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#1
第075回国会 社会労働委員会 第8号
昭和五十年三月二十五日(火曜日)
   午前十時九分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 三月二十四日
    辞任         補欠選任
     星野  力君     河田 賢治君
 三月二十五日
    辞任         補欠選任
     鹿島 俊雄君     岡田  広君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         山崎  昇君
    理 事
                玉置 和郎君
                丸茂 重貞君
                村田 秀三君
                小平 芳平君
    委 員
                岡田  広君
                斎藤 十朗君
                高田 浩運君
                徳永 正利君
                片山 甚市君
                浜本 万三君
               目黒今朝次郎君
                柏原 ヤス君
                河田 賢治君
                沓脱タケ子君
                柄谷 道一君
   国務大臣
       厚 生 大 臣  田中 正巳君
   政府委員
       厚生大臣官房長  石野 清治君
       厚生省公衆衛生
       局長       佐分利輝彦君
       厚生省医務局長  滝沢  正君
       厚生省社会局長  翁 久次郎君
       厚生省保険局長  北川 力夫君
       厚生省援護局長  八木 哲夫君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        中原 武夫君
   説明員
       総理府恩給局次
       長        大屋敷行雄君
       沖繩開発庁振興
       局振興総務課長  萱場 英造君
       沖繩開発庁振興
       局振興第四課長  三井 速雄君
       文部省大学局医
       学教育課長    齋藤 諦淳君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正す
 る法律案(内閣提出、衆議院送付)
○原子爆弾被爆者等援護法案(第七十四回国会浜
 本万三君外三名発議)(継続案件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(山崎昇君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨二十四日、星野力君が委員を辞任され、その補欠として河田賢治君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(山崎昇君) 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案及び原子爆弾被爆者等援護法案を一括して議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#4
○浜本万三君 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部改正に対する法案につきまして質問をいたしたいと思います。
 まずお尋ねをしたいと思いますのは、ことしは終戦三十年を迎えたことはもうすでに御承知のとおりであります。三十年たった日本の現状は、要するに経済的にも著しい躍進を遂げております。そういう意味で戦後は終わったという表現もございますが、しかし戦争犠牲者に対する援護行政の現状を見ますと、必ずしもそういう言葉は当たらないんじゃないかというふうに思われるわけでございます。
 そこで、私は戦争犠牲者に対する政府の戦後処理の内容というものについてまず最初お尋ねをいたしたいというふうに思います。
#5
○政府委員(八木哲夫君) 戦後処理の問題いろいろあるわけでございますけれども、厚生省なりあるいは援護局関係でやっておりますいままでの動き等につきましては、終戦直後はいかにして戦地あるいは外地におられます軍人あるいは一般邦人の方の引き揚げを促進するかというのが一番大きな中心であったわけでございますが、昭和三十年の大体前半程度で集団引き揚げ等が終わったわけでございます。その後、個別引き揚げ等もございますが、いずれにいたしましても、残っております引き揚げ者の問題、あるいは未帰還者の調査等の問題がございます。
 それから、さきの大戦によりまして大きな被害を受けたわけでございますけれども、国のために殉じました戦没者の方、あるいは傷病にかかられました戦傷病者の方々の御遺族なりあるいは戦傷病者の方々の援護というのが大きな問題であるわけでございまして、昭和二十七年におきます戦傷病者戦没者遺族等援護法の制定、あるいは昭和二十八年におきます恩給の復活等によりまして、戦没者の御遺族なりあるいは戦傷病者の方々に対します援護というのが最近では大きな問題になっておるわけでございます。援護法なりあるいは恩給法によりまして、公務扶助料あるいは年金等の処遇が行われておるわけでございますが、その後の社会情勢、経済情勢、物価等の変動に伴いまして、年金額の引き上げ等の援護法なりあるいは恩給法等によります改善措置が講ぜられておるわけでございまして、今後とも残ります問題としまして、やはり御遺族なりあるいは戦傷病者に対します年金扶助料等の充実というのが大きな課題であろうと思われるわけでございます。
 さらに戦後三十年を経過しました今日、南方等におきます遺骨がそのままの状態であるということは決して望ましいわけではないわけでございまして、一日も早く祖国にお迎えするということが必要なわけでございまして、そういう意味からも遺骨収集の問題につきましては、戦後三十年を迎えまして、大きな問題としまして明年度は特に大規模な計画を予定しておるというようなことで、戦後三十年経過いたしましたが、私どもの関係します分野におきましても残された問題があるわけでございまして、そういう面につきまして、できるだけ早く十分な措置をとりたいということで、今後とも改善を図ってまいりたい考え方でございます。
#6
○浜本万三君 大体いま局長からこれまでの戦後処理の問題について政府の考え方を伺ったわけでございますが、私がまあ考えますのに、政府の戦争犠牲者に対する基本的な姿勢は、やはり軍人・軍属、これを中心に援護措置を講じられてきたと、こういうきらいがあるわけでございます。
 ところが、あの大戦は御承知のように国家総動員法はもとより、戦争全体が近代戦の実情から申しますと、まあ総力戦というような関係になりまして、戦場、銃後を問わず全国民が一丸になって戦争に参加する、こういう実態であろうというふうに思います。したがって、これは日本だけでなしに諸外国におきましても一般戦争犠牲者に対する援護行政というものが行われておるというふうに伺っておるわけでございますが、戦後三十年たった今日、そういう考え方に立ちまして一般戦争犠牲者に対する援護体制、援護制度というものを推し進めるために諸外国のこの種問題について研究をされておるかどうかということにつきましてお尋ねをいたしたいと思います。
#7
○政府委員(八木哲夫君) 諸外国の制度で一番関係が深いのは、同じように敗戦国になりました西ドイツあるいはイタリアというところが参考になる諸外国ではないかというふうに考えられるわけでございますけれども、西ドイツにおきましては、戦争犠牲者に対します援護としまして、戦争犠牲者の援護に関する法律、連邦援護法でございますが、こういうような法律によりまして、軍事上または準軍事上の任務により身体に障害を受けた者及び死亡した者の遺族、それから直接の戦争影響等による障害者及び死亡者の遺族を対象としまして、かなり援護措置が講ぜられております。さらに、イタリアにおきましても、一般戦争年金に関する法律ということで戦争犠牲者に対する援護措置が講ぜられております。
 ただ、わが国と違いますのは、ドイツ等の場合には直接戦場になったということでほとんどの国民が戦闘行為による被害を受けているというような被害の大きさ等につきましても、それから戦闘の苛烈さ、それから直接連合軍が戦闘で国内に進入してきたというような大きな事情の相違があるわけでございます。
#8
○浜本万三君 いまのお話、多少日本の国情が違うというふうにおっしゃいますけれども、私の見解ではほとんど同じじゃなかったかというふうに思っておるわけでございます。
 そこで、いずれにいたしましても、日本政府としても一般戦災者に対する援護措置を研究しなければならない時期に来ておるのじゃないかというふうに私は思うわけでございます。局長のお話では、そういう問題について若干の研究をなさっていらっしゃるようではございますが、今後われわれもこの研究をするために、それら諸外国の資料というものをぜひ提出をしてもらいたいというふうに思いますが、いかがでしょうか。
#9
○政府委員(八木哲夫君) 私どもの方でもある程度調査した資料がございますので、御趣旨に従いまして御提出申し上げたいと思います。
#10
○浜本万三君 この前、私がお尋ねをいたしましたところによりますと、今次大戦の戦争犠牲者が大体三百十万、そのうち恩給法関係で対象になる者が約二百五十万、残り約五、六十万が一般戦災者のように考えられるわけなんでございます。特に東京の無差別大空襲などは相当の被害があったということも聞いておりまするし、その実態についてすでに調査をされておるというふうにも聞いておるわけでございます。したがって、一般戦災者が、まだ救済されていないものを全部考えましても、大体五、六十万が対象で、そのうち相当の方々はすでに亡くなっていらっしゃるのじゃないかというふうに思うわけなんでございます。そういうふうに数が相当少なくなっておりまするし、三十周年という意義もございますので、ぜひとも一般戦災者に対する救済措置を講ずるということが今日の政府の姿勢としては必要なんではないかというふうに思っておるわけです。
 そういう意味で、過ぐる七十一国会におきまして本院で、亡くなりました須原議員が戦時災害援護法というものを提案をいたしまして御審議をしていただくことになったわけなのでありますが、そういう一般戦災者救済のために戦時災害援護法のようなものを制定するお気持ちはないかという点についてお尋ねしたいと思います。
#11
○政府委員(八木哲夫君) 前回の当委員会で先生からお話しございました際に御答弁申し上げたわけでございますけれども、現在の恩給法なりあるいは厚生省で所管しております戦傷病者戦没者遺族等援護法の対象にされております方々は、直接軍の構成員でございました軍人あるいは軍属、直接軍の構成員ではございませんけれども、身分関係はございませんけれども、軍なりあるいは国の強制力が相当及んでおった、大臣が前回御説明申し上げましたように、特別権力関係ということが想定されるような相当の身分関係の規律があるというようなことで、軍人・軍属と同じように身分関係が考えられるではないかというような方々の準軍属という方々につきまして援護の対象にしているわけでございますが、その基本的な考え方といたしましては、あくまでも国の事業主責任、使用者責任というような立場からの国家補償というような考え方でございまして、したがいまして、確かにさきの大戦は戦争の規模、被害等も大きかったわけでございますし、すべての国民がいろいろな形で戦争に協力したわけでございますので、いろいろな面におきます被害なり影響というのは受けているわけでございます。しかしながら、すでに戦後三十年を経過しているわけでございますし、現実にお困りの方々に対しまして、厚生行政は原因のいかんを問わず、当面の社会保障なりあるいは社会福祉の給付が必要な部面につきましての厚生行政の展開を行うというのが社会保障なりあるいは厚生行政の考え方であるわけございまして、むしろ一般の社会保障なりあるいは福祉施策の充実強化ということによりまして、こういう問題は処理していくべきではないかという考え方でございます。
#12
○浜本万三君 いずれにいたしましても、実態を調査するということが三十年戦争から経過した今日必要だというふうに思うわけです。そういう意味で、原爆被爆者に対する実態調査も、三十五万五千人を対象に五十年度の予算ではおやりになるということも予算の上では載っておるわけなんでございますが、したがって、一般戦災者の実態調査を実施してはどうかという気持ちがあるのでございますが、この点について厚生大臣はどういうお考え方を持っていらっしゃるかお聞きします。
#13
○政府委員(八木哲夫君) 前回の当委員会におきます昨年の附帯決議でもこの問題が出ておりますし、衆議院、参議院におきましてもこの問題につきましての従来からの御質問もございますわけでございますが、私どもといたしまして、戦災によります被害者の問題につきましては、死没者の数等につきましては、経済安定本部の調査によりまして、大体三十万程度、あるいは全国戦災都市連盟の調査によりましても五十万ということで、かなり時間も経過しておりますので、こまかい数字はわかりませんけれども、大きなマクロの数字で申しますと、三十万ないし五十万が戦災によります亡くなられました方の数ではないかということで、死没者の問題につきましてはある程度の数字がつかめるというようなことから特に考えてございませんが、障害者につきましては、その後どの程度の障害があるかというような障害者の実態というものがわかっておりませんので、一昨年、四十八年におきましては、名古屋市におきましての調査が行われまして、さらに昨年、愛知県、四十九年度におきまして愛知県の方が、これは厚生省の方ともある程度相談しておりますが、県内におきます調査を実施した次第でございます。さらに明年度におきましては、昭和五十年度におきましては、全国的なある程度の数字をつかみたいというようなことで、社会局におきまして身体障害者の実態調査を実施するというような計画がございますので、現在社会局と相談しておりますが、それの一環といたしまして戦災によります障害者の実態等につきましての調査も実施いたしたいというふうに考えておる次第でございます。
#14
○浜本万三君 ぜひいろいろな方法でこの戦争被害者の実態調査を早急に実施されることを希望いたしたいと思います。
 次にお尋ねをいたしたいのは、今回の法改正の提案理由の中に、葬祭料とか長期入院患者の療養費を政令で定めるというふうになっておりまして、従来の法律行為を政令で自由に変更できるというたてまえに今度なろうとしておるんですが、これは一体どういう理由でそのようにされるのかお尋ねをしたい。
#15
○政府委員(八木哲夫君) 従来から葬祭料なりあるいは戦傷病者の療養手当等につきましては、毎年予算におきまして額の引き上げ等を行っているわけでございますが、できるだけ最近の経済状態、社会状態、物価情勢等に合わせましての額の引き上げを実施いたしたいという考え方でございまして、さらに同じような制度におきます原爆等におきましても、葬祭料と同種の一時的な給付につきましては政令で定められるというようなことから、むしろ実態に即応して引き上げが講ぜられるようにするというのが第一点と、それから他の制度におきましても同様な措置をとられているということから、政令に定めたいということでございます。
#16
○浜本万三君 事情よくそれで私ものみ込んだんですが、その理由の中に、経済状態、物価状態に合わせるという意味のことがございましたんですが、したがって遺族年金の問題についてちょっとお尋ねしたいと思うんですが、例の遺族年金のスライド制を実施したらどうかという気持ちが私もあるわけです。つまり援護法関係の遺族年金には、公的年金のようなスライド制はございません。今度の改正を見ましても、ことしの八月からは四十七万四千円、来年の一月からは五十万六千円というふうに、非常に小刻みに上げておられるわけでございますが、そうなってくると、やっぱりこれはスライド制の導入が必要なんじゃないかということも考えられるわけなんですが、そういう点についてはいかがでしょう。
#17
○政府委員(八木哲夫君) 戦傷病者戦没者遺族等援護法によります遺族年金の額の考え方につきましては、現在軍人の御遺族の場合には恩給法によります公務扶助料というのが大体大宗をなすわけでございます。なお、援護法におきましては、軍属なりあるいは準軍属の年金額、遺族年金額は大体軍属なりあるいは準軍属の方が主な対象になるわけでございます。したがいまして、むしろ恩給法によります兵の公務扶助料が決まった場合に、それに準じまして援護法の年金が決まるというようなことから、考え方といたしましては、援護法の中にそういうような考え方はないわけでございます。恩給法の公務扶助料が決まりますと、それに大体右へならへということになるわけでございます。なお、恩給法におきます公務扶助料等につきまして、今度の引き上げが、先生からお話しございましたように二段階に分かれましての年金額の引き上げが行われるわけでございますけれども、本年の八月から予定しております二九・三%、これは公務員のベースアップに準ずるものでございますし、明年一月からの六・八%の引き上げは従来の格差是正ということで、両方合算いたしますと、三八・一%ということで、むしろ本年の引き上げ等におきましては、公務員の給与の引き上げ率よりは大幅な引き上げというようなことになっているわけでございますので、むしろスライド関係以上の改正が行われているというようなことから、特に現段階におきましてはそういうようなスライド的な思想を取る必要はないんではないかというふうに考えておる次第でございます。
#18
○浜本万三君 私ども素人の関係で非常にこれはむずかしいわけなんです、わかりにくい。そこで、できるだけこの際援護法の法体系を整理したらどうかという気持ちも素人なりに起きるんですが、それは最近の状況を見てますと、軍人・軍属、準軍属の間の処遇上の格差もだんだんなくなっておりまするし、さっきも何遍も申しますように三十年たった今日の状況でございますから、せめて年金とか給付金を一本化することはできないだろうかという気持ちが生まれるわけなんですが、それについてはどのように考えられておられるでしょうか。
#19
○政府委員(八木哲夫君) 確かに先生御指摘のように援護法が制定されましたのが昭和二十七年でございまして、今日まで二十三年も経過しているわけでございます。その間毎年の改正が行われまして、法律内容としましては非常に複雑になっていることは御指摘のとおりでございます。私どもといたしましてもできるだけ法律を簡明化したいというのは希望でございますが、ただ軍人・軍属と、それから準軍属の年金の差等につきましては従来は遺族給与金、軍人・軍属に対する年金に対しまして準軍属に対します年金につきまして、額につきまして六割でございますとか七割でございますとかというような差があったわけでございますが、現在は完全に同額になりまして一本化したわけでございますし、従来とは大分変わってきていると思いますけれども、現実に事務上の関係等がございまして、年金の支給期等がそれぞれ違っておったというようなことで、それを一本化するというようなことになりますと事務的な問題もあろうかと思いますし、それから大きな問題ではございませんが、細かい点、事務上の問題につきましてもそういうような問題もある、それから、一部遺族一時金等につきましてまだ差があるというような点もありますので、今後の問題として検討させていただきたいと思います。
#20
○浜本万三君 やはり支給を受ける方もわかりやすいのが一番よろしいと思いますので、できるだけ局長答弁の方向で早くひとつ整理していただくようにお願いをしたいと思います。
 それから次は、遺族年金と遺族給与金につきまして例の先順位者と後順位者の年金が額が相当開いておるという事情があるわけなんです。それで、もちろんその理由も伺ってわかるんですが、いずれにしても所得保障をするという気持ちがあるならば、それにふさわしいようなやはり金額でなくてはならないというふうに思うわけでございます。特に後順位者の年金は年間今度の予算で一万八千円でございますから大体千五百円ということではちょっとさびしいんではないかというふうに思うわけです。特に一人息子を亡くした両親の場合には格別な心情があるというふうに理解されますので、この点もう少し改善する考え方はないかお尋ねをしたいと思います。
#21
○政府委員(八木哲夫君) 戦傷病者戦没者遺族等援護法におきます年金の考え方といたしまして、先順位の年金と後順位の年金という考え方があるわけでございますが、実はこれは恩給なりあるいはほかの年金制度に例のない制度でございまして、本来でございますと一定の年金の支給事由が生じました場合に年金を受けられる方はお一人でございます。したがいまして、後順位者の遺族年金に相当する分はほかの年金でございますと扶養加給という形で入っている額でございます。援護法におきましては、やはり個人個人にそういうような年金の受給権が生ずるようにというような配慮もございまして、本来年金を受けられます方に扶養加給という形で計算すべきものを、個人的な後順位の年金という形でできておるわけでございますので、扶養加給の相当額をどうしても後順位の方の遺族年金の額にせざるを得ないわけでございますので、これはむしろ扶養加給相当額が後順位者の年金額になっているというようなことから、むしろ扶養加給が今後改善するということによりまして後順位者の年金額の増額を図っていくということではないかというふうに理解いたしたいと思っております。
#22
○浜本万三君 それから、余り時間がないので理屈言わずに簡単にお尋ねするんですが、次は二項症以上の障害年金の受給者に今後十二万円の加給が決まったわけなんですが、この性格はどういう性格なのか、まず簡単にお尋ねしたいと思います。
#23
○政府委員(八木哲夫君) 援護法におきます特別加給の考え方でございますが、これは恩給法によります増加恩給におきましての特別加給の考え方をそのまま持ってきているわけでございまして、考え方といたしましては、特に重度の障害者の方々を優遇するというような考え方から、本来の年金額のほかに特別加給ということで、特に障害の程度の大きい二項症以上の方々につきましての特別加給の制度が設けられているわけでございます。
#24
○浜本万三君 それから障害の大きい者に加給するという意味は、われわれ素人で考えますと、看護料、介護料というような意味が含まれているのだと思いますが、そうだとすれば、月一万円ではどうも介護料に相当する金額ではないんじゃないか、もう少しやはりこれも増額する必要があるんじゃないかというふうに思いますが、いかがですか。
#25
○政府委員(八木哲夫君) 今回の恩給におきます特別加給の増額の考え方をそのまま援護法に持ってきたわけでございますけれども、恩給の方におきます特別加給の今回の引き上げ率は従来の七万二千円から十二万円に増額しているわけでございまして、その意味におきましては、率といたしましては相当の改善率になるわけでございまして、約七〇%の引き上げになっているわけでございまして、そういう意味から申しますと、全体の引き上げが今回は三八%でございますが、従来四十九年におきましては特別加給の引き上げが行われなかったというような考え方から、今回従来の引き上げ分も含めまして改善措置を講じたというような次第でございます。
#26
○浜本万三君 いずれにしましても、さっきの趣旨でございますと少し低いように思いますので、さらに一層改善をしてもらいたいと思います。
 次は特別給付金支給法関係の問題についてお尋ねするんですが、今度特別弔慰金支給法の一部が改正されまして、新たに特別弔慰金が二十万円、国債で十年償還ということですが、支給されることになっておるわけでありますが、この場合に過去に支給された特別弔慰金、何か昭和四十年三万円ということだそうでありますが、今回と併給されることになっておるわけであります。ところが一方では一昨年の改正によって戦没者の妻及びその父母に対しては新たな特別給付金が併給されないことになっておるわけなんですが、これは少し不合理ではないかという気持ちがするんですが、いかがでしょうか。
#27
○政府委員(八木哲夫君) 先生からただいま御指摘ございました戦没者の妻に対する特別給付金あるいは父母に対します特別給付金、これは第一回の交付金が支給されまして、その後国債の償還期間が終わった後に第二回の交付金が支給されるということになっておるわけでございますが、従来の妻なりあるいは父母に対します特別交付金の性格と申しますのは、戦没者の妻が置かれております、あるいは老父母が置かれております特殊な事情というのを考慮いたしまして、こういうような妻なりあるいは父母に対します国の慰謝というようなことから老後の寂蓼感をお慰めするというような面から支給されておるわけでございますので、最初の交付金が支給され、それの償還が終わった後に支給されるというのが従来の妻の交付金なりあるいは父母の交付金の二回目の交付金の支給の性格でございます。今回御審議をお願いしております戦没者の御遺族に対します特別弔慰金は、戦後三十年を経過しました時点におきます遺族の置かれます特別な事情に対しての国としての慰謝ということで、戦後三十年としての国の慰謝の誠を示すというようなことから行われるわけでございますので、かなりの方につきましては第一回の三万円の償還が終わって継続して支給されることになるわけでございますが、一部の方々につきましては、従来の償還がまだ終わらないという方々につきましては、今回支給されますと両方が時点はダブって支給されるということになるわけでございますが、今回の特別弔慰金の性格の方は戦後三十年に対しましての国の弔意の誠を示すというようなことでございますんで、妻なりあるいは老父母に対しますものと若干性格を変えたような次第でございます。
#28
○浜本万三君 じゃ、次の問題に移りますが、例の相談員というのがございますですね。これが少し手当としては少ないんじゃないかという気がいたします。この予算請求が何か一ヵ月千円ですか、決まったのが月に直して八百三十三円というのはいかにも少ないように思うわけですが、民生委員も何か年額二万円だそうでありますから、千六百六十六円というふうな数字にもなっておりまするし、引き上げる必要がないかと思いますが、いかがでしょうか。
#29
○政府委員(八木哲夫君) 私ども援護行政の際に民間のボランティアの立場で戦傷病者の相談員なりあるいは遺族相談員という方々が戦没者の御遺族なりあるいは戦傷病者の御相談に応じているわけでございまして、そういう面から非常に私どもはその御努力に対して感謝申し上げている次第でございます。私どもといたしましてもできるだけ処遇の改善を図りたいということで、いまお話ございましたように、従来は年額八千四百円でございましたが、明年度におきましては年額一万円に引き上げるわけでございます。もちろん額としては十分な額ではないわけでございますが、今後とも一層その改善充実には努力してまいりたい考え方でございます。
#30
○浜本万三君 未帰還者問題について、後七分ぐらいしか時間がないものですからひとつ簡単に答えてもらいたいというように思います。
 まず、この未帰還者の現状及び今後の処理方針と言いましょうか、そういうものについて伺いたいと思っておるわけですが、最近グアム島の横井さんであるとか、ルバング島の小野田さんであるとか、あるいはモロタイの中村さんというふうな方々がたくさん帰ってこられたわけなんでありますが、こういうふうに相当長期間現地におられる方が出てこられるということは、これまでの調査に何かやっぱり問題はなかったんかという反省をしておるわけなんでございます。そういう点について今後どういうふうにこれを未帰還者の対策を進められようとしておるのかまず伺いたいと思うわけであります。
 それからついでに、二、三ありますので全部申し上げますと、最近新聞などで中国の孤児の問題が発表されまして大変関心を呼んでおるわけなんでありますが、あの大戦でいわゆる日本人の孤児の方々が相当数まだ中国に残っておられる。ある場合には日本に帰りたいという希望もあるというふうに聞いておるわけなんでありますが、中国との間でこの問題の処理についてどういうふうにお話し合いを進めておられるのか。また政府の対策は今後どうされるのかということを伺いたいと思うわけです。
 それからもう一つは海外戦没者の遺骨の収集なんでありますが、政府の計画によりますと五十年で一応完了するということになっておりますが、果たしてことしじゅうに終わるのかどうなのか。三十年たてば日本もこういうふうに変わるように、やはり諸外国も相当変貌することは間違いないというふうに思いますので、早く収集を終わらないと問題が残るんじゃないかというふうに思いまするので、この点についてお尋ねをいたしたいと思います。
#31
○政府委員(八木哲夫君) 最初のお尋ねは横井さん、小野田さんのような未帰還兵の問題だというふうに御理解して御答弁申し上げたいと思いますけれども、海外に残留しておると思われます元日本兵の調査、救出につきましては、従来からも在外公館を通じましての調査、あるいは相手国政府に対します調査等を御依頼いたしておりますし、さらに最近は民間の商社等が相当の地域まで活動しておりますので、民間の商社等に対しましても御協力をお願いしているわけでございます。そういうようなことでできるだけ情報がございますればそれの調査を行う。さらに遺骨収集がかなり大規模に行われるということでございますので、遺骨収集で参りました際には、その現地におきましてのいろいろな住民の情報なりいろいろな角度からの情報を収集いたしまして、情報につきまして確度の高いものにつきましては直接こちらから人を派遣しまして調査をするというような措置を講じておるわけでございます。最近中村さんが救出されましたのも昨年インドネシアに遺骨収集団が参りました際に情報がございまして、私どもはそれほど確実ではないんじゃないかと思ったわけでございますが、インドネシアの軍当局にお願いしまして調査いたしましたところ救出に成功したというような次第でございます。
 なお、元の日本兵で現地におきましてその後現地の住民の方を奥さんにされ平穏な生活を送っておられるというような方々についてはかなりの数を把握しておりますが、いずれにいたしましても今後ともそういうような情報の収集なり調査につきましては積極的に図ってまいりたいという考え方でございます。
 それから中国孤児の問題でございますが、中国におきましては終戦の混乱期におきまして、特に元の満州――現在の東北地区でございますが、開拓団等の方々があの混乱期におきましてやむを得ない事情で小さい乳飲み子なりあるいは幼児を中国人の方々の手に託して帰られたというようなことから、自分は日本人である、しかし親がわからないというようなことで、中国との国交正常化に伴いましていろいろな形で北京の大使館なりあるいは政府なりに照会が参ってきている次第でございます。私ども既存の資料等を活用しましてできるだけこの方々の肉親探しには協力いたしたいということでございますけれども、なかなか限界もございますので、先般報道機関等の御協力を得ましてある程度の方々につきましての公開調査を実施いたしましたところかなりの反響がございまして、二十人近くの身元がわかったというような状況でございますが、今後とも中国との国交が回復してまいりましていろんな意味での情報が入ってきておりますので、この面につきましては一層努力を進めてまいりたいというふうに考えている次第でございます。
 それから第三点の海外の戦没者の遺骨収集の問題でございますけれども、昭和四十八年から従来の遺骨収集では十分でないというようなことから、三年計画で大規模な計画的な遺骨収集を実施したわけでございますが、明昭和五十年におきましては、従来昭和四十八年度が二億二千万、昭和四十九年度が二億五千万でございまして約倍に近い四億七千三百万という予算を計上しまして大規模計画的な遺骨収集を実施したいということでございます。
 なお、昭和五十年で打ち切るのではないかということでございますが、私どもといたしましては、できます地域につきましては昭和五十年におきましてある程度のめどは立てたいと思っておりますけれども、いろいろな関係で行けない地域もございますし、それから行きましても、時期の関係、天候の関係、あるいは相手国との関係等から十分な実施ができない地域も残ろうかと思います。そういうようなことで、昭和五十年はかなり大規模な計画を実施いたしますけれども、これで終わりではないわけでございまして、どうしてもまだまだ補足的な地域あるいは補足的な遺骨収集等は行わなければならないというふうに考えられるわけでございますので、決して五十年で終了するということではございません。
#32
○浜本万三君 時間があと一分でなくなるんですが、三つほど要望しておきたいと思います。
 まず第一は、大久野島の毒ガス障害者の救済問題でございますが、これはまた日を改めて質問をしたいと思うのでございますが、この点の救済措置をひとつ完全にしてもらいたいということが第一点。
 第二は、沖繩からの疎開船対馬丸の遭難学童の問題があるわけですが、この点についてもひとつ温かい配慮をしてもらいたいということ。
 それから第三番目は、戦没者の氏を改めた婚姻をした父母について、直系血族がなくて戦没者のお祭りを行っている者については特別給付金を支給するようにしてほしいという三つのことをまずお願いをしておきたいというふうに思います。
 それから、最後に委員長に、これは今後の審議上の考え方について頼みたいことでありますが、先ほど私が政府にお尋ねをいたしました一般戦災者の救済措置の問題、それからこの前の質問でいたしました原爆被爆者の実情の問題などにつきましては、やはり委員会として、そういう問題について関係の深い方や、それから一般戦災者問題についても事情をよく知っておられる方を参考人にぜひ呼んでもらって、われわれの審議をさらに進めていったらどうかという希望を私は持っているわけです。特に原爆被爆者の問題につきましては、ことし三十周年でもあるし、伺いますところ、まだ一回も本委員会としては現地調査や参考人の事情聴取をしていないということを聞いておりますので、真剣にこの問題に取り組んでいくためにもせめて参考人の事情聴取あるいは現地調査などをやってもらいたい、あるいはまた諸外国の一般戦災者の取り扱いなどについても専門家に来ていただいて事情聴取をしたいというふうに思うんですが、この取り扱いをひとつよろしくお願いしたいと思います。それで私質問を終わりたいと思います。
#33
○委員長(山崎昇君) それじゃ委員長からまず政府にお願いしておきますが、いま最後に出されました三つの要望、意見等については十分ひとつ検討されまして、次回の機会等を見て政府の見解等を聞くというふうにしておきたいと思います。
 それから、いま委員長に要望のありました一般戦災者の援護及び原爆被爆者等の援護について、委員会として現地調査もしくは関係者を参考人として呼んで意見を聞いてほしい、こういう要望がございましたが、すでにこの点につきましては理事会で協議中でありますが、引き続いて理事会では協議をしまして、できるだけ浜本委員の意思に沿うように努力をしていきたい、こう思っておりますことをお答えをしておきたいと思います。
#34
○片山甚市君 ただいま浜本委員の方から本案についての御質疑がありましたから、私それに関連して厚生省の所管に属する問題について若干お聞きをしたいと存じます。
 実は、千葉県長生郡長生村金田にある愛の友協会ベテスダホームのことでございますが、このいわゆる身体障害者更生援護施設は、省の方のお調べのとおり、実は内容的に申しますと介護を非常に必要とする人たちがおりまして、夜間には五名ほどの寮母さんが泊まらないと、勤務しないとこの人たちが生活できない。友愛寮というのは平均夜は十九分、信友寮というのは平均一時間三十六分程度の深夜勤務をしなければならない。宿直勤務になりませんで、いわゆる断続勤務を労働基準監督署は認めておりません。しかし、要員配置は、御承知のように、国からは寮母が六名、重度加算四名を含めまして計十名しかおりません。しかし、この施設を運営するためには、この施設自体で三十五名の介護要員、寮母、寮母助手、介護助手などを必要としておる。特に、せんだって労働基準監督署から二級ボイラー技師を配置をしていないということから告発をされて、いま取り調べの最中であります。こういうことで、実は厚生省所管に属します関係から、具体的な措置としては園とじて措置をとられたようでありますが、この施設は大体対象の変化によりまして施設種別の変更を早急にして解決を図るべきだと考えるのですが、いかがなもんでしょうか。
#35
○政府委員(翁久次郎君) ただいまお示しの点はすべて事実でございます。特に収容されている方々が、約百名が脳性麻痺の方々でございまして、したがいまして、園といたしましても相当手厚い寮母の配置をしておりますが、この種別の方は、お示しのとおり、重度の身体障害者授産施設あるいは普通の授産施設になっております。したがいまして、この施設の内容でございますならば重度の身体障害者のための養護施設にした方がいいという判断でございます。したがいまして、私どもといたしましては、施設の所在地並びに法人の所在地であります東京都とも十分相談いたしまして、御趣旨の線に沿って解決を図ってまいりたいと考えております。
#36
○片山甚市君 そういうことでございまして、この園の責任者が非常に善意で努力をしたことが刑事責任に問われるだけで事が終わらないように、労働省ともよく話をして、今後こういうことが起こらないような御配慮をお願いして、時間がございません関係から、そのようなことについてよろしゅうございますか。
#37
○政府委員(翁久次郎君) ごもっともな仰せでございまして、そのように配慮したいと考えております。
#38
○片山甚市君 先ほど、浜本委員から、戦後処理についてお話がございました。ドイツやイタリアでは国内におけるところの戦闘行為であり、戦闘に参加した関係からいわゆる戦災者に対する取り扱いが日本の国と違うと、こうおっしゃいましたけれども、日本の国は、御承知のように、国家総動員法という法律があって、それぞれがそれぞれの職場にくぎづけになっておった。そういうことになりますと、家族の者もそれを守る一員でありました。そういう意味で、実は、私が言いたいのは、東京もそうでしょうし、大阪もそうですが、爆撃でたくさん死にました。また、長崎や広島はピカドンでやられました。この人たちの遺骨というのを、遠いところへ日本の天皇の命令で行って戦争したところに遺骨を取りに行くのは、それは援護局がやられるのは当然でありますけれども、むしろ広島や長崎や大阪や東京のいわゆる土地の底にたくさんの人があることを、踏んで歩いていることを考えてみたいと思います。われわれはこういう人々の犠牲の中で今日の生活をしておる。そうしますと、いわゆる一般の戦傷者、一般人に対する問題が今日ほど問い直されることはない。軍人に対する、また軍属に対する天皇の旗のもとに、日の丸の旗のもとに、軍旗のもとに、その統制のもとにやった者は、確かにある程度のことはされたけれども、その後でそれを守った人たちが十分でないということについては、三木さんのおっしゃるいわゆる不公正の是正と言われるような意味で、一層このようなことについてのお力添えを願いたい、そういうことをまずお願いをしておきます。よろしゅうございますか。
#39
○委員長(山崎昇君) 答弁要りますか。
#40
○片山甚市君 うなずいておられますからそれでいいことにしておきます。
 実は、私が本日聞きたいのは、沖繩振興開発特別措置法に基づく沖繩振興開発計画が昭和四十七年十二月十八日閣議で決定されました。この閣議決定の目的は、本土との格差を緊急に是正をし、自立経済発展の基礎条件を整備することにあると言われています。計画の期間は昭和四十七年を初年度として十ヵ年の計画でありますが、そこで本年は計画の三年目に入ったのですが、開発計画の具体的な内容と開発事業進捗の状況を説明してもらいたい。お願いいたします。
#41
○説明員(萱場英造君) お答えいたします。
 先生御指摘のように、昭和四十七年長年の間外国の施政下にありました沖繩県が本土に復帰したわけでございますが、同年十二月に政府といたしましては、沖繩の社会経済各方面にわたります格差を早急に是正いたしまして、さらに沖繩県の将来にわたりましての経済の自立発展の基礎を整備すると、そういうことを基本的な主要な目標といたします沖繩振興開発計画を策定いたしまして、その後目下鋭意その推進に努めておるところでございます。それで、復帰後二年有余を経まして、県民を含めました県当局、それから政府各省の協力、努力によりまして、全体といたしまして格差是正なり自立発展への基礎条件を固めるという基本的方向に即しまして、各般の施策は着実に進められておると考えております。まあ一言に格差と申しましても、いろいろ各方面にわたりまして、そのとらえ方には一律に数字で表わせるもの、そればかりではないと思いますが、ちなみに最近の一般的な生活水準の向上を示す一つの指標といたしまして、一人当たり県民所得の伸びを見てみますと、これはまだ第一次試算で確定数字ではございませんが、四十八年度の第一次試算によりますと、一人当たり国民所得は六十四万円、これは四十七年度が四十六万八千円でございますから、かなりの伸びでございまして、これは大体全国平均に対比しまして約七五%程度まで近づいておる、そのような数字が見られるわけでございます。政府といたしまして、今後ともそういった方向を着実に進めるよう各般の施策を推進してまいりたいと思います。
 それからもう一言づけ加えさしていただきますと、その格差の中身を、非常にむずかしいんでございますけれども、最近の時点で最も新しい数字なり角度から体系的にとらえ直す作業につきまして、目下鋭意作業中でございます。
#42
○片山甚市君 実は、いま御説明ございましたように、お金の計算をすると六十四万円に上がったんだからと言うのですけれども、その間に御承知のように、物価は沖繩でもずいぶん本土に比べても高いようです。失業者もうんとあるんです。ですから、その点を失業率や失業の状態を考えてみますと、大変なことだということについてまず御理解を願いたいと思います。私は、沖繩振興開発計画の根底をなすものは県民がまず生存するに絶対欠かせない生活環境の基盤を整備することであって、名目的にお金の計算で幾らだというだけでないと思います。つまり沖繩ではやはり水資源を開発すること、医療供給体制の確立をすること、交通通信体系を整備すること、福祉施設の整備をすること、また教育施設の整備などであって、莫大な財政を投資して海洋博をつくっておりますが、こういうものは実は二の次、三の次、海洋博をするだけの金があればそのお金は実際そのような面に使うべきだと私は考えてまいりました。せんだって山崎委員長のもとに社会労働委員会の調査団の一員として参りましたが、体で感じ取ったことです。すなわち直接国民福祉、県民福祉につながらないものについては、やはり納得できない。そこで海洋博の事業と生活環境基盤の整備の事業と、それは予算としてどのように、そして事業としても今日間もなく開かれる海洋博はどのようになっているのか、若干簡単に説明してもらいたいと思います。
#43
○説明員(萱場英造君) 御質問ございましたように、海洋博は本年七月二十日から明年一月十八日でございましたか、開かれる運びになりまして、国といたしましては、政府といたしましては、それに関連します道路、港湾その他所要の関連公共事業の推進その他につきまして鋭意努力を続けておりまして、博覧会開会までにはすべて所要の準備を終わる予定でございます。
 それから、御質問ございましたように、最近三年間ぐらいの予算の中身を見ますと、海洋博関連事業というものにかなりのウエートが置かれてきた、これは事実でございます。ただ、そのために必ずしも生活環境なり住民福祉に密着する事業がなおざりにされたということでは、内容的にはそういうことではございませんで、むしろ海洋博関連事業と申しましても、本来沖繩として必要な道路なり港湾なりその他社会資本の整備その他のものが相当部分を占めておるということでございまして、これは海洋博を一つの契機としてその実施が促進されたということはございますが、長く沖繩県にとって振興開発の基盤として貢献し得るものと考えております。
#44
○片山甚市君 昭和四十九年の総予算を見ると、七百六十二億八千万円開発事業費として出されておりますが、そのうちでいわゆる保健医療予算は五億二千百万円程度です。ことしの予算を見てみますと、八百三十三億七千七十一万円程度ですが、そのうち厚生関係はいわゆる六億五千九百二十五万円、こういうようなものを数字を挙げるのはいかがと思いますけれども、これでは足りない。これから質問するいわゆる厚生省に関係する問題の予算から比べると、非常に少な過ぎる。こんなところに八百三十三億円の金のうち、わずかに六億六千万円程度しか使えないということについては、これは妥当な、いわゆるこの閣議で決めた沖繩振興開発計画の趣旨にのっとるのかどうか、これはひとつ大臣から答えを願います。
#45
○説明員(三井速雄君) ただいま先生のお尋ねでございますが、沖繩開発庁におきまして計上しております保健医療関係予算と申しますものは、これは沖繩県における保健医療関係の予算の全体を出しておるものではございませんのでございまして、施設整備関係におきましては、保健所の整備であるとかあるいは公的医療機関の整備であるとか、主としてこれは県立病院等でございますけれども、そういったものに限定されております。それからあと、国から医師を派遣するその費用でありますとか、あるいは県立の僻地診療所に対する運営費補助であるとか、そういったものに限定されておるわけでございますので、その金額が先生ただいま御指摘ございました四十九年度五億二千百万、五十年度六億五千九百万ということで、二六%ほどの増加になっておりますが、私どもといたしましては、県それから関係各省と絶えず連絡、協力しておるわけでございますが、五十年度におきましては県等からの御要望によりまして県としてのプロジェクトを取り上げまして、これだけの金額をとりあえず計上したわけでございます。これでもちろん十分かというお尋ねでございますけれども、さらに沖繩の医療の現状等から考えまして、一層努力する必要があるということはもう御指摘のとおりでございますけれども、施設整備につきましては、それに関連する医療従事者等の問題もございます。それらを全体を総合的に考えまして、現在のところこの程度の水準で処理をしてまいりたいというように考えております。
#46
○片山甚市君 開発庁の本年度の予算は、昨年と比べると十一億四千三百四十万円程度少なくなっている。それはいまおっしゃるようにそれぞれの投資をするものが減ったということでございましょう。で、この沖繩開発庁のこれまでの予算編成を見ても、経済開発重点であって、住民福祉を強めていくというようには考えられない、こういうように考えておるのです。
 そこで、本年度の予算は、生活環境基盤の整備なかんずく医療福祉施策の重点の予算をというように求めてまいりましたけれども、どういうように今度は医療の問題、福祉の問題について重点的にやられるように、開発庁としては各省との間に話をつけたのですか、説明をしてください。
  〔委員長退席、理事村田秀三君着席〕
#47
○説明員(三井速雄君) ただいま申し上げましたように、開発庁におきましては、沖繩県における公的医療機関の整備を中心といたしまして、医師派遣の人件費、あるいは僻地診療所の運営費補助等につきまして予算を計上するという任務を持っておるわけでございますけれども、もちろんそのほかに振興開発計画を全体的な立場から見ていくという任務を持っているわけでございます。それで医療に関しまして申し上げますと、もちろん沖繩県の医療と申しますものが、全国と比べて相対的に低位の水準にあるということも事実でございますし、これをできるだけ早い機会に振興開発計画の趣旨に沿いまして向上さしていくということが当然必要であるわけでございますけれども、個々の問題といたしまして、どの医療機関をどの程度に整備していくか、そこにどういう人員を配置していくかというふうな個々の問題をやはり具体的に詰めて処理していく必要があるということでございます。したがいまして、私どもといたしましては、私どもの任務の範囲で予算を計上し、これを関係の省に移しかえまして、執行をしていただくということになっておるわけでございますが、厚生省、その他関係各省、それから県におかれましても、それぞれ必要な活動をしておられるわけでございますので、その点の連絡調整をとりながら全体的に事を運んでおるという状況でございます。
#48
○片山甚市君 いまお聞きをしておること、いわゆる各省にまたがる沖繩振興開発計画について調整の役割りを果たしておると言われておりますが、この開発計画は六つの柱があるうち、私がきょう取り上げておるのは、社会福祉の拡充及び保健医療の確保を挙げておるわけであります。なぜこのように申し上げるかというと、この計画によって三年度を迎えましたけれども、いわゆる医療の格差がどのように縮まっていくようにしておるのか、書いてあるんですよ、医療の格差を縮めていくということが。これはこの調整をするときにどうなったのか、具体的に数字を挙げて、十年間の計画ですから十年間、言ってください。十年後にはとか、何年後にはとちゃんとするんだと言ってください。調整するなら、そんな官庁があるなら。
  〔理事村田秀三君退席、委員長着席〕
#49
○説明員(三井速雄君) 全体的に十年後にどうなるかという形がはっきり描き出せればよろしいわけでございますけれども、事医療に関しましては先ほど来申し上げておりますように、非常にむずかしい要素がたくさんございます。ことに沖繩県におきまして医療従事者を確保してまいるということは、今後とも非常にむずかしい要素を含んでおるというように考えざるを得ないわけでございますけれども、私どもこの範囲の中で最大限の努力を続けてまいりたいということで、関係各省と協議をしており、連絡をとって処理しておるわけでございますが、具体的にいつどういうことをしてきたかということにつきましては、たとえば四十九年度におきましては名護病院、これは海洋博会場のすぐそばにございます。海洋博時における医療の拠点になるところでございますけれども、ここの施設の拡充を行いまして、病床数を九十八床から百三十八床にふやすというようなこと、あるいはそこに関連の市町村の伝染病隔離病舎を設けるというふうなこと。それから那覇市に、これは御承知のように非常に人口の集中地帯でございますけれども、那覇市に広域救急医療センターというものを設置いたしまして、これはまあ実態としてはかなり大きな病院の実態を持っておるわけでございますけれども、そういうものをつくるということもいたしております。それからなお宮古ございますけれども、宮古病院につきましても、これは建物を全面的に改築するということで、年次的に四十九年度から着手しております。それからなお、名護の救急医療センター、これは名護病院に併設されておるわけでございますけれども、そういったものの整備、それからなお、県立の診療所、これは各県立病院に付属しておりまして、僻地、離島に設けられるわけでございますけれども、そういったものの診療所の整備を図ってまいります。
 それからなお、五十年度の予算におきましては、引き続きまして宮古病院の整備、それから伝染病隔離病舎を中部病院に併設するといったこと、それから、沖繩赤十字の救急部門の整備、それから先ほど申しました県立の診療所の整備といったようなこと。それからなお、医療福祉センターと申しまして、これは現在沖繩県におられる先生方、お医者さんを初めとする医療従事者の研修機関でございますけれども、そういったものをつくりまして、医療水準の向上を図るとかというような予算を計上しておるわけでございます。
 それからなお、厚生省を初めとする関係各省におかれましても、そのほかに国立病院の整備であるとか、それから先ほど来申し上げてまいりました医療機関につきましての機材の整備であるとか、あるいは運営費の補助であるとかというようなものを計上されておるように伺っております。
#50
○片山甚市君 ことしは公的医療機関の、いわゆる施設整備補助金が大体少なくなっておるのは、いまのような形で工事が進捗したものだと思います。全体的に申しますと、開発庁がどういうような形で沖繩の医療を見ているのか、こういうことですると、やはり海洋博を、いわゆる産業基盤を整備することに重点が置かれている、これは偏向であるというふうに私たちは考えます。そこで、先般本委員会の沖繩調査団の報告を待つまでもなく、早急に迫られている生活基盤整備のうちでも、沖繩県の医療供給体制について、これを確立することが至上命令だと思っていいと思うのです。このことについて、なかんずく離島における、また僻地における医療事情は、命の危険を、生活の不安を含めた基本人権に係る問題だと思っておりますが、これについての施策をお聞きをしたいと思います。
#51
○政府委員(滝沢正君) 確かに医師の数にしては、本土に比べて三分の一、病院の病床数にしては二分の一という実態でございまして、基本的に長期的に見ますと、ただいま政府が計画いたしております医大のない県を解消して、各県に医科大学を設置するという、この基本的な沖繩の対策が医療確保の基本になることは、将来の方向としては言えると思いますが、当面の措置としましては、先生先ほどお尋ねの、この三年、四十六年からの医師の増加は約七十名、看護婦が三百名程度でございまして、まだ十分なもちろん人材、施設の確保はできておりません。特に離島につきましては、四十五年にヘリコプターを二台政府予算で当時の琉球政府に整備いたしたわけでございますが、八重山病院に設置して、病院でヘリコプターの運営ということで、従業員の研修費まで一千万円ほどつけて実施に入りましたけれども、やはり医療機関が独自でヘリコプターの運営ということは非常にむずかしいということから、ただいま海上保安庁にこのヘリコプターはお願いして運営していただいております。四十八年の一月から十二月までのヘリコプターによる患者の輸送実績は六十三名程度でございますし、それから、そのほか自衛隊機による海上輸送をして病院に運ぶ、この数が百六十八人という数字が出ておるわけでございまして、沖繩県には、もちろん宮古、八重山等に県立病院はございますけれども、やはり重要な疾患の救助のためにはヘリコプターによる空輸等がどうしても必要でございますので、この点については今後とも配慮をしていく必要があると思っておるわけでございます。その他国立の、先ほど来お答えの中で、開発庁計上の予算のほかに、五十年度国立病院・療養所関係の直接の予算と、公的病院の機械の設備は、まあ機械の内容の関係でこれは厚生省が所管をいたしておりますので、それを合わせますと、約八億これに上積みをしていただくことになるわけでございますが、特に宜野湾に国立の療養所を、金武村にございます国立の精神、結核のうち、結核を移しまして、そこにさらに二百五十床の一般病床を加えまして、国立の施設として強化いたしたい。四十九年から着工いたしておりまして海洋博開催までには少なくとも外来診療だけは間に合わせたいというようなことでございます。先ほど来開発庁からお答えのように、医療機関の整備については県と十分協議しながら逐次推進し、国立施設についても今後いま申し上げたような関係で積極的な整備を図ってまいりたい。医師の不足に対しましては本土からの医師の派遣ということをやはり継続して十分な医科大学の設置と医師の確保ができるのはかなり将来のことでございますので、本土からの積極的な医師の派遣ということは今後も続けてまいりたいと、このように考えております。
#52
○片山甚市君 聞くところによると、前の小坂総理府総務長官が昨年一月に沖繩県を視察をして、その際、石垣島で見聞した医療不在の実態にショックを受けたと、昨年二月十五日衆議院沖繩及び北方問題に関する特別委員会で発言をしておるんです。その長官は視察談話として、沖繩は本土との格差があるが、本島と離島との格差も大きい、特に医療問題は全般的に立ちおくれており、今後の重点施策として目玉にしたい、そのとき厚生大臣に実情を訴え抜本的に取り組むつもりだと地元の新聞で書いておりました。そこで、小坂発言の提案について、その後厚生省と総理府との間には、いま御質問ありましたけれども、どのような検討をなされ、具体的にこれから改善策をどのようにとられるというお話をされたのかどうか。そんなことがあったのか、新聞では言ったけれども、厚生大臣と話があったのかなかったのか、こういうことをお聞きしたい。
#53
○政府委員(滝沢正君) 小坂当時の長官の最も強く感じられたことは医療問題であるという新聞記事と、また当時の大臣にも閣議の席上そのようなお話があったということを承っております。これらのことを受けまして開発庁、われわれ、沖繩県当局、これらがやはり計画的に整備する。特に国立は直轄でございますが、国の予算で実施しますけれども、やはり四分の三という高率補助であっても沖繩県がこれを計画的に受けとっていくという、補助金による医療機関の整備の問題もどうしてもございますので、われわれといたしましては国立、直轄でいく強化の施策と、それから県と御相談の上計画的に進める施策とを踏まえまして、五十年以降対処しているわけでございます。
#54
○片山甚市君 いまお話がありまして、小坂当時の長官と話をされたということでありますが、せんだっていわゆる労働省も沖繩県の深刻な失業問題を解決するために現地に本委員会の要請で事務次官以下の調査団を派遣することになり、されました。したがって、厚生省も同様の趣旨で現地に調査団を派遣をし、問題を整理をし、その解決をする対策は何であるのか、その対策をいつまでに実施するのか。できるだけ早い機会に本委員会に厚生省として報告ができるようにしてもらえないだろうか。なぜならば、沖繩の問題は医療問題を中心として、これが最も大きなことであり、あすでは遅過ぎる問題である。こういうことで、委員長を通じ大臣のお言葉をいただきたいと思います。
#55
○国務大臣(田中正巳君) 沖繩の医療並びに福祉の問題については、私も大臣就任後各委員会でいろいろお話がございまして、心を痛めているところでございます。
 そこで、私就任直後でございますが、植木総務長官が沖繩に参りましていろいろこの種の問題を見てまいりまして、閣議でいろいろお話がありました。私としてもいろいろ政府委員から答弁はいたしておりまするものの、おくれていることは私は間違いがない実態だと思いますので、何とかおくれるにはおくれるときのいろいろな理由があり、一遍にはなかなかできないと思いますけれども、意欲的にこれをひとつ向上させたいと思っておりますので、国会がただいま非常に忙しいものでございますから、なお若干の日にちが今後、後になるだろうと思いますが、手がすき次第私も沖繩へ参りまして、この種の問題についてまじめに検討し、意欲的にひとつ施策を進めてまいりたいという所存でおります。なお、それに関連をいたしまして必要がある場合においては各局の職員を現地に派遣し、さらにひとつ綿密な調査検討をさせたいと思っております。
#56
○片山甚市君 大臣から積極的なお言葉をいただいて非常に心強く思います。離島の者も含めて、屋良知事も各種スタッフ、ツルの首のようにして待っておると思いますから、ひとつ忌憚のない御意見を聞いて善処していただきたい。実は、離島の住民については、住民は保険料支払いながら自分の住んでいる島には診療所はございません。保険料の恩典を受けているのはだれかという素朴な疑問を持つ医療行政でございます。そこで、保険財政から船賃や宿泊代を支出することはできないだろうか。当然だと思うんだが。しかし、それがむずかしいならば国の全額補助による診療艇の量質とも充実したものにしてもらいたい。先ほどヘリコプターの話は、八重山でいわゆる海上保安庁では六十三名、自衛隊では百六十八人であったと、こう言われ、沖繩県自体で行うことは非常にむずかしい、こう言われておるのでありますけれども、やはり命にかえがたい。どろぼうはおらなくてもちゃんと警察を置いておるように、ちゃんといざとなったら間に合うようにするのはむだではないと思う。人の命にかえがたいことでありますから、まずこの船賃や宿賃が要るようになっておる離島の人たちについてお金を払う用意がないか。それではその次に診療艇をちゃんとつくって巡回をするような方法はないか。どちらにしても具体的にお答えを願いたいと思います。
#57
○政府委員(北川力夫君) 沖繩の医療上のいろんな困難な事情、とりわけ離島をたくさん抱えておりますので、その関係の住民の方々、患者さん方に対してできるだけの配慮をしなければならぬということは、ただいま先生のお話があったとおりでございます。ただ、保険料のお話が出ましたので、この問題を保険のベースで考えてみますと、現行の保険の制度では実は患者さんの通院費というものは見てないわけでございます。したがいまして、いまお尋ねに出ましたケースにつきましても、現行の制度の運用ではなかなか私はむずかしい問題だと思っておりまして、後段のお話も関連いたしますけれども、やはり沖繩に着目をした、あるいは離島に着目をした特別な他の仕組みというふうなものに期待せざるを得ないだろう、こういうような実情でございます。
#58
○政府委員(滝沢正君) 巡回診療のお話、特に船を用意してはどうかというお話でございますが、これは過去の予算で二隻補助してございますけれども、どの程度活用されているかの問題は私は必ずしも数字をつかんでおりませんが、実は瀬戸内海のような条件のところでは済生丸という岡山県の済生病院を中心とした診療船が非常に活躍をいたしておりますけれども、沖繩はやはり外洋でございますし、この船の問題についてはどうも県が積極的な御要望もございません段階ですから、その二隻以後はつけ加えておりません。まあ今後県と相談して、必要ならば対処いたしたいと思っておる次第でございます。
#59
○片山甚市君 船賃やあるいは宿賃が要るようになっておることはわかっておっても、保険の体系から出せないというのなら、それにふさわしいことをちゃんとすることが心温まる政治ですよ。理屈じゃないです。船があるけども使っておるかどうかわからぬ程度なら、これは大臣のおっしゃったように、行って見てもらって、その離島の人たちがどんな状態なのか、これをはだ身で感じてもらう。それは長崎県もどこも島はあるんですから、何も沖繩まで行かなくてもわかっておるんですけれども、特に長い間異邦人によって占領された地域で、われわれはほったらかしにしておったのですから、早く手を打つということにしてもらいたい。
 時間がございませんから次の問題で、実は昭和四十年八月に佐藤首相が、そのときの首相が沖繩県を訪れた際に、琉球大学に医学部を、先ほどお答えになったように設置することになっておりました。せんだっても、昭和五十二年から云々と言われておったんですが、これはこの席上を借りて、白人体的に日程を、このようになった、このようにする、こういうふうに御答弁を願いたい、簡単に。文部省。
#60
○説明員(齋藤諦淳君) 先生御指摘のように、琉球大学にはぜひ早急に医学部を設けたい、文部省もこう考えておりますが、当初現在の保険学部のある与儀地区でこれを設置できないかということで重々検討したわけでありますけれども、どうしても面積が狭隘である。そういうことから琉球大学が統合移転するその地区に新しく医学部を持っていくと、こういうことに相なりまして、目下沖繩県の方でその地域に十四万平米の購入にかかっていただいております。
 なお、文部省といたしましては、昨年度までは文部省の中で調査会を設けておったわけでありますけれども、四十九年度並びに五十年度は琉球大学の中で医学部の設置の調査会を設けていただきまして、一歩前進して調査を行っております。で、なおそういうようにいたしましても、琉球大学の医学部の設置は若干条件整備に日時がかかります。で、そのために文部省といたしましては、すでに昭和二十八年度から国費沖繩学生で、特に医学部関係については重点を置いておったわけでありますけれども、すでにいままでに七百三十八人の医学生を本土で受け入れております。内地で受け入れております。で、残念ながらこれの期間がまだ非常に少なくってわずか百三十七人という数字になっておりますけれども、この期間の数字が少ないのは当初は人数が非常に少なかったわけでありますけれども、近年は毎年六十人近く受け入れております。これは目下研修中でありまして、この医学生なりあるいは研修生が沖繩に帰るようになれば相当沖繩の医療事情の好転に資するんではないかと、このように考えておる次第でございます。
 沖繩大学の医学部の設置につきましては、文部省並びに琉球大学とも鋭意条件整備その他について検討に当たりたいと、このように考えております。
#61
○片山甚市君 いつごろまでに大体できますか。
#62
○説明員(齋藤諦淳君) この点につきましては、琉球大学の統合、移転が新しいところでエネルギーサプライなりあるいは道路関係の非常に大きな事業がございます。で、その事業ができなければその新しいところに医学部も設置できないという、こういう関係がございまして、目下沖繩県で検討を始めていただいております。これとの兼ね合いがございますので、文部省としては早急につくりたいとは思っておりますけれども、何年度までということには文部省限りではまいらない、そういうような事情もあるわけでございます。
#63
○片山甚市君 やはり、沖繩県には師範学校であるところのいわゆる教育大学しかございません、国立大学しかございませんで、医学部がないということについては、医療が非常に不十分だということを認めた以上、一刻も早く、文部省もそうでありますが、厚生大臣も御協力をしていただいて実現をしてもらいたい。特に、それまでの間、本土からの派遣医制度のございましたやつについてはいまのお言葉によると続けていただけるものと思いますが、そうしてそれを、いまのように一週間から六ヵ月程度の短期間に滞在するんじゃなくて、もう少し長く派遣ができるように、その医学部ができて医者ができるまでには恐らく十年ぐらいかかるんでしょうから、その間のつなぎといいますか、国費・自費の派遣の問題も含めて従来よりも充実するように考えてよろしゅうございましょうか。
#64
○政府委員(滝沢正君) この滞在日数の御指摘は非常にわれわれとしても御指摘のとおりでございまして、実は最近この調査的な、心臓病あるいは自閉症の調査、成人病の集団検診事業のための派遣というふうに、まあ派遣の医師の中でも短期のものがございますので、統計的にやはり影響は受けておりますが、それにしても本土復帰後海外旅行としての取り扱いを受けなくなってからの方が短くなっておるので、この点私現地につい二、三カ月前参りましたときに、現実に一週間というようなもうほとんど役に立つかどうかと思うような医師の派遣がございまして、帰りまして関係の課に強く指示したわけでございますし、先生の御指摘はごもっともでございますから改善に努めたいと思っております。
#65
○片山甚市君 実は、時間がございませんので、全部のことについてははしょりまして、現地の人たちから見ると、調査に来たけれども何をしておったんだと、こうお叱かりを受けると思うのですけど、きょうはあと三分ぐらい、二分ぐらいしかございませんから、一つハンセン氏病の問題についてお伺いをしておきます。
 これは、南静園が宮古にございますが、いま二百五十名ほどおるのですが、この施設については奄美の施設と同じ程度の医療について確保してもらいたい。非常に簡単に言いますが、本土と同じというのなら奄美の施設と同じものにするという約束をきょうしてほしいのです。どうでしょう。
#66
○政府委員(滝沢正君) 奄美和光園二百五十六床、それから宮古南静園二百四十床、これで職員数を割りますというと、行(一)の事務関係で三名、医療の(二)技術者関係で二名、医の(三)看護婦で一名、これば百ベッド当たりに仮に直した計算で、わずかではございますが、御指摘のとおりでございます。これは五十年度の定員の増の対策も含めまして改善に努めます。
#67
○片山甚市君 実はお医者さんの、医師のことがございますから、ひとつお願いをしたいのです。がんの検査ができるようにしてもらわないと、年もいってまいりましたし、なかなかむずかしい、隔離をされていますから。その点について要望をしておきます。これは議論をしておるとまたなかなか時間をとってできませんから。とにかく南静園に関する限りは奄美と同じ程度のものに引き上げていく。
 それから作業返還の問題ですけれども、老齢の関係、肢体の不自由の方たちでありますから、できる限りその状態に合うように、これは作業返還に関する調査は園自体でやっておりますね。国立十一、私立二ですかのところでした意見に基づいて、これは患者が大体やったらいい、リハビリテーションの関係もありましょう、その仕事をすることによってむしろ健康を取り戻すということもありましょうから、そういう点でお願いをしておきたいと思うのです。
 最後に厚生省は、まあ十万人以上を対象とする公的医療機関の問題でございますが、十万人以上でないと救急医療をつくらないと言っておるけれども、先ほど申しました宮古の問題を例にとってみても六万か七万ぐらいでございますから対象にならない。そうすると補助がない。その地域のお医者さんが力を合わせて自分たちでこしらえておるのですけれども、その赤字がふえてきて、二千万も三千万もできていますよ。宮古で医者の善意によって地域の自治体が努力をしても限界がございます。あそこはもともと自主財源があれでしょう、二〇%か三〇%しかないところですね、宮古島全体として。少ないところは一六%、一七%。国からもらうお金で何とか市町村が成り立っておるところです。そこの医療の問題について、人口が十万名おらないから、公的救急医療センターをつくれないというのじゃなくて、こんなところには非常に特例ですから閣議を開いてでも宮古だとかそういうところについてはやろうという厚生大臣あの答弁の意気ですな、ばっとした。これをひとつやってやろうと、こういうふうに、きょうはお年玉をいただきたいのですが、いかがでしょう。
#68
○国務大臣(田中正巳君) これはお説のとおり、私も前に質問がございましたときにいろいろ検討をしましたが、特別承認をとってやりますからひとつお待ち願いたいと思います。
#69
○片山甚市君 時間がございませんからこれで終わります。
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#70
○委員長(山崎昇君) この際、委員の異動について御報告いたします。
 本日、鹿島俊雄君が委員を辞任され、その補欠として岡田広君が選任されました。
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#71
○柏原ヤス君 昨年、この席上で質問いたしました相模海軍工廠化学実験部に勤務しておりました小川仁衛さんの件についてお伺いしたいと思います。
 昨年質問しましたときに、前の大臣でございますが、大臣から誠意をもって調査に当たるようにしたいという御答弁をいただいておりますが、どういう調査をなさいましたか、御報告いただきたいと思います。
#72
○政府委員(八木哲夫君) お話しございましたように、昨年の当委員会におきまして先生から小川さんの問題につきまして御質問がございまして、当時、私どもの方でお答え申し上げましたのは、確かに相模原の海軍工廠におきまして化学実験部がございました。それから化学実験部におきましては毒ガス等の問題についての研究ということでイペリットとか催眠剤とかくしゃみ剤等の問題について研究をいたしております。というのは書類面ではわかっておりました。しかし小川さんからお話ございましたように、現在の気管支炎なり肺結核というのが毒ガスに関係あるかどうかという問題になりますと、当時相模原の海軍工廠におきましてどの程度の毒ガスによります研究をやっておったかということになりますと、当時の関係者について当たらなければなかなかむずかしい。しかも小川さんはそういう方を探すことがむずかしいというようなことでございますので、非常に期間も相当経過しておりますし、むずかしい問題ではございますけれども、厚生省といたしましてできるだけ厚生省の責任におきましてそういうような関係者を当たるというような努力をいたしたいというようなことで、その後調査を実施いたしたわけでございます。なかなか古いことでございまして、調査は難航したわけでございますけれども、現在調査を進めておりますのは、当時のまず相模原の海軍工廠の化学実験部で毒ガスを研究しておったというけれども、どの程度毒ガスを扱っておったのか、それから毒ガスを扱っておったにしましても請求されました御本人の方がどの程度毒ガスに関係のある業務についておったのか。さらに現在の気管支炎なり肺結核の症状と公務との因果関係というような面等につきましての調査を進めたいというようなことでいろいろ努力いたしまして、相模原の海軍工廠の関係者等もある程度把握いたしまして、いろいろ私どもの方から細かい時点につきましての調査を進めておりまして、かなり調査は進捗しておりまするが、もうしばらく時間をおかしいただけたらと思う次第でございます。
#73
○柏原ヤス君 化学実験部のこういう事件ですから、恐らく内部の実情というものを知っている人は非常に限られた人たちで、非常に調査も困難だと思いますけれども、現在までの結果ですね、ここまで調査は進んでいる、今後はこういう点が問題なんだというような御説明、もう少ししていただけませんでしょうか。
#74
○政府委員(八木哲夫君) 私どもがいままで調査いたしました段階でわかりましたのは、当時の相模原の海軍工廠の処理規程というようなことで、当時相模原の海軍工廠がどういうような組織で、どういうようなことをやっておったのかというのがある程度わかったわけでございます。それから関係者の方々につきましても、私どもの方の相模原の海軍工廠在籍者名簿と、それから相模原海軍工廠工員名簿というものを精細に調査いたしまして、現在当時の関係者の方、ほとんど住所が変わっておりますけれども、それらにつきましても各県を通ずるとかいろいろな角度から現住所を確かめるというようなことで関係者を追求したわけでございます。そういうような結果、大体三十五人の方の住所がわかりまして、その方々の中からある程度の当時の状況の証言ができるというような方がどのぐらいおられるかということで調査いたしまして、十二人の方をピックアップいたしまして、その方々に対しまして詳細にわたりましてのアンケート調査を実施いたしまして、ある程度の内容がわかったわけでございます。そこでまだもう少し時間をかしていただきますと、かなりの線が出てくると思いますけれども。そこで、相模原の海軍工廠におきまして毒ガスの研究はやっておったというけれども、どの程度やっておったのかということで関係者の証言等から、なかなかわからないという方もありますけれども、かなり可能性が出てまいりましたのは、単に研究だけではなしに、ある程度毒ガスの試験的な製造とか、それから実験的な使用も行われていたんではないかというような線も出てまいってきたわけでございますが、さらにもう一歩進めてまいりたいというふうに思うわけでございます。さらに、請求者の方がどういうようなポストにおられ、どういうようなお仕事をやっておられたかという点につきましても、化学実験部に所属しておられたんじゃないか。それからどの程度の期間、それからどういうような業務内容をやっておったかということもある程度進んでまいっておりますので、現在私どもわかっておりますのは、化学実験部の第二課というところがこの関係をやっておったんではないかというところまで近づいてきたわけでございます。したがいまして、この化学実験部の第二課におりまして単なる研究ではなしにある程度の試験的な製造とか実験的な使用が行われているということになりますと、毒ガスの影響も考えてはいいんじゃないかなというような線まで来ておりますので、もうしばらく時間的な余裕をおかしいただきたいと思いますが、いずれにいたしましても、当時毒ガスというようなことでございますので、どの程度事故防止等について考えておったか、あるいは業務はどこまでやっておったかというような面につきましても、もう一歩進んでまいりたいというふうに考えております。なおそういうことで、毒ガスの研究だけではなしに、使用なりあるいは実験的な面まで進んでおったということになりますと、ある程度影響があったんじゃないかというような線が、可能性も考えられてまいりましたので、現在の気管支炎なり結核の症状というものにつきまして、これは当時のお医者さんの記録等がないようでございますので、詳しいことはないようでございますので、少し専門的な立場で、専門的なお医者さんの御意見をこれは私どもの方の責任におきまして御意見を伺いまして、結論を出したいということで昨年御指摘いただきました際には、単なる研究をやっていた程度であり、しかも最近の気管支炎なり肺結核ということでございますと、戦後の全く新たな発病ではないかというような考え方が強かったわけでございますが、その後の調査では、毒ガスの影響という線も考えられるのではないかなあというところまで近づいておりますので、いましばらく時間的な余裕をかしていただきたいと思う次第でございます。
#75
○柏原ヤス君 大変むずかしい御調査をそのようにしていただいて、大変ありがたいと思っております。この前、局長さんとちょっとやりとりをやった点で、何かまだ私すっきりしてない点がございますので、この相模海軍工廠が毒ガスの実験をやっていた、そして小川さんはその実験に関係していたというようなことがはっきりした場合ですけれども、その場合には大久野島と同じような取り扱い、すなわちガス障害救済措置、これが適用されると私は思いますが、その点いかがでしょうか。
#76
○政府委員(八木哲夫君) 前回の当委員会におきまして、先生の御質問に対しまして、当時大蔵省の共済関係の課長も出ておって御答弁申し上げたと思いますけれども、まずこの方がガス関係の仕事に従事しておられ、従ってそれの障害というのがこの毒ガスの影響であるということがはっきりいたすということになりますと、これは公務であるというようなことになりますので、その段階において検討すべき問題であるということで、その前の段階といたしましては、まずその実態をいかに調査するかというようなことで、その結果を待ってということで、当時大蔵省の共済課長も御答弁申し上げましたし、私もその線で御答弁申し上げたと思いますが、先ほど来御答弁申し上げておりますように、かなり調査も進んでまいっておりますので、もうしばらくの時間的な余裕をおかしいただきますならば、ある程度の方向づけというものが出るのではないか。したがってその最終的な結論におきまして、この方が相模原海軍工廠におきまして毒ガスの製造なり試験というのをやっておった、しかもそれにこの方がその業務に従事しておった、しかも現在の症状等がこの毒ガスの業務、毒ガス関係に関連しました業務に従事した結果が現在の傷病に結びついておるというような医学的の結論が出ました際には、現在はもとの内地の陸海軍関係者の方は旧令共済組合でやっておりますし、旧令共済関係につきましては、従来は大久野島だけしかなかったわけでございますので、大久野島の毒ガスの関係者の方々につきましては旧令共済組合におきます特別の措置が行われておりますので、そういうような方向づけができまして、結論が得られました段階におきましては、私ども大蔵省の方と御相談いたしまして、大蔵省の方におきまして適宜な措置がとれますような交渉をいたしたいというふうに考えておる次第でございます。
#77
○柏原ヤス君 くどいようですけれども、大久野島と同じようなガス障害救済措置、これが適用されるかどうか。仮定の問題ですけれども、仮定でも、されるとか、それはされないんだと――されなければ大変だと思いますので、仮定の段階でしつこくお聞きするわけですけれども、適用されるのか、されるとお思いになっているのか、もう一度お聞きをいたしたいと思います。
#78
○政府委員(八木哲夫君) 大久野島のケースにつきましては、大蔵省の旧令共済関係というようなことで、従来は毒ガスの問題は大久野島しかなかったというようなことから、旧令共済組合の方でそういうような措置がとられておったわけでございますので、もし、相模原の海軍工廠の関係におきまして全く同じようなケースであるということでございますれば、これは大蔵省の方におきまして――これは要綱を新たにつくらなければいけない問題でございますので、私どもの方で必ずいたしますということはできる立場ではございませんけれども、大久野島の先例があるわけでございますので、そういう方向で大蔵省の方でお考えいただくように私どもの方で十分大蔵省の方に申し入れをいたしたいというふうに考えております。
#79
○柏原ヤス君 この点、大蔵省の方にお聞きしたがったんですけれども、厚生省の局長さんがそのようにしてくださると、責任を持ってくださるというふうに受け取って、これをひとつよろしくお願いしたいと思います。
 それから次に、山梨県東八代郡の石和町に住んでいらっしゃる依田芳雄さんから障害年金の請求が出ていると思いますが、その審査状況を御報告いただきたいと思います。
#80
○政府委員(八木哲夫君) 先生の御指摘のケースは、障害年金につきまして、現在の傷病が両眼神経萎縮であるというようなことで、在職中に生じた理由によりまして現在の症状が出ているんではないかというようなことで請求が出ているケースではないかというふうに承知しておりますが、この方の具体的なケースについていままで調査いたしました段階では、芝浦の海軍施設補給部の工員に採用された方でございますけれども、私どもの方の記録によりますと、在職中にパラチフスにかかり、その後マラリアになられたということでございますが、現在の症状というのが、目の、特に両眼の神経萎縮であるというようなことでございますので、援護法におきまして対象としておりますのは在職中の傷病、これが公務であるというようなことで、現在の症状に結びつくと、因果関係があるということでございますが、いままで私どもの把握しております資料でございますと、パラチフスなりあるいはマラリアということになりますと、どうも直接な因果関係というのが非常になかなか結びつきがむずかしいんではないかというような面がかなり強いんではないかというふうに考えられるわけでございますが、いずれにいたしましても、障害年金の現在の傷病の公務性の判断というものにつきましては、やはり専門的な立場のお医者さんの御意見というものを中心にいたしまして私どもは考えていかなければならないというような問題でございますので、医学的な面につきましても十分専門のお医者さんの御意見を伺いまして処理を進めてまいりたいというふうに存じております。
#81
○柏原ヤス君 ここで一つ申し上げておきたい点は、身分は海軍の軍属ですから問題はないわけです。この病状が当時の体の状況とどういう因果関係があるかということが、いま局長さんのおっしゃるように大変むずかしい問題だと、こういうことですね。この依田さんが昭和十九年にトラック島の第四海軍病院で治療を受けて、そうした病気の結果でしょう、大変衰弱がひどく、視力が極度に減退してしまった、そして病院船の氷川丸で日本に帰されて横須賀の海軍病院に入院したんです。その現地から横須賀の海軍病院に入院したときにすでに視力が減退してしまっていたと、そのために病院に入っていたんだという、その資料が残っていれば、その資料が非常に強い決め手になるわけなんです。因果関係がある程度証明できると思うんですね。ところが、その最初の横須賀の海軍病院がどうなったかというと、移転してしまって、そしてそこに問い合わせてみたら紛失してしまった、そういう資料は全くございませんと。ここに、現在、「国立療養所久里浜病院」というふうになっておりますけれども、そこで、もとの横須賀海軍病院は、終戦当時連合軍の進駐により数回にわたり移転したため、その該当する書類を紛失してしまいましたということが書類となってもらっているわけなんです。ですから、一番大事なその因果関係を証明する決め手になるその書類がこういう理由によってなくなってしまっていると。そのために、依田さんの責任ではないのに、確実な証拠がないので大変審査のときに不利になっているわけなんです。本人の責任でどうしてもこれは必要な書類がそろってないから取り上げられないというのでしたならばやむを得ないと思いますけれども、そうじゃないと、病院そのものがそういう事情で書類をなくしてしまったというわけなんですね。ですから、本人にとっては納得がいかないわけなんです。病院で資料になるものを保存していてくれたらと思うわけなんですね。こういう点、何でも書類をそろえなさいと、書類がそろわなければ取り扱えないと言って簡単に却下されてしまうというような点はどうかと思います。そういう点、何か考慮していただけるんではないかと申し上げるわけなんです。その点いかがでしょう。
#82
○政府委員(八木哲夫君) 先生から御指摘ございましたケースを含めまして、最近非常にむずかしい問題といたしましては、軍人の方にしましても軍属の方にしましても、戦時中非常に御苦労された、しかも、外地であるいは戦地で負傷されたとか病気にかかられたということで非常に御苦労されて内地にお帰りになったと。しかし、その後三十年ぐらいたちまして今日に至りまして、突然障害年金の請求というのが出てまいりました場合に、果たしてかつての傷病の影響が現在の症状につながるかどうか、あるいは戦後の新たな発病ではないかというような問題が非常にむずかしいケースなわけでございます。特に、戦傷病者援護法ができましたのは昭和二十七年でございます。したがいまして、この時点におきましては戦後からまだ間もない時期でございますが、援護法ができましてからすでにもう二十年以上経過しているわけでございまして、その間に全く何も請求等がなかった。しかも最近傷病になられたということで、当時との因果関係が戦地で病気になられたとかあるいはけがされたから当然影響があるじゃないのかということで、非常に処理に困難を来たしているわけでございます。私どもできるだけ戦地等で苦労されている方でございますし、その傷病が当然影響していると、因果関係があるということでありますれば、当然援護法の障害年金で考えなければいけない問題でございますが、何分にも相当の期間を経過しているというようなことで、一部資料等がある場合もございますけれども、なかなかないというような実情でございます。私どもといたしましては、できるだけ御本人に医学的な当時の記録等もないようなケースが多いと思いますので、関係者等の人証的な面で関係者を捜していただきまして、そういうような証人を何人か出していただく、それから御本人がそういうような証人を捜します際になかなかむずかしいと思いますので、私どもの方の記録でもこういう方がいるのじゃないかという面で御協力するというような立場で、もし現実に在職中の傷病の影響ということで年金が受けられないということではお気の毒でございますので、そういうような面につきましては最大限の努力を進めたいと思いますし、それから当時の記録等がございませんでも、少なくとも最近の症状等ははっきりしているわけでございますから、こういう面につきまして専門的なお医者さんの御意見を伺って、医学的にもそういうことがあり得るかどうかというような判断を仰いで決めたいというふうに考えておるわけでございますが、いずれにいたしましても現在の症状しかないということになりますと、その間のブランクを何らかの形で埋めていただくというようなことで終戦直後のが非常にむずかしいという場合におきましても、その後現在そういうような症状でございますれば、その間も何回もそういうような状態があったのではないかというような医学的な資料等につきましても、さかのぼれますものにつきましてはできるだけ捜して判断さしていただきたいというふうに考えておる次第でございます。
#83
○柏原ヤス君 その点もひとつよろしくお願いいたします。
 次に、一般戦災者の救済措置についてお伺いいたしますが、現在国家補償の立場から援護措置の対象としているのは軍人・軍属、準軍属、つまり国と何らかの身分関係がある者だけを対象としているわけです。ですから、やはり繰り返すようですけれども、昨年この席で質問しました三条市の高野菊次さん、この方のようなケース、非常にお気の毒な立場になってしまうわけです。この方は軍需工場であった立川飛行機で爆撃を受けて死んでいる。立川飛行機の従業員は国との身分関係がございますから、援護法の対象になっているが、同じ場所で死んでいながら、しかもこの高野さんという方は立川飛行機の下請会社の立場で仕事に来ていて、そしてそこで死んでるわけなんですけれども援護法の適用範囲にならない、それは身分関係が全然ないからと、非常に気の毒で、片方は身分関係があるというだけで援護法に適用されている。同じところで同じような仕事をしていながら、身分関係がないというだけで何にも救済されてない。こういうふうに同じ日本人で、戦争の犠牲者であって、一方は援護の対象、一方は何の救済措置もないと、非常に私は片手落ちだと思うのです。こういうケースはたくさんございます。これは一つの例にすぎないわけなんで、身分関係がある者だけを救えばいいと、その程度にして、そこで線を引いてしまうというだけにとどめないで、最初に申し上げましたように、一般戦災者の救済措置というものは何らかの形でやっていかなきゃならないんじゃないか。まあ戦後三十年を迎えた今日、特にこれは再考をしていくべきだと、こういうふうに思いますが、いかがでしょうか。
#84
○政府委員(八木哲夫君) ただいま先生から御指摘ございましたケースにつきましては、昨年も当委員会で先生から御質問がございまして、お答え申し上げましたように、当時の国家総動員法に基づきます軍需工場等につきましての工員等につきましては、国家総動員法に基づきます徴用というような形で、国の強制力というものが相当及んでおったというようなことでございまして、これは国の使用者責任という立場から、国家補償の観点から援護法におきます処遇が行われておるわけでございますが、たまたま軍需工場の下請機関であったというようなことでございますと国家総動員法の強制力という面では、実態は確かに当時の総力戦というようなことで、軍需産業関係のお仕事をやっておられたことは間違いないと思いますけれども、徴用というような立場ではございませんので、ある意味では一般の市民の方が同じような生活になり経済活動をやっておったというようなのと同じような立場で考えざるを得ないのではないか。したがいまして、現在の恩給なり援護法におきます処遇の考え方は、国が使用者責任という立場で身分があります方あるいは身分がなくてもこれと同じように考えていい方々に対しての援護措置でございますので、一般の戦災の方々等につきましては、これはむしろ社会福祉なり社会保障の一般的な施策の改善、充実によって処遇すべき以外には方法はないのではないかというふうに考える次第でございます。
#85
○柏原ヤス君 そういうお答えをなさるであろうということは予想しておりました、毎回そういう御答弁をいただいておるわけなんで。この一般戦災者に対する問題については、昨年も一昨年も、もう十年近いと思うのですけれども、衆議院においても参議院においても、委員会でこの一般戦災者に対する問題については考慮すべきじゃないかというふうに決議されてきているわけです。大臣はそのたびに、その趣旨を十分尊重いたしましてという御答弁をしていらっしゃるわけなんですけれども、一体、これ、どういうことになるのですか。また来年同じような決議がされ、同じような答弁が繰り返される。三十年という一つのめどがございますので、この辺で国会でもって、このように決議されていることを努力して実践していただきたいと思うのですね。こういうことをやりますというくらいの御返答がなければ、余りにも国会の決議というものが軽視されているんじゃないか、こういうふうに思いますので、これについて御答弁をお願いいたします。
#86
○国務大臣(田中正巳君) この種の問題は、実は衆参両院の委員会、本会議等でいろいろと御質問のあるところであります。また心情的に大変お気の毒な向きの方もあるということは、個人的によくわかるわけでございますが、しかしこれにつきましては、従来から数多くの戦争犠牲者の中で、どういう方を国が援護をするかということについて、国との身分関係、特別権力関係のある者に限るという線を今日まで引いてきたわけでございまして、このやり方についていろいろと御批判があることを承っております。しかし、一般の戦争犠牲者、この中にはいろんなニュアンスのものがあろうと思われます。どこかで線を引かにゃなるまいというふうに思うわけであります。いま御指摘の設例のごときは、私は最もお気の毒なものであろうと思いますが、しかしこの線を一遍外しますといろんなところへいろいろに波及してまいるということになるだろうと思いますので、心情的には一部の方についてはわからぬわけではございませんけれども、なおこの線を軽々に外すということについてはなかなか踏み込めないというのが率直なところ今日の現状だと思うのであります。附帯決議等についても、この際実態調査を行えというようなことをいろいろと言うておりますので、この点については、先ほど局長が答弁したはずでございますが、いずれにいたしましても、こうした一般戦災者、ニュアンスがずっと続いておりますので、このニュアンスの中へ一体どこかで線を引かにゃならぬということになると、なおこのような点について線を堅持せざるを得ないと、従来の政策の大きな実は転換というものに踏み切れないというのが実態であるというふうに申し上げる以外に今日のところ御答弁のしようがないということだろうと思います。
#87
○柏原ヤス君 まず、私は実態調査を行うべきだと思うんですね。たとえば死んだ人、それから、体に障害を受けている人、財産を失った、その他、そうしたものはもう全部だと思いますけれども、この間も一般戦災者の方たちがいらっしゃっていろいろとその後の、戦災後のいろんな状況を体験発表していらっしゃいました。自分は相当の生活をしていたにもかかわらず、すべてを失って、自分の体も醜い体になって、お化けお化けと言われる、そういう自分になって、そして山谷のドヤ街で自分は本当にこじきのような生活をしたと、そういうような、聞いていて、どうしてこういう人を三十年後の今日になっても国は何にもしないということが許されていいのかしらと思うような方にお会いしました。そういうことを、実態調査だけでもすべきじゃないか。実態調査した後に、どこに線を引くとか、どうするということはおのずと出てくるんじゃないか。しかも、三十年もたっておりますから、そういう人たちが皆年老いて死んでいく、死んでしまったらもう実態調査も何にもなくなってしまうわけです。ぜひこれは来年、再来年と延ばすべき問題ではない、実態調査というのはまたなかなか困難だと思いますから、なおさら早くこれに手をつけてなさっていただきたい。特にそういう軍需工場などのあった場所はものすごい爆撃を受けて、その付近の人たちの悲惨な状況というものがあるわけなんです。ある市長さんは、そういうものを記録にしたいとか、またある県ではやっていると、地方自治体がやっていればそれでいいというような高みの見物でいる立場ではないと思うんですね。国がやってこそこの実態調査も非常に権威のある実態調査になると私は思いますので、困難だとは思いますけれども、まずそれを始めていただいたらどうかと、こういうふうに思います。
#88
○政府委員(八木哲夫君) 実態調査の問題でございますが、死没者等の問題につきましては、昭和二十三年に経済安定本部が調査いたしました結果がございまして、約三十万人というような数字もわかっておりますし、さらに全国の戦災都市連盟等が発表いたしました数字といたしまして約五十万人程度ということで、戦災都市もどの程度かということがその戦災都市連盟でもわかるわけでございますが、障害者の実態がわからないわけでございます。したがいまして、障害者の問題につきましては、先ほども御答弁申し上げましたように、まず昭和四十八年度におきまして名古屋市におきまして名古屋市の状況の調査が行われたわけでございます。さらに前国会におきまして、当時の大臣からも、サンプル的な調査を実施いたしたいというようなことで、昨年、四十九年度でございますが、愛知県におきまして県下の戦災障害者の実態の調査を実施したような次第でございます。なお、昭和五十年度におきましては、厚生省におきましても、社会局と御相談いたしまして、社会局におきます身体障害者の実態調査の際に、戦災者の実態につきましても把握いたしたいということで、現在検討を進めている次第でございます。
#89
○柏原ヤス君 それでは最後に、朝鮮民主主義人民共和国に在住する日本人妻の問題についてお伺いいたします。
 現在、この方たちは六千人ぐらいいると言われておりますが、日本にいる肉親の方たちがその安否を非常に心配しております。私のところなどにも毎回もう何とかならないかと言ってきているわけなんです。この北鮮帰還が実現したということは政府の力というものがあった。赤十字社がその実務を行ったわけですけれども、やはり政府の力というものが大きな結果を生むと、そこで帰ってしまったらそれでいいというのではなくて、日本にいる親、兄弟の気持ちを察していただいて、人道主義という立場からでも何らかの配慮ができないものか、この点をお聞きしておきたいと思います。いかがでしょうか。
#90
○政府委員(八木哲夫君) 私どもの方で答弁すべき問題かどうか、やや疑問がある問題ではございますけれども、考え方を申し上げますと、厚生省なりあるいは援護局で所管しております問題といたしましては、さきの大戦によりまして外地等にそのままになっております未帰還者の方の調査、あるいはその方々につきましての引き揚げの促進の問題、それから中国等につきましてはいままで国交回復がなかったので、戦後そのまま現地に残留されました、しかも、現地に残られました方々の里帰りの問題等につきましては、援護の対象としまして積極的に努力しているわけでございますが、先生から御指摘ございました北朝鮮の日本人妻の問題につきましては、戦後北朝鮮に渡航された方々の問題でございますので、厚生省のちょっと所管外の問題だと思いますし、むしろ戦後外国に居住されました方々の問題になりますと在外邦人の援護ということになりますので、むしろ外務省の問題ではないかというふうにも思われますが、いずれにいたしましても、北朝鮮につきましては現在国交回復がないわけでございますので、いかんとも方法はないのではないかというふうに考えざるを得ないのではないかと思う次第でございます。
#91
○国務大臣(田中正巳君) 本件については、先生の御質疑、そして残された家族の方々の心情はよくわかるような気がいたします。私、若い時分に、国会議員でございましたが、ここにおられる徳永議員と鹿島議員と三人で、新潟の港へ行って、帰る方々を送ったことがございますが、あの節に私は、この日本の御婦人は一体どうなることだろうと実は思いつつ見送りをいたしたわけでございますが、いかんせん今日北朝鮮との間には国交がございませんし、承るところによりますれば、日赤では朝赤に対して安否を尋ねたということでございますが、返事が来ておらないということでございます。いろんな国際的な問題、あるいは朝鮮民主主義人民共和国のいろいろな国内事情もあろうと思われますが、大変心配なことでございますが、今後とも国交の正常化との関連においてこのようなことが何とか安否がわかるように、そしてまた一時でも帰りたいという者があるならば、帰れるようにしてあげなければと思いつつも、国際情勢の壁の前にどうにもならないというのが現状だということでございます。
#92
○柄谷道一君 終戦後すでに三十年を経過いたしまして、したがって終戦処理の問題も終末期にあると、こう考えられるわけでございますけれども、しかし、現実には各委員が指摘いたしましたように、残された問題点が大変多く存在するわけでございます。これらの問題につきまして、私は議事の進行に協力する意味において重複することを避けたいと思いますけれども、ただいままでの各委員の意見及びこれに対する答弁に基づきまして厚生省といたしましても、万全の措置をとることによって、一日も早く実質上の終戦処理というものが完成するように大臣としてもせっかくの御努力を願いたい。冒頭その要望意見を付しまして、重複する点はすべてこれは省略をいたしたいと思います。
 ただ、その残された問題の一つに、海外に未帰還者が現に存在しているという事実を忘れてはならない、こう思うわけであります。厚生省は現在この海外に存在しております未帰還者がどの程度あるのか、それをどういうふうに把握しておられるのか、まず冒頭お伺いをいたしたい。
 また、日中国交が正常化されて以降、中国からの帰還者が多数ある、このように聞いておりますけれども、中国内における未帰還者の現状というものがどうなっているか、あわせてお伺いをいたします。
#93
○政府委員(八木哲夫君) 先生からただいま御指摘ございましたように戦後三十年近くなるわけでございますので、未帰還者の問題等につきましても、できるだけその消息を把握し、帰還すべき方は引き揚げいただくなり、あるいは一時帰国の方につきましても、一時帰国の措置等を考えたいというふうに思っているわけでございますが、現在の未帰還者の数でございますが、三千三百五十六名でございます。内訳といたしましては、一番多いのが中国地域でございまして、二千七百七十三名、それからソ連地域が三百三十四名、北朝鮮地域が百六名、南方諸地域が百四十三名となっております。特に未帰還者の多い中国地域でございますが、二千七百七十三名中、昭和四十三年以降の生存資料のあります方千五百八十七名、この方は生存され中国に残留されているということが確実な方でございます。これらの方々につきましては、さらに調査を進めまして残留の実態を明らかにいたしまして、帰国を希望される方々につきましては、一日も早く帰国促進を図ってまいりたいというふうに考えておる次第でございます。なお、最近の消息がはっきりわかりません昭和三十一年から昭和四十二年までの間の消息がわかっております方は四百十一名でございます。さらにもっと古い昭和二十年八月から昭和三十年までの最終消息があるという方々は七百七十五名であるわけでございまして、こういうような古い時代の資料しか、消息しかないという方々につきまして、さらに調査を進めましてできるだけ消息を把握したいというふうに考えておる次第でございますが、相当な期間を経過しておりますし、死亡の公算の多いという方々もあるわけでございますし、そういうような方々の中でまことに遺憾なことではございますが、死亡が確実であるというふうに考えられます方々については死亡公報を発行する等の措置をとりまして、この問題の解決を促進してまいりたいと思いますが、最近中国との国交が回復いたしましたことによりまして引き揚げ者も帰ってまいりますし、一時帰国の方も帰ってまいりましたし、それから現地に残留されている方々との文書の交信等も十分できるようになりましたので、この問題の解決につきましては非常に前よりは大きな前進が図られるのではないかというふうに期待しておる次第でございます。
#94
○柄谷道一君 ただいまの答弁にありましたように、なお相当の未帰還者が存在していることは事実でございます。私は後ほど在外公館のこれらに対する姿勢につきましては指摘をしたいところでございますけれども、厚生大臣、ひとつ在外公館を督励いたしまして、冒頭申し上げましたように、もう終息期を迎える時期であろうと思いますので、未帰還者の実態の精査及びそれらの人々に対する帰還の希望の的確な把握、そしてその救出という問題につきまして格段の努力を傾注していただきまして、一日も早くこの面からすでに戦後は終わった、こういう事実をつくり上げていただくように、これは強く希望いたしたいと思うわけでございます。
 これに関連いたしまして、日中の国交が正常化されまして北京に日本大使館が置かれましてからすでに二年を経過するわけでございます。したがいまして、現地残留者の状況というものも逐次明らかになっていると考えられます。浜本委員も指摘されたところでございますが、こうした中で中国に残留しているかつての終戦時孤児の親探しという問題が大きく話題になってきているわけでございます。中国内で終戦孤児となって残留した者が一体どれぐらいあるのか、また、この人たちの現在はどういう状態にあるのか、また、それらの人々の環境がどういう環境に置かれているのか、厚生省で把握しておられる範囲においてその実態を明らかにしていただきたい。
#95
○政府委員(八木哲夫君) 先生からただいま御質問ございました中国の孤児の問題でございますが、終戦直後のあの混乱期でございまして、元の満州、現在の東北地区が大部分でございますし、特に開拓団等の方々が多いわけでございますが、当時の混乱期におきましてまことに残念な状況であったわけでございますが、子供さんを残して内地へ帰られたという多数のお気の毒な方々があるわけでございまして、そういうような孤児の、当時は学童以下の年齢の方々でございますが、中国人の方に養育をお願いしたというような形で現在まで経過しております方は約二千五百名でございます。その大部分の方々につきましては身元がわかっておるわけでございますが、しかし、ある程度の方々につきましては両親と別れました際が非常に幼児であるというようなことから自分自身の名前もわからない、あるいは両親の氏名、本籍等もわからないというようなままで結局現在は中国名でございまして、身元が不明であるというような方々がおられるわけでございます。現在こういうような方々は中国の方と、大体もう成人に達しておりまして、結婚されまして、中国におきましての通常な社会生活を営んでいるという方々でございますが、やはり日本人でございますので、ぜひ自分の肉親なり両親を探してほしいというような希望が出ておる次第でございます。私どもといたしましても、できるだけの努力を払って肉親探し等につきましては協力してまいりたいというふうに考えておる次第でございます。
#96
○柄谷道一君 いま局長はできる限りの努力をしたいと、こう御答弁になったわけですが、先ほどどなたかの委員の御質問に対して、この肉親探しの問題についてはマスコミの協力を得て公開調査を実施し、ある程度の成果を上げたという御答弁があったわけでございますが、今後この問題について厚生省としてどういう対処をしていくお考えであるのかお伺いをいたします。
#97
○政府委員(八木哲夫君) 私ども、日本人で肉親探しをされておられる方々につきましてぜひ何とかその身元を確かめたいという努力を進めておる次第でございますが、何分にも御本人の記憶というものが非常に薄いわけでございまして、何らかのヒントというものがございますとこれはできるだけの努力をしますと解明できるわけでございますが、いずれにいたしましても私ども、北京の大使館なりあるいは厚生省なり都道府県の方に何とか肉親を探してほしいという依頼が現地からもずいぶん参っておるわけでございまして、そういうような中から少しでもヒントがございますればそのヒントをもとにいたしまして肉親探しをいたしたいということで、従来からも各県の資料あるいは厚生省の資料あるいは引き揚げてこられた方々、一時帰国されてこられた方々につきましての調査等につきましての努力等をしているわけでございますけれども、なかなか役所関係ではおのずから限界もあるというようなことで、先般報道関係の御協力をいただきまして、百八名の方々につきましてこういうようなヒントがあるというようなことで報道関係等に大々的にやっていただきました結果、たちまち二十人の方がわかったというような非常にありがたい成果を得たわけでございます。私どもできるだけいろんな創意工夫をこらしまして、従来から行っております県におきます調査あるいは引き揚げ者あるいは一時帰国者の方々等の調査を進めますとともに、さらに報道関係等にも御協力を賜りまして一層この問題の解決を図ってまいりたいと考えておる次第でございます。
#98
○柄谷道一君 次に、遺骨収集の問題につきまして、ただいまの答弁では三年計画で五十年度予算も増額をいたしまして一応五十年度にめどをつけたいという答弁とあわせまして、五十年度で打ち切るということではなくて、今後も補足的な遺骨収集は継続して行いたい、こういう御答弁があったわけでございますけれども、この遺骨収集の問題について、地元の住民などから遺骨に関する情報が在外公館に寄せられた場合、その在外公館と厚生省との間の連絡というものは一体どのようにされているのか、事実これが円滑に行われているかどうか、お考えを聞きたいと思います。
#99
○政府委員(八木哲夫君) 戦後三十年にもなるわけでございますので、私ども南方諸地域等を初め各地域に眠っておられます御遺骨につきましては一日も早く故国にお迎えするというのが念願でございまして、援護関係の大きな柱ともしているわけでございます。そういうような観点から、従来からも外務省と緊密な連絡をとりまして、特に昭和四十八年からは従来と異なりまして民間の戦友の方とか御遺族の方とかあるいは青年の方の御参加もいただきまして大規模な遺骨収集を実施しているわけでございますので、相手国政府とも十分な連絡をとりながらこの問題の解決を図っている次第でございます。したがいまして、外務省当局におきましても十分この問題の重要性ということは認識しておりまして、関係国との折衝等につきましても外務省としても努力を重ねておる次第でございます。私ども、その際に政府が派遣いたします遺骨収集が参ります地域等につきましては、現地の住民の方の情報等をできるだけ尊重いたしまして、遺骨収集の効率的な実施を図ってまいりたいというふうに考えている次第でございます。
 なお、直接政府が参りませんでも、在外公館等に現地の住民の方等からの情報の連絡がございまして、政府が直接参りませんでも、在外公館限りで――具体的な遺骨がございます場所あるいは地点等が明確な場合、在外公館限りでできます際には在外公館にお願いしまして遺骨収集を実施しているというようなケースもあるわけでございますし、政府の遺骨収集団が近いうちに派遣されるというような地域につきましては、そういうような情報がございますればその際に遺骨収集を実施するというようなことで、いずれにいたしましても外務省、在外公館と十分な連絡をとりましてこの問題の解決を図ってまいりたいというふうに考えております。
#100
○柄谷道一君 ただいまの御答弁ではまことに結構なことなんですけれども、私は大臣、やはり在外公館、これは全部か一部か知りませんけれども、その遺骨収集に対して冷淡といいますか、冷たいという面があるんではないかと、こう思うんです。
 これは一つの事例でございますが、私の知人、これは戦時中、中部セレベスのランブレッセ村というところに勤務いたしておりまして、昭和二十年の七月に現地召集を受けたわけでございますが、昭和四十八年の十一月に、戦後相当たちましたので現地住民との友好を深めようということで、自費でその村を訪れました。ところが、そこでわかったことでございますが、終戦直前、日本軍の戦闘機がその村に不時着をいたしまして、二名の航空兵がそこで戦死をしたと。そこで、その村民はこの二人の戦死者に対して村民の自主的な意思によって墓地をつくり、これを弔っているという事実が判明をした。ところで、その墓地が相当荒れておったので、本人はその修復とそして住民に対する適宜の礼などをいたしまして、同時に、わざわざジャワのスマトラの領事館を訪れてその墓地の位置等を詳細に報告するとともに、在外公館としてこれに対する善処を求めて日本に帰国したと。ところが、すでに二年近く経過いたしまして、現地の住民の方から、その後何らも音さたがないという知らせを受けた、こういう事実をとらまえまして――私、同封してきておりますけれども、そのときに会った副領事等の氏名の名刺もございますけれども、これはもう明らかに遺骨の存在場所がわかるわけです。しかも同僚が本当にその遺骨収集ということが重要であるということでわざわざセレベスからスマトラに飛んで領事館にその旨を連絡をした。この前、厚生省の事務官にちょっとお伺いしますと、在外公館から何らそのような連絡を現在受けていない、こういう事実が判明をした。こういう一事を見ましても、確かに在外公館は業務多忙ではあろうと思いますけれども、この種の遺骨収集において、いま援護局長なり厚生大臣の述べられた趣旨というものが本当に浸透し、このことに対して真剣に対処されているのかどうかということについて残念ながら疑わざるを得ないような事実があるわけでございます。私は、一例でございますけれども、これは質問ということは時間の関係で省略します。ひとつ大臣、やっぱり在外公館を督励をして、この遺骨収集の持つ意義というものをやはり外務省の派遣された人々が真剣に考えて、一日も早く戦後を終息しようと、こういう態勢をつくり上げられることをこれは大臣に希望いたしておきます。
 時間の関係で次に問題を移します。
 次の問題は、遺族援護法による年金額の引き上げについてでございますけれども、これはいま局長はこの引き上げは恩給法に準じ、公務員のべースアップ率を基準として引き上げた、こう言われ、答弁されたわけでございます。大もとはどうしても恩給法ということになってこようと思うんですが、ひとつ恩給局にお伺いしたいんですが、厚生年金、国民年金につきましては、その内容ははなはだ不満ではございますけれども、一応消費者物価にスライドするということが採用されております。いわゆる自動スライド制が確立されているわけでございます。公務員共済の年金も過般の法改正によりまして、スライド制というものが、賃金スライド制というものが確立されたと私は承知いたしております。しかもまた、この恩給法自体も過去三年間公務員のベースアップにスライドしてこれを引き上げてきたという実績がもうすでにあるわけでございます。こういうことを考えるならば、現行恩給法第二条にはいろんな基準を書いておりますけれども、もうそろそろ公務員の賃金上昇にスライドするということを、いわゆる自動スライド制というものを法律で明文化すべき時期にきているのではないか、こう思うわけでございますが、所見をお伺いします。
#101
○説明員(大屋敷行雄君) ただいまの国家公務員の共済組合法におきましては、自動的スライドということがございましたが、これは私の理解しておる限りでは全く恩給と同じような規定であろうかと思いますので、ちょっと申し上げておきます。
 ただいまの御質問でございますが、ちょっと前にその経過を申し上げますと、現在の恩給年額の増額方式、これは公務員給与の方式によっておりますが、その前はいわゆる恩給審議会というのがございまして、そこでこの増額方式について答申を得たわけでございますが、それによりますと、現行の恩給法の二条ノ二に規定してあります、その運用方法といたしまして、物価と公務員給与を総合勘案いたしまして、そのスライドの増額の率を決める、こういうことになっておったわけでございますが、その後の社会経済状況等を勘案いたしますと、退職公務員の年金につきましては、やはり現職公務員の給与に即応して、この年金額の引き上げ率を算定するのが適当じゃなかろうかと、こういう考えで昭和四十八年以来、公務員給与の増額率をもって恩給年金のアップ率にいたしておるわけでございます。そして、この方式は、それから四十九年、それからことしの五十年度、これは恩給法の一部改正を今国会に上呈して御審議を願っておるわけでございますが、いずれも公務員のアップ率、こういうことでやっておるわけでございます。そこで、過去三回の実績の積み重ねによりまして、この方式はいわば行政的にもうルール化されておると、こういうふうに私どもは判断しておるわけでございます。したがいまして、これ以下の基準に、これ以下の水準の基準によって、今後増額率を考えるということは私どもはあり得ないと、こう考えておるわけでございます。そういたしますと、恩給法二条ノ二にいわゆる恩給年額改定の基本的な考え方といたしまして、物価、公務員給与、それから生活水準、こういう三つの重要な指標が出ておりますが、これは年金のいわゆる増額の基本的な思想としては正しいわけでございますが、先ほど申し上げましたように、今日の状態では公務員の給与に即応するということになっておりますので、そういう実績を考えますと、あえてここでそれを条文化する必要もないと、法制化する必要もないと、このように私どもは考えております。
#102
○柄谷道一君 いまの答弁からしますと、こういうふうに確認してよろしゅうございますか。すでに公務員のベースアップ率を基準とするということは行政的にルール化されているから、今後もそれを下回ることがない、むしろ現行二条は、生活水準、その他の情勢によって公務員ベースの上昇率というものを上回ることもケースとしてはあり得るので、むしろ現行の方が有利であると、こういう解釈でよろしいですか。結論だけでいいです、時間がありませんから。
#103
○説明員(大屋敷行雄君) まあ有利不利という問題ではなしに、現行の二条ノニの運用方法として、現在の状態では、退職公務員の年金額はやはり現職公務員の給与率の引き上げによるのが最も適当である、こう考えておるわけでございます。
#104
○柄谷道一君 公務員のを下回ることはないということは、上回ることはあり得るということですね。
#105
○説明員(大屋敷行雄君) その下回る上回るという御趣旨がちょっとはっきりいたしませんが、ただいまの状態では、結局物価と比較してのお話かどうか知りませんが、まあ現在では物価よりも公務員給与が上回っておるわけでございますから、過去三年間の実績を見まして、この現在の水準を下回るというようなことは行政当局としては考えるべきではないと、こう判断しておるわけでございます。
#106
○柄谷道一君 これはもう言い合っておってもしようがありませんで、私は物価は言っていないんですよ。たとえば、こんなことがあるかどうかわかりませんけれども、公務員のベースアップ、上昇率に比べて、たとえば民間の産業の上昇率の方がより高かったという場合は、全国民的な生活水準はそれだけ向上している、こういう事実があった場合は、最低は国家公務員のベースアップ率であるけれども、そういう事実も今後判断されていく余地を残しているというふうに私は理解をいたしまして問題を次に進めます。
 厚生大臣、一つお伺いするんですけれども、いま私指摘しましたように、この恩給法のたてまえ、厚生年金、国民年金、あるものは賃金にスライドし、あるものは物価、いわゆる消費者物価にスライドしている。これは非常に不統一なんですね。まあ厚生大臣は、昭和五十年度に年金制度の全般について洗い直しを行って、昭和五十一年冒頭にその抜本改正というものについて政府の考え方を提示したいという答弁をたびたびされているわけでございますが、この洗い直しの中にいわゆるスライド制という問題についてもその対象に含まれると、こう理解してよろしゅうございますか。答え簡単でいいです。
#107
○国務大臣(田中正巳君) 拠出制公的年金については物価スライド制はすでに導入をしているわけでございますので、したがって、そのようなことは今後の洗い直しの場合においても踏襲をしていくことには間違いがございません。
#108
○柄谷道一君 最後に一つ。警防団員に対する取り扱いにつきまして、前回のたしか法改正の際も、援護法の取り扱いにおける認定方法については弾力的に運用すべきであるという附帯決議がつけられたと承知いたします。今回衆議院における附帯決議も全く同様の附帯決議が行われているわけでありますが、何回も同じ附帯決議が行われるということは、その弾力的運用について十分な効果を発揮していないということを物語るんではな.いかと思いますが、これに対する当局としての具体的方策をお伺いをして私の質問を終わります。
#109
○政府委員(八木哲夫君) 昨年の援護法の改正によりまして、警防団員等防空従事者関係が新たに援護法の対象になったわけでございますが、実施時期が昨年の九月でございますので、現在この事務が進んでいる最中ということでございますので、そういうような意味から衆議院の本年におきましても附帯決議があったのではないかというふうに理解しておる次第でございます。
 で、昨年も警防団員が新たに援護法の対象になりました際にも出ました御議論といたしましては、戦後三十年近くたっておりますし、非常に資料等が十分でない点もありますから、そういう面を十分考慮すべきであるというふうに私ども理解しておりますし、私ども、昨年御可決いただきました警防団員等の処遇改善の範囲の拡大に伴いまして、各県の通知なり、あるいは各県に対します、課長会議の際にも十分その趣旨を各県に説明いたしますとともに、通牒等におきましても、警防団員等につきましてはすでに一時金をもらっている方々がいるわけでございますので、積極的に私どもの方から名簿を各県にお送りするなり、あるいは手続の簡素化、省略化を図るなどの措置を講じまして、せっかく援護法の処遇範囲が拡大されたわけでございますので、できるだけこれに漏れることのないような行政的な努力を進めたいということで各県にも通知し、いたしているところでございますし、今後ともこの方針に従いまして進んでまいりたいというふうに考えている次第でございます。
#110
○委員長(山崎昇君) 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を議題とし、これより討論に入ります。――別に御発言もないようですから、これより直ちに採決に入ります。
 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を問題に供します。本案に賛成の方の挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#111
○委員長(山崎昇君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
#112
○村田秀三君 私はただいま可決されました戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対し、自由民主党、日本社会党、公明党、日本共産党及び民社党共同提案の附帯決議案を提案いたします。
 案文を朗読いたします。
 一、一般戦災者に対し、戦時災害によって身体に障害を受けた者及び死亡した者に関する援護の検討を目途として、その実態調査を実施すること。
 一、警防団員等に対する援護法上の取扱いについては、戦後相当期間経過していることにかんがみ、その認定方法等について弾力的に運用するよう配慮すること。
 一、最近の急激な物価の上昇及び国民の生活水準の著しい向上にみあって、援護の水準を更に引き上げ、公平な援護措置が行われるよう努めること。
   なお、戦没者遺族等の老齢化の現状にかんがみ、一層の優遇措置を講ずること。
 一、戦傷病者に対する障害年金等の処遇については、更にその改善に努めること。
 一、生存未帰還者の調査については、更に関係方面との連絡を密にし、調査及び救出に万全を期すること。
 一、戦没者等の遺骨の収集については、更に積極的に推進すること。
 一、戦傷病者相談員及び戦没者遺族相談員の処遇の改善をはかること。
 以上であります。
#113
○委員長(山崎昇君) ただいま村田君から提出されました附帯決議案を議題とし、採決を行ないます。
 本附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。
  〔賛成者挙手〕
#114
○委員長(山崎昇君) 全会一致と認めます。よって、村田君提出の附帯決議案は全会一致をもって、本委員会の決議とすることに決定いたしました。
 ただいまの決議に対し、田中厚生大臣から発言を求められておりますので、この際、これを許します。田中厚生大臣。
#115
○国務大臣(田中正巳君) ただいま御決議になられました附帯決議につきましては、その御趣旨を十分尊重いたしまして、努力をいたす所存でございます。
#116
○委員長(山崎昇君) 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案の審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#117
○委員長(山崎昇君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後零時五十三分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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