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1972/09/12 第71回国会 参議院 参議院会議録情報 第071回国会 公害対策及び環境保全特別委員会 第15号
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1972/09/12 第71回国会 参議院

参議院会議録情報 第071回国会 公害対策及び環境保全特別委員会 第15号

#1
第071回国会 公害対策及び環境保全特別委員会 第15号
昭和四十八年九月十二日(水曜日)
   午後一時二十八分開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         森中 守義君
    理 事
                金井 元彦君
                君  健男君
                杉原 一雄君
                内田 善利君
    委 員
                斎藤 寿夫君
                菅野 儀作君
                田口長治郎君
                寺本 広作君
                沢田 政治君
                小平 芳平君
                高山 恒雄君
                沓脱タケ子君
   政府委員
       環境庁長官官房
       長        信澤  清君
       環境庁企画調整
       局長       城戸 謙次君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        中原 武夫君
   参考人
       三重大学病院教
       授        藤野 敏行君
       立教大学助教授  淡路 剛久君
       横浜市公害対策
       局長       助川 信彦君
       イタイイタイ病
       対策協議会会長  小松 義久君
       水俣病市民会議
       会長       日吉 文子君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○公害健康被害補償法案(内閣送付、予備審査)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(森中守義君) ただいまから公害対策及び環境保全特別委員会を開会いたします。
 公害健康被害補償法案を議題といたします。
 本日お招きいたしました参考人は、三重大学病院教授藤野敏行君、立教大学助教授淡路剛久君、横浜市公害対策局長助川信彦君、イタイイタイ病対策協議会会長小松義久君、水俣病市民会議会長日吉文子君、以上五名の方々であります。
 この際、参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は御多用中のところ、また遠路にもかかわらず本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。
 御承知のとおり、本法案は、公害による健康被害に対し補償等を行ない、健康被害者を救済する制度として重要な法案であります。皆さまから忌憚のない御意見を拝聴し、今後の本法案審査の参考にいたしたいと存じます。
 なお、議事の整理上、御意見の開陳はおのおの二十分程度といたしまして、藤野参考人、淡路参考人、助川参考人、小松参考人、日吉参考人の順序で御意見を承り、あとは委員の質疑にお答えいただきますようお願いいたします。
 それでは藤野参考人からお願いいたします。
#3
○参考人(藤野敏行君) 私は、現在四日市の公害患者の認定審査会の委員長をやっております。また、私の大学が産業医学研究所を持っておりまして、そこで四日市地域の大気汚染の影響等を長年調査をやっておりまして、そのほうの所長も最近まで兼ねておりましたので、また全国的な大気汚染系の患者の実情等の資料も収集しておりますので、そういう点を中心として、今度の法案との関連性で私の意見を述べさせていただきたいと思います。
 四日市が四十年の二月から市独自で患者の医療救済をやっておりまして、国が四十五年二月から患者の医療救済が始まるので、その方向に移行したわけでございますが、その当時の四日市の大気汚染というものは、主として磯津地区が非常に強くおかされておった。また、それと大気汚染の疾病との疫学的な関係は、非常に明らかであったわけでありまして、その点は昨年の四日市裁判でも明らかになっているところであります。
 それで、医療救済のみでありますと、それほどいわゆる指定地域内と指定地域外との間の問題は起こりませんけれども、生活補償の問題を含めてこの補償法案が出てまいりますと、これにもうたってありますように、大気汚染の場合は、いわゆる曝露条件という考え方から、一定の地域に一定の居住期間、それと指定疾病と、この三つの要素がからみ合ってまいります。この場合に、指定地域をどうするか、いわゆる線引きの問題は、この法案の上に非常に重要な位置づけを持つものだと思います。
 具体的に申しますと、指定地域内でありますと恩恵を受けるけれども、指定地域を一歩外にはずれますと、その恩恵を受けることができないということにもなるわけでして、疫学的手法を用いた指定地域をきめる上においても、やはりその接点になるあたりは、患者の発生率その他の調査におきましても、濃厚汚染地域に比べましてその比率は少なくなってくるのは当然ですので、その線引きの問題は非常に重要な問題だと思います。
 次に、この大気汚染系の現行四つの疾病というのは、御存知じのように気管支ぜんそく、慢性気管支炎、肺気腫、ぜんそく性気管支炎、この四つが一応あげられておりますけれども、これが水質系と異なって非特異性であるという問題、いわゆる、どこでもある疾病であるということです。そして、それを個々の人間について、たとえばAという人間の気管支炎ぜんそくと、そうでないいわゆる大気汚染によると考えにくい気管支ぜんそくと、これを区別するということは、現在の臨床医学的な手法では不可能に近いということであります。そうしますと、やはり濃厚な汚染地域では、大気汚染によってこのような閉塞性の疾病が多発しているという疾学的な事実に基づいて、その地域内の患者さんは、大気汚染の影響によってこのような疾病が発生しているのであろうということにならざるを得ないわけです。
 そこで、よく問題になるわけですけれども、四日市の公害対策審議会あるいは県の公害対策審議会に参りましても、一部の方は、ぜんそくあるいは慢性気管支炎はどこにでもあるのだから、それを特に取り上げることについての問題を云々される方もありますし、また、そういう患者が全くなくならなければ大気汚染対策はできないのじゃないかという、両極端の意見が出てくることがございます。しかし、このようなたとえば慢性気管支炎の例をとりましても、これは汚染されない一般的な地域で一定のパーセンテージで発生する疾患でありますし、ただ、大気汚染の影響の多い地域ではそれが多発しているという事実に基づいて、そういう地域でのこれらの疾病が、大気汚染に影響を受けて発生もしくは増悪しておるという判断が下されることになると思います。そういう意味から、非特異性の疾患であるだけに、大気汚染系の患者の認定ということは、従来私どもが認定審査会を通じて、四日市の例、あるいは他の大気汚染系の認定審査会の現状を見ましても、個々の患者を、これは大気汚染によるものだときめるきめ手というものは非常に乏しいわけでありまして、一に疫学的な手法に基づく、いわゆる汚染地域に発生しておるということで認定せざるを得ないというのが現状であります。
 特にこの中で、ぜんそく性気管支炎という疾病の問題は、この病気を取り入れるかどうかというときから問題のあった疾病でありまして、日本では一般に慣用をされておりますけれども、諸外国では、ぜんそく性気管支炎という診断名はほとんど見当たらない疾病なのであります。このぜんそく性気管支炎というものを詳しく分けていきますと、いろいろ問題がありますので、去年の三月に大気汚染系疾病研究会で、そのぜんそく性気管支炎というものの定義を明らかにして、そうして一般の各医師会等を通じて、臨床に携わる先生に決定をしていただいたこともございます。しかしながら、この大気汚染系疾病の中で、ぜんそく性気管支炎というのはほとんど子供さんでありまして、いわゆるぜんそく性気管支炎と診断されておる方の中には、大気汚染のいわゆる指定地域では確かに多発しておりますし、また、しかしながら、これらの患者さんの相当多数が、一ないし二年の間に軽快していかれるという事実もあるわけでございます。それで、もう約一万数千名の国の認定患者があるかと思いますけれども、大阪、尼崎等の地域では、圧倒的にこのぜんそく性気管支炎という病名が多くあります。横浜等と比べますと、非常に差が出ていると思います。そこでこういう診断の問題が出てくるわけでございますけれども、これはいまの現行制度でも、あるいは今度できます法案の中でも、臨床に携わる先生が診断をつけて、それから審査委員会へ出されるということでございますので、このぜんそく性気管支炎といわれる患者の取り扱いということは、今後もいろいろ問題が出てくることだろうと思います。
 特にここで気がつきますことは、従来の医療救済面だけでありますと、この問題もそれほどでございませんけれども、生活補償を含めた賠償法案ということになりますと、これらの審査会のあり方というものは、従来以上に非常に責任も大きいと同時に、運営上むずかしい点が多々あるかと思います。われわれの四日市の審査会等でもこの問題をいろいろ協議いたしておりますけれども、たとえば四日市の公害裁判のような場合でありますと、原告がいずれも入院患者であり、その間非常な資料がカルテその他にございますので、患者の労働力の喪失の程度ということは明らかにこれをきめることはできますけれども、そうでない一般の患者の場合、外来等の場合、その資料をどこでどの程度準備されておるのか、あるいはその患者さんたちの労働力の喪失をどこでどの程度判定するのか、また、家庭におられる御婦人等の場合、その日常の生活の困難度をどこでどの程度判断するのかというような問題を明らかにしませんと、審査会でランクをつけるといいましても、これは非常にむずかしい問題があろうかと思います。
 この制度自体は、私どもは一刻も早く、実際にいわゆる公害で苦しんでおられる患者さんたちが少しでも救済していただけるために、できるだけ早く発足していただきたいと思っておりますけれども、いま申しましたように、これを運営していく上で患者さん個々の間に不公平があっても好ましくありませんし、また、いわゆる大気汚染の場合に、線引きがありますと、その線の外と内とで同じような、先ほど申しました非特異性疾病であるだけに、同じ病気で苦しんでおられる、たとえばぜんそくの患者あるいは肺気腫の患者等が、一つその線を境にして、一方では恩恵を受けられる、一方では恩恵を受けられないということ等で起こってくる社会的ないろいろのトラブル、こういうものに対しても何らかここで考慮が払われませんと、せっかくできました法案の中でいろいろなまた問題が将来生じてくるのではないだろうか、こういうように考えます。
#4
○委員長(森中守義君) どうもありがとうございました。
 次に淡路参考人からお願いいたします。
#5
○参考人(淡路剛久君) 淡路でございます。
 私のほうから問題を三点にしぼりまして、御意見を申し上げたいと思います。その三点と申しますのは、第一に、この新しく考えられつつある制度が、現在の公害に関する法体系、法制度の中でどういう意味を持つか、そういう位置づけの問題が第一点であります。それから第二点は、本制度のような被害者救済といったようなものが必要であるとした場合に、その理念はどこになければならないかという問題であります。この第一点、第二点というのは、かなり理念的な問題になってくるわけであります。それから最後に第三点目といたしたして、本制度の持つ、この法案の中の内在的な問題点、この第三点については、ごく簡単に大きなポイントだけを申し上げたいと思います。
 まず第一点目から御意見を申し上げたいと思いますが、非常に言い古されてはいることですが、公害に関する諸制度あるいは諸法規の目的、理念というのは、常に公害をなくす、公害を防止するというところになければならないわけであります。これはもう、ことばとしては常にいわれていることですが、新しい制度を考える場合にあたっても、常に原点に立ち返って、そこから吟味し直してみるということが私は必要ではないかというふうに思うわけであります。そういう観点から、全体のわが国の公害法あるいは公害に関する諸制度、公害対策の諸制度を見ますと、遺憾なことながら、公害を防止する、公害を抑止する、そういうシステム、メカニズムとしては非常に弱体である。一方では公害の発生を許している。一方では公害の発生を許しておりながら、他方で被害救済といったようなことで金銭補償を考えている。この点に第一に非常な問題点があるわけであります。この新しい制度、新しい法案というものに対しましては、被害者側からかなりの反発が出ているということも、一つにはそういう点が関係している。その中の理由の一つでありますが。
 現に、わが国の法制度というのは、公害国会を経験したあとも、相変わらず公害を抑止するメカニズムとして有効に機能し得ていない。相変わらず濃度規制といったようなものが行なわれているわけであります。要するに、薄めれば足る、あるいは一つ一つある程度きれいになってきても、全体が集まれば相変わらずよごれてしまう、そういう種類のメカニズムというものが相変わらず通用しているわけであります。その中にあって、四大公害訴訟というものが判決にまで至り、それが確定する、そして個人の権利というものが、少なくとも損害賠償という側面では確立する、そういう状況があらわれてきたわけですが、そういうものとの関連で本制度を見ますと、逆に、そういった四大公害訴訟で得られた権利というものが著しく減殺されてきているということも言えるわけであります。これは第一点目の問題でありまして、かなり理念的な問題になるわけです。
 第二点目といたしまして、そうなりますと、一体、本制度みたいなものを考える場合に、どういうところにその理念を置くべきであるかということになるわけですが、これは公害防止、公害をなくするということは、ここにきてもなおかつ考えられなければならないわけであります。
 そのことは、次のような二つの問題を要請するわけでありまして、一つには、要するに公害患者が多発するような地域が出てきた、そういう状態があらわれてきたという場合には、新しい患者をそれ以上出さないようにするような方策が講じられなければならないということであります。それから第二点目には、そう言っても、すでに患者になってしまった、被害が発生してしまったということがあるわけで、そういう場合については、その被害者の完全救済、そして完全救済の理念としては、原理としては原状回復であるということであります。
 その前者の観点からいたしますと、かなりこれは乱暴なことになりますが、たとえば新しい患者を出さない、そのためにも工場のストップをするだとか、あるいは操業をカットしていくだとか、そういう種類の強力な法律的な制度、規制というものが要求されるはずであります。そのためには、自治体の長に大幅な権限を与えるといったようなことも考えられなければならないと思われます。
 こういうふうに申しますと、いやそれは公害に関する諸制度、諸法規、法律の体系の中でそれとしてちゃんとあるんだ、一方では公害規制法があるではないか、あるいは公害防止計画といったものがあるではないか、公害防止事業があるではないかというふうにいわれるかもわかりません。しかし、そういう点について、その制度の実態、その機能というのを見ますと、はなはだそれは有効に機能し得ていないものであります。すでに公害病患者が多発している、そういう地域の中にあって、五年後十年後に環境基準の達成、その五年後十年後にようやく健康被害があらわれなくなるであろうと、そういったような、はなはだ人間の、個人の権利を無視するようなそういう制度というのが公認されていること自体、きわめて奇妙であるということであります。しかし、それも実はそういいましても、実際に法技術的にむずかしい、一つの法律の法体系の中では、やるということは非常にむずかしいということは私も承知しておりますが、少なくとも理念的には、そういうことは考えられなければならない、その点から出発しなければならないということであります。
 それでは次の段階にきて、すでに発生してしまった被害をどうするかという問題はあるわけでございます。その点につきましては、先ほど申し上げましたとおり、原状回復ということがまず基本的なこととして考えられなければならないわけであります。もうそれ以上公害病患者というものが症状が悪化しないようにする。そして、さらにその症状をなおしていくような方法を考えるということであります。遺憾ながら、本制度を見ますと、その点についての手当てというのが非常に、ほとんどといっていいくらいないわけでありまして、金銭でもって処理してしまえば足るというような思想が見られるわけであります。わずかに四十六条に公害保健福祉事業というのがありまして、これが一種の原状回復的な思想の萠芽をあらわしているようでありますが、しかし、内容的には必ずしもはっきりしないものでありまして、はなはだ制度的に不備であるというふうに感じられるわけであります。
 もちろん、一たんあらわれた健康被害をどう回復させていくかということにつきましては、私しろうとでございまして、どういう方法があるか、申し上げることができませんが、たとえば一斉健康診断をやるだとか、あるいはリハビリといったようなことでも、自宅でのリハビリ、あるいは巡回医療といったようなことであるとか、さまざまな衆知を集めれば、この点に関する原状回復的な被害救済の方法というのは、あり得るはずではないかというふうに考えられるわけであります。その点が私は本制度の、実現可能でありながら、しかもなされていない非常に不備な点であろうというふうに思われるわけであります。
 それから大きな三番目の問題といたしまして、本制度の内在的な問題点がどこにあるかということでございますが、この点は、こまかい技術的な問題点を含めて考えますと非常にたくさんあるわけでありますが、大きなポイントだけ私の感想を申し上げておきたいと思います。
 第一に、認定のしかたの問題がございます。この認定のしかたというものは、私はやはり理念的には、できるだけ広く患者を、健康被害があらわれているあるいはあらわれそうであるという患者さんを発掘していく、発見していくというところに理念が置かれなければならないはずであります。健康被害救済法というからには、そういうものでなければならないはずでございますが、それがそうではなくて、患者の切り捨てという要素が非常に強い。非常に制度がきつくできているということが気になるわけであります。
 その点は、たとえば認定制度で指定地域を設けるというようなことにあらわれているわけですが、指定地域を設けること自体、気管支系統の病気のような非特異的な疾患の場合には、法技術的に――法技術的にといいますか、ある程度しかたがない面があるかもわかりません。しかし、それは一つのフィクションであるということが考えられなければならないわけでありまして、指定地域外におきましても患者さんはいるんだ、したがって、個別認定の道をつけておくということが私は強く要請されてくるはずである。それはむずかしいということが言われるかもわかりません。しかし、ここで問題なのは、科学的な因果関係が問題になっているのではなく、法律的な因果関係といいますか、それが中心であるわけであります。そうであるとするならば、少なくとも制度側としても、制度の安全弁としても、その正当性を主張するためには、切り捨てた部分については個別救済の道というものが置かれておかなければならないであろうというふうに考えられるわけであります。
 それから、この指定地域がどういうところに指定されていくかということ、あるいは線引きをどういう形でやるかということは、今後の運用、政令などにまかされるわけでございますが、その点に関しては、われわれも今後の運用を見ていかなければならない。そして、ここにこそ、本法案が非常に政令委任事項が多いということとも関係して、そこを押えておかない限り本制度の持つ本質的な意味というのはわからない。運用まできっちり押えていかなければ、かなり骨抜きになる可能性があるということも、この問題との関連で申し上げておきたいと思います。
 それから次に、認定された場合の補償給付の内容の問題でございますが、この点もいろいろ各界から批判があるところで、周知のことだと思いますが、補償額が非常に低く切られる可能性があるというわけであります。これは私は、あくまでもこの制度は民事責任を基礎に置いているということを考えなければならないわけでありまして、他の社会保障制度と関連させ、それとの関連でこれはかなり高くなっているといったような見かたで見るべきではないのではなかろうかというふうに思うわけであります。
 具体的には、障害補償といったものがかなり削られているということが問題でありまして、削られているというか、削られそうであるということが問題でありまして、もう一つは、慰謝料が認められていないというわけであります。慰謝料につきましては、これはなかなかはっきりしない定型化しにくいものというような意見があるようでございますが、それはまるで逆でありまして、慰謝料というのは本来そういうものなのであります。慰謝料というのは本来つかみにくいものなのであります。ですから、逆に法技術的にこれをとらえようと思えば、非常に簡単なわけでありまして、これは要するに、入れていくか、入れていかないかのどちらか、そういう決断の問題でございます。法技術的な困難さは私はないと思います。ただ、障害補償に比べて理屈づけが少しむずかしいということにすぎません。たとえば平均賃金みたいなものはないということにすぎないわけであります。
 それから第三点目に、この点も言い古されたことですが、給付の対象が、たとえば騒音などが削られているだとか、あるいは被害としても、財産被害、特に生業被害といったものが認められていないといったようなことが問題になりますが、この点は法技術的に、これをもし今後入れていくとすれば、かなりむずかしい問題が出てきて、今後検討を要しなければならない問題がかなりたくさんあると思いますが、しかし、私はこういったことについても、早急に法制度的な措置を講じなければならない問題であるということを最後につけ加えて、私の意見とさせていただきます。
#6
○委員長(森中守義君) どうもありがとうございました。
 次に助川参考人からお願いします。
#7
○参考人(助川信彦君) 私は、横浜市で公害行政の責任をになっておる一人でございます。また、公害関係都市の方々とも平素交流をいたしておりますし、公害の実態に直面をしておりますし、また京浜地区の公害病患者の実態と申しますか、そうしたものについて職務上、深刻な事態になっているということを知っている一人でございます。そういう立場で、発言時間が二十分という委員長さんのお話でございまして、意を尽くさない点もあろうかと存じますので、お許しをいただきまして別冊の論文を席上に配付させていただきました。
 公害健康被害の迅速な救済措置を実施するということは、これはもう非常に緊急の課題であると存じますので、新しい法案の成立が一日も早いことを望むものでございます。
 地方自治の本旨から見ましても、住民や滞在者の安全、健康、福祉の確保というのは、これはもう地方自治法に定められてあることを申し上げるまでもなく、早くから各地方公共団体におきましては、地元の健康被害者からの強い要請を受けまして、国の制度に先がけて、横浜におきましても川崎におきましても、所在地の工場などの固定公害発生源からの拠出金、任意の拠出でございますが、それによりまして公害被害者の救済事業をすでに手がけている次第でございまして、これはあくまでも本法案の成立までのつなぎの措置として現在考えておるわけでございますし、企業の任意の資金拠出にたよっている次第でございますから、また、地方財政法の定めるところによりまして、割り当て寄付というようなことをしてはならぬというふうな制限もございます、淡路先生からお話がございましたように、自治体の現在持っている弱い権限の範囲内で行なっている制度でございますから、強制徴収による完全賠償の制度ではないわけでございます。
 国におかれましては、最近民事の領域に、公害にかかる無過失損害賠償責任制度の導入をはかられたわけでございます。本来でありますれば、民事責任を明らかにすることによりまして公害発生責任が明確化を期し得るわけでございますし、被害者の完全賠償についての志向を生かすことができるわけでございますが、すべての健康被害者が、多くの労力と時日をさきまして民事訴訟に立ち上がるというわけにはまいらないのが実情であろうと存じます。また、厳密に反省を加えてみますならば、公害健康被害者の多発という事態は、公害発生源企業のみならず、国や自治体も相当の責めを負うべきであるというふうに感ずるわけでございます。
 現行の公害被害救済特別措置法におきましては、医療費の問題につきましても、あるいは費用の負担割合等につきましても、多くの矛盾や問題点を内包いたしておるわけでございまして、差し上げました別冊の中に細論してございます。特に被害者の逸失利益に対する補償がない欠陥がございまして、それらの点につきましては、少なくとも新法案は前進が見られるというふうに存じます。公害健康被害者の当面しておりますところの深刻な事態の実情に照らしますならば、その救済は緊急の課題でございまして、早急に本法案の成立を期すべきであるというふうに考えるのでございますけれども、また、この法律が施行されたといたしましても、被害者が加害者に対しまして民事訴訟を起こす権利が奪われるわけではないようであります。とりあえず公法上の救済を受けて、しかる後、民事によって完全賠償をかち取るというようなケースもあってよろしいのではないかと存じます。
 ここで私は、大石前環境庁長官が疑わしいものは救済せよという主張をせられたことを、新聞紙上で読んだことを思い起こすわけでございまして、公害保健福祉事業として新法案に取り入れられておりますような制度の振興充実をはかる必要を痛感するわけでございます。福祉面におきましては、健康被害者として認定されました方々の健康回復をはかるために、公害病の救済センター、こうしたものは明確に法案等には出ておりませんけれども、足がかりとして公害保健福祉事業というようなものを、総合的に公害病患者を多角的に救済をしていくというような施設やら、小児の療育施設と申しますか、教育と療養というものを両立させる施設の設置などが考えられます。その施設の運営につきましては、公立民営を適当とする場合もありましょうし、複数の地方公共団体による共同設置あるいは共同利用も考えてよろしいかと存ずるのでございます。保健の面につきましては、公害健康被害を、これまでのように明白に臨床症状のそろった者に限って救済の対象に取り上げるというのではなくて、環境汚染物質の影響を受けて健康水準の低下が見られる者、病気の準備状態とでも申しますか、そういう者に対しても救済の手を差し伸べるべきであるというふうに考えてきたわけでございますが、この点におきまして、公害保健事業は、運営いかんによりましてはユニークな事業であるというふうに存じます。
 環境汚染物質の人体に対する負荷をドースといい、それによって引き起こされました生体の反応をレスポンスといたしますと、ドースのほうは公害の測定分析によって数量であらわし得ますけれども、その影響のレスポンスのほうも、それぞれの個体差がありましても、統計学的に、中央値等を用いまして、先ほど藤野先生からお話がありましたように、地域の住民の何%がどのような反応を起こしたかというようなことで、数量的な表現が最近は可能となってきております。このドース、レスポンスの関係におきまして、地域住民の中毒症状の有無、発ガン性の有無、あるいは奇形を起こす心配の有無、寿命が短くなることにつきましての効果があるかどうかということ、生理機能の低下の有無等をとらえる環境保健学的な施策を必要とするに至っております。この施策によりまして、公害病の予防的救済が可能となるわけでございまして、また、そのことが公害発生の根絶を推進いたしてまいります有力な武器になるであろうと、この点を強調したいと思うのでございます。
 そのようなことは地方公共団体の保健衛生行政の面で当然の仕事ではないか、新法案を待たなくともどしどしやればよいではないかと、そうしたおしかりを先生方からいただくかもしれませんけれども、最近の十五年間ないし二十年間におきますところのわが国の経済規模の急伸展と形影相伴いまして、工業地域や都市化地域の環境汚染も急激に深刻化いたしておりますために、その人体影響につきましては、特殊な地域におきまして、藤野先生のように特別に御熱心な御研究をなさいました業績以外には何もわかっていないという次第でございます。これをまた欧米諸国の先例に求めようといたしましても、先例は乏しいという実情にございます。公害健康被害の損害賠償保障制度という、どちらかと申しますと、はなはだ消極的な制度の中に、公害病を予防的に救済し得る公害保健事業という積極的な制度が取り入れられております点に私ども注目をしておるわけでございまして、新法案のこの制度の運用よろしきを得るようにいたしますれば、幾多の健康被害者を発病以前の状態で発見いたしまして、救護することができるというふうに存じます。
 健康と疾病との間には、これまで移行的な生物学的勾配というものがあるといわれておるわけでございますけれども、大気の汚染あるいは水質の汚濁がその作用を促進していることが察せられるわけでありまして、その辺について明確化をはかるということが、公害を完全に規制をするということにつながってまいります。たとえば、光化学スモッグのような公害現象が年々深刻化いたしておりまして、ことしもその影響範囲は非常な広い範囲に拡大をしてきております。現状では、その健康被害は、多数の患者さんにつきましては一過性のものでございますけれども、特に発育時期の児童などの場合、その生理機能系の乱れの繰り返しというようなものが、これから先の学童の健康に暗い影を投げるのではないかというような問題につきましては、何らいまだ検討がなされていないといってよいように思います。この法案の成立を契機といたしまして、われわれ地方自治体の公害行政に携わる者は、そうしたものの推進をはかっていきたいと思っております。
 公害健康被害補償の対象地域の指定につきましては、先ほど藤野先生からお話があったわけでございますけれども、環境汚染の状況、有症率、受診率等を考えて行なうというふうになるかと存じますが、現行の救済法の地域というものはきわめて狭い範囲に限定されておりまして、どうしてもこの地域を限定しなければならないといたしますならば、少なくとも、地方公共団体におきまして独自に指定地域の隣接地域を救済地域として定めたような、そうして救済措置を実施しているような地域については含めていただきたいし、新法案によりまして地域指定を行なう場合には、人の健康に対して何らかの影響の見られる公害現象の存在する地域は、すべて対象地域とすべきことが本来であろうと存じますので、相当広域にわたって指定されることが妥当だと思います。
 また、指定疾病等につきましても、大気系であれば眼科疾患あるいは耳鼻科疾患も加えまして、指定疾病の続発症はもとより、合併症につきましても療養の給付等の適用範囲に取り入れることが望ましいわけでございます。
 これは運用上の問題でございますが、補償給付は健康被害者個々人を対象として考えられているようでございますけれども、公害による被害は家庭全体に大きな影響を及ぼしまして、生業を破壊し、家族結合を分解するなどの間接的な被害を生じている事例も見聞する次第でございまして、そのような要素も織り込んで補償することが望ましいわけでありまして、そのすべてを定型化し、定額補償の形をとることには疑問がございます。
 現行社会保険におきましては、空気清浄病室に収容を要する患者につきましても、差額ベット料の給付を認めておりませんし、また介護人を置いた場合も、これは自費ということになっております。このような点につきましては、新法案におきましてはきめこまかな配慮を要するというふうに存ずる次第でございますし、また、生活保護の適用を受ける健康被害者につきまして、新法による各種補償給付が生活保護法上の収入認定の対象に含まれますならば、仏つくって魂入れずというような結果に終わるかと存じます。
 なお、被害者の認定は有期認定をたてまえとしておりますけれども、公害病におきましては完全治癒の困難なケースも多いわけでございますので、それだからこそ社会問題化している次第でございます。症状の進行は停止いたしましても、障害は残るというようなケースも多いわけでございまして、個々の被害者の労働能力の喪失や生活の不自由を一がいにランクづけして、定額補償給付をもって事務的に処理するということには疑問を感ずる次第でございます。
 なお、これは地方公共団体におきましては、これまでも公害対策のために多額の費用の支出を余儀なくされている次第でございますが、特にその人件費の支出増に悩まされております。新法案の五十条の事務に要する費用には、当然所要の人件費が含まれていることと存じております。また、諸般の福祉事業の推進にあたりまして医療機関の協力が不可欠でございますけれども、そうしたことによりましてまた多額の超過負担を余儀なくされるというようなことを懸念いたしております。新法の施行のために定められた負担割合以外に超過負担が出てまいるということは、財政的にも耐えがたいところでございますので、それらの点を御賢察くださいまして、慎重、十分な御審議をお願いしたいと、このように存じます。
#8
○委員長(森中守義君) どうもありがとうございました。
 次に小松参考人からお願いいたします。
#9
○参考人(小松義久君) 私は、富山県の神通川流域に多発しておりますイタイイタイ病対策協議会の小松でございます。私のほうから、いままでそうした公害絶滅という運動の中で体験いたしましたことを参考に申し上げ、御意見とさせていただきたいと思うわけでございます。
 まず、全国各地の公害被害者は、みずからの病と戦いながら、ことばにもあらわせない苦難の中で裁判に立ち上がり、この段階では、国も自治体も、被害者に対しどんな救済対策がとられてきたでありましょうか。私は、残念ながら何もしなかったと言わざるを得ないと思うわけでございます。したがいまして、被害者住民の戦いは、国や自治体の無策と公害企業の責任のがれという中で、みずからの団結の力によって被害者の真の救済と公害絶滅を願った戦いであったであろうと思うわけでございます。昭和四十六年の六月、イタイイタイ病の裁判をはじめ、新潟水俣病の判決、四日市公害の判決、熊本水俣病の判決と、相次いで公害被害者の戦いは一歩一歩勝利をかちとる前進をしてきたことは、諸先生方の御承知のとおりのことだと思うわけでございます。したがいまして、公害被害者の救済法の基本は、私たち被害住民が血みどろの戦いの中で、不退転の決意の中でかちとった公害裁判の成果を十分踏まえて、立案されるべきものだと考えるわけでございます。
 ところで、私たちがイタイイタイ病となぜ取り組んで、そうして天下の大三井といわれ、みずから自称されている三井と相手にして裁判をしなければならなかったかということにつきまして、私のほうの神通川流域は、患者発生以来五十年有余といわれておるわけでございますが、その間、被害者が自治体に対する要請あるいはまた加害企業に対しての要請、いろいろとやってきてまいっておったわけでございますが、何らその策が講ぜられることなく、患者も泣き寝入りせざるを得なかったということ、一口で申し上げれば、企業の加害責任を明確にさせるということです。言いかえれば、だれが犯人なのか、被害住民を苦しめ続けてきた犯人はだれなのかということを明らかにすることが、裁判を持つ大きな意義であっただろうと考えるわけでございます。
 イタイイタイ病裁判では、企業の責任が明確に論断されました。いままで風土病であるとか、あるいはまた栄養障害であるとかなどと言って責任をのがれようとしてきた加害者の責任が、判決によって明確にされたわけであります。公害において企業の加害責任が明らかになった結果として、公害被害者はいまどのようにして救済をかちとっているであろうかということにつきまして、諸先生方のお手元へ私どもで出しております機関紙をお渡ししてあるわけでございますが、この中にも明らかにそのことを書いて出しております。
 判決では、はかり知れない損害の一部として、少なくとも被害者の要求を満たすべきであるということをつけ加えて、私どもの要求満額を認めた判決が出されております。そして、この判決をてこにして、判決は昨年の八月九日にあったわけですが、控訴審判決ですが、翌日、三井の本社交渉を行ないまして、そして患者に対する救済問題、あるいはまたこれから発生する問題、あるいはまた裁判に参加されなかった人の救済の問題、こうしたことを誓約書によってかちとることができております。
 なお、環境破壊と申しますか、自分でつくった米さえも自分たちで食べられないという汚染米が多発している、その土壌復元に対する誓約書という、誓約書を二つ取ってございます。なおまた、いま申し上げた土壌復元についていろいろとこれから進めていくわけでございますが、そういう復元をしましても、いままでどおりの企業のたれ流しの中では、またもとのもくあみになるという観点から、発生源対策として、私どもの指名する科学者をも入れた立ち入り調査権を認めさせる公害防止協定もかち得たわけでございます。
 こうして、二つの誓約書と一つの防止協定をかちとりまして、この三つの問題を具体的に進めていく中で、まずイタイイタイ病の患者の救済という点については、お手元の一ページに書いてあるわけでございますが、これらにつきまして、いままでの患者救済法によって、入院患者については六千円だとか、あるいはまた通院患者については四千円、それも日にちの制限がございます、八日間以上通わないとその四千円の金も支給されないということだとか、あるいはまた寝たきり患者について月一万円であるという、しかもこの中に、所得制限であるとか、あるいはまた家族の介護代はこれを認めないとかいう形でのいままでの救済については、法の制約の中でなかなか患者さんを満足させ得ることができなかったことは、明らかであると思うわけでございます。そういう意味で、そうした加害企業をはっきりさせた上で協定を結びましたことについて、いままでの患者に対してのある程度の救済というような、先ほど申し上げた六千円、それが、目に見えない看護を含めた医療介護手当としての五万円ということもかちとってまいっております。
 それから、行政の上ではこれが全然認められておらなかった要観察者、いわば患者というのはピラミッドの頂点であって、底辺にそうした何らかの症状を訴えるという、あるいは二期、三期症状と言われるそうした要観察者も患者と同じく扱って、額において多少の差が出ておりますが、これらのいままで制度の中では救うことができなかったことも救うようになってきております。
 なお、寝たきりの患者については、月額五万五千円としております。これらにつきましても、いままでは、先ほど言いましたように家族以外の者でないと認めないということが、家族である場合に限って五万五千円であるということ、そして、その他の方を依頼して看護してもらう場合には実費であるということです。これも、その実費等を聞いてみますと、一日五千円が相場であって、それになおまた食事であるとか、つけ届けであるとかいうのが現在の相場だそうでございますが、そうしたことからいいますと、ささやかな要求であっただろうかと思うわけでございます。そういうことで、現在の患者さんのそうしたことができておるわけでございます。
 なお、土壌汚染問題についての環境破壊でございますが、これらについても、自分でつくった米さえも食えないというものが、土染法による昨年四十七年度までの調査の中で、千二百三十ヘクタールの中で百六十ヘクタールが一号相当地として線引きされております。これらについても、三井との自主交渉の中で、昨年での八・五俵、それから経費を引いたものを補償するということになっております。そうしたことで、いま土染法等によって細密調査、補充調査、あるいはまたこれらと相まって自主調査等もやりながら、汚染範囲の掌握をしながら、この土染法に基づいての復元作業等を進めようとしてまいっておるわけでございますが、復元作業が完成いたしましても、発生源からたれ流しをするということになればもとのもくあみであるということで、先ほど御紹介申し上げたとおり、判決後もこうした科学者も含めて二回にわたる、延べ二週間にわたる立ち入り調査もやってまいっております。
 こうした被害の救済をかちとることができた理由の一つとしては、企業責任を明らかにされたということにあると考えるわけでございます。
 こうした運動の進展の中で、私たちがいま望んでいる一つは、被害者の健康をもとのからだに戻してほしいということでございます。患者のことばで共通して聞くのは、慰謝料を患者さんがいまいただいておいでになるわけですが、この慰謝料を、からだじゅうに張ってなおるものであろうか、絶対そうでない、やはり慰謝料そのものよりも、こうしたからだにならない先になぜ救っていただけなかったのだろうかというのが、患者の共通した訴えでございます。
 そういう意味でも、今後、なおまだ研究はされておりませんが、根治療法と申しますか、そうしたことの研究も、これからも重ねていっていただきたいと思うわけでございますが、これらにつきましても、私のほうからもそうしたお願いをし、研究費の一部を出してでもということで策を練っておるわけでございますが、これまた、こうしたことをやりますと、行政を通じて出すということであればそれなりにいいわけですが、あるいは大学に直接言いますと、被害者からそうしたものをもらえば、いままでの白紙の立場で積み上げてきた科学のデータをも、被害者が金を出したから被害者の有利なことにつくり出したんだということをいわれるであろうから、もらうわけにいかないという、みずから金を出してでもこうした根治療法に献身していただきたいということを申し上げても、この金を受け取っていただく機関さえもないという実態でございます。こうしたことから、安心して療養し、そして総合的な施設をつくってほしい、これが全国各地での患者の要求であるであろうと思いますし、私どもの要求でもあります。
 患者に対してある程度の金銭を補償すれば、それで事たれりとするというような法案であってはならないと思います。
 最後に、重ね重ねも申し上げてまいりましたように、原因者の責任をきちんとこの法案の中で貫いていただきたいと思うわけでございます。そのことができれば、先ほどから参考人の方の申し上げておられるような財産の損害であるとか慰謝料であるとかいうものは、おのずとその中に出てくるであろうと思うわけでございます。被害者のからだをもとに返してほしいという要求に見合った、万全の救済対策をきちんと盛り込んでいただきたいというふうに思っておるわけでございます。そうでなければ、被害者の真の救済に役立つということでなくして、被害者の泣き寝入りの公害紛争処理に役立つだけでないだろうかというふうに考えるわけでございます。こうした、いま申し上げましたことを十分に御検討賜わりますれば幸いかと思います。
 以上、終わります。ありがとうございました。
#10
○委員長(森中守義君) どうもありがとうございました。
 最後になりましたが、日吉参考人からお願いいたします。
#11
○参考人(日吉文子君) 私、ただいま御紹介いただきました水俣病市民会議の会長をしております日吉文子でございます。
 まず私は、水俣病とどうして私がかかわったかといういきさつについて話さなければならないと思います。
 いまからちょうど十年前の三月二十五日でございました。私は市立病院に生徒の母親を見舞うために参りましたところが、一ぱいの人だかりでございました。何事ならんと思って、好奇心もあって寄ってみますと、スズランの花束を抱えた北海道の女学生が、いま水俣病患者の見舞いに到着したという場でございました。そのとき私は、一体お前は水俣市民なのか――何か刃で胸をえぐられるような気持ちがいたしました。
 おそるおそる私はその女学生のあとから患者のところに参りました。手がふるえて、曲がってしまって、たばこの火がつけられないおじいさん。おじいさんは口もかなわぬ、よだれを出しておりますが、介護のおばあさんは、長男はたった一ヵ月で劇症型で死んでしまいましたと言われました。また、けいれんがひどくて寝台にばたばたとからだを打ちつけていた、私とちょうど同じくらいの年齢の女の人を見ました。生きた人形のように何にも言えない、見えない、意識すらない松永久美子ちゃんを見ました。そうしてまた畳の部屋には、首もすわらない胎児性の子供たちが、べっとりとよだれかけに悪臭を放つよだれをたらしておりました。何かを求めて、うらめしそうに私を見ているのです。これがこの世の生き地獄だろう、ああうらめしい、と私も思いました。ああ、これがわが子でなくて、わが孫でなくてよかったと思う半面、こんな子がもし私の孫に生まれたら、私の娘は一体どうするだろう、私は一体どうしてやればいいだろう――。眠れない夜が続きました。
 それ以来、私は、この子供たちを見殺しにすることはできない、そうして、水俣病患者にとりつかれてしまったのでございます。だから私の立場は、支援者というより、むしろ患者の身がわりとして申し上げたいわけでございます。
 水俣病は、知れば知るほど残酷な、よくなる見込みのない病気でございますことは、すでに委員の先生方は御存じと思います。企業はもちろんのこと、行政からも市民からも見放され、やっかい者とされておりました。三十四年十二月三十日に結ばれた見舞金契約には、そのときすでにチッソの犯人ということは細川先生のネコ実験によって明らかになっていたにかかわらず、あの悪名高い第五条が織り込まれておりました。将来チッソの排水に起因することがわかっても、新たな補償は一切してはいけないという見舞金契約でございました。
 私は、これが何とかならないものかと一生懸命に考えました。いろいろ裁判に持ち込まれのいきさつはございますけれども、それはおきまして、いまや世間の認識はそのときと大きく変わってまいりました。他人ごとではない、あすはわが身ということが、水俣だけでなく不知火海沿岸、有明海一帯、いや日本列島全体の問題に広がってまいりました。もっと広くいえば、昨年のストックホルムの世界環境会議の問題となり、公害問題はよけて通れない先進諸国の重要な課題の一つとなりました。それに、現代に生きる者ばかりでなく、将来の世代に対しましても重大な責務を感じなくてはならないのでございます。
 ところで、この法案の提出されたいきさつについて私は聞きました。ところが、被害者側の強い要望ではなく、立案を要望したのは企業側で、その必要に迫られて作成された法案だといわれています。
 その理由はおもに二つあると思われますが、その一つは、公害補償について、被害者の自覚と世論の高まりの中で紛争が激しく、そのことが企業のイメージダウンにつながり、企業の立地すら危ぶまれる状態に追い込められるまでに至って、これではたいへんと、問題が起こる前にこの法案で早く押えてしまいたいというねらいがうかがわれます。二つ目は、企業の安定化をはかるというねらいから、賦課金という名の保険をかけて、プールした中から補償費を払っていけば、直接企業が表面に出ることなく、お上のひさしの陰に隠れて、お上の名によってその補償金は払われ、被害民はお上から下さったとばかりありがたくちょうだいして、紛争は起こらないだろうと考えたものではないかと私は考えるわけでございます。
 これらの公害立法の背景を考えてみますと、私としては怒りが込み上げてくるのでございます。基本的な精神において、全くこれは被害民を無視しているのではないかと思うのでございます。
 被害を防止し、被害者を救済するためには、まず発生源を根絶しなければなりません。企業の責任を、さっき小松さんもおっしゃいましたように、明確にして、破壊された環境の復元に全力を尽くさなければなりません。被害者が失った健康と生活のすべての原状回復のため、万全の措置を講ずるよう義務づけるべきであると考えます。しかし、この法案を読んでみましても、どこにも企業の責任を追及して補償させる項が見当たりません。現行の健康被害の救済に関する特別措置法の制度に加えて補償金を安く支払おうとするものであって、要約すれば、被害者を、安く、早く、あいまいに処理しようとするものであり、分担金さえ払えば企業のたれ流しを幾らでも許す法案であると私は思います。意地悪く考えるわけでございます。四大公害裁判で示された各地の判決は、公害企業に対してその責任を明確に追及しています。被害者のこれまでの戦いの成果を踏まえた上で立案されていないことを、たいへん残念に思います。
 たとえば水俣の判決で、死亡者並びに重症者は一千八百万の慰謝料をかちとりました。しかしながら、これをもらったある家族は、「銭ゃー要らん、おるが親ば返せ、おるは二親ぞ」「弟のちんばをなおしてくれ」と言って、チッソに対しその金をたたきつけました。また、胎児性患者の川村智子ちゃんのおかあさんは、智子ちゃんを抱っこして、「見るこつも使うこつもでけん銭ば何すっとかね智子、そりよか一ぺんでよかけん「かあちゃん、めし食う」てちおめききれば、そるがどぎゃんうれしかか、ねえ智子」と言って泣きました。
 それが被害者のほんとうの気持ちでございます。体を返してほしい、金は要らない。しかし、もとには戻らない体で、生涯人並みの生活のできない代償としてはどれだけ賠償しても足りないわけですが、せめて各地の裁判や自主交渉で取り得た補償や医療手当、介護手当、いま小松さんから言われましたようなそういうもろもろの補償は、患者が取り得た補償を補償の最低額として、その上に積み上げることこそ被害者を救う法律であろうと私は思うのであります。
 かつて水俣では、こんなことがございました。これはこの条文の中に関係するから申し上げますけれども、水俣病の申請について水俣の医者はなかなか診断書を書いてくれませんので、私は遠い球磨郡からお医者さんを呼びまして、その人は九大の学生時代からずっと何年間も水俣病を見ているお医者さんでございましたので、来てもらいました。そして、ある患者のところへ行きまして、「この先生は球磨郡から来なすったつばい」と私が言いましたら、その患者はバスの運転手さんでございましたけれども、手足がしびれて、いまは休職している人でございます。球磨郡と聞いてこの人は、「球磨郡ですか。球磨郡などこですか。いまから十四、五年前は、よう球磨郡の多良木町に行きよりましたたい」「なんしてですか」と先生が言うと、「水俣ん魚が売れぬごつなったでしゅが、だけん多良木に毎日のごつ持って行きよりました。私しゃ前はトラックの運転手だったですもんな。魚市場専用のトラックだったですたい。そっで多良木も持って行ったばってん、自分でもうんと食いましたたい」。それを聞いた球磨郡の先生は、ぽんとひざをたたきました。「そっでわかった。うちに来る患者さんで、どぎゃんしてん水俣病んごたっとがおっとですたい。その原因がわかった。ここに来てよかったですばい。なぞん解けた」こんなふうに言いました。
 まだこのほかに、さまざまな形で水俣の魚は熊本へ、あるいは鹿児島県の大口にと売られたわけでございます。こういういきさつから考えますと、地域の指定などはほんとうにたいへんなもので、なかなか問題でございます。
 またもう一つ、認定の問題で一例をあげますと、半永一喜という人がおります。この人は昭和二十一年にいまの症状が起きたというので、審査員の先生たちは、全部この人にはハンター・ラッセル症候群がそろっているにかかわらず、この人をずっと水俣病として認定しませんでした。そして、やっと四十六年の四月に、この人は認定を受けるわけでございます。そんなふうに、専門のお医者さんも、ただその当時の概念として水俣病は三十年から三十五年ぐらいに多発したものであると、そういうふうに思っていたばかりに、思っていたばかりじゃないと思いますが、わざとそういうふうな意識のもとに、患者を切り捨てていったと私は思います。
 それからまた、審査員の先生たちの態度についてでございますが、これも熊本県の一例を申し上げます。ただいまの救済法に対する運用適用についての委員会がございました。それは四十五年の二月の二十日でございます。委員会としては第二回でございますが、その中で、民事とかかわりなく運用することとあるが、水俣病関係では本審査会判定は公害補償と関連があるので、その点も考慮して慎重を要するという議事要録がございます。それをめぐりまして、県議会の公害対策委員会で問題になりました。時の委員長、副委員長がその席上に呼ばれました。私もそこへ行っておりました。呼び出されたのは、例の熊大の先生たちでございます。このときのしこりがいまもなお残って、第三水俣病の解決にも大きな疑問を県民に投げかけております。行政の力の影響を心配しています。
 私が考えますのに、有明海の第三水俣病についても、こういういきさつから判断しまして、非常に無理があるのではないかという考えに到達するのでございます。水俣で汚染された魚が有明町に行かないはずはない。また宇土合成も、水俣と同じアルデヒドの製造をやっている会社で、その排水が対岸の有明町に行かないはずがない。行かないということを断定する何かの保証があれば別ですけれども、そういう断定できない状態の中では、あくまで慎重に処置しなければならないものであったのではないか、そういうふうに考えます。もしそういうような問題の医者があるとすれば、認定審査委員会に県知事より任命された場合、そういう人は、被害者側に限り、被害者救済の意義からしても、忌避することができるような制度をぜひ先生方にお願いしたいと思います。
 さっきから言っておりますように、この法案の中においとして、患者切り捨ての感じがいたします。ぜひ廃案にして、真に患者救済のための法律を、あらためてさっき私が言いましたような観点に立って立案されることを切望いたします。
 どうも失礼いたしました。
#12
○委員長(森中守義君) たいへんありがとうございました。
 以上で参考人各位の御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人各位に対する質疑に入ります。質疑のある方は順次御発言を願います。
#13
○杉原一雄君 藤野参考人から、非特異性の疾患等について特に線引きがむずかしいのだと、こういう指摘があったので、それを掘り下げて御質問することはたいへん先生の研究の領域を離れる問題だと思いますが、そうした先生の領域の中で、先ほど、できる限り広い範囲という表現が助川参考人かどなたかから出たかと思うのですけれども、そういうことが可能なのかどうか、その辺のところをひとつ明らかにしていただきたいと思います。方法的な問題として、役所というのは特にそういうことが非常にきびしい世界ですから、何とかして、原因と結果が明らかになっている場合それを救済できるように、網の目に全体をすくい上げることができるような方法論的なものが、もし先生の研究の領域であるならば、まずお示しいただきたいことが一つであります。
 もう一つは、淡路参考人のほうから問題提起されておるわけですが、救済というものの根本的な理念、それは突き詰めていけば原状回復なんだ、こういうことをおっしゃったわけですが、この点については小松参考人なり日吉参考人からは、もう救いがたい状態に、なかんずくイタイイタイ病、水俣病ともどもに、もうすでにその病気で苦しみながらなくなってしまった方がかなり多いわけです。なおかつ病床で、あるいは社会生活から離れて、闘病生活といえばかっこうがいいようですけれども、ただ死を待つばかりというような状況下にございますので、理念的に原状回復を主張される淡路参考人の主張は、非常にぼくは正しいと思う。正しいと思いますが、これを貫き通していくために、行政指導、行政措置等々について立法の立場から先生のほうから御指摘いただく点があれば、明確に御指摘いただければ非常にはっきりしていいのではないかと、こう思います。なかなか困難なことでしょう。困難なことでしょうが、これからわれわれがこの法案を審議するわけですから、先生の研究等もございますから、明確に御指摘いただきたいと思います。
 なお第三点として、これは淡路参考人がほかのところでいろいろ述べておられるのも承知しておりますので、特に慰謝料の問題について、これは小松参考人も非常に苦労された方なんですが、家族の一人として、あるいは地域社会から冷たい目で疎外されている生活を送る家族また患者それぞれの、われわれが計算できないような、小松参考人がくしくも言いましたように、患者がお金を見て、こんなもの、からだ全体に一万円札をどれだけ張ってみたって、おれがもとどおりになるかという患者の訴えは真実だと思うのです。そういう点等を考えて、いわゆる治療、療養手当、介護手当、それ以外の、患者及び患者を囲む家庭の人たちの精神的ないろいろな負担、悩み、そうしたものの補償を、先生が主張される、何といいますか、慰謝料という中に含め得るものかどうか。もしかりに含めるとすれば、これは政府当局をこのことで追及すると、いやそんなことを言ってみたってランクのつけようがないじゃないか、判断のしようがないじゃないかという話になって、逃げられるおそれが多分にありますが、先生のほうから、政府当局が逃げないような歯どめのできるような論理と法理論を簡単にお聞きできればと実は思います。
 次に四点として、助川さんが、待っておれませんので治療とかそうした問題で地方自治体がみずからめんどうを見てきた、その中で地方財政法にひっかかったりして非常に困ったのだがというようなことなんですけれども、地方財政の中で市の予算あるいは決算等洗いざらいしますと、最終的に公費を持ち出すということは、いままでのうちで結果的にあったのか、なかったのか。全部原因者負担であとで決済ができたと見ていいのかどうか。なかなかこれはそろばんの出しようがないだろうと思いますが、しかし大まかに見て、横浜市なら横浜市が、市費持ち出し、公費負担というようなことがあったのではないか。われわれは単純にPPPの原則ということで押しまくるわけですが、そうはいかない点がやはり行政当局の、地方自治のモラルと申しますか人情と申しますか、そうしたもののいわゆる行政発動からして、意外に私たちの気のつかない公費持ち出しの点があるのではないか、こう想定されますので、そういう点、ぐち話になるようですけれども、もしあったら率直に出していただくことがまたこれからの審議に非常に参考になりますので、その点ひとつお伺いをしたいと思います。
#14
○参考人(藤野敏行君) いまの御質問の問題について二、三申し上げたいと思いたいと思います。
 まず四日市におきますと、従来の地域指定を総洗いする意味で、県の公害センターで汚染の調査を現在やっていますけれども、それと住民の健康被害、特に四つの疾病についての調査をやりまして、現在の認定地域が適当であるかどうかということをすでにもうやっております。このことは、住民のほうから市長に対して要請がございまして、公害対策委員会の専門部会のほうで一応調査をやりまして、いまそれの大体集計ができております。
 ただ、ここで問題になりますのは、従来の大気汚染の問題は硫黄酸化物を中心に行なわれておりまして、規定等によりましてもこれが基準になっております。ところが、呼吸器に対する影響を見ますと、SO2に比べましてNOxのほうが大きな影響を与えるということはもう明らかでありまして、特に肺の末端である肺胞に対する、呼吸器の肺胞に対する影響はそのほうが強いわけであります。このNOxのほうの測定が地域によってはまだ不十分なところが幾つかございます。そうしますと、その線引きを行なう場合に、SO2だけの値、これをもって国の基準その他等から、たとえば〇・〇三PPMなら〇・〇三PPMで線を引くということだけでいいのかどうか。いま申しましたNOxの作用というものが相当大きな影響を持っておりますし、たとえば大阪の調査によりますと、SO2よりもNOxのほうの影響が上回っております。これにまたCOxの問題がからんでまいります。大阪あたりですと、いわゆる大気汚染の影響が、いわゆる工場からの発生源よりも、自動車の排気ガスの影響のほうがより大きな影響を与える地域も、地域的には出ております。そういうようなことを考えていきますと、この線引きを行なう場合に、従来のようなSOxだけで線を引いてしまうということは問題があろうかと思います。
 そういう意味から、少なくとも四つの疾病の疫学的調査の再検討が地域的になされなければならない。四日市市の場合一応終わりましたけれども、現在指定されております幾つかの地域、あるいはそれ以外の地域でも、もう一度行なわれませんと線引きの問題は困難かと思います。
 それと、今度通達しました四日市の状況によりますと、ちょうど四日市が国の制度に入ります前に市独自で四十年にやっておりましたときと、それから四十五年に国の制度に入りますときには、その当時のことを考えてみますと、要するに国が考えております線でいきますと、四日市がその当時考えておりました線よりも相当縮小されたところで線引きが行なわれるべきだという主張があったわけです。といいますのは、その当時の汚染濃度は国が考えておる濃度よりも低いところで四日市が線を引いておりましたから、国の制度にすれば、もっと縮小せなければいけないという考えがございました。しかしながら、そこらの患者発生率を見てみますと、少なくとも非汚染地区に比べて相当高いパーセンテージで発生しておったわけでございますから、こういう点も考えていきますと、いまわれわれの四日市だけの例をとりましても、かつての磯津のように数倍あるいは六、七倍というような大きな差はないとしても、二倍あるいは一・何倍という差は出ておりますから、これは実際問題として運営していく上に、地域の実情に応じて線引きはもう一度検討されるべきだと私は思います。この中に、NOxの影響というものを十分考慮された形で線引きが行なわれなければならない。ところが、そのNOxについての測定等が不十分な地域が少なくないのではないかと思います。
#15
○参考人(淡路剛久君) 私に対する質問は二点あったと思いますが、第一点目、要するに原状回復の持つ問題でございますが、原状回復というのは、要するに公害は出さない、公害をなくすというところから出発するわけであります。そのために法律的に立法上どうあらなければならないかという問題が出てくるわけですが、振り返って、わが国の公害規制法を考えてみますと、従来公害規制法自体、たとえば大気汚染についてのばい煙規制法、あるいは水質汚濁についての水質保全法といった、かつての法律、この法律自体が実は指定地域制度をとっていたわけです。指定地域制度ではとても間に合わなくなって、現状では全国一律に適用するという形になってきているわけです。健康被害という側面をそのことに適用して考えてみますと、実は健康被害もいま指定地域制度をとっていますが、やがて、とても指定地域制度では間に合わなくなって、全国一律に適用していくということになりかねないわけで、そうなりますと、一億総公害患者だということになりまして、それこそもう絶望的な結果になってくるわけであります。
 したがって、そこから公害をどうして出さないようにするかという問題が出てくるわけですが、立法的にそれがどうなければならないか、その問題は私が考えることではないので、実は諸先生方に考えていただいて、適切な法律をつくっていただかなければならないわけですが、少なくとも、いままでの法制度が非常に効果がなかったことが一体どこにあったのかということについての徹底的な検討、公害規制に関する総点検といったことがなされなければならないのではないか。法制度の形式だけを整えるだけではだめなんで、その機能、実効性といったものを徹底的に洗い直す。それからその法律の運用ということを徹底的に洗い直す。その中から、たとえばいままでの基準のあり方、濃度規制といった基準のあり方、PPMといったようなあり方、そういったもの、あるいは現在の公害防止計画というもののあり方、公害防止事業といったもののあり方、環境基準といったもののあり方、すべてが実は批判の対象になってくるわけでありまして、ここでそのすべてについて批判するというわけにはちょっとまいりませんが、少なくともそういう問題である。それはすべて、公害をなくす、原状回復ということも、その点でつながっているわけであります。
 かりに、もう少し本制度に近いところで原状回復という問題をとらえたとしますと、たとえば現在の被害救済のやり方というのは、新たな患者がどんどん出てきても、それを放置しているということがやはり一番の問題ではないか。出てくれば、ただそれに対して若干の医療費を支払っていく。今度は財産的な補償をもう少ししていくということでしかない。新たな被害をどうやって防ぐかという発想が全然ないということであります。それは法律の体系の中では、この法制度、新しいこの法律の中でできるかどうかは別として、これだけたとえば一つの地域に多くの公害病患者が出てくるということは、これはもう決定的なことであるということですから、そんななまぬるい方法ではだめなわけです。
 たとえば、そこでさっきの申し上げましたとおり緊急の措置をとる。緊急対策地域として指定する。指定地域にされたということは実はそういう意味を持つわけでありまして、それならば、その地域においては一切工場の増設はストップさせるとか、かなり荒っぽいことを申し上げますが、あるいは操業停止するだとか、あるいは工場の移転をしていくとか、そういうことがまず第一次的になければならないのではないか。そうして、そういうものを踏まえた上で、しかしそう言ってもすでに発生してしまっている被害者をどうするかという形での問題が出てくる。
 原状回復の理念を徹底させるならば、すでに生じてしまった被害者に対する救済というものについては、完全救済という理念、完全補償ということが出てくるであろうというふうに思われるわけです。原状回復的な発想を徹底的に押えておかない限り、被害補償、被害処理という形から出発する以上、法技術的に、技術的にどうやってこれを金銭に計算していくかという非常に枝葉末節な議論が出てきてしまう。その点が、先ほどの慰謝料の問題にもからんでくるわけであります。
 慰謝料ということを言いますと、政府委員からランクづけがむずかしいということで逃げられるということが、いまお話があったわけですが、どうしたら逃げられないようにするか。逃げられないような方法を考えることは非常に不可能でありまして、議論というのは表があれば必ず裏がある。法律論も同じでありまして、それは無理でありますが、しかし、どちらがより正当であるかという問題はあるわけであります。
 その完全救済という形の理念、完全救済、完全補償ということを正面に据えるならば、そして、もし現在のこの法律というものを法技術的に一応そこに置かざるを得ないとするならば、完全補償の理念から出発していく、そこを押えておくということになるわけです。そうすればランクづけといったような枝葉末節な議論というのは出てこないわけでありまして、たとえば慰謝料というのを認めたにしても、それはしょせん、重症の方にとっては一部補償でしかあり得ない。これは補償金自体は法律論としてそれを一体内金と言えるかどうかという問題は別にいたしまして、現在起こっているそういう健康被害という観点からいって、常にこれは内金の支払いでしかあり得ないわけであります。ですから、ランクづけのこまかい法技術論の問題などというのは何とでもなる。そこはもう事務当局というのはたいへん有能ですから、やろうと思えば、幾らでも私はできるというふうに思っております。しょせん慰謝料といっても、それは完全救済の理念から言えば内金でしかないということが押えられておれば、その点は私は決して不可能ではないのではないか。日本の有能な官僚の方であれば、そこはできるというふうに私は確信しております。
#16
○参考人(助川信彦君) いまお尋ねの点でございますが、これは非常にさかのぼって考えます場合と、当面、公害病患者の救済のためにどの程度の費用を支出、まあほとんど市費でやってきたといってもさしつかえないのでございますが、そういうふうな問題につきましては、たとえば公害病患者を発見をするというところ、この辺はやはり地域のお医者さんがその仕事を、患者を発見して保健所なりあるいは行政当局に通告するというところから始まることが多いわけでございまして、それを大学とか研究機関が追及をしていく。また、そうした方々の権威のある報告に基づいて、自治体が住民の健康調査をやる。どうしても環境汚染との関係で関連があるというようなことが疫学的に立証される。そうしたことで対策を強化する。発生源の追及のために因果関係の究明がぜひ必要になる。こうした関係で仕事が始まっております。したがって、やはり地域の医師団体というようなものか、保健所よりもさらに前方の公衆衛生の第一線に位しているわけでございます。その人たちの御協力を得ない限り、公害病の実態というものはなかなかわからないという面がございます。
 最近、福祉についての関心が深まりまして、地域の医師団体が公害について私どもの関係しておりますところ、あるいは公害関係都市の医師の方々、非常に御熱心に協力する傾向には現在なってきておりますけれども、やはり団体といたしまして御協力をいただきますためには、いろいろと医師会が、本来の本業をおいてそうしたことに御協力を願うという面もございます。諸般の福祉施策の面におきましても医療上の問題をお願いする、あるいは公害の健康問題をお願いする、あるいは公害の健康調査をお願いする。三十九年以降もう十年近く地域の医師会をわずらわし、あるいはわれわれが大学研究機関と連携をいたしまして、公害病についての調査は重ねてきております。これを、しかし他の都市と比較できるような形で説得力のある資料をつくり出すというようなことにつきましては、少なくとも従来、企業から一銭の負担も受けたことはございません。
 考えてみますと、京浜地区あたりには、たくさんのりっぱな医師を抱えた企業立の病院もあるわけでございまして、それがその地域の患者さんのためにも開放されているというような例もあるわけでございます。そうした方々が自治体と協力してこれが真の住民自治というのだろうと思うのでございますけれども、一般の住民の方々、企業立の医療関係者も、積極的に協力して公害病の追及なりあるいはその救済に骨を折ろうというところのムードまでは、まだ盛り上がってきておりません。
 最近いたしております企業からの、横浜で六千万円、川崎で一億八千万円程度の年間費用を集めまして、川崎で千六百人、横浜が三百五十人程度の患者の救済の費用にしておりますが、生活補助の面は月額三万円程度にすぎません。ほんの微々たる生活補助にすぎないのでございますが、そうしたことを一月にさかのぼって実施をいたしました。そのために公害病の患者が急激にふえるかと、そういう事実はございません。従来のベースで患者の数が、横浜の場合ですと月間十人程度の状況でふえておるわけでございますけれども、そうしたところへ持っていきますまでに、制度をつくりますまでに、相当多額の費用を支出している。現在、その決算的なものを申し上げる段階には至っていないということでお許しをいただきます。
#17
○内田善利君 藤野参考人にまずお願いしたいと思いますが、先ほど指定地域で線引きするのは非常にむずかしいということでございましたが、私も、北九州市が大気汚染によって指定地域になりまして、いろいろその線引きの結果ごたごたを聞いておるわけですが、どうして一体北九州市全域を指定地域にしなかったのかなと思うのですけれども、先ほどは、非特異性疾患なのでやっぱりこういうところに線を引かなければいけないのかなということも考えたわけですが、やはりああいう四日市とかあるいは川崎とか、あるいは北九州市みたいなところは、先ほどおっしゃられましたようにNOxの影響もあろうし、また重金属による、浮遊物質による影響もあろうし、そういったものの複合的な汚染になってくれば、まあ医療のことでよくわかりませんけれども、ある程度特異的なものが出てくるのじゃないかなと、何かしろうとで考えるわけですが、そういったことはないのかどうか、やはり非特異性として一般のぜんそくと同じようにしか見れないのかどうか、この点、まずお聞きしたいと思います。
 それから淡路先生ですけれども、基本的な問題を教えていただいたわけですが、私たちも公害特別国会から公害立法に携わってきたわけですけれども、やはり濃度規制のときから、総量規制をすべきである、と。また、いま総量規制が問題になっておりますけれども、総量規制をしても、それは一応出てくるものを規制するのであって、基本的な公害の原因をなくする以外にないのかと、その辺で非常に自分自身で悩むわけですけれども、徹底的に汚染物質を出さないようにすれば確かに公害はなくなるだろう。しかし、それでいいのかどうか。また、出てくるものを、いままで濃度規制をやっておったけれども、総量規制をやって、これで公害は防止できるのかどうか。その点自分でどこで押えるべきかということをいつも考えるわけですが、総量規制をしていくならば公害防止できるのかどうか、この辺なんですけれども、基本的な考え方でございますが、お聞かせ願いたいと思います。
 それから助川局長ですけれども、やはり線引きは国がやるのではないし、当該地域の地方公共団体がおやりになると思いますけれども、この線引きの点において、先ほど藤野参考人からもお話がありましたが、いろいろの問題が起こっておると思います。そういった問題について、市当局ではどのようにされておるか。広げていく方法があるのか、あるいはそういった線以外の方々も、いまは市自体、地方公共団体自体で国の指定を待たずに救っていらっしゃるか、こういった点を具体的にお教え願いたいと思います。
 それから日吉市民会議会長にお聞きしたいと思いますが、この間、本委員会で、ちょっとことばの問題ですけれども、病名の問題ですが、水俣病ということについて、現地の方々の要望があって変えたらいいのじゃないかということで、本委員会で環境庁に対していろいろ変えるべきだという意見が出たわけですけれども、まあ変えないという結論だったように思います。それで、私たちの説得力がなかったのかどうか、もう少し現地の方の水俣病についての考え方をお聞きしたいと思います。非常に健康被害補償法についての質問でなくて恐縮ですけれども、その点お願いしたいと思います。
#18
○参考人(藤野敏行君) いまお聞きのことでございますが、その前に少しつけ加えさせていただきますが、国の環境基準ができますときに、この〇・〇五PPMというものは、あのときも議論があったと思いますけれども、少なくとも〇・〇五PPM以内であれば影響を受けないということは、すでに問題があったと思います。それで、少なくとも四日市の場合は〇・〇二三ぐらいのところへ規制を持っていく努力をいまやっているわけですけれども、この数字は、要するに大気汚染の濃度の強いところとそうでない地域とを見まして、いわゆる非特異性の疾病であるだけに、平均的な発病ということは慢性気管支炎にしても気管支ぜんそくにしてもあるわけですから、いわゆる汚染されていない地域の平均的な疫学的な発生と、従来汚染地域といわれている地域でどの程度まで濃度を落とせば、同じ程度の発生まで押えることができるかという問題になると思います。
 そこで、この疾病が、たとえばここにある慢性気管支炎の患者を見た場合に、この患者は大気汚染によって起こった慢性気管支炎なのか、そうでない一般の普通に見られる原因で起こった慢性気管支炎なのかを、臨床的に区別する方法はないと思います。
 いまお話しになりましたように、この大気汚染の影響というもの、たとえば従来硫黄酸化物ということでこれが非常にクローズアップされておりますのは、硫黄酸化物の測定が一般的になされていたということであって、硫黄酸化物そのものが、それだけが犯人であるということでは全くないわけです。一つの資料であるわけです。その他に浮遊ばいじんとの相乗作用あるいは、SO2が非常に言われますけれども、SO3の硫酸ミストの問題とか、あるいは現在もわからない物質もあるかもしれません、こういうものの相乗作用が地域によって、たとえば北九州のところですと、この浮遊ばいじんの影響というものは、測定数を見てもわかりますように、他の地域よりも多い。そうすれば、硫黄酸化物だけではそれほど濃度が上がらなくても、浮遊ばいじんの多いところではそれが相乗されて、呼吸器への影響を強く与えるということは当然言えると思います。
 その意味から、硫黄酸化物だけである数字で線を引くところに私は疑問がある。いろいろな地域によってNの影響も多いところもあるでしょうし、あるいは浮遊ばいじんの影響の多いところもある。やはりそこに疫学的調査をやって、影響のない地域と同じぐらいの発生にする。それよりも発生率が高まっているところは、いわゆる線引きの中へ入れてしまわないと問題が出てくるのじゃないだろうか、こういうように思いわけです。
 この調査が、地域によっては十分なされておりますけれども、地域によっては十分そういう調査をなされていないところがございますので、ここでこの法案を一般的に国全体に及ぼしていく場合に、そういう基礎調査を準備できていないところは、早急に環境庁等のほうから援助するなり何なりして調査をしておかないと、この線引きで大きな問題が起こると私は思います。
#19
○参考人(淡路剛久君) 私、技術的なことはよくわかりませんが、いまの総量規制の問題に関しまして、一部の自治体では、すでに独自に総量規制をかなり前から始めているわけであります。
  〔委員長退席、理事杉原一雄君着席〕
 資料なんかを見せていただいている限りでは、その総量規制が効果をあげているということは確かであろう、前よりはよくなっているということは確かであろうというふうに思われますが、ですから国が総量規制という問題取り上げる場合にも、やらないよりはやったほうがいいのではないかというふうに考えております。ただ、そのやり方が問題であるわけであります。
 環境基準というものが、いま藤野先生からお話がありましたように、設定されたときの経緯で示されていますとおり、基準をつくる段階になって常にこれは行政当局の中でいつの間にかつくられている。一般の人のチェックをなかなか受けられないわけですね。行政当局がつくって、審議会にかけて環境基準というものをつくってきたわけですが、それが専門委員会、それからその後の経緯からずいぶん曲げられた、三倍程度ゆるくなったという経緯があったわけです。
 総量規制についても、私は総量規制という発想そのものの問題ではなくて、総量規制の基準をどこに押えるかということでやはり問題が出てくる可能性があるのではないか。ですから基準をつくるときに、どういう形でそれを批判していくか、あるいはより望ましいと言いますか、そうなければならない基準に向けて、それをつくるようなシステムをどうつくりあげていくかということが私は重要なのだろう、と。その中の一つとしては、たとえば審議会の現在のあり方なんかも実は問われてくるわけでありまして、常に行政の中で、基準が最初の非常に純粋なところから出発してきたものが曲げられていくといったようなことが、そういう環境基準にあったような歴史が再び繰り返されてはならないというふうに思われるわけであります。
 また、私はそういう基準をつくっていくという場合に、地域住民が何らかの形でこれに意見――私は環境権に基づく一つのそれは同意権というふうに、あるいは環境権そのものだと思われますが、そういうものをどういう形で法制度の中に取り入れていくかということがやはり考えられなければならない。つまり開かれた法、開かれた法制度というものが考えられない限り、いまの密室的な、あるいは閉ざされた体系としての法律制度あるいは行政機構の中では、より進んだ制度、より進んだ公害対策というものはできないのではないかという感じがしておるわけであります。
 それが第一点でありまして、第二点目は、いまこれは藤野先生がおっしゃったことなんですが、結局、いままで一つの指標、複合汚染の問題が置き忘れられてきたということであります。環境基準にパスしていながら公害病患者が出ているという地域がたくさんあるわけでありまして、それは環境基準が従来甘かったということもありますが、もう一つは、その複合汚染の問題がやはり研究も怠られてきたし、その点についての規制がなされていなかった。総量規制をやる場合でも、その問題に今度は相当集中してやらないといけないのではないかということでございます。
#20
○参考人(助川信彦君) 線引きの問題についてお尋ねがあったわけでございますけれども、亜硫酸ガスの公害、硫黄酸化物の公害に関する限り、これは従来の測定によりましても、臨海の大手の工場の排煙中の硫黄酸化物を削減するというようなことで、従来の環境基準を満足することはできました。内陸に至るにしたがって濃度が薄くなるという現象は確かにございます。そういうものに基づいて現在の線引きがきまっているわけでございますし、そうしたものを拡大をしていきますためには、さらに精密な調査あるいはそこの住民の健康調査、それから公害測定の結果を突き合わせていかなければならぬということでございますけれども、これはある程度の成果をすでにあげております。
 私ども横浜方式というようなことで住民の参加、あるいは科学的な究明の手段、そうしたものの経過を公にしていくという意味の、公開の原則というような手法でこれまで十年ほど詰めてまいりましたが、ここで転機がまいっております。
 NOxの影響ということになりますと、これまではきわめて緑豊かないいところであったと言われている、横浜市の一番新しく区として新設をいたしましたはずれのところ、緑区というようなところのNOxが非常に高濃度でございます。これは第三京浜とか東名高速というような道路が通っております関係もございます。川崎市におかれましても、工業地域からははるかに遠い、扇のようなところでございますから内陸の、高津というようなところがいつも交通渋滞を起こす。そういうところがきわめて高濃度の窒素酸化物あるいはオキシダントがちょいちょい出てまいる。その辺のところに健康障害者もあらわれてきております。
 こういったことは、横浜市独自の方式だけでできる問題ではなくなってきております。広域的に自治体同士が連絡を密にいたしまして、東京都あるいは隣接の千葉県、そうしたところとの協力によってお互いにデータを持ち寄って、そのデータを公開しながら合意を得るというところへ、もっときめこまかな、たとえば環境庁あたりにも国におきましても御参加をお願いをして、そうして対等の立場でいろいろな資料を持ち寄って討論をする。その結果を、結論が出るまで秘めておくというようなことでなくて、いろいろな方々に御批判をいただきながら、合意を取りつけていくというようなことにしてまいる必要があろうと思いますが、さしあたり線引きにつきましては、これはやはり横浜のようなところでしたら横浜全市、東京都内のようなところでしたら当然東京都内全区域、少なくとも区を設置しております区域等に広がるべきであろうというふうに考えます。
 この線引きと申しますのは、実はこの法律が成立をいたしますと、先生が御指摘なさいましたけれども、地方がきめるわけではございません。この法律では国がきめることになっております。その辺で、われわれまた、いろいろと運用上の面につきまして国にも注文をつけてまいらねばならぬというふうな立場にあるわけでございます。
  〔理事杉原一雄君退席、委員長着席〕
 率直にお答えをいたしますと、全市域にわたっていろいろ大気汚染の態様が変わってきている。その後の測定等によりまして、やはり全市的にやらなければならぬというふうな情勢になっているというようなことをお答えいたします。
#21
○参考人(日吉文子君) 病名変更のことでございますけれども、病名を変えて水俣病がよくなるなら、私はいつでも変えたいと思います。けれども、病名を変えても水俣病は絶対よくなるものではございません。水俣病の起こる、その発生源の原因の除去ということにどうして力を入れないのかということを、私いつもふしぎに考えるわけでございます。
 そしてまた、その病名変更の世論が高まってくる、そういう時期というのが必ずございます。それは、このごろといたしますと、四十六年の終わりから四十七年の初めにかけて新認定患者がチッソ前にすわり込みをしましたとき、それから一時おさまりまして、またことしの七月、漁民の紛争が起こりましたとき、いつも押え込みという方向でこの病名変更の問題が出てくるわけでございます。そうして今度、そういう世論調査といいますか、その方法が、きわめて行政がおかしいのであって、行政が行政機関を通じて回覧板で反対の署名を取りました。通常、行政が出すそういうものには、たいていの人が署名するわけでございます。私の地域では署名しなかった人は三軒しかございませんでした。そういう人はよっぽど勇気がある人でございます。いつも、チッソの不法行為というものを隠蔽するための一つの方法として出てくるわけでございます。そういうことを先生方はしっかり考えていただきたい。
 こういう病気がなぜ起こるのか、そして世界的にもこういう悲惨な病気は起こしてはならないという、そういう立場に立てば、水俣病の病名は絶対に残しておくべきだと。あたりまえのことだと思います。ある人は結婚が破談になった。ある人は下宿を探したところが、水俣から来たから下宿は貸さない。ある人は水俣を通るときに、バスの中で、水俣を通るからといって鼻を押える。そういう人たちは、いまの世間の常識を逸脱した人のやり方であって、常識がある人のやり方ではないと思います。いまのこの公害の問題がやかましい中で、水俣病がどういう原因で起こったのかわかりもしないで、下宿を貸さないなんていう、そういうことを言う人の常識が疑わしいのでございます。そういう常識をもとにして、病名を変えてほしいなんていうことは、私は成り立たないと思います。そういう意味で、病名変更の問題は通らなかったことを私は非常に喜んでおります。
 きっと、私がこういうことを言って帰れば、もう帰ったらすぐ私は弾圧を受けると思います。けれども、それは私はいつもそういう弾圧、いやがらせの中で、この五年半ばかりは過ごしてまいりました。いまにも刺し殺すぞという脅迫の電話も何回も受けました。でも、さっき言いましたように、ほんとうに水俣病患者はどうして救われるか、それがまた自分の問題とならない可能性はない、そういうことを考えると、私はあえて勇気を持ってそうお答えしたいと思います。
#22
○小平芳平君 たいへん時間も長くなってまいりましたので、簡単に二、三お尋ねしたいと思います。
 初めに、淡路参考人にお尋ねいたしたいと思いますことは、先ほどお述べの、基本的にこの公害に取り組む法の目的、理念にそもそも矛盾する点があるということ、それから結果についての御指摘はよく了解いたしました。先生のお考えになっていらっしゃることの上に立ちまして、大体こうした健康被害補償ということを法律できめようということ自体、こういう制度をつくることそれ自体無理があるかどうか、あるいは、いや理念なり前提さえそろえば、こういう制度があながち、まるっきり無意味なものではない、ある場合には意味があるのだというふうにお考えかどうか、その点ひとつお伺いいたしたいと思います。
 それから小松参考人にお願いいたしたいことは、イタイイタイ病の場合、非常に長い年月にわたる戦いでありまして、この新聞にもよく歩みも出ております。特に国会等では、萩野先生をはじめとする先生方と、それから萩野先生などの学説に反することを主張される先生方の主張というような点について、私たちもこの委員会等でしばしば論議いたしたことがございます。小松参考人といたしましては、そうした対極的に学者が論争している中にあって、地域社会におきまして具体的に、患者が認定されるあるいは健康診断を受ける、あるいは今回は土壌汚染防止法による線引き、これなども道路一本隔てたほうが汚染田で、道路一本隔ててこちら側にくれば汚染田じゃないとか、いろいろな問題があるのじゃないかと思います。そうした具体的に地域社会において戦ってこられた立場から、こうした認定あるいは線引き等についてのお話を伺えたら幸いだと思います。
 それから日吉参考人に伺いたいことは、先ほど触れられましたが、第三水俣病ですね、これは先回の委員会のおりに私たちがここで取り上げたわけですが、要するに県の機関は、疑いあり、第三水俣病が発生したということになるという報告をされる一方、やがてそのあとを追って、今度は環境庁の機関は、疑いは現時点ではないというふうな発表をされたわけですが、こういうことは非常に今後の水俣病の打開の上に大事な問題であり、また、進展いかんによっては水俣病闘争が根本からゆり動かされるようなことが起きはしないかということを私たちは心配するわけです。そういうような点について、特にこの第三水俣病、環境庁発表以来のいきさつを伺えれば幸いだと思います。
#23
○参考人(淡路剛久君) 私、自覚的には公害病患者ではない、自覚症状としてはないわけですので、一体こういう制度をどういうふうに考えるかということについて、実は私は被害者の方の御意見をほんとうはお伺いをして、一体どうなのかということを考えなくてはいけないと思いますが、先ほど私が申し上げた範囲でのみお答えを申し上げておきます。
 先ほどの質問は、この種の制度自体か一体そもそも無理なのであるということなのか、それともそうではなくて、この法案に具体的に出てきているようなこの形がだめなのかという御質問だったと思いますが、私はこういう種類の制度をつくること自体、それ自体が必ずしも無理だというふうには考えていないわけであります。やはり、こういう種類の制度をつくる場合には、その前提としての要件が満たされない限り、全法体系あるいは全制度の中で、平たく言えば、よく言われることですが、一方では大量に公害患者をつくるメカニズムを許しておいて、あるいはつくるようなメカニズムそのものをつくっておいて、他方では簡易迅速に非常に安い金で金銭的処理をしていくという、そういうシステム自体が全体の法体系の中でつくり上げられていくということがあるわけです。そこがやっぱり問題であろう。
 したがって、一方では公害抑止のメカニズムということは、これは常に原点に返ってなされなければならないし、それから第二点に、被害者救済ということをやる場合にでも、金銭で事足れりというのではなくて、健康改善措置、あるいはより極端なことを言えば、先ほど申し上げましたように、もう公害病患者が多発するような地域では一切増設をストップするというような種類の、そういったものがあって、しかもなお現状ですでに被害者がいるという場合に、これは私は完全補償ということは考えなくてはいけないと思います。
 ですから、私はそういう意味では、制度自体ということの、制度の意味内容にもよりますけれども、先ほどの前提のようなもとで完全な金銭補償がつくられるとすれば、それは必要ではないか。しかし、それは企業の責任との関係で、先ほど小松参考人、日吉参考人からの御意見がありましたように、企業責任をぼかすような云々という問題は私はやはりあると思いますが、それはこの制度が、一方では無過失責任をつくっておいて、他方こちらで損害賠償措置という形でつくっているとすれば、一つの法制度の分業としては私はこれはあり得るだろうと思いますが、そのためには先ほど申し上げた前提が満たされていなければならないということでございます。したがって、現在ここに出てきているものは、その点から見てはなはだ遺憾であるというふうに思っているわけでございます。
#24
○参考人(小松義久君) 小平先生のほうからお尋ねになるのは、学説の対立、土壌汚染のことについての二点であったかと思うのです。
 学説の対立については、どこでどういうふうな論説があるのか十分わからないわけですが、たとえば裁判中に被告の証人として出られた金沢大学の武内教授が、これは専門者であるに違いないわけですけれども、しろうとである弁護士に太刀打ちができなくて、ぶざまな姿で、裁判長から、もうそれでいいじゃないかということばさえも出るような状況になられたわけですが、この中で、現地へ行ったことがないとか、それからたとえば神通川流域の両岸には、熊野川が右岸にあるわけですが、同じ状況の中で熊野川の右岸には患者も発生しないし土壌汚染もないとか、あるいはまた左岸においては、井田川寄り左岸においては土壌汚染もなければ患者も発生しないととかいう、それからなお武内教授の栄養障害説ということでお出しになる中でも、これらについても、全国平均からいって動物たん白が全国平均にやや劣るんでないだろうかという注釈がつくだけであるし、カドミなかりせばこうした患者が出ないんだという状況の中で、そうした、たとえば県立中央病院の村田先生もカドミと栄養障害、あるいは栄養障害ということについてウエートが大きいということを聞くと、患者さんが中央病院へいかなくなってくる。やはり患者の中で、そうした反対論がもしあると聞きますと、即座にその治療面とかでそういうお医者さんのところへ行かないというような状況になりますね。
 そういう中で、たとえば要観察が解除になったときに、要観がいままでどこの病院をどう歩いてもなおらなかった、ところが要観判定を受けてから、イタイイタイ病と同じ治療をすることによって全快の方向に向かうという、そういうことであれば、要観が大量解除になったのは四十五年ですが、解除になっても、自費を投じてでもイタイイタイ病の治療をしてもらわないと、昔から見てきた寝たら死ぬという恐怖にさらされるイタイイタイ病になるんだという、そのことが、やはり現地の患者の意識の中にあると思うんです。
 なお、先ほどちょっと触れましたように、武内教授が現地においでにならないということで、たとえば裁判の中でも、自分で何も研究されておらない、他の学者の学説を寄せて、そして医学評論家的なようなことを言っておられる人が、もし対立されるとすれば、そうであるだろうと思うわけです。そういうことで、たとえば学者がカドミを飲んでみてだいじょうぶだったということになれば、これは学者の良識に問題があるだろうと思うのですが、そういうことで、それ以上の詳しいことは十分わからないわけです。
 それから、土壌汚染については、大気からくる汚染と違って、水によって運ばれてくるということで、現在の二・五ヘクタールに一設点の細密調査では汚染の範囲というものは毛頭つかめないということが、昭和四十六年以降の土壌汚染の調査によって明らかになっております。そこで四十六年、四十七年と二年間にわたって第一に手がけをしたところから洗う。そうした中で調査をやって、先ほど言いましたように千二百三十ヘクタールの調査範囲の中で百六十ヘクタールが第一号相当地区とされたわけですが、これは一以上出ておるところですね。そういうことで、たとえば農家から保有米をいただいて分析すると、全然関係のないところで一が出る。関係ないというのは、土染に乗せた一号相当地以外のところの保有米なんですね。そうしますと、これまたこんな御批判を申し上げてたいへん恐縮ですが、この線に近いところでとれたものだとしてくれ、こういうことが行政の中で指導されるわけです。ここでとれた米を、この線のふちでとれたということを言ってくれ、そうすると少し線を太くすれば、その中に入ってしまうんだという、そういうようなことをされるわけです。
 そうした中で、単なる川一本はさんでこちらに汚染があって、こちらに汚染がない、同じ水で同じ土性であってこちらにないということは毛頭ないと思うのですが、そうしたことがいまなおあるということで、実は保有米というのは土染法に乗らないんだということで県のほうでおやりにならなかったわけですが、私のほうで自主的に全農家八百検体の保有米をいただいて、そしてこれを日本分析化学研究所のほうに依頼しまして、それまでというのは、逐次大学の先生方に依頼しているとかいう中では、県のほうにおいても、どこで分析したかわからぬじゃないかという形で反論があったわけですが、富山県では日本分析化学研究所で分析しておられるものですから、私のほうからも日本分析化学研究所へ委託しようということで、そこへ八百検体の保有米を出したわけなんですが、これはやはり富山県としても、日本分析化学研究所の分析には異議の申し入れはすることはできないということからか、それなりに認めます、しかし住民のおやりになったものは行政の上に乗っけるわけにはいかないという、そういうことで、いままで一回もやろうとされなかったのが、そうした住民の私どもで分析調査をしたあとぐりをもう一ぺん県でおやりになったということなんですね。
 そのことで明らかになりましたように、千二百三十ヘクタールの中で百六十ヘクタールの線引き外からも、人為的に汚染されたものが六四%も検出されておるわけです。したがって、いまの二・五ヘクタールの土防法による細密調査、そうして補充調査という形でされておりますが、こうした荒い目のものでは、大気汚染によるものであればそれ相当のものはつかめるかと思いますが、水によって運ばれてきた問題についてはとうていつかみにくいものがあると思うのです。したがって、現在のそうした線引きというのは、地図の上で見ますと、あばたのように飛んでおるわけですね。面でどうしてつながらないだろうかということなんですが、土壌中にあっても米に出なければそれでいいんだ、あるいはまた〇・九九以下のものであればこれはいいんだというような観点で、なかなか私どもの、面でつなげた人為的に汚染されたものについて全域を指定にするという点は、要するに、土染法に乗せていえば一号相当地という一以上出たものだけを指定していく、そうして二号相当地を設けていく中ででも、そうした保有米の分析調査であるとか私どもでやった立毛の調査、あるいはまた県でいままでおやりになったいろいろなデータをそろえながら、対策地域指定について十分そうしたことをやってくれということは要請しておりますが、なかなか、これは住民運動の独特なことばになるかもしれませんが、力関係にあるような感じがするわけですね。
 そういう意味で、ぜひとも水によって運ばれてきたこの汚染状況というものが、大気での円形をかいた汚染度とは違った状況であるということを、十分ひとつ行政の上からも御指導賜わって、それなりに私どももそうした土染で調査されることに対しても協力しながらもやってきておるわけですが、なかなか県においても、理解ができても、これを法を曲げていくということはできないんだというのが県の壁でないだろうかということを感ずるわけです。そういうことで、そうした住民での保有米調査なりあるいはまた立毛調査までやって、そして汚染状況の把握をみずからの手でやらないとなかなかでき上がってこないというのが現状でございますので、十分ひとつ御配慮のほどをお願いしたいと思います。
#25
○参考人(日吉文子君) ただいまの有明町の患者のその後のことでございますけれども、あの環境庁でシロと言われましたその後、有明町の助役は、たいへん安心したと。それから患者さんも、私も水俣病でなくてよかったと、そう言われております。でもその反面、その患者でなくてよかったと言うのには裏があるわけです。いつも水俣の地域でそうあったように、何回も申しますように、患者は押え込まれるという状態がずっとございました。水俣病が発生すれば魚は安く買いたたかれる。売れない。だから漁民をどうしてくれるという圧力もございます。もう一方では、水俣病になって補償をもらう。患者の苦しみはわからなくて、金のことだけになると、たとえそこに一万円隣の人が自分よりもよけいもらっても、その地域の住民というのは騒ぐわけでございます。そういう複雑な様相がございます。
 私もさっきちょっと申し上げましたように、ある教授は、これは病理学の解剖の教授でございまして、その人はいままでの自分の経験から、いままで病気でないと否定された人が、死んで解剖してみたら病気だったという例が幾つもある、と。一方の人は神経内科で臨床医学でございますので、その否定された死亡者についても結核だからというようなことでございましたが、そういういきさつがございましたが、ところが、解剖したらそうじゃございませんでした。たとえば、そこに来ておられますある患者の末梢神経と、それから、その死なれた人の末梢神経をたまたま私に依頼されて取らせてもらえないだろうかとおっしゃいまして、それで取らせてもらいました。さっき申しました半永さんという患者も取りましたが、そうしたところが、同じように病変があるということがはっきりわかりました。そういう経験を踏まえて、広く救済しなければあとで悔いを残す、そういう立場であろうと私は思います。
 いま有明町の現状は、ちょうど十五年前の水俣とそっくりでございます。それで、たとえば水俣で、水俣の地域のお医者さんたちは四十六年に茂道という部落を健康調査をしました。そのときに七〇%の人が健康調査を受けたけれども、その中には水俣病らしき人は一人もいないという結論でございました。ところが、現在茂道部落では六十七名かの認定患者を出しております。そういうことを考えますと、やはり広く救済しておってあやまちはない。だから、有明町の健康調査が全部終わるまで、疫学的な調査も終わるまで待ってほしいと言われたそのことと、あわてて対策を立てるそのこととは、どちらがいいのかということはおのずから先生方の判断を仰ぎたいと思います。
#26
○沓脱タケ子君 それではもう時間がありませんので、最後ですし簡単にお伺いをしたいと思います。
 先ほど小松参考人、日吉参考人もおっしゃっておられましたように、公害の四大判決の成果を十分生かす法案であってほしい、あるべきだ、あるいはまた日吉参考人がおっしゃったように、公害紛争を押える役割りを果たすというふうな法案になっておる、これはもうぐあいが悪いというふうに、たいへん不徹底な法案だという御意見が端的に出されておるわけです。確かにそういう不徹底さを私どもも率直に感じておるわけですが、そういう中で具体的な問題について若干お伺いをしておきたいと思いますのは、藤野参考人にお尋ねをしておきたいと思うのですが、現在の指定疾病が四疾病になっておりますが、四疾病にとどめていいかどうかという問題の御見解をひとつ伺っておきたいと思います。それからもう一つは、事の性格上、加害を受けた時期というのは、たとえば法律制定の時期と大きなズレがあるというのが現実の姿になっております。そういう点で、被害者が法律が制定をされるずっと以前から被害を受けているという状況の中で、当然その発症時という問題が一つの問題点になってこようと思うのです。そういう発症時の問題というふうなことの判定等、これはたいへんむずかしい問題だと思うのですけれども、そういった点についての御見解をお伺いを申し上げたい。
 それから淡路参考人に、たいへん基本的な御見解をお伺いしたわけですが、そういった基本的な御見解からいたしますと、お尋ねを申し上げるまでもないのでございますけれども、具体的な問題でお伺いをしたいと思いますのは、いま藤野参考人にも御意見をお伺いをいたしましたように、発症時という問題が一つの焦点になってこようと思いますので、そういった点で、法律制定以前に被害者でたとえば死んでおる、あるいは被害を受けておるというふうな人たちに対する法律適用のさかのぼりの問題について、これは法律上無理があろうということについては理解できないわけじゃないですけれども、特質的なこういった事態についての御見解はどういうふうにお考えになっておられるか、あるいは具体化できる何か問題点はなかろうか、具体策がなかろうかというふうなこと。それから、もう一つは、淡路参考人が、完全補償をするべきだという御見解の中で明らかなんでございますが、被害者が、たとえば大気汚染の場合ですと、その汚染地域に住んでおると被害がよくならないとおっしゃったように、環境が原状回復していないわけですから当然よくならない。しかし地域を移転いたしますと、これは症状がなくなる。肺気腫あたりになればこれは転地してもなおりませんけれども、その他の疾病ですと、転地をするということになりますと病状が軽快ないしはなおるわけですね。そういう状況の中から、かなり移転という事態が起こってきているわけです。ところが、移転補償等については全然出ていないというふうなことがございますので、そういった点についてはどうだろうかという点です。
 それから助川参考人に、これは自治体の立場で端的にお伺いをしたいのですが、患者等の要求の中で、先ほど藤野参考人にもお尋ねをいたしましたが、指定四疾病以外の要求というのは具体的に出ているのか、いないのかという点、これは実情をお伺いをしたい。それからもう一つは、私ども非常に頭を痛めておるのは、先ほどからもたいへん御意見が出ておりますように、地域指定の問題でございますけれども、地域指定の権限を政府が握っておるという状況の中で、いま国の指定地域と地方自治体の指定地域というふうな二種類に分かれているという現状がございます。そういう中で、具体的に被害者を救済するという立場から見ますと、これは指定権限を一番具体的に実情がよくわかっておる自治体が持つべきではないかというふうなことも考えられるわけです。そこで、自治体で具体的に行政に携わっておられるお立場から、そういった点の御見解、これをお伺いをしておきたいというふうに思うわけです。
 それから最後に小松参考人、日吉参考人に御意見を出していただきたいと思いますのは、実はこの法案に児童手当という項目が出ておるわけですが、これはどういうふうに政令で具体化されるかというのはよくわからないわけですが、皆さん方のほうでたいへん御苦労なさった協定あるいは判決、そういった中で子供の被害補償について、逸失利益あるいは慰謝料その他について、どういうふうな立場で補償が決定をされているかという実情、現状についてお伺いをいたしたいと思います。
#27
○参考人(藤野敏行君) いまお尋ねの点は二点だと思いますが、簡単に申しますと、まずあとのほうを申したいと思いますが、現在の医療救済制度、今度の法案でも先ほど申しましたように疾病と居住歴と地域ということになりますが、疾病の問題で、各地域の疫学的調査でも、慢性気管支炎等は、大体三年の居住歴とそれ以外では統計学的な差が出ております。しかしながら、ぜんそくの場合は、現行では三年でございますけれども、一年で差が出ているわけです。言いかえますと、いまの汚染地域へそうでない地域から居住が変わってまいりますと、三年という期間ではなくてもっと短期間で気管支ぜんそくが多発しているということですので、こういう意味から、現在の四つの疾病の中でも、気管支ぜんそくとかあるいはぜんそく性気管支炎というような問題は、三年の居住歴という線は検討を要すると思います。
 それから最初に御質問なさいました指定疾病の問題ですけれども、これは従来から各地域の審査会の者が集まりましても、他の疾病も、大気汚染に関係して多発していると思われる疾病をもっと入れるべきじゃないかという意見かございます。それで大気汚染系疾病研究会というのが環境庁の中にあったり、あるいはうちにもございますが、そういうところで問題になりますのは、目とかあるいは耳鼻科的な疾病、こういうものを指定疾病の中へ入れてはどうかという意見がございます。私のほうで従来から調査しておりましても、いわゆる前眼部疾患と大きく分けますが、結膜炎とかそういう目の疾病は、統計的な有意の差でいわゆる大気汚染の濃度のきつい地域では多発しております。そのことが問題になって、研究会でも、入れてはどうだろうかという意見が出たわけでございますが、現在の四つの疾病が、個々の患者についての大気汚染によって発生したという点については非常に困難であるということは、先ほどたびたび申しておりますだけに、目とか鼻の疾患をいま直ちに入れるのは時期尚早ではないかという一般的な意見です。しかし、私どもが見ておりまして、たとえ短期間になおるといっても、そういう患者は多発しているわけですから、この区別は全くできないかと思いますが、大気汚染によって発生する患者を広く救済するという本旨からいけば、状況によってさらにそういう疾病も繰り入れていくという考慮も必要かと思います。以上です。
#28
○参考人(淡路剛久君) 時間がございませんので、ごく簡単に申し上げたいと思います。
 第一点目の法律適用の遡及の問題でございますが、この場合には、遡及させるということに関しては全く問題はございません。不遡及、法律を遡及させないということか問題になるのは、適用される相手方に不利益が及ぶ場合であります。しかし、そのような場合ですら、たとえば昨今の無過失責任法をつくる際にもそのことは問題になったわけですか、あの法律をつくったときにも、遡及して適用すべきではないかという考え方は学界の中でもかなり強かったわけであります。今度の場合には、全くそういうことは問題になりません。利益を受けるだけの話ですから、遡及させてあたりまえであろう。そこにもし問題があるとすれば、もっぱらそれは費用の問題と、それからあと技術的な認定の問題でしかないのではないか。法律的に不遡及ということは全く問題にならないという点が第一点目であります。
 第二点目の移転の問題でございますが、移転といっても、それは工場の移転ならば別ですが、先ほどの御質問は住民が移転するということだったのですが、住民の移転ということはこれもまた私は全く問題にならない、問題にすべきではないであろうというわけであります。もし住民が移転をしなければならないとするならば、それは、われわれもうどこもかしこも住むところないわけでありまして、住民が移転するのではなくて、環境を改善していくということが原則であり、それが最後まで貫かれなければならないわけです。それでも希望した人の移転をどうするか、自分だけは移転したいという人をどうするかという問題はあると思いますが、その点は他の制度、たとえば公害防止事業だとか公害防止計画といった中で考えられていっていると思いますが、少なくともこの制度では、全くその点は問題にすべきではないというふうに思っております。
#29
○参考人(助川信彦君) 第一点は、先ほども申し上げましたように耳鼻料あるいは眼科の疾患、それから公害病の続発症以外に、合併痴というようなものに対する要望が患者の会あたりから出ております。ところが、眼・耳鼻の疾患というのはなかなか専門医が乏しゅうございます。したがって公害専門病院のようなものがほしい、そういう意見が出ております。
 第二点は、公害防止の権限は、これはやはり自治体の首長が持つべきであると存じます。しかし、国との連携あるいは地域の隣接地帯の自治体との連携ということが大切でございましょう。それらの点について十分配慮もし、また、なるべくならば一つの基準のもとに行なわれるべきものであろうと思います。東京都におきましては、乳幼児だけを東京都独自の措置として公害病の救済をいたしております。こうしたアンバランスというのはどこかで是正しなければならぬ、こういうふうに思います。
#30
○参考人(小松義久君) イタイイタイ病の関係のほうでは、御案内かと思うのですが、要するに、私のほうの被害地で生まれて被害地でとつぐ。そうすると三十数歳になっての患者発生である、あるいはまた、ほかからお嫁においでになって、たとえば二十でおいでになれば五十過ぎになって患者発生であるということで、金沢大学の諸先生方も、三十年という微量蓄積の年月の中で患者が発生するということを言われております。事実上そういうようでございますが、そういう中ではやはり相続人もちゃんとできている。そういうことで、そういう患者からいいますと孫になるわけですね、児童手当ということになりますと。そういう意味では痛切に感じてはおりません。
 しかし、富山県というのは、要するに公害デパート県とさえも言われております。昭和四十四年だったかと思うのですが、外国の新聞記者の方が環境庁を訪れて、もろもろの公害を研究したいのだということをおっしゃったら、富山県へ行ってみたほうが何でもあるだろうということをおっしゃったのでということで、私をたずねておいでになったことがあるのですが、それにあらわれておりますように、要するに、火電の公害であるとかもろもろのそうした大気汚染公害という、まさに死の墓場と申しますか、そうしたことが富山県の北部地帯にあります。コンビナート公害というような状況になりかねないような状況が現在出てきております。
 そういう中で、先ほど諸先生方のおっしゃったような、地域指定より百メートル離れたところで先月も一人なくなっておるのですが、これらについてもどうすることもできないような状況になっております。そういうことで、大気汚染にかかわる疾患というのは、老若男女を問わずくるわけでございますので、これらについては児童そのものがボンベをかついで学校へ行っておる者もありますし、それから両親が働く能力さえも失われているというような者がございますので、やはりこうしたことそのものがなくならなければならないわけですが、現在時点のあるものについては、ケースによって違ったところがございましょうけれども、疑わしきものは全部救っていくという中で、こうしたことも十分取り入れていかれたほうがよろしいかと思います。
#31
○参考人(日吉文子君) 水俣の場合は、全くおとなと同じでございます。千八百万円の慰謝料と年金六万円、介護手当も二万円、おむつ手当一万円というふうになっております。
#32
○委員長(森中守義君) ちょっと私から藤野参考人と淡路参考人にお尋ねします。
 藤野参考人にお尋ねいたしますが、認定機能、審査機能の問題ですが、今度新たに法律学者であるとか、だいぶワクが広げられた。そこで、医学者ですね、そういう専門家以外の人をはたして参加せしめる意義があるのかないのか。何といっても患者の認定ですからね。その辺をどのようにお考えであるか。それと審査基準というのはもちろん法定基準にないわけです。これを一体将来の問題、過去の経験を踏まえましてやはり法定基準に置きかえる必要があるかないか。それと、たとえば水俣等の場合、約二千人近い人が申請が行なわれている。どうも認定業務がきわめて渋滞している。これを促進するにはどうしたらいいのかということをどのようにお考えになっておられるか、伺いたい。
 それから淡路参考人にお尋ねしたいと思いますが、今度の補償法は、一面補償であって、少なくとも環境の復元補償というものは全然ないんですね。そういう意味では、この法案それ自体がずいぶん欠陥法案という感じを私はしておるわけです。したがって法案のスタイル及び内容からいきまして、健康被害を補償するというにとどまったこの法案をどういったようにお考えになるか。要するに一面補償である。健康補償だけしか含めていないんですね。それが一つ。
 さっき陳述の中できわめて重大な指摘がありましたのは、一方で公害の発生を許容し、一方ではこれが歯どめをしようという、まことに相矛盾したものがある、こういう御指摘でしたが、全く私もそのとおりだと思う。
 そこで、多少理屈を申し上げるならば、在来の成長率が七・二%、ことしの二月新たに設定をされた経済基本計画では九・四%、総理の言われる列島改造論では一〇%。かなりこれからの経済の成長率が高まっていく。そうなれば未来産業、将来産業の中に全く公害が予測されないという保障はどこにもない。こうなりますと、おのずから産業選択の問題がどうしても吟味されざるを得ない。こういうようなことを考えていけば、相当高率に成長が高まっていく日本産業に、どういったように公害対策をしていったほうがいいのか。ただ概念的には、在来の企業優先あるいは企業の優位性というものからいささかの変革は伴っていますけれども、いま政府の考えているところでは、生産性を低めたくない、しかし公害は困るんだ、こういう混迷が政策展開の中にあるんですね。これを一体どういったようにしていくべきなのか。非常に私はこの点が当公害委員会としても重要な問題だと思っております。
 元来、この委員会の発足の趣旨というものは、あと始末ということで出発をしたような状態になっている。将来の見通しとしては、むしろ将来に公害を発生せしめないような、公害の予防のための委員会でなければならぬ。これが本来あるべき姿だというように思っているのですが、たいへん時間がありませんので、概略以上のことを両参考人から承っておきたいと思います。
#33
○参考人(藤野敏行君) 御承知のように、現在の公害認定の制度は医療救済だけで、十名以内の委員で疾病の認定だけをやっておりますけれども、この法案ができますと、十五人の審査委員で、医学関係者以外法律学者その他を含むことに一応なっております。
 私ども、四日市の医師会から現在委員に出ている人と話しておる中で、これから実際この法案ができた場合に、今度の新しい認定制度の委員の方はたいへんな問題を背負い込むんだと。これは地域によっていろいろ意見もあるかと思いますが、医師会関係では、患者の認定はできるけれども、Aの患者に幾ら補償するか、Bの患者に幾ら補償するかというようなことは、実際問題としてこれはできる問題だろうかという意見が出ております。
 と申しますのは、それをどこでチェックするかということですが、医師にかかっている回数というのは非常に簡単に割り切れる問題ではありますけれども、現在のように、何回医師にかかれば幾ら手当がもらえる、何回であれば幾らという回数によって差が出ております。これも詳しくいろいろ実情を申し上げる時間がございません。簡単に申しますと、たとえば何日以内であれば幾らである、もう一ぺん行けば幾らもらえるというようなことが、裏の問題として現実にあるわけです。そうすると、実際に困っておって、たびたび行きたいのだけれども行くのはえらい、だから月に二、三回しか行かない人もある半面、比較的元気で三日に一ぺんずつお医者さんのところへ行くという方もあるわけです。そうしますと、三日に一ぺんずつ行けば月に十回行っている。片方の方は月に二、三回しか行かない。そうすると月に二、三回しか行かない人は通院手当は少ないというような問題等もありまして、そういう医療請求の面からだけでもしランキングをつけるとすれば、ランキングをつけるということはこれは割り切り方としては簡単ですけれども、実情に合わない問題が起こってくる。
 それで、まだ十分検討はしておりませんけれども、この法案の委員会でわれわれが検討しましたときにも、こういう文章としてはすっと出てきますけれども、実際行なう上にどういう形で、ランクづけをもしするとすれば、すればいいだろうかというところで、まだ私自身も何ともお答えできるところまで詰めておりません。しかし、一番当初申しましたように、これは患者さんにとっては非常に重要な問題ですし、また、この制度が発足して委員会のあり方を問われる上でも非常に重要な問題でありますので、この新しい審査委員会のあり方ということが、この法案をほんとうのいいほうへ持っていけるか、あるいは法案ができたけれども、患者さんにとって好ましい形でないという方向に運営されてしまうか、重要なポイントだと思います。
 なお、現在でも各地域の、これは医療救済だけの問題ですけれども、各審査委員会の現状を横の連絡をとってみますと、国の法案としては一本ですけれども、各地域によって認定のしかたというのは若干違いがあるわけです。これは、ある地域では、いろいろな諸検査をやる施設がその地域に備わっていない。要するに疾病が、たとえば医師が慢性気管支炎とつければ、もうその診断書で全部フリーパスという形のところもありますし、ある地域では、その患者さんが実際どういう状態だろうかということで、保健婦その他を通じて患者の実態も十分調査された資料をつけて審査をやっておられる地域もあります。四日市の場合を例にとりますと、医師の診断書、それから審査会の間、絶えず医師と連絡する、それから患者の診療状態のレセプトは全部審査会へ出てまいりますから、そういうものを総合して審査をやっておりますけれども、非常に数の多いところでは、とてもそこまで手が回らないというところもございまして、現在でも若干問題がある上に、この制度で、しかも補償費にランクをつけるということを、だれがどの程度までできるのだろうかということについては、私非常にむずかしい問題だと思っております。
#34
○参考人(淡路剛久君) 二点あったと思いますが、第一点目の、本法案というのは一面補償であり、しかも非常な欠陥法案ではないかという御指摘でございますが、全く私も同感でございまして、そういうことを先ほどから申し上げてきたわけであります。本法案というのは、外在的にも内在的にも非常に欠陥が多い法案であるということであります。この法案を通されるか通されないかは諸先生方がおきめになることですが、かりに通される場合にも、最低限いままで問題にされてきた制度内在的な問題は極力それを改めて、患者の完全救済というものを実現していけるようなものにしていただきたいということが、第一点目でございます。
 第二点目の御質問は、たいへんこれはむずかしい問題で、私は法律学が専攻でありまして経済学的なことはよくわかりませんが、ですから経済成長をどうするかといった問題についてはお答えできません。ただ、少なくとも言えますことは、現在全国各地で起こっています住民運動、この中には公害の予防闘争的なものが非常に多いわけですが、そういった住民運動に、行政なり開発を進める側が謙虚に耳を傾け、そしてそれに対して、住民側の疑問に対して逐一徹底的に答えていくという姿勢をとるならば、おのずから成長率というのは下がってこざるを得ないのではないかということであります。住民の疑問をすべて切り捨てていくという形をとるならば、そういうことをやる場合には、常に伊達で見られたような機動隊が出てくるといったようなことも起こるわけですが、そういう形で民主主義というものを圧殺するということではなく、そういう形をとらない、そして住民の疑問に徹底的に答えていくという姿勢をとるならば、問題はおのずから解決されていくのではないかという楽観主義が一つあります。
 もう一つは、しかしそれはそういう形をやりましても、私は法律のほうなんで、すべてそれは法律外の現象として出てくるわけです。法治行政のもとで、すべて世の中の仕組みが法外の現象として動いていくというのは、奇妙といえば奇妙、正常といえば正常かもわかりませんが、法律が現在のような状態である限りそれは正常と言えるのかもわかりませんが、もう少しそれを法律学の領域に引きつけて考えてみますと、今後の企業増設、企業立地、そういったものにあたっては、住民の意思というものを法律の中に一つの権利として定着させていくということをとられたらどうかというふうに思うわけであります。
 たとえば現在の公有水面埋立法案であるとか電源周辺地域の整備法案、こういったもの、後者についてはこれはまるで住民の同意といったようなことは問題にしていない。ただ地域に若干の金を落とせばいいのではないか、そういう発想でできております。前者の公有水面埋立法案なども、これは住民の同意というのは若干入れておりますが、全然権利としては認められていない不徹底なものであります。こういった新しい法案の中で、あるいは既存の法律の中で、新しい企業立地にあたっては住民の同意というものを権利としてそれを認めていくという形をとるならば、これもまた現在の経済成長の問題というものもおのずから解決されるのではないか。これは私の立場からのことで、経済学者は経済学者の立場から何%といった数字を出すかもわかりません。あるいは先生方は先生方で、また何か別の立場から一つの政策的な判断をお出しになるかもわかりませんが、少なくとも私のいままで経験したり、あるいは若干読んだりした範囲では、そういうことも一つのチェック機構になり得るだろうということを申し上げておきたいと思います。
#35
○委員長(森中守義君) もう一つ大事なことを忘れておりましたが、いまの現行法ですね、刑法、民法、行政法、それぞれ企業に対するある種の規制、罰則というものが加えられております。これはいずれも軽量過ぎて、こういう程度のものではたして環境保全がはかられるかどうか、かなり私は疑問を持っているのですが、そういう意味ではどういうお考えでしょうか。
#36
○参考人(淡路剛久君) よく刑法的なことを私聞かれますが、私、民法でございまして、あまり刑法のことはわかりませんが、どういうようにお答えしたらよろしいでしょうか、つまり……。
#37
○委員長(森中守義君) 軽過ぎるということですね。
#38
○参考人(淡路剛久君) 全くそうだと思います。同感でありますけれども、刑法も軽いし、行政も軽いし、行政的なつまりサンクション、行政命令の発動のしかたも軽いし、法律も軽いわけですね。法律での規制のしかた、出てくる法律がみな軽いわけです。ですから、刑法にすべてをかぶせることはできない。ただ、刑法のいままでのやり方が非常に軽いということは、御指摘のとおりだと思います。
#39
○委員長(森中守義君) 他に御発言もなければ、以上をもちまして参考人に対する質疑は終了することといたします。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 参考人各位には長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただき、ありがとうございました。これよりそれぞれの立場におかれて一そう公害絶滅のために御健闘をいただきたいと思います。また、本委員会の使命達成のためにも御協力をいただきたいと思います。
 たいへんありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時二十六分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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