くにさくロゴ
1972/09/19 第71回国会 参議院 参議院会議録情報 第071回国会 災害対策特別委員会 第15号
姉妹サイト
 
1972/09/19 第71回国会 参議院

参議院会議録情報 第071回国会 災害対策特別委員会 第15号

#1
第071回国会 災害対策特別委員会 第15号
昭和四十八年九月十九日(水曜日)
   午後一時八分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 九月十四日
    辞任         補欠選任
     戸田 菊雄君     中村 英男君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         秋山 長造君
    理 事
                古賀雷四郎君
                中村 英男君
                上林繁次郎君
    委 員
                梶木 又三君
                佐藤  隆君
                柴立 芳文君
                寺本 広作君
                宮崎 正義君
                星野  力君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        村田 育二君
   参考人
       東京大学工学部
       教授       福岡 正巳君
       東京理科大学教
       授        浜田  稔君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○参考人の出席要求に関する件
○災害対策樹立に関する調査
 (地震対策に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(秋山長造君) ただいまから災害対策特別委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る十四日、戸田菊雄君が委員を辞任され、その補欠として中村英男君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(秋山長造君) 理事の補欠選任についておはかりいたします。
 委員の異動により、理事が一名欠員となっておりますので、この際、理事の補欠選任を行ないたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○委員長(秋山長造君) 御異議ないと認めます。
 それでは、理事に中村英男君を指名いたします。
    ―――――――――――――
#5
○委員長(秋山長造君) 次に、参考人の出席要求に関する件についておはかりいたします。
 地震対策に関する件について、本日の委員会に、東京大学工学部教授福岡正巳君及び東京理科大学教授浜田稔君を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#6
○委員長(秋山長造君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ―――――――――――――
#7
○委員長(秋山長造君) 次に、災害対策樹立に関する調査を議題とし、地震対策に関する件について調査を行ないます。
 先ほど決定されました参考人の方々の御出席を願っておりますので、これより参考人の方から御意見を承ることといたします。
 この際、参考人の方に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のどころ、本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。地震対策につきましては、各方面に広く関心を持たれ、その対策を要望されておりますことは御承知のとおりであります。本委員会におきましても、この機会に、参考人の方から忌憚のない御所見等をお伺いし、地震対策の参考に供したいと存じますので、よろしくお願いをいたします。
 なお、議事の進め方といたしましては、初めに福岡参考人から御意見を述べていただき、引き続いて委員の質疑にお答えをいただくことにいたします。
 それでは福岡参考人からお願いいたします。
#8
○参考人(福岡正巳君) ただいま御紹介にあずかりました福岡でございます。この委員会にお招きいただきまして、私の意見を述べる機会を与えていただきましたことに対しまして厚く御礼を申し上げます。お忙しいところお時間を拝借いたしまして、しばらくお聞き願いたいと思います。
 私は、自分では大地震にあった経験はございませんが、昭和二十一年の十二月二十一日の南海地震から昭和四十七年の十二月四日の第二回目の八丈島地震に至るまで数多くの地震災害を調べ、災害の実態を見る機会がございました。その結果、地震というもののおそろしさを十分に知ることができました。そしてわが国の宿命ともいわれる地震に対しまして、自分の専門の立場からいささかでも貢献したいものと考えまして、時に応じましてみずから努力してまいりました。調査はチームワークによって行なわれますので、専門の違う人たちと接触し、その人たちのお話を聞くこともできました。そこで浅いながら広い知識を得ることができました。そして多少とも専門外の本も読んだのでございます。しかしながら地震という現象は自然科学から社会科学まで実に広い範囲を含んでおりますので、とても私の頭では十分理解できません。そこできょうはお許しを得まして、私の専門としております土質基礎工学の立場から地震について研究していること、考えていることを、私の実際に災害を調査した結果とともにお話し申し上げ、御参考に供したいと存じます。はたして御参考になるかどうかは疑問でございますけれども、いささかでもお耳に残るところがございましたならば幸いでございます。
 まず第一に、地震による被害の起こり方について考えてみたいと思います。地震力は震源地から地盤を伝わって伝播されますが、地震エネルギーは地表面付近に達しますと、そこに大きな震動を起こします。この震動によりまして、大地自身は引っぱられたり圧縮されたりいたします。さらにまたお互いにずれるような力も働きます。われわれはこのような力をそれぞれ圧力、引っぱり力、勇断力というふうに呼んでおります。圧力、引っぱり力はわかりやすいのでございますが、勇断力というのはわかりにくいと思いますので、もう少し説明いたします。地すべりの際、すべり土塊がその基盤に及ぼすすべり力のようなものでございます。引っぱり力が作用しますと、地面に地割れが生じます。勇断力が作用しますと、すべりが起こりまして、地表面がずれ、その際にも地面にひび割れが起こります。圧縮力が作用いたしますと、地面は押されてふくれ上がります。このように地面がこわれるのは弱い地盤でございます。地盤がこわれますと、その上に建っている建物はこわれるのは当然でございます。地震のエネルギーは地盤の破壊によって大きく消耗されますので、建物にはそれほど大きな力は加わりません。そこで建物は地震力そのものによってこわされるのではなしに、地盤の変動によってこわされます。新潟地震の際の川岸町の県営アパートは地盤がこわれたために倒れましたが、建物自体はこわれなかったのはよく知られているとおりでございます。地盤がこわれなかった場合にはどうなるかと申しますと、強い地震のエネルギーがそのまま建物に伝わってまいります。そういたしますと、建物は強いエネルギーによって、悪くするとこわれます。その例は十勝沖地震の函館大学、サンフェルナンド地震のオリブビュー病院などに見られます。地盤の悪いところがあぶなくて地盤のよいところは安全であるということは必ずしも言えないということがこの簡単な理屈でおわかりいただけると思います。
 地盤はどうしてこわれるのかということにつきまして考えてみたいと思います。地盤には岩盤と土でできた地盤があります。岩盤でできた水平な地盤は地震でこわれることはまずございません。土でできた地盤にはいろんな種類がございます。砂れき層、砂層、粘土層などでございます。砂れき層は岩盤に次いで堅固でございます。問題は砂層と粘土層でございます。砂層は、砂上の楼閣といわれるように基礎地盤としては弱いと考えられていましたが、実際には優秀な基礎地盤であることが学問の進歩とともに明らかになってまいりました。ただ、それはごく最近までのことでございまして、福井地震のころから地震のときに砂地盤がこわれているのが発見されました。新潟地震では砂地盤が問題であることがはっきりいたしました。アメリカでもその年の三月――新潟地震はその年の六月でございましたが、三月にアラスカに大きな地震がありまして、同様なことが発見されました。十勝沖地震では確かに砂も弱かったが、粘土や粘土分を含んだ土も弱いことが明らかになりました。土以外の建築材料、すなわち、鉄やコンクリートは地震がきたからといって強さがあまり変化いたしません。ところが、砂や粘土のような土は地震の震動を受けますと強度が低下いたします。これがために、その上に建っている構造物をささえ切れなくなってしまいます。また土自体でできているもの、たとえばダムや堤防のようなものはつぶれてしまいます。土は固体と水と空気からできていますが、水分の含み方が大きく、ほとんど固体と水でできている場合、震動を受けて土が変形いたしますと、含有水分の圧力が高くなってまいります。そうしますと、土はもとの固体的な性質を失って液体に近いような性質になります。このような現象を液状化と申します。
 多少学問的になりますが、このことについて図面を使って御説明申し上げます。
 いまからちょうど二百年前のフランス革命のころでございますが、クーロンという人がおりました。この人は電気のほうでも有名で、クーロンの法則というのはだれでも知っているものでございます。このクーロンが土についても最も基本的な原理を発見いたしました。それもやはりクーロンの法則あるいはクーロンの公式と申します。式であらわしますと、次のようでございます。この一番左側に書いてある(1)という式がクーロンの法則あるいはクーロンの公式といわれるものでございます。この式の中でSというのが勇断抵抗力でございます。nと書いてありますのが、これが垂直応力でございます。それからtanφが比例定数でございます。
 S=n tanφ Sとnは比例をする、この比例定数がtanφであるということをあらわしている式でございます。この図1におきまして、上からnという力を加えておきました。横方向にSという力で引っぱりますと、この表の緑色で書いてある部分がすべり面でございますが、すべり面に沿ってすべりを生じようといたします。この下のほうの物体2と書いてある、これは台でございますが、台には図のように反力が働きます。下からnという反力、それからS、反対方向に向かってSという反力が働きます。こういう状態になったときに上の(1)という式が成り立ちます。この図では、上の物体1というのと下の物体2というのはこれは異なったもののようにあらわしておりますけれども、物体1が地すべりの土塊、物体2がすべり台になっている山と考えてみればよろしいわけでございます。物体1と2が同じ場合にはどうかと申しますと、この場合も全く同じ法則が成り立ちます。
 クーロンの後、約百五十年たちまして、ハンガリーにテルツアギーという人が出てまいりました。テルツアギーは、クーロンの法則に土の中の水分の影響を加えて次のような式を提案いたしました。この右のほうの図で示しますように、水圧u――uというのは間隙水圧という用語を使っておりますが、この土の中に含まれております水分の圧力、つまり間隙水圧、この間隙水圧が働きますと勇断強さが減少いたします。その度合いはn−uであらわされるというふうにいたしました。水は勇断抵抗力が全然ございませんで、ちょうど潤滑油のようなものでございますから、その分だけ引き算をしている。これは圧力でございますが、それを引き算しておる。ですから左のSと右のSを比べてみますというと、左のSはuがありませんから、左の勇断抵抗力のほうが右の勇断抵抗力よりも大きいということができます。このuは先ほど申し上げましたように間隙水圧と申しますが、これが地震のときにも地すべりのときにも非常に重要な働きをいたすのでございます。そのためにここで特に取り上げてお話を申し上げました。
 アメリカのカリフォルニア大学のシードという教授は、実験室で模型によりまして、地震時に土の中に間隙水圧が起こることを発見いたしました。これより先に、東京大学の最上博士は、地震によって砂が液状化するということを発見いたしました。これらは地震によって砂地盤がやわらかくなることを学問的に説明するものでありまして、非常に価値があるものでございます。ここに示しました図面は模型実験の一つでございます。地震のような繰り返し力を与えてやりますと、次第に土の中の間隙水圧が上昇してまいります。先ほどの右の式で与えられましたように間隙水圧が上昇してまいります。そうしてある時点になりますと勇断抵抗力が非常に小さくなって、とても構造物の荷重をささえることができなくなります。
 この図面についてちょっと御説明申し上げますと、これが土のサンプルでございまして、この土は水とそれから空気と固体と三つからなっているはずでございますが、この場合には砂のような固体とそれから水が主体でございまして、ほとんど空気が入っていない状況でございます。このサンプルの周囲から水で圧力をかけておきまして、土の中に入っているのと同じ状態にしまして上下から圧力をかけて、これを振動させてやります。地震のときと同じような荷重を与えてやりますというと、この中の間隙水圧が上昇いたしまして、そうしてこのものの持っている強度がなくなってしまう。これは先ほどの模型実験のときの間隙水圧の上昇の状況を示しているわけでございますが、上に書きましたのが、これが新潟地震のときの地震の波型をそのまま書いたものでございます。そうしまして、土の中に含まれております。この中に含まれております水圧をはかってまいりますというと、荷重の繰り返しによりましてだんだんと上昇してきまして、ある程度の、この高い大きな波がきましたときに間隙水圧が急に上昇してまいります。そういたしまして、ここに変位が書いてありますが、ここでサンプルを大きく変位してこわれてしまう。こういう間隙水圧の上昇によって土がこわれる現象を液状化と称しております。この液状化につきましての研究はまだ始まったばかりですので、今後進めていきたいと考えております。これまでは砂の液状化あるいは流動化、俗語でクイックサンドといわれておりますが、このものは非常におそろしいものでございます。粘土にはこのような現象が起こらないとされてきましたが、私どもの最近の実験室研究では、粘土でも同じような現象が起こるということがわかりました。ただ砂と粘土に共通して言えることは、やわらかくて水を含んでいる場合にはこういう現象が起こりますけれども、よく締まって固くなっておりますとこういう現象が起こらないということがわかってまいりました。
 次に、液状化とそのために起こる被害の様相について御説明申し上げます。液状化を起こす土は地中深くにあることもあれば、地表面近くにあることもあります。浅いところにありますと、建物の地盤がゆるみますから建物は沈下、傾斜をいたします。新潟の川岸町の県営アパート、それから駅前の清水カバン店のように傾き倒れます。新潟市内の電柱では二メートルぐらいずぼっと沈んだものがございます。これと反対に軽いものは浮き上がります。下水管や水槽のようなものは土の比重よりも軽いので地上に浮上いたしまして、マンホールは道路上に飛び出してまいります。地下十メートルから二、三十メートルのところに液状化が起こりますと地面はずれます。地中に地すべりが起こります。地表面が傾斜しているところは当然でございますが、地表面がほぼ水平になっているところでもすべりが起こります。その例として、うしろに掲げました図面をつくりました。この図面は新潟地震の海老ケ瀬の国道の変状を示したものでございます。これが道路の中心線で、地震によりましてこういうふうに大きく中心線がずれたわけでございます。この中心線はもともと直線でございましたが、地震の結果曲がりまして、最もはなはだしいところでは、この図に示しますように五メートルもずれてしまいました。この場合、すべり面の位置は深さが六ないし七メートルでございます。信濃川の川底、それから川岸町付近でも同様な現象が見られました。昭和大橋から万代橋にかけての信濃川左岸は、約六メートルも川に向かって押し出してまいりました。八千代橋の左岸のすべりの模式図は、この図に示すようでございます。このすべりのために、橋をささえておりましたコンクリートのくいはこんなふうに曲がってしまいました。橋げたはここに示しましたように傾いてしまいました。八千代橋の中央部におきましても同様なすべりの現象が見られました。この図は昭和大橋の模式図でございますが、深さが約十メートルのところにすべりが起こりまして、この図にあるように橋脚がまっすぐ立っていたものが、ここのところですべりましたので、曲がって、橋げたは川の中におっこちてしまいました。アメリカのアラスカでは、この地すべりが非常に大規模に発生いたしました。地表面の土はかたい砂でございましたために、幅が約十メートル級の大きな亀裂を生じまして、亀裂と亀裂の間の土のブロックは、鉄筋コンクリートの大きな建物を上に乗せたまま動きました。十勝沖地震は、シラスの山が雨のために水を含んでいたところに地震がきまして、泥流化した砂質土は土石流の形で下に向かって流下し、人家と人命が失われました。このような液状化は、埋め立て地の多いわが国では最も注意しなければならないものでありましょう。新しい沖積平野でも同様でございます。
 そこで、これを防ぐ対策はないかということでございますが、前にも申し上げましたように、よく締まった土には液状化が起こらないということが経験的にわかっておりますので、そのようになる工事をすればよいということになります。ゆるい砂地盤を固める工法といたしましては、サンドコンパクションパイル、バイブロフロテーションといったような工法がございます。また、ゆるい砂地盤を掘り起こしてローラーで固めるといったような手間のかかることも重要な構造物では実施されているようでございます。いずれにいたしましても相当なお金がかかることは事実でありまして、技術の力でいかにこれを安くするかというところで盛んに研究開発が行なわれております。現象として液状化はどんなものかがわかったわけでございますが、しからば、この敷地ははたして液状化するのだろうかどうかということも問題になります。理論と実際の関係はこの場合も非常にむずかしいことになります。私どものところの石原助教授は、振動くい打ち機を使って地盤に振動を与え、地中の間隙水圧の上昇する度合いを計器で測定して液状化の起こりやすさを調べる方法を研究しております。また、間隙水圧計を自然地盤に埋め込みまして、小さな地震の際にどの程度の間隙水圧の上昇があるかを調べております。このような新しい方法が完成されることは非常に望ましいことでございます。いまのところ、一般には標準貫入試験という試験を行ないましてN値という値を求めております。そして、N値が一〇以下の小さい値ならば、液状化の危険性がある、二〇以上の大きな値ならば危険性がない、その中間は疑問であるなどと言っておる状態でございます。液状化の起こる深さも地表面から二十メートルだと言う人もおりますれば十メートルでよいと言う人もおります。いまのところはっきりしたことはわかっておりません。したがって、構造物の重要性に従ってきめていくしか手がないという状態でございます。
 地盤の液状化の話はこれくらいにしておきますが、ついでながら、土でできた構造物あるいは自然斜面の地震時の破壊について申し上げます。河川、海岸、ダムのような水理構造物は大部分が土でできておりますし、道路や鉄道の盛り土もすべて土でございます。宅地の中でも盛り土の上にできているものもあれば、裏には切り取りのがけがあることもございます。まず、盛り土の破壊から申し上げます。最近、江東地区の堤防が問題になりまして、地震がきたら小さな川や運河の堤防が切れて大きな水害が発生するだろうといわれております。この危険性がどの程度あるかを従来の地震学的な方法で計算して安全か不安全かということを調べてみますと、総延長の六〇%がこわれるというような数字が出てまいりました。この方法を用いますと、小さな地震、たとえば、東松山地震程度のものがきましても相当こわれることになります。ところが、驚いたことに、東松山地震のときには全然被害はありませんでした。これは現在の学問がいかに幼稚であるかを示すものでありました。こんな方法で求めた六〇%破壊するだろうという予測は全くナンセンスなものと言えるかもしれません。このような状態ですが、残念ながらこの方面の研究者もほとんどおりませんし、かりに研究を始めようとしましても研究設備も何もないようなのが現状でございます。こわれるかこわれないかの予測も、こわれるとしたらどのような対策を立てるべきかもほとんどわかっていないというのが現状でございます。重要な構造物でありまして金に糸目をつけないと言われるならば、それは何とかこわれないようにできましょうが、堤防のように長いものはそうはまいりません。しかし、一カ所でも破堤いたしますと水はどこまでもやってまいります。江東地区の破堤が起こりますと水害は当然他の地区にも及びます。それは地下鉄のトンネルで結ばれているからでございます。地下鉄のトンネルを伝わって他の地区に流れ込まないというようなことはないでありましょうか。
 さて、地震で堤防や道路、鉄道盛り土はどのようにこわれるか、これを図に示しますと次のようになります。この図は新潟地震のときの阿賀野川の河川堤防でございます。阿賀野川の左岸堤は河口から泰平橋の上流まで破壊されました。被害は沈下、すべり出し、亀裂という形で起こりました。天端の沈下の最も大きなものは三メートルに達しました。この図には縦断方向の天端の沈下量が示してあります。これがもとの天端でございまして、地震の結果、天端はこう下がってまいりました。左に寸法が書いてあります。天端の沈下は最も大きいところで三メートルに達しました。この図には縦断方向の天端の沈下量が示してございます。地盤のやわらかいところに沈下、破壊の大きいところが見られます。この辺は地盤が悪、液状化の起こりやすい地盤では特に大きな被害が出ておりまして、ここでも被害と地盤の関係は密接でございます。地震と洪水とは同時にこないからだいじょうぶだという説がありますが、それは必ずしもそうではないことが過去の経験からわかっております。新潟地震のすぐあとから洪水がきたことはまだ記憶に新しいところでございますが、関東震災のあとにも利根川の洪水があり、水防作業でやっと水害を食いとめたという記録があります。福井地震のあとに九頭竜川で水防作業が行なわれております。
 そこでその対策でございますが、私は、堤防に地震余裕高を考えることを提唱しております。地震で破壊されない堤防をつくることは、現在のわが国の経済力をもっていたしましてもまず不可能だと思います。それで、これにかわる方法として堤防の余裕高を大きくし、地震で沈下しても洪水が堤防の天端を越えないようにするのです。地震余裕高は地盤と堤防の高さによって違いますが、最高三メートルくらいまでではないかと思います。もし万一、余裕高を確保できない場合は、敷地を求めて、そこに水防用の土を貯蔵しておくべきだと思います。いまは施工機械が発達していますから、災害後に沈下した部分の堤防を修復するには、土とそれを運ぶ道路があれば足ります。ときによっては海や川の底をしゅんせつしてもよろしいのですが、これは工事に時間がかかると思います。
 この図面は特殊堤防の被害例でございます。新潟の阿賀野川の右岸河口付近でございます。コンクリートのパラペットはくいが打ってありましたが、前方に移動しました。これはすべりによるもののようでございます。それから、この付近の地盤が全体的に沈下いたしましたので、堤防の天端も約一メートル沈下いたしました。ちょうど津波が来襲いたしましたので、津波は天端を越えました。これが災害を受けた堤防でございますが、津波の高さはここまで来ましたので、越えてまいりました。しかしながら、これよりも先に津波は町に入ってきました。それはなぜかと申しますと、パラペットには角落としがあちこちにありましたが、この角落としは平時ならば開閉できるのですが、いざ地震というときには締めることができません。コンクリートのパラペットがひずみを起こして角落としの木が入らないところ、男の人がいないところなどで、そういうために角落としが落とせなかったのでございます。
 鉄道や道路の盛り土の被害は新潟地震でもみられましたが、十勝沖地震のときが最も大きかったようでございます。これは砂地盤というよりもむしろ軟弱な粘土地盤のところでございます。この付近は交通量のそれほど多くない状態でしたからあまり知られておりませんが、ほんとうにたいへんなこわれ方でした。ロサンゼルスではバンノーマンダムが堤体の液状化によるすべりが発生いたしまして、高さ四十メートルのダムは十メートルも高さが減少しました。幸いなことに、ちょうど水位を下げておりましたので、水は天端からあふれることがなかったのであります。もう少し地震が激しかったら、もう少し地震が長く続いていたら、最後に残った一メートルの余裕はなくなり、水は天端を乗り越えたでしょう。その水は段波の状態で下流に非常に速い速度で流下し、下流に住む人と家を押し流し、多数の死者を出したことでございましょう。約十万人の人が避難をしたといいますから、これから見ましてもたいへんなことになったのだろうということが想像されます。その際、高速道路の橋がこわれたのは有名ですが、これは、たわみやすい構造物でもつくり方が悪かったり、地震力の見込み方が少なかったりすると破壊が起こるという例を示したものと言えましょう。ところでその際、落ちた橋の下をちょうど通りかかった車がありまして、車はつぶされました。しかし車の火災はありませんでした。こわれなかった橋にちょうど差しかかった車がありました。盛り土が沈下を起こしたため、橋との間に段落差ができました。この接触部は地震のないときでも盛り土の沈下によりまして段落差が生じて乗りごこちを悪くしていることは御承知のとおりでございますが、地震のときに急に段落差がついたものですから、スピードのついた車はその上に乗り上げてしまいました。しばらく空中に飛び上がりまして、あわててブレーキを踏んで橋の上に再び落ちてきたそうでございます。幸いなことにアメリカの橋はコンクリート舗装で、舗装板が盛り土と橋との接触の間のつなぎの段をしておりまして、坂道になっただけで済みましたので、橋に衝突するということはなしに、乗り上げるということで済んだわけでございます。建設中の道路では、明らかに六十センチメートルの段がついたところもありました。地盤がよいところでこのようになったのですから、もし地盤が悪かったらたいへんなことでございます。ひるがえって日本の道路、鉄道などを考えてみますと、やはり問題点があるのではないかと思いました。
 地震時のがけくずれも心配でございます。十勝沖、アラスカ地震のことについてはすでに申し上げましたが、サンフェルナンド地震のときには裏山にあたるサンガブリエル山脈の山が至るところでくずれたそうです。一九七〇年のペルー地震では大きな山津波で幾つもの町がなくなりました。
 一九六七年の二回の八丈島地震は、ロームの山がいかに地震に弱いかを明らかにいたしました。当時、水道の被害は大きく報道されましたが、山くずれ、がけくずれについてはあまり一般に知らされていなかったように思います。実は水道の被害は山くずれによって生じたものでございます。山くずれで水道の送水管がこわれたのでございます。八丈島では都道が島を一周しておりますが、都道は路側のがけくずれのために寸断されてしまいました。幸いなことに人通りのない、車のあまり通っていない時刻だったために死傷者が出ませんでした。交通量の多いところに、もしあのようながけくずれがあったらほんとうにたいへんです。最近、住宅地が山地に設けられておりますが、はたしてだいじょうぶかどうか心配でございます。関東震災の記録を調べてみますと、やはりがけくずれは相当あったようでございます。
 次に、地下構造物に簡単に触れてみたいと思います。地盤が液状化を起こした場合に地下構造物が被害を受けるのは当然です。このほか、液状化とまでいかなくとも地割れが生じたときは、引っぱり力、圧縮力、勇断力によりましてトンネル、パイプなどは破壊されましょう。これも特に重要な構造物の場合には設計、施工で破壊を防止できますが、延長が長くなり、数が多くなってまいりますと不可能になります。地盤がよい場合でもサンフェルナンド地震のように地表面に断層ができますと、パイプは被害を受けます。あの地震の経験から設計、施工が今後改良されるだろうということも事実ですが、特に注目したいと思います。
 次に、地盤がこわれないのに構造物がこわれる場合について申し上げます。このような場合には強い地震力が構造物に伝わってまいります。地震力が建物にどのような作用を及ぼすかは、簡単に申しますと次の図のようになります。建物に働く力は平常時は重力だけでございます。つまり、gという地球の持つ重力の加速度の分だけ下方に働いております。ところが地震がまいりますと、上下動によりましてこのgが増減いたします。サンフェルナンド地震のパコイマダムの記録では、重力の加速度とひとしい一gの大きさになりました。地震力は主として水平動であることが経験的にわかっております。これは震央が遠いところにある場合でございまして、その場合には水平動が大きいわけです。直下に震源がありますと上下動も大きくなります。パコイマダムでは横方向にも一gが記録されております。これは史上最高のものでございます。われわれは設計の際にこんな大きな加速度をとることができません。せいぜい〇・二ないし〇・三gを採用しております。この図面に書きましたのは、ここに赤い矢じるしで書きましたのは、これは地盤の抵抗力でございまして、これが重力の作用する方向、これが普通に考えている地震力の作用している方向でございます。
 こういったふうな地震力の計算のしかたにつきましては、いま盛んに研究が行なわれているところでございます。これは学問の進歩にまつところでございますが、そこで私が申し上げたいことが一つございます。それは何かと申しますと、ディテールということばでいわれておりますが、構造物の非常にこまかな部分のできふできが地震によってこわれるかこわれないかということに大きな関係があります。継ぎ手の部分はそれにあたります。それからもう一つ重要なことを申し上げますと、これは地震の学問あるいは地震に対する対策の学問というようなものが進んでまいることが必要でございますが、それと同時に、そこで得られた知識をなるべく多くの人にすみやかに伝えるということが必要だと考えます。現在工事が非常に大規模に行なわれておりますために、昔のように工事に携わっている人がいろいろなことを知るという機会が少なくなっております。そのために非常に大きな間違いを起こしている場合が多々見受けられます。ですから、そういう人によってつくられましたものが地震のときに大きくこわれるという可能性があるのじゃないかと考えております。したがいまして、無知による構造物の欠陥というものがあちこちに見受けられるのではないかと考えます。そういう点につきましても特に注意する必要があると考えている次第でございます。
 本日は時間の関係で主として基礎構造、特に砂の液状化について御説明を申し上げましたが、これをもちまして私のお話を終了さしていただきたいと思います。どうもありがとうございました。
#9
○委員長(秋山長造君) どうもありがとうございました。
 それでは、これより福岡参考人に対し質疑を行ないます。
 質疑のおありの方は順次御発言願います。
#10
○古賀雷四郎君 福岡先生は大専門家だから私が質問するとおかしな質問になりますが、東京地震程度のやつがきた場合に、具体的な話として江東三角州地帯のあの堤防、だいじょうぶなのか危険なのか、それをちょっとお伺いしたい。
#11
○参考人(福岡正巳君) お答え申し上げます。
 関東大震災程度の地震がきた場合には、江東地区の堤防が安全かどうかという御質問だと思いますが、現在よくいわれておりますように、江東地区の堤防は非常に古い堤防でございまして、もともと弱いところにもってきまして、地盤沈下のためにたびたびかさ上げが行なわれております。そのかさ上げ工事によりまして弱い継ぎ手がふえているわけでございます。そういったふうな弱い継ぎ手は地震のときにこわれる可能性が大きいわけでございまして、いまもし関東震災程度の地震がきた場合には、おそらくもちこたえることができないのじゃないかと考えます。
#12
○古賀雷四郎君 先ほどからクイックサンドと申しますか、液状化の問題のお話がありましたが、この前のいろいろな参考人の諸先生方のお話で、地震の当然起こるべきところ、昔起こったところで空白地帯がある、その空白地帯に地震が起こりやすいというお話がございました。
#13
○参考人(福岡正巳君) 空白地帯……。
#14
○古賀雷四郎君 空白地帯というのは、地震があちこち起きてあいているところがあるわけですね、そこは地震が起こっていない、しかし以前何千年か前に起こった個所、そういった地帯はある程度日本列島の中で想像できる、想定できるというお話がございました。そこで問題は、先ほど先生がお話しになりましたように、その地震よりもむしろ土質の影響で非常に問題がある、あるいはクイックサンドとかいろいろな問題が起きて問題があるということでございますが、そういう意味で、そういった地帯の地質的な調査が、今後その被害の程度とかいろいろなものを知るために必要であるかと思いますが、そういう点につきまして、ひとつ先生の御意見をお伺いしたい。
 それから、先ほどお話がありました江東三角地帯の堤防にいたしましても、たとえばこの関東の沖積平野に先ほど御指摘のような液状化の問題とかなんとかが起こり得るのかどうか、その点について、たとえば地震係数とかいろいろな問題がたくさんございましょうが、その地震係数の水平係数をとっても、それで設計されたやつが十分であるのかどうか、そういったことに対する処置というのは非常にむずかしいと思うのですが、土手の場合には簡単にかさ盛りができるというようなお話でしたけれども、実際コンクリート堤防しかできないというような都会の状況では、なかなかそれの処置がむずかしい。それに対しましてどういうぐあいに考えていったほうがいいのか、その辺についてひとつ御意見をお伺いしたいと思います。
#15
○参考人(福岡正巳君) お答えいたします。
 いまの御質問は三つあったと思います。一つは、空白地帯における地質調査の必要性、それからもう一点は関東地方の液状化の可能性、それから第三点は特殊堤防の安全性と、こういう三つであったかと思いますが、それでよろしゅうございますか。
#16
○古賀雷四郎君 はい、けっこうです。
#17
○参考人(福岡正巳君) まず、空白地帯の地質調査の必要性でございますが、これは当然必要でございます。それは新たに地質調査を起こすことも必要でございますが、これまで相当たくさんの調査がなされておりますから、その調査を十分に検討して、そうしてその結果に基づいて調査をすれば非常に有効じゃなかろうかと考えます。ただし、その際に、先ほどお話で申し上げましたように、非常に調査の方法が幼稚でございますから、そういうふうな調査を進めるとともに、調査技術の開発というものも並行して進めないといけないと考えます。
 それから、その次に御質問の、関東地方に、はたして液状化が起こるかどうかという可能性でございます。これにつきましては、まず間違いなく起こるだろうというふうに考えます。関東震災のときに関東地方に液状化が起こったかどうかということにつきまして、いろいろな資料を調べたり、昔の経験者の話を聞いたりいたしましたのですが、はっきり液状化が起こったという証言を得ましたのは、青木楠男博士がちょうど関東震災のときに栗橋の橋梁をかけておられたわけですが、そのときに栗橋の河川敷に液状化が見られたということでございます。栗橋は関東震災の震央から相当離れているわけですが、そこでも起こっている。ほかの地方でも起こったんじゃないかと思いますが、あまり記憶のしっかりした人がございませんので、資料は得られておりません。特に関東地方で新しく埋め立てたところが東京湾の沿岸にたくさんございます。そういうところはまず間違いなく液状化が起こると考えているわけでございます。それから、新しい河川の堆積物でできている砂地盤におきましても起こると考えられます。
 その次の第三点でございますが、特殊堤防についての御質問でございますが、先ほど私のお話し申し上げました新潟の阿賀野川の下流の右岸堤、松浜堤防でございますが、その堤防におきまして、先ほどお話し申し上げましたように被害が生じておりまして、その被害の実態というのは、先ほど申し上げましたように、堤防の沈下とそれからお互いのズレと、それから先ほどお話しを申し上げませんでしたけれども、パラペットウォールの下を通る浸透水によるせん掘でございます。そういうものがあったわけでございまして、そういったふうな現象を防ぐためには、やはりコンクリートの構造物だけじゃなしに、多少やはり土を使って補強しなければならないんじゃないかと考えられます。それで、松浜の堤防の復旧に際しましても、やはり裏に土をつけまして、ひび割れが起こるかもしれませんけれども、浸透水によって直ちに破壊をされないような措置を講じましたですが、そういったふうな、土とそれからコンクリートの長所を生かしながら、新しい型の堤防をつくっていくというようにしたらどうかと考えている次第でございます。
 以上です。
#18
○古賀雷四郎君 先ほど青木楠男先生のお話が出ましたけれども、利根川の河川敷にクイックサンドの現象が起きたということは、その利根川の堆積土砂という関係でしょうね。そうとすれば、これは利根川は従来からずいぶん乱流しておったのでそういった地帯の住宅立地とかいろいろな問題は、よほど地質的に考えていかなければいかぬということでしょうね、その点についていかがですか。
#19
○参考人(福岡正巳君) お答えいたします。
 お説のとおりでございまして、利根川の河道が何回も変わっておりまして、締め切ってその上に堤防をつくっておるところがございますので、そういう地点は特に液状化が起こりやすいと思います。御説のように、その点につきましては十分考える必要があるんじゃないかと考えます。
#20
○上林繁次郎君 二、三お尋ねしてみたいと思うのですけれども、先生のお話ですと、強い振動が起きると液状化を起こすという、こういうことですね。そうなりますと、非常に液状化ということはおそろしいことだと思うんですね。どうしてもこれに対するいわゆる防止対策といいますか、先ほどちょっとお話があったようですけれども、この防止対策というものが今後考えられていかなければならぬじゃないか、こう思います。これに対する研究ですね、これはどの程度まで進んでいるのかという点、そしてまた、その研究がなされている場合に、予算関係等はどういうような形になっていますか、その点のところを一点お尋ねをしてみたいと思います。
 それから、先生もおっしゃっていたんですが、戦後特に埋め立てによる土地造成というものが行なわれてきているわけですね、そういうところは、いまの先生のお話ですと、どうしても液状化が起こりやすい、こういうことが言えるわけです。そこで全国的に見て、との液状化を起こしやすい地域というのはどういうところがあげられるか、その点ひとつお答えいただければと思います。
#21
○参考人(福岡正巳君) お答えいたします。
 まず第一点は、液状化の防止対策に関する研究がどのように行なわれているか、その予算はどうなっているかという御質問だと思います。第二点は、日本全国で埋め立て地がたくさんあるが、液状化を起こしやすいところはどういうところかという御質問だと思います。
 第一点につきまして申し上げますと、液状化の研究は単に日本だけの問題じゃございませんでして、これは世界的にも非常に重要な問題であると認識されております。と申しますのは、先ほど申し上げましたように、アメリカでもアラスカの市街地が液状化のためにすべりまして大きな破壊を起こしたということがございます。それからバンノーマンダムが破壊されましたのも、これもやはり液状化のためだと考えられております。そういったふうな世界的な問題でございますので、日本だけと言わず、世界じゅうの学者がこれに取り組んでおります。それで、先月もモスクワで国際土質工学大会が開催されましたんですが、そのときもやはり重要な共同研究発表課題といたしましてこの問題が取り上げられました。それで、日本からもそれに対して論文も出し、また外国からも論文が出されまして、活発な討論が行なわれました。それよりも少し前にやはりローマで世界地震会議がありましたんですが、そのときも日本並びに諸外国からこれに関する研究報告がなされまして、活発な討論が行なわれました。それで、日本の場合でございますが、特に先ほど申し上げましたように、東京大学の私どもの研究室におきましては、最上先生が残された伝統もありまして、この研究を最も重要なテーマとして取り組んでおります。そのほか日本の各大学、研究所におきましてもこの問題と取り組んでおりまして、全体の予算を私もよく調べておりませんのでお答え申し上げるわけにいきませんですが、たとえば私どもの研究室の場合で申し上げますと、大学本来の研究費はほとんどゼロにひとしいと言っていいと思いますが、科学試験研究費というのが文部省にございまして、その中で災害科学特別研究費というのがございます。その中に液状化の問題を来年度から取り上げるようになりまして、おそらく一千万円程度のお金はその研究に対して計上されるんじゃないかと期待しているわけでございます。ほかの機関のことにつきましてはよくわかりませんです。
 それからその次に、第二の御質問でございますが、埋め立て地がたくさんありますけれども、日本じゅうで液状化の起こるところはどういうふうな状況かというお話でございます。先ほど申し上げましたように、埋め立て地は大体液状化が起こると見てよろしいと思います。それからもう一つ、新しい堆積のところ、過去百年ぐらいに堆積したようなところは大体液状化が起こる地域じゃないかと考えていいと思います。ですから、そういうところが特にたくさんあります東京湾沿岸、それから伊勢湾沿岸、それから大阪湾沿岸というようなところは当然こういう現象が見られると考えます。なお、内陸部におきましても、えびの地震のときにはやはり液状化がございました。ですから、内陸部といえども新しい堆積のあるところは液状化が起こる地域と考えてよろしいかと思います。なお、山のようなところでも、十勝沖地震において山がくずれたところがありますが、そういうところでは液状化が起こっておりますので、そういう地帯も入ると思います。
 以上でございます。
#22
○委員長(秋山長造君) 他に御発言もないようですから、福岡参考人に対する質疑は終了いたします。
 福岡参考人には、御多忙中のところ本委員会に御出席をいただき、貴重な御意見をお述べいただきましてありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。
 ちょっと速記をとめてください。
  〔速記中止〕
#23
○委員長(秋山長造君) 速記つけて。
 次に、浜田参考人から御意見を聴取いたします。浜田参考人。
#24
○参考人(浜田稔君) 私に課せられました問題は、おもに建物の倒壊とか火災とか関連した避難の問題であったかと思います。限られました時間に有効にと、まあ自分なりに考えまして、お手元に要旨をお渡ししてあるかと思いますが、これらの問題のうち火災というのは、大震火災の対策といたしまして、過去の事例から見ましても一番大事だというようにみんな受けとめまして、多くの大地震対策のうちでは一番早くから着手したものでございます。だんだんに御説明申し上げます。なお、今日それが続行されておるわけでありますけれども、さりとて今日もうだいじょうぶな状態になっているというわけでは決してございません。
 そこで、お話ししたいと思いましたのは、関東地震から私どもはどういう示唆を受けたかということ、それから当時の東京と現在の東京とで一般にどういう点がどう違ってきたかというような現状の分析と、それから、しからば今度くるであろう東京の地震を中心にいたしまして被害をどういうふうに見ておるかという、そういう被害想定の問題と、それから、それらに対しまして、先ほど申しましたように、他の対策よりはわりあいに早くから少なくとも着手だけはしたわけでございますね、そこで現状の避難計画というのがどうなっているかということ、それから、それの問題点、次いでその現状の避難計画というものが決して満足できるものでもありませんので、今後どういう方針で増強していったらいいのかということを申し上げて、火災避難の問題は一応終わりにしたいと思いますが、なお、その中に木造家屋の倒壊について出てまいりますけれども、耐火建物、このごろの高層ビルを含めまして、そういうものの倒壊及び火災につきまして最後にまとめてお話し申し上げたいと、以上のようなことでございますが、あとでまた、これかなり多岐にわたりますので、それぞれそう詳しくもいきますまいが、お聞きくださいますれば幸いでございます。
 まず第一に、このプリントで順番に見ておいていただきたいと思いますが、一番は「大正十二年関東地震からの参考事項」というところでございます。これはいろんな教訓がたくさんにございますけれども、特にそのうちから重要なものを抽出いたしまして、今後の対策にこういう点は大事だというような点をそこに三つだけ書いてございますが、まあこのほかにたくさんこまかいディテールにわたりましてはございましょうが省略いたしまして、まず第一は焼死者というものは家屋の倒壊による圧死者に比べまして圧倒的に多いということ、これはもう言うまでもないので皆さん方とくと御存じのことと思いますが、数で見てみますと、旧東京市は圧死及び焼死を合わせて六万百人と記録されておりますが、そのうち圧死者だけの数というのは、これ的確にはなかなかわかりにくうございます。というのは、倒れた下敷きになって死んだのか続いて起こった火災によって焼け死んだのかという区分がはっきりしておりませんのでありますが、まあ当時いろんな調査がございました。そのうちからわりあいに信頼の置けるようなものを見てみますと、倒壊家屋が二万三千百戸棟数で一万三千棟というような数字がありまして、これから類推してみます。方法は過去の大地震で、各地の地震で家が何軒ぐらい倒れたら何人ぐらい圧死者が出るかというようなことがございます。そういう統計から類推しますと、東京市の場合には圧死者は約二千人ぐらいであったんではなかろうかと、これはまあ推定でございます。それに火災が上乗せされますというと六万百人にはね上がってしまいますので、何と申しましても、その横に棒が引いてありますように火災対策というのは非常に重要だと、最も重要だというふうに認識しております。
 それから焼死者、火災はつきものだと申しますけれども、また、そのとおりでもありましょうけれども、焼死者という、死ぬということになりますというと市街地の広さが非常に問題でございまして、火に追われて逃げる、比較的小さな中小都市におきましては、死者の数というのは勢い逃げられやすいものでございますから少ない。そこに居住しておる住民の数ももちろん少のうございますが、それらのことで少ない。ちょっと例を見ますと、これはまあ中都市の地震の例でございますが、新宮のときには千三百六十二人の死者でありましたし、福井のときには三千七百六十九人というようなことでございまして、東京の六万百人というのはずば抜けて多うございます。これは大都市の宿命であったと思うんでございますが。
 それから次は、火が出ますから、その火は何とか市民が各自の力で消してもらいたい、いわゆる初期消火でございまして、その重要性につきましてはもう至るところでいわれており、国民もそういうふうに認識しておると思いますが、当時の東京市の出火数は百三十四ありまして、そのうち市火が自分で消しましたのがありまして、消し終えないで延焼していった火災数が七十七、ですから百三十四から七十七を引きまして、もとの百三十四で割りますと市民の消火率、市民がどれだけの率で消火したかという数になりますが、それが四二・五%ございます。そこで、あのどさくさに市民がとにかく四〇%あまり火を消したということは非常にまあえらかったと思うんでございますが、そういうことでございますので、横の線のように、初期の消火というものが地震のときでも相当可能性があるということ、ただし、これに限界があるということも、こういういろんなことを計画する上にはよく心得ておかなければならないのではなかろうかと思います。なお現在では、大体これを六〇%は火を消してくれるものであろうと期待していろんな対策が進められております。東京地震のときが四二・五%、今度の地震に対して六〇%といたしました理由は、平素の火災でもだんだんと初期消火の重要性が国民に浸透いたしまして、過去からずっと毎年毎年上がっておりますので、そういうようなことを勘案いたしまして六〇%というふうな数を使っております。なお、関東地震のときは消防隊が消した数というのは、最終的にこの火点の火災は消し終えたというのは不幸にしてゼロというふうになっております。当時は東京市に三十何台しかポンプがなかったんですね、いまは六百台ございますから、いまの状態に引き直したことはまたあとで述べさしていただきたいと思います。
 それから三番は、当時避難計画というものは全然なかったんですね、市民の流動にまかせたというようなことでございまして、そこの避難計画がなかったということが大量の焼死の直接の原因であったというふうに考えます。それで計画的な避難というものが非常に重要であるというふうに思う次第でございます。それの説明は、まあ何と申しましても木造都市であるということが、この焼死の多かった根本の理由ではありますけれども、直接的には、木造都市で燃えるならばせめて避難計画というものがあってほしかったと、避難計画がなかったからあんなことになったんだというふうに思うんですが、なお、その理由を見てみますと、いまの江東、墨田区のほうですね、当時の深川、本所区ですね、隅田川から。市と南葛飾郡の境、そこまで約二・五キロの距離でございます。でありますから、かりに隅田川ほとりの深川、本所区民が早くから東のほうへ向かって、つまり郡部のほうへ向かって逃げておったといたしますれば、これ約一時間の行程でございますので、ああいう大量の死者は起こらなかったのではなかろうかというふうに見られるのでございます。
 それからまたその次の、地震後火事がたくさん起こったと申しますけれども、約二時間の間は点々とあちこちで出火があった。それが島状にそれぞれ燃えておりまして、その隣接する火災の間を十分に通過できたのですね、ということが、その燃え広がりの事後の調査で何時間日にはどこまで燃えておったというようなマップがございますが、そういうものから十分に察知ができます。こういうようなことから、とにかく本所、深川両区の住民がもし適時に東へ向かって避難をしておれば焼死の大部分は助かっていたと見るのでございますが、この事実が、私どもこの避難対策が重要だ、そしてそれをやらなくちゃいかぬと強く主張いたしましたのですが、それの一つの動機になっております。これを現在の東京に拡大しながらこう対応させまして、そして、さて今日の東京ではどうだというふうに考えなければならないのではないかと思いますが、だんだんと説明をあとにまた申し上げます。
 それから次は、大震火災の対策という点から見ました現在の東京の区部の状況をもう一ぺん振り返ってみようと思いますが、その第一は現在と関東地震との対比でございます。現在の二十三区と旧市との比数――現在の二十三区の値を分子に置きまして、それから旧市の値を分母に置きまして、その比率でございますが、面積では七・一倍にも膨張している、人口でも三・五六倍というふうに膨張している。人口密度ということになりますと、つまり一平方キロに何人の人がいるかというような見方でいきますと、〇・五というふうに幸いにこれは減っております。それから木造の棟数で見ますと四・六三倍というふうにふえておりますけれども、その棟数をまた面積で割った木造の密度というふうにこれを見ていきますと、〇・六五というふうにこれは減っております。これは現在の二十三区全域とそれから旧東京市の全域とを比較したものでありますけれども、最もひどいと思われる江東方面についてのみ比較してみますと一ここでは現在の江東区と旧深川区の比数を書いてみます。現在の江東区からは埋め立て地の空地を除いてございます。面積で二・七八倍というふうに、二倍何がしというふうに膨張しておりますが、人口も一・七六倍とふえておりますが、人口密度はやはり〇・六三というふうに減っておりまして、木造の棟数は二・三一二倍、木造の密度は〇・八四倍、まあ減り方が少のうございますけれども、とにかく密度は減っているというわけでございます。それでこういうふうに、とにかく密度なんかから見ると一応いいようでございますけれども、何といっても面積と人口が巨大化しておる。これが当時に比べまして震災対策を困難にしている根本的な一番大事な点である。つまり巨大都市の宿命でございましょうか、そういう巨大化ということが対策の上に非常に大事なポイントになっておると思います。これは大きな目で見ればいろいろな事柄からもみないわれておりますように、やはり東京の地方分散というようなことが必要になってくるのであろうかと思いますが、ここらは皆さま方のほうがどちらかというと御専門でございますから、その程度にいたします。
 それから、二ページ目にまいりまして、それじゃ現在の東京では危険のもとをなすものは何か、何といっても木造の建物でございますので、木造家屋が年々どういうふうに増減しているかというおおよそのところをつかまえてみたいと思います。これは東京の例をとりましたけれども、各都市とも大体似たような傾向を示しております。これは二十三区につきまして、昭和四十五年をもとにして、昭和四十五年当時から十年後を推算した結果でございますが、都心にある、千代田、中央、港なんという区が減少――これはパーセンテージですね。副都心の新宿とか渋谷とかというところもとにかく減っていくでしょう。それから中間の文京、品川、目黒、豊島なんというところもそうです。それから下町は危険危険と申しますけれども、やはり年々木造の数は減っていっております。それから周辺でも、大田区、板橋区は減っておるように算定されてまいりますけれども、これは九七%とか九四%というふうに、まあ大きな目で見れば現状とそう変わらぬという状況でありましょうか。それに対しまして今後とも増加を続ける、
 木造の建物がふえていくという区が周辺にずっとございまして、世田谷、中野、杉並、北、練馬、足立、葛飾、江戸川、これはいずれも周辺の区でございますね――まあ中野は周辺とは申せぬかもしれませんが。大体こういうところはみな一〇〇%を上回っておりますから、まだ危険を蓄積していっている区であるというふうに見られます。総合いたしまして東京都全体では一〇八%だが、区部だけでいうと九九%、つまり当分横ばいだというようなふうに見られるのでございます。でございますので、あとで対策として出てまいりますけれども、周辺区に対する危険増の回避ということですね、その行政措置が非常に重要であり必要であろうかと思うのでございます。
 それからその次、二行飛ばしまして、「なお」というところですね。関東地震のときには、木造は純木造と呼んでおりますが、これは昔の壁、外壁を木の下見板なんかで張りましたほんとうに延焼の早い木造でございますが、今日ではこれに対しまして大体モルタル塗りにした、いわゆる防火木造をかなり定着させることができまして、あれは木造でございますから、しょせん焼えるといたしましても、延焼の速度なんかでいうと約七割ぐらいに――純木造の市街地に対しまして、防火木造の現在の市街地では約七割ぐらいに減ってくるんでありますが、さらに木造から耐火造へというふうに質的な向上ございます。日本の耐火造は昭和二十五年ぐらいまでは、もう私どもの先輩の時代からいろんな施策がありましたけれども、ちっともふえていかなかったと言ってもいいぐらいであったんですが、昭和二十五年から幸いにどんどんどんどんふえていったんですが、今日その過程にあるわけでございますが、大体その次にありますように、関東地震のときに比べまして東京の市街地は、全体としては延焼速度は約七四%と見ております。見ておりますというのは、これは昭和五十五年になったらこうなるということですね。七四%というふうに減るには減りますけれども、これではやはりいろんなことを検討してまいりますと不十分でございます。というようなことを考えると、耐火造はどんどんふえてまいりますけれども、なお市街地一般につきましての不燃化の促進というようなことは必要であるということは言うまでもないかと思います。
 それで、次は、現在と関東地震時との火災及び避難に関係する要因を比較したものでございます。いろんな要因がございます。いずれもできれば定量的に比較していって、そして初めて被害の想定でありますとか、それから対策の的確性を求めることができるんでありましょうけれども、大体いろんな研究が昨今この方面でもかなり急速に進歩してまいりまして、だんだんとみんなこれ定量的になっていきつつありますけれども、非常に繁雑でございますので、いまはここにはただ定性的に書いたものでありますが、このバッ点のついているのは現在のほうが悪いのです。マルのついているのは現在のほうがいいのです。広さは広くなったからバッ点だと、人口も非常にふえたからこれもバッ点であります。構造物の質といたしましては、建物は以前から比べるとこれは全体としてマルだと、土木施設もこれは以前と比べたら全体として大づかみに言うならばマルだと。それから消防力は、これは人口千人当たりの消防力でございますが、ポンプの数は格段とふえましたからマルだと、水利もマルだと。避難は、計画があるということで大きくマルでありますが、歩行の負担、避難者が歩いていかなきゃならない、その歩行の負担ということになりますと、市街地が広くなっただけにこれはバッ点だと。誘導の方法は、携帯ラジオとか、場合によりますとヘリコプターなんかによる誘導もできましょうから、これはマルだと。それから歩いていくんですから経路があるわけですが、その経路の安全性ということになりますと、これはまあ第一遠いもんですから、いろんな燃え込みとか、経路に危険物があるとかいうようなことでバッ点と。それからなおその次に、危険物というのに着目いたしますと、これは確かに以前よりはふえておりますのでバッ点だと。ガス、水道、電気につきましては、これはまあ大体同じ程度と。その他、道路は十分に広くなりふえもいたしましたが、車がそれに増してふえましたから、交通事情はバッ点だと。情報伝達はマルだとか、浸水の危険はバッ点だとかいうようなことでありまして、要するに、これを書きました趣旨は、よくなっていること、悪くなっていることが非常に錯綜しております。で、大事なことは、地震のことはみな身近な問題といたしまして各自みんないろんな意見を申されるのでありますが、計画の任に当たりましては要因別に適正な判断が必要である、大事なことに重点を置いて、そしてやっていくというような姿勢が必要であると思います。
 また一方、単に危機感をあおる、あるいは危機感にかられっぱなしというようなことはおろかなことであろうかと思います。ことし震災から五十周年ということで、この九月一日の前後に報道陣が非常にいろんな点から報道してくれました。あれを見ておりますと、大体危機感をあおるということに重点があるんですね。私は何人かの記者に雑談でいろいろ話しましたけれども、なぜあなたたちは危機感ばかりあおるんだと、いまはもうそういう危機感よりは対策をどうするかということの時代なんだと、それで現在進行中の対策に対する批判であるとか、あるいは提言であるとか、そういうような報道はどうなんですかと言うて聞くと、いや、いまは危機感さえあおっていればそれでいいんだと、日本という国は案外ポテンシャルがあって、危機感さえあおっておれは何とかそのうちなるんだと、報道の使命は第一に危機感だというようなことですね。ほとんどの人が異口同音にそういうことを言われましたので、まあそれなりに効果があったと思いますが、かなりの人が、いままで無関心であった人が地震にはどうだというようなことを考えてくれておるようでありますので、まあ効果はもちろんあったんでありましょうが、しかし、こういうことを計画し、指導する立場から見ますならば、今後はもう対策の時代だというふうに強く感じるのでございます。
 それから、その次には、いま申しましたような多数の多様な要因を総合いたしまして被害想定というのは今度の地震にはどういうふうになっているかと申しますと、大体この大震火災の被害想定というのが東京でできましたのは、東京消防庁に火災予防対策委員会――これ、いまは審議会に格上げされて、拡大改組されましたが――がありまして、外部の地震や火災の専門家を相当入れまして、委員会で研究し、で、この被害想定が三十六年に初めてできました。これ、いまから十二年前になりますですね。そして四十二年に市街地の状況がだいぶん変わったからというのでこれを改訂し、現在また、これはまあ六年もうすでに今日たちますから、目下また見直し中ではありますが、大体こういうものがもとにありまして、それで東京都の防災会議もこれを踏襲いたしましたし、それからさらに自治省の消防庁は、これを南関東全域に拡大いたしまして、大体の考え方は同じようなことでございましたが、現在では東京都のほかに神奈川県においても相当活用されておりまして、対策へこれが漸次移行しておるという過程にございます。なお、関西方面におきましてもこういうのを非常に参考にされまして、また向こうにも専門家がおりますから、そういう方の意見なんかも加わって進行しておるように見受けております。
 それから、じゃそういった被害想定によりますというと、東京の区部については関東地震と比べてどんなことになるかという比較をしてみますと、想定しました地震の強さは関東地震の強さとかりに同じといたしまして、これ以外にちょっと仮定のしようもございませんので、そこは同じといたしまして、木造家屋の倒壊数を比較し、かつ季節、時刻、風速などをかりに関東地震と同じ、つまり夏の正午、風は十二メートルパーセックぐらい吹いておりました、そういう条件を同じとして、今度は火災も比較してみます。そういたしますと、倒壊のほうでいいますと、まず棟数は現在の二十三区で想定地震で一万九千八百六十六、これは一定の方式で計算しておりますために、こんな一位まで出ておりますが、大体二万棟というふうに読んだらいいのではないかと思いますが、倒れる。旧東京市では、これは関東地震のときですが、一万三千ぐらいの家が倒れた、これは実績でございますね。それからこれは全域でございますが、ひどいといわれる下町の代表として現在の江東区と当時の深川区とを比較いたしますと、今度は三千八百五十七倒れるのに以前は二千六十四でございました。倒壊の棟数率、つまり全体の木造の棟数に対していま述べました倒壊の棟数の比率ですね、倒壊棟数率というものを勘定しますと、今度の全域では一・二%、関東地震では三・六%、これは何といっても下町が多うございましたが、いまは山手を含んでおります。それから、木造といえども耐震的な手法がかなり定着いたしておりますので、そういうものを評価してこういうふうに倒壊率としては減ってきております。江東区はさすがに想定地震でも、今度でも六%、関東地震のときが七・五%というような高率の倒壊率を示しております。それから火災が、出火数は大体全域では三百四に対して関東地震のときには百三十四。市民が消して残りの延焼火災数というのが百二十八と七十七。それを密度に直すと、つまり一平方キロに対してみますというと、想定地震では〇・二三、関東地震でも〇・九七でございます。一番ひどいという江東区――深川区では、五十一出火がある、以前は十一であった。延焼火災数は今度は二十一ぐらいであろう、以前は八であった。それを密度でいうと〇・九八、関東地震のときには一・〇四。この延焼火災を東京消防庁の消防ポンプで消すわけです。で、図上の作戦検討をいたしまして、消し終えるものがどれだけあるかというようなことをして引き算し、いよいよ野放しでお手あげな拡大火災数というのが、想定地震で五十七、関東地震で七十七。関東地震の延焼火災数七十七、拡大火災数七十七でございますから、消したのが一つもなかったわけでございますね。部分的に延焼を阻止したという記録はたくさんございます。江東区――深川区ではそれぞれ十七、八というようなことになってまいりますですね。そこで、この数字の中の延焼火災数の密度というのがいろんな対策にかなり関係してまいります。これ夏の正午のことでありますけれども、一平方キロに対して一つぐらいであるということですね。案外火災密度というものが少なかった、今度も少ないであろうと、案外少ないということですね。この対策よろしきを得れば今度の地震にも対応されていくんではないかというふうに、ちょっとばくとそんな感じも持たせる数字でございます。
 ところで、これは実は出火数ということになりますと、いろんな攪乱要因がございます。まず第一に、冬の夕食時でありますというと二倍以上に出火率がはね上がるんですね、そこにちょっと書いておきましたが。それから個々の出火源について石油ストーブというのが非常に問題でございまして、これは非常に火のもとといたしまして、冬は非常に普及している、多くの家でこれを持っている、しかも出火危険が大きいというような意味で、これ問題が大きいんですね。それで十勝沖の地震のときに、これをかなり詳しく調べられまして、そのときこれだけストーブを使っていた、それから火の出たのはこれだけだと、ついては出火のパーセンテージはこれだけだというような勘定をまずして、それを東京の現在の冬の石油ストーブの数にかけたりして、東京ならどれだけになるかというような、そういう推定をやってみますというと、実にこれが三万件というような答えが出てまいります。三万件なんということになりますと、どんな対策やってもちょっとやそっとじゃこれはできないと、これは別途、三万件はゼロにする、そういう抱負で別の対策を立てなければならないということにみなの意見が一致しまして、ついては、地震がきたら自分で火が消える自動消火式の石油ストーブを開発しようということになりまして、このことは消防関係者のほうで非常によく研究してくれました。で、研究というのがなかなか実際に反映するまでに時間がかかるんでありますけれども、この石油ストーブの研究は非常に早かった。それで、そういう点では非常に実も伴ってできましたが、非常に高く評価していいんではないかというふうに思っておるんでございますが、ところで、それが行政的にはどういうふうになっているかと申しますと、火災予防条例によりまして、ことしの七月から、移動式の石油ストーブは地震動によって作動する安全消火装置をつけなければ使ってはいかぬというようなふうに規定されております。それが石油ストーブのメーカーにもかなり浸透しまして、いまではほとんどこういうもの以外はつくっておらない実情にあると聞いております。したがって、売っておるものもみんなこういうものになっておると。ところが、いま現在持っているものがあるわけですね。石油ストーブの寿命というのが、耐用年数が五、六年のものであると聞いておりまするので、五十二年の六月まで、現在持っているものだけはしかたがないというので猶予期間がありますが、たまたまこの地震の六十九年の周期説によりますと五十四年というのが危険の入り口になりますので、五十二年の六月ごろまでにこれが全部買いかえられて、そのころになったら全部こういうことになるのであるならば、一応いまではいいんではないかというようなことになっておるのでございますが、そこらはどんなものでございましょうか。
 それから都市ガス――御家庭で使っているガスをはじめ都市ガスですね、これも各家庭に浸透しておりまして、火もととしては非常に多い。冬の出火に対しては非常に心配だ。それで、このガスの問題点は、ロサンゼルスの地震のときなんかにもそうでありましたが、道路の下に埋設してある地下埋設管ですね、あれが破壊して爆発するという、そういう可能性があるということが一つ、それから末端の使用中のガスコンロからの火災と、こう二つあるわけですね。それで、これの対策はちょっとおくれております。いまはどういう段階かと申しますと、地下埋設管が網の目のようになっておりますが、それの要所要所に自動閉止弁をつけるということにして、その弁はどういうものだなんというようなところは大体煮詰まってきておりますが、どことどこにそれじゃそういうものをつけるかというような詰めがちょっとおくれております。が、これは一年あるいは二年もかかれば――少なくとも方針だけは一年以内に立てたいと思っておりますが、そんなことで東京ガスの会社におきましても大体の方針は合意になっておる事項でございます。だから、この都市ガスなんかもこういうことは皆無にしなければいけないんですね。「その他、危険物」と書きましたのも、こういうものの出火は、これからの出火は、とにかく現在の対策の基本の姿勢としてはこういうものはゼロにするということで、それで一番初めに申し上げました予想地震における出火数これこれというのがありましたですね、あれの数にようやくなって、あれに対しては以下述べますように何とかなっていくというようなことでございます。なお、ガソリンスタンドは地下の貯油式でありますので、一般にいわれているように危険なものではないと思います。
 これが被害想定なんですが、その次に四番、現状の避難計画はどうなっているかと。で、これは地上の物件の焼失はやむないといたしましても、人だけは死なせたくないというような、そういう方針で避難計画というものを立てたわけでございまして、その現状の避難計画というのは、東京区内に避難場所が百二十一ございます。これは二十三区を百六十七の地区に分けまして避難場所へ割り当ててあるわけでございます。それで定員というのは、避難場所が現状の避難場所でございますから、現在ある空地その他を利用しての話なので、おのずから安全だということをたてまえにすれば定員があるわけでございます。それで一人一平米というんで、これが最低というようなことを原則としながらやっております。一人一平米というのはいかにも過密でございますけれども、ここに避難してほんとに苦しいのは――まあほんとに苦しいとなったら一時間とか、それに次ぐ相当苦しいなんていうのまで入れてもまあ二時間というような程度であろうかと思いますので、それを過ぎればずっと楽になりますので、まあ一人一平米ということでやっておるんでございますが、横浜、逗子、小田原、府中、立川、武蔵野というようなところで方法だけこれに右へならえしまして、そしてずっとやっておりますが、ここらはやっぱり相当広いところがたくさんありますので、一人二平米で計画ができております。ただ、これ原則なんで、これを割り込んでいるようなところもあとに出ております。それからもう一つは避難発令を、発信を原則として一時間以内にやってもらいたいと。で、大体みんなこういうことでいま現在やっておりますが、これも一時間、何しろ震災対策本部ができて、それから避難発令というようなことになりますので、まあこのくらいの時間がかかろうかというんでありますけれども、これは役所側でできるだけ短縮させるべきなんですね。それで地区によりましては、これを、一時間をもっと早期にしなきゃならぬようなところもありますし、いろんなところがございますが、あとに若干述べます。要するに、この計画は現状として最善と考えておりますけれども、何ぶんにも現状を基盤としておりますので、かなり窮屈なんですね、いろんな点で。
 そこで、その次の問題としてどんな点が問題があるのかと申しますと、一つは、歩行距離が遠いところがあると。これ東京区部の場合でありますけれども、上に歩行距離〇――これキロです。四、六、八とあって、一番遠いところは八・九七キロ、約九キロ歩かなければそこへ到達しないというようなことになっている。これは豊島区の一部なんですが、そんなふうになっていて、それぞれの区分に相当する避難人口がそこに何万人という単位で書いてございますが、そうすると東京は広いですからあんまり欲ばったってしようがないから、しかしせめて四キロ歩いたらそこへ到達するようにしてやりたいと思っておりますが、四キロこえる人口が、四キロから六キロを歩かなくちゃならないのが百十三万人もおるでしょう。六キロから八キロ歩くのが三十八万とか、八キロ以上はさすがに少なくて三・三万人ですが、だんだんとこういうことは市民みんな関心を持ってまいりましたので、遠いところの人はほとんどこれを、そんな八キロも九キロも歩けぬじゃないかと、こういうふうに言っているのも、これもっともだと思いますが、全体の数から見ますと、わりあい少ないようでありますけれども、とにかく四キロ以上ということになると相当に多いですね。それの一番ひどいところの例をちょっと、どこらがそうなっているのかというのを書いてございますが、おもなところは、墨田、江東の一部、それから案外山手方面にもありまして、品川、目黒、大田の区境のところ、それから練馬、板橋、中野、豊島各区のうちグランドハイツに割り当ててある地区、そういうところがある。これは歩くのもたいへんだし、遠いと延焼の危険で途中を通過しにくいというようなことも起こり得ますので、これは何とか詰めなきゃならぬということでございます。それから定員が、さっき一人一平米と申しましたが、それを超過しているところが二十九ございます。最も密なのは上野公園でありまして、これが一人当たり〇・八三平米ぐらいにしか当たっておりません。これは台東区の人が上野公園に期待度が非常に強いんですね、だから、こちらのほうがいいですよと言っても聞かないんですね。死んでもいいから上野公園を割当てておいてくれというようなことから、それで上野公園が過密になっておるんでございますが、こういうところを何とか解消しなくちゃいけない。それから一つの避難地の周辺は原則として木造でございます。で、それが燃えましても内部はだいじょうぶのように一応算定してすべてこのシステムはできておりますけれども、何といってもあんまりひどいところだけは何とかしてやりたいというようなこと、それが十六ほどございます。避難地の数で。これは総数百二十一のうちですね。それから同時にぱっと避難発令いたしますと、道路で渋滞する、入り口で渋滞するというのがそれぞれ三十一カ所とか、二十とかございます。これはやりようによっては、先ほどの避難発令を早期に発令するとか、あるいは一つの避難地に入ってくる、割り当ててある地区の発令を時差発令するというようなことで対処できるのでございまして、渋滞するからすぐに道路を広げろというような、非常にむずかしい施策に出なくてもできるように思いますんで、まあまあと思っておりますんですが。それから、その下の避難地の面積維持、これは非常に大事でございまして、市街地化が急速に進行中の避難場所が二十四もございます。で、これは対策がおくれますというと、みんなだんだんにだめになっていくんですね。その下のは、内部に木造が点在する避難地というのが五十九ありますが、これもまあまあなんですが、そんなところですね。
 そこで、そんなような問題点がありますので、それの増強に対して、一応御考慮願いたいと思うような事項を六ページにまとめて書いておきましたが、中小都市では一般に大震火災に対して避難計画さえあれば、初めにも申しましたようなわけで、焼死者というのはそう出ませんから、避難計画さえあれば現状でも一応対応できるかと思われるんですが、東京区部のように巨大化してまいりますと、現状避難計画は強力な増強が必要であろうかと思われます。そこで増強の方針なんですが、東京というところは、江戸開幕以来約四百年弱、防災上の有効な施策がないままに、近年の経済の高度成長によりまして急膨張したわけですね。この東京をつかまえてすぐに来たるべき大地震に対処させようといたしましても、これきわめて難事業でありましょう。すなわち、火災対策にいたしましても、現状の避難計画にいたしましても、増強すべき問題点はきわめて多様であります。しかも、このタイムリミットがあるということ、一応五十四年と見ておるのでございますが、何とかここまでにしてあげたいということでございます。そこで、現下の対策としては真に必要な対策を厳選して、このタイムリミット以内に一応実現させるということが肝要であろうかと思います。
 そこで、国の段階でこれこれの事項だけはぜひ何とかしてもらいたいというような問題、つまり、先ほどから申しておりますように、ほかの何か対案があって、それで対応できそうなものは本日はみんな抜いてございますが、以下の述べておることだけはどうも根本的なことで、なかなかむずかしいと思うようなことばかりでございます。まず第一は、避難場所を新設するということ。これは歩行距離が遠い地区ですね、他の施策では方法がない、とにかくそれだけ歩かなければならぬ話でございますから、もっと手短なところに避難場所をつくってもらいたい。これに該当するところが、先ほど申しました江東六拠点のほかに山手、それから城南地区にもあるわけでございます。そうたくさんはありませんけれども、何しろこれ非常に難事業でございます。それから避難場所周辺の防火強化、これも先ほど申しましたようなことなんでございますが、この防火強化というのは具体的にはどういうことかというと、建築基準法の準防火地域を全区内に直ちにかぶせてもらう、この準防火地域といった指定が、私どもから見たら非常に誤った親心のような気がいたしますが、指定がおくれておりまして、やや空地の多いところはもう準防でなくてもよろしいなんていうような施策がここずっと続いてきたんですね。それのしわ寄せが今日出ておりまして、今後もまたその危険が続行すると思いますので、準防火地域の全区内の適用とか、先ほど申しました災害防止帯の早期指定とか、それから避難場所内の木造の禁止、撤去あるいは耐火建築への改築とかいう、こういうことがほしいんですね。
 そこで、この一番と二番を円滑にやるためには、どうしても防災上の特別立法が必要なんではないだろうかと思うんでございます。これは大地震で、かつ大都市を対象とすることにいたしまして、その一行あけてある下のところ、「一般に、」というところ、その考え方は、一般に不燃化というこの施策は、公的な資金で個人の財産をふやすという点でずっと――道路は公共投資であるけれども、建物はそうではないというようなことでずっときているんですけれども、ここで申しております避難場所の新設とか避難場所周辺の防火強化というようなことになりますと、これはまさに公共的な色彩が非常に濃厚だと思うんですね。でございますので、過去にも耐火建築の助成というふうな問題は何度かありましたけれども、過去の事例にとらわれずに、補助率はもっと高くほしいし、現在の居住者の有利な再入居条件等を踏まえまして、かつ、これを一定期間内に、どうしてもおれは立ちのくのはいやだというような人も、何とかこれに同調してくれぬと困りますので、そういう意味では、防災上の特別立法がほしいというふうに要望いたします次第なんでございます。それから四番目の「避難空地の将来への維持」というようなことも、これは周辺区や埋め立て地内にある現状の避難場所は、いまかなり広いところ、広過ぎるようなところもございますので、必要な面積に縮小してもよろしいからこれを確実に維持してもらいたい、内部の私有地を公有化していくとか、木造を禁止するとかの行政措置が必要なんでございますが、この必要性は、東京の場合には四十二年に初めてこういう答申をしたんですが、そのときにもこういうことが書き上げてあったんですけれども、それ以降一向に進まないんですね。どんどんどんどんその避難地がだめになっていくので、何とかしなければ、これ、そのうち、江東区はよくなったけれども周辺のところは非常に悪くなったなんというようなことがもう目に見えておるんですね。これにも特別立法なんということがやはり必要なんではなかろうかと思うんでございます。それから五番目は「主要河川敷の避難場所への利用」、これは国有の敷地がたくさんございますから、それを避難場所にひとつ同調してもらいたいというような、そういうこと。
 それから「自動車対策」、これは、自動車は非常時の交通障害と、それ自身の出火が心配になるわけでございますね。で、交通障害につきましては、交差点の信号が消えますから、いたずらに走り回るという、そういう危険は、これは考えられないんですね。どこかでだんごになってふん詰まりになっておりますから。少なくとも、この交差点のだんごになった車は、これを排除しなければ消防自動車も通れぬし避難民も通れぬということですね。これを排除するためには、警察官と消防官だけでは人数が足りませんから、各地区の住民を防災用に組織化いたしまして、そしてその人たちの協力でこれを整理する。幸いに避難発令まで発震後これすぐだんごになるわけですね、それで避難発令までの時間がございますから、その時間を利用いたしまして、そういう排除をするように提案したいのでございます。それから路上の自動車の火災につきましては、発震と同時に車から出火するという可能性は、これはかなり少ないと実は考えております。何か猛烈な衝突で起こるという場合ももちろんありましょうけれども、衝突したからすぐに全部が出火するわけでもありませんから、数としてはわりあい少ないと考えております。それから地域火災になってきた場合に、路上にとまっている車は当然燃えるでしょう。しかし、その時点では避難者が通過し終わっているように、この避難計画がいろいろできておりますので、一応は一般に考えるほど、こういう点については実は心配しておらないのでございます。しかし、この問題につきましては、なお細部にいろんな問題がありまして、なお研究が続行しておりまして、ここ一年ぐらいいたしますと、それらがなおはっきりしてくるだろうと思います。
 それから最後に、以上で火災と避難とのことを終わりにいたしまして、今度は見方を変えて、耐火建物の倒壊及び火災について申し上げます。倒壊ですね。耐火建物、これは高層建物も含めまして、どういう被害を受けるか。まず内装、外装、それから諸設備の損傷というのは、これは相当ひどいと覚悟しなければならないと思います。こういうものを一々、たとえば窓ガラスが割れないように、あるいはタイル張りのタイルが落ちないようにというようなことを昨今若干考えた設計もありますけれども、大部分のものはそうなっておりませんので、これは相当にひどい。しかし、構造体――と申しますのは柱、はりなんかでございますが、そういうものが壊滅してしまうというような根本的な被壊というのは原則としてはないと考えております。しかし、例外がある。その例外――例外と言っていいのかどうか、とにかくこれだけ耐火造の建物がたくさんあるんでございますから、中にはやられるやつも相当にあると思うんでございます。土木構築物についても他の参考人からあるいはお聞きになったかどうかは存じませんが、やっぱり似たような問題があるんですね。で、建物につきましては、新潟の地震、十勝沖の地震の例に見るように、現在の技術水準――まあこれはそれぞれの当時の技術水準ではのほうが正確でしょうね――では不測の原因、そこまで考えが及んでおらなかったという、そういうために起こる問題があります。さっきのあの、クイックサンドにより新潟地震のとき建物が傾いたり沈んだりずいぶんしたんですね、そういう問題です。それからもう一つは、棟数が非常にふえたために、建物のうちには、大小、設計上あるいは施工上不備なものがやっぱりあると考えるのが、少なくとも自然なんですね。そういうばらつきによってやられる。それから建設年次の古いものは、経年の老朽化と、現行の規定よりは低水準な技術で建っておる建物――古いほどそういうことになっておりますので、これらをひっくるめて、構造的に相当な被害を受けるものがやっぱり、比較的少数でありましょうけれども、あり得るということに考えております。これはたとえば建築専門の者は、こういう耐火造の安全性というものについては大体かばいたてするような立場にあるわけですね。でございますから、以前は、いや耐火造の建物はだいじょうぶですよって、まあ一言で言えばそういう言い方をしておりましたけれども、このごろだんだんと、こういう細部にわたって、いろんな委員会で、こういうのはどうだ、ああいうのはどんだなんてやっていっておりますと、そこらはちょっと怪しいなというようなことから、それでサンプリング調査をこの三年ぐらい前からやっております。これはサンプリング調査ですからそう数はありませんけれども、その中で、やはりいまここへ書きましたような原因によるものが、非常に大きな被害を受けるものがあり得るというような答えが出てまいりました。
 それから今度は、その耐火造建物の火災でございますが、ビル火災というものは惨事を起こしやすいということは、近年のいろんなたくさんの事例がございますから、すでに皆さま方もう非常にお気づきのことだと思います。詳しくは省略してまいりました。で、ああいうふうにビルが燃えるということは、震災のときに火が入ったらやっぱり同じようなことが起こるんでありますけれども、そういうふうに燃えやすいということの原因は、これいろいろありますけれども、一つには、大体建築基準法の技術水準でビルは建っていっております。現行の基準法の水準というのはかなり納得のいくものでございますけれども、何度かこれは改正に改正を重ねてきておるのですね。以前のものほど水準は低いわけです。それで、現在建っておる、国土の上にある耐火造というものは、どっちかというと前に建ったものがかなり多いわけですね。どれほど多いのかという数字をそこに書いたわけでございますが、法令改正の実施の年月日、昭和二十五年、これは建築基準法が初めてできた年ですが、一番最近の四十六年の一月一日まで数次の大きな改定だけでございますが、その各改正前の水準の耐火建物がずっとあるわけですね。それを推算してみますというと、カッコ内に書いてあるのがそのパーセンテージですが、現時点を、かりにことしの九月一日を一〇〇として見ますと、たとえば三十四年十二月二十三日の改定、これは建物の内部に建築材料としてやたらに燃えるものを使っちゃいかぬと、そういうものなんですが、そうなっていない、それ以前に建ったものが一四・七%ほどありますし、それから、このごろ煙であぶないと申しますでしょう、煙なんかの規定は四十六年、最後の改正で相当はっきりした問題なんですが、そういうふうになっていないものが八三%もあるわけなんでございますね。だから、もっと法規が――法規というのは、あれはいやがられまして、きびしいとかなんだとかというわけでございましょう。だから、前からこういうものは予見できる問題がかなりあったわけなんですね。ですから、誤った親心ですよなんというようなことで警告していたこともたびたびあるのですけれども、不幸にしてこんなことになっておるのですね。それからなお防火管理の不徹底というのは、これはもう言うまでもなくそういう問題があります。
 それから一番最後に書きましたのは、これだけビルがたくさんあって、木造と同居しているわけですね。丸の内みたいになってしまえば別なんですけれども、一般の市街地は、木造の中に耐火造が介在しているというような状況、ぐるりの木造が焼けた場合に、その中にあるビルは焼けビルになるわけですね。そこで、ぐるりがどんなふうに焼けても、相当きびしい条件で焼けても焼けないビルは一体どれだけのパーセンテージあるのかということを推算してみたのですが、これは東京の区部と横浜市と京都市についてやったのですが、こんなふうにわりあい少ないのですね。非常に少ないのです。だから、ビルは今度地震みたいなああいうふうに地域的に焼ける場合になりますと、せっかく当初不燃化に協力して先覚者のつもりでビルを建ててくれましたけれども、あの人たちはほんとうは気の毒な人なんです。今度焼けなければいいがというようなことなんですね。
 まあちょっといろいろな問題がありまして、お聞きづらかったと思いますけれども、以上のようなことなんでございます。一言結びとして申しますならば、八ページにございますが、以上、要するに、来たるべき大地震に対する施策というものは多岐多様にわたっております。その内容は、都市の大小あるいは地域によって、どこの地域どこの地域という、そういう地域によっても異なるとともに、国・都道府県・市町村・個人各層別にそれぞれ問題があろうかと思います。で、危険が迫るとともに、こういうことに対して一般に非常に意見が活発に出てくる。まあ、それだけ意識が高まるんですからけっこうなことに違いありませんけれども……。そこで指導層では、この多様な問題のうちから真に必要な事項を的確に抽出しまして、そして、タイムリミットを考慮して施策を誤らないようにしていただきたい。そうしておいて強力に推進するということでないとおさまりがつかないだろうと思います。だから、たとえば都市を安全都市にするという百年の計もけっこうでありましょうけれども、一応は今度くる地震にピントを合わせた施策ということを重点にしてもらいたい。それにしても、いろいろな、こうしてもらいたいああしてもらいたいということがありますから、きょうは、そのうちでも特に重要だと思うことだけを先ほど対策の提言として申し上げたつもりなんでございますが、少なくとも南関東におきましては、ここ数年間が最も大事なこの対策の実施時期であろうかと思うんでございます。どうも、少し超過いたしましたんですが、たいへん失礼申し上げましたが、これで一応……。
#25
○委員長(秋山長造君) どうもありがとうございました。
 それでは、ただいまの浜田参考人に対し質疑を行ないます。
 質疑のおありの方は順次御発言願います。
#26
○古賀雷四郎君 先生のお話たいへんありがとうございました。
 そこで、二、三点お伺いしたいんですが、消防署等も相当大きく多くなっているということでございますけれども、関東大震災のときの約二十倍となっているようですね。それで、消防署が安全であり得るかどうかという問題が一つ。これが東京都の中でどういうぐあいな状況であるかお伺いしたい。それから消防自動車が実際動けるかどうかという問題も一つ現実問題としては起こり得る可能性があるんじゃないかという気もします。
 それから消火の問題で、たとえば住民消火という問題がはたして期待できるのかどうか、現在の段階で。昔は、それぞれ相当そういった問題については、隣組とかいろいろな組織があってかなり組織化された住民消火ができたと思いますが、最近のような状態ではたして住民消火というのが期待できるかどうかという問題があろうかと思いますが、その点について御説明をお願いしたいと思います。
 それから、いまタンクローリーが非常にうろちょろしているんですが、これは自動車の何十倍、というガソリンを持って歩いているわけですね。そこで、これらの衝突した場合の火災の問題も相当あろうかと、爆発的な火災ということになろうかと思いますが、そういったものに対する問題として、最近。パイプライン問題とかいろいろな問題がいわれておる。これらの問題についてのお考えをお伺いしたいということでございます。
 それからもう一つ。防火帯と申しますか、先ほどお話がありました防火帯とちょっと話が異なるんですが、要するに、延焼防止として防火帯の必要性があるのかないのか。それから、もしも防火帯をつくるとすれば、延焼の限度というのはどれくらいのものか。たとえば百メートルも離れなきゃできないのかどうか、そういった問題もあろうかと思います。実際、現実にはそうなってないだろうと思うんですね。そこで、そのとき延焼防止のために、たとえば破壊消防みたいな考え方があるのかないのか、この辺でございます。
 それから建築物について、東京の真下に地震が起きたとすれば鉛筆ビルなんというのは非常にぼくはあぶないような気がするんですが、そういった点について御意見がございましたらお伺いしたいと思います。
 以上、気づいた点だけお聞きしました。
#27
○参考人(浜田稔君) まず第一に消防署の安全性でございますが、三十六年に初めて被害想定をいたしましたときには、非常に老朽化している、ことに木造の消防署もかなりありましたものですから、それを逐年かえていかれまして、いまは――ちょっといま直ちに実情を数字でお答えできませんけれども、やっておられますから、まず安心ではないかと思います。それから消防署というものは、いよいよ最後、突き詰めて考えれば、消防車が出てしまいますからあとは焼けてもいいというふうに思うのでございますけれども、これは焼けないにこしたことはありませんがね、ですから倒壊によって消防車が出動できないというところはなくなっていると思います。それから消防車の走行が思うにまかせないということは先ほど申しましたんですが、交差点がだんご状になることによって走行できなくなるというのが一番の問題点であろうかと思うのでありますが、その交差点のだんごの排除に対しまして、先ほど何とか住民組織でそういう排除隊あるいは消防に協力する消防班とか、そういうようなものを何かつくらなければならないんじゃないかと、こう思っておるんですが、そういう提案でございます。
 それから住民の消火の期待値に対しましては、関東地震のときに四〇%消してくれたという実績があるわけですね、それで、それ以後防火意識は高まってこそおれ、まあ、このごろのあまり公のことには協力しないというようなそういう思想に負けて、実際に消し終える火災の数が減っているというふうには見ておらないのでございますが、これはいかがなものでございましょうか。それで、むしろ平素の火事についていうと消火率は高まっておるのでございます。それで、六〇%消火してくれるであろう期待、一方それでも不安なものだから、各街頭に、場所によって百メートル、五十メートルくらいの間隔で消火器を置いております。ああいうものを活用してもらう。と同時に、主要な路線に対しましては、四十七年度の予算から江東区の二つのおもなものが終わりましたが、小型の動力ポンプを貯水池とともに設置することになっております。それが四十八年度、九年度と継続されるやに聞いておりますが、そういうようなことで、人によっては、この六〇%でいろんなことで計画するんですけれども、七〇%まで引き上げようかというような、そんなに七〇%も期待するのもあれだからといって現在六〇%期待するということで進んでおります。
 それからタンクローリーの問題は、御指摘のとおり全く心配なんです。それで、この問題は、先ほど車の火災についてはなお研究の必要があると申しましたが、そのうちの重要な一つの問題であろうかと思っておりますので、ちょっとしばらくお待ち願いたいと思っております。
 それから防火帯につきましては、あの防火帯というのは広い都市を都市計画的に防火帯で仕切る、そうして延焼をなくするというのは非常に発想のしかたとしてはやさしい発想のしかたで、過去においてもそういう建築防火帯とかそういうものがございましたね。それで今度のようにこのブロックもこのブロックも出火の可能性があるのだというような場合には、少なくとも建築防火帯というのはそう評価できないと思うんですね。むしろこの路線は避難民が避難地に行く路線だから、その歩行を助ける意味で遮蔽物として防火帯をつける、そういうふうに転換しなければいけない。大体みんなそんな考え方になろうかと思います。なお、防火帯の幅員でございますが、これは両側が木造であるということにいたしまして、そうして一方から一方に燃え移らないようにというその距離いかん、こういう問題になりますと、二百メートルとか三百モートルとかいう数字でないと保証できないということになりますので、なかなかこれは実施困難でございますね。そこで路線があって――主要路線ですが、その両側に耐火造の建物を建てる、合わせて一本だという、建築防火帯と呼んでたぶん昭和二十八年から十年間政府でおやりになったんでしょうが、そういう施策がありました。ああいうふうにすれば確かに一つの火事だけでいうと、これからこっちへの移り方は若干減ります。減りますが、今度のように何しろこれも、このブロックもということになってまいりますと、先ほどちょっと申しましたように、建築防火帯というものを延焼阻止という意味では評価できないと思うのでございますね。
 それから破壊消防は、これはむずかしいのでございまして、実は私ども戦争のときに、あのころ日本の都市防空は防火第一主義でなくてはいかぬというようなことを申しました。そこでいろいろな研究調査がずいぶんありました。その中に破壊消防、だあっと燃えてきたら急拠ある空地をさっとつくるというような発想のしかたですね。木造の建物をいかにして早く倒すか、引き倒すのに研究がありましたのですが、なかなかいざ倒そうとなると、また量も多いものですから――それをやっておりますと、最初は二十分かかってやっと四、五人の人で一つの家が倒せたのが、研究していくと、それが十分にもなり、五分にもなりました。なりましたが、一方多いからなかなかうまくいかない。しまいには、戦車を持ってきて戦車でだあっと倒したらどうかというような発想のしかたもありまして、戦車でだあっとやりますと案外トンネルができてしまうんですね、家より戦車のほうがどうしても小さいものですから。木造の家というのは、柱を何本かだあっと倒していきますと、砂塵もうもうの中で戦車はだあっと行きますけれども案外倒れないんですね。破壊消防というのは原則としては少なくとも計画にのせることはできないように思うんです。そんな感じでございます。
 それから直下地震に対する高層ビルの安全性ということは非常にむずかしい問題でございまして、東京を襲う地震は大別して東京の近傍の地震と外側の地震とあることは御承知だと思いますが、そのうち外側のやつは関東地震と同じ性格のものですからいいとして、直下地震というのは直下であるか、ちょっと横かもわかりませんけれども、それは一般にいわれておりますのは、そういう外側の地震帯に比べて地震のエネルギーとしては幾らか小さい。だけれども距離が近いから地震の強さとしては案外強いかもしれない。それで安政二年の地震というのが東京を襲いました地震のうちでは一番大きな地震じゃないかといわれておりますが、あれが東京のすぐ近くに震源地があったんですね。当時は、記録によりますと、山手方面でも木造の家が倒れたというのがございます。関東地震のときには山手方面の木造の倒壊というのは非常に微々たるものであった。でございますから、ちょっと考えるほど、直下にだんときたときは非常に危険だというようにも考えないんですけれども、何といっても、ちょっとおそろしいものであるということはいなめないと思うのでございますがね。あまり定量的にちょっとお答えできかねますんでございますが。
#28
○古賀雷四郎君 ありがとうございました。
 もう一つ関連して。いまの消防の問題と関連しまして、水の問題、この水の問題が、おそらく水道は全部断ち切られるだろうと仮定しますと、かりに火事が起きた場合に、そういう堀があるところは一応何とかかんとかできるだろうと思うんですが、水のないところに対して消防が可能性があるのかどうか問題だ。飲み水の問題も当然必要ですし、それは各人で用意されるとしましても、消防がきたときの水の確保というのはどういうぐあいに対策は……。
#29
○参考人(浜田稔君) 水は、水道の消火せんは非常に期待薄なんでございますね。そういうふうに評価して、消防用水の確保は、自然水利のあるところはよろしゅうございますが、原則としては貯水槽を設けるということで進んでおります。それで現在消防水利は、東京湾に特に重点がございますから、そしてそれに見合ってこれだけの火事は消せるものと期待するというようなそういう論法でいっておりますから、一応つじつまは合っているんじゃないかと思っております。
#30
○佐藤隆君 浜田先生の御提案、私途中でちょっと席抜けましたけれども、御提案お聞きしておりまして、いま一番私自身考えておりますのはやはり避難の問題、とっさの場合にどうするかという問題、乏しい知識で悩み考えているわけですけれども、とっさの場合にやっぱり避難誘導の問題非常に大きい問題だろうと思うんです。いま先生の御意見だと、ここにもちょっと触れられておるわけでありますが、「住民組織は消防補助、避難誘導の任務を持つこと」という、そういう表現で触れられておるわけでありますが、実際の場合、これは誘導は非常にむずかしいと思うんですね。大混乱になると思うんです。それで大災害の場合、大地震の場合の指揮命令系統というのはどうなるんだろうか。実はいま隣で内閣委員会というのがありまして、防衛二法を審議しておりまして、そしてさっき実はほかの委員の方の質疑を私聞いておったんですが、政府の窓口としては実は総理府というのがあって、そこで中央防災会議もありますし、そこで指揮をとることになるわけですね、もちろん東京都は東京都でやりますけれども。そうすると、あそこの建物自身がマグニチュード六ぐらいでもってもたぬのです。そういうことになっているのだそうです。
#31
○参考人(浜田稔君) 警視庁が……。
#32
○佐藤隆君 いや総理府の建物が……。それから先ほど答えておったんですが、防衛庁長官が執務をしている建物が――まあ自衛隊が救難活動をやるにいたしましても、その指揮命令の一番上というか、指揮命令の責任者である防衛庁長官が執務をしているあの建物がマグニチュード六ぐらいでやっぱりもたぬのだそうであります。つぶれてしまうことになっているんだそうです。だからそういうことで、指揮命令、国民、都民の避難誘導、広報、そういうものが、ようやくこれから自衛隊自身が救難活動をやるにしても、われわれの住んでいるところ自体がもうあぶないぞと、マグニチュード六ぐらいであぶないぞというような話がありましたので、これはいよいよたいへんだな、いよいよこれからなんだなあという感を持ったわけでありますが、そういう避難誘導、指揮命令、都民国民に対する緊急の場合の広報、電波の問題、そういうような問題、まあ、きょうは時間がございませんから、そういうようなことについてまた機会を改めて私はこういう場でなくても御意見を聞きたいように思うのでありますが、そういう点はどうなっているか、一言でけっこうでありますからひとつお答えいただければありがたいと思います。
 もう一つ、煙の問題についてもちょっと触れられました。地震が起きれば火災が起こる、火災が起これば煙の問題。かつて三年ほど前に当委員会でも煙の問題えらい熱心に検討したことがあるんです。福島の磐梯ホテルでしたか、あそこの煙死、三十何名煙でまいった、われわれ実情も調査したこともあるんですけれども。そうすると、建築資材、有毒資材、そうした問題についての建築基準法上の問題とか、それから通産省の出先である工業技術院ですかの煙の研究、この結果も近いうちに私ただそうと思っているんですけれども、この煙の関係、地震から派生して起こる火災、そして煙の問題、このことについて先生はどのように考えておられるか。特に地下街の問題についてちょっと触れられたように思うのでありますが、地下街なんかいよいよもってたいへんだ。地下鉄もたいへんだし、地下街の商店街もたいへんだし、そんなことも心配するわけでありますが、これは時間ございませんから簡単でけっこうでございますが。
#33
○参考人(浜田稔君) 重要な官庁の庁舎をはじめとして、そういう建物が大きな地震に耐え得るかどうかという問題は、私はまず関東地震くらいの地震ならばそう大破には至らない、倒れてしまうということはないというふうに考えておりますが、先ほど例にあげられました総理府なんかもひっくるめまして、そうそんなにまで心配しなくてもいいじゃないかというぐらいにちょっと考えております。
 それからその次の問題が避難の誘導。これは避難の誘導は所管は警察になるわけですね。それで、これが案外、率直に言えば、その対策なりそういう方針がややスローモーションに過ぎるじゃないか。もっと早く対策を明示すべきじゃないか。ことに車の混雑をいかに排除するかというのは、先ほどの交差点の問題を中心にいたしまして、もっと一般的にいえば、一般路上の車をどうとめるんであるかというようなことも、きまっている部分もあるんですけれども、どうもぴたっといっていないんですね。これはひとつ促進していただきたいと思う項目なんでございます。もうかねがねそう思っているわけであります。
 それからプラスチック建材を中心にしての問題でございますね、煙の問題。これは煙をたくさん出しますのは何と申しましてもプラスチック系の建材がもとなんですね。そこで、これをしさいにいろいろ検討いたしますと、そういうプラスチック建材をつくっておる工場、それから貯蔵しておる倉庫、こういうものは、人は逃げればいいんだからと言われればそれまでですけれども、相当ひどい。ちょっと火事になったらそう簡単にも消せないし、対策がちょっとないのではないだろうかというふうに考えておりますが、一般建物の中に、たとえばこの建物の中にだってプラスチック資材が相当使われておると思いますが、これはよく新建材があったからと、こうよく言うのです。火事がありますと申しますけれども。それに、そのプラスチック建材よりもこういう普通の木材ですね、あるいは紙、ああいうカーテンの布とか、カーペットとか、こういうもののほうが量的に非常に多うございます。でございますから、特殊な場合としてプラスチック、合成繊維の布なんかの売り場、これは別なんですね、これたくさん持っておりますから、こういうものはちょっと別にして、一般のこういう部屋でありますと、それほど言うほどのことはないと。むしろそのほかに従来から使っている、こういう可燃材をたくさん使うということに問題があるし、それから書類なんかも場所によったらうんとお持ちでございましょう、そういうものの格納の方法が悪いとか、そういうことのほうがむしろ重要であると。それから人が――このごろの新建材というのはすなわちプラスチック建材を意味しているようでありますけれども、そういうものの危険性をよくあげられますけれども、むしろもう一つは建物の煙に対する初めからの計画が悪いんですね。いかに煙を阻止するかというようなことについて、その建物の中の煙の制御と申しますか、そういう問題が実は研究がかなりおくれました。ようやくこうすれば制御できるというようなふうになってきておりますが、そこいらがまだ建築基準法には十分に反映しておらない面があるように思いますね。そこはだんだん強化されてきておりますからだいぶ以前とは違いますが、まだ少し不十分なようなところがございます。
 それから地下街はもう御指摘のとおりに非常に頭痛の種なんです。広がる一方でございますから。そこで地下街の防火規制というのは基準法にしても消防法にしてもやはり漸次強化されてまいりましたですね。まいりましたが、一番大事なのは、そこにおる人をいかに早く地上へ避難させるか。ですから、それの誘導に当たるのがそこの店員であるわけですね、商店なら。店員のそういう訓練。それから実際火事というのはいやになっちゃうんですよ、避難路に物を置いたりしているでしょう。ああいうつまらないことぐらいはなくしてもらいたいと思っても、なかなかなくならない実情で、消防の査察もありますからね、ああいう点で一生懸命やってもらって、いかにして早く避難させるかということに徹すれば、出火から火災の拡大のスピードと避難のスピードとの競争になるわけですが、必ずやぼくは逃げられる状況――ただし、あまり何かの行事かなんかで身動きならぬほど混雑させるなんていうことは、これはだめだと思いますけれども、そういうものはそういうものとして臨時に取り締まるということにすれば、普通ならば、誘導よろしきを得れば逃げられるのではないだろうかと見ておるんでございますけれどもね。
#34
○上林繁次郎君 先生が最後の結びに、対策につきましては多岐多様であると、おっしゃるとおりだと思います。こまかいことを言えば、まだ考えなくちゃならないことは一ぱいあるだろうと思います。ですから、それは別としまして、この先生のお書きになっている内容からして、たとえば総合的にいった場合――個々にいったら先生のおっしゃるとおりなんです。しかし、総合的にいいますと、たとえば先ほど話が出ました、住民による早期消火ですね、こういう問題と早期避難という問題これは一緒になるかどうかという問題、いろいろあるだろうと思いますがね。そこで、私はお尋ねしたいのですが、佐藤先生の質問にちょっと関連してくるかもしれませんけれども、前の関東大震災のときに、あれだけの震動があっても残った建物があるわけですね、全部倒れたわけじゃないですから。私もそれは経験しているわけですけれども、そうしますと、先生は耐火という問題ずいぶんいまここでも述べられたんですが、耐震という問題について、これはどういうふうに考えられ、また開発されてきているかという問題これも私はこれからの問題点の一つではないかというふうに考えるわけですがね。いわゆる耐震家屋というもの、これが一つなんです。
 それと耐火家屋という問題特に木造を基準にして考えた場合に、耐火家屋、それが倒れた場合――立っている場合にはなるほど耐火家屋としての価値があるかもしれないんですけれども、倒れた場合にはどうなるかという問題、こういう問題がどういうふうなことになるのかなあという感じがするんですけれども、その点をひとつお聞かせ願えればと思うのです。
#35
○参考人(浜田稔君) まず第一点です。建物の耐震性の問題でございますね。木造の倒壊は先ほど申しましたように、今度の地震では大体二万棟倒れるだろうと予測しておるんでございますが、これがやはり地盤の悪い地域、つまり下町でございますね、下町に主として倒れる地区があるが、山手方面にもないとは言えないというふうになっておりますが、ビルの倒壊につきましては、ここに書いてございますように、どのビルがあぶない、どのビルは安全だという個別には全然調査ができておらないのですね。先ほど申しましたように、サンプリング調査で、たとえば何十棟かに一棟は相当大破になるようなビルがあるというような答えがサンプリングとして出てきておりますんです。
 それから木造が倒壊したら、かりにモルタルがしてありましても、そういうのは当然はがれますからだめになります。だめになりますが、一方、倒壊家屋は延焼が立っている場合に比べると断然おそうございますね、ぺちゃんこになって姿勢が低くなるものですから。それから立っておりましても、ふだんならモルタルで塗ってあるということが延焼の速度なんかを調査研究していく上である程度評価されております。ですけれども、地震でモルタルが幾らか落ちるとか、ひびが入るとか、それも見込みながらやっておりますんで、ですから延焼の速度というのは、いろんなこういうものの基礎になります――きょうは申しませんでしたけれども、それには、いま御指摘のようなことは相当織り込んだつもりではおりますんですがね。
 ほかに何かございましたでしょうか。
#36
○上林繁次郎君 それだけなんですけれども、私がお聞きしたい点は、関東地震のときに、実際は私の家も、私子供でありましたけれども、住宅のほうは傾いてしまった。それは横に工場がありまして、その工場のほうはびくともしなかったわけです。住宅は工場のほうに寄っかかりまして倒れるのは免れたわけですね。そういう一応の経験をしているわけです。ですから、あの程度の地震がきても、木造家屋でも耐え得る建て方といいますか、いわゆるそういうことが考えられるのじゃないかと……
#37
○参考人(浜田稔君) それはまあ当然そうでございますね。
#38
○上林繁次郎君 ですから、その辺のいわゆる耐震家屋、たとえばあの関東地震の程度のものがきて、山手のあたりならば、この程度のいわゆる地震で、こういう建物ならばこれはもつんだというような研究開発といいますか、そういうものがなされているか、あるいはまた関東地震を踏まえて、そのときにつぶれないで残った、それはなぜであったか、なぜ残ったのかというような研究、そういうものはいままでになされてきておるのかどうかという問題ですね。
#39
○参考人(浜田稔君) それは研究といたしましては、長年の、何しろ木造の国でございますから、ずいぶんございまして、同じ木造であってもこうすればだいじょうぶだというのは、ほとんどそれは研究としてはもう尽きておると思いますですね。ただ、一般の家屋はそのとおりやってない家屋が非常に多いんですね。と申しますのは、木造というのは、だんだんそうでなくなってきておりますけれども、一般に大工さんがつくっていたでしょう。そうすると、ちゃんとした建設会社がやったというのは数少ない。そこらも、そういう乱れがあった原因の非常に重要な点でないかと思うんでございますけれども、大工さんというのは過去の習慣を重んじて、まあ昔でいえば徒弟制度でございましたですから、そういう点で、木造と言っても、現在建っている木造はどうだとなったら、いろんな木造があるんですね。ですから、じょうぶにつくろうと思ったらつくれることには十分なっておると思いますですが。
#40
○上林繁次郎君 そうすると、やっぱり法律的な規制といいますかね、そういうものをもっともっと――いわゆる地震災害ということを考えた場合には、もっときびしくその辺のところは考えていかなきゃいかぬということが言えるかと思いますがね。
#41
○参考人(浜田稔君) そうしたら、それは事木造につきましては耐震的にする一般的な手法というのがそうむずかしくないんですね。それでまあ法規としてはあんな程度であろうかという水準にはなっております。なっておりますが、ただ、建築会社というのは、個々の建築現場に対するこまかい指導がやっぱり人員の関係でできない状況になっているでしょう。そういうことがありまして、何というか、目こぼしというか、違反――違反といえば違反、そういうものが非常に過去に多く蓄積されておるということも考えなくちゃならない、ちょっとややっこしいそういう事情にございますですが。
#42
○委員長(秋山長造君) 他に御発言もないようですから、浜田参考人に対する質疑は終了いたします。
 浜田参考人には、御多忙中のところ本委員会に御出席をいただき、貴重な御意見をお述べいただきまして、ありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時十七分散会
ソース: 国立国会図書館
姉妹サイト