くにさくロゴ
1976/03/10 第80回国会 参議院 参議院会議録情報 第080回国会 文教委員会 第5号
姉妹サイト
 
1976/03/10 第80回国会 参議院

参議院会議録情報 第080回国会 文教委員会 第5号

#1
第080回国会 文教委員会 第5号
昭和五十二年三月十日(木曜日)
   午前十時七分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 三月八日
    辞任        補欠選任
     宮之原貞光君     久保  亘君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         宮崎 正雄君
    理 事
                中村 登美君
                山崎 竜男君
                松永 忠二君
                小巻 敏雄君
    委 員
                山東 昭子君
                小野  明君
                久保  亘君
                内田 善利君
                白木義一郎君
                中沢伊登子君
   委員以外の議員
       発  議  者  安永 英雄君
   国務大臣
       文 部 大 臣  海部 俊樹君
   政府委員
       文部政務次官   唐沢俊二郎君
       文部大臣官房長  井内慶次郎君
       文部省初等中等
       教育局長     諸沢 正道君
       文部省大学局長  佐野文一郎君
       文部省体育局長  安養寺重夫君
       文部省管理局長  犬丸  直君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        瀧  嘉衛君
   説明員
       大蔵省主税局税
       制第一課長    矢澤富太郎君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○教育、文化及び学術に関する調査
 (文教行政の基本施策に関する件)
 (昭和五十二年度文部省関係予算に関する件)
○義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施
 設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休
 業に関する法律等の一部を改正する法律案(宮
 之原貞光君外七名発議)(参第四号)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(宮崎正雄君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る八日、宮之原貞光君が委員を辞任され、その補欠として久保亘君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(宮崎正雄君) 教育、文化及び学術に関する調査中、文教行政の基本施策に関する件及び昭和五十二年度文部省関係予算に関する件を議題といたします。
 本件について質疑のある方は順次御発言を願います。
#4
○久保亘君 私は、大臣の所信に関連をして少し最初に教育に対する基本的な考え方や行政姿勢のあり方についてお尋ねをしたいと思います。
 まず最初に、永井前文部大臣の主張でありました教育の場を政争の外に置く、すなわち教育に静かな環境を保障したいという考え方について大臣は再三述べられてきたんでありますが、この考え方について海部文部大臣はこれを支持される立場なのかどうか、最初にその点をお尋ねしたいと思います。
#5
○国務大臣(海部俊樹君) 教育の現場が静かでそして教育にふさわしい環境を保持しておらなければならぬということは、これは永井文部大臣のみならず私も全くそのとおりだと認識をいたしております。
#6
○久保亘君 ところで、永井文部大臣は二年間の文相体験を通じて、教育を政争の外に置くということがどんなにむずかしいものであるかということを感じてきたという所感を述べられております。その中で特に最近問題となっております主任の制度化の問題については、与党からの政治介入といいますか、権力的な介入と考えられるような問題もなかったわけではありませんし、また大臣は、私がお尋ねいたしましたときに、政治的な中立を守るということについては与党からの圧力を防ぐということも大事だということを痛感をしたということも述べられております。民間人であった永井文部大臣の文教行政に対する基本理念を支持していかれるということであるならば、再び、政党人として文部大臣の立場に立たれた海部さんは一層強い決意が必要と思われるのでありますが、この点についてお述べいただき、あわせて、海部文部大臣の文教行政のバックボーンとなるものは一体何であるのか、その点についてひとつあなたのお考えを少し詳しくお述べいただきたいと思います。
#7
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のように、前永井文部大臣が民間から来られた文部大臣であって、いろいろな面で教育が当面しておる問題を整理をして四つの柱に仕組んで一生懸命努力しておられたのを、私も関心を持って内閣の当時は副長官という立場でございましたが、ながめておりまして、全体としてこの方向は間違いないと私自身も納得しておりましたから、文教行政においてはこの永井さんのやってきた路線を私も継承していこうということを最初に申し上げたわけであります。ただ、私自身がいまどういう理念で教育に取り組んでおるかという御質問でありますが、これは申し上げるまでもなく、いまの教育は日本国憲法、教育基本法、そういった法の基盤に立ちまして、そして一人一人の日本国民が心身ともに健全であるように、勤労と責任をとうとび、自主的精神に充ちた国民として育成されていかなきゃならぬ。そのためには、国民として必要な基礎的基本的なことをやっぱりきちんと身につけてもらうとともに、知育偏重とか、詰め込み主義とか、いまいろいろな御批判が各界から出されておりますので、知育、徳育、体育と申しますか、その三者が調和のとれた人間として伸びていってもらうように、そういったことに心がけながら教育行政というものを行っていかなければならない。私は基本的にはこう考えております。
#8
○久保亘君 それでは少し具体的にいろいろなことをお尋ねしたいと思うんでありますが、まず、文教行政の推進に当たって、政治的ないわゆる中立、純粋の意味で教育を政争の外に置くという立場を貫くとすれば、文教行政を進める上では与党に対する政治的配慮よりも純粋な教育的配慮が絶対に優先をしなければならないし、そのために文教行政の頂点に立つ者は毅然たる態度を貫くことができるかどうかがその主張される文教行政に対する基本理念のあかしになるだろう、こう思うんであります。
 私は、前にも申し上げたことがありますが、戦後の東大の総長でありました南原さんがかつてこういうことを言われております。それは、教育の政治的中立というのは時の政治権力、言ってみれば与党の政治権力の教育に対する圧力や介入から教育をどうして守るか、それが教育の政治的中立のまず一番重要なことであるという意味のことを述べられたことがあります。だから、そういう点について、私が申し上げましたように、与党に対する政治的な配慮よりも絶対に純粋に教育的な立場での配慮が優先をしなければならない。そのためには断固として文教行政の責任にある者はその基本理念を守り抜く決意が必要だ、その点については御同意がいただけるのでしょうか。
#9
○国務大臣(海部俊樹君) 現在のところ、私には、与党の方からそういう圧力とか、断固闘わなければならぬというような問題や、具体的な出来事がございませんので、先生おっしゃったように、もしそういうようなことが不幸にして起こったらという大前提つきになると思うんですけれども、私は、教育というものは、時の権力の言うがままになるとか、あるいはまた時の権力に何でもかんでも反対しろということとかというような次元の問題が入り込んではいけないと思っておるんです。ですから、学校教育の問題等についてはやはり慎重にそういったことは常に心を配りながら、どうしたら所期の目的を達することができるかということに私はもちろん心を砕いてやっていかなければならない、こういう決意を固めております。
#10
○久保亘君 それでは、具体的にお尋ねしたいのは、主任の制度化に関して、文部省の文教行政の衝にある者の立場よりも、むしろこの問題が政党の次元から非常に強力に主張されてきた。このことは、過去の経過に照らして大臣はお認めになりますか。
#11
○国務大臣(海部俊樹君) 過去のいろいろな詳しい経過につきましては私は余り存じておりませんので、過去の詳しい経過につきましては御必要ならば担当の政府委員からお答えをさせますが、私自身の理解しておりますところは、むしろ、率直に申し上げますけれども、主任制度というのについては、もう前から、必要に応じて、こういった制度は学校の場の中にあった方がいいという立場から、すでにずっとこう行われてきておったという事実もあると聞いておりますし、また、それを制度化いたしますときも、学校教育の場において教育効果がより上がるためには、やっぱり主任のような係の人ができて、そしてお互いに指導助言、業務連絡等をやっていただいた方が学校運営も活発になる、そういうような角度から必要性を認めて文部省が省令化をしたんだと。永井前大臣からの受け継ぎのときもそういうように私は話を聞きまして、それから、私自身もいろいろな立場の方に大臣になりましてからお話を聞かなきゃならぬと思ってお目にかかったんでありますが、もちろん主任制度反対だからなくしてしまえという御意見もありましたし、あるいはまたほかのグループの方からは、主任制度は現に定着しておるし、それなりの効果も上げておるからこれは推進しなさいというお声も聞きまして、いろんな角度からいろんな議論があるんだなということは私もよく承知しておりますけれども、ただ、過去の経緯をながめますと、そういうものがあった方がいいんじゃないかということで事実としても存在してきておったし、また永井大臣も、そういう学校内に活発な教育活動を展開してもらうためにこれは省令化をしたんだ、こういうふうに私に申し継いでいかれましたので、私はそのように受けとめておるわけでございます。
#12
○久保亘君 大変優等生の答弁をされるので、ある意味では、私がお聞きしたいと思っていることが率直に答弁でかみ合ってこない、こういう点を大変残念に思います。しかしまだ就任されてそう長くなりませんから、知らないと言われればやむを得ないのかもしれませんが、少なくとも主任が制度化されて、一定の教育に対する目的を持って制度化されていく段階において、教育の次元での論議よりも、政治的な立場での論議が先に出ていた時期が、この問題の重要な決定の段階においてしばしば見られたことは、当時内閣の中にも、まあ、閣僚ではなくてもおられたあなたのことですから御存じないわけはなかろうと、こう思うんであります。だからその点はよくおわかりになっていると思いますから、それじゃ私は、いまあなたが言われた主任というのはもともと教育の現場に必要なものとして生まれておったんだと、そう言われるので、それならばその点についてお聞きしたいことがあるんです。
 まず、あなたは最近マスコミにもよく文部大臣として御登場になりまして、教育の基本は人である、教育は人なりということを言われております。そしてまた所信表明の中でもそのことを強調されたようであります。そこで私がお尋ねしたいのは、あなたがその教育の基本は人にありと言っておられる、つまりその教師の問題ですね。その教師の問題について、文部大臣として理想的に考えられる教師像というのは一体どういうものであるのかお話しいただきたいと思います。
#13
○国務大臣(海部俊樹君) 私の理想としておりまする教師像というのは、目も心も子供の方に向けて教育に打ち込んでいてくださる人が私にとっては理想の教師像でありまして、そのことは、この間たまたまあるところで日教組の槇枝委員長とも対談する機会がございましたので……。私は、槇枝委員長の本を読んで非常に感銘した点が一つある。それは自分の教え子の中で国語はできても数学のできない子供があったときに、なぜ数学ができないだろうかということを、その子供の教育条件、家庭の環境、それから教師の立場で自分の教え方に悪い点があるんじゃなかろうか、あるいはもっと別の方法の教え方をしたら理解してくれるのじゃなかろうか。そんなこと等を常に真剣に考えながらその子供のことを考え、そしてできれば正規の授業が終わった後にも居残って、一生懸命落ちこぼれないように教えてやるのが教師としての責任だということを槇枝さん自身も書いていらっしゃっている。私はそういうことを本当に子供の方に目も心も向けて、いわゆる落ちこぼれとか落ちこぼしとかいうようなものがないように、公教育の段階で学問的には基礎的基本的なことを、人間的には人間性豊かな、心豊かな一人の人間としての資質を十分身につけてくださるように、そういうふうに子供に対して愛情と熱情を傾けてくださる先生が私にとってはすばらしい先生だと、こう理解をしております。
#14
○久保亘君 いま大臣が言われる教師自身の主観的なといいますか、教師を主観的に教師自身が考える場合の理想像としては、あなたがいま言われたことに別に私は格別の異論を持つわけじゃありません。しかし、そのような教師像というものが生まれてくる環境、そういうものについてどう考えたらよいのか。私は学校教育の場というのは縦の管理社会であるよりも教師相互間の横の連帯の非常に強い場である方がいまあなたが言われたような教師像が実際に生まれてくる場としてはふさわしい、こういうことを考えるのです。だから、そういう意味で今度はそういう教師像というものが実際に生まれてくる学校教育の場の環境論としてはどのようにお考えになりますか。
#15
○国務大臣(海部俊樹君) 私はまず個々の教師に対して理想としておる姿を述べたわけでありますけれども、そういうことを期待しお願いすればこそやはり処遇の面でもできるだけのことはもちろんしていかなければならないという基本的な考えがございますし、同時に、学校の中ではお互いに先生方がいまおっしゃるように連絡し合ったり指導し合ったりしながらそういういいことと言いますか、すばらしいことがもっともっと広がっていくようにと。で、私はある新聞社の出された「教室」という二冊続きの本を読んで、その中でいろんな立場で苦労されたり一歩前進しようとされたりしておる教師の姿も読みましたけれども、また逆にそれが阻害されておるような実例等もいろいろその報告の中には出ておるわけでありまして、やっぱりこれは一人一人の先生方に心から期待をしお願いをするということが大切だなあと、私はそういうふうに理解しておりますから、できるだけ処遇その他の面については先生方にもそういうことを期待しお願いするんですから、できるだけのことはやっぱりしていかなきゃならぬし、同時に、学校のいまおっしゃる管理のみに強く出て、何か主任というと管理者ができてそれでそういう教育活動がむしろできなくなるんじゃなかろうかというような、そういう角度のことは私どもも心配をしないで、むしろそういう偉い人をつくろうとか管理者をつくって線を引いて、教育活動ができにくいようにいやな雰囲気を持ち込もうなんていうことは毛頭これ考えておるわけでございませんので、そういったことがより周知徹底して、より皆さん方にすばらしい能力を発揮していい教育をしてもらえるような環境になっていくためにも役に立つのではなかろうか、こう私は思っておるわけです。
#16
○久保亘君 大臣が教育の場に管理体制の強化を持ち込む意思は毛頭ないというお考えを述べられたのですが、戦後の日本の文教行政といいますか、文教政策の歴史をずっとひもといてまいりますと、必ずしもあなたが言われたような形では動いてきていない。特に教師集団といいますか、教職員組合と文部省との間に交わされてきた論争というのもその点にかかって論議されるものが非常に多かったわけであります。それからまた、いま渦中の問題であります主任制度の問題についても、これは従来あります学校の中に生まれてきた主任というのは、横の連帯の中からその連帯の結び目として必要なものを学校の中で教師が生み出してきたものなんであります。これを、そういう長い教育の現場の活動の中から横の連帯に必要なものとして生まれてきたものを今度は逆手にとって、これに一つの管理体制の力を与えよう、そして教育を政治的に支配しようというような考え方が全く動いていなかったかと言えば私はそうではないと思う。現に与党の中でこの主任制度の問題が議論され始めた段階では、これは管理職としてやらなければいかぬという主張が非常に強力にあったはずであります。そのことは御存じですか。
#17
○国務大臣(海部俊樹君) 最初に申し上げましたように、過去の詳しい経緯、出来事等は私は承知しておりませんのでお答えになりませんけれども、永井文部大臣から私が引き継ぎを受けましたときにこの問題については特に永井大臣から言われたことを私も忠実に受け継いでおるわけでありまして、その中にこれはひとつ管理体制に力を与えるんだというような発言はございませんでした。むしろやっぱり教育の現場を生き生きとした活発なものにするために、教育効果を上げるためにこういったものが必要なんだ、あった方がいいと思って省令化したんだというお話を私は承ってそういうふうに理解をいたしております。
#18
○久保亘君 それは文部省がいま持っている結論をあなたに申し送られたそのことなんでありまして、そこに至るそういうような形でまとめざるを得なかったその過程というのは、これは大変複雑で、そしていま私が申し上げましたような政治と教育のあるべき関係というのが逆転した形の中で論ぜられた場合もしばしばあったのだということを、これはもし知っておられないのなら文部省の担当の局長などにもよくお聞きになって、その辺をよく理解をされていないと、主任制度の問題についてあなたがせっかくこの昭和世代の物のわかる大臣としてこれからの日本の教育を本当にお考えになろうとする場合に、誤った出発点に立たれるおそれがあるから、私はそのことをあなたにお願いしておきたいと思うんです。そして、すでに大臣に就任をされてから二カ月以上もたつのに一そうですね。こういう重大ないま日本の教育に対する国論を分けて論ぜられているような、こういう問題を、過去の経過について詳しく検討をしようとせず、ただ永井文部大臣からこういうふうに言われましたと、それだけをもってこの問題に対処されようとすることは非常に私は問題だと思う。また、文部省の各立場にあられる担当の局長の方々もそういう問題についてはしっかり大臣にわかってもらわぬと、昭和六年生まれだから明治三十八年とは違って物わかりがずいぶんよろしかろうから、そういう点は大丈夫だと思っておられると私はやっぱり大変ではないかと思うんですよ。だから、そういう点についてはひとつこの主任制度というものがどういういきさつで生まれ、そしてどういういきさつで発想され、そしてそれがどういう経過を政治と教育との関係において経てきたのか、そのことについては十分御承知になっておかないとこれからの教育現場の問題に正しく対応していただくことができないのではないか、こう思うんですがね。
#19
○国務大臣(海部俊樹君) 先ほど来申し上げております永井文部大臣からいろいろと承ったということのほかに、もちろん当時の文献とか、あるいはいろいろな書き物その他についての経緯の説明を局長から聞いておることもこれは事実ございますし、それから、私があらゆる立場の学校教育の現場にいろんな立場で関係していらっしゃる団体の代表の皆さんからも時間をかけていろんなお話をこの主任制度について承ったこともございますし、また、私が個人的に知っておる現場の先生からいろんな意見も聞いたこともこれは事実でございますが、しかし、私としましては、現在永井大臣から受け継ぎ、前大臣の基本的な物の考え方、文部省が現在これに取り組んでおりまする現在の姿勢というものを受け継いでおるわけでありますから、だから、かりそめにも管理体制の力を与えろとか、管理者をつくれというような角度の私に対する進言や注意はどこからも参りませんし、むしろそういうものが来るんじゃなかろうかとおっしゃっても、そういったものはもう私のところへは全く来ておりませんので、現在の立場で私が受け継いだこと、聞きおること、それから現在目指しておる方向というものを、これを正しいと私が理解し、納得しておりますから、この方針をきちんと守っていきたいと、こういう基本的な態度でございます。
#20
○久保亘君 いま言われたような立場では非常に素直に理解をしてまいりますと、従来、学校の中に横の連帯の必要から生まれておりました主任というのはその後制度化する目的で考えられ始めた。また、中教審の中でも言われてきているような、そういう立場でのこの主任のあり方というものとは非常に異質のものになるおそれが強くあるわけです。だから、そういうものについてはまた、きょうはこれだけをお尋ねするつもりではありませんので、時間がまだありましょうから、いろいろ私の方からも意見を申し上げたいと思います。あなたも私たちと同世代――私よりもまだずいぶんお若いから失礼かもしれませんが、大体同じ年代の生まれですから、私たちの世代の共通の意識というものは必ずあると思うんです。だから、ひとつ、私どもの方からもいろいろ機会を見てあなたには率直に意見も申し上げたい、こう思っておりますから、自由に私たちとこれからの教育について意見を交換することができるように、時には論争をしなければならぬこともあるだろうと思います。あるいは共通の意識・認識を持ち得るものも必ずあると思うんであります。だから、そういう意味において、いままでなかった新しい世代の文部大臣として格段のひとつ御努力をいただくようにお願いをしたいと思うんです。よろしゅうございますか。
#21
○国務大臣(海部俊樹君) そういうような心づもりでおりますので、御必要とあらば、こういう速記録のつかないところで、二人だけで時間をかけて論争もいつでもさせていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
#22
○久保亘君 次に、いま全国の婦人教師たちにとって非常に重要な関心、と言うよりは直接に影響する問題になってまいりました育児休業に伴う休業補償の制度についてでありますが、この問題について、まずデータを少しお聞きしておきたいと思うのであります。
 育児休業制度が昨年の四月に発足をいたしましてから今日まで一年を経過しようといたしておりますが、育児休業制度を利用した、まず学校だけに限ってみましょう、婦人教師の実情はどうなっているのか。これ担当者からで結構でありますから、その実態をお知らせいただきたいと思います。
#23
○政府委員(諸沢正道君) 育児休業の法律が通りましたのはおととしの七月でございまして、去年の四月からそのような制度が実施されたわけでございますが、私どものいま持っております資料では、去年の四月一日から八月三十一日までの間に育児休業を申請しました件数が四千五百五十八件、許可になりましたものも同じく四千五百五十八件。ただ、この休業の期間でありますが、それはそれぞれの人の個人的な事情もありまして、四カ月以内、四カ月から八カ月の間、八カ月以上一年というふうに分けますと、八カ月以上というのが二千百二、四カ月から八カ月の間が千二百八十五、四カ月以内というのが千百七十一と、こういうふうになっております。
#24
○久保亘君 ちょっと、いまの、四月一日からいつまででした……。
#25
○政府委員(諸沢正道君) 八月三十一日までです。
#26
○久保亘君 そうすると、八月三十一日からこの三月までを推計をいたしますと大体どれぐらいになったと考えられますか。
#27
○政府委員(諸沢正道君) これは、一年間を通じましても、いま申し上げましたように、そのうちの三分の一ぐらいは四カ月以内であり、あるいは三分の一が八ヵ月以内ということになりますんで、八月以降新たに申請する人とすでに休業期間の切れる方と両方出てまいりますから正確な見込みはちょっとむずかしいわけでございますが、大体五、六千件ぐらいにはなっているだろうかというふうに考えるわけでございます。
#28
○久保亘君 延べ件数ですよ。
#29
○政府委員(諸沢正道君) はい。
#30
○久保亘君 いや、切れる人もあるからということになると、切れた人もそれ一件で入っていくわけでしょう。
#31
○政府委員(諸沢正道君) そこで、年間に育児休業の許可をとる実際の人間の数と、それからその人の延べ月数と言いますか、延べ月数と両方計算しなきゃいけないわけでございますが、私どもが昭和五十二年度の予算編成に当たりましてどのくらいの数を基礎としたかと申しますと、人間としては五千三百十七人、そして延べ月数としましては三万九千五百六十六月と、つまり一人の人間について言いますと大体七ヵ月くらい平均して休業をとるというふうな計算で一応やっております。
#32
○久保亘君 大体実情はわかりました。
 これは単に婦人教師の問題だけではなく、法律が指定をいたしました他の職種にも適用をされているわけでありまして、この制度を利用するに当たって、制度を活用するに当たって、休業をとります当事者は法制定の経過並びに法律が示唆しております立場に照らして、当然一定の給与保障は得られるものという立場で休業制度を利用しているのだ、その点については文部省はそのようにお考えになりますね。
#33
○政府委員(諸沢正道君) おっしゃるとおり、この法律の附則で、当分の問は給付をするんだ、その給付は人事院の勧告によって具体的にはどのくらいということが出て、さらにそれを法制化して実現される、こういうふうに考えております。
#34
○久保亘君 大臣、お答えいただきたいと思うのですが、いま言われましたような実態、その数千人、他の職種まであわすと一万に近いような人たち、もっとあるのかもしれません。これだけの婦人が子供を健全に育てるという立場、また母体の健康、いろいろな立場から生まれたこの制度を活用されているわけでありまして、この方々に対して法制化した国会やこれを実施に移した政府、なかんずく文部省の責任としては、この法律が示したものを十分に果たしてやるということは、これは重要な責任だと思うのですが、それはそのようにお考えになっているのですか。
#35
○国務大臣(海部俊樹君) 法律のでき上がりました経緯、考え方からいって、御指摘のようにこの趣旨が十分生かされなければならぬと考えております。
#36
○久保亘君 しかも、現在この有給の制度を明確にする給与法が膠着状態になりましたその原因は、人事院勧告の時期だけがこれは偶然に一致をしたというだけでありまして、何にも関係のない他の給与の改定と一諸にされてしまっている。そこで人質にされているというような、そういうことでもって当然やるべき責任が果たせないということは大変問題だと思うのであります。当然にこのことについては、他の給与改定などとは、これは全く関係のないものなんであります。しかも育児休業制度の成立の過程から言いましても、これは全然関係を持たないものであります。だから、そういう意味ではこの育児休業制度に伴う給与保障については、これは速やかに、しかも法制定がこれは議員立法でありますから、国会の中においても満場一致で決せられた問題でありまして、全然異論のない問題なのであります。だから、すでにこのことに対するすべての立場の人たちの合意ができている問題なんでありますから、その部分については、これは速やかにこの制度を確立をして、現にこの休業の制度を活用をしている婦人の方々に対して損害を与えないようにするということが当然の責任だと思うのでありますが、その点についてはどのようにお考えでしょう。
#37
○国務大臣(海部俊樹君) この問題につきましては、法律を国会にお願いしておる主管大臣の総務長官から申し上げるべきことかもしれませんが、文部省の立場として申し上げますと、先生御指摘のように人事院勧告を受けて、そして教員の給与改善の一環として一般職の給与法に織り込んでお願いをしておるわけでありまして、他の教員特別手当の引き上げに関する分等も、この一般職の給与に二つが入っておるわけでありますが、文部省としましては、この法律が、御審議いただいて一日も早く国会で成立をしていくことを心から期待をし願っておるということでございます。
#38
○久保亘君 あなたの立場はわかりますよ。ただ私は、それでは一つずつお聞きしておきたいのは、育児休業に関する給与法の問題と他の給与法の問題とは、本来何らその相関関係はない。これは育児休業給の方は独立したその法の制定に基づいて、その法律を受けて人事院が勧告し、そしていま、これが法制化されなければならないという段階にきている問題であって、他の問題とその性格上の関係は全くない。その点についてはおわかりでしょうね。
#39
○国務大臣(海部俊樹君) これは、私の理解しておりますところでは、第三次給与改善の一環として、教員の特別手当の問題とか、それからこの育児休業給の問題とか、これを総理府が、ともにこれは一般職の給与改善の内容になるわけでありますから、同じときに勧告を受けた内容であるので、それをまとめ、一本の法律にして前国会のときに提出をしておると……
#40
○久保亘君 いまの点は、あなた非常に重大なことを言われていたのですがね。育児休業給の問題が第三次給与改善の一環としてなされるものだというふうなことは――あなた、そんな理解されているのですか。
#41
○国務大臣(海部俊樹君) 広い意味で給与……
#42
○久保亘君 広くも狭くもないよ。
#43
○国務大臣(海部俊樹君) 待遇改善の一環ということで、第三次給与改善の内容として、と私が申し上げましたのは、私の理解不足でございましたから、これは訂正さしていただいておきます。
#44
○久保亘君 第三次給与改善とは全く無関係のものだと言ってもらわぬと困るんです。それはそうでしょう、全く関係ないんですよ、これ。第三次給与改善の問題が考えられる前に、これはもういまを去る一年半以上前に育児休業法は国会を満場一致通過しているのですよ。それを受けたものなんです。これは第三次給与改善などとは何の関係もない。しかも、この制度の成立には、国会は十年の日時を費やして議論をしてきた問題なんです。そのことに対する深い認識の上に立たなければ、この問題に対して正しく文部省取り組むことはできないと思う。その点をおわかりですか。――それは違いますよね、全然。
#45
○国務大臣(海部俊樹君) それは先ほど申し上げましたように、第三次給与改善の一環ではないというふうに、一環だと申し上げましたけれども、それは私の発言を訂正さしていただきます、先ほども申し上げましたように。
#46
○久保亘君 だから、この問題はもともとは育児休暇として論議されてきた問題でありまして、これが与野党の合意を得る段階で育児休業制度というものに変わっていったんです。あなたの党もこれに対してはそういうことで合意をされて、国会を満場一致で通していただいたものなんです。だから、この問題は、学校に限って言うならば、教育現場の条件をよくしていくこと、それから婦人教師の立場をきちんとしていくこと、そういうような立場からこれは強い要求があって長年の論議の上に生まれてきた問題であって、ようやく一年半前に実を結んだ。その実を結んだものを実際にこの実を受け取る人がどうあるべきかということについて、その法が示した方向で、いまそれをきちんとしょうということなんで、一方では、もうすでに一年間この法の適用を受けている人たちが文部省が言われただけでも数千人に達しておるわけでしょう。だから、この問題については速やかに合意のある問題として文部省はこの給与の有給の制度化について必要な法律の手続を終わるということがあなた方の責任じゃありませんか。
#47
○国務大臣(海部俊樹君) このことは、最初に申し上げましたように、法案を提案した総理府総務長官からお答え願うべきことかもしれませんが、文部省としましては、一般職の給与に関する法律の中にこの問題もきちんと記されて、そして、さっき言い損ないましたけれども、第三次給与改善の一環である特別手当の増額分も入っておるこの一般職の法律というのが出ておるわけでありますから、この法律が国会の審議を経て一日も早く成立いたしますことを文部省としては心から期待をし、お願いをしておると、こういう立場であります。
#48
○久保亘君 いや、この育児休業問題については全然異論がなくて合意があるんです。しかも、全然第三次給与改善とは関係のないものだと、これはあなたも認められたでしょう。ただ、法律の出し方が関係づけられているだけであって、政府側からのやつは。それで、これは実際その法律の性格上何の関係もないものだ。しかも一方は、すでに制定された法律に基づいて実施されて、一年間数千人の人たちがその適用を受けているこの人たちの直接生活に関係してくる問題でしょう。だから、その問題については、文部省はこの育児休業給の問題については合意があるのだから速やかにこれを成立させる責任があるのではないか。私はあえてその第三次給与改善とどうこうという議論はいま、しません。この育児休業給制度については、五十一年度にこの適用を受けた人についても――よく聞いておいてくださいよ。五十一年度にこの制度の適用を受けた人について、少なくともこの適用を受けた人たちが法律の示唆するところに従って期待していたものを裏切るようなことは文部省の責任において絶対にしない、このことはお約束できますか。
#49
○国務大臣(海部俊樹君) これは政府も一般職の給与に関する法律の中にそのことをきちんと盛り込んで国会へ提案をし、審議のお願いしておるわけでありますから、文部省といたしましては、重ねて申し上げるように、この法律が国会の審議を経て一日も早く成立するように願っております。
#50
○久保亘君 それじゃわからぬのでね。私は、法律の決め方についてはまた別に議論しますが、それはきょう時間がありませんからやりませんが、少なくとも国会で満場一致成立した法に基づいて文部省がその実施に移された、その実施に移したその制度の適用を受けた人たち、この制度を利用した人たちが、法律が示した、示唆したその内容に基づいて当然受けるべきであると思っていたものを、それをあなた方の責任で必ずその約束を果たしますということだけは言えるでしょう。そうでなければこの制度を実施した文部省の責任は大変重いものになりますよ。
#51
○国務大臣(海部俊樹君) 法律が通らなかった場合に責任を果たせとおっしゃる御質問の意味が私にはちょっといま具体的によくわからぬわけでありますけれども、国会で法律が通って、その法律の裏づけになる人事院の勧告に基づいて法律をつくっておるわけでありますから、法律が通ることを心から期待し、願っておるわけでございまして、やっぱり法律を通していただきたいと。これは国会にお願いをして法律を通していただくより仕方がありませんので、通していただくように心からお願いする以外に私としては申し上げることがないんでありますけれども。
#52
○松永忠二君 関連。
 大臣の言われておることはわかります。ただしかし、久保委員が言っておるように、本年度実施をした、本年度といいますか、五十一年度実施をしたものは三月までに支給されなければいけないものである。法律というのは、あるいはあなたのおっしゃるように、その後今国会はまだ五月まで続くわけでありますから、法律があるいは成立するかもしれない、あるいは不成立になるかもしれないわけです。ただしかし、その三月三十一日までに五十一年度のいわゆるいま言った数千人の人たちの給与の保障というものをやはりそこではっきりしなければいけない段階にくるわけです。そのことをつまり久保君は言っているわけです。だから、法案が成立をすればあるいはあなたのおっしゃるようなことは解決いたしましょう。それからまた、もし法が不成立をした場合においてはそれが一緒になって廃案になるわけでありますから、この育児休業手当の問題は別個に、つまりそれはつぶれてしまうという段階において文部省は一体その段階でどういういわゆる責任なり保障をとるかという問題が一つ残ります。成立しない場合のいわゆる保障ですね。しかし、三月三十一日までに本年度というか、五十一年度の実施したものについての保障というものがなければそこで問題が突き当たってしまうのではないのかということを言っているわけです。そういう意味から結局、その問題については文部省として責任を持って善処をせざるを得ないというのが私はいまのたてまえだと思うのです。いま久保君からよく説明されたように、この問題は、法律をつくってそれを支給するという前提の上に立って、そういう考え方を持って育児休業というものは実施をされていっていることはもういま経過説明したとおりである。そうして、それが三月三十一日で本年度の切りがくるわけですから、したがって、その金については、あなたのおっしゃるように、その後成立をすればそれはいいものの――その段階で処理をしなければいけない、区切りがあるということを言っているわけです。同時にまた、不成立をした場合における問題もあるわけだが、それをいまどうこうということは言い切らぬけれども、区分けをして、これは別個の法律として総理府が提案しているんだし、文部省としては別個の法律で支給をするということを前提として要求し、要望してきた問題なんだから、この問題はいずれに決着するにしても、自分たちとしては責任を持って――ただ、私としては法律が通って、総理府が提案されているのだからそれが通ってこの問題の解決ができることを期待をいたしておりますということはそのとおりだと思うわけです。しかし、それが期待に背いた場合においては、本年度実施したものを、あるいはその後のものも、文部省としてやはり法律のたてまえ上、責任を持ってやっていこうという考え方なのかどうかということを聞いているわけなんです。そういうことをつまり聞いているんであって、そのことをはっきりしなければいけません。だからあなたのおっしゃるように、通したいというだけで、この久保委員の質問を終わるわけにはいかぬわけで、久保委員もその点をはっきりして答弁を求めているわけです。私の聞いているのも久保委員の言っていることをただ敷衍をして申し述べているのが筋合いです。
 それからまた久保委員も言われているように、もう五十二年度については各省みんなつけているわけです、予算を。予算細則にちゃんと各省ともその率を一定して予算をつけているわけです。これは予算は法律が通るという前提でつけているのは当然だと思うのです。それほどこの育児休業というものはもう行われるものと政府自身も考えて五十二年度の予算化をやっているわけです。そういう精神に基づいて五十一年度実施をされたわけなんです。そしてあなたのおっしゃったように、これは文部省自身がそういうことを賛成をし、各党全会一致で決められたことであり、その法執行の責任は文部省にあることは事実であります。ただ提案の仕方として、総理府が所管をし、総理府が出しているというだけでありますから、それがこの別法の不成立の場合は、あるいはまたこの問題について三月三十一日までのいわゆる会計的な期限としては延びるのでありますけれども、一応期限としては三月三十一日までの結局補償でありますから、その問題についてやはり考え方を文部省は明確にしておかなきゃ、これは中途半端な質問で終わるというわけにはいきません。そういうことを久保君が言っているので、この点についてひとつ明確な答弁をしていただきたい。
#53
○国務大臣(海部俊樹君) まことに申しわけありませんけれども、政府は法律が通ることを期待しつつ国会にお願いしておるわけでありますし、それから私自身も、ただいま法案が衆議院に提案された段階でございますので、議院運営委員会の方には、前年の国会では衆議院は通過成立をして、参議院で廃案になったという経緯等も承知いたしておりますので、これはなるべく早く通したいから御協力を願いたいということを再三、院の方へお願いをいたしておるわけでありまして、その裏づけになる法律が成立するということを心から願い、努力をしておるわけでありまして、成立しなかった場合にその責任等補償について具体的に示さないと、ちょっと質問してやるわけにもいかぬぞとこう仰せられても、ちょっとそういうことを……。なるべく法律が成立するということを大前提にしていま動いておりますので、また法律を通すことによってその裏づけができるものであって、いまもちょっと法律が通らぬ場合に何かそういう特例とか、特別扱いとか措置とかいうようなものがあるかと言って聞いたんですが、どうも法律が通らないとその裏づけがないということでございますが、御理解いただきたいと思います。
#54
○久保亘君 いや、あなたね、議論をきちっとかみ合うようにしてください。
 まず育児休業制度が法律として成立する過程は御存じですね。そしてそのでき上がった制度というものが給与補償を行うということを当事者に法律の中で一定の約束をしているということもお認めになりますね。別法になりますけれども、それを出すんだということは約束しておりますね、この法律。しかもその成立した法律を受けて文部省が四月から実施に移された。そしてこの制度を数千の人たちが活用した。ところが、その法律ができないからと言われるけれども、できないようにしたんじゃいかぬのですよ。いま出されている給与法案の中にこの問題が一緒にあわせて出されているけれども、これはもともと何にも関係はないものだということをお認めになったんでしょう、さっきね。法律の、この給与法の性格上、育児休業給に関するものと第三次給与改善に関するものは給与法の給与の性格上は全然無関係であるということはお認めになりましたね。――いまうなずいておられるから、ここは認められたんです、私がいま言ったところは。そうなってくると、関係のないものを、他の関係のないものを理由にして文部省が実施に移した制度を活用したものを犠牲にするということは、これは文部省の責任ではありませんかということを聞いているんです。私は、あなたが言われるように、政府の出した法律が成立しても実施ができると思いますよ。合意に達すれば大変結構なことだと思う。しかし、その関係のないものが合意に達しないために合意に達しているものが一緒に葬られるということは問題じゃありませんか。しかもこの制度はすでに実施されて一年たっておるのです。そのことを私は言うておるんです。文部省として私は、どういうことがやれるかということを聞いているんじゃない。特例でどんなことがやれるか、そんなことはいま論ずべき問題じゃありません。しかしその場合には、文部省はこの育児休業制度を実施した責任が出てきますねということを聞いておるんです。その責任はおありになるということは認められるでしょう。もし休業制度を利用した者に対して給与の補償が行われないという状態が生まれた場合には文部省は責任がありますね。それないと思われますか。
#55
○国務大臣(海部俊樹君) これはやはり裏づけになる法律が政府から提案されておるわけでございますので、その法律を通していただいて、そして裏づけもきちんとできるように文部省としては一生懸命努力をしておるというところでありまして、国会でやっぱり法律を成立させていただくことを心からお願いするのであります。
#56
○久保亘君 それじゃ、私、まああなた率直に答えてもらえればいいんだけれども、第三次給与改善というのはこれは国会で論議して国会がその決着つけるんですよ、どっちみち、通ればあなた方はそれでいいと思われるでしょうし、それはそれでいいんです。しかしこの育児休業給というのはこれと関係がないでしょう。関係がないものを法律を一本にしたためにこのことが仮に、あくまで仮定の上ですが、不成立に終わって、この制度を活用した数千の人たちがそのために犠牲を受けるということになれば、育児休業制度を実施に移した文部省としてはこれの責任を感ぜぬというわけにはいかぬでしょう。責任がないとお考えになりますか。そうなるとこれはもう完全に文部省無責任時代になりますからね。三月三日を祝日にするというぐらいで婦人問題をごまかしたってだめですよ。こういう問題をきちんとしていくことが文部省の責任じゃありませんか。だから文部省は責任あるのか、ないのか。現にその制度を利用している人がいるのですよ。法律の成立、不成立というような問題はきょう論ずべき問題じゃない。これはいまから国会やるんです。
#57
○国務大臣(海部俊樹君) 法律の成立、不成立にやっぱり関係してくるわけでありますから、私どもは前回のその法律の裏づけがきちっとできるように、政府が出しておる一般職の給与に関する法律の中にはそのことが含まれておるわけでありますから、やっぱり国会の審議を経てこの法律を成立さしていただいて、そしてきちんと裏づけが実行されるように心から願うわけでございます。どうぞ御理解いただきたいと思います。
#58
○松永忠二君 こういう答弁は、育児休業の手当を支給することについては文部省としては責任を持ってやっていきたいと思うと、そういうことは言えるでしょう。育児休業の手当を支給することについては文部省としては責任を持っていくというか、それを完全に実施をしていくということを文部省としては考えていると、法律が成立するとか成立しないとか、そんなことは別にしてです。だから、育児休業――もうずいぶん長い時間かかってそのことをいま質問しているんです。育児休業手当を支給するということについては文部省としては責任を持ってと言うと、責任とか何かひっかかるようだが、育児休業手当について支給をしていくということについては文部省としては責任を持っていくと。――初中局長の答弁することじゃありません。文部大臣に聞いているんです。いま言ったような趣旨は文部大臣として発言することをわれわれは問題にしているわけなんで、そういう考え方があるかと。さっきもるる説明してきたように、文部省が、文教委員会で議員提案をされ、満場一致決められた法律に基づいて実施をしている育児休業手当については文部省としては支給が完全に行われるように必ずやっていきたいと、そこははっきり言えるじゃないですか。そのことをるるいわゆる答弁を求めている。だから、そのために長い間時間をかけてきたこの経過の問題と、この二つは性質が違うことだし、勧告だって全然別個に出ているんですよ。そしていま議長に勧告するにも実施の日付まで違うような勧告が出ているわけです。だから、それを一緒にしたことのよしあしということについては、一般給与法がたまたま提案されているからといういろいろなことがあるでしょう。しかし、ともかくそういう筋合いのものだということを説明して、あなたもそれは認めている。初めは第一種給与改善の中に入っていると思ったものだから一緒だと思った。それは違うことはわかる。これは別個の勧告であることは事実である。だからしかも、それは単独の法律でできているものを、法律を裏づけにしていわゆる支給をするものだから五十一年度の実施をしてきたわけです。五十一年度実施したものについても、いま言うとおり、大臣としては文部省としては責任があるのだから、それはあくまで支給するという考え、あくまでも主張してがんばってまいりたいという意思があるわけで、がんばっていくつもりだということはよくわかる。それからまた、来年度についてもとにかく育児休業についてはやっていくという決意があるということもはっきりしたんだから、そのことを明確に言えばいいじゃないか。育児休業手当については文部省としてはいわゆる責任を持って実施をしていくという考え方ですと。その考え方でないと言うなら問題ですよ。そんなことも言えないなんということになったら、じゃ、なぜ単独の法律ができて単独の法律にのっとって実施をしている。しかも、ことし実施をしたじゃないですか。だから、そういうことを言っているものだから、育児休業手当については文部省としては責任を持って支給をするというふうに考えていると、このことの答弁を聞いている。そんなことぐらいは文部大臣言えなくて何が一体言えるんですか。そのことを言っている、法律がどうこうじゃない。(「法律の問題離れて行政責任論としてどういうふうに考えている。」と呼ぶ者あり)こういうふうに考えているということを言ったらいいじゃないですか。
#59
○国務大臣(海部俊樹君) ですから、精神論とか考え方とか申し上げますのは、これはやっぱり法律が通った経緯、いきさつ、その他は私もよく知っておりますので……。その法律が通った、そうして今度は裏づけになるためには、また新たなる法律措置できちんと裏づけができるようにするということになっておって法律が出ておるわけでありますから、その法律が通ろうが、通るまいが、法律がどうなろうが、そういったことを抜きにして文部省としては責任を持ちますなんということは……
#60
○久保亘君 いや、そんなことは聞いておらぬよ。
#61
○国務大臣(海部俊樹君) 立法府にお願いをしておる立場からいきましても、また、法律を通していただきたいというお願いで法律をすでに出しております立場からまいりましても、これはもちろん法律を通していただいて完全実施されるようにしたいという気持ちでおることは当然でございますから、法律が通りませんとそれを前提にどうするこうするということはちょっと申し上げられないのですけれども。
#62
○久保亘君 時間がきょうないので大変残念だけれども、私たちが聞いているのは、法律が成立しなかったらあなた方に何か別の方法でやれなんということを言っているんじゃないんです。そうじゃなくて、法律がつくられてきた経過、この制度が実施に移された経過、これを活用した人たちの実態、そういうものを考えてきた場合に、育児休業給が支給できないという状況が生まれる場合には、文部省としては大変責任の重い問題ではありませんかと、それは文部省には責任のないことだと、こういうことで済まされますか、ということを聞いているんです。だから、責任があるからそれじゃどうしろとか、そういう議論じゃないのです。文部省はその場合には非常に大きな責任でしょうと、こういうことを聞いているわけです。文部省には責任がありません、それは国会が決めるのか、決めないかの責任で、国会が決めなければやらぬだけですと、そういうことであなたが言われるならそう答えてください。
#63
○国務大臣(海部俊樹君) これは国会で決まる法律の結果というものは最大限に尊重しなければならぬものであるという基本的な私は考えでございますので、国会にいま法律をお願いしておるわけで、国会がやるかやらないかによってこちらは責任ないんだということじゃなくて、こちらの期待しており、お願いしているのは、この法律を審議していただいて国会の意思を決めていただいて、そうして完全に裏づけができるようにしていただきたい。こういうことをお願いしておるわけでありまして、決してそういう御指摘のような考え方ではございません。
#64
○久保亘君 そうでしょう。だから、やっぱりこれがもし五十一年度にこの制度を利用した人たちについて文部省が考えているようなことが実施できないということになった場合には、文部省としては大変責任の重いことだと。だから、何とかして育児休業に関する給与の支給のための法律が決まって、そうして五十一年度にこの制度を利用した人たちに対して育児休業給が支払えるように文部省の責任でやりたいと、こういうことがあなた答えられるでしょう。文部省としては、そういうことに対して全力を尽くしたい、それは文部省の責任でありますと、そういうことも言えないんですか。
#65
○国務大臣(海部俊樹君) 文部省といたしましては、何回も申し上げますように、そういったことがきちんと裏づけされて実現されたい、こう心から願っておりますから、今度政府が出しました法案も国会に一日も早く審議の上成立さしていただきたいと願って――いまあらゆる方面に法案が成立するように、院の方にも心を込めてお願いをしておる。その結果が出ることを心から願っておるということでございます。
#66
○久保亘君 育児休業給の問題は、文部省が本当ならおやりになる気になればできるわけなんです。これはもう完全な合意の上に成り立っている制度なんだから、だから、そのことを文部省がなぜやれないのか、そのことが私たちの非常な疑問なんです。だから、文部省は、この制度を万策尽きてどうにもならないということならばやむを得ないかもしれない。そうではなくて、この制度を有給の制度として実施すればできたのに、そのことをもし文部省が他の思惑によってやらないということになったら、あなた方は重大な責任を負わにゃならぬ、あえて私はそのことを警告をしておきます。まあ、いま出されております、政府が出しております給与法案についても真剣にわれわれは審議をしたいと考えています。考えてみたいと思うのです。しかし、合意に達しないものがあるからということによって、国会が満場一致合意をしてつくった制度を犠牲にするということは許されないんだ。あなたに何遍答弁を求めても同じことを繰り返されると思うし、時間の制約を受けているから、私の考え方を申し上げておきます。
 だから最初に言ったでしょう、若いんだから柔軟に物事は考えにゃだめですよ。明治の文部大臣と昭和の文部大臣が違うところはそういうところにあるんですよ。そのことを話しましょう、あなたが速記録のないところで二人でやりましょうと言われたから、そんならまたいろいろひとつ話もしましよう。しかし、私どもがいま言っている意味は、あなたも理解できるんじゃないかと思う。あなたがいま政府の立場でなかなか、ここで、総理府の所管にもかかわっている問題を文部大臣としてなかなか言いにくいと、まあそういう気持ちもあろうと思うので、きょうはこの問題はこれで打ち切っておきます。しかし、きょう申し上げた問題について私どもは、またいずれこの法案の問題として議論をする機会もあろうかと思いますから、その機会にまたお尋ねをしたいと思う。
 せっかく大蔵省に来てもらいましたので、もう時間がありませんけれども一つ二つお尋ねをしておきたいと思います。
 一つは、医学部や歯学部における膨大な入学寄付金というのが問題になっております。文部省の調査によっても、医学部と歯学部だけでその額は七百億円を超えております。しかもそれが入学の条件として考えられているというほどのものなんです。そこで私、大蔵省に聞きたいのは、文部省の調査でも七百億を超す募集要項にない入学寄付金というのは、税法上はどういう扱いになっているのか。教育寄付金として所得控除の対象として考えられているのか、あるいは贈与税としてこれは問題にされているのか、その辺はどうなっておりますか。
#67
○説明員(矢澤富太郎君) お答え申し上げます。
 最初の所得税の方で寄付金の控除の対象になるかどうかという点でございますが、その寄付金を払わなければ入学できない、入学の条件となっている寄付金につきましては、税の面で控除の対象となる寄付金といたしておりません。
 それから贈与税の関係でございますが、贈与税は金品をたとえば親から子供に贈った場合にそれをもらった子供のところで贈与税がかかるわけでございます。贈った方の人ではございませんで、もらった方のところで。それで、本件は金は子供に行くんじゃございませんで、親から学校に行くわけでございます。今度は、したがいまして学校の課税関係がどうかということになるわけでございますが、学校法人は法人税法で、たとえば本を出版をするとか、あるいは売店を経営するとか、そういった特定の収益事業以外の学校の活動には税金をかけないという規定になっておりますので、これを受け取った学校側では課税になっておりません。親の方はもちろん課税もしておりませんし、それから所得控除も認めておりません。
#68
○久保亘君 数千万円の寄付金が学校側に親から子供の入学の条件として行われる場合に、この寄付は税法上はいかなる扱いも受けずに、全く税法上は法の枠外の金の出入りとして考えられていて問題とならないと、こういうことですね。
#69
○説明員(矢澤富太郎君) 枠外と申しますか、とにかく学校に入ることは税法は認めておるわけでございます。ただ、学校は受け取った段階で非課税になっておりますので、そこで税金がかからないという仕組みでございます。
#70
○久保亘君 贈った方は――教育寄付金として所得税法上、あなた方が認めないと言われるんだから、そうすると贈った方はどうなるんですか。
#71
○説明員(矢澤富太郎君) 所得税法上の寄付金控除の趣旨は、自分の利益のために金を出すということじゃなくて、社会一般のために、公益のために寄付をした場合には、所得税からある限度を設けまして控除を認めましょうという制度でございます。したがいまして、同じ学校法人の寄付金でも、たとえば校舎を新築するとかいうことで同窓生、一般の学校外の人からも寄付を募るというようなものは、この寄付金控除の対象になるわけでございます。
 いまお尋ねのございましたような、それを条件として入学を認めるような寄付金、これはあくまである特定の個人の利益になるものでございますから、そういう意味で、社会一般の役に立つ寄付金とは区別いたしまして税法の面では所得控除を認めていないということでございます。
#72
○久保亘君 控除の問題でなくて、今度はその所得については税関係の方では追跡されるんですか。何しろうわさによればもうすでに数千万円の台を超えて一億に達するという寄付もあるということなんですよ。そのときに、一体それは所得として得られていないものが、そういうものが莫大な寄付金として動くということについては、これは全くあなた方の管轄外の問題ですか。
#73
○説明員(矢澤富太郎君) 御指摘のとおり、その寄付金が、一億とかいうお金が所得税を払ってないということになりますれば、これは脱税あるいは所得の計上漏れということで更正決定なり調査なりをしなければならない問題であろうかと思います。そういう端緒があらわれた場合には当然執行面でそういう調査をしていると思いますが、ただ、一般的に税務署にそういった寄付金がだれが幾ら払ったという資料が集まってくるような仕組みになっておりませんので、一般的にやっているかどうかという点は問題でございますが、もし税務署がそういう端緒をつかんだ場合には、当然調査をいたすであろうと思っております。
#74
○久保亘君 それから、ことしから文部省があなたの方に対して教育費の所得控除に対する要求を取りやめられた、こういうことなんですが、この要求はかなり長い年数にわたって文部省から大蔵省に出されてきた問題です。大蔵省がこの教育費の所得控除を認めない、こういう立場をとっておられる主たる理由を個条的に挙げてみてください。
#75
○説明員(矢澤富太郎君) 教育費の控除の問題につきましては古くして新しい問題でございまして、昭和三十年代からすでにそういう要望がございます。それで私どもといたしましては、政府の税制調査会で再三にわたりまして御審議いただいております。政府の税制調査会の結論は、所得税というのは非常に多くの納税者の方々、三千万以上の納税者の方々を公平に扱わなければいけないという使命があるわけでございます。そういう制度を考えますと、個別的な事情をしんしゃくして税から控除を認めるということはなかなか制度になじまないのでおのずから限界があるだろう。むしろその条件によらないで、子供を持っておれば扶養控除というのがございますが、だれでも受けられる一般的な控除の形でその引き上げを行った方がいいだろうという答申をいただいておるわけでございまして、政府といたしましても扶養控除の引き上げということで従来から対処しているところでございます。
#76
○久保亘君 これは文部省の方にも問題のあることだと思うのです。私は教育費の所得控除というのを単に税制上の問題として割り切ってしまっているところに非常に考え方の問題がある。憲法や教育基本法に基づく教育保障、教育の機会均等を保障する、すべての子供に対して教育を受ける権利を保障してやるという立場で教育保障政策としてこの所得控除、減税の問題は考えられなければ、一般的税制の問題としてこれを割り切ってしまうことは大変問題があろうかと思う。もし、あなたのようないまの論法に従えば、住宅取得に伴う税金の控除だってこれは大変問題になってきやしませんか。この住宅を取得できない膨大ないまの庶民層に対してそれじゃ、住宅取得に見合う家賃の補助とか、そういうものが行われているのか。公営住宅の家賃なんというのはどんどん上がりっぱなしでしょう。そういう問題の是正は行われていないのに、住宅政策上これはやっているわけでしょう、住宅保障政策上。生命保険の控除だって、生命保険掛けることできない人だっていっぱいいるんですよ。むしろ、生命保険を控除の限度いっぱい掛けるなんというのは、かなりゆとりのある方で掛けてくるんじゃありませんか、大衆、低所得層から見た場合には。しかしそういうものだって、これはいろいろな政府の政策上やられていく問題でしょう。ましてや、教育政策、特にいま幼稚園が国立大学よりも教育費がよけいかかっているということは、文部省の調査で明らかなんです。幼稚園に子供を出して教育をしている父母の層というのは、非常に若年の人たちでありまして、所得から見るなら低所得の人たちが多いんです。だから私は、教育費の所得控除という問題については、教育保障政策上としてこの問題はとらえられなければいかぬと思うんです。文部省はことしその要求をやめられたということについても、私は大変そういう点で疑問を持っております。大蔵省はそういうような立場に立って、文部省の方から教育保障政策の問題として教育費の所得控除の要求があれば、検討の余地がある問題だとお考えになりませんか。
#77
○説明員(矢澤富太郎君) 教育に対する公費の助成の問題でございますが、果たして税制でやるべきなのかあるいは歳出面でやるべきかという点については、いろいろと私は議論のあるところであろうと思います。ただいま住宅の問題が出てまいりましたけれども、ただいまのところでは住宅ローンの返済の利子をやはり所得税から引いてほしいと、いわゆる住宅ローン控除というような要望も教育費と並んで大きなものでございます。そういうことで、個別の事情には応じがたいと申し上げましたのは、家計の中にはさまざまな支出がございますし、それから、家計のライフサイクルのどういうところにいるか、あるいは家計の方針によりまして教育費が大変に負担になっている方も、家庭もございますでしょうし、それから住宅ローンの返済が負担になっている家庭もございますでしょう。そういったものを一つ一つ税制で取り上げていくということはなかなか、公平に扱わなきゃいけないという税のたてまえからはむずかしいということを申し上げたわけでございます。
#78
○久保亘君 いや、私が言うような立場で文部省も考えなきゃいかぬと思うんです。たとえば憲法に基づく義務教育無償の原則を踏まえた教科書無償の問題だって、これは所得によってどうこうする問題じゃなくて、教育政策上必要だからやられているわけです。私は、憲法や教育基本法の定める、国民はひとしく教育を受ける権利を有するという立場に従えば、少なくとも経済的に制限を受けているという感じを国民の大多数が教育について持って、もし子供を教育しようとすれば親が生活を切り詰めなければいけない。ぎりぎり切り詰めてもだめならば、経済的に子供は教育を受ける権利を放棄しなければならぬという状況がいまの日本の社会にはいっぱいあるでしょう。そのことについては文部大臣も知っておられると思う。だから、そういうことを考えれば、できるもので、憲法の保障する教育の機会均等を少しでも高めていくという努力をするためには、これも一つの政策だと思います。私は、世界的ないろんな事例も調べてみました。世界にも前例がないわけじゃありません。例がないわけじゃありません。私が調べたんでも、ブラジルやカナダなどにそのような例があります。また、先進諸国家には少ないではないかという議論もあります。しかし、そうじゃありませんよ。それはなぜかと言えば、西ドイツなどでは授業料なんというのはないですよ、大体。日本みたいに膨大な寄付金や教育費を父母に負担させているところは少ないんです。それから、そういう実情を考えてまいりますと、入学金などについても、当然これは教育寄付金としてその控除の対象として考えられなければならぬでしょうし、また授業料などについては、教育費所得控除の対象として考えることは、決して私は間違ったやり方ではない、こう思うんです。
 一方、時間がありませんから申し上げておきますが、私学には一般歳出でもって助成を行っていると、こう言われる。しかし、残念ながら、いま大蔵省の強い圧力によって、私学助成は二分の一以内、「以内」をつけられて、そのために文部省の私学経常費助成は、残念ながら、まだ私学側の要請にこたえられるに至っていない。ずいぶん文部省も努力された。しかし、それでも非常に少ないから、どういう事態が起こっているかといえば、私立学校の場合には、この制度が生まれた五十一年度においても、入学に当たって最初の納付金が、私立学校全体ならして言うなら、四十四万六千七百七十三円募集要綱に基づいて支払っているし、五十二年になりますと、これが四十九万余りに上がっているんです。医学部に至っては、五十一年度百五十五万、五十二年度には百七十二万になっている。だから、私学経常費助成というのは、いま物価高や私学の経営のその実態をようやく幾分か埋めていっているという状態であって、とても父母負担の軽減につながっているというような状態ではないんです。それは、文部省が提出しております資料によっても非常に明確なんであります。そういう意味では教育費の所得控除などというものについて、いま真剣に教育保障政策の立場に立って考えるべきものではないか、こう思っているんですが、文部大臣の所見を伺っておきたい。
#79
○国務大臣(海部俊樹君) 毎年、文部省としてはそのことを頭に置いて検討はいたしましたし、今年度もいろいろな角度から議論をし、検討をいたしました。しかし、先ほど来御議論がありますように、やっぱりすべての人にきめ細かく公平に行き渡る方法、なるべく教育の機会均等を実質的に果たすにはどうしたらいいかという角度の議論もいたしまして、今年度は、御指摘のように、文部省で検討はいたしましたけれども、教育費控除が実現はいたしておりません。
 そのかわり、私どもとしましては、私学振興助成法の精神に基づいて、こういう財政事情の非常に厳しいときでございましたが、私立大学に対しては千六百五億、これはたしか伸び率で二四・四%までこれは予算案に組み込むことができましたし、また、高校以下の私学に対しても、これは大変な伸び率で用意をさしていただきました。それだけで済むかというと、そうではございませんので、やっぱり奨学金、特に育英資金の貸し付けの額を私学に有利にするとか、あるいは、いま御指摘のような、入学金の一時払いというものも父兄の側から見れば大変な負担でございますから、当該学校法人がこれの分割を認める方法を創設するなれば、そこへ原資になるものを長期低利に出すとか、財政支出の方でできるだけそういうものを充実していきますことによって、少しでも父兄の教育費負担が軽減されるように、また国公立と私立との間、あるいは一般の私学でも特に費用のかかると言われる歯科とか医科に対する配分に留意するとか、できるだけのことを考えまして努力をしておることでございます。
#80
○久保亘君 もう私の時間が参りましたので、あなたもよく御存じだと思うんですが申し上げておきますが、アメリカでは大学の教育で大学に納める金は学期ごとに百ドル、三万円。フランスでは、入学時に千二百円納める。イギリスではわりあいに高くて、オックスフォードで三十一万四千円、その他の大学で五万ないし十万程度です。年間ですよ。しかも、イギリスの場合には大学の経費の八〇%以上を国庫で負担しております。西ドイツは、ほとんど大学は州立になっておりますが、入学金も授業料もありません。ただ、大学の中のいろいろな経費として、一年間に日本円に直して一万五千八百円程度、学生は負担しております。これに比べれば、日本の大学教育費のその物すごさというのがおわかりだと思う。だから、いまその教育の保障を行うためには、できるあらゆる制度に文部省は手をつけて、そして父母負担を軽減をしながらすべての子供に対して教育の保障をしてやるということは緊急の課題だと思うんです。だから、そういう点についてぜひ引き続き教育費の税制上の所得控除についても文部省としては検討をし、そして大蔵省にもその検討の結果に基づいて話し合いを進めるという態度を持っていただきたいと思うんですが、最後に大臣の御見解をお聞きして終わりたいと思います。
#81
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のような方向で私どもも日ごろ職務に励んでおりますし、今年度も税制控除の問題は文部省としても議論をし、検討をした課題でございますので、いろいろ問題点があるとすればどういうところにあって、どうしたらより効果が上がっていくか、教育の機会均等全体の立場からこれは一生懸命に検討を続けていきたい、こう考えております。
#82
○山崎竜男君 何とかの不養生じゃないですが、突然けさから声がかれましたので、お聞き苦しい点は御了承いただきたいと思います。
 私は、戦前の地方大学の法学部に学んだんですが、卒業はできませんで、途中で海軍に行ったわけですけれども、戦後再び弘前大学の医学部に入りまして、戦前戦後の大学というものを両方経験したんですが、ただし戦後も、卒業年度が二十六年ですから、ちょうど六・三・三制が始まったぐらいのときに卒業をしまして、実態は戦前の教育と同じような教育を受けたんでありまして、私、戦前の教育で一番印象に残っており、いいと思っていることは、やはり高等学校の時代じゃなかったかと。戦前の高等学校あるいは大学の予科ですけれども。これちょうど思春期のときに、昔の高等学校というのは、大臣も御承知のとおり、大学に入るための入学準備ということはほとんどしなくても各大学に入れたものです。あるいは大学の予科に至っては無試験で自分の進むべき学校へ入って行けた。したがって、そのちょうど思春期の三年間という間に、私たち戦前に学んだ者は、世界観を語るとか、人生観を語るとか、あるいは恋愛を論ずるとかというような、人間形成に一番大事な時期をその三年間に過ごしたというのは御経験が皆さんおありになると思う。ところが、現在は幼稚園から大学まで試験、試験、試験、試験で、その途中でほっと一息ついて人生なり世界観なりあるいは恋愛なりについて考える余裕というのはないですね。
 そこで、大臣の御所信を伺っておっても、いまの六・三・三制というのは、これは戦後アメリカが自分の国で実施する前に試験的に日本でやらしてみようということで、日本国民の総意でもってできた制度でないというふうに私は了解しておるんですが、その六・三・三制の枠の中のいろいろな改革のことは御所信で承ったんですけれども、いま戦後三十年になりましたから、そろそろそういう枠内だけのことじゃなしに、教育全体にわたって大所高所からもう一遍見直してみる時期でもあるんじゃなかろうかというふうに考えておりますけれども、大臣の御所見を承りたいと思います。
#83
○国務大臣(海部俊樹君) 制度の根幹に触れる大変次元の高い角度からの御質問でございますが、私は、六・三・三・四の現在の制度というものについて、これがどういうところに三十年たった今日再検討しなければならないか、という問題点がいろんなところから指摘されておることは承っております。ただ、たとえば幼児教育にどう取り組むのか、あるいは六・三・三の中等教育の前期と後期の関連性をどうするのかというような角度の議論がありまして、文部省といたしましてもきょうまでその問題をほっといたわけではなくて、たとえば中学、高校の三・三を一貫教育にするにはどうしたらいいだろうかというので、研究校を指定してその実証的資料の収集といいますか、いろいろ研究にも着手しておるようでございますが、しかし問題は、その制度の根幹を変えるということになりますためには、やっぱり慎重にいろいろなメリット、デメリットを計算してやっていかなければなりません。当面の問題といたしましては、この六・三・三・四の制度そのものの根幹をいまここで変えるということよりも、いま当面手につく問題でこれを改善することによって改まっていくものがないだろうか。前大臣から受け継ぎましたこの教育改革の四つの整理された問題点というものをそれぞれに当てはめてみますと、やっぱりそれぞれの段階においていまこのことに着手したら教育は改善されていくんではないかという問題点の指摘もあろうと思いますので、六・三・三の制度そのものを当面直ちに手をつけて、こう変えようとか、こうやるべきだ、という結論はまだ持っておりません。慎重にいろいろ検討しておりますが、具体的に六・三・三・四の制度の中で改善しなければならない問題、たとえば教育課程の問題とか、大学の入学試験の問題とか、学校間格差の是正の問題とか、そういったことにつきましては具体的に出ておる芽を大事に育てて少しでも改善していきたい、こういう姿勢で基本的には取り組んでおるところでございます。
#84
○山崎竜男君 大臣の御所見のとおりだと思うんですけれども、まあ、いつでも現行の枠――これはまあなかなかむずかしいことでしょうけれども、将来にわたって一応は検討しておられるということで私も了とするものですが、決められた枠内だけの狭いお考えでなくて、日本の教育をこれからどうしたらいいかと。ことにいま高校の進学率が大体九二%、五十年であるが。それで義務教育にしろという説もある。あるいは大学に三八%も行くというような、戦前には考えられなかったような大きな――大学の数もふえましたし、学生の数もふえましたし、したがって、そこにどうしても質の低下というのは免れないわけですけれども、そういうことを含めて将来とも御検討をいただきたいと思うのであります。
 そこで、この前も松永先生そのほかの先生方から言われましたけれども、いまは金と物の世の中で、というお話がございました。しかし、これも私は、教育ばかりじゃなくて、社会一般がそういう通念になりつつあるのだというふうに思っております。というのは、昔は、私たちのころ、親というものはわれわれに偉くなれと、こう教えたものであります。金持ちになれとは言わなかった。そこで、金がなくてもあるいは貧乏であっても物がなくても、偉い人というのは昔はあったのです。それがわれわれの理想だったわけですが、最近は、機会均等、教育の平等というのはいいんですけれども、余りにも平等ということが表に出過ぎてしまって、何か同じじゃなきゃならぬということから、尊敬する人とか偉い人とか、ちょっと差のあるといえば語弊があるでしょうけれども、そういう人を認めないような社会通念あるいは教育姿勢が出てきたんじゃないか。そうしますと、たとえば学校の教師――私どもの子供のころは、学校の先生というのは三尺下がって師の影を踏まずというぐらい偉い存在であったわけですが、いま小学生でも学校の先生のことを先公などと言っておるような、教わるというか教えるというか、そういう差があっちゃいけないような、そういう風潮がある。そうすると、私たち生きていく上において、やっぱり人間も進歩の動物ですから、隣近所よりは多少いいところがあってほしいという、それが社会の発展につながると思うんですが、そういうときに、どうも偉い人も何もないという、みんな平等だという考えですと、残ってくるのは当然形のあるもの、結局、金だとか物だとかしか形がないわけですから、それ、そういう考え方がはびこってくるんじゃなかろうかと私は思っております。で、これはまあ教育ばかりじゃなくて、一般の家庭教育も社会の通念の方も変えなきゃならぬですけれども、そういう物万能で人間の唯物主義といいますか、宗教も日本では、残念ながら国の中で大多数が、たとえば西洋のキリスト教みたいな宗教もありませんから、そういう権威というものがなくなってしまった結果、金とか物とかというふうに国民が流れていっているんじゃなかろうかということを私憂慮するんですが、こういう点において、やはり学校教育でも徐々に徐々に、そういう、何といいますか、魂のとうとさといいますか、人間の人格のとうとさといいますか、そういうのは当然教えていらっしゃるでしょうけれども、ますます充実していただきたいというのが私の考えでございますけれども、大臣の御所見をお伺いします。
#85
○国務大臣(海部俊樹君) おっしゃるように、世の中の風潮の中で、何かこうお金や物が幅をきかせ過ぎて、また物事を解決するのにそれに頼ると非常に安易だ、だからお金にすべて頼ろうというような風潮が強まってまいりますことは、これは私は好ましいことではないと、こう思っております。同時にまた偉い――偉い人とおっしゃいましたが、ぼくはそれは決して肩書きのある偉い人じゃなくて、心の正しい、皆のためになるりっぱな人だと、こういう意味でおっしゃっておると思うんですが、おっしゃるように、そういう周辺の人々に対して、人のいやがることを率先してほほえみをもって担当するとか、あるいはまた非常に親切に、いろいろな人のためを思って行動してくださる、隣の人や近所の人に、いろんな模範的な行為もなさる人というようなことをもっとみんなで尊重し、高めて、そういった人々を尊敬していくということも、これはやっぱり世の中の仕組みの中で、私は大切なことだと、こう思います。そういう意味で日本国民として基礎的、基本的に必要な資質というものはやっぱりきちんと身につけていただきたい。お金だけで片づけようというような考え方が間違いだということも、やっぱりきちんと身につけてもらいたい。そういったことは先生御指摘のお考え方に、私も賛成であり、同感でございます。
#86
○山崎竜男君 それでは、先ほどもお聞きをいたしましたが、高校の進学率が昭和五十年で約九二%になり義務教育にしたらどうかという御意見もあるわけですが、これは文部省としては、将来そういう義務教育にしなきゃならぬなあというようなお考えはおありなんですか。
#87
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のように、進学率はもう九二%を超えましたし、しかし合格率が九二・四%ということを見てみますと、現段限でもまだ中学卒業の段階に高校進学という道を選択しない人々も現にあるわけでありますし、また高校のあり方そのものにつきましても、普通高校と職業高校という言い方がされますが、特に職業高校の方では三年間の教育課程では不十分だということで、やっぱり五年間の高等専門学校あるいはそれを引き継いで受けていく技術科学大学というような進路も一つできておりますし、また専修学校の制度というものも、いまそれぞれ整備をして多様な進路を希望する人々の要求に応じようという、こういうのがきょうまでの基本でございますから、六・三の次の三年間という高校をいま直ちに義務化してしまおうというには、ちょっと慎重に検討しなきゃならぬ問題がたくさん残っております。が、しかし心構えといたしましては、やっぱり義務教育的な考え方も必要だと思いまして、特に、御承知のように今年から昭和五十五年までは、十八歳年齢児が大体百五十万人ちょっとふえるということも人口構造の移り変わりからわかっておるわけでありますので、せっかく九八%を超えております合格率が維持できるためには、計算しますと五年間に四百校を超える高等学校を整備しませんとこの合格率が下がっていくということになりますので、臨時にとりあえず公立高校をつくるために建築の補助の制度を今年度から五年間に限ってやりましたことは御承知のとおりでありますが、そういったのは、心構えとしては、なるべく希望する能力のあるすべての人が高校では学んでいただけるように、国としてやらなければならない体制の整備というものはきちんとやっていこうという心構えで取り組んでおりますが、直ちにおっしゃるようにこれを義務教育にしてしまうということには、非常に慎重にならざるを得ない面もあるということを御理解いただきたいと思います。
#88
○山崎竜男君 高校の問題から大学の問題ですが、大学は三八%以上だと、先ほども言いましたとおり、これは戦前から見れば膨大な増大であります。したがって、学校がふえればもちろん教授もふえなきゃならぬ、教師もふえなきゃならぬ。これ、数が多くなればなるほど質の低下というのは、私は免れないと思う。これは生徒の方でもそうですし、教える側でもそうであろうと思う。これをどうして防ぐかということがこれは大問題でありましょうし、ことに高等学校の義務教育化というようなことになりますと、やはり落ちこぼれなくこれを進学させるためには全体のレベルが下がってくる。大学でも、いまの大学出たのはなかなか使い物にならぬと言っちゃ語弊がありますが、そういうことがあるんで大学院というものが新たにできて、大学院で勉強させなきやどうもならぬというようなことまで言われておるんですけれども、そういう質の低下に対しては、文部省はどのようにしてこれを防ぐかと言いますか予防をしていらっしゃるかお聞かせ願います。
#89
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のように、同世代年齢の三九%というのが高等教育を受けるわけでありまして、私はまあこれを高等教育の大衆化というふうに受けとめておるわけでございますが、一つのすぐれた学校を目指していくよりも、やっぱり多くの特色を生かした、すぐれた学校ができてもらわなければならない。言葉をかえて言いますと、学校間格差というものを何とか埋めていかなければならぬというのが高等教育に対しまする当面の基本でありますから、今後五年間というものは、余り量の上で拡大をしていかないで、高等教育を受けるにふさわしい学校の質の充実と言いますか、そういったようなところに力を入れていくべきだという方向で、地方の大学にはそれぞれやっぱり特色を生かした講座等もあるわけでありますし、また大学と大学の間の単位の互換制度と言いますか、要するにそれが一つの開かれた大学、学校閲格差を是正していくためにも一つのいい仕組みになるわけでありますから、昭和四十七年度から制度としてはできましたこれが、いまたしか六十八の大学の学部、それから大学院等でそれが採用されつつあるものですから、こういったようなこと等も積極的に進めていくように助言をしたり、その方向に進めていきたいと、こういうのがいまの基本の考えでございます。
#90
○山崎竜男君 そうしますと、学校問格差はなるべく少なくしていくんだということで、講座のお互いの交換などもあるという方向で、これから大学あるいは短期大学あたりは文部省のお考えはそうであると。まあ、戦前の学校は、同じような学校でも、同じような大学でも高専でも、いろいろ特色があったですよね。たとえば物理学校みたいなのがありまして、その学校を出ると大変高く評価されるにかかわらず入学試験がなかったとか、あるいは高等専門学校でも、まあ陸士や海兵は別にしましても、やはり商船学校だとか何とか、非常にすぐれた特色のある学校があったと思うんですが、これからはそういう特色のある学校は余りつくらぬでもよろしいから、お互いに何といいますか、格差のない学校を目指していくんだというお考えでございますか。
#91
○国務大臣(海部俊樹君) これは特色は大いに生かしていただいて、それから、現在でもやっぱりよく例に引かれる話でありますが、熔接の技術関係の研究は大阪大学が一番すぐれておるとか、あるいはプラズマの研究は名古屋大学であるとか、畜産関係は帯広畜産大学であるとか、いろいろそのすぐれた技術特色を発揮していらっしゃるところもあるし、あるいは地方の国立大学でもいま新しいキャンパスの中で新しい形の大学を目指して鋭意努力していらっしゃるところもございます。それぞれの地方の特色、学校の特色というものは、これは平均化しようと思ってもなかなかむずかしい問題でありますから、それはそれでもちろん尊重し、生かしてまいりますが、私が申し上げましたのは、最初に先生御指摘になったように、これだけ数がふえてきて、これだけ大衆化してくると、一体底辺の低下というものをどうやって救っていくんだと、こういう角度の御指摘に対しましては、特色を生かしてやっていただくと同時に、やっぱり学校間格差というものをある程度埋めて、そして高等教育機関にふさわしい内容を整備充実していきたい。こういう考えでありますから、あえて言わしていただくと、両方とも大事だということでございます。
#92
○山崎竜男君 私も、両方大事だという大臣の御所見を承って、私も大賛成でございます。
 そこで医科大学関係に移りますけれども、いま年間全国の医科大学卒業生が七千人ぐらいだと思いましたが、大体それでよろしゅうございますか。
#93
○政府委員(佐野文一郎君) 七千人をやや超えております。
#94
○山崎竜男君 そうしますと、十年たつと七万人ということでございますが、これからも多少医科大学はふえるかもしれませんが、このままどんどんどんどんいきますと、医者が一番ふえるのは昭和何年ぐらいになりますか。
#95
○政府委員(佐野文一郎君) 現在の時点での国公私を通じた医科大学の卒業生を前提として考えますと、昭和六十年を待たずして人口十万当たり百五十人と、規模を越えることに相なりますが、さらにその後無医大県解消で残っているところが四つございますから、それらを加えてまいりますと、昭和六十年を越えた段階でさらに人口十万人当たり百六十人を超すというような状況に相なります。
#96
○山崎竜男君 私どもの心配しておることは、そういうふうにどんどんどんどん医者がふえていきますと、将来医者に失業者が出るんじゃないかという――これは出ても悪いと私は思わないんですけれども、ただ困りますことは、日本の医科大学というのは、医科大学だけしか出ないんです。外国の医科大学は、アメリカあたりは一般大学の何学部でもいいから卒業して学士号をもらって、それで医科大学へ行くわけでありますから、もし医者として生活できなくても、たとえば経済学者として出たりあるいは法律学者として生活の糧を得られるわけでありますが、日本の場合はちょっとその辺が違うんでありまして、そういう意味で、文明国の一応の基準は千人に対して医者一人、まあ八百五十人に対して医者が一人であればもう文明国の最先端であるというふうに私は理解しておるんですが、これもまた問題がありまして、日本の場合は、文部省では、人口何人に医者がどのぐらいいるのが適正値だと、これは厚生省の管轄かもしれませんが、いま計算しておられるんですか。
#97
○政府委員(佐野文一郎君) 先生御指摘のように、人口十万人当たり医師百五十人というのが厚生省の方でお考えになった一つの目標数でございました。その数は、先ほどもお答え申し上げましたように六十年を待たずに達成できると思います。ただ、先進国を見ますと、アメリカ合衆国の場合には十万人当たり百六十五人あるいは西ドイツ百八十四人というような例もございますし、またわが国の場合には医師数は必ずしもそういった人口十万人当たり何人とかそういうことだけでなくて、それぞれの地域における医師の偏在の問題であるとかあるいは地域医療の問題であるとか、そういったことも考えていかなければなりませんので、百五十人を超えたからといって医師が過剰になっているというふうには私どもは必ずしも考えておりません。
#98
○山崎竜男君 私もその点は同じ意見なんですが、ただ、日本の場合と外国の場合と違うのは、日本は開業している医者というのは全部専門医なんですね。眼科は眼科しか診ません、耳鼻科は耳鼻科しか診ませんということ。だから、一般の患者さんが飛び込んでいっても科が違いますからということで断わられる。外国では人口割り何人という医者の数は、とにかく家庭医ですから、飛び込んで来たら、頭の先から足の先までどこが悪くても全部診てくれて、そして自分の手に負えないときは専門の病院へやるというシステムですから、人口何人当たり何ぼというこういうことが出てきますけれども、日本の場合は医者が百人いても実際上は全然診てくれない医者ばかりの場合があるわけです。ですから、そういう意味で私は、日本のこれからの医学教育も、ことに現在みたいに交通事故やなんかの突発事故が多い場合には余り専門医ばかりできても困るんで、昔からあったような、昔は家庭医というわけじゃないですが、先祖代々そのお医者さんにかかって、そのうちの家系のことはみんなわかっているというような医者もおったんですけれども、そういう家庭医的なものもこれからの医学教育では必要じゃないかと思うんですけれども、その点はどういうお考えですか。
#99
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のような点が確かにあると思います。医学教育の内容についてそれをどのように改善をしていくかということにつきましては、関係の審議会において多年にわたって検討が行われまして、先般医学部の設置基準につきまして改善を加えて、各大学において従来以上に弾力的な講座編成を行って、それぞれの大学がいろいろな社会の要請を考えながら新しい講座の組み方等を工夫して、医師の養成に取り組めるというような体制をとってまいりました。そういったことを活用して各大学における医学教育が改善されることを期待をしているところでございます。
#100
○山崎竜男君 実は医師は学校卒業すると同時に国家試験があるわけですが、この国家試験の成績がきわめていいんです。思ったよりいい。九〇何%というのが平均でありまして――悪い学校もあるでしょうが。何でいいかというと――私、先ほど来何千万もつぎ込んで医科大学へ入るという話がありまして、そういうもし質の悪いのが入っておれば国家試験に受かるはずがないんで、そこで淘汰されるだろうと思っておったら、国家試験の成績は割りにいいんです。なぜいいかというと、これは学校の方で国家試験に入りそうもないという人は留年させてしまうんですね。それが現状です。そうすると、一年留年した十人か何ぼの落ちこぼれたのが二度目にも受からぬと二年留年する。それがだんだんだんだん年次を重ねるごとに三十人、四十人とふくれ上がってくるんで、しまいには学校の方でも手を上げて、卒業させないで退学処分ということをしている学校もある。その場合は、これは親御さんからしてみれば、多額の寄付金を払ったりあるいは非常な努力をして大学に入学さしたにかかわらず医者にもなれずに放校になってしまうという現実があるんですが、これをどういうふうに救わなきゃならぬかというのも一つの文部省にもお考えいただきたいことなんですが、これは文部省の、いまのところでは救いようがないというふうに、成績の悪い者はしょうがないと、こういうことでございますか。
#101
○政府委員(佐野文一郎君) いま医師、歯科医師の国家試験の合格率は最近の、去年の春の時点で見まして、医師の方は八〇・四%、歯科医師の方は九六・二%くらいになっております。歯科医師の方はかなりの高い合格率でございますが、医師の場合には、お聞きのように八〇・四というような形で、医師になれないという者がかなり出るわけでございます。医師の国家試験というのはもちろん事の性質上できるだけ厳正かつ慎重に行われることが望ましいわけでございます。私どもは、そういう意味でもっぱら大学における医学教育の内容を充実、改善をするということにまず努力をしなきゃならない。先ほど申し上げましたように、設置基準の改正に当たりましても講座数をふやしたりその他基準全体の水準を上げるということをいたしたわけでございますが、さらに実際に医学部に入った者の中でどうしても歯科医師あるいは医師に合格できないという者が出てきているという実態はございますから、それについては各大学における進路指導というものを十分に考えていただくということがまずございましょうし、それから、たとえば衛生検査技師であるとか、あるいは臨床検査技師であるとか、そういった医学部を出た者が進む医学周辺の仕事もあるわけでございますから、そういったことを含めてせっかく医学部に入った人材がむだにならないように各大学側の指導を鋭意求めているところでございます。
#102
○山崎竜男君 いま佐野局長がおっしゃられた中にありましたけれども――これは教育学部でなくてもほかの学部でも、文学部でもあるいは法学部でも経済学部でもそういう、学校で、大学にいる間に中学校の教員のAクラスとかBクラスとか、あるいは高等学校の教員の免状なんというようなものをもらえるようなシステムにいまのところなっていますね。教育学部出身じゃなければ教員の免状は得られないということじゃなくて、まあ学部によってはその中で勉強して資格さえ取れればという、資格を得られるというシステムになっています。それで、私はいま佐野局長が言われたように、衛生検査技師とかあるいは臨床検査技師とか、そういう医科大学を卒業しなければ試験を受けられないということじゃなしに、せめて――昔は、たとえば弁護士になるのに大学の法学部を出れば自動的に弁護士の資格を得たなんてまあ、明治、大正の初年ごろはそういうこともあった。弁理士もそうだったんですが、それがだんだん資格がやかましくなってきたということですが、せめて医科大学に入ってその教育課程の中で、まあ前期でも後期でも、その中で自動的に衛生検査技師とか、あるいは臨床検査技師とか、あるいはレントゲンの資格とかいうものの試験課程を設けて、それを学内で取った者はその資格を与えるというようなことをすれば、まあ将来国家試験に受からなくても、せめて衛生検査技師には自動的になれるということになるんですが、そういうことをお考えになってはおられませんか。
#103
○政府委員(佐野文一郎君) 現在、衛生検査技師は医学部を卒業すれば免許を取得できるわけでございます。それから、臨床検査技師の方は医学部を卒業いたしますと受験資格が出るということで自動的になれるわけではないというたてまえでございます。教員の場合も、これは大学を卒業するという一つの基礎資格の上に、いわゆる教職を積んで免許状をもらうわけでございますから、大学在学中に取るというわけにはまいりません。もちろん短大卒ということはございますから、そこのところの問題は別途ございますけれども、制度全体の仕組みの問題でございますので、卒業を現在、資格取得の基礎条件としているものについて、それを在学中に取れるようにできるかどうかというのは、これは文部省一存ではちょっとお答えいたしかねる問題ではなかろうかと存じます。
#104
○山崎竜男君 まあ、いろいろむずかしい問題があるかもしれませんが、これは将来にわたってこの問題必ず出てくると思うんです、国家試験通れない者をどうするかと。ことに、さっき言ったように、何もほかに行きようがないとか……。大学で勉強したというメリットが一つもないままおっぽり出されるということのないように考えてあげていただきたい。これは将来の課題でございますからお願いするわけです。
 そこで、先ほどもお話がありましたが、医科大学だとか理工科系というのは、これは大学でも授業料で賄えるような状態でなくて、非常に一人一人の学生に金がかかるものだと思います。そこで、いま官立の医科大学の学生に国から補助をしなければ教育面でいろいろ差しさわりがある。これは実験をするについてもその器具、器材とかなんとかいうものがかかるわけですから、とうてい授業料だけでは賄えないはずなんですが、その官立の医科大学生に国が補助をしなければやっていけないというその額は一人当たりどのぐらいになりますか。
#105
○政府委員(佐野文一郎君) 国立大学の場合に医学部の学生一人当たりについて国費をどのくらい入れているかというお尋ねの趣旨だと思いますが、人件費あるいは物件費、施設設備費等いわゆる消費的な経費、資本的な経費全部入れまして学部の関係で申しますと一人当たり年間二百六十六万。さらに病院をこれに加えますと、病院の場合には必ずしも全部教育研究のお金ではございませんから計算がむずかしいわけですけれども、便宜、病院の支出の中から病院収入の分を控除をいたしまして、残りを学生一人で割ってみますとその金額が約二百三十万くらい――二百三十一万くらいになりますか。両方合わせて四百九十七万くらいの額を年間学生に出しているということだと思います。
#106
○山崎竜男君 いまは私学振興助成法で私立医科大学にも多少の国からの援助があるでしょうけれど、昔は約五百万近くの国からの援助というものは私立医科大学にはないわけですから、その穴埋めをどうするかというのが私立医科大学どこでも経営者が考えたことなんで、その穴埋めの一つとして寄付金なり学債なりというものを求めた点があると私は思っております。ですけれども、金がなければ入れないという状態は存在するわけですから、これは決していいことじゃない。しかしながら、国立と違って私立の場合には年に五百万ぐらいの割合で一人当たり実際の経費を、その金をどこから持ってくるか、やはりこれだけの経費を食うんであればこれは国からの助成をしなければ私は私立大学の寄付をやめろと言うことはなかなかむずかしいんじゃないか。実際やめるということがむずかしいんじゃないか、ということになりますと、やはりある程度の金が出せない者は私立大学にも入れぬということではこれ非常な大問題でありますので、この辺、将来文部省の方でそういう当然かかるような経費はこれは国の方で補助をする、してやらなきゃならぬというふうにお考えになっておられますかどうですか、その点をお聞かせいただきたいと思います。
#107
○国務大臣(海部俊樹君) 基本的な方向としましては、私は、国ができるだけのことをして、そして国民の納得のいくような方法で医学教育というものに対しては国が分担すべき責任というものをはっきりすべきだと基本的には考えておりますし、また、現在におきましても私立大学それから私立医科大学、歯科大学側に法外な寄付金の強要については強く自粛を求めるわけでありますが、自粛を求めると同時に、私学振興助成法とかあるいは私学振興財団の方の融資を通じて現在においても許される範囲内の助成や融資を行ってこの自粛の趣旨も徹底するようにしておりますが、ただ、この自粛ということだけでなくて、できるだけのことをやっぱりあわせて許される範囲内でやっていきたいというのが基本的な考え方でございます。
#108
○山崎竜男君 今度は質の問題に移りますが、いま大学の入学試験というのは筆記試験でありますから、どちらかというと暗記力のいい人は合格するわけです。
 そこで、この前、東大の教授に聞いたんですが、大体東大の学生の中で、なるほど頭はいいかもしらぬが、医者としてやっていくのには不適格だというのが一割ぐらいはあると、そういうことでございます。これはどういうことかといいますと、いま非常に科学、医学が発達しておりますために、この人道上の問題とか、あるいは道徳上の、道義上の問題、あるいは人類の未来にかかわるような問題まで医学の方で取り扱っているわけなんです。ところが、そういうことに対する適性やなんかを全然、いま検査するという入学試験制度になっていない。ただ頭がよくて成績がよければ入るということで、現に大学の教授あたりが、一割ぐらいの不適格者がいる、こういうのが医者になったらそら恐ろしいというのがいる、と言うんですが、これはどういうことかというと、一例を挙げますと、私どもの時代でも、おなかの中にいる赤ちゃんが男であるか女であるかということはわかった、十年以上前の話ですが。それでもわかったんです。わかったということを患者に知らせるべきか知らせるべきでないかというのはこれは大変な議論がある。というのは、何も考えずにあんたのおなかの中の赤ちゃんは女ですよと言うと、女の赤ちゃんがほしい人は万歳と言って喜ぶでしょうけれども、男の赤ちゃんがほしい人はこれは出して始末してくれと、こういうことになる。そうしますというと、人工的に男女を生み分けるというようなことが行われるというと、これは自然の配分の序列を乱しますから、男女の格差がたとえば二対一になれば、一人の男性が二人の奥さんもらうとか、あるいは二人の女性が一人のだんなさんをもらうとかというようなことまで将来考えてみなければならぬので、一概にいまの科学でわかったからということで全部発表するというようなことはこれは非常に危険性がある。これは人工受精の問題でもそのとおりで、アメリカでこれは問題になっていますが、人工受精の問題でもそのとおりでありますが、そういういろんな危険を含んだ高度な配慮をしなければならぬときに、私はこれは医学部ばかりじゃないと思いますが、ただ単なる筆記試験でもって、適性の検査もしないでぼこぼこ成績がいいから入れたというので、それがどんどん出てくるということは、私は将来に非常に危険が伴う。極端な話をしますと、いまの若いお医者さんには余り診てもらうなというのが、私の教わった教授がそう言うんであって、何されるかわからないぞと、こういうことがあるんです。本当の話ですよ。ですから、何かその辺で筆記試験ばかりでなくて、これは果たして医者としての適性があるかどうかというのを、外国では卒業するまでの間に適性検査みたいなものをやって、そしてこれは適性がないとすれば、いかに成績が優秀であろうともあなたは医者には向いていませんからやめてくださいというようなことを言って、学校をやめてもらうというシステムが残っているそうですけれども、そういうことが必要なんじゃないかと思いますが、これはなかなか実行としちゃむずかしいかもしれませんが、将来これは必ず問題になってくると思いますので、お考えをひとつお聞かせいただきたいと思います。
#109
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘の問題点は大変大切な問題だと考えまして、どのようにしたらそういった心配から一〇〇%解放されるだろうかということを、いろいろな角度からの対策がございますが、二ついま考えておることを申し上げますと、そのうちの一つは、人間の能力、適性を判定するときに、一回、一発のペーパーテストだけで果たして選別できるかという、そういう角度の御議論が一つだと思いますが、今度、大学の入学試験制度の改善の中で大学入試問題の会議からの報告等にも示されております方向は、まず選ぶときに一回のペーパーテストでなくて、いろいろな角度からその人の能力とか適応性というようなものを判断することを加味して選ぶべきであると。したがいまして、たとえば共通一次試験が終わる、それから専門的な第二次試験が行われるときに、何かこう適性も見ることもできるような工夫はないものだろうか。この七月に各大学学部で第二次試験のあり方をお決めになるわけでありますが、そのときにはそういうような先生御指摘の方向のことも加味した選抜ができるようにしたら、一つの面からの問題解決に役立つのじゃなかろうか、こう考えますし、もう一つは、入ってからの医学教育の中で、医師の置かれます社会的な責任――もっと強く言えば倫理の問題、こういったことも医師の技術とともにやっぱり大切なことだということでありまして、各大学ごとに、たとえば講座編成やカリキュラムの編成を弾力的に行いながら、医の倫理というものについても教育の段階できちんと指導をしてもらうように大学設置基準の一部改正も行いまして、そちらの方向に向かって今度は大学教育の中でもそういった倫理の問題を考えてみる時間を置いてもらおう。
 当面は、これらのことともに、本人の自覚にも待たなきゃならぬこともあるでしょうけれども、とりあえずはその二つの面から何とか御心配の点がなくなっていくようにいまは考えて指導をし、協議をしておるところでございます。
#110
○山崎竜男君 ぜひお願いしたいと思うのですが、ただ、いま在学中に、この人はちょっと適格じゃないなと思ってもそれがなかなかそう思いながらもやめさせることができないということであっては、これは何もならぬことであります。そういう人が入学しないというのが一番いいわけでありますけれども、その辺がなかなかむずかしいことだろうと思いますけれども、賢明なる大臣のお知恵をお出し願って将来に備えていただきたいと思います。
 そこで、いま入試センターのお話が出ましたが、この入試センターの目的というようなものもいまの大臣のお話にもあったと思いますけれども、これはフランスあたりでは資格試験といいますか、国が行う国家試験を受けて、合格しない者は大学の入学は認めないというような制度があるんだそうでありますが、大臣のいま御指摘の入試センターはそういうような資格試験みたいな意味でおやりになるのかどうか、その辺をお聞かせいただきたいと思います。
#111
○国務大臣(海部俊樹君) これは御承知のように長年の調査研究の結果、国立大学協会の方の意向がまとまり、公立大学の方もこれに参加をしようということでございまして、国立と公立において昭和五十四年度から行う共通の一次試験でありまして、これを大学の入学資格試験制度に位置づけようということはただいま考えておりません。
#112
○山崎竜男君 お考えになっておらないそうでありますけれども、私は、いま何といいますか、先ほど申し上げましたとおり、すべて平等でなければならぬという風潮がございますけれども、俗に言うように一升ますには一升の水しか入りませんので、能力のない者はいかにこれ教育をさせても何してもどうしようもない場合もあるわけでありますから。親御さんにしてみればどんなことでもして大学でも出してやりたいと思って、そのために何回も試験を受けさせるが、なかなか入れないというお子さんもあるわけですから、そういうことを要らない心配をかけることのないようにするためにも、そういう意味でも、この入試センターというのは、とにかく一応の基準でございますから、これに合格していただきますと、そうでなければちょっと大学というのはむずかしいんじゃなかろうかというふうに……。私は、教育の理想の一つに、その人の持っておるいろんな違った能力を開発してやることがあると思うんです。だから大学を出なければその人の能力が開発できないという場合は、それは当然大学へ入る必要はあるでしょうけれども、そっちの方は人より劣っているけれども、手仕事をさせたらもう他人のとても及ばざるところであるとか、いろんなそういう特色があると思う。いま全部そういう特色を無視してしまって、何でもかんでも上の学校へ上の学校へといっているのがいまの日本の風潮じゃないか。これが果たしていいことかどうかというふうに私は実は思っているんです。やはり現場の教師の方々が見て、この子供はこっちの方は不得手だろうがこっちの方は得手のはずだということを見つけてあげるのも私は、教育の大きな目的の一つじゃないかと思うんですが、そういう意味でこの入試センターというのはいわば試験地獄を解消するために、あるいは学校間格差の解消のためにおやりになるということもいま承ったんですが、それと同時に、何か資格試験みたいな形態をとることも私はいずれは必要になってくるんじゃないかと思いますが、大臣はいかがお考えですか。
#113
○国務大臣(海部俊樹君) これは大学側の調査研究、それから自主的な意見の一致というものを大切にして、文部省はそれに対してできるだけそういった所期の目的を果たすことができるように御協力をしていくわけでありますが、もう一つの別の角度から申しますと、これはまたいまの高校生活のあり方とも関連してくるんですけれども、大学の入学試験というものが余りにも選抜というところだけに力点を置き過ぎますと大変むずかしい問題が出されなければならぬようになって、それがいま難問奇問というような言葉でよくマスコミをにぎわしておりますが、難問奇問を突破するためには今度は受験術といったようなものを身につけませんとなかなか難問奇問が突破できない。そうすると、その受験術を身につけるために、逆に高校生活三年が先ほど御指摘になったように何か非常に味気ないようなものに時間がとられるんではなかろうかというような悪循環等もありますので、今度の共通一時試験がねらっていらっしゃるものの一つに高校の教育課程というものを誠実に勉強しておればその範囲から学力試験は出ますよ、という一つの安心感が与えられればいまの受験制度が持っておりますよくない一つの面を確かに改善していくことができる。そういう面のメリット等もございますので、これらの問題につきましては、将来の問題としてはいろいろ検討をしなければならぬこともございましょうから私ども検討さしていただきますが、この第一次試験と第二次試験というものを一つにした選抜、そしてそこにできれば調査書というものを加味して多角的に人間の能力を判定できるような入学試験制度にしていきたい。こういう角度からの第一歩のスタートでありますので、現段階でいきなり資格試験というところまではまだちょっといっておりませんけれども、そういう考えられる、想定されるいい面が正しく伸びて効果を発揮していきますように、何しろことしから入試センターの設置、八万人の試行、そういったことをお願いしておるわけでありますから、うまくいくように努力をしていきたいという精いっぱいの気持ちでございます。
#114
○山崎竜男君 よくわかりました。
 それじゃ、時間が来ましたから最後にお伺いしますが、学校給食のことで米飯を取り入れていただく、それについて予算もつけていただいたわけですが、私はいまの日本の食糧事情の問題から見ても、いままでの学校給食は非常に児童の体格その他にメリットのあったことは十分承知しておりますけれども、やはりこれからの日本の食糧事情その他を考えますと、米飯というものの給食も十分加味していただきたいというのがお願いでございます。
 それで、昔われわれは、母親がつくってくれた弁当で食事をしたその間に母親の愛情というものを感ずる機会があったわけであります。いまは学校でパンの給食、家ではおかずも何にもつくらぬということで、直接子供が昼休みの時間に母親の愛情を感ずるなんていう時間はないのかもしれませんが、これが給食を取り入れることによって、あるいはおかずの面、あるいは御飯そのものを弁当に入れて持たして学校でおかずをつくるということでもいいでしょうけれども、そういう親子のつながりの意味から言っても米飯の給食というものは私は、これから大いにふやしていただきたいというのが私の希望でございますが、その点のこれからのお考えをお聞かせいただきまして、私のきょうの質問は終わらしていただきます。
#115
○政府委員(安養寺重夫君) 現在の学校給食の制度も三十年をけみしまして、小中、夜間定時制高校全体合わせますと千五百万人の子供が給食を受けております。特に五十一年度からはいまお話しのように米飯給食を導入するというようなことで、これをめぐりまして多少大げさに言いますと新しい学校給食の展望を持たなければならないというような時点に当面しておるわけでございます。いろいろパン給食に比べまして手間がかかるとか、栄養の問題であるとか、あるいはせっかくお米を食べるということであればこれまで、いまお話しのようにその分だけは家庭がつくるというようなことで学校給食にいろいろと協力をするということもいいのではないかとか、いろんな議論が出ております。しかし、私どもとしましては、学校給食の基本はやはり教育活動の一環として取り上げており、栄養というようなことに重点をおきまして体力をつける、健康であるということを考えていきたい、一つところでみんなが同じような、学校の生活の一環として楽しく給食をする。いろいろわれわれなりの考え方がございましてこれを整備してまいっておるわけでございます。しかし、いろんな御意見があることは事実でございまして、そういうことも十分耳を傾け御意見を伺いながら問題の学校給食がもう少し普及充実するようにいろいろ努力をしてまいりたい、かように考えております。
#116
○委員長(宮崎正雄君) 速記をとめて。
  〔速記中止〕
#117
○委員長(宮崎正雄君) 速記を起こして。
 本件に対する質疑は本日はこの程度にとどめます。
    ―――――――――――――
#118
○委員長(宮崎正雄君) 次に、義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に関する法律等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 まず発議者安永英雄君から趣旨説明を聴取いたします。安永英雄君。
#119
○安永英雄君 ただいま議題となりました義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に関する法律等の一部を改正する法律案について、その提案の理由及び内容の概要を説明申し上げます。
 去る第七十五回国会におきましては、女子教育職員等の育児休業制度を創設する法律が両院において全会一致で成立しましたことは御承知のとおりであります。
 育児休業制度は、女子教育職員、看護婦、保母等について育児休業に関する制度を設け、これらの者の継続的勤務を促進し、もって教育及び医療、社会福祉に関する業務の円滑な実施を確保するために設けられたものであり、これは全国の多数の女子教育職員等の永年にわたる念願を実現したものであります。
 本法によれば、育児休業の許可を受けた者については、給与を支給しないこととなっておりますが、せめて、共済掛金程度を育児休業給として支給しようということで、与野党の意見が一致し、人事院は育児休業法本法附則の定めるところによりまして、その旨昨年三月勧告いたしました。したがって、本制度が施行された昭和五十一年四月一日からは、当然に育児休業給を支給する措置がとられなければならなかったものであります。
 しかるに、今日まで育児休業給の制度は実現しておりません。そのためたとえば女子教育職員の場合、今日までに約四千六百人にも上る人々が無給のまま育児休業をとらざるを得ない状態に追い込まれており、これらの人々は育児休業給が得られないため、共済掛金を自己負担しなければならず、また、育児休業制度を利用したくても利用できないなど、本制度の効果的な運用がなされず、本法制定の意義・目的が失われる結果になっているのであります。
 したがって、女子教育職員等ばかりでなく、地方教育委員会等からも速やかに育児休業給の支給のための措置を図られたいという要望が強いのであります。
 以上の理由にかんがみ、私たちは一刻も早く育児休業給を支給できるよう本改正案を提出した次第であります。
 次に改正の主要な内容に限って申し上げます。
 第一に、当分の間、義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の職員に対し育児休業の期間中、育児休業給を支給することとし、その支給月額は、俸給の月額に職員の所属する共済組合の掛金率を乗じて得た額とすること。
 第二に、この法律は公布の日から施行し、昭和五十一年四月一日から適用すること。
 第三に、その他関係法律の整備を図ること。
 以上が本改正案の提案の理由と内容の概要であります。何とぞ本改正案に速やかに御賛同くださいますようお願い申し上げます。
 以上です。
#120
○委員長(宮崎正雄君) 本案に対する質疑は、後日に譲ります。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後零時四十四分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
姉妹サイト