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1972/09/14 第71回国会 参議院 参議院会議録情報 第071回国会 災害対策特別委員会 第14号
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1972/09/14 第71回国会 参議院

参議院会議録情報 第071回国会 災害対策特別委員会 第14号

#1
第071回国会 災害対策特別委員会 第14号
昭和四十八年九月十四日(金曜日)
   午後一時二十二分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 九月十三日
    辞任         補欠選任
     成瀬 幡治君     松本 英一君
     中村 英男君     戸田 菊雄君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         秋山 長造君
    理 事
                古賀雷四郎君
                上林繁次郎君
    委 員
                梶木 又三君
                柴立 芳文君
                濱田 幸雄君
                八木 一郎君
                戸田 菊雄君
                宮崎 正義君
                星野  力君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        村田 育二君
   参考人
       東京都立大学人
       文学部教授    詫摩 武俊君
       東京大学工学部
       助教授      伊藤  滋君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○災害対策樹立に関する調査
 (地震対策に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(秋山長造君) ただいまから災害対策特別委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨十三日、成瀬幡治君及び中村英男君が委員を辞任せられ、その補欠として松本英一君及び戸田菊雄君がそれぞれ選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(秋山長造君) 災害対策樹立に関する調査を議題とし、地震対策に関する件について調査を行ないます。
 本日は参考人として東京都立大学人文学部教授詫摩武俊君及び東京大学工学部助教授伊藤滋君の御出席を願っておりますので、これより参考人の方々から御意見を承ることにいたします。
 この際、参考人の方に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は御多忙中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。地震対策につきましては各方面に広く関心を持たれ、その対策を要望されておりますことは御承知のとおりであります。本委員会におきましてもこの機会に参考人の方から忌憚のない御所見等をお伺いし、地震対策の参考に供したいと存じますので、よろしくお願いいたします。
 なお、議事の進め方といたしましては、初めに参考人から御意見を述べていただき、引き続いて委員の質疑にお答えいただくことにいたします。
 それでは詫摩参考人からお願いいたします。
#4
○参考人(詫摩武俊君) 初めまして。東京都立大学で応用心理学の講座を担当しております詫摩と申します。本日はただいまから、初めに災害とはどういうことであるかということについて前置き風に述べまして、次に五つの項目に分けまして、つまり実際の地震の状況、第二には大都市の地下街における地震の想定についての問題、それから第三には交通の問題、第四には避難行動についての問題、それから第五番目といたしまして、われわれの心理学の立場から地震に対してどのような対策を立てていったらよろしいのかというようなことについて順次申し上げていきたいと思っております。何か御参考になることが申し上げられればたいへん幸いに思います。
 災害ということでございますが、天災とか戦争、事故などによって受ける災いのことを一般に災害と申します。で、災害の原因は多様であり複雑でありますが、これを主として環境の条件によるものと人の条件に由来するものとに大別することができます。環境条件の内容もいろいろでありまして、地震、津波、落雷、台風、暑熱――暑いことですね、寒冷、洪水、たつまきなどのような自然条件の変化によるものから職場の不完全な設備や安全対策に基づくものまで各種の要因が考えられます。人の条件についても同様でありまして、疲労度、熟練度、知識の不足、職場の人間関係など多くの要因があります。しかし、わが国で災害と言った場合最も連想されやすいのは地震であります。火山の多いわが国は世界でも有数の地震頻発国であり、これの予知、予測は現段階ではまだ困難であります。洪水や津波は豪雨や地震があった後のいわば第二次的な被害でありますし、事前にある程度の対策を立てることが可能であります。また落雷やたつまきは不意に訪れますが、その被害は比較的局地的であります。これに対しまして地震は文字どおり突発的に、しかもかなり広い地域を襲い、家屋の倒壊、道路や堤防の決壊などの第一次的な被害のほかに、火災、爆発、交通の混乱、食糧の不足、伝染病の発生、流言の横行など二次的、三次的な被害を多くの人に及ばすわけであります。自分の立っている大地がゆれるというのは大きな不安感を与えるものであります。日本人でもってあの地震のときの一種独特の緊迫感と不安感を経験したことのない者はいないことだと思います。日本人の多くが災害と言うと地震を連想するのには以上のように十分な根拠のあることなのであろうと思います。従来地震につきましてはいろいろな角度から研究がなされてまいりました。地震そのものの研究のほかに建築学や都市工学の観点からも多くの業績が報告されております。しかし地震に直面した人がとっさにどういう反応をするか、どういうふうな感情的な体験を持つか、また心身に深い衝撃を受けた人が地震のあとでどんな異常を訴えるかというようなことを中心にした心理学的な研究というのは決して多くはないのであります。地震と心理学と言うとあるいは奇異な感じをお持ちになる方もあるかと存じますが、結局その地震の被害を受けるのは人間であります。心理学は人間の行動の研究をする学問でありますので、地震のときに人がどのような行動をするかということはやはり心理学の一つの大きな問題であろうかと思います。
 以上のような角度から、私どもが直接に地震の被害を受けた地域を調査し、あるいは地震の予想されるところにおきまして調査いたしました資料をもとにいたしまして、次に五つの項目に分けて申し上げていきたいと思っております。
 第一に、実際の地震の状況について申し上げます。これは私自身が現地に参りまして、直接そこに滞在して被害を受けた人々から聞いた資料をもとにしたことであります。少し以前になりますけれども、昭和四十三年の二月二十一日、午前八時五十一分でありますが、宮崎県のえびの町を中心にした地方に震度五を記録する強い地震がございました。午前十時四十五分、約二時間後でありますが、震度六の地震が再び襲い、その地域の名前をとりましてえびの地震と名づけられました。えびの町と申しますのは、宮崎県の南のほうにある町でありまして、鹿児島県の吉松町につながっております。このあたりは平和で静かな農村地帯であります。この地震の当日は南九州には珍しく雪が降りまして、人々は一日の休養を予想して掘りごたつの中で朝食をとり、テレビを見、新聞を読んでおりました。子供たちは学校で第一時間目の授業の始まりを待っていた時刻であります。そこに震度五、二時間おいて震度六の地震がきたわけであります。震源の深さはごく浅く、地震の規模はマグニチュード六・一といわれております。そのときの様子を現地の人々に聞きますと、地面の下を雷が走るようなおそろしい音が突っ走り、地面が盛り上がり、至るところが裂け、石が倒れ、土べいがくずれ、戸障子は弓なりになって、次の瞬間にははずれて家の中を飛び、壁はくずれ、畳ははじき上がり、たんすから洋服だんすまでひっくり返るというようなありさまでありました。ゆれ方は、震源が真下の比較的浅いところであったために、いきなり上下動、続いて横ゆれと続いて、上下動のすさまじさは、体験者によりますと、丸太ん棒でおしりを突き上げられるようなショックであったと申します。このあたりはいわゆるシラス土壌地帯でありまして、非常に軟弱な土壌であります。家屋の倒壊は約一千戸になりました。そのゆれ方の激しさに関しましては、おそらく日本で経験された最も激しいものではなかったかと想像されます。こたつにすわっていた母親は、そばにいた子供の手をつかもうとしても腰が定まらず、お互いにゆれていて手をつかむことができなかったといいます。庭にいた者はあおむけに倒れ、腰をかがめていた者はうつぶせに足をすくわれて倒れてしまったということであります。敏捷なはずのネコも逃げることができなくて、床の上に手足を伸ばしたまま伏せてしまい、鳥がけたたましく鳴き声を発して空に飛び立ったということであります。この世の終わりである、地球がどうかなってしまったのではないか、自分の下の地面が爆発して吹っ飛んでしまうのではないかというような表現が少しの誇張もなく伝えられております。
 この地震発生後一カ月余りのときに私どもは調査におもむきました。被災者たちは余震におびえて家の中で寝ずに、庭にビニールでつくったテント小屋のようなものをつくり、夜はそこで眠っておりました。調査は約五百人についてのアンケート方式による調査と、そのほかに個人面接、それから座談会形式による集団面接を行ないました。その結果の中からおもなものを個条書きにして十項目ぐらい拾って申し上げます。第一に、震動のときに生命の危険を感じた者は七五・六%に達します。どの程度あわてたかという問いに対して、非常にあわてたというのは六一・一%になります。一般に男子よりも女子のほうに危険感やあわて方は強く、また家の損壊の程度の強いものほど危険感やあわて方は大きくなっております。第二に、大ゆれにゆれている間のとっさの反応として何をしたかということを聞きますと、外に出たという者が最も多く、三八・九%、火の始末をしたという者が一一・二%、わずか一一・二%であります。あわてるだけで何もできなかったという者が一四・〇%、じっと待ったという者が一二・一%で、大部分の者はぼう然として何もできなかったという実情であったかと思います。第三に、同じくとっさの反応でも、少し間をおいて大ゆれのおさまったあとの時点で何をしたかと尋ねますと、避難をしたというのが二三・五%、火の始末をしたというのが一八・〇%、何もできなかったというのが八・八%、外から家の中に入った、これは一度避難してうちの中に戻ってきたというのが七%、情報交換や被害状況を見たというのが七・五%となっております。第四番目に、家がこわれるときに家の中にいた者が被調査者の約三五%になりますが、その人たちについて逃げる余裕があったかと尋ねますと、十分逃げられたという者が一九・五%、やっと逃げられたという者が四四・〇%で、とても逃げられなかったという者が二七・七%になります。それにもかかわらず、この地域におきましては、圧死者、つまり家がつぶれて死んだという者はほとんどいなかったのであります。ということは、木造家屋に関する限り――この地域はほとんど木造家屋でありますが、木造家屋に関する限り家がつぶれて死ぬということはまずない。家がゆれてからくずれるまでにはかなりの時間があるんだ、実際問題として、逃げられなかったと言いながら、結局は逃げているのでありまして、木造家屋というものは比較的地震に対して強いものであるということが言えるかと思います。第五番目に、この日は雪が降っておりましたので火を使っていた者が多かったのであります。火を使っていた者だけについて消火の状況を聞きますと、やっと火元に行って消した者と、とっさに消した者とを合わせまして四五%になります。それから大ゆれのあとで消したという者が三二%であります。で、四五%と三二%を足しまして、一〇〇から引きますと、残りの二三%というのは火を消していないということになります。それにもかかわらず、同時多発火災にならなかったのは、この地域はほとんどが掘りごたつを使っていたからであって、家がくずれましても、じょうぶなやぐらがあって火を保護したためと考えられます。したがって、都会地の冬、石油ストーブを使っているときに地震があったらどうであるかということを考えますと、まことに背筋が寒くなるものを感じます。第六番目に、年齢の上の者ほどとっさに消火する者が多い、若い層ほどあとで消す者が多いということがございます。これは火のこわさということを年配者ほどよく知っているためと考えられます。七番目に、地震の際に常備しておくべきものについては、貴重品、衣類などをあげ、次に照明具をあげております。このえびの地震の場合は電灯の回復は非常に早かったのでありますが、それにもかかわらず約半数が照明具の必要性をあげておりますのは、用意がなかったということを示すとともに、暗やみというものがどんなに不安をつくるかということを物語っております。このほか食料品、重要書類、薬品、日用品なども避難用品の中に入れなければならないということを体験から述べておりました。八番目に、以上のことと関連して、地震のあとなくて困ったものは何ですかということを尋ねますと、第一は飲み水――飲料水であって、八〇%がこれをあげております。二番目は食糧で五六%。農村地帯ですらこのような状態であります。したがって、大都市の場合には想像に余るものがあると思います。次いで照明具がなくて困ったが三五%、寝るところ三〇%、燃料が一五%、衣類が一二%となっております。その次にほしいというのは物ではなくて地震情報であります。余震がどのくらいあるのか、被害の規模はどの程度であったかを切実に知りたいと思っていたようであります。
 話の本筋から少しはずれますけれども、このえびの地震とちょうど同じ時期に静岡県で、金嬉老という人がライフル銃を持ってどこでしたかに立てこもったという事件がございました。当時の新聞、テレビはその報道のほうに多くのスペースをさきまして、えびの地震のことはあまり伝わってなかったわけであります。被災者たちはラジオをひねったりしまして何か自分の地域についての情報があるかということを期待したそうでありますが、報道されるのはライフル銃の事件だけであってたいへん失望したということを物語っておりました。これは余談でございます。それから九番目に、デマに類する話を聞いた者がどのくらいかと申しますと、それは七四%にも達します。そのデマを聞いた時点というのは、地震が一応おさまった二、三日以降が多いようであります。内容としましては、これからどんなことが起こるのかわからないという想像、たとえば噴火があるんじゃないか、それからこの辺が陥没するのではないか、それから爆発するのではないかというふうなものが大部分で、これに何らかの前ぶれ的な現象、たとえば井戸の中から硫黄のにおいがした、どこそこの田んぼから白い砂が吹き上げた、これが噴火あるいは爆発の前兆であるといったようなことがまことしやかに伝えられたわけであります。それから十番目に、身体障害についてどうであったかということでありますが、地震直後で頭痛を訴える者が五〇%、不眠を訴える者が四五%、いらいらとした気分であるというのが四四%でありまして、多くの人がからだの不調を訴えております。一カ月余り経過したあとであっても頭痛を訴える者はやはり三〇%、寝られないという者が二三%で、女性の中には生理の不順をあげた者もかなりおりました。
 以上が宮崎県のえびの町を中心にして生じたえびの地震についての実際の調査であります。この地域は純粋の農村でありまして、家と家との間隔の広い、避難場所のたくさんあるところでありますが、このような地域におきましても以上のようなことであります。まして東京、大阪のような過密都市においての地震ということになりますと、それにさらに多くの混乱が加わってくるということが予想されるわけであります。
 次に、すなわち第二番目に、大都市の地下街における地震を想定しまして、そういうときに人はどうするであろうかということについての調査であります。いま述べましたえびの地震は静かな農村を襲った地震であります。消火に対する態度とか、避難行動とか、デマの横行とか、からだの不調とか、いろいろと地震体験についての貴重な資料をここから得ることができたわけでありますが、人口が少なく、過疎地の農村地帯と、それから人口が過密で交通機関が複雑に交錯し、上部にも地下にも建物が発達している大都市に地震が起きたときとではその様子は非常に違ったものであろうと考えられます。大都市には最近大きな地震は発生していないのでありますが、一度地震があると人の多く集まる場所では相当の混乱が予想されます。
 次に申し上げますのは、東京の新宿、池袋、銀座などの地下繁華街にいる人たちに、地震が起きたらどうなるだろうかということを尋ねたものであります。調査を行ないましたのは昭和四十二年の六月でありまして、約三千八百五十人の人から資料を得ました。おもな点を個条書きにして申し上げますと次のようになります。第一に、もし関東大地震程度の大地震が起こったとしたら現在の駅周辺の地下街は安全と思うかどうかについて聞いてみますと、約四六%はたいへん危険であると答えます。二五%はやや危険だと言っております。絶対に安全だという人は二ないし五%にすぎません。これはいずれもその場所が客観的に、つまり都市工学的にあるいは建築学的に安全かどうかという問題ではなく、その繁華街に店を開きあるいはそこを常時通行している人たちの主観的な判断であります。つまり非常に危険だと思っている人が多いということであります。第二に、地震発生時における地下街の危険として具体的にどんなことを考えているのかを尋ねてみました。その結果として次のようなことが生ずる可能性が高いと答えたわけであります。順に申し上げますと、停電で大混乱になるだろうという予測を持つ者が六四%、天井や壁が落ちけがをする、これが六一%、群衆に押しつぶされる五〇%、火事で煙に巻かれる三九%、逃げ場がわからず逃げおくれる三五%、ガス漏れによる爆発や窒息二九%、くずれて生き埋めになってしまう、これも二九%、水が漏れて水浸しになる一四%というふうなことでありまして、このうち火災の危険、群衆につぶされるかもしれないという危険、逃げおくれる危険というのは男子よりも女子に多く、年配者は停電の危険を感じております。三番目に、大地震が地下街で発生したときに無事に逃げられると思いますかという質問に対して、逃げられると答えた人は一五%程度であります。六〇%の人は逃げられないだろうと悲観的に考えております。当然のことでありますが、女子よりも男子、地下街をあまり利用しない人よりもよく利用する人のほうが避難の可能性を高く考えております。第四番目に、地下街で地震にあった場合を想定しまして、そのとき自分はどんな行動をとるだろうかと予測してもらいました。その結果は大きく三つに分けられます。その第一は、もよりの階段とかもとの出口とか電車のホームなどに人をかき分けてでも逃げるというものでありまして、これをかりに猪突猛進組といたしますと、これが約四〇%。次が、その場の様子を見るというのが三五%。これは冷静組とでも名づけることができるかと思います。第三がみんなのあとをついて逃げ回るという者であって、右往左往組とでも言えるかと思いますが、これが約二〇%であります。男子には冷静組、女子には右往左往組が多いのであります。年齢的には年配者に冷静な者、若い人たちに右往左往組が多いわけであります。
 この種のアンケート調査では無記名の調査でありましてもとかく模範答案式のものが多くなりがちであります。いまの点についていえば、自分は冷静に行動すると答えた者が多くなる傾向があります。このようなズレを多少とも明らかにするために、同じような状況で、あなたではなくてほかの人はどう行動すると思いますかと重ねて尋ねてみます。つまり、あなたはどうするかというと模範答案が出るので、ほかの一般の人はどういうふうにするでしょうかということを聞いてみたわけであります。そういたしますと、猪突猛進組というのが著しくふえまして、約七割に達します。右往左往組が残りの三割であって、ほかの人はどうするかという問いに対して、冷静に様子を見るだろうというのはごくわずかしか出てまいりません。つまり大地震に備えての訓練がたびたびなされるか、あるいはとっさに有力な指導者が出て群衆の避難を誘導しない限り、実際には地下街においてはこのような状況になるのではないかと想定されます。つまり地下街にいて地震にあい、停電し、建造物がこわれてきたら、人々は言いようのない恐怖と不安にかられて出口へと殺到し、大混乱を生ずることが考えられます。当然ここでは人に踏まれてけがをする者もあるでしょうし、逃げおくれて煙に巻かれるという者も出てくるだろうと思います。地下街というところで停電した場合には相当の混乱が予想されるということであります。
 以上が大都市の地下街において地震のときにどういうふうな行動があらわれるだろうかという場合を想定しての調査の結果であります。
 第三は交通の問題であります。関東大地震のときには東京市全体の車の数というのが数千台であったと聞いております。今日では二百万台をこえているということでありますので、車の問題というのが大きな問題となろうかと思います。関東大震災のおりにも大八車で避難する人がその車を引いていたためにかえって命を落としたというふうなことをおりおり聞いているわけであります。で、数年前にアメリカのロサンゼルス市に地震がございました。これは大きな都市でありますが、たまたまこの地震は朝早くであったために交通が混乱するということは少なかったのであります。ところが、一九六九年の秋にユーゴスラビアのバニャルカという小さな地方都市で地震がございました。このときは、地震のあとで車を利用して避難しようとする人がいて、あせって運転するために事故がきわめて多くなったということを聞いております。で、東京のような過密都市で地震があったら、自動車を運転している者はどんな行動をとるだろうか、こういうことが問題となるわけでありまして、昭和四十四年の六月に、東京都内の自家用の運転者、つまり自分の車を運転している人、それから職業運転者――大部分がタクシーの運転者でありますが、それらを合わせまして四千三百人余りの人たちに調査を行ないました。その結果の一部を述べますと、次のようなことであります。第一に、自動車を運転中に地震にあいますと、主観的にはハンドルがとられましてパンクをしたのではないかと思うそうであります。そういうときに、つまり運転中に地震があったときに、とっさにどうするかということを想定してもらいますと、結果は次のようなふうになります。すいている道を見つけて帰るという人が六・六%。それから道の左側に車を寄せて逃げるというのが二四・三%。それから車を放置して安全なところに逃げるというのが三〇・七%。おさまるまで左に寄せて様子を見る、自分は車の中にいて様子を見るというのが二七・二%。ほかの車にならうというのが約四%であります。以上のうち、左に寄せて様子を見るとか、左に寄せて自分は逃げてしまうというのは、一応消防自動車、救急車のような緊急車両のために中央車線をあけておくべきだということを心得ているわけでありますが、これに対して、その場に放置して逃げる者、それから暴走する者を合わせまして三七%にも達します。で、運転者の年齢などとの関連を求めてみますと、若い者や、運転経験の乏しい者にこの暴走をする者が多いようであります。注目すべきものは、自家用の大型貨物の場合でありまして、この中には暴走するという者が少なくないわけであります。したがって、地震のあとでは停電するということが予想されます。信号は役に立たなくなってしまう。そういうときに大きなトラックが暴走するということが考えられますので、こういうことは大いに憂うべきことであると存じます。それから次に営業車の場合、タクシーの場合はどうであるかといいますと、お客を乗せていると仮定したときの反応は次のようなものでありました。そのまま安全なところまで走る、一五・六%。車をその場にとめて様子を見る、三三・三%。車を左側に寄せて様子を見る、四三・九%。客をおろして営業所まで走る、四・五%。自家用車の場合よりはやはりなれているという感じはありますけれども、客をおろすとおろさないとにかかわらず、とにかく走り過ぎようという者がこの場合にも約二〇%を占めるわけであります。次に、単に地震のショックだけではなく、近くに火の手が見えた場合、はたして車を動かさないでいられるだろうかどうかということであります。自家用車の場合に動かさないという者が一四%ぐらいに対しまして、火の手が見えたらそれからできるだけ遠ざかろうという者が実に五五%に達します。ほかの車にならうという者、わからないという者も三二%になります。職業運転手の場合は火の手を見たら走る、それから逃げるという者が六五%になります。以上のことから、地震だけならばとにかく、火事になりますとかなりの交通の混乱が予想されるわけであります。わが国は世界有数の地震経験国であるために、古くから地震についての言い伝えや対策はいろいろといわれていたわけであります。たとえば、竹やぶの中が安全だから逃げろとか、机の下がいいとかというようなことでありますが、ところが、自動車の保有台数が驚異的に多くなりましてから、大都市に大きな地震がないために車をどうしたらいいかということについての地震習慣というものが何もつくられていないわけであります。さらに、わが国では車というのが単に交通機関でなく、自分の持ちものの中で最も高級なものが車であるというような人たちもかなりおりますので、車を大事にする、車を避難させたいというような、車に対する特殊な愛着があります。このようなことから車をどうしたらよろしいのかということについての一つの習慣というものをつくる必要があろうかと思います。関東大震災のときには、先ほど申しましたように、荷物を一ぱい積んだ大八車のために非常に迷惑したということが伝えられております。自動車の場合は、それにはガソリンという可燃物が積んでありますので、放置した自動車が火災の原因になる、引火の原因になるということも十分考えられるわけであります。このような観点から車の問題をどうしたらいいかということは大都市の地震対策としてはどうしても考えなければならない問題だろうと思います。この種の問題は、初めに述べましたえびの地震の場合にはほとんどなかった問題であります。したがって規制措置としましては、消防自動車や救急自動車の活動を容易にするためにも一般車に対して何らかの措置が必要であろうということは異論のないところだろうと思います。問題はそれをどんな形で、どの程度強く実施するかということにあります。場合によりましては、一定の地域に関する限り、一定規模以上の地震のときには全面的に運行を禁止するという措置も必要ではないかと私個人は考えております。いずれにしても車に対する地震時の対策というものが早急に立てられる必要があろうかと思います。
 以上が第三番目の問題として申し上げました交通に関する調査に基づいた意見でございます。
 次は、第四番目としまして、地震のときの避難についての諸問題でございます。ここにおきましては地震のときにどういう状況になったらどこに避難するつもりかということでありまして、東京都の人、東京都民約七千人につきまして昭和四十五年の六月に調査したものであります。結果を六項目ぐらいにまとめて申し上げますと、次のとおりでございます。最初に、避難の時期につきましては、被害が大きくなくても避難を始めるとか、火の手が上がったら早目に避難を始めるというような、早期自主避難型、つまり早目に、自主的に自分の判断で避難するという者と、火災が生ずる、浸水で危険になったら、あるいは避難命令が出たら避難を始めるという受動的避難型、受け身の形で避難をする者というものがほぼ半数になります。第二番目に、早期自主避難型というのは女性に多い。それから二階建て以下の家屋の居住者に多いのであります。それから人に言われたら避難する、危険が迫ったら避難するというのは男性及び三階建て以上の家屋の居住者に多い。この家屋の形式とこれが関係があるというのは興味ある点でありまして、三階建て以上となりますと多くは鉄筋の建物になりますが、そういうところに住んでいる人、いわゆる団地、マンションというふうな建物に住んでいる人は、自分の建物はだいじょうぶなんだという一種の楽観があるわけであります。したがって、言われない限り避難しないという傾向が認められます。それから第三に、都民の約六〇%は近所のあき地、高台、公園などの手近なところを避難場所と考えております。都できめました指定避難場所に逃げると答えた人は、この時点の調査では約二〇%ほどしかおりませんでした。きめられた場所に逃げない理由の多くは、それがどこであるかを知らない者もおります。それから、知ってはいるけれども遠過ぎてそこまで行かれないというような人であります。この避難場所でありますが、近所のあき地、高台などを考えているわけでありますが、そこにはやはりすべての人が安全だと思って避難をすることが考えられる。また都で指定した避難場所にも、そこはおおよそ何千人とか何万人とかというふうに収容人員が予定されておりますけれども、それをこえる人数の人がそこに集まった場合、ここではまた被服廠のあとのような危険が予想されるわけであります。ですから、どこに実際に避難したらいいのかというふうなこと、これはやはり考えなければならない問題であろうかと思います。それから第四番目に、都民各自がいざというときに避難しようと考えている場所は近くではありますが、比較的狭いところであります。これらの場所を適当でないと思っている人が四〇%もおりますが、ほかに行くところがないからしかたがない、そこは安全じゃなさそうだけれども、ほかに行き場所がないからやむを得ず行くのだという半ばあきらめのような気持ちを持っている人が四〇%もいるわけであります。五番目に各自の考えている避難場所までいざというときに無事に行けるかどうか、行けると思っているかどうかということを尋ねてみますと、六〇%ぐらいは一応そこまでは無事に歩いていけるというように考えております。しかし、無事に行けそうもないと考えている人の大部分は、その理由といたしまして、車がたくさん来てそこまでとうてい行かれないだろう、あるいは人が多くて混乱して行かれないだろうというような意見を持っております。この種の意見は老人、婦人などに多いわけであります。最後の六項目といたしまして、全体の九七%の人が避難訓練に賛成をしております。地震に対する地域としての避難の訓練をするということに賛成であるという意見を述べております。しかし、実際にそれに参加する、そういうことがあったならば自分は参加するぞという人は三九%にすぎないわけであります。
 以上を総括いたしますと、実際の地震の際の人々の対応行動、先ほどのえびの地震の例を参考にいたしまして申し上げた地震のときの対応行動と地下街を歩いているときや運転中に地震のあったときの想定行動――想定行動というのは想像してこうであろうというふうに考える行動であります。さらに避難についての考え方などについて、調査結果をもとにして申し上げたわけであります。どんな場所に人はおりましても、地震にあったとき人はまず一瞬息をのんで驚きます。たいへんだ、どうしようというふうに考えます。建物の中にいる人は、このときすでに早くしないとつぶされてしまうということをおそれるわけであります。つまり開かれた広い空間の中に逃げようとするこの傾向は非常に強いものがあります。室内から室外に、地下にいる者は地上にという一つの運動の方向でありまして、閉じ込められた空間から広い空間に逃げたい、そして高い建物の上にいる人は下に、地下にいる人は地上に、つまり地面の上に自分が立ちたいという気持ちは半ば本能的といっていいほど強いものであろうかと思います。これが停電がある、火災が地下に発生したというふうなことがありますと、一そう激しいものになるだろうと考えられます。パニック状態というのはこのようにして発生するものであろうと思われます。しかし、多くの地震経験の教えるところによりますと、あわてて飛び出した者ほど落下物に打たれたりしてけがをしております。都市の高層建築というものは耐震性ということに関する限り十分考慮してある由でありますし、従来の木造建築も地震に際してはその柔軟な構造のために一挙にして倒壊するというような例は今日までのところ少なかったのであります。このようなところで考えられることは、まず落ちつきなさいということかと思います。そして、すぐに火の始末をするということであります。地震そのもののエネルギーによる第一次的な災害、つまり家屋が倒れる、橋が落ちる、堤防がくずれるというふうな第一次的な災害は現在のところ防止することが困難であろうと思います。しかし、火災とか交通の混乱とか流言の発生などの第二次災害というものは初期の沈着な行動と社会的な良識によって防止することができるものであろうと考えます。わが国におきましては古くから、先ほど申しましたような地震習慣というものがございまして、しかし、その生活の様式が変わり都市の姿が変わってきてから後の地震習慣というものはないわけでありまして、早急に必要なのはそのような地震があったときにとっさに何をするかということでありまして、そのとっさにすることとしてまず落ちつきなさい、そして火を消しなさいということであろうかと思います。ですから、地震があったらとにかく火を消すんだ、そして車は動かさないほうがいいんだという一つの習慣づけを訓練を通じ、またPRを通して人々の心に定着させていくということがこの際必要であり、そのようなことは、これは不可能なことではないと思うのであります。
 以上、約五十分ほどでございましたかにわたりまして述べてきたわけでございまして、要点を繰り返しますと、初めに、地震災害というものについての総論的なことを申し上げて、次に、実際の地震の状況について宮崎の地震を中心に申し上げ、それから次には、大都市の地下街における地震を想定したときの反応を尋ねまして、それをもとにしてまとめたことを申し上げ、さらに交通の問題、避難行動の問題、それから私ども心理学の立場から考えられる地震についての対策といったようなことについて幾つかを申し上げたわけでごございます。何か御参考になることがあればまことに幸いと思います。どうも失礼いたしました。
#5
○委員長(秋山長造君) どうもありがとうございました。
 それでは、これより詫摩参考人に対し質疑を行ないます。
 御質疑のおありの方は順次御発言を願います。ちょっと速記をとめてください。
  〔速記中止〕
#6
○委員長(秋山長造君) 速記をつけて。
#7
○星野力君 さっき車のことをお話しいただきましたけれども、都市という点ですと小さな都市かもしれませんですが、新潟地震からは車の教訓というのは何も得られておらないのでございますか。
#8
○参考人(詫摩武俊君) 新潟地震のときも調査がございます。あのときには地震の時間がたしか昼、正午少し過ぎだったかと思いまして、町を走っている車がそれほど多くなかったというふうなことがあったようであります。それから地震のあったのが、ちょっと記憶がはっきりしませんが、たしか昭和四十二年か一年かでございまして、いまほどまだ車の台数が多くなかったというふうなことがございまして、あの地震につきましては、車のことはそれほど問題にならなかったというふうなことを聞いております。
 なお詳しいことは、もし必要でございましたらいろいろ資料がございますので申し上げることにいたします。
#9
○上林繁次郎君 一つだけ詫摩先生にお尋ねしたいのですがね、地震の予知という問題ですね、これは非常に大きな問題だと思うのです。先ほどの話ですと、予知については、いまのところちょっと確実な方法はない、こういうお話だったのですが、今後この予知の問題についてはいろいろ考えられていると思いますけれども、可能性としてはどういう状態になっているのですか、その点をひとつお話しいただきたいと思います。
#10
○参考人(詫摩武俊君) 地震の予知の問題につきましては、これはそういうことをなさるのは自然科学の、特に地震学の先生方の研究領域であろうかと存じます。私は文学部出身の心理学でございますので、地震がどういう、たとえば地殻の変動があったときに生ずるのか、地下のエネルギーがどうなると起こるのかというふうなことにつきましては、私ども全くのしろうとでございまして、この予知の問題は地震学の専門の先生の領域かと存じます。私の全くの専門外のことでございますので、何にもその御参考になることは申し上げられません。
#11
○委員長(秋山長造君) どうもありがとうございました。
 ちょっと速記とめて。
  〔速記中止〕
#12
○委員長(秋山長造君) 速記つけて。
 次に、伊藤参考人から御意見を聴取いたします。
#13
○参考人(伊藤滋君) 私、東京大学の伊藤でございます。きょうお話をさしていただきますことは、実はどうしようかと思ったんですが、中央公論にたまたま、私、日ごろ考えていることを書かさしていただきましたので、それを骨子にしまして、それに私、もう少しつけ加えることがあれば、そのつけ加えることをここで述べさしていただきたいと思うわけです。
 東京を中心にしまして、いろいろ地震から起きる災害をどうしたらいいかということは、ことしになってからもあちらこちらでいわれているわけですが、実際この地震対策の問題を考えるということは、基本的に都市づくりをいままでどうしてきてたんだ、あるいはどうしていくんだということに結びついてくるんではないかと思うわけです。たとえば二年前でございますか、ロサンゼルスで大きい地震が起きたわけです。で、その地震でジャーナリズムの人たちは非常に大きい災害が起きるだろうということであわてて吹っ飛んでいったわけですけれども、結局そこで起きた被害というのは、これは人数からいえば大きい被害かもしれませんが、東京でいわれているような何万人とかそういう死者ではなくて、たかだか六十五人という人が死んで――死者の数をそういう形で死ぬことを評価するのはちょっと軽率かもしれませんが、六十五人という死者で終わっているということがあるわけです。これは結局どういうことかといいますと、ロサンゼルスという町は、都市計画の人たちもそれから土地問題の人たちもああいう町にはしたくないということを言うわけです。建物がばらばらに建ち、道路が入り込み、車でしか行けないという。ところが災害現象から見ると、きわめてこれはおかしい話ですが、防災的な見地からは望ましい市街地であったのかもしれない。率直に言いますと、これは建物と建物が離れていれば絶対に火は移らないわけです。災害というのは結局火災に尽きる。火が起きることを食いとめる、それから延焼を拡大させるということを食いとめるということに尽きるんじゃないか。その点ではロサンゼルスは、かりにその多数のところから火が出ても延焼というおそれはほとんどないという町であったわけです。これが、アメリカでも地震が起きるところはロサンゼルスだけじゃございませんで、サンフランシスコでもかつてあったわけですが、サンフランシスコで起きたらどうなるかと申しますと、たぶんここでは東京でわれわれがいまあぶないと言っていると同じような形での数多くの死者なりあるいは非常に大きい部分の面積が燃えてしまうということが起こり得たと思うわけです。といいますのは、サンフランシスコは非常に美しい丘にびっしりと建物が――へばりついていると言うと語弊があるかもしれませんが、建物がその丘にずっと建てられている。建物、建物一つ一つの間は非常に間が少ない。ですから、ちょっとした海風があれば、丘のところを炎がなめていくということが起こり得るわけです。結局、そういう建物と建物の間にどれぐらいすき間があるかということがもう決定的にその震災の被害を大きくするということをきめてしまうというのがどうも私の最近の実感でございます。
 で、実は第二次世界大戦中に東京大学の建築の防火の教室を中心として建物の延焼のいろいろな実験をこれは防空上の見地からしたわけです。その実験結果を集約しまして、昭和二十四、五年ごろから次々と研究のリポートが出ているわけですが、そういう研究リポートをもとにし、それから、そのあとの実際の火災を見てまいりますと、おおよそ二階建ての木造住宅の軒先と軒先が三メーターの間隔でつくられている場合には、三メーターの間隔で軒先と軒先が二階建ての木造住宅で建てられているという場合には、非常に風がそよ風――風があるかないかという表現がいいかもしれませんが、無風よりももうちょっと風がある程度までだと思いますが、そのときにはかろうじて延焼を食いとめることができるということがいわれているわけです。これが実は建築基準法でいう延焼のおそれある部分ということをきめていく一つの論拠になっているわけですが、問題は、風が吹けばこの距離は当然大きくなるわけで、物干しざおに洗たくものを干しまして、それがぱたぱたとふれ動く程度の風が出てきますと、この軒先と軒先の距離は五メーター程度離れないとなかなか火を食いとめることができないということがあるわけです。ところが現実に、いま東京なら東京の木造の密集市街地というものを見てまいりますと、軒先と軒先が三メーター確保されているかといいますと、そういう場所はほとんど数える場所でしかないというところが一ぱいあるわけです。特に大田区とか品川区の工場町の裏側とか、それから墨田区の例の有名な京島という地区、京島二丁目、三丁目、こういうところをお歩きになりますとおわかりかと思うのですが、木造二階建ての住宅ですが、軒と軒とが一メーター、二尺程度しか離していないで建っているというところが一ぱいあるわけです。
 で、いまこの表現をもう少し数字として言わさしていただきますと、先ほど申しました軒先と軒先を三メーター程度離しまして、一つ一つの住宅が二十五、六坪といいますか八十平米程度、一つ一つの建物が八十平米程度、二十五、六坪、その両側に三メーターのあき地をとりまして、そしてまた八十平米程度の住宅が並んでいる、そういう非常に仮想の市街地を考えます。それで計算をしてまいりますと、おおよそ百メーター角の土地の中に二百六十人ぐらいの人間が住むという住宅地ができ上がるわけですが、これは一世帯平均四人くらいで勘定するわけですが、そういうところですと、木造の住宅地であっても、風がなければ、どこのうちから火が出ても燃え移らない、かろうじて燃え移らない限界。ところが実際には市街地といいますのは、住宅のあき地と建物だけででき上がっているわけじゃございませんで、道路も必要ですし、小学校も必要ですし、あるいは公園も必要です。そういうことが出てまいります。そういう公共用地とか、あるいは農地も入れていいかもしれませんが、そういう宅地以外の、住宅用地以外のあき地をある程度とってまいりますと――これは都市計画の一応のそういうものを勘定をしていく比率があるのですが、先ほどの二百六十人という人口は約百六十人くらいです。百メーター角ですね、一ヘクタールといいますか。この一ヘクタール百六十人くらいの市街地になりますと、これは木造の二階建てでもある程度の風、たとえば秒速が五、六メートル程度の風が吹いても、それほど大火災になるということはないわけです。で、一ヘクタール当たり百六十人程度の密度で住宅地ができているかできていないか、これがやはり大震火災のときの、この場所が危険か危険じゃないかということを判定する一つの目安になるんではないかと私最近考えているわけです。
 ちなみに、昭和四十五年の国勢調査で区別の人口密度というのを勘定してまいりますと、東京で一番人口密度の高い区は豊島区。豊島区が一ヘクタール当たり二百七十人、次いで品川区が二百四十五人、台東区が二百四十人、こういうふうに続いてまいりまして、一番災害が発生したときにあぶないといわれています墨田区が二百人。基準値と私が考えました百六十人に近い区というのはどこかといいますと、大田区とか、杉並区とか、こういうところがあります。これは区単位でございますから、区の中でもう少し災害という場合には小さい場所を一つ一つ検討していかなければならないわけです。先ほど申しました京島という場所は、これは人口密度が五百人をこえているという町があるわけであります。人口密度が五百人といいますと、具体的にそういう町の中での平均的な一つの宅地というものを五百人という数字から勘定してまいりますと、木造の住宅が総二階建てだとしますと、その二戸の敷地が四十五平方メートル。四十五平米ですから、これは十四、五坪ぐらいという宅地でないと人口密度五百人という勘定にはならないわけです。要するに、宅地が十四、五坪しかないところに木造の住宅が建っているという状況が京島とかそういうところで起こり得ているわけです。そういう場所では、これも計算上ですが、軒先から軒先までが一・二メートル程度しかないということです。先ほど無風の状態でも軒先と軒先は三メートル必要だと私申しました。それからいいますと、一・二メートルというのは、これは明らかに何か火が起きれば、よっぽどの措置がとられない限り移ってしまうということになります。建築基準法では、そういうところには全部防火造といいまして、モルタルで塗り固め、それから雨戸につきましては、鉄板の厚さを指定して火が広がるのを防ぐということになっておりますが、問題は地震の場合に建物が倒壊いたします。倒壊しましたときには、モルタルのそういう防護措置というのは必ずしも万全なものではないということです。ですから私は、東京でまず災害を食いとめるに必要なことは、建物と建物のすき間ですね、すき間をどれくらい大きくすることができるかということが、基本的に災害の被害を食いとめる一番大事なことであろうと思います。
 で、実は都市再開発という動きが江東地区でやられているのは、基本的に建物と建物との間のすき間を広くするという見地からやられているわけです。大規模な防災拠点構想をはじめとしまして、いろいろな再開発がありますが、それは結局のところ、すき間を広くするための努力であるわけなんですが、私はここでひとつ主張したいことは、基本的にすき間を広くすることについては認めるわけですが、一体それがどれぐらいの時間で危険地域の中で建物がつくりかえられていくかということが問題であろうと思います。私は地震学者ではございませんが、東京の直下に起こる地震というのは予知ができない、いつ起きるかわからない、それは保証の限りではないということを言われている地震学者もおりますし、それから、おなくなりになりました河角先生のお考え、統計的な一つの想定では、これから五年後――五年先からは東京で大震火災が起きてもおかしくない時期に入るというようなことを考えますと、そういう建物自体を基本的につくりかえていって地震を防ぐために、かりに品川区とか大田区だとか墨田区で三十年も四十年もかかるということであれば、これは地震災害に対して全く意味がないということが言えるのではないかと思うわけです。これだけ土地問題が深刻になってまいりますと、特に零細な土地所有の方を整理をして、いままで八百屋さんであった人に、八百屋さんのかど地を公園にするから、それをアパートのどっかに持っていくということが簡単にできるということはほとんどあり得ない。ですから私は、そういうことを長い時間の間にやられることをもし認めるならば、基本的に再開発の必要性というものは認めるわけですが、地震という、そういう一つの近々のうちに起こり得る条件を入れた場合に、やはり東京の非常にあぶない場所、地震の抵抗力の弱い場所については、そこの場所に人が住んでいただいていて、それでなおかつ災害を少なくするということが考えられないかと思うわけでございます。
 それならば、そういうあぶない場所が一体東京の中にどういう形で偏在しているかということの例をちょっと申し上げます。これはよく引き合いに出される一つの被害想定の報告でございますが、東京消防庁が五年ほど前にまとめました、東京でどういう場所からどれくらいの出火件数が起きるかという報告書がございます。おおよそそれを整理しますと、東京二十三区で秒速が約三・五メートル、これは干しものをかわかしているものがぱたぱたという程度の秒速だと思いますが、そのときに、冬の夕食町に七百三十件の火災が発生して、そのうち四百三十件は消しとめられるだろう、ところが残りの三百件は延焼火災になる、その三百件のうち百五十件は消防の機動力で食いとめられるけれども、残りの百五十件は消火不可能のまま燃える、こういう作業がずっとやられているわけですね。この百五十件が百六十件か、あるいは二百件か、あるいは百四十件か、この辺は私はそれほどきっちりと計算をする必要は必ずしもないと思うのですが、問題は百五十件なら百五十件の燃える場所がどういう区にどれくらい分布しているかということでございます。かりに延焼防止不可能な百五十の火災を想定しますと、そのうち六十六件が江東、墨田という江東デルタ地区から発生するわけです。それから十六件が荒川区でございますね。それから十一件が足立区、同じく十六件が江戸川区、それから十一件が同じく葛飾区なんです。結局百五十件のうち下町六区が百二十件出火の件数を負担するということが消防庁の勘定から出てくる。全件数の八割がこういうふうなことです。ここまではよく起こる話でございますが、これを居住人口一万人当たりの出火件数というので整理してみます。そうしますと、墨田区では居住人口一万人当たりの出火件数が約〇・八九件です。それに対して世田谷区が居住人口一万人に対しての出火件数が〇・〇三八という値です。要するに、墨田区一万人の人の出火による被害を受ける強さというのは、世田谷区の約二十三倍だということ。それではあと申し上げるまでもございませんが、杉並区と比較するとかあるいは練馬区と比較すると同じような値が、要するに二十何倍あるいは三十何倍という形で江東の二区を中心とする下町六区がこういう火災を負担するんだということが起こり得る。
 ですから、そういうことを念頭に入れながら再開発のことを考えていきますと、結局のところ、私が考えておりますのは、一番簡単なのは人を減らすということだと思います。人がそこに住んでますから死傷者が出るわけです。ですから人を減らすという前提を、少なくとも先ほど言いました下町六区について基本的に政策の原点に据えられることが考えられないか。で、こういう問題は東京都の中だけでいろいろ四苦八苦しても絶対に解決できないことであるわけです。人を減らすのに、墨田区から葛飾区へ持っていっても全く意味がございません。人を減らすのに江戸川区から板橋区へ持っていっても意味がないわけです。それはやはり千葉県あるいは埼玉県、茨城県、そういうほかの県と都が一緒になって、やはりここで起きる被害を少なくするためにどういう形で新しい住宅団地をつくるかとか、そういう問題とひとつ取り組んでいかなければいけないのではなかろうか。江東区の人あるいは墨田区の人あるいは葛飾区の人から見て一番安全な場所は千葉県の台地でございます。ですから、千葉県がいまつくられている千葉ニュータウンとか、あるいは日本住宅公団がいま千葉県、茨城県につくられている住宅団地というものが、もしこれが下町六区の人減らしに役立つ形でつくられるならば、これは非常に私は災害を少なくする貢献をするのではないか。この辺が私非常に――どこかそういうことを考えているのかということをあちらこちらで聞くんですが、ちっともいい答えが出てこない。災害対策は横浜市だけの問題ではないし、東京都だけの問題ではございませんので、そういう問題をもう少し、安全な場所が一体関東地方のどこにあるかということを重点的にお考えいただきたいと思うわけです。
 私、実はこういう大震火災の問題で非常に尊敬をしております学者がございまして、亀井幸次郎という年配の方ですが、その方が言われていたということが非常に頭に残っているわけです。大震火災の損害を食いとめるのに一番いい方法は、関東地方に広く東京の都市機能を分散させることだ、そういうことを言われているわけです。それは別なことばで言いますと、大震火災のために一番安全なのはロサンゼルス方式をとれと、自動車が通らないロサンゼルス方式をとることが一番いいんだということであると思います。それが、その火災の被害を一番少なく食いとめることができる。それを、人口を減らさないでそこの中で解決しようということでいろんなくふうをするのは、出発点としてどうもおかしいんじゃないか、これが一点です。
 それから二点は、大震火災のとき、一番大きいのは、前から申しておりますように火が出ること。建物がかりに倒れましても、火が出なければこれは大きい災害にならない。火が出るのは一体何から出るかというと、これはまず通常あげられますのは石油でございますね。ガソリン――自動車も入ります。石油、それからガスでございます。それからあと薬品でございます。薬屋さんのたなから薬品が落ちて、それで火災になったという例が十和田の大地震のとき観察されております。この三つの燃料源、それをなるべく少なくすることができれば、それだけでも被害が少なくなると思うのです。私はそれで、この中央公論で一番言いたかったことは、電気を安くそういうあぶないところに供給して、ガスの使用を厳禁する、あるいは石油ストーブ、プロパンガスの使用を厳禁するということができれば、それでずいぶん被害は少なくなるのじゃないかと思うのです。問題は電気の値段が高いことなんですが、その電気の料金、いま一キロワット十一円ぐらいだと思いますが、工業用の電気料金は三円幾ら、三分の一くらいじゃないかと思います。私が言いたいことは、こういう工業用の電気料金で江東地区の電気の供給量をうんとふやして、それで被害を食いとめる、火災の拡大を食いとめることができれば、それは江東地区の人だけのためではなくて、東京全二十三区あるいは神奈川県とか市川とか、そういうところの人のためにもプラスになることで、ですからそういう意味で、もしその差額をだれが負担するのだということになれば、やはり大震火災を受けるであろうところの住民と企業で安全なところにいる人たち、あるいは企業がそういうものを負担するという形があってもおかしくないのじゃないかと思うわけです。高圧ガスの問題も大地震の場合必ずつきまとってまいります。いかに手入れがよいと申しましても、高圧ガスがどこかで吹き出すということになれば、大阪でありました地下鉄のときの百二十何人かなくなりました、ああいう大災害があちらこちらで起きるという危険性は非常に大きいわけです。ですから、ここで一度電気というものがガスやあるいは石油にかわったときにどれくらい被害を食いとめることに貢献できるのかという点について、もう少し私はいろいろな研究があってもいいじゃないかと思うのです。で、東京工業大学の社会工学科の熊田という助教授がおりますが、彼もそういう点にかなり興味を持っておりまして、いろいろ計量的なお金の勘定をやっているようでございますが、彼なんかの話でも、かりに電気料金を三分の一までいかない半分の値段ぐらいまで下げて、その半分をだれかが負担するとかというしかけでガスを使わないということが起こり得たとすれば、それはたぶんそういう負担をかりに保険的な形で東京都全体の人たちが払うというようなことがあっても、十分にそれで大災害が起きたときに考えられる被害額をカバーするだけの貢献度はあるということを言っているわけです。この辺は熊田さんあたりにまたいろいろお聞きになればおもしろいことが出てくるのではないかと思うのですが、二番目に特に主張したいことは、火種をかえることによって火を出す場所を少なくするということである。
 それから三番目に言いたいことは、建物が倒れないということがやはりこれも大問題だ。で、建物を倒させないということは、何も私は大々的なコンクリートのアパートをつくらなくてもいろいろやり方はあるのじゃないかと思います。また、新聞に出ておりましたけれども、ちょっと四すみにおもしろい、起きあがりこぼしのような装置をつけて、建物が倒れるのを防ぐことができるというアイデアがこの前新聞に出ておりました。非常に倒壊の危険性のある木造の建物については、もしそれがほんとうにあぶないとすれば、これは極論かもしれませんが、コンクリートの電柱の重いやつを、――しりが重いやつです。こういう電柱の非常にしりの重いやつを建物の四すみに結びつけて、倒れそうな建物のすみ柱を針金でゆわえるだけでも建物は倒れないというのが幾つか出てくるのではないか。要するに、建物をこわさせないということは、何も全部古い建物をこわしてアパートにしなくても、いろいろその補助をすることによって手当てができる措置が一ぱいあるのじゃないか。これをもう少し行政的な形でいいますと、かりに、一度でき上がって五十年、六十年たった建物を建てかえようという家主がいたとします。そういう家主がいたときに、よし、じゃここで建てかえは認めよう、認めるけれども、あなたにこれだけの補助金を出す、四十万なら四十万建てかえに補助金を出す、その補助金を出すということは、これだけの補強、地震災害のときのための補強をしなさいという形で、たとえば建築の確認申請に判こを押す、そういうことだけでもずいぶん建物を倒れにくくするしかけができるのじゃないかと思うのです。問題は、基本的に大震火災対策というのは私はけっこうなことなんですが、あまりにも戦艦大和、武蔵をつくるような考え方だけに入っていきますと、それをつくることに非常に時間がかかって、金がかかって、あとのことが全然なおざりにされてしまって、戦艦大和、武蔵のようなところが火の海に囲まれてしまうという危険性があるのではないか。やはり通常の日常行政の中で気がついたら、五年たったらかなり不燃化率が上がった、かなり人がいなくなった、かなりエネルギーの危険物が少なくなったという手当てがあるのではないかと思うのです。
 それから、最後に一つ申したいことは、避難路の問題でございますが、私、避難路については全くいま展望がはっきりしておりませんが、よくいわれておりますことは、地震が起きると必ず自動車をころがしている人たちは自動車をそこへ置き去りにして逃げ出す。これは交差点の近辺というのは非常に自動車のかたまりが多いところなわけですから、そういうところに自動車がびっしりと詰まって人がいなくなってしまうということになりますと、これぐらいあと片づけ――緊急の避難路をつくるという意味でもあと片づけができにくいということはないと思うのです。ブルドーザーでその自動車を動かすことだけでもガソリンがまき散らされて、そこに火が出てくるということもあるわけです。やはりそれは何らかの形で人間が押すなり、あるいは動かすなりして片づけなければならない、たいへんな労力がかかると思うのです。ところが、かりに、私二つ考え方方あるわけなんですが、歩道を、これは新宿で、けさの新聞にありましたけれども、歩道を六メーターとかあるいは八メーターとかいう形で確保しておきますと、そこは通常の場合自動車は絶対入らない場所です。自動車が入らない。人が動いて、木があって、まあ地震のときにはその歩道の部分にガラスの破片が落ちたり、落下物があったりするかもしれませんが、少なくともそういうものはブルドーザーのようなもので排除してもそれから火が出るということはないのじゃないかと思います。要するに、道路の障害を排除するということを考えたときに、中道にある自動車を排除することと歩道の上におっこってくるれんが、コンクリートの破片を排除することとがどっちが容易かということを考えますと、私は、どうも歩道を大きく確保しておいて、そこを緊急のときにブルドーザーなりで排除して、あと消防車なり救急車なりが通る、そういうことを考えてもいいのじゃないか、これは一つの案でございます。それから二番目は、高圧線の地下埋設化ということをお考えいただきますと、高圧線の下は幸いなことに建物がつくられておりません。それから道路があったとしても幹線の、自動車が通るような道路はほとんどないと思います。通常いわれておりますのは、六万六千ボルト程度の高圧線ならば地下埋設が可能であるというお話がございます。二十万ボルト程度になるとなかなか地下埋設がむずかしいというお話も聞いておりますが、私は、非常に地震の場合にあぶない、火災が発生するというようなことであぶないところでは、なるべく技術的にお金をかけても高圧線の下を専用の歩道にしておくということが、いよいよとなったときに避難路に使える可能性があるんじゃないか、こういうふうにいろいろ考えたわけです。
 要するに、私がいままで言いましたことは、基本的に二つのことに要約されていると思います。現状の大東京で土地を動かす、土地の権利関係を動かすということは、それはゾレンとして、べきだということではあるべき姿かもしれませんが、現実に限られた年月の中でやるということはほとんどできないということがその一点でございます。それから二番目は、一番目に結びつきますが、あき地をつくるというときに、もう少し考え方を変えていくとおもしろい形であき地がつくられる、避難路がつくられるのではないか。高圧線の下とか河川敷とか、あるいは舗道を広くするということで自動車を少なくしておけば、自動車の持っているガソリンのエネルギーも少なくなるわけですから、そういう形で避難路がつくられないかと、まあそういうことをこのごろ考えているわけです。
 それから、最後になりましたが、一体避難のときにだれが一番たよりになるかということを、これは私実際に下町に住んでいる人間ではございませんが、私たちの生活のまわりを考えてみますと、こういう大震火災のときに一番あぶないのは、木賃アパートに賃借りをしている、あるいはマンションでもいいかもしれませんが、東京の町のまん中に出かけているサラリーマンの根城が一番あぶないわけですね。そこは人が住んでいないわけです。夜ならばいいのかもしれませんが、通常昼間に地震が起きるということになれば。そこで、たとえば瞬間湯わかし器が燃えているなんということになりますと、その火を一体だれが消すのか。一番たよりになる人は、私は、これは地元の御用聞きをやっている洗たく屋さんとか、八百屋さんとか、あるいは大工さんとか、そういう人たちが一番こういうときに地元の情報をつかんでいるんじゃないかと思うわけです。ですから、やっぱり私たちが一番災害のときに大事なのは、こういうあぶない地域の中に住んでいる中小の商店主、工場主の方のそういう地域での情報に対する情報と、それからその人たちが最後には何か老人や子供を引っぱっていくリーダーシップをとるということが、これが一番やはり大事なことではないかと思うのです。そう考えてまいりますと、私はサラリーマン化する形の人がその都心三区へつとめたり、あるいは遠距離につとめるサラリーマンが多く住むようなアパートが、地震が起きるあぶない場所につくられていくということは非常に問題を大きくするのではないか。この辺が最後に私ちょっとお話をしたかったことでございます。
 以上がこの中央公論の原稿を見ながらここで強調したかった要点でございます。これで終わらしていただきます。
#14
○委員長(秋山長造君) どうもありがとうございました。
 それでは、伊藤参考人に対し質疑を行ないます。
 御質疑のおありの方は順次御発言を願います。
#15
○戸田菊雄君 私、先生の書いた中央公論の内容まだ拝見しておりませんので申しわけありませんが、三点ほど。
 いまの説明の中ですと、災害を最小限に防止するのは人を減らすことだと、こういう御説でございますが、現在、東京は一千万人口といわれておるんですが、総体どの程度減らしたらいいのか、その辺のデータがあったらちょっと教えていただきたい。
 もう一つは、火災の被害度合いというものがどうしても風によって左右されるという御説ですが、そよ風ないし微風というのですかね、程度の場合は軒先の間隔がこの程度ということを言われておったんですが、風速いかんによって、たとえば五メートルならこの程度等々の被害度合いのデータかなんかあるのかどうか、その辺が第二点。
 第三点は、最近、風なんかでもそうですけれども、東京は非常に、ことに都心部といわれるそういう中心地帯ですね、これはビルの林立が非常に多いわけで、風なんか風速が強いとビル風というやつが強い。ですから、そういったものはやはり災害時に条件によっては発生するような場合もあるでしょうが、そういったものに対する研究などもお持ちなのかどうか、あればひとつそういった点についても御説明をお願いしたい。
#16
○参考人(伊藤滋君) それではお答えさしていただきます。
 一番目は、人口減らしの問題でございますが、私は、人口を減らすといっても一千万の何割という形ではなくて、実際に調査いたしますと、たとえば墨田区三十万人なら三十万の方が住んでいる中で非常にあぶないところに、たとえば三万人の人が住んでいるという状況があるわけです。三万人住んでいる中から出火件数が、たとえば先ほど百五十件の中の十何件起きるとか、ですから問題は、そういうところの人が少なくなればいいということなわけです。率直に言いますと、私は江東デルタ七十万人の中で一割、そういう場所から七万人程度の人があぶないところからいなくなるだけでもずいぶん問題が変わってくるんじゃないかと思います。京島三丁目の人がかりに人口密度が半分になり、あるいは生産活動が半分になる。それからもう一つは、問題は人口の減らし方でございますが、もし零細企業の方がどうしても自分の働き場所は江東でないとだめだということになれば、千葉県の台地に子供と老人と置いて、働く人だけが、要するに、職住近接ではなくて職住分離ですね、働くということでも、これは人的被害は非常にくいとめられるのではないか、そういうような形の減らし方であれば非常に、たとえばたった千万人の中の一%、十万人減らすということでもずいぶんあとの被害を少なくすることができるのじゃないかと思います。
 それから二番目の風のことでございますが、これにつきましては東京理科大学の工学部長をなさいました東京大学の名誉教授の浜田稔先生が非常に詳しい御研究をなさっておられまして、風速がたとえば十メートルになると、その延焼の危険性は軒先をこれくらいに、たとえば十メートル離さないとだめだとか、あるいは木造モルタルにすればそれが五メートルになるとか、そういう実験をやっておられます。それは具体的には、出発点は、こういうとびらに炎を吹きつけて、とびらの耐火性なんかを実験する、そういうことから出てきた実験式だったのですが、それがだんだん拡大されて、都市の風速とそれから建物の間隔との関係を解く式になった。その辺、東京消防庁あたりでは非常にエキスパートがそういうモデルを使って研究しております。
 それから三番目のビル風でございますが、これは明らかに御指摘のように、超高層建築が建ちますと、思わぬ風速が出てくるということは随所に最近観測されていることでございます。これにつきまして、いま建築学会のほうで若い人たちが集まりまして、それでいろいろビル風の問題を解こうという動きがあると思っております。で、この問題、建築学会の環境計画の委員会あたりが一番の専門ではないか。それから、これはおもしろいことでございますが、ビル風の問題につきましては大手のやはりビル建設会社の設計部の人たちが非常に気をつかっておりまして、たとえば三井不動産とかあるいは鹿島建設とか、そういうところの人たちがかなりのこれからの大きい問題になるだろうということで研究をなさっているのではないかと思います。
 以上、三点お答えさせていただきました。
#17
○梶木又三君 いまのお話の人を減らすあるいは燃料源を電気にかえるとか、それはなるほど先生のおっしゃるとおりだと私は思うのですけれども、実際問題、現実にやるとなれば、先ほどお話しの再開発と同じぐらいの金とか日時がかかるのじゃないかという気がするのですがね。たとえば、いま下町六区に住んでおられる方々の、いまお話に出たような、御主人だけは東京に残ってあとの家族は千葉なり埼玉なりにおると、まあこれはけっこうですがね、そういうのがいま現実いかないのが姿ですわね。それをやるとすることと、やはり再開発に若干でも取り組んでいって、耐震的なものであき地を残していく、こういう比較はされたことあるかどうかということが一つですね。
 もう一つ、これも私、しろうとで全然わかりませんが、いま、たとえば木造建築で何か電信柱のようなものでささえたりされたらいいというお話なんですが、何か木造はそのまま震度に応じて風に柳のごとく、ふわふわするほうが強いという話も聞いておるのですがね、これはどういうのですか、この二点をちょっとお伺いします。
#18
○参考人(伊藤滋君) それではお答えさせていただきます。
 一番目の問題ですが、私、再開発を否定しているわけではないのです。毛頭。その再開発ということは、基本的にこれは災害に関係なく必要なことかと思うのです。それが順調に動けば非常に問題が少ないわけですが、一番順調に動かない問題は、再開発といいますと、零細な土地の権利所有をどう解くかということが一番の大きい、時間のかかる要素になるわけですね。その量が少なければ少ないほど、再開発面積の中でその量が少なければ少ないほど再開発をしやすい、その量が多くなればなるほど再開発がしにくい。問題は、私は、そういう零細的な土地所有権の権利関係が多いところで、それを一つ一つ解きほぐしていって再開発をやるということも、それは時間の問題さえ考えなければいいのかもしれませんが、地震が何年後にくるという状況を考えるときには、再開発の面積を逆にそういうところから除外しまして、公共的な用地でがんばれるところだけをまず不燃化する、再開発する、そういう零細なところは少なくともそこから火を出させないようにさせなければいけない、そこでガスを禁止して電気にするとか、そういういろいろな考え方があると思うのです。私は全面的に江東六区七十万の人間の場所すべてをガスを電気にかえろということではなくて、火災発生の観点から見て、ここさえガスの使用を禁止し電気にするということをやれば、それでたとえば防災拠点の安全性も高まるし、あるいは人的被害も少なくなる、あるいは出火件数も少なくなる、そういう場所をさがしてみたらどうかという立場で話をさせていただいたわけです。そういうことですから、イエスかノーかという立場は私はとりたくないと思っております。
 それからもう一つそのことに付言させていただけば、当初、江東の再開発関連事業もすべて入れまして、道路もアパート建築も広場の増設、六千四、五百億かかるというお話があった。最近それがどうも一兆こえそうだということになってるわけですが、その辺の金勘定をもう一回、全部それを先ほど、言いましたかたい建物をつくるというような形じゃなくて、電気料金の補助金にも少しは使うことを考えてみたらどうかと、そういう、ぼくはここでソフトと言ってるんですが、かたい建物をつくるほうをハードといえば、そういう補助とか行政的手当てをするソフト、そういうほうの有効性についてお金と結びつけてもう少しお考えいただくことができないかなあと思っているわけです。これは補足でございます。
 それから、木造の建物につきまして私が電柱を四すみに立てると言いましたのは、実は江東地区の中でも戦争前からまだ老朽化して残ってるところがかなりあるわけでございます。先ほどの京島なんかお行きになりますと、これは関東大震災のときも焼け残って、第二次大戦のときも焼け残ったような、そういう建物が相当あるわけで、そういうものは全く倒れそうだということの診断だけであって、それを基本的にサポートしていくような、それが倒れないようにしていくような手当てというのはほとんどいまされてないんじゃないか。消防署あたりであぶないですよと言うことはありますけれども、自分のお金でおやりなさい……。ですから、戦後つくられたようなしっかりした木造建築物ですね、そういうものは私特別に問題ないかもしれませんが、明らかに消防のほうから見て、あるいは建築のほうから見てあぶなそうな建物というのが地域的に見ても、ここはどう見ても火が出るという中にある、そういうものはすぐにでも倒れないような施策を考えられてみたらどうでしょうか。そのときには非常に極論をすれば先ほど言いましたコンクリート電柱になるわけですが、建てかえのときはですね。あるいは部分的にそこを補強するような補助金を出していってはいかがかと、そう思うわけでございます。
#19
○宮崎正義君 職住分離ですね、非常に台東区あたりじゃだいぶんできてるんじゃないかと思うんですね、台東区の問屋街では。問屋街のほうはかなり進んでると思うんです。で、ただ心配なのは、この帰ったあとですね、どういうことになるのか、そういうようなことも、いまお話によりますとそれを縮小して、こわすものはこわして、そして新しく建て直して広場をつくっていくという形態が非常に好ましいと思いますけれども、やはり土地権利の関係がすべてをきめるんじゃないかというようなお話もございましたけれども、ああいう地帯の中に個人でガソリンスタンド――スタンドではございませんけど、簡易スタンドをみんな各家庭で持ってます。ああいうふうなことなんかもどんなふうにお考えになっておりますか。もうこれは郊外へ行きましても、各家庭、郊外へ行けば行くほどマイカーを持ってる人たちはああいうものを備えておるんですが、非常にこれは危険だと思うんですが、ああいうものに対してはどんなふうなお考えをお持ちですか。
#20
○参考人(伊藤滋君) お答えさせていただきます。
 私、実は一番困っておりますのが、やはりああいう小さい路地の中にまでライトバンとかそういうものを持ち込んで、なおかつ石油かんでこうやっていられる方が持つ危険性ですね、それの答えが実はないわけなんですが、一つだけ、自動車は別としましても、実際にあそこで印刷工場をなさっている方は、やはりベンジンのようなものをお持ちですし、塗料屋さんもいますし、そういう人たちがばらばらにあぶないものを持っています。それはやはり集中管理をするような――これは中小企業庁あたりの仕事になるんじゃないかと思うのですが、工場アパートといいますかね、そういう形になるべく持っていくことをやはりお考えいただくというのがまず急務じゃないかと思うわけです。やはり墨田区あたりの零細なああいう企業の方は、どうもいまのところ、簡単に、あんた茨城へ行って工業団地に行きなさいと言ってもなかなかできないで、すぐ、製品を運ぶということだと、どうしても横山町とか築地とか、ああいうところと結びつきが強うございますね。ですから、そういうことで簡単に移転ができないとすれば、やはり江東の町の中で中小企業の工場を集約化して火の一元管理ですね、あるいはエネルギーの一元管理をする、そういうようなこともいまからでもお願いしたいと思っているわけです。ただ、ああいう小さいライトバンその他が入ることに対してはちょっと私あまりうまい考えが出てこないわけなんです。
#21
○宮崎正義君 もう一つ、江東区だとか、荒川のブリッジですね、ブリッジだけがたよりになっておる地帯ですね、そのブリッジ自体がやられたとき、これはもう震災の映画でも見まして、この対策というのはどんなふうに考えたらいいだろうかなというふうに思っているのですが、あの交通網として結ぶブリッジがやられた場合に、何をもってそれを補っていくかという、こういう点なんかどんなふうにお考えですか。
#22
○参考人(伊藤滋君) 非常にその点むずかしいのでございますが……。結局、橋梁をどの程度補強できるか、それから新しく橋梁を、十分にがんばれる、耐震的なことも十分に考えて設計したそういう新しい橋梁を、災害という目的のためにどれぐらいつくれるか、そういうことも一つあると思いますが、逆に私は六郷でちょっとおやと思ったんですが、ゴルフ場がございます。ゴルフ場けしからぬというわけですが、ゴルフ場があって川がちょっと部分的に狭くなっているところがございますが、ああいうところはボートなんかがあれば、川幅が狭ければ少なくともボートが無数にあればそれで相当人を動かすことができるわけです。それから、はしけみたいなものが、川を上がっていくことがかりに可能ならば、橋がだめな場合に考えられるのは船で運ぶということも起こり得るかなあということを六郷のときに考えたことがあったわけです。と申しますのは、六郷の場合には東京湾に近うございまして、はしけだまりがあって、すっと上がってくるというようなこともありましたので……。ですから、どうしようもないときというのはやはりそういう船、はしけでございましょうかね、荷物を運搬するような、そういうものがどう使えるかということも緊急時の対策としては考えておく必要があると思います。
#23
○宮崎正義君 確かにそういうことは考えられますが、風が火を伴って走ってくる場合、この前この委員会で震災の映画を見たわけですが、橋の上に火が走っていっているわけです。そうしますと、下のほうも全部火の海が川になっているわけです。そこで何万という人たちが死んでいるわけですね。あれを見まして、何とかこの避難をする方向といいますか、先ほど御指摘になりましたような広場をつくっていく形態がおそらくいまの場合では間に合わないんじゃないかと思うんでございますね。そういうふうに考えていきますと、このブリッジで結ばれているところというのは何かもう少し変わった、早急に手を打っていかなきゃならないような考え方ということですかね、そういうものがほしいと思うんですがね。
#24
○参考人(伊藤滋君) お答えになるかどうかわかりませんが、墨田区につきまして、これも東京防災会議のほうで、いろいろ荒川の河川敷をかさ上げしまして、そこにかなり不燃化したアパートのようなものをつくるという議論もございましたわけです。そのとき、河川敷のすぐ外の、堤防の外の市街地のところ、それから橋のたもとのところはなるべく不燃化して、高層化したアパートにして、河川敷がもし避難地になるとすれば、少なくともその避難場所へ火がこないという一つの防波堤になるような、そういう計画をまとめられていた記憶がございます。これはあの四ッ木橋の辺の場所だったわけですが、それからいまのことに付随しましてお答えさしていただきたいんですが、気象庁の相馬さんがこの間からよく申していたんですが、あき地に早急に木を植えていただきたいということです。相馬先生が言われている一番安全な場所というのは、裸地のあき地ではなくて、井之頭公園のような、あるいは明治神宮の森のような木でおおわれた、そういうところが一番安全だと、あき地というのは熱風を吹き上げる、そういう場所になる危険性があるというお話をなさっておりました。私、すぐにでもおやりいただきたいのは、どこでもいいから木を植えていただきたい。シイの木かカシの木か、ああいう常緑の木をなるべく江東にうんと植えていただきたいと思っているわけです。
#25
○梶木又三君 ちょっと最初聞き漏らしたんですがね、ロサンゼルスが何か町の構造がよくてわりあいに被害が少なかったと、六十何人しか幸い死ななかったと、ロサンゼルスで。ちょっと聞き漏らしてわからなかったんですが、どういう構造ということなんですか。
#26
○参考人(伊藤滋君) お答えさしていただきます。
 ロサンゼルスは二つの点で運がよかったと私思うんです。一つは、震源地がロサンゼルスの一番の町の中でございますね、都心部、こういうところから相当離れた、たとえば東京で申しますと、横田基地のもっと奥のような、そういうところが震源地で、そこが一番被害が大きかった。そこの震源地の近くに陸軍の在郷軍人の病院がありまして、そこがこわれまして、それで圧死した死者というのが五十人近くあったわけです。そういうことで、一つはロサンゼルスの繁華街じゃないところのはずれたところに震源地があったと、これが一点でございます。
 それから二点は、ロサンゼルスの町は、都心部は非常に高層のアパートやビルが建ちまして、スラム街みたいになっているわけですが、その一部分を除きますと、一般の住宅地というのは五百坪とか三百坪の土地に四十坪くらいの住宅を一戸建てでつくりまして、ばらばらっと、こう広がっているわけですね。そういうところでは火がどっかのうちで起きましても延焼しないわけです。隣のうちへ。ところがサンフランシスコになりますと、これはもう丘のところにぎっしりと二階建ての木造のうちが建っているわけです。海風がこうきまして、下に火種がありますと、ぱあっとなめてしまうわけです。
#27
○梶木又三君 都市計画がどうなる、こうなるでなしに、二戸三戸がが広いと、こういう意味ですか。
#28
○参考人(伊藤滋君) 都市計画ということ……。
#29
○梶木又三君 でなしに……。
#30
○戸田菊雄君 一点だけ。火災源の燃焼要因いろいろあるわけですけれども、われわれ考えて非常に心配なのはガソリンスタンドですね、こういったところが爆発するとか、もちろん都市ガスの漏れたような場合も大阪の例がありますから、たいへんな被害を及ぼす、それにもましてプロパンガスですね、こういうものをやはり都内の各家庭なんかでも使用されているところがあるだろうと思う。そういったものの爆発とか、そういったものに対する緊急対策といいますか、いわゆるこの火災発生防止の角度から、現行の建築規定その他の関係で十分ではないはずだと思うのですが、何かもっと補強政策をとるべきだという御意見等がありましょうかね。
#31
○参考人(伊藤滋君) お答えさせていただきます。
 いま東京都のほうでもいろいろ地域の危険性ということにつきましてかなりの調査を進めておりまして、その調査の結果をよく見てみますと、明らかにここではプロパンガスを使わないほうが、大震火災時でも、それから常時の災害のときでも望ましいという場所が幾つか私発見できると思います。そういう場所は、大きさから申しましてそんなに大きい場所ではないと思います。たとえば、一つの町名単位とか町内会単位、そういうところにつきまして、私、繰り返すことになりますが、エネルギー使用について、基本的に、ここはどうしても石油ストーブはおやめいただくとか、ここはどうしてもプロパンガスはおやめいただくとか、そういうことを法的にきめていくような、そういう新しい土地利用計画というものをお考えいただくことが必要ではないか。要するに、これまでは住居環境をよくするという、そういう形からの土地利用の考え方があったわけです。日照権の問題なんかもそうかもしれませんが、そういう人的な、生命に直接触れることから見た土地利用計画というものがはたして十分やられていたかどうか、私は非常にその点さびしいと思います。そういうことを早急にお考えいただく時期じゃないかと思っております。
#32
○委員長(秋山長造君) どうもありがとうございました。
 それでは、他に御発言もないようですから、参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々には御多忙中のところ本委員会に御出席をいただき、貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時二十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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