籍といいまして、各人ごとの詳細な資料があるわけでございます。そういう制度が予定されておりますのでそういう資料があるわけでございますが、看護婦さんにつきましては、そういった事情から十分な資料がないわけでございます。しかも、戦災とか外地からの引き揚げ時あるいは戦後の混乱時に一部資料が散逸し、あるいは滅失したと、そういった事情もあるわけでございますが、できるだけ当時の陸海軍看護婦で戦地に勤務された方の在職年数を中心にした実情の把握には努力をしてまいりたいと、かように考えております。
#78
○安恒良一君 これ、総理府長官に最後のところは答えてもらわなきゃならぬところですが、長官はまだですか。
#79
○委員長(対馬孝且君) ちょっと速記をとめて。
  〔速記中止〕
#80
○委員長(対馬孝且君) 速記を始めてください。
#81
○安恒良一君 長官ね、ほかの用で行かれたのにわざわざ来ていただきましたのは、予算委員会で、すでに私どもの同僚委員の粕谷先生から質問をされたときに、長官が一番――というのは、厚生大臣以下みんな戦後っ子ですからわからないわからないと、こうなりますから、それは長官はみずから戦地に赴かれて十分事情を承知されています。それで問題はこういうことなんです。いま私が最後にお聞きしたことは、陸海軍従軍看護婦さんと元日赤看護婦さんの違いは、これは皆さん出席された方が、戦争中なかったと、勤務地についても前線にも出ていると、こういうことで、その実態はここでみんな明らかになったわけです。そこで長官も、いわゆるこの問題についてはさらに前向きに検討したいと、こういうことを言っておられたわけです。そこで、私がきのうこの問題の関係で関係各省約十人ぐらい役人を呼びましたら、ボールの投げ合いでどこが責任省か明らかになりませんでしたが、きょう明らかになりましたので、長官にお願いしたいことは、厚生省は資料を出してもらう、援護局からできるだけ早く。そういうものに基づいて、総理府が中心になりまして厚生省、それから大蔵省、この三省の連絡会議を設けていただいてひとつ――まあ二つあるわけです。一つは日赤の看護婦さん並みに陸海軍の従軍看護婦にしていただけないかと、こういう要請が一つ、それから二つ目は在職期間を各種公的年金に通算してもらえないかと、これはいろいろ問題があります。率直に言って民間年金に通算できないとか、いろいろありますから。いずれにいたしましてもこの二つの問題については、総理府長官のところで責任を持ってひとつ前向きに取り組んで結論が出るようにしていただきたいと、このことを長官すでに予算委員会では言われておりますが、本委員会でも長官のあれをお聞きしたいと、こう思いましてわざわざお出かけ先からお帰り願ったと、こういうことです。どうぞひとつその点について長官のお考えを聞かしてください。
#82
○国務大臣(三原朝雄君) ただいま御指摘を願っております旧陸海軍の看護婦さんの処遇について、この問題は衆参におきましても再三実は予算委員会等で御指摘を受けてまいっておるわけでございます。日赤のことにつきましては、いまさら私が申し上げるまでもございません。慰労給付金として日赤が処置をされることに対して、政府がこれを助成をしてまいっておるわけでございます。
 そこで、私自身も、いまも御指摘がございましたように陸海軍看護婦さんの戦地における勤務の状況、そして日赤看護婦さんの現地における勤務の状況等については、ほとんど同じようなお勤めをし、苦労をかけておるという実態は私どものよく承知をいたしておるところでございますが、ただ身分上の問題でございまするとか、そういうような特殊な事情等で、なかなかやはり政府サイドにおきましては取り扱いについて非常に御苦労なさっておるわけでございます。大臣が勝手な同情だけで物事を処置することは適当ではありませんという私に対する進言も受けておるわけでございますが、しかし事務的に困難な事情はわかるけれども、ひとつどこかで、いま言われたようにその実態把握は厚生省でお願いできるとするならば厚生省でお願いをし、そしてその処置は、厚生省でできないとされるならば、結局は他省庁に関係する問題等で総理府でやらなければならぬかなというような判断をせざるを得ぬではないかということで、私はこの問題についてはそれこそ前向きとかいうありふれた言葉でなくて、誠心誠意積極的に検討を進めさせていただきます、そして対処をいたしたいと思いますということを申し上げましたが、きょうは厚生大臣も見えておりますのでよく厚生大臣とも御相談をして、実態調査等私の方ではなかなかできないことでございますので、そうした点をまとめてもらい、総理府、それから大蔵省とも御相談をして、ひとつ積極的な検討を進めさせていただいて、いますぐ私が結論を申し上げるということはお許しを願いたいと思いますが、そういうひとつ処置に出たいと思いまするので御了承願いたいと思います。
#83
○安恒良一君 ぜひ大臣、誠心誠意やっていただけるそうですから、ただ単に他省にまたがるということじゃなくて、この問題はやはり、いまさっき大臣おいでにならないときに、どうしても主管庁は総理府であろうと、こういうふうに私どもも考えますから、どうかそういう意味で大臣積極的なお取り組みをぜひお願いをして終わりたいと、こう思います。結構です。
#84
○委員長(対馬孝且君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時再開することとし、休憩をいたします。
   午前十一時五十六分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時十三分開会
#85
○委員長(対馬孝且君) ただいまから社会労働委員会を再開いたします。
 委員の異動について御報告をいたします。
 本日、目黒今朝次郎君が委員を辞任され、その補欠として穐山篤君が選任されました。
    ―――――――――――――
#86
○委員長(対馬孝且君) 午前に引き続き、戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#87
○穐山篤君 この援護法の一部改正に関連をして、慰霊巡拝のことについて最初にお伺いをします。
 過日成立をしました五十四年度の予算の中に、新たに中国に対します慰霊巡拝に関します予算措置が講ぜられているわけです。これは非常にいいことでありまして、私ども賛成でございます。ただ、率直に申し上げて、中国側の受けました犠牲ということもありますので、単純に日本人の感情まる出しでこの慰霊巡拝を行うということについては賛成をしかねるというふうに思います。あくまでも、これは日中友好あるいは平和の確立を前提にしながら、また、中国人の軍人あるいは民間人を含めて、あるいは旧満州人を含めて殉難者があるわけでありますから、これらを対象に含めて慰霊巡拝というものを行う必要があるだろうというふうに考えます。そういう基本的な考え方に多分政府側も基づいているだろうと思いますが、これは時期が時期だけに、できるだけ早く外交ルートを通じての協議を調えていただいて、少なくともことしの秋には第一陣が行けるようにしてほしいと、これは国民感情から言ってみても、さらに生存者の最高年齢などを考えてみましても急を要することだろうというふうに考えますが、まず、外務省のそれに対します外交ルートを通じての交渉の経緯、それから、厚生省側としてこれを組織するに当たっての具体的な計画あるいは予算措置というものについてまず第一に明らかにしていただきたい。
#88
○説明員(谷野作太郎君) お答えいたします。
 中国におきまする戦没者の慰霊のための訪中の問題につきましては、厚生省ともかねてから御協議を進めておりまして、慰霊巡拝団、先ほど先生の御指摘になりました慰霊巡拝団という形での派遣を政府としては考えております。そこで、それを踏まえまして、昨年の十月に、御記憶のとおりでございますが、中国のケ小平副総理が来日しました折に、園田外務大臣より、同行いたしました中国側の外務大臣、黄華外交部長に対しまして、それからまた年が明けまして二月には、たまたま日本を訪れておりました同じ外交部のアジア局長に、私どもの外務省のアジア局長から強くその中国に対する慰霊巡拝団の実現方について申し入れを行ってきておる経緯がございます。先方は、このような私どもの申し入れに対しまして、早速本国に持ち帰って関係方面、関係部局において検討するというふうに述べておるわけでございますけれども、残念ながら、いまに至るまで積極的な回答を中国側からは得るに至っておりません。
 先生もいま御指摘になりましたように、本件なかなかむずかしい中国側の受け取り方等があり得ますし、中国側の事情も多々あり得るわけでございますけれども、私どもといたしましては、御遺族のお気持ちにつきましては十分に理解しておるつもりでございまして、今後ともしんぼう強く外交ルートを通じて先方の理解を求める努力を続けてまいりたいと思います。また、本日の先生の御発言等につきましては、早速これを取りまとめまして北京の大使館の方へこれを報告いたしまして、さらに本件の促進方に努力いたしたいと、このように考えております。
#89
○政府委員(河野義男君) 中国への慰霊訪中団につきましては、いま外務省の方から、中国側とこれが実現につきまして鋭意努力をしていただいておるところでございまして、私どもぜひ実現できるように期待しておるわけでございますが、五十四年度におきましての予算は、参加していただく遺族は各県一名代表を選んでいただく、こういうことになろうかと思います。それから、それに政府職員四名、こういう編成で、もし実現した暁にはこういう形で訪中することになると思いますが、予算の金額では七百四十万計上してございます。
 それから、巡拝する地域等につきましては、中国側との具体的な話し合いが合意に達しました上で決めていきたいと、かように考えております。
#90
○穐山篤君 いまの点について念を押しておきたいと思うのですが、外務省は十分中国側と協議をしていただきたいと思うんです。
 それから、編成の問題についての私の注文ですけれども、やっぱり序列があるわけではありませんけれども、とかく軍人軍属、民間というふうに序列がつきやすいというふうに思います。そういうことがまた再び起きますといろんな問題が派生をするわけですから、軍人軍属、民間を含めてやっぱり公平に編成をしていくということが一番正しいのではないかというふうに思います。したがって、これは答弁要りませんから、十分に検討をいただきたいというふうに思います。
 さて、次は援護法、非常に範囲が広いわけですが、私は青年義勇隊開拓団の問題にほぼ限りまして問題を指摘をしたいというふうに思います。
 一昨年の附帯決議に基づきまして、厚生省側の調査あるいは御努力によって、昨年の援護法の改正では開拓団に関します取り扱いが一部前進を見たところです。その点については評価をしたいと思いますが、なお、去年の改正の際にも「満州開拓青年義勇隊開拓団について更に当時の実情を明らかにするよう努めること。」というふうに、この項につきましてもなおかつ附帯決議がついているわけです。それだけに、政府側の調査の義務づけといいますか、調査を大いにやってほしいということがつけ加えられているわけですが、この一年の間に衆参両院で出されました実情調査に対します要望に対して、どういう視点に立って、またどういう範囲で調査をされたのか。それから、調査をすれば、当然出てくるのはどういう問題点が新しく出てくる、あるいはさらに調査をするとこういう方向の問題点が出るかもしれないということが生ずるわけですが、その点についてひとつ厚生省側の答弁をいただきたいと思うんです。
#91
○政府委員(河野義男君) 満州開拓青年義勇隊その他義勇隊開拓団、そういった関係の実態につきましては、従来からいろいろ文献とかあるいは資料、あるいは関係者の証言、そういったもので実態の把握に努めてまいったわけでございます。先生いま御指摘がありましたように、その結果、昨年は義勇隊の適用範囲の拡大をいたしたわけでございます。その後についてどういう実態調査について努力をしたか、こういうことでございますが、私ども、援護法上問題になるのは、義勇隊あるいは義勇隊開拓団につきまして、国あるいは軍とどういう関係があったか、国と一定の使用関係あるいは特別なそれに準ずる関係があるかどうかということが必要になるわけでございますし、また、その関係者がその間におきまして軍事に関する業務についたかどうか、この二点でございます。そういう二つの観点から資料の収集あるいは関係者から事情を聞く、こういうことをしてまいったわけでございますが、前回の附帯決議以降につきましては、残念ながらまだ新しい資料は入手しておりません。それから、関係者とはいろいろ連絡はとりますし、また会って話をする機会もありますが、それを通しまして、義勇隊あるいは義勇隊開拓団に関する新しい資料というものは現在のところ入手していないという実情でございます。
#92
○穐山篤君 衆参両院でこの義勇隊に関します議論は長く続いているわけですが、あえて去年の援護法の改正の際につけられました附帯決議、言いかえてみれば、実情調査というのは私は次のように考えます。
 それはまず第一に、昭和十二年十一月三十日の閣議決定を基礎にしまして、昭和十三年からのそれぞれ三年間の訓練生が、具体的にどういう任務についておったのか、あるいはどういうふうな状況があったのかということを調べるということも一つあったでしょう。さかのぼるとするならば、内原訓練所あたりからずっと調査をするということも含まれているとは思いますが、それが一つですね。
 それからもう一つは、この三年間の訓練所を終えて義勇隊開拓団として入植をする、その第一期生はたまたま昭和十六年に当たるわけですね。その昭和十六年というのは、御案内のとおり、昭和十六年の十二月八日の日に太平洋戦争が始まっているわけです。時期が同じになるわけですが、その開拓団が新たに入植をした場所、あるいは入植の編成、入植後の具体的な生活というものが、当時の日本の国の法律あるいは関東軍司令部の命令というものと具体的にどういうかかわり合いがあったかどうか。
 それからもう一つは、当然これは後ほども指摘をしますけれども、満州国の法律と開拓団とのかかわり合いがどうあったかということを、法律の分野あるいは軍の命令の分野から具体的にいろいろな証拠を調べるということが肝心だと思うんですね。
 それからその次の問題は、いま申し上げましたように、昭和十六年からソ連参戦の昭和二十年八月九日までの間、具体的に義勇隊開拓団がそれぞれの地域に入植をしているわけですけれども、これが農業作業とか、あるいは警備の問題だとか、あるいは戦闘の状況だとか、さらには、その間に死亡者もおれば疾病もした人もあるわけですから、その具体的な事実関係について十分に調べる。言いかえてみれば、法律の背景と具体的な事実を調べるということが、よく調査をしてほしいという主要な部分になっていると思うんです。
 それからもう一つは、全体を通じていままでの審議を通して見ますと、軍人軍属に比べて非常に取り扱いが不十分、不合理、あるいは不均衡ではないかという問題点が指摘をされて、それらのバランスの問題についても当然考えるべきだということが含まれているものと思うわけです。これは義勇隊開拓団についてもそのことが言えると思いますが、さらには例の日赤従軍看護婦の問題につきましても、ことしから措置をとることになったわけですけれども、日赤以外の従軍看護婦も、同じような背景を持ちながら、同じような行動をとりながら、取り扱いが全く均衡を欠いているわけですね。ですから、そういうものを通して、全体として何らかの措置をしなければならないのだけれども、その措置をするためにはいろいろな具体的なことを調べなさいということが、私は委員会の決議になっているというふうに考えますけれども、その点いかがですか。
#93
○政府委員(河野義男君) 先ほど申しましたように、援護法上は、軍人軍属につきましては国との使用関係が明確であるわけでございます。そういった関係に立ちまして、使用者責任という立場から、死亡者あるいは障害者に対しまして補償、援護の措置を講じておるわけでございますが、それと同じ考え方に立ちまして、義勇隊につきましても、三年間の訓練期間中におきましては、軍事教練とか、あるいは場合によって関東軍の補助的な業務につくとかあるいは軍需工場に派遣される、そういう事実があったわけでございます。その意味におきまして、それに着目しまして、援護法その他の法律を適用して援護の措置を講じておるわけでございます。したがいまして、いまいろいろ先生から実態の把握について御注意がございましたが、いま申しましたような観点から、訓練生の三年間の訓練期間中の国との関係、それから軍事に関する業務の実態、そういったことを、文献とか資料その他によって把握しようというふうに努力をしてまいっておるわけでございます。そのほか、義勇隊の三年間の訓練期間を終えまして、義勇隊開拓団に移行されるわけでございますが、その義勇隊開拓団につきまして、どういうところに入植されてどういう業務につかれたか、その編成はどうだったか、そういった問題につきましてもある程度資料を持っておりますが、現在のところ、その開拓団につきましては、そういった国との関係あるいは軍事業務、そういった問題は、われわれが持っておる資料によりますと存在しなかったと、こういうふうに判断いたしておるわけでございます。
#94
○穐山篤君 援護法の基本になっているのは、いまもお話がありましたように、国との使用関係が明確になっているということが一つだろうと思うんです。それからもう一つは、この軍事関連業務などに従事したかどうかという、そういうことも一つの問題であるわけですね。その考え方は厚生省側は一貫して変わっていないと思う。私も議事録を読みますと、衆議院の社労の三月一日付の答弁におきましても援護法の基本が繰り返し述べられているわけですが、そうしますと、この援護法の基本から考えてみて、義勇隊開拓団、言いかえてみれば、第一次、最初の組は、三年後というとたまたま昭和十六年になるわけですが、十六年以降は援護法の対象になるような法律的な背景あるいは具体的な軍事とのかかわり合いはなかったと、それを証明することは不可能だというふうにいまでも考えているんですか。
#95
○政府委員(河野義男君) 開拓団は、その閣議決定にもありますように、三年間の義勇隊の訓練期間を終えまして、それぞれの必要な地に入植されるわけでございまして、それぞれ農業移民でございまして本来の任務があるわけでございます。したがいまして、私どもはいま申しましたような二つの観点から、その中においても国との特別な関係とか、あるいは軍事関連業務につくということがなかったかどうか、そういったこと、そういう観点も加えて実情をいろいろ調べてみたわけでございますが、その調べた限りにおきましては、軍事関連業務があったということは認められなかったと、こういう趣旨でございます。
#96
○穐山篤君 個々の具体的な例の中にはあったと私も思いますよ。そのために特別にこの援護法の適用を受けるという個々のことはあったと思う。現に申請もされているわけですね。しかし、私はこれから申し上げたいと思いますのは、それは個々の問題でなくて、義勇隊開拓団が組織的に国とのかかわり、あるいは関東軍とのかかわり合いがあるというふうにいろんな資料の上で判断ができましたので、以下次のようなことについてお尋ねをしたいと思うんです。
 たまたま同じ日付でありますが、昭和十二年の十一月三十日、満州国で言えば康徳四年十一月三十日に、関東軍司令官、これは特命全権大使になっていた植田謙吉と、満州国の総理大臣張景恵との間に交換公文が出されておりますね。「満州国内に駐屯する日本国軍の軍事関係法規適用に関する件」の合意文書というのがあるわけですけれども、これは御存じですか。
#97
○政府委員(河野義男君) その資料は見たかどうか、ちょっとまだ記憶はっきりしておりませんが、援護局は相当な資料を収集しておりますけれども、その中にあったかどうか、ちょっと記憶にございません。
#98
○穐山篤君 先ほどはよく調べたと言うのだけれども、存じていないというのは遺憾なことですが、そのことを議論しておっても時間が過ぎますから。
 この交換公文は、治外法権撤廃ということの趣旨を盛り込んだこれは交換公文なんです。その翌日十二月一日付をもちまして、関東軍司令官が発しておりました各種の法規、軍規というもの、それから満州国が発しておりましたいろんな法律、規定というものも、実はその翌日の十二月一日付で全部整備が行われたわけです。物によりましては引き続いて研究をして整備をされたものもあるわけですけれども、その点は御存じですか。
#99
○政府委員(河野義男君) 義勇隊開拓団あるいは義勇隊が満州において生活していく場合に、当然そういう背景となる法令、諸制度があるわけでございますが、いま先生御指摘になりました点につきまして、局としてはそういった資料、ずいずん収集しておりますけれども、いまちょっと確かにその点についての記憶がはっきりしておりませんが、当然そういった治外法権の撤廃とか、あるいは満州国の法規が適用される、そういったことは承知しております。
#100
○穐山篤君 いま私が申し上げたものをもとにしまして、移民ないしは義勇隊開拓団にかかわる問題、かかわる法規というのは幾つかあるわけですが、たとえば防衛法及び同施行令というのがあります。それから軍事警察機関の権限行使に関する事項という特別の通達も出ておりますね。それから、青少年組織の大綱というものもありますし、満州農業移民、移住計画というものもあるわけですが、これも御存じですか。
#101
○政府委員(河野義男君) 先ほど申しましたように、その一連の法規について具体的に詳細には存じておりませんけれども、そういった法令、諸制度、通達、関東軍の関係についていろいろな指示があったということは承知しております。
#102
○穐山篤君 そうしますと、照らし合わせが不十分ですから、ある意味でいうと私の問題の指摘の一方通行になろうかと思いますけれども、しかし大事な問題ですから十分に聞いておいていただきたいと思うのです。
 昭和十二年十二月一日付の関東軍司令官が発しましたそれぞれの規定の整備その他を受けまして、次のようなことが法律の上で明らかにされているわけです。それは満州国の規定になるわけですけれども、満州国の法権に服する者に対し、満州国の法令を適用し、軍事警察権、司法警察権及び行政警察権を行使することを得ると、こう書いてありまして、その地域が具体的に指定がされております。で、その地域というのは、第一が国境接壌地帯、これは国境地帯法の施行区域というふうに示されております。それから二つ目には、治安不良地区ということで三江省、牡丹江など幾つかの省を特別に指定がしてあります。したがって、治安不良地域にいる日本人、満州人、それから国境接壌地域におきます満州人、日本人、これは全部満州国の法律を実は受けるわけでありますが、軍人以外は全部満州国の法律の適用を受けるんですよというふうに前提条件が変わったわけですから、そういう目でこの法律、規定を見る必要があると思うんです。で、たまたま国境接壌地域あるいは治安不良地区といいますのは、義勇隊の訓練所あるいは特別訓練所が設置をされていたところと同時に、もう一つは、義勇隊開拓団として新たに入植する地域がほとんど対象になっているというのが特殊であります。この点はまず第一に十分に御理解をいただきたいと思うんです。
 それから二つ目に、康徳五年ですから昭和十三年の二月二十三日の日に、満州国の治安部から治安部令第八号というものが出ておりまして、軍機保護法の施行規則が新たに制定をされております。これは関東軍が持っております軍事施設あるいは関東軍と満州国との共同軍事施設など機密に属する問題でありますが、この軍機保護法の第八条を読んでみますと、軍事機密物件あるいは軍事機密地域は次のようなものだというふうに指定がしてあるわけです。これは後のことで非常に大事な関係でありますのでその文章を読んでみましょう。
 第一が「機密兵器、軍用庁舎、軍用艦船、軍事航空機、軍用列車その他軍事上機密に属する物件及び軍事の用に供する鉄道水路に関する施設」、第二は「塗るい、砲台、防衛々所その他国防の為建設したる防ぎょ営造物」、第三が「軍用港湾、軍用駅、軍用飛行場、軍需品工場、軍需品貯蔵所その他軍事施設」というふうに、この軍事機密に関する物件というものを、全部こういうものでありますよというふうに法律の上で明確にしておるわけです。それから、その次が第三条で、その地域というのはこういうものだと、この地域だというふうに、第一種、第二種、第三種地域、三種類、法的に指定がしてあるわけです。これは義勇隊開拓団が入植した地域にほとんどその対象物件――対象地域が、実はたまたま第一、第二、第三種の地域であったということが、非常に重要な事実関係といいますか、証拠になっているということを申し上げておきたいと思うんです。そういう実は理解にいますぐ立ってくれと言ってみても、皆さんの方が勉強をまだしてないわけですから無理だと思いますけれども、一応私が指摘をしたようなことの前提条件に立って物を考えたとすると、次のような問題があるということもひとつ認識をしていただきたいと思うんです。
 御案内のとおり、昭和十六年十二月八日の日に日米開戦、太平洋戦争が行われた。その前後の関係をあえて申し上げることはないと思いますけれども、御案内のとおり、その前の年の昭和十五年九月二十七日に日独伊三国同盟が調印をされた。太平洋戦争が始まりましたその同じ年の四月十三日、昭和十六年の四月十三日に日ソ中立条約が調印をされた。実はその後も大切なんですが、昭和十六年の七月二日の日に、御前会議で、情勢の推移に伴う帝国国策要綱というものが決定をされまして、南部仏印に進駐するという具体的な計画がその場で決まったわけですね。それと同時に、日ソ中立条約は結びましたけれども、仏印に軍隊をずうっと集結をしますと旧満州地域の警備が薄くなるという意味で、対ソ戦争のための関東軍の特別演習ということがその御前会議で決まっているわけです。それから昭和十六年の七月十九日にいよいよ南部仏印に進駐をしなさいという天皇陛下の命令が出されまして、具体的に関東軍が移動を始めましたのは、その前から少しずつありましたけれども、組織的に動いたのは昭和十六年の十二月から具体的に大移動が南の方に行われて、先ほども申し上げましたように、十二月八日日米開戦というつながりになっているわけです。このことは別に私が申し上げなくても、軍の経験のある方はほとんどおわかりだと思うのです。何百万といました関東軍が大移動を始めて、それぞれのところに進駐したわけですけれども、進駐先を具体的に調べてみますと、フィリピン、パラオ、サイパン、テニアン、グアム、沖繩、台湾というふうに軍隊が移動しているわけです。
 そこで、もう一つの認識、理解として十分に受けとめていただきたいと思いますのは、その昭和十六年、言いかえてみれば青少年義勇隊の第一期卒業生がいよいよ義勇隊開拓団として入植をする、その時期に、関東軍の移動が南の方に行われたという認識を十分持っていただきたいというふうに思うわけです。
 そこで、私が調べましたものによりますと、関東軍が南の方に、まあ日米開戦、それから南の方に軍隊の移動ということがありましたので、義勇隊開拓団の入植地についてどこの官庁が具体的に主導権を持って配置計画をつくったかということを調べてみました。これは皆さん方もおおむねわかっていられると思いますけれども、開拓公社であるとか、あるいは訓練所の本部であるとか、全部関係者は入りましたけれども、その計画は関東軍の計画に基づいてそれぞれの訓練本部なり開拓総局なり開拓公社なり、そういうものが協力をしたという因果関係になっているわけですが、以上申し上げました三つの問題意識については、いまの時点で厚生省側はどういうふうにお考えですか。
#103
○政府委員(河野義男君) 青年義勇隊が満州に送出されまして、訓練期間を終えて開拓地に入植される過程におきまして、戦況も刻々変化しまして、それに伴いまして関東軍の動きも先生がおっしゃるようにあったわけでございますが、私ども、その間の青年義勇隊の訓練の内容、どういう任務についたかと。本来の任務はあるわけでございますが、特に先ほど申しましたような軍との関係、それから軍事関連業務はどういうものがあったかというようなことも、いろいろ資料、文献その他で見ておるわけでございますが、御指摘のように、戦況が変化していきますと、満州開拓青年義勇訓練生臨時軍派遣計画といって軍の補助的な目的に使われたケースもございますし、また先ほど申されましたような、倉庫とか、あるいは鉄道、軍の施設の整備、そういった任務にもついておる事実も文献等で見られるわけでございますが、それから、戦争がいよいよ悪化しますと軍需工場等にも組織的に派遣されると、こういったことが資料等から認められるわけでございます。それらにつきまして、先ほど申しましたように、そういう関係につきましては軍人と同じように、国との間に軍人に準ずるような特別な関係があると、しかもそういった戦闘行為あるいはそれの補助的ないろんな行動につくという事実がありますので、それに着目をしまして援護法を適用してまいっておるわけでございますが、それ以外いろいろ先生からお話がありましたことについて、私ども資料はたくさんありますが、あるいは新しい資料かもわかりませんので、またそういった新資料を入手いたしまして実態を明らかにしていきたいと、かように考えております。
#104
○穐山篤君 いままで国会の審議の経緯を見ると、昭和十三年から始まりました義勇隊の開拓団、これは十六年に入った人もあるだろうし、十八年に入った人もありますから、まあそれぞれ三年間と。その後の問題について、法的な裏づけとか法的な背景というものについて、十分国会では議論がされていなかった節が多いと思います。私も議事録を全部読んでみましたけれども、その辺は十分な解明が行われていないままに、厚生省側としては国との被用関係はありませんと、軍とのかかわり合いはありませんと。個々にはあったと思いますよ、しかし組織的にはありませんというふうにお断りをしてきたわけですね。だから、援護法の対象ではありませんというふうに、平たい言葉で言えばノーの見解を明らかにしていたわけです。しかし、いま私はいろいろ調べてみますと、個々ではなくて義勇隊開拓団というものそのものが、満州国の法律及び関東軍の出しております命令及び関東軍の計画から考えてみて、法的なひとつ背景が出てきたということが明らかになったわけです。このことは非常に大切なことだと思うんですね。援護法の適用をするかしないかということを、組織的に全員を対象にするかしないかということになりますと、これが一番根拠になるわけです。法律的な背景はないけれども事実関係があるという場合と、法律的な背景が十分あって、なおかつ具体的な事実もそうであったというならば、これは十分に証拠能力としては完備しているわけですね。私の調べた範囲で言うと、法律的な背景がありますと、それから具体的な事実も、義勇隊開拓団全体としてそれは全部ありますというふうに私は調査をしたわけです。仮定の、まあ仮定と言っては語弊がありますが、皆さん方の方も同じような資料をお持ちになっていませんので、ある意味で言えば仮定の議論かもしれませんけれども、私が提示したような三つの問題意識から考えてみて、いままではだめだというふうにお断りしておったんですけれども、感想はいかがですか。
#105
○政府委員(河野義男君) いま先生御指摘の問題は、主として義勇隊の訓練期間を終えまして、そしてそれぞれの満州の各地区に入植された義勇隊開拓団の方々の国との関係、あるいは軍事関連業務についたことがあるということについてのいろいろ資料を挙げての御説明だと思いますが、それと、先ほど来お話がありましたように、満州国の法律が適用されるとか、あるいは治外法権が撤廃されるとか、そういった問題も背景としてはわれわれは十分頭に入れておりますけれども、そのことから直ちに義勇隊開拓団が国との間に特別な関係が発生するというふうには参らないのじゃないかと思います。そのいま先生からお話がありました、開拓団についてそういう軍事関連業務があったという資料、私まだそういう資料に目を通しておりませんけれども、援護局で相当な資料ございますけれども、まずその開拓団についての閣議決定によります任務とか、どういう仕事をしていたかとか、あるいは関係者の編集しましたいろんな文献、そういったものを見ます限りにおきましては、いまおっしゃったような軍事関連業務あるいは国との特別な関係はないというふうに認識してまいりましたけれども、先生のいまおっしゃったような資料につきましても、また入手して、義勇隊開拓団の実情を明らかにする資料として活用したいと、かように考えております。
#106
○穐山篤君 時間がもう来ましたので、大臣にもう一遍、いまのやりとりの中で御理解をいただいたと思うんですけれども、いままでは、訓練期間を経て義勇隊開拓団として国境地域あるいは治安不良地域に派遣されておっても、国との被用関係はないと思っておった、軍事関係の関連はないと思っておったけれども、私が多少申し上げました資料に基づいて、あるかもしらぬ、あるいは調べていけばあるのではないかというふうに援護局長はお話がありました。いずれこれは私も協力を申し上げますので、具体的に調査を続行していただきたいと思うんですが、いままではノーと言ってきた、援護法の適用というのはそれは個々の話はあったにしてみても、組織的にはなかったんだとお断りしてきたんだけれども、ノーの回答だったんだけれども、いまの議論を大臣お聞きして多少これは違うなという印象をお持ちだと思うんですね。ですから、これは積極的に正面から問題にひとつ取り組んでいただくと、それが一つです。
 それからもう一つは、たとえば原爆被災の問題にしろ、満蒙開拓にしろ、それから従軍看護婦の問題にしろ、あるいはもっと幅を広げますと戦災者というところまで来るかもしれませんけれども、やはり戦後を終わらせるためにはもうこの辺で節目をつける必要があるだろうというふうに考えます。いままで法律というのは、調べていってそういう対象者があれば適用しますというふうなかっこうになっていましたが、政府が本当に政策的にあるいは国策的に戦後を終わらせようとするならば、ここで一大決断をして何らかの具体的な措置をとろうというふうに姿勢を変える、発想を変えなければ、問題の全面的な解決ということは私は不可能だと思うんですよ。まあお互いに目の黒いうちに問題の解決をしたいというのが関係者一同の気持ちだろうと私は思うんです。多分午前中大臣の御答弁があったと思いますけれども、なべてこの期間全体を通して何らかの措置をしようと、しなければならないという雰囲気にあると思うんですけれども、以上二つの問題について最終的に大臣の御答弁をひとついただきたい。
#107
○国務大臣(橋本龍太郎君) 先ほどからのお話を伺っておりましての感想ということでありますけれども、政府自体の立場をそのままに申し上げますならば、四十二年でありましたか三年でありましたか、例の引き揚げ者の方々に対する特別交付金の支給の時点において、いわゆる戦後処理は終わったという見解を今日までとってまいっておるわけであります。また、援護法そのものにつきましても、四十二年の十月に厚生大臣の諮問機関としてスタートいたしました援護問題懇談会において、洗いざらいの問題を御論議を願い、その時点で出るべき問題は出尽くしたという考え方を今日までとっておることも御承知のとおりであります。ですから、政府としての対応を問われれば、同様の御答弁を申し上げざるを得ないわけでありますけれども、先ほども片山さんに申し上げましたように、これだけの戦後時間がたってまいりますと、どうしても残ってくる問題というのは、援護問題懇談会がスタートをいたし論議がされた時点のような大きな問題ではなくて、当事者の方々にとって大変悲痛な問題ではあるけれども、ケースとしてはレアケースに類するようなもの、いわば援護法の接点部分の問題がみんな残ってきておるという感じが私もいたします。先般来、衆議院においても同じような感じをもっと漠然たる形で申し上げてきたわけでありますけれども、本日の参議院における御審議等も踏まえまして、やはりこの接点部分に残るレアケースというものをどういうふうにこれからくんでいったらいいのか、やはり有識者の方々の御意見等も伺いながら、今後の行政をしなければならないかなという感じを私自身も率直に持っておるということで、きょうはお答えを閉じさせておいていただきたいと思うんです。
#108
○小平芳平君 ちょうどいま橋本厚生大臣が答弁なさった接点部分についてですが、いま厚生大臣は引き揚げ者に対する特別交付金支給のことについて述べられました。これで戦後は終わったというふうに述べられているんです。それから、もう一つのケースとして私が指摘したいのは、農地被買収者に対する報償ということで交付公債が発行されている。御承知のとおりでありますが、こうした引き揚げ者に対する、あるいは農地被買収者に対する施策と、私が第一にお尋ねしたい点は、片山委員からの提案のあった一般戦災者に対する戦時災害の補償についてでありますが、どこが違うか。ですから、引き揚げ者と農地被買収者はこういうふうな施策をした、しかし一般戦災者は雇用関係がないからということできわめて割り切った返事をしておられるのですが、どう性格が違うというふうに把握して割り切っておられますか。
#109
○政府委員(河野義男君) 戦後処理の一つの柱は、今次大戦によりまして、戦争による傷病者あるいは死亡した遺族、もちろん軍人軍属、国との一定の使用関係のある者を対象といたしましての援護の措置でございます。それからもう一つ大きな事業としまして、引き揚げという事業があったわけでございます。引き揚げ者の援護といたしましては、引揚者給付金、それから引揚者に対する特別交付金というような援護の措置を講じたわけでございまして、大臣が先ほど申しましたのは、その引揚者に対する特別交付金ということで、その時期で戦後問題、いろいろと、主として厚生省関係でございますけれども、終わったんだと、こういう認識をされたわけでございます。
#110
○小平芳平君 いや、認識されたわけでありますので、私が尋ねていることは、そうした引き揚げ者のケース、あるいは農地報償のケースと比較した場合に、けさ来問題に供されている一般戦災者に対する戦時災害の補償を確立すべきだということに対して、どこが違うというふうに考えているんですか。
#111
○政府委員(河野義男君) ちょっと農地改革について私十分理解しておりませんので、それを比較するというのはちょっとむずかしいと思いますが、援護の措置の関係に関して申し上げますと、先ほど申しましたように、戦争による軍人軍属あるいは準軍属等に対する一定の使用関係にあった者に対する援護の措置、それから、引き揚げ者に対する応急援護あるいは先ほど申しました特別交付金、そういった援護の措置を講じたわけでございます。先生御指摘の一般の戦災者については終わってないじゃないかという御指摘でございますが、この問題につきましては、けさほど来大臣からも申し上げておりますように、一般の社会保障を拡充強化することによりまして対応していくという方針のもとに今日まで参ったわけでございます。
#112
○小平芳平君 その御答弁もけさほどからも聞いていますし、十年も十何年も前から毎年同じことを聞いておりますが、何か性格が違うんですか。一般戦災者は困ったら生活保障、一般の社会保障制度の枠内で救済するが、引き揚げ者は違うと、どういう性格上の違いがあるんですか。
#113
○国務大臣(橋本龍太郎君) 私も当時の閣議メンバーではございませんから、決定をされた理由をつまびらかにいたすわけではありませんけれども、いま御指摘のような考え方の差がどこから出たかと言われ、強いて考えてみれば、海外からの引き揚げ者の方々に対する在外財産の補償の問題というものは、講和条約によって日本が個人資産の請求権を放棄したことに対するいわば報償的な意味、また戦後における農地解放に伴う農地報償ということであれば、これは敗戦後の日本においての農地改革の中において、政府の施策に積極的にみずからの財産を供する形で協力をされたということに対する報償という性格づけであろうと、そのように考えます。
#114
○小平芳平君 いまの厚生大臣の性格づけから見ますと、この一般戦災者の被害の性格づけも全く同じなんですね、まあ在外財産とは違いますがね。
#115
○政府委員(河野義男君) 援護法の対象にいたしておりますのは、軍人あるいは軍属、準軍属のように、国との間に使用関係あるいはそれに準ずるような特別な関係のある方々に対しまして、使用者責任という観点から援護の措置を講じておるわけでございます。しかし、御指摘のように今次大戦では国民のほとんどの方々が何らかの犠牲を受けられたわけでございます。一般戦災者の数は非常に多数に上っておりますけれども、これらの方々につきましては、戦後社会保障の拡充強化によりまして対応し、その対策の改善を図ってまいったわけでございまして、今日まで戦後三十数年たって、そういった戦争の傷跡も相当いやされたであろうというふうに考えるわけでございます。今後も一般社会保障の拡充強化には努力をしていかなければならない、かように考えております。
#116
○小平芳平君 厚生大臣が先ほど言われた趣旨は、国との雇用関係はないわけですよ、地主さんやあるいは引き揚げ者の方は。しかし国の政策に協力していただいた、財産をなげうっていただいたということに対する報償だということを説明されるので、それでは一般戦災者もまことに喜んで――喜んでかどうかは知らないけれども、とにかく国の政策のゆえに財産も投げ出し、体までかたわになっちゃった、あるいは戦災で亡くなったということでしょう。
#117
○政府委員(河野義男君) 引揚者給付金あるいは引揚者に対する特別交付金、この制度の趣旨は、海外に行かれましてそこに生活の本拠を移されたわけでございますが、そこで生活されておりましたが、不幸に今次敗戦によりましてそういった一切のものを失われて故国に帰られたわけでございますが、引き揚げてこられまして、当座生活していくための立ち上がり資金とかいろいろ需要があるわけでございます。まずそういった面に着目しまして、緊急的な援護としまして引揚者給付金、それから長年営々と築かれた財産を海外で戦争によって失われた、そういったいろいろな損失を考慮いたしまして、引揚者に対する特別交付金というものを交付して、引き揚げ者に対する援護の措置を行ったわけでございます。
#118
○小平芳平君 全く御答弁は平行線でありますが、では次に、片山委員からこの点もいろいろ質問し答弁がありましたが、一般戦災者に対し援護の検討を目途としてその実態調査を実施するのですかしないのですか、それはいかがですか。
#119
○政府委員(河野義男君) 五十四年度におきまして、前からの懸案であったわけでございますが、戦災による障害者の実情につきまして実態調査をするということで、一般の障害者と戦災による障害者を比較しまして何らかの配慮をする必要があるかどうか、いまの社会保障施策の中で何らかの配慮をする必要があるかどうかということで、現在その調査について検討を進めているわけでございます。
#120
○小平芳平君 五十四年度におきまして、援護を目途としてそうした身体障害者の一般調査を実施する、同時にこの援護を目途として調査をするということですか。とにかくずっと何年となく、橋本厚生大臣も、厚生大臣になられる前も十分もう何年となく繰り返してきたことは、
  〔委員長退席、理事片山甚市君着席〕
御承知のように、この援護を目途として調査をするとか、あるいは実態調査に努めるとかということが衆参の社会労働委員会で決議されてきておりますが、おやりになるんですかならないんですか、実際問題。
#121
○国務大臣(橋本龍太郎君) いま援護局長からも申し上げましたように、五十年に失敗をいたしました苦い経験を踏まえて、そうした点への配慮を払いつつ五十四年度において障害者の実態調査を行います。その中において、一般戦災の結果障害を負われた方々の実態もあわせて把握をするように努めるということでございます。
#122
○小平芳平君 そうしますと、厚生大臣が午前中の御答弁におきましても繰り返しておられました表現は、調査に最善を尽くしたいということですね。調査に最善を尽くしたい、調査に最善を尽くしますということを答弁しておられた。で、そのことは援護の検討を目途としてなさるわけですね、いまそういう答弁があったように思う。
#123
○国務大臣(橋本龍太郎君) ですから、いま私が申し上げましたのは、五十四年度において、前回のような失敗を繰り返さないための注意を払いながら障害者の実態調査をいたしますと、その中において一般戦災による障害を受けられた方々の実態把握にも努めますと申し上げております。
#124
○小平芳平君 要するに、援護を目途としてというところはあいまいにしておこうというわけですか。
 それで、じゃ、二宮文造参議院議員から提出された弔慰金支給等に関する質問に対する答弁書、この答弁書は四月十三日ですから、今月に入ってからのことでそう古いことじゃない。四月十三日の答弁書は余りにもきれいさっぱり「民間戦災傷病者等について特別に調査を行うことは考えていない。」と、きわめてすっきり割り切ってこういうふうに答弁されているんですが、この答弁も、これは質問主意書に対する答弁ということはこんなふうになるんですか、あるいは何を言わんとしているんですか、これは。
#125
○国務大臣(橋本龍太郎君) 二宮委員からの質問主意書に対しましての回答は、いま小平さん読み上げられた内容でございますが、これにつきましては、質問主意書の御質問の趣旨そのものが、援護をするための調査をしろという、非常にこれもまた明快な御質問でありました。ですから、援護をするためのということであれば、そういう目的をかざしての調査をする意思はないという趣旨で答弁をまとめております。
 先ほどから申し上げておりますように、これは片山委員からの御指摘の際にも事務当局から申し上げておるわけでありますが、従来政府とすれば、一般施策の中においてその方々に対しても対応してきたと考えておるわけでありますが、本委員会におきましても、片山委員初め何回かの御指摘があり、今回もまた小平さんからもそうして御指摘をいただいておるわけでありまして、ですから、一般社会保障の枠の中においても、これ以上他の障害者の方々と比して特別な対応を必要とするかどうか等をも含めてこれは調査をし、
  〔理事片山甚市君退席、委員長着席〕
その結果を見て判断をすることでありまして、二宮委員の質問主意書のように、結論を先にお決めをいただいて、その目的でやるかと、こうお聞きをいただきますと、いまの時点ではその目的ではやりませんという言い方になってしまうと、その辺も御理解をいただきたいと思うんであります。これは一問一答でありますと、率直に申して私どもの気持ちを込めた言い回しというものもできますけれども、紙に書かれましてきちっと割り切られますと、やはり答え方としても紙に書いてきちっと割り切った答え方になってしまう、そういう点も御判断にお入れをいただければ幸いであります。
#126
○小平芳平君 私も質問主意書に対する答弁はこういうふうになるんですかと、最後につけ加えておったのはそういう意味で申し上げたわけですが、援護のための調査はしませんと。しかし、援護を目途としてならやるんですか、援護の検討を目途としてとか、その多少のニュアンスの違いがありますが、ずっと一貫して同じことが言われているんですが。
#127
○政府委員(河野義男君) 前回の援護法審議の際の附帯決議は十分承知しておりますが、その附帯決議も十分踏まえまして、今回戦災による障害者の実態調査をしようと。それはどういうことかと申しますと、これは五十年にそれを計画したわけでございますから先生十分御承知と思いますが、身体障害者の福祉の制度、社会保障制度の中に組み込まれている身体障害者の福祉の制度の中で、こういう戦災による障害者も当然身体障害者でございますから、その中で戦災による障害者と一般の身体障害者と比較してみて、どういう障害の程度、種類とかあるいは生活の問題とかいろいろあると思いますが、そういった問題について何か特色があるかどうか、あるいは違いがどういう点にあるか、そういったことを十分把握いたしまして、身体障害者福祉対策の中で何らか特別な配慮をする必要があるかということを検討しようということでございまして、附帯決議の趣旨も踏まえて調査を検討しているわけでございます。
#128
○小平芳平君 では次に、戦没者等の妻に対する特別給付金、戦没者の父母等に対する特別給付金、実施されましたが、その趣旨はどういう趣旨ですか。
#129
○政府委員(河野義男君) 戦没者の妻に対する特別給付金の制度の趣旨でございますが、戦争公務遂行によりまして夫を失われまして生活の支柱を失われたわけでございます。そういった妻の置かれました特別の事情を考えまして、その特別な事情を感謝するために戦没者の妻に対しては特別に給付金を支給する、こういう制度でございます。それから、戦没者の父母等に対する特別給付金でございますが、これも戦争遂行によりまして、子供あるいは孫を失われた父母に対しまして、父母であってしかも氏を同じくする子孫、まあ跡取りが全部亡くなってしまったと、そういう父母に対しまして、こういう方々は非常にもう年を召されておりまして、一般の方に対しまして寂蓼感も一層深いわけでございます。そういった父母の特別な事情を慰謝するために父母に対しましては特別給付金を支給しようと、こういう制度でございます。
#130
○小平芳平君 その心、遺族の特別な精神的苦痛を慰謝するという点では、国の戦争遂行による犠牲者という点で一般戦災犠牲者を区別するということがどうも意味が通らないように私は思うわけです。
 そこで、この点についての最後ですが、何かそういう接点に関するものに対しては学識経験者の意見を聞くということですか。
#131
○政府委員(河野義男君) 一般の戦災者、肉身――親あるいは兄弟、さらには物的な損害も加えまして、そういう一般戦災者の事情ももちろん同情に値する大変気の毒に思うわけでございますが、いま申し上げました特別給付金は、先ほど来申しましておりますように、国との間の特別な使用関係、国はその使用者の立場で援護の措置を講ずると、こういう考え方に立っておるわけでございまして、一般戦災者につきましてはその辺の事情が違うわけでございます。気の毒な事情は十分理解できますが、これらの一般戦災者につきましては、社会保障制度によりまして福祉の向上を図っていこうということで、今日三十数年そういう方針のもとに運用されてまいったわけでございます。
#132
○小平芳平君 次に、この点も先ほど御説明がありましたので簡単に結論だけで結構なんですが、元陸海軍従軍看護婦さんに対する慰労金の給付と、それから共済の年金通算あるいは公的年金通算、この二点であります。この二点については、結論的に結論だけを整理してみますと、要するに慰労金の給付は日赤の看護婦さんだけと、元陸海軍従軍看護婦さんに対しては、総務長官がこれから生懸命調査をしてもらって対処しますということだったと思うんですね。それから共済との通算、これは日赤の方も陸海軍の方もともに通算されているわけでしょう。この点については日赤の場合でも婦長さんだけでなくてすべての看護婦さん――救護員ですね、日本赤十字社救護員という方はすべて通算されているということに理解してよろしいかどうか、それが一点。それから第二点は、一般公的年金との通算は、これは無理だと年金局長が言っていましたが、それは無理でしょうが、年金制度全般の検討との絡み合いでどう考えるか、以上です。
 したがいまして、質問の第一点は、元陸海軍従軍看護婦さんに対する慰労金の給付は総理府で検討するということ。第二点は、共済との通算は陸海軍の方も日赤の方も、看護婦さんそれぞれの方が全部――全部じゃないですが、その後、公務員なり共済に在籍していらっしゃる方は通算されるのが当然だということ。それから第三点としての年金制度全体との関係をどう見られるか。
#133
○国務大臣(橋本龍太郎君) 第一点の部分につきましては、午前中総理府総務長官が本委員会におきまして努力を約束をされました。厚生省としてもその資料提供その他お手伝いをしていくことにやぶさかではございません。
 ただ、その年金の問題につきましては、これは私はこの御要求をそう簡単にお引き受けをするわけにはまいらないと思います。と申しますのは、厚生年金も拠出制の国民年金も、小平さんよく御承知のとおりに、本質的な積立方式をとり、それに多少の修正を加えておりますけれどもその体系は変わっておらないわけであります。となりますと、仮にこの方々をその制度に組み込んで期間通算をするということ、これは既往の積立金がないわけでありますから、現実に言うべくしてこれは不可能でありまして、同様の問題は実はいまの恩給法の対象にならない短期現役の兵隊さんたちの中からも同じような声があるわけでありますけれども、これを通算してしまったらば、これは実は空期間といいましょうか、積立保険料を払っておられない期間の方々を大量に抱えて他の方々の財源を使わなければならないと、これはもう年金制度としては大変な問題でありまして、これは私はちょっと簡単にお引き受けをするというわけにはいかないと、そのように思います。
#134
○小平芳平君 第一点はお答えのとおり、それから第二点の公的年金――厚生年金、国民年金との通算は、これは大臣の言われるとおりだと思います、私も。何でもかんでも全部通算しろというわけにはいかないと思います。そのためには準備段階なり何かその財政的な裏づけがないとできないと思うんですね。
 それから、もう一つ私が言いました共済の通算は、これは当然でしょう。
#135
○国務大臣(橋本龍太郎君) 共済につきましては、厚生省直接に所管をいたしておりませんために、ちょっとお答えを申し上げるのは私どもは不適当かと思います。
#136
○小平芳平君 共済の通算は、昭和四十七年五月二十三日のこの委員会で私が質問をし、それから石本先生から関連質問されて、これはこうだとはっきりしているわけですので、あえていまここで問題にするまでもないと思うんですが、先ほど聞いておりますと何かむずかしいような答弁をしておられるので。それは同じ共済の期間だから通算されるのが当然だというように答弁をしている。初めのうちは婦長さんだけだったんですね、それが救護員の方は通算するということになっているわけです。したがいまして、後へ残る問題は陸海軍従軍看護婦さんに対する慰労金の給付ですね。
#137
○政府委員(小野佐千夫君) お答えいたします。
 旧陸海軍の看護婦に対しまして旧日赤救護看護婦に対する措置と同様の措置を講ずるかどうかという問題かと思いますが、けさほど総務長官もお答えされましたごとく、実情等の把握に努めながら関係省庁と緊密な連絡をとりまして慎重に対処していきたいという考えでございます。
#138
○小平芳平君 そこで、次に質問しますが、先ほど申し上げたように、そのことは私が取り上げた段階も四十七年五月二十三日であり、そのときの厚生大臣は斎藤昇元厚生大臣がいろいろ答弁をしておられるわけです。したがいまして、いまになって慎重に調査しますというようなことを言ってたんじゃ、これ本当にいつのことかというふうに思うわけですね、七年も八年も前に全く同じことを答弁しているわけだから。
 そこで、援護局は、要するに調査は総理府がやるとはおっしゃらない、援護局、厚生省でやるとおっしゃっておりますが、とにかく斎藤昇厚生大臣が、いろいろ共済組合との関係その他これこれ調査するという答弁をなされて以来、厚生省は何を調査したですか。
#139
○政府委員(河野義男君) 陸海軍看護婦の慰労金支出、いわばその勤務された期間についての何らかの給付をしろと、こういう趣旨でございますが、そのためには陸海軍の看護婦の勤務の実態、それからその期間が個々の看護婦についてどのぐらいあるかと、そういう陸海軍看護婦の実態について十分把握した上で対策というのは考えなけりゃいかぬわけですが、御承知のように、陸海軍看護婦は軍人と違いましてそういう制度を予定していなかったわけでございますので、まず個々の看護婦さんについての詳細な履歴資料がないという前提でございます。そういった中から、まずどうやって戦地に勤務された看護婦さんの勤務の状況、期間、そういったものを把握しようかということで、いろいろ現在持っております直接間接の資料から検討しておるわけでございますが、いまの段階では、昭和二十年、終戦の年でございますが、一月一日現在時点で留守家族名簿というものを作成しております。これからその時点における戦地に勤務しておられる陸海軍の看護婦さんの状況というのは明らかになると思いますが、それ以外の、その期間にもうすでに退職されていた方あるいはその後の異動、そういったものについては、現在なかなか整備された資料がないわけでございます。したがいまして、この問題を検討するためには、まず実態を把握しなきゃならぬということで、できるだけ私どもそういった直接の資料はもちろん、いろいろ陸軍病院の行動に関する資料、そういったものから推定するとか、いろんな調査につきまして今後も努力をしていこうというふうに考えております。
#140
○小平芳平君 それで、個人個人の調査資料を集めているわけですか。個人個人のその資料が集まりつつありますか。
#141
○政府委員(河野義男君) 現在、わりに整備された資料は、先ほど申しましたような留守名簿がございますが、それはある一時点の対象者の状況でございます。それ以外の実数、それからそれらの方々の履歴の内容、そういったものを把握しなきゃならぬわけでございますが、そういった問題につきましては、いま申しましたような方法で、間接的な資料なども使いながら推定するとか、あるいはこの陸海軍看護婦の関係者が自主的にいろいろ横の連絡をとりながら調査もされておりますが、そういった資料も見せてもらって、われわれの資料と突き合わせて現在おります。そういった方法によりまして、全体についての実情を明らかにしようと、こういうふうに考えておるわけでございますが、先ほどから繰り返して申しておりますが、もともと年功給付の制度が予定されていないわけでございますので、過去の資料からそういう実態を把握するということは非常にむずかしい作業でございますが、できるだけその実情把握についての努力を進めていこうと思っております。
#142
○小平芳平君 過去のきわめてむずかしい作業だと思います、それは、だれが考えましても。私がいまお尋ねしている趣旨は、人数を推定するということは、それはある程度行った段階のことでありまして、現在の段階は、基礎的にこれこれの該当者は何人いらっしゃるというようなことが、一人一人個々に把握しておられるかどうか、そういうふうに把握しておられる人数は何人くらいかと。
#143
○政府委員(河野義男君) 現在把握しておりますのは、先ほど申しましたように、昭和二十年一月一日現在で留守名簿をつくっておりますが、それによりますと、これは陸軍でございますが、五千五百四十人の方が戦地で勤務されている。それはさらに、内訳は婦長、看護婦とありますが、婦長が六百三十人、看護婦が四千九百十人と、こういうふうになっております。それから、海軍関係につきましては留守名簿はございませんが、引き揚げ時に作成されました帰還者名簿がありますが、これによりますと二百一人、合計いたしますと五千七百四十一名と、これがある一時点で押さえたものでございます。しかし、これで全体の実態がこうだとは断定できないわけです。特に海軍関係になりますと、非常に戦況が悪化しまして、女子である看護婦につきましてはもう安全なところへ早く移動させておられますので、そういったことから非常に少ない数字になっております。そういったこともありまして、なお全体につきまして状況がどうであったかということは、さらに調査を進めていきたいと思っております。
#144
○小平芳平君 いまのような調査は、総理府では全くおやりになっていないんですか。
#145
○政府委員(小野佐千夫君) 調査は実施いたしておりません。
#146
○小平芳平君 そうすると、総務長官の御答弁にもかかわらず総理府は進めているととは何もないのであって、もっぱら厚生省の調査の進行待ちということですか。
#147
○政府委員(河野義男君) 関係のところでいろいろ協議しておりまして、厚生省でできるだけその実態の把握をいたしまして、そして総理府で検討してもらうと、こういうことになっておりまして、鋭意いま努力をしておるわけでございます。
#148
○政府委員(小野佐千夫君) お答えいたします。
 総理府では、旧陸海軍の看護婦の方々の資料を持ち合わせておりませんので、厚生省の方で調査をしていただいた結果に基づいて協議しながら対処してまいりたいというふうに考えております。
#149
○小平芳平君 いまの従軍看護婦さんの問題といい、先ほど御質問のあった満州開拓青年義勇隊の問題といい、この調査がもっぱら援護局待ちのことが多いわけですが、政策決定以前のそうした基礎資料が、援護局でいま進めている調査いかんということになっているわけですが、援護局は、去年の委員会でもそういう御指摘がありましたが、調査課がなくなってそれで大丈夫なんですか。十分にいま言われるような調査は進められるわけですか。
#150
○政府委員(河野義男君) 昨年、行政改革の一環としまして、厚生省におきましては援護局の調査課を廃止したわけでございます。これはまあ各省一律に課を削減するということで、その一環として調査課を廃止したわけでございますが、課は廃止いたしましたけれども、定員あるいは業務を廃止したわけではございません。で、その調査課を廃止いたしまして、まあ調査課の行っていた主たる業務は、未帰還者等の状況調査、それから軍歴証明事務、それから叙位叙勲に関する調査、これが三つの主たる業務でございますが、これらにつきましては、その関係職員をそれぞれ再配分いたしまして、未帰還者等の状況調査につきましては調査資料室を業務一課に設けたわけでございますし、それから軍歴調査事務につきましては、業務一課で陸軍の軍歴調査をすると、海軍は業務二課で従来からやっておりますので、そういう分け方をしたわけです。それから叙位叙勲に関する事務につきましては、従来からの叙位叙勲調査室がございますが、それの所属を庶務課にすると、こういう再編成をいたしまして、特に先生が、課を廃止することによって業務に支障を来すんじゃないかという御心配される向きもございますので、関係職員は、課は廃止になりましても業務に支障を来すというようなことはないように心がけることはもちろんでございますが、なお一層積極的に業務を推進していこうということで現在進めておるわけでございます。
#151
○小平芳平君 まあ、いま申し上げるまでもないことだと思うんですが、一般戦災者といい、それから従軍看護婦さんのことといい、それから青年義勇隊の問題といい、とにかくこれから調査しますと、いままあ進めておりますということなんですが、この一年くらいでどのくらい進むと思いますか。来年のいまごろになるとまた同じことが議題になるかと思うんです。
#152
○政府委員(河野義男君) 陸海軍の看護婦さんの実情把握のための調査、あるいは満州開拓青年義勇隊あるいは開拓団、それは先ほど来申しておりますように、もう新たな資料というのはございませんので非常に調査自身がむずかしい問題でございまして、なかなか一年たてばこのぐらいというようなことを申し上げかねるわけでございますが、それぞれの問題の重要性にかんがみまして、一層努力をしていこうというふうに考えております。
#153
○小平芳平君 いや、一年たちましたら何か政策が立てられるくらいの見通しは立ちませんか。
#154
○政府委員(河野義男君) まあこの調査というのは、調査を企画しまして、どこか調査機関に委託をして調査をするというような性質のものでございませんし、援護局が保有している資料とか、あるいは古い、過去の事実についての関係者の証言とか、あるいはいままで世に出ていなかった新しい資料を探すとか、非常にむずかしい調査でございますので、一年たてばこれだけの成果が上がりますということはなかなか断言できませんけれども、それぞれの問題が非常に重要な問題でございますので、それを体しまして一層努力をしていこうと、こういうふうに考えております。
#155
○小平芳平君 何人でやっておられるですか。
#156
○政府委員(河野義男君) それぞれの今度は課で分掌しておりますが、先ほど申しました調査資料室、これは未帰還者の関係とか、それから業務一課、二課では海軍、陸軍、あるいは軍属の履歴の関係とか、あるいは援護課におきましては、先ほどの開拓団関係についての援護法の適用の問題でございますので援護課、そういったところで皆それぞれやっておりまして、事の重要性によりまして総力を挙げてやるというような体制もとる場合もございますし、きょうのいろいろの御審議を十分踏まえまして、調査については努力をしていこうと、かように考えております。
#157
○小平芳平君 それでは、ちょっと私もよくわからない点なんですが、輸送船とか、もしくは艦船が沈没しまして、それ以来もう三十何年海底に眠っていると。で、今回その過去の、当時の関係者が海底から遺骨収集をやるというようなことが時たま報道されるんですが、そういうことはあらかじめ厚生省ではわかっているんですか。
#158
○政府委員(河野義男君) 沈船の場所、艦船がどこにいつごろ沈没したか、その遺骨の状態は正確なことはわかりませんけれども、そういった情報はございまして、それを整理いたして艦船の沈没した位置、それから遺骨の状況、そういったことはある程度把握しておるわけでございます。これにつきまして、やはり遺族の関係者から遺骨の収集をしてほしいという希望もあるわけでございますが、艦船の場合は非常に陸上と違いまして技術的な問題、安全の問題、それから領海の問題、いろいろございまして、いまのところ浅いところで、しかも収集が可能であるというようなところにつきましては収集を行っております。
 それからもう一つ、艦船についての乗組員の考え方でございますが、従来から船が墓場だと、こういう考え方も一方にあるわけでございまして、そういったことから陸上の場合とは取り扱いを若干異にしておるわけでございます。遺族のそういう気持ちも考え、それから技術的な問題、安全の問題、それから艦船が領海内でありますといろいろ相手国との関係、財産問題もありますので、そういった問題、容易に解決して実行可能なところにつきましては収集をいたしておるわけでございます。
#159
○小平芳平君 いま、現段階で懸案になっているケースはありますか。
#160
○政府委員(河野義男君) 現在、パプア・ニューギニアの海域に数そう沈船がございまして、その沈船の中に遺骨があるというようなことがテレビ等で一回報道されたことがございます。これにつきましては、まず遺骨があるということはテレビで放映されておりますから確認できるわけです。それを機会に、遺族の関係者も非常に関心を持っておられますので、今年度予算におきまして、これらの艦船につきましての状態、その船が日本の船舶であるかどうか、それから遺骨の状態はどうであるか、そういったことを調査しまして、今後の遺骨収集の資料にしようということで進めております。
#161
○小平芳平君 私がちょっとお尋ねしたい点は、簡単で結構なんですが、そういうことはあらかじめ現時点で厚生省がわかっているんでしょうかということをお尋ねしたいわけなんです。ということは、新たなそういうテレビニュースなどで初めてわかることか、あるいは特に日本近海の場合なんか、すでにもう幾つかのケースは手をつけなくちゃならないというふうにわかっていらっしゃるかどうか。
#162
○政府委員(河野義男君) 現在のところ、数隻遺骨収集をやっておりますが、全体としまして非常に深いところにありますし、技術的にむずかしい、あるいは財政的にも非常に問題があるというようなことから、現在やらなきやならぬという艦船はいま申し上げました艦船以外にはございませんけれども、こういった問題は、いま申しましたようなことで、いろいろダイバーがもぐって状況を把握するとか、そういった確かな確度の高い情報がありますれば検討していこうと、こういう態度で進めておるわけでございます。
#163
○小平芳平君 わかっていて手をつけてないということはないということですね、いまおよそですね。
 最後に、厚生大臣に伺って終わりたいのですが、確かに援護業務につきまして、法律に基づいて援護業務が非常に熱心といいますか、非常に熱意を持って進められたという事実も十分私は知っております。それから、中には、いやそういうケースは現行法には当てはまらないというようなケースも何件かありました。そういう個々の個人個人のケース、たとえば現地除隊したとか、個人個人のケースが一方にはありますが、けさ来指摘されているいわゆる接点という表現ですね、これはそう必ずしも個人個人のケースというわけでもないと思うのです。全くAの人は現地除隊して、Bの人は現地除隊しないで内地へ帰還したというような、そういうような個々のケースとは違いまして、けさ来の従軍看護婦さんあるいは一般戦災者、こうした場合は、そうそんなに、必ずしも個々の個人個人の問題だと言い切れないものがあるわけです。したがいまして、毎年のようにこうして問題が提起され附帯決議もされるわけです。したがって、大臣からも局長からも言われる第三者の機関をつくろうということは一つの考えだと思うのです、前進であろうかと思うんですが、その点についてひとつもう少しはっきりしたことがわかっていたら御答弁いただきたい。
#164
○国務大臣(橋本龍太郎君) これはいまの時点ではっきりしたことは正直申し上げられません。と申しますのは、政府自身はすでに何遍も答弁を申し上げておりますとおりに、戦後処理は終わったという姿勢をとっておるわけでありまして、公式にもし申し上げるなら、私も現内閣の閣僚として同じことを申し上げなきゃならぬわけであります。ただ、私自身がどうも気分的にその接点部分の問題というものについては非常にもう一つ割り切れない感じを持ち続けておりますだけに、先般来の御審議の中におきましても、ことに厚生省分につきましては、かって援護問題懇談会というもので一つの整理をつけたということになっておりますだけに、これと同じ性格のものというわけにはいきません。だから、今日の時点においていろいろな角度から提起をされております、個々の方々にとっては大変悲痛な問題である、しかし四十二年当時の援護行政そのものが、まだ完成に近づいておらない事態としてはそこまで手が回らなかったというようなものについて、もう一度何かやはり有識者の方々の御意見を伺う場というものが必要なのではなかろうかということを先般来痛感をいたしておりました。本日も午前中からの熱心な御論議の中で、本日の御審議等も踏まえて今後考えたいと私は思っております。
#165
○小笠原貞子君 橋本大臣はまだお若くて、戦争の経験は子供のときしかないというお話で、それは確かにそうだと思います。大臣、テレビなんか余りごらんになる機会はないかと思いますけれども、NHKで「名曲アルバム」というのをやって、私大変いい番組で好きなんですけれども、四月から新番組になりまして加藤登紀子が「琵琶湖周航の歌」を歌っていますね。お聞きになったことありますか、忙しくてありませんか。簡単でいいです。
#166
○国務大臣(橋本龍太郎君) 私は実は乱視なものですから、テレビは好きではありませんで、余り見ておりません。
#167
○小笠原貞子君 いや、あれは見なくても聞こえますから。その問題出しましたのは、私あの曲を聞くたびに胸が痛くなるんですよ。と申しますのは、あれは三高の寮歌でございましてね、あの寮歌をテレビで聞きますと、あのときああやって歌っていた学生たちが学徒動員で引っ張られたなというのにすぐつながってくるわけなんですよ。それからまた、学徒出陣で出た学生たちのスケッチの展覧会というのが先般開かれまして、これも大分反響を呼びました。それから十二月になりますと、日本ではベートベンの「第九」が各地で行われる。あれも学徒出陣に行った音楽学生たちを記念するというので日本の習慣的行事になったと、こういうふうなことなんです。
 実はきょう朝から聞いていまして、私は戦争のときがもう三十三年の前じゃなくて、いまも戦争の影が私たちにひしひしとかぶさっているということを、もう非常にきょうは朝から胸が重く聞いていたわけなんです。これがここだけの問題で、もうこんな心配はありませんよと、もうこれから日本は平和なんですよという保証があれば私はまたもっと明るい気持ちでいろいろと聞けたかと思うのですけれども、ここ最近一週間の動きを見ますと、大臣も御承知だと思います、あの東條さん初め十四人のA級戦犯が靖国神社に合祀されたというようなニュースはもう御承知のとおりだと思います。それから、大平総理大臣はクリスチャンなんですよ。クリスチャンだけれども私の立場でなんて、クリスチャンなら、私もクリスチャンでずっとやっていましたけれども、クリスチャンで靖国神社へ私の立場で行くという、またこれ何とおかしなクリスチャンだろうと思ったんですけれども、これも一つの大きな問題になりましたね。それから、いま国会で元号法制化という問題が大きな問題としてかかっていますけれども、この反対意見を述べた文化人、学者らに右翼が脅迫状を出しているというようなことも御承知のことだろうと思います。この元号法制化については、これはもう天皇制を復活させて、そしてというような、ここで議論する問題じゃありませんけれども、そういうようないろいろないまのこの情勢を見ますと、私はまたきょう三十三年たって、この戦後の問題をいまなお抱えているときに、この何と危険な状態だというふうなことをつらつら考えながら、きょうは朝から気が重くなって話を聞いていたわけです。
 時間がたくさんないので、まず陸海軍従軍看護婦さんの問題について、まず最初にゆっくりお伺いしたいと思います。
 日赤看護婦さんの問題も、実はこれが提起されましたときは皆さん無理だとおっしゃったわけですよ。どの党もこれはなかなか大変だというふうにおっしゃったけれども、共産党、日赤の看護婦さんからたびたび陳情もいただきまして、そして各党もそうだそうだとわかって、それでここまで到達するのには大変な時間がかかっておりますですね。初めの段階で言えば、とてもこの日赤の看護婦さんにというのは無理だと言われたけれども、時期は長くかかったけれども具体的な事実を積み重ねていったら、これは慰労金を出すべき問題だというところまで全会一致で来たという、こういう経験がございます。この陸海軍従軍看護婦さんの問題も決して私は簡単にいく問題じゃないと思います。しかし、国会で各党がお取り上げいただきましたし、きょうもまた朝から各党がお取り上げいただいた。戦後処理は終わったと政府は考えているとおっしゃいましたけれども、こういう問題が出てきているということはまだ戦後処理が終わっていないという証拠にもなります。先ほど議員立法で片山さんが提案されたけれども、戦時災害援護法と満蒙開拓義勇軍の問題と、こういうのがもうぼろぼろ出てくるわけですよ。そうすると、政府としては戦後の処理は終わったというふうにはお考えになったかもしれないけれども、いまこういう問題がもう深刻に次々と出てくる段階では、これは個人としてはそういう接点の問題を考えることも必要な時期に来たのではないかというふうなお答えがございましたけれども、これは政府としてもこういう問題について考えるときが来たのではないかという問題を、大臣としては提起なさるという役割りが私はあるのではないかと思うんですけれども、その辺いかがお考えでいらっしゃいますか。
#168
○国務大臣(橋本龍太郎君) 私は、ですから先ほどから繰り返しておりますように、自分なりにそういう問題点というものをとらえながら、これはきょう援護法の御審議を願い、その中で参議院としての各党の御意思もある程度承っておるわけでありますけれども、そういうものを踏まえて何か考えなければいけないのではないかということを従来から感じておりました。先ほどから申し上げておるとおりです。それだけに、私も何らか有識者の方々の意見を伺う場というものを設けなければ――これは事務当局の責任じゃないわけですね、事務当局としてはかっての懇談会で一応これでおしまいとなれば、それを越えたことはなかなかできないというのはこれまた当然のことであります。ですから、そういう意味で、私なりの努力はしてみたいと考えておりますが、その中で果たしてまたどういう問題点が提起をされてくるのか、仮にその援護法の形態に取り込むことがいいのか悪いのか以前に、戦後問題の処理の一環として考えることがいいのかどうかという問題もまだ中にはありましょう。考えるべきではあるけれども援護法の体系で考えるのは無理だというものもありましょう。また援護法の中で考えていくべきであるというものもありましょう。やはりそういうものがある程度整理をされた段階において、私は政府全体としての考え方はまた整とんをすべきものではないだろうか、まだいまの時点においてこれは私自身が個人的な見解とあくまでも申し上げておりますように、厚生省の事務当局との間におきましても十分これを詰めておるわけではございません。ですから関係省庁の意見も当然ありましょうし、そうしたものを踏まえて私なりの結論を出したいと思っておりますが、そういうものの整とんがついた段階において、私は必要があれば政府全体としての考え方に変更を加えるかどうかというものも論議をすべきであろうと思います。今日の時点においては、まずやはり自分の守備範囲の中において、何となく自分自身が割り切れないもの、あるいは個々のケースとしてこれはやっぱりちょっと本当に考えなければいかぬのじゃないかなというようなもの、そうしたものに対してきちっとした整理をつけていくことが先決ではなかろうか、そのように考えております。
#169
○小笠原貞子君 鶏か卵かみたいな議論になりまして、もう当然厚生大臣としては自分の守備範囲の中で、主務範囲の中でというふうにお考えになるのは当然だと思いますけれども、これは恩給になればまたいろいろ大蔵の問題、共済の問題なんかというので、内閣も大蔵も厚生もというように各般にまたがってくるわけでございますので、うちの方で大体整理がついたら提起しようというのだと思いますけれども、それじゃなくて、こういう問題があるよという問題提起の中でそれぞれはどういうふうな整理の仕方があるかと、どういうふうに力を出し合ったらいいかというふうな両面で進めていただかないと、これはなかなかもう後長く尾を引く問題だと思うわけです。これは大変すぐにというわけにはまいりませんので、いろいろな場でこの問題について問題提起をするという形で整理していかなければならないと、そういうふうな姿勢で対処をしていただきたいとお願いをするわけなんですけれども。
#170
○国務大臣(橋本龍太郎君) ですから、先ほどから御議論になっております、たとえば旧陸海軍看護婦の方々に対する問題になりますと、もうすでに総務長官が自分の手元で検討したいということを言っておられますし、そういうふうに問題の所在が明らかになり、まあ私どもは私どもなりの役割りというものは当然その中であるわけですから、そういうふうにある程度方向づけのついてきた問題もあります。
 それから、開拓団義勇隊、これは先ほど御議論がありまして、新しい資料等ももしお持ちでありましたらこれは私どももぜひ見せていただきたいと思っておりますが、もともとの拓務省というお役所自体が、いまは変身に変身を重ねて後裔をたどれば農林省になるが、その開拓団義勇隊の方々についてのお世話を考えるとすれば、これはまたその恩給絡みになるのか、援護の方で考えるべきことなのか、その辺の整とんもありましょう。そういうもののやはり整理は私はどこかでつけなきやならぬと、そのように思っております。
#171
○小笠原貞子君 まあ元陸海軍の従軍看護婦さんの問題も、私はきょうの討議を聞いていましてやっぱり時期が来たなあと、いままでより一段ときょうは飛躍した新しい段階に来たと思うんですよ。で、いままで検討したいというふうにおっしゃっていたけれども、実際問題それじゃそれがどこが窓口になっていただけるのかと、いや総理府としてはもうとってもこんなものは受け切れませんよと、じゃ厚生省さんにやってもらいなさいと、いや厚生省も大変だと、いやそれは内閣も入れてというような、まあいろいろと問題がございました。昨日も私いろいろ聞きましたら、なかなかこれは大変だと思ったんです。やっぱりこれは政治的に大臣の立場で御答弁いただかなければと思っておりました。
 そこで、三原総理府総務長官、先ほど大変熱意ある態度で総理府で窓口になってお世話役になりましょうと、こうおっしゃっていただいたので、この問題は一つ突破口がきょうの段階ではっきりできたと大変うれしく思っているわけなんです。で、しかし、総理府としては具体的な資料もないからというので今度厚生省が次に出番になってくるわけですよね。先ほどから大臣、厚生省もお手伝いいたしますというふうなお答えだったけれども、お手伝いというのじゃちょっと弱いと思うんですよ。やっぱり具体的な資料も持って、そして調査もやろうとおっしゃる厚生省がもう先になって進むぐらいで、そして総理府が各省庁との話し合いを進めるというふうにならないと、なかなか総理府だけで窓口は担当してお世話役いたしましょうという答えが出ても進まないと思うんですね。だからお手伝いというんじゃなくて、厚生省としても積極的に御努力をいただくという大きな前進的な御答弁をいただきたいと思うんです。
#172
○国務大臣(橋本龍太郎君) 本院の予算委員会におきましても総務長官がお答えを申し上げ、同じことを申し上げてきたわけでありますが、きょうも改めて繰り返しをさしていただければ、私どもとしてはできるだけのその協力体制をとっていきますと同時に、その中で、これは局長が先ほども御答弁を申し上げたわけでありますけれども、いわゆる兵籍簿に類するものがないために厚生省自身の持っておる資料も不備でありますから、関係の皆様方で実態調査等をしておられるというのを伺いましたのでそれもいただきたいと、参考にちょうだいしたいということも申し上げ、また関係者の方々からはそういう資料も提供するというお返事をいただいておるわけでありまして、私どもとしてはそのできるだけの資料収集に努力をしたいと考えております。
#173
○小笠原貞子君 議事録を読ませていただきまして、私もよく承知しておりまして、重ね重ねの同じようなお答えみたいに見えましたけれども、やっぱりきょうはまた一段と大きく長官もお答えいただいたし、まあ何回も何回も同じようだとおっしゃりながら橋本大臣も一生懸命にやりたいとおっしゃっていただけたので、まあ一安心したんですけれども、そこで問題なのは実態調査ですよね。これは非常にむずかしい問題で、先ほどもいろいろおっしゃいましたけれども援護局長も非常に努力したいと、誠意はもう大変わかるんですけれども、具体的にその努力をどういうふうにしていったらいいのかということなんですよ。これは五千何人という留守名簿というもので調査なさるにしても大変な業務でございましょう、実際問題としてこれを整理するということについてですよね。その業務と、それからこれは二十年一月一日の段階というふうに留守名簿を承りました。そうすると、それまでにおやめになった方というような問題になってきますね、そうするとこれまた大変問題大きくなってまいりますでしょう。だからその辺のところ、大変もう、やりましょうという積極的な御答弁をいただいたけれども、この実態調査というのが本当にいつまで待たされるのかなというのがやっぱり心配でございまして、これも先ほどお答えになりましたから大体の様子わかっているんですけれども、これは実務的に大変むずかしい問題で、これを何とかこうもっと大きな範囲で調査できるというようないい考えはありませんか、大臣。若い頭で考えて、持っている名簿をひっくり返したりなんかというようなことだけじゃなくてね、というのがないと大臣大変でしょう、これ。私、これもうあと何年先までかかるかなと思って心配しています、努力はされても。その辺のところが、実態調査ある程度できなければ前へ進まないということになりますと、この実態調査をどういうふうにやるかということですよ。本当に、援護局で調査課がなくなってもみんないますなんて言ったってこれだけに全部がかかっているわけじゃないでしょう。そうすると大変ですよね。そこのところで何かいい頭で考えなきゃだめじゃないですか、若いところで大臣何か考えてください。
#174
○国務大臣(橋本龍太郎君) 若いというのは人生経験の乏しさに通じるわけでありまして、どうか先輩の方々の豊かなお知恵を拝借いたしたいと思うんです。
 ただ、それはちょっと不まじめなことを申し上げて恐縮でありましたけれども、実はいままでいろいろな問題についてその調査というのが常に問題になりまして、たとえば片山さんから御指摘を受けました一般戦災による負傷者の問題につきましても、あるいはその他の問題につきましても、実は調査というのはいつも問題になったわけです。で、たまたま国勢調査の中にそういうものが組み込めないかというようなことも統計当局と相談をしてみたこともありますが、これはその資料としての使われ方等からいって、調査対象になる方々のプライバシーの問題を生ずるとか、実はいろんな問題が派生をいたしまして、これなら確実にできるという方法は残念ながらいま私どもも明確なものを持ち合わせておりません。これから先、逆に関係の方々とも御相談をしながら、それぞれ組織をお持ちでありますので、その先輩、同僚、後輩の方々のつながりの中で、こうした方々の消息等もお持ちの方々も多いわけでありますので、そうした民間のといいますか、関係の方々のお力というものも拝借をしながらできるだけの調査をしていきたいと、そのように思います。
#175
○小笠原貞子君 さっき私テレビの話をしましたけれどね、私わりとテレビ有効に見ているんですよ。そうしますと、テレビなんかでぱっと出しますともう思わないところから、あの人は知っているというような、いままでずいぶん効果上げていますね。これはNHKだけじゃなくて民放それぞれやっていますよ。それで、もう中国の孤児の親が見つかったとかいろんな問題ありますね。だから私、やっぱりそういうようなものを使って、こうこうこういうような方はどうぞ御連絡くださいくらいの、政府の番組持っていらっしゃるわけなんだから、だからそういうものを使うとか、それから広報紙を使うとか、それから各地方自治体にも御連絡くだすって、こういう実態調査をしたいから各地方自治体でもこれに協力してほしいというような、そういうやっぱりいまこの情報社会でございますから、だからそういうものの力というものを私は御利用になるべきだと思うんですけれども、いかがでしょうか。
#176
○国務大臣(橋本龍太郎君) 確かに政府広報等は、当然そのやり方を考えた時点において使っていかなきゃならぬ点があろうと思いますし、また自治体の協力等も当然得る場面もあるでありましょう。ただ、やろうという決心をしたところで、その困難なというその問題を余り先に御心配をいただきますと私どもも萎縮いたしますので、その辺でおとめいただけませんか。
#177
○小笠原貞子君 いや、余り大変だと困っていらっしゃるから、私もちょっとこう頭をひねって――まあひねらなくたってこんなの簡単ですよ、だれだってテレビ使えばいいじゃないか、広報利用すればいいじゃないかということになりますよね。で、私たちにしてみれば、また看護婦さんの会にしてみても、何か自分たちでもできるんじゃないかと、厚生省やれやれ、国の責任でやれやれと、もう困難なのわかって責めているわけじゃないんですね。やっぱり私たちでできることなら一緒にお手伝いもしたいしというような立場で私は申し上げたわけなんで、萎縮なんかなさらないで伸び伸びと効果を上げるような御調査をいただきたいと、そう思うわけでございます。で、もうぜひそういう点も考えていただきたいと思います。
#178
○政府委員(河野義男君) この調査の方法につきましては、これから衆知を集めて考えたいと思います。ただ、いまの段階は政策判断をするに当たって必要な資料でございまして、おのずと、だからその調査の方法とか、あるいは調査の質も違うと思います。制度ができ、個々の人の権利義務の関係になりますと、できるだけ広報媒体も広げまして徹底しなきゃなりませんけれども、いまの段階はそれ以外の方法で実情を把握することを考えてみたいと思っています。
#179
○小笠原貞子君 いや、そんなテレビなんか使わないでもできるとおっしゃるならそれでいいわけですよ。だけれども、実際問題これはもう無理なことなので、私があえて老婆心から申し上げたわけでございますので、まずそこの実態調査ができなければ出すことができないと。総理府の方でも、これはちょっと実態調査が来ないからというので延びてまいりますよね。それから、いま留守名簿を持っていらっしゃって調査をなさると、その次の段階として、今度またその時点の以前にやめられた方というふうに手を伸ばしていかなきゃならないわけでしょう。当然それも調査の対象としてお考えになっていらっしゃるわけですか。
#180
○政府委員(河野義男君) 留守名簿はおっしゃるように一時点の状態でございます。したがいまして、それにかからなかった以前の人あるいはかかってから以後の異動、そういった点につきましてはその留守名簿では把握できないわけでございまして、私ども全体の実態がどうであるかということを把握いたしました上で、総理府を中心に検討を加えていただきまして政策判断をしていただくと、こういうふうに考えております。
#181
○小笠原貞子君 元陸海軍従軍看護婦の会の方、きょうもいらしていますけれども、やっぱり一番正確な情報というのは、この方たち、個人的なつながりなんかで情報がずいぶん集まりますね。そうしますと、この看護婦さんたちの仲間がどこにいたと、その看護婦さんにつながっている衛生兵という男性の方の御理解もいただき、御協力もいただくと。そうすると、一人が見つかりますと相当伸びていくわけでございますね。ですから、この従軍看護婦の会の方々とも今後よく話し合いをしていただきたいし、またその方たちにこういうふうにしてほしいというような御要望も、いや調査は任しておけなんというのじゃなくて、同じ立場で調査しましょうよという立場で今後ともおつき合いを深めていただきたいと思います。よろしくお願いしたいと思います。
#182
○政府委員(河野義男君) 私ども、いままでも従軍看護婦の関係の方々の組織とも十分連絡はしておりますし、われわれから提供できる資料、それから皆さん方が得られた資料、そういったものにつきましても結果について照合するとか、そういったこともやっておりますが、現にある資料でも、本籍地で押さえておりますし、その後のいろんな異動があるわけでございまして、やってみたら大変であるということを皆実感されたようでございますし、私どもそういう困難がありますけれども、実態把握にはいろんな方法を考えまして努力していこうと思います。
#183
○小笠原貞子君 いまの時点で考えますと、これは大変な仕事を引き受けちゃったというようなことにもなりかねないような大仕事だと思うんですよね。しかし、もう本当にあの戦争のことを考えますと、私たちは何度言っても言い足りないわけですよ。侵略戦争するからなんてだれも言わなかったし、お国のためだ死ぬことが、なんていう教育の中で、そして自分たちがああいう目に遭わされたということで、しかも日赤の方には一歩進んだ段階ができて、同じあの戦場で苦労したし、同じ看護婦としてやってきたと。日赤の方たちは二年くらいで交代があったけれども私たちの方は交代がなくて、長い方はこの間名簿を見せていただいたら十四年何ぼというのがございましたよね。全くもう若き日をその戦争の中で一生懸命に尽くされた方に差別が出てくるということは、まことに私は残念なことだと思います。で、非常に前向きの御答弁や、私はまたいま新たな段階に来たなというふうに考えておりますけれども、今後とも大変なお仕事でございましょうけれども、犠牲を受けた方々、要求していらっしゃる方々には何の罪もございませんことで、やはり大変だけれどもこれは国としての戦後処理の一つをやっていくという、そういう責任の問題でもございますので、ぜひしっかりやっていただきたいと、そう思うわけでございます。いろんな委員から問題も提起されました。大事な窓口の問題や調査の問題についても、少し具体的な問題になってまいりましたので、その後どうなっているかということ、私の方またお伺いしたいと思います。その時点その時点でまた問題を提起させていただきたいと思いますので、よろしくお願いをいたします。
 それから最後に、もう時間もございませんけれども、また遺骨の収集の問題でございますね、これも戦後処理の基本的な第一段階の問題でございまして、伺いますと残っているのが百二十一万柱というようなことでございます。各国それぞれの情報がなかなか入りにくいというような事情もございまして、大変なお仕事だと思いますけれども、これも考えて私に言わせれば、侵略戦争でよその国へ行っちゃったからこういうことになるんですよ、本当に。その辺のところ基本的に私は考えてもらいたいなと思うわけですけれども、この遺骨の今後の見通しですね、これもむずかしいことだと思いますけれども、やっぱり遺族の方にしてみれば、せめて早く遺骨だけは収集してもらいたいという御希望もございますし、また巡拝団ということの御希望もございますけれども、一応この遺骨の問題、何ぼあって何年計画でやろうなんていうことはなかなか無理だと思いますけれども、大体どういうふうなお考えでいらっしゃるのかということを最後に伺いたいと思うんです。
#184
○国務大臣(橋本龍太郎君) 基本的に私どもは、遺骨収集は収集できる限り一体も残さず収集をいたし故国へ持ち返りたいと、こういう考え方を基本に持っております。ただ、これは先般予算委員会で下村さんから御質問が出ましたときにも申し上げたわけでありますけれども、戦後これだけの期間がたってまいりますと、率直に申して戦場になったそれぞれの国の方々の感覚にも相当大きな変わりが出てまいりまして、むしろ日本から正式な遺骨収集が、遺骨収集団として集骨作業に当たること自体に対して、いつまでその古傷をほじくるんだというような感覚を持たれるケースもございます。また、一部地域において、これは心ない日本人の観光客その他が、現地において現地政府の許可なく、また民有地において所有主の許可なく侵入して遺骨を集めたために、相手国の政府から日本政府に対して正式な抗議文書を突きつけられて、自今そういう作業について政府の責任を持たない者については協力をしないというような非常に厳しい通達を受けておるものもございます。また、その国自身が国情が安定をしないために、たとえばそこが少数民族の地域でありまして、テリトリーでありまして、政府として収集団の安全が保証できないために立ち入りの許可をもらえないというような場所もございます。また集骨許可は出ましても、地形的に非常に危険が伴って、困難で実施ができないというような場所もございます。私自身もニューギニアでありますとか、フィリピンでありますとか、何カ所かの遺骨収集作業を自分で経験もいたしておりますけれども、これはもういまになりますと本当に困難の多い作業でありまして、いま外務省当局、非常に積極的に各地域においての協力をしてくれておりますので、外交ルートを通じて、許可を得次第その地域に対して収集団を派遣する、また慰霊巡拝等の行事をもとり行うという形で全体を進めておりまして、こうした方針は今後とも変えるつもりはございません。
#185
○小笠原貞子君 きょういろいろな問題が出されましたけれども、まさに援護法で処理できないという接点の問題が非常にいまクローズアップされてきているわけでございますので、こういう問題が一日も早く処理できますように、もうこういう問題がまた来年同じような質疑で終わることのないように、もう何とか全力を挙げて御努力をいただきたいということを重ねてお願いをして質問を終わりたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
#186
○柄谷道一君 本日の質問にも取り上げられたわけでございますが、旧満州開拓青年義勇隊員の処遇に関しましては三月十九日の決算委員会で総理府長官に対し、また旧陸海軍従軍看護婦の処遇に関しましては三月二十九日の予算委員会第四分科会で厚生大臣に対して、それぞれ質疑を行ったところでございます。その際の答弁を踏まえまして、前向きにかつ積極的に対処をされるように改めて強く求めておきたいと思います。特に旧陸海軍従軍看護婦の処遇に関しましては、きょうで全野党からこの問題が取り上げられたことになります。与党に対して質問ができないのがはなはだ残念でございますけれども、恐らく与党もこれに対しては反対ではないと思うわけでございます。したがって、これはいわば全国民的な声と受けとめるべきではないか。次の国会で、前回超党派で日赤従軍看護婦問題を解決いたしましたように、厚生大臣が積極的に音頭をとっていただきまして解決されるように強くまず冒頭求めておきたいと思います。質問の重複は避けたいと思います。
 で、援護局長に御質問するわけでございますが、戦傷病者戦没者遺族の援護法は、厚生省が所管いたしております法律の中でも非常に難解、難渋であると言われております。したがって、せっかく法の改正を行いましても、その請求漏れがあったのでは意味がないわけでございます。これに対してどのような対策を講ぜられようとしておるのか、まず冒頭お伺いします。
#187
○政府委員(河野義男君) 御指摘のように、援護法関係毎年改正いたしまして、まあ非常にむずかしいということは私どもも耳にしておりますし、私自身も相当苦労しておるわけでございますが、せっかく改正されて関係の遺族あるいは戦傷病者が権利を行使するに際して、十分制度の趣旨を理解していただく必要があるわけでございますが、まずそのためには毎年中央に課長全国会議あるいはブロック会議を持って改正の趣旨を徹底するということを行っておるわけでございますし、また県はそれを受けまして市町村を集めて指導するということもあわせてやるわけでございます。それから、厚生大臣の委嘱を受けまして戦傷病者相談員あるいは戦没者遺族相談員が各府県に置いてございます。こういう組織を通しまして、個別のケースも十分わかっていただくような指導もしておるわけでございます。なお、今後いろんな広報紙その他の広報媒体を使いまして、制度の趣旨の徹底を図っていきたいと、かように考えております。
#188
○柄谷道一君 これは大臣にお願いしたいんですけれども、恩給法も毎年改正されておるんです。ところが内閣・総理府というのは非常に予算を取っておりまして、商業新聞を通じて広告等をやりまして、そうしてこの周知徹底を図っているわけでございます。そういう内閣・総理府に比べますと、いま局長が言われたように、努力されていることはわかりますけれども、一般国民に対するPRという面においてやや総理府に比べれば、一方を横綱とすれば前頭程度のPR方法ではないかと、こう思うんです。ひとつこれは来年度予算の際に、そういう広報活動の強化について一遍検討願いまして、大臣として積極的に御努力願えませんでしょうか。
#189
○国務大臣(橋本龍太郎君) 大体厚生省自体の広報予算、あそこにいる人が大変けちりまして余りよこさぬ癖がありまして、これは実は援護法だけではなく、私ども自体もっとそういう意味での広報予算があればなと思うことがときどきございます。しかし、まじめな話を申しまして、私はむしろこういう問題の場合に、やはり専門の相談員の方々が内容を理解され、十分に相談に応じてあげることができる体制の方が、紙による広報とか、あるいはその波による――電波ですね、等による広報というよりも、法改正の内容等については実質的に私は親切な対応ができるのではないかという感じがございます。そういう感覚からいきますと、むしろ相談員の方々や各都道府県の担当職員の方々に対する新しい法改正の内容の周知徹底をいま一層十分に図ることの方が、いわゆる広報という形で対応していくよりも現実性があるのではないだろうかという感じがいたしておりまして、これはむしろ厚生省自身の広報活動とかいうこと以前の問題として、こういう特定の方々を対象にし、しかも対象の拡大その他の内容を含む法律の広報の仕方として、むしろ内閣の広報室等と相談をしながら今後の工夫をしてみたいと、そのように思います。
#190
○柄谷道一君 大蔵省を目の前に置いて援護射撃をしたつもりでございますけれども、しかし大臣、言われるように相談員体制の強化、これはもちろん本筋でございますよ。しかし、この情報化時代ですからね、やはり援護法が改正された、こういう資格の方はどうぞ相談員へと、こういうPR、広報活動というものと相談員活動というものが相連動することによってより周知徹底が図れる、これはもう当然のことなんです。私はこの法の精神からいたしまして、そういうための広報経費はけちるべきではないと、こう思うんです。この点ひとつ大臣、やはり積極的に来年大蔵省とやってみようと、この意気を示してくださいよ。
#191
○国務大臣(橋本龍太郎君) 正直言いまして、私もう一つ自分で考えてみました場合に、これは柄谷さんなんかも御自分であちらこちらでごらんになるんじゃないかと思うんですが、むしろたとえば遺族会の機関紙でありますとか、傷痍軍人会の機関紙でありますとかで改正内容をごらんになって、紙の上でこれはまあ非常に細かく書いてありますね――ごらんになって、あるいはこれでもって自分も対象になるんじゃないかという期待を持たれて、実際に書類が上がるとだめだったというケースがちょくちょくあると思うんです。私はどうもそういうケースを見過ぎておりますためか、紙による広報というものが、必ずしもこういう非常に精査な内容を持つ法律案のPRの場合にもう一つひっかかる部分がございます。ただ御指摘のように、確かにそういう広報活動と相談員活動が両輪であればこれはベストでありまして、援護射撃はありがたくちょうだいをし、どういう形で活用させていただくかも含めて考えさせていただきたいと思います。
#192
○柄谷道一君 ぜひそのようにお願いいたしておきたいと思います。
 次に、遺族の問題が出たんですけれども、毎年八月十五日に全国戦没者追悼式が行われております。参考にお伺いいたしますが、過去五年間の参加人員及びそのうち国費で招待した遺族代表の数がどれぐらいあるのか、お伺いします。
#193
○政府委員(河野義男君) 八月十五日に行われます全国の戦没者追悼式には、各県から代表の方を国費でお招きしておるわけでございますが、四十九年度におきましては四百七十八人、五十年度は七百五人、それから五十一年度は四百七十八人、ずっと四百七十八人でございまして、一県十名を代表として送っていただく。それから五年周期、五十年はちょうど戦後三十年でございますが、これには五割増しの七百五人をお招きしまして、これの費用は国費で賄っておる、こういうふうになっております。
#194
○柄谷道一君 これも大臣にお伺いしておきますけれども、一県十人ですね、これは余りにも少ないと思うんです。で、この増員についても御配慮願いたいし、また国でせっかく招待しながら、これ関係者に聞きますと、宿泊費、五十三年四千五百円なんですね。五十四年やや増額されるやに聞いておりますけれども、いまどき四千五百円ないし五千円で泊まれる旅館はまずないと、こう思わなければなりません。この招待遺族数の増員と、さらに宿泊費もですね、実態に合致した改正、これも配慮の要があると私は思うんですが、いかがでしょう、大臣。
#195
○国務大臣(橋本龍太郎君) 実はその宿泊費の方は私は不勉強でありまして、いま御指摘をいただくまでその内容をよく存じませんでした。これは確かに、もし余り実態に合わないようなものであれば、国がしかもお招きをする以上考えなければならぬことだろうと思います。ただ、私は割り当て数というものについては必ずしも少な過ぎるという感じは持ちません。むしろ毎年継続して行っていく行事でありますだけに、私はまあいまぐらいでいいのではないかなあという、これは感じでおりますが、これはもう本当にある意味では多ければ多いほどいいんだとおっしゃる方もありますし、もう少し多い方がいいとおっしゃる方もありますし、中には逆に、その代表で行ける人数をもう少し制限をして、これに参加することによって一つの箔がつくようなかっこうにしてほしいなんという方もありますし、これはいろんな考え方があろうかと思います。率直に申して、私はいまぐらいの数でおおむね妥当なものではないだろうかと考えておりますが、もし柄谷さん、もっと考え直した方がいいということであれば、事務当局にもう少しそれでは考えてみて、ふやした方がいいのか、減らした方がいいのか、いまのままでいいのか、もう一度検討さしてみることはやぶさかではありません。
#196
○柄谷道一君 これは過去五年検討なしにずっと惰性で来ているんですよね。この際もう一度、どうすべきかということは、結論は別として、やはりそれぞれ遺族会の方々の御要望等もあるわけですから、一遍厚生省でその招待人員の適否について一応は私は洗い直すべきであろうと、これだけを言っておきたいと思います。
 で、労働省にお伺いしますが、中国からの引き揚げ者でございますが、厚生省から取り寄せました資料によりますと、その引き揚げ者及び配偶者とその同伴家族ですね、これを調べますと、引き揚げ者、十五歳以上の者で就業いたしましたのは五三%でございます。しかもだれがこの就業をあっせんしたかといいますと、職業安定所の紹介は一六・四%にしかすぎない。あとは親族、知人があっせんしたもの五二・八%、地方自治体及び引揚者生活指導員があっせんしたもの一五・八%、こういう実態なんですね。しかも、一体どこへ就業しているかということを調べますと、そのうち五二・一%がいわゆる単純作業者なんです、これね。私は何といいますか、中国からの引き揚げ者、旧満州地域に非常に多いわけです。いわゆるそれは農村社会でございます。それから、いわゆる日本の高度に進みました工業社会に引き揚げてくる、そういうことになりますと、いま言いましたデータからいたしましても、労働省としてこの引き揚げ者に対するいわゆる職業訓練及び職業紹介、こういうものを、これは戦後処理でございますから、労働省も厚生省と十分連携をとりつつ特段の対策を進めていく必要があろうと思うんです。時間が私余りありませんので、ひとつ簡潔にその方針と決意をお伺いいたしたい。
#197
○説明員(守屋孝一君) 私どもといたしましては、すでに昭和五十三年度の状況を見ましても、北海道を初めといたしまして約十の都道府県において、人数はわずかでございますが、職業訓練施設にこういう方々を受け入れて職業訓練をやってきておるわけでございます。ただ何といいましても、中国から引き揚げてこられて語学等の問題にいろいろ障害もございます。私どもとしましては、それぞれのケース・バイ・ケースによりまして、あるいはボランティア活動に協力を求め、あるいは県の教育委員会、市町村の教育委員会等の協力によりまして小学校等へ一時的に編入する等のいろんな処理によりこういう方々の職業訓練をいま進めてきているわけでございます。私、先生も御指摘のとおり、こういう方々の職業の安定を図るというたてまえから考えましても、中央の段階は当然のことながら、各都道府県の段階におきましても、職業訓練あるいは職業紹介、さらには、厚生省関係の生活援護であるとか、あるいは文部省関係の社会教育、こういう各機関と密接な連携をとってそれぞれの方々の適性なり、能力なり、態様に応じてこの問題を積極的に処理していきたいというように考えております。
 以上が今後の基本的な考え方であります。
#198
○柄谷道一君 答弁まことに結構なんですけれども、実態調べますと、職業訓練校に入校している者は十四名しかいないんですね、現在。ということは、いかにまだ、いま課長の言われました施策が十分に進んでいないかということはこの実態があらわしているわけでございます。いまの答弁が即そのまま実行されるように大いに期待しておりますので、これは厚生省と十分連携をとって対策に万遺漏なきを期していただきたい。
 次は、文部省でございますが、いわゆる日本の高学歴社会に帰ってくるわけですね、引き揚げてくるわけです。その場合語学も十分ではない。ところが、義務教育に対しましては、私の知るところでは機械的に、年齢的に全部学校へ振り込まれる。何歳であれば中学一年、何歳であれば中学何年、こういうことに入れられていくわけです。ところが、なかなかこれは実態に合わない、ついていけないという面がある。とすれば、義務教育についても私は弾力的対策が必要であろう。同時に、義務教育を受けていないけれども年齢が相当高い。働かなければならないわけですね。そういう人に対しては、やはり夜間中学というものを配慮していく、そういう開設も必要であろう。さらに高校の場合は、学力差がありまして、大部分の方が私立高校へ入っちゃうわけですね、ところが引き揚げ者で生活も裕福ではない、しかし子供は公立高校へは入れない、学力の問題で私立校に入るということになると、私はそういう人々に対する育英資金というものについても配慮の要があるのではないか、これら一環の問題について文部省の御所見をお伺いします。
#199
○説明員(垂木祐三君) 中国からわが国へ引き揚げてまいりました児童生徒の取り扱いにつきましては、やや古い通達でございますが、昭和二十八年の三月に文部事務次官から各都道府県教育委員会あての通達を出しておるわけでございます。その通達が基本的な現在までの取り扱いの方針になっておるわけでございますが、その通達によりまして、中国地域からの児童生徒の転学、受け入れの要領といたしまして、「学齢児童生徒については、年齢に応じ、公立の小学校、中学校又は、盲学校、ろう学校、養護学校の小学部もしくは中学部に転入学させる。」、それから次に、「転入学先学年については、年齢相当の学年に転入学を認めることを原則とする。しかし、学校の生活に適応するまで一時的に下学年に編入し、または学力が著るしく劣ると認められる者は、適宜下学年に編入するなどの処置をとってよい。つまり、学校としては、必要に応じ、教育的観点からもっとも適切な方向に仕向けるよう父兄に勧奨するようにすべきである。」と、こういうような基本的な通達が出ておるわけでございます。この中国からの児童生徒の引き揚げてまいりました場合の受け入れの学校につきましては、全国各地に散らばっておるわけでございますが、その中でも幾つかの学校につきましては、文部省の方で引き揚げ者につきましての帰国子女の研究協力校というような形でいろいろ研究をしていただいておりまして、その成果なども私たちの方、参考にさしていただいておるわけでございますが、そのような学校の実態を見ますと、ともかくこの中国から引き揚げてまいります児童生徒の引き揚げの時期が非常にばらばらである、あるいは学力差が非常に違っておる、あるいは向こうの、中国で受けました学校教育の期間、これが非常にばらばらでございまして、御指摘のとおり単に年齢で切るとかというようなことではとても教育ができないわけでございます。したがいまして、各学校におきましても、場合によりますと、個別の指導をする、あるいは特設学級とか、あるいは特別学級とか申しておりますが、そういうような学級を設けまして、一般的には普通の学級におきまして、教科によりまして、たとえば算数でございますとか英語でございますとか、そういう理解のむずかしいような教科につきましては適宜特別学級において指導するとか、そういうような細かい配慮をするようにいたしておるわけでございます。
 それから、この中国から引き揚げてまいりました生徒の人たちにつきましては、単にいわゆる学齢児童と申しますか、六歳から十五歳までの小中学校段階の者以上の者が非常にたくさん参っておるわけでございます。そういうような人に対します学校教育の機会として、夜間中学というようなことも一つ考えられるんではなかろうかというような御指摘があったわけでございます。実はこの夜間中学につきましては、戦後御承知のとおり、わが国の学校制度におきまして義務教育の年限を延長いたしたわけでございます。それから、特に戦後の混乱の時期と申しますか……
#200
○柄谷道一君 簡潔にしてください。
#201
○説明員(垂木祐三君) というようなこともございまして、一ころ非常に夜間中学校が多かったわけでございますが、最近は非常にその夜間中学も減少いたしておるわけでございます。この夜間中学におきまして、現実の問題といたしまして、外地から引き揚げてまいりまして日本語の十分理解できていないような者の受け入れをいたしておるわけでございますが、基本的な中学校教育のあり方といたしまして、夜間中学でそのような者たちを受け入れて十分教育ができるかどうか、いろいろむずかしい問題がありまして、現にあります夜間中学校ではかなり教育的な効果を上げておるわけでございますが、今後その取り扱いにつきましては十分検討してまいりたいと、こういうふうに考えておるわけでございます。
#202
○柄谷道一君 大臣お聞きのように、まあ引き揚げ業務、厚生省の所管でございますけれども、その引き揚げてきた人のいわゆる就労、そしてその教育、これはたてまえはりっぱなんですけれども、私実態いろいろ調べますと、必ずしもそのたてまえどおりの運用がされていない面を数多く聞くわけでございます。したがって、これは関係労働、文部省と一応大臣協議をされまして、十分な対策が、ただいまのたてまえどおり運営されますように希望しておきますとともに、答弁漏れでございますけれども、私もう時間がございませんから言いませんけれども、特に私立高校に入った者に対する育英資金の問題ですね、これ文部省とよくお打ち合わせを願いまして、少なくとも私はまずその実態を把握する、そこまでは早急に着手をしていただきたい。まあこれは要望として言っておきたいと思います。
 次に、戦後処理問題に関連いたしまして、旧日本国民でありました台湾島民の日本国政府に対する請求権問題について質問いたしたいと思います。
 まず、外務省にお伺いするわけでございますが、昭和二十七年四月二十八日、サンフランシスコ平和会議において日本国と中華民国との問の平和条約が締結されました。その第三条で、この問題は両国間の「特別取極の主題とする」ことが合意されている、こう理解しますが、そのとおりでございますね。
#203
○説明員(谷野作太郎君) お答えいたします。
 先生の御指摘のとおりでございまして、この請求権の問題につきましては、サンフランシスコ平和条約の第四条(a)を受けまして、わが国と台湾の施政当局との間の特別取り決めによって本件を処理すると、こういうふうに規定されております。
#204
○柄谷道一君 その後四十七年九月二十七日、政府が日華条約の終了を宣言いたしまして国交関係が絶えたわけでございます。その間約二十年あったわけでございますが、この特別取り決めが行われなかった理由は一体何であったんでしょうか。
#205
○説明員(谷野作太郎君) 私どもは早速これを受けまして、昭和三十年以来あらゆる外交ルートを通じまして、台湾当局に対しまして、あるいは文書をもって、あるいは口頭をもちまして日華平和条約のただいま御指摘の第三条に言います「特別取極」に関する交渉についてその開始方を申し入れてまいりました。しかしながら、残念ながら台湾から積極的な回答を得ないまま、御指摘の日中の国交正常化と、そういう事態になったわけでございます。
#206
○柄谷道一君 そこでまあ国交関係が絶えた。しかし、その後昭和五十年二月二十八日の衆議院の外務委員会で、わが党の永末英一氏がこの問題についてただしましたところ、外務省の高島アジア局長は、「台湾人の日本に対する請求権、また日本の台湾に対する請求権というものは依然として両方存在しておるわけで、これを何らかのかっこうで処理しなければならないという事実は依然として残っておる」、こう答弁されております。その考えは現在も変わりませんですね。
#207
○説明員(谷野作太郎君) 私どものその当時の高島アジア局長の答弁は十分承知しておりますし、そのような考え方は今日に至るまで変えておりません。
#208
○柄谷道一君 そうしますと、郵政省に今度はお伺いいたしますが、当時の軍事郵便貯金は日本に原簿がございます。そこで、その金額は、七十四万口、当時の金額で十三億六百九十万円だと私は承知しております。それから台北に原簿がありますいわゆる台湾記号の普通預金、これは推定ではございますが、二百四十二万口、当時の金額で七千百二十万円あると政府が把握しておる、こういうことを聞いております。もちろんこの金額の中には、台湾において預金をした現在の日本人も含まれておりますから、旧日本国籍を持ったいわゆる台湾島民の方との分計がなかなかむずかしいということは承知いたしておりますけれども、五十二年の十二月十六日に東京地裁の方に対日償還請求委員会が提訴いたしましたその金額だけでも、当時の金額で二百八十五万四千四百九十一円になっておるわけでございます。実態は旧台湾島民の方々の預金はこの数倍に上るであろう、訴訟されているのがこれでございますから数倍に上るであろう、こう推定されます。
 私は郵便貯金というものは、当時の金額を物価変動による実質評価を一体どうすべきか、すなわち現在価額への換算をどうするかということは、これは政治問題でございますけれども、しかし、少なくとも国籍のいかんを問わず、普通郵便貯金なり軍事郵便貯金に預金をしておった者が請求をすれば、これは払い戻すというのは当然のことではないかと思うんです。いかがです。
#209
○説明員(舘義和君) お答えいたします。
 最初に、台湾の住民の持っておられます貯金の額でございますが、実は五十年当時は分計ができないということで、日本人の持っているものと台湾の人の持っているものとということで一緒に申し上げたわけでございますが、その後、軍事郵便貯金につきましては日本に原簿がございまして、その中から名前とか、部隊名とかいろいろな方面から調査をいたしまして、口座数が全部で七十四万口座あったわけでございますが、そのうちの六万口座が台湾の方のものである。それから金額といたしましては、昭和五十三年三月末現在で、利子を含めまして約一億七千万円ということになっております。それから台湾記号の郵便貯金につきましては、これは原簿が日本にございません。台湾にありまして、この分計はできておりません。そういう数字の状態でございます。
 問題は支払いの点でございますが、これは郵政省といたしましては、台湾の方々の郵便貯金については債務を履行すべき立場にあるというふうに基本的に考えているわけでございます。しかしながら、これは先ほどちょっと話がありましたように、日華平和条約の特別取り決めで一括処理する、財産請求権問題の一環ということで行われておりまして、そういったことから、各省間で意見の調整等もしておるわけでございますが、なかなか解決というところに至っておりませんので、いま現在支払いをしておらない、こういう状況でございます。したがって、基本的には支払いすべきものと考えておるわけでございます。
#210
○柄谷道一君 大蔵省にお伺いしますが、さきに東京地裁に提訴されていま係争中の金額だけでも――当時の金額ですよ――日本銀行券、台湾銀行券、軍票等の紙幣類が三千五百十三万二千五百四円、勧業銀行貯蓄債券、国債等の国債類が百四十六万五百二十七円、横浜正金銀行為替、台湾銀行特別当座預金が千十四万四千五百十二円、合わせますと四千九百五十九万二千三十四円に達しているわけでございます。これらの国債であれば、これは当然償還していかなければならないわけでございますし、紙幣類もまた同様のものだと思います。これらについて、いま郵政省は本来支払われるべきもの、償還されるべきものというお答えがございましたが、大蔵省も同様でございますね。
#211
○説明員(森卓也君) お答えをいたします。
 ただいまの訴訟の案件につきましては、係争中でございますので一般的なお答えをさせていただきたいと思いますが、証券類につきましては、所持人の国籍といったようなものは直接には関係ございませんで、法律的に有効であれば償還をする、あるいは支払いをするということになるわけでございますが、ただ、国債のうちのごく一部の例外を除きますと、国債等は、現行の法令によりますと、無効になったりあるいは通用禁止になっておるものでございまして、国内法上は価値がないということに現在なっております。
#212
○柄谷道一君 当時国債等も給料のかわりにこれで渡すとか、内地でもそうでございましたけれども、台湾におきましてもそのような状態があったわけです。時間がございませんですが、そのほかに、私の調べたところによりますと、台湾関係の軍人軍属で、復員いたしました人の数は陸海軍合計で十七万六千八百七十九名でございます。死亡されました方は三万三百四名に達しております。当時、私も台湾拓殖という会社にいたのでございますし、南方戦線にも私おりましたけれども、同じ日本人として戦い、かつ死んでいったわけでございます。しかし、これは国籍問題ということで現在援護法の適用にはされておりません。また、当時の生存者に対する未支給の給与、これは当時の金額に換算いたしまして四万七千百六十九件、六千五百五十八万二千八百四十四円のいわゆる未支給の給与がございます。これもそのままです。それから遺骨埋葬料、これも一万四千九十三件、千六百三十四万三千四十六円本来支給されるべき遺骨埋葬料が、これも東京法務局に供託のままであって一銭も支給されておりません。また、恩給法上の遺族に対する公務扶助料も支給されておりません。少なくても、法律上は、戦死したときから二十一年二月の軍人恩給廃止のときまでは、私は当然法的立場からいってもこの請求権はあると、こう思うのでございますが支給されていない。
 このように考えますと、旧台湾島民に対する戦後処理は何らなされていないと、こう言うべきでございます。もちろん私は、預金その他につきましては、いま係争中の金額は、ただその金額だけではなくて、いわゆる現価額への評価という点が争われているわけでございますが、現在幾らに価額を評価するかという問題も政治的解決を図っていかなければならない問題でございますし、いま私が指摘いたしました問題も、戦後三十四年を経てなおこれが解決されていないということは、私は外交上の問題であり、かつ人道的な問題でもなかろうかと、こう思うのでございます。私は、この援護法が今回改正されるに当たって、こういうかつての日本国民であり、かつ日本国民としての義務を果たした人々が放置されているということは、私はゆゆしい問題ではなかろうかと思うのでございます。問題は、これは政治解決以外にないわけでございますけれども、追って私は、これは機会を改めて法務委員会等でも再度詳しく質問したいと思いますが、国務大臣たる橋本大臣にひとつお伺いしたいんですけれども、ぜひ外務省、外務大臣、それから郵政大臣、そして大蔵大臣、そして所管する厚生省みずからが所管する分もございます。これらを一遍総合して、早急に解決を図るということが必要ではないかと思うし、また大臣にその御努力を要請したいのでございます。韓国関係は、その内容の満足したかどうかは別にして、これは解決されたですね。それから、沖繩の本土復帰に際しましても、同様問題は解決をされているわけでございます。いわゆる旧日本国民で残っておるのは、台湾だけが残っているということになるわけですね。これ、国交関係は非常にむずかしい状態ではございますけれども、しかし放置できないということだけは歴然たる事実であり、しかも、大蔵省も郵政省も、それは請求されれば当然これに対して償還しなければならないというのがたてまえだと言っておられるわけですから、この点に対する大臣のひとつ積極的な、政治解決に向かっての努力を要請したいと思うのでございますが、国務大臣としてお答えを願いたいと思います。
#213
○国務大臣(橋本龍太郎君) 国務大臣以前に厚生大臣分で二点ほどお答えをつけ加えさせていただきます。
 一つは、先ほど各省にお尋ねになりました中国からの引き揚げ者の問題の中で、私学に進学された方の育英資金の問題を答弁漏れと指摘をされながら、もっと積極的な対応を考えろと、そのためにも厚生省も実情把握に努めろという御指摘をいただいたわけでありますが、これは私どもも自治体等を通じまして実情把握についての努力をいたしますと同時に、関係の各省とも相談をしながら、より積極的な対応ができるように努力をしてまいりたいと思います。
 また先ほど、八月十五日の全国戦没者追悼式に対する参加人員の御指摘がありました。いま援護局長にこの席上でその再検討を命じまして、御要望があればそれに沿えるような努力を今後もしてまいりたいと思っております。ここまでは厚生大臣分でありまして、補足をいたします。
 いま台湾関係の方々についての問題の御指摘がありましたわけでありますが、これはもう柄谷さんよく御承知のように、非常にいま微妙な、台湾側から日本に対する微妙な感情もありまして、従来からこうした問題の中で幾つか交渉しながら中断したようなものもございます。ただ、基本的にいま御指摘になりましたような問題、これは統一的に処理されるべきものでありますし、理屈の上からいくなら、未支給給与については法務局に供託をした時点において債務は法的には消滅したというような法律論もできるものだろうと思います。
 また、軍事郵便あるいは恩給その他の問題の御指摘もあったわけでありますが、その中に援護法もありました。これは援護法は、御承知のように、恩給法の補完的な立場でできておりますだけに、もとの恩給法が国籍要件について日本国民と限定しておりますものをそのまま受けた形でありますために、外国人適用は台湾も含めてないわけであります。しかし、従来からの状況を考えた場合に、こうした状態をいつまでも続けておくということは不幸なことであることも間違いのないことでありまして、外務省とも、あるいは大蔵省とも郵政省とも関係各省庁相談をしながら一元的に処理をしていくべきものと考えますので、関係各省が協議をして解決に当たるように私も努力をしてまいりたいと、そのように思います。
#214
○柄谷道一君 時間が参りましたので、再度その点の国務大臣としての御努力を強く要請いたしまして、本日の質問を終わります。
#215
○委員長(対馬孝且君) 他に御発言がなければ、質疑は終局したものと認めて御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#216
○委員長(対馬孝且君) 御異議ないと認めます。
 本案に対し、片山君から委員長の手元に、自由民主党・自由国民会議、日本社会党、公明党、日本共産党、民社党、第二院クラブの共同提案による修正案が提出されております。
 修正案の内容はお手元に配付のとおりであります。
 この際、本修正案を議題といたします。
 まず、片山君から修正案の趣旨説明を願います。片山君。
#217
○片山甚市君 私は、各会派を代表いたしまして、ただいま議題となりました戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対する修正案について、その趣旨を簡単に御説明申し上げます。
 修正の趣旨は、原案のうち、昭和五十四年四月一日施行となっております障害年金等の額の引き上げ及び戦没者等の遺族に対する特別弔慰金の支給対象範囲の拡大等については、本年の四月一日がすでに経過しておりますので、これを公布の日と改め、昭和五十四年四月一日にさかのぼって適用しようとするものであります。
 以上でありますが、委員各位の御賛同をお願いいたします。
#218
○委員長(対馬孝且君) 本修正案に対し、質疑のある方は順次御発言を願います。――別に御発言もないようですから、修正案に対する質疑はないものと認めます。
 これより、原案並びに修正案について討論に入ります。
 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べを願います。――別に御意見もないようでありますから、討論は終局したものと認めて御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#219
○委員長(対馬孝且君) 御異議ないと認めます。
 それでは、これより戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案について採決に入ります。
 まず、片山君提出の修正案を問題に供します。片山君提出の修正案に賛成の方の挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#220
○委員長(対馬孝且君) 全会一致と認めます。よって、片山君提出の修正案は可決されました。
 次に、ただいま可決されました修正部分を除く原案全部を問題に供します。修正部分を除いた原案に賛成の方の挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#221
○委員長(対馬孝且君) 全会一致と認めます。よって、修正部分を除いた原案は可決されました。
 以上の結果、本案は全会一致をもって修正議決すべきものと決定いたしました。
 この際、片山君から発言を求められておりますので、これを許します。片山君。
#222
○片山甚市君 ただいま可決されました戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対し、自由民主党・自由国民会議、日本社会党、公明党、日本共産党、民社党、第二院クラブの共同提案による附帯決議案を提出いたします。
 案文を朗読いたします。
    戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)
  政府は、次の事項につき、速やかに格段の努力を払うべきである。
 一、一般戦災者に対し、戦時災害によつて身体に障害を受けた者及び死亡した者に関する援護の検討を目途としてその実態調査を実施する。
 二、戦没者遺族等の老齢化の現状及び生活の実態にかんがみ、国民の生活水準の向上等にみあつて、今後とも援護の水準を引き上げ、公平な援護措置が行われるよう努めること。
 三、戦地勤務に服した陸海軍看護婦の当時の実情にかんがみ、日赤従軍看護婦に比し不利とならないよう必要な措置をとるよう検討すること。
 四、満州開拓青年義勇隊開拓団について関係者と連絡を密にし、一層資料の収集に努め、問題解決のため努力すること。
 五、戦没者遺族等の老齢化の現状にかんがみ、中国における慰霊巡拝の実現を含めて海外旧戦域における遺骨収集、慰霊巡拝等について、更に積極的に推進すること。
 六、生存未帰還者の調査については、引き続き関係方面との連絡を密にし、調査及び帰還の促進に万全を期するとともに、中国からの引揚者が一日も早く日本社会に復帰できるよう関係各省及び地方自治体が一体となつてその対策に遺憾なきを期すこと。
 七、法律の内容について必要な広報等に努める等更にその周知徹底図るとともに、相談体制の強化・裁定等の事務の迅速化に更に努めること。
  右決議する。
 以上であります。
#223
○委員長(対馬孝且君) ただいま片山君から提出されました附帯決議案を議題とし、採決を行います。本附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#224
○委員長(対馬孝且君) 全会一致と認めます。よって、片山君提出の附帯決議案は、全会一致をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。
 ただいまの決議に対し、橋本厚生大臣から発言を求められておりますので、この際これを許します。橋本厚生大臣。
#225
○国務大臣(橋本龍太郎君) ただいま御決議になられました附帯決議につきましては、その御趣旨を十分尊重いたし、努力いたす所存でございます。
#226
○委員長(対馬孝且君) なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#227
○委員長(対馬孝且君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ―――――――――――――
#228
○委員長(対馬孝且君) 次に、国民年金法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。橋本厚生大臣。
#229
○国務大臣(橋本龍太郎君) ただいま議題となりました国民年金法等の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 所得保障の中心である年金制度を初め、児童、母子家庭、心身障害者に係る諸手当の制度については、従来より充実に努めてきたところでありますが、昨今の経済社会情勢にかんがみ、これらの制度について所要の改善を行い、老齢者を初め、児童、母子家庭、心身障害者の福祉の向上を図る必要があります。
 今回の改正案は、このような趣旨にかんがみ、厚生年金等の拠出制年金について物価スライドの特例措置を実施するとともに、福祉年金並びに児童扶養手当、特別児童扶養手当、福祉手当及び児童手当の額の引き上げその他の改正を行い、これらの制度の充実を図ろうとするものであります。
 以下、改正案の内容について、概略を御説明申し上げます。
 第一に、厚生年金、船員保険及び拠出制国民年金の物価スライドの特例措置について申し上げます。
 現行の制度におきましては、消費者物価上昇率が五%を超えない場合には物価スライドは実施されないことになっておりますが、年金受給者を取り巻く諸状況を勘案し、昭和五十四年度の特例措置として、昭和五十三年度の物価上昇率が五%を超えない場合であっても物価上昇率に応じた年金額の引き上げを実施することとしております。
 なお、この年金額の引き上げは、厚生年金及び船員保険については本年六月から、拠出制国民年金については本年七月から行うこととしております。
 第二に、福祉年金の額につきましては、本年八月から老齢福祉年金を月額一万六千五百円から一万八千円に引き上げる等消費者物価上昇率を上回る改善を行うこととしております。
 第三に、厚生年金及び船員保険の改正について申し上げます。
 まず、在職老齢年金について、最近の物価等の動向に対応し、本年六月から、六十歳以上六十五歳未満の在職者に支給される老齢年金の支給対象を標準報酬月額十四万二千円までの者に拡大する等の改善を図ることとしております。
 次に、寡婦加算額について、本年六月から子供二人以上の寡婦の場合月額六千円から七千円に引き上げる等の改善を図ることとしております。
 第四に、児童扶養手当及び特別児童扶養手当の額につきましては、福祉年金に準じて、本年八月から児童扶養手当の額を児童一人の場合月額二万千五百円から二万三千四百円に引き上げる等所要の改善を図るとともに、福祉手当についても引き上げを行うこととしております。
 また、児童手当の額につきましては、低所得者に支給する児童手当の額を本年十月より月額六千円から六千五百円に引き上げることとしております。
 以上が、この法律案の提案理由及びその内容の概要でありますが、衆議院において、福祉年金及び五年年金の額並びに児童扶養手当、特別児童扶養手当及び福祉手当の額に関し、修正が行われたところであります。
 何とぞ、慎重御審議の上、速やかに御可決あらんことをお願いいたします。
#230
○委員長(対馬孝且君) この際、本案の衆議院における修正部分について、修正案提出者衆議院議員戸井田三郎君から説明を聴取いたします。戸井田君。
#231
○衆議院議員(戸井田三郎君) 国民年金法等の一部を改正する法律案に対する衆議院の修正部分について、その内容を御説明申し上げます。
 修正の要旨は、第一に、老齢福祉年金の額を二十一万六千円(月額一万八千円)から二十四万円(月額二万円)に引き上げること。
 第二に、障害福祉年金の額を一級障害については、三十二万四千円(月額二万七千円)から三十六万円(月額三万円)に、二級障害については、二十一万六千円(月額一万八千円)から二十四万円(月額二万円)に、それぞれ引き上げること。
 第三に、母子福祉年金及び準母子福祉年金の額を二十八万八百円(月額二万三千四百円)から三十一万二千円(月額二万六千円)に引き上げること。
 第四に、国民年金の五年年金の額を昭和五十四年八月分から、昭和五十四年度における物価スライド後の額と二万四千円(月額二千円)とを合算した額に引き上げること。
 第五に、児童扶養手当の額を児童一人の場合月額二万三千四百円から二万六千円に、児童二人の場合月額二万五千四百円から二万八千円に、それぞれ引き上げること。
 第六に、特別児童扶養手当の額を障害児一人につき月額一万八千円から二万円に、重度障害児一人につき月額二万七千円から三万円に、それぞれ引き上げること。
 第七に、福祉手当の額を月額七千円から八千円に引き上げること。
 以上であります。
 何とぞ、委員各位の御賛同をお願いいたします。
#232
○委員長(対馬孝且君) 以上で説明の聴取は終わりました。
 本案の自後の審査は後日に譲ります。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時二十六分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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