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1972/06/26 第71回国会 参議院 参議院会議録情報 第071回国会 文教委員会 第14号
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1972/06/26 第71回国会 参議院

参議院会議録情報 第071回国会 文教委員会 第14号

#1
第071回国会 文教委員会 第14号
昭和四十八年六月二十六日(火曜日)
   午前十時十分開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         永野 鎮雄君
    理 事
                久保田藤麿君
                楠  正俊君
                宮之原貞光君
                安永 英雄君
    委 員
                金井 元彦君
                塩見 俊二君
                中村 登美君
                濱田 幸雄君
                二木 謙吾君
                宮崎 正雄君
                小林  武君
                鈴木美枝子君
                松永 忠二君
                内田 善利君
                矢追 秀彦君
                萩原幽香子君
                加藤  進君
       発  議  者  小林  武君
   国務大臣
       文 部 大 臣  奥野 誠亮君
   政府委員
       文部大臣官房長  井内慶次郎君
       文部大臣官房審
       議官       奥田 真丈君
       文部省初等中等
       教育局長     岩間英太郎君
       文部省大学学術
       局長       木田  宏君
       文化庁長官    安達 健二君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        渡辺  猛君
    説明員
       警察庁警備局参
       事官       中島 二郎君
       文部省大学学術
       局教職員養成課
       長        阿部 充夫君
       文化庁文化財保
       護部記念物課文
       化財調査官    田中  琢君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○学校教育法及び学校図書館法の一部を改正する
 法律案(小林武君外一名発議)
○教育、文化及び学術に関する調査
 (福岡県立鞍手商業高等学校事件等に関する
 件)
 (埋蔵文化財の保護に関する件)
 (教育カリキュラムと児童生徒の能力に関する
 件)
 (奥野文部大臣の発言に関する件)
○教育職員免許法等の一部を改正する法律案(内
 閣提出、衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(永野鎮雄君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 まず、学校教育法及び学校図書館法の一部を改正する法律案を議題とし、発議者から趣旨説明を聴取いたします。小林武君。
#3
○小林武君 ただいま議題となりました学校教育法及び学校図書館法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由と内容の概略を御説明申し上げます。
 御承知のとおり、学校教育の進展に重要な役割りを果たしている学校図書館は、去る昭和二十八年に本法が制定されまして以来、関係者のなみなみならぬ努力により、逐年整備されてまいりました。しかしながら、その運営の状況を見ますと、施設、設備及び資料等の充実についてもなお一そうの努力が期待されなければなりませんが、現在、最も大きな障害となっておりますのは、運営に当たる教職員の配置の問題であります。
 現行の学校図書館法では、その運営に当たる専門的職員として司書教諭を置かなければならないとされておりますが、同法の附則で当分の間これを置かないことができるとされております。そのために、法施行後二十年を経過した今日でも、全国の国・公・私立の小・中・高校総数約四万校における司書教諭は、わずか一千名弱であり、そのほとんどは兼務者であります。
 したがいまして、学校図書館の運営は、司書教諭にかわって、司書もしくは学校図書館事務職員の名称で呼ばれている職員によって行なわれているケースが多いのであります。現在、公立学校におけるこのような職員は、約二千五百名にのぼり、そのうち約千四百名がPTAなどの私費負担職員であり、これも地方財政法第二十七条の三に照らして看過できない問題となっております。
 このように、大多数の学校図書館には専任の教職員がいないこと、また、事実上配置されている事務職員の資格、身分、待遇等があいまいかつ不安定であることは、学校図書館の機能を著しく減殺しているのであります。
 そこで、この際、学校図書館の真の充実を期して、司書教諭必置の原則に立ち返るとともに、新たに、学校司書を制度化し、その職務、資格、身分、待遇、配置基準等を定めるために本法律案を提出した次第であります。
 次に、改正案の主な内容について御説明申し上げます。
 第一には、司書教諭を必置することとし、その職務については、現行法第四条の図書館業務のうち第一項第三号、第四号に掲げる事項のうち図書館資料の利用に関するもの及び第五号にかかわる専門的職務をつかさどるものといたしました。なお、法施行後三年間は、司書教諭の講習を修了しない者でも司書教諭に充て得ることを附則で定めております。
 第二は、学校司書制度の創設についてであります。まず、学校教育法の一部を改めて、学校運営に必要な教職員として学校司書を新たに加えるとともに、その職務を定めました。次に、学校図書館法の一部を改めて、その職務及び資格を詳細に定めました。すなわち、その職務については、現行法第四条の図書館業務のうち司書教諭がつかさどる事項以外のものにかかわる職務をつかさどることとし、また、その資格については、高等教育を終えた者、図書館司書の資格ある者、図書館司書補で二年以上の実務経験ある者、高校卒業後学校図書館に三年以上勤務した者などで、文部省令で定める学校図書館に関する科目または講習を大学において修めた者としております。
 第三には、学校司書の身分、給与の負担区分と給与基準、配置基準等について、それぞれ関係法の一部を改めて、新たな規定をいたしております。すなわち、その身分については、教育公務員特例法を改め、教育職員としております。次に、その給与については、市町村立学校職員給与負担法を改め、県費負担職員とするとともに、その給与の半額を、義務教育費国庫負担法に対象といたしました。また、その給与基準については、一般職の職員の給与に関する法律を改め、教育職俸給表を適用しております。次に、その配置基準については、公立義務教育諸学校における学級編成及び教職員定数の標準に関する法律を改め、六学級以上の小学校、三学級以上の中学校には学校司書を一名ずつ配置することといたしました。なお、高等学校及び障害児教育諸学校における学校司書の配置基準については、別に提案しているそれぞれの定数標準に関する法律案において定めております。
 第四には、本法律案の施行期日を、昭和四十九年四月一日といたしました。
 以上が本法律案の提案理由と内容の概略であります。何とぞ慎重御審議の上、すみやかに御賛成くださいますよう御願い申し上げます。
#4
○委員長(永野鎮雄君) 本法律案の審査は後日に行ないます。
    ―――――――――――――
#5
○委員長(永野鎮雄君) 教育、文化及び学術に関する調査を議題とし、質疑を行ないます。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#6
○安永英雄君 まず、警察庁のほうにお尋ねをいたします。
 福岡県立の鞍手商業高等学校の職員会が三月十二日に行なわれて、その中で起きたささいな問題を刑事事件として福岡県警は取り上げて捜査をし、そして六月の十日の朝、学校現場の捜索をやっております。そして、すでに書類を検察庁に送っておる事件でありますが、これについて、警察庁として事件の全貌といいますか、内容を知っておられるだけひとつお答え願いたいと思います。
#7
○説明員(中島二郎君) この事件は、福岡県教職員組合の闘争の一環とも思われますが、福岡県教員組合では本年の二月一日に県の教育長が福岡県立学校管理規則の一部を改正し、職員会議を校長の諮問機関と位置づけたこと、及び通達を出しまして校務分掌の決定を県立学校管理規則十二条に基づいて規定どおり校長がみずからの責任において決定せよと指示いたしましたことなどに反発をいたしまして反対闘争をいたしておったわけでございますが、去る三月十二日に福岡県鞍手郡の県立鞍手商業高校におきまして、午後一時過ぎから職員会議を開いて、校長がみずから決定した新しい校務分掌を発表した後、事務職員に命じてその新しい校務分掌を記載した文書を職員室の黒板に掲示させたところ、高教組鞍手分会長らの組合員が押しピンをはずしてその文書をはがし、分会長が背広のポケットに入れて持ち去ったと、こういう事案でございます。
 これに対しまして、福岡県警察では、四月七日に学校からの被害の申告によりましてこうした事案のあることを認知いたしまして、四月十三日から校長ら学校関係者から事情を聴取し、六月七日裁判所から捜索差し押え許可状及び検証許可状の発付を受けて、六月十日の日曜日午前六時七分から同五十四分までの間、校長らの立ち会いを得て、同校職員室の捜索及び検証を行なったものでございます。被疑者に対しましては、同日任意出頭を求めて取り調べを行ないまして、翌十五日、福岡地検飯塚支部に書類送致をいたした、そういう事案でございます。
#8
○安永英雄君 順次聞いてまいりますが、私も現地を調査に参りました。現地の宮田警察署のほうも私自身出向いていってよく事情を聞いてみたのですが、地元の警察としては、一応月例の報告というふうな形で出しておって、しいて事件にするという考え方もなかったやに私は印象を受けました。しかし、そこで強調されるのは、県警の本部のほうがこの問題を本部として取り上げて事件の捜査に当たっておるということですが、この点、そういった出先の警察署、それを頭越しかどうかは別として、県警本部がこのささいな事件について直接捜査に乗り出すときは、どういった場合が一般的にあるのでしょうか。そういったケースはどういったときに行なわれるものですか。
#9
○説明員(中島二郎君) ただいまお話のございましたような、署から月例報告で報告したところ、本部側が署の意向と違ったかのごときかっこうで本件を事件にしたという点につきましては、月例報告を求めるというようなことも福岡県警察では行なっておらないようでございますし、本部と署との間で意思にそごがあるというようなことは私ども承っておりません。本件は、先ほど御説明いたしましたように、学校管理規則が適法に改正されまして、これに基づいて校長がみずから校務分掌を決定してこれを掲示したという行為に対して、その目の前で掲示板を実力ではぎ取って持ち去るということをいたしたわけでございまして、私どもから見ますと悪質な事案であるということで、これは放置することのできない事案である、こういうふうに県警察で考えて処置したものと、かように承知いたしております。
#10
○安永英雄君 私は一般論として、出先の警察というもの、また県警が直接捜査に乗り出すというのはどういった状態のときかと聞いている、一般論として。
#11
○説明員(中島二郎君) いろいろな問題があろうかと思いますが、問題が社会的に及ぼす影響の大きな問題等につきましては、一般的に県警察で慎重に検討をして事件に着手するということが一般的に行なわれております。
#12
○安永英雄君 まあ、一般論としてはなかなか言いにくい問題かもしれませんけれども、いまおっしゃったように、私も県警本部長と話をしたのですけれども、明かにこれは大衆行動というものだという認識、それから教組運動の一環だという認識、いまあなたもおっしゃったですね、福岡県高等学校教職員組合云々という言い方ですが、この職員会の中で起こった問題について、これをことさらに教員組合運動あるいは大衆運動と受け取ったところに私は現状把握について欠けるところがあるのではないか。私自身もこれは結論からいえば、学校の職員会議、この中で起こった問題であるし、このことが組合運動の一環とか、大衆運動という形で、いま話があった黒板の西洋紙大の紙を取ったとか取らないとかいう問題にからみつけるのはこれは私は不当だと思う。実際に現地に行きますと実情はこういうことです。一時から職員会議が始まっておる。この職員会議の議題というのは、第一番目が卒業生のいわゆる卒業の点数を確認する。いわゆる落第させるか、させないかということ、そういうのが一点。その次に入学試験の準備等に関する問題、そうして三番目にその他ということで、いきさつはありましたけれども、そのその他のところで、新学期が始まる、そのためにそれぞれの分担というものを早くきめなければならぬということで追加をされたような形になっておる。いわゆる職員会議の議題としては三つになっておったわけです。そうして、たまたま警備員がなくなりまして、その葬式が三時からということでありまして、前段の分でいわゆる一時から三時までの二時間の間、これが一番目と二番目の審議が大体終わったわけです。そうして葬儀にそれから約一時間行っておる。そうして帰ってきてさらに職員会を続行しようということになって続行になったら校長が県の教育委員会に呼ばれておる、したがって自分は出ていく。あとでいろいろ問題になりますが、(仮称)教頭さんも、たまたまこの人は僧侶なんです、この人も警備員の葬式に出ていってそのあとの職員会には加わっていないということで、これは職員会としての形はなさぬじゃないかということで言っておったら、出かけに校長さんの命を受けた事務職員がピンで張った。それでこれはまだこれから審議をせんならぬのに、皆の意見を聞いて回わらなければならぬのに、これはとにかく職員会の議題というものにまだ提案もなっていないのに、ただ紙に張って、それで命ずるというふうなことではぐあいが悪いのではないかということでそれをはずした。これが大体実情なんです。これは、実は私の横の学校ですから、私はよく校長さんも教頭さんも、教頭さんは友だちなんでよく存じあげているのですけれども、そういうことで、教頭さんも印象としてはあれが校長さんが命じた職務命令とかあるいは公文書とかいう認識は全くなかったという話を私にされたわけです。これは間違いなくそうされておる。事務職員のほうも、これが業務命令の写しを張るとか、公文書とは考えておりませんでしたので、公文書つづりも見てみましたが一切ない。またあとてんまつ書みたいなものを県の教育委員会に送ったらしいのですけれども、これも公文書という形でもないということで、これも公文書つづりの中にも入っておりませんし、また、そのときの責任者というものは、全くこれが警察がいう公文書毀棄というふうな文書であろうとは考えていない、こういうのが大体実情なんです。したがって、これは私はあくまでも職員会議の中におけるひとつの提案者の校長さんの議案というものは審議されていないという形の中でそういったことが事件になるというのであれば、これはちょっと警察の勇み足ではないか。少なくとも一歩引いてたとえば職員会議の中で暴力事件があったとか何とかいう問題であれば、あなたがおっしゃったような世間、社会一般に与える影響が云々という問題が起こっておればこれは一番ぴんとくるのは地元の警察ではなかろうかと思うのですけれども、この事件のとらまえ方を大きく県下一般の教員組合の運動の一環、大衆運動の一環というふうにとって、そしてこれを事件にするというのはちょっと行き過ぎではないかという私は考え方を持っておるわけですが、そこらあたりどうでしょう。
#13
○説明員(中島二郎君) いろいろと御調査をなさったようでございますが、若干当日の職員会議の状況につきましては私どもの把握しているところと異なっておりますので、申し上げてみたいと思いますが、私どもの把握いたしておりますところでは、当日、職員会議が午後一時過ぎから始まったわけでございますが、当日の議事の予定は、先ほどお話のございましたように、第一が生徒の及落の判定、第二が入試事務についての説明、第三がその他ということになっておりましたのですが、最初の、生徒の及落の判定につきましては、準備が整わなかったためにあと回しにするということで、入試事務の説明、その他の順序で行なうことになって職員会議が始まったわけでございます。この際、組合側といいますか、反対派の方から校務分掌の問題を最初に取り上げるよう緊急動議が出されましたが、会議の主宰者であります校長の指示で入試事務の説明から入るということになったわけでございます。その後、三時に職員の葬式があるために打ち切ることになっておったわけでございますが、三時少し前に校長が入試事務の説明についての議事を打ち切りまして、そこで校務分掌の発表を行なっております。校長は葬式に出た後にまた再び学校に戻ってきたようなお話でございましたが、私どもの調べましたところでは、校長は葬式に出ました後学校に戻っておりません。そういうことで、基礎となる事実の認識が若干異なっているように思われます。
#14
○安永英雄君 私は変わっていないと思うんです。私は、校長が葬儀から帰ってきて、そしてそれから事務職員に話しているんですよ。これは事実なんです。だから、これは議題なのかどうなのかという問題になったわけなんです。あとからの校長の説明では、これは職務命令といいますか、いわゆる正式の命令書だというふうに言っておる。私が聞いておりますのは、いまの現認の問題についての食い違いは私はそうないと思う。問題は、職員会というものの議題として、これはあなたがいま、先ほどおっしゃったような県の通達につきましても、職員の意見を十分に聞いてということになっているんです、これはお持ちかどうか知りませんけれども。その過程なんですよ、この日は。それで、結局、校長が示したというのは公文書だと、こうなれば、私は現地にも行って職員の先生の意見も聞いたんだけれども、校長がとにかく何でも紙に書いたもの、あるいは言ったこと、これ全部が職務命令とかあるいは公文書、こういうふうにとられたら学校の中では公文書だらけなんです。それをはいだとかなんとかいう問題、一々警察が出てきて、この問題について捜査をするということになれば、これは明らかに教員組合の運動というものとしてのとらえ方という以外にはこの現認の中からは生まれてこないんじゃないですか。私はそう思いますが、そこのところをはっきり割り切ってやったのかどうか。現認の問題は、私はあなたのおっしゃったこととそうあまり変わりはないと思う。葬式から帰ってきておったかおらないか。私の話では、葬式から帰ってきて、そうして張っておけと、こういう話で出ていったんだから、学校に寄っていったのか、葬式から直接行ったのか、そこらの違いぐらいのものだろうと思う。
 そこで、これは明らかに組合運動という形となれば、どういう把握をされておりますか。そういう一環ですか。分会長とかなんとかいう名前出ましたけれども、これはその学校の職員なんですね。職員に間違いないので、役員のプロでも何でもないわけです。これは各学校に行ったら必ずそれはそういう組合の役員をしておる者もおろうし、校外の役をつとめておる者もおろうし、あるいは学校の防火についての責任者もおろうし、いろいろ責任者はおるわけです。ことさらに、その問題について、私は、この現認の問題について私とあまり食い違いはないような気がするが、それについてどういう大体把握なんでしょうね、よく納得がいかないんですが。
#15
○説明員(中島二郎君) 先ほど御説明いたしましたとおり、本件は、教職員組合の運動の反対闘争の行なわれておるときのできごとでございますので、反対闘争のあるいは一環であるかもしれませんが、警察といたしましては、労働運動につきまして、それが正当な労働運動であれば、労使いずれの側にもくみせず、厳正、公平な立場でこれに介入することをしないというのが基本的な方針でございます。しかしながら、労働運動でございましても、いわゆる正当性の限界を逸脱いたしまして、暴力の行使等、不法な事態になるということでありますれば、警察の責務であります犯罪の予防、鎮圧、捜査を行ない、必要によって被疑者を検挙するということは、これは警察の当然の責務であろうかと、かように考えておるわけでございます。本件につきましても、いろいろと慎重に検討いたしましたところ、労働運動の正当性の限界を逸脱して不法な公文書毀棄罪を敢行したと、行なったと、こういうふうに認められますので検挙に踏み切ったと、かように聞いております。
 先ほどから公文書と言えないのではないかというお話でございますが、最高裁判所の判例によりますと、公文書とは、その作成者、作成の目的のいかんにかかわりなく、現に公務所において使用に供し、または使用の目的をもって保管している文書を総称すると、こういうことになっておりまして、本件の適法な手続によって校長が定めた校務分掌を記載した文書、全教職員に告示するため教職員室の中に掲示した文書につきましては、同校において職務上の必要から現に使用中の文書であることは明らかであると、かように考えておるわけでございます。
#16
○安永英雄君 まず、一点お聞きしますけれども、組合運動の一環ということはどこで確認をされましたか。職員会議の中でですか。三月ですから明年度四月から始まる新学期の校務分掌をきめるのにその職員会がやっておる。それと教職員組合の運動とのかかわりはどこのところでつけられましたか。私は現地にも行きましたけれども、そういう関係はない。各学校で、小学校も中学校も高等学校も、県下どこでも三月末には四月からの皆で校務分掌をきめます。そういう会議というものと福岡県高等学校教職員組合の運動とのかかわりはどこでつながりますか。その点をひとつお聞きしたい。
 それから、公文書というていさいをなしていない。これは、明らかに当該学校の職員はもちろんのこと、そのときのいわゆる教頭さんという者も公文書と思わない、こう、はっきり言っておられる。現場でそう言ってる。また、あなたは盛んに管理規則あるいはそれに伴う通達ということをおっしゃるけれども、これについての通達の中でも、職員会議というものは、職員の意思というものを十分聞いてそれからきめなさいというふうになっている。文部大臣もこの前の質問に答えて、十分、職員の意見を聞くべきだということもおっしゃってる。――あとで質問します。そういう過程の中から生まれておるわけですから、公文書という形は、これは、全然その当時決定もしていないし、皆の意見も聞いてそれから校長さんが一つの考え方を示す、こういう形で正式の手続をとったものならば公文書と言えましょう。公文書でない。もう一回、公文書というふうにこれを専断された根拠についてお答え願いたい。この二つ。
#17
○説明員(中島二郎君) 最初に、申し上げましたように、福岡県教職員組合では、県教育庁が県立学校管理規則の一部改正をし、また、通達を出したことに対して、反対闘争をいたしておるということでございますので、私どもとしては、その一環として行なわれたものではなかろうかと、かように推測いたしたわけでございます。
 それから、通達の中に職員の意見を徴してということが書いてございますが、私どもの調べにおきましても、校長が校務分掌を定めるにあたって教頭その他の職員の意見を徴したということも、取り調べの過程で聞いております。
#18
○安永英雄君 いまさっきおっしゃったのは福岡県高等学校教職員組合、これが正式の名前。
 福岡県高等学校教職員組合が、県の教育委員会が一方的に強引に管理規則の一部の改定を行なったということについて反対をしてることは、これは事実、それは当然なことであります。それと鞍手商業高等学校の職員会というものとのかかわりというものを私は聞いておるわけですけれども、なかろうかということではこれは私としては納得できない。これは常識でもわかりますようにね、三月の末ということになれば、管理規則がどう変わろうと変わるまいと、それに反対しようと賛成しようと、職員会というものは行なわれるわけですよ。現に行なわれておるわけです。そうでしょう。そういうものなんですよ。四月一日から学校が始まるといったとき、三月の職員会というのは、管理規則に反対する賛成する、こういったもの、はっきり言えば闘争というものとかかわりなしに、この事件としてあなたたちが取り上げられたこの三月の十二日というのはそういう性格のものなんですよ。これが、福岡県高等学校教職員組合がこの管理規則が一部強引に改定せられたということで反対をし、そして、たとえば指令を出してそういう職員会は認めるなとか認めないのかとか、というふうなことではないわけです、ここは。あなたもみずからおっしゃったように、一号議案、二号議案というふうなことは当然学校でやらなきゃならぬ。そしてその他の中で分掌事務と、当然やらなきゃならぬ。そのことが行なわれておるというので、私は明らかにこの一つの高校の中で行なった職員会議というものと無理にこの教組運動とか大衆運動とか、こういったものとのつながりを求めたところに私は無理があるんじゃないか、そういうふうに私は現地に行っても感じるわけです。明らかに私はそうだと思うんです。いかにこの問題を言われようとも、かかわり合いは、ではなかろうかという以外には出てこないんです。私は、それは少し専断だというふうに申し上げておるわけです。
 現に、それでは、そのときの校務分掌がそのままになっているかというと、そうじゃなくてそのまま行なわれておる。手続さえ踏めば、皆で協議をし、それでその結果がそういうふうに出れば、校長さんが考えておられることがそのまま通るんです。現在そのとおりになってるんですからね、皆で話し合っていま学校進んでるんですから、――これは事後の問題ですけれども。校長さんが、この人はこういう係になってもらいたい、こういう係になってもらいたいというとおりに現在は進んでおるわけですよ、学校の中は。そうであれば、あなたたちが言うように教員組合の運動ということであって、そういう細部にわたって闘争の一環だ、やれなどというような関連で先生がやっておるとすれば、いまでもそういったことはさらに続いておるはずなんです。そうではない、学校はきちんといっているのです。分掌事務のとおりに、皆できめた分掌事務のとおりにやっておるということなんで、これは明らかに無理な、県警本部の事件としての取り扱いに私は問題があると思いますが、警察庁としてどう思いますか。
#19
○説明員(中島二郎君) 先ほども御説明いたしましたとおり、今回の管理規則の改正によりまして、職員会議は諮問機関ということにはっきり規定され、校務分掌については校長の専決事項である、こういうことに明記されたわけでございまして、したがいまして、今回校長が職員会議の途中でみずから校務分掌を決定をして、それを職員に告示をするということは、これは適法な行為であって、したがって、その校務分掌を記載した文書を破棄するということは、校長の目の前で破棄するということは、これは悪質な行為である、かように私は考えます。
#20
○安永英雄君 悪質な行為かどうかという問題は、それがはたして校長の最終的な決定であり、それが公文書、職務命令、最終的な、そういったものであったかどうかという判断がそこで分かれるところだろうと思う。あなたのところは無理に県の管理規則、こう言われますけれども、県の管理規則の中でもそのとおりに、管理規則の範囲内でやれということになったとしても、いまさっき申しますように時間的に言っても何にしましても、これはその前段における全職員の意見を聴取し、意見を言わせる、そうして最終的に皆でよりよい校務分掌をつくろうという過程の中であって、最終的な校長の判断ではない、私どもはそう思うわけです。しかし、これはもう論の分かれるところですから私はこれ以上は申しません。
 しかしどうですか。私は、あえて鞍手の商業高校の問題を取り上げましたけれども、これは全国に毎日のように行なわれている職員会議、小中学校も含めて。こういった場合に警察が職員会議のその内容をめぐって論争があり、トラブルが内部に起こった、こういったことまで一つの事件として取り上げて、そしてことごとく学校の中に警察が踏み込んでくるという形になれば、これは私は、教育現場に警察権がやっぱり不当不法に介入したと、こういう事件が起こったら日本の教育はとんでもない方向にいくという心配から私は質問をしているわけです。あえて一つのモデルとして質問しています。警察庁としては、こういった問題について学校現場に、職員会とかあるいは教員同士の会議とかいうものに、こう軽々しく私は入ってもらっちゃ困るという気がするわけですが、この点どうですか。
#21
○説明員(中島二郎君) 一般的に申しますれば、ただいまおっしゃられましたように、学校の内部の問題、職員会議等に警察が介入をするということはあってはならないことだと思います。ただ、本件の場合は、学校側から法に照らして相当処分を願いたいという旨の被害申告がございまして、捜査に着手したものでありまして、学校当局の意思に反して警察がかってに捜査に着手したものではございませんし、なお、犯罪があれば当然これを捜査するというのが警察の責務でございまして、先ほどからいろいろ申し上げましたような事案の性質からいたしまして、警察としては、これを放任することは許されないという事案ではなかったかと、かように考えております。
#22
○安永英雄君 学校当局からこれをひとつ事件にして取り締まってもらいたいという告発でもあったんですか。私は、告発もなく教育現場からそういうことは一つも出ていない、県の教育委員会も一切教育関係のほうから警察に頼んだ覚えもないし、報告した覚えもない、県警本部のほうもこれについて学校なり関係者のほうからこれについて言われたから私どもやったということではない、こういうことなんですが、これは告発があったんですか、あるいはまたそういう警察に対する要請というのは、だれからありましたか。
#23
○説明員(中島二郎君) 四月の七日に学校側から、ただいま申し上げましたように、こういう事案があって、それが犯罪になるということであれば法に照らして相当の処分を願いたいと、こういう申し出があったわけでございます。
#24
○安永英雄君 私は、それはないというふうに確信をいたしておるし、私はずいぶんその点について調査をしたわけです。だれです。
#25
○説明員(中島二郎君) 校長、これは、当時の校長はいまの校長ではございませんが、前校長ということに現在の時点ではなりますが、前校長、それからその他の学校側の職員の取り調べの際にもそういう意向が述べられております。
#26
○安永英雄君 はっきりしておきたいと思いますが、告訴ですか。校長は告訴、それから他の職員からは調書の中でそういうのが出てきたということですか。
#27
○説明員(中島二郎君) 告訴、告発ではございませんで、警察側に対して、そういうことを申しておるということでございます。その点は、取り締まりの際に調書の中でもそういうことが述べられております。
#28
○安永英雄君 ここははっきりしておかねばならぬと思いますが、前の校長は是永という校長、この校長さんの告訴ではない、ただ調書の中に出てくる、こういうことですか。はっきりしてください、ここのところ。
#29
○説明員(中島二郎君) そういう事案があったのではないかということで、関係者に聞いてみたところ、学校側の関係者は、そういう事案があって、相当処分を願いたいと、こういうことでございます。
#30
○安永英雄君 私は、一般的にこの警察関係の、教育に関係する問題として、先ほどから、要するに学校現場というものについて、警察が無用のとにかく捜査その他をやるということはこれはいけない、一般論としては述べられた。これはぜひひとつ守ってもらわなければならぬと思う。今度の問題も実際にはささいなことですね。いわゆる学校の中における学校をどう運営していこうかというそういった問題についての、このたとえば論争、こういったものを一々警察当局が取り上げて、これを事件にするということについては、これはもう全く許せないと私は思うのです。あなたは、幾らこの問題について、当時の校長さんも調べてみたら、ひとつこの問題について警察もしっかりやってくださいというふうなことも言ったとかいうこともおっしゃるけれども、それはきめ手にならない。それは警察として、これを事件として取り上げるという理由には私はならない。また、教員組合の運動の一環としてのとらえ方というのは、これはあなた自身も迷っておられるように、この関係というのは私は全くない。それをしいてつけたところに私は無理がある。公文書の問題にしても、学校当局の者が公文書とは考えていなかった、こうはっきり言っている。こういった中で、私は事件にするというのは、これはあまりに警察当局の行き過ぎであるというふうに断定せざるを得ません。もう少し極端にいうならば、福岡県警というものと、福岡県教育委員会というものとが一体になって、それこそ教員組合運動というものに対して圧迫を加えておるその一つの担い手として警察出てきたという、これこそ私は考えを持たざるを得ないのです、この事件をたぐっていくと。どこを押したところで、無理にとにかくもう県段階で、そうして教職員組合の運動、こういったものに警察が足を突っ込んできて、そうして一緒に協力して組合運動を弾圧していくという弾圧以外の何ものでもない、こう断ぜざるを得ないのですよ。あなたはそこのところではっきり教員組合との運動と、この起こった事件とのかかわりあい、たとえば指令によって、何号の指令、この運動に従って組合の分会長はこうやれ、組合員はこうやれ、職員間の中でこうやれ、こういう指令、指示でもあって、そのとおりにやっておるという明確な問題が出れば私としてもそれは一つの教組運動の一環として警察はとらえたなという、その事のよしあしは別として関連はあるなという考え方はこれは持ってもいいと思いますけれども、そういった点は一つもない。ただばくとして、前の校長さんあたりがもう少し警察で調べてくれと、実際調べたところが、そう言ったと、こう言ってみたり、私はまた時間があれば管理規則の内容も聞きたいと思う。管理規則、管理規則と言われるし、また、分会長とかいうものと、学校職員との関係、こういったものについては全く私は知識がないのじゃないか、警察は。そういうことをたぐっていくと、要するに、もう県の教育委員会とタイアップをして、そして広く管理規則、これについて反対をしておるという運動、これをつぶしてやろう、その一環として、鞍手の商業高校をひとつ洗え、こういったことの発想以外にはないというふうに私は断ぜざるを得ません。いまあなたの答弁を聞いておりましても、そうしか考えられない。以上質問続けましても食い違いになりますから、きょうのところは、一応一般論としてこういったものについては警察は一切これについては無用のタッチ、介入をすることではないという原則を確認をしましたので、この点は、こういった問題はほうぼうにいまの態度ならば起こり得るということを心配して私は質問したわけです。
 そこで、時間もありませんから、文部省にお尋ねをいたしたいと思います。端的に聞きますが、管理規則というものはどういった性格のものですか。
#31
○政府委員(岩間英太郎君) これは学校の運営というものを適切にするために、学校の管理につきまして定めておるものでございまして、その根拠は地方教育行政の組織及び運営に関する法律というところで、各教育委員会がそういうような管理規則を定められるというふうにきめられておるわけでございます。
#32
○安永英雄君 管理運用を円滑にするための規則、こういうことですが、これをつくるにあたっては、これはただそこの委員会、たとえば教育委員会が規則をつくるのに、かってに運営上つくろうと思ったら、かってにつくるというわけにはいきますまい。管理規則にはおのずからこれは一つの限度がある、その限度というのはどこですか。何を基準にしてその範囲、こういうものについてはきめていく、こういった限度について説明してください。
#33
○政府委員(岩間英太郎君) これは、具体的にはなかなか個々の場合で申し上げにくいわけでございますけれども、まあ一般的に申しますと、やはり学校というのは児童生徒を扱っておるわけでございまして、児童生徒の教育効果が一番あがるようにということが、やはり目的でございますから、まあそういうふうな範囲におきまして学校の管理運営がどうあったら一番いいのか、そういう点を考えまして、管理規則を定めるということでございますから、これは抽象的にしかちょっとお答えできないわけでございますけれども、しかしながらやはり住民の意思、それから先生方のお考え、そういうもので従来の経験、そういうものによりまして適切な管理規則、そういうものもおのずから限界があるというふうに考えております。
#34
○安永英雄君 ちょっとわかりにくかったのですけれども、私の聞いているのは、各委員会で規則をつくりますね、管理規則もその中ですが、これはめくらめっぽうに運営上よろしいということで、何もかにもとにかくつくってしまうというわけにはいきますまい。何かこれは法的な根拠があるはずです。それをお聞きしているわけです。
#35
○政府委員(岩間英太郎君) 根拠の規定は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の三十三条に「教育委員会は、法令又は条例に違反しない限度において、その所管に属する学校その他の教育機関の施設、設備、組織編制、教育課程、教材の取扱その他学校その他の教育機関の管理運営の基本的事項について、必要な教育委員会規則を定めるものとする。」ということの規定がございます。それからなお各県でまちまちあるいは限度を越してやるということもいかがかということで、私どものほうで一応の参考資料を流したこともございますけれど、都道府県の教育長の協議会が管理運営に関する規則につきましても、モデルをつくりまして、各県でそれを基準にして大体お定めになっているというふうに承っております。
#36
○安永英雄君 要するに、この法令あるいは条例、こういったものに基づいて、そうしてその委員会の権限に属する事項というものに限られるわけなんですね。したがって、文部省としてはいわゆる準則というのですか、あの当時、準則とか何とかいうことでこれに準じてつくりなさい、こういったものを出したことがあるわけです。この準則によって各県それぞれつくったでしょうが、この条例は準則にほとんど一致していますか、あの当時の。
#37
○政府委員(岩間英太郎君) 私ども承っておるところによりますと、京都はまだ管理規則はないようでございますけれども、その他の府県におきましてはおおむね都道府県の教育長の協議会で示しておりますモデルに従いまして管理規則をつくっているというふうに伺っています。
#38
○安永英雄君 そこで、ひとつお尋ねしますが、たとえば今度問題になっている職務分掌というものについて、これは、その権限に属する事項というふうにとっていますけれども、福岡県の管理規則というものについては、いま問題に警察もしているようでありますけれども、一部これを改正して、職員会というものを諮問機関にする、こういうふうなことをきめておるわけですね。そこが非常に論争の焦点になっている。その問題が鞍手の商業高校の中に持ち込まれている。意識的に組合運動の一環としてやっているというこの警察の認識は誤りです。
 そこで、お聞きしますけれども、教頭というのは、学校教育法にありませんね。いわゆる法規にはこれはないんです。これはあんたのところの解釈は拡大解釈しますから、あれですが、教頭の問題について、法律にないものを規則の中で取り扱うことはできますか。この福岡県の管理規則あるいは運営規定、こういったものには盛んに教頭が出てくる。これは教頭というのは、福岡県の場合は法規にありませんから、職務命令でこれを命ずる、とにかく無理な解釈やっているわけです。教頭というのはどういうことです。また、今度政府のほうから学校教育法の一恥を改正する法律案が出まして、教頭をまた入れるということで提案されていますが、どうもそこらがはっきりしないので、全国とにかくもやもやもやもやして、管理規則の中に出てみたり、意識的にはずしてみたり、いろいろしている。福岡の場合は、まさにこれが一つの問題になっている。この点どうですか。管理規則の中の教頭というのは、これは法令に違反しておりますから、各県管理規則等でこの問題について規制することはできないと思うが、どうですか。
#39
○政府委員(岩間英太郎君) これは、もう学校教育法の施行規則におきましてはっきりいたしておりますことでございますが、学校教育法の施行規則の二十二条の二に「小学校においては、教頭を置くものとする。ただし、特別の事情があるときは、これを置かないことができる。教頭は、教諭を以つて、これにあてる。教頭は、校長を助け、校務を整理する。」というふうな規定がはっきりいたしておりますから、教頭というのは、これははっきりした存在でございます。ただ、新しく提案いたしております法案との違いは、これは現在の教頭というのは、教諭をもってあてるという、いわば職名みたいな形になっていますが、新しく御提案申し上げております法案の中では、これは一つの身分と申しますか、校長とか教諭と同じような教頭という身分を定めるという点が新しく違っているわけでございます。
#40
○安永英雄君 これはあなた方かってに規則をつくってやっておって、これは世間一般では認知されていない性格のものなんです。だから、認知してもらおうと思って法律案を国会に出しておるわけでしょう。この法律の論議はまたおくとしまして、とにかく管理規則を変えていくということの傾向として、すべてが校長あるいは教頭、こういったところがみずからとにかく何でも権限を持っている。だから、校長が、おれはこう思うといってきめたのを、紙切れを黒板に張れば、それが公文書としてぎょうぎょうしくとられている。それをはいで写しておったところが、それは破棄で、刑事事件として取り上げられた。こういうことになろうかと思うわけです。警察だって、この問題についていまも答弁しましたように、その個個の問題については答弁できないのですよ。要するに、これは組合運動でやっておるからこういうようなことが起こったのだろうという無理なこじつけしか出てこない。これの原因はやはりそこにあると思うのです。
 そこで、時間もありませんから――この管理規則に基づいて通達を出している。その中で、「校務運営のための組織の構成員に職員団体のいわゆる分会役員等をその立場で加えることは、校務運営と職員団体の活動を混同するものであるから、このような組織とならないようにすること」、こういうことまで指図している。ここらあたりが警察の混乱するところなんだ。職員会というものの構成、あるいは学校運営をやっていく中の構成に職員団体の役員は入れちゃならぬ、こういう者を入れちゃならぬというふうなことが――これは差別するのでしょう。どっちが上か下かそれはわかりませんけれども、要するに、組合の役員あたりをしている者は校務分掌決定の構成員に入れるなというふうなことについては、あなたはどう思われますかね。これが管理規則につながり、そしてあなたが言う何とも知れない法規につながってくるわけですから、ここらあたりからこの問題が起こってくるわけです。一つの学校の職員として教育に携わっていくし、そうしてまた憲法、法律で保障されておる組合運動というものの役員にもなるし、構成員にもなる。これは校長だってPTAの役員になってみたり、あるいは消防団の役員を兼ねてみたり、いろいろやっているということは、これはある程度許されていることなんです。こういった取り扱いというのが非常に混乱のもとになっていますが、文部省としてはどう思われますか。
#41
○政府委員(岩間英太郎君) ただいまの通達は、あたりまえのことを書いたと言えばそのとおりでございますけれども、つまり、先生は先生として職員会議に加わるのであって、その組合の分会長として加わるのではないということは、これは当然のことで、そういう通達を出すこと自体がおかしいと言えばおかしいことであると思います。先生はその学校の先生として職員会議にお加わりになり、そうしてその職員として、教員として意見を述べられる。これは当然のことでございまして、ちょっとあらたまって先生からお聞きしますと、私どもは非常に奇異に感ずるような点がございます。
#42
○安永英雄君 私は、あなたと同感なんです。奇異に感ずる。なんでこういう正式の公文書――これこそ公文書ですが、そういったもので、これは当然なことであって、そこらあたりの福岡県の県の教育委員会の感覚というのが私はおかしいというわけです。だから、こういうところからきている。だから、警察あたりが入ってきて、これについて教育現場に警察が介入してくるという事件が起こってくるわけです。
 約束の時間がきたようでありますが、私は、次に聞こうと思っておりましたのは、北九州の教員の研修の問題であります。これといまの管理規則というものとの関係も非常に出てくるし、職務命令の問題も出てくる。で、一括してお聞きしますけれども、北九州の市の教育委員会は、四十五年だったと思いますが、それ以降教員の研修をするのに職務命令というものを出して、それに違反すれば処分をするということで大量の処分をやっております。私は、本来教員の研修というものは、これは本人の自主的な意欲から出てこなければならぬ問題であるし、行政機関のほうはそういった機会をつくってあげる、研修の機会をつくってあげるというのがその立場であって、無理にとにかくこれに職務命令まで出して研修に参加させるということは、私は許されないというふうに思うのです。特に四十五年から今日まで行なってきたこの研修というのは、本人の意思というよりも、だれそれはどの研究をしろとか、あるいは校長さんが部長だとか――校長さんが部長だって、自分の専門の教科じゃないもんだから、その人じゃ不適当な人もおるけれども、機械的にそうしなければならぬとか、すべてが職務命令でこの問題を解決している。そうしてますます現場の先生と教育委員会との関係は溝を深めていく。ことしは幸い、やろうと大がかりな計画を立てましたけれども、一応延期をして、そしていろいろ先生方とよく打ち合わせをしてやりたいといって、まあ円満にいくというふうなことも聞いていますけれども、校長さんあたりも、これは先生と教育委員会とのみぞができるぞ、何とかこういうことをしちゃいかぬといった校長までも処分をする。もうとにかく処分処分でやっていく、あるいは職務命令、職務命令ということでやっていくということに私はトラブルの一番大きな原因があると思うのです。今度でも職員会議で皆で話し合って、先ほどもちょっと申しましたけれども、校長さんが示したそのままでいまやっているのですよ、いまきちんとやっている。それをよく審議をするということを――私は是永という校長さんの意見も聞きましたけれども、やっぱり是永校長だって、当時の校長だって、よく話し合いをしてきめたいということで臨んでおられたわけです、当時は。いまでも、あのときは職務命令なんて、あるいは校務分掌等と思っていなかったとみんな言っている。しかし、言っていないのは、管理規則やら県の教育委員会が持っている、全部万能の神みたいにして、校長の口から出たものは全部命令だというふうな考え方ですね。そういったものから警察が出てくるというふうなことで、現場はあっけにとられているというふうな現状なんです。したがって、私は、職務命令というのは、本務に対して以外は出せないわけです。教員の本務というのは、生徒児童の教育をつかさどる――これ以外の問題をいかに命令されても、これは命令するほうが職権乱用だ。この点を踏まえて文部省としても指導をしなければならぬと思うのです。
 具体的に、文部大臣にお聞きしたいと思いますけれども、私は坂田さんとこの問題について四十五年のときにもやって、意見は一致したわけです。水を飲みたくない馬を川辺まで引っ張っていったところで意味ないという例まで出されて、文部大臣としては教員が自発的にやらなければならぬそういった研修などというものに、職務命令で引っぱってきてやるというふうな、しかもそれに従わなかったら処分する、こういったことはやるべきでないという話をされたわけです、記録にも残っておりますけれども。大臣、北九州はことしは教育委員会もずいぶん考えられて、十分話もして、そしてみんなの希望する、そして皆が喜んで研修をする場所をつくっていこうということでいま研究をされておるようでありますけれども、本来私はそういったものじゃないかと思うのですが、この研修という問題と職務命令との関係、これあたりをひとつ御見解をお伺いしたい。
#43
○国務大臣(奥野誠亮君) 教育の基本は、現場をあずかってくださっている先生方の資質いかんにかかっているのじゃないだろうか、こう考えるわけでございます。それだけにまた、先生方が進んで研修につとめてくださること、非常に大切なことだと思います。同時にまた、研修を計画的に実のあるものにするために、行政当局に対しましてこういう計画を立ててくださいよ、進んで私たちそれに参加したいと思いますよというような姿になってくる、これも非常に好ましいことだと、こう考えるわけでございます。先ほど来いろいろお話になっておりますこと、私は日本の教育環境がたいへんすさんだ姿にある、そこから起こってくるいろいろな問題ではなかろうかという感じを深く抱いているものでございます。やはり先生方と教育行政機関、これは手を取り合って進んでいかなければならない、また先生方の組合と教育行政機関は力を合わせて努力していかなければならない、それが不幸にしてしばしば対立的な姿にありますために、やれこれは命令だと、やれ命令に従わなかったら罰則の適用だというようなことになっているわけでございまして、もっとざっくばらんにお互いに話し合い、力を合わせ合って研修の問題につきましても進んでいけるような体制をつくっていかなければならぬ、それは私たち今日一番大きな責務じゃなかろうか、こういう考えを持っているわけでございまして、お話よくわかるわけでございますけれども、同時にまた、教育行政当局も積極的に研修の計画をつくっていく、そして先生方が積極的に参加していただくようにならなければいけない、こう考えるわけでございまして、ともに手を取り合っていかなければならないのがしばしば対立的な姿になっておりますためにいまお話のようないろいろな問題が提起されてくるのではないか、かように考えるわけでございます。根本の問題につきまして文部省といたしましても一そう努力を払っていきたい、こう思います。
#44
○内田善利君 いまの問題で一言関連質問して本論に入りたいと思いますが、職員会議と組合の分会会議といいますか、組合会議と一緒にした考え方で警察庁は臨んでおられるんじゃないかということをいまの質疑を通して感じたわけですが、私の知っている限りでは、職員会議は職員会議としてはっきり、まあその学校によって違いますけれども、司会を立ててきちっとしてこれは校長が出席してやっておりますし、また、組合の分会会議になりましたら、分会長を中心にしてこれから分会会議を行ないますとか、組合会議を行ないますとか、はっきりして組合会議を行なっている。そういう現場の姿を知っていての先ほどのことであったのだろうかと非常に不審に思ったわけですが、文部省当局はどのようにこれを掌握、把握しておられるのか、職員会議と分会会議の問題。それと私は、紙を張った、はいだということで警察が入ってきたということは、父兄にとっても、また高校の生徒にとっても非常に悲しむべき事件だと、このように思うわけです。教育の場にこういうことがあってはならないと思うのです。はたして、先ほどの質疑を聞いておりまして、警察が介入するような事件であったのかどうかと、このように聞いておったわけですが、まだ警察庁もおられるようですけれども、このことについて警察庁、申しわけないですが、私は質問要求しておりませんけれども、先ほどの質疑を通じて感じましたので一言答弁をお願いしたいと思います。
#45
○説明員(中島二郎君) 私どもの受けております報告によりましても、職員会議と組合の会議とははっきりと区別をして、これは明らかに職員会議である、校長の主宰しておる職員会議において起こった問題である、こういう認識で処置をいたしておるというふうに聞いております。
#46
○政府委員(岩間英太郎君) 教育の現場に警察が入るということは、教育上もたいへん遺憾なことでございますけれども、しかしながら、犯罪捜査という関係で警察が独自の判断で学校内に立ち入られるということは、これはやむを得ないことであろうというふうに考えておる次第でございます。
 しかしながら、今度の問題は職員会議の直接の問題ではなくして、公文書を毀棄したかどうかということが問題のようでございますが、そういう意味で職員会議との直接の関係はないような感じがするわけでございます。しかし、いずれにしましても、こういうふうな事態が起こりましたということにつきましてはたいへん遺憾に思っておる次第でございます。
#47
○内田善利君 関連質問でございますからこれでやめますけれども、非常にこういうことは父兄にとっても、生徒にとっても大きなショックではないかと思うんです。こういうことが起こらないように現場の問題をもう少し――ほんとうに職員会議につきましては、先日も質問したわけですけれども、私も二十年職員会議をやってきて、何も校務分掌をきめるのに支障はなかった、ときにはやめさせてくれという先生が出てきたり、病気の先生が出てきたり、いろいろな事情があってそれを受け入れて和気あいあいのもとに校務分掌はきまってきたことを見ましても、これについては、さらに管理規則をきめて強化していくということはやはり相当慎重にやらなければいけないことではなかったか、このように思います。これは感想を述べまして本論に入りますけれども、文化庁お見えになっておりますか。
 これは、佐賀県の日の隈遺跡についてでありますけれども、佐賀県の神埼町に日の隈遺跡があるわけですが、この遺跡について非常に年代的にも旧石器時代から江戸時代にわたって、地域的にも広いし、非常に埋蔵文化財遺跡としては点というより面の遺跡として、また、歴史的な生活史をひもとく上でも最高の遺跡、このように受けとめているわけです。こうした広域の遺跡に対して文化庁は保存方法等についてどのようにお考えになっているのか。この日の隈遺跡についての評価と今後の保存問題についてお聞きしたいと思います。
 私は、こういった遺跡が次から次に開発の名のもとに破壊されていっている現状、非常に残念に思うわけですが、先ほどは松永委員からも文化財について質問がありましたし、この本委員会でも何回となく埋蔵文化財の保存について、開発か保存かという問題について何回となく論議されてまいりましたが、それに対する文化庁の施策、手を打つということの面において非常におくれておる、このように思います。
 また、文化財保護法についても何回も改正するという答弁を聞いておりますけれども、いまだにこれが提案されてもいない。いつになったらもう破壊の終わったころ文化財保護法が改正になったのでは間に合わない。この日の隈遺跡にしましても、また先日お伺いした姫方遺跡につきましても、姫方遺跡はもう完全に破壊されてしまいました。この日の隈遺跡、またあとで横隈遺跡についてもお聞きしますけれども、横隈遺跡も当時は三沢遺跡ということで私は質問いたしました。県がかってに土砂の採掘を許可したばっかりに、全部破壊されてしまって、あと二点だけ残して、破壊されてしまうような状況にございます。そういった、私の近辺だけでも重要な遺跡が次々に破壊されていっている。文化財保護法はいまだに提案すらされていない。いろいろ問題はあろうかと思いますけれども、何らこれを規制する手なしに、破壊は次から次に行なわれていく。はたしてこれでいいのかどうか、このように思うわけですが、まず、この二点についてお伺いしたいと思います。
#48
○政府委員(安達健二君) ただいまお話になりました佐賀県の日の隈山遺跡群でございますが、これは佐賀県の神埼郡の神埼町の日の隈山周辺に分布する遺跡を総称いたしておるわけでございます。日の隈山の東及び南斜面並びに佐賀平野側に弥生時代のカメ棺墓群と古墳時代の古墳群がございまして、北西方向には古墳が散在しておるというところでございます。実はこの場所につきまして、ゴルフ場の計画が出まして、そこでことしの一月から三月ごろ神埼の町長さんから県の教育委員会に対しまして調査の依頼がございました。そこで、県の教育委員会は直ちに実態の確認調査を実施するということと同時に、この保護につきまして町の文化財専門委員等からなる文化財保存協議会というものの設置を指導いたしまして、四月の六日の日に第一回の会合を開いておるということでございまして、佐賀県といたしましては、八月から十一月にわたりましてさらに詳細な実態の確認調査を実施する予定である。こういうことになっておるわけでございまして、したがいまして、この県の八月から十一月にわたる詳細な実態確認調査というものの結果を見ませんと、まだこの遺跡についての正確な価値づけは困難だと思うわけでございます。
 この場所にゴルフ場をつくるということにつきましては、県庁内に連絡会議を設けまして、土地利用対策会議というところでそういう遺跡があるところであるから、ゴルフ場計画については十分県庁内でも意見を調整しようということで検討中であるということでございます。
#49
○内田善利君 この遺跡群の中に県立公園があるわけですね。御存じですか。
#50
○政府委員(安達健二君) 私どものほうはちょっと承知いたしておりません。
#51
○内田善利君 日の隈県立公園という碑が立っているわけですよ。文化庁、調査に行かれたんでしょう。
#52
○政府委員(安達健二君) 行っておりません。
#53
○内田善利君 これは県立公園がありまして、これを解除しているわけですね。わざわざ解除しているわけです。ゴルフ場つくるためにやったのか知りませんが。そして、その中には重要文化財指定の双子遺跡もあるわけですね。これは御存じですか。
#54
○政府委員(安達健二君) ございます。
#55
○内田善利君 この双子遺跡も取りこわしているわけですが、知ってますか。
#56
○政府委員(安達健二君) ただいま御指摘の双子遺跡というのは、国の指定とか、そういうものではございませんけれども、この四十五年の一月に学校の敷地の造成というところで調査をした上で、その遺跡を記録にとどめて、そこからカメ棺が百二十基出まして、これを保存しておると、こういうことでございます。
#57
○内田善利君 これは重要文化財指定ということですが、そうじゃないんですか。
#58
○政府委員(安達健二君) 文化庁の指定云々の問題は、私どもとしては承知いたしておりません。
#59
○内田善利君 では、県の指定によるものであろうと思いますが、これも取りこわしておるわけですね。百二十基のカメ棺が出たと言われましたが、県の文化財指定と思いますが、日の隈県立公園も解除した。そして双子遺跡も取りこわしてしまった。そして、この遺跡は七〇%が町有地なわけですね。で、私有地ならば、いろいろ問題等もあろうかと思います。簡単にはいかない面もあろうかと思います。しかし、町有地でこんな状態になっているわけですけれども、その点はどのようにお考えですか。
#60
○政府委員(安達健二君) 私どもの伺っているところでは、町有地が三分の一で、あと三分の二は民有地であると、かように伺っております。
#61
○内田善利君 まあ、これはどちらがほんとうかよくわかりませんが、そういった町有地が入っているし、しかも県が指定した県立公園も解除している。また、重要文化財の双子遺跡も破壊しておる、こういうことと、大企業はゴルフ場をつくる予定である。もうすでに三分の一は手付金も打っておると、こういうことを聞いておりますが、ゴルフ場というのは一部の人間のためのものであって、こういった広域の重要な遺跡は、国民全体の先祖の遺産でもありますし、県立公園としてあるいは県民のオアシスとして、そういった緑の広場にしていくという考え方が私はいいのじゃないかと思うのですけれども、開発の波に押されてゴルフ場のもう三分の一は手付金を打っておると、このように聞いておりますが、そういったことと関連して、先ほどのこういった解除が行なわれたのではないかと、このように思うのですが、この点はどのように文化庁は掌握しておられますか。
#62
○政府委員(安達健二君) 先ほどもちょっと申し上げましたように、この県立公園云々の問題は、私ども承知いたしていなかったことでございます。
#63
○内田善利君 それは承知していなかったにしても、こういったゴルフ場ができるということで関連して双子遺跡も破壊されておるし、こういったことから大企業がゴルフ場をつくると、こういう予定で三分の一の手付金もすでに打ってあると、こういう事実なんですけれども、私は聞きたいのは、そういったゴルフ場開発の、ゴルフ場をつくるために、こういった文化庁所管の日の隈遺跡が破壊されていいのかどうか。この辺どのようにお考えなのか。これを聞いているわけです。
#64
○政府委員(安達健二君) 私どもは、遺跡の保存につきましてはその学術的な価値を見きわめまして、その学術的な価値の高いものにつきましては、これを現状のまま確実に保存をするということを第一義にいたしておるわけでございます。さらに、その学術的価値が比較的低いとか、あるいは他の類例があるというようなものにつきましては、その利用する目的というものとの関連において、できるだけ保存をはかっていく。しかし公共等の目的の上でどうしても必要であるというような場合におきましては、そういうものも記録保存にとどめざるを得ない、こういう考え方でございます。
 このゴルフ場の計画そのものにつきましても、なお別に現在決定をしておるとは伺っていないわけでございまして、あくまでも調査の結果というものに待ちまして、重要な遺跡であるならばこれをそのまま保存していく、こういう考え方で進むべきだと思っておるわけでございます。
#65
○内田善利君 重要な遺跡であるならばということですけれども、大体八十ヘクタールぐらいあるんですね。その八十ヘクタールのうち大体二・五ヘクタールの調査を行なっただけで二百カ所も遺跡が出ておるわけですが、そしてそのあとは破壊されたままで、石は散乱しておりますし、ほったらかしなんですね。地元の人はそういった出てきた石を石段に使ってみたりですね、文化財を保護しようという人から見ればたいへんなことが行なわれておるわけですけれども、こういったことに対する対策ですね。一体文化庁はどのようにしたらいいと考えておられるのか。いままで私が取り上げてきた遺跡がもう見るもむざんに全部破壊されていってしまっている。一体文化庁は何をしているのか、私もそのようにもう言わざるを得ないわけですね。ほんとうに、こういったゴルフ場ができるというならば、ここは大事な遺跡だからゴルフ場つくることはまかりならぬと言えるようにできないものかどうか、そのように思うんですが、いかがでしょう。
#66
○政府委員(安達健二君) 率直に申し上げますと、この前の佐賀県の姫方遺跡につきましては遺憾な点があったと思うのでありまして、で、今回は県の教育委員会も非常に熱心で、しかも県の教育委員会がやる前にも、常に地域の町村の体制というものが大事であるということからいたしまして、町の文化財専門委員からなる文化財保存協議会の設置を指導しておる、こういうことでございまして、そして県のほうもさらに詳細な実態確認調査を実施すると、こういう体制ができておることはわれわれとしてもたいへん心強いと思っておるような次第でございまして、この文化財、個々の遺跡を守るにつきましては、やはり国と県と市町村とが一体となって守るという体制を整えないとできないわけでございまして、そういう意味におきまして、こういう体制ができておるということをわれわれは喜んでおるような次第でございます。さようなことで、われわれといたしましては、その調査の結果を待ってこれに対する考え方をはっきりしていくべきものだと、かように考えておるわけでございます。
#67
○内田善利君 ここには神埼農業高校の農園があったわけですね。いまはもう全然つぶされておりますが、これはどういうわけですか。
#68
○政府委員(安達健二君) 詳細は存じておりませんけれども、農業高校の場合におきまして、先ほどお話のあった双子遺跡というものが校地の造成のために記録保存にとどまった、こういうことは伺っておりますけれども、そのほかのことはいまのところ承知いたしておりません。
#69
○内田善利君 神埼農業高校の農園があったわけですね。四十五年の二月に建てたわけです。四十五年の二月。いまは四十八年ですけれども、もうつぶしてしまったわけですね。で、こういうことを疑ってはいけませんけれども、どうもゴルフ場にするために一連の――どうして農業高校の農園をつぶしたのだろうか、建物を建てたのに。県立公園の指定解除の面は御存じないということですけれども、文化庁が知らないという以上は県立公園でなかったということですね。もし知らなかったといったら行政の怠慢ですから。おそらく県立公園ではなかったと、そういうことだろうと思うんです。これはもし、事実日の隈県立公園という碑が立っているわけですが、それを知らなかったというなら、これは文化庁の責任問題だと私思うのです。そういったものが解除された。そして県立神埼農業高校農園も四十五年二月に建ったのがもうつぶしてしまった。こういう広域のしかも重要な日の隈山遺跡がこういったことでゴルフ場になってつぶれていくということは耐えがたい思いがするわけですけれども、この農業高校がどういうことでつぶれたのかははっきりしていないわけですね。
#70
○政府委員(安達健二君) ただいま承知いたしておりませんので、後ほど調べまして御報告を申し上げたいと存じます。
#71
○内田善利君 佐賀県のほうで調査をしたならばということですけれどもね、この発掘調査については、県ももうお手上げの状態なんですね。県にそういった発掘調査員という方が少ないし、やはりこういったことについても文部省としても考えていただきたいと思うのですけれども、これは六月の四日の日に唐津市で九州地方知事会があったわけですね。このときも文化庁に対する要望は出ておると思うのですけれども、私はいつもお願いしておるわけですが、九州には非常に文化財が多いわけですね。奈良には国立文化財研究所が昨年できたわけですけれども、九州にも何かこういった、国立文化財研究所みたいのをつくっていただいて、ここで、国の直営で、調査を総合的に計画的にどんどんどんどん進めていくような方向を持っていただきたい。古代の大陸文化流入の門戸であった太宰府を中心にして文化財が多いわけですけれども、この文化財がせっかく発掘されても、結局それは京都とか奈良とかにいってしまって、九州の文化財は九州で保存するということで久留米にできましたけれども、やはり調査活動は、また研究活動は、奈良の国立文化財研究所と同じようなものを九州にもつくっていただきたい。これは県知事会でも要望があったようですけれども、かねて私もこの本委員会でお願いしておるわけですが、各県ではこのように開発が進みますとどうしても手が回らない。何とか国の力で、こういうことが起こったならば直ちに調査に行って調査をして保存のしかたをきちっと明確にしていただいたならばいいんじゃないかと、このように思うのですけれども、この点はいかがお考えでしょうか。
#72
○政府委員(安達健二君) 埋蔵文化財の専門的な職員が都道府県に十分ないということで、開発の進展に即応するだけの発掘調査が十二分にできない、こういうことは私どもたいへん心配しておることでございます。ただ、各都道府県におきまして、この埋蔵文化財の担当職員の増員につきましては非常に努力をしておられるわけでございまして、昭和四十五年は全国的に百二十人の発掘専門職員がおられたのでございますが、四十八年度になりますと三百五十一名というように非常に、三倍にも増員していただいておるということでございます。で、私どもといたしましては、各都道府県に所在するところの遺跡につきましては、やはり第一義的にはその県の人といいますか、その県の職員を中心とした調査が行なわれることが望ましいのではないか。と申しますのは、いろんな発掘調査にいたしましても、地元との関係その他がございまして、これを円滑に進めるためにはやはりその土地の事情によく通じた、そうした方々による調査のほうがより効果があがるではないかということを考えておりまして、まず第一段といたしましては、各都道府県における専門職員の充実強化ということが大事であろうと考えておるわけでございます。しかしながら、実態的にその職員がなお少ないところがあって、そこで重要な遺跡が出るというような問題もございますからして、そういう場合におきまして応援すると申しますか、指導すると申しますか、そういうような体制をしかなくてはいけないと、こういうことでございまして、実は本年度の予算で埋蔵文化財の発掘調査の推進対策の調査費というのがとれまして、これは個々の遺跡の調査費ではございませんが、そういう発掘調査体制をどうやって整備するかということで、いま調査会を設けまして、ここで全国的なそういう問題にどう対処するかということをいま研究していただいておるわけでございまして、したがいまして第一段には県の体制を強化すると、そして必要ならばさらにそのための財政措置等もだんだんと考えていくと、同時に全国的な目で応援しあるいは指導できるような体制をつくっていくと、こういうことで来年度予算にはそういう面でのひとつ配慮をしたことをいたしたいと、かように考えておるわけでございまして、この問題は非常に緊急を要し大事なことでございますので、私どもといたしましては、この問題には一生懸命に取り組んでまいりたいと、かように考えておるところでございます。
#73
○内田善利君 前に一ぺん質問したわけですけれども、三沢遺跡ですが、いま横隈遺跡といわれておりますが、この横隈遺跡について五月二十五、六日、地元の小郡市の市議会、住民代表が陳情に行ったと思うんですけれども、それに対してどのように処理されましたでしょうか。
#74
○政府委員(安達健二君) この横隈山遺跡につきまして、西鉄不動産株式会社によるところの宅地の造成事業が計画されて、本年の三月から緊急発掘調査が実施されまして、現在も継続中でございます。そこで、この遺跡の保存につきまして、全体の二十三ヘクタール全部を保存してはどうかというような御意見も市の議会でも決議がなされると、こういうような状況になってまいったわけでございまして、そこで、この五月の二十五日でございますか、市長さんはじめ市の議会の方々、県の教育委員会の方々がいらっしゃいまして、この問題についていろいろとお話を伺い、また研究、協議をしたのでございます。この考え方といたしまして、そこで一応一致いたしました考え方といたしましては、一つは重要部分を保存していくということと、調査をなお継続していくと、こういう考え方でございました。したがいまして、全面保存というようなことは困難である、市長さんとしてもその方針で納得すると、こういうことでありまして、守るためには全面保存というよりは重要なものをなるべく守っていきたいと、こういう方針で一致しておるわけでございます。したがいまして、なお未調査のところは残しまして、これからさらに調査を継続していくと同時にたとえば従来ある程度状況がわかっておりますところのV字形のみぞをめぐらせた貯蔵穴群とそれから帆立貝式前方後円墳と、こういうようなものはひとつぜひとも保存していきたい、その他につきましては、調査の結果を待って判断していこうと、こういう考え方で大体文化庁、県の教育委員会、現地側との間で話し合いがついておると、こういうことでございます。
#75
○内田善利君 この二カ所は国の指定にされるのですか、県の指定にされるわけですか。
#76
○政府委員(安達健二君) これはまだ今後の検討課題でございまして、国の指定にすることができるかどうか、なお検討の要があるだろうと、国の指定ができない場合でも何らかの形でこれを保存していく、あるいは県の指定、あるいは県に指定できなくても宅地造成の中で保存していく、まあ空地というようなことで保存していくと、こういう考え方でございます。
#77
○内田善利君 国の指定になるにしても、文化庁では調査されたわけですか。
#78
○政府委員(安達健二君) 指定をするとなればさらに詳細なる調査が要るのでございますが、この遺跡の全体的な価値とかいうようなことにつきましては、四月の十八日にここにおりまする田中文化財調査官が現地で調査をいたして参りました。
#79
○内田善利君 大体どれぐらいの発掘が進んだ段階で行かれたわけですか。
#80
○政府委員(安達健二君) ちょっと田中調査官から答えさせます。
#81
○説明員(田中琢君) ほぼ六、七百平米程度の発掘が進んだ段階でございました。
#82
○内田善利君 四月十八日にほぼ六、七百平米ぐらいの段階で調査に行かれたわけですけれども、この調査の段階で国の指定にすべきか、県の指定にすべきか、全面保存にすべきか、その辺の判断はつかないわけですか。
#83
○説明員(田中琢君) 国の史跡に指定するかどうかというのは、これは文化財審議会の先生方の御意見を承った上で最終的に決定されることだと思いますが、現在対象地になっておりますところ全域が遺跡ではございませんで、遺跡はあの中に点在しております。それといま私が参りましたおりに出ておりましたのは貯蔵穴のグループとそれから古墳と数基の竪穴とカメ棺でございまして、その一つ一つといたしましては国の史蹟指定ということについては十分検討――いろいろと議論していかなければいかぬじゃないかというふうな感じを持っておったわけでございます。
#84
○内田善利君 点々としておるということですけれども、まだ発掘が、調査がそんなに進まない段階で行かれたわけですが、そういった段階でまだ重要ではないと、そういう指摘もなさったように聞いておるわけですが、いまの答弁とちょっと食い違う点があるわけですけれども、まだこの段階で重要でない遺跡だという判断はできたわけですね。
#85
○説明員(田中琢君) 重要でないということではなくて、あの種類の遺跡は北九州にはほかにも幾つかございますと、そういう感じを持ったわけでございます。
#86
○内田善利君 そういう文化庁の調査官の一つのことばが非常に大きな影響を与えるわけですけれども、一時間ぐらいで調査なさったということですけれども、そういった一時間ぐらいの調査で、しかも、発掘調査はまだこの程度でそういうことばが適切なのかどうか疑問に思うわけですけれども、そういったことで二点の保存となったんじゃないか――。私はここへ行ってみましたが、私が行ったときには、まだ向こうのほう全部残っておりましたけれども、私は専門家でありませんからよくわかりませんが、重要な遺跡であると、将来は国の文化財指定も受けるような重要な遺跡だと、このように学者からも聞いておるわけですけれども、文化庁では、約一時間、田中技官が見えて調査があったと、大体一五%ぐらい発掘調査が進んだ段階であまり重要でないという発言があったと、このように聞いておるわけですけれども、調査の方法が少しずさんではないか、一時間ぐらいではたしてわかるだろうかと、専門家でないからわかりませんが、そういう感じがするわけですが、この点はいかがでしょう。
#87
○政府委員(安達健二君) 私からちょっと答えさせていただきますけれども、いま田中調査官申し上げたことは、一つは全体としての遺跡としての価値として評価するわけにはいかないということを申し上げたわけで、個々の遺跡につきましては、いま先ほど私が申し上げましたようにV字型のみぞをめぐらせた貯蔵穴群と帆立貝式前方後円墳というものは、これは保存しようと、こういうことでございまして、その他につきましては、今後の調査の結果によって判断すると、こういうことでございますので、したがって、今後の調査の結果によって判断すべきことにまで田中調査官は言及しておるわけではないということでございます。
#88
○内田善利君 この遺跡に関しては、小郡市議会全部開発反対の議決をしているにもかかわらず、県はこういう開発業者の言うなりといいますか、なっているわけですが、これはやはりいつも私が言っておりますように、原因者負担、開発する者が調査費を負担すると、こういったことからきているのじゃないかと思うんです。まあいろんなこういった埋蔵文化財遺跡の発掘については常に感ずることですけれども、開発する側が調査費を出してその一切のお世話をしているということが、こういった市議会等では開発反対しているにもかかわらず、業者の言いなりになっておる姿を見るわけですけれども、まあこういったことも文化財保護法で改正していただきたいと、このように私は要望しておるわけですけれども、一つはこの原因者負担の、開発するものが負担していくというやり方については再三質問しているわけですが、この遺跡についても六、七百平米ぐらいのときに調査に行っておられるわけですが、もう一度、幾らか調査した段階で文化庁もう一度再調査していただきたいと、このように思うんですけれども、この点はいかがでしょう。
#89
○政府委員(安達健二君) 調査費の問題でございますが、いままでの調査は原因者負担で五百万円ほど西鉄不動産が持ったわけでございますが、これからの調査は県が持ちまして国でもって四百万円の補助を計上していると、原因者負担でない調査にしていこうと、こういう考え方でございまして、したがいまして、私どもといたしましては、この調査結果に基づいた適正な処理がさらに一そうよりよくできるのではないかと、かように考えておるところでございます。
#90
○内田善利君 文部大臣はいかがお考えですか、原因者負担の問題ですね。開発する側がその調査費その他を一切負担するというやり方ですね、現在法的なそういった根拠はありませんけれども、原因者が負担して、開発業者が負担していくというやり方についてどのようにお考えでしょうか。
#91
○国務大臣(奥野誠亮君) 文化財は国民全体で守っていかなきゃならないんだという基本的な思想をもっと強く持ってもらいたいと思います。したがいまして、また開発する場合でも、そういう問題のありますところについては進んで調査した上でなければならないんだという体制を確立したい。しかし場合によっては積極的に政府なり地方公共団体なりが進んで調査に当たらなきゃならない、それだけの財源を持っていかなきゃならない、こういう姿勢もきわめて大切だと考えているわけでございまして、文化財保護法の改正にあたりましていま御指摘になっております点が一つの重要な改正点だと、こう心得ておるわけでございます。
#92
○内田善利君 文化庁の予算は非常に少な過ぎると、この予算では、このような開発が先行して破壊がどんどん先行しているときに現在の文化庁予算ではできないんじゃないか、いままで何回となくこういった問題について議論を戦わしてきましたけれども、やはり予算的な裏づけがない限りこの開発に追いついていけないんじゃないか、このように思うんですけれども、その点はどうですか。
#93
○国務大臣(奥野誠亮君) 御指摘のとおりだと思っております。私、埋蔵文化財の調査に当たる人、これも十分ではございませんで、それだけの調査のできる人を養成していかなきゃならない、同時に発掘しました埋蔵文化財、これを保存するその施設にも欠けているところがございますし、また、技術についても十分でございません。さらに発掘調査に当たる経費も先ほど来御指摘のように原因者負担ということで見えすいているじゃないかということ、これも考え直しまして積極的に必要なものについては公費をぶち込んでいける、それだけの財源を用意しなければならないと考えるわけでございます。先ほど文化庁長官から調査費を計上してどうするかということについていま取り組んでいるんですというお話がございましたが、四十九年度の予算編成にあたりましては十分そういう点も心得て努力をしていきたい、かように考えております。
#94
○内田善利君 周知の遺跡ですね、周知の遺跡が周知になっていない面で破壊が行なわれている、このように思うんですが、周知の遺跡であるということを周知させる方法ですね、社会教育、あるいは学校教育の中でやはりこの遺跡の問題は、あるいは文化財の問題についてはもう少し積極的に取り上げていくべきじゃないかと、このように思うんですけれども、この点はいかがですか。
#95
○国務大臣(奥野誠亮君) これも御指摘のとおりでございますし、また同時に、私のほうからもお答えをしてきているわけでございますけれども、周知の遺跡のありかを国民の間にもっと明確にしていく、のみならずまたできる限り早く調査をいたしましてそしてそれの分類と申しましょうか、そういうことも行なっていかなきゃならない、こう考えるわけでございまして、周知の遺跡以外に建設が進んでいるものでございますだけに、しばしばそれ以外でいろんな貴重な文化財が発見されているというようなことでもあるわけでございます。いま御指摘のような点については一そう事前調査、これも拡大して進めなきゃならない、こう思っておるわけであります。
#96
○内田善利君 一番最初に申し上げましたように、開発と文化財保護ということでいままで何回となく検討してまいりましたが、やはり文化財保護法について昭和二十五年以降全然そのまんまの状態では、ほんとうに開発で破壊は終わってしまったんではどうしようもありませんので、この文化財保護法の改定ということをしなきゃならないと思うんですけれども、そうしない限り手をこまねいていく以外にないような状況ですので、早急に文化財保護法を改定すべきであると、このように思うんですけれども、その点はいかがお考えでしょう。
#97
○国務大臣(奥野誠亮君) 全く同感でございまして、私も、そういう方向に向かって一そう努力を続けていきたいと思っております。
#98
○委員長(永野鎮雄君) 午前の会議はこの程度にとどめ、午後一時まで休憩いたします。
   午後零時八分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時十二分開会
#99
○委員長(永野鎮雄君) ただいまから文教委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、教育、文化及び学術に関する調査を議題とし、質疑を行ないます。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#100
○萩原幽香子君 義務教育段階で、学習指導要領が要求する学習内容を子供たちが最低限度どこまで理解すれば進級させるべきだとお考えになりますのか、承りたいと存じます。
#101
○政府委員(岩間英太郎君) それは、まあ全部理解をしていただければよろしいわけでございますけれども、やはり子供には現実に能力の差もあるわけでございます。それからまた、その時点ではかりに能力が低いといたしましても、将来伸びるという、いわばおくての子供もおるわけでございます。そういう者が小学校、中学校を通じまして積み重なって、卒業のときに社会に出て一人前の社会人として自立できる、そういうふうなことを目的にしておるわけでございますから、したがって、個々の学年での理解の程度というのは、これはある程度まちまちかもしれませんけれども、私どもとしましては、義務教育じゃ落第はないというふうな考えで従来やってまいりましたわけでございまして、そういう意味で、まあ、この判定は一応校長にまかせてあるわけでございますが、私どもとしましては、できるだけ理解を深めてもらうような指導をしてもらいたいということを考えております。
#102
○萩原幽香子君 そのときそのときによって子供の伸び方も違いますでしょうし、それはいろいろあると思います。しかし、ここまでぐらいは持っとってもらわないとどうもむずかしいというようなものがあるのではございませんでしょうか。たとえば三分の一ぐらいしかもう全然何にもわからないというのを次々進級させるということになりますと、これは必然的に問題が起きてくる、こういうふうに思うんですね。そうしますと、大体これぐらいは限度だというところがございませんでしょうか。義務教育ではなるほど落第はございませんけれども、しかしこれぐらいはという、そのこれぐらいというものをひとつお聞かせいただきたいと思います。
#103
○政府委員(岩間英太郎君) まあ、先生の御質問を形を変えて理解をいたしますと、どの程度ぐらいの子供をねらってやっていくかということでございますけれども、これは国によっても多少違うわけでございまして、たとえばアメリカあたりでございますと、ちょうどまん中ごろの子供をねらってやるというふうなことでございます。しかしながら、まあわが国では大体それよりもちょっと高い程度、六〇%程度をねらってやっているというのが実態ではないかというふうに考えるわけでございます。
#104
○萩原幽香子君 それじゃ、その質問はまたあとに譲りますが、それじゃクラスのうちの何%が理解できたら次の題目に進んでよいとお考えでございましょうか。
#105
○政府委員(岩間英太郎君) それは、やはりものによるんじゃないかと思います。たとえば、数学なんかは一番わかりがいいわけでございますけれども、積み重ねを必要とするもの、つまり一つのことがわからなければ次のことが理解できないというもの、それから国語とか社会とか、まあ積み重ねではもちろんございますけれども、しかしながら、前のほうが理解できなくてもあとのことが理解できるというふうなものもあるわけでございます。私どもとしましては、たとえば数学でございますとか、理科でございますとか、英語でございますとか、そういうものはしっかり基礎を修得してから次に移るということが望ましいとは考えておりますけれども、現実の問題としましてはなかなかそういうふうにいっていないという点がございまして、その点は認めざるを得ないわけでございますけれども、まあ、そういう教科の、二つに分けますと、積み重ねを必要とするものにつきましてはこれは基礎を理解してから、それから次に進む。もしそれができなければもう一度繰り返してやっていくというふうないろいろな指導上のくふうというものを現場の先生方にはお願いしたいものだというふうに考えております。
#106
○萩原幽香子君 基礎ができなければ次に積み重ねができない、そういうようなものを繰り返しやるというようなゆとりが現在あるとお考えでございますか。
#107
○政府委員(岩間英太郎君) そこはいろいろ意見があるところでございまして、いまの教育の内容全体が知的偏重と申しますか、少し子供にとりましては盛りだくさんであるというふうな御指摘がございます。これは前の大臣も仰せられておりました。そういう意味で、私どもはもう一度中身について見直しをしたいということで、これからその問題を検討してまいりたいというふうに考えております。
#108
○萩原幽香子君 去る四十六年の全国教育研究所連盟では、教師をはじめ教育関係者八千三百七十人を対象として義務教育改善に関する意見調査を行ないました。その結果が発表されているのを見たわけでございますが、それによりますと、小中学校の授業についていけないという子供が半数、こういうことでございます。さらに小学校の先生の一六%以上、また中学校の先生の三〇%以上が三分の一ないし四分の一の子供たちしか理解していない、こういう答えが出ているわけでございますね。そうしますと、わからぬままに進級をしている子供がとにもかくにも半数はいると、こういうのが実態のようでございます。もう少し詳しく申しますと、小学校では先生の側から見た理解度は四分の三理解しているというのは二八・九%、二分の一というのが四九・二%、三分の一、これが一四%、四分の一以下といったのが二・二%、わからないと答えたのが四・五%、こういうことになっておりますね。これはひとり学校の先生だけではなくて、指導主事とか研究所員にも同じ調査をしているわけでございますが、大体先生と同じ答えが出ている、こういうことでございます。さらに中学校になりますと、四分の三理解しているというのは一六・七%、二分の一というのが五〇・二%、三分の一が二六・一%、四分の一以下というのが四・一%、ざらに、小学校よりも理解度が落ちてきている、こういうことになるわけでございます。特に中学校の教科別で申しますと、一番悪いのが数学と理科で、半分しか理解していないというのが五三・八%、三分の一の生徒が授業についていけないというのが二六・二%、こういうような結果になっているわけでございますね。こういうことに対して一体大臣はどういうふうにお考えでございましょうか。
#109
○国務大臣(奥野誠亮君) いまのようなお話を私もたびたび伺いながら心配をしているわけでございます。入学試験目当ての受験勉強中心であるとか、あるいは詰め込み教育、あるいは知育偏重、いろんなことが言われているわけでございます。また部内でいろいろ話をしてまいりますと、次々に各教科についてこういうものを加えるべきだ、ああいうものを加えるべきだ、加えることばかり熱心に主張される。そういうことが積み重なって、かなり密度の高い教育課程になってしまっているのじゃないだろうか、こういう疑問を持っているわけでございます。そういうこともございますので、いま部内でそういう問題について掘り下げた検討をしているところでございますが、ぜひ深く掘り下げまして、いまのような問題にどうこたえていくべきかという結論をなるたけ早い機会に出すべきだと、こう思っております。
#110
○萩原幽香子君 昭和三十三年にお出しになった学習指導要領の算数のところでは、「一般に遅れた児童や進んだ児童についての対策が特に必要と考えられる。」、「どの児童も成功の喜びを味わい、進んで学習ができるように、指導計画について適切な配慮をすることが必要である。」、こう述べられております。ところが四十三年になりますというと、「児童の実態を考慮し、必要に応じて、継続して指導するよう指導計画を立てることが必要」、こういうふうに非常に簡単になっております。つまりできない子供への配慮の足りなさが感じられるわけなんですね。文部省はこの取り残された子供に対してどのような対策をいま現にお考えになっていらっしゃいますのか、承りたいと存じます。
#111
○政府委員(岩間英太郎君) これは、やはり各学校におきまして、個々の先生方がいろいろ気を配っていただかなければならないということで、私どもそういう先生方の指導が行き届くようなことができますように、たとえば学級編制でございますとか、あるいは特殊学級の増設でございますとか、あるいは教員定数の問題でございますとか、そういうまわりからのことにつきましては、私どもできるだけ改善をするような方向で努力しておるわけでございます。こういうふうな子供たちに対してどうするかという問題が一つあるわけでございますけれども、これはまあ極端なことを言いますと、そういうふうな能力別のクラス編制にでもすれば、これは問題が解決する、そこの部分だけで言えば解決するわけでございますけれども、やはり先ほど申し上げましたように、子供の発達のおそい早いもございますし、それからみんなでまあいわばできる子もできない子も一緒に学習をしていくというふうなことに、人間的な発達の上から申しまして非常に利点があるというふうな点もございますし、たとえばある学科ができないという点だけをつかまえて、それだけを解決しようと思ったらできるんですが、やはり全人的な教育という点を考えますと、ある程度そういう点につきまして、先生方の御苦労を願いながら解決をしていく、私どもも教育条件の整備をはかっていくというふうな方向でしかいまのところは解決のしようがないんじゃないかというふうに考えております。
#112
○萩原幽香子君 最近、母親たちの私塾づくりというのがあちこちで見られるわけでございますね。文部省はその事実をどのようにつかんでおられますか、承りたいと存じます。
#113
○政府委員(岩間英太郎君) 私どものほうで調べた資料というのは、十年前のごく大ざっぱな資料しかございませんですが、それによりますと、約六十八万ぐらいですか、私塾が全国であるというふうなことしかわかっておりませんが、一般的に大体二〇%ぐらいの子供がいわゆる塾といわれるものに通っているんじゃないか。それからおけいこ事などにつきましては、女子の児童生徒は大体六〇%ぐらいが通っているんじゃないか。それから男子の児童生徒は四〇%ぐらいは通っているんじゃないかというふうに言われておりますけれども、それに関する的確な資料はございませんが、いろんな数字を組み合わせて推定をいたしますと、やはり先ほど申しました六十八万という数字はわりあい実態に近い数字であるような感じがいたします。
#114
○萩原幽香子君 局長さん、私がお尋ねしましたのは、子供の私塾に通っている数ではございません。おかあさんたちが私塾づくりをしております。それがあちこちに見られるような状態でございます。そういうことをいま申し上げているわけなんです。ですから、そういうことについて、文部省はどのように把握をしておられますか、これを承っているわけなんです。
#115
○政府委員(岩間英太郎君) これは、私どものほうで特に私どもの小等中等教育関係では把握をする機会がございません。社会教育のほうも問い合わせてみたわけでございますが、ちょっとそういう実態は把握しておらないようでございます。たいへん恐縮でございますが、実態はわかっておりません。
#116
○萩原幽香子君 局長さん、これは新聞に出たわけでございますからね、だから御存じないというのは、私ちょっとおかしいと思います。これは三月八日の朝日新聞に出た小平市にある母親たちが塵劫塾という名の私塾をつくっているわけでございます。しかも、こういうのは京都でも大阪でも同じような動きがあるということなんですが、なぜこういうような現象が、子供が行くというのじゃなくて、母親たちが私塾をつくるという、こういう現象がどうしてあらわれ始めたとお考えでございましょうか。
#117
○政府委員(岩間英太郎君) 母親がどういう私塾をつくっておられるのかわかりませんが、あるいは間違っているかもしれませんけれども、子供ざんたちの学習のめんどうを見るためにおかあさん方が交互にお世話をするというものでございましたら、まあその原因は先ほど御指摘になりましたように、子供たちがいわゆる学校教育についていくための補いをしているあるいは補いをせざるを得ないというふうな実態があるということであろうかと思います。
#118
○萩原幽香子君 やっぱりこれらの私塾をつくろうとした動機というのは、いわゆる「授業のわからない子、学校が楽しくないという子、芽を出す前に自分で自分に見切りをつける子」、そういう子供に対しておかあさんたちが子供の可能性をあきらめ切れずに自主的に集まったサークルだ、こういうことが言われているわけでございますね。こういうことは、本来学校教育でやるべきことだとお考えになりませんですか。学校で切り捨てられていく子供、先ほどのようにわからない子供があっても、それはいつかのときにわかっていくんじゃないだろうか、やはり成長発達の段階もその子供によって違うのだから、この段階ではわからなくても、次にはわかるんだからといったようなことで見のがされ見のがされしながら進級していくというような子供、その親が考えますときには、学校でのその切り捨てごめんに対して母親たちが学校教育への不信であるということになりませんでしょうか、あるいは挑戦だというふうに考えられませんでしょうか。文部大臣、これはいかがでございましょうか。
#119
○国務大臣(奥野誠亮君) 日本ほど学校教育について関心が深いといいましょうか、というところは少ないのじゃないかと思うぐらいにたいへん学校教育がみんなに注目されていると思います。同時に、またみんなついていけるならば、私むずかしい問題だなあということを考えるわけであります。能力の差が非常な開きがある。ことに教科の課程があまりむずかしくなりますと、一そう開きが出てくる。そこで御指摘になっていると思いますが、その点はよく検討させていただきたいと思います。おかあさんたちが自分たちの子供の学校で受けている授業について御心配なさる、それはまたある意味においてけっこうなことじゃないかと、こう思うわけでございます。ただ、学校教育ばかりに気持ちをとられちまって、家庭でしつけるべき問題、社会で人間を育てるべき問題、そういうものがみんな並行的に、いわゆる調和のとれた人間を育て上げるんだという方向にいかないと、私は問題が残ると思うんであります。あまりにも知育偏重に過ぎたようなことになりますと問題が残ると思うんでございます。そうでなければ、おかあさん方がお互いに力を合わせて子供さんのめんどうをさらに見てくれる、これを一がいに非難できないんじゃないかと、こういう気持ちもするわけでございます。ただ、遺憾ながら実態をよく知りませんので、いまお教えをいただきましたので、さらに深く調査をした上で考えさしていただきたいと、こう思います。
#120
○萩原幽香子君 この塵劫塾で学んだ子供たちが作文を書いているわけなんでございますね。とっても楽しかった、ほんとうによくわかったというふうに述べているわけです。おかあさんたちも、学校の授業はどうしてこの塾のように楽しいものにならないんだろうか、こういう疑問を寄せているというわけなんでございますね。ですから、こういうことから考えますというと、なぜ学校はそうならないんだろうかという疑問、これが私は実は大臣に一番伺いたいところなんでございますね。そもそもみんな同じような仲間が集まってやる学校というものはほんとうは楽しかるべきものなんだ。ちっとも楽しくない、ちっともわからない、こういうことを言う子供が、ここへ来たときには、よかったなあとか楽しかったなあとか、また行きたいなとかそういうことになるその原因というものは一体どこにあるんだろうか、これをひとつ大臣に伺いたいと思うんです。
#121
○国務大臣(奥野誠亮君) 私が自分の昔を思い浮かべてみましても、非常に記憶に残っておる先生と、そうでない先生もあるわけでございますし、また、教育そのものが子弟の信頼関係が基本にならなきゃならないといわれておりますし、また同時に、子供の持っている能力を引き出す、それはもう教育の基本だと、こういうこともいわれている。でありますだけに、やっぱり先生によき方を得ているか得ていないか、これはやっぱり一番基本じゃないかなという気がいたします。同時にまた、先ほど来御指摘になっておりますように、ただ詰め込み的な教育に堕していますとなかなかおもしろくない。みずから学ぶ環境が害されるところも出てくるんじゃないかと思うのでございまして、ですからいろんな角度から考えていかなきゃならない。先生方が進んで教育にもっと熱情を傾けていただけるような諸条件を整備していく、これも大切だと思います。同時にまた、教育課程そのものが子供さんたちに興味を持ってもらう、進んで学ぼうとする努力をしてもらえるようなあり方が大切だと、これも御指摘になっておりますように検討していかなきゃならないと、こう思うわけでございまして、いろんな角度から掘り下げていかなきゃならない多様な問題を含んでいるんじゃないかと、こう思うわけでございます。
#122
○萩原幽香子君 多様なとおっしゃいましたけれども、私はまず、この塵劫塾では二十人というのを単位にしておりますね。そういたしますと、一学級当たりの児童生徒が多過ぎるということはやはり手が回りにくいということになる一つの大きな原因だろうと思います。そうしてまた人数が多うございますししますと、先生たちもどうしても研究時間もあまり持てなくなるんじゃないか。さっきのように、過密化した学習内容というようなものも一つのおもしろくない切り捨てられていく子供が多くなる理由にもなるんじゃないだろうかというふうに私は考えるわけでございます。
 そこでまず第一に、この学級編制基準についてお伺いをいたします。世界の主要国の学級編制基準というのはどうなっておりますでしょうか。
#123
○政府委員(岩間英太郎君) 小学校におきます学級編制の基準は、アメリカでは州によって異なるようでございますけれども、二十人から三十人の間、それからイギリスが四十人、フランスが四十人、西ドイツが三十三人、ソ連が四十人ということが一応私どもの資料では出ているわけでございますが、それが具体的にどういうふうに運用されているのか、どういうふうな観点からかというのはわかりにくいわけでございますけれども、平均をいたしますと、わが国では小学校が三十二・八人、イギリスでは三十二・七人、フランスでは二十三・九人、西ドイツでは三十四・五人、そういうふうな実態になっておるようでございます。
#124
○萩原幽香子君 わが国が三十二・八人とおっしゃいましたですか。それは局長さん非常に、過疎地域の一学級の子供が十五人とか二十人とかいったようなところを含めて平均された数字じゃございませんか。
#125
○政府委員(岩間英太郎君) 日本の場合は、そうでございますけれども、アメリカの場合はもっと地域的には広いわけでございまして、ワン・ティーチャー・スクールというふうな非常に小規模なものを含めましての実績でございます。
#126
○萩原幽香子君 しかし、その学級編制基準というものは日本でございますと四十五人というのが編制基準でございますね。ですから編制基準というのと実質とは私は違うと思うんです。これはみな編制の基準のようでございますね。そうしますというと日本はやはりどれをとってみても多いんじゃないか、こういう感じがするんですが、その点いかがでございますか。
#127
○政府委員(岩間英太郎君) どういう基準を定めているかというのが諸外国につきましてはちょっとわからないわけでございますが、先ほど基準というふうに申し上げましたけれども、わが国の場合には、これは標準といっておりますけれども、最高の基準でございます。外国の場合はあるいは中間的な数字でその上下があるのかもしれませんし、その点がちょっとよくわかりません。
#128
○萩原幽香子君 しかし、さっきの全教連の調査を見ましても、小中学校ともに三十六人以上になると多過ぎて困るという先生の答えが非常に多く出ているわけでございますね。ですから、外国はどういうところをとったのかわからないというお話でございますけれども、一番上が四十五人。そうしますと、何はさておき四十五人までは置けるということでございますね。ですから、平均が三十二・八になったからといって、それで満足できるということではないだろうというふうに考えるわけでございますけれども、その点はいかがでございますか。
#129
○政府委員(岩間英太郎君) いま申し上げましたように、わが国の場合には最高の基準をとっているわけでございますけれども、外国の場合には、たとえばイギリスでございますと四十一人から五十人というのがこれは一九六七年で一〇%ございます。それから西ドイツでは、これは一九六六年でございますけれども、一八・八%あるわけでございます。それに対しまして日本の場合には、一九六九年に二四・一%ということでございまして、このときには、一九六九年でございますから基準が五十人になっているころでございます。その後四十五人に改正されたわけでございますので、四十五人以上はなくなっているわけでございます。
 それからなお、これはちょっといま手元に正確な数字は持っておりませんけれども、小規模の学級に対する手当てというのは、世界各国比べまして、たしかスウェーデンでございましたかノルウェーでございましたか、一国だけ日本よりよくて日本は二番目ぐらいにいいというふうなデータがあったような気がいたしますけれども、特にわが国の場合にはそういう小規模学校につきまして努力をしておるという点、それからさらにこれからも努力をしたいという点は、ほかの国とやや違っているんじゃないがと思います。
#130
○萩原幽香子君 四十五人といういまの現状は多いというお考えはいかがでございますか。お持ちになりませんですか。
#131
○政府委員(岩間英太郎君) 私、定数法の改善につきましては初めからタッチをしていて、二十年前ぐらいに、これも多少正確な数字じゃないかもしれませんけれども、あの当時六十人から五十人に下げ、さらに五十人から四十五人に下げたその中間で一体どれぐらいが望ましいのかという調査をいたしましたところが、これも意識調査でございますけれども、その当時は四十人ないし四十五人というのが一番多かったわけでございます。やっぱり八十人ぐらいのときは、まあせめて六十人と。六十人ぐらいになりますと、まあせめて四十人から四十五人ということで、この意識調査というのは、私は、その当時、それぞれの先生方のお感じが入るものでございますから、これはやはりできましたら、私は、教育的に考えまして一つの集団としてのクラス編制というのがどうあるべきかというのを、教育的にも、それから集団生活という面から考えましても、結論を出すべきことだと思いますが、現実申しましてなかなかむずかしい問題でございます。たとえば三十人ぐらいになりますと、男子と女子が半分半分で十五人ずつになりますと、これはバレーもできないというふうなことも言われております。いろんな観点からこれは考えていく必要があるんじゃないかということで、私どもは、学級編制をともかく四十五人まで下げるということは、最高を下げるということは、これはもう絶対間違いないだろうということで四十五人まで下げたというふうないきさつでございます。これから先のことは、最高四十五人にいたしますと、二十人ぐらいのクラスがたくさんできるわけでございまして、そういう場合にはたしていいのか悪いのかということもこれからは考えていかなければならないというふうな問題ではないかと思います。
#132
○萩原幽香子君 四十九年になりますと、さらに子供の数がふえるということが予想されるわけでございますね。そうしますと、いま局長さんおっしゃいましたような三十二・八なんていう平均にもだんだんなりにくくなる。何ぼそういうことになっても、学級編制基準がそこになっておりますと、四十五まではとにもかくにも入れなきゃならないということになりますね。だから、私はやはり四十人ぐらいがほんとうは限度ではないだろうか。もっと下げてもらえばさらにありがたいと。塵劫塾のように二十人になれば、ほんとうにおもしろかったという授業もできる。こういうことになるんじゃなかろうかと思うんです。特に、わが国のような経済力からいってみても、また資源のない将来を考えてみても、教育にしかたよるものがないという角度から考えて見ましても、やはり子供をもっと大事にするということは大切なことになるんじゃなかろうか。ちょうどことしが一学級四十五人の学級編制完成年度に当たるわけでございますから、ここでひとつ、これから四十人に下げるというようなお考え方はいかがでございましょうか。これは大臣からお伺いをしたいと思います。
#133
○政府委員(岩間英太郎君) ちょっと先に数字だけ申し上げますと、いま四十人以上の学級が占める割合というのは、いわゆる過密八府県で半分以上になっております。現実といたしまして、そういうところではもう土地の手当てもできませんものですから、学級編制を引き下げる場合に一番影響を受けますのはそういうところでございます。それからまた、ただいま先生御指摘のように、これから二〇%も子供がふえてまいります。そういたしますと、それだけでも現在のそういう過密府県の小中学校はパンクをしそうな状態にあるわけで、そこにまた学級編制の改善を五〇%以上の割合でやっていくとなりますと、これは別に学校をまたつくらにゃいかぬというふうな極端なことも考えなければいけない、しかしながら土地がないということでございまして、たいへん恐縮でございますけれども、学級編制の改善は子供がまた下がってまいります時点におきまして考えさしていただきたいというふうに私どもは思っておるわけでございます。
#134
○国務大臣(奥野誠亮君) 四十九年度から新しい教職員定数改善五カ年計画というようなものをつくりたいと考えております。その際に、いまお話しになりました学級編制の最高四十五人を引き下げたらどうかという問題は議論をしたわけでございましたけれども、いま初中局長が申しましたような事情がございますので、やはりこの際はそれに手をつけるわけにいかない、他の面について改善を積極的にはかっていこうというような結論を一応事務的には出したところでございます。引き下げる問題につきましては将来に考えさしていただきたい、この際としてはそれは避けざるを得ない、こういう結論になっているわけでございます。
#135
○萩原幽香子君 そうしますと、子供の数を減らすことができなければ先生をたくさんにすると、こういう考え方はいかがでございますか。
#136
○政府委員(岩間英太郎君) これも、いま御指摘のとおり、子供の数が二〇%もふえますので、私どもが予想しておりますだけで来年度八千人以上の教員が必要になるわけでございます。そういたしますと、現在、小学校の場合には、教員養成大学を出ます者が一万三千人ぐらいでございますか、そういうふうな先生の養成の面とかなり食い違いが出てくる可能性があるわけでございます。先生は、一度採用いたしますと三十年以上もおつとめをいただくということでございまして、そういう際に、同じ年齢の先生方が非常にたくさんおられるというふうな――終戦後、一時、新制中学校をつくりましたときに、大体一割ぐらいの先生方が、一時期に、三年ぐらいの間に採用されたわけでございます。そういう年齢構成から考えましても、やはり、教員の組織を考えます場合には、そう一時にふやしていくというのは問題があるのじゃないかというふうに考えておるわけでございます。いずれにしましても、来年度から新しい基準をつくらなければならないわけでございますけれども、そういう点につきましても、ひとつ、十分検討さしていただきたいと、このように考えております。
#137
○萩原幽香子君 子供の数を減らすことが、学校の教室の問題とか、増築の問題とか、いろいろなことで非常にむずかしいというようなお考えでございますれば、やはり、一学級に対する先生の数をふやして先生にしっかり勉強してもらうような時間を持ってもらうということも私は大いに考えていただかなきゃならない問題じゃなかろうかと。いまのところでは、四十九年になって二〇%ふえますと先生の数はそれに伴わないというふうなお考えでございますか。
#138
○政府委員(岩間英太郎君) 子供が二〇%ふえますと、機械的に計算いたしますと、当然、先生の数もその程度はやっぱりふやさなければいけないということになるわけでございます。ですから、その分はふえるということでございます。それからなお、先生方に余裕を持っていただくという点につきましては、定数の問題とは別に、週休二日の問題等もいま議論されておりますので、総合的に考えていく必要はあろうというふうに考えております。
#139
○萩原幽香子君 そういうことで、先生たちがもう少し勉強もできるような状態に持っていっていただくことが、また非常に学校も楽しいものになるという要素にもなってくるんじゃなかろうかというふうに思いますね。だから、先生がふえるとおっしゃいますのは、これは自然増でございましょう。子供の数がふえるから先生の数がふえると。私が申し上げているのは、そういう自然増のことを申し上げているんではなくて、子供の数はそのままであっても、先生に勉強していただくような機会をつくるために先生をふやしていただきたい、こういうことを申し上げたわけでございます。と申しますのは、さきの過密化された学習内容というものを考えてみましても、これはなかなか問題だと思います。で、新学習指導要領に基づいた算数の新教科書では、一年間に勉強する中身が十年前に比べて一・五倍から二倍になっている、こういう状態は御存じでございましょうか。これは教育出版社発行の五年生の教科書の新旧比較を持ってまいったわけでございます。それによりますと、現行のものは二百五十六ページ――上・下でございますが、それに対して十六の題目を持っている。ところが、昭和三十三年のときには二百九十六ページに対して七つの題目を持っている、こういうことでございますね。急に倍以上にふえているということでございますから、これは教えるほうも教えられるほうもなかなか並みたいていのことではない、こういうような感じがするわけでございますけれども、こういうことについてどういうふうにお考えでございましょうか。
#140
○政府委員(岩間英太郎君) 算数の教科書につきましては、新しい学習指導要領に基づきまして集合とか確率とか関数とか、いわゆる数学の近代化と世界的に申しておりますが、そういうふうな要素を取り入れておりますので、まあ、むずかしくなったというふうにいまおとりになる向きもございますが、しかし、いま先生が御指摘になりましたように、指導内容の精選をはかったと。いままで、ページ数をとりまして、たとえば四則計算とか分数計算、そういうものにつきましてはかなりむずかしい例題をたくさんのページを使ってやっておりましたものを簡素化するとか、内容の精選につきましては注意をいたしているような点があるようでございますし、その観念につきましては、私どもそれがむずかしくなったのかどうかという点は専門家でございませんので的確な表現は申し上げられませんけれども、新しい観念が入って、おかあさま方がごらんになりました場合には、これはたいへんむずかしくなったというふうにおとりになる向きもあるかもしれません。しかし、できるだけいままでのような複雑な計算というものは省略するようにつとめているという点はございます。
#141
○萩原幽香子君 ページ数が新しいほうが少なくなっているわけでございますね、古いのよりも。そして、なお教えることは多くなっているわけでございましょう。そうしますと、一ページの中で教えることはさらに過密になっているということが言えようかと思うわけでございますね。ですから半数以上の子供が数学の場合はついていけないと、こういうことに私はなってきたんではないだろうかと、こう思いますね。そうしますと、教えることが簡素化されたということばっかりでは問題が取り扱いにくいという問題があろうかと思います。だからこういう点もひとつ十分新しいカリキュラムをおつくりいただきますときにはお考えいただかないと、これから切り捨てごめんがさらにふえていくということにもなるんじゃないかと思います。こういう中で教師も詰め込み主義にならざるを得ないし、そしてまた親はついていけない子供にいらいらする。そこで、こんなおもしろい子供の作文がございますからひとつ聞いてやっていただきたいと思います。「おかあさん」という題で三年生の杉田あつ子ちゃんというのが書いております。「おかあさんは、いつも「しゅくだいしたかしゅくだいしたか」といわはる、まるで、よその子ときょうそうしてあるみたい。おかあさんは、わたしに、べんきょうさそおもていっしょうけんめいみたい。なんでやろ、」、これが三年生でございます。ところが五年になりますと、「とうさん」というので斉藤一朗君というのが書いております。「とうさんは、ぼくが学校からかえるとすぐ、「べんきょうしろ」といっておこる、よっぱらったときはくどくいう、だから、ときどき斉藤の子にうまれなかったら、よかったと、おもうときがある。」。これはしかしこの子供だけの感想ではございません。私のように身の上相談やっておりますと、試験の点もらって帰るとおかあちゃんが、八十点もらって帰ると、隣の一郎ちゃんは何点じゃったと、こう聞く。そこで、知らぬって言ったら、知らぬはずないだろうと、こういっておこる。何でそんなに隣の子の点が気になるのかと言ったら、おまえが八十点もろても隣の子が九十点もろうたったら何にもならへんやろと、こう言うんです。なぜ何にもならへんのでしょうかと私に問題を投げかけます。ところが、そんなことは私は聞かれてもちょっとわかりずらいわけでございますね。ところがそのあとで子供は、こう言います。そんなこと言うたって先生無理じゃ、隣の一郎君は隣のおっさんとおばはんの子やし、ぼくはうちのおとうちゃんとおかあちゃんの子や、比べるほうが無理やおまへんかって、こう言われて、私はほんまにそんなほんまな話ないなと、こういうことになるわけですが、そういう例から考えても、親がどれほど子供に勉強勉強と言い、そして隣の子との点を気にしながら比較しようとしているかということがわかると思います。ですから八十点とったら百円やろう、百点とったら二百円やろうなんていうもんですから、よくできる子の答案とおかえごとをして、そして何百円か何千円か知りませんがかせいだ子供がいる。そういったような悲劇はこういうところから生まれてくるのではないだろうかというふうに私は考えるわけでございますね。ですから文部省がこんなにしてまで過密カリキュラムを必要とされる理由は一体どこにあるのか、その根拠は一体どこにあるのか、これを伺いたいと思うんです。
#142
○政府委員(岩間英太郎君) これは具体的には個々の専門家の先生方が、たとえば義務教育なら義務教育を終わるまでには社会生活をしていくためにこの程度のものが必要であるというふうに判断をされたということだろうと思います。やはり現在は知的社会でございますから、日本が世界の中で尊敬されるような地位を占めていくというためにはやはり一定の知的なレベルというものを維持していかなければならない。そういたしますと、実際に現在の社会の中で、一人前に生活をしていけるだけのやはり知的な水準というものをそれぞれの子供さんたちにも与えていかなければならない、そういうことであろうと思います。
 それからまた、ただいまお話しになりましたように、過熱化しがちだというふうな問題がございますけれども、ある意味では日本の社会のように、世界各国から見まして公平と申しますか、そういうふうな社会というのはないわけでございます。たとえば現在の総理大臣でも、あまり学歴がなくてもそこまではいけるというふうな例をお示しになっている。本人の努力によって最高までいけるし、またその反面、本人が努力しなければ最低まで落っこちるというふうな、非常に平等と申しますか、そういうふうな社会でございますので、どうしても最高までいけるという可能性があると、親御さんたちはその最高まで子供さんたちにいってもらいたいというような希望が強くなるということは、少なくとも社会の第一線に立って人々から尊敬されるような人間になってもらいたいというふうな要望が強くなるというのは、これまたいまのような日本の社会では、必然とは申しませんけれども、やむを得ないような点もあるんじゃないかというふうに考えております。
#143
○萩原幽香子君 それでは視点を変えてお伺いしますけれども、文部省は一体将来どのような能力を持った国民を育てようというふうにお考えになっておりますのか、その能力観といいますか、そういうものについて大臣から承りたいと思います。
#144
○国務大臣(奥野誠亮君) 小学校、中学校、高等学校、大学、それぞれ学校教育法で示しているところでございましょうけれども、何と言いましてもよき社会の形成者にふさわしい人間を育てていくこと、ただ知育だけを心がけてはならない、言うまでもないことだと思います。その場合の知育につきましても各段階におきまして一応履修できること、義務教育については一番大切なことじゃないかと、こう思います。ただ、小学校の段階におきましても、中学校の段階におきましても、知能一つとりましても非常な差があるものでございますだけに、なかなかどの辺に的をしぼったらいいかということになりますというとむずかしいことがたくさんある。しかも、これだけ科学技術の発達の著しいときでございますだけに、小中学校の段階でもこの程度のことは教えるということになってまいりますと、だんだん欲が出てまいりまして、おっしゃっている過密教科の編制にもなっていくおそれが多分に私もあるんじゃないかという心配を持っているわけでございまして、そういう意味で、先ほど来申し上げましたように、いろんな検討もやっているところでございます。
#145
○萩原幽香子君 もうだんだん時間がございませんので、私たちが普通あの子はできるとかできないとか、そういうできる子できない子ということをよく言うわけでございますが、その見方についても考え直すべきではないかと、だから先ほど申しました、一体能力とはどういうものをさして言うのかということを私はお聞きをしたわけでございますね。いま大臣からお答えいただいたのはたいへん抽象的でございましたけれども、もう少し詳しくお聞きをしたかったわけでございます。ここにたいへん興味の深いお話があるわけでございますが、数学者の遠山啓さんという方が、いわゆる算数のできないといわれる子供を集めてキャラメルのあき箱を使って二元連立方程式の授業をされた、ところがその解決法を見出したのはその中でも特にできないといわれる子供が一番先にその解決法を見つけ出した、こういう例が出ているわけでございます。つまり、できないといわれる生徒のほうが既成の観念にとらわれずに柔軟な思考力が働いたということも言えるのではないだろうか、こういうことも言えるわけでございます。現在の過密教育の中でいわゆるできる子というのは、むしろ既成の解き方にとらわれた頭の固い子が育ちつつあるということにもなるんではないだろうか。ですからいまから世の中へ出たときにほんとうに能力のある子というのは一体どういうんだろうか、そういうところに私はもう少し問題を掘り下げてみる必要があるのではなかろうか、こういう感じがするわけでございます。この際、過密カリキュラムというものを再検討していただきたい。むしろ学び方を教えるということを柱にする、そうして創造力や観察力をつちかうようなカリキュラムを参考案として政府はお出しいただく。そういうものについて先生はそれを参考にしながら自分の持つ現実の子供の実態に合わせて考えていく、こういうようなあり方がほんとうのこれからの教育ではないだろうかというふうに私は考えるわけでございますけれども、いままでできる子とできない子という観念がどうも私はある一面では間違っていたような感じもするのでございますけれども、その点文部大臣いかがでございますか。
#146
○国務大臣(奥野誠亮君) 私も、実は同じような考え方を持っておりまして、小学校の段階とか、中学校の段階とかは、将来いろんな変化に対応できるような基礎的な力を育てていくところだと、こう考えておりますだけに、一がいに詰め込み教育をやってまいりますと変化に対応できない子供になってしまうのではないかというおそれも多分にあると思うのでございます。でありますから、そういうことも考えながら、どういう程度の内容にしたらいいか、やっぱり深く考えていかなければならない、こう思うわけでございます。
 おっしゃいますように、多様な子供を預かっているわけでございますし、同時にまた、多様な子供の能力をそれぞれ引き出すことが教育の基本的な姿勢でなければならない、こうでありますだけに先生にも高い熱情が求められる、生徒にもそれに対応できるような姿勢、あまり多い人数じゃ十分じゃないじゃないかとおっしゃっていただくのもよくわかるわけでございますけれども、すぐにそのような方向には歩み出せないわけでございますけれども、基本的な考え方はよく理解をしながら努力さしていただきたいと思います。
#147
○萩原幽香子君 時間がございませんので、このたび日教組の検討委から出された教育内容をどう編制していくかという、こういう提案についても文部省は率直な見解を出すべきだと思うわけでございますが、その点についてあの提案を大臣お読みになったでございましょうか、いかがでございます。
#148
○国務大臣(奥野誠亮君) 新聞で読ませていただきました。そして、事務当局に対しましては、中教審の答申と日教組が研究でまとめられたところ、対比しながら、どこにどういう違いがあるのかということを明確にしてほしい、その上に立ってひとつわれわれも検討しようじゃないかとこう言っておるわけでございます。
#149
○萩原幽香子君 私は、教育というようなものはすぐに賛成とか反対とかというのはやっぱりぐあいが悪いような気がいたします。ほんとうに幅広い論議をお互いに展開していく中に、ここは取り入れましょう、ここは考え直してもらいましょうといったような形が非常に大事なことになるのじゃないか。まあ、筑波の問題はあす私も本会議で質問させていただこうと思いますけれども、それにいたしましても早く結論を出し過ぎるということはやはり危険があるのではございませんでしょうか。こういうことで、十分審議をする。審議の過程でここは改めていただきたいものだというところはお互いに話し合いの中で改めてもいきましょう。しかし、これだけはぜひやっていかなければならないのだということで、それはみんなが理解をしていく、そういうことは私は国民に対しての姿勢ではないだろうかというふうに考えるわけです。すぐに出たとたんにこれは賛成だ、これは反対だというのはどうもいただけない、私はそう考えております。ですから、こういったように、せっかく教組のほうでも研究をしてお出しになったことでもございますから、まあどうぞひとつ大臣もおおらかにこういう問題については御検討を願いたい。そうして一人一人の子供がほんとうにしあわせな生活ができるための基礎づくりが学校ではどうしてもなされなければなりませんし、そのためには幅広く考える子供をつくる、考える子供をつくるということに重点を置いていただかなければならないのではないだろうか、こういうふうに考えるわけでございます。したがいまして、私がきょう申しました学力とは何か、能力とは何か、そして、ほんとうの学力をつけるために、ほんとうにその人間が楽しく人間として生きるためにどういう能力が必要なのか。これは、十分御検討をわずらわせたい、こういうふうに考えるわけでございます。最後に、大臣の新たな御決意、さらに、ほんとうにこうしたいというところをもう一回承って質問を終わりたいと思います。
#150
○国務大臣(奥野誠亮君) 先ほどもちょっと申し上げましたように、日教組のお出しになりました改革案は事務当局に対しまして検討を命じたところでございます。私も十分どこにどういう食い違いがあるのか調べまして、そしてよいものをみんなで押し進めるという努力をしたいと思います。おっしゃいますように、自由に議論をし合う、あまり硬直的に対決するのは私は進歩をはばむものだと、こう思っております。でございますだけに、どんな意見でも貴重な意見として受け取りながら、それを掘り下げて研究する姿勢は常に忘れないように心がけていきたい、かように思っております。
#151
○委員長(永野鎮雄君) ちょっと速記をやめて。
  〔速記中止〕
#152
○委員長(永野鎮雄君) 速記をつけて。
#153
○小林武君 きょう急に急を要するものだからつけ加えたんですが、短いのでひとつお願いしたいと思います。
 北海道に大夕張鉱という石炭の山があるわけです。大夕張鉱は閉山にならないとわれわれは思っておりました。この山は閉山にならないのではないか、この山が閉山になるときは北海道から石炭産業というものが影も形もなくなる時期ではないかと思っておったのでありますが、これが閉山になりまして、大夕張鉱というのは、よけいなことですけれどもたいへん住みよい場所であり、学校の先生も大夕張鉱の校区に入るというと転任を望まないというような、そういう傾向のところなんです。たいへんいい場所であったから、断腸の思いでここから労働者は転出するわけでございますけれども、まあ、いかなる職を選ぶかということについても非常な不安もあるでしょうけれども、きょう私のところに参りました用件は、高校に入学している子弟の転校がどうなるかということなんですね。たいへん心配だ。何とかしてこれはひとつ、こういう事情のものでやむを得ず転出するのであるから、ひとつ国として御配慮をいただきたいという願いであります。実は、私このほかのところで、炭鉱ばかりでありませんけれども、転任、転出者の子弟の問題で何べんか相談にあずかったことがあるわけでありますが、炭鉱の例を申しますというと、炭鉱の例の場合は言うまでもなく経済的な問題がからみますから私立ではちょっとやっぱりなかなかやり切れない。で、やっぱり公立を希望するわけです。それが一つです。
 それから、そういっても、学校の側から言えば欠員がないというと入れないというのは、これは学校側から言えば当然のことでございますから、この欠員にとらわれますというと、これはたとえば二つぐらいしか公立の学校のないところに参りましたら、それは子供を連れていっても結局進学をあきらめさせるということしかできないわけであります。その点が一つやっぱり問題であります。
 それからもう一つ、東京の場合に佐賀から来ました子供のことをやりましたら、これは商業高校なんですけれども、カリキュラムが違うということですね。それから進度の問題も、教科の進みぐあいの問題でもずいぶん問題がございましてなかなか困難な問題だと私思います。これは俸給生活者が転任してまいりましても、一番問題になるのはこれなんですよ。転出先でもって子供が一緒に行かれないというようなことが起きてたいへん困るのですけれども、学校の側から言えば、いまのような欠員の問題とかいろんな問題ございますから容易でないのでありまして、私は容易でないという現状を承知しながらも、これに対して何とか国が手を伸ばしてくれるのかどうかということなんです。きょう実は私のところにくる前に、うちの党の石炭関係の委員などが官房長官のところへ行ったらしいんです。まあ、政府でもひとつ文部省ともよく話して、とにかくその望みはかなうようにしてやるというような話であったらしいです。いままでもそういうことはあったけれども、具体的にやるとなるとなかなか困難なもんですから、私も学校の教員ですから、したがって、学校側の言い分も必ずしも間違いでもないと思いますが、そういう困難があるという場合に、文部省としてたとえばどんな一体具体的なあれをやっていただけるのか。これまあ何とかしてやるはという話、これ官房長官ならいいんですけれども、文部省の場合なら何とかしてやるかだけではうまくない。いまのようなことあるわけですから、進度が違う。東京の場合は商業高校でしたらまるっきり何といいますか、やっぱり中身が違って、しかし、その子できがよくて試験受けたら受かったです。これはまあほっと安心したんだけれども、できのいいのばかりいるわけでもありませんから、試験で落とされたらそれまでだなんというようなことを言われると、これはまあ職業はどうやったらいいのかと思って心配している。あすの生活どうかと思う。さらに、子供は高校にも入れぬということになると、全く不安な気持ちになるということはよくわかりますから、私が聞きたいのは、そういう問題をかかえてどういう具体的なひとつあれをしていただけるかということをここで承れば、こんな国は配慮をしてくれているから、まず行って現地でいろいろ相談してみなさいというふうに話せると思うんでありますが、この点ひとつ御答弁願いたいと思います。
#154
○政府委員(岩間英太郎君) 本件につきましては、大臣のお耳にも入れまして具体的な方法をこれからとろうとしているところでございますが、具体的には、まず北海道の教育委員会からほかの県に出られる子供さんにつきましては、教育長から特に各県の教育長に具体的にお願いする。それから、私どもとしましては、私の名前をもちまして、そういう具体的な問題が起こりました場合には、各都道府県の教育委員会に対しまして、特に炭鉱の離職者の子弟については、子弟の高校進学につきましては、これはあたたかい目で見て特別な配慮をしてもらうようにというふうな通達を出すつもりですし、また、これから具体的な問題が出まして、個々の問題で片づかないような面がございましたら、私どももできるだけの御助力は惜しまないつもりでございます。
#155
○小林武君 前回の場合、たいへん私まあありがたかったのは、そこの教職員の皆さんが、できるだけひとつ協力してやろうじゃないかと、職員会議で述べられたそうです。校長さんがやっぱり、欠員のないところへ入れるとか、いろんなあれが出てくるというと、それ、やっぱり教師に対してもいろいろな配慮が要るわけです。その際、皆さんがそう言ってくださってたいへんまあよかったんですけれども、私はそういうこまかい配慮をしてもらわないというと、これはなかなかうまくいかぬと思うのです。ただ、まあしかし考えてみるというと、それじゃほかの転任した場合はとか、転任でなくても一般の人が転出した場合、それらとの公平、不公平の問題もあると思うんです。私はだからこれは、やはりそういう人たちにもある程度のこれやっぱりそのことを考慮してやらなきゃならぬということは当然起こると思うんですよ。これ、炭鉱の場合は特にそういう配慮をいただいても、ほかの者がまるっきりそれでは、転出したら教育を受けることをやめさせるというふうなことについてもぐあいが悪い。だから、そういう者に対する、もう少しやっぱり金のある人で、元のところへ子供だけ置いていけるという力があればいいですけれども、置いておくとまたこの間の灘の中学だか何だか知らぬけれどもね、あそこで自殺する子供らが出たりするというようなことになりますから、親のもとが一番いいということは間違いない。そういう点で、ひとつそれも含めて対策をお立ていただきたい。そうして、まあよかったというような声を聞かしてもらいたいと、こう思います。それだけでこの件は終わりです。
 そこで、文部大臣にお尋ねをいたしますが、この文部大臣が、これは私は新聞の記事のことを言うんですから、あとで文部大臣からひとつ説明していただきたい。「日教組暴力、事実なら遺憾」、こういう見出しです。文部大臣が教育長会議で批判した。これは都道府県指定都市教育委員会教育長会議での席上でございますが、この点について、この新聞の記事のような事実がございましたかどうか、御答弁をいただきたい。
#156
○国務大臣(奥野誠亮君) 私は、こういう話をしたことはございます。私たちが教育界に人材を招き入れたい。そのために抜本的に処遇の改善をはかる、そういう意味で、教員の給与は一般の公務員に比較して優遇されなければならない。同時に、このことを一年きりじゃなくて計画的に進めていくのだ。そういう二つの基本的な考え方を国権の最高機関である国会できめてもらおうと考えているのだと、将来にわたる大方針を確立したいのだ。ところが、この法案の撤回を求めて半日ストに参加された方々が多数にのぼっている。私には全く理解ができない。同時に、また「日教組を斬る」という単行本が出ておったり、あるいは雑誌に「日教組解体論」が出ておったりして読んでみると、組合から抜ける場合にいろいろな脅迫が加えられるとかいうような式のことを書いている。そのことが事実であるかどうか私にはわからない。わからないけれども、もしそういうことでストに参加するということであると、日本の教育の将来にとって非常に心配なことなんだ。それぞれ先生方は一人一人自覚を持ってもらいたい。同時にまた、この問題についても理解を深めてもらいたい。こういう話をしたことがございます。
#157
○小林武君 それはしかし、まあ私は、時間が制限がありますけれども、一つは教育委員会の教育長とそれから文部大臣、この関係のとらえ方というものを文部大臣がお考えになっておったかどうかということ。これはいま答弁要りませんよ。私はまあそういう大達さんがこれをやったときに、文部省が日本の教育というものに全面的にひとつ統制を加え、われわれのことばで言うと、責任を持てということになったら、もっと思うままにそれはやってもらわなければならぬ。そのときにずいぶん勢い余って、並いる文部省のお役人の顔をじろりとこう見回して、大達さんが、大体文部省の役人だっておれの言うことをよう聞きやせんと、一つも聞きやせんと、こういうことを言った。そういう鼻息の荒い方であったけれども、そういうことから、教育委員会法には手をつけたいというような話をぼくにしたこともある。そういう関係上、教育委員会法ができて、そうして教育委員会法というのは、もういまや教育委員会というのは、結局あなたたちの下部機関ですよ、残念ながら。そういう状況の中で、あなたがひとつ上からやるということが、教育委員会法はそういうねらいのもとにできたか知らないけれども、教育基本法、やっぱり地域住民の教育に対する意思を反映させるというそういう性格は失われておらないと思うから、あなた、やはり昔の役人のような考え方でそういう発言をすればどんな影響ができるかということ。こっそりだけれども、ぼくらに言っているのありますよ。えらい勢いでやられてね。これはもうとにかくわれわれ考えは違っても、一ぺんそのとおりやらにゃあかんわ。やらんだらたいへんだと、こういう言い方をしている。しかし、またそれをねらってやったんなら当然だと思う。これはまあさておいて。あとで出るかもしらぬが、さておいて、あなたはいま「日教組を斬る」という本、ここの記事には雑誌と書いてあるが単行本だ。あなたのおっしゃるように単行本だ。これに日教組の暴力何とかいうやつを書いてある、事実かどうかはっきりしないけれども、というのは、これはあなたのなかなかうまいところだけれども、聞いてるほうは何かといったら、「日教組を斬る」というこの本は正しいことを言ってるというふうに受け取ってるのですよ。文部大臣がおっしゃるものだ、少々間違っていても聞かにゃいかぬというずるいのもいるかもしらぬけれども、これはもうそうなんだ。そのことをあなたお考えになったことがありますか、そういうものだということを。どうですか。文部大臣がおっしゃれば、それは末端の者は、少々考え方が違っておってもこれは聞かにゃいかぬこと。そういう風潮がもういまや、教育委員会が公選制を廃止してからずっとできてきたというふうにお考えになっていませんか、どうです。
#158
○国務大臣(奥野誠亮君) 文部省は地方の教育行政機関に対しまして助言の役割りを持っておりますので、一般的にはおっしゃるとおりだと思うのす。ですから、言う場合には、そのことをよく心得て言わなきゃならない。また、地方行政機関がいろいろの意見を積極的に述べる気風を助長する、そういう配慮を特にしていかなきゃならない。これはそういうふうに思います。
#159
○小林武君 まずこれで、あなた、そういう一般的なというか何というか、さらりとおっしゃったけれども、あなたのほうで県の教育長については、あれでしょう、首を縦に振らない場合があるでしょう。そういうやつがあったでしょう、あの教育長じゃ気に食わぬ、おれのほうの言うことをよう聞いてくれぬというわけで。そういうのがあったことを記憶なさってるだろうと思うのです。あなた知らなければ局長は知ってるでしょう、あったかなかったか。どうですか。
#160
○政府委員(岩間英太郎君) 以前に京都の教育長につきましてそういうことがあったというふうに聞いておりますけれども、私直接は存じておりません。私になりましてから、大分県の教育長の問題で、これは議会で教育長に対する不信任決議でございますか、そういうものがあったということで、私どものほうは、そういう方については文部省としては承認できないということを申し上げた事実はございます。
#161
○小林武君 まあ、いいんだ。その地方のあれはともかくとして、県でもって出してきたものをやらせないというようなことを言うのは、これは一つのこの法律の中でできるわけです。できるということは、文部省からとにかくだめが入ったらそれは教育長やれぬということです。そういう事実があればどうなるかといったら、その組織は上の文部省の命令をずっと素通しさせる、そういう形になる。そういう形の中であなたがさっきのようなことを言うと、このほうがもう正しいというふうに見られるわけです。そうでしょう。
 そこで、その答弁は要りません。まああなた、百も承知で、どうやって逃げようかななんて思ってるのだから、それは要らない。要らないが、そのあたりじょうずなんだ、何しろ昔の警察官僚だから、昔の内務官僚だからそれはじょうずだということはようわかってる。しかし、それは問わないとして、私はあなたが、たとえば「日教組を斬る」という本を、これを引例したからにはおそらくよく読まれたと思うのです。読まれたら、この本はこういう公的なところで、重大な場所で内容を引き合いに出してよいとか悪いとかいうことを言える本かどうかという判断はあなた自身がやらにゃいかん。そうでしょう。文部大臣ともあろう方だからそうだと思う。ぼくのような者でも女性〇〇というような週刊誌を見て、そこで大まじめになってどこに行ってこうこうこうなったなんてなことを言わない。ほかのことをいろいろ言うとまた差しさわりができるから言わないけれども、大体やっぱり公の席に出てあるいはここにきて皆さんにこの本は正しいというようなことを主張するからには、私は、やっぱりどこにいってもそれを言う確信がなければ言えないわけですね。あなた、この本というものを引き合いに出しましたけれども、文部大臣という立場からそうおっしゃるからには、この本に対する評価はどうですか。
#162
○国務大臣(奥野誠亮君) いろんなことが書かれておったようでございました。文部大臣になりましたときに私にその本をくれた方がございまして、私自身も日教組のこと詳しくございませんのでよく勉強したいという気持ちを多分に抱いておった、そういう際でございましたので、さっと読ましていただきました。それを読みながら、それが事実とすればたいへんだなあということは思いましたけれども、別に事実であるとか事実でないとかいうことを確かめてもおりませんし、また、そういう余裕もないわけでございます。先ほど申し上げましたように、私にはどうしても、あの法案反対でたいへんな、二十何万という方ですから、半日ストに参加される、どうしても理解できない。あえて理解しようとすると、まあ、こういうことの記事も読んだことがあるものだから、そういうことも一つであるのかなと思ったりせざるを得ない。しかし事実であるかどうかは私はわからない。もし、それが事実であるとするならば、これまたたいへんなことだなあという意味で引例させていただいた、そういうことでございます。
#163
○小林武君 そういうことを言っているのじゃないのだ。その前に、そのことでいまあなたが答えたことにはぼくもあとでちょっと述べますから。その前に、あなたの常識として、しかも文部大臣という立場にあるものが教育の問題で教育長に、全国の教育長といったらこれはやっぱり一つの権威だ、権力を持っている。その人たちに、この本が、と言って紹介してあなたの意見を述べる。暴力何々日教組と、こう結びつくように話をするというからには、この本に対してあなたの信頼度がなければだめでしょう。さっき言うように、私なら女性〇〇なんていう週刊誌を見て、ああ、あいつとあいつはなんていうことを言う気は私ら全然ないわ。そんなことを言って人をあれするような気持ちは一つもない。やっぱり自分はこの本はいいなと思った場合に、正しいなと思った場合にやるわけですから。まして公的なあれで、参議院議員として言う場合には私も非常に慎重になりますからね。あなたも慎重にやるだろうと思う。その点はどうですか。どのくらいの信頼度ですか。
#164
○国務大臣(奥野誠亮君) 私は、正直に言ってよくわかりません、よくわかりませんので、またそういうことを前提にして申し上げてまいったつもりでございます。(「軽率だな」と呼ぶ者あり)
#165
○小林武君 ちょっと軽率というよりか、それははなはだもって文部大臣としてはけしからぬですよ、私に言わせれば。そうでしょう、その本がどれだけの価値があるか、どれだけの正しい見解に立っているかということを、これがなければ日教組の暴力なんていうことは言えないでしょう、そうでしょう。あなた、一つの尺度を持たないで、あなたたちもよく言うでしょう。よい本を読まなければだめになるからよい本を選んで読みなさいとか何とか言うでしょう。私は必ずしも、そう固いことばかりでなくて、悪い本だって読んでも、自分が批判できればいいと思っていますけれどね。この本をあなたが、あれですか、ほんとうに信頼も何もしないで、悪口書いておったから言ったと――まあ週刊誌でもたちの悪いような週刊誌の中のことを、一体おまえはどうだというようなことを言ったんでしょうかね。私はそうだとすると問題だと思いますよ。衆議院の小林政子議員が発言をしたら――国会の中で何か詳しくは私知りませんけれども、当然のことを言ったように思うのだけれども、そこに何かちょっと距離の違いがあるとか何とかいうことで、これは共産党に聞いたほうがよくわかると思うけれども、そういう事実があるというので懲罰で登院何日停止なんていうことになったでしょう。それほど言論というものに対しては責任が必要なんですよね。だからあなたは、教育長会議という――それは酒を飲んでやったことならかまわない。どっか宴会であなたがおっしゃったことならこれはかまわない。しかし教育長を集めておいて、招集をして、文教の最高責任者である文部大臣がものを言う場合に、この本は、と出したからには、その本についての評価は全然知りませんということは、これはよくありませんな。これはそのことだけでもあなたはその責任明らかにして下さいよ。
#166
○国務大臣(奥野誠亮君) 単行本が世に出ていることは事実でございます。
#167
○小林武君 世に出ているというのはあたりまえだよ、そんなこと。
#168
○国務大臣(奥野誠亮君) その事実を私は指摘をいたしまして、中身がほんとうであるかどうか知らない、全く私にとっては今度のストは理解できないことなんだ、だからしいてこういう問題のところに原因の一つも見出す以外には考えようがないんだと、こういうことで私は簡単に触れただけのことでございます。同時に、そういうことがあっては、あるべきことではございませんから、あるべきことではない、できる限り自覚を高めてもらいたい、こういう注文をしたところでございます。
#169
○小林武君 あなた逃げの一手を使っているね。逃げの一手だけではだめですよ。あなた、それだとすると文部大臣として私は適格でないと思うのですね。それは日教組をあなた批判していいですよ。日教組に対して、自分の考えに立って、日教組のやり方は間違っているとか何とかということは、あるいは法律案に対する見解でも、たとえば人材法はあなたと私の間ではそれはもう水と油だ、ね。雪と炭ですわ。向こうずねと義経と、こういうところだね。全然それは違うんだ。違うけれども、その違うものが二人集まって、そうして自分が考えていることを出して、そうして国民大衆にこれは正しい、この法律案を通せとか通さぬとかという議論をするんでしょう、ね。そういうものでしょう。あなた一体何の根拠もなしに、ちょうど日教組の悪口が書いてあったから、これがうそであった、だれかがでっち上げたものであっても、あなたはそういうものを使って、そうしてそういう公的な場所で言っていいとお考えですか。いいですか。その問題はとにかく、そればかりじゃない、あるいは人間の、政治家として、あるいは教師として、このことが出たらたいへんなことだと思われるようなそういうことでも、だれかがでたらめ書いたら、それをあなたは、目に映ればそれを公的の席上で、教師はこうだというようなことを言い切るつもりですか。どうです。そんな無責任なやり方ですか。
#170
○国務大臣(奥野誠亮君) 先ほども言いましたように、教師はこうだと言い切ったことではございません。あまり繰り返しになりますから遠慮申し上げます。
 なおまた、日教組の批判も大いにやったらいいじゃないかという御指摘もございました。私はほんとうに避けたいのであります。やはり日教組と文部省、国民にとってこんな対立を続けていることはほんとうに不幸だと思います。どうやって手をつないでやっていけるように持っていくかということを、心からそういう道をさがし求めているつもりでございます。そういう意味でお教えをいただきたいと思います。
 ああいう本の出ていることは事実でございましょうし、あるべきでないことも事実だと、こう思うわけでございます。それ以外に私は考えようがないものだから、そういうことでもあるのかなあとまで疑問に思うのだと、こういう意味で申し上げているわけでございます。
#171
○小林武君 ちょっと委員長、これしろうとの話じゃないわけだ。お互いにくろうと同士の話だからね、もう少しぼくの聞いていることに答えてもらいたい。あんな同じことを言ってはぐらかすようなことを言っているのはおかしいですよ。ぼくが聞いているのはこの本だ。この本でしょう。本を示すこの本の中に書いてある事実、ものを呼んで、なるほど日教組――少なくともあなたの言い分を多少取り入れても、こういうことがあったらたいへんだなということになったら、この本に対する信頼がなければいけないでしょう、そうでしょう。人の悪口をさんざん書いた本もあるし、新聞もある。世に言う赤新聞なんというのはめちゃくちゃに事実無根のことまで書く。そういうものを見てあなたは、この新聞に書いてありますけれどもというようなことを言いますか、言わないでしょう。言いますか。あなたそういうことやりますか。はしにも棒にもかからぬような一体文章を持ってきて、そして大衆の前に出て、だれだれはとか、何々はこう言われているけれどもそういうことがあってはたいへんだなんということをあなた言いますか。あなたそういうことをやるなら、文部大臣ばかりでなく、政治家として私はたいへんな誤りをおかしていると思う。そう言うからには、この本はなるほどいいこと書いておると、日教組の中にそういう欠陥があるんだ、そう考えたときに初めてあなた、断定はしなくても、こういうことがあったらたいへんだとか何とかというようなことを公的の席で言う。しかもあなたの命令一下何でもやるというような、悪いことでもいいことでもやるというような、そういう仕組みになっている教育長の前でやるということはどうか。私はそう思うが、あなたはそんなものはどうでもいいと、本の中身はどうであろうと、それを材料にしてものを言うことは何ともないという、何でもない、あたりまえのことだと、こういうふうに言うか、ぼくのような立場に立って、怪しげなものを根拠にして、人の前では他を少なくとも、批判しないまでも、だれかにひとつの疑惑を与えるような発言はしないというのが正しいか、どっちだ。
#172
○国務大臣(奥野誠亮君) 非常な疑惑、疑問、自分で疑問を解けない場合、いろんな本が出ている、その場合にやっぱり私はこういうことが書かれているということを引き合いに出すということは私はあり得ると思うのでございます。絶対にいけない――一般にはよくないことでございましょう。一般にはよくないことでございましょうけれども、いろんな疑惑、どうしても解けない、そうするといろんな本がある、こういうことも書かれている、そういうことを引き合いに出すことは、私はやっぱりあり得ることではないかと、こう思うのでございます。
#173
○小林武君 ますます逃げるからね、時間かせぎやっているのかもしらぬけれども。これはなかなか四十五分では終わりませんよ。ひとつあとで理事会で時間はもう一ぺん再延長してもらうようにやってもらわにゃいかぬ。案外あなた、やっぱりあれだね、ぼくが考えている以上にひどい人ですな。そうでしょう、悪質ですよ。どんな材料でも使ってものを言ってかまわないというのだから。あなた、しかしいろんな疑問を持った。いろんな疑問を持ったとしたら、全国から集まる四十六都道府県の教育長に聞いてもいいでしょう。それから膨大な中央集権的文部省の中の役人もいる。隣にいるりっぱな局長もいる。それらの人たちのいろんな意見を聞いてあなたあれですか、解明できないですか。その上に立ってものを判断して、そうしてこの本を読んでみたらこの本が正しいとこう思って言ったというならぼくは納得するけれども、文部大臣になってみて、日教組というのは疑問があってわからない、何もわからないから何でも書いているものを見たら、こういうことがあったらたいへんだというようなことを言うとしたら、ぼくはこれはたいへんな誤りだし、文部大臣としてどうもそれは適格者であるかどうかということをほかの人はやっぱり言うんじゃないですか。私は言いませんけれどもね。どうですか。あなたこれに対してあれですか、どれくらいの信頼度を置いていますか。この著者知っていますか。
#174
○国務大臣(奥野誠亮君) その本、ちょうだいして読んだだけのことでございまして、著者は知りません。たしか時事通信社の記者をしておられたという程度に聞いておるだけで……。
#175
○小林武君 え、何ですか。
#176
○国務大臣(奥野誠亮君) 時事通信社の記者をしておられたというふうに聞いたように思います。
#177
○小林武君 よし、わかった。しかしこれとぼけるにもほどがあるですな。とぼけるにもほどがあるというけれども、大体ぼくは本を買えば相当積ん読ほうのあれだけれども……。
#178
○国務大臣(奥野誠亮君) 私、いまちょっと錯覚起こしました。時事通信社の記者をしておられた方は文芸春秋にこの間書かれた「日教組解体論」でしたかな、何かそんなことを書かれた方がそれでございました。「日教組を斬る」という単行本をお書きになったのは福島さんという、かつて教育に携わっておった方と、こう承知しております。相済みません、間違って。
#179
○小林武君 あなたね、困るんだな。大体本を読むとき、文部大臣が、さっきから勉強せいとかいろいろやっておって、どのくらい覚えたか覚えないかというようなことを言っている。しかしこれは、まあ先生もぼくも教員やったことがあるから悩みの種はそこだ。どうやったら覚えられるか。しかしあなたもそれと歩調を合わせて、本を読んだり勉強したりするということは一応望んでいるんでしょう。本を読むのにだれがだれだかわからぬで、著者がだれだかわからぬで悪口を言うなんてに至ってはもう話にならぬ。この人ひとつ言いますが、あなた、これは中央教育審議会委員だ、文部省中央教育審議会委員、教員養成審議会委員、全国中学校長会会長、こういう肩書きを持った人間です。あなたこの中教審というんで信用したんでしょう、ほんとうは。中教審というし文部省の覚えめでたいあれだと思ってやったんでしょう。そうじゃないですか。全然知りませんか。
#180
○国務大臣(奥野誠亮君) 先ほどもちょっと申し上げましたように文部省に参りましてその当時読んだわけでございまして、だいぶ昔に読んだものでございましたのでちょっと錯覚を起こしまして著者を間違ったことを申し上げました。その当時は、そのことをよく承知しておりました。ただ、私としては日教組の問題あるいはそれをめぐる問題、いろんなことを実は知りたい、そういうことでわりあいにいろんなものを自来読んでまいってきております。
#181
○小林武君 だいぶ昔っていつですか。
#182
○国務大臣(奥野誠亮君) 一月だったかと思います。
#183
○小林武君 一月ならあまり昔じゃないね。そして中教審の委員やったのはいつですかな。これは局長に聞きましょう。中教審と教員養成審議会委員やったというのはいつですか、この福島氏は。
#184
○政府委員(岩間英太郎君) 中教審の委員及び教員養成審議会の委員というのは、これは中学校長会でございますとか、小学校長会でございますとか、そういうふうな学校を代表されるような方を自動的にお願いするということでございますからたぶん任期の期間だろうと思います。
#185
○小林武君 何年、何年ですか、これは。
#186
○政府委員(岩間英太郎君) ちょっと私記憶ございません。
#187
○小林武君 そんなことわからぬでどうするんです。だれかわかっているでしょう。これはそう遠くない話だ。そんなにこれは古くない。昭和四十六年が任期切れぐらいかね。だからこれは知らないなんというのはおかしいですよ。この本は文部省にもだから持っていってあなた見たんでしょう。私はあなたのほうで中教審のあれだし、全国の校長会の会長もやっている。そういうことでこれは信頼されたかもしらぬ。私はあなたにきょうで終わらないから、いずれまたやるけれども、しかし言っておくわね。うそっぱち、全部ぼくは読まないです。ぼくのところへも送ってきたんです。だれが送ったかも知らないけれども。ぼくは読まなかったけれども、あんたが「斬る」なんというあれを言ったものだから「斬る」といえばあったなと思って見た。しかしこれは全部読むにたえないから自分のことを書いたところを読んだ、しかし私のことを書いているといってもこの場合は日教組委員長としての私なんだ。しかも、日教組委員長の勤評闘争のときの問題を書いてある。これがまるきりうそなんだ。あなた読んだでしょう、小林委員長のところ読んだでしょう、どうですか。宿屋へ入って、そしてボディガードをつとめてくれた組合員たちのあれを逃げて、ちょっとした傷を負ったぐらいだ――。書いてある。その傷を負ったとか負わぬとかいうことはともかくだけれども、その中身に至ってはこれは人をばかにしているようなことを書いている。これを一々読むつもりはないけれども、まるっきりのうそだ。どこの一体宿屋へ泊まった、宿屋へ泊まらない。いきなり学校だ。そしてちょっとのけがなんというものじゃない。私はそういうことを言うばかなやつがいるかと思うと、きょうわが家に置いてある当時のアルバムを持ってきた。私はそのときから総入れ歯になった。もともとはあまり歯のじょうぶなほうじゃなかったから、全部やられたなんというようなことは、大げさなことを言わない。このことは三楽病院と、それからぼくのかかりつけの専修大学の前にある塚本という歯医者に行けばそれからあとずっとどういうあれだかわかるから見てもらえばいい。地元の病院、それから三楽病院に入院してようやく助けてもらった。それに対して教唆扇動してうまくていさいをつくろって逃げたというようなことを書いてある。これが中学校長会の会長で、中教審の委員なんです。人格高潔なると称する人間の書いたもの、それでぼくはこの男に電話をかけた。それでもあまりそのときはおこる気にもならぬでね。言ってみればおまえさんとぼくとは考え方が違うけれどもへまあ仲間意識はぼくも持っているから、どうしてそんなばかなことを書いたのだ、こういった。君、どんな資料を見て書いたのだ。そうしたら、いや実は書けといったから書きました。書けといったから書きましたということになると、君、頼まれたことにならんかといったら、頼まれたのです。だれに頼まれたといったら、真剣な声を出して、それだけは言えませんと、こういった。それだけは言えません。そんなこと言わぬで言いなさい。あなた自身だって重要なことになるのだよ、重大なことになるのだ。そういったら、いや言えません、言えませんと、こういう。私は中教審の委員をやり、中学校長会の会長をやり、大きな顔をしていてうそを書いて人を誹謗して、日教組を文部大臣に暴力団扱いにまでされるような、そういうことをやる人間、こんな人間が一体あたかも日本の教育を守るような、日教組を斬ってしまえというようなことをいえる一体あれかどうかということです。私はそのためにきょうここでやったのだよ。何もぼくは自分のことをここへ引っぱり出してきてたんかを切ろうなんという気持ちはない。あなたは高知県にいたから、高知県の警察部長をやったというから高知県の仁淀村を知っているでしょう。あなたのおいでになったのはいつごろか知らぬけれども、なかなか勇ましいところだ。農地改革の何か委員長を、とにかくこれを撃って頭をぶっ飛ばしたのだな。そこへ行ってぼくは頭がついて帰ったんだからまあまあめっけものだという話だ。そういうところなんです。しかしまあこの問題は現在和解して、和解したというのは地元の教員組合と和解が成立したから、ぼくはいい、いいと、結果がそうなったのならなってもよろしいといって、村長も来た。私はそのときお茶をもらった。これはまあ収賄にはならぬだろうと思うが、仁淀村のお茶など飲みたくないだろうなんていったけど、いやそんなことはない。おまえさんのお茶でもけっこう喜んで飲むわといってもらっておいた。それが去年だ。去年ようやく組合との間に和解ができた。このときに負傷したのはこれはぼくばかりじゃないのだよ。これは高知新聞だけだ。ほかの新聞まではやることはめんどうくさいからやらない。九人負傷しているのです。その中には一人発狂した女性の教師がいる。この人は相当年配であったためにあまり凄惨な状況の中で発狂した。ついになおることができなかった。二十一歳か二歳の未婚の先生のほっぺたが切られて、私はその子の顔に傷が残るかと思って、それはあれだったけれども、幸いに傷もだんだんよくなって結婚されて、しあわせに暮らしているという話だ。それだけの負傷者出した問題なんです。高知新聞の社説はそのときに何と書いたか。全部は読まぬからまあ安心しなさい。「醜をさらした集団暴力」これが高知新聞の見出しなんです。そういう暴力に対して何とここで書いているか。教唆扇動のために行ってちょっとかっこうをつけて、ボディガードに守られてちょっとけがして逃げ帰ったようなことを書いている。こんなインチキな本を書いてね、最後泣きごと言って頼まれましたと、その人の名は言われませんというような、そういうあなた著書をもって、あなたは日教組を一体暴力団並みに扱うということはどういうことだ一体、これ。それについてはあなたの一体責任ひとつ聞きたいわ。
#188
○国務大臣(奥野誠亮君) 私が引き合いにいたしましたのは、末端でこういうことがあると書かれている、それが事実ならたいへんだという意味で申し上げているわけでございまして、日教組を暴力団扱いにするというふうな式で話は出しておりません。また、そういうようなものの扱いをすべきものでもないと思います。
#189
○小林武君 しかし、日教組が暴力何だかということ、暴力が事実なら重大だとここに書いてあるじゃないですか。一方、日教組が暴力を使っていることになり、日本の将来は憂うべきものになる、暴力に打ち勝つ先生になってもらいたい――暴力にうちかつなどという具体的なあれもないくせに。私はそのときみんなに抵抗するなんということはやめろと言った。しかも約束があった。そこにいる学校の先生だけは全部出すという約束で、二人だけ残った。そのかわりおまえら存分にやれと、こう言った。しかしわれわれも存分にやられたけれどもそこの女の先生を気違いにするようなことにしたというのはどこでやったか、それはこっちも全然あれがはっきりしてないからわからぬけれども、そういう事実なんだ。そういうやり方をやる暴力のほうが正しくて、日教組の暴力なんということを言われるのはおかしいんだ。それと問題は、中教審というものが、役員を一体その者をどんな角度で選んでいっているか。そんな一体だな、ものを書く人間のいろはのいの字も知らぬようなやつが、そういう人間が学校の責任者になり、中教審のあれになり、教員養成の審議会の委員になる。何を言った、その間に。どんな意見を出したか。この点はどうです、初中局長、どういう言動があったか発表できるかな。
#190
○政府委員(岩間英太郎君) 当時私、出ておりませんので……。
#191
○小林武君 いやそうではなくだ、あったら事実を出せというのだ。その言動について記録されているものがあるでしょう、どういう意見を述べておったか。
#192
○政府委員(岩間英太郎君) 記録されているものがございましたらそれは……。
#193
○小林武君 ありましたらということがありますか、ありましたらという話がありますか、一体。
#194
○政府委員(岩間英太郎君) 記録しているかどうか私承知しておりませんから、記録されたものがございましたらお出しいたします。
#195
○小林武君 これはかつてぼくが相当ねばったんです、記録の問題ではね。ねばって中教審の記録は公開するという約束をとった。ぼくはそのあれを全部調べるというようなことは、個人では不可能であるということはよう知っている。それだけのひまもないし、それだけのまた調べるだけの学もあまりないからね。しかし必ずこれは国民の前に明らかにすべきものだから、日本の教育のいくべき道というものに対してある種の意見を権力の側に立って発表するのですから明らかにすべきだということを言っている。することになっているのだから。記録がないなんということあったらこれはたいへんなことですよ。何がやっているのかわからぬというんでは、これはもういまの文部大臣はどうなんですか、中教審のあれというのは見てどういうことになっているか、御存じですかな。記録がきちんととられて、そうして国民の前にいつでも明らかにされるような状況になっていますかな。
#196
○国務大臣(奥野誠亮君) 私、就任いたしましてからまだ中央教育審議会の会合に出たこともないわけでございますので、よく調べておきたいと思います。
#197
○小林武君 それでは局長、あるとかないとかいうようなことをあなたはあいまいなことを言うけれどもね、初めぼくが要求したときにはないということを言うために記録なぞはとらないというようなことを言った。そういうことを答えた人もある。記録がなかったらおかしい。何をきめたかわからぬようなあれによって出るというのはおかしい。そんなもので日本の教育を方向づけるなんていうのは大間違いですよ。これから出た中教審の答申とか何とかいうものだって、そんなあんたいいかげんなものを持ってきて、何か法律をつくって、これを一体実行しようなんというようなことを考えるのはもうたいへんなこと、大間違いだとぼくは思う。それこそみんなの前に出して、こうこうこういう理由で日本の教育はこの方向に行くべきだということを言うべきなんです。いろいろな批判に耐えられてこそ初めて中教審の答申というのは、まともであれば日の輝きを見るわけだ。ぼくらはあまりまともでないと思っているけれどね。しかし、とにかくどうですか、あなた調べてやられますかな。どうですか、この人のあれについて、福島恒春君。
#198
○政府委員(岩間英太郎君) たいへん恐縮でございますが、中教審は官房の審議官が担当しておりまして……。
#199
○小林武君 だれ……。
#200
○政府委員(岩間英太郎君) 官房審議官のほうで担当しておりまして、私中教審にはあまり出たことはございませんものですから、どういう記録になっているかは正確には存じません。おそらく個人の名前を出して記録がとられておるということはないんではないかというふうな感じがするわけでございます。
#201
○小林武君 まず、やみの中でやっておることになるかね。われわれの速記録というのはね、あんたね、みんな名前書いてあるんだ。それでこそ責任が持てるんです、議会に来てね。そうでしょう。あいつはばかと言われようが何しようが、小林武は小林武という名前を出してそのようにちゃんと速記録についているんだ。それでこそ国民の皆さんに申しわけが立つんです。中教審に出る諸君が自分の名前を書かれたらおそろしくてだめだとか、恥ずかしくてだめなら中教審のあれを受けるべきではない、私はそう思うのです。これはあなた逃げことばじゃないですか、あなた調べたことないんだろうと思うが。
 それでは、文部大臣にひとつ御要望申し上げますが、中教審の記録その他についてひとつ、文部大臣みずからおやりになるということはできないでしょうけれども、係の者に見せて、ひとつ見てもらって、調べてもらって、中教審の記録というのはどういうことになっているか。なお、私がいま早急に要求するのは福島恒春君の言動というもの、どういう言動をしておったか、これは明らかにしてもらいたいと思うが、できますか。
#202
○国務大臣(奥野誠亮君) よく御趣旨に沿えるかどうか調べてみたいと思います。
#203
○小林武君 これできょうはやめます。約束の時間ですからやめますけれどもね、このことは重大なことですからね。私はあなたばかりでなく他の委員の皆さんも、それはまたぼくの意見は、ことばづかいは別といたしまして、いいかげんなものを持ってきて人と誹謗するようなやり方というのは正しくないということはお認めいただけると思う。それはいろんな意見の食い違いがあって、おまえの考え方は間違いだというようなことは堂々とやるべきだと思う。それは対になっての話だ。文部大臣も日教組と一緒になって、会って、君らもこういううわさがあるぞとかいうのを言うのは、これはまあぼくは、向こうは反発をするだろうけれども、許されることだと思う、面と向かって言うんですから。しかし怪しげな記録を見てやるというのは、本を見てやるなんていうのは許されませんよ。私はあなたに御忠告申し上げるけれども、少なくとも文部大臣ともあろう者が、特にまた内務省で名うてのりっぱな頭を持ったあなたが、一つの本を見るのに、本の中身もよく自分で評価しないでおいて引例するというようなことは、これはやっぱり誤りだ。あなたはその点を反省してもらいたいと思う。そのことが一つ。
 もう一つ、ちょっとついでといって悪いけれども、私はこの間の強行採決のとき、ちょうど衆議院に行っておった。終始見ておりました。野党の委員の諸君がいかに真剣であったかということを私は見ておった。そのときに、ちょうどその始まる前でしたな、たしか、あなたが何か国立大学か何かのところでなさった演説のことについて遺憾の意を表された。あの遺憾の意というのは、どういうことなんですかな。私は役人のよく使う、政治家も使う、きわめて遺憾なことでございますとか、遺憾でありましたとか言う、そういうあれでしたね、あなたのお読みになったのは。そうでしょう。その点については遺憾でございましたということだが、遺憾ということはどういうことなんですか。きょう、私のほうの役員会のときに、ちょっと、終わってからみんなが、遺憾て何だという話が出ましてね。私は、遺憾、遺憾とよくいわれたものだから、前から日本の辞典開いてみるというと、遺憾というのはどうも――この間のあなたの答弁なんかの遺憾というのはどういうことなのかね。遺憾というのは、残念だとか、言い残したことがあるとか、気の毒だとか、いろんなことがあるんですけれども、残念というのは、こんなことであやまらされるのは残念だというんじゃ、まるで何も、聞いているほうは何かあやまられたと思っているのに残念だなんて言われるんじゃおかしいだろうし、だから、これはどういうつもりであなたお使いになっているのか。これはもう役人の皆さん、みなお使いになっているから、ひとつ一度聞いておこうと思って……。遺憾というのはどういうことなんですか。
#204
○国務大臣(奥野誠亮君) 小林さんからいろんなお話を伺いまして、よく心にとめて将来とも考えていきたいと思います。
 この間の衆議院文教委員会の話は与野党でおきめいただきましたものを読ませていただいたわけでございます。そのおきめいただきました中は、用語に適切でないものがあって迷惑をかけたから遺憾であったと、こう書かれておりました。ですから、私は、それは将来そういう用語を使わないように注意すべきものだと、こう心得えて読ましていただいたわけであります。
#205
○小林武君 ああ、遺憾というのは使わぬほうがいいと思ったんですか。
#206
○国務大臣(奥野誠亮君) そういう意味じゃございませんで、遺憾という意味を私なりにそういうふうに理解しながら読ませていただいたということでございます。
#207
○小林武君 いや、ちょっとそこのところ、わからぬな。どういうことですか、遺憾と書いたのは――あなたが遺憾と書いたんじゃないですか。遺憾であったということを言ったんじゃないですか、あの場合。
#208
○国務大臣(奥野誠亮君) 与野党で理事会開会の要求がございました。それに対して、いや質疑続行だという話がございました。結局、まあ質疑続行になるについては私から一つのお答えをするということで、文章を与野党からいただいたわけでございます。それが用語に適切を欠くものがあったから迷惑をかけて遺憾だったと、こういう表現でございまして、その遺憾という意味を私はそういう用語を使わないようにして注意をすべきだというふうに内容を理解しながら読ましていただいたということでございます。
#209
○小林武君 遺憾でないんだけれども、遺憾だと書いてあったから読んだと、こういうわけですか。
#210
○国務大臣(奥野誠亮君) そんな意味で申し上げておりませんが、遺憾という意味は、いろいろな場合にいろいろに使われると思うのであります。でありますから、あの場合には私は私なりにそういうふうに解釈をして読みましたと、こう申し上げているわけであります。
#211
○小林武君 どういう意味に解釈したですか。少なくとも悪かったという意味があの中に入っておるですか。陳謝するとか、申しわけなかったとかということが入っているのですか、あなたの用語上のあれからいえば……。
#212
○国務大臣(奥野誠亮君) 用語について遺憾の意を、遺憾でありましたと、こう申し上げているわけでありますから、そういう用語は使うべきでないという趣旨であろうと、こう思います。
#213
○小林武君 まあこれはほんとうか――ほんとうかうそかって私が解釈するだけの力がないものですからあれですけれども、これは私のほうのある外交専門の議員が言うのに、それは外国から入ってきたものであって、日本語になじまないのだというようなことを言っていました。日本語になじまない。しかし外国で言う場合のそれにあれすることばというのは、もう陳謝するという意味が十分入っている。国際的な問題だからまいったとまでは言いかねるけれども、そういう意味が入っているのだと、こう言うのですね。日本語にすりかえた場合にはどうも日本語のあれの中にはない。これは国語の先生でもいればよく説明してくれるかもしれないけれども、われわれはとにかく辞典をたよりにやるものですからね。まあとにかくあなたもいま聞いてみるというと、あんまりあやまる気持ちは毛頭なかったらしいですね。書いてくれたから読んだと、こういうようなことらしい。これじゃまるきりこの間の委員会も一種の芝居みたいなものであったということになるわけであります。しかしそのことはともかくとして、他院のことですからあれこれ申しませんけれども、この「日教組を斬る」という問題に対するあなたの読み方の問題は断じてこれは納得いかない。しかも、それを例を引いて全国教育長会議の中で日教組の暴力問題にかかわることを言ったということについては絶対許さぬ。逃げ口上はうまくできているけれども、言ってみれば日教組は暴力的な組合だというような印象を与えるためにやったと私は判断している。もしなんであったらあなたひとつこの次にでも反論を、ぼくはやるつもりだから、反論するなら反論してもらいたい。終わり。
#214
○宮之原貞光君 関連。先ほど来お二人のやりとりを聞いておって、どうしても私は大臣の真意というものをのみ込めないのですよ。というのは、この間質問で、国士館の問題をだいぶ私やりましたね。その国士館に対しますところの問題に対するところの所見を大臣に求めた。非常に慎重にいわゆる端的な表明を避けておられた。しかし私は一応それはそれなりに大臣の慎重な態度を――大臣、聞いておいてくださいよ、わかった。それは大臣の発言の及ぼすところの影響なり反応ということを常にあなた意識されておるから私はあれだけの国士館の問題でいろんな問題点が浮き彫りされておるのに、国士館の問題については非常に慎重な答弁をされた。そういう大臣が、事この先ほど来問題になったところの日教組の問題については、十分な証拠があって自分が確信があって言ったんかということで聞いておったらどうもそうじゃない。まあ簡単に触れたんだというものの言い方ですね。事国士館の問題について非常に慎重にしながら、事日教組の問題についてはきわめて簡単な気持ちで触れられたと言わぬばかりの御答弁であったんです、いまの答弁は。そういうことになれば、これは大臣がきわめて軽率で不見識なものの言い方か、あるいは及ぼすところの影響なり反響ということを計算の上に入れてああいうことばを吐かれたとしか、そのいずれかとしか受け取れぬものですよ、これは常識的に考えて。一体あなたはそのどちらのことを考えられて触れられたのか、もう一回ぼくは真意を聞きたいと思います。
#215
○国務大臣(奥野誠亮君) その本の中身、私の記憶では末端で行き過ぎが若干載っておったように記憶するわけでございます。それを引き合いに出したわけでございまして、日教組全体がどうのこうのというようなことは申し上げません。また、そういう感じには私は皆さんも受け取っておられないと思います。そういう意味で、私が先ほど来申し上げます半日スト理解できないものですから、あるいはそういうことを書かれておった、ほんとうかどうか知らぬけれども。そんなことでもあるのかとしか思えないような事態にもなっているというような意味で引き合いに出したものでございました。
#216
○宮之原貞光君 だからますますあなたの魂胆がいわゆる及ぼすところの反響ということに力点を置いたきわめて政治的な発言だとしか受け取れぬのですよ。皆さんはただ簡単に受けとめたというが、当時マスコミの見出しはどうですか。みんな日教組暴力いかぬというかっこうでほとんど取り上げていますよ。それはあんたぐらいの賢明な男だからね、その及ぼすところのやっぱり反応というものを見きわめてやったにこれは違いないんですよ、これは。言うならば一〇%問題とかあるいは大学問題に対するところの非常な何かあせりとそれから自分たちのものの腹いせをここにぶっつけたようにしかこれは見られぬですよ。もしあなたがほんとに文部大臣としてものごとの上に立って慎重にものを処するという考えならば、おそらくこの間あれだけ国士館の問題が非常な問題点が浮き彫りにされてもなおかつあなたはきわめて慎重にものを言われておったということなのに、事あの問題にくるとこういうものの言い方をするというのは、これはだれが何と言ってもこれはあなたいかに弁明し言いのがれようとしようともきわめて一つの意図を持ったところの悪質なこれは言い方であると、こうしかもう断定できないんです。そうでないと言うならば、これはきわめてあなたは軽率だったというそしりをぼくは免れないと思うんですがね。軽率でもなければ悪質な意図でもなかったとおっしゃるんですか。
#217
○国務大臣(奥野誠亮君) いろいろおっしゃっているような遠謀深慮はございません。ただ私には理解できない二十何万人という方の半日ストをどこに原因を求めていったらいいかわからない、そのあげくが一つとしてこんなことを掲げておったということを引き合いに出したわけでございます。
#218
○宮之原貞光君 そんならそのストライキがけしからぬという腹いせまかせにこういうことを言われたということにしか受け取れませんね。そういうように理解してよろしゅうございますね、そんなら。いまあなたはそのストライキの問題を言っているが、私が尋ねているのは日教組の暴力問題で尋ねておるんだからね、けれどもいまあなたのお答えは、二十何万人のストライキがどうしてもわからないと、こうおっしゃっているんだから、これは結びつけてみればストライキがけしからぬということしか頭にないものだからつい日教組をこんな何かやっつけるためには暴力でも引き合いに出さなきゃならぬと、こう思ってやられたんだと、こういう理解のしかたでいいんですね。
#219
○国務大臣(奥野誠亮君) 腹いせとか何とかそういうことを考えておりませんで、やっぱり文部省としましてはどこに原因があるのか、やはり広くさぐるべきだと思います。また私の言うたことに対しましていろいろ反論あってしかるべきでございますし、またどこに問題があるかということをいろいろおっしゃっていただいてそれをわれわれかみ砕いていかなきゃならないと、でありますから、ああいう法案をつくる内容についていろいろ言われておりますけれども、なかなか理解できないものでございますので、さらにいろいろむしろ積極的に教えてもらいたいくらいの気持ちで申し上げておるわけでございます。
#220
○宮之原貞光君 ストライキの問題が理解できないと言うなら、大臣ね、ストライキの問題について理解できないと言うなら、それはあなたやっぱりそれぞれの主張というのはあるんだから、それこそあなた日教組の責任者に来てもらってストライキをやめたらどうかと、どういうわけなんだと、こうやって相手側が、どういうものの考え方に立ってこれをやったかというのを聞くのが筋じゃないですか。そういうことは聞きもせぬどいて犬の遠ぼえみたいにけしからぬけしからぬと、こうやっておいて、それで片一方の先ほど来小林委員から指摘されたところのこの問題については単なる単行本のものをもってこれが事実なら暴力だと、こういうものの言い方は、これはあなた何か意図的なものとしか思えぬでしょうが、率直に申し上げて。あれぐらい国士館の問題で慎重だったところの大臣が事日教組の問題についてああいうものの言い方をするというのはもしあなたがほんとに終始一貫しているというものの考え、慎重だという考えならばあのことは軽率だ、あるいは軽率でしたと、こうやっぱり率直に表明するのが筋じゃありませんか。とにかく文部行政を行なおうという人が――それはいろんな団体がありましょう、またそれぞれ意見の相違というのはありましょう、ありましょうけれども、同じ教職員が、あなたがその一〇%の人材確保の問題については今度しか機会がないと、こう考えておるけれども、問題がたくさんあるからやはりそれぞれの団体で反対だと、こう言っておるわけなんですよ。それならばその団体と会うて話しすべきなのに、まだ私は日教組のことについては十分知りませんから会えませんという形で、あなた就任されてから何回面会を申し入れても断わる、断わりながら片一方では取るに足らぬところの単行本をもとにして暴力だ、けしからぬけしからぬと、こう言うんならこれはあなた話し合いをしようという場もつくれぬじゃないですか。むしろ、ますます両者の対立をかき立てていくという役割りしか果たさない。そこらあたりのことをあなたはねらってああいう発言をされておるとしか思えないんです、これは。もしそうでないとおっしゃるならば、先ほど来ほかのところの質問に非常に慎重に答えられておった、たとえば萩原先生から教育の中身の問題についても十分意見を聞きたいと、こうおっしゃったのがもし真意だとするならばいわゆるあなたのこの間の発言はそれをぶっこわす役割りしかしておらないということはこれは事実ですよ。もし、それも正しいとおっしゃるならば一体あなたはどっちに本意があるのかと、真意があるかと、これは疑われたってしょうがないです。したがって、少なくともあなたが萩原先生に答えられたことだけが真意だとするならば、このものの言い方はあまりにも軽率じゃありませんでしたかね。どうなんですか。
#221
○国務大臣(奥野誠亮君) 日教組のほうからは就任早々会いたいという話は伺いました。その後は伺っておりません。時間の余裕があれば積極的に話し合うべきものだろうと、こう心得ております。
 それから日教組がどういう意味で半日ストを指令されたか、これは印刷物で承知いたしております。しかし私には理解できない。なお、しかしいろいろな意見があるわけでございましょうから、私も疑問を投げ出すことによって相手からまたいやこうじゃないかという反応もあってしかるべきだと思いますし、そういう意味で私たちはいろんなことを言いながらも、またそれを受けて違った意見も出してもらって、そしてよい道をさがし求めていきたい、こういう気持ちでおるわけでございます。
 人材確保の問題も一〇%の問題じゃございませんで、将来にわたって教員の給与は一般の公務員よりも優遇されなきゃならぬという大方針を確定したいということを考えておるわけでございますし、しかも、それを計画的に進めていこうとしておるわけでございますので、やっぱりこの機会をおいてなかなかこういう大方針を確立することはむずかしいんじゃないか、こう思っておるわけでございます。
#222
○宮之原貞光君 私は関連ですからね、(「いつまでもやるな」と呼ぶ者あり)大臣ね、あなたが、そういうあれだろうと少なくともあなたが思うなら、一番その当事者等を呼んで会うことの事態の中で、こそ相互のものの理解というのはできるんじゃないですか。お互いは意見があったってこういう討論の場があるから大体あの辺を言っているなあとわかるんだけれども、まるであなたのものはそうじゃないでしょう。遺憾だ遺憾だと言いながら、それを話し合って云々すると言いながら実際にやっておられるところの行動というのはますますそれを阻害するようなもののもう言い方しかしておらぬですよ、これは。しかもマスコミにうまくこのアドバルーンを上げて乗せようとする、そういうことによって一体プラスになるかどうかということをぼくはやっぱり考えてもらいたいんですよ。その点ではあまり感情的にものごとを処しないで、ほんとうにその教員の待遇の改善というものがあなたらに役立つんだ、こういうお考えならばその団体と十分話し合って、いわゆる文章を通してじゃなくてものごとによってきちんと話し合いをされて、その中のやはり問題点というのを浮き彫りにして皆さんの文教の行政の資料にされるというのが私は一番賢明なやり方だと思うんです。そういう点から見ればこの間の教育長会議の発言云々という問題については、これはほんとうにそういう立場から大臣がやられたものだとはこれはだれも理解できないと思うんです。そういう意味で私は軽率でありませんでしたかと、こう申し上げるんです。それでもない、もう一つの隠れたところの計算でもないと言うならば一体どういうことかということをこれは私は判断に迷わざるを得ない。そうなるといよいよこれは大臣の意図というのは悪質きわまるものだなあと、こう勘ぐりたくなるのがこれが普通の問題ですよ。したがって、私はほんとうにあなたが日本の行政をきちんとやはり話し合いの中でやって行こうと言うならば、もうあなた就任をされてから半年以上たたれるんですから、会って、こういう本にはこういうようにあるんだけれどもどうだと、君らの文章にはこうあるんだがどうなんだと、大臣の意図はこうなんだがどうだろう、こういう話し合いの場を持たれて私は当然だと、そのことについてはぼくは大臣もう少し慎重に考えてもらいたい、そのことを要望申し上げて関連質問を終わります。
    ―――――――――――――
#223
○委員長(永野鎮雄君) 次に、教育職員免許法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 これより質疑に入ります。質疑のある方は御発言願います。
#224
○松永忠二君 最初にお尋ねをいたしますが、提案の理由の中に教員の資格は、文部大臣の認定を受けた大学または短期大学で法令に定める所要の単位を修得した者、あるいは現職教育によって資格を取得した者、このような方式だけでは、教員として適当な資質能力を有する者をすべての分野に十分確保するためには困難な面もありというような提案の説明がしてあります。これはどういうふうな意味ですか。
#225
○政府委員(木田宏君) 御案内のように、現在の免許法におきましては、御指摘がありました文部大臣が認定をいたしました大学または短期大学において免許法に定めました所定の単位を履修した者に対して教員の免許状を与えるという制度になっておる次第でございます。しかし、今日大学におきまして、すべての職種の教育が行なわれておるわけではございませんので、たとえば、特殊教育の領域におきます特殊な教科、特に今回新たに取り入れようと考えております養護訓練等の領域また高等学校等におきますいろいろな職業教育の分野におきまして、時代の動きとともに必要になってまいります諸領域、そういう点につきまして、すべて大学あるいは短大で教員の適任者を養成するというふうな体制になっているとは言えない次第でございます。
 また在学中に必ずしも教員になる希望、意図を持って勉強しておるというような青年でなくても、職につきましたあと、いろいろと社会的な経験を経て、また教職を志すというような人たちもあり得ることかと思う次第でございます。それらの人たちを広く教職に迎え入れる、こういう点を考えますと、現在の大学制度によります養成訓練ということだけでは足りないものがある、こういうふうに考えて、大臣の御説明を申し上げておる次第でございます。
#226
○松永忠二君 ただ、いまの御説明、ちょっと納得できないのは、免許法の原則というものは、大学で単位を修得するということによって、法律で単位取得法をきめていくというのがこれは原則なんです。
 それからまた、戦後の教員養成の一番大事なところはそこにあるわけで、それが現在の短大や大学ですべての領域が行なわれないということが、当然のような説明を聞いたわけですが、そういうことを当然として考えているのですか。そうすると、従来の免許法の原則を全然踏み間違ったことをやっていて、こういう提案をしたということになるのですか。あとのことについては、大学をやっているときに、将来先生になろうと思った人でないものがあるからということはわかるけれども、前提として短大や大学ですべての領域が行なわれていないという言い方をしているが、これは根本の問題に触れた問題で、そんなことを文部省はやっていて、そうして足らないから、こういう法律を出してくるというと、これは一体いつそんなことが、教員養成の場合にきまったのですか。
#227
○政府委員(木田宏君) 現行の免許法におきましても、昭和三十九年度の改正だったかと思いますけれども、高等学校の一部の教科につきましては、資格認定試験の制度を取り入れることが規定の上でも定められておりまして、現在十六条の二という規定が入っておるわけでございますが、高等学校の免許状は四条の一般的な教科別のほかに「これらの教科の技能に係る事項で文部省令で定めるものについて授与する」、これらにつきましては、学歴を大学における養成という考え方とは別に柔道、剣道、計算実務等の具体の事例でございますけれども、そうした実務上の経験あるいはその能力というものを認定することによりまして、高等学校教員の免許資格を与えるという制度は許容されておるわけでございます。また現在、特殊教育等の諸領域におきましては、特に特殊教育の特殊の領域におきましては、正規の大学教育の中で養成されてないような部分も現にあるわけでございまするから、そうした分野につきまして、大学教育になじまない今日まで大学教育の領域と考えられていなかった領域につきまして、必要な教員を得るというような場合に、今日の法制度の上におきましても、特例が認められておりまして、すべての教員が大学で養成される、こういうふうにはなってございません。たてまえといたしましては、免許制度の本則におきまして免許状は大学または短大で所定の単位を修了した者というようになっておりまするけれども、個々の領域におきまして対応できないものにつきましては、そうした例外措置が今日もすでにとられておる次第でございます。
#228
○松永忠二君 この前、教員資格の検定をやったのは、教科の領域の中で十分得られないというような意味で、そういうものについて入れたのであって、何もそれをそれ以外のものからとるというような意味じゃないわけです。そうでしょう。それからまた、だから現実には大学でなかなかそういう人が教員に得られないから、そういうものについて特別な措置をしたというだけでもって、何もそれが大学や短大で、大学で養成をするという基本線を逸脱をしたものじゃないわけですよ。特殊の教育における分野について、そういう先生必要だけれども、事実上大学になじまないというのは、それは免許法の精神からいえば、あなたの言ったように、そういうものをつくるべきであって、あなたの説明で言うと初めから短大と大学ですべての領域が行なわれていないということを認めておいて、そうして、それについてというんじゃなくて、またこの前そういう十六条のあれを認めたのは、そういう意味で認めているんでしょう。だけれども、そういうものを大学や短大でつくらぬでもいいから、そういうものをやったんじゃないでしょう。だからもっと原則をきちっとしておいて説明をしないと、何かあなたの説明では、大学や短大ですべての領域が行なわれないということがもう初めからきまっていて、そういうものについて、こういういわゆる教員資格認定試験をやって、もうすでに認められているんですというような言い方をするのは、これちょっと本末転倒じゃないですか。むしろ、短大や大学ですべての領域のいわゆる教員が養成をされなければいけないんだ。だから、そういう原則がどうなっているんだろうかと聞いたら、原則は何も言わぬでおいて、いや、いまの短大や大学じゃすべての領域のいわゆる先生が得られないんだというお話だ。それだからこういうものをつくるんだということになると、――そうじゃないんでしょう。もともとはそういうものでつくらなきゃできないんだけれども、しかし、一部いろいろな事情で不足するものがあるとか、あるいはまた、特に特殊の部面のためになじまないので、少しそういうものができてない。そこで、こういうものをやるようになったんだが、原則的には、おっしゃるとおり、短大や大学でとにかく養成しなきゃでけない。そういうことが免許法の原則であり、戦後の重要な問題じゃないですか。あなたの最初の説明はそういう説明じゃないんですか。あまり変なことを言うからここに私は書いたんだが、短大や大学ですべての領域が行なわれていないから、そこでこういうものをやりましたと、こういうお話だ。そうじゃない、短大や大学でいわゆる教員を養成していかなきゃできないけれども、特殊の教科についてはなかなか得られない、あるいはまた中には、短大、大学ではなじまないものもあるのでこういう措置を考えたという、そういう説明ならいいけれども、逆に説明をしたから私はおかしいんじゃないかということを言ったんです。ときどきこれから質問したときにそういう説明をしないように、時間がかかっちゃって、もとへ戻らない。また、局長が教員養成の原則を踏みにじるようなそういう発言をされて、そのまま前へ進むというわけにもいかないので、念のために聞いておきます。
#229
○政府委員(木田宏君) ただいま松永委員がおっしゃったとおりに、私どもも考えておる次第でございますが、一番冒頭のお尋ねに対しまして、多少、説明の角度と私のことばの最初の使い方が、逆の角度から御説明したようなかっこうになりましたので、その現在の大学における養成を原則とするというのを、足らない領域を少し強調いたしましたために、いま御指摘のような御心配をいただいたのかと思っておりますが、現在の免許法が大学、短大におきます教育の課程の中で所定の単位を履修していくというたてまえに立っておることは御指摘のとおりでございます。
#230
○松永忠二君 そこで、現行の免許法の「教科」、それから高等学校の設置基準による「学科」、学校教育法施行法の「教科」、こういうものについて、「工業」について、まず具体的に示してください。免許法において「工業」については、免許法の教科というのは何がある、それから、高等学校の設置基準による学科としては何がある、学校教育法施行法できめられている教科の内容にはどんなものがある、まあその最後のは、たくさんですから、幾つあるかというようなことを言っていただけばいい。
#231
○政府委員(木田宏君) いま高等学校の「工業」についてのお尋ねだったかと思いますが、具体的には担当課長から御説明申し上げたいと思います。
#232
○説明員(阿部充夫君) ただいまお尋ねの点につきまして、まず免許法上の教科でございますけれども、工業に関しましては、「工業」と「工業実習」と、この二つが免許法上では教科ということになっております。
 それから次に、高等学校設置基準におきましては、「工業に関する学科」ということで取りまとめておりますけれども、その内訳といたしましては「機械科」、「造船科」、「電気科」、「電気通信科」等々の学科名が高等学校設置基準で掲げられております。
#233
○松永忠二君 幾つあるの、学科が。
#234
○説明員(阿部充夫君) 十五。これは例示でございますけれども、十五掲げられております。
 それから、学習指導要領におきます教科といたしましては「工業」という教科になっておるわけでございます。
#235
○松永忠二君 幾つあるの……。
#236
○説明員(阿部充夫君) 教科といたしましては「工業」ということになっておるわけでございます。
#237
○松永忠二君 幾つあるの……。あなた方の出したのにあるじゃないの、「各教科に属する科目」と。「工業」について「各教科に属する科目」は、幾つあるか。
#238
○説明員(阿部充夫君) たいへん数が多うございますのでただいま計算します。
#239
○松永忠二君 大臣、あとからあなたにもお聞きいたしますが、ここで免許法という、免状ですね。免許法には、「工業」という場合には、「工業」と「工業実習」と、二つしかないんですよ。この免許状をもらって、高等学校へ行って工業を教えるわけですね。高等学校の「工業に関する学科」というのは幾つあるかというと十五あるわけですか、機械科、造船科、電気科、電気通信科、工業化学科……。今度は、カリキュラムを組む教科、教育課程をつくるときには、「工業」について百六十四あるわけです。
 そこで、一体、工業高校で、機械科とか、電気科とか、建築科を担当している先生の免許状というのはどうなっているんですか。つまり、実際に授業をやっている際に、この人たちの工業高校で機械科の先生、電気科の先生、建築科の先生を担当している教師の免許状というのは、実際はどうなっているか。この人たちは採用の際に、どういうふうにいって採用しているんですか。
#240
○政府委員(木田宏君) 免許状といたしましては「工業」でございます。また、実習を担当いたします領域につきましては「工業実習」でございますが、御指摘のように、高等学校の授業科目といたしましては、いまおあげになりましたように、たいへんたくさん細分化されております。したがいまして、現実には、大学における当人の学習内容等を勘案しながら、特定の教科の担当者として適任であるかどうかということの判定が行なわれるわけでございます。
 今日の状況は「工業」という包括的な免許状の中で、本人が大学で履修いたしました具体の専門内容等を勘案しながら、高等学校の担当教員としてそれぞれに採用する、こういうことになっておる次第でございます。
#241
○松永忠二君 そうすると工業高校で機械科を教える先生は「工業」という免許状を持ってきて、そしてその人が大学で何を専攻したのか、建築科を専攻したかどうか、専攻したものを採用しているわけですね。別に、免許状の中には建築科というふうな、そういうただし書きがついているわけじゃない。「工業」の免許状を持ってきて、「工業」の免許状を持っているその人に、あなたは何を軍政しましたかということで、そこで建築科の先生として授業をしていると、こういうふうなことになっている。そうすると、ここで建築を一つ例に出しましたね。「工業」という免許状で与えているということは、基本的には、「工業」の免許状でよいということはどういう意味なんですか。「工業」でここのいわゆる教育課程を全部やれるということなんですか。「工業」の免許状を持っていさえすれば、ここにある教育課程の、いわゆる各教科に属する科目が全部やれるということなのか。それだから免許法で「工業」と書いてあるのか。そういうたてまえだから「工業」と「実習」という二つに分けたのか。それとの関連はどうなっているんですか。どういう考え方に基づいて、なぜ「工業」という免許状を「工業」という形でくれているのか。しかも、ただし書きの中に「工業(建築科)」というようなことが書いてはない。ということになると、「工業」という免許状を与えてあるということは、ここにいう「工業」という百幾つかのいわゆる科目のカリキュラム全部やれるという意味で、そういうふうに「工業」という免許状にしたのか。これはどういう意味なんですか。「工業」という免許状は、工業に対してすべて教えることができるという意味で「工業」ということなのか。教えることができなきゃ、何も「工業」でなしに、カッコして何かちゃんとしておけばいい。「工業」という免許状をくれるということは、「工業」というところに内訳になった各教科に属する科目のカリキュラムが全部やれるという意味で、「工業」というのを与えているのか。どういう意味なんですか、免許状における「工業」というのは。それを聞きたい。
#242
○政府委員(木田宏君) 工業に関する専門の科目を担当してよろしいという資格を証明したものが「工業」の免許状でございますが、御指摘のように、「工業」あるいは「社会」もそうでございますけれども、非常に広い領域の教科になりました場合に、特定の人がそのすべての領域にわたって十分すべてを教育し得る能力があるかどうかという点になりますと、これは免許制度のあり方の、何といいますか、この教科区分の基本的なところに触れてくるわけでございますが、なかなか現実的にむずかしいということは否定できないわけでございます。ただ、免許制度の上では、それを特定の細分化された領域ごとに免許状を設けて、その履修内容その他を特定して運用するということがどこまでいいかどうかという判断がございますものですから、広領域の教科につきましては、その内容等、さらに採用者の側で、本人の現実的に持っております専門分野等を確かめて採用していただくということにならざるを得ないかと思うのでございますが、ここは具体的な学校におきます教育指導の問題と、それを教師という立場で位置づけてその資格を認めようとする免許制度との間に、運用上の、何といいますか、ギャップがあるというふうに御理解をいただきたいと考える次第でございます。
#243
○松永忠二君 そんなばかなことは……。いまあなたのお話でいうと、「工業」という免許状を持っておる者は、いわゆる「工業」という各教科に属する科目をすべて教えることができるという、そういう意味で「工業」の免許状があることが本来だと、こう言うんでしょう。そんなばかなことができるものですか。機械実習から繊維工業、デザイン、もうすべてで百六十幾つかの教科のものを担当できるなんていう、そんなばかなことはあり得ないんですよ。工業の免許状をもらっているけれども、そんなのはできっこありゃしないんですね。工業の免許状を持っているが、現実には、建築科を専攻している者は建築のところだけしかやれないんでしょう。いわゆる建築実習、建築設計製図、建築計画、建築構造、建築構造設計、建築施工、建築法規、建築史だけでしょう。これが、あなた、水理、土質、土木計画、土木設計、土木施工なんて、そんなものやれっこありゃしない。そんなものを学校で勉強してきちゃいないんですよ。特に、建築工学科出で、大学でこんな科目を勉強するかというと、こんなものを担任できるようなものは持っちゃいないわけでしょう。ほんとうは、工業の中で、免許状をもう少し、いまさっき話の出た高等学校設置基準の工業に関する学科に分けてやるとか、あるいは工業という免許状の中にカッコして「機械科」とか「造船科」とか書くべきものでしょう。それでなけりゃおかしいんだ。質問してみたら、工業の免許状を持っている者は「工業」というところの、いわゆる学習指導要領の教科の全部を編制できるなんて、そんなばかなことは、あんたそんなことはできないんですよ。それだからおかしいんですよ。本来はそういうものであると、本来はそういうものだって、そんなもの大学で勉強してきもしないで、染色のことまで自動車のことまで、そんなことはできやしない。これは明らかに直さなきゃできない筋合いのものである。だから、しようがないから、「工業」という免許状を持った者を採用するときには、建築の先生がほしいときには建築で専攻した者を採用するという形でやっているわけですね。だから、大学で建築科を専攻した者は、とにかく、高等学校の学校教育法施行規則の工業の教科というものはやれるようになっているわけですね。そうなってくると、ここにこういうことが出ているんですがね。これに基づいてあなた方は今度の法律を出してきたんですが、いわゆる中間報告、「教員資格認定制度の拡充・改善について」、これから高等学校の教員の資格認定試験をどういうところへやるようにするかという中に、「高等学校教育においては当面必要度の特に高い教科または領域として」「工業の教科のうち、情報技術、色染化学、繊維工学、インテリア、建築、土木等の領域」というところがある。いわゆる建築の領域を特別な教科の領域として教員の資格認定試験をやるという考え方は一体どういうことなんでしょうかね。大学で建築をやってきた者があれば、建築を教えることが全部できるのですか。できぬのにかかわらず、そういうものを、さっき話が出たように、特殊の教科の領域だというふうに考えて「建築、土木等の領域」というふうに書いてあるのですか。そういうものを、これから教員資格の認定試験の教科の領域として考えるというのは、一体これはどういうふうな意味なんでしょうか。そういうものでなけりゃ建築科が担当できないという、そういう意味なのか。なぜ、建築科のようなものを、こういう教科の領域の一部として建築の認定試験によって人を求めようとしているのか。そういう必要はないではないかと思うんですが、それはどういうことでしょう。
#244
○政府委員(木田宏君) いま、お示しになりましたこの中間報告のその教科の領域でございますが、「建築、土木等の領域」は、工業の中の専門としてはかなりポピュラーな領域ではございますが、現実に、工学部で建築、土木等を学びました者で教職に回ってきてくれる者が非常に少ないという実態からこういう意見が出てくるわけでございます。また、情報技術とかあるいは色染化学、繊維工学、インテリア等の新しい諸領域につきましては、これまた、今日の大学におきます養成そのものも必ずしも十分に教員の養成課程としては整っておりませんので、一般の情報技術の関係者の教育も今後拡充しなければならぬという課題でございますし、繊維工学、インテリア等は社会のいろんな方面に引っぱりだこというようなかっこうでございますから、結果的には高等学校の先生に回ってきてくれる人が少ない。どうしても大学卒業生をすぐ採用するということでなくって、実務経験等を踏まえた人の中で教育に理解を持ってくださる方々に教壇に立ってもらうということを考えなければならない領域、そういう意味で、このことをあげてある次第でございます。
#245
○松永忠二君 それだから、いわゆる教科の領域の一部として建築の認定試験によって人を求めるというのは本来ではないんでしょう。本来、そういうふうな形で人を求める必要はないんであって、いわゆる大学で建築科を履修してきたものならば建築はもう十分できるわけなんでしょう。だからいま言うとおり――これからあと話もそこへいきますけれども、これはできるんだけれども、いま言ったいろいろな事情からなかなか得られないので、たとえば建築科というものを考えているということなんですね。本来、こんなものを教科の領域の一部として建築まで含めるなんてことは、本来的には、こういうことはあっていいことではないわけでしょう。いい傾向として考えることはできないんでしょう。つまり大学で教員は養成をするんだというし、それから大学を卒業してきて教職の課程のあれを勉強してくれば、いわゆる工業の免許状を持ってきて、それでとにかく工業の中の建築科というのを担当できるものをちゃんと大学で勉強してきているわけなんですから、だからもうそれで先生というものは得られるわけなんです。ところが、それを特に建築科のようなものを教科の領域の一部という特殊なやり方として今度教員の認定試験をやらなきゃいけないというのは、本来的には、こういうことは望ましいことじゃないんでしょう。望ましいことだと考えているのか。本来は、こういうものではなくて、大学の建築科を出てきた者を、いわゆる教員の資格した者を工業の免許状持ってきた者を使うべきであるけれども、望ましいことではないけれども、教科の領域の一部として建築のいわゆる認定試験をやって人を求めたいと、こういうことなんでしょう。これをひとつ聞かしてください。
#246
○政府委員(木田宏君) 大学の土木建築を学びます学生たちが在学中も同時に教員の志望を、工業教員になることを予定して必要な教職の勉強もし、そして、教職に入ってくれるということであれば、これは一番望ましいことだというふうに思う次第でございます。しかしながら、松永先生も御案内のように、昭和三十年代の初めころから工業関係の専門に進みました者はなかなか教職に回ってこない。また、在学中に教員としての教職関係の単位を取るというような勉強もしてくれない。そういう関係上、工業の諸領域につきましては、教員の非常な不足に直面をいたしまして、そこで、今日免許法の規定にもお認めをいただいておるわけでございますが、工業の領域を大学で履修いたしました者につきましては、一定範囲まで教職単位を専門の工業の単位で振りかえてもいいというような許容もして教員の確保につとめたということは現実にあるわけでございます。しかし、なお、そうした措置を講じながら、土木建築の領域だとか、新しい領域として考えられます情報あるいはインテリア、色染化学、こういった部面につきましては、適任の教師を採用しがたいというようなことがございますので、これは他の職域に進まれた人でありましても、あるいはまた大学に学ばないで実務上の高い経験と教育に対する識見を持っておる人がありましたならば、こういう人も迎え入れるようにしたいと、こういう趣意でございます。
#247
○松永忠二君 あなたの答弁、もう少し、どういうわけで足らなく、なかなか就職志望者がなかったかとか、あるいははたして一体免許状を持っている者とそういう者とはどうなるのかという、そういうことをあとから聞きますよ。私の聞いているのはそういうことじゃないんでしょう。言っていること端的に返事をしたらどうですか。私たちのやっていることは正しいんですという前書きばっかりつけようと思うからそういうことを言うようになっちまうんじゃないですか。こういうことは本来大学で建築科を十分やって、養成して免許状を持ってきた者があれば十分できるんだけれども、本来的にはやることじゃないけれども、やむを得ない措置としてやるんですかという、それを聞いてるんですよ。だからあなたのことは、こういう事情からないのはあたりまえですという説明だけを先へするもんだから、自分のやっていることは正しいんで、われわれのやっていることにはちっとも欠けているところはありませんという、そういう説明をしようとするから、それで長ったらしくなっちゃう。私のいまだんだん聞いているのは、大学で建築科を専攻した者は高等学校の、いわゆる学校で建築科の授業が十分できるように教えてある、そういう者で免許状を持っておる者があれば、いわゆるそういう者が高等学校で建築科をやればいいわけだ、それが本来だ、しかし、いろんな事情からこういう教科の領域の一部として建築科の認定試験をやるというのは、本来の立場から言えば、こういうことは望ましいことじゃないと思うかどうかということを聞いているんですよ。望ましいことだというなら別ですよ。望ましくないことでしょうと私は言っているわけなんですよ。はたして需給条件はあなたの言うとおりであるかどうかということはこれから聞いてみますよ。要するに、本来的にはこういうことは望ましいことじゃないんでしょう。こういうふうに、教科の領域の一部として建築の認定試験やらなきゃいけぬと、建築だ土木なんというようなものに教科の領域の一部なんというようなそういうことばをくっつけて何も認定試験せんでもいいように思うんですよ。普通の大学出てきた者が十分あればそれでできるんだから。こういうことをしなきゃできないというのはあまり本来の立場から言うと好ましい方向じゃないというふうに考えているのか、いやいやそれは好ましい方向ですというのか、やむを得ない措置ですと考えるのか、そこを聞いているんですよ。再度質問したい。
#248
○政府委員(木田宏君) 需給の問題も確かにあるわけでございますから、特別の措置を講じなくても十分な需給の関係が成り立ちますならば、こうした補足的な措置は考える必要はないことだと思うのでございます。
#249
○松永忠二君 こそく的な措置と言うんだから本来望ましいことじゃないということでしょうね。そこで、じゃ、初め高等学校の教員の新規免許取得者と就業状況について工業についてまず言ってください。工業の卒業生は一体どのくらいあって、就職したのはどのくらいあるのか、いわゆる免許状を持っている者が、まあそれを一つ。
#250
○説明員(阿部充夫君) 昭和四十七年三月におきまして工業関係の新規卒業者でございますが、免許状を取得した者が六千百八十七名でございます。そのうち工業関係の教員に就職した者百八十名という数字になっております。
#251
○松永忠二君 そうするとまだわかりませんよ、中は聞かぬから。しかし、工業については教員養成の大学と学部、一般大学の学部、大学院等で工業の免許状を持っている者は六千百八十九人出てきたわけですよ。ところが就職した人が百八十人だから〇・〇三%しか就職しなかった、だから本来望ましいことであるんだと、そういう人はいるわけです。免許状を持ってちゃんときている人があるのだから。そこで工業の中の内訳を知らしてください。ここにあるでしょう、工業の中に、いろいろ担任できる教科というのが、工業の中に機械科、造船科の先生というので十五あるでしょう。一体免許状を取った者と就職した者の数を言ってみてください。
#252
○説明員(阿部充夫君) 免許状の教科につきましては、先ほど申し上げましたように、工業は工業一本の免許状になっておりますので、これの内訳のデータは私ども持っておりません。
#253
○松永忠二君 工業という免許状を持ってきても造船の授業はできないでしょう、造船をやってきた人でなければ。機械というところを専攻してきて工業の免許状を持っていたって授業はできないのですよ。だからこんなことを聞いたってわからないじゃないですか。六千百八十七人免許状を持っていて、就職した人が百八十人だといってみたところが、機械科の免許状を持ってきた者が何人で、機械科に就職した者は何人、まず機械科だけ言ってごらん。機械科だけで一体免許状をもらってきて就職した人は幾人あるのか、それを言ってください。そんなこともわからなくて、そんなものもなくてこのような法律出すことはできないでしょう。ありません、ありませんなんて、そういうふうなことは言えないでしょう。造船について、電気について、電気通信について、工業化学について、そんなデータは文部省にはないのですか、あるのですか。
#254
○政府委員(木田宏君) 先ほど申し上げましたように、免許状の教科の単位が高等学校につきましては工業ということになっておりまして、これ以下の細分した分類は免許制度の上ではとられておりません。したがいまして、私どもが免許状の授与につきまして統計を集めます場合に、この工業という大ぐくりでしかデータが上がってこないわけでございます。でございますから、現実に工業の中で造船がどうとかというような分類、区分が私どものデータのほうからは出てまいりません。したがって、まことに恐縮なんでございますけれども、この中で機械に奉職をした者が何名だとか、あるいは造船に奉職した者が何名かという採用上の区分というものを、たいへん恐縮ですが持っておりません。ただ、現場の関係者のほうからはただいま申しましたような土木建築あるいは情報技術等についての適任者を得がたいという要請が上がってまいりまして、そういう領域についてやはり特別の措置を考える必要があろう、こういうふうに思っておる次第でございます。
#255
○松永忠二君 文部大臣ちょっと聞いてください。工業という免許状をもらってきたからといって、その人は機械科も電気科も全部やれるわけじゃないわけでしょう。工業の免許状を持ってきた中で、大学であなたは機械科を専攻しましたかということを聞いて、その人を機械科のいわゆる工業の先生として機械科を担任させるわけなんです。もともと工業という広い免許状を持ってきている人たちが六千百八十七人あるわけですよ。さっきから質問していると、本来工業の先生というのは、そういう大学でこれを勉強してきてあれば授業ができるわけなんだが、六千百八十七人資格者があって、たった百八十人しか就職していないわけです。しかし、これではほんとうの意味でわからぬわけです。つまり、それじゃどこを充実をすればいいか、機械が足らぬのか、造船が足らぬのか、電気が足らぬのか、そこのところの養成を一生懸命やるし、条件をつくってやれば、そうすれば、こんないわゆるこそくの手段と、こそくということばを使ったが、そんなことやらぬでもいいわけですよ。それだから、現実に機械という科目を、機械の一体大学で履修してきて免許状をもらったのが幾人あるのか。その中で幾人就職したか。そんなことわからないでおいて、こんな免許の根本にかかわるような法律なんて出せるわけがないじゃないですか。現場で足りません、足りませんとただ言うだけだ。足らない理由というのは、これからあと少しいろいろ問題がありますけれども。そんなばかなことが言えますか。工業という免許状もらってきたって、いわゆる工業の中のいわゆる設置基準の中にある教科は担任できないのですよ。担任できる一体免許状をもらってきている人が幾人あって、その人が幾人就職したかということがわからなければ、高等学校の教員の工業の需給状況を調べることができないんじゃないですか。そして、それに基づいてどういう対策を打たなければいけないのかということをそれから考えなければいけないでしょう。私は聞きやしませんよ。しかし、意地が悪ければ、農業や商業や商船や水産を出してみろという話になりますよ。それも出せなくて、こんなもの審議できますか。わからぬじゃないですか。そんなデータはありませんなんて、そんなこと言っていて、それじゃ工業の免許状もらってきたって何も授業できやせぬじゃないですか。高等学校やったってしようがないじゃないですか。一体どこが足らぬのか。工業、化学、紡織、色染、土木、建築、はたして建築、土木といっているけれども、建築、土木の免許状をもらってきた人の数が少ないのかどうか、その中で幾人就職したのか。たった一人か二人しか就職しないというなら、どこに原因があるということを考えれば、安易なこそくな手段、方法を講ずるんじゃなくて、教科の領域としてそんな資格認定をするというのは下の下なんだ。ほかの方法がまだあるんじゃないかという理論が成り立つじゃありませんか。そんな実態もわからんでおいて、そんなデータありませんということじゃ済みませんよ。私は、何も意地悪く時間をどうこうしているんじゃないんですよ。何もあなたこれから質問をいよいよ始めようというのに、ろくにできないじゃありませんか、そんなことでは。たとえばそれじゃ機械について言ってごらんなさい、造船について言ってごらんなさい――それすらありません。電気なら電気という一体工業の免許状を持ってきた者があって、そして電気を専攻してきた人が幾人就職したのかということがわからなければしようがないじゃありませんか。そんなことのわからぬような免許状をやっているなら、その免許状の出し方が悪いということでしょう。免許状を工業と工業実習という二つに分けてやっているから悪いんでしょう。工業の中のカッコ機械というようなことをくっつけて、そうして少なくもいわゆる高等学校設置基準に定められている学科というものに分けて免許状の中に内訳をつくっておけば、すぐデータがわかっちゃうじゃないですか。また、それがわからなければ、さっきから話をしている本来こそくな手段だとこう言っている、ほんとうなら大学でやれるのに、どうしてそんなことをやらなければいかぬだろうかといういわゆる理屈づけにもならないでしょう。農業にしたってみんなそうなんですよ。文部省にないんですか。出せるんですか。そういうものを出せないということはおかしいと私は思うけれども、文部大臣はどうお考えですか。
#256
○国務大臣(奥野誠亮君) いまのお話私よくわかるわけでございます。高等学校の特殊な領域については、なかなか先生を得がたい。それも今度の免許制度改正の理由であるわけでございます。インテリアデザインでありますとか、情報技術でありますとか、そういう特殊な新しい分野について特に得がたいということでございますので、従来の各工業高等学校等につきましてどの程度していくかというような調査をしていなかったようでございます。おっしゃるとおりに、そういう資料を整えるのでございましょうけれども、ただいまのところそういう調査をいたしませんでしたので、遺憾ながらこれまでそういう数字をお出しできないことをたいへん恐縮に思います。とにかく、新しい分野がどんどん出てまいってきておりますので、それに対応できない、そういうようなところからこういう改正がひとつ考えられているということについて御理解をぜひ賜りたいと思います。
#257
○松永忠二君 こういうことが出ているんですよ。国立大学の協会が、教員養成制度に関する調査研究報告書というものをまとめている。この中に、産業教育教員というのがいまお話に出ている工業ですがね、これについて、こういうことが出ているんです。「いわゆる産業教育の教員の養成に関して免許教科別に課程認定を受けている大学の数は下に示すとおりだ。すなわち、養成の場そのものの数は決して不足している状況ではない。」と言っているんですよ。不足している状況ではない。だから、いかに不足している状況じゃないかというのをはっきりさせるためにそう言っているんで、いわゆる産業教員養成に関して、いわゆる養成の場は、数は不足しちゃいないんだということを言っているわけですよね、はっきり。何も不足しているわけじゃない。そして、また、これのアンケートなんかによると、産業教育の教員養成は、主として専門大学、学部において行なうべきだという七五%のアンケートの結果が出ているわけだから、だから、要するにその機械科のいわゆる就職者が足らない、免許状を取る者が足らぬというなら、免許状を取る方法について、またあとから努力をしなきゃできぬです。だから、どこの大学をもっと充実したらいいとか、どこのところをどういうふうにしたらいいかということは、それでわかってくるわけでしょう。もともと、産業教員のいまのような教員養成というのは、専門大学や学部においてやるべきだと、これはまあ本来そう考えているけれども、いまでもみんなそう言っておるわけです。しっかりした先生いなければだめだと。そうして、そのいろいろ調べてみると、養成の場のそのものの数は不足していないけれども、結果的には、決して不足しているわけじゃないと言っているわけですからね。だから、まあ産業教員の養成に関して、免許教科別に課程認定を受けている大学は一体幾つあるのか。産業教員養成に関して免許教科別にいわゆる課程認定、この学校ではこういういわゆる課程を認定するということを認めている大学は幾つあるんですか、全部で。わからなきゃわからぬと言って答弁すりゃいいんですよ。
  〔委員長退席、理事楠正俊君着席〕
#258
○説明員(阿部充夫君) 先ほど来申し上げましたように、免許教科といたしましては、産業教育の関係ではたとえば農業、工業、商業といったような分類になっておるわけでございます。
 課程認定を受けております大学の数は、農業について六十七大学、工業で百十四大学、商業百二十三大学、水産十三大学というようなぐあいになっておるわけでございます。
#259
○松永忠二君 まあ、その数字もちょっとおかしいんですよ。こっちは百八、百七十二、百五十九、二十九というように多いんですよ、もっと。しかし、とにかくそれだけの大学は、いわゆる免許状がくれられるわけなんです。したがって、その具体的に調べても、工業なら工業というものを調べてみても、免許状もらってきている者は十分あるわけです。しかも、どこまでもやっぱり産業教員の養成というのは大学でやってくれというのが、すべての多くの人の要望だということになると、結局そういうところで養成して、いわゆる免許状をもらってきた人が非常にたくさんあるんだ。ただ、就職する人が少ないだけだということになる。本来、それだからといって、すぐ教員認定の窓を広げるが、そういう方向でそれを補うことがいいか悪いかということになると、それはこそくの手段だとさっき答弁したように、本来そういうもんです。だから、そういう点をはっきりさせてまずいきたいから。ほんとうはしかし、工業といったってだめなんであって、学科別にちゃんと内訳をしておかなきゃわからぬ。対策もそれはできない、当然です。そんな怠慢なことじゃだめだと私は思うんで、これはひとつしっかり調べてもらいたい。
 そこで、その次に工業の先生が足らないということで、一度、昭和三十六年に国立工業教員養成所の設置等に関する臨時措置法というのができて、臨時工業教員養成所というのができましたね。これはいまどうなっているんですか。
#260
○政府委員(木田宏君) 今日はすでにもう廃止されてなくなっておるのでございますが、廃止の年月はちょっと調べてお答え申し上げます。
#261
○松永忠二君 それは、どういうわけで廃止になったんですか。
#262
○政府委員(木田宏君) 臨時工業教員養成所は、ちょうど昭和三十五、六年ごろからの工業高校の拡大の時期に、大学で普通に工学、理学を卒業いたしました学生がほとんど教職に回ってきてくれない。そういうことから、工業教員として特別の養成を行なう必要があるということで、国会に臨時措置法を御提案申し上げまして設立を認めていただいた次第でございますが、高校生のベビーブームの時期並びに工業高校の拡大という時期が一応昭和四十年を過ぎまして終息をいたしましたものでございますから、昭和四十三年の三月に一応廃止をいたしておる次第でございます。
#263
○松永忠二君 だから、いわゆる工業の学校が多くなったから、先生が減ったというんでしょう。いま、その足らないからいわゆるこそくな手段でもいいから免許状を認定してやろうというんでしょう。おかしいじゃないですか。この法律はこれ最近ですか、実はそうじゃないのだ。四十二年に募集は停止しちゃったんですね。そうしておいて、それから四十四年に廃止をしておるんですよ。だから、こういういわゆるこれもこそくな手段でしょう。大学でやらないで、工業教員養成所に入れて三年でやってみたり、これならたくさん人をつくれるだろうというわけでやったんでしょう。やったけれども、これは失敗しちゃったということになるんですね。ほんとうに足らないというなら、これでいまなお活発にやっているというなら、まだそこにも話はわかるじゃないですか。一時、ブームがあったんだから、ふえたんだから、こうやりました。今度は免許法を改めて、工業の先生をいわゆる特殊な領域としてふやそうという、認定までやろうという。それなら、こういういわゆるこの学校つくったってよかりそうだと思う。このまま、こういうことをやるべきじゃないということを皆言っていましたね、当時。もっと本格的なものをやれと言ったけれども、無理やりにこういうことをやったんでしょう。足らぬ足らぬといって。いまだって足らぬ足らぬというなら、何かこういうふうな学校自身もどう充実したらいいかということを考えるべきでしょう。国大協ではこう言っていますよ。特別教科教員の需給状況、これは四十五年を示すが、この状況から見ても、教員不足に対処するという設置の趣旨はほとんど消滅しているということができると言うたですよ。だから、教育系大学とか、学部の改革、整備に発展さす。これを発展をさせて、そうしてこういうものを得ていくというようなことは非常に必要だと言われた。こそくな手段をしても何かうまくいかぬ。やっぱり本格的なもので取り組んでやっていかないと、結果的には募集停止をしなければいけなくなって、廃止しちゃうということになる。対策を打たなければできぬということでしょうね。
 そこで、いま質問を進めるについて、なぜ先生が就職してくれないのですかね。免許状を持っておる者はたくさんある。何も不足じゃない。工業という免許状で言うと〇・〇三%の人しか就職してない。行かない。免許状を持ってくる者は何もこんなことをせんだってたくさんある。
  〔理事楠正俊君退席、委員長着席〕
たくさんないという、不足していますという証拠を見せることはできないでしょう。そんなデータ持ってないのだから。そうすると、なぜ一体先生に免許状を持っている人がならないんでしょうか。そういう問題解決しなきゃ、話がいわゆる解決にならぬから私、聞いているので、どういうわけですか。
#264
○政府委員(木田宏君) 御指摘がございましたように、工業非常に幅が広い領域でございます。一般的には、工業高校の増設がとまりました段階で工業教員の一般的な不足というのは少なくなったわけでございまして、工業教員養成所といった臨時の措置もそれに伴って廃止をしたわけでございますが、今回御提案申し上げておりますような新たな領域につきまして世の中の技術の移り変わりとともに……。
#265
○松永忠二君 いやいや聞いていることを……。
#266
○政府委員(木田宏君) 必要が起こってまいります。そういうことに対して弾力的に対処できるような原則に対して補足的な措置というのが私はやはり必要なんだ、そういうことでないと、そのときそのときに対応した教員の需給というものを裏打ちしていくことが必ずしもうまくいけないのではないかと、こう考える次第でございます。もちろん、いま松永先生のお話になりましたように、もっと別の意味で、なぜこういう専門教育を学んだ者が在学中に教員の免許資格も取っておきながら、免許状も取っておきながら教職に回ってこないかという別の問題が一般的にもございますが、それはやはり教育界というものに対する青年の考え方というものがまだ多くの理解を得るに至っていないということではないかと考える次第でございます。
#267
○松永忠二君 あなたの答弁聞いていると、最初の答弁の趣旨はどういうことを言っているのかというと、大体、大学で本格的にそういう免許状をくれるやり方に固執しているというか、何かそれだけでやるから悪いんだ、もっと待遇的な措置をすべきであるが、そういうことをしないために先生がいわゆる少ないんだ、できないんだ、教員にならないんだ、そういうことを一つ言っているでしょう。そんなばかなことはないじゃないですか、いまデータあげたように。大学というとこで教員の免許状を持って出てくる者がこんなにたくさんあるんだから、何も大学でそういうものをつくるということができないじゃない、あんたはそういう、最初の理屈はそういうことを言っているんでしょう。そういう方向でやっていることより、何か補足的な措置もやっておかんもんだからこういうことになったんだ、そういうような説明しているけど、それはおかしいじゃないかと私は初めの理由からそう思う。むしろ、そういう制度という問題は、もうこの制度でやってがんばってやっていきゃいいわけだけれども、ほかに一般的な問題があるというのは、何か教育に理解が足らないというのはどういう意味ですか。そういうことよりももっとそのものずばりの理由があるでしょう。だれだってここでみなすぐ言おうと思えばすぐわかるでしょう。そんな、率直に国大協であげていますよ、この理由ちゃんと。あとで私、言いますがね。あなたのほう先に聞かしてください。
#268
○政府委員(木田宏君) 教員の需給ということを考えます場合に、いま御指摘がございましたような国大協の意見によりましても、こういう農業、工業、商業等の教員につきましては、工業教員の養成とか、商業教員の養成という形ではなくて、それぞれの専門の学習の中で教員の資格があわせて取れる、こういう教育のシステムのほうがいいという考え方になっておるわけでございます。今日、工業教員のための教育体制とか、農業教員のための教育体制というのはとっておりません。先ほど御指摘がございましたような、理工系の拡大と工業高校拡大時期の工業教員の臨時措置以外には、一般的な専門教育の中で教員の資格が取れるものに与えていくという対応策をとっておる次第でございますが、これが工業と申しましても非常に領域が広いものでございまするから、その特定の領域について時代の動きとともに必要になってくる教員に対して、適時対応するというような体勢がとりにくい、そのために補足的にこういう対応の措置が必要になってくると、こう私どもお願いを申し上げておる次第でございます。また一般的に、工業の免許資格を持っておる者がたくさんあるにかかわらず、それがなぜ就職することが少ないかという点につきましては、やはり教育界と他の職種との間の青年の嗜好というものが、青年の嗜好が教育界と他の職種と比べてみまして、他の職種のほうにより多くひっぱられるということの結果であるというふうに考えております。
#269
○松永忠二君 理由は何、なんで引っぱられるの。わからないの。なんでそっちのほうに引っぱられるの。
#270
○政府委員(木田宏君) この理由は、私、そう簡単なものでないと思うのでございまして、一言で言えるようなことではないのじゃないかと思う次第でございます。
#271
○松永忠二君 また再度同じような趣旨のことを言ってるのじゃないですか。制度的に少し問題があるというようなことを盛んに強調していますわね、あなたは。そうなってくると、それじゃさっきのデータはどうなるのですか、六千百八十七と百八十幾つ。足らないから、こういうことをやるといっているのに、あるじゃないですか。じゃ、どこが足らぬというなら、機械か造船、どこが足らぬというなら、その数字を示してごらんなさいと言ったって、その数字は出せないのでしょう。足らないからこういうことをやるというのに、たくさんあるから、あなたの言ってるように制度的にどうこうという問題じゃないというようにわれわれは考えるでしょう。こういうことをやって悪いということをすぐ私は言ってるのじゃないのですよ。たくさんあるにかかわらず、何か理屈をくっつけて、何かその制度が悪いようなことを言って、制度が悪いというなら、その養成の問題をアンケートしたら、七五%が専門大学の学部で養成してくれといってるじゃないの。要望もそこにあるでしょう、人数も多いでしょう。そうであるのに、何か制度に問題があるというような言い方をあなたいつまでもいつまでもやっているじゃないですか。そうじゃなくて、そのものずばり、何だといったら、嗜好に合わないとかという話をして、嗜好というけれども、それじゃ嗜好に合わないのはどこだと聞いたら、それははっきり言わぬが、そんなことは、これには書いてあるでしょう、国大協あたりには。産業教員確保の根本問題はその待遇の改善であると書いてある。そんなことはだれだって、先生がよければもっと来るということは、それはずばりそうじゃないですか。もっときれいなことばでいえば、社会的、経済的待遇に格差がある。それだから、そっちへこない。免許状持っているのだから少しは意思がないことはないと思うし、条件はそろっているのだけれども、来ない。嗜好に合わないんて、そんな抽象的なことばじゃないじゃないですか。あなたたちはそういう法律をつくろう、つくろうといって、さっきは大臣が盛んに強調しているのに、局長のほうは、そんなことは何にも触れずにいるというのはおかしなことだと私は思いますね。そんな抽象的なことでなく、いろいろな例がある。一つは、まず国大協のほうのがよっぽどはっきりしているじゃないですか。その一、教員養成制度の改革に、教員待遇の画期的引き上げ措置を伴わなかった。教員養成を大学でやると、こういうふうなことをきめておきながら、その大学を出てきた教員に対しての待遇の画期的ないわゆる引き上げ措置が伴っていなかったというのがその一つ。その二、十分な大学教員の確保、育成が困難であったというのは、財政的処置が不十分であった、一般大学より規模の小さい目的大学の設置が現実的として、いわゆる新制大学の本格的整備等をいわゆる等閑視してきた、足らないといっちゃ三年のをつくったり、何かやることばかりやっている。だから一般大学できちっといわゆる充実をさせるというようなことでなしに、やっているような財政的処置が不十分だから、十分な教員の確保の育成が困難であったというのが、その二であります。その三は、大学が比較相対的に社会的地位の低い教員養成に無関心である。大学における教員養成を受け入れる姿勢に欠けがちであった、いわゆる大学へ入って大学における教員養成を受けられるような、もらえるような措置についても欠いてる点があったというが、これはこれだけたくさんあれば必ずしもそう一言には言えぬけれども、そういう点があった。いわゆる専門大学、専門学部が産業教員養成のための必要なカリキュラム、実習に対して特別の配慮が欠けていた。いわゆる産業教員養成は一般的な専門コースの履習に埋没し、等閑視された、こう言う。文部省自身の責任という点でも、その四、これは別のところでありますが、養成に不熱心である、国立の教育系大学、学部に産業教育教科の高校養成課程はこれには一つもないと書いてあるからね。これは違うんですか。自分で建てた国立の教育系大学、学部に産業教育教科の先生が足らぬというなら、それを得るような、いわゆる養成課程をたくさんつくってくれればいいのに、そんなものはつくらない。この四つあげているんですがね。あなたの言った教員の嗜好がどうのなんというよりはもっと具体的じゃありませんか。これ違うんですか。一つ一つ意見をひとつ言ってみてください、一、二、三、四について。
#272
○政府委員(木田宏君) いまおあげになりましたいろんな問題点は、それぞれ指摘してある点うなずけるところがあると私も考える次第でございます。先ほど非常に抽象的なお答えを申し上げました。私どもも教員の処遇、社会的な地位そのものが高まることはぜひ必要だ。そのことはいま御指摘ございましたことを私どもも強く考えておる次第でございます。しかし、それだけで事が片づくというわけのものではなかろうという気持ちが私にもあるものでございますから、そこで、もっと別の意味で簡単でないというようなお答えを申し上げた次第でございます。教員養成系の大学で産業教員の養成というような体制をとっているところはほとんどございません。通常の工業、工学部等におきまして一部教員を養成するための課程、学科を設けた経験もあるわけでございます。しかし、それらが教員養成の課程としての実質的な意味をほとんどあげてくれなかったというような経験等もございまして、昭和三十年代に臨時工業教員養成所という形のものを別途つくる、これはいまおあげになりました見解の中に国立大学関係者がみずからも反省していることかと思いまするけれども、工業教員になることについての適切な指導を大学側がとらなかったというような面も確かにあろうかと思うのでございます。また、当時工業関係、技術関係の卒業生が引っ張りだこでございまして、工業教員というふうに養成いたしましても、みんなほかの領域に引っ張られてしまったというような、大学側だけの責めでない事情もあったかと考える次第でございます。
#273
○松永忠二君 もう少し、やはりあなたの意見、そういうものを具体的に言ってもらうほうがいいですよね。みんなが心配しておる点がどこにあるかということがお互いにわかっていることであって、そういういまの説明からいっても、どうも国立の責任も果たせていなかったという点もあるわけです。いろいろやってみたけれども、うまくいかなかったというようなことを言ってましたけれども、だから、それじゃ、それだけじゃうまくいかぬから、こういうものをつくったというなら、私は別の案がありますからね。ほかの方法のほうがいいんじゃないか、本質的にいって、ということがある。だからこうなったのについては、今度のいろいろな大学の問題なんかでもそうでしょうけれども、やはり自分の責任がどこにあるか、なぜそうなったのかという、何か人のほうに責任があるようなことを言っていたんじゃまずいじゃないか。自分のやることもきちっとやらなければできない。だからこういうこそくなことをやらぬだって本来できるようになっていたのに、ある程度できていたけれども、それが十分にできない点がいろいろあるわけだから、その一つ一つを直していく。不足するというなら言うとおり待遇改善したり、条件の向上をしたらどうだ。根本問題を解決したらどうだ。大学で専攻した者、教職に関する単位を大学で取りやすくさせるとかいろいろな、もう少しこれは具体的に言いますけれども、ほかの根本的な対策をすべきじゃないか。こういうこそくなことをやったって、だめだろう。
 そこで、だからこの点についてはこういう点を申し上げます。免許法で工業とか、工業実習の二つとして、設置基準で工業に関する学科をふやしておいて、学校施行規則で工業の教科に関する科目を百六十幾つかにして、教員が不足するから教科の領域の認定試験で教員を充足するというようなことは、工業高等学校というものがいわゆる学校教育法施行規則の教育課程のいわゆる工業の教科に関する科目が多過ぎる、いわゆる高校の専門科目のワクをはずれて多様化しているからじゃないかということも考えられます。いわゆる免許法は工業と工業実習にしておいて、設置基準のほうでは教科を十五つくっておいて、それから今度はカリキュラムのほうの施行規則も百五十幾つかの範囲の教科に関する科目を、足らぬ足らぬといってはそれを継ぎ足して、そうしておいて高校の専門科目のいわゆる先生がないといって領域をふやす。そうすると、高等学校における専門科目のいわゆる教育課程というものがこんなに多くどんどんどんどんふえて多様化しているというような、そういうことにはならないのか。そういうような反省というのは一体ないのか。これからもどんどんやはり教科はどんどんふやしていく。それでそれが足らなければいわゆる特殊の教科の領域といってそうして先生をそういう点で求めていくというやり方をせざるを得なくなるけれども、こういうふうな点からいうと、学校教育法施行規則の教育課程、これは初中局長のほうの関係でしょうが、これがあまりに多様化しているんじゃないか、これが。さっきの話ですね、この工業というものが、これまだふやすと、どんどん。そういうことでこれに応ずるような教育課程つくったのだから、これを教える先生がなければできないわけですから、だからそういう先生がどんどんふえる。それから片方、設置基準の学科はどんどんふやしていくということになれば、そういうふうな意味で少しこれが高校の専門科目のワクをはずれているほど多様化しているんじゃないかというふうに私たち考える点もあるのだけれども、この点についてはどうなんでしょう。あとで大学局長にも聞きます。
#274
○政府委員(岩間英太郎君) ただいま御指摘いただきましたことは私どももいま切実に考えているところでございます。大きな方針を申し上げますと、やはり職業高校の多様化というのもただいま先生が御指摘になりましたように細分化することが多様化であるかどうかというふうなことでございまして、私どもとしましては、むしろ基礎的なものを十分身につけて社会に出ましてからも、みずからの努力でさらにその学んだ結果を進展させるというふうな基礎的な能力をもう少しつけるべきじゃないかというようなことを考えているわけでございます。もっとも、新しい分野で社会的に今後大いに発展するというふうな分野がこれは今後ともできてくる可能性はあるわけでございます。そういうものにつきましては、やはり新しい観点から考えなければいけませんけれども、基本的な考え方につきましては、ただいま先生が御指摘になりましたように、あまり細分化していくということはいかがかと考えまして、ただいまこれは理科教育及び産業教育審議会の中の産業教育の分科会で御検討願っているところでございます。
#275
○松永忠二君 免許状をくれるほうの立場としてはどうなんですか。
#276
○政府委員(木田宏君) いま、初中局長がお答え申し上げましたように、一般的に多少こまかく行き過ぎるという点は考え直さなければならぬかと思うのでございます。ただ、今回御提案申し上げておりますのに、看護という免許教科を新たに加えていただきたいというお願いをいたしております。これは、高等学校におきまして准看護婦の養成が同時にできるような看護課程の設置が広がってまいりました。高等学校への進学率が高まりますと、高等学校の在学の間に社会で必要といたしますいろいろな職業技術上の資格というものをあわせて取得できるようになることが望ましい。そのために衛生看護関係の学科課程もつくられてまいりまして、そういう高等学校がふえてきておるような実情でございます。このことは高等学校が一般化した今日、やはり高等学校の在学中に社会で必要とする所定の資格が同時に履修できるということは考えておいてやらなければ、青年たちにとって不幸であるというふうに思う次第でございます。したがって、学校教育の中身が、高等学校教育の内容も、そういう意味で教科も広がりが出てくる、専門領域も必要な教育内容が加わってくるということは、これは程度問題ではございまするけれども、必要なことではなかろうかと考えておる次第でございます。
#277
○松永忠二君 むやみやたらにそういう学科をふやしていったりする、あるいは教育課程をふやすことは慎んでいかなければできぬという点については同じ。だからあなたが言ったのは、しかし、看護科の免状をつくったのは、こういうわけですというお話ですわね。その点はまたあとで聞きましょう。
 そこで、そういう意味からいうと、工業と工業実習の免許状の種類を、工業に関する学科――実際にそれによって採用しているわけですから、学科に分ける必要がある。それから工業に関する学科は、その工業に関する学科を担任できる教員というのを養成のできる大学教育を充実をしていくべきである。これはそれが本筋だと思いますね。しかるに、学科が多様化し、教育課程の科目の多様化に応ずる教員を得るために資格認定ということでやっていこうというのが安上がりの教員養成につながって、いわゆる教員養成の基本原則を実際には破るもんじゃないか。だから、いわゆる免許状はとにかくもう少しはっきりと、いわゆる学科に分けて、あるいは学科に分けるか、あるいは内訳にして、それでその学科を担任できる先生というのは大学の教育を充実してそれをしっかりつくっていく。現にいま、たくさん養成してつくっていくことが本来である。学科を多くして、それから教育課程の科目を多くして、それに応ずるために先生を資格認定試験で得ていこうというのは安上がりの教員養成につながっていくということであって、教員養成の基本の原則を実際には逸脱をするものじゃないかという、こういう感じというか、考え方を私たちは持つんですが、この点については考え方としては賛成なんですか。それともどういう御意見でしょう。
#278
○政府委員(木田宏君) 実際に高等学校等の教育の現場で必要といたします教員を正規の学校課程で養成をしてまいります。そのつど、必要な需給の体制に対応できるような供給の体制をとるということが教員養成の点ではかなりむずかしい面があるわけでございます。一番明確だと考えられます小学校教員につきましても、実際に必要な時期に養成数がかみ合わないというようなことも起こるわけでございます。工業につきまして先ほど来御指摘がございますように、六千人も免許状を取っておりながら、これで百八十人しか就職していないのになお足らぬというのはおかしいではないかという御指摘はございますが、しかし、これらの工業は先ほど来御指摘もございますように、機械、電気、あるいは化学、土木建築全部引っくるめた非常に広い領域を合わせた数でございまして、しかも今日工業高校でこういう先端的な色染であるとか、あるいはコンピューターサイエンスであるとか、あるいはインテリアデザインであるとか、そういう時代の先端をいくような教育を高校生にしてやりたいというときに、それらが必ずしも現在出ております機械、電気、あるいは土木建築、化学の今日までの養成の体制ですぐ対応できるような状態に必ずしもなっていないというような、こういう養成の過程と養成のタイミングと、それから高等学校の現場等で必要になります需要の時期とがうまくかみ合わない、こういうこともある程度避けられないギャップとして私どもも制度上考えておかなければならぬと思うのでございます。したがいまして、こうしたそのときの必要に対応し得るような弾力的な、補完的な措置を考えておくということは、必ずしも教員の養成制度を原則からくつがえして、安上がりのもので間に合わせるということではなくて、むしろほんとうに必要な教員をそのときそのときに確保できるための補完的な措置をとっていくという意味があり得るのではなかろうかというふうに考える次第でございます。
#279
○松永忠二君 あなた、えらく先端的、先端的と言っているが、色染化学I、色染化学II、色染化学IIIというのは、現在の教育課程にあるでしょう。インテリア実習とインテリア設計製図とあるでしょう。建築だ土木だなんというのはもちろんあるでしょう。その領域をいわゆる教科の領域として認定試験あるんでしょう。何も先端だから困るというわけではない。そんな建築だとか土木なんという、そんなものはみんないまの大学にあるんですよ。何もこんなところで領域を広げてそんなものに資格認定をやっていく必要はないのですよ、そういうことは。いかに安上がりだかということをもう一つ聞いて、私はまだこのことについて、高等学校に私の案を出してみたいと思うけれども、きょうは――委員長、まだもうちょっと、いわゆる的確な資料も一つも出していません、あなたたちのほうの資料で。数字的なものをね、出せるものを、この次の質問のときまでに出してください。
 いかに安上がりだかということだけひとつ言って、あなたたち安上がりでないと言うけれども、教職に関する試験、いわゆる教育実習は資格認定試験の際行なうのですか、それはどうです。
#280
○政府委員(木田宏君) 今回の教員資格認定試験につきましては、教育実習は課してございません。
#281
○松永忠二君 教育実習というものについては、いかに重要であるかということはあなたたち側のあれにも出ているでしょう。ずいぶんだくさんこの教員養成改善方策についてという教育職員養成審議会の中に出ていますよ。そういうふうに重要だと指摘されているものもやらないというわけでしょう。教育実習は行なわない。教職に関する試験はやらぬですか、それはどうなんですか。
#282
○政府委員(木田宏君) 資格認定試験におきましては教職に関する試験は実施をいたします。
#283
○松永忠二君 そうすると、教育実習、これまたあなたたちの公の建議もそうだけど、これについても、教育実習については相当詳しく書いてありますよ。教育実習については具体的に六週間とか八週間とかっていうような数字まであげてそういうふうな実習が必要だということを言ってるわけですね。だから、そういう教育実質もやらないというのも一つは安上がりだという指摘の中に入りますわね。重要だとされてるものを、何も教育実習をやらぬでもその資格にしちゃう。本格的な養成をすべきであり、そこに数が多いのに、それやらずにいわゆる試験でやっていくというんだから、それだって安上がりだと、こう言う。それは本格的なものじゃなくてだということはさっき言ってるんだから、そういうことで形をとっていくというなら、それは安上がりでしょう。
 それだけじゃないんですよ。もう一つやってあれしますがね、別表の、あれでしょう、今度はこの先生が免許状取りやすくしてあるんでしょう。別表第四、あなたの十九ページのところに、「この表の高等学校教諭の二級普通免許状の項中第二欄に掲げる二級普通免許状には、第十六条の三第一項の免許状」――今度の免許状「を含むものとし、当該免許状を有する者がこの表により文部省令で定める教科についての高等学校教諭二級普通免許状を受けようとする場合には、高等学校教諭の二級普通免許状の項第三欄に掲げる単位数から文部省令で定める単位数を差し引くものとする。」これ、新たに入れたんですよ、別表。これ、従来いわゆる教科の領域の一部による免許状の取得者について二級普通免許状を取りやすくしている。まさに安上がり教員養成の道に通ずるものである。免許法の基本原則を破るものではないか。安上がりでないと、そう言ったって安上がりでしょう。今度は普通免許状を取りやすくした。こっちの免許状、いままではなかった、そういうものは。いままでの教科の領域の中でもらったそういう免許状は、そういう措置はなかったのを、新たに第三として別表につくってこれを二級免許状取りやすくしてる。これもやはり安上がりじゃないですか。そうじゃないと言うならそうでないという説明を理論的にしてもらいたい。
#284
○政府委員(木田宏君) 最後に御指摘になりました、別表第四に備考三を加えておるわけでございますが、これはたとえば今日で申しますと高等学校の技能の教科につきまして、柔道、剣道あるいは計算実務等の免許状を持っております者が体育の免許状を取ろうといたします場合に、すでにこれらの柔道、剣道等の免許状を持っております者は体育の免許状を取るに必要な基礎の資格をある部分は持っておると、こう考えられるものでございますから、その部分を二重に課することにならないように調整を加えたものでございまして、ことさらに単位を安売りをするという考え方ではございません。
 また、今回の教員資格認定試験につきまして当初御指摘になりましたように、教育実習というのが事柄の性質上どうしてもかみ合わせることが困難でございましてはずしてございますが、現在、教育実習を省くことのできる領域といたしまして、工業関係の免許状の取得者は大部分教育実習を他の工業の専門課程でかえることができるような現行規定にもなっておりますから、今日の免許法の中でもすべての人に教育実習を要求して免許状が出ておるというわけでもございませんので、今回のような補完的な措置に対しまして事柄の性質上教育実習というのは自後の指導に待つことにさしていただきたい、こう考えてる次第でございます。しかし、制度の趣旨から考えますと、私どもは、これによりましていままでの教育の課程の中で教員の資格をとってこなかった人に対しましても、その実力が同等と認定できる者につきましては教員の世界にはいれる道を開きたいということでございまして、ことさらに程度を下げようとするという意図のものではないことは御理解を賜わりたいと思う次第でございます。
#285
○松永忠二君 それはおかしいですよ。それじゃ、いままで柔道や何か、ダブルからこういうふうにきめたというなら、いままでなぜきめてない。いままでだって十六条の三というのはあったんでしょう。あったけどこの三は入れてなかったのは、落ちてたんですか。落ちてたから入れたんですか。あなたの理屈から言うとそうじゃないですか。前からもらっていた人はあったんだ、この人は。それにはそういうことをやらないのに、今度は教科の領域ということばを使って、教科の技能に係る事項」と言ったのを「領域」としておいて、その領域の者はこの免許状の、いわゆる二級普通免許状を取れるようにしてあったじゃないですか。いままではそういう措置は、二級普通免許状を取れない、そういう措置はなかったのを入れたんだ、今度新たに直すと一緒に。あなたの言うことを聞いていると、前からそうなっていて、何もそれはダブったから、何でもないんだと言うが、そうじゃないでしょう。そうじゃなくて、そういうもので取った免許状の人をいわゆる二級普通免許状にして、高等学校の先生に本格的にできるようにした道を開いたのでしょう、そうでしょう。そんなうそのごまかしの答弁じゃぐあい悪いじゃないですか。ダブってたからですという、ダブってたなら前だってあったってもいいじゃないかという理屈がある。そんなわかり切ったことを何も言わぬだっていいじゃないですか。いままではそういういわゆるその二級普通免許状を取得できる、そんなものはなかったんだけれども、今度はそういう項目を新たにつくって、それをすっとこう上に持っていける措置にしたというのは、いわゆる高等学校の先生を楽につくれるようにしたことにもなるわけじゃないですか。そういう意味で私は安上がりだと。聞いていたら、ダブっていたから、ダブっているから当然なことだという答弁をする。当然なことなら前の人はなぜやらない。今度それをつくったのか、前のが誤りであったのかどうか。誤りじゃないんでしょう。そういう措置を開いたのでしょう。だから、そういう措置を開くこと自体だって、いわゆる十六条の三で高等学校の教員の特例の措置を拡大するということと一緒に、それをまた本格的な先生にしていくという意味から言っても、これはいわゆる安上がり的なものを考えているということになると私は言うのです。間違いですか。安上がりということばがいかぬなら、容易にと言ってもいい。あるいはそういうことができ得る道を開きましたと言ったっていい。あなたのさきの答弁は、当然やるべきことでございますということでしょう、俗に言えば。そうじゃないでしょう、法律を改正してそうなったのでしょう。あなたの御答弁、これからまたいろいろ御質問をするときあるけれども、どうもそういうところがある、答弁のしかたに。時間ばかりかかっちゃって、ややこしい。だから、これからもあることですから、少し答弁の方法というか、態度を私は変えていただかなければならぬ。で、時間を費やしただけでそれがわからないのですよ。大臣、そこにお聞きになっているけれども、ちょっと聞いてみるとそっちのほうがそうだと思うのですよ。だけどよく聞いてみると、もう少し一歩下がってみると、さっき答弁したようなことで、ダブっているからそうやっていると言うのです。それでは前のほうはそうしなかったのはそれは落ちているんだ。そうじゃなくて、新たに直すと一緒にそういう道を講じたのだから、それは拡大したことになるじゃないか。安上がりじゃありませんが、こうですと言うならまだわかるのに、平気でそういうことをおっしゃる。だから違ったときには間違いですと、こういう目的のときには目的をはっきり言ったらいいじゃないですか。言って、それがよし悪しというのは、お互いの見解にも違いがあるんだから、何かもっともらしいような言い方をして言うのは、そのやり方に私はちょっと不満があるので、もう最初の答弁からそうなんだな。だから、これはまたこの次、まだ実は盛んにあなたはその方法はないと言うから、いや私はこういう方法がありますよということを言いたいと思いますけれども、これはまあこの次にいたしまして、きょうは長くなりますから……。
#286
○政府委員(木田宏君) ちょっと委員長、一言よろしゅうございますか。
 別表第四の備考を加えました点につきましては、今回他の別表第三につきましても、これは全然別のことでございますが、重複を避けるという意味におきまして、認定講習等で上級免許状をとろうといたします場合に、同じ教科を、たとえば現在ですと小学校の臨免から二級免になりました場合に勉強した内容は、今度は中学校の上級免許状をとる場合等にカウントできないんでございますけれども、小、中、高等学校間の上級免許状を取得をしようとする場合の単位の融通というようなこともあわせて考えさしていただきました。これは別表第三の備考の二を逆に削除するという御提案を申し上げておる次第でございます。現実に上級の免許状を取得しようとします場合の必要な単位数等の算定につきまして若干の不合理がある点はあわせて是正をさせていただきたいという考え方から出たものでございます。
#287
○松永忠二君 ちょっと、そういうのはおかしい。その不合理を直しただけですか。不合理を直しただけ、そうするといままでは不合理であったんですか。柔道や剣道の免許状をくれた人を普通免許状、二級免許状を取るような道を新設しなかったのは不合理であったからであったのか、そうですか。私は、ほかのことを聞いているのじゃないですよ。そんなわかり切っているじゃないですか。そうでしょう。どうです、言ってごらんなさい。いま注意をして質問をしたのにかかわらず、またほかのほうを取り上げて、それをすりかえてこっちの答弁をする。いままでのが間違いなのか。それじゃこの次にそれから答弁してください。あとにしましょう。
#288
○委員長(永野鎮雄君) 本日の会議はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後五時二分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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