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#1
第075回国会 社会労働委員会 第19号
昭和五十年六月二十四日(火曜日)
   午前十時十九分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 六月十八日
    辞任         補欠選任
     石本  茂君     亘  四郎君
     沓脱タケ子君     星野  力君
 六月二十日
    辞任         補欠選任
     亘  四郎君     石本  茂君
 六月二十一日
    辞任         補欠選任
     星野  力君     沓脱タケ子君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         村田 秀三君
    理 事
                玉置 和郎君
                丸茂 重貞君
                山崎  昇君
                小平 芳平君
    委 員
                石本  茂君
                上原 正吉君
                小川 半次君
                神田  博君
                斎藤 十朗君
                高田 浩運君
                森下  泰君
                片山 甚市君
                浜本 万三君
               目黒今朝次郎君
                柄谷 道一君
   国務大臣
       厚 生 大 臣  田中 正巳君
   政府委員
       厚生大臣官房長  石野 清治君
       厚生大臣官房審
       議官       山下 眞臣君
       厚生省公衆衛生
       局長       佐分利輝彦君
       厚生省社会局長  翁 久次郎君
       厚生省児童家庭
       局長       上村  一君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        中原 武夫君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○原子爆弾被爆者等援護法案(第七十四回国会浜
 本万三君外三名発議)(継続案件)
○原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律
 の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送
 付)(派遣委員の報告)
#2
○委員長(村田秀三君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。
 原子爆弾被爆者等援護法案及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を一括して議題といたします。
 まず、派遣委員の報告を聴取いたします。第一班の御報告をお願いいたします。浜本君。
#3
○浜本万三君 第一班の報告を申し上げます。
 原子爆弾被爆者等援護法案及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案の審査に資するため、去る六月九日、十日の二日間にわたり、広島県下に村田委員長、石本、沓脱、柄谷各委員と私、浜本が現地視察に参りました。なお、片山委員と、藤田、塩出両議員が現地参加をされました。
 日程は、九日に県庁を訪問し、県及び市当局より原爆被爆者対策の実情及び要望を聴取し、原爆慰霊碑に参拝し、原爆養護ホーム、原爆病院及び放射線影響研究所をそれぞれ視察いたしました。次いで十日には商工会議所において、原爆被爆者関係団体の代表者より意見を聴取し、広島平和記念資料館を観覧し当日帰京いたしました。
 その調査概要を申し上げます。原子爆弾被爆者関係法律が制定されまして以来、法案審査の目的として原爆被爆者の実情調査に国会から広島県に参りましたのは今回が初めてということであります。県当局の説明によれば、広島県における被爆者健康手帳交付状況は昭和三十二年約十万七千件であったのが、その後の推移を見ると、途中死亡者が出ていても、年々増加して、手帳保有者は昭和五十年三月末までに、十七万七千二百八十五名で、広島県が全国の半分を占めている状況であります。また、被爆者距離別分離では保健手当の関係で二キロまでの範囲を取り上げてみると、五万五千九百二十三名で広島市内の手帳交付者は十一万四千四百十一名であるので、この半分を占めていることになります。なお、参考までに法律による直接被爆者は十一万二千六百十七名であります。原爆医療法第八条による厚生大臣の認定状況によりますと、認定者は申請者のうち県四四%、市は六四%と狭き門と言われ認定基準の緩和が望まれています。
 事業の実施状況をみると、法律等の国の措置によるものとしては、昭和四十九年度末決算見込みでは県約十一億円、市約十八億三千万円、県、市単独事業としては健康診断受診奨励金、特別検査促進手当、被爆者への奉仕員、相談員、相談事業費、原爆病院補助事業、諸手当等の支給、市町村事務委託費、原爆養護ホーム運営助成について、昭和四十九年度決算見込みでは県九千万円、市七千万円、昭和五十年度予算では県一億一千万円、市約六千万円を計上しているのであります。
 次に、原爆特別措置法に基づく諸手当の支給状況を見ると、昭和四十三年度諸手当を受けている実人員が県二千三百十七人、市では三千百十七人であったのが、昭和五十年度見込みでは県二万二千七百二十五人、市では四万六千六百六十三人と、いずれも十数倍になっております。このうち、特別手当については、昭和四十三年県二百六十三人、市では二百七十四人に対して昭和五十年度県六百十三人、市は八百六十四人とごくわずかの人員で、認定の厳しさを物語っているのであります。しかも、受給者の少ない特別手当のうち、さらに生活保護の収入認定適用を受けて、特別手当全額支給を受けていない者は三十一名もあるということであります。
 今回原爆被爆者特別措置法の改正案に新設されている保健手当の支給については、爆心地から二キロ以内とすれば、荒神町、尾長町、牛田町の四千九十九人が適用除外されることになり、町名指定をしてもらいたいという要望がありました。
 次に、黒い雨の地域指定についてであります。広島市戸坂町から山県郡加計町にわたる二十九キロの範囲、当時二十四町村については、被爆直後のいわゆる黒い雨の降雨した地域であります。この地域は放射能を含んだ黒い雨のため急性症状が起き、死亡者も出て今もなお健康異常を訴える住民が多いと言われているのであります。最近、昭和四十八年、黒い雨降雨地域の健康状況調査によると、対象者約二万人のうち健康である者は六一・五%残りは病弱者で急性病状は全体の二一・一%となっています。この地域の関係住民の有病率は、他の地域のそれと比較して著しく高い結果を示して、放射能の影響があったことは認められるので、被爆地域に追加指定するように要望がありました。
 次に、視察した諸施設について申し上げます。財団法人原爆養護ホームについては、昭和四十五年に開設され、現在の収容者は一般養護老人ホーム百四十九名、特別養護老人ホームは百名で、被爆者であることからほとんど全員が三ないし四の病気を持っている状況で、その障害は循環器系が圧倒的に多く、次いで整形外科系、造血機能系等の順となっております。高年齢者が多く九十歳以上十五名、八十歳以上が全体の八五%以上を占めて、一般の老人福祉施設に比べて特に手厚い介護を必要としております。したがって、老人福祉法における老人福祉施設とは異なっているので、いわゆる第二病院的性格と言われている医療保護施設として、原爆被爆者二法の中において法制化し、社会福祉法人と同様の優遇措置を講じてもらいたいという要望がありました。また、現行の措置基準については、収容人員と職員の割合が特別養護五対一、一般養護は十五対一であるのを、それぞれ四対一、十二対一に改善してもらいたいという要望がありました。
 なお、原爆被爆者で病気を持っている高齢の老人が多いにもかかわらず、医師が欠員となっているのは問題であります。
 次に、日本赤十字社広島原爆病院では、昭和三十一年開設以来現在まで累積赤字が一億三千八百万円にも上っている点が問題となっております。この原因は原爆病院が被爆者しか診療していない上に、入院の被爆者は高齢化のためベッドの回転率が悪く、人件費の高騰に比べて医療収入がふえていないためによるものであります。
 原爆病院の国立移管については検討を要するところでありますが、現状では国の運営費の補助を増額してもらいたいということでありました。また、原爆症の認定制度について申請の簡素化や、原爆病院が老朽化し、雨漏りのあるところもあり、改築整備についても要望しておりました。
 最後に、財団法人放射線影響研究所は、昭和五十年四月一日から新しく日米共同で発足したばかりであります。研究所では放射線の人に及ぼす影響の調査研究については、被爆者の子孫に影響がないと楽観視しておりますが、疑問がないでもありません。今後の研究調査に特に待たなければなりませんが、その使命の重大性が認識されます。同研究所における調査研究費が十分でなく、今後の予算の増額について要望がありました。
 次いで、当研究所の労働組合の代表より研究所内に治療部門の設置と原爆関係医療施設との一元化、一体的運営について、また、原爆被災復元委員会労働組合の代表から、被災復元調査の継続についてそれぞれ陳情を受けたのであります。
 次に、原爆被爆者関係団体との懇談会における十一名の団体代表者の意見を要約して申し上げます。各代表者の意見で共通しているのは、言葉の表現の違いこそあれ、原爆被爆者援護法の制定について強い要望があります。援護法制定についての具体的な意見は、昭和三十八年十二月七日、東京地方裁判所のいわゆる原爆裁判の判決に基づき国費で少なくとも軍人遺族並みの弔慰金、遺族年金、障害年金等を補償してもらいたい、また、原爆被爆者の医療法及び特別措置法との二法の恩恵を受けている者はほんの一握りの数にすぎない、病苦や生活苦、将来の不安、ひとり暮らしの孤独感からみずから生命を断つ被爆者が後を絶たず、新聞に報道されたケースだけでも過去六年間三十一人に上り、このような被爆者の苦悩を救うのは国による補償があるだけである。さらに、原爆被爆者二法にも限界があり、原爆被爆して三十年であるが国は戦後処理を本当に考えているのかどうか疑わしいという不満の声がありました。
 次に、原爆被爆者関係法律に関連するものとしては、一、保健手当は全被爆者対象でなければ新たな差
 別を持ち込むことになる。一、健康管理手当をもらうことを知らない人が多
 いので、知らせる方法を考えてもらいたい。一、原爆被爆者の子供である被爆二世は病気や健
 康不安に悩んでいる者が多く、白血病で亡く
 なった二世は十五年間に十二人にも上ってい
 る。医学上解明されていないため、被爆二世は
 現行法では全く救済措置がない状態に置かれて
 いる。そのため健康調査も行われず、遺伝研究
 も進まず、二世対策を盛り込んだ援護法を切望
 している。一、原爆白内障であることを認めながら、三度に
 わたり原爆症の認定を却下されている。手術を
 要求するとき、再申請せよという理由で却下さ
 れているが、現行法の認定では被爆者は救済さ
 れない。国の責任において研究治療、救済対策
 を進めるべきである。一、黒い雨の降雨地域を原爆被爆地域に追加指定
 してもらいたい。一、原爆病院が老朽化しているが、国立化するか
 適切な国の措置をしてもらいたい。一、被爆者保養センターの経営が年間五千万円の
 赤字となっているので全額国費で運営された
 い。一、原爆被害の全体像を明らかにするため死没者
 調査を国が行うべきである。
 戦傷病者戦没者遺族等援護法関係では、戦没者遺族の中には原爆の影響で死んだのに死亡の直接原因が原爆症と認定されていないために遺族給与金が受けられない人が多いが、病状経過から見て明らかに原爆症による死亡と認められるので、遺族給与金を支給するように認定されたい。また、戦傷病者の妻に対する特別給付金については支給期限を撤廃するとともに「戦傷病者の配偶者又は同居の親族」に改正してもらいたい。――などの生々しい体験に基づく意見や切実な要望があり、深い感銘を受けました。
 最後に、今回の原爆被爆者の実情調査の結論について申し上げます。
 まず第一に、原爆被爆後三十年を経過して、国家補償の精神に基づく援護法の制定は広島県民の悲願であり、われわれ派遣委員一行もその悲願達成に努力しなければならないことを改めて痛感いたしたのであります。
 第二に、原爆被爆者特別措置法の一部改正案における審査において検討すべき諸点を明らかにいたしたいのであります。一、改正案には保健手当が新設されることになっ
 ておりますが、保健手当の性格からして所得制
 限の撤廃、対象範囲の拡大、二キロの距離指定
 から地域指定に改めるべきであります。二キロ
 の根拠となった国際基準許容の限界二十五レム
 は果たして妥当なものであるのか。関連して原
 爆投下地域の残留放射能についても審議を通じ
 て明らかにする必要があります。二、現在すでにある被爆者の医療福祉施設の充実
 強化であります。原爆病院、原爆養護ホーム、
 被爆者温泉療養保養施設を法制化し、原爆被爆
 者医療法に規定し、施設整備費運営費の助成を
 行うことができる道を開くべきであります。三、在宅被爆者対策の充実を図るため、老人福祉
 法や身体障害者福祉法の中にあるように家庭奉
 仕員制度を法制化すること。また、被爆者の相
 談業務についても法律に規制すべきでありま
 す。四、黒い雨の降雨地域については三十年を経過し
 ておる今日に至るもいまだに明確にしていない
 が、早急に被爆地域に追加指定すべきでありま
 す。五、特別手当については生活保護の収入認定から
 外すべきであります。六、原爆被爆者に対する原爆症の認定制度の現状
 から見て、認定基準の緩和及び認定申請の手続
 の簡素化を行う必要があります。七、昭和五十年の国勢調査に当たっては原爆被爆
 者による死没者の調査も行うようにすべきであ
 ります。
 また、原爆被爆の復元調査は被爆による死没者の実態を把握するための調査として緊急かつ重要なことであるので被災全体像調査を一層促進しなければなりません。
 第三に、今後における政府の戦争犠牲者に対する戦後処理の方針についてであります。原爆被爆者の死亡による場合でも当時鉄道省と逓信省の官吏では処遇に差異があります。昭和三十二年以前の原爆被爆者の戦没者のことは把握していない状態であり、ましてや一般戦争犠牲者の調査についてははなはだ不十分であります。一般戦災者についても国としての補償の責任があることは当然のことであり、国の身分関係のあるものを手厚くし、他は社会保障の範囲で処理しているのは戦後処理方針に誤謬があるのではないかと思います。今次大戦における同様の事情にある西ドイツの事例をも勘案して一般戦災者の援護措置を実現して戦後処理を終結する必要があることは言うまでもありません。
 以上をもって報告を終わります。
#4
○委員長(村田秀三君) 次に、第二班の御報告を願います。山崎君。
#5
○山崎昇君 第二班は、去る六月九日、十日の両日にわたり、小平芳平理事、斉藤十朗委員と私、山崎昇の三名のほかに、目黒今朝次郎委員、小巻敏雄議員の現地参加を得て、長崎市へ参りました。第一日は、県及び市当局からの意見聴取、記念像への献花、原爆養護ホーム、原爆病院、放射線影響研究所の視察を行い、第二日は、被爆者関係団体との懇談を行うほか、被爆地域拡大の要望の強い現川町へ赴き、住民と懇談をしてまいりました。以下調査の概要について御報告申し上げます。長崎市への原爆投下は、広島より三日おくれて昭和二十年八月九日でありました。
 死者七万四千人、重軽傷者七万五千人を出し、その数は、当時の在住人口二十一万人の七一%に及んだのであります。そして現在十万七千人が被爆者健康手帳の交付を受けております。
 まず、県及び市当局より示されました援護措置についての基本的な考え方について触れたいと思います。
 被爆三十年を経過し、被爆者の年齢も六十歳を超える者が三〇数%と老齢化が進んでおりますが、現在、原爆二法により特別手当、健康管理手当などの恩恵を受けている者は、長崎市の場合、わずか二一・四%にしか当たらず、被爆者の一部をその救済対象にするにとどまり、現在の措置は抜本的対策とは言えない点を強く訴えられました。
 被爆者対策を単に、直接の放射能障害対策にとどめることなく、被爆の特殊性を総合的にとらえるならば、被爆に伴う身体の障害や健康上の不安からくる就職の困難、また就職しても健康人と同等に働き続けることのむずかしさから生じる生活全体のマイナスもまた被爆の特殊性ととらえて対策を講ずべきであって、そういう立場から十分な生活保障があってしかるべきではないか。
 さらに進んで、非戦闘員であった市民の生命が、戦闘行為の巻き添えとしてではなく、直接の戦闘対象として奪われた特殊性に留意して、死者に対する弔慰がなされてしかるべきてはないか。――など国家補償の精神に基づく援護対策の確立の強い要望がなされました。
 次に、日赤長崎原爆病院の経営問題についてであります。本病院は、被爆専門病院として被爆者の信頼度は厚く、被爆者にとっては、かけがいのない病院となっております。
 しかし、他の公立病院と同様の人件費や診療報酬体系の問題に加えて、被爆者医療という特殊性から放射能障害研究、がん診療施設等の不採算医療が大部分を占めるほか、身寄りのない被爆患者が多く、加えて被爆患者の死亡率の高いことに伴って濃厚看護が必要となること、慢性疾患の多いこと等による病床回転率の低下など原爆病院なるがゆえの特異な要因が経営の悪化をもたらしているのであります。
 前年度は、医療費の改定、国、県、市の助成を受けたにかかわらず累積赤字は二億二千万円となっており、本年度も一億五千万円の赤字が見込まれております。
 原爆被爆の特殊性に対応した医療対策を国が行うことになっているという現行法の趣旨をもっと徹底すべきであります。そのためには、単に医療費のめんどうを見るというだけでは不十分であって、十分な医療を行うための医療体制の整備についても当然国が責任を持つべきではないか。人道的立場をとる赤十字精神のみによって運営さるべきものではないはずであります。
 空ベッドが生じたら一般患者を入れてでも運営上の赤字をカバーしていかなければならないような運営体制では被爆患者が唯一の頼りにしている病院にいざというときに、入ることができないという事態さえ生ずるのであります。
 このような不幸を回避するためには、国立に移管するか、それができなければ、せめて国立の特殊病院並みの医療要員定数を確保して運営に当たられるよう助成措置をとることによって、医療体制についての国の責任を明らかにしてもらいたい。長崎原爆病院が真に被爆者のための医療機関として運営できるのに必要な助成額は年に一億五千万円で済むという強い要望がなされました。
 次に、放射線影響研究所についてであります。言うまでもなく、長崎の研究所は広島と一体をなすものであり、その性格、組織、研究調査内容などの基本的なことは、広島と相違していないわけであります。ここでは、研究所での調査研究が被爆者患者治療に臨床面でどのように役立っているか、患者の検診、今後の調査研究の重点はどこにあるか等についてただしました。調査研究は、地元、県、市医師会及び地元の大学医学部等の協力を得るとともにその成果は広く内外に公にされております。
 また、一般地域社会との関連においては、医師の紹介、緊急時等における検査、診察を行うほか、定期的な成人健康診断に基づく調査票により医師の照会等にもこたえる体制が整えられておりまして、研究と治療の連携がとられておりました。
 今後の課題として、過去の成果を踏まえて被爆二世の研究を進めること。がん、高血圧、心臓病などの成人病と被爆との関係の究明に力を注ぐことの言明がありました。
 次に、被爆者のための福祉施設についてであります。私たちの視察いたしました恵の丘原爆ホームは、純心聖母会が設置し、国、県、市の援助によって運営されているもので、定員は一般養護百五十人、特別養護百人であり、現在の入所者の平均年齢は男子七十四歳、女子七十七歳、最高齢者は九十四歳であります。修道女を中心とする手厚い介護に加え、長崎大学から毎日派遣される各科の医師の十分な治療のためか、全員の明るい表情が印象に残りました。
 さらに、現在入所を希望して待機している人々も多いので、五十人単位で特別養護ホームを拡充する計画が進められています。
 被爆者の老齢化に伴って成人病も併発することを考えると、原爆病院の強化とともに原爆養護ホーム、とりわけ特別養護ホームを拡充していく必要が痛感されます。それは病院の老人ホーム化を防いで利用率を高めることにも資するものとして、すでに諸外国でもナーシングホームの拡充が図られているところでもあります。
 したがって原爆医療体系の中にこれを法制化するとともに、収容者は全員被爆者である関係上、疾病保有率が高いなど他の老人福祉施設に比べて特に手厚い養護を必要とするので、措置基準の改定等の必要性が痛感されるところであります。
 次に、被爆地域拡大の要望についてであります。当時の被災資料または記録に見られるように、長崎市上空五百メートルで爆発した原子爆弾は、爆風、爆圧、放射熱を遮蔽するような山が周辺に存在しないため、この爆発による放射能等は山の存在に関係なく直接的に放射されたものと考えられ、現在指定を受けている地域の周辺住民の精神的、肉体的不安を考慮するとき、現在要望の出されている地域、三万人についても、昨年地域指定を受けた時津町及び長与町と同様、健康診断の特例措置の対象とするよう検討すべき問題であろうと思います。
 最後に、被爆者関係諸団体から聴取した意見についてであります。意見の表明は、長崎原子爆弾被爆者対策協議会、長崎原爆被災者協議会、長崎県被爆者手帳友の会、長崎原爆遺族会、長崎県評単産被爆者協議会連絡会議の五団体の代表からなされました。
 各団体からの意見はすでに述べましたところと重複するものが大部分でありましたので、個々に詳しく申し上げることを省略させていただきまして、調査を通じ、今後検討すべき課題として要約したいと思います。
 第一は、被爆者対策については、国家補償の理念を明確に確立すること。
 第二は、被爆者、爆死者の肉体、精神、生活上の補償を被爆三十年に当たり明確に措置すること。
 第三は、放射能による影響に関する研究体制を整備拡充し、研究部門と医療部門との連携を密にした体制の確立を図ること。
 第四は、被爆者医療機関の整備について国家責任を明確にする措置を講ずること。
 第五は、原爆医療法附則第三項で実施している健康診断の特例措置の適用地域の拡大を検討するとともに、現在政府案で示されている保健手当等諸手当に対する諸制限と支給対象者の範囲を再検討すること。
 第六は、被爆者の高齢化に対処して、原爆養護ホーム、家庭奉仕員制度等の法制化を図ること。
 以上の六項目を長崎班の調査の結論といたしまして報告を終わります。
#6
○委員長(村田秀三君) ただいまの御報告に対し、質疑はございませんか。
#7
○玉置和郎君 広島、長崎両調査に行かれた各委員の先生方、大変御苦労さんでございました。そしてそれぞれお二人からの調査報告がありまして、私は調査報告の全体をいま聞かしていただいて、なかなか精査されたもんだという認識をとりますが、私もこれ国会に出てきて十年目でありまして、社労委だけでなしにほかの委員会にもおりました。議員立法による調査というものは、これはなかなかやったことがないのでありまして、私たちは、山崎理事、それから野党の先生方の非常に熱心な原爆に対する意見をいれて与党も応じたわけであります。しかし、私は山崎さんのこの調査というものは、これは非常に考えられて、特にまた、いま石本委員に聞きましたら、中で修正をされたというように聞きましたが、前段の報告の中に、どっちかというと個人の意見のようなものが見える、これはわれわれは今後とも非常に慎重にしたいと、そうでないと、何のための調査かわからないということでありまして、委員個人の意見というのは調査報告の中に入れるべきものでなしに、やっぱり国会の審議を通じて開陳をすべきであるというふうに私たちは考えております。ことにその理由を簡単に申し上げますと、われわれそれぞれの政党に属しておるんでありますが、政党政治の一つの考え方として、個人議員の、というよりも議員・党員の個々の活動を色あせさしちゃならぬというのが私は政党政治の一つの考え方だと思いますので、そういう意味で、この委員会の場を通じて委員の発言をしていただきたい。調査団ということになりますと、与野党入った一つのやっぱり公的な機関でありますので、この辺のところをやっぱり将来を踏んまえて今後は、――きょうはもうこれでわれわれも了承しますし、結構ですが、ひとつ今後のこともありますから、どうかひとつそういう考え方もわれわれの中にあるんだということを了解していただきたいと思います。
#8
○委員長(村田秀三君) ただいまの報告に対し、玉置理事から発言がございましたが、それぞれの間におきまして、ただいまの意見に対して何かございますか。
  〔「なし」と呼ぶ者あり〕
#9
○委員長(村田秀三君) 他に御発言もなければ、派遣委員の報告はこれをもって終了いたしました。
 引き続き、両案の質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#10
○石本茂君 さっき浜本委員の報告にもありましたように、私も広島の現地視察に参加いたしました一人でございます。当地におきまして知り得ましたこと、それからまた、その後の今月の十七日でございましたが、参考人の陳述などを通しまして私なりに感じましたこと、それらを総合いたしまして さらに国のとるべき措置というようなことを念頭におきまして、大臣並びに担当局長さんに幾つかのことをお尋ねしたいと思います。
 その一つは、現在行われております二つの法律の中身に関連してまいるわけでございますが、一つは被爆者の医療に関することでございます。この中の一つは、先刻も報告書の中にありましたが、原爆病院の施設の整備と、それからその運営にまつわります実態の中で非常に赤字財政で苦悩しているということでございます。これはすべて国家が被爆者に対する、あるいは被爆という時点をめぐりましての問題解決のための対策は、国家の補償であるべきであろうというたてまえ論をとりますと、なぜこれは国営移管にならないのだろうか。要するに、国家所管としてそういう赤字等含めた、あるいは御病人の安心した医療体制というものをどうしてでき得ないのだろうかというようなことを一点考えるわけでございます。これが一つ。
 それから二つ目は、居宅療養者に対する措置でございますが、これもかなりいろいろと配慮されて措置されてきたわけでございますが、特に気にかかりますのは、いわゆる家庭奉仕員のことでございます。これは全然ほうってあるわけではございませんが、奉仕員制度というものは一体制度化できるものだろうか、するべきだろうかというようなことについて当局の御見解を聞きたいと思います。
 それから三つ目は、認定基準の緩和でございますが、これにつきましても現在は非常に厳しいではないかとか、非常に不当である、不合理であるというような批判並びに緩和してほしいという要望、陳情が非常に強いのでございますが、この三点について、まずお尋ねしたいと思います。
#11
○政府委員(佐分利輝彦君) まず、原爆病院の問題についてお答え申し上げます。
 広島、長崎に国立大学の附属病院のほかに、たとえば厚生省立の国立病院といたしましては、国立呉病院とか、あるいは国立長崎中央病院といった病院がございます。これらの病院でも、原爆被爆者の医療を担当しておるところでございます。そこで、現在の日赤が経営しております広島原爆病院、長崎原爆病院でございますが、これはいずれも三十二、三年ごろ特別の目的と趣旨と経緯をもってつくられたものでございます。したがいまして、私どもは今後も日赤といった非営利の民間団体の経営のよさを温存しつつ、できるだけ国の助成を充実いたしまして、皆様方の御要望にこたえるようにしてまいりたいと考えております。端的に申しますと、現在の原爆病院を国立に移管する気持ちはございません。
 第二の御質問は、在宅被爆者に対する家庭奉仕員の制度の法制化の問題でございます。おかげさまで昭和五十年度は国会の先生方の御援助によりまして、広島県と長崎県については家庭奉仕員の制度が認められました。しかし、私どもはこの制度は全県に広げるべきであると考えております。したがいまして、法制化する場合にも、そのような制度の充実を図った暁に考えるべきではなかろうかと思う次第でございます。
 第三の御質問は、原爆被爆者の認定制度の問題でございます。先生方の御指摘によりますと、現在の原爆医療法に基づく認定制度は非常に厳しいのではないかという御意見でございますが、医学の専門家の立場から見ますと、先般の市丸参考人の御意見にもございましたように、原爆特有の疾病というものはございません。したがって必ずほかの疾病が原爆の直接の影響、あるいは間接的な影響によって起こってきたのではないか、悪くなってきたのではないかということになってくるわけでございます。したがいまして、この認定の問題は、現在の医学の水準をもってしては非常にむずかしい問題でございます。しかも被爆後三十年もたった今日におきましては、いろいろ当時の状況証拠等を集めることも困難になってきております。このような関係で最近認定の事務が渋滞しておるような面があるわけでございますけれども、今後も事務的にはできるだけの改善を図りまして認定制度がもっと適正に、またできれば皆様方の御要望にも沿えるように運用できるよう改善を図ってまいりたいと考えておる次第でございます。
#12
○石本茂君 一応御所見を承ったわけでございますが、病院につきましてはこの助成の強化ということを当面図っていきたいというふうに確認をいたしました。
 それから、家庭奉仕員につきましては、広島、長崎市については一応制度化しておるが、県あるいはまた県外にありましても原爆症等のために悩む人々のことの面についての拡大も図っていきたい、そうしてその後に制度化をしていきたいというふうにまあ承ったわけでございます。
 それから三つは、この疾患そのものには特有性がないので大変困難であるけれども、今後認定基準等についてはさらに検討し、要望にこたえたいというふうに承ったのでございますが、それでよろしいでしょうか。
 それから、あわせまして次にお伺いしたいのは被爆者の福祉に関することでございますが、これも私の見た限りにおきましては、原爆養護ホーム、それからここは行っておりませんが、温泉療養保養施設などがあるわけですが、この運営にもかなり採算上無理がありまして、県あるいは市が非常に大きな助成をしているわけでございますけれども、こういうところにつきましても今後どのように国は助成対策を持っていこうとしておられますのか、あるいはまた国家所管というようなことも将来考えられるのかどうか、その辺をこの機会に承っておきたいと思います。
#13
○政府委員(佐分利輝彦君) まず原爆病院の助成につきましては、四十八年度から日赤等三団体に対する補助金の一部をもちましてすでに補助金を交付したところでございまして、本年度はその額も国の負担が両病院それぞれ二百四十万円、県の負担が二百四十万円となる予定でございます。また、そのほか四十九年度から原爆後遺症の研究に対する補助金を国が交付いたしておりまして、これは四十九年度はそれぞれ千六十九万円でございましたけれども、本年度は二千二百五十万円にそれぞれ増額する予定でございます。そのほか今後の問題といたしまして、特に高齢の、あるいは重症の原爆患者さんに特別な手厚い看護が必要であるというようなことにも注目いたしまして、そのような看護要員の人件費についても補助金が出せないであろうかといった努力もしておるところでございます。
 次に、家庭奉仕員の問題でございますが、現在広島県、広島市、長崎県、長崎市については奉仕貝の制度が本年度からできたわけでございますが、他の都道府県についてまだ実現いたしておりません。で、そのほかの都道府県に対する奉仕員制度の実現等を待って、ほかの問題ともあわせ考えながらその法制化等も検討してみたらどうかと考えておるわけでございます。
 また、三番目の認定制度につきましては、先ほども申し上げましたように非常にむずかしい問題がございます。病気そのものがなかなか原爆によるものかどうかが判然としないわけでございます。具体的に申しますと、白血病が起こりました場合に、ある人の白血病が原爆によって起こったかどうかということは現在の医学では言えないのでありまして、いわゆる統計的な観察によりまして、統計的な障害として被爆者と一般の集団と比較した場合にどれだけ白血病の発生率が違うかというようなことをもとにして、なるほど原爆の放射線は白血病を多くするのだなというような判断をするわけでございます。したがいまして、なかなかいろんな疾病について原爆放射線との因果関係を判断することがむずかしいわけでございます。しかしながら、こういった点につきましてもまた従来の事務手続が非常に煩瑣、であるというような問題もあるようでございますので、そういった事務手続につきましても簡素化を図りまして、できるだけ認定制度の合理化、適正化を図ってまいりたいという趣旨のものでございます。
 また、原爆養護ホームにつきましては、現在国が十分の八の補助率でその運営費を補助しておるところでございまして、その内容はすべて社会局が所管しております一般の養護ホーム、特別養護ホームの基準と全く同じでございます。ある面についてはこちらの方が有利な面も少なくないと考えておるわけでございます。この場合も、私どもといたしましては、民間の非営利の法人の経営いたしますよさというようなものを生かしながら、できるだけ国や県などの助成を充実いたしまして皆様方の御要望に沿えるようにしたいと考えておるわけでございまして、こういった施設を国立に移管する考えは持っておりません。
 なお、原対協などが設置経営しております被爆者の温泉療養研究所あるいは被爆者の療養研究センター、こういったものにつきましては、まだ国の補助金は出してないのでございますけれども、こういった点につきましても今後地元の県だとかあるいは市とか、そういったところとよく相談をいたしましてその対策のあり方について検討してみる必要があろうかと考えております。
#14
○石本茂君 お話を承り、また今日までの経過を承知しているわけでございますが、何かもう一つこう、落ちたところがやはり責任を負わなければならないのだというような自治体サイドの重さがどうしても意識の中に大きくのしかかってくるわけでございますので、私は全部をいますぐ国家がどうせいこうせいと言うのじゃございませんけれども、いま局長申されましたように、やはり特段の配慮があってしかるべきではないかということを考えるわけでございます。まあ日本じゅう当時爆弾が落ちました。しかし、広島にあるいは長崎に落ちた爆弾というのは、これは人類史上今後あってはならないことですし、類例のない恐ろしいものであったということ、許されないものであったということ等を一層御勘案いただきまして、そしてこれが対策には特別なやはり配慮というものを私はお願いしたい気特ちでいっぱいでございます。
 それから次に、お尋ねしたいと思いますのは、被爆影響に関する調査研究に関することでございますが、本年から財団法人放射線影響研究所ということでもとのABCCが多少形を変えたわけでございます。ここに参りましていろいろお話も聞きましたし、今日までの研究業績等についても承知をしたところでございますが、やはり一つ私の心にかかりますのは、被爆者の二世、三世にまつわりますところの調査というものが現在ただいまそこでは行われておらない。まあ今後検討することになるんだと思うのでございますが、そうしたいままで放射線によって被爆された人々だけの調査の追求ではなく、それを通しまして、二世、三世に及ぼすであろうところまでこの研究はぜひ進めていってほしいということと。
 それからもう一つ、報告書の中にもありましたが、行ってみて思うことでございますが、広島の場合、長崎もそうだと思いますけれども、調査し、そういう研究する部門と、それから医療を担当する、いわゆる病院の分野と、これがばらばらでございまして、一年に一回ぐらいの懇談的な何かお話し合いがあるそうでございますが、ほとんどほかは個々別々の体制でございますので、何となしにそういうこと自身が、この研究所に参りまして、そうして自分の人体を提供し、そこによって研究体制を進めてもらうということについて、同意をし、理解はしておりましても、もう一つ、自分は現に原爆症のために苦しんでいるのに、なぜここで治療なりが受けられないんだろうかという悲しみを、市民の大方の皆さん持っていらっしゃるわけでございます。これは私の聞いた、知っている限りの事態を申し述べているわけですが、それからまた、原爆病院じゃございませんが、この調査研究体制であります研究所の職員等の御意見の中にも、やはりここに治療機関の併設があった方がいいんじゃないか、いやある方がよいんだという見解もあったわけでございますが、この辺についてどのようにお考えになっておられますか、どう思っておられますか、この機会に聞いておきたいと思います。
#15
○政府委員(佐分利輝彦君) まず原爆放射能の影響についての特に二世、三世に関しての研究の問題でございますが、これは従来もABCCの国立予防衛生研究所の広島、長崎の支所が協力をいたしまして、調査研究を行ってまいりました。しかし、その程度はまだ十分ではございません。先般もアメリカのABCCの放射線諮問委員会が特に二世、三世に対する調査研究を今後充実するようにというような勧告をいたしましたけれども、先週開かれました日本の新しい財団法人放射線影響研究所の日本側の専門科学評議員の皆様方の御発言も全く同じような内容でございました。したがいまして、先生がいま御要望なさいましたように、今後被爆者の二世、三世に対する研究には特に力が入れられるものと考えております。
 次に、現在の研究と診療と老人ケアとの連携の不足の問題でございますけれども、これはやはり県のレベル、市のレベルにおきまして、相互の連絡協議会のようなものを設置いたしまして、できるだけ数多く会合を重ねて、りっぱなシステムをつくり、相互の連携、ネットワークがうまくいくようにしていくべきではないかと考えております。
 また、今回発足いたしました財団法人放射線影響研究所におきましても、みずからの研究を促進するために、各種関係機関、団体等との連絡協議会を設置いたしておりますので、そのような場におきましても、ただ研究の推進だけでなく、被爆者の治療だとか、あるいは老人ケア等もうまくいくように話し合いを進めていったらどうであろうかと考えております。
 なお、最後の研究と診療とを一体的に運用したらどうかという御提案でございますが、かつて二十一年に、アメリカがABCCをつくりましたときに、ABCCにおいて研究のほか診療もやろうという提案をしたのでございますが、当時はむしろ地元の反対がございまして、アメリカ側は広島大学と長崎大学に原爆分といたしまして百五十床の補助金を提供したわけでございます。そのようないきさつがございまして、ABCC並びに現在の放影研では調査研究のための診断までしかしていないわけでございます。
 そこで治療までしたらどうかという問題が起こってくるわけでございますけれども、被爆者の本格的な診療をするということになりますと、かなり高度の建物、設備も必要といたしますし、また各種の専門医もまたパラメディカルの職員も数多く集めなければならないという非常に現在の情勢としてはむずかしい問題がございます。したがいまして、先ほど来申しておりますように、広島、長崎の原爆病院また大学の付属病院、こういったところとのネットワークをよくいたしまして、皆さん方の御要望に沿えるようにしていくべきではないかと考えておる次第でございます。
#16
○石本茂君 まあ、お話の内容の趣旨はよく理解できるわけでございます。と申しますのは、これらの機関は財団であり、しかも、国営化されているものは一つもございませんので、まあ、できるなら、大学の中にあります研究対策ぐらいが国家行政の中で直接にこうあったらよい、あああったらということは指摘されると思うのですが、いま局長も申されますように、これは国家の行政的サイドでの指導ということは、とても無理だなというふうに、私ちょっとお話の中から受け取ったわけでございますが、そうではなく、やはり国家行政のサイドから、さっき申されましたような総合的なあり方とか、あるいはまた今後の方向等についての指導が直接にされ得ないものでございましょうか、どうでしょうか。その辺を一点お伺いしておきます。
#17
○政府委員(佐分利輝彦君) 厚生省といたしましても、文部省あるいは科学技術庁、そういった関係各省と連絡をとりながら広島県、長崎県の県や市に対していろいろと行政指導あるいは御助言をすることはできると考えております。
 また放影研につきましては、従来ABCCの諮問委員会、日本側の諮問委員会というものがございましたが、その同じような組織が残ると存じます。その中にやはり厚生省の代表、文部省の代表、科学技術庁の代表等も入っておりますので、そのようなあらゆる機会を通じて強力な御指導をしてまいりたいと考えております。
#18
○石本茂君 ぜひ、どう言いますか、行政の面につきましても、あるいはまた運営等のことにつきましてもひとつよい、すばらしい指導体制を確立していただきたいことをこの機会にお願いいたします。
 それから次にお尋ねしたいと思いますのは、被爆地域指定のことでございますが、黒い雨の降りました地域、これが現在ただいま広島におきましては全然考慮されておらないということが一つあります。それからもう一つは、何といいますか、二キロ以内ということがやかましく指定されておりますために、いわゆる同じ地域にありながら、たとえば同じ町内にありながら二キロの地点からちょっと外れますと、もはやそれは指定外になってしまいますというような、どう考えても人間感情等の面から割り出しまして不都合だなと思うものがないわけじゃございません。そういう意味で、いま申しました黒い雨の降りました地域のこと、それから二キロ以内のことにつきましての、いわゆるいまは距離指定になっておりますが、これを、地域指定というようなことについてどのようにお考えになっておられますか、今後どうしようとされておりますか、お伺いしたいと思います。
#19
○政府委員(佐分利輝彦君) まず広島の黒い雨の降りました地域の問題でございますが、国会でもたびたびお約束いたしましたように、専門家を集めて先般いろいろ検討した次第でございます。しかしながら、現在の資料をもっていたしましては、特に放射線の強い影響を受けたとは考えられないのでございます。たとえば昔の学術会議の資料等によりますと、天然放射能の五十倍の放射能が測定されたというような記載がございますけれども、もともと天然自然の放射能というのはきわめて低いものでございますから、その五十倍という放射能もそれほど高いものではないわけでございます。したがいまして、現在のところこの黒い雨の降りました地域を対象地域とすることは十分な根拠がないと考えておりますが、地元の方でもいろいろと強い御要望がございますので、明年度あたり大規模な基礎調査、つまり土壌の放射能を測定していくわけでございますけれども、こういったことも余り年数のたたないうちに一遍きちんとしておかなければなりませんので、そういった放射能の基礎調査をいたしまして、この問題についても結論を出してまいりたいと考えておる次第でございます。
 次に、十月から新設されます保健手当の二キロの線引きの問題でございますけれども、ただいま御指摘ございましたように、一つの町内で二キロで線引きをするということは、その町内の住民としてはいろいろ割り切れないものがございましょう。しかしながら、町名指定をいたしますと、また境界領域がでこぼこいたしまして、隣の町の住民としてはなかなかしっくりしないものを感じるのではなかろうか、そういったむずかしい問題がございます。したがって、この線引きは原則としては二キロメートルできちんと線引きをすべきであると思いますけれども、三十五年にかつて設けました特別被爆者の制度のときの線引きの経緯、そういったものもございますし、いろいろ地元の実情もあろうかと存じますので、地元の県や市とよく相談をしてその方針を決めてまいりたいと考えております。
#20
○石本茂君 一応おっしゃることはわかるのでございますが、その黒い雨の部分につきましては、いま申されましたように大至急に調査等を着手していただきまして、この地域に住む方々がやはり安心して自分が受けた被爆量というものは問題にならないんだとか、いやそうではなかったとか、とにかくいま非常に不安な状況の中におられるわけでございますから、これは大至急に着手していただきたい、そして結論を出してほしい。
 それから二番目のこの地域指定のことですが、二キロという範囲につきまして、私は専門家でもありませんし、何が何だかわからないのでございますけれども、果たしてそういうところで線引きされてよいんだろうかという疑問を一つ持ちますのは、われわれ人間というのは、その放射能に対する反応というものはやはり個々、個人個人違うと思うのです。非常に遠隔にありまして微量に浴びたとしても、それがやはり大きくあらわれてくる人もおれば、全く二キロどころか、その爆心地におりましても今後、現在ただいま余り大きな障害が出ていない人もあると思うのです。
 そういうふうに考えますと、何か一律一体に物を扱うような意識でこういう線引きができるのだろうかというようなことで私は多少自分なりに何となしに納得しかねているわけでございますが、その辺等も十分に勘案の上でこういう線引きがされたと思うのでございますけれども、今後ともひとつその辺のことにつきましても弾力性のある考えの中での条件設定というものをしてほしいというのが私の切なる希望でございます。
 次にお願いしたい、お聞きしたいのは被爆者対策でございますが、先ほど来聞いておりました医療のこと、それからあわせまして生活にまつわりますこと等があるわけでございます。この補償のあり方でございますが、現在特別措置法あるいは医療に対する法律というふうな二つの法の体制の中で考えるだけのことは考えられていると思うのでございますけれども、住民の皆様あるいは被爆者の皆様からの御意見等を聞いておりますと、何かまだもう一つ煮詰まっていないということを感ずるわけでございますが、この補償のあり方についてどのようにお考えになっておりますか、これは大臣の御所見もあわせてお伺いしたいと思います。
#21
○政府委員(佐分利輝彦君) 先般の参考人の御意見を伺いましても、一部の方は、現在の原爆二法の中でもっと進んだ施策が行えるのじゃないかというような御意見がございました。
 で、たとえば現在の原爆二法で被爆者や遺族に対して年金や弔慰金を支給するということは大変困難な問題でございます。しかし、今回提案しております新設の保健手当は、手当と申しておりますけれども、支給要件に該当する者に対しては終身支給するものでございますので、従来の原爆特別措置法の運用を大きく前進させました年金的色彩の強いものであると考えております。
 また、たとえば財産喪失者に対して何らかの補償をしてもらいたいと、しかもそれがいまの原爆二法の範疇でできるのではないかというような御意見などもございましたけれども、これはたびたび申し上げておりますように、一般戦災者との関係がございまして、実現は非常に困難であろうと思います。
 したがいまして、従来やってまいりましたように各種手当の額の引き上げ、所得制限等の制限の緩和、こういったところを中心にいたしまして今後も制度の改善を図ってまいりたいと考えております。
#22
○国務大臣(田中正巳君) 先生のただいまのお尋ねは、被爆者対策としてどういう政策的な基底からこれを出発さすべきものであろうか。言うなれば、政府が今日までとってきた原爆二法の範疇の中でやっていくか、あるいは国家補償の精神を基底に置くべきか、ここに先生のお尋ねがあり、また今国会における原爆二法の審議に当たっての争点はまさしくここにあるものというふうに私は思っているわけであります。心情的に見ますると私は被爆者というのは大変お気の毒だというふうに思っております。しかし、これに対してどのような対策を今日時点において行うかということについていろいろ考えてまいりますると、やはり従前この委員会でも申し上げましたとおり、当時の数多くの、あるいは場合によっては全国民がといってもいいぐらいの戦争犠牲者の中にあって、原爆被爆者というものについて今日時点でなお救いの手を差し伸べるということについての根拠というものをどこへ救めるかということになりますると、他の戦争犠牲者には絶対にないという一点は、まさしくこの人たちが健康と肉体にぬぐうべからざる私は傷疾を受け、あるいは不安を持つという一点が象徴的なものだろうというふうに思っているわけであります。かような見地から、私どもは健康そして身体といったようなところにその救済の根拠を求めておるわけでございまして、当事者から見ますると、こうしたことについてのわれわれの判断ということが、どうもあの原爆被爆という実態等についての理解が足りないのではないかというふうなことをいろいろと御批判もあるわけでございます。私自身も実は、いま厚生大臣でございますが、議員時代に原爆被爆者対策をいろいろと手がけた節に、何回かこれについてみずから反間をしてみました。しかし、厚きにこしたことはございませんが、やはり国の施策として、こうした全国民が戦争の犠牲になった、程度の差こそあれ犠牲になったという中にあって、原爆被爆者に救いの手を差し伸べるとするならば、この一点から進んでいく以外に切りようがない、他の戦争被害者との間のいわゆる截然と区別する方法がないと、やはりこの点から施策を進め、そしていかなければならぬと、かように思っているわけであります。また、私自身の気持ちとしては、こうした基底の上に立つ政策であるならば、被爆者の皆さんの非常にお気の毒な不幸な状態に対応して、できるだけこうした二法の系列の中にあって施策を高めていく、厚みをかけていく、向上をさしていくということについては、専心これに努めたいと、かように思っておりますが、それから先に出ることについては今日時点で私自身踏み切れないでおるというのが現状でございます。
#23
○石本茂君 大臣の御心中、私全く同感でございますが、この二つの法律でできること、どうしても要望にこたえ得ない時点、これはあるわけでございますが、この辺を私ども憂慮し、今日まで苦悩してきているわけでございますけれども、もう戦後三十年たちました。そして広島、長崎に参りますと、木々の緑は日ごとに濃く大きく茂っていっておりますし、美しい花も咲いておりますけれども、先刻の報告書にもありましたし、私も聞きたがっていることの心の中身というのは、それと反対に、日がたち年がたつに従いまして、原爆放射能による被爆を受けた人々の心の中の苦しみあるいは悲しみというものがそれに反比例して増大していっているわけです。不安はますます大きな不安となってつのってきているわけでございますし、そうした意味で、今日まで実施されてまいりました行政分野の中の二つの法律をたてまえとして今後ともなお考えていくのか、それともこの三十年という一つのことを区切りにいたしまして、今日を出発点として、現在ただいま行われております法律、あるいは規則のたてまえだけをとるのじゃなくて、そうした過去をこの辺である程度こだわらないで、あるいは踏み切って、そうして要望されております同じわれわれ人間として、その苦しみの中にはたたき込まれなかったかもしれないけれども、いまその苦しみと悲しみを持つ人々以上に苦悩しているこの現時点の立場から、法律の性格はどうあろうとも、私はやはり中身をますます深く広く、そして厚みの増した、真に本当にこれでよいのだというところまで行けなくても、まあ、ここまで来ればそれでよいのじゃないかという納得のできる対策というものを今日ただいま講じてもらわなければ、また来年また再来年ということで、五十年たっても同じであったということでは相ならない、と申しますのは、戦争の傷跡というものは、終わったときに済んでしまったのじゃなくて、三十年たってなおまだこうした大きな問題が取り残されているということと、大臣いま申されましたように、広島、長崎は原子爆弾という特定なものであった、そのためにそこから派生してくる問題だけを中心にして今日の二つの法律はできている、そしてそれによって措置してきている。しかしもしこれを拡大するとすれば、戦争によって受けたすべての人々あるいは爆撃等を受けたすべての人々、すべての地域にも拡大していかなければならないんじゃないかという、口ではおっしゃいませんが、その辺の憂慮も大きく出ているように思うわけでございまして、私自身も四苦八苦してこういう質問をしているわけでございますが、現在の二法になじむ中で、どこまで一体皆様方が言われている、われわれが考えている要望事項を整えていくことができるんでしょうか。くどいようでございますが、この辺をもう一つ私の納得のできるところまで御説明をいただきたいと思います。
#24
○国務大臣(田中正巳君) さっき私が舌足らずで申し上げなかったことについても、先生御そんたくの上で御質問がございました。やはり率直に申しまして、数多くの戦争犠牲者、特に空襲による被害者等々というものの中で、原爆被爆者について特別に今日考えるという論拠というものは、やはり放射線を多量に浴びた、そのことによって今日なお身体、健康にいろいろと障害を生じ不安を持っているという一点に着目をし、この中から施策を演繹をしていくわけでございます。これを離れますると、いろいろな問題に波及をすることは、先生もいま暗々裏に私にお示しになったところでございます。全部やりゃいいじゃないかと、こういう御意見になろうかと思いますが、これについては、やはり政策の選択という問題もあろうと思われますし、そうした中にあっていろいろと政府側で苦慮をいたしましたその表徴的なものが今回御提案申し上げまして審議を願っている保健手当の創設であろうと思われるわけであります。これは、現在健康上別段どうということはないが、放射能を多量に浴びたということで、今後やはり健康を損なうおそれがある、そして心配があるといったような方々に対し給付をいたすわけでありますし、しかもいまこの対象者についての御議論もありましたが、一定の方については終身これを差し上げるという仕組みにいたしておるわけでございまして、これはやはりこうした放射能を多量に浴びたということを縁由といたしまして、この方々に終身手当を差し上げるといったような仕組みになっておるわけでございまして、ここにわれわれが実は苦労した一点があるわけでございまして、こうした施策を打ち出したということについて、かねがねの当事者の間の御希望をわれわれの言っている観点からどこまで伸ばせるだろうかということで、いろいろ考案したその結果であるわけであります。かようなわけで、私どもは今後ともやはり原爆被爆者対策というものについては、放射能を多量に浴び健康、身体について障害がある、ないしはそのおそれがある、心配があるといったような点に着目をし、この一点から施策を引き出していき、そしてこれについてできるだけの向上を図っていくという基本の方針で今後とも進みたいと、かように今日私どもは考えているわけであります。
#25
○石本茂君 大変失礼なくどいことになるわけですが、現在ただいま問題になっております援護法の制定ということをめぐってでございますが、現在の二つの法律というのは、社会保障の見地から成り立っているものである、そこで国家補償の精神に基づくものであるべきであるというのが援護法の立法化を云々するわけでございますが、私がいま申しておりますように、現行法は社会保障の見地からなっているが、国家補償の精神に基づくものでないとこれ言い切れない面もございますが、そのようなことに対しまして大臣どのようにお考えになっておりますのか。
 それからもう一つあわせまして、先年来私ども非常につらい思いをしたのでございますが、この二法だけによるのではなく、第三の道を検討していくということを盛んに関係の皆様に申し述べてきたわけでございますが、この第三の道に対する対策といいますか、どのような方向でどういうものをいま検討されておりますのか、もしこの機会にお聞かせいただければ聞かせていただきたい、これは局長さんでもどっちでも結構です。お願いいたします。
#26
○国務大臣(田中正巳君) 原爆被爆者対策、今日の二法というものが社会保障の思想に立脚しておるということをしばしば当委員会でも説明をしているようでございます。しかし私はこの点につきましては一般の社会保障とはいささか類を異にするものであるというふうに考えておるわけであります。強いて言うならば特別な社会保障であろうというふうに思われるわけでございまして、かようなわけで一般の社会保障でございますれば、一定の特殊な事情による方だけにこれを限定するということはいささか問題があるわけでございまして、かようなわけで原爆被爆という特殊な原因に伴って一定の補償をいたす、そうした特別な社会保障であるというふうに思うわけでありまして、一般的な社会保障の範疇の中ですべてを考えるということはいかがかと、こういうふうに思うわけでありまして、斎藤元厚生大臣の質疑応答の速記を読んでみましても、斎藤君も実はそのことについて気がついておったような答弁をいたしていることを私は知りまして、なるほどこの問題についていろいろ掘り下げ、苦労するとそういう考えが出てくるかなと、かように思っておるわけでございますが、そうした考え方でこの問題の性格づけというものを考えたらどうであろうかというふうに思っているわけであります。
 財産の損失に対する補てんの問題につきましては、率直に申して私どもは余り積極的にこれと取り組む所存は今日のところございません。なぜかなれば、財産のいわゆる喪失あるいは損害等々に対する対策というものは、これをすべてにこれについて手を染めるということになりますれば、およそ戦争犠牲者の中にこれが一番多いわけでございまして、したがいまして、そうした方々についての施策というものも考えていかにゃならぬと、また大変恐縮でございますが、財産の損失という問題については戦後三十年の間に、人によっては違いがございますが、ある程度のリカバリーのきいている方も数多くおられるわけでありまして、普通のいわゆる空襲によるところの焼夷弾等によって家あるいは財産をなくした人あるいは引き揚げてまいったような方々で、一切の一生の成果というものを現地に置いてまいった方々、こうした方々もお気の毒ではございますが、今日時点におきましてはその後御本人の努力等によりましてある程度のリカバリーがきいている人がかなりおるわけでございまして、今日時点においてこの財産の問題については私どもとしては御勘弁を願いたい。ぬぐうべからざるものはやはり健康と身体の問題であると、これはもう一生の間どうしてもリカバリーができないのでありますから、したがって、その観点から進まなければらちがなくなるといったような判断のもとに、私どもとしては前々から申しておったように原爆被爆者はその点から出発をいたし、大変お気の毒ではございますが財産補てんという面については割愛をさせていただくというふうな基本の政策的な判断をとらざるを得ないというのが私どもの今日この問題に対処する基底にある物の考え方でございます。
#27
○石本茂君 大臣のお考えわかりました。と申しますのは、一般的な社会保障ではない、特定な条件を持つ社会保障であるということ。
 それでもう一つ大変気違いじみたばかげたことを言うかわかりませんが、いま申されております財産の補償についてはこれは波がございますので、これは考えられないといたしましても、どうして国家補償に切りかえることがそんなにむずかしいのかということ。
 それからもう一つは遺族に対します補償でございますが、この辺も含めまして、一言で結構でございますから、その辺を承りまして私の質問を終わりたいと思うわけでございますが、何遍も申しておりますように、さっきから言っておりますように、そういう特定な社会保障政策も結構でございますが、やはり三十年という長い月日の中の問題等を総合されまして、こだわることなく、この年この日を境にして、そして今後この法的な二法の扱い方を含めまして、将来を展望しながらどう踏み切っていくかということは、これは日本国内国民だけのいま見ておるところじゃございませんで、国際的に特殊な条件を持つ原爆被爆症者に対するあるいはそれをめぐっております問題解決のために日本はどういう方法をとるであろうかということが大変着目されておるわけでございます。私ども外国に参りまして全く関係のないところに行っておりましても、女性同士の集まりでありますからかもわかりませんが、日本は原爆を受けた国である。そこでおまえたち女性は何を考えているのかというようなことをしばしば聞かれまして、こっちが反対にぎょっとするような場面を経験しているわけでございますが、その辺を承りまして私の質問は終わりたいと思うわけでございます。
#28
○政府委員(佐分利輝彦君) 従来からたびたび申し上げておりますように、やはり一般戦災者との均衡の問題がございまして、どうしても国家補償の精神に基づく制度とはすることができないのでございます。しかしながら、元斎藤大臣も答弁されましたように保健手当のような年金的な制度が生まれてくることによりまして、すでに原爆特別措置法も社会保障と国家補償の中間の第三の道を歩み始めたものと考えております。ところで、国家補償の精神に基づく制度である場合には当然遺族に対する補償といたしまして弔慰金とか遺族年金の問題が出てくると思われますが、これが一番大きな問題でございまして、現在の制度は国家補償の精神に基づくものではなく、多量の放射能を浴びた生存被爆者に対する特別な社会保障制度でございますので、今後も遺族に対して弔慰金とか年金の支給等を行うということは考えられないのでございますが、先ほどもお答えいたしましたように生存者に対する手当等につきましては今後も大幅に改善をし、制限もできるだけ撤廃いたしまして、御要望に沿えるような制度に次第に持ってまいりたいと考えておる次第でございます。
#29
○委員長(村田秀三君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時三十分まで休憩いたします。
   午前十一時五十分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時三十八分開会
#30
○委員長(村田秀三君) ただいまから社会労働委員会を再開いたします。
 午前に引き続き、原子爆弾被爆者等援護法案及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。
#31
○浜本万三君 ことしは被爆いたしましてからちょうど三十年になるわけであります。この三十年の間、被爆者の皆さんは、病苦と貧困、そして家族崩壊と申しましょうか、家庭崩壊と申しましょうか、あるいは世帯崩壊と申しましょうか、そういう中で孤独と、三重苦にさいなまれて今日まで生き続けてこられたと思います。これに対しまして政府は、昭和三十二年には医療法、四十三年には特別措置法を制定いたしまして、毎年若干の前進をさせながら対策を講じられてきたところでございます。しかし、政府の政策を見ますと、被爆者の皆さんの要求にとっては決して満足をすべきものではなかったというふうに思います。かつて、被爆三十年を今日迎えまして、被爆者とその遺族の方たちは、国家の補償による援護法の制定を強く要求しておるというところでございます。去る六月九日、十日の現地調査、さらには十七日の参考人の事情聴取などから考えましても、明確に被爆者の皆さんのお気持ちが判断できるわけであります。
 私は本日、そういう事情の中で政府に対しまして、野党四党共同提案の援護法の制定を強く要望しながら、政府の改正案に対する質問と、野党提案の援護法に対する政府の態度を伺いたいというふうに思っておる次第でございます。
 まず最初に、政府の改正案につきまして、具体的に次の点をお尋ねしてみたいと思うわけです。最初お尋ねしたいと思いますのは、いわゆる認定制度の問題でございます。昭和三十二年に医療法が制定をされまして、昭和五十年度の予想による被爆手帳の交付者が相当ふえておることは間違いございません。政府の資料を見ましても、被爆手帳の交付者の数が三十四万九千四人になっておりますが、その中で特別手当を受給する方々が非常に少ないというふうに思うわけであります。これは認定患者の数が政府の本年度予算を見ましても、わずかに四千三百六十五名でございまして、全体の手帳交付数から言えば一・二%にしか当たらないというふうに思います。これは認定制度そのものに問題があるんじゃないかというふうに考えられるところでございます。そこでまず、最近における認定状況につきましてお尋ねをいたしたいと思います。
#32
○政府委員(佐分利輝彦君) 認定制度は、原爆医療法が始まりました三十二年から実施されておるわけでございますが、現在まで申請者の約八二%が認定患者と認められております。しかしながら、被爆後三十周年たちました今日においては、いろいろ事実関係を証明することも困難になっておりますので、最近においては漸次証拠書類をさらに追加していただくように差し戻しておるケースがふえてまいっております。
#33
○浜本万三君 最近における認定状況が八二%というふうにいま伺ったんでございますが、いずれにいたしましても非常に悪いというふうに思います。ことに、九日、十日広島に調査に参りましたときに、広島県庁の説明によりますと、広島市で六四%、広島県下で四四%という非常な低率が報告をされておるわけでございます。したがって、認定制度そのものに何かやっぱり欠陥がないだろうかというのが、被爆者の方々の大きな不満とするところでございます。したがって、まず、四十九年度で結構ですが、申請者の数と、それから認定をした数と却下した数と、却下の理由についてさらに伺いたいと思います。
#34
○政府委員(佐分利輝彦君) 四十九年度は、申請が二百三十四件ございまして、そのうち認定したものは百二十二件、五二%でございます。で、却下は六十九件、三〇%でございます。また、先ほど申し上げたようなさらにいろいろな資料の追加等の照会をいたしましたものが、四十三件で、一八%でございます。
 なお、却下いたしました六十九件の主な内容でございますが、いろいろな疾患が申請されておるわけでございますけれども、従来の経験に照らしまして、原爆の放射線障害に直接起因するものとは認めがたいものが大部分でございまして、後で御質問が出ようかと思いますけれども、確かに放射線の障害は考えられるけれども、現在はまだ手術の時期ではないといった白内障のようなものも若干あろうかと考えております。
#35
○浜本万三君 認定制度の問題につきまして、私がちょっと疑問に思います二つの点から申し上げまして、御答弁をいただきたいと思うんですが、まず第一は認定をする機関であります原爆医療審議会の運用の問題でございます。何かうわさによりますと、二カ月に一回ぐらい開催をされまして、相当の数のものをきわめて短時間に処理しておる。そうしてその審査の経過もつまびらかになっていないし、却下された被爆者の皆さんから言えば、認定しがたいというような簡単な結論しかわからない。そういうので、医療審議会の運営について相当のやっぱり不満があるように思うわけでございます。したがって、医療審議会の運営がどうなっておるかということと同時に、私はこの際厚生省の方にお願いをいたしたいと思いますのは、被爆者の立場に立って審議会の運営をしていただきたい。そうして秘密主義はやめて、できれば資料の公開をしてほしいのでございますが、これは個人のまあ秘密に属することもあるでしょうから、要するに申請者には、その審査の経過、結果というものがつまびらかになるように知らしてほしい、そういう運営をやっていただきたいという気持ちがあるんでございますが、これについてはいかがでございましょう。
#36
○政府委員(佐分利輝彦君) 確かに原爆医療審議会の認定を取り扱っております医療部会は、年に四、五回しか開かれておりません。したがいまして、一回の審査の件数はかなりの数になるわけでございますけれども、そういった審査にかける前に、事前の予備審査をしておるわけでございます。そういう関係で、問題となるようなケースについては、かなりの時間をかけて御審議をいただいておる次第でございます。
 なお、この審議、審査の内容については、もちろん個人のプライバシーの問題でございますので、公表できないわけでございますけれども、却下したような場合には、却下の理由を一々付しておりますし、またさらにそれについて御質問でもあれば、お答えはするという形をとってきた次第でございます。
#37
○浜本万三君 私が申しました三つの提案につきましては、どのような御見解なんですか、わかりませんか、わかりましたか。
#38
○政府委員(佐分利輝彦君) ただいま申し落としましたが、この部会の中には地元の代表の専門家もかなり入っていらっしゃるわけでございますので、地元の御意向とか、あるいは被爆者の御意向もかなりよく反映されるように構成されておると考えております。
 また、先生の御要望でございますが、これについてはただいまお答えしたつもりでございますけれども、個々のケースについて、御本人などから具体的な御照会があれば、その理由についてさらに詳しくお知らせすることについてはやぶさかではございません。
#39
○浜本万三君 いずれにいたしましても、せっかく被爆者の方々が苦労をされておる中で申請をすることでございますから、十分その気持ちを体して、結果がよくわかるように報告をしていただくように、要望しておきたいと思います。
 次は、認定制度そのものについてでございますが、最近、私ども、広島の例を申し上げては恐縮なんでございますが、三つほどの例を申し上げますと、どうもこの認定制度が制度としてふさわしくないんではないかという気持ちがしてなりません。たとえば、最近の例で申しますと、呉市の三島さんという六十三歳になる方なんでございますが、その方は、昭和三十六年に手帳の交付を受けましたが、認定制度があることを知らない、そして四十八年に病気になりまして、呉の国立病院に入院をいたしました。そして、この認定の申請をいたしましたが、三カ月後に却下をされ、ことし、さらに五月に申請をいたしましたが、再び却下をされておるわけでございます。しかし、実際は被爆者であって、貧血、腎臓病、食道がんなどを併発をしておりまして、非常に困っておるという例でございます。
 また、石田さん、先ほどおっしゃいました白内症の場合にも、これもまあ同様でございまして、現に原爆の困果関係がはっきりあるということでございますが、治療のときに再申請しなさいというふうなことになっておりまして、実際は目が、回復するかどうかわからない、目がつぶれるかもわからないという危険な手術をするときでないと医療法の恩典を受けることができない、そういう例がございます。
 さらにまた、認定制度を改めるべきではないかというもう一つの理由といたしましては、この間、広島に参りまして原爆養護ホームというの視察をさしていただきましたが、二百四十九名のうち、わずかに認定患者が十名程度である、しかも、半分以上の方は医療給付を受けなきゃならぬ、こういう事情等々から考えますと、認定制度そのものでは、現行認定制度では、被爆者の方々を救済することができないんじゃないかというふうに思うわけです。もともと私の考え方を申し上げますならば、原爆症というのは、先ほど局長から午前中お話しがございましたように、まだ、現在の医療技術の中では、完全に解明されていないと、そういう事情でございますから、治療しながら研究をしていくと、また、研究をしながら治療していかざるを得ない実情にあるのではないかというふうに思うわけでございます。そういう点から考えますと、現行医療法というものは実情に合わないという気持ちがしてならないわけであります。そこで、この認定制度を撤廃されるか、もしくは大幅に緩和する必要があるというふうに考えますが、この点について、特に、これは局長だけじゃなしに、大臣からも、基本的な問題に関することでございますから、御答弁をいただきたいというふうに思います。
#40
○政府委員(佐分利輝彦君) 原爆の認定につきましては、先ほども申し上げましたように、非常にむずかしい問題がございます。したがいまして、個々のケースについて、当時の状況をよく判断し、現在の病気の状態と比べ合わせまして認定していくわけでございますけれども、現在のところはっきりしておりますものは、先般も市丸参考人がおっしゃいましたように、白血病その他の悪性腫瘍、それから水晶体の白内症、それから放射線による皮膚の障害、そういったようなものでございまして、その他の疾患については、まだ一つ一つのケースといたしましても、また、集団の統計的観察といたしましても、果たして原爆の放射線によってそのような疾病が起こってくるのか、あるいはそういった疾病が特に悪くなってくるのかというようなことがわからない状況でございます。そういったむずかしい問題をはらんでおるので、いろいろと、先生方からござんになれば審査が厳し過ぎるのではないかというような御批判もあろうかと思うのでございますけれども、純粋に医学的に考えますと、やはり現在の認定というのは、かなり適切に行われておると信じております。また、現在の制度から見ましても、特に原爆症の認定患者につきましては、その特殊な健康状態にかんがみまして、手当の額も高くなっておりますし、また、医療手当というたようなものも、ほかの方々とは違って支給されることになっております。したがいまして、悪平等、不公平を防ぐというような意味からは、どうしても現在のような認定制度が必要でございます。ただ、この制度の運用につきましては、ただいま先生からも御指摘がございましたけれども、今後の医学の進歩あるいは被爆者が次第に年をとってまいっておりますので、それによる疾病構造の変化、そういったものも考えながら、医学的にも漸次制度の改善を図ってまいらなければならないと思いますし、また、提出書類の簡素化等、事務的な面についても、今後改善は図っていかなければならないと考えておりますけれども、認定制度をやめてしまったり、あるいは大幅にゆるめたりという考えはございません。
#41
○浜本万三君 大臣の方からひとつ、いまの点、――もうちょっとやっぱり被爆者の立場に立って考えてもらいたいと思うんですが。
#42
○国務大臣(田中正巳君) この原爆二法の制度は、あくまでもやはり原子爆弾被爆者、そうして放射能を多量に浴び、そうしてそのことによる直接のいわゆる認定疾患というものをつかまえまして、これに第一に直接手厚い援護の手を差し伸べる、そうしてその周辺におる者についても、なおいろいろな施策を施すという仕組みになっているわけでございまして、こうした仕組みをとる限りにおいて、私は認定制度というものがなしでは済まされないというふうに思っております。
 ただ、認定患者の場合と、その他の方々との場合には、法律上の、制度上のいろいろな措置というものがかなり違っておりますから、やはり御本人たちでは認定を受けたい、そうしてまた御自身も、私は認定の資格があるんだというふうにお思いになっている、それが医学的な判断との間に乖離を生ずる、そこに一つの問題があろうというふうに、私は素人でございますが、政治家としてはわかるような気がいたすわけでございますが、先ほど申したような、基本的なこの法制度の仕組み上、認定制度というものを、これをやめてしまう、あるいはまた、なしに等しいような運用をするということは私はできないだろうというふうに思います。
 ただ、一点、認定を厳格にやるということが、これがこの種の制度のための予算措置を縮めるなどという観点からやったのでは、私は問題だと思いますが、さようなことは絶対に私どもはしておらぬと思いますし、今後ともいたさないという所存でございます。
#43
○浜本万三君 認定の問題については、要するに温情のあると申しましょうか、幅のある運用をしていただくことを重ねて要望いたしまして、次の質問に入りたいと思います。
 認定と申しますと、健康管理手当は知事の認定ということになっておると思うんでございますが、健康管理手当の方も、特別手当と同様にその対象者が非常に少ないということでございます。厚生省の資料を見ましても、約八万人で二二%前後であろうというふうに考えられるわけでございます。私は、この特別手当と健康管理手当の性格と差異というものがまだよくのみ込めないわけなのでございます。したがって、その性格とどこが違うのかということをまずお尋ねをいたしたいと思います。
 それからもう一つは、特別手当と健康管理手当を比較して見ますと、確かにこの疾病の程度によって支給の額が違うということは、これは制度上よくわかるのですが、ところが所得制限でありますとか、生活保護法の収入認定、あるいは今度新しく新設されますところの保健手当の併給になってまいりますと、またその差異が出ておるわけであります。これはまあ多少不均衡ではないかというふうに考えますが、その点についてはどのようなお考えでしょうか。
 もう一つ、ついでにお尋ねしますが、私は同じような性格ならば、これは一本にしたらどうかという考え方を持っておるわけです。それについて厚生省のお考えを伺いたいと思います。
#44
○政府委員(佐分利輝彦君) 特別手当と健康管理手当の相違でございますけれども、まず特別手当は原爆の放射線に直接起因すると思われる疾病に対しまして交付される手当でございますけれども、健康管理手当の方は原爆放射線の影響によって起こったかもしれないという疾病につきまして現在では造血機能障害とか、肝臓機能障害とか十種類の疾病を指定いたしまして、手当を支給しておる次第でございます。ここにまず医学的な相違がございます。また、特別手当につきましては、当該認定患者が医療機関の交通費を支払ったり、あるいは保健上のいろんな手当をしたり、場合によっては保健薬等も購入して飲んだり、そういった費用が特に必要であろうというような考えから差し上げておるものでございまして、本年は十月から二万四千円にしようとしておるものでございます。また、健康管理手当の額は特別手当の額の半分でございまして、やはり本年十月からは一万二千円を支給しようとしておるのでございますけれども、これはそういった十種類の健康障害を持っていらっしゃる被爆者が、療養生活にいろいろ役立てるために支払う手当でございまして、両方の疾病の相違から額も半分にしておるものでございます。なお、保健手当につきましては、現在認定患者は特別手当をおもらいになっています。また十種類の疾病をお持ちの方は健康管理手当をおもらいになっていらっしゃるわけでございますが、そういった手当をもらっていらっしゃらない方々で、いま病気がないような場合でも二キロ以内というような場所で非常に大量の放射線を浴びたという方々はいつ健康障害が起こってくるかもしれないという不安があるわけでございます。したがって、そういう方々に本年十月から月六千円の保健手当を差し上げることにしたわけでございますけれども、この方方は現に疾病がないといったような種類の方々でございますので、特別手当、健康管理手当の額と比較勘案いたしまして、六千円という金額にしたものでございます。なお、生活保護法との調整の問題につきましては社会局長が参っておりますので、社会局長からお答えいたします。
#45
○政府委員(翁久次郎君) お尋ねの各種の手当と生活保護法上の取り扱いにつきましてお答え申し上げます。
 生活保護は御承知のとおり、最低生活を維持、保障するためにあるわけでございまして、それと原爆被爆者援護法に基づきます各種手当との関連につきましては、ただいま公衆衛生局長から答弁いたしましたように、医療手当あるいは医療管理手当、葬祭料、介護手当、こういったそれぞれ特殊の目的のために必要な手当類につきましては、最低生活の保障とは意味が違うものでございますので、これは収入認定をいたさない。そのまま認定除外として取り扱いをいたすということにしておりまして、特別手当につきましてはこの特別手当の性格が被爆を受けて疾患を持っておられる方々の生活上の援護ということの意味があることに着目いたしまして、これを収入認定をいたしておるのでございます。ただ御指摘がございましたように、この特別手当をもらっておられる方々はやはり疾病に基づきまして、それぞれ相当な配慮が必要な方々でございます。たとえて申し上げるならば、保健的な医薬品の購入であるとか、あるいはその他通院にかかる費用が特別に必要であるというような点がございますので、これを加算という措置をとりまして、現在七千五百円の加算をいたしておると、こういうようにしておるわけでございまして、それぞれの手当の性格によりまして生活保護法上の取り扱いを異にしておると、こういうことでございます。
#46
○浜本万三君 いまの生活保護の収入認定の問題にちょっと入りましてお尋ねするのですが、これは大臣、実は広島でこの間聞きましたら、わずかに三十一名この制度にひっかかるのだそうです、三十一名。ですから全国的な数を考えましてもきわめてその数は少ないと思われます。しかも先ほど午前中の石本先生への答弁で、局長はこれは普通の社会保障の制度ではないのだ、社会保障の制度の精神は取り入れておっても特別なのだということを言っておるんですから、したがって、特別な制度ならば、この程度の問題は、特別の制度の中で拾い上げていくということがあっていいのじゃないかというふうに思うのです。大臣、その点思い切ってひとつ答弁をしてください。
#47
○政府委員(翁久次郎君) 確かにこれだけに着目いたしますと、先生の御指摘がありましたように、ある程度配慮をすべきではないかというお考えのあることは十分わかるわけでございます。ただ、生活保護法を所管しておりますものとして申し上げさしていただきますならば、この種の制度につきまして、他方との調整ということにかんがみますと、たとえて申し上げますと公害による被害を受けた方についての手当につきましても、やはり医療手当、介護手当、それからこの被爆者援護法に基づく特別手当に相当する手当があるわけでございます。そういった各法との調整上、こういった考え方をとることが、法の運用上しかるべきであるという判断で行っておるわけでございます。ただいま御指摘がございました特別手当を受けておられる方々につきまして、全国的な数で申し上げますと、現在のところ百七十五名の方がこの対象になっているわけでございます。
#48
○国務大臣(田中正巳君) 先生おっしゃるこの収入認定の問題でございますが、私率直に申しまして、この制度でやや今後は私どもが努力をしなければならぬ当面の問題としては、こういうところにあるんじゃないかというふうに就任以来考えておりました。ただ、この手当の性格というものをどう考えるかというところに答えが出てくるところがあるわけでございまして、考えようだというふうに思っておるわけでございますが、今日までの時点のところ二分の一というルールをずっと通してきているわけでございまして、これについてはいろいろ関係者の間にも諸説のあるところでございますが、私としては、今後この収入認定の問題については、意欲的に努力をいたしたいという所存であることだけは申し述べておきますが、ただいますぐにこれができるかどうかということについては、いろいろの関係筋もございますので、直ちに私がここでやると申し上げませんが、今後私としては、これの緩和に努力をいたしたいというふうに思っております。
#49
○浜本万三君 積極的に努力をするような大臣の御答弁をいただいたと思ったんですが、直ちにはできないということで、また後戻りをしたようなんでまことに残念なんですが、とにかく特殊な社会保障制度なんだという性格づけをきちっとされておるわけでございますから、特殊だというそのおっしゃり方で、他の横の並びにつきましては、私は話がつくのではないかという気持ちを持っております。ですから、いま直ちにではないというふうにおっしゃいましたけれども、できればひとつ直ちに前向きの答えを出していただくように要望をいたしたいと思います。
 それから先ほど保健手当の問題がお答えになりましたので、保健手当の問題について、お尋ねをしてみたいと思います。先ほど保健手当の性格につきましては、お答えがございました。しかし、性格についてお答えをいただいたんですけれども、どうもその性格づけについて実情から私は納得できない点がございます。そこで、まずお尋ねをいたしたいのは、二キロに線引きをされておりますが、その線引きをされた理由をまず伺いたいと思うんです。
#50
○政府委員(佐分利輝彦君) 日本や諸外国の放射線防護に関する法律が準拠いたしております一九五八年の国際放射線防護委員会の勧告によりますと、一生のうちでただ一度被曝する場合の最大許容線量が二十五レムとなっております。また、米国放射線防護測定委員会の一九七一年の勧告によりますと、原子炉の事故等の緊急時の場合に、その事故を直すために当該区域に立ち入る場合の最大線量をやはり二十五レム以下としておるわけでございます。で、こういった勧告の基準は、要するに従来医学的、臨床的にただ一回の照射では二十五レム以上の場合しか障害が認められていないというところによるものでございます。したがって、われわれは爆心地から近距離で二十五レム以上被爆した方々を保健手当の対象にするという基本方針をつくりまして、線引きをしたのでございますけれども、去る昭和三十五年に原爆医療法で特別被爆者の制度を創設いたしましたときも、爆心地から二キロ以内となっております関係から事務的な処理に資する上からも二キロという線引きが便利であるということで、そのような基準にしたわけでございます。
#51
○浜本万三君 どうも局長のお話を伺っておりますと、非常に便宜的だというふうに私は思うんです。
 まず第一に、国際基準の問題についてお話がございましたが、厚生省の資料は、その説明では、一九五八年の国際基準をその根拠にされておるわけでございますが、この点はすでに十七日の参考人の意見聴取の中でも、市川先生の方から明確にお話がございましたように、一九六五年には大幅にその基準も改善されておるわけでございます。ことに局長は、職業人の基準を二十五レムというふうにおっしゃいましたけれども、すでに一般の職業人ですら年五レム、それから一般の方たちはアメリカ等におきましては、すでに〇・七レムというふうにこの最大許容量と申しますか、非常に少なくなっておるわけでございます。そういう国際的な情勢にあるにもかかわらず、依然として五八年度の国際基準をもとにいたしまして、二キロの線引きをされたことは不合理ではないかというふうに私は思うわけでございます。ことにこの一九六五年のこの国際的な基準の勧告の中で、たとえばガンマ線とそれから中性子の関係でございますが、生物効果と申しましょうか、それも厚生省の方では一対五の割合にされておるようでございますが、すでにこの十倍であるというふうなお話も市川先生から伺っておるわけでございます。そういたしますと、国際基準そのものが大幅に下がっておるということが第一に言えるのではないかというふうに思います。
 それからもう一つ、先ほど、従来の慣習で特別被爆者の距離が二キロであるから、したがって二キロにしたんだというふうなお話がございますが、三十七年には、つまり三十二年にこの医療法が制定されまして、三十七年に二キロから三キロにその範囲が拡大をされておるという経過もあるわけなんでございます。そういう点から考えますと、二キロに線引きをされるということは不合理ではないかということが考えられますが、いかがでしょうか。
#52
○政府委員(佐分利輝彦君) まず私どもは、従来の医学的な経験から、一体何レム以上浴びた場合に障害が起こってくるのかというところを出発点にしたわけでございます。先般市川参考人がおっしゃいました、一九六五年の国際放射線防護委員会の、一回十レム、一生で二十五レムといった基準は、これは計画的に特別被曝をする場合の基準でございます。普通の平常時の計画被曝の基準は、先ほど先生がおっしゃいましたように、年五レム、十三週で三レム、週で〇・三レム、こうなるわけでございますが、放射線作業の種類によってはどうしても普通の作業として時には一回十レムぐらいまで被曝する場合がある。したがって、そういうふうな計画的な特別被曝の場合には一回の線量を十レム以下にしよう、しかしその場合、一生の線量は二十五レムにしようという基準でございまして、先ほど申し上げました一九五八年の国際放射線防護委員会の勧告、それから一九七一年の米国放射線防護測定委員会の勧告、こういったものはいわゆる緊急時の基準でございまして、やむを得ず原子炉の保安、防火等のために立ち入る場合も二十五レム以下にしなさい、しかしその場合も、もしもその中に職員がおりまして人命救助をしなければならぬ場合は百レムだということになっておるわけでございますけれども、基本線といたしましては、私どもは一体いま人間は何レム以上一回浴びれば障害が起こり始めるのかというところを出発点にしておるわけでございます。これは、先ほども申し上げましたように、現に認定患者については特別手当が出ておる。また十種類の障害のある方については健康管理手当が出ておる。こういった二つの手当をもらっていない方々のうちで、今後障害が起こってくるかもしれない、従来の医学的な経験から。それを予防するために栄養とか休養とかレクリエーションをとっていただきたい、そのための手当を月六千円差し上げようという制度でございますので、私どもは二十五レムでよろしいと信じております。
 なお、中性子の換算係数でございますけれども、これはもちろん中性子のエネルギーによって変わってくるわけでございまして、核爆発のようにだんだんと規模も大きくなればエネルギーも増してくるわけでございますから、換算係数も大きくなってまいります。まあたとえば、サイクロトロンのようなスイッチの切れる放射線発生装置の場合でも、だんだんとその規模が大きくなってきておるわけでございます。したがいまして、最近の六五年の勧告では、中性子の換算係数を八ないし一〇と国際放射線防護委員会は勧告しておるのでございますけれども、私どものとりました五倍という係数は、日本の広島や長崎の原爆医療研究所あるいは原爆医療研究施設、こういったところを初めとして、ABCCや予研が従来の知見をもとにして、広島と長崎の人や物に対する障害の程度をうまく比較して説明するためには、中性子の換算係数を五倍にするのがいいという一つの定説がございますので、それをとったものでございます。なお、この係数をたとえ五倍から八倍あるいは十倍にいたしましても、もともと当時の原子爆弾はいまのものに比べれば非常に規模の小さなものでございました。したがって、全体的な放射線の総量には余り大きな影響は与えないわけでございます。
#53
○浜本万三君 委員長、これちょっとお願いしたいんですけれども、いずれにしましても国際防護基準は低下しておるというのが私の見解でございます。したがって、この点はもう一回理事会でも調査をしていただきまして、問題点を明らかにし、政府の考え方の間違っておる点があれば修正をしてもらうようにお願いをしたいというふうに思います。
 それからもう一つお尋ねしたいのは、先ほどのお話では、少量被爆者には影響がないんだというように受け取れるお話があったんでございますが、これも十七日の市川先生のお話によりますと、放射能の場合には直線的に影響があって、少量被爆者でも影響があるんだ、まあ俗に言うしきい値と申しましょうか、そういうものがないんだという御説明を伺ったというふうに思います。確かにその説を伺いまして、私は広島における健康管理手当の支給状態の中で、直爆と言われる二キロ以内の方が何人おるだろうかということを調べてみますと、わずかに七千八百六十名、広島市では健康管理手当をもらっているのが一万八千七百四十八名おるんですが、そのうちで七千八百六十名ということになっていますから、つまり、直爆者はわずかに四一・九%ということになるわけでございます。つまりこれは、少量被爆者でも要するに影響があったんだという左証ではないかと、証拠ではないかというふうに私は思うわけなんでございます。つまり、この放射能の影響というものは、微量な放射能を受けても人体には影響があるんだということを、健康管理手当の支給状況を見ても言えるんではないかというふうに思われますが、その点いかがでしょうか。
#54
○政府委員(佐分利輝彦君) 微量な放射線の影響につきまして、先般市川参考人が強調をなさいましたのは遺伝に対する影響でございます。ところが、放射線の遺伝的影響につきましては、ショウジョウバエだとかあるいはマウスだとか、あるいは先般市川参考人がお話しになりましたムラサキツユクサとか、まあ、そういった実験遺伝学的な動植物によるデータは出ておるわけでございますけれども、厳密に申しますと、まだ八レム以下の線量で本当に遺伝的な影響が出るかどうかは実証されておりません。それだけショウジョウバエ等を使った実験も、膨大なハエを使ってやらなければならないという、きわめてむずかしい実験だということが言えると思うのでございます。そこで、人間の場合は一体どうなるであろうかということでありますが、国際放射線防護委員会も、人間の場合についても、また特に高等動物の実験についても、まあ、いろいろ反論のあるところではあるけれども、一応現在の勧告とか基準としては、放射線が微量からふえればふえるほどそれに比例して遺伝的な障害が起こるという仮定の上に立って勧告を行おう、基準をつくろうとはっきりと申しておるわけでございます。また、人類が大量に被爆いたしました経験は、不幸にして広島と長崎しかないわけでありますけれども、その戦後三十年間のデータによって見ますと、遺伝の影響、いわゆる原爆放射線の遺伝障害についてはまだまだ証明されていないのでございます。これは理論的にも一世だけを調べたのではわかりにくいのでありまして、二世、三世まで調査をしなければならない非常にむずかしい調査研究でございますけれども、現在のところ被爆一世の調査研究の結果では被爆していない人たちとの間に有意の差が認められないのでございます。特に問題になるのは――指標になるのは白血病の発生でございますが、有意の差がございません。ただ、若干有意の差があると言われておりますのは、男女のお子さんの性比でございます。被爆した御両親から生まれてくるお子さんの男女の構成比が若干変わってくる、まあ、こういったことが言われておるわけでございます。そこで、私どもが先ほど来申し上げておりますように、そういった遺伝障害は一応たな上げいたしまして、具体的な身体障害に着目をしたわけでございます。そうして、その場合に、従来の経験では一体、一回何レム以上浴びれば障害が起こり始めるかと、まあ、すべての方に起こるわけではございません、一部の方々から起こり始めるわけでございますが、そういう線量を基準として持ってきたわけでございまして、それが二十五レムとなるわけでございます。
#55
○浜本万三君 二十五レム問題はまた後で理事会の方でもひとつお話をしていただくことにしておきまして、続きましてお尋ねをしたいのは、二キロのこの線引きをいたしますと、被爆者の方の心配としましては、まあ新たな差別をつくり出すことになるんではないかと、こういう疑問がございます。そこで、二キロの線に線引きをした場合に、広島の場合に問題が出ますのは、二キロの線の中にかかる町名としましては荒神町、尾長町、牛田町、以上三町がかかるわけでございます。したがって、当然この三町が入らなければならないわけでございますが、これまでの医療法の適用区域として広島で行っておる実情を見ますと、三十五年の公衆衛生局長の通達によって百三十二町が町名指定をされておるわけでございます。したがって、矛盾が出る今回の二キロの線引きに際しましても、もちろん区域を拡大するということを私どもは望むわけなんでございますが、たちまち政府の二キロの線引きをやった場合にも先ほど申し上げました荒神、尾長、牛田町は当然区域内に入れるべきだというふうに思いますが、その点の見解を伺いたいと思います。
#56
○政府委員(佐分利輝彦君) まず二キロの線引きによって被爆者の中に新たな差別を設けるものではないかという御指摘でございますが、私どもはそのようには思っておりません。認定患者は特別手当、十の障害のある方は健康管理手当、さらに今度は多量被爆者が保健手当ということでありまして、特に新たな差別を設けるというふうには考えておりません。
 次に、具体的な町の指定の問題でございますけれども、二キロの線内にありますものは、その部分につきましては指定をいたしたい。厳密に二キロで線引きをすることをたてまえといたしたいと考えております。しかしながら、三十五年に特別被爆者の制度を設けましたときにも経験いたしましたけれども、現場においてはやはりいろいろ問題がございます。先ほども御指摘がございましたように、同じ町内で線引きをいたしますと外れたところは非常に違和感をお持ちになるという問題がございますが、ただ、町名指定で全部指定いたしますと、また隣の該当していない町の方は非常に不公平感をお持ちになるというむずかしい問題がございます。しかし、これにつきましてはやはり制度の趣旨から考えましてよく地元の市とも相談をいたしまして、適切な方針を定めるようにいたしますし、またそのように地元の方を指導してまいりたいと考えております。
#57
○浜本万三君 法律的なことでちょっと私よくわからぬのでお尋ねするのですが、法律で二キロというふうな線引きがございましても先ほど局長がおっしゃいましたように地元とよく相談をして、たとえば三十五年の地域指定のようなことが可能であるというふうに理解してよろしいですか。
#58
○政府委員(佐分利輝彦君) 可能であると考えております。
#59
○浜本万三君 はい、わかりました。
 それでは次の質問に入りたいと思います。
 黒い雨の問題なんでございます。これはもう石本先生からもお話がございましたように、黒い雨を地域指定をしてほしいというのは現地の強い考え方でございます。その根拠としましては、この地域は黒い雨が当日沛然と降り注ぎまして死亡者も出ましたし、また健康異常を訴える者が非常に多かったということでございます。
 さらに四十八年だったと思いますが、健康調査を行いましたところ、健康異常が六一・五%で、急性症状が全体の二一%という資料が出ておるわけです。さらにまた、当時の学術会議の報告もございます。その上に最近明らかになりましたことは、広島大学の竹下先生という方がその地域、特に十六ないし十七キロ地点における残留放射能の調査測定をやられました結果、普通の地域の放射能の量に比べまして四倍ないし五倍多かったという報告をされております。たとえば竹下さんの報告によりますと、十六キロ地点でセシウムが三・三四、十七キロ地点で二・六二というふうに相当多量の検出がなされておるわけでございます。
 以上、申し上げました三つの理由からどうしてもこの際地域指定をしていただきたいというのが現地の希望になっておると思うわけです。しかも、かつて昨年だったと思いますが、前厚生大臣の齋藤さんが広島においでになりまして、最近のうちに専門家による調査をいたしまして結論を出します、という答えをいただいておるわけでございます。先ほど局長のお話では、専門家の調査をしたというふうなお話を伺ったのでありますが、私どもはそういう詳しいことも伺っておりません。ともかくこの際、地域指定をしてほしいという現地の希望をどのように考えておられるか、ぜひ入れてもらいたいと思うのですが、いかがでしょうか。また、これは大臣の方も特に前の大臣の引き継ぎ事項でもございますから、前向きの答えをしていただくようにお願いします。
#60
○政府委員(佐分利輝彦君) 先般も先生からこの問題について強い御要望もございましたので、また、元齋藤大臣もいろいろとお約束をしておりましたので、先般専門家の方々にお集まりいただきまして、広島県、市から提出された資料その他のその当時手元に集まる資料をもとにしていろいろと御審議を願ったのでございますけれども、それらの資料においては実際に多量の放射能を黒い雨の地域の方々が浴びたという新たな証拠は得られなかったのでございます。しかしながら、先ほども申しましたように、これは地元の強い御要望でもございますし、また、こういった地表の地殻の残留放射能も年数がたちますとどんどん減ってまいりますので、明年度大々的な実態調査をいたしまして、その結果に基づいて判断をさせていただきたいと考えております。
 なお、先ほど先生が引用なさいました六月八日の原爆後障害研究会における広大の竹下教授の御発表でございますが、まだそのオリジナルが私どもの手元に届いておりませんけれども、聞くところによりますと、竹下教授の御発表は爆心地からかなり離れた地域において放射能が自然放射能の四、五倍に及ぶ地点があり、その要因はセシウム137によるものと考えられるが、これが広島に投下された原爆によるものかどうか、その後世界の各地で行われた核爆発によるのか明らかでない。測定地点が比較的雨の多い地域であることや土質によるセシウムの吸着度が異なるなどの点を考慮するとにわかに判断できないという趣旨のものであったように聞いております。さらに、先ほど具体的に先生から十六キロの地点で自然放射能の三・三倍程度、十七キロで二・六倍程度というお話がございましたけれども、これは自然放射能そのものが年間〇・一レム、つまり百ミリレム前後というそれほど高いものではございませんので、その二倍とか三倍とか申しましてもそれほど高いものではございません。要するに、このような現在の特殊なセシウム137とかストロンチウム90といった半減期の長いアイソトープの残留放射能を測定いたしまして、それからさかのぼって当時の残留放射能を推計していく以外に方法はないわけでございますけれども、先ほど申し上げましたような理由によりまして明年度あたりそのような地殻の残留放射能の精密調査をいたしまして、当時の状況等も推計いたしましてこの問題に決着をつけるように努力をいたしたいと考えておる次第でございます。
#61
○国務大臣(田中正巳君) 広島におけるいわゆる黒い雨、これについてのいろいろな思惑あるいは御判断があるということは前から私も聞いております。これについての一応の専門家の知見は最近出ているようでございますが、しかしこれについては関係者の間にずいぶんと根強いいろいろな御意見もあるようでございますから、ただいま公衆衛生局長が申しましたとおり、明年ぜひひとつ本格的な調査に取りかかろうというふうに思っております。
#62
○浜本万三君 時間があと少しになりましたんで、二つだけ問題をしぼってお尋ねしたいと思います。
 その実態調査の問題でございます。実態調査の今年度の厚生省の方針を伺いますと、全体調査はもちろん、死没調査もやらないというふうに見受けられるわけなんでございますが、まあ私どもの気持ちといたしましては、どんな災害でも死没者あるいは負傷者、そういう全体の調査をいたしまして次の対策を立てるというのが常識だろうというふうに思うんですが、この被爆の場合にはそういう点がやられておりません。それではやっぱり非常に問題があるというふうに思いますので、どうしてもやっぱり全体調査をやってほしいという気持ちを持っておるわけなんです。全体調査、死没者調査の問題について厚生省はどういう考え方を持っておられるか、お尋ねしたいと思います。
#63
○政府委員(佐分利輝彦君) 死没者調査がきわめて重要であることは私どもも同様に考えております。しかし、先般原爆被爆者実態調査の準備委員会などで専門家の御意見をお聞きいたしましたところ、被爆後三十年もたった現在において厳密な統計的な意味で死没者の調査をするということはきわめて困難である。また、たとえば一部の方々から御要望がございましたように、国勢調査の時期にそれの付随調査として死没者の調査をしてはどうかという御意見がございまして、これはかつて二十五年の国勢調査のときにはやったわけでございますけれども、こういった方法も総理府の統計局に申させますと、いろんな困難な問題がございまして実施ができないわけでございます。そこで、私どもは、本年九月に行います基本調査、これは本年六月一日現在で被爆者健康手帳をお持ちになっておられる方全員について調査をする基礎調査でございますが、その付属調査として補助票を設けまして、家族の方々の当時の死没の状況等を御報告していただき、それを活用いたしまして、現在広島とか長崎の市でやっております復元調査を補完をしてまいりたい、復元調査の推進に役立ててまいりたいと考えておる次第でございます。
#64
○浜本万三君 もう一回お尋ねしますが、そうすると実質的な死没調査に相当するものができるという御判断と受け取ってよろしいですか。
#65
○政府委員(佐分利輝彦君) 厳密に申しますと実質的に死没者調査ができるということにはならないと思われます。やはり一家全滅なさって身寄りのないような方あたりは出てまいりませんし、その他いろいろ問題がありますので、こういったことはいろんな調査を総合して相補っていくより方法はないのではないかと考えております。
#66
○浜本万三君 そうするとできる範囲での死没調査ということになりますですね。
#67
○政府委員(佐分利輝彦君) そうでございます。
#68
○浜本万三君 わかりました。
 もう一つは、復元調査ですが、これは私がこの前広島に皆さんと調査に行きましたときにも、その労働組合からお話があったんですが、まだ世帯数にして一一・七%程度しか調査が完了していない。ところが広島市は今年度で打ち切るという方針を出しているわけなんです。理由は表面に出ておりませんけれども、政府の補助金が少ないというところに問題があるように思うんです。これを打ち切ると、先ほど局長がお答えになった方針が貫けないんですが、これは広島が打ち切らないように政府も広島市と話をして続けさせるというふうに理解してよろしいですか。
#69
○政府委員(佐分利輝彦君) 私どもは両市が行っております復元調査が最も重要な調査であると考えておりますので、これは打ち切るという考えは全然持っておりません。また私どもは広島市などから来年はやめてしまうというようなお話は聞いておりませんけれども、さらにこの調査は国の保護の行政も充実をいたしまして、充実した復元調査ができるようにしてまいりたいと考えております。
#70
○浜本万三君 最後の質問は援護法に対する政府の態度についてお尋ねをいたしたいというふうに思います。
 先ほど今回の政府の改定案に対する質問をしてまいりましたんですが、政府の案では二十八万人の被爆者の方々に対してすべての救済措置を含めまして約十四万人程度の救済にしかなっていないというふうに思います。そういたしますと、政府の政策では依然として被爆者の皆さんの気持ちを取り上げているとは言えないというふうに思うわけでございます。で、被爆者の皆さんの気持ちを三十年たった今日どのように把握をしておられるのかということが第一。
 それから第二は、十七日の参考人の事情聴取でも被爆者の方からいろんなお気持ちを伺ったんでございますが、その要約するところは現行二法の改正によってはやはり満たされないところが多い、こういうお話でございました。代表的なものは、もちろんそれぞれの参考人の方がおっしゃったことはすべてそうなんでございますが、特に長崎の代表を初め皆さんの御意見ではこの死没者に対する弔意の具体的な措置でありますとか、遺族の年金でありますとか、障害年金でありますとかということを含めましてまだ十分でないということが言われておるわけでございます。また広島、長崎などの県、市の八団体の要求を見ましても、現行二法では被爆者の皆さんのお気持ちを十分満たすことができないというふうに思われるんでございますが、大臣にお伺いしたいんですが、いかがでしょうか、被爆者の皆さんのお気持ちをいまどのように把握をされておられるか、さらにまた十七日の参考人の御意見や広島、長崎などの自治体の八団体の要求は現行二法で十分満たすことができると思っておられるか、この二つの点について大臣から特にお答えをいただきたいと思います。
#71
○国務大臣(田中正巳君) 被爆者の方々の声をどうおまえは受けとめているか、こういうことが第一点だろうと思います。まあ私としては被爆者の方々がああいう悲惨な状況下にあって、その後もいろいろと苦しんでおられるから、できるだけひとつ国の手厚い施策というものを要望しているということについては私は疑わないわけでございまして、ある意味ではごもっともだというふうに受けとめております。こうした中にあって、それでは具体的な政策をどういうふうに選択するかというところに、われわれとまた被爆者の方々の間にある程度の一致点が見られないというところに実は問題点があり、私どももまことにそれについては苦労もいたし、残念にも思っているというのはその点にあろうかというふうに思っているわけであります。私どもが今日までとってきている政策についての問題の基本の考え方については、けさほどから申し上げておりますからここで繰り返すことをいたしません。
 また、第二点の問題につきまして、先ごろ、十七日の各参考人の御意見についておまえはどういうふうに受けとめたかと、こういうことでございますが、これもやはり、第一問についてのお答えとやや似たようなお答えに私はなるのではなかろうかというふうに思います。あの参考人の大部分の方々は、被爆者であったりあるいは原爆問題について専門的に取り上げている方でございまして、そうしたことで被爆者一般の方々の御意見を代表した方々あるいはそれをもっと強調なさったような御意見を持っている方々でございまして、第一問についての話と大体同じようなお答えになるだろうというふうに思います。個々いろいろな御意見がございまして、私もこれについての所懐をいろいろとメモいたしておりますが、これについていまここで強いて申し述べろと言えば私も申し上げますが、要は、こうした状況に対応して政府が全般的な立場においてどういう政策を選択するか、そして、それが国の全体の施策の中でどういう位置づけになるのか、そして、それがまた他の施策との間のバランスがどうであろうかということについての認識の私は違いではなかろうかと。抽象的なお答えで恐縮ですが、さように申し上げておきます。
#72
○浜本万三君 私の理解では三十年生き続けてこられました被爆者の皆さんの要求は三つの「ほしょう」を求めておるというふうに思います。その第一の「ほしょう」は、過去の問題について補償してほしい、償いをしてほしいということだと思うんです。この償いは何と言っても、やっぱり死没者調査をいたしまして、亡くなった方に対する弔意を表する、さらにまた遺族の方にも年金等を支給し、障害者には障害年金を支給するなどであろうと思うわけです。それから二番目の「ほしょう」は、生活と完全な医療の保障、これを要求されておるというふうに思います。これは先ほど申した年金とか各種手当の増額、さらに医療制度の充実を図ってほしいと、無論認定制度の問題もこれに入るというふうに思うわけです。第三の「ほしょう」は、将来にわたって再び原子爆弾が使われることのないように平和な保障というものを求めておられるというふうに思います。この三つの「ほしょう」を被爆者の方々が要求されておるとするならば、私は少なくとも現行二法では十分ではないと、やはり援護法を制定をいたしまして、国の援護措置を十分に行う以外にないというふうに思うわけでございます。そういう立場に立って、恐らく、従来しばしばそれぞれの国会におきまして、社労委員会で十分審議をされてきたところだというふうに思います。また、そういう考え方を三十周年目を迎えた今国会で実現をすることが被爆者の皆さんに対してこたえる私どもの責務ではないかというふうに思うんですが、しかし、政府の考え方は先ほどお話を承りますと、依然として社会保障の領域を基本的に出ていないというふうに私は思うわけであります。まことに残念であるというふうに思うんです。したがって、皆さんのお気持ちを体して、この際問題を解決をしていくためには、野党が共同提案をしております援護法を制定する以外にないというふうに考えるんですが、大臣にお答えをいただきたいと思いますが、野党共同提案の援護法案についてどのように考えられるか、大臣の腹を据えたお答えをいただきたいと思います。
#73
○国務大臣(田中正巳君) どうも主管大臣として、野党各党がせっかく御丹精を込めておつくりになった法案について率直な意見と言いますると、どうも、いささか角が立つというふうに私も思いますが、しかし、あえて仰せられれば、申せと言われれば、私どもは、原爆被爆者対策については、けさほど申したような出発点から出発をし、そして、そうした面における、そういったような線上において施策を向上充実させていくという方針でございまして、それから出るということになりまするといろいろと問題がございますし、基本において、国家補償ということについて私どもはにわかに今日それを認めるわけにはいかないということになりますると、いろいろと御意見もあろうと思いますが、にわかに賛成ができないというふうに申し上げざるを得ないだろうと思います。
 なお、あの援護法案の中に具体的に盛られている施策の選択についてもいろいろと意見があるだろうというふうに思っていますが、基本の政策を打ち立てる出発点において考え方の違いがございますので、私どもとしては、残念ですけれども、あれに賛成せよとおっしゃられても、ただいまのところ、にわかに賛成ができないということを率直に表明さしていただきます。
#74
○浜本万三君 これまで、政府の態度といたしまして、国家補償による援護法の制定ができない、その理由につきましては、相当前の当委員会におきまして私の方から質問をいたしまして、大臣を初め関係当局のお答えをいただいたので、私は、あえて、援護法がなぜできないかというふうな質問を重ねてしょうとは思っておりませんが、少なくとも、次のような経過をしっかり踏まえた政府の態度を考えていただきたいと思うわけです。
 それは、昨年のこの議案審議の際におきましても、当委員会の附帯決議といたしまして援護法制定の必要性ということが決議をされておるわけでございます。また、今回の改正案を諮問されました社会保障制度審議会の答申によりましても、本審議会が従来しばしば指摘した被爆者福祉の体系的な施策としてははなはだ不十分であるという異例の意見もついておるわけでございます。そうなってまいりますと、これまでのいろいろな経緯、さらにこれらの決議や意見を考え、しかも、三十年たった今日何らかの前向きの決着をつけなきゃならぬという時期でございますので、援護法の問題について深刻な状態になっておることは私が申し上げるまでもないと思うんです。重ねて大臣に伺いますが、そのような経緯の中でさらに再考される気はないか、その点もう一遍お伺いをしたいと思います。
#75
○国務大臣(田中正巳君) 基本的な考え方については先ほど来るる申し上げたとおりでございます。したがいまして、私どもは、政府が今日までとってきた、いわゆる放射能を多量に浴びたと、そして身体と健康に被害があり、その心配があるという観点からこれを進めていく、政策を進めていこうというふうに考えておるわけでございまして、制度審等の御答申においていろいろ言われている点も、そうした面からの施策の充実については、今後とも一段と努力をいたしたいというふうに思っておりますが、いわゆる国家補償的見地からの政策の樹立についてはなお私どもとしては踏み切れないということだろうと思っております。
#76
○浜本万三君 最後に、最近中国新聞に「トルーマン書簡」というのが連載をされておるのですが、たまたま六月十二日のその記事にこういうことが載っております。「八月六日の原爆投下後、数日して日本は降伏しましたが、その時点で軍が推計したところによると、少なくとも二十五万人のわが軍将兵と二十五万人の日本人が死なないですみ、どちら側もその二倍を上回る重傷者が出ないで終わったとのことです。
 したがって私は原爆投下についての最終的命令者として、ヒロシマとナガサキが犠牲になったことはやむを得なかったし、その後の日米両国の繁栄のためにはかえって有用となったものと考えざるを得ません。」われわれから言えばきわめてけしからぬトールマン書簡が掲載をされておるわけでありますが、少なくともいま読み上げましたように、日本の今日の繁栄の大きな人柱に広島と長崎がなったことは間違いないというふうに思うわけです。しかも、その犠牲を一身に背負った広島と長崎の被爆者の皆さんに対して、三十年たった今日、終戦処理の一つとして、戦後処理の一つとしてぜひとも援護法を制定してほしいというお気持ちがあるわけであります。この点を十分ひとつ理解をしてもらいまして、今後の取り扱いについても前向きで真剣にひとつ取り扱っていただきますように重ねて要望いたしまして、時間が参りましたので私の質問を終わりたいと思います。
#77
○目黒今朝次郎君 きょうは、私ちょっと体の調子が悪いので、いまわが党の代表の浜本先生から十分に御質問をしてもらったわけですが、大臣に同じような質問になると思うのですが、私も本当は三年半ほど大陸戦線で実戦の経験がありますし、こちらの耳もいまぼうっと聞こえないくらい爆弾を受けて、爆風で少しやられた。そういう経験もあります。しかし、私は広島が原爆でやられた後、引き揚げ列車であそこを通った。あの焼け野原をこの目でも現実に見ています。そういう実戦の経験と、それからいま思い出せば、広島の駅を通った私は、三時間半広島におりました、引き揚げ列車で。そのときをよくずっと振り返ってみますと、いまトルーマン書簡にもあったとおり、私は日本の戦争の犠牲者、人柱に広島、長崎がなった。同時に、厚子爆弾という人体試験の世界的な人柱になっておるという点がどうしても私は歴史の証人としてぬぐい去ることのできない、私は自分の体験をこうして持っておるわけであります。医学的にどう、科学的にどうと、そういう才能は私はありません。ただ、ずっとけさから石本先生、浜本先生の質問に対する議論を聞いておりますと、いわゆる国家補償論について、何かむずかしい理屈を並べて被爆者の皆さんに適用をしないための理屈を探し出そうというふうに懸命である。いわゆる行政サイドの議論しか出てこない。本当に日本の終戦の人柱、世界の原爆の人柱という点であれば日本はおろか、世界の戦争遂行者がむしろ無条件で被爆の方々に対する医療と生活の保障をすべきがたてまえであろう。国内的にも国際的にも私は必要じゃなかろうか、こんなふうに考えるのですが、そういう視点からのいわゆる基本的な認識についてもう一度私は自分の体験からいって大臣の見解を聞きたい。いわゆる被爆者の立場になっていろんな措置を講ずる、そのことをもう一歩政治家として前に進むべきではなかろうか、こう思うのですが基本的にいかがでしょうか。
#78
○国務大臣(田中正巳君) 私も先生のおっしゃることについて、わからぬわけではございません。また私のいままで申し述べているところが単に行政府の立場に終始をし、ないしは財政的配慮にのみから立論をしているわけではございません。まあ今日の原爆二法というものの性格を見ても、これが他の戦災者には妥当しないようなこのような制度というものを特別に打ち立てていることでございまして、したがいまして、こうした施策というものが原爆被爆者に対する配慮なしにできたものだとは私は考えないわけでございますが、この二法の、よるところの施策というものについての価値判断の違いというものがお互いの間の議論の焦点になるものというふうに思うわけでございます。ぜひこの際、施策をもう少し厚くしろ、援護法をぜひつくれと、こういったような方々から見ますると、二法系列における施策というものは不十分で問題にならない、こういう御判断だろうと思いますが、私どもは一般の戦災者あるいは戦災による死没者等々を考えてみるときに、こうした施策をとったことについて、私どもは原爆被爆者という者に対して何ら特別な配慮をしなかったことではないのだというふうに思っておりますが、しかし今後ともこうしたものの考え方の上に立って、私どもとしては原爆被爆者対策というものを、今後できるだけ施策の充実に邁進をいたさなければならぬ、かように考えておるところでございます。
#79
○目黒今朝次郎君 あのね、戦争で、まあ私は国鉄出身ですから、国鉄から大陸に派遣されて、軍属で派遣されて、亡くなった方については年金その他の補償があるわけですね。その方々と、私がいま言った国家的な人柱、国際的な人柱という価値の受けとめ方について、私は差異はないと思うのですよ、国鉄から大陸に派遣されて亡くなった方と。ですから、そういう位置づけというものについて、やはりどうも一歩後退をしているのではなかろうか。そこを踏み切ることなくして、ずっと石本先生からの議論を聞いていますと、私はここで幾ら議論をやったって堂々めぐりである。いわゆる軍属で派遣された方、それと同じような、それ以上の、戦略的に位置づけを原爆の被害者を考えてもいいではないか。私は自民党の代議士諸君が、選挙演説をやっておって、いやいや軍属とこれは違いますよと、そういう演説は私はやってはいないと思うのですよ。皆さん本当に大変でしたと、皆さんの気持ちは十分考えますと言って私は選挙演説をやって国会に当選をしてきたと、こう思うのですよ。ここは立法府ですから、厚生省の行政府と違いますから、立法の段階でそのような位置づけを、価値判断をすればもう一歩私は突っ込んだことができると、そう思うのですが、その点もう一回、時間がありませんから、この前私も社会労働委員会の派遣じゃありませんから現地参加で行きましたが、長崎県知事の久保勘一さん、この人は自民党の知事さんですね。この人がいみじくも言いました。いやこれでやっと自民党に対しても思い切ってやれる。選挙のときはうまいことを言うけれども、なかなかうまくいかない。やっと社労委の皆さんが院という構成で来たということはいいことである、一歩前進である。こう本人がはっきり言っているのですよ、公開の席上で。ですから私はいま大臣が言ったような気持ちを、もう一歩突っ込んで、しつこいようだけれどもできないでしょうか。
#80
○国務大臣(田中正巳君) これは政策についての価値判断の問題だろうと思うのであります。いま目黒先生、大陸における軍属さんのいろいろなお話がございましたが、反面また各地におけるいわゆる空襲による死没者などというものも私見ておるわけでありまして、あの深川あるいは本所等の下町における死屍累々たるあの焼夷弾によるところの焼け焦げの死者等々をまともに見ている私でございますが、こうしたものを比較勘案をいたしまして、広島の原爆被爆者については一体どう扱っていいのかということについていろいろと考えてまいってきた私でございまして、そうしたことから二法の制定について、私は私なりに選挙区の遠い私でございますが、ずいぶんと骨を折ってきたつもりでございます。しかし、そのことが今日なお不十分であると、もっと踏み切れという御意見はわからぬわけではございませんが、政策のバランスの問題等々から考えてまいりまして、私どもはこうした二法の系列の上に立って被爆者に対する措置を強化していくということが妥当であろうというふうに思っている次第であります。
#81
○目黒今朝次郎君 これは私のところに動労の長崎の皆さんが送ってきた六月十二日の長崎新聞ですよ。やはりこの新聞を通じての問題提起に政府はこたえる必要があろうと思うんですが、ちょっと読みますと「総理大臣はなぜ来ない」こういう見出しです。これは長崎市原爆対策協議会の宮城さんという医療部会会長さんの発言ですが、「三十年目の今日、やっと国会調査団の派遣は遅すぎる。しかし実情を知ってもらうため歓迎はするが、残念なのは総理大臣が一度も祈念式典に出席しないことだ。昨夏、田中前総理は選挙遊説のついでに慰霊碑に参拝した。このように被爆者問題に対する国の上層部の認識、理解のなさが」今日の被爆者の実態の悲劇を招いている。これをどうしてくれるんだと、こういうのが開口一番です。こういうのが私は被爆者の実感だろうと、こう思うんです。これに対してやっぱり政府当事者は、私は国会を通じてこたえる必要があると、こう思うんですが、この問題提起について大臣はどういうお考えでしょうか。
#82
○国務大臣(田中正巳君) 原爆被爆者の実態についての真の認識というものを政治家は持たにゃならぬということは、私は間違いがないと、かように思います。田中前総理が広島に行って、若干のトラブル等も実はあったようでございますが、行って、それがまあ遊説のついでだったかどうか私は記憶がございませんが、まあ行ったわけで、長崎にはどなたもおいでにならぬということでございますが、機会があればそうしたような地域にも政府の責任者が出向いていろいろな声を聞くということについては、私は必要なことであろうというふうに思います。私自身は、実は先ごろでございますか、大臣就任前でございますが、党の原爆被爆者対策についての責任者をやっておった関係上、両市にはしばしばお伺いをいたしまして、いろいろと現地の人々の声も聞き、また当時の実態もいろいろと私は私なりに把握をしたつもりであります。なお私事にわたって恐縮ですが、先生も大陸から復員の節に、当時の広島をごらんになったと、私は当時実業界におりましたが、妙なことから広島の被爆後ずいぶん早い機会に、いま考えると、あるいはああいうときにあの程度の用事で入っていいかどうかと思われる時代に私は広島に参りまして、あの惨状を十分――十分というか、ある程度見てまいったことでございますので、認識については、私も十分ではございますまいとみずから反省をしつつも、全然認識を持ってないというわけではないと思っております。
#83
○目黒今朝次郎君 私は、ことしは原爆三十年ですからね。この長崎も広島も、原爆慰霊祭には総理大臣が行くというぐらいの積極的なやっぱり施策を政府部内で十分に検討してもらいたいということを問題として私は提起をしておきます。総理大臣または副総理大臣を含めて広島、長崎にやっぱり行くというぐらいの検討をしてほしいということを要望しておきます。
 時間の関係がありますから……。現在どの公立病院も、大変な人件費や診療、医療体系の問題から経営が困難になっておりますが、特に原爆病院は被爆者医療という特殊性から、放射能障害対策研究所あるいはがん診療施設等の不採算医療、被爆者患者の孤老、老齢化に伴った濃厚看護の必要性、慢性疾患が多い、あるいは長期滞院が多いということで原爆病院などが非常に現在特殊な経営悪化に陥っておりますが、このような被爆者医療の特殊性について、政府はどのような認識なり対策を持っておるか、お考えを明らかにしてほしいと、こう思います。
#84
○政府委員(佐分利輝彦君) 広島、長崎の原爆病院の財政が悪いことについては、よく伺っておりますし、私も両病院の現地を視察いたしております。なぜこのような赤字が起こってくるかと申しますと、高齢者が多くて医療費の収入が余り上がらない、またがんといったような疾病が多くて不採算の医療が多い、また高齢長期入院の方には介護人等の人手がかかる、さらに数年前から病院についても人件費の高騰が著しい。さらに両病院では原爆後遺症の研究をいたしておりますので、そういった研究費を診療収入から捻出しなければならないといった問題がございました。で、この問題につきましては、両県の市と県と病院とでいろいろ相談をいたしまして、数年前から対策が講じられてきたわけでございますけれども、厚生省といたしましても、四十八年度から日赤等の公的医療機関の不採算部門に対する補助金、これは両病院ともがんの診療部門でございますが、これを二分の一の補助で、県が残りの二分の一を持つという形で差し上げてまいっております。また研究費につきましても、昨年から原爆後遺症の研究費を国としても一千万円強差し上げたわけでございますが、本年は二千二百五十万円程度にそれぞれふやしておるところでございます。
 今後の問題といたしまして、先ほど申し上げましたように、一部の原爆の入院患者の方々は、非常に看護の人手を要するという状況にございますので、その点に着目いたしまして、介護人の人件費について補助をするというようなことを考えてみたらどうかと思っておりますが、これは五十年度の予算要求のときにもいたしましたけれども、結局こういった人件費に対する運営費の補助金は認められませんで、研究費の増額だけが認められたわけでございます。ところで昨年は二月と九月の二回にわたって医療費の大幅な改定がございましたので、広島の原爆病院の場合には、昨年度の赤字は二百万円前後と非常に少なくなってまいりました。ことしも人件費のアップがそれほどでもないようでございますし、またそのうち医療費の値上げ問題等も起こってまいりますので、社会保険等の、医療保険等の診療報酬がかなり引き上げられれば赤字はほとんどなくなっていくというような傾向がございます。しかしながら、これは広島の原爆病院の特殊事情でございまして、親元の大きな総合病院があって、それに原爆病棟が百七十床ついておるだけでございますから、医師の人件費等が共用されておるわけでございまして、その点経営が楽なわけでございますが、長崎の場合には、三百七十床全部がいわゆる原爆の専門病院でございまして、一部一般の患者も入っておりますが、そういった運営形態の相違等もございまして、長崎の場合の赤字の問題はかなり厳しいものがございます。したがいまして、先ほども申し上げましたようないろんな方法につきまして、今後もさらに地元の県、市、病院とも相談しながら、経営面の助成策について検討を続け、善処いたしたいと考えておる次第でございます。
#85
○目黒今朝次郎君 いままあ長々とこう話があったんですが、この赤字の原因などについては、大体現場の病院長さんの説明と話は合っておりますが、県と市の説明と、病院長さんの説明を総合しますと、どうしても年間一億五千万程度の補助をもらわなければ結局はやっていけないと、いま何か銀行――この前、四億の赤字の内訳を細々と説明されましたが、結論から言うと、一億八千万は県と市が出資をして何とか消したと、そして二千二百万の赤字がある、現に銀行から二億円借りておる。ですから、この二億円の金を返さなければもう当面どうすることもできない、せめて一億五千万程度は手を打ってもらわないと地方も財政的にもどうにもならぬと、そういうまあ、ぎりぎりのところに追い込められていると、で、その問題について、日赤関係の首脳部との話はどうなってるんだと、そのように突っ込んで聞きましたら、日赤の長崎の現地と東京の本社間の話については十分話は疎通がついていると、問題は日赤本社の方と厚生省関係とのいわゆるパイプが詰まっているだけだ、こういうような話が、ずいぶん深刻な話があったわけであります。したがって、この問題を十分解決されなければそのしわ寄せは原爆の被害者に行ってしまう、いわゆる弱いところに全部しわ寄せが行ってしまう、そういうぎりぎりの線があったわけであります。私は、先ほどずっと局長の答弁を聞いておりますと、あるいは大臣の御答弁を聞いておりますと、地元の意向については十分に尊重し、あらゆる手を打ってやりたいということを再三再四言われておるわけですが、その点と長崎病院がぎりぎりの線に追い込まれているというこの現状との結びつきから見れば、一億五千万程度の融資は私は政府としてやってやるべきだと、こう思うんですが、この辺の考えについて大臣の政治判断の答弁を求めたいと、こう思うんです。
#86
○国務大臣(田中正巳君) 原爆医療機関、特に長崎原爆病院の経理実態というものについては、前々からいろいろと私ども承っておって、何とか対処しなければならない問題であるというふうに思っているわけでございます。実はこうしたことに対応して、五十年度予算にもある程度の予算要求をいたしましたが、成功いたさなかった事実がございます。いま思いますと、もう少しこれについては私ども意欲的に予算の復活折衝等をいたすべきものであったというふうに思われるわけでございまして、明年はひとつこの問題については、いろいろ財政事情も相当苦しい折からではございますが、今後の原爆病院の経理の実態等を勘案をいたしまして、意欲的にこの問題についてはひとつ努力をいたしたいと、かように思っております。
#87
○目黒今朝次郎君 では、その大臣の努力を心から期待すると同時に、いま非常に資金繰りに困っておるという、本当に際どいところまで話が行ってしまったんですから、焦げつきになってしまうという心配もあると、そういう病院の事務局長さんですか、そういう話もありましたから、ひとつ当面の資金繰りについても何とか政府の方でも配慮をしてほしいということをこれは要望しておきます。
 それから、次の問題は、こういう問題、私はこれはいつでしたか――六月九日、西日本の新聞で、「長崎原爆」で「国家は賠償を」と、いわゆる遺族会の方々が裁判を起こすと、そういう記事が載っておったわけであります。時間の関係もありますから、結論だけを言いますと、この中で、いわゆる「昭和二十年八月九日午前十一時二分の原爆投下直前、米軍機が長崎上空を旋回していたのに、空襲警報が発令されなかった。軍の警報ミスが八万人余の犠牲者を出した」と、こういう主張をしておるんですが、この主張については、事実関係についてどういう御認識をお持ちでしょうか、お考えを聞きたいと、こう思うんです。
#88
○政府委員(佐分利輝彦君) ただいま御指摘のような事実が長崎市政六十五年史に記載されていることは承知いたしております。しかしながら、現在、戦争災害者の援護に関して国家補償の問題が論議されておりますのは、主として国の戦争回避責任あるいは平和条約による求償権の放棄の責任という観点からでございまして、これは非被爆者も含めたすべての戦争被害者の援護の問題に関連してくるので、被爆者対策の基本理念の範疇に国家補償の考え方を独自に導入することは困難と考えております。なお、このようなことは、一般戦災の場合、日本の方々のところであったことでございまして、そのような訴えが起こされて、一体どのようになるか、私どもにはわからないところでございますけれども、ただいま申し上げたような基本的な考え方を私どもは持っております。
#89
○目黒今朝次郎君 それから、同じく十日の証言で、この遺族会の会長の杉本さんという会長さんが、自分の子供が防空ごうに入っておって、元気でいま働いておると、だから、逆から言うと、長崎上空にB52が来て、その直前に空襲警報が発令されて長崎の方々が防空ごうに退避をすれば相当程度の方々がいわゆる被爆を受けないで済んだということを客観的に裏づけしているんだろうと、こう思うんでありますが、この事実関係についてはどんな認識をお持ちでしょうか。
#90
○政府委員(佐分利輝彦君) そのように考えます。
#91
○目黒今朝次郎君 そうしますと、いわゆる空襲警報を発する、発しないということは、おたくさんがいまむずかしい法律論で言っておりますけれども、現に被爆を受けた現地から見れば、現地の人にとってみれば、私はやっぱり政府なり国の行政に失態があったと、ミスがあったということに結果的になるのではなかろうか、そうしますと、そういうミスに対しては、当然今日の段階で、国が政治の力で、補償するのがたてまえではないか、法律論争であるから裁判所の判断に任せるなんていうのは、いわゆる政治としてはナンセンスじゃないかと、こう思うんですが、大臣いかがでしょうか。
#92
○国務大臣(田中正巳君) そうした事情が長崎についてあったということを、私も原爆対策の委員長をしておった、党におってしておった時代によく聞いております。しかし、このことが直ちに国家補償論に結びつくかどうかということについてはいろいろと議論があるところだろうと思います。またそうした、先に察知をしておって防空ごうに入っておったから助かったということが一体一般的な状況であったのかどうかということについてもにわかに判断が私はできないんじゃなかろうか。またいま局長が申しましたとおり、こうした事例というものは、長崎における原爆のみならず他の一般の空襲等等においてもよく当時あったことでございまして、こうした事象から国家補償的な施策を要請するということについては、私は十分な理由になり得るかどうかにわかに予断を下し得ないものであるというふうに思います。
#93
○目黒今朝次郎君 そうすると、まあ何と言いますか、当時その情勢にあったやつが悪いんであって、後始末を現在の政治がやることについては御免だと、そういうお気持ちで――この杉本さんの話によりますと、再三にわたって厚生省なり自民党筋に要請に行ったけれども、もう玄関払いを食ってきたと、こういうことが本人の証言です。これはやはり戦争処理としては私は余りにも血も涙もないではなかろうか。そういうミスがあったならばあったらしく、どういう方法でそれらの問題に対する締めくくりをしてやるか、始末をしてやるかということは当然に政治として考えてやるべきだろうと思うんですが、そこでもだめでしょうか。
#94
○国務大臣(田中正巳君) まあ、決して玄関払いを食わしたというわけではなかろうかと思います。いま私が申したような諸説によって、それだからしたがって直ちに国家補償、国家賠償補償といったようなものにつながるわけではございますまいというふうにお答えを申したものじゃなかろうかと推察をいたすわけでございます。いずれにいたしましても、そうした事象についてのいろいろな判断というものについては私どもは先ごろ来申したようなことでありまして、空襲警報がおくれたから直ちにこれについて国家補償的な施策に進まなきゃならぬというふうに考えるわけにはいかないというふうに思います。
#95
○目黒今朝次郎君 しかし、当時は軍の厳しい規制下にあって、その軍の厳しい規制下におった軍の失敗が多くの死揚者を出した、原爆にしろ焼夷弾にしろ。そういうことについては、やっぱりその軍の失敗を国民が受けた、受けた国民を国が補償するのは筋が立たないでしょうか。私は、作戦の失敗が多くの軍人を殺したといった場合にはその指揮官は軍法会議ですね、われわれの経験では。いわゆる敵機が上空に来ているのに空襲警報を出さないということは軍の失策じゃありませんか。そう思いませんか。私は完全に軍の失策だと、こう思っているんですが、いかがでしょうか。
#96
○国務大臣(田中正巳君) 当時の状況というものについて私もつまびらかにいたしませんから、ここでもって軍の行動についてあれこれ批判をすることについては私は十分な用意を持ち合わせません。ただ、当時の空襲下におきまして、単機などのB29の場合にはしばしば空襲警報が発令をされなかったというのが内地における当時の間々あった例であるということは私も知っておるわけでございます。このことが一機であっても空襲警報を発しておったならばベターであったとは思いますが、しかしそのことがなかった、それが重大な失態であり、そしてそのことが国家補償につながるといったようなふうに論理をつなげていくということについては、私はにわかにさようであるというふうに申し上げるわけにはいかないんではなかろうかというふうに思います。決していいことだったとは私は申しません。まずかったとは思いますが、しかし論理がそこへ結びつくということについてはどうもにわかに結論づけるわけにはいかぬのではないかというふうに思います。
#97
○目黒今朝次郎君 私が冒頭申し上げたとおり、私は三年、四年近く戦闘で苦労したものですから、いまのような答弁が当時の軍で通ったかどうか。私がそんなこと言ったら即座に銃殺ですよ、一兵卒として。そんななまっちょろいものじゃなかったと思うんです。それから、B29が進入する際にエンジンをとめてそして無音状態で来るということも知っていました。軍がそれを全部掌握しておったから二分間の誤差があったということはわかっていると思うのですよ。二分間の誤差。ですから、その誤差については当然私は当時の軍の作戦の失敗ということで国家が補償すべきだという考えはいまだに捨てておりませんから、いずれまた裁判で争われる、こういう情勢ですが、裁判に待つまでもなく、いわゆる政治の力でこういう不信感をなくすのが私は政治の政治であるゆえんだろう、こう思っておりますから、十分今後とも御検討を要請してこの問題については一応終わります。
 時間が参りましたから一つだけお伺いしますが、原爆被爆者医療法は、附則第二項によって健康診断の特例を定め被爆者とみなすと規定を設けておりますが、この立法趣旨について簡単にお答え願いたいと、こう思うんです。
#98
○政府委員(佐分利輝彦君) 原子爆弾が投下されました際に風下にございました長崎県の旧長与村及び時津村にあったものにつきましては、地元と県の要請に基づいて地元提出の資料などにより調査いたしましたところ、昨年十月改正前の原爆医療法の一般被爆者とほぼ同様の健康状態にあるものと認められましたが、これらの者は従来定期健康診断の状況も必ずしも把握されておりませんし、直ちに被爆者とするには若干の疑問が残りましたので、当面、前述の改正前の一般被爆者と同様の措置を行うこととしたものでございます。しかしながら、昭和四十九年十月の原爆医療法の改正において、一般被爆者と特別被爆者の区別がなくなりましたので、つまり手帳の一本化をいたしましたので、附則において健康診断については被爆者とみなすという形をとった次第でございます。
#99
○目黒今朝次郎君 時間が来ましたけれども、今回の調査でこれと同程度の地域にある方々の拡大というのが非常にわれわれに要請されたわけでありますが、たとえば長崎市の調査で、爆心地から六キロの茂木村、ここでは人家が四七・三%の被損率、負傷者は五三・七%、こういうまあ報告をされておるわけですが、この長崎から請願が来ている拡大についてどの程度の人間でどの程度の予算と厚生省では計算されておりますか、わかったら教えてもらいたい、こう思うんです。
#100
○政府委員(佐分利輝彦君) 長崎から要請されておりますものは、全部含めまして人員は三万名でございます。これに健康診断をいたしますと約三千万円程度の健康診断費が必要ではなかろうかと思うのでございますが、健康診断の結果、先ほど来論議されております十の健康障害が認められますと健康管理手当等が支給されるわけでございまして、それらの費用はかなりの額になってくるものと思います。
#101
○目黒今朝次郎君 そのかなりの額のところがおたくのいいあれなんだろうけれども、できればそれらを含めて、まあ私の試算では一億なるかならないかという程度ではなかろうか、こう思うのです。私も一体具体的にどういうことですかと言って資料をもらって、これもおたくの企画課長が行きしたからこのデータを全部もらってきたと思うんです。時間がありませんからデータ読みませんが、この人的被害率、家屋の被害状況などから見ますと、ほとんどこの特例とみなすということよりももっとひどいというところもありますし、あるいはこの同じ程度あるいは若干低い、いろいろさまざまありますが、総体的に見て私はやっぱり特例とみなすという地域に入れても決して無理ではないではないか、こういう気がしたのですが、これについて再考する気持ちはありませんか。ぜひ再考してほしいと、こう思うのですが、いかがですか。
#102
○政府委員(佐分利輝彦君) これらの地区についても広島の黒い雨の地区と同じように、現在の資料では多量の放射線を浴びたという新しい証拠はございません。しかし、地元の方で強い要望がございますので、今後慎重に検討をいたしまして善処いたしたいと考えております。
#103
○目黒今朝次郎君 私ちょっとわからないですが、あなたは学者か専門家だからすぐそう言うのですが、私は科学的にどうのこうのって言っているんじゃないんですよ。当時被爆を受けて現在生き残っているおじいちゃんおばあちゃん方がいろいろ調べた結果、こういうデータになりますということを地方自治体が責任を持って出しているんじゃないんですか。それをなぜ素直に認めようとしないんですか。たとえば人家は三八%あるいは八〇.六%倒れた、そういうことをいま生き残っている方々が全部調べているんですよ。この現実を、ばかんと爆弾を受けてこれだけの地区で、たとえば福田という部落では人家百七十一件、ガラスの破損が三十一件、合計二百二件、全体のその地区の家屋に対しては八〇・六%の家屋が被害を受けましたということを歴史の証人が言っているんですよ。その歴史の証人に対して何が科学が挑戦するのですか。けがをした方も同じ。ですから、私が冒頭言ったとおり、あなたたちは適用しないために科学を理屈に使っていると、まず現実を認めてその現実にどうわれわれがやっていくかというのがこの対策の基本じゃないか、どうもあなたのこの答弁は逆立ちだと、こう思うのですが、どうでしょうか。
#104
○政府委員(佐分利輝彦君) 原爆の障害は、御存じのとおり爆風と光と熱と最後に放射線の障害があるわけでございます。最初の爆風と光と熱につきましては、一般戦災者の場合と同じことになってくるわけでございまして、現在の原爆二法は、被爆者が放射線を浴びたという特殊な事情に着目いたしまして、健康上、生活上の不安を取り除くための諸施策を講じようとしておるところでございます。したがいまして、ただ単に家が倒壊したとかガラスが壊れたとか、そういったことだけでは原爆二法の対象にすることは困難ではなかろうかと思うのでございます。
#105
○目黒今朝次郎君 私はたとえばいまガラスが割れた、これはけがした方も書いてあるんですよ、けがした方あるいは罹災した方。私は基本を聞くのは、こういう歴史の証人が言っておることについて、しかもそれを地方自治体が認めたことに対してあなたは信用しないんですか、こう聞いているのですよ。それでいろいろ私も最後に、――もう時間が参りましたが、最後に聞きました。一体この被爆者がどういう生活状態になっているんですか、一回調べたものあるんですかと、もらったらこれが一番新しいと言うのですよ、長崎で。昭和四十二年十二月の二十五日、生活の実態調査、こんな古いものでやっているのでは私はどうにもならぬ。いろいろ聞いたら四十年にだか基本調査やったとかという話がありましたが、その基本調査をやった際の一番肝心なところは学者にも公表しなかった、こう言われて非常に調査にも不信感を持っているのですが、聞くところによるとことしの六月一日にまた基本調査をやる、こう言われておるわけですが、この調査を余り行政サイドでなくて、本当に被爆で苦しんでおる皆さんの気持ちになって本当に本格的な調査を徹底してもらわないと、どうもその対策が後手後手だ、あるいは行政サイドの対策に終わってしまうというきらいがありますから、この実態調査について厚生省は最も新しい被爆者の実態調査はいつの調査を持っているのか。その調査についてあればこの委員会に一番新しいのを出してもらいたい、それを要望して今後の調査に対する心構えを聞きたい、こう思うのです。以上です。
#106
○政府委員(佐分利輝彦君) 全国的な調査としては四十年の調査しかございません。また広島市、長崎市の調査については、地元の市当局で四十二、三年ぐらいに行われたものがございます。先ほどの先生のお話では、四十年の調査のときの生活調査の特別調査、ことしの調査で申しますと事例調査でございますが、これが発表されていないというお話でございますが、これは一部は学者の御都合で、また本質的には非常に例数も少ない、本来の生活調査を補完するような調査であったというような調査の性格から発表されなかったものでございます。また四十年の調査はその後四十三年の原爆特別措置法の制定、さらにその後のほとんど毎年行ってまいりました所得制限の緩和とか対象範囲の拡大に大いに活用されてきたわけでございます。このような経験をもとにいたしまして、本年九月には全手帳所持者の基本調査をいたしますし、また十一月には二〇%の抽出率で抽出いたしました方々について生活調査をいたします。この場合、沖繩県だけはその特殊性にかんがみまして、三百人の被爆者全部を調査いたします。本州が二十分の一の抽出率でございます。
 また最後に事例調査でございますが、これは特に広島市と長崎市についてやはりサンプルを抽出いたしまして、具体的な被爆者の方々の生活の変遷、具体的にどういう悩みや問題を持っていらっしゃるか、その原因は何かというような掘り下げた調査をすることにしておるわけでございますけれども、これらはいずれも四十年の経験さらにその後の両市の調査の経験、こういったものを生かしてデザインしたものでございまして、明年この調査がまとまり次第、できるだけ早く公表さしていただきたいと考えております。
  〔委員長退席、理事山崎昇君着席〕
#107
○小平芳平君 けさ来の当委員会の審議をずっと伺っておりまして、政府の答弁は、局長は至れり尽くせりやっておりますと言わんばかりの答弁を繰り返しますし、大臣はまた野党提案の援護法についてはいま直ちにそれには賛成できないということを一生懸命繰り返しておられるのみです。非常に私は不満なんですが、若干具体的な問題を取り上げて、見解をただしたいと思います。
 先ほどのたとえば原爆病院に対する目黒委員の質問に対する答弁では、結論はどういうことですか、本年度は赤字にならないだろうということだったのですか。それとそれから局長は原爆病院へ行ってみて、現地調査をしてきましたと言いましたが、いつ行って来られたのですか。
#108
○政府委員(佐分利輝彦君) まず広島と長崎の原爆病院の赤字でございますが、広島の原爆病院につきましては、本年度の医療費の引き上げがどの程度になるか、またいつ行われるかわかりませんけれども、その程度によってはあるいは赤字がなくなるかもしれないと言われております。
 ただ、長崎の方は、先ほども申し上げましたような本来の原爆専門病院でございますので、広島と模様が違うわけでございますけれども、これも本年度については、いまのままでいけば一億四、五千万の赤字が出ると言われておるのでありますけれども、四十九年度も初めはそのように言われておりましたが、二月と九月の医療費改定の影響によりまして、ほぼ半分程度の赤字にどとまったわけでございます。したがいまして、病院の経営の問題は、どうしても医療費がどうなるかということが一番大きな問題になってこようと考えております。
 また、私が長崎の原爆病院に参りましたのは、一番最初に参りましたのは十五年前でございますが、最近は昨年の八月九日、原爆慰霊祭のときに伺わせていただきました。また広島の原爆病院は、最近は、さる四月十六日、財団法人放射線影響研究所の日米理事会がございましたときに訪問いたしております。
#109
○小平芳平君 それでは四月に広島の原爆病院を訪れたときに、その広島の原爆病院は、壁に穴があき、あるいは切れ目が入り、あるいは窓はがたがたで、さわると窓が外へ落ちるからさわらないようにというようなことを見てこられたんですか。
#110
○政府委員(佐分利輝彦君) そのようなことをつぶさに拝見してまいりました。窓の問題、壁の問題ございますし、またあの病棟は千田町の大きな道路に面しておりますので、相当騒音が厳しいわけでございます。また、すでに二十年近くたった病棟でございますので、配管とか配線に非常に問題がございます。下水のパイプ一つとりましても、パイプが細いというほかに、すでに老朽化いたしまして、腐ってきておるというような問題があることも承知いたしております。
#111
○小平芳平君 大臣はそういうことは御存じないですか。
#112
○国務大臣(田中正巳君) 大分老朽しているということは、観念的に聞いておりますが、現実は私はまだ最近の状況について見ておりません。
#113
○小平芳平君 私が参りましたのは五月十九日ですけれども、これをひとつ大臣ごらんいただきたいですが、壁はもうこういうふうな、まあ、そちらへ回しますから……。(写真提示)壁といい、それから「この窓はさわると落ちるので御注意下さい 係」と、こういう病室で被爆者の方が入院生活を現に送っていらっしゃる。それに対して局長は、よく見てきましたと言うだけで、それが調査のうちに入りますか、そういうことで。
#114
○政府委員(佐分利輝彦君) 私は現場を拝見いたしましてから、直ちに県や市の当局と相談をいたしまして、できれば改築をしたい、その場合はこういった大きな道路に面した騒々しいところでなくて、奥のもっと静かなところにしたらどうであろうか。また県や市の財政の状況からいま直ちに移改築をすることが困難であるならば、最小必要限度の改修とか補修とか塗装をすべきではないかということを指示して帰ったわけでございます。
#115
○小平芳平君 いや、それは厚生省は指示するだけで調査が終わるんですか。
#116
○政府委員(佐分利輝彦君) 従来から原爆病院につきましては、国と県と市とで費用を分担いたしまして整備するような方針をとっておりますので、県や市がいろんな事情で、たとえば、最近財政が苦しいというようなことになってまいりますと、計画も変わってまいりますので、早く地元でそのあたりの具体的な計画を煮詰めてもらう必要があるわけでございます。そういう意味で先ほど申し上げたような点を指示して帰ったわけでございます。
#117
○小平芳平君 厚生大臣、そういう点がきわめて不満なんですがね、それは私たちの基本的な考えは国家補償と、あるいは援護法ということで、先ほど来の質疑や応答が続いておりますが、それに対して大臣が答弁されることは、そういう国家補償、国家賠償ということには直ちにつながらないということを繰り返しておられます。繰り返しておられますが、現にその写真でごらんになるような、そういう病院へ原爆被災者の方が入院をしていらっしゃる。長い人はもううんと長く入院していらっしゃる。騒音も、局長が言っておられますが、騒音もひどい。窓にさわると窓が外へ落ちるから手を触れないようにというような、そういう現状にありながら、厚生省は、ただ県と市へ指示して帰ったと、国こそ一番の責任があるんでしょう。それは援護法、国家賠償と言えば、また繰り返しになりますので、そういうことは繰り返しませんけれども、国こそが最大の責任者でありながら、指示して帰ったとは何事ですか。そういう点が私はどうしても納得いきませんが、いかがですか。
#118
○政府委員(佐分利輝彦君) 先ほども申し上げましたように、この種の事業につきましては、国と県と市とさらに日赤も入りまして、みんなでよく相談して方針を決定して、その方針に基づいて改築をするなり、あるいは改修をするなりというのが普通でございますので、そのようにお願いした次第でございます。
#119
○国務大臣(田中正巳君) この原爆病院の実態、いま写真を拝見いたしました。かねがね私も老朽しているということを聞いておりますが、仕組みは国立ではございませんものですから、国が全般的にこれについて独自の立場でやるという仕組みになっておらないと思いますが、しかし、さようなことを申してもいたし方ございませんので、積極的にひとつこれが何らかの形でもって使用に、十分安心して使用できるように、ひとつ関係者の意見を詰めるようにいたしたいというふうに思っておりますので、積極的にやりますので、若干時間をひとつかしていただきたい、かように思います。
  〔理事山崎昇君退席、委員長着席〕
#120
○小平芳平君 局長は初めは指示して帰った、その次にはみんなで相談してというふうに言われますが、大臣、もうこうしたこの原爆病院の窓なり建物が崩壊したり、そういう事故が起きたらどうしますか。それは県や市があるいは日赤が一生懸命やらなかったからいけないんだと、国はちゃんと指示をしたじゃないかと、そんなことが言えますか。いかがですか、大臣。
#121
○国務大臣(田中正巳君) まあ、局長が指示をいたしたということについては、若干言葉が足りなかったんじゃないかというふうに思います。要は、これについては費用分担の現在までのしきたりというものがございますから、まあ、これを進めるようにというふうなことを申したものというふうに私は理解をいたしますが、しかし現実が現実ですから、私はもっと国が積極的にこの問題について取り組むべきものであるというふうに思います。ただここでもって国が一切合財を挙げてやるということにお答えをいたすことについては、私は困難だと思うわけでございまして、やはり従来のシェアというものがあるようでございますから、そうしたものを踏まえつつ財政当局とのまた相談も必要でございますが、いずれにしてもこうした問題に取り組む、推進をする国の姿勢なり積極性というものが問題だと思いますから、これについては、先生の御指摘もございますので、積極的にわれわれはこの問題の前進を図るように今後努力をいたしたいと、かように思います。
#122
○小平芳平君 それは、大臣、私が指摘しているばかりではなくて、この原爆病院あるいは研究体制につきましては各団体の代表の方がほとんど発言されておられる点なんです。
 そこで大臣としては、従来の厚生省の考え方、こんなまるっきりいつ壊われて、いつ崩れてくるかもわからないような病棟に被爆者の方がずっとこう二十四時間生活をしていらっしゃるのですから、それを見て局長が現地へ行って指示をしてきたなんという、そういう考え方がまことに間違っていたということをお認めになりますか。
#123
○国務大臣(田中正巳君) だからさっき私が申すように、単に指示をいたしたという言葉は言葉足らずだろうと私は思います。したがいまして、私は厚生省の責任者でございますから、したがって、この問題については積極的に取り組むように各方面と折衝をいたしたい。各方面というものの中には関係の市、県あるいは日赤等もございますが、基本的には私は財政当局との話し合いなしにはこのことについて前進をいたさないわけでございますから、そうしたものを含めて積極的にひとつ事が具体的に前進するように努力をいたしたいと、かように申し上げているわけでございます。
#124
○小平芳平君 それ以上具体的には答弁できませんかもしれませんが、どうも従来の厚生省のそういう態度から見てきわめて私は不満に思い、不信にも思います。したがいまして、大臣から至急具体的なこのスケジュールを立てていただきたい。もう一日を争うのがこの建物の現状です。ですから積極的に一生懸命でなるべく早くっておっしゃるだけでなくて、もう少し具体的に早く方策を立てて取り組むのが当然だと、そうでなければこうやって朝来審議をここで重ねても何にもならないじゃないですか、いかがですか。
#125
○国務大臣(田中正巳君) ただいま私が申しているとおり、これについて積極的にひとつ関係方面と協議に入り、具体的に施策が進むようにということを申しておりますが、スケジュールというのはどういうことをおっしゃっているのか、たとえばいつ幾日までにこの問題の具体的なセットアップをいたすというようなことを先生お求めになっているのではなかろうかと推察をいたすわけでございますが、しかし私どもといたしましてはいろんな方面との折衝もございます。また率直に申しましてこの種の部分のシェアについて、恐らく具体的に出てくるということになりますと、話が進んでくると、いろいろと実はシェア論が問題になるだろうと思うわけでございまして、そうした中にあって財政当局との折衝等もございますので、なかなか実はその衝にある者にとっては容易なことではあるまいというふうに私懸念しながらも、なおかつある程度の見切りと勇気をもって申し上げているわけでございますので、ひとつその点は私の誠意をおくみ取り願いたいというふうに思います。これは国が全額持ってやれるものならば、これは時と場合によってはそういう約束も近い将来、たとえば二、三日中に財政当局と話して何とかできるだろうというふうなことも考えられますが、そうしかく簡単ではございませんので、したがって、これについては若干の期日をかしていただき、とにかくこれは速やかにやらにゃならぬものだというふうに私は認識をいたしておりますので、私の誠意にひとつ任せていただきたい、かように思います。
#126
○小平芳平君 まあ、そのくらい、そういうことしかきょうは御発言できないかもしれませんが、どうもあの局長のさっきの指示してきたも、そうですけれども、取り組み方が私はきわめて問題であって、これはシェア論とおっしゃいますけれども、そのこと自体を私たちはおかしいと言って問題にしているわけですから、そういうことを余り理由になさらないで、早く対策を立てるべきだというふうに要請をいたします。
 それから次に、今回の法改正によりまして、改正の要点につきまして御説明いただきたいと思いますことは、保健手当、特別手当、健康管理手当、それぞれ金額をこれこれに引き上げますということがこの資料に出ております。要綱に出ております。この該当者数も出ておりますが、この理由をわかりやすく説明していただきたいんです。保健手当は二キロメートルの区域内で被爆した者に対し月額六千円、その該当者数が四万三千百八十九人ですか、そういう点をひとつ、この保健手当と特別手当と健康管理手当について、どうしてそういう条件をつけるか、また金額はどういうところから月額六千円なら六千円というものが決定されるのかということをわかりやすく御説明いただきたい。
#127
○政府委員(佐分利輝彦君) まず保健手当でございますが、これは多量の原爆放射線を浴びた方々は、いま病気がないような方々であっても、今後病気が出てくるおそれがございますので、健康の保持、増進を図っていただくために六千円のお手当を差し上げるものでございまして、その手当は休養とかあるいは娯楽とかレクリエーションとか、そういうふうなものにお使いいただいて健康の保持、増進を図っていただいたらどうかという趣旨のものでございます。
 また特別手当は原爆症の認定患者に支払われるものでございまして、認定患者が医療機関まで往復する車馬賃とか、あるいは栄養補給する、または特に栄養剤等を購入して服用すると、そういった費用に充てるためにお払いするものでございまして、本年十月からは二万四千円に引き上げられるわけでございます。で、この額はこれから申し上げます健康管理手当の二倍となっておるわけでございます。で、健康管理手当は、造血機能の障害とか、肝臓機能の障害とか、政令で定めております十の健康障害があります場合に支払われる手当でございまして、そういった方々の療養生活の安定を図るために支払われる手当でございますが、本年十月からは一万二千円に引き上げられるわけでございます。この一万二千円という額は、従来から国民年金の老齢福祉年金と同額に定めることにいたしております。そういう基本方針に基づいて、まずこの健康管理手当の一万二千円が決まるわけでございます。で、そのあとで、認定患者の特別手当についてはその倍額にする、つまり二万四千円にする。また新たに設けられました保健手当におきましては、これは現在おおむね健康な方でございまして、その健康の保持増進のために使われる費用でございますので、他の手当との金額のバランス、均衡を考慮いたしまして、健康管理手当の半額の六千円としたものでございます。
#128
○小平芳平君 どうして老齢福祉年金に合わせるのですか。
#129
○政府委員(佐分利輝彦君) これは原価計算をして、たまたま一万二千円になるというものでもなく、なぜ老齢福祉年金に合わせるかということについての的確な説明もございません。かつてこの制度が創設されました当時は、むしろ老齢福祉年金よりも額が多かったのでございますけれども、だんだんと接近してまいりまして、現在は老齢福祉年金と同額にしてあるということでございます。
#130
○小平芳平君 そうしますと、今度は老齢福祉年金が、大臣がしばしば答弁されましたように、月二万円ということになれば、健康管理手当も二万円に引き上げるのですか。あるいはかつて老齢福祉年金を上回っていたという時代に戻そうという努力をなさるのですか、いかがですか。
#131
○政府委員(佐分利輝彦君) 明年度の予算要求に当たりましても、一応基本的な線としては、老齢福祉年金と合わせるという考え方で進みたいと思います。先ほど申し上げましたように、過去数年間の経緯を考えますと、老齢福祉年金にさらに幾らか上積みするということは、きわめて困難であろうと考えております。
#132
○小平芳平君 きわめて困難であろうというふうに考えるのはおかしいじゃないですか。まだ何もやらないうちにきわめて困難であろう、それじゃ前進しませんね。
#133
○政府委員(佐分利輝彦君) 原爆対策も原爆特別措置法一つとりましても、いろいろな施策があるわけでございまして、はっきり申しましてかなりの財源を必要とするわけでございます。したがいまして、相互関連して考察をいたしますと、相対的に決めていかなければならないという問題ではなかろうかと思います。そういうふうな基本的な考え方をもとにいたしました場合に、過去数年間の経緯、経験からいたしまして、老齢福祉年金よりもさらに上積みをするということは、いまのところきわめて困難であると考えております。
#134
○小平芳平君 大臣はいかがですか。
#135
○国務大臣(田中正巳君) 今後のこの種の手当、たとえば特別手当等の金額について、いかように持っていくかにつきましては、今日のところ、まだ明年度の予算要求の省議もいたしておりませんから、したがって、私としては諸般の状況を見て決定をいたしたいというふうに思っております。まあ、いま公衆衛生局長は従来の趨勢を見ながら一応の傾向論として現局の立場を申し述べたものと思いますが、これについては諸般の施策、また老齢福祉年金の今後の金額、財政事情その他いろいろな問題等々を勘案をいたしまして、今後慎重に決めたいというふうに思っておりまして、いま明年幾らにいたしたいとか、要求をいたすということについては、まだ結論を得ていないというのが今日の実情であるということを申し上げておいた方がよろしいというふうに思います。
#136
○小平芳平君 じゃあ次に、長崎の場合は恵の丘長崎原爆ホーム、社会福祉法人でありますが。こちらへ私たちが訪ねたときに、このホームから要望は二項目でした。その一つは、一般養護ホームの定員百五十名を、五十名の特別養護ホームヘの切りかえを早く実現してほしいということが一点、これは厚生省にも報告がとうに入っていらっしゃるでしょう。それから第二項目は、大型バス運行可能の道路の建設を早くしてほしい、従業員を含め四百五十名の人が生活をしておりますので、防災上も問題があるということでしたが、この二点についてはどう処置されましたか。
#137
○政府委員(佐分利輝彦君) 養護ホームの一般養護ホーム百五十床のうち、五十床を特別養護ホームに切りかえたいというお話はよく聞いております。広島の養護ホームの場合にも同じ問題がございますが、特に長崎の場合には特別養護ホームの建物の、特に廊下の幅等の規格基準がございまして、一般養護ホームから特別養護ホームに切りかえる場合には、廊下を広くしたりしなければなりませんが、それが不可能でございますので、一体どのようにするか、別に増築をするかというようなことを含めて現在県の当局と相談をしておるところでございます。その点は広島の場合はあのような建物でございますので、規格基準としてはいまのままですぐ切りかえられるようになっております。
 次に道路の問題は、これは数年前から出ている問題であろうと思います。県道の整備の問題ではないかと思うのでございますけれども、かなり都心部から離れた山の上の方にある施設でございますので、この拡幅をするということは地元の県としてはかなりの負担になろうかと思います。そういう関係で、まだ計画が実現していないと思うのでありますけれども、この点につきましても、厚生省としては地元の県当局、また必要があれば建設省等にもお願いをして、できるだけ早く実現するようにいたしたいと考えております。
#138
○小平芳平君 この養護ホームはほとんど満員で、申し込んでも待機中の人が相当いらっしゃるということですが、そうした実情をどう把握しておられますか。そして対策はとろうとなさっておりますか。
#139
○政府委員(佐分利輝彦君) かなりの待機被爆者があることは報告を聞いております。その場合、特に一般養護ホームよりも特別養護ホームの方にたくさんの希望があるということも聞いております。そういったことも含めまして五十床の転用の問題がまず起こってきたわけでございますけれども、今後さらに必要があれば、一般養護ホームについても、特別養護ホームについても、増床、増設といったことを検討いたしてみたいと考えております。
#140
○小平芳平君 申し込んで待機中の方はどのくらいいらっしゃるんですか。
#141
○政府委員(佐分利輝彦君) 長崎の場合、一般につきましては六名、特別につきましては十六名でございます。広島の場合には、一般が十七名、特別が三十名と報告されております。
#142
○小平芳平君 そうすると、特別に待機しなくてもいいような対策をいまここでとろうという考えはないということですか。
#143
○政府委員(佐分利輝彦君) この点につきましても、先ほどの原爆病院と同様に、両県またさらに両市とよく相談をしながらやっていることでございまして、現在のところは両方とも早急に実施したいと申し出ておりますのは、一般ホームの五十床を特別ホームに切りかえたいという希望だけでございます。
#144
○小平芳平君 じゃ次に、放射線影響研究所につきまして、確かに旧ABCCを引き継いだということでありますが、本当に日本の政府が主体的に計画を立て、これから運営をしていかれるのか、あるいは従来のアメリカの影響下に、要するに原爆加害者の影響下にそういう調査研究が進められていくのか、そういう点はいかがですか。
#145
○政府委員(佐分利輝彦君) 財政につきましても法人の役員につきましても、日米折半で運営されていく法人でございます。このような基礎に立ちまして、日本側といたしましては、日米対等、さらに日本がイニシアチブをとるというような形で今後の運営をやってまいりたいと考えておりまして、先般も四月に第一回の理事会をやったわけでございますけれども、今後は特に事業の運営面について専門科学評議員会が開かれるわけでございますが、そういった理事会とか評議員会の場を通じて、また実際の業務の遂行面について日本の主体性を強く出してまいる所存でございます。
#146
○小平芳平君 では次に、先ほど浜本委員からもずいぶん問題提起されました保健手当の二キロメートル二十五レムということですが、これは局長も二キロは便利だというふうな先ほど答弁に表現をしておられたのですが、それに対する疑問は何ら持ってないんですか。もう二キロは便利だから限定するということなのか、あるいは科学的に何ら疑問がないということなんですか。
#147
○政府委員(佐分利輝彦君) 厳密に申しますと、二キロでとりました場合に、広島では四・四レム、長崎では一八・三レムとなってしまうわけでございます。しかし、これはその前後の五十メートルとか百メートルが非常に問題なわけでございます、距離の自乗に反比例して放射線は減衰をいたしますので。このような実態でございますけれども、三十五年の特別被爆者の制度を創設いたしましたときも二キロで出発いたしましたので、対象者の把握が一応過去においてされておるというような面を考慮いたしまして二キロとしようとするものでございます。
#148
○小平芳平君 そうすると、別に科学的根拠があって、学問的な根拠があって二キロというふうに今回決めようというのではなくて、便宜上二キロで決めようということですか。
#149
○政府委員(佐分利輝彦君) 科学的判断並びに行政的判断に基づいて二キロにしようとするものでございます。厳密に申しますと、二十五レムの距離は、広島では一・七キロメートル、長崎では二千メートル弱といったところが科学的に正しい距離でございます。
#150
○小平芳平君 何ですか、科学的に正しい距離だから――科学的に正しい距離はもっと二キロより狭くてよろしいんだが、行政の便宜上二キロで決めようということだということですか。
#151
○政府委員(佐分利輝彦君) そういうことでござ
 います。
#152
○小平芳平君 そうすると、この放射線の保健学自体まだ歴史の浅い学問であって、今後科学の進歩によって意見が変わってくることも十分予想されるということを前提として取り組んでいるのではないのですか。
#153
○政府委員(佐分利輝彦君) 今後科学の進歩によって、あるいは放射線医学の進歩によってこういった見解が変わってくる、あるいは原爆の放射線の強さそのものの推計値がときどき変わっております。昭和三十二年の推計と四十年の推計では変わってきておるわけでございますが、そういう
 ことがございますれば、今後はそういった新しい考え方に基づいて考え直すべきではないかと思い
 ます。
#154
○小平芳平君 大臣、いまおっしゃるような二キロメートルというのはそういうことだそうですが、ちょっと疑問に思いませんか。いかがですか。
#155
○国務大臣(田中正巳君) いろいろと学問的には諸説があるようでございますが、厚生省としては二十五レム以上浴びた場合に身体に障害を生ずるというふうに判断をいたし、それを根拠にしてこの制度を起こしているわけであります。いま局長の言っていることは、結局二十五レムを非常に厳格に適用いたすと、広島の場合一・七キロというふうになるのであるが、しかしそこはそれより縮めてやるということになれば問題があるが、しかしとにかく二キロというところまで、若干言葉はちょっと平板であるいはおしかり食らうかもしれませんけれども、二キロというところまで多目に見てその範囲というものを決めた。したがってこれについては、必要な人たちは、われわれの立場で考える必要な人は網羅をしている。若干場合によってははみ出ることがあってもそれは許されるネグリジブルな範囲であろうということで二キロというふうに決めたものというふうに私どもは理解をするわけでございまして、したがって、決して科学的根拠よりさらにつぼめたということではないというふうに思いますので、したがって二キロという線の引き方が被爆者にとって酷であったりあるいは必要な人が漏れたりということではないということでお許しを願えるものではなかろうか。なお学問的にこの二十五レムというものをもっとさらに低い数値に変えなければならないということがあると証明され、これが定説となった場合にはこれについて改定を加えることはやぶさかではないというのが局長の答弁の趣旨であったというふうに思いますから、したがって一・七に切らないで二にしたということはけしからぬというふうにはおとりになっておらないと思いますが、私どもとしてはそうしたような気持ちで、少なくとも必要な人が漏れることのないようにといったような配慮でこのような線を引いたものというふうに私は理解をいたしております。(「もっとふくらましてもいいわけだ、行政が判断すれば」と呼ぶ者あり)ただいまの不規則発言に答えるわけではございませんが、学問的根拠が確立をいたしますれば、私どもとしてはこの線というものはしゃにむにこれをいつまでも墨守するものではないと。要は学問的根拠によってそれが確立した説として定着をし、オーソライズされた場合にはこれについて再考いたすことについてはやぶさかではないということだろうと思います。
#156
○小平芳平君 きわめて行政の判断が主体のことを述べておられますけれども、実際被爆者の方は線で切られるわけですから、ですから、ただ便利だというような表現ではなかなか納得しがたいものが残るということを御承知ください。
 それからこれはもう先ほどお話が出ましたが、四十年の実態調査とそれから五十年、今回おやりになろうという被爆者実態調査につきまして、まず第一に四十年で調査したことと今回とりかかろうということの違いがありましたら相違点を御説明いただきたい。
#157
○政府委員(佐分利輝彦君) 基本的には四十年の結果と本年の調査の結果を比較しようといたしておりますので、内容は同じでございます。ただ客体の数が本年の方が多うございますし、また調査の種類の名称等が若干変わっておりますけれども、基本的には両方の調査が比較できるようにデザインをされております。
#158
○小平芳平君 四十年の調査は先ほど局長がちょっと答弁しておられましたが、基本調査、それから健康調査及び生活調査、この点については発表がありましたですが、この基本調査と、それから健康調査及び生活調査は中間報告という形で発表になったのみで、最終報告というものが出るはずでありながら出ないで終わったという経過なんですか。
#159
○政府委員(佐分利輝彦君) 四十年の調査の基本調査とかあるいは生活調査、健康調査、こういったものについて中間報告しかされていないわけでございますけれども、結果的には中間報告をもって最終報告にかわるような内容のものになっておると思います。また特に問題になりますのは、本年の調査で申しますと事例調査に当たる部分ではないかと思うのでございますが、これにつきましては厚生省としては生活調査の特別調査としていわゆる事例調査を四十年に行い、生活調査を集計したり、解析したりするときの参考にするというような方針で臨んだ調査であり、また対象世帯も二百四十世帯という小さな世帯でございますので、詳細細部にわたっての分析はなかなかむずかしいという面もございまして、厚生省としては発表いたしておりませんが、この当時の事例調査を担当なさった学者のうち、慶応大学の先生は学会においてその結果を公表なさっております。
#160
○小平芳平君 局長、四十年調査に対するこういう点がまずかったという点はないんですか、あるんですか。
#161
○政府委員(佐分利輝彦君) これについてはいろいろな御意見があるようでございますけれども、私どもはあの調査はあの調査として一応の成果をおさめまして、その後の特別措置法の制定にも役立てましたし、またすでにございました医療法の改善にも役立ってきたと、大いに役に立ったと考えております。
#162
○小平芳平君 それは役立ったことは役立ったのですが、反省はないんですか、反省は。
#163
○政府委員(佐分利輝彦君) 本年度の調査は、四十九年度から準備委員会をつくりまして、みっちり一年かけて調査のやり方、デザイン等について検討をいたしました。しかし、四十年度の調査の場合には、それに比べますとかなり準備期間が短かったようでございまして、そのような欠点は幾らかあったように思われます。
#164
○小平芳平君 局長は知って言っているのか、知らないで答弁しているのか。じゃ慶応大学の中鉢教授は学会で発表なさったと言われますが、ほかのお二人の方は発表してないんですか。
#165
○政府委員(佐分利輝彦君) 私は発表していらっしゃらないというふうに聞いております。
#166
○小平芳平君 私は三人とも発表なさったというふうに 三者三様に発表なさったというふうに聞いておりますが、どうですか。
#167
○政府委員(佐分利輝彦君) 四十年のいわゆる事例調査そのものを発表なさったのは中鉢先生だけでございまして、
  〔委員長退席、理事山崎昇君着席〕
そのほかの先生方はいろんな書物とか、あるいは団体等の講演会などで四十年の調査に対する御意見、批判をお述べになっておるわけでございます。
#168
○小平芳平君 四十三年八月の「世界」に出ておりませんか。
#169
○政府委員(佐分利輝彦君) 四十三年八月「思想」という雑誌の八月号に、石田忠先生が「原爆被害者の立場」という論文をお出しになっております。これは内容を拝見いたしますと、いずれも論文でございまして、事例調査の内容を発表したものではございません。また、同八月号の「世界」にクマタニミキオ(隅谷三喜男)教授が「被爆問題の原点と現実」という論文をお載せになっておりますが……
#170
○小平芳平君 クマタニじゃないでしょう。
#171
○政府委員(佐分利輝彦君) スミヤミキオ(隅谷三喜男)先生、――失礼いたしました、訂正いたします。
 ええ……
#172
○小平芳平君 まあ、そこで読んでたんじゃね、ちょっと……
#173
○政府委員(佐分利輝彦君) はい。これにつきましても、論文並びにほかの資料からの引用の数字が多いように思われます。
#174
○小平芳平君 私が申し上げたいことは、十年たっておりますので、厚生省の担当者もかわったでしょうし、しますが、被爆者の方は依然として十年前も今日も被爆者の方がいらっしゃるわけですから、したがって、この四十年のいきさつをこれ以上、私は先生方から若干御意見は伺ってまいりましたが、まいりましたが、四十年のことはこれ以上申し上げませんから、今回はそのときの経験を十分生かすのが当然じゃありませんか。それをただ、まことにうまくいったと、効果があったと、あるいは中間発表をしただけで最終発表なしに終わったと担当された先生はおっしゃっているんですが、中間発表でも十分だったというふうなその取り組み方が問題がありゃしないかと、もっと当時のいきさつを十分検討し、今回の調査に十分それが生かされていかなくちゃならないということを申し上げたいのですが、いかがですか。
  〔理事山崎昇君退席、委員長着席〕
#175
○政府委員(佐分利輝彦君) 御指摘のとおりでございます。したがいまして、本年の実態調査の委員会には、四十年の当時の先生方のほかに各種の分野の先生方、また団体の代表の方にも入っていただきました。また、四十年の調査で最も技術的に問題になりましたのは、コントロールがとってなかったということでございましょうが、その点につきましては、今回は一年間準備委員会等の検討期間もございましたので、遺漏のないように設計、計画されておるつもりでございます。
#176
○小平芳平君 遺漏のないようにいくかどうかが問題ですので、十分考えてやっていただきたい。
 それから、この点についても先ほど問題が出ておりますので詳しくは申し上げませんが、認定制度についてですね、認定制度について。私たちはそういう認定制度で切り捨てていくのは根本的に考えが違うということを主張をいたしておるわけですが、これに対して厚生省は現行認定制度は当然のことであって、これをやめるなんということは毛頭考えてないような意味の答弁だったように伺いましたが、この運用につきまして、やはりこの公害問題の認定制度でいつも問題になることがあります。それはこの健康被害がどこまで及んでいるか、医学的に不明だということですね。たとえば光化学スモッグによる健康被害がどこまで及んでいるかということが現代医学自体がよくつかんでおらないというようなところから、水俣病の認定についても環境庁が通知を出したり、あるいはまた現在もめているというようなことも御承知だと思います。したがって、原爆の場合もまさしく現代医学がよくわからない分野があるということを前提に判断していただかないと困るんですが、困ると言うよりもそれが当然だと思うんですがね。そうでしょう。
#177
○政府委員(佐分利輝彦君) 基本的には御指摘のとおりであると思います。ただ、公害の場合と違いまして、原爆の場合には戦後三十年間いろんな調査、研究が行われまして、かなりの資料があるということでございます。先ほども申し上げましたように、はっきりした原爆に起因するといったものは白血病その他の悪性腫瘍、あるいは白内障、皮膚の放射線による後障害、それに生殖障害、そういったものでございまして、最も問題になってまいります高血圧だとか肝臓機能障害、腎臓障害、こういったものとの関係は残念ながら証明しにくいような状況にあるわけでございます。しかしながら、基本的にはただいま先生が御指摘になったような方向で考えるべきであると思いますので、特別手当の認定制度、原爆医療法に基づきます原爆症の認定制度の運用につきましても被爆者の年齢構造の変化その他を勘案しながら逐次改善をしていく必要があろうと考えます。ただ、これにつきましては、先ほども申し上げましたように、現在一応認定患者にはあのようにほかに比べると高い手当も払われており、また医療手当も認定患者だけでございますので、そういった特別の恩典がついておりますので、余り一気に広くゆるめてしまうということもかえって不公平になるわけでございまして、その辺の調査研究なり検討が今後の重要な課題になってくるのではないかと考えております。
#178
○小平芳平君 厚生大臣、この点につきましては、先日の参考人の御意見、六月十七日の参考人の御意見にも十分出ておりましたのでお聞きと思います。で、公害の場合より原爆の場合はもう三十年の調査でいろんな資料も整っているというふうに局長言われますけれども、必ずしもそうでないということが先日の参考人の御意見だったというふうに私は伺っていたわけです。したがって、この疑いのある者ですね、疑わしい――完全に原爆とは関係ないという疾患ならともかく、そうした医学上はっきりしない、疑いがあるけれどもそうでないとは言い切れないというような場合は認定していくように、そういうふうに取り組んでいく。疑わしきは救済するという中には、疑わしきは医療するという中には、それを何でもかでも取り払って認定してくれと言っているんじゃないわけですが、そういう点いかがですか。
#179
○政府委員(佐分利輝彦君) 方向としてはそのような方向にあろうかと存じますが、ただいま御指摘がございましたように、特別手当の対象を拡大するという前に、やはり現在の制度あるいは従来の経緯から考えますと、疑わしい、疑わしさの濃い者についてはまず健康管理手当の支給対象にするというようなところから始まるのではないかと思われます。そういう点も勘案いたしまして四十九年度は――従来は八つの障害でございましたものを、呼吸器の障害と運動器の障害を現場の担当のお医者さん方の集約された意見という形で医療審議会の中で地元の先生方からこの問題が持ち出され、慎重に検討した結果、ただいま申し上げた二つの障害を追加したわけでございますが、そのような経過が今後もとられていくのじゃないか。また、そういった健康管理手当の対象者の中から、先生が御要望なさいますように、また特別手当の対象者として認められていくような者も出てくるというような経過を踏むのではなかろうかと考えております。
#180
○小平芳平君 大臣。
#181
○国務大臣(田中正巳君) おおむねこれについてはいま公衆衛生局長が答弁したとおりに私は考えております。あの参考人の御意見の中には、認定制度というものを全廃してしまえという御議論がありましたが、ああいう御議論ではこの二法の仕組みと全く合わないわけになりますので、全く廃止してしまえという御意見は、いま言ったように、もう少し認定についてはゆるく配慮をしろというふうな御意見だろうと私は承っておきたいと思いますが、全くやめてしまえばこの仕組みとはもう合わなくなってしまうわけでございますので、認定制度というものはこういう仕組みである以上は私はやはり置かざるを得ない。要は、私どもとしては認定患者であるべき者がこれから無理に外されるようなことがあっては絶対にいけないというふうに思っているわけでございまして、これについては十分科学的な根拠をもって当たるべきでありますし、いやしくも財政上の理由等で事をしぼるなどというようなことがあっては絶対にまかりならぬというふうに思っているというのが私のこの問題に対する現在の考え方でございます。
#182
○小平芳平君 それからこれでもう最後ですが、大臣、国家補償か社会保障かということで再三論議されておりますが、参考人の方の中で長崎県手帳友の会事務局長の鈴木参考人の御意見は、現行の原爆二法も国家補償の精神から出発したはずだということをしきりに、――しきりにというわけでもないですが述べておられますが、これは当然だと思いますが、いかがですか。
#183
○国務大臣(田中正巳君) あの御発言の趣旨というのを私は黙って聞いて考えておりました、実は。わからぬわけでもないんでございますが、恐らくおっしゃりたい趣旨というものは、こうした原爆二法というものも、やはり戦争に起因をして、そして他の方々には経験のない多量の放射能を浴びたと、そのために健康やあるいは身体に傷痍を負い、またその不安があるといったような者に対して着目をしてこのような制度を打ち立てたと、さすれば、戦争によってこういうふうに気の毒なあるいはまことに憂慮すべき状況になった方に政府が手を染めたということはそういうことについての自覚と反省があっての上でやったものであろうというふうなことをるる強調し、そこからそういう御趣旨で申し述べたものではなかろうかというふうに私聞いたわけでございまして、そういう趣旨ならばまさしくこの制度の読み取り方、解釈の上において当てはまるのではなかろうかと、かように思っておったわけでございます。
#184
○小平芳平君 現在の二法も、国家が補償しよう、国家が補償するという立場から考えられたもので、出発したものであるということに対してどうお考えですかって尋ねているわけです。
#185
○国務大臣(田中正巳君) 国家が補償するいわゆる損害賠償を補てんする、そうしたような思想のものでは私はないというふうに思います。ただ強いてあの方のお気持ちというものをそんたくいたすならば、やはりこれも戦争に起因をしてこのような傷痍を受けあるいは一生そういったようなオブリゲーションを背負ったという人に対して国がめんどうを見ているという趣旨であろうと思いまして、いわゆる国家賠償責任論に立脚いたした、その論理の上に、延長線上にある施策というふうには私は考えておりませんし、あの方はどういう趣旨で申したか私は知りませんが、そういう趣旨でならば私どもと意見が違うし、前者の場合でありますればある程度理解ができるということであろうというふうに思っております。
#186
○小平芳平君 そこで、平行線の議論になりますので繰り返しませんが、私は、先ほど来申し上げますように、現在の原爆二法のやり方ではとうてい困難であると、現在の原爆二法を手直しするだけでは、最初に申しましたような原爆病院のこれから、姿から見ましても、まさしく国の責任は一体どこにあるのかと、こんな無責任な国のやり方があるのかということが相変わらず続く結果になるということを申し上げておきたいと思います。
 で、児童家庭局長が見えておりますので、前回の委員会のときにMCLS、川崎病について取り上げたときに児童家庭局長が間違った答弁をしておりますので、いまから申し上げる三点をひとつはっきり訂正をしておいていただきたい、今国会ちょっともう発言の機会がないかもしれませんので。
 第一点は、医療研究助成補助金と心身障害研究補助金を取り違えて答弁されたのじゃないかという点が一つ。
 それから第二点は、MCLSが日本にのみ多発していると、韓国とハワイで少数の報告があったということ、日本に何らかの原因があるんじゃないかということは厚生省が任命した研究班がそう報告をしているということを私が指摘するのに対して、局長はよくわからない、よくわからないと答弁していたが、よくわからないでは困ります。
 それから第三点は、四百万円で病気の原因が究明できるならそれでけっこうですが、難病対策は数千万円の範囲で研究をしてもなおかつ原因がわかったというのはごくわずか、ほとんど原因がわからない。数千万円の研究費で取り組んでもそうなのにこのMCLSの場合は四百万円で十分事足れりというような意味の発言をしておられますが、それはおかしい。以上三点について。
#187
○政府委員(上村一君) 第一点の、これは六月三日の参議院の社労委員会ではなかったかと思いますが、医療研究助成補助金百五十万円、心身障害研究補助金二百五十万はそのとおりでございますが、どうも私の記憶では医療研究助成金の補助金を交付する人が川崎さんで、それから心身障害研究補助金を交付するのが草川さんであるというのを逆に申し上げたんじゃないかというふうに思います。それは訂正さしていただきたいと思います。
 それから、第二点の本邦に多発してないというふうに申したということでございますが、私その際申し上げましたのは、MCLSは御案内のように日本で川崎さんが発表されて、日本で診断基準をつくられた。同じような診断基準が外国にないわけでございますので、外国と比較して日本が多い少ないということはなかなか言い切れないんじゃないかということを申し上げたわけでございますが、全般的に疫学調査の結果等を見ますと、わが国では相当多く発生しておるというふうに見て差し支えないんじゃないかというふうに思うわけでございます。ただ、その場合に、四十七年に疫学的な研究調査をやっていただいたそのデータでは、岩手県とか、東京都とか、岐阜とか、三重、岡山、長崎、そういったところが高率であって、秋田とか、福島とか、栃木、そういった県では低いと。この高い県と低い県とがあって、それに対する疫学的な結論というのがなかなかわからないということでございます。一定地域に事実たくさん発生しておるのか、その地域の医療水準なりあるいは医療情報の収集のレベルというのが問題があるのか、その点は必ずしも明快じゃないというふうに思うわけでございます。現在、この疫学研究班の方から諸外国に照会をしておるわけでございますが、いままで照会されました結果では、韓国で五例、ハワイでは一件の剖検例があったという報告とともに、三十例の事例が報告されておりまして、その他の国々は日本から情報の収集を依頼したわけでございますけれども、日本の事情を聞きたいという程度の照会にとどまっておるわけでございます。
#188
○小平芳平君 簡単で結構です。
#189
○政府委員(上村一君) はい。
 それから最後に、研究費の、研究体制が十分だと申し上げたのは事実でございます。これは研究費、これまで約千五百万円昨年度まで補助してまいりまして、ことしは四百万円である。それで、この病気を研究する学者の層というのがまだ薄うございます。それから限られた研究者で行われておるということでございますので、今後の研究の進展、進みぐあいによりまして研究費のあり方をどうするかということは検討する腹づもりでございます。ただ、研究費の額について多い少ないの話でございますが、研究者から本年度の研究費の申請があります前に研究費をもっとふやしてもらいたいという話があったことは事実でございますが、現在では、少なくとも本年度の研究計画につきましてはそれに見合いのものであるというふうに私ども研究者から直接確認をしておるわけでございます。
#190
○小平芳平君 じゃ、また別の機会に、議題外のことですから、別の機会に詳しくいたしますが、速記録をごらんになればちゃんと間違って発言していることが出てるじゃないですか。それはちゃんと訂正しなくちゃいけませんよ、川崎先生と草川先生を。
#191
○政府委員(上村一君) はい。これははなはだ申しわけなかったと思います。私もメモに従いましてお答え申し上げて、そのときに読み違えたというかっこうになりましたので、この点は慎しんで訂正させていただきます。
#192
○委員長(村田秀三君) 本日の質疑はこの程度にとどめます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後五時七分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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