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#1
第075回国会 社会労働委員会 第18号
昭和五十年六月十七日(火曜日)
   午前十時八分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 六月十七日
    辞任         補欠選任
     星野  力君     野坂 参三君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         村田 秀三君
    理 事
                玉置 和郎君
                丸茂 重貞君
                山崎  昇君
                小平 芳平君
    委 員
                石本  茂君
                上原 正吉君
                小川 半次君
                神田  博君
                斎藤 十朗君
                高田 浩運君
                徳永 正利君
                森下  泰君
                片山 甚市君
                浜本 万三君
               目黒今朝次郎君
                柏原 ヤス君
                沓脱タケ子君
                柄谷 道一君
   国務大臣
       厚 生 大 臣  田中 正巳君
   政府委員
       厚生大臣官房長  石野 清治君
       厚生省公衆衛生
       局長       佐分利輝彦君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        中原 武夫君
   参考人
       総評単産被爆者
       協議会連絡会議  室田 秀子君
       日本原水爆被害
       者団体協議会事
       務局長      伊東  壮君
       長崎大学医学部
       原爆後障害医療
       研究施設後障害
       治療部門教授   市丸 道人君
       全日本原爆被爆
       者協議会会長   任都栗 司君
       長崎県被爆者手
       帳友の会事務局
       長        鈴木 美秀君
       東京大学法学部
       教授       高野 雄一君
       原水爆禁止日本
       国民会議代表   市川 定夫君
       原水爆禁止日本
       協議会副理事長  田沼  肇君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○原子爆弾被爆者等援護法案(第七十四回国会浜
 本万三君外三名発議)(継続案件)
○原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律
 の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送
 付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(村田秀三君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 本日、星野力君が委員を辞任され、その補欠として野坂参三君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(村田秀三君) 原子爆弾被爆者等援護法案及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を一括して議題といたします。
 本日は、両案審査のため、お手元に配布いたしております名簿の方々に参考人として御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中のところを御出席いただきましてまことにありがとうございます。各位の御意見を承り、両案審査の参考にいたしたいと存じますので、何とぞ忌憚のない御意見をお述べくださるようお願いをいたします。
 まず、それぞれのお立場から各自十五分程度の御発言をお願いし、その後で委員からの質問にお答えいただきたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。どうぞよろしくお願いをいたします。
 それでは室田参考人にお願いいたします。
#4
○参考人(室田秀子君) 私は総評加盟の全電通被爆協議会の室田秀子でございます。
 私は、今回被爆者援護法について意見を申し上げるわけでありますが、私は原爆を受けた当時の体験とその後の生活実情をお話しする中で、本当は自分の生活実態を公表することには非常に抵抗を覚えます。しかし、これまでにも多くの被爆者の方があえてその実情を訴えてきました。そして、現在の原爆二法だけでは私も含めて絶対に救済されないのだということを申し上げるわけであります。
 先日も当社会労働委員会による現地調査が広島で行われた際、私は被爆者団体代表との懇談会を傍聴いたしました。その中でもいろいろな実情、要望が出されました。被爆後三十年たった現在、いまなお私たちは被爆者であるがゆえに差別を受け、現行の医療制度だけでは絶対に救済されず、日々あしたの生命におびえながら、人間の生活の極限とも言える生活実態があることを調査団の方には十分理解していただいたことと思います。そして、これらの原因は、言うまでもなく、第二次世界大戦の戦禍、それもこの戦争においては最も集中的な表現としての原爆投下による被害であり、この救済はすべてこの戦争を指揮した国家による救済でなければならないはずです。具体的には原爆被爆者援護法制定以外にないことは明らかであります。私は被爆者として生の被爆体験と現在の生活実態の中から、切実に被爆者援護法の早期実現を願うものであります。
 被爆当時私は六歳で、母と二人で爆心地から一・五キロの広島市西観音町に住んでおりました。姉と祖父は別にもっと爆心地に近い堺町に住んでおりました。八月六日当日、母と祖父はそれぞれ自宅で即死しました。姉は町内会組織からの勤労奉仕当番日のため、爆心地から一・一キロの国泰寺町で建物疎開作業中に被爆し、ほとんど全身やけどによる重傷を負いました。しかし、命だけは奇跡的に取りとめました。一緒に作業している五十人ぐらいのうちで助かったのは四、五人だと聞いております。小学校一年生だった私は、その日観音小学校で被爆いたしました。幸いに大きなけがはいたしませんでしたけれど、原爆投下と同時に全市一斉に発生した猛火のために家に帰ることもできませんでした。それで、炎に追われて広島市から約十五キロ離れた佐伯郡地御前というところまで逃れ、そこの国民小学校に収容されました。そのとき私はまだ母が死んだことを知りませんでした。それで、引き取りに来る人もないままにあちこちの孤児収容所で暮らしました。で、最後に四国の愛媛の農家にもらわれていきました。
 こうした状態に置かれた孤児の数は多く、親の保護、愛情が一番必要なときにすべてを奪われてしまったのです。私は母の顔を思い出すことができません。写真は全部焼けてしまったし、その当時目まぐるしく変った環境の中で全部薄れてしまいました。小学校のとき、一度作文に母のことを書いたことがあります。そのときも母の顔が浮かんでこず非常につらい思いをいたしました。母の遺骨は焼け跡から姉が拾い集め、骨つぼに入れたまま長い間持ち歩いておりましたが、昭和四十七年になって初めてようやく小さな墓をつくることができました。母の死後実に二十七年目に初めて供養してやることができたのです。しかし、同じ日に死亡した祖父の遺骨はいまだに不明のままであります。二年前ですが、私は戸籍を見てびっくりしました。戸籍上母はまだ生存していることになっているのです。まだ私は幼かったし、生活に追われていた姉は死亡手続などすることができませんでした。したがって、原爆慰霊碑の過去帳にも母の名は載っておりません。このことを市役所の戸籍係に聞いたところ、このような例はほかにもあったということです。国による原爆死没者の実態調査が、被爆後三十年たった現在、いまだに行われておりません。このように非戦闘員であった原爆犠牲者に対する冷酷な行政を身をもって体験しているのは、決して私一人ではないと思います。私は、何も言えずに死んでいった母に対して、いま戸籍を抹消する気にはなれません。国の責任において死没者の実態調査を速やかに行ってもらい、被爆者に対して十分な援護が行われて、初めて母を含めて三十数万人に上る原爆犠牲者の霊が供養されると思います。
 先ほども申し上げましたように、私は、その後、孤児収容所などで転々としておりましたけれども、姉が、原爆症から治って、私のいた跡をずっと訪ね歩いて、やっと原爆から一年目に探し出して広島に連れて帰りました。しかし、姉は私を育てるために住み込みで働かねばならず、そのために私はよその家に預けられ、中学校を卒業すると同時に高校への進学もできず、和裁の年期奉公に出ました。その後、姉は結婚しましたが、被爆による体の弱さと生活苦が重なって肺結核となり、家庭生活も破綻し、離婚しました。そのため、私は朝六時から昼まで中央市場の仕事をして、昼から夜まではずっと和裁の仕事をして、姉に仕送りを続けました。ようやく和裁の年期が明けて初めて就職しましたけれども、私も、ついに無理がたたって、姉と同じく肺結核となりました。で、昭和三十七年から一年間入院しました。
 この間に、小中学校時代から十八歳になるまで、ほとんど強制的にABCCという機関があるのですが、そこから検診を強制されましたけれども、その当時から結核の前兆である瘰癧などがあり、発病していたのではないかと思われる節があったのですけれども、それは診断結果は何も知らされませんでした。
 こうした苦しい少女時代、青春時代から今日まで、原爆手帳の交付以外、国家的な援助は全くありませんでした。
 先ほど申し上げましたように、姉は結核で倒れたときに離婚しましたが、その後、姉も私も病気がちで、特に姉は糖尿とか胆石、神経痛などがずっと繰り返して起こり、体が弱いためいつ原爆症が出てくるかもわからない不安がありました。ましてや結婚などする気にもなれません。現在とも、いま二人のままであります。私の知っている限りでも、被爆者であることを隠して結婚し、子供に対しては常に不安を持っている被爆者が少なくありません。現実に白血病で子供を亡くされた方もいます。
 それで、姉はついにことしの五月ですが、乳房の手術を受けました。医師からは、絶対に、十分で慎重な休養が必要であると言われております。現在七千五百円の健康管理手当を受けておりますけれども、それだけでは生活していけません。それで、私はいま二階の間借り生活をしているのですが、そこに引き取っております。しかし、私の賃金だけではどうしてもやっていけませんので、現在生活保護を申請しております。まだもらってはおりませんけれども申請しております。で、間借り生活のためおふろもありませんので、姉は手術後、銭湯に行くこともできません。せめてアパートを借りる程度の援助が欲しいと思いますし、そのために公営住宅にも応募したことがあるのですが、規制が多く、なかなかむずかしくて、広島市がいままでやってきた被爆者の低家賃住宅があるのですが、それも指定地の以外に居住してきた私たちには全然入居条件が、資格がありませんでした。死と隣り合わせに生きている私たち被爆者に対して、国は人間らしい生活を保障する責任があると思います。三十年間放置されてきた私たち原爆被爆者にとっては、被爆者援護法制定以外には救済の道はないのです。一日も一刻も早い制定を心から求めます。
 まだまだ言いたいことがありますけれども、どうか、私たち被爆者の立場をくみ取っていただきまして、真摯な審議をお願いいたします。
#5
○委員長(村田秀三君) どうもありがとうございました。
 続きまして、伊東参考人にお願いいたします。
#6
○参考人(伊東壮君) それでは、日本原水爆被害者団体協議会を代表いたしまして意見を申し述べます。
 まず最初に、本日の公聴会並びに現地調査を私どもの願いをいれられて委員会が行われたことに対して、心から敬意を表するものであります。
 さて、厚生省の五十年度予算につきましては、百億円の従来から比べますと予算増額、新規予算、新規問題として保健、介護手当等の新しい対策が盛られております。私どもとしては従来からの予算ないしは被爆者措置と比べますと、かなり画期的な問題が盛られていることについての厚生省自身の現行法内での努力については十分私どもは評価するものでございますけれども、しかし、数多くの欠落する点があることはどうしようもないということをはっきり申し上げておかなくてはなりません。
 すなわち、第一番目に欠落する問題というのは遺族に対する問題でございます。遺族年金ないしは弔慰金に関する問題については一切現行法の中ではどうしようもないことになろうかと思います。
 第二番目には、被爆者全体の、後に申し述べます三つの補償と私どもが呼んでおります問題を含めた被爆者年金の問題、これもまた欠落をしてまいります。
 第三番目に、国費による全額の医療の問題についてもやはり欠落をしてまいります等々、いわば現行法の改正が厚生省の努力によって相当大幅に行われながらも被爆者自身の要求からいたしますと、その間にはなおかつ大変な懸隔があることを自覚しなくてはならないと思うのであります。
 そもそも私どもが思いますには、このような欠落が起きるというのは原爆被害というものをどのように政府ないしは厚生省がおつかまえになっているかというところ、それと被爆者自身がどのように考えているかという問題の差ではないかと思うのでございます。
 ちょっと表をごらんいただきたいと思います。(資料掲示)
 私どもは原爆被害というものを単に従来のように物理的なないしは生物学的なそういう観点からだけつかまえたいというふうに思っているのではございません。私どもは社会的に見れば、それは瞬時にして起きた被害であって、しかも私どもはそれは逃げることができない、さらに無差別、大量でございます。すべての有機物、無機物はもちろん、あるいは植物も動物も、人間においては赤ん坊もそれからおじいさんもおばあさんも、非戦闘員も戦闘員もすべてを含めて、それは殺傷をしかつ被害を残したわけであります。
 さらに原爆の被害そのものの総合性についてもお考えくださらなくてはならないと思います。これは後に申し述べます。
 さらに原爆の被害は一九四五年八月六日、九日に生じたけれども、そこで終わったのではないという問題であります。なおかつ今日に持続をしているという特徴がございます。さらにいま申し上げましたのは、原爆投下の被害でございましたけれども、しかしその後、たとえば医療法ができるまでに十二年という歳月がかかっているというふうなことを考えてみますと、これは明らかに原爆被害者が放置されたこと自身が、実は加害に値するのではないかというふうに私どもは考えるのであります。
 さて、それでは原爆被害者に対する被害はどのようなものであったか、それは私が先ほど総合性と申し上げましたけれども、これは命と暮らしと心の三面において原爆被害者に被害を与えているという事実をぜひともお認め願わなくてはならない。これを単に健康の被害だけというふうにお考えになるとすれば、それは本当の核兵器の恐ろしさを皆さん方は御存じないという以外にないのであります。私どもはたとえば命の問題につきましては、これは爆風、熱線及び放射能障害という三点にわたって、後から先生方もまたいろいろとお述べになると思いますので、これは省略をいたしますけれども、たとえば暮らしの問題につきましてならば、昭和四十年に厚生省がやりました調査がございます。その調査の内容について、生活調査をごらんいただければわかるわけであります。たとえば国民を一〇〇にいたしまして休業率が二五五、失業率は一四六、日雇い率は一五三、転職率は一四二、就業率は九八、消費支出は一一二、しかし所得は九〇であった。こういうふうなこと、すなわちこれは政府がやった調査でございますけれども、明らかに四十年当時においてもなおかつ被爆者の生活はかなり大きなダメージが残っていたと。当時調査に当たられました慶応大学の中鉢教授は、被爆者の生活はもとに復元していないという結論を「三田学会雑誌」に発表されているのであります。
 さて 心の問題といたしましては、これは若干手前みそになりますけれども、私が昭和三十五年に岩波から出ております「思想」に書きましたのが恐らく心の問題に触れた最初だと思いますけれども、これの中で私は、被爆者がいかに原爆投下と戦後放置の中でもって絶望に追い込まれていくか、あるいは自殺まで起きかねないという話を書いたのであります。その後アメリカのR・J・リフトンという学者が「死の中の生命」という本を書きました。その中ではもっと、これは精神分析学上の問題として、被爆者は原爆でもってあれだけの多量の死を見ると、死の印象が焼きつけられてどうしようもないと、そして、その中で生き残ったこと自身が一つの罪意識になってかぶってくる。何で自分だけが生き残ったのか、自分も死ねばよかったと、いつもそう思い続けているんだと、そして最後には、自分自身を外界の刺激に対して適応できないような――フィジック・ナミングと彼は言っておりますけれども、そういうものの中に閉じ込めてしまうのであると。そして、リフトンが調査したこの時点においては、なおかつ自己再建は、被爆者の自分自身の心の再建はできていないというふうに申すわけであります。
 このように、命、暮らし、心の三つの障害をわれわれは平等にやっぱり考えることが原爆被害を総合的に把握する道ではないかと思います。
 なお、この三つのものは、いままで多くの研究が実証しておりますように、相互に悪循環をいたします。体が悪ければ、労働能力を失って生活が悪くなる、心がいよいよすさんでいく、体はいよいよ悪くなるという悪循環を起こします。
 さらに申しますと、子供の調査をいたしますと、この悪循環は子供の体が悪かった場合においては親も悪循環、子供も悪循環、その二つが重なり合って第三の悪循環をつくってまいります。このような状況下に被爆者は閉じ込められていると言ってもいいのであります。
 そういう中で政府の対策自身を考えてみますと、従来、昭和三十二年に医療法、四十三年に特別措置法がございましたけれども、いずれも健康障害、すなわち原爆の特殊性はどこにあるか、それは被爆者の健康の、しかも放射能による障害に、そこだけに限定をして問題を進めてまいりました。すなわち被害の総合性を見ないわけであります。そのために現行二法は健康障害に焦点をしぼって問題を立ててまいります。だから、生活の問題、心の問題はすべて欠落をしてまいるのは当然のことと言わなくてはなりません。
 そういう中で、私ども日本被爆者団体協議会は、援護法の要求をずっと昭和三十一年以来掲げ続けてまいりました。その中で私どもが申したいことは、この過去における被爆者がさんざん苦しんできた、しかもそれは先ほども室田参考人がおっしゃいましたけれども、その原因はここで述べる時間は、もう述べ始めますと二時間も三時間もかかりますので述べませんけれども、かなり高度な政治的な問題から発生をしているわけです。いわば政治的な被害なんですね、原爆被害そのものは。その政治的な原爆投下の被害の中から発生をしてきたさまざまな問題に国がやはり戦争とその後のいろいろな措置を、サンフランシスコ条約の十九条の賠償権放棄を含めて、そういう問題の中で何らかのやはり国家補償の精神を行うべきではないか。なお、現在の現行二法においても被爆者の現状を、それから出てくるニードを救うに足るだけの一体状況にあるかと言えば、これはまだなしと言わざるを得ない。さらに、将来日本が、しばしば世界唯一の被爆国というふうにこの国会でも言われておりますけれども、本当に平和に生きていこうとするならば、すなわち世界の中から原水爆をなくそうという、そういう悲願を被爆国日本がやっていこうとするならば、この被爆者の問題こそ、きわめて明白に国家の責任において、将来の日本の平和のため、国民の平和のためにしっかりと被爆者援護法をつくることが必要ではないかと思うのであります。
 以上です。
#7
○委員長(村田秀三君) どうもありがとうございました。
 それでは、続いて市丸参考人にお願いをいたします。
#8
○参考人(市丸道人君) 長崎大学の市丸でございます。こういうところは初めてでございまして、果たしてどの程度のことを申し上げたらいいのか、あるいは私が申し上げますことがどの程度御参考になるかわかりませんけれども、原爆症の治療について述べてくださいということでございますので、概略述べさしていただきます。原爆問題はいろいろあると思いますが、私は立場上やはり医学的な見地からの見方を申し上げたいと思います。
 原爆症の治療について御説明するためには、原爆症とは何であるかということについても御説明する必要があるかと思います。現在果たして原爆症という特別な病気があるかと申しますと、これはないと言っていいかと思います。それはどういうことかと言いますと、現在被爆者の方がかかっていらっしゃる病気は、すべて同じ病気が非被爆者、つまり被爆してない人にもあるということでございます。それでは原爆症とは何を指すかということが必要になるかと思いますが、これを説明するためにはやはり被爆直後の障害にさかのぼってみる必要があるかと思います。定義的に言えば、原爆症とは、原子爆弾によってどのような体の異常が起こり、すなわちどのような疾患が起こってくるかということであるかと思いますが、あるいはまた、被爆三十年後の今日においても、どのような疾患の形であらわれ得るだろうかということだと思います。原爆当時のことを思い起こしてみますと、いま述べられましたように、原爆の被爆による強烈な熱線、爆風による直接的な障害で多くの人が亡くなり、あるいは傷ついたわけであります。またこの熱線、爆風の障害のほかに、御存じのように種々の程度の放射線――原爆の持つ特有な放射能障害、放射線障害を受けたのであります。原爆症という言葉が一番ぴったりするのはこの時期のいわゆる急性放射能障害でございます。つまり症状といたいましては、よく巷間に言われておりますように、発熱、下痢、脱毛、斑点、出血傾向、そういったものの形であらわれまして、これは多くの人がよく御存じの症状であります。このような症状は、大量の放射線被曝による骨髄のかなり強い障害あるいは消化管粘膜の障害などによって起こるものでありまして、その障害の程度によりまして、多くの人は死亡いたしました。この当時の症状あるいは多くの人が死亡した惨状については、多くの手記がすでに物語っておるところでありますので、詳しくは申し上げません。
 私は、当時長崎医科大学の一年生でございまして、つまり被爆者でございます。学友のほとんど多数、三分の二以上を失いました。身近にその惨状、被爆症の惨状を見てまいったものでございます。私は、その後、血液の勉強をいたしましたものでございますが、この被爆障害を私の専門である骨髄の障害から見てみますと、この急性期の障害は、いわば急性の再生不良性貧血、つまり骨髄がだめになってしまうという状態でありまして、直後ではなくても、被爆後一カ月以内ぐらいに多数の人がそのために亡くなったのであります。しかしその後の経過を調べてみますと、かなりの重症であっても、医学的に見れば、幸いに死を免れた人たちは、この骨髄障害から比較的早く回復したということが言えます。
 それでは次に、この放射線障害によって、放射線を受けた直後ではなくて、相当の年月を経てからどのような障害が起こってくるかということでございます。問題は、この放射線の障害が、たとえば骨髄の臓器だけでなくて、ほかの臓器を含めまして三十年もたって、あるいはまだまだ前からありますけれども、大体後障害というのは三、四年後からずうっとあると考えられておりますが、いまでもどのような異常が起こるかということでございます。で、放射線の特別な性格、放射能という特有な性格から、当時からすでに後期障害として各種の悪性腫瘍の多発が懸念されたのであります。中でも骨髄を主とする造血臓器、つまり血液をつくる臓器は放射線の感受性が最も高いものでありまして、特に放射線から実験的にも白血病ができるという事実もありまして、骨髄のがんである白血病の多発が懸念され、実際にその多発が見られたのであります。現在までは原爆被爆者の放射線による後期障害として最も明確に増加が見られたのはこの白血病であります。広島、長崎両市とも同じように昭和二十五年あるいは二十六年あたりをピークといたしまして白血病の多発が見られました。これが原爆放射能の影響と見なされることは、この被爆者白血病の発生率が被爆していない人に比べてはるかに高率であったということ、また発生率が被爆者の推定線量と比べますと実に密接な関係が見られるということで明らかであります。この被爆者白血病の特徴は何かと言いますと、急性型も慢性型もたくさん出ておる、特に慢性白血病が多かった事実があります。しかもこの急性型、慢性型両方とも骨髄に由来する白血病であるということが明らかにされております。しかもこの比較的早い時期の白血病は、弱年時被爆者、若い年に被爆した人に多発したのであります。これはその後どうなったかと申しますと、いまでも非被爆者と比べますと、被爆していない人に比べますと、被爆者の白血病発生率はそう前ほど高率ではありませんけれども、やはり有意の差をもって多発しているのであります。しかも初めは若年時被爆者に多発していたのが、次第にわりと高い年齢で被爆した人に発病するような傾向が見られております。そういうような現在の状況でありまして、やはり一番多かったということ、あるいは症状的に被爆時の急性障害に似ておるというようなことから、現在原爆症と言った場合に、白血病を考えるという人はかなり多いんではないかというふうに思われます。
 そのほかどういう疾患が原爆によって出たかと申しますと、白血病に類似する、白血病とは言えなくても、この骨髄の病気はかなり増殖性のいろいろな変化を示しますが、それを含めまして骨髄増殖性の疾患がたとえば骨髄線維症あるいは真性多血症とかいうふうないわゆる骨髄増殖性疾患が比較的多く見られたのであります。それでは血液以外のがんについてはどうかと申しますと、被爆者が次第に高齢化するにつれましてがん発生の実数がふえておるのも事実であります。統計的に処理いたしますと、その中でも肺がん、甲状腺がんあるいは乳がん、そういったものが有意の増加を示しております。また卵巣がんなども増加が懸念されるがんの一つでありましょう。しかし、これらのがんがかなりふえておる、実数としてもかなりあるということでありますが、一つ一つのがんを見た場合に、これは原爆によって起こったものだとはっきり区別する方法はございません。そのほかの臓器障害としては、特に原爆白内障と言われる目の疾患が比較的明らかな異常だということが言えましょう。つまりこういったものがいわゆる原爆症の概観でございまして、これらの疾患の治療の現況はどうかと申しますと、まず疾患の何か特徴があるかということでございますが、先ほど述べました白血病のように、時期的には被爆者に多少の特徴があるということはございます。あるいは型が少し特徴があるということはございますが、それぞれの病気、個々の性格につきましては、非被爆者と特に差は見られず、つまりその裏を返して言えば非被爆者の同じ病気に治療する同じ方法を被爆者の同じ病気に行うということでございます。しかしながら、現在悪性腫瘍に対する治療は、白血病を含めまして、日々進歩いたしておりまして、被爆当時に比べると格段の進歩があります。特に私の専門といたします白血病について言いますと、新しい化学療法の開発によりまして、いまから二十年ぐらい前は、ただ手をこまねいてながめているという現状であったのが、新しい化学療法の開発によりまして、いわゆる緩解状態、正常に近い状態に返すことができるようになりましたし、患者の生命の延長もかなり見られるようになっております。で、こういった最新の治療を被爆者の方でも十分に受けておられるということができるかと思います。まあ、そのほか有意の被曝線量を受けた人、特に高線量被曝者は人間の受けましたこれは非常に憎むべきことでございますけれども、結果としまして人間の受けました放射線被曝者として世界に例のないものでございます。しかし、そういうことでございまして、これを医学的に言えば、ある種の疾患、いろいろございましょうけれども、には非常にかかりやすい状態にあるということが言えましょう。で、そういう意味からこういった被爆者の方は十分な健康管理を行うべきであるというふうに考えております。しかも、この各種のがんの発生の恐れのみならず被爆者の方々は高齢化しておりまして、種々の成人病がふえておるということも事実かと思います。これはやはり被爆者の健康管理を行っていく上に非常に大きな問題ではないかというふうに思っております。
 いろいろ問題がございましょうけれども、原爆症とは何か、あるいはその治療法はどうなっているかということの概観をお答えしたつもりでございます。
#9
○委員長(村田秀三君) ありがとうございました。
 それでは次に、任都栗参考人にお願いいたします。
#10
○参考人(任都栗司君) 私は被爆者協議会の代表といたしまして、本日ここに参考人としてお招きをいただきましたことに対して感謝をいたします。
 私どもは終戦以来廃墟と化した広島の建設のためにいかにすべきかという事柄を原爆に傷つきながら廃墟に立ちて深刻に考えました。たまたま私が地方自治の政治に関係いたしております関係上、この廃墟をどうやって建設すべきかという事柄に対しましては、幸いに当時、終戦後市会議長の命を受けましたので、私どもが平和都市法を草案をいたしまして、この平和都市法の条文に明らかなように、形の上の広島を建設することに皆さんの非常なる御後援によってできましたことは幸せだと思っております。ところが、その平和都市法も簡単にできたものではございません。古い国会議員の方々は御存じでございましょうが、当時一つの法律を制定するのにもマッカーサー司令部のオーケーがなければどうしようもございませんでしたが、たまたま昭和二十三年の末にサムス准将が、当時の占領軍司令部の中の厚生関係を担当しておりましたサムスさんが広島においでになりまして、市会議長室で私といろいろと話し合いをいたしました。この際にサムスさんの私に対する要請はABCCを建設するということでございました。ABCCは放射能によって傷つきました人たちをいろいろ調査研究しようというテーマでございます。私はこのABCC建設に対しましての広島市民の感情についていろいろ意見を持っておりましたが、マッカーサー司令部としてこれを強行することに非常なる熱意を持っておりました。広島市はこれを容認するのやむなきに至りましたが、この際に私が主張したことは、このABCCが放射線によって影響を受けた、つまり核エネルギーの力によってどのような結果が生じたかという根拠を探るために、あるいは軍事目的のために将来の核兵器製造の上の役立つ資料にするんではないかという疑いも私どもは持ったわけでございます。私どもはこのことについて強く広島市民の感情をぶちまけた意見を吐いたときに、サムス准将は、そのような意見をここで君と応答しておるの機会が、時間がないから東京にやってこいということで、一月の四日の午前十時を約束してサムス准将の部屋に参りました。私はサムス准将に向かって約二時間にわたって、形の上の広島の復興はいろいろな形においてできるかもしらぬけれども、放射能によって傷つきました人、亡くなったあの悲惨な人たちに対してどのような罪の償いをすべきかと、国際法では、国際法に明らかなように、非戦闘員を、無垢の民を殺戮したゆえをもって国際法の裁判にかけられ処刑されております。勝者が敗者のみを裁けとは国際法には書いてないはずでございます。広島のあの多数の無辜の民を、老幼男女をことごとく殺してしまった原子爆弾の、一体この罪の償いはだれがするのですかということが私の主張の要素でございました。この通訳をした人は当時の衆議院議員をされておりました松本瀧藏先生でございました。約二時間私は涙とともにサムス准将に訴えたときに、しばしば松本先生は私の服を引っ張って占領されておるという現実を君は知っているのか、占領軍を批判し、戦争の実情をそういうふうな意見のもとに批判するということは、君、占領政策に反するものだとしての判断を下されるおそれがあるから言葉を慎めと私に申されました。しかし、私はどんなことがありましても、広島の当時の感情をそのまま訴えることこそ私に、市会議長に与えられた気持ちであると、こう心得まして、思う存分を二時間話しました。サムス准将は顔面筋肉を硬直、紅潮されまして、しばしばけげんな顔をして私をのぞき込んでおりましたが、松本瀧藏さんば恐らく私の申し上げたことをそのまま直訳はしておらないような実情に受け取りました。その後、私はちょうど当時上京を久しきにわたっていたしておりましたが、招きによってウイリアムスというセクションの人がおられまして、これは議会関係の方であったと思いますが、この方が私に会いたいということでお目にかかりました。一体君はどうしようというのかというお話がございました。そのときに私は、私の忌憚ない意見を吐いて、占領軍がいま直ちに広島を弁償しろ、広島の被害者を具体的にどうしようというようなことを申し上げるんではございません。一つの法律をつくるのにも、これをオーケーするのはことごとくあなた方の立場にあるわけです。このような状態に置かれた広島の復興と、広島の被害者を救うべき道を法律によって定めていただきたいから、その法律の要綱は私が書いてきております。その法律の要綱に従って被害者を助け、広島の建設をするためにできるだけの政府の援助を得たいというのが私のテーマでございます。主張の要素でございますと申し上げたところ、間もなく私を私の当時の秘書、鶴明君と松本瀧藏先生とともにマッカーサー司令部に行くことを許されました。マッカーサー司令部に私は参りまして、松本瀧藏さんは、私の方に通訳がおるから君はここで待っておれというので、下におられました。秘書も下に置かれまして、私はマッカーサーの自室に案内されました。そこで、私は、きょうこそ命をかけて、私は原爆被爆者を救うためのあらゆる問題を提起しようと覚悟をして参りました。あるいは私が逮捕せられ、処刑せられるかもしれません。しかし、私は覚悟して参りましたところ、マッカーサー司令官は自室に立って君の言わんとするところはウイリアムスの方から報告を受けておるし、サムス准将の部屋で長時間にわたって主張したことはテープにとってあったと、そのテープの訳されたものを読んでおるから君の言わんとするところはよくわかる。私たちは君の気持ちはよくわかるから、被爆者を救済し、広島の建設のために特別法をつくることに対しては日本の現政府に対してできるだけの主張をせよと、これだけで会見は終わりました。後でウィリアムスさんに聞いたことでございますが、マッカーサー司令官がみずから陳情に接し、会見をされたことは、吉田総理ほか日本の天皇陛下以外にはなかったと聞かされました。私はこの次元において、すでに被爆者をいかに救うべきかということに対して精魂を打ち傾けて残された余生をささげようと覚悟いたしました。ABCCがついに建設されるに至りました。そしてまた平和都市法は間もなくマッカーサーのオーケーを得て国会に提案することに決定いたしました。だれしも夢にも思わなかった広島平和都市法、長崎文化都市法が満場一致をもって通過するに至ったのでございます。そして、今日の高度の広島の建設、長崎の建設ができ得たことはまことに感謝感激にたえないところでございます。ところが形の上の復興は進んでまいりましたが、哀れな被爆者を救う道は閉ざされておりました。特にそれは憲法の公平論の壁にぶっつかって、原爆被爆者なるがゆえに憲法の壁を破って平等の原則理論を破ってこれを救うわけにはいかないというのが政府関係役人の主張でございます。私もそう思います。しかしながら、原爆の被爆者を救うという事柄に対しては、この現実を放置することはできませんから、私は乏しい中から医学者、科学者、あるいは国際法の専門家あたりから資料を集め、あるいは各国で発表されましたその後の論文などを収集いたしまして、政府に向かってしばしば迫ったのであります。私はいまにして思うのでございますが、当時の医学者も科学者も、今日のような関心事を原爆被爆者のあの哀れな状態の上に置いていただいておったならば、私は今日のようになおかつあさましい状態に置かれて、そして多くの被爆者の犠牲者を救わないでおったことはできなかったと思います。いま市丸先生の御報告によって明らかなごとく、医学がいかに進歩されておっても、現在の医学の力を持ってしては、放射線によって影響を受けた人体を、病気の進行を阻止することもできないし、もちろん治癒させることはできないという定説になっておりました。ところがいま市丸先生の貴重な御報告がございました。病気の進行を阻止することすらできないというような事柄が、進歩した医学の力を持って悪性腫瘍を制止し、がんの発生を抑制するということができるということは、まことに私は画期的なことであると思います。私は厚生省に早くから提唱したことは、日本の医学者も科学者もこれに注目を集めて、早く調査研究をして、そして被爆者に裨益すべき根本的対策を講ずべきだということを主張いたしました。特に原爆被爆者研究の機関をつくれということを主張いたしましたが、厚生省の方はがん研究のためにすら実は国費を出すことに非常に困難を来しておるやさきであるから、このようなことはできないということでございました。私はついに文部省を口説き落として、広島の医科大学の中に八部門を持ちまする、あの医学研究所をつくったわけでございます。原爆医学研究所をつくるときに森戸学長は、私にそのような夢のようなことを言ってくれるなということでございましたが、ついに当時の文部当局と大蔵当局を口説き落として、そして私の乏しい資料ではありまするが、その資料に基づいて予算を格づけすることができ、あの放射能研究機関ができたのでございます。八部門がここに成立したのでございます。私はもっともっとこれは充実したものにすべきだと思っておりますが、これは別といたしまして、自来、被爆者の救済のためにできるだけの努力をしようといたしましたが、乏しい資料の中に、憲法の公平の原則理論の壁にぶっつかってどうすることもできませなんだが、ともかくも一応医療法という形ができました。楠本という公衆衛生局の環境衛生部長の時代であったと考えます。このことのためにどれだけ苦労いたしたかわかりませんが、ともかくも一段階として、外堀の一つを埋め、やがては内堀を埋め、そして本丸に達しようという考えから、隔靴掻痒の感のありまするこの医療法をのむことにいたしました。しかし、その医療法は、まことに被爆者の思いもよらざる内容でございます。後に二キロの制定となりましたが、すなわち放射能影響の重大性にかんがみて、二十五レム以上のその人体に与える影響の重大性を資料をもって説明して、二キロまでにし、さて二キロという事柄が果たして適当かどうか、これを三キロに拡大し、さらにビキニ環礁によるあの第二次放射能の影響が、天下のマスコミに非常に騒がれたときに、私はこれをとらえて、また当時フランスで発表されました二世、三世に及ぼす影響があるというあの論文等を引用いたしまして政府に迫ったのであります。それが二世を救済する道となったのであります。私がこのことを皆さんに申し上げることは、何も私どものとった経過を申し上げるんじゃございませんので、それは特に私が申し上げることは、理論的根拠を持ち、責任ある政府が国民から預かる歳計のうちで、被爆者を救済していこうという上には根拠のあるものによっての法制化をし、または法律の改正をしなければならないというたてまえを考えながら、または当時の日本の国の力、経済の力等を考慮に入れながら、いかにしてこの原爆被爆者を救うかということに焦点を合わして主張してきたわけでございます。私はもし医学者の中に、科学者の中に、今日のように関心を持っておられた人があるならば、私はビキニ環礁の第二次放射能の影響は阻止できたと思います。あの何十海里かのかなたに漁労しておった人たちが、あのような結果を招いたということは、すなわち第二次放射能でございますから、これを甲板を洗い流し、海水によって体を洗い流し、着ておる衣服を、第二次放射能の影響のないような方法を講じておったら、あの惨禍は免れたと思います。現に、私の妻も被爆によって亡くなりました。現在の妻は至近距離におって被爆したのでございますが、川に八時間もつかっておって、体の第二次放射能のことごとくを洗い流して、そうして遠く田舎に去って保養したという関係で、ただいまはかくしゃくといたしております。そう申し上げる私も、偶然の結果でございますが、当時広島に在住しておりました樫田検事正を私は助けるために、浅野泉邸を泳いで渡って、そうしてこの夫妻を救いました、これは樫田さんの著書にもありますが。そうして私がそこを泳いで第二次放射能の影響を防いだ結果が、今日のこの健康を維持しておることだと思います。
 このようなことを考えますと、当時の医学者が――卑近な一例を申し上げるわけでございますが、医学者がもっともっと力を入れて政府に迫まり、あるいは政府とともに研究しておったら、いろいろ道は開かれたことと思います。
 私はここで――ここまで申し上げて、時間の関係がございますから、最後の私の気持ちを申し上げます。これは被爆者の気持ちでもあると存じます。被爆者全部の気持ちではあるいはないかもしれません。被爆という気の毒な状況に置かれたことを基礎にして、そうしてあらゆる価値ある報道をせらるることも結構でございましょうが、私は現実をどうするかという問題だと思います。援護法を拝見いたしました。被爆者としてこのようなことができることならまことに結構でございます。私はこれは否定いたしません。しかしながら、援護法の中には、まだ多くの検討を要すべき中身があると思います。ただお金をばらまいたから、お金を被爆者に無差別にやるから、これで足れりというものではないと思います。どこまでも現実に即した救済の道を講じなければならないと考えることでございます。私は現在の援護法をもしあなた方がお認めくださるならば、まことに幸せでございますし、被爆者も喜ぶでしょう。しかしながら、そこに予算の均衡を著しく失した内容がありやしまいかと思います。
 これは議論をいたしますと、大変長くなりますから、これは別にいたしましょう。別にいたしますが、ここでかいつまんで一言申し上げておきます。
 いま、被爆者が切実に要求しておるものは、あの援護法の制定によって三千億、四千億という金が、一カ年の歳計の中に計上せらるるならば、あの援護法の中身の中にございませんけれども、いま一番要求されておるものは、原爆病院をどうするか、困った人たちを養護ホームに収容することもできない、ベッド数が足らない。原爆病院は病気の特質上、被爆という病気の特質上、病床が長期化します。その長期化することは、病院という新陳代謝はありません。だから養護ホームをつくることを提唱して、養護ホームをつくりました。しかしながら、この養護ホームはいつも満床でございます。寝たきりの人がまだたくさん病床に呻吟しております。家庭療養をいたしております。政府は、思い切って、かようなことに対して勇断をふるって病床の増加を図るべきだと思います。しかも、原爆病院のごときは、奉仕団体たる日赤に任すべきものではないと思います。これができるときに、私はちょうど三回目の市会議長をいたしておりましたが、私はこれを批判をいたしました。国家は速やかにこの事柄について勇断をふるって原爆病院をつくるべし、奉仕団体なぞに任すべきではないということが私の主張でございました。いま、原爆病院は、長崎も広島も赤字に悩んでおります。この赤字の補てんにすら政府はちゅうちょいたしております。このようなていたらくがどこにありますか、仮に施設費が十億要ろうと二十億要ろうと、そんなことは一時的の支出ではございませんか。あと、管理、維持に金が要ると、こうおっしゃいます。原爆の特異性にかんがみて、現在一日一日を放置できない病人を、一日一日を放置できない原爆被害者を収容する能力のある、しかも将来予防医学の上にも、治療医学の上にも役立とうとする、その臨床医学の貴重なるデータをつくろうとするその原爆病院を、なぜちゅうちょするのでしょうか。それは、現在の法律の制約によって、公立の病院はいずれも赤字でございます。もし、原爆病院を政府が抱え込んだならば、公立病院のすべてに波及いたしまして、大変な問題ができるという事柄の憂慮があるでしょう。私はこれらが被爆者として残念なことだと思います。被爆という特異の事情、原爆という特異の事情に基づきまして、特別な立法措置をいたしまして、原爆のみによる特別の処置といたしまして、そうしてその救済すべき施設をすべきじゃありませんか、思い切ったことをやってみたって大したことはございません。一年に三千億、四千億ということを、初年度に出さなけりゃならないというような法律の内容とは異なっております。まだ取り残された多くの問題がございます。本年度の予算の中には、私どもの要請を入れられまして、そうして政府は多額の、補助の増額を来されました。しかし、まだまだ問題でございません。被爆者の援助に対しまして、いまここで第一に述べられましたような形の方々もたくさんございます。所得の制限を撤廃し、またはそれらの気の毒な人たちに思い切って補助を与え、または介護手当のごとき、三万や四万で今日一体介護をする人が雇えますか、恐らく十二万円を超えるでしょう。そんな現実と離れたような事柄を直ちに解決すべき問題がいま政府に与えられておるのじゃございますまいか。被爆者が要求する気持ちじゃございますまいか。私はこんなことを考えますると、現実に遊離したことをやれ、やれということよりか、たとえば援護法をここに制定されるならば、予算の権衡を失しても、在外資産の補償をせよ、あるいは法のもとに平等であらねばならないという原則に従ってその他の戦災者の救済があるでしょう。また、広島が廃墟と化しましたその各個人の財産の補償にも発展するでしょう。私は、こう考えるときに、現実の被爆者をどうして救済するか、どうしていま助けていくかという問題に対して取り組んで、援護法も結構でございます、援護法の中身の中にもっとこれらを織り込んで、そして私は実現に努力すべきじゃないかと思われるのでございます。こう思うときに、私は援護法を決して否定するものじゃございませんが、その中身にいささか検討を要すべき問題があると、こういう意見を持っておるわけでございます。その他いろいろな問題に対しまして、私は被爆者の現実をどう救うべきか、これは科学者も医学者も、今日のような注目を浴びておられますような実情はまことに幸せだと存じます。私はただいまの市丸先生の報告だけでも、まことに貴重な報告であって、これらを直ちに厚生省が取り入れて、現政府が取り入れて、そして、これに対する対策を講ぜられるべきであると存じます。
 こう考えますときに、私はここで与えられましたこの発言を生かしていきたいということは、どうか、いろんな関連立法に制約を受けることなく、関連立法にもし制約を受けるならば、特別の立法措置を講じ、あるいは措置法を思い切った改正をいたしていくべきじゃないかと思います。しかも、あらゆる制限はこの際ことごとく撤廃またはこれに近いような道を講じ、そして被爆者の現実を救うていくことこそ、私は現在被爆者全体が望んでおることではないかと存じます。
 以上、まことに簡単な措辞でございますが、私の意見の一端を申し上げて終わらしていただきます。御清聴を感謝いたします。
#11
○委員長(村田秀三君) ありがとうございました。
 それでは続きまして、鈴木参考人にお願いいたします。
#12
○参考人(鈴木美秀君) 御指名をいただきました長崎県被爆者手帳友の会事務局長の鈴木でございます。
 ただいまから被爆者の援護の件に関しまして意見を陳述させていただきます。御列席の先生方にはかねて被爆者援護に深く意を用いていただき、その施策が年とともに前進しておりますことに衷心から感謝申し上げます。
  〔委員長退席、理事山崎昇君着席〕
 このたび昭和五十年度の被爆者援護の対策に関する御審議をされるに当たりまして、特に現地調査を実施され、また本委員会に参考人を招かれて意見を聴取されるなど、積極的な姿勢をお示しいただきましたことに、被爆者は大きな期待と深い感激の念を抱くものでございます。ここに会員四万五千名を代表いたしまして厚くお礼申し上げます。
 さて、原子爆弾被爆者は、爆死者あるいは財産焼失者、あるいは放射能汚染を受けた現在の被爆生存者、これらを含めてこの問題に対しては当然国家が補償していただいて、しかるべきであるという見地に立ってただいままで運動を進めてまいりました。政府、国会の皆さま方にも例年お願いをし続けてまいったわけでございます。その結果として、現行の原爆医療法と特別措置法の二法を制定していただいたわけでございます。したがって、私どもはこの二法には、国家補償の精神と被爆者の特殊性とを認めて立法していただいたものだと考えております。いま申し上げましたように、当然国家の補償があってしかるべきだという観点に立ちまして運動を進めてまいりました。その趣旨を了としていただいて被爆者を救わなければいけないというようなお考えのもとに、この立法をしていただいたと解釈いたしますので、私どもはこの二法の中には、国家補償の精神が十分にあり、しかもその上に被爆者の特殊性を認めていただいたものであるというように考えております。ところが、現在の二法はこの精神が大きくゆがめられまして、現行内容のような社会保障法的な色彩を強くしているので、このことに対しまして、私ども非常に憤りを禁じ得ません。このように現行二法が立法の精神から大きく外れていますために、社会保障法的なものであってはどうしても解決できないのだということで被爆者援護法を制定していただきたいというような考え方が起こってくるものだと解釈いたします。
  〔理事山崎昇君退席、委員長着席〕
 現行の二法を国家補償的な精神であるその内容にふさわしく改善していただきますならば、私は被爆者の援護は十二分にできるはずであります。したがって、立法の精神に戻して改善していただきたいと考えるわけでございます。被爆者の援護を論じます場合には、このことなくしては恐らく私どもはその論については空虚な感じを抱くわけでございます。私たち被爆者手帳友の会は、このような見地に立って被爆者の援護が解決できる国家補償の精神にふさわしい内容はどうあるべきかということをみずから慎重に、しかも三つの基本姿勢をもとにして検討いたしまして、四つの項目にまとめたわけでございます。三つの基本姿勢と申しますのは、われわれがお願いしておるいろいろな問題点は筋が通っておらなければならない。あるいは、次はそういう問題点についてのお願いは節度があるものでなければならない。このようなお願いは全国民的な理解と支持が得られるものでなければならない。この三つの項目を基本姿勢、信条として被爆者援護を講じていただきたいということを望みます関係で四項目にまとめたのでございます。
 第一項目は、国家補償の精神を端的にあらわすものである爆死者及び財産焼失者に対する対策の早期実現であります。
 第二項は、特別措置法を立法の精神に戻して、その趣旨に沿うよう大幅に内容を改善していただきたいということでございます。
 第三項は、現行原爆医療法を改善して、被爆者の医療体制を充実していただきたいということでございます。
 最後に、第四項としましては、被爆二、三世に対する対策として適切な援護措置を早急に講じていただきたいということでございます。
 さて、以上四項目のそれぞれの内容について申し述べます。
 第一項の爆死者及び財産焼失者に対する援護対策についてでありますが、国家補償の精神に立って被爆者対策を講ずるとき、この援護対策を抜きにしては私どもは考えられません。爆死者の遺族は国としての弔慰は当然あらわしてもらえるはずと期待しておりますし、何としてもこのことだけはかなえてほしいと悲願を持っております。また、財産焼失者も戦争のために、しかも内地が戦場と化したために受けた被害であるのに放置されていることに対しまして、悲憤の涙を流しております。これらの該当者は被爆後三十年なおざりにされたまま、刻一刻と死没しており、その援護は瞬時も待てないところとなっております。したがって、これ以上の遷延は許されませんので、早急に実現していただくことを強く訴えるものでございます。このことを抜きにして立てられた援護対策だから、一層社会保障法的色彩を濃くしていると言わざるを得ません。
 次に第二項、被爆生存者対策である特別措置法の内容の大幅改善について申し述べます。
 被爆者は原子爆弾による放射能の汚染に苦しみながら、終身この重荷を背負わねばなりません。先ほど市丸先生の御意見の中にもありましたが、まだまだ被爆者の医療対策の決め手はないようでございます。三十年を経た今日も、被爆による障害の学問的究明がなされていないことから、被爆者の不安を一層つのらせていますし、医療面も決め手がなく、被爆者の健康は被爆者自身の気力と努力とによって細々と支えられてきていると言えます。しかしながら、この気力と努力もすでに限界に来ておるのでございます。したがって、現行の健康管理的な手当は、被爆者が終身健康管理を必要とする特殊性を認めて、終身無条件支給とされることを希求しております。従来、これらの手当には年齢制限、所得制限、疾病制限と、二重、三重の制限が付されており、やっと年齢制限は撤廃されることになると言えそうでございますけれども、所得制限、疾病制限は依然として付されております。被爆者は戦争犠牲者であり、常時健康管理を必要とする特殊性を持っているという見地からは所得制限など、特に扶養義務者までも拘束した所得制限などは、私どもとしては理解に苦しむところでございます。なおまた、疾病制限についてでございますが、原爆手帳による医療は全面的にあらゆる病気を認めていただいておりますのに、この手当の面だけを十種類で制限するというのに至っては、まことに矛盾もはなはだしいと考えるわけでございます。したがって、終身無条件支給されることが立法の精神に照らしても、また、いま申し上げました矛盾を解消する上からも妥当と考えますので、早急にこの措置をとっていただくようお願いいたします。
 次に、特別措置法の介護手当についてお願いいたします。私どもは従来から介護手当には家族介護もお願いしますということでお願いしてまいりましたところ、やっと家族介護にも何がしかの手当が出されるような情勢となってまいりました。御承知のように病人の介護は家族が当たるのが最も好ましい姿だと考えるわけでございます。しかるに家族が介護した場合は認めない、無理にも他人を雇えと勧められておるようで、私どもは非常に奇異の感を深くいたします。たとえば病人の希望によって家族が介護についたとします。そのために家事に手が欠けたので、家事のために他人を雇ったと言いましても、その領収書では介護手当はいただけません。このようなことはぜひひとつ改正していただいて、今度認めていただくようになっております家族介護の手当額などは、当然他人を雇った場合と同額支給にしていただきたいというように考えるわけでございます。
 第二項の最後は、葬祭料についてお願いいたします。葬祭料は、考え方では遺族一時金だと考えられます。したがって、現在の社会常識からは現行額は余りにも低過ぎると言わざるを得ません。せめて葬祭の費用を賄う程度まで引き上げていただきたいのであります。また、この制度は昭和四十四年から実施されております。昭和四十三年以前の被爆死没者はほとんど援護らしい措置を受けておりません。したがって、これらの過去の被爆死没者にも葬祭料に、援護も何も受けていなかったという点を加味していただいて、これらの者にも遡及支給していただくようにお願いしたいわけでございます。
 以上、現行特別措置法を改善していただきたい希望を申し上げましたが、これだけが改善されたといたしましても、なお解決できない問題点も残ります。それはこういう現行法から脱落する、陥没する点があるというようなことが言われるわけでございますが、こういう陥没した点を、私どもはその点まで救えるように現行特別措置法なり何なりを運用の面でカバーしていただきたいというように考えるわけでございます。
 一例を申し上げますならば、認定患者は特別手当、医療手当がいただける。その認定患者で、治癒した状態の者は特別手当の半額がいただけるというようになっております。ところが、すでに認定患者に認定されておって治癒した状態の者にはこの手当が出ますけれども、それと同等程度の症状を受けて、いままで認定がおくれておった、認定申請をおくらしておった、いまになって認定申請をしたいというような場合に、この七千五百円がもらえるような、当事者と同等程度の障害を持っておっても現在では治癒しているからだめだというように却下されております。そういうことがないように、この面の運用を大幅に改善していただくようにお願いしたいと思います。
 次は、第三項の被爆者の医療体制の充実について申し述べます。被爆者の特殊性を考慮されて制定していただいた原爆医療法によって被爆者の医療対策が進められてまいりましたが、基本的な国の取り組み方が不十分であるために、被爆障害の医学的究明は遅々として進まず、医療法も手探りの状態にあると言えまして、被爆者をいら立たせているわけでございます。ただ一つの被爆国であり、しかも好むと好まざるとにかかわらず、被爆者は人体実験台に乗せられておると私は考えております。そういう人体実験台に乗せられておる被爆者を抱えたわが国は当然世界人類が生き延びるためと永遠の世界平和を求めるために悔いのない研究と適切な医療対策を樹立していただく責務があると考えます。このような考え方から、私どもは従来、長崎大学の医学部に設置されております後障害研究施設を研究所に昇格させていただきたい。また先ほど任都栗参考人からお話がありましたように、原爆病院の運営が非常に赤字に瀕しておりまして、被爆者は十二分な医療を受けることができないような状態になっておりますので、これを被爆者専門の国立病院として運営するようにしていただくように陳情をしておるわけでございます。ぜひ早急に実現していただくことをお願いいたします。
 次に、原爆医療法による被爆地指定の是正についてお願いいたします。このことは長崎の指定地の周辺において特に著しいものがあり、今回その実地調査をお願いできましたので御理解いただけたものと考えますが、現在要請しております地域だけはぜび是正を認めていただくようお願いいたします。
 次に、被爆者健康手帳を全国の開業医で利用さしていただきたいということでございます。現在の医療法は、登録した医師だけが治療ができるということになっております。したがって、長崎、広島を除きます他府県では、この登録医が非常に少なく、これらの地域の在住の被爆者は、現行の援護対策すら受けられないで悩んでおります。国の法律に地域差があることは、私は許されないと考えますので、全国開業医で自由に利用できるように改善していただきたいのであります。このことにつきましては、昨年も厚生省にお願いいたしますとともに、私どもといたしましては、私ども独自で広島、長崎の両県を除きます他の府県の県知事さんあてに公式に要請いたしましたけれども、まだ不十分でございます。したがって、ぜひそのように推進していただくことをお願いいたします。
 第三項の終わりに被爆者の健康保険税を免除していただくことをお願いいたします。大部分の被爆者は国民健康保険の加入者となっております。御承知のとおり、国保の運営は必然的に赤字になる宿命を負っております。したがって、その運営は増税につぐ増税で賄われておるのが現状でございます。私たち被爆者手帳友の会では数年前から、すなわち七十歳の医療無料化が図られました当時から、被爆者健康手帳だけでの医療をやっていただくように陳情してまいりましたけれども、国民皆保険というたてまえは崩せないということで認めていただいておりません。高齢化した被爆者は現在倍増いたしております。従来から高かったわけでございますが、今年度からまた倍増しておる健康保険税の担税能力はもうございません。したがって、被爆者の国保税を免除していただくことをお願いいたします。
 第四項は、被爆二、三世対策について申し述べます。被爆二世で原因不明の疾病によって死没する者が続出していることから、特に被爆二、三世の問題が重視されてまいりました。この問題は、被爆関係者にとりまして、まことにゆゆしい問題でありますが、医学的究明がなされていないいま騒ぎ立てることは社会的影響が非常に大きいばかりでなく、ひいては被爆者の社会的差別を招く結果となりかねないのでございます。したがって、この問題に対しては最も慎重に対処していただきたいと考えます。このような見地から友の会といたしましては医学的究明がなされていない現段階での問題提起は厳に慎みたいと考えております。しかしながら、前述いたしましたように、原因不明の疾病による死没者が出ておることを黙視することはできません。
 一例を申し上げます。長崎におりました中学三年の子供は、両親が被爆者でございましたので二世でございましたが、その病状は、体の中の血液を全部入れかえなければ方法はあるまいと医師から宣告されたと言われております。このような治療は、恐らく両親や親族がどんな力を合わせてもできないというように考えます。幸いにこの少年は年少でございましたので、県当局の方で小児がん対策として治療していただいておりましたけれども、死没いたしました。このような状態の症状の者が出たといたします場合には、どうしても国としての適切な援護をしていただかなければなりません。したがって、私どもはこの対策を立てていただくに当たりましては一番近道であろうと考えますのは、現在お進めになっております難病対策の一環にこの問題を取り入れていただいて処置していただくのが一番早道ではないかと考えるわけでございます。
 以上簡単ではありましたが、友の会の考え方及び改善していただきたい点等を陳述いたしました。要は被爆者の援護は国家補償の精神であるべきだという立場で現行二法はその精神で立法されていると理解しますが、その内容がゆがめられておりますので、現行二法をその精神にふさわしい内容に大幅に改善されることを強く望んでおることを申し述べておきます。
 最後に、特に強調したいのは、たびたび申しましたようにすべての被爆者対策は一刻の遷延も許されないということでございます。高齢化した被爆者は私がいまここで陳述している間にも死亡している者があると思います。そのように逼迫しておりますので、早急に十分なる対策を立てていただくようにお願いいたします。今日の陳述が単に陳述だけに終わることなく、真に被爆者が待ち望んでいる援護が実現しますことを祈りまして陳述を終わらせていただきます。
 御清聴ありがとうございました。
#13
○委員長(村田秀三君) ありがとうございました。
 それでは、高野参考人にお願いいたします。
#14
○参考人(高野雄一君) 私は東大の法学部で教授をしております高野雄一でございます。
 私は法律を専門としておりますが、特に国際法を専門といたし、多年それに従事しております。参考人として意見を求められております法案は私として特に研究したことはないものでありますが、第一に、これらの案の背景が私の専門とします国際法に間接に関係していること、第二に、法案の実体をなす広島、長崎の被爆者については後にも先にもまた国の内外を通じてただ一回だけ正規の訴訟が提起せられ、昭和三十八年十二月七日の東京地裁の判決となってこれが確定しておりますが、この裁判で私は鑑定人を務めました。それに基づきまして若干の意見を申し述べることにしたいと思います。
 私は結論的に原爆被害者の救済を国家補償の精神に基づいて十分にしようとする法案を支持いたします。先ほどからのお話でいろいろ問題点もなおあるように思いますが、この点はなお御検討を私からもお願いしたいと思いますが、原則的にそのような国家補償の精神に立つ法案の支持をいたすものでありますが、それにつきましてまずいまの裁判の内容を簡単に申し上げ、合わせて私の専門的意見を簡潔に付加することにいたしたいと思います。
 広島、長崎における下田氏以下五人の被災者は人的物的にこうむった莫大で悲惨な被害に対して、第一に、広島等に対する米軍の原爆攻撃は国際法違反であること。第二に、自分たちはこれに対して賠償請求権があること。第三に、日本政府は講和条約で戦争関係の請求権を国のもののみならず国民のものも含めてすべて放棄したこと。第四に、したがって日本政府が自分たちに賠償すべきことを求めました。
 これに対して判決は、第一に、広島等に対するアメリカの原爆攻撃が国際法違反であることを認めるとともに第二に、a、国民個人としては国際法上アメリカ政府に賠償請求権を持たないこと、またb、日本法上あるいはアメリカ法上アメリカ政府を相手とする日本国民の賠償請求は外国政府に対する裁判管轄権の免除、軍人の戦時の行為に対する裁判権の否定などでそもそも認められないこと、したがって、C、日本政府による請求権放棄とは関係なく、結論として被災者たちは日本政府に対する賠償請求を認められないと判決しました。
 判決は広島、長崎の原爆被害の事実を叙述すると同時にその末尾において次のように述べております。
  戦争災害に対しては当然に結果責任に基づく
 国家補償の問題が生ずるであろう。本件に関す
 るものとしては原爆被害者の医療等に関する法
 律があるが、この程度のものでは、とうてい原
 爆被害者に対する救済にならないことは明らか
 である。その原爆被害の蔓大なことはとうてい
 一般災害の比ではない。国がこれにかんがみて
 十分な救済策をとるべきことは多言を要しな
 い。しかし、それはもはや裁判所の職責ではな
 く、立法府である国会及び行政府である内閣の
 果たさなくてはならない職責である。そういう
 手続によって、訴訟当事者だけでなく、原爆被
 害者全般に対する救済策を講ずることができ
 る。終戦後十数年を経て高度成長を遂げたわが
 国において国家財政上これが不可能であるとは
 とうてい考えられない。
 こう判決は述べております。
 私はこの判決に先立ちまして、鑑定意見を裁判所に提出し、広島、長崎に対する原爆攻撃が現行国際法に違反すると判断されることを述べました。この判決が、広島等の原爆攻撃は違法だが、被害者には日本法上もアメリカ法上も請求の手段がなく、したがって政府による被害者の請求権放棄ということもあり得ず、被害者は政府に対し賠償請求はできないと言っていますが、この点なお法理的に問題があるかと思いますが、広島等に対する原爆攻撃を違法とするという判断においては、ほぼ私などの意見を反映しております。
 ここで、広島等に対する原爆攻撃の違法性に対する私の専門的意見を簡潔につけ加えたいと思います。第一点は、武器としての原爆の使用は現行交戦法規上必ずしも違法とは言えないということ。第二点は、広島、長崎に対する具体的な原爆攻撃は現行交戦法規上違法と判断されることであります。
 第一点に関してちょっと申します。国際法上、戦争の存在が認められ、敵国の戦力を武力をもって破壊殺戮することが許されている状況において、形式的には、特に条約や慣習法規で禁止されている武器以外の使用は許されていると申さねばなりません。実質的に考察いたしますと、使用される武器が単に破壊力殺戮力が大きい、あるいは人道的でないということで法的に禁止されるものではありません。伝統的国際法における武器禁止の法規の実質的な基盤は戦力破壊の有効性がそれほどでないのに比べていたずらに非人道的に大きな結果を不可避的に伴うというところにございます。こうして、原爆も戦力破壊に偉大な効果を持ち、必ずしも不可避的に甚大な非人道的結果を惹起せずに使用できる可能性があるとするならば、形式的にはこれを禁止する条約でも結ばれない限り、一般的にこれを国際法上禁止されていると判断することはできないわけであります。
 次に、第二点に関して申し上げます。交戦法規の上で、若干の禁止された武器があり、他に多くの禁止されてない武器がございます。ダムダム弾とか、爆発性のある小さい弾丸とか、あるいは毒ガスとかは禁止されている代表的な兵器であります。ところが大砲とか爆弾とか多くの強力な兵器は禁止されておりません。原爆も一般的には必ずしも禁止された武器とは言えないこと。それから特定の武器について禁止の法規が確立するに至る実質的な根拠は第一点として触れましたが、ここで誤解のないように申し上げますと、交戦法規上禁止される兵器ということの意味は、一般に攻撃の対象となる敵の兵力に対して使用が許されないという法的な意味であります。一般住民や平和財産を目標としては禁止兵器であるか禁止兵器でないかにかかわらず、およそ武器の使用は許されません。つまり、平和住民や平和的財産を対象とする殺戮破壊は武器のいかんを問わず国際法上許されません。ここに、武器の禁止ということとは別に、敵の兵力や軍事施設は適法に攻撃の対象になるが、敵国の一般住民や平和財産はこれを攻撃の目標とすることはできないという別個の基本的な交戦法規の原則がございます。総力戦の傾向とともに、ただいまの兵力の範囲とか軍事施設の範囲は拡大していることは否定できません。しかし、今日でもこの兵力と一般住民、軍事施設と平和財産の区別は実定国際法上基本的に存在しております。現在日本政府も参加して赤十字条約人道法の検討の国際会議が昨年、ことしと行われておりますが、いまの原則は明瞭にそこで前提されております。
 このような原則を背景といたしまして、爆撃に関して次のような法規が存在いたします。第一に、兵力や軍事施設はどこにあっても爆撃できる。ただし、一般住民や平和財産を対象とする爆撃は許されない。第二として、兵力と一般住民、軍事施設と平和財産を無差別に爆撃することは避けなければならない。第三に、陸上戦闘に近接した地域、かつ兵力や軍事施設の集中が重大であるところでは一般住民に対する危険があるとしても爆撃は正当化される。
 以上の場合におきましても、もちろん兵力の概念とか軍需工場など軍事施設の概念が拡大されていることは指摘されております。同時に、他方で、原爆の効果が広範に及び無差別的になりやすい性質のものであることも考慮に入れる必要があります。
 以上を踏まえまして、広島、長崎の原爆攻撃を具体的に見ますと、違法との判断に到達せざるを得ないわけであります。広島、長崎は占領が間近に迫っていた状況にはありませんでした。広島、長崎は兵力が集中し軍事施設が密集していたという事実も認められません。爆撃の態様と被害の態様から見ても、兵力、軍事施設を目標とする爆撃が不可避的付随的に一般の住民、平和財産に被害を及ぼしたものとは認められません。一般住民、平和財産の被害が余りにも一般的であり、莫大であります。これらの点から違法と判断するほかないと考えます。
 以上の結論といたしまして、一つ、広島、長崎の原爆被災者の被害は違法な行為に基づくと考えられること、これは国の機関である裁判所の判断にもあらわれております。第二に、裁判はこれに救済を与えませんでしたが、違法な行為に基づく被害がいかなる角度からも法的救済の対象とされないということは、法理的にも問題があるようですし、常識的には違和感が確かにございます。三として、判決も申しておりますように、裁判による救済はとにかくといたしまして、立法的救済が率先して与えられるべき被害である。第四に、いまの一と二の法的な見地からも、それから被害の事実的な見地からも戦争災害の中でも優先的に救済さるべきものであること、これらの見地から私は本法案を支持するものであります。先ほどお話にありました公平の原則が法的に絶対的な障害になるということについては、ちょっといまの点からも必ずしもそうではないのではないかと私は考えますが、ただいまのような点で……。
 なお、最後に一言先ほどの判決についてその後日談を付言させていただきます。この判決は、私どもが専門の雑誌に英訳掲載いたしました。これを読んだ一アメリカ人は「ザ・ネーション」という一般雑誌に一米人としての深刻なこの問題に関する感想を載せ、またアメリカの著名な学者が代表的な専門雑誌に、この判決を真剣に検討する論文を出しました。アメリカとカナダの高等学校の先生からは、この判決をテキストに使いたいということが私の方に連絡がありました。また国際平和確立のためのアメリカの教科書にもこれがテキストとしておさめられ、ドイツ語にも翻訳されました。どうかこの判決の趣旨、あるいはこれに関連いたします私どもの考えが、原爆の本元であります日本のこの立法府におきまして原爆被災者のため立法を通じてりっぱに生かされるようにということを最後に希望いたします。
#15
○委員長(村田秀三君) ありがとうございました。
 次に、市川参考人にお願いいたします。
#16
○参考人(市川定夫君) 御紹介いただきました市川であります。
 私、京都大学農学部の遺伝学研究室においてここ十七、八年ほど放射線の生物学的あるいは遺伝学的な影響を研究してまいったものでございますが、特に昭和四十年から四十二年にかけまして、米国の原子力委員会のポスト・ドクトラルの研究員としてブルックヘブン国立研究所に在任いたしておりましたころから、微量放射線の遺伝学的影響について実験的な研究を進めてまいったものでございます。私が主な実験材料としておりますのはムラサキツユクサという植物でございまして、このおしべの毛は現在放射線遺伝学または放射線生物学の研究材料としては最もすぐれたものの一つとされておりまして、非常に微量な放射線の影響も確実に検出できるのであります。他の実験動植物では、実際に放射線の影響があっても隠されてしまって検出が困難なことが多いのでございますが、このムラサキツユクサのおしべの毛ではすべての影響が正直にあらわれてまいります。そういうことで、他の生物ではわからない影響も正確に知ることができ、他の生物ではいまだに疑問とされております微量放射線の影響または微量に存在する突然変異を誘発する化学物質、こういったものの影響も的確に検出できるのであります。しかも細胞単位での放射線に対する感受性という点で見ますと、人間の細胞と同程度であるという特徴もございます。
 で、こういったようなムラサキツユクサを私の研究材料として用いてきましたために、幸いにして他の放射線生物学者や放射線遺伝学者に先がけまして微量放射線の影響に関する研究を続けてまいることができたわけです。ムラサキツユクサを用いました研究は米国、インド、日本などで出ておりますが、世界の学界の注目を浴びておりまして、最近のたとえば米国の環境変異原学会――環境の変異、いろんな突然変異を起こす物質に関する学会ですが、環境変異原学会やその方面の研究者らによっても最もすぐれた研究材料の一つとして挙げられているわけです。このムラサキツユクサで得られます知見と申しますものは、放射線の線量をどれほど少なくしてまいりましても、それに見合った率で、つまり線量と比例して突然変異が確実に起こるということが実証されておるわけであります。したがいまして、遺伝学的な影響を誘発することに関しましては、これ以下の放射線量では突然変異を誘発しないというような、いわゆるしきい値というものが存在しないということがすでに証明されているのであります。
 で、こうした突然変異だけでなく、染色体の切断あるいは白血病その他の各種のがん発生に関しましてもしきい値がないということが特にここ数年間の研究で証明されてきております。こうした研究の対象になったのはむろんムラサキツユクサだけではございません。微生物から高等植物、高等動物に至るまで、そしてさらに人間に関しての研究も含んでおります。国際放射線防護委員会が放射線のいわゆる許容基準を勧告する際に、その「しきい値がないことを仮定する」という立場で勧告をいたしておるわけでございますが、いまや学界の趨勢は、これらの生物学的効果についてしきい値がないというのが通説になりつつあると考えます。いまや仮説の段階ではない、仮説の段階は過ぎておると、そういうふうに申し上げてよろしいかと思います。
 例を挙げますと、昭和二十五年ごろまでの通説では、百レム以下では明白な生物への影響はないとされていたものですが、昭和四十年までに二十五レム以下では明白な影響がないというふうに変わりまして、現在では二十五レム以下でもそれに見合った影響はあるというふうにしきい値の低下から否定へと学界は動いているのであります。
 別のたとえを挙げますと、昭和三十三年の国際放射線防護委員会の勧告では、人が一生のうちただ一回被曝する放射線の最大許容線量を二十五レムとしていたものが、昭和四十年、一九六五年の同委員会の勧告で、十レムを一回の被曝最大許容線量と変えられているのも、こうした学界の通説を反映せざるを得なかったからであります。
 もっと具体的な例は、本日参考人のお一人として市丸教授が出席されておられますが、市丸教授を含めて、石丸氏とともに、昭和四十六年に「ラディエーションリサーチ」という国際的な雑誌に報告されました広島、長崎の被曝生存者に発生した白血病の調査結果がありますが、それによりますと、被曝推定線量と白血病発生率の間の直線的な関係を示唆しております。広島、長崎を全体として見ました場合に、そういった推定線量と白血病発生率の間に直線関係が成り立つと考えた方が妥当なわけです。つまり、しきい値はないと考えられているわけです。
 また、昭和四十六年に千葉で起こりましたイリジウム192の事故による六名の被曝者についての放射線医学総合研究所の調査結果も、六名のうち四名――この四名は十ないし二十五レム被曝した四名でありますが、こういった四名にも精子減少症、白血球減少、皮膚炎、末梢血リンパ球の染色体異常、そういったものの発生が証明されておるわけであります。
 さきのムラサキツユクサの場合、ミリレム単位の放射線による突然変異率の上昇も検出されておりまして、こういうものとあわせまして、しきい値がないというのはもはや明白になりつつあるかと存じます。
 で、このような証拠というものは十年以上前にさほど危険はあるまいと思われていた二十五レムという線量が実は危険な線量であることを示しているわけであります。現在人間の各遺伝子の突然変異率を通常の二倍にまで上昇させる放射線の線量、つまり突然変異倍加線量と申すわけですが、この倍加線量はいろいろ推定されておりまして、人間の場合十五ないし百レムぐらいの値が出されております。アメリカの科学アカデミーの特別委員会による昭和四十七年発表のBEIR報告――ベール報告と呼ばれておりますが、それや、ことしの二月に発表されました米国環境変異原学会第十七回委員会の報告では、人間の突然変異の倍加線量を四十レムとしております。これによりますと、二十五レムという線量は、一つ一つの遺伝子の突然変異率を実に六二・五%も高めるという危険な線量と言うことができるわけであります。したがいまして、たとえば特別措置法等で保健手当の支給、不支給の区別をほぼ二十五レム被曝に置かれ、二十五レム以下では大丈夫だろうからという御説明がなされているとすれば、昭和四十年以降に得られた知見にあえて目をつぶっておられると言わざるを得ません。
 この二十五レムというのは、まだ幾つもの問題点がございます。爆心地より二キロメートル以上離れ、二十五レム以下の被曝であったと推定される人たちにも白血病その他の疾病があらわれておりまして、現に健康管理手当等が出されております。しかもこの健康管理手当を受けている人たちの五一%、つまり過半数がそのような人たち、つまり二十五レム以下であったと考えられる人たちであるという事実がございます。このことはもし二十五レム被曝を保健手当の限度とされるのならば、二十五レム以下の被曝ではこれまでは障害がいろいろ出現したので健康管理手当を出しましたが、今後は起こらないから保健手当を出さないと主張をしておられることにもなります。被曝後長期間を経て出現するいわゆる後障害または晩発性障害は、低線量被曝の際に遅く出現するという特徴などもありますから、そのような御主張は逆であります。
 またこの推定線量自体かなりの誤差を含んでいるということも忘れてはならないことかと存じます。この推定、いわゆるT65線量と呼ばれるものですが、は爆心地から、爆心点からの距離と建物等の遮蔽を考慮して、中性子の高い生物効果で部分的に補正したものであります。その爆発点の高度と位置あるいは個々の被曝者の位置のわずかな差異によっても遮蔽効果が変わり得ますし、その被曝線量は風向きによってももちろん大幅に変わります。また被曝後の一人一人の行動によっても二次被曝に相当の差が出てまいるわけであります。こういった推定線量自体こういうふうに相当の誤差を含んでいると考えるべきだと考えます。
 さらに、放射線生物学的にあるいは放射線医学的な見地から申しますれば、母体内の胎児、幼児といったものが成人に比較しはるかに感受性が高いということを考慮する必要があるかと存じます。昭和四十年の国際放射線防護委員会の勧告でも、放射線の取り扱いを職業としている女性の場合ですら、妊娠の最初の二カ月中に一レム以下、その後の期間に一レム以下に被曝を抑えるよう方策を講ずべきだとしておりますが、胎児や幼児の感受性が成人より一けたから二けたも高い、つまり一けたから二けたも少ない放射線量で同じ効果が見られるという通説から見れば、この国際放射線防護委員会の勧告は高過ぎるわけです。ちなみに胎児の場合を申しますと、一ないし数レム程度の被曝で白血病の発生や悪性腫瘍の発生が明白に増加することが判明している例もございます。
 これらの点から見ましても、被爆者の方々がそれによって収入を得るというような職業人として被曝したのでは無論なく、全く無関係の一般人として被曝されたことを考えますと、二十五レムで機械的に区別されるというのは、あらゆる科学的証拠に照らしてきわめて不合理でありまして、全被爆者が補償されるべき問題ではないかと考えるわけです。
 次に、遺伝的効果について述べますが、仮に身体的障害がわずかしか見られないような放射線の線量によっても遺伝的障害が比較的頻繁に見られるというのは、放射線遺伝学の常識であります。現在、一般人に適用されております年間五百ミリレムという線量限度ですら、先ほど申しました四十レムという突然変異倍加線量から見ますと一・二五%の突然異変率上昇をもたらします。またこれを三十年間という生殖可能期間を通して浴びることになりますと、被曝線量が合計十五レムにも達しますから、突然変異率は三七・五%も高まることになります。またさきに述べましたように二十五レムの場合には六二・五%も高まる計算になります。一方、ムラサキツユクサでの突然変異倍加線量は、高線量率の照射で一ないし五レム、低線量率照射で十ないし十五レムであります。人間の突然変異倍加線量の推定値の最も小さいものは十五レムですから、この値がムラサキツユクサの低線量率の場合とほぼ合致しておりますので、先ほどの四十レムよりもこの十五レムの方が人間の突然変異倍加線量として合理的ではないかと考えます。もしこの十五レムを人間の突然変異倍加線量と考えますと、五百ミリレム一回浴びるだけで三・三%の突然変異率の上昇が考えられ、五レムで実に三三・三%、十五レムで一〇〇%、二十五レムでは一六七%増加ということになります。実に恐ろしいことで、子孫の遺伝的障害を考慮していないのは理論的にも実証的にも他の生物で最もよくわかっている放射線遺伝学の実績といったものを無視したものと言わざるを得ません。
 以上述べましたように、二十五レムはおろか、十レムでもきわめて危険な線量と考えるべきであります。いわゆるベネフィットのある可能性がある医療用放射線すら大幅に減らすべきとされている時代であります。一回百ないし百五十ミリレム程度の検診用のX線撮影も回数減などの処置がとられるべきだとされております。年間百七十ミリレム被曝すれば米国で十万人のがん死者が出ると警告したゴフマン、タンプリン両博士の警告は無論、米国科学アカデミーによる年間百七十ミリレムの被曝の場合、米国で年間三千ないし一万五千のがん発生を見、百ないし千八百例の重大な優性または伴性の突然変異が出現すること、千百ないし二万七千例の劣性突然変異が出現すること、不健康な人が五%増す、こういったものが年間百七十ミリレムの被曝によって予測されるという米国科学アカデミーの推定というものをもっと重視する必要があります。
 時間もございますから、これで私の陳述を終わりたいわけですが、放射線生物学、放射線遺伝学の新しい知見に照らしまして、二千メートルや二十五レムで区切るというお考えは余りにも不合理であり、科学的根拠を標榜されつつ実は古い不完全な情報のみを選択しての御主張かと判断せざるを得ないわけでございます。こういった意味で、低線量の影響に関係してまいりました者として、二十五レムないしは十レムというような放射線線量がきわめて高い危険な放射線量であるということをもう一度繰り返しまして陳述を終わらせていただきたいと思います。
#17
○委員長(村田秀三君) ありがとうございました。
 大変時間を超過いたしましたが、しばらくひとつお許しをいただきたいと思います。
 最後になりますが、田沼参考人にお願いをいたします。
#18
○参考人(田沼肇君) 法政大学の教授をしております田沼肇でございます。
 私は、社会政策、社会福祉の分野を専攻している研究者として、また日本原水協の副理事長として原水爆禁止運動に参加してきた者としての立場から意見を述べさせていただきたいと思います。ただ、私は最後でございますので、いままで私以外七人の方が述べられた御意見の中には、もう少し正確に言えば、御意見の大部分は私も深く共鳴するところが多いように感じますので、それとの重複は避けて審議のお役に立つように意見を述べさせていただきたいと思います。
 いま、私以外の七人の参考人の皆さんの御意見の大部分に共鳴するところがあったと申しましたが、同時にやはり伺っていて大変深く感銘いたしました。それは、被爆者問題というものがどれほど国民的な問題であるかということをあらわしているように感じたからでございます。
 意見を述べます前に、大多数の参考人の皆さんもそうであるように受け取りましたが、私は、現在本院に提出されている原子爆弾被爆者等援護法案をつくり上げるために努力された四党の皆さんの御努力に心から敬意を表したいと思います。いまここでこうして援護法案と特別措置法の改正案とが審議されているわけでございますが、実は、広島の被爆者などが一番たくさん読んでいる新聞の一つ、中国新聞の三月六日付の記事のコピーをここに持ってまいりましたけれども、それによれば、三木総理大臣が去る三月五日に開かれた本院の予算委員会で、野党が共同提案している原爆被爆者援護法について、現在特別につくる考えはないと、援護法制定の意思がないことをはっきり表明したと報道されています。いま私たちが意見を述べております援護法案問題をめぐる環境はここに特徴があるかと思います。先ほどの御意見の中に、援護法を否定するものではないが、しかし無理ではなかろうかという御意見がございました。しかし、三木総理の意見は援護法を制定するということに否定的ではないが、ではないということを私は指摘しておかなければならないと思います。私の今日までの国会審議の経過についての知識で知る限り、やはり援護法の制定が否定されているということを重く見ないわけにいかない。そこで、きょう私が、いままで皆さん方がお述べになったことになるべく重ならないで意見を申し上げるとすれば、従来国会の審議を通して、あるいは多くの論文を通じて、援護法制定についての否定的な見解というものがどういうものであったか、それに対して私自身はどんな見解を持っているかを述べるのが適当かと存じます。
 今日までのこの援護法案に対する被爆者の要求に対して否定的な見解として代表的なものは、時間の関係もございますので、三つほどに要約してみたいと思います。一つは、一般戦災者とのバランス論と言われるものでございます。二つは、国との義務的身分関係があったかなかったかという論でございます。三番目が、被爆者の援護も社会保障の枠の中で行われるべきであるという議論でございます。まだほかにもいろいろあるかと思いますが、この三つの議論はやはり代表的なものだと言わなければなりません。社労委員の皆さんには重ねて申し上げるまでもないことかもしれませんが、私の今日の段階での見解をかいつまんで述べておきたいと思います。
 まず第一の、一般戦災者とのバランス論については、すでに先ほど日本被団協を代表して意見を述べられた伊東参考人の核兵器の持つ特別の凶悪性ということについての発言で尽きているというふうに思いますが、なお若干の補足を加えるならば、本年も原爆被爆者の実態調査が行われることになっており、それに関連した予算も組まれているというふうに承知しておりますけれども、実は、昭和四十年に行われた前回の被爆者実態調査を通じてすら、そして恐らく昭和五十年の行われる予定になっております被爆者実態調査を通じても、大体被爆者が何人いるかということさえわからない、わかっていない。もう少し言えば、それがわかるための、それをわかるための努力が十分に払われているとは思えない。これが、この原爆被爆者の置かれている、特にいま問題にしております一般戦災者とのバランスということに関係して、核兵器がいかに凶悪なものかという実態は決して十分に解明されてないんだということを指摘せざるを得ません。これは私の個人的な見解であるだけではなくて、たとえば四十年の原爆被爆者実態調査に関連して、そのころから原爆被爆者医療審議会の委員であり、東大の教授である隅谷三喜男氏が、雑誌「世界」に次のような論文を書いておられました。「そもそも原子爆弾の投下で何人の人が死んだかという基本的事実さえ、皆目つかめていない、というのが実情である。――原爆投下に対する世界の非難が集中することを恐れたアメリカは、――被爆調査を極力おさえたであろうことは十分推察できる。――講和条約締結後の日本政府の被爆問題に対する態度は、まったくアメリカのそれを引きつぐものであった。――昭和三十二年に原爆医療法を制定した際にも、政府は被爆の実態には目をつぶったのである。」これが隅谷教授の昭和四十年の実態調査に関連した率直な御感想であります。私はこの点について、決して所期の改善は図られてないということを前提にした上で、この核兵器の凶悪性というものを十分にわれわれが認識して被爆者援護の政策をとらなければならないということを主張したいと、こう考えるものであります。
 隅谷教授は医療法制定当時の政府の認識について触れておられますが、それ以後の医療法、特別措置法の数次にわたる改正の経過を見ても、実はこの隅谷教授の主張を裏づけるものがはっきりとあるというふうに言わざるを得ません。もう周知のことでありますけれども、昭和三十五年には特別被爆者の制度が設置されました。被爆者の中の「特別」という部類を特に抜き出す制度であります。そして、先ほど来論議になっております、爆心からの距離で被爆者を区別する非科学性ということが背景にありながら、実際にはこの特別被爆者の制度が、昭和三十七年には三キロメートル以内に拡大される、昭和四十年には政令の改正で入市被爆者が設けられる、そしてさらに黒い雨だのの特別地域、いわゆる五号被爆者の制度が加えられるというぐあいに、法律そのものの改正の段取りを見てみても、この被爆の実態の本当の残虐な姿というものがまだ解明されてないということであり、それは逆に言えばこの原爆被爆というものがいかに深刻なものであるか、一般戦災者に対する援護も私は必要だし、国の責任と考えますが、しかし、それにも増しての特殊性ということがここでは決して無視されてはならないというふうに考えるものでございます。
 第二点、身分関係論につきましては、これはもう早くから被爆者の団体がこの点について強調しているところであります。たとえば日本被団協はこの問題について次のようなことを申しておりました。
 一方で軍人や軍族などの援護あるいは遺家族の援護などが行われているのに対して被曝者の援護が不十分だということに関し、たとえば旅客機の墜落事故が発生した場合、航空会社は乗員の補償のみを行い、巻き添えを食った乗客に対して補償しないでよいはずがない。むしろ乗客こそ第一の補償の対象とすべきであり、現実にそうなされている。これと同じ論理からすれば、国家は軍人・軍属以外の被害者にこそまず補償すべきである。ここでは戦争の犠牲になった一般の兵士も責任のある高級将校もこの点に対して細かい議論がされておりませんから、それはそのことが問題になった、テーマとされた論文でないことを御了解いただいて議論を進めますれば、私はやはり被爆者の皆さんがこういうふうに考えることはしごく当然だというふうに思う一人でございます。大体もうすでに明白なとおり、こうしたことはつまり一般国民であるから国の補償の対象にならないということは国内的に見ても国際的に見ても通用する議論ではないということは明瞭だと思います。たとえば戦争中のことが問題になっておりますから昭和十七年に制定された戦時災害保護法の内容を見れば、わが国にもすでに一般国民を保護の対象とした法律が存在していたことは明瞭です。また、西ドイツの場合などにおいては一般市民を含む戦争犠牲者に対する連邦戦争犠牲扶助法を初めとして、ドイツにおいてそうしたことが一般に行われていることもよく知られたところであります。したがって、一般国民だからという形で援護の対象から外すという論理は成り立たないというふうに言わざるを得ません。
 しかるにわが国の実情はどうであるか。すでに戦傷病者戦没者遺族等援護法が制定されたのは昭和二十七年のことでございます。同じ昭和二十七年には未帰還者留任家族等援護法も制定されております。そしてこの法律では先ほど来問題になっておりますサンフランシスコ平和条約十一条に規定された戦犯の家族にまで援護の手が差し伸べられることになったわけであります。すでに昭和二十七年にそうでありました。さらにこれらの法律は、たとえば戦傷病者戦没者遺族等援護法の第一条は「国家補償の精神に基き、」援護をするということが規定されております。また、昭和三十四年に制定された未帰還者に関する特別措置法をごらんになりましても、その第一条にはこの法律の目的が次のように述べられています。「この法律は、未帰還者のうち、国がその状況に関し調査究明した結果、なおこれを明らかにすることができない者について、特別の措置を講ずることを目的とする。」とあります。原爆被爆者に対してはいかがでございましょうか。その傷病が原爆に起因するかどうか明らかでないものは援護の対象にしないという政策ではないでしょうか。この点の問題点も指摘しておきたいと思います。さらに昭和四十一年には戦傷病者等の妻に対する特別給付金支給法、翌昭和四十二年には戦没者の父母等に対する特別給付金支給法が制定されております。先ほど被爆者を代表された方が申したとおり、被爆者に関してはその後昭和四十四年にようやくそれ以後死亡した被爆者本人に限って葬祭料が出ることになったというのが現状でございます。
 以上のように、身分関係論ということに関して言っても、私は被爆者援護法が身分関係論によって否定されるという根拠はないように思う者の一人でございます。
 最後に、社会保障の枠の中でという議論が国会の審議を通じてもいろいろ繰り返されていると思いますが、私はここで明瞭にしておかなければいけないことは、援護法に関して強調さるべき点は、国家責任と国家責任に基づく援護の内容の両者が原爆被爆の特殊性に照らして明らかにされるべきだというふうに考えております。
 その観点に立ったときに、現行の認定制度の持つ矛盾、これは医学的にはもちろんのこと、私どもがそれを戦争犠牲者の援護の政策という見地から見ても現行法それ自体の中に多数の矛盾があることは否定できません。
 時間がございませんので詳しく述べる余裕はございませんが、例示だけさせていただければ昭和三十三年、医療法制定直後に発表されました厚生省の原子爆弾被爆者の医療等に関する法律に基づき医療の給付を受ける者に対し、適正な医療が行われるよう原子爆弾の傷害作用に起因する負傷または疾病の特徴及び患者の治療に当たり考慮さるべき事項を明示するという目的でつくられました原子爆弾後障害症治療指針というのは、御承知のとおりそれ以後の法律、政令、規則などを通じての被爆者対策の中で実際上後退を余儀なくされていると見ないわけにはまいりません。それから医療法そのものに関しましても認定制度の矛盾があらわれるということが指摘できますけれども、しかし直接にこの認定制度にかかわるものとしては、たとえばこの特別措置法の中で問題にされていますように、特別措置法の中の健康管理手当に関する規定がございますが、健康管理手当は特定された疾病に関してのみの問題ではありますが、そこにはまた問題があるわけですけれども、しかし特定の疾病だけに給付対象を限定してはいても、この特別措置法に基づく健康管理手当について言えば、放射能の影響によるものでないことが明らかなものだけを除外をし、また放射能の影響によるものが明らかであるものを除外して、明らかでないものを給付の対象にしているということが申せます。つまり、特定の疾病に限定されたものではあっても、こうした施策が現に行われているということは、医療法、特別措置法の現行体系の中で現行の認定制度というものが原爆症の特殊な性質にかんがみて考えられるときに、取り上げられるときにきわめて矛盾を含んでいるということをあらわしているように思います。
 私は先ほど来の参考人の皆さんの御意見の中で、被爆者の差し迫った必要にこたえていく施策をという声に真にこたえるためには、まず第一になさねばならぬことは、現行認定制度の廃止であるというふうに考えるものです。そして、この現行認定制度の廃止という点こそ被爆者の皆さんが要求している援護法の骨格をなす問題点であるというふうに考えます。ぜひその点を十分配慮されて、四党が提出されている援護法案が実現するように希望して参考人としての意見の陳述を終わります。どうもありがとうございました。
#19
○委員長(村田秀三君) まことにありがとうございました。
 以上で参考人の意見の開陳は終わりました。
 質疑は午後行うこととし、一時三十分まで休憩いたします。
   午後零時三十分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時三十八分開会
#20
○委員長(村田秀三君) ただいまから社会労働委員会を再開いたします。
 午前に引き続き、原子爆弾被爆者等援護法案及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を一括して議題といたします。
 これより質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#21
○石本茂君 午前中参考人の皆様のお話を聞いたわけでございますが、ただいま問題になっております現行二法をどうしていくのか、あるいはまた新たに四党提案になっておりますところのいわゆる生活を含めた国家補償というたてまえに立っての原爆援護法を制定しろということについての御見解であったわけでございますが、非常に深い、高いところからの医学的見地あるいはまた優性学的な見地、さらには法学的な、法律学的な分野からの御見識もちょうだいいたしましたし、また長い豊かなこのことについての御体験から割り出されたお言葉もございました。そうしたものを総合させていただいていろいろ私ども考えていくわけでございますが、私、とりあえず本日の参考人でお出ましくださいました任都栗先生に二、三のことについてお聞きしたいと思います。
 先生は本当に原爆が投下されましたその時点から今日まで身命をなげうって努力され、広島市の建設、そこに住む人々の幸せを願って御努力あそばしておられますことは日ごろからよく承知いたしておりまして、心から感謝申しているところでございますが、私がお聞きしたいと思っておりますのは、先生も先刻の御見解で述べられましたように、現在ただいま放置されておる問題等含めまして、放射能による障害者に対して一体どうするのかという非常に現実問題を含めての御意見がございました。その中で援護法を制定することはこれは当然であろうと、しかしながら、現在あります二つの法律、現行の二法、この法律の中身等をさらに深めて、広げて、そしていわゆる拡充し、強化して、そして多くのこのことに対しての要求、要望事項をできる限りはめ込んで、そしていまあります法をさらに幅広い適用をしていくべきじゃないかという御意見もあったというふうに私解したわけでございます。
 そこで、現在ただいまの問題ということでお聞き申し上げたいのは、実は先般の調査団に私も参画いたしまして広島に参りました。で、長崎のことについてはちょっと遠くなりますが、広島に参りまして私の感じましたことでございますが、たとえば現在、今日までと言っていいかと思いますが、ABCCであった、これが今回財団法人に肩がわりいたしまして、わが国の中心的な役割りに入ってきたと思うのですが、この機関、いわゆる健康あるいは疾病等を調査し、そして研究していきますこの機関、それから一つは治療機関であります広島原爆病院、それからもう一つは例の原爆者であります老人の養護ホーム、この三つを見まして、もちろん行政と関係はないと言えばそれきりですが、皆ばらばらでございます。全然総合性がないんじゃないかというような印象を一つ受けましたので、これらの関連機関は近い将来総合化されていくべきじゃないだろうかということを一つ感じたわけです。これが一点と、それからもう一つ先生のお言葉にもございました、それからあの翌日の皆様の御要望をお聞きしたときにも出ました。本日鈴木参考人のお言葉にもあったように思うのですが、病院は国営化するべきだ、要するに国立であるべきだという御意見も聞いたわけでございますが、私、当日広島の原爆病院で病院の院長がそこに私どもの質問に立ち会ってくださいましたのでお聞きしたわけです。これだけの赤字をかかえて大変いま苦慮しておられる、これをむしろ国立移管にしたらどうですかと申しましたことに対しまして、それは賛成ではございませんでした。お言葉の言いぐさは抜きにいたしますが、賛成ではございませんでした。そうなりますと、長崎の原爆病院と広島の原爆病院はやや性格が異なっておりますので、恐らく日本赤十字社の病院というたてまえからああいうような発言になっていたのじゃないかと思うのですが、その辺の二つのことを大変恐縮でございますが、任都栗先生にこの機会にお伺いしておきたいと思います。
#22
○参考人(任都栗司君) 先生のお尋ねに対してお答えを申し上げます。
 ただいまの二法を充実していくということはもちろんわれわれの望むところでございますが、原爆援護法の成立を強く要望しておる方々もございます。私は過去の実績に照らし、また理論上から申しましても、国家補償的性格を持って原爆被爆者を救うていくという立法措置の運営が当然であると心得ます。その中で特に私ども切実に被爆者として感じますことは、ただ総花的にきわめて経済的豊かなまた健康な人たちに一律に年金を与えるというようなことよりか、しかもそれには膨大な予算措置が必要でございます。経済の成長いたしました現在の日本の実力で、どのような処置をとろうとも、被爆者を優遇措置するということは考えられますが、特に援護法の中で拝見をいたしまして、まことにこのようなことで被爆者を救っていこうという内容をここまで認められまする推進をせられました諸先生方各位に感謝の意をささげ、まことに適切なことであるとは存じますが、いま被爆者が切実に望んでおることは、ただいま御指摘になりました原爆病院一つをとらえましても、このことは原爆という放射能影響による疾病者が安心して治療を受け、――診断を受け、また入院して処置を受けるということが先ほどの参考人の先生方から主張されました要素に基づきましても、証言に基づきましても、その治療が被爆者の心にどれだけ安らぎを与えるか、また被爆者の生命を救い、病気の進行を阻止することができる可能な状態であると思います。それなれば、特に原爆病院あたりは思い切った施設をいたしまして、そして被爆者を救済する手段に出るべきであると思います。原爆病院は、先ほども申し上げましたごとく、奉仕団体に任して、当時の社会実情、日本の国情から考えまして日赤にゆだねられて、日赤が奉仕の気持ちをもってこれを建設せられたことに対しまして非常に感謝をいたしますが、御存じのごとく日赤の支部長は県知事でございます。いま厚生省の皆さんがこれを国立として運営する将来にいろいろな御心配があろうと思います。それは現行法の制約によって公的医療機関がことごとく膨大な赤字を抱える結果になりまして、それらに波及する影響は甚大なものがあろうと思われます。しかしながら、原爆という特異の事情の現存する現在、これらとこれらの事柄を気がね、遠慮し、または法的措置に影響のないような事柄は立法措置においてできることだと思います。その立法措置を急いで、われわれが要求する、原爆被爆者の要求する思い切った施設をここに完了するといたしましても、そう大きな金は要りません。十億、十五億を出せば大変な病院が建つはずでございます。これに従事するスタッフを、医療機関の職員をという心配もございましょうが、これも私はその気になってやればできることでございます。
 また、養護ホームのごときそうでございます。養護ホームは寝たきり老人が死を待つばかりでございます。原爆病院が建設以来病床が長期化しまして、長きは二年にわたって一病床を占領され、また占領せざるを得ない実情に置かれております。そのまま亡くなっていくのであります。本来原爆病院は多少の新陳体謝も考えなきゃなりません。そして被爆者の日々の診療に役立つような有機的な思い切った受付を、窓口をこしらえるべきだと思います。養護ホームをつくることに私ども非常なる熱意を傾けて、ようやく厚生省はこれを認められまして養護ホームがここにできましたが、これとても実は狭隘で、しかも希望を満たすことはできません。速やかにこの希望を満たし、そして救済の手を差し伸べるべきだと思います。
 御指摘になりました原爆放射能医学研究所でございます。これらの機関がそれぞれのばらばらな形において運営されておりますが、これらが一貫したものになることはきわめて望ましいことであると存じます。しかしながら、先ほどちょっと触れましたが、放射能医学研究所は本来このようなたてまえからいえば厚生省がこれを所管し、一貫した中に原爆病院、養護ホーム等を含めていくべきであるのが本来の姿であると思います。ところが、厚生省の実情は、とうていこれが望まるる結果とはなりませんでしたので、文部省に働きかけて、文部省のむしろ人たちを逆に動かして放射能医学研究所を医科大学に併置したわけでございます。しかしながら、これが果たされました役割りはやはり研究機関を置かれたことによってまことに被爆者に対して裨益するところが大であったと思います。しかし、いま私たちは所管のかれこれを言うのでなくして、現実に照らしてこれをどう解決していくべきかということは、恐らく現在のシステムでは厚生省は県知事に向かっていろいろな地方の実情の問い合わせ、またはその答申等によって予算措置をせられることが多いと存じます。しかし、県知事は、広島県知事は、また長崎県知事は、日赤の奉仕団体の支部長でございます。私はこういうところにやはり奉仕団体でございますから、その今日まで払われた努力とその御方針に対して敬意を表し、感謝をいたしますが、今後の運営に関しては、最初私どもが申し上げたように、一奉仕団体にこれを任すべきものでなくして、国が思い切った施策をもって被爆者の要望にこたえるべきであると思います。それが法的にいろいろ他の関連立法に制約があるならば、原爆という特異な事情に基づきまして援護法を制定しようとする方々あたりもここまで踏み切っていただくならば、むしろこれを立法措置をとって速やかに、すぐ右から左にできることで、しかも大きな予算は伴わないわけでございます。今後多少の予算は伴うかもしれませんが、それはいまあの中身にございますような被爆者全体、無差別に、あるいは経済の豊かな人たちへもなおかつ歯どめなく国費を支給しようとするようなことの前に、私はまずこういうことを解決すべきじゃないかと思います。私は心から申し上げますが、その奉仕団体の赤字の穴埋めに国はやはりちゅうちょする面もございましょうが、地方費負担がやはり加わるわけでございます。はね返りが地方に来るというようなことは不自然なことでございます。
 しかもこの機会に、御質問にはございませなんだけれども、関連性がございますから一言申し上げておきますが、保養センターというのを自転車振興会の手によって建設いたしました。この建設費も、四分の三が振興会の負担でございますが、あとの四分の一は、公立の補助ではございますけれども、やはり地方費の負担でございます。しかも、この運営費、しかもただいま申し上げた養護ホームの運営費の中で人件費その他合わせまして、県も市も恐らく広島の場合は年間一千万円の負担となっております。両方合わせて二千万円の負担でございます。このような施設が地方費の負担の名において地方の財政を圧迫するということは私は忍びがたい実情であると思います。
 また、保養センターのごときもそうです。これが心の安らぎをどれだけ被爆者に与えておるかわかりません。その年間利用者は驚くべき数に達しております。その人件費及び経営費は五千万円を突破しております。それがことごとく地方財政の負担で圧迫しております。これらは当然何らかの形において立法措置をとらないまでも、運営の面か、あるいは飛躍的に立法措置をとって、これらの費用は地方費負担の過重から外して国が持つべきであると、こういう気持ちを持っております。
#23
○石本茂君 いただいております時間が終わったわけでございますが、最後に任都栗先生の御見解は、あくまでもこれは国家補償でいくべきものだというふうに私の心の中で締めくくらしていただいてよろしゅうございましょうか。――本当は田沼参考人にも聞きたいと思ったのですが、私の時間が五十八分までだそうでございますので、大変残念でございますが、御見解よくわかりました。とにかく、いま当座はともかく財政措置のこともあるし、他の関連法律等のこともあるので――しかしながら、お話の段々を聞いておりますと、国家が全部それは補償するべきものだというふうに話はいったように理解いたしました。どうもありがとうございました。
#24
○山崎昇君 私から、せっかくの機会でありますから二、三先生方に、もう少し理解をするために質問をさせていただきたいと思います。
 先ほど、東大の高野先生から、今度のこの原水爆の問題等につきましては国際法に照らしても違反であるという東京地裁の判決が確定をいたしまして、ただ、残念なことに、法律的に国民が政府に対して救済を求めるという請求権がないのは大変残念であるという趣旨のお話がございました。私も本当に残念だと思っておる一人なんですが、しかし、いずれにいたしましても裁判所で違法だという断定がなされたことについては、私ども立法府におる者といたしましてもこれは改めて心すべきことではないだろうか、こう考えるわけです。
 そこで、こういう観点から二、三御質問をさしていただくわけでありますが、私はけさほど来皆さん方の御意見を聞きまして、一つは現実的ないまの問題に対してどう処置をすべきかということと、あわせまして今後これらの問題についてはこういう点を直すべきだという点がおのずと整理をされてくるのではないかというふうに考えます。
 そこで第一の現実的に直すべき問題の一つとして、まず室田参考人にお聞きをしたいんですが、これは実は伊東さんの心の問題というものにも関連をしてくるかと思うんですが、あなたから述べられました意見の中に、大変いま生活的に困窮を来しておる、あわせましてお姉さんの例でありましたけれども、離婚もされたりいたしまして、あるいは結核等にかかられて、いままた大変な状態にあるようでもあります。そういう意味で言いますというと、現実的な問題としては、こういう方々に対して私どもはもっと生活の保障をしなきゃならぬであろう、あるいは精神的な意味におきましても、どういうふうにこの精神的な問題については補償したらいいのかというのはなかなかむずかしいことと思いますが、もし許されるならば、室田参考人から、もう少し現実的ないまの生活実態等をお答えいただければと、こう思います。
 それから時間が大変限られておりまして、大変恐縮でありますが、もう一、二点ほかの参考人の方にもお聞きをしたいと思うんですが、先ほどいまの援護関係で一番欠落している問題に遺族対策の問題があるという御意見もございました。そこで、これら等も私ども参考にしてお聞きをしたいんですが、市川参考人に、先ほど大変専門分野からのお話で、私もかなり記録したつもりでありますけれども、なかなかしろうとでございましてわからぬ点もございます。そこで、重ねて市川さんにお伺いしたいのは、植物の実験でいろいろデータ挙げられまして述べられました。これが人体に対する影響等をもう少し、私どもしろうとなりにもしわかるような説明ができるならば、この植物実験の結果が人体の影響というものとどういうふうにされていくのかお話しいただければと、こう思うところでございます。
 とりあえずこの二つをお聞きしまして、後でまたお聞きをしたいと思います。
#25
○委員長(村田秀三君) では、最初に室田参考人からお願いいたします。
#26
○参考人(室田秀子君) 室田です。
 先ほど私が、姉がことしの五月に乳房の手術をいたしまして、それから全然経済的な収入の当てもなくなりまして、去年の十月から現在の特別措置法で出ております健康管理手当が七千五百円は取っておりましたけれども、全然収入の目安がなくなってまいりました。それで私が引き取って一緒に住んでおるわけでございますけど、先ほど任都栗参考人がおっしゃいましたんですけれども、原爆病院とか養護ホームとかを充実すればいいんじゃないかというふうに言われましたけれども、実際には私はそういうところにいま入れる気持ちがないんです。現在治療は受けておりますけれども、自宅の方で十分な休養をとるようにと言われておるわけですから、病院の方に入れていただければいいことはいいんですけれども、やっぱりいままで苦労してきて、二人で苦労してきておったわけですから、家で十分な療養をとれるような状態があるならばそれにこしたことはないと思うわけです。それでそういう面で年金的な援護法の援助が欲しいと思うわけであります。
 以上です。
#27
○委員長(村田秀三君) ありがとうございました。
 それでは市川参考人、お願いいたします。
#28
○参考人(市川定夫君) お答えいたします。
 私自身、先ほども申しましたように植物材料を主とした実験材料をしておりまして、そこで得られる知見から放射線生物学ないし放射線遺伝学全般にわたる問題について考察しているところをお話ししたわけですが、もう少し、御質問のように、植物から得られるいろいろな知見が人間への影響にどれくらい役に立つかという点について触れたいと思います。
 高等な植物の場合でも、動物の場合でも染色体の構造あるいはその染色体というのは細胞核の中にあるわけですが、その染色体の構造、それからその染色体の上に存在する遺伝子の基本的な構造というのは全く同じものであります。したがいまして、先ほどから申しましたような、突然変異というような現象の場合には、放射線が当たりまして突然変異が起こるという機構をどういうメカニズムで起こるかという機構というのは、動物の場合でも人間の場合でも植物の場合でも全く同じだとお考えいただいたらいいと思います。で、それと現実的にいままで放射線生物学ないし放射線遺伝学という分野で得られております知見からすれば、一つの遺伝子が突然変異を起こす率というものが微生物から高等な動物、植物まで一定の放射線の線量当たりではほぼ一定になる、材料によって多少違いありますが、遺伝子によって少し差がありますが、まあ大ざっぱに見ましてほぼ一定である、そういった結論もできるかと思います。それと私が用いております植物の場合と――ムラサキツユクサですが、それと人の細胞を比べますと、これは先ほども申し上げたのでございますが、細胞当たりの、放射線に対する一つ一つの細胞の反応を見てみますと、ほとんど同じぐらいの感受性を示すということがもう相当古くからわかっておるわけであります。したがいまして、ムラサキツユクサで見られた突然変異率というのは、これは細胞単位で見ておりますから、恐らく人の細胞の一個一個の細胞当たりでは同じような率で突然変異を起こすであろう、したがって、ムラサキツユクサではミリレム単位でも十分突然変異が起こっているということは実験的に確かめられているわけです。たとえて申しますと、エックス線では二百五十ミリレムまで下げましても突然変異が有意に上昇するということがわかっておりますし、中性子では十ミリラドという非常に少ない線量でも突然変異が上昇するということがわかっておりますが、そういった非常に少ない線量に対してもムラサキツユクサの細胞がそういう反応を示しているということは人の細胞も反応しているはずなんです。しかしながら、人の場合にはこういう非常に複雑に発達した多細胞で構成されておりますから、それが表面的につかまるのに非常に時間がかかる、しかも人の場合、子孫に影響するのはその生殖細胞あるいはそのもとになる細胞に起こった場合にしか子孫には実際には伝わらない。だけれども、そういった生殖細胞ないしはその生殖細胞のもとになる細胞も一個一個の細胞のレベルで考えますと、ムラサキツユクサの場合と同じ現象が起こっているわけでございますから、子孫に何か影響があらわれるかどうかというのは、やはり同じくらいの確率論的な話としては出現する可能性がある。つまり二百ミリでムラサキツユクサで突然変異率が上昇するのであれば、人の場合も起こるということは理論的に考えられます。ただその実際にそれを検知することは、人の場合、非常にむずかしいということだけは事実であります。
#29
○山崎昇君 いまの市川先生からのお話、私ども専門でありませんために、何とはなしにわかるような気もいたしますけれども、なかなか、今後またもっと検討させてもらいたいと思いますが、いまの先生のお話を今後の問題点とあわせて考えますというと、一番、いま一つ私ども問題にしておりますのは二世、三世ですね、言うならば原爆の後遺症についてどうなっていくのだろうか、こういう点がかなり問題になっているのじゃないだろうか、こう思うものですから、いま先生の遺伝的の方から見たお話を聞いたわけでありますが、なるほどいまのお話で、かなり人体に対して、大体染色体におきましては植物も同じだと、こういう御意見でございますから、そうなるであろうと思います。そこで、先ほどのお話のように、たとえば十レム以下でもかなり危険である、こういうお話になってまいりますというと、いまの厚生省の持っております認定基準等を相当改めなければならぬのじゃないだろうか、こう思います。そういう意味から先生のいまの御説明とあわせまして、いま厚生省のとっております基準といいますか、認定といいますか、こういうものを先生としてはどの程度まで改めるべきだとお考えになるのか、もしできればお話をいただきたい、こう思うのです。
#30
○委員長(村田秀三君) 市川参考人、お願いいたします。
#31
○参考人(市川定夫君) お答えいたします。
 先ほど申し上げましたように、放射線の線量に関しましては、これ以下では生物学的あるいは遺伝学的な影響が出ないというしきい値はないものと考えていただいた方が正確かと存じます。それで、そういう観点からいたしますと、どこに線を引くかということは事実上不可能になってくるわけです。しかしながら、あえて申し上げますと、身体的障害というのは実際にどれくらい出ているかと申しますと、たとえばこれは市丸先生からお答えいただいた方がいいかもしれませんけれども、市丸先生の分析ではたしか五レム以下だったと思いますが、五レム以下でも出現はしているけれども、そういうところでは、ほかの被爆しなかった人たちと比べて余り差がないというようなデータなんか出ています。だけどこれは白血病一つ取り上げた場合でございまして、理論的には、実際には検出できるかもしれないけれども、人間の場合、その調査対象を無限に広げることはできませんから、そういうふうに確率論的に起こっていることについて、数学的に検出するのがむずかしいという話を示すだけであります。だから、五レムで普通の集団と余り変わりないと言っても、それが安全という証明にはならない、そっちの方向、つまり見られないから大丈夫だという、そういう否定的な、何と言うんですか、証拠というのは影響ないということを、肯定しないということをまずお考えに入れていただきたい、そういうふうに思います。
 それから遺伝的な問題になっていきますと、これ、被曝した線量が少なくなれば少なくなるほど一般的に確率論的には、遺伝子突然変異が起こった確率というのは減っていったと考えられますけれども、これも確率論的な話でございますから、どの人に起こって、どの人に起こらなかったかというのはだれも言えないわけでございます。そういう意味で特に遺伝学的な影響の問題になりますと、本当に線を引くというのは非常にむずかしい話になってくるわけです。そして、しかも遺伝的な場合にしましても、いま実際に見られている原子力爆弾によるいろいろな症例を見てみましても、これは特に遺伝学的な障害はそうだと思うんですけれども、回復不能の障害である、遺伝子というものは一たん変わってしまいますと、これは元へ戻すことはいまの医学技術をもってしては非常にむずかしい、できないに近いと考えていただいていいと思いますが、そういう問題でございますから、一般的な社会保障みたいな感じじゃなくて、こういう回復不能の障害を与えたということに関しましては、やはり国家補償的な考えを導入してそれを中心に政策を策定していただく以外にはないと、そういうふうに私は思います。
#32
○山崎昇君 次に、市丸先生にちょっとお伺いしたいと思うんですが、先ほどのお話で原爆症とは何か、医学的に言えば、原爆症というものそのものはないんだ、こういうようなお話であったんじゃないかと思うんですが、もしそういうことであるとすれば、現行法で原爆症というものを指定疾患にしていまして、それに基づいて認定制度というのが行われておる。
 そこで、先生にもう一度大変恐縮なんですが、原爆症というものといまの認定制度というものをどういうふうに私ども関連づけて理解をしたらいいのかという点があろうかと思いますので、その点についてひとつ先生の御意見をお願いをしたいと思う。
#33
○委員長(村田秀三君) 市丸参考人、お願いいたします。
#34
○参考人(市丸道人君) お答えします。
 先ほども述べましたように、疾患単位としての原爆症という特別なものはない。しかし、原爆の放射能によって起こる可能性のある疾患は幾つかある。だからそういった疾患にかかっているかいないかということは認定できると思います。したがって、放射能によって起こる可能性のある疾患、これをまあ広い意味で原爆症というのは差し支えない。巷間あたかも原爆症という特別な疾患があるように受け取っていらっしゃる人がおりますので、その点をまず明らかにしたつもりであります。よろしゅうございましょうか。
#35
○山崎昇君 そうすると、重ねてお聞きをしますが、先ほどお話があった、一つの白血病をとっても、これは放射能によるものか、そうでないものによるものかということはなかなか区別がつかない。しかし、常識論みたいに言えば、これは放射能によるものではないかという程度のことはわかると思うんですが、そこで、私ども専門家でないためにお聞きしているんですが、先般、私長崎へ参りまして、長崎の原爆病院に参りました。そのときに原爆病院長から、この原爆病院の運営と関連をしまして、なかなか区別がつかない、そこで原爆による白血病と認定をすれば、この原爆病院の赤字について、もっと国を責めるといいますか、言うならば、国の補償を求めやすいんだけれども、なかなかそういうデータ、それだけは取りにくいもんだから、一般の患者と同様に治療しているというお話がございまして、そこで行かれた委員の皆さんからも、何とかこれは原爆による、原因が原爆によるんだということを何とか区分できないだろうかという、かなり質問等もございました。そういう意味もあったもんですから、いま先生にお聞きしたわけですが、そうすると、私どもはやっぱり長崎、広島に当時おった方で、いまかりに区別がつかぬとしても、白血病その他の病気でおられる方々は、原爆病患者といいますかね、そういうものと認定をして国が補償することがたてまえではないだろうか、こう思うんです。したがって、後ほどこれ別な方にお聞きしたいと思っているんですが、この長崎の原爆病院の赤字等につきましても、余り、何といいますか、区別して厳密な意味で議論する前に、大きく言いましてすべてそういうふうに包含をして、これらに対する対処の仕方というのが私は正しいんじゃないだろうか、そうなると、たとえばいまの法律案に出ております爆心地から二キロ以内というものも、おのずからこれは変えてこなきゃならぬと私は思っておるわけなんですが、そういう点も含めまして、もう一度この原爆症というものとこの認定制度というものを私どもなりにこれから法案審議の際に理解をしてまいりたいと思うもんですから、先生にお聞きをしたいと思う。
 それからあわせまして、今後の問題を考えるときに、先ほどもお話ありました二、三世の後遺症の問題もございます。遺伝学的な問題もあります。また今日まで、かなり大学の研究室あるいは原爆病院あるいはABCCと、いろいろ機能はございましたけれども、研究されましてね、新しい分野でわかった点もあろうかと思うんです。ところがこれから本当に原爆の問題のむずかしさといいますか、研究体制といいますか、治療体制といいますか、こういうものを考えるときに、いままでのようなばらばらでは、私はどうにもならぬのではないだろうか、そういう意味で言いますというと、検査、治療、研究という体制は一本化して国の責任でこれは仕上げていくということが必要じゃないだろうかと私は思っているんですが、そこで、専門にあられます先生方から、この検査、治療、そして研究、こういうものの一元化について御見解等があれば、この機会にお聞かせをいただければと、こう思うのですが。
#36
○参考人(市丸道人君) 最初何ですかね、原爆による白血病の治療でございますかね。先ほど申し上げましたように、がんにしても白血病にしても、その個々の症例を取り上げた場合に、これが原爆によるものだということは、見きわめをつけることは不可能だと思います。したがって、これを原爆によるものだと判定するのには、被爆者全体のいままでに起こった同じ疾患を非被爆者と比べてどちらが多いかということをやらないといけないと、そういう方法しかないと思います。したがって、いままでに多数の学者の方その他、そういった仕事を積み重ねてまいりまして、現在までに白血病その他何種類かの疾患が被爆者に多く出ておると、理論的にもこういう疾患が多く出る可能性があるというふうに考える疾患がございます。したがって、その被爆者の方がそういう病気にかかられて、しかもどこで被爆されて、大体線量は幾らぐらいであるということであれば、まあ可能性があると考えられればすべてこれは原爆、いわゆる広い意味での原爆症であろうというふうに認定されていると思います。
 それから何でしたかね、研究の一本化でございますか。それは私ども常に痛感しておるところでございまして、被爆者の研究というものは、被爆者の健康状態をつかみ、そしてそれの実態を調査してその治療に結びつけるということは一医療機関で完全に行われることでありません。非常にたくさんの被爆者がおられるわけで、それをなるべく多くつかんでいかないと、先ほども申しましたように被爆者特有の疾患はなかなかないのでございますから、全数でもって比べていかないといけない。そうしますと、たとえば私どもの長崎大学の私の治療部門は、ベッド四十しかございません。研究スタッフも非常に少なく、ましてや、国家の予算も決して多くはございません。それでもって原爆被爆者の全体の健康状態あるいは治療部門を受け持っていくということは、とうてい不可能でございます。したがって、被爆者全体の健康状態をつかみ、さらにそれを精密検診し、そしてその中から異常者を治療していくと、それから、なぜ治療をしなくちゃいけないかと、なぜ被爆者であるかということを決めていくのには、どうしても研究施設が必要であります。したがって、そういう意味から言えば、大学の研究施設と、それから原爆病院あたり、あるいは今度できました放影研あるいは被爆者を第一発目につかまえるところの原対協、被爆者センター、そういったものが手を取り合ってお互いに通知し合って、そうしてそれを一本化してそれぞれの部門が担当していく、そして、その研究成果をどこかでまとめてやるということは、もう非常に必要なことだと私は痛感しております。したがって、もしそれが政治的に何か反映されて、そういった基盤というものをあるいは国家をバックにして何かできるのであるならば、これは非常に大切なことだし、ありがたいことだというふうに思います。
#37
○山崎昇君 伊東さんに一言お聞きしたいんです。先ほど命と暮らしと心という問題が提起をされまして、命と暮らしの方は、まあ不十分でありましても、原爆医療法なりあるいは特別措置法なりで多少の措置が行われている。しかし、一番問題は、力説されたのは心というので、私も印象に残るわけでありますが、この心の問題を解決するのに具体的にどういうふうな点があって、どういうふうにしていったら一番いいんだろうか。これは多くの問題が含まると思いますけれども、一言や二言でまた御説明、なかなか困難かとも思うんですけれども、私どもこれからの参考にしたいので、伊東さんのお考えになっておる心に対する対策というもの等を、御意見ございましたら少し聞かしていただければと、こう思うので、御説明をお願いしたいと思います。
#38
○委員長(村田秀三君) 伊東参考人、お願いいたします。
#39
○参考人(伊東壮君) 実は、心の問題というのは大変一見抽象的で、こんなものは法律にならないと皆さん方おっしゃるかもしれませんけれども、私は被爆者の問題を考えるときに、心の問題を考えなければどんな政策をおやりになっても意味がないのではないかというふうに思うわけであります。ある被爆者の言葉をかりれば、体が悪いのもがまんできると、お金がないのもがまんできると、がまんできないのは、人の情けのないことだという言葉がございます。すなわち、最も情けがなかったのはある意味においては私は政府ではなかったかというふうに思うわけであります。で、たとえば、きょう私、ここに東京の慰霊碑の中から過去帳を持ってまいりました。この過去帳を二、三読み上げさしていただきますけれども、この過去帳には死んだ人の名前が載っているわけであります。昭和二十年八月九日、荒川豊=五十九歳、同荒川君子=二十歳、同荒川ハナ子=十四歳、同荒川勇=十二歳、同荒川淑子=五歳、昭和二十年八月六日、加藤錫子=二十一歳、加藤公子=十一歳、八月十四日、加藤照男=十五歳、同加藤ふじ=十四歳、加藤清美=四歳――読み上げてまいりますと、いかにたくさんの人間が一遍に死んだかということが、これ一事をもってもおわかりいただけると思うのでございます。取り残された被爆者にとって、自分の体の悪いこともそれは大変でございます。それからまた、自分たちの生活が苦しいことも、これはもう言うまでもなく大変なことでございますけれども、しかし一遍にこれだけの家族を失った者の心の苦しみというものは現行二法でいかにおやりくださっても、それは救われるものではございません。被爆者が、たった一片の紙でもいいから、自分たちが病気になったのも、われわれの生活が苦しくなったのも、われわれの身内が死んだのも実は戦争で、自分の責任ではなくって死んだんだということをぜひ政府は証明してくれと、証明することは何かと言えば、これは私は援護法をつくること以外にないだろうというふうに思うわけであります。すなわち援護法をつくるということはまさにそれ自身が被爆者の心の問題をはっきりと、実はこれはあなた方の責任で起きたんじゃないんだと、あの戦争の中でもって、そして未来の平和の中でもって起きた問題であるのだから、国としてはあなた方を大事にしたいというその気持ち、国民の気持ち自身が実は私は被爆者の心の問題を慰めていくであろう。その中でたくさん実は年金等の問題もございますけれども、そういう問題ことごとく心の問題を除いてはこれはあり得るはずがないのだと。したがいまして、私はこれは断言してもよろしいと思いますけれども、幾ら法律を、現行二法を改正され、改正されて、改正されていってもなおかつ被爆者は要求を続けるでしょう。運動は決してやまないでしょう。それは心の問題が解決できないからですよ。まあ大変時間もございませんけれども、こんなところで……。
#40
○山崎昇君 いま伊東さんのお話を聞けば、もう結局はその国の責任、そして国がそれを全部補償するんですと、まずそれが心の問題の解決の第一歩ですと、こういう御趣旨だろうと思うので、私もそのとおり理解をしておきたいと思うんです。
 そこで、もう時間がなくなってまいりましたが、最後に任都栗さんにひとつお聞きをしておきたいんですが、先ほど来現実の問題ずいぶん述べられました。私もいま苦しんでおられる方々にもちろんいろんなことをしなきゃならぬと思います。これは先ほど来、具体的には制限の撤廃やら、あるいは生活の補償やら、あるいは具体的には介護料やら、葬祭料やら、いろんな改善要求がございました。しかし、一番おくれてる一つの分野にこの遺族補償の問題がどうしても私どもついて離れないと思うんです。そういう意味で私どもはこの遺族援護も含めまして、今度の野党四党の援護法というのが中心になっておるわけです。ですから、任都栗さんも、これは否定するものではないというお話でございましたが、そういうものに使う金があるならば、病床のベッドをもっとふやすとか、きわめて現実的なお話もございました。しかし、室田参考人の方から、それはそうだが、現実に苦しんでいる者から言えば、当然、先ほどの室田参考人のお姉さんのように、やっぱり遺族年金等があってもう少し生活が心配ないようにしてもらいたいというのもまた声ではないだろうか、こう考えますと、私は任都栗さんがこの援護法を否定しているものではないと思うんですが、この援護法を制定して、なおかついま現実に問題になってる点は解決すればいいわけでありまして、その点についてもう一度あなたの見解をお聞きをしたいと思うんです。
#41
○委員長(村田秀三君) 任都栗参考人お願いいたします。
#42
○参考人(任都栗司君) 私が援護法を否定するものでないということは、国家補償的立場に立ってできるだけ被爆者の要望にこたえるべき立法措置をとるべきだと、こういうことでございます。援護法の中身の中で私はいろいろとりっぱな私たちの要求することがここにあらわされておりますが、それは感謝のほかはないことでございますが、現在の実情からかんがみまして、あの中身の中に、もう少し手を加えたらやりやすくはないかというような内容を私はいろいろと発見をすることができるわけでございます。いま政府が援護法を直ちにのみ込むという事柄にいろいろと立場を変えて考えてみてむずかしさを感ずる内容がありはすまいかということを考えるわけでございます。具体的に私がその内容を説明すれば、いろいろな実情を挙げてお答えすることができますが、それは私が答えないでも諸先生方はよくおわかりだと思います。私は国家補償的立場に立って被爆者の救援、援護を進めていくという根本精神は終戦直後から唱えておることでございます。ただ法律の中身が現実にそぐわないようなことであれば、これが容易に成立しがたいから、成立しがたいものの中で現在の切実に要求しておる被爆者が置き去りになることを憂えるのであります。その被爆者を置き去りにしないで、それを救済していく措置をいろいろと現立法の中で進めていくべきだと、こう心得て申し上げるわけでございます。したがって、いろんな制限の撤廃とか、あるいは特に先ほども指摘申し上げたように、困窮者に対しましては、思い切った措置を講ずべきだと思います。しかも、それは立法措置として可能な範囲においてできるだけのことをやっていくべきだと、こう心得るわけでございまして、決して援護法自体のものを否定するわけじゃございませんが、実現する過程において現状を座視することができない者を救済していこうという事柄が私の精神でございます。
#43
○山崎昇君 ありがとうございました。大変参考人の皆さんから貴重な御意見いただきまして、本当にありがとうございました。
 そこで私の時間、もうありませんので、最後にけさほど来厚生大臣がずっとこの委員会に出席をされておりまして、参考人の皆さんから御意見等ずっと聞いていただいております。私は質問を終えるに当たりまして、皆さん方の気持ち、やはりいずれも国家の責任であるから国家の補償というものを明確にしなさいと、その上で現実に起きておりますいろんな問題点の解決は解決としなさい。さらにおくれております医療体制の問題やら研究体制やらあるいは二、三世の問題やら遺族援護の問題やら、こういうものをやっぱりあわせて直すべきだというのが総じて皆さん方の私は御意見であろうと、こうまあ自分で理解をしておるわけであります。そういう意味も前提にいたしまして、けさほど来ずうっと熱心に厚生大臣がおられますから、私は厚生大臣にせっかくの参考人の皆さんおいでの機会でもありますから、後でまた、私は当然厚生大臣に聞きますが、厚生大臣のこの参考人の御意見等を踏まえて、所感の一端を私はこの機会に述べていただきまして、(「それは参考人の後から聞いてもらいたい」と呼ぶ者あり)それはあなたに聞いているんじゃない、よけいなことを言うな。――私は厚生大臣にせっかくの機会であるからせっかくの参考人おいでになって、これだけ述べておるんだから、これに対する所感の一端だけ聞いて、私の質問を終えておきたいと思います。
#44
○国務大臣(田中正巳君) いま委員の間の御質疑の最中でございますので、私はむしろ率直に言うと、すべての委員さんが参考人に御質疑をした後にお答えする方が結構だというふうに思いますが、せっかくのお尋ねでございますので、私長い間、原爆被爆者対策をやった私としては、いろいろと参考になる点を多々承りました。その評価について途中で私が申し上げるということは後のまた質疑にもいろいろと影響があると思いますんで、むしろ後ほど終わってから申し上げた方がよろしかろうと思います。
#45
○浜本万三君 まず最初に市川参考人に伺いたいと思うんです。きょう、私は市川先生から被曝線量の問題についてお話を承りまして、大変参考になりました。つきましては、以下、先生からさらに補足をしていただきまして、教えていただきたいというふうに思います。と申しますのは、今度の政府の案によりますと、新しく保健手当が制度化されます。この保健手当を支給するに当たって範囲が二キロ以内というふうに決められました。その二キロ以内に決めた理由は、人が一生のうちただ一度被曝する放射線量の最大許容量二十五レムというのを国際放射線防護委員会で勧告をしておると、これが一つの理由でございます。政府の資料を見ますと、その基準が一九五八年に行われたものであるというふうになっておるわけなんです。先ほど先生から伺いますと、その後一九六五年に国際防護委員会の勧告が変更されておるというお話を承ったように思うんです。保健手当の基準がすでに国際的に変わっておるとするならば、これは重大な問題でございますから、その点について第一に伺いたいのは、国際防護委員会、ICRPの最近における変化の内容を、もう一度ひとつ二十五レムに合わしてわかりやすくひとつ説明いただきたいと思います。
#46
○委員長(村田秀三君) 市川参考人お願いします。
#47
○参考人(市川定夫君) お答えいたします。
 一九五八年、つまり昭和三十三年の国際放射線防護委員会の勧告で、いま浜本先生がおっしゃった政府資料に二十五レムとあるのは間違いないと思います。ただし一九六五年九月十七日採択、つまり昭和四十年九月十七日採択の国際放射線防護委員会勧告、これはICRPのパブリケーション9に当たるわけですが、それによりますと、その第六十六項に「計画特別被曝」について勧告がなされております。これによりますと、前にありまして「このような状況のもとでは、被曝あるいは放射性物質の摂取は、線量あるいは線量預託が、いずれの一回の事象においても年間の線量限度の二倍をこえず、また、生涯においてこの限度の五倍をこえないならば、許されてよい。」と、そういうことが第六十六項に記載されているわけです。つまり政府の言っているように、一生に一回の被曝ということになれば、一生であれば普通の五倍ということで、職業人の場合、年間五レムというのが同じ勧告に示されておりますから、五倍で二十五レムになるわけですけれども、一回の事象においてについては、一九六五年の勧告の場合には二倍、つまり十レムというふうに改められているわけです。それでよろしいでしょうか。
#48
○浜本万三君 結構です。その勧告書は恐らく外国に、それぞれの国の言葉に翻訳をされて流されると思うのですが、日本にはいつごろ到達しておるわけでしょうか。
#49
○参考人(市川定夫君) 到着した時期というのは、私は定かには知りません。ただし日本アイソトープ協会と仁科記念財団の翻訳文というのが一般には直後から回っております。
#50
○浜本万三君 いまのお話は職業人の場合ということでございますが、一般人の場合には幾らになっておるかということをお尋ねしたいと思います。
#51
○参考人(市川定夫君) 一般人につきましては、年間五百ミリレムという被曝を勧告しておるわけであります。この五百ミリレムについての勧告というのは、これは一般的にはよく許容線量という形で語られているようでございますが、実際にはこれは線量限度、もともとの英語ではドースリミットという言葉を使っておりますが、線量限度とされているわけです。これは職業人の十分の一、つまり職業人の五レムに対して〇・五レム、五百ミリレムとされておりますけれども、この十分の一にした根拠というのは別に生物学的、医学的に根拠のある数字ではないということも同勧告で申しております。
#52
○浜本万三君 よく議論をいたします場合に、同じ一般人におきましても成人とそれから生殖機能を有する婦人ないしは妊婦あるいはまた胎内児、そういう者は成人と比較をして非常にこの影響を受けやすい、こういうお話がありますが、先ほど先生のお話によりますと、それらの問題についてもICRPの方では一定の勧告をされておるようでありますが、その内容についてもう一度ひとつお話しをいただきたいと思うのです。
#53
○参考人(市川定夫君) お答えいたします。
 生殖能力のある婦人及び妊娠中の婦人に対する考慮というのは、実は胎児に対する考慮を考慮したものでございますが、同じく一九六五年の勧告では、生殖能力のある婦人の被曝について、特に妊娠がお医者さんに確認されますまでに二カ月ぐらい経過することが一般でございますから、それまでの被曝を考えるために第六十二項にそれについて記載されております。いずれにせよ、職業人の、この場合は職業人の御婦人の場合についての、つまり放射線取り扱いを職業とされる御婦人の場合なんですけれども、一般の年間五レムという線を守っておれば、妊娠が検知されるまでの最初の二カ月に一レムを超すことはないだろう。その一レムというのは委員会が容認できる線量という形で一レムというのを最初の二カ月に与えているわけです。それから、妊娠中の婦人の被曝につきましても、これも同じく職業人の場合でございますが、これについても「最近の証拠によると、二カ月目をすぎてもなお胎児は放射線感受性がとくに高いことがわかっている。ことに、白血病その他の悪性腫瘍性状態の誘発の可能性を考えなければならない。」と、それから、「小児についての最近の研究では、子宮内の胎児が数ラドのX線に被曝すると、その後十年以内における悪性腫瘍の発生が増すことが示されている。」と、そのほか体細胞突然変異も出るということなども書いておりますが、結論として、残りの妊娠期間中に蓄積される胎児への線量が確かに一レムを超えないように方策を講ずることを勧告するとしているわけです。つまり、まとめて申しますと、取り扱いを職業としている御婦人の場合でも、妊娠の最初の二カ月内に一レム以下、その後の期間についても一レム以下に抑えるべきだと、そういう方策を講ずるべきだとしているわけでございます。
#54
○浜本万三君 結局一年間に二レム以下だというふうに理解してよろしいですか、そうすると。
#55
○参考人(市川定夫君) 全妊娠期間中に二レム以下です。
#56
○浜本万三君 それからもう一つ一CRPの関係で伺いたいのは、今度厚生省からいただきました資料によると、広島、長崎の被曝線量を測定、推測する場合に、ガンマ線と中性子との比率を五倍に、これはさっき生物効果というふうに言われたと思うのですけれども、一対五という割合にされておるのでございますが、これも恐らくICRPでは変化しているのじゃないかという予測が立つのですが、もし変化をしておればどのように変わっておるか、お話しをいただきたいと思います。
#57
○参考人(市川定夫君) 変化しているという問題よりも、いま御指摘の政府の資料のRBEを五――生物効果比と申しますが、それを五としておるのは、ここに参考人として御出席いただいております市丸先生ほかの御研究によりまして、RBE五としたときが長崎、広島の場合の実際に観察された障害が説明しやすいというところからきていると思います。
 で、ICRPが中性子について言っておりますのは、全くそれとはいわば無関係の問題でございまして、その勧告の十七ないし十八に中性子についての生物効果比、ガンマ線などに比べて何倍生物効果が高いかということについて一応の目安を与えております。それが核分裂によって生じる中性子の場合には、この係数を、何倍かという係数をQFというのですが、それを八、それから速中性子の場合には一〇というような値をICRPの方は与えております。
#58
○浜本万三君 いまおっしゃいました自発性、何というのですかあれは、爆発ですか、それは結局原子爆弾の爆発というふうに理解していいんですか。
#59
○参考人(市川定夫君) ICRPの訳語では自発核分裂ということになっておりますが、これは核分裂の産物のことでございます。
#60
○浜本万三君 わかりました。
 もう一つ、どうも市川先生に質問が集中して申しわけないのですが、もう一つ伺いたいのは、これもやはり厚生省の資料なんでございますが、爆心地からの距離と放射線量の関係を出されておる資料がございますのですが、たとえば広島の場合には一・六キロメーターから三キロまでの間でガンマ線と中性子、さらにこの線量の合計を書いた資料があるんですが、先生御承知でございましょうか。
#61
○参考人(市川定夫君) はい。
#62
○浜本万三君 それについて伺うのですが、いまのようないろいろなお話を伺いますと、最近のICRPの考え方からすれば、広島の被曝線量の推定値というものは相当変わってくるんじゃないだろうか、こういう気がするわけなんでございますが、その点いかがなものでございましょうか。
#63
○参考人(市川定夫君) お答えいたします。
 いま御指摘のICRPの最近の勧告でその推定値が直接変わるということはない。ただ、中性子のRBEをどう考えるかという問題では、もし中性子のRBEを変えれば数値は変わってまいります。
#64
○浜本万三君 それじゃ、今度はひとつ他の先生に伺いたいのでございますが、次は市丸先生にお伺いするのですが、先ほど先生のお話によりますと、放射能障害の医学技術も相当進歩したと、こういうふうにもおっしゃっておられるんですが、私が見ますところによりますと、いまだにたとえば広島におきましても原医研と放影研と原爆治療をする原爆病院というふうに分かれておりまして、完全な何といいましょうか、連絡調整も行われていない。個々にそれぞれの任務を遂行しておるという形式だろうというふうに思うんですが、そこで私が先生に伺いたいのは、相当進歩したといっても、原爆症の何ものであるかということがまだほとんど解明されてないんじゃないだろうかと、こういう気がするわけです。そこで、原爆症については治療をしながら研究をする、研究をしながら治療をするというような実情ではないかというふうに思うんですが、その点の事情をもう少し体験上ひとつお話しをいただきたいと思います。
#65
○参考人(市丸道人君) 大変むずかしい問題ですが、私ども医学者から見ますと、原爆によって起こる人体の障害ということではそんなに不明の点ばかりではないと思います。かなりわかっているつもりでございます。で、やはり放射能の性質から、最も注意すべきはやはり悪性腫瘍性疾患だと思いますね。したがって、悪性腫瘍性疾患に対する治療を確実なものにし、さらに進歩させるということはつまり原爆症の治療につながるというふうに私は思っております。
#66
○浜本万三君 もう一つ、角度を変えてそれじゃお伺いをするのですが、いま厚生省の方で認定制度というのがございますし、指定疾病名が十あるわけなんでございますが、少なくとも今日の段階では、その指定された十の疾病だけでは原爆被爆者の病気を救済することはできないというふうにお考えでしょうか、いかがでしょうか。つまりその指定の病気をうんとまだ拡大する必要があるというふうにお考えではないでしょうか。
#67
○参考人(市丸道人君) いままでのところの経験あるいは文献的なものから考えまして、それほど広げる必要はないんじゃないかと私は思っております。
#68
○浜本万三君 それほどという意味は、この十の疾患でもうよろしいと、こういう意味でございますか。
#69
○参考人(市丸道人君) 十というのはどれですか。
#70
○浜本万三君 十の病気が指定されておるはずですがね。
#71
○参考人(市丸道人君) 十以外に、いわゆる悪性腫瘍性疾患だけを挙げても十では限らないと思います。だから、そういった意味ではもっとふえてくる可能性があると思います。
#72
○浜本万三君 わかりました。
 それから先ほど四十六年の研究発表が市川先生からお話になりましたのですけれども、五レム以下でも白血病などについては多少多く白血病の症状が出ておるという御報告がございましたんですけれども、そういたしますと、先生、相当少量被曝でも影響があるというふうに理解してよろしゅうございますか。
#73
○参考人(市丸道人君) それは人体に対すそ放射線をたくさんの人工でもって浴びた例がございませんので、なかなかむずかしい問題と思いますが、いままでの成績によりますと、白血病は、先ほど市川先生がおっしゃいましたように、両市合わせますと、はっきりしたつまりしきい値、しきいこれくらい以上は出るんだと、これぐらいから以下は出ないんだという線はございません。しかし詳細にながめますと、広島ではかなり低線量から直線的になっておりますけれども、長崎では一応百ラドあたりにしきい値がございます。それはいろいろ問題があると思います。つまり両方の、両市の原子爆弾の線質の差、たとえば種類も違いますし、それから放射線の性格も、先ほどから問題になっておりますように広島の方では中性子線が多いと、しかも中性子線は白血病をガンマー線よりも起こりやすくしておるというふうなデータがありますので、同一には論じられませんけれども、結論的に言えば、かなり低線量でも起こる可能性はあるというふうに思います。しかし、これはそれがすべての疾患に言えるかというと、これは大変問題でございまして、人間の例がないので、人間の例とすれば、いままでの広島、長崎の例とか、あるいは諸外国で起こった、これは主として事故によって起こった放射線障害あるいは治療目的で使われた放射線障害、そういったもののデータを参考にしなくちゃいけませんけれども、やはり疾患によって多少しきい値の差があるということが言えるかと思います。それから動物実験も参考になると思いますが、そういったものを参考にしまして、やはり同じがんであっても臓器の場所によって、たとえば乳がんであるとか、あるいは肺臓がんであるとかというがんの種類あるいは場所によりまして、やっぱり多少の差があるんではないか。これから以下は余り危険がなかろうというふうなのが現況では出ておるはずでございます。それを参考にせざるを得ないというふうに思います。
#74
○浜本万三君 そうすると、少なくとも中性子の多かった広島型の原子爆弾の場合には相当低線量でも直線的に影響は出ておる、こういうふうに理解してよろしゅうございますね。
#75
○参考人(市丸道人君) 白血病に関してはそう言えると思います。
#76
○浜本万三君 わかりました。
 次に、この原爆症の治療の仕方の基本に触れることなんでございますが、先ほど私が申し上げましたように、まだ完全な原爆症に対する解明が行われてない今日、治療をする基本的な考え方から言えば、治療をしながら病気の研究もする、研究をしながら治療をするということが事実上ならざるを得ないのじゃないかと思いますが、重ねてひとつ先生の御見解を。
#77
○参考人(市丸道人君) 何て答えていいかわかりませんけれども、結局われわれはある被爆者が来た場合に、この人は被曝をどれぐらいしておるということを確めまして、被爆の影響がありはせぬかということを考えます。しかし先ほどから申し上げておりますように、たとえば肺がんにしても甲状腺がんにしてもあるいは白血病にしても、そのこと自体、その疾患自体には特にその被爆者に特異な点は見られないのであります。したがって治療は同じようにせざるを得ない、しかもその一方、明らかでないもしがんがありましたら、あるいはがんでなくとも被曝の影響と考えられるような疾患がありましたならば、それを検討しながら、一方では被爆の影響を確めていくという方法はとっております。したがって先生、ある意味ではおっしゃったようなことになると思いますが。
#78
○浜本万三君 どうもありがとうございました。
 続きまして、鈴木参考人に伺いたいのですが、被爆地のお気持ちを非常によくまとめていただいたお話を伺いまして、皆さんのお気持ちが非常によくわかったのでございますが、その上でなお一つだけ伺いたいことがございます。
 四つの具体的な項目を差し示されたわけなんですが、その第一項に、爆死者及び財産喪失者の補償という問題が提起されております。確かにおっしゃいますように被爆者の方々は私が考えましても三つの要求をなさっておるように思うのです。その一つは、過去の犠牲に対する補償を国でやってほしいということ、現在の生活に対する補償をやってほしいということ、もう一つは、被爆者として当然のことなんですが、将来の平和の保障と申しましょうか、そういうものをやっぱり国がやってほしいということを主張されておるというふうに思うのです。いまおっしゃいました第一は、私が言う第一と同じようなことだと思うのですが、つまりその中でもう一つ、私はこういう点はないだろうかということがあるのです。つまり死者と遺族に対する弔意は弔慰金などを当然御要求なさっておられるし、遺族年金ということをおっしゃっていらっしゃるのじゃないかと思うのですが、もう一つは、若い娘さんの例をとって悪いのですけれども、被爆いたしまして大変なケロイドの障害を受けられた、むろん手術された方もありますけれども、回復はしがたい、そういうやっぱり障害を受けた方々に対しては当然国が障害年金を支給してほしいという、それで問題が解決するわけじゃございませんけれども、せめてそういうお気持ちがあるのじゃないかと思うのですが、障害を受けた方の障害年金ということは被爆地の皆さんとしては強く要求されていらっしゃるのでしょうか、いかがでしょうか。
#79
○委員長(村田秀三君) 鈴木参考人、お願いいたします。
#80
○参考人(鈴木美秀君) お答えさせていただきます。
 私どもの要求の中に障害年金という項目を入れておりませんので、御質問のようなことが出るかと思います。私どもはいま先生がおっしゃったような事例の人たちは第二項に申し上げておると思いますが、当然、認定制度などを大きく変えて、そういう方々は認定患者として扱って生活面なり医療面なりの補償をぐっとよくしていただけば、あえて障害年金と言わなくても救済できるというように考えておるから、そういうふうにしてあえて障害年金という項目を入れておらないわけでございます。
#81
○浜本万三君 わかりました。要するに第二項の中で何かやっぱり特別措置を講じろ、こういうお話のように伺っておきます。
 室田参考人に次は伺うのですが、先ほど長崎の鈴木参考人からは特に被爆二世の問題に触れられまして、できるだけこれは慎重に扱ってほしいと、こういうお話がございました。先ほどあなたの御証言の内容を聞きますと、全電通の職員であるというお話を伺いましたんで、恐らく若い人がたくさんおられるんじゃないかと思います。そこで、当然被爆二世、三世の問題があなたが知る範囲で重要な問題になっておると思うんですが、できるだけこれはそっとしておいて、慎重に扱うということでよろしいのか、もしくは問題が起きておるんだからやっぱり援護法の中に、――援護法をつくって、その中に入れて二世問題をやっぱり取り上げなきゃならぬと、こういうふうに考えられるのでしょうか、どちらでございましょうか。
#82
○委員長(村田秀三君) 室田参考人お願いいたします。
#83
○参考人(室田秀子君) お答えいたします。
 心情的には自分が被爆二世であるということは、皆触れられたくないというのが心情的ではないかと思いますけれども、現実に職場では体が弱くてずっと病気がちなという人もいますし、軽作業にかえてほしいという人たちもいるはずなんです。それで、そういう健康管理の面では、健康診断とか健康管理の面は充実さしてもらいたいという要求は強いはずであります。
#84
○浜本万三君 次は、任都栗参考人に伺うんですが、広島の代表の方でございますから、恐らく広島の被爆者はいろんなことを国でやってほしいというお気持ちがあるんじゃないかと思うんです。それで、さっきは時間の関係で、原爆病院の問題でありますとか、それから介護手当その他の手当の若干の改正を要求するというお話がございましたんですが、たとえば地域指定の問題でありますとかいうような問題についてほかにありましたら、被爆者のお気持ちをこの際承りたいというように思います。
#85
○委員長(村田秀三君) 任都栗参考人お願いいたします。
#86
○参考人(任都栗司君) 要求すべきことはたくさんございますが、特にこの機会に一言申し上げておきたいことは、被爆者が現在のような医学的にもまた法医学の上でもまた国際法の中でも明らかな解明ができておったならば、私は医療法という時限において、医療法制定という時限においてもっと進んだ処置ができたと思います。医療法を制定するために国に要求したときには、根拠のあるデータをひっ提げて国を説得するために、厚生省を説得するために容易ならざる努力を払って、もとより私ども素人でございますから入手ができなかったかもしれませんが、各関係方面から参考資料を集めて、各地方から参考資料を集めて厚生省に要求いたしましたが、なかなか現在本日承るような有力な資料などというものはなかなか集まりませんでした。私は、いまにして思うことは、もう少し早くこのような内容が窺知できておったならば、くつの上からかゆいところをかくようなあの医療法の制定ではなくして、もっと進んだ道が講ぜられたことであると思います。しかし、現在このような状態がきわめて解明せられたという時限において、私はそれを裏づけとしてできるだけの法的措置を講じて被爆者を救済すべきだと思いますが、特に一例を申し上げれば、壊滅した広島市の被爆者が、生き残ったわずかの人でも、家を失って、あの川っぷちにバラック建てを建ててまことに乏しい生活をしておったのでございます。この住宅対策などにつきましても、当時特に政府の援助を受くるためにしばしば内容を具体的に話し、実地調査もいたしてもらいまして、そして要求したのでございますが、これもなかなか思うように任せませんでした。その後住宅対策の一環として公団から重点的にこの哀れなバラック建ての被爆者を収容するための高層住宅は建ちましたが、その敷地は国有地でございます。国有地の使用料を大蔵省は要求しております。この使用料は原爆被爆者の哀れな人たちを救った高層住宅でございますから、その使用料等は免除さるべきであると思います。にもかかわらずそれはやはり規定に基づいて地方費の負担としてその使用料は支払われておるわけでございます。また原爆によって壊滅いたしました人たち、全滅した人たちが持っておりました預貯金、預金及び貯金でございますが、これは貯金は国有と化し、預金は各会社の銀行の所有と化したはずでございます。私は、この原爆直後しばしば主張したことは、全滅して行方不明になった預貯金は、時効を中断しておくべきである、またはこの預貯金の時効を中断せよということは、行方不明になり全滅した人たちに返す方法もございませんが、せめてその銀行経営者たちは何らかの方法でこれを還元すべきだという心得を持っておりました。預貯金の原簿は各銀行に残っておったはずでございます。その時効の中断すら主張がいれられないでおった時代でございます。貯金は、郵便貯金は全部国庫の収納となったはずでございます。こういうふうな前後の事情等を考察いたしまして、国は現時限においてできるだけの道を講じて被爆者を救済援助すべきであると思います。地方費の負担の増大の中に、なおかつ地方費の負担の名において被爆者が援助せられておるという事柄自体も間違いでございまして、援護法を制定すればそれらが法の力によってことごとく助かると、救済せられるということでございますが、私はその援護法の中身に実は多少まだ不足を感ずるものでございます。また一方、中身で検討をさらに要すべき点がありはすまいかと思う点がございます。私は、前提として申し上げましたように、現実に即した方法として、もっと中身を練り直して、そしてこの援護の道を法制化していくべきであると思いますが、はなはだこれは私言い過ぎた失礼なことかも存じませんが、被爆者に対して救援の道を講じて三十年今日、一生懸命に研究、働いてまいりました私としてはそのような気がしてなりません。だが、どうして援護法成立までに何とかして現状の苦痛を救済し、打開する道を政府は講じてくれないだろうか、厚生省はもっと目を向けて、どうかして理論の合う、理屈の合う、法制化される問題、現行法の改正によってできる最大の道を講じていくべきが妥当じゃないかと心得るわけでございます。まことに言い足りませんけれども、これが私の気持ちでございまして、お尋ねにそぐわない結果の発言になったかもしれませんが、あしからず御了承いただきたいと存じます。
#87
○浜本万三君 時間が参りましたので、もう一つだけ市丸先生に伺うんですが、先ほど長崎の原爆病院、広島の原爆病院、さらに広島の養護ホーム等、特に原爆病院は施設が老朽化しておる、したがって、国は早急に相当の費用を費やしてりっぱに改築をしてほしいという御希望がございました。私はそれは当然必要だと思うんですが、それと同時に、りっぱな医療を被爆者の皆さんにしていただくためには現在の医療法も相当変えなきゃならぬのじゃないかというふうに思うんですが、その点いかがでございましょう。
#88
○参考人(市丸道人君) 大学におりますと、医療法の欠陥といいますか、非常に詳細なところまではわかりませんけれども、現在の日本の医療制度ではやはり収入に対してその病院が費やす費用といいますか、の方がどうしても上回っていく、まあ人件費その他ありましょうけれども、そういった面からやはり改善していく必要は私もあると思います。
 で、被爆者の治療に、何といいますか、原爆病院が特に金がかかっているかということは、やはりいろいろあると思いますが、被爆者が孤老の人とかあるいは重症の人が多いとかいうことで、治療費はそれほどかからなくても、周りの何といいますか、介護の看護婦さんだとかあるいは介護人の費用がかなりかさんでくるんじゃないかというふうに私は思っております。
#89
○浜本万三君 ほかにまだ伊東先生や田沼先生に聞きたかったんですけれども、時間がありませんので、これで終わります。
#90
○小平芳平君 最初に田沼先生に伺いたいと思いますが、先ほど来ずっと両委員の質問に対する参考人のお答えを伺っておりまして、きわめて大きな現在の問題点は、認定制度があると思います。で、私もこうした認定制度は廃止すべきであると、先生が先ほどそのようにお述べになったように伺ったのですが、私もそのように考えております。特にこの原爆の傷害作用の影響によるものでないことが明らかなものだけを除いて、影響の疑いがある、あるいは影響がまだはっきりわかっておらないというようなものは対象とすべきであるというふうにお述べになったように伺いました。で、この点につきまして、いま御出席の他の先生方にも逐次またお伺いしたいのでございますが、田沼先生から、最初、このようにお述べになった先生のお考えにつきましてもう一つ御説明していただけたらと思います。
#91
○参考人(田沼肇君) お答えいたします。
 先ほど私が申し上げたのは、たとえの言葉で言えば、原爆症の問題については、疑わしきは援護する、疑わしきは医療するということが一番大事なことだと思います。で、きょうここに、私は医学の素人でございますが、権威のある参考人の方々がおいでになっていた話を伺っても、依然として原爆症が十分に解明されてるとは言えないということは明瞭なように理解しております。また、明確に解明されているという点に触れて言えば、たとえば遺伝的影響は不可避的だというようなことがむしろ強調されてるように理解されるので、全体としては、もちろん原爆症という特定される病気があるわけではないでしょうが、被爆者については疑わしきは援護する、疑わしきは医療するということを貫いていただきたい、それが一番それこそ現実に即した政策ではないかというふうに思います。それからなお、午前中の陳述では時間がありませんでしたが、いまの、被爆に起因しないことが明らかなものと並んで、もう一つ、この医療法、措置法の体系で重大な問題は、治癒能力が原爆の放射能の影響を受けているかどうかを判定する科学的な基準ですね、これも現在まで伺った範囲では、私の理解し得る範囲ではそのような意味での科学的な基準はないと、したがって現行の認定制で言う認定の基準そのものは根拠がないというふうに言わざるを得ない、この点を再検討するに値するような論文はいままでのところ私も拝見した覚えがない、これが第一の点でございます。
 それから、いまの御質問に対するお答えの第二点として、この認定制度の問題に関連しますが、たとえばいま広島高等裁判所で係争中の桑原訴訟などが示してますとおり、原爆と原爆症の因果関係の立証責任が事実上被爆者に押しつけられているという問題ですね、これはきょうここでいろいろに論議されてきた問題のいわば決着点の一つであって、現実の生活の中にあるこの問題が解決されない限り被爆者は苦しみから解放されないだろうと、こういうふうに思います。認定制度の問題をつづめて言いますならば、私はそうしたところに、いまの二つの点に中心的な問題があるのであって、他の参考人の方々からも被爆者の差し迫った問題の解決ということが強調されておりますけれども、私も全くそのように思いますが、しかし、この認定制の問題こそ、現行認定制の運用の中にある、あるいはそれの原則的な考え方の中にある問題点こそ当面する被爆者問題の基本だというふうに承知いたしております。
#92
○小平芳平君 市丸先生に伺いたいのですが、先ほど来ずっと大学においでになる先生のお立場の上からお話がございましたが、いまお述べのような疑わしきは援護する、疑わしきは医療するという、こうした考え方に立ちまして考えた場合に、この現在の、まあ十の疾病についても先ほどお話がありましたが、現在の疾病、要するにこの認定疾病ということがまず決められているということ、それから医学的にまず起こり得るだろうという放射能の影響であろうと考えられる疾病がそれはあるというふうに先ほどお述べになられました。で、まあ、ごく私も素人でございますので概略で結構でございますが、一番疑わしいと考えられる、あるいは現在問題になる疾病はどういうものが挙げられますか、その点伺いたい。
#93
○参考人(市丸道人君) けさほどのお話にも述べましたように、放射線がどこに影響を与えるか、直後であればいろんな場所に影響を与えると思いますが、数年あるいは数十年を過ごしてから起こり得る病気としては、やはり細胞の病気だと、しかも何か放射線によって影響を受ける可能性があるのは、市川さんのおっしゃるような染色体に何か影響を及ぼすのじゃないかという可能性が強く考えられるわけです。そうしますと、やはり悪性腫瘍性の増殖性疾患が一番最も考えやすいということであります。現実に、やはり一番多く出たのは白血病でございます。代表的な疾患と考えられてもいいと思います。それがまず第一と、それから、やはり高年齢化しまして、被爆者が、やはり各種のがんが発生してまいりましたが、それはもちろん非被爆者にもあります。ありますけれども、やはり被爆を受けているということで、その数がふえてくる可能性は十分考えられるのじゃないかということです。したがって、結論を申し上げますならば、白血病を中心とする造血器疾患あるいはその他の悪性腫瘍、これが一番可能性のある疾患というふうに言うことができるかと思います。
#94
○小平芳平君 その点については伺いました。で、疑わしいもの、要するに現在の医学でははっきりそれは放射線によるものが原因であるとも言い切れない、しかし、原因でないとも言い切れないというようなものがまた多いんじゃないかと思いますが、そういう点はいかがでしょう。
#95
○参考人(市丸道人君) それを言えば切りがないんでございますけれども、やはり日常われわれが被爆者と接触しまして、診療いたしている体験的なこともかなり大事なんじゃないかと思いますが、はっきり申し上げますと、特にこういう病気がふえているんじゃないかという、直接的にきわめて密接に感じられる疾患は余りございません。やはり、一番懸念されるのは悪性腫瘍性疾患だというふうに思います。特に、白血病なんかは非常に若年者の人もかかりますし、過去において若年被爆者も相当亡くなられました。これは非常に悲惨なことでございまして、この点から言えばもうやはり原爆被爆は、原爆は許すことのできないものだということが言えます。何か答えにならぬように思いますけれども。
#96
○小平芳平君 被爆と健康障害の関連が科学的に、医学的に未解明の分野があるというふうに市丸先生はお感じなんでしょうか。それとも、先ほどもちょっとお話に出ておりましたが、大分解明がついたと、もう放射線による影響は、それは昭和二十年の段階から見ればそれこそ解明ができた分野が多いと思いますが、しかし、なおかつ科学的、医学的解明の未解明の分野が残っているというふうにお考えなんでしょうか、その点はいかがでしょう。
#97
○参考人(市丸道人君) 私は一臨床家でございまして、すべてのことを解決し得る能力はもちろんございません。ですから、先ほどから申し上げておりますように、被爆者と日常接触しまして、特に不可解な病気が残っているというふうには感じられないのであります。したがって、はっきりしているのは、やはり先ほどから申し上げましたような病気でございます。
 それから、最近問題になっておりますのは、やはり動物の実験の結果から被爆者が加齢現象が早いのじゃないか。そうしますと、その加齢に伴ういろいろな成人病の発生が非被爆者に比べてふえておるのじゃないかというふうに思われます。それを広い意味で被爆の影響だと申し上げれば、これはそうも言えるかもしれません。しかし、それは一方で加齢の影響はどのぐらいあるかという研究は進められております。しかし、その研究というものは非常にむずかしゅうございます。加齢の指標というものは非常につかまえにくい。非常に個人差がございます。たとえば早く頭がはげる人もおるでしょうし、そうでもない人もおります。どれ一つをつかまえても、なかなか指標になるものが少ないので、決定的に被爆者が加齢が促進しているというデータは現在は出ておりません。現に私どもの研究所で被爆者の四十歳代の何十人かを集めましていろいろなことをやりましたけれども、有意な差はいまのところ出ておりません。こういう研究は、やはり動物実験のそういったデータがあります上は、やはり被爆者がおる間は進めていくべき問題ではあるとは思います。しかし、現在のところはっきりした差は出てないと思います。
#98
○小平芳平君 それでは市丸先生に恐縮ですが、もう一問伺いたいんですが、それはきわめてはっきりして――きわめてはっきりというわけじゃないですが、白血病、悪性腫瘍というそうした放射線による影響のある疾病という、その疾病がいつ発病するかわからないという不安に被爆者の方々はさらされているということが言えるのじゃないかと思いますので、そうした病気の発生を予防することができるかどうか、あらかじめ健康管理をして、そうした放射線の影響による病気の発生を予防するということができれば、ある一つの安心ということにもなりましょうが、現状はどうでしょうか、それが一つ。
 それからもう一点は、そうした病気になった場合に治癒することができるかどうか、治療法が解明されておられますかどうか、その二点についていかがでしょうか。
#99
○参考人(市丸道人君) 原爆症に予防ができるかということでございますが、悪性腫瘍性疾患に限ればはっきりした予防法はないんじゃないかと思います。やはり現在の問題点は、いかに早く発見するかということでございます。同じがんであっても、場所によっては早く発見すれば完全に治癒できます。したがって、非常に不幸な人で早く発見してもできない場合もございますけれども、それは非常に遅く発見するよりも早く発見した方が全体的に言えば非常に治癒率は高いということが言えるので、やはり健康管理あるいは検診といったものを強化しまして、なるべく早く見つけるということは大事であろうというふうに思います。
 それから、治癒できるのかと申しますと、これはちょっと私の専門外のことにもなりますけれども、がんの種類によっては完全治癒は可能であります。放射線療法でもかなり治癒するがんがございます。それから、やはり場所によっては、あるいは種類によっては非常にむずかしい。したがって、一〇〇%治癒はできるというふうには申し上げられません。
 それから、私の専門でございます白血病に関して言うならば、特に急性白血病は問題になりますけれども、先ほど申し上げましたように一度あるいは二度ぐらいは正常の状態に返すことができます。しかし、残念ながら完全治癒をすることは非常にむずかしい。中に非常に運がよくて、五年あるいは十年ぐらい生存していらっしゃる人もあります。これはむしろいまのところでは運がよかったというふうに考えざるを得ないようなまだ数の少なさでございます。今後とも努力していきたいと思います。
#100
○小平芳平君 まあ、結論的に申しますと、そういう点では未解明の分野がまだ多いと、このように理解してよろしゅうございますね。
 これは市川先生にお伺いしてよろしいかどうか、市川先生は、繰り返して申しませんけれども、いまの認定制度、それから認定疾病、それから医学的な解明、そういう点についてどのようなお考えでしょうか。
#101
○参考人(市川定夫君) お答えいたします。
 いまの認定疾病の問題で申しますと、市丸先生が朝ほどから繰り返しておられるように、幾つかの疾病のうち放射線によって起こることがわかっているという病気が当然そこにあるわけですけれども、放射線以外の要因によっても起こる可能性がありますし、同じ放射線でも原子爆弾以外の放射線の問題も当然出てくるわけですが、だけれども、同じく田沼先生がおっしゃってますように、もしもどっちかわからないという場合でも、この原子爆弾に関する限りはいずれにしても原子爆弾によって起こった疑いがあるという場合には、十分なそういった援護ないしは治療というのをしてあげないと、いま市丸先生おっしゃったような早期なら治癒する可能性が高いにもかかわらず、おくれることによって治癒できないという場合も起こってくると考えられますので、そういう認定制度というのはいろんな制限をつけるんじゃなくて、できる限り早くにできる方向、しかも制限なしにできる方向へと持っていかなければならないと思います。
 それから、疾病及び治癒の問題に関しまして申し上げますと、私は専門家でもございませんから、一般的な聞き及ぶことしか言うことはできません。それで、市丸先生がいまおっしゃいましたようなとおりだと私も思っております。
#102
○小平芳平君 それでは、いまの認定制度という表現が妥当かどうか、ちょっと問題かと思いますが、室田参考人、それから任都栗参考人、それから鈴木参考人の三人の方にいま私が申し上げましたような現在の制度のあり方、あるいは運営のやり方に対する不満、欠陥等々がございましたら、まあ、どちらかというと市民の立場から、そういう立場からお述べいただけたら幸いだと思います。
#103
○委員長(村田秀三君) まず室田参考人、お願いいたします。何か問題、おわかりでしたか。
#104
○参考人(室田秀子君) 認定制度に対する……。だから病名とかなんとかということでしょうか。――先ほどから特徴的にあらわれる病気として白血病とか、各種腫瘍、がんとか言われておりますが、それを現在では乳がんとか肺がんとかいうのは認定になっていないと思います、明らかにあれは認定になっていないと思います。それを認定してもらおうと思えば、もし本人ががんであるとすればそれが明らかになるわけでありますし、そういうことをしたら、もし本人が知った場合には完全にショックになると思うのです。そういう過程を通らずに認定をしてほしいという強い希望があります。
#105
○委員長(村田秀三君) それでは任都栗参考人、お願いいたします。
#106
○参考人(任都栗司君) 端的に申し上げますと、健康管理の方法を充実することであると思います。健康管理手当は大幅にこれを増額すべきだと思います。さらにその施設の充実を図らなければなりません。多くの人たちがたやすくその不安を訴え、そしてそれを適切な診療機関において診療を受け、そして適切な指導を受けるべきだと思います。そういうことのためにもその機関の充実には先ほど申し上げたような諸機関――国家がこれを見る機関を建設すべきであると思います。さらにその他生活面におきましてかなり大幅な制限の撤廃をしてこれを援助していくべきであると思います。端的に一例を申し上げますと、各自が精神的に被爆者であるということのためにめいることのないような適切な指導も必要でございます。各自の自覚も必要でございます。健康管理が行き届いたためにかなりの生命が延びることも可能であります。いままでそういう機関の充実しなかったことが早く生命を断った多くの人たちの気の毒を見た結果にあらわれていると思います。要はその諸施設の充実と手当の増額、これが切に望まれております。
#107
○委員長(村田秀三君) では、鈴木参考人お願いいたします。
#108
○参考人(鈴木美秀君) お答えさしていただきます。
 ただいま話題に上がっております認定制度の問題は、認定という言葉で言われますと二つのものが混同されておるというおそれがございます。私どもは認定というのは認定患者に認定されるということと、健康管理手当を支給される疾病を認定してもらうことと二通りあると理解しておりますので、最初に申し上げます認定患者に認定するということは、現在では市丸先生が先ほどからお述べになっておりますように、白血病だの、乳がん、肺がん、甲状腺がんあるいは熱線などによる火傷とか、あるいは爆風などによる傷とかというものが認定の範囲として一応指定されております。ただ、健康管理手当を支給される場合の認定は十種類の疾病に限定されておるということになっておりまして、この疾病は十種類ではございますが、病名はたくさんあるわけでございます。当初、私は陳述の中で申し上げましたように、被爆者の状態がいろいろ違っておりまして、極度に障害の重い人あるいはそうでもない人というような方々がいろいろありまして、現在その認定制度あるいは健康管理手当の支給の対象というような形に分けられておりますが、その認定患者として認定するということの中に非常に不合理があるということを申し上げたわけでございます。それは認定制度ができました当初ごろに認定患者に認定してもらっておって、現在は相当年数がたちましたので治癒した状態にあるというような人は、やはり認定患者として特別手当の二分の一の七千五百円がもらえるという制度が設けてありますが、いまになって自分も当然認定患者に申請する立場にあるということでただいま認定をいたしましたとしますと、その人もやはり過去の認定の制度ができた当初はいま認定されておる患者と余り変わらないような状態にあっても現実面ではある程度治癒した状態になっておる、そうしますとその人が申請をしましても却下される、治癒しておるからだめだと却下される。片方は早く認定患者に認定されたから七千五百円でも手当がもらえる。過去に苦しみながらそれをわからないで認定患者にならないでやっといまわかって認定患者に申請してみればけたぐられる、これでは余りにも不合理だというようなことを私どもは痛切に感じるわけでございます。したがって、この認定患者の認定制度を大幅に広げていただいて、やはり認定患者というものは相当過去にも苦しんできております。現実にも人の前に出られないような姿を持っておる人もおります。ですから、こういう方々については治癒しておるとかおらないとかいうような問題は一応抜きにいたしまして、過去のその苦しみ、あるいは現在の何といいますか、先ほど心の問題も出ましたが、心の苦しみ、そういうものをお認め願って認定を大幅に認定していただいたならばそういう方々は終身やはり認定患者の手当、今後は十月から特別手当が二万四千円、医療手当が一万四千円、合計三万八千円に月額なるはずでございますが、これくらいの手当は終身支給していただきたいということで私どもはお願いしておるわけでございます。あとの健康管理手当の十種類の病気、これも私は先ほど陳述で申し上げましたように、原爆手帳で医療にかかります場合には制限されておりません。どんな病気でも原爆手帳を持っていきますと見てもらえるわけです。ところが、いざ手当をやるというときになったら十種類で制限してしまう、しかもこれには所得制限、年齢制限などをつけた、このようなことは私どもどうしても理解に苦しむわけでございます。したがって、先ほどから申し上げておるように、この二法は私どもは明らかに国家補償という精神が入っておった、私どもは国家補償の立場で皆さんにお願いをしてまいりました。その趣旨を認めていただいてこの二法をつくっていただいております。であるならば、私は皆さん方の中には私の申し上げておることを理解していただけると思うわけです。国家補償の精神が全然なかったと先生方はおっしゃらないだろうと思います。また全国民の皆さんもそういう気持ちになっていただいておると思います。したがって、国家補償の精神で何とか被爆者を救ってやろうというお気持ちであるならばその精神に沿うような立法の運用をしていただきたかった、現在の医療法、特別措置法、これはもう本当に社会保障法的な色彩が強いと私どもは理解しております。したがって、被爆者援護法という要求が出てくる、これが国家補償の精神に立って私どもがお願いしておるような線で進めていただくならば、原爆被爆者援護法などというものは出てこなくて済んだはずだと私は考えます。そういうことで私どもは考えておりますので、ぜひひとつ先生方の御尽力をお願いいたしまして、大変ほかの余談にまでわたりまして申しわけございませんでしたが、お答えにさしていただきます。
#109
○小平芳平君 時間が参りましたので、田沼先生に最後にもう一問伺いたいと思います。これはむしろ別な機会に研究体制につきまして、特にこの原爆病院の荒廃した状況等を中心にしまして、あるいはホームのお話も先ほど出ておりましたが、こうした点につきましても厚生大臣、厚生省当局に対していろいろ申し上げたいことが山ほどございます。特に原爆病院の場合は広島、長崎ともに大変惨たんたる状況になっております。で、先生としましてはこうした体制につきましてのお考えをお述べいただければ大変幸いだと思います。これにつきましては、現地からは原爆病院は国立病院に移管してほしいというような御意見もありましたし、いずれにしても国の相当の援助があってしかるべきだという強い意見を私たちは現地で伺ってまいりましたが、このような取り組む体制について先生のお考えを伺えたら幸いと思います。
#110
○参考人(田沼肇君) 原爆病院の国立化の問題については、私どもが承知している範囲でも、広島と長崎では歴史的な経過や事情が違うためにやはり多少の主張の違いがあって、現地調査なさった議員の皆さんもお感じになったかと思いますが、私の意見はやはりそういう違いを前提にして広島、長崎のそれぞれの被爆者の意見をよく聞いていただいて、一番被爆者の利益になるようにしていただく必要があるんじゃないかと、ただ原則上の問題としては私はこの被爆者のための医療を行う機関は被爆者に対するこれも国家補償の一部として国が行うべきだというふうに考えております。何か医療機関の問題だけは国家補償の問題と別のようにとらえられている向きがないわけではありませんが、私は国家補償のこれも一部であると、だから四党案の国家補償の精神に基づくというこの立場が発展するということの延長線上にある問題たと思います。
 それからなお、ABCCについては、これは今後の実際の動きを事実に即して見守らなければならないと思っておりますが、私自身の考えは、加害者がいかなる意味でも被害者を調査したり検査したりすることは許されないし、世間の常識としても認められるものではとうていない、今度の放影研への改組も、私は加害者が副所長を初めとしてその中に籍を置いていることについては私自身納得できませんし、必ず被爆者はその点について強い御不満をお持ちだろうと思います。このABCCが発足するときのアメリカの原子力委員会と学士院との間の契約書が衆議院の社労委員会で明るみに出たわけでありますが、この契約書の中にある「本契約は一九四六年の原子力法にもとづいて社会全般の防衛と安全のために取り決められる」というこの考え方が今回の放影研への改組に当たって完全にぬぐい去られたのかどうか、私はきわめて疑わしいというふうに考えております。そのようなことが明確にされない限り、とうてい被爆者の医療などということは言えたものではないというふうに確信しております。以上です。
#111
○沓脱タケ子君 それでは、被爆三十周年に当たりまして、きょう皆さん方の大変貴重な御意見をたくさんお伺いをいたしまして、深い感銘を受けましたと同時に、実は施策の緊急性というのを一層痛切に感じさせられました。先ほど高野参考人からも午前中おっしゃられましたように、原子爆弾が国際法に違反しておるという点で判決がすでに出ておるし、それに至る法的論拠等についても解明をされましたが、そういった点で国家補償という立場で当然私ども四党で提案をしておる援護法を制定すべきであるという立場をとっておるものでございますけれども、ずいぶんたくさんの御質疑の中でいろいろと解明をされてまいっておりますので、大変貴重な機会でございますので、数点お伺いをしておきたいというふうに思います。
 まず第一に、これは伊東参考人にお伺いをしたいと思っておりますが、先ほど午前中の陳述の中でも室田参考人が御自身の体験を通じての大変貴重な御経験をお聞かせをいただきました。その中で私ども思いますことは、今度の施策を本当に緊急に実施していくために一番何が大事かという点で、これは伊東参考人の陳述の中にもございましたけれども、被爆者の特殊性、原爆被害をどう見るかという問題、こういう点が少々御報告があったと思うわけでございます。で、私その点が非常に大事ではないかというふうに思うわけですが、実は、六月の二日には大阪でやはり被爆者の主婦――四十八歳の方でございますが、原爆の後遺症に苦しむ主婦が生きていく自信がないと言って自殺をされた。で、この方はどういう状態かと言いますと、一年ほど前から鼻血がひどくなり、月に二、三度頭痛に襲われるようになって、国立大阪病院に通院をしていましたが、二週間前から症状が悪化し、立っていられなくなって寝込んでしまいました。ことし二月に被爆者手帳の交付を受けていましたが、病院から手術が必要と言われ、入院すれば家族に負担をかけると悩んでいたと言われています。で、御家族はこう言っているんですね。原爆症に認定されるのはなかなかむずかしいというし、入院後のことを心配をしたのではないかと語っておる。しかも、この方のお母さんはやはり原爆症で、広島で被爆をして、長く頭痛と神経痛に苦しんだ上、白血病、脳腫瘍になって、原爆症として認定されないままに四十一年十一月に七十四歳で亡くなっておられるわけです。それから、私ども実地視察に参りまして、広島でもお伺いをいたしましたが、広島では広島被団協の田辺さんがおっしゃっておられましたけれども、現行二法ではとてもこれは助からないと、自殺者の調査をしてみたんだということで御報告がありました。たまたまその記事が中国新聞にも報道されておりましたけれども、これによりますと、四十五年の一月から五十年四月末までに広島県内で二十五人の自殺者がおられて、しかも自殺者の年齢別では六十歳以上が十七人と圧倒的に多い。自殺した原因というのは、全員が原爆症による病苦であり、そのうち八人が被爆故老である。それからこれらの自殺者のうち、原爆医療法や特別措置法により各種手当を支給されていたのは十一人、認定被爆者は二人でしがなかったというふうなことを御調査になられて、こういった状況、被爆者の自殺というふうな悲惨な状態というのをなくするためには、現行二法ではすでに限界だ、何とかしてもらいたいんだという悲痛な叫びが出ておったわけでございます。そこで、こういった被爆者の実態について、伊東参考人、午前中に命と暮らしと心の三つが破壊されている。この問題を補償していくということがきわめて大事だというふうにおっしゃっておられたのですけれども、そういった被爆者の実態というものをもう少し詳しく伺わせていただきたい。
#112
○委員長(村田秀三君) 伊東参考人、お願いいたします。
#113
○参考人(伊東壮君) まあ、個人的に原爆被害をどう見るかという、一人の被爆者の身になってみますと、私はかつてそういうことを言ったことがございますけれども、トータルな崩壊という言葉を使ったわけでございます。これは核兵器そのものをお考えになるときに、皆さん方恐らく後に被爆者が残って、放射能害で苦しむなんというような核兵器の映像を思い浮かべられることはないでしょう、恐らく。そんなところに核兵器の本質があるわけでもないわけです。で、それは完全に一つの地域を抹殺する兵器であったわけです。したがいまして、家庭も、それから地域社会も、それから学校とか職場とかという機能社会も一斉に崩壊してしまった。先ほど私は過去帳を読み上げましたけれども、一人の人間がいて、突如として家族を失い、職場を失い、学校を失い、地域の隣人を失い、財産を失い、自分の健康を失い、そういう問題の中で、絶望するなと言っても、それは絶望せざるを得ないわけであります。せめて、それに対して国民を代表する国家が、せめて、よし、あなた方は大変なんだと、日本がこうなったのも、平和にとにかくやってきたのもあなた方のおかげなんだと言って本当に温かい手を差し伸べていれば絶望することはなかったとぼくは思うわけです。ところが、それはいろんな経過があったにしろ、実は軍人・軍属が昭和二十七年ごろからこの援護法ができ、それから五年たたなければ医療法もできなかった。あるいは引き揚げ者やそれから地主に対しても補償があったにもかかわらず、依然として援護法はできていない。こういう実情の中でもって逆に世間の中では、そういう中でもって被爆者の負っているいろんなデメリットは差別となってあらわれてきているわけです。そういう中で、絶望するなと、あなたの未来は明るいんだからもう少しお待ちなさいと、三十年もたったけれども、まだできないけれども、もうちょっとがんばりなさいと言われてみても、これはやっぱり私は絶望するのがその身になってみればあたりまえではないかというふうに思うわけです。まあ、いわば私は、被爆三十年のこの参議院でせっかくお開きくださいました公聴会を聞いていても、なおかつ、原爆の被害そのものが非常に限定された生物学的な、ないしは人間を生物学的にしか見ていないと、そこに最大の問題がやっぱり私はある。これがなくならない限りにおいては、被爆者は恐らく救われないだろうし、自殺するだろうし、絶望するだろうという気がしているわけであります。
 まあお答えになったかどうか余り自信ございませんけれども。
#114
○沓脱タケ子君 まあ、いかにひどかったかと、いかにひどい被害であるかという実態というのがやはりなかなか十分に理解をされませんと、対策が当然これに加わって対応すべき性格のものですから、その点が恐らく伊東参考人思い出されて感きわまられたと思うんですけれども、私も拝聴いたしておりまして胸が詰まる思いがいたしております。
 で、関連をいたしまして、先ほどからもいろいろ質疑がございましたけれども、市川参考人が、保健手当の新設で、二キロ二十五レムというもののこの非科学性というのを遺伝学的に明らかにしていただいたわけでございます。私もその立場を当然認める者ですけれども、私は、先ほどなぜ伊東参考人に被爆の実態、被害の特殊性というものを最初にお伺いをしたかと言いますと、そういった被害の特殊性の中で、二キロ二十五レムというふうな形で直線的な決め方というのが実態に合うものではなかろうというふうに私ども推論をするわけです。そういう立場で伊東参考人に引き続いてお願いをしたいと思いますけれども、確かに科学的にも合理的でない二キロ二十五レムだという点の非科学性というのは明らかにされているわけですけれども、実態的に見てどうかと、被爆者の実態的な姿から見て現実的なのか、非現実的なのかという点あたりを端的にひとつお伺いをしておきたいと思います。
#115
○参考人(伊東壮君) 保健手当が二キロ、しかもそれは先ほどの先生方のお話を聞けばいよいよ確信を持つわけですけれども、かなり古い二十五レムという国際基準に照らし合わして出されたという点につきましてですけれども、私は、もともと地域制限というのはこれは行政上はやむを得ないことであろうという点もわかるんですけれども、しかし、問題は、地域によって放射能の照射の問題がやっぱりあるのではないというふうに考えております。すなわち、あるのはやっぱり個人の問題なんです、はっきり申しますと。たとえば入市をして黒い雨を浴びちゃったとか、あるいは二キロ外にいたけれども中へ入ったとか、あるいは二キロにいても飛び出したとかって、いろんな個人差がございまして、結局はその人が本当に正確に科学的にその人の被曝線量がはかれるならば、その被曝線量に従ってその人は二十五レム浴びたかどうかということ自身もやっぱり考えなくてはならない。そういう意味においては、地域でもってコンパスでもって爆心地から二キロさっと線を引くというのは、これはまあ行政的に言えばやむを得ないことになるかもしれませんけれども、しかし、それはもともと確固たる科学的な、すなわち二十五レムそのものにも科学的な論拠の非常にあいまいさがある。さらに、その上に立ってコンパスでもって爆心地からぱっと二キロのところに線を引くというのは、それ自身としてもう論理的な崩壊性を含んでいるというふうに思うわけであります。このことは、すでに御存じのとおりに、私どもが昭和三十二年の医療法における成立が、医療法の被爆者、特別被爆者、特に三十五年の改定以来、特別被爆者の規定がどんどんどんどんどんどん変わっていったということ自身の中にきわめて明白にあらわれています。だから、その道を再び踏むことになるのではないかと思いますけれども、もう、もともとそれは最初から、法をつくったときに、それだけのやっぱり非科学的な、いわば行政便宜上とでも申しましょうか、そういうものがやっぱり支配をしていたんだというふうに思うのであります。そういう意味においては、今度の二キロにつきましても同じことではないかというふうに思っております。
#116
○沓脱タケ子君 それでは、田沼先生にお伺いをしたいんですけれども、先ほど小平委員からも御質疑がありました現行認定制度の問題につきまして、現行認定制度の持つ矛盾を挙げて認定制度を廃止するべきだという主張をされておられたんですけれども、実は私も医師の一人として、医療機関等の意見だとか、あるいは被爆者の皆さん方の御意見を伺っていて、非常に大きく矛盾のあることを実は知っておりました。ところが今回広島へ参りまして、広島で各団体からの陳情をお受けいたしましたところが、驚いたんですけれども、広島県で、県の報告でございましたけれども、申請者に対する認定率ですね、これが何と県全体で六四%、それから広島市では四四%だというふうに報告を受けました。どうしてこんなに制限が――これは当然医療機関が認定患者として必要な検査、検査成績等を添えて提出をしておられていて、どうしてこんな四四%、爆心地を抱えておる広島市内で四四%というのはちょっと理解に苦しんだわけでございますが、そういう中で陳情者の中で、石田さんという方からお伺いをいたしましたが、実は三回認定申請をしたけれども三回とも却下されたと、で、もうがまんがならないんだということで認定制度の矛盾について、不当性について強い要請が訴えられておりましたけれども、その後資料等を拝見いたしますと、しかもその三回目の却下の理由というのが、厚生省から現在の医療は――この方は原爆白内障なんですね。原爆白内障だということは認めておられるんだけれども、現在の医療は原爆白内障に対して効果はないものと思われる、したがって手術を要する時点で再提出をされたいと、こういう理由で却下をされたということで、大変大きな怒りを持っておられました。原爆による白内障であるということはもう明らかだと、ところがまだいわゆる白内障の成熟度が未成熟なために手術に至る段階ではないから、だから認定患者にしないということだというわけです。私はその話を聞きまして、驚いたんです。手術をして、それは成功すれば確かに視力はある程度回復をするという条件は確保できますよ。しかし、見えなくなるまでは法の措置はいたしませんということでしょう。こういうひどい認定制度がやられているということを聞きまして実はまあ驚いたわけでございます。
 市丸先生に、――最初田沼先生にお伺いしようと思ったのですけれども、先に市丸先生にお伺いしたいのですが、明らかに原爆による白内障だという診断がされていて、そして治療を、――これは患者さんにしたら、もちろんその治療が直接的にどれだけの効果があるかないか、判断のできるものではないと思います。しかし病気だということが明らかになり、しかも本人、見えにくくなっていってるわけですよ。この調査によりますと、半年の間に視力が〇・五であったのが〇・三になっている。そういうふうに明らかに進行しているということがわかっているのに却下がされているという事態が起こっているわけですね。こういうことが見過ごされていっておるというふうな認定制度、これは私は被爆者の皆さん方はとうてい許せないだろうと思いますけれども、私も医者の一人として理解に苦しむのですけれども、市丸先生、こういうふうな状況についてはどういうふうに考えたらよろしいのでしょう。
#117
○参考人(市丸道人君) 私は、その認定の基準といいますか、それがやっぱり問題じゃないかと思うのですね。病気であれば認定するのか、あるいは治療を要するのを認定するのか、その辺の基準がどうなってるのか、それをもう一遍確かめなければいかぬと思うのですが、まあ原爆による障害があれば認定するのであれば、やっぱり当然すべきだと思いますね。しかし、その現に進行しておるのであれば、その旨また申請されてみたらいかがでしょうか。
#118
○沓脱タケ子君 いや、だから三回申請をして三回却下された。と言いますのは、本人は治療しておるのですよ、治療に通っているわけですよ。ところが厚生省はその治療が効果がない、だから手術をするときにもう一遍再提出しなさいと、こういう冷酷無慈悲な言い方をしている。これは被爆者に対する援護の少なくとも態度ではないと私は思うのです。先ほど小平先生からいろいろ市丸先生にお伺いをしておられましたので、私は関連をいたしまして、恐らく午前中のお話の中でもはっきりいたしましたように、がんであれば、被爆者のがんであっても被爆者でない方のがんであっても疾病としては同じ姿になるだろうと思います。そして治療としても同様の治療をするのだということは当然だと思うのです。そういう限りで見ておる限りにおいては、市丸先生、先ほどのお話の中にもございましたけれども、そういった増殖性の悪性腫瘍というのは今後の課題だけれども、それ以外に臨床的に特別な所見を発見できないというふうにおっしゃっておられたのですけれども、私もそういうことを原爆病院でかつても聞きましたし今度も伺ったわけですけれども、なおかつ解明されない問題というのは残されていると思う。と言いますのは、現在の医学のもとで疾病として位置づけることはできないにもかかわらず、被爆者の皆さん方はそれじゃ元気かというと元気じゃない、働けるかというと十分働けないという状態というのがなおかつ続いている。こういうものを一体どう考えたらいいかという問題。もう一つは、もっと端的に言いますと、被爆者の皆さんは、それじゃ認定されない人たちも含めて、もとの体に、健康な体に返してくれという意見が最も端的なんですよ。それじゃいまの医学で原爆の後障害についてのいろいろな研究が進められておりますけれども、被爆者をもとの健康体に、もとの体に返すことができる状態まで来ておるかどうか。これは先ほどのお話でも、いつがんが出てくるかわからぬというふうな、早く発見する以外に道はないのだという状態なんですよ。もとの健康体に返してほしいという切なる願いにこたえ得る水準があるかどうか、この辺についての御見解を簡単にお伺いをしたい。
#119
○参考人(市丸道人君) 確かに原爆を受けた後非常に疲れやすいとか、病気になりやすいとかいうことは耳にいたします。しかし、それを一々診察した場合に、それじゃこれが原爆だろうかというわれわれは基準を持たないわけですね。したがって、それは原爆ではないとは言いません。しかし、非常にわからない部分も確かにあると思います。そういう人たちは少なくともいま急に疾病というものは発見されないし、しかし観察は続けていく必要があるということで、私は健康管理を十分にやるのでいいんじゃないかと思います。
#120
○沓脱タケ子君 そういう点で、私は被爆者の認定制度をなくするという、廃止をするべきだという点で現行運用上も大変矛盾を持っておりますし、また被爆者の実態にも合わないという点で廃止をするべきだという御主張について、田沼先生の御主張賛成でございますけれども、私は原爆症とは一体何なのかというあたり、その辺をやはりどういうふうに考えるかという点、これは非常に大事な点ではないかと思いますので、これは田沼先生の御見解をお伺いしたいと思います。
#121
○参考人(田沼肇君) 私の記憶に間違いなければ、長崎大学の市丸教授は被爆者医療審議会の委員をしておられるのだろうと思うので、その方が非常に遠慮しておっしゃっているものですから言いにくいのですが、しかし、私ども医療審議会の外部にいる者として承知できる範囲で言えば、先ほど触れました桑原訴訟については、私も証人に立った経験があることも含めて、朝日新聞の中国地方版、昭和四十六年七月二十二日付にすでに現在適用されているといいますか、運用されている認定基準が報道されて、これは当時広島地方裁判所に書証として提出されているという事情があります。それから私が調べてきた、これは衆議院の方の社会労働委員会の議事録でありますが、四十八年の三月二十九日に柳瀬とおっしゃる政府委員の方が、やはり審議会における認定基準のことを答弁しておられます。したがって、非常に審議会の内容というのはわれわれにとって、研究者にとってすらわかりにくい状況にあるというのが率直なところでございますけれども、それらによりますと、ほぼ知り得る範囲で、認定の基準は三つのランクが置かれていると、つまり原爆に起因する可能性を肯定できるもの、これは恐らく文句なく認定されるランクだと思います。これをAランクと呼んでいるようです。そしてCランク、これは原爆に起因する可能性を否定できるもの、これはおそらく文句なく認定から外されるケースだと思うのです。重大なことは桑原訴訟の進展に関連して、先ほど御紹介した朝日新聞も報道したとおり、朝日新聞の報道は事実の報道よりはその意義の指摘にアクセントがあったように思いますが、桑原訴訟の進展に呼応してといいますか、適当な言葉が見つかりませんが、新たにBランクが設けられて、これは原爆の放射能に起因する可能性を否定することはできないものについて医療審議会が認定するか否かを審議するということになっているようであります。
 なお、Aランク、Cランクについてはもう一つのことを省略してしまいましたが、Bランクに関してその省略した部分を言えば、先ほどの例の治癒能力ですね。治癒能力に関しても可能性の否定することができないものをBランクに入れ、可能性を肯定できるものをAランクに入れ、可能性を否定できるものをCランクに入れています。こうなってきますと、一体このBランクの認定患者はどのようにして認定を受けているのか、一体その認定に科学的基準があると言えるのか、私は非常に疑わしいと考えています。ぜひ私はこの参議院の社会労働委員会が今度援護法案と特別措置法の改正案を審議されるに当たって、この認定基準の実際の運用実態と、それからそのような基準の科学的根拠について解明していただきたい。これは民間の研究者ではできない奥の院に属する部分のように私は思いますので、せひ解明していただきたい。今日の認定の実態というのはむしろそこに問題があるというふうに考えます。
#122
○沓脱タケ子君 時間がありませんので次へ進みたいと思いますが、実は先ほどもお話の中に遺族補償、弔慰金の問題が出ておりました。私は広島へ参りまして、各団体のいろいろな陳情を受けた際にも、これは被爆者協議会の松島さんという方も冒頭におっしゃっておられましたけれども、現行施策は被爆生存者のための対策だけだと、いまだに死没者調査さえ国家で責任を持ってやってもらってないのだと、国の責任で死没者調査ぐらいはやるべきだというふうな御意見だとか、そういった点が出ておりましたし、それに関連をいたしまして死没者調査が十分できていないという段階で遺族補償の問題、弔慰金の問題というのは大変な課題だと思うのですけれども、しかし、被爆者の立場に立ちますと、これはもう絶対に必要な要件だろうと思うわけです。そういう点で遺族補償、弔慰金の問題について、これは先ほど鈴木参考人もその点はお述べになっておられたと思うのですけれども、これは現行法では、ずばり言っておられるように、生存被爆者の対策でしかありませんのですね。そういった点ではやはり援護法の立場でこういったいわゆる遺族補償、弔慰金の問題、こういった点を実現をしていくためには援護法を推進するということ、これが何よりも必要ではないかと私ども思っているわけですけれども、鈴木参考人は御要望としては出ておったようですけれども、そういった点についてはどういうお考えでそうおっしゃったのか、その辺少しお伺いをしておきたいと思います。
#123
○参考人(鈴木美秀君) お答えさせていただきます。
 私どもは参議院に野党四党で被爆者援護法を提案していただいておりますことに非常に感謝申し上げております。私どもはこの被爆者援護法が即刻できますことを非常に期待するわけでございます。しかしながら、過去にさかのぼって考えてみましても、被爆者援護法というのはなかなか実現の可能性を見出し得ません。私はここでお願い申し上げたいのですが、被爆者の問題を野党四党ということでなしにどうして全党一致で取り上げていただけなかったのか、これが残念でたまりません。野党四党共同提案は私ども感謝しておりますけれども、過去に社会党からも何だびか提案していただきましたけれども日の目を見るに至っておりません。先ほど申し上げましたように、被爆者は刻一刻死没しております。これらを援護法ができるまで待てと言っても待てる筋合いのものではございません。したがって、私どもは先ほどから陳述いたしましたように、現行法は国家補償の精神に立っておるはずだ、したがって、その精神で少なくとも爆死者の遺族が悲願としておりますところの被爆死した者は犬死にではなかったのだぞという国の弔意だけはあらわしていただきたい。また、財産焼失者についても見舞い金だけはどうしても支給していただきたいということを願っておるわけでございまして、被爆者援護法という名前がなければそのことができないのかと私どもは考えてみましたけれども、いま申し上げますように、国家補償の精神があるのであれば、現行法の中に先生方のりっぱなお知恵で入れていただくことは可能であろうというように私どもは考えまして、必ずしも被爆者援護法というものを否定こそいたしませんけれども、もう待てないんだというところで、現行法をその精神に沿って即刻改善していただくようにお願い申し上げております。大変失礼な申し上げ方になって恐縮でございましたが、私どもは被爆者の問題は全国民的な理解と支持を得たい、これが悲願でございます、被爆者の。したがって、全党一致で取り扱っていただくことを強く念願しておりましたが、現在実現いたしておりません。これが私は非常に残念だということを申し上げてお答えにかえさせていただきます。
#124
○沓脱タケ子君 大変よくわかりました。それでは、どうして四党提案でなくて全会一致にならなかったかという、被爆者援護法が。全会一致であればもちろん被爆者援護法でよろしいという御見解でございますか。
#125
○参考人(鈴木美秀君) 被爆者援護法の中に、先ほどから任都栗参考人がおっしゃるように、恐らくいま申し上げたような全国民的な理解と支持の得られるというような内容でありますならば、私はそれは結構だと思います。しかしながら、私どもは率直に申し上げて、遺族年金などは考えておりません。少なくとも爆死した者についての弔意、あるいは財産焼失者に対しての見舞いは絶対にやっていただきたい。これは私ども息のある限り続けてお願いしていきたいと思いますけれども、遺族年金までは考えておりません。これは、先般の衆院の社労委員会にも私出まして陳述したときにもはっきり申し上げております。爆死者の遺族はほとんどが被爆者でございます。中には漏れる方もあるかと思いますけれども、大部分の爆死者の遺族は被爆者であるということから、被爆者の、いま先生のお言葉にありました被爆生存者のこの対策を十二分にやっていただきますならば、遺族年金までもお願いしなくても済むのじゃないか、これは一般戦争犠牲者に及ぶということをたびたび厚生省の方々からも、あるいは先生方からもお聞きしております。一般戦争犠牲者に及ぶとするならば、特殊な状態であったわれわれががまんしてバランスのとれた補償を一般戦災者にもしていただくために、われわれはがまんしていきたい、このように考えておるわけでございます。したがって、私どもは被爆爆死者だけを弔慰金の対象だと、悲願として申し上げておりますけれども、そうは考えておりません。一般戦争犠牲者にもバランスのとれた、せめて弔慰金だけは皆さんのお力で、先生方のお力で支給するようなところまで持っていっていただくようにお願いしたいと考えておるわけでございます。
#126
○沓脱タケ子君 それじゃ、時間がありませんので、あと一点だけお伺いをしたいと思いますのは、午前中の陳述の中で田沼参考人からのお話の中で、四十年度の実態調査でもやられたけれども、被爆者が何人おって、死没者が何人かというのが、実態がいまだに不明だと、しかもいかにそれが凶悪な惨状であったかということを示すということのお話がありました。また、室田参考人もおっしゃっておられましたけれども、お母さんの戸籍が二十七年たってお墓をつくって以後まだ戸籍に残っておったというふうな状況になっておるというふうな、実に何と言いましょうか、想像に絶する事態だと思うわけです。先ほどもちょっと触れましたが、広島へ参りまして、各団体からの御意見の中でもいまだに被爆三十年を迎える今日、死没者調査さえ国の責任でやられていないんだということが何回も述べられておりましたが、こういう点で、どうしても被爆三十周年を迎えておる今日、被爆者の実態調査はきわめて大事ではないかというふうに思うんです。遅きに失するとは言いながらも、せめて三十周年を契機にして、ぜひ実態調査をきわめるということが大変大事な仕事ではないかと思います。五十年度実態調査を行うということになっておるわけでございますが、四十年度にもやられたというふうな前例にかんがみまして、実施に当たっての御要望なり御意見なり御見解なりございましたら、あわせてお伺いをしておきたいと思います。
#127
○参考人(田沼肇君) 昭和四十年の被爆者実態調査は、たとえば今度昭和五十年の被爆者実態調査の調査事項と共通していて、基本調査、生活調査、事例調査というふうになっていたかと思いますが、実はどういうわけか事例調査の結果及び内容は公表されておりません、と私は理解しております。どうしてこういうことが起こるのか、これを直接担当された、私の親しい慶応大学の中鉢教授や一橋大学の石田教授に伺っても真相はわかりませんが、昭和四十年の被爆者実態調査、せっかく行った実態調査、しかもこれは石田教授などの論文もありますけれども、事例調査の持った意義は被爆者対策にとって大きいのであって、それが結果が公表されてないということはきわめて遺憾であります。今度の昭和五十年の被爆者実態調査に関してそういうことが起こらないように私はぜひしていただきたいというのが第一の希望であります。
 いろいろな欠陥を持ちながらも、昭和四十年の被爆者実態調査はそれなりの成果も上げたと思います。たとえば私ども研究者の立場から見ても、この調査の結果、皮肉なことにと言ってもいいのかもしれませんが、特別被爆者を区別する論拠がいよいよ薄弱になったという感じをあの報告書を読んだときにいたしました。それからまた、ケロイドが原爆とは直接に関係ないというABCCの議論がありましたけれども、これについてもABCC見解とは矛盾するデータが日本政府の調査によって公式に表明されたということも私は意義が大きかったというふうに感じます。ですから、何から何まで無益であったということではないので、昭和五十年の実態調査についても私は期待するところが大変大きいということを二番目に申し上げておきたいと思います。
 そして第三点として、昭和四十年の実態調査の持っていた決定的な欠陥でもあり、それから昭和五十年の実態調査が持つと言われている決定的な欠陥でもある死没者調査の欠落、これは非常に遺憾に思います。ただ、昭和五十年の実態調査では、遺族が被爆者である場合に限って調査が行われるというふうに手直しされているかとも聞きますけれども、いずれにしても全面的な死没者調査が原爆の被爆の調査から抜けているということは、事が重大だと思います。それは二重の点で言えると思います。
 一つは、原爆のような兵器、けさ以来解明されてきている原爆の兵器としての特殊性にかんがみて、どのくらいの人がこれまでに死んだかということを抜きにした被爆者実態調査は、核兵器の恐ろしさの過小評価に国民の世論を導くおそれがある。またそのようなとらえ方は、核兵器の被害というものの正しい科学的なとらえ方とは言えないというのが私の批判の第一です。
 それから第二点は、いまいろいろ御意見もありましたけれども、私は四党の御努力で提案されているこの援護法に対する政府との関係での一番大きな食い違いは、年金がかさみ過ぎる云々ということではなくて、国家補償の精神に立つか立たないかということが基本だと思いますので、それを基本に考えますが、それにしてもそのことを含めてやはり現在私どもの承知している範囲では、やはり被爆者の遺族の方々の問題というのは、政府がこの方々に対してどういう態度をとるかという大きな分かれ道をつくり出すものだと思います。もし昭和五十年の被爆者実態調査の中から死没者調査が現状の程度で終わるとするならば、私はその引き起こす結果の第二として、被爆者の切実な要望である遺族に対する援護という施策が著しく立ちおくれることになるのではないか、これまでの国会審議の経過を見ても、昭和五十年の実態調査ないしは国勢調査付帯というようなことも言われておった時期から、その調査を待って遺族に対する援護は本格的にやるべきだし、やろうというようなことに大筋としてはなっていたことがこの調査が実現する段階になってはぐらかされてしまうというふうに私は承知いたします。
 以上です。
#128
○沓脱タケ子君 もう時間がありませんので、これは四十年の実態調査で未発表のものがあるという点についてはお聞きをしたいですけれども、時間がありませんからまた別の機会に譲って、それじゃあ私は終わります。
#129
○柄谷道一君 最初に田沼参考人にお伺いいたします。
 ただいまも指摘されたわけでございますが、私はこれからの審議のやはり焦点は国家補償の理念に立つか、それとも原爆被爆者の特殊性は認め、現行二法の充実は図るけれども、一般戦災者の関連や国との身分関係という在来の考え方があるので、基本としては社会保障の理念に立つか、その境目ではないかと、こう私自身も認識いたしております。そこで、高野参考人が退席されましたわけですけれども、三十八年十二月七日の東京地裁の判決というものが非常に意味を持ってくるんではないかと、こう思うわけです。広島、長崎での原爆投下は国際法違反である。しかし日本国民はアメリカ法上、また日本法上個人としてその被害に対し裁判所に賠償を求める道はない、こう判決し、しかもその末尾において「戦争災害に対しては当然に結果責任に基く国家補償の問題が生ずるであろう。」こう裁判は指摘し、そして、最後に「裁判所の職責ではなくて、立法府である国会及び行政府である内閣において果さなければならない職責である。」こう結んでいるわけでございますが、田沼参考人はこの判決は国家補償の原則に立つ判決と理解しておられますか、端的にお伺いいたします。
#130
○参考人(田沼肇君) いまの東京地方裁判所の問題に関しましては、私は法律的には全く素人でございますから、直接に結論を地方裁判所の判決について申し上げることはできませんけれども、しかし、高野参考人の鑑定だけではなくて、安井郁鑑定人の鑑定書も出ており、全体として、私が法律学の素人ではありますけれども、東京地方裁判所の判決をどう理解しておるかということに関して言えば、これはやはり国家補償の立場に立つというふうに私は理解しております。
#131
○柄谷道一君 そこで、これ、法律の専門家でない田沼先生にはなはだ失礼なんでありますが、高野参考人は第二項の個人として災害に対し裁判所に賠償する道はないというこの判断について違和性があるがと、こう言われておられるわけでございますけれども、社会政策御専門だと聞いておりますけれども、先生の立場から、この違和性という問題についてどういう御所見を持っておられますか、お伺いします。
#132
○参考人(田沼肇君) それは法律学特有の用語ですから、私はちょっと答えられませんが……。
#133
○柄谷道一君 もう一つお伺いいたします。
 判決の出た日、当時の黒金官房長官が政府談話を発表いたしております。これによりますと、結果として国際法違反であるということが認められたことに対しては異論を持つけれども、ともかく賠償問題として結論的に国側の主張が認められているので妥当な判決である、こう官房長官は述べているわけでございます。ただいまの参考人の国家補償の立場に立つものであるという判断と、この官房長官の談話というものは非常に食い違っているのではないかと、こう思いますけれども、先生個人としての所見はいかがでしょうか。
#134
○参考人(田沼肇君) それは食い違うことはしばしばあるのではないでしょうか。いまも安井鑑定書のことも申しましたとおり、あの裁判全体を被爆者問題でどう理解するかということに触れながら述べたので、その安井鑑定書なら安井鑑定書というものが十分に取り入れられているかどうかということについては疑問を持っております。
#135
○柄谷道一君 裁判の問題は御専門ではないので以上で置くとしまして、田沼参考人は伊東参考人が述べられた原爆の瞬時性、無差別大量性、総合性、持続性、そういう本質を支持しながら、その狂暴性と被害者の心の被害というものにかんがみて、一般戦災者とのバランス論、国との身分関係論、社会保障の枠内論ということに対して反論をされまして、国家補償的立場をとることが妥当であるという参考意見を述べられたわけでございますけれども、さらにそれを補足する御意見はございませんか。
#136
○参考人(田沼肇君) 補足する機会を与えられたのは大変ありがたいのですけれども、午前中に私が述べたことの中で、述べようと思って時間の関係で落としたことだけ申しますと、一つは原爆の被害の恐ろしさといいますか、特異性というものに関して言えば、最近アメリカに押収されて行った戦争中の日本の資料がマイクロフィルムなどで日本にもまた入手されるようになって、私の大学の図書館にも入ってきておるのですけれども、たとえばアメリカの日本関係の文献は合衆国の国立公文書館、あるいは議会図書館、さらにメリーランド大学のマッケルディン図書館などに所蔵されているわけですけれども、そのうちの一部が返ってきて、最近私が調べて明らかにしたのは、ちょうど原爆が広島に投下されて二日後の東京警視庁の原爆投下に関する調査、正確には広島市爆撃問題に対する反響第一報という資料でありましたが、すでにこの時期、原爆が投下された三日後には、あるいはもう少し言えば翌日にはもうこれが原子爆弾であり、それは比類なき残虐な兵器であるということを、当時の日本の当局者は知っていた。ですから、そういう見地から言えば、実は原爆の残虐さというものがその後の討論の中でも一層明らかにされましたけれども、使用された直後からもう戦争中の中で強調されていたという事実を私はかみしめたいと思っています。その点では国会の審議の中でやはり援護法というものに対してそれにいろいろ議論があるのは当然かと思いますけれども、それがどうしても必要だということのもう一つの力にしていきたいのは、この原爆被害の残虐性ということを強調させていただきたいと、こういうふうに思います。
#137
○柄谷道一君 市川参考人にお伺いいたします。
 微量放射線の影響に関する貴重な御意見を拝聴いたしまして非常に参考になったわけでございますけれども、ICRPの一九六五年勧告を基準にされまして、現在の二十五レムという基準が古い、不完全な資料に基づく非科学的な判断であると、こういう趣旨の参考意見を述べられたと理解するわけでございますけれども、広島大学の竹下健児教授が新聞の発表をしているところによりますと、いわゆる黒い雨地域に対しての中間報告を発表されております。十六キロ地点で三・三四ナノキュリー、十七キロ地点で二・六二ナノキュリーの放射性物質を検出をした、五、六及び十二・五キロ、十八ないし二十キロ地点まで局地的に高濃度のセシウムを検出をした、十六ないし十七キロ地点では普通の三倍のセシウム量であるということを新聞で発表されているわけでございます。こうした事実もございまして、現在広島県、市におきましてはこの黒い雨地域の指定地域拡大問題が一つの大きな問題となっておりますけれども、先生の専門的立場から、この竹下教授の戦後三十年たってなお残存している放射性物質とセシウム等の実態からいたしまして、その人体に与える影響というものについてどのような判断を持つべきか、ひとつお伺いをいたしたいと思います。
#138
○参考人(市川定夫君) お答えいたします。
 先ほどから申し上げましている中で若干の誤解を生じているようでございますので、まず訂正さしていただきますと、私が古いデータに基づいてそういう古い資料だけを選択して判断していらっしゃると批判したのは必ずしもICRP、国際放射線防護委員会の六五年、昭和四十年の勧告に対比して申し上げているのではございません。私自身の考えはけさほど申し上げましたように、国際放射線防護委員会の勧告すら、この少なくとも六五年の勧告と申しますのは、いまではもう非常に危険な古いしろものであると、ただしそれに比べてもなおかつ五八年の基準を持ち出していらっしゃるとすれば、非常に古い不完全な資料に基づいておっしゃっていると申し上げたことで、決して六五年の勧告が完全でそれに対比して申し上げているのではございませんから御了承願います。
 で、広島の竹下さんほかの残留放射性物質、いろんな核種検出されておりますけれども、たとえばセシウム137の検出の件について申しますと、三十年たった現在ですらそういう他地域よりも高濃度で残っているということはこういった放射性物質の長寿命を考えますと、いままでの被害について考えられました直接被爆以外にこういった間接被爆を非常に重視しなければならないということを物語っているのではないかと思うわけです。と申しますのは、先ほどから申しております推定被曝線量というのがその位置及び遮蔽効果、それに中性子線の生物効果比、RBEというのですが、それをもとにして推定されているわけですけれども、そういった二次被爆の問題、たとえば黒い雨が降ってきてそれに非常に多量の放射性核種が含まれておる、そういった二次被爆の問題を考慮していない。で、そういった問題を含めますと、これの推定は非常にむずかしくなるわけなんですけれども、先ほど、朝申し上げましたように、いよいよもって二キロ二十五レムというような切り方がきわめて不合理であるということになってくることかと存じます。それともう一つは、こういった長寿命の核種の存在、しかも核種によりましては、セシウムもそうでございますが、体内に長く残留しやすい核種というものが存在するわけで、そういったことを考えますと、原爆による障害というものが非常に伊東参考人もけさほど申されましたけれども持続性のある問題でございまして、生物学的にも私自身も申し上げましたが、遺伝学的に、それからそういう悪性腫瘍等の発生も原因を申し上げれば染色体に起こった異状でございますから、これは完全な治癒というのは理論的にも非常にむずかしい問題になっているわけです。そういう染色体に起こっている傷を治すということは非常にむずかしい問題であります。対症療法的な治療しかない、根本的な治療がないというのはそこにあるわけで、遺伝子突然変異も同じことで、それも含めてこういう原子爆弾の被爆というものは持続性があり、しかも回復不能、しかも子孫にまで伝わるといったことを考えますと、けさほど来いろんな方の議論にあります一般戦災者との対比の議論を考えてみましても、原爆の場合は非常に特殊な問題を含んでいるかと存じ上げます。それから私自身も大阪で小学校の三年生のときに家を焼かれたもので、火の中を逃げ出した者ですけれども、そういったわれわれのような一般戦災者、まあ正確には私たちの親がそうなるのかもしれませんが、そういったものとは相当質的に異なったものがあると、だから同列に一般戦災者との対比は論ずべきではないと、そういうふうに考えます。
#139
○柄谷道一君 時間が二十分でございますので、あと二問だけいたします。
 一つは、鈴木参考人にお伺いいたしますが、本日の陳述の中で、筋が通ること、節度があること、そして全国民の合意と共鳴を得ること、この三原則を述べられました。私まことに貴重な御意見であると思うわけでございますが、政府原案も、われわれ野党四党が出しておりますこの援護法も、健康診断と健康管理、そして医療給付、被爆者年金、遺族年金、弔慰金、医療手当、介護手当、葬祭料、病院その他の施設の問題、これらを網羅いたしておるわけでございますけれども、いわゆる財産喪失者に対する補償をただいまも非常に強く主張されているわけでございます。ただいま市川参考人等のお話を承りましても、健康、いわゆる命と暮らしと心という、その受けた被害に対する補償というものに対して一般戦災と異なる面があるという点の強調はあるわけでございますけれども、この財産喪失者に対する補償を一般戦災者と異なって特に補償すべきであるというこの論拠についてひとつ御説明を願いたい。
 時間もございませんので、もう一点あわせて申し上げておきます。任都栗参考人にお伺いするわけでございますが、私は現地視察で広島に参りましたときに、核禁会議の谷本さんが、被爆者は人間の善意と国の温かい配慮を信じてこの三十年間静かに、そして力強く自力更生に努めてきた、あるときは神への信仰にも心の支えを見出してきた、しかしその真剣な努力と善意への期待が失望と恨みに変わることが一番恐ろしいという、宗教家らしい発言をされまして心を打たれたわけであります。本日もまた伊東参考人は心の障害、こういう視点から国家責任に基づく援護法の成立こそがこの心の傷をいやすということを強調されたわけでございます。任都栗参考人は主として、さはさりながら原爆病院施設とか現行二法の改正を当面の目標とすべしというのが御論旨であったと思いますけれども、これら心の問題について、果たしてそれで被爆者の満足といいますか、期待というものにこたえることができるのかどうか、この点に対する御所見、二点を承りまして、私の質問といたします。
#140
○委員長(村田秀三君) 初めに鈴木参考人、お願いいたします。
#141
○参考人(鈴木美秀君) お答えさせていただきます。
 私どもが財産焼失者に対する補償をお願いしております論拠についてということでございます。私どもは、今度の原爆による、あるいは一般戦争による戦災者の方も含めてでございますけれども、これは戦争の直接被害であるというように考えます。したがいまして、戦争の直接被害であるものは当然国として補償をしていただくべきだという考え方でございます。すでに直接の被害を受けられた引き揚げ者の皆さんにも在外資産の補償というようなものがなされております。なおまた、先般行われました農地報償と申しますか、これは戦争の直接被害ではなかったと思います。間接被害であったと思います。占領軍の政策によってああいうことがやられたということであったわけでございますけれども、それに対してすら補償がなされておる。でありますならば、少なくとも直接の戦争被害であり、先ほども申し述べましたように、内地が戦場になったからであります。内地が戦場になっておらない過去の戦争のように、満州かどこかの平野で戦っておってやったのであればこんな悲惨な被害は受けなかったと思います。したがって、内地が戦場であったことははっきりしております。その戦争によって直接被害を受けた財産焼失者には当然国として補償していただくのが筋だと私どもは考えます。したがって、私どもだけそれを補償していただこうというようなことは、さっきも御質問にお答えしましたように考えておりません。当然一般戦争犠牲者の皆さんにもそれだけの補償はしていただきたい。しかし、私はさっきもつけ加えましたように、われわれもがまんする。特殊な、いま国内で話題になるような被害を受けたわれわれもがまんします。したがって、一般戦争犠牲者の皆さんとバランスのとれた補償だけはしていただきたい。ただし、被爆者の遺族は、さっき申し上げましたようにほとんどが被爆者であります。この被爆者の特殊性を認めて、被爆者の生存者に対してはまた特別措置法のような観点から十分な補償をしていただきたい。これだけで私は一般戦争犠牲者と原子爆弾の被爆者の区別はつくのではないかというように解釈しておりますので、私どもは、やはり戦争の直接の被害である財産の焼失者については当然国として見ていただきたいわけでございます。
 以上でございます。
#142
○委員長(村田秀三君) 任都栗参考人にお願いいたします。
#143
○参考人(任都栗司君) 私は援護法を全面的に否定しないということは、国家補償の立場に立って援護法をここに制定しようと主張されておりまするその姿に対してはいろいろと敬意を表しますが、中身の中で、たとえば年金を支給するという段階になりまして、その中身は無差別に結局支給しようという結果にあの法の実施段階になればなるんじゃないかと思いますが、これは私はもう少しく研究すべき余地がありはすまいか。現在の被爆者の中で、きわめて切実に困窮をし、または実際の日々の生活の中で不自由を訴えておる人たちをまず救うべきだと、こう思います。私は、現地におりましていろいろな角度から日々被爆者に接しておりますが、年金を要求する声の中にもまたいろいろと事情がございます。私は、このようなことを、何といいますか、卑俗な言葉で言いましてはなはだ失礼でございますが、無差別に、どんぶり勘定というような気持ちで与えるべきでなくって、根拠のある数字に立脚して立法をすべきだと思います。それには、私は従来常にそのことを主張してきたのでございますが、被爆者の実態調査がきわめて必要だと思います。実態調査をいたしまして、その実態調査の数字の根拠に立って立法、立案措置が望ましいと思います。戦後、久しく唱えたことでございますが、特に国勢調査にこの原爆実態の調査をすべきだという主張を医療法制定以前に強く要求いたしました。私は医療法制定に当たっても、または措置法制定に当たっても、この実態調査が明確になっておったら、その根拠に立ってすべての立法措置が講ぜられるべきであると、こう心得ております。現在でもおくればせながらこの実態調査をすべきだと思いますが、特にいま行われようとしておる実態調査は全国的なものでは非常に困難を来すような状態がございます。この実態調査を相当大がかりに、経費も要ることでございましょうが、やらなくてはなりませんが、ここで原爆被爆者の救済は一人の遺漏音なきことを期するとともに、一人の乱給があってはならぬと私は思っております。原爆被爆者に対する厳密なチェックをしていかなければなりません。重ねて申し上げますが、原爆被爆者の救済に一人の遺漏者があってはなりませんが、また一人の乱給があってはなりません。この医療法を制定するとき、またはこの医療法の拡大が唱えられ、そしてこの拡大をするときに、もし今日のようないろいろなデータが明らかになっておったならば、私は二キロというような制約はなかったと思います。直ちにそれが三キロとなり四キロとなろうと思います。今日なお考えることは残留放射能の影響でございます。なおかつ、残留放射能の影響はいろいろな角度からただいま諸先生方から説明がございましたが、私は貴重なデータを持って、政府当局もこれを基礎といたしまして今後法的措置をとらるべきであると思いますが、いましみじみと感ずることは、ただいま実態調査をするその角度と、医療法が制定せられるころに実態調査をせらるる関係とはいささか異なった角度の答えが出やすまいかというおそれがございます。しかしながら、実態調査でございますから、どこまでも法的に根拠を置きまして厳密な実態調査をしていかなければなりませんが、これには膨大な費用が要ると思います。私は、今後援護法をつくるにいたしましても、現行二法を改正するにいたしましても、厳密なる実態調査の実施をここに行って、その基礎に立って立法の措置を講じていかなきゃならぬと思います。ところが、それまで被爆者の現在の悲惨な、切実に訴えておる実情を無視することはできませんから、その無視できない数点を先ほど申し上げて、このようなことは直ちに原爆という特異事情に基づいて、関連立法等にこだわることなく救済の道を、予算措置をとってやるべきじゃないかと主張さしていただいたのでございます。いま御質問の中にございました、私は、あらゆることを実行する上に、実態調査を基礎にして、根拠ある確信すべき数字の上に立って物事を解決すべきであると思います。これこそ、私は援護法の中身に盛られておりまするあらゆる問題を安心をして、政府もまた逡巡遅疑なくこれを実行する根拠となろうと思います。広島の現在の実情におきましても、残留放射能に関する黒い雨の処理については、まだ未解決でございます。援護法の中に先ほどから私がたびたび申し上げた数点の事柄も、援護法だけを実施してこれが解決づけ得ない内容でございます。私は急ぐ問題を今日の被爆者の当面の問題として解決をつけていただくことを主張し、さらに援護法制定に当たっては、中身に対していま少しくわれわれにも検討さしていただきたいという中身がございます。私は具体的の事情をここでこの点がこうでございますということを説明さしていただく時間を持ちませんが、何かの機会がございませば、私はあの援護法とわれわれが望んでおりまする中身との実情を申し述べさしていただけば非常に幸せだと存じます。
 失礼いたいました。
#144
○委員長(村田秀三君) それでは、先ほど山崎委員の質問の中で保留をされておりました厚生大臣の所見をお伺いいたしたいと存じます。田中厚生大臣。
#145
○国務大臣(田中正巳君) けさほど以来各参考人からはいろいろと貴重な御意見を承りました。専門的な事項につきましては、私は専門家でございませんし、科学的な問題については別途別な機会にしかるべき人からいろいろと表明をさせていただきたいというふうに思います。
 その他、いろいろ政策選択の問題につきましてはいろいろ考えるところがございます。しかし、この場面においてこれをいろいろと申すことについては、場面が私いささか適当でないと思いますので、むしろこの後本案についての審議があろうと思いますから、審議の過程において私の所懐を申し述べたいと、かように思いますので、御了承願いたい。
#146
○委員長(村田秀三君) 他に御発言もなければ、本日の審査はこの程度にとどめます。
 参考人の皆さんに一言お礼を申し上げます。
 本日は長時間にわたりまして貴重な御意見を賜り、かつ各委員の質問に対しましてそれぞれ専門的な立場からお答えをいただきました。まことに明快に理解することができただろうと思います。
 本案件はまことに重大な問題でございまして、ただ単に広島、長崎だけの問題ばかりではなく、いろいろな意味において全国民的な課題でもあろうかと存じますので、本日の皆様方の御意見をもとにいたしまして、その解明解決のために努力をしていきたいと、かように考えておるところであります。
 委員会を代表いたしまして、参考人の皆さんに深甚なる謝意を表したいと存じます。まことにありがとうございました。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後五時三分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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