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1972/06/28 第71回国会 参議院 参議院会議録情報 第071回国会 文教委員会 第15号
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1972/06/28 第71回国会 参議院

参議院会議録情報 第071回国会 文教委員会 第15号

#1
第071回国会 文教委員会 第15号
昭和四十八年六月二十八日(木曜日)
   午後一時八分開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         永野 鎮雄君
    理 事
                久保田藤麿君
                楠  正俊君
                宮之原貞光君
                安永 英雄君
    委 員
                金井 元彦君
                志村 愛子君
                大松 博文君
                中村 登美君
                濱田 幸雄君
                宮崎 正雄君
                小林  武君
                鈴木美枝子君
                松永 忠二君
                内田 善利君
                矢追 秀彦君
                萩原幽香子君
                加藤  進君
   国務大臣
       文 部 大 臣  奥野 誠亮君
   政府委員
       文部大臣官房長  井内慶次郎君
       文部省初等中等
       教育局長     岩間英太郎君
       文部省大学学術
       局長       木田  宏君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        渡辺  猛君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○教育職員免許法等の一部を改正する法律案(内
 閣提出、衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(永野鎮雄君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 教育職員免許法等の一部を改正する法律案を議題とし、前回に引き続いて質疑を行ないます。
#3
○松永忠二君 大学局長、この前質問をした別表の第四の三の問題について何か補足的に説明するものありませんか。
#4
○政府委員(木田宏君) 前回の御答弁が明確でなかった点もありますので補足をさしていただきます。
 現行の制度におきましては高等学校の一の教科についての免許状を有しております者が他の教科についての免許状を取得しようとする場合には、現職教育等によりまして別表第四の定める所定の専門科目の単位を修得すればこれを取得できる道が開かれておるのでございますが、たとえば柔道の免許状のように、高等学校の教科の一部の領域について授与される免許状の所有者につきましては、この現職教育等により他の教科についての免許状を取得できる道が認められておりません。したがって、これらの者が他の教科の免許状取得を希望いたします場合には、現職教育ではなく、別表第一に定める大学等における直接養成の方法によるしか道がないのでございます。今回の改正におきましては、関係者の要望等を考慮いたしまして、これらの高等学校の教科の一部についての免許状を有する者につきましても現職教育等によりみずから研さんに励むことによって他の教科についての免許状を取得できるように道を開くことにいたしたものでございます。この場合、たとえば保健体育の教科の一部の領域であります柔道の免許状を有します者が保健体育の免許状を取得する場合などは、柔道が保健体育の中の一領域でありますところから、保健体育の免許状取得に必要な能力の一部をすでに備えていると判断されますので必要な修得単位数を軽減することができることにいたしたものでございます。前回の御答弁が明確を欠きまして御迷惑をかけたと思いますが、明確に補足をさしていただきます。
#5
○松永忠二君 明確を欠いたのではなくて、私の聞いた質問に対して十分なお答えがなかったんじゃないですか。だから、新しく道を開いたんですかと、あるいはそれを安上がりとわれわれは判断するけれども、安上がりというのでなければ新しい道を開いたんでしょうかと、こう言ったら、いや、そういう答弁はしてないわけですね。新しい道を開いたという答弁はなくて、いや、そういうやり方はほかの別表第三にもありますよというのが最後の答弁でしょう。私があなたの答弁は端的にそのものずばりに答えてないから気をつけて答弁をしていただきたいと言って、そのあなたの答弁が、そういう質問に対して端的に新しくそういう法をつくりましたと、こう言うのじゃなくて、いやそんな方法は今度だって別表第三でそういう道を開いているのであって、何も新しいなんというような道じゃない、ほかにだってありますよという御答弁でしょう、だから積極的に御発言があってもしかるべきだと思ったけれども、発言を始めるにあたってあなたが何か補足するものがないかということでお聞きをしたわけであります。
 一般の皆さんに、あるいは文部大臣にちょっとお聞きをいただきたい点があるから私はもう少し質問します。
 いま話があったとおり柔道、剣道、計算実務の教科の授与にかかわる免許状の所有者は二級普通免許状を取ることはできなかった、それは事実ですか。局長、答えなさい、この前ずいぶんこまかいことを言ったんだから。
#6
○政府委員(木田宏君) 御指摘のとおりでございます。
#7
○松永忠二君 今度は、改正後は教科の領域の一部を、つまり高等学校の教員免許状を持っている者は、高等学校の二級普通免許状を取ることができるようになったんですね。どうですか。
#8
○政府委員(木田宏君) 他の教科の二級普通免許状を取ることができるようにしたい、こういうわけでございます。
#9
○松永忠二君 そんなことがはっきりわかっていれば、これは新しい方法じゃないですか。そういうこととあわせて、要するに、単位数の問題を、同時に文部省令で定める単位数を取得し、それは確かにその別表の二のことに該当するけれども、いままでの柔道とか剣道とか、そういうもののいわゆる高等学校の普通免許状をもらっている者は二級普通免許状を取ることはできなかった。今度は改めて、たとえばいま古いので取った柔道あるいは剣道の免許状をもらった人でも今度は普通免許状を取ることができるようになった。相当新しい道を開いたということになる、そういうことですね。しかも、いままでは柔道、剣道、計算実務の教科の免許状を持っている者が高等学校の二級普通免許状を取ることはできないし、取るためにはどういう方法があったかというと、別表第一によって大学において最低の単位を取るか、別表第三で臨時免許状をもらって五年間在職をして、そうして最低の単位四十五単位を取るか、あるいは別表第四に基づいて他の教科の二級普通免許状を取るのには一級、二級普通免許状を持っていて、なおかつ、教職に関する単位と教科に関する単位を取らなければ二級普通免許状を取ることはできなかった、それは間違いないでしょう。
#10
○政府委員(木田宏君) 御意見のとおりでございます。
#11
○松永忠二君 ところが、今度の場合にはそうじゃないのですよ。今度は、この人たちは別表第四に基づいて二級普通免許状を取ろうというときには、文部省の定める教科については、高等学校の二級免許状を有する者とみなしてそうして文部省の定める単位を取ってきさえすれば、これは普通免許状を取ることができる、それは間違いないでしょう。
#12
○政府委員(木田宏君) いまの御意見のとおりに御提案申し上げているわけでございます。
#13
○松永忠二君 そうなればたいへんな違いでしょう、文部大臣。そうでしょう。それをだね、いまこうして時間をかけて質問しなければ、しかもこの前は再三再四にわたってそうではないかと念を押したにかかわらず、ああでもない、こうでもないと言ってほかの事例を引いて端的に答弁をしなかった。答弁のしかたがいいとお思いになりますか、文部大臣。
#14
○国務大臣(奥野誠亮君) 御迷惑をおかけしたようで恐縮に思います。
#15
○松永忠二君 それは適切な答弁じゃなかったということですね。しかも、それだけじゃないですよ。いままでは免許状を取る方法がなかったのが、そういう方法をこしらえて、しかもなおかつ、一定の単位を削ることができるようになった。これはどういうことかというと、いま話が出ている、たとえば柔道、剣道の特別の教科の高等学校の普通免許状をもらっている者が、保健体育の二級普通免許状を取ろうという場合にはその方法を開いておいて、しかも保健体育の中で、いわゆる柔道に関係したそういう特別の教科については単位を減らしてやるわけです。道を開いただけでなくて、単位の軽減措置もやっているのだから、これはずっと簡単になれるようになったのです。だから金のかからぬ安上がりだと私は言ったわけです。安上がりが悪いなら私たちは安上がりとは考えませんけれども、そういう道を開きましたというならまだわかるのに、いやそれはほかにもあるような答弁のしかたをしている。ほんとうならもうたいへんな誤りですよ。しかもそれだけじゃないのですよ。今度は臨時免許状というものを、高等学校の先生が臨時免許状を持って二級普通免許状を取るには、小中学校の臨時免許状とは違って、高等学校の臨時免許状は基礎資格の、大学に二年以上在学をしている必要があるのです。小中学校の場合には高等学校を出さえすればいいのですよ。つまり高等学校の免許状を、いわゆる臨免というのは、大学に二年以上在学している。ところがいま話が出ている各種の柔道とか剣道とかそういう高等学校の教員免許状を取るのには、小中学校の臨免と同じ資格があれば、高等学校を出ていればそれでいいのです。つまりいままでは臨免を取る人は、要するに、小中の人よりも高い学歴を持っていなければできない。しかもその人がいうとおり五年在職をして、最低四十五単位取らなければ普通免許状は取れなかったのに、基礎単位が高等学校の同じようなもので免許試験が受けられるその人を、今度は単位も削ってやりましょう、方法もありますというんじゃ、よほどの差ですねと、私が念を押したのはそのことを言っているわけなんです。まことに答弁の態度がよくない。知らないからそういう答弁をなさっているんなら、まだ私はそれを許しますけれども、知っていてですよ、ちゃんと。そういうような答弁をせないでも、端的に事実は事実として、それについて自分はどういう意見を持っているかということを言うんならわかりますよ。私が安上がりと言ったのには、そういう根拠を持ってそういう表現をしたわけです。その点についても二、三指摘をしてやったのにかかわらず、そういうふうなことをやり、いたずらに時間ばかり費やして、何か話に聞くと、あの人は長く質問をするためにそういうことをやっているんだなんて、そんなことを言う人もあるそうだが、私はそんなためにやっているんじゃありません。長くかかるようなことをあなたがやっているんですよ。だからそういうことじゃなくて、私は答弁の態度がまことに悪いから、まことにおとなげない話ですが、私は文部大臣だけの弁明では次へいけません。失礼ですが、局長さん、あなたの口からそのことについて自分のあれを言いなさい。
#16
○政府委員(木田宏君) 前回のお尋ねにつきまして、多少私自身御質問の趣意を感違いして受け取ったといまになって気がついておるわけでございますが、そのために御答弁が適切を欠いたこと、あとで担当課長からもその間の経緯についての説明を聞きまして、これは機会を得て、冒頭に申し上げましたような補足を明確にして、私の感違いを直さなければいかぬと思った次第でございまして、御迷惑をかけました点は恐縮に存じます。
#17
○松永忠二君 それでは、もう少し質問を進めますが、これは現在ここでいろいろ出てきてみると、いわゆる高等学校の免許状を取るのには、第四条で高等学校の免許状を大学へ行って取る、それから第五条で授与される基礎的な資格を大学で勉強しておいて、そして最低の単位を取った者が、教員の検定によって臨時免許状を取って先生をしていくか、第十六条で高等学校教員の特例でもって今度は教員資格の認定試験をやり、そして教科の領域の一部にかかる事項で文部省令で定めるものについて教員資格認定試験に合格をした者というふうに現在改正を含めてなっているわけですね。
 そこで、私は、これについてどうもこういうふうにしたらどうだろうというような考え方も一つあるわけですよ。第四条に基づく大学で高等学校の免許状を取るというのは、これは本来の本体のものである。いろいろと質問してきたけれども、そういう免許状をもらっている人はたくさんあるわけだから、これができるだけ就職の機会を得させるように努力をしていくということが本来的な一つの問題だ。それからその次には、ここにも提案されているように、自分は先生になるつもりはなかったんだが、出てきてから先生をやりたいという気持ちになったという者については、基礎資格を有する者は大学において最低の習得単位を踏んでいる、そのほかの者については大学の講習で最低の習得単位を得ていく、そういうやり方はいまでもあるし、これは必要だと思うわけですが、免許状を正確に取るか、あるいは出てから教職に関するものと、そういうものについてだけ何か講習を受けて取るというやり方、これはいまでもやっている。それからその次が、いま言う高等学校の教員の特例というものを開いて、そして免許状をもらっていくという方法が一つ考えられて、いま実施をされているわけです。このことについていま広い範囲で道を広げようとしているのは、最初提案の理由で私がお聞きをしたんですが、こういう意味から言えば、提案の理由もオーバーですよ。「とりわけ最近における学校教育の実情に即して緊急を要するものとして」この「実質を左右する教員の職に、すぐれた人材をじゅうぶん確保することが不可欠の要件」だというようなことを言って、そして特に、いままでのようなやり方では「教員として適当な資質能力を有する者をすべての分野にじゅうぶん確保するためには困難な面もあり、また、大学等に在学中に教員の免許状取得に必要な単位を修得しなかった者や大学等へ進学しなかった者の中にも職業生活や自己研修などにより教員として必要な専門的学力などを身につけ」て教職につかれる者も少なくない。このやり方では適当な人が得られないという断定については、必ずしもそうじゃない。あるけれども、それが就職をしていくことができないという意味のことであって、その次の、大学に在学していて、将来こういうものになろうという者については、大学で現職の講習を受けてやっていけば、その道も開かれる。その次の問題として、つまり「必要な専門的な学力などを身につけ、教職を志すにいたる」、いわゆる人材を集めるという、こういうふうな意味でこの道を開いたんだという、そういうことについては、私は全然これを否定をするわけじゃありません。特に私は、いまの日本の教育の中で、学校出なければやれないというやり方については、むしろ非常に私たちは反対です。したがって私は、もういろいろな機会に、とにかく会社の就職もその会社の試験に合格をすればいい、どこの学校を出ようが、そういうことはとんちゃくない。とにかく、この就職の試験に受かればそれでいいというような採用のしかたをすべきでありこういうことについて、いわゆる文部大臣なり総理大臣も、日経連などに協力をしてもらうというやり方で学歴というものを打破する採用のしかたをしていくべきじゃないか。それから、これは学校なんかについても、大学の受験資格に、高等学校出ていにゃいかぬというのは、これはおかしいのであって、その試験を受け合格した者を採るという形の中で、高等学校出なくたって大学の試験を受けられるという道を開いておかなければならぬ。何でも学歴を尊重しているところに日本の国のいわゆる教育の非常な弊害が出ているわけだから、学歴がないからといって、能力のある者なら道を開くということは決して私は反対ではない。そういう場合には、そういう道を開くなら、なぜ全教科にいわゆるそういう道を開かないのか。全教科の中にそういう道を開くべきじゃないか。また、開いたとしても、もともと教員の免許というのは、大学でいわゆる基礎的な単位をとり、教職のいわゆる課程教科をとり、その上で教育実習をやらなけりゃ免許をくれないということになっているのだから、いかに能力があるといえども、このいわゆる教員資格の認定にあたっては、やはり試験の検定をしてか、あるいはそういうものがあれば試験の検定をした上で大学の講習によって教育実習にかえていくとかいうような措置を行なうことによって、そういうことをやっていったらどうだろうかという考え方もあるわけです。だから、学歴のない者でも人材であれば、これを教育の社会に入れ込んでいく、そういうことについてやるなら、何も特別なものの教科だけをやることはないじゃないか。道を全部開いたらどうだろうか。全教科についてそういう方法が講ぜられる。しかし講ぜらるけれども、ここで言うような簡単なやっぱりやり方でなしに、もっとやはり、この現職のいわゆる教育実習というものが相当重要になっている段階であり、あわせて私は、えらいむずかしい教職に関する試験をしたり、教育実習をやったら、試験を受ける者はありませんよ。通る者もないんですよ、そんなむずかしいことを言ったんじゃ。だから、そういうものは大学の講習でやらせればいいじゃないか。試験にむずかしいものを織り込んで、教職に関するような試験のむずかしいものが出る、教育実習に関するいろんなものをやらせられるということになれば、何を一体進んでそんなものになることはないという気持ちになってしまうから、やっぱり道を開くなら、入れられるような条件をつくっておくけれども、しかし、先生はそう簡単にはなれません、そういう意味で、いわゆるむずかしい教職なり教育実習については大学の講習でそれをかえるというやり方で人材を求め、本格的な大学の免許状を得らせる。基礎的に得られないものだけ持っている者についてはいままでやっているけれども、大学の講習でそういうようなものをやらせる。こういうことによって私は道が開けるのじゃないか、こういうふうに考えるわけです。だから、このこと自体が根本的にけしからぬというようなことを言っているのではなくて、方法が非常にいわゆる末梢的というか、小乗的な見方をしているのじゃないのか。そしてまた、そういうやり方のいわゆる認定試験というのは、教員のいわゆる戦後にできた新しい制度を破壊をするという形になってしまうのではないかという意味で私は質問をしているわけです。そういう考え方を私自身は持っているわけです。これについてはどうですか、ちょっとお聞かせください。
#18
○政府委員(木田宏君) 御意見の点、私どもも、もっともと思うところでございまして、私どもも、いま松永委員の御指摘になりましたように、学歴だけでなくて、教育界を志すいい方を迎え入れられるような制度を考えたいという気持ちでございます。したがいまして、いままで高等学校の教科の一部の領域についてだけ認められてまいりました特例をあらゆる部面に広げたいという気持ちで御提案も申し上げておるのでございます。あと、資格認定の実施につきまして貴重な御意見をいただきました。立案の過程で、私どもも、教育実習をどういうふうに考えたらいいか、教職関係をどういうふうに考えたらいいか、いろいろと調査会でも論議もいただき、われわれの間でも検討を加えたのでございますが、試験問題をいたずらに高くして来れなくするということも真意ではございませんから、貴重な御意見をもとにいたしましてこの試験制度の過程の中で、どのように能力を事実上身につけていただくことができるかという点は、認定試験の実施の課題として今後の検討の中に御意見を生かしていくようにしたいと考えます。
#19
○松永忠二君 ただ、質問の趣旨はお間違いのないように、やはり本格的な第四条、第五条を中心にしてやっていくべきものだ、ただ門戸は開いておくという、そういう形のものをつくっていくべきではないか。それをいたずらに、またそのこと自体を困難にするということも趣旨に反するのではないか。
 そこで、大臣にも申し上げたいのでありますが、私がいままで質問してきたのは、高校の多様化という実態が免許の中にどういうふうにあらわれているかという点に私は触れて御質問してきたと思うのであります。ここで、まとめて申し上げますと、免許状というのは、二十五あるわけです。それに今度看護というのができたから二十六であります。それから、設置基準の学科というのは三十五あるわけです。つまり、高等学校にそういうふうな種類の学科があるわけです。それに今度看護を入れて三十六になるわけです。ところが、教育課程のほうで、教育課程を組む場合に何単位ぐらいだといういわゆる標準単位をきめているそういう教科というのが三百八十八あるわけなんです。それに今度看護を入れる。しかし、看護の中でも五つにしてその他の科目というのがあるわけです。その他の科目というのはいつでもつくれるわけです。広げられる。私が三百八十八と言ったのは、その他の科目のところに、みんなその他の科目というのは一つずつ入っていて、そこには何も書いてないわけだから、幾らでもこれから広げることができるわけです。だから、こういうふうなことになってくると、いわゆる教育課程をどんどん広げて、それに基づくいわゆる学校のあれを、設置基準に学科をきめておいて、そして免許法をやっていかなければいけない。ところが、免許法の種類とか、そういうものを改めないから、いわゆる教育課程を教えるために必要な先生というものをこういう形でつまり得ていかなきゃやれないわけなんです。とにかく、ここに学習指導要領ありますけれども、そういうのが二単位ないし六単位をいわゆる標準単位とするというのですから、しかも、この三百八十八で組んでいくことができることになっているわけです。だから、しかもその他ということで幾らでもふやせるようなふうになっていくということになってくると、いわゆる高等学校の教育課程というものが、国家社会の要請にこたえなければできないという形の中でどんどん教育課程はふえていく。そういう中で、いわゆる学科もふやさなければいかぬけれども、免許状はもう二十六ですから、つまりそこでそういう形のいわゆる特別の教科の免許状を出していかなければいけない。しかし、そういう三百八十八のいわゆる教育課程編制の力を持っているものは全然ないのかと言うと、大学のほうのいわゆる養成にはこれに匹敵するものがあるわけだから、その中で免許状を取ってきている者もあるんだから、これをやれるというような形にまでなっていくわけなんです。ところが、現実的にはそれができないから、言うとおり特別な教科というようなものをつくってやっていくわけなんです。だから、かりに総合高校というもの、一つの学校ですべてのいわゆる課程が実習、勉強できる総合高校をつくろうというのが戦後の一つの特徴でしたね。総合高校という場合には、極端に言えば子供の希望によって教育課程を選んでいくと、今度は看護を入れて五ですから三百九十くらいないわゆる教科を選ぶことのできるような定員を持っていない限りはそれを十分にやれないわけなんです。片っ方は、こういう教育課程で教科をやっていいというものはどんどん広げてあるのだから、それを選択するものに応じるということになれば、それだけの教科を消化できるような総合高校がなければできない。そんなことはとてもじゃないができない。だから、総合高校という教育の非常な一つのりっぱな考え方も実は不可能にしてしまう。問題は、教育課程をどんどんふやしていくことですよ。それは何かと言うと、高校の多様化に応じようというわけですよ。だから、高校の多様化に応じて、特に職業科についてどんどん教育課程をふやすわけです。さあ、それだけの先生がないからといっちゃ、簡単ないわゆる先生をこういうふうにつくっていくわけですよ。どんどん教科きめて困難なだけどんどん上へ上げるというやり方をやっているわけです。だから、こういう意味で言えば、そういう新しい高等学校の考え方も実施できない、教員の定数はそれに応じない、しかも先生はそれほど満足な授業はできない、しかも、結果的には高等学校にどうかと言うと、いわゆる多様な学科ができてくるものだから、そういう職業科へ入ったときには私はそんな勉強するつもりはなかったのに、実際はそういう教育課程でどんどん教えなくちゃできないから、私はもともと職業高等学校に来るつもりはなかった、しかも職業高等学校に、その学校にたくさんいろんなものがあるものだから、その中の一つを選ぶと全然希望しない教科でも授業を受けなければできないということになって、このごろ、要するに、その普通科と職業高校のいわゆるバランスはどうしたらいいだろうか、職業高校の中の一体学科というのはどの程度にとどめたらいいものだろうかという、高等学校の教育のあり方というものにこういう問題が出てくるわけですね。だから免許法というものをひとつ、きょうたまたまこういう免許法の角度からとらえてみても、いかに矛盾が多いかということは、矛盾の多い、こういうふうないわゆる教科の免許状を与えなきゃできない、道を開かなきゃできないというのは、ひとえに国家社会の要請に応ずるという形の中で多様化していく、特に職業教育に問題があるわけですよ。高等学校の職業教育というものはもっと基礎的なものをやればいいじゃないか。そんなそのときどきに応ずるものをやったのじゃかなわぬじゃないかという声が、もうすでに出ていることは事実なんですよ。しかし、そういう多様化を進めてきたのは文部省であったことは事実なんでしょう。だから文部省を批判をするものは何でも的がはずれているのじゃないのですよ。言われたことをまた、文部省はその批判に応ずるような形の中で形を変えたりしていくようなものも幾つもあるわけです。これなども私は、三百八十八の教育課程をこさえておいて、そして免許状は二十五の種類でそしてやっていくといえば、こんなとこ、総合高校はできやせんし、どうしても小さい範囲に専門的にやっていく以外ないということになってくるので、こういう意味が免許法の中にも矛盾としてあらわれてきているのだと。単に待遇改善するという問題だけじゃないのですよ、これは。そういう問題も含んでいるということをひとつこの際御理解いただきたい。免許法という角度からいまの高等学校の教育を見た場合でも、それだけの批判を私たちは十分できると思うのですよ。それだから、そういう意味で私はこの問題を取り上げているし、説明を聞いているわけです。
 どうですかね、いま私の申したことについて、単に高校の多様化というような問題だけじゃなしに、やはり人が、文部省が進めていく行政の中で批判をしているものについてはやはり謙虚に聞いてみる。そしてとるべきものはとるし、間違っていたら自分らが考えた方向もやはり訂正をしていくということがないと、ずいぶんいろんなことを反対をされてきて、いまでは、それ見ろ、その方向に進んできているじゃないかという感じを持つものもたくさんあるわけなんです。ここも一つ、これそうなんです。そうでないというなら、一体その三百八十八をどう消化するのだという話になっていくし、こんなものはつくることはないじゃないかという話にもなるのですね。まあひとつ大臣に、その点についてお考えを聞きたいわけです。
#20
○国務大臣(奥野誠亮君) 文部行政を進めるにあたりまして、いろんな意見、常に謙虚に耳を傾けて反省を怠らないようにしなければならないと、こう思います。高等学校の職業課程があまりにも多様化し過ぎているじゃないかという御批判、先日来伺っておるわけでありまして、またごもっともでございますので、検討を加えますということで、事務当局が検討していることも御承知いただいているとおりでございます。社会の変化が激しい、同時にまた多少専門教育だからすぐに役に立つ人間をつくろうという気持ちが過ぎたのじゃないかと、こう思うわけでございます。しかし御指摘もございましたが、学校教育の中では変化に対応できる基礎的な力を養なう、これを基本に考えなければなりませんだけに、あまり多様化し過ぎてまいりますと、そういう点が欠けてくるというおそれも多分にあると思うのでございます。この機会に、現在の職業課程のあり方につきまして、ひとつよく掘り下げて、そしてあまり細分化している姿を是正していきたい、こういう考え方で検討していますし、ぜひその方向で努力を続けていくつもりでおります。
#21
○松永忠二君 まあ、免許法の立場から学習指導の一部を言ったわけです。今度の文教委員会で皆さんからいろいろ質問の出ているのは、高等学校の生徒増に伴う施設計画をどうやるかというような問題、この問題も皆さんから出ているわけです。それから就学率の高まっている状況の中でこれからどうするのだろうか。だからいまや高等学校の教育は、やはりはっきりと計画的な考え方をまとめてやっていかにゃできぬ問題であって、免許状なり何なりについてもそういう角度から、やはりこういう対症療法でなしに、本格的なやり方を考えていくべきだと思うのです。だからそういうことを希望しておきます。
 それからもう一つ、大臣と局長にひとつ答弁をもらいたいわけです。皆さん方から、教育免許法の一部を改正する資料、これが来ているだけですよ。これだけで一体はたして私たちはこの質問をすることができるでしょうかね。たとえば私が言った、高等学校と小中と、特殊学校の免許状の需給状況はどうなっているのですか。免許状の問題を取り上げる以上そういう需給状況はどうなっているか。それからまた、この答申の、これに基づいて法律で出しているのですから、教員検定制度のいわゆる拡充改善に関する調査の中間報告、これを読まなければわからぬでしょう。これから私は、この次の委員会のときにいろいろ質問をさしていただきますけれども、小中学校の教員の需給状況はどうなっているか。看護科というものを設置するそうだけれども、一体看護科の設置状況はどうなっているのですか。看護科で准看護婦というものをつくるわけだけれども、准看護婦というものの需給状況はどうなっているのだろうか。こういうことがわからなければ一体これを審議しようとしてもできないじゃないですか。たとえばこの前の学校施設の問題については、まあ非常に簡単だけれども、とにかく一応参考の資料をそろえて数字的なものを出していた。こういうものだけを出してよこすようなやり方じゃ、委員はよくその事柄をはっきり調べることはできないのですよ。私はいろいろの委員会にも所属したことがありますけれども、そういう点についての努力というか、配意が非常に足らぬということをいままたあらためて痛感をしますね。これだけ一冊をよこして、それで免許法の改正の法律案資料だというんじゃ、これじゃあなた、十分な審議はできないのですよ。だからこういう点について、やはり文部省というものは考え方をしっかり変えなければいかぬのじゃないか。もっとやっぱり基礎的な必要な資料というものを審議をしてもらうときにも出す。大学についてどれだけ私たちの手元に来ているのですか。筑波大学の一般にわかるような宣伝の資料は盛んに来ておりますけれども、一体大学そのものの実態を明らかにする資料をいまだかつて私たちはもらったことがない。そういうものを積極的にみずから出していくということがなければ十分な審議はできないと私は思うのですよ。だからあらためてこういう資料を要求をいたしますけれども、同時に、一体そういう点について改めることがないのかどうか。大臣自身の口からまず先に聞いた上で局長から御答弁をしてください。
#22
○国務大臣(奥野誠亮君) 資料の不足の御指摘いただきましたが、いまいろいろお話の過程で出ておりましたもの、あとう限り資料として提出できるように早急に手配したいと思います。
#23
○政府委員(木田宏君) 大臣も申し上げましたように、御審議の過程につきまして必要な資料は、私どもも十分御提示を申し上げ、御説明を申し上げたいという気持ちに変わりはございません。事前の準備不行き届きの点がありました点は恐縮に存じますが、これは資料を出し惜しむという気持ちでなかった点だけは御理解を賜わりたいと思います。
#24
○松永忠二君 それじゃ、小中学校のほうへ入っていきますが、小中学校の教員の免許状の取得者と就職状況、いわゆるその需給の状況についてどういうふうになっているんですか。
#25
○政府委員(木田宏君) 昭和四十七年度につきまして、小学校の免許状の取得者は、一万七千二百三十六名でございます。中学校の免許状取得者は、八万九千九百七十三名でございます。就職をいたしました者は、小学校につきましては一万一千七百二十二名でございます。中学校につきましては五千四百六十五名でございます。
#26
○松永忠二君 そうすると、まあ小学校が一番近いわけですがね。私のとこに出ているのは一万七千三百、昭和四十七年六月一日現在。中学校は九万、それに対して現実に就職してきた者は、小学校は一万一千七百、中学校は五千五百。九万で五千、一万七千三百で一万一千というような数字です。それについて、一体一般の大学、国公私立で何%くらいになるんですか。国立でどのくらいになるんでしょうか、教育系の大学学部で何%くらいになるんでしょうか。
#27
○政府委員(木田宏君) お手元にお持ちいただいておるかと思うんでございますが、昭和四十三年の……。
#28
○松永忠二君 国公私立を含めて一般大学学部で免許状をもらった者が何%就職をしているとか、そういったこと。
#29
○政府委員(木田宏君) 失礼ですが、お尋ねの御趣旨は、卒業生の中で免許状をもらった者がどのくらいかという比率でございますか。
#30
○松永忠二君 免許状のほうをまず言ってください、免許状取得のほうを。
#31
○政府委員(木田宏君) 小学校で一万七千三百人でございますが、免許状を取得いたしました者のうち、教員養成大学学部を卒業いたしました者が一万二百人でございます。一般大学学部を卒業いたしました者が千七百でございます。短期大学等の卒業者が五千四百でございます。
 それから、中学校について申し上げますと、中学校の九万人免許状取りました者のうち、教員養成大学学部を卒業いたしまして免許状を取りました者が一万二千七百、一般大学学部の卒業生で免許状を取りました者が四万三千四百、短期大学等を出まして免許状を取りました者が三万三千九百、こういうふうに相なっております。
 それから次に、就職者でございますが、四十七年三月の新規卒業者の中で、学校種別の教員就職状況でございます。小学校の教員就職者は、一万一千七百と申し上げましたが、その中で教員養成大学学部を卒業いたしました者が六千八百人でございます。これは一万一千七百の中の比率で申しますと五八%に相当いたします。それから、一般大学学部を卒業いたしました者が千七百名でございます。比率で一四・八――一五%に当たります。短期大学の卒業者で就職をいたしました者が三千百名ほどございます。これが比率で二五%ほどになります。その他百名ほど就職しておりますが、概況以上のとおりでございます。
 中学校につきましては、五千五百の就職者のうち、教員養成大学学部を出ました者が二千三百でございまして、比率は約四二%になろうかと思います。一般大学を出て就職をいたしました者が二千七百名でございまして、比率が四九%になります。短期大学を出まして就職をいたしました者が五百名でございまして、比率が約九%弱でございます。
#32
○松永忠二君 こまかいので、ちょっとわかりませんが、私のところでこういうパーセントを調べたのでは、一般大学学部で国公私立でいわゆる就職をした者が大体二〇%、国立を特にとると四・八%、教育系の大学学部で就職をし教員になった者は三二・三%、まあ教育系の学部でもなかなか就職はしない。免許状は持っているわけですよね。国立の場合には四・八%、全部、国公私立を含めて大体二〇%くらい、いわゆる教員の免許状をとって就職している者は。そういうような数字が出ているんで、まあこういうやつをもっとわかりやすくパーセントでひとつはっきりとしたいと私たちは思うんです。
 それで、小中学校で臨時免許状で教員になっている者の数はどのくらいあるか。で、小学校で、小学校免許状を持たないで小学校に勤務している教員の数、中学校教員で、教科の免許状を持たないで授業を担任している教員の数。まあこれ一々ここで申し述べられても時間もとりますから、一緒にひとつ資料を出してみてください。いわゆる臨時免許状で先生やっている者は小中どのくらいあるのか。小学校の中で小学校免許状を持たぬで小学校に勤務している者、中学校で、教科の免許状ないけどもその教科を授業している者は、一体教員の数はどのくらいあるだろうかというような問題であります。
 で、私は、非常にこまかいことを調べても、大体概括的に小中、まあ最近には高等学校ですけども、現在の大学で需給というものはまあ十分ある。問題は、県によって教員養成がアンバランスがある。そしてまた免許状を持っているけども先生にならない、まあ計画行政というものが不十分であるために、一部のところにアンバランスが出てくるという問題がある。けども結局現在の大学で先生が小中学校、高等学校はいま申しましたが、小中学校でも要するにその需給という状況は十分ある。ところが、この答申にそういうことについて、こういうことが出ているのはこれはどういうことなんでしょうかということであります。今度、高等学校にそういうことをやるだけでなしに、答申の中には、こういうことを小学校についても言っているわけですね。で、「当面実施すべき教員資格認定試験の種類とその実施方法」という中に、小学校の教員資格認定試験、この中に小学校教諭の普通免許状(当分の間、二級普通免許状、)、それを教員資格認定の種類の中で当面やるものだというような意味で出ている。もっと書いてあるのは二ページですか、「初等教育にあっては小学校の教員」、つまり「中等教育にあっては高等学校の保健体育、芸術や産業教育関係などの教科を担当する教員、初等教育にあっては小学校の教員」小学校の先生を当面こういう小学校の教員の資格認定試験で得ていく、こういう話ですね。そういうことになると、どういうわけでそういうことを考えているんだろうか。この点、これは一体どういうことなんでしょうか、それをひとつ聞かせてください。
#33
○政府委員(木田宏君) 端的に申しまして、小学校の免許状取得者と小学校教員の需給状況を考えました場合に、現在の需要数と免許状の取得者との関係が一ぱい一ぱいの関係になっておるものでございまするから、今後の小学校教員の必要数に見合った拡大ということを考えていきます場合に、今日のこの免許状取得者の数と需要数との関係から見まして、若干小学校にうきましては補足的な措置として資格認定の方式を別に考えておく必要があろうというふうに考えたからなんでございますが、その点は数字を申し上げないと御理解を願えないかと思うのでございます。先ほど四十七年の三月の卒業者で免許状を取得いたしましたものが小学校について一万七千三百というふうに申し上げました。そのうちでその同年度に小学校教員に就職をいたしました者が一万一千七百というふうに申し上げたわけでございます。この昭和四十七年度におきまして現実に小学校教員として就職いたしました者は一万七千名ほどおるわけでございます。これはその内訳を申しますと、新規卒業者につきましては一万一千七百それから過年度の卒業者で就職をいたしました者で他からの転入等も含めまして三千名でございまして、一万五千人が一応正規の免許状を持ったものとして小学校教員に就職をいたしたのでございますが、助教諭、講師等正規の小学校教員免許状を持たずに就職をいたしました者が二千人ほど四十七年度は出ておるわけでございます。四十七年度の現在におきます需要が一万七千人であり、いま御説明申し上げましたような形で供給が行なわれたわけでございますが、これを今後十年ほど先の大きな流れとして考えてみますと、これは将来の需要につきましてはいろいろな不確定要素があるわけでございますが、今日の教員の配置基準をもとにいたしまして児童数の増減という点だけを考慮して考えてみましても、昭和五十一年のころから逐次また五十一年、五十二年、五十三年に特にピークがくるのでございますが、教員需給の大きさが二万人台、二万三千から二万八千という大きさにのぼっていくことが予想できるのでございます。通じまして大体昭和五十年代から昭和六十年代にかけましての十年間大体平均いたしまして二万三千人程度の小学校教員の需要が見込まれる。これは現在の配当基準をもとにいたしました児童数の変化によるものでございまするが、その点を考えますと、昭和四十七年度の一万七千という供給に対しまして、相当数の養成増を計画的にはかっていかなければならぬのでございます。しかし、その養成増と同時にやはりこの当面の過不足の状態等を勘案いたしまして、小学校教員につきましては、資格認定試験の道を開いて、正規の養成のほかに補完的な措置を講ずる必要があろうというのが、この協力者会議の中間報告に出ている御意見でございます。
#34
○松永忠二君 お話しのように、大体四十九年から十年間、二万二、三千の先生、一年に五千人か六千人の増がなければできぬということですね。そういうことがあって、またいまお話があったように、この免許状をもらって就職する者の数、それのほかに古いものを採用した者の数を比べると相当接近している。そういうふうな事実についてはそれはそうだと思うのですよ。それだからこそ結局は何というのですか、計画養成をやっていかなければだめだということでしょう。こういうものをただ出してきたのじゃ、こういうやり方じゃ、本格的なものが出てこなければだめだ。それとまた、一体小学校の教員養成というものを、大学で二年でやっていたのです。そういうものがあったのを、それをやめさしたのですよ。四年でやらせるということになって、それでいまや二年制というのはないのですよ。そうかと思ったら、今度は二年もやらないで簡単に試験で通るものも今度でできたわけですよね。それで、しかもいわゆる先生というのはもっとしっかりした先生でなければできぬというようなことで、勉強してもらわなければいかぬという話になってきているのだから、ますます何というのですか、大学でしっかりした勉強をしてきてもらわなければいかぬと思うわけですよ。そういうことと矛盾しているというか、何か二年課程を廃して四年制にしたという趣旨は、そういうところですね。しっかりした本格的な養成をした先生がやはり必要だということで、そうなったわけでしょう。それだって、その後、児童数がどうなって、先生がどのくらいふえるかということだってわからないわけはないでしょう。そうであるのに、いまごろになって、これはふえますのでこういうことも必要でございますというような話じゃ、一体計画的な養成というものをやっているのかどうなのか。また、計画養成のために一体どういう具体的な対策を現に打っているのかというような点に疑問を持たれるわけです。そうなってくると、一体、いま聞きませんでしたが、一体現在小中学校の免許状を持っている者は幾人くらいあるだろうか、あるいはいま言うとおりずいぶん若い先生で整理をされて、現実に他の仕事をやるというような点について、なかなかかっこうな仕事もないというような方もあるわけです。そういう者を迎え入れる、こういうもう経験も資格もちゃんとある人をまず迎える措置もする、大学の養成もちゃんとしておく、そういうような中で、道をただ開いておくのですというならわかりますよ。道を開くという、ただそう言うなら。それを当てにしてこういうものをやりましたという、そういうことじゃないですか。だから、もしそうでないというなら、一体これからの養成をどういうふうにやるつもりなんでしょうか。どういう計画を立てているのか、それをまず具体的にここへ示してもらわなければできぬわけです。こういう問題が一つ。これまた資料的な問題です。
 それで、まあ私は時間もきたので、これでやめますけれども、もう一つ御承知のとおり、いま先生の採用について各地でいろいろな問題があるわけですよ。現に卒業した者でもぶらぶら遊んでいる者もあるわけです。これはいろいろ問題があるといって採用しないわけですけれども、この教員採用の状況の問題点はどんな問題点があるのかというふうに把握されているのか、これもお聞きをしたいところです。それからまた、前々から話に出ている専科教員の問題、私はこの前小林さんも話されたけれども、学校へ行ってみて、いわゆる体育大学を出てきた教科の免許状を持っている人が小学校の体操をやっているところを見ると、まことにきびきびしてね、子供たちもたいへん喜んでやっている。体育なんというのは一番楽しい教科なんで、それを資格あるのかもしらぬけれども、全教科の資格で女の――女の先生というとまことに申しわけないからあれだけれども、何かいいかげんばたばたこうやっているのを見るとね。ああいう先生に教わったらいいなという感じもするし、まあ音楽なんかだってそうですよ。われわれだってそういうことをやったことあるけれども、まず子供の歌うのを聞くよりは自分の鍵盤が違わないほうが一生懸命だという(笑声)そういうやり方じゃ、これはもう全く楽しいあれはできないわけですよ、もう学年が上になれば非常に。だからそういう特に技能の教科については、どうしても専科教員制度というものをつくらなきゃならぬ。この専科教員制度というのは、現在では学級編制の基準の中で、余っている先生の中で専科教員が出てくるわけなんです。しかしそういうやり方で一体いいだろうか。編制基準の定数を改めるというやり方でいいのか、一定の規模以上にはどれだけの教科のいわゆる専科教員を置かにゃいかぬというそういう形のやり方に変えていったほうがいいのか。いわゆる免許法の問題につながる問題だけれども、この問題なども問題です。特に、小学校はそうだけれども、中学校なんかじゃずいぶんたくさんな、九万出て五千人しか就職しないんですからね。事柄いかんによってはそういうことも出てくるでしょう。だからそういう意味で言うと、この問題なんかについてもお尋ねをしたいところですが、時間がもうきたようでありますから、いま言ったような資料を出していただいて、この次、このことについて少し関連して質問をしたいと思います。さっき看護婦のお話の要求も出ていますので、できるだけのひとつそういう数字を示して、できないものまでよこせとは言いませんけれども、ひとつ出していただくようにお願いして、きょうは私は終わります。
#35
○委員長(永野鎮雄君) 本日の会議はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後二時十三分散会
ソース: 国立国会図書館
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