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#1
第075回国会 社会労働委員会 第15号
昭和五十年四月二十四日(木曜日)
    午前十時二分開議
 出席委員
   委員長 大野  明君
   理事 菅波  茂君 理事 住  栄作君
   理事 竹内 黎一君 理事 葉梨 信行君
   理事 枝村 要作君 理事 石母田 達君
      大橋 武夫君    奥田 敬和君
      加藤 紘一君    片岡 清一君
      塩川正十郎君    田川 誠一君
      田中  覚君    高鳥  修君
      登坂重次郎君    羽田  孜君
      羽生田 進君    萩原 幸雄君
      橋本龍太郎君    浜田 幸一君
      増岡 博之君    山口 敏夫君
      山本 幸雄君    綿貫 民輔君
      田邊  誠君    村山 喜一君
      森井 忠良君    山本 政弘君
      吉田 法晴君    田中美智子君
      大橋 敏雄君    岡本 富夫君
      小宮 武喜君
 出席国務大臣
        厚 生 大 臣 田中 正巳君
 出席政府委員
        厚生省公衆衛生
        局長      佐分利輝彦君
        厚生省社会局長 翁 久次郎君
 委員外の出席者
        外務省アジア局
        外務参事官   大森 誠一君
        参  考  人
        (長崎県被爆者
        手帳友の会事務
        局長)     鈴木 美秀君
        参  考  人
        (広島大学名誉
        教授)     森滝 市郎君
        参  考  人
        (長崎原爆青年
        乙女の会会長) 谷口 稜曄君
        社会労働委員会
        調査室長    濱中雄太郎君
    ―――――――――――――
委員の異動
四月二十四日
 辞任         補欠選任
  伊東 正義君     増岡 博之君
  大久保武雄君     浜田 幸一君
  加藤 紘一君     片岡 清一君
  粕谷  茂君     羽田  孜君
  瓦   力君     萩原 幸雄君
  小林 正巳君     高鳥  修君
  高橋 千寿君     綿貫 民輔君
  登坂重次郎君     塩川正十郎君
  野原 正勝君     山本 幸雄君
  粟山 ひで君     奥田 敬和君
  稲葉 誠一君     村山 喜一君
  島本 虎三君     山本 政弘君
同日
 辞任         補欠選任
  奥田 敬和君     粟山 ひで君
  片岡 清一君     加藤 紘一君
  塩川正十郎君     登坂重次郎君
  高鳥  修君     小林 正巳君
  羽田  孜君     粕谷  茂君
  萩原 幸雄君     瓦   力君
  浜田 幸一君     大久保武雄君
  増岡 博之君     伊東 正義君
  山本 幸雄君     野原 正勝君
  綿貫 民輔君     高橋 千寿君
  村山 喜一君     稲葉 誠一君
  山本 政弘君     島本 虎三君
    ―――――――――――――
四月二十三日
 社会保険等診療報酬の概算払いに関する請願
 (寺前巖君外二名紹介)(第二五二九号)
 原爆被爆者援護法制定に関する請願(森井忠良
 君紹介)(第二五三〇号)
 電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法
 の規制に関する法律撤廃に関する請願(馬場昇
 君紹介)(第二五三一号)
 同(村山喜一君紹介)(第二五三二号)
 医療機関の整備充実に関する請願(川俣健二郎
 君紹介)(第二五三三号)
 同(兒玉末男君紹介)(第二五三四号)
 同(多田光雄君紹介)(第二五三五号)
 同(井岡大治君紹介)(第二五五六号)
 同外二件(森井忠良君紹介)(第二五五七号)
 働く婦人の労働条件改善に関する請願(石母田
 達君紹介)(第二五三六号)
 同(和田耕作君紹介)(第二五三七号)
 同(村山富市君紹介)(第二五六三号)
 同(北側義一君紹介)(第二六一三号)
 特定地域開発就労事業の就労保障等に関する請
 願(三浦久君紹介)(第二五三八号)
 同(三浦久君紹介)(第二五六四号)
 同(三浦久君紹介)(第二五九九号)
 大腿四頭筋短縮症患者の救済に関する請願(金
 丸徳重君紹介)(第二五三九号)
 同(金丸徳重君紹介)(第二五六五号)
 同(平林剛君紹介)(第二五六六号)
 同(平林剛君紹介)(第二五九二号)
 国民健康保険財政の確立に関する請願(八百板
 正君紹介)(第二五五五号)
 戦時災害援護法制定に関する請願(鬼木勝利君
 紹介)(第二五五八号)
 同(村山富市君紹介)(第二五五九号)
 同(伊東正義君紹介)(第二六四四号)
 保育所予算増額等に関する請願外三件(阿部未
 喜男君紹介)(第二五六〇号)
 寡婦雇用促進制定に関する請願(下平正一君紹
 介)(第二五六一号)
 同(八百板正君紹介)(第二五六二号)
 原子爆弾被害者援護法制定に関する請願外一
 件(稲葉誠一君紹介)(第二五六七号)
 同外三件(長谷川正三君紹介)(第二五六八
 号)
 同外一件(渡辺三郎君紹介)(第二五六九号)
 同(瀬野栄次郎君紹介)(第二六一一号)
 建設国民健康保険組合に対する国庫補助増額に
 関する請願(小林政子君紹介)(第二五九七
 号)
 全国一律最低賃金制の法制化等に関する請願
 (松本善明君紹介)(第二五九八号)
 同(岡本富夫君紹介)(第二六二〇号)
 同(沖本泰幸君紹介)(第二六四五号)
 全国一律最低賃金確立に関する請願(石母田達
 君紹介)(第二六〇〇号)
 全国一律最低賃金制の確立に関する請願(諫山
 博君紹介)(第二六〇一号)
 同(紺屋与次郎君紹介)(第二六〇二号)
 同(多田光雄君紹介)(第二六〇三号)
 同(中島武敏君紹介)(第二六〇四号)
 同(村上弘君紹介)(第二六〇五号)
 同(大橋敏雄君紹介)(第二六一四号)
 社会福祉労働者の労働条件改善等に関する請願
 (瀬野栄次郎君紹介)(第二六一二号)
 歯科技工法の改正に関する請願(大橋武夫君紹
 介)(第二六三八号)
 同(久野忠治君紹介)(第二六三九号)
 同(塩川正十郎君紹介)(第二六四〇号)
 同(塩崎潤君紹介)(第二六四一号)
 同(關谷勝利君紹介)(第二六四二号)
 同(園田直君紹介)(第二六四三号)
 社会福祉施設建設補助基準額等の引上げに関す
 る請願(山中貞則君紹介)(第二六四六号)
 原爆被害者援護法制定に関する請願(山中貞則
 君紹介)(第二六四七号)
 失業対策事業の存続に関する請願(山中貞則君
 紹介)(第二六四八号)
 各種障害年金制度改善に関する請願(島本虎三
 君紹介)(第二六四九号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律
 の一部を改正する法律案(内閣提出第三六号)
     ――――◇―――――
#2
○大野委員長 これより会議を開きます。
 原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本日は、本案審査のため、参考人として長崎県被爆者手帳友の会事務局長鈴木美秀君、広島大学名誉教授森滝市郎君及び長崎原爆青年乙女の会会長谷口稜曄君、以上三名の方々に御出席をいただいております。
 この際、一言ごあいさつ申し上げます。
 参考人には、御多用中のところ御出席をいただき、まことにありがとうございます。本日は各位の御意見を承り、本案審査の参考にいたしたいと存じますので、何とぞ忌憚のない御意見をお述べくださるようお願いいたします。
 なお、議事の都合上、最初に御意見を二十分程度に要約してお述べいただき、そのあと各委員からの質疑にもお答え願いたいと存じます。
 また、念のために申し上げますが、参考人から委員への質疑はできないことになっておりますので、御了承願います。
 まず、鈴木参考人にお願いいたします。
#3
○鈴木参考人 ただいま御指名にあずかりました長崎県被爆者手帳友の会事務局長鈴木美秀であります。ただいまから原子爆弾被爆者の援護に関する陳述をさせていただきます。
 御列席の諸先生には、かねて被爆者の援護につきまして深く意を用いていただいておりまして、その施策が年とともに前進してまいりましたことに衷心感謝の意を表する次第でございます。このたび昭和五十年度の被爆者援護対策を御審議されるに当たりまして、参考人として出席させていただき、被爆者の生の声を陳述する機会を与えていただきましたことに対しまして、長崎県被爆者手帳友の会四万五千名の会員を代表しまして、重ねて厚くお礼申し上げます。
 原子爆弾被爆者の物心両面にわたります苦衷につきましては、すでに諸先生十二分に御存じでありますし、許されました時間が少のうございますので、いまここでは省略させていただきまして、被爆者がいま何を待ち望んでいるのか、どのような援護をお願いしたいのかを率直に申し述べさせていただきます。
 被爆者の苦衷につきまして、現在の被爆者対策はかなり前進したとは申せますが、私ども被爆者が真に希求しておりますところから見ますとやっと五〇%程度だと考えます。と申しますと、途方もない大それた要求をするのではというように御懸念なさる向きもあろうかと存じますが、被爆者手帳友の会は決して野方図なお願いをする考えは持っておりません。むしろ控え目に過ぎると言われるくらいつつましいものをお願いしておると考えております。すなわち、私どもとしましては、筋を通すべきである、節度あるものでありたい、全国民の理解と支持が得られるものであるべきだ、というこの三点を基調にして考えておるのでございます。その考え方で、さて被爆者の援護は終局的にどうあってほしいのかを真剣に検討いたしまして、次の四項目にまとめ、これが完全実現を切望しているのでございます。
 その四項目を申し上げます。第一点は、爆死者、財産焼失者に対する援護対策を早急に実現していただきたいことであります。次に、被爆者の援護対策を抜本的に改善していただきたいと考えます。第三点は、被爆生存者の医療体制を万全なものに充実していただきたい。最後に、被爆二世対策を早期に確立していただきたい。以上の四項目が完全実現されますことを願っておりますので、この点から考えますと、現行の施策はやっと五〇%だとしか評価できません。
 ただいま申し上げました四項目の内容について陳述いたしますが、まず第一点は、爆死者及び財産焼失者に対する援護を早急に実現していただきたいということであります。ほとんどの戦争犠牲者は、この補償をすでに処理してもらっております。ただ、原子爆弾被災者はいまだ何一つ手をつけていただいておりません。爆死者の遺族は、あの犠牲が国を救った人柱であったと考えておりますので、現状のように犬死にのような形で葬り去られることは断じて許せません。したがって政府としては一日も早く、国の犠牲となって爆死したのは気の毒であったという弔意をあらわしていただきたいと考えるものでございます。犬死にでなかったということを実証していただきますことが爆死者遺族の悲願であります。爆死者の遺族はすでに高齢化しておりまして、この援護対策は一日も遷延することはできないような状態に立ち至っておりますことを御考慮いただきたいと存じます。爆死者の遺族といたしましては、せめて弔意だけはあらわしていただきたいとお願いいたしますが、遺族年金までは考えておりません。その理由は、軍人軍属等の遺族とは異なりまして、爆死者の遺族はすべて被爆者であると言っても過言ではないと考えます。したがって、被爆者の援護が充実強化されますならば、これによってカバーできるものと信じております。
 次に、財産焼失者についてお願いいたします。この災厄に遭って再起不能となった者も数多く、また再起できたとしましてもこのハンディが再出発の大きな障害となって今日に及んでおります。したがいまして、引き揚げ者に示されたような御配慮を財産焼失者にも賜りまして、見舞いの意だけはぜひあらわしていただきたいとお願いいたします。この第一項は被爆犠牲者だけを考えているのではございません。すべての戦争犠牲者はバランスのとれた処遇をしていただくべきだという考えであることを申し添えておきます。
 次に、第二項の被爆者援護対策の抜本的改善について申し上げます。原子爆弾の傷害を受けた被爆者は終身この重荷を背負わねばなりません。三十年を経た今日、被爆者の治療の決め手は究明されず、医療関係だけは手探りの状態だと言っても差し支えないと思います。被爆者の健康は被爆者自身の努力と気力によって支えてきたと言えますが、被爆者はすでに高齢化しておりまして、この努力にも限度が来ておると申せます。したがって、国の対策としての特別措置法を抜本的に改善していただき、現行の健康管理的な、または生活援護的な各種手当は、遺族補償の意味を含めまして御考慮をいただきたい、そしてこれらの手当を終身無条件支給としていただくようお願いいたします。このことが遺族年金、被爆者年金と同じ効果が期待できるものと考えております。
 次に、介護手当について申し述べます。今回家族介護にも手当支給をお認めいただきましたが、この額は余りにも低額であります。介護人は家族がつくのが最も好ましい姿と考えます。しかるに現行法では他人を雇えというような、そういう勧めをやっておられるような結果になっておると考えます。家族が介護につきましたために家事に手伝いを雇ったといたしましても、これは認められないというようなことでございまして、このようなことは私ども理解に苦しむところでございます。したがって、介護手当は、他人を雇った場合であれ家族が従事した場合であれ、同額支給としていただきたいのであります。
 次に、葬祭料について申し述べます。葬祭料は元来遺族一時金的な性質を帯びていると考えますので、相当高額なものをお願いしたいというように考えるわけでございますが、死没者当人が被爆者であって終身手当がいただけたとしますならば、これもやはりある程度がまんすべきだろうと考えます。しかし、現行額は低過ぎます。せめて五万円には引き上げていただきたい。また、昭和四十三年以前の死没者に対しては何ら援護が行われておりませんので、これらの死没者に対しましても葬祭料プラスアルファを遡及支給していただくようお願いいたします。
 次に第三項に移らせていただきます。被爆生存者の医療に関しましては医療法によって数々の手段を講じていただいておりますが、被爆者が真に望むところまでは至っていません。被爆障害の学問的究明が三十年たった今日もできていないために、被爆者の不安をつのらせております。世界でただ一つの被爆体験国である点から、まことに残念で、被爆者は救われないという感を深くしているのであります。したがって、医療の万全を期していただくためには、被爆者専門の病院を国費で運営して、十二分な研究と十二分な治療があわせて行えるような専門病院を設立し、被爆者が信頼して安心して医療が受けられるようにしていただきたいと存じます。原爆病院の国営移管をお願いいたしておりますが、これもこの要望に沿ってお願いしているところであります。
 次にお願いしますのは、被爆者手帳を全国の開業医で利用させていただきたいということであります。現行医療法では登録した医師となっておりますために、長崎、広島を除く他府県では登録医が非常に少なく、この地方に居住します被爆者は現行の援護対策すら受けられないというようなありさまでございます。国の法律であります以上、どこに居住しておりましても適用され利用できることが当然と考えますので、全国開業医で自由に利用できますように善処していただきたい。
 次は、現在の被爆地域指定のアンバランスを是正していただきたい。この点は特に長崎において著しいものがあります。すでに西彼杵郡長与町、時津町は是正していただきましたが、長崎市周辺ではこのアンバランスの顕著な例があります。たとえば、旧長崎市ではなかった深堀村は、長崎市の被爆地区に抱きかかえられたような状態でありますのに、指定から外されておるということは素人にも不合理であると考えます。したがって、現在提出されております是正申請区域を早急に指定していただくようにお願いいたします。
 最後に、被爆二、三世の問題について申し述べます。被爆二、三世の問題は大きな社会不安を招くおそれがありますので、最も慎重を期すべきであり、二世はすでに結婚、就職の適齢期を迎えておりますし、今後その数はますますふえます。このときに当たり、被爆二世あるいは三世が問題として騒ぎ立てられますことは社会的差別を招くことになりますので、この問題提起は慎みたいと考えます。ただ現実の問題としまして、二世の原因不明の疾病による死亡が幾つかあらわれております。このような症状の者は恐らくその親族によって治療することは不可能に近いものがありますので、全額国費による救済の道を講じていただくようお願い申し上げます。
 以上、被爆者手帳友の会の考え方及び要望の趣旨を申し上げましたが、これらの問題は、現行二法の拡大改善と運用の幅を広げることによって解決できるものと考えております。申し上げました内容を満足させるために、被爆者援護法を制定していただくか、現行法の改善で解決していただくかは御当局の御判断にお任せすることにいたします。
 以上、大変お粗末な陳述でございましたが、私の陳述を終わります。ありがとうございました。
 (拍手)
#4
○大野委員長 次に、森滝参考人にお願いいたします。
#5
○森滝参考人 御紹介いただきました広島の森滝でございます。
 私は被爆いたしましてから三十年も生き延びて、きょうここにこうして立って自分の思いを申し述べる機会を与えられたことを非常に感概深く思っております。もちろん、いまの原爆二法によりまして、私ごときは十分な医療を、ことに広島でございますから専門のお医者の多いところで、いつもお医者にかかりましてよく診ていただき、治療を受けるおかげで、七十四歳の今日もなおこうしてしなければならないことだけはできる状況にあることを非常に感謝いたしております。もちろん特別措置法の健康管理手当のおかげも受けております。ですけれども、いまの原爆二法だけでいいのかという深い疑問が私にはございます。その疑問を申し述べさしていただきたいのであります。
 自分はこれでいいかもしれない、しかし死んだ人々を一体どうしてくれるのだ。あるいは、自分よりもっとひどい傷害を受けた者が悩んでおる、これを一体どうしてくれるのだ。自分は生き残ったのに多くの者が死んだ、その死んだ人たちに対して、国家は一体いままで何をしてくれたであろうか。あるいは、私は目を一つなくしただけで済んでおるのだけれども、全く目を失って両眼とも失明して、実にこの三十年間トンネルの中を通ってきたような気がするという、そういう人々に一体どういう償いがなされたのであろうか。そういう仲間たちのことを考えますときに、いまの二法だけでそういう人たちが救われるのであろうかという深い疑問を持っております。
 と申しますのは、原爆被害というのは、一番大きなものは広島、長崎で三十数万の者が一挙に亡くなったというこの事実であります。あれだけの大量の人が死んだという事実であります。また、一生を台なしにするような障害を受けた、もう結婚もできず、就職もろくろくできず、全くの日陰者のように一生屈辱的な生活を送らなければならない者がたくさんできたという事実。また、三十万の者が亡くなりますと、それをめぐって莫大な家族崩壊が起こる。子を失った者、親を失った者、夫を、妻というふうに莫大な家族崩壊が起こった。この悲劇が、私は原爆悲劇と世の中で言うものだろうと思うのであります。ところが、そういう者に対して一体国家はどういう施策をしたか、全く皆無であります。この点を考えましたときに、たとえば、田舎に疎開しておりまして、働き盛りの両親が原爆で広島、長崎で亡くなった、そういたしますと、この疎開中の子供は被爆者ではありません。しかしれっきとした原爆被害者です。大きな原爆被害者なんです、この子供は。あるいは年とって疎開しておった者が、働き盛りの若い夫婦は広島、長崎に残っておって子供を失ったという場合、この年寄りも被爆者ではありません。ですけれども、働き盛りの息子、嫁を亡くしたということはれっきとした原爆被害者であります。
 そういう私たちの要求と申しますのは、死んだ者にせめて弔慰金を、遺族に、たとえば親を失った孤児に遺族年金の形で国家は何ほどかのことをしていただいてもいいじゃないか、あるいは子供を亡くした老人たち、今日ではそれがいわゆる原爆孤老になっておりますが、それに弔慰金や遺族年金の形のものを与えて、せめて老後を慰むところがあるものにしてもらいたい、こういうのが原爆死没者の遺家族に対する遺族年金とわれわれが呼んでおるところのものであります。また障害者につきまして、全く一生を台なしにした大きなケロイド、しかもそれは医療法の対象にはなりません。現状は固定しておるのでございますから、これは医療法の対象にはなりません。医療法は現に治療を必要とするものということになっておるわけでございますから、これも医療法、特別措置法の対象にならないのです。そういう一生を台なしにした者に、たとえば障害年金という形のものを与えて、何ほどかの償いが行われるということ。私などは、そういう原爆死没者の遺家族に弔慰金ないし遺族年金、それから一生を台なしにした原爆障害者に障害年金を、こういう形でお願いしておるわけでございますが、そういうものは、いまの二法をどう拡大し改良していきましても含まれないのであります。
 現在の二法は、大体において社会保障立法の上に成り立っており、社会保障立法は現状保障を主体としますがゆえに、過去にさかのぼることができません。いま鈴木参考人もこの問題を非常に申されましたが、二法を広げればそこらも含まれるという考え方もあるかもしれませんけれども、やはり過去にさかのぼってこれを償うということになりますと、国家補償的な立法でございませんと過去にさかのぼることができません。そういう意味で、被爆者は国家補償的な援護法でと申しておるわけでございます。もちろんいまの二法の充実、拡大というものは必要でございます。不十分でございます。ですけれども、原爆被害に対する国家施策としては、根本的に一番大事な原爆死没者や原爆障害者の問題がいまだに取り上げられていないということ、これが私は最も欠落と申しますか、全然国家から顧みられていないところ、それはどんなにいまの現行法が充実され広げられていっても、被爆者が根本において満足しないところのものがそこにあるのではないかと思うわけでございます。
 そこで、この被爆者――被爆者という言葉そのものに私は非常な疑問を持っております。医療法ができましてから、被爆者被爆者という言葉で、被爆者自身がみずからを被爆者と言うふうになりましたが、やはり全部の原爆被害のことを考えますると、原爆で子供を失ったり親を失ったりした、そういう者もれっきとした原爆被害者なんですから、被爆者組織は元来そういう者も含めた、遺家族も含めた原爆被害者の組織として出発しましたから、今日日本被団協にいたしましても、日本原水爆被害者団体――被爆者団体とは言っていないのでございまして、被害者団体協議会、後から医療法ができてからできた組織が時たま被災者とか被爆者の会とか言っておりますけれども、やはり初期の段階では、被爆死没者と被爆生存者というような言い方をしたのであって、被爆者と言わないのです。ところが、その被爆死没者と被爆生存者というような言い方をしておった原爆被害者の問題が、被爆生存者の問題は二法で何ほどか施策が行われてきましたけれども、原爆死没者の問題をめぐりましては施策が何ら行われなかった、あるいはその障害者についても。そういうことから、われわれはそういうものを全面的に含むところのものは、やはり過去にさかのぼっての償いの意味もございますので、国家補償の原理に立つ援護法でそういうものも全部含めた施策を行っていただきたい、こういう願いを持っておるわけでございます。
 私は、今日この現行二法というものの性質と、そこではどうしても覆い切れない次元の違った段階のものがある、そこが満足されない限り、被爆者の究極的な施策というものはないのではないか。この点を今度の機会に、いままでも論じられたことでございまするが、十分に御審議をいただいて、もうことしは被爆三十周年でございます。三十周年に、せめて死んだ者が浮かばれるように、長年暗いトンネルの中ばかりを通っておる原爆障害者にも日が当たるようにしていただきたい。それらを全部含めた施策にしていただくことをお願いいたしまして、一応私の陳述を終わります。(拍手)
#6
○大野委員長 次に、谷口参考人にお願いいたします。
#7
○谷口参考人 国民の代表機関である国会で、三十余万の被爆者の悲しみと苦しみを訴え、国の被爆者に対する適切な援護をお願いするこの機会を与えられたことをとてもうれしく思います。
 私は、十六歳のとき、爆心地より一・八キロの地点で、自転車に乗って郵便配達をしている途中、被爆しました長崎の谷口であります。被爆後三十年、初めて国会で発言できる、多くの被爆者がそれこそ待ち望んでいたことだけに、議員の方々の御配慮に心から感謝申し上げるものであります。あわせて、率直に言わしていただくなら、遅過ぎたのではないかということです。
 被爆の状態については、いままでにも写真集やアメリカから返ってきたフィルムなどで発表されていますが、私のことについては、昭和四十五年に「アサヒグラフ」に次のように書いてあります。「背中一面に熱傷を負った少年 これほどの重傷でありながら写真の主は健在だった、長崎電報局配達課運用主任の谷口稜曄さん(41)である、被爆当時は長崎本博多郵便局の配達員、爆心地から一・八キロの住吉町の路上を自転車で電報配達中に被爆した、全身の三分の一以上に熱傷を負い「殺してくれ」と声をあげたほどだった 三十一年に結婚、二児がある」「ふつうなら一カ月ぐらいで熱傷部分は皮膚がかわいて快方に向うのだが、放射能の影響で回復力が弱っているため、なかなか快方に向わない」というふうに書いてあるわけです。
 町並みは一瞬にして瓦れきと化し、山の木は立ちながらにして燃え、死人とけが人の中で、私の背中は、着ているはずの着物はなく、ぬるぬるとはだが焼けただれていたのです。一瞬の放射能によって血の出る間もなかったのでしょうか、一週間近く血も出ませんでした。半焼けの肉は腐り、膿とともに流れ、いまでもそのときのにおいを忘れることはできません。一年九カ月の間、ベッドの上を食堂とし、また便所として、身動き一つできず、きょう死ぬか、あす死ぬか、生きているのが不思議なくらいでした。うつ伏せに寝たきりで過ごしてきたのです。
 ここにある写真は、昭和四十五年、アメリカから返還されてきたものですが、二十一年二、三月ころ、寒いときに、病室の中にライトを持ち込んで、ライトの光線で寒さも感じないようにして写された写真です。いまでも背中から、腰のバンドの部分を残して、しりまで傷だらけで、また前の方は、一年九カ月うつ伏せに寝たっきりだったので、骨のある部分は全部床ずれで傷だらけです。
 皆さん方は、よく見てもらえばわかりますけれども、私の左ひじは百十度以上は伸びることはできません。背中の火傷ですら三十五年まで全治することなく、手術も不可能だということでありましたけれども、耐えかねて原爆病院で手術を受けたわけです。そのときに、皆さん方でもおわかりにならないと思いますけれども、三十五年まで私の背中についていた傷、何か原因不明なこのような傷が三十五年まで背中についていて、これがほかの皮膚を痛めていたわけです。
 私のように傷を負った者だけにとどまらず、傷一つない人たちが、肉親を捜し回ったために放射能を浴びて亡くなりました。また三十年間、そのために原爆症と闘い、今日でも多くの人たちが入院し、この三十年間自分の足で歩くことすらできない人もあるのです。
 人々は私に栄養をとって太れと言います。とってもありがたく思うのですが、残念というより、私は本当に戦争が憎い、原爆が憎うございます。それは、栄養をとって肉がつくのはやさしいことです。だが、私の体は、さきにも述べましたように傷だらけで、肉がつくと張り裂けるように痛むのです。たとえば友達から飲みに誘われて、そこでビール、酒をちょっと飲み過ぎたぐらい、そのくらいのことで血管が膨張し、病院に行っても手の施しようのないように痛むのです。だから、よく言われるやけ酒ということは私にはできないのです。だから、栄養をとるにしても、太るためではなく、その日その日を維持していくための栄養しかとれないのです。
 だれでも、いつでも、被爆者の苦しみはよくわかると言ってくださいます。また、身内に被爆者がいるからよくわかると言う人もあります。しかし、目に見えない、自分のはだで感じないことがどれだけわかるのでしょうか。毎年八月の原爆記念日には、広島と長崎で祈念式典が行われ、記念碑の前で、過ちは繰り返しません、安らかに眠ってくださいと祈られますが、母の胎内にいて、この世に出てもこないうちに、眠り方も知らないうちに親とともに殺された多くの胎児が、どうして安らかに眠れましょうか。生き残った多くの被爆者が三十年間も苦しんでいるのに、何で死んだ人たちだけが安らかに眠れるでしょうか。過ちを犯かした人たちが、二度と再び過ちを繰り返さないと誓われるのならば、原水爆をつくらない、持たない、持ち込まないという保証を生き残った被爆者に明らかにすべきでありましょう。
 政府は、私たち被爆者に何の断わりもなくアメリカへの損害賠償請求権を放棄しましたが、原爆医療法制定までの十二年間、さらに今日までの三十年間放置されてきた被爆者がいま切実に求めていることは、あの日、原爆にさえ遭っていなければ苦しむことはなかった三十年の過去を償うという補償、現在の不安に対して生活と健康を守るという保障、再び私たちのような核兵器の被害者をつくらない保証という三つの「ほしょう」をはっきり示してほしいことです。
 手帳の拡大についても、先ほども鈴木参考人からも言われましたけれども、予算の枠によって徐々に拡大されてきました。だが、科学的な根拠で、しかも不合理をなくしてもらいたい。実際に香焼、茂木、式見等にいた人たちでも、放射能に冒されている人たちがあるのです。
 また、すでに諸先生方は御承知と存じますが、広島、長崎の原爆病院は赤字経営で経営困難に陥っています。そういう関係で、被爆者全部が入れなくて自宅で療養している人もあるわけです。世界最初の原爆の被爆国である日本がここまで経済成長を遂げているのに、原爆病院も民間団体に委託していることに対し、私たちは大きな不満を抱いています。被爆者が安心して治療ができるサトリウムと治療機関を兼ねた施設を国がつくるべきではないでしょうか。ABCC、長崎医大、原爆病院など治療と放射能の研究機関を一元化するため、国も予算を大幅につけてほしいと考えます心
 また、当時長崎では軍需工場の拡大が行われていたために、外国人はもとよりたくさんの人たちが動員されて来ていたわけです。そういう関係で、実際の被爆者の数はつかめていないのではないでしょうか。そのためにも実態調査を早急に行ってもらいたいのです。私たち被爆者の悲痛な叫びは、安心して生活ができ、安心して治療ができ、住みよい世界ができることです。被爆者は老齢化し、年々多くの人たちが犬死に同様に亡くなっています。その同士に対しての補償も何らなされてはおりません。
 広島、長崎で被爆をした全国各地の被爆者で組織しているただ一つの全国組織である日本原水爆被害者団体協議会は、昭和四十八年四月に永年の要求をまとめた「原爆被害者援護法案のための要求骨子」を発表しました。政府を初め各党に支持をお願いしてきました。自民党の中にもこの要求を支持する先生方もありますが、野党四党は、この骨子をもとに被爆者援護法案を共同でまとめ上げ、現在参議院に提案されています。私たちは、遺族年金を含めた原爆被害者援護法を一日も早く制定していただくようお願いして私の発言にかえさせていただきますが、前にも申し述べたように、死んだ人の前に集まって、手を合わせ、幾ら誓っても、その実現に向かって進まない限り、言葉だけに終わってしまいます。
 私はいままで一回も祈念式典に参加してきませんでしたが、もう待てないという気持ちで昨年初めて参加し、次のような「平和への誓い」を犠牲者の前で誓いました。
 太平洋戦争の末期の八月九日、長崎市上空に投
 下されたあの原子爆弾によって一瞬にして七万
 余の皆さんの生命が奪われてから早くも二十九
 がたちました。
 毎年この地において原爆犠牲者慰霊祭と共に平
 和祈念式典が行なわれ、平和宣言がなされ核兵
 器廃絶を世界各国に訴えられてきました。しか
 し、核兵器はいまだ禁止されないばかりか、ま
 すます開発実験が行なわれています。被爆国で
 ある日本にさえ核兵器の持ちこみをされている
 といわれています。新生日本は、再軍備はしな
 い、戦争は行なわないと誓ったはずの平和憲法
 をふみにじって再軍備の道をたどり、核兵器開
 発の準備さえしようとしているとさえいわれて
 います。
 私たちは毎年ここに集って「あやまちは二度と
 繰り返しません。安らかに眠って下さい」と手
 を合せてきました。「あやまちは繰り返しませ
 ん」と誓いながら再びあやまちを繰り返そうと
 している現状や原爆被爆者の永年の叫びと要請
 にかかわらず国の犠牲者として国家補償にもと
 づく援護法が実現しないことに憤りをおぼえま
 す。原爆の被害は一般の戦争犠牲者と異なり
 二十九年を過ぎた今も原爆症のために苦しみ不
 安におびえています。
 私たちは、原爆犠牲者の皆さんのあの悲惨な死
 を無駄にさせないため、原水爆の廃絶と被爆者
 援護法制定のため、その実現まで努力を続けま
 す。長崎市が率先して平和宣言を行ない各国首
 脳に働きかけると共に、平和祈念旬間を設けて
 市長ぐるみ平和運動に取り組んでいるのも原爆
 の犠牲者を再びつくらない、つくらせてはなら
 ないという誓いによるものであります。
 私たちは日本国民に世界の人々に核兵器の脅威
 を訴えると共に政府が率先して国連の場におい
 て、核兵器完全禁止協定の実現するよう、日本
 政府の責任において提唱し、推進し、実現する
 よう努力することを願い、そのために私たちも
 骨身をおしまず邁進することを犠牲者の皆さん
 の前で心から誓います。ということで、私の発言を終わらせていただきます。(拍手)
#8
○大野委員長 以上で参考人の意見の開陳は終わりました。
    ―――――――――――――
#9
○大野委員長 これより質疑を行います。質疑の申し出がありますので、順次これを許します。萩原幸雄君。
#10
○萩原委員 広島の選出の萩原でございます。御三人の意見を伺っておりまして、はなはだ次元の高いお話でございまして、当面の具体的ないろいろな問題につきましての質疑が非常にしにくいのでございますが、貴重な御意見、そのとおりに伺わせていただきました。私も実は広島の出身でございますので、原爆の被爆のことは非常に詳しく知っております。その前提に立ちまして、現段階でのいろいろな施策を踏まえましての皆様方の御意見を伺いたいと思います。同時に、私はいま伺いました御意見以外のことを主として伺うことになろうかと思います。
 まず、恐縮でございますが、谷口さんにお伺い申し上げますが、この長崎原爆青年乙女の会というのはどういう会でございますか、お伺いいたしとうございます。
#11
○谷口参考人 私たち青年乙女の会といいますのは二十年前に発足しまして、原水禁運動の中で被爆者がともに励まし合って、そして慰め合いながら活動してきたわけです。それも長崎の代表的な被爆者団体とされているものの一つです。私たちの会から、田村俊子賞を授賞された「われなお生きてあり」の作者である、もう去年の四月二日ですか亡くなられました福田須磨子さんや、あるいは原爆で被爆して三十年間、さっきも申しましたように自分の足で歩くことができない、寝たきりの生活を送っている「長崎に生きる」ということを書かれました渡辺千恵子さん、そしていま長崎の被爆者運動の幹部の中にいらっしゃる方たち、たくさんの中で組織しているものであって、私たちもいまではもう中年ですが、しかし原爆で青春を奪われた共通の怒りを込めて、いまなお当時の青年であったときの名前を使って、青年乙女の会ということで進んでいる団体でございます。
 また、これは何も多くの人たちに呼びかけてするんじゃなくて、お互いに本当に皆さん方と一緒に行動できるような、そのような人たちではないわけです。手が伸びない人、足が曲がらない人、耳がない人、体じゅうケロイドだらけの人、このような人たちばかりの集まりでございます。
#12
○萩原委員 ありがとうございました。
 森滝先生にお伺いいたしたいのでございますが、先生は主として原爆の死没者を中心とされましての国の償いという点を強調なすっておられたように伺いましたが、今回の特別措置法の大きな目玉の一つが御承知のように保健手当でございます。この保健手当という制度を新たにつくりましたことにつきまして、どういう評価をなさっておられるか、それを伺いとうございます。
#13
○森滝参考人 この医療法、特別措置法、従来のものでございますと、いよいよその手当を受ける段階になって手続いたしますと、現に治療を必要とする者というあれにひっかかりまして、結局これはぼくら発病主義だなどと言っておりますが、七つの病気とか十の病気になったときに健康管理手当とかいうことでございましたのですが、そういうことではやはり手が及ばないというので、発病しておる、しておらぬにかかわらないでこの保健手当を出すということは、私はこれは一歩前進だとありがたく思っております。
 しかし、この被爆者の問題に、そういう現に発病しておる、しておらぬにかかわらずということを持ち出さなければならなくなったような、そういう被爆者の問題がある。したがいまして、そういうものへの出発点としてこの保健手当というものが、たとえば私たちが叫び続けております被爆者年金への出発点であるというふうな性格を持ったものでありますならば、私など非常にありがたいことだと思うわけでございますが、残念ながらその本質がやはりそういうものでないような、そこまでのものではないような気がいたします。
 私はこの二キロというものに非常な疑問を持っておる。一体、あの同心円的な、同心円を描いていってここまでだというふうなあの考え方に私は非常な疑問を持っておりますが、それよりも地域を離れておっても、黒い雨の降った地点の者はもっと大きな放射能を受けておるのじゃないかとかいろいろな問題がございます。ですから、つまり二キロの同心円を描いてその施策をするというふうな、そういう大ざっぱな考えでなしに、むしろこの大ざっぱな考えが出たというのは、被爆者の要求も非常に強うございますし、いろいろあるから、それで健康管理手当や特別手当を受けられぬ者にも何か施策の及ぶようなことをしようというお考えでの保健手当というものだろうと思うのでございまして、その点前進だとは思いますが、いま言いましたような、被爆者が本当に心から願っております、根本的な要求として出しております被爆者年金というふうなものを考えましたときに、これが果たしてその出発点になり得るものであろうかという深い疑問は持っております。
 なお萩原先生が、先ほど死没者の問題を私が出したということをおっしゃっていただいたので一言申させていただきたいのですが、八者協議会は萩原先生などが御努力くださってできたもので、広島、長崎の知事、市長、議長というふうな八者が、原爆被爆者の特別措置法案というものを先年出しまして、それと名前は同じものが厚生省案、まあ政府案としてできたのが今度でございますが、そのできる過程で、この八者協議会からお出しくださった第三項目だった、大きな柱でございますが、そこに補償制度の確立というのがございます。その補償制度の補償は、われわれが言う国家補償の補償、補い償う補償のあれでございます。その補償制度の確立の中に遺族年金のこととか、あるいは弔慰金のこととか、障害年金のこととか全部含まれておった。ところが、あの段階で厚生省の企画課長さんがお見えになって、あれを中心に広島で意見を聞かれたことがありまして、その補償制度の確立の段になりますと話がぼやけるもんですから、私いらいらいたしまして、これはどうなるのですかと言いましたら、その企画課長が、あなたがおっしゃるのはコンペンセーションでしょう、償いでしょう、私たちが立法いたすのはニードによるのです、被爆者には特殊なニードがあるからそのニードを満たすようなことをやるのです、あなたがおっしゃるのはコンペンセーションの原理でしょうと言われるから、あえて私はそのおっしゃった言葉を使って、それじゃ私などがコンペンセーション、償いの原理、国家補償の原理の中で要求しておる一切の問題をあなたはニード論の中に全部含めることができるのですかと聞きました。そうしたら、全部含めてみせますと一つのみえをお切りになったので、それ以上申し上げることができなかったのですが、でき上がった特別措置法には、その補償制度の確立の大事な柱のところは寸分入っていなかった。もしそれが入っておったら、今日の特別措置法を手直しし広げていったら、われわれが今日要求しておる被爆者年金の問題も、遺族補償の問題も、障害者補償の問題も全部含まれるはずだった。それがそうでないところの特別措置法というものをお広げになっていただく、これはいいことですけれども、それではとうていわれわれの要求を満たしきれないのだということを申し上げるために、もしあのとき――あの八者協議会ではなおあれを出し続けておりますが、この補償制度の確立というのは大事な問題でございまして、もし特別措置法そのものでいこうというのであるならば、私はあの補償制度の確立というものをはっきりと取り入れていただきたい、そういうことを申し上げたいと思います。
#14
○萩原委員 保健手当のお話を申し上げたわけでございますが、保健手当の制度ができ上がりますと、つくった人の趣旨はともかくといたしまして、この手当自身が動き出しますと、手当自身がひとりでに自分の動き出す理由をつくっていくはずだと私は思っています。現在はこの趣旨につきましていろいろ議論がございますけれども、おのずから本来こうだというものを、この手当制度自体が自分の存在理由をつくっていくのではないかと私は思っておりまして、その意味では安心をしておるのでございます。
 それはともかくといたしまして、ただいま森滝先生のお話の中でちょっと出ました黒い雨の地域の問題でございます。広島の場合は、昨日も最後に森井委員が聞いておられましたが、黒い雨が降りました地域というのが文部省の学術研究会の資料できわめてはっきりいたしておりまして、大雨地域と少ない地域まではっきりいたしております。そして、たくさん降った地域ですら、現在の広島市の沼田町、安古市町、安佐町等は原爆被爆者の指定地域に入っておりません。これを入れるべきじゃないかという運動がございます。私自身も当時広島におりまして、もちろん被爆者手帳も持っておるのでございますが、直接被爆者ではございません。あとから入った、三日以内に入った被爆者でございますが、黒い雨というのが当時どういうものであったかというのは非常によく存じておるのでございます。非常に象徴的なことでございまして、この黒い雨をかぶったかどうかということで原爆症が出るか出ないかというのが、当時の住民にとりまして一つの非常に重大な象徴的事実になっておったわけでございます。これは学問的には、原爆によりまして家がこわれ、じんあいが飛び散り、それが驟雨に乗って黒い雨になったということのようでございますが、そういうことで地域の拡大の一つの理由になっておるわけでございます。ところが、長崎におきましてもこの地域拡大の御議論があるやに承っております。長崎の場合は広島の場合と違いまして、黒い雨云々ではないようでございますが、長崎の場合、鈴木参考人、どういう理由で地域拡大の議論があるのでございましょうか。先ほどちょっと触れておられましたが、もう少し具体的にお伺いいたしとうございます。
#15
○鈴木参考人 お答えいたします。
 長崎の場合には、実は当時の風向といたしましては南西五メートルというりっぱな記録があるわけでございまして、そのために、先ほど申し上げましたように昨年十月、長与町、時津町の是正を実現していただいたわけでございます。
   〔委員長退席、菅波委員長代理着席〕
しかし、昭和三十二年に制定されましたこの被爆地区の制定状況は、旧長崎市内ということで風上に向かって十三キロまで指定地区に入っておるわけでございますが、この指定地区の中に、先ほど申し上げましたように抱きかかえられるような形の当時の西彼杵郡香焼付があるわけでございますけれども、これが除かれておるということでございます。旧市内であったということだけで指定され、行政区画が変わっておって町村であったために外されておる、これは私ども非常に不合理だと考えます。
 また、聞くところによりますと、広島の原爆よりも長崎の原子爆弾は三倍の威力があったと言われております。そういうことから考えましても、現在長崎市が十三キロまでの地域を指定しておりますこともありまして、私ども素人考えではございますが、真摯に考えてみて、少なくとも十二キロの線まではどうしても被爆地を拡大していただく必要があるだろうと考えております。いろいろな資料は地方自治体の関係当局でつくっていただいておるようでございますが、そういう考えで、いま申し上げました深堀も当然被爆地に入れていただかなければいけない地区だと考えられますし、深堀を入れるといたしますと、どうしても十二キロの線までは認めていただかなければならない地区だというように考えるわけでございます。
 いろいろな資料は当局の方に出されておると思いますので私御説明できませんけれども、そういう考え方で、当時決められました被爆地区は非常にアンバランスがあったということが歴然としておりますので、この際そのアンバランスの是正を絶対的にやっていただかなければ、何といいますか、利口者がうまいことをしたという結果があるようでございますので、そういうことからこの点をぜひお願いしておるということでございます。御了承いただきたいと思います。
#16
○萩原委員 ありがとうございました。
 鈴木参考人にもう一つお伺いいたしたいのでございますが、従来余り異論が出ないのでございますけれども、健診の問題でございます。集団健診を二回、それから任意健診を二回、精密検査は必要の都度、こういうことになっておりますが、私は公衆衛生局長と異なりまして専門家でございませんので、とんでもないことを申し上げるかもわからぬのでございますが、私の常識で見ますと、集団健診が血液検査に偏っております。そしてその健診を経なければ精密検査に行けないような仕組みになっております。実は私よくわからないものですから、どうして精密検査に行けるんだろうかと県庁の役人に聞いてみましたら、いや、それは本人のこれまでの病気のヒストリーをいろいろ聞いて精密検査をやるかやらぬか決めるのでございます、こういう話でございました。そうすると、一般健診をやらなければ精密検査に行けないという制度が非常におかしゅうございますし、普通の常識から言いますと、ああいう医療制度をとっている以上は、少なくとも年に一回の強制健診は要るだろうとは思います。思いますが、そこから先は本人が必要を認め、それからまたお医者さんにかかってお医者さんが必要を認めれば、精密検査がいつでもできるという仕組みにしないと、本当の被爆者の健診にならぬような気がいたします。それが集団健診の健診率の低さにつながっておるんじゃないだろうか、こう思います。そう思って、一般健診で何をやるんだろうかと思いまして省令その他をめくってみましたら、ほとんど血液検査中心でございます。若干尿の検査もございますが、そういうことになっておるようでございます。鈴木さんはそういう集団の中におられまして、この健診の問題をどういうふうに評価なすっておられるか、知りとうございます。
#17
○鈴木参考人 お答えさせていただきます。
 御説のとおり、年二回の強制健診と申しますか、これは被爆者の間で非常に不評でございます。と申しますのは、この健診の内容がまことに不十分でお粗末なものだと申し上げていいと思いますが、そういうことから被爆者が信頼していないというようなことが生まれておるようでございます。
 ただいま萩原先生が、精密検査は一般健診を受けなければ受けられないんだというように御理解いただいておるようでございますけれども、実は法令に示されておりますとおり、一般健診を年二回、これは地方自治体が責任をもって行う、その後、年二回は希望によって精密検査を受けてよろしいということになっております関係で、私どもはこの点を、希望による精密検査というものを非常に重視しておりまして、幸い長崎に原爆病院がございますので、ここにお願いして、少しでもおかしいなというような症状を訴える者は精密検査に行きなさいということで慫慂しておって、その点では原爆病院では、一般健診を受けておるおらないにかかわらず、精密検査はやってくれておるようでございますので、その点は余り問題はないようでございます。
 ただ私どもは、そういう一般健診が余りにも形式的といいますか、内容が不十分でございますので、かねがね御当局の方には一般健診をもう少し充実していただくような予算の増額をということをお願い申し上げてきたわけでございますけれども、なかなか私どもの希望いたす線までは至っておりません。年々改善されてきておるということははっきりしておるわけでございますけれども、まだまだそこまでいっていないということで、被爆者の間では、一般健診はもう当てにならないという風潮が強く植えつけられてしまっておるということを申し上げていいかと思います。
 したがいまして、いま先生がお考えを述べていただきましたが、必ずしも年二回形式的にやっていただくのではなくても、年一回でも十分な検査をやっていただくことの方が被爆者の保健上むしろ貢献度が高いのではなかろうかということは、先生の御意見を伺って初めて私もそのように解釈するわけでございます。私どもは、従来は年二回の健診はぜひやっていただきたい、これを充実した内容のものでお願いしたいということを考えておりましたけれども、いまの先生の御説のように、年一回でも被爆者の信頼できる健診をやっていただく。ただ、健診に行きました場合、私どもがたとえば胃腸の障害があって、どうもおかしいから検査でも受けてみようかといって参りましても、それは項目外だということではねられる、こういうことでは、被爆者の健康が本当に守られるのかということの疑問がわきますので、やはりいま先生の御説のように、充実した検査を年二回やっていただければこれにこしたことはございませんが、予算の関係などでできないということでありますならば、年一回でも結構でございます。そういうことで充実した検査をお願いしたいというように考えております。
#18
○萩原委員 最後に谷口参考人にお伺いいたします。原爆病院のことにつきましてお話がございましたので、実は広島の原爆病院につきまして私はよく存じておるのですが、長崎の方はよく存じておりません。したがいましてお伺いいたします。
 広島の原爆病院は長崎の原爆病院ほど運営上の赤字は出ておりませんが、しかしこれは理由があるのでございまして、これは長崎と違いましてお医者さんの経費を日赤自身が持っております。したがいまして、その分だけがどうも長崎とやり口が違うようでございます。したがって、そこがかなりの違いが出ているんじゃないだろうかと思います。ただ広島の場合は、非常に現在の病院が老朽化いたしておりまして、建物も悪いし、電気、水道その他の諸設備がすべて老朽化いたしておりまして、すっかりやりかえなければならないというふうな状況にございますし、また幹線道路に沿っておりますので騒音対策の問題もございますし、それからまた、森滝先生よく御承知と思いますが、すぐ隣にございます日赤本院がすっかり様子を異にした新しい病院になりまして、それと比較されるという問題もございまして、大変な危機にあるのでございます。と申し上げますのは、建てかえなければならぬのじゃないか、場所をかえなければいかぬのじゃないかというふうな時期にあるのでございます。赤字の原因は同じようにあるのでございますが、長崎も非常に運営上多々問題が広島以上にあると承っております。先ほどちょっと触れておられましたが、もうちょっと、参考人として見られた長崎原爆病院のあり方を知らせていただきたい、このように思います。これで終わります。
#19
○谷口参考人 私も専門家でございませんので、数字的には余りよくわかりません。だけれども、一般的に見た場合に、原爆被爆者だけを取り扱っていくと、それだけではどうしても赤字がかさんでいくというようなことで、それだから被爆者自身が入院しなければならなくても、それがなれないように一般の人たちがたくさん入っているということですね。だから、それをやはり本当に被爆者が安心して治療できるように、その赤字ということは言わなくて済むように、国が責任をもってしていただきたいということでございます。
#20
○萩原委員 では終わります。
#21
○菅波委員長代理 次に、枝村要作君。
#22
○枝村委員 時間が限られておりますので、私は主として森滝さんにお伺いしたいと思いますが、時間があれば他の参考人の方にも聞きたいと思います。
 先ほど萩原委員から質問がありました保健手当の問題についてでありますが、これは今度の法改正で、爆心地から二キロメートルの区域内で被爆した者に対して、健康管理を図るためということで支給されるわけでありますけれども、先生もお答えになりましたけれども、特にこういう二キロという範囲で区切られると、被爆者を分断差別するのではないかというような意見が非常に多く出されておるのでありますが、これらの点についてどうお考えになりますか、お伺いいたします。
#23
○森滝参考人 今度廃止されるわけでございますが、かつて特別被爆者と一般被爆者ということで被爆者の間に一つの格差と申しますか、差別ができて、大変困難な問題がございました。ところが、今度二キロの線でそういう保健手当を出すということになりますと、その受ける者と受けない者との間に、ちょうどかつての特別被爆者と一般被爆者というふうな問題が新たな形で起らねばいいがという懸念を持っております。
#24
○枝村委員 その次に、原爆の措置法と医療法がありますが、これでは解決できないということを先生はおっしゃいました。特に死んだ人、それからひどい傷を負った人たち、それからその遺族、そうして生活困窮者や、これらから家族の崩壊と
 いう問題までに対して救う道がないのではないか、こういうようにおっしゃたのでありますが、こういう問題について、まだ先生がおっしゃりたいことがあると思いますから、具体的に、お考えがあればひとつ述べていただきたいと思うのであります。たとえば、障害年金の必要性についてとかいろいろあると思いますから、それをお伺いいたしたいと思います。
#25
○森滝参考人 お答えいたします。
 私、主として死没者、それをめぐる遺族の問題、それからひどい障害者の問題とを先ほど申したわけでございますが、なお、それについて具体的な例などという御質問だと思うわけでございますが、この大きな家族崩壊を起こした中で、私は一番初め痛切だったのは孤児の問題だったと思います。
 一挙にたくさんの孤児ができた、その孤児というもの、いい言葉ではございませんが、それに対する施策というものが国家からは何もなされなかったということがございます。したがって民間の、われわれも多少学生と一緒にやったわけですけれども、民間でやることというものはごく限られたものでございますので、結局これに対する救済事業というものは徹底的には行われなかった。だからこそ、その孤児になった者は、ごく幼少の者はだれかが引き取って養わなければなりませんし、そうでない者は死ぬわけですが、一番悲惨だったのは十二、三で孤児になった者、これはほっておいても、くつみがきをしても、かっぱらいをやっても暮らせるものですから、何とかかんとかやっていった。しかしそういう中で、私は、そのころ何人の子供が刑務所に入っておるだろうということを調べてはみませんでしたけれども、ずいぶんございました。そういう中で、いろいろな差別をされる、軽べつされるということで、だんだんひがみまして、多少私が関係しておりました子供が、牛乳を盗んで飲んだということから、だんだん人に誤解をされまして、とうとうしまいには、少年院と申しますか、そこへ入れられ、そこから出てきましてもなかなかいい口がございませんので、結局そういう身寄りのない者は暴力団の一番利用しやすい者でございますから、広島は暴力の町だと言われましたが、ついにそこに利用されまして、とうとう撃ち合いをして、この少年は死にました。もう何とも言えない悲しいことであったわけですけれども、さらに、それの姉さんも被爆者でございましたが、その弟をかばって難儀をして、その主人公も原爆孤児でございましたが、これも菓子屋さんで一生懸命働いておりましたが、とうとう原爆症が出て亡くなりました。その姉というのは、自分が体が弱い被爆者であるのに、弟の問題がそうなる、しかしついに救いがたく、その弟は撃ち合いをして死んだ。夫は原爆症で死んだ。
 そういうつまり孤児の問題、その姉ももちろん孤児だったわけですけれども、それに対して一体どういうことが行われたのか。せめて今日からでも遺族年金というような形がこの者に与えられるならば、多少の償いを受けたという気がするであろう、そして、それをもって親を十分に祭る道も考えるであろう。
 それから、先ほどは老人の問題も申したわけですが、原爆直後の孤児の問題は、すなわち今日の、原爆でひとり者になった孤老の問題でございます。これについてはもう世論も厳しくございますし、多少の収容施設もできておりますが、なおなお足らないのではないかと思うわけでございます。
 それから、この障害者の問題ですと、これはいまちょうど谷口さんが一番典型的な大きな障害者でございますが、これがまた婦人でございますと、結婚ができない、そのために一生を涙をのんで日陰で暮らさなければならぬ者がある、これは大変なことだと思うわけでございます。ある婦人が小学校の教師をしておりましたが、教壇に立つと、お化けお化けと、子供って無慈悲なものでございまして、つい先生に向けてでもそんなことを申しますが、とうとう四十歳ばかりでその女教師の方は亡くなりましたけれども、そういう障害者に一体どういう償いがなされたのか、私はそういう者にやはり障害年金という形ででも、国家は見捨ててはいないのだ、国家は償うべきは償ったということがあらわれるようにしていただきたい、そういうことを申したのでございまして、それがいまのこの二法だけ、社会保障的な立法の二法の中ではどうにもそれは取り上げられないことなので、これは過去にさかのぼりますし、そういう人たちはどんなに大きなケロイドがございましても、病状が固定しておりますから、現に治療を要する者ではないわけでございます。しかし、そういう治療を要する者ではない――ほんのわずかな治療を要する者はある施策を受けますけれども、本当に施策が施されなければならないその日陰者になった障害者に何の償いがなされたか、何の施策がなされたか、この点が申し上げたいので、死没者の問題とか障害者の問題をきょう特に私が出しましたのはそういう理由なのでございまして、それが、先ほど萩原先生へのお答えの中でも一部申しましたように、広島、長崎の八者協議会から出しておる特別措置法案の中の重要な柱として補償制度の確立というものがあり、その中には明らかにそういう障害者の問題、遺族の問題、弔慰金の問題などが含まれておる。そういうものをかつて考えられておったのであり、名前だけは特別措置法という名前をとったのであるならば、なぜその重要な部分を取り入れないのであるか。そうであるならば、われわれが今日、国家補償による援護法をと叫び続ける必要はないかもしれないのでございます。
 またちょっと話がよそになりました。大変失礼いたしました。
#26
○枝村委員 いままで申されましたことなどを含めて、いままで、広島の被害者だけではなく、全体の被爆者、被害者、それと広島の特に地方自治体あたりが強く政府にいろいろな施策を要求してきていられます。それに対して先生が先ほどは若干御批判をなされたのでありますが、率直に言って、政府はそういう要請を正しく受けとめて、そしていろいろな政治の面で反映しておるかどうかということを、もう一度森滝先生にお伺いいたしたいと思います。
#27
○森滝参考人 率直に申しまして、残念ながら広島、長崎の自治体関係、知事、市長、両議会の議長、その八者の連盟で、住民の要求をかなり忠実に取り入れた被爆者特別措置法案というものがかつて出され、このごろの八者協議会からの陳情書を見ますと、援護法強化に関する陳情になっておると思うのでございますが、その中でもいまの補償制度の確立という柱は非常に重要なものになっておる。それをわれわれが住まっておる自治体の首長や議長が政府に要求してくれるのであり、しかもその自治体の首長、議長というのは、どちらかと言えばいまの与党系の方々でもあるしするから、十分意は通ずると思えますのに、それが必ずしも施策となってあらわれませんから、私は残念ながら自治体の要望も反映されていないのだということを率直に申し上げなければなりません。したがって、われわれがじかに、まるで直訴するかのごとくに政府、国会へ陳情、請願を繰り返さなければならぬような状態にあるわけでございます。
#28
○枝村委員 昨日のこの委員会で、ある委員からこういう発言があったわけなんです。いま出されております野党四党の援護法、これに対して被爆者の人たちの意見として、補償額とか年金とか、そういうものの額を多く望むということでなく、いわゆる精神的に国が補償してくれるごとを期待するために援護法なるものを早くつくっていただきたい、こういう意見があるということを開陳されたわけなんですね。
 そこで森滝先生にお伺いするのですけれども、国家補償の原理に立っていろいろな法が制定されるということは、ただそれだけであるものか、ほかにいわゆる救済措置、手当増額とかいうものはどうでもいいというものではないはずだと私は思っておるのですが、その点についての御意見をお伺いいたしたいと思います。
#29
○森滝参考人 これにつきましては、私は足らない面を強調するの余り、いま現に行われておるこの原爆二法、それのことはどうでもいいというふうに聞こえたらこれは大変なことでございまして、このものはもちろんそれを充実強化、広げていっていただかなければなりませんが、私などが野党四党でお出しいただきましたこの法案を見ますと、そういういままでの二法も全部完全に含めて、その上に、いま私が申しましたような欠落した重大な部分も含めて、しかも、含めるについては国家補償的原理でなければできませんから、国家補償的な原理でその全部を含めた被爆者の救済措置というふうなものでございますので、そういうものであったならば、われわれが要求し、叫び続けておることが本当に反映されたという気持ちにもなるのでございますが、なかなかそれがむずかしい。
 私は最後に、時間がないかもしれませんのですけれども、恥ずかしいことですけれども、自分の実例をもって、ごく素朴な点をもう一度申し上げたいと思うのです。というのは、私は原爆で右の目を一つなくしました。私にとっての原爆被害というのは右目をなくした事実なんでございます。ところが、この原爆二法による救済を私が受けるのは、残った左の目が悪くなる場合にはそれを治療してやる。このころやはり白内障――原爆白内障というのは私のはごく軽微なもので、中央にちょっと曇りがございますが、周囲から老人白内障が出ております。それについては健康管理手当もやろう、あるいは治療もしてやろうということでございますが、本来、私にとっての原爆被害というのは右の目をなくした事実、このなくした右の目に対しては国家からは何のあいさつも受けていない。残った、健全であった左の目については、悪くなれば何とかこれから医療法で見てやろう、特別措置法の恩恵にも浴さしてやろう、こういうのが実情でございます。つまり、私の右目はネグレクトされておるということは、これを推し広めて言えば、原爆で亡くなった多数の死没者の問題もネグレクトされておるという事実であります。私の右目がネグレクトされておるということは、私よりももっとひどい障害を受けて一生涯を台なしにした障害者たち、ことには全盲になった者たちを初め、多くのケロイド、やけど、いわんやこの放射能によって、いわゆるおくれた死という言葉がございますが、おくれた死を背負って苦闘しておる人たち、そういう者にどういう補償――これは医療法の中で多少は行われます、ですけれども、そういう障害者に償いの意味の国家補償というものはなされていない。それが果たされないというと本当の被爆者の要求には合わない。だからこの二法が、請願、陳情して、それで年々小出しに少しづつ少しずつ広げられていったり、充実されていった。もう三十年でございますから、一挙に、やはり被爆者はこたえてもらったということをしていただきたいわけでございます。
#30
○枝村委員 四野党共同提案による原爆援護法がいま参議院で審議をされております。これに対してどのように考えられておるかということについて、鈴木さんと谷口さんにお答えしていただきたいと思います。法案自体に対して賛否という態度の表明は、ここでは好ましくありませんから、どういうふうに望むかという点でお答えをひとつお願いいたしたい。まず鈴木さんの方からお願いいたします。
#31
○鈴木参考人 お答えさせていただきます。
 大変むずかしい御質問でございまして、私どもが軽々にお答えできるかどうかということを非常に危ぶむわけでございますが、野党四党で共同提案していただいております援護法に対してどのようなことを望むかという御質問のように承ります。私どもは、もちろん戦争犠牲者でございますから、野党四党共同提案が国会の場で全面的に御支持いただきますならば、これにこした喜びはないというように考えます。しかしながら、現実の問題といたしまして、野党から出していただいた援護法は数年間廃案に次ぐ廃案を重ねてきておると見ております。被爆者は、先ほどから強調いたしておりますように、もう三十年経過して高齢化しております。年々死没者が続出しておりまして、長崎市の統計によりましても、一般の死没者の数を数倍上回っておる被爆者の死没者が出ております。こういう関係から、私どもはもう一年も待てないんだという窮地に追い込まれておるのが実情でございます。したがいまして、野党四党共同提案そっくりいただけるものならば、これにこしたことはございませんが、そのような窮地に追い込まれておるということから、われわれはもう少し現実味のある、実現可能性のあるものをということで従来からお願いしております。先ほど意見陳情で申し上げましたように、筋を通し節度のあるものであって、全国民と皆さんの理解と支持を得なければこれは成立しないんだというように考えますので、その線に沿った要求を私どもはお願いしてきております。したがって、野党四党共同提案に対しましても、もう少し現実味のあるような要求であってほしかったと、率直に申し上げてこのようにお答えするほかはございません。
#32
○谷口参考人 私も専門的なことは余りよくわかりませんけれども、現実としまして、これ以上私たちも待てないという、私自身ももう四十六歳でありまして、そういう気持ちでおります。野党四党案が出されておりますけれども、私たちがいままでに述べてきたいろいろなことをもし皆さん方が理解されるならば、これが野党四党の案ということそれだけでとどまらず、自民党の人たち全員が一致団結して、これを国会の責任において通していただきたいというのが私の切実な願いでございます。
#33
○枝村委員 終わります。
#34
○菅波委員長代理 次に、石母田達君。
#35
○石母田委員 きょうお三人の方がそれぞれ広島、長崎から来ていただきまして、国会で貴重な御意見を拝聴さしていただきましたことを厚くお礼申し上げます。
 先ほどの谷口参考人のお言葉にもありましたように、遅過ぎたという感じを私どももしております。もっと早く皆さん方の御意見を拝聴すべきであった。また同時に、社会労働委員会としても是非とも皆さんのところに直接行って、いろいろお話もお伺いしたい。昨日の質問でも、厚生大臣は時をつくって必ず近く行きたいということも申しております。
 そういった中で、私は谷口参考人にお伺いしたいのですけれども、先ほどお会いしたときに顔の左に傷がありましたのでお伺いいたしました。人の顔の傷のことなど申し上げるのは非常に失礼とは思うけれども、私は、皆さん方が被爆者として、ただ一つの被爆国である日本のこの被爆の実態を身をもって経験された生き証人として、再びこのような事態を繰り返させないということで、全国民いや全世界の人々に訴えていただきたいということもございますので、できますれば、あなたの持っておられる傷、体の方の心臓の方もぐっと出ておられるそうですけれども、それはいいとして、顔の傷のことを少し皆さんに説明していただきたい、こういうふうに思います。
#36
○谷口参考人 実はいま石母田委員の方からも質問がありましたけれども、私、顔は、出ているところの傷というのは本当知れたものでございます。ここにありますが、これは四十五年にアメリカから返ってきたカラー写真でございます。これは先ほども申しましたように二十一年の二月から三月ごろ、まだ寒いときに撮られた写真でございます。いままで、やはりこの原水禁運動が始まる前は、私たちは被爆者として、モルモットではない、人の見せ物ではないということで、そのことによって本当に日陰者みたいに被爆者同士で集まってきたものでございます。だけれども、本当はそのようなことがやはり私たち被爆者としての日本政府に対しての要求が甘かったんじゃないか、また、もしできた場合に、私たちの子供たちが安心して治療できるように、私たち体験者が自分の体をなげうって、子供たちがもしその病気にかかった場合に治していただくようにということで、表面に出て運動を進めてきたわけです。
 そういう関係で、本当だったら口で言うよりも裸になった方がわかるわけでございますが、そのことはこの公の場ではできませんので簡単に説明いたしますけれども、先ほど申し述べましたように、私の前の方は、うつ伏せに寝ていた関係で全部傷だらけになっています。だから普通の病院に行った場合に、どこでどんな手術をされたのですかと必ず病院の先生が聞くわけです。床ずれとかなんとかそんな見方は全然されません。そのように私の肋骨の部分は全部傷だらけで、それがふくらんでなくて逆に中の方に引っ込んでいるわけです。だから心臓が動いているのが骨と骨の間から目で見えるようにわかるのです。また顔のこの傷につきましても、これは二十六年に大学病院で手術してこれだけになっているわけです。このように一年九カ月うつ伏せに寝たままの中で、左のほおを下にし、あごにまくらをつけて寝ていた関係で、これは床ずれです。だからこれを二十六年手術してこれだけ、何か原爆の傷とは全然関係のないような傷のようになっていますけれども、これはもうほんの小さなものでありまして、胸の方にある傷は全部骨の部分がこれより以上の、本当にもうあおむけに寝ていて水をかけると水がたまるような、そのように傷があるわけです。
#37
○石母田委員 いま見せていただいたその写真というのは、先ほどの「アサヒグラフ」に載った写真で、それは先ほどの話ですと、アメリカから返還されたというのは、いわゆるコロンビア大学から日本に返還された資料の一部ですね。
#38
○谷口参考人 はい、そうです。これは四十五年の六月にアメリカから返還されてきた写真の中の一部に載っているわけです。それは日にちはよく覚えておりませんけれども、四十五年六月二十一日だったと思いますが、朝日新聞の日曜の朝刊に出た写真でございます。だからこの「アサヒグラフ」に出た写真の中では私の名前が載っています。これは七月の十日に発行されているわけです。それから新聞に載っているのは、名前も何もわからないままその返ってきた写真を写されたものでございます。
#39
○石母田委員 その朝日新聞というのは、私の手元にある昭和四十五年六月二十一日の日曜日の「被爆二、三カ月後 爆発時数百万度の高温がつくられ、強力な熱線と爆風、放射線が放出された。熱線のため爆心から六百メートル以内の屋根ガワラ、九百メートル以内の花崗岩の表面も溶け、人間が受けた火傷は約三・五キロの範囲におよんだ。写真は被爆二、三カ後くらいの火傷の状況。」ちょうどこの同じ写真ですから、このときは名前がわからなかった、それで載った写真ですね。
#40
○谷口参考人 そうです。
#41
○石母田委員 先ほど、平和への誓いを読まれたと言いますけれども、これは長崎市主催のいわゆる祈念集会で被爆者代表として読まれたものなんですか。
#42
○谷口参考人 これは毎年、平和祈念式典と慰霊祭が行われているわけです。それは長崎市の主催で行われていて、長崎市より一応被爆者の代表ということで毎年代表を選んでされているわけですが、それによって長崎の被爆者の被災者協議会の方に連絡がありまして、そこで私を選ばれて、それで発言したわけです。
#43
○石母田委員 あなたは先ほど、二人の子供を持たれているということで、被爆者として、そうした結婚して子供を産み、育てるということについて、言うに言われない精神的な不安も持たれていると思います。そうした子供たち、二世あるいはまた次に生まれる三世もあるでしょうけれども、そうした人たちに対する調査といいますか、そういうことをもっと十分してもらいたいというような気持ちとか、そういう子供といいますか、それに対する施策とかそういうことをどう考えておるか、あなたの見解を聞かせていただきたいと思います。
#44
○谷口参考人 二世の問題につきましては、社会的にも非常に複雑な問題がありまして、このことを表面に出したがらない。たとえ調査しても出てこないという関係も出てくると思うのです。このことはなぜそのようになるかということは、先ほども森滝先生の方からもおっしゃられましたように、現在その二世というのは適齢期でございます。そうした場合、それが長崎の人ということを聞いただけでいままで恋愛していたのが破談になった、そのような話も私たちたくさん聞いているわけです。だけれども、私自身、自分の子供が被爆者の二世であるということを隠すことができないわけです。ほとんどの人が知っているわけです。そうしたならば、やはり本当にこの子供が二世として原爆症にかからなければいいが、原爆症にかからないという保証があるならば、私はそれを望むわけです。だけれどもその保証が全然なされない。そうした場合に、いままでも聞いたところでは、やはり原爆症が発生した場合には、死の宣告を受けることと同じです。そうすると、やはり異状が出たならば、あくまでも親が原爆に遭っているその関係でないだろうかということ、それを基本にしてやはり健診をしていただきたい。そういう関係で被爆者二世についてもお願いしているわけでございます。
#45
○石母田委員 そうしたことを含めまして、現在の政府の被爆者対策について谷口参考人はどういうふうに考えておられるか、聞かしていただきたいと思います。
#46
○谷口参考人 遅過ぎたとはいえ、やはり医療法ができ、さらにおくればせながら特別措置法ができて、年々両法について改正が加えられてきていることについては、これはそれなりに私たち被爆者にとっては、ささやかですが役には立っています。しかし先ほども述べましたとおり、政府の施策に欠けている根本的な点は、損害を償い、いまの生活を全面的に守り、二度と再び過ちを繰り返させないという被爆者にとっての三つの「ほしょう」がないことです。やはりこれらの「ほしょう」にとっては国家の補償の立場に立つということは欠かせない前提となりますので、その点は本当に、いま言いましたように国家補償の立場に立つということで、その立場に立ってやっていただきたいということでございます。
#47
○石母田委員 ではそうした立場から、現在参議院にかかっております、また衆議院でも昨年の四月の国会に出しましたいわゆる四党の共同提案の援護法案について、政府のいままでの施策との関係であなたが言われている根本的な点の解決は、こういう法案の実現によってなされるかどうか、そういうことについてのあなたの御見解を聞かしていただきたいと思います。
#48
○谷口参考人 私たちが属している唯一の被爆者団体である日本被団協の要求をもとにしてつくられたものであるということは、私たちにとっては大変ありがたいことです。しかも四党が一致して国会に提出し、取り上げられたことをうれしく思っています。
 また、この四党案の、特に被爆者にとって大事なことは、国家補償の原則に立つということをはっきりさせている点であります。しかもいま生きている被爆者である私たちにとっては、認定制度は廃止されているということ、それからすべての遺族に対して年金の弔慰金を出してくださいという内容になっていることが特に私たち被爆者の実情にかなっていると思います。
#49
○石母田委員 あなたの見解はわかりましたけれども、これは先ほど鈴木参考人の方から、この野党四党案が少し現実性に欠ける、とはっきりはおっしゃらなかったけれども、いまの実現ということから見ると数回廃案になっている――これは鈴木参考人の思い違いでありまして、四党として共同提案を出したのは昨年の四月に提出されたのが初めてなわけでございまして、そういう意味では今回参議院の方に継続審議になって残っており、私ども衆議院にもぜひ提案したいというふうに考えていま折衝中でございますけれども、そうした中で鈴木参考人も、やはりあなたも被爆者であられると思いますけれども、そうした同じ長崎でぜひこういう四党案の問題についての実現、あと自民党さんというだけですから、五党しかありませんから、自民党が賛成すればいいということで、自民党の中にも賛成者もあるというような話も先ほど出ております。そういうことで谷口参考人に、こういうことは失礼かもしれませんけれども、そういった意見があるということについて、あなたはどういうふうに考えておられるか、お伺いしたいと思います。
#50
○谷口参考人 やはり私たち率直に言いまして、本当に先ほども何回も申しましたように、自分の親を亡くし、また自分自身があたりまえに動けない、また仕事をするにしても、たとえ職についたにしても、病気で休んだ場合にすぐその職をなくしていく、そのような人たちは私たちの周りにたくさんいるわけです。そうした場合に、やはりその国家補償の精神に立った援護法というものを私たちは本当に望んでいるわけです。なぜかと言えば、やはりこれは軍人軍属の人たちについては国家補償の精神に立って援護制度があるわけです。
   〔菅波委員長代理退席、委員長着席〕
だけれども、国際法で禁止されている原爆によって受けたこの被害者、これに対して援護法ができないというはずはないと思うわけです。だから、一部にそのような話があるということは、本当に私たち残念でなりません。
 以上でございます。
#51
○石母田委員 私ども昨年の八月に長崎に参りました。沓脱参議院議員と参りまして、また広島の方には寺前、田中美智子両議員が参りまして、それぞれ現地の調査を行って、その主たる目的がこの四党案の正当性を根拠づけるということで参りました。そして大きな確信を持って帰ってきた。そしてきょう鈴木参考人の話も聞きまして、内容については全面的によろしい、ただ、現実にいま通過させるについてはどうかという、こういう御意見であったかと思います。そういうことで、私どもとしては、ぜひきょう来られた参考人を含めて全体の被爆者の方々がこうした四党案の実現のために御協力くださることをお願いしたいと思います。
 最後に、私はぜひ被爆者の立場から皆さん方の御見解をお伺いしたい点は、先ほどの谷口参考人のお話にもありました、また他の方も触れられておりましたけれども、いま核兵器の持ち込みというような問題が国会でも論議されております。最近この問題でいわゆる自民党の中でも有力な意見として、核兵器の持ち込みの事前協議制についてイエスもあり得るという見解が発表され、特に二十三日の衆議院外務委員会で宮澤外務大臣が、安保条約上の事前協議制の運用についていかなる場合も、つまり核兵器の持ち込みについて、いかなる場合もノーということであれば事前協議制そのものの意味がないという見解を表明しましたことは皆さんも新聞で御承知かもしれません。そうした問題で、先ほど谷口参考人も言っておりましたが、皆さん方の気持ちとしては、もう絶対二度とこの過ちを繰り返してはならない、つまり核兵器などそうしたものを使わしてならない、つくらしてはならない、持ち込ましてならないというような、この非核三原則について強い意思をお伺いいたしましたが、現実にはこうしたことが国会で論議されている状況について、被爆者の立場から一体どういう見解を持っておられるか、お伺いしたいと思います。
#52
○谷口参考人 私たちは、やはり国会の場において非核三原則が決議されているということは知っています。ところがこれをただ決議しただけであって、それが何もならないようなことにしてもらっては私たちとしては本当に困るわけです。そういう関係で、やはり私は意見の中で申し述べましたように、やはりこれを本当に日本の国の法律として立法化していただくようにお願いしたいと思います。
#53
○石母田委員 その点について鈴木参考人と森滝参考人に、簡単でよろしゅうございますから、一言――質問の意味はおわかりてすか。いまそういう核兵器の問題が論議されていることを、被爆者の立場からの率直な感情でよろしゅうございますから、お答え願いたいと思います。
#54
○鈴木参考人 お答えさしていただきます。
 その前に、先ほどの私の発言に足りないところがございましたので補わさしていただきますが、四党共同提案ではなくして、数回廃案の憂き目を見たのは野党提案でございましたので、訂正さしていただきます。
 ただいまの御質問でございますが、私ども、谷口参考人の御発言のとおり、もうこのような惨害は繰り返してはならないということを肝に銘じておるものでございます。したがいまして、いま国会でいろいろ御審議になっております問題につきましては、被爆者として当然そうあっていただきたいということを考えておるということで、お答えにさしていただきたいと思います。
#55
○石母田委員 意味がちょっと不明です。そうあっていただきたいというのはどういうことなのか、もう少し……。
#56
○鈴木参考人 私は、その非核三原則なるものについての国会の審議について詳しく知悉しておりませんので、ただ、核兵器を持たない、持ち込まない、いろいろなことが言われておりますが、そういうことで、私どもは、再度このような災いを起こさないように進めていただきたいということでございます。
#57
○森滝参考人 率直に申しまして、私は、けさ新聞でその宮澤外務大臣の御発言というものを見まして、一口に言いまして全くぞっといたして、物の言いようがない、とんでもない方向に行くのではないかという憂いを非常に深く持ったわけでございますが、そういうふうに日本の核政策がもし揺れ動くことがあったら大変だがということで、絶対揺れ動かないために、非核三原則の立法化なりあるいは国会での非核武装宣言なり、それはこの被爆三十周年に、国民に絶対に安心させ、世界に対しても日本の核政策を絶対に明らかにするように、この際、こういう憂いが起こってきた段階で、なおさら非核武装宣言なりあるいは非核三原則の立法化なり、ぜひ被爆三十周年にこれを実現していただきたいという希望を被爆者として切実にお願いいたします。
#58
○石母田委員 これで質問を終わりますけれども、きょうのこの三人の御意見が、これまた全被爆者の声でもあるというふうに私は考えております。そういう点で、ぜひとも被爆者の、また多くのこういう運動に参加されている方々の御意見が必ず国会に反映し、特に政府・自民党も揺り動かすような声になることを希望いたしまして、私の質問を終わります。
#59
○大野委員長 大橋敏雄君。
#60
○大橋(敏)委員 参考人の皆さんには、大変御苦労さまでございました。きょう被爆者の御本人である皆さまから本当に生の声を聞きまして、改めて原子爆弾被爆の恐ろしさ、悲惨さというものが身にしみたような感じでございます。そして、現在の国の皆さまに対する対策についての御意見もいろいろと聞かせていただきまして、非常に今後の参考になると思います。ただ、私が各参考人に二、三お尋ねしたいことがございますが、全般的にお尋ねしたいことと個々にお尋ねしたいこととありますので、そのつもりでお聞きになっていただきたいと思います。
 まず、森滝参考人にお尋ねをいたしますが、先ほど被爆した人あるいは障害者に対する方々に対してもっと手厚い対策を施すべきである、でないと、生きているわれわれ自身も完全に救われていないのに、死んでいる皆さんが救われるはずがない、このような御意見が述べられていたように思うわけでございますが、これは私も同じ意見を持っております。
 ただ、非常に私も疑問に思うことは、政府がこれまでいろいろと答弁してきた内容から判断していくと、非常にむずかしい問題ではある。政府がこのような考えでいることについての森滝参考人の考えを述べていただきたいのですが、これまで政府は、被爆者に対する救済については、国家との雇用あるいは身分の関係が非常に薄い、ない、あるいは一般戦災者との補償の均衡が崩れる、あるいは財政的に無理だ、このような物の見方をして、つまり一般戦災者すらにも補償してないんだから、皆さんに対しても補償はできないんだ、このような、私に言わせれば本末転倒の考えを政府は持っているわけだと思うのです。そういう政府の考えについて、まず森滝参考人の考えを聞かせていただきたいと思います。
#61
○森滝参考人 お答えいたします。
 被爆死没者に対する、したがってはその遺族に対する弔慰金とか遺族年金の施策の上では、そういう形になるだろうと思うのですが、それが最後に残る問題で、むずかしい問題であるというようなことは、被爆者も薄々は感じないことはないわけでございます。しかし、唯一の被爆国だとよく言われるわけでございますが、その唯一の被爆国であるということは、あれだけたくさんの者が原爆で死んだということ、並びにその被爆した生存者がまだたくさんおる国だということだと思うわけでございます。ところが、その被爆生存者についての調査は、かつて昭和四十年になされたことがございますが、そのときもわれわれは、死没者調査も含めるようにということを非常に要求しましたが、結局できませんでした。それから、国勢調査で二度くらい機会があったと思うのでございますが、その機会にでもこの死没者調査というものを行う可能性はないかということも大いに持ち出しましたが、それも行われませんでした。今度の、ことしですか、厚生省で行われます被爆者調査にも、やはりどうも死没者調査というものが抜かっておる。ということは、唯一の被爆国であると言いながら、被爆死没者の調査をやろうとすらしなかったところに、被爆者対策の根本的欠陥があると私は思うわけでございます。
 やはりあれだけの者が死んだんだから、成らぬまでも、その死没者の問題を調査してみる、その遺族の問題を調査してみるということが、なぜ今日まで行われなかったのであるか、それほどむずかしいのであろうか。今日、学術は非常に発達しておりまして、コンピューター組織もずいぶん進んでおりまして、今日、知恵をしぼったならばできない問題ではない、今日からでもできないことはないと思うのでございます。そのほか、たとえば軍関係の原爆死没者は、これはもう手のつかぬところであると従来ずっと言うてきたわけです。ところが、それすら、この間アメリカの公文書、何とか保存館ですか、そこから出ました記録が広島に送られてきたのでは、軍関係で何人――ちょっといま記憶が私はないのですが、何万何千何人という数まではっきりアメリカ側の文書では出ておる。そういうものを今日までむずかしいむずかしいと言っておったのに、いまになってアメリカ側の公文書からそういうものが出てくる。ですから、やればできないことはないと思うわけでございます。そういう意味で、原爆死没者調査が今日まで行われなかったというその事実が被爆者対策で最も根本的に欠陥を持っておったところであり、そこから改めてかからなければむずかしいだろう。しかし、現実にこれを立法化する場合の手がかりがないことはございません。たとえば、原爆医療法ができてから、明らかに国家が原爆症と認めて死んだ者の数ははっきりしておるのですから、手がかりはそこからでも始まる、あるいは何万かの者が原爆慰霊碑の中の過去帳に書かれておる。うそを言ってまで慰霊碑に祭ってもらう者はないわけですから、そこからでも手がかりはつくわけでございまして、その予算を立てる場合の基礎が全然ないというわけではないので、やる気になったら現実にそういうものがあるし、またやるべき調査を怠っておったというならば、いまからでもその調査を行ってやるべきだという考えを持っております。
#62
○大橋(敏)委員 時間に限りがありますので、鈴木参考人にお尋ねします。
 先ほど、四党提案による被爆者援護法、これは言い直されていたようでございますけれども、いずれにしましても、いま野党から提案されている援護法について、現実的でないような御意見を吐かれたように記憶するのですが、われわれはこれでも、現実問題として、予算の関係までも配慮しつつ相当真剣な検討をしてつくり上げた内容として自信を持っているわけでございますが、その中身をここで審議する時間もございませんのでそれはさておきまして、鈴木参考人から、現在の対策は全体で言えば五〇%程度は行っているというような発言があったわけでございまして、これはとらえようだろうとは思います。しかし、いずれにしましても、単なる社会保障的な救済の枠外でそれを満足されるはずがない、基本的にはやはりいわゆる国家賠償の基本に立った、それに基づいた対策が望まれているんであろう。つまり、被爆者補償というものは国家補償の問題であるという考えについては同じであるかどうかということをお尋ねしたいと思います。
#63
○鈴木参考人 お答えさしていただきます。
 被爆者対策については当然国家に補償してもらうべきであるという考えに立って被爆者運動を進めておるものでございます。したがいまして、先ほど野党の皆さんから御提案いただいております問題についても申し上げましたが、私どもは、さきの陳述に申し上げましたとおり、筋を通し、節度あるもので、全国民の皆さんの御理解を得たものでなければいかぬというように考えまして、慎重に検討した結論を出しておるわけでございます。それに比べますと、野党四党で御提案いただいておりますのは、先ほども申し上げましたように、そっくりいただければこれにこしたことはございませんけれども、もうすでに私どもは追い詰められた段階に来ておりますので、それだけのものができないとしますならば、私どもは、現実にできるもので実現さしていただくということに切りかえざるを得ないというように考えておるわけでございます。そういうことで、私どもは、先ほど陳述の中で申し述べましたような四項目をまとめまして、これで何とか被爆者の援護の骨子だけはでき上がるというように考えておるわけでございます。
 お答えになりましたかどうかわかりませんが、御容赦いただきたいと思います。
#64
○大橋(敏)委員 要するに、国家補償の精神に基づいた援護法の制定という、その基本的な考え方については同じだということですね。これは間違いないですね。ただ、内容について、現実性があるなしについての意見は持っているということですね。そこだけ、一言でいいんですが。
#65
○鈴木参考人 私どもは、いま申し上げましたように国家補償の精神でやっていただきたいということは考えるわけでございますが、専門家でございませんので、被爆者援護法でなければならないという断定もできません。したがって、先ほど陳述の最後に申し上げましたように、われわれの要求が満足されるものが被爆者援護法という形でなければできないとすれば、それでやっていただく、また現行二法の改善で私どもはできるというように解釈しておるわけでございますが、それでできるということであれば、それでやっていただいても結構でございます。その点については御当局にお任せいたしますということで陳述を結んでおりますので、御了承をいただきたいと思います。
#66
○大橋(敏)委員 きょうの参考人の御意見を十分拝聴いたしましたので、今後の審議の段階で皆さんの意見を十分取り入れながらやっていきたいと思いますが、最後に、三人の参考人にお尋ねします。簡単で結構でございますが、実は隣の韓国にかなり被爆者がいらっしゃる。私の聞き及ぶところでは、約二万人に近い人がいらっしゃるというのです。そういう方も現在韓国にいて、国籍が違いますので日本のそれがそのまま向こうに及ぼうはずはございませんが、同じ人間として、同じ被爆した立場から、韓国にいるそうした被爆者の身を案ずるときに、どのようなお考えに立っておられるのか、ちょっとそれぞれにお伺いしておきたいと思います。
#67
○鈴木参考人 ただいまの問題でございますが、私どもは、人道的な立場からは、韓国の被爆者も私どもも同じであるというように考えておるわけでございますが、日本の国内法が及ぶのかどうか、そのようなことについては、私ども素人でございますので、どうしても判断しかねる問題がございます。したがいまして、われわれは、日本国政府がさきの講和会議でアメリカに対して被爆者に対する賠償を放棄されたということでございますので、かわって日本国政府に、さっき申し上げましたような精神にのっとった補償をお願いするということをやっております。朝鮮やその他におられる外国の被爆者の皆さん方は、それぞれの立場で、それぞれの方法でいろいろなことをおやりになるということがあろうかと思いますので、私どもは、人道的な立場からは当然そうしていただきたいということは考えますけれども、そこまでは私どもとしては言及する範囲ではなかろうというように解釈しております。
#68
○森滝参考人 お答えします。
 もちろん、民間の私たちの運動としては、早くから朝鮮に調査団を送りましたり、あるいはお招きしてこちらで治療を受ける道を開いたり、いろいろ努力はいたしておるわけでございまするが、ここで私は二つお願いいたしたい。
 一つは、やはりこの韓国被爆者の問題は、なるほどおっしゃるように国籍は違うわけでございますから、日本政府と韓国政府とでこの韓国被爆者の問題の救済策を十分に考え、その際、日本政府に十分の、経済的な面まで含めた配慮をしていただきたいということでございます。
 第二には、たとえば民間の運動として、よく被爆者を招いてこちらで治療を受ける道を講ずるわけでございます、これはささやかな努力ですけれども。そうしてみてわかりますことは、以前は被爆者に国境なしと言って、どこの国籍の者であろうとこの医療法の適用は受けるということでしたが、しかし、それは日本に居住する者についてという、属地法と申すのでございますか、そういうことに最近政府の見解が統一されておりますようなので、ぜひ日本に来ておる間それに手帳を与えて治療を受ける道を開いてもらいたい、この二点でございます。
#69
○谷口参考人 私が先ほど申し述べました中にも、外国人ということを入れていましたのは、軍需工場の拡大の場所に、ほとんど韓国の人たちが来て仕事をさせられていたのであります。そういう関係で私はそれを入れているわけでございまして、日本に強制的に連れてきて、軍の仕事をそのようにしてさせたということについて、国の違いでできないところもあるとは思いますけれども、それが本当に日本の手の届くところでできるようなことであるならば、そのようにしていただきたいということをお願いします。
#70
○大橋(敏)委員 終わります。
#71
○大野委員長 以上で参考人に対する質疑は終わりました。
 参考人の方々におかれましては貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。(拍手)御退席いただいて結構です。
    ―――――――――――――
#72
○竹内(黎)委員長代理 原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案についての質疑を続けます。大橋敏雄君。
#73
○大橋(敏)委員 先ほど参考人を呼びましていろいろと意見を聞いたわけでございますが、原爆被爆者の苦しみ、悲しみ、苦悩というものは予想外のものであることもわかりました。原爆が投下されまして三十年を経過したわけでございますが、この間被爆者に対する政府の補償措置というものは何一つなされていなかったと言えるのではないかと思うのです。原爆医療法、特別措置法の二法はありますけれども、単なる社会保障の枠内での施策である、人類史上類例のない原爆被爆の意義あるいは特殊性を軽視した施策である、このように言われてもいたしかたない。被爆者団体から国家補償の精神に基づく援護法制定の要求が続けられてまいりまして二十年近くが経過してきております。しかも、その具体案が野党四党の手によって提案されている今日でございますが、政府はいまなおこれを受け入れようとしていないのはどういう理由によるのか、改めて私はお尋ねしたいと思います。
#74
○田中国務大臣 原爆被爆者対策について何ら行われていないということについては、私どもといたしましては原爆二法の制定以来その政策を充実強化してきたわけでございまして、これについての評価はいろいろあろうと思いますが、何もやってないと仰せられることについては、私どもといたしましてはきわめて残念でございます。
 そこで、現在政府は原爆被爆者対策としては二法の系統でもってこれを救済する措置をとってきているわけでございますが、いま仰せのとおりいわゆる援護法式のものをもってこれに対処すべきであるということについて国会等でいろいろと議論があります。私どもといたしましては、これについての援護法を実施することについていわゆる国家賠償責任というような法律的根拠をどこに求めるかという問題も一つありますが、おおよそ前の大戦における戦争被害、戦争犠牲というものはほとんどの国民が受けているわけでございますが、この間にあって原爆被爆者についてはまことにお気の毒であり、また何とかしなければならないという政策要請もあるものですから、そこで他の戦争被害者との間に一体どういうふうな違いがあるのであろうかということをいろいろ考えてみまするときに、放射能を多量にあの節浴びたということによって健康上、肉体上に症状を残し、ないしはその不安を濃厚に持っているというところが他の戦争被害者とは決定的に違う点であろうというふうに思われるわけでございます。したがいましてこれに着目をし、あのような健康あるいは肉体上の傷疾といったような観点からこれを進めてまいったわけであります。
 そういうわけでございますので、したがってその点を超えますると、今度はいろいろな問題が派生をいたす。これならば他の戦争犠牲者に対しましてもあえて説明がつくであろうといったような見地から今日まで二法の系統、言うなれば健康あるいは傷疾といったような系統からこれをぎりぎりまで推し進めまして今日まで施策を進めてきたわけでありまして、その象徴的なものがいろいろ議論になっている保健手当であろうというふうに思われるわけでございます。
#75
○大橋(敏)委員 田中大臣は、確かに原爆被爆というのは他の一般戦災者とは違う特殊な内容である。それは傷害作用といいますか、放射能障害の特殊性があるということで、それなりにいままで対策を進めてきたのだというお話のようでございますが、一般戦傷者とは違うのだという認識は間違いないですね。私が念を押しておきたいのは、厚生当局のこれまでの答弁は、一般戦災者にも補償していないんだから、原爆被爆者だけ特別に補償するわけにはいかないんだというような物の見方、考え方で対処されてきておりましたものですものね。これは私は間違いじゃないか、本末転倒ではないかという考えを持っておったんですが、きょうはそういう意味では大臣の答弁を聞いて、ある意味では明るい気持ちになってきたんですが、ただひとつ国家補償という立場に立っての、そういうものに基づいての援護法の内容でなければならぬということで、われわれはずいぶんと今日まで議論もし、努力もしてきたわけですけれども、この点がちょっとやはりずれるわけですよね。この点についていかがなものでしょうか。
#76
○田中国務大臣 国家補償という考え方に立脚をする施策ということになると、国の償い、国の責任ということになってくるだろうと思います。こうなってまいりますると、やはりその法的根拠をどこへ求めるかということになりますると、いろいろと問題があろうというふうに思われます。また他の一般の戦争犠牲者、私どものところには率直に言って大橋先生、いろんなものがくるわけでございます。たとえば戦災で家を焼かれた者、あるいはけがをした者、死んだ者、あるいはまたはなはだしいのは企業整理で職を失った者、あるいは強制疎開の者等いろいろ来ますが、これらも率直に言うと何がしかの戦争被害であろうが、あなた方はとにかくがまんしなさい、こういうことでありまして、またリカバリーも効いたじゃないですか、引き揚げ者などもそうであろうと思います。しかしこの被爆者という方々は今日までなお健康上の傷疾を持ち、不安を持っているではないか、こういう方々とあなた方とは違いますね、こういうことを申してきているわけでありまして、そこに原爆被爆者に対する対策というものが、私は打ち立てられてきているし、また今後もそういうことで続けていかにゃならぬものだというふうなことでございまして、戦争に対する戦争責任あるいは戦争によるところの被害に対して補償をするという観点に踏み込んでいきますると、この特別権力関係以外のものに踏み込んでいくと、恐らく私は、そういうものも戦争によるところの被害を受けていますから国家は賠償せよ、補償せよという論拠になっていくだろう、そこを一体どの辺でリミットを切るかといったようなことが政策判断だろうと思われるわけでありますので、いろいろと私は心情的にお気の毒だと思うんであります。私も原爆二法をいろいろと今日まで取り扱ってまいりまして、この経緯等をお話するとよくわかるんですが、私は非常に気の毒だという気持ちがあって何とかしてあげたい、しかし、この方々を特にやるためにはという理論的根拠を求めたときに、そういうところに立脚をいたしたわけでありまして、私どもとしてはこの原爆二法の系統で進む以外に方法がなかろう。そうでなければらちもなくなってしまう。だからむごいことをするということじゃございません。ぎりぎりの気持ちがそういうところへきているということを私は申し上げたいということでございます。
#77
○大橋(敏)委員 いまもお話がありましたように、被爆当時の、戦争動員の状態等から見ますと、戦闘員も非戦闘員も、もうほとんど区別がつかない状態にあったと思うんですね。したがいまして、これはとにかくそれを格づけしていくのは非常にむずかしい問題でありましょうけれども、核兵器による無差別爆撃によっての米国の原爆投下によって起こった問題でありますが、責任は当然米国にあるはずなんですけれども、サンフランシスコ講和条終のときに請求権を放棄しているために当然日本政府にその賠償責任がかかってくるわけです。したがってわれわれはあくまでも国家補償に基づくこれは援護でなければならぬのだと、口を酸っぱくするようにいままでも言ってきたわけです。そして大臣もそのことについてはよくわかる。これは心情的な問題ではなくて具体的な問題であり、法律的な問題からいってもそのようになると思うのですね。ですから心情がわかるのでございますならば、その立場からできるだけ、できる範囲で結構とはいうものの、それは具体的な施策のことを言うことであって、基本的な国家賠償の補償に立つその土台をつくり上げた上での前進であってほしいと、私はこう思うわけでございます。
 とにかく補償と援護法の谷間に置かれているのがこの被爆者の皆さんではないかと、私はこう思うのです。たとえば旧軍人軍属に対しましては援護制度によって国家の責任で一定の対策が立てられている。また最近問題になっております公害患者の場合、公害被害者補償制度というものがありまして、国と企業の責任である程度の措置が講じられているということ、つまりこういうことから見てまいりますと、戦傷病者もあるいは原爆被爆者も公害患者も、健康状態あるいは肉体的障害、精神的苦しみ、こういう点からするならば、私は人権保障にいかなる差別もしてはならぬのだ。つまり、そういう人権保障にいかなる差別も導入されてはならない、このことは当然の理である、こういうふうに考えているわけです。しかしいろいろな人がいるけれどもという大臣のお話がありましたけれども、一方では戦傷病者のような方は、いわゆる身分的特権によって国の責任で遇されている。また公害患者等は人権という立場から、国と企業の責任で補償されているのに、なぜ原爆被爆者がこの両方の谷間に放置されねばならぬのだろうか、冷遇されねばならぬのだろうかというような疑問が私に出てくるわけですが、この点についてどうお考えか、お尋ねいたします。
#78
○田中国務大臣 きのうも論争がございましたが、アメリカの原爆投下、これが戦時国際法の違反であるという議論もありました。したがってわが国がこれに対する損害賠償補償権を持つであろうというようなことであったわけですが、これが講和条約で放棄をいたした。これはあくまでも戦時国際法では国対国の債権債務というかっこうになる。国民がこのことによってアメリカ政府なり国に対して損害賠償補償権を持つということには実は法律上はつながらない、ここに一つの問題があろうと思います。しかしそうした法律論を離れましても、やはり私どもとしては特別権力関係にあった方々に対して今日までいろいろなことをやるというのは、これはもうわが国の法体系の上で定着をしたものでございますので、戦後といえどもこうしたものについては続けているわけでありますが、こうした特別権力関係のない方々については一般と同じように扱って、一般の戦争被害者と同じように扱っていかなければならない。しかしその間に何とか原爆被爆者だけはめんどうを見なければいかぬということで、さっき申した理由でそれを分けまして、セパレートしてそういったような施策を進めてきたということであろうと思われるわけであります。他の公害立法等々の関係もいろいろ御設例になりましたが、これはいささか範疇が違うというふうに思って、今日では戦争犠牲者の中で、一体どういう方をどのような観点からどういう理由づけで温かい手を伸べていくかという政策の選択として、こういったような手法が一番私は明確でなかろうか、また波及もするんじゃないかというようなことから、こういったような手法をいまのところ堅持しているわけでございます。
#79
○大橋(敏)委員 私は公害患者の問題を取り出したのは、確かに戦傷病者だとかあるいは原爆被爆者とは異質のものでありますよ。しかし、いま私が言いたかったことは、人権という立場に立った場合にはこれは差別されるものではないですよ、ですから原爆被爆者についても国家賠償的な、国家補償という立場から手を打っていってください、こういうふうに言っているわけですよ。
 そこで、二、三、逆戻りになるようでありますけれども、被爆当時はすべての国民は国家権力によって、つまり本土決戦だということで、とにかく本土防衛の任務を強要されていた。戦闘員、非戦闘員の区別が果たして可能であったかどうか、非常にむずかしい状態の中にあったわけですね。そして国家総動員法というものがしかれたり、あるいは義勇兵役法だとか防空法、これなどは処罰規定まで設けられてつくっていましたので、一般国民も軍属も変わるところがない、こういう状態の中にあったということを想起してこなければならぬと思うのですね。したがって、一般戦災者にも補償してなかったから原爆被爆者だけ特別扱いをするわけにはいかないという考えはおかしいですよということを私は先ほど申し述べました。それについては、そのとおりです、ですけれども、さりとていまわれわれが言っているような立場での国家賠償、つまり国の損害賠償という立場での補償というものはむずかしいものである、こういうお答えであったようでございますが、先ほども言いましたように、現に政府というものは軍人軍属やその遺族には昭和二十七年から恩給とか遺族年金、弔慰金を支給しております。また引き揚げ者については昭和三十二年に給付を出しております。また、四十三年には海外で失った財産等に対しまして最高十六万円の補償金も出しているではないかと言うのですよ。そういうふうにそれなりに手厚い立場でやっているのだから、この被爆者に対しても、二十年来叫び続けている皆様の要求を入れてはどうだろうか、こう言っているわけです。どうですか。
#80
○田中国務大臣 本土防衛という観点からものを考えますと、国民すべてが本土防衛という意識に燃えて、法律的根拠は必ずしもありませんけれども、それぞれ国内に居住をし、そのために戦争被害を受けたということについては同じような関係になるだろう。総動員法、防空法というような特別な法律関係によるものについては、これはその観点から措置をいたしているわけであります。そうなってまいりますると、この道からは出てまいらぬわけでございまして、先ごろからいろいろるる申すように、原子爆弾被爆者については健康上、肉体上の障害があったり、またそのおそれがあるというところに着目をするというのが一番問題を明確にする理由づけとして適当であるということからやっているわけであります。引き揚げ者等々につきましては措置はいたしましたけれども、これは一時的な一回きりの財産上の損害についていささかお見舞いをしたということでございまして、これといまの問題とはちょっと次元を異にするというふうに私どもは考えているわけでございます。
#81
○大橋(敏)委員 平行していきますので、じゃ次に移ります。
 特別手当の受給者ですね、認定患者の受給者は一体何人いるのかということ、それは被爆者の何%に当たるかということですね。
#82
○佐分利政府委員 四十八年度の実績でございますと、特別手当の受給者は千八百人でございます。当時、被爆者手帳の所持者は三十万人あったと思いますので、非常に少ないパーセントになってまいります。
   〔竹内(黎)委員長代理退席、葉利委員長代理着席〕
ただ、昨年の十月からいわゆる第二種特別手当というものを設けまして、従来は認定患者で原爆症の傷病の状態にあった者だけ手当を支給しておりましたけれども、新たに傷病の状態になくなった者にも半額の手当を支給することにいたしました。こういった方々が四十九年度には約千二百人程度あったのではないかと思っております。そのようなこともございまして、本年度は特別手当の支給者は両方を含めまして三千七百人程度を予定いたしております。
#83
○大橋(敏)委員 いずれにいたしましても、まだ非常に少ない対象数だと思いますが、なぜそんなに少人数になっていかなければならぬのだろうか。つまり、どういう理由でそんなに少ないのか、こう聞きたいわけですが、私の考えでは所得制限が非常にじゃまになっている、こう思うのですよ。これについてどう思われますか。
#84
○佐分利政府委員 確かに所得制限の影響はございますけれども、私どもの実績では、四十九年度において、特別手当の場合には約一五%の方々が所得制限の適用を受けて支給を受けなかったのではないかと思っております。つまり、税法上等も障害者加算がございますので、健康管理手当の場合よりは支給率が高かったわけでございます。
#85
○大橋(敏)委員 所得制限も、全面的にそれだけではなかったけれども、かなり影響をしていることはそのとおりだということですから、ぼくらはやはり所得制限撤廃の方向にいくべきだと思うのですけれども、その考えはあるのですか。
#86
○佐分利政府委員 現在の原爆二法が、先ほど来大臣からもお話がございましたように、基本的には社会保障の考え方にのっとってつくられておりますので、非常に高額の所得のある方にまでこういった手当を支給するということは困難であろうと考えております。しかしながら、やはり所得制限はできるだけ緩和すべきでございますので、政府といたしましても年々緩和の努力を続けておるところでございます。
#87
○大橋(敏)委員 いままでのこの二法というものを見てまいりました場合、発病しない限りは被爆者を救済する必要がないというように受け取られてきたわけですが、疾病が出て初めて何らかの姿で手当はあった、それまではどうしようもないという内容になっていますね。今回の改正で保健手当が新設されて、幾らかそういう考えが切り開かれていく傾向は出てきたわけでございますけれども、そういう点についての物の考え方を聞かしていただきたいと思います。
#88
○佐分利政府委員 従来、被爆者のうち認定患者については特別手当を、また十種類の特別な健康障害を持っていらっしゃる方々には健康管理手当を支給してきたところでありまして、この健康管理手当については、昨年度までは年齢制限等ございましたが、本年度はそういった諸制限を完全に撤廃いたしました。しかし、近距離で原爆の放射線を多量に浴びた方々は今後傷病が起こってくるという可能性がございますので、その健康を保持増進させるため、またその不安を解消させるために、新たに保健手当を設けたわけでございます。私の知っておる限りにおいてはこのような性格の手当はわが国では初めての制度ではないかと思うわけでございまして、これこそ従来から申されております社会保障制度と国家補償制度の中間の第三の道を歩み始めたものではなかろうかと考えております。
#89
○大橋(敏)委員 確かにいまおっしゃったように、この保健手当の物の考え方については高い評価があるわけでございますが、その金額等について、またその実施時期から考えていきますと、せっかくの改正、改善が死んでいくのではないか。たとえば今度の実施時期を見てまいりますと、五十年十月からとなっておりますね。昨今の厳しいインフレあるいは物価高騰の折から見ていきますと、これが果たしてどれだけの生活保障につながっていくだろうか、こう見てまいりますと、非常にほど遠いものを感ずるわけでございます。そういうことでもっと積極的な姿勢で今後進んでいただきたい。つまり社会情勢、時世の流れに対応できていく内容であってほしい、こういうことを強く要請しておきます。
 今回新設されました保健手当の対象人員は四万人余とされているわけでございますけれども、被爆者全体の中ではこれもわずか一割余りにすぎない。対象範囲が厳し過ぎるのじゃないかと私は思うのでございますが、これをもっと拡大すべきだと考えるのですけれども、この点についてどうお考えであるか。
#90
○佐分利政府委員 保健手当を創設いたしました趣旨は、近距離で多量の放射線を浴びた方々は医学的に見ましても今後健康障害が起こってくるという可能性がある。したがって、そういう方々の健康の保持増進を図るという趣旨のものでございます。
 そこで現在医学界の通説といたしましては、まず一九五八年国際放射線防護委員会の勧告が行われておりまして、それによりますと、一生のうちでただ一回の放射線被曝の最大許容線量は二十五レムであるとなっておりまして、これは現在各国ともそれに基づいて制度を運用しておるところでございます。また、一九七一年の米国の放射線防護測定委員会の基準によりますと、緊急時の職業被曝の場合、危険地帯に立ち入る基準といたしましてやはり二十五レムという基準を採用しております。また従来の医学的経験によりますと、一回の被曝で健康障害が起こり得るという放射線量は経験的に二十五レム以上となっております。また理論的な遺伝線量も三十レム以上といわれておるわけでございまして、このような関係から一応二十五レム以上の被曝を受けた方々を対象とすることにしたわけでございまして、この点については学問的な根拠に基づいておりますので、そういった学問的な研究成果に新しいものが出れば、将来範囲の拡大ということもあり得るわけでございますが、現在のところは二十五レム以上の被曝者ということでこの制度を運用してまいりたい。そういった基本的な基準を置きながら、制度の改善については今後も努力をしてまいりたいと考えております。
#91
○大橋(敏)委員 われわれはただその対象人数の立場から見てそう言ったわけでありまして、そういう立場からはまだまだもっと拡大をし、救済を図っていくべきではないか。いま学理的な立場からの答弁がありましたので、そういうことでの取り決めならばやむを得ないと思いますけれども、それではその範囲ではまだ無理ではないかというような傾向が少しでも出たらば即座に拡大していく、そういう考えで当たっていただきたいということです。
 また月額六千円というのは、これは生活保障という立場で出るものではないだろうけれども、受ける皆様の考え方はいわゆる生活保障という立場からの考えが強いわけですが、そういう点からいって非常に額が少ない、こういう意見もあるのですが、これをもっと大幅に引き上げるべきではないかと思うのですが、いかがですか。
#92
○佐分利政府委員 現在保健手当を創設いたしましたので、特別措置法には五つの手当ができたわけでございますけれども、その中で特に認定患者のための特別手当、十種類の健康障害を持っていらっしゃる方々のための健康管理手当、それから今回新設の、一応現在健康に異常はないけれども、その健康の保持、増進を図るという保健手当、この三つの手当の相互の支給額のバランスは、慎重に検討しなければならないと思うわけでございます。
 また、今回この手当を支給いたします考え方は、健康保持、増進のために栄養補給をするとか休養を持つとか、あるいは適当なレクリエーションをするというような費用に充てていただくために設けたものでございまして、まだ生活保障のための手当だというたてまえはとっていないわけでございます。そのような関係から今回は健康管理手当一万二千円の半額の六千円としたものでございます。
#93
○大橋(敏)委員 保健手当の所得制限はどうなさる考えですか。
#94
○佐分利政府委員 健康管理手当などと同じでございまして、前年の所得税額が十一万七千五百円以下の方々に支給するということにしております。これを所得額で申し上げますと、四人世帯の場合に約二百九十六万円となっております。
#95
○大橋(敏)委員 こうしていろいろ話を伺ってまいりますと、多少の改善はなされてきておりますが、特別手当が改善されたとはいえ、認定被爆者の場合特別手当が二万四千円、医療手当が最高一万四千円、計月額三万八千円しか受けられないということになってくるわけでございますが、最も困っている認定患者に対する給付としては、これでも余りにも低いのではないか、こう私は考えるのですけれども、この辺大臣どう思われますか。
#96
○佐分利政府委員 現在特別手当は本年十月からは二万四千円支給されるわけでございますけれども、これも私どもといたしましては主として保険薬の使用とかあるいは入退院、通院の費用とかそのような医療を受けるためのいろいろな費用に充ててもらおうという趣旨のものでございまして、生活保障的なものは他の保障制度の併給によりましてカバーされていくものと考えておるわけでございます。そのようなこの制度の基本的な性格がございますけれども、御案内のように政府といたしましては四十三年以来こういった諸手当の支給額の増額とか対象範囲の拡大とかあるいは所得制限の緩和とか、大いに努力してきたわけでございまして、来年もその点については特に留意いたしまして、予算の上でも原爆対策の全部の予算では九十九億ふやしまして二百五十四億にしております。手当だけをとりましても従来五十八億であったものを百十二億程度にふやしておるわけでございまして、私どもといたしましてはできるだけのことをやってきたと考えておる次第でございます。
#97
○大橋(敏)委員 努力の跡はそれなりにわれわれも認めますが、しかし現実問題、生活していく上において見た場合に、三万八千ではやっていけない。それにはまだ他の生活保障の制度があるからそれに合わせて云々という話もあったのですけれども、たとえば特別手当を受けている者のうち生活保護を受けている者は実質的にはその半額の手当しか受けられない、こういうことになっているわけでしょう。ですから私はやはり総体的にずっと上げていかないと、あの制度、この制度があるから合計すればよくなるとおっしゃるけれども、そこまでやはりいかぬですね。その点についてどうお考えですか。
#98
○佐分利政府委員 生活保護法との調整の問題は、現在のところ伝統的に二分の一調整でございまして、支給手当額の半分を生保の方で特別加算していただいておるわけでございますが、この点につきましては後ほど社会局長からお答えさせていただきます。
 ただ社会保障の制度としては、生活保護法だけでなく、国民年金とか厚生年金とかいろいろな制度もあるわけでございまして、そういう制度との併給を考えますとかなり改善されてきておるのではないかと考えております。
#99
○大橋(敏)委員 要するに原爆被爆者が求めているものは、いわゆるお恵みとかあるいは同情というようなものではない。つまり、まず戦争責任の謝罪である、すなわち国家補償による援護法の制定である、まず私はこう思うのであります。あくまでも国家補償に基づいたものでなければ、やはりこうやりました、こう改善しましたというものの、手落ちがたくさん出てくると私は思うのです。基本的に国家補償に基づく施策に切りかわった場合にきめ細かい、そして皆様の期待される内容に充実していくんだ、こう思うのです。
 われわれが四党で出している内容のあらましを言いますと、やはり全額国庫をもってそれを見ていこうというような基本的なものが流れておりますし、対象者を本人だけじゃなくて二世あるいは三世まで拡大する、医療手当についても、かなり、額も月額三万円という内容にしておりますし、家族介護手当のこともすでに言っておりました。また被爆者年金あるいは遺族年金の、きょうの参考人からの要求がありましたような内容もすでに盛り込まれてきているわけです。
 そういうことで、この辺で厚生大臣もそして厚生当局も、われわれが要求しているのが単なる野党だけで要求しているというような考えではなく、もっと真剣にこれと取り組んでもらいたい。もう待てない、死んでからでは遅い、こういうふうに援護法の即時制定を訴えている被爆者たちの要求というものは、私はせっぱ詰まった、ぎりぎりの気持ちではないだろうか、こう思うわけです。絶えず忍び寄る死の恐怖といいましょうか、おびえながら、放射能にむしばまれた体を引きずるようにして生きてきた病苦と生活苦のこの三十年、当時三十歳の方々ももうすでに六十歳になっているという現実、こういうことから見てまいりますと、本当にわれわれの要求が単なる形だけのものでないということで取り組んでいただきたいというわけです。
 要するに今回の諸改善も、結論的には生活保障にはなり得ない内容である、被爆者の血を吐くような要求は無視されている、こう言っても言い過ぎではない、私はこう思います。これは政府の被爆者行政の底流に、被爆者補償を単なる社会保障の枠内で片づけようとする根強い考えがあるからにほかならない、このように私は考えております。先ほども申し上げましたように、軍人軍属、その遺族には昭和二十七年から恩給や遺族年金、弔慰金が支給された、あるいは引き揚げ者にもちゃんと手が打たれたし、失った財産に対しても最高十六万円の補償金が出されたではないか、こういうことを考えていくと、被爆者に対するいままでの施策というものは非常に片手落ちではないかと私は叫びたいのであります。これらの被爆者を救済するために、国家補償の精神に基づく被爆者援護法を制定することは国の当然の責務である、このようにまずその考え方をしっかりと持っていただきたい、こう思うのでございますが、この辺で大臣の意見を聞きたいと思います。
#100
○田中国務大臣 国家補償によるか原爆二法の思想に基づいてやるか、これは先ごろ以来るるお話を申し上げたところでございますから、お説については十分私どもも今後かみしめて考えていかなければならぬと思いますが、いずれにしても現行二法の系列の中にあって施策の充実強化を図っていきたいというふうに考えております。
 そこで私どもといたしましては、今後その施策の充実強化について、手当の金額の問題もございますが、私率直に申して、こうした独特な制度でございますから、それが社会保障の範疇に属するかいなかということについては、強いて申すならば社会保障の範疇に属するものというふうに言うべきだろうとは思いますものの、きわめて特別な立場にあるこの立法、施策でございますので、私は、今後はひとつそういう観点に立って考えるときに、所得制限あるいは生保の収入認定、加算等の問題については、今後予算折衝等をめぐりましてもっと意欲的にやるべきものではないかというふうに今日考えておりますが、これについてはただいま皆さん御審議をいただいているものは、これはこれなりに予算でセットしておりますが、今後の姿勢としては、私はそういうことを踏まえて努力をいたしたいというふうに思っておる次第であります。
#101
○大橋(敏)委員 先ほど参考人の方にもお尋ねしてみたのですが、実は韓国の中に被爆を受けた方々がまだたくさんいらっしゃる。私もそれなりに調べてみたのですが、韓国原爆被害者援護協会というものがありまして、その資料によりますと、登録者数六千二百六十九人、未登録者数一万三千人、計一万九千二百六十九人、大体約二万人いるという話でございましたけれども、数字が合います。当時、内地に強制的に徴用されて軍関係の仕事に携わっていた皆さんが被爆を受けて、終戦になって韓国に帰られた。実は人道的な立場からは一日も早く助けたい心情でいっぱいだけれども、国際法の上から果たしてどうだろうかというような意見も出ておりましたのですが、まずこれについて大臣はどのように考えられているか、これを聞いてみたいと思います。
#102
○佐分利政府委員 韓国在住の被爆者対策につきましては、昨年の八月から治療ビザをお持ちになりまして、一月以上の期間にわたってみっちり治療をなさるために渡航していらっしゃるというような場合には、原爆医療法を適用して医療費の支給などをいたすことにしたわけでございます。しかし治療ビザを持って日本にいらっしゃれる方は限りがあると思います。実際に登録されておる被爆者は六千二百でございますが、推定は二万となっておるわけでございまして、これらの方々の援護も何か考えなければなりません。そのため、去る昭和四十一年に当時の国際技術協力事業団が韓国の医師五名を招聘いたしまして、科学技術庁の放射線総合医学研究所、築地の国立がんセンターで原爆症の診断、治療の長期研修を行っております。
 この問題につきましては、ある意味では過去の日韓会談で韓国政府がいわゆるその問題を放棄したような形になっておるようでございますけれども、先生御指摘のような人道的には非常に問題のあることでございますので、昨年の八月九日の長崎における原爆慰霊祭のときに、当時の二階堂官房長官が現地にいらっしゃいまして、そのときの新聞発表で、もし韓国政府の方から今後原爆被爆者の医療対策について具体的な提案があれば調査団を派遣する用意があるというような新聞発表をなさったわけでございます。
   〔葉梨委員長代理退席、菅波委員長代理着
    席〕私はその後、韓国政府から何か行政レベルでそのような申し出があるかと思っておりましたけれども、まだそのような動きはございません。しかし二階堂官房長官がおっしゃいましたように、この問題は両国の間で外交上の問題としてよく検討をしていただきまして、対策等が煮詰まってまいりますれば、国際協力事業団等にお願いしていろいろな施策を講ずることができるのではないかと考えております。
#103
○大橋(敏)委員 外務省の方にお尋ねしますが、いまの問題について何か外務省の方でつかんでいらっしゃることがありますか。
#104
○大森説明員 ただいまの御発言にありましたように、日本側といたしましては法律的な側面を離れまして、できる限り人道的見地からの援助はしたいという気持ちでございますが、何分にも韓国に在住している韓国人被爆者救済措置の問題は、やはり第一義的には韓国の国内事項でございますので、私どもとしては韓国政府から具体的な協力についての要請があった上でそれを受けて検討をしたい、こういう立場でございます。現在のところ、韓国政府部内において、いかなる具体的な日本側に対する協力措置を要請するかということについてまだ検討中の段階であると承知いたしております。
#105
○大橋(敏)委員 要するに、日本において被爆をされたそういう関係者に対して、人道的な立場からは厚生省といたしましてもほっておけないという気持ちは十分持っている、だけれども韓国政府から何らかのそうした要請がない限りは手の打ちようがないのだ、こういうふうに私はいま理解したわけですけれども、この理解で間違いないかどうか確認したい。
#106
○佐分利政府委員 そのように考えております。
#107
○大橋(敏)委員 実は民間関係で韓国の首脳的な立場にいる方とのつながりがありまして、こういう問題が非常にいま議題になってきているようでございました。たまたま韓国の先ほど言いました原爆被害者援護協会ですか、ここにいろいろ書類があったのを日本人に翻訳してもらったわけでございますけれども、それを見ましても、皆さんの日本政府への関心の度合いが非常に強いわけです。
 本協会は数年間日本政府に対し駐韓日本大使を
 通じ韓国における原爆被爆者の救護を要請して
 きましたが、黙殺しているような状況ですが、
 いままでの経過は次のとおりです。
 一九七二年八月三十日、本協会代表が日本の三
 木副総理を訪問し、田中首相に要望書を伝達し
 て善処を要望しましたが、至極好意的に善処す
 る旨約束されました。
 一九七二年十月八日、われわれの協会を支援し
 てくださっている韓国の原爆被害者を救援する
 市民の会が大平外相を訪問して前の要望書の履
 行を迫ったところ、外相は深い関心を示し、立
 法措置をすると公約しました。
 駐韓後宮大使にも話したところ、手島書記官を
 本件の担当に指名し、一九七二年九月五日、日
 韓閣僚会議のとき、非公式ではありますが、日
 本の閣僚の方々に進言いたしました。
 以上のほかに、本協会は日本の厚生省、外務省、
 日赤等々訪問し陳情しましたが、事実は全く逆
 の回答を次のとおり得ました。そのえらい皆さんは、とにかく何とかしてあげたいという気持ちを好意的に示されるけれども、実際その回答は冷たかったということをここで言っている。
 特に一九七二年十一月七日、一体外務省北東亜
 課次席は駐日本国大韓民国大使館禹一等書記官
 を招いて、日本政府は韓国人原爆被害者に対し
 て人道的見地からして救済措置をとりたいが、
 現在は、外国人に対する被害者補償の権利に関
 する請求権協定が消滅しているので、日本政府
 自身がイニシアチブをとってはできないので韓
 国政府がイニシアチブをとってほしいし、また
 実態調査をするから韓国政府も協力してほしい
 ことと言われた。
 このように、政府の高官は十分考慮すると言い
 ながら、担当官はわけのわかったようなわから
 ないようなことを言うし、そういう答弁であった。というのは、きょうも先ほど話がありましたように、政府としてはやりたいと思っているけれども向こうの政府から何らの要請がない、こういうことでぽっとけられている、実はわれわれ被害者援護協会としては一生懸命やっているじゃないか、これを政府の立場と見てくれないのだろうかというような内容になっておりますけれども、これに対してはどのようなお考えを持たれますか。
#108
○佐分利政府委員 確かに韓国またそれを支援する日本の民間団体の方々の活動は活発でございまして、政府の高官の方々もそれに非常に好意的でございます。ただ、私どもが事務レベルで韓国に対する保健福祉の援助計画等の話をいたしますと、たとえば栄養センターとかあるいは労働衛生センター、がんセンター、こういったものが先に出てまいりまして、原爆の問題は出てこないわけでございます。むしろ私の方から韓国厚生省の局長に、原爆はどうなっているのですかという質問をするぐらいでございまして、やはり日本の韓国に対する技術協力援助の資金の枠もございますし、韓国内におけるいろいろなプロジェクトのプライオリティーの問題がございまして、いまのところはまだ原爆対策を韓国政府が持ち出す段階に至っておりません。
#109
○大橋(敏)委員 実はいまおっしゃったように、確かに韓国の原爆被害者援護協会というのは、失礼な言い方になるかもしれませんけれども、力がどちらかといえばまだ弱い立場にある。むしろ、韓国の大韓らい協会というのがあって、そこの会長さんが呉元善さんという方で、もとの、いわゆる日本で言えば厚生大臣に当たる方だそうですが、この方の方が非常に勢力といいますか、力をお持ちということで、むしろそちらを通して被爆者対策をやっていこうというような考えもあるように見受けられます。局長がおっしゃったように、原爆被爆者に対して軽視しているわけではないのだけれども、確かに何とはなく押されている感じがありますので、そういう点では友好親善の立場から大いにアドバイスをしていただいて、一日も早く日本にいたそうした韓国の方々が――一々日本の国に来るというのは大変なことであるし、また経費の問題からも来られないことでもありましょうし、そういう人が一日も早く現実的に救済されていくように手を打っていただきたい、こういうことであります。この在韓の被爆者のことについて大臣の御見解といいますか、所信といいますか、考え方をちょっと聞いておきたいと思います。
#110
○田中国務大臣 心情的には何とかしてあげたいというふうな気持ちでございますが、いかんせん国際関係の問題でございますし、これが措置につきましては韓国政府の動向、思惑といったようなものをやはり無視するわけにはいきませんものでございますから、したがって、いま大橋先生のおっしゃったような角度から、いろいろとわれわれもまた努力を続けていくということになるだろうと思います。
#111
○大橋(敏)委員 では、話は変わります。
 広島の原爆病院は昭和四十八年度末で一億三千万円の大きな赤字を出していて、ことし要求した補助金もゼロだというようなことを聞いたのですけれども、これはそのとおりですか。
#112
○佐分利政府委員 おおむねそのとおりでございまして、累積赤字は私どもの方としては一億五千万、四十八年度末までに出ておりまして、四十九年度は約三百万の赤字が出ると聞いております。このため地元の県と市、病院でいろいろと財政再建、病院の近代化などについて協議をいたしまして、その結果、四十八年度から県と市は研究費を補助することにいたしました。厚生省も四十九年度から約千百万円の研究費の補助をしたわけでございますけれども、五十年度は二千二百五十万円に研究費をふやしたいと考えております。その理由は、赤字の原因のかなりの部分が原爆後遺症の研究のために生じておるという理由からでございます。
 そのほか厚生省といたしましては、四十八年度から公的医療機関の特殊診療部門に対する補助金という制度ができましたので、その枠の中から、四十九年度につきましては国が百七十三万円、県が百七十三万円、同額でございます、また本年度は、国が二百四十万円、同額を県が分担するという運営費の補助金も一部出しておる次第でございます。病院の運営費の赤字補助につきましては、他の病院に関連する、他の病院との均衡の問題がありまして、なかなか実現の困難な課題でございますけれども、今後とも研究費その他、現行制度で許される方法で助成の強化を図ってまいりたいと考えております。
#113
○大橋(敏)委員 とにかくこうした実情を聞いたとき、患者の治療活動にも支障を来していくのではないかという心配を持ったわけで、いまのように、そのことを十分認識した上での対策が立てられていくということですから、信頼申し上げましてこれ以上のことは申し上げませんけれども、要するに、長崎にしろ広島のこうした原爆病院にしろ、これはやはり特殊な病院であって、それなりのたてまえをわきまえた上での援助をやはりお願いしたいということでございます。
 それから、これは実は具体的な話になるわけですけれども、広島市の丹那、そこに加島チカさんという八十三歳の方がいらっしゃるわけでございますが、この人は失業対策事業に就労していらっしゃる方です。広島市丹那では最高年齢者だそうですけれども、かつては七人の子供さんがいたのだそうですけれども、五人は原爆や病気で死亡させて、昭和二十七年には御主人にも先立たれて、いまでは残り二人の子供さんにも頼れず、文字どおり一人ぼっちだそうです。たまには休みたいと思っても休めば生活ができないということで、暑い日も寒い日も雨の日もとにかく働かざるを得ない。昨年の夏交通事故と胃腸障害で約四カ月入院したらしいのですけれども、非常に深刻な状態だったということです。この方は月三万円――というのは昨年一年間で七%アップされましたので三万円になったわけでございますが、それと老齢福祉年金をもらっていらっしゃるので、合わせますと一日の生活費は千二百円余りになるわけですね。一昨年の消費者物価は一九・四%の上昇を見ておりますので、生活がいかに苦しい内容であるかを知っていただきたいというために、私はここに具体的に出しているわけです。また、市労政課の調査によりますと、失対事業に従事している被爆者労働者というものは、全就労者二千四百六十人中過半数を超えているということでございました。しかも、ますます老齢化しているのが現状ですということでございましたので、これもやはり大きな問題であろう。今後の行政指導の上から、こういう点十分配慮した上での手を打っていただきたいということを強く要請をしておきます。
 また、入院患者の心境というものが非常に複雑だという話も聞いてきました。広島の原爆病院のS庶務課長さんは、退院していく原爆患者に対しておめでとうと言いにくいという苦脳を打ち明けておりましたけれども、それは退院後の生活保障が確立されていないからですということでした。入院患者の土居高雄さんという六十八歳の人がいましたけれども、広島市の吉島新町ですが、一日も早く退院して家族の負担を軽くしたいと考えているのですけれども、自宅に帰りましてもこの年齢であり体ですと働き口もない、かえって家計を圧迫するのではないかと心配しております。この土居さんというのは、爆心地から一・八キロメートル、的場町で被爆して、その後市内電車の運転手を務めていたそうです。退職一年前の昭和四十七年に突然両足が麻痺する症状に見舞われて、仕事をやむなくやめた。入院生活はことしの三月で二年になるそうです。家族は、奥さんのヒサミさん五十三歳、近所の小児科の看護婦さんをやっているそうですけれども、一カ月の収入は十万円。ところが大学四年、高校一年、私立に通っているんだそうですけれども、平均四万円の学費が要る。子供二人と四人暮らし、非常に厳しい状態だということを述べておりました。
 現在被爆者手帳所持者は全国で三十四万九千人と聞いておりますけれども、認定患者は全被爆者の一%である。しかも、特別手当月一万五千円が今度二万四千円になりますけれども、医療手当最高九千五百円から一万四千円になるということでございますけれども、所得制限等でふるい落とされて、二重三重の厳しい条件つきになっているので、こういうのも大きく改善してほしい。あるいは保健手当月六千円の新設もあるわけでございますけれども、先ほども申し上げましたように、爆心地から二キロメートル以内というようなことで大変対象者がしぼられている。こういうことから、今日改善されるとはいうものの、実際の生活状態の立場から見た場合には、まだまだ話にならない内容であるということを認識してもらって、もっと大幅な改善をお願いしたい、こういうことでございます。
 もう一つ具体的な話をしておきたいのは、広島市の原爆対策部の推定でございますけれども、市内の生存被爆者十一万一千三百六十七人中、これは昨年の十二月現在の調べだそうですけれども、そのうち保健手当の支給対象になるのはわずか一万九千人である。十一万一千三百六十七人中一万九千人である。非常にこれは少ないわけですね。そういうことで、生活保障の完全実施への突破口という評価はなされているものの、救貧的な施策である。やはり原爆被爆者に対しては、国家補償に基づく援護法の制定を頼む、こういう声でございました。これは現場の声ですからよく聞いておいていただきたい。こういうのもあわせて、最後に大臣の所信を聞いて終わりたいと思います。
#114
○田中国務大臣 原爆被爆者対策についての基本的なわれわれの態度については、先ごろるる申し上げました。いまいろいろな設例を挙げて、原爆被爆者がなお困窮している状況、苦悩する姿等々を承りました。さらに私どもは、この施策を一段と今後強化をしていかなければならないというふうに考えておりまして、本年もさようでございますが、明年以降についてもそれぞれの努力をいたしていきたいものであるというふうに思っている次第であります。
#115
○大橋(敏)委員 終わります。
#116
○菅波委員長代理 この際、休憩いたします。
 本会議散会後、直ちに再開することといたします。
    午後一時三十五分休憩
     ――――◇―――――
    午後二時二十三分開議
#117
○大野委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案についての質疑を続けます。小宮武喜君。
#118
○小宮委員 原爆被爆三十周年目に当たる昭和五十年度の被爆者対策予算を見てみますと、総額二百五十四億で、四十九年度に比べて六三・八%の伸びを示しております。中身を見ますと、被爆者に対する各種手当の増額、新たに爆心地から二キロ以内の被爆者に対する保健手当、さらに家族介護手当の新設、独居被爆者に対する家庭奉仕員の制度など設けられております。
 このように年々改善はされておりますけれども、国家補償の精神に基づく遺族補償は依然として実現されておりません。原爆被爆者に対する責任は私は国にあると思いますけれども、国のこの被爆者に対する基本的な姿勢について、まずお伺いしたいと思います。
#119
○田中国務大臣 原爆被爆者対策、それをいかがするかということに基づく措置に関する物の考え方の基点についての小宮先生のお尋ねだと思います。
 国家の責任から出発すべきものであろうということでございますが、戦争の被害者に対する国の責任ということになりますれば、私は、広く一般国民ほとんどの人があの節に戦争の被害を受けたということは間違いのない事実だろうと思います。したがいまして、国の責任を言う場合においては、一切の戦争被害者に対し国が責任を負うということになりますので、したがいまして、政策的見地から申しましても、かような論議で出発をいたしたのではどうにもならない。したがって、一番お気の毒な、そしてまた放射能を多量に浴びたというような理由から今日なお肉体上あるいは健康上に傷疾を残し、またはそのおそれがあるという方々に対し、その点に着目をして温かい手を差し伸べる、救済の手を差し伸べるといったようなことが、政策上、他の問題と切り離すためにも一番いいメルクマールであろうというふうに考えましたものですから、したがって、原爆二法というこうした措置を起こし、これを逐次充実強化していくという方向で今日までやってまいりましたし、今後もその方向で進みたいというふうに考えているわけであります。
#120
○小宮委員 ただいまの厚生大臣の答弁を聞いておりますと、原爆被爆者に対する補償問題については、これは国としても考えなければならない問題だけれども、ただし一般の戦争犠牲者との関連もあるのでというような印象を受けるわけです。しかしこの原爆被爆者が一般戦争被害者と違っておる点、特殊な点について私はいまから申し上げてみたいと思います。
 まず、私自身も被爆者の一人ですが、ちょうど長崎の場合、原爆が投下されたときは、長崎市では空襲警報が発令されていませんでした。もしあのとき空襲警報が発令されておれば、多くの市民は防空壕に退避して、あれほどの犠牲者を出さずに済んだかもしれません。したがって、私は空襲警報が発令されていなかったというのは、これはもう軍の大失態だと思うのです。そうであれば、この軍の失態はいわゆる国の責任だというように私は考えるわけですが、その点の所見はいかがでしょうか。
#121
○佐分利政府委員 ただいま御指摘のような、空襲があったにもかかわらず空襲警報が発令されていなかったというところは、原爆投下当時の長崎だけではなく、ほかにも幾つかあったと思うのであります。特にその後のアメリカ側の記述等を見ましても、初めは原爆投下は長崎に予定されず、むしろ小倉方面に落とそうとしておったようでございまして、当時の特殊な気象関係から急遽長崎に投下地点を変更したというようなこともあったわけでございます。そのようないろいろな複雑な事情がございますので、いま直ちに軍の責任であったとか、あるいは空襲警報を出します担当者の責任であったとかいうことは言い切れないと考えております。
#122
○小宮委員 当初小倉に投下する予定のやつが長崎に変更して落とされたということは、もうよくわれわれも存じておるわけです。だから、結局そのために空襲警報が発令されなかった責任がだれにあるのかということは云々ということを言われますけれども、私たちはやはり軍の責任というのは、戦争自体は国がやったわけですから当然国がその責任を持つべきだということを言っておるわけです。したがって、原爆被爆者に対する問題が、厚生省はすぐ法律的にどうかとかあるいは道義的な問題はどうかということを言われますけれども、この問題の本質が解明されないまま残っておるからこそ、いまのような原爆被爆者に対する野党四党の援護法案となってあらわれ、また被爆者の国に対する非常に不信の声が出てまいっておるわけです。
 だから私が申し上げたいのは、そういうふうに原爆被爆者というのが一般の戦災者と違っておる特殊の点についての一つの例を挙げたわけですね。この問題は、大きな意味で言えば当然戦争犠牲者に変わりはないわけです、原爆の人も一般の空襲の人も。しかし特殊性があるからこそ私は当然これは国の責任において国が補償すべきだということを言っておるわけです。だから一点は、空襲警報が発令されていなかった。もし空襲警報が発令されておれば、ああいった何十万という被害が出ずに済んだかもしれません。それが空襲警報が発令されなかったために、一瞬にしてあれだけの十数万の犠牲が出たという特殊性を言っておるわけです。
 二つ目を言いますと、この戦争が終結した直接のきっかけは、局長もよく御存じだと思うが、あの当時は本土決戦、本土決戦ということを盛んに言っておったわけですね。ところが、この広島と長崎に落とされた原子爆弾によって、その被害が余りにも大きかったということで戦争終結の時期を早めたこともこれまた事実です。それは否定はせぬでしょう。であれば、もしあのとき原子爆弾が投下されていなかったと仮定した場合は、あれからさらに戦争は継続されて、そして連合軍の本土上陸まで発展していたことは容易に想像されるわけです。そうなりますと、その後の戦争継続によってさらに何十万、何百万の人々の犠牲者が出ていたであろうことも、これも容易に予想されるところです。そういう意味では、長崎、広島の原爆による何十万の人たちの犠牲によって、戦争を継続していたならば当然何十万、何百万の犠牲が出たであろうこの犠牲を防止したとも言えるわけです。そこに私は一般の戦災者と原爆被爆者の間の特殊性があると思うのです。そういうような問題を第二点として考えるわけですが、これに対する所見はどうですか。
#123
○佐分利政府委員 確かにただいま御指摘のように広島、長崎に対する原子爆弾の投下が終戦の大きな誘因になったことはみんなの認めるところであろうと思います。ただ、そのようなことも含めて、広島、長崎の被爆者が放射線をお浴びになったという特殊事情を考えましていまのような特別な社会保障制度たる原爆二法がつくられておるのではないかと思っております。
#124
○小宮委員 もう一つさらに論理を発展しますと、本土決戦が行われて日本が降伏したと仮定した場合――これはアメリカのルーズベルトとイギリスのチャーチル、ソ連のスターリン、この三者によるヤルタ会談というものがございますね。そのヤルタ会談の結果では、もし日本が本土決戦をやって降伏した場合は日本国を三分割する、四分割するという話し合いまで済んでいたわけです。そうしますと、いま言うように、もし原子爆弾が落とされずに本土決戦までいったら、いまの日本の姿が残っていたであろうかということを私は言いたいのです。考えてみれば、今日の日本のこの国体あるいは日本国というものが現存しておるのも、いわゆる広島、長崎の原子爆弾による十数万の犠牲の代償として残っておるということすら私は言いたいのです。そこに私は、この原爆被爆者に対する政府の考え方は、当然一般の戦災者と異なってしかるべきだというふうに考えるのです。いま二、三の問題を挙げましたけれども、こういうようなことにおいて、この数十万の人たちの犠牲によっていまの日本国というものが存在しておると言っても私は過言ではないと思うのです。
 そうなりますと、国としてもやはりこの人たちに対して責務として、国家補償においてでも、遺族補償なり、そういう亡くなられた方々に対する国としての礼を尽くすのは当然じゃないか、こう私は言いたいのです。その点についての所見はどうですか大臣。
#125
○田中国務大臣 両市に対する原子爆弾の投下ということが終戦の態様、時期、あるいはその後のわが国の姿についていろいろな影響があったということは、私は史実に照らして間違いがないだろうと思います。しかし、それだからといって直ちに他の戦争犠牲者と切り離して、これが全然別な取り扱いをする絶対的な基準になるものというふうにはなかなか踏み切れないのではなかろうか。心情的には私はわかります。しかし、法律をそのように構成するための決め手になれるかどうかということについては、なかなかそういったようなことについて議論を定着させるわけにはいくまい。
 したがって、さっき申し上げたとおり、原爆被爆者が他の戦争犠牲者と基本的に根本的に違うところは、他の方々はそうでないのにかかわらず原爆被爆者は多量の放射能を浴び、健康並びに肉体について大きな傷疾とそして不安を残しているというところ、これはどなたも否定ができないだろうということを考えますものですから、その点に着目をして、この多くの戦争犠牲者と両市における原爆被爆者との間に明確な一線を画して措置をしているということだというふうに私どもは申し上げる以外に方法はないと思います。
#126
○小宮委員 私は長崎の原爆被爆者遺族会の総会に行ってきました。ところがこの人たちは、そういった政府のいままでの考え方の発想の転換をやらない限り、国を相手取って訴訟するということも総会で決議をされております。だから、皆さん方が言われることもわからぬでもございません。この問題で何回質問しても、大臣なり局長なりの考えの中にはやはり何とかしてあげたいという気持ちはあるように私は見受けるわけです。ただしかし問題を原爆被爆者だけに限定していきますと、さらに一般戦災者の問題もある、だからそこまで波及することになるので、できるだけここでとどめたいという気持ちがどうもあるやに私は考えます。だから私も、これは一般の戦災者にしてもこのまま放置することはどうかと思うのですよ。同じでしょう。たとえば外地からの引き揚げ者はやはり戦争犠牲者として外地に財産を置いてきた。こっちへ引き揚げてきたら、結局国債を二十万だったですかやっておるし、そういうふうに外地におった人が財産を置いてきたからということで何らかの救済措置を受ける。内地におっても空襲を受けて、結局家は焼かれて財産もみんななくなってしまっているわけでしょう。どうして、外地のそういうような引き揚げ者と――私も外地の引き揚げ者ですよ、私はもらっておらぬけれども。外地の引き揚げ者と内地のそういうような戦災でやられた人を、同じ戦争犠牲者と言うならば、同列に扱うのは当然じゃないですか。外地だけでそういうような特別扱いをしたという理由をひとつ説明してもらいたい。これは、引き揚げ者団体をつくって政府に圧力をかけたから、政府はそれを実施したと私は考えておりますが、それならば、外地のそういうような引き揚げ者に対する救済と、その同じ戦災者の内地の人たちに対する差別はどういうふうに考えますか。
#127
○佐分利政府委員 引き揚げ者に対する補償の問題は、かなり高次の政治問題でございますので、私どもからとやかく申す筋合いのものではないかと存じますが、私はやはり、外地にいらっしゃった方は、満州国とかあるいはシナとかあるいは南方地域において、それぞれ特別な国に対する貢献をなさっておったのではないか、その辺はちょっと日本国内に居住していらっしゃった方とも違うんじゃないかというような感じを持っております。
#128
○田中国務大臣 引き揚げ者に対するあの措置は、一度限りの措置でございまして、継続した措置ではございません。しかしあの当時の立法過程を見ますと、いわゆる生活基盤というものを全く失ってしまって、新たな生活基盤に立たなければならぬということと、やはり引き揚げてきた節のあの労苦というものは、これは独特なものであろう。また、その間にいろいろと苦労した、あるいは亡くなったとかいうようないろいろな悲惨な状況というものに着目してあの種のものをやったと思うわけでありまして、私どもとしては、あれが見舞いであるというふうに承っておるわけでございまして、補償措置というふうなことにつながっているものではないと思いますし、いずれにしても一時的な措置であったわけでございまして、戦災者一般についてバランスがとれているかどうかということになりますと、議論は果てしなく続くだろうというふうに私は思いますものですから、したがって、政府並びに与党では、戦争犠牲者についてのお見舞いなり補償措置というものは、独特な――現在行われているものを伸ばす以外、今日これを拡大しないという方針を堅持しているのもそういうところにあるものというふうに思うわけであります。
#129
○小宮委員 いま局長は、海外から引き揚げた人は国に対する貢献度があったのだというようなことを言われておりますけれども、それでは海外におった人が、ぼくも海外に十年ばかりいたのだけれども、その全部が、そういうふうに公平な意味で解釈すれば、たとえばいろいろな商売をしておった人、これはもう仲間でわかりますから、そんなことを言いませんが、それが全部内地におった人より国に貢献度合いが高かったとかなんとかという、そういうような答弁はちょっとおかしいよ。ただ、いま大臣が言われるように、引き揚げる場合の非常に苦しみなんかがあったということは事実なんだ。であれば、これが一時的な見舞い金という性格のものであったとしても、それは額の問題ではないですよ、それでは内地のそういうふうな戦災者に対しても見舞い金ぐらいやっていいじゃないか。私は、戦争犠牲者だから、犠牲の度合いが大きかったから海外引き揚げ者の場合は結局二十万なら二十万の国債をやったというならば、内地の戦争犠牲者に対しても、気は心、たとえば十万円でもやるようにしたら、この問題がいまのように非常に社会問題にまで発展せずに済んだと私は思うのです。だから、いまからでも遅くないです。一般の戦争犠牲者にも、半分の十万円の国債ぐらいは支給したらどうですか。局長どうですか。
#130
○田中国務大臣 戦争被害者、犠牲者に対して、一体どのような措置をいたすかということは、もっぱら政策判断の問題ということになるだろうと思います。これもすべて国民の税金というものを使ってやるわけでございますから、したがって、広い視野でもって、どのような者に対してどのようなことをやるのが一番適当であるかということになってまいりますと、すでにもう財源を現在ないしは今後の国民のニードに対して使わなければならぬというようなことを考えることが第一だというふうに思われるわけでございまして、過去におけるそうした方々、いまではいろいろなこの態様があると思うのであります。私自身も戦災者でございますけれども、戦災者であるからといって私にもし国民の税金を使うということになれば、私は、これは結構でございますと言ってお断り申し上げるだろうし、またその必要も私はないし、国民の税金の使い方として賢明ではないということになります。
 そういうわけで、独特な、あのような客観情勢をもって大変ショックが大きく、粒々辛苦、ずっと働いてきて基盤を持っておったものが全然なくなって、しかもおんぼろさんぽろで帰ってきたというのに一時的にやったというのがせいぜいであろうと思われますものですから、まあ国の予算の使い方として、今日、過去を振り返ってみて、もうすでにリカバリーの効いた人まで含めてこういったような措置をとることは政策のあり方としていかがだろうかというふうに思われるものですから、したがってこれらの方々にはがまんをしていただいておりまして、特殊な方々、言うなれば、こうした原爆被爆者などという方々については別の扱いをすべきものである、それが私は政策選択として正しいものというふうに思っております。
#131
○小宮委員 本当に政府がこの原爆被爆者のために何らかの措置を講じようとすれば、やる気があれば野党四党が出しておるような援護法案をつくってでもやれるわけです。いまの外地からの引き揚げの問題にしても、局長は政策的なものと言ったけれども、政策的なものであってもやはり立法措置をやって支給するようにやったわけだから、その意味では、やる気があれば、本当に政府自身にそういった気があればやれるわけです。しかし私は、先ほどから申し上げておりますように、どうも政府というのは、つまり原子爆弾被爆者だけの問題を取り上げていろいろやると、一般の戦災者まで含めると膨大なものになる、それでは非常に財源が膨張して困るというところが私は本音ではないか、こういうふうに考えるのです。
 この原爆被爆者援護法の問題にしても、これはみんな、きょう参考人として来られた方々にしても、何も野党四党が出した援護法をそのままそっくり政府に採用しろ、すぐいまから実施しなさいということを言っておるのじゃないです。やはりああいうような援護法の内容を皆さん方の政府原案の中にも織り込んでもらえばいいわけです。そうすればわれわれ野党四党がああいうような援護法まで出す必要もないわけです。だから野党四党が提案しておるような内容のものを、金の多寡は別として、それは一挙にあのようなことをやれということは、一番好ましいことですが、そこまでむちゃなことは言っていないのです。被爆者の方々も、私は聞いてみまして、やはりああいうのは、まず第一歩は、野党が出しておる援護法的な内容のものに、いまの特別措置法、それから医療法、こういったものを一緒にしてやってくれというのが彼らのつつましい要求なんですよ。だから、金額をあのまましろとか、そのとおりせぬとびた一銭もまけぬというようなことじゃないのです。だからそういった意味では、皆さん方は援護法というと何かおっかなびっくりのような顔をしておるけれども、皆さん方が、いまの法律でもいいから、やはりあの援護法に盛られておるような内容のものを、金の多寡の問題ではなくて、そういうような精神を織り込んだ法律をつくってくださいということだと言うのです、遺族の方々も、きょう来られた方々も。だからそういうような意味で、皆さん方がやる気があればできるわけだから、そういったようなことを皆さん方がいままで三十年間ほったらかしておいて、そういうような余りにも皆さん方の仕打ちがひど過ぎるものだから、やはり原爆被爆者の方々が何とかしてくれぬかというのがいまの彼らの切実な声なんです。
 だからそういうような意味で、大臣、どうですか。これはもう五十年度予算も大体決まったことだし、私は五十年度予算でそれをそのままそっくり実行しなさいということは言いませんが、どうですか。来年ぐらいの予算では、ひとつ野党四党が出しておる援護法案と同じような精神を盛り込んだ法律案をつくる考えはありませんか。どうですか。
#132
○田中国務大臣 援護法的な物の考え方、その底にはいわゆる国家賠償責任というものがあるわけでございまして、こうした思想を盛り込んだ法律をつくるということについては、私どもとしてはいまのところにわかに賛成ができないということでございまして、やはり二法の系統で、つまり他の一般の戦災者あるいは戦争犠牲者と基本的に違うという、健康あるいは肉体の傷疾というような観点から問題を出発させて、その施策をぎりぎりまで充実強化をしていくという手法でこの問題をさらに前進をさせたい。その一つのあらわれが、今日独特な制度と言われておるところの、この後御議論が出ると思いますが、保健手当といったような、現在健康上どういうこともないけれども、なおその心配があるといったような方々に手を差し伸べるといったようなことを今回御審議願っているわけですが、こうしたような施策を積み上げることによって本問題に対処いたしたいというふうに考えている次第であります。
#133
○小宮委員 いま野党四党が国家補償に基づくところの援護法案を出したというのは、皆さん方が二十年間たっても三十年間たっても何もそういうような原爆被爆者に対する温かい手を差し伸べぬから、それでは国家補償ということで明らかにさして、そして皆さん方こうしなさいということが大体この経過なんですよ。だから、皆さん方がこれまで原爆被爆者に対する救済措置を、それはなかなか万全とはいかぬでも、皆さん方がもっとやはり温かい配慮をしておれば、こういうような国家補償による援護法の制定という声も私は出てこなかったかもしれぬと思うのです。皆さん方が三十年たっても放置しておるから、皆さん方はもう待てぬというところで、それではやはり国家補償による遺族救済をやらなければならぬということでこの問題が出てきたという経過もあるわけですから、問題は、いまになれば皆さん方はこういうようなことはできません、国家補償が云々と言うけれども、皆さん方がいままでやってきておれば、国家補償だとかいうむずかしい文句を使わぬでもいいのですよ。本当に被爆者が安心して生活でき、そして被爆者の人たちが病気の不安をなくし、それで安心して生活できるような措置をしておれば、どういうような中身であろうと、何もむずかしい言葉を使わぬでもいいわけです。だから、いまになったらそういうようなことを言い出すというのも、またこれも筋違いではないか、こう思うわけです。
 いずれにしても、来年はひとつ大臣、そうむずかしいことを考えぬでいいから、野党四党が出しておるような精神を織り込んだ、いまの医療法と特別措置法というような問題を含めたところの何らかの新しい立法措置を考えるべきじゃないかと思いますが、いかがですか。
#134
○田中国務大臣 政策の評価については、いろいろ各人各様だと思いますが、私どもとしては、被爆者に対して何にもやらなかったとか、あるいは温かい手を差し伸べなかったということについては、これはいろいろ異論があるだろうと思います。政府におきましても、今日まで原爆被爆者対策というものを全くやっておらなかった、二法もなかった、今日までの積み上げもなかったというならば、いま先生の所説というものは、私どもはこれを甘受しなければならないと思っておりますが、しかし昭和三十二年以降今日に至るまで、こうした二法の系統で積み上げてきたことについて、いろいろ御不満もあろうかと思いますが、それはそれなりに御評価を相賜りたいというふうに申し上げたいわけでございます。
#135
○小宮委員 政府のいままでの考え方は、やはり原爆被爆者に対する恩恵的というか、同情的というか、そういう形でこの問題に取り組んできたから、大体もともと発想はそういう発想で来ておるものだから、幾ら口で答弁されても、やはり国が何とかしなければならぬという気持ちと、これは恩恵的だという気持ちとでは中身が変わってくるのは当然ですよ。だから一そこにやはり問題があるわけです。少なくとも原爆が投下されてちょうどことしは三十周年記念ですね。だから、亡くなられた方々に対するはなむけの言葉としてでも、ここでひとつ大臣が――大臣は非常に前向きで取り組んでおられるので私は敬意を表しているわけですが、いよいよことしは八月六日と九日には原爆被爆三十周年記念日が来るわけです。だから、少なくとも亡くなられた十数万の人たちに対してでも、厚生大臣としても長崎に来てもらわなければいかぬけれども、その場合あそこにお参りして、みやげ話ぐらいできるくらい前向きの姿勢もここで一言言ってもらいたいと思うのですが、どうですか。言えぬですか。
#136
○田中国務大臣 援護法方式の法律を施行しなければ全く被爆者対策をやっておらないということについては、私率直に言うて、原子爆弾の被爆者に対するこの二法というものを制定する節に、予算化から何からずいぶん深くタッチをいたした私でございますので、この経緯をいろいろ話しますと、昭和三十二年のときなんぞは悪戦苦闘いたしまして、そこにおられる大橋武夫先生と私とが当時の大蔵大臣に夜分遅く行ってやった、あの経緯等をお話しすればいろいろとエピソードがあるのですが、これをしも全然私どもは温かい手を差し伸べなかったということについては、私は残念でたまらぬわけでございますが、しかし政策の評価は、それぞれの方々によってそれぞれだろうと思います。したがいまして、私どもとしては、今日までいろいろ積み上げてまいったこの健康と肉体の傷疾と、こうした範疇の中からできるだけ適当な施策を求め、そして見出して、そしてできるだけのこれに対する対策を積み上げていくということを申し上げる以外に今日お答えのしようがないということだろうと思います。
#137
○小宮委員 次に移りまして、広島、長崎における原爆による死傷者数が、県なり市なり警察の発表する数字が食い違いがあるようですが、広島ではどれだけの死傷者があったのか、長崎ではどれだけの死傷者があったのか、この際政府としては何ら公表されたものがないのです。この点厚生省として把握しておれば、長崎市、広島市における原爆犠牲者の数をひとつ正確に教えてもらいたい。
#138
○佐分利政府委員 御指摘のように、厚生省として把握した数はございません。政府といたしましては、昭和二十四年に経済安定本部が、原爆を含めまして戦災による全死没者の数を推計しておりますけれども、それは二十九万となっております。また原子爆弾による広島、長崎の死没者の数につきましては、県や市の調査あるいは学者の調査あるいは団体の調査、いろいろ数字がございますけれども、現在のところ、広島市や長崎市が発表しております、広島では十万一千人ぐらい、長崎では四万九千人ぐらいというのが通説になっておると考えております。
#139
○小宮委員 長崎の場合は、大体県と市の発表の数字はさほど食い違いはございません。しかし、広島の場合はかなり食い違いがあるのです。それは、政府としてこの数字をはっきりしなさいと言ってもなかなかむずかしい問題ではあろうけれども、やはり県や市あるいは警察、それぞれ発表した数字が食い違っておるというような場合に、国として大体どちらを信用すればいいのか、対外的にも、こういうふうな質問をされた場合も、いや警察はこう言っております、県ではこう言っております、市ではこう言っておりますと言ってみたって、国としてはどういうふうに把握しているのかと言われた場合に、むずかしい問題ではありますけれども、厚生省なら厚生省としての、死亡者数が幾らということを公式に発表できる何らかの一つのものをつかんでもらいたいと思うのですよ。そうしないと、もう三十年もたっておるわけでしょう、ましてやいまからなかなかむずかしいわけですから、その意味では、今日までそれを放置してきたということについても厚生省は若干問題がありはせぬかと考えますけれども、それはいまさら追及してもしようのないところでもございますから、やはり厚生省として公式に数字を求めるべきだ、私はこう考えます。
 それでは、全国で被爆者手帳を持っておられる方は何名で、厚生省の認定患者は何名ぐらいですか。
#140
○佐分利政府委員 本年三月末の手帳所持者は三十五万二千人でございますが、そのうち認定患者の数は四千二百七十六名となっております。
#141
○小宮委員 被爆者の生活実態調査はこれまで行ったことがありますか。
#142
○佐分利政府委員 昭和四十年度に実施いたしております。
#143
○小宮委員 このように原爆被爆者の生活問題あるいは救済問題が叫ばれておる今日、そういうような被爆者の生活実態というのは、四十年にやってから約十年ですから、その間放置されておるわけですが、そういうような意味で私たちが若干不平を言いたいのは、たとえばことしは特別手当を幾らにするとか、あるいは健康管理手当を幾らにするとかと、ただ机上のプランだけで行うということではなくて、やはり被爆者の生活の実態調査を行って、実態に応じた特別手当なり健康管理手当なりこういうようなものを算出すべきだと思うのですよ。だから、いままでは、当初医療法と特別措置法ができた場合にこれぐらいにしようと決めた、あとはただ予算の規模の拡大に伴ってそれに何%か乗じていったということで数値がずっと出されてきておるものだから、やはり生活の実態となかなかかみ合わないという問題があって、それがまた被爆者からの不満の一つになっておるわけですから、そういうような意味では今度やられるようでございますが、この生活実態調査は大体いつからどういうような方法でやられますか。
#144
○佐分利政府委員 本年の十月前後に昭和五十年度原爆被爆者実態調査を行う予定になっておりますが、その際は四十年度の調査の経験を生かしまして、まず基本調査、それから生活調査、最後に事例調査、この三本立ての調査を行うことにしております。
 基本調査につきましては、全手帳所持者について調査をするものでございまして、性、年齢、職業、健康状態、そういったものを調べると同時に、かねてから広島、長崎で行っております復元調査を補完できるようなデータをこの調査で得たいと考えております。
 御質問の生活実態につきましては生活調査で実施するわけでございますが、二十分の一の抽出率を原則としております。沖繩については全被爆世帯を対象にいたしますが、その他の都道府県では二十分の一の抽出率で、先生からお話がございましたような所得の状況とか、就業の状況とか、そういったことを詳しく調べてみたいと考えております。
 また第三の事例調査は、四十年度の調査のときにも事例調査をいたしましたので、そういった方々を中心にいたしまして、その後十年間の社会、経済の変動がどういうふうに影響を及ぼしておるか、またどんな悩みを最近はお持ちになっておって、それがどういうふうに起こってきたかということを調査することにいたしております。
 これをもとにして、今後の原爆二法の改正、被爆者の福祉の向上を図るわけでございますけれども、かつて四十三年に現在の特別措置法を制定いたしましたときも、四十年度の実態調査の成績をもとにして法案、政策等が立案されておるわけでございます。今回もそのように今後の対策に十分生かしてまいりたいと考えております。
#145
○小宮委員 具体的に法律案の中身について質問しますが、健康管理手当の四十五歳以上という年齢制限が撤廃されたわけでございますが、これは非常に努力されたことと思います。それによりますと、四十五歳以上という年齢制限の撤廃によって、健康管理手当の受給者が大体どれだけふえて、全体の数としては幾らになるのか。長崎市の分だけで結構ですから……。
#146
○佐分利政府委員 長崎県、市の分でよろしゅうごさいましょうか。――本年度は健康管理手当は三万二千名を予定いたしております。このうち、年齢制限の撤廃による増加分が五千二百名、所得制限の緩和による増加分が二千六百名と考えております。
#147
○小宮委員 所得制限の問題ですが、これはいままでの経過を見てみると、厚生省かなり大蔵省に制限撤廃を迫ったようですけれども、これは結果としては撤廃されるまでには至っていないのですね。したがってわれわれとしては、今後も厚生省としてはこの所得制限の撤廃はひとつぜひ実現をしてもらいたいということを特に強く要望しておきます。
 またこの所得制限の場合、本人か配偶者または扶養義務者一人の前年度所得税額が八万円以下という所得制限のために、大体どれくらいの人たちがこの支給対象外となっておるのか。その点どれくらいになりますか。
#148
○佐分利政府委員 本年度は所得制限を緩和いたしまして、前年の所得税額十一万七千五百円以下の方を対象にすることにいたしました。これによりまして、支給率で見ますと、従来八〇%の支給率であったものが八五%に引き上げられるものと考えております。
#149
○小宮委員 これは午前中も言っておったが、私も、十一万七千五百円ということになるとこれは年収どれくらいの人かということを、午前中質問がありましたけれども重ねて聞きます。
 それと、所得税額が十一万七千五百円ということに緩和されたことによって、受給者がどれくらいふえるかという点についても説明を願いたい。
#150
○佐分利政府委員 所得額で申しますと、二百九十六万円ということになります。ただ認定患者の場合には障害者加算がございますので、三百二十四万円になってまいります。
 また所得制限の緩和によりまして、長崎の県、市の推計でございますけれども、認定患者に対する特別手当については約六十名、それから健康管理手当につきましては、先ほど申し上げましたが約二千六百名、それからこれも認定患者に対します医療手当でございますが、約百八十名、それから介護手当でございますが、五十件、それから介護手当にいわゆる家族介護手当のようなものが今回新設されたわけでございますけれども、これが二百件出てくる予定でございます。
#151
○小宮委員 今度新設された保健手当ですね、これは支給対象者は長崎市内、長崎県を含めて何人くらいおるのですか。保健手当の支給対象者は。
#152
○佐分利政府委員 長崎の県、市で六千三百名程度予定されております。
#153
○小宮委員 この保健手当も所得制限等で除外される方が出てくると思いますが、その数はどれくらいですか。
#154
○佐分利政府委員 保健手当の場合は健康管理手当の場合と全く同様でございまして、一五%の方々が適用除外になると考えております。
#155
○小宮委員 この保健手当ですね、これは爆心地から二キロ以内ということになっているわけですが、われわれが考えると、結局今度は一般の被爆者手帳と特別手帳が一本化されたわけですが、特別手帳の場合はたしか現行では、一本化されるまでは三キロだったと思いますけれども、なぜ二キロにしたのか、やはりわれわれが納得性のあるというのは、いままでの特別手帳を持っておった人を対象にして保健手当を支給するんだというふうにわれわれは理解しておったものだから、結局、当然そうなれば三キロ以内というのが私は筋だと思うのだけれども、なぜ三キロ以内ということではなくて、二キロ以内にしたのか、その点いかがですか。
#156
○佐分利政府委員 健康管理手当は具体的に十種類の健康障害のいずれかをお持ちになっていらっしゃる方に対して支払われる手当でございますけれども、今回新設の保健手当は、現在は病気の状態にはないが、近距離で多量の放射線をお浴びになったから、そのうちあるいは放射線障害による健康障害が出てくるかもしれない。したがって、その方たちの健康の保持、増進に努め、不安を解消するために支払おうとするものでございます。したがって、どの程度の放射線を一回に浴びると健康に障害を起こしてくるのだろうかということが問題になるわけでございまして、結論から申しますと、国際放射線防護委員会、米国放射線防護測定委員会、そういったところの勧告や基準、さらに従来の医学的な経験によりましても、一回の照射で健康の障害が起こり得るというのは二十五レム以上の照射ということになっておりますので、今回も二十五レム以上という基準を採用いたしました。そうなりますと、距離で申しますと、おおむね二キロになるわけでございます。要するに放射線の障害によってこれから健康障害が起こるかもしれない方たちということになりますと、現在の医学的な考え方では二十五レム以上の被曝ということにならざるを得ないのでございますが、健康管理手当の場合には現にすでに障害が起こっていて、それが原子爆弾の放射線とあるいは何らかの関係があったかもしれないという方たちに具体的に現にある障害に充てるための手当として支給しているものでございますから、両方の制度の趣旨とか、考え方が違うわけでございます。
#157
○小宮委員 旧特別手帳の支給対象も当初は二キロ以内だったわけですね。それから改正されて三キロになったわけです。そういうような意味では私もここでずっと前に二キロと三キロどう違うのかという質問までしたことがあるのですけれども、そういうような意味ではいま言われておることは理解せぬでもないのだけれども、ただわれわれの一般的な理解としてはやはり旧特別手帳をもらっておった対象者を保健手当の支給対象にすべきだというような考え方がいまでも残っておるものだから、そういうような意味で三キロと二キロということで、なぜ二キロにしたのかという質問が出てくるわけですけれども、それは一応いまの問題はそれとして、ひとつ今後そういうような意味では長崎でもこれは当然三キロまで広げるべきだという意見もかなり強いのです。だから、そういうような意味で来年の五十一年度予算あたりではやはり特別手帳を持った人も自分たちも保健手当をもらえるのだというような感じを持っている人が多いのです。だから、そういうような意味でいまの説明はわかるけれども、ひとつこれも少なくとも旧特別手帳を所持していた人たちを対象にその地域の三キロくらいまで拡大をしてもらいたいということで要望申し上げておきます。
 それから被爆地域の拡大の問題です。
 これは五十年度予算では時津、長与町は準被爆地域に指定をされておるわけですが、これは昨年の場合に健康調査をやって、その調査結果に基づいていわゆる準被爆地域から結局長崎市同様の被爆地に格上げをするというようなことがやっぱり昨年のこの委員会で質問した場合に答弁としてあっておったわけですが、この長与、時津町については健康調査をやられたのかどうか、その調査がやられておるとすれば、その結果はどうなっておるか、その点いかがですか。
#158
○佐分利政府委員 これらの地区につきましては、まだ一部健康診断実施中のところもございますので、最終的な結果ではございませんけれども、一応三千五百人程度健康診断をお受けになりまして、おおむね一%の三十五人に健康障害が出てまいりまして、被爆者健康手帳を支給した次第でございます。
 で、この地域は五十年度には一般地域に組みかえるという性格のものではございませんで、従来やってまいりましたように健康診断を実施いたしまして、具体的な健康障害のある方が出てくれば、その方に手帳を交付する、その他の原爆対策を適用するという形を今後とも続けていく予定でございます。
#159
○小宮委員 時津、長与町のほかに、長崎市周辺の東長崎など七地区と市に隣接した西彼杵郡の香焼町、こういうようなところについても、これまでいろいろ陳情をやっておるわけですけれども、五十年度は見送られておりますが、この認定地域の拡大についてはどのように考えられておるのか、ひとついかがですか。
#160
○佐分利政府委員 そのような地域から、地域指定の御要望が具体的に出ております。
 先般、専門家にお集まりいただきましていろいろ御審議願ったのでございますけれども、放射線の影響という意味では、新たにそれを証明するような資料がまだ得られておりません。したがって、今後とも慎重に、医学的、科学的な立場に立って検討を続けてまいりたいと考えております。
#161
○小宮委員 被爆二世の問題ですが、私の聞いた範囲内でも、結婚して、被爆二世ということで離婚になった実例もございます。そういうような意味で、もう被爆後三十年たった今日、原爆の後遺症に何らかの形で苦しんでいる人たち――またいつ発病するかわからない病気に悩まされて、被爆二世の方々も、いま非常に不安にかられているのです。現代医学で被爆二世に対する原爆症というのを予知することができれば問題ございませんが、やはりそれを予知するということはいまの医学ではもう不可能と言っても差し支えないところですから、そういうような意味で、この被爆二世に対する対策というものを厚生省としてもどのような形で進めていくのか、考えがあればひとつお聞きしたいと思うのです。
#162
○佐分利政府委員 現在調査研究を継続中でございまして、これは、ABCCと予研の肩がわりをいたしました財団法人放射線影響研究所でも、今後強力にその研究を続けますし、また厚生省といたしましては、四十九年度から、特に被爆世帯の健康調査というテーマを取り上げまして、学界に調査研究を委託しておりまして、その中で、二世、三世の健康問題を調査していただいておるわけでございます。
 現在までのところ、どの調査を見ましても、被爆二世につきまして、一般の方々の二世と、白血病だとか寿命だとかその他について差はないという結果が出ておるわけでございますけれども、理論的には問題があるわけでございますので、今後とも研究を強力に推進してまいりたいと考えております。
 ただ、被爆二世、三世の問題は、就職だとか結婚だとか、いろいろ複雑な社会問題が絡んでまいりますので、そういう点も十分に考慮しながら、慎重に進めてまいりたいと考えております。
#163
○小宮委員 この離婚した話も、これは長崎の人が四国の人にお嫁さんに行った。長崎では特にそういった原爆症状云々でそんなことはないのですけれども、やはり全然関係のない、そういうような四国あたりに行ったり、東北あたりに行くと、何かちょっと病気をすると、それは原爆症じゃないのか、すぐそういうような目で見られて、しゅうとめとの間の折り合いが悪くなってそうして離縁されたというようなことにまで発展している例をちょいちょい聞くのです。
 だから、それはやはり直接の対策というよりは――そんな対策はできるはずはありませんから、みんなの理解にまつ以外にないのですけれども、案外全然無関係のところは、そういうような傾向がいまでも出てまいっております。
 最後に、原爆病院対策ですが、長崎の原爆病院に対する助成金が、五十年度予算では二千二百五十万円になっているわけですが、それも四十九年度に比べれば二倍に上がっておりますし、政府の努力も認めるところですが、しかし長崎の原爆病院は、四十八年度単年度だけでも一億三千万の赤字になって、累積赤字は二億五千万にも上る見込みでございます。したがって二千二百五十万円程度の助成ではどうにもならないというのが実態でございますが、まずこの原爆病院の赤字の原因はどこにあるというように考えられますか。
#164
○佐分利政府委員 原爆病院の財政再建対策を練りますために、県と市と病院とで協議をしたわけでございますが、その結論によりますと、第一に、長期慢性の患者が多くて余り医療収入が上がらないということ、それから高齢者が多くて介護に人手がかかるということ、そのほかに特別に原爆後遺症の調査研究といった不採算部門を抱えておるということ、こういったことが大きな理由になっております。
#165
○小宮委員 確かに原爆患者は特別の条件下にあると思います。老齢化の問題あるいはそのために退院する人が少ないために病院の経費が高くなるという問題もありますけれども、やはり問題は原爆患者の治療の問題にしましても、あれは普通の一般の患者と違いますから、やはり非常に治療がむずかしく、また高度の医療機械を必要とするということで、病院の経費がかさんでいく、また不幸にして死亡された方に原爆症確認のための解剖をする経費もかなりかかるというような問題で、やはり抜本的な対策を立てなければ、ただ、いまのような助成ということでは、助成の額はふやしていただいておりますけれども、なかなかむずかしいのではないか。
 したがって、被爆者たちが満足に病院で養生するというのもなかなかむずかしいし、長崎でも一時病床を減らすという問題もあったわけですが、県と市が再建委員会をつくってやっておりますけれども、なかなか県も市も財政窮乏の折からやはり限度がありますので、それは国にしたって財政の硬直化の問題が起きておりますから、むずかしい問題があろうと思いますけれども、そういうような原爆病院に対する助成というのはやはり特別な措置を講じてもらわなければどうにもならぬような実態まで追い詰められておるというのが実態ですから、そのためにひとつ政府としてもこの原爆病院の赤字対策については特に配慮をしていただきたいということをお願いしたいと思いますが、ひとつ大臣から所見を伺います。
#166
○田中国務大臣 広島、長崎の両原爆病院の採算が非常に悪い、累積赤字があるということで、これを何とかしなければならぬということで、今年度予算要求等でいろいろやりましたけれども、研究費等につきましてはある程度認められましたが、病院の経営実態についての詰めが予算要求では十分でもなかったような気がいたしまして、なお不十分であります。
 したがいまして、原爆被爆者の治療あるいは研究に事欠くようなことがあってはいけないと私は考えておりますので、これは明年度予算で私どもはひとつ大いに努力をいたしたいというふうに考えておる次第であります。
#167
○小宮委員 以上で質問を終わります。
#168
○大野委員長 御苦労さまでした。
 これにて原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案についての質疑は終了いたしました。
    ―――――――――――――
#169
○大野委員長 これより討論に入ります。
 討論の申し出がありますので、順次これを許します。増岡博之君。
#170
○増岡委員 私は、自由民主党を代表し、政府提出の原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案につきまして、賛成の立場から討論を行います。
 わが党といたしましては、昭和三十二年の原爆医療法、昭和四十三年の原爆特別措置法の制定以来、その後の制度改正を中心に、被爆者対策の充実強化に努めてきたところであり、被爆者対策は今日まで着実に進展してまいったのであります。
 さて、今回の改正案においても、従来にも増してその対策の充実が図られていると考えられます。
 まず、保健手当の新設であります。近距離被爆者につきましては、従来からその健康の保持、増進の必要性が論じられてきたところであります。今回の保健手当は、爆心地から二キロメートル以内で被爆した方々については原子爆弾の放射線を特に多量に浴びておりますので、その健康の保持を図るため、新規に約四万三千人に対し月額六千円の手当を支給するものであります。この手当は、近距離被爆者であれば、原則として一生支給される手当でありますから、いわば年金的な性格を持っているとも評価できるものであり、被爆者対策としてまさに画期的な制度であると考えられます。
 次に、健康管理手当につきましては、制度発足当初の受給者は九千名余にすぎないものでありましたが、年を追って改善され、今回の改正案では年齢制限を完全に撤廃することといたしております。これにより受給者数は大幅に増大し約八万人となり、これも大きな前進であります。
 また手当額につきましても、特別手当の月額一万五千円は二万四千円に、健康管理手当の七千五百円は一万二千円にと、引き上げ率六〇%にも及ぶいまだかつてない画期的な額の引き上げが図られております。
 さらに介護手当につきましても、家族等による介護の場合にも手当を支給する道を開いたことは、これまた被爆者の在宅対策の強化に資するものであります。
 以上述べましたとおり、本改正案は、その内容においてこれまでの当委員会における質疑、討論、附帯決議等を現時点においてできる限り取り入れたものであると評価できるものであり、これが実現により被爆者に対するその他の施策と相まって、今後の被爆者対策は大きく飛躍するものと思われます。よって、自由民主党といたしましては、本改正案について賛成するものであります。(拍手)
#171
○大野委員長 森井忠良君。
#172
○森井委員 私は、日本社会党を代表して、本案に反対の討論を行います。
 以下、その理由を申し述べます。
 その第一は、ことしは被爆三十周年に当たり、全国の被爆者やその遺族などから原爆被爆者援護法を制定してほしいという要求が強く大きく出されているとき、本案はそれにこたえていないということであります。
 本来、医療、特別措置の、いわゆる現行原爆二法は社会保障の枠内で制定されたものであり、国家補償の精神に基づいておりません。もともと対米請求権を放棄した日本政府は、国際法違反の原子爆弾で被害を受けた方々に、国家の責任において補償すべきであります。
 したがって、死没者への弔慰金はもちろんのこと、全被爆者や遺族への年金、被爆二世への援護措置など、当然なされなければならないことが本案では全く抜けております。
 第二に、本法案は特別手当など諸手当の増額と保健手当及びいわゆる家族介護手当の新設など従来より前進した面もあり、現行法のもとでの努力は認められるものの、被爆者の実情から見て、およそ十分な援護とは言いがたいと考えられます。
 保健手当は、これまでになかった、現在の時点では健康な被爆者に対しても支給されるものではありますが、範囲を爆心地から二キロメートルに限定したため、被爆者を分断、差別することになります。加えて、その科学的根拠として厚生省が説明した被曝放射線量二十五レムは科学的根拠のきわめて薄いものであり、また残留放射能による体内照射を受けた被爆者に対する配慮は全くなされておりません。昨日の私の質問に対する政府の答弁は全く説得力がなく、科学的根拠のないものであることを暴露したにすぎません。この際、政府は一日も早く科学的な検討を行い、不合理を是正するよう強く要求しておきます。
 第三は、われわれは、現在参議院に野党四党及び二院クラブによる被爆者援護法案を提案しております。この法案は、本案の欠陥を是正し、真に被爆者の要求にこたえたものであり、同院で可決されることを期待しております。どうか政府におかれては、本法案を撤回し、野党による援護法案に同調されるよう強く要求して、反対討論といたします。(拍手)
#173
○大野委員長 石母田達君。
#174
○石母田委員 私は、日本共産党・革新共同を代表して、最初に、政府提出の原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案に対し、賛成の態度を表明いたします。
 広島、長崎への原爆投下からすでに三十年、ことしもまたあの忌まわしい原爆記念日を迎えるのであります。ところが、いまなお全国三十数万の被爆者が原爆症による苦痛と、不安に満ちた生活を余儀なくされているのみならず、さらに最近では、被爆者は子や孫にまで放射能障害があらわれるのではないかという新たな、深刻な苦悩にさいなまれているのであります。
 あの言語に尽くせない悲惨な、広島と長崎への原爆投下は、明らかに国際法違反行為であり、これによって生じた損害に対してすべての被爆者とその遺族は、アメリカ政府に賠償を要求する当然の権利があるのであります。
 しかるに、日本政府はサンフランシスコ平和条約でアメリカに対する損害賠償請求権を放棄したのであります。されば、被爆者とその遺族及び子や孫の医療と生活を全面的に援護する責任を国家が持たなければならぬことは明らかであります。
 わが党は、一貫して被爆者の国家補償の立場に基づく援護措置を要求してきました。一昨年の八月には、いち早く原子爆弾被爆者援護法案(要綱)を発表し、その実現のために奮闘してきました。
 また、ただ一つの被爆者の全国的な団体である日本被団協も、被爆者援護法制定を目指す運動を一貫して進めてきたのであります。「もう待てない、一日も早く被爆者援護法の制定を」これが被爆者の率直な、切実な気持ちであります。
 このような中で、わが党を含めた四党は、昨年第七十二国会に原子爆弾被爆者援護法案を提出しました。この四党案は、被爆者の闘いの大きな発展と、これを支援する広範な世論の高まりの中でつくられたものであります。
 御承知のように、この四党案の内容は、国家補償の精神に基づいて、政府の責任で全面的な援護を行うものであり、全額国庫負担による医療の完全な無料化と、終身の被爆者年金の支給、遺族年金、弔慰金の支給など、まさに画期的なものであります。
 今回の政府案について言えば、保健手当の新設など被爆者にとって一定の改善であり、賛成の態度を表明するものでありますが、先ほどの参考人の意見陳述を見ましても、被爆者自身が被爆によって受けた障害などを例に挙げて、現行の政府の施策がいかに不十分であるかはっきりと述べられました。
 いまこそ、政府・自民党は国家補償に基づく援護法の制定を真剣に考えるべきときであります。
 わが党は、四党共同法案の実現を目指し、衆議院に提出を主張し、一たん野党間で一致を見たにもかかわらず、突然提出されないことになり、このため今国会の衆議院では四党案が議題とならなかったことは、はなはだ遺憾であります。
 わが党は、参議院で四党案を審議し、それを実現させるために引き続き努力するものであることをここに表明して、討論を終わります。(拍手)
#175
○大野委員長 大橋敏雄君。
#176
○大橋(敏)委員 私は、公明党を代表して、議題となりました原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案に対し、反対の討論を行うものであります。
 昭和二十年八月六日、続いて九日、広島、長崎に原子爆弾が投ぜられ、一瞬にして三十万人余のとうとい生命が奪われてからことしで満三十年の長きを数えます。幸いにして生命を保ち得た被爆者も、今日に至るまで原爆後遺症に体をさいなまれ、常に死と対決する不安な毎日でありました。加えて原爆症は正常な労働能力を奪ったため、被爆者の多くはいまもって十分な所得が保障されておりません。
 私は、原爆投下から今日まで、被爆者と死没者の遺族の置かれてきた筆舌に尽くせない悲惨な実態とその苦衷を察するとき、被爆者に対する施策はこのままでいいのか、きわめて疑問に思うのであります。
 すなわち、原爆という特殊性による被害についての国家責任問題、そして国家補償による被爆者の救済でなければ真の被爆者援護にならないと思うのであります。
 したがって、反対の第一の理由は、本法案において一部被爆者援護対策に改善が認められるものの、被爆者や私どもの要求する援護対策からはほど遠いものであり、認められないのであります。
 第二は、保健手当、特別手当、健康管理手当など各種手当の額が生活保障にかけ離れたものであり、被爆者の実態を無視しております。しょせんびほう策にすぎず、社会保障法体系の限界がもたらすもので、現行法の抜本的改善なくして被爆者の生活の向上、真の救済はないということが明らかであります。
 第三は、さきの国会において院は政府に対し、本法施行に当たり努力改善目標を付帯事項として決議しておりますが、依然として適用範囲の限定、所得制限の存続、医療費自己負担、沖縄の地域格差及び特別手当の生活保護収入認定からの除外等々、懸案の問題が末解決のまま本法案は提案されているのであります。少なくともこれら被爆者の生活に直接にかかわる点についての改善は、三十年という歴史のエポックにおいて最大の努力が払われるべきであります。この点から、本法案ははなはだ不十分な施策であると思うのであります。
 以上が反対の主な理由であります。
 したがって私は、政府・自民党が、公明党を初め野党が共同提案した原子爆弾被爆者等援護法案について積極的に検討し、その制定に努力されることを期待して、私の反対の討論を終わります。(拍手)
#177
○大野委員長 これにて討論は終局いたしました。
    ―――――――――――――
#178
○大野委員長 これより採決いたします。
 本案に賛成の諸君の起立を求めます。
#179
○大野委員長 起立多数。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。
#180
○大野委員長 この際、住栄作君、枝村要作君、石母田達君、大橋敏雄君及び小宮武喜君より、本案に対し附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。
 その趣旨の説明を聴取いたします。住栄作君。
#181
○住委員 私は、自由民主党、日本社会党、日本共産党・革新共同、公明党及び民社党を代表いたしまして、本動議について御説明を申し上げます。
 案文を朗読して説明にかえさせていただきます。
   原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案に対する附帯決議
  政府は、原子爆弾被爆者が現在もなお置かれている特別の状態と被爆者の援護対策の充実強化の要望を配慮し、今後被爆者の援護措置全般にわたる制度の改善を図ること。更に、政府は本法の施行に当たり、次の事項についてその実現に努めること。
 一、各種手当の額を更に引き上げるとともに、所得制限の緩和、適用範囲の拡大を図りつつ被爆者に必要な施策の整備充実に努めること。
 二、原爆病院の整備改善を行い、病院財政の助成に十分配慮すること。
 三、特別手当については、生活保護の収入認定からはずすよう検討すること。
 四、原爆症の認定については、被爆者の実情に即応するよう改善を検討すること。
 五、被爆者に対する相談業務の強化を図ること。
 六、被爆者の医療費については、全額公費負担とするよう検討することとし、さしあたり国民健康保険の特別調整交付金の増額については十分配慮すること。
 七、被爆者の実態調査に当つては、今後の被爆者援護施策に活用できるよう努めるとともに、復元調査を更に整備充実し被爆による被害の実態を明らかにするよう努めること。
 八、被爆者の子及び孫に対する放射能の影響についての調査、研究及びその対策について十分配慮すること。
 九、沖繩在住の原子爆弾被爆者が、本土並みに治療が受けられるよう専門病院等の整備に努めるとともに、沖繩の地理的歴史的条件を考慮すること。
 十、葬祭料の金額を大幅に増額するとともに、過去の死亡者にも遡及して支給することを検討すること。
 十一、放射線影響研究所の運営については、被爆者及び関係者等の意見を聴取するなど、真に健康と福祉に役立つものとすること。
以上であります。
 何とぞ委員各位の御賛同をお願いいたします。
#182
○大野委員長 本動議について採決いたします。
 本動議のごとく決するに賛成の諸君の起立を求めます。
#183
○大野委員長 起立総員。よって、本案については、住栄作君外四名提出の動議のごとく附帯決議を付することに決しました。
 この際、厚生大臣から発言を求められております。これを許します。田中厚生大臣。
#184
○田中国務大臣 ただいま御議決になられました附帯決議につきましては、その御趣旨を十分尊重いたしまして、努力をいたす所存でございます。
    ―――――――――――――
#185
○大野委員長 なお、本案に関する委員会報告書の作成等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
#186
○大野委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。
    ―――――――――――――
〔報告書は附録に掲載〕
    ―――――――――――――
#187
○大野委員長 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後三時四十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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