くにさくロゴ
1972/04/24 第71回国会 参議院 参議院会議録情報 第071回国会 文教委員会 第6号
姉妹サイト
 
1972/04/24 第71回国会 参議院

参議院会議録情報 第071回国会 文教委員会 第6号

#1
第071回国会 文教委員会 第6号
昭和四十八年四月二十四日(火曜日)
   午後一時十四分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 四月二十三日
    辞任         補欠選任
     鈴木 一弘君     矢追 秀彦君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         永野 鎮雄君
    理 事
                久保田藤麿君
                楠  正俊君
                宮之原貞光君
                安永 英雄君
    委 員
                金井 元彦君
                志村 愛子君
                濱田 幸雄君
                二木 謙吾君
                宮崎 正雄君
                小林  武君
                鈴木美枝子君
                松永 忠二君
                矢追 秀彦君
                萩原幽香子君
   国務大臣
       文 部 大 臣  奥野 誠亮君
   政府委員
       文部大臣官房長  井内慶次郎君
       文部大臣官房審
       議官       奥田 真丈君
       文部大臣官房会
       計課長      三角 哲生君
       文部省初等中等
       教育局長     岩間英太郎君
       文部省大学学術
       局長       木田  宏君
       文部省管理局長  安嶋  彌君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○教育、文化及び学術に関する調査
 (昭和四十八年度における文教行政の重点施策
 に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(永野鎮雄君) ただいまから立教委員会を開会いたします。
 教育、文化及び学術に関する調査のうち、昭和四十八年度における文教行政の重点施策に関する件を議題とし、前回に引き続いて質疑を行ないます。
 質疑のある方は御発言を願います。
#3
○安永英雄君 まず第一番に、公害と教育の問題についてお伺いをしたいと思います。
 御存じのように、富山のイタイイタイ病、これが四十六年の六月三十日に裁判の判決がありました。新潟水俣病、これが四十六年の九月二十九日、四日市の公害訴訟が四十七年の七月二十四日、水俣病の訴訟が四十八年三月二十日と、まあ全国に起こっております公害の象徴的ないわば集約された形でこの四大公害裁判の判決が出ました。いずれも、患者側の勝訴に終わっておるわけです。ことに水俣の判決、これははっきりと、この病気は被告のチッソ水俣工場から放流された有機水銀の化合物の作用によって起こったものであると断定をしました。そして過失の有無については合成化学工場として要請される注意義務を怠ったから被告に過失の責任がある、こういう判決が出たわけであります。しかし、患者側としては勝ったもののこれらの人々の人生というものは、これは非常に苦難な道をいまから歩かなければならない。また、死んだ人々もよみがえらない、こういう結果が出ておるわけでありますが、これを受けて私は、予算委員会で総理並びに環境庁の長官にこの判決を受けてどういう心境か、また、どう政府としてやらなければならないかという質問をいたしたわけであります。そこで総理は、この判決を厳粛に受けとめて反省し、公害防止のためにより積極的に対策をとらなければならないという深い反省の上に立っての決意が表明され、また、環境庁長官も患者が勝訴したといっても患者の生命、健康は戻ってこない、こういう厳粛な事実を受けとめて企業、政府も公害防止対策のこれから先の契機にしたい、こういう決意の表明があったわけであります。私は、ここでいわゆる文部省として、文部大臣として実は聞きたかったわけでありますけれども、こういう判決を受けて文部行政の上に厳粛にやはり反省もし、また、今後の教育行政の中で公害という問題は考えていかなければならぬ点が多々生まれてきたのではないか、そういう考え方を持っておるわけでありますが、文部大臣はこの判決を受けて、そうしていわゆる文部省の管轄する行政内においてどういう点をやらなければならぬというふうにいまお考えかか、これをお聞きしたい。
#4
○国務大臣(奥野誠亮君) 公害に対する取り組み方というものが年とともに厳粛になってきたと思いますし、また、判決がそのことを決定づけてまいった、かように考えているわけであります。学校教育の面におきましても人間尊重といいましょうか、あるいは環境保全といいましょうか、そういうような立場での考え方を一そう徹底させるという方向で努力をしていくべきだと思います。同時に、大学におきましては公害を未然に防ぐというような立場での幅広い基礎的な研究、これをより以上積極的に取り上げなければならない、かように考えるわけでございます。同時に、大学といえども地域の問題に無関心であってはならない。したがって、地域、地域に起こっております公害問題につきまして、その原因の解明なりそれに対します対策なりというような問題と積極的に取り組んでいくべきじゃないか、こういうような判断をしているわけでございまして、四十八年度におきましても、それなりの対応策をとっているのでございますけれども、今後さらに、そういうような方向で努力をしていきたい、かようにも考えているわけでございます。先般、閣議でもこういう問題をめぐりましての私の報告にあわせまして、総理からも大学が積極的に公害問題と取り組んでいくべきだという趣旨の発言もあったところでございます。
#5
○安永英雄君 この水俣裁判を通じていろんな見方がありましょうけれども、今後の問題として非常に貴重な結果が出ているわけです。いわゆる大学においては基礎研究と、しかも、大学というのは、それぞれの地域における公害に積極的に門戸を開いて取り組む、こういうことでありますが、やはり水俣病のこの裁判の中にあらわれておる内容を見てみますというと、神経細胞が一応脱落をしてしまう。そうするともうこれは再生をしない、そういった結論が出ている。いわゆる不治の病だ。こういうことで、金はもらってもからだはもとどおりに戻らないという宣告を受けたような状態、これあたりもやはりいまの大学の中で基礎研究になるのかどうかは別として、究明していかなければならない私は教訓じゃないかというふうにも考えます。
 それから一つは、熊本大学がチッソの工場の中に入って検査をしたい、こう言ったときももう完全に拒否をされておる。これがもしも中に入って、そしてもう少し研究ができたならば、これは変わった対策というものも生まれておったのではないか、こういうことも結論として出ておる。あるいはまた、熊本大学に精密な測定器をこれを購入しておったら、原因究明物質は何か、こういった問題についてもこれは新しい道も開けたのではないか。これはこっけいな話ですけれども、熊本大学が持っておるこの測定器というものよりも、チッソが持っておった測定器のほうがさらに優秀で性能も非常に高い。問題はこれを使わなかっただけだというそういった笑えない事実もある。それからやはりこの重金属の微粒子の持つ危険性というものは、これは水俣から全国的な問題として提起をされたわけでありますが、われわれの身に迫っておる。ところが日本の医学というものは物質の医学まで到達していないし、やはりいまの医学の主流というのは、細菌性の疾患、それから外科的なこの外傷、これがやはり二つの大きな焦点になってきている。どうしてもやはりこの医学というものの大学における研究、これはやはりそういったところはほとんど進んでいないという結論が出ている。こういった点から見て、私はひとつは、大学というものを開いて、そのうち地元の大学が公害に積極的に取り組む、これはけっこうです。新聞等で拝見しますというと、公害学科というふうなものも設置をするということでありますが、私はまず第一番に学部とか学科とか、こういったものの公害に関する研究するところというものを大学に私は新しくつくるべきじゃないかと思うんですけれども、その一つは、このあらわれとしてすでに大臣も発表されておりますように、公害学科という学科の設定というのに踏み切られたというのは私は前進だと思うけれども、この点私はいまの既存の学部、学科というもののワク内ではなかなか公害という問題については取り組めないのではないかというふうな気もするんで、公害学科、公害学部、こういったもので、学科、学部を多少はみ出してでも、ちょっと形の変わったものでもいいから国立大学あたりには私は設置して、学科というよりはもう少し進んだ研究組織をつくらないと、いまみたいな形で、その地域の公害に取り組むという力にはならぬのではなかろうかというふうな気がしますが、この点について伺いたい。それが一つです。いわゆる大学の学部、学科という問題についてもう少し、ただ十校ばかりを総理がいろいろサゼッションされたそうですけれども、それによって十校ばかりに公害学科をつくるということだけでは、私はちょっと不十分な気もしますから、この点についての、特に公害という形ですから相当学科としても複合しなければならぬような点もあるので、既存の学部、学科の感覚ではちょっと取り組めないのではないか。こういった学校の組織というものをつくったらどうかというのが一つであります。
 それから、やはりそういう学部ができれば、必然的に器材、器具といったものは入ってくるかもしれませんけれども、いまの学部に伴う施設、設備、こういったものの範畴の中では私は考えられない。これあたりの、たとえばいまさっき申し上げたような、やはりチッソが持っておって、熊本大学にはないという、そういったことでは、学部の中から大学が飛び出ていってもなかなか協力という形にはほど遠い。ということで、そういった面のいわゆる予算、こういったものは十分考えていかなければならぬのではないか。
 それから、この文部省自身が公害に取り組むという姿勢の中で研究という形の中で、どこの企業体の中にも立ち入り検査じゃない、立ち入り検査というのは多少文部省との管轄は違うと思うのです。立ち入り研究といいますか、同じことになるかもしれませんが、企業等は産業の秘密保持とかなんとかいって、なかなか入れませんけれども、私は、そういった権限といいますか、そういったものをやはり文部省として握る必要があるのではないか。この三点についてもう少しお聞きしたい。丸国務大臣(奥野誠亮君) 既存の学部、学科方式では、大学が公害に十分対応し切れない面があるのじゃないかというお話、私もそのとおりに思います。どちらかといいますと、研究の分野で、幅広い研究体制を強化しなければならないのじゃないだろうか、こう考えるわけでございまして、教育という面においても重要な問題がございますが、より以上、研究の面において幅広い体制を整えていかなければならぬのじゃないか、かように考えるわけでございます。
 御参考に四十八年度において公害対策関係の学科を設けましたものを申し上げさしていただきますと、東京農工大学環境保護学科、東京水産大学海洋環境工学科、横浜国立大学環境科学研究センターの新設、広島大学内海水環境研究施設等の拡充、名古屋大学水圏科学研究所の創設などでございます。基本的には、人間の生命活動と環境との解明を中心課題とする生物学、生態学、地球物理学、地球科学、医学、工学、さらには、社会科学までも含みます各学問分野による総合的な研究によりまして、先ほどちょっと触れましたむしろ公害を未然に防ぐような立場での研究、これに力を入れていかなければならないのじゃないか、かようにも考えるわけでございます。他方では、発生した公害現象の科学的な解明のための施設も設置していかなければならないのじゃないか、かように思っているわけでございます。
 企業の立ち入り検査とまではいわないにしても、というお話がございました。私は、企業の考え方も従来と違いましてかなり飛躍的に発展してきているのじゃないだろうか。相当な経費というものを公害対策に最初から置いていかなきゃならないという気持ちが出てきているのじゃないか、かように考えるわけでございまして、企業側もそういう意味においては大学の研究に大きな期待をかけているんだろうと思います。したがいまして、また大学側の要請に対しましては、企業側は積極的にいろんな便宜を供与していくんじゃないかと、かように考えておるわけでございます。また、そういう方向を打ち出すように、私たちとしても環境づくりをしていかなきゃならない、かように考えておるわけでございます。予算が十分でないために、こういう問題の研究が進まないとか、対応策がとれないとかいうことがあっては、私は申しわけないと、こう思います。先ほど御指摘になりましたように、四十九年度からは大都市の大学十ぐらいのところには関係の学科を設けてもらおうじゃないか、どういう学科がいいかということは各大学でひとつくふうしてもらおうじゃないか、そのくふうした成果を伝えてもらって、それができるように文部省としては努力をしていきたい、そのために、四十八年度中に金が要るものなら予備費から出していこうじゃないか、こういうことも先般閣議できまったわけでございまして、大蔵大臣もそうしますということを快く了解してくれたわけでございます。お話しのような姿勢で今後努力していきたいと思います。
#6
○安永英雄君 三木環境庁長官も、公害の問題については金に糸目はつけないとはっきりあのときもう言い切ったし、総理もそれを裏づけるようなことばを言われたわけでありますが、文部省のほうとしても、この点についてはいまもおっしゃったとおりでありますが、十分なとにかく予算をとってやってもらわないといかぬと思います。ただ、いまちょっとあれですがね、いまここで即答はできないと思うんですけれども、できるかできないか検討してもらいたいと思うのが、いわゆる企業の中に入っての立ち入り検査ということじゃなくて、立ち入って研究すると、こういう場をとにかく企業は与えなければならないというふうな立場をやはり文部省としてとってもらいたいと思うんです。これは確かに公害という問題で、企業が大きくこれは態度が変わってきたことは事実です。しかし、やはり私はいままで私もある程度そういったところを国会からも派遣されて回ったこともあります。やはり企業は産業のこれはもう利潤追求をやっているわけですから、自分の会社の秘密事項というものが他に出ますと、これで自分のところの産業の育成に大きな影響を与えるということで、この点はいかに企業が公害に対していわゆるもうまいりましたと、私どもの責任ですといっても、この点はなかなか、国会議員が行ってもなかなか入れないのです。私は立ち入り検査という形のものはこれは別途の法律なり何なりでしなければならぬと思うんですけれども、大学やあるいは高等学校やこういったものがいわゆる企業の中に入っての研究と、こういった機会を与えるというための手だてというものを文部省としてはとってもらいたいと思うんですが、この点どうでしょう。
#7
○国務大臣(奥野誠亮君) 企業の考え方も十分変わってきたと思いますし、なお一そう変わっていくと、こう考えておるわけでございます。そういう意味で、大学が公害関係でなお一そうの調査を必要とする、そういう場合は、企業側も私は積極的に便宜を供与するようになってきたんじゃないかと、こう思うと申し上げたわけであります。したがいまして工場の中に入って、いろいろな調査をするという事態も生ずるだろうと思うのでございます。その場合にも、特別な事情がない限りは企業は便宜を供与すべきだと思いますので、そういう立場に立って問題が起こりました場合には解決に努力をしていきたいと思います。
#8
○安永英雄君 もう問題はすぐ起こると思います。だからこの点については、文部省も積極的に出てこの問題についてやらないと、各地方における自治体とかあるいは大学自身で解決できない問題です。これはぜひ、その機会はくると思いますので、私はいまおっしゃった約束どおりひとつ取り組んでもらいたいと思います。
 次に、いわゆる公害教育という問題から、この四大公害裁判の判決を受けて考えなければならぬ点が多々あるというふうに私はつくづく思います。四十六年の一月二十日に、文部省としては、指導要領の改定を行ないました。これの背景はその当時いわゆる公害国会、いわゆる国会で公害の問題が非常に大きな国民の関心の的になり、しかも公害の悲惨さというものがあちらこちらに出てきたということで、国会としてはこれを取り上げて、集中的に審議をした。その結果やはり文部省としても、その国会の情勢からいってもあるいはどうしても小・中学校における公害教育というものについて変えなければならない、こういう姿勢で改定が行なわれました。この点について私はまず第一番に改定をした趣旨、これについて徹底をしていないということなんです。私はもう各地を回って、特に私は行政の担当の県の教育委員会あるいは市の教育委員会等を回ってみて、実際に会って考えた場合に、私は、この一つの画期的な文部省の公害に対する態度というものが表明されたというふうに考えておったのが、実はそう深く文部省のこの公害に対する態度が理解されていない、こういうふうに私はつくづく考えるのです。あの当時、これが改正されたときに、私はすぐに当委員会でいろいろ質問をしたのでありますけれども、あの当時、やはり文部省としましては、国会でいろいろ追及されるから、ここのところはこう変えておこうということで、根本的に変わった態度そのものがそう伝達されていない。これは局長にお尋ねしますけれども、あなたは当時の局長ではございませんけれども、昭和四十六年から今日まで、公害教育についての指導要領の改正になった点について、私はそう思うのですけれども、どうですか。文部省としては私は出しっぱなしじゃないかという気がするのです。
#9
○政府委員(岩間英太郎君) 私は、公害問題が取り上げられましたことは、これは戦後の日本人の考え方と申しますか、そういうものの流れを変えた非常に私は大きなできごとじゃないかというふうに思うわけでございます。それまでは、ちょっと余談で恐縮でございますけれども、産業発展のために文化財がこわされてもあたりまえじゃないかというふうなむしろ空気があって、それが新聞で堂々と言われるというようなこともございまして、私ども文教関係の者は何と申しますか、切歯把腕と申しますか、そういうふうな感じを持ったわけでございますけれども、やはり人間性の尊重と申しますか、住民福祉の向上と申しますか、これが私どもの教育の基本でございまして、そういう意味から申しますと、私は非常に大きな考え方の流れが変わったポイントじゃないかというふうに考えているわけでございます。したがいまして、もし、先生がおっしゃいますように、そういう基本的な考え方が徹底されていないということでありましたら、これはたいへんな問題でございますので、私ども御指摘を受けまして、これからさらに、あらゆる機会にこれは徹底すべきことではないかというふうに考えているわけでございます。ただ、教育と申しますのは、これは子供が十年、二十年後に日本の社会というものを構成していくために行なわれるものでございますので、やはりときどきの事象というよりは、むしろその基本的な考え方というものを徹底するということが何よりも必要じゃないかというふうに考えているわけでございます。
#10
○安永英雄君 私も、いま局長がおっしゃったとおりと思う。だから問題は、基本的に公害という問題をどう子供に把握させるかということが私は不徹底になっておるということなんです。たとえば、私は例を申しますと、もうずばり言ったら、熊本県教委、水俣市教委、ここに行きますと、この公判判決が出るまでの間の態度というものは、全くこの指導要領の改正された精神なんというのは、前の旧態依然たる旧法でいっていますよ。私は、もう少し聞きたいと思うんですけれども、局長、どうですか、小学校の場合どう変わったんですか、いま基本的に。ちょっとおっしゃってください、どう変わったんですか。
#11
○政府委員(岩間英太郎君) 具体的にどう変わったかと申しますと、これは学習指導要領では、先ほど申し上げましたように、基本的にやはり人間の尊重と申しますか、それから住民の福祉の向上と、それからさらに、最近では、やや積極的に環境の整備というふうな方向でもう少し問題を積極的にとらえていくということが大事じゃないかというふうなことでございまして、現在は、御案内のとおり、五年生の段階で公害問題を中心に、教科書では、かなりものによりまして多くのページをさきまして、これに回しておるということでございますけれども、ほかの学年におきましても、やはりそういう基本的な考え方を徹底させるということ、それから五年生ぐらいの段階になりましてある程度理解ができるようになりましたら、具体的にこれを教えるというふうな方向で進むべきじゃないかと考えておるわけでございます。具体的に何か御注意ごさいましたら、また御指摘いただきまして、私どもも改める点は改めたいというふうに考えております。
#12
○安永英雄君 私は、変わったところをぴしゃり出してもらわないと、特にいまの四大裁判の判決が終わったあと、この機会をのがしたらまただめです。この時期に文部省としてはこう変わったんだというところをはっきりしなきゃならぬのです。
 それで私は申し上げてみたい。
 いままでの旧の指導要領では、これはもうお持ちかと思いますけれども、「産業による公害などから生活環境を守る努力を続けている都市の事例」、これを取り上げて、今後ますます重要になっていくことを考えさせるというふうになっていたんですよ。いわゆる各都市が公害に対して一生懸命やっているから、これをますます続けていかなきゃならぬというふうになっていたんですよ。ところが今度変わったのは、そういうあたかも各都市は環境づくりに、産業から出てくる公害というものについては防衛しているんだと、こう言っておったのが、そうではなかったわけです。だから、変わったのは、ここにはっきり出ている。「国民の健康や生活環境を守ることがきわめてたいせつであることを具体的事例によって理解する」と、こう変わったんです。これは大きな変化なんですよ。この点を私は徹底さしてもらわないといけないと思うんです。また現在でも、これは各地域における行政も先生方も、この点についてこれが文部省の公害に対する態度なんだと、こういうように教えなければならぬのだという把握がいっていないということなんです。それを私はまず申し上げたいと思います。
 それからもう一つ、中学校というところで非常に変わった点というのを申し上げたいと思います。
 これは前のところは、「経済の発展と国民の福祉の増大とが結びつくことが必要である」、いわゆるこれはまだいまでも言う大臣がいらっしゃるわけですけれども、「経済の発展」ということと「国民の福祉」というもの、この調和をはかっていく調和論なんです。それがぐんと変わったわけです。調和ということではない。いわゆる経済の発展ということ即国民の福祉というものに結びつかないんです。公害というものはやっぱり「産業などによる各種の公害を防止して、国民の健康の保護や生活環境の保全を図ることが必要であることを理解させる」、まず、これなんだというふうに言って変わったんですよ。ここがいっていないんです。だから、私は先ほど名前まであげましたけれども、そのほかにもあげてもよろしいが、私が直接会って聞いたところで、この論を言うわけです。水俣のチッソが、あの工場がなくなったら水俣の市民は発展はないじゃないか、だから多少のそういった公害があっても、そうやかましく言うものじゃない、ましてやそういうことをとにかく教育の中で言ってはいけない、これなんですよ、終始一貫。ここが、あなたのおっしゃる画期的な改正をやった趣旨というのは一つも徹底さしていないんです。私はそう思うんです。
 それからもう一つ申し上げてみたいと思うんですが、これを受けて、指導書というのがこれは出ていますね。この中で大きく変わった点、たくさんありますけれども、いまの精神を受けてすべてが貫かれておりますが、この点あたりははっきり文部省として通知をし指導をしなきゃならぬのではなかろうかと思うのは――読み上げますよ。「産業公害の問題を扱うといっても、たとえば企業を悪者として糾弾させることが目的ではないし、開発と自然美や文化財の保護のどちらが優先すべきかという単純な結論を出させるのが目的でもないということである」、これが削除になったんです。これは裏を返せばはっきりしていると思う。こういう大きな変化があったことを地方教育委員会あるいは県の教育委員会が知らないんです。この削除したという意味は大きいんですよ。この趣旨あたりは徹底させなければならない。これは裏返せば、四大裁判の中ではっきりしておるのは、企業は悪者なんですよ。それを悪者でないように教えなさいといままで言いよったんです。そして開発というものと自然美や文化財の保護というものはどちらがとにかく優先するかというふうなものについて先生は結論を出しちゃいけません、こういう教え方をしろと言ったのが、結論を出してよろしい、はっきりいまの基本法のあれを受けて、いわゆる開発によって国民の生命や健康、これをむしばんでいくような公害というものがはっきりすれば、それが第一なんだから、企業とかあるいは開発とか、こういったものは二の次なんだということを、はっきりここで削除して決意を示したんですよ。これが徹底していないんです。知らないんです。
 それからもう一つ言いますよ、「したがって、こうした学習を展開しながら、ことさら結論を、いわゆる政治の貧困、政治の不在という方向へ持っていこうとする教師がいるとすれば、学習指導要領の趣旨を正しく理解し、正しく実現しているとはいえないのである」、これは削除されたんです。なぜならば、この削除の原因は何といっても、総理も深く反省されたように、政治というものが果たさなきゃならぬ点についても抜かりがあったし、いまからやりますと、こう言った点あたりを言って教えればだめなんだというのを、教えてよろしいんだ、そういった点もやっぱり究明を学習の中でやるべきなんだと、いままでは、そういう先生は不届きだというふうな書き方だったわけです。しかも、これによって法的拘束力があるとか何とかいって、そういう教え方をした先生については、これは罰を加えるなんというおどし方をやっているという地方教育委員会もあったんです。これが削除されたという問題については大きな変化なんですよ。この問題について、いまでも教師が公害教育を自主的にやっておる、これについて地方教育委員会、行政当局等は、これをいまだにまだ種にして、指導要領にも書いてあるじゃないか、ことさらに政治の貧困、そして企業は悪者扱い、こういうことは指導要領に違反するんだと、先生は教えるべきでないといって先生あたりが公害教育に取り組んでおるのを、とにかく上から押えるという行為がいまでもあるということを私は文部当局として知っておかなければならぬと思うんですよ。私は指導要領と指導書と、この二つの中からとってまいりましたけれども、この点について私が先ほど言ったように、いろいろそれは局長は言われたけれども、文部省としてこの裁判の判決を受けてまずやるべきは私はここじゃなかったかと思う、このことなんですね。先ほど前段に聞いた大学とか何とかいうところで直接直ちに公害の研究をやらなければならぬという点もあるけれども、この公害の問題は、いまから先日本の重要な問題なんです。しかも、これが水俣とかあるいは有明海とかあるいは瀬戸内海に限ったことじゃなくて日本全土に広がっておる。これに対する公害の基本的な大綱を示しておる文部省の態度というのは明らかになっておるにかかわらず不徹底だということを私は申し上げておったわけですが、この点を受けて文部省としては、私は通達なりあるいは指導書なり何らかの形でいま私が申し上げた点の徹底はいますべきであると私は思うが、この点についてはどうですか。
#13
○政府委員(岩間英太郎君) ただいま御指摘になりましたことは一々ごもっともなことだと思います。いままで産業発展第一主義と申しますか、そういうふうな名前のもとに隠れまして、企業のすべての活動が何かいいようなふうに受けとられていた。それが非常に大きな転換をしたということは事実でございます。また、その逆に企業のすべての活動が悪いというふうな行き方もこれは行き過ぎだと思いますけれども、いまおっしゃいましたことは一々ごもっともでございまして、これが徹底していないということはまことに遺憾なことでございますので、御趣旨に沿いまして徹底をさしたいということを申し上げておきます。
#14
○安永英雄君 これは早急にやっていただきたいと思うんです。まあ機会あるたびにやるということばはいいようですけれども、なかなかできないことなんです。この前変わってから、ほとんどなってない。これはこの印刷物をぱあっと配って、受けた教委というのがさっと学校に配ったというだけですよ。私が言ったのは間違いないです。公害の点、これはぜひひとつ何らかの措置で早急に指導を正式にやっていただきたいというふうに思います。
 その次にもう一つ、これはここで結論が出るかどうかは別として、この現在の改正をされた指導要領並びに指導書というものの中で、さらに、最後の水俣判決を受けて変えなきゃならぬ、態度をはっきりしなきゃならぬという点が一、二ありますので、この点についてお伺いいたします。
 それは、まず小学校の五年生の指導要領の内応なんですけれども「地域開発と自然や文化財の保護に関連した問題なども取り上げ、これらの問題の計画的な解決が重要であると考える」というふうになっていますが、これははっきりしないんです。ここで見解を出していただきたいと思う。「地域開発と自然や文化財の保護」という問題のとらえ方はどうとらえればよろしいのか。先ほど申しましたように、経済の発展と国民の福祉の増大が結びつくと、調和論ではもういまではいけないんです。問題提起だけなんですよ、ここは。「地域開発と自然や文化財の保護に関連した問題なども取り上げ」、この問題について教師として、この指導要領を受けて、どう判断をして教えるべきか、この点がまだまだ不完全なんですよ。
 それから中学校のほうの問題でありますが、これはこの四十六年の一月二十日に改正された当時、私は、この本委員会でずいぶん質問をしてとうとう結論が出なかったわけでありますけれども、「その際、人間尊重や国民福祉の立場に立って、国や地方公共団体の役割を理解させるとともに、個人や企業などの社会的責任について考えさせる」ここなんです。個人と企業、それと国や地方公共団体、この三つのウエートという問題についてだいぶ論争をやったんです。しかし、現行の中でも――この前のよりもいいですよ。旧のよりもいいんです。旧の場合は国民総ざんげのことだったんですよ。国民一人一人が公害についてとにかく責任を持っている。みんなで公害を防止しましょう、これではいけないのです。これはもう焦点というのははっきりしているということですが、ここで国や地方公共団体がまず公害防止の全責任を負い、次に個人、次に企業、こういう順番になっておるのかどうかという問題です。ここを読んでもらえばわかりますが、これは非常に短い文章の中での序列ですからあれですが、どうお思いになりますか。私は、今度の判決の中で一番この公害についての社会的責任というもののあるのは企業、その次に国や地方公共団体。個人というのは意見が分かれたんで、いわゆる自動車の排気ガスとかなんとかいう問題で、個人が全然関係がないとは私は言いません。もう公害は全部企業とそれから国、地方公共団体というふうには私は言いませんけれども、少なくとも個人や企業などの責任について云々と、順番も個人が先にきておるということは、これはいまやこの四大裁判の判決を受けてもう解決を文部省としてしなければならない時期がきておると思う。また、先ほどの「地域開発と自然や文化財の保護」これはただ問題を取り上げるということでなく、どういう方向、角度で取り上げるかということはもうはっきりしなければならない時期がきた。この前の松永委員の質問とも関係するのですけれども、ここはもうはっきりしなきゃならぬですよ。ただ、問題提起だけでこの地域開発というものと自然と文化というものとのあれを同じ線に並べてどちらを選びますかなんという時期じゃない。この点あたりも短い指導要領の中で明確に今度はしておかなければならないし、これがきまったら直ちにやはりこの先のこの各地方にこの趣旨というものを徹底させるという中に加えなきゃならぬと私は思うのですが、どうですか。
#15
○政府委員(岩間英太郎君) いまの時点において先生の御指摘は私は正しいと思います。しかし、世界的に見ましても公害の問題いろいろ問題になっておりますけれども、まあ公害という、狭い範囲の、要するに被害を受けるというふうな考え方と申しますか、それがまあもう一つ積極的にございまして、環境をよくすると、つまり福祉の向上をはかっていくというような、公害問題から環境問題へというふうに世界の流れも変わっております。したがいまして、そういう意味からこれを見ますと、地域開発というのは何も産業優先の地域開発というわけじゃなくて、やはり人間の住みよい環境をつくると申しますか、これはまあ産業も含めましてそういう環境を積極的につくっていくと、それから自然とか文化財を守っていくと、そういうような立場からそういった問題を計画的に考えていくというふうな読み方をしますと、これは私は適切な表現ではないかというふうに考えるわけでございますが、いまのところまだ流れが変わってまいりまして、まあ考え方もその場所場所、それからその時点時点でかなり変化があってしかるべきものじゃないかというふうな気がするわけでございますが、そういう意味でいまのところは私がいま申し上げましたように理解をしていただければ、学習指導要領はもちろん時代の変せんに応じて直さないというわけじゃございませんけれども、こういう文章でも指導のし方によりましてその場その場でその適切な方向に持っていけるのじゃないか。それから中学校のほうで、「国や地方公共団体」、それから「個人や企業」と出ております。確かに、個人と企業の問題は御指摘のとおりだと思います。ただ、個人という場合には、これはもちろん原因者としての個人ということでございまして、われわれ直接責任のない者にまで、広い意味での社会的責任があるかのようなことではなくて、これはもう端的に、原因者である個人あるいは企業、そういうものの社会的責任を感じるということであろうと思います。この場合に、この文章を直すかどうか、両方につきまして御指摘もございますけれども、これは、私どもも決していつまでも直さぬというものじゃございませんので、検討をさしていただきたいというふうに思います。
#16
○安永英雄君 最後に公害問題で、私は、いまも問題に取り上げましたように、これだけの公害についての一つの区切りが出ている。いまからまたこれを契機にしてやっていく。しかも、これは現在の国民だけじゃなくて、将来・未来にわたってとにかくやっていかなきゃならぬ。それが学校教育の中で取り扱うという場合には、私は、たとえばいまの公害という問題で特に取り上げるのは、社会科の小学校では五年生、それから中学校では大体高年的分野ですから三年だろうと思うんです。これは中学校で、いろいろ二年になったり三年になったりすることはありますけれども、高年的な分野で取り扱うということなんですけれども、私は、やはり各学年を通じて、小学校であれば一年から六年まで、中学校であれば一年から三年まで、各学年ごとに公害という問題については教えていかなければならない。もちろん、いま、そういうあれはないから、保健体育の時間の保健の時間に公害の問題も取り扱うとか、あるいは理科の時間に取り扱うとか、家庭科の時間に取り扱うとか、いろいろ、またそれはあると思いますよ。あると思うけれども、やはり私は、各学年を通じて一貫した、学年段階に応じて科学的な、系統的な一つの指導というものができるような、公害学習というものができるような一つの形態というものがこの際必要ではないか。それが、いまみたいに社会科だけということで、私は言っているわけじゃないんです。この点は、やっぱり各学年を追って系統的に、五年生のときに、小学校六年のときに公害という問題を集中的にやる、中学校では三年のときにやる、こういうことでは、私はとてもいまから先追っつかないんじゃないか。先ほど大臣がおっしゃったように、大学においてもやはり学部・学科というものはつくらなきゃならぬような時期になってきておる。だから私は、一つの系統というものをつくって指導をさせるような体制というのが必要ではないかというふうに考えますが、その点どうですか。
#17
○政府委員(岩間英太郎君) 先ほども申し上げましたように、子供の場合には十年、二十年の社会をになっていく者たちでございますから、そういう時代に必要な基礎的な知識を与えるという意味で、私は、人間の尊重、それから住民福祉の向上というふうな基本線に立って基本的なことを教えていくというのは大事だと思います。その場その場、そういうことを教える際に、こういう問題も取り上げていただいて私はけっこうだと思いますけれども、やはりどっかにポイントがございませんと、全教科で、全学年でやるんだということは、極端な例を申しますと、どこでもやらないというのと同じに取られる場合もございますので、これはむしろはっきりして、小学校ではもう五年ぐらいの段階になればものごとがだいぶわかってまいりますから、それから中学校では三年、卒業のまぎわを中心にしてこういう問題を教えるというのは、私は、意味があるんじゃないかというふうな感じがしております。しかしながら、こういう問題につきましても、いろいろ、だいぶ変化もしておりますし、それから、いろいろな御意見があって私はよろしい問題じゃないかと思います。そのとらえ方につきましては、私どもも、もう少し研究をさしていただきたいというふうなことでございます。
#18
○安永英雄君 それじゃ、いまのおっしゃった点は研究してもらいたいと思うんですけれども、これは坂田文部大臣のときに出た。このときに、私ははっきり念を押して、議事録に残っておりますけれども、そういったいま研究期間中、いわゆる水俣公害裁判を受けて、全国的には非常に生徒・児童も関心を持っておる。これについてはどうしても教えなければならぬ。こういった点について、これは各教科で、いろいろな点でこなしていって、これは、もうとにかく、それぞれの学科で、それぞれの教師が児童に対して創意・くふうで教えていくべきだという大臣の話がありましたが、そのとおりに進めてよろしいですね。
#19
○政府委員(岩間英太郎君) 先ほど申し上げましたように、あんまり事象事象でこまかいことに入るとかえってわかりにくくなる場合もあるかと思いますけれども、基本線を踏まえまして、人間尊重、それから住民福祉の向上というふうな観点から、こういう問題を子供たちの発達段階に応じてわかりやすくお話しいただくということは、これはけっこうだというふうに考えるわけでございます。
#20
○安永英雄君 これは問題ありますけれども、私はそれだから必要だと言っているので、研究は進めたほうがいいですよ。これは大臣もおっしゃったんだけれども、この点はそうゆっくりされないですよ。私は、今度の公害裁判で、それぞれの地域と、こういった熊本県に起こったから熊本県だけではだめなんですよ。これはもう全国的な問題なんですよ。これは、一つの系統を持った将来にわたっての子供のしっかりした公害に対する態度というものを涵養していく場合には、ぽこんぽこんといまおっしゃって、これでよろしいんじゃないかな、それは研究しましょうでは、私はいかぬと思う。まだ言いたいことはありますけれども、検討すると言われました、その期間中はさっき言った態度で進むということですね。
 次に、この前の自衛隊の子供さんの問題で質問があったわけです。私は、それはそれなりに、文部省の立場というものは理解できるし、これは、自衛隊防衛論と、こういったものと自衛隊隊員個人、ましてや子供の教育という問題とは、これは、基本的人権の問題からいっても、文部省としての立場というものはある程度わかる。ただ、一番最後に大臣が答えられたので多少教育行政の問題の基本に触れるような問題がちょっと出ましたから、私は、ちょっと、もう一回ただしてみたいと思うんですが、それは「いわゆる日本は独立国であって、みずから国を守る、こういうことについて学習の場において理解させることについて私は努力をしたい、そしてみなが協力し、責任を自覚するというふうなことは教育基本法の中にも示している」このことなんです。これは、だから自衛隊のあの問題とは別の問題として私はお聞きしたいというふうに思うわけです。
 そこで、この「国の防衛という問題について学習をさせることに努力をしている、そしてこれが教育基本法に示されている」という点について、大臣にもう一回、その点、どこをさして言われておるのか、お聞きしたい。
#21
○国務大臣(奥野誠亮君) 戦前の超国家主義的な教育、それを反省して、戦後におきましては、国とか社会とかいうことばがタブー視されるような時代があったような気がするんでございます。そういうことを踏まえて、私は先日の御答弁は申し上げております。私はこの教育基本法のことを持ち出しましたのは、教育基本法の中に平和的な国家の形成者として、心身ともに健康な国民を育てあげていくんだということが掲げられておるわけでございます。国家の形成者として、やはり、みんながこの国をつくっているんですよと、みんなの国なんですよと、だからこの国を愛する心情、これはやっぱり学校教育の中においても育てていかなきゃならないんじゃないかと、こういう気持ちで申し上げているのでございます。
#22
○安永英雄君 そうすると、教育基本法の前文、それから第一条、これに平和主義というものが書いてあります。それをさして言ったんだと、こういうことなんですね。その前にちょっとお聞きしますが、いまのあなた自身もおっしゃったようにこの教育基本法の制定、二十二年に制定されたわけですが、この時点における考え方というのは軍国主義、国家主義、こういうイデオロギーを普及することを厳禁する、それから軍事教育、教練、団体訓練もあわせて禁止をする、あるいはその反面、基本的人権の思想に合致する諸概念の享受、実践の奨励、こういう目的でもってつくられたことは事実であります。ただ問題は、それ以降いろいろとこの二十数年の間にやはりこの教育基本法を否定する、あるいは変えていこう、こういう動きもあったことも事実なんです。たとえば二十六年に教育制度改革に関する答申、これは政令改正諮問委員会等から出たこともあります。そして教育基本法をゆすぶったこともあるわけです。あるいは天野元文相あたりは教育勅語にかわるべき道徳要綱を国民実践要綱の形で出したいなどと言って物議をかもしたこともあるわけです。あるいはまた三十七年、これは非常に重要なことであったんですが、三十七年の五月の十一日に政務次官会議において防衛庁が学校教育に関する要望書を提出している。そして国を守る気概、そして軍事教練、こういうこともやってもらいたいという要望を出して物議をかもしたこともあるわけです。しかし、いろいろあったけれども、この教育基本法それ自身を変えたあれはないんです。やはり、二十二年に新憲法に基づいてつくられた画期的なこの基本法というのはこれは不変なものです。どう社会が変わろうと不変なものなんです。そこで私は、この学習指導要領、学習をさせるという立場ですね、文部大臣が、この点についてどういうふうな、いわゆるいまおっしゃったように社会の形成者、この一員として国を守るということをどういうふうにして学習をさせようというふうにお思いになるのかが私は非常に問題なんだと思うんですね。この点どうですか。
#23
○国務大臣(奥野誠亮君) 学習指導要領の中に国を愛する心、国を守る心、そういう情緒を育てていく、それにはやはり過去の日本の歴史あるいは地理、そういうことを学んでいく、その中に自分の置かれている環境というものを自覚する、自然にこの環境を守っていかなければならないという気持ちが育て上がっていく、こう思うわけでございます。同時にまた、だんだん成長していきますと、国を守る仕組みとして国際的には国際連合がございましょうし、日本は日本なりに自衛隊を持っているでございましょう。そういうふうな仕組みというものもやはり知識として授けていくということはやっぱり必要なことじゃなかろうかと、こう考えておるわけであります。
#24
○安永英雄君 一番最後におっしゃったそこが問題なんです。だから私は、その前段の国際連合その他の問題についてはそれはもう何も問題はないと思うんです。いわゆる日本というものが平和主義を貫いていく、そのためには、こういう機関があるんだということを教えていくことは問題ない。いわゆるこの前の質問の自衛隊から出てきた問題だから私はことさらに一つの問題だと思ってお聞きをしておるわけですよ。まあこれはいまいみじくもはっきり言われたんですが、日本が自衛隊を持つということについて教えるんですか、そのことを。いわゆる国を愛する、そのことが防衛論、防衛、そして自衛隊、こういう結びつきの中であなたは学習をさせる、こういうふうにおっしゃったんですか。そこのところが問題なんですよ。
#25
○国務大臣(奥野誠亮君) 子供が成長してまいりますと、国のいろんな仕組み、警察もあれば自衛隊もあれば、あるいは裁判機関もあれば国際連合の組織もある、こういう客観的な事実、これを私は知識として教えるべきじゃないだろうか、かように考えておるわけでございます。
#26
○安永英雄君 客観的な事実というのはどう教えますか。たとえば、自衛隊の問題についてあなたは生徒児童に対して学習の場で自衛隊というものはどういうものなのだというふうにして教えていくのですか。
#27
○国務大臣(奥野誠亮君) 客観的な事実としては陸上自衛隊、それから海上自衛隊、航空自衛隊がございます。それの勢力も明確になっているわけでございますので、これは自衛のためのものとしてこういう仕組みがある、国内的な治安を維持するためには警察がある、やはり対応して客観的な事実を教えますほうが正確な判断力が養われるのではないだろうか、かように考えるわけでございまして、多くの教科書の中にはやはりそれも掲げられているのではないだろうかと思っているわけでございます。専門家でございませんけれども、それはおそらく当然そういうものがあるだろうという前提でお答えをしているわけでございます。
#28
○安永英雄君 客観的に陸上自衛隊、海上自衛隊、いろいろある、いわゆる自衛隊の組織、それから兵力そんなことを客観的に教えるという、何でも客観的に教えればいいということじゃなくて、それを教えるためには、自衛隊というものはどういう性格のものか、日本の平和、憲法九条、こういった関係で自衛隊というのはどうして存在しているのだ、ここまでいくわけですか。当然それは兵力とか、編成とかいうものを客観的に教えるということじゃなくて、自衛隊というものは国の防衛、国を守る、この問題については自衛隊というのは当然である、これが国を守っているのだ、そのためにこういう編成があるのだ、こういうふうにして教えるのですか。あなたは教えようとされておるのかどうか、ここが問題なんです。国連まではいいのです。
#29
○国務大臣(奥野誠亮君) 自衛隊ということは違憲論もあることでございますので、たいへんお気にさわることだということはよくわかるわけでございます。あえてこういう問題になってむしろ恐縮な感じがいたします。いたしますが、やはり警察力というものはどういうものであるか、そうすると、自衛隊というものはどういう意味で存在しているかということが客観的な事実としては出てくるのではないだろうか、こう考えるわけでございまして、それをことさらに軍事的な発展といいましょうか、軍国主義的な思想といいましょうか、そういうものに持っていくことはこれはもうつとめて避けなければならない、こう思うわけでございます。しかし、国を守っていくために、現在はどういう仕組みになっているか、それは客観的な事実として私は教えることはこれは当然じゃないだろうか。まあ多くの裁判に自衛隊ということばが出てきているようです、いま聞いてまいりますと。それは不当だ、不穏当だというわけにまいらないのではないだろうか、こんな気持ちでおるわけでございます。
#30
○安永英雄君 客観的なものを子供にどんどん教えていくということになれば、これは支離滅裂、文教行政教育成り立ちませんよ。時事問題とかなんとか限られた問題なら別として、あなたのおっしゃるのは、まず国を愛さなければならぬ、国を守らなければならぬ、その発想の中で自衛隊ということばが出てきたわけです。そうすると自衛隊というものの性格、はっきり言えばいま政治レベルで国を守る、守るにはいろいろの方法がある、政党次元ではわが党としてはとにかく軍隊を持つべきではない、軍備を持つべきではない、このことが日本の平和、国を愛するもとなんだという、自民党としては専守防衛なんだこういった自衛隊、こういったものを持ったほうが日本の平和には寄与する、これは政治レベルでは分かれた意見なんです。あなたも自民党員だから、それはね。その問題と切り離して、大臣が、国を守る、そのためには自衛隊というのは必要なんだと、必要だからこういう編成があるのだという、こういう教え方をしなければそれは学習じゃない、自衛隊とは何なのかというところまで、これは当然学習としてはいかなきゃならない、これを学習さしていいのかどうか、私はいけないと思う。大臣としてこれは言っちゃならぬことばだと思う。自衛隊って何ですかとこう聞かれたとき、自衛隊は空軍と陸軍と何とかとあると、兵力はこれくらいだと、こういう形ならいいけれども、教育の場所において、とにかく国を守る、国を愛する、そのことはもう憲法九条の解釈をめぐって、いろいろ論争されておるけれども、あなたの立場として、ここにはいわゆる自衛隊というものが国を守るのだ、この自衛隊というのは攻撃じゃなくて守る、専守防衛なんだと、ここまで言って教育的な取り扱いということがあるわけなんです。それをやろうとおっしゃるのか、言いかえれば、日本の防衛論というものを、防衛という問題について教育の中であなたはこう持っていこうとおっしゃるのか、そこらを私はお聞きしているわけです。どうも先ほどから言えば、そういう問題についてはまだ考えていない。ただ、自衛隊というのは、目の先におる、これ何ですかと聞かれりゃそれはこういうことを教えるという、現象画を教えると、こうおっしゃるけれども、現象画というのは――教育の問題については現象画とその性格、その基本となるものについては、これは当然関連がある。そういうことをされては私は困るというふうなことでお聞きしておるわけです。どうなんでしょうか。
#31
○国務大臣(奥野誠亮君) 憲法の規定をめぐりまして、いろんな意見が対立してたいへん不幸な事態だと思います。しかし、一応その憲法に基づいて法律が制定されて、その法律の中には自衛隊法というような法律もあるわけでございますので、そういうものを踏まえて教科書の中で自衛隊というものがある、自衛隊はどういう仕組みになっているか、それを教えることは私は悪いとは言えないと、こう思うわけでございます。やはりみずからが国を愛する、その心情をつちかっていく、そういうもとで、みんなが国を守っていかなければならないんだと、その仕組みには警察力もあれば自衛力もある、あるいは国際連合のような仕組みもある。そういうことを教えていくことは、やはり国を守る知識、それがつちかわれる、それも必要なことじゃなかろうかと、こう考えておるわけでございます。
#32
○安永英雄君 学習の問題はあまり大臣お知りにはならぬと思いますから、局長どうですか。国を守るという問題あるいは平和主義、教育基本法に書いてある平和という問題について、自衛隊の問題を教材にして学習するようになっていますか、どこに出ていますか。
#33
○政府委員(岩間英太郎君) 平和は国家を維持していくというためには、これはいわゆる軍備の問題もございましょうけれども、それ以外にその国の経済だとかあるいは国民の国を愛する気持ちだとか、そういうものが私はむしろそういう兵器や何かよりも大事な問題でおそらくあろうと、平和国家を維持するために。そういうふうなことでございますが、いまの自衛隊の問題につきましては、大臣からもお答えいたしておりますように、これは国の仕組みの中の一環として教科書等では扱っておるわけでございます。たとえば中学校の部類にございますが、これは憲法九条の解釈に関連したものでございますが、「この第九条の条文解釈をめぐって、侵略のための軍備はいけないが、自衛力まで否定されてはいないという意見と、自衛のための軍備も許されないとする意見とがある。実際には、国土の安全を守るために自衛隊が存在している」というふうな客観的な教え方というのは、当然これはあってしかるべきじゃないかと思います。
#34
○安永英雄君 そこなんですよ、文部大臣。私もいまのところを把握しているのですがね。これは大臣お考えになっていただきたいと思うのは、いまの教材として取り扱う場合には、教育基本法の八条、この精神みな受けている、これは、政治教育のところなんですよ、だからいまも言ったように国を守るというのは、いまのところ大体こういう考え方、こういう考え方があると、並列をして教えなきゃならぬわけです。これは国を守るといった立場で、いわゆる国の防衛という問題については、そういう軍隊を持ったり自衛隊を持ってはいけないという考え方と、自衛隊を持って国を守るんだという考う方とありますと、そこのところで、どちらがほんとうなんだと教えては、教育二法や八条に違反して、教員は法的拘束を受けて、現に福岡の柳川高校では先生が三人首切られたですよ。そのとおり教えてないで、こちらだと、あるときの授業のときに言ったと、こちらだと片寄ったことを言ったというんですよ。だから自衛隊という問題について、国の国防という問題について教えるときには、教育基本法の八条の精神に基づいて、やっぱり国を守るのには、そして国の平和を保つには、こういう意見、こういう意見というのがありますと、これでなけりゃならぬわけです。その点を、あなたの場合では国連まではよかったわけですけれども、自衛隊というのを教える教え方については、いま局長が言ったとおりなんです。わかっているでしょうか。大臣、何か考えがあれば伺いたい。
#35
○国務大臣(奥野誠亮君) 平和愛好の国民でなければならないと思います。したがって、また自衛隊の組織でありましても、これを基本にして侵略的な気持ちを起こさせる、そういう教育は厳に戒めなきゃならないと思います。しかし、日本は自衛隊という組織を持っているんだ、現にあるんだという、この客観的な事実が、私は教えられてはいけないということは適当でない、こう考えているわけでございます。
#36
○安永英雄君 私は、その取り扱いについて、学習の場所にくると、いま局長が一部分を紹介したような形で教えなければならないということを大臣が認識されればそれでいいわけです。現に自衛隊があるという問題について取り扱う場合には、自衛隊という問題については、この自衛隊がいないほうがいいんだと、おるほうがいいんだと、こういう意見があるんだと、こういうふうな中で自衛隊というのを客観的に教えていくんだったら、その範囲ではけっこうなんだ、こういう取り扱いをすべきだというのが教育基本法なり、あるいはそれを受けての指導要領の精神ではないかというふうに私は考えておるわけですが、その点どうですか。
#37
○国務大臣(奥野誠亮君) 学習指導要領にどう示されているか知りませんけれども、学習指導要領を基本にして教育を進めてもらえればしあわせだと、かように思っております。
#38
○安永英雄君 私は、ちょっと大げさに取り過ぎたかもしれないけれども、多少この前の人の質問で、あれでぎょっとしたので、かつてやはりそういった論を振りかざしていって教育基本法ゆすぶったり、教育基本法を変えられないでも、教育基本法を否定するような他の法律をつくって操作していくというふうなやり方をやった時期もあるわけなんです。私は、今度の大臣なかなか元気だから、防衛論を国会の中に持ち込んで、教育の問題については教育基本法でも改正して、そしていまみたいな防衛論を持ち込むのかと思ったから心配したんですけれども、いまの考え方であれば、別にそういう遠謀深慮もないようですから……、ただ、私は申し上げておきたいと思うのですがね、これくらいにしたいと思うのですけれども、この平和という問題について教える場合には、公民的分野の中で、中学校では日本憲法の基本的原則というものをどう教えるかという問題で、この基本的人権の尊重、国民主権及び平和主義の基本的原則を理解させる、ここが限度なんです。いわゆる平和主義の基本的原則というのは何かと、この問題を教育的に取り扱うのが限度であります。あと政治的な問題の次元を教育に持ってくるときには基本法の八条を全部通さなければならぬわけです。それだけは、私はぜひ申し上げておきたい。そうしないと、一国のやっぱり教育行政の責任者が、そういうことではなかったかもしれないけれども、いまからとにかく自衛隊というふうな問題について理解をさせ、それを学習の中に取り入れ、教育基本法にもありますとなるとぎょっとするでしょう。これはそういうことでないということわかりましたから、私はこの点は御注意を申し上げておきたいと思います。そうしないと国論が分かれたり、政治レベルの問題ではいろいろな考え方があるわけですから、それを教育に持ち込むときにはよほど慎重にならなければならないと私は思うんです。この点、今後こういった発言があるときにはひとつ御注意を申し上げておきたいというふうに思います。これは、時間をあまりとりたくないのですけれども、大学の定数の問題について、これでお聞きしたいのは、ごく最近私はちょっと奇妙な感じになるんですが、大学の定数の問題です。国立大学のほうを見ますというと、定数に満たないという大学の入学数というものを満たせというふうな文部省の指導があっておるように新聞報道で聞いておるんです。この実態はどうかという問題、これは、毎年か、ことしだけのことかどうかという問題。反面、私立大学のほうについては定数があるにかかわらず、ひどいところは二倍ぐらいとって定数なんか無視して入れている。国立は定数に満たない、こういうやり方をしている。私立のほうはむちゃくちゃにとにかく水増しして入れている。私立と公立の差はあってもこういうことがあっていいものかどうか、私はふしぎでならない。この点について国立のほうのそういった事情が生まれてくる理由と実態について、あるいはとられた手だて、その結果についてお示しを願いたい。
#39
○政府委員(木田宏君) 国立大学の入学定員は、現在のところ大ざっぱに言って、総数で七万ちょっとあるわけでございます。最近の数年の動きを見ておりますと、全部合わせまして、三、四%程度定数に対して実際の入学者が足りないというような状況が起こってございます。これは幾つかの理由があるんでございますが、その一つは、ある大学の入学定員がかりに五百とか六百とかいうふうに、総数ではございましても、入学者を学部学科別にとってまいるわけでございます。学部学科別に一学科四十人、小さい学科では一学科二十人というような定数の定めがありまして、で大体学科ごとに入学者をきめていくというふうな処理をいたします。その際に学科によって入学希望者の希望の動きと、それからまたその入学者の層とがかなり違うという問題等がございます。したがって、ある教育学部でも、あるいは工学部でもそうでございますが、合格者をきめようといたします際に、教授会で学科ごとの、四十名なら四十名をとります際に一点差で広げると非常にたくさん超過してしまう。よって三十八名のところでとるというような学科が出てくるわけでございます。また、同時に、他の学科と横に並べてみましたときに、志願者の状況とか、それから試験の成績等から比べまして、学科ごとの入学区分がございましても、とってみると学科間のアンバランスがあまりにもありますために、ある学科では四十名とるところをとうてい三十名以上とれないというような問題が起こってまいります。したがいまして、これらを積み重ねてまいりますと、結局学科ごとに増すという要因があまり出てまいりませんで、減という要因が累積してくるというのが一つの現象でございます。もっともこれも大学によって全部の大学が全部同じような状況というわけでございませんで、ある一期校の大学は、入学定員六百近いのに合格者を九百ぐらい発表いたします。しかし、地方大学であるとか、いろんな諸条件がありまして、実際に合格しますのに三百以上目減りするという現象も起こってまいります。そこで、繰り上げ補充等のいろんな心準備をしておりましても、その大学の予測と非常に大きく違ってしまうといったような場合に、目減りがひどいというような学校も出てくるわけでございます。こうした数がある程度特定の大学に片寄るという点はございまして、数年来注意を重ねてきておったところでございますが、今回もまた学校によりましては若干著しいものが、ございまして、全般的に大学当局の注意を喚起して、願うことならばすみやかに是正の措置あるいは補てんの措置をしていただきたいということで通知をいたした次第でございまして、実際に入学式をやってみませんと、現実に何名来たかということがわからぬもんでございますから、二期校の入学式の多少あとになった点もあるんでございますが、国立大学について注意をいたしたところでございます。私立大学につきましては、御指摘がございましたように、定数をかなり上回っていたします。これは一面ではそれ相当の、これまた学校によってでございますが、目減りがあるということを予測しましてたくさん入れておいて、減り方が少ないというような要素のことも実はあるというふうに聞かされるのでございますが、しかし、ある程度大学の運営上のことも考えてじゃないかと思いますが、全国の統計をとってみますと、入学定員に対して五割以上全体的にも実員が多いというような状況に相なっております。五割以上多い。いまちょっと正確なデータをあれしておりませんが、入学者がたとえば四十七年で五十二万人大学に入っておりまして、私学に四十二万ほど入ったかと思っておりますが、入学定員が三十万を割っておるはずでございます。かなり入学者の数が全体として多くなっておるというようなことがございます。この著しいものにつきましては、個別に指導するあるいは設置直後の大学につきましては、視学委員あるいは大学設置審議会の関係者等が出まして、大学の充実、定数の維持等について注意を与え、また、書面でも注意を促しておるというのが実情でございます。
#40
○安永英雄君 国立のほうの問題は、そういった指導ができるわけですが、私立大学のほうのこの実際の水増し数、定員定数からオーバーしている分というのはつかめないのですか。いろんな事情もありましょうが、こう言うのですが、それはつかまないでこの行政できますか。
#41
○政府委員(木田宏君) 国立は同時に文部省が設置者としての立場もとっておることでございますので、個別に、定数管理につきましても設置者として当然の指導をいたさなければならぬと思っております。私立大学につきましては、大学の設置を認めました際に、所定の定数で所定の教官が配当をされておるということで学部の認可等をいたしておるわけでございます。で、その後の運営は、学部の新設等に至らない学科の拡充・改組でございますとか、定数の改定等は届け出制度であるという運用になってございまして、私どものほうに一応学科の新設あるいは定数の増員等につきましては届け出をちょうだいするということになってございます。で、その個々の大学がどのように入れたかということは、結局指定統計によりまして一般的な実態を把握するほかは、個別に視学委員あるいは設置審議会の委員等がきめて視察に参りました大学について、具体的にその実態がわかるという実情でございます。
#42
○安永英雄君 私は、予算委員会で松本歯科大の問題でいろいろ申し上げたわけですが、大臣ははっきりと、ああいった事件が起こらないようにやっぱり法的な措置等も検討してきちんとしたいということをおっしゃっておる。私は、この点は期待をしておるわけでございますけれども、第一、松本歯科大自身が定数百二十――これは届け出制かどうかは、そんなことは、届け出制だからあまりそう責任のないようなことをおっしゃっておったんですけれども、それはそれとして、届け出制であろうが認可制であろうが、定数というものをきちんと認可した――届け出てあってもそれを許したといったら、それの実態がどうであるかという、そういった追跡調査なり何なりはきちんとやるべきだと私は思うんですね。ところが、今度でも――去年が大体百二十に対して百九十五人、七十五名の水増しをやっているわけです。そして大体私の推計では、これはこの中で一千万ないし二千万というものを取って、全然この設立資金というものはゼロなりマイナスから始まっておる。マイナス一億と言われておる。借金で建てといて、そして大体これは二年――これだけの水増しをしますと二年で大体片づくんですよ。私は、大体こういったすきをつくるところに問題があると思う。これはこの前申し上げてなかったから、私は、ぜひひとつ、届け出制であろうと何であろうと定数の確認というのはきちんとやるべきだと私は思う。そうしないと、個々の数のサバというものは非常にルーズになっているというところに目をつけて、そして裏口入学はおもにこの水増しした数なんですよ。百二十人で掛ける二千万ではとてもやっていけないということで、そして七十五を去年は増加しておる。ことしもまたもや七十八名水増しをしておるということが明確になっておるわけです。これは、松本歯科大みたいな不正事件を起こす一番起点になっておるのが文部省のこの定数のルーズなつかみ方です。監督が行き届かないというところで、たとえば、一千万ということであれば大体一応の欄内に入れます。二千万出せば確実に入れます。こういうことで、実力で通ったものが大体そのうちの半分ぐらいで、あとの半分は大体そういうランクによって入ってくる。そして、手持ち資金はゼロであっても二年ばかりすると大体設立者の土地も建物もすべてが自分のものになっていく。こういういわゆる学校屋というものがはびこるところがここにも原因があるわけです。たとえ、私学にいろいろな事情があるということをおっしゃったけれども、事情というのは、大体、おもに私学の経済的な事情ですよ。とにかく、経済的な立ち行きというのが苦しいので定数外を押し込んでいって、そして裏口入学をさして、そこから膨大な入学金をとって経営を立ち直らしていこうと、これで維持していく。だから、一年に一回の入学試験そして入学、この間に入ってくる寄付金あるいは裏口でどう渡したか知れない不正な金、こういったもので成り立つということを認めたらこれはたいへんなことですよ。そのためにも、私は、ぜひとも、この数の確認ということはきちんとやるべきであって、任意でやって、たとえば、百二十というのを百九十五といえば、あれでしょう、百九十八の定数を文部省のほうに持っていってこれで認可をしてくださいと、届け出制だからそうやっておって百九十八というのを入れるということだったら一つの筋が通りますよ。これはみなやっていますか。届け出というのは百二十でやって、百九十八の届け出はないわけでしょう。これは一つの例ですけれども、私学の関係で。届け出制であれば、たとえば、ことし、経済的な問題があったり、あるいは施設の拡充もできた、こういう関係で、両々相まって定数は、ことしは、来年はこれだけにしますというのを認可しておって、その範囲でとっていけば、問題は、私は一つの筋と思う。これは実態はどうかわかりませんよ。この基準はまた要ろうと思う。生徒一人当たりの校舎の面積その他の問題も基準があるんですから、何も狭いところに押し込んで授業するということは許されないことです。認可制であっても届け出制であってもこれはきびしいあれがあるはずです。そういった点はどうなんでしょうね。
#43
○政府委員(木田宏君) 各大学の定数、学生の入学定員というのは、定員としての届け出はございます。しかし、毎年毎年何名入れたかというのは、個別に調査をいたしますほかは指定統計によって一般的に実態を把握するほかはございません。たいへん残念でございますが、歯の関係は松本だけでなくって、全体を通じまして定員に対して六、七割の増という姿になっております。これは松本がいいというわけではございません。ほかもみんな直してもらわなければならない実情であるというふうに私ども実態は承知をいたしております。そして注意を喚起いたしております。特に、新設の医科大学に対しましては、毎年、その実情の報告を求めまして所定の整備状況を把握し、また、こうした定数に対して実際の入学人員が過剰であがという点については注意を喚起いたしておりますが、現在の文部省の置かれております立場では注意をすること以上の措置はとり得ないのでございます。で、数年来いろいろ御指摘がございますし、全般的にも特定の大学だけでなくってかなり是正を必要とするのではないかという実態もありますので、大臣が予算委員会でもお答えになりましたように、定数の管理について何かくふうを考えねばならぬのではないかということを痛感しておる次第でございます。
#44
○安永英雄君 私は、大臣がおっしゃったように、法的にもう少しきちんとするというので、定数の問題も一つの検討事項の中に入っておるとすれば私はそれでけっこうだと思います。早急に出してもらいたいと思います。たとえば、私は、一つのあれですけれども、私学財団のいわゆる経営費の補助、これの分配については、一応、あれでしょう、教員数、これで分配しておるようですけれども、実際はこれはやっぱり何といっても学生数、これあたりがやっぱり加味しなければうそですよ。この点は、私はあの分配については多少疑問がある、こう思います。生徒数に対して何人の教員という形にいってないんです。水増しのほうはどんどんどんどんむちゃくちゃに水増ししていますからね、教員と学生数というものとの率は、どこの学校も違いますよ。水増しをうんとしとるところと。それをせっかくの国からの補助金、経常費の補助を出すと。この使い方が非常にあいまいという点については、これは重要な問願ですよ。私は、一つとりましてもね。私学財団のこの経常費の、補助費の配分というものも、どうしてもやはり生徒の数、いわゆる定員と実数というものをはっきりつかんでやらないと、これは非常に不公平が出てきますよ。この点あたりにもくふうが要るんじゃないかというふうに、これは参考にまあ検討するということですから。これあたりはしかし、別の問題も生まれてきますよ、いまから先。私学に対する国の助成という問題について、生徒数のほうはどのくらい入っているのやらつかむことができない。大体考えてみると、五割増しぐらいしていがと。この五割増しの把握など私は非常に問題だと思うのですがね。大学局長のほうから、五割増しぐらいいっとりましょうと、こういうふうな言い方は、これは質問したから答えざるを得なかったんだろうと思うけれども、これは一割とか何分とかいうならともかく、どしんととにかく五割ぐらいは増していましょう。という見通しがついておるならば、これでばたばたせぬ局長はちょっとおかしいと思うのだけれども、平然とかまえて、いろいろな事情があるでしょうと、こう答える。これは許されないですよ、実際いうと。国の税金を、私学が苦しい苦しいというけれども、その配分について、これは私は早稲田とか慶応とか大きながっちりしたところと、それと松本じゃないけれどもね、あるいはかっての芝浦工大じゃないけれども、五百の定数の中に千も入れて、倍も入れておいて、そしてやっているというふうなところとの間におけが、国から出ている助成費が、生徒数は全然関係なしに教員だけの数で配分しているというのは、これは私学内でもいまでも問題があるんですよ、ぶすぶす言っていますよ。正直にきちんと文部省に報告しているところと報告していないところと、これの率の点が非常に違うということで、せっかくこの国会で決議して財団をつくり、国がほんとうに本格的にいまから私学を助成していこうというこのルートは私学財団一つでしょう。ほかにないんですから。ここらあたりをすっきりやっぱりしておく必要があると思う。そういった点でひとつ検討願いたいというふうに思います。
#45
○政府委員(木田宏君) 担当政府委員がちょっと来ておりませんけれども、いま御指摘がございました私学振興財団の経常費の配分基準、補助金の配分基準におきましては、学生定員と在学生との関係等はかなり大きな補助金算定上の要素として考えております。また、本務教員数と在学学生数との関係もその重要な要素として考えておりまして、極端な水増し入学をさせているものについて、その学生数に応じ、あるいはまた定員に対して極端な水増し入学をさせているものとかあるいは独自に教員を多数入れておるからということだけでその実態を補助していくということはしてないはずでございます。いずれ今後のことを考えます場合に、いま御指摘のございましたようなことも十分考え合わせて処置を検討したいと思います。
#46
○安永英雄君 次に、私はいまからお聞きするのは、本年度の教員定数という問題についてはわが党の法律案を提案しておりまするから、その時期にもう少しただしていきたいというふうに考えていますから、主として私はいわゆる五カ年計画が一応本年度で終わり、そして、明年度から新しい定数の法律化なり何なりができるということですが、その点についてお聞きしたいと思う。まず、五カ年計画の終わった明年度からのあるいは五カ年計画としてまたさらに五カ年の区切りで考えていこうという考え方ですか、どうですか、まずお聞きしたい。
#47
○政府委員(岩間英太郎君) これは、まだ予算との関連がございますので、私どものほうで具体的に検討する段階まではいっておりませんけれども、従来、そういうことでまいっておりますので、まあ今後もそういう方向でいくというのが普通の考え方だろうと思います。しかしながら、まだ大臣ともお打ち合わせをしておりませんし、また、私どもも内々は検討しておりますけれども、具体的にはなっておりません。
#48
○安永英雄君 もう内々のところをお聞きしたいんですけれども、もうすぐきますし、またもうすぐに予算要求その他計画を出さなければならぬという時期ですし、押し迫ってやっても話になりませんので、ここで明らかにできるだけされるものはしていただきたいというふうに思います。
 そこでまず、学級編成の問題ですが。いま四十五で大体くくっておるわけですが、これを四十と、こういう考え方を私は持っておるわけです。特に、この問題は諸外国の関係を言っておれは時間がありませんから申しませんけれども、大体、理想的には二十五というふうに私どもは一応考え方を持っています。この点、一学級のくくり四十五というものを今後五カ年計画の反省としてこれを下げていくという考え方はありませんか。
#49
○政府委員(岩間英太郎君) 私ども四十五人までは、これは目をつぶってもやっていって間違いがないというふうに考えておりましたんですが、現在のところ最高の四十五人でございますので、小学校では平均して三十二・幾らと、中学校では三十六・幾らというふうな状態になっております。どの程度の学級規模がいいかというのは、これはほんとうにむずかしい問題でございまして、 まあ、子供一人一人は大切でございますけれども、やはり集団的な触れ合いと申しますか、そういうものも大切でございます。そういう意味から申しまして、どの程度までがいいかということはわかりかねるわけでございますけれども、ただ来年度以降の問題としまして考えました場合には、実は子供が第二のベビーブームで二〇%ぐらいふえるのじゃないかというふうなことが予想されております。そういたしますと、たとえば東京都のまん中のことを考えましても、いま四十五人に近い一学級をかかえておりますのが、これが子供が二割ふえる。さらに、その学級編成を改善することによって分裂するということになりましたら、現在のもうとても学校の校舎、校地の状態ではこれは子供を受け入れられないというふうな実情がございます。そういう観点から申しますと、都市あがいはその周辺全体の三〇%ぐらいの学校あるいは子供を考えますと、学級編成の改善というのはここしばらくは見送らざるを得ないんじゃないか、そういうふうな考えでございます。
#50
○安永英雄君 この二学年の複式、これを現在は二十二人くらいだと思います。これを数を下げるという考え方はありませんか。これはついでに一緒ですけれども、それが一つ。二カ学年を一緒にして複式学級にする。三カ学年ですね、これを一緒にしているというところもあるわけですが、これについては私はもう解消しなければならぬ時期だと、こう思います。私自身複式の小学校のときに過ごしたんですけれども、あれは、運のよい年と運の悪い年とありまして、隔年ごとになりますから、私なんかは世界地理習ってその次日本地理習う。戦国時代から明治までの歴史を習っておって、それで小学校の六年生になって今度は神代から戦国時代まで習うわけです。これは隔年ごとになっているとしようのないことで、もう系統も何もないわけです。だから結局先生は個別指導以外にないんです。学問の大系とか進度とか、こういったものを考えた場合にもうないんです。私はそれで、もうここで大臣からもはっきりしてもらいたいと思うが、複々式ですね、一年生、二年生、三年生を一緒にしている。これは幾ら子供が数が少なくても、これはやっぱり何といってももう、今後の五カ年計画かどうかは知りませんけれども、いまの五カ年計画が終わったら、これだけははっきり、もう解消すると。しかもこれは早く態度を出してもらいたいと思うのは、非常に僻地、離島、こういうところでは期待しているわけです。またそのためのいろんないきさつがあったり、合併の問題がしたりしていますから、少なくとも複々式の解消ということは、もう次の五カ年計画が終わったら、これはもう解消しますというぐらいは私ははっきりしないといけないんじゃないかと思うんですが、この点大臣からお聞きしたいのですが、複々式のほう。
#51
○国務大臣(奥野誠亮君) 率直に申し上げまして、さきの五カ年計画では、四カ学年以上の複式学級の解消をはかったわけでございます。次の五カ年計画を立てる場合には、三カ学年の複式学級はぜひ解消したいということを初中局長に言うているところでございます。なお千余り学級があるようでございますけれども、私も、いまのお説と全く同感でございまして、三カ学年一緒に教えていくなんということは、全く無理だなと、こういうことを部内でも言っているところでございまして、ぜひ御期待に沿えるように努力をいたしたいと思います。
#52
○安永英雄君 僻地、それから過疎、産炭地、同和、スラム街等の教育困難地域の学校に教員を増配してもらいたいという考え方があがっておるわけです。特に産炭地の教育にも私は携わったこともあるわけです。時間がありませんから詳しくは申しませんけれども、実際、この前の自衛隊の質問じゃありませんけれども、あれ以上ですよ。とにかく炭鉱はつぶれた。そして炭鉱の退職金をもらう。こうなれば、どこかに移動するという証明書がなければならない。自衛隊と同じように住民登録というのをどっかに持っていかなければならない。しかし行き先がないんです。行き先はないけれども、かってなことを言って、どっかに行っておると言いますから、出ていると言っても、それはいまの破れ果てたあの炭住街に入っているんですよ、その家族は。そのままおるんですよ。炭住街におったら、電気もあるし水道も、まあ荒廃していますけれどもまだある。そこで生活している。すると子供がかわいそうなんです。学校には行けないでしょう。みな生徒の前で、私はどっかの学校に転校しますということを親が連れてきて、そのことを芝居をしなければ退職金がもらえないから、子供の転校で、お世話になりましたと出ているけれども、その子供はよそには行ってないんですよ、事実上。前のところにおるんです。とにかく学校には来れない。こういったのが結局不良化したり、もう何か事件を起こしていくという。だから自衛隊の話じゃありませんけれども、仮入学というようなしゃれたことはあそこらじゃとてもできやしません。とにかく来なさい、学校へ来なさい、いままでどおり来なさいと言うて――給食費もちゃんと国のほうは、それは数がはじかれておればその補助金はこないんです。それで先生方が出してみたり、みんなで薄めて分けてやっておる。だから学級見てみると、大体二十人の定員になったにかかわらず、三十人ちゃんとおるんです。あとの十人はみんなでやったり、修学旅行に行きたいと言えば、――これは国から出ませんから、住民登録からはずされておるんですから。だから、これの指導というものはたいへんなものなんです。これは普通の通り一ぺんの、教室に入れてそのまま楽しい学習なんというものはとても先生はできやしない。家庭訪問をやったり、悪いことをやったのを調べたり、あるいは親の指導をしたり、あるときは家庭まで行って子供のために談じ込んで父兄と話さなければならないという、そういったのは、昔は産炭地域としての定数を別ワクで文部省考えてくれたですけれども、いつの間にか教育困難地域という中に組み込まれまして、この中であまり定数をよこさないという形になってきている、これは一つの困難地域の例です。これは私は数は申しません。いままで努力されたことは私はわかっている。事務職員にしたって、養護教諭にしたって、特別な配慮があったことはわかっているが、それでも足りません。何らかの形で、やはり教育困難地域については、次の計画の中で特別の教員増というものをやってもらわないと、これは一挙に片づく問題じゃありません。また、これは北海道あたりでも、いまの産炭地の事情からいけば当然九州方面の産炭地と同じような状態に私はなっていくのではないかと思います。永久に残りませんし、国のほうでは何だか炭鉱がなくなって、それについての補償その他の関係が終わってしまえば、産炭地の問題は何もかにも片づいたような認識に国会内部はなっているような形で、いつの間にか産炭地域対策委員会なんというのは消えてなくなりました。それはそれで炭鉱はなくなって始末はついたけれども、あとに残った子供の教育、この問題はもうずっと続いていくという認識に文部省も立っていただいて、私はこの地域における実情調査をぜひやってもらいたいと思うのです。そう時間かかることではありません、資料等も十分整えておりますから。ぜひひまのときに大臣あたりもこの産炭地の問題、九州方面にでも見えたら、ぜひひとつ筑豊関係の中の一校でも二校でもいいから入っていただいて実情を見てもらいたいし、そしてぜひともやはりそういった結果を次の計画の中に入れていただきたいというふうに思いますが、その点どうですか。
#53
○政府委員(岩間英太郎君) 私どもも、ただいま御指摘いただきましたように、かなり努力をしてきたつもりでございますし、また、各県におきましても御努力願っているところでございますけれども、いま先生から御指摘になりましたような実際の事情というものをまだ大臣にお話しするいとまがございません。私ども調査を進めまして大臣に実情を御報告申し上げまして御相談したいというふうに思っております。
#54
○安永英雄君 これは、事務職員と養護教諭の配置の問題です。これはずばり聞きますけれども、今後は必置とは私はいかないと思う、一挙にいまの場合、養成機関との関係もありますし。しかしこれは、変化がなければ私はどうしてもならないと思うのです、次の計画の中では。この点の考え方についてありましたら――養護教諭と事務職員、私はどんなことがあってもこれは差別ですよ。大きな学校でも小さな学校でも養護教諭という任務、事務職員という任務、これは学校の大小にかかわらず、ぜひともこれは整えておかなければならぬ人員なんです、定員なんです。これについて。
#55
○政府委員(岩間英太郎君) 私ども、かねてから歴代の大臣からお約束申し上げているとおりでございますので、奥野大臣にお願い申し上げまして、この点は学校教育法の趣旨に従いまして改善をはかっていくということにいたしたいと思っています。
#56
○安永英雄君 趣旨に従いましてというのは、そこが問題なんでしてね、私は坂田文部大臣のときにはっきり回答もらったのですけれどもね。この養護教諭の問題については、法律では置いても置かぬでもいいようなことになっているけれども、これは決して財政の問題ではないのです。要するに有資格者という者がおらないと、必置という形をとると法律違反になるので、一応そういった余裕を残した法律になっているんであって、有資格者というのがちゃんとそろえば、これは全校必置というものに持っていかなきゃならぬという方向はきちんといまからやりますということをおっしゃったことがある。で、たとえば長崎県にいきますというと、長崎県はあそこは離島が非常に多い。で、ここに学級規模が非常に小さいものですから、養護教諭がおらない、医師もいないということで無医村。そこに学校にもいわゆる養護教諭もいらっしゃらない。病人が出たらたいへんなことになるということで、やっと県自体で二十五名だったと思います。有資格者を県からくまなくさがしてきて、そしてこれだけの有資格者がおるんだからぜひ文部省としても認めてくれという形できたと思います。これむざんにけった。私は先ほど申しました坂田元文部大臣の考え方とこれは違反すると思う。全然長崎県に有資格者がない、どこさがしてもいないというならこれはいたしかたないかもしれませんけれども、苦心さんたんして有資格者というのを二十五名確保して、離島に本人たちも行こうということで準備してもそれを許さないというのは、私はあの約束とは違うような気がする。だから私は、養護教諭の配置については、これはもちろん養成期間、有資格者という問題との関係ありますし、これを直ちに必置ということに来年から持っていくなんということは、私自身も知り過ぎるほど知っていますから、それはできないとしても、有資格者が確保できれば、その県はその県で有資格者をちゃんと確保できたといえば、文部省はこれについては一つの基準を出しますけれども、それにかかわらずこれは認めるというふうな形をぜひ明年度から始まる計画の中で余裕のある立て方というのはできないものかと、これは決して私は無理なことを言っているわけじゃないし、また、これについて全国的に統制がとれないということでも私はないと思う。また、そういうことをやったことによって各県が努力するんじゃなかろうかと思うんですよ。何だか十二学級以上はできませんと全国的にシフトをしいてしまって、せっかく有資格者がおるところの県はそれはとれないということでは私はあの約束とはほど遠いような感じがする。事務職員にしたっても同じような考え方、多少事務職員の場合は、有資格者という問題は違ってくるかもしれませんけれども、少なくとも養護の場合はそういったゆとりのある、そして一日も早くそういったことが、一斉にいかないでも徐々にずっと各県の努力によって必置ということをやろうと思えば、国のほうもそれを認めていくし推奨するんだと、こういった形に持っていく方針をおとりになったらどうかと思うんですが、その点どうでしょう。
#57
○政府委員(岩間英太郎君) 私どもは各都道府県ごとの定数の基準というものを法律できめておるわけでございまして、各県の御事情あるいはその地域の御事情というものがある程度反映できるようにしてあるわけでございますが、やはりこれは一つの法律でございますから、全国的に統一をとってやるということがやはり不公平じゃないと申しますか、法のもとに平等というふうな大げさなことではございませんけれども、これはそういう基準をきめて国としてはやってまいりたいと思います。ただ僻地、無医村につきましては、今度の五カ年計画でも一応の配慮をしてあるということは御案内のとおりでございます。ただ、実際問題としましてある県で僻地、無医村に配置をいたしましたところが、まあ若い女の先生だものでございますから、村の青年たちが非常に興味を持ったりして途中から逃げて帰ったりあるいは補充がきかなかったりというふうなことも実際問題としてございました。はたしてうまくいくのかどうか、多少まあ御婦人でございますから心配をいたしておるわけでございますけれども、先生が御指摘になりましたように、そのいままでの方針どおり、できれば全部の学校に配置をしたいというふうな方針で、その間今度の場合にそのうちのどれぐらいがやれるかということを検討いたしまして、最大限のことをいたしてまいりたいというふうに考えております。
#58
○安永英雄君 定数の問題、最後に、これはひとつくふうをしてもらいたいと思いますが、いわゆる小学校の専科制という問題、図工あるいは音楽、あるいは家庭、体育、理科、こういった教育のためにも私はやはり専科制というものを一部入れなければならない時期がきたんじゃないかと思います。この点についてはどういうお考えか、専科制は全然将来のものとして考えていないのか、検討中なのか、これが具現するのかどうか、この点について。
#59
○政府委員(岩間英太郎君) 専科制はいまの法律のたてまえでも考えていることは考えているわけでございます。小学校で申しますと、十二学級の標準規模で三名でございますから、音楽、図工、体育、あるいは家庭、そういうものにつきまして、時間数に応じて、ある程度の配置ができるようなふうに定員上のプラスをいたしております。今後それをどういうふうにしていくかという問題、できれば私は専科教員の数はふやしていきたいという感じは持っておりますけれども、先ほどもちょっと申し上げましたように、子供が二〇%ふえますと、先生も当然二〇%ふえていくというふうな問題、それからいま過密現象がおさまっておりませんで、そのために余分の教員が要るということで、さて、はたして養成所をどの程度うまくいけるのか、そういう点も検討さしていただきまして、今後方針をきめてまいりたいというふうに考えております。
#60
○安永英雄君 現在の五カ年計画が終わって、次の計画の方針なり具体的なものができるのはいつですか。少なくとも、方針が立つのはいつごろなんですか。
#61
○政府委員(岩間英太郎君) 予算要求と同時に、私どもの方針はきまるわけでございますけれども、具体的にきまりますのは、予算がきまりましたあと、それを法律に盛り込みまして、そうして御提出する時期ということになるかと思います。
#62
○安永英雄君 それは、一応形式的にはそんなことばだろうと思います。少なくとも、 いま私がちょっと定数の問題について聞いた。それが大体文部省としてはこう考えています。こう考えていますというふうにして固まるのはいつごろですか。いまのところ言ったら、国会に出したときにお聞きなさいということで、それじゃ話にならない。いつごろきまるんですか。大体ここの委員会でそれが論議できるという時期は。
#63
○政府委員(岩間英太郎君) 文部省の方針は、予算を提出する時期でございます。それから、政府として固まりますのは予算が編成されました時期でございます。
#64
○安永英雄君 これは次のわが党が出している定数の問題について、関連して、あとの問題としておいておきます。
 最後に育児休暇の問題について。育児休暇は昨年の国会におきまして、参議院で満場一致で当委員会も通過し、参議院の本会議でも通過をして、衆議院にいって最終段階で廃案になった。こういう経過があります。詳しいことは申しませんけれども、少なくとも、この参議院で通って、そうしてどんな理由があるにしろ、衆議院で通らなかったということは、私は非常に残念に思うし、文教委員会としては、これについては非常に残念だから、ぜひともことし次の国会でこれは成立を期そうという、ここで申し合わせの決議をやったほどであります。これは詳しくは申しませんけれども、少なくとも、やはり現在の学校教育の中で、もう半数近くを女子教員で占めておる。義務制の教育にとっては、ほとんど女子の先生方がその大任を背負っておるというふうに言っても過言ではない。この女子の教員の育児という問題は、これは現在の文部省の責任でもないかもしれませんけれども、むしろ厚生省の責任かもしれないけれども、いわゆる子供を預けるとかそういった施設がない、なかなか子供を預けて学校に出てくることもできない。そのために結局は育児のために年々やめていっておるという人が非常に多いわけであります。これは文部省の計数はどうかと思いますから、私は申し上げませんけれども、女子の教員の場合に、毎年大体四千人から五千人くらいの退職者が全国的にあるわけです。そのうちの大体三分の一くらいは、これは私はいま近いうちにデータ出しますからあれですが、変わりはないんです、毎年のデータとしてそのうちの三分の一、これくらいが大体子供を生み、その育児というものに専念しなければならぬので、教員を去っていくという人が大体それぐらいおりますから、大体相当な数がやめていっておる。去年の三月時点でほとんどそういった事情の人が国会を注視したわけです。今度はもう通るんじゃないか、通ったら育児休暇を適用してもらってそうして育児に専念し、そうしてやめぬでも教職にまだ残ることができるんじゃないかと非常に期待したわけですよ。ところがいまみたいな結果になったわけです。その経過の中で、議員提案という形でずっとやっておった、だから文部省が冷淡だったというふうには私は決して申しません。文部省はやっぱり陰に陽に協力してくれたことは事実です。特に高見元文部大臣あたりの時期でしたから、非常に大臣、次官積極的にいろんな面で各方面との折衝もやってくれたし、そうして正式のこういった場所でも育児休暇の必要性については十分認めて、われわれとしてもできることを期待するということでやってきたわけであります。稻葉さんはちょっと期間が短かったものですから、この育児休暇の問題についての大臣の実績がなかった。そこで、今度もわれわれとしては、やはり議員提案というふうな形で、超党派でこの問題はぜひともやっぱり実現を期したいというふうな考え方を持っていま努力をしておるわけであります。そういったいきさつがありますが、ここで最後に、文部大臣として育児休暇という問題についてどうお考えなのか、また、この点についての文部大臣の育児休暇制度というものをつくる場合における文部大臣の決意なり、あるいはこれについての協力といいますか、協力じゃなくてこれは率先してやってもらわなければならぬと思うんですけれども、そういったお考えについてお伺いをして、私の質問を終わりたいと思います。
#65
○国務大臣(奥野誠亮君) 育児休暇の問題についての昨年の経緯もよく承知をしておるつもりでございます。また、学校教育の一貫性を確保する勤労婦人福祉法が制定されていくということ等を考えますと、私も早く制度ができ上がることを心から期待しているものでございます。いま安永さん自身がおっしゃったように、関係者間で現在いろいろ話し合いが進められておるわけでございますので、その話し合いが一刻も早くまとまるように、私もできるだけ役立つ面につきましては努力をしたい、こういう考えでおります。
#66
○委員長(永野鎮雄君) ほかに御発言がなければ、本日はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後三時二十四分散会
    ―――――――――――――
ソース: 国立国会図書館
姉妹サイト