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1976/04/21 第80回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第080回国会 文教委員会学校災害に関する小委員会 第2号
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1976/04/21 第80回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第080回国会 文教委員会学校災害に関する小委員会 第2号

#1
第080回国会 文教委員会学校災害に関する小委員会 第2号
昭和五十二年四月二十一日(木曜日)
    午前十時九分開議
 出席小委員
   小委員長 木島喜兵衞君
      玉生 孝久君    塚原 俊平君
      藤波 孝生君    水田  稔君
      伏屋 修治君    中野 寛成君
      山原健二郎君    西岡 武夫君
 出席政府委員
        文部省体育局長 柳川 覺治君
 小委員外の出席者
        文 教 委 員 小川 仁一君
        文 教 委 員 中西 績介君
        参  考  人
        (日本学校安全
        会理事長)   渋谷 敬三君
        参  考  人
        (日本弁護士連
        合会国会等対策
        会議学校災害補
        償法制定促進部
        会部会長代理) 佐藤 義行君
        参  考  人
        (日本教育法学
        会事務局長)  兼子  仁君
        文教委員会調査
        室長      大中臣信令君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 学校災害に関する件
     ――――◇―――――
#2
○木島小委員長 これより学校災害に関する小委員会を開会いたします。
 学校災害に関する件について調査を進めます。
 本日は、本件について、日本学校安全会理事長渋谷敬三君、午前十一時より、日本弁護士連合会国会等対策会議学校災害補償法制定促進部会部会長代理佐藤義行君、日本教育法学会事務局長兼子仁君の三名の方々に御出席を願っております。
 渋谷参考人には御多用中のところ本小委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。
 本小委員会におきましては学校災害に関する件について調査をいたしておりますが、本日は、本件につきまして参考人から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。
 これより参考人から御意見を承りたいと存じますが、議事の順序といたしまして、初めに参考人から御意見をお述べいただき、その後、小委員の質疑に対しお答えをいただきたいと存じます。
 それでは渋谷参考人にお願いいたします。
#3
○渋谷参考人 本日は、本小委員会におきまして参考人として意見を述べる機会を与えていただきまして、深く感謝いたしております。つきましては、せっかくの機会でございますので、できる限り率直に意見を申し述べさせていただきたいと思いますので、中には個人的見解にわたるような面もあるかと思いますが、あらかじめよろしくお願いいたします。
 日本学校安全会は、すでに御承知のとおり、日本学校安全会法によりまして昭和三十五年に設立されたわけでございますが、その目的といたしておりますところは、法律によりまして、片や学校安全の普及充実に関する事業、片や学校の管理下で起きました児童、生徒の災害、これは負傷、疾病、廃疾、死亡につきまして災害共済給付の事業を行いまして、学校教育の円滑な実施に資することを目的とする、こう規定されておるわけであります。私どもといたしましては、その学校教育の円滑な実施に資するという目的達成のためにかねがねできるだけの努力はしてまいりましたし、今後も大いに努力しなければならないわけでございますが、そういう見地から意見を申し述べさせていただきたいと存じます。
 最初に、この法案作成時のごく簡単な、後の話に関係あります要点を申し述べたいと思います。
 私ごとで恐縮でございますが、当時この法案の作成に私、文部省の担当課の課長補佐をいたしておりまして、直接関係いたしたわけであります。そこで、最初にまず補償という考え方で法案ができないものかということを検討いたしました。義務教育は学校教育法によりまして市町村が行うたてまえになっておりますので、学校でいろいろ児童、生徒の災害が発生いたしました場合に市町村が補償をする。つきましては、義務教育でございますから、市町村によって補償の仕組みがまちまちでも困りますので、政令によりまして基準を定めまして、それに基づいて各市町村で条例を決めまして、それによって補償をする。医療費あるいは廃疾、死亡の場合の所要の補償金については、それに必要な資金といいますか、それを各市町村から拠出していただきまして、日本学校安全会を設立いたしましてそこに資金をプールいたしまして、給付の必要が起こった都度その資金を回送をする。それから公立の義務教育以外の諸学校につきましては、幼稚園あるいは高等学校、私立の義務教育諸学校につきましては、ほぼ現在の安全会の給付事業と似たような給付事業を行う、そういう法案を具体的に検討いたしたのであります。
 ところで、政府段階でそういう法案を通すためには、大蔵省あるいは自治省等の理解も得て、学校で起きますそういう災害につきまして無過失責任論というものを打ち立てないとなかなか説得できないということだと思いまして、いろいろな角度から無過失責任論が樹立できるかどうかということを検討いたしたのであります。ところが、学校で起きます児童、生徒の災害の態様というのが非常に多岐にわたっておりまして、またいろいろな角度から非常にむずかしいという結論になりました。そこで法制局あるいは大蔵省あるいは自治省といろいろ協議いたしまして、結局義務教育につきましては国と都道府県と学校の設置者と父兄と、それぞれの分担協力関係によりまして災害共済給付の事業を行ったらどうか、一応こういう政府部内の結論になりまして、国には事務費の相当部分を負担していただく、それから都道府県には、各都道府県に支部を置く必要がございますが、それの監督、お世話をお願いする、それから共済掛金につきましては、保護者と学校の設置者でおおむね折半負担をしていただくという基本的な構想のもとに法案がつくられたわけでございます。学校の設置者と折半負担していただくにつきましては、自治省の方で交付税交付金の単位費用に積算していただくというような構想で現在の法案が成立いたしております。
 そこで、設立後でございますが、医療費につきましては、最初のうちは、負傷は余り問題がございませんが、疾病につきましては範囲をかなり限定いたしておりました。それを現在に至るまで逐次改正を加えまして、大体考えられる学校管理下で発生する疾病として対象とすべきと思われるものは、ほとんど対象とするところまで広げてまいりました。それから、設立当初は医療費は一年間だけ見るということでございましたが、その後三年、現在は五年間見るということに延ばしてまいりました。その他いろいろな医療費につきまして拡充を図ってきたところでございます。
 それから廃疾見舞金と死亡見舞金でございますが、設立当初、一応死亡見舞金を幾らにしたらいいかということでいろいろ検討したわけでありますが、やはり何か目安がなければいかぬということで、当時は高等学校教育も今日ほどは普及しておらなかったわけでございますが、中学校を新しく卒業した方々が、職場に勤められたという場合に業務上仮に死亡した、労働基準法にその種の規定がございますが、幾らぐらいになるであろうかということをまず計算してみたわけでございます。昭和三十二年の人事院の民間給与実態調査によりますと、当時の中学新卒者の賃金が月五千円でございました。一日当たり百六十五円。労働基準法によりますと、そういう人たちが業務上死亡いたしました場合の死亡補償金といいますか、これはその千日分ということでございますので十六万五千円ということになるわけでありますが、見舞い金でございますので、おおむねその六割ということで十万円、九万九千円になりますが、十万円ということで死亡見舞い金を一応決めたわけであります。
 それから廃疾は一級から十四級までございますが、一級の場合でございますと、一日当たり賃金の千三百四十日分、それのおおむね六割というようなことで発足をいたしたわけであります。
 その後高等学校教育も非常に普及してまいりましたこともございますので、中学新卒者ということでなく、高等学校新卒者が勤めた、その方たちが仮に業務上死亡したり廃疾になったら労働基準法上幾らになるかというのを目安にいたしまして、そのおおむね六割を基準にしてまいったわけであります。
 その後、そのおおむね六割というのは必ずしも明確な根拠があるわけではございませんので、私といたしましてはほぼ同じというところまでぜひ持っていきたいということで、昭和四十八年でございましたか、死亡見舞い金が百万円になったわけでありますが、昭和五十年に引き続き二百万円、本年度から三百万円というところに上げたわけでございます。
 一級の見舞い金も四百万円ということに上げたわけでございますが、これは高等学校を新しく卒業した方が国家公務員の初級の試験に合格いたしまして公務員になったといたしますと、八等級の三号になるわけでございます。それから調整手当がつく地域とつかない地域がございますが、それを平均いたしましたものを掛けまして一日当たりの給与を出しまして、それの千日分、ほぼ三百万、二百九十九万何がし、三百万になるわけであります。それから一級の場合も、労働基準法でございますと約四百万になるということで、中卒者のおおむね六割、それを高卒者のおおむね六割、それを一つの次の段階としまして、高卒者が公務員になった場合の業務上の死亡あるいは廃疾とほぼ同額というところまで持ってまいったわけでございます。
 ところで、この五十万、百万という時代は現在の経済情勢、社会情勢から見ますといかにも低いという印象が強くございました。そこで学校でいろいろ事故が起きました場合に、市町村に損害賠償を訴えましたりあるいは訴訟に持ち込むというような事例が最近かなりふえてきたわけでございます。それで最近の裁判判決の傾向を見ますと、一つにはその点が昔とかなり違った傾向が見られると思いますが、国家賠償法あるいは民法の不法行為論によります法律上の責任があるかないかということはもちろんいろいろな問題にされるわけでございますが、現実に起きた損害をとにかく埋めるといいますか補てんしてやる必要があるという傾向が、かなり和解、示談あるいは判決で見られます。そういたしますと、中には私どもから見て、そこまで学校側のあるいは教師の責任を問われたのでは、ちょっと学校教育がやっていけないのではなかろうかというような事例も見られないではございません。そういうようなことで先生の教育活動が非常に消極的になる、そういう傾向が現実に見られないことはございません。
 それからまた判決によりましては、確かに学校の教育活動が原因ではあった、柔道なら柔道の練習をしたということが原因ではあったが、教師の方には過失はなかったということで、損害賠償の責任はないというような判決もございます。そういたしますと、今度は当該児童、生徒あるいは保護者の側にとりましては、たとえば中にはいわゆる植物人間みたいになってしまわれた痛ましい事例もございますが、その御本人はもとより家族は非常に大変なことでございますが、二番目のような判決でございますと結局安全会の見舞い金しかないということになるわけでございます。そこで、学校側にとりましてもあるいは父兄の側にとりましてもいろいろと問題があるといいますか、トラブルがあるということは事実だと思います。
 そこで最近、町村会等では、いろいろ損害賠償問題が起きますので、小さな町村では財政負担の上でなかなか大変だというようなこともございまして、保険会社とタイアップされまして、損害賠償責任保険という制度をおつくりになったわけでございますが、これも主として財政的な見地からつくられたようでございます。
 それから、それでも損害賠償が行われますとそれは町村がその保険金で行うわけでございますが、当該学校の先生、教師の方にとりましては、やはり損害賠償が行われたということは責任があったのだということになるではないかというようなことで、大変に先生方としては心苦しいということで、教育活動がどうしても消極的になるという面もございます。
 それから、そういうようなこともございまして、最近、きょうこれから参考人として御意見をお述べになることになっておるようでございますが、一部で無過失責任によります補償という論議が行われるようになってきた、そういう背景もあるかと存じます。
 ただ、私個人の見解といたしましては、学校で起きます災害につきましての無過失責任論といいますのは、この安全会法案をつくる段階でもいろいろな角度から検討いたしましたが、今日も余り変わっておりません、非常に各方面のコンセンサスを得られるところまでにわかには、なかなかいろいろな問題を含んでいるのではないかという気がいたします。
 それから従来の無過失責任論、最初の端的な例が労働者災害補償あるいは公務員の災害補償、これは無過失責任論に基づきました補償でございますが、二つの考え方があるようでございまして、一つは危険責任といいますか、近代企業の非常な発展に伴いまして大きな複雑な機械が動いておるわけでございますが、そういったような危険をはらんでいるという危険責任、それから報償責任ということがあるようでございまして、つまり利益を得るところが損失を補うといいますか、結局企業側が労働者の方のいろいろなお働きで利益を得ておる、その企業がその損失を補償する、ひいては企業の活動というのは国家、社会のために一助になっておるということで、国がさらに再保険をするといったような考えがあるようでございますが、学校の児童、生徒の災害、事故の場合に、危険責任論はこれは十分成り立つと思います。多数の、しかも心身発育盛りの児童、生徒に対しまして一様にあらゆる方面にわたる教育活動をいたしておるわけでございますから、そういう危険を持っているということは言えると思いますが、報償責任という点になると、なかなかむずかしい論議がある。その他、いろいろな面でかなりむずかしい問題があるのではないかと思われます。
 それから次に、仮に無過失責任論を樹立いたしたといたしまして、しからばその補償金は一体どういう目安になるかということでございますが、まずそういう理論が打ち立てられるといたしますと、国なり地方公共団体、学校の設置者が補償をするという考えにはつながってくると思います。しからば補償の中身はどういうことになってくるかという問題でございますが、やはり既存の無過失責任論に基づいた災害補償法がございますので、労働者なり公務員のがございますので、それが一つの目安になってくるのではないかと思われます。そういたしますと、先ほど申し上げましたように、高等学校新卒者の公務員試験に受かった方が業務上死亡した、あるいは廃疾になった。廃疾の場合は、現在は労働基準法は一時金でございますが、労災なり公務員の場合は一級から七級までは年金になっておりますが、死亡見舞い金は、安全会のことしからの三百万円ぐらいにしかならないわけでございます。でございますので、そういう一連のあれをいたしましても、にわかにそういう補償金の金額という点で直ちに解決できることになるかどうかという問題もあるのではないかと思われるわけであります。
 ところで、安全会の見舞い金はそこまで持っていったのだからもういいのだということかといいますと、現実に裁判なり損害賠償という事案に発展いたしますと、それは一千万とか二千万とかということになるわけでございますから、やはりトラブルといいますか訴えといいますか、それはなくならない、そういうことだと思われます。そういたしますと、一番肝心なところは、さっき申し上げましたように、市町村にいたしましても、裁判にいたしましても、現実にはそこまで法律上の責任があったというよりも、できるだけ損害を補てんしようという傾向になっておりますから、そういたしますと、学校側、教師の側といたしましては、何か大変心苦しい、私どもから見ましても、そこまで法律上の責任を問われたのではちょっと学校教育はやっていけないのではないかと思われるような事例もまま見られる、かなり見られるわけでございます。それから、仮に学校側に過失がないのだ、ついてはもう損害賠償は出せないということになりますと、結局安全会の見舞い金しかないということになります。
 そこで、ただこの見舞い金を相当高額に持っていくにつきましては、義務教育の場合は父兄、市町村の折半負担になっておりますので、交付税に市町村の負担分を積算していただいておりますので、行政的に考えますと、大蔵省なり自治省なりを説得し得るものでないとなかなか通らない。そこで、とにかく労災の基準までは持っていきたいということでございますが、幸いと言うと語弊がございますが、先般予防接種法が改正されまして、この二月でございますか、具体的な政令が出たわけでございますが、この予防接種法に基づきます予防接種を受けたことによりまして健康の被害をこうむった方に対しましての給付制度が創設されたわけでございます。それによりますと、死亡の場合は一千百七十万、そのほかに葬祭料として四万五千円でございましたか、それからかなり重い廃疾、障害の場合に年金というような制度が樹立されたわけでございます。これは、公衆衛生上の見地から予防接種というものをやらなければならない。ただ、そのことによりまして、人によりましては疾病が発生したり、ときには死亡したり、ときには障害が残るということがある。そこでいろいろ市町村を訴えたり医師を訴えたり、そういったような事例があった。そういうことを背景にいたしまして今度の制度ができたと思われますが、一時はそういうことでお医者さんが予防接種を拒否するというようなこともあったようでございますが、学校教育の場合に、柔道あるいは体操、いろいろな教育活動がございますが、だれも故意でやることはあり得ない。過失といいましても、先生としては十全の配慮をしてやっているわけでございますから、それでもなおかつ災害が起きる場合があるわけでございます。でございますから、似たような面が私はあるのではないかと思われます。ただ、その経費の負担とかそういう面では制度なりなんなりが違いますから直ちに同じというわけにはまいらないと思いますが、金額なりの目標として、私どもとしてはここに新しい一つの目標ができたのではないかと思っておるわけでありまして、先ほどるる申し上げましたように、労働基準法の高卒新卒者のところまで、とにかくおおむね同額というところまで持っていくということを目標にしてまいりましたが、新しい予防接種法の制度によりまして、安全会としては一つの新しい目標ができたのではないかと思っておるわけでございます。
 そこで、もしできますならば、現在の見舞い金はそれといたしまして、学校教育活動に伴ってやむを得ず、十全の配慮をしたにもかかわらずなおかつやむを得ず災害が起きたという場合の中でも、特に死亡事故とか、あるいは廃疾の中でも級から三級までが非常に重い廃疾、四級から七級までが次いで重い廃疾ということになっておりますが、せめて死亡の場合と一級から七級までの非常な重廃疾の場合に、できますならば、おおむね予防接種法の制度によるような金額といいますか、ただ廃疾につきまして、年金まで考えるかどうかということはいろいろ問題があるかと思いますが、自動車損害賠償保障法の場合は廃疾の場合も時金になっておりますが、そういった他の制度をいろいろ検討する必要があるかと思いますが、いずれにいたしましても、死亡なり、そういう重廃疾の場合には、現在、ことしからの見舞い金、死亡は三百万、一級の廃疾は四百万ということでございますが、そういったようなものにつきましては相当の上積みをするといいますか、相当額の付加給付をする、ついてはその目標として予防接種の新しい制度なり、あるいは自賠法あるいは、損害賠償責任でございますから自賠法は直ちには参考にはならぬかと思いますが、しかし、それらの他の補償なり制度なりを一つの目安、目標としてしかるべき金額なりを考えまして、相当の思い切った上積みをするということが考え得るのではないかという気がいたしておるわけでありますが、安全会といたしましては、それを目標にできないものか、つまり当初に申し上げました安全会の目的達成といいますか、学校教育の円滑な実施に資するということでございますが、現実にいろいろなトラブルが起きておるわけでございますし、片や、それは学校教育活動をときには非常に消極的にさせる面を持っており、片や、現実に起きた児童、生徒の損害あるいは障害、そういったものが必ずしも十分に救済されないということでは、やはり安全会の目的達成という点に支障がございますので、できれば予防接種法による新しい制度くらいの目標のところまで持っていけないものであろうかというふうに一応思っておるわけでございます。
 いずれにいたしましても、学校安全に関しましていろいろな事業をやってまいりまして、今後も新しい予算も計上され充実してまいりたいと思いますが、学校安全を学校でいろいろ推進していただく上にも、なおかつ、災害が起きた場合の救済制度というものを十分整備しておくことが必要でございます。それ自体も必要でございますが、学校安全の推進の上からも必要でございますし、また、この二つが相まって初めて学校教育の円滑な実施と安全会の目的も達成されるわけでございますので、今後とも両面にわたって極力安全会としても努力をしてまいりたいと思います。ただ、その実現に当たりましては、文部省、あるいは文部省はさらに大蔵省、自治省といろいろ折衝をされる、あるいは国会の御審議の問題ということになると思いますので、ひとつよろしく御指導、また御審議をお願いいたしたいと思う次第でございます。
 どうもありがとうございました。
#4
○木島小委員長 これにて参考人の意見の開陳は終わりました。
    ―――――――――――――
#5
○木島小委員長 これより質疑に入ります。
#6
○山原小委員 最初に、今度出されました教育学会の法案要綱、あれについては何か見解を持っておられますか。いまおっしゃったと思いますけれども……。
#7
○渋谷参考人 先ほどちょっと申し上げましたが、あの御見解は、学校で起きますいろいろな児童、生徒の災害につきましてつまり学校の設置者側に無過失責任というものを認めまして、そういう基本的な理念の上に補償をするという考え方かと思いますが、学校のそういう問題につきまして無過失責任論というものを、各方面のコンセンサスを得るというにはなおいろいろな問題をはらんでいるのではないかというのが一点でございます。
 それから、仮にそういう理論を樹立いたしたといたしましてどうなるか、それは学校の設置者なり国も関与して補償をするという考え方にはつながってくると思うわけでございますが、しからば、その補償の中身はどういうふうに考えるべきかということになりますと、やはり既存の制度というのがかなり目安になるのではないか。そういたしますと、無過失責任論に基づきました災害補償は、労働基準法によります労働者の災害補償、それに基づきました労災補償法あるいは公務員の災害補償法、これが現在無過失責任論に基づく補償法でございます。したがって、労災の場合は保険料は事業主が負担しておるわけでございますが、そういたしますと、そちらの方は結局公務員なり労働者の方々の賃金を基準にいたしまして、千日分とか、そういうようなことになっておりますから、児童、生徒の場合、これは幼稚園から高等学校、高専までを対象にいたしておりますが、安全会としては、現在、高校新卒者のそれを目標にして公務員、労災とほぼ同額というところまで持ってきておるわけでございますが、やはりそれをそう大幅に上回る金額にはなかなかならないのではないかという気がいたすのであります、つまり公費負担によってやる場合にでございますね。
 たとえば、もう一つ卑近な例を申し上げますと、教育大学、教育学部を卒業なさいまして学校の先生になられた、新任の先生が水泳指導で児童、生徒と一緒に海で泳いだ、たまたまその先生も生徒も死亡事故に遭ったといたしますと、大学を出て新卒の先生の公務上の死亡でございますが、その死亡補償金は新卒者の場合は四百万円ぐらいなのでございます。でございますから、やはりそういうものが一つの目安になってまいりますから、そういたしますと、そう大きな金額にはなかなかなってこないのではないか、理論を打ち立てることにかなりいろいろ問題がある。それから、仮にそうしてもそういう問題があるのではないか、そういうふうに思うわけであります。
#8
○山原小委員 そうしますと、安全会の見解としては、いまもお話がありましたように、安全会そのものの法改正をやるのか、あるいはやらないで、そのまま予防接種の金額に到達するような救済措置を講ずるということで、無過失責任というのはとらないという考え方ですね、そうすると、安全会としては、現法のままで金額を上げていく、そういうことですか。
#9
○渋谷参考人 私どもといたしましては、現在いろいろ問題になっておりますことは、やはりできるだけ早い機会に相当のところに持っていかないと、安全会の設立目的達成という見地からいかがであろうかという気がいたすわけでございまして、そういたしますと、現行法の範囲でまず緊急にでき得ることはないかということを考えますと、先ほど申し上げたような範囲のことは現行法の範囲ででき得る。この財源措置の問題ということが一つでございます。
 それからなお、つけ加えさせていただきますれば、これは個人的な見解でございますが、現在、義務教育につきましては、掛金は父兄と学校の設置者の折半負担ということになっておりますが、高等学校教育も大変に普及してまいりまして、その実態はもう準義務教育的になってきております。それから幼稚園教育というものもそういう目標に向かって進んでいる実態ではないかと思われますので、幼稚園、高等学校は、現在掛金は、法律のたてまえは全部父兄負担というたてまえになっておりますが、そういう高等学校教育なり幼稚園教育の実態を考えました場合に、義務教育に準じて考えるという必要はないのかということが一つの検討課題になり得るのではないか。義務教育に準じて考えるようになりますと、これはやはり安全会法の改正の問題につながってまいると思います。なぜそいうことを申し上げるかといいますと、一つには、具体的なあれも多少あるのでございまして、保育所の場合に、掛金は、公立の場合は半分を交付税ですでに積算をしていただいておることがございますので、そういったようなことがございます。
#10
○山原小委員 ちょっと事務的なことを、数字を伺っておきたいのです。簡単に済ませますが、廃疾事故の場合、長期療養を必要とする者の数はどれくらいになっていますか。それからもう一つは、五年間で補償打ち切りをされた人数、それからその金額はどれくらいになっていますか。
#11
○渋谷参考人 非常に長期の療養を要します廃疾に至るような疾病でございますが、これは大体一級から三級ぐらいを考えたらいいのではないかと思います。特に一級でございますが、ここに昭和四十五年から六年間の平均がございます。昭和四十五年から五十年度まででございますが、六年間を平均いたしますと廃疾の見舞い金を支給した件数が四百二十七件でございます。これは各年度一年当たりの平均でございます。その中で一級の廃疾の平均は十件ということでございます。それから、二級の廃疾の平均が一件、三級が二件。でございますから、六年間の平均では毎年十件、一件、二件ぐらいの重い災害が起きておる。それから五年間で打ち切りました事例は、五年にいたしましたのがいまから五、六年前だと思いますが、そのときは遡及適用をいたしまして五年にいたしました。でございますので、まだ打ち切った例は少ないと思いますが、でも、五年で打ち切られる可能性がある災害というのは、やはり特に一級でございますけれども、毎年十件ぐらい起きておりますので、それが該当するのではなかろうかと思います。
#12
○山原小委員 打ち切られた後の措置は安全会としてはないのですか。
#13
○渋谷参考人 五年間たちました時点で、そういう重い疾病の場合は、その時点ではまだ治療は終わっておらないのでございますが、廃疾というのは治療が終わって廃疾が固定した段階で見舞い金を出すのでございますが、先生のいまおっしゃったようなそういう重いのは五年たった時点ではまだ固定いたしておりませんが、その時点で大体医師に所見を書いていただきまして、大体この方はどのくらいの廃疾になるであろうということで、その時点で廃疾見舞い金を支給するようにいたしております。
#14
○山原小委員 差額ベッドの場合は給付の対象になっていますか。
#15
○渋谷参考人 現在これは、御承知のように健康保険の制度がございますので、健康保険で対象にしないというような分野までは見ておらないのでございますが、ただ、月ごとに五千円を超える療養費の場合は、社会保険の家族は七割給付でございますから三割を出せば一応療養費としてはつじつまが合うのでございますが、いまおっしゃられたようなこともございますので、見舞い金的な、三割でなく四割の医療費の給付をいたしております。
#16
○山原小委員 余り時間がないですから、これで一応打ち切ります。
#17
○木島小委員長 十一時から次の参考人を呼んでおりますから、その他、ございますか。――渋谷さん、予防接種法に近づけたいとおっしゃるその財源をどう考えていらっしゃるか、一つだけ簡単に聞いておきます。
#18
○渋谷参考人 これは現在義務教育は保護者と市町村の折半負担になっておりますが、現在の三百万の見舞い金はともかく、それにさらに付加する部分につきまして、相当高額なところまで国としても考えるという段階になりますれば、もし可能ならば、その付加する部分については、国も応分の補助といいますか、法案設立当初補償的なことを考えましたときは、国にも事業費について二割程度ぐらいは補助願えないものかということも頭の中でいろいろ考えたこともございますが、これは全くの希望意見でございます。
#19
○木島小委員長 これにて渋谷参考人に対する質疑は終了いたしました。渋谷参考人には、御多用中のところ、本小委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。
    ―――――――――――――
#20
○木島小委員長 次に、日本弁護士連合会国会等対策会議学校災害補償法制定促進部会部会長代理佐藤義行君、日本教育法学会事務局長兼子仁君より御意見を聴取いたします。参考人各位には、御多用中のところ、本小委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。
 本小委員会におきましては、学校災害に関する件について調査をいたしておりますが、本日は、本件につきまして、参考人各位のそれぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。
 これより、参考人各位から御意見を承りたいと存じますが、議事の順序といたしまして、初めに参考人各位から御意見をそれぞれお述べいただきまして、その後、小委員の質疑に対しお答えをいただきたいと存じます。
 なお、参考人に申し上げますが、発言の際は、小委員長の許可を得て御発言を願いたいと思います。
 また、念のため申し上げますが、参考人は小委員に対し質疑はできないことになっておりますので、御了承願います。
 御意見は、佐藤義行君、兼子仁君の順序でお願いいたします。
 まず、佐藤義行参考人にお願いいたします。
#21
○佐藤参考人 ただいま小委員長の方から御指名いただきました日弁連の佐藤でございます。
 日弁連といたしましては、かねてから学校災害補償問題につきまして調査研究を重ねておったのでございますが、これはもとより「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」それから「法律制度の改善に努力しなければならない。」という弁護士法一条の規定に従いまして、諸種の人権活動を長年にわたってやっておりまして、その一環として、この学災問題を取り上げておったわけでございます。そして、先生方にすでにお手元に届いていると思いますけれども、日弁連といたしましては、学校災害補償に関する調査報告書を本年の一月にまとめまして、全体理事会で承認されております。この内容につきましては、時間の関係等もございますので、詳細を御報告し、あるいは補足させていただくということはできかねますけれども、ひとりこの日弁連において調査研究をしてきたというにとどまりませんで、諸先生方御承知のとおり、学校災害の補償の問題につきましては、地方公共団体におきましても、学校災害補償法の制定を願ってやまないという決議が多数なされておることも御承知のとおりでございます。
 それで、私どもといたしましては、教育現場の特殊性を考慮しながら、学校災害によって負傷あるいは疾病、死亡等を招いた、そして、そのために多くの被害をこうむり、経済的にも非常に困窮しておる児童、生徒とその保護者の人権の擁護という観点から、調査研究に取り組んでおったのでございます。
 その研究の大要といたしましては、もちろん学者諸先生の著書、論文等もいろいろ参考にさせていただきましたし、また、各地の災害を受けた方に対する支援活動の実情というふうなものも、可能な限り検討してみたわけでございます。それとともに、法律実務家といたしまして、全国的に見た場合における学校災害の実情が一体どうなっているのだろうか、また補償の実態はどうなっているのであろうか、この補償の実態には後ほど簡単に触れますけれども、日本学校安全会法に基づく見舞金のほかにどのような補償がなされているのかということと、さらに私たちは弁護士でございますので、損害賠償請求の裁判提起というものとの兼ね合いにおいて、訴訟の提起率が一体どうなっているのだろうかというふうなことに関心が向けられていったわけでございます。そしてその訴え提起率いかんによっては、どのような評価をし、また、弁護士としてどのように対処していくのがわれわれの使命でもあるのかというふうな視点から、実情調査をしなければいけないであろうということで、そしてまたその実情調査があって初めて研究の発展、展開というものが可能だという認識のもとに、昨年、全国都道府県の教育委員会に日弁連で作成いたしました調査票を配布して、その御回答をお願いしたわけでございます。
 もとより全国都道府県の教育委員会の数は四十七委員会ございます。その中で、幸いにも四十一の教育委員会から御回答をいただきました。これは回答回収率といたしましては八五%強になろうかと思います。
 アンケートの内容といたしましては、四十六年度から五十年度までの過去五年間の災害の実情とこれに対する見舞金、補償金の支払い、さらに訴え提起によっての権利救済の実数というふうなものを御回答いただきたいというのがこの調査票の要旨でございました。
 その調査の結果の詳細ということはとうてい述べるいとまはございませんけれども、二点ほどまず意見として述べさせていただきたいと思います。
 それは、死亡事故がこの調査結果によりますと八百五十例、それから重障害の事例が十七例ございます。その余の障害等の事故は略させていただきますが、この一点をトータルいたしますと八百六十七例ございます。この中に登下校時における災害数が百九十件含まれております。
 そこで、私たちといたしましては、登校あるいは下校時における災害というものは多分交通事故がその主要なものではないだろうかというふうに考えたのでございます。そうしますと、これは第三者の不法行為で、多分この百九十件につきまししては何らかの、たとえば自賠責保険に基づく、あるいは民法に基づく損害賠償というものがなされているであろうというふうに推測が可能でございますので、八百六十七例から百九十例を控除いたしまして計算してみますと、六百七十七例になります。これに対して訴え提起はわずかに二十一件でございます。そうしますと、訴え提起率はわずかに三・一%にすぎないという結果になったわけでございます。一体なぜこのように訴え提起が少ないのであろうかということが一つの問題点でございます。
 それから、見舞金あるいは補償金あるいは賠償金というふうなものの支払いの実例を見てまいりますと、日本学校安全会法による見舞金のほかに、自治体からの見舞い金というものあるいは賠償金というものが支払われた例は、昭和四十六年度で十件、四十七年度で十二件、四十八年度で九件、四十九年度で二十四件、それから五十年度で九件、合計いたしまして六十四件が、この安全会法による見舞い金のほかに、見舞い金あるいは賠償金として支払われているわけでございます。それから、そのほかに大阪府の教育委員会の御報告をいただいたところによりますと、府立高等学校に安全互助会という団体がございまして、それがそれぞれ四十八年度に三件、四十九年度に五件、五十年度に二件、それぞれ金額は百万円でございますけれども、支払われておる。それから香川県においても同種の互助会制度がございまして、五十年度にやはり二件支払われた例がある。それから学校管理者賠償責任保険による給付というもの、これもそれぞれ支払われた例が五例、報告をいただいております。
 そうしますと、災害をこうむりました児童、生徒あるいはその保護者の側、それから学校設置者あるいは学校管理者の側、いずれにおきましても訴え提起の率はきわめて少ないけれども、事故原因との対応もございましょうけれども、ともかく学校安全会法による見舞い金以外に支払う権利義務の認識というものが結構客観的に高まっているのではなかろうかというふうに判断されるのであります。もとよりこのことはきわめて望ましいことでございますけれども、しかし地域、それから事例ともに、ただいま申し上げたようにまことに少のうございます。
 こうしたことを踏まえまして、一体賠償責任があるかどうかということとは別に、この安全会法が見舞い金制度をとっておりますけれども、その額も少ないと同時に、いわゆる強制加入でもないというふうな法律制度を踏まえ、さらに何よりも、なぜ訴え提起がこれほどに低いのか。御承知のとおり、きわめて植物人間に近いような重度障害者も発生しているにかかわらず、なお少ないのはなぜか、あるいは死亡事故もきわめて多いのになぜ訴え提起が少ないのかということを考えてみますと、一つは、もちろんこれは私たち弁護士の責任でもございましょうけれども、損害賠償の請求の訴訟というものは、現場の先生あるいはとにかく事故発生におけるところの故意あるいは過失の主張立証責任が、挙げて請求をすべき原告側、つまり被害者側に課せられております。
 しかし考えてみますと、小学校の児童というふうなことに例をとりますと、災害の発生状況というもの、これを見ているのは現場の先生、それから仲間である児童、生徒でございます。この小学校の児童が、一瞬にして起きた事故の発生状況というものを果たして確実に第三者に述べるだけの表現能力それ自体が、一体的確にあるのであろうかということを先生方にもお考えいただきたいと思います。残念ながら、ない事例がたくさんあるだろうと思います。それから先生方におきましても、やはり大ぜいの生徒を抱えておって、果たして一瞬にして発生する事故というものについて的確に見ておれるかどうかということもございます。それから自己防衛本能的な意味での自己に有利な見方というものも、これは意識すると否とにかかわらずあり得るはずでございます。そしてまた損害賠償というものの訴訟にはきわめて長年月を要します。費用もかかります。一人の弁護士の善意によって賄える限度というものもございます。そこにはやはり、相談を受けた弁護士がこの損害賠償請求事件を勝訴に持ち込むことの困難性というものを説く場合もきわめてあるのではなかろうか。日弁連としては、今後そういう相談を受けた場合は、できるだけ前向きで、困難ではあっても訴えを維持していくようにということを考えていこうとはもちろんしております。しかしそれだけで容易に解決する問題でもなかろうと思います。
 その次に、まず保護者の立場から見ますと、自分の子供の教育をしていただいた現場の先生の過失というものを論じなければいけないという、非常に精神的な意味での負担が発生してまいります。特に同じ学校に、同じ保護者が何人かの児童をその教育現場に預けておるという場合を考えると、なおさら特定の先生の過失を論ずることの精神的負担というもの、あるいは精神的葛藤というものは容易に想像し得るわけでございます。また客観的に見ましても、学校の先生の教育現場における過失を論ずるということは、先生にとってみれば、やはりなるべくそういう危険な校外活動は避けよう。極端な話は、海に連れていったから海で事故が起きる、連れていかなければ事故は起きないということになりますと、教育活動はきわめて消極的にならざるを得ないであろう。そうしたマイナスの面というものも恐らく良識ある父母は考えて、訴訟に踏み切るときの一つのブレーキにもなっているであろうというふうに推認できるのであります。そしてまた、そういう訴え提起というものが起きた場合の教育現場における教育活動全体に対するマイナス、これはマイナスと言っていいかどうかわかりませんけれども、それも起きるだろうと思います。そしてもちろん学校の物的設備の瑕疵というふうなことでの災害であれば、比較的立証も簡単でございますし、また教育現場に及ぼす影響というものもそうないのだろうと思います。むしろ教育条件の整備ということで、挙げてそれを考えていく、あるいは検討していただくということになろうと思いますけれども、それ以外の事故ということになりますと、いまのようないろいろな問題が起きてまいろうかと思います。それ以外にもいろいろな訴え提起の障害あるいはマイナス面というのがあろうかと思いますけれども、いずれにしてもそういうような問題があるということで、客観的に訴え率が少ない大きな原因になっているのだろうと考えます。
 しかし、一度災害が起きて死亡あるいは、特に重度の障害をこうむった場合の保護者の経済的負担というものは、これはまことに悲劇的でございます。これを一保護者の責任あるいは親権行使における扶養義務というような形でしわ寄せをするのは余りにも残酷でございます。やはり私たちといたしましては、これについて無過失賠償責任の観点からの賠償法的なものが一番ベターだとは思いますけれども、しかしそういう賠償という形、いわゆる損害賠償的な考え方ではなくとも、とにかく責任の有無、だれに責任があるかということよりも、少なくとも特に義務教育においては、父兄は就学させる義務がございます。そして学校の管理下に入った場合は、自分の子供が何が危険であるかを判断する能力が仮にないといたしましても、保護者はその教育の現場において付き添ってそれを保護することはできません。またそれをしたとするならば教育は不可能でございます。集団教育のよさというものは減殺されます。近代教育は成り立たないのだろうと考えます。
 そこで、そうした教育制度を認容する限りは、そこで発生した損害というものはやはり国において損害のてん補をする、生じた損害をだれがてん補するのが公平かという観点からのてん補責任が考えられていかなければならないのだろうと思います。そして子供が教育を受けるというのは、これはその受ける利益というのは、ひとり保護者にとどまるのではないということを考えていただきたいと思います。次代を背負って将来日本の経済も支えますでしょう。それから、主権者として本当の意味での民主主義を支えるには、やはり教育による知識というものが選択の正当性を担保します。
 そういう意味で、教育は国全体の利益なのだ。それゆえにこそ義務教育制度もあり、また準義務教育制度としてこれほどに高等学校も発展したのだと私は考えます。
 時間がもうなくなりまして中途半端になりましたが、そういう観点から、私たちといたしましては、第一次的にまず国によるこの災害補償制度というものをお考えいただきたいということを考えたのでございます。
 一応この程度にしておきます。
#22
○木島小委員長 ありがとうございました。
 次に、兼子仁参考人にお願いいたします。
#23
○兼子参考人 私は、勤務は東京都立大学の法学部でございますが、昭和四十五年に創立されました日本教育法学会の運営委員及び事務局長を務めております。
 この学会が昭和四十八年の第三回総会におきまして、学校事故問題研究特別委員会、略称事故研と申しておりますが、これを発足させまして、私どもまず重要問題と考えましたのは、学校事故の防止、学校事故を起こさないようにするという問題でございましたが、これにつきましては、たとえば、労働安全につきまして労働安全衛生法が昭和四十七年に制定されておりますけれども、これに相当する学校安全法というふうな法律がないという問題はきわめて重大なことではないかと考えまして、この学校安全法制の整備につきましては、なおいろいろな研究を必要としますが、当面研究が強く求められているのが学校事故の被害者救済であろうということで、被害者救済の問題をテーマに、昭和四十九年度と五十年度につきまして、文部省から総合科学研究費をいただきまして研究をいたしました。
 その結果、中間報告的でありますが、本年の三月十二日の委員会で救済立法の試案をまとめまして、本年の四月二日の第七回学会総会に委員会から提出したわけでございます。
 それはそれとしまして、私、ここで次の順序で参考意見を述べさせていただきます。第一に、現行の学校事故被害者救済制度における行き詰まり的問題と見られますものを三点申し上げます。続きまして第二に、望ましい学校事故被害者救済立法についてでございます。
 第一につきまして、現行の被害者救済制度における行き詰まり的問題。
 その一は、日本学校安全会の災害共済給付の制限性であります。安全会給付はきわめて制限的な仕組みにとどまっているということであります。これはもはや公知の事実とも思われますが、医療費につきまして、健康保険基準に照らしてその自己負担分程度ということでありますから、差額ベッドを要するような診療の場合に差額ベッド代が給付されない。それから廃疾及び死亡事故につきましては、見舞い金として、この四月一日からの額で、廃疾見舞い金が四百万円以下、死亡見舞い金は三百万円となっておりますが、この百万円単位の程度にとどまるわけでございます。
 このような安全会給付の制限性は、安全会制度そのものの本質にかかわっていると、私どもは検討の結果見定めることになりました。すなわち、安全会給付の制度は、学校設置者からの掛金を主財源とする社会保険的な共済制度にすぎない、保険的な共済制度にすぎないということ。それとかかわりまして、これで完全な救済をするという構えになっていない、むしろ一般の損害賠償による補完を予定している仕組みではないかということであります。
 現状の行き詰まり的問題の第二は、ただいまのこととつながりまして、そして佐藤参考人からの御意見がありましたとおりで、近年ますます学校事故の被害者から学校の設置者及び教職員に対する損害賠償の請求、その訴訟例が多くなってまいりました。なお、訴訟提起率は低いにもかかわらず、近年のいわゆる教育裁判の中で学校事故裁判が目立つものになってきております。
 日本教育法学会年報の第六号がこのほど発行されましたが、この末尾に学校事故損害賠償の判例の一覧表がございまして、それによりますと、戦後の公表された判例事件八十件ほどが見られますが、かなりの訴訟例が見られます。
 その中ではっきりとした問題点、行き詰まり的問題点は、ただいまの参考意見にもございましたように、現行の一般の法律を適用した場合における過失責任主義の壁の問題でございます。現行法では学校事故につきまして特別の立法がございませんから、公立学校の場合、国家賠償法の一条一項、私立学校等の場合、民法の七百九条の適用が問題になるわけでありますが、そのときに過失主義が壁になっています。たとえば、本年の二月十日に盛岡地裁で判決のありました小野寺君事件、これは柔道クラブで先生から投げられて脳出血した結果、全く意識も回復しない、寝たままの姿になって今日に至っているという事件でありますが、事故は学校の教育活動に基づくものであるけれども、担当の教師の過失はなかったとして敗訴判決になっております。
 他方で、昭和四十五年七月二十日の熊本地裁の判決の場合ですと、これはクラブ活動で顧問の先生が見ていないところで先輩から投げられてやはり同じように右半身麻痺といった被害になりました。判決は熊本市に対して千百万円の賠償を命じましたが、このときには、クラブの顧問教師にはとにかく十分な注意義務があるのにそれを果たしていなかったということで過失があったと認められました。この判決が報ぜられまして、教育現場では相当に強い反発がありました。これからはクラブ顧問など簡単に引き受けるのをやめようかというような声であります。この問題は先ほどの参考意見で表明されていたとおりと考えます。
 このように、現行法における過失責任主義の難点は、いまやこの損害賠償訴訟をめぐってどうにもならないような状況をもたらしていると申し上げられるかと思います。
 三番目としましては、にもかかわらず、この損害賠償訴訟の判決で学校の設置者に対してかなりの賠償金が命ぜられる、そういう例がふえてきておりまして、これはたまたま日大山形高校という私学の例でございますが、本年の三月三十日の山形地裁で、これは体操部の事故で、全身麻痺を起こした子供について四千五百万円の支払いを命じているというような動向がございますので、責任を強く感じている近年の自治体におきましては、市町村について昭和五十年度から、都道府県では五十一年度から、学校管理者賠償責任保険という責任保険を民間の保険会社二十社と合同で始めたという動きが知られております。これは当面かなりの機能を発揮し出しているということでございますが、しかし、こういう学校事故の被害者救済について公費で保険料を払いながら民間保険を使わなければならないということに対する疑問がやはり国民の間に生じてきているのも当然のことのように思われます。
 以上がこの現状の行き詰まり的問題と私どもが見ております三点でございますが、これに対しまして望ましい学校事故被害者救済立法というものを考えてみますと、まずその一としましては、現行法における過失責任主義の壁を取り除く立法としまして、すなわち学校設置者に無過失賠償責任を課することを明記する。簡単に申せば、ただその一カ条でよろしいようなそういう法律でありますが、これを特別立法といたしますと、学校事故損害賠償法、略称学賠法といったものが考えられます。これは学校運営に伴う生徒被害については、教職員の過失を問わず学校設置者が賠償責任を負うということを書こうとする法律でございまして、これがまず考えられる救済立法のその一でございますが、ところが、この立法の場合ですとなお問題が大きく残されます。
 すなわち、これはあくまで学校事故の被害者救済を損害賠償の仕組みで考えようということ、不法行為に基づく損害賠償の仕組みで考えようということですから、学校を不法行為の主体と見立てることになります。教職員の過失は一々問わないということでありましても、学校が不法行為を犯したということで被害者を救済しようとする仕組みである点には変わりがございません。
 次に、これはあくまで学校の設置者の財源で賠償金を出そうというわけですので、この財源問題が残ります。そして公立学校の場合には、ただいま申しました全国合同の責任保険で相当程度カバーできるかもしれませんが、私学の場合に当然問題がございまして、これは、こういう無過失責任立法を私学に適用したならば、私学助成として私学の経常費助成に一項目を加えなければならないであろうと思われます。
 そこで、より抜本的な救済立法として考えられますのが学校災害補償法、略称学災法でございます。時間の関係で、その内容として私どもが考えております点、ごく簡単にのみ列挙いたしますと、学校災害補償法で学校事故を学校災害ととらえますのは、これは事故の原因究明はさておき、学校生活において生じた生徒の被害を広くとらえる。この場合は、学校は不法行為の主体というとらえ方ではなくて、被害を生じた場というとらえ方になろうかと思います。そして被害者救済を損害賠償としてではなくて災害補償として救済本位に考えていく。その場合に、学校設置者の掛金による社会保険的な共済制度では不十分と考えられるわけでして、国費を中心とし、国営の災害補償制度が望ましいであろうと思われます。
 次に、この国の学校災害補償義務が立法化されてしかるべき根拠といたしましては、これは憲法二十六条が規定いたしております国民の教育を受ける権利の保障にその根拠が求められる。国民は法律の定めるところにより教育を受ける権利を有すると書かれておりますが、その場合に国に期待されている役割りは、教育の条件を十分に整えていくという条件整備的保障でございまして、学校災害は、この国による条件整備が十分でないところで、教育を受ける権利の損傷という意味合いにおいて生じていると認められるのであります。と言いますのは、教育を受ける権利は国民の人権でありますが、それを今日において保障するために学校教育法、法律に基づいて学校制度がしかれているわけでありまして、幼稚園から大学に至るまで、私学を含みまして、この法定の学校制度を通じて国民の教育を受ける権利が保障されていくというたてまえになっているわけでありまして、その中で学校災害は、教育を受ける権利の保障不十分の状況として生じていると認められるのではなかろうか。そこで、それに対しては国が災害補償の義務を法律で負うという筋があろうと考えられるわけであります。
 そして、この補償は完全補償であることが望ましい。迅速補償であることも望ましいですが、これは仮決定制度などをしくことによりまして、最終的には完全補償が望ましい。完全補償の場合には、たとえばすでに予防接種法の近年の改正におきまして、その十七条二号に入っております障害児養育年金の仕組みがございますが、これなどは学災法に取り入れられるべきであろうと思われます。
 最後に、学災法を実施していきます行政機構についてでありますが、これは教育界各方面の参加する行政委員会方式が望ましいであろう。それによりまして、学校災害に対して第三者的な審査認定が行われるという仕組みが考えられるからでございます。
 時間を大分過ごしましたが、最後に、ちなみに西ドイツにおきまして、私ども先ごろ知ったのでありますが、連邦法律で、一九七一年三月十八日の法律が、学校災害補償保険法と訳出できる法律を制定しているようでございます。
 以上でございます。
#24
○木島小委員長 これにて両参考人の御意見の開陳は一応終わりました。
    ―――――――――――――
#25
○木島小委員長 これより質疑に入るのでありますが、佐藤参考人は所用のため十二時に退席いたしたいとの申し出がございますので、佐藤参考人に質疑のある方は先に質疑をお願いいたします。――順序はいいですよ。
#26
○山原小委員 時間の関係で端的にお伺いしますが、佐藤先生の方、調査書に詳しく書いてありますけれども、いわゆる国家賠償法第一条に基づく訴訟というのは、教育活動となじまないというものだと私は思っているのですけれども、そういうお考えでしょうか、いまのお話を伺いますと。
#27
○佐藤参考人 お答えいたします。
 私たちの考えといたしましては、一つは国家賠償法一条で参りますと、先ほど兼子先生からも御指摘がございましたし、私もちょと申し上げましたが、過失責任をとられるという点で立証が非常に困難であるということと、もう一つは御指摘のように、教育の現場において特定の教師の過失を主張し、実証することのマイナスというものもあわせて考えてみなければいけないだろうというふうに思っております。
#28
○山原小委員 係争中のものが三十七件というふうに報告されたのですが、係争中に至らない数、それはさっき言われた、大体三・一%ですか、そういう訴訟提起率ということで判断をしてよろしいのですか。
#29
○佐藤参考人 ちょっと済みません、御質問の趣旨が……。
#30
○山原小委員 係争中のものが三十七件というように、この小委員会に文部省の方から報告があったのですよ。先ほど二十七件ということですね。それは三・一%というわけですから、訴えを起こしていない数の方がずいぶん多いということで、六百七十七件のうち訴えが二十七件ということですが、当然、本来ならば六百七十七件が全部出てきそうなものだというふうにとらえてよろしいのでしょうかね。
#31
○佐藤参考人 必ずしも死亡それから重傷者の数すべてが損害賠償の訴訟を起こすのが適切であるのかどうか、これは具体的な内容を見ないと何とも言えないと思いますけれども、特に学校災害ではあるけれども、児童、生徒の過失がほとんどであるというふうなものもございますでしょうし、設置者あるいは学校管理者の責任を問えないような、現在の現行法では過失を立証することができないという事案がないとは言えなかろうと思います。そういう点で、全部訴え提起が可能であったのにしなかったのであろうとか、あるいは訴え提起が望ましいというふうには、私としては申し上げかねます。
#32
○山原小委員 ちょっと御承知だと思いますけれども、広島の米田君の場合ですね、あれはラグビーの新人戦があって、そして首を折って、そして首から下が麻痺するということで、尿意も感じないというので、膀胱に管を通してお母さんがとらなければならぬという状態ですが、意識の方ははっきりしているわけですね。ところが絶えず彼がお母さんに言うには、先生を訴えてもらっては困る、訴えないでくれ、こういうことなのですね。だから、こういう大変な状態に置かれておるのだけれども、やはり訴訟を起こさないでほしいというこの一言が――来年度、米田君の場合は学校安全会の給付が打ち切られるのですけれども、訴訟に踏み切れない。ここらに、いまお二人の先生がおっしゃったことが非常によくあらわれていると私は思うのですけれども、そういうことを考えますと、これは大変なことだなと思いながら、いまのお話を承っておったわけです。
 その中で、この調査報告書の中にドイツの例が出ていますけれども、学校というものを「特別に危険をはらんだ施設」として特別犠牲補償として国に補償義務を課しているというのが報告されていますが、これは、いま兼子先生のおっしゃった西ドイツの例と一致したものとして受け取ってよろしいのでしょうか。
#33
○佐藤参考人 兼子先生がただいま申し上げた西ドイツの例というのは、内容を御説明になりませんでしたので、この報告書の二十一ページで取り上げているのと同じかどうかはちょっと判断いたしかねます。
#34
○木島小委員長 その問題は、後に兼子参考人のときにお願いします。
#35
○山原小委員 はい。「特別に危険をはらんだ施設」として見るということですが、佐藤先生の場合、日弁連といいますか、日本の場合はそういう見方をしていいのかどうかというふうな点は御議論になったことはございますか。
#36
○佐藤参考人 日弁連として特に議論したということはございませんけれども、ただ、いわゆる特別犠牲補償というものをどのように考えるか、特に全体の国家賠償法との関係でどのように影響するだろうかというふうな議論は若干なされました。この特別犠牲補償の問題は、いわゆる従来の不法行為理論からはやはりはみ出すわけでございまして、一般の国家賠償法全体にこれを及ぼすということは、恐らく現在の現行法制度あるいはよその国を踏まえてということになりますか、その中で時期的にも、あるいは理論的にも非常に困難が伴うだろうということで、これに飛びついて、賠償法全体に対して及ぼしていくというようなことはむずかしかろうというふうな議論が多かったように思っております。ただ、営造物設置の瑕疵との関係などを考えましても、それから学校という施設そのものの構成要因といいますか、そういうものから見まして、やはり学校の中には、神様が考えなければいけないほどの客観的な条件整備をしないと災害というのは恐らく不可避的に起きるものがあるだろう。この発生した損害をだれが負担するのが公平でありかつ教育活動という点から見て望ましいのかという点からお考えいただきたいというふうに思います。
#37
○木島小委員長 この際、お諮りいたします。
 小委員外委員より発言を求められております。これを許可するに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#38
○木島小委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
 中西績介君。
#39
○中西(績)委員 いま言われました中で国の災害補償制度を持つべきだということであるようでありますけれども、この点先ほど兼子先生の方から一定の法的なものを含めて提起がありましたが、日弁連の方としてはそういう具体的なところまではまだ検討されておらないのかどうか。この点をお伺いしたい。
#40
○佐藤参考人 この報告書の二十二ページないし二十三ページで書いてある程度が、個人的意見は別ですけれども、現在の日弁連のまとまった意見として御報告できるものでございまして、なぜ私たちが国がそういう賠償義務を負う、いわゆる設置者である市町村というふうなものではなく国が負うべきであるか、あるいは負ってほしいということを考え、あるいは見舞い金制度でなく賠償制度であるべきだというふうに考えたかにつきましてはここに記載されている程度でございます。基本的には兼子先生も申されましたように憲法二十六条に視点を置きあるいは教育基本法の四条一項、学校教育法の二十二条等を踏まえて、もっと大きく言えば生存権あるいは幸福追求の権利というふうなものも入ってくるだろうと思いますけれども、そうしたものを踏まえた就学義務と発生した災害との関係というものを考えたわけです。児童憲章等もここに記載してございますが、設置者負担というよりももともと公教育制度そのものが国によって客観的な条件の整備はなされるべきであろう。特に市町村の経済的な差というふうなものを克服するというふうな形でとらえたのではなくて、条件整備はもともと国の責務だというふうに私たちは考えております。
#41
○山原小委員 端的に伺いますが、文部省とそれから先ほど学校安全会の責任者の方の意見も致しているのですが、いわゆる無過失責任という問題について幾つかの項目を挙げて反論をしているわけですね。それは学校安全会法のできるときの法律論争の中からも生まれていますし、幾つかの項目を挙げて反論をしておりまして、学校災害に対する国の補償制度の確立は反対だというのが政府のいまの考え方なのです。これに対してこの小委員会は場合によっては法律化するというものも含めた小委員会なのです。そうしますと、私どもも文部省、政府の今日までとってきた考え方に対して論駁しなければならぬという問題もあるわけですね。そういう点でたとえば日弁連としていままで政府がとってきた国家賠償責任というものについての見解の項目についてこれはこうだというふうな論駁といいますか、後で佐藤先生に伺いたいのですけれどもそういう点はあるのかということです。というのは、お話を伺いますと確かにいまの状態では全く不十分であるし、これが救済できないから何とかしなければならぬけれども、隘路がそういう形で前に立ちふさがっているわけですね。これをどう突破するかということがこの小委員会の一つの任務にもなっておると思うのですが、そういう点で何かお考えがありましたら伺っておきたいのです。
#42
○佐藤参考人 日本弁護士連合会といたしましては無過失の補償制度をとるために、いわゆる過失責任主義をどのようにして突破していくかということについては理論的にも、それから従来からの判例の中で実質的に無過失賠償責任に近い理論構成をとったもの、あるいはそのような事実認定をした事例を踏まえまして、それから外国の立法制度等も踏まえて、この学校事故による災害補償法要綱をつくるに当っての問題点の一つとしてきめ細かく検討していこうということが出ております。それで現在勉強中でございまして、いずれ法案要綱の理由中に示すことになるのかどうかその辺の細かいことはまだ決まっておりませんけれども、いずれ私たちとしてはおよそ十三、四点の、法案要綱を作成するに当たっての問題点をピックアップいたしまして、その一つとしてただいまのような問題も検討することにいたしております。そして私たちは先ほどちょっと申しおくれましたけれども、国の条件整備との関係でこの法律の中に教師の責任を問うという形ではない、ただ条件整備をなしそして事故発生を今後防ぐという意味での事故の原因の追及調査、そしてその公表というものもこの法案の中に入れていきたいというふうなことも考えております。そうしますとその事故原因の公表あるいは調査ということと無過失賠償責任の法律との間をどういうふうにかみ合わせるか、あるいはどういう形で原因の調査、公表というふうなこと、これは瑕疵も含めということになっておりますけれども、それらを結びつけるかというふうなことも問題点の一つとして指摘されております。
 以上でございます。
#43
○木島小委員長 その他ございますか。
#44
○藤波小委員 具体的に簡単にお答え願いたいのですけれども、この小委員会でいまも山原先生からお話がありましたように、立法へ持っていくかどうかといういろいろな検討もしていかなければいかぬわけですけれども、教育の問題というのは学校の先生と児童、生徒とのかかわり合いの中で起こってくるのでいろいろな事例があろうし型があろうし、いろいろな環境の中で起こってくることですからいろいろな事故の起こり方があるのだろうと思うのですが、その場合に、学校事故が起こったことが問題になってそのことで先生方の活動が非常に萎縮してしまって、今日国民の父兄の願いというのはもっと子供が走り回って、具体的に言うと学校生活をゆとりのある生活にして、教育課程を精選して、学校生活全体の中でもっと子供たち同士がとっつかみ合いをしたり、それから先生も緒になって砂場で走り回ったりするようなそんな健康な学校生活というのをつくってくれ、塾へ行ってひ弱な隣の子供よりも点点数が多ければいいみたいなそんな子供では困るのだということが一番中心になっているわけで、そんな中でいろいろな意味の積極的な学校活動というのが要求されているわけですけれども、やはり一番われわれが心配しなければいかぬのは先生方が萎縮してしまわないかということなのです。そのことは、事故が起こったときにどういう形で補償していくかということと法理論とは別のものかもわからないのですけれども、そこはちゃんと整理してわれわれは考えていかなければいかぬと思うのです、心情的にはそんなことを一番心配しているのです。先生のいまのお話の、事故が起こったときにそれがどういう形の事故であったかというのは、だれが調査してどこへ届けるという形になるのですか。その事故の姿というものは、どんな原因でどういう状態で起こったかということをだれが調査するかということですね。
#45
○佐藤参考人 どういう法案が望ましいだろうかという意見としてでございますか。
#46
○藤波小委員 それを前提に、もっと具体的に、先生がいまお考えになっていらっしゃるような、学校災害というのは一つの法律としてまとめていったらというお考えの中で、ごく具体的に、学校の現場で事故が起こったときに、その事故がどういう原因でどういう形のものであるかということを調査する人はだれだというふうにお考えになりますか。何か委員会というようなものをおつくりになるのか、校長であるのか、いろいろその辺ですね。
#47
○佐藤参考人 日弁連でいま確定した意見というのはございませんけれども、大体議論になっているところでは、報告は各管理者である学校の方から御報告いただく、そしてその災害の認定、それから補償額の決定機関、これは兼子先生も御指摘になっておりましたように行政委員会制度が望ましかろう。第三者機関としてのものが望ましかろう。そして、私たちサイドで言えば、一種の紛争処理機関的な性格というのは避けられないという面では、まあ法律家も入れていただきたいといいますか入るべきであろうというふうな形で、非常に漠然としたものでございますけれども考えております。
#48
○藤波小委員 そうすると、幾ら報告してもこの点どうだあの点どうだということになりますね。まず当然、事実がどうであったかということを非常に突っ込んで調査していかなければいかぬでしょうけれども。それは学校に任せるのですか、その行政委員会自体が先生を喚問して呼ぶようなことになってくるのですか。
#49
○佐藤参考人 認定機関としては多かれ少なかれ関係者を呼ぶというようなことが出てくるであろうと思いますね。ただ、そこで何を認定機関が考え、あるいは何を、どういう事実をとらえれば賠償の給付が可能であるか、この点を考えますと、不法行為論でいきますと、これは故意、過失という問題になりますから、その現場における災害の発生状況、これは特に管理者の過失、現場教師の過失というふうなことが重点になって調査ということになると思います。しかし、この無過失の補償制度というふうになりますと、故意、過失の問題を調査の重点に置く必要というのは、これは要件としては必要ないわけでございます。発生の状況、学校災害、これは何をもってどういうものを学校災害と言うか大変むずかしい問題であると思いますけれども、それに当たる事故であるかどうかというのは、極端な話それさえ認定できて、あとはどの程度の傷病であるかということの認定ができれば、災害の認定と給付額の認定は可能であろう。最小限度はそこでとどめられることもあり得ると思います。
#50
○中野(寛)小委員 一点は、先ほど山原先生からも御質問がありましたように、後ほど兼子先生にお聞きしたいとは思っておりますけれども、いわゆるこれを進めるに当たって最大のネックとなるものは、やはり無過失責任をどうするかという問題になろうかと思うのです。それについては、先ほど来幾つかの例示を挙げて、問題点を挙げて御検討中だというふうにお聞きいたしましたので、できればそれを、また後ほどで結構ですが、まとまった段階でいただけないだろうかということが第一点でございます。
 それから、この学災法ができた場合に、先ほど国家賠償法をとりますと立証責任が被害者側にあるということの御説明でございました。まあそのとおりでございますけれども、これはたとえば学校の先生もしくは管理者に当然の過失がある場合も想定されるわけですね。全く過失がないという場合もあるでしょうけれども、明らかに過失があるという場合も事故によってはあると思うわけです。たとえばそういう場合には、国の方が一たん認定機関、この認定機関もどういう認定機関になるかまだはっきりはしないわけですけれども、それに基づいて補償をしたとして、それじゃ明らかに過失がある場合には国がその過失を証明して新たに損害賠償的なものを請求することになるというふうに想定をしてよろしいものでしょうか。その辺につきましていかがでございましょうか。
#51
○佐藤参考人 児童、生徒の過失の問題ではなくて現場の先生なら先生の過失ということでございますね。そうしますと、求償権の行使の問題が一つ考えられます。国あるいは設置者、とにかくだれかが賠償を払う、そうしますと、その現場の先生なら先生に、あるいは第三者の不法行為ということもあり得るでしょうけれども、とにかくそういう形で賠償をした場合は、その当該故意、過失のある方に対して求償権の行使をしていくという、その場合には、その過失を立証して、それで求償権の行使という形で損害のてん補を図るということは、これはあり得ると思います。それがいいか悪いかということは別ですけれども……。
#52
○中野(寛)小委員 いいか悪いかの論議は別なんですが、いわゆる、単に私は立証責任が被害者側から国側に変わっただけということになると何か余りおもしろくないなという印象を持ったものですから、ちょっとお尋ねいたしました。
#53
○木島小委員長 これにて、佐藤参考人に対する質疑は終了いたしました。
 佐藤参考人には、御多用中のところ本小委員会に御出席いただき、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。
 これより兼子参考人に対し質疑を行います。
#54
○水田小委員 先ほど西ドイツで学校災害保険法がすでにできておる、こういうお話があったのですけれども、兼子先生のところで試案のようなものもつくられておるわけですが、大体ドイツの保険法というのはそれと同じようなものと考えてよろしいのでしょうか。
#55
○兼子参考人 西ドイツの学校災害補償保険法、一九七一年の連邦法律につきましては、私どもまだその内容を十分つまびらかにいたしません。こちらの国会図書館に西ドイツの官報があるはずですので、そういうものを通じて近く調べさせていただくつもりでおりますが、しかしこれは、はっきり書物を通じて私ども知っておりますのは、災害補償保険法でありまして、日本の法律になぞらえますと労災保険法型でございます。ですから、これはやはり学校設置者の災害補償責任を社会保険的に仕組むという段階のものでございまして、それに対して私どもが学校災害補償法の要綱試案をつくりましたものは、これはもう社会保険制度の段階を越えまして、国としての直接の災害補償制度、国営の災害補償制度という趣旨でございます。ですから、立法例としましては、むしろ先ほどちょっと申しました予防接種法の近年の改正で入りましたような補償制度に類するものを考えているということでございます。
#56
○木島小委員長 調査室にお願いします。
 いまの西ドイツの学校災害保険法が、もし入手できたら御配付願います。
#57
○山原小委員 一つは、先ほど佐藤参考人にもお伺いしたのですが、文部省、安全会の見解は、むしろこの際法律改正というよりも学校安全会の給付をふやして、見舞い金をふやして、そこで済ませていこう、ややこしい法律論、いろいろ困難な問題があるのだということですね。これに対して、先ほどの御説明でよくわかるのですけれども、この困難な壁の一つ一つに対して、これはこうだというふうにやることが大変大事な問題になってきたと思いまして、その点では教育法学会の方では何か御検討なさっているのでしょうか。
#58
○兼子参考人 先ほどちょっと御紹介いたしました学校事故損害賠償法、学賠法は、学校設置者の無過失賠償責任を規定しようという案でございますが、この学校設置者に無過失の損害賠償責任が課せられてしかるべき理由につきましては、先ほどちょっと御質問の中にございましたように、西ドイツあるいはフランスなどもすでに判例でかなり採用されております危険責任論を学校に及ぼすのが適切ではないかという点が第一でございます。
 確かに、学校が危険性をはらんだ施設であると見立てられるというのは矛盾だと思われますけれども、しかし他の社会分野に比べますと、成長途上の青少年が恒常的に集団生活を営むという場ですから、他の社会分野よりは事故が起きる危険性は元来潜在していると見ることは不自然ではないと思うのですね。そのゆえに、他の分野に増して学校安全法制が整備されなければならないというのは本来根本的ですけれども、不幸にして事故被害を生じてしまった場合には、それに対して学校というものを設けている設置者に無過失で賠償責任を課するというのが筋ではないか。それが危険責任の考え方でして、これは本来企業の事業活動に伴う賠償責任について次第にとられるようになってきた考え方であります。そして近年、公害についての無過失賠償責任の規定などもそういう考え方で立法化されているように見られますが、その企業の危険責任とは実質が違いましょうけれども、やはり一種の危険責任を学校に及ぼすことが救済法制の見地からは妥当ではなかろうかということでございます。
 それからもう一つは、それと関連いたしますが、学校において事故を発生させてしまう危険性を食いとめることができる者、食いとめる責任を主として負うのがだれかと申しますと、これは学校設置者の中で教育条件の整備の責務を負っている当局の方に主としてあるのではないか。今日の重大事故を調べてみますと、主たる原因、主因が教育条件整備のかなり根本的な不備にあるということが明るみに出てきているようでありまして、したがいまして、教育条件整備の責務を負う学校の設置者当局に無過失責任を課するということが相当であろう、これが二つ目の理由ということになります。
#59
○山原小委員 危険責任という問題については、先ほどの学校安全会の渋谷参考人もそれは成り立つという考え方に立っていましたね。だから、その点では大体私わかるような気がするのが一つです。
 それから先生の方で出されております要綱につきまして、二つばかり簡単な質問をいたしますと、第四項に出ています、生徒及び保護者に対する被害の完全な補償というのが書かれていますが、この完全な補償というのはどういう方法でやるのか。たとえば年金方式とか、あるいは医療保障とか障害補償とかいうことが考えられるのか、それが一つです。
 それからもう一つ、第六項にあります学校災害補償委員会を都道府県に設置するというのがありますが、これは当然、学校安全会との関係では学校安全会の支部も含めて学校安全会というものがなくなるというふうな理解をしていいのでしょうか、この法案要綱によりますと。その二つをちょっと伺いたいと思います。
#60
○兼子参考人 私どもが考えております学災法におきましては、やはり完全補償の原則を確認いたしたいと存じております。これの完全実施というのはなかなか大変なことでございますけれども、たとえば労災の災害補償保険制におきましても補償が定額化される、ケースによらないで定額的な処理がなされることが多いようでございますね。そうではなく、学校災害の場合には、最終的にはケースに応じて完全補償がなされていくというたてまえがとられているべきではないかと考えます。しかし、現行制度との関係では、廃疾の見舞い金というふうなものでは、そういう一時金的なものではもとより完全補償には遠いわけでありまして、完全補償を実現する措置としましては、先ほど申しましたが、やはり障害年金という給付形態が不可欠であろうと考えます。
 それから行政機構についてでございますが、私どもの要綱案では、御指摘のとおり都道府県に学校災害補償委員会という、これは教育界の各方面の代表委員から構成される第三者的な行政委員会というものを考えました。したがいまして、教育委員会からも代表委員が入るという形で、教育委員会とは別立てを考えたわけでございますが、これと安全会との関係は、これは立法の立て方にもよりますが、完全補償制度をしくこの学災法の考え方では、安全会に完全に置きかえられることを予定しておりますから、安全会の支部も存在し得ないという状態を考えておりますけれども、ただ立法の立て方としまして、たとえば一般の医療給付の段階については安全会制度を存置して、障害を残すような、廃疾事故のような重大学校災害についてのみ学災法の制度をしくというふうな立法の立て方をもしされましたら、併存することになるかと思います。
#61
○山原小委員 わかりました。
#62
○水田小委員 完全補償ということですから、ここで全部めんどうを見ることになりましょうけれども、いま一番問題になっているのは、実際に裁判になった場合、教師の側にそれほどの不注意がなくても、補償ということにウエートがかかって過失責任というのを問われる、そういうところに消極的にならざるを得ない問題があるわけです。逆に言えば、この場合まれにあるかもしれませんが、故意または設置者の過失ということもありましょうし、設備の瑕疵あるいは教師の故意ということ、そういう場合をこの中ではどういうぐあいに調整を考えておられるのか、ちょっとお伺いしたいと思います。
#63
○兼子参考人 その点につきましては、学災法のみならず学賠法の場合も学校設置者の無過失責任を定めようというわけでございますから、基本的に同じ仕組みと考えられますが、要するに無過失責任原理を前提とする救済法制におきましては、教職員の過失は損害賠償金なりあるいは災害補償給付なりをする際に問わないわけでございますね。ですから、まず申請に従ってその要件を満たす限りでは賠償金、補償給付をどんどん行っていく。それで、もし教職員に故意または明らかな過失というふうなものがあったということになりますと、これは別個に内部問題として処理していくということになるわけでありまして、全くその措置は後の問題になります。その場合に、先ほど佐藤参考人が御指摘のように、求償制度の問題が一つありましょうし、さらにケースによりましては懲戒責任問題が発生するということになりましょうが、それらはまず被害者救済とは全く別個の問題として出てくるということでございます。
 それから、つけ加えますと、この点が学賠法と学災法で違いますが、学災法が完全実施された場合は、被害者側から訴訟が起きるということはないようにしたいものだという考え方がございますね。
#64
○水田小委員 財政上の問題なのですが、先生方のこの案によりますと、「あらかじめ財政措置に努めなければならない。」とあるわけですが、これは国と設置者ということだろうと思うのですが、その設置者が非常に財政力の弱い町村、あるいは私立の場合に全く同じということでは実際の運営上負担の点で問題が残ると思うのですが、そこらあたりは負担の区分というのは大まかにどういうぐあいにお考えになっておるのでしょうか。
#65
○兼子参考人 財源の点は学校災害補償法、学災法の場合と、学校事故損害賠償法、学賠法の場合とでは相当に違いまして、学賠法の方の場合は、本来無過失責任の規定をするというところが主眼でありまして、財源につきましてはもっぱら学校設置者の責任に属する事柄というふうになりますので、先ほどちょっと申し上げましたが、すでに動いております全国的な責任保険でかなりカバーされるとしましたらそれが活用されるであろうということでございますね。ですから、その場合、賠償金は保険金として支払われてくるということになるわけでありまして、そういう段階も学賠法としてはあり得るところかと思います。ただ、先ほどのように、私学の場合は当然私学助成の一環に新たに組み込まれなければなりませんし、自治体の場合も地方交付税の中で見ていただくというふうなことにはなってくるかと思いますが、これは学賠法自体が法的にそれに対応しようというわけではございません。
 それに対しまして学災法の方は、本来国の学校災害補償義務を定める、予定するわけでございますから、これにつきましては国が国費でその裏づけを考えるというのが当然予定されている筋でございまして、ただこの場合も国民の教育を受ける権利の保障の任に当たっていく地方公共団体、自治体などからもその一部の費用負担はあってしかるべきかと思いますが、あくまで学災法の場合は災害補償給付の財源は国費中心であるべきだろうというふうに考えられます。
#66
○伏屋小委員 一つお尋ねしたいのですが、最近静岡県でバスに落石が直撃をいたしまして中学生が亡くなっておりますが、このような事例の場合には、学災法というよりもむしろ道路あるいは山林の条件整備という直接管理をしておる国の責任ということから考えますと、何か国家賠償法の方がなじめるように思うわけでございますが、その辺の兼ね合いは先生はどういうふうにお考えでしようか。
#67
○兼子参考人 確かに損害賠償による救済を考えますときに、無過失責任の規定の必要から学賠法が考えられたわけでございますが、国賠法そのものは一般的に現在過失主義で書かれているわけでございます、一条一項が。これが無過失に書きかえられるような予想ができるならば、これはかなり立法の前提状況がまた違うというふうに申し上げられるかと思います。現にこの点も日本と行政法の成り立ちが似てきていると言われております西ドイツでは、現在連邦議会に国賠法そのものを無過失に書きかえる改正法案が出ているわけでございます。ところが、日本では国賠法そのものを無過失に書きかえるという予想がこの学賠法ないし学災法ほどすぐ立ちますでしょうか。
#68
○木島小委員長 ございませんか。――兼子さん、法律をつくろうとするときにいろいろ問題点がある中で、一つは横並び問題があるのですね。それはさっきお話しの予防接種法というようなものが一つ参考として出てくるのですよね。ただ、いままでたとえば労災なら労災、公務員の災害なら公務員災害の三百、四百万というものが千百七十万になったということの背景にはちょうど学校事故と同じような事件がある。そして、これはまた無過失責任、これもまた無過失賠償責任の主張があるわけですね、必ずしも医師の責任だけでないわけですから。そして、そういうことがあったものだから、医師が保健医をやめるという運動があったから大変額が上がったのだろうか。いままでの三百、四百万が予防接種法の千百七十万、これはいまそれが高い安いは別として、もしそうだとすると、これは教師は全部ストライキでもやらなければいかぬです。子供の教育の責任を持てないというようになります。そうすると、横並びというものはそういう運動の背景があって、四百万が千百七十万になったから横並びの論議はこれで否定されるのではないですか。これは誘導尋問になりますか。
#69
○兼子参考人 ただいまの問題は一種の運動論と申しますか、立法につながる立法運動論だとしますと、私の専門とは違いますので……。
#70
○木島小委員長 いや、そういうようなことは運動論ではなくて、横並び論が立法のときには必ず出てくるわけです。横並びになるといま一番高いのはまさに予防接種法ですね。けれども、それに横並びしたら進歩がないわけです。労災なり公務員災害の三百、四百万が千百十七万になったとすれば横並び論理が崩れておるという、崩れるのではない、それは進歩しなければいかぬわけですから、そういう意味でやはり横並び論をどう破るかというのが一つの皆さんの立法作業とは別個の問題でありますけれども、実現しようとすると一つの障害がそこにあるだろうという意味でお聞きしたわけです。
#71
○兼子参考人 そうなのです。しかし、お言葉を返すようですが、その横並び論のところまでこの学災法の立法問題が行けば相当前進したように私には思われるわけでして、現在のままですと、つまり日本学校安全会法はありますが、これが先ほどのような限定性を持っているとしてそれが現状に大きな問題を残しているとしますと、現行法制ではほとんど正面からの対応がなされていないというふうに思われるわけでありまして、その立法要求が教育界から強く出てくるとなりますと、今後もしこのままで推移しますと相当何かのきっかけで大きな社会問題をもたらすというふうに考えられるわけでして、その横並び論のレベルでも結構ですから、早急に立法化の日程のレベルで御検討いただきたいというふうに私は思いますけれども。
#72
○水田小委員 横並び論というのは、先生、むしろそれがなかなか破れないところに私ども頭を悩ましておるわけです。ですから、たとえば被害を受けた場合に、いわゆる社会保障的な、生活保障的な考え方でいくと、先ほど安全会から説明がありましたのですが、労災というのが一つの線になってくるわけですね。ところが、実際には過失があった場合は当然国賠法、民法によって損害賠償ということで逸失利益を計算し慰謝料を含めての額になる。それから予防接種法は、計算の基礎が逸失利益全部を賄ってはおらないと思うのです。それから、ほかの労災なり公害の健康被害補償法等のような生活保障的になると、大変額が少くなる、学校現場での訴訟というのは損害賠償の数というのは減らないというジレンマに陥るわけなんです。そこらあたりをどういうぐあいに御検討なさっているか、もし御検討なさっておられるのでしたら御意見を聞かせていただきたいと思うのです。
#73
○兼子参考人 教育法学会の中におきましても、私はこういう補償制度あるいは福祉制度の方は比較的に専門でございませんので、私の専門の知識で十分お答えすることができませんが、やはり基本的な考え方として、学校災害補償は確かにもろもろの災害補償と並び一種の社会保障的性質を持ちますけれども、学校災害補償というものの特殊性を十分押さえる必要があるのではないかということでございますね。たとえば労災も確かに危険な職場であっても生きるために労働者はそこで働かなければならないという問題から発しておりますけれども、学校災害の場合は、本来健康にもちろん成長し、そして人間を伸ばしていけるはずの学校で、朝元気に出ていって夕方は一生口もきけない状態で帰ってくるというような、そういう学校生活というものから重大な人身被害が現に生じているというそういう事態に対する災害補償制度、これは社会的に見ましても相当社会としての責任意識をそこで働かせるべき場面なのではないか。そういう意味で特殊性があり、しかも、社会保障制度は一般に憲法二十五条に基づくわけですが、学校災害補償の場合は、その精神をくみつつも、さらに憲法二十六条の教育を受ける権利の保障を具体化する立法制度であるということからも言えますが、そういう子供の学校生活の中に発する重大事故という学校災害の補償制度の特殊性を十分踏まえるかどうかでやはり問題に取り組むかぎではないか。しかも、この重大事故が起きておりますけれども、そう異例な不詳事として見るべきケースではないのでございますね。むしろごく日常的な学校生活の中から重大事故が生じてしまっているということでありますから、それだけ今日の公教育制度のあり方として社会的責任が大きい問題ではないか。私の専門の範囲ではそういうことを繰り返し申し上げざるを得ないのでございますけれども。
#74
○木島小委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。
 兼子参考人には、御多用中のところ本小委員会に御出席いただき、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼申し上げます。
 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後零時三十六分散会
ソース: 国立国会図書館
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