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1949/12/17 第7回国会 参議院 参議院会議録情報 第007回国会 外務委員会 第1号
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1949/12/17 第7回国会 参議院

参議院会議録情報 第007回国会 外務委員会 第1号

#1
第007回国会 外務委員会 第1号
昭和二十四年十二月十七日(土曜日)
   午前十時十五分開会
  ―――――――――――――
 委員氏名
   委員長     野田 俊作君
   理事      徳川 頼貞君
           伊東 隆治君
           金子 洋文君
           大畠農夫雄君
           團  伊能君
           淺井 一郎君
           伊達源一郎君
           佐藤 尚武君
           西園寺公一君
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○講和に関連する諸般の基本方策樹立
 に関する調査(在外資産問題に関す
 る件)
  ―――――――――――――
#2
○委員長(野田俊作君) それではこれより外務委員会を開きます。本日は講和に関連する諸般の基本方策樹立に関する調査の一端として、議員北條秀一君より在外資産問題について御意見を聴取したいと思います。
#3
○委員外議員(北條秀一君) それでは在外資産問題につきまして、貧弱な研究でありますが、今日まで研究しましたところを発表しまして御参考に供し、今後この問題を強力に当委員会の方で御研究と解決のために御推進をお願いいたしたいのであります。
 在外資産問題は基本的人権の問題と講和條約の問題との二つの基礎に立つて考えるべきであります。
 第一、基本的人権の問題としての在外資産問題、憲法第二十九條には、「財産権は、これを侵してはならない。」と規定し、第三項において「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる。」と規定いたしまして、財産権は絶対に保障さるべきものであつて、特殊な場合に公共の用に供する場合には、財産権を保障する原則を破るので、止むを得ずこれを補償することによつて財産権は保障するという原則を明記したのであります。各国の国民が生存し得るためには生命財産が保障されなければならないことは人類社会の鉄則であることは言うまでもないことでありまして、このことはポツダム宣言におきましても、その第十條に「基本的人権の尊重は確立せらるべし」と明らかに示されておるのであります。
 第二の講和條約上の問題としての在外資産問題、米国国務省において起草中の対日講和條約案の中に連合国や中立国で、敵産として抑えられておる旧日本財産の処分をも含めてあらゆる賠償問題を最終的に解決すると、APのワシントン電が最近に報道されたことは各位の御了承の通りであります。これによつて窺い知ることができますように、講和條約上の問題としての在外資産がすぐ賠償の対象とされるという問題であります。この二つの基礎條件は、在外資産問題についての先ず私共が考えなければならない問題であります。そこで、在外とはどういうことであるかということを、ここで先ず明らかにしたいと考えるのであります。ポツダム宣言の第八條には「カイロ宣言の條項は履行せらるべく、又日本国の主権は本州、北海道、九州、四国及び我らの決定する諸小島に局限せらるべし」とあります。カイロ宣言には次のように規定されておることは、すでに御承知の通りであります。即ち一九四三年十一月二十七日のカイロ宣言には「右連合国の目的は一九一四年の第一次世界戰争の開始以後において日本国が奪取し又は占領したる太平洋における一切の島嶼を日本国より剥奪すること並びに満州、台湾及び澎湖島のごとき日本国が中国人より盗取したる一切の地域を中華民国が回復することにあり、日本国は又暴力及び貪慾により日本国が略取したる他の一切の地域より駆逐せらるべし」、こういうことが規定されておるのであります。そうして又ポツダム宣言の第八條の「我らの決定する諸小島に局限せらるべし」とあるのは、これはヤルタ秘密協定の線に沿うて、今後の日本の問題が決定されるということであると推定されるのであります。それではヤルタの秘密協定は、一九四六年の二月十一日になされたのでありますが、その関係する点を申上げますと、「ソヴイエト連邦が左の條件により連合国に與して日本国に対する戰争に参加すべきことを協定せり、二、一九〇四年の日本国の背信的攻撃により侵害せられたるロシア国の旧権利は左のごとく回復せらるべし。(イ)樺太の南部及びこれに隣接する一切の島嶼はソヴイエト連邦に返還せらるべし。(ロ)大連商港の優先的利益はこれを擁護し、該港は国際化せられるべく、又ソヴイエト連邦の海軍基地として旅順港の租借権は回復せらるべし。」途中を略します。「三、千島列島は政府に引渡さるべし。」こういうふうに書かれておるのであります。そこでこれらの宣言にあります盗取したとか、又は背信的攻撃によつて侵害したとか、或いは剥奪したとか述べられてあるのでありますが、これについて私の見解を述べたいのであります。
 第六回国会十一月十四日の参議院本会議におきまして、天田勝正君が施政方針に対する質問演説の中で、日本の領土及び在外資産について述べておりますが、私はここで私の見解を申上げたいのであります。即ち千島列島の中で擇捉島、国後島、色丹島は元来日本の領土であり、他の諸島はロシアとの間に紛争の結果、樺太との交換條件によつて日本の領土と決定したのであります。琉球列島、奄美大島は日本の領土であつたことは勿論言うまでもありません。台湾は日清講和條約によつて清国より割讓を受けたのでありますし、又米国のポーツマスにおける日露講和條約によつて、南樺太をロシアより割讓を受け、更にこの條約に基いて清国の承認の下に、関東州の租借権と南満州鉄道及びその附属地の経営権を得たのであります。朝鮮は日韓合邦條約によつて合邦したのであります。南洋諸島は、カイロ宣言には剥奪というふうに言われておりますが、ベルサイユ條約によつて、日本の委任統治領となつたものであります。更に中華民国におきまするところの日本人の居住権、財産の取得権利、営業の自由、こういうものは天津條約によつたものでありまして、今日尚且つ世界の各国が、この條約を基礎にして中国におけるところの活動をして来たのであります。これらの中で、朝鮮以外はいずれも條約を結んだ相手国は、日本よりも強大な国であつたということは、先般本会議におきまして天田勝正君も述べておりますし、又政府がはつきりとこれを示しておるところであります。併しポツダム宣言を無條件に受諾しました日本としましては、カイロ宣言又はヤルタ秘密協定の示されておりますことに対して批判することは許されないかも知れないのでありますが、在外資産につきましては、これらの地域に居住し、又は在留した個人の責任に帰せしむべきものではなくして、当然に日本国家が責任を持つべきものであります。右の外の世界各国はいずれも外地であり、外国であることは言うまでもありません。これらの御説明申上げました点を、私はいわゆる在外という規定の中に加えるべきものであると考えておるのであります。ただ若干の例外は、今次戰争によりまして日本が侵略した地域は事情を異にしておるのであります。併しながらこれらの地域と言いましても、戰争前から平和に在留しておつた場合は当然に在外者の中に入るものでありますし、又戰争後在留した者に対しましても、日本としては当然に責任を負わなければならないものであることは言うまでもありません。
 そこで在外という問題を今規定したのでありますが、それではその在外について、いわゆる在外資産というものは一体どういうものであるか。これについて申上げたいのであります。即ちこれらの領土又は地域に居住しておりました日本人が正当に取得し、蓄積したところの財産を在外資産というのでありまして、どういう種類があるかということを具体的に説明するために、昭和二十年の十月十五日、大蔵省令八十八号引用いたしたいと思うのであります。同省令によりますと、第四條に、「本令ニ於テ在外資産トハ左ニ掲グルモノヲ謂フ
 一 外国ニ在ル一切ノ財産
 二 外国居住者ノ負担トナル一切ノ債権、請求権、銀行預金、其ノ他ノ預金及信用取引
 三 外国ニ在ル事業、営業又ハ此等ノモノニ対スル出資
 四 一切ノ外国居住者ニ依リ発行セラレ又ハ其ノ者ノ債務トナルベキ一切ノ有価証券、小切手、諸手形、受領証、保障証券其ノ他所有権又ハ債務ヲ証スル証書
 五 一切ノ外国ノ著作権、特許権、商標権及此等ノモノニ関スル一切ノ契約書又ハ許可書
 六 日本銀行券、貨幣(金貨ヲ除ク)、政府ノ発行スル小額紙幣、臨時補助通貨及B号円表示補助通貨以外ノ一切ノ通貨
 七 其ノ他前各号ニ準ズルモノ」
 即ち本令の冒頭に出ておりますように、外国にある一切の財産、有形、無形の財産を総括しているのであります。これが在外財産或いは在外資産というべきものでありまして、私が本日お話申上げます問題は、これらの極めて広汎なるところの資産の処理問題になつて来るのであります。在外資産の喪失問題、そこでこれらのこの在外資産が果して喪失されたか、或いは侵害されたかという問題が検討されなければならないのであります。そこで私はこの問題について以下見解を申述べたいのであります。在外資産は外地から帰りましたところの同胞は勿論でありますが、本国におりましたところの同胞も勿論これに密接な関係を持つているのでありまして、即ち本国におつた同胞の財産、資産を保有し、外地から帰つて参りました同胞も亦在外資産を保有しておつたということは明らかなところでありまして、論議する必要はないのであります。ただその質と量におきまして、本国におつた同胞と引揚者の間には非常な差があるということが考えられるのであります。そこで質と量におきまして、当然比べ物にならないところの、これらの引揚者の在外資産問題を究明することが直接全体の問題を究明することになりますので、特に私はこれから先の御説明申上げる点は、引揚者に密接に関連して来る問題と御了解願いたいのであります。
 さて、そこでいわゆる在外同胞の引揚ということについて特に説明を加えて置きたいのであります。即ち先に述べましたところの領土又は地域にありましたところの日本人が、ポツダム宣言の規定によらないで、即ちポツダム宣言には外地におつた日本人は速かに本国に帰れ、即ち本州、北海道、九州、四国、この四つの島並びにそれに附随したところの小さな島に帰れということは宣言には規定されておりません。で、宣言に規定されていないものを、実はその後連合国の命令と、その命令を忠実に日本政府が実行いたしまして、外地におりましたところの数百万の同胞を、将来日本に属せしめらるべき国土の中に移住させたのであります。これを今日まで單に引揚というふうに言つて来たのでありますが、これは言葉としては決して妥当なものではないのであります。即ち台湾の例を取つて行きますと、台湾にはすでに親子三代の人達が非常に多くおります。朝鮮、南樺太におきましても、そうでありますし、関東州においても二代の居住をいたしております。而もその居住は決して将来本国に引揚げるんだということを前提とした居住ではなしに、永久にその地を安住の地とする、日本の国土であり、永久に自分達の生存を脅かされないという国家的な保障、或いは世界的な確認、本人の確信に基いてそこに住んでおつたのであります。従つてその人達が敗戰後日本に帰つて来た、帰らざるを得なかつたということは、俗に言いますところの出稼ぎ人がその目的を終つて本国に帰つて来る。これを引揚というのでありますが、そういう引揚とは根本的に質が異なるのであります。でありまするから、このことを私は決して引揚とは考えておりませんで、これは正に強制立退きであり、或いは強制移住であるということを言わなければならんのであります。そこでこれらの強制移住又は強制立退きによりまして、在外資産というものが喪失され、又は侵害されたかという問題に移つて参りたいと考えます。
 終戰直後満州の長春におきまして、ソ軍の最高司令官コワレフスキーという大将でありますが、コワレフスキー大将の布告第一号は、日本人の生命財産を保障するという趣旨でありました。又九月六日、瀋陽の衛戍司令官カフトン・スタンケビツチ少将が出されました第六号の布告におきましては、「日本人の生命財産を侵害する者は、即座に銃殺に処する」という布告をラジオで以て出されたのであります。特にこのことはカフトン・スタンケビツチ少将の指令につきましては、翌日の朝私は同少将に会いまして、当時日本人の生命財産が著るしく脅かされておりました際でありましたので、この布告を非常に有難く思いまして、私はカフトン・スタンケビツチ少将に、この布告を出されたことにつきましてお礼を申しました。更にこういう例は樺太においても、或いは千島におきましても、関東州におきましても、いずれも同様であつたのであります。中華民国本土及び台湾も又同様の措置が採られております。ただ朝鮮の場合が若干事情を異にしておるのであります。北鮮におきましては、どういう状態であつたかということについて、今日まではつきりと調査することができなかつたのでありますが、北緯三十八度以南の南鮮道におきましては、一九四五年の九月七日に、太平洋米国陸軍総司令官布告第一号は、トウー・ザ・ピープル・オヴ・コーリア、「朝鮮の住民に告ぐ」という布告でありますが、その第四條に「住民の所有権はこれを尊重する」とはつきりと規定されております。そこで住民とは日本人を含むのかという日本側からの質問に対して、ホッジ中将は明らかに、そうであるということを言明されたのであります。ところが同年の十二月の六日に法令第三十三号が出されまして、「朝鮮内にある日本人財産取得に関する件」が公布されました。これによりますと、一九四五年八月九日以後、日本公私の財産及びその収入に対する所有権一切は、一九四五年九月二十五日付を以て朝鮮軍政庁の所有に帰するものとする、こういう規定の布告と変つたのであります。朝鮮の場合は特に私共としては注意して考えなくちやならんのでありますが、その後各地におきましては、日本人の生命財産が保障されるという布告その他の措置がなされたのでありますけれども、逐次事情が変つて参りまして、軍官によりまして日本人の財産の接収或いは沒収ということが強制的に行われました。又これに追随するがごとく、民間におきましては日本人の財産の略奪が広範囲に行われるようになつたのでありまして、その結果日本人の生命財産は全くこれを保障されないというふうな事態が逐次起つて来たのであります。で、こうした混乱した現実に基きまして、いわゆる在外同胞の引揚の命令が発せられたのでありまして、このことは私が申上げるまでもなく、日本におきましては十分にその間の経緯は分つておることと思うのであります。今申しました軍官による財産の接収又は沒収が強制的に行われたということを申上げたのでありますが、台湾或いは中国本土、満州では瀋陽、長春、撫順等におきましては、それぞれ不動産の接収が行われまして、これに対して正式に受領証というものが、財産目録と共に作られて、我々日本人側に渡されたのであります。それでこういうふうにして正式に在外資産というものを連合国に引渡して来た地域があるのでありまするが、今申しましたように、朝鮮の場合は特殊な例外的な措置をされておることを特に御注意して頂きたいのであります。
 そこで、こういうふうな事情に基きまして、数百万の外地におりました在外同胞は本国に引揚、即ち移住することになつたのでありますが、その移住に当りまして、彼らは多年営々辛苦し、親子二代、三代かかつて蓄積しましたところの財産というものは、どういうことになつたかと申上げますと、今申しましたように正式に接収された財産、それ以外の財産というものは、これは殆んど大部分がその移転を禁止されたのであります。即ち不動産以外に各人はそれぞれ衣類でありますとか、或いは貴金属でありますとか、銀行預金でありますとか、株券でありますとか、各種の財産を持つておつたのでありますが、これらのものは本国に持帰る範囲を現金にして、現地の金でありますが、一千円を限度とした、そうして荷物はよく言われますリュクサック一つということでありますが、大体重さにして三十キロまでというのが大部分の地域で実行されたところでありまして、若干の地域、特に樺太のごときは、百キロまでこれを許すというふうなことが行われたのであります。こういうことによりまして、在外財産というものは、在外資産というものは全く移転を禁止された。そうして引揚げて来た日本人は、これらの財産というものを、すべてその地に残さなければならなかつたという事実を私共ははつきりとここに指摘しなければならんのであります。勿論こういう中には若干の例外はありまして、本年大連から引揚げて参りました四千数百名の諸君のうちの二千名ばかりの諸君は、相当な財産を日本に持つて帰るということが許されました。これは決して責任あるところの当局側の説明ではありませんが、大連におきまして彼らが日本に引揚げを命ぜられた際に、中国側から言渡されましたことの中には、あなた達はこれから本国に移転するんだ、だから一切合切財産を持つてお帰りなさいと、こういうことを言明されました。これらの人達は相当な荷物を持つて来たのでありますが、これは数百万の引揚者の中で僅かな、本当に僅かな例外であります。以上のような状態で、在外資産というものは悉くが接収され、或いは沒収され、更に移転禁止をされ、或いは略奪をされたということになるのであります。
 特にこの際私はここに附加えたいのは、今次の戰争前におきまして特殊な例があるのであります。それは青島の在留邦人が昭和十二年の十二月に、いわゆる日華事変が起きました後に、現地の治安が非常に悪くなりまして、現地の総領事及び海軍の責任者の言によりまして、全部青島から立退きを命ぜられたのであります。而も匆々の間に立退きを命ぜられました。この際に責任者はこれらの在留邦人に言明しました点は、諸君の財産は必ず国家において保障するから心配しないで移住せよという命令によりまして、彼らは他の地方に移つて行きました。大部分は関東州に行つたのであります。ところが年が明けまして治安が治まりますと、再び元のところに帰れという命令が出まして、彼らが青島に帰つて来ますというと、もはやそこには数十年、数年かかつて築き上げたところの彼らの財産は影も形も失つておつたという事実があるのであります。これは今次の戰争前に起きた問題でありますが、併し在外資産の喪失の問題に関連いたしまして、特にこの点を附加えなければならんのであります。
 以上で大要を私は在外資産喪失の問題について申上げたのでありまするが、さて、ここで在外資産は侵害され、且つ喪失せしめられたかの問題があるのであります。それは沒収又は略奪されたものの以外は、敵産として連合国側によつて管理されておる状態にあるということが、一応は理論的には言われるのであります。従つて在外資産というものは未だ喪失していないということが言えるのでありますけれども、併し以上私が説明申上げました事態に徴しますと、実際的には在外資産は各人の所有から一切喪失しておるのが現状であります。さて、この在外資産の喪失の問題に関連いたしまして、ここに一つの指摘したい事実があります。それは一九四八年の七月、米国において成立いたしましたウオア・クレイムス・アクト・オヴ・ナインティーン・フォーティエイトという法律であります。この法律は公法第八百九十六号でありまして、一九一七年に米国において制定されました対敵取引禁止法の一部の改正であります。この法律に新らしく第三十九條を附加えた。その三十九條はどういう内容であるかということを申しますと、「日本及びドイツの政府或いはそれら両国の国民に属する財産或いは利益であつて、一九四一年十二月七日以降において、合衆国の官吏或いは機関に移管され、或いは保管されているものは、一切本法律の條項に従つて旧所有者又は当該利益の継承者に返還しない。かかる財産或いは利益に対して合衆国は一切補償しない。かかる財産或いは利益の管理、清算及び処分による純収入は可及的速かに国庫に繰入れるべし」、こういう規定になつております。この法律によつて、今までの国際法上の通念として確立されておりましたところの、私有財産はこれを尊重する、これはヘーグの陸戰條規の第四十六條第一項でも明らかに示されておるのでありますが、これらの国際通念をアメリカにおいては覆されたという事実であります。更に又先に述べましたところの、朝鮮内において日本人財産取得に関する件の法令を申したのでありますが、これも又揆を一にしておるのであります。即ちアメリカにあるところの日本人の財産、或いは北緯三十八度以内にあるところの朝鮮の日本人の財産というものは、すでに侵害されておるという事実であります。勿論このウォア・クレイムス・アクトの中においても例外があります。それは戰争に協力しなかつた日本人にはその財産を返還してやるということが決められてあるのであります。併しながら根本方針としましては、日本人の財産を沒収するということになつておるのであります。本年の六月の二十六日の日本経済新聞を御覧になりますと、フィリッピンの外務省は、総額四十万ドルに相当する元日本軍財産が、二十七日米外国財産管理委員会からフィリッピン政府に讓渡されると二十四日発表した、讓渡される財産は会社在庫品、不動産、個人財産から成つておる、こういうことを新聞は伝えておるのであります。これらのアメリカの処置は、一九一八年のベルサイユ條約に端を発するものと考えられます。それではベルサイユ條約はどうかということを申しますと、その第七十四條におきまして、アルサス・ローレンスにおきますところのドイツ人の一切の財産権利及び利益をフランスが保有、清算を保留し、ドイツは、これによつて財産を失つたドイツ人に対して、直接補償の責任を負わされたのであります。ここに私有財産制度に対する一つの大きな革命的な事態が発生いたしておるのであります。今回のイタリアの平和條約を見ますと、これ又このベルサイユ條約の流れを汲みまして、ほぼ揆を一にしておるのであります。即ちその第七十九條の規定は、ベルサイユ條約の七十四條の規定及び二百九十七條(ロ)号の規定と似ておるのであります。それはどういうふうなことかと言いますと、戰敗国の国民の財産であつて、戰勝国の領土内にあるものを留置し、清算して、戰勝国の賠償に充当する。こういう内容であります。ここで注意しなければならん点は、この賠償というものは戰費の賠償という考えではなくして、戰勝国民が戰争によつて戰敗国から受けた損害を賠償するという思想に立つておることであります。戰後外地、特に満州各地において甚だしかつた。先程申述べました日本人の財産の略奪ということがあるのでありますが、この略奪も、実はこういう戰勝国民が戰争によつて受けた損害を戰敗国民の財産からこれを賠償させるのだというふうな考えが、意識すると否とに拘わらず根柢になりまして、各地におきまして略奪が行われたものと私は考えるのであります。以上によりまして、日本人の在外資産は保障されないで沒収され、且つそれが再び日本人に返還されないだろうということは、すでにはつきりと想定が付くと考えるのであります。特に私はこの際、これはまだ確実にした情報ではありませんが、至急当委員会におきましても確実にして頂きたいと考えます点は、この在外資産の補償措置によつて一つの示唆を與るところの情報を申上げたいのであります。それは今年万国赤十字社がスイスにおきまして、昭和十六年に、日本政府から万国赤十字社に六千万フランを寄附するという申出をいたしたのであります。この申出は、当時天皇陛下が裁可をされて正式な手続によつて先方に通告されたのでありますが、その後戰争が起きまして、実現せずにおりました。ところが本年になりまして、万国赤十字社は総司令部に電報を打つてよこしまして、あの約束の六千万フランは正金銀行の預金残高の中から貰つからと、こういう通知が参りまして、総司令部におきましては早速これを日本政府に通告をして、スイスフランの六千万に相当するものを、日本政府は旧正金銀行、現在の東京銀行に補償してやれという通牒が来たということを私は聞いておるのであります。これは更に確実にしまして、後程資料を委員長の手許に届けたいと考えております。この措置は、今まで私が説明申上げました在外資産補償の措置についての一つの示唆を與えるものということができると思うのであります。
 次に在外資産補償について。さて、そこで私は以上の説明を終えまして、在外資産補償の問題について説明を申上げたいのであります。従来この国会を中心といたしまして、在外資産の補障問題についてどういうふうな措置がされて来たかということを申上げますと、昭和二十二年の八月の十三日に、片山総理大臣が私の質問に対しまして、答弁書をよこしました。その答弁書の中にあることは、大体の概意を申しますと、これは国としてやらなくちやならん問題である。併しながら敗戰によつて非常な打撃を受けた日本の経済の再建を著しく妨げるということでは困るので、それを妨げないという範囲内でこれをやりたいと考えておるのだということを答弁して参つております。又二十二年の十一月の二十八日に、参議院の本会議におきまして、海外帰還同胞の在外資産の補償の問題についての請願を採択いたしておりますが、その採択しました概略は、すでに皆さん御承知のところでありますので、重ねて申上げる必要はないと思うのでありますが、要は戰後処理方針が確立された際に、個人財産、特に個人財産については早急にこれが補償の方法を講ずべきであるというのが結論であります。更に二十三年の五月二十五日衆議院本会議、同二十六日の参議院本会議におきまして、引揚同胞対策に関する決議が採択されたのでありますが、その第五項には、「引揚者が海外において喪失した財産については、戰争犠牲負担を公平化する原理に基き、国家はできる限りの方途を講ずべきである。」そうして二十四年の五月十七日に、吉田総理大臣が在外資産問題について答弁書を出したのでありまするが、その答弁書の中には、「在外資産の調査については、未だその内容を発表し得る段階に達していない。尚、在外資産問題については、引揚同胞対策審議会において、在外資産対策小委員会を設けて考究中であるが、本件は国際関係及び国家財政上早急なる解決は困難であるので、個々の問題につき、処理の容易なものから逐次処理する方針の下に鋭意努力している。」こういうことを言われているのであります。更に又先程引用いたしました十一月十五日の天田勝正君の質問に対する総理の答弁の中に「在外資産の補償はどうするかという質問でありますが、これは結局講和條約の問題でありまして、講和條約後に至つて初めて政府として適当な処理を講ずる考えでおります。」、これが従来の、特に衆議院を中心といたしましたところの経緯であります。ところが先程特殊な例として、青島の邦人の在外資産の問題を申述べたのでありますが、当時近衛内閣はこれは必ず補償するということを声明し、次いで平沼、阿部、米内、第二次近衛内閣、いずれもその方針を確認して来たのでありますが、今日までこの青島在留邦人の財産の補償はされておりません。而も外務省はその後本館が焼けまして、関係書類一切を燒失しておりまして、この問題は棚上になつているというふうな事態なのであります。
 以上御説明申上げまして、片山内閣、芦田、吉田両内閣、いずれもこの在外資産の補償は、講和條約ができた後にこれを処理する問題であるという考えであるのでありますけれども、これはこの点について私は全く別な考えをここに披瀝いたしたいのであります。第六回国会の十一月十七日の本会議におきまして、殖田国務大臣は、松井道夫君の質問に答弁いたしまして次のようなことを申しました。これは朝鮮人の国籍問題でありますが、「朝鮮人は講和條約締結されますまでは、従前の通りの取扱を受けますのでありまして、やはり日本国籍を持つていることになつておるのであります。」こういう答弁をされております。この答弁によつて窺うことができますように、日本が今日失うべき樺太、台湾等々は、現状においては日本の領土であるということであります。ところがこういう考えは特に在外資産を中心として考えますと、凡そ現実と遊離した考えでありまして、而もベルサイユ條約、イタリーの平和條約、アメリカのウォア・クレイムス・アクトといい、これらのものと関連いたしまして、在外資産の処理方式は明らかに一つの方向を示しているということを言わなければならんのであります。而もベルサイユの場合、或いはイタリーの講和会議の場合と日本の場合は全く根本的な差違がある。と言いますのは、ベルサイユ條約は終戰後一ヵ年にして條約が締結されました。イタリーも又同様であります。然るに日本におきましては、終戰後四年半の今日におきまして、未だ講和條約の見通しが付かないという事態にあるのでありますが、こういう事態におきましては、すでに四年半の間、数百万の外地引揚げの同胞及び外地に資産を持つておりましたところの海外同胞の財産権は、四年半の間は補償されていないという事実を、私共は冷静に考えなければならないのであります。而もこれらの、いわゆる引揚同胞の多くは、日本に人縁……人の縁、血縁、血の縁、いずれも殆んどない状態でありまして、無一物のままに放置されて、今日まで彼らみずからの力によつて自立更生を図つて来ておるのでありまして、これらを考えて見ますと、国家は数百万の引揚同胞を全く犠牲にして、專ら日本の経済復興に專心しておるということを言わざるを得ないのであります。そういう結果、憲法の二十九條の財産権に関する問題を、私共としては真劍に反省し、考えなければならないのであります。そこでどうしてもこの在外資産の問題につきましては、第二国会において決定しました引揚同胞対策に関する決議にありますように、国家はできる限りの処置をしなければならないという結論を見出さなければならないのであります。
 そこで、私は補償の方法と時期という問題について説明いたしたいのであります。ドイツは、一九一八年ベルサイユ條約後、三ヵ年半を費しまして、在外資産の補償についての調査を完了いたしました。而もその際に引揚者の団体をこの調査に使つたのであります。そうして調査の完了する前に、即ち一九一九年には、この在外資産を補償するという前提の下に、いや、それはベルサイユ條約によつて補償という責任がドイツ政府に負わされたのでありますが、その補償の見返りとして前貸しの方式をとつたのであります。即ち四百万マークまではこれを現金で本人に渡す、それ以上は利附国債を以て本人に補償する、こういう前貸方式をとつて、在外資産の補償をなし、更に後になりまして、調査が完了すると同時に、全額の補償に向つて措置を進めて行つたのであります。日本政府は、昭和二十一年に殆んど無一物の引揚者の負担におきまして、在外資産の申告をさせたのでありますが、今日においても、吉田総理の答弁にありますごとく、その結果は、発表される段階に到達していないということは、一つの大きな怠慢であると言わねばならんと考えるのであります。併し、この発表は、俄かになし得ないという事情は私共もよく分るのであります。なぜかと申しますと、この在外資産の調査の成果は、将来日本の賠償問題と密接に関連いたしますので、俄かにこれを発表するということはできないことであります。併しながら、それだからといつて、外地から引揚げて参りましたこれらの引揚者というものに対して、何らの措置をしない、万事講和條約任せというふうな態度をとるということは、決していいことではありません。勿論片山内閣の答弁或いは吉田内閣の今日の答弁等によりまして、そういう引揚者の実情だから、国民金融公庫とか、或いは更生資金であるとか、その他万般の措置をして、それらの皆さんに成るべく戰争犠牲の公平を期するという方針をとつておるのだということを言つておるのでありますけれども、これは在外資産の補償の問題とは全く別個でありまして、一つの敗戰後における日本の社会政策としてこれは行なつておるのでありまして、観点が異なるのであります。そこで在外資産の補償という問題は、冒頭に申述べましたように、一つは憲法の基本的人権を守る問題でありまして、更に第二は、講和條約後におきまして、当然に起る問題であるという観点に私共は強く立つて、この問題の処置を進めて行かなければならんのであります。そこで繰返して申しますが、先きの国会の決議を政府は尊重したしまして、曾てドイツが前貸制度をとつたこの前例に倣いまして、善処をする方法をとらなければならんと考えておるのであります。
 さて、そこで、次の問題を三つに要約して申上げたと思います。第一、これらの喪失された在外資産の中で、昭和十二年の青島在留邦人の喪失財産につきましては、政府が約束を履行しないことは、新憲法はもとより、旧憲法にも違反することであり、同時に又、私有財産尊重の世界通念にも違反することでありまして、これは当然に国内の問題として処理すべきでありまして、講和條約とは切離すべき筋合いのものであるのであります。第二に、アメリカに関する在外資産は本人に返還もしなければ、又補償もしないということであります。当然にこれは日本人の財産は侵害され、又喪失しておるのであります。而もこれは憲法二十九条の第三項に該当するものでありまして、従いましてこれ又当然に日本政府の責任においてこれを補償すべきものであります。第三、その他の地域にありましては、実際に喪失しておるのでありますが、賠償問題が確立しないということでありまして、事実問題といたしましては、すでに財産が公共の用に供せしめられておるという事実を私共は認めなければなりません。従つてこれらについては清算することはできないのでありますけれども、終戰四年半の今日におきましては、これが対策として補償でなしに、補償見返りの内拂いの方式をとるか、或いはドイツが行いましたような前貸しの方式をとるかということが、ここで考えられるのでありますが、私は後者の方法をとりまして、ドイツの例に倣つて、在外資産補償見返りとして前貸方式をとるということが妥当であるというふうに確信するのであります。これらの措置によりまして、憲法に規定しました基本的人権を確保するということは、憲法そのものを擁護するということになつて来るのでありまして、ここで附加えたい問題があるのでありますが、歴代の内閣が、或いはその他の一般社会の中でこういうような意見があります。成る程在外資産の補償の問題は非常に重要な問題であるけれども、同時に、国内において戰災を受けた者が非常に多い。これらの戰災問題を同時に解決しなくちやならんということがあるのでありますが、その点を私は冒頭にその量と質において非常な開きがあるということを簡單に申上げたのでありますが、国内におきますところの戰災は、政府の言明のごとく、戰争保險或いは軍事補償或いは財産税の減免、戰時災害国税減免法というようなものがありまして、戰争犠牲の公平負担の原則に基きまして、可なりな措置がとられて参りました。併しながら外地から帰りましたこれら多数の引揚者につきましては、何らの措置がとられていないということを特に申上げたいのであります。これに関連しまして私は一つの例をここにとりたいと思います。その例は当らないかも知れませんが、外地から大体六百万人の人間が本国に引揚げ、即ち強制的に移住させられたのでありますが、日本の四つの島の中で、四国を例にとつて見ますと、四国は丁度六百万人の人間が住んでおります。この四国の六百万人の人間に、若し金一千円を所持し、リュックサック一つを持つて本土に移れという命令を出し、それを実行したと、若し仮定いたしましたならば、どういうふうな問題が起るでありましようか。その結果は到底我々の想像し得ないような状態であることは言うまでもないところと思います。そういう到底我々が想像できないような問題なんでありますが、その問題が実はこの引揚げという問題で処理されて参りました。而もその後これに対して何らの措置をしていない。いずれもこれらの措置は、講和條約後においてこれをやるのだという言明によつて今日まで終始して来ておるのでありますが、要は六百万人の人間の、これらの基本的人権に属する財産権の問題が四年半放置されたままになつておる。而もそれが再び本人の手に返るということが想像されない、若し一歩譲つて講和條約後にこの問題が解決するといたしましても、ドイツの例を取りましても、在外資産の調査を改めてやるといたしましても、三年半以上かかるということになりますと、今日までの四年半と、今日講和條約ができたと仮定いたしましても、更に今後三年半、計八年の日子を要することになるのでありまして、八年の間を、而も六百万人以上の人間の財産権を保障しないで放置しておるという事実を我々が考えますに、これは到底見逃すべき問題ではないのであります。
 そこで最後に私はもう一度繰返して申して置きたいのでありますが、アメリカのウオア・クレイムズ・アクト・オブ一九四八について申上げたのでありますが、これによりまして、すでに一部の在外資産は喪失されておるのであります。他の大部分の在外資産は管理されておる状態にあるのでありますけれども、ポツダム宣言、カイロ宣言、ヤルタ協定等においても再び本人の手に返るとは想像されないのであります。而もベルサイユ條約或いはイタリアの平和條約に規定しておりますことは、当然に日本の講和條約にも規定されるだろうということも想像され得るところであります。この事実からいたしまして、我々としましは四年半経過いたしました今日におきましては、すでにこれらの問題が国内の問題である。一歩譲りまして、先程申しました前貸の方式をとることによつて、一は憲法の基本的人権を守り、憲法上の問題を解決し、他は講和條約の後にこの在外資産喪失問題を解決するという措置がとり得るというふうに考えるのであります。これは私の研究いたしましたところを、まだ不十分でありまして、尚説明が大変まずくてお聞き辛かつたと思いますが、以上で先ず本日の御説明を終らして頂きます。更に詳細な点につきまして、御質問がありますれば、その御質問にお答え申上げますし、今後共私の方で積上げました研究は委員長の手許まで提出することにいたしまして、是非在外資産の補償問題につきましては、当委員会が積極的に取上げて頂きますことをお願いいたしまして、私の話を終らして頂きます。
#4
○委員長(野田俊作君) 大変有益な貴重な研究資料を頂きまして有難うございました。何か御質問はありませんか……それでは本日はこれで散会いたします。
   午前十一時十六分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     野田 俊作君
   理事
           伊東 隆治君
   委員
           淺井 一郎君
           伊達源一郎君
           金子 洋文君
  委員外議員
           北條 秀一君
ソース: 国立国会図書館
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