くにさくロゴ
1972/04/17 第71回国会 参議院 参議院会議録情報 第071回国会 文教委員会 第4号
姉妹サイト
 
1972/04/17 第71回国会 参議院

参議院会議録情報 第071回国会 文教委員会 第4号

#1
第071回国会 文教委員会 第4号
昭和四十八年四月十七日(火曜日)
   午後一時十九分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 四月六日
    辞任         補欠選任
     加藤  進君     小笠原貞子君
 四月十七日
    辞任         補欠選任
     塩見 俊二君     玉置 和郎君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         永野 鎮雄君
    理 事
                久保田藤麿君
                楠  正俊君
                安永 英雄君
    委 員
                志村 愛子君
                玉置 和郎君
                中村 登美君
                濱田 幸雄君
                二木 謙吾君
                宮崎 正雄君
                小林  武君
                鈴木美枝子君
                矢追 秀彦君
                萩原幽香子君
   国務大臣
       文 部 大 臣  奥野 誠亮君
   政府委員
       公正取引委員会
       事務局取引部長  熊田淳一郎君
       防衛庁人事教育
       局長       高瀬 忠雄君
       沖繩開発政務次
       官        稲嶺 一郎君
       文部大臣官房長  井内慶次郎君
       文部大臣官房審
       議官       奥田 真丈君
       文部省初等中等
       教育局長     岩間英太郎君
       文部省大学学術
       局長       木田  宏君
       文部省社会教育
       局長       今村 武俊君
       自治省行政局長  林  忠雄君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○教育、文化及び学術に関する調査
 (昭和四十八年度における文教行政の重点施策
 に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(永野鎮雄君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。去る四月六日、加藤進君が委員を辞任され、その補欠として小笠原貞子君が選任されました。
#3
○委員長(永野鎮雄君) 教育、文化及び学術に関する調査のうち、昭和四十八年度における文教行政の重要施策に関する件を議題といたします。
 本件について、質疑のある方は順次御発言を願います。
#4
○鈴木美枝子君 文部大臣にお伺いしたいんでございますけれど、私はどうしても、女でおかあちゃんなものですから、近ごろたいへん子供の自殺が多いことが気になるばかりじゃなくして心が痛むのでございます。で、そういう原因について、いつもあらゆることについて家庭のおかあさんのせいだとか、おとうさんのぜいだというような形の中に埋没されているようなことが多うございますけれども、私はおかあちゃんの立場から言いますと、やはり教育や、社会の立場がずいぶん原因しているのじゃないかと思います。この重大なことを大きなアウトラインで聞くのは、ちょっとあれなんですけれども、まず、文部大臣に子供の自殺の実態と原因を伺わしていただきたいと思うのです。
#5
○国務大臣(奥野誠亮君) 厚生省の人口動態調査がございますので、その数字を申し上げさしていただきます。十五歳から十九歳の青少年の自殺率は、戦後最高を示した昭和三十年には十万人に三十二人でございましたが、その後減少して、昭和四十年には七・四人となっております。その後多少の増減を見せながら横ばいの状態が続き、昭和四十六年においては八・四人でございます。一方、十歳から十四歳の子供の自殺率は、戦後最高の昭和三十三年で人口十万人に対して〇・九人であり、昭和四十年には〇・五人まで下がりましたが、昭和四十三年には〇・六人、昭和四十五年には〇・七人とわずかながら増加の傾向が見られております。
 児童生徒の自殺の要因についての全国的規模での調査はございませんけれども、このようなことが言われております。たとえば、青年期特有の理想と現実との板ばさみからくる深刻な葛藤によるもの、家族が貧困か欠損していて、さらに、本人の身体的、精神的障害がからんで生ずる強い劣等感によるもの、教師や父母の叱責によるもの、非行経験を重ねたりして家庭や学校などの規範からはみ出して孤立化することによるものなど、いろいろなものが複雑にからみ合っていると一般に言われれているところでございます。
#6
○鈴木美枝子君 それは、実態の一つなんでございますけれども、その原因についても大臣にちょっとお伺いしておきたいのでございます。
#7
○国務大臣(奥野誠亮君) いま、原因だといわれているところをいろいろあげさしていただいたわけでございます。本人自身の深刻な悩みでありますとか、強い劣等感でありますとか、あるいは環境からの孤立化でありますとか、あるいは病的な原因でありますとか、言われている問題をいろいろあげさしていただいたわけでございます。
#8
○鈴木美枝子君 私は、先日、その自殺した少年の故人の家へたずねて参りました。どうやって死んだかといいますと、貧しいというようなことが言えないのじゃないかと思うのは、いま宣伝されている経済の一つとして、おかあさんはパートをしている。そして家は新しく建てた。おとうさんはサラリーマンだ。そして二人の子供、高校生です。学校の名前は、これは私のたずねたところは名古屋でございます。大同製鋼の私立大同工業高校。私は、新聞でオートバイに大ぜい乗っている高校生の姿を幾度か見たことがあります。そのうちの一人の少年です。名古屋では十七人ぐらい高校生が自殺しました。その自殺は、場所は家庭の自転車やオートバイを置く物置小屋でございました。首をつって死んだわけです、高校三年生です。首をつるときにテープレコーダーをそばに置きまして、そしてテープレコーダーを回しながら自分が死んでいく姿を、声を、苦しみを客観的にテープへ残しているのでございます。もちろんそのときに、自分がなぜ死んだかというようなことばも一、二点残しておりました。残しておりましたといっても、私はそれを聞くことができなかったのは、そこの家へ警察が調べにきましたときに、警察はそのテープを持っていってしまって、母親と父親には見せなかったし、聞かせなかったわけです。父親と母親はただおろおろしているだけでございますけれども、私は、なんて客観的に自分を見つめる知恵を持ちながら、自分の死をテープレコーダーでとらえるんですから、その知恵を持ちながら死んでいく少年を、これは一人の問題じゃなくて、そんなに冷たく人間を、自分をしいたげながら死んでいかなければならないということが、文部大臣も、ここにいらっしゃる全部の方も、一応とことんまで考えることが教育のほんとうのものに触れていくんじゃないかという感じがしたのでございます。そういう死に方に対して大臣はどうお思いになりますか。
#9
○国務大臣(奥野誠亮君) いまのお話だけで全体を把握することは困難でございますけれども、案外非常にすぐれた青年が悩み抜いて、思い抜いてあるいはそういう挙に出たのやら、あるいは自分の将来に対しまして絶望的な気持ちを持ってそうしたのやらちょっとわかりかねますけれども、やはり、いずれにしましても、個人個人の特殊な事情、それを十分把握して、教育の場合におきましても、個々に適切な指導が行なえるような体制を確立していかなければならない、こういうことが大切ではなかろうかというふうに存じます。
#10
○鈴木美枝子君 いま、日本中の人たちが宣伝されている、子供の中へ食い込んでいるその宣伝の材料の中に、世界第二位経済大国とか、技術革新とか、脳裏の開発とか、そういうことばが十八歳の少年の頭の中に、からだの中に、風を通すように突き刺していっているんだと私は思うんです。一体自分が、十八歳の子供が自分の脳裏を開発しろというその宣伝と、学校でやる、小学校、中学校、高校等の試験試験という追われ方の中で宣伝される材料、事実開発されるものもあるでしょう。だけれども、人間を開発するというようなことは、人間を開発するということを個人が受け取ったとき、どう開発したらいいんでしょうか、大臣に説明していただきたいと思います。
#11
○国務大臣(奥野誠亮君) ちょっとお尋ねの趣旨十分理解していないかもしれませんけれども、個人がいろんな能力を持っている、その能力を引き出してあげる、それがまあ教育の大きな任務だという場合に開発ということばを使っているようでございますけれども、そういう意味において、私は、それなりに別に批判すべきことばでもないというふうに考えるわけでございます。ただ、経済優先的な考え方が支配する、そして人格を尊重するとか、自分を大切にするとかいう考え方がおろそかになっていくとしますと、これは大問題だというふうに存じます。
#12
○鈴木美枝子君 私、高校を卒業するまでは一般常識的なこと、つまり常識というのがただありがとうございますとか、そういうことばを発想する常識ではなくて、一つの世界観までも常識的に持てるのが高校を卒業するまでだというふうに思うんです。その高校を卒業するまでに、六・三・三という形で試験を行なっている中で私は高校生五十人に聞いてみました。六・三・三の高校最後のところに試験がぶつかったときは、あの第二次戦争と以後のことを勉強する時間がありません。それは一つの統計でございますけれども、第二次戦争以後のことを詳しく教育をする時間をなくしている。第二次戦争は、私は戦争ということだけではなく、世界大戦だから、一つの世界観だと思うんです。あの世界観を通して、以後どういうふうに世界の人たちが平和になっていくかということだと思うんです。その辺のところを試験にぶつけていることをもちろん、知っていらっしゃるでしょうけれども、その辺のところをちょっと伺ってみたいんです。なぜ、第二次戦争以後のアジア、ヨーロッパ等、その世界のことを教育しないのですか。
#13
○政府委員(岩間英太郎君) ただいま御指摘の第二次世界大戦、これは、私どもにも身近かな非常な事件だったわけでございますが、これを学校教育の上でどう取り上げているかと申しますと、これはかなりスペースをさきまして、学校教育が、平和な国家及び社会の形成者として必要な資質をつちかうということを目的といたしまして、戦争のもたらす人類の不幸と損失、戦争の原因となりました国際情勢、そういうものにつきまして正しく理解をさせる。それから今後世界の平和と人類の福祉に寄与しようとする情熱と態度を養う。そういうような観点から、小学校で申しますと、その典型的な教科書では五ページにわたりましてその原因、それから実際の成り行き等につきまして説明をいたしております。それから中学校でも同様に、さらに詳しく七ページぐらいにわたりまして説明をいたしております。それから高等学校の教科書では、これも標準的なものですが、一一ページぐらいのスペースをさきまして説明をしておるということでございまして、いまの学校教育の中では第二次世界大戦というのはただいま先生が御指摘になりましたような意味を持ちまして、かなりのスペースをさいているというふうになっております。
#14
○鈴木美枝子君 いま小学校、中学校、高校というふうななべた言い方をなさいましたけれども、高校は十五歳から十八歳といいますと、いま私が最初に話した自殺した子供は十七歳、そのこととからみ合わして言いますと、十五歳――十八歳といいますと、一番人間の種といいますか、心の一番ナイーブなものをどう自分の中で何の才能を伸ばしていこうかなと、そういうふうなことを考え出す最初の十五歳から十八歳だというふうに思うんです。その一年、二年、三年の高校時代、その一学期において中間テスト、期末テスト、また二学期においてやり、また三学期にテストをやる、これでは、自分は一体将来何をすべきかという考え方を持つことができない。できないばかりでなく、試験ばかりでアジアの勉強もさせないのでは、世界観を教えたとは言えない。第二次世界大戦というところが、たとえば、日本史あるいは世界史のところはちょうどそこが試験にぶつかるようになっている。試験は過去のことですから、やる学習の。そのあとのところがほとんど学習されていないということ、私はたいへん重要なことが一本筋が抜けているんじゃないか。たとえばそれは世界観の問題だけど、アジアの問題にしても、高校生、五十人に尋ねてみましたけれども、あなたたちは隣りの中国について御存じですかと言ったら、いや中国は昔のことはずいぶん習った、革命以後のことは全然わからない、それがほとんどの意見でした。じゃ、朝鮮のこと知っていますか、朝鮮のこともあまりよく知らない、二行で終わっていた。まあベトナムは戦争をしていたからわかっていた。こういう肝心のアジア人がアジアのことを高校の最後で試験で習わないで終わっちゃった。私は、第二次戦争は世界観の変化をもたらしたと思う。戦争したかしないかだけじゃなくて、そこでとられた日本の姿勢が原爆時代に対応していくと思っております。その辺のところを、東京にあるアメリカンスクールのように、高校の最後の学期を休むようなことはできないんですか。アメリカンスクールでは、ほとんど高校の後半では試験しないんですけれどね。試験しないということは何が目的かというと、自分の生来の才能と、さっき文部大臣がおっしゃいましたように、自分の才能を自分の中で自覚していく時期なんです、そして希望する大学を選んでいこうとする。大学へ行けば専門になりますから、専門以前の一般常識、教育についてはばんでいる試験をやめることはできないんでしょうか。大臣にお伺いします。
#15
○国務大臣(奥野誠亮君) 試験というのは、高等学校における各学期ごとの試験なのか、あるいは大学への入学試験なのか、両様にとられるわけでございますけれども、ある意味においては試験に耐えられるような人間形成、これも大事じゃないかなという気もいたします。しかし、おっしゃるとおり、その年齢が一番いろいろと考え抜く時代だと、かように考えるわけでございますので、その間の指導のあり方、これはよほどくふうを要するのじゃないかと、お話を伺いながら一そうその感を深うしたわけでございます。試験をやめられないにしても、その指導のあり方についてそれぞれがそれぞれの持っている才能を自由濶達に伸ばせるような環境をつくっていく、そういうことが大切じゃないかなという感じがしたわけでございますけれども、試験をやめるということになってまいりますと、ちょっといまにわかにそれはけっこうですと、こう申し上げかねると思うのでございます。いまおっしゃったような気持ちをどう生かしていくかということがたいへんくふうしなきゃならない点だろうかというふうに、私も考えます。
#16
○鈴木美枝子君 どう生かしていくか。試験をこの高校の後半で、たとえば三年の中で、中間テスト、期末テスト、それから大学の入試試験のテスト、これだけ固められちゃ子供はどうしたってもう、私、かわいそうで涙が出そうです。それは、前に池田さんとアメリカのロバートソンさんと約束したことをいまも実行しているのですか。文化、教育、宣伝によって安保ワク内における人間の変化をさせる。戦争体験者と若者を切り離す。試験を高校の末にやめられないという理由は、いま申し上げたことがあるのではないのですか。大臣にお伺いいたします。
#17
○国務大臣(奥野誠亮君) ちょっとお話、理解しにくいんですけれども、日本はたいへん自由な国柄でございますので、特定の考え方を押しつけていくわけでもございませんし、また、子供さんたちがどのような道を選ぶかということにつきましてもそれぞれの選択にゆだねているわけでございますので、他の国とはその点はかなり違った姿になっているんじゃないだろうかと、かように考えているわけでございます。いま御指摘になりましたことはちょっと私理解しにくいのでございます。
#18
○鈴木美枝子君 いや、それは理解していただかなくては困るのです。私は、自分の仕事の芸能の立場から、文化を変えるということを仕事場で体験してきました。新劇団にしても、沖繩返還まで劇団雲が毎月二百万円の金をもらっっていた、アジア財団法人から。教育、文化、宣伝、そういう中で人間を変える、第二次戦争以後のところは教えないようにしている。こういう疑いを持たざるを得ないのです。大学に入るための試験か、第二次戦争のところをふさぐための試験か、そこのところをどうにかしていただきたいんです。しつこいようで申しわけございません。
#19
○政府委員(岩間英太郎君) 御案内のとおり、高等学校では単位制になっておりまして、八十五単位を習得すれば高等学校卒業ということになっておるわけでございます。試験と申しますのは、その単位認定の一つの手段でございますから、これは学校によりましていろんな方法があるわけでございまして、現実に試験を行なわない、論文のようなものだけで、あるいはレポートのようなものだけで済ませているようなところもあることは私聞いております。まあしかし、これは各学校の方針によるものでございまして、私どもが、単位の認定のしかたをどういうふうにすればいいかというようなことを直接指導するというよりは、現場におまかせしたほうがよろしい、そういうふうに考えております。また、池田・ロバートソン会談が日本の教育に影響しているかしていないかということでございますが、それは、私は全然影響しているようなところはないというふうに了解しております。
#20
○鈴木美枝子君 私は、前に五十四ヵ国が集まる映画祭の中で、西ドイツのプロデューサーが、日本人はばかだと申しましたとき、なぜだと聞きましたら、日本人は教育二法案を受け付けたじゃないか、ララ物資ただで食って、あとで金払ったじゃないか、こうプロデューサーに言われたときがありました。私は、ごく常識的なことばで、なんだあなたの国は、東と西に分かれているじゃないかと言いましたら、土地のことはソビエトとアメリカに聞いてくれ、私たちは教育二法を受け付けなかったぞと。そこで、私はふと試験のぶつけ方、第二次戦争の試験のぶつけ方、アジアについての詳しく勉強できない方法があるんじゃないか。それから高校生五十人の人に聞いて、そして自殺する子供さんの中で一番感じることは、試験試験では、記憶を写すだけです。記憶することと創造することは別です。心や創造力や、そういうものを失ってから大学へいくというふうに私は思うんです。試験試験とやっていて、まさか作文を書いてなんかいられませんでしょう。ですから、作文の時間なんかほとんどないでしょう。作文というのは、ただものを書くだけじゃなくて、創造性を発達させる一つのものでもあるわけですから。きょうは徹底的に試験を、やめてもらうということの御返事をいただきたいんです。いかがでございましょうか。
#21
○国務大臣(奥野誠亮君) 高等学校の試験をやめろということでございますと、どんな形かにおいて履修をしてきたこと、それが実っているか、実っていないか、実っていればさらに先へ進んでいくという一段階一段階進めていくということ、これはやっぱり人間修業の過程においても大切なことじゃないかと思いますので、全面的に試験制度をやめるという式のお話でございますと、せっかくのお話でございますけれども、私賛成でございますが、ちょっとなかなかこの席では答えられないんじゃないかと、かように考えるわけでございます。初中局長が申しましたように、それぞれの高等学校が独特な行き方をする。そして単位の履修というものについて、ことさら筆記試験をやらなくてもレポートなり何なりでそれにかえていくやり方を行なう学校があっても、それはそれなりに認められるのだというお話がございましたが、そういう程度ではなかろうかという感じを持たしていただいているところでございます。
#22
○鈴木美枝子君 ここでは、いま試験を急にやめるというようなことにはなかなかならないでしょうけれども、いま私が言った自殺をするのがただ自殺じゃなくて、第二次戦争という世界での重大なできごともわからないで、大学へ行っていきなり政治や社会学に触れていき、そして大学に警察を入れる、子供の心はかさかさになり、創造性を失わせていく、世界観を常識的に与えない。そういう意味の試験だと私は言っているんです。そのことを考えていただきたいと思うのです。自殺は、そういう意味があるんだと、それを家庭のせいにしないでほしい、また、父母のせいにしないでほしいと思います。
 たとえば、授業日数からしても、アメリカじゃ百七十日、ソビエトでは二百日、日本では二百四十日と、まあ授業日数も他の国よりずいぶん多いわけです。それだけでも子供はもう脳がくたぶれてしまう。その日数も少し減らすとか、先ほど大臣は、それだけいっぱい与えてもたえていける人間をつくり出すんだと、それが開発なんだというんだとしたら、たとえばこの間、中国へ参りまして、中国の、まあ国柄が違いますけど、どのくらい楽にやっているかみたいなことは、地球の上にある人間の楽さの比較にはなるわけで、この間北京大学へ行きましたら、プロ文革なんてよく言っているけれども、一体プロ文革というのは何だろう、日本にいたらよくわからなかったもんだから、聞いてみました。一九五〇年の映画を引っぱり出してきて、日本だったらもう全部過去のことです。引っぱり出して、そうしてこの映画は正しいか正しくないか――大衆を考えて間違いを正す。教育についても、大学でやはり試験試験で追いやっていたのは間違いだったと、やはり中国も試験試験だったようですね。イデオロギーが違っても、試験というものの記憶力をためすというその方法は同じようでした。それは間違っているんだと、それで、プロ文革の成果は、試験を全部廃止した。最も人格のすぐれた子供さんを人々の推薦によって大学に入れるというふうに変わってきたのが、あちらのプロ文革です。だから、せめて日本も、まあ立場が違っても、子供をあんまり苦しめないでください。だからそのことを考えていただきたいと思うんです。そしてまた、そこが第二次戦争ということはたいへんに重要なことなんだと私は思ってんです。そのことを試験にぶつけて、そこがはっきりわからないようなふうに試験をぶつけないでほしい、そのお願いだけは聞いていただけますでしょうか。
#23
○国務大臣(奥野誠亮君) いまお話しになりましたところ、たいへんいろいろな問題を含んでいるように思います。私たちも、日本の教育が学校教育中心になり過ぎているという感じを持っているわけであります。持っているわけでありますが、それじゃいますぐ、たとえば、週休二日制という問題がございますけれども、授業日数をアメリカのように週五日ということにした場合に、一体社会が児童生徒を十分にこれを受け入れていくことができるだろうかということになりますと、そこになお問題がございますので、自然学校における授業日数がアメリカその他と比べますと多いという結果になっているわけでございます。だんだんと社会教育等の道も開けてくる、その暁には、学校における授業日数も減らしていくことができるということじゃなかろうかと、かように考えているわけでございます。いずれにいたしましても、学校教育中心になりまして、詰め込み教育的なことになることは避けなきゃならぬ、かように思います。ただ、いま、中国でしたか、ソ連でしたかを例に、お引き合いに出されましたけれども、そういう国と日本の場合とは全く国柄が違うもんですから、日本は御承知のように非常に自由な国でございます。ですから、競争試験で入学者をきめる。共産主義国では上からきめていくわけであります。そこが非常な違いでございます。小学校からもうすでにマルクス・レーニン主義の政治思想を教え込んでいくと、私たちからいうと、洗脳しているんだと、こういうことだと思うんですけれども、日本の学校教育は中立でなきゃならないという態度をとっているわけであります。特定の政治思想で洗脳するというような態度はとるべきでない、これはわれわれの考え方でございますけれども、共産主義の国ではそういう教育をやっているわけでございます。でありますから、両者それぞれ特色があると思うんであります。特色はあると思いますし、また、特色のあるところのよい点は日本の教育にも生かしていかなきゃならない、かように考えるわけでございまして、とかく知育偏重に流れている、詰め込み主義に流れている、個人のせっかく持っているよいものが生かされないというような御指摘、これは私たちほんとうに留意しながらそういうことのないように、調和のとれた人間が、同時にまた創造性豊かな人間が生まれていくような努力を私たちとしても一生懸命にやりたい、かように思います。
#24
○鈴木美枝子君 先ほどは高校生に五十人ばかり会ったときのこと、今度はおかあさん方に会って調べたことを申しましょう。おかあさん方、たとえば、いま小学校に行っているおかあさんは、昭和九年生まれ。そのおかあさんたちは自分が小学校五年のとき終戦を迎えた。そして本がないから墨で削れと言われた所を削った。そのおかあさんの子供はいまのりで張りつけている、直す所は張りつけてる。たとえば「父」という、この「父」を使って、「おとうさん」という呼び方が七一年以後「父」を使うようになった。と、教科書にのりで張りつけるようになった。するとそのおかあさんが言うのには、私たち時代は墨で消し、――うたの文句になってるんですね、子供はのりで張り。これは、イメージの問題だと思うんです。字はかってに変えりゃいいってもんじゃないと思うんです。ひらがなの「おとうさん」なら「おとうさん」をこの「父」という字に変えますと、今度「父」を取り出しますと「父母」、「父」、こうなるわけで、それに「お」と「さん」をつけて「お父さん」。私はやはり俳優ですから、もしその活字が違ったらその人物までイメージが違ってくるという、それが想像の花火のような種になってるんです。だから、簡単に字変えていいもんじゃないんです。それが同じ小学校の途中でそういう形に変わってくるのに対して、子供はおかあさんに質問する。そしておかあさんたちは学校で孤立していく。まあ民主主義だからっていうんで、おかあさんたちはPTAで一ヵ月百円ずつ集める。百円ずつ集めても、そこに八十人のおかあさんがいればたいへんな金になるわけです。そして民主主義だから、それぞれ考えてものをやれっていううちに、社長みたいな――百円の社長みたいな気持ちになってくる。それが私は、先生たちと子供たちと三つどもえで話し合うことができないような仕組みを、私の立場から言うと官僚的な仕組になる。まあ御都合があってそうやっているんでしょうけど、子供を一番孤立さしちゃうんです。孤立させられた子供が、試験のマル・バツだから、ほんとうに孤独になってしまうのです。この孤独は皮膚からだって入ってくるんです。人間は皮膚から入ることもあるし、別に耳から、目から、口からだけじゃない、日常生活の周囲からそういうふうに感じていく場合があるんです。おかあさんたちは民主主義ということばで、自分一人は百円出していると思っているが、まとめてみたらほんとは六万円ぐらいになる。それも毎月毎月で、カーテンかなんか洗たくさせられて、そしてカーテンをつくったりしている。民主主義だから自主的にやりなさい。自主的にやりなさいということで百円の社長みたいな気分になる。それからまた先生と話しちゃいけない、まあ政治的な問題話しちゃいけない、宗教的な、というようなたてまえの法律はできたかもしれないけれども、私はやっぱり先生とおかあさんたちが自由に話せるっていうことが子供を自殺させない一番大きな原因なんじゃないか。まあおっかちゃんだから簡単なことばで言いました。百円の金がそういうふうに人間の内部をこう変えていく要素を持っているんだと。一緒に話し合うということができないものでしょうかね、大臣にお伺いいたします。
#25
○国務大臣(奥野誠亮君) 先生方と父兄の方、自由に話し合う、これは非常に大切なことだと思いますし、各学校においても積極的に進められていることじゃないだろうか、かように考えるわけでございます。決して文部省がそれを押えるような役割りをしたことはないと思います。ぜひ先生方と父兄の方よく話し合って、それぞれの子供さんたちの性格をのみ込んで先生が教育に当たってもらうというような体制を確立していく、重要なことだと、かように思います。
#26
○鈴木美枝子君 それじゃ自由に話してよろしいのですね。それじゃ、ここには先生もいらっしゃることですから、小林先生、どうぞ――私は、簡単なことばで言っているけれども、簡単なことばがすごい問題を持っているわけですから、大臣、ほんとうに自由に話すということをきょうお認めくださいましたので、どうぞ以後自由にPTAのおかあさんたちと先生たちといろいろな話ができて、いろいろな集会が相談してできて、そしてマル・バツで子供を孤立させないというところへお願いしたいと思います。
 それから、最後にもう一つ、これは最近のできごとなんでございますけれども、これも私がじかに聞いたことなんでございますけれども、よく「犬狩り」というような、子供さんが駅にいると――子供さんのことだから文教委員会で言っていいんだろうと思います。自衛隊の人が来て連れていく。ここにその子供さんのおかあさんから預かった採用予定通知というのがあるのです。これは岐阜市長良福光二六七五の三、自衛隊岐阜地方連絡部長の用紙なんです。この間も大阪で二人の子供さんが、というのが新聞に出ておりました。これは、この家出したようなふうに見える子供さんを連れていくのでしょうか。
#27
○政府委員(高瀬忠雄君) ただいまの募集の話が出ましたけれども、私どもは、いろいろ広報宣伝などをいたしまして、一般的に市町村や地方連絡部が窓口となって、自衛隊に入りたいということでやってくる者につきまして採用すると同時に、個々別々、まあ知人などを通じまして、あるいは連絡部などに来ましていろいろな質問をする、そういうふうな者に、自衛隊というところはどういうところであるというようなことを教えまして、そうして、本人が自衛隊に入りたいという者を採用するということでございまして、特に、いまお話しのように家出人を目当てにしてさがしておるとか、そのようないわゆる街頭でもって不特定多数の人を対象にするような募集というようなことは私どもの立場では厳に戒めておりまして、そういうようなことのないように心がけております。
#28
○鈴木美枝子君 これは、岐阜の旅館で働いているおかあさんに会って聞いた話なんです。おとうさんがいない。子供さんがやはり不満が起きるんです、おとうさんがいないから。で、家出したというより、仕出し屋で働いていて、二、三日その旅館で働いているおかあさんのところに帰らないで、駅にいたということです。こちらのおかあさんも一ぺん私に会って、それ以後手紙で、自衛隊の通知書を送ってまいりましたときに、子供のことですからと念を押しながら、よく調べて、そしてお願いしてくれと、自分の子供ばかりじゃなくていろいろな人の子供のこともあるだろうから、委員会でお願いしてくれと、これがおかあさんからの大体の趣旨でございます。黙って連れていかれて一週間。その子供さんは十六歳なのに十八歳とうそを言ちゃった、つまり、ちょっとおかあさんをだまして駅にいたので、少しおとなに見せたかったんじゃないでしょうか。十八歳で連れていかれまして、そしていろいろ体格検査されたり、ちょっとした話もあったり、そのうちに自分は十六歳で驚いちゃったわけです。そしておかあさんのところへあわててこの通知を持って逃げたというようなことなんです。で、このおかあさんが言っているのは、たった一人のおかあさんじゃなくて、家出しなければならないような環境がまたあるようなことがあって、それを「犬狩り」ということばを前にちょっと聞いたのですけれども、やはり私は基本的人権について、小ちゃい子供も、おとなも、どんなに偉い人でも偉くなくても、日本国憲法の第三章にある基本的人権に沿ってください。「犬狩り」そのことばが出てくるだけでも、私は憲法違反だと思うんです。大阪でも二人あった、そしてまた私のところへはその自衛隊からの通知書をおかあさんが送ってきている。どうぞ「犬狩り」という恐しいことばを使って子供を連れていかないでください。
#29
○政府委員(高瀬忠雄君) 大阪の例、いまの岐阜の例は初めて伺うわけですけれども、大阪の例につきましても、自衛隊を志願しないか、こういうことでありまして、そこで生年月日などを聞いたわけでございますが、十八になっておるということなもんですから、それで地方連絡部で試験などをいたしたのですが、あとで調べましたら未成年者だということでございまして、そういったケースの場合には、直ちに本人の言った現住所を、父母のおるその住所に連絡をとりまして、そして未成年者の場合におきましては、父母の了解を受けて、そして自衛隊に入るというような指導をしております。いま十六歳というお話でございましたが、そういった場合は、どういった事情であったかわかりませんけれども、すぐ両親に連絡をとりますので、これは自衛隊に入る資格がないというようなことで親元のほうに送り届けるというようなことになると思います。私どものほうで、いま「犬狩り」というようなお話がありましたけれども、そういうような気持ちでもって隊員募集は毛頭いたしておりません。もうほんとうに本人が自衛隊に入りたい、自衛隊というのはどういうところであるかというようなことをよく教えまして、そして本人が入りたい、ぜひ入れてくれというような者につきましてのみこの試験を受けて入ってもらう、しかしいまのお話の、身体検査をしまして、そして関係のところには連絡をとりまして、そして入ってもらうというようなことでございます。そういうようなことで、基本的人権を無視するような考えを自衛隊自身、隊員に対しては毛頭持っておりませんと同時に、部外の人に対しましてもさような考えで接触するというようなことはございません。まあ十分、先ほど申しましたような気持ちでもって隊員の募集をいたしておるつもりでございます。
#30
○鈴木美枝子君 それではどうぞ、「犬狩り」というようなことばが流行しているという、――何んにもなければそういうことばも出てこないでしょう。いま答弁なさいましたけれども、もう一回そういうことばは使わないようにということを自衛隊の方たちに言っていただきたい。子供をそういう形で、駅から連れていくこともしないでいただきたい。そしてまた大臣は、きっといまの自殺から関連した試験を一応お考えくださったと思うんです。この技術改革、脳裏の開発、こういう宣伝文句と現実的には若者たちの孤独感というもの、それをこまかく、私が申しましたことを、どうぞ少しでも実行していただきたいと思います。自殺が続く限り、そういうテスト教育の中に問題があるのだということを一回お考えくださいまして、人間というものに、どうして豊かな感情を持たせるかという立場からどうぞお考えください。
#31
○国務大臣(奥野誠亮君) 人間の適性、個性に合った教育をしていく、ゆがめないようにしていくと、特に入試地獄ということが言われておりますが、そういうことがお説のような問題にからんでくるんじゃないかと思うのでございまして、ぜひそれぞれの人に合った進学の道が選べるような努力も一応しなきゃなりませんし、社会の見る目も変えていくことも大切じゃないか、総合的に考えを進めさしていただきたいと思います。
#32
○鈴木美枝子君 ありがとうございました。
#33
○矢追秀彦君 私は、最初に、義務教育費の負担の軽減の問題でお伺いいたします。
 この問題は、当委員会でもずっと議論をされてきておるところでありますが、その義務教育の教科書等は無償配付になりましたが、いわゆる副教材、そういったものは非常にたくさん出ておったり、あるいはまた、特に私はきょう取り上げたいのは、一つは学用品の問題でありますけれども、最近の物価高で相当父兄に対する負担が高くなってきておるわけであります。そういう点で、この義務教育の無償化の範囲でありますが、これはどこまでをいうのか、まず最初にお伺いしたいと思います。
#34
○政府委員(岩間英太郎君) 義務教育の無償の範囲でございますが、ただいまのところ私どもは授業料をとらないというのが義務教育の無償の考え方であろうということでございます。しかしながら、義務教育の趣旨をよりよく実現いたしますために教科書の無償というものを始めたことは、これはもう御指摘のとおりでございます。
 さらに、今後の問題でございますけれども、私どもとしましては、義務教育はできるだけ父兄の負担を軽くするようにということから、全体の一〇%でございますけれども、家庭が貧しくて義務教育に多大の費用というものをかけるわけにいかないような方々に対しましては、教科書のほかに、学用品でございますとか、通学用品でございますとか、あるいは医療費、給食費、それから修学旅行費、そういうものにつきまして、これを無償にするような方向で進んでいるわけでございます。それからさらに、これは国会でもやはりお取り上げをいただきまして、学校の教材を充実するということが、ほかの意味から申しまして子供の負担というものを軽減する方法ではないかというふうなことで、いま年次計画を持ちまして教材費の充実をはかるという方向をとっているわけでございます。たとえば、大きな字引きでございますとか、そういうものにつきましてはこれはむしろ学校に用意をしたほうが、個人個人で買うよりは父兄の負担の軽減という点から考えますとよろしいんじゃないか、そういう観点から私どものほうは教材費の充実につとめるというふうに、いろんな角度からやっているわけでございます。いまのところ、そういうふうな方針を重視していくということでございますが、たとえば、学用品等が値上がりいたしました場合には、それに応じて単価の引き上げを行なうというふうな方向で進めてまいりたい。あるいはその品目を拡充するというふうな方向で進めておるような次第でございます。
#35
○矢追秀彦君 副教材についての父兄負担が多いという問題につきましても、この委員会でも何回か取り上げられておりますが、実態調査というのはされておるわけですか。これは昭和四十五年の十月二十三日に、同僚議員である多田委員の質問に対しても、調査をするという答弁が出ておるわけです。その後実態調査はされておりますか。
#36
○政府委員(岩間英太郎君) 私どものほうでは、毎年父兄が負担する教育費につきましていろいろ調査を進めておりますけれども、特にお話がございましたので、四十七年度におきまして調査を進めまして、その結果をただいま取りまとめておると、そういう段階でございます。
#37
○矢追秀彦君 これは四十五年の質問ですから、四十六年度からほんとうは調査をされないといけないわけですね。このときの宮地初中局長の答弁では、「調査したことがございませんので、まことに恐縮ですが、そういう声もございますので、来年度調査いたしたいと思いまして、予算概算要求を大蔵省にお願いいたしておる次第でございます。」と。十月だから四十六年度に間に合わなくて四十七年度に回されたと、こういうことですか。
#38
○政府委員(岩間英太郎君) そのとおりでございまして、たいへん恐縮でございますが、予算の時期をちょっとはずれておりましたものですから、四十七年度に調査をただいま実施中でございます。
#39
○矢追秀彦君 その結果は、いつごろ発表されますか。
#40
○政府委員(岩間英太郎君) ただいま集計をいたしておりまして、それぞれにつきまして分析をするということでもうしばらく時間かかるんじゃないかと思いますが、でき次第発表したいというふうに考えております。
#41
○矢追秀彦君 最近、日立市ではワーク・ブックなどの副教材を無償化するという決定がなされておるわけです。まあ、地方自治体でもこういう問題がやはり深刻でありますので、こういうようなことになってきておるわけでありますが、この問題については、文部省として、こういう副教材を無償化した市町村等が出てきたならば、それに対する補助金等を出すと、こういうような考え方はどうですか。私はそうすべきだと思いますけれども、その点いかがですか。
#42
○政府委員(岩間英太郎君) ただいま副教材につきましては、これは各市町村の教育委員会でいろいろ御判断をいただくということになっておりますので、各市町村の教育委員会が御自分の御判断でそういうふうに拡大をされるということは、これは好ましいことであろうというふうに考えるわけでございます。ただ、まあ御案内のとおり、各市町村、各学校で使います副教材等につきましては、種類もいろいろまちまちでございますし、これを全部について国の補助の対象とするということは、まだそこまではなかなかいきにくいんじゃないか。しかしながら、先ほど申し上げましたように、家庭で経済的に余裕のない家庭におきまして、そういうものをお買いになる場合に、私どもが実態に即してその手当をするということは、これは必要じゃないかというふうに考えております。
#43
○矢追秀彦君 いまの実態に即して手当てをすると言われますけれども、現実問題としてはどれぐらいこういうことが行なわれておるわけですか。実際、所得の少ない家庭に対して、こういった学用品とか、そういったことに対する補助を出すということですね。現状はどうなっておりますか。
#44
○政府委員(岩間英太郎君) これは、私どものほうで予算を用意しておりますものは全部の児童、生徒の一〇%でございます。しかしながら、地域によりまして、たとえば産炭地域でございますとか、そういうところではそういうふうな家庭の貧しい方が多いわけでございますから、そういうところではこのパーセントが非常に高くなっておるわけでございます。ただいまのところ私どもは、この制度を始めまして改善をしてまいった結果、まあ各市町村の御要望は全部満たしているつもりでございます。文部省のいろんな補助金行政の中でも一番進んだと申しますか、比較的文句の少ない補助金であろうというふうに自負をしておるような次第でございます。
#45
○矢追秀彦君 実際どれぐらいの金額になっていますか、一家庭、一人に対して、まあ、これはいろいろあると思いますけれども。
#46
○政府委員(岩間英太郎君) 昭和四十七年度の予算の総額は、学用品費、通学用品費、それから通学費、修学旅行費、それから学校給食費、医療費合計をいたしまして六十億でございます。対象の児童が、たとえば修学旅行でございますと六年生だけということもございますが、単価で申しますと、四十七年度が学用品費については小学校で三千百二十円、対象人員が四十八万八千五百六十五人、中学校が七千五十円で、対象人員が二十三万四十一人、通学用品費は、人数はいまのとおりでありますが、一人当たり小学校が六百八十円、中学校も六百八十円、それから通学費でございますが、これは対象人員が小学校が六千三百五人、単価が四千八百四十円、中学校が一万一千四百二十九人、単価が九千五百二十円、それから修学旅行費が小学校十万七千七百十四人、単価二千九百円、中学校十万三千百八十三人、単価八千四百円、そのほかの校外活動費、これは遠足等でございますが、人員は学用品費等々と同じでございまして、小学校が百二十円、中学校が二百十円。給食費は、これは一人当たりの単価でございますけれども、完全給食が五十円七十六銭、これは小学校でございます。中学校が六十四円十二銭。それから医療費が、いろいろございますけれども、たとえばトラホームでございますと、一人当たり三千六百八十八円、総額は先ほど申し上げましたように六十億というようなことでございます。
#47
○矢追秀彦君 この制度はけっこうなんですが、ことしの場合ですね、ちょっと時期が過ぎてしまいましたけれども、この四月に小学校に入った場合、学用品だけを取り上げましても、親の負担はどれくらいになると思われますか。実際デパートあたりで買った場合。
#48
○政府委員(岩間英太郎君) 先生の御質問にお答えするような資料はちょっとございませんで、たいへん恐縮ですが、四十五年の、ちょっとこれも古いので恐縮ですけれども、父兄が支出しました教育費の小学校の一人当たりの金額は二万六千六百五十円、中学校が三万五千三百七十円というのが平均でございまして、ただいま先生御指摘になりましたような普通の家庭のお子さんが、デパートあたりで、かばんからくつから、あるいは机から整えますと、これは相当の金額になるだろうということは予想されるわけでございます。
#49
○矢追秀彦君 私はあるデパートの一覧表、それを取り寄せたのですが、安いほうで全部やりましても四万二千六十五円になるのです。ちょっと大臣見ていただきたいのですけれども、先ほど二万六千六百五十円、これは四十五年度で、それから物価も相当上がっておりますから相当なあれになっておりますが、その青い一覧表ですね、それ高いのと安いのとありますが、最低ずっと足しても四万二千六十五円にもなりますと、これは相当の負担になる。先ほど三千百二十円というのが出ておりますが、ランドセルだって一つ六千円です、最低が。ランドセルも半分しか買えぬというふうなことになるわけでして、非常にこの学用品の値上がりというのはちょっと私はほかの物価の上がりと違って、これが大学とか高校になればまたこれは別でありますけれども、小学校、中学校、義務教育費の場合は非常に問題があると私は言いたいわけです。親というのは非常に子供に弱いんでありまして、子供にせがまれるともうどうしようもないと。これはしかも最低です。そのほかに百科事典だとか、参考書だとか、そういうのが入ってきますとそれにまたプラス・アルファになります。そこへはまだ服は入っていません。洋服とか帽子とか靴とか、それはまあ一応制服はありませんから、制服のない学校であれば自分たちのそのままで行けますけれども、それはまあ別にゼロとしても相当多いと、百貨店が高いから、もっと安いところからさがしてきたとしてもやはり三万五千円以上にはなるんではないかと、こう思います。この現状についてどう思われるか。
 もう一つは、カタログをお見せしました。これは机なんですね、この机が、いま材木が上がっておりますから、だんだん上がってきたんだと思うんですけれども非常に高くなっておりまして、一番高いので大体三万近くしております。コクヨのホームデスク一つを取り上げますと、これは机だけで最高が二万九千九百円、いすのほうの最高が八千四百円と、最低でも一万九千九百円、いすの場合で三千二百円とだんだん豪華な机がふえてきた。そこに、ウルトラマンの広告のついたやつ、これなんかちょっとどうですかね、大臣、その裏側ひっくり返していただいたら、そこに何と書いてありますか、ウルトラマンで勉強もよくなるという宣伝がついていますね。それでコマーシャル、テレビでばんばんやられたら親としてはたまったもんじゃないと、何とか私は義務教育だけは学用品のある程度の何か歯どめができないかどうかその点お伺いしたいのですけれども。
 ついでに、これも先にお渡ししますけれども、これは大臣何だと思われますか、その黒いのと赤いのと。赤いのはわかりやすいと思うんどすけれども、それは六百円するんですよ、それは二つとも筆箱なんですよ。かぎが、上をちょっとごらんになっていただくとちゃんとマジックキーになっていまして、番号を合わして、Yと6を合わせればあくわけです。もう一つの赤いのも横にかぎがついていまして、金庫と同じ形の。筆箱にそんなかぎつけるほどの必要あるかどうか。しかも、それはひなたへ置いておきますと全部そり返っちゃうんですね。そういうふうな、要するに、この義務教育の負担を軽減するという施策をとり、また政府がこうやって補助金まで一生懸命出されてやられておるのに、片方ではそういった企業が、いわゆる親の弱みにつけ込んで一生懸命コマーシャルも駆使しながらだんだんだんだんエスカレートしてぜいたくになってくると、将来の子供の教育の上から考えてもちょっと私は問題ではないか、こう思うわけですけれども、私の家にも二人の小学生がおりますけれどもたまらぬわけです、はっきり言って、だんだんエスカレートしてきていますから。実際所得の少ない家庭だと非常にたいへんだし、あるいは三千百二十円ではこれはもうそこの一覧表で何買えるかおわかりのとおりです。鉛筆だっていま六百円もしていますよね、一ダース。こういうような状況を大臣はどのようにお考えになるか。さらに、これに対してどういうふうな施策を講ずべきなのか。自由経済という中でありますから非常にこれは技術的にむずかしい面があるかと思いますけれども、その点まず、いかがですか。
#50
○国務大臣(奥野誠亮君) いまお話を伺いながら、学用品の世界も商魂たくましい競争が行なわれているのだなということを教えていただいたわけでございます。どうこれをさばいていくか、たいへんむずかしい問題だなと伺いながら学校それぞれで父兄に適当な呼びかけをしてもらうということではなかろうかなと、こう思いながら伺わしていただいたところでございます。今後なおよく考えさしていただきたいと思います。
#51
○矢追秀彦君 次に、もう一つ、私が問題にしたいのは、これも先ほど申し上げた昭和四十五年の十月二十三日の文教委員会で私たちの同僚議員である多田委員から質問が出た問題ですが、文部省の選定標準色準拠というやつですね。いわゆる色紙の文部省選定標準色。これは文部省としては許していないと、こういうお答えでした。「文部省選定何とかとおっしゃいましたが、文部省は教科書検定以外に文部省でそういうものを選定するとか、推薦するというような行為は文部省としてはいたしておりません。」と、このように言われましたが、これも先にお渡ししておきますけれども、現実に、その色紙の上にはっきり標準色準拠と書いてあるわけです。このときの答弁だとそういうものはない、現在でもその標準色というのはないわけですね。どうですか。
#52
○政府委員(岩間英太郎君) 文部省では、こういうふうな標準色の選定ということはやっておりません。標準色につきましてはいわゆる日本工業規格――GISに示されたものがございまして、また民間では、日本色彩研究所が一つの標準色を示しておりますけれども、まあ現在のところ、これは、文部省でこういうふうな標準色をきめているというようなことはないわけであります。
 ただ、まあ将来の問題としまして、教育上、まあ工業上の要請からのこういう標準色ということとは別に、教育上の観点から標準色というものをきめるべきであるかどうか、これは一つの課題として残っておるわけでございます。
#53
○矢追秀彦君 ということは、その色紙についておるのは、これはまあ業者がかってにつけたというわけですね。
#54
○政府委員(岩間英太郎君) 私どものほうと関係のないことであろうと、そういうように考えます。
#55
○矢追秀彦君 ということは、業者がこの文部省選定標準色準拠なんという、文部省ということをかさにきて、結局まあ商品に値打ちをつけるということになると思うのですが、これについて公正取引委員会としてはどう考えられますか。
#56
○政府委員(熊田淳一郎君) 文部省が標準色を選定していないのに、文部省が選定したものに準拠をしておるという表示をいたしますことは、これはやはり品質について競争相手、競争業者のものよりも著しく優良であるという誤認を起こさせるおそれがございます。これは不当誘引効果を招くおそれがございますので、やはり景品表示法に触れてくるおそれがあるというふうに考えます。
#57
○矢追秀彦君 おそれじゃなくて、もうそうだと思うのですけれどもね。この問題について、おそらく公取としては初めてお聞きになったかと思いますが、これはきちっとお調べいただいて、やはり、標準色があればまた別ですけれども、ないんですから、これはきちっと消させるような指導をしていただきたいと思うのです。文部省のほうとしても、それは三年前にこう言っているわけですから、その後三年間何もされなかったということはやはり怠慢と言わざるを得ない。その点について文部省と公取のほうから今後の処置をどうされるか、はっきりお伺いしたい。
#58
○政府委員(岩間英太郎君) 文部省で実際にそういうものをきめてないのにそういうものを文部省がきめたものがあるかのようなものが出ておるということはたいへん遺憾でございます。私どもの力でやれることでございますか、あるいはほかの省のお力を借りなきゃならないことでございますか、それはよくわかりませんけれども、そのようなことのないようにひとつつとめてまいりたいというふうに考えます。
#59
○政府委員(熊田淳一郎君) さっそく実情を調べてみたいというふうに考えております。
#60
○矢追秀彦君 その次に、これと同じようなたぐいになるわけですが、文部省学習指導要領準拠というのがそのワーク・ブックについております。標準色というものはない。それでこれは問題ないんですが、今度は学習指導要領というのはあるわけですね。それに準拠してつくったワーク・ブックである、こういうことになっておるわけです。これについては、文部省としてどうお考えになりますか、「準拠」という問題について。
#61
○政府委員(岩間英太郎君) これは準拠しているかいないかというのは、書く方が判断しておそらく書いたことだろうと思いますけれども、やはりこれは悪く考えれば、「文部省」という文字が入っておる、それにつられて父兄の方がこういうものをお買いになるというふうなことをねらいにして売られる。つまり、書いておられる趣旨があまり純粋ではないようなふうに、私ども受け取れるわけでございます。そういう意味から申しまして、こういうものをつくっております教材の協会等を通じまして適切な指導をするということを考えてみたいと思います。
#62
○矢追秀彦君 これも、この前のときは、指導要領の準拠という問題は、委員会で出されておりませんでしたが、大体同意義的なことが出されておったわけですから、やはりこれをきちっと指導していただきたいと思います。実際、そういうものをつけているところと、つけていないところと両方あります。つけていないところがやはり私は良心的であると思うわけですけれども、やはりそれもはずさせなければいけないし、もし、今後やはりこういうふうなこともある程度必要とすれば、文部省としてこの指導領準拠というもののある程度のチェックというものを、――あまりこれを事前にチェックすると、また教科書のいろんな問題が出てきまして、すぐ政府というのは、そういうことにつけ込んで官僚統制を強めるというような非難が出てきますので、私たちは非常にむずかしい問題だと思いますが、野放しにはできないと思います。やはりどっかの委員会、第三者的な機関など、そういうものができれば、別に官僚統制というような非難も出てこないわけですから、その辺はちょっと研究をされる必要があると思います。こういうものをなくすか、あるいはある程度指導要領に基づいてつくられているものならば、そういう表示はしてもよろしい、そのかわりこういう委員会ないし審議会を通らなきゃいけないと。その辺はどちらの方向が好ましいとお考えになりますか。
#63
○政府委員(岩間英太郎君) 私どものほうでいま選定をいたしておりますのは、教育関係の映画だけでございます。したがいまして、そういうふうな行為をやるとしますれば、やはり法令の規定に基づいてやるのが正しいことじゃないか。それ以外のことは、むしろ、消極的にやらないというふうに考えたほうがよろしいんじゃないかということのように思われます。ただいまの文部省の学習指導要領に準拠しておるというふうな積極的な何か理由でもございまして、私どものほうで、特にそういうことを表示することが適当であるというふうな弁明がかりに妥当と認められるような場合は別としまして、ただいま先生の御趣旨のような方向で注意を換起するというふうなことをいたしていきたいと思います。
#64
○矢追秀彦君 それからもう一つ、お渡ししました机のカタログのレコードが出ておるのがあるんですが、一番前のそれです。それ裏返してください。いや、それじゃない、その前です。そこです。そこにも、これはレコードなんですけれども、やはり「文部省学習指導要領準拠」となっておりまして、そこに文部省の方の推薦のことばが出ているわけです。これはそのレコード自身もいま売られております。それからそれは、そこに出ている広告は、その机を買うと抽せんでそれがもらえると、こういうものなんですけれども、いま言われたように、文部省としてもはっきりしていない。そういう学習指導要領準拠というようなものを宣伝のところに使われちゃっているわけです。おそらく御存じなかったんではないかと思うんですけれどもね。何かのところでおっしゃったと思うんですけれども、そのレコードについての話をされたときのがそのまま利用されたと、私は善意に解釈したいのですけれどもね。企業というものはそこまでやるわけですね。このレコードは、たしか一枚千五百円ですから、九枚セットになっておりまして、しかも百曲とあるが、実際百曲じゃないんですよ。全部メドレーになって百曲でしてね、ごまかしなんです。その百曲というのも、大体インチキなんですけれども、そういうわけで、いま言ったそういうことになると、ますます――「学習指導要領準拠」というラベルが張って売ってあると、これは文部省がきちんとしたもんだ、これはけっこうなものですと、しかも、お役人さんのそういう推薦のことばまで利用されちゃっているとなると、ますます私が憂うのは、企業が自由な企業活動をやるのはけっこうですけれども、義務教育の中にまで企業が入ってくる。しかも、義務教育まで企業によってそうやって買い占めされていく。それで困るのはだれかというと、やはり父兄であり、一般の特に所得の少ない庶民が困る。政府が幾らそうやって三千幾らの援助を一生懸命されておるにもかかわらず、企業のほうで、それだけエスカレートしてしまえば、この補助が何のありがたみもなくなってしまう。こういう問題がありますので、私が先ほども申し上げたのにまた戻りますけれども、これはやはり一つは消す方向が私はいいのじゃないかと思うのですけれどもね。この点重ねてお伺いしたいと思います。
#65
○政府委員(岩間英太郎君) まあ、一つは、文部省の学習指導要領に準拠しておるかどうか、ただいま内容につきましても先生から百曲ないというふうな御指摘もございましたし、それからまた、公務員がこういうふうな市販のものにつきまして推薦をするということも好ましくないことであろうと考えます。ただ、これがほんとうにそうなっているのかどうか、ちょっと私自信がございませんので、ひとつ調べさしていただきたいと思います。それから調べました上で、もし、ただいま私が申し上げましたことに反するようなことがございました場合には、注意を喚起したいというふうに考えております。
#66
○矢追秀彦君 まあ、この方は指導要領にも書いていらっしゃる方なんですね、この本の中に出てくる方ですから、それで非常によけいに私、問題があると申し上げたいわけです。
 それで、しかもその中で、私、ちょっと棒線引いてありますところ、文章の中で。ちょっと私、手元に控えがありません。ちょっと線のところだけ読んでいただけますか。
#67
○政府委員(岩間英太郎君) 「グラモフォンがつくったこの教育レコードは、私たちが考えている、より完全な音楽教育の実現にぜひ必要なもののひとつ。ご家庭で、学校と歩調を合わせて音楽教育をしていただくため、先ずお母さまにこそ聴いていただきたい。」そう書いてございます。
#68
○矢追秀彦君 もう一つ横、もう一つ左、広告の欄。
#69
○政府委員(岩間英太郎君) その右側に線が引っぱってございますのは、「制作ポリドール株式会社(旧社名 日本グラモフォン株式会社)」。
 さらに線の引っぱってございますのは、「文部省指導要領にかかげられた指導目標に合致する数かずの配慮。たとえば、日本民謡や世界の民俗音楽は、いずれもその国や民族の代表的な民俗楽器で伴奏をつけています。」
 以上でございます。
#70
○矢追秀彦君 いま、読んでいただいたその文部省の方のを読みますと、何かそのレコードを買っておかなければ完ぺきな音楽教育ができないような感じにも受け取られますよ。発言の内容も私ちょっと遺憾だと思いますし、それから、それを参考にしていただくとかなんとかが入っておれば、何かそれがあって初めて完ぺきなようなニュアンスを、――これは私のひが目かもしれませんけれども、感ずるわけです。
 もう一つ、その横に、そうやって、「文部省指導要領にかかげられた指導目標に合致する数かずの配慮」がされておると、こうなると、ますますこの指導要領というものは完全に利用されている。先ほどのワーク・ブックの上に「文部省学習指導要領準拠」だけ書いてあるよりそっちのほうが私、程度が悪いと思うのですけれどもね。そういう点で、どうしてもそういうことが使われる風潮にあれば、先ほど言ったようにきちんとするか、あるいは今後やっちゃいけない、「文部省」という名前は数々使うなと、こういうようにするか、やっぱりはっきり方向をきめていただきたいと思うのですが、文部大臣いかがですか。
#71
○国務大臣(奥野誠亮君) たいへんむずかしい問題を仰せつかったと思ってさっきから聞いておったところでございます。
 私も、役人時代に本の推薦に名前を連ねたことがずいぶんございます。これこれ音楽で、本はいいけれども、レコードはいけないのだというわけにもいかぬなと思いながらいまいろいろ考えておったところでございまして、いずれにいたしましても、過度にわたることは避けなければならぬ。しかし、また進んでそういう部門に勉強をはげんでもらう、これもまた望ましいことで、あながち悪いとは言えない。問題は、一般的に、学用品で不当に高価な負担を父兄に押しつけるような傾向を助長する、そういうことを御心配になっていると思いますし、私も、全くその点は同感でございます。ただ、そのためによいものまで普及を阻害するということになってはいけない、どこで綿を引くべきか、たいへんむずかしいことだと思いますので、もうちょっと私よく勉強さしていただいて、その上にさせていただきたいと思います。
#72
○矢追秀彦君 私、大臣に要望したい一つは、先ほどから言っているように、義務教育にまで企業が介入してきて非常にもうけていく、親の弱味につけ込んで金もうけをする。こういうことは可能かどうか非常にむずかしい問題だと思いますが、やはり私は、義務教育の学用品には、ある程度やはり子供の将来も考えまして、質素なものにするという、あまり華美にしないという歯どめが法律的にできれば一番いいですが、それが無理だとすれば、文部省からの通達なり何かで業界に対してきちっと指導するような方向、これはぜひとつていただきたい、これが一つです。
 それからもう一つは、いま言われた、確かに役人の方がそういうことをされるのを別に私は悪いといっているわけじゃありませんので、さっき言ったような指導要領準拠というものが、きちんとある程度の、別に法律にしなくてもいいと思います、確立されておれば、その方がそこでどういうふうにおっしゃってもこれはかまわないわけですから、やはりその辺をきちんとされた上で、役人の方が書かれても別に私はかまわぬと思います、むしろそれは啓蒙のほうになるわけですから。ただ、いまのようにはっきりしていないのに、それはいわば、結局レコード会社に利用されちゃっているわけですから、善意のことが逆に悪になってしまうと、こういう点で申し上げておりますので、特に最初の問題について文部大臣はどうお考えですか。
#73
○国務大臣(奥野誠亮君) いまの矢追さんのお気持ちならよくわかりまして、私も賛成でございます。ぜひ学用品が華美にわたらないように、父兄の、あるいは学校の注意を喚起する。やはり、このようなすさまじい商売合戦になっているところを教えていただきますと、必要になっているなと、こう思うわけでございます。ただ、いまもおっしゃいましたように、音楽教育その他において伸ばすところは伸ばしていかなきゃならない、それを華美にわたるという面から全面的に押えるばかりが能じゃない、学習指導要領にちゃんと即しておるものならそれはそれなりに認めるべきだという御趣旨のお話を承りまして、それならよく私もわかったことだと、かように考えますので、いまのお話を基礎にして指導に当っていきたいと思います。
#74
○矢追秀彦君 これは重ねて要望ですが、いま政府みずからこの物価高について消費者運動を援助するような方向を政府としてはいろいろお考えになっていると、こういろいろ発表されておりますので、やはり子供のときから、やっぱり消費者としての心がまえといいますか、そういうのを教えるのは、私はある程度、そういうぜいたくをしないということだと思いますので、その点はひとつ、物価高のおりでありますので、早急に何らかの対策をお願いしたいと思います。
 この問題はこれで終わりまして、次に、科学研究費の問題に入ります。
 この科学研究費補助金につきまして、四十七年度の実績はどうなっておりますか。また、四十八年度はどのような方向ですか。
#75
○政府委員(木田宏君) 四十七年度科学研究費百億でございまして、四十八年度は金額としては百十八億というふうに十八億の増をいたしました。四十七年度の申請件数は二万三千七百七十九件でございまして、採択をいたしましたのは六千六百件でございます。四十八年度の申請件数も二万四千をちょっと上回ったところというふうに締めておるわけでございますが、採択につきましては現在措置を進めておるところでございまして、計数はさらに後刻になろうかと思います。
#76
○矢追秀彦君 この科学研究費補助金の告示、申請、決算、これまでのプロセスはどのようになっていますか。
#77
○政府委員(木田宏君) たとえば、昭和四十七年度の科学研究費の配分の手続でございますが、この告示は、四十六年の九月中旬に、こういう要領でやりたいというような告示をいたしまして、そして十二月に研究計画調書の受付をいたしまして、四十七年度の二月から五月の間にかけまして審査手続を進めてまいります。その間、予算の御決定がありますので、予算の決定を見ましたあとで、あらかじめ審査をいたしましたものについて交付の内定の仕事を進めてまいります。これが大体四月から五月にかけてでございます。内定をいたしますと、それに対して交付の申請書を内定した研究者側から受け付けまして、大体四月――七月の候になるわけでございますが、その申請書の提出を待って正式に交付決定をするという手順に相なってまいります。で、申請書の出方その他との関係もございますが、交付決定をいたします時期は、したがいまして、予算の成立後から大体十一月ぐらいまでの間にかけて交付の決定が何次かにわたって行なわれるというのが手続の概要でございます。
#78
○矢追秀彦君 この文部省からいただいた資料によりますと、この交付決定がいま四月から十一月の間に行なわれると言われましたが、比率を調べますと、大体一番多いのが七月、八月であります。七月が二九・二%ですか、八月が四二・八%、九月が一五・四%、十一月でも〇・二%ぐらいあるわけでして、十一月に交付が決定をされてからお金が来た場合、そのお金で機械を買いますと、実際はもう機械だっていますぐは来ないわけですから、あくる年の二月か三月ごろにようやく機械が入る。そうすると、この四月の十日までに実績報告書を出さなければならないわけです。そうすると二ヵ月間の実験ということになるわけですけれども、実際、その実績報告書の中身というものは文部省のほうでちゃんとチェックされておるんですか。
#79
○政府委員(木田宏君) 実績報告書を研究の実施後ちょうだいすることにいたしておりまして、それによって私どもも一応チェックをいたしておりますが、いま御指摘がございましたように、この予算が単一の会計年度内に処理されなければならぬということから、いろいろと交付決定の時期がおくれますと不自由が起こるのでございます。したがいまして、私どもはできるだけ早目に、前年のうちから計画をとりまして、そして予算の確定後四、五月の間に交付の内定をいたしまして、内定したものにつきましていま御指摘がございましたような研究に必要な機械の規格その他計画を進めていただく。実際の会計上の処理は交付決定を待たなければ支出はできないこともとよりでございますけれども、事前の準備をできるだけ早目にしていただくというふうに関係者にも指導をいたしてまいりました。その結果、いま御指摘もございましたんですが、昭和四十五年から過去三年間とってみますと、交付決定の時期が全般的に非常に早まってきておるということは申し上げられると思うのでございます。昭和四十五年は八月の時点で交付決定を見ましたものは全申請件数の約四分の一でございました。昭和四十六年にはこれを、半数近くでございますが、四二%に高め、昭和四十七年度にはさらに努力をいたしまして、八月に交付決定を見ましたものが七五%というふうな高い比率を示すまでに私どもも事務の手続を改善いたしてきたわけでございます。しかし、このことは同時にまた、申請者側の交付申請書の提出そのものの整備、その他が十分に行なわれませんと、私どもとしても不備な申請書で確定をいたすわけにまいりませんので、どうしても九月以降に四十七年度の申請につきましても一〇%以上のものが残るということは起こってまいります。そうした場合に、御指摘のような点がどこまで十分に現実の処理ができるかという点は私どもも疑問に思う点もございますので、従来からかなり努力を重ねてきて手順を早めておるところでございます。
#80
○矢追秀彦君 いま言われた交付の内定をしてから交付申請書の受け付けがまた行なわれるわけですが、これは省略はできないわけですか。というのは、これが非常に、最初出されたのと実際きちっと確定をしないと政府としてはお金出しにくい点はよくわかるんですが、最初の出すときの申請書がきちんとするような指導を何とかして、このあとの、現場ではよく事後申請なんて言っておりますけれども、これを何とか省略すればそれだけ早くなるという、手間が省けるわけですから、その点は絶対無理なものかどうか。それからもう一つは、この申請書が三部手書きなんですね。これが実際なかなか書くのもたいへんでありますが、リコピーどうして使ってもらえないのか。これは何か書類がたくさんになるから、倍の二万数千にもなりますから何かかさが高くなるからだめなんだというお話らしいんですけれども、実際三部手書きのほうがかえって間違いは出る可能性があるわけですね。一部ちゃんと出して、コピーのほうが間違いがない。この二つの点ですね、申請書の手書きを三部出すのを一部にしてもらえないかということが一つと、それからいま言ったいわゆる事後の申請ですね、決定をする前の、これは省略できないのかどうか、この二点いかがですか。
#81
○政府委員(木田宏君) 交付の内定と、それから内定によりまして正式の交付申請書が出てまいりまして交付決定をする、これは予算の補助金の扱いの手続でございますので、正規の手続は内定いたしましたあと、関係者から交付申請書が出てくるところで手続が始まってまいるわけでございます。これは、二万三千の中からより分けて内定いたしましたものにつきましても六千数百件という数多くの件数で、一件一件につきまして交付の決定の確定をずっといたしていかなきゃなりません。この会計手続というのは相当の事務量にのぼってくるわけでございます。私ども扱っております担当のセクションの人員は全部で二十名でございますし、会計の関係者にもいろいろと部内では無理を言いまして優先的な処理を促しておるわけでございますけれども、いずれにいたしましても、この件数がたくさんあるということもかつてあり、また、研究者の方々からの交付申請書というものが書類として間々不十分なものがあるというようなことがございまして、予算手続上はどうしてもこれが避けられないのでございます。
 もう一つ、三部同じものをということでございますが、これは、審査員三人にそれぞれ見てもらうということから三部書いていただいております。それはどのような形でもいいわけでございまして、コピーでもかまわない、三部全部が手書きでなければならぬというようなことを申し上げているわけではございません。
#82
○矢追秀彦君 それから、先に戻りますけれども、いま言った二、三ヵ月のいわゆる実績では、おそらく私は実績報告書の中身というものは、もうすでに研究がずっと続いてきてそれをずっと何回か申請をしてきてようやくお金がおりたと、もうそこででき上がっているデータを出されているだけであって、お金が実際来てから機械を買って実験をした結果というのは全然入ってないと思うんですよ。二、三ヵ月で答えの出る研究というのはよっぽどちゃちな研究しかできないわけですから。しかも、科研でお金がおりる研究というのは相当なかなか通るのがむずかしくて、私なんか研究室時代は全然もらえなかったわけですけれども、そういうわけで非常に重要な研究が多いわけですから、それだけに二、三ヵ月ということは全然あり得ないことですので、これは、極端に言うと虚偽になっているわけです、これはもう現実には。ほんとうのもの出せるわけありません。だからこれを何とか年度をひとつ延ばすとかそういうふうな形はとれないのかどうか、予算のこれがあると思いますけれども。だから実際いま言ったように、十一月にもらっても実際実験できるのはその次の年になるわけですよね、機械を買う場合は特に。その点はいかがですか。
#83
○政府委員(木田宏君) いま御指摘のように、単年度の中でどこまで研究のケリがつくかという点につきましては、まことに問題があろうかと私どもも考えております。そこで、私どもといたしましては、大きな研究事業になりました場合には、大体特定研究等の場合が多いわけでございますが、三ヵ年は一応研究の一期間というふうな考え方をとって研究テーマの採択その他をいたしております。そうであればその研究期間、一続きの研究期間に対応するような会計上の処理というものもあっていいということになり得ると思うんでございますが、現在の一般の予決令の規定、補助金の扱い等からいたしまして、どうしても予算の単年度主義ということにはめてこの処理をしなければならぬという点が、私どもとしても、この運用をいたします場合の非常に大きな問題点でございます。いますぐこれをどのように改められるかという点についてうまい知恵もございませんもんですから、できるだけ内定を早くいたしまして、内定した段階で、その研究のスタートその他のいろんなことを処理をしていただく。ただ、現実にはお金の実際の支出は決定後でなければできないので、内定をいたしましたあと申請書の提出をできるだけすみやかに行なっていただいて交付決定を急ぐということでいままで数年間努力をいたしてきたわけでございます。これを変えるとなりますとかなり大きな事務処理の変更を来たさなければなりませんので、現在の段階では、いまのお答えにすぐ対応できるような改革案というものは持っておりません。
#84
○矢追秀彦君 だから、先ほど無理だとおっしゃいましたけれども、さっきお聞きすると、わずか二十名でやっておられて非常にたいへんだと思います。だからこそ一番最初の申請書の審査を厳格にするなり何かして、やっぱりいわゆる事後申請というものをなくせば一つそれだけ事務量減るんじゃないですかね。いまから事務手続を変えるというのはなかなか一挙に私はむずかしいと思いますけれども。やっぱりそれはいろいろいいかげんな報告といいますか、というのは、なぜそういうことになる――おそらく私もう一回やられるというのは、最初の申請がやはりお金をほしいもんですからかなりはったりと言ったらこれまた語弊ありますけれども、やはり非常にいまの時代にアピールするようなテーマを書くとかかなり大幅な要求というのが出てきておると思うんですね。だからそういう風潮を改めて、要するに、最初出てきたものがほんとうにきちんとした根拠に基づいて出してこられた申請であると、研究内容である、研究計画である、そしてまたその研究が実際必要なものであるとなれば、それでお金出して、これは省けると思います。それが、なかなか予算も少ないから、いま言った二万四千で六千ですから非常に競争率がきびしい。こうなると、やはり勢い申請するほうは相当りっぱなことを書いてくるから、審査する側としては、これは一応これでいいけれども、もう一回出し直せと、こういうことになると思うんですね。やっぱり一つは、予算をふやせばそういう競争が少なくなって安心して出せるというのが一つと、それから、そういう点の資料をきちんと出して、途中でやり直せということのないようにすれば事務も楽になるのじゃないか。いま言ったその単年度の決済もきちんとできると思うんですが、この点は、重ねての質問になりますけれども、いかがですか。
#85
○政府委員(木田宏君) 事務手続の改善につきましては、かなりこれまでも私ども努力をしてきたつもりでございますので、なお、これで、もうすべていいんだというふうにお答えを申し上げるつもりはございません。しかし、最初の申請の段階では、研究の質、内容等を詳細に比較、検討いたしますためにかなり詳細な申請書類をちょうだいをいたしておりまして、そこで採択いたしましたものにつきまして予算上の数字その他詰めたもので交付申請をちょうだいするという手続をやっております。最初からの申請一本で全部の処理がいくといううまい方式等とれればなお考えてみたいと思いますけれども、現在までの段階ではかなり、御指摘もございましたように、ふなれな研究者の方々が研究のアイデアを中心にして御申請が出ますので、補助額を確定いたしまして処理をするためには、どうしても事業内容等についてもう一度御再考いただくというようなことが起こってまいります。これは、ただ予算が少ないからというだけでもなくて、やはり予算の執行を適切にしたい、他の申請者との関係もあって公平を期したいという事務担当者の立場もございまするので、御質問の趣意は私ども十分受けて今後も改善のことを考えてみたいと思いますが、いますぐどちらかにするというわけにもいきかねると思っておりまして、会計の手続を考えながら改善をはかりたいと思います。
#86
○矢追秀彦君 このお金の問題になりますが、実際、この科研のお金が参りまして、大体機械を買うのが主体になってしまっていますね、現実問題としては。大体この科研で何とかひとつ機械を入れようというのが、大体の大学なんかの場合はそういう目的が多いわけでして、その場合、機械が購入された、そうすると、その機械を動かす人間ですね、その人件費が全然出ないわけですね。謝礼程度に出せるぐらいになっておりまして、実際この人件費が見込まれていない。この問題はどうするのか。大学のほうでまた一人雇うとなると、これはまた定員等の問題で非常に問題が出てまいりますので、機械を買った場合のその機械を動かす人件費、もう一つは、その機械の維持費ですね、これもついていないわけでして、やはりその点の配慮が何とかできないものか、この点の要望が非常に強いわけですけれども、この二つの問題はいかがでしょうか。
#87
○政府委員(木田宏君) 確かに、御指摘のように、従来科学研究費で研究設備を購入するということに振り向けられたケースが少なくございません。しかしながら、本来科学研究費は研究活動、研究計画の遂行を援助するという性質のみでございますから、四十八年度の公募要領にははっきりと研究設備のみを申請する者はこの補助金の対象外にするということを明示をいたしまして、そしてできるだけ研究の運営費に――いろんなアシスタントも必要でございましょう。そういう研究活動費に主眼が入ってこの計画の中で研究活動そのものが十分に行なえるようにということで補助金の執行を考えていくことにいたしておる次第でございます。ですから、従来、とかく国立大学等の場合で考えますと、一般の設備費が十分でないために、この科学研究費で設備を購入するというふうな傾向がございまして、御指摘のような問題点も生じておるわけでございますが、それは科学研究費の運営としては改めてまいりたい、そして研究活動そのものが必要なアシスタントの受け入れその他を研究費でやれるように進めていきたいという考えでございます。
#88
○矢追秀彦君 この問題で最後に、文部大臣にお伺いいたしますが、いま言いましたように、非常に手続の上から、実際お金がおりて研究期間がわずかで、ないのに報告を出さなくちゃならぬと、こういった制度上の問題にどうお取り組みになるのか。それから、もう一つは、予算が昨年よりは十八億ふえまして百十八億になってけっこうなんですが、いま言ったように件数が二万四千を上回る件数が出てきておりまして、なかなかこれを十分に満たせない、しかも、実際おりるお金がたとえば百五十万要求しても六十万ぐらいであったり、そういう場合もありますし、そうなると、機械を買うつもりだったのが何も買えないという、また、それが、いま、あまり方向としては好ましくないという局長の答弁ですが、その実際の実験計画なり何なりがそのお金を削られたことによって蹉跌を来たす場合も出てまいりますので、やはりこの予算は前年度よりはふえてはおりますけれども、ふえた割合も十四億円の増から十八億円の増とふえておりますけれども、さらに、もっと増額を要望したいんですが、その二つの点についてお伺いしたいと思います。
#89
○国務大臣(奥野誠亮君) お話を伺っておりまして、たいへんごもっともな御意見だなあと拝聴さしていただいたわけでございます。ぜひ、この研究費が十分に役立ってまいりますように、研究者の都合のよいように早い時期に交付する、そのくふうをもっと進めていかなければならない、努力さしていただきたいと思います。
 同時に、総額の問題につきましても、きょうも科学技術白書の発表がございまして、わが国のそういう研究費、国民所得の二・〇五%でございましたか、国際水準から見まして、なお一段ふやしたいもののようでございまして、特に政府の関係の経費、率先して増額しなければならないと思いますので、そういう努力もさしていただきたいと思います。
#90
○矢追秀彦君 最後に、簡単に国連大学の問題に触れて私の質問を終わりたいと思いますが、十五日に国連の事務次長が来られまして、きょう文部省とお話し合いということになっておりますが、あす、たしか文部大臣がお会いになると思うんですが、この調査団に対する文部省としての態度についてお伺いしたいと思います。
#91
○国務大臣(奥野誠亮君) この前に国連のワルトハイム事務総長が見えましたときに、国連大学についての企画調整センターと研究施設を日本に持ってきたいんだということで要望したわけでございまして、その際に、ワルトハイム事務総長は、調査団を関係の国に派遣することになっているんだということがございまして、日本で受け入れるかということから、それはぜひよこしてもらいたい、そういうことで今度見えたわけでございます。初めて日本を、そういう意味の調査として訪れたわけでございます。文部省に国連大学設立準備調査会というものを設けておりまして、二十四人の委員の方々に委嘱をいたしておるわけでございます。そこで国連大学を設立するとすれば、どういう領域にわたって研究を進めていくべきであるかというようなことなども検討していただいているわけでございます。きょうは、そういうことも調査団に対してお話をしていると、かように考えているわけでございまして、日本の熱意なり考え方なりを十分理解して帰っていただくようにしたいというつもりでおるわけでございます。
#92
○矢追秀彦君 これは最終的にどうなるかわかりませんが、大臣もこの前ワルトハイム事務総長ともお会いになり、また、あしたお会いになった結果でどうなるかあれですが、可能性としてはかなり強いと見ていいわけですか、日本への誘致は。
#93
○国務大臣(奥野誠亮君) 研究施設を日本に持ってくること、これは心配はないと思います。問題は、国際連合の下部機構であります企画調整センター、これをぜひ日本に持ってきたいということで努力を続けているわけでございまして、私は持ってこれるという確信のもとに努力を続けていくつもりでおるわけでございます。
#94
○矢追秀彦君 この企画調整センター、私、いま決して反対ではございませんけれども、これが日本へ来ることがそれだけのプラス、日本の国益だけを考えてもいけないと思いますけれども、国際的な立場ですから。これが日本へ来ることがどれだけの利点が国連としてあるのか、その点はいかがですか。
#95
○国務大臣(奥野誠亮君) 研究施設は世界の各地に何ヵ所か設けられることになると思うんでございます。その国連大学研究施設、それの企画調整センターの役割りをいたしますのがいま申し上げている企画調整センターであるわけでございます。したがいまして、国連大学運営のかなめになっていくわけでございますので、ある意味においてはそういう学問について企画調整センターのある地域がかなめ的な役割りを果たすことができるんじゃないか。そういう意味で企画調整センターが設けられますと、そういう分野におきましては日本の学問の水準というものが相当向上していくということも期待できるんじゃないだろうか、かような気持ちを抱いておるわけでございます。
#96
○矢追秀彦君 もう一つ、可能であると言われた研究教育センターでありますけれども、これについてはいろいろ国連大学設立準備調査会でも準備を進められておりますが、この内容についてちょっと説明していただけますか。
#97
○国務大臣(奥野誠亮君) 私が申し上げましたのは企画調整センターと研究施設、俗っぽいことばで言いますと国連大学の本部と国連大学と、こう申し上げたほうがいいのかもしれません。国連大学を日本に持ってくる、これは研究施設でございます。大きな国になりますと、一つの国に何枚かあってもいいんじゃないだろうかと、こうも思うわけでございます。その研究施設、どちらかといいますと大学院的なもの、各国の研究者が、どういう問題が中心になりますか、国連として特に取り組まなければならないような問題、そういうものを中心に研究を続ける。そして、また国連の大きなテーマにそれを取り上げていくということになるんじゃなかろうかと、かように考えておるわけでございます。これを日本に持ってくるのだ、それに加えて本部を持ってきたいのだ、こういうことでございます。この本部が世界的の国連大学全体の企画調整を行なっていく任務をになうのだと、こういうものでございます。
#98
○矢追秀彦君 本部のほうはわかったのですが、いわゆる研究施設のほうが現在日本にある大学との競合といいますか、これが起こってくるのじゃないか。慶応大学の神谷教授などはそんな金があるなら、まず私学に回せと、こういう意見もありまして、いわゆる現在ある大学に留学生として入れることも可能でありますので、そのほかにはたして要るのかどうか、この辺がやっぱり議論になってくると思うんですけれども、それに対する大臣のお考えはどうですか。まだこれからいろいろ議論されていきますので、最終結論ではないと思いますけれども、方向としてはやはりいわゆる国連大学の機関としての研究施設というのがあったほうが、日本の大学にとってプラスになると、こういうふうなお考えなんですか。
#99
○国務大臣(奥野誠亮君) 国連大学でございますだけに、そういう国際的な関連を持った問題について研究に当たる、しかも、世界の学者がそこに集まってくる。そして教育研究に当たるということになりますから、日本の学問の水準を引き上げてくれることには間違いはない。国際的な視野に従って学問と取り組んでいく。そのことはあらゆる学問の分野においても必要なことでございますが、こういう問題につきましてその先駆をしてくれるわけでございますので、私は望ましいことだと、かように考えているわけでございます。同時に、大学院的なものでございますので、したがいまして、総合大学に並行してこういう研究施設をつくっていくということが一番望ましいのじゃないかなと、かように考えているわけでございます。いま文部省にあります設立準備調査会におきましてはどういう分野において研究を進めていくもんだろうかということで話し合いをされている中では、一つには国際協力の問題、二つには環境とか、資源の問題、三つには開発政策の問題というようなことを言っておられるようでございます。しかし、これらの問題はいずれ国連大学憲章というものが秋までにはつくられるわけでございます。また、そういうこともございまして、国連のほうに国連大学設立委員会、二十ヵ国から委員を出しまして、日本からも前の国連大使の鶴岡さんが委員になってくれているわけでございますが、ここでいま議論されている最中でございます。こういう国連大学憲章というものができ上がりましたら、それに即して各地の国連大学、あるいは研究施設、この内容を固めていくということになるのではなかろうか、かように考えておるわけでございます。何といいましても国際的な学者の交流の場合になっていくわけでございますので、私は、日本にそういうものができることがいろいろな意味において好ましいことではなかろうかというふうに思っている一人でございます。
#100
○矢追秀彦君 これにつきましては、いろいろ具体的な案が出てきた時点でまた質問していきたいと思いますが、もう一つの問題として、日本がこれを受け入れられるだけの体制がはたして整っておるのかどうか、語学の問題など特に一番大きな問題になると思います。いわゆる英語の通用する部分はわりあい問題ないと思いますけれども、特に大国か大体反対をいままでしておりました、アメリカあるいはフランス、イギリス、ソ連。むしろ、開発途上国が熱心であったわけですから、やはりそういうグループがふえてくる。そうなると、東南アジア諸国の人たちが日本へ受け入れられるだけの語学の体制はあまりできていないんですよ。この問題は、またあらためて質疑をしていきたいと思いますが、特に、語学の面ではたして日本でこれだけのいろいろな研究施設をつくって受け入れるだけの語学教育、向こうの人に対しても、こっちの人に対してもできておるかどうか、非常に私は憂えておるのですが、そういった基礎固めをやはりしていかなければならないと思いますが、その点に対する所信を伺って、私の質問はこの程度で終わりたいと思います。
#101
○国務大臣(奥野誠亮君) この研究施設がどのことばを中心にして研究教育が行なわれるか、問題のあるところだろうと思います。そういう意味において日本の語学の水準が低い、これは御指摘のとおりだろうと思います。今日も五千人くらいわが国が留学生を受け入れておるわけでありますけれども、そういう方々につきましては日本語を容易に覚えてもらう、そういう仕組みというもの、それを研究していかなければなりませんし、研究もされておるわけでございますが、そういうことも努力していかなければなりませんが、同時にまた、かりに国連大学が設けられました場合には、そこで私は英語の議論もずいぶん数多く行なわれることになるんじゃないか、日本人自身が英語をさらに自分のものにしていくという努力も必要になってくるんじゃないだろうか、かように考えるわけでございます。みずからが外国語を学ぶ努力、他方には、外国人に日本語を理解させる努力、二つながら今後われわれくふうをしていかなければならない分野だと、かように存じております。
#102
○萩原幽香子君 昨年は浅間山荘事件、連合赤軍による大量リンチ殺人事件、あるいはテルアビブ空港事件など肝の冷えるような事件が次々に起きたわけでございます。そのたびに、教育の責任が問われたわけでございますけれども、私は、ひとり教育だけの問題だとはもちろん考えておりません。しかし、教育の負わぬばならない責任も決して小さいとは言えないと存じます。ところで、教育の成果は一朝一夕にあらわれるものでもございませんし、現在をつくり上げた教育の功罪もまた戦前戦後を通じての長期のものといわなければならないと存じます。
 大臣は、御所信の中で、「学制百年の歴史を通じて目ざましい発展を遂げ、わが国の繁栄の基礎をつちかってきた。」とお述べになっておりますが、その一貫した教育の目標とはどんなものでございましたでしょうか、お伺いをいたしたいと存じます。
#103
○国務大臣(奥野誠亮君) 一貫した教育の目標ということになりますと、百年の間にはいろいろな曲折を経てきているじゃないだろうか、かように考えるわけでございます。同時に、戦後におきましては教育基本法が制定されまして、その中で教育の目標を掲げられた。自来その方針に基づきまして今日まで努力が続けられている、かように考えているわけでございます。御承知のように、平和な国家及び社会の形成者として自主的な精神に富んだ、心身ともに健全な国民を育成するんだと、こう掲げられているわけでございますけれども、そういうことを中心に今日努力が続けられてきていると、かように考えているわけであります。
#104
○萩原幽香子君 いまおっしゃったようなその目標が現実の姿になってどのようにあらわれているでございましょうか。その点について。
#105
○国務大臣(奥野誠亮君) 戦前の超国家主義的な教育、それに反省をいたしまして、個人の充実に非常に力を入れてきている。その結果はどちらかといいますと、社会のことを忘れがちであるという弊害が出てきているんじゃないかと、かようにも思います。あるいはまた、一致協力とか、一致協調とかいうような点においても若干問題があるというようなことも見られると思います。しかし、まあいろいろな長所も弊害も数えれば発展の過程においていろいろ言えるわけでございますけれども、やはり総体的には順調に発展をし続けてきているんだと、かように思っておるわけでございます。しかし、いろんな混乱があることは事実でございます。いま、先ほどあげられましたいろんな事件もそういう過程から出てきていることでございますので、われわれ、さらに心を新たにして、いろんな欠陥の是正につとめていかなきゃならない、かように存じておるわけであります。
#106
○萩原幽香子君 これからの教育の目標というものはどこに置くべきだとお考えでございましょうか。
#107
○国務大臣(奥野誠亮君) 先ほど教育基本法の第一条を申し上げたわけでございますが、平和な国家及び社会の形成者、にない手になる国民をつくりあげていくということ、これがまあ、一番大切なことじゃないだろうかと、こう考えているわけです。
#108
○萩原幽香子君 去る五日の委員会で、私は公立学校における学校五日制の問題でお尋ねをいたしました。そのときに、まあ大臣ははっきりとお答えはいただかなかったわけですけれども、翌六日の記者会見で、指定校を設けるなどして前向きに取り組みたい、そういうことを表明されたように新聞で拝見をいたしました。その詳細について承りたいと存じます。
#109
○国務大臣(奥野誠亮君) 参議院の文教委員会で週休二日制をめぐってこういう話がありましたということを新聞記者クラブの方々にお話をしたわけであります。そしてその中で、この委員会で起きた議論でございますけれども、公立学校についても研究を推進されることにしたらどうかというお話もあったんだと、そういうことも考えていきたいと思っているんだと、こういう話もいたしたわけでございます。
#110
○萩原幽香子君 その報道が伝えられますと、さっそく新聞紙上に投書が掲載されました。それはまあ大臣御存じだと思います。
 一つは、主婦の立場からの反対論でございます。その趣旨は、授業は一日でも多くということで、子供が週二日休みになると、親としても対策を講じなければならないし、社会的にも受け入れ体制ができていない。そうしますと、かぎっ子の多い現状では非行化のおそれもある。こういった形で反対をしておるわけでございます。
 ところが、いま一つは、教師の立場からの賛成論でございます。それは児童生徒にとっても、もう少し伸び伸びした生活が必要であり、教師もまた勉強するゆとりがほしい。現在のような繁忙な中では教師は中身のない、病んだ人間に、病気の人間になってしまう。文明国で実行されていることを日本でも早急に取り入れることこそ懸案の教育界に人材を確保することにつながり、教育水準を高めることになる、こういう賛成論でございます。
 この二つの意見は、それぞれの立場を非常によく代表していると考えるわけでございます。主婦の反対論は家庭教育や社会教育の貧困な現状に立っての訴えであり、もしかすると、この主婦の頭の中には、もし土曜日という日が一日休みになったら朝から一日ぢゅう熟へ行くことなどを頭の中に描いたのではないだろうか、まずこういうことがもしあるとすれば、これはたいへんなことだということが頭にあったのではないかという考えも持つわけでございます。ところで教師の賛成論は、現在の学校教育の知育偏重や詰め込み主義、また、教師の多忙を改善して真の教育の向上をはかりたいといったものだと、私は理解をするわけでございます。
 そこで、家庭教育、社会教育は後に譲ることにいたしまして、学校教育の現状とあるべき方向についてまず承わりたいと存じます。この賛成の立場の教師は必ず五日制の実施が教育水準の向上につながると主張をしております。大臣は、先般の私の質疑の際にも、授業時間が少なくなると教育水準が下がるおそれがあるのではないかといったような危惧の念を持たれるような御発言があったかと存じます。そこで私は、教育水準とは一体何だろうかと、こういうことをお尋ねいたしましたが、時間の関係もございまして十分なお答えがなかったかと存じます。しかし、ここではっきり教育水準、学力水準、あるいは能力といった教育を行なう場合のものさしを明確にしておくべきだと考えるわけでございます。そこで、教育の本質、目標に触れる問題ですから、その点をきっちんと踏まえておかないと議論がかみ合わない、こういうことにもなろうかと存じますので、大臣がまず教育水準とお考えになっております御見解を承っておきたいと存じます。
#111
○国務大臣(奥野誠亮君) この前の週休二日制のときに問題点を御説明を申し上げました。先生は二日をお休みになるけれども、児童生徒は休まないといういき方が一つありますと、それから、先生も二日休む、生徒も二日休むといういき方がありますと、しかし、生徒が二日休んで社会が受け入れられるかどうか、現状ではそうなっていないですと、こう申し上げたわけでございます。その後さらに引き続きまして教育水準の問題が出てきたわけでございます。私は、そういう意味で教育水準は低下すると、こう申し上げているわけでございます。休んだあとの休みが多くなった一日分、これはやはりいまのままですと、ただ授業がなくなっただけのことであって、それを他の面において人間がつちかわれる役割りを果たすものは何もない。そういう意味で教育水準が低下すると、こう申し上げているわけでございます。やはり教育ということになりますと、知育、体育、徳育、同時にまた、知育遍重じゃなしに調和のとれた人間をつくらなければならないのだと、こうも言われておるのでありますから、そういうのが教育のねらいだと、その水準がやはり低下するじゃないかと、こういう気持ちで申し上げておるわけでございます。そういうことのないような体制をとっていかなければならない。いずれ週休二日制私は必至だとこう考えているのです。でありますだけに、そういう際にも、教育水準が低下しない――私は知育だけのことを言っているつもりではございませんが、そういう人間教育という面がただどうなってもいいんだというわけにいきませんので、低下しないようにわれわれは努力をしていきたい、それなりの対応策は工夫していきたい、こういうつもりでございます。
#112
○萩原幽香子君 そこでお伺いをするのですけれども、先生たちがとにもかくにも五日にしてもらいたいということの願いの中には、先生は子供の一人一人を見つめて、テストや教材を自分みずからつくって指導をしたいと、こういう願いが大きな分野を占めているのではなかろうかと思います。そこで、教師は週当たり何時間の準備時間と授業時間が適切だとお考えになりますか、お伺いをいたしたいと存じます。
#113
○政府委員(岩間英太郎君) 現在は、小学校では一応二十六時間、それから中学校では二十四時間、それから高等学校では十八時間、これはまあ、私のほうで先生の数をつかみます場合にとっております一応の基準でございます。まあ、これが少なければそれだけ十分な準備ができるということでございますけれども、その限度がどうかということになりますと、これはなかなか客観的にはむずかしい問題であろうと思います。ただ、現在学科が非常に忙しい、そのために準備ができないというふうな御指摘がございまして、そういう意味から先ほど大臣が申し上げておりますように、少なくとも、先生だけはこれは週五日制にすると、これはどうしてもほかの人たちが五日制になった場合にはどうしてもやらなければならないことだろうと思います。しかしながら、子供の教育というのはこれは別だというふうな考え方もあろうということでございまして、五日制が普及されます場合には先生も五日制にして、そうなりますと授業時間数も軽減されるわけでございまして、研究の時間あるいは研修の時間もふえてくると、まあそういうことでは望ましいことではないかというふうに考えているわけでございます。
#114
○萩原幽香子君 そうしますと、先生は五日で子供は六日ということになりますと、この一日はどういうことをお考えになっていらっしゃるんでしょうか。
#115
○政府委員(岩間英太郎君) 先ほども先生からの御指摘ございまして、私立学校の例と、あるいは国立大学の付属の例と御紹介申し上げたわけでございますけれども、まあ、二の一日分先生が足りないわけでございますから、先生を補充してやるという方法も一つあろうかと思います。また、たとえば土曜日に一斉に先生方がお休みになるということにかりになるといたしました場合に、土曜日にはほかの方々の手を借りて、たとえば、クラブ活動その他の活動を集中的に行なうという方法もあろうかと思います。いろいろなやり方はあると思いますけれども、しかし、それはやはり教育を受ける子供の側に立ってものを考えなければいけないということでございますので、先ほど大臣からも申し上げまして、また、先生からも御指摘ございましたように、これはかなり広い範囲の方方の御意見を聞きながら、実際の教育の運営のしかたをどうするかということをきめていく必要があるのではないかというふうに考えているわけでございます。
    ―――――――――――――
#116
○委員長(永野鎮雄君) 質疑の途中でございますが、委員の異動について御報告いたします。
 本日、塩見俊二君が委員を辞任され、その補欠として玉置和郎君が選任されました。
    ―――――――――――――
#117
○委員長(永野鎮雄君) 質疑を続行いたします。
#118
○萩原幽香子君 この問題は、やはり先生の定員の問題にも関係してくるのではないかというふうに考えるわけでございますが、当然、そういうことを御計画になっていらっしゃるわけでございましょうか。
#119
○政府委員(岩間英太郎君) これは、先生がいまよりも一日よけいにお休みになるということになりますと、どうしても子供を休ませない限り、定員上の手当ては必要になってまいるというふうに考えております。
#120
○萩原幽香子君 まあ週五日制への移向の前提として、週当たりの授業時数を減らすということはいかがでございましょう。
#121
○政府委員(岩間英太郎君) これは、週五日制の問題と一緒に考えたほうが適切ではないかというふうに考えております。御案内のとおり、いまの教員の数を定めております、数の標準を定めております法律が、まあ、来年はこれは手直しをする準備をしなければなりません。それに間に合いますように、そういう問題について結論が出ればよろしいんじゃないかというふうに考えているわけでございます。
#122
○萩原幽香子君 そうしますと、来年でどれぐらいの先生の問題をお考えになっていらっしゃいますんでしょうか。
#123
○政府委員(岩間英太郎君) まだ週休二日制の問題が具体的にどうなるのか、これはまあこの前人事院のほうからも何か積極的な意思表示があるかもしれないというふうなお話もございました。それから私どものほうとしましては、法律案の検討も進めなければなりませんし、両方がたまたま並行して検討できるような時期になったわけでございますから、人事院の御意見、意思が明らかになりました段階で、具体的に検討に入りたいというふうに考えております。
#124
○萩原幽香子君 しかし、まあ当然そういうことをやらなければならないということはもうすでにお考えになっていらっしゃると思うのですね。そうしますと、大体先生はどれくらい確保しなければならないかということについてはもう皆さんのおつむの中では試算ができてるんじゃないかという感じがいたしますが、その点はいかがでございますか。
#125
○政府委員(岩間英太郎君) 週休二日制が、まあ完全な形で行なわれるかどうかという点についてまだはっきりしたことがわかっておりません。たとえば、月に一回でございましたらそれに応ずる教員の数を考えなければなりませんし、二日制でございましたらそれに応ずる数を考えなければならないということでございまして、それがどういう形で公務員全体がなってまいりますか、その点をちょっと見きわめませんと、はっきりした対策は立てにくい。もちろん、頭の中ではあれこれ考えておりますけれども、まだ申し上げにくい段階にあることを御了承いただきたいと思います。
#126
○萩原幽香子君 ほんとうに、先生は五日にする、子供は六日にする、まずそのほうがいいか、それともずばっと両方とも五日にするほうがいいか、その点についてはいかがでございます。
#127
○政府委員(岩間英太郎君) 大臣からお答え申し上げましたように、いろいろな考え方があると思います。ただ、私個人の考え方を言わせていただくのは、たいへんこういう場では恐縮でございますけれども、大臣も申し上げておりますように、家庭の受け入れ、先ほど投書にも指摘されておりましたように、それからあるいは社会教育の受け入れ、そういうものの準備がまだ不十分なように思われるわけでございます。そういう意味から申しますと、過渡的にも、いまの六日の教育というものをちょっと変える段階にはいまのところはないのじゃないかというふうな気がするわけでございます。
#128
○萩原幽香子君 ですから、五日にする、その移行の前提として、週当たりの授業時数を減らしてやるということはいかがでございますかとお尋ねしたわけなんですね。それはいかがでございますか。
#129
○政府委員(岩間英太郎君) 週当たりの授業時数を減らすということは、これはまた別の角度から考えなければならないことではないかというふうな気がするわけでございます。現在の学習指導要領に定められました内容をある程度子供たちに理解してもらうということになりますと、現在のような二百四十日、それからそれに相応する時間というのが必要なわけでございまして、もし、授業時間数を切り詰めるといたしますと、これはその学習指導要領自体をもう少し見直さなければならないという問題になるわけでございまして、現在この点につきましても各方面から御意見があるということは承知をいたしております。また、そういう御意見を受けて、私どもがその中身について検討していくということは、これは当然であろうと思いますけれども、いまの週休二日制の問題とはやや別の角度から考えてみたいというふうに思っている次第でございます。
#130
○萩原幽香子君 私は、やはり関連があるというふうに考えるわけです。それで、いませっかく指導要領をおつくりになって間もないことでございますから、まことに申しわけないことを私は申し上げているようなんでございますが、さっそくその手直しにかかっていただかなければならないのじゃないかと、こういう感じもいたします。教育目標というものをはっきり立てまして、精選されたものに限定するとともに、子供の体育やクラブ活動の時間をふやすといったような方策に切りかえていく、そういうことも必要ではなかろうかというふうに考えるわけでございます。その点のひとつ御検討をよろしくお願いしたいと思います。
 で、一昨年の社会教育審議会の答申の中でも、学校教育も生涯教育の一環として、第一に、学習意欲を育て、第二に、基礎学力を養い、学校卒業後の自発的な学習の基礎をつちかうこと、第三に、実生活に即した教育や、自然の中での集団活動などの社会教育と協力すべきこと、第四に、学校の有する教育能力や資源を広く国民に開放する、そういうことを述べているわけでございます。そこで、学校教育を生涯教育の観点に立って考える準備をすべきではないかと考えますが、この点は大臣、いかがでございましょう。
#131
○国務大臣(奥野誠亮君) 全く同感でございます。生涯教育ということばそのものは、変化の激しい時代、だから学校教育を終わったから教育が終わったというわけにいかないということで始まったのかもしれませんけれども、縦の時間的な関係だけじゃなしに、横の広がり、生活の各分野においても生涯教育ということが考えられなければならない問題ではなかろうかと、こう思っております。わが国が学校教育中心に教育を考えがちでございましたけれども、おっしゃいますとおり、社会教育、家庭教育三者一体として考えなきゃなりませんし、学校の施設そのものもそういう意味で広く利用されるようなくふうもこらす必要があるんじゃなかろうかと、かように存じております。
#132
○萩原幽香子君 今度の国会で、総理は繰り返し経済成長政策から福祉政策への転換を述べられたわけでございます。しかし、衆参両院の予算委員会をはじめ、いろいろの委員会の場でたびたび議論されておりますことは、心身障害者の施設や病院あるいは老人ホームなどで働く職員の不足が問題で、もちろん、これは労働条件や待遇の悪さからくることは当然だと存じますけれども、ほんとうの福祉の心を理解しない社会風潮が元凶だと考えるわけでございます。で、先ほどから大臣はいろいろ、まあ教育基本法に述べられておりますようなことをおっしゃってくださったわけでございますけれども、現実の姿は、全く逆の状態を私は進んでいるように考えるわけでございますね。そういう点につきまして、どのようにお考えになっておられますのか、ちょっと大臣の御見解を承りたいと存じます。
#133
○国務大臣(奥野誠亮君) なかなか理想のようにはこの社会全体がきていないと思います。社会福祉の問題もお取り上げになりましたが、やはり国民全体がお互いをいたわり合おう、そういう気持ちが熟してこなきゃならないと、かように考えるわけでございまして、そういう空気が国民全体の間に行き渡るような努力をみんなでし合っていかなきゃならないんじゃないかと、かように存じておるわけでございます。
#134
○萩原幽香子君 重症心身障害児施設に不二愛育園というのがございますね。そこであった事件、あった事件というほどのことでもありませんが、あった例ですが、大臣お読みになりましたでございましょうか。お読みになっていらっしゃいませんですか。そこにボランティアとして奉仕作業に来ていた一人の主婦が「不二愛育園にあなたの手を」という、新聞に投書をしたわけでございます。ところが、その投書が出た朝から、園の電話はもう鳴りっぱなしだったようでございますね、そして「新聞で見たんだけど、一日に三千円でどうかしら」 「私はいま二千五百円でバイトをしているんだけれども、二千八百円出してもらったら行ってもいいわよ」と、こういったものがほとんどだったというわけなんです。そこで、その園長さんは、そのつどこういう仕事をしてもらうんですよ、といったような仕事の内容を話しましたら、その電話の主はみんな、ま、そうそれじゃまあ考えさせてくださいと、こういうことになったようでございますが、結局だれも来なかったということなのでございます。で、こういったような心の問題というものを社会教育の立場でどうお考えになっておられますのか承りたいと存じます。まず、大臣からひとつ承りたいと存じます。
#135
○国務大臣(奥野誠亮君) いま社会福祉施設の例をおあげになりまして、ひどいところがあるなという感じを持たせていただきました。地域によってかなり違うんじゃないかなという気がするんです。私も、実は特別養護老人ホームのお世話を一つしているんです。自分では食事もできない、ふろにも入れないお年寄りを八十人預っております。ずいぶんいろんなところから慰問に来てくださるんです。同時にまた、そこで必要な職員、幸いにして欠員なしで得られるんです。ですから、まあ地域によってもかなり違うなと、こう思うんでして、しかしいずれにしましても、そういうところがありますこと、残念なことでございますので、そういうことがありませんように私たち一そう努力を払っていかなければならないと思います。
 で、社会教育の問題は、青少年のうち学校教育を受けている者に対する社会教育の役割りというものも考えていかなきゃならないと思うわけでございまして、そこでは年齢の異なる集団における役割り分担、共同意識に立つ生活訓練、自然の中での遊びと鍛練などは学校教育では十分には期待しにくい領域だと考えるわけでございます。このことを社会教育の独自の役割りとして明確にしていく必要があるんじゃないかと、学校教育と社会教育、家庭教育相まって人格の完成に役立つものであることを明らかにしていく必要がある。こういう点で、かなり日本の場合に考え方がおくれておったんじゃないかと心配をいたしております。
 その二は学校教育を卒業して、社会人となっている人たちに対する社会教育の役割りというものを正当に位置づけることだ、かように存じます。人間は高齢に至るまで、生涯にわたって価値ある生活を営むために生涯の各時期においてそれぞれの生活課題と、学習要求を持っていることを理解いたしまして、それらに対応した教育の機会と場を提供することが、社会教育の重要な役割りでございます。特に社会教育行政といたしましては、必要な指導者の育成と、施設の整備、これに全力を傾注していきたいと考えているわけでございまして、日ごろそういうことも絶えずおっしゃっていただいているわけでございますけれども、そういう考え方でおるわけでございます。
#136
○萩原幽香子君 先ほど大臣は、地域によっても違うのではないだろうかと、そういうお話でございましたね。ところが、これは婦人に関する意識調査、との間私いただいたのでございます。それを見まして、これはその地域によってということにはならないのではないかという感じがいたします。「あなたはふだん仕事や、生活に必要な時間を除いてひまな時間はよくあるほうですか、あまり――まあまああるほうですか、ほとんどありませんか」と、こういうことに対しての答えが出ているわけでございます。「あなたはひまなときにおもにどのようなことをなさいますか」と、こういうことに対しましてそのお答えが出ているのを見て、私も実は非常に驚いたわけでございますけれども、おしゃべりというのが一七・六%、ごろ寝やテレビを見る、これが三六・三%、ショッピング、外で飲食というのが九・三%、家事というのが二八・六%、旅行、行楽というのが四・三%、ずっといきまして、市民活動や、社会奉仕というのは〇・五%と、こういうことになっておりまして、修習というのが〇・二%ございますが、〇・五%なんていうのは、一番低いランクのその次になっているということでございますから、ひまがあっても、市民活動や社会活動をしますという人は〇・五%しかない、ということは、これは特殊な地域、地域性の問題ではない。これは一般論として、こういうことをやる人が非常に少ないということになっているのではなかろうかと私は考えるわけでございます。続きまして、「今後ももう少しひまができたらぜひやりたいと思っていることは何ですか」と、これに対しても依然として市民活動や、社会奉仕をしますというランクは一番最下位でございますね。こういったことを私は十分考えながら、これから社会教育あるいは学校教育に対してどういう取り組みが必要になるのだろうかというふうに考えます。社会教育局長さん、この点いかがでございましょうか。
#137
○政府委員(今村武俊君) 私ども社会教育の面では、特に人々の連帯感の強化といいますか、お互いにいたわり合っていく、あるいは協力していく、こういう教育原理が非常に大事なんではないかと思っております。人の心というのは非常に複雑なもので、あるいは人と競争し、あるいは人と協調し、相矛盾する心が常に人間の心の中にある。その二つがほどほどにあってノーマルな人間だとは思いますが、明治五年の学制以来入学試験の競争などという世界独得の現象を持っておりますので、どうしてもこの緊張と競争の原理が強調され過ぎて、いたわりとか、あるいは協力とか、そういう生活体験を通じたものの考え方、訓練、そういったものが欠けておるように思いますので、先ほど大臣が言われましたように、在学青少年を対象としては、学校外にあって、学校教育では実現しにくいそういう領域の教育に精を出すべきだと思います。また、学校卒業後の社会教育の面でも、いま先生がお述べになりましたような、あるいはこの前の委員会でもお述べになりましたような、婦人のボランティア活動の芽を育てていくと、そういう方向へ向かって、私どもの行政の刺激、援助の作業を進めていかなければならない、かように存じておるところでございます。
#138
○萩原幽香子君 マスコミの報道では、特に都市部の奥さん方の中には、まことにこの好ましからぬ問題を起こしている人もあるわけでございますね。こういうことはやはり市民相互のつながりというものがなくなっている。それから人間疎外、孤独、退屈、こういうようなものが広がった結果ではないかと考えるわけでございます。こういう状況を見ますときに、人間性の回復とか、市民意識や社会連帯感ということの形成が非常な問題になってくる。私は、むしろそういうことがこれからの社会教育の中心目標であらねばならない、こう考えるわけでございます。
 そこで、文部大臣にお尋ねをいたしますけれども、これからの社会教育というものを、一体どういうふうにお考えになり、その条件整備のために、どのように御努力をなされるおつもりか、承りたいと存じます。
#139
○国務大臣(奥野誠亮君) 私も、いまの日本で必要なことは人と人との交流をもっと活発にしていく、そういう仕組みを考えることだと日ごろ考えておる人間でございます。そういうことから考えますと、やはり社会教育のになう役割り、たいへん大切じゃないか。先ほどもちょっと申し上げましたように、学校教育では同年齢層の者が集まって授業を受ける。社会に出まして、異なる年齢相互間においてもお互いに役割り、分担をしながら協力をし合っていく、そういう仕組み、スポーツを通じてなり、あるいは野外訓練を通じてなりしてつちかわれていく、こう考えるわけでございます。そういうことができますように、施設も十分にしていく、指導者もふやしていく、これはまた、大切なことじゃないか、かように思うわけでございます。だいぶ施設など、かなり毎年毎年ふやさしていただいているわけでございます。同時に、また「少年自然の家」から「青年の家」まで、かなり数多くできてまいりましたし、また公民館施設などもかなり整ってはきておるのでございます。あるいはまた、体育の指導員でありますとか、社会教育指導員でありますとか、できますならば、さらにもう一つ、二分の一国庫補助制度で社会教育主事というものをつくり上げたいなあ、これは将来の目標として頭に描いている問題でございます。
#140
○萩原幽香子君 実は、指導者が非常に少ない、非常に多様化してまいりましたものでございますから、一人の方ではまかない切れない問題がたくさんあると思うわけなんでございます。そういうことから考えて、私は、社会教育の面で人が足りないということを非常に痛感をしておるわけなんでございます。たとえば、公民館とか、いろいろできたといたしましても、そこにちゃんと指導してくれる人がいない、青少年たちが集まってきても話し相手になってくれる人がない、こういうことでは、なかなか進展していくことはむずかしいのじゃないだろうか、こういうことも考えるわけでございます。だから人の問題については、よほどこれは考えていただきませんと、社会教育を進展させることはむずかしいんじゃないかというふうに考えるわけでございます。しかし、こういう連帯感がないというのは学校教育でも同じことが言えると思います。
 教育基本法や学校教育法にははっきり目標がうたわれておりますね。まあ中学校につきましては、学校教育法の三十六条で、あるいは高等学校では同法の四十二条で、それぞれりっぱな国家、社会の形成者になるあるいは社会で果たすべき使命の自覚、学校内外における社会的活動を促進し、その感情を正しく導く、たいへんいいことが述べられているわけでございます。にもかかわりませず、現状の学校の多くは、先ほども鈴木さんのほうからもお話がございましたが、テスト中心であったり、入試目的の教育に明け暮れているといってもいい現状ではなかろうかと考えるわけでございます。学校教育法にうたわれているような教育実施のために、どのような指導、助言がこれまでなされてきたか、このことについて承りたいと存じます。
#141
○政府委員(岩間英太郎君) 学校教育につきましては、これは憲法、教育基本法に基づいて教育をするということは、これは基本でございます。私どもは、繰り返し繰り返しその線で指導してまいっておるわけでございますけれども、具体的には、私どものほうでつくっております学習指導要領の中をお読みいただければ十分御理解いただけると思いますけれども、やはりそういう憲法、教育基本法の精神をバックボーンにいたしまして、私どものほうで適切な配慮をしながら、各学校の段階に応じた内容を盛っていくように努力しているわけでございます。ただ、御指摘のように、いろいろ中身の盛り方その他につきましては、御意見があるということは十分承知しているわけでございます。そういう点につきましては、これはまあ時代の移り変わりその他もあると思いますけれども、たとえば、公害の問題とか、それから先ほど御指摘になりました、物を大切にする時代になったとか、世の中の変わり目の節々というのがやっぱりございますから、そういうものを踏まえながら内容を適切にしていくというのが私どもの仕事じゃないか、そういうふうに考えているわけでございます。
#142
○萩原幽香子君 そういう御指導があるにもかかわりませず、いま非常に学習指導要領とか、学校教育法とかいうものに盛られましたのと違った方向を歩んでいる実態というものをどういうふうにお考えになりますか。先生たちは好き好んでこういうことをやっているわけじゃなかろうと私は考えるのですけれども、なぜこういうことをやらなければならないのか、そういうところを大臣はどのように踏まえていらっしゃいますか、承りたいんです。
#143
○国務大臣(奥野誠亮君) 私は、どういう段階を御指摘になっているのかよくわかりませんが、社会の学歴偏重、そして父兄が有名校に自分の子供を入学させようとする、そういう傾向がかなり教育をゆがめているんじゃないかなあという判断を常日ごろしているわけでございます。ことに入学試験に難問、奇問を出すものですから、熟通いまでやって、特別な勉強までして入学試験に備える、まさに、知育偏重の教育が行なわれている面がずいぶんあるように思うのでございます。でありますから、そういう問題を総合的に解決をしていきたい。先生方が個人の適性に即した進路指導をやっていく、これも大切でございましょう。父兄が無理な有名校へ通わせるというような式のことを考えないで、子供の個性に合った道を選ばせていく、社会もまた学歴偏重でなくて、それぞれの人柄を尊重していくような傾向に変わっていかなきゃならない。また、入学試験も難問、奇問を出すのじゃなくて、学習指導要領に基づく教科の勉強を普通にやっていればみんな書けるという式の問題にしてもらわなきゃならないじゃないか、入試の改善をやっていかなければならないじゃないか、総合的にひとつ解決に当たっていかなければならない事柄じゃないかなあと思っているわけでございます。学習指導要領の問題につきましては、ある程度弾力化していることでもございますし、できる限りその弾力化の精神をくんで先生方が指導に当たっていただくようになお一そうの努力をしなければならないのじゃないか、かように思います。
#144
○萩原幽香子君 学校でたとえば、社会科の時間とか、道徳の時間でございますとか、そういうときに、たとえば保育所へ出かけていって、中学の子供なら保育所なんかで子供と一緒に遊ぶとか、そういったことの中にも私はやはり人間をつくるということがあると思うんです。あるいは老人ホームが近くにありましたら、そういうところを訪問していくことだってよろしいんじゃございませんか。あるいは街路あるいは公園の清掃とか、草木や花を植えるとかいったような奉仕活動といったようなものも大いに推奨していってよろしいんじゃございませんでしょうか。そういうことをほんとうに学校の中でやれるようなゆとりがただいまのところあるんでございましょうか。そういう点についていかがでございましょう。
#145
○政府委員(岩間英太郎君) 先般、学習指導要領の一部を改正いたしましたが、その際にも、各教科等の目標及び内容の範囲内で、たとえば学校内外における観察、実験、調査などの実施、美術館、博物館などの学校以外の施設等の利用、学校外の奉仕的活動の実施などを考慮することということを特に付け加えたわけでございます。ただいま時間的な余裕があるかというふうなお話もございましたが、これはいまのような学校教育あるいはいまのような教員配置ではなかなかむずかしい面もあろうと思います。それからまた、近くにそういうふうな適切な施設があるかどうかという問題もあろうかと思います。しかしながら、一応私どもの考え方をここに明らかにしたわけでございますから、そういう方向で努力をしていきたい。先ほどお話の週休二日制の場合の問題等につきましても、こういう問題が当然考慮されるべき事柄であろうというふうに考えているわけでございます。
#146
○萩原幽香子君 いろいろ私申し上げてまいりましたけれども、学校教育の質的な改善ということがたいへん大事になってくるんじゃないだろうかというふうに考えるわけでございます。とにかく、知育ということが中心になった学校教育から、やはり人間をつくるというようなところへ改善の目を向けていただきませんことには、なかなかそういうことにはなりにくいと思います。たとえば、おかあさん方はそういうところへ行って社会活動をするというようなことができなかったとしても、子供が学校から帰りまして、きょうは老人ホームへ行っておじいちゃんたちの肩をたたいてあげたとか、何か世話をしてあげたとか、そういう話があるいは家庭の中でなされたときに、親も何か考えなきゃいけない問題があるということに気づくのではないだろうかというふうに私は思うんです。だから、親が子供を教育するとは限らないわけです。子供が親を教育することだってあるわけでございます。それをやってもらいたいのが、私はこれから学校教育に大いに望みたいところと、こういうことになるわけなんでございます。だから知識教育を整備・簡素化して、情操教育、あるいは社会奉仕活動、勤労と責任を重んずるような教育などが、いわゆる社会教育へのつながりを持ちながら随時やってもらうということが非常に大切なことになるのではなかろうかと思います。で、また学校の先生も、地域住民のよい指導、助言者であり、そしてまた、協力者になるような教員養成制度というものを考えていただかなければならないのではなかろうかと思います。
 で、ここで一つ私思いますことば、たとえば、学校の放課後であっても、子供と一緒に何か運動をしておった、かりに子供がけがをしますと、その責任はやっぱり学校のその先生にかかってくる。こういうことでは先生方もなかなか学校を開放してそういうことをやることがむずかしい状態にもなってくるんじゃないだろうか。
  〔委員長退席、理事楠正俊君着席〕
そうしますと、たとえば、一つの町の中に三つ学校があるとしますと、その中で、非常に体育にひいでた先生が何人かあれば、甲の先生が乙の学校へ行く、乙の先生が丙の学校へ行くといったような形で、先生が指導をしてくださる。そういうときには、教育委員会から頼まれたひとつの指導員であるという形でやれば、こういったようなもし事故があったときにも、その先生にすべて問題がかかる、あるいは学校にかかるということにもならなくて、いいのではないか。私は、決して先生のそういったことに対しての責任転嫁を言っているわけではございませんけれども、そういう形で地域に奉仕するという形、あるいはみんないろいろなその地域のところで先生たちがそれぞれ自分の持っているものを伸ばして使うということだっていいことになるんではないだろうか、こういうことも考えるわけでございます。だから、学校を開放するということは、必ずしもそこの学校の先生ということではなくて、隣の学校からも来ていただいてけっこうではないか。そういったような考え方は、大臣、いかがでございましょう。
#147
○国務大臣(奥野誠亮君) 全く、大賛成でございます。ぜひそういう仕組みも各教育委員会でくふうしてもらうようにわれわれは努力しなきゃならぬと思うんです。そういう方向を取り入れるくふうを一そうさしていただきたいと思います。
#148
○萩原幽香子君 国の教育予算のあり方でちょっとお尋ねしたいんですが、学校教育が中心になっている点も大いに考慮しなければならないんですけれど、現在、学校教育、社会教育は車の両輪だといわれ始めてずいぶん久しい。しかしながら、その予算の対比というものはどうなっているんでございましょうか。その点ちょっと承りたいと存じます。
#149
○政府委員(今村武俊君) 昭和四十八年度の社会教育局の文部予算に占める割合は一%に若干足りない比率でございます。
#150
○萩原幽香子君 いま、お聞き及びのとおりでございますが、大臣、そのことについてどういうふうにお考えでございましょう。
#151
○国務大臣(奥野誠亮君) 社会教育の予算も、比率的には、伸び率からいいますと、かなり伸びてきているようでございますけれども、絶対額は、やつ。はり何といいまして、少な過ぎると思います。もっと大きなものにしなきゃならないと、かように考えるわけでございます。どちらかといいますと、従来、社会教育の問題は市町村が主体になっていくんだ、県が主体になっていくんだ。学校教育の場合には、国が相当な責任を受け持つ、義務教育でありましても、教員の給与の半額負担がございます。こういうことで進んできたせいじゃないかと、こう思うんでございますけれども、先ほど指導者の問題について一言いたしましたように、そういう点につきましても国が積極的に関与していかなければ、りっぱな指導者を得にくいんじゃないだろうかと、こうも思っておるわけでございますので、社会教育関係の予算がもっと増額になりますように、私としては努力をしなきゃならないと、かように考えております。
#152
○萩原幽香子君 これは、大臣、ぜひやっていただかなければならない問題だと思います。同じように専門職でありながら、やはり二万円も給与にも差があるというようなことでは社会教育にいい人を迎えるということも、これまた非常にむずかしいことだと思います。今度、小・中学校の先生が一〇%上がるということになりますと、ますますその社会教育担当者との給与の格差というものも大きくなってまいりますので、まあ人を選ぶという点では、ぜひ御配慮がいただきたいと思います。
 で、社会教育の現状というものについて、私も自分が社会教育主事を長年やってまいったものでございますから、その現状を見ますときに、体制側の上からの指導と反体制側の下からの突き上げ、これで、全く分裂しがちな状態というのが社会教育の現状ではなかろうかというふうに思います。で、また、基本のところをあいまいにして、既存の価値観やさまつな知識の切り売りになったり、また、逃げの教授に終わっているといったような場合も少なくないように私は考えるわけでございます。文部省は、社会教育不振の現状というものをどのように克服し、生涯教育への発展をどのようにさせていってくださるおつもりか、承りたいと存じます。
  〔理事楠正俊君退席、委員長着席〕
#153
○政府委員(今村武俊君) 社会教育不振の原因といたしましていろいろございますが、社会教育の本来の性質といいますか、それも一つの理由になっているように思います。あるいはわが国の置かれている歴史の関係からもきていると思います。やはり文明開化を求めて学校教育に多くのことを期待しなければならなかった、そして社会教育の面では、学校教育の補充的な役割りを果たさざるを得なかった百年の歴史というのが一番基本の問題にございまして社会教育の不振を招いておるということがいえるのではないかと思います。しかし、最近の社会情勢の大きな変化によって、あるいは学校教育の就学率の上昇によって、いろんな諸条件が変わってまいりました。そして、学校教育が、中教審や社教審の答申でも言っておりますように、従来は学校教育がほとんどオールマイティの教育の機関の観があったんでございますけれども、社会の教育的な機関、要素が非常に多くなるに従いまして、学校教育・社会教育・家庭教育、一貫とした新しい教育の理念を考えていかなければならなくなってきた。――おっしゃいます生涯教育の理念でございますが、そういう時代に差しかかってまいりましたので、私どもが一生懸命努力することによって、小さな雪だるまが初めは大きな努力で少しずつしか雪はつきませんけれでも、だんだんこの努力を重ねていくうちに、社会の理解と認識を得て、次第に大きな雪だるまになるような形で社会教育の比重が高まっていくものと信じております。その方法としては、指導者の問題や、施設の問題や、あるいは奨励すべき授業の選択ということで努力をしてまいる、かような方向でものごとを考えております。
#154
○萩原幽香子君 たとえば企業の中で、いろいろサークル活動とか、いろいろあると思います。そういうときに、文部省のいわゆる社会教育局なんかのほうへ講師としての依頼、そういったようなものが最近ございますでしょうか。
#155
○政府委員(今村武俊君) ほとんどございません。少しございますという感じでございます。
#156
○萩原幽香子君 そういうことになったのは私、社会教育主事でございましたころは企業のほうから非常によく依頼がございまして、夜通しで若い人たちと話し合ったりするといったようなことがあったわけでございます。最近、そういうふうに企業なんかの青年たち、そういうような方たちが非常に社会教育の皆さん方をお呼びしなくなった理由というのは、一体どういうところにあるとお考えでございますか。
#157
○政府委員(今村武俊君) 社会教育が一つの曲がりかどに来ているような感じがいたします。まあ企業内教育に関しましては、労働省のほうで最近非常に力が入るようになってきたということ。それから、一方、社会教育の面で社会教育主事あるいは社会教育の専門家、専門的な指導者といわれる人々が、非常に多方面に発達してまいりました社会の中で、まだ持つべき専門性を十分持っていないというようなことを自覚しておりますので、社会教育研修所あるいは社会教育局の社会教育官あるいは学者の方々の協力を得ながら、いま社会教育主事の専門性の内容を検討しておりますが、その主事の専門性の検討を十分分類的にいたしました上で、その内容に即するような養成、研修の方法を考えていく。そして社会教育主事が現実に自分の実力として持つべきものを持つような時代になったときに、また需要が非常にふえてくるんじゃないだろうかという実感を持っております。
#158
○萩原幽香子君 いま、その社会教育主事の研修でございますね。年に何回ぐらいどういうようなことをおやりになっておりますのか、そして、それに対してどれほどの予算をお取りになっておりますか、承りたいと思います。
#159
○政府委員(今村武俊君) 社会教育主事の研修は、従来国の社会教育研修所あるいは都道府県教育委員会においてまちまちに行なわれておりました。そして非常に期間も短く、いわばつけ焼き刃程度の研修が多かったので、昨年度から国の社会教育研修所におきましてはもっぱら都道府県の社会教育主事を対象として研修をやるようにいたしました。それまで一週間ないし二週間という短期のものでございましたので、いわば講師の講義をノートに書いて帰るといった程度のことにしかすぎませんでした。それで、昨年度から一ヵ月、それから三ヵ月の講習をしまして、社会教育主事がそれぞれにテーマを持ってきたものをチューターがつきまして、十分自分自身を成熟させていくような社会教育主事の研修のしかたに変えました。それから、市町村の社会教育主事につきましてはそれぞれの都道府県教育委員会が責任を持ってやっていただくようにいたしまして、それに対して国が補助を出すという形に変えまして、県の社会教育主事の専門性と市町村の社会教育主事の具体性とが相マッチしながら県内の社会教育がよりよく行なわれていくような体制に仕上げたわけでございます。
 予算の御質問でございますが、後ほどうしろの資料を見れば詳しくお答えできますけれども、それぞれ一千万程度の見当でございます。
#160
○萩原幽香子君 それはやっぱり予算に縛られるということが、大臣ございますのですよ。ですから、そういう点もよほどお考えをいただいて、そして社会教育主事の研修、市町村のものあるいは県単位のものいろいろ研修をしていると、一ヵ月から三ヵ月というのは、これは県単位のものでございますね。そうしたら、市町村単位のものは一体だれが講習することになっているんですか。
#161
○政府委員(今村武俊君) 県単位のものは、都道府県の教育委員会が主権いたしまして、まだ短期でございますが、市町村の社会教育主事に対して研修を行なっております。中央の社会教育研修所でやっております研修の形が県にだんだん伝わっていくような感じがいたします。
 社会教育研修所でやっております社会教育主事の研修の内容といたしましては、年間の社会教育行政の行事と申しますか、行政の全体計画の立て方あるいは一つの行事について学習計画の立て方あるいは社会教育の技法としての視聴覚教具の使い方あるいは会議の持ち方等々につきまして、いわば従来雑然とやっておりましたものを系統立ててじっくりと身につくような形でやるという方向に動いてまいりましたが、その形がだんだん府県のほうに伝わっていくような現状でございます。
#162
○萩原幽香子君 いま局長さんが御説明いただいたようなことは、私が社会教育主事の講習を東京大学で受けましたときとあんまり変わってないような感じがいたします。そういたしますと、何十年前の話になるんでございましょうか。社会教育というのは、ほんとうにあんまり進まんもんじゃなという感じがしみじみといたします。でも、さっき私が申しましたように、やっぱり国民参加といいますか、住民参加といいますか、そういうことが非常に大事で、市民活動といったようなところへ重点を置かなければならないと、こういうことになりますと、やはりその内容もまたそれにふさわしく変わっていかなければならないのではないか、そういう感じがいたします。まあ、労働者の企業参加の問題、あるいは住民の地方自治への参加の問題、あるいは大学における学生参加の問題、それぞれそういう参加の問題が出てくると思いますね。これに対して文部大臣はどのようにお考えでございましょうか。
#163
○国務大臣(奥野誠亮君) 企業は企業ごとにそれぞれの教育をやっていただくことは、たいへんに必要なことだと思います。私は年来、コミュニティづくりといいましょうか、できましたら小学校単位ぐらいに、公民館もある、体育施設もある、そこでは違った年齢層でも絶えず交流を繰り返している、そして自分たちの地域をよくしていこうというような気風がつくれないものかなと、こういうことを念願している人間でございます。地方自治とタイアップして社会教育を進めていく、それが一番進みやすい基盤じゃなかろうかなと、こんな感じを持っているわけでございますけれども、いまおっしゃったような方向でぜひ努力をしたいと思います。
#164
○萩原幽香子君 参加ということを考えますと、どうしても、これは学習と責任ということが伴わなければならない、そう思いますね。真の参加は、人間らしい生き方、つまり生きがいを生み教養を形成していくかぎではなかろうかというふうに考えます。そこで、参加の社会こそが絶えず進歩を続ける平和な民主社会であり、これこそ生涯教育が発展するかどうかのキーポイントだと考えるわけでございます。いま大臣は、簡単にそういうことがいいんだというふうにおっしゃったわけでございますけれども、やはりそれぞれの立場での参加、大学における学生参加、こういうような問題も出てくるわけでございますね。大臣、この大学における学生参加ということに対して、どういうふうにお考えでございますか。
#165
○国務大臣(奥野誠亮君) いろんな角度から考えるべきだと思うんですけれども、学生がみずから学ぶ意欲を強めていかなければならないわけでございますので、学校のカリキュラムその他につきまして積極的な意見を持っている、これはもう学校当局がくみ上げる努力をしていかなければならない、こう思います。同時に、また、学生自身が自治活動をしていく、そういうしかた、これもまた、そういうことを通じましてみずから責任を自覚していく、そういう面ということになりますと、体育の面でありますとか、文化の面でありますとか、厚生活動の面でありますとかというようなことにつきましては、自治活動の分野を積極的に認めていくべきじゃなかろうか、こう考えるわけでございます。しかし、このごろよく言われますように、学長の人事に関与するとか、財政に関与するとかいうようなことになってまいりますと、私は日本の現状においては適当でない、こういうふうに三つに分けて考えておるわけでございます。やはり、そのときの社会事情ということも頭に置いて考えなければならない。現実に生活している社会というものがあるわけでございますから、その社会がどうなっているかということを無視しちゃって抽象的には議論できないんじゃないだろうか。現状において、私はいま申し上げましたような方向で学生参加の問題は考えていくべきだろうと、こう思っておるわけでございます。
#166
○萩原幽香子君 私は、大学の学生のいわゆる参加の問題というようなことにつきましても、また機会を改めまして、今度は筑波大学の問題なんかも出てまいりますので、そういうときに十分またお伺いをしてまいりたい、また、私どもの考えも聞いていただきたいというふうに考えております。とにもかくにも、世界の中の日本と言われ、いま日本人の生き方というものは世界じゅうの注目の的になっていると思います。そこで、ほんとうに国際社会において信頼され、尊敬され、そして活躍できる日本人の育成に対して、現状ではなかなか私はその域に達していないということを非常に憂える者の一人でございます。最後に、大臣にあらためて日本人はいかにあるべきか、そして、日本人は国際社会の中で何をなすべきか、こういうことを承って私の質問を結びたいと存じます。
#167
○国務大臣(奥野誠亮君) 世界は一つといわれている時代でございますだけに、日本人それぞれが世界的な視野を持つ、世界の人たちと手をつないでいける人間になっていかなければならない、かように考えるわけでございます。そういう面から見ていきますと、日本人はある意味においては一人よがり、ある意味においては卑屈という面があると考えているわけでございます。どちらも適当でないじゃないかと、やっぱり日本は日本の歴史を持っているわけでございますだけに、まず自分のことについて正しい理解を持たなければならない。反面にまた、世界のことについても正しい理解を持たなければならない。そして人間尊重の精神に徹する、そこから国際的な協力とか、あるいは国際平和に寄与することができる日本人になっていくことができるのじゃないだろうかなと、こんな気持ちを持っているものでございます。
#168
○玉置和郎君 私は、前に沖繩の開発政務次官をしておりまして、沖繩のことにはやはり大きな関心を持っております。そうしたときに、毎日新聞に「十二人、就学できず、住民票拒まれた自衛隊員の子弟」という見出しが出た。コザ市では仮入学手続をとった。まあこれは仮入学になったそうでありますが、テレビで入学式に参加できないあのがんぜない子供を見まして胸痛むものがありました。そこで、私は私なりに沖繩の私たちの同志に頼みまして、この入学を拒否した、そういう背景、またその関係者の意見、ことにその被害者的な立場にありました自衛隊員の気持ち、家族の心情、そういったものを中心にして収録をさしたのでありますが、きょうはテープは聞かすことはできないというので、テープは持ってきておりますが、その中で、特に三つばかり取り上げていま読み上げたいと思います。
 これは、コザの入学を拒否された子供の母親というわけではありませんが、とにかく、この自衛隊員の奥さんの心況であります。テープのまま読み上げます。
 「沖繩へ来てから一日も安心して眠れない。主人は制服を着て町を歩くこともできない。家を借りることも、洗たく物を取りに来てくれることも、新聞を配達してくれることもない。この前はネズミの死骸を投げ込まれびっくりした。どうしてこんなことをするのか、ほんとうに困っている。一体沖繩の人たちはどういうことを考えているのか。自衛隊員が国を守れるようにしてほしい。このごろノイローゼぎみです。」と、これが自衛隊員の奥さんの話です。
 次に、この学校にやっておりますPTAのおとうさんのことばであります。
 「自衛隊員の子弟入学拒否を先生方が堂々と組織の力で思想介入している感がある。公共の場である学校内で自衛隊反対の立看板が立ち、明らかに思想介入である。教育基本法の違反行動である。幼い子供たちを思想介入の道具にしていると思う。児童は一日も早く入学させるべきである。」
 次に、一市民のこれは声であります。
 「自衛隊であろうがなかろうが住民登録拒否は言語同断である。入学は住民登録票を添えて手続さすそうだが、問題は、住民登録さえ受け付けてやっておけば問題にはならなかったのではないか。登録事務はごく簡単だし、時間がかかるものでないのに。」と、大体、この三つの意見をいま読み上げました。
 さらに、こうしたものを収録した人たちの感想であります。中南部において、父兄の方々は非常な怒りを持っている。その怒りはいろいろな方向に向かって今後問題が提起されるであろう。今回の現地の声は、住民登録問題、仮入学問題とかだけではなくて、その他の自衛隊員の声なき声、差別に対する怒りの声はもちろん、家族、当事者の声を聞けたらと思って動いてみた。残念なのは自衛隊の正式な中央連絡部を通しての手づるを求めたが、公式な面では表面取りつくろったものしか出てこなかった。そこで、非公式に当たれるだけ当たったが、たっての希望で自衛隊員は録音をしなかった。隊員は録音をしなかった。しかし、なまの声で聞けたことはたとえばこういうことであった。
 ある奥さんが住民票を取りにいき、三枚くれるよう申請すると、そばに男の人が見ていて、なぜ三枚も必要ですか、おたくは自衛隊ですねと、周囲に聞こえるように言う。そうすると、自衛隊、自衛隊といって人が集まってきて騒ぐというふうな変な圧力を加え、役所へ書類をもらいに行きづらくなる。このようないやがらせが多々ある。
 浦添の例では、住民登録の窓口では、受け付ける人があとの席にいる市の職労の活動家らしき人に聞こえるようにわざと大きな声で、自衛隊が登録にきたといい、皆を集める。多いときには二十人くらいの人に取り囲まれる。窓口ではなんだからといって隣りの売店に連れていかれて、表面上は説得だと公式発表されているが、自衛隊員のほうから見ると説得ではなくて脅迫であり、圧力である。あなたが浦添に住みたいなら、自衛隊の制服を脱ぎなさいと、つまり自衛隊員は登録しないとあからさまに言う。浦添のみならず那覇市の牧志にもこういうことがある。現在、公式的な表面上では住民登録という問題はなくなっているが、それは普通の方法はいまもって拒否されている。すなわち、窓口ではしていないということであって、自衛隊員は係長、課長を通じてこっそりしている。なぜ堂々と窓口を通してできないのか、そこに問題がある。窓口の係員が言うには、自分がここで印鑑を押したら背後にいる組織の幹部連中からあとでつるし上げを食うから、それがこわいから受け付け印を押さない。組織の力で窓口の個人を圧迫している。それで受付員はたらい回しにし、一週間あとにくるようにというふうにして引き延ばしている。拒否ではなくて保留の形である。収録した声には出てこない隊員の現実の声がたくさんある。自衛隊の問題は正式な窓口を通らない。これが尾を引いてまだまだ続く。
 たとえば、印鑑証明をもらいにいった場合、いやみを言ってから渡したり、引き延ばし戦術にかかったりする。自衛隊員の公式な面では決して出ることのない声を、国会でも県会でも市会でももっと拾いあげ、力をかすように努力を続けていってほしいと結んでおります。
 これだけ言いまして、次に大臣にお聞きしますが、もうすでに大臣御承知のとおり、七日の市内の小中学校で行なわれた入学式と始業式に、自衛隊員の子弟が出席できないという事態が起こっております。現在、まあ仮入学になったということでありますが、これについてどのようにつかんでおられるかお聞きしたいと思います。
#169
○国務大臣(奥野誠亮君) コザ市教育委員会は四月九日に仮入学の手続を取り、同日から九人、小学生で八人、中学生で一人、そして翌日から全員小学生で八人、中学生で三人が平常どおり就学しているというふうに聞いております。
#170
○玉置和郎君 私もそれは承知しておりますが、問題はその前にあるんです。初めにコザ市教育委員会、これは町田宗徳という委員長ですが、そこで仮入学をさせないという強硬意見が多かったということであります。これは中立を旨とし、かつ学校教育法施行令第一条で義務づけられている教育委員長の使命をみずから踏みにじる行為であると、私はこう思っておりますが、これはどういう見解ですか。
#171
○政府委員(岩間英太郎君) 結論から申し上げますと、コザ市の教育委員会はかなり就学につきましては積極的でございまして、ただ、住民登録の手続がなされてないということに引っかかっておったようでございますが、教育委員会自身の態度としても、就学に反対をするというようなことはなかったようでございます。私どもの電話等の連絡でもそういう点がうかがわれたわけでございまして、私どもは教育委員会はまあ手続の問題はございましたけれども、終始公正な態度にあったというふうに考えております。
#172
○玉置和郎君 それは、私は与党だから言いたくないけどね、そんな見解はおかしいです。もっと詳しく調べたらいいですよ。私、言いますからね。そんなことを言うと、私らがこれはほんとうに野党ばかりのことを言わなきゃいかぬ。これは、ここに施行令の第一条第二項には入学編入学の手続は、当該市町村の住民基本台帳に基づいて行なうものとする。」と、これは御承知のとおりです。入学はあくまで住民登録が前提であることはこれは当然です。この規定は、住民登録をしなければ入学手続を放置しておいていいという規定では私はないと思います。これはどうですか。
#173
○政府委員(岩間英太郎君) それはおっしゃるとおりでございます。事実として子供がおれば、住民登録というのはこれは手続でございますから、子供がおれば学校で受け入れるということはこれは当然でございます。
#174
○玉置和郎君 そうしたら、あんたにもう一回聞くが、今度の教育委員会のとった態度は、これは住民登録拒否という事実を知っておるんですよ。知っておって、それで市長に対して、それからまた妨害した市の職員組合の幹部に対して何か言いましたか。その事実関係はっきりしてください。
#175
○政府委員(岩間英太郎君) その辺の具体的な事情は、私ども十分承知しておりません。ただ、おそらく教育委員会としましては、住民登録という手続が施行令に書いてございますから、まあそれの解釈等をめぐりまして、ちょっとごたごたしておったということではないかと考えております。
#176
○玉置和郎君 それは、そんな紋切り型のことを言うからいかぬのです。やっぱりあんたたちは、われわれが聞く限りは、そんなことを聞いておるんじゃないですよ。教育委員会として、子供がその地区にあった場合には入学させなきゃならぬという、これは教育委員会の大前提ですよ。それを妨害する者があった場合に、教育委員会として当然その妨害を排除すべきなんだ。その辺の調査をしないで、あんたそんなことを言ったってだめだ。それははっきりどういうことをしたかということに答えてくださいよ。してなかったらしてないということをはっきり言ってください。
#177
○政府委員(岩間英太郎君) 先ほど先生から御指摘のございました毎日新聞のほうから、私どものほうに連絡がございました。また一方、自衛隊のほうからも連絡がございました。私どものほうは、直ちに県の教育委員会を通じまして市の教育委員会に対しまして、これはもうそこに住んでおる限りは、そういうふうな手続は別としてすぐに入学させなければならないというふうなことを指導いたしました。
#178
○玉置和郎君 そうしたら、教育委員会のあの態度はあれでいいというんですか。
#179
○政府委員(岩間英太郎君) 私どものほうは、県の教育委員会からもいろいろ意見を、話を聞いておりますし、また、県の教育委員会を通じまして市の教育委員会の模様を聞いておりますけれども、私どもの聞いております限りでは、結論としましては、その途中において手続がまあ間違ったということは言えますけれども、私どもから話をしまして、その限りにおきましては適切な処置をとったというふうに考えております。
#180
○玉置和郎君 いや、岩間さんね、あんたとけんかしたくないけど、その教育委員会が、児童がこの住民票というものができなかったために拒否されたというその段階、それまで至る時間がありますね。それまでに、しかし、何らか方法を講じなきゃならぬでしょう、市の職員組合に対して。また、住民登録なんていうものは簡単なものですよ。私は朝霞に住んでいまして、この問題で係の者に何分かかるかといったらごく簡単ですと。こう目を通して判をついたらしまいだ、十分もかかりゃせんでできるんですよ。そういうことに対して、教育委員会が子供を入学させるという大前提のために、何か方法をやっているかということですよ。やらないとしたら落ち度じゃないですか。怠慢じゃないですか。それをそういうふうな報告だけ受けて安閑としているんだったら、これからもこういう問題が起こったときにわれわれ文部省を信頼できないじゃないですか。その点どうなんです。
#181
○政府委員(岩間英太郎君) 先ほども申し上げましたように、まあ、私のほうから連絡したということもございますけれども、コザ市の市の職員組合の妨害によりまして住民登録ができない、そのために、教育委員会のほうで手続上の問題がございまして、一応保留をしたと。しかし、九日には委員会を開きまして、入学を認めるととも一に、市の教育長から市長に対しまして住民登録について要請を行なったというふうに聞いておるわけでございます。
#182
○玉置和郎君 文部大臣、文部大臣は地方行政、地方政治のこれはおそらく保守党の中の最高権威だと私は尊敬しておりますが、現にそういう立場にありながらまた文部大臣をやっておられる。そこで、この地方行政、地方政治というもの――これは私は文部大臣も一おそらくそう考えておられると思いますが、地方自治というのは、私は民主政治の道場だと思っているのです。この民主政治の道場である地方自治というものが、こういう形でゆがめられていきますと、私は、日本の民主政治というものの基盤がゆらいでくると、こう思っておるのです。そこで、そういうことを十分わかっておられるあなたが、文部大臣になられたんですから、この問題はやはり偏向をしておるという見解をとられるのか。いま岩間君の言われたように、これはあたりまえのことを教育委員会がやったんだというふうな見解をとられるのか。その辺の白黒をはっきりしておいてもらいたいと思う。
#183
○国務大臣(奥野誠亮君) いま、玉置さんのお話を伺いながら、ひどいもんだなあという感じを強く抱かされました。ことに職員組合の幹部が妨害的な指導をしておったといたしますならば、公務員は住民全体の奉仕者だという考え方がどっかへいっちまっているんじゃないかと、自分たちのために自治行政を利用しようとしておるという疑問さえ私にはわいてまいりました。やはり全体としていまの公務員の姿勢、積極的に住民に奉仕していくのだという気がまえが一部に欠けている。これはやっぱりひとつそういう気持ちを喚起するために、われわれ政治の社会にある者は一致して協力をしたいものだなあという感じを深く持たせていただいたようなところでございまして、沖繩の問題につきましては、なおしさいに調査しながら、将来同じようなあやまちを繰り返さないような空気の転換、気分の転換、それをどうやって行なっていったらいいものだろうか、私自身も勉強していきたいと思います。
#184
○玉置和郎君 いま仮入学を認められた現段階でも、沖繩の教職員組合の中頭支部は依然として入学反対、自衛隊員の子弟の入学反対の態度をくずしていないのです。そういう立場からしますと、正式な入学手続をとることは困難であると、私自身は思っております。この中頭支部の婦人部は一月二十三日に自衛隊員の学童の受け入れに反対すると決議したほどの反自衛隊運動の強いところであります。聞くところによりますと、これまで那覇市小禄中学校等で担任の教師がその学級全員の前で、「君の父は自衛隊員だろう、国家公務員と書かずにはっきり自衛隊員と書きなさい」、こういうことを言っておるわけです。国家公務員ですよ、自衛隊員は。そういういやがらせをやっておるんです。また、三年十四日に豊見城村上田小学校での卒業式において自衛隊員の子弟にはその場では卒業証書を渡さなかったという、こういう事実があるんです。こうしたいやがらせや差別が行なわれていると聞いていますが、その事実を文部省はつかんでおるのかどうか。こうしたいわれなきいやがらせ、差別行為が堂々と行なわれている現在、コザ市内の小中学校に仮入学を認められたこうした隊員の子弟に対してもこれから当然いやがらせや差別行為が予想されるのです。これは思い過ごしでしょうか、お聞きしたいと思います。
#185
○政府委員(岩間英太郎君) これは、現地から県の教育委員会を通じまして承知した事実でございますけれども、連絡のございました点を申し上げますと、小禄中の場合には転入の際は保護者同伴で来るようにしているけれども、その際に保護者に自衛隊員かどうか確かめたことがある。また、指導要録の作成において職業を明確に記入することになっておるので、確認の意味で確かめたことがあるかもしれない。しかし、校長が職員に聞いた限りではそういうふうないやがらせというふうなことはないということで校長としては国会でお取り上げいただいておりますけれども、自分のほうとしては差別などは絶対しておらないというふうな報告でございます。
 それから、上田小学校の場合には三月二十四日に卒業式の際に卒業者名簿を読み上げる教師の不注意で自衛隊員の子供である高橋という人の名前を呼び忘れて、高橋君の卒業証書を次の子供に渡して、最後に一枚証書が残っていることに気づいて間違いがわかった。なお式の途中で間違った証書をもらった子供は証書が自分のものでないとわかったので、それを高橋君に渡した。なお同校には自衛隊員の久保田君という子供もいたけれども、その子供には間違いなく渡している。校長としては手落ちは重々おわびするけれども、特別に差別したわけではないと、そういうふうな連絡でございます。
#186
○楠正俊君 ちょっと関連。
 現在仮入学のままなのか、正式入学が許されたのか、それが一点と、それから仮入学というものはどういうものなのか、どういう場合に仮入学をさせるのか、その二点についてちょっと教えていただきたい。
#187
○政府委員(岩間英太郎君) 仮入学は現在どうなっているかという点につきましては、先ほど防衛庁の関係者もおりましたものですから、聞いてみましたら、住民登録につきまして正式の手続が進んでいるようでございますし、それと並行に正規の手続をするように私どもも指導してまいりたいというふうに考えておりますが、現在のところはよくわかりません。
 それから仮入学でございますけれども、これは住民登録がおくれた場合、あるいは住民登録が何らかの理由でまだなされていない、そういう場合に、子供のほうは一日も教育をゆるがせにできないわけですから、そういう場合に仮入学という形をとるということでございます。
#188
○楠正俊君 ちょっともう一点。
 その問題起こったのは相当日月が、時間が経過しているわけです。いま玉置委員の質問によって住民登録というのはたった二、三分しかかからないという、それがもうずいぶん日時が経過しておるのに、たった二、三分でできることがそのままの状態で現在仮入学を、住民登録をやるような手続をとりつつあると、二分でできることがいままで何時間、何日間かかってとりつつあるのか知らぬが、その間にいまだに住民登録が済んでないから仮入学のままだということは許されないことです。それに対して文部省が何らその間に一回ぐらい何かやったのかもしれないが、長い間かかっておるわけだから、どうしたのだ、どうしたのだということを言うぐらいの子供に対する熱意が感じられないですね。それに対してどうですか。
#189
○政府委員(岩間英太郎君) 私どもとしましては、まず子供を学校にやるということが大事なわけでございますから、それが確実に確保されるように指導をいたしました。
 それから仮入学の問題は、住民登録の手続と関連のある問題でございますから正式な手続が行なわれましたら直ちに就学につきましても正式な手続が行なわれるように指導してまいりたいということを申し上げたわけでございます。
#190
○楠正俊君 私が言うのはそうじゃないのです。住民登録の手続が二、三分でできるのだから早くやりなさい。それで早く仮入学から正式入学になぜやらないのだということを文部省は行政指導をしたか、しないかということなんです。
#191
○政府委員(岩間英太郎君) これは一日も早く直ちに就学させるようにということと同時に、私のほうから教育委員会に申し入れております。
#192
○楠正俊君 いつ、それは。
#193
○政府委員(岩間英太郎君) 六日から七日でございますけれども、ちょっと正確な日にちは忘れましたが、自衛隊から連絡がありまして直ちに向こうに指導したわけでございます。
#194
○玉置和郎君 大臣、お聞きで、大体おかしいなとわかったでしょう。岩間さん、あなた優秀な官僚だけれども、あなた現地に飛びなさいよ、こんなときは。それは電話で沖繩県のほうへ聞いて、県のほうがまた教育委員会へ聞いて、教育委員会が現地で校長に聞いたらそんな返答返ってくるのですよ。その間に真実がおおい隠されて、そうしてだれも責任のないようなかっこうになってしまう。これじゃ、問題の解決にならぬ。ほんとうに教育というものがゆがめられてしまうのです。これが小さな子供の中に残した傷あとというものはなかなか私は消えることがないと思う。私自身の経験からしてもやはり五つ、六つ、それから小学校一年、二年、三年、四年、五年、六年、その辺のところの記憶が強烈なものがある。いまだに夢に見る。それだけにこんな大事なことにあなた現地へ飛びなさい。大臣、これからそういうときには飛ばしてください。こんなことで岩間君の答弁聞いておって解決になんかとてもなりません。そこにあなたたちに、沖繩のこういうことを心配している県民からは文部省は一体何しておるのだ、あれだけ優秀な大臣持っておって何をしているのだという声が出てくるのは当然です。しっかりしてもらいたいですね。これはこれでいいです。
 大臣、そういうものはどこから出てくるかということです。ここに特設授業指導案というのがあるのです。一九七二年二月、これは復帰前ですけれども、平和と民主主義を守るため自衛隊の沖繩配備に対する特設授業指導案、これを小学校用、中学校用、高等学校用資料となっている。沖繩県教職員組合と書いてある。私はこれを読んでみてなるほどな、これで教育されたらこんなことになってくるなと思ったんです。その内容を局長どう考えておりますか。
#195
○政府委員(岩間英太郎君) 私も、先ほどちょっと初めて見たわけでございますけれども、この内容というのは、これはまだ復帰前でございましたかのもののようでございますけれども、いまの教育基本法等の精神からいいますと、当然許されない内容であるというふうに考えております。
#196
○玉置和郎君 この中の大臣、ちょっと二つほど出して言います。ここに四次防整備計画のために沖繩県民から六百億円をしぼり取っておると書いてあるのです。これは何のことはない、それ読んだらね、これは読むとああそうかいなと思うんですけど、よく考えてみりゃ、五兆八千億で一億人ですからね、赤ちゃん入れて国民一人六万円ということになっておるんです。六万円掛ける百万人です、で六百億です。そういう発想なんですよ。それが麗々しくこの中に載っとるんです。沖繩県民から六百億円をしほり取って云々と書いてある。こういう内容なんです。もう一つは、自衛隊は戦争につながるんだということを盛んにあちこちで書いておるんです。私は、最近中華人民共和国の周恩来首相さえも認めているように、独立国の自衛力はその国の安全保障を確立する不可欠の要素であって、むしろ無防備のほうが他国の侵略を招き、戦争を誘発する危険性がある、まあ周恩来首相もこういうことを言っておりますな。これを言い出してからこの自衛隊は戦争につながるというのはだいぶおさまったですよね。私らあんまり好きじゃありませんけれども、演説だからこういうふうに引き出さなきゃしかたがない。
 この場は防衛論争の場でないから、これ以上これについて述べません。述べませんが、小中学校の教育において偏見に基づく反自衛隊教育のごときものがそのまま許されるならば、私は、今後重大な問題が引き起こるだろうと。正しい日本の防衛等について教えていくという配慮、これがこれからの文部省にも私は大事だと思うんです。日本の安全と平和をどのようにして守っていくか、日本の防衛というものはどういうふうにやっていくのかというふうなこと、これについて大臣が見解があれば、この際お聞かせいただきたいと思います。
#197
○国務大臣(奥野誠亮君) 日本は独立国でございますから、まず独立していけるためにはみずからがみずからを守る力がなければ独立していけないわけでございます。そういう意味におきまして自衛ということが強く言われてるわけでございますので、そういう意味の正しい考え方を理解してもらう努力を教育の場面において特に必要だと思います。いま自衛隊をあげて、戦争につながるというお話があることをおっしゃいましたが、国旗は国を愛する心につながる、国を愛する心は戦争につながる、というような言い方もあるんだそうでございまして、全体的にもう少し、みんなが国民の一人だ、社会の一人だ、社会をよくする、国をよくする、あるいは社会を守っていく、国を守っていく、それは一人一人のみんなの共同の責任だという自覚を強めるような努力、これを強くしていかなきゃならない、また、そういう気持ちが教育基本法に強く出されているんじゃなかろうかと、こう私考えているものでございますので、そういう方向で努力をしていきたいと思います。
#198
○玉置和郎君 ちょうど政務次官、稲嶺政務次官来てますからちょっとお聞きします、現地の事情をですね。
 私は沖繩県教職員組合というものを、これは開発政務次官しとったときからもこれは行き過ぎだなあと、だいぶんこれは同じ教職員組合といったって鬼子だな、こう思っとったんです。ところが鬼子じゃないんだそうで、あれは独立した存在だということをさっき承って、なるほどなあ、それならまあむべなるかなと思ったんです。しかし私は、沖繩もこうして四十七都道府県の一つになって復帰をされて、本土並みのこれから扱いというか、またそれだけの義務を負うわけです。そうしたときに、この沖繩県の教職員組合がこういうふうな暴走にも近いような姿で一億国民の前に出てくるということは、私は教職にある方々の組織に対する国民の感情、これをやっぱり私はゆがめやせぬかなあという心配をしておるんです。私は、それだけにこれは何とかして、現地の出身のいまあなたが政務次官やっておられるのですから、この辺のことについてもイデオロギーを越えて、そうしてあなたがあっせんをするとか、あるいはやはり私は沖繩県教職員組合の中にも良識を持っている人がたくさんあると思う。一部のそういう暴走する者に振り回されておるのであって、その辺のところの配意というか、その辺の努力というか、それをぜひお願いをしたいし、またそういうパイプ役にもなっていただきたい、こう考えるのですが、その点についてどうですか。
#199
○政府委員(稲嶺一郎君) 私は、教育というものが一番大事だと思っておりまして、しかも、これにはほんとうの愛情というものが必要じゃないかと常々考えております。これはぜひ子供たちがりっぱに育ってもらいたい、沖繩の心ある方々でも、またりっぱに育っていってもらいたい、こういう祈りが私は教育の場においては必要じゃないかというふうに考えております。先ほどから玉置先生のお話をお伺いいたしまして、私自身が沖繩の出身でございますので何かしら愛情のない冷たさと寒々とした感じを私自身が受け取ったわけでございます。
 こういうふうな年端もいかぬような子供たちに失望感を与えるということは私は沖繩百万県民にとっても望んでいることではないというふうに考えております。私自身が現地の事情もよく知っておりますし、また、本土のほうも知っておりますので、私としては今後そういうことがないように、もっとあったかみのあるような教育が沖繩にしかれるように私自身として全力を尽くしていきたいというふうに考えております。
#200
○玉置和郎君 大臣に最後にひとつ聞いておきますが、沖繩で私は直接聞いたわけではありませんが、私たちの連中から意見が上がってきているのは、あれだけいじめぬかれるのだったら自衛隊の中に偕行社――戦前の偕行社的な学校をつくったらどうか。偕行社というか、何かありましたね、陸軍の子弟ばかりいく――これがまた職業軍人になって国をあやまらせたのですよ。そういう考えすら出てきておるのですよ、非常に危険です。で、こういう暴走はそういうことをまた反動的に生むのですよ。それだけに文部省が努力をしてほしいというのは私はここにあるわけです。ひとつ最後それだけ言っておきますからよろしゅうお願いします。
 自治省、このコザの自衛隊員の住民登録阻止問題、これは立川だとか那覇で起こった自衛隊基地内の隊舎に移住して来る隊員の住民とは異なって、コザ市内の民間住宅を借りている隊員に対して起こっている点ですね。これはだいぶ様子が違うのです。それだけにこのコザ市及びコザ市長大山さんに対してどういうふうな行政指導を行なってきたか、これをお聞きしたいと思います。
#201
○政府委員(林忠雄君) コザ市と立川市、那覇市との場合が違うところ最たるものは、立川市、那覇市の場合は市の当局もひっくるめて住民登録をやらない、保留するという態度に出たのに対して、コザ市は市の当局としては住民登録はすべきだという考えをはっきり持っていたようです。それに対して、これが実際に登録が妨害され、できなかったのは市の職員団体の動きであった。市の当局ぐるみでないという点にはむしろ私たちは救いを感じておった。したがって、市の当局は沖繩県、その他を通じまして、立川、那覇市の場合は指導しないと、やるべきであるということをはっきり言わなければならなかったわけでございますけれども、市の当局としては、こちらの場合は初めから筋の通った考え方をとっておった。この件について特に市の当局を個別に指導したということはございません。市の当局としては道を誤っておらなかったということでやや救いを感じておる次第でございます。
#202
○玉置和郎君 局長、そう言うけれども、この次の資料を読んだら、市当局の責任は免れないですよ。これは自衛隊側は三月二十八日、二十九日にわたって住民登録をすべく市役所におもむいたが、二十八日は自治労加盟の市職労組の青年部二十四、五名が坂田三曹以下三名を取り囲み、住民登録の受け付けを阻止した。次にあくる二十九日第三百二十四中隊中川二曹以下三人が午前九時四十分ごろ住民登録のため市役所に到着したところ庁内放送です、庁内放送を使っておるのですよ、これは。これは管理者の責任です。「ただいま自衛隊員が侵入したので阻止員は住民課前に集合せよ」、こういう放送をしておるのですよ。あなた笑いごとじゃないよ。あなたが自衛隊員になってみなさい、どういう気持ちがする。そういうとき局長がにこっと笑うからいかぬのだ。もっと深刻な顔をして深刻に聞きなさい。結局手続を断念せざるを得なかったというのです。一体住民登録という法で義務づけられた行為をするために市役所を訪れた自衛隊員を、侵入したといういわゆる犯罪者扱いをしておるのですよ、これは。かつ登録の業務を阻止した行為は明らかに市の住民課員がやろうとしたのです。これは事実です。自衛隊員の住民登録の執行を脅迫に近いいわゆる集団威圧行為で妨害したのです。私なんかはこれは、公務執行妨害だというふうに思っておるのですよ。そういう見解はどうですか。
#203
○政府委員(林忠雄君) 市の当局は受け付ける用意を持っていたということは、私は買ったんでございますが、それによって市の当局は責任を免れたとは思っておりません。いまおっしゃるように、職員がそういう行為をするのを排除できなかったあるいはその庁内放送というものを、そういう法律に違反する行為に対して貸した、まあ貸すときはそうは思ってなかったのかもしれませんけれども、結果においてそういう結果になった、そういう点で市の当局はたいへんな責任を負っている、私もそう思います。
 それから公務執行妨害ということをおっしゃいましたが、市の当局としては、登録を受け付けるべく態度をきめ、まあそういう命令をしておるわけです。むしろ公務員法の命令違反、職務命令違反ということで、そういう行為をした職員は問われるべきであるというふうに考えております。
#204
○玉置和郎君 局長ね、職務命令違反、そういう指導はしていますか。
#205
○政府委員(林忠雄君) これについて、具体的にコザについてそういう指導はまだしておりません。もちろん、県その他では当然指導してもらおうと思っておりますし、こちらからも県についてそういう責任を明らかにすべきだということを指導すべきであると考えております。
#206
○玉置和郎君 私は、先ほども言いましたが、庁内放送というものは、これはやっぱり非常な影響力があるのです。で、各市役所を四つばかり調べてみました、和歌山と埼玉ですが。やっぱり庁内放送の内規というのはつくってないようです。ただ、庁内放送というのは、こういうものに利用されないという大前提があるのですね。こんなことはまあやらぬと、やっぱり庁内の職員の連絡、それから市民が市役所に来たときのいろんな便宜のためにやるとかあるいは緊急に全員に通達するとかあるいは特に市長が訓示をするとか、そういうときに使うというふうに聞いておるんですが、しかし、こういう庁内放送ですね、一部の者があなたの言うように命令違反のような行為をやるためにあえて使うといった場合に、これはどうしたらいいですか。
#207
○政府委員(林忠雄君) 当然使わせるべきではないと思います。職員団体といえども、法の予想した正当な組合活動をする、それに関して庁内放送を貸してくれ、この便宜をはかること、これはあってもかまわないと思います。この行為は明らかに法律に違反します。やるべきでない行為です。したがって、こういうことに対して庁内放送を使わせるという便宜は与えるべきものではないと考えております。
#208
○玉置和郎君 転入した場合、また転入者は住民登録をする義務があるということ、これは規定されています。怠った場合にはこれは罰則規定があります。にもかかわらず、自治体及びその首長に対する罰則規定がないというのは、私が理解するところ、届け出があれば当然受け付けるという前提が立っているからですね、原則として。だから罰則規定が設けられていないのです。これはあたりまえのことなんです。自衛隊員だから受け付けを拒否する権限は自治体にも、首長にもないと思うと、これはもうそのとおりです。自衛隊が違憲の存在かどうかということと自衛隊員個人が日本国民あるいは特定の市町村の住民としての地位を持つということとは別の問題であって、犯罪行為をやったり、現憲法体制を暴力で破壊しようとする団体の構成員になっているとしても、そういうことが別途法律的追及を受けることがあっても、そのために、その者が市町村の住民としての地位を持つことを否定することではないと私は思います。その市長さんとしては、その者を住民として住民基本台帳に登録する義務と権限があるのであって、コザ市及び市長はその責任を怠っているとしか言いようがないと思います。市長に対する責任の追及をどのように考えているのか、自治省の見解を聞きたいと思います。
#209
○政府委員(林忠雄君) まさにおっしゃるとおりのことでございます。登録を受け付ける権限というよりもむしろ義務がある。それから法律的に罰則を設けていないのは、いやしくも公共団体、公の機関がそういうことをやるはずがないと考えているから罰則の規定を設けていない。それによって責任を免れるものでも何でもない。ただ、最初に申しましたように、この件の唯一の救いは、立川市、那覇市の場合と違いまして、市の当局としては受け付けるという態度をとっておる。ただ、一部職員の暴走的な行為が事実上それをはばんだということでございます。ただ、現在は、調べたところによりますと、十七日現在、きょう現在、これは郵送の七件を含んで受け付けば全部完了したということを聞いておりますので、ややほっとした次第でございます。
 それから市の当局の責任追及というのは、先ほど先生のおっしゃいましたように、監督が十分やれなくて、いまの放送の装置を貸したりあるいはそういう一部職員の行き過ぎの妨害行為を排除できなかったという点での責任は免れない。この住民登録自体を市の当局で怠ったということにはまあさばきがないと、その点でその経過における責任の追及というのは今後していかなければならないと、かように考えております。
#210
○玉置和郎君 これは自治大臣来たら自治大臣に聞いたら一番いいと思うのですが、私は予算委員会でも、これからの日本の政治を考えたときに、個と――個人の個と全体、この問題は非常に大事なところにきておるんですね。個と全体の問題。これはもうきょうは哲学論争するわけではありませんが、こういうことをいまのあなたの答弁のような状態で責任が何もそんなにぴしっときまらないということであったら、自治省の言うことを聞いて一生懸命に協力しておるまじめな地方自治体がたくさんあるのですよ。現実基地をかかえておる私たちの朝霞にしろそうなんです。隣の和光もそうです。和光から自衛隊員が向こうに行ったんですよ。和光の市長なんかもかんかんになっておこっておる。うちでちゃんとやれるところを何で向こうはやれぬのか、そうしてあばれたものが得をするのです。こんなばかげたことがどこにありますか。この前、私は自治省のあなたのところの参事官に電話をかけて聞いたら、うちは勇気があるんだと、勇気があるんだったらおまえしっかりやれと言ったことがあるのですがね。これは大臣、あなたは、大臣やめられたらまたすぐに地方行政の私は代表者になると思うので、一緒にぜひ聞いていただきたいと思いますけれどもね。こんなことではまじめな地方自治体はついてきませんよ。朝霞なんかでも、和光なんかでも、新座でも、基地を持っておるところはかんかんになっていまおこっておる。政府の言うことを聞いてまじめにやってきたものが損をして、そしてあばれた立川だとか、那覇だとか得して、一体どうなんだと、そしてすぐ住民パワー、住民パワーで何でもやれるんだったら、この前、私演説したように、朝霞の上水道の水なんか東京都に三分の二供給しておるのだから、われわれがむしろ旗を立ててあそこにすわり込んで、かってなことばかりやる東京都政に対して、――実際かってなことばかりやっておるのです。水道管を許可なしに穴あけてみたり、そしてヘドロをきめたところに捨てないでよそへ捨ててみたり、東京都というのはもうけしからぬことばかりやっておる。それに対してかんかんになっておこっておるんです。こういうものは、私は、いま古代ローマをやってますが、このままほうっておいたら、古代ローマ、古代ギリシャと同じような状態になって、国が滅んでいくんです。結局、地方自治体は都市国家の争い、それと同じような状態に、これは行政指導の政治力のなさのためにそういうことになっていく憂いが私はなしとしない。まじめにやったものがまじめに評価されて、そして当然政府からの扱いを受ける。こういうふうなかってなことをした場合には、それなりの制裁というか、それなりの措置というか、そういうものがやっぱりあって私はしかるべきだと思うんです。これはきょうはここで言いにくかったら言わぬでもいいですよ。言いにくかったらいいが、やっぱりそれなりのことはやりなさいよ。それをやらぬのだったら、何をやっているかわからぬですよ。もうあばれた者だけが得する、これが今日の一番社会の弊害になっておるんですよ。だから、それは政府が、国がぴしゃっと範を示すことによって初めて私は一本筋が立ったものができると思うんです。もうそれは答弁要りません。
 そこで、もう結論に入りたいと思いますが、いわゆるいま言いましたように、革新自治体というふうなところ、このごろ多少ふえてきています。これは自衛隊に対する人権無視の戦術がとられている。ほとんどそうであります。革新自治体が反自衛隊、反基地の立場に立つにしても、自衛隊と個人である自衛隊員とは厳格に区別しなければならない、これは申し上げるまでもないと思います。自衛隊員はりっぱな日本国民であり、憲法によってその基本的人権が保障され、法のもとに平等であるというのは言うまでもないことであります。決して護憲を叫び、反戦平和をお題目にしている人にのみ憲法の基本的人権が保障されているというものではありません。反対の立場の人だから、自衛隊員であるからとしてその人の基本的人権や教育を受ける権利を踏みにじっていいという理由は一つもないのであります。堂々平和憲法と民主教育を守りましょうと主張していながら、逆に憲法と教育を私物化している行為と言わなければならない。今度の問題もそうです。憲法も教育も政治的立場や信条の異なる人にもその権利は平等に保障されるのであって、反対の立場の人の権利を無視する行為は憲法の私物化であり、ファッショに通じることであります。このように、憲法の都合のいい部分だけ利用することはまさに憲法のつまみ食いともいうべきものであり、法の権威そのものをも踏みにじるものであると思います。こうした風潮を是正するためにも、自治省はもっと勇気を持って指導すべきであろうと思います。文部省も、いま野放しになっておるイデオロギー支配の偏見を持った小・中校における悪質な反自衛隊教育は、わが国の安全と平和の問題を真剣に考えると寒々とした思いにかられるのであります。どうかひとつこういう点を十分配意されて、これからの問題に対処してもらいたい、こういう希望を述べまして、私の質問を終わります。
#211
○委員長(永野鎮雄君) ほかに御発言もなければ、本日はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後五時十四分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
姉妹サイト