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1972/07/06 第71回国会 参議院 参議院会議録情報 第071回国会 公害対策及び環境保全特別委員会 第10号
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1972/07/06 第71回国会 参議院

参議院会議録情報 第071回国会 公害対策及び環境保全特別委員会 第10号

#1
第071回国会 公害対策及び環境保全特別委員会 第10号
昭和四十八年七月六日(金曜日)
   午後二時十三分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 七月五日
    辞任         補欠選任
     辻  一彦君     沢田 政治君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         森中 守義君
    理 事
                金井 元彦君
                菅野 儀作君
                杉原 一雄君
                内田 善利君
    委 員
                寺本 広作君
                林田悠紀夫君
                沢田 政治君
                小平 芳平君
                高山 恒雄君
                沓脱タケ子君
   政府委員
       環境庁長官官房
       長        城戸 謙次君
       環境庁長官官房
       審議官      鷲巣 英策君
       通商産業省公害
       保安局長     林 信太郎君
       通商産業省公害
       保安局参事官   田中 芳秋君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        中原 武夫君
   説明員
       経済企画庁総合
       計画局計画官   山本 純男君
   参考人
       大阪府公害監視
       センター次長   大塩 敏樹君
       三重県立大学医
       学部教授     吉田 克巳君
       横浜国立大学環
       境科学研究セン
       ター助教授    加藤 龍夫君
       静岡大学人文学
       部助教授     河合 義和君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○委員派遣承認要求に関する件
○公害及び環境保全対策樹立に関する調査
 (当面の公害対策に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(森中守義君) ただいまから公害対策及び環境保全特別委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日、辻一彦君が委員を辞任され、その補欠として沢田政治君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(森中守義君) 次に、委員派遣承認要求に関する件についておはかりいたします。
 有明、八代海における水銀等による環境汚染の実情を調査し、もって公害対策の樹立に資するため委員派遣を行ないたいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○委員長(森中守義君) 御異議ないと認めます。
 つきましては、派遣委員、派遣地、派遣期間等の決定は、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#5
○委員長(森中守義君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ―――――――――――――
#6
○委員長(森中守義君) 公害及び環境保全対策樹立に関する調査を議題といたします。
 本日お招きいたしました参考人は、大阪府公害監視センター次長 大塩敏樹君、三重県立大学医学部教授 吉田克巳君、横浜国立大学環境科学研究センター助教授 加藤龍夫君、静岡大学人文学部助教授 河合義和君、以上四名の方々であります。
 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は御多用中のところ、また遠路にもかかわりませず委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。
 本委員会といたしましては、公害及び環境保全対策の樹立に関し鋭意取り組んでまいったところでありますが、当面の環境汚染問題等の対策をより積極的に推進させるため、万全を期したいと存じております。本日は、当面の公害対策につきまして、それぞれの立場から率直な御意見をお伺いいたしたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
 なお、議事の整理上、御意見の開陳はおのおの二十分程度といたしまして、大塩参考人、加藤参考人、吉田参考人、河合参考人の順序で御意見を承り、あとは委員の質疑にお答えいただくようお願いを申し上げたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
 それでは大塩参考人からお伺いいたします。
#7
○参考人(大塩敏樹君) 大阪府から公害をなくします長期計画を策定する作業を進めてまいりました立場から、その主要な考え方並びにそれに関します若干の問題点を述べさせていただきます。
 御承知のように、大阪府は人口、産業が集中いたしました超過密の地帯でございまして、その中で多種多様の公害が多発しております。したがいまして、大阪は公害のるつぼと、こういうようにいわれるゆえんでございます。こうした地域から公害をなくすためには、従来の対策につきまして謙虚に反省いたしますとともに、こういった公害をもたらします根本的な都市並びに産業構造等についてもメスを加える必要がございます。したがいまして、この基本計画につきましては、発想の転換をはかる、こういう意味で環境容量の考え方を導入いたしまして、基本的な長期計画を作成することといたしております。
 環境容量と申しますのは、環境の仕組みに応じまして汚染物質の排出量を一定限度以下に押える、こういう考え方でございますが、その中核をなします、環境の有するみずから清める作用、すなわち自浄作用につきまして、若干の例に基づきましてお話し申し上げたいと思います。特に、河川の自浄作用につきましては、欧米ではこの程度の知識は常識でございますが、わが国におきましては、こういった考え方によりまして都市づくりその他の行政的な措置がとられていると言いかねる問題がございますので、ここでその基本となります問題につきまして例をあげてお話し申し上げたいと思います。
 汚水が河川に流入いたしますと河川中の酸素が減少するという、こういった現象につきまして注目されましたのは、もうすでに一世紀前のことでございます。これにつきまして種々研究がなされた結果、この現象は、バクテリアが汚水中の有機物を炭酸ガスと水とに分解する過程で酸素を消費する、こういうことが明らかになりました。したがいまして、その減少します酸素量をPPMであらわしたものを生物化学的酸素要求量、すなわちBODと名づけまして、これをもって水質の汚濁の指標にしようということに相なりました。
 また、その後河川の生態学的な研究が行なわれまして、先ほど申し上げましたような有機物質の分解の結果生ずる炭酸ガスは、日光とくっつきまして光合成の結果、藻類、いわゆる植物でございますが、植物がそこでふえて酸素を放出する、そういう過程で酸素のバランスがとられている。また、そういった酸素の豊富な正常な河川におきましては、当然魚介類が住み、お互いに相互依存の法則によりまして一定のシステムを構成されている。したがいまして、河川の水質を化学的に分析しなくても、そこに住んでおります生物の姿を見ればおのずから環境の質がわかる、すなわち生物指標という考え方が生まれてまいりました。こういった生物を指標生物と申しまして、そういった指標生物を見れば環境の質が判断される。この考え方は、今後大気汚染等を判断する場合にも非常に大きな意義を持つものと考えられます。
 こうした研究結果が行政的な面あるいは都市計画に取り入れられまして、先ほど申しました微生物が分解できないような大量の汚染物質につきましては、人工的にこれを肩がわりして除去しようという試みがなされたわけでございます。これは現在、欧米の都市あるいはわが国の都市でも採用されております生物を使いました処理法でございます。この方法は、非常に速度はおそうございますけれども、二次的な公害が起こらないという点では非常に注目すべき方法でございます。
 その結果、この都市の姿というものを見てまいりますと、まずそういった生物を歯どめとする処理法を導入したことによりまして、生物が分解し得ないような物質、たとえば高分子物質であるとか、あるいは合成洗剤の中でも生物が分解しがたいいわゆるハードな洗剤をソフトに転換していくとか、あるいはPCBのような塩素化合物につきましては、微生物を破壊し自浄作用をそこなうために、そういったものについては極力排出しない、また、シアンとか重金属についてもこれは排出しないようにしよう、こういう考え方が当然生まれてくるわけでございます。一方、わが国におきましては、欧米と異なりまして、ノリであるとか、あるいは貝であるとか、あるいは魚というものを食する関係で、そういったものを出しますと生物濃縮という現象が起こりまして、やがてそれはわれわれの口の中に入ってくる、こういうことに相なるわけでございます。
 したがいまして、こういった自浄作用を基本とする考え方をとりますと、まず第一に、自浄作用の限界を越えるような汚染物質は人為的な除去装置で排除しなければならない、こういう原則が生まれてまいります。次に、そういった自浄作用で分解しがたいものにつきましては、極力クローズドシステム化しなければならない。この二つの原則が生まれてくるわけでございます。
 こういった考え方をかりに大気の場合に当てはめますと、川のようにある幅をもって汚染物質が運ばれるのと違いまして、大気の場合は三次元方向に汚染物質が運ばれる関係で、現象が非常に複雑になってまいります。しかしながら、この大気汚染につきましては、先ほど申し上げましたような、われわれの環境でいわゆるバクテリアが有機物を分解するような明確な自浄作用がなくて、ほとんどは希釈による効果に依存しなければならない。その反面、われわれは川の中の魚と同じように、空気を吸うことがやめられない。こういうことから見ますと、現象は複雑であり、かつ深刻ではございますけれども、先ほど申し上げましたような関係を使いまして許容し得る排出量、こういうものは算定できるわけでございます。
 ここで、この環境容量の意義でございますけれども、先ほど申し上げましたような原則から、環境容量というものが現実に行政でどのように生かされるかということでございますが、御承知のように従来の公害対策は濃度規制、こういうことでございまして、排出口におきます濃度、いわゆるPPMを規制したものでございます。しかしながら、こうした規制方式では、かりに個別に基準が守られましても、総量としての汚染が進行するわけでございます。こうした集積被害を防止するため環境基準の考え方を導入いたしておりますけれども、欧米で見られますような実効ある、いわゆる基準的な環境基準という考え方を導入します場合、わが国の場合は排出が許容される基準というのがございまして、これを中心に対策が進められておる関係上、わが国の環境基準は、どちらかといいますと環境目標的な基準になっているわけでございます。
 こういった二つの並列方式によりまして、先ほど申し上げました排出基準と環境基準の並列方式で公害対策を進める場合に、種々の問題点を生じてまいります。やはり人間優先という立場から考えますと、人の健康を維持するに望ましいような基準を守っているかどうかということが問題でございまして、排出基準と合致しているかどうかというのは、二次的な問題であるわけでございます。
 そういう観点から、もう少し環境基準と排出基準を科学的に関連づけていきますと、次のようなことになります。すなわち、大気汚染の場合で申し上げますと、われわれが吸います空気の質を支配しているのは、一つ一つの煙突から出ます汚染物質の濃度ではなくて、排出口から出される汚染物質の量である。また、広域的な汚染の様相をなしております汚染物質につきましては、その地域の全排出量が全地域の平均的な環境レベルを支配している、こういうことが言えるわけでございます。したがって、その地域の全発生源とその地域におきます汚染の状況とを、大型電算機によりましてその因果関係を解明すれば、人の健康に支障のないレベルにするためにはどのような排出量にしなければならないか、こういう結論が出てくるわけでございます。
 環境容量の考え方につきましては、そうした環境の中で自浄作用によりまして除去排除される量をもって環境容量という考え方もございますけれども、あとで述べます総量規制のよりどころとするような環境容量につきましては、地域に排出が許容される量、こういう形にするのが非常にあとの対策を立てるにあたって便利であるということで、この地域に排出される総量、これを環境容量と名づけまして、現実に行ないます規制、いわゆる総量規制の目標として環境容量を位置づけたわけでございます。
 こうした対策をいたします場合に、特に大阪府下のような過密地域におきましては、既存の設備につきましてもきわめてきびしい削減率が要求されるわけでございますので、立地規制あるいは開発の抑制等の措置をとる必要がございますし、場合によっては操業の短縮等によってこういった状態を回復する措置を講じなければならないという場合もあり得るわけでございます。その結果、当然のことながら経済社会方面でいろいろな反響がございますので、そういう点を勘案いたしまして、府といたしましては、総合計画とリンクさせましてこの環境容量の維持達成をはかるという方針で、現在実施計画を詰めている段階でございます。本来この環境容量は、単に環境の状態を改善するというだけではなくて、いわゆる人口、産業あるいは都市活動そのものを制約することになりますので、水、資源あるいは食糧あるいはエネルギー、こういったような問題と産業全般のあり方を再検討する一つの目安にとっているわけでございます。
 なお、こうした環境容量が実際に設定されまして、それが着々と実施される過程におきましては、一方におきまして膨大な予算を必要とするわけでございます。大阪府下におきましては、五十六年までの必要経費が約三兆四千億ということでございますし、この財源以外にも、制度とか技術の開発という問題点があるわけでございます。また、今日見られております光化学スモッグのように、現象自身が広域化いたしますと、単に一自治体がこういった容量を設けて対策を進めているだけでは全体の環境の改善につながっていかない問題がございますので、今後は、やはりそういった問題につきましては広域的な問題に対処するような形で発展していかなければならない、こういうように考えております。
 特に大阪府におきましては、先ほど申し上げましたように大気につきまして非常に深刻な問題をかかえておりますが、たとえて申しますと窒素酸化物の場合につきましては、平均して七五%以上の削減を要する。また市内におきましては、マスキー法がかりに適用されましても、市街地の中では車を一切ふやせられないという現状にございますので、先ほど申しましたような制度上の問題、また技術開発の問題、その点についてより一そう促進させる必要があろうかと存じます。
 以上でございます。
#8
○委員長(森中守義君) どうもありがとうございました。
 それでは加藤参考人からお願いをいたします。
#9
○参考人(加藤龍夫君) 横浜国立大学に環境科学研究センターがこのほどつくられまして、ようやくと申しますか、大学にそういう一つの環境の研究機関が発足したわけでございます。
 実は、きょうのこの委員会は当面の公害対策ということでございますが、先ほどテーマをいただいた次第でございますので、そういう当面の、現在いま行なわれておるという点に関しましては、そういう資料というものは持ってきておりませんので、私どもがこの数年来、環境の研究ということを通しながら行政その他とのかかわり合いにおきまして感ずるところ、こうあってほしいというようなところを意見として申し述べさせていただきたいと思います。個々の具体的な行なわれました施策につきまして、それの当否というようなことは、もしございましたらば御質問その他の場合にお答えできるかと思います。
 実は私の専門としておりますのは環境計測ということでございまして、ちょうどこれにかかわり合っておるのが、現在光化学スモッグという問題と悪臭対策でございます。これは両方とも、たまたま大気汚染の計測技術というものが関係しております関係上、私どもが一つの大きなテーマとして考究してまいっている次第でございます。具体的なこの点に関しまして、実際とられました問題を考えてみたわけでございますけれども、実は光化学スモッグ対策というのは、全体として見ました場合にまことにお粗末な対策でございまして、ほとんど実効的な手が打たれておらないということでございます。悪臭対策にいたしましては、悪臭防止法案の制定を見ましてたいへん前向きな、これは世界にも例のないような物質規制というようなことで進められまして、それは今後、そういう成果がだんだんあがってくるのじゃないかというふうに考えております。この二つにつきまして問題点を、若干羅列的でございますけれども、あげてみたいと思います。
 まず、光化学対策というような場合、この対策というのは、自動車をどうするというような具体的なことだけではなく、その調査、それからそういう機関のあり方、そういうものを全部含めると思います。これは、日本で起こっております大きな公害問題というものも、全体のそういうやり方が大いに関係していると思います。私ども、その調査という点でやってまいったわけでございますが、特にその調査の点で大学と行政というようなことを考えてみますと、これは非常にはっきりしておりまして、大学というのは原因の究明、そういう学問的な問題を受け持ちまして、それの成果を利用いたしまして行政が的確な対策を打つ。これはものごとを進めていく場合の原則じゃないかと思います。この研究活動というようなことは、現在では公害の問題が非常に多発しておりまして、これに対処する機関といたしまして各地に公害研究所というものができておりますし、環境庁が設立されたということもその中に入ると思いますが、この場合に、やはり研究ということ、ものごとを明らかにするということと、それを行政に反映していくということを混同してはいけないのじゃないかと思うわけです。
 その例といたしまして、これは地方の自治体でございますけれども、光化学スモッグが起きまして、その原因究明ということが何か対策のすべてのような、一つのこれは錯覚と申しましょうか、ありまして、それがわからないから手が打てないというようなことがたいへん被害その他を拡大と申しますか、混乱させている事態にあるように私どもは考えます。
 実は環境というものは、われわれは環境科学というものを国でつくっていただきまして、そこで研究する一つの理念といたしまして、これはたいへん総合的な複雑なものだと考えております。ちょっとやそっとのことではわからない、したがって大いに研究しなければならないというようなふうに考えております。
 この環境を把握していくというためには、現在までにいろいろの学問体系がございます、その一つを申しますと地球科学でございます。これは物質収支、それから環境に出た物質がどういうふうに回っていくかというふうなことに関しましては、地球科学の手法というものがございます。それから、これと生物、対生物社会とのかかわり合いというものに関しましては、これは生態学でございます。植生学とか動物生態学、あるいは人間もこれに含めてよろしいと思いますが、生態学の立場がございます。それから、こういう公害が出てまいります基本というか、もとの原因というのは、これは産業活動が非常に盛んになったということがございます。これはもともと工学的な考え方でございまして、工学というのは、元来の考え方からいいますと生活環境を改善するというのが大きな工学の目的でございますが、残念ながらこれが末期的症状で、その工学の発達の結果、環境が非常に汚染されて人類の将来に非常に暗い影を投げかけてくるというふうな点になりますと、これは、もとに戻って考えますと生活環境をよくするということから発足しているはずでございます。したがいまして、その工学のあり方を、これを従来のいいところを取りまして変えていくということで、そのような三本柱というものをとりあえず考えまして、それをただ集めればいいかというと、そういうことではございませんので、過去の経験を生かしまして、そうして新しく人類の環境というものを保全・創造していくというようなことが必要じゃないかと思うのでございます。
 そのような立場に立って考えますと、環境というものは非常に複雑でございまして、私どもが環境を研究する、これは大気汚染、たとえば光化学スモッグということを考えた場合に例をとりますと、実際に私どもがいろいろメスを入れまして、これは大気でございますからたいへん流動いたしますので、そういうメスを入れましてわかった事態というものは非常に断片的なものでございます。たとえば縄文土器のかけらを集めて、そうしてその全体像をさがさなければならないというような制約というものは必ずあるわけでございます。
 そういうようなことを考えに入れていきますと、現在公害対策としてとられているのが、非常に何といいますか、その全体のことがわからないと手が打てないというような一つのシステムになっておるように見受けられるわけでございます。光化学一つの例でも、自動車であるという意見が出てまいりますと、いやこれは工場の煙突であるという意見が出てきたり、非常にさまざまな意見が出てまいりまして、その意見が全部統一されてはっきりしないと手が打てないというような状態が現在見えます。これは例がないわけではありませんで、現在騒がしております水銀事件の一番発端の場合にも、全くそれと同じような経験があるわけでございます。熊本大学で水銀が原因でなかろうかということがわかりかけたときに、いろいろな説が出まして、たとえば有機アミン説というような説が出たりいたしまして、たいへん手を打つのがおくれたということを大いに反省しなければならないのではないかと思います。この場合に、大学あるいは国立あるいは行政の研究機関、その研究のあり方というものと、それを行政に反映していくというところをもう少し密接に有機的に、かつ効果があがるように、独自の体制で整えていかなければならないと、私どもはつくづくそういうふうに思うわけでございます。
 理念のようなことばかりで――具体的な例というのは幾らもあげることができますけれども、対策というものを出す場合に、その研究成果をいかにとっていくかという点で、もう一段の、一つの筋道というものを立てておく必要があるのじゃないかと思います。たとえば、私どもが研究してまいりまして、自動車の排気ガスというものを一つとってみましても、これは無鉛化対策ということによって芳香族が非常にたくさん入ってございます。この芳香族が入るとどれくらいいけないかというようなことを、これを徹底的にわかるまで研究しておりますと、これはもうたいへんな大きな時間、労力がかかると思います。やはり、少しでもそういうおそれというものがある証拠が断片的にでもわかってまいりましたならば、その対策を打つべきである。ちょうど私どもの当面しておる問題でございますので、そういうふうに思うわけでございます。
 たとえば自動車が問題であるということで、この自動車の走るのをやめる、そういう規制ということをやったり、マフラーをつけるということをやったり、いろいろなことをやられるわけでございます。対策というのはたくさんいろいろなことをやらなければいけないのですけれども、自動車自体の台数を何とか減らすとか、それから道路の建設を何とか抑制するとか、そういう手はあまり打たれておらないわけでございます。ですから、そういう対策はやはり手の打てるところから打っていくという姿勢と申しますか、それが必要でございます。そうでなければ、各研究者というものは、一人が全部のことを見て、そして、そういう超人的な能力のある人でなければ公害対策というものを実施していくに足るだけのそういうものを出すことができない、こういうようなジレンマにおちいるのじゃないかと思います。それぞれマフラーを研究する人、それから燃料を研究する人、それから交通のあり方を研究する人、そういうところから出てきた対策、一つの方針というものが端から実行されていく、こういうような対策が必要ではないかと思います。
 大体、研究のあり方と、それから行政施策、手を打つということに関して一応以上のような大筋と感じを持っておりますので、意見として申し述べた次第でございます。
#10
○委員長(森中守義君) たいへんありがとうございました。
 次に、吉田参考人からお願いいたします。
#11
○参考人(吉田克巳君) 吉田でございます。
 私、実は昭和四十六年、一昨年の五月からことしの四月まで、ちょうど一年十一カ月でございますが、三重県の公害センターの所長を併任しておりました。当時、私の所属しております大学が県立大学でございますので、これは辞令でそのままできるということでやっておったわけでございますが、ことしの四月に大学が国立三重大学のほうへ吸収合併になりましたので、国家公務員と地方公務員とは兼任できないということで、実は一年十一カ月で辞任したわけでございますが、事務局のほうからいただいた連絡で、前のセンター所長の立場として、三重県で総量規制を行なったということについて、国のほうとかそういうようなことでの意見を率直に言えということでございますので、そういうことを中心にして申し上げてみたいと思います。
 私、実はセンターへ行きまして一番最初に考えましたのは、センターは、これは当然のことでございますが、公害問題に関して住民に公の機関としての責任を持っておるわけでございまして、これがやはり一番大きな問題であると考えられるわけです。
 それで、従来公害がなくならないというようなことがしばしば言われるわけですが、実態としてそういう問題がどうなっておるのかということを過去にさかのぼって調べてみたわけでございますが、特に法規制あるいは条例規制がある上で、これとの対比で実態がどうなっているのか、これは確かに大きな問題でございます。
 実際に日常、センターで違反というような問題を調べますと、確かに数多くございます。ところが、実際は一番多いのはほとんどが零細企業でございまして、三重県の場合ですと、トヨタとか本田とかこういうようなメーカーの孫請がたくさんありまして、十人に満たないというような企業がたくさんあるわけでございますが、昭和四十三年の実績でいきますと、実は、PHで六〇%が違反しておる、シアンで七五%が違反しておる、クロームでは六〇%あるというように非常に多いわけでございますが、これがほとんど零細企業である。それから、昭和四十六年になりますとだいぶんこれが減っておるわけですが、それでも約三割ぐらいはある、こういうのが実際でございます。ところが大企業、中企業、大体中程度以上の企業になりますと違反というのは急速に少なくなります。つまり、こういう点からいきますと、排出量の大きさからいきますと何といっても大企業が大きいわけでございますから、したがって、こちらのほうにほとんど違反がないというような点からいきますと、単に違反の問題を追跡するだけではたして公害というものはなくなるのかどうか、これが一つの問題としてございます。
 たとえばSO2で見ますと、四日市全体で年間大体十万トンから十二万トンぐらい。先ほどの大塩参考人のおられます大阪市が大体その程度でございますから、人口二十万の小さな都市ですが、似たようなものがある。ところが、実際この総排出量の九八%以上が上位四十社で占められておる、こういうのが実際でございます。それから、たとえば水質なんかの場合を見てみましても、昭和四十五年にCOD四〇〇PPM以上出しておったところが一〇%あったわけですが、これが昭和四十六年以降一%程度までに非常に下がっておる。ところがCOD一六〇PPM以下、つまり比較的きれいな排水口の数というのが四十五年に全体の検査の七五%あったのが、四十六年には逆に五五%に減ってきておる。これはおそらく昭和四十六年に水質汚濁防止法が改正されまして、各排水ごとに変わったわけでございますが、これなんかも、法の趣旨はおそらく全部の排水口を正しく守りなさいということで、法の改正としては非常にもっともなことだと思うのですが、従来に比べれば確かに進歩した法改正だと思うのですが、実際に末端へ行きますと、冷却水とか雑用水を各排水口に平均的に変えますと、全体の濃度を上げて合格させるというようなことができるわけです。これが実際に検査をすると、あちこちでやられている、こういうような問題が現実にございます。
 そういうような問題を基本流に解決するということが、やはり公害問題解決の一つの基本になる、こういうことになりますが、そういう点からいきますと、先ほど大塩参考人が述べられましたように、企業当たりの汚染負荷が全体としてどうなっておるか、ここへ問題を持っていかないと、先ほど言いましたような難点というものが解決できないのではないか。実際に規制の掌に当たってみますと、そういう問題というのが具体的に幾つかあるということがございます。
 こういう意味から申しますと、たとえばいま一つの例としまして四日市の場合、御承知のように昭和三十四、五年から四十一、二年の間に磯津地域でたくさんの患者が出たという問題があるわけでございますが、これに対応して各企業の煙突が四十一年ごろから高くなってきた。これによって磯津の汚染濃度というのは急速に下がったわけでございますが、そういう意味でこの規制法の転換というのは効果をあげたわけですが、同時に、このK値規制というものが煙突の高さによって排出量というものがきまっておりますために、排出量全体というものに対しては規制できない。したがって、たとえば四日市ですと昭和四十一年に八万六千トン出ておったのが、四十二年に九万四千トン、四十三年に十一万六千トンというふうに漸次伸びていくという、こういうようなことがございます。それに伴いまして、たとえば一ミリグラム・パー・デー以上の汚染地域、これは現在の環境基準の約二倍強という濃度ですが、それが全体に占める面積というものを調べてみますと、昭和四十一年に一〇・五%であったのが、四十二年に一四・六、四十三年に一二・六、四十四年に一八・四というように汚染面積というものがふえてくる、こういうことがございます。そういうような問題をどこかで解決する、こういうことをどうしても考えないといけない。こういう問題を解決しないと、やはり公害問題の基本的な問題というものが解決できないのではないかと、こういうように考えられるわけです。
 実際問題としまして、よくしばしば企業と自治体とのなれ合いというようなことばも出ますが、現時点ではそういうようなことはとうていできるものでもございませんし、実際に法律や条例というものは非常に厳格に守られておる。これは私は実態として全くそのとおりだと思うわけですが、そういうような状況であっても、しかし一方で汚染負荷量というものがふえる。これもまた事実であるわけでして、その点では、どうしてもそこで新しい問題の解決法、新しい行動といいますか、そういうものを考えなければいけないということを意味しておるわけでございます。
 そういう点で、先ほど大塩参考人も述べられたのですが、やはり一つの地域内における排出許容量というものをどう考えるかという、一番もとへ、振り出しへ戻って考えるということが必要なのではないかと、こういうように考えたわけです。幸いにして当時、昭和四十六年に県の公害防止条例を抜本的に改正するという計画がございました。この中へひとつ総量規制というものを入れてはどうかということを言ったわけですが、いろいろ紆余曲折ございまして、最終的にそれをやろうということにきまったわけですが、当時、こういう類似の条例というのは神奈川県に一つあったわけですが、これは当時の環境基準の〇・〇五PPMを達成するために暫定的に設けたというような性格がございまして、あまり大きな参考になりませんでしたので、われわれ自身としてそれではどういうように目標をつくって、その目標を達成するための排出総量というものをどういうように考えるか、その場合、当然先ほどから出ております環境容量というものをどういうように評価するか、そういう問題も出てくるわけでございますが、そういうようなところから振り出して、どうという形で総量規制というものを求めるかということを考えたわけでございます。その過程で一番重要なのは、先ほどもございましたように、やはり将来の予測というものを、これを一定の誤差範囲内で確実に押えるということがどうしても必要になってくるわけです。
 それからもう一つの問題は、当時の大気汚染防止法、これが府県の上乗せを、ばいじんと有害物質に限定しております。したがってそれ以外の、特にたとえばSO2のようなものについては上乗せ上疑義がある、こういう問題がございました。これは、状況によっては三重県の公害防止条例というものが法違反であるという、そういう問題が出てくる可能性があるわけでございまして、これはやはり県としてこういう問題は非常に慎重に扱わなければいけないと、こういう問題も出てくるわけでございます。したがいまして、そういう点では、総量規制というものがどうしてもやらなければならないものであるということをはっきり科学的に立証できる体制がなければ、そういう問題が出てきた場合に地方団体として非常に問題がある、これは全くそのとおりだと思うのですが、そういうことにも対処していく必要がある、そういうようなことでいろいろこの問題を検討したわけでございます。
 ただ問題は、こういうものを検討しておればそれだけまた時間がたつ、そういう問題もあるわけでございまして、それで、まずとりあえずこの総量規制ができるような形に県条例を変える。そして、次いでその施行規則をつくる準備に一方で入りながら、同時に先ほどの環境容量という問題を並行して検討する、つまり両者を並行して進めて、その間、一定の結論が得られたところで一挙にそういう問題を実際の実施へ移す、こういうタイムスケジュールを考えまして、一昨年の四月に三重県環境汚染解析プロジェクトチームというのをつくりまして、そしてこの環境容量の問題、これの検討を始めたわけでございます。
 三重県はいなかでございますので、人材を集めてくるということが大きな問題になりますので、これを大学、県、それから市、こういうところから八人の人を選抜しまして県へ出向してもらいまして、そして当時三重県は電算機を持っておりませんでしたもので、四日市市役所と大学の電算機を、使ってない夜間に全部貸していただきたい、だいぶ苦肉の策でございますが、そういうことをしまして出発したわけでございます。
 当時、まず最初に目標として、四日市市内のいかなる場所でも年平均で〇・〇二八PPM、当時のコンセンサスとしてこの程度であれば当然了解してもらえるであろう、こういう考えのもとで、まずそういうことを前提にして始めたわけでございますが、実際的には、さらに当時すでに出ておりました専門委員会の閾濃度レベルまでは何とかして切り下げたい、こういうように考えておったわけですが、とりあえずそういう形で出発をするということをやったわけでございます。この作業を行なっております最中に、たまたま四日市の公害訴訟の判決がございまして、先ほどあげました法律上の問題とかそういう点につきまして、われわれとして十分やれるという見通しを持ちましたので、とりあえず二〇%カットを行なうと同時に、目標を切り下げまして最終目標を〇・〇一七ということ、及び引き続いて窒素酸化物及び水質に関する総量規制計画をつくる、こういうことをきめたわけでございます。
 そういうような背景で、四日市市内の排出源約四百カ所を調べまして、これを電算機にファイルしまして、市内二百五十メートルおきに濃度予測を行ないましてカット量を出す、こういうことをやったわけでございます。最終的には硫黄酸化物について六七%のカットを年次計画で行なう、こういうことをやったわけでございますが、それで現在までの様子を見ますと、たとえば一ミリグラム以上の四日市市内の面積が、昭和四十五年に二八・九%、四十六年に二〇・三%でありましたのが、実施第一年に入った昭和四十七年で一挙に七%、三分の一に低下しております。この七%のうち半分が工場敷地でございますので、実際には現在一ミリグラム以上は四日市市内で三%しかないという、非常に何といいますか、高い削減効果というものが得られたわけでございます。
 この点は、従来四日市の公害の歴史の中で、そういう汚染のレベル及び面積が減少するということは昭和四十七年が最初でございますので、しかもそれが非常に大幅に下がったということがありますので、やはりこれは非常に規制効果が大きな成果をあげた。これは現実に工場側の排出量が約四万トン近く削減されておりますので、当然であると言えば当然でございますが、総量規制条例の目的というものは達成できたのではないか。おそらく四十九年には、一ミリグラム以上はゼロ%にすることは確実にできる、こういうように見ておるわけでございます。
 この場合に、当然でございますが、企業のほうとしては燃料を大幅に低硫黄化するかあるいはガス転換をする、あるいは排煙脱硫装置をつける、あるいは操業を短縮する、この三つのいずれかをとらなければいけない。現在まで一番多くとられておりますのは排煙脱硫装置の建設、これが一番多くて、次いで燃料のガス化でございますが、この二つが大きな規模で現在進展しております。
 次の問題は、一番大きな問題は何といっても窒素酸化物の問題でございまして、この問題を解決するためにはいろいろな難点がございます。これは、硫黄酸化物と困難さにおいて飛躍的に違う要素を持っております。そういう点で三重県では、現在の予定では本年の十一月までに、窒素酸化物についてのすべての作業を終結するという予定でおるわけでございますが、しかし、これを実施に来年度以降移すということになりますと、そこに大きな問題が出てきます。
 そういう問題を解決するためにはどういうことをしなければいけないかということがございますが、まず第一番は、脱硝そのほかの工場における窒素酸化物防除施設、この開発を早急に加速度化していただく必要があるのではないか。これがないと、いかなる条例も絵にかいたもちになる。これが実態でございます。したがって、これの開発に対してはあらゆることに優先してやっていただきたい。これが地方自治体の規制当事者からいえばおそらく最大の要求であろう、こういうように思われます。
 それから第二の問題は、自動車の増加に対して具体的に手を打っていだきたい。といいますのは、たとえば四日市のような地方都市におきましても、地上寄与度を算定しますと、一番窒素酸化物の高い橋北地域で自動車の寄与度が六〇%近くにまでなります。したがって、これはどうしても自動車のマスキー法をさらに促進してもらう、そうして将来については、台数に関して地方自治体が何らかのコントロールをなし得るということが必要になってくるのではないか。そうでないと、窒素酸化物の環境基準が達成できないということはほとんど明白ではないか、こういうように考えるわけでございます。
 それから、私が本年県をやめるにあたりまして県のほうへお願いをして言ったわけですが、当初計画の窒素酸化物及び水質の総量規制、これはどうしてもこのまま推進していっていただきたい、おそらく他の府県も二、三年のうちに同じようなことをするでありましょうし、国におきましても総量規制法というようなものが必ずできる、こういうように考えられるわけですが、そういう点で、こういう問題はこの考え方でやる以外に、公害から脱却する方法というのは率直に言ってないのではないか。そこに幾つかの無理があるということは、確かに私もそのとおりだと思うのですが、しかし、そういう無理を打開するような方法を考えるということが一番大きな問題ではないか。
 そういう点からいきますと、最後に、時間がちょっとあれでございますが、一つは、先ほど申しましたような公害防除技術の開発に対して国が優先的な、特に窒素酸化物については、優先的な態度をとっていただきたい。
 それから、自動車及び生活汚水の処理、これは国の大きな問題だと思うのですが、これを同時に並行して解決していただきたい。これがしばしば地域ごとの環境容量のはみ出す大きな原因になる、そういうことが考えられます。
 それから三番目には、総量規制というのは、どうしてもこれは地域ごとに行なわれるものですから、国が一律の法律をつくるということはできないと思います。したがって、これは地方自治体にそういうことをやらせるという、そういうたてまえになると思うのですが、しかし、これをやりますためには、環境容量というものをどういうようにして見積もっていくかとか、あるいは大気汚染、水質汚濁をどういうようにして制御するかという一つの技術体系が必要でございます。これは、そういう学問というのは現在まで存在しておりません。おそらく大阪府もそうだと思うのですが、われわれの場合でも手探りでやったというのが実態でございます。したがって、こういうような技術上解明しなければいけない問題、学問上解明しなければいけない問題については、これは環境庁そのほかにおいて大きな研究促進の援助措置をとっていただきたい、そういうことがございます。
 最後に、こういうものを実際にやる場合には、先ほど言いましたように、やはり地方の職員というものが主体にならざるを得ない。したがって、こういうものをどのように再訓練していくか、その技術能力をどういうようにして上げるか、こういうことについても国は配慮していただきたい。こういうようなことを考え、思いついておる次第でございます。
 だらだら申し上げて申しわけありません。
#12
○委員長(森中守義君) どうもありがとうございました。
 次に、河合参考人にお願いいたします。
#13
○参考人(河合義和君) 私は、公法学、つまり憲法及び行政法を専攻しておりまして、憲法というのは理念的政策的なものに対して、行政法というのは非常に技術的なものであるということが言われているわけですが、わが国の行政法というのはかなり立ちおくれているということが、われわれの研究の仲間で言われているわけです。私はここ十数年来、公害の法律制度を内外の問題についていろいろ研究してきた結果も、その問題は確かにそのとおりだと言うことができるわけです。
 当面の公害対策についてという問題でございますが、わかりやすくお話ししますと、わが国の現在の公害対策の処方箋という問題については、行政の次元でこれをどういうふうに受けとめていくかということを考えるについて、あまりにも荷が重過ぎる。つまり問題は非常に政策的政治的な問題であって、行政として非常に大きな総合的な考え方の転換というものがどうしても必要である、こういうことが結論として出るわけでございます。
 それは言うまでもなく、非常に無理な、長年に続く一〇%をこえた高度成長政策というものを、この狭い国土の中で、しかも国際的にダーティ・インダストリーと言われるような非常に公害型の産業を全国的に無理に行なっていく、こういうことからいえば、どうしても公害がひどくなったということはあたりまえのことでありますけれども、それというのもまた、財政の問題について、地方財政というものを非常に貧困な形で置いておく、そして、地方財政というのは地方がそれぞれ自分の手で努力して財源を持ってくる、こういうのがあたりまえの考え方だと、こういうことをかつて柴田自治事務次官あるいは林法制局長官とかが、またそのほか、一般的にわが国の行政府の特に経済官庁あたりの考え方が、そういうような地方公共団体の行なう仕事に対してあるいは財源に対して、一般的に予算を認めていく場合に収入の上がるような仕事にだけ起債を認めるとか、こういうふうな考え方を持ってきていたために、財源のない地方公共団体では、どうしても無理して財源になるような企業を誘致しなければならない、こういうようなことからいろんな問題が出てくるわけである、こういうふうに考えるわけです。
 そして国際的に見た場合に、日本では一般的に、非常に一方では経済感覚がするどい、こういうのに対して、文化的な考え方に対する国民の常識水準というものが非常に低いということがわかるわけですが、これは全国総合開発計画というものが行なわれ、それに次いでさらに新全総が行なわれておるわけですが、さらにそれを全国の非常に大きな大規模プロジェクトというものによって、辺地において資源型の大規模産業をまだ増加して行なおうとする。こういうことで、むつ小川原あるいは志布志その他において、地域の住民との間にいろいろの摩擦が起きておりますし、あるいはごく最近、先月以来全国的に漁民の暴動的な、つまり産業に対する直接行動というような形で補償要求をやっている、こういうことが見られるわけです。こういうふうな問題をどういうふうに見ていくかということが、われわれ公法学者にとって大きな課題であるわけです。
 これはいま急に起きたことではないわけで、すでに昭和三十三年、つまり十数年前に起きているわけです。江戸川の本州製紙と下流の浦安の漁民との間につかみ合いのたいへんな騒動があって、その結果、戦後日本における最初の公害法といわれるところの水質二法、つまり公共用水域の水質の保全に関する法律と工場排水等の規制に関する法律、この二つの法律が同年の末につくられたわけですけれども、この法律は非常に消極的な考え方、つまり産業協和、農業あるいは漁業、こういうふうな一次産業と工業、こういったものを両立させればいいと、こういうふうな考え方で、一般公衆あるいは国土資源、こういう問題に対する配慮が非常に微弱なものであった、こういうふうに認められるわけです。
 このような考え方は、そのしばらくあとにつくられたばい煙規制法についても同じでありまして、先ほど来ほかの参考人の方が述べられたとおり、現在総量規制というのは当然のことでありますけれども、すでにこのばい煙規制法の制定のときに私も参議院に招かれまして話しましたのですが、その当時、現在もいらっしゃいます公衆衛生院の鈴木さんあたりも主張されていたとおり、総量規制が必要なことは当然のことであったにもかかわらず、当時の公衆衛生院長すらも公の当局から圧力をかけられて、そういうことを言わないほうがいい、こんなことを言われて言わなかったそうでございますけれども、これは非常におかしなことで、一体、法律は何のためにあるのかということが疑問でして、たとえばばい煙規制法に違反しているかどうかということを調べるのにも、一つの違反を調べるのに機械を据えつけて数日間もかけなければわからない。こういうばかげたことでありまして、一体この法律がどれだけの実効をあげるかということは、非常に疑問であったわけです。こういうことから、この法律が施行されて二、三年たったあとの昭和四十年の時点で、四日市の公害問題について衆議院で特別委員会が調査したことがありますが、そのときにもわかったように、四日市では公害はますますひどくなるけれども、これは法律に違反しているのではなくて、基準を守っている。つまり、法律を守れば守るほど汚染して国民の健康が被害にあう、こういうことが明らかになって、そこに法律と実際の対策の目標ということのちぐはぐということが明らかになったわけです。
 こういう問題は、その後も公害防止事業団法とかいうような通産省を中心とした法律ができて、徐々にいろいろな対策ができましたけれども、水俣病そのほか全国的に非常に急性の、ばたばた人が倒れるような非常にひどい被害の出る事件が相次いで、国民の間にも騒然たる公害に対する非難の声が巻き起こったわけです。こういうことに対して、公害対策について抜本的に立法措置を講じなければならないということで、公害対策基本法をつくらなければならないということが国民的な世論になったわけで、いま申し上げたような、ばい煙対策あるいは水質保全対策というものが実際の目的にちっとも沿わない、非常に消極的な法律であるということで、まず基本法をつくって、それに基づいて徐々にあるべき公害対策というものを法律制度として設ける、こういう趣旨であったわけですが、この公害対策基本法の中にも、わが国の伝統的な行政法あるいは産業政策というようなものについての消極的な考え方がとられて、経済の発展と生活環境の維持というものを両立するような形で考えなければならないということが基本法の初めの中に出ておりまして、すでに公害対策基本法というような公害対策の憲法ともいうような法律の中に、そういうような消極的な要因、つまり、どうしても積極的な公害対策を講じようと思うならば経済対策と両立する範囲内でしか行なえない、こういう限界をつくっていたために、実際にどういうふうな形で立法行政を行なうかということには、おのずから限界が出てきてしまったわけです。
 この問題は、たとえば一九一九年のドイツのワイマール憲法を見てみましても、経済活動というものは決してそういうような無際限なものではないし、また、基本的人権としての生存権というものを侵害するような経済活動は認めない、経済活動というのは人間の生命というものを侵害しない、そういう範囲内において自由が認められるということは当然のことであったわけですけれども、わが国の一般的な常識というのはそうではなくて、そういうふうな生存権、人間の生きるか死ぬかというような問題についても、背に腹はかえられない、こういうような考え方を持ち出す、そういうところに基本的な違いがあったわけで、これを清算しなければどうしても積極的な行政というのは不可能である、こういうことになったわけです。
 ところで、昭和四十五年に、四月にはアメリカにアース・デーという行事があって、各国の国民も寄り集まって大きな環境運動を行なったわけですけれども、それに次いで東京で牛込の鉛公害の事件が起こった、あるいは立正高校の光化学スモッグが起こる、こういうことで、急激な国民の公害対策に対する世論が高まって、政府でも、従来の態度からいいますと非常に急速な対応をして、また、産業界も、いまお話しした公害対策基本法におけるところの経済との両立というような考え方は当然やめるべきであるということをあっさり認めて、つまり国民的な世論というものがそこまで進んできているということを見て、これに対して反対を唱えるということはかえってマイナスである、こういうことを明らかに知ったわけです。政府もまた、そういうふうな国民世論に対して抵抗するということは決して得策ではない、こういうふうな判断に基づいたものだと考えるわけですけれども、第六十四臨時国会で、たくさんの法律が改正されたり新設されたわけです。
 これは確かに従来の考え方からいいますと、たいへんな進歩であったには違いないわけですけれども、それでもなお幾つかの大きな問題点があって、それは結局、一たん公害対策基本法にあったところの経済と両立する、こういうふうな考え方を取った。そして通産省も自己批判、つまり新聞にも載っておりましたけれども、従来の産業政策というものは反省しなければならない、こういうことを通産省が声明として出した。こういうことからも言えることでありますけれども、それが完全には払拭していないということは、初めにお話ししましたように、全国総合開発計画というものを昭和四十四年、四十年代の半ば近くになって改定したにもかかわらず、その時点において、当然ことばの中にはこの公害対策ということは書いてありますけれども、これが決して十分なものでないということは、大規模プロジェクトというものを大々的にやって、石油というものがいつなくなるかというような時点において、日本のこの狭い領土の中で現在ある工場の十倍ぐらいの大きなものを、自然の豊富な、白鳥の来るようなところに無理やりにつくろうとする。こういうふうなことでもわかるわけで、こういうふうな無理なことをすれば、どんなふうに行政の対応あるいは技術の対応をしたところで、現在の環境はもちろん、全国の国土というものが荒廃していくということは明らかなわけです。
 その先例というのは、たとえば東京湾という一つの地域が、初め神奈川県の川崎、横浜、東京都、こういうところで開発されたのに次いで、戦後三十年代後半になって千葉県でも、いつまでも自分のところだけ農業県で低所得のまま置かれたのではかなわない、こういうことで東京湾全部を工業化してしまう、こういうばかげたことをやらざるを得ない。そして東京湾一帯に住むところの庶民は、いまのレジャー時代といわれるような時代に、どこまで行けば海水浴ができるかというわけで、東京湾の海浜というものは、横浜の革新市長のもとでも、金沢八景のような唯一の自然の海岸線を持っているところを埋め立ててしまう。それは、公害対策の名前において横浜市内におけるところの中小の企業をそこに誘致させる、こういうことでありますけれども、これはどう考えても、私のように東京に生まれ東京に育って、たまたまここ二年ぐらい前に静岡に来ておりますけれども、静岡のようなところへ行っていいだろうというふうに言われますけれども、これは決してそうではなくて、静岡でも御承知のとおり、田子の浦あたりでは特にひどいわけですけれども、こういうところばかりじゃなくて、静岡の市内でも相当の環境汚染というのが進んでいるわけです。
 これはいまお話ししたとおり、結局法律の考え方から申しますと、日本の行政法規についても、公害問題については従来明治時代の民法の考え方が非常に強いわけで、法律というものを損害賠償を中心に考える。つまり、日本の公害法制を見てみてもわかりますけれども、行政法というのは本来は予防が大切なことであるわけですけれども、予防ではなくて、実際にばたばた死ぬ人間について、それを補償するのにどういうふうな金をどこからひねり出すか、こういうようなこと、あるいは病気にかかった者についてその病人に要する費用をどこから出して、その判決が出るまでどこから支出してどういうようにするかと、こういうふうないわば対症療法的な、あまりにも目先にとらわれた考え方でやらざるを得ない。またこれは、実際に日本の公害の現状から見ればこういうことをやらなければならないということは明らかでありますけれども、いつまでこういうことをやっていなくてはならないか。こういうふうなことは、つまり大規模な開発をやったり、あるいは無理な高層化をして大都市を無限に拡大をする、こういうようなことをすれば、どんな手を講じてもこれはもう不可避のことであるわけですけれども、こういうふうな三歳の子供でもわかるようなあたりまえのことについて決断をしないということが、わが国の法制について一番大きな問題点がある、こういうふうに考えるわけです。
 公害に対する予防措置という問題について、技術的には先ほど来お話しのあったとおりいろいろな問題点があるわけですけれども、法律的な問題点としては、従来公害についての法律と条例という問題がいろいろ争われてきているわけです。これは公害対策基本法の制定された後においてもあらわれているわけで、つまり、ますます公害現象というのは強くなってくる。それに対して国の法制では、法律自体が経済調和条項に対応するような消極的な干渉原理、つまり徹底的な規制をやらない。こういうふうなことで、問題が起きて損失を補償するというようなことになりがちであるわけですけれども、そういうようなことでは、たとえば国の事務を地方公共団体が機関委任事務のような形で負うというような場合についても、地方公共団体は国の言うとおりにやったのでは、国民の世論というものはそれほど立ちおくれていないわけで、また事実が非常に深刻になるにつれて、国の言うようなことばかりやっていたのでは突き上げられてどうにもならない。こういうことで、全国ではどうしても公害防止条例というものを国の水準よりも強いものとしてつくらざるを得ない。これは実際の地域住民との対応の中で出てきたわけで、それから公害防止協定という名前で一括視されているものも、多かれ少なかれそのような形の意味を持っているわけですが、こういうふうなからめ手の方法において、法律あるいは行政の手段として全国的にいろんな施策をしなければならない。
 こういうことは、わが国の国の法律制度というものが非常に中央集権的な考え方であり、規制水準というものを国が中央において押えてしまう、こういうふうな考え方であるけれども、しかしそういうふうなやり方では、現実にあまりにも被害がひど過ぎて住民として黙っていられない、こういう現実から発しているものでありまして、最近の漁民の問題などは、これはかつての時代で言うならば刑法の犯罪、いろいろな罪名があるでしょうけれども、そういうふうな刑事犯として逮捕されて処罰される、こういうことが当然であるにもかかわらず、たとえば最近の、きょうあたりも報道にありましたような宇部湾についての漁民の封鎖問題についても、これは海上保安庁の制止も聞かないで封鎖している。こういう問題は、たとえば静岡県でもありまして、火力発電所に対する反対運動で、地方議会が、非常な脱法的な行為であちこちわからないところで夜中に臨時的に議会を開く、こういうことをやって無理やり議決しようとしたのに対して、反対住民がそれに対して暴力的になぐり込んだ。こういうことで、結果としては刑事罰を科することになったわけですけれども、こういうのが従来の考え方ですけれども、現在になってみれば、これは宇部問題だけではなくて、九州にもそのほかにも、かなりの地域でもって頻発していることは御承知のとおりであります。
 これに対して海上保安庁そのほか、刑事当局も手をくだせないでいるということは、これは相当広範囲において、しかもそういう刑事的な、つまり結果刑法としての刑事罰だけを加えて済む問題ではなくて、国家、地方公共団体というものの立法行政の施策というものがあまりにも立ちおくれていて、農民、漁民というような一次産業の生業を奪っている、こういう国民的な事実に対して当事者としても駄っていられない、こういうことだと思います。
 こういうふうに、わが国の一般的な基本的人権というものに対する考え方が、具体的な行政法規の中にきわめて消極的にしか考えられていない、こういう問題については、これは全般的に反省して、少なくとも国際的な水準に、たとえば科学者の良心ということで言うならば、先ほど吉田参考人からお話があったわけですけれども、こういうふうな条例について法律よりも強いことをやるということは、むしろアメリカにもいろいろ例があるわけで、これは科学者の良心ということはあくまでも慎重にならざるを得ないわけですけれども、慎重になったのでは人命がばたばた倒れていく。水俣病のような例は国際的にないわけで、これは日本国民の恥であるということは言うまでもないわけです。また、静岡県におけるところのヘドロ事件などということも、これはもうあたりまえのことで、未処理の排水で、沈澱というような最も初歩的な処理すらもしないで海に排出する。そして、どろどろになって腐敗したものになってはじめて気がついて、船も動かないような状態になる。こういうふうなことは全くお話にならないわけですけれども、その後の処理もまたお話にならないわけで、これを当事者は、富士の山ろくにトラックでもって運んでばらまいてくるとか、あるいは途中で破れるようなパイプで運んで河川敷でもって干すとか、こんないかにも幼稚なことをやっているということは、わが国の行政水準というものを一つのサンプルとして提出するものだと思います。
 われわれは、こういうような立法行政の現状というものに対して徹底的な検討を行なって、外国の法制、たとえばアメリカのマスキー法というものは、その後若干ブレーキがかけられましたけれども、現在の技術で解決できない、そして何年かあとに解決できるかどうかということは必ずしも予測できない、そういうようなことでもとにかく立法化する。これはどうしてもやはりアメリカ国民のほうがよほど良心的であるということを言わざるを得ないわけで、われわれはこの教訓に学ばなければならないのではないか、こういうふうに考えるわけです。
 以上です。
#14
○委員長(森中守義君) どうもありがとうございました。
 以上で参考人各位の御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人各位に対する質疑に入ります。御質疑のある方は順次御発言を願います。
#15
○杉原一雄君 大塩参考人また吉田参考人、あわせて河合参考人、特に大塩参考人の場合は、大阪という過密都市としての都市構造と入りまじった産業とのからみ合いで、やむを得ず人命を守るということで大阪府独自の防止条例をおつくりになったと、いまもその考え方あるいは作業のプロセスをお聞きしたわけですが、その中でも、特に三者共通した問題は総量規制の問題になると思うのです。
 これは政府側にも後ほどお聞きいたしたいと思いますが、ただここで、大阪の場合はより具体的でありますので、その総量規制を軸とした防止条例の中での監視体制の問題、それと、府段階いわゆる地方自治体としての、そうしたものに対する即応できるだけの機構、能力の問題、とりわけ機械その他人材、こうした問題等について、その防止条例に対応できるだけの能力を十分備えておるのかどうか。もしそれが、あるいはこの点で不十分だという点等があればあからさまに発表していただければ、うしろにおいでになる方がそのことを受けて立つということをぼくは期待しながら、特に大塩参考人にはそのことを申し述べていただきたいと思うわけであります。
 吉田参考人の場合は、この四日市裁判、判決、そういうことが総量規制の大きなバネになっているようにも理解できるわけです。いま申し上げたような大塩参考人に要請したことなどと同じことを要請するのも芸のないことですから、あえて申し上げませんけれども、やはりこれを進める場合に、どうしても進める側の行政機構の問題が伴わざるを得ませんので、そうした点について、特に実務と研究とをかねておられたわけですから、行政当局あるいは国に対する特別な要請があればとりあえずお聞きしたいと思います。
 河合参考人は、論理整然とおっしゃったわけでもあり、結果的にはそれは特に総量規制でなければならないという問題提起があったものですから、この総量規制の立法化の問題、これはいま先生からお伺いするよりも、うしろにおいでになる環境庁を軸とした政府の見解を実はお聞きしたい。河合参考人が論理整然として行政法の立場から、民法的立場よりも刑法的立場に立たざるを得ないというような論理もあるわけで、そういう河合参考人の主張に対して、政府は今日、総量規制法等についての研究等の事実があるならばその事実を明らかに、つまり政府の法への作業、また原点に帰るならば、そうした河合参考人の提起をすなおに受け入れるような状況に政府各省間があるのか、どうか。そうしたことも率直に、政府の今日的な状況を明らかにしてもらいたいと思います。
 加藤参考人は、先ほどおっしゃったように光化学、悪臭の問題、これを特に学問的な立場で、研究室の中にありながら研究をしておいでになるということでありますが、私は、光化学の問題等に対するわれわれあるいは行政当局の対処すべき一つの方向づけは力強く受け取ることができると思います。ただ、悪臭防止法も先生の研究だと思うのですけれども、この法案ができてから相当の月日がたっておるのですが、どこどこの工場が悪臭がある、これはだれにもわかるわけなんです。しかし、それが何であって、どうすればその悪臭の根源を突いてなくしていけるか、こうした問題等について、法ができてからなおかつ、私の周辺にもある工場など、常にぼくも犬のように芳しいにおいをかいでいるわけですが、なかなか問題解決が進まないようです。この進まないところに、行政上の問題とあわせて測定判断の問題、これがあるようにも想像できますので、行政の問題はうしろの人たちの責任でありますが、測定判断の問題等について、先生の特段の研究等があったりすれば、この際それを明らかにしてほしいと思います。
 それから、ちょっと先ほど光化学のことで、原因は原因はと言わないで直ちに対処すべきだ、これだと思うものはすぐ首になわをかけてしばれとおっしゃったことももっともなんだけれども、そう言いながらも、やはり学者としての先生の立場から、光化学の原因はかくかくであるということを新聞等で私拝見したわけですが、それも、簡単にその考え方を述べていただければ幸いだと思います。
#16
○参考人(大塩敏樹君) 総量規制の必要性につきましては先ほど申し上げたとおりでございますが、実際にこれを行ないます場合にはいろいろな障害もございます。たとえば大阪の場合、発生源と申します数は五万有余ございまして、こういったものにそれぞれ個々の排出量の割り当てをするということは、事実上可能であっても、それを実施するのは非常にむずかしいわけでございます。そういう点では、当然総量規制と申しますのは、いろいろお話がございましたように、量としてたくさん出しているものの責任を明らかにする、こういうところに一つのねらいがあるわけでございます。
 その方式、どういうものについてどういった方法で割り当てるかということは、現在府といたしましても検討中でございますけれども、これを監視する側から申しましても、やはり先ほどと同じような問題点があるわけでございます。直罰方式の導入によりまして、発生源の監視の測定の義務違反というものがはずされたわけでございます。義務違反に対する罰則がなくなっているわけでございますので、公害を監視する機関といたしましては、従来の環境モニタリング、環境だけをはかっておればよいということではなくて、やはり発生源に立ち入った監視をやらなければならない羽目になっているわけでございます。そういう点では、非常に発生源がたくさんございますので、一挙に整備することは非常にむずかしゅうございますので、現在のところ大きなものから、テレメーター方式によります発生源監視の体制を整備しているわけでございます。ただこの場合、非常に巨額の費用を要しますので、基本的にはその事業者が負担する、こういう原則で今後整備していくのが妥当であると、そのように考えております。
 そのほか、現実に車の問題等につきましては、車の走行あるいは制御という問題につきましては、現在自治体にはこういった権限がないわけでございますので、実際にはその車の流れ等についての監視、そういうものにつきましては関係機関と協議をはかりながら、総合監視システム、こういう方式を導入してまいりたいと考えております。
#17
○参考人(吉田克巳君) 御質問の点につきまして、一部大塩先生のほうのお話と重なる面もございますが、お答えいたしたいと思います。
 三重県の場合には、大阪府の場合に比べますと、監視体制上、何といいますか、楽な点がございます。といいますのは、先ほど申しましたように四日市市内の、たとえばS02の排出量は大阪市内の総排出量とほぼ同じでございますが、そのうちの九八%以上が四十二社で占められておる、そういう状況がございます。したがって、この監視体制というのは比較的容易に組めるわけでございます。現在この各発生源に、総排出量の九六%が上位二十一社になりますので、まず二十一社を対象にしまして、それぞれの発生源の負担でテレメーター装置を備えさせる、それを十五分おきにセンターへ送信することを義務づける、こういうことで九六%までの排出総量は監視できる、こういうことでございます。これはすでに実施に入っております。したがって、こういうコンビナート地域においては、監視は大きな技術的な問題にはならぬはずでございます。それから費用負担につきましても、先ほど言いましたように企業が負担能力を持っておりますので、これも容易であると思います。一番大きな問題は将来の問題でございますが、先ほども話が出ておりましたですが、たとえば窒素酸化物の場合に車をどうするか、これが府県に全く権限がない。交通上は警察の権限であり、構造上は運輸省の権限である。これをどういうようにコントロールするか。これは非常にむずかしい問題だと思います。
 それから実行を担保をする方法、もとへ話が逆戻りいたしますが、三重県の場合には違反が懲役六カ月でございますので、これに違反するということは大企業の場合には事実上あり得ないことである、こういうように考えております。また、現実にも違反の事例というのはございません。
 それから先ほど能力、人材の問題がございましたが、これは大阪府のような場合には、この点は問題はないと思います。たとえば大塩先生の公害センターは約百人以上おられると思うのですが、三重県は三十名で、これが限界だと思います。これ以上の負担は非常にむずかしいのではないかと思うのですが、そういう点で、どのようにしてこの能力開発をやるか、これは非常に大きな問題だと思います。特に、先ほど申しましたように、総量規制をやるという場合には、国が法で具体的にやるということはたぶんないであろうと思います。したがって、総括的な法律が出され、それを受けて地方自治体が具体的な方法を考える、こういうことになると思うわけですが、それをやるためには、先ほど申しましたように、ちょっとことばが悪いですが、環境容量学とかあるいは汚染規制学というような、そういうものが必要なわけでございまして、こういうものを、どういうように残っておる問題点を解決してどういうように発達させるか、これはやはり政府に考えていただく必要があると思うのですが、そういう問題を解決していく必要がございます。
 それから行政機構上の問題でございますが、これは私がやりましたときには、大学、県、そのほかから人を集めて、プロジェクトチームという執行チームをつくったわけでございますが、これがかなり長期間にわたって窒素酸化物そのほかをやるということになると継続するということで、これを県の行政組織の中へ入れて、常設的な解析課というものを今年の四月に発足させているわけでございます。問題はここの職員の能力向上と、こういうことになるわけですが、ただ、一つの問題は、私思いますのは、行政機構の中でこういうことをやるということは、将来やはり問題が生ずる可能性がないとは言えない。基本的な問題、たとえば環境容量をどう見積もるかということによって規制の内容は非常に変わるわけでございますから、しかもここが、専門的な知識がかなり要る、したがって外部からよくそれがわからないという、そういう問題は起こると思いますので、こういう問題をどういうふうに評価していくかということについては、たとえば審議会と相談することを義務づけるとか、基本的な原則については外部機構がチェックするような行政機構といいますか、機構上の仕組みというようなものはやはり必要なのではないか。すべてを行政担当者の一存にまかせるということについては若干問題が、公害対策の非常に重要なポイントになると思いますので、問題があるのではないか、そういうふうに思います。
#18
○参考人(加藤龍夫君) 二つ御質問がございまして、一つは悪臭の対策に関して、法の規制と実態ということに関しまして、特に測定判断というものの問題点、こういうふうなことがございます。これに対してお答えいたします。
 まず、悪臭防止法というものが制定されました一つのいきさつというものは、これ以上環境汚染が広まっていくのをとにかく防ぐという一環の中で、特に臭気というものは感覚に訴えますからたいへん訴え件数が多うございます。二〇%という高い割合、これも騒音と同じ感覚の被害でございますので、多うございます。これにどう対処するかということでこういう一つの法規制ができたのでございます。
 ところが、これを実際に行なうにあたりましては、臭気を鼻でかいで、それをくさいということで、くさければ取り締まるということとがありました。もう一つは、これは化学汚染でありますから、化学物質を測定いたしましてこれを行なう。これは両面から検討いたしました。結論から申しますと、この両方の方法は、どちらをとってどちらを捨てる、こういう性質のものではございませんです。
 もともと悪臭というものはたくさんの物質が含まれているということもございますが、中には原因物質がわからないものもあるわけでございます。したがいまして、感覚公害を防ぐ場合には、測定でわからないものもやらなければならないということになりますと、これは鼻でかげば一番よろしいということになりますが、鼻でかぐ方法の欠点と申しますと、これはかなり主観的な問題でございます。特に、実際の工場その他のトラブルが起こっている地点にまいりますと、住民はたいへんくさいと言いますけれども、会社の人は、いやくさくない、これでは水かけ論で話になりません。したがいまして、どうしてもその場合に客観的な判定が必要だと、こういうことがございます。
 もう一つ計測のほうの問題は、もっと積極的な意味がございまして、会社が守りたくないのを守らせる、こういう意味ではございません、企業の中には、積極的に現在の事態を受けとめまして改善していく、こういう姿勢があるのは当然でございます。これがなかったら日本は野蛮国でございます。そういうことがあるわけでございますが、さてそれでは、どれだけそういう対策に装置その他をつけて改善したらよろしいかというデータが、とれないわけです。これは鼻でかいだだけではちょっととれませんです。したがいまして、そういう対策という積極的な意味と客観性ということを考えました場合に、これは最低の線といたしまして、はかれるものからはかっていこう、こういう線になってきたと思います。
 ですから、鼻でくさいということになった場合に、これで取り締まっちゃいけないというようなことが、私は法律のことはわかりませんけれども、法として出したのでは、いままでの公害というものの歴史といいますか、そういうことからいいまして、これはまた、かえって悪いことを積み重ねるということになると思います。たとえて考えてみますと、水銀にいたしましても、カドミウムにいたしましても、これは法規制がないところで起こっているわけです。あとからそういうことをやったわけでございます。
 それと、悪臭というのは、これは人間の鼻というのは一つの危険の感知器官でございますので、この中に非常に危険なものが含まれているということの、一つのもっと薄いレベルでの信号器官だと思います。そういうことから考えますと、そういう不快なにおい、まあ自然環境にないようなにおいがいけないということはわかっておりますが、鼻でにおいがするからいけないというようなこともあって私はよろしいかと思うのです。しかし、最低の線は、トラブルとかそういうほんとうにぎりぎりの線で争うということになりますと、これは不便でありましても、やはりはかるという線を最低の線には置いておく必要があるだろう、こういうことでございます。
 ですから、悪臭の測定判断ということは一つの最低の線でありまして、高い公害対策をやっていくということに関しましては、住民側、それから会社側、それから取り締まりというか、自治体というものがそこで連絡協議を密にいたしまして、そしてその公害をなくなしていく、こういう姿勢が必要だと思います。そういうふうにしないと、たとえばアンモニアをはかる、硫化水素をはかる、そうすると、それだけはかればいいんじゃないかというような、実は反対の、従来いろいろ悪い結果を招いた、そういうことに進みかねないと思います。
 こういう点に関しましては、いわばほんとうの法律の専門の河合先生あたりの御忠告というものを私実は聞きたいと思うのでございます。その最低の線をきめるのが法律であって、それ以上のことはどんどんやっていかなければならない。こうしないと、とにかく日本のあちらこちらに起こっておることを、いつも手おくれで間に合わないということをとめることができないと思います。悪臭ということで一つの問題をとりましたのは、実は、そういうわからないものでも、あるのがいけないとなれば何とかやっていこうという精神ですね、いささか精神のほうが少し先にいきましたものですから、実際問題としましては測定判断ということのおくれということが見られます。
 ちょっと、ここで技術的な問題だけを補足しておきます。
 測定判断という点に関しまして、これは環境の測定になります。特に自治体で注意していただきたいと思いますのは、測定といいますと連続測定装置なんかを置きまして、そして自然に出てくるのを最も正確な程度の高い測定だと、こういうふうにとらえる向きがないわけでもないわけであります。ところが悪臭になりますと、これは非常に多成分でありますから、そういう測定の原則からいきまして、多成分で、連続で、しかも地域的な分布などを見るという方法というのは、これはそれぞれ私どもは環境の科学要素の三要素と申しますが、これを一ぺんにやれるということはとてもできないわけでございます。日本じゅう測定器を全部置きましてそういうことをやるというのは、だれが考えてもおかしい。なるべく少なく測定して大きな効果をあげるということが、これが科学研究というか、一つの科学実験してやるということはそういうことでございますね。何と言うか、繰り返しじゃなくて、最も有効なものをはかって行なう、こういう精神だと思います。環境をはかるという意味にはそういう非常に複雑な要素があるので、そのことを十分担当の方は頭に入れられまして、ただ数字が出ればいいというようなことでない、環境を守るという非常に大きな使命と申しますか、そういう上に立ってそれを有効に推し進めていく、こういう姿勢が必要だと思います。
 それで、そうは申しましても、私どもは測定を少しでも簡単に、しかもいろんなものをはかれるように努力はいたします。努力はいたしますが、それは実際に行なう現場現場におきまして、そういう公害をなくなすという熱意といいますか、官民一体になった熱意というものの裏づけがあって初めて有効に働かすことができると思います。私どもは研究の段階で大気中の悪臭をはかるということに関しては、これはもうほとんど障害がございません。どんなものでもはかることができます。いまできなくても、少しの時間を与えていただければそれは技術的には可能でございます。しかし、それと、それを公害の現場に持っていくということの間には、これは時間的とかいろんな意味のギャップがある。これはすべてのことについて言えると思いますので、測定判断ということに関しては、その取り扱い上にそれを最も生かせる方向に努力していただきたいと、こういうふうに思います。
 それから第二の問題は光化学のことでございますが、光化学の原因ということは、先ほど来から申しますように、断片的な結果をもって全体を推定する、こういうことをせざるを得ないということで、私もそういう一つの原則に従ってやっております。しかしながら、なるべくその断片を多くしようというつもりで測定をしております。
 ここに神奈川県のプロジェクトチームで報告したものの概要がございますから、これをごく簡単に、われわれの結論というものをお話したいと思います。この概要のもとの本がこれだけございます。これだけの報告がございますが、また、このもとになったデータは大体四千枚の測定をしておりまして、そういうことから出ていることでございます。
 まず、私どもが考えておりますのは、自動車の燃料に芳香族が非常に大量に入ってまいりましてから、これは改質ガソリンと申しますが、大気の状況が変わってきたのではないかと、こう考えます。窒素酸化物は、均一に混合いたしました芳香族比の高い排気ガス、これが一つの大きな主要原因だと考えます。これは走行状態が速くなりますと窒素酸化物は高くなります。その排気ガスが道路上で一たん上昇いたしまして、普通は数十メートルから数百メートルのところに滞留いたします。これがだんだん薄まってまいりまして、千分の一程度まで薄まるのでございますが、その過程で比較的濃い段階におきまして、そのガスの気塊と申しますか気団というか、そういうかたまりの中で光化学反応が進むわけでございます。
 この光化学の分解反応でございますが、この分解反応で特に芳香族のトルエン、これは化学物質としては最も量が多い場合が多いのですが、それの分解反応で硝酸メチルとアクロレインを並行的に生じてくる。この硝酸メチルは、前身といたしまして亜硝酸メチルの形をとる場合もございますが、これはそういう形では空気中にあまりおりませんので、硝酸メチルというのが多うございます。このアクロレインが、目のチカチカを起こす非常に強い物質でございます。それから硝酸メチルは血管拡張をはじめ、いろいろ急性な循環系の不調をもたらしまして、重症被害のそういう症状を持っております。そしてこのような被害濃度、これはある程度の濃度がなければ起こりませんので、被害濃度が維持されるというのは大体一キロ内外ではないだろうか。そんなとんでもないところからくるとは考えられません。したがってこれは、東京の西南部から神奈川県にかけて高速道路が集中いたしまして、しかも海陸風が最も収斂停滞しやすい地域というところに被害が多発するのではないかと、こういうふうにも考えております。
 前々から申しましたように、実験結果あるいは環境測定結果という証拠を、これはそれだけでは全体の原因がわかりませんので、その間をつまり科学常識でもってつなぎ合わせまして、こういう一つのモデルケースをいま考えている次第でございます。この常識というのは、科学常識といいますと、これは実は法則ということになります。環境におけるこういう法則、たとえば水の場合は高いほうから低いほうへ流れるとか、空気であれば風上から風下へ行ってだんだん薄まっていく、こういうようないろいろの環境における物質行動のあり方というものは、これは一つの法則でございます。この法則というものがより精密にわかってきますと、たいへんこういう環境における複雑な現象を解析するに役立つと思いますが、残念ながら現在まだデータが少なくて、それができません。私どもの一つの役割りといたしましては、そういう環境における科学法則というものを少しでも、一つでも明らかにしていく、こういうことを考えております。
 ごく簡単に申しましたが、以上でございます。
#19
○参考人(河合義和君) 私は先ほど来申しましたのは、現実にいろいろな問題が起こっている事実と、そういう問題から逆に行政的立法的な施策というものの後進性ということをわかりやすくお話ししたわけですが、決して行政当局がサボっているということを言っているわけではないわけで、これまで長年の間非常に汚染するような形でおかれていたために、従来の対策のおくれということが現在に持ち越されている。それが現在においていろんな形で瀬戸内海そのほか、日本の海域がほとんど汚染の海域になってしまっておる、こういうことになっていると思うのです。
 こういう問題について、法律というものが一体どういうふうな対応のしかたをすべきかということでありますが、これもやはり一般的な常識問題として、かつて昭和四十六年の初めごろだと思いましたが、国会で石原産業の汚水問題について社会党の書記長から御指摘があったように、従来四日市近辺の海域で海上保安庁が漁船の取り締まりをしたところが、漁区でないところで漁をしている。これがひっかかるわけですけれども、ところが、つかまえてみると、われわれは普通の許されている海域ではとても食える魚はとれないんだ、こういうことで、実際に海上保安庁としてこれを法的に取り締まる、こういうようなことをするのではかえって弱い者いじめする結果になるのだ、こういうことで、非常に人間的な正義心を考えて、そして本来海上保安庁なんというものは公害関係の役所ではないわけですけれども、そういうところが汚水について取り締まらざるを得ない。
 こういうふうに、われわれの常識というものは、行政の当局の中でも現実の問題に対していかに人間というものを考える立場に立つことが実際の現象から見て必要であるか、こういうことがわかってくるわけですが、先ほど例にお話ししました大分あるいは徳山、水島、宇部、こういうようなところで非常に集団的に行動して、結局裁判所を相手にしない、あるいは公害等調整委員会なんか、そんなもの知らない、こういうふうに、何よりも一番力強いのは、漁民が集団的に会社を閉鎖して、実力によって補償を行なわせる。これは宇部の問題でも、単なる岬漁協というような一つの漁協だけを相手には絶対できないのだと、こういうふうにがんばっていたところでも、結局、市長のあっせんなどで補償交渉に乗る、こういうふうな決断に出たようですけれども、このように、わが国の法制のもとでは、裁判所ないしは行政当局そのほか公的な機関というものは、漁民が普通の漁業を行なって生活できない、こういうような状態を見過ごしているというふうな考え方を持って、しろうととしての漁民たちが、自分たちの生活を救うためには自分たちが自力救済として実力をもってやる以外にない、こういうふうな考え方に出たのではないかと思うのです。
 こういうようなわが国の法律に対するあるいは行政に対する一般庶民の考え方というものは、われわれとしても決して見過ごすことはできないわけで、こういうふうなことがどうして出てきたかというのは、先ほど来お話しましたとおり、わが国の臨海工業地帯というものを無際限に拡大して、有利な工業地帯というものが無理になってくると、辺地のところでもっと大きな規模で、つまり人間が少ないところならば、それほど被害は出ないだろうというようなことで、自然資源ということを全然考えないで国土を荒廃させる戦略に出ているのだと思うのですけれども、これは非常におろかなことであるというふうに言わざるを得ない。これはむしろ日本だけのことではなくて、海というのは全部地球全体につながっているわけで、世界的に資源というものが枯渇してくる、あるいはわれわれが何を食べていいかわからなくなる、そういうような段階になってしまって、いかに法律を守ろう、あるいは行政を適法なものとして執行しようというふうなことになっても、これはナンセンスにならざるを得ない。
 こういうわけで、結局われわれは政治行政というものの姿勢の問題に戻らざるを得ないわけで、そういう点を考えましても、昭和四十年代に、いまお話した臨海工業地帯の形成について功労があったということで、鈴木雅次というかつて建設官僚であって日大の教授であった方が文化勲章を受章したということは、これは非常に私としてもショッキングなことで、こういう昭和四十年代の公害時代になって、文化の名前でもって、われわれが文化人として最高の栄誉として考える文化勲章が、公的に授章されるということは非常に奇異なことで、これはエコノミックアニマルであるということをシンボライズするものではないか、こういうふうに考えざるを得ないわけです。
 そういうふうに、私は全般的な問題として、こういうようなことではならない、つまり現在わが国の海域あるいは空というものがおかされ、あるいは静穏というものが害される、山紫水明の国としてあったわが国の全国的な環境というものが破壊されている、こういうことに対して、まず何よりもこれ以上の無理な開発ということを極力押えなければならない。そうして、それに次いで、従来の汚染に対する予防上の法律制度というものを考えなければならないわけで、その方法としては、具体的には、いまのような国が相当こまかいところまで一括して国の方針として縛るというような原則ではなくて、いまでももちろん上乗せというか、若干について認めておりますけれども、基本的な考え方としては、むしろアメリカの法律の中にありますように、連邦政府というのは最低限、つまり地方自治体というものがすべて国よりも正しいということは決して信用できないわけで、国としては、最低限こういうふうなことはやらなくちゃならない、こういうことをむしろ義務づけることにとどまるべきであって、国の施策よりも強いことをやることは違法である、こういうふうな考え方は必ずしも合衆国において一般的に考えられておるわけでなく、もちろん日本におけるところの先占、先取りというふうな法律と条例に関する考え方を航空機騒音その他についてとっているところもありますけれども、これはアメリカの学者でも、そういうふうな先占というようなことは恥である、こういうふうなことを述べているとおり、われわれとしても行政法の考え方として、法律と条例に関して先占というような考え方を徹底して考えるということは決して正しいことではないのじゃないか。むしろイギリスの立法の経験から見ても、法律制度というものは各地方において実験的にいろいろな考え方をやってみて、そして国の法律制度というのはそれによって前進するものである、こういうふうな考え方をわが国でもできるだけ採用して、広く、なるべく積極的で合理的な立法制度というものが可能なように、法律というものはあまりこまかく全国一律的な形でもって縛るようなことがないように、しかも最低基準についてはむしろきびしく縛るし、そして、より地方的な実情によって強い規制を行なうことについて妨害にならない、こういうふうな体制に持っていかなければ、全国的な汚染の問題ということは全国的な必要に応じて、それぞれの地域に基づいた施策を勘案しなければだめなのではないか、こういうふうな考え方を持っているわけです。
#20
○委員長(森中守義君) 政府側、答弁用意していますか。
#21
○政府委員(城戸謙次君) ただいま杉原先生から御指摘ございました総量規制の問題でございますが、これにつきましては、現在環境庁としまして大気汚染防止法、水質汚濁防止法、両方にわたりまして、現在の主として濃度規制でやっておりますものを、いかにして総量規制に持っていくかということを鋭意検討している段階でございます。
 たとえば大気汚染防止法で申し上げますと、先ほど河合参考人からも指摘されましたように、三十七年のばい煙等規制法の場合は、硫黄酸化物は濃度規制をとっておったわけでございます。ところが、その後の四十三年の改正でこれを量規制にしまして今日に至っているわけでございますが、今日では、ただ単に排出口において量規制をするだけでなしに、その地方地方の環境容量に応じました総量規制をせよ、こういう段階になっておるわけでございますので、現在では環境容量の点について、きょうお見えの大塩参考人等も入っていただきました専門家のグループで検討してもらっています。この結論を得次第、さらにこれをいかにして法制化するかということを検討して、一日も早く法律の改正を提案できるように準備したい、こう思っております。
 水のほうにつきましては、技術的な面でいろいろと監視をする上において問題点等もございますので、さらに調査研究を進めまして、一日も早く総量規制に持っていけるように現在努力している段階でございます。
 本日は関係局からもみなまいっておりますので、各参考人の御意見を十分拝聴しまして、取り入れるものは積極的に取り入れていきたい、こう思っております。
#22
○政府委員(田中芳秋君) 総量規制の問題につきましては、いま環境庁から御答弁申し上げましたような状況でございます。通産省といたしましても、公害規制のあり方としては総量規制の方向に向かうべきである、こういう認識のもとに、環境庁とも十分連絡をとりつつこの実現を早くやってまいりたい、このように考えておるところでございます。
 なお、参考人の方の御意見の中で、今後きわめて大きな問題としまして、NOXの技術開発を国としても大いに力を入れてほしいという御要望がございました。私どもといたしましても、きわめてこの問題はやっかいと申しますか、困難な問題でございます。しかしながら、国といたしましても、すでに環境庁のほうで環境基準を設定されましたことでもございますし、総力をあげてこれに取り組みたいということで、現在工業技術院を中心といたしまして、これに民間の研究成果をも織り込むということで、官民総力をあげてこの技術開発に取り組みをいたしておるところでございます。
#23
○説明員(山本純男君) 経済企画庁を中心にいたしまして、先般長期経済計画を経済審議会にはかって策定いたしまして決定いたしたわけでございますが、その中で、ただいま問題になりました点につきましては、やはり参考人の御指摘なりあるいは政府関係当局からの答えがありましたように、経済計画の立場におきましても、環境をよくしていくという政策を進めるにあたっては、環境の受容能力ということを考え方の基本にして進める必要がある。また、政府のこの関係の政策も、大気汚染、水質汚濁といったような問題につきまして総量規制という考え方で進めるように努力をしていくということは掲げてあります。また、そういうような政策を担保する資源配分上の問題といたしましては、政府公共投資、また民間企業における公害防止投資といったようなものにつきまして、経過期間中にそれぞれ約六兆円の投資を行なうという見通しを掲げまして、それを担保しておるということでございます。
#24
○内田善利君 私は三点だけ質問したいと思いますが、まず吉田参考人にお尋ねしたいと思います。将来の公害による汚染を電算機でどの程度予測できるのかどうか。それともう一つは、このように総量規制、環境容量がいま問題になっておりますが、四日市ではいまなお新しい工場の増設計画などをやっておるわけですけれども、こういったことについてはどのようにお考えなのか。この二点についてお伺いしたいと思います。
 それから加藤参考人に、悪臭の測定機器についてはいまお話しいただいたわけですが、これを防止する機器の開発ですね、これはどのようになっているのか。測定もそうですが、悪臭を出さない、悪臭をなくする機器の開発、これはどのようになっているのか。通産省もあわせて御答弁いただければけっこうと思います。
 それから河合参考人には、公害法の研究をなさっていらっしゃるわけですが、今日は世界に冠たるといわれている公害法ができたにもかかわらず、公害はふえるばかりでございますし、あのように漁民自体の規制が行なわれたということなんですけれども、結局、公害法の最大の欠点は総量規制がなかったことにあるのじゃないかと、これは私の想像ですが、この点、一口に言って何が欠点であったのか、お伺いしたいと思います。
 もし総量規制であるならば、これは早急に総量規制をすべきじゃないかと思いますが、いま環境庁からは、大気あるいは水質について検討中だ、鋭意研究中であるということですが、私はこれを早くやらなければ、四十三年の予算委員会のときにも総量規制すべきであると私は要望もし、当時の田中通産大臣からも答弁を得ているわけですけれども、いまだに総量規制ができない。その原因が、ほぼ先ほどのお話の中からうかがえましたけれども、やはりこの総量規制を国がやらなければ、基本的な考えを早く出さなければ総量規制できないのじゃないかと、このように思うのですけれども、めどはどの辺に環境庁は置いておられるのか。これだけをお聞きしたいと思います。
#25
○参考人(吉田克巳君) ただいまの御質問について、私のほうでお答えできる限りの範囲でお答えをいたしたいと思いますが、まず最初の電算機を使用することによってどの程度の予測が可能か、こういう点でございますが、この点は私のほうだけではなくて、大塩先生のほうでも大きな経験を持っておられますので、この御返事、あわせて御返事いただければ幸いかと思いますが、大気、特にSO2及びNOx窒素酸化物については、私は何といいますか、そう規制計画上支障があるような大規模な誤差はないと思います。実際に規制をやって、それでどの程度落ちてくるかということの一致度も大体予測したとおりのものが得られる。ただし四日市の場合には、先ほどの大阪は排出源が五万カ所あるという話でしたが、われわれのほうは排出源はわずか四百カ所しかない。それから九八%以上が四十二社で占められておる。こういう比較的簡易化できる条件があるという前提はございますが、この大気汚染につきましては、現在われわれが持っている技術で、たとえば電算機を大幅に活用する、電算シミュレーションによってほぼ規制目的に合致できる予測が可能である、こういうように考えております。
 水質につきましては、残念ながらわれわれはまだこれからの課題でございまして、経験を持っておりませんので、ここでは的確なお答えはいたしかねるのですが、この点、大阪府のほうで御経験をお持ちだと思いますので、お話しいただければわれわれも非常にありがたいと、こう思っております。
 それから、こういう事業をやる上につきましては、先ほど意見の中でも申し上げたのでございますが、やはり解決しなければならない科学上、学問的な問題がたくさんございます。この点につきましては、私は政府でひとつそういう問題点を解決するような研究の促進をぜひともはかっていただきたい。そういうような処置がとられれば、私はこの問題は学問上、何といいますか、必ずしもむずかしい問題ではない。これはたとえば一%も間違いなしに当てよということは必要ではないわけです、規制上必要とする範囲内で合理的であるということが必要なんだと思いますが、そういうところへ向かって科学上の開発をはかることは決してむずかしい問題ではないと、そういうように思います。
 それから第二の問題の、四日市における増設計画の問題でございますが、これは総量規制を行ないますと、実はこの増設計画が非常に無理であるということは当然出てくるわけでございます。
 この問題についてどういうように考えたか、あるいは措置をとったかということを申し上げますと、硫黄酸化物につきましては、問題の霞の第三コンビナートにつきましては、これはすでに通産省の認可も得られており、県も過去において承認をしておるわけでございますので、これは総量規制計画の中へ組み入れました。ということは、逆に言えば総量は霞のあるなしにかかわらず変わらぬわけでございますので、この霞分を、既設の第一、第二コンビナートがその分を端的に言えばかぶったということでございます。
 それから窒素酸化物につきましては、これが一番大きな問題でございますが、本年の初頭に県内部で合議いたしまして、本年一ぱい一切の燃料増を認めないという、いわゆる燃料の凍結をやったわけでございます。これはどういう意味かと申しますと、本年の末には、計画どおりいけばNOxについての総量規制計画と、それをどのように地域の工場に配分するかということがわかってくるはずである、したがって、そこへ移行するまでの間一切の燃料をふやしてはいけない、燃料増を伴う計画はすべてたな上げにする、こういうことでございます。問題は、これがNOxの規制計画へ移行した時点で、先ほどから申しておりますようにNOxの防除技術が非常に大きな問題になってくるわけでございます。この防除技術に一定の見通しが立ちませんと新規操業ということは全く不可能である、こういうことになるわけでございまして、この点がいわゆる新設計画を左右する一番基本的な問題になると思います。
 それから、そのほかの一般的な新設問題でございますが、四日市地域につきましては、先ほど申しましたように硫黄酸化物及びNOxにつきましてはいわゆる環境容量、こういうようなもの、及びどういう新設をした場合に将来どうなるかということをシミュレーションをする、この二つはほぼ可能なわけでございますので、したがって将来予測を踏まえた事前審査ができるわけです。本年の六月に事前審査会条例というのをつくりまして、外部機関である事前審査会の議を経なければ新設はできない、こういうことに六月から変わっております。したがって、四日市地域につきましては、大気汚染についてはこの審査会の指揮のもとに、先ほど言いました将来予測に合致し得る範囲内かどうか、し得なければこれは破棄する、こういう形になるわけでございます。
 ただ問題は、四日市以外の地域につきましては、こういう大気の何と言いますか、容量と言いますか、そういうものについては、かいもく情報がないわけでございます。これを知るためにはさらにたくさんの職員を追加投入しなければできない、こういうことになって、現時点では、いわばわからない。実際に測定をしますと、この四月に改正されました新しい政府環境基準をすでにオーバーしておる所が幾つかございます。たとえば津市なんかも、もうすでに実はオーバーしておるわけでございます。したがって、そういうところの将来計画を立てた上でないと現実的には審査できないという問題が出ておって、この点は全く未解決でございます。これをどう解決するかは大きな問題ではないかと、こういうように思っておる次第でございます。
#26
○参考人(大塩敏樹君) 電子計算機によります汚染の予測につきましてお話し申し上げます。
 現在の技術から申し上げますと、長期的な平均の予測、すなわち年間の平均値の予測はかなり精度が高く予測できるという段階でございます。ただ、環境基準値として示されておりますような、二十四時間とかあるいは一時間値の予測につきましては、まだ若干不確定な要素がございます。これは、たとえば光化学スモッグが前日に予測できないというようなことと似通った原因があるわけでございますが、主として気象要素の変動幅が非常に多いということに基因しております。
 問題は、長期的な予測をやります場合には従来の拡散モデルを使いますので、いわゆる高煙突効果というものをまともに計算するわけでございますが、現実の姿と申しますのは、風のある場合のいわゆる高煙突拡散が非常に有利だというパターンと、風が非常に弱くてスモッグを多発しやすいというパターンを組み合わせたものが現実の姿になってまいります。したがって、短期的にあらわれますスモッグを予測し得ないような計算方法では、次第にその現実と離れたような結果が出てまいります。そういう意味では、特に風が弱くて周辺部を山に囲まれたような地域では、計算の予測がきわめて不利になってくるということが言えるのじゃないかと思います。ただし、この短時間にあらわれますスモッグの精度を上げますために、大阪府の計算では、現実に配置しております測定点の気象データと、それから汚染濃度と、これを新しいいわゆる静穏時のモデルというものを開発しまして、その方法によって解いて、短時間すなわち一時間ごとのPPMをコンピュータで追っかけていくという方法をとって補ってございます。
 で、あと申し上げましたその短期間の予測につきましては、これは最近の大型電算機が非常に使いやすくなったということで、これの力をかりますれば、データが十分あれば、たとえば光化学スモッグの最大濃度がどのぐらい出てくるかということについては今後予測が可能になってくるのではないかと、このように考えております。
#27
○参考人(加藤龍夫君) 悪臭の防止機器の開発と、これがどうなっておるかということに関してお答えいたします。機器ということになりますと、機械を置いてそれで悪臭をとるということになってしまいますが、実際は機器というような意味ではなくて、防止技術というふうに考えるべきだと思います。
 悪臭が出てくる最も普通の場合は、廃ガスあるいはガスの漏れ、それから廃水でございます。それから実際にその起こっている順序と申しますか、具体例から考えますと、魚腸骨のようなそういう生物、当然物から出てくるような場合、これは下水とかごみなんかもございます。それから化学工場から出てくる場合、あるいはパルプから出てくる場合、いろいろに区分けをすることができると思います。したがいまして、それに応じて具体的にはどれが一番いいかということが大体きまってくるわけでございますが、全体として一応技術としてどういうものがあるかということになりますと、かなりの面までその単位の技術といたしましては進んでおるわけでございます。これは一応用意されておると考えていいと思います。
 まず、悪臭はたいへん薄い濃度でこれは問題であるということから見まして、これを燃して分解してしまうということが一つの手段でございます。これは酸化ということでございます。この方法といたしましては一応三つありまして、直火式のバーナーの燃焼方式、それから触媒式のバーナーの燃焼方式、あるいはオゾンによる酸化というようなことが、こわしてしまうという技術になります。それから次には、取ってしまう。取るということは、ある場所に取ってしまうということになります。これは吸着あるいは吸収の方法を使います。活性炭の吸着、あるいは水、それから薬剤等による吸収というような手段がございます。そのほか、あげますと十指に余る方法が現在出されておりまして、実際には試みられてもおるわけでございます。
 ただし、この悪臭の防止技術ということを、実際に起こっているところの診断という形でやっておりますと、この出てきたものをどうかするというのでは不十分なわけでございます。これは悪臭のみならず、公害防止産業ということの一つの扱い方をいたしますと、防止産業としては、公害が出ればそれで今度はもうければいいというわけで、そこでまたGNPが多くなるわけでございますけれども、一たん出しておいてまた取るということは、全体の日本の進んでいくべき工業国家としてのあり方としては、これは過渡的なものであり、最終のものではないというふうな一つの認識が必要じゃないかと思います。
 特に、悪臭のそういう単位の場合を見てまいりますと、いま申しました出てきたものを取るというのも一つの技術でございますが、これは三番目の技術でありまして、その前に二番目といたしまして、工程の改善ということが非常に問題なんであります。
 実は悪臭が出るということは、途中でそういう廃棄物が出るということになるわけです。現在の工業をいろいろ総点検というか診断いたしますと、そういうものを出しながら、なおかつ利益があがっているというのが非常に多うございます。これはほんとうは社会的に申しますと利益ではないわけですね。空気をよごした分だけは損しているわけで、会社がそれを負担しないから利益になっているというだけでございます。ですから、社会的にマイナスを働いている会社というものがたくさんあろうかと思います。こういうのをやはり一つ一つきめこまかに診断いたしまして、工程の改善でそういうものを出ないようにするということが、悪臭の防止対策としては一番の大事な点じゃないかと思っております。一つ一つあげてみますと、かなりそういうことをやらないとだめでございます。一例をあげますと、これはたとえば魚腸骨のようなそういう非常にくさいにおい、魚とかそういうものから飼料をつくるという工場が悪臭の訴えの中にたいへん大きな比重を占めております。そういうところでは、まず、きたないところをやめまして、そして空気は一カ所に集めて、工場を小屋がけ工場からほんとうの工場形態にもっていかないと、これを悪臭を防止しろと言ったって無理なんでございます。そういう点がございます。そういうことによってこれは改善ができると思います。
 それから第一番目というのがまたあります。これは、工場の立地や環境というものをよくする。工場というのはもうきたないということが明治以来の一つの通念になっておりましたけれども、これから長い目で日本が発展していく場合には、工場というのはきれいなものであるという、こういうことが非常に大事だと思います。そういう工場のあり方というものを変えるということが、その上にあるのじゃないかと思います。これは悪臭に限らないわけでございますが、特に悪臭に関しますと、この三つがございます。
 それから防止技術の中で、かなり問題が今後あるといま非常に取り組んでおるところでございますが、そういうものとしてはパルプがございます。パルプというのは日本の川を非常によごした元凶でございますので、これをやはり非常に大きな国策的なテーマといたしまして何とかする。小さな手段ではだめだと思います。これから出る悪臭というのが一つの代表になっておりますので、これを早急にやっていく必要があると思います。それから大型化した石油化学というものから出てくる、特に溶剤でございます。これは悪臭として感ずる例が非常に多いものでございますが、ただし、メルカプタンとかアミンといったような少量でもって悪臭というのとは違って、かなり大量に溶剤が出る、においがするというものでございますから、悪臭防止法案という狭い意味から見たワクからちょっとはずれるということでございますが、この溶剤類というのは今後非常に大きな問題をかかえていると思います、地球的な意味から申しまして。つまり、洗剤で海がよごれると同じように、溶剤の蒸気で空気がよごれます。これは、溶剤というのはあまり変化いたしませんから、蓄積効果というものも出てまいりますが、こういうのを、やはり出てこないような工程というものをやっていく必要があると思います。
 ですから、防止技術のこまかい一つ一つのそういう単位の、出てきたものを取るということに関しては、これは生産技術と同じような意味で出ておりますけれども、全体的なそういう大きな問題に関しましては、これはこれからの問題であるというふうに考えております。
#28
○政府委員(田中芳秋君) 悪臭防止機器の開発の問題でございますが、この問題は、やはり設備のクローズド化、あるいは出ました悪臭を回収し、先ほど加藤参考人からもおっしゃいましたように、これを燃焼する等の処理の問題でございまして、機器の開発と申しますよりは、そうした技術の開発というふうに私どもは受けとめて、この技術開発を促進したいと考えている次第でございます。
 昨年、富士にございます製紙の二工場につきまして、こうした悪臭防止、悪臭の回収、そうして燃焼等の技術を開発し、これを実用に移してみたいということもございましたので、たしか約一億円の補助金を与えまして、現在これが運転をいたしておりますが、かなりよい成績をおさめているというふうに聞いております。
 それから石油化学の工場等でございますが、やはり定期点検のようなときにそうした悪臭を発します部分をあけるというような事態から、付近の環境を著しく悪くするような事例もあるようでございまして、これらの工場につきましては、クローズドされた中でそういう作業を行なうような研究を進めているというふうに聞いております。いずれにいたしましても、私どもといたしましては、工業技術院におきましてこの種の民間の技術開発に補助金を出す制度がございますので、そちらのほうで大いに推進をしてまいりたいと、このような態勢になっているわけでございます。
#29
○参考人(河合義和君) 総量規制という問題が、それが行なわれていないことが一番大きな欠陥ではないか、こういう御指摘は確かに間違いないところではないかと思います。それは先ほどお話ししたとおり、ばい煙規制法の当時に、結局煙突から出る煙を薄くさえすればいいんだ、あるいは水質保全法においても、出す排水にきれいな水をまぜればいい、つまり、煙突の横から別の一般の空気を流し込めばいとも簡単にきれいになる、こういうことがひそかにささやかれていたとおり、実際にまじめに規制努力をするということが、しり抜けになるおそれがある。これは当時いろいろ批判もあったとおり、これらの法律の目的に書かれておりますとおりに生活環境、空気あるいは水の浄化ということが徹底的に追求されたのではなくて、経済の成長というふうなことをもう一つの柱として、両立するようなものとして考える、こういうふうな消極的な立法政策から当然出てくる、つまりざる法というふうに言われることのいわれであるわけであります。このような考え方は、先ほども法律というものは一体どういうふうな機能を持つべきものなのか、こういうことが加藤参考人からも言われたわけですが、これは結局、わが国の行政法に関する考え方が非常に立ちおくれておって、つまり十八、九世紀ごろの国家というものは、市民社会に対してなるべく少なく干渉すればいい、つまり市民社会の論理というのは、お互いに当事者が支障なく両立できればいいんだ、こういうふうな考え方を持っていたわけで、国家が乗り出してくるということは例外的であって、盗人とかそういうようなことだけである。こういうようなことで、一般的な考え方は、個人個人の両当事者同士の問題として考える、こういうふうな考え方が一般的であって、行政権が乗り出してくる場合でも、これはなるべく消極的な範囲にとどめなければならない、こういうふうなことが学説の上でも、警察権の限界理論という形でドイツなどでまとめられておるわけでありますが、この原理が最近の代表的な教科書にも載っているわけですけれども、これが現代の拡大した国家の使命に対していかにナンセンスなものであるかということは、私が公法学会でも述べたわけですが、これが必ずしも一般的に承認されていない。そして、それがやはり現実のわが国の立法行政の中に依然として生きている。こういうことが一つの原因ではないかと、こういうふうに思われるわけです。
 それは、むしろ明白に水質保全法の中では、水質基準というものを定めるについて、この基準というのは前項の目的を達するために最低限のものでなくちゃならない、こういうようなことを念を押して、つまり学説として出ているものを法律の中で明らかにしているわけですけれども、これはばい煙規制法の場合でも同じで、当時の厚生省、通産省から通達の形で都道府県知事あてに、この法律を施行するためにはくれぐれもやたらに産業活動に障害を与えないように注意しろと、こういうようなことを流しているわけで、これは、一体この法律の目的がどの程度に達成されるかということの危惧は明らかなわけです。
 こういった問題は何も戦後ばかりではなくて、有名な末弘厳太郎先生が昔言われたことと通じているわけで、つまり、戦前の体制の中で、警察的取り締まりが十分科学的に組織されていないために、警察的取り締まりが必要な最大限度に及び得ず、他面、不必要な制限が無用に行なわれることになり、個々の被害者の個々的な救済請求を無秩序に許さなければならないと、こういうようなことを言っているわけで、そのために警察的な取り締まりを組織化する、そして無秩序な個々的請求を無用化せよと、こういうような主張がされているわけですが、末弘先生は戦前の時代でもこれだけの見識を示されているわけですけれども、わが国の戦後における行政の中に生かされているのは、むしろこういうようなことではなくて、末弘先生が提唱されたのは調停制度というようなことを実際問題として提唱されたわけですけれども、これは戦前における行政裁判所というようなものがあった時代、あるいは戦前における行政というものは非常に権力的である、こういうような背景に基づいて、民事的な救済ということに相当力を入れなければ現実の救済が得られない、こういうふうな背景において提唱されたわけですけれども、そういった面だけを非常に強く打ち出して、結局、民法的な考え方を強く行政の中に持ち込む。こういうふうな形で、戦後における公害に関する法律問題というものは、損害賠償の問題である、こういうふうな考え方で、行政法の中にも損害賠償の考え方あるいはその損失補償という分野も当然あるわけですけれども、そういうふうな面を強調することの誤りというものが一般的に制度化してしまっている。こういうところに現在の問題が集約されていると考えるわけです。
 そのほか、ただいまの御質問の中で、ほんとうの意味で法律上の最大の欠陥は何であるかと、こういうふうにおっしゃられたわけですが、これはいろいろたくさん法律もございますし、それの実態をこまかく調べてみなければ、そう簡単に申し上げるわけにはいかないわけですけれども、私はむしろ経験的な事実としてそれをお考えいただいたほうが正しいのじゃないか。その一つとして、いまお話した末弘先生の考え方、つまり警察的取り締まりが十分科学的に組織されていない、こういうために、戦前においてはやたらと不必要なところに公権力でおどしをかける。そうして必要なところには十分な権力が出ない。こういうことは、現在の日本国憲法下においても必ずしも全部払拭されたということは言えないのではないか。そうして、先ほど言われたように世界に冠たる公害国。これは非常に皮肉なものだと私は考えているわけであります。
 ちょうど、例の六十四回臨時国会の直後に、私はある雑誌に頼まれまして、政府関係の方も何人かお集まりを願い、あるいは経団連の方もお入りいただいて、私が司会をしてこの法律に関する座談会をやったわけですけれども、その中でも、実際にもしこの諸法律が世界に冠たる法律であるというようなことであるならば、結局、いままで行なわれたような公害防止協定というようなものは無用なものにほとんどなり得るのではないか、こういうような疑いを持ったわけです。たとえば、ごく最近に出た新聞の報道を見ますと、名古屋の利川製鋼、こういう工場があって、これが周辺に空気汚染そのほかについていろいろ被害を及ぼして、裁判上の問題になっているわけですが、これに対して判決が出て、約六千七百万円の損害賠償が認められたわけですけれども、そのほかに一定量の基準を越した場合には、この申し立てた二百数十人の申立人が暫定公害防止協定というものを工場と結んで、それに対して差止・停止請求権を持つ、こういうような防止協定すら結んでいる。ということは、これは裏から見て、いまの規制についても実際にはかなりゆるやかなものである。そうして、こういうような被害者たちが結束して防止協定というような形でもってみずから守らなければならない、こういうことにおいて非常にいいことだと。また、先ほどお話したとおり、漁民たちがいろいろ大挙しておる。これも確かに一つの問題であって、これは現在だけではなくて、海がよごれたというのは長年にわたる問題でありますが、しかし、この改正法律が施行されて二、三年しかたちませんけれども、その規制効果がそう直ちにあらわれるというものではないにしても、いまの時点にこれほど集約的に全国的に起きている。こういうことを見ますと、事実としての行政措置というものは、非常にゆるやかであるということが事実であるというように推測せざるを得ない、こういう結論になるわけであります。
#30
○高山恒雄君 だいぶ質問が出ましたので、ダブった質問は遠慮したいと思いますが、いま河合先生もおっしゃったように、この海水の汚染ということは、まさにいま重大な問題だと思うのです。そういう面から吉田参考人と大塩参考人にお聞きしたいのですが、地方の実態をむしろお聞きしたいと思うのです。
 日本の場合は、先ほど諸先生方おっしゃるように非常に立ちおくれているわけですね。ことに海水等になってきますと、下水の立ちおくれ、これは世界でもまれに見る立ちおくれだと思うのです。特に大阪等の寝屋川なんというのは、四十六年の調査ではゼロですね。こういう面から言って、海水がよくなるなんということはおよそ想像がつかないのです。むろん工場から出る排水の規制ももとよりでありますけれども、下水の完備という点についてどういうようにお考えになっておるのか。むしろわれわれはしろうとですから、しろうとから考えてみれば、工場から出る規制と、それから下水の浄化設備、これがあれば相当の規制もできるのじゃないかというような観測をしているわけです。何か検討されたことがおありならお聞かせ願いたいと思います。
#31
○参考人(大塩敏樹君) 水質汚濁を防止するためには、下水道整備というのが、これが基本でございます。ただ、従来のように川だけをきれいにするための下水道ではなくて、やはり大阪湾、ひいては瀬戸内海をよくするために川をよくする、こういう考え方で見直す必要があろうかと思います。
 今度の計画では、私ども考えておりますのは、五十六年までに大阪府下の下水道投資が一兆二千億でございます。ただ、これだけのお金をかけましても、五十六年度の時点におきましては、水質基準で申しますと悪臭を放たない程度という、いわゆるBOD一〇PPMの基準にするのがやっとでございます。そういう点で、都市河川におきましてもコイ、フナが住める、先ほどもお話ございましたように、寝屋川におきましてもやはりコイ、フナが住むようにしようと思いますと、BODをさらに半分の五にしなければなりませんので、さらにこれを上乗せして下水道整備をはかっていかなければならないということになりますと、膨大な財源を要するわけでございます。しかしながら、六十年を目途といたしまして、大阪府の市街化区域の全域の下水道を整備する。その場合、先ほど申しましたようにBODを少なくとも五以下の数にする。こういうことで基本的な計画を組んでおります。
 ただ、下水道と申しますのは、先ほどお話し申し上げましたように、もともとの考え方はかなり古い歴史が、欧米ではかなり古くからやられておりまして、そのころのいわゆる古典的な生物的処理法では、先ほど来いろいろ問題になっております、特に海の富栄養化、たとえば赤潮の発生等を防止するには不十分でございます。と申しますのは、窒素、燐というものは家庭あるいは工場等から出てまいりますが、生物処理には窒素、燐が必要であるという観点で、何がしかなければならない。ところが一方、それが非常にふえてまいりますと、海の中で生物が爆発的にふえて、そのためのトラブルが起こるわけでございますので、従来の欧米でやられました下水道整備に加えて、いわゆる三次処理というものを導入していかなければならない。ただし、そういう考え方は、今回の予算を組む中では長期的には認められておりますけれども、現行の下水道の制度の中では、そういう高級処理についての何らの規定あるいはそういうものについての補助というものがないわけでございます。
 あわせまして、さらにもう一つ申し上げますと、従来の下水道と申しますのは環境容量的な下水道整備ではなくて、たとえば高級処理というのは二〇PPMのものにすればいいんだと、ですから、いなかであっても一千万人近い都市でも、二〇PPMまでできる高級処理を整備すれば下水道の役割りは事足れりと、こういう考え方でございますけれども、本来そうではなくて、許容負荷量に基づいて下水道といえども排出すべき濃度は一定限度に押えなければならない、こういうことになるわけでございますので、あわせて、いわゆる超高級処理ということもこれから技術開発をしながら、そういったものも制度化していかなければならないと、こういう問題と思います。
#32
○参考人(吉田克巳君) ただいま下水問題につきまして御質問のございましたわけですが、伊勢湾、特に三重県の問題につきましては、私センター在任中には、実はこまかい計画までとうてい手が回らなくて、概算の予測しか行なったことがないわけでございますが、大体昭和四十五年の時点で概算予測をいたしますと、三重県、愛知県、岐阜県、この三県から伊勢湾に流入してきておるものが、BOD物質として約四百三十トンぐらいあるものと、こう推算しておるわけでございます。現在おそらく五百トンをこえておるのではないかと思うわけですが、その場合に、実際に伊勢湾をきれいにするために、たとえば昭和三十年代の前半というようなところあたりを一つの目標として考えますと、おそらく三分の一くらいの削減はどうしても必要であろう、こういうことが出てくるわけです。
 そうしますと、そこで起こってきます一つの問題点は、伊勢湾岸で人口が年々増大しておるわけです。それから工場も年々ふえてきておる。しかも、そのうち下水道を持っておりますのは、名古屋市の人口のわずか三割足らず、それ以外の県では下水道の進捗率というのは非常に悪い。三重県の場合でも、四日市と津市とがわずかに最近工事に着手したというような、そういう現状であるという点からいきますと、こういう三分の二カットという場合には、当然これは下水のほうに抜本的な投資をする必要がある、こういうことになります。
 もう一つの問題点は、先ほどもちょっと出ましたですが、現在の二〇PPMを基準とした技術で昭和何年ごろまで追従できるかという問題がございます。おそらく昭和六十年とかそれ以降の時点を考えますと、これは第三次処理を導入しない限りは、たとえ下水が完備したとしてもやはり計算が合わない、伊勢湾がよごれる、こういうことはおそらく必然的に起こってくるのではないか。そういう意味では、先ほども大塩参考人もちょっと触れられましたですが、いわゆる第三次処理ということを下水計画の中へ、当然念頭に入れないと、東京、それから名古屋周辺、それから大阪周辺はたぶんもうだめであろう、こういうことは考えられるわけです。その点は確かにいまから、いまの下水道が全然ないという状態を打開すると同時に、その先にそういうことがあるということを意識しておくことが必要だと思います。
 それからもう一つの問題は、企業側のBOD排出の抑制、これは地方自治体が本気にその気になれば条例をつくればできるわけですから、財政上の問題というのはいわばないと、こういうこともいえるわけなんですが、問題は、そう言っては何ですが、従来地方自治体はこういう規制になりますと、場合、条件によっては、企業よりもなおたちが悪いということもあり得るわけですね。結局、財政のほうでお金がない。よく突き詰めると、国全体のワクとかそういう問題がそこへ出てくる。で、部分的には、それが障害になっている河川というものは、これはよその自治体もそうだと思いますが、現実にございます。
 これは津市にも、実はそれで非常に困っている河川が一つあります。これは工場ではなくて、下水のためで、しかも悪くなることが確実に見通される。実は投資計画はあるのだけれども、それは何年か先である。それをくつがえすことは事実上不可能である。これは局部的にはあちこちにあると思います。そういうものをやはりできるだけきめこまかく解決する。これがどうしても必要ではないか。たとえば例を申してはあれですが、ある河川に団地をこしらえる。もう確実に悪くなるということがわかっておる。ところが、その地域の下水計画というのは昭和何年であるということも、もうわかっておる。それはどんなに話をしても変わらない。これはもうあちこちにあると思います。そういう問題を解決する。
 それと同時に、先ほども出ておりましたような第三次処理、つまり二OPPMという現行の下水の、何といいますか、通念といいますか常識といいますか、これは結局将来はどこかで直さなければいけない。それからいま一つの問題は、昨年もそうでしたですが、伊勢湾で赤潮で数十万匹の魚が死ぬ。これに対処するためには燐及び窒素を除去するような施設、これを現在の下水処理計画に追加することを真剣に考えないとこの問題は解決できない。これがあると思います。
#33
○沓脱タケ子君 それでは、きょうは時間が限られておるようでございますので、参考人の先生方の御意見だけをお伺いしたいと思っております。
 最初に、いま全国民をたいへん不安におとしいれております水銀、PCBの汚染魚対策についてでありますけれども、この点について河合先生と大塩先生からお伺いしたいのですが、これは基本問題ではなくて、さしあたって国民が少しでも安心して食べていくために必要な点と考えられますのは、緊急に食品衛生法に基づいて安全基準をつくること、こういう点についてと、同時にいま、水揚げ場所と集荷市場のところで定期的系統的な検査体制というのが非常に必要ではないかというふうに思うわけです。特に東京、大阪等におきます大量の消費市場、ここでは緊急に必要ではないかと思いますが、現状の大阪の検査体制と、その中での問題点がどういうことがあるか。特に政府の施策に対する御要望点があれば、その点についてお伺いしたい。
  〔委員長退席、理事杉原一雄君着席〕
 その次に、これは加藤先生にお伺いをしたいのですけれども、光化学スモッグについてでございます。昨今の新聞報道によりますと、連日の報道で特に東京や大阪では深刻な問題になっております。この原因についての一つの重要な柱が、車の排ガスの対策が焦点だというふうにいまもお話を伺いましたけれども、その中で、自動車の交通規制の権限委譲、特に都道府県知事に対する権限委譲の問題というのは、行政上のかねがねからの問題になっているように聞いているわけです。こういった権限委譲の問題点の動向がどういうふうになっているか。また、これに対する政府の反応がどういうふうになっているか。そのほか、この問題とあわせて、その他光化学スモッグ対策についての効果的な立法について、御見解があればお伺いをしたい。それから、各地での対策の実情ですね、そういったものもあわせてお聞かせを願えたらたいへんありがたいと思うのです。
 それから、私は医者なんで特に気になるのですけれども、昨年の石神井南中学で起こりましたのは、また大阪でもそうなんですけれども、光化学スモッグによるたいへんきびしい、ひどい症状が被害者に出ましたですね。その原因の究明というものがその後どうなっているか。それから、そういった原因の究明についての研究体制の問題と、そういった点について現状はどうで、政府の施策に対する要望点があれば、それをひとつお聞かせをいただきたい。
  〔理事杉原一雄君退席、委員長着席〕
 それから最後に、大気汚染対策関係の問題、特に環境容量、総量規制の実施の関係について、これは吉田先生、大塩先生にお伺いをしたいのですけれども、実は、昨日の朝日新聞の記事にこういう記事が出ていたのです。経団連の行なった主要業界団体へのアンケートの中の公害防止についての項目で、業界は「地方自治体が法令にない規制を行うのを改めてほしい」と、こういう新聞記事が出ていたのです。そういう要望が主要な業界団体にたいへん多いというふうに報ぜられております。そこで、この点についてお聞きしたいのですけれども、この報道による発言の内容というのは、私は現行の政府の公害対策の不備というか、そういう問題点の一つが集中的に表現をされているというふうに感ぜられるわけです。そういった点について、これは先ほど河合参考人の法制上のお考えの中でもあったように、現行のおくれという内容の一つのあらわれとも見られないわけではないのですけれども、そういった点についての御見解、これをお伺いをしたい。
 それで具体的にお伺いをしたいのは、総量規制を具体的に実施していく場合に、法的規制ができないために起こってくる問題点、これは一体あるのかないのか。これはあると思うのです。先ほど吉田参考人の御見解の中では、四日市ではかなり円滑に進行しているように拝聴いたしました。で、来年の一月ですか、川崎市ではすでに条例が実施の段階にあるというふうに聞いておりますが、そういった点での隘路があるのかないのか、そういう点。それから硫黄酸化物についての上乗せ基準の設定ができていないというために、これは各地域での規制設定を行なう場合に非常に隘路になっているように思うわけですけれども、これらについての御見解と政府の施策に対する御要望、これをお伺いをしたいと思います。
 最後に大塩先生に特にお伺いをしたいのですけれども、大阪で環境容量を設定して総量規制を進めていくという段階で、特に前提としておっしゃっておられた、大阪のような過密都市では産業構造の転換が必要であるというふうに発言をされておられますけれども、いま大阪で大問題になっております興亜石油、関西石油、石油二社の増設問題、それから多奈川第二火力発電所の増設問題、こういった点について、先生よく御承知のとおりだと思うのですけれども、すでにたいへんきびしい汚染地帯になっておる大阪におきまして、環境容量の達成を目途とする公害行政を進めていくという点から見まして、こういった公害発生源の、特に巨大発生源の新増設の問題ですね、こういった点については、私どもは直ちにやめさせなければならないのじゃないか、大きな矛盾じゃないかというふうに思うわけですけれども、こういった点についての御見解。それから、単に大阪なら大阪だけでそれをやるということについて隘路があるなら、これは政府に対する施策の御要望、こういった点についてお聞かせをいただきたいと思います。
#34
○委員長(森中守義君) ちょっと速記とめて。
  〔速記中止〕
#35
○委員長(森中守義君) 速記を起こして。
#36
○参考人(大塩敏樹君) お答え申し上げます。
 人の健康を守るという立場から申し上げますと、水、空気をよくすることはもちろんでございますが、やはり食品というものも含めて、人体に取り込まれる量というものを基準にして人への影響というものを考えなければならない。そういう点では、食品というのは非常に大きな意味を持っているわけでございますが、その食品自身が水とか空気の間接的な汚染を受けているという現状でございますので、そういう点ではもう少し全体をシステム化して基準というものをつくり、それに基づいて具体的な施策を立てる必要があろうかと思います。
 大阪府におきましては、この問題は関係部局がたくさんございますので、委員会をつくりまして現在検討してございますけれども、残念ながらいままでのところ、この食品公害と申しますのは一般公害から一応除外されてございますので、そういった連携をとりながら対策を進めざるを得ない状況でございます。
 水銀あるいはPCBの分析体制でございますが、現在民間の分析機関の協力も得まして、全力をあげて汚染の監視、いわゆる測定を実施しておりますが、何しろ技術が非常にむずかしいということで、一日当たりその処理する量が少ないために、一般の住民の不安をなかなか解消するに至らないという現状にあることは、まことに遺憾な次第でございます。この点につきましては、現在公害監視センターそのものを拡充して、公害のほうでもこういった機器を整備して協力するような体制をとっていく必要があろうかと思います。
 環境容量につきまして、いろいろ経済団体等から御発言がございますようでございますけれども、公害を実際に担当している者といたしましては、実際の公害行政としましては、できるだけ中小企業の指導とかそういうことに全力をあげたいのが本音でございまして、そういった総量に非常に関係のありますような大手の方々は、むしろ自主的にその量を削減すべく自主規制していただきたいと、こういうような気持ちがしているわけでございますが、これにつきましては、当然国のほうでも、そういう大手の企業につきましては指導をされることと思いますので、大阪府の場合で申しますれば、すでに数字として明らかにしておりますものを変更する意思はないわけでございます。ただ、早期に達成するということにつきましてはいろいろ問題がございますので、現在実施計画の検討を進めているわけでございます。
 最後にお話しになりました大阪の環境容量と新増設等の問題、あるいは産業構造の問題でございますが、産業構造の問題につきましては、現在総合計画の中でいろいろ議論をしていただいております。たとえば大阪府の場合、百二十の産業分類で見ますと、製造業で約十四の業種が出荷額の一三%に相当しておりますが、その業種が燃料の五五%を消費しているわけで、これは資源消費型あるいは公害型ともいえるわけなんですが、そういったものについてのやはり転換がなければ非常に環境容量の達成はむずかしいのではないか、こういう意見が出されてございます。
 興亜とかあるいは多奈川の問題につきましては、実は多奈川につきましては現在審議会で審議されてございますし、石油の問題につきましてはごく最近に計画案が出たようでありますが、私どもの環境容量の数字と申しますのは、この二つの問題を審議する上での目安として、審議会の要請もあって示した数字でございますので、その数字に基づいて適切な対策がとられるものと、そのように考えております。
#37
○参考人(吉田克巳君) ただいま御質問のあった点でございますが、窒素酸化物あるいはオキシダントの対策、この場合にはどうしても自動車交通の問題が、地方の都市におきましても無視できない問題でございます。
 先ほどの意見陳述のときにも若干触れましたのですが、現在、自動車構造上の問題、それからもう一つは道路交通上の問題、この二点は地方自治体に実は権限がないわけでございます。したがいまして、工場の窒素酸化物及び炭化水素、この対策をもし地方自治体が完ぺきの総量規制策をやったとしましても、一方でどんどんふえてくる、こういう条件があるわけでございまして、この調整をどこかでとっていく、あるいはどこかで責任をもって調整がとれる、こういう方法をどこかでつくっていただくということがやはり将来非常に問題になってくるのではないか。これはたちまちデッドロックへ上げていく大きな要因になるのではないか、これは確かにそうだと思います。四日市地域でも、先ほどちょっと申しましたですが、概算で、一部の地域ですが、橋北という地域では、これは大きな産業道路の通っておる地域でございますが、ここではすでにほぼ大体その時点にきておる、こういうように判断せざるを得ないということがあるわけでございまして、したがって、そういう自動車構造、それから交通政策、それから企業の排出、この三点を総合的に調整できる権限というものが、どこかに必要であろうと思います。
 それから総量規制上の問題でございますが、一番問題になりますのは、実際にこれをやる場合に、現在の時点で地方自治体が困る、こういうことの一番大きな問題は、法令とのかね合い、これが最大の問題になると思います。
 この点は先ほどあまり触れなかったのでございますが、私現在県の役人でございませんので、比較的自由な意見を述べさせていただきますと、率直に申しまして、現在の大気汚染防止法だと総量規制条例というのは確かにわれわれから見ても法律上疑義がございます。疑義があると言われれば、これは非常に苦しいということは言わざるを得ないと思います。法律上、確かに有害物質とばいじんについては上乗せ権限が明示されておりますが、ほかのものについてはそれは示されておらぬわけですから、したがってこれは確かに問題になる。事実、四十七年の四月に施行規則を施行するときに、最後まで正直言ってもめた問題でございます。
 三重県の場合には、この問題を解決するために、施行規則におきまして、総量規制を行なうのは工業ごとに総量規制をする、排出口から何がどれだけ出てくるかについては一切触れない、こういう形式でございます。これは逆に言いますと、大気汚染防止法は、排出口つまり煙突から出てくる量を、いわゆるK値によって計算されたこれを規制しておるのだ、それに対して上乗せはやっていない、工場全部から出てくる総量がこれだけである、それを規制するのだ、したがって法律上両者はそれぞれ独立のものである。まあちょっと意見があれですが、人によってはこれは詭弁だと。確かにそうだと思うんです。詭弁ではないか、こういう意見が幾つかございます。ある意味では私は――私は法律の専門家でございませんのでよくわかりませんが、詭弁ではないかと言われるとやっぱり自信が持てない。これは当然ある点だと思います。
 問題は、ただ、こういうようなことをしなければ汚染が解決できない。それは確かにはっきり立証できる点である。そういうことから考えて、必ずしも絶対的に法違反ではないと、こういうように解釈できるのではないのか、こういうふうに当時考えたわけでございますが、その後四日市判決というものがございまして、この判決文の中で、地方自治体に落ち度があったということがはっきり明示されておるわけでございます。具体的にかくかくしかじかの落ち度があったと、こういうことが出ておるわけでございまして、これは、地方自治体は四日市訴訟の当事者ではございません、第三者ですから、第三者だと言ってしまえばそれまでですが、しかし判決上そういうことが明示されておるということは、これは自治体にとっては非常に重要な問題であるわけです。したがって、その判決の趣旨に沿うためにはこれ以外に方法はないのではないか。したがって裁判上、法規制と条例規制ということで、もし規制を受ける側たとえば企業が、条例は無効であるという審判を裁判所に求めた場合に、裁判所は必ずしもそれをそのまま認めないのではないか。地方自治体にそれだけの措置がとれる余裕は、これは認められるのではないか。そういうように考えておるわけでございます。
 私個人としましては、四日市判決に示されておりますように自治体の落ち度を防ぐということになれば、やはりそういう措置をとると考えるのが、現在、法解釈上当然許されることではないか、そういうように考えておるわけでございます。これは水質の場合には、幸いにしてほとんどの権限の委譲ということがございますので大きな障害はないと思いますが、窒素酸化物につきましては疑問点がないとは必ずしもいえないわけでして、その問題もあると思います。ただ、こういう問題は、私はおそらく総量規制法というような一般法ないしは概括法というようなものができれば、原理的には消失する問題である、そういうように思っておるわけです。三重県の場合には、昭和四十七年、昨年の四月二十一日に第一回目の施行規則を出しまして、昨年の四月から施行に入っておるわけですが、そういう意味では現時点では、先ほど申しました条例あるいは法令上の問題というのは具体的には何も出ておりません。ただ先ほど御指摘の、新聞にそういう問題が出た、そういうことは私も気がつきましたのですが、やはりこれが一つの問題として、そうすると依然として残っておるのかと、そういう印象を受けたことは事実でございます。
 それから産業構造上の問題でございますが、これは大阪に比べますと、ほかの地方は大阪ほどシリアスではないとは思いますが、当然これは問題になると思います。といいますのは、SO2の場合でもたとえば四日市で六七%の削減が必要であるということは、すでに産業構造上問題が出ておる、こういうことになるわけですので、結局これは将来、工業技術上何らかの画期的な方法があればともかくも、そうでない限りはやはり立地上もう明らかに余裕がない。したがって、産業構造自体に問題が波及する。これは当然総量規制の場合出てくると思います。
 それから巨大発生源の新増設という点でございますが、この点も先ほどと同じことだと思います。原理的には不可能になってくる。明らかにこれは不可能であると、そう言わざるを得ない、そういうことになると思います。たとえば、先ほど霞第三コンビナートの問題について御質問があったのですが、その場合に、すでにこの霞第三コンビナートというものが適法に国及び県によって承認されておる計画である、したがってこれを破棄することは県として当然できないということがあるわけですが、それをこの総量規制計画になじませるためには、既設のコンビナートの排出量に手を加える、こういうことになるわけですが、手を加えられるうちはいいですが、手を加えられなければやはりできない、こういう形になると思います。
#38
○参考人(加藤龍夫君) 車両制限等の権限委譲に関して御質問がございました。この光化学スモッグという一つの問題にとりまして、車両制限というようなことを地方自治体に権限委譲したらこれがなくなるであろうかどうかというようなことになりますと、これはまあ答えられないようなむずかしい問題だと思いますが、ただし、そういう具体的なこととちょっとはずれまして、こういう問題を地方自治体その他に権限委譲するのがいいのではないかと。いろんな議論がございます。実は東京都などでも、何かやりたくても権限がないからできないできないといって、こぼしておる状態でございます。いいことも、やりたいといってもできないというのはちょっとおかしいから、やらしたらいいのじゃないかと私は思います。
 それは、ただそんな一つのいいかげんなことじゃないのでありまして、実は現在のこういう大きな公害が起こっている一つの原因が、中央集権の、あまりにも中央集権過ぎたというような政策がいろんなところに芽を出していると私は思うのでございます。たとえば東京都にいたしますと、東京都自体は人口が多くてそこに車が集まってくる、ということはよろしいのでございますが、静岡なんかへ行きますとこれは通り道でございまして、道路をどんどんつくられまして、みんな町全体がそういう道路のわきにいくというようなことになりまして、実情を聞いてみますと、そういう点では国の施策のひずみをある程度まともに受けるというようなところが、いろいろなところにございます。これは、一軒二軒の家が道路の被害を受けるというようなことをもう少し大きくした意味で、いろいろあるのじゃないかと思います。ただその場合に、じゃ自動車をそこで通す通さないをどうするかということになりますと、具体的な技術の問題になりまして、そういう法律上の技術の問題はどのように扱うかわかりませんが、とにかく何らかの形でそういう地方の実情というものが反映できるような意味の、権限委譲ということになりますか、方向というのはこういうふうに考察されるべきじゃないか、こういうように思うのでございます。
 これに若干関係いたしますけれども、この全国的な公害の問題を、これをたいしたことではないというように受けとめた場合には全然問題ありませんけれども、今後非常に大きな問題だということになりました場合には、やはりいろいろの施策を試みてみるというような、場合によっては失敗してもよろしいので、そういうことが必要じゃないかというふうに思うのでございます。その段階では、いろいろ地方に行きますと、市よりも県のほうが何か上で、県より国のほうが上で、ごく常識的なことがなかなかできないというようなことがままあるわけでございます。ですからそういう意味で、具体的な実際のことは、そこに住んでいる人がやはり自分たちのこととして解決できるような何らかの一つの解決策というものが、閉されないで開かれるべきじゃないかというようなことを思います。私は、政治的なそういう意味というのはほとんどございませんので、環境がよごれていって手が打てないという実情を見ておりますので、自動車の場合もそういうことを考える次第でございます。
 それから現在の、じゃ地方に委譲すればいいかというと、それにも地方自治体自身にかなり問題をかかえている点がございまして、それは国等の大いに心配するところではないかと思うのであります。というのは、現在民主的に選ばれた代表でもって国、地方自治体が運営されております。これは、言ってみれば経済的利益代表制でございます。ですから農民もいればサラリーマンもいるし、あるいは工場、事業場もある。そういう意味ではある程度平等の立場にいっているのですが、それは経済的にはいいのですが、事環境になりますと、経済的利益代表では問題が片づかないということがございます。たとえば、地方の農民が農薬でいろいろな被害を受けたりそういうことがあった場合に、これは自分の利益でやっているので、やはりそういうことでやっているということがありますので、若干環境の問題には、権限委譲――どこに権限があるかというような場合に、ほんとうに今後環境を守っていくという権限は一体どこに置いたらいいかという、そういう大きなちょっと何か疑問を持っております。これはどうも政治的な問題から離れますけれども、たいへん人格が高潔であって、それが拒否権その他、そういうものが普通の市民にまかされるような、そういうようなところということも必要じゃないかと思うのであります。
 それから次は光化学対策の効果的立法ということでございますが、これはマスキー法その他をやって自動車の排ガス自身を減らすという、これが大きな道筋でございますから、それ以外に、一応問題を科学的に考えた場合にどうしたらいいかということになります。これはふえ過ぎるのはいけないので、道路を制限して走らないようにする。道路上で一つ一つの車を押えておってもヤブ蚊が出てくるのをたたいているようなものでありまして、もとを押えなければ非常に能率が悪うございます。そういう意味で、やはり国家の計画ということになりますと、地域面積当たりの道路密度というものを制限する必要があるのじゃないかと思います。これはなかなか、言うことは簡単ですが、その根拠となるとむずかしゅうございますけれども、この密度を幾らでもふやすということになれば、これはいくらでも排ガスがふえてまいります。
 それから、わりと当面の問題としては、燃料規制というものはぜひやってもらいたいのです。何を燃してもいいというふうなのが、ちょっと極端ですけれども、若干ありまして、そういう点で規制をやる。この規制は一応二つございまして、一つは、正式につくって売られる、これは大手のメーカーがつくって売るわけでございますから規格品以外は売らないわけでありますが、そうでなくても、もぐりの業者というのが、いろいろ摘発その他聞いておりますが、そういうものを一つの大事な点として規制していく。これはどういう犯罪になりますか、そういう燃料でない税金のかかってないガソリンが売られているということを聞いております。
 それからあと、自動車でございます。自動車というのは、これは幸いにその辺の小さな町工場でつくるものじゃございません。大手メーカーがちゃんとあるわけですから、これに対して、無公害車というものをつくって、それでなければ売ってはいけない、そういう点でやればやるべきでありまして、売ったものについてそれをやっても抜本的な効果ということにはならない、こういうふうに思います。ですから、何か効果的な立法というのはどこにやったらいいかというと、道路、自動車、燃料というところに立法措置を適用していくということです。これは何もきびしくするということじゃありません、野放しじゃまずいという意味でございます。
 それから各地の光化学対策の実情でございますが、日本すみずみのことは私は知りませんけれども、この対策というのを広く考えれば、これは調査することも対策でありますし、調査、原因究明ということですね、それからもう一つは、これも対策には入りませんけれども、まあ一応対策ですが、それは東京都などで行なわれておりますように、小学校で起こりますから、小学校に活性炭をつけて浄化操置で空気をきれいにするとか、それからまた警報を出して、そのときば運動はしないという、これは昔の空襲警報と同じでありまして、相手がくるからしかたがないから逃げるので、ちょっと対策とは言えないですね。
 そのほかの、ほんとうの意味の対策ということになりますと、これはあまり実際に効果ある程度に行なわれておらないというふうに私は見ております。自動車の駐車制限とかそういうような、非常に何といいますか、何もできないから、しようがないからそういうことでもやるというふうなことでありまして、ちょっとおそまつなように思います。ですから、ほんとうの対策というのはとにかくまだ動いておらないと考えたほうがよろしいのじゃないかと思います。神奈川県などでは、知事その他が、芳香族をあまり入れないようにというふうな要望書なんかを出しております。これも対策といえば対策でございますけれども、これは先ほどのように地方自治体ではそれ以上のことができませんので、そういうことじゃないかと、こういうように思います。
 次に、医学的に重症被害の原因究明、これがどうなっておるかということでございますが、これは私に聞かれるというのはちょっとあれなんで、やるべきところでやっていないところにほんとうは聞いていただきたい。私のほうは一生懸命にやりまして、大気中から、それからまた光化学反応の中から硝酸メチルというものを見つけまして、これがそういう被害に非常に似ているというふうに出しました。それと独立に、東大の三上先生が重症の患者を多くの症例を診察いたしまして、その結果、それを千葉大学の鈴木伸先生のところに、光化学の原因として現在可能性のあるものは何であろうかということで、そこからお聞きしてまいりまして、その中で、そういう重症被害が似ているものが硝酸メチル、亜硝酸メチル、それ以外にはないということを出している。それが唯一の重症被害の究明の現状でございます。ですから、この体制は、何といいますか、実際に私は実は神奈川県のほうにおりまして、東京都のほうにもそうしばしば行けるわけじゃございません。実際にやるべきところでなぜやれていないかというふうに御質問いただいたほうがよろしいのじゃないかと、こういうふうに思います。
#39
○参考人(河合義和君) 食品衛生の問題の御質問ですが、これは食品衛生法に基づいて食品衛生監視員というものが監視の任にあたっているわけです。先ほどお話がありましたように、東京とか大阪とか、こういうふうな大都市では市場があるわけですが、そういうところでは食品衛生監視員が市場に出張をして、ほとんど常時場所をきめられて出張して、立ち会うような形になっているようですが、大体たとえば東京都の食品衛生監視の状況を見ましても、私正確にいま法律を調べていないので覚えておりませんが、たしか年に二回、食品衛生の一般の店舗について監視しなければならないはずになっているわけですが、これが人数の少ないことで非常に無理である。こういうふうな実情にあるわけで、いわんや屠場とか市場とか、こういうようなところにさく人員というのは非常に限られているわけで、最近のような大量の魚介類、しかもこれは相当長期にわたって検査しなければわからない、こういう問題については、行政上の組織、人員、こういうような面から非常に不十分であって、体制としてほとんど対策が立ててないのじゃないか、こういうふうに見るわけで、大阪のことは私あまりよく知りませんが、おそらく東京の問題とそれほど違わないのではないか、こういうふうに推測するわけです。
 こういうような食品問題について思い出しますのは、たとえば原水爆の実験について、だいぶ前になりますが、イギリスあたりでは実験の問題が出ると同時にすぐ、学童に対するミルクとかそういうものに対して相当長期間の計画をつくって、次の世代のために健康な食品を準備する、こういうことが行なわれていたし、あるいはサリドマイドの事件について、ドイツとかその他の国では直ちに販売禁止になったわけですけれども、日本では、御承知のように相当長期間、その事実が伝わっても販売停止を行なわなかった。こういうようなことがありますように、一般的に食品問題については、従来いわゆる公害という問題から遠いものだというふうな考え方があったわけですけれども、国民の健康、安全、こういうふうな問題については非常に対応がおそい、こういうことが一般的な事実になっているわけです。
 それから光化学スモッグについても、これは一九七〇年の東京が大体初めだと、こういうふうに言われておりますけれども、おそらくはかのところでも、あるいは東京の中でも、局所的にそういった問題がなかったかといえば、それはかなり疑問ではないかと思うのです。少なくとも、こういう光化学に関する行政上の対応というような方法について、すでにロスアンゼルスAPCDでは相当以前から、自動車が特に集中している、ロスアンゼルス地域の地形が特殊な条件にある、こういうようなことから行政上の措置がとられているわけですが、このやり方を見ても、わが国の情報とかあるいはその対策というものはかなりおくれているのじゃないか。
 私は、最近の光化学に関する情報問題について詳しく調べておりませんけれども、ロスアンゼルスのそういう問題については、しばらく前の私が調べた段階では、従来、情報を必ずしも、常時そこへ行けば必ずだれでも数字としてとれるような状態にはなっていない、それから、行政府はたとえ数値的に警報、注意報、そういうようなものが出る段階になっても、政策的そのほか行政府の自由な裁量によって隠してしまう、こういうようなことすらあったことはすでに知られているわけですけれども、それに対してロスなどでは、法律をさらに具体化した命令によって、報道機関そのほかだれでもそういったものを知り得る、こういうふうなことが義務づけられているわけです。そういう面においても、わが国でもそういう体制をとらなければならないだろう。少なくとも無用の国民に対する不安とか、そんなような言いわけによって事実を隠蔽するということではなくて、事実ということはだれにも知らせて、みんなが力を合わせて対策を講ぜられるようなシステムに置かなければならぬ、こういうことが言えると思うわけです。
 それから、総量規制の問題についてはいろいろお話があったわけですけれども、たとえば四日市の問題については、これは私が再三申し上げたとおり、結局四日市ばかりじゃなくて、すでにある程度以上の汚染源が立地している、こういうことから汚染に対する措置というものも限界にきているわけです。
 これは四日市というところの立地政策というものを調べてみると、一体、四日市ではあるいは三重県では何を考えているのか、こういう常識を疑いたくなるようなことが非常にたくさんあるわけで、それはつまり、先ほどお話しした文化勲章を受賞したような方が委員長になって、四日市の総合開発計画というものを立てるわけですけれども、それによっていろいろ汚染が指摘される、その段階になって、さらに別のところに、工業立地センターとかいうようなところへ調査を依頼する。そして二重緑地構想とか都市改造、産業災害防止対策、こういうような提案がなされたわけですけれども、それから都市計画協会にまた委託して、重化学工業地域と新住宅市街地域の間に緩衝地帯として公害影響地域を設定する、こういうような土地利用計画を骨子として、その実現に八百三十七億円を要するマスタープランの報告を得たわけです。この結果何をやったかといいますと、四十二年、市はさらに北部地域を石油化学コンビナートとして開発するために、日本都市センターに北部地域総合土地利用計画の作成を委託するということで、これだけひどい汚染がきているところにもう一つコンビナートをつくる。こんなことを市が計画して、なぜ県がとめないか、あるいは国がなぜとめないのかと、こういうことがいえるわけです。そういうふうに、現在では四日市ばかりではなくて、日本全体の問題としてそういう総量規制ということはもちろん必要ですけれども、そういうようなことをやっても、地域的あるいは全国的に汚染型の企業を立地させる、こういうようなことで事実上対応できにくい、こういう問題があるわけで、そういう点を根本的に考えない限り問題は容易に解決できない。
 そして、四日市では現に、先ほど御紹介があったように総量規制の問題に踏み切っているようでありますが、この問題は、司法部の判決という形によっての地方公共団体の義務ということで出ているわけですが、これが、従来の法律と条例との関係に関する学説によって非常に疑心暗鬼にならざるを得ないと。これは非常にごもっともなわけですけれども、これはむしろ学説がおかしいということは、私がもうすでに十年来主張してきたわけですけれども、だれも支持しなかったわけですが、それが四十四、五年ごろから急に全国的に強い条例、防止協定、こういうようなものを出してくる。こういうことから、学者は一様に急に理由なしに学説を変えて、公害問題に関する限りは強い条例というものは認められるんだと、全く理由なしに、バスに乗りおくれる、こういうふうな形での転換を遂げているわけですけれども、これがいかに心底からのものでないかということは、その後についても明らかなわけです。
 この問題については、たとえば京都大学の杉村教授は違憲の法律という考え方を出しておられますが、私は前からやはりそういう考え方でいるわけで、つまり、条例が法律よりも強い規定をやらざるを得ない、これはむしろ事実として違憲の法律に対する合憲の条例と、こういう一つのポレミッシュな挑戦であるわけですけれども、これは昭和四十五年の十二月における立法改革において、国によって一部部分的に追認されたわけです。こういうことについての学説的な問題についても何らほとんど解明が行なわれていないわけですけれども、これは行政法学や憲法学というものが非常に立ちおくれているということを示すわけですが、これはわれわれの国民的な庶民の常識というもののほうが正しいということを立証するものと、こういうふうに言わざるを得ないわけで、たとえば、いま問題として出されました、硫黄酸化物に対する上乗せというものができないような形になっておる。これも一つ同じような問題として考えざるを得ないわけです。
 そのほか総量規制の問題についても同じでありますが、もう一つ、先ほどの話の中で出た下水の問題について、地方公共団体、市町村が、排水を悪いものを出しておる、これが日本ではルーズに押さえられておる。この問題も、たとえばイギリスなどの問題を見ますと、地方公共団体というものも一般市民と同じように法のもとに支配を受けるということで、訴訟の対象になって、相当敗訴しておる例がたくさんあるわけですけれども、日本の場合には、こういった問題になってまいりますと、地方公共団体も国と同じような権力的な立場というようなわけで、法律のもとに、つまり下水道法その他によって排出基準というものがきまっていて、違法な排出であるにもかかわらずそれが取り締れない、あるいは訴訟にもなっていない。こういうふうな現状からそういうルーズなことが行なわれるわけですけれども、これは基本的に、わが国における公法学の現状に基づくところの、法律と行政との関係に関する誤まった考え方が支配しておる、こういうことの結果である、こういうふうに判断せざるを得ないわけです。
 以上です。
#40
○委員長(森中守義君) 他に御発言もなければ、以上をもちまして参考人に対する質疑は終了することといたします。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 参考人各位には、長時間にわたりまして貴重な御意見をお述べいただき、たいへんありがとうございました。今後、本委員会の活動に一そうの御協力をお願い申し上げまして、お礼のごあいさつといたします。ありがとうございました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後五時四十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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