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1978/03/16 第87回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第087回国会 本会議 第15号
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1978/03/16 第87回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第087回国会 本会議 第15号

#1
第087回国会 本会議 第15号
昭和五十四年三月十六日(金曜日)
    ―――――――――――――
  昭和五十四年三月十六日
    正午 本会議
    ―――――――――――――
○本日の会議に付した案件
 三宅正一君の故議員保利茂君に対する追悼演説
 元号法案(内閣提出)の趣旨説明及び質疑
    午後零時四分開議
#2
○議長(灘尾弘吉君) これより会議を開きます。
     ――――◇―――――
#3
○議長(灘尾弘吉君) 御報告いたすことがあります。
 議員保利茂君は、去る四日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。
 同君に対する弔詞は、議長において去る九日贈呈いたしました。これを朗読いたします。
    〔総員起立〕
 多年憲政のために尽力し特に院議をもつてその功労を表彰された議員従二位勲一等保利茂君はさきにしばしば国務大臣の重任につきまた本院議長の要職にあたり終始政党政治の確立につとめるとともに国会の運営に心魂を傾けられました その功績はまことに偉大であります衆議院は君が長逝を哀悼しつつしんで弔詞をささげます
    ―――――――――――――
 故議員保利茂君に対する追悼演説
#4
○議長(灘尾弘吉君) この際、弔意を表するため、三宅正一君から発言を求められております。これを許します。三宅正一君。
    〔三宅正一君登壇〕
#5
○三宅正一君 私は、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、故本院議員、前議長保利茂君に対し、謹んで哀悼の言葉を申し述べます。(拍手)
 保利君は、本月四日、入院先の慈恵医大病院において、心不全のため逝去されました。
 かねての病を押して本国会の開会式に臨まれ、また施政方針演説、各党代表の質問演説中、苦痛を忍んで議長席に着かれましたが、散会直後、辞任願を提出されました。議員一同はもとより、テレビに見入って、国会中継を聞き入っていた国民も、議長席の保利議長のやつれられたお姿に、御病状を案ずる気持ちを抑えがたく、しばらく副議長に任せられて御休養をと祈っておりましただけに、名議長の辞任の御決断を惜しまぬ者はありませんでした。(拍手)
 次の日、病院へお見舞い申しましたところ、前日と違って顔に赤みが戻り、見違えるほど元気になっておられました。この調子ならば、四月、花の候に来日される周恩来未亡人、全国人民代表大会常務委員会副委員長ケ穎超女史御一行のお客様を元気に迎えられ、秋には待望の中国御訪問も可能だろうと喜んで帰った次第でありました。
 亡くなられた三月四日の午前中には、莫逆の同志、金丸、細田両君と歓談され、予算案の成り行き等を案ぜられながらも、御退院後の事務所設置のことまで話しておられた由でありますが、午後一時には、突如、容体一変して不帰の客となられましたことは、人の世の定めとはいえ、無常を嘆かずにはおられません。
 ことに、保革伯仲の緊迫した時代にあって、手がたく公平な院の運営に身をもって当たられ、院の内外の信望を集められた昨日までの業績を思い、感謝の念を新たにするとともに、哀惜の情はひとしおであります。(拍手)
 君は、明治三十四年十二月二十日、佐賀県東松浦郡鬼塚村山本部落の貧しい農家の三男一女、四人兄弟の次男として生まれられました。
 鬼塚村は、現在、唐津市に合併されておりますが、波荒き玄界灘に面し、元冠の役の古戦場であり、神功皇后、豊太閤の朝鮮遠征の基地でもあって、元の来襲を防いだ防塁が、博多から唐津に至る海岸には数多く残っているのであります。玄海の波は荒いが、風光は明媚、強風を防ぐために植えられた四百年昔からの松原が、激しい風雪に耐えて海岸線の絶景を形づくっておりますが、この美しく、かつ苛烈な自然にはぐくまれて、純粋さと強固さを兼ね備えた保利君の人格が形成せられたものでありましょう。(拍手)村の高等小学校を卒業して、唐津鉄工所に勤められた君は、向学の志やみがたく、家を飛び出して東京に出、働きながら苦学して、専検で中学卒業の資格を取り、中央大学に学んで経済学部を卒業されました。
 当時、日本全体が前近代的社会経済体質のもとにあり、社会的公正の精神に乏しく、多数国民が貧困のままに放置せられていた当時のこととて、鬼塚村では全村一人の中学への通学者もおらない実情であって、志を持って東京へ出た少年保利君が、形容もできない苦労を重ねられたことは申すまでもなく、後年、人の問いに答えて、地をはうような苦労をしたと語っていることを見ても、ひたむきに生きてきた、その苦労が保利君の身にしみ込んで、まじめさとこわさの両面となってあらわれたことを思わせるのであります。(拍手)
 こうして、いわゆる酸いも甘いもかみ分けた酒脱な苦労人タイプとはまた違って、さらに深く苦労自体が身についた、いぶし銀のように重厚で、人間的迫力を帯びた保利君の人格ができ上がったものでありましょう。(拍手)
 そのことだけをもってしても、荒き風雪に耐えて、人生の長い道程を歩み通された保利君の魂を、いまさらに慰めたい気持ちを禁ずることができないのであります。(拍手)
 大学を卒業された保利君が、報知新聞、次いで毎日新聞の前身である東京日日新聞の政治部記者としての十年を過ごされたことが、政治家保利君の将来の一つの大きな基であったことは言うまでもありません。記者時代にマージャンや碁に練達されたことも、保利君にとっては大きなプラスとなったと想像されるのであります。
 十年の政治記者生活の後、保利君は、昭和九年、岡田内閣の農林大臣であった山崎達之輔氏の秘書官となられたのですが、山崎氏がさらに昭和十二年、林銑十郎内閣の農相、昭和十六年、東條内閣の農商相となられたのに伴い、三代の内閣の閣僚に仕えて政治の裏表を学ばれたこととなり、保利君がやがて大きく飛躍されるための貴重な礎となったことは明らかであります。
 私が代議士に当選したのは昭和十一年で、生意気盛りの青年代議士として、山崎農相に本会議で質問し、君の農政ではだめだから、君をその席から追い落として私がその席に座ってみせると、血気に任せて怒号したことなどを、今日では冷や汗とともに思い出すのでありますが、まさにそのとき、農相秘書官としての君と知り合い、自来五十年のおつき合いを願ってきたのであります。
 保利君が初めて議員に当選されたのは昭和十九年であって、自来、ともに議席を持つ仲となりましたが、君は、敗戦直後の政界混迷の時期、政治的陰謀によると言われた追放指定で、十三カ月の短期間とはいえ、公職追放に涙をのまざるを得ない事態に追い込まれ、さらにその後、昭和三十八年の総選挙には不覚をとって落選され、四十二年一月二十九日の総選挙で返り咲かれるまでノーバッジの苦労をされました。
 保利君と私とは、一歳だけ私が兄でありまして、保守と革新と立場こそ違え、政治の世界の風雪を通じて、奇しくも相似た経験を持った仲で、因縁の不思議さを感ぜずにはおられません。(拍手)
 保利君が当面されたこの挫折も逆境も、かえって保利君の人柄を謙虚にし、人の世の恐れを知り、人間の幅を一幅も二幅も成長させて、君の大成にかえって大きく寄与したことを信じて疑わないのであります。(拍手)
 戦後の保利君の軌跡をたどってみると、その初期は、まず進歩党、民主党を経て保守本流に座を占めた吉田元首相に才能を見出され、資質をみがかれた吉田学校時代、そして佐藤政権の七年八カ月にわたる大番頭として、君が最も高揚された主役の時代、田中政権以降は、政界の後見人として保守本流を維持してきた陰の実力者の時代、そしてその最後が、全議員より推されて保革伯仲時代の国会の運営を主宰し、国会の権威を高められた時代の四つに分けることができると思います。
 保利君が、第三次吉田内閣の労働大臣を振り出しに、同内閣の官房長官、第五次吉田内閣の農林大臣を歴任し、第二次佐藤内閣では、建設大臣のほか官房長官、第三次佐藤内閣の官房長官を、さらに党に戻って幹事長の要職につかれたことは、いかに佐藤内閣が保利君を柱石として尊重したかを示すものであり、第二次田中内閣の行政管理庁長官を務められたのも、陰の実力者として、内閣の重石の役に任ぜられたものと言うべきでありましょう。(拍手)
 まことに保利君こそは、戦後保守本流の重心に位置した随一の人であって、これらの役職についてはあまねく人の知るところでありますが、さらに、日中の国交に熱情を注がれ、かつては美濃部東京都知事に周恩来首相への親書を託され、その後三木総理の親書を携えて訪中され、周総理以下、中国要人の全面的信頼のもとに、大きく国交樹立に寄与されたことも、改めて強調するまでもないと存じます。(拍手)
 日中の国民的交流のため、日本の国会を代表して訪中することを念願し、中国よりの招請を楽しみにされていたのが、病のため実現せず、病をいやしての訪中を、保利君御自身はもとより、中国側も熱望しておったのに、忽然としてゆかれたことは本当に心残りであったと思いますが、日中国交回復への保利君の大きな影響力は、今後とも正しく評価され、語り継がれなければなりません。(拍手)
 沖繩の祖国復帰に当たり、自民党幹事長として国会をまとめられた熱情と気迫も知る人ぞ知るであり、今日も忘れ得ぬ事績と言うべきでありましょう。(拍手)
 こうした軌跡を顧みて、改めて感銘を深くするのは、君が、変転する情勢の中から的確に将来を見通す洞察力の持ち主であり、そして政治目標の達成に心身をささげ尽くす情熱と律儀さの持ち主であったことであります。これこそ、常に沈着で、容易に言挙げせぬ君が、おのずから党や内閣の中枢に位置し続けたゆえんでもありましょう。(拍手)
 保利君は、死の二、三日前、周辺に、長くて険しい道だった、目的地に近づいてきたようだと語られたと伝えられます。本当にひたすらに生きた人、一生懸命の人であったことが思われます。「百術は一誠に如かず」また「至誠天に通ず」という言葉をしばしば色紙等にも書いておられたと聞きますが、私は、子供のときから身体にしみ込んだ保利君の仏心が、年をとり、風雪を経て顕揚されてきたものと思うのであります。
 保利君の生家は熱心な仏教徒で、君がまだ小学校へも上がらない幼少のころ、おじいさんが失明し、目の見えなくなったおじいさんは、朝夕のお勤めとお寺参りだけが唯一の楽しみでした。お寺でお説教があるとき、その祖父の手を引いていくのが幼い君の役目でした。
 「行きかえり、祖父が、聞えるか聞えないかの声で、しきりにお念仏を唱えていたのを忘れることができません。思えば祖父は、失明という身の不幸にあいながら、お念仏を唱えるという御報謝の生活には少しも不自由を感じなかったのでしょう。いや祖父は、肉体の眼が見えなくなったからこそ、かえって心の眼がひらけたのかもしれません。」と保利君は書いておられます。
 さらにまた、君は、子供心に「ほとけさまはいつも「見てござる」「知ってござる」悪いことをして、人の目には見つからなくても、ほとけさまだけは見てござるぞ」ということを自分の戒めとして生きてきたと、子供たちに贈る言葉の中で書き記しておられます。
 保利君は、東京築地本願寺の聞真会という門徒出身の国会議員の会合に熱心に出席されておられたそうでありますが、その聞真会で「子供たちの明日のために」という本が出されており、その中に「築地聞真会の朝」という一編を寄稿しておられます。
 ある日、聞真会の早朝の集まりに向かうその朝、車のフロントガラスいっぱいに光が差し込んでいるのに気づき、車をとめて外に出て、空を見上げると、いつも郷里の空を覆っているあの青空が広がっているではありませんか。全く澄明な朝の光です。私は、その感動に打たれたまま朝の法座にお参りし、「正信偈」の「煩悩に眼障えぎられて見ずと雖も、大悲は倦むことなく常に我を照らしたまう」の一言を見て、さらに新たな感動に身をふるわせました。
 東京の空にいま薄暗く漂っているスモッグは、近代都市の煩悩そのものではないでしょうか。その煩悩の雲に妨げられて、太陽の光を直接浴びることができなくても、太陽はうむことなくわれわれの頭上を照らし続けてくれていたのです。
 大悲とは、御仏のお働きです。大慈悲です。慈しみの心です。君の座右に置かれた「百術は一誠に如かず」の信念は、まさにここに発しているのです。
 そして、さらに、そういう誠という信念も、まだ本当の悟りではなく、正信偈に接して、「一つの思い上りであることに気づかせていただいたのでした」と述べ、「偉大なる宇宙に対して生きとし生きる人間の小ささに対する自覚が足りなかったのではないか、という思いです」と、自己の内奥を披瀝しているのであります。
 政治家保利茂もりっぱだったが、それにも増して、終生、内省と精進を怠ることのなかった人間保利茂の純粋さと大きさとを、私は諸君とともに認識し、追慕の念を深くしたいと存じます。(拍手)
 世上往々にして、保利君を目して策謀家などとの評をなす者がありますが、陽性でなかった保利君とはいえ、幼少のときからの仏教の教えが人間的成長と表裏一体となって身についた君は、少なくとも晩年には、謀略家どころか、「終始一誠意」という教えすらなお人間のおごりであって、さらに偉大なる天の啓示に随順する謙譲さを身につけておられたのでありまして、俗気ふんぷんたる私どもをして、永遠の師と仰がしむる境地にまで到着されたのであります。(拍手)
 なお、一言づけ加えまするならば、半世紀にわたって権力の座におられた保利君の私生活が質素、清潔であられたことも、われらの範としなければならぬところと存じます。(拍手)
 七十余の生涯をかけて努力した結果、初心に帰ることができたとみずから称する君は、この歌をよく口ずさんでおられたといいます。
  人の世の人の情けに生きるわれ人の世のためまことつくさむ
一見、平凡とも素朴とも思われるこの歌の心こそ、人間にとって、とりわけ政治に携わる者にとって、立場の違いを超えた永遠の初心であり、原点でなければなりません。(拍手)
 ゆきて後、われわれになお多くのことを教えてやまぬ保利君の偉大さを思い、再びこの議場に相会することのできぬさびしさを禁じ得ねままに、ここに哀悼の言葉を連ね、満堂の同僚諸君とともに、心から御冥福を祈って、お別れを告げたいと存じます。(拍手)
     ――――◇―――――
 元号法案(内閣提出)の趣旨説明
#6
○議長(灘尾弘吉君) この際、内閣提出、元号法案について、趣旨の説明を求めます。国務大臣三原朝雄君。
    〔国務大臣三原朝雄君登壇〕
#7
○国務大臣(三原朝雄君) 元号法案の趣旨説明。
 元号法案について、その趣旨を御説明いたします。
 元号は、国民の日常生活において長年使用されて広く国民の間に定着しており、かつ、大多数の国民がその存続を希望しておりますので、政府といたしましては、元号を将来とも存続させるべきであると考えております。
 しかしながら、元号制度については、旧皇室典範及び登極令が廃止されて以来法的根拠はなくなり、現在の昭和は事実たる慣習として使われている状態であります。
 したがって、元号を制度として明確で安定したものとするため、その根拠を法律で明確に規定する必要があると考えております。
 今回御提案いたしております法律案もこのような趣旨によるものであります。
 次に、法律案の内容について御説明申し上げます。
 第一項は、元号は政令で定めることといたしております。
 次に第二項は、その元号は、皇位の継承があった場合に限ってこれを改めることといたしております。
 附則の第一項は、この法律の施行期日について公布の日から施行することといたしております。
 附則の第二項は、現在の昭和は本則第一項の規定に基づき定められたものとすることといたしております。
 以上が元号法案の趣旨でございます。(拍手)
     ――――◇―――――
 元号法案(内閣提出)の趣旨説明に対する質疑
#8
○議長(灘尾弘吉君) ただいまの趣旨の説明に対して質疑の通告があります。順次これを許します。上田卓三君。
    〔上田卓三君登壇〕
#9
○上田卓三君 私は、日本社会党を代表しまして、元号法案について大平総理に質問をいたします。
 福田前総理は、機会あるごとに明治三十八歳を力説しておられました。また、大平総理の著書「素顔の代議士」や「私の履歴書」を拝見いたしますと、「私は一九一〇年生まれである」と必ず西暦で書いておられます。
 福田前総理が、明治三十八年と述べられることもよくわかります。また、若き日、高松、東京の街角で布教活動を行ったという大平総理が、その誕生の年を西暦で言い続けられるのも、これまた理解できるものであります。(拍手)
 こうした問題は、どっちがいい悪いということではなく、いわんや法律で強制することのできないものであります。いま大切なことは、落ちついた雰囲気のもとで元号法制化に関する議論を十分尽くすことであり、それに基づいて、広く深い国民の合意を得ることではないでしょうか。
 そもそも、今国会における法案提出は、昨年末の自民党の派閥抗争の中で決まったものであり、憲法改悪、天皇中心主義を公然と標榜する勢力の突き上げによって、また、わが党の強硬な反対論を承知の上で、しかも、野党の分断を十分に計算に入れての強行策なのであります。
 大平総理、総理は、大平総裁誕生の背景には、福田前総理のタカ派路線を退け、信頼と合意の政治、部分連合といった総理の政治姿勢に対する国民の期待があったことを、よもやお忘れではないでしょう。しかるに、今回の大平内閣の元号法案提出は、性急な法制化に疑問を持つ国民多数の声を完全に無視し、徹頭徹尾、党利党略を優先させたものと断定せざるを得ないのであります。
 日本の政治、社会、文化の将来にかかわる重大な元号問題と取り組む総理の基本姿勢を伺いたいのであります。(拍手)
 次に、元号法制化が日本国憲法の主権在民の理念に合致するものであるかを問いただしたいのであります。
 天皇一代に一つの元号という制度は、天皇が主権者である明治憲法下ではふさわしいものだったと言えましょう。だが、主権在民の新憲法によって、天皇主権は明確に否定されているのであります。今日、何人も元号制の根拠を天皇主権に求めることは不可能なのであります。しかし、一世一元制を主張する限り、どうしても天皇の地位に結びつけた論拠をひねり出さざるを得ないのであります。そこで政府は、象徴天皇制がその論拠であると主張しているのであります。
 こうした主張は、まじめな批判にたえるものではありません。新憲法が天皇を特に象徴と位置づけたのは、まさに天皇主権の否定を意味するものであり、だからこそ、新憲法の発効と同時に、天皇の元号制定権を定めた旧皇室典範も廃棄されたのであります。したがって、元号法制化の論拠を象徴天皇制に求めることは、根本の精神において、明治憲法の天皇主権に戻ることとなり、主権在民の憲法理念に対する重大な挑戦であります。
 元号法案と憲法の関連について、総理の所見を伺いたいのであります。
 法案の中身も問題であります。たった二十九文字という簡単なものだけに、多くの肝心な点が明確になっておらず、将来、政府がどのようにも解釈、運用できる実に伸縮自在なしろものであります。
 普通、法律は、前文か第一条で立法の目的を定めているものであります。政府は、法制化の目的は元号制度の安定化であり、その理由は、大多数の国民が使用し、存続を望んでいるからだと主張しております。ところが、昨年のいまごろは、同じ理由で法制化はしないと力説したのですから、全く説得力に欠けるものであります。
 考えられるもう一つの目的は、古来の伝統ということでありましょう。しかしながら、この主張では、一世一元制をとうてい説明できないのであります。なぜならば、一世一元制は、中国の明の時代に始まり、わが日本では、明治に入って導入した、百年そこそこの伝統しかないからであります。
 だれがどのような手続で元号を決定するかも明らかではありません。従来、政府は、差し支えがある、と一貫して態度表明を避けてきたのであります。総理は、戦前と同じように、内閣が枢密院の役割りを担い、秘密審議で元号を決定することを考えているわけではないでしょう。
 法案をごり押しする前に、元号の決定手続を明確にしていただきたいのであります。元号の憲法上の論拠を象徴天皇制に求め、秘密審議を否定するというならば、なぜ、新しい元号の決定を、政令ではなく、国会の公開審議にゆだねようとしないのですか。
 元号の決定は、国民の生活に大きな影響を及ぼすだけでなく、天皇家御家族にとっても、皇太子の事実上の天皇名と戒名を決定し、さらに天皇の戒名を確定するという重要事項なのであります。総理、天皇家御家族の意向はどのように取り扱うつもりなのですか。
 政府は、元号法が成立しても、一般国民は使用を義務づけられるものではなく、現状と大差ないと説明しています。この場合、政府は、習慣による元号使用と元号法制化の本質的な違いを意図的に隠しているのであります。
 法制化とは、公共機関はもちろんのこと、国民に対しても元号使用を法的に強制し、義務づけるものであります。たとえば、婚姻届の日付を西暦で記入して提出しますと、窓口では事実上受け付けが拒否され、運転免許証の日付を西暦に書きかえると私文書毀棄罪で起訴されるおそれがあり、歴史の教科書にはますます元号が多くなり、受験生の負担は一層高まりはしないか、これが国民多数の懸念であります。元号が強制される適用範囲や使用方法を意識的にあいまいにし、すべて政府の解釈と運用にゆだねる姿勢は断じて許し得ないのであります。(拍手)
 また、年の数え方という観点から見ても、元号制には重大な欠陥があります。
 万人に共通な悠久の歴史の流れを、生物体である君主の在位期間によって区切るというところに、元号制本来の致命的欠陥があるのであります。天皇の寿命によって時間が分断され、いつ変わるかもわからず、また日本でしか通用しないような元号は、年の数え方という観点からすると最低なものであります。だからこそ世界じゅうから消え去り、日本にだけ残っているのであります。
 戦前、メートル法をわが国に正式に導入するときも、根強い反対論があったのであります。帝国議会における反対論は、日本古来の尺貫法を捨てるのは相先に対して申しわけないといった調子のものでありました。今日、メートル法とキログラムによる重量表示は、ごく自然に違和感なく定着しているではありませんか。柔道や相撲に尺貫法ではなくメートル法を用いたからといって、伝統スポーツを卑しめたことになるのでしょうか。
 元号を守ることは日本の誇りといった主張は、日本人は天孫民族というのと同じように、自己中心の思想につながるのであります。科学技術の進歩で地球は日に日に小さくなり、国際化は急テンポで進行しております。時間にしろ、長さにしろ、重さにしろ、可能な限りの共通化が時代の要請なのであります。
 本当に国民に定着した文化的遺産には、法制化は不要なものであります。たとえば立春、秋分、大寒、部分、盆、正月、えとを見ればすぐわかることではないでしょうか。日本というからに閉じこもらず、世界に対する横の広がり、人類史という縦の広がりの中で日本の将来を考えるとき、世界の多数国と共通の時代の尺度、西暦を使うことの意義は大きいのであります。すでに学校では、西暦主体の教育が根づいております。政府にしろ民間にしろ、国際活動に携わる部門では、西暦以外に考えられないのであります。これが大きな時代の流れなのであります。
 同時に、わが党は、元号と西暦が日常生活の中でそれぞれ習慣的に用いられ、生きているという現実を無視するものではありません。その場合でも、基本的には世界共通の尺度でありますところの西暦を積極的に取り入れていく姿勢が必要なのであります。つまり、元号を教育などで強制する方向ではなく、むしろ公的文書にも西暦を採用していく方向が望ましいと考えます。西暦であれ元号であれ、法律による強制は不要であります。計量法の罰則規定は、メートル法を普及させる最も評判の悪い方法だったのであります。あくまで学校教育と世論の力で、時間をかけて、西暦が世界共通の尺度にふさわしい地位を占めるのを待つべきなのであります。
 総理、二十一世紀に生きる次の世代に何を残すかを十分に考え、広い視野に立って決断し、元号法制化の暴挙を直ちに取りやめることを強く求めるものであります。(拍手)
 元号の法制化を取り上げるとき、忘れることのできないのは思想管理の機能であります。
 元号は、万世一系、教育勅語、君が代、国家神道、教育内容画一化、思想言論統制などと同じく、国民思想を権力によって完全に統制する装置の一つの歯車として設定されたものであります。かつて軍部や反動政治家は、思想統制をフルに活用して、日本国民を侵略戦争に駆り立てていったのであります。こうした苦い教訓があればこそ、精神の自由を求める数多くの宗教者が元号法制化に反対して立ち上がっているのであります。二十世紀の君主制は、反動勢力と結びついた国々ではほとんど崩壊しているのであります。
 いま私は、わが党の大先輩、故松本治一郎先生の不朽の言葉「貴族あれば賤族あり」を思い起こしておるのであります。華族制度の廃止を勧告し、福岡連隊の差別事件と闘い、カニの横ばいのような天皇拝謁を拒否して、こうした闘いを通じて追求した人間平等の民主主義の潮流は、いまや動かしがたいものであります。(拍手)
 最近においても、エチオピアにおける王制の崩壊しかり、さらにまた、二月のイランのパーレビ王朝の崩壊しかりであります。今日、天皇制がもし右翼の政治勢力と結びつき、自衛隊増強との結びつきを強めるならば、それは事実上、象徴天皇制の崩壊につながるものであります。総理は、最近の右翼と反動政治家の活発な活動ほど、象徴天皇制にとって危険なものはないという真理を知らなければならないのであります。この点を特に大平総理に御忠告を申し上げまして、私の質問を終わるものでございます。
 ありがとうございました。(拍手)
    〔内閣総理大臣大平正芳君登壇〕
#10
○内閣総理大臣(大平正芳君) 上田さんの第一の御質問は、元号法案を提出する真意はどこにあるかという御趣旨のものと伺いました。
 元号は、国民の日常生活におきまして、長年使用されて広く国民の間に定着しており、かつ、大多数の国民がその存続を望んでおるものであります。また、現在四十六都道府県、千を超える市町村が法制化の決議を行い、その速やかな法制化を望んでおります。政府としては、こういう事実を尊重いたしまして、元号制度を明確で安定したものとするため、元号法案を提出し、御審議をお願いいたしておるものでございます。
 第二に、主権在民を規定した新憲法と元号法案との関係についてのお尋ねでございました。
 御提案申し上げておる元号法案は、元号は政令で定めて、皇位の継承があった場合に改めることといたしております。憲法は、主権の存する国民の総意に基づきまして、象徴天皇制を定めております。この天皇の在位期間に合わせて紀年方式の一つである元号を改めるといたしましても、憲法違反という問題は生ずる余地がないものと信じます。
 第三の問題は、元号法制化によりまして、一部の推進派が天皇を政治的に利用するおそれがあるのではないかという御懸念でございます。かりそめにもそういうことがあってはなりませんし、私としては、そのような御懸念には及ばないと確信しております。(拍手)
    〔国務大臣三原朝雄君登壇〕
#11
○国務大臣(三原朝雄君) 総理にお尋ねになり、答弁を願いました以外のことについて、私から答弁をさせていただきたいと思います。
 元号制定の手続を明確に示せということでございます。
 この法案のもとで新しい元号を選定するに当たりましては、事情の許す限り速やかに改元を行うという法の趣旨を体しまして、同時に、国民のためによい元号を選ぶということに留意して、慎重な配慮をいたしてまいりたいと考えております。そうした観点から、まず、何人かの学識経験者にお願いをいたしまして案を考えていただくことが適当であろうと考えておるのでございます。そのようにいたしまして考案されました案の中から、内閣の責任において最良のものを選択して、政令の形で決定いたしたいと考えておるのでございます。
 次に、元号名と天皇の贈り名のことについてお尋ねがあったわけでございます。
 御承知のように、明治、大正という元号がそれぞれ天皇の贈り名とされましたのは事実でございますが、贈り名と元号との関係につきましては、従前も、制度上元号が必ず贈り名になると定められていたわけではございません。この法案のもとにおいても直接に結びつきはないものと考えております。戦前におきましては、登極令におきまして元号の問題が取り上げられており、あるいは追号の問題は皇室喪儀令に分かれて取り上げられておった。戦前でもそうでございます。そういうことでございますので、戦前におきましても、いま申し上げましたように、追号と元号とは制度的に関係がないものと承知をいたしておるところでございます。
 次に、元号の法制化について、強制力の程度の問題なり範囲の問題についてお尋ねでございまし
 た。
 この法案には、元号の使用を義務づける規定はございません。国権の最高機関であります国会が、法律という形で元号を公式の年の表示方法とするものでありまして、国等の公的機関が元号を使用することを予定しておるものと考えております。したがいまして、国等の公的な機関は、外交文書等特別な場合を除きましては、元号を使用することが当然であろうと考えておるのでございます。
 また、この法律案は、一般国民に元号の使用を義務づけるものではございません。したがって、今後とも元号と西暦の使い分けは自由であります。しかし、公の機関におきましては、今後とも現在のように原則として元号によって年を表示することになるので、一般国民が公の機関に提出をいたされます申請書でございまするとか手続書類等につきましては、公の機関における統一的事務処理のために、元号の使用について協力を願いたいと考えておるところでございます。
 次に、西暦と元号の長所あるいは将来性等についてお触れになりました。
 西暦にも長所があることは言うまでもございません。そうしたことから、現に西暦も使われているわけであります。しかしながら、元号におきましても同様、長所があり、現在まで国民の生活の中に溶け込み、これが存続を多数の国民が希望しておられることは御承知のとおりであります。したがいまして、いま申されました御意見でございますが、私は必ずしも将来西暦一辺倒の大勢になるとは考えておりません。
 再々申し上げているとおり、わが国の元号は長い歴史を有し、今日広く国民の間に定着しておりますし、元号には元号のよさがあるわけであります。ことに、国民心理の上から考えてみましても、元号の果たしてまいりました役割りというものは、きわめて大きいものがあったと思うのであります。今後、国際化が一層進むことは言うまでもないことでありますが、そうした中にあって、国民の気持ちの中に深く根をおろしておるものを尊重していくことは大切なことと思うのであります。これを尊重することは、わが国が世界の中において発展していく上で何ら妨げとなるものではないと思うのであります。私は、日本国民の英知と良識によって、今後、西暦とそして元号との併用等につきましては対処、対応されるものと思うわけであります。(拍手)
    ―――――――――――――
#12
○議長(灘尾弘吉君) 新井彬之君。
    〔新井彬之君登壇〕
#13
○新井彬之君 私は、公明党・国民会議を代表して、ただいま趣旨説明のありました元号法案について、総理並びに関係大臣に質問いたします。
 去る昭和五十年に外務省で行いました、外国からの信任状等における年の表示方法の調査結果を見ますと、世界の年の表示形態は、西暦のみを使用している国、西暦と回教暦を併用している国、西暦と仏暦を併用している国等々、実に十三種類にも及んでいるのであります。
 わが国におきましても、年号に対する国民の考え方は、西暦に一本化すべきであるという意見や、元号の存続は必要だが西暦を併用すべきであるという意見、また、元号は一世一元にすべきだという意見から、元号は永世一元の不変元号が必要だという意見等、国民の元号に対する考え方はさまざまであります。
 元号に関して過去において各種の世論調査が実施されておりますが、昭和五十二年八月の総理府の元号に関する世論調査によれば、元号の使用状況の項目の中で、主に元号を使用しておりますと答えた者が八九%と大多数を占めており、さらに、元号の制度そのものを存続させるべきか否かの項では、元号制度の存続を、あった方がよい、あるいは、どちらかと言えばあった方がよいと賛成の意向を表明した者が合わせて七九%となっております。元号存続は国民の大勢であり、これを十分認識しなければなりません。
 一方、元号制度存続に反対の理由を見ますと、西暦は世界で最も広く使用されており便利だとか、年号では時代を通算するのがややこしいとか、あるいは西暦の方が歴史を考えるのに便利だとか、天皇制の強化につながる等の理由による反対が存在しておるのであります。これらの疑問に対して、政府は明確に答える必要があります。
 元号の問題は、歴史的な背景と、日本文化の長い伝統に根差した国民感情や、生活をしていく上の利便さとも密接な関係を持っておることは申すまでもありません。
 国民は現在、生活の知恵として、西暦と元号とを抵抗なく併用しております。たとえば、生活上で長い期間を表現したり、将来にわたる問題を考えるときや国際社会に対応するときは西暦を用い、自分の身の回りや時代的な背景を表現するときには元号を用いるというように、実に自然の形で調和をとりながら使いこなしているのが現状であろうと私は思うのであります。
 私たちは、過去において、尺貫法をメートル法に変えたことによって、かえって混乱を来した苦い経験を持っております。元号についてもこうした混乱を招かぬよう十分配慮し、生活上の知恵に基づいた利便を中心に据えて措置していくということが大事なことであると思います。(拍手)
 主権在民の基本原理に基づく日本国憲法下で、事実たる慣習として国民生活の中で定着している元号を制度化することは、旧帝国憲法下で天皇の大権によって定められた元号とは全く異なるものであり、国民の主権により定められるものとして、公明党は、その立場から元号の存続に賛成の態度を表明しておるのであります。(拍手)決して旧憲法に回帰させようとする動きに賛同しているものではありません。
 政府が今回提出している元号法案は、余りにも法律の内容が簡単であり、ほとんどを政令にゆだねられておりますゆえに、内容や意図については不明確な点が多く、国民にはわかりにくい面も多々ありますので、これらの問題について、わが党の提案等も含め質問してまいります。先ほども若干の答弁がございましたが、不明確な点が多いので、その点についても再度御答弁をしていただきますようにお願いをしておきます。
 質問の第一は、元号法制化と憲法の関係についてであります。
 御承知のとおり、わが国は、昭和二十二年新憲法が公布され、その第一条では、主権在民、天皇象徴制がうたわれております。しかし、一世一元を明確にした明治憲法においては、その第一条で天皇の統治権を認め、それに伴い、旧皇室典範、登極令、明治元年九月八日の詔書、行政官布告第一号等を根拠として元号が明記されてきたのであります。したがって、明治憲法時代と現憲法下においては基本的な考え方の違いがあることは当然であろうかと思いますが、今回法案提出に当たっての元号の基本的な考え方について、総理の御認識をまずお伺いいたします。
 元号の歴史は長いが、一世一元は明治からにすぎないという意見もあります。元号法案と主権在民との関係、また、一世一元について政府はどのように考えておられるのか、お尋ねをいたします。
 質問の第二は、元号法制化の必要性についてであります。
 元号の存続に対して、大多数の国民は、世論調査に見ても明らかなとおり賛成しておりますが、その中で、法制化による存続を支持する国民は、必ずしも大多数を占めてはおらないという指摘もあります。本来、元号は慣習として存続させていくことが望ましいもので、法制化にはなじまないとの意見もあり、政府自身、内閣告示等の方法を採用すると西村総務長官が言明されたこともありました。今回、法制化に踏み切られたいきさつと理由について、あわせて総理に御答弁を求めます。
 質問の第三は、現行の昭和元号の法的根拠についてであります。
 現在使用されている昭和は、事実たる慣習として使用されているだけで、法的根拠はないと言われておりますが、もし、元号法案が成立しなかった場合、昭和は今後どのようになるとお考えになっておられるのか。
 また、戦前における元号の法的根拠は、明治元年九月八日の詔書、行政官布告第一号、旧皇室典範、登極令等であります。これらの諸法令は、新憲法の施行に伴い廃止されたと私は理解しておりますが、行政官布告第一号は正式に改廃されていなかったため、依然として効力を有しているとの解釈も一部にあると聞いております。この点についてはどう判断されているのか、お伺いをいたします。
 また、戸籍法施行規則三十三条に基づく附録第六号の戸籍のひな形では、昭和という元号を明示しております。ここで昭和の元号を明示した理由は何に基づくものか。また、現在公的届け出書類は昭和の元号を使用するよう義務づけております。元号で記載しなければ書類を受理されないのがたてまえとなっていると思いますが、記載例は現行ではどのようになっておるのか、お伺いいたします。
 質問の第四は、元号の選定の問題についてであります。
 元号の選定については、首相か総務長官の私的諮問機関に諮ると言われておりますが、元号選定機関、選定委員の構成及び人選についてどのような考え方を持っているのか、また元号の選定基準をどう考えているのか、元号が選定機関等で決定した場合、最終的には何らかの方法で国会の了承を求めるべきではないか、総理の明確なる答弁をお伺いしたい。
 なお、わが党は、元号の選定については、一つには、総理府に元号選定委員会を設けるものとし、内閣は同委員会の答申を受けて元号を定める、二つには、元号選定の経過を国会に報告し、国民に告示するという、公開を原則とした民主的な考え方を持っておりますが、総理並びに総務長官は、その点、どのようにお考えを持っているのか、お伺いいたします。
 質問の第五は、元号の使用についてであります。
 元号の使用については、現状の慣習的使用を踏襲することを原則とし、強制的使用をしないようにすべきであると考えるが、その点、どう考えているか。特に、国際暦となっている西暦年号の使用、元号と西暦年号等の併用について、国民生活の慣用を制限しないようにすべきだと思うが、その点、どのような考えを持っておられるか、お伺いいたします。
 たとえば、法律、政令の施行その他官公庁の文書については、文書様式の統一性を保持する等の理由から、従来どおり元号使用を踏襲することになるのか、国際、学術、文化部局等、従前から西暦年号使用を行っている部局については現行どおりとするのか、条約など国際的文書は従前の慣行を踏襲していかれるのか、また、国民生活の上で戸籍、住民登録、選挙権、債権債務、不動産登記等の年月日表示は、従前から官公庁の文書様式の統一性を保持する等の理由から元号を使用しているが、これを踏襲されていくのか、学校教科書の年号表示は従前どおりのままでいくのか等、具体的な面では明らかになっておりません。この際、政府の考え方を明らかにしてもらいたい。
 国民から提出される官公庁への届け出の年月日は、元号であろうが西暦であろうが、自由に受け付けることが国民にとっては最も好ましいと思うが、政府はその点どのように考えているか、明確に御答弁を願いたいのであります。
 また、元号使用を国民に強制しないという政府の方針は、国の出先機関あるいは地方自治体等公的機関の窓口にどのような方法で伝えられ、指導されるのか。また、事務取扱窓口で、元号使用の協力を求める役所側と元号使用を拒否する国民の間で、協力してほしい、協力できない等の押し問答が行われる事態も発生しかねないと考えるが、協力要請の限度についてどう判断しておられるのか、お伺いいたします。
 質問の第六は、改元方式についてであります。
 過去において、改元は皇位承継とともに直ちに行われた例もありましたが、むしろ、慶応四年から明治元年への変り目のように、さかのぼって一月一日より改元したり、逆に数年後に改元したりする多種多様な例を見ております。いずれにしても、国民のひとしく納得のできるものでなくてはなりません。昭和元年は実質的にはわずか七日間しかなかったということを考えても、私どもは、少なくとも、元号があることにより国民生活の利便の上からいっても、また合理性から考えても、新たな元号を使用する時は、皇位承継のあった翌年一月一日から新しい元号によって始まるのが好ましいと思いますが、わが党のこのような提言についていかがお考えでございましょうか、総理にお尋ねをいたします。(拍手)
 最後に、元号と追号との関係であります。
 先ほど答弁がございましたが、長い歴史の中で年号と追号と一致している例は、明治、大正の二代だけだと思います。元号と天皇の追号の関係について、法的にも明確にすべきでございますし、また、この際、元号と天皇の追号の関係については考え方を整理しておくべきではないかと思うのですが、総理の御所見をお伺いいたしまして、私の質問を終わります。(拍手)
    〔内閣総理大臣大平正芳君登壇〕
#14
○内閣総理大臣(大平正芳君) 第一の御質問は、元号法制化と現行憲法との関係についてでございました。
 明治憲法と現行憲法との相違につきましては、政府としても十分わきまえておるつもりでございます。御提案申し上げておる元号法案は、元号はもともと紀年方式の一つでありまして、この方式が現憲法施行後三十年以上にもわたりまして国民の間に定着して、かつ、国民の大多数が将来にわたってその存続を望んでおるという事実を尊重いたしまして、国の意思として、今後ともこの元号制度を存続することとし、今後の改元の方式を定めようとするものでございます。そして、そうすることは、現行憲法上全く問題はないものと考えております。
 第二の御質問は、元号を法制化する必要は何かという点であったと思います。
 先ほどもお話し申し上げましたように、広く元号が国民の生活の中に定着いたしておりまするし、その存続を大多数の国民が望んでおるわけでございますが、この元号制度を明確で安定したものとするために、法制化をすることが適当であると判断したわけでございます。
 その他の件につきましては、総務長官からお答えいたします。
    〔国務大臣三原朝雄君登壇〕
#15
○国務大臣(三原朝雄君) 前後するかもしれませんが、お答えをいたします。
 明治元年の行政官布告はどうなったのかというお尋ねがございました。明治元年の行政官布告につきましては、旧皇室典範においてこの布告を吸収する形で、その第十二条の規定が一世一元制を決めていること等の経過から見まして、今日なお有効な法規範として存続しているものとは考えておりません。新憲法制定のときに、旧皇室典範が改廃されましたときに吸収されて、なくなったものだと考えておるのでございます。
 次に、戸籍等の記載の問題等に触れてお尋ねがございましたが、戸籍の記載について、元号を用いなければならないとする戸籍法上の規定はございませんけれども、ひな形におきましては、戸籍簿の記載の統一を図る必要から、おのずと多く用いられておる元号をもって示すことといたしておるわけであります。したがって、戸籍の届け出をする場合には、公務の能率的かつ円滑な処理のために、今後とも元号を使用してくださるようにお願いをする所存であります。
 次に、元号の選定の委員会と申しますか、委員の構成あるいは人選等について具体的なことを示していないじゃないかということでございますが、新元号名の選定に当たりましては、何人かの学識経験者にお願いをして案を考えていただくことが適当であろうと考えております。その人選に当たりましては、よい元号を選ぶために慎重な配慮をすべきものと考えておるわけでございまして、十分御意見を踏まえながら対処してまいりたいと思う次第でございます。
 次に、元号の選定基準についていろいろ触れられました。元号名の案を考えていただくよう学識経験者に依頼をするに当たりまして、政府から何か基準のようなものを示す必要があるかどうかということもございますが、必ずしもそういう必要はなかろうかと思うわけでございます。しかしながら、わが国における元号の歴史や、多くの国民が頻繁に使うものであることなどから考えまして、元号といたしましては、よい意味を持つものであるとか、書きやすいとか、読みやすいあるいは使いやすい、いままで元号として使用されたものではない、そういうようなことは至極当然なこととして申し上げるつもりでおります。
 次に、元号の決定は何らかの方法で国会等に知らせる、そして公開的な処置をとる必要がありはしないかという御意見があったようでございますが、新元号は、皇位の継承があった場合に、事情の許す限り速やかに決めることが法の趣旨でございます。そういうことで、内閣の責任において慎重かつ適切な処置をいたしてまいりたいと思うわけでございまして、御理解を賜りたいと思うのでございます。
 それからなお、これを国会等に経過を報告して、ある程度の公開をすべきではないかということでございましたが、いま申し上げましたような手続を速やかに行いたいというような立場から、国会に報告すべきかどうか、あるいは公開的な処置をするかどうかということにつきましては、今後御意見等を踏まえて対処してまいりたいと考えておるところでございます。
 元号の強制的な使用をさせるべきではないと思うがどうかという御意見でございますが、この法案は、一般国民に元号の使用を義務づけておるわけではございません。今後も国民の英知と良識によりまして元号は使われていくものと思うわけでございます。
 西暦の併用をすべきではないかということでございました。御承知のように、この法律には、西暦使用については何ら制限をいたしておらないわけでございまして、今後とも現在のような形で併用されるものと思っておるところでございます。
 官公庁の使用についての御意見がございました。この法案には、元号の使用を官公庁において義務づけた規定はございません。国権の最高機関であります国会において、法律という形で元号を公式の年の表示方法とするものであり、国等の公的機関が元号を使用することを予定しておることは当然であります。したがって、国等の公的機関は、外交文書等特別な場合を除きましては、元号を使用することは当然であろうと考えておるわけでございます。
 教科書等のこともあるわけでございましょうが、教科書も現在までのやっておられることで、そのままの状態で元号と西暦との併用をやっていただくことになると思うわけであります。
 それから、官公庁への届け出等についての御意見がございました。この法案は、先ほど申しますように、一般国民に元号の使用を義務づけておるわけではございません。しかし、公の機関において今後とも現在のように原則として元号によって年を表示することになりますので、一般国民の公の機関に提出する申請書でございまするとか届け出書でございまするとかいうものにつきましては、公の機関における統一的な事務処理のため、元号の使用について協力をしていただきたいと考えております。ただ、西暦でどうしても記入して手続をしたいと言われる方については、西暦で受理するということになると思うわけでございます。
 次に、元号の使用について、国の出先機関や地方団体に具体的に連絡、指導をやらねばならぬという御注意でございますが、そういう事態になりますれば、十分連絡、指導をいたしたいと考えておるわけでございます。
 それから、元号使用についての協力を求めることが必要であるが、国民に対して協力をお願いする限度についての御意見がございました。政府といたしましては、決して元号の使用を強いることはすべきでないと考えておりまするが、国民の良識によりまして、公的機関の窓口事務が能率的に円滑に進むことを期待しておるところでございます。また、そういう混雑のないように、トラブルのないように配慮してまいる所存でございます。
 それから、改元の踰年制と申しまするか、公明党で特に御配慮願っておりまする問題についてのお尋ねがございました。法案において、皇位の継承があった場合には改元をすることとしておるわけでございまするが、改元の具体的な時期については、政令で定めることといたしておるわけでございます。内閣の判断で進めてまいりたいと考えておるところでございますが、もちろん、その趣旨としては、諸事情の許す限り速やかに改元をすべきものであると考えておるのでございまして、また、しかし、いま御意見のございました、改元の具体的な時期を、どのくらい期間を置いたらよかろうかというようなもの等についての御意見でございましたので、そうした諸般の事情を考慮しながら最終的な結論を出してまいりたいという準備をいまいたしておるところでございます。
 元号と追号との関係は、先ほどもお答えを申し上げたところでございまするが、明治、大正という元号は、それぞれが天皇の追号とされたことは御承知のとおりであります。追号と元号との関係につきましては、従前も、制度上元号が必ず追号になると定められたものはございません。そういうことでございまするので、追号と元号の関係というのは、明確にここで制度的にも関係するものではないということを承知をいたしておるわけでございます。
 以上でございます。(拍手)
    ―――――――――――――
#16
○議長(灘尾弘吉君) 中野寛成君。
    〔中野寛成君登壇〕
#17
○中野寛成君 私は、ただいま上程されました元号法案に対しまして、民社党を代表し、若干の所信を述べつつ、御質問を申し上げたいと思うのであります。(拍手)
 「私は日本人です」、この短い言葉の中に私たちはいろいろな感慨を覚えるものであります。もちろん、その人の年齢や生い立ち、環境等によってその内容は違うでありましょうが、しかしながら、古い歴史を持ち、そして伝統を持ち、そして国民みんなのすばらしい努力によって今日のすばらしい繁栄と新しい科学技術を生み出した私ども日本人としての誇りを共通してその中に持つはずであります。(拍手)そして、その豊かな歴史と伝統に裏づけられた正しい意味での民族的な誇りこそ、世界の国々から尊敬をされ、そしてまた信頼を得る基礎であると考えるものであります。
 しかしながら、その国という一つの運命共同体は、決してうまずして生まれるものではないはずです。同時に、その継続は、私どもが常に努力をして、そして全国民の一つになった気持ちというものをまとめ上げていかなければならない、その努力を要請されるものであると考えるのであります。そして、その一つの運命共同体として受けとめる、また体験する歴史的な時間というもの、共有する時間というものがあることは、私は決して不自然なことではないと思います。
 私どもは、そういう意味から、毎日とは言わないまでも、折に触れて確認し合う、そういう決意を新たにする日が必要であるとして、多くの国で建国の日や革命記念日さえ設けられていることを想起するものであります。
 まして、その基礎となるべき計算の根拠に、日本のように古い国がどうしても超記憶的な歴史の物語の中にそれを見つけ出したとしても、それは決して批判されるべきことではないと思うのであります。私は、そういう意味合いから、この元号の発生と歴史もまた、私どもの心の中に千三百三十三年という長い歴史を刻みつつ、民族の誇りとして、また伝統的な文化として息づいてきたことにあえて大きな誇りを持つものであります。(拍手)
 同時に、西暦につきまして、私どもは、決してそれを批判をしたり、それを使わないということではございません。ただ、元号を廃して西暦一本化という声がある限り、それに答えざるを得ません。
 いまあえてそれに言及するとするならば、民族特有の体臭がないことに私どもは物足りなさを感じますし、無臭で、無機的で、顔のない時間の流れ、そういう物理的時間の属性としての感覚をつい感じてしまうことは自然の理であると思います。そして、無難であるとする、そのことのために西暦一本化と考えるならば、その中からむしろ私は文化は生まれてこないと考えます。
 同時にまた、あえて申し上げるならば、世界に普及したと言われる西暦も、その根源はキリスト教暦であり、かつ、その生まれた元年は必ずしも歴史的にきちんと証明されたものでもないことは御存じのとおりであります。(拍手)同時に、今日の世界的普及の原因として、歴史的に見れば、キリスト教国が植民地主義を持ちながら世界に手を伸ばしていったという歴史が、今日の西暦を普及させた一つの大きな要因であることを考えるときに、私どもは、それが元号に対する批判と同じ、またはそれに劣らない批判を受けなければいけない歴史的意味があることも申し上げておきたいと思います。(拍手)
 多かれ少なかれ、伝統的文化の源流をたどれば、それは宗教的意味合いを持つものはたくさんございます。だからといって、それは否定してしまうには、余りにも文化的な損失が多過ぎます。まして、元号は自主独立日本のシンボルであり、同時に、それは歴史的に見ても、平和や民生安定を願って定められてきたものであります。それはいまや迷信などというものではなくて、壮大な日本民族のロマンそのものであります。(拍手)
 一世一元に対する批判もございました。そして、それが明治になってからだという御指摘もありましたが、それは、あえて申し上げるならば、それまでのむしろ迷信的な感覚を除去するために、あえて合理的な制度への改革の所産であったと申し上げる方が当たっていると思います。
 あわせまして、天皇との関係を指摘されますが、憲法第一条、先ほど申されておりますように、「天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本國民の総意に基く。」とあります。私は、すなわち、その日本国民の総意に基づく天皇の地位と国民の素朴な親しみと敬意を結ぶきずなとして、そのシンボルとして元号が存在することは、きわめて大きな意味があると考えなければならないと思います。(拍手)そして、そう考える方が、現在の素朴な国民感情に合うと考える方が自然であると思います。
 いまや、元号の存続法制化は大多数の国民が要求しています。労働者の組織である同盟もともに参加をして、元号法制化実現国民会議が構成をされ、そして熱心な運動が展開されていることも御存じのとおりですし、その成果として、いまや四十六都道府県議会でその法制化を要求する決議がなされたことも御存じのとおりであります。(拍手)
 まさに、この元号は、本来新憲法のもとにおいても速やかに法的根拠を裏づけられるべきものであったはずであります。国民の権利義務に関する文書にも多く使われる元号は、当然の法的裏づけが必要であります。遅くとも、新憲法制定時にそれが不可能であったとしても、独立時にはそれがなされなければならなかったはずであります。それが今日にまで及んだことは、それは明らかに歴代政府の政治的怠慢であると言わなければなりません。
 そこで、いま私は、大平総理が長年歴代内閣の閣僚として、またそれを支える与党自民党の枢要な地位にあって今日まで歩んでこられたその経緯を考えるときに、この歴代内閣が担うべき責任をいまどう考えておられるかについて、まずお尋ねをしたいと思います。(拍手)
 第二点は、いま私が若干の所信を申し上げましたが、元号の持つ歴史的、国民的意味はきわめて大きいものがあります。決して事務的ではない、総理の本当に真摯なお姿の中から生まれ出る、この国民に対する愛着を込めての歴史的意味をどうお考えか、お伺いをしたいと思います。(拍手)
 第三番目に、これは決して国会に提出することが目的ではありません。あくまでも成立させることがその最終的目的でなければなりません。今国会において成立させるよう、国会とともに総理そのものが真剣な御努力をなさることが必要でありますが、その強い御決意があるかどうか、お尋ねをしておきたいと思います。(拍手)
 なお、若干の具体的質問を申し上げますが、元号を名実ともに国民のものとするためには、その選定の段階から運用に至るまで適切な配慮がなされなければなりません。
 まず第一に、元号の存続に関して、国会を初めとして多くの場で開かれた論議が行われることが必要であります。そのような意味から、今回、内閣告示というきわめて閉鎖的な形ではなく、法制化の道を選ばれたことに敬意を表するとともに、これからの運用についても、より一層その開かれた道への努力をされることを私は要請したいと思います。
 第二に、選定の手続であります。
 いま申し上げたような精神からすれば、それは当然開かれた選定方法と経過の説明が必要であろうと思いますし、また同時に、国民の元号と位置づけるならば、何らかの方法によって国民参加の道が開かれてもいいのではないかと思いますが、これらについて御所信をお聞きしたいと思います。
 なお、制度的に考え、現在の天皇陛下の生理的な状態を勘案するということではなくて、むしろ純粋に制度的に考えれば、この法案成立後直ちに元号に対する審議会等が設けられたとしても、それは決して不都合なことではないと思いますが、いかがでありましょうか。
 第三に、新元号の基準、すなわち、どのような元号にするのかということであります。先ほど総務長官は、よい元号を、こういうことでありました。私もまた、国民に親しまれるよい内容の元号をぜひつくっていただきたいと思いますが、これに対する御配慮を今後いかに払っていかれますか、重ねてお尋ねをいたします。
 第四に、新元号の制定の時期と施行の方法であります。使用し始める時間の余裕と、混乱を防止するというところに配慮が払われることは決してむだではなく、むしろ国民の立場からすれば望まれることと思いますが、いかがでありましょうか。
 次に、元号の運用であります。先般来新聞を読んでおりますと、国民には宣言的、公の機関には訓令的という性格を持つのではないかという論文が発表されておりました。そしていつも問題になるのが、その公と国民の間の接点の問題であります。しかし、私は、より一層国民の理解を深めつつ、その元号が今日以上に親しみの中で利用されることを望むものであります。その御努力についてどうお考えか、お伺いをいたします。
 第六に、追号のことであります。これは確かに皇室の問題でありましょう。しかしながら、最初申し上げましたように、国民統合の象徴たる天皇と、伝統文化のシンボルとしての元号がドッキングすることは、国民の尊敬と親しみをあらわすきわめて大きな手段であると考えます。このことについての御配慮はむしろ積極的にあってもいいのではないかと私は考えますが、いかがでございましょうか。
 なお、最後に文部大臣にお聞きしたいと思います。
 元号の持つ文化的意義をどう思っておられるか。教育の基本は文化遺産の継承だと言われますけれども、民族の正しい歴史と伝統を継承し、民族の誇りを教えることは、これはどうしても必要なことであります。そしてそのことから日本の子供が世界に通じ、そして日本が未来にわたって世界から尊敬され、信頼される基本であることも申し上げるまでもありません。ややもすると、教育とは過去の文化遺産を否定することなりと、はき違えられる方がいらっしゃるようでありますが、この時代に当たって大臣の明確な御所信をお聞きしたいと思います。
 最後に、この元号が慣習法として、冷静に、そして正しくその意味を味わう中から定着をしているならばいざ知らず、現在、法制化にさえ反対する人たちがいるからこそ法制化の必要がある、こうもさえ言えることを申し上げて、質問にかえたいと思います。
 ありがとうございました。(拍手)
    〔内閣総理大臣大平正芳君登壇〕
#18
○内閣総理大臣(大平正芳君) 中野さんから、元号についての深い、文化哲学的とも言える御意見の御発表がございまして、私も大変感銘を受けました。
 しかし、私どもの政府の元号法制化に取り組む態度といたしましては、そういう深いイデオロギー的なものではなくて、国民の多くの方がその存続を希望しておる、生活の中に定着しておるという事実を素直に尊重して、それを明確にし、安定化するために法制化すべきではないかという考え方でございまして、そういう趣旨で御提案を申し上げておりますので、御理解をいただきたいと思うのでございます。
 それから第二点は、この国会で成立させるための努力を惜しむことはないかという御質問でございました。
 臨時国会にでも提出すべきでないかという意見がずいぶんありましたわけでございますけれども、こういう法案は、事の性質上、通常国会におきまして御審議をいただいてその成立をお願いすべきではないかという判断をもちまして、今国会に御提案申し上げた次第でございます。慎重に御審議をいただき、速やかに御賛成いただきますようにお願いいたしたいと思います。(拍手)
    〔国務大臣内藤誉三郎君登壇〕
#19
○国務大臣(内藤誉三郎君) 中野議員の御質問にお答えいたします。
 学校教育においては、歴史を通じて、わが国のすぐれた文化や伝統を尊重するとともに、わが国に対する自信と誇りを持った国民を育成するとともに、国際社会の中で信頼と尊敬をかち得る日本人の育成を図ることが重要であると考え、先般学習指導要領の改定を行った際にそのことを十分配慮したわけでございます。(拍手)
    〔国務大臣三原朝雄君登壇〕
#20
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたします。
 元号の制定に当たっては、国民に開かれた、国民が十分支援をする体制なり参加をする体制を考えていく必要があるという御指摘でございました。したがいまして、私どもといたしましても、学識経験者の方にお願いをいたしますのもそういう立場からでございまするし、また、この人選等につきましては、広く御意見を聞きながら各方面から選んでまいりたいと思っておるわけでございます。
 また、審議の経過等も、やはり公明党さんの御意見と同じように、公開をするとか、そういう措置をすることが考えられはしないかという御指摘でございまするが、そういうような御意見を踏まえながら、この元号制定に至ります間にそうした準備をいたしたいと考えておるところでございます。
 それから、ついては一般国民に親しまれるような元号をつくらねばなるまい、そして、大いに使用されるように努力すべきであるという御指摘でございます。御指摘のとおりでございまして、元号は一般国民が親しみを感じ、使いやすいものであることが望ましいと考えておりまするし、国民の皆さん方ができるだけ多く元号に親しんで、使用してくださることを期待してまいりたいと考えておるところでございます。
 なお、役所の窓口等における御指摘がございましたが、先ほど公明党さんの御意見等にも申し上げましたように、十分御指摘の点を配慮しながら処置してまいりたいと考えております。
 それから、元号の内容にお触れいただいておりました。先ほども申しましたように、元号名の案を考えていただくために学識経験者に依頼をいたしたいと考えておるわけでございまするが、それにつきましては、特別にこういうような基準でいっていただきたいというようなことは必ずしも申し上げる必要はないと思いますけれども、わが国における元号の歴史や、多くの国民が頻繁に使ってまいっておりますところでございまするので、元号といたしましては、よい意味を持つもの、書きやすいもの、読みやすいこと、使いやすいこと、いままで元号として使用されたものではないこと等の点は、学識経験者に御依頼をする場合には当然お願いを申し上げておきたいと思うわけでございます。
 なお、元号と追号との関係について再度お尋ねございましたが、先ほども申し上げましたように、制度的には、今日までも、また戦前におきましても、関係ございません。したがいまして、私どもといたしましても、今後の運営等につきましては、これは一応分離をして考えてまいりたいと考えておるところでございます。(拍手)
    ―――――――――――――
#21
○議長(灘尾弘吉君) 柴田睦夫君。
    〔柴田睦夫君登壇〕
#22
○柴田睦夫君 私は、日本共産党・革新共同を代表して、元号法案について総理並びに関係大臣に伺います。
 元号制が中国でつくり出され、その後、日本を含む東アジア諸国を中心に使われてきたものであり、わが国では特に明治以降、一世一元制として、絶対主義的天皇制の専制支配を支える役割りを果たしてきたことは周知のとおりであります。戦後、主権在民の日本国憲法施行と同時にその法的根拠が失われ、一世一元の元号制度はなくなったのであります。かつて元号を使用した中国その他の国々も、今日ではすべて元号制を廃止しています。天皇の在位期間に応じて年号を変える一世一元の元号制は、天皇を統治者とする主権在君の体制に特有のものであって、決して法制化し、固定化すべきものでないことは言うまでもありません。本来、いかなる紀年法を国民が用いるかは、歴史と国民自身の選択にゆだねるのが道理であります。それにもかかわらず、今回、事実上一世一元制を盛り込んだ元号法案を提出してきたことは、現行憲法の精神に逆行し、国民世論の動向にも反するものと言わなければなりません。(拍手)
 そこで、最初に伺いますが、なぜ今日の時点で改めて元号制に法的裏づけを与え、これを制度化しなければならないのか、明確にお答え願いたい。
 第二に、重視しなければならないのは、元号法制化が持ち出された背景についてであります。
 いま、大平内閣があえて元号法制化を強行しようとしている背景に、各種右翼団体などを中心とした法制化推進運動があったことは、紛れもない事実であります。そして、これらの推進者たちは、元号法制化は天皇の権威をより高からしめるところに一番の眼目があるとか、現行憲法を打倒するためには、早急に元号法制化を実現して、さらなる闘いへ転化していかなければならないなどと公言し、元号法制化を、天皇元首化、憲法改悪への一里塚、解釈改憲と位置づけてきたのであります。しかも彼らは、法制化に反対する学者、文化人などを暴力で脅迫するというゆゆしい事態まで引き起こしているのであります。
 ところが、重大なことには、政府みずから、彼らが中核となって組織した元号法制化実現国民会議の総決起大会に、総理大臣名でメッセージを贈ったり、その臨時総会に総理府総務副長官を出席させるなど、法制化推進派に公然たる激励を与えてきたのであります。それにもかかわらず、政府は、元号法制化が各種右翼団体など、法制化推進派の策動や憲法改悪とは無関係などと説明していますが、これは全く事実に反することであります。大平内閣が強行しようとしている元号法制化は、戦時立法の策定や君が代国歌化、教育勅語礼賛発言、靖国神社問題、弁護人抜き裁判法案など、解釈改憲に通ずる一連の政治、思想反動と不可分であると言わなければなりません。
 この際、総理は、政府の態度を国民の前に明確にすべきであります。総理の答弁を求めます。
 第三に、元号法制化と憲法の国民主権の原則との関係についてであります。
 戦前、皇室典範などで定められてきた元号制が国民主権原則に反することは、主権在民を明記した現憲法の施行によってその法的根処が失われ、新しい皇室典範から元号制度が除かれたことや、一九四六年に今回の法案とほぼ同じ内容の法制化が企てられた際、その企てが、準備中の新憲法の国民主権の精神に反するものとして断念された経過などによっても明らかであります。それ以降、元号制度がないまま元号が西暦とともは慣習的に使用されていますが、国民にとってそのような慣習的使用が不都合であるという理由は何ら存在しないのであります。一世一元制は、明治以降、絶対主義的天皇制の確立とともに、旧皇室典範などで定められたものであり、わずか八十年程度の歴史しか持たず、しかも、一世一元制が実際に適用されたのは大正一代にすぎないのであります。
 にもかかわらず、本法案が主権在君と不可分の一世一元の元号を法制化し、内閣がそれを定めるということは、明治憲法下の一世一元制度への逆行以外の何物でもありません。この一世一元制が、憲法の国民主権の精神に合致するものとどうして言えるのか、総理の明確な答弁を求めます。
 第四に、総理が、元号法制化は多数の国民世論であるなどと述べているごまかしについてであります。
 総理は、総理府が実施した世論調査結果や地方議会の元号法制化要請決議を挙げて、元号法制化は多数の国民世論であるとか、元号が日常生活に定着しているという事実を尊重して法制化するなどと述べています。しかし、これは元号の慣習的使用と法制化とをすりかえた議論と言わなければなりません。
 総理府の調査が、慣習的に使用されている元号の存続の是非を問うたもので、法制化の是非を問うたものでないことは、総理もご存じのはずであります。その結果を法制化の是非についての世論であるかのように称するのは、明らかに世論をすりかえるものであります。むしろ、新聞の世論調査などでは、たとえば昨年七月の読売新聞の調査で、元号の法制化の必要はないという人が六四・五%を占め、法制化に賛成しているのはわずか一五・一%にしかすぎないという結果が出ていることでも明らかなように、国民の多くは、慣習としての元号の存続には賛成でも、法制化には賛成していないのです。各界、各分野の広範な著名人の法制化反対決議が相次ぎ、多くの新聞も法制化に反対ないし批判的な論調を掲げているのであります。これこそ大多数の国民に定着した世論であります。
 元号についての地方議会決議も、各種右翼団体など法制化推進派に呼応し、保守派と一部政党が加担して、全会派一致の慣例を破って多数決で強行したもので、地域住民の世論を反映しているとは言えないものであります。
 総理、あなたが施政方針演説などで、事実を素直に尊重するとか、国民的合意を形成すると述べていることが本心ならば、世論の歪曲をやめ、広範な法制化反対の世論をこそ尊重すべきではないのか。国論を二分する法制化法案の強行は国民的合意とは全く相反するものであります。総理の答弁を求めます。
 第五に、法制化しても強制しないなどという詭弁についてであります。
 政府が内閣告示方式から元号法制化に方針を転換した背景には、元号法制化推進派が、内閣告示では強制力が弱いとか、元号制を違憲呼ばわりする者があるから法制化が必要になるなどと公言し、内閣告示を粉砕するのが当面の緊急課題であるとして、政府を激しく突き上げてきたという事実があったことは明らかであります。
 元号が法制化された場合、公的機関で元号使用が事実上強制されている現状が法的に固定されることは確実であり、法制化された元号と非法制の西暦などとの間に法制上の優劣関係が生まれ、いま以上に使用が強制されるのは自明であります。法制化しても強制しないと言いながら、法制化された以上、公的機関で元号を使うのは当然であるなどとの法理を展開している政府が、元号法制化後、国民が法制化された元号を使うのは当然であるなどと言い出さない保障は何もありません。広範な国民の不安と危惧はまさにこの点に向けられているのであります。
 総理、あなたは、元号制度の明確性と安定性のためには法制化以外に道がないとでも言われるのか。太陽暦、七曜などは法的裏づけがないにもかかわらず、国民生活に深く根差し、安定しているではありませんか。国民に強制しないというのなら、多くの国民世論に逆らってまで法制化する必要は何もないではないですか。根拠を明確にしてお答え願います。
 最後に、今後の元号制のあり方についてであります。
 元号制を初めさまざまな紀年法が、人類社会と文化の発展とともに、歴史上の時を表示する便宜としてつくり出されてきたもので、歴史と文化の発展とともに、政治的、宗教的色彩の強いものから弱いものへ、孤立的で特殊なものから共通性の高い合理的なものへと発展してきたことは周知のとおりであります。現在わが国では、西暦であれ元号であれ、生活上の便不便、世代や慣習の違い、歴史観や天皇観の違いなどによって多様に使われています。また、七〇年代、八〇年代という言葉にも見られるように、今日西暦はますます広く使われています。
 わが党は、元号の慣習的使用に反対するものではないし、昭和後の元号問題についても、現在の慣習的使用の延長として、憲法の範囲内で、法的強制力を持たない適切な措置を検討する用意があります。しかし、国民がいかなる紀年法を用いるかは、歴史と国民自身の選択にゆだねるべきであって、これを将来にわたって固定的に法律で拘束することは、時代錯誤の非文化的愚行であると言わなければなりません。西暦と元号と、いずれを使おうと自由とすることこそ、時代の要請として最もふさわしい措置であります。
 私は、本法案の撤回を強く要求し、総理並びに関係大臣の明確な答弁を求めて、質問を終わります。(拍手)
    〔内閣総理大臣大平正芳君登壇〕
#23
○内閣総理大臣(大平正芳君) 第一の御質問は、今回の政府による元号の法制化は、その推進派の策動と深くかかわっておるのではないか、あるいは改憲の一里塚になるのではないかという御指摘でございます。
 政府といたしましても、もちろん、元号の採用に反対の方がおられることも、法制化に慎重な立場をとられておる方がおることも、よく承知いたしておるわけでございますが、大多数の国民がその存続を望んでおる、広く国民の生活の中に定着いたしておるということでございますので、この事実を素直に尊重しまして、元号制度を明確で安定したものにしようとするにすぎないものでございまして、改憲を意図するとか、特定の団体の要請にこたえるとかいうようなものではないのであります。
 それから第二の、一世一元制の法制化は明治憲法への逆行になるのではないかという御指摘でございますが、いま提案申し上げております元号法案は、もともと紀年方式の一つでございまして、この方式が、現憲法施行後三十年以上にもわたりまして、先ほど申しましたように国民の間に定着して、大多数が将来にわたってその存続を望んでおるという事実を踏まえて、国の意思として、今後ともこの元号制度を存続することにしよう、その改元の方式を定めようとするにすぎないものでございまして、現憲法上も全く問題にならないと考えております。これを撤回せよということでございますが、そういう意思はございません。(拍手)
    〔国務大臣三原朝雄君登壇〕
#24
○国務大臣(三原朝雄君) お答えをいたします。
 今日の時点で、なぜ、元号に法的裏づけを与えて、国民及び公的機関を拘束するのかという御意見でございますが、元号は、国民の日常生活において多年使用されて、その存続を大多数の国民が望んでおられるということは再三申し上げておるわけでございます。なお、地方公共団体が、都道府県におきましても四十六都道府県、市町村におきましても千五百になんなんとする市町村が、議会において法制化の促進を議決しておられるという、私はこれはやはり重大な動向であると見ざるを得ません。
 政府といたしましては、こうした事実を尊重いたしまして、元号制度を明確で安定したものとするために、今国会にその法制化をお願いをいたしておるところでございます。
 この法案では、元号の使用について何も規定はしておりません。なおまた、一般国民に元号の使用を義務づけてもいないのでございます。公的機関においては、従来から原則として元号を使用しており、今後もいままでどおり元号を使用していくことといたしておるわけでございます。
 次は、この法律で恒久的に固定化いたしておるが、これは現憲法の国民主権の原則に反するではないか、この点は、先ほど来総理からも再三御答弁があっておるので省かせていただきます。
 それから、法制化は多数の国民の世論と言うけれども、事実を歪曲しておるではないかという御意見でございます。
 これは、先ほども私は申し上げましたように、国民の大多数が日常の生活の中に長年これを使っておられる、生活に密着しておるわけでございまして、存続を希望という点につきましては、もうよく御承知のとおりでございます。なお、先ほども申しましたように、各地方公共団体もそうした決定をしておるし、先般のNHKの調査によりますれば、共産党を支持する者の二〇%近く、法制化に協力を願っておるところでございます。そういうような実情でございまして、決して歪曲したことを申し上げておるわけではございません。政府は、こうした事実を率直に踏まえまして、元号制度の法制化を決意いたしておるところでございます。
 それから、強制しないというならば、法制化は必要ないではないかという御意見がございました。
 元号は、年の表示方法として公私にわたりまして広く用いられておるものでありまするから、だれがどのような場合に新たな元号を定めるかということにつきましては、国民を代表する国会の定める法律によって明確にしていただくことが、最も民主的な方法であろうと考えておるところでございます。こうした立場から法案を今国会に提出をいたしておるわけでございまして、ぜひひとつ御理解を願って、早期に議了を願いたいと思うところでございます。
 次には、法制化でなくて、事実たる慣習として今日まであるから、国民の自由に任せてはどうだというような御意見がございました。
 この法案は、再々申し上げておりますとおりに、元号の存続のための手続について規定するものであり、一般国民にこの使用を強制するものではございません。将来とも西暦の使用が排除されるわけではなく、国民の英知と良識によって使い分けていただくわけでございまするので、この点につきましては、そうした立場で、現実の国民の意向を踏まえて法制化するわけでございまするので、素直に受けとめていただいて、ぜひ御協力を願いたいと思うわけでございます。(拍手)
#25
○議長(灘尾弘吉君) これにて質疑は終了いたしました。
     ――――◇―――――
#26
○議長(灘尾弘吉君) 本日は、これにて散会いたします。
    午後二時十三分散会
ソース: 国立国会図書館
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