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1976/04/19 第80回国会 参議院 参議院会議録情報 第080回国会 文教委員会 第11号
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1976/04/19 第80回国会 参議院

参議院会議録情報 第080回国会 文教委員会 第11号

#1
第080回国会 文教委員会 第11号
昭和五十二年四月十九日(火曜日)
   午前十時二分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 四月十九日
    辞任         補欠選任
     藤井 丙午君     永野 嚴雄君
     小野  明君     久保  亘君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         宮崎 正雄君
    理 事
                中村 登美君
                山崎 竜男君
                松永 忠二君
                小巻 敏雄君
    委 員
                山東 昭子君
                高橋 誉冨君
                永野 嚴雄君
                久保  亘君
                内田 善利君
                白木義一郎君
                有田 一寿君
   国務大臣
       文 部 大 臣  海部 俊樹君
   政府委員
       内閣法制局第二
       部長       味村  治君
       文部大臣官房長  井内慶次郎君
       文部省初等中等
       教育局長     諸沢 正道君
       文部省大学局長  佐野文一郎君
       文部省管理局長  犬丸  直君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        瀧  嘉衛君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法
 の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送
 付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(宮崎正雄君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 前回に引き続き質疑を行います。質疑のある方は順次御発言を願います。
#3
○内田善利君 早速本法案の質疑に入りたいと思いますが、本法案の中での一番の問題はやはり入試センターの問題であると思いますが、これはもう衆議院でも参議院でも相当審議をいたしてまいりまして、参考人等も来ていただいて審議されたわけですが、その間、文部当局の御答弁を聞いておりますと、今回のこの入試センター設置によってすべて入試改善ができるとは考えていない、半歩でも一歩でも前進すればよい。そういう感触を得、そのような答弁がなされておったと思うんですが、一歩譲ってそうだとしても、大学改革を前提としない入試改善というものはあり得ないと、このように思うんですが、この点については間違いございませんか。
#4
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘の前半は、確かに入試センターをつくって共通一次試験の制度を始めていくことによって入試の問題が全部完全に解決するとは思いませんけれども、しかし、少なくとも現在、世の指摘を受けております問題の中で幾つかの側面が解決されるものと、こう信じ、こう期待をし、その改善に向かって役に立つと、こう考えまして入試センターの設置をお願いしておるわけでございます。なお、御指摘のように、入学試験の制度のみならず、大学の持っておる問題、これはもう御指摘のとおりでございまして、私どもも、たとえば学校間の格差の是正の問題、こういったことにはきちんと取り組んでまいりませんと、相関関係と申しますか、両方の効果が相まって――日本の大学を取り巻くいろいろな教育問題の指摘されておる問題点を改善する上においては、一つだけ、一面だけで片づくものじゃなくて、いろいろな努力の積み重ねが必要であると、こう判断をいたしております。
#5
○内田善利君 戦後の教育を考えますときに、この試験制度といいますか、特に入学試験、これは、生徒がだんだんだんだん多くなってくるに連れて、受験生が多くなるに連れてだんだんマル・カケ方式の入試が行われてきた。私たちの入試のころはこういうマル・カケ式の試験などは考えられなかった。ところが、戦後はマル・カケ式の試験になり、今度はいよいよ、文部省省令といいますか、国大協がやるわけですけれども、今度はコンピューター式で入試をやる、テストをやる、そういうことなんですが、私は真の、教育の本来の目的が、だんだんだんだん入試が誤った方向へ進んでいるんじゃないかと、このように思うんですが、この点はどのようにお考えですか。
#6
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘いただくような一面については私たちも考えないわけではございませんけれども、しかし現実に多くの受験生があり、そして選抜が行われるという、大学入学試験が今日現在ではいわゆる難問奇問というようなものの面から一つの問題点が提起されていて、高等学校における正常な教育課程の履修だけでは解決できないような問題が出てくる。したがってその問題を解決するためには受験術といったようなものをいろいろ身につけなければ受からないのではないか、現実にそういう問題が指摘されてまいりますと、これはまず何をおいても是正しなければならない。こう考えるわけでありまして、幸いに入学試験改善会議やあるいは国大協側のいろいろな調査研究のときにも、高等学校の教育課程の範囲内で解決のできる、要するに出題には十分配慮をするということが議論をされておりまして、そうなりますと、ただいま高等学校の生活というものが何か大学の入学試験のためにゆがめられておるのではないかという批判、指摘に対しては、これは明らかに一歩前進になる、改善になると私たち思うわけでありまして、マル・ペケになると本来の目的をはずれるではないか、こういう御指摘についても、われわれとしても十分それは考えたわけでございますし、国大協側としても、今度はただ単なるマル・ペケでなくてマークシート方式の出題によって、おのずから限度はありますけれども、偶然性というふうなものができるだけ入り込む余地がないように研究された出題がなされるわけでありますし、同時に、試験というものが一次試験のみならず一次試験と二次試験とを合わせて判断の対象になるわけでありますから、マル・ペケ式というものが持っておる弊害や欠点というものはできるだけ取り除いていくように調査研究を進行させておるさなかでありますし、文部省といたしましてもそういうような点には十分に留意した試験が行われるように今後とも協議、指導を続けてまいりたいと、こう考えておるところでございます。
#7
○内田善利君 その点について、細部にわたってはまた後で御質問したいと思いますが、そういうことで、入学共通テストと大学改革の問題でございますが、この大学改革の方向づけを明らかにこの際しておきたいと思いますので、わが党の提案並びに当面の課題について質問していきたいと思います。
 まず、国公私の各大学の格差の是正についてでありますけれども、各大学により、特に私学においては、伝統、あるいはまた設備の問題、教員等の問題でかなり格差が見られるわけでございますが、これを一挙に解決するということはあり得ないわけでございますけれども、さきの委員会で前宮城教育大の林参考人が述べられておりましたが、各大学がまずできることから努力をする、各大学ができることからまず努力をしていくというこのことが大事であるということでございましたが、私はこの点が非常にいま大学改革の点で課せられた大事な点ではないかと思うんです。私どもが主張しております単位の互換性ですけれども、これをもっともっと強力に主張していくべきだと思うんですが、非常に遅々として、もう四、五年来この委員会の席上で言っておるわけですが、進み方がおそいということを感ずるわけですけれども、文部省としてはより具体的にこれを進めていく方途がございますか、お伺いしたいと思います。
#8
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように、単位の互換制につきましては、制度そのものは四十七年度から開かれたわけでございまして、学部の場合に三十単位、大学院の場合に十単位の範囲内で単位の互換ができることになったわけでございます。いわゆるその大学の側が自分のところの制度を整えて単位の互換を受け入れることができるようにしているところは、従来幾たびも申し上げておりますように、学部で六十八、大学院で七十の大学が道を開いているわでございます。しかし、実際の実施の状況は、大学院の段階はかなり進んでおりますけれども、学部の段階が非常に不十分でございます。また、国公私を通じた単位の互換というふうなことも非常に行われにくい実情にあるわけでございます。五十一年度で大学院レベルで互換をやっておりますのが二十七大学、それから学部レベルで行っておりますのは四大学、その間で行われているというような実情でございます。しかしながら、昭和五十二年度からはたとえば埼玉大学と東京大学、千葉大学の三大学の間で、工学の研究科の修士の課程でございますが、その間で交流が積極的に行われる運びとなっているというように、大学の方もようやく積極的に具体的な交流計画を立て実施をしようとする機運が高まってまいっております。文部省の方も予算の上で、そういう大学間交流を実施をしようとする場合には、学生を送り出す方に対してもあるいは受け入れる方に対しても、そういう交流を促進するための必要な経費も計上をするというようなことを考えまして、その推進に努力をしているところでございます。
#9
○内田善利君 いろいろ物的なあるいは人的な条件があろうかと思いますけれども、学部の閉鎖性等もあろうかと思いますが、いずれにしても、国公私立の単位互換、学生の交流あるいは格差是正、そういったものを進めていくためにはやはり文部省が国立大学を、何といいますか、核として進めていく必要があるんじゃないか、こう思うんですが、この点はどうでしょうか。
#10
○政府委員(佐野文一郎君) もちろん大学のことでございますから、私どもの基本的な考え方としては、各大学が自分の自主的な改革の努力というものを進めやすくするように、制度の弾力化を図ったり、あるいは積極的な努力が各大学に見られる場合には、それに対してできるだけ予算その他の面を通じて応援をする、そういうふうな構えで各大学の自主的な改革の努力を助けるということを考えていくべきだと思っております。ただ、御指摘のように、国立大学の場合には、国が設置者として予算その他について全体として考えているものでございますから、交流につきましても、まず国立大学について私どもは各大学に十分に指導をしまして、その積極的なあるいは自主的な努力がさらに進みますように、これからも努力をしていきたいと思います。
#11
○内田善利君 その中で、いま積極的に進めていくということですけれども、大学の交流を広めるということ、それから勤労青年の向学心を満たすためにも国立大学が率先して夜間部ですね、あるいは昼夜開講制をとるべきだと思うんですが、現在、国立大学でそうした形態をとっているところは何校あるのか。それと設置年度ですね、これをお聞かせ願いたいと思います。大学名と学部名、それと設置年度。
#12
○政府委員(佐野文一郎君) 順次申し上げますと、北からまいりまして、室蘭工業大学の工学部が昭和三十九年の四月に夜間部を開いております。それから横浜国立大学の経営学部と工学部が二十四年の五月から、名古屋工業大学の工学部が三十四年の四月から、大阪外国語大学の外国語学部が四十年の四月から、大阪教育大学の教育学部が二十九年の四月から、それから神戸大学の法、経済、経営の各学部が二十四年の五月から、岡山の法文学部が四十年の四月から、広島の政経学部が二十五年の四月から、九州工業大学の工学部が三十四年の四月から、計九大学の十二学部におきまして夜間部が開設をされております。
#13
○内田善利君 そうしますと九大学が実施しているわけですが、四十年以降は国立大学において夜間部設置はなされていないということなんですが、これは勤労青年に対して国立大学が教育の機会を閉ざしている、こう言っても過言ではないと思うのですが、どういうわけでこのように四十年以降、もう十二、三年夜学部ができてない、あるいは昼夜開講制になっていない、こういうことなんですが、これはどういう理由によるのですか。
#14
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のとおり、新しく夜間学部を開設をしているというのは四十年度以降はないわけでございますが、従来つくられております既存の学部・学科の充実に意を用いまして、四十年度におけるいわゆる二部の入学定員は三千四百二十名でございましたけれども、五十一年度ではそれが四千四百二十名、千名の増員をしているわけでございます。で、五十二年度の予算案におきましても、広島大学の政経学部の改組に伴いまして四十名の夜間の定員を増員いたしておりますし、九州工業大学の工学部に材料工学科を新設をいたしまして、これも夜間で四十名増員いたしました。
 それから短大の関係では長崎大学の商業短期大学部に、商業学科を改組いたしまして、やはり二十名の入学定員増を行うというような努力はしているわけでございます。
 ただ、夜間部の運営の実態を見てまいりますと、やはり近年生活水準の向上なりあるいは勤労条件の変化等がございまして、夜間部に対する志願者が横ばいないし若干減少ぎみのところが出てまいったりいたしております。また、職業に従事をしていない、いわゆる勤労学生でない者が多数入ってくるような傾向も出てきておりますので、夜間部をこれからどういうかっこうで充実をしていくのがいいかという点については、かなり慎重な検討を要する点があるわけでございます。それらについては各大学に十分それぞれの大学固有の問題を考えた検討をお願いしているわけでございますけれども、今後とも大学における履修方法の弾力化の措置を含めまして、勤労青年に対する高等教育の機会の拡充については努力をしていきたいと考えております。
 なお、昭和五十一年度に千葉大学の工学部に特設工学課程というものを設けまして、ここにおきましては短大なりあるいは高等専門学校の卒業生を編入学によって受け入れ、あるいは勤労青年を受け入れまして、昼夜開講制によって教育を行うという試みをやっているわけでございます。これも完全な昼夜開講制にはまだ至っておりませんで、主として夜間あるいは午後に開講される授業というものを受けながら昼間に開講される授業をも受けることができるようにしていくとような形で現在実施を始めたところでございますけれども、そういった昼夜開講制の授業形態につきましても、それを積極的に採用しようとする大学があれば、われわれもそれに対して積極的に対応してまいりたいと考えております。
    ―――――――――――――
#15
○委員長(宮崎正雄君) 委員の異動について御報告いたします。
 本日、藤井丙午君が委員を辞任され、その補欠として永野嚴雄君が選任されました。
    ―――――――――――――
#16
○内田善利君 東京の大学に夜間部が少ないのはどういうわけですか。私立との関係でしょうか。
#17
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように、私立との関係もあると思います。現在、私立の夜間部につきましてはかなり、大都市に設置されているものの場合には欠員がある状況がございます。もちろん国立の大都市における大学について、夜間における授業形態というものを考えるべきだという御要望があることは承知をいたしておりますけれども、先ほど申し上げましたように、夜間部を開設した場合に、果たしてそれがいわゆる勤労学生のための高等教育の場になるのかどうかという点について問題がないわけではございませんし、昼夜開講制のような形態を含めまして、何かもっと履修を弾力化する、そういう形態がより広く考えられないかというふうなことで、各大学に検討を求め、われわれも検討をいたしている状況でございます。
#18
○内田善利君 定時制高校もそうですが、あるいは職業高校また大学においては二部制――夜間部あるいは最近は昼夜開講ということでありますが、理想とする勤労青少年に対する教育の機会を与えるという趣旨からだんだんだんだん実態が激烈な入試競争、入試地獄――そういった点から形態がだんだんだんだん実態が違ってきているように思うんですけれども、これもやはり戦後の入試の欠点といいますか、マイナス面が大きくあられてきたんじゃないかと、こう思うんですけれども、もう少し入試が教育の目標を、目的をゆがめないような方向に入試改善はされていかなければ、このような定時制高校の実態、また大学の夜間部の実態を通してみましても、そういうことが言えるんじゃないかと思うんですが、この点大臣いかがでしょう。
#19
○国務大臣(海部俊樹君) 実態をいろいろ調査いたしますと、あるいは夜間部に本来、籍を置くべく勉強しておる勤労青少年ももちろんいらっしゃいますが、昼間部の試験に失敗したからやむを得ず夜間部に来ておるという人もあるでしょうし、またそれを踏み台に昼間部にかわっていこうとしておる人もいろいろおるということで、やはりそういった設置の本来の目的というものに十分合致するようなものになってもらいたいというのは私どもの強い願いではございますが、それらのことについてはどういうふうに大学側とお話し合いをし、また、本来の目的に合致するようにどうしたら誘導していけるかということについては、今後も引き続き検討をさせていただきたいと、こう考えます。
#20
○内田善利君 入試制度というのは、あくまでも私は選抜の手段である、このように思うんです。この選抜の手段としての入試制度が教育目的を損なうということになれば、これは主客転倒であり、とんでもないことだと思うんですが、そういった点が少しでも見られるようになったら検討していく、そういうことが大事じゃないかと思うんです。それが何だかいままで検討がおくれていたために入試制度、入試選抜ということが主になって今日まで来ているように思うんでございますが、少しでもそういう教育目的をはずれる、ゆがみが見えたときには先取りをして検討していく、そういう姿勢が必要なんじゃないかと思うんですが、この点はどうでしょうか。
#21
○国務大臣(海部俊樹君) その点は、まさにおっしゃるとおりだと考えます。同時に私たちがいま、国立大学協会が共通一次試験についての長年にわたる調査検討を加えられた、その途中においてやっぱり高等学校の学習課程というものを誠実に努力をし、積み重ねてきたら、その範囲から共通一次試験の問題が出るんだというふうに出題が改善されてまいるということは、これはやっぱり入学試験制度の改善とともに高等学校教育の制度がよくないと指摘された問題点が解決されていくという面を大いに期待をしておりますのも、そういった考え方からでございます。
#22
○内田善利君 入試センターについていまお話が出ましたので、共通一次テスト二次テストについて若干質問していきたいと思いますが、いままでいろいろと指摘されてきた問題点、これを国大協も当然のことながら文部省も十分に尊重していっていただきたいと思うのですけれども、共通テストが実施されると決定した場合に、いつもそうなんですが、受験産業の介入ですね。受験産業の介入によって試験準備が過熱化することが十分予想されるわけですが、聞くところによりますと、ある社では入試センターと同じコンピューターを導入して予想問題を考えられるだけつくることをもうすでに準備している。このように聞いておりますが、こういう実態は文部省としては黙認せざるを得ないのかどうか、またこれに対する対策はあるのかどうか、まずお伺いをしたいと思います。
#23
○国務大臣(海部俊樹君) 共通一次試験の問題をあらかじめ練習させるというような意味で、どこでございましたか、一回行われたことがございました。私は、そういったことは望ましいか望ましくないかと言えば、これは望ましくないことでございますし、同時にまた、そういったこと、要するに事前にマークシート方式のやり方になれるということはできるかもしれませんけれども、それによって合格できる合格できないというようなことにならないように、むしろ高等学校における勉強というものをまじめにきちんとすることが合格するときには一番重要なかぎであるということをやっぱり十分理解してほしいと思いますし、また単にそういう技術的な問題に長ずるだけで、練習を積むだけで解決できないというような試験問題を出すことに、やはり国大協側もいま鋭意努力をされておる。こう聞いておりますので、なるべくそういったことが行われないことが望ましいのではございますが、ただどうやってそれを強制的に差しとめることができるかということになれば、これは大変慎重に考えなきゃならぬ問題でありますし、いまのところ、それを直ちに間違ったことだからいけないと強制的に禁止する方法はないように思いますので、そういったことがいかに無意味なものであるかというように皆が悟るような方法で出題を考えていっていただかなければならぬと、いまのところはそういうふうに考えておるわけでございます。
#24
○内田善利君 いわゆる業者テストをやめさせる方法ですね。これは一つだけあると思うのですが、それには、いまも大臣が述べられましたように、いろいろ工夫をしなきゃならないと思うのですけれども、入学試験に面接を取り入れるとか、あるいは小論文等のテストの必要のないものを取り入れるということですね。それか、入試制度をその都度変えていく、そういうことをやれば――たやすく受験準備のできないそういう方法を取り入れる、そうすると業者テストをやめさせることができると思うのですが、いまのようなコンピューターに頼る方法であると、これは最初の間はトレーニングということでいいかもしれませんけれども、だんだんコンピューターに入れるものもなくなっているというようなことも聞いておりますが、そういうことでは業者テストがはびこるばかりだと思うのですけれども、やはり英国方式のように、論文を取り入れるとかそういう方法を講じたらどうだろう、このように思うのですけれども、そういうお考えはありませんか。
#25
○国務大臣(海部俊樹君) ただいまのところ、国大協でいろいろ御議論を願い、調査研究をいただいておる、その範囲はやはり共通一次試験というものはマークテスト方式でやる。そのかわり入学試験を一次試験だけじゃなくて二次試験と関連を持たせて考えまして、第二次試験の方で可能なところについては、面接とか小論文とか、実技とかいうようなこと等もそれぞれの大学、学部において取り入れることを御検討なさっておる。こういうふうに聞いておりますし、またそれがいまのいろいろな調査研究の結果では精いっぱいの限度ではなかろうかと、こういうようなふうに受けとめております。
#26
○内田善利君 それは第二次テストの場合でございますが、共通一次テストの場合ですね、この場合に業者が介入できないようなそういう方法はないものかどうか。それと、一次テストと二次テスト、それに学校の調査書を参考にするということですが、高等学校の内申書ですね。調査書をどの程度これを有効に活用するのかという問題があるわけですが、この高等学校の調査書を活用する方法なんですが、これは具体的に何かあるわけですか、いままでの大学入試においては余り利用されていないが。というのは、その高校内では比較はできるけれども、学校間になるともうこの調査書は比較にならないということで余り大学では活用してないように思うんですが、今度の三つの一次、二次、学校の調査書、これをどのように具体的に活用される方法があるのかどうか、考えておられるのかどうか、お聞きしたいと思います。
#27
○国務大臣(海部俊樹君) その点に関しましては、昭和四十六年の入試改善会議の報告の中にも指摘がございましたし、また国大協の方でも検討の対象と相なりましたが、一次試験、二次試験とともに調査書の活用、要するに、この三つのものを総合して選抜の判断の資料とするようにするという問題意識は十分ございますし、調査書は活用されると、こういうふうに考えます。具体的にどの程度どうだというようなことはそれぞれの学校において最終的には御判断なさることではなかろうかと考えております。
#28
○内田善利君 具体的にどういうふうに調査書を活用していくかということは各大学でやっておるだろうということですけれども、もう少し基準を決めない限り私は余り活用できないんじゃないかと、そう思うんですね。一次試験が五教科・五科目ないし六科目ということですから、それだけで第一次テストが行われるわけですが、高校教育の中のたとえば音楽とかあるいは体操――体育とか、こういった面は五教科の中に入ってこない、一次テストの中に入ってこない、そういったものが結局一次テストではテストされない。そういった点でこれを勘案するということは考えられるわけですが、その前に、一次テストに高校でせっかく勉強した音楽も入らない、せっかく体育に秀でた者も共通テストに入らない、そういう問題が起こってくるわけですが、この点とその調査書との関係、一次テストとの関係、これは具体的にどのようにお考えでしょうか。
#29
○国務大臣(海部俊樹君) 調査書の活用につきましては、これはすでに活用しなさいという問題点の指摘がなされておることは先ほど御報告申し上げたとおりでございます。が、一次試験はお説のように五教科・五科目、六科目ということに相なるわけですが、共通一次試験だけじゃなくて調査書の活用ということは、今度は問題点が十分指摘されておりますから、各大学でも二次試験についてのいろいろな内容をお決めになるとともに、調査書の活用ということについても留意をされておると私は信じますし、それから、一次試験だけではなくて、できるだけ幅広く、奥深くその人の持っておるすべてをやはり総合して判定するというのが今度の入試改善の大きな一つのねらいでございますので、やはり調査書が十分活用をされるように期待もし、またそういう方向でいろいろ協議も続けていきたいと思います。
#30
○内田善利君 前委員会で足切り問題といいますか、足切りという問題が出たわけですが、一体足切りとはどういうことなのか具体的に教えてください。
#31
○政府委員(佐野文一郎君) 従来足切りということで呼ばれておりますのは、受験生の数が非常に多い場合にその一部について予備選抜を行う、それを足切りというふうに俗に呼んでいるわけでございます。従来そういった予備選抜を行う方法としては二種類ございまして、一つは一次試験と二次試験に分けて実施をいたしまして、一次試験で二倍半なりあるいは三倍程度まで受験生を予備選抜をするというやり方をするものと、それから調査書によって予備選抜を行う、これはやはり受験生が非常に多かった場合に、何人以上、あるいは五倍以上、そういったような場合に予備選抜を行う、そういうものをいわゆる足切りと呼んでいるわけでございます。
#32
○内田善利君 高等学校教育の中には、教育の教科には五科目だけしかないわけじゃありません。各教科があるわけですね。先ほども申しましたように、音楽に秀でた者は非常に音楽科は優秀であった、あるいは体育技能に非常にすぐれておった。そういう高校生が一次テストを受けてそういう――足切りということは私は大きらいでありますが、そういう羽目に陥って二次試験も受けられなくなった。そしてあの人は私立大学しか受けられない、あるいは私立大学も受け入れてくれないかもしれない、そういうことが起こった場合には、教育の機会均等といいますか、そういった面では非常にみじめな境涯にこの子供は落ちていくんじゃないかと、このように思うんですが、たしかアインシュタインも一遍は落第したように思うんですけれども、しかしあのような世界的な科学者になった。そういうことを考えますと、この一次試験で足切りというのはこれはやるべきじゃない、一次テストを受けた者は自分の力を知るにとどめて、二次試験は全部受けられるようにすべきじゃないかと、こう思うんですが、この点は大臣いかがでしょうか。
#33
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘の問題点の五教科・六科目の中に音楽が入らない、いろいろな特殊のその人の才能が入らないということでございますが、それらの問題に関しましては、これはまさに第二次試験のときに面接なり特技を実技でやっていただくなり、それぞれの方法を具体的に検討をされるはずでありますから、しかも足切りというものも、これは原則としてはやっぱりいい方法じゃありませんから、行わないということがたてまえでございますから、やるとしても第一次試験の結果と、調査書の中身を総合的に判断しますとともに、現在行われておる、ごく一部の大学で行われておるわけでありますが、そういったような受験生の数がもう必要以上に殺到して、第二次試験で親切な選抜ができないようになるおそれがあるところがやむを得ずやるわけでありますから、そういう五教科・六科目の判定だけでその人の持っていらっしゃる特別な才能とか能力というものが見落とされることがないような留意を十分していただくことによってこの問題の持つ弊害はなくするような努力をし、またやり方についても十分な配慮をしていかなければならない、このように考えます。
#34
○内田善利君 そうしますと、二次試験は受けられるわけですね。受けた場合にこの人は受験する資格がないと言って切るわけですか。三倍以上になった場合に――受験生が三倍以上になるということは受けられるわけだ。一次試験を受けた人はみんな受けられる、その場合に一次の試験を勘案し、学校の成績も勘案し、そしてあなたは受けられませんよと、三倍以上だから受けられませんよと決めるのですか。その点はどうなんですか。
#35
○政府委員(佐野文一郎君) 原則的には、先ほどから大臣がお答え申し上げておりますように、私どもも足切りは行わないことが望ましいと考えておりますし、行われないように国大協の方もガイドラインを出して各大学に対して二次試験のやり方をいま検討してもらっておるわけでございます。ただ、やむを得ず実施をするとした場合に、少なくとも定員の三倍以上は二次試験を受けさせるような形で予備選抜をしなければいかぬというのがガイドラインでございます。それはたとえば定員の五倍志願者があった場合に、一次試験と調査書の内容とを総合して判断をして、そして入学定員の三倍までの者をいわゆる二次試験を受けることの可能な者として予備選抜をする、そういうことに、なるわけでございます。
#36
○内田善利君 そうしますと、三倍以上は受けられないということですね。
#37
○政府委員(佐野文一郎君) そういうことでございます。
#38
○内田善利君 私は、その辺をやはり、高等学校の進路指導の先生もおるわけだし、何らかの方法があるのじゃないかと思うんです。一たんこの学校を受けようとして、一次試験のときに二つの大学を書いておるわけですけれども、二次試験のときには変更してもいいわけですが、出しているわけですから、それを三倍以上になったらこれは受けられないということになると、これはさらに本人にとっては人生を誤らせるのじゃないかと、こう思うんです。その前に私は方法があるのじゃないかと思うんです。受験願書を出して、そして三倍以上になったから、一次試験の成績が悪いからということになると思うんですけれどもね、それで受けられないということにするよりは、その前にいろんな指導があるんじゃないかと思うんですが、どうでしょうか。
#39
○政府委員(佐野文一郎君) もちろん高等学校の側における十分な進学あるいは進路の指導ということが望ましいことはもとよりでございますし、また共通一次の場合でも最初の出願の際には第一志望、第二志望、二つの大学の志望を認め、そしてその志望状況を公表をしあるいは各科目ごとの平均点等も公表をする、そういうことによって受験生ができるだけ自分の志望というものをさらに慎重に考えて第二次試験を受ける大学を選べるというふうな配慮もしているわけでございます。しかし、基本的には足切りが行われないように、ことに第二次試験において第一次試験には課せられなかった学科について第二次試験を実施をするというふうな体制をとる大学の場合には、学科試験である限りは受験生の数がある程度多数になってもこれはかなり綿密なテストはできるわけでございますから、できるだけ足切りを行わないように指導を私たちはしてまいりたいわけでございます。ことに今度は一期校と二期校の区別をなくしますので、私どもは志願者がそれぞれの大学に分散をして従来のような二期校における非常に大きな競争の状況というのは改善をされるというふうに考えているわけでもございますし、そういったことを前提をして、各大学における二次試験のあり方を十分に検討してほしいと思っておるわけでございます。
#40
○内田善利君 私はやはり二次の各大学が行う試験のときには、一次試験と二次試験と学校の成績と調査書を勘案して合否を決定する、そういうふうにすべきであって、受験の段階で一次テストの成績が悪かったといって切ることは絶対やめていただきたい。できるだけ足切りはやらない方向ですということじゃなくて、そういう受験の際に、まだ試験も受けてないのだから、これを受験させないということはさせないと、そういうふうに決めますというふうにやはり高等学校でも私は適切な進路指導が行われるのじゃないかと思います。受けてみて、受験してみてたくさん受かったから、受験者がたくさんになったから切られるというようなことにならないようにするためには、はっきりした姿勢で臨むべきであると、こう思いますね。何だか、いま局長の話を聞いておりますと、あいまいな感じがするんですが、できるだけ足切りはしないようにするということでなくて、そういうことはしないというふうにすべきじゃないかと思うんですが、大臣いかがですか。
#41
○国務大臣(海部俊樹君) 御意見はよくわかるわけでございますし、私どももあるべき姿としてはやっぱり足切りは原則としてしない方が望ましいと、こう考えておるわけでございますが、これにはきょうまでの長い間の調査研究や、あるいは大学側のまたいろいろな問題を通じての結論等もあるわけでございます。しかし、今年度からまた八万人の学生を対象に試行等も行う段階にきておりますので、今後の国大協側との協議の段階においても、なるべく足切りというようなことはしない方がいいという私どもの考え方も十分伝えて協議を続けてまいりたいと、こう思います。
#42
○内田善利君 なかなかむずかしいようですけれども、やっぱり一次試験で……。一次試験はそれじゃ何のためにするのか。足切りのためにやるんだ、二次試験は合否を決定するためにやるんだと、極端にとればそういうふうにとれるわけですね。やっぱりはっきりと足切りはやらない方向で進むべきじゃないかと思うんです。入学の願書を大学に出した、そうすると受験料なんかも出すわけですね。そういうのは返ってくるのか返ってこないのか。それは返してくるようなことになったらいよいよ悲劇だと思うんですね。ですから、もうはっきりと受験願書を出したら受けさせる、そういうふうにすべきで、一次試験で悪かったからあなたは受験資格はないんだと言って受験料を返すなんて、これは本人にとっては一生を台なしにしてしまうんじゃないかと、こう思うんです。ですから、この点についてはひとつ足切りはしないと、そういうふうに決めていただきたいと、このように思うんです。
#43
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘の趣旨につきましては私どもも全く同じ思いで、足切りは行われない方がよろしいということで考えておりますし、国大協のガイドラインもそのことを示しているわけでございます。ただ、入学試験のあり方自身についてはやはり大学の自治と深くかかわっている部面がございますので、各国立大学における入学試験というものについてどこまでわれわれが物を言えるかというところがあるわけでございます。そういったことを踏まえながら、これまでの長い調査研究を通じて各国立大学の自主的な努力によって改善の中身が固まってここまできているわけでございます。国立大学側も足切りの問題については十分な問題意識を持っているわけでございますし、先ほど申し上げましたように、足切りをしなければならない状況というのは非常に少なくなってくるというふうに考えられますので、現在でも足切りをやっているところはごく一部でございますけれども、それがさらに少なくなりあるいはなくなるということをわれわれは願ってさらに指導をしてまいりたいというふうに考えているわけでございます。
#44
○内田善利君 たとえて申し上げますが、五教科・五科目ないし六科目に弱くて非常に音楽の才能がある、こういった人が一次テストで非常に成績がよくなかった、こういう場合にはこの人の行く道は開かれておるわけですか。
#45
○政府委員(佐野文一郎君) その点は共通一次を大学がどのように活用するかということにもかかるわけでございます。一次、二次を通じてどのような配点をその大学としてしていくかというのは大学の自主的な判断にかかるところであり、そういう判断のもとに一次、二次の総合的な判定が行われるわけでございますが、先生御指摘の芸術関係の分野に特に秀でていて、そういった学部を志望した者、そういうふうな者は従来よりもはるかにいわゆる二次試験における実技というもののウエートが高く評価をされる全体の仕組みというものができてくるでございましょうし、一次試験のところは基本的、基礎的な事項について高等学校での学習に打ち込んでいただければ後は自分の専門的な素質を十分に伸ばすという意味で学部の選択をするということが可能になる。それが一つには共通一次の一つのメリットではないかと考えております。
#46
○内田善利君 その場合に、その大学が、入学希望者定員が三倍以上になった場合はやむを得ず足切りされるというわけですか。
#47
○政府委員(佐野文一郎君) もちろん、これは仮定のことでございますから確定的に御返事をするわけにまいらないわけでございますけれども、従来の状況から申しましても、そういう芸術系の学部、学科における足切りというのは行われておりませんし、今後ともそれが行われるということはなかろうと思います。
#48
○内田善利君 共通一次テストに高校の教科書の範囲からという基準がありますね、二次の学力試験にも何らかの基準を設けるべきだと思いますが、この点はどういうふうにお考えになっておりますか。
#49
○政府委員(佐野文一郎君) 学習指導要領の範囲を逸脱した問題を出してはいけないというのは、それは一次、二次を通じて基本的に考えなければならないことであるし、また考えられていることでございます。二次試験のあり方につきましては、御案内のように、国立大学協会の方でガイドラインを出しまして、一次との関係で各大学が適切な判断をするように求めているわけでございます。各大学も現在検討が行われている最中でございますけれども、非常に真剣に対応をしておりますので、一次、二次を通じまして、より適切な出題が行われるということが期待できると思います。
#50
○内田善利君 この報告書の二十九ページですが、これを読みますと、試験が開始された後、もし問題のミスが発見された場合、これはよく各県であるわけですが、そのようなことが一次共通テストでももしあった場合、その訂正の連絡方法、これが非常に問題になってくると思うんですが、この報告書にも非常に困難であると指摘しているわけですね。この各県で行う大学の入試と違って一斉に入試センターがつくって行うわけですから非常に困難なことが私たちも考えられるわけですね。そういう技術上の見通しがまだはっきりしていないそういう段階でもまだこれを五十四年度からされるわけですか、どうなんですか。
#51
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のとおり、報告書に記載されておりますように、問題のミスの場合であるとか、あるいはマークリーダーの誤読の場合であるとか、そういった大量処理に伴う技術的な問題点というのはあるわけでございます。もちろんそれについての対応というのは、現在の入試の調査施設の方で検討が行われてきておりますし、またそういった点についての大量処理に伴う問題点のチェックというのは、ことしの八万人の試行の際にも行われるわけでございます。そういったことを通じてもちろん万全の対応策を考えていかなければなりませんけれども、そういった技術的な問題に対する対応を含めて国大協は五十四年度の入学者選抜からの実施は可能であるという判断をしたわけでございますし、私どもも、今後の準備を通じて五十四年度から共通入試を実施することは可能であると考えております。
#52
○内田善利君 私は、この問題非常に大事だと思うんですね。これがもしミスが起こった場合に、混乱を引き起こすようなことがあれば全国的な問題ですから、大変なことになるんじゃないかとこう思います。
 同じように、これは百七十三ページですが、実験段階でOMRが読み取れなかった。受験生が四千人で、答案用紙が二万七千九百十一枚、そのうちそのミスが五百二十二枚あった。こういうことでですね、大体一・九%ということになります、ミスの数がですね。そうすると本番となった場合に、三十万人といたしますと、答案用紙が七科目として二百十万枚になります。二百十万枚の答案用紙のうち一・九%、同じパーセントでミスがあったとします。そうすると、これが約四万枚ということになるわけですね。四万枚の読み取れなかった答案用紙が出てまいりますと、これをもう一度読み取るためには、一週間、一年のうち約一週間に四十台以上のOMRが必要となってくる。二回やれば読み取れるものとして、四十台以上のOMRが必要となってくる。このような多数のOMRを占有することは困難であると、このように指摘しているわけです。共通一次試験の実施に当たって、その技術的な面での最大の問題であると、このように述べているわけですね。こういった技術的な問題で大変なことが予想されるわけですけれども、そういうことも可能であると、こういうことで進められていくわけですか。もう一年ぐらい、もう少しテストをして、はっきりミスが少くなる、そういうことで実施すべきじゃないか。いまでさえも各大学の難問奇問の問題とか、あるいはミスの問題とか、いろいろあっているわけですが、これは全国的に行われるとなりますと、一たん事故が起こりますと大変な混乱を生ずる、こう思うのですが、直ちに実施するということは大変じゃないか、もう少し余裕を見てやるべきじゃないかと、このように思うのですが、この点いかがでしょう。
#53
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のとおり、五十年度の実地研究におきまして、国産のマークリーダーで一・九%の読み取りミスが生じております。ただ、この一・九%の読み取りミスというのは、百枚のマークされた答案のうち一・九枚の答案の読み取りが全部できなかったということではなくて、一枚に七十から八十マークがございますけれども、そのマークのあるマークシートの百枚のうちに一・九枚のマークシートにおきまして、その七十あるいは八十欄あるマークの一マークが読み取れなかったということであって、いわゆるマーク数からすれば読み取りミスは〇・〇三%であったわけでございます。しかしそれにしても、採点ミスがこういった読み取りミスで生ずるというのは、非常に困るわけでございますし、また国産のマークシート、読み取り機の性能からいいましても、それを使う場合には、受験生が三十万人だとしても、四十台以上のマークリーダーが要るというふうな状況であったわけでございます。その点について、国大協の方で検討が行われまして、読み取りミスをなくするということと、それからマークリーダーの能率を上げるということで内外のマークリーダーについて検討を行った結果、米国製の新しいマークリーダーを入れる。これはすでにアメリカの共通テストにおいて十分な使用実績のあるものでございますし、一九七五年のアメリカの大学テスト協会における読み取りミスの点検の際にも、十五万以上のマークを読み取らした際に、読み取りミスが一つも出ていないというような高性能のものでございます。これを入れることによって読み取りミスの点もまた能率的な処理の問題も技術的には解決が可能でございます。ことしの八万人の試行の際には、もちろんこの新しく導入する機器を使いましてテストを行っていきたいと考えております。
#54
○内田善利君 いろいろ質問してきたわけですけれども、もし万一、事故が起こって教育上好ましくない事態が起こった、そういう場合には国大協が責任をとるのか、文部省が責任をとるのか、この点をお伺いしておきたいと思います。
#55
○政府委員(佐野文一郎君) もちろん、共通入試を含む国立大学の入学試験の全体のやり方というのは、これはまず国立大学が自分の入試ということで対応をしているわけでございます。そして、それぞれの大学における入学試験の一部を共同して実施をするということで共通入試が出てきたわけでございます。そういう各大学の一致した意思というものを前提として文部省では法案のお願いをし、また予算措置を講じ、いわば共通入試を制度化をしていくということを行っているわけでございます。そういう意味で、共通入試に伴ういろいろな問題というのが将来生じてきた場合には、それぞれ各国立大学において、あるいは国大協において、あるいは文部省において判断をし対応しなければならないところが、問題の性質に応じてあるわけでございます。私どもは、今後とも国大協の方と十分に連絡をとり、あるいは大学入試センターと連絡をとりながら入試のあり方自体についての改善の研究を進めてまいるわけでございますけれども、いろいろな問題が生じてきた場合、仮に生じてきた場合に、それに対して最終的にどのように対応していくかという、その責任はやはり文部省、文部大臣が負うものと考えております。
#56
○内田善利君 十年分のテスト用紙を大体六千立方メーターの倉庫の中に入れておくと非常に警備も大変なわけだろうと思います。その十年分のテスト用紙の中からどれを採用するかは試験の前に決めるということなんですけれども、十年分の用紙を六千立方メーターの倉庫の中に保管していくということがもうすでに私は大変じゃないか、こう思うのですね。それと入試センターの予定地は目黒の東京教育大の跡地と、このように聞いておりますが、この点はどのようになっておりますか。
#57
○政府委員(佐野文一郎君) 現在、東京大学に付設をいたしております国立大学の入試改善調査施設というのが御指摘の教育大学の農学部の建物を暫定的に使用をしておるわけでございます。ただ、われわれは、大学入試センターができました際にも、それを設置する場所としては駒場の農学部跡地が最も適当であるというふうに考えて関係省庁に、いわゆるこれは跡地の利用の問題でございますから、関係省庁における御判断の際に、大学入試センターにおいて使用ができるようにお願いをしているところでございます。
#58
○内田善利君 目黒区の方では、非常にこの問題を重視されておるようですけれども、いろいろ計画もあるようですね。この東教大の農学部のあそこは非常に道幅が狭くて、私は、六千立方メーターの問題用紙を保管し、また、いざ試験の前にはあそこから試験用紙を出されることになると思うのですけれども、そういったことなどいろいろ考えてみまして、あそこはそんなに適当な土地ではない、こう判断するわけです。むしろ東京よりももう少し離れたところに入試センターをつくるならば置いた方がいいんじゃないか。東教大の農学部があるので、その跡地をという安易な考え方でなくて私はこの問題は検討すべきであると、このように思いますが、いかがでしょうか。
#59
○政府委員(佐野文一郎君) 現在、入試センターが所要面積として予定をいたしておりますのは一万六千平米ないし二万平米程度のものでございます。農学部の跡地の面積は六万八千平米程度でございますから、その二〇%ないし三〇%程度を使わせていただきたいということを考えております。もちろん、そこには倉庫を建てたり、あるいは印刷工場を建てたりするわけではございませんで、全国の教官が集まってきて、入試の問題の検討をしたり、あるいはセンターにおいて入試制度のあり方、あるいは共通入試の追跡、評価、そういったことについての研究をし、あるいは送られてくる答案の処理、採点等を行う場所でございまして、面積的にもそう広いものではございませんし、また行われる仕事の中身自体もいま申し上げたような性質のものでございます。全国の大学から教官は集まりますし、そういう意味で交通の便というふうなことも考えなければなりませんし、また、いろんな意味で東京大学の教養学部の方と密接な連絡を事務処理上もとっていくことが必要となってまいりますので、そういったことを考えて、やはり教育大学の農学部跡地が最も適地であるというふうに私どもは判断をしているわけでございます。
#60
○内田善利君 時間が参りましたが、まだ判断しておられるのであって決定したわけではないと思いますが、東京都の方、目黒区の方ともよく話し合いをされていくべきであると、このように思います。
 それと、もう一つ聞いておきたいんですが、高校教育をゆがめないように十一月の――三月、四月というんじゃなくて、できましたら、この一次テストをもう少しずらして、そして思い切って大学の九月新学期制に踏み切るべきではないかと、このように思うんですが、この点はいかがお考えでしょうか、それだけお聞きして私の質問を終わりたいと思います。
#61
○政府委員(佐野文一郎君) 先般来お答え申し上げておりますように、二次の試験の期日を現在の国立大学の一期校の試験の実施時期、三月の初めでございますが、これに合わせるということを考えますと、その間における追試験、再試験等を含めた共通一次の処理についておおむね五十五日くらいの期間を要するわけでございます。そういったところから、どうしても期日が早くなる。ことに気象状況を考えますと、やはり十二月の下旬ということが最適であるという判断をしているわけでございます。しかし一面で、高等学校の側に、もう少し期日をおくらしてくれないかという要望があることも承知をいたしております。この問題は必ずしも国立大学だけの事情で考えることができない。やはり私立大学における入試の状況というものに対する国立大学の入試が与える影響ということを考えながら処理をしなければならないむずかしい問題ではございますけれども、当面は、いま申しました十二月の下旬ということで対応をいたしてまいりたいというふうに考えておりますけれども、問題点が指摘されていることは十分に承知をしておりますので、その点についてはさらに検討を続けてまいりたいと思っております。
#62
○白木義一郎君 一問だけ関連して局長にお伺いしておきますが、先ほど足切りの問題で、足切りには予備選抜と調査書による二つの足の切り方があると。これは切られる方は大変痛いわけです。それで、しかも現在も、現在の制度で行われているという御答弁がありました。その点をただしておきたいんですが、全身麻酔で切るのか、局部麻酔で切るのか、麻酔なしで切るのか、これは痛さが全然違うわけです。そこで現在の足切りの切り方、それから、この統一テスト後の第二次テストの足の切り方を、医学にたとえて具体的にひとつ国民に、切られる方に教えていただきたいわけです。いままでのお話ですと、その点がはっきりしておりません。まあ、正規の手続をし、受験料を納めた段階でばっさり切るのは、これはたとえて言えば麻酔なしで切られるわけです。これはまことに痛いわけです。飛び上がるくらい痛いわけです。さらに、もう一歩受験生の立場を考えて局部麻酔でいまは切っているんだとか、そういう具体的なひとつ――先ほどから局長は大変答弁に苦労してらっしゃるように思うので、私は強い同情の気持ちを持ちながら伺っているわけですが、切られる方から言えば、これは大変重大問題ですので、現在の切り方と近い将来に切る切り方と、ひとつ具体的に御説明願いたいと思います。
#63
○政府委員(佐野文一郎君) 先ほど申しましたように、予備選抜には第一次の学科試験を行いまして、その成績によって志願者を定員の二倍半ないし三倍程度までしぼるやり方と、それから特段に第一次の学科試験を行わないで調査書によって、非常に志願者が多い場合には定員の五倍程度まで切るというたてまえをとっているところと両方あるわけでございます。いずれの場合でも、その一次の学力試験なり、あるいは調査書によっていわばその成績を判断して二次試験を受けることができる者を選抜をするということになります。これらの二つの場合は、いずれも受験料というか、検定料は当該大学を受験するものとして納付をさせておりまして、その後二次試験を受験することができないからといって返還をするということではございません。そういう状況で行われております。今度の共通一次の場合にそれをどういうふうに予備選抜に使うかというのは、これは大学の方で、もしやるとすれば判断をするわけでございますが、形は従来行われております一次の学科試験と二次の学科試験を行っているものでつまり、一次の学科試験によって予備選抜をしているのと同じ形になるわけでございます。ただ、共通一次を実施をした場合に、検定料をどういう形でどのように納付をさせるかということについては、これは現在私どもの方で検討中でございます。
#64
○白木義一郎君 切られる方がわからないんですよ、どういう切り方をされるか。切られる方はまだ健康のつもりでいくわけです。そうすると、お医者さんの都合で切られるわけです。足首から切られるか、ひざのところで切られるか、大腿部のところから切られるか、とにかくいまも切りつつあるというんです、現在も。その切られる覚悟をさしておかなければならないでしょう、本人は悪いと思ってないんですから。これは一方的に医者からばっさりやられるわけです、しかも金まで出して。高校の先生も一生懸命内申書、調査書を添えて、本人が合格することを切望しつつ手続して、本人は健康で大学生活を送れるようにと思っているところでばっさりやられるのが出てくるわけです。そこで、いま行われている、若干行われていると局長まあ、答弁されたから、いまの、現在の足切りのあれはどこの大学でやっているか、現在の足切りの状態はどうですか。これから第一次テストが実施されて、第二次のときはもう国大協で検討されてましてもそう言わざるを得ないわけですからね、局長としては。そうすると、それ以上われわれどうするんだ、どうするんだということは、これはお手並み拝見する以外ないんですから。そこで、現在の足切りはどういうような内容ですか、とお伺いしているわけです。
#65
○政府委員(佐野文一郎君) たとえば、東京大学が予備選抜をやっておりますが、これは東京大学を受験する者が、大体ことしで言えば受験生の入学定員の四・二倍くらいあるわけでございます。そうすると、それの人たちは全部一次の学科試験を受けるわけでございます。一次の学科試験によりまして東京大学の二次試験を受けることができる者が発表されるわけでございます。その数が定員の大体二・五倍くらいで発表される、その人たちが二次の学科試験を受けて最終的な合格者が決まる、そういう形で予備選抜が行われるのが通常でございます。
#66
○小巻敏雄君 最初に大臣にお尋ねをするわけですが、教育基本法で言うところの教育の果たす役割りは、青少年の発達を保障して人格を完成させるのだという中心課題ですね。これは、初等中等教育ばかりでなく、大学教育にも一貫するものであると押さえなければならぬと思いますし、大学入試もまた教育の内容の一環をなすものだと私は考えるわけですが、大臣いかがですか。
#67
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のように、大学をも含めて教育基本法の精神というものを押し及ぼしていくのは私は当然のことだと考えますので、その大学の入学試験というものも、やっぱり高等学校の学業とか、その選抜の方法が公正でなきゃならぬ、機会均等が保障されなければならない、いろいろな問題点が指摘されておりまして、私どもは教育の一環としてそういう姿勢で取り組んでおります。
#68
○小巻敏雄君 先般予算委員会などで初中教育についていろいろお伺いをした中では、とにかく学校の果たす役割りというのは子供を発達させるのだ。すべての教育的な営みとか、行いとかいうものは子供の発達にかかわって意義づけられる。こういう点では大臣と私の間に認識の食い違いはなかったと思いますしね、一致をして審議をすることができたと思うわけです。社会的な一つの流れとしては、同じく教育基本法で触れておる国家社会の構成員として文化国家の建設に教育をもって貢献をしていくという、こういうことを、一つは読み方の問題でしょうけれども、一つは、教育というのは社会に人材を供給をする機関であって、その人材を利用する方の立場からずっと教育問題は発想して眺めていくという流れがあることは事実ですけれども、基本法はどこまでも青少年の発達というものが中心であって、そしてその結果として、正しく発達をするならば国家社会の有用な人材になるというふうに読むべきだと思いますし、大臣もその点で認識の違いなかったと思うわけです。この点から言えば、何よりも先に、やっぱり大学入試の問題も教育の一環として、教育の論理と教育の観点というものが絶えず堅持されていなければならない。いやしくも一面で言われるように、結果として果たす役割り、学校は社会人材供給のために人を選別する選別機能として今日の社会上機能しておる、ここのところから問題が割り出されてくるというと、逆転をしたような現象が出てくると思いますので、そういう点を押さえながら、ひとつお伺いをしたいと思うわけです。
 午後にもわたりますので、最初には法律条文の問題を念を押しておきたいと思うわけですが、第九条の五の欄ですね。国立大学の入学者の選抜に関し、一次試験の業務を行うということと並行をして選抜方法の改善に関する調査研究を行う機関、これが大学入試センターだということですね。これが条文の指すところなわけですけれども、くどいようですけれども、調査研究を行うという項ですね、選抜方法の改善に関する調査研究を行うというのは、共通第一次試験についても、それから共通第一次試験以外の問題についても、基礎的な問題についても調査研究を行うものと法律条文では読み取れると思うわけですけれども、局長からお答えいただきましょうか。
#69
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のとおりでございます。
#70
○小巻敏雄君 この九条の五に二つの趣旨の、一つが共通第一次学力試験になっておるわけですね。もし共通第一次学力試験が何らかの理由で適切でない、あるいは大学に返すとか、その他変更を要するときがあればこの入試センターの中では業務の内容を欠くことになると思うんですけれども、そういう場合は予想されるわけですか。
#71
○政府委員(佐野文一郎君) 大学入試センターは、五十四年度の入学者選抜から共通一次の学力試験を実施するということを前提とし、それを踏まえて設置をしようとしているものでございます。もちろん、国大協が五十四年度からの実施可能であるという判断をしたことを前提にして、それに基づいて構想をしてきているものでございますから、共通第一次学力試験が実施をされないということは、われわれとしてはとうてい予想をすることができません。したがって、九条の五の大学入試センターの業務内容というのは、このような書き方にしたわけでございますが、全く法律的な議論として、仮に将来、従来行われました進適なりあるいは能研テストと同じように共通一次も中止をするということになれば、当然その時点で検討をし、法律を改正しなければならないものと考えております。
#72
○小巻敏雄君 入試センターができ上がって、そっちの方から考えれば、共通一次試験を改廃するということは、そうすると、法改正がない限り、入試センターにとっては検討の対象たり得ないということになるんじゃなかろうか。第二の方の選抜方法の改善に関する調査研究を行うという条文からながめれば、これは選抜方法の一つが共通第一次学力試験なのであって、これに関する調査研究を行うのですから、答えが決まっている調査研究というのはもう調査に値しないというふうにも考えられる。当然、一次試験の改廃も含めて調査研究を行う部局では、改善に資する研究を行うということは、この条文上からは出て来ると思うわけですけれども、そこは矛盾するんじゃないでしょうか。
#73
○政府委員(佐野文一郎君) 大学の入学者の選抜方法の改善に関する調査研究と申しますのは、御指摘のように二つの面を持つと思います。一つは、共通入試の実施機関である大学入試センターとして、共通第一次学力試験のより完全な実施ということを考えて、選抜の際の学力検査の問題であるとか、あるいは合否の判定方法であるとか、あるいは共通一次で入ってきた者のその後における、大学における学習の進展状況との相関であるとか、そういった分野について調査研究を行って共通入試をより完全なものにしていくための研究というのが常に行われる必要があるわけでございます。で、そのことともう一つは、より基本的にわが国における大学入試の方法なりあるいは制度なりというものについてより基本的な見地から検討をするということも、この大学入試センターとしては考えていかなければならないことであろうと思います。予算の関係で五十二年度は三つの調査部門、研究部門を設けますけれども、これはむしろ共通一次についての検討を行うための部門であり、情報処理、追跡、評価、それぞれの部門に分かれまして検討、研究をするわけでございます。しかし、大学者の入学者の選抜方法についての基本的な検討を行っていくということも――これまた共通一次学力試験ということを前提としながら、しかもそれをよりよく行っていくための選抜の実施方法等がないのか、あるいは先ほど御議論がありましたように、入試というのは単に技術的な問題だけではなくて、関連するいろいろな大学のあり方の問題がございますので、そういったことを含めて大学入試というものをどのように位置づけていくのかというふうな点も検討が行われていくわけでございまして、大学入試センターの業務というものが共通一次に限らずに、より基本的なことを考えるということは入試センターの実施機関としての性格と矛盾をするものではなかろうと思います。
#74
○小巻敏雄君 文部省で出される省令案の方ですね、これを見てみますと、私が感じたような矛盾はきれいさっぱりなくなっておるわけですね。選抜方法の改善に関する調査研究というところで何をやるのかといえば、これは中身が情報、それから追跡ですね、そうして評価というような第一次共通試験の実施に限定をした範囲内での調査研究をやる。第一次テストがよりよく行われるように、あるいは長く続く間で、その中で成長発達するようにというような研究に限られておって、条文上読み取れるものを非常に制限的に省令で作用さしてしまっておるけれども、その範囲内でなら矛盾は起こらない。しかし、少なくともいろいろな世論あるいは矛盾の累積によって五年なりあるいは十年たった段階で、これは問題だぞということになったとしても、大学入試センター自身は法改正が行われない限り共通第一次学力試験をやり続けなければならない、こういうことになるんじゃないですか。
#75
○政府委員(佐野文一郎君) 共通一次の入試というものを制度として位置づけるに当たりましては、先ほど申しましたように国立大学における長い間の検討に基づく国立大学の一致した意思というものがございまして、その意思を前提にして、またそれを基礎として法案のお願いもし、また省令において共通一次の内容についての規定も設けるわけでございます。もちろん、今後の事態の進展に応じて万一共通第一次学力試験以外によりよい入試の方法があるということになれば、それはその時点で大学入試センターの業務というものを検討し、必要があれば法律改正をしなければならぬということになるわけでございます。
#76
○小巻敏雄君 どうも、この法律の発想はたとえば高校の内申一つ使うとしても強烈な格差がある高校では資料として役に立たぬ。だから、こういうことをやれば資料が出るというのですけれども、りっぱに、高校の方が大きな格差がなくなって、内申が真に進路指導の内容としても、受け取る側としても資料たり得るようになってくるとかなり意味が変わってくるわけですけれども、そういうことは予想しないで、格差のある状態、高校の状態、大学の状態を全部予想した中でそれの手直しとしてまさに半歩でも一歩でもというふうな当面の頓服として出しておかれて、それが大きな発展との間につながりが全くなくて、これが法改正しない限り拘束をしておるというような状況には私は問題があるんじゃなかろうか。たとえば、私学の補助金を出すときに法定してさえ、条文に書いてないけれども、五年とか十年たったら一遍見直すんだとか、そういう話があったわけですね。もちろん国大協が六年間検討してこられた結果には敬意を表しますけれども、六年検討して無限を律するというような状況は、今日の状態からして半歩でも一歩でもというような状況が、見直しの可能性も予想しないでこういうふうにつけられておるところというのは、一つのぼくは法の持っておる不備じゃなかろうか。まして省令の中で条文見ただけではかなりフリーである部分が一層制限されておるということになれば、それを直すには一体どうすればいいのかということになるわけであります。
 省令にゆだねる部分は、この四項のところで「共通第一次学力試験に関し必要な事項は、省令で定める。」と、こうやっておるわけですけれども、この一次試験の方でなくて、調査研究を行う方もちゃんと省令でもって決めた大学入試センター組織運営規則の中に挙げておるわけですから、大学の入学者選抜方法の改善に関する調査研究を行うため情報処理、追跡及び評価の三研究部門から成る、大体これだけをやっていくということになっておりますから、こういうことになればこれを直すときは大体どういうふうにして追加をするとか、そういうときはどういうふうにしてやるのか、一言でお答えいただきたいと思います。
#77
○政府委員(佐野文一郎君) 入試センターの研究文門等組織運営に関する問題につきましては、御指摘のように組織運営規則をもって定めるわけでございます。これはほかの国立の共同利用の研究機関と同じでございます。先ほども申し上げましたように、当面五十二年度に設けます研究部門は、いま先生御指摘の三部門でございます。それは主として共通一次に伴うその改善充実のための研究ということが主要な研究対象になるわけでございますけれども、大学入試センターの研究部門の全体の構想としてはこの三つの部門にとどまらないで、大学の入試方法なり入試制度のより基礎的、基本的な問題についての研究も行えるような部門の整備を図りたいと私どもは考えているし、国大協もそのように考えているわけでございます。当面は予算の関係がございますので、このようにしてございますが、そこのところが来年度以降整備されれば、それに伴って組織運営規則を改正してまいるわけでございます。
#78
○小巻敏雄君 内容的な充実とか社会進歩を受けてそれにふさわしいものにしようと思ったら、運営規則を変えたら幾らもやれる、まあ、こういうふうに言われていると思うわけですけれども、運営規則を変えるのはこれはまあ、いわば大学なら教授会ですけれども、この運営協議会あるいは評議員会で大体話がまとまればそれは変えられるわけですか。
#79
○政府委員(佐野文一郎君) 入試センターの研究部門あるいは事務部門の拡充については、今度は大学入試センターの方で、御指摘のように部内の機関で検討されて、こういうふうに整備をしたいという要請が出てまいるわけでございます。それを受けて私どもは、財政当局と関係省庁と協議をいたしまして、それが予算あるいは定員を通じて認められる形になれば、その時点で運営規則の改正ができるわけでございます。
#80
○小巻敏雄君 予算が伴うものになれば、当然裏づけ措置をしてもらわなきゃできませんから、文部省のオーケーをとらないと何事もやれぬと思うわけですけれども、そういう状況であって、組織運営規則の改正は大体このセンターの中でみずからが自主的に決めて、そうしてそれが文部省のオーケをとって、そうして省令に基づく規則改正を文部省のオーケーをとってやったときに変更することができる、こういうふうに聞いていいわけですか。
#81
○政府委員(佐野文一郎君) そういうことてございます。
#82
○小巻敏雄君 そうなってきますと、これらの問題について、逆に言えば規則改正を行えば、ここの中におる評議員の制度だとかあるいは運営協議会の制度自身も国会に諮らなくても文部省がオーケーをとって、中で変えればどのようにも変えることができる、こういうことになるわけですね。
#83
○政府委員(佐野文一郎君) 大学入試センターは、国立大学のいわば共同利用の研究機関と性格的には同じような面を非常に強く持った共同の機関でございます。この機関と文部大臣との関係というのは、大学や共同利用の研究機関と文部大臣との関係と全く同じでございます。このセンターの仕事につきましては、国立大学の総意に基づいて運営が行われていくわけでございますし、私どももそういう趣旨で十分にセンター側と協議をしてまいりたいと考えております。
#84
○小巻敏雄君 そうすると現在時点では調査研究を行う機関としての性格は、予算その他の初年度であるというような関係から情報処理、追跡、評価の三研究部門等やっておるけれども、そこは成長してくれば、もっと根本的な研究、検討というようなところへ入試センターの中で意見が及べば発展をさせるという可能性もあるし、そういう構想もあるというふうに聞いていいですか。
#85
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のとおりでございます。
#86
○小巻敏雄君 この管理運営の機関については大体、共同利用研究所に準じてこういうふうに省令事項にしたという説明があるわけですけれど、以前に筑波大学の法案なんかの際には、副学長から何からこう詳しく書き上げて、こうあるのが法律の本筋だというようなことを文部省の方からずいぶんと意見を出されたように思うわけですね。場合によれば、状況次第では議会の審議を経ることなく、かなり根本的な性格なんかも省令にゆだねられて変わり得るというような状況ではなくて、基本性格の部分だけはこれはまあ、法定をしておくというのが従来の主張だったように思うんですね、そことの関係はどうなんでしょうね。
#87
○政府委員(佐野文一郎君) 入試センターの組織運営のあり方につきましては、先生御指摘のように、これまで置かれました共同利用の研究機関の例に準じて定めているわけでございますが、この定め方につきましては十分に国立大学協会の方と協議を重ねまして、国大協の方がこのように組織運営について定めたいというふうに考えたものを受けて、それを基礎として定めているものでございます。そういうものとして御理解をいただきたいと思います。
#88
○小巻敏雄君 私の考えでは、少なくとも運営協議員とか所長の選出、運営協議会、評議員会と、こういったふうなものは本当の基本の問題でありますから法定をして、この部分だけは議会の審議を経ずして変更されるようなことがないようにと書かれているのは筋であろう。法律をつくるのは、提出したのは政府であって、大学協会が提出をしておるのではないわけでありますから、こういう点についてもいま修正をするかどうかというふうなことでは、衆議院からの討論の経過もございますので、技術的にも修正をするということはむずかしい状況になっておるけれども、少なくともこれの運営についてはどこまでもこの法定されておるのと同様に、基本を押えて進めてもらわなければならぬし、一つは、この法律案の私は弱点になっておるというふうに指摘せざるを得ないと思うわけであります。
 ここでひとつ法制局の方にもお伺いをしておきたいと思うのですが、この九条の五の条文上から見て、二つのことが書かれておりますね、「業務を行う」ということと「調査研究を行う」ということ。これ状況次第で、第一次学力試験というようなものを行わない方が適切であるという判断で、大学入試センターがその決定によってある年度を見直すとか、共通一次試験を行わないというようなこと。あるいは入試選抜の一方法として他の方法を調査研究の結果から打ち出してくるというようなことは可能なのかどうかという点について法制局の見解をお伺いをしておきます。行わなければ存立の基盤がなくなるのかどうかというようなこともあわせてお答え願いたいと思います。
#89
○政府委員(味村治君) 大学入試センターの目的の一つとされております大学の入学者の選抜方法の改善に関する調査研究。この中には、基本的に大学の入学者の選抜方法をどうすればよいかということを基本的な観点から研究するということも当然入ると思います。ただ、そういう研究を実際にされるかどうかということは、これは人員あるいは予算といった問題がございますので、その点は、先ほど大学局長の申されたとおり、実際にそれをやるかどうかということはまた別個の問題であろうかと思います。
 しかし、仮にそのような基本的な調査研究をこの大学入試センターで行いまして、そして共通第一次学力試験というものは不適切であるというような結論に達しました場合に、そのような意見を、これは国立大学の共同機関でございますから、文部大臣に具申するとか、そういうことは可能であろうかと思います。しかしながら、共通第一次学力試験を実施するということは、これは国立大学協議会でございますか、あるいはそういったところの一致した意見、あるいは国論の一致した意見として、仮にこの法律が通りますれば、これは国会での御意思ということにもなっておりますから、大学入試センターが自分の判断でそのような共通第一次学力試験を廃止するということはもちろんできないわけでございまして、そのような場合には、そのような大学入試センターの意見を踏んまえて、文部省なりあるいは国立大学協会がどのような措置をとるかということを再検討する、そしてその再検討の結果を踏まえて国会でまた御審議をいただく。そういうことになるのではなかろうか。それまでの間は、やはり国立大学入試センターとしては、いかに共通一次学力試験が不適切であるという結論に達しても、やはり法律的にはそれを実施する。それもできるだけ、何と申しますか、完全なように実施をするということが入試センターの義務であろうかと存じます。
#90
○小巻敏雄君 法制局の方に続いてお伺いするわけですけれども、いま言われた点、簡潔に言えば、共通一次試験については、法改正を行わない限り入試センターはこれを行わなければならないと、こういうことですね。
#91
○政府委員(味村治君) 私の申し上げましたのは、大学入試センターが、自分の意思だけでもって共通第一次学力試験はやらないということはできないということでございまして、仮に国立大学協会の方で共通第一次学力試験は不適切であるという結論に達して、これはやめようと、文部省もそれで結構だと、こういうことになりますれば、あるいは――これも本当に仮定の問題でございますが、そういうことになりますれば、大学入試センターとしては、そのような業務をやらないということになる可能性もあろうかと思います。そのこと自体は、これは別に法律違反という問題ではございません。しかし、大学入試センター独自の意思でもってやらないということは私はできないのではなかろうかということを申し上げたわけでございます。
#92
○小巻敏雄君 センターの意思ではこれはやめることができないけれども、大学協会と文部省がオーケーと言うたら、法律があったってやめてもいいんだというのは私はちょっとよくわからない話で、そういうことを考えてみますと、共同利用研究所ですから、利用者に利用を強制することはできないでしょうから、大体合意に基づいてこれを各大学が実施していく。しかしながら、いろいろな状況で大学協会の方が、おれの大学はおりるわというのがふえてきて、実際、内容が空洞化したりすると、そうすると、まあ、やめようかという話になるけれども、それは法改正を行わない限りは、センターの方はやっぱり問題をつくって募集をして、そしてお客さんが来なかったら、しまいと、こういうことになるのじゃないでしょうか、どうなんですか、そこは。協会と文部省とがオーケーを出したら、法律にあってもやらなくてもよくなるわけなんですか、おかしいじゃないですか。
#93
○政府委員(味村治君) 共通第一次学力試験は、やはり国立大学がそれを一つの学力の判定材料とするという、そういう前提があるわけでございます。したがいまして、その国立大学の方で、そういう仮に試験を行っても、それはもうおれたちの方で判定の材料にしないのだ、学生採用の判定材料にしないのだということが大勢を占めますというと、言ってみれば、まあ、むだなことをするということに相なるわけでございますので、そのような場合にまで、この大学入試センターが共通一次学力試験をしなければならないとまでは考えられないと思います。
#94
○小巻敏雄君 この辺の解釈についても、ちょうど時間が来ておりますので、法制局の見解はお伺いをしておいて、午後にまた文部省の方にお伺いをしたいと思うわけです。
 一つだけ。もう一つ法制局に念を押しておきたいわけですが、これはどこまでも共同利用研究所のような意味で、第一次学力試験の問題の作成、採点をしてあげますよという機関で、この利用する方は、利用者の意思であって、利用を強制されるものでない。おりようが――理屈で言えば、おれはもう仲間に入らぬ、組合から、ギルドからは抜けますよということになるのか。利用するかは、これは大学の主体的意思になるものだ。これは当然だと思うのですが、念を押しておきたいと思うのです。
 それからもう一つ。これは大学を拘束するような省令とか、そういうものは出せるのかということと二つ。
#95
○政府委員(味村治君) 先生のおっしゃいました問題は、これは国立大学の管理者の問題とそれから大学の自治の問題、両方との調整と申しますか、そういったところでかなりむずかしい問題であろうかと思います。学校教育法によりますと、大学の管理、学校の管理は設置者が行うということになっておりまして、学校の、大学の学生の採用ということも管理の一部分に入るかと思います。
 しかしながら、一方では、大学というのは大学自治の原則がございます。大学自治の原則は、これは学問の自由、研究の自由、教育の自由というようなことが中核でございますので、学生採用の自由というのがどこまで大学自治にかかわりを持つかということは、非常に研究を要するところであろうかと思いますが、やはりかなり大学自治ということと学生の採用ということは関係を有するわけでございますので、したがいまして、この入試センターの行いました共通一次学力試験を採用するかどうか、これを判定資料とするかどうかということにつきまして文部省令で決めるということにつきましては、不可能ではないと思いますが、かなり慎重な処理が必要であろうかと存じます。
#96
○委員長(宮崎正雄君) 本案に対する質疑は、午前中はこの程度にとどめます。
 午後一時三十分再開することとし、休憩いたします。
   午前十一時四十九分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時三十三分開会
#97
○委員長(宮崎正雄君) ただいまから文教委員会を再開いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 本日小野明君が委員を辞任され、その補欠として久保亘君が選任されました。
    ―――――――――――――
#98
○委員長(宮崎正雄君) 休憩前に引き続き、国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案を議題とし質疑を行います。質疑のある方は順次御発言を願います。
#99
○小巻敏雄君 私は、この国大協の報告書をこの法案審議の過程で見せてもらったわけですけれども、これは、入試改善に始まって入試改善に終わっておる、こう言っていいと思うわけであります。同時に、どの報告書にも少なくとも一行だけは今日のひずみ是正のためには入試改善だけでは十分ではないということが書いてあるわけですけれども、むしろそれを一行書き込むことによってアンケート調査その他でそれらの意見を封殺するような役割りさえも果たしておるのじゃないか。逐次アンケートの内容等についても触れてお伺いしたいと思うんですが、そういうきらいがあるわけです。教育制度上の変更を伴う問題提起の場合には、たとえばヨーロッパでワロン計画だとか、その他引き続いていろんな計画が出たときには、必ず基礎研究と周辺の状況との勘案で問題が出されておるのだけれども、まさにこの入試方法の改革のこの場合には技術的な検討だけが先行しておると言わざるを得ないと思うわけです。
 大臣答弁でも問題全体の解決については、当然大学の格差の是正の問題、それから大学の今後の拡充計画、こういうようなものの推進とも密接に関係があると思うわけですけれども、行政的には今度の法律案の提起でこれが突出して先行することになると思うんです。その点、再度念を押す意味でお伺いをするわけですが、格差の是正もしくは大学設置拡充強化の計画とはどういうふうにつり合いをとって進めようと考えておられるのか、そこからお伺いしたいと思います。
#100
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘の点の大学の拡充強化あるいは格差の是正ということは、文部省といたしましても問題意識を持ってこれを改善していかなきゃならぬというので取り組んでおる問題でございますが、これはいろいろな面からの問題がありまして、たとえば地域における定員の格差の問題とか、あるいは専門分野の分布状況の格差の問題とか、あるいは国公立大学と私立大学との格差の問題とかいろいろございますけれども、それらの問題は入学試験の問題と直接の関係はないかもしれませんが、やっぱりこれは大学の持っております現在の問題を解決するためには、入学試験制度とともに取り組まなければならぬ重要な問題だと思って取り組んでおるわけであります。
#101
○小巻敏雄君 私は、文部省が直接に責任を持つ行政上の措置としては格差是正とそれから大学の新増設の問題、それから入試制度も含めてですね、これは三本柱であろうと思うわけですね、大学教育については文部省が直接に責任を持ってやるわけですから。高校問題などになると文部省がいろいろ意見を出しても、実施するのは地方府県以下の教育委員会ということになります。この点で入試制度の問題に比較をして拡充強化の問題、あるいは格差是正の問題については、非常に具体性において欠けるものがあるんじゃなかろうかと思うわけです。特に、文部省で高等教育懇談会の答申を受けて当面の拡充強化に対する施策を出されたのが昭和五十一年の三月、ここでは私学は特に新増設をストップをする。国立大学についても基本的には大都市を中心にストップをしていく。そうしてアンバランス是正という姿でだけ手直しがあるわけですから、この審議会答申というものが持っておる性格が、これが格差是正という性格よりも多様化の推進という性格の方が私は前面に出てきておるんじゃなかろうかと、そう思うわけです。特に私も私学の新増設についての認可を厳しくするということには必ずしも反対ではありません。それは公定の募集定員よりも非常に多数の者を入れているんですから、これを認可基準相当にまで引き下げたらパニックが起こるくらいでしょうから、これは補助金とともに行政指導されて、むしろ教員一人当たりの学生数をずっとしぼるような方向で行われる、これは今日の状況で私学の格差是正の上からも必要なことであろうと思いますし、補助金を出す以上は、教育内容にはタッチしないとしても、条件の方については野放しでやるわけにはいかぬ、こういう点で支持できる考え方だと思います。しかし、それは裏返しに私学の異様なシェアの高さをカバーするために、国立大学の大幅拡充を地方中心に精力的に進めるということがなければ全体としてマイナスになってくる。そういう展望が明らかでないんじゃなかろうか。高等教育懇談会の答申は、その点では、新増設に昭和五十五年までストップをかけて、それとともに多様化路線というものをたどられておるが、五十五年以降は一体どうなるのか。これらについてはどういう展望を持たれておるわけですか。
#102
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように、五十五年までは、国公私立全体を通じて量的な拡充については抑制という基本方針がございます。しかし、その中でも、たとえば私立大学の場合には、従来年間実員で二万五千人くらいの増を見てきておりますけれども、それを五年間で二万人程度に抑えるわけでございますから、かなり従来よりは抑制がきついわけでございます。国立の場合には、従来の傾向がおおむね年間定員増で二千二百から二千五百くらいで推移をしてきたわけでございます、最近は。そのことを考えながら、五年間の拡充の目途は年間二千人と、五年間で一万人というものを拡充の規模の目途にとりまして、その中でできる限り、現在の地域間の格差、不均衡の是正を図ろうというものでございます。五十二年の場合には、予算でお願いしております定員増が二千十名で、おおむねこの計画に沿って行われておりますし、また、その九一%は大都市以外の地方の大学の学部、学科の整備に充てているわけでございます。大都市で整備するのは、朝鮮語学科であるとか、あるいはタイ、ベトナム語学科であるとか、あるいは夜間の学科であるとか、そういったものについて例外的な拡充を考えるということで対処をしております。五十五年まではこういう方針で地方の大学の充実を図ってまいるわけでございます。で、五十六年からは十八歳人口が再び増加に転じまして、六十一年には百八十五万人程度まで、現在よりも三十万程度の増が予定されるわけでございます。これに対してどういうふうに高等教育計画を策定をしていくか。高等教育懇談会なども、後期の計画は別途前期の計画期間中のしかるべき時期にもう一度策定をすべきであるという御指示をいただいておりますし、私どもも、前期の計画の進行状況、その間におけるいろいろな施策の進捗状況等を見ながら、また高等教育に対するこれからのいろいろな要請の変化、推移というものを見ながら後期の計画の策定を急ぎたいというふうに考えております。
#103
○小巻敏雄君 大学の中で国立大学の占めるシェアが二〇%そこそこで、これが三〇%くらいになればこれは目立って、恐らく状況は緩和されてくるでしょうし、今日段階で、さすがの国民も限界に達したのか、進学率は横ばいになっておるような状況があるわけですね。特に国立大学だけでなくて公立大学までずっとこうダウンをしておる。こういう状況下で、むしろ行うなら私学に補助金を出したら出したかわりにこれが学生に返ってくるように、私学の方で、募集数はそんなに高くないわけですから水増し入学分をだんだん減らして、教官一人当たりの学生数を減らしていくということになるのと、国立大学のが見合って今日の大体レベルを維持しながら、中身がたとえば国立大学のシェアが三〇%になるというふうなところまでいこうと思ったら、いまの計画であったらいつになったらできるのか、ちょっとこう計画も見当もつかないような状況じゃないかと思うんですけれども、考え方の基本としては、私がいま申し上げたように、質の向上というのは、国立のシェアをふやして、私学では次第に認可の募集定数に近づけていく。四倍採っておったところは三倍にする、三倍採っておったところは二倍に持っていく、こういう方向であろうかと思うんですが、その点は方向としてはそうされているんですか。どうなんでしょうね。
#104
○政府委員(佐野文一郎君) 私立大学のいわゆる定員超過の是正につきましては、御指摘のように、私どもも私学振興助成法の制定もございまして非常に力を入れてまいっております。まず、私学の方に非常に水増しの状況が著しく出ていたことの原因の一つとして、定員自体の増が非常に困難だという状況がございました。それは一つには、大都市における私学において、設置基準において要求されているだけの校地を確保することが非常にむずかしいという実情があったわけでございます。で、大学設置審議会の方ともお諮りをいたしまして、ほかの、校舎等の施設、あるいは設備、教員組織、それらがすべて大学設置基準の要求する水準を満たしており、しかもいわゆる古い大学であって、その立地の状況からして容易に校地の拡充ということが期待しがたいものにつきましては、校地については若干基準の緩和ということを考えまして、定員増の届け出の受理を法律の施行前に図ったわけでございます。それによって四万人程度の定員増を実施をいたしました。この四万人程度の定員増というのは、もちろん改めて学生を受け入れる数を実質的にふやすというのではなくて、いま申しましたような施設、設備、教員組織等が整っているものについていわば実員の定員化を図っていくという措置を講じたものでございます。これによって、私学の水増し率が従来一・七九倍くらいであったわけでございますけれども、それを是正することを期待したわけですが、私学の側におきましても非常に自主的な御努力がございまして、五十一年度では、御案内のように、従来の一・七九倍の水増し率が一・五倍程度まで是正をされてきております。こういった方向というのは、今後とも努力を続けていかなければならないと思います。
 で、もう一つの国立と私立のシェアの問題がございます。先生御指摘のように、現在の国立と私立のシェアは、入学者の数で考えますと、私立が五十一年度で八三・四%、国公立は二〇%を割り込んでいるという状況でございます。かつて三十五年当時は、私立と国公立の比率は御指摘のように大体七対三だったわけでございます。で、高等教育懇談会でも、四十八年度の御議論の際には、国公立のシェアをもっとふやすべきである、少なくとも七五対二五というふうなところまでそのシェアを是正することができないかというふうな議論がございまして、懇談会におけるいろいろな検討の際、そういう七五対二五というような比率を仮定をいたしまして、そのもとに、たとえば教育費がどのくらいかかるかというふうな試算をした経緯はございます。ただ、このことについてはかなり異なった御議論もございまして、国公立と私立のいわば役割りというふうなものを、そういうふうに国立の比率をもっと高めることによって高等教育全体をよくするんだというふうにとらえるのはおかしいのではないか、やはりそれぞれの地域、あるいはわが国全体を通じて、国公私立がそれぞれお互いに協力をし相補って、全体として高等教育の量と質を整備をしていくということを考えるべきであって、国立のシェアを高めるということを政策的な目標とすることについては、やはり従来のいわば官学尊重というような考え方が強く出過ぎるのではないかというふうな御批判もあったわけでございます。ただ、実際問題として、これからの高等教育の全国的な整備を考えていくときに、どうしても地方における大学の充実ということが中心になりますし、地方において大学を整備をしていくということになると、立地条件から申しまして、なかなか私学では計画的な整備がむずかしいという事情がございます。で、そういうことから、これから高等教育の計画的な整備を考える場合に、地方における国立の大学の整備というものに力を入れなければならないということが出てくることは、これは避けられないところであろうと思います。なお、当面五十五年までの間におきまして、先ほど申し上げたような形で高等教育懇談会の示したところに従って整備が行われたといたしますと、五十五年度における国公立と私立の入学者の比率は、いまよりは若干改善されまして、私立の比率は八一・五%くらいまでになるわけでございます。
#105
○小巻敏雄君 いわゆる六〇年の経済成長が始まる直前の七、三の比率が八対二になって、それをさらに割って、これは、こういう数字は状況に合わせて見るよりほかないと思いますけれども、早急には七五%まで持っていくことさえも目鼻が立たないというのが現実である。しかし、常識的に見て、私学でもう少し経済的な条件が許すなら、もっと設置の基準に合致をした校舎なり教育条件にも合わして、教官の数にも合わして、やっぱり生徒の数をもう少ししぼらなければ内容のある教育やりにくいということは、私学の関係者自身も述べておるところでありますから、これは何も官学偏重のためにシェアをふやすんでなくて、むしろ教育を無政府的に自然成長に任せておった結果を是正するわけですから、ここのところにはほとんど私は国民的な合意、私学の関係者の善意を含めて存在しておるものだと。ところが、これがたとえば入試制度のように行政的には整備されて、そして実行段階に移すような進行が非常におくれておるということですね。大学格差是正の問題についても、入試制度とあわせて国大協の方では大学格差問題特別委員会というのを設置されて、これはやっぱり並行して進むいい方向だと思って見ておりましたら、入試制度の方はちゃんと総会で決まるけれども、ぐずぐずしておって格差是正の方は総会でも決まりかねておるような状況になっておる。問題はとにかくつり合いとれて進まないというふうに私は見るわけなんですけれども、どうなんでしょうか。格差是正の方は大学協会での今日時点の状況はどうなってますか。
#106
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように、関係の委員会で検討が行われて、これはいわば総会に対する中間報告が行われました。それを受けて、さらにこれから検討が深められる段階でございます。
#107
○小巻敏雄君 大臣にひとつ聞いてもらいたいんですけれども、すでに御研究になっておることだと思いますが、実際には入試の制度改革だけが突出をして、ほかの問題が総論だけ出てきて各論と具体化が非常におくれておるという状況ですね。これは一体なぜそうなったのか。私は、やはり六九年の中教審答申の中身が忠実に反映をしておって、そして、その中教審路線の主導のもとに今日の施策が大学協会を含めて履行されていっておる。その反映にほかならないと見るわけであります。入試制度の改定については六九年の中教審答申の中でずばり制度の改定に着手すべきである、あるいはこれの二十二特別委員会の文書などを見ますと、実は高校の到達度を調べる全国統一の学力テストか能研テストをやっていけばいいのだが、これは大学は採用しない。今日の問題の中心は、大学協会の無理解と不協力にある。だから、ここらのところに対して法的な措置も含めて問題を進めるようにというふうに私は読み取っているのですが、そういうことが明記をされている。一方では、大学の拡充整備の問題については、地方に特色ある大学をというような姿で、必ずしもいわば地方の文化センターというよりはローカルな特色を育成をするというような方向づけが行われており、むしろ大学の多様化が拡充整備のところでは強調をされておる。格差是正については、やはり具体案について着手するような記述はないわけですね。ところが、この六九年の中教審答申が出ますと、もう七一年には八月に、当時の稲葉文部大臣はこれを受けて鹿児島へ行って七二年――来年から大学の統一テストをやるのだと、こういう発言が出ておるわけですよ。それで、その後で七一年の十月に国大協が入試問題について検討を開始しておるのでありますから、私は今日の大学協会が自主的に検討をしたと言われるこの協会案というものは、実はその基礎研究の部分をすべて中教審のデータに負うており、そして、中教審の指摘をした方向の技術的検討だけを行われてきた。これが今日のさまざまな批判が出てくるふくらみの少ないいろいろ問題のあるという状況の源泉になるというふうに見るわけです。
 私、局長の方にここで答えてもらいたいわけですが、六九年の中教審では入試制度についてどういう提言をやっておるわけですか。
#108
○政府委員(佐野文一郎君) 「高等教育の改革に関する基本構想」が昭和四十五年の五月に中間報告されまして、それが四十六年に本報告になったわけでございます。ここで指摘をされている考え方は、一つは、「高等学校の学習成果を公正に表示する調査書を選抜の基礎資料とすること。」二番目に、「広域的な共通テストを開発し、高等学校間の評価水準の格差を補正するための方法として利用すること。」三番目に、「大学がわが必要とする場合には、進学しようとする専門分野においてとくに重視される特定の能力についてテストを行ない、または論文テストや面接を行なってそれらの結果を総合的な判定の資料に加えること。」こういった方向が示されたわけでございます。
#109
○小巻敏雄君 やっぱり私が言っているとおりだと思うのです。中教審で指摘をしたのは、内申書重視がこれがたてまえだと、高校には格差がある、格差があった結果、この内申というのは使いものにならないから、それだから広域共通テストをやって、それを大学に尊重さしたらよろしい。つまり学力テスト、能研テスト、こういうものがなければ今日の高校格差ある状況では大学の参考資料は得られない。これをやるようにするということが書いてあるわけです。そうして、その答申の基礎をなした二十二委員会の「入学者選抜制度」の関する部分の記述を見ますと、あれこれ書いておりますけれども、こういうことを書いておるのです。いまの有名校殺到の状況は、「各大学が特色を発揮し、すぐれたものが多元的に併存できるようなくふうや努力が欠如していた。」それだからいまでは、いまからの大学というのは特色あるものが多元的に併存させるようにする。大体こういう言い方をしてやってきた結果というのは、高校では格差が生まれ、大学では格差が生まれたわけですけれども、その格差がある中にみんなが満足していくようにさせるにはどういう手を使えばいいのかということが指摘をされておるわけです。
 そうして最後に、いまの過当競争では浪人の方がいい成績をとったりするけれども、大学の中へ入ってしまうと新規学卒の方が筋がいい。この点で浪人が二度と受けたりしないように、あきらめるようにするのにはどんな手を使えばいいのかというようなふうに論理が導入をされまして、そうして結果においては、「高等学校の学業成績や全国的な統一テストの成績をみれば、ある大学を受験しても、あるいは浪人して再受験しても合格する可能性のきわめて乏しい者」というのは、あらかじめ予測することができる。受験しない前にあきらめさせて、受けさせないようにするためには、統一テストをやるのがよいのだ。こう書いておきまして、そうしてその最後の部分で、これをやる上で、受け入れ側の大学自身が、入学者選抜方法改善について消極的であり、それで科学的な調査研究を行う態度を示さなかったことは、問題の解決を困難にする大きな原因だと、こういうふうになりまして、どうしても、まあ能検テストや学テをやったら、大学が受け入れない。大学に何とかしてこれを受け入れさせることが肝心である。こういうことを中教審で指摘をいたしまして、そうして選抜方法を技術的に研究をしろと、こうやって、中教審答申ではこれの制度的な改革をやれと、こう書くわけです。
 文部省の方で出しました教育改革のための基本的施策と、中央教育審議会の答申書の解説を読んでみますと、その中では結局、こういう障害も排除してやるためには立法措置を講ずることも検討すべきである。こういうふうにレールが敷かれて、まさか旺文社に請け負わすわけにもいかぬでしょうし、大学協会がこれを受けて立つということになっておるわけでありますから、これまでの基礎研究というのは、すべて中教審のデータで導き出された結論の実行者として大学協会は動き始めたということですね。並行して大学格差をなくするために大学協会はもう一つ専門委員会をつくりましたけれども、それは決めかねても、しゃにむにこの入試制度の方は走っていったわけです。こういうところをながめますと、根本的に教育問題として、そうしてこの学生の人生選択を行わせ、そうして発達のために適当な進路の決定が行われるというような基礎の調査あるいは入試制度、外国との比較教育的な方法論を用いた検討等には非常に欠けておるということは言えると思うわけであります。
 私は、ここで言わんとするのは、そういう生い立ちを持っておるとしても、すでに国民の幻想にも近いような期待が大きくあるわけですから、これがマイナス点をもたらさないように、いわば改良に一歩でもなるなら、これを成り立たせていいものにしていきたいと思うわけです。しかし、そのためには今後、固定しないで、この成長を待たなければならぬと思うわけであります。この経過につきまして、国大協の検討というものは非常に基礎研究に欠けて、そうしていわば実質的に、結果的に見れば文部省の意を体して、文部路線を大学の自由意思の名のもとに忠実に実行してきたという結果になっておると思うわけであります。こういう点を今後、国民の希望をかなえて成り立たしていこうと思うなら、いま提案をされております法律条文の中で、調査研究の機能と一次共通テストを実行する機能と二つある中で、いまからでも調査研究機能を大きくふくらませて、そうしてあるべき姿に対して到達するための研究をする機関にしていかなければならぬのじゃなかろうか、このことがこの法律で保証されておるかということが一つ。もう一つは、やっぱり入試センターが行う第一次共通テストについて、結果を見て一定時期には見直しをするという考え方を持たなければならぬのではなかろうか。そのことが保証されていない場合には非常に不安であって、容易に賛同いたしかねるというような状況を含んでおるように思います。この点何年かたったら一定の見直しを行うというような展望を持っておられるのかどうか。第一次試験についてお伺いをしますし、それから調査研究の問題については、基本問題を一層発展させるというふうに考えられるかどうか、これは大臣にお伺いしたいと思います。
#110
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のことに関しましては、われわれも一歩、二歩前進して、少しでも入試制度の持っておる問題点をなくしていきたいという大きな期待を持って、そう信じてやるわけでありますから、常に調査研究は、いろいろな面で続けていかなければなりませんし、また何年ごとに何ということをいまから決めなくっても、たとえば初年度においてでも、いろいろあれば問題点を振り返ってみるとか、考え直してみるとか、いろいろなことは、その入試センターの方においても当然行われるものと、こう期待をしておりますし、またそうあるべきだと私も思っております。
#111
○小巻敏雄君 何年ごとというふうに条文に書くかの問題は別としても、たとえば一期校、二期校の問題だけでも、高校長の出しておる意見というのは、敗者復活戦をやってくれという意見ですね、一発。あれはやっぱり受け入れた立場で陳情しておるから、ああいう表現になるのであって、一期校、二期校というものを一挙に一つに融合させることに対する不安と反対の意見を述べておることに私はなると思うのです。こういうふうな問題は、普通の場合には、効果が定かでないときには、現状をもって試行しながら効果が確認されたときには新しい方向に向かっていくわけですけれども、今度の場合は、やってみてからということでありますから、こういったふうな問題等についても、その年ごとに検討されるべきものではなかろうかと思うのですが、特に一期校、二期校の問題にはかなり大きな不安があります。
 それから答弁の中で、それじゃ三割ぐらいリザーブしておいて、実際上二次募集でやっていけば、二回のチャンスだと。これはしかし部分的に二期校をつくることになるんじゃないかという感じもするわけですね、実際問題としては。一期校、二期校を一元化することに対する無理を形を変えて二期校をつくることになる。そうなると、まさか東大へリザーブしておくというふうにはならないでしょうから、やっぱり二期校的なものが浮かび上がってくる。これらの問題を含めて見るときに、どうしても最初の数年間というのは一種の実験として見られるべきじゃなかろうか。これをもし直そうと思えば、先ほどの法律上のたてまえからも法改正を要したりなんかいたしまして、非常にむずかしいことになるんじゃなかろうかと思いますが、どうでしょうね。
#112
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように共通入試の実施の結果につきましては、いろんな面で常に入試センターにおける研究部門が調査研究を行って、その改善の方向というものを検討していかなければならない課題であると思います。そのことは一期校、二期校含めて入試選抜の方法の基本的な問題についても同じく行われていかなければならないことであろうと思います。
 で、入試センターにおける調査研究の結果、問題点が指摘をされ、そして国立大学の入試のあり方というものについて手直しを必要とするというふうなことになれば、それは入試センターの意見を受けて国立大学において検討をし、また、その国立大学の全体の意思というものを見ながらわれわれも国立大学側と協議をしながら修正すべきところを修正をしていくという、そういう努力を常に加えていかなければならないことであろうと思います。
 御指摘のいわゆる第二次志望の生かし方につきましても、御指摘のように一律に何割の定員の一部を留保をするというふうなことは行うべきではございませんけれども、それが仮に希望する大学によって行われて、どういうふうな成果を上げてくるのかというところは、やはりある程度時間をかけて見ながら、その実績というものを見ていき、そして、それをより改善する方向へ持っていく努力をすべきであろうと思います。そういうことは、少なくともいまお願いをいたしております大学入試センターの業務の内容とは全く矛盾することのないことであろうと思います。
#113
○小巻敏雄君 とりあえず、いま局長の答弁では、すんなりと基礎的な問題の研究をたてまえ上もいたしますということになるんですけれども、情報処理と追跡と評価、こうなれば来年の出題の基礎データなどは集まるでしょうけれども、第一次共通テストに関して。そのほかの基礎的なことの資料なんかはどうしたって得られないと思うわけですよ。これは第一次共通テストに関してだけなわけですね。その辺のところは権限だけあって実体がないということになるわけですけれども、具体的なプランとして早速にも来年度以降からこの部分を強化されるような考えがあるかということと、それ手続的には何ですか、評議員会で決めたらそれを受けてやるわけなんですか。
#114
○政府委員(佐野文一郎君) センターの研究部につきましては、国立大学協会の方はいま御指摘の三部門のほかに、試験方法それから試験制度、この二つの部門を加えた五部門というのを構想としてはお持ちになっているわけでございます。当面は、いま御指摘の三つの研究部門でスタートをするわけでございますけれども、残された研究部門についても、入試センターの方の御意見と、それから、それに対して国立大学協会の方としても御意見があることでございましょうから、それを十分に伺って、私の方は予算要求等の措置をしてまいることに相なるわけでございます。
#115
○小巻敏雄君 試験方法と何ですか、もう一つは。
#116
○政府委員(佐野文一郎君) 試験方法と試験制度でございます。
#117
○小巻敏雄君 入試センターを実験的な意味合いで考えていくという考え方はとらないわけですか。
#118
○政府委員(佐野文一郎君) 実験的という事柄のその意味するところによるわけでございますけれども、もちろんその多数の受験生が非常に大事な入学試験というものを受けていく場合の、その入試のあり方を改善する方途として共通入試を実施をし、そのための実施機関として大学入試センターをつくってまいるわけでございますから、共通入試それ自体については、やはりわれわれとしてはこれを厳粛に、非常に大事なものとして受けとめていかなければならないと思っております。そういう意味では、仮にやってみるというふうな、そういう事柄ではないと思いますけれども、同時に、先ほど来申し上げておりますように、決してある年度に決めた事柄を固定的に固執をするということではなくて、実際に行った結果、あるいはそれに対する入試センターにおける調査研究の結果、そういったものを考え、また、高等学校あるいは一般の社会のこれに対する御批判というものもあるわけでございますから、そういったものを十分に受けとめて、改善すべきところは改善をしていく。そういう意味で一つのやり方を固執をし、それを固定的に考えるということはしないという意味では、常に入試の改善というのは試行的な意味を、そういう意味では持っているということができようかと思います。
#119
○小巻敏雄君 まあ、国民の批判を受け入れるとか、まあ各界の声を聞くとかいうことも繰り返し述べられるところなわけですけれども、これが実行される段になりますと、各大学が個別でやっておった入試、それは無政府的と言えば無政府的ですけれども、これはそれぞれの個性でやっておったのが統一してやられるわけですから、非常に広範なものになってきますね、高校に対する影響というものはね。これをくみ入れる場というのも、やっぱりこの入試センターがやるわけですか。国民の声を取り入れるのはどうしてやるわけですか。
#120
○政府委員(佐野文一郎君) これまで国立大学協会の関係の参考人が委員会でも御説明を申し上げているところではございますけれども、入試センターの中に高等学校の側の意見を取り入れて協議をするための連絡協議の機関をつくりたいということを申しておりますし、私どももそれには賛成でございます。そういう形で入試センターの仕組みとして連絡協議機関というものをつくっていくということは必要なことであろうと思います。そのほか国大協は、これまで実地調査を重ねながら、各ブロックごとに大学、高校あるいはその他の関係の方々と協議をし説明をする努力を続けてきておりますし、そういう形での共通入試に対する、あるいは第二次試験のあり方に対する御批判というものを拝聴する機会というのは、さらに努力をして設けていかなければならないと思います。
#121
○小巻敏雄君 私学との関係はどういうふうにやられるわけですか。
#122
○政府委員(佐野文一郎君) まず、法律案の中に規定をいたしました入試センターの仕事のあり方としては、決して国立大学に限らないで他の大学に対しても協力ができるという形をとることによって、大学入試センターにおける入試の改善というものは決して国立大学に限られるものではないということを規定をいたしておりますし、公立大学についてはすでにその趣旨に沿って参加の申し出があるし、協力の用意があるわけでございます。私立大学に対しては国立大学協会の方から私立大学の関係の団体の方々に対してこれまでの調査研究の成果を御説明をし、私どもも、私立大学の側において共通入試に御参加をいただくということを含めて入試のあり方についての改善の御努力をお願いをしているところでございます。現在のところはまだ各私立大学の関係の団体の御意見として一つの方向が出てくるというふうなところまではまいっておりませんけれども、私どもは、方向としてはやはり国、公、私を通じた入試の改善ということを考えるということが大事だと思いますので、さらに私立大学の関係団体の方々と御相談をしながら、その努力をいたしたいと思います。
#123
○小巻敏雄君 むしろこのことによって個々の私学では部分的に利用しようというのも出てくるかもしれませんしね、この法律の案文の中にも他に利用させる問題を触れておる。しかし、私学協会全体としては、いわば個別に利用する機会はあっても、ちょっと個別にばらばらやられるような感じになって、大手のところは自分でやるというような状況で、むしろこの共通の話し合いの場の機運が遠のくんじゃないかということをぼくは憂慮するわけですけれどもね。私学の方が利用しようと思えば出題者の中に自分の代表を出すわけじゃありませんしね。でき上がったものをまあ、一定の私学が利用するものがあってもいい。とめるわけにもいきませんからね。こういう状況の中で、いわば大手のところはむしろこのチャンスに繁盛するようになるのかというような逆の側面も出てくる。これについて将来展望として、公私を含む、国公立と私学を含む入試制度全体についての方向づけはどうなるわけなんでしょうね。これもうほとんど何の保証もなくて、そういう発展の中の位置づけとして今回の入試センターは何ら作用しないで、むしろ引き離すような作用をするようにも見えるわけですが、その点はどうなんですか、展望としては。
#124
○政府委員(佐野文一郎君) 先ほども申し上げましたように、私たちは、国公私を通じて共通入試ということを考えるというのを適当な方向であると考えているわけでございます。ただ、御指摘のように一部の特定の私立大学が利用したいという形のお申し出があった場合に、それぞれの私立大学の関係団体の御意向と全く無関係にその御要望に対応していいものかどうか。ことに非常にたくさんの受験生がある大学が、たとえば丹念な入試をやるためということではございましょうけれども、共通入試を足切りに使うというふうなことで参加したいというようなことがあったときにどういうふうに対応するのかというのは非常にむずかしいことであろうと思います。その辺は国公私を通じての入試改善の方向というものがゆがめられることのないように配意をしながら、入試センターの方と十分に相談をして対応していかなければいけないと思っております。
#125
○小巻敏雄君 大きく言って大学格差の解消、それから全体の拡充整備というような、並行して進むべき課題と、今度の大学入試の問題は、これは遊離をして、むしろそのほかの課題の前進がおくれても、この方法によって救済をしていこうという側面が前に出ており、中教審答申の中にはかなり露骨にそういう色彩があるというところを見ますと、やっぱりこの入試制度というのは初めから議論するのであれば、一定の時限立法にするとか、みなし期間を設けるとか、試行期を設けるということがあってしかるべきだったんじゃなかろうかという気がしてならぬわけであります。この点をむしろ根本は、受験生の方からながめるというふうにやればはっきりしてくるわけじゃないでしょうか。このやり方によって、高校からの受験生は、自分の個性なり進路なり、それから高校の教師が生徒に進学指導をする場合に、人生相談を受けたり、個性の違いによる進路選択というものに対してこの入試制度の改定が一定なりとも従来にも増して有利な作用をするのかしないのかということですね、この点はどうなんですか。
#126
○政府委員(佐野文一郎君) やはり国立大学における学力試験というのは二つの面を持っておりまして、一つは高校における一般的、基礎的な学習の達成度、到達度というものを見るという面と、もう一つはそれぞれが進学をしていく学部、学科の特性に応じてそれに対応すべき適性能力を備えているかという二つの面があるかと思います。で、共通入試の趣旨とするところはその前者の方について、高校におけるいわゆる学習に打ち込んでいれば、それによって第一次の試験というものについては、りっぱに受験ができるということでございますし、それを前提とした上で自分が将来進む専門分野に特に必要な学科・科目について勉強を深める、そして一次、二次を通じて自分の能力というものを判定をする、判定をしてもらうという、そういうことを趣旨としているわけでございます。もちろんこのためには共通一次のあり方、試験問題その他のあり方を十分に工夫をしなければならないということがございますし、また二次試験の科目であるとかあるいは試験のあり方というものについても各大学において格段の努力をしてもらう必要があるわけでございますけれども、やはりわれわれもそれを念じておりますし、国立大学の関係者もそういう方向で現在鋭意努力をしているというふうに期待をしておりますので、いま先生の御指摘の方向はまさに今回の入試改善制度の目標としている非常に重要な点であり、またそれが実現されていく方向にあるというふうに私たちは考えているわけでございます。
#127
○小巻敏雄君 それは大抵前置きかお題目には出てくるわけですけれども、具体的提案の中で、高校に対する影響が大学の格差別の偏差値の発見によって進路指導するのでなくて、個別、個性別になるように仕向けるための制度改革というふうにはどうしても答えは出てきていないと思うわけですね。それで、ここのところを発見することがこの入試センターの調査研究の主な内容にならなければならぬだろう。ところが、今度の調査研究の主な内容はやっぱり客観テストのやり方の問題にしばられておる。こういうふうにぐるぐる回っておりますから、この点について今後の教授会にも当たるべき評議員会等で大学の自治に準じてどのぐらい共同利用センターが自由な研究を行い得るかということに私は将来はかかっておるだろうと思うわけであります。若干、あすもあることですから、時間を残してここで終わりたいと思いますが、最後に一つだけ法律条文の中の一カ条についてお伺いしておきます。
 これは「東京都に置く。」とあるわけですね。先ほど内田委員の御質問にもございましたが、これは目黒というところに大体予定地をつけてやっておられる。しかしこれが決まるにはそれ相応の手続があると思いますし、すべて跡地利用、払い下げの問題には住民との合意というのが大きな問題になっております。この点についての今日の状況と住民との合意の上でやっていかれるのかどうかと、これをひとつお伺いしておきますし、同時に、これが決まらなければ来年度の実施その他について非常に支障があることは確実でしょう。私は陳情を受けたわけですけれども、現地では、あの目黒は非常に適切な場所でないというふうに言っていますね。進入路の問題その他かなり具体的な苦情が出ておりますが、この点はどうですか。
#128
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように跡地の利用につきましては、これは大蔵省の関係審議会での御検討の結果にまつ以外にないわけでございます。私たちは、駒場が大学入試センターの場所としては最も適当であるというふうに考えて、ぜひあそこを利用したいということで関係審議会にお願いをいたしております。地元の方々とも私はお目にかかりましたけれども、その際もよくわが方の趣旨を説明をいたしまして、面積も限られていることでございますし、決して地元の方が御心配になっているように大きな倉庫が建ったり印刷工場が建ったりするというような事柄ではないわけでございますから、その点についてぜひ御理解を賜るようにというお願いをしているところでございます。当面は、先ほども申し上げましたように、教育大学の農学部の現在の施設の一部を暫定的に使用をするということになりますから、それで入試センターの発足に支障はないわけでございますけれども、しかし恒久的にどこに置くかということが早く決まるということは私たちも非常に望ましいことだと思っておりますし、できるだけ駒場に置くということについて関係の方々の御理解を賜りたいものと考えているわけでございます。
#129
○小巻敏雄君 いつまでに決めるわけですか。
#130
○政府委員(佐野文一郎君) 大蔵省の方の関係審議会での御結論がいつごろになるのかについては、私どもは定かに承知をいたしてはおりません。
#131
○久保亘君 私、最初に今度の法案の中にあります総定員法と国立学校の定数との関係についてお尋ねいたしますが、教育機関、大学における定員といいますか、教職員の定数を一般的に総定員法でもって規制を加えるということは教育機関にとっては致命的と言っていいほど深刻な影響を与えている実情については、文部省は実態を十分に把握されておりますでしょうか。
#132
○国務大臣(海部俊樹君) お尋ねの、総定員法の枠の中において文部省が考えております施策を全部やれと言われることは、これはまことに不可能に近いことでございまして、したがいまして、総定員法のできたときに想定されておらなかった、特に無医大県解消計画とか、あるいは新構想大学というものが非常にたくさんの定員を伴うわけでございますので、こういう特例と申しますか、総定員法の枠外に当分置いて、事業の完成するまでの間は、この国立学校設置法の中において国会の御審議をいただきたい、こういう態度をとったわけでありまして、正直に申し上げて総定員法の枠の中で作業をしろと言われることは非常に苦しい、むしろできないとはっきりいま申し上げた方がいいような状況であると、こう受けとめております。
#133
○久保亘君 医科大学の設置などに伴ってそういう特別な措置をおとりになるということはわかりますが、それだけではなくて、いま教育機関は、総定員法による定員の削減を受けたために実際には研究部門に非常に大きなしわ寄せをもたらしているという実情はおわかりになっているんでしょうか。
#134
○政府委員(佐野文一郎君) 先生の御指摘の趣旨は、定員削減が行われると、それによりましてどうしても実質的に削減が困難なところでは、たとえば非常勤職員というふうなものに頼らざるを得なくなる。そうすると非常勤職員の人件費というものが校費から支出をされるということになって、本来研究に充てられるべき、あるいは教育に充てられるべき校費というものがしわ寄せを受けるという点がありはせぬかという御指摘ではなかろうかと存じます。確かに、従来国立学校にはかなり多数の非常勤職員が在職をしておりました。その数は若干逐年減少の傾向にございます。そのことは一つには、やはり教官あるいは学生の教育研究の経費というものをできるだけ確保しなければならないということがございまして、どうしても非常勤職員というものの任用が控えられてくるということであろうと思います。私どもは、本来非常勤職員というのは臨時的、季節的な業務に従事をするということでございますから、恒久的な任用を必要としないものであるというふうに考えておりますけれども、しかしながら職によってはやはりそういう性質のものでない、定員をもって措置しなければならないものがあるということも事実でございます。そういうものについては、できる限り毎年の事務局の整備に当たりまして配慮をすることにしてきているわけでございます。
#135
○久保亘君 いまの局長のその御認識は大分実態と合わないんじゃないかと私は思うんです。私がここへ調査をいたしまして持っておりますものは、国立大学の実験系の学部に関するものでありますが、この数字をいろいろ調べました結果では、定員外職員、つまり非常勤の職員を、本来研究費等に充てられるべき総経費の中から支払っている。その人数と経費は逐年増大をいたしておりまして、昭和四十二年十六名であったものが、総定員法がしかれてから削減されていきます者を定員外職員に振りかえていっておりますために五十一年度には二十五・五人になっております。そして、その定員外職員のために支払われる人件費は、この大学のこの学部の場合には、昭和四十二年に三百六十二万八千円であったものが、五十一年度には三千六百六十一万七千円支払われております。その伸び方は十・〇九倍にふえているわけです。この定員外職員の人件費を含む研究費、共通経費などのトータルは、この十年間の間に二・四五倍にしか伸びていないのであります。それにもかかわらず、定員外職員の人件費が十倍を超す伸び方をしているという実情があります。その一方では、純然たる研究費に回るべき部門は総経費の二・四五倍に比べて二・〇六倍にしか十年間の間に伸びておらぬのであります。この十年の間に実験等に使います薬品や器材の値上がりは三倍をはるかに超えているわけでありますから、実質的には、総定員法による大学の定員の削減が研究費の中に非常勤職員の人件費としてしわ寄せをするという形で、大学の研究部門が非常な影響を受けているという実情が出てきているわけでありますが、全国的にいま定員外職員というのは国立大学の場合にどれぐらい推定をされておりますか。
#136
○政府委員(佐野文一郎君) 国立学校において任用をされておりますいわゆる非常勤職員でございますが、五十一年度で九千名程度と推定をいたしております。
#137
○久保亘君 これは推定九千名ということでありますと、国立大学がそれぞれ何百名かずつのそういう定員外の職員を持っているわけでありまして、その人件費は全部本来の人件費から支払われているのではありません。研究費と光熱水費など共通費として支払うべき経費として大学に配分される中からその九千人分の人件費が支払われている。しかもこの九千人は大学の教育機関としての、研究機関としての機能を果たしていくためには欠くべからざるものであるからそういう措置がとられているのではないかと思うんです。そのために研究費が大変なしわ寄せを受けてきているだけではなくて、本来恒常的に職員として大学に勤務をしている人たちが、定員の枠に制限を受けているために年度末に何日間か退職した形をとりまして、翌年度また非常勤でそのまま勤めているわけであります。この人たちには昇給もなければ身分の保障も何にもない。こういう人たちが全国の大学の中に、文部省が承知されておるだけでも九千名。こういう人たちは大学の機能を果たすために必要欠くべからざる職員として働いている。これらの人たちの人件費が研究費を圧迫して教育、研究両面にわたって大学はその機能を低下させているということになれば非常に重大な問題ではないかと思うんですが、大臣、どうお考えでしょう。
#138
○政府委員(佐野文一郎君) やはり問題が私は二つあると思います。一つは、非常勤職員をもって充てなければならない職というのは、先ほども申しましたように、本来臨時的、季節的な業務というものであるべきであり、先生御指摘のように、本来定員をもって措置をしなければならないような恒久的な職というものについて臨時職員を充てていくということは、任用のあり方としては適切でない面があるわけでございます。そこのところの仕分けと申しますか、整理と申しますか、そういったものを任用の上で十分にこれから考えていかなければならないし、また本当に必要な恒常的な職であれば、たとえば図書館のさんこう業務の職員にしましても、あるいは特殊装置の運転要員にいたしましても、そういうものについてはわれわれも逐年定員増の措置を講じてきているわけでございますから、そういう努力を片方でしなければならないだろうと思います。それからもう一つはやはり基本的に大学における学生当たりあるいは教官当たりの積算校費の増額を図る、あるいは光熱水料、設備費等の一般的な経費の増額を図ることによって大学における教育研究機能に対する圧迫というものをそういう面から積極的に改善をする努力をしていかなきゃならない。その二つの事柄があると思います。いずれも私どもはこれまでそういった方向で努力をしてきているわけでございますし、やはり非常勤職員の数が若干ずつではございますけれども、減少の傾向にあるというのは、そういう意味での整理は各大学において御努力をいただいているということができるのではないかと思います。
#139
○久保亘君 私は減っていないと思うんですよ。それから特に私が調べました大学の学部の場合にはこの十年間に講座が五つもふえている。講座が五つもふえているけれども、この大学については定員の増加が余り認められておりませんから、結局、定員外職員というものをたくさん入れまして、それで運用をしていっているというような点が多いんです。そうして、この総経費そのものもいま局長がお話になりましたように、物価の上昇になかなかついていってない。光熱水の共通経費というもの、これも物価の上昇に見合って、そのままついてくるわけですから、その分はもう完全に初めから総経費の中から控除されるんです、上がった分だけ。それから、それに定員外職員がふえて、定員外職員といえども、もう常勤的に勤めているわけでありますから、この人たちの人件費というものもそう低額に押えていくわけにはおきませんから、一定の金額を考えなければいけない。そうすると、総経費の中から大部分のものが持ち出されてしまって、本来研究室の研究費となるべきものがなくなる、こういうことなんです。
 それで、この大学の教官たちが私に示しました資料では、たとえば実験に使います苛性ソーダなどは昭和四十七年にはこれは、単位がどれだけなんですか、五百グラム単位で四十七年に百七十五円だったものが、五十一年に四百五十円しとるそうであります。それから三角フラスコが四十七年には九十七円で買えたものが五十一年には二百円になっている。それにもかかわらず、それにもかかわらずですよ、いま申しましたように、総経費の伸びは悪い。共通経費は著しくふえる。定員外職員の人件費は大幅にこの総経費を食うようになる。そういうことで実質研究費の配分額は十年前に比べて二・〇六倍、五年前に比べて一・一四倍しか伸びていない。それでは実質的には大学の研究室の研究費というのは大幅に低下をしているわけでありますから、研究面から見ても教育面から見ても大学の機能低下と言わざるを得ないのではないでしょうか。
 だから、こういう点について私はいま局長が言われるように、一つは予算上の措置として総経費を大幅にふやす、そういうことが必要だろうと思います。それからもう一つは、やっぱり必要な定員、大学をもう一遍検討し直して必要な定員は、医科大学がその当時予想されなかったから、ここの分については総定員法の枠外に置くというだけではなくて、大学を研究機関、教育機関として機能をさしていくために必要な定員は、この総定員法の枠を改正をすることによってこの問題については再検討を加えるということが必要なのではないか。それを非常に急がなければならなくなってきているのではないかと思うのですが、その点はひとつ大臣のお考えをお聞かせいただけませんか。
#140
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘になるように、非常勤という名目の職員が非常にふえて、それが本来の非常勤じゃなくて、むしろ本来ならば常勤で担当すべき部門を担当している。そのために研究費が食われてなくなっていってというようなことになってきますと、これは私はやっぱりあんまり好ましい姿ではございませんし、これは改善をしなければならぬ問題点だと思います。したがいまして、いまここで総定員法の別枠とかあるいは総定員法にどうお願いするかというようなことについてはいろいろ関係問題もございますし、それからどのようなことにしていくかということは、国立大学の研究費のみならず、今後のこういう整備されていく学校教育関係の定員の問題等のことにもからんでまいりましょうから、これはひとつきょうは御指摘をいただいた点は私どもが今後研究をさしていただきたい、かように思います。
#141
○久保亘君 ぜひ五十三年度の予算編成に当たって、いまの点について十分な調査を行った上、大学の研究が充実できる人員と予算を用意をするという方向で御検討をいただきたい、こう思いますが、大臣それよろしゅうございますか。
#142
○国務大臣(海部俊樹君) 十分検討さしていただきます。
#143
○久保亘君 それから今度は大学の研究費の基準なんであります。大学の研究費の基準の定め方というのが大学のありようによってかなり格差があるのではないでしょうか。たとえばいま大学間の格差を是正しろと言っているんでありますけれども、しかし地方の大学と東京大学とでは研究費の配分の基準などに相違はありませんか。
#144
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘の、たとえば教官当たり積算校費、いわゆる教官研究費といわれているものでございますが、これについてはいろいろな基準と申しますか、があるわけでございます。それは一つにはいわゆる博士課程を持っている講座制の大学であれば、一講座当たり幾らということが決まっており、また修士講座の場合には一講座当たり幾らということが決まっている。大学院の置かれていないところでは学科目制ということで、それに応じた単価が決まっている。したがって、博士課程を置いている大学の間においてはこれは全く差がございません。同じ基準でいくわけでございますけれども、博士課程を置いている大学と、大学院を置いていない大学との間では積算校費の単価にはかなりな差があるのは事実でございます。
#145
○久保亘君 筑波大学の場合にはやっぱり同じ基準になっておりますか。
#146
○政府委員(佐野文一郎君) 筑波大学の場合には、講座制で基準がとられているわけでございます。
#147
○久保亘君 ここは、もし筑波大学が一般の大学であったならば受けられないような基準によって積算されておりますね。あそこは大学院の課程から言いますと、講座制の、ドクターコースの基準を受けられる状態にはいまないわけでしょう。初めからそういうことでやられているんじゃありませんか。
#148
○政府委員(佐野文一郎君) 東京教育大学の移校という面を持っておりますから、筑波大学の場合にはやはり従前の東京教育大学が備えていた教育研究のレベルというのが基礎としてあるわけでございます。そのことを前提として、筑波大学の整備の方向ということを考えて、計画の中で逐次大学院を置いてきているわけでございます。
#149
○久保亘君 私は何も筑波大学によけいやったから悪いと言っているんじゃないんです。しかしやっぱり大学の研究費の基準というのを、いまのような大学院のコースがどのように存在するかということで分けられているということは、実質的には大学の格差を招いている結果に通ずるのではないか、こういうことなんです。この問題については平均化するというんじゃなくて、下の方を上の基準に上げて一本化するということがもう必要になってきているんではありませんか。
#150
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように、教官当たり積算校費なり、あるいは学生当たり積算校費のそれぞれの単価、基準の取り方をどのようにしたらいいかというのは常に検討しなければならない課題だと考えております。私どもがいままでとってきている方向は、やはり大学院それぞれ博士あるいは修士まで持っている学部の場合に、そういったことを考えてそれぞれ講座制、修士講座制、学科目制というような形で基準を設け、それぞれについてまた逐年その充実に努力をしていくという、そういう方向はそれとして私は十分理由のあることであると思います。しかし反面、大学院の制度が弾力化をされてまいりますに従いまして、いわゆる独立研究科であるとかあるいは将来は学部のない独立の大学院もできるというふうな方向があるわけでございますから、そういった場合に、大学院の研究費と学部の研究費というものをどういうふうに考えていくかという議論は当然考えておかなければならないことでございます。そういう意味で、御指摘の大学院、学部ということを通じての教官研究費の基準というものをどのようにしていったらいいかということは検討はしなければならないと存じておりますけれども、当面はやはりいままでの博士、修士を持っている学部における教育研究の密度というものに着目をした現在の積算というものを維持しながらその充実、必要によっては格差の是正ということを進めてまいりたいと思っているわけでございます。
#151
○久保亘君 それからもう一つ、この地方大学に格差をもたらしている原因は、大学の研究費の総体の中で大型のプロジェクト研究に充てられる費用というものが非常に金額の上で大きな部分を占めるようになっております。そのために恒常的な大学の科学研究費というのがわりあいに伸びない、こういうことがあるのではないか。そうすると、大型のプロジェクトの研究をやります大学というのが大体限定をされてくる、こういうことが問題であろうかと思うんです。その大学の研究費が総枠としてどうなったかという視点だけで見ておりますと、地方の大学の研究費というのは案外伸びていないという状況があるわけです。だからそういうところに目を向けてもらって、だから地方大学の恒常的な研究費というものをどうやって引き上げていくかということに、いま文部省としてはその格差是正が一番要求されているときですから、力を入れなければならぬのではないかと思うんですが、そういう点については十分な配慮がなされておりますか。
#152
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように、国の財政状況が御案内のような状況でございますから、その中で国立大学特別会計でどれだけの経費を計上できるかというのは非常にむずかしい課題になっております。その際に、最近におけるプラズマであるとか、あるいは核融合であるとか、原子核であるとか、そういった非常に大きなしかも大事な研究というものが進んでまいりますので、それらについて非常な設備費等における研究費を必要としているということも御指摘のとおりでございす。私どもはそういう事情を考えながらもなお、全体として教官研究費なりあるいは学生当たり積算校費なり設備の充実費なり、そういったものについてできる限り予算的に十分な配慮をして、そして地方大学において積極的に研究に取り組もうとするところについて配慮ができるように努力をしているわけでございます。
#153
○久保亘君 大学にはそのほかいろいろ問題がありまして、特にいま医科大学については総定員法の枠を動かすことによって医科大学の整備を図っていくという方針を出されているわけでありますけれども、実際に国立の医大の中に足を踏み入れてみますと、ここには給料をもらっていない職員、医局員などがいっぱいおりまして、それでこういう人たちは、九千人やそこらの数ではありませんで、全国的に見ますとかなりの数の人たちがほとんど無給に近い状態で医科大学、医学部の中で仕事をしているということがあるのではないかと思うんです。で、こういう点を是正をしていくということが必要です。
 それからもう一つは、定員の問題について私が、総定員法を検討してでも大学の充実を図るべきだと言っておりますのは、文部省が出されております「わが国の教育水準」というりっぱな資料がありますが、この資料の中に、大学における教員数及び学生数の国際対比が出ております。その国際対比を見ますと、一九七二年で日本の場合には教員一人当たりの学生数が二十六・六人になるようであります。これは計算を私がやりましたので、間違っているかもわかりませんが。アメリカ合衆国の場合には十六・六人、イギリスの場合には八・四人、フランスで十八・四人、西ドイツで十・四人。わが国が抜群に教員一人当たりの学生数が多いのであります。七四年は、日本とアメリカだけしかこの統計で出ておりませんけれども、七四年でもやっぱり日本は二十六・七人、アメリカ合衆国の場合には十七・四人という数字が出ておりまして、日本の大学における教員一人当たりの学生数というのは大変多い数に上っているわけなんです。これを、教員外の大学の職員まで考えて外国と対比をいたしますともっと大きな差になるのではなかろうか、こう思います。まあ、そういう意味でも、いまこの大学の入試改善等に関連をして格差是正が言われるこの時期に、大学のあり方をもう一遍予算や定員の面から検討をし直すことが文部省の仕事として大変重要になってきているのではないか、こう考えますので、私はいままでこの定員と予算の問題についてお尋ねをしたわけであります。ぜひひとつ、これらの問題について徹底的な御検討を願って、来年度からの文部省の予算編成に当たって十分生かしていただくようにお願いをしておきます。
 それから次に、養護教諭の養成の問題についてでありますが、今度出されましたこの法案の中にも、茨城大学と愛知教育大学の養成所の廃止が出ております。これは二年前に養護教諭養成課程に変わったために最後の卒業生が出ていくことによって廃止の措置がとられるものだと思うんでありますけれども、まあ、それはそれとして、養護教諭の養成ということについて文部省には一定の方針というのがないのではないか、こう思うんです。特に、まず文部省が、この養護教諭の養成と全国の小中高校に養護教諭を配置するという前提で考えなければならぬことは学校教育法の二十八条と百三条との関係なんでありまして、この際当分の間置かなくてもよいという百三条の定めを廃止をして、そして二十八条に定める養護教諭の各学校への配置ということを徹底をさせるという方針を文部省は取るべきではなかろうか、こう思うのですが、この点についてひとつ御見解を承っておきたい。
#154
○政府委員(佐野文一郎君) 文部省におきましては四十九年度から五十三年度までの五ヵ年間で計画的に養護教諭の配置率を高めていくということを考えて努力をしてまいっているわけでございます。五十三年度においては公立の小中学校の四分の三について配置を終えたいという計画でございます。その後どういう形で養護教諭の配置を改善をしていくかということは、これは私の所管ではございませんけれども、初中局の方で十分に検討をしているところと思います。
#155
○政府委員(諸沢正道君) ただいまお答えがありましたように四十九年から五十三年までの五ヵ年計画では最終目的を全学校数の四分の三の学校に養護教諭を置くということでございまして、御指摘のように学校教育法の附則を一挙に取り払って全校必置というのが養護教諭本来の趣旨からしても望ましいわけでございますが、現実には直ちにそうはまいらないということでございます。
 そこで、現在は大体いまの五ヵ年計画でまいりますと、毎年養護教諭の新規採用という、その需要数は計画増による部分と、それから退職に伴う新教員の採用で、合わせまして年々二千五百人ぐらいであったかと思うんであります。したがいまして、現在の大学における養成というものそれ自体が、国立大学における養成にさらに加えまして一般の私立大学等において養護教諭養成の認定を受けておる大学の卒業生等を採用いたしますと大体、数としては間に合ってきておるという現状でございますので、この立場で五十三年までいたしまして、五十四年以降新しい計画を設けます場合に、今後さらに養護教員の充実ということを念頭に置いて考えてまいりたいと、さように思うわけでございます。
#156
○久保亘君 いま二千五百人の需要だと言われましたけれども、現在の配置基準でいきますとそういうことだろうと思うんです。もしこれを全校必置に持っていくことを繰り上げ、しかも大規模校には複数で配置していく、こういうような方針を文部省がお取りになりますならば、需要数はもっと大きなものになってくるわけでありまして、それに対応するそれじゃ養成機関が十分かということになれば、現在では四年制大学を卒業してくる者は百何十人です。それから国立の養成課程を出てくる者がやっと三百人台。あとはどこで供給されているかといいますと、これは国公私立を含む短期大学で養護教諭の免状をもらった人たちでもってこの需要が満たされていくわけであります。そういう点では決して、養護教諭を需給関係で見ましても、現在のこの養護教諭の養成機関の状態というのは十分ではない、こう思います。だからいまのようなやり方、たとえば国立の養成所を廃止をして、茨城と愛知を廃止をした。そのかわりこれは四年制の養護教諭養成課程にしましたと、こういうかっこうでやっていくだけで、果たして五十三年次を過ぎます場合、新しい五ヵ年計画になるのか。その計画の中で養護教諭を十分に養成をしていくということには間に合わないのではないか、こういう感じがするんです。しかもこれ養成するためには四年かからなければ出てきませんから、新しい計画を出したからということですぐ間に合うわけではない。だから、いま学校側からの不満といいますか、文部省のこの養成制度に対する取り組みへの意見というのは大体、文部省がつくった全校配置をやらないその基準に合わせて、しかも短期大学の何千人という卒業生を頭に入れれば十分じゃないか、というようなやり方で養護教諭の養成課程の問題が考えられているのではないか、こういう意見があるわけです。
 それで大学局長にお尋ねしたいのは、国立養成所の昇格、四年生課程への昇格については一定の方針を持って進められてきておったと思うんでありますが、愛知、茨城以降はどういう状況で進んできているのか。それから五十二年度どうなるか、五十三年度どうなっていくか、この辺の見通しについて文部省の計画があれば御説明をいただきたいと思うのであります。
#157
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように従来計画的に募集停止をし、そして課程に移してきているわけでございます。五十一年度限り募集停止をいたしておりますものが北海道教育大学と千葉大学と大阪教育大学でございます。それから五十二年度限り募集停止を予定しておりますのが徳島大学と熊本大学でございます。さらに五十四年度以降募集停止を予定をいたしておりますのが弘前と岡山でございます。これらについては逐次各大学と協議をしながら養成課程への転換を進めていく計画でございます。
#158
○久保亘君 あと、そうすると養成所として残るのが幾つになりますか、五十三年までやったあとですね。
#159
○政府委員(佐野文一郎君) いま申し上げましたように、養成課程が設置されておりませんのが弘前と岡山ということになります、ことしの分がお願いできればですね。ですから、五十三年度以降におきまして弘前と岡山の養成課程への設置を行いますと、現在の養成所につきましては計画的な整備の方向ばはっきりするわけでございます。
#160
○久保亘君 そうすると全部これ四年制課程になってしまうわけですね。養成所が全部四年制課程になりました場合に、今度は資格を持って出てくる養護教諭の数という意味ではこれはふくらんでこない。そうするとやっぱり、短期大学で栄養士や保母や養護教諭やいろいろな免状をもらいますね、その中の一つとしてその養護教諭の免状をもらった人たち何千人に頼らなければならない面が非常に大きくなってくるわけであります。いまではやっぱり養護教諭の仕事というのはかなり専門的で高度なものとなってきていると私どもは思っているのでありまして、それだからこそ三年制の養成所を廃止をして四年制の養成課程に変えられてきたわけなんであります。そういう意味では四年制課程にする必要があってそういうふうに振りかえられてきたということならば、やっぱり四年制課程を出てくる養護教諭の養成をもっと積極的にやらないと、ただ従来の養成所を四年制課程に変えたというだけでは問題は解決しないのではないか、こう思っている。そのことが一方では歯どめになって養護教諭の全校必置を文部省もなかなか踏み切られない、こういうことになっていくわけでありますから、この際、国立大学で養護教諭を養成するための四年制課程を新たに設置することが可能なところ、その設置を希望をしているところについては、これを文部省としても積極的に取り上げて対応していくという立場をおとりになる必要があるのではないでしょうか。その点はいかがでしょうか。
#161
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように、現在新卒者で免許状を取得する者の数が四千五百人くらいでございます、年間。そのうちの大学と国立の養成所の占める比率というのは一割強でございますから、全体として養護教諭の養成に当たっての養護教諭の資質の向上という点を考えた場合には、これまで進めてまいりましたように、養成所を養成課程に切りかえるとか、あるいは臨時の養護教員養成課程を養護教諭の特別別科に切りかえるとか、そういった手当てをする必要があるし、またそれで進めてきているわけでございます。しかし、先ほど来御議論のございますように、養護教諭の今後の配置計画ということを考えた場合には、既存の養成所を養成課程に切りかえていくだけでは不十分だという面が出てくることは十分に考えられるわけでございます。したがって、そういった今後の配置計画の策定の状況というものも考えながら、今後需給の円滑化を図り、資質の向上を図るという見地に立ちまして、養成課程の拡充についても検討をしてまいらなければならないと考えております。
#162
○久保亘君 いま検討をしてくださるということでありますが、具体的に国立の大学で養護教諭の養成課程を設置したいという希望を持っているところが全国には幾つか現にあるんじやありませんか。
#163
○政府委員(佐野文一郎君) 現在のところは、私どもの方へ大学の方からの御要求として出てきているのは、いま御説明を申し上げました養成所の課程への切りかえの要望にとどまっているようでございます。
#164
○久保亘君 これは、大学側から文部省に直接要求をするということについては、いろいろな予算の要求をしなければならないために、新たな課程をあなたのところへ持っていきますと、非常にむずかしくなるので、大学側が遠慮しているところもある。しかし、地元と大学側との協議では、ぜひ養護教諭の養成課程を地元の国立大学の教育学部等の中に設置してもらいたい、こういうことで合意が成り立っているところは幾つか私はあると思うのです。それを全然御存じないわけじゃないんでしょう。そういうことは知っておられるでしょう。
#165
○政府委員(佐野文一郎君) 各大学の方から文部省の方へ正規の概算要求が出てくるもの以外に大学の方にいろいろな御要望があるということは承知をしております。
#166
○久保亘君 だから、大学側からの予算要求が出されたものをあなた方の方で検討をするという立場も必要ですが、それとは別に文部省の大きな一つの方針として養護教諭を、五十三年度の定数配置が終わったら、五ヵ年計画の定数配置が終わったら、新しい計画の中ではできるだけ早く全校必置、可能ならば大規模校の複数配置までやるんだという考え方をお持ちになるならば、それに対応できるような養護教諭の専門的な養成をいまやっておかなければ間に合わないのです。間に合わないから結局、そんなに全校配置をやると言ったって養護教諭をそれほど集めることはむずかしいよ、というようなことで、定数の整備をやっていく計画がダウンする、こういうことがいままでなかったわけじゃないんです。私も地方の議会で文教関係の仕事も長くやっておりましたから養護教諭の配置をやろうといたしますと、その有資格者がいないということを理由にして配置の基準を下回ったままにしておくということがずいぶん長い間続いてきたんです。だからやっぱり、文部省の方が必要ならば国立大学に対して、地元の合意が成り立つ可能性のあるところに向けては、あなた方の方から積極的に養護教諭の養成課程をこの大学には設置したいがどうだと、こういうことでいかないと、大学はいろいろな要求を持っておりますから、一つ出すとその引きかえにほかのものが切られる、こういうことで持ってこない。だから、あなた方の方からそういう文部省の大方針に基づいてぜひやってもらいたい。そのためには、地元の合意を進めて準備してほしい。こういうことをおやりになれば、私は幾らもそのことを希望する大学は全国にあると考えております。現に私どもが知っておりますだけでも、三つや四つの大学が設置したいという、もし文部省が認めるなら設置したいという希望を持っております。で、そういう点について少しやっぱり文部省の方が養護教諭の全校配置という立場を前提にして前向きにお考えになる必要があるんじゃないでしょうか。伸び伸びとした健康な子供をつくるという主張を文部大臣がおやりになるわけでありますから、そういう意味では健康管理という面や保健の指導というようなことについて、この養護教諭の全校配置というものを速やかにやり遂げなければならぬ。その速やかにやり遂げるためにはそれに対応する準備をしなければならぬ。ですから、養護教諭養成課程を全国の大学にできるだけ増設をしていくという方針を文部省はみずからお持ちになる必要があると思うんですが、大臣いかがでしょう。
#167
○国務大臣(海部俊樹君) 児童、生徒の養護をつかさどるという重要な役割りを持っており、しかも法律で置くことを大前提にしていまなっておるわけでありますから、これは必ずしも放置しておるわけじゃございませんけれども、これからも全部に配置できるようにそれが少しでも早くできるように努力をしてまいります。
#168
○久保亘君 だから、私いま申しましたように、ひとつ文部省の側から地元の動向をよく見ておいて、何か文部省、余り持って来ぬ方がいいわいと考えてもらっては困るんで、地元でそういう希望があったり、動きがあるところには積極的に文部省の方から対応していく、こういう考え方で養護教諭の養成課程の増設について努力をしていただきたい、こう思いますが、局長、そういうことでやってもらえますか。
#169
○政府委員(佐野文一郎君) 養成大学の課程の整備につきましては、従来から小学校の教員の養成、それから養護学校等の教員の養成、それから幼稚園の教員の養成、それと養護教諭の養成、これについてそれぞれ重点を置きまして進めてきているわけでございます。
 御指摘のように養護教諭の養成というのは非常に重要ではございますけれども、同時に、各大学それぞれ計画を立てて小学校なりあるいは特殊教育関係なり幼稚園なりの増設の要望を持っているところもございますし、各大学の方の御意見も十分に聞きながら全体としていま申し上げましたような養成課程の中で特に需給の関係からいって重点を置かなければならないところについて、私どもも積極的な対応を考えてまいりたいと思います。
#170
○久保亘君 次に入試センターの問題お尋ねいたしますけれども、この問題については、衆議院でもまた、この委員会においてももうかなり議論が尽くされてきたところでありまして、私は、これらの議論を通して問題になったこと、そしてその問題に文部省がいま対応すべきことについて、生徒や高校生や父兄で大変気になっている問題などがありますから、そういう点についてお尋ねをしていきたいと思います。その前提として共通一次試験の問題点で国大協の各大学に対するアンケートのとり方については問題がなかったのか。その一つは、このアンケートというのは共通テストをやるとすればということで――共通テストの是非についてはもう論議を終えたという前提でアンケートがとられたのではないかということが一つ。それからもう一つは、各国立大学のこのアンケートに対する回答というのは、学部間の意見の総意を全部相殺をしてしまって、各大学の一本の意見として集められてきているのではないか。この大学の意見がまとまる過程において一つの大学の中でも学部間にはかなり違った意見が存在したのじゃないか。それらの点についても十分、このアンケートの集約についてば反映されてきておるかどうかという点はいかがでしょう。
#171
○政府委員(佐野文一郎君) 国大協は共通入試についての調査研究を四十五年から始めておりますが、それ以降何回となく大学側に対して共通入試についてのアンケートをとってその意見を集約しながら議論を進めてきております。一番最後の段階でのアンケートの調査というのは、確かにいわば入試改善を進めていく側における残された問題点と申しますか、条件となるべき事項等を中心としてアンケート調査をしているということはございますけれども、従来のアンケート調査というのが常に共通入試の実施を前提として各大学をリードしてきたというよりも、やはり各大学の意見をできるだけ集約をしながら作業を進めようという気持ちがあったことは、私どもは認められるところだと考えております。それからアンケートを集計するときには、御指摘のように大学で意見がまとまらないで、学部ごとに意見が出てくるものがございます。それは国大協のアンケート調査の際にはそのままとって、そして学部ごとの意見に割って結果の集計はしているわけでございます。一律に各大学の中で、たとえば賛成の学部が三つあって、反対の学部が一つであるからこの大学は賛成であるというような形での集計は行われておりません。
#172
○久保亘君 確かにそういう数量的な調整をやったと思いませんけれども、しかし、国大協のアンケートに対して一つずつの大学が意見をまとめて出します場合に、結局各学部の意見の総意がありましても、多数意見でその大学の意見というのをまとめて国大協の方に提出したということがあるようです。だから、そういう点については、大学の中にもなお異論の残っている点があるということであります。
 それから、この共通一次試験の実施についてもういろいろな人たちから批判的意見として述べられたことでありますけれども、大学の側から考えられたために、各大学の側にしてみれば共通一次試験を実施することによって入試業務から、試験問題の作成やその他いろいろな業務から解放される大学側の安堵感というのは非常なものがある。最近はそうして入学試験の問題が漏洩したとか、あるいは問題にミスがあったとかいうことで大学側は責任追及されるということも非常に多くなってきておるわけでありますから、そういう意味では大学側にしてみれば、共通一次試験が行われるなら、そっちに預けてしまえば大変気が楽になる。こういう点も働いて大学側ではこの共通一次試験に対する支持意見が非常に多くなったということも私は直接大学の関係者からも聞いております。その意見を述べるときに、われわれの立場からいえば試験問題をつくらぬでいいんだから、こんなに楽なことない。これでもう実に苦労してきたんだ、だから共通一次試験というものを行われるならば、まずわれわれ大学側にとってみれば、これはもう大変いいことだ。こういうことでこれに支持の意見を与えたという立場の方もあるようであります。それだけじゃありませんよ。で、そういうものも働いた、こういうことなんです。だから、こういうものに対して受けとめる高等学校側の意見というのは余り十分に反映していなかったのではないか、こういう問題が一つ。
 それからもう一つは、先ほども出ておりましたけれども、国大協は入試改善対策委員会とほぼ同じころに大学間格差是正委員会というのを発足させたのではありませんか。これは存在しておりませんでしたか。
#173
○政府委員(佐野文一郎君) 確かに共通入試が導入された場合にはこれまで各大学において非常に苦心をして毎年毎年試験問題を考えていた点が少なくとも共通一次の部分については、各大学の衆知を集めて適切な問題をつくるということになりますので、その点は各大学はそれぞれそういう苦労からは解放されるといえば解放されるかと存じます。
 しかし、その共通入試というのは、どこまでも大学における入学試験の一部分なのであって、一次、二次を通じての入試というのが大学の入試になるわけでございますし、そういう意味では各大学における試験の監督であるとかあるいは二次試験の出題についての検討であるとか、そういった点からすれば決して大学の教官の御苦労が軽くなるというわけにはまいらない。むしろよほど私の方で入試の関係の事務を担当する者であるとか、あるいは入試に伴う超過勤務等についての手当であるとか、そういったことを考えないと、いままで以上に大学側に御苦労をおかけすることになるのではないかということをむしろ心配をしておるわけでございます。また、そういった努力をしてまいっているわけでございます。
 それから格差の是正の問題につきましては、御指摘のように国大協の中に関係の委員会ができまして、たしか埼玉大学の学長を委員長として検討が行われております。そうして先般中間報告が取りまとめられましてその中間報告ができますまでには各大学に対してアンケート調査もやっているようでございますけれども、それに基づいた中間報告が国立大学協会の方へ出されたというところまでいま進んでいるわけでございます。今度は国立大学協会の方ではそれを受けてさらに検討を進めていくということになるわけでございます。
#174
○久保亘君 それで、いま大学や高等学校の側で持っております――私は一部の人々としか接触いたしませんけれども、そういう人たちの意見の中には、入試改善対策委員会と大学間格差是正委員会というのは、これは大体歩調をそろえて進んでいかないと一方だけ先へいってしまって、それで問題が解決するんじゃないんじゃなかろうか。大学間格差是正の委員会の方は非常に出おくれておりまして、それで入試改善の技術面の改革だけが先へ進んでしまったんじゃないか、こういう意見があるんです。その点は大丈夫ですか。
#175
○政府委員(佐野文一郎君) いわゆる大学間の格差と言われておりますものにつきましては、それぞれの大学のこれまでの発展の沿革に由来する背景があるわけでございますし、また、それぞれの大学が行っております仕事が同じ教育研究でございましても、これまでの経緯によってそれぞれの規模等も違うわけでございますので、なかなか一律に議論のできない点でございます。そういった点を十分に特別委員会の方でも承知をしながら、先ほども御指摘になりましたように、単純に大学間のいわゆる水準というものを平準化するというのではなくて、どうやってそれぞれの大学の特色を出しながら、しかも教育研究の水準を上げることができるかという角度での検討が、非常に苦心をして行われているところであると承知をしております。私どもも、そういう国立大学協会における御検討は御検討としまして、それぞれの大学における学部・学科構成のような問題あるいは教官研究費の問題等につきましても、逐年地方大学の充実というふうなことを念頭に置きながら努力をしてまいっておりますし、入試の改善とそういった格差是正の問題、あるいは大学間の交流の促進というような、いわゆる大学全体の流動化の問題、そういったことをあわせて進めていくことによって初めて、入試の問題も改善の方向をたどることができるということは、十分に認識をしているつもりでございます。
#176
○久保亘君 結局、役所の発想といったら大変悪いですがね、金のかからない受験地獄の解消ということになれば、すぐ入学試験の技術的改善、こういう方向へ目が向いてしまう。もっと根本的にあるものを直すということについては出おくれてしまう。こういうことが一つ問題だと思うんです。私は、なぜそういうことを言うかといいますと、入学試験の技術的な改善をやってみる、難問奇問が出ないようにするとか、そういうようなことだけで、受験地獄の解消ということに一体どうやってつながるのかというのは非常にむずかしい問題です。この統計によりますと、大体一番最初に計画どおりいきました場合に、共通テストを受けます子供というのは百五十七万三千人、その対象があるんです、この文部省の統計で。その百五十七万三千人がずっとその後、十五年間の統計が出ておりますが、大変な勢いで伸びていきます。途中で二年だけ陥没するところがあるんです。これは何かというと、その年が丙午の年なので、ここだけごそっと落ちておるわけです。しかしこの二年間を、丙午とその前の年を除きますと、あとはもう急ピッチで義務教育を終える生徒がふえていきまして、そして最初の年に百五十七万中学校段階での対象者がおりますものが、十五年後には二百八万になるんです。しかも大学の進学率というのは、現在の子供や親の希望からいたしますと、高校の進学率がほとんど九十数%義務制に近い状態になりますから、このまま来ますから……。そうすると、百五十七万から十五年間で二百八万までふえるものが、高等学校段階までは、わずかに切れただけでやってくるわけです。そしてこれが大学への進学率というものがぎゅっと上がってまいりますと、二百八万になったときに、もうこれは大変な数になってくるわけであります。その段階で、入学試験の技術的な改善でもって受験地獄を解消するなんということは、もうとてもじゃないと私は思う。そうすると、やっぱり根本にあるもの、大学間の格差を是正するとか、あるいは必要な大学を設置するとか、あるいはいたずらな、ただ学歴を得なければ自分の生涯がだめだからというような考えで大学へ行こうとする考え方を改めていく。学歴偏重の風潮をなくしていくとか、そういう問題について積極的に手が加えられなければ、入試の技術的な改善をやっていきましても、この受験生の猛烈な勢いでふえてくるこの状態というものを想定いたしますならば、受験地獄の改善などというのはおよそ望めないんじゃないかという気持ちがするんですがね。だから、この入試改善、技術改善というのは受験地獄の解消にどういう方法でどんな役割りを果たすと考えておられますか。今後入試地獄の解消にどういう役割りを果たすとお考えになりますか。
#177
○国務大臣(海部俊樹君) まさにおっしゃるように地獄という言葉が入試につくこと自体が大変心痛む出来事でございますので、さりとて、じゃ、入試極楽はあるかと言われると、正直に言ってございません。しかし、少なくとも現在地獄と言われるような一面を改革していくことができるなれば、その改革には勇気を持って取り組んで前進しなければならぬ。こういう心構えで取り組んでおるわけでございまして、たとえばいま最初に御指摘になった難問奇問のことでございますが、これにしてもやはり高等学校の教科課程の中から出るんだと、また出題者側の方でそのことを十二分に配慮してそういう問題を出すということ、それが実際に行ってみたらそうだったということになってきますと、私は、受験地獄と言われる一つの面、高等学校の勉強を、じゃ、まじめにきちんと努力をしよう、そうしておれば、それで解決できるんだということになれば、それは一つの保障になるし、高等学校生活にもいい影響を及ぼすと、こう思うんです。しかし、それがすべてでは決してございません。おっしゃるように、なぜ一つの特定の学校に受験者が集中するかという現象は、学校間格差もございましょうし、その後の社会に出てからの学歴が必要以上に幅をきかし過ぎておるという社会の仕組みにも問題があるわけでありまして、こちらの方にもあわせて取り組み、そちらの方の問題もあわせて改革をしていかなきゃならぬことはまさに先生御指摘のとおりでございますし、それから現在文部省が取り組んでおります大学間の格差、これを是正していこうというものの中には、たとえば地方ごとにある大学の配置状況、あるいはその大学の定員、収容力の問題、あるいは専門的分野のアンバランスの問題、こういったこと等もいろいろございますし、もっと突っ込んで言えば、無医大県を解消するために国立の医科大学を現につくっているわけでありますが、配置整備していかなきゃならぬ問題とか、いろいろなことがございます。
 そういったことをすべて、じゃ、優先順位をどうつけるかというと、またいろんな議論が出てまいりますが、とりあえず私たちがこの入学試験問題に取り組んでおりますのは、国立大学協会の意見の一致を見て五十四年度から実施可能であるという統一的な見解をまとめてもらうことができたということは、これ一つの大変大きな問題でございまして、そういったものに対しては文部省もできるだけ御協力をするとともに、大学側の自主的なそういう、しかもそれは単なる思いつきじゃなくて、長い間の調査研究の結果であるということは先生もお認めいただいておるところでありまして、その面から一歩前進をしていこうということでございまして、御議論願っておるこの問題だけですべてが解決するとは思っておりませんし、またほかの問題等もあわせて取り組んでいかなければならぬことは当然のことだと理解をしております。
#178
○久保亘君 これは私たちが区分けをして考えにゃならぬのは、入試技術の改善というのは、いわゆる競争を緩和するものではないということです。競争を緩和するものではない。じゃ、入試技術の改善というのはこれは一体何だ。これは高等学校の教育とつながらない、高等学校の教育を無視した試験が行われている、こういうものを是正するという意味において役割りがある。つまり、高等学校の教育を本来の目的に沿ったものにしていく、大学側からそれをゆがめているものを是正する。こういう意味においてはこれは効果があるでしょう。しかし競争が、この入試の改善によって競争が緩和されるということには直接はつながっていかない。幾らかは、方法論によって幾らかはそれがあるかもしれませんが、トータルとしては同じことなんですから、入りたい者と容器が一緒だったらば競争は緩和しない。だから、そこのところを間違って、入試改善によって何か競争の地獄も緩和されるというような印象を国民に与えるとすれば、子供たちに与えるとすれば、それは私は間違いだと思う。その緩和というのは別の方法をもって、もっと徹底的に行われなければならぬ問題であろう。ですから、そちらの方をほうっておいて、入試技術の改善をやれば受験地獄が解消されますよ、と言うのは、これは誇大宣伝でありまして、そのことはかえって子供たちを混乱させるんだからはっきりしておく必要があるだろう。私はそう思っているんです。
 ですから、そういう意味で今度は、言いますならば、高等学校がもっと子供たちにとって楽しい場所となり、高校教育の本来の目的に沿って進められるために大学側が入学試験というものでもってこれに悪影響を与えない、こういう意味で改善をされていくとするならば、私はやっぱり二次試験のあり方というものについても、これは同時にきちっとした方針が示されなければいけない。どういう方法が一番いいか。二次試験はやりません、学科試験はやりません、そういうことを明確にすることが必要じゃないか。ところが、二次試験は、おれの大学は特徴あるエリート大学であることを示すためにはきちっとした試験をしようということになってくれば同じことなんであります。だから、二次試験は、少なくとも学科目単位のペーパーテストはこれを行わないというぐらいのことが出されてもよいのじゃないかと思うんです。これは国大協の対策委員会がいろいろおやりになることでしょうから、余り私たちが意見を述べてはいかぬと思いますが、私はそういうような、それぐらいの思い切った改革が同時になされなければ、共通一次テストというのは生命を持ってこないんじゃないか、こういう気持ちがしてならないんですが、いかがですか。
#179
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように、共通一次でテストをした科目について同じようなことをまた改めて二次試験でやるというのは、これは不必要なことであるし、また不適切なことであると思います。しかし、たとえば理工系に進学しようとする者について、共通テストの段階では、もちろん数Iを問うわけでございますけれども、工学部で十分に教育研究を続けるということのためには数IIなり数IIIなりを勉強してもらわなければ困るということを大学側は考えて、そうしてそういった専門分野に応じて将来自分が進んでいくために必要な勉強をするという意味で数II、数IIIの勉強をするということは、これはやはり悪いことではない、むしろその子供の将来のためにはいいことだと思います。あるいは同じ国語の出題をするにしても、共通入試の場合にはどうしても記述力とか、表現力というものを問えないという制約がございますから、そういったことを考えて出題の方法というものを、あるいは内容というものを、二次試験の際に工夫をするということが行われなければならないと思います。また、そういう方向での努力を国大協はガイドラインで求め、各大学も現在検討をしているわけでございます。大学へ進んで行く場合に、ことに医学部等において、いわゆる学力ということだけではなくて、医学部についての適性というものを見なければならぬ。そのためには学科試験よりもむしろ面接を丹念にやる、あるいは小論文を書かせるというふうなことが必要であるというのは私もよくわかります。そういったことも医学部の関係者の間では検討をされておりますけれども、また、反面考えなければならないことは、そういう面接とかあるいは小論文というふうなものは、これは非常に丹念に行わなければ、客観性あるいは公平さというものについて受験生に対して十分に納得を得るだけのものを持ち得ないという、そういう一面での問題点がございます。
 で、従来から御指摘がございますように、共通一次の結果を足切りに使わないということを考えるといたしますと、よけい二次試験の際に面接なり小論文だけで実施をできる学部・学科というのは、これはかなり学部の性質、学科の性質によって限られてくるであろうと思います。たとえば芸術系の大学等におきましては、学力試験というのは第一次の試験でもう十分である、あとは実技あるいは面接というふうなことによって選抜を行うということが考えられることは十分にあり得ることでございます。それは望ましいことだと思いますけれども、一般的に二次試験を全部面接、小論文でやるということが適当であるかどうかは、やはり学部・学科の性格によって判断をすべき点があろうかと存じます。
#180
○久保亘君 昔の大学の選抜方式がよかったのかどうかわかりませんけれども、私たちが大学の入学試験というのを受けに行きましたときには、語学と専門の教科と二つしかやりませんでした。それから、私たちが知っておりますのでは、たとえば東京大学でも、それこそ一科目しか試験をしなかった時代もありますね。だからそういうことで、それじゃ入った人たちが入学後ぐあいが悪かったのかと言えば、私なんかぐあいの悪かった方かもしれませんけれども、必ずしもそうではなかった。むしろペーパーテストに余り頼り過ぎて、それで判断をすることばっかりやろうとするから、大学の教育というのも本来の目的を果たしていない点もあるんじゃないか、こう思います。
 だから、共通一次試験をやる以上は、そしてこれに本当に生命を持たせて、高等学校の教育をそれによって生かす、こういうことならば――従来の入学試験に弊害があったということだから、高校教育について。それならば、二次試験において従来の弊害をそのまま持ち込むようなことは完全に排除する、こういうことでなければ一次共通テストは生きてこない、こう思います。
 この二次試験のあり方については、大体いつごろ明確にされるんですか。そのガイドラインというのはいつこれは明示されますか。
#181
○政府委員(佐野文一郎君) ガイドライン自身はすでに国大協が公にしているわけでございます。しかし、これは科目数を何科目にするとか、そういうふうな形できちっと決めたものではなくて、共通一次との関係を考えながら留意すべき点を数項目挙げているわけでございます。これに従って各大学は現在第二次試験のあり方を検討いたしております。その状況について国大協はアンケート調査をいたしておりまして、そのアンケート調査によって各大学における二次試験の現在の検討状況というものを把握をして、それをさらに各大学にフィードバックをする、各大学はそれを参考にしてさらに検討を続けるという構えでございます。
 それで、各大学における二次試験のやり方というものが明らかになって公表される時点は、六月から七月にかけて、少なくとも七月いっぱいにはそれを全大学が公表をできるようにするということで進めております。
#182
○久保亘君 そうすると、いま高等学校の二年生たちは、もしこの制度が生かされるとすれば、一学期のうちには自分たちの高校生活への取り組み方をきちっと決められる、そういう方向が出てくると、こういうふうに考えてよろしゅうございますね。
#183
○政府委員(佐野文一郎君) 御指摘のように、夏休み前に二次試験のあり方が各関係の高等学校の生徒にはっきり伝わるようにしなければいけないと考えております。
#184
○久保亘君 その前にどうしてもひっかかるのは、私立大学がこの問題に参加していない、共通テストに参加していない。そうすると、高等学校の教育の中でやっぱり子供たちのかなりの部分が大学へ行く希望を持っている限り、高等学校の教育を本来あるべき姿にして、子供たちが楽しく高校の課程を終えられるようにするという、その理想はいいんだけれども、非常に複雑なものにしてしまうんじゃないかという心配が残るんです。私も高校の教師をいたしておりましたからね、進学指導というのはそのことによって非常にややっこしくなっていくんじゃないかなという感じがするんです。大体共通テスト三十万人予定されておるわけでしょう、三十万人。そうすると、卒業してくる子供は、高等学校を終えてくる子供が大体百三十万ぐらいあるのかな、もっとあるかもしれませんね、五十四年の三月に卒業する子供です。そうすると、そのうち就職する者も大分おりますね。しかし進学率が高まってきて、子供は希望するということを考えれば、共通テストだけはぜひ受けたいという子供の数が大体どれぐらいになってくるか。かなりな数になるだろう。また、私立大学だけを受けたいという子供もまた大分出てくる。だから非常に高等学校の教育を複雑な形にするのじゃないか。あわせて、すでに多くの人たちから意見が述べられておるように、この試験の期日を技術的に十二月中にやらざるを得ない。こういうことになれば高等学校の教育が、この入試改善によって、少なくとも入試改善が最大の目標とした高校の教育をよくするという立場で目的を果たせるのかどうか。むしろ、共通一次テストが高校の教育の中に新たな混乱と新たな困難を持ち込んでくるのではないか、そういう気持ちがするのですが、その点は御検討になっておりませんか。これは大学局長の立場よりも、今度は受けとめる側の初中局長の方がこの問題については適切なお答えができるのじゃありませんか。
#185
○政府委員(佐野文一郎君) 少なくとも初めの方のお尋ねにお答えをいたします。
 現在、国立大学を受験をしている者が、先生御指摘のように、おおむね三十万であると思います。五十四年度時点で考えてみますと、高校を出て大学を受験する者の数が恐らく六十五万くらいだろうと思います。そのほかに過年度の者、いわゆる浪人が二十万くらいおりますから、八十五万くらいが大学の試験を実数で受けるということに相なろうかと思います。共通入試の場合には、公立大学の受け入れも考えておりますし、入試が実施されるということになれば、従来よりははるかにそれを受けるという者の数がふえるということも考えられます。現在は私どもは、共通入試の受験者の数を一応四十五万というふうに考えているわけでございます。もちろん、私立大学が参加をしない、私立大学の入試の科目あるいはその試験問題というものについて従前と同じようなものが行われるということになりますと、もちろんそれは改善の努力をしていただくわけではございますけれども、問題は確かに全体としては大きく残るわけでございます。しかし、私学の方々にも共通入試への参加、あるいは参加についてなお検討すべき問題があるとするならば、それぞれの私学における入試改善の方途の検討というものを私どもも積極的にお願いをしてまいることを考えておりますし、また八十五万人のうちの四十五万人がやはり共通入試を受ける、そのために五教科・六ないし七科目について基礎的一般的な勉強というものを一生懸命やるということは、これはやはりそれなりに一つの高等学校教育の面におきましても、改善に資する点があるのではないかという期待は持っているわけでございます。
#186
○政府委員(諸沢正道君) ただいま考えておりますところの共通一次テストというものを十二月の末にやる。それはいろいろのテストの結果の事務処理等の期間等もありますし、同時にまた、私立大学の入学試験との関連も出てくるというようなことで、言ってみれば、一次テストを十二月の末にやることによって、大学の受験戦争といいますか、その時期が長くなるということ自体が、ある意味では高等学校の教育に決してプラスにはならぬだろうということは考えられるわけであります。そういう意味から言えば、共通テスト自体をできるだけ後へ繰り延べていただくということが高等学校側としては当然の要望だろうと思います。しかし、現実にはいま申しましたようないろいろの問題点があって、それはやむを得ない措置であろうかと思いますが、それにいたしましても、そういうことが私立大学がまた別個に試験をやるということで共通テストに参加していないということが一つの要因にもなっているわけでございますから、将来のあり方としては、できるだけ国公私を通じて一つの試験でやれるというような方向で、受ける者の立場に立っても、できるだけ合理的な努力で試験に対応できるような体制を整えていただくということが私は望ましいと思っております。
#187
○久保亘君 国立大学と私立大学の場合には、その経営上の立っている基盤も全然違いますし、また建学の独特の精神とか、いろいろなものもありまして、これを同じ共通テストの中にまとめてくるということは、私は非常にむずかしい問題だと思います。現に私大側はこのことに対してはむしろ反発をしているのです。積極的に共通一次テストの中に加わりましょうというようなところは余り出てきていないはずです、出てきていない。自分のところは自分のところで、ちゃんと自分のところが子供たちの、学生たちの人間形成の度合いを、到達度というものを見ながら、むしろいままでの入学試験のあり方というものをもっと進めた形で、進歩させた形で新いしその方法を生み出そうというような意欲さえ見せておられるように思うのであります。だから、そういうようなことからいきますと、共通一次テストが逆に取り残されてしまう、こういう心配だってあると思うのです。しかも、そういうものが八十五万人の受験希望者の中に伏線的にいろいろと織りなしながら高等学校の教育の中へ入ってくる。そうすると、私立学校を受ける人は、私立大学を受験しようとする人は従来どおり二月の入学試験を目指してやっていくわけです。ところが、高等学校は、十二月の末に共通一次テストが入ってくるということになれば、それを一つの指標にしながら、目標にしながら高等学校の教育課程のプランを立てなければいかぬ、三年生の課程のプランを立てなければいかぬ。そうすると、そこに非常にむずかしい問題が出てくると思いますよ。いままでは学科目の数などで多少の差はありましたけれども、国公私立大体同じ方向へ向かってずっときておったわけです。今度は、国立、公立を受ける人たちは十二月末に目標を向けてやっていく。私立大学の方は、そうじゃなくて、二月に目標を定めてやっていく。しかも、その取り組み方がいろいろ複雑になってくるということになれば、高等学校の教育に対しては非常に大きな混乱と困難を引き起こすことは間違いない、私はこう思うのです。だから、そういう面で問題が残りはしないでしょうか。
 それからもう一つは、国公立ひっくるめて入学試験の一元化をやる。こういうことになりますと、従来は公立大学の場合にはそれぞればらばらに試験が行われておりました。それから国立は一期と二期に分かれておりました。そういう関係で生徒たちはかなりその選択ができたわけです。今度は公立も含めて一本化されるということになれば、これはもう逆に受験生にとっては不安が増幅をしてまいりまして、一発勝負でしょう。それで、いまそういう意見が出てきたために、二次募集の枠を、再募集の枠を設けるとか言っておりますが、そんなものはできやしませんよ。どうやるのですか。再募集の枠を設けるということになれば、今度は逆に最初の方でまず大丈夫のところへ入っておいて、そうしてその二次募集の枠のところへ受験をしてくる。こういうことになればもう混乱するばっかりじゃありませんか。で、そういうことは私は事実上不可能なことではないだろうか。そうすると、この制度というのは、少なくとも問題そのもの、試験の中身の課し方、問題の課し方によって高等学校の教育を正しい姿に引き戻すという意味において効果が期待されているけれども、入試地獄の解消という点においては逆に激化させるということになるんじゃないか、こういう心配があるんですが、その点はどうお考えですか。
#188
○政府委員(佐野文一郎君) まず最初に御指摘の点でございますが、共通一次で課する科目というのは御案内のように共通必修の科目を中心としているわけでございます。外国語を除きますと共通必修の科目でございます。これらにつきましては、原則的には高等学校のいわゆる低学年で履修が行われるものでございます。問題なのは日本史と世界史がやはり残りますけれども、これについては国大協の報告によりましても、出題範囲について特別な配慮をする必要があるということを言っております。そういった点でいわゆるカリキュラムの点からすれば、共通入試が十二月の末に行われるということでありましても、高等学校の教育を大きく乱すということにはならないような配慮が行われているわけでございますけれども、しかし、やはり十二月から試験が始まる、そのことが、カリキュラムの問題はともかくとして、高等学校生活の最後のところを乱すじゃないかという御指摘は確かに聞かなければならない御指摘であると思います。そういう意味では共通一次というのはむしろ遅い方がいいわけでございますけれども、今度は先ほど初中局長からも申し上げましたように、私立大学における入試というものとの関連を考える必要がございます。いまの受験生はやはり幾つかの大学を重複をして受験をいたしますので、それに伴って私立、国立がそれぞれ入学者を確定していく過程というものも考えなければなりません。そうすると、国立の共通入試を含む入試のスケジュールというのを著しく遅くするということになりますと、私立大学の側での入学者の確定に対して非常な影響が生じ、全体として受験生を混乱させるということに逆になるおそれもございます。その辺のところと、それからもう一つは気象条件で一月というのはなかなか豪雪の関係で期日が、万全を期しますととりにくいという点がある。そういったところを考えて、とりあえず十二月の末というのを国大協は現在考えているわけでございます。しかし、御指摘の高等学校生活との関係というのはやはり常に考えなければならないことでございますし、また、私立大学の側での入試のあり方の改善の努力というものとも連関をしながら、その期日というのをさらに検討をしていく努力はいたさなければならないというふうに考えるわけでございます。
 それから一元化の問題でございますけれども、御指摘のように、公立が参加をすることになりますと、従来からもそういう傾向がございましたけれども、いまのスケジュールでいえば、国公立を通じて入試の期日は現在の国立の一期校の入試の時期に二次試験のところが合ってくるということになるだろうと思います。そういう意味では、いまよりは国公立についての重複受験というのはむずかしくなるというふうに考えます。それでただ、これは一期校、二期校の一元化の際に十分に国大協の中でも議論をされ、検討されたことでございますけれども、一元化によってそれぞれの受験生が本当に自分の進路というものを考えて自分の志望に合った大学を選んでいくということによって、かえって人材がいわば全国的に分散をして、そして、地方大学の充実ということにも資するのではないかという期待も一面ではあるわけでございますし、そういった点をわれわれも期待をしているわけでございます。
 それから二次募集――再募集の点は先生御指摘のように、一時、全大学が再募集をするかのごとく理解をされた面があって、私どもそれは事実と異なると思います。それは、この委員会でも申し上げましたけれども、希望する大学があって、そしていわゆる最終的に定員に、入学する者が満たないというような欠員状況が出るというようなこともあり得るわけでございますから、そのこととあわせて、一部定員を留保しておいて再募集をするということをやるという大学があるならば、それを拒むことはなかろうという程度の検討が現在国大協の方でも行われているわけでございますし、入試改善会議でも、そういう意味での再募集というものを二次志望の生かし方の一つとして考えることは差し支えなかろうということでございます。全体に各大学が定員を留保をして二次募集をやるというふうなことになりますと、これはいまよりもかえって混乱がひどくなるというのは御指摘のとおりであり、われわれはそれは適切でないと思っております。
#189
○久保亘君 現在の各大学の入学試験の競争率などから見ました場合に、いま局長が言われたような立場で再募集をするような大学は私はもうほとんど出てこない、こう思いますね。だから、そうなると、それは受験生に対する一つの気休めで言われていることでありますから、もう初めからそういう再募集というのはほとんどあり得ないという立場を明確にして説明しないと誤解しますよ。だから、再募集ということはあり得ない、だから一発勝負、こういうことになるわけですね。そうすると、一発勝負ということになれば、共通一次テストの結果がかなりなウエートを占めるということになれば、初めから出願しても望みのないところへ、三倍までは認めるからとか、足切りはやめろとか言ってみたところで、ほとんど望みのないところへ願書を出してみたってしょうがないでしょう。そうすると、共通一次テストの結果というのは、いよいよ大学に本格的に二次試験を受ける、出願をする際までに本人または出身の高等学校に対して知らされるんですか、その結果は。
#190
○政府委員(佐野文一郎君) 共通一次の結果は本人にも高等学校にも通知はいたしません。これを通知いたしますと、それこそ高等学校の格差というものがある意味では歴然として表に出るというふうなことになり、さらにそれがひいては大学間の格差というものを固定していくということにつながりかねませんので、そういうことを懸念をいたしまして、共通入試の成績というのは本人にも高等学校にも公表をしないわけでございます。ただ、共通入試の正解例はもちろん公表をいたしますし、各科目別の平均点も公表をいたします。で、本人はそれによって自分の共通入試のいわば結果についての自己判断はできるようになるわけでございます。
#191
○久保亘君 そんな残酷な。試験は終わっておるんですよ。試験が終わってから願書出すんですよ、今度は。私は、私が一次試験を受けて、そしてその――大体試験というのは御存じでしょう。自分でできたできたと思っているときは余りできておらぬもので、そしてできたかできぬかもわからない状況だって多いんです。だから、そういう人たちが正解例や平均点を示されたから、それによって大体おれはあそこなら大丈夫だというようなことはなかなか判断つけがたい。しかももう結果が決まっておるのに、コンピューターの中に大体合格さしてもらえるか入れてもらえないかわかっているのに、本人はそれを知らない。だから、足切りはやらないから、どこにでも出せば受け付けてくれるんだというので、私もあそこの大学へというので願書を出しても、もう願書を出すときに、いままでと違って勝負は済んでおるんですよ。そんな残酷な出願というのはぼくはないと思う。だから、もし共通一次テストをやるならば、本人にも出身高校にもきちっと教えてやって、君の共通一次テストの結果はこれこれである、それを承知の上で大学を選ぶということでないと、それはうまくいかぬのじゃありませんか。高校生たちはそれこそどこを受けたらいいのかというので――もう試験済んでおるんだから、済んだ後で出す願書に、どこならおれは入っておるだろうかというような、予想屋みたいなことをやって願書を出さなければいかぬわけです。三倍ぐらいまでは足切りなしで受けさせるのだと言ったって、定員が百人のときに、そこへ願書出したものの三百番目におるやつが入ることないでしょう、こんなもの。それこそ寄付金積んで入るというんなら別だけれども、そういうことがないんだから、そんな者が入ることないんですよ。それに願書を出させるというようなことをやるんですか。ぼくはこんなひどい話はないと思いますよ。
#192
○政府委員(佐野文一郎君) もちろん共通入試を重視をするということは、事の性質上、各大学で御判断をされることではございますけれども、われわれも期待をしております。共通入試と一次あるいは面接、調査書そういったものを総合して各大学は判断をするわけでございますから、共通一次の成績によってすでに試験が終わっているということではなくて、やはり二次試験なり、その後の各大学における資料というものの総合判断の上で決まっていくことでございます。
 それから、確かに成績を知らせるというのも一つの方法ではございますけれども、やはり私どもは成績を知らせることによって出てくる弊害と申しますか、デメリットと申しますか、その方がやはり大きいだろうと思います。これまで国立大学は、入試について正解例をすべて公表しているわけではございません。今度初めて正解例の公表というのは行われるわけでございますから、そこのところを十分に受験生の方々が御理解をいただいて、それぞれの進路に応じた学部・学科を二次の際に選択をしていただくことを願っているわけでございます。
#193
○久保亘君 それは理屈は、あなたが言われるとおりです。その共通一次テストで試験を終わって、少なくとも三十万人の人が受けたら、一番から順位三十万番まであるんです。わかっているんですよ、それはもう。それを動かすことはできぬのだから、その結果は。動かすことのできない結果がコンピューターの中にちゃんと入っておるのに、それを本人も知らず、指導する高等学校の教師も知らず、そして、君はあそこの大学を受験しなさいといって願書を書いてやるんです。そして、あなたの言われるように二次試験でがんばったから百人定員の三百番で受けたやつが逆転勝利なって百番で合格した。こういうことは、それは理屈の上ではあり得ても、あり得ないことですよ、実際には。そういうことがあり得るとお考えですか。私は教師の体験上、競争試験制度で入れる場合にそういうことはあり得ない。一番下位で共通試験を終えてきた者がその何倍という競争率の中で二次試験の結果、逆転して合格ということはまず考えられない。そうすると、その子供は、初めから入れてもらえないことがわかっている大学へ願書を出すということになるんです。だから、大変この高校生にとっては痛ましい試験制度になりませんか。
#194
○政府委員(佐野文一郎君) 確かに先生御指摘のように、百人の定員のところに三百人なり五百人なりの者が受験をするということであれば、その受験生の中ではいれる者は百人しかいないわけでございますから、第一次の試験の際の成績によってはそれは二次まで受験をしても、それは学部・学科によって非常に実技を重んずるというようなところがある場合は、それは考えられるかもしれませんけれども、一般的にいってかなりもうすでに一次の際に無理だという方が出てくるということは私どももわかります。しかし、そのことは、現在の試験のもとにおきましても、二日間にわたる試験のうちの一日目の午前中の国語をかなり失敗をしているという状況のもとで、なお受験を続けるかどうかというときにもやはり出てくる問題でございますし、やはり試験の成績を知らせることに伴うメリットとデメリットを考えた場合には、私どもは、共通入試を実施をすることに伴って全国の高校、ひいては大学にどれくらいの状況でこれだけの成績の者が分布をしているというふうなことが全国的に明らかになるというのは、いまの状況のもとでは適切ではないというふうに判断をしておるわけでございます。
#195
○久保亘君 いや、足切りのよしあしがいろいろ議論されておりますけれども、私は、共通一次試験をやる以上は、受験生の希望の状況などによって願書を出した後もう一遍、締め切った後で受験生が再調整をする期間を置いてやらないともう大変ひどい試験になると思いますよ。その成績も教えない。願書も出したら終わり、こういうことなら……。初めから失格がわかっているのに、それに受験料添えて願書を出させるということになるんです。こんな残酷な制度がありますか。
 まだすっきりしていたのは、あなたがいま一日目の試験だと言われたけれども、昔、海軍兵学校の試験というのは、一課目終わりますと、夕方試験場の入口に行くと、この箱の中に写真を入れてある者は明日は受験に及ばず、これを持って帰るように、と書いてあった。それで受験写真をそこで返してもらって、翌日からもう受けないのですよ。こういう試験をやっていたのを私はいま思い出すのだけれども。それと同じような残酷な形で初めから願書を出したってもう入らないことはわかっているのが、本人だけがわからなくて出すという結果になるんですよ、そうでしょう。どうしてもおれは東京大学に行きたい、いまのような学歴偏重社会だと東京大学に行かなけりゃ政治家になって文部大臣になる以外は、東京大学出なけりゃなかなかうまくいかないぞと、こういうことになってまいりますと、どうしても東京大学に行きたい。しかし共通一次テストはもう終わっている。終わってから願書を出す。出したって絶対これは通らないということがコンピューターだけは知っている。終わりですよ、出して。そんな試験制度というものはぼくはないと思うんだな。それならばむしろ、本人に対して共通一次テストの結果は君はこれこれであるということを教えてやる。そして二次試験の結果、逆転のできる範囲内のものでないと受けないということにしないと、これはこの試験制度をとった以上非常に問題が残りはしませんか。一方から言うと、足切り論がいかぬという意見もある。しかし、希望する者が共通一次テストの結果がどうであろうと、それがまだわかっていないから、宝くじを引くようなつもりでいらっしゃいよという、そんなひどい試験制度というものは、受験生の気持ちに本当にこたえるものじゃないし、入学試験制度を改善することにはならぬ、私はこう思うのですがね。
#196
○政府委員(佐野文一郎君) 御説明が不十分であったために大変恐縮をして、いま反省をいたしております。共通一次を受験するときには受験生は志望校を二つ選びましてそして願書を入試センターに出すわけでございます。そして共通入試が終わりました段階で、その学生は答案用紙の持ち帰りが可能であり、正解例が公表され、そして課目ごとの平均点も公表をされます。そこで、自分の成績の自己診断をした上で、二次試験の志望校に今度は二次試験の願書を出すわけですが、そのときには一次試験の際の志望校を変更することを認めるわけでございます。原則的には一次志望、二次志望のいずれかに二次試験の際も願書が提出されるのが普通の姿でございますけれども、事情があれば、つまりいまのような先生御指摘のようなことで、これはとてもこの大学は無理だという自己診断があれば、それは二次試験の際に志望校を変更して他の大学を受験することを認めるということにいたしております。
#197
○久保亘君 それは、だから一次試験の志望校を書くというのはこれは参考なんですよ、一つの。そして、本当に願書を出すのは一次試験が終わってから、二次試験でどこを希望するかというこれが出願なんです。この出願のときに、私が言うのは、とうてい入れないということが、神のみぞ知るというか、コンピューターのみぞ知っているのに、それでも、先生も生徒もわからぬから大丈夫だろうというので出してやる。しかし、そのときにもう決定的な条件が存在しているというなら、これはぼくはひどい試験だと思います。そういうことにならないですか。自分自身の診断はできる、平均点もわかるけれども、それでも私は、なお、どこを選んだらいいのかということについてはわからないし、なお二次試験の要素が加わるということがあるだけに、生徒たちはやっぱり何とかなるという希望を持ちながら願書を出す。出すけれどもそのときにもう決定的な結果がすでに実態として存在をしているということになれば、私は、この制度のあり方というものは一元化をすることによって非常に厳しい状況を生徒に課するものであって、受験地獄の激化であって、受験地獄の激化だけではなくて生徒たちにそれこそ自分の判断によって人生が分けられるような結果をもたらす。自分が行って勝負するんじゃないんです。おれは共通一次テストでどういう結果だったろうかという自己診断、自己判断を間違った場合には一年間浪人しなければならないという結果をもたらすんです。いまから行て勝負するんじゃないんです。勝負の半分は終わっているんですよ。私はだから、そこのところにこの制度の非常に大きな矛盾と落とし穴があるような気がするんですよ。その辺は現在の大学の入試制度よりもうんと改善されて、受験生たちが不安もなく、そして思い切って試験に臨めるような制度に変わったものだとお考えになりますか。
#198
○政府委員(佐野文一郎君) 入学定員を上回って志願者がある限りは、確かにそこに競争というものがあり、そして入試が選抜的な機能を持たなければならないというのはこれは避けられないところでございます。受験生に成績を教えるかどうかという点はずいぶん国大協の方でも議論になりまして、たとえば具体的に何点ということを教えられないまでも、全体の成績を何段階かに分けて、その何段階かのこのランクにあなたは位置をしていますよ、ということを教えることは不可能かというふうなことも検討された経緯があるようでございます。しかし、先ほど来重ねて申し上げておりますように、試験の成績というものが受験生全体について全国的に公表されていくということは、いまの大学の置かれている状況からすると、やはり大学間の格差というものを固定し、強化、助長をするというふうに働くおそれの方が強いということで、それを避けて、先ほど申し上げましたような、できるだけ受験生が自分の志望に沿って、あるいは共通一次の成績の結果によって自分が診断したところに従って志望校の選択ができるような、そういう仕組みは工夫をしているわけでございます。私どもは、もちろんその共通入試についての技術的な問題点であるとか、あるいはマークシート方式が持つそもそも出題における制約というふうなものもございますけれども、一次と二次を組み合わせることによっていままでよりははるかに入試の制度としてはすぐれたものが期待できるというふうに考えておりますし、また試験期日の一元化の問題も長い間の検討の結果、現在生じているいわゆる二期校コンプレックス等のデメリットというものを解消するためにはあえて一元化に踏み切る方がメリットが大きいという判断を国立大学協会がしたということについても理解ができるわけでございます。もちろん全体として今後さらに実施状況を見ながら検討を重ねていかなければならないことではございますけれども、私どもはこれから始めようとする入試の改善についてはいま申し上げたような期待を持っているわけでございます。
#199
○久保亘君 この共通一次テストの制度が、もし大学間の格差を子供に教えることによって助長するようなものならば、私は問題があると思うんです。それはもう大変問題だと思います。教えなかったって、共通一次テストから二次試験に移る段階において大学間の格差というものは別の是正方法をとらない限り試験制度によって解消することはないんです。ただ、それが公然と世の中に出るか出ないかというだけの差です。それで大学間の格差というものを、共通一次テストの結果を隠蔽することによって防げるなんて思ったらとんでもない間違いだと私は思うんです。そうじゃなくて、むしろ足切りはやらないということによって、結果も教えない、こういうことによってつじ切りのようにやみ討ちを食らって――願書は出したが問題にされずにはねのけられていく生徒たちのことを考えにゃいかぬですよ。それをあなた三倍もあの応募者を認める、あるいは足切りなしということになったら大学によっては、いまだって十倍、二十倍という大学があるんですから、そういうところへ願書出す、終わった――試験終わっているんです、半分。そうすると、その大部分の人たちは初めからもうとうてい復活の見込みはないとわかっておりながらそこへ願書を出して受験料だけ納めて帰ってくるということになるんですよ。だからそういう試験制度を私はやるべきじゃない。もしこの共通テストの制度を本当に、その生徒たちが自分の希望するところに入っていけるという制度として生かそうとするならば、結果を公表して選ばせる。そして、できるだけ各大学に均等に受験生が散らばっていって、そしてもう全体の総枠から幾らか余るというのはこれはもうしようがないんです、どういう制度をとろうと。いまの大学の定員を決めている以上、希望者とその定員との差が出てくるというのはどんな制度をとったって出てくる。しかし、もう復活の望みなき者がその自分の共通一次テストの結果にかかわりなく願書を出してそこで消される。こういうやり方を教育的なやり方だと私は思いません。それは大変ひどいやり方だと思いますよ。それでも改善だとお考えになりますか。
#200
○国務大臣(海部俊樹君) 私は大体いろんな御意見なるほどなあと思って聞いておるのでありますけれども、いまの先生のお話で一つだけちょっと私も、お言葉返すようで大変申しわけありませんが、こういう考え方もあるんじゃないかと思いますことは、この一回だけで、共通一次試験だけですべてが決まってしまうということに重点を置きますと、なるほど敗者復活戦の可能性が残っているのはどの辺だろうかと、この辺のところでもうおまえは来てもだめだよ、と言って初めから引導を渡した方が親切ではなかろうかというような――なるほどなあと思って聞くわけですけれども、しかし、さはさりながら、一次試験というのはよく考えてみると必須科目の五科目だけの到達度を見るものである。そうしますと、それ以外の高等学校の高学年になってから、もうすばらしい能力を一部分に持っておって、その選択科目の中で、おれは二次試験でうんと他を引き離してひっくり返るぞというような可能性というものもこれはあるんじゃなかろうかというような気が私もいたしますし、それなれば一体その何倍までぐらいが逆転可能性の範囲かということになってくると、やはり高等学校で教えておったとおっしゃる先生の意見の方が全然、高校の先生の経験のない私と比べるとこれは説得力があるわけですけれども、しかし、一次試験を受けて、二次試験を受けて、それからそれと調査書とを比べて、もうちょっと幅広く、奥深く選抜の対象にしていこうというのが今度の入試改善の柱であるといたしますなれば、その一次試験だけの、要するに共通の五教科・六科目、七科目というところだけでもう早くもアウトと、こう言われてしまったのでは……。やっぱりそれもある程度かわいそうなことになるではなかろうかという感じがいたしますので、三倍というのをどんな標準で決めたのか、ちょっと私いま正確なここに資料がございませんのでその議論は何とも言えませんけれども、あるいはその程度までは、その他の高学年に来て選択科目の方で非常に優秀な才能を持っておる人、調査書の方にも人柄その他の活動なんかの面をもし参酌されるとするなれば、いろんなことを考えあわせて、おれは逆転する可能性があるんだという一縷の望みが残っておるなれば、なるべく多くの人にそういう逆転勝利をつかむチャンスを与えてあげることが――現在の入試の制度というのはまさにおっしゃるように一回一発のペーパーテストでして、私も先生も学校を受けたころは大体同じころ同じ学校を受けたわけでありますけれども、そうするとその科目だけ力を入れちゃって、その科目に力を入れ過ぎたために、ほかの科目は高校卒業ごろはややおろそかにしがちであったというような弊害等もあるわけでございまして、高校教育というものの中で基礎的、基本的にやった五科目と、それから高学年になって選択したものと、もし一次試験と二次試験のやり方が非常にそういう意味で幅広く適切な問題とか評価で考えてくれるなれば、まあ、三倍ぐらいのところにおったならば逆転する可能性が残るような試験の制度にはならぬものだろうかということを、私はいま率直に先生の御意見聞きながら、なるほどなとは思いながらどうしても腹に入らなかった一点でございますが。率直に申し上げます。
#201
○久保亘君 いや、大臣の御意見というのは、一般論としてはちょっと当たらないかもしれませんが、政治論的な言い方として受けとめれば非常によくわかる。非常によくわかるんです。しかし、本当言ったら、たとえば百人のところに三百人受験した、二百人は落ちるのです。そうすると、その中の何人かは順番が入れかわったかもしれません、何人かは。しかし、二百人の中の大部分の人たちはもう入れかわることができずに消えるわけです。そうだと思います。だから、私はやっぱり本当ならそういう一次、二次に分かれるやり方がもう問題だと思うんです。だから、大学を共通テストでやるなら、共通試験をやって、あとは身体検査をやり面接試験をやって、それでもって決めていく、こういうことにならないとやっぱりどうしてもそういう問題が残る。それから、忘れてならぬのは、これは資格試験ならいいんですよ、資格試験ならいまのようなことが言える。しかし、競争試験だから、はみ出しておる分は消えるのです。どうしても消えるのです。だから、そういうことを思えば、そう単純に制度を観念的に考えてこれはいい制度だと思うようにはいかないのです。やってごらんなさい。これは高等学校の教師はそれこそ子供側に対して――最後に子供と親が頼るのは、先生にどこへ出したら大丈夫だろうかと言って頼ってくるんですよ。そのときに子供がどうしても行きたいというときに、いや、君はだめだという、そういう指導をしてやる判断の材料を与えられておらぬから、いや、そんなら君はあそこなら大丈夫だろうと、君のかねての学力からいったらいいよと、行きなさいよと言って受けさしてやる。しかし、そのときにその生徒はもう入らないことが、おおよそ実態として入らないことが客観的に存在しているのですよ。そのときに教師が、いや、君は二次試験で課せられる面接やあるいは小論文やあるいは特定の実技や科目について非常な才能があるから大丈夫だ、行け、行ってこいと言って励ましてやったら帰ってこなかった。こういうことになればやっぱり困るのですよ。それはそういうわからない材料でもって判断し、生徒の進路指導を行うということは高等学校の教師にとっては、これはもう大変な問題だということを知っておいてもらわなければいかぬ。試験が全然終わらないうちなら君の大体いままでの力からすればあすこの大学なら、君大丈夫だからがんばって受けてこいと。また、それがやむを得ず、競争試験だから運不運もあろうし、それで落ちてきた子供に対してもまた来年がんばれよ、というなぐさめがきくのです。ところが、今度は子供も判断誤るかもしらぬけれども、指導する教師もある意味では判断を誤ったということになるのです、共通テストが終わっているから。そのことに対してはこの試験制度は非常に大きな問題を残すということは知っておいてもらいたい。これはあなた方は机の上でいろいろと検討されて、これなら大丈夫、改善になって生徒たちも伸び伸びと高校三年間をやってきて、そしてそれこそ極楽ではなくても、いままでとは違った大学の試験に立ち向かう、たとえ合格できなくても、何にも心残りなくそれじゃぼくは就職しよう、もう一年がんばろうという気持ちになれるか。なれない者が必ずあると私は思います。あのとき先生がもっといい判断をしてくれていたらおれはあそこまで行けたんだ、第二志望をあそこを持っておったんだけれども、ここでもいいと言うから行ったらだめだったじゃないかというようなことで、そういう者がいっぱい残ってきますよ。だから、そういう問題についてもよほど検討してかからないと、この制度というのは私は非常にむずかしい問題がある、こう思います。
 だから、本当ならば受験期日を、共通テストの期日を高等学校の教育を乱さない時期まで延ばすと同時に、その結果を子供たちに知らしめる、そして二次試験はこういう問題についてこういう比重で行われるということも事前に明らかにする、そういうことをきちっとそろえないとそれはやれませんよ。いま言われるように、共通一次テストだけで決まるんじゃありませんよ、終わったんじゃありませんよと言われれば、それならば共通一次テストというのは一体総合判断の何割ぐらいの比重を占めるのか、そのことも明らかにしておかないと、受験生の方は自分の志望校を選択するのに当たって十分な判断になりません。特定の学科については実技はこの程度比重を置くということを明らかにしておかないとやっぱりうまくいかないんです。だから、こういう点でこの共通一次テストというのは大学側の判断によって、大学側の協議によって非常にうまくつくられたようであるけれども、これを実際に試行していく場合には受験する側には数々の問題が残っていくんだ。そういう問題を果たしていよいよ五十四年度実施に移すというこの短い残された期間に十分に納得がいくだけ調節できるのかどうか、この点についてはまだ引き続き私どもは具体的な問題について意見も申し上げたいし、また皆さんからもお聞かせいただきたいと思うんです。そういう意味ではやっぱり私は大学の二期制というのは意味があったと思うんですよ、二期制というのは。二期制といううは意味があるということは、なぜこれが弊害を生んだかということとの関係で考えるならば、一期、二期を長年にわたって固定したから問題がある。入れかえたり抽選で決めたり、その辺をもう少し考えてやってきておれば、一期二期の制度というのは私はある意味では現在のこの激しい競争制度の中でそれを技術的に緩和をする一種の役割りを持っていた、こう思います。だから、そういう点についてもこの際一元化をして、再募集は実質的にはなし、共通テストでうまくいかなかった者は二次試験でがんばれよ、そうすれば復活の見込みがあるよ、それだけではこれはなかなか納得のいかない問題です。だからひとつ、まだ少々時間があるんですからぜひひとつ検討をいただきたい問題だと思います。
 それから、時間がなくなってきましたが、この共通テストを試験的に実施される段階で私はこの中に非常に問題が一つ残っているように思うんです。というのは、各科目別研究専門委員会の委員というのはこれ全部大学の先生なんです。ただ一つだけ倫理、社会のところだけがその委員という形をとらず研究員という形で高等学校の先生と文部省から入っておるんです。ほかのところは全部大学の先生、十幾つのこの専門委員会が委員長以下全部大学です。倫理、社会だけが大学の先生が六人、高等学校の先生が三人、文部省の役人さんが一人、こういう構成になっているんです。これはなぜこういうことをやられたのか非常に理解のむずかしいところなんです。これはどうしてこういうことになったんですか。
#202
○政府委員(佐野文一郎君) 共通入試というのは各大学が行います入学試験の一部分であって、各大学側としましては、それぞれの大学の入学試験というものをどういうふうに改善をするか、またそのためにどういう問題を出すかという角度で検討をしているものでございます。したがって、出題を検討をし、それを決めていくのはやはり大学側であるという意識がございます。そういうことに立って各大学の教官によって出題の検討が行われ、そして調査研究に当たりましても具体的にいま御指摘のような形での検討が進んでいるわけでございます。共通一次がいざ実施されるときになりましても、やはり問題をつくりますのは科目別の小委員会ができますけれども、それは各大学の教官が全国から集まって、これは二年ないし三年の期間で逐次交代はいたしますけれども、大学の教官によって問題が検討されるという体制は変わりません。ただ、高等学校の側の意見というのを十分に聞く必要があり、またその試験問題等についての批判を高等学校側から十分に受けるということが必要でございます。そのことについては別途高等学校側とそういう問題を含めての入試のあり方についての連絡協議を行う機関を入試センターの中に設けてまいりたいということを国大協は考えておりますし、私どももそれが適当であろうと思っているわけでございます。
#203
○久保亘君 いや、私が言っているのは、倫理、社会だけなぜ、高等学校と文部省からこの専門委員会に入ったんですか、ほかの委員会には十幾つある中で一つも入っていない。倫理、社会だけ高校の先生と文部省が入っています。これはどういう意図でこういう仕掛けになったんですかと聞いている。
#204
○政府委員(佐野文一郎君) 国大協の行います実地調査につきましては、そういった問題の検討のためにどういう委員会を設け、どういうスタッフにするかということを含めまして、すべて国立大学協会の方で検討をし、実施をしているものでございます。私どもの方は一切関与をいたしておりませんので、どういう意図で倫、社だけそういうことになっているのかは、私としてはつまびらかにいたしません。
#205
○久保亘君 しかし少なくとも文部省がこの専門委員会の中に一委員会だけ文部省の関係者を入れられるということは、文部省としても国大協の相談を受けてやられたことでしょう、個人的に入っておられるんですか。
#206
○政府委員(佐野文一郎君) 入っている文部省の人は教科調査官だそうでございますけれども、この科目別研究専門委員会の委員の方でこの人に頼んだということでございます。
#207
○久保亘君 それはそういう説明は非常にもっともらしいけれども、その倫理、社会の専門委員会だけ文部省を頼みに来て、それから高等学校の先生を入れて、そしてこの部門だけが研究員という名前で四人入っているんです。ほかにはそんなとこはどこにもありません。ここだけです。そしてこの倫理、社会研究専門委員会の報告を見ますと、ほかの専門委員会の報告にないものが一つある。「「改訂学習指導要領」の趣旨を生かすこと」というのがこの専門委員会の報告の中に入ってくるんです。ほかの委員会には一つも出てきません。このことは私は倫理、社会について特にこの共通一次テストを実施するに当たって、高等学校の教育をにらみながら、文部省が一定の意図をお持ちになったのではないか、そんなばかなといわれるかもしれませんけれども、あらわれた形からすると、どうもそんな気がするんです。倫理、社会だけそういうことになって、そしてこの専門委員会の報告にだけ「「改訂学習指導要領」を生かすこと」ということがちゃんとうたわれている。ほかにはそんなところどこにもないんです。なぜ、倫理、社会がそうでなければならなかったのか、このことは私は国大協があえて、この委員会だけにそういうことを希望されたんだとするならば、国大協を呼んで、どういう意図でそういうことをなさったのか、お聞きしたいと思う。それからまた文部省は、文部省の人をこの委員会だけ派遣されるについては、文部省として承知されなかったはずはないと思う。もし、文部省の教科調査官が必要ならば、すべての教科について必要なことじゃありませんか。この専門委員会だけが教科調査官が必要で、ほかのところは必要なかったというならば、私どもはその理由を明確にしてもらいたいと思います。
#208
○政府委員(佐野文一郎君) 先ほどもお答えしましたように、私どもがそのことについて特段の関与をしているということは全くございませんので、改めて国大協の方にどういう理由でこの専門委員会だけ高等学校の先生なり、あるいは教科調査官が入ったのかを尋ねましてお答えをさしていただきたいと思います。
#209
○久保亘君 それじゃ、ただいまの問題は、また保留をしておきます。
 それで、この入試センターの問題については、なお多くの問題があるように思います。私どもも、文部省並びに国大協が一つの方向からの入試を改善をしていく、生徒たちにいい大学への道の環境づくりをやるという意味で努力をされている点は評価をいたしますが、しかしこれを実際にやります場合に、特定の年次の子供たちが、実験的にそこに、この制度に乗せられ、それが非常にこの子供たちにとっては不幸なことであったという結果になれば、やむを得なかったのだということでは済まない問題でありますから、やっぱり文部省も、また国大協も可能な最大限のやっぱり配慮検討を加えた上で最終的な結論を出されるべき問題だと思いますから引き続き機会があればまた意見も申し上げたいと思います。
 で、あと時間がわずかになりましたので、一つ二つ入試の問題と関連をしながらお聞きしておきたいのですが、一つは最近、塾の問題が大きく取り上げられるようになりましてから、全国各地で教師のアルバイトを禁止する通達や、あるいはもし申請なしにアルバイト、塾の先生をやったり、また県によっては、家庭教師も含めて、そういう行為に対しては厳重に指導する、新聞の書き方によっては処分も含むようなものが次々に出ておりますが、このことが文部省として一定の方針を示されているのかどうか。それから私は、教師のアルバイトというのは、いまの塾乱立の時代に、一つの社会的な反省あるいは教育の場における反省として教師自身の自粛に待つべきものであって、これを対症療法的に問題になったからと、わっと騒いで、アルバイトは地公法や教育公務員特例法に違反するからやめろと、やめなければ処分するぞ、そういうことで問題が解決することではなかろう、こう思っておりますが、もう最近、次次に各県教育委員会が、このアルバイトといいますか、塾や家庭教師に対する規制を打ち出しております。これに対して文部省が一定の方針をお出しになったのか、あるいはこのことに対して文部省はどう考えておられるのかお聞きしたいと思います。
#210
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のように、塾の全国調査をいたしまして、それがいかなる原因で起こっておるのか、どういうところから手をつけていったらいいのかいろいろと文部省としても検討をいたしました。時間の関係で途中の経過は省かしていただきますが、結論といたしまして、私はやっぱり現在の過熱状況というものは望ましいものではないと思っておりますし、公教育が責任を果たすということによって、そういった望ましくない状況は是正されていかなければならぬ。こういう立場から考えますと、文部省の側としては、いろいろな指摘の中で教科内容がむずかし過ぎるとか、多過ぎるというようないろいろな指摘もございましたから学習指導要領の改訂作業を現在進めておるさなかでありますけれども、精選をきちんとすることによって、ゆとりのある充実した学校教育ができるようにしていくことによって、この塾に対する根本を改革していくという面に役立つではないか、こういう角度から反省もいたしました。
 それから、現場の先生方の御協力なくしては教育効果が上がらないことは、これは言うをまたぬことでありまして、現場の先生自体がやっぱりみずからの立場を厳しく自覚をしていただいて、そして公教育の責任を果たすというために、現場の先生としてどんなことに御協力を願ったらいいんだろうかというようなことをあれこれ判断いたしますと、やはりいまいろんなことをいっぱい問題を抱えておるときに、よそへ行って教えておる姿は好ましくないと私も判断をいたしましたし、また、いろいろな機会に日教組の槇枝委員長などと対談する機会がございましたが、教職員組合側でもアルバイト、プレゼント、リベートという三つの「ト」は追放するんだ、これは教師自身の方からも反省をしておる問題だという御意見等もありましたので、私は、教師のあるべき姿として教師の組合の側自身も自覚をされており、しかもわが方もそれは望ましくないと思っておるんだから、ひとつ力を合わせて、この問題は対症療法じゃなくて、根本的に公教育に責任を持つという角度からまず改革に手をつけていこう。こう判断をいたしまして、各教育委員会にもそういった考え方を通達をし指導をしたわけでございますが、内容につきましては初中局長から御説明申し上げます。
#211
○政府委員(諸沢正道君) 塾の調査を発表するに当たりまして、初中局長名をもって各県の教育委員会に何点かの指導、着眼点を連絡して指導の強化をお願いしたわけでありますが、その一つに、いまおっしゃった兼職、兼業の問題でありますが、それにつきましては、教員がその職務の本分を全うし父母の信頼を得るためには、職務と責任というものを十分自覚して服務の厳正化を図るよう指導してもらいたいということで、具体的に一律兼職、兼業を禁止しろというような立場ではございません。それぞれの教育委員会の判断にお任せをしたわけであります。しかしながら、現実は余りにもルーズ過ぎるということは言えようかと思うのであります。
 そこで、実は昨日、特に塾等の盛んと思われる県の指導担当の課長さんと、十人ほどであったかと思いますが、集まっていただきまして、それぞれの県の事情等をお聞きしたわけであります。一般的に言いますと、先ほど先生が御指摘のようにかなりきつい通達等を出しておるわけでございますが、私どもとしましては、そのような特に激しいところの実態を聞いた上で、さらに今後全国的にもう一度文書によってどのような指導をしておられるか、ということを調査をいたしまして、改めてその辺についてもう少し深く掘り下げて調べもし、また必要があれば適正な指導をするようにしたいということでございまして、おっしゃるように、この面だけを一過現象的にやいやい言えばそれで済むという問題ではないというふうな判断のもとに私はこれを処理してまいりたい、かように思っておるわけであります。
#212
○久保亘君 たとえば過密県などにおいては、高等学校が不足しているために高等学校の課程から非常に激しい競争をやらされている。そういうようなところで、親が教師に何とか教えてくれということを頼んだりする。そういうような状況がこういう乱塾時代を生み出してきた一つの背景でもあります。大学から幼稚園までずうっといまの日本の教育制度の持っている矛盾が噴き出したような形なんです。私は、教師は自粛すべきだと思うのです。しかし、教師が今日のこの受験競争の厳しい時代にアルバイトをやっている。これは法律によって取り締まれ、やめさせろ、こういうことだけを教育委員会が強調することが教師に対する生徒たちの信頼を深くしていく道になるのか。私は、そういう点については教師の自粛を求めるということを、また教師が自主的にそういうことに対して自粛をしていく。これは教職員組合も、いま言われるような方針を出している。そういうようなことで、塾が起きてきたその根本を文部省は行政の措置でもって改善をしていくし、そして、それに乗せられた形になっている教師のそういう兼業、兼職のようなことは自粛をして本来の姿に返していく。こういうことでやらないと、教育委員会が何かあわてて、文部省からどういう指示を受けたのかと私は思ったんですけれども、やれ処分するとか、申請を出しても許可しないとか、えらいこの問題に対してあわてふためいていろんなことをやって、それを対外的に発表している。こういうことは、私は問題を解決する道ではないし、また教育の信頼を深める道でもないと思う。
 いまの日本のこの教育の起こしている矛盾に対して、いろいろな部門から根本的な解決を図るということについて、文部省は地方の教育委員会に対してもその視点を忘れることがないように指導をしていただきたい。その中で、現職の教師たちに対して、みずから今日の乱塾時代に拍車をかけるような行き方に対しては、十分自粛するようにというようなことは必要なことだと思います。しかし、それならば、私は、けさの新聞で文部省の考え方は一体どうなるんだろうかと思ったんでありますけれども、千葉県の小学校の先生が、いまのカリキュラムを消化できないからといって春休みに一週間子供を学校に出さして授業をやった。そのことに対して千葉県の教育委員会は、それは届け出を出していないし、校長を通じて指導したい、こういう言い方をされている。文部省の方はどうかというと、教え足りないところを補うのは先生としてあたりまえのことだ、こう言われた。だから、春休みに子供を朝早く学校に出して授業をやったということは、それは教師として当然のことであるというのが文部省の見解です。こういうことになってくれば、学校で結局、どうももう少し教えてやればよかったという子供を自分の家に集めて、学校という場所を使わなくても自分の家に集めて教育をするということ、それがある意味では塾みたいなかっこうになっていくということにつながっていくんじゃありませんか。これは教育課程自体についても問題にせにゃならぬことがありましょうが、このことについては文部省はどうお考えなんですか。これは教師の教育に対する非常な熱意として高く評価さるべきものだという考え方にお立ちになりますか。
#213
○政府委員(諸沢正道君) 新聞で拝見しましても、学校の先生が非常に熱意を持っておられるということは私も重々承知、理解するわけでございます。ただ、補習授業といいますか、学校で正規の授業に十分でない場合、補習など本来しなくっても十分効果が上がるような教育であるというのが本来のたてまえでございますが、そうかといって、それじゃ一切補習的なことを学校で認めないかというと、これはまた程度の問題だろうと思うんです。いまから数年前に補習授業というのが非常に盛んになって、結果的には、それがまた受験勉強の補習のようなことになって、そのために各県でその補習を禁じたというような経緯もございまして、そういう面はございますけれども、しかし、一面また、どうしてもこの子は授業だけでは足りないという場合に、放課後三十分ぐらい先生が教えるということは、私は先生の熱意としてあってしかるべきだと思うわけです。ただ、この件を見ますと、春休みに入ってから毎日、一週間ほど二時間学校へ出して国語や数学をやらしたということですけれども、およそ春休み、夏休みという休業期間というのは何かと言えば、これはやはりいまの学校教育法のたてまえから言っても、これは教育委員会が決めて、当該地区の学校はその期間は休みなさいよという休業の期間ですから、それをやはり教育課程をこなせなかったからというて子供を集めてやるということになりますと、今度は反面また、かつての数年前のような補習乱講といいますか、行き過ぎのそういう傾向にも移りかねないということで、このケースはそういう意味ではいろんな、行き過ぎたらまた問題になるというあれを含んでおりますから、私は、率直に申しまして、やはり春休み、夏休みというふうに教育委員会が正規に決めた休業期間中にこういうことをやるということにつきましては、やはりよほど慎重に、校長さんとも相談し、あるいは地区の全体の学校の動向というものもあるわけですから、特定の先生だけがそういうことをおやりになるということはやはり十分自戒していただいた方がよろしくないかというふうに考えるわけです。
#214
○久保亘君 これ、熱意の問題というのは、私も全然理解できない問題でもないような気がする。それはそういう視点から見ればわかるような気がする。しかし、いま局長が言われるように、春休みになって朝七時から子供を学校に出さして授業をやる、で、それだけやらなければカリキュラムの消化ができないんだとこの先生は言ってるわけです。だから、そのことは教師の熱意で、なかなかりっぱな教師であるという問題だけでは済まぬことではないか、こういう感じがいたしますんで――いま局長の御見解ですと理解のできる点もあります。ただ、私もいまの塾の問題と関連をしながら、きょうこの問題はただ新聞で読んで一体どういう問題かなあと思っただけでありますから、事実を私が十分調査し、知っているわけではありませんから、ただ、考え方をお聞きしただけです。また文部省でもこの問題についてはカリキュラムの問題なども含めて、こういうのは一つの私は、熱心な教師であればあるだけ、その熱心な教師が消化できないカリキュラムとは一体何か、そういう問題を御検討いただくのにも非常に適当な事例ではないかと思いますから、十分ひとつ調査をしていただくようにお願いをしておきます。
 もう一つお聞きしたいことがありましたが、時間が参りましたので、また次の機会にいたします。
#215
○委員長(宮崎正雄君) 本案に対する質疑は本日はこの程度にとどめます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後五時三分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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