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1976/04/19 第80回国会 参議院 参議院会議録情報 第080回国会 地方行政委員会 第9号
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1976/04/19 第80回国会 参議院

参議院会議録情報 第080回国会 地方行政委員会 第9号

#1
第080回国会 地方行政委員会 第9号
昭和五十二年四月十九日(火曜日)
   午前十時四十二分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 四月十九日
    辞任         補欠選任
     金井 元彦君     林田悠紀夫君
     山崎  昇君     和田 静夫君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         高橋 邦雄君
    理 事
                安孫子藤吉君
                夏目 忠雄君
                野口 忠夫君
                神谷信之助君
    委 員
                井上 吉夫君
                大谷藤之助君
                林田悠紀夫君
                増田  盛君
                小山 一平君
                和田 静夫君
                阿部 憲一君
                市川 房枝君
   政府委員
       警察庁長官官房
       長        山田 英雄君
       警察庁刑事局保
       安部長      吉田 六郎君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        伊藤  保君
   参考人
       聖心女子大学教
       授        島田 一男君
       日本宗教学会評
       議員       村上 重良君
       法政大学教授   吉川 経夫君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○銃砲刀剣類所持等取締法の一部を改正する法律
 案(内閣提出)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(高橋邦雄君) ただいまから地方行政委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 本日、金井元彦君及び山崎昇君が委員を辞任され、その補欠として林田悠紀夫君及び和田静夫君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(高橋邦雄君) 銃砲刀剣類所持等取締法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本日は、本案につきまして、聖心女子大学教授島田一男君、日本宗教学会評議員村上重良君及び法政大学教授吉川経夫君、以上三名の参考人の方々から御意見を伺うことといたします。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 皆様には、御多忙中のところを本委員会に御出席いただき、まことにありがとうございます。皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の本案審査の参考にいたし いと存じます。
 これより参考人の方々に順次御意見をお述べ願うのでありますが、議事の進行上、お一人二十分程度でお述べいただき、参考人の方々の御意見の陳述が全部終わりました後、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
 それでは、まず島田参考人にお願いいたします。
#4
○参考人(島田一男君) 島田でございます。
 銃刀法の一部改正についての私の意見を申し上げます。
 まず第一は、銃砲に対する厳重な取り締まりは、社会の安全を維持するために最も基礎的な問題であるということです。まあ、日本はよく言われるように、大変安全な国だと言われております。たとえば、イザヤ・ベンダサンのその著であります「日本人とユダヤ人」の中で、日本人は水と安全はただだと見ているというふうに述べています。安全に対する意識が希薄であるということを述べているわけですが、それはともかくとして、安全と自由を享受していることは確かであります。たとえば、東京のような大都会あるいはそれに匹敵する日本の初めての都市で、私たちが夜一杯飲んでそしてホテルまで歩いてくる、そういうことができる都市は恐らく先進国の中では日本だけではないかと思います。そういう安全と自由を享受できるのは、もちろんこれは日本の警察活動がきわめて優秀であるということにも原因がありますが、何よりも銃砲取り締まりの厳重であることが最もその基礎にあると思います。
 ところが、最近、ただいま問題になっておりますモデルガン、玩具用の拳銃が改造されて暴力団などに使用されておる例が大分多くなりました。この中では、要するに密輸によって入ってきた真正の拳銃もありますが、そうではなくて、おもちゃの拳銃、いわゆるモデルガンを改造して、それを暴力団が真正の拳銃と一緒にしてそして使っておるという例が多々見られます。また、昨年来この改造モデルガンによる殺傷事件が何件か出ておりますが、この中には、要するに被害者を連れてきて、そしてモデルガンで撃って殺すというような事件も出ているわけです。改造されたモデルガンがこのように人を殺傷する威力があるということ、これは社会の安全にとってきわめて危険なことであり、なおかつこれが自由に販売されるということは、社会の安全対策から見ましても、あるいは治安維持の問題から見ましてもきわめて重要な問題だと考えます。
 現在はこの安全についての国民の意識は大変神経質なほど高く、たとえば震災などの場合に、石油ストーブがもし倒れて火災が超こる、そういうことを防ぐために、そういう石油ストーブさえ対震自動消化装置をつけることが義務づけられているわけです。こういう状況の中で、生命の殺傷力のある改造玩具モデルガンが何らの規制も受けずに野放し状態にされているということは、まことに遺憾なことだと思います。
 第二番目に、もともとこの法の規制といいましても、業者の自主規制をとることが最もこのモデルガンの改造を防ぐ目的にかなうことだと思いますし、また業者の自主規制によって改造を、阻止することが望ましいわけであります。ところが、現在は業者の自主規制によることはきわめてむずかしいとされております。すでにモデルガンの自主規制は昭和四十九年モデルガン業者の組合によって申し合わせがなされておりますが、しかし、五十年十一月以降の実施段階に入って、組合員以外の業者によってより精巧な改造モデルガンが出回っているという状態でありまして、モデルガンのような、互いに競争が激しく、しかも弱小あるいは中小企業のようなところで競争されている商品の場合には、こういう傾向が一層助長されることになると思います。
 第三番目に、モデルガンに対する考え方でございますが、モデルガンは、もともとモデルガンに限らず、こういう模型は本物に近いものが最もいいわけであります。消費者は好んで本物に近いものを欲しますし、また、業者の方もそういう消費者の欲求に合わせて、本物そっくりのものをつくっていくのが、これが自然の勢いだと思います。その意味で、他の商品はともかくとして、モデルガンの場合には、より真正な、本当の本物の拳銃に改造できるようになっていくことは大変問題だと思います。事実、業者は競って本物に似せようとして、きわめてほんのちょっとした改造で弾が出るようなモデルガンをつくっているわけでありますから、これをそのまま放置することは、営利のみを追求する業者はともかくとして、要するにわれわれ一般国民の場合には、はなはだもって困ることであります。
 第四番目に、モデルガンを持つことは一つの趣味であって、個人の趣味を法によって規制するということはどうかという意見があります。まあこの考え方も基本的には正しいと思いますが、問題は、要するに趣味であっても人を殺傷できるような武器になり得るもの、そういうものが趣味であるからといって所持することを許されるかどうかという問題です。それにモデルガンをもてあそぶことは、改造されるモデルガンの場合、火薬あるいは花火などの火薬を集めて、そしてこれに充てんしまして音を出すというようなことをやっておりますが、この花火の取り扱いなどについても、使用者は余り知識がないので、そういうことから、ガンをもてあそぶ人それ自身が、本人それ自身がけがをするという事例もあったり、あるいはそういう可能性も現に見られるわけであります。そういうことを考えますと、モデルガンをもてあそぶ本人並びにあるいはそれによって他人に何らかの危害を及ぼす可能性のあるものを、これを趣味を優先させて取り締まらないということは、いかに趣味の問題が個人の自由の問題であるにいたしましても、趣味をこういう場合には優先させるべきではなく、当然人命の安全、公共の安全が優先されるべきものと考えます。
 第五番目に、モデルガンと青少年の関係を申し述べたいと思います。おもちゃが子供のいろんな人間性の開発にとって大事なことは、児童心理学、発達心理学でよく言われております。おもちゃが、たとえば発達心理学の面から見ますと、人間はごっこ遊びをすることによって社会性を身につけるとか、あるいは交友関係を身につけていくとか、あるいはおもちゃを使うことによって想像性を開発するとか、いろんな有益な面がたくさんあるわけであります。ただ、小学校低学年までのごっこ遊びというものに使われるおもちゃは、必ずしもそのものと同じものでなくてもいいわけであります。つまり、これは想像性の豊かな時代の子供でありまして、自分の想像性でいろいろなものを補って遊べるわけでありますので、拳銃遊びにしましても、これが拳銃であるということが自分でわかれば、想像すればそれでできるようなものが多いわけです。もちろん本物に近いものであればそれにこしたことはありません。しかし幼児までの低学年以下の場合のおもちゃは、実はただいま私が申し上げましたように、想像性によって補えるものが多いのでありますから、それほど高価なものも要らなければ正確なものも要らないわけです。
 ところが、その子が小学校の五、六年といった上学年あるいはそれ以上になりますと、おもちゃの性質は変わってくると思います。要するに、小学校上学年は、これは冒険時代であるとかあるいは探検時代であるとか、そうも言われまして、いろいろな、たとえば拳銃のようなものを持って冒険遊びをすると、そういうことによって男性的な性格がつくられるとか、まあいろんな説もございますけれども、しかしその反面、小学校上学年あるいは中学、高校生ぐらいになりますと、弾の出るピストルを持ちますと、拳銃を持ちますと、これは撃ってみたくなるというような面もあります。これは刀剣の場合も同じだと思います。まずそういうことで、発達上おもちゃが子供にとって大切であることは確かなんですが、しかし改造モデルガンのような場合には、そのときの状況によりまして、子供の性質とか性格とか、その子供の置かれている状況によりまして、これを試してみるとかあるいは試したくなるとか、あるいはそれによって危害が起こるというようなことが起こり得るわけであります。こういうことで、本物に似過ぎているためにいろいろな弊害を生むということが小学校上学年並びに中学、高校時代になると出てくると思います。
 こういうことから考えまして、実際に私たちの周りにおります父兄――父兄と申しますか、子供の親、婦人団体、それから有識者、そういう方々の意見もある程度私は調査してみました。おもちゃについての考え方は、特に婦人団体などは、いろいろな考えがありまして、たとえば現在のおもちゃは、モデルガンでなくても、スーパーマンとかそれからロケットとか、いろんなようなものが実際に空中をわずかな距離でありますが飛んだりいろんなことをすることからくる要するにけが、そういうものが心配される。いわんや非常に本物に近いモデルガンをもてあそび、それによってもし危害が起こるという可能性があるならばこれは大変なことではないか。それから、拳銃遊びというような人間の攻撃性を助長するようなことは好ましくないという意見が大分ありました。そういう面から見まして、現在のモデルガンは、これはおもちゃではなく、すでにおもちゃの域を超えている、好ましくない、弊害のあるものではないかという意見が聞かれます。
 十分意を尽くせませんが、まずそのような五点について、私はモデルガンについて私の考えを述べたわけでございますが、要するに、モデルガンは改造され得る可能性のあるものは、趣味といたしましても、社会の安全の上から見ましても、子供の発達から見ましても、必ずしも――必ずしもどころではない、好ましくなもいのだと思います。それからまた、改造しなくても、拳銃に非常に近いモデルガンは幾らでもつくれるわけであります。つくれないわけではない、幾らでもつくれるわけです。どうして、ちょっと手を加えれば弾が出るような、改造され得る可能性のあるモデルガンをつくらなければならないのか、この点は私が申し上げなくても、どなたにもおわかりになることと存じます。
 以上のようなことから、私は銃刀法の一部を改正する法律案に全面的に賛成であります。
 以上でございます。
#5
○委員長(高橋邦雄君) どうもありがとうございました。
 それでは次に村上参考人にお願いいたします。
#6
○参考人(村上重良君) 村上でございます。
 銃砲刀剣類所持等取締法の一部を改正する法律案についての参考人としての意見を申し上げます。
 初めに、私、参考人として意見を述べます立場についてちょっと御説明をしたいと思います。
 私は、日本の宗教を中心とした文化の研究者でありまして、特に、現在の日本の社会については自分の問題として大きな関心、問題意識を抱いております。しかしながら、私はいわゆるモデルガンの愛好者ではございません。モデルガンを買ったことも、もらったことも、実は手に触れたこともない人間でありまして、そういう者が意見を述べるということは、一般に愛好者、ファンといいますのはどうしてもエゴイズムのようなものが働いたり、あるいはちょっと熱狂的なところがあったり、偏った感じ方をするのではないかと思われがちであると思いますが、私は、そういう意味でまさに意見を述べるにはごく一般の人間としてこの問題を考えることができるというふうに考えてお引き受けしたわけでございます。
 さて、資料を拝見いたしますと、この法案の改正につきましては、幾つか改正点がありますけれども、特に重点になっておりますのは、二十二条の三項と、三十二条の三項にございます、販売目的の模擬銃器の所持の禁止並びにそれに伴う罰則ということでございます。私はこの改正につきましては反対であります。
 この改正の理由といたしましては、条文を拝見いたしますと、これは、つまるところ、模擬銃器いわゆるモデルガンの取り締まりの強化であるということは疑いないというふうに思います。そして、その強化の理由といたしましては、第一には、暴力団等による改造モデルガンの使用があるということ、それから付随的には、青少年の教育上好ましくない、これは直接は述べておられませんけれどもそういうニュアンスがあるようでございますが、私は法改正の主要な理由となっております改造モデルガンという問題にしぼって反対の理由を申し上げたいというふうに思います。
 さて、私がこの問題に反対いたしますのは、大きく言いまして三つの理由がございます。第一の理由は、この改正に盛られておりますような模擬銃器、モデルガンの取り締まり強化ということには必然性がないという理由であります。それから第二は、模擬銃器の安全基準を総理府令にゆだねるという改正提案でありますけれども、これは安全基準というものを拡大していくおそれをはらんでいるということが第二の反対理由であります。それから第三に、模擬銃器といえどもいわゆる商品であります。そしてその製造販売というのは本来的に通産行政の問題であります。しかしながら、この改正案に見られますように、この製造販売についてまでも警察にゆだねるという発想法は、模擬銃器を危険物扱いするということを意味しておりまして、私は、これは不当なことであり、反対する理由であります。
 このように三つほど大きな理由がございますけれども、事をわかりよく短時間で申し上げますために、私は第一の取り締まりの強化には必然性がないのだという理由にしぼって意見を述べさしていただきます。
 事の本質というものを私どもは問題を扱う場合によく見据える必要があると思います。これは政治行政でも学問でも同じであると思いますが、私は、そういう見方が特にこういう問題には必要である、つまり、片一方に取り締まり当局があり片一方に愛好者や業者団体があり、どうしてもエキサイトしがちな面があるように思うのですけれども、私は、これはやはり冷静に客観的に事の本質から積み上げていかなければいけないというふうに思います。
 まず第一に、そもそも模擬銃器とは何であろうかということがございます。法律案では珍しい言葉でございますが、「模擬銃器」という言葉がしばしば出ておりますが、これはいわゆるモデルガンでありまして、その本質はおもちゃ、玩具であります。そして模擬銃器というものは趣味や嗜好の対象物でございます。この点はまずはっきりとさせておく必要があります。つまり、模擬銃器はいかに外見が銃器に似ていようとも、そしてその冷たい感触があり重量感があるというようなことを愛好者の方はよく言いますけれども、そういう感覚を与えたにしても、これは銃器ではないんですね。そして、ちょうど、食堂においしそうな食べ物の見本が並んでいても、その見本を食品衛生法で扱わないのと同じように、いかに外見が似ているからといって、おもちゃはしょせんおもちゃでありまして、そしてこういう取り締まり法の対象になるかどうかもまず第一に私は疑問ではないかというふうに考えております。
 それから第二には、これも事の本質論でありますけれども、改造とは何かということですね。つまり、モデルガンというおもちゃがある、それに手を加える、そして人を殺傷できるような銃器に変わるということが改造ということであろうと思いますけれども、実は一般に漠然と考えられているように簡単に改造というものはできるものではないんですね。つまり、モデルガンは本来玩具でありますから、これを実用に適する、殺傷用の武器に変えるためにはある程度の専門的な知識が要ります。それから相当の工作機械がなければできません。それから材質について、強度を備えた鋼材であるという条件が必要でございます。何でもかんでも、ちょっと手を加えれば弾丸が発射できるというような簡単なことではございません。これは、それに見合う物、あるいは違う材料を補強しながら相当な技術を駆使して初めて改造できるのであり、しかもそういう条件がそろわなければ、これは火薬を使うのですから、改造した者自身が危険なんですね。暴発すれば自分がけがをしたり、一命を失うことだってある。そういうように一般に言われているような簡単なものではなくて、改造というのは相当の条件が整った上でしかできない困難な作業であるということがございます。
 そして、しかも私はこの機会に特に賛辞を呈したいのですけれども、モデルガンの愛好者の諸団体、それから業界の皆さんは、しかもなおモデルガンが銃器の形をしているということから、実によく社会的責任を自覚しておられるというふうに思います。つまり、皆様方もお聞き及びのように、積年にわたって自主規制という努力を重ねております。そしてそれは、いま言いましたような改造ということができないようにするための非常にまじめな努力でありまして、これを決して過小評価したり、軽視したりしてはいけないと思うのです。これは、愛好者たちが自分たちの趣味を守ろうという自覚に立って真剣に努力されたことでありまして、その結果として、現時点におきましては公平に見て、まず大部分の場合、市販されているモデルガンというものは改造はできないのです。改造不可能なところまできております。そして巷間伝えられますような改造拳銃の使用事件というのは、量的に言えばまさに九牛の一毛、ごく例外的なケースにしか過ぎないということを御記憶いただきたいのでございます。
 そして、なお申しますれば、万一これを改造するということが行われたとしましても、これは模擬銃器、おもちゃの改造というふうにとらえるべきではなくて、非合法な、法律案で言えば密製造の銃器製造でありまして、これ自身が犯罪行為であって、そして改造したものはすでに模擬銃器ではなくて殺傷能力を持つ銃器なんですね。ですから、改造という行為、改造された銃器、これは現行法で十分取り締まれるわけでありまして、その場合といえども、模擬銃器というものは密造銃器をつくる材料の一部分に過ぎないんだと、そうとらえることが正確であり、かつ公平ではないかというふうに思います。
 そして私は、この問題は一見玩具を対象にして、要するにファンだけの、ファンや業界だけにかかわることのように、小さい問題のように思われがちでありますけれども、実はかなり深くかつ大きな問題をはらんでいるのではないかというふうに考えます。それはどういうことかと申しますと、事は民主主義と基本的人権にかかわるのでございます。と申しますのは、私がこの問題の参考人をお引き受けして、いろいろと資料をはぐって勉強しておりますうちに非常に強く感じましたことは、これは私が自分の専門領域である宗教の問題、信教の自由ですね。この問題とよく似ているということをつくづく感じたのです。と申しますのは、日本国におきましては信教の自由というものは無条件で保障されておりますが、その基本的な考え方は、信仰というものは個人の国民一人一人の良心にゆだねられるべき問題であって、これは国家権力が介入すべきではないと、そういう基本的な考え方があるのですね。これをたとえば、アメリカの憲法では法の支配の原理というふうに呼んでおります。ルール・オブ・ローと申しますが、つまり法というものが支配できる領域には限界があるのだ、つまり個人の良心に属することとか内面的な事柄というものは法の支配が及ばないのだというのがアメリカ的な人権感覚からきている法理論だと思うのですが、日本国憲法の場合にも、ほぼ似たような発想法から信教の自由を保障していると考えられます。つまり、多数決で、何々教は好ましい、何々教はだめだというようなことを多数決で決めようがないんですね。多数決――少数だからといってその信仰というものをあげつらって優劣正邪を言うなんてとんで心ないことで、それはその人自身の固有の権利であり、自由なんですね。それと同じように、人間の内面に属する趣味や嗜好の問題というのは、たとえばある人は原色の赤や黄色が好きだ、ある人は中間色の紫が好きだ、十人十色と申しますけれども、みんなそういう趣味、嗜好は違うのですね。そして、私は冒頭に申し上げましたように、至って平和な人間でありまして、どうもああいう銃器というものはあんまりいい気持ちはしないんですね、モデルガンといえどもですね。どうもこれはあんまりいい気持ちはしませんけれども、ただそれが好きだという人がいることば事実であり、それはとやかく言おうとは思わないのですね。それは尊重しなければいけない。まして、そういうことに法が介入するとか、危険物とみなして取り締まるとか、そういう発想法そのものが私は望ましくない。民主主義の前進のためにはそういうことは考え直さなければいけないのではないか。たとえば国民主権でありますから、取り締まる警察、国家当局と、取り締まられる国民とは本来対等のはずなんですけれども、現実には取り締まる方がどうしても強くなりがちなんですね。そこにはやはり力というものが伴うからどうしてもそれは強くなりがちである。逆に言えば、それを拡大するのではなくて、法律をどんどんふやしていって片っ端から取り締まればいいんだというような短絡的なことではないと思うんです。これはむしろ国民が自分で判断して、自分の私的な領域に属する内面の事柄についてはなるべく国家が介入しない、法も触れない、そういうことが望ましいのであって、その逆をいくようなことは慎しむべきであるし、また必要のないようなこういう改正、取り締まり強化というものは、ことさらにしなければならない必然性がない。必然性のないものを強行するということには、私は反対なわけでございます。
 それからなお、付随いたしまして、青少年の教育に好ましくない影響があるという御意見も、提案理由の中に隠顕すると申しますか、ときどき見えるように感ずるわけでございますけれども、こういう問題も、おもちゃのモデルガンを手にしたから人間攻撃的になるのか、これはやはりいろんな見解があると思うのですね。むしろそういうものを通じてストレスを解消させて平和な人間になるという可能性だって心理学的にあるのではないかということも考えますし、ましてや、そういういろいろなとらえ方が可能な問題に法が介入する、法でもって危険物と決めつける、悪影響があると決めつける、そういうようなことは、私はむしろ避けるべく努力されるのが、国会の、国民を代表される国会というものの良識であり、とるべき態度ではないかというふうに考える次第でございます。
 以上、意を尽くしませんが、私の反対意見を申しました。
#7
○委員長(高橋邦雄君) どうもありがとうございました。
 それでは次に、吉川参考人にお願いいたします。
#8
○参考人(吉川経夫君) 吉川でございます。
 今回の改正案の要点は、申し上げるまでもなく模擬銃器なるものの販売目的をもってする所持の規制規定を新たに設けるということと、さらに銃刀法違反の罪の法定刑の全面的な引き上げという、この二点に大別することができると存じます。それぞれにつきまして、刑法学を専攻している者の立場から私見を述べてみたいと存じます。
 何分にも本日参考人として出席するようにという御委嘱を受けましてからわずかの日しかございませんので、十分、特にこの銃刀法というかなり複雑な特別取り締まり規定について全面的に勉強する暇がございませんでしたので、あるいは準備不十分で御迷惑をおかけする点があるかもしれませんが、あらかじめお断りしておきたいと思います。
 まず第一点の、模擬銃器に対する新たな規制規定についてでございます。私も、ただいま両参考人の方が述べられましたように、平穏で秩序のある生活、社会生活が保たれるということは大変重要な法益であるというふうに考えており、心からそれを熱望するものであります。したがいまして、今回このような、もし改造拳銃等によって著しく社会不安が造成される、あるいは善良な市民の生命身体等に危害が及ぶ状況があると、そのために何らかの取り締まりの必要があるという目的それ自体は十分了とするものであります。
 で、実は私も、ただいま村上参考人がおっしゃいましたように、モデルガンについては一向に趣味はございませんで、いままで見たこともございませんでした。でも、今回ここに出てまいりますのについて、全然知らないというのもはなはだ申しわけない。二、三種類取り寄せてさわってみたのですけれども、こういうものに多くの方が熱中されるという理由がどうもわからなかった。私自身、もちろんさらに本物のピストルというものにさわったこともございませんので、あるいはその構造の類似点とか等についてこれから細かいことを申し上げるつもりは毛頭ございません。もっぱら法律的な見地から意見を述べてみたいと思います。
 まず第一点として問題にいたしたいのは、模擬拳銃、今回の二十二条の三の第一項として新たにその概念が導入されようとしている「模擬銃器」なるものと、すでに現行法において、昭和四十六年の確か改正規定によってだと思いますけれども、二十二条の二として挿入されております「模造けん銃」との関係がどういうことになるのかということでございます。両者の関係について、私何回か法文それから総理府令を読んでみましたけれども、必ずしも明確ではない。二十二条の二で規制の対象になっております「模造けん銃」と申しますと、「金属で作られ、かつ、けん銃に著しく類似する形態を有する物で総理府令で定めるもの」と。で、この総理府令の十七条の二、銃砲刀剣類所持等取締法施行規則を見ますと、その政令での所定は、「銃腔に相当する部分を金属で完全に閉そくすること」、「表面の全体を白色又は黄色とすること」、この二つの限定が加えられております。そして、今回のいわゆる模擬拳銃は、「金属で作られ、かつ、けん銃、小銃、機関銃又は猟銃に類似する形態及び撃発装置に相当する装置を有する物で、銃砲に改造することが著しく困難なものとして総理府令で定めるもの以外のものをいう」、これは原則禁止でありまして、総理府令でいわば解除――特定の要件を設けてこの所持を解除するということになろうかと思いますけれども、もちろんこの新設規定に言います「模擬銃器」は、拳銃以外のもの、ここに述べられておりますように、小銃、機関銃等も入りますので、両者は対象が違うということは明らかであります。
 ただ、ここで一番問題になっておるようでありますこの模擬銃器中の拳銃類似のもの、これを仮に模擬拳銃と呼びますが、模擬拳銃と模造拳銃とを比べて比較対比してみますと、この模擬拳銃についての、むしろ模擬銃器全般についてのその解除規定である総理府令の内容がいまだ明らかにされておりませんので、確実なことは申し上げかねますが、どうも両者相交錯する部分があるのではないか。と申しますことは、かなりの部分が現行法で取り締まり得るものではないだろうか。
 しかも両者の法的な効果というものがかなり顕著に相違しております。まず、模擬拳銃は販売目的をもってする所持のみを禁止しようとしております。これに対して、現行法にあります模造拳銃は、輸出等の場合の特例を除きまして一切の所持が禁止されております。それだけを見ますと、むしろ模造拳銃の方が、違法性と申しますか、危険性が大きいと見ておられるようにも思われるわけであります、立案当局におきましては。しかしながら、他方翻って法定刑の方を見てまいりますと、模擬拳銃の方は、この法案三十二条の第三号によりまして、「一年以下の懲役又は二十万円以下の罰金」ということになっております。これに対しまして模造拳銃の方は、今回引き上げが提案されております第三十五条によりましても、「十万円以下の罰金」で済むと。法定刑の点では非常にこの模擬拳銃の方が重いということになっています。もちろん、模擬拳銃は、今回の規制の対象とされますのは販売目的の所持という限定がございますので、したがって特殊の違法性があるとも考えられますけれども、それにしても、この両者の間には若干の混乱があると言えるのではないでしょうか。
 もちろん、原案作成を担当された方々は両者をはっきりと区別しておられる、また明確な御説明が恐らくこの委員会であったのかも存じませんが、少なくとも一般国民にとっては、私も専門家のはしくれのつもりでおりますけれども、どうもこの両者を読んでもよくわからない。そうしますと、いわんや法律に暗い一般の国民の人々がこれを読んだ場合に、果たしてどっちがどっちなのかということの区別がつくのであろうか。つまり、処罰の範囲の明確性という点において、これは事柄は憲法第三十一条に関連してくるわけでございますが、かなり疑問がありはしないか、戸惑いをするということが考えられます。もちろん、今回の模擬銃器等の規制の対象は業者、恐らく販売目的の所持に限られておりますので、主たる対象は業者の人々になると思いますので、行政指導等が行われるとは思いますけれども、それにしても、これがさらに、先ほど村上参考人もお触れになりましたように、ほぼ全面的にといいますか、この解除条件が総理府令にゆだねられておる。この委任立法の本質の問題についてはここで触れる時間がとうていございませんが、そのこととも相まちまして、かなり両者の関係に不明確なものがある。この点についてはやはり慎重にお考えいただきたいと思うわけでございます。
 次に、第二点といたしまして、これは先ほどから両参考人それぞれのお立場から述べられましたように、個人の趣味の問題あるいは両者の生活権の問題という問題が絡んでおります。そういう反対意見あるいは業者の方々から現にそういう趣旨に基づく反対運動が展開されているやに承っております。ただ、私は直ちにこれに同調するつもりはございません。もし、その存在が共同生活の秩序を著しく害しまたは危険にする場合には、これらを抑えても規制せねばならぬ場合があるということは十分承知しているわけでございます。同じくモデルといいましても、SLの模型、これは幾ら正確につくっても実害はないと思いますけれども、それでもかなり重量感があるので人をなぐったりするのに使うかもしれませんが、それとはわけが違うだろうと思います。ただしかし、ここでも両者の兼ね合い、特に趣味の問題あるいは業者の生活権、これも職業選択の自由とも絡んでまいりますので、両者の兼ね合いを慎重に考えるということは、これは新たな刑事立法をなす場合の基本的な心構えでなければならないと思います。
 とかくこの種の立法はいわゆる治安的見地に傾斜しがちである。その意味で、やはりこの反対意見というものにも十分意を、耳を傾ける必要があろうかと思います。そもそも、この模擬銃器そのもの自体は危険性がないわけです。心理的に確かに拳銃類似のものが、おもちゃのピストルを突きつけて云々というような強盗の手段に使われたというような事例はしばしば報道されておりますが、それならばそれはすでに二十二条の二でも十分取り締まり得ることではなかろうか。ここで結局問題になっておりますのは、改造の危険ということでございますが、そして、特に暴力団等による改造ということが理由とされているようでございます。しかし、これはすでに現行法では、これも村上参考人もお触れになりましたので繰り返しませんが、武器等製造法では改造というのは密造という別の犯罪に当たります。ここでこの二十二条の三という新設規定をどうしても設けるという絶対的必要については、私は疑問を抱くものでございます。
 次に、また逆の立場から申しますと、これを認めるにいたしましても、これはかなりまた別のしり抜けの規定ではなかろうか。と申しますのは、輸出面に特例が設けられている、これはわかります。外国では、特に諸外国では、拳銃自身の所持が禁止されていない国が大部分でございますので、いわんやモデルガンなんというのは問題にならない。日本のそういう業者の人たちが輸出して外貨をかせぐ。いまは余り外貨をかせぎ過ぎちゃいけないのかもしれませんけれども、輸出は結構だろう。ただそれならば、しかし日本国内においてこれはいやしくも非常に困るんだということであるならば、輸入の点はどうなっているのであるか。業者が、たとえば極端な例を考えますと、たとえば香港なりあるいはハワイなりへ輸出する。暴力団なりがそこで大量に買い入れてくる。これは販売目的の所持じゃございませんので、これにはひっかからない、輸入ということは何らかの規制の対象になっていない。この点どうも暴力団――個人であれば、そんなわざわざハワイまで改造モデルガンを買いに行くばかも、まあ観光旅行に行ったついでに買ってくる人はいるかもしれませんけれども、暴力団の諸君は、もし彼らの業務のためであればそのくらいいとわない、この点はどうもこれを読みましても釈然としないところでございます。
 以上、まだ二十二条の三の構成要件については申し上げたいこともございますが、時間も迫りましたので、次に刑罰規定の強化の点について簡単に意見を述べてみたいと思います。
 元来、ある犯罪に対する法定刑をどのように定めるべきかということについては絶対的基準というものはございません。これはこういう特別法だけではなくて刑法犯にしても、どうして詐欺罪の刑が十年以下じゃなきゃいけないのか。どうして公務執行妨害が三年以下じゃなきゃいけないのか。問い詰められたら、刑法学者でもあるいは立法担当者でもわからないんです、本当のところを言いますと。実際は、もちろんおよそ非常に重い罪とかなり軽い罪の差はありますけれども、数字的にあらわせるものではないわけです。したがって、この法定刑というものは一般に立法政策にゆだねられていると言われているわけであります。
 ところで、ある犯罪の法定刑を引き上げるというのは、実際は何らかの取り締まり目的を達するあるいは何らかの規制目的を達するために、一番イージーに、いわば一番安上がりの方法として時の立法者が好んで用いることでございますけれども、そういう一般的傾向について私はかなり問題があろうと思います。今回の引き上げにつきましても、私は罰金刑のみの引き上げにつきましては、一万円を十万円以下にする、これは十倍、どもう経済成長率をはるかにはね上がる成長率でございますけれども、インフレも進んでおることでございますし、何年間か放置されているということで、特に異論を申し述べようとは思いません。しかし、自由刑の引き上げあるいはまた現行法で選択刑としての罰金刑が現定されているものを改正案で削除しようとしている規定、たとえば第三十一条などがそれでございますが、これにばかなり問題があるのではなかろうか。他の同種の犯罪の刑とのつり合いもさることながら、これはたしか何か御趣旨を伺いますと、たとえば、麻薬取締法等の規制とどうもそろえたのだということでございますが、大抵こういう場合には上の方に、上へならえするわけでございます。ただ、他の特別法との比較もさることながら、基本法である刑法とのつり合いということも十分考えておく必要があると思います。
 本来的に申しまして、拳銃等の所持自体が直ちに犯罪となるといいますか、直ちに危険である、実害を生ずるというわけではございません。これは外国等では、さっきも申しましたように、こういう種類のものの所持等が禁止されていない。それどころか、アメリカなどでは、修正憲法によってむしろ国民の基本的人権の一つとされている。このことは現代には非常に問題だろうと思いますけれども、そういう法制があることからも明らかであります。
 問題になりますのは、これらが殺人とか、傷害、その他の凶悪の犯罪の用に供される点にあると言わなければならないと思います。所持は、いわばこうした殺人、その他の凶悪犯の予備的な行為、予備準備に供するような行為という評価をなし得ようかと思います。ところで刑法におきましては、予備を罰することはきわめて例外でございまして、殺人等の予備でさえも、刑法二百一条では二年以下の懲役をもって処罰しているにすぎない。ところが今回の改正案で見ますと、たとえば、拳銃等の不法所持は現行法ですでに五年以下の懲役または二十万円以下という罰金刑の選択も認められておりますが、三十一条の二ですか、案ではそれが一挙に十年以下の懲役あるいは百万円以下の罰金というふうに引き上げられようとしております。十年の懲役と申しますと、刑法犯としてもかなり重いものでございます。本質的に実害を生ずる前段階行為に対するものとしては、この一例をとってみましてもかなり重きに失しているのではなかろうか。これを見ますと、どうも刑法の処罰規定というのは色あせて見えるとさえ言わなければならないのではなかろうか。
 こういう規定がこのような形で次々と特別法だからということで法定刑の上限が引き上げられますと、またこれは他の特別法にも波及するということさえ考えられないわけではない。そういたしますと、たとえば、これに比べると現行刑法はずいぶん低いじゃないか。そうすると、いま御承知の刑法改正案がございまして、私自身はこの方向に反対しておりますけれども、その反対理由の一つに、刑法改正案の現在の法務省の法制審議会で答申されました刑法作成案による重罰化傾向ということを挙げておりますけれども、どうもほかのすでに特別法ではこの程度まで罰しているのだから、現行刑法では軽過ぎるので、あの改正草案の重罰規定、これは決して重罰をもって目するに当たらないのではないか。刑法改正案をジャスティファイする一つの論拠にもなりはしないかということを恐れるわけであります。
 そういう意味におきまして、私は第一点につきましては構成要件上かなり疑義がある。それから第二点の法定刑の引き上げにつきましてはこれは反対である、こういうふうに申し述べたいと思います。
 以上で終わります。
#9
○委員長(高橋邦雄君) どうもありがとうございました。
 以上で参考人の方々の御意見の陳述を終わりました。
 それでは、これより参考人の方々に対する質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#10
○野口忠夫君 いろいろ御意見ありがとうございました。非常に参考になりまして、勉強になりました。私どもいままでの過程の中で一度きりまだ質疑をやっていないわけでございまして、これから若干の時間を持つわけでございますが、どうも先生方のお話を聞いても非常にむずかしい問題を持った法改正である。国民の皆さんに過ちのないような方向でやっていかなければならんと思って、慎重に考えたいと思っております。
 島田先生から先ほど自主規制の問題が出たわけでございますが、御三人の先生方に、私どもの考えの中心なんですけれども、自動車も凶器になりまして、非常に傷害事故を起こして、殺人というようなことになるような傾向が百二十万人くらいあったわけでございますが、非常に全般的な国民の協力と、ことに警察当局の努力というものが大変大きかったと、私は交通安全特別委員長なんかやっておったものですから、非常に感心する面もあるんですけれども、そういう努力によりまして、大体百二十万ありましたものが、昨年、おととしあたりに、六十万、半分にこれが減ったわけであります、人が死ぬという交通事故が。現在のところ、また五カ年計画をつくりまして、これを半分に減らそう、三十万に減らそうというようなことをやっているわけでございますが、私はどうもこの六十万から三十万に減らすということは、単なる警察官の取り締まりの強化、そういうことだけでは半分に減らすことというのは至難ではなかろうか。要は、やっぱり国民全体が交通事故という問題に関心を持ち、全国民がやっぱりそのことに、より人命の尊重というようなことに徹していかないと、この三十万に減らすということの道は、取り締まりだけでは困難ではなかろうかというふうな考え方を持たせられておったわけでございますが、今回のこのモデル拳銃を改造する者、こういう立場を考えますと、やはりおもちゃそれ自体が問題ではなくて、これを改造する方がいらっしゃるということでございますから、この方の取り締まりというものは、現警察官の力をもってしてはなかなか容易ではないというような御答弁をいただいておるわけであります。密輸入の真正銃なども相当の数に上る、これを税関でチェックすることもなかなか困難である。この辺になってきますと、どうしても日本人自体をそういう改造をしない人間にせねばならぬし、そういうようなおもちゃが凶器化するような方向に持っていかないような日本人全体の課題というようなものになってくるのではなかろうか。何か交通事故の問題と同じような、国民一人一人が安全で平和な社会を維持していこうというような方向での、警察よりは教育の問題として出てくるような問題が多いのではないだろうか、そういうところまで来ているのではなかろうか。そうでなければ、だんだんだんだんやっていくうちには、ここにある灰ざらも凶器だ、これも持つことができないと。やっぱり国民全体のあり方というものがそうなってきますと、ますます細かくやっていくと、しまいにはそういうことにもなる。現在は角棒を持って歩くのは軽犯罪にひっかかっておりますし、鉄パイプを持って歩いて集団をつくる者も、これは軽犯罪でひっかかるようになっております。たまたまそのそばに立っておりまして、これを持ってくれと言われて持たせられると、取り締まりの対象にその人間はなるということでございましょうから、だんだんだんだんそうなっていく。
 だから取り締まりというものを強化するだけではなくて、国民自体ということになりますと、自主規制の問題というものを非常に大事にすべきではないかというふうに私は考えておったわけでありまして、業者の皆さん方、いままで大分御努力なすって、五十一年から自主規制がいろいろな意味で強化されておる。SmIIというようなモデルマークのついたものは改造は絶対できないというようなことを警察当局の方からも聞いておるわけでありまして、この自主規制ということを、先ほど、なかなか過当競争、中小企業の零細の中では容易ではないんだ、この自主規制に不安が残るというお話もそのとおりかと承ったわけでございますけれども、何とかこの法改正以前に、この自主規制というようなものでそうしたようなことがないような方向にいくことが望ましいのではないかというふうに私は考えておるものでございますけれども、御三人の先生から、自主規制でこれをやっていくというような問題についての困難な点や、それではまずいというような点がありましたら、ひとつ御賛成であったら御賛成の御意見を承りたいと思うわけでございます。
#11
○参考人(島田一男君) ちょっと私かぜを引いておりまして、声がなかなか出ないものですから、お聞きにくい点があるかと思います。
 自主規制の問題は、私も本質的にはやはり業者の方が組合をつくって、あるいは組合をつくってない人の場合も、事は要するに人命それから安全に関することでございますので、ぜひこれは自主規制でいくのが最もいいと思います。ただそれが現実には、要するに組合員は自主規制をずっと守っておる、しかしいまお話も出ましたように、なかなかむずかしい立場の商品であり、あるいは業者であるらしくて、アウトサイダー的な業者の方が要するに改造されやすいモデルガンをつくって、それが暴力団とかそういうところに流れるということなんですね。それはなかなか自主規制では取り締まれないというのが現状ではないでしょうか。
 それから、先ほどもお話が出ましたが、これは趣味の問題で、要するにマニアとかこういうものはほんのごく一部分だ、国民のごく一部分だということになっているのですが、それはそのとおりだと思います。私もそう思います。すべてマニアというものはそういうものだと思います。ただ、昨年、五十一年度に押収された拳銃の統計を見ますと、千五百九十九押収されているのですが、その中の千二十七丁が改造拳銃なんですね。そうすると、これは押収された拳銃の中の千二十七丁というのは、私はやっぱり大変な数だと思います。大した数ではないとは私は申しません。
 それから、やはり人命に関することでは、車の場合もすべてこれは凶器だと言えば凶器です。しかし車は交通機関でございますし、拳銃というのはやはり身を守りあるいは人を殺傷する武器なんですね、もともと。ですから、そういうものとやはり自動車、交通機関による事故死というようなものとは、私は一応区別して考えております。やはり拳銃は武器だと思います。
 そういうことから、私は現実的に自主規制ができるなら、これはこれにこしたことはありません。そういうことができる知恵や工夫、それから努力、こういうことが実れば、私は大変それが本当だと思いますけれども、現実にはいま申し上げましたとおりに、なかなか困難ではないかと思います。
 それから、先ほどの御意見もありましたように、日本の国は大変自由で安全な国で、要するにこれはやはり銃器を持っていないために安全がかなり保障されているわけです。しかし、次第次第にアメリカナイズされたりいろんなことをしまして、いろんな影響で拳銃を使う者とかそういう者がふえてきますと、これは警察官も拳銃を使い、暴力団は特殊な団体だとは言いますけれども、こういうものも拳銃を使うというようなことになりますと、これは大変なことだと思います。よく事件が起こったとき、凶悪人は撃ち殺してもいいじゃないかという意見もありますけれども、もし警察官がそういうことをやったら、警察官が撃つならこっちも撃つということでこれはエスカレートしていって、日本の国は本当に、外国並みと言えば大変語弊がありますけれども、要するに現在保たれている比較的安全なものが私は失われていく可能性があるのじゃないか。私は少しでも、そういうあるものはもちろん教育によってもやらなければいけませんけれども、やはり現実的な意味で、何らかの歯どめをしなければいけないというふうに考えます。
#12
○参考人(村上重良君) 自主規制の問題について意見を申し上げます。
 先刻も発言いたしましたが、モデルガンというものは本来愛好者を対象に業者が製造販売しているわけでございまして、この愛好者の圧倒的多数は、何ら改造したり、人を殺傷するものにつくり変えようというようなことは望んでおりませんし、また、そういう発想で愛玩しているのではないということはもう疑いないと思うのです。ですから問題は、改造する不心得な悪人がおると、そしてそれが暴力団等によって用いられるということが現実としてはあるのですね、そうすると、一番問題は、そういうような条件を悪人に与えないために業者と愛好者が協力していままで努力をしてきたと。そしてそれについては警察を初め行政指導もかなり詳しくあったようでございまして、それはすでに一つのレールとしてSmマークつきのモデルガンですべてを覆っていくということで着々と成果を上げて現在まで来ているわけでございまして、この自主規制の方向がさらに推し進められることで、可能な限りそういう改造の条件というものをつぶしていくということは大いに望ましいことであるし、また可能であろうというふうに思うのですね。そして改造という行為、これはもうすでに犯罪であろうと思いますし、それから改造されてでき上がったものは、先刻申しましたように、すでに銃器なのでありまして、これはもうモデルガンではないわけでございますが、そういうものを減らしていく。そして現在でもモデルガンのファンは一口に百万と称されておりますし、それから何か年間のモデルガンの製造も五十万とか六十万と書いた資料があるくらいでございまして、大変膨大な数が出ていることは事実でございまして、改造モデルガン、確かにそれだけを取り出せばこんなにあるじゃないかということも言えるわけでございますけれども、微々たる比率であることもまた数字的には事実であろうと思います。結論的には、私は従来進めてこられた業界並びに愛好者団体による自主規制の運動というものが、行政指導とよく話し合いながら強化されていくことが一番望ましいというふうに思います。
#13
○参考人(吉川経夫君) 先ほどからお話しのように、権力による取り締まり、ことに刑罰法規をもってする取り締まりよりも自主規制の方が完全に行われるならば好ましいということは、これはいまさら申し上げるまでもございません。問題は改造の難易ということでございますが、先ほど申しましたように、私自身モデルガンというものをこの間、二、三日前初めて見ただけのことで、いわんやこの改造に関するテクニカルな知識を何ら持ち合わせておりませんので、果たして現行法のままでプラス自主規制でできないものかどうかということについて、的確な御意見を申し上げる資格はございませんけれども、すでに法二十二条の二、それに府令によって、特に十七条の二の第二号の、表面を白や黄色にすると、これは何か素人考えでもわりあいに簡単に本物らしく見せることはできるかもしれませんが、ここで問題になっているのは、一号で、何か金属で完全に銃腔の部分を閉塞すると、しかもそれが行政指導あるいは自主規制等で、容易に改造できないような特殊金属を用いなければならないというふうに、あるいは現に用いているというふうに伺っておりますので、果たしてこれで取り締まれないものかどうかということについて、つまり今回のような二十二条の三のようなものをしなければどうしてもいけないのかということについて、私はどうも非常に知識不足でわからないわけでございます。
 それから一点、さっきの凶器の点でございますが、凶器というのは確かに非常に広がりやすい概念でございますけれども、よく灰皿もとかコップでもという議論がかなり極端なことを論ずる場合には問題にされますけれども、これについては、やはり、一応用法上の凶器につきましても、最高裁の判例等で、社会通念上一見して人に危険の念を与えるものというようなある程度の歯どめがなされておりまして、いわんやこの模造モデルガンとかあるいは小銃というのは、それ自体がまさに人を殺傷するためにつくられたものでございますので、この場合、この銃砲等を問題にする場合に、凶器概念が広がり過ぎるということを直ちにここで問題にすることは当を得ていないと思います。
#14
○小山一平君 先ほど村上先生の御意見の中に、改造はすなわち密造であると、こういう御意見がございました。私もそのように思うのです。大変高度な技術が必要だし、強固な材質の選択も必要であるし、大変むずかしい作業でございまして、そしてこの改造、すなわち密造に類する行為というものは、そもそも重大な犯罪を構成しているわけですから、改造をする人は承知の上で犯罪を犯すわけですね。そういうことになってくると、改造すべきモデルガンがなくたっても、改造するだけの技術と知識があれば、しかも、あえて犯罪と承知でそれをやろうとする人がいるとするならば、この法律改正によってその行為をチェックすることは大変むずかしい、私はそういうふうに思えてならないのです。ですから、私は、この法律の一部改正というものが、明らかな犯罪であることを承知の上で密造とも言えるような大きな改造をする者がある限りにおいては、この一部改正によって大きな成果を上げるということは私は非常にむずかしいように思うのですが、先生の御意見をお聞かせ願いたいというふうに思います。
 それから、島田先生にお尋ねしたいのですが、ちょっとモデルガンから飛躍した話になって恐縮でございますが、子供たちに及ぼす教育上の悪い影響ということを先生が強調をされたわけですが、いろいろこれにもお考えがあろうかと思いますが、子供の持つモデルガンというのは、決して改造をしたりして危険な形にしたものを持ち遊ぶわけではありませんから、これは明らかに玩具の範囲だと思います。そうだとしたら、これが教育上どうも余り芳しくないということになると、同じ玩具である戦車だとか戦闘機だとか機関銃だとか、こういう玩具がたくさん売られている。そうすると、これも余り好ましい玩具とは言い得ないのではないかというふうなところにくるような気がするんですが、そういう広範な玩具というものと子供の教育というようなものについて先生のお考えをお聞かせいただければありがたいと思います。
#15
○参考人(村上重良君) 改造が、この法改正によっても取り締まり困難な犯罪であろうという御意見でございまして、私も同感でございます。
#16
○参考人(島田一男君) 確かにモデルガンは改造されないものは玩具でございまして、私はその模造拳銃ですね、この改造されないものを持っていることには別に反対でも何でもないわけです。それからマニアがそういう非常に本物に似たものを楽しまれるというのも私は大変結構だと思います。ただ、教育上の問題については、これは必ずしも私の意見だというばかりじゃございませんで、いろんな団体の意見なわけですね。それから私は、大体おもちゃの、ただいまおっしゃいましたが、戦車でも拳銃でも飛行機でもみな同じものじゃないかと、私もそう思いますので、私も、スーパーガンがちょっと危ないおもちゃなんだが、それの宣伝文を書いたこともございます。ですから、必ずしもこれが全部拳銃に似ているからだめだなどとは申しませんし、現にそのモデルガンのことを言っているわけじゃないのですね。これは改造され得る可能性の危険性を言っているわけでございます。
 それから、教育上の問題は、先ほど村上参考人からも出ましたが、たとえばこれとは話が違うのですが、テレビのちょっと桃色番組、ポルノ風の番組と申しますか、ああいうものが非常に多いんですけれども、あれを子供が見てどうかというような話もあるのですね。ところが、特に年ごろの子供なんか見てどうかという話もあるのですが、あれも心理学上いろいろ説がありまして、あれはそんなに目くじら立てないで見せた方がいい、その方が欲求不満が解消されていいんだという説もあるわけなんですね。逆に欲求不満が解消されるという説もあれば、そうじゃなくて、やはり状況によっては、ああいうものを見ているとどうもやはり何となくおかしくなってきて非行につながる面も出てくるんだということもございまして、なかなかこれは一定の説はないのですが、ただ、こういうことは言えると思いますね。要するに社会的影響ですね。余りにもテレビとかマスコミ関係とか、そういうものが扇情的なものを放映したりいろんなことをしますと、子供のときからそれを見ていて観察学習をするわけですね。知らず知らずのうちに観察学習の効果が悪い面に出てくる可能性があるということは最近言われております。その程度でございます。ですから、拳銃の問題もそうなんですが、子供に与える影響が非常に大きいというのは、テレビとかいろんなもので殺人場面とかいろんなものが出てきますね。そういうものがやはり観察学習によって強化されます、心理学用語で言いますとね。そして何か非行傾向があるとか、性格的に異常があるとか、そういうものと結びつきやすい、凶器になりやすいということは言えると思います。
#17
○井上吉夫君 主として村上参考人に御意見をちょうだいしたいと思うのですが、村上参考人のお話は、主として今回の取り締まり強化に必然性がないということを中心としていろいろお述べいただきました。その中で、九牛の一毛程度であるというようなことを述べられたわけですけれども、確かに私も、法律というのは余り厳しくして、あれもこれもということで取り締まりを強化するという方向だけを求めるべきではなくて、これは自主規制をやっていき、みんなが社会の秩序なり、あるいは安寧なりということにお互いに努力し合うということが一番大事で、終局的にはそのことがきちんとならない限り、どんなに法律が厳しくなってもしょせん問題は最終的に解決できるものではないという考え方については私も同じように考えています。
 ただ、現実の問題として、先ほど島田参考人からもちょっと述べられましたけれども、また政府側からのいままでの、きょう以前の委員会の場でしばしば説明があったわけですが、現実にかなりな数の殺傷事件があったということであります。それが、まあ改造されなければ危険がないということももちろんですけれども、一番問題は、改造されやすいというそういう種類のものとしてつくらなきゃならないかどうか。改造されやすいしろものでありますと、それが一般的な愛好者というものにとっては単にこれはながめて楽しむということでしょうけれども、現実の問題として、特に暴力団等が改造拳銃として殺傷の道具に使っているという、そういうものが現にある。現行法をもってして一生懸命行政指導もし、取り締まりも一生懸命やっていこう、現行法に基づいてやっていこうとしてもなおかつ問題が残っているという状況にあるだけに、これは愛好者、マニアという人たちは、とりわけ良心的なマニアの方々についてはみずから改造しようなんという方はおられないし、そしてこのことが危険を及ぼすということはないけれども、問題は、そうでない暴力団あたりに利用されて改造される、そういう事例が発生をしているということになりますと、そのモデルガン自体に、改造がしにくい、改造をしても人を殺傷する道具として使われないという、そういう歯どめを最小限にかけるということが必要ではないかと私は考えるわけです。そうしてしかも一方では、愛好者にとりまして、その嗜好なり趣味なりというものに制約をできるだけ少なくするというようなことをもって、愛好者なりあるいは製造業者という方々の立場というものを保護しながら、一方では社会の秩序を破壊するようなそういう道具として使われる前の前提としてのモデルガンというものを歯どめをかけていくという、そういうことに必要な限界が新しい立法であるとするならば、これは当然に私は、現在出ているのがまだ数の面でそうべらぼうな数でないにしても、このことについては島田参考人にも後段についてはお聞きしたいんです。
 私も、商品というのはだんだん本物に近いほど売れ行きがよくなる、だんだんそういうものを求めていく。そういう嗜好なり消費の動向を考えると、当然製造業者というのはより近いもの、そうして法律の歯どめの範囲であるならば最も本物に近いものをつくりたい。まして、組合を構成してその中で良心的に自主規制をしているという人たちについては大して問題がなかったかもしれないけれども、いわゆるアウトサイダーという人たちがもっと本物に近いものをつくりますと、当然そっちの方の売れ行きがよくなるから、次第に組合員の人たちも改造可能なような本物に近いものをつくりたいという、そういう動向がこれはもうとめられない趨勢になっていくことではないかと、こういう意味のことを島田参考人もおっしゃったんですけれども、私もどうもそういう気がしてならないわけですが、その辺についての御見解を、後段については島田参考人からさらに補足いただければありがたいと思うのです。
#18
○参考人(村上重良君) 改造できないような努力という点の御意見でございますけれども、業者団体、それから愛好者団体からいろいろと伺っておりますと、実にここ数年来、警察当局あるいは政府当局と詳しい話し合いを業界では重ねられて、絶対改造できないと言われる、SmのI、SmのIIまであるようでございますが、それを開発するために一億円近い研究投資をされたということでございます。ですから、業界としての真剣な努力は認められてよいのではないかと思います。そして現時点では、これは先刻も申しましたけれども、改造不能、ということは特殊合金を銃腔に詰めてしまう、充てんしてしまうというようなこととか、撃発装置をきかなくするとか、いろいろあるようでございますけれども、それは業界団体では実によく行政指導の意向を尊重しておられるように思います。ですから、現在製造されております圧倒的なものは改造は不可能なはずでございまして、そのアウトサイダーがあるというお話でございますが、確かに絶無とは申しませんけれども、こういう存在というのは次第にその活動の余地を狭められてきております。また愛好者の方々に伺いましても、改造できるかできないかということと本物に似ているか似ていないかということは、ちょっと、何といいますか、感覚的には別のことのようなんですね。別に改造が目的でないわけなんですから、それが直らなくても、外見、量感、重量感といいますか、手ざわり、そういうようなものの方がむしろ本命のようでございます。ですから私は、そういう例外的なことをもってモデルガンすべてが危険物視されるということがむしろ大問題であるというふうな発想をするわけでございまして、一般に暴力団の銃器ということであれば、もちろん改造拳銃を振り回すなどということは許せないことでございますが、それと同時に、密輸の銃器とか密造の銃器というものもやっぱり悪い作用を、社会に害悪を及ぼしているわけでございますから、そういうものは総合的に現行法の活用で十分に取り締まっていけるし、またやっていただきたいと思うわけでございます。以上です。
#19
○参考人(島田一男君) まあ、私もいま村上参考人がおっしゃいましたように、Smとかそういうことについてはとやかく言っているわけじゃありません。
 それから、販売の目的がなければ銃器を持っているのは何でもないことだと思います。ただ、異常状態になるかどうかということが問題なんですが、要するに、本物に似たもの――持つ方としましては重量感とか、それだけで満足しない。これはもう人間の心理というのはそうだと思いますね。やっぱり、弾も入ったり、出なくても、何かそういう本物に近いものの方がこれはだれだって欲しいわけですね。それから、また現にそういうものを売れば売れるわけですね。だから、売れるからつくるわけで、これはあたりまえのことでございますけれども、しかし、そういうものがエスカレートしてきますと、要するに正常なマニアが犠牲になるということは確かに言えると思います。ただ、現状ではどうも問題になっているのは、だんだんつまり本物に近いものが出回っていってそちらの方にどうしても消費者がいくという傾向があるのじゃないかと、そういうことはやっぱりどこかで人命の殺傷に関係してくることでございますので、事故に関係してくることでございますので、その点はやっぱり切らなきゃいけないというふうに考えます。
 それから改造も、私専門的な知識がないからよくわかりませんけれども、要するに、いま改造する技術もなかなか進んでいて、簡単なもので何かできるらしいということも聞きました。これはまあ実際そういうことを見たことはございません。それから、密造であるかどうかということは私は専門家でないからわかりませんが、ただ、本物に近いということですね、ちょっとやれば改造できるというものは、やはり心理的にそれを撃ってみたいとか穴をあけて本物と同じものにしたいという心理的誘惑性が非常に強くなるわけなんです。これはほかの本能についても同じだと思いますね。だから、そういう心理的な誘惑性を引き起こすような改造ガンというのは私は絶対いかぬと思います。
 それから、法律のことで、事は基本的人権に関することでございますので、法律を拡大して細かいことまでどんどん取り締まって、それがほかに波及していくというのは私も反対です。ただ、そういうふうになるかどうかわかりませんから、こういう世の中ですから、できるだけなら法律もいまは歯どめをするけれども、よくなったらそれを縮小していくものも一つや二つはつくっていただきたいですね、将来は。しかし、現実はそれはできない。法律というものはいつまでもずっと拡大するものかどうか、それは私は非常に疑問なんです。これはしかし私は法律も知りませんし、法律も何にもわかりません。常識から言うとそういうふうに考えております。
#20
○井上吉夫君 村上参考人にまた念のためにですが、結局現在は業者で自主規制をやっている、そのことで大部分は十分ではないか、これ以上上乗せしてさらに規制を強化する必要はないではないか、行政指導でやっていけるではないかという御主張、御見解だと承ったわけです。問題のかぎはそこにあるわけでして、いまちょうど島田参考人の説と相対する形になったわけですけれども、私も、良心的な業者の大部分の方々が現行法令を守ってそして容易に改造できないモデルガンをつくっている、そのことについては私は何ら文句を言う筋合いもないし、それが充足されることについてさらに厳しい規制を加えなきゃならぬという、そういう議論はほとんどないという気がするわけです。
 問題は、先ほど来ちょっと島田参考人からも出ておるように、数は少なくてもいわゆるアウトサイダーの人たちがより改造容易なモデルガンをつくられて、そのことがさらに現在の大部分の業者をも刺激してエキサイトしていく、エスカレートしていくという、そこらに問題がある。
 で、今回の改正案も、いままでの委員会における質問をいろいろ聞いた範囲の中で、現在マニアの方々が手持ちをしておられるそのものを直ちに規制の対象にするというものではないと。そこでもって愛好者の現在の所持と現在の所持品についての愛好というものをチェックするという、そういう考え方がないということが一つあります。
 それから、主としてこれから以後製造販売するという人たちが、いま申し上げましたようなより改造容易なものにだんだんエスカレートしていくという、そのことをとめなきゃならぬというようなことが考え方の基本であると受けとめるわけです。で、先ほども言ったように、自主規制という物の考え方がやっぱり一番望ましいということに、決して私は別な見解を持つわけじゃありませんけれども、問題は将来の社会秩序なり、こういうものがさらにエスカレートしていく場合の歯どめというものがより心配であるならば、これを規制するということを、原則的に社会の秩序自体を侵すということに危険性がある場合に、それでもなおかつ反対だと言うわけではないと受け取ってよろしゅうございますか。もちろん密輸とか密造あたりは、これは厳しく取り締まらなきゃならぬということについてはもう論を待つまでもないことですけれども、そのことについて御見解をお伺いしたい。
#21
○参考人(村上重良君) 先刻も出ておりましたけれども、日本社会は、豊臣秀吉の刀狩り、それから明治初年の廃刀令というような伝統もございまして、特にこの銃器というものは本当になじまない社会なんですね。これは国によりましては、たとえばスイスのように、各家が小銃を備えるということが義務づけられている、実際に撃てる火器を各家が持っているわけですね。そういう社会とは大変雰囲気が違いまして、それだけに銃器愛好者は弱い立場といいますか、つらい思いをする面もあると思うのですね。余りいい感情は持たれない、正直のところ私も余りぞっとしないわけですけれども。そういう弱い立場ということは大変よく自覚されるといいますか、おわかりになっておられるし、それからまた、それを製造販売することで生計を立てておられる業者も、そういう事情について決して無責任にエゴを主張するという態度はとっておられないと思うのです。そして、何かほうっておくと改造可能なものにどんどん向かっていくというような御印象をお持ちのように伺うのですけれども、実を言いますと、そういうことは余り可能性としても、改造できるかできないかということにポイントを置いて製造をするというような発想はもともとモデルガンの世界には余りないはずでございますし、それから、現実にも改造可能かどうかという一点にしぼっていきますと、その材質にせよ構造にせよ、確かによけいな製作費も必要になってきますでしょうし、問題は、外見が似ていて重量感とはだざわりだということを何度も申し上げておりますけれども、このまま法を改正しなければ危険な要素を持ったものにどんどん変わっていくんだというようなことはちょっと考えられないように思います。現在の行き方でもって、業界がもう組織率も大変よろしゅうございまして、九割以上が協同組合ですか、入っておられるようでございますけれども、その組織率がさらに理想的に高まっていき、そして政府との、行政、警察当局との話し合いが円満に進んでいけば、その点に関しては私はことさらにこのような重い法改正をする必要がないという意見でございます。
#22
○神谷信之助君 一つだけお伺いします。
 問題は、自主規制でそういう改造が容易な拳銃が出回らないという状態ができれば一番いいわけですね。これはまあ警察当局からの話では、アウトサイダーやあるいは業者の中にも、改造可能な、自主規制がありながらも、片一方ではそういうものをつくっている業者も中にはおるんだという話をこの間なさっておるのです。これは事実かどうかというのは、われわれもう少し検討しなきゃならぬ、調べなきゃならぬと思います。したがって、現行の法体系でそういう自主規制を強化をしながらそういう改造可能な拳銃の製造を取り締まる、そういう条件はないのかどうかという点は、今後の委員会の審議を通じてただしていきたいと思うのです。まだ当委員会では、先般二時間だけ大臣に対する質問をしただけですから、この改正案の出されている内容自身は細かい点がまだ明らかになっていないわけです。したがって、そういう立場からそういうことが可能かどうかというのが一つ問題がある。
 それからもう一つは、やっぱり現行法体系だけではどうにも取り締まりができないんだと、勝手なことをする業者に対する規制はできないということであれば、これは規制が必要になるということになります。ただ、その場合も、今度われわれがやっぱり非常に注意をしなきゃならぬのは、憲法十三条で、公共の福祉に反しない限りは国民の選択の自由があるわけですね。したがって、この点は厳格に、公共の福祉の内容自身は厳密に私は規定をする必要があると。戦前の例は、これがどんどんと拡大解釈をされて、国民の自由が大きく侵害をされた経験をわれわれは持っておるわけですから、したがって、この点を本当にわれわれは大事にしなきゃならぬだろう。そうしますと、今度の二十二条の三の改正は、一定の金属製であるということとか、それから撃発装置を持っているとか、著しく改造困難なものとか、一定の規制はしていますが、あとは総理府令に委任をしています。この総理府令に委任をしている内容が、現在の法のたてまえから言って一定の制限をしているというように言えるかもしれぬけれども、その内容というのは、より厳密に規制していかないとこれはぐあいが悪い内容になってくるわけですね。で、法律が成立をして、そして国会の審議を通じて、総理府令の内容は一応こうこうこういうものでありますという国会答弁がありましても、それに基づいて、一たんは総理府令がそれに基づいてできたとしても、その後の事情の変化で、後は国会の審議を経ずに総理府令を行政権によって改正することができる。したがって、この点を法として法文の中でチェックをしていける、いわゆる国会の審議を得なきゃならないそういうチェック機能は確保しなきゃならぬ、この辺も含めて私どもいま検討しているところなんです。まあそういう点から、ひとつこれは吉川先生に、先ほどお話がありまして、総理府令にゆだねる問題については、いろいろ意見はあるけれども、時間の関係で省略をされていますので、この辺についての御見解を聞きたいのと、それから島田参考人にも、そういう総理府令にゆだねるという問題についてどうお考えか、お聞かせいただきたいと思う。
 私どもも婦人団体の皆さんの意見を聞きました。そうしたら、子供がそういうモデルガンを持っているんだというお母さんもおられました。お母さんの立場からすると、そういうおもちゃは好ましくないと、戦車だとか小銃なんか持たしたくないというお気持ちなんですね。だからそういう気持ちはおっしゃっていましたが、同時に総理府令にゆだねる問題について意見を聞きますと、それはやっぱりぐあいが悪いという意見も出てきています。そういう点は十分慎重に国会でも検討してもらいたいという意見が相当多く出てきています。そういう意味から、島田先生にもひとつ御見解をお聞きしたいと、こういうように思います。
#23
○参考人(吉川経夫君) いまの政令と政令以下の下位法規に対する委任の問題でございますけれども、これは一般論を申し上げるまでもなく、現行憲法のもとでは、旧憲法のもとで事実上認められていたようないわゆる包括委任は許されない、その大綱自体は法律自体の中で決めておかなければならないということは、これは何人も異論のないところでございます。
 ところで、今回のこの二十二条の三というのは通常の委任の仕方とはちょっと変わっているわけでございますね。普通の場合ですと、若干要件を掲げまして、さらにその政令で定めるものをいうというわけでございますけれども、この場合は、「金属で作られ、かつ、けん銃、小銃、機関銃又は猟銃に類似する形態及び撃発装置に相当する装置を有する物」までがいわば積極的な要件でございまして、ただ、総理府令で、銃砲に改造することが著しく困難なものだけを除外すると、いわば除外規定がこの二十二条の三の括弧内で規定してある。これは、むしろ私は原則全面禁止、ただ例外的にのみ認めるというのがこの立案の趣旨であろうと思います。そうした場合には、積極的に全部総理府令に――もちろんこういう規制むしろそういう規定の仕方は、総理府令に全部ゆだねるよりも、見ようによってははるかに厳しい規制だというふうに言わなければならない。で、この規定に関する限り、どうも総理府令にゆだねることの委任の趣旨ということを一般の通常の形での委任の場合のように論ずることは、ちょっと何か的外れのような気がいたします。ただしかしながら、いま神谷委員おっしゃいました、一般論といたしまして政令にゆだねるという場合に、その情勢の変化等――もちろん政令にゆだねるということは、一々この国会のこういう非常に慎重な手続を経ないで、簡単に情勢に応じて改正ができるということが第一のねらいでございまして、それはそれなりの必要性を認めなければなりませんけれども、逆に、特にこういう治安立法的なものの場合には、必要に応じてということが、必要性がかなり誇張されて安易に変えられるということもなきにしもあらず、これはわれわれのいままでの経験が必ずしも示していないとは言えないわけでございますので、その点は十分戒心の必要があるというふうに変えております。
#24
○参考人(島田一男君) 私は法律のことはよくわからないのです。ただ、ここに非常にむずかしい言い回しなんですが、「銃砲に改造することが著しく困難なものとして総理府令で定めるもの以外のものをいう。」と、こう書いてありますので、なかなかこういうことが何を意味するのか、法律の専門家じゃないから、私、よくわかりません。ただ、戦前の治安維持法とか、そういうものとつながる可能性がこういうものにあるかということになりますと、これは非常に神経質に考えればすべてそうなるわけでございますけれども、私はそのようには考えていないのです。私が考えておりますのは、要するに一人でも二人でもこういう改造された銃によって人命を損傷されることが愚かしいわけなんですよ、実際問題として。なぜそんなに、まあ商売とはいいながら、そういうものをつくって地球よりも重い人命を損傷しなきゃいかぬかということに非常に疑問を持つわけでございまして、そういう意味で、私はやっぱり何らかの規制はしていただきたいと思います。
#25
○阿部憲一君 いままでいろいろと参考人の諸先生から有益な御意見を承りまして、私、あとちょっとこの問題につきまして憲法との関連について二、三お伺いしたいと思います。
 特にこの法案について御賛成の御意見をお吐きになりました島田先生に伺いたいと思いますが、モデルガンの愛好者の立場から、今回のモデルガンの取り締まりそのものが憲法十三条で保障されている個人の幸福の追求に関する権利に反するものであると、こういった議論が非常に出されておりますが、この点についてどのような御意見をお持ちなのかということ、これが第一番でございます。
 それから同じく憲法の二十二条第一項に、「何人も、公共の福祉に反しない限り」「職業選択の自由を有する。」となっておりますが、今度のこの取り締まりにつきまして、この二十二条、とりわけこの「公共の福祉に反しない限り」ということが議論になるところでございますが、この点についてのお考えをお伺いしたい。
 それからもう一つ。もう一問、済みませんが続けて一括いたしますが、いまのモデルガンを製造している業者の方々の言い分として、これまでに使ったいろんな試験の研究費とか、それから金型などの財産権をお持ちになっていますが、この改正案ではこれらの財産権を制限する。この改正案が実施されますと、これらの財産権を大いに制限することになりますが、これは憲法第二十九条に違反するものである、こういうふうに業者の方々は言っておられるのですけれども、この点についてどういうふうにお考えをお持ちですか、お伺いしたい。
 以上三点についてお願いいたします。
#26
○参考人(島田一男君) 個人の幸福、公共の福祉に反しない限り個人の幸福が保たれなきゃならないのは、これはあたりまえのことだと思いますね。いま私たちが議論しているのも、職業の選択の問題と財産権の問題、それから公共の福祉の問題と、これを絡み合わせてどういうふうな処置をしたらいいかということについてそれぞれ意見を述べておられるのだと思います。
 ですから、個人の幸福、つまり先ほど村上参考人からも出ましたけれども、何人も人の良心を法でもって規制することはできないわけでございまして、これはもう原則だと思います。それはどういう人にもそういうことは通ずるわけなんですね。モデルガンを持っている人だけに通ずるわけじゃなくて、売る人にも、それから被害を受ける人にも通ずるわけなんですがね。だから、そういうことを、確かに弱者の立場に立つ人の方はよりそれを重く見なきゃならないことは確かですが、しかし、本当の意味で公共の福祉から考えまして、これはやはりどうしても公共の福祉を優先させなければならないときには、やはり社会を存続していく上にある程度の規制をすることはやむを得ないのではないでしょうか。私はそういうふうに考えています。
#27
○阿部憲一君 両先生にもう一回。私の質問は実は三人の参考人の方に申し上げたのですが、簡単で結構ですから、他の二先生にお願いしたい。
#28
○参考人(村上重良君) 憲法で原則としております国民の幸福を追求する権利、それから職業選択の自由、財産の権利、こういうようなものは日本の民主主義の基本でございまして、どのような法律もその枠内で、しかもその精神に沿って日本人の幸福と平和を増進する方向で設けられるべきものであるというふうに思います。そういう大原則的な観点から申しましても、私はこの問題は先刻も触れましたが、まさにルール・オブ・ローの問題、つまり法律の支配の外に置かれるべき個人の趣味、嗜好に属する事柄であり、それからいまお出しになりました三つの原則から見ましても、このような取り締まり強化を意味する法改正はすべきではないというふうに考えます。
#29
○参考人(吉川経夫君) 憲法の基本的人権の制限と公共の福祉との関係というのは、これは憲法学上御承知のように大問題でございまして、これは憲法の講義でも恐らく大学で二時間か三時間かけて講義するところでございまして、ここでそう簡単に申し上げるわけにまいりませんけれども、言うまでもなく確かに趣味を規制し、あるいは業者の営業権、職業の問題、さらに財産権の問題、確かにすべて憲法のいまお挙げになりました条文に関連を持つ条文でございます。そういう意味で、これをしかも公共の福祉に反しない限り最大の尊重とか、あるいは憲法前文の趣旨等を考えますと、やはり公共の福祉の名のもとに基本的人権を制限するという場合には最大限の慎重さを必要とする。これを本件に即して言いますと、たとえばこの二十二条の三のような規定を設けることが、われわれの生命、身体、市民的自由が確保されるということ、これは非常に公共の福祉の重要な内容でございますので、それの維持のためにどうしても必然的な条件があるのだということが立証されて、あるいは十分納得のいくような御説明があって初めて、ではこの規制に踏み切ろうかということが考えられると思います。先ほど村上参考人がおっしゃいましたが、必然性がない。私もかなりそれに近いような意見を主として法律的な観点から述べたわけでございます。そうであるとすると、やはりこの公共の福祉という名のもとでの制限がかなり過剰な制限になるのではないか、こういうふうに思います。
#30
○市川房枝君 私はきわめて常識論なんですが、国民の生活と言いますか、考え方、そういうことを法で規制し、ことにこれを取り締まりの対象にすることには賛成できないのですが、今度の問題については、さっき神谷委員もちょっとおっしゃいましたけれども、それから島田参考人が婦人団体の意見なんかも聞いたとおっしゃっておりましたけれども、母親の立場からは、子供におもちゃとしてそういう武器といいましょうか、ピストルばかりじゃない、銃砲あるいは刀なんていうようなものも本当はおもちゃとしては望ましくないという考えを一般的に持っておるわけなんですけれども、島田先生、婦人団体として意見をお聞きになったときのことを少し伺いたいのですけれども。
#31
○参考人(島田一男君) 私は全国的な婦人団体から調査をとったわけではございませんので、ですから私の近隣の母子の会とか、それからPTAの方とか、そういう方から幾らかずつでも意見を聞いたわけです。ただ、いま市川委員がおっしゃいましたように、やはりチャンバラとか拳銃ごっことか、こういうのはよくないのだと、本当はこういうことさえもやめてほしいという人が多いんです。ただ、私は先ほど申し上げましたとおり、こういうもののより心理的影響とか、精神発達上の影響というのは、簡単には決められない問題でございます。ただ、平和を願うということについては私は非常に賛成なんです。だから私も、そういう平和を願うということから、やはり少しでも人命が殺傷されたり、そういうことがある可能性のものは、何らかの意味でやっぱりやめてほしいと思っています、率直な意見ですけれども。
#32
○市川房枝君 業者の方はなるべくおもしろいもの、子供の喜びそうなものをいろいろ工夫してそれこそおつくりになってそれを商品としてお出しになる。子供はそれを見て、もちろんみんな欲しがるわけでして、母親としては、いま申したような平和に反するようなといいますか、そういうものは本当はいやなんだけれども、余り子供が欲しがればしょうがないから買って与えるということでして、私はそれが心理的にかえってそういうものを子供に与えておく方が今度は逆に平和の方へいくんだと、さっきどなたかからもそんな話がちょっとありましたけれども、そういうこともそれはあるかもしれないけれども、一般的に言って私はむしろそういうことに関心を持つ。それからさっきもお話に出たテレビなんかでも、盛んにそういうものが出てくるということで関心を子供が深めていくということは、むしろ非常な心配であって、だからおもちゃに対しての、どういうおもちゃが子供に対していいかということの研究は、それぞれ専門家でなすっておると思いますし、あるいはおもちゃについての選択の基準と言いますか、そういうふうな団体ですね。専門家の方はもちろんおいでになると思うんですが、そういう団体はないかと思って、私ちょっと少し聞いてみたんだけれども、何だか余りはっきりした団体はないみたいですけれども、そういうのはどうでしょうか、島田先生。
#33
○参考人(島田一男君) おもちゃの与える影響というのは、やっぱり幾らか研究しております。ただ幼児向けのものが多うございまして、上学年のものはないですね。小学校の五年、六年から上の方は余りおもちゃを使わなくなりますものですから、余りありません。幼児用のおもちゃの研究はかなりあります。ですから私たちが心理学的に勧めるおもちゃというのは、やはりそのおもちゃによって子供の想像性を伸ばすとか、それから本当に楽しくエネルギーを発散できるとか、そういうものが身体上、精神上非常に発達にとって好ましいものとか、そういうものをいいおもちゃというふうに言っているわけでございます。この拳銃ごっこも、体を動かす点じゃ、走ったりするのじゃいいかもしれませんけれども、しかし私はそういうものは別に拳銃でなくたって走ればいいわけで、ほかでも幾らでもやれますから、これが特に教育上いいという論旨はありませんですね。
#34
○市川房枝君 この問題は、いろんな点から、先ほどからもいろんな参考人の御意見も伺ったのですが、私は最初ちょっと申し上げたように、このモデルガンの改造によって相当な犯罪が起こっているということは、これは警察当局がその具体例をいろいろ述べているのですね。そうであれば、望ましくないけれども、それはさっきからお話の出ている自主規制でその目的が達せられればそれでいいけれども、やっぱりある程度の法の規制が必要ではないかというむしろ意見も持っているわけですが、御意見ありがとうございました。
#35
○委員長(高橋邦雄君) 以上で参考人の方々に対する質疑を終了いたしました。
 参考人の方々には、長時間にわたり有益な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。
 本日は、これにて散会いたします。
   午後零時四十二分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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