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1977/10/28 第82回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第082回国会 法務委員会 第3号
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1977/10/28 第82回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第082回国会 法務委員会 第3号

#1
第082回国会 法務委員会 第3号
昭和五十二年十月二十八日(金曜日)
    午前十時十四分開議
 出席委員
   委員長 上村千一郎君
   理事 羽田野忠文君 理事 保岡 興治君
   理事 山崎武三郎君 理事 稲葉 誠一君
   理事 沖本 泰幸君
      小坂善太郎君    塩崎  潤君
      福永 健司君    島本 虎三君
      西宮  弘君    米田 東吾君
      飯田 忠雄君    長谷雄幸久君
      正森 成二君    加地  和君
      鳩山 邦夫君
 出席国務大臣
        法 務 大 臣 瀬戸山三男君
 出席政府委員
        法務政務次官  青木 正久君
        法務大臣官房長 前田  宏君
        法務大臣官房司
        法法制調査部長 賀集  唱君
        法務省刑事局長 伊藤 榮樹君
        法務省保護局長 常井  善君
 委員外の出席者
        最高裁判所事務
        総局刑事局長  岡垣  勲君
        法務委員会調査
        室長      家弓 吉己君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 裁判官の報酬等に関する法律の一部を改正する
 法律案(内閣提出第六号)
 検察官の俸給等に関する法律の一部を改正する
 法律案(内閣提出第七号)
     ――――◇―――――
#2
○上村委員長 これより会議を開きます。
 お諮りいたします。
 本日、最高裁判所岡垣刑事局長から出席説明の要求がありますので、これを承認することに御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○上村委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
     ――――◇―――――
#4
○上村委員長 内閣提出、裁判官の報酬等に関する法律の一部を改正する法律案及び検察官の俸給等に関する法律の一部を改正する法律案の両案を議題といたします。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。西宮弘君。
#5
○西宮委員 私は、提案されました法案に関連をいたしまして、いわば裁判官並びに検察官の職務執行のあり方と申しますか、そういう点でお尋ねをしたいと思うのでありますが、つまり私の指摘したい点は、これは検察官の場合も裁判官の場合も全く同様であると思いますけれども、事案について真実の発見ということが最後の大目標でなければならぬ、これが至上の課題だということは当然だと思うのでありますが、私どもいろいろなケースを見ておりますと、必ずしも真実の発見ということに努力が集中されているのではなしに、ある特定の犯人像といいますか、そういう犯人らしき人、そういう人が発見をされると一も二もなくそれを犯人として追い込んでしまう、追い込むという言葉が適当でないならば、少なくともそこに努力を集中して、その裏づけをとるというようなことに非常に大変な努力が費やされる。つまり、言いかえるならば、そういう予断と偏見から最後の犯人ができ上がってしまう、こういうケースが多いのではないかということが非常に懸念をされるわけでございます。
 そこで、一番危険なのはいわゆる見込み捜査だ。見込み捜査が全部いけないとは言えないと思いますけれども、見込み捜査。そのために、たとえば浮浪者であるとかあるいは精神障害者であるとかあるいは前科者であるとか、あるいは時によるといわゆる部落の人間であるとか第三国人であるとか、そういう人に目星をつけて、そこから取り締まりにかかる。こういうことが過ちのもとになっているという場合が少なくないと思うのであります。私は当委員会において、過般、いわゆる島田事件と称する赤堀政夫君の問題を取り上げたことがありますが、この問題なども明らかにそのケースだというふうに考えております。そこで、そういう被疑者をつかまえて、被疑者をまず設定して、この男ならば落とせる、こういうふうに警察等が考え込んでしまうというところに大変な錯誤を結果的に来す、そういうことになるのじゃないかと思います。さっき申し上げたように、いわゆる精神薄弱者であるとか社会的に非常に弱い立場にある人、そういう人がややもすると、この男ならば落とせるのじゃないかということで、そういうふうに目星をつけられて、その後の捜査がその角度で進展をしていくという点に問題があると思います。
 私は、きょうは特に丸正事件と称せられる、李得賢という韓国の人でありますが、この人の事件について、おおむねその実例をここから拾ってお尋ねをしたいと思うのでございます。
 そもそもあの事件は、いまの李得賢さんともう一人の鈴木一男さんという人でありますが、この二人が犯人として選ばれましたのは、二つの条件、あるいは三つと言ってもいいかもしれません。それは酒井良明と称するタクシーの運転手でありますが、この人の証言、それからもう一つは、それによって鈴木一男さんが取り上げられて鈴木一男さんの証言、そして三番目には一本の手ぬぐい、この三つだけであります。二人の証言――二人といいますか二グループの証言と、それから物的証拠は一本の手ぬぐい、これ以外には何一つないわけであります。
 そこで、酒井良明、あるいはやがて大橋忠夫という証人も同じような関係であらわれてまいりましたけれども、この二人が、あの犯罪が行われた、つまり昭和三十年五月十二日でありますが、真夜中に事件が発生をしている。あくる朝、大変早い時間に、この酒井氏が、自分はその犯罪現場のごく近いところに大一トラックのトラックがとまっておったのを見た、こういう証言から始まったわけであります。それで、これに警察が飛びついて、そこから捜査が始まったわけでありますけれども、私はむしろ酒井良明氏がそういうふうな認識を持った、あるいはそういうふうに見たという現実が、むしろ問題が多いのではないかというふうに思うのですが、いま一々例を挙げている時間もございませんけれども、今日でもそのことが問題になりまして、たとえば、ことしの去る七月二十二日、朝日新聞が酒井良明氏に質問をしておるわけであります。新聞の表現を見ると、ようやくたった一回だけ電話に出たということでありまして、恐らくこれに出ることを非常に好まなかったのだと思うのですが、一回だけ取材に応じて電話に出てくれたという話でありますが、結局これは、私のやったことは間違っておらない、もうこの事件は私には関係がないのだ、こういうことで、とぎれとぎれにそういう答えをして電話を向こうの方で切ってしまった、こういう話でありますが、私は、時間がありませんから長いこと申しませんけれども、その辺にむしろそもそもの間違いがあったのではないかと考えております。あるいはこの人がそういうふうに、その犯罪現場の近くで大一トラック会社のトラックを見たということを証言したのは、その前にある人から電話がかかったというのでありますが、そのかけた人は全然警察等は追及しておらないわけであります。しかし、この人はその他の調べでは渡辺という人であるということがわかっておるわけでございます。しかし、その渡辺さんは、私はそんな電話をかけたことはない、こういうことを言っている。つまり酒井良明さんあるいは大橋忠夫さん、こういう人は、非常に疑いを持たれている人の親しい友人であります。みんな年の若い人で、親しい友人であります。したがって、その辺からむしろ何かの意図を持ってそういうふうにされたのではないかと考えざるを得ないわけであります。その友人と申しましたのは、ちょっと私説明を落としましたけれども、被害者、殺された人間の弟に小出博、という人がいますが、この人などがむしろ、例の正木、鈴木両弁護士が告発をした際には対象にされた人であります。こういう人と親しいグループであります。だから、むしろそこにこそ問題があったのではないかと思うのでありますが、酒井良明さんと大橋忠夫さんは、警察にいち早く情報を提供したというので警察協力賞をもらっておるわけであります。そして、その結果として、そこにとまったのが大一トラック会社のトラックだということになりまして、それに乗っておったのが李得賢と鈴木一男であるということで挙げられたわけであります。
 そこで、その鈴木一男さんなる者は、これはお姉さんのお話も伺いましたけれども、子供のときに脳膜炎を患って、それで大変に頭が弱くなってしまったという話でありました。なるほど小学校の成績は全部丙で、ただ操行、お行儀が甲だというのであります。つまり、非常に正直な、あるいはばか正直な人だということは言えるのでありますが、頭が大変弱かった。ですから、いろいろな証言が述べられておりますけれども、これがほとんどもう次から次へと際限がないほどくるくる変わっていくわけであります。恐らくこれは取り調べをする捜査官の方でいろいろな暗示を与える、そうすると、それに応じてくるくる変わってくるのではないかというふうに考えるわけであります。そういうことになりますと、私はその証言が、結局大ぜいの人の証言を集めるわけですから、その間に矛盾がないようにというふうにして整理をしていくのが捜査官、その捜査官の暗示に従って、あるいはまた誘導に従って、それに応じた証言がつくられていく、こういう経過が歴然としておるわけであります。
 こうなると、数多い証言の中のどれを採用していいかわからぬ。恐らく最後の証言が一番整合性があるということになるのだろうと思う。それは、捜査官の方でいろいろと誘導なり暗示なりを与えたと思われますので、最後の証言が最も整合性を持っているということになるのだろうと思う。したがって、裁判等ではそれが最後に物を言うのではないかと思いますけれども、ただし、この両名とも裁判では完全に否認をしているわけです。だから、もし最後に言ったことが正しいというならば、否認をしたのが正しいということになるわけであります。
 その過程において、検察官の取り調べの状況等がつぶさに証言として出ておりますけれども、せっかく被疑者が否定をいたしましても、それを検察官が適当に打ち消してしまう、あるいはそれにブレーキをかけて訂正をさせてしまうというようなくだりが多いわけでありまして、したがって私は、いま第一点としてその点についてだけ御質問をしたいと思いますが、つまり、被疑者の方で否認をいたしますと、これは取り調べの際のことについて裁判所で述べた証言でありますけれども「すると検事さんは、なんだ、ここまできて、おれは強殺事件ははじめてではない。今までずいぶんやっておる。よく途中でヨリを戻すものだ。しかしおれはおまえが否認しても驚かないぞ、といいました。」こういうことが述べられているわけですけれども、そういうことで、その方向を変えてしまうというようなことが、この記録を見ると非常に明瞭なわけでありますけれども、そういう点について一言だけ、できるだけ短い時間でお答えいただきたいと思います。
#6
○伊藤(榮)政府委員 ただいま御指摘の丸正事件と言われます事件につきましては、一審、控訴審、上告審を経まして有罪確定いたしまして、現在再審請求が出まして、最近また詳しい再審請求の補充意見書などが出ておる案件でございますので、その事件の内容に立ち至ってお答えすることはどうも適当でないと思いますが、一般論として申し上げますと、先ほど来御指摘のように、およそ捜査というものは、予断を抱いた捜査というものは厳に戒めなければならないわけでございます。また検察官としては、警察から送致された事件につきましては、俗な言葉を使って恐縮でございますが、常にシロの捜査を頭に置いて慎重にやるべきものだというふうにかねがね訓練しておるわけでございまして、今後とも十分注意してまいりたいと思います。
#7
○西宮委員 いまお話しのような態度で第一線の捜査官を指揮をしてもらいたいというふうに考えますけれども、たとえば、ことしの二月に無罪になりました弘前大学の教授夫人殺し事件という事件などは、これはきわめて明白に裁判所の判断として、あれはでっち上げであるということが言われたわけですね。
    〔委員長退席、山崎(武)委員長代理着席〕
無論、その判決の中にそういう言葉は使っておりません。しかし次のように書いてあります。「本件白シャツにはこれが押収された当時には、もともと血痕は附着していなかったのではないかという推察が可能となるのであり、そう推察することによって始めて前記(1)ないし(3)の疑問点即ち被告人が右シャツを平然と着用していたことも疑問でなくなり、「噴出」または「送出」血液の附着が不自然であるという疑問点も解消し、色合いの相違という重大な疑問も氷解する。」だから、その問題のシャツを押収した時点では、血はついておらなかったと見るのが当然だということが、同じことはもう一つ別な言葉でも表現をされております。これなどは、明らかにその捜査段階におけるむしろ積極的なでっち上げだというふうに言わざるを得ないわけであります。そのときの仙台高検の検事長は、これは決してでっち上げと断定をされたわけではないという新聞記者会見をいたしておりました。単に、血液の判断について一つのそういう方法もあり得るということを示されたにすぎない、こういうふうに言っておるのでありますけれども、私はこの裁判の内容はそんななまやさしいものではないというふうに考えるので、時によるとこういうふうな積極的なでっち上げもあり得るということを、これは前の福田法務大臣にお尋ねをしたときも、それが絶無とは言えないという御答弁があったので、確かにそのとおりだと思いますけれども、ことに弘前の事件のごときは、もしそういう検察側でこの裁判の判断が誤りだということの確信があるのならば、当然さらに上告をして争うということがあるべきなのだけれども、そういうことももちろんありませんし、したがって、この仙台高裁の判断に関する限り、これは明らかにでっち上げであるということを断定していると言ってもよろしいと思うのであります。
 もう一度だけ、むしろ皆さんの方がよく御承知だと思いますが、皆さんの先輩に樫田忠美という中央大学の教授がおられましたが、この方は、検事生活三十三年というのでありまして、その間に、検事生活の途中で起こったいろんな事件をまとめて「検事物語」というのを出しておりますけれども、それを見ますると、千葉県の大多喜町で放火殺人――老夫婦が殺されたわけですが、があった。そこへ、その樫田検事が現場に参りまして調べた結果、犯人は息子の鈴木種造であるということがわかった。それで、そこで調書をとって帰ったんだけれども、そうしたらそのとき大多喜町の捜査主任が、樫田検事にそっと耳打ちをして、もうこれは絶対崩れっこありませんから心配要りません、安心してください、私が犯人の血をとってちゃんとその着物につけておきました、こういうことを言ったという記事が書いてあるわけであります。ですから、時によるとそういう積極的なでっち上げもあり得るというようなことが大いに懸念をされるわけです。
 私は、ここでもう一つ刑事局長に申し上げたいと思うのでありますが、それはたくさんの証人の中から証言を集めていくわけですけれども、その際に、さっき申し上げたように犯人の候補者ですが、それに的をしぼると、あとはそれに都合のいい証人だけの話を集めていく。それに不利なものはむしろオミットしてしまう、そういう懸念が多いにあると思うのですね。たとえば、この李得賢という人にとっては松下金太郎、松下久子という夫婦が最も、これは自他ともに許す親しい人なんであります。現在は床屋さんをやっております。その事件の当時は床屋さんと食堂を経営しておる。非常に親しい人である証拠には、私も何回かお会いをいたしましたが、李得賢氏が先般仮釈放で出てまいりますと、それをテレビニュースで、しかも人から聞かされて知ったのだそうです。それで、それを聞いたら矢も盾もたまらなくて仙台に飛んできた。しかしどこに収容されているのかわからぬというので、至るところ電話をかけて問い合わせをして、やっと最後にある病院にいるというのがわかって、その病院に訪ねて来たと言って、彼が仮釈放された次の日にいち早く沼津からかけつけてきたわけであります。それほどこの李得賢氏に対して親しい仲でありまして、最初に警察官が聞きに来たそうでありますが、いやあの人に限ってそういうことはしませんよ、する人じゃありませんよということを言ったら、もうそれきり一遍も来ないというのですね。全然証言等は求められない、こういうことでは私はいけないと思うのですね。
 その反対に、この人は久保田直吉さんという、この人も会社の同僚でありますけれども、この人などは何回も取り調べを受けた。しかし、私は一切知らない、その日は休んでおったので全くわからないということを繰り返し言っておったら、会社の専務と総務部長に呼び出されて、おまえは警察に協力をしないから会社をやめてくれというので直ちに解雇になってしまった。退職金ももらわないで解雇になってしまった。しかもこの人は、ぜひ一生この会社で勤めたいというので会社の株を買って二千株持っておった。そういう人はほかにはだれもない。それほど私は会社に忠実に働いてきたのだ、ところが、この問題で警察に協力をしないというので会社から解雇をされてしまった、非常な大変な困難に逢着をした、幸いにして現在ではそれがかえってよかったと思いますというようなことを言っておりますけれども、とにかくそのときは大変な困難に逢着をしたわけであります。だからこういう、つまり会社というのは、これは私はこの点も指摘をしたいと思うのだけれども、そういう運輸交通会社、そういう会社などは警察の監督あるいは警察の御厄介になるということが非常に多いわけですよ。そうすると、そういう人を証人にするというのは大変な危険がある。つまり、ふだん警察の御厄介になっているから、なるべく警察に協力をしたいというふうな心理が働くのでありましょう。ですから、そういう警察の取り締まりを受けるとかそういうような人を証人に選ぶということがそもそも間違いのもとだ。全然それを証人にしないわけにいかぬと思いますが、そこに重点をかけるということは間違いだ。むしろさっき申し上げたように、本人の日常生活なりそういうことを最もよく知っている人から材料を集めるべきだと思うのだけれども、そういう点にも大きな間違いがあるということ。もしお答えがありましたら、簡単にお願いいたします。
#8
○伊藤(榮)政府委員 先ほどもお答えいたしましたように、具体的事件については申し述べることは適当ではないと思いますが、私どもも、戦前の捜査検事の神様と言われました樫田先輩の御指摘などを常に拳々服膺しておりまして、やはり検察官というものは、捜査に当たっては謙虚であり、虚心でなければならないというふうに考えておるわけでございまして、将来の後輩の指導、育成につきまして、特に徹底させたいと思います。
#9
○西宮委員 もちろんここは裁判所ではありませんから、私もこの問題のシロクロ、そういうことについて判断を聞くわけではありませんから、私もそのつもりでお尋ねをしておるのですが、要するに、本来真実の追求ということが最高の唯一のねらいであるべきものが、そういうふうに歪曲をされているということを考えざるを得ないわけであります。さっき申し上げたそもそもの発端になりました最初の証言をした人ですね。この人なども、やはり同じように業務上警察の厄介になっている人、そういう立場にある人でありますから、どうしても証言もそういうふうに傾くということにならざるを得ない。
 そこで、その後いろいろな問題が問題にされてきたわけでございますけれども、いまになってみると、その捜査に当たった捜査官、警察官、そういうところでも果たしてどれだけの自信を持っておったのだろうかというようなことを非常に疑問に感ずるわけであります。たとえば、この事件は昭和三十年でありますけれども、昭和三十三年に第二審で一審どおりの判決が行われました。そのときの新聞を見ると、かつての三島署の捜査主任だった石塚警部は「静岡県下では特殊な事件が続いて起こったため慎重に捜査したつもりだ。全く手抜かりがなかったとは言えないが、二人がクロであるという自信はあった。」というふうに述べておる。あたりまえの言い方でありますが、全く手抜かりがなかったわけではない。こういうところに、私は恐らくこの捜査主任も反省する点がいろいろあるのじゃないかと思います。犯罪が起こったのは五月の十二日でありますから、五月の十六日のそこのローカル新聞三島民報でありますが、それには、警察が一生懸命やっている、不眠不休でやっているというようなことが書いてあるわけですが、その一節に、特に殺人事件については署長の指揮方法に疑問を抱く者が内部にいる、こういうことを言っているわけですね。つまり、署長の捜査の指揮がおかしいんじゃないかということを内部で、警察官の中で言っている者がいる、こういう記事が、十二日に事件があって、十六日の新聞にそういうことが載っているわけです。ですから、これを見ても私はきわめて根拠の怪しい捜査ではなかったかというふうに考えるわけでございます。
 もう一点、局長がおられる間に申し上げたいと思うのでありますが、この事件が、非常な短期間にそれだけの大事件が起こったということになっておるわけです。この判決によりますと、約十分というので、その十分間にそれだけの人を殺して後の始末、そういうことができたのかということが常識的にも大変な疑問になるわけでありますが、さらについ最近でありますが、今月の九日の朝日新聞に、これは通知があったのだそうでありますけれども、李得賢氏の乗った車が途中でとまっておった、それは噴射ポンプの故障で大変な煙を吐いておった、その煙を吐いている状況を見たという人があらわれてきたわけであります。そのことはもちろん李得賢さんも鈴木一男さんも盛んに強調したわけです。途中でそのために車が若干とまって、五分くらいとまったということを言っておるのでありますが、ついにこれは検察官からも裁判官からも認められなかった。というのは、とまったという場所が李得賢さんの主張と鈴木一男さんの主張が違っておったのです。約四百メートルくらい離れているのだそうです。それだからでたらめだというので採用されなかったというのでありますが、私は、とまったこと自体は間違いがないのじゃないかと思う。ただ、場所の点はあるいは問題があったかもしれません。記憶の違いがあったかもしれませんけれども、とまったことは間違いがない。それに対する新しい証言があらわれてきているわけです。あるいは非常に短い。だからそういうことになると、その十分という時間も、恐らく五分くらいになってしまうわけですよ。五分くらいの短時間にあれだけの大事件を起こすということが果たしてできたかどうかということが絶対の問題になるわけです。あるいは、その当時問題になっておりました最初の証人が見つけたというときに、果たしてそこに車がとまっておったのかどうかということが問題なんだけれども、検察庁に業者から出されたいわゆるそのときの配車日報、タクシー会社の配車日報というのがそこに書き込まれて、この写しは会社の配車日報に相違ありません、何のたれがしという署名がしてあるわけです。それはその筆跡からいって、この人の署名ではないということが今日明らかになったということが、これまた朝日新聞の七月十五日に掲載されておるのでありますが、そういうことで、その後も次々に出てきておりまするけれども、いままでそういうのが続いておりますけれども、これは後から出てきた問題でありますから、それはその当時問題にならなかったとしても、その被疑者ないしは被告人が述べております証言なりそういう言葉が、さっき申し上げたように次から次へと変わっていく。そうして最後に録音をとっておりますが、鈴木一男さんの録音をとっておりますけれども、この録音なども、本人から書類として出されておりますが、それなどを見ると、大変長い録音でありまするけれども、自分が、私の言う言葉が間違うと、検事が調書から顔を上げて、私に向かって、いまおまえの話したことは間違っている、おれが見ている調書にはこう書いてあると、自分で一節読んで私に聞かせて、再び私に言い直しをさせる、このようにして、私の申し上げる話が間違う都度、検事は録音機をストップをして、私の違ったところを訂正をして、検事の側において、ある検事が目を通しておる調書のとおりに、私が申し上げる話を一つ一つ訂正をさせて録音機に吹き込んで、録音をとったというふうに裁判所で答えているのですが、こういうことが問題だということになりますると、大変なことになるわけですが、恐らく刑事局長のお答えはさっきのお答えと同じでありましょうから、これも実際にあったのかなかったのかというようなことは無論私はお尋ねをいたしません。
 もう一つ大事な点で、これは後で最高裁の方にもぜひお答えをいただきたいと思うのでありますが、李得賢さんあるいは鈴木一男さんが行って、そこで盗んだ、そのときの大事な盗まれたものの中に三通の預金通帳があったわけであります。預金通帳と判こが二つあったわけです。ところが、その預金通帳は、それからしばらくたってその被害者の実家の仏壇の下の、奥の方にぼろ切れの中にくるまれてあったというのが出てきたわけです。これが発見をされた。これは大変な事件だったと思います。事件と申しますか、発見をされましたのは三十年の九月の二十三日、事件の発生は先刻来申し上げておりますように五月十二日、それから次々その捜査が続いていったわけだけれども、その途中でこれが発見をされたというのであります。しかし、これに対して検察官の方でもあるいはまた裁判所の方でも全然一顧も与えておらない、全くこの問題を無視しているということが私は大変な間違いだと思う。つまり、そのときはもう犯人は李得賢と鈴木一男というふうに一応設定をされておりまするので、それ以外の者を調べる必要がないということだと思うのでありますけれども、これは有力な材料が出てまいりまして、それでそのときそれがあらわれたときの実家のお母さん、いうさんという人でありますが、このいうさんの驚きというのはまことに深刻であったわけであります。調書の中にこう書いてあります。このお母さんは「栄太郎、愛子、綾子、博に知らせたところ、みな青くなって驚きました。私は千代子が死んでから後のちまで、こんな思いをするなんて、生きているのが、いやになりました。どこか遠いところへ行って、死んでしまいたいと言い出しました。一度は、証書を焼いてしまおうかとも考えましたが、みなに止められました。」というのは、家族だけでなしに、近所の人も、そこからあらわれたというのを見ているわけです。だから、そういうことをしたらかえって怪しまれるというので警察に届けることにしたというのでありますが、なぜこんなにみんなが、家族一同が青くなって驚いたのか。あるいはお母さんがもう死んでしまいたいと思ったのか。恐らく、これは七万と八万と五万の三つの通帳であります。当時の金としては相当な大金だと思う。そういう金が盗まれたと思ったら見つかった、ああよかった、よかったというのなら当然だ。あるいは少し警察によけいなことを言っちゃって済まなかったなという程度ならばそれはわかると思う。しかしそうではなしに、こんなに全部が青くなって驚いて、さらに死のうかと思ったと言うほど深刻なショックを受けている。そういうのに対して、この通帳はなぜ、どうしてそこに紛れ込んだかというような点については一つも調べられていないわけであります。後で申し上げますけれども、裁判官もその点については、全く一言半句触れておらないわけであります。私はそういう点が、繰り返して申しますように、あらかじめ描いた犯人というものに焦点を合わせて、そこへだけしぼっていく。つまりもう犯人は決まっているんだから、これ以上よけいなことをする必要はない、こういうことではないかと思います。
 そういう点をいろいろ考えてみますると、これからも問題があることでありますから、刑事局長はお帰りになるそうですから、ぜひいわゆる真実の発見ということに、そこに全力を挙げて取り組んでもらう。これ以外のことは、警察のメンツとかいろいろそういうことも実際問題としてはあるのだろうと思うのだけれども、そんなことを一切抜きにして、とにかく真実の発見に全力を挙げるということでないと、こういう結果があらわれてくる。しかも、これがややもするとそういう社会的な弱者といいますか、つまりどういう扱いをしても社会的反響などは大してなかろうというような人に向かってそういう扱いがされるというおそれがあるわけです。そんなことは絶対ありませんと言われるかもしらないけれども、これが大政治家であるとかそういう人の場合ならば、そんな簡単な扱いをするはずはありません。ところがこの李得賢さんの場合、鈴木一男さんの場合、これなどはいかに社会的な関心が乏しかったかと申しますると、逮捕された、それから起訴をされた、最後にそれぞれ十五年と無期の刑が決定したわけですから、そういう判決があった。このときの記事を当時の地元の新聞で拾ってみると、裁判が決定したという記事が十八行、それから起訴されたときが十一行、つかまったときが十三行、これはあの大きな新聞の中でこんな小さな、十二、三行の記事なんでありますから、全く虫めがねで探さなければ見つからないわけであります。いかに彼らが社会的の弱者であったかということがよくわかる。だから、そういう人ならば簡単に片づけても何も社会的な抵抗などなかろう、そういう判断に立つと、ややもするとそういうことが起こりがち。ですから、御答弁は要求いたしませんから、かりそめにもそういうことのないように十分ひとつ徹底をさせていただきたいということを申し上げておきたいと思います。
 それでは時間でありますから、次は最高裁にお尋ねをいたします。
 私はきのう改めて判決を読み直してみたんであります。すると、全く素人の私でさえいろいろな点を発見するわけで、まず一番最初に目についたのは、そういう犯罪があって、それから二時間ばかりたった後にほかのトラックが行った。そしていつものとおり夜ですけれども、いつも夜行くのですから、夜行って、こんばんは、こんばんはと言っても返事がないというので、約十分ぐらい探しておった。こんばんは、こんばんはと言って、あるいは明かりをつけたりいろいろやっておった。そうしたらば、二階に寝ておる被害者の兄貴、小出栄太郎さんが目覚めておりてきた。目が覚めておりてきた。この判決には書いてあるわけです。きわめて簡単なことだけれども、なぜこういうことを判断するのか。このときは目覚めてではないのですよ。その兄貴の小出栄太郎さんと妻の幸子さんの二人はその前から起きておった。目を覚ましておった。それはちゃんと証言に出ておるのですよ。証言に出ておるにもかかわらず、ここでは下で呼ばれたので、目覚めて階段からおりてきたと書いてある。そもそもこの人たちが――真偽は私にもわかりませんけれども、あの正木、鈴木両弁護士が告発をしたのはこういう人なんですから、この人がおりてきたときの態度がおかしいというので問題にされておるのです。それはもうその前からとっくに起きておるわけです。助手あるいは運転手が下で幾ら声をかけても起きてこない、それで電気をつけてみたら死んでいる、大変だ大変だというので、二階を呼んだらば目を覚まして起きてきた――もうとっくに起きて目を覚ましているわけです。そういう点を考えると、なぜこういう判断をするのか私には全く合点がいきません。さっき申し上げたように、一々ここでイエスかノーかというようなことを争う場所ではありませんから、私は問題を指摘するにとどめておきます。
 次を見ますると「前記停止自動車」自動車がとまっておったというのですね。それを、さっき申し上げたように証人がたまたま見たというのでありますが、その「前記停止自動車が第一〇五号車であることは毫も疑を容れる余地がない。」これはいろいろ調査をした結果、最後の結論としてそういう確信を得たというならばそれでもよろしいと思います。しかし問題は、そうではなしに、最初から明らかにそういう予断を持って裁判を進めているわけであります。
 これは鈴木被告に対する裁判長の尋問であります。少し長いけれども、大事なところですからちょっとお聞きになってください。裁判長いわく「従来こちらで被告の説明を聞き度いと思って色々質問した事があるが、そういう際にこちらで被告に是非弁解して貰いたい点になると黙ってしまう。それでは真相を掴むにも困るし被告にも不利になると思うから、冒頭にそれを申し渡して尋ねるが、事件があったのは昨年五月十一日の晩だが、それは判っているね」こういう質問。つまり大変親切に、君のためにもならぬから正直に答えなさいと言っているわけで、それは結構だと思うのです。
 さらにその次の質問「小出千代子が丸正運送店の向って右の方の店先で倒れておった事を知っているか」「答 それは後で聞いて承知致しました」つまりその鈴木一男は、自分は殺していないというのでありますから、後で聞いて初めてわかった、私は知らない――これは当然なんですね。ところが、そういうことは全く無視をされておるようであります。
 次の問い、同じようなことが続いております。鈴木一男の答えは「世間の風評で殺人事件があったと聞いておるから」多分他殺でありましょう、というふうに答えておる。つまり、私は当事者ではないと彼は言う。確信があるから、確信と申しますか、彼はそういう立場にあるからそういう答えをするのは当然だと思う。
 そこで裁判長の質問でありますけれども、「大体あの晩、近くの極東商会の前に大一トラックの車が止っていた事は紛れもない事実だが、大一トラックの車が此の付近に他にあるのか」と言って聞いております。これなどは恐るべき独断、予断だと思うのです。あの晩、近くの極東商会の前に大一トラックの車がとまっていたことは紛れもないことだ、こういうことをまず断定している。相手の鈴木一男さんはさっきから申し上げているように、失礼ながら精神薄弱者なんですよ。そういう人に対してまずそういう暗示を与えて、紛れもないことだというふうに言っている。
 あるいは、もう少し申し上げると、たとえば「極東商会の前に止っておった車は相当荷物が重かった様だが、」と言って聞いている。そこで、極東商会の前に大一トラックの車がとまっておったということはもう前提にして、大変荷物が重かったようだが「此の車は修理に出たのではないね」などと言って聞いている。それは、とまっておったということを明らかに前提にしている。
 さらに、その次の問いでも「どうしてあの晩あの辺に止っておったと思うか」つまりとまっておったことは事実なんだ、なぜとまっておったのだろう、こういう質問をしている。それはわかりませんと答えた。
 そうすると、その次の質問は、「大一トラックの荷を積んだ車が止っておった事は間違いないが、何の為に止っておったか判らんというのだね」とまた聞いている。大一トラックの荷を積んだ車がとまっておったことは間違いないがということですね。これでは余りにもひどい予断と偏見ではないですか。こういうことで裁判が進行したのでは、正しい意味での真実の発見というようなことは私はとうてい不可能だと考えます。
 それから、さっき物的証拠は手ぬぐいただ一つだ、こう申し上げましたが、このただ一つの手ぬぐいについても、それが犯人李得賢の持っておった手ぬぐいだということを証明するものは何もないわけですよ。ただ、これは大一トラックの藤枝営業所でつくって、お正月にみんなに配った手ぬぐいだ。そうしたら一緒に行った助手がもらった、助手がもらったんなら運転手ももらったに違いない、こういう判断だけなんですね。そしてそれは藤枝営業所の方で、あの李得賢さんにやったか、やらないか全くわかりません、覚えておりません、こう答えているにもかかわらず、助手がもらったのに運転手がもらわないはずはないということで断定している。しかもその助手たるや、これもまた問題の人物なわけですよ、正木、鈴木両弁護士の告発によれば。その人を問題にしている。だからそういう人の証言だけでそれが犯人の持っておった手ぬぐいだ、それでさるぐつわをはめた、そう断定をしてしまっている。
 あるいは、さっき刑事局長に申し上げた預金通帳の件でありますが、三通の預金通帳が被害者の実家の仏壇の下の押し入れというか、そこからぼろにくるまってあらわれた。これを例の正木弁護士等が告発をいたしまして、そのときどういう状況でそれが包まれておったかということを最初に発見した警察官に非常に克明な質問をいたしております。そうすると、その警察官が克明な報告をしておりますけれども、それによると、とうてい手のない――被害者の女性は片腕を失っておるので、その片腕しかない被害者にはとうていそんなに細かく畳むというようなことはできない、あるいはまた、その通帳は縦にも横にもしわが寄っておって、よほど丸め込んでそういうところに押し隠したというふうにしか思われないというのであります。
 ところが、それに対して第一審の裁判所、つまり静岡地裁の沼津支部でありますが、そこではその通帳があらわれたという問題については全く一言半句触れておらないわけですよ。私はまことに奇々怪々だと言わざるを得ないと思う。それで、控訴をする際にはそのことが控訴趣意書にうたわれておりますので、その問題について、控訴趣意書に対して判断を示しておりますけれども、それはただきわめて簡単に「右定期預金証書が何人かの手で故意に隠匿されていたものとは認められない」これだけしか書いてないわけですね。後にも先にもこれだけしか書いてない。だから、それがそこにあったっておかしくないじゃないか、だれかが隠匿したとは思われない――前に犯罪の現場で盗まれたといって当時は騒がれた、指摘をされた預金の証書なんですよ。それがその程度にしか扱われておらないというようなところも私はまことに奇々怪々千万だ。特に第一審のごときは、証書があらわれたという点については一言半句触れておらないというようなことは全く私は疑問を与えると思うのであります。
 さっき申し上げたように、この犯行は非常に短い時間に、判決によると十分というのですけれども、朝日新聞のこの間の九日に載せられた記事等が事実であるとすれば、恐らく五分ぐらいしかない。とてもそれは不可能だ、あれだけの犯罪が行われることはどう考えても不可能だと考えるんだけれども、それに対する判決は、ただ通り魔的犯行と書いてあるだけ。通り魔的な犯行もあり得ましょうけれども、しかしそれ以上のことは何にも説明してない。そういうことで簡単に片づけてしまうというようなことでは、真実の発見などとうていできないというふうに私は考えるわけです。
 それから、さっき申し上げた点でありますけれども、二階には被害者の兄さんがおるわけです。しかし、これはもう全くがたぴしゃのあばら家でありまして、下で騒いでおればすぐに気がつく、少し大きな声をするとすぐ気がつくわけであります。そこで行われた犯行なんでありますけれども、さっき申し上げたように下で騒いでおるのに二階から一向おりてこない。それで千代さんが殺れている、大変だ大変だと言って騒いだんで、やっと目を覚ましておりてきたと判決には書いてあるわけです。第一審の判決で李得賢が犯人であるということを断定した一つの資料として、彼はいち早くその点の、絞め殺すときの模様をみんな大ぜいいる中で実演してみせたわけです。あれをやったのは二階にいる兄貴だ、小出栄太郎だというようなことを言っておった。それで、そういう殺すときの実演などをするものだから、大ぜいいる仲間ですから、じゃおまえがやったんじゃないかなんて半畳が飛んだなんて判決にも書いてありますけれども。それは恐らくみずからやったことを隠蔽するためにそういうゼスチュアをしたんだろうというのが判決であります。そしてそれには、小出栄太郎という被害者の親族を容疑者にするというようなことは通常の場合に全くあり得ない、それを、小出栄太郎だというようなことを言っている。しかも、まだ進行しておらないとき、これは五月二十一日であります、彼がそういうことを言ったというのは。五月二十一日の時点で、そういうことを言えるはずがない、こういうことを言っているのですけれども、これは私らが行って話を聞いても、もうその日の朝から現地では、あれは小出栄太郎に違いない、兄貴の態度がまことにおかしいというようなことが言われておるわけです。あるいは、そのとき一緒に参りました、最初に発見したのは助手であり、運転手であり、運転手のせがれであるわけですから、その運転手のせがれなどもたくさんの調書がとられておるんだけれども、その調書はついに裁判所には出さない。後でそれがわかった。こういうことで、その辺の扱いもまことに不思議千万だと思うのであります。
 私は、以上いろいろなことを申し上げたので、別にイエスかノーかをお尋ねするつもりはありませんが、全部ひっくるめて何か御意見等がありましたら、比較的短くお願いしたいと思います。
#10
○岡垣最高裁判所長官代理者 それでは、簡単に答弁させていただきます。
 この事件は、先ほど法務省の刑事局長も申しましたように、三審を通って確定し、現に沼津の方には再審請求が出ており、この十月二十八日でしたか、十月にはまたいろいろな主張も出ておるというふうな状況でございますので、具体的事件について申し上げることは妥当ではないと存じます。
 それを離れまして、ごく一般論として申し上げますならば、委員御指摘のとおりに、予断、偏見を持ってはいけないということ、そして真実を発見するように努力しなければいけないということ、このことはまことにおっしゃるとおりだと思いますし、全国の裁判官はそれを目指して日夜努力していると私どもは信じております。
 ただ、ここで御了解願いたいと思います点が一、二点ございます。一つは、そういう裁判所の真実発見にしろ、あるいは判断にしろ、これは法廷へ提出された適法な証拠以外は基礎にできないということでございます。もちろん法廷に出た物は、これは検察官のみならず弁護人、被告人の方からの批判にさらされ、さんざんたたかれ、そしてその上で裁判所がその価値を判断することになるわけでございますが、それ以外の物は、たとえ法廷外で実はという話が幾らありましても、それは裁判所としては全く顧慮することができない。これが一つでございます。
 もう一つは、事件の証拠の出方は、一度にどっと出てくるのではなくて、次々に段階を追って出てくるのでございます。したがいまして、裁判官は、ある証拠が出ますと、これはこうだなとその段階では思わざるを得ない。しかしその次の段階に別の証拠が出れば、そうすればまたああ、そうではなかったなと、しょちゅう裁判官の心証というものは揺れ動くものでございまして、そういう柔軟性がなくてはまた裁判官の資格はないと思います。いずれにしましても、そういう逐次の段階を追って認定、最終的な結論に達するものである、こういうふうに御理解願いたいと思います。
 以上でございます。
#11
○西宮委員 失礼ながら裁判所に提出された書類でなければ証拠価値を持たないというような程度のことは私も承知をいたしておるので、無論そうなんだし、あるいは裁判官もいろいろなケースに出会うたびごとに揺れ動いていくということも当然だと思いますが、さっき私が一々朗読した被告人とのやりとりですね、あれなどは第十五回の公判なんですよ。ですから、かなり進行した時点で、ああいう予断というか断定的な判断をして、それで被告人に押しつけるというような態度であることは、私はきわめて問題であるということを申し上げておきたいと思います。
 そこで、もう時間もなくなりましたので、大臣、私ども若いころ勉強した末弘厳太郎先生の本に、裁判というのは良心と常識によって判断するものだ、適用条文などは後からゆっくり考えて適用すべきだ、こういうふうに書いてある教科書を読んだのでありますが、これは、良心と常識に従って判断をしろということには無論大臣も御異議はなかろうと思うが、ちょっと一言聞かせてください。
#12
○瀬戸山国務大臣 末弘厳太郎先生の本を私、記憶いたしておりませんが、犯罪の捜査あるいは裁判は、もちろん良心と常識に基づいて、まず事実を先に確定する、その証拠によって確定された事実がどういう法条に当たるかというのは、その次であろうと思います。そういうことで裁判を行われておると私は了解いたしております。
#13
○西宮委員 そこで、私はいかにこの事件が常識的でないかということを列挙いたしますから、お聞きになるだけで結構ですから、お聞きになっていただきたいと思います。
 常識で考えれば、この李得賢さんあるいは鈴木一男さんという人が犯人にされるはずはなかったと私は思うのですが、第一は、この李得賢さんは家族を宮城県に置いておったわけであります。子供が五人おる。非常に教育に熱心で、第一この人自身が、二十三歳のときに日本に渡ってきたのですけれども、日本人の運送業者に拾われて、そこでしばらくの間生活をした。日本語ができないので、そこのお嬢さんが毎日毎日日本語を教えてくれたそうです。だから、非常にまじめな人だったということもわかるのだけれども、自分は、朝鮮では全然学校の「が」の字も行かなかったというのでありますから、せめて子供だけは教育をさせたい、また幸いに非常に頭がよかったのだそうでありまして、それで子供の教育に非常に熱心だった。ところが、子供に送る学資が必要なんでこういうことをやったということになっているわけです。
 まず第一に、私が常識とかけ離れているというのは、子供の教育に熱心だという人が、子供の教育のために必要な金を殺人をして調達するであろうかということの疑問。
 それから二番目に、そういう金がもし必要だ、まあ曲った金でもやむを得ないというのならば、運転手なんですから運送料を着服することもできるだろうし、あるいは会社の金庫をねらうこともできるだろうし、何も殺人までしなくてもいいのじゃないかという感じがいたします。
 三番目には、さっき申し上げたように、その犯行現場の二階には兄貴夫婦、子供、みんな寝泊まりをしているわけです。ちょっと声を出してもまるきり筒抜けのあばら家なんでありますから、二階で気がつかないはずはない。そういうところで、二階には事情をよく知っているそういう家族がいるんだということを知っている彼が、そういうことを果たしてやるだろうかという疑問。
 あるいは、この場所は三島の営業所でありますが、この場所には毎晩必ず同じ会社の車が荷物をおろしに来るわけであります。そうすると、自分が彼女を殺しているときに、同じ会社の車が来る可能性も十分あるわけです。そういうことも承知している彼です。
 さらに、この晩は、三台の車が沼津を出発して東京に向かったわけですが、彼が運転する車は大変積み荷が重いので、先に行くぞと言って出発をした。あとの二台の車は大体十五分ぐらいおくれて出発をしたというのが、捜査で明らかになっておるわけです。とにかくおれは先へ行くぞということで出発をした。それがもし途中で寄り道をしておったら、必ず後の車に追い越されているわけです。追い越されていて、それで後で事件が起こったということになれば、あいつはおかしいぞということになるのは当然です。そういうことも十分承知のはず。
 それから共犯者にした鈴木一男さん。これは、殺したのが李得賢で、それを助けたのが鈴木一男という助手だということになっておるわけですが、先ほど来何回も申し上げておるように、非常に精薄、あるいは新聞等で見てものろまと書いてありますが、そういう人で、だから李得賢さんはこの人を大変好まなかった。それで、とても能率が悪いのでかえてくれということを会社にも申し入れをしている。同じ車に乗っておって、沼津からその現場に行くまでの間、約十分間で判断をしているわけです。そこで、おれがあそこの女主人を殺すからおまえも手伝え、こういうことを言われて不承不承賛成したというふうな仕組みになっておるわけです。そういう、殺人などをするならば、相当綿密な計画を練るべきで、車の中でおれがやるからおまえついてこいというような程度で簡単にやれるものかどうか。しかも、相手はきわめてのろまと言われる人であります。そういう人を伴って、短時間に電光石火、通り魔のような犯行をやるなんということができるかどうか。しかも、自分が信頼もしておらない相手なんであります。そういう人とあえて手を組もうというようなことになるだろうかどうだろうかということであります。
 その次、七番目には、その犯行現場にはいろいろ現金やらあるいは現金在中と書いた封筒などが置いてあったわけであります。もし金が欲しい、子供の学資が欲しいというためにやったのならば、一銭残らず持っていくのがあたりまえではないかというようなことを考えると、これもまことに常識に反するという気がするわけです。ですから、要するにまず常識で物を考えるということになれば、およそ常識のらち外だということが言われるので、まことにおかしいと思う。
 もういよいよ時間がなくなりましたので、私はこの李得賢氏について少し御紹介をしておきたいと思いますが、ほんの二、三分です。
 それは、彼が仮出所で出てまいりました。そうしたら、先刻申し上げたように、沼津で大変親身も及ばない世話をしておった人が直ちに明くる日に駆けつけてくる。そして、この間は、今月の九日でありますが、彼を現地に迎えて当時の仲間たちが集まって、彼の激励会みたいなものを開いてくれる。私もそのうちの何人かに会いましたけれども、もう異口同音に、そんなことをやる人間じゃありませんということを、たくさんの人が集まったら言っておるわけです。さらに私は、この人の家族がかつて宮城県に住んでおった。これは戦争中のことでありますが、ずいぶん古い話であります。しかしそのころの人でまだ生きている人があって、その当時の印象はどうなんだ、教えてくれと言って、ある私の知人に電話をかけました。そうしたら早速嘆願書という形で私に書類を送ってきたわけであります。
 丸正事件については、近日中に再審されると伝
 聞しましたが、この事件に関する被告清水賢二
 事、李得賢についてその人となりを知る私達に
 は、事件発生当時に全く信じべくもなく耳目を
 疑ったものでした。
 李得賢は、太平洋戦争の激化する昭和十八年
 頃、妻子四人と共に妻みどりさんの姉阿部みき
 さんを頼り当地に疎開し、姉の住居の一隅に間
 借りし生計をたてて居りました。
 以来十年余、部落の因習にも馴染み、漁業協同
 組合にも加入し、慣れない採藻採貝等沿岸漁業
 に従事する傍ら、海産物の行商にも精を出し、
 いつしか子供も五人となり和やかな家庭生活を
 送っていたのでした。
 この間、部落内の労力奉仕にも積極的に参加
 し、彼の朴訥な人柄は常に四辺に融和を感じさ
 せ、部落内の誰からも「賢ちゃん。」の愛称で親
 しまれていました。
 やがて戦後の世相が落着きをみるようになって
 から、以前働らいていた事業所へ再就職してい
 たのでありましたが、それが突如としてこの事
 件の報道を知ったとき、彼の日常の誠実な生活
 態度を熟知している私達には全く信ずることが
 できず、この無実の証明について関係方面へ数
 次に亘り嘆願して参ったのであります。
 ましてや、妻みどりさん御家族の御心境は父
 が、夫が当然無実であると念じつつも周囲に配
 意しての生活はいかばかりであったかは容易に
 推察でき、同情の念禁じ得ないものがありまし
 た。
 長子の成長につれ一家は去る四十六年石巻市に
 移住することとなりましたが、妻みどりさんは
 長い御心労が禍いしてか五十一年六月発病し、
 八ケ月余の闘病生活のすえ夫の無罪を信じつゝ
 も痛恨のうちに五十二年一月二十日永眠された
 のであります。惜しむらくは李得賢の仮出所
 が、妻みどりさんの存命中せめてもう六ケ月早
 く行なわれていたならばと悔まれてなりませ
 ん。
 この度は新らしい証言も生まれました由、原点
 に返り厳正な再審理のうえ本人の冤罪を晴らし
 ていただきたくお願い申し上げるものでありま
 す。
 どうぞ大所高所より御判断のうえ、寛大な御判
 決をいただけますよう嘆願申し上げます。これはあて名のない嘆願でありまして、どこに出していいかわからぬというので私に送ってきたのでありますが、当時の人たち、現在は保護司をしている人もあり、民生委員をしている人もある。あるいは部落会長をしている人もある。あるいは当時の町会議員であった人もある。現在はもう大変な老齢であります。しかもこれは全くその日のうちに集めたので、まだまだ集めるつもりならば部落でたくさん署名を集めることができるんだ、こういうことを申しておるのでありますが、こういう人物であります。
 さらに私は、彼が十七年間おりました刑務所の看守の方で、この四月に定年でやめた方がありましたので、その人を訪ねて彼が入所中の話を聞きました。そうしたら、終始私は無罪だということを言っておった、しかし別にそのために争うとかなんとかそういうことは一切ない、きわめて実直な朴訥な、まじめな人間だ、このことはわれわれの同僚だれに聞いてみても同じ返事だと思う、私はむしろ神様みたいな人間だと思っている。こうまで言うわけであります。そういう人をなぜもっと、捜査の段階においてあるいは裁判の段階において、その人物は一体どういう人物なのかということを聞いていただけなかったのか。
 特に私はさっきも申し上げたように、彼のことを一番よく知っているのは松下金太郎同じく久子という夫婦であります。彼の隣に暮らしておったので、毎日そこで飯を食っておったのですから、そういう人に最初に警察で聞きに行ったら、いや、あの人間に限ってそういうことはやるはずはありませんよと言ったらば、それきり全然調査にも来ない。一遍も呼び出しもない。だから、その辺にもそもそもの手落ちがあるということを痛感しないわけにまいりません。ぜひそういう点も、これは御返事はいただきませんから、十分御了解をいただいて、大臣、善処していただくといっても事は裁判の問題でありますから、大臣の権限でどうということはありませんけれども、少なくとも、そういう点も御認識をいただきたいということを申し上げて終わりにいたします。
#14
○山崎(武)委員長代理 次回は、来る十一月一日午前十時理事会、午前十時十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午前十一時三十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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