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1976/04/26 第80回国会 参議院 参議院会議録情報 第080回国会 内閣委員会 第8号
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1976/04/26 第80回国会 参議院

参議院会議録情報 第080回国会 内閣委員会 第8号

#1
第080回国会 内閣委員会 第8号
昭和五十二年四月二十六日(火曜日)
    午後一時六分開会
    ―――――――――――――
   委員の移動
 四月二十二日
    辞任         補欠選任
     大島 友治君     八木 一郎君
     江藤  智君     林  ゆう君
     竹田 四郎君     片岡 勝治君
     柄谷 道一君     中村 利次君
 四月二十六日
    辞任         補欠選任
     八木 一郎君     井上 吉夫君
     大塚  喬君     加瀬  完君
     片岡 勝治君     志苫  裕君
     中村 利次君     柄谷 道一君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         増原 恵吉君
    理 事
                上田  稔君
                岡田  広君
                野田  哲君
                秦   豊君
    委 員
                井上 吉夫君
                世耕 政隆君
                中山 太郎君
                山本茂一郎君
                吉田  実君
                志苫  裕君
                矢田部 理君
                太田 淳夫君
                岩間 正男君
                河田 賢治君
                柄谷 道一君
   国務大臣
       国 務 大 臣
       (総理府総務長
       官)       藤田 正明君
   政府委員
       内閣法制局第一
       部長       茂串  俊君
       内閣総理大臣官
       房管理室長    藤井 良二君
       内閣総理大臣官
       房総務審議官   美野輪俊三君
       皇室経済主管   石川 一郎君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        首藤 俊彦君
   説明員
       内閣総理大臣官
       房参事官     垂木 祐三君
       宮内庁長官    宇佐美 毅君
       宮内庁長官官房
       総務課長     大堀太千男君
       宮内庁長官官房
       宮務課長     小川 省三君
       宮内庁書陵部長  野本 松彦君
       外務省大臣官房
       儀典官      大井  浩君
       文化庁文化財保
       護部長      角井  宏君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○連合審査会に関する件
○皇室経済法施行法の一部を改正する法律案(内
 閣提出、衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(増原恵吉君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る四月二十二日、柄谷道一君、竹田四郎君、大島友治君及び江藤智君が委員を辞任され、その補欠として中村利次君、片岡勝治君、八木一郎君及び林ゆう君がそれぞれ選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(増原恵吉君) 連合審査会に関する件についてお諮りいたします。
 領海法案及び漁業水域に関する暫定措置法案について、農林水産委員会に対し、連合審査会の開会を申し入れることに御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○委員長(増原恵吉君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 なお、連合審査会開会の日時につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#5
○委員長(増原恵吉君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。
#6
○委員長(増原恵吉君) 皇室経済法施行法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 前回に引き続き質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#7
○秦豊君 きょうは宇佐美長官に、皇室関係の問題をかなりオーソドックスなポイントで伺ってみたいとは思っているわけですが、その前に総務長官、あなたにぜひ確かめておきたいことが一つだけあります。
 それはことしの五月三日のことですが、憲法記念日の式典は、ことし政府としてはどうされるんですか。報道は散見しているけれども、政府の正式な態度をこの委員会で伺っておきたい。どうされるんですか。
#8
○国務大臣(藤田正明君) 本年は、五月三日の憲法紀念日の式典は政府としては何ら行いません。
#9
○秦豊君 あなたはそんなにさりげないような、事務的な口調でおっしゃっちゃ困りますよ、あなた担当大臣として。なぜ、どういう理由なんです。何に基づいてそんなにあっさりと何ら考えていませんとおっしゃられるんですか、どういう根拠なんですか。
#10
○国務大臣(藤田正明君) 昨年は、公布三十年ということでこれを行いましたけれども、これはまあ特別な年であったと、三十年という一つの区切りを置いてやったわけでございますから、それでことしは行いませんということでございます。
#11
○秦豊君 そんなあなた、あなたは総務長官、閣僚ですよ。まるでおたくの部下の一課長が答弁するような、ふくらみのない日本語でもってそんなにおっしゃられるのは納得できない。恐らくあなた方は、政府主催の式典を開くのを決めた去年の話ね、あの閣議の決定というのは去年の決定であって、ことし以降には触れていないとか、あるいは三木さんがまだ総理でおられたころに、毎年やるべきかどうかについては今後検討を要するというふうな、やや消極的な発言をしたことに依拠しているのではないかとさえ思われるんだが、本当はあなたの答弁には理由が含まれていない。どういう理由か、こういう明確な答弁を踏まえていないから、納得できませんからね、もうちょっとあなた、論拠らしいものを、開かないとおっしゃるならば、せめて論拠を示して、論拠を。
#12
○国務大臣(藤田正明君) ただいま申し上げましたように、三十年とか五十年とかという一つの区切りにおいてこういう式典を催すということは考えられるけれども、しかし、これは毎年やるということは考えておりませんということを、三木前総理もそのような答弁をなさったと思うんです。憲法週間といいますか、そういうふうなものは法務省において何かおやりになるかもしれませんけれども、しかし、総理府としては前三木総理の考え方を受けまして、そういう一つの区切りをもってならともかくも、それ以外にはやりませんと、こういうことを申し上げている次第です。
#13
○秦豊君 あなたは非常に答弁が日常淡々としていらっしゃるから、ことさらこの答弁だけがドライとは言いませんけれども、総理府の所管というか、総理府企画なんですよね、憲法式典一切は。だから、法務省は何かなさるかもしれぬけれども、私の方は三十年とか何十年という区切りのいいのはともかくとして、今年は考えていないというのは国会に適する答弁の内容ではありません。したがって納得できない。つまり野党の委員の質問に対して、憲法式典をいやしくも開かないと言い張るならば、その論拠を堂々と提示する義務があなた方にはありますよ。
 たとえば、ではこういう点どうなりますか。七五年の五月二十一日の、これは衆議院本会議なんだけれども、政府は「憲法の施行を記念し、国の成長を期すという」憲法「記念日の趣旨に沿って、内閣の責任において、意義ある記念行事を行う。」という、これは政府の統一見解を衆議院本会議の公式な場において示された。これは儼乎として残っている記録なんです、正式な。そうでしょう。それはお認めになる。しかも官房長官は補足に立ちましてね、官房長官としては自民党内閣である限り記念行事を実施するとあなた方野党の皆さんは考えていいと、参議院の決算委員会、別の場、五月二十一日、同年の。ここまで述べているわけです。そういうあなた方の前の政府の正式な統一見解と、いまの藤田総務長官の答弁とは余りにも乖離がはなはだしい。行政の継続性、同じ与党の内閣、何でこんなに隔絶した方針になったのか、納得できないから重ねてあなたの答弁を求める。
#14
○国務大臣(藤田正明君) 前三木総理がはっきりと、三十年という一つの区切りをもって行いましたと、そしてまた、五十年とかそういうふうな区切りのときには行いますけれども、毎年はそれを行うかどうかははっきりいたしておりません。こういう答弁を申し上げております。これを政府の継続性と言えば継続性でございますが、われわれもそれを継続いたしましてそのように申し上げておる次第でございますし、ことしは五月三日に総理府の方で行う予定は持っておりません。それを申し上げた次第でございます。
#15
○秦豊君 全く答弁になっていません、それでは。同じこと、エンドレステープだ、あなたのお答えは。やっぱり憲法記念日について政府がどう取り組むかということは、時の行政府の、基本的に国家の基本法たる、最高法規たる憲法に対する姿勢を最も如実に示すのが憲法紀念日への取り組みだと私は思う。福田内閣が三木内閣の方針を踏襲しない、特にやる意義を認めないということは、あなた方がいやしくも国の最高法規である憲法を、言葉の使い方はともかく、レトリックはともかくとして、姿勢としては憲法遵守の基本的な姿勢に欠けるものがあるというふうに認定されてもいたし方はないですよ。どうお考えですか。
#16
○国務大臣(藤田正明君) われわれは毎たび申し上げておりますように、憲法を遵守する気持ちには変わりはございません。ただ、その制定の日に式典を行うかどうかということを申し上げておるんであって、その式典をもし行わなかったら憲法を遵守する気持ちがないのじゃないかと言われることは、私たちにとってはちょっといただきかねると思うんです。憲法遵守ということは、これはもう既定の事実でございますから、これに対して憲法をとやかくいまの政府が批判をしたり、あるいは何か言っておるわけでは毛頭ございませんので、その点は誤解のないようにお願いを申し上げます。
#17
○秦豊君 あなたはお認めになりにくいだろうけれども、今度福田政権が憲法式典の開催を中止すると、特に行う積極的な意味合いを感じないという本当の理由は、少なくとも自民党の、たとえば岸信介元総理あたりを頂点にした憲法改悪派、あなた方は改正という言葉をお使いだが、あれは日本語の用法を間違っていらっしゃる。改悪派に属する。こういう改憲派に福田内閣が屈服をしたものだと、頭を向け過ぎたものだと言わざるを得ないんです。
 去年は、ちょうど憲法式典の当日、われわれがそれをやっているときに、自民党本部では、すぐそばですけれども、政府記念行事糾弾国民大会という、れっきとした公式な憲法記念式典を糾弾する国民大会というのを、ところもあろうに与党の本部でとり行ったと、大問題になりましたね、混乱しましたね。あのときに鋭い論難を受けた。この辺から見ても明らかな後退であるし、やはり私は政府の態度としては首尾一貫しないと思われます。本当は党内的な配慮からして憲法記念式典を取りやめたのではないかとさえ私は言いたいんだが、与党の一員として、幹部としてあなたはどういうふうな認識なんですか。
#18
○国務大臣(藤田正明君) 確かにいま秦委員がおっしゃったような事実が去年あったことはよく存じております。しかし、そういうことではなくて、先ほど来何回も申し上げますように、三木前総理がそういう意味合いの答弁をしばしば行っております。速記録をごらんになればおわかりのことと思いますが、そういうふうな意味合いにおきまして、三十年とか四十年とか、そういう区切りのついたときにはこれを行う。また政府が、いま憲法を、いま改正とか改悪とかおっしゃいましたけれども、そういう改めるという気持ちは毛頭ございませんし、憲法を遵守するという気持ちには変わりがないわけでございますから、特にそれを政府が主催して云々ということは本年はやりませんけれども、しかし憲法を遵守するという気持ちは十分に政府は持っておるわけでございますので、その点は御理解を願いたいと思います。
 また、自民党内部に一部そういう議論があることも間々聞きますけれども、いま現在そういう議論がまた沸騰しているとか、そういうことは聞いておりません。
#19
○秦豊君 本来ならば官房長官の出席を要求すべきであったけれども、唐突のことであるから一応総務長官、担当所管大臣としてのあなたに聞いたんだが、ことごとくこれは答弁内容を充足していないと思う。しかし、私自身に与えられた時間は非常に過少であるから、宇佐美さんもお待ちだし、皇室の問題に移行したいが、この個所について委員長ちょっとお願いがあるのは、この憲法問題について同僚矢田部議員の関連質問をちょっとお許しいただきたい。
#20
○委員長(増原恵吉君) 矢田部君。
#21
○矢田部理君 昨年しばらくぶりで憲法記念日が政府主催で復活をしましたのは、もともと三十年だからやるという趣旨ではなかったはずです。一昨年、当時の稲葉法務大臣が、事もあろうに改憲集会に出席をした。そのことの是非をめぐって多くの論議があったわけです。そういう中で三木内閣は、憲法改正をしない、憲法は守りますという発言を再三繰り返したわけでありますが、単に言葉面だけではなく、現に自民党の党の基本としては改憲を目指しているわけであります。自主憲法の制定ということをうたっているわけであります。それを与党とする政府が、言葉だけどんなに並べてもそれは信頼できない、信用できないということから、いろんな追及を行った結果、具体的に態度で示せ。ようやく五月三日の憲法記念日の式典を復活をいたします、こういう経過が実はあったわけであります。したがって、福田内閣としても憲法改正をしない、あるいは憲法を守りますということであるならば、具体的にどういう方法で、どういうことを通して守ろうとしているのか、そのことをまず明らかにすべきではないかと思いますが、いかがでしょう。
#22
○国務大臣(藤田正明君) 具体的には、いろいろないま法制なり政治の姿勢なりというものが、政府が法律も提案いたしておりますし、またすでにできておる法律は守っております。これはもう現在の憲法に反するような法律はないということをかたく信じておりますし、そしてまた、姿勢といたしましても、憲法を遵守するという姿勢は常々示しているところだと思います。
 具体的に示せとおっしゃればそういうことしか申し上げられないかと思いますが、いまの制定記念日を、なぜ式典を行わないかということは、秦委員に対して御説明を申し上げたとおりでございまして、前内閣を継承いたしまして、三十年とか五十年という区切りがあればともかくとして、毎年やっていくということはひとつ検討を要する課題であるということを三木前総理が申しておりますから、そのように考えておって、ことしはやらないということを申し上げた次第でございます。
#23
○矢田部理君 私の経過の説明の中に、三十周年だから去年やったという趣旨ではないんだと、稲葉問題が前段にありましたけれども、政府の憲法姿勢を具体的にあらわす一つの方法として、昭和二十八年ごろまでやってきた記念行事を復活させて内外に政府の憲法遵守の姿勢を示すと、こういう立場で昨年開いたわけです。それを開かないというのは憲法姿勢の大きな後退じゃありませんか、そのことを聞いているんです。
#24
○国務大臣(藤田正明君) 憲法制定の記念日をやったから、やらなかったからといって、憲法遵守の気持ちに変わりはないと思うんです。いまの政府が、ことしは憲法制定の五月三日に何ら式典を行わなかったから憲法に対する姿勢が、厳守の姿勢が後退したのか、こういうふうな御質問だろうと思いますが、それは毛頭ございません。憲法はあくまでも遵守すべきものである、かように考えておりますので、式典をやるやらぬは別にして、別段後退したということは毛頭ございません。
#25
○矢田部理君 よく問題点がわからないようですが、去年どうして三十年、これ、はっきりさしてください。
#26
○国務大臣(藤田正明君) 公布されてからちょうど三十年目でありますから、非常に区切りのいいところでその式典を行ったということでございます。
#27
○矢田部理君 それは公布と施行を間違えているんじゃありませんか。公布をしたのは二十一年の十一月三日ですよ。五月三日というのは施行を記念して憲法記念日ができたんです。それは二十二年の五月三日なんです。去年は二十九年じゃありませんか。ことしが三十年なんです。区切り論を言うならまさにことしやらなければならぬ。理屈に全く合ってないじゃありませんか。
#28
○国務大臣(藤田正明君) 私が三十年と申し上げましたのは、公布された年から三十年ということを申し上げておるわけでありまして、いまの矢田部委員が言われたのは実施から三十年と、こういうことで、公布三十年と実施三十年の違いがそこにございますけれども、そういうことでございます。
#29
○矢田部理君 もう一問だけお伺いしますが、あなた、公布と施行と区別ついてないんじゃありませんか。五月三日というのは施行の日なんですよ。それが二十二年の五月三日なんです。十一月三日に式典やったというんならまた話は別でありますけれども、ちょっと数字だけでも正確にしてください。
#30
○国務大臣(藤田正明君) 公布をされた年から三十年という意味で申し上げているわけであります。
#31
○秦豊君 これはまあ耳打ちされてお答えになるのもいいですけれども、あなた、非常に厳密なことなんだから、かっちりと踏まえられないと混乱、矛盾を起こしますよ。要するに、あなた方がいかに言葉を装っても、まあ憲法は明らかに改憲を目指してチャンスをうかがう、これはあなたの常識、基本姿勢ですよ。だから、われわれには質問されるたびにそうおっしゃるけれども、基本的なことはもうありありと見え見えなんだ、これは。とにかくこのことについては、あなた方は三十年とかいう、公布と施行さえわからないようなとらえ方でははなはだもって心もとないし、事ほどさように憲法を忘却している、あなた方は。遵守するというのは口ばかりであって、実際には全くその実感からは遠いということを申し上げておかなければならない。いいですか。
 それで、時間がなくなるから皇室の問題に入りますけれども、きょうは天皇陵墓の問題を特に重点的に伺いたいと思ったんだけれども、その前に宇佐美長官に、きょうは、先ほど皇居の中をあわただしくではあったけれどもちょっと拝見をした。で、それにつけても思われたことは、生物学研究所、あのたたずまいの質素さとか、武蔵野の面影の一部とか、そういうところは素直に感得できたんだけれども、やはり天皇という存在は、政――この場合は政治だが、政治から遠ければ遠いほどよろしいと、静ひつを保たれると、その範囲において一種の国民合意の対象たり得るだろうという実感を深めて帰ったんですがね。
 そこで具体的な質問なんですけれども、私のこれは一般的な印象です。年々皇室に対する警備、あるいは皇族が旅行される場合の警備、これが、私が二年前に当委員会で宇佐美長官とやりとりしたときに比べても、どうも年々私たちの望みにかかわらず警備が大げさになっている。言葉が許されれば過剰警備というふうな印象さえある。たとえば多摩川の鉄橋を天皇ないし皇太子、皆さんがお通りになるときには、その多摩川の川面にはちゃんと警備のためのボートがあらかじめ浮かんでいるとか、あるいは伊豆半島を走るときには、並行して海上保安庁の巡視艇が疾走をしていたりというふうな風景をよく見るわけですね。ここまでいきますと、私はちょっと皇室と国民の間に要らざる隔たりを置く誘因になりはしないかとさえ思われますけれども、宇佐美長官はどういうふうにお考えですか。
#32
○説明員(宇佐美毅君) 皇室と国民の間におきまして何らの警備を必要としないことをわれわれは理想といたしますし、そう願うものでありますが、しかし現実の社会におきましてはいろいろなことが起こりつつございます。そういう面から警備の責任にあります警察当局としては、いろいろ手落ちのないように考えておられる結果だろうと思います。まあ、われわれも素人でありますが、いろいろな実際の問題を伺うと手放しでいてはいけないような情勢もあると思います。そういうことからある程度のことばやむを得ないと思いますが、その程度につきましては、そのときの社会情勢によって考えなければなりません。たとえば、私の方でもお正月の二日に陛下が一般参賀をお受けになる、その場合にも、前になかったようなガラスの部屋の中からお受けになるとか、私どもも早くやめたいんでありますが、やめるような情勢ではどうもないような説明を聞くわけであります。そういうことでございますから、そういう日の来るのを待っておるんでございますけれども、現状においては警察の方に依頼して、なるべくやり方においても余り隔てるような感じの出ないように努力してもらいたいという希望は言っておるわけであります。
#33
○秦豊君 何か、いまの答弁を伺っていますと、私たちもいろいろ聞いたところによると、手放しではいけないというふうなこともありというふうなことをおっしゃいましたが、そんな不穏な情報というのはそんなに頻々とあるんですか。
#34
○説明員(宇佐美毅君) 私どもはそういう情報を集めておるわけでございません。警察の方から若干そういうことを耳にいたしまして、むずかしい警備があるようであります。
#35
○秦豊君 ごく最近でも、じゃ警察情報として天皇の御旅行に伴って、そういう具体的なケースがあったんですか。
#36
○説明員(宇佐美毅君) たとえば橋梁を守るというようなことは、現にあって、その結果ああいうことになっておるんじゃないかと私は想像いたします。
#37
○秦豊君 しかし長官、伊豆半島を陸上交通機関を使って旅されているときに、海上を時速十何ノットの、十三、四ノットですね、あの巡視艇はこれが並行して走るといってもはなはだリアルじゃないんですよ、警備のいわゆる実質を満たせない、単なる儀礼というか、まさに象徴的な警備というか、余り実体的じゃないと思うんですよ。こんなのは私はやっぱりやり過ぎじゃないかと思うんです。だから、御自身がおっしゃったように、隔たりを少なくするというのが宮内庁長官、長年のあなたの基本的な姿勢であるとすれば、やっぱり一つ一つデリカシーを働かして、伊豆半島の旅行のときにはどんな警備がいいか。それは警察側はいろいろ言いますよ。ほどのよいバランスをとるのはあなたの重要な職責の一つであるから、具体的な私の体験として申し上げているのだが、陸上を行っている、海の上に巡視艇、余りこれは現代的な警備とも思えないからあえて伺ったんですが、重ねてちょっとだけ伺っておきたいと思います。
#38
○説明員(宇佐美毅君) 私どもは、汽車で御旅行になるときに、外を見ておりますけれども、汽車とともに走っているという光景は余り私どもの目には入っていない。ただお泊まりになりますと、いわゆる水上警察というような意味で船が泊まっておるということはときどき見るわけであります。そういうような状況であります。
#39
○秦豊君 やっぱりこれは積み重ねですね、一つ一つの。案外大事なことですね。ですから、基本的なあなたの方針として、いやしくも過剰警備に類するようなことについてはもう再検討したいとか、あるいはやめたいとか、もっともっと国民と近づけたいとか、そういうお考えはおありなんですか。
#40
○説明員(宇佐美毅君) 先ほども申し上げましたとおり、私としましては、ないのが理想である、そういう意味からいろいろ私の気がついたことも言っておりますし、しかし、警察は責任を持ってやっておりますので、その立場から、どうしてもこの際はということになりますとこれを押し切るわけにもいかない。やっぱりいろいろ苦心をしておられることはわれわれも察しなければいけないと思います。まあそれにしても、やり方も非常にうまく目立たないようにということは常にお願いしておるわけであります。
#41
○秦豊君 皇室と国民の距離を象徴する一つの具体的なサンプルがあります、実例が。これは二年前の委員会でも私ちょっとあなたに伺った。御記憶だと思うが、つまり、皇室と国民との距離をまさに象徴することは、ジャーナリスト、カメラマンと天皇の距離ですよ。何かありがたく下しおかれる宮内庁専属のカメラマンがいた時代と違って、いま開かれた皇室を目指すのがあなたの基本姿勢でしょう。ならば、取材というようなものについては、最大限いわゆる人間臭い天皇というのは、あなた方のむしろ演出と言っちゃ悪いけれども心構えの一つであってさえいいと思うんですよ。ところが、私が二年前に質問したときよりますます天皇とカメラマンとの距離は遠ざかっている。そのことは、つまり国民と天皇との距離だと私は言いたいんです。ちっとも検討されていないじゃありませんか。ますます遠ざかっているじゃありませんか。どういうふうにわきまえていらっしゃいますか。
#42
○説明員(宇佐美毅君) ただいまそういう御質問がございましたけれども、私どもはそういうふうに考えておりません。前とそんなに変ったとも思いません。要するに、陛下がお出になるときには、カメラマンばかりでなくて一般の人もお迎えしているのでありますから、みんなが気持ちよくできるようにするというのが私は要点であろうと思います。カメラマンさえ撮れればあとはどうでもいいというわけに私どもはいかないと思うのであります。ですから、カメラマンもいい絵が撮れるというところで、話をして位置を決めたりしておるわけであります。そういうわけで、決してカメラマンを無視している気持ちもありませんし、いま申し上げましたような考え方で私どもは進めておるつもりであります。
#43
○秦豊君 ちょっと問題から離れますけれども、外交官の場合には、たとえば、あるいは政府使節の場合に、国民、納税者の負担において外国に贈り物を持っていく。大公使が任を終えて帰るときに、中には土地をもらったりする大使もいるようであるが、そういうものを私有物として収納するというケースがあって、こういう問題はやがて別な場でまた追及をしなければならぬ、一定の基準を儼乎として設けなければならぬと思っているわけですが、カーター政権などは一千ドル以下、以上というふうに非常に厳しい規範を設けようとする非常にモラリッシュな動きさえ見えているんだが、日本では野放しだ。そういう点については改めて追及をしたいと思いますけれども、きょう皇居の中をずっと御案内をいただいて、いろんな美術品に類するものなども拝見して、意外に新しいもので統一をしているのでその点意外だった。もっと古いものがあるのかなというふうな感じがあったんだけれども、それは一種の吉村教授のデザインの感覚との調和でしょう。
 で、天皇には、また皇室に対しては、日本各地あるいは諸外国からいろいろな贈り物が参りますね。細かいものはまとめてこれは国会で承認をしているわけなんだけれども、一度参考のために、そういう諸外国 国内を含めて皇室に対する贈り物ですね、お差し支えなければ、明細とか金額とか、おおよそ御提示していただける御用意ありますか、いまここでお答えにならなくても結構だが、御用意はいかがですか。
#44
○説明員(宇佐美毅君) 御承知のとおりに、陛下か一般からおもらいになりますことについては法律上の制限がございます、金額におきまして。ただ、外国の公の交際の場合には、国会で議決を経て規定が改正になっておりますが、これは一々国会の議決を要しないということになっております。しかし、そういう贈り物を持ってこられるのは国賓とか特別の場合でありまして、一般日常において、ほとんどそういうことは少ないわけであります。多少、陛下の御研究になっております動植物の標本を少し上げるというようなことばあるかもしれません。いわゆる財産的価値の非常に大きいものというのはほとんどわれわれも目にしておりません。そういうわけでございまして、特に法律上の制限もありますので厳重に考えておるわけであります。ただ、地方なんかにおいでになりましても、いろいろ差し上げたいというのが出てまいりますが、いわゆる宣伝にしようというのも考えられるので、そういった種類のものは全部断っておりますし、本当に、お菓子であるとか、若干の土地のものを、価格も一々聞いて、高いものは拒否しておるというような状況で整理をしておるわけでありまして、たくさんの財産的価値のあるようなものが入るということはまずほとんどないと申し上げていいと思います。
#45
○秦豊君 浩宮さんは、たしか来年大学進学でしょうか。
#46
○説明員(宇佐美毅君) いま高等科三年でいらっしゃいますので大学にお進みになることになろうかと考えております。いま、じゃどこかと、何科をなさるかというようなことは、いろいろな関係で調査中でございます。
#47
○秦豊君 調査中。じっくりお考えになる方がいいと思いますけれども、宮内庁の方針として、やはり浩宮、皇位継承順序などを考えますと、この教育というのは非常に重要です。宮内庁として、どの学校を選ぼうか、どの学科をというのは御本人の希望だろうが、大体基本的な方向というのはおありなんでしょう。かつては帝王学ありきであった。今後どうされるのかというふうなことを含めて、基本的な浩宮様に対する大学教育その他の方針はお持ちなんでしょう。
#48
○説明員(宇佐美毅君) ただいまの皇太子様につきましても、いまの殿下から一般の学校にお入りになるという、特別の家庭教育というような形を、御学問所とか、そういう形をとらないということで学習院大学にお入りになったわけであります。それで将来の教養として足りないであろうと思われるものを、そのほかにいろいろ考えまして人を選んでお聞きを願ってきたわけでありまして、今後浩宮様についても、私どもが考えましても大体そういう形になると思いますが、それが一体、法律経済の方か文学部系統の方か、何をなさるかということは御本人のお気持ちもありましょうし、御両親もお考えでありましょうし、いろいろな、関係しておるその方の教育者の人たちの見解もございましょうし、それをいま検討中でございまして、いまここではっきり申し上げるほど固っておりません。
#49
○秦豊君 それについては当然慎重なお考え結構ですがね。基本的なものとして、グルントになるものとして、いやしくも憲法というのだけは正確に、的確に教授申し上げた方がよろしいのではないか、必修のものとしてどの学科をお選びになるにせよ、という私は意見を持っていますが、その点はいかがでしょうか。昔は、元田永孚、帝王学、明治天皇というふうなかって時代があったわけなんだけれども、今後の方針に関係しますから伺っておきたいんですが、いわゆる帝王学的なものというのは、カリキュラムというか、コースとして、学科として用意されているのか、その点もあわせて伺っておきたい。
#50
○説明員(宇佐美毅君) よく帝王学と申しますが、それじゃその内容は何かと言われますとなかなかむずかしいことであります。しかし、将来天皇の地位におつきになる方としては、やはり日本の歴史とか世界の歴史とか、あるいは日本の基本的な法規とか、いろいろな点を常に頭にお持ちにならないといかないと私どもは思います。そういう点で、大学において法律系統にお入りになれば当然そういう憲法とか何かも入ってまいりましょうが、その学校の憲法だけで十分かどうかということも考える必要があると思います。あるいは浩宮様はもうすでに常識的な話はお聞きになっているんじゃないかなと思います。そういうわけで、だんだん上に上がるにつれて専門的な御勉強もなさらなきゃならないと私どもは考えております。非常に、国の基本的な問題についてははっきりとした考え方をお持ち願いたいと私は希望するわけであります。
#51
○秦豊君 当然そうだと思います。かつては小泉信三教授という存在が皇太子の身辺にあった。今後、浩宮の場合にそういうふうなことをすでに考慮されているんでしょうか。
#52
○説明員(宇佐美毅君) 皇太子殿下の小泉信三先生という関係から、すべて小泉先生が、何と申しますか、代表するようなお話になるわけでありますが、しかしまあ、いろいろ学者もございますが、すべてのことについて満点という方も少ないわけで、それぞれ特徴ある研究をしていらっしゃいます。一人だけでいいとも私は思いません。ですから、非常にバランスのとれた御勉強をしていただきたいと、かように思います。
#53
○秦豊君 すでにその複数のそういうふさわしい方のリストアップは進んでいるんですか、あるいはお進めになる何かめどがおありなんですか。
#54
○説明員(宇佐美毅君) これはどの大学においてどういう部にお入りになるかというようなことと、当然そういう問題とが絡んでまいります。ただいまそういう点に注意しながら検討をしておるわけであります。
#55
○秦豊君 本論、天皇陵墓の問題に入りたいと思います。答弁を整理していただく意味で、天皇陵墓について私自身がどら認識しているかという基本的な部分をあらかじめお聞き取り願いたいと思うんです。
 私自身の基本的な天皇陵墓についての認識は、最近、日本の古代史を考えるということは、すぐれて日本の現代を考えることだという大きな前提に立っているわけです。つまり、日本ばかりではなくて、世界的に見ましても、古代遺跡の発掘調査が盛んに行われている。そのことが確実に人類の文化史の解明に貢献していることはどなたも、宇佐美長官も否定されないと思います。中国や朝鮮やアラブや、あるいはラテンアメリカを含めてそのことは言い得るし、それから、日本の場合だって、たとえば高松塚古墳という発掘調査がむしろ国民的な関心を呼んだし、あのマスメディアを通じて振りまかれた発掘の情報は、やはりこれは国民共有の財産なんだなあという意識を醸し出すことに役立ったと私は思うのです。つまり、国民の共有財産だという意識がかなり私は広がったのではないかと思う。考古学という分野、私は未踏の分野で知りませんけれども、趣味的にしか知りませんけれども、当然遺跡を調査したいという学問的な理性的な要求というのは高まっていますね。さまざまな要求があなたのところにも行っている。ところが、調査と研究を進めることによって、こうした人類、いやこの場合は国民共通の財産、つまり文化財、あるいは国民の共同財産としての価値意識が高まりますし、ひいては大事にしようという意識のリアクションとして乱開発への理性的な歯どめもできると、こういう問題ができて、つまり開発と、それから遺跡の保存という問題がほどよく民族の知恵の中でバランスがとれると思うのです。
 ところで、日本の考古学にとっては一番大きな実はネックがあります。それは、制約要因というか、本来私が申し上げたような前提に立てば、国民の共有財産であるはずの天皇陵墓と言われる古墳群ですね、これをあなた方宮内庁は陵墓として押さえている。厳然として学術調査の対象たり得ないというふうに分厚い壁を構築していらっしゃる、これが現状です。こうしたしかしあなた方の態度、宮内庁の方針というのは、私の申し上げたような認識からは非常に隔たりがあるし、国民共有の財産という私の問題提起とはかなり懸隔があるのではないかと私は思うのです。そこで、原則として私は古代の遺跡に属するものは、日本にある古墳群は日本国民の共有の文化財だと、こういう認識を私は持っている。共有の文化財であれば、当然これを学術調査の対象にむしろ積極的にすべきではないかというのが私のこの部分についての結論。そのことは皇室というある存在が、さまざまな見方はあるにせよ、一定の存在が日本国に対する、あるいは国民に対する貢献にもなるし、寄与にもなるというのが私のこの認識なんですけれども、宇佐美長官は、私のこの部分についての認識についてはどうですか。どんなお考えをお持ちでしょう。
#56
○説明員(宇佐美毅君) 陵墓に関するいろいろな御議論は、過去の国会の委員会でしばしば伺って、私もはっきり申し上げて、おまえはウルトラ保守主義者だなどという言葉までいただきましたが、そのとき私は、この問題についてウルトラ保守主義者であるのは非常に結構だと自分は思うというお答えをしたことを思い出すわけであります。
 陵墓というものは、われわれの各家庭でも、親とか先祖というものの墓がはっきりしておるときにはお祭りをしているので、これをいつでも調査をしていいという感じは普通はないわけで、それをやるのは刑法上も問題が起こるのじゃないかと思うのであります。そういうわけで、われわれの陵墓というのは、その文化的価値とか、そういう問題を知らないわけじゃございませんけれども、やはりこの代々の御祖先のみたまを祭る静ひつな神聖なところとして考えて、その御命日にはちゃんとお供えをしてお祭りをしておるというものであります。で、世界の古い古墳というものは、それを祭る人は恐らく残っていない、代がかわってきているんではないかと思います。非常に長年月、しかも変わっているんじゃないか。ですから、これを発掘するということにつきましても、あるいは精神的な負担がないのかもしれません。われわれはやはりそういうような立場で、いままで綿々として伝わってきた皇室の中心であられる陵墓というものを、ただ物として見ることができない。やはり精神的な先祖のお墓としてという感じでありまして、昔の自分の祖先とも言えないような時代の人、ほかの国にありますようなものとは非常な違った意味が私はあると思うのであります。したがって非常に厳格に考えております。ただ、現在はこの陵墓というのは国有財産です。皇室用財産として宮内庁が所管するということになっております。そういうわけで、われわれとしましてはそういう皇室用財産としてお守りするということを貫いていきたい。もちろんその文化的問題につきましては、いろいろなできる限りのことについてはわれわれも協力をいたしたいと思いますし、いろいろやはり修理をするときもございますが、そういうときは現在でも文化庁とも相談いたしたりして慎重な態度でやっておるわけでありますが、ただ古墳という一つの文化財というだけではないということを基本的にはわれわれは考えております。
#57
○秦豊君 いままでの国会のこの陵墓論争、そこでとまっているんです。私、はなはだしく不満ですから、そこから前の方へ行きたいと思うのです。掘り下げてみたいと思うのですが、あなたはいまの答弁でもわかりますように、天皇家の私的な陵墓である、まあ宗教的対象とも言われたけれども。そうすると一種の例外措置を求めていらっしゃるわけですよね。例外措置を求められるならば、天皇家としては、それを代行する宮内庁としては、積極的な一種の挙証責任が当然派生するわけですよ。なぜ例外を認めてもらいたいかと、なぜこれが例外の対象足り得るかという一種の挙証責任が生ずるんです。そういう私はとらえ方であなたにちょっと聞いてみたいんだが、それじゃ、このいわゆる天皇陵墓というか、天皇陵あるいは古墳、これはいま幾つあるんですか。
#58
○説明員(宇佐美毅君) いま陵墓は近畿地方を中心で一番多いわけでありますが、一都二府三十県にわたって四百五十四ヵ所でございます。歴代天皇の御陵が百十一、皇后陵及び歴代外の天皇陵が七十五陵、それから皇族墓、皇旅以外は墓でありますが五百五十、分骨所、火葬塚、灰塚等が四十二、歯髪爪塔その他が六十八、陵墓参考地が四十六と、八百九十二カ所でございます。こういう大きいものが近畿を中心として各地に存在するわけであります。
#59
○秦豊君 天皇陵墓に限定すれば幾つとおっしゃいましたか。
#60
○説明員(宇佐美毅君) いま申し上げましたように、歴代天皇だけを挙げますと百十一であります。
#61
○秦豊君 そうしたものを天皇陵墓であると定められたのはいつのことなんですか。
#62
○説明員(宇佐美毅君) これは歴史的に申しますと、明治以前から、もとは皇室も関係しておられましたが、中期に皇室が式微なりましてお手当てができなくなりましたが、その後徳川幕府がこれを心配しまして、いろいろ手を加え、それから検討を加えて、だれだれ天皇の御陵というものを定めてまいりました。そのほか、明治に入りましても――徳川から明治までの間にいろいろ検討しまして、陵墓というものが決まってきて今日に至っているわけであります。
#63
○秦豊君 その答弁ちょっとラフだと思いますよ。一八七二年ごろ、明治藩閥政権のころですよ、徳川じゃありませんよ。やっぱりぼくらの用語、定義で言って、神権天皇制、欽定憲法、こういう藩閥政権の知恵でさまざまなものが必要になり、その一環として天皇陵墓の制定があったと、私たちはそう思うんですよ。だから明治時代、一八七二年です、長官。徳川じゃありませんよ。どうでしょうか。
#64
○説明員(宇佐美毅君) ちょっと書陵部長から御説明いたします。
#65
○説明員(野本松彦君) いまのお話でありますけれども、明治時代以後に確定されました天皇陵は二十陵でございます。それ以外は幕末までに確定されていると。もちろん徳川時代においてもすでにはっきりわかっている陵墓もございます。で、徳川、元禄にも、はっきりわかっていた陵墓でも非常に荒れ果てていたというような御陵を修復したり、あるいは不分明になった御陵を確定するということをやっております。
#66
○秦豊君 まあ二十という、多分そうだと思いますが、それは藩閥政権のころ、どのような機関で、どのような構成メンバーによって制定されたんですか。お名前がわかりますか。
#67
○説明員(野本松彦君) いま申されました藩閥政権というのは、明治以後でございますか。
#68
○秦豊君 もちろんそうですよ。
#69
○説明員(野本松彦君) 明治以後におきましては、明治政府が徳川幕府の事業を引き継ぎまして、陵墓を考証、確定、整備ということをやっております。その当時は、明治初期から二十年の間にかけては非常に制度がくるくる変わっておりますし、行政手続、法制関係もいろいろ変遷がございますが、十八年に内閣制度ができますまでは、太政官において審議決定し、上奏、裁可等得て確定いたしております。
#70
○秦豊君 私が知りたいのは、どういう機関で、どんな構成メンバーが審議に携わり、結論を出したのか、これを知りたいんですが、書陵関係には資料がおありでしょう。
#71
○説明員(野本松彦君) 陵墓の確定はあくまで政府の責任においてやったわけでございますけれども、考証等の仕事につきましては、明治政府に勤務しました学者等が携わっております。たとえば例を挙げますれば、谷森善臣というような学者が加わっております。それから砂川政教というような人、そういった歴史学者が参画しております。
#72
○秦豊君 数人ですか、十数人ですか。
#73
○説明員(野本松彦君) ちょっとその正確な数はわかりかねますが、まあ調べればある程度はわかると思います。
#74
○秦豊君 やはり、いま砂川さんの名前も挙がりましたけれども、恐らく十数名だと思いますよ。お調べになって後ほど回答してください、時間がもったいないから進めますけれども。
#75
○説明員(野本松彦君) 後ほど回答いたします。
#76
○秦豊君 恐らくもう絶対的な天皇主義者、神ながらの道、こういう学者で一〇〇%網羅されていると思います。
 その際に、では砂川さんたちが、これが天皇陵墓であると確定をされた、答申をされた根拠をどういうふうに書陵部長は引き継がれていますか。
#77
○説明員(野本松彦君) これらの方々が確定された根拠は、文献、それから伝承あるいは実地調査というようなことを行われまして根拠としておるというふうに承知しております。
#78
○秦豊君 あなた方はまあそういうことをお認めにならないでしょうけれども、天皇陵墓というのは非常に根拠があいまいなんです、実は歴史的に言いますと。八世紀以前の古墳の主がだれであるか、これは不明なんですよ。歴史期に入ってもあいまいなんです、これは。それで陵墓探しが始まったのは元禄期からなんです。元禄時代からなんです。しかしその水準は非常に低かった。それから、天皇陵の古墳が、いわゆる拝所を持ついまの形になったのは、幕末に宇都宮藩が大改修をして、そうして着工前と着工後の様子を対比した山陵図というのと、考証資料としてつくった山陵考というのはあなた方のところにあるんです。そうでしょう。で、あとは例の有名な蒲生君平とか、江戸末期、山陵志というのがあるんだけれども、そういうものが参考になったわけでしょう。
#79
○説明員(野本松彦君) いまおっしゃいました、そういった資料が参考になっておるものと思われます。
#80
○秦豊君 したがって、歴史学の専門家、考古学の専門家から言わせると、その水準はきわめてラフである、低いというのが一般的な学界の評価になっているようですが、あなた方はそういうものをお認めにならなくて、いや絶対ですとか、水準はきわめて高いというお顔をされているが、実はそうじゃないんです。
 陵墓の参考地というのは幾つあるんですか、では。
#81
○説明員(野本松彦君) 陵墓参考地は四十六ございます。
#82
○秦豊君 それじゃ、その陵墓参考地を定めた理由ですね、それから、どういうものがこれに含まれているのか、おわかりでしょうか。
#83
○説明員(野本松彦君) 陵墓参考地として指定されておりますものは、天皇あるいは皇族の墳墓であったものではないかというようなものについて陵墓参考地として指定し、皇室用財産として宮内庁が管理しております。
#84
○秦豊君 ないかと思われるわけであって、確実な史学的根拠はお持ちでないんでしょう。
#85
○説明員(野本松彦君) 名前のごとく参考地でありますから、まだ確実な決定に至るまではなっておりません。それを参考地として管理しております。
#86
○秦豊君 それじゃ陵墓参考地に対してはどんな措置を宮内庁としておとりになっているんですか、礼拝の対象になっているんですか。
#87
○説明員(野本松彦君) 参考地でありますから、確定的にどなたの墳墓かということがわかっているものではありませんから、礼拝とか、そういったものの対象にはなっておりません。正式のそういうものにはなっておりません。
#88
○秦豊君 まあ天皇陵と一方で言いますね、天皇陵墓あるいは陵墓参考地と言い、なかなかあいまいなんです、これを歴史というふうな基準にすり合わせますとね、これは。
 そこで、同志社大学の森浩一教授にお伺いしたんですけれども、この三十九ある天皇陵古墳のうちで、陵墓と天皇の名前が一致しているのは、奈良にあります天武・持統の合同陵、それから京都にある天智天皇陵の二つしかないんです。三十九分の二なんです。こういう学説をお立てになっていらっしゃるんですよ。宮内庁の方としてはこの点、森教授の学説に対してはどんな考えをお持ちですか。
#89
○説明員(野本松彦君) 森教授の学説は、一教授のと申しますか、一学者の学説ということで、宮内庁としてはそういうふうにとっております。
#90
○秦豊君 もちろん書陵部長の職責を賭して、そういうお答え以外の日本語は使えないと思いますが、しかし、私たちはやはり歴史というふうな流れからこれを考えますと、きわめてあいまいであるというのがむしろ常識であり定説なんです。ある段階から、もうとにかく信じたいから、天皇陵墓です、なるべくこの次に信ずる対象として陵墓参考地から幾つか拾い上げる、こういうことになっているんで、根拠を問われればあなたにも確信を持ってお答えにはなれないはずです。
 とにかく、そういう議論をしていてもここでは不毛ですから進めますけれども、それでは伺いますけれども、この現在の天皇陵墓あるいは古墳、あるいは名づけられた特定の、三十九なら三十九に限定して天皇の名前がそれぞれ冠せられています。ところが、それについて宮内庁は一つ一つについて確信をお持ちになれますか。
#91
○説明員(野本松彦君) それらの御陵については、御陵に確定いたしました資料なり確定した理由というものはございます、それぞれ。
#92
○秦豊君 あなたはいつから書陵部長でいらっしゃいましたか。
#93
○説明員(野本松彦君) 四十九年の五月からでございます。
#94
○秦豊君 そうすると、あなたの御就任前ですが、四十八年の七月九日の毎日新聞によりますと、宮内庁の答弁として、これは宇佐美長官が恐らく御存じだと思いますが、どなたか国会議員の質問に対して、宮内庁は、「天皇陵の決定については、当時の学問水準も低いことから、ある程度あいまいなことも認め、いくつかの陵については、疑問点もある」と、こういうことをやはり答えられているんですよ。それと、きょうの書陵部長のお答え、宇佐美長官のお答えとはかなり食い違いがありますが、依然としてどの陵墓についても確信をお持ちなんですか。
#95
○説明員(宇佐美毅君) 私どもは、過去において、いままで申し上げましたような経過で陵墓が決まってまいっております。その後、明治になりましても若干の訂正が陵墓についてもあったと思います。そういうわけで、はっきりとその誤りがわかるという場合におきましては、十分な審査を経て決定をしていくわけであります。お話しのとおりに、古い陵墓のことでありますし、その調査が完全無欠ということはある程度言えないかもしれません。それはいろんな学説があるということからわかるわけであります。すべての学者の意見がまとまっておるというのは非常に少ないと私は思いますし、私どもにも、名前を申し上げていいかどうか知りませんが、橿原考古学研究所長の末永先生に書陵部の委員をしていただいて、いろいろ御相談をしているわけでありますが、結局いろんな議論があっても、一番はっきりするのは墓碑銘が出ればということで、なかなかむずかしいんだということをおっしゃっておりますし、それから、すぐ陵墓を掘れということについて私も伺いましたけれども、考古学界としてはやることがたくさんあるんだと、いきなり興味本位にかかるべきものじゃないということを言っておられるわけで、われわれもそうだろうと思いますし、おっしゃるとおりに、いままでも学説がほかにあるということは了承しております。その限りにおいては、やはりもしほかにいろんな新しい発見があるならば、それもわれわれも研究していくべきであるということは思いますが、すべてのそういう資料を集めて、間違いのないということでなければ容易に動けないと私どもは考えております。
#96
○秦豊君 やっぱり宇佐美長官御用身も、天皇陵墓については一〇〇%の確信というのはお持ちになり得ないでしょう、いまの答弁からしても。
#97
○説明員(宇佐美毅君) しかし、ほかにあるかということになるとこれまた問題でありまして、現在決まっているところをわれわれは正確にそれまでは守っていかなければならぬと、かように考えております。
#98
○秦豊君 じゃそれが天皇陵墓であるという証明、挙証は当然おできになるわけですね。
#99
○説明員(宇佐美毅君) 書陵部長が申しましたとおりに、一定の根拠を持って決まっていると思います。その根拠について学説があるかもしれません。それで、間違いであると、こちらが本当だというようなことは、なかなか決めかねるということであります。
#100
○秦豊君 やっぱりそこがおかしいのであって、こだわるわけじゃありません。興味本位なんていう立場は毛頭持っていません。冒頭の私の基本的な立場をお聞き取りのとおりです。いたずらな要求もしていません。ただ、ある基準に即して言っても、どなたのものか学問的に証明できないものを、天皇家が一種の祭祀の対象にするとか、場合によっては一般国民も拝むというふうなことは、非常に不思議な風景だと私は思うんです。やっぱり一種の今日的な水準を持った学術、専門家の協力を得て、改めて天皇陵墓についての学術調査というのがいまこそ必要ではないかというのが私の立場なんですよ。そのことが冒頭に申し上げた共同財産、国民への貢献、寄与ということに結びついていくと思いますが、宮内庁としては、天皇陵墓についての学術調査、新たな学術調査については、頭からもうこういうものは必要ないというふうなお立場なんですか、どうなんでしょう。
#101
○説明員(宇佐美毅君) 他にいろいろな学説が出てまいりますれば、そういうものをよく検討するという気持ちはもちろんございます。しかし、いますぐ掘ってどうするというようなことは考えておりません。
#102
○秦豊君 そうすると、やっぱり否定的なわけですよね。天皇陵については明治以降に特定の天皇の陵墓として礼拝をしているわけですから、そうした慣習というか、事実からいたしますと、どの天皇の御遺体がどの陵墓にあるかということをせんさくする必要はないというのがあなたのお立場のようにもうかがえるが、そういうことなんですか。
#103
○説明員(宇佐美毅君) それを決定的に調査しなければならないというだけの根拠というものが出てこなければやらないということを申し上げておるわけです。
#104
○秦豊君 文化庁、いらっしゃいますね。
 文化庁に伺いますけれども、天皇陵墓古墳、これを除くいわゆる古代遺跡の保護については、基本的にどんな見解をお持ちですか、方針を。
#105
○説明員(角井宏君) 陵墓を除きます参考地、陪塚につきましては、その保存のために必要がある場合には、宮内庁とも協議の上、指定をすることを現にやっておりまして、具体的に申しますれば、藤井寺市にございます城山古墳、あるいは橿原市にございます丸山古墳、あるいは藤井寺市にございます墓山古墳、それから堺市の丸保山古墳、こういったようなものを史跡指定をして保護をするという措置をとっておる次第でございます。
#106
○秦豊君 じゃ、文化庁としては当然天皇陵古墳についても、共有財産、共同財産、重要文化財として、厳重に、適確に保護したいでしょうね、保存したいでしょうね。
#107
○説明員(角井宏君) 古墳のみならず史跡一般について、史跡指定を必要といたしますのは、通常その遺跡が開発その他の事由によりまして、破壊されるおそれがある場合でございます。したがいまして、そういう場合に指定によって開発から守るということをやっておるわけでございまして、陵墓の場合、宮内庁が陵墓として十分管理保護に当たっておられるのでございますから、遺跡としての保護の観点から見ましても、現段階で史跡指定によって保存を図る必要はないと考えております。
#108
○秦豊君 あなたはそうおっしゃっても、少なくとも学術調査の対象にはなさりたいでしょう。
#109
○説明員(角井宏君) 先ほど来、宮内庁長官からしばしばお答えがございますように、天皇陵は単なる文化財ではございませんので、現に皇室の祭祀の対象になっているものでございますから、これにつきましては慎重に考慮をしなければならないと思っております。
#110
○秦豊君 四十八年の三月には、文化庁が宮内庁に対して、そういうものの、天皇陵墓を含めて学術調査の申し入れをされているんですよ。そういう時代から見ると、じゃ文化庁もずいぶん宮内庁の主張に対して物わかりがよくなったわけですね。
#111
○説明員(角井宏君) 四十七年の三月に、文化庁から宮内庁に学術調査をさせてほしいという申し入れをしたという報道がございましたが、これは、その後にまた新聞に報道されましたように誤報でございまして、文化財保護審議会といたしましては、宮内庁に対して申し入れをすることを必要としないと、こういう決定と申しますか、これはあくまで公式のものではございませんのでございますけれども、非公式に意向をただしましたところ、必要がないと、こういう結論を得ております。したがいまして、今日におきましても、文化庁として御陵の調査につきまして宮内庁に何らかの申し入れを行う考えは持っておりません。
#112
○秦豊君 あなた方のところに北村文治主任調査官がおられていましてね、文化財の特定というふうなことになると、一般公開も考えなきゃならず問題は多いと、しかし、限られた研究者による学術調査という方針なので、何とか宮内庁に許可してもらいたいと、もしこれが実現すれば、歴史的な、また国家的な事業になることは間違いないと、こういう見解を持った調査官さえ、ある時代には文化庁に存在したわけですよ。だから明らかに、いまあなたの二、三の答弁を聞いていると、その当時から完全に後ろ向きになっていますね、宮内庁ベースになっている。文化庁としての貢献をしていない、役割りを果たしていない、こう思う。あれはあれですか、そういうふうな意見を持ったのは、高松塚古墳の発掘の後のあのやや熱っぽい雰囲気の中で、つい口が滑ったんですかね、文化庁としては。どうなんですか。
#113
○説明員(角井宏君) この新聞報道は四十七年でございますので、高松塚古墳の発掘以前……
#114
○秦豊君 四十八年です。
#115
○説明員(角井宏君) あ、大変失礼いたしました。そういうときであったかと存じますけれども、この報道自体、そのようなことはなかったのではないかと思います。したがいまして、事実では――事実と言いますよりは、むしろその当時の報道に調査官の意見として掲載されたものと、それから文化庁が正式に保護審議会に諮って出した結論との違いかと思いますので、御指摘のように後退したというようなことはございません。
#116
○秦豊君 時間が迫っておりますので、宮内庁長官にちょっとこの質問を返したいと思いますが、天皇陵墓の所有関係、これはどうなっていますか。
#117
○説明員(宇佐美毅君) 陵墓は、先ほど申し上げましたとおりに国有財産であり、それが皇室用財産という関係であります。
#118
○秦豊君 皇室財産ですね。そうしますとね、憲法の八十八条というのをちょっとひもといていただきたいが、皇室財産だとすれば、これは国有なんです。つまり憲法八十八条には、「すべて皇室財産は、国に属する。」と明記されているためであります。これは当然、長官、踏まえられますね。
#119
○説明員(宇佐美毅君) 国有財産であるということはいま申し上げたとおりでありまして、国の財産、しかし国の財産の中の皇室用財産、宮内庁の所管すべきものということになっています。
#120
○秦豊君 いや、だから宇佐美さん、こうなるわけです。憲法八十八条を正当に解釈をしますと国有財産、つまり国民共有の文化財という、私の冒頭申し上げた解釈もあながち牽強付会ではない、むしろ常識的な解釈だと、こういうふうになるわけです。そうしますと、この憲法的な解釈に立つ限り、陵墓の発掘調査というふうなことは、むしろ皇室が国民に対して、つまり憲法に対して負うべき一種の文化的義務だというふうな主張も成り立つと思いますけれども、それをまた否定なさるにはあなたの先ほどからるるお述べになっている答弁では、論拠がいかにも弱いと思われますが、いかがでしょう。
#121
○説明員(宇佐美毅君) 日本のいわゆる陵墓のようなものは恐らく世界にないと思うのであります。そういう長い間、お祭りする後の人がずっと続いておるというような形のものは恐らくない。で、先祖として慎重にそれを守っていくというところにあるわけでありますから、しかしその陵墓の形態その他が国有財産でありますが、中心はそのお墓自体でありまして、そのことはやたらに発掘していいとはどうしても皇室にある者としては考えられないと私は思っております。
#122
○秦豊君 あなたのその拒否をなさる論拠というより感情、フィーリングの中には、宗教的な感情、神聖観を害するというふうな思いもおありなんですか。
#123
○説明員(宇佐美毅君) われわれは、皇室の方も皆さんそうだろうと思いますし、われわれ自体の個人の墓でも先祖の墓をやたらに掘っていいとは思わないと、そういう感情と同様であります。
#124
○秦豊君 その場合は、よく国の財政を一家の台所と比べて言う比喩がありますけれども、あなたのいまのお答えも、民間のわれわれ個人の庶民の墓、これをあばくことについては許されないだろうと、天皇家も同じと。これは天皇家の場合には当てはまらないんです。なぜならば、先ほど申し上げたように憲法八十八条、国民の財産、国有財産、つまり共有財産、文化財、こういう側面がある以上、そういうたとえ話でもってざっくり割り切るわけにはまいらないんですよ。
 では、仮にあなたの立場を百歩譲って一応いまこの場で聞いておくとしても、じゃその天皇陵墓というのは、天皇家というあるファミリーの私的な、また宗教的な価値の対象である、文化財としての重要な側面をあなた方は余り肯定されないで、私的な祭祀の対象、守りたい価値の一つというふうにどうもきょうは逃げていらっしゃるんだが、そうなりますと、ずっと今後とも拒否されるとおっしゃるならば、天皇陵墓の維持整備に関する、管理に関する予算というものは宮廷費ではとても認めるわけにはいかない。これは内廷費に加えるべきではないんですか。
#125
○説明員(宇佐美毅君) 現在の法律で、国の財産のことになるんで、これは宮廷費で組むというのは当然であると思います。
#126
○秦豊君 その点が使い分けているわけです。国の財産である、宮廷費だ、内廷費ではないと。ところが、私の要求するような、国民の共有財産的な歴史的価値を持つものについてのある限定された、理性で抑制された調査の対象にしてもらいたいと言ったら、それは拒否する、予算は国の予算を使います、あとは天皇家の私的なものを守り抜きます。これでは憲法八十八条に対して誠実な対応をしているとはとても言えないじゃありませんか、どうなんです。
#127
○説明員(宇佐美毅君) 私はちっとも違わないと思っております。やはり、国有財産であっても、たとえば宮中三殿でも、あれは国有財産か私有財産かはなかなか法律的に決まらないので私ども困るのでありますが、あれを私有財産と見るか、国有財産と見るかという二つの論があると思うのであります。国有財産として見たときに、陛下があれをお祭りにお使いになるから、これは何と申しますか、内廷費でやるということにはなってこない。やはりいろいろ性格がございまして、ことに日本の陵墓というのは長い伝統を持って今日に来ております。そういう点から申しまして、私はただ現状においてそういうことが行われていいとはどうしても考えられないということです。
#128
○秦豊君 きょうは時間がなかったものだからはしょりましたので、一つ一つ細かい事実を積み重ねてあなたの見解あるいは書陵部長の見解を伺いたかったが、それは物理的にかなわなかった。しかし、いままでのあなた方お二人の答弁だけでは、やっぱり私が基本的に持っている疑念というのは晴れません。
 そこで、これは提案を含めての質問なんですけれども、こういうことはじゃ不可能ですか。あなた方が確信を持っていらっしゃる天皇陵墓についてですね、その一つ一つについて、それが特定の天皇の陵墓なんだと、これが根拠だというふうなものを、これは委員会質問するとこんなに膨大になりますからね、恐縮だがそれを文書で回答を願えますか。それから同時に、いただく文書による回答というのは、十分に現在の歴史学の、あるいは考古学の、つまり学問的な批判にたえられるような水準のものを期待したいと思うんですけれども、これについては長官どうですか。
#129
○説明員(宇佐美毅君) 多くの陵墓のことにつきまして、そういうものを直ちにいまここで用意するといいましても相当時間のかかる問題であります。しかし、私の方も、先ほどから申し上げましたとおり一定の根拠を持って決まっておる。それに対してどう見るかというのはいろんな学者でまた違ってくると私どもは思いますが、そういう点については内部でも検討をしまして、できることはいたしたいと思います。
#130
○秦豊君 少なくとも部分的肯定というふうな答弁と受けとめさしていただきます。だから、全部が不可能な場合には、ある段階のころに、適当な時期にある部分について私の申し上げたような内容と水準を持ったものを御回答いただければと思います。
 確かにあなたも言われたようにいろんな学説がある。必ずしも一〇〇%合意はないと思う、いまから過去を振り返る作業だから。しかし、少なくとも天皇陵墓問題というのは、もう衆参両院でしばしばあなたの言われたように討議はされている。しかしあなたのガードは非常にかたい。しかも、憲法八十八条を引用しての私の質問に対しても、国有財産は認めるが、天皇家の私的な祭祀の対象という側面を意識的に強調されて、そして予算についても宮廷費は当然ではないかと。しかし、理論的には内廷費で処理さるべき、天皇ファミリーの、天皇家のこれは祭祀の対象あるいは祈りの対象ではあっても、とても国の予算を使うような対象ではないというのが私の意見です。
 こういう質問をすると、あなたと私とはもうこんなに距離がありますから、とても本委員会ではおさまらないけれども、やはりひとつ適当な時期に、天皇陵墓についてはさまざまな学者の方々をそれこそ参考人としてお招きをいただいて、この際日本の伝統文化の一つ、歴史文化財の一つ、天皇陵墓をどう考えるべきかというふうなことについては、それはさまざまな立場の方があっていいんだから、ひとつ内閣委員会なり文教委員会と合同なり、さまざまな委員会と合同なり舞台は考えるとして、一度そういうチャンスぐらいあったらいいんじゃありませんか。皇室経済法の審議、今明日、木曜日というふうなタイミングじゃなくて、一度そういうふうなものはあり得ていいのではないかと思うが、それについての長官の答弁だけ伺って質問を終わりたいと思うんですが、どうでしょう。
#131
○説明員(宇佐美毅君) 私どももそのいろんな議論があることについてはだんだん解決しなきゃならぬというふうに思います。ただ、これはなかなかむずかしい問題だというふうに考えておりまして、私どもも素人なんで、こういう席で大いに考古学とか歴史学の論争ができるかどうかわかりません。ですから、そういうものは相当学問的な人と連絡をとっていかなきゃならぬ。現にいま問題になるようなことについては、そういう方と連絡するということで話もしているわけであります。ですから、各陵について一斉に始めるというようなことは容易じゃございませんが、将来は一つ一つの問題について、われわれも宮内庁だけで決めるというんじゃなくて、広く意見を聞いていかなければいけませんし、それで納得のいく線で物を考えたい、かように考えます。
#132
○委員長(増原恵吉君) 午後三時まで休憩いたします。
   午後二時二十九分休憩
     ―――――・―――――
    午後三時十分開会
#133
○委員長(増原恵吉君) ただいまから内閣委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き皇室経済法施行法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#134
○矢田部理君 先ほど関連質問でしたので、よう意を尽くし切れませんでしたので、総理府総務長官にもう一回憲法問題についてお尋ねをしたいと思います。
 まず、憲法記念日というのはどういう日と理解をされているか、そちらの方から聞かないで、総務長官の理解の仕方を伺いたいと思います。
#135
○国務大臣(藤田正明君) 日本国の憲法の施行を記念し、国の成長を期する日であると、このように考えております。
#136
○矢田部理君 「施行を記念し、」と書いてございますね。施行からことしは何年目になりましょうか。
#137
○国務大臣(藤田正明君) 実施の方は二十二年の五月の三日でございますから、まるまる三十年ということになりましょうか。
#138
○矢田部理君 そういたしますと、憲法記念日として三十年を祝うとすれば、まさにことしが三十周年じゃないんでしょうか。先ほど施行と公布の混同が長官にあったように思うんですが、どうですか。
#139
○国務大臣(藤田正明君) 私は、先ほど公布の年から三十年ということを申し上げたわけですから、公布の方は二十一年でございますから、その三十年の切りのいいところで式典を行ったということを申し上げたつもりでございます。
#140
○矢田部理君 そうしますと、憲法記念日の記念式典じゃなかったんですか。憲法紀念日は法律で明確に「施行を記念し、」と書いてあるんですよ。公布を記念している日じゃないんです。だから三十年論は誤りだと思う。そうでしょう。
#141
○国務大臣(藤田正明君) 確かに「施行を記念し、」と、こう書いてございますが、昨年はいろんな経緯があったことは御承知のとおりだと思いますが、その経緯の結果、三十年を記念して行事を開いたということに昨年は相なっております。
#142
○矢田部理君 昨年、自民党の党内向けに三木総理ないしは当時の総裁がどう説明したかは知りませんが、三十周年記念ということでわれわれが聞いた記憶がないんです。公式に三十周年記念としてやったんでしょうか。
#143
○国務大臣(藤田正明君) 公式か非公式かは別にしまして、答弁では三木前総理はそういうふうに答えていると思いますが……。
#144
○矢田部理君 いつどこで答弁されたんですか。
#145
○国務大臣(藤田正明君) 五十一年の五月七日の参議院におきまして、桑名委員の質問に対しまして、「ことしは発布三十年であったわけですから」と、こういうふうに答えております。
#146
○矢田部理君 何ページですか。
#147
○国務大臣(藤田正明君) 二十七ページです。
#148
○矢田部理君 そこで、その質疑の個所を私は問題にしたいと思います。
 これは五月七日段階の論議なんですね。あなたはこれを根拠にして先ほどの答弁をされた。この三木首相の答弁の「毎年ということに対しては、これは検討を要すると考えております。」という一部を引き取って先ほどの秦議員の質問に答えたわけでありますが、その後これがどう変わったか御承知ですか。憲法論議が問題になったのは五月三日の改憲集会出席であります。連休明けに問題にされた。その初めの段階でそういう議論があったんです。ところが、その後これが手直しをされた。どういうふうになったか御存じですか。
#149
○国務大臣(藤田正明君) 確かに、いまの前三木総理大臣の発言は五月七日でございますから終わってからであります。その前に植木国務大臣、当時の総理府総務長官が、これは四月七日の段階で、これは衆議院の予算委員会で「本年は憲法公布三十年を迎える年でございますので、憲政記念館におきまして式典を行おうとするものでございます。」と、こういうふうな答弁もいたしております。
#150
○矢田部理君 その三十年論議のほかに、これはもう憲法記念日としてはまさに施行を祝っているのであって、公布が国民の祝日にはなっていないんです。そこは明確にしておいてほしいと思うんですが、同時にあなたは、ことしはやるが――その年ですね、その後については別途検討だという言い方をとらえて答弁をされている。これが間違いなんですよ。それが後でどう変わったか御存じありませんか。
#151
○国務大臣(藤田正明君) その点はつまびらかにしておりません。
#152
○矢田部理君 つまびらかにしないで、三木内閣の見解だ、あるいは三木内閣の考え方を踏襲しているんだという議論は、前提が不明確ですからそうするとおかしいんじゃありませんか。
#153
○国務大臣(藤田正明君) 前提が不明確と言われても、こういうふうな、前内閣におきまして四月の段階あるいは五月の段階で、総理府総務長官なり三木首相なりからこういうふうな答弁がなされておるわけですから、これを踏んまえて先ほどもお答えをしたわけであります。
#154
○矢田部理君 それは何日ですか。
#155
○国務大臣(藤田正明君) いまの元総理府総務長官の答弁は四月の七日でございます。
#156
○矢田部理君 何年のですか。
#157
○国務大臣(藤田正明君) 五十一年。
#158
○矢田部理君 五十一年。当時の締めくくりは、先ほど総務長官が答えた五月七日段階の議論ではなくて、一昨年の五月の二十一日の決算委員会で確認的な締めくくりをしたわけです。そのときに、憲法記念日の問題が当然問題になりました。その質疑の確認的な締めくくりとして、五月三日に憲法記念式典を行うと、政府主催で意義ある式典とすると、これはまあ本会議でも同様の文言になってあらわれるわけでありますが、それに対して自民党の国対委員長があれは三木内閣のやることで自民党は関係ないみたいな議論をされた。そのことがまた同時に決算委員会等でも問題になりまして、最終的には三木総理の答弁に井出官房長官が補足をいたしました。どういう補足をしたのかといえば、「これは三木内閣であろうと」――憲法記念日ですね、これはというのは。「何内閣になろうと、自民党内閣である限り」「お約束されたことは実施すると」いうことでございますと、こういう確認的な答弁になっているわけですよ。だから五十一年はやるが、その後は検討課題だという議論は、憲法論議が始まった初段の段階における議論なんだ。この最終的な確認を無視をして答弁をされるのはいささか事実に反すると思いますが、いかがですか。
#159
○国務大臣(藤田正明君) ただいまのお話は五月二十一日の決算委員会の話だろうと思いますが、公明党の峯山委員の方から井出官房長官に対する質問でそういうふうな話が載っておりますが、「これは三木内閣として記念行事をやるのであって、自民党内閣ではない、こういうような国対委員長からの談話がございましたが、これは一体どういうことでございますか。」と、こういうふうな峯山委員の質問に対して井出官房長官が答えられているわけでありますが、毎年やるというふうなことは答えておられません。ただ、「いま御指摘になりました談話の趣は承知をいたしておりませんが、いずれにもせよ、その記念行事を内閣の責任において取り上げると、こういうことでございますから、これは今回のいきさつにかんがみまして有意義なものを行うと、こういうことに御理解をいただきたいと思います。」、こういう御答弁の後に、峯山委員からさっき先生の言われたような質問があるのに対して、「さようお考えいただいてよろしいと思います。」と。ですから、毎年やるということをここで言っておるわけではございません。
#160
○矢田部理君 それは話が違いますよ。もともと三十年のという議論も公布と施行を取り違えた議論だから問題はあるわけですがね。自民党内閣としてやるんだ、自民党内閣が続く限りやるんだと、こういう説明として当時の論議は問題に発展したわけであります。来年はやるがその次は別だというような議論では全くないはずなんです。そう事実や答弁をねじ曲げて答えられたんではあなた方の憲法姿勢がますます疑問が深まるばかりです。再度答弁を願います。
#161
○国務大臣(藤田正明君) これは内閣として責任を持ってやるということを、当時の井出官房長官がはっきりと答弁をいたしておるわけでありまして、いついつやるというふうなことはこの中では答弁いたしてない、かように解釈をいたしておるということでございまして、憲法に対する現在の政府、これの姿勢がいささかとも変わったとか崩れたとかということはもう毛頭ございません。これは繰り返して申し上げておきます。
#162
○矢田部理君 次の質問に入りますが、あなたの答弁は納得しません。
 それじゃあなたは五月三日のことしの憲法記念日はどうするんですか。政府主催の行事はやらないということですが、どういう記念をするんですか。
#163
○国務大臣(藤田正明君) けさほどの新聞にも内閣筋からということで、五月三日の憲法式典はことしはやらない、こういうふうな新聞記事が出ておりますけれども、憲法記念日に行事をやるから、やらないからといって、内閣の憲法を遵守する姿勢についてどうかということは、これは別な問題でございまして、われわれとしては再々繰り返して申し上げるように、憲法遵守の姿勢は決して変わっておりません。
#164
○矢田部理君 質問を正確に聞いてください。
 ことしの五月三日は、政府主催の行事は、集会みたいなことはやらぬという話ですが、それならばどういうふうに記念するのかと聞いているんです。
#165
○国務大臣(藤田正明君) 施行を記念いたしまして、国の成長を期すると、こういうことでございますので、国民個人個人がそういう気持ちでこれを祝するということであろうかと思います。
#166
○矢田部理君 国民がそれぞれやりなさいと、政府は何もやりませんと、こういうことですか。
#167
○国務大臣(藤田正明君) 政府全体といたしてはいたしませんけれども、法務省の方で憲法紀念集会というふうなものは、これはまた別途ございます。
#168
○矢田部理君 法務省では何も去年とかことしとかに限ってやっているわけじゃなくて、これも一つ問題はありますが、法務省としてやっているんでありましょう。政府としては何もやらぬのですか。最高裁とか、法務省とかいうのは多少何かやっている向きがないわけではありません。戦後数年間は憲法を守る姿勢の重要な一つとして憲法記念行事をやってきた。それをある時期から憲法に敵対するようになった。とりわけその最もポイントになるのは自民党の政綱ですよ。稻葉発言のときにも問題になった、欠陥憲法だと。だから自民党としては自主憲法をつくるんだということが党是となっているじゃありませんか。そういうところから誕生した内閣であるから、表向きは憲法を改正しませんと、憲法を守りますと言葉では言いつつも、自民党の政綱に引きずられて、非常にその中身は後退をしているのが現状ですよ。きょうは憲法論議が中心じゃありませんから、具体的に問題の指摘まではしませんけれども、国民が勝手にお祝いしなさいという国民の祝日、ありますか。
#169
○国務大臣(藤田正明君) もうしばしば繰り返して申し上げておりますように、政府としては憲法遵守の姿勢は一切崩しておりませんし、そういう姿勢をかたく守っておりますので、憲法記念日にそういう政府主催の行事がないといっても、先ほど申し上げましたような法務省その他ではおやりになるようでありますが、政府の全体としての行事はございませんけれども、その遵序する姿勢は一切崩しておりません。
#170
○岩間正男君 関連。
 お伺いしますが、稻葉発言の問題があんなに大きな問題になって、実際は国会の運営が非常に混乱に陥ったのですね。最後にあなたたち助け舟出したのは、憲法記念日をやるからこれで何とか了解してもらいたいということじゃなかったですか、これは事実ですよ。ところがいまになって、憲法記念日はやらないけれども、憲法は尊重するんだと言ったってそんなもの通りますか。通ると思いますか。そんな矛盾したことをあなたが言ったってそれはだめですよ。逃げ言葉だし、全くそれはもうめちゃくちゃですよ。私は第一回の憲法記念日に参加した議員だ。そのときからの自民党の動きをずっと見てきたわけだけれども、いまそういう段階で、この段階でそんなことをやっていたのじゃ話にならぬ。いまのあなたの説明は全然成り立たない。あのときの具体的な事実から推していって何ともならぬ、何ともならぬですよ。やらないということは後退だ。はっきりしているんです。やらないということは憲法尊重しない。憲法を尊重する形として記念日をやりますと、こう言ってやったんでしょう。どうです。それに答弁してください。
#171
○国務大臣(藤田正明君) 去年はそういうふうなことがあったかと思いますけれども、政府の現在の姿勢をごらんいただきまして、憲法にいささかなりとも反するような行為なり何なりはいたしておらないと思うんです。憲法を遵守する姿勢は、現にいまの政府がとっておる姿勢でございますので、その点はひとつ御理解を願いたいと思います。
#172
○矢田部理君 それは全く説得力がない、中身がない議論だと思う。個別的にこれは改めてやりたいと思いますが、基本認識としていまの憲法、あなたどう認識しておりますか。
#173
○国務大臣(藤田正明君) われわれは、戦後三十年間この憲法を持ってきたわけでありますから、もう憲法も定着してきたと思うし、この憲法を守っていくべきである、遵守すべきである、今後とも。かように考えております。
#174
○矢田部理君 そうすると、自民党が党是として、党の基本としてとっている憲法改悪――自主憲法の制定と称する憲法改悪、この基本方針をあなたはどういうふうに考えているんでしょう。
#175
○国務大臣(藤田正明君) 自民党は非常に多数の人々のいる政党でありまして、中にいろんな議論がございます。当時そういうふうなこともあったかと思いますが、しかし、現在ではそういうふうなことも、自民党を与党として政府ができておるわけでございますが、その政府が現に憲法を守るという姿勢で来ておるのでございますから、その点はわれわれとしてはいささかも方向は狂っていないと、かように思っております。
#176
○矢田部理君 自民党にいろんな考えの人がいるという説明では説明にならないのであります。自民党のだれかがこう言っているというものじゃないんですよ。党の基本方針としてそういうことが書かれてある。党是じゃありませんか。しかも、あなたは自民党党員ということになればそれじゃ説明にならぬじゃありませんか。
#177
○国務大臣(藤田正明君) これはもう党の方針というものに従うのは党員としてあたりまえですが、この憲法論議に関しましては自民党の中にいろいろな議論があります、これは。しかし、それはそれといたしまして、現在あらわれている姿勢としては、もうはっきりと現在の憲法を遵守していこうと、こういう姿勢でございますから、そういう意味で御理解を願いたいと、再々申し上げておるとおりでございます。
#178
○矢田部理君 そうすると、自民党の党是は変更する、あるいは少なくとも凍結する、そういうことになるのでございますか。
#179
○国務大臣(藤田正明君) 私が現在、政府の一員としてそういうふうなことは申し上げられません。
#180
○矢田部理君 とすれば、自民党員としての立場、とにかく基本的な問題ですね、自民党にとって、と政府の一員としての立場は矛盾しませんか。適当に使い分けるんですか、そういうところは。そこが問題にされているんですよ、かねてから。政治家としてのあなたにも聞くという立場でもいいです。憲法を守りますと言ったって、自分の戸籍のある政党は憲法改正することを一番の大きな柱にしているじゃありませんか。そういうことが実はことしの記念行事を取りやめることの中身にもあらわれているんじゃありませんか。マスコミの指摘するように、自民党の改憲派の議論や動きがあり、そこにおもねて実はことしは取りやめたんだというのがすでにもう定説につながってきつつある。本当にあなたが憲法を守ると言うなら、記念行事をやることはもちろん、その自民党の基本方針との矛盾を感じなければなりませんし、その矛盾を解決するためにどうすべきかというのが政治家として問われているんじゃありませんか。
#181
○国務大臣(藤田正明君) 私の個人の立場についていま意見を申し上げることもないと思うのでありますけれども、自民党内部でそのようないろいろな議論があることは、これはもう確かでございます。確かでございますけれども、自民党全体が、あるいはそれを与党とする政府が、憲法を遵守をするというふうないま姿勢で来ておるわけでありますから、たびたび申し上げるように、私はその点においては御理解をお願いしたいということに尽きるんです。
#182
○矢田部理君 憲法論議もうちょっと深めたいと思いますが、皇室経済法の関係の時間が少なくなってしまいましたので、そちら、もう一つ後に残しておきたいと思います。
 そこで宮内庁にお尋ねをしたいと思うのでありますが、天皇、皇族等がいろいろな各種団体の総裁とか名誉顧問をやっておられます。これはどういう基準で引き受けたり断ったりするのか、その基準をお示しいただきたい。
#183
○説明員(宇佐美毅君) 天皇、皇族とおっしゃいましたが、天皇が各種団体の総裁をなさったのはオリンピック、これは政府が決定して決められたわけであります。それだけでありまして、ほかにございません。皇太子様は赤十字の副総裁をしておられるだけで、その他は多分なかったと思いますが、その他の皇族につきましては、いろいろ団体の名誉総裁をなさったり、あるいはときに臨時のものに対してもそれを引き受けておられる実情でございます。これは種々雑多でございます。
 この基準と申しますが、これは各宮家で御相談になっておりますし、問題があるときには宮内庁の方にも御相談がございます。そういうときには、よく調べてこちらの考えを申し上げることがときどきございます。その他につきましては、大体各宮家の方で、これが公共的にもよろしいと判断されるものについて検討してお引き受けになっているということでございまして、法規的なあるいは内規的なそういう基準は決めておりません。
#184
○矢田部理君 各皇族の自主的な判断で決めている。宮内庁としては、あるいは総理府としても特段の基準はない、こういうお話ですね。
#185
○説明員(宇佐美毅君) ときどきわれわれとしても意見がございます。そういうときにはこちらから積極的に申し上げているつもりであります。
#186
○矢田部理君 そういう意見を言う場合の基本、基準、これはどういうふうになっておりますか。
#187
○説明員(宇佐美毅君) 基準と申しましても、これはなかなかいろいろ種類がございまして、特に線を引いたような基準というものは余りないわけでございます。もちろんいま申し上げましたように、公共的な意味がある、あるいは国民のためになるというようないろいろな点から判断をしているわけであります。
#188
○矢田部理君 こういう団体の顧問とか総裁とかにはなってほしくないとか、何か目安みたいなものはないんですか。
#189
○説明員(宇佐美毅君) 非常に営利的であるとか、その内容がどうもだれが見てもよろしくないとか、いろいろそういう点はあろうと思います。
#190
○矢田部理君 営利団体の役員就任はよろしくない。それ以外にございましょうか。
#191
○説明員(宇佐美毅君) あるいは一種の宗教とか、あるいは思想とか、そういう点も十分考慮すべきだと思います。
#192
○矢田部理君 やはり一つの基準、明確な目安、こういうものを持っていないところに問題があるような気がするんですね。たとえば政治的な団体にはかかわらないとか、宗教とのつながりについては切断をする。さらには、営利的企業とは関係を持たない、そういう基準すらも立てていないんでしょうか。
#193
○説明員(宇佐美毅君) ただいまお挙げになったようなことは十分考えるということを申し上げたわけでございます。考えてないわけではございません。
#194
○矢田部理君 そうすると、非宗教性、非営利性みたいなものを十分に考えている、こういうことですね。
#195
○説明員(宇佐美毅君) もちろんそういうような点を十分に考えておるつもりでございます。
#196
○矢田部理君 そこで伺いたいと思うのでありますが、太平洋クラブというのはどういう団体か御存じでしょうか。
#197
○説明員(宇佐美毅君) いまちょっと規定等を持ち合わせませんのでわかりませんが、いろいろな、ゴルフの選手権大会をやるとか、ゴルフ場を経営するとか、そういうようなことをやっているように思います。
#198
○矢田部理君 もちろん営利団体ですね。こういう団体に皇族が関与することはどうお考えになりますか。
#199
○説明員(宇佐美毅君) この団体は営利団体というよりも、国際親善を主とするというたてまえをとっておるようであります。そういうようなことで、しかも、役員と申してもいわゆる名誉職であります。直接その内容について日常タッチするということでない、一種のパトロンのような立場でございますということでございますから、その程度いかんにもよりますけれども、世間でもあの団体について、ゴルフ場のことについていろんなことも聞きますので、それは御注意したこともございます。
#200
○矢田部理君 太平洋クラブというのは国際親善を目的とする団体ですか。
#201
○説明員(宇佐美毅君) そういう目的で、いわゆる営利と、そういう団体と、二つの性質を持っているという説明をしているわけでございます。
#202
○矢田部理君 太平洋クラブ、これは別途他の委員会で大きく問題にしなければならぬいろんな問題点がある企業でありますけれども、この太平洋クラブが、たとえばゴルフ場を全国的につくるということで会員を募集した。ところが相当数のゴルフ場がいまだにできない。あるいは非常に工期がおくれてしまって問題になっている。かつては静岡県から、県の正式承認も受けずに会員募集をやるのはけしからぬと再三にわたって警告をしたにもかかわらず言うことを聞かない、関係者を呼んで直接注意をするというようなことで大変な問題になったこともございます。しかも、募集方法についても大変問題がある。たとえばここに一つパンフレットがございますが、最初は入会金は五百三十万円、第一次は。ところが、第五次になると一千万円になります。最終は二千万だと記載されております。五百万から一千万になるのにわずか六カ月、六カ月おくれますと倍になりますよという広告をして会員募集をやっている。六カ月でどう計算したって五百三十万が一千万になるというはずはないわけです。しかも、それだけ金額が高くなるというのは、このパンフレット等で予定をしたゴルフ場が予定の時期に完成をされることが少なくとも前提になけりゃならぬ。ところが次のパンフレットでも大変な弁解をしているわけであります。いまだに完成をしない、あるいは事実上取りやめになったところが幾つかあるわけであります。こういう営利団体の、名誉という名がつくものであれ、そういう団体に関与をして会員募集等に利用をされている。これはいい事態だと思いますか。
#203
○説明員(宇佐美毅君) ただいまお述べになったことも当方としても気がついているところであります。それで、昭和四十八年三月にそのパンフレットを当方も入手いたしまして、これによって向こうの役員を呼びまして、こういう問題を持って、しかも皇族のお写真を名誉総裁として使うということははなはだけしからぬということで、むしろこういうことをしてはいけないし、パンフレットを回収するように抗議をしているんでありますが、当時それを約束しているわけであります、回収するということを。その後においても、四十九年においても千葉、埼玉、静岡等で、ただいまお述べのような問題で不認可の事件がありましたので、資金部長、総務部長等を呼び出しまして、そういうことをするならば殿下の名誉顧問を御辞退すべきであるということの申し入れを厳重にしているわけであります。
 それから、公取から不当表示の疑いがあるということのお問い合わせがありまして、名誉顧問であることは事実であることを答えまして、調査の結果知らせてほしいという依頼でございます。それから、五十年にも、本年一月再び問い合わせましたところ、まだ調査中とのことで逃げておるわけであります。
 そういうような事実がありまして、こういう団体が皇族を利用しているというようなことは大変困るので、こういうことのないように、いま申し上げましたように何遍も注意をしておるんでありますが、どうも仰せのとおりはっきりしない点が大分あるわけであります。これは殿下にもその経過は申し上げてあるわけであります。
 それから、太平洋クラブに対しまして公取委員会は表示上に不当があるということで、ゴルフ場の完成時期にも偽りがあるし、完成時期に着手もしていない、また施説、ホールの数も表示よりも非常に少ないとか、会員の入会金八百五十万円であったのが一千万円となっているとか、いろいろおもしろくないことがございますので、三月二十四日に公取は太平洋クラブに警告を発しまして、四月一日から業界を逐次呼んで注意を与えておるのであります。
 いまの高松宮殿下のことにつきましては、宮内庁で十分所管として取り扱ってくれということで、公取としてはそのことは警告に入れておりません。私の方も宮家の方に再々その情勢は申し上げておるところであります。
#204
○矢田部理君 そこまで問題を認識されているとすればやめるのが筋なんじゃありませんか。毎年太平洋クラブマスターズの名誉総裁をやられたり名誉顧問の地位にあったりして、依然としてそのつながりは切れていないんじゃありませんか。
#205
○説明員(宇佐美毅君) ちょっとその間のいきさつにつきまして宮内庁の宮務課長から申し上げます。
#206
○説明員(小川省三君) 御命によりまして私からお答えいたします。
 いま御指摘の太平洋クラブマスターズの方は、太平洋クラブが主催いたしております別の国際競技のものでございまして、それの方は国際親善のためということで殿下はお受けになったというように殿下から伺っております。名誉顧問の方は太平洋クラブ――太平洋クラブは株式会社太平洋クラブというのと、それから任意団体の太平洋クラブという非常に紛らわしゅうございますが、その二つがございます。で、殿下の方はその任意団体の、営利団体の方でない任意団体の競技を主とした、それの方の団体の名誉顧問を受けたというふうな御説明を承ったことがあります。
#207
○矢田部理君 いま、くしくも紛らわしい団体だと言われた、そのとおりなんですね。このパンフレットのおしまいの方には、株式会社太平洋クラブと、任意団体太平洋クラブというのが説明としてはちょっぴり出ておりますが、この写真が掲げられているところはどっちの顧問なのか。ただ太平洋クラブ名誉顧問になっているのでありますが、そこにまたこの商売上のうまみというか、ねらいがあるわけなんです。内輪で任意団体の方の顧問なんだから云々という説明では説明がつかぬのじゃありませんか。これはまあゴルフの常識でありますが、不離一体の関係にあるわけですよ、株式会社とその任意団体なるもの。そういうことを考えれば、そういう弁解や説明ではなく、かねがね公取委からも指摘をされ、各県からも問題にされている団体、それと不離一体をなす団体の名誉顧問を引き続き受けるということ自体に大変大きな問題があるんじゃありませんか。
#208
○説明員(宇佐美毅君) いま御指摘のとおり、またこちらで御説明申し上げたとおり、非常に紛らわしい点がございます。そういうことで世間の誤解を招くということは非常にぐあい悪いということでいろいろ申し上げているところであります。今後も、この点についてははっきりするように努力をいたしたいと考えておるところでございます。
#209
○矢田部理君 今後関係を持たない、名誉総裁等に就任をしないと、こういうことでございますか。そこ、はっきりさせていただきたい。
#210
○説明員(宇佐美毅君) そういう方向でだんだん措置したいと思います。ただ、これは各宮家でみんなお決めになっており、命令権でもって阻止するような形のものではいまの制度上ございません。ですから、十分調べて情報を差し上げてお考え願うわけであります。まあ自分としては営利の方に関係しないというような形でいままでその方の顧問をしているということを言っておられるわけです。
#211
○矢田部理君 まあ調査してとか、十分調べてとかと言いますけれども、これはもう四十八年段階から問題になっているんですよ。きのうきょうの問題じゃないんです。宮内庁の仕事、遅いといってもそれは何年がかりでやるような仕事じゃないんじゃありませんか。
#212
○野田哲君 いまの宮内庁の説明聞きますと、太平洋クラブのそのパンフレット等に高松宮の名前が使われている。これが株式会社の方か、あるいはそうでないクラブの方か、非常に使い分けをされているというふうに感ずるわけです。そうすると、あのパンフレットを見ると、太平洋クラブの会長は参議院議員藤井丙午氏が会長で、そうして、社長以下経営者、主要スタッフは郵政大臣の恐らく一族だろうと思うのですが、そうすると、いまの宮内庁の長官や宮務課長の説明、そのとおり受け取るとすると、参議院議員藤井丙午氏や郵政大臣の小宮山氏の一族、これがやっていることは明らかにこれは不当表示ということになるわけで、公取の立場からいっても大変問題があるんじゃないか、こういうふうに感ずるわけですが、公取の方の担当の大臣の総務長官、この点いかがですか。
#213
○国務大臣(藤田正明君) 私も太平洋クラブという名前は聞いたことはありますけれども、内容のことについては存じ上げませんでしたが、四十八年といいますと、藤井丙午先生はまだ参議院議員になっていないときかどうかでありますね、四十九年に当選したですからね。
 それから、まあ先ほど来のお話を伺っていますと、次々とゴルフ場をオープンするという前提のもとにいろいろと入会金を入れておったということで、それがどういう理由でオープンされなかったのか、ここが問題でございますから、不当表示ということになるについては、その辺のことを調査してみないとわからないと思いますが、そういう御示唆がありましたので調査をいたします。
#214
○野田哲君 もう一つ、あるいは矢田部議員、触れるかもわかりませんけれども、そのほかにゴルフの大会でサントリーオープンというのにもかかわっている。これは単なるゴルフの競技とは思えないですよ、これはね。サントリーオープンと言えば、明らかにこれはサントリーの企業としてのイメージアップ、宣伝、これの一環として行われているゴルフ大会だ、こういうふうに思います。これはテレビなどで出てくる場合でも、やはりそういう宣伝が非常に強く印象づけられるような構成になっているわけで、明らかにこれは営利的な行為であります。そういうところに、やはり名誉総裁とかなんとかで名前が連なっていると、明らかにこれは企業の営利行為に利用されている、こういう認識を持たざるを得ないと思うのですが、その点はいかがですか。
#215
○説明員(宇佐美毅君) こういうゴルフの問題については、ずいぶんたくさんのところへ出ていらっしゃいまして、われわれは一々詳しいことは存じませんが、そういった性格につきましてももっとよく調べて、遠慮なく申し上げるようにいたしたいと思います。
#216
○矢田部理君 この太平洋クラブ問題は、これはもう宮内庁だけの問題ではなくて、公取委からもすでに警告や問題提起がある。各自治体からも方々から警告や問題提起が出されている。これは別途問題にしたいと思いますが、そういう営利性の強い団体、紛らわしい団体については、きちっとやっぱり基準を決めて、関係を持つべきでないというふうに思います。
 もう一点、宗教との関係について指摘をしておきたいと思うのでありますが、先般いただいた資料の中に、皇族が、たとえば、中宮寺奉賛会総裁、あるいは泉涌寺というんですか、泉涌寺を守る会総裁等々、幾つかの、あるいはまた大本山妙心寺微笑会名誉顧問、仏教やお寺とのかかわりがあるわけであります。これは非営利的であると同時に非宗教的でなければならぬ、宗教とのつながりを持つべきでないという立場からすれば、これまた私はまずい、よろしくないと思うわけでありますが、この点はどういうふうに受けとめておられるんでしょうか。
#217
○説明員(宇佐美毅君) いまお挙げになりました泉涌寺というお寺は、戦前におきましては皇室の方々をだけお祭りするお寺で宮内省がある程度関係しておったわけであります。戦後、宮内庁から手を外れまして非常に経営に苦しむというような問題になっております。このお祭りしてありまする天皇、皇族方のことにつきまして、いろいろ心配をいたしましてこれを維持するという会ができまして、それでその総裁を宮様にお願いしたといういきさつであります。これは営利と言えば営利、あるいは宗教と言えば宗教かもしれませんが、そういうような特殊な関係がありまして、そういうものはもう知らないんだと言えないような感じからそういうことになりつつあると思うのであります。その他のお寺につきましても、あるいは非常にお近しい縁戚とか、いろんな関係がありましてやむを得ずそういうところに名前を出していらっしゃる、何も宗教の宣伝をしようというような意味ではないだろうと思います。そういうようなことで、なかなか京都辺には昔からの深い御縁故の問題がありまして、そう一概に言えないというところからそういうことになっているんだろうと思います。
#218
○矢田部理君 時間もそろそろ来ておりますので、もうちょっと実は内容に立ち入った質問もしたかったわけでありますが、とりわけ営利団体等の顧問とか総裁になって、金銭の授受等も名目のいかんを問わず行われるというようなことになりますれば、これまた非常にそれ自体問題になっているわけでありますが、この際、政治的に利用されてはならぬ、営利的な企業にはかかわらない、事業も含めて、非宗教的でなきゃならぬ、まあさしあたり私は三つくらいの基準、原則があってしかるべきだと思うのでありますが、そういうことできちっと整理をするということを総理府なり宮内庁としてお考えになる、あるいは検討される気持ちはないかどうか、総理府総務長官も含めてお答えをいただきたいと思います。
#219
○説明員(宇佐美毅君) もちろん各皇族様の方でいろいろなさっき申し上げましたような御因縁があるとか何かありまして、にわかに援助をすることをやめるということは、なかなかおつらい問題も出てくるんだろうと思います。そこからいろんな収入を得られるということは、皇族が収入を得ていけないという理論はないわけで、これは法制局にも聞いておりますが、一定の職業に、正当な職業について収入を得るということは憲法上違反ではないということであります。しかし、私ども考えますのに、そういった名誉総裁になられまして、いわゆる現金と申しますか、そういうものをおもらいになるのはやめていただきたいということを私は常にお願いしているわけであります。今後もそういう点は十分気をつけてまいりたいと思います。
#220
○国務大臣(藤田正明君) ただいま言われました三原則は当然なことだと思うんです。ただ、いろんな御事情で紛らわしいことに引き込まれておられるということがありますれば、宮内庁長官ともよく相談をいたしまして御忠告申し上げたい、かように思います。
#221
○太田淳夫君 それでは、ただいま議題になっております皇室経済法施行法の一部を改正する法律案につきまして、最初に法案の中身について御質問したいと思います。
 このうちの内廷費及び皇族費関係の問題について二、三お尋ねいたしますが、今回初めて内廷費及び皇族費のうち、それぞれの物件費に対して一割削減措置をとられたわけですが、その概要と理由を説明をしていただきたいと思います。
#222
○政府委員(石川一郎君) ただいま御指摘がございましたように、今回の定額の改定に当たりましては、物件費の一割相当額を節減いたすことにいたしておるのでございます。御承知のように、現在の定額は、積算上人件費と物件費に分けまして、さらにその一割相当額を予備的経費として積み重ねたものを定額といたしておるのでございます。
 人件費につきましては、これは内廷なり、宮家の職員の給与に充てられるものでございまして、これらの職員につきましては、国家公務員に準じて処遇をいたしておりますので、人件費の性格上節減をすることはむずかしいのでございますが、物件費につきましては、物価の上昇に応じまして経費そのものが増加することは避けられないことでございますが、人件費とは違いまして、ある程度増加そのものには幅があるというように考えられるのでございます。そこで、現下の経済情勢あるいは財政事情等を考慮いたしまして、内廷及び各宮家におきましても、物件費相当額につきましては一層の御工夫をお願いする、こういうことによりまして一割程度の節減を図る、そうして定額を算定するということにいたしたのでございます。
#223
○太田淳夫君 いま人件費につきましては削減の対象にしないというお話がございいました。これは国家公務員に準じて処遇しているのでというお答えでしたけれども、それで、ほかには理由はないのですか。
#224
○政府委員(石川一郎君) いままでの経過から見ますと、内廷あるいは宮家の職員必ずしも国家公務員と同じような待遇になっていないというきらいがございまして、そういう面から、宮家で申しますと、国家公務員もおり、皇族費から支弁される職員もおりというようなことでございまして、一緒になって働いているというような関係がございまして、やはり同じような取り扱いにしていくことが一つの目標であろうということでございまして、これが完全には一致いたしておりませんが、そういう方向でいたしておるわけでございます。そういう点から考えまして、今回の定額の算定に当たりましても、人件費そのものについては節減と申しますか、性格上削減をすることはむずかしい。しかし物件費は、こういう情勢でもございますし、ある程度節減も可能であろう、こういうことで、先ほど申しましたように一〇%節減をした、こういうことでございます。
#225
○太田淳夫君 次に内廷費の算定方式、ちょっとお尋ねいたしますが、このうちで物件費と人件費、予備費の構成比を見ますと、これは約六一対三〇対九、こうなっていますが、他方皇族費等の構成比を見ますと、四二対四九対九と、こういうふうになっていますが、これから見ますと、内廷費と皇族費の中の物件費と人件費の比率が逆になっていますね、内廷費と皇族費は。この原因はどこから来ているものですか。またその差異というものは、それぞれ内廷の方々、皇族の方々の身分的な比重の差から来ているんじゃないか、こういうふうに考えられますが、その点含めて御答弁願いたいと思います。
#226
○政府委員(石川一郎君) ただいま御指摘がございましたように、内廷費と皇族費の定額の中に占める人件費、物件費の構成の割合は異なっておりまして、内廷費の場合は物件費が六〇%、人件費が三一%ということでございますし、皇族費では物件費が四二%、人件費が四九%、こういうような割合になっているのは御指摘のとおりでございます。このようになっておりますのは、これは経費の算定をいたします場合に、それぞれ御所要の経費を見積もっておるわけでございますが、内廷費におきましては、掌典、内掌典あるいは生物学御研究所の職員等、二十五人の職員の人件費が算定されておるわけでございます。その場合におきまして、これは人件費はその二十五人分に相当するものでございますが、内廷費の場合は皇族費の場合と異なりまして、神事関係の費用がございまして、宮中三殿関係の費用等がございまして、これがかなりのウエートを占めております。これは皇族費にはございません。それから、天皇陛下あるいは東宮様、こうした方々のお立場からの交際関係の経費というようなものも、ある程度これは皇族費の場合と比較いたしますと多いというようなことがございまして、そうした面から物件費の割合がある程度大きくなってきている。これは相対的な問題でございますが、そういうことでございます。
 一方皇族費の場合におきましては、これは内廷費は七方の御所要の費用でございますが、皇族費の定額は独立の生計を営みます親王、親王妃お二方の所要の費用を算定いたしまして、その上で親王に相当するものの定額というものを定めているわけでございますが、お二方と七方ということでございますので、その場合に、お二方の場合にそれじゃ人の数がかなり少なくなるかと申しますと必ずしもそうはいかない。一定数の職員が必要であるということでございます。そのためにどうしても相対的な議論からいきますと、全体の中で占めます人件費が割り高になるというような形になってきています。特に最近、人件費のアップがこの数年高かったこと等も影響していると思いますが、そういうようなことで、どうしても御指摘のような形になっておるわけでございます。これはいずれも御所要の経費を同じような角度で考えているわけでございまして、特に内廷費あるいは皇族費が少ないということではございません。
#227
○太田淳夫君 この内廷費の中の物件費と人件費の割り振りの区分につきましては、六十八国会の答弁では、物件費が六七%、人件費が三三%と、こういうようになっていますが、今回の区分比率を見ますと、物件費が六〇・七、人件費が三〇・一、予備費が九%、こういうふうになっています。これを見ますと、物件費は当時に比べて七%減少しているわけですが、この変遷はどうなっていますか。また現在の区分ですね、また御服装あるいはお食事、あるいは奨励見舞い、交際、教育、研究、旅行、神事、医療、物品管理のこれは過去三年間の比率というものがその後どうなっているか、あわせてお尋ねしたいと思います。
#228
○政府委員(石川一郎君) まず具体的な支出の内訳について御説明申しあげますと、御承知のとおり、内廷費は皇室経済法第四条に規定するところによりまして、国から支出されるとお手元金となり、宮内庁に属する公金とはならないのでございますので、内訳につきましては概要だけを申し上げて御了承を得たいと考えるのでございます。
 前にもこれは申し上げたところでございますが、最近数年の支出内訳を見ましても、前申し上げたところと大体変わりがございません。まず人件費と物件費に分けますと、総体の中で人件費が三三%、物件費が六七%程度になっておるのでございます。さらに、その六七%の物件費の内訳でございますが、こればお服装、お身の回り品等の関係の経費が一八%程度、それからお食事、御会食、厨房器具等の関係の経費が一三%程度、社会事業等の奨励金、災害見舞いその他御交際関係の経費が一〇%程度、御研究、御教養、御旅行関係の経費が七%程度、それから神事関係の経費が七%程度、その他医療とか御物の管理とか、もろもろの経費が一二%程度、こういうことになっておりまして、大体変わっておらない状況でございます。年によって若干の動きはございますと思いますが、大勢といたしましてはいま申し上げたようなことになっておるわけでございます。
 この支出の内訳につきまして、議員御指摘のような物件費と人件費の割合が六七対三三というように御答弁を申し上げているわけでございまして、これは具体的に内廷費全体の支出の中を物件費と人件費に区分して算定いたしておるわけでございまして、具体的に使う場合には、予備的経費なども具体の予算には入るわけでございますが、支出の中では予備費というものはなくなりまして、結局物件費と人件費に分かれる、そういうことでいま申しましたような六七対三三というようにお答えを申し上げていると思うのでございます。
 で、今回の御審議を願っております内廷費の定額につきましては、これは積算上の割合を示したものでございまして、御承知のとおり、物件費と人件費に分けました上に、その一割を予備的経費として総体の定額を定める。要するに、定額の場合は人件費、物件費と予備費とで分けておる、こういうような形でございますので、全体の中で占める割合を考えますと、どうしても予備費の九%に相等する部分だけ、全体の割合は減るというようなことになるわけでございます。これは、具体に支出になりますと、この予備的経費に相等する部分は、結局は人件費か物件費に分かれる、こういうことになるのではなかろうかと思います。いま仮に人件費、物件費の割合は、定額算定におきましては六〇・七対三〇・一というふうになっておりまして、この割合に従いまして予備的経費が具体的に分けられて支出されるということになりますと、大体六七%に近い物件費になる。しかし、これは具体のときにはそうなるかどうかわかりませんのでございます。まあそういうことで、そういうものがある程度の差となっておるということであると考えております。
#229
○太田淳夫君 次にまいりますが、昭和二十二年から今日までの皇族費の上昇率を見ますと、百十七・二三倍ですか、内廷費の上昇率は二十八・七五倍と、こういうことになっているんですが、どうしてこういうような格差が出たのか。また二十二年当時の物価水準と比較しますと、皇族費及び内廷費の上昇率というのは非常に低率になっているわけですけれども、こういった一般物価の上昇に対してかけ離れ過ぎているということは、内廷及び皇族の方々がやりくりされてきたんじゃないかと思うんですけれども、この皇族費に比べて内廷費が低い上昇率になっているというのは、内廷の蓄積分を取り崩してきたという理由もわかるような気がするんですが、それにしても内廷費の上昇率が非常に低い、その理由は二十二年当時の格づけが不適当であったんじゃないかと、こういうようなことも考えられるわけですけれども、その点御答弁願いたいと思います。
#230
○政府委員(石川一郎君) 先ほど申し上げましたとおりですが、皇族費と内廷費では、具体的に定額の算定の場合の構成員の考え方が違っておりまして、皇族費の場合におきましては、四宮家を算定いたします場合に親王お一人の金額を一応定額といたしまして、法律で定められている割合に応じてそれぞれの方々の金額が算定されるということになっておりまして、その場合の基礎になりますのは、独立の生計を営みます親王及び親王妃お二方の経費ということでございます。それを基礎にいたしまして定額を算定する。これは昭和二十二年以降今日まで同じようになっているわけでございます。
 それから内廷費の場合は、具体的には内廷を構成いたします構成員の方が必ずしもいつも同じではございません。二十二年当時におきましては、当時貞明皇后様がおられまして、そして現在とはまたもちろん構成が異なっておったわけでございます。そこで、皇族費の場合はずっと一貫したやり方で考えられるわけでございますが、内廷の場合はそれぞれ構成員が変動いたしますので、どうしても構成員が減ればそのお減りになった分が計算上は少なくなる、ふえればその分だけがふえていく。変化すればその変化に対応しなければならないということでございまして、二十二年以降内廷の場合におきましては、構成員の御所要による増減というものがございますわけでございます。したがいまして、たとえば昭和四十年には皇族費は改正をいたしたのでございます。定額の改正をいたしましたが、内廷の場合はこれはいたしておりません。その場合は、一つはやはり常陸宮様が独立されたというようなことがございまして、内廷の変化によりまして引き上げをやらなくてもよろしいというようなことがございました。内廷の場合はそういう構成員の変動による変化というものが皇族費の場合と異なってあるということがございます。
 それから内廷費は、ただいま御指摘がございましたように、当初は八百万円ということでございます。当時は、実際に経済情勢が変化をいたしたときでございまして、的確な経済の見通しを得ることはなかなかむずかしい、当時金森国務大臣もそういうように述べておられまして、どうしても少なくなればこれは改正をお願いしなければならないというようなことでございました。実際にはやはりなかなか経済、物価の伸びが非常に大きいというようなことがございまして、二十二年当時はお苦しかったようでございます。しかし、二十三年には二千万円に改定をいたしております。これはかなりの倍率でございまして、その後二十四年、二十六年、二十七年、二十八年と、当時の経済情勢等もございまして年々改定をいたしてきておる、こういうことでございます。したがいまして、伸び率は非常に両者において違いがありますが、そういうようなことが一つの原因でございます。
 それから同時に、皇族費の場合は、どうも実際の実態に合うような金額をなかなか算出することがむずかしい。それから当時の宮家の経済もなかなか思うようにいかないというようなことがありまして、かなり見直しが行われたということがございます。もちろん内廷についても同様の見直しを行っているわけでございますが、皇族費の場合は非常に御窮屈であるというような点が考慮されまして、たとえば昭和二十六年から二十七年にかけましては、内廷費は二千九百万円から三千万円と百万円の引き上げにとどまっておりますが、皇族費の場合は七十三万円から百四十万円、これはどうしてもそのころ皇族の御事情が七十三万円では十分でない、内廷と同じような扱いでは十分でないということがあったように考えております。そういうようなことがございまして、御指摘のような差が出ているわけでございます。
#231
○太田淳夫君 ここでちょっとお聞きしたいんですが、天皇と外国の元首の歳費を比較してみたいと思うんですけれども、この比較というのは、それぞれの国の国情やら、あるいは民度、政治経済、社会体制、そういったものが違いますので、
 一概には比較するのはむずかしいと思いますけれども、外国の元首、仮にイギリス、オランダ、女王陛下みえますが、あるいはアメリカ、フランス等の大統領と内廷費の天皇相当額を比較した場合の年額の御説明と、それぞれの比較評価をお聞きしたいんですが、たとえばアメリカの大統領ですと、年額は五千七百七十五万と言われていますが、フランス大統領の年俸は一億七千百九十九万と、こういうふうに言われているわけですけれども、その年俸と内廷七方の平均年額、この場合の約二千七百万円を比べますと非常に差があるように感ずるわけですが、その点の所見を含めてお聞きしたいと思います。
#232
○政府委員(石川一郎君) いま御指摘がございましたが、私どもの調査によりますと、アメリカの大統領は現在二十万ドルというように承っております。これは現在の邦貨で、一ドル、二百七十七円六十五銭ということで換算いたしますと、五千五百五十三万円ということでございます。しかし、詳細なことはわかりませんが、そのほかにいろいろなプラスのものがあるように伺っているわけでございます。それからフランスの大統領は百八十万フランということでございまして、一フラン、五十五円九十二銭ということで換算いたしますと、一億六十六万円ということになるわけでございます。ただ、大統領の場合は、これは歳費に相当するものだと思いますが、内廷費は内廷の御所要に充てるという性格のものでございまして、それと同一に見ることができるかどうか、その辺のところで、多い少ないということをこれと比較して論ずることはちょっとむずかしいのではなかろうかと思うのでございます。
 なお、イギリスの場合は、実は女王の私的経費は私有財産収入によって賄われるということになっておりまして、その観点からとうてい中身がわかっておらないわけでございます。しかし、イギリスの女王あるいはオランダの女王、新聞等の伝えるところによりますと大変お金持ちであるということでございまして、具体の中身はわからないのでございますが、これも比較して論議するということはなかなかむずかしいのではなかろうかと、こう考えております。
#233
○太田淳夫君 次は法案の中身をちょっと離れまして、二、三お尋ねしたいと思うんですが、いわゆるアマチュアのスポーツ界ですね、これに天皇賞杯が出されていますが、こういうのを見ますと、約十六種類ありますし、そのほかに農産、園芸、畜産、二次産業の六部門があるわけですけれども、また皇后杯は、バレーボール、バスケット、卓球、軟式庭球、国体と、この五つありますし、また宮杯は、秩父宮が五十七ですか、高松宮が五十三、三笠宮は十二、常陸宮九つと、こうあるわけですけれども、皇太子殿下賞杯は一つもないような感じがするわけですが、それはどういう理由ですかお尋ねしたいと思いますし、また最近になって日本体育協会等がインターハイなどの学生中心の大会に皇太子杯を許可するように上申していると、こういうことも聞くわけですが、その基準作成がむずかしいというお話もあるわけですが、これはどういう要件を満たせばこれがかなえられるのか、また、それらのどの点が下賜を困難にしているのか、その点ちょっとお聞きしたいと思います。
#234
○説明員(大堀太千男君) お答え申し上げます。
 アマチュアのスポーツの振興につきましては、皇室の方々も大変御関心を持っておられるところでございます。天皇、皇后両陛下を初め各皇族方が、たとえば秋季の国体でございますとか、あるいは夏季国体、あるいは冬季国体、あるいはいま御指摘のいろんなアマスポーツ大会に直接出席をされたり、あるいは選手にお言葉をかけられたりいたしまして、いろいろスポーツ団体の御奨励に努めておられるわけでございますが、さらに、スポーツ団体からの申請に基づきまして、皇室から賞杯とか、あるいは賞旗とかといったものをお出しすることによりましてスポーツの奨励に努められておられます。
 いま御質問の皇太子杯はないではないかという御質問でございますが、皇太子妃杯を含めまして、皇太子杯はやはり同様な適当な対象となる大会がございますれば十分検討いたしたいと考えております。御指摘のように現在は出されておりません。これまでも一、二の団体からそういうようなお話もございましたが、すでに皇室から出ておる賞杯との関係等若干検討する問題がございますので、いまだ実現を見ていない状況でございますので、引き続き関係団体といろいろ御相談をしながら、御趣旨に沿うようなものであれば検討をいたしたいと、かように考えている次第でございます。
#235
○太田淳夫君 そうしますと、要件さえ合えば設けられる可能性はあるわけですね。
#236
○説明員(大堀太千男君) そのとおりでございます。
#237
○太田淳夫君 いま体協等が、いつも学生中心の大会にということは、その点は検討それた結果まだ条件に合わないですか、ほかにまだそういうものがあるからということですか。
#238
○説明員(大堀太千男君) いま先生が御指摘のどの団体のことかつまびらかでございませんが、一、二ございましたのは、ほかの宮様の杯であるとか、そういったものとの関連がございまして、ちょっといま検討中のものでございますが、しかし、まだ不適格であるというふうに断定をしたわけではございません。
#239
○太田淳夫君 それは具体的にはどういう団体ですか。
#240
○説明員(大堀太千男君) 一つは馬術関係でございます。それからもう一つは、学生のアマチュアレスリングだったかと記憶しております。
#241
○太田淳夫君 それでは、次に問題変わりますが、天皇陵の問題についてちょっとお聞きしたいんですが、宮内庁が管理している陵墓はいまどのくらいございますか。
#242
○説明員(野本松彦君) 宮内庁が管理しております陵墓は、近畿地方を中心として全国一都二府三十県にわたっておりますが、陵墓のほかに灰塚、分骨塔、それから歯髪爪塔あるいは参考地というものも含めて、広い意味の陵墓の数は全部で八百九十二基でございます。
#243
○太田淳夫君 これは三月二十六日の報道によりますと、奈良県の明日香村の史跡ですね、牽牛子塚古墳は、発掘調査の結果、出土品、臼歯などから見て、これがもう真の斉明天皇陵ではないかと、そういう可能性が非常に強いと、こういう報道がございました。そういう結論に達したということであります。宮内庁はこの牽牛子塚古墳というものが斉明天皇陵と見る説に対して、どういう調査をして、いつごろまでに本件に対する結論を出すことにされているか、その点ちょっとお聞きしたいと思うんです。
#244
○説明員(野本松彦君) そういう新聞記事があったことは私も読んでおりますけれども、これは牽牛子塚の発掘調査の結果については、調査担当者が結論を得て調査の結果発表したものが記事として出ているのではなくて、調査にはかかわりのない歴史学者の方がそういった推論を示されたということで、調査の結果の発表というふうには聞いておりません。
#245
○太田淳夫君 そうしますと、そういう説があった、まあ実際調査に参加している人でない人がそういうような推論をしたということですが、宮内庁としてはこの説に対してどうお考えになっていますか、あるいはその説に基づいて真相をはっきりさせるような調査をされるお考えはありますか。
#246
○説明員(野本松彦君) 宮内庁としては、そういったいろいろの調査、その調査結果については決して無関心ではございませんけれども、具体的にいまの牽牛子塚の関係につきましては、いますぐに宮内庁がどうこうするということは考えておりません。
#247
○太田淳夫君 そうしますと、いま斉明天皇陵というのがございますけれども、これはどういう研究とか、あるいは資料をもとにしてこれが斉明天皇陵だと、こういうように判定されたのか、その概要をちょっとお聞かせ願いたいと思います。
#248
○説明員(野本松彦君) 古代の天皇陵につきましては、古文献――古事記、日本書紀あるいは延喜式といったようなものを基礎にしまして、なお現地調査もやりまして決めたものが多うございますけれども、斉明天皇陵についても、そういった調査研究の結果斉明天皇陵ということでいま決まっておりますが、斉明天皇は間人の皇女、それから建王と合葬になっているということと、それから陵前に大田皇女の墓があるという記録があります。そういったような記録を勘案いたしまして、現地調査の結果、斉明天皇陵ということに確定されているというふうになってまいっております。
#249
○太田淳夫君 調査の結果、この牽牛子塚古墳の方が真の斉明天皇陵であるということがわかった場合には、これは現在の陵は陵の指定を取り消されてしまうわけですか、その辺ちょっとお聞きしたいんですが。
#250
○説明員(野本松彦君) たとえば、牽牛予塚が真の斉明天皇陵かどうかということの決定は非常にむずかしいことではないかと思います。先ほどほかの委員の方に対するお答えで長官が申し上げましたけれども、墓誌とか墓碑というものが出てこない以上は確定できないんではないかというような説もありますし、非常にむずかしい問題だと思いますので、いまこれが証明されたときにどうするかということは、いまのところ書陵部としては考えておりません。
#251
○太田淳夫君 高松塚の古墳につきましては、ここの古墳内部を考古学者に公開はしなかったんですけれども、この牽牛子塚古墳につきましては、天皇陵として指定されるまでは宮内庁の管理下にないわけなので、いまでもそういう考え、ないようですけれども、この発掘及び出土品を、考古学の研究のための研究者であれば入場を制限することなく公開されると、こういうお考えですか、現在どうなっていますか。
#252
○説明員(野本松彦君) ちょっと相済みませんが、この牽牛子塚の出土品についてでございますが、これは宮内庁の所管でありませんので私からお答えすることはできません。
#253
○太田淳夫君 それでは次に、問題があれになりますが、この委員会でも元号の問題について前にいろいろと論議が交わされましたが、この問題について多少私どもも党内でいろいろと論議はしておりますし、また国民的な合意というものを元号の問題については得なきゃならないと思いますが、その参考のために二、三御質問さしていただきたいと思います。
 総務長官に、まず元号及び西暦使用の見解についてお伺いしたいと思うんですが、いま元号を使用していますものは、貨幣とか、証券類とか、信書とか、そういうものがございますし、また西暦を使用しているのは天皇陛下の親電、親善というものがあります。条約、教科書などに使用されていますし、また元号及び西暦を併用しているものも戸籍等ございます。新聞もそうですが、こういった使用状況がまちまちになっておりますけれども、その点政府はどういう見解をされているかお聞きしたいと思います。
#254
○国務大臣(藤田正明君) おっしゃるとおりに西暦を使用する人もありますし、また元号の方を使用する方もあります。確かに混在はいたしておりますけれども、そう別段国民の間で不便を感じているというふうなことはないと思います。
#255
○太田淳夫君 次に、昭和四十三年五月十六日、総理府告示第十号によって、十勝沖地震非常対策本部を設置されましたが、そのときに一九六八年という西暦の名称を使用しているわけですね、その西暦を使用した経緯及び意図を説明していただきたいと思うんです。
#256
○国務大臣(藤田正明君) 当時、その前にもう一つ十勝の地震がございました。それで気象庁の方でそういうふうな言葉を使ったのでありますけれども、そのときに西暦を使ったんですが、そのときに政令が出ておりますが、政令の方は元号で出ておる、こういうふうなことになっておりまして、一九六八年十勝沖地震非常災害対策本部というふうな名前が使ってあると思いますが、しかし、それは政令の方ではまだ元号を使ってある、こういうことになっております。
#257
○太田淳夫君 外務省にちょっとお伺いしますけれども、外務省においては、諸外国の大公使等の信任状及び委任状奉呈書類から諸外国の記年方式を調査されたことがあると聞いておりますけれども、西暦を使用される国、あるいは元号のみ使用する国、西暦と元号を併用する国、それぞれの数及び外務省における西暦及び元号の使用状況をちょっと御説明願いたいと思います。
#258
○説明員(大井浩君) 御指摘のように、この調査は昭和五十年に外国大使の信任状、それから領事の委任状にそれぞれ記載されている記年方式を九十九カ国について調査したものでございます。それによりますと、西暦のみを使用している国が九十九カ国中七十四カ国となっております。それから、西暦以外の年数の表示方法のみを使用している国はございません。それから、西暦とそのほかの年数の表示方法を併用している国が二十五カ国ございます。その内訳を申し上げますと、西暦と宗教暦を併用している国が十一カ国、それから、西暦と在位年、独立年等を併用している国が十一カ国、そのほか西暦と宗教暦、それから統治年、こういったもの三つを併用している国が三カ国ございます。合わして二十五カ国になっております。
#259
○太田淳夫君 内閣法制局にちょっとお伺いしますけれども、法制局のお考えとしましては、元号は現在事実たる慣習として使われているにすぎず、昭和が消滅した後は元号は使えない、こういうことですか。
#260
○政府委員(茂串俊君) 昭和という元号は、現在ではただいま御指摘のとおり事実たる慣習として使用されておるわけでございまして、別段法律の根拠を持っているわけではございません。したがいまして、その使用期限が明定されているということももとよりないわけでございますが、その事実たる慣習の内容には、現在の陛下が御在世中に限って用いるという認識を同時に含んでいると私どもは理解しておるわけでございます。したがいまして、元号制度を新たに定立しない限り、恐れ多いことでございますが、陛下に万一のことがあれば、その後においては昭和という元号は一般に用いられなくなり、いわば元号制度につきましては空白の時代が始まるというふうに私どもは理解しております。
#261
○太田淳夫君 もう一度お聞きしますけれども、明治元年九月八日に布告された一世一元及び明治二十一年二月十一日の旧皇室典範、同四十一年の二月十一日の登極令ですか、その他関係詔書、告示等は、新憲法の施行に伴ってこれらの法令が廃止され、旧憲法下に定められた元号の法的根拠が失われた。したがって戦後の昭和は、使われてきたから存在する、昭和の元号は法的根拠のない慣習だから、天皇の御逝去をもって昭和は消滅するというのがあなたの解釈、だから昭和の後の元号をどうするかを決めない場合は、政府は公文書などに昭和を使うことができなくなり、自然に元号がなくなって西暦一本になってしまう、それが今日の現状である、このように理解してよろしいわけですか。
#262
○政府委員(茂串俊君) 新しく元号制度を定立すべきかどうかということにつきましては、ただいま政府で鋭意検討中でございまして、これは仮定の論でございますが、仮にそういった元号制度が定立されないということであれば、いわば先ほど申し上げたような結果になると思います。
#263
○太田淳夫君 次にお聞きしますが、政府は五十年七月二十八日に、これは七年ぶりで公式制度連絡調査会議というものが招集されましたけれども、この会議は三十六年の七月二十八日の閣議決定でもって設置されました。それ以後、元号、国旗、国歌、紋章、国賓、国事行為、国名、国葬に関する小委員会を設けて、それぞれ四十年の十月まで調査審議がなされました。これらの問題、いずれもどう扱うかまだ検討中の課題であると思いますが、今後の審議はどうなっているのか、またそのうち、特に元号についての小委員会というのは、これはどういう検討がされ、今後はどういうふうな方向にあるのか、その点お聞きしたいと思います。
#264
○説明員(垂木祐三君) 公式制度連絡調査会議につきましては、昭和三十六年の七月に閣議決定により設置されておるものでございます。昭和三十六年の八月三日に第一回の会議を開催いたしまして、それ以来総会と申しますか、全体会議を四回、それから元号に関する小委員会でございますとか、国旗、国歌に関する小委員会でございますとか、小委員会を二十一回ほど開催いたしまして検討を進めてまいっておるわけでございますが、最近では昭和五十年七月に総会を開催いたしまして、主として元号問題につきまして検討をいたしておるわけでございます。
 その際の会議といたしましては、元号問題は非常にデリケートな問題でもございますし、国民の日常生活にも関係する重要な問題でございますので、国民の世論の動向などを見ながら慎重に検討を進めていきたいと、こういうようなことになっております。
#265
○太田淳夫君 次に、昨年の十月二十八日のこの委員会でも、元号問題について論議がされましたけれども、その中で、改元手続の時期、手順を政府はどう考えているかという同僚議員の質問に対しまして、西村総務長官は、適当な時期に元号制度を存続するための基本的な大綱を内閣告示し、大体の方向づけを決めておきたいと、こういう答弁をされているわけですね。新長官もその見解を踏襲されているんじゃないかと私どもは思うわけですけれども、政府としてはその後どういう検討を重ね、どういうような内容になりつつありますか。国民も強い関心を持っていますので、その後の検討の経過及び方向づけをありましたら聞きたいと思います。
#266
○国務大臣(藤田正明君) 前長官がそのような答弁をなされまして、それをそのまま継承をいたしておるつもりでございます。そこで、なおこういう元号の問題というふうなことは、国民の世論というものをよほど煮詰めてみないと決定に至らざるものだ、そういう性格のものだと、かように思いますので、この八月には、この元号の問題につきまして、いま総務部の方で、世論調査をなおもう一度いたそうというふうに思っております。
#267
○太田淳夫君 福田総理は、去る二月四日の参議院本会議における徳永議員の質問に対しまして、元号制度は存続させる、法律、内閣告示、その他の方法のどれによるかは世論の動きを見て最終的に結論を出したいと。いま八月というお話がありましたが、早急に制度化する考えを明らかにしているわけですね。元号か西暦かの問題というのは、戦後三十年間いままで繰り返されてきた議論の一つですが、ややもすると、元号と西暦、どちらが便利かというレベルで論ぜられることが多かったような感じがするわけです。改めてここで言うまでもなく、元号制度と天皇制というのは密接不可分なものである、こういうことを言われますが、その意味では、この論議は日本民族が背負っている宿命と言ってもこれは過言ではないと思うんです。元号は出生、結婚、死亡届、戸籍、住民登録、選挙権、その他もろもろの官公、民間の書類、印刷物、郵便物にも使用されておりますし、日常生活に幅広く使われて、国民の権利義務発生上の重要な時期を明示する役割りを担っておりますので、こういった点で、閣議で決めるよりも国会においてどうするかを決める性質のものである、こういうような論議もされておりますが、その点について総務長官いかがですか。
#268
○国務大臣(藤田正明君) 去年のこれは調査でございますけれども、元号の存続に賛意を表する者が七六%というふうな調査が出ております。去年の八月であります。そういうふうなことをしんしゃくしながら、もう一度本年の八月に調査をした上で政府の方ではっきり決めよう、こう思っておりますけれども、これを法令化するならば義務づけられるということにもなってまいりますし、また、内閣の告示行為だけでやりますれば、その義務づけられるという点は非常に弱まる、自由に併用できる、こういうことになってまいりますし、また、法令化した場合も、その内容によって、これは併用することにいたすという方向になろうかと思っておりますから、いまの法律によってやるかあるいは告示行為によってやるか、これに関しましては、八月の世論調査をもう一度やってみた後の結果にいたしたい、かように思っておる次第でございます。
#269
○太田淳夫君 終わります。
#270
○河田賢治君 まず、皇室経済の法案について質問いたします。
 今度の改定の理由として、「最近の経済情勢にかんがみ、内廷費の定額及び皇族費算出の基礎となる定額を改定する必要がある。」ということになっているわけです。具体的に、物件費については東京二十三区の消費者物価の上昇率、人件費については国家公務員給与のアップ率を根拠にされておることは承知しております。改定率について一定の根拠があることはわかりますが、これを額にして考えた場合に、たとえば内廷費一億九千万円、天皇の御家族は七人です。非常に高齢の方また青年の方もおられるわけですね。この一億九千万円をぜいたくと見るか適当と見るか、それぞれ判断が異なると思いますが、宮内庁が、常々非常に質素にしておられるといつもよく言明されておるわけですが、質素というのの考えですね、これをちょっとその判断、根拠についてお伺いしたいです。
#271
○説明員(宇佐美毅君) 質素の、何というか限度、なかなかこれはむずかしい問題でございまして、陛下も、あるいは皇太子様も、これは例を申し上げてはどうかと思いますが、洋服なんか容易におつくりになりません。そういうようなことで、対外的にいろいろ正式になさるときにはちゃんとお召しになるのはもちろんでありますが、平素はなかなか、ひざに穴があいても新調はお許しにならないというような感じがございます。全体として非常に、そういう面についてなるべくむだを省くというようなことですから、たとえば生物学の御研究をお書きになるのでも、古い紙の裏を利用されるとか、そういうようなことまでしておられまして、常にやはり、いまの昨年からの国の全体の経済というものを非常に――節約しなきゃならないというような点から、なるべく使わないようにしてほしいというようなことも言っておられるわけでありまして、私どもが見ておりましてもぜいたくなところは拝見しないわけであります。ただ、宮殿なんかは、これは公式の人を摂する場所であるというので、あのつくりますときにも何もおっしゃいませんでしたが、御自身のことになりますと、お住まいの方なんかは、二、三の案を出しますと必ず一番安いのをおとりになるというようなお気持ちでやっておられますので、かつて吉田さんがどうも困ると言っておられたこともあったぐらいでございます。そういうようなわけで、私どもは、いま金額の上からは相当あるようでございますが、人間もおり神事費もあり、いろんな、何と申しますか文化的な巻物その他もございまして、それを補修するとかなんか、御自分の身の回り以外に必要なものにお金がかかっているわけでありまして、特に私どもが見まして非常なぜいたくをなさっているというふうには思わないわけであります。そういうわけで、何が基準かとおっしゃいますが、なかなか、陛下の質素というのはどの程度であれば質素であるかというようなことは、ちょっと私も表現に苦しむわけでございます。
#272
○河田賢治君 内廷費については、いま太田議員が尋ねましたので、これはもう結構ですが、次に、内廷費及び皇族費は所得税法の九条第一項十七号によって非課税になっておるわけです。これを仮に一般の国民と同じように給与所得と考えた場合、所得税、住民税を合わせて税込み所得という計算をするとどのぐらいになるか、ひとつお聞かせを願いたいと思います。
#273
○政府委員(石川一郎君) 皇族費につきまして、いま御指摘がございましたように、給与所得控除みを適用いたしまして所得税及び住民税の税込み名目額を計算いたしますと、現行額千五百三十万円でございますが、この場合は概算二千八百万円程度でございます。それから改定額千七百六十万円の場合は、概算三千四百二十万円程度になります。概算で申し上げておりますのは、実はなかなか複雑な計算で、ぴしゃっとした数字には必ずしもなりませんで、概算ということで御了承をいただきたいと思います。
 それから、内廷費につきましては、皇族費の場合は定額お一方でございますが、内廷費の場合におきましては、天皇及び内廷皇族七方の日常の費用であると、皇族費と性格が異なっておるという点がございます。したがいまして、全く同じように計算をするかどうかいろいろ問題があると思いますが、租税を課すると仮定した場合におきまして、いま申しましたような問題で、それをどういう所得、どなたの所得と見るか、お一方の所得なのか、あるいは七方のものと考えるのか、あるいはどのような控除を適用するかというような問題がございまして、税込み名目額がどの程度になるか的確に計算することははなはだ困難でもありますし、また問題もあるところであろうと思いますが、しかし仮にお一方の収入であると仮定をいたしまして、給与所得控除のみを適用して所得税及び住民税の税込み名目額を計算いたしますと、現行額一億六千七百万円の場合は、概算五億九千三百万円程度、改定額一億九千万円の場合は、概算六億七千六百万円程度になります。
#274
○河田賢治君 非常にこういう点でも、ただ金だけを見ますと一億九千万ですけれども、まあ普通の給与生活をしておる者と比べると大分大きな差が出てくるわけです。で、衆参の両院議長が、計算してもらうと名目所得が二千四百一万六千円で、税額が九百三十一万九千円、税引き所得が千四百六十九万七千円ということになる。これを内廷費と比較しますと約十三倍ですね。国家公務員平均しまして、名目が二百九十七万三千円、税額が十四万三千円、税引き所得が二百八十一万円。内廷費と比較しますと約六十九倍ということになっている。先ほど太田議員からもありましたが、アメリカの大統領がここ八年間、ニクソンの時代から上げないんです、ことしも、八年間。そうして二十万ドルということなんですね。まあこれは私は三百円で為替相場を計算しましたけれども、いまはこれは下がっております。それにしましても六千万円ですね。そうしますとずいぶんと差があるわけなんです。で、このアメリカのそれでは大統領、まあこれは一般の皇族とちょっと家族構成とか、いろんなものは違いますけれども、これを仮にアメリカの鉄鋼労働者、これはいま一時間――時給ですね、八ドル十一セントもらっているんですよ。これはいま賃上げやっておりますからまだ上がるかもしれませんけれども、八ドル十一セント、約三十五、六万なんですね、七時間労働、二十二日ぐらいの労働として。で、やはり日本の鉄鋼の労働者が大体十五、六万円です、この間賃上げしまして。だから、アメリカの労働者と日本の労働者を比較してもずいぶん違いがありますが、上と下ですね、アメリカの大統領と労働者と比較しまして、この差は、非常に日本から見ますれば、たとえば、まあ内廷費をここでいま問題にしておりますけれども、特別公務員ですね、大臣以下、あるいは指定職、こういうのと比べましてもずいぶん開きが、アメリカあたりでは差が少ないわけですね。やはりこれだけ日本の古い時代の残りかすといいますか、そういうものがあっていわゆる上厚下薄――上には厚く下には薄いと、こういう賃金制度あるいは月給制度になっているわけです。やはりこの点は、何もアメリカのすぐまねをせいとは言いませんけれども、やはり日本の宮廷にしましても、あるいはまた特別公務員にしましても、特別職にしましても、やっぱりもうちょっと日本のこういう問題については私は考え直す必要があるんじゃないかと、こう思うわけです。御承知のとおり、いま不況でどんどんと失業者もたくさんおります。物価高で苦しんでおります。なかなか今度の賃上げでも一般の物価上昇率には追いついていないわけですね。そして賃金が実質的に下がっておる。それからまた、御承知のとおり、最近では銀行や郵便貯金の利率を下げていくと、これまた目減りするわけですね。大きなこれは目減りするんですよ。だからこういうふうな場合に、まあそれは宮内庁もよくこういう状態を御存じなんですが、品位を保たなきゃならぬとか、あるいは質素にしているといっても、こういうような働く人々と、また宮廷費あるいは皇族費などとの差、また衆参両院議長と比較しても大きな差ができてきておるということ、このことを私はひとつ皆さん方か十分気をつけて――気をつけてではない、ひとつ改定しなくちゃならぬというふうに私たちは考えます。もちろんこの法案に対して私たちは反対はしておりますが、とにかくこういう問題、ひとつ宮内庁長官あるいは総理府総務長官の御見解を聞いておきたいと、こう思います。この問題でこの方面のことは質問は終わります。
#275
○説明員(宇佐美毅君) 皇室、ことに内廷におられる七人の方々と、それから高級な公務員との比較と申しましても、それをたとえば宮中三殿の維持とか、あるいはお祭りとかというようなことは普通の人にはないことでございますし、それから、先ほど来申し上げましたように、いろんな点できわめて日常の御生活だけ拾い上げればそんな金額じゃないと思いますが、そういう特殊な構成が違いますので、すぐ単純に比較はちょっとやはりできない。それから御用邸なんかについても、内廷費としても経費がかかってまいりますわけで、単純に計算するわけにいかないと思います。しかし、そういった、ただいまのお話のような精神というものはわれわれも常に頭に持って、増額をお願いする場合にもずいぶん普通の計算よりも大分おくれていただくようなかっこうに実はなっておるわけです。そういう点もございますが、私どももそういう気持ちを十分体して、この問題と将来も取り組んでいきたいと思います。
#276
○国務大臣(藤田正明君) まあ、ただいまいろいろと今回の春闘の相場であるとか、あるいは一般労働者の方々との比較であるとか、お聞かせ願ったわけでありますが、旧来の伝統もございますし、そしてまた、ただいま宮内庁長官からお話しのように、個人でお使いになるということではなくて、いろいろと物件費、人件費にかかる点もございますし、そう簡単に比較するわけにもまいらぬことだと、かように思います。御質素におやりになっているということも常々伺っておりますので、今後ともそのようにおやりいただけることだろうと思いますので、決してぜいたくなことをおやりになっているものだとは思っておりません。
#277
○河田賢治君 次に陵墓問題でお伺いしたいと思います。
 きょうは大分秦議員からもこの問題についてありました。それからまた、太田議員もいま一人の天皇を持ち出してやっておりました。確かに古事記や日本書紀などの古文書でいろんな問題がありまして、これも完全に全部が全部そのまま正しいというわけではないんで、天皇で亡くなられた方も全然わからぬ場合もあるわけですね、いつごろ生まれたかというようなことも、年は書いてあってもそういう場合。だから、天皇すべてに、陵墓があるからといってお祭りなんかも月日のわからぬときそれをお祭りするわけにいかぬでしょう。そういう問題は、確かにいま日本の学界と申しますか、こういう歴史学界あるいはまた古代史を、あるいはまた古墳等々を研究しておるたくさんの学者があるわけです。この学者の人々が、現在自分たちの学問を進め、またそれに伴って日本のいろんな文化の発展、こういうものをさらによくしていくと、発達させるという見地からずいぶん要望を持っておられるわけです。その要望を私はここに主として、代表するわけじゃありませんけれども、問題を少し出してみたいと思うんです。
 御承知のように、高松古墳が出て、ずいぶんと世間的にも一般にもこれは大きな日本人の古代のいろいろな文化の創造力というもの、こういうものをはっきりとわからしてくれました。さらには、古く登呂遺跡であるとか、あるいはまた岩宿の遺跡の石器が発見されたとか、こういうふうにして日本人の祖先が、非常にまだまだ未開発な時代に農業生産をやり、あるいはその生産力に応じて国の形、国家権力、こういうものがそれぞれ変わりもし、また進んできたかということもわれわれに最近教えてくれているわけです。昔の人よりもわれわれの方が、どちらかと言えば昔のことをよりよく知っているわけですね。最近この新しい憲法の問題ですね、吉田総理が、何かテープでしたかな、この間新聞に出ておりました。この間の新憲法をつくるときでも、いろんな人の談話がそれぞれまた違っておると。わずか二千年の間でも十分なかなか一致しないような問題があるわけですね。ましてや古い時代は、いろんな意見をそれぞれの立場から解釈して、あるいは考古学上のいろいろなものをそろえて考察するときには、どうも時代がおかしいとかいう問題があります。したがって、この問題はやはり相当私たちがこういう人々に便宜を与え、そしてこれらの人々の保守的な立場もあるでしょうし、また革新的な立場をとる人もあるでしょうし、いろんな思想的な立場はありましょうけれども、そういうことはどんどん事実によって論争さしていくと、これが学問の発達するゆえんなわけです。だから、この点で私たちは、いま十団体ですか、御承知のとおり考古学研究会、あるいは古代学研究会、日本考古学協会、日本史研究会、文化財保存全国協議会、歴史科学協議会、史学会、地方史研究協議会、歴史学研究会、奈良歴史研究会、この十団体が、五月に陵墓の保護と、そして公開を要求する声明というものを発表しております。また宮内庁や文部省にもそれぞれこういう問題について、昨年でしたか、皆さんのところへいろいろな御協力をお願いに行っているわけです。そこで私は、この問題について、まず実情についてひとつお伺いしたいんです。
 先ほど長官は、陵墓、それから分骨所なんかですね、あるいは参考地、陪塚、こういうものをお述べになりました、数を。先ほどわからぬところがありましてね、どうも私の方で聞いたのでは全体で千二十二ということになっているんですが、これもう一度ちょっと知らしてくれませんか。
#278
○説明員(野本松彦君) 陵墓の全体の数は、広い意味の参考地まで含めますと八百九十二基でございます。それで陪塚は、これは陵墓、本墳と一体のものと考えておりますので、八百九十二には入れておりません。
 その内訳を申しますと、歴代天皇陵が百十一、それから皇后陵及び歴代外天皇陵、これが七十五陵、合計しますと陵と称するものは百八十六。それから墓と称しておりますもの、これは一般皇族のお墓でございますけれども五百五十。この陵と墓を合計しますと七百三十六と、それ以外に分骨所、火葬塚、灰塚、これは四十二あります。それから歯髪爪塔、これは歯、髪の毛、それから爪などをお納めした塔ですが、円墳もありますが、それが六十八あります、歯髪爪塔その他。それから陵墓参考地が四十六あります。それで合計八百九十二と。千幾つというのはちょっと私の方でわかりかねますが。
#279
○河田賢治君 この総面積はどのくらいになりましょうか。
#280
○説明員(野本松彦君) 総面積は、全部で約六百五十二ヘクタールあります。
#281
○河田賢治君 これの維持管理費は年額どのくらいになっておりますか。
#282
○説明員(野本松彦君) 五十二年度、本年度の予算について申し上げますと、経常的な管理費である一般修繕費が一億五百九十二万八千円、それから陵墓特別整備計画による特別整備費、これは四十九年度から七年計画で第二次の七年計画を実施しておりますが、この特別修繕費が本年度は九千四百九十八万二千円、その二つを合計しますと二億九十一万円ということになります。
#283
○河田賢治君 この維持管理の機構と、その職員の数をひとつ知らしてもらいたい。
#284
○説明員(野本松彦君) まず機構を申し上げますと、書陵部の本庁に陵墓課というのがございます。陵墓課は人員は十名います。それから、それぞれ現地で陵墓管理をするいわゆる陵墓職員という者がおりますが、これは全国を五監区に分けてそれぞれ職員を置いておりますが、関東地方では多摩監区、それから関西の方には京都に桃山監区、それから月輪監区、奈良県に畝傍監区、大阪府にこれは羽曳野市にありますが、古市監区という五監区を置いております。で、管理職員、常勤職員が百五十五名、それから遠隔地等には陵墓の管理を委嘱しております非常勤職員がございますが、この非常勤が八十七名というような構成になっております。
#285
○河田賢治君 これらの修繕、改修に一般修繕と第一次及び第二次を進めている特別修繕あるわけですが、それぞれの年間修繕数と修繕内容について明らかにしていただきたい。
#286
○説明員(野本松彦君) 陵墓の一般修繕費につきましては、これは経常的な修繕工事についてその都度必要なものをやっておりますので、非常に細々した工事が多いということで、それぞれ具体的に挙げてお示しするのはちょっとできかねますけれども、先ほど五十二年度の経費を申し上げましたけれども、四十九年から五十一年度までを申し上げますと、四十九年度が九千八百八十九万一千円、それから五十年度が九千八百九十万三千円、五十一年度が九千九百五十三万一千円ということになっております。
 それから特別修繕費の方は、これも件数としては非常にそれぞれ多く十件内外ということでございますけれども、最近は物価の値上がり等の関係で件数も多少少なくなっております。そして今年度の予定計画を申し上げますと、今年度は五件でございます。景行天皇陵整備工事、これはどての漏水防止とか、樋管の改修とか、余水はけの改修といったものをやる計画でございますが、二千三十二万六千円、それから後宇多天皇陵整備工事費、これは外構さく設置とか、透かしべい屋根の修理とか、駐車場整備といったようなことで千九百四十三万五千円、それから順徳天皇火葬塚整備工事費、これは石がき改修、玉がき設置、見張り所修理というような工事で二千二百六十七万九千円、これは佐渡にございます。それから越知陵墓参考地の整備工事、これは玉がき改修、石がき改修、神明門の改修等で二千六十九万、それから最後に、これは毎年逐次やっておりますが、林相整備工事、これがことしは桓武天皇陵ほか八件で千百八十五万二千円というようなことになっております。
#287
○河田賢治君 日本の歴史上、いわゆる一般には、よく学者なんかは古墳時代と言っているわけですが、宮内庁の方では、高塚の条件を整えている古墳ですね、宮内庁が管理している、これは幾つくらいありますか。百基程度と聞いておりますが、そんなものでしょうか。
#288
○説明員(野本松彦君) 約百ほどございます。
#289
○河田賢治君 これらは幕末まで陵墓伝承地あるいは伝説地として語り伝えられ、そのほとんどが今世紀初頭前後に陵墓として確定されたもので、きょうも問題になりましたように、かなりこの問題についてはいろんな面から検討しなくちゃならぬのですが、この確定されるのにはそれなりの根拠があったと思うわけですね。この確定に関する資料としていまどんなものが宮内庁に保存されているか。たとえば幕末の宇都宮藩による大改修工事の資料であるとか、また一八八九年、明治二十二年ですか、制定の皇室典範によるところの陵籍墓籍登録、そういうような資料、あるいはまたいま行われている修繕や改修工事に関する資料、そこから出てくる出土品、これらについて宮内庁は保存、整備しておられますか。
#290
○説明員(野本松彦君) 宮内庁に現在陵墓関係の資料としてありますものは約千部、件数にして五千点ほどございます。これは書陵部蔵書の分類目録に掲げてございます。その中には先ほどおっしゃいましたような書物も入っているものと思いますが、こういったものは専門の研究者には閲覧を認めて研究の資に利していただいております。
#291
○河田賢治君 もう少し内容を聞きたいんですけれども、一八八五年ですか、明治十八年の内閣制度発足によって資料は内閣に移管された。それから宮内庁で保存していたものは、この大震災ですね、かなり焼失しておるということも聞いているわけですが、現在国立公文書館ですか等にもいろんなものがあるんではないかということ、それから宮内庁保存のものは宮内庁図書館にもある。必要なもの、最近のものは宮内庁書陵部にあると、このように聞いておりますが、これは事実ですか。
#292
○説明員(野本松彦君) 大体いまおっしゃったようなことでありますが、申し上げますと、明治六年から十四年までの陵墓の決定に関する資料は国立公文書館にいま引き継がれております。それから明治二十二年に決定されました御陵の関係の資料は、法規分類大全という出版物に出版されて、これは図書館の蔵書としていろいろな図書館にあるはずでございます。それから宮内庁の資料としては、いまの二十二年から大正六年までの資料がありましたのを、これを諸陵寮に保管してありましたのが大正十二年の大震災のときに焼失しております。そういうような状況でございます。
#293
○河田賢治君 時間がありませんから、わりあいに早く進めますけれども、こういう図書あるいはかなり昔にわたっていろんな確定される根拠となったものやら、地方の伝承、こういうものは、いろんなこれに対する解釈等々もあると思うんです。ところが、この日本古代のきわめて重要な資料として考古学者や歴史学者などがこぞって公開、つまり学者が研究していきたいと、そして日本の民俗やあるいは皇室自体に関することもありますが、いろんなそういうところから、できるだけ事実を明らかにし、そして正確に、日本の歴史がどのように進んできたかということを皆これらの学者というのは研究しているわけですから、この学者に対する公開、あるいは図書の閲覧等々を要望しているわけですが、去年の五月ですか、関係九団体が陵墓に関する文書、記録、見取り図、実測図、写真及び出土品の全面公開を宮内庁に求められたと聞いております。この要望にこたえる意思がおありなのかどうか、ひとつその辺を――まあ若干の人にはこれまでに見せられたと思うんですよ。けれども、要するに偏った人にだけ見せて――一般的に日本の学会というものをつくってそれで研究している人にも、大体においてそういう人々の閲覧や、あるいは研究の便を図ると、こういう御意思があるのかどうか、この辺を聞いておきたいと思います。
#294
○説明員(野本松彦君) 先ほども申し上げましたように、宮内庁で所蔵しております陵墓に関する資料は、分類目録にも掲げまして、専門の研究、学者の利用に供しておりまして、従来も一般の研究のために公開しております。それから出土品等につきましても、専門の学者、研究者で、こういうものが見たいというお申し出がありますれば見せて差し上げておりますし、それから、いろいろの博物館等で展示会をするというときには出陳をしておりますし、それから宮内庁自体の主催の展示会でも、資料などの展示を行って、一般の研究者、学者の方にも観覧していただいているということで、決して、宮内庁の資料を抱え込んで、一般の研究者、学者にはお見せしないということにはなっておりません。
    ―――――――――――――
#295
○委員長(増原恵吉君) 委員の異動について御報告をいたします。
 本日、大塚喬君、八木一郎君及び中村利次君が委員を辞任され、その補欠として加瀬完君、井上吉夫君及び柄谷道一君がそれぞれ選任されました。
    ―――――――――――――
#296
○河田賢治君 これらの研究者が調査する場合に、どういうものがあるかなかなか全体としてわかりにくい場合があるんですね。もちろんある程度は整理されており、またこれら全部を整理するのも、相当時間や人間、また費用もかかると思うんですけれども、できるだけこの研究者の便宜を図るために、たとえば宮内庁で保存しているいろんな資料のリストをつくるとか、全リストをですね。あるいはまた、必要なものは将来的には副本とか複写の形で、現在、書陵部紀要ですか、そういうものが出ておるらしいですけれども、もっとこれをよく整備して、そして副本や複写の形ででも大きな図書館にどんどん配置するとかというふうにして便宜をうんと図っていく、こういう御意思はないですか。
#297
○説明員(野本松彦君) 陵墓関係の資料で学術研究のために貢献するというようなものは、書陵部といたしましても逐次整理し、発表するものは発表するということで考えております。
#298
○河田賢治君 宮内庁の立ち入りの問題と見学の問題ですが、宮内庁の管理されております陵墓ですね、あるいはいろいろここにありますが、これについても去年の五月の関係九団体の要望に明らかなように、宮内庁はこれらの要望にこたえる意思はあるかないかということなんですね。もちろん陵墓はいま祭祀をやっておられるところもありますし、そうでないところもあると思うんですが、できるだけこれらのところへ、やはり一度どういうことになっておるのか、確かにたくさんの木が生えて、前方後円墳なんかを見ましてもなかなか全体が見れぬわけですね。それで、また伝説によりますといろいろ明治時代になっても古墳が荒らされていると、たとえば明治五年ですか、あの堺がまだ県になる前ですかな、あそこの、いまで言えば知事ですな、当時の県令ですか、何かが陵墓を掘ったということを言われているんですね、明治五年ごろですよ。あそこからボストンなんかの博物館にも日本の仁徳陵から出たと伝えられているものが、日本へもこの間展覧されたらしいんですが、そういういろんな問題がありますので、やっぱりそれがどこまで本当か、あるいはどの程度のものかとか、そういうことを学者にとってもしたいんじゃないかと思うんですよ。もちろん宇佐美長官は盛んに、日本の陵墓なんかはできるだけさわっちゃいかぬということを言っておられますけれども、しかし、いま日本の若い人でも、たとえばこういうのがあるでしょう。韓国のあの文鮮明というような原理運動の指導者、いまキリストが生まれ変わったんだと言うてね、そして、大きな団体をつくってずいぶん日本からも若い集団結婚をですね、韓国へ行ったり、最近はアメリカへ行って四、五百人の人間が最近アメリカの移民局から追放されているんですよ、日本人が。これらは日本の最高の学府だと言われる東京大学とか京都大学とか、こういうところにも相当いるわけですね。そういう原理運動、勝共連合もまたその一派ですけれども、だから若い人でも、ずいぶん宗教的に皆、熱心で、そういうことを信ずるような人もおるわけですね。だから信仰というものはいろいろありまして、しかしまあ学問としてはやはり現実にどういう材料があるか、どういう事実があるかということをまず調べることが第一なんで、したがって、学者にしましても研究者にしましても、こういうところへ少しでも入って、そしてどの程度のものがどうなっているのかというようなことを調べたいと思うわけなんですね。そういう意味から立ち入りとか見学ということを要求されているんだと思うんです。ですから、若干宮内庁の方でも昭和二十二、三年ごろ、日本考古学協会の申し出により仁徳陵、履中陵、反正陵ですか、立ち入りを認められたとか、あるいはまた昭和四十八、九年ごろ、大阪府の教育委員会の申し出により応神陵への立ち入りを認めた、そういう実績があるんですね。だからこういう点をもう少し広げて、どの程度の人が行ったか私にもわかりませんけれども、とにかくもうちょっと宮内庁が、何といいますか、中へ入ることをできるだけ――消極的な態度をとっておると、こういう考えを皆持っておるわけですから、この点で陵墓参考地、あるいは陪塚なんかももっとオープンにして、そしてこれらの研究者への便宜を与えるべきではないかと、こういうふうに思うわけなんですがね。
#299
○説明員(野本松彦君) 学術研究団体等による陵墓の外形調査でございますね、立ち入り外形調査というのが、さっきおっしゃいましたようにすでに認めている例もありますので、今後も申し出があれば、学術研究のためのものであるということであれば、具体的にそのときに検討いたしまして、認めるべきものはお認めしたいというふうに考えております。
#300
○河田賢治君 そこで、少なくともいまの直接の陵墓でなくて、いわゆる陵墓ではありはしないかという参考地、あるいは陪塚、こういうものがいま史跡指定に全体としてなっていない。この問題は非常に重要なんで、たとえば、あなた方の方でこうした陵墓あるいは参考地、陪塚等をできるだけ完全なものとして保存したいというお気持ちはあるんだと思うのですけれども、しかし、これがたとえば大きな一つの規模の中のごく一点だけがいわゆる指定になって、そのほかは、開発が進んでくればそれはもう全然これをとめる権利がどこにもない、こういう問題がいま起きているわけでしょう。堺でもニサンザイ古墳ですか、ああいうところでも一応問題がある。あるいはまた、そのほか応神陵の陪塚に指定されていた栗山古墳ですか、これも周囲の堀を埋められてしまった。これに対して大変だというので、考古学者やいろんな人々がその当時集まって、その埋め立てられようとしたのを防いでいますね、関係者が。そして、文化財保護法による史跡指定にして、そしてこれを防いだというわけですね。だから宮内庁自身、いま完全に管理していると思っておられるけれども、こういうのでは本当に管理にならぬわけですね。ほんの一部だけを指定しておる。ところが、その周囲は堀がある、あるいは外の何というんですか、外庭といいますか庭がある。こういうものがどんどんどんどん、民間のいわゆる道路ができたり、建設省は勝手に道路を引いてくる、あるいは民間の住居ができる、そして堀を埋めてしまうというふうになれば、あなた方の意欲はよくわかりますけれども、実際にそれは管理できない、非常な不十分な管理しかできないわけですね。こういう問題について、私たちは文化財を保護するという責任は文化庁がいま持っていると思うんですが、一体、文化庁の方へお聞きしますが、どの程度、陵墓あるいは陪塚あるいはまた参考地、こういうもので、文化財の指定である程度開発による荒波を防ぐことができる法律的なあれを持っているというところが何カ所ぐらいおありなんですか、ちょっとお聞かせ願いたいと思うんです。
#301
○説明員(角井宏君) 陵墓、参考地、陪塚の史跡指定につきましての御質問でございますけれども、従来から宮内庁と文化庁の間で協議をしてまいりまして、現在のところ、参考地と陪塚につきましては、その保存のために必要であれば宮内庁と協議して指定をするということも行われておりまして、現に参考地が二件、それから陪塚が二件史跡指定されております。陵及び墓につきましては、通常宮内庁が非常に努力を払ってその保存に当たっておられますので、開発等による破壊から保護するという文化財保護の第一の目的からは、史跡指定によって保存を図る必要はないというふうに考えてまいりましたけれども、個々の陵墓の中には、御指摘のように、陵墓に定められている地域と遺跡としての範囲の間に若干のずれがある場合もございますので、これに関連して具体的な事案が生じました場合には、先ほど御指摘がございましたように宮内庁とも十分協議調整をいたしまして、文化財保護の観点からも遺憾のないように取り計らいたいというふうに考えている次第でございます。
#302
○河田賢治君 私もこの間奈良へちょっと行きまして、聖武天皇陵の近くに参りましたけれども、そこに陪塚はありますけれども、もうその際にはほとんど家が建っているんです、二、三軒。実にあれでは、とても陪塚自身を保存しておくということにならなくなると思うんですよ。家がすぐそばにあるんですね。まあ、陵の方はきれいに整備はされておりました。だから、陪塚なんかは、あるいは参考地というようなものは、これは天皇が本当に葬ってあるのかないのかというようなことが基準になるわけですけれども、しかし百二十四代の天皇の陵は、まあ一応宮内庁としてもこれをお決めになっているわけでしょう。新しくもう一人天皇がふえるというようなことはないんじゃないかと思うんですよ。そうだとすれば、この参考地なんか、あるいは陪塚などは、できるだけ文化財を保護する意味から、ひとつ文化庁が主として、まあ共同管理でもいいわけですけれども、とにかく文化庁が古墳ないしは史跡として指定して、そして保存のできるようにやらないと、私は完全にそれは守れないと思うんですよ、いまの法律体系では。現に、宮内庁の方に聞きますけれども、この参考地や陪塚はどういう根拠をもってこれをやっておられるのか、法律あるんですか。
#303
○説明員(野本松彦君) 参考地は、天皇または皇族の墳墓ではないかと思われるものを参考地にしております。それから、陪塚というのは、本墳に葬られた方の縁故者の墳墓であるとか、あるいは副葬品をおさめた塚であるといったようなものが陪塚と言われておりますが、これは本墳と一体として、本陵と一体として何々陵ということで管理をしております。そういう関係で、参考地も陪塚も皇室用財産に指定されておる、陵墓に関連あるものということで皇室用財産に指定されて、その結果宮内庁で管理しているというのが実情でございます。
 なお、今後の問題といたしましても、そういう参考地、陪塚というのはそういうものでございますから、今後も宮内庁で管理していくことが適当であるというふうに考えております。
#304
○河田賢治君 ですから、陪塚はあれは一体のものだと言うんなら、そこはちゃんと保存できるような措置を講じなきゃならぬのじゃないですか、法的にちゃんと。余りこれができていないように思うわけですね、必ずしも。だからいろいろなところが壊されたりなんかしているわけでしょう。それで考古学を研究している人や歴史学者が、ここを壊してもらっちゃ困ると言って、むしろそういう学者や研究家の方が陵墓を守っていくと、古い史跡として守っていくという態度をとっているんじゃないですか。ところが宮内庁の方は、これは予算もつかなかったなんだとか言って、最近修復やられるのは万国博の後ですね、大体予算どんどんつき出したのは。それまでは余りついていないわけでしょう。だから、陪塚やらあるいは参考地などきちんと保存のできるように制度をきちんとしないと、あなたの方でできなきゃ文化庁の方でどんどん史跡やあるいは文化財保護法によって保護してもらえるような措置を私はとるべきじゃないかと、こういう考えです。そしてまた、学者の方もできるだけこういうところをひとつ十分見学や研究のあれをやってもらいたいと、壊さぬようにしてもらいたいというのが今日の科学者の要求なんですね。どうもこの点が、あなた方のいわゆる法律もなしに、ただ昔はこうだったんじゃないかという程度でやっておられると、天皇の皇統は神武からずっと百二十四代まで続いてきた、いまそのお墓は皆ここここにあると、こう自信を持って言われているんでしょう。私らは小学校のとき、歴史の卒業のときは、尋常六年、神武から桓武天皇まで五十代の天皇の名前を書かされた。修身は教育勅語を書かされたものですよ。そういうふうに、これまでの皇室のいわゆる一系としての陵墓がずっとそろってきている。そうすると、あと参考地というのはちょっとおかしいんですね、これから出やしないかというのじゃ。それはまあ御兄弟や、あるいは御親族があるかもしれません、これはまだ不十分でしょうから。ですから、こういう点の宮内庁のお考えがどうも一貫したやり方でもないし、またそれを本当に保護していくような制度をとっておられないのじゃないか、そこで文化庁あたりに移管したらどうだという声がいま上がっているわけですね、この点についてひとつ。
#305
○説明員(野本松彦君) 先ほどのお答えでちょっと法律的な根拠について舌足らずのところがありましたのでそれを補足いたしますが、参考地とか陪塚は、陵墓に関連あるものということで皇室用財産に指定されている。宮内庁は皇室関係の国家事務を行うということが所掌事務になっておりますから、皇室用財産たる参考地・陪塚を宮内庁が管理していく、法律的にはこうなるわけでございますけれども。
 それからいまの御質問で、陵墓参考地、陪塚が非常に荒廃に帰しているということでございますけれども、陪塚、参考地もたくさんありまして、まるまる宮内庁が所管しているものは維持管理十分全体としてできておりますが、ただ問題になるのは、宮内庁がその一部を参考地あるいは陪塚として管理しているものが、その宮内庁の所管外の周辺が非常に開発等で荒らされるというのが問題なんでございます。そういうものが幾つかありますので、すでにそういうものについて文化庁と御相談をして、その周辺、宮内庁の所管する以外の周辺が荒らされるのを防ぐということは、ひいては宮内庁の所管の参考地、陪塚が影響を受けるのを防ぐという意味で、いままで四つの陪塚、参考地が史跡に指定されているということなのであります。
#306
○河田賢治君 大体よくわかるんですけれども、しかし、ああした陵墓あるいは参考地、陪塚なんかも時代によっていろいろ構造が違いますからね、たとえば堀の部分は一体のものとして堀を残さなければならぬでしょう。ところが、堀はそこはいま民有地になって、あるいは共同で魚を飼っている、金魚なんかを飼っているというところなんかがありますけれどもね。しかし、やはりああした陵墓あるいは参考地、陪塚などは、それらを一つのものとしてこれを残さなければならぬだろうし、またそれを管理していくことが大事だと思うんですよ。ところが、そういうふうなきちんとしたことが私は余りできていないんじゃないか。そこで、学者なんかも心配するわけですね。文化庁の方でも、これをすぐにだあっと全部引き受けえと言ったって、それはいろいろ都合があるから引き受けられませんでしょうけれども、このやはり史跡なり、あるいはその他の方法でこれを保存するような、いわゆる法的なあれを備えませんと、これは防ぐことができないんじゃないかと思うんです。本当にだらしがないんですよ、そういう点では。この点を十分検討してもらいたいと思うんです、今後とも。学者なんかの意見なんかもよう聞いていただいて、どのようにしてこれを保存していくか、そういう対策について、ちょっとまた、これは先ほどから言いましたように、やはりこの外域部分なんかの保存を十分やっていく、そのためには地域の住民のやはり協力も得なくちゃなりません。堀なんかがあればこれをすぐつぶすわけにもいきませんし、あるいは水田農耕なんかにも関係する、あるいは魚なんかのあれにも関係しますから、すぐこいつを何だからといって取り上げるわけにもいかぬでしょう。それはそれとして、現在の各重要な史的保存ですか、あれなんか実際にもう百姓さんに田を耕させながら土地だけは買い上げたというふうにして、史跡を持っているわけですね、嵯峨野とか、そのほか京都なんかに大分ありますが、どの程度のものをやっていくかはまたそれぞれのケースによって違うと思うんですけれども、とにかく問題を再び陵墓あるいは参考地、陪塚が破壊されないように、私はいますぐにかからなければならぬ、学者たちはこれは非常な危機だと言っているんですね。こういう点からも、地域住民の権利、これを保障しなくちゃなりませんし、また保存やその他の問題あるいは費用の問題、それからどの程度の重要なものからやっていくかというようなことも、恐らく皆さんの方でもあるでしょうし、また文化庁の方でもあると思うんですが、この辺の文化財の保護の責任を、本当に宮内庁あるいは文化庁どちらでもいいんですが、共同で持つかなんかして、この問題をひとつやって、そしてできる限り国庫負担によってこれらの遺跡を、われわれの古い祖先が築いた一つの遺跡なんですから、こういうものを保存していくという態度を私はとってもらうべきだ、こういうふうに思うわけです。これについてひとつ長官の方から御返事を願いたい。
#307
○説明員(宇佐美毅君) ただいまるるお話がございまして、私どもも非常にありがたく存じます。われわれも最近いろんな点でそういう問題に関して心配したこともございます。たとえばお堀の問題でも、昔はお堀の水が下の田畑の用水として重要なものであった。ところがそこら辺が市街地になってしまいまして、その水の行き場がないというような問題があって、濠が破れると今度市街地が襲われるという問題があったところもございます。そういうような問題については、一般の下に住んでいる人たちの非常な被害になると大変なことになりますので、あらゆるものに優先してこれに手を入れろと言ったようなこともございます。単に文化財のみならず、そういった一般に被害を与える問題もかつて経験しておりますので、いまるるお述べになりました点は、一般論というよりも、むしろ具体的問題としてわれわれは将来に対して計画を立てて十分にいたしたいと思います。これは文化庁、あるいは宮内庁というのは所管の問題ばかりでなく、どうせ同じ国費でやるわけですから、よく両者で連絡をとって必要なものは今後も予算としてあらわしてまいります。国会においてもよろしく御支援をいただきたいと思います。
#308
○河田賢治君 終わります。
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#309
○委員長(増原恵吉君) 委員の異動について御報告いたします。
 本日、片岡勝治君が委員を辞任され、その補欠として志苫裕君が選任されました。
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#310
○委員長(増原恵吉君) 他に御発言もないようですから、質疑は終局したものと認めます。
 これより討論に入ります。
 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。別に御発言もないようですから、討論は終局したものと認めます。
 これより採決に入ります。
 皇室経済法施行法の一部を改正する法律案を問題に供します。本案に賛成の方の挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#311
○委員長(増原恵吉君) 多数と認めます。よって、本案は多数をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#312
○委員長(増原恵吉君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
 午後六時散会
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ソース: 国立国会図書館
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