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1972/05/08 第71回国会 参議院 参議院会議録情報 第071回国会 法務委員会 第7号
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1972/05/08 第71回国会 参議院

参議院会議録情報 第071回国会 法務委員会 第7号

#1
第071回国会 法務委員会 第7号
昭和四十八年五月八日(火曜日)
   午前十時十七分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 四月二十六日
    辞任         補欠選任
     松本 賢一君     竹田 現照君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         原田  立君
    理 事
                後藤 義隆君
                原 文兵衛君
                佐々木静子君
                白木義一郎君
    委 員
                木島 義夫君
                斎藤 十朗君
                中西 一郎君
                吉武 恵市君
                鈴木  強君
                竹田 現照君
   国務大臣
       法 務 大 臣  田中伊三次君
   政府委員
       法務大臣官房長  香川 保一君
       法務省刑事局長  安原 美穂君
       法務省入国管理
       局長       吉岡  章君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        二見 次夫君
   説明員
       警察庁刑事局捜
       査第一課長    小林  朴君
       法務省矯正局保
       安課長      岩崎 隆弥君
       法務省保護局恩
       赦課長      横山精一郎君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○刑事補償法の一部を改正する法律案(内閣提
 出、衆議院送付)
○検察及び裁判の運営等に関する調査
 (尊属殺違憲判決に関する件等)
○参考人の出席要求に関する件
    ―――――――――――――
#2
○委員長(原田立君) ただいまから法務委員会を開会いたします。
 刑事補償法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 まず 政府から趣旨説明を聴取いたします。田中法務大臣。
#3
○国務大臣(田中伊三次君) 刑事補償法の一部を改正する法律案につきまして、その趣旨を御説明申し上げます。刑事補償法による補償金の算定の基準となる金額は、昭和四十三年の改正によって、無罪の裁判またはこれに準ずる裁判を受けた者が未決の抑留もしくは拘禁または自由刑の執行等による身体の拘束を受けていた場合については、拘束一日について六百円以上千三百円以下とせられ、また、死刑の執行を受けた場合については三百万円とされているのでありますが、最近における経済事情にかんがみ、これを引き上げることが相当と認められますので、この法律案は、右の上限額である「千三百円」を「二千二百円」に、「三百万円」を「五百万円」に引き上げ、いわゆる冤罪者に対する補償の改善をはかろうとするものであります。
 以上が刑事補償法の一部を改正する法律案の趣旨でございます。
 なにとぞ、慎重御審議の上、すみやかに御可決くださいますようお願いを申し上げます。
#4
○委員長(原田立君) 以上で説明は終了いたしました。
 これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#5
○原文兵衛君 まず、基本的な問題について若干お尋ねいたしますが、憲法十七条、国及び公共団体の賠償責任と憲法四十条、刑事補償とはどのような関係になっておるかということ。それから、憲法十七条によるものが国家賠償法で、憲法四十条によるものが刑事補償法だと思うのでございますが、両者の基本的な違いはどこにあるのかという点。さらに、刑事事件に関連しまして、刑事補償法の対象にはならないけれども国家賠償法の対象になるという場合があるのかどうか。これらのことについて御見解を承りたいと思います。
#6
○国務大臣(田中伊三次君) 憲法十七条の国家補償は、明文に明らかにしてありますように、国家並びに地方公務員の故意過失を原因といたしまして、損害賠償を認めていこうという考え方でございます。これは、故意過失が証明される限り、算定をしてまいります金額に何らの制限はないこと、もちろんでございます。しかるところ、憲法四十条による本件刑事補償という立場の場合には、故意過失を原因としない、不法行為を原因としないで、ただ無罪の判決があったという事実だけで、故意があろうが過失がなかろうが、それに関係なくこれに対して国家補償を与えようというもので、同じく国家補償は国家補償でございます。
 さらにもう一口つけ加えますと、金額に限界が設けてございます。故意過失を原因とする不法行為を必要としないかわりに、この改正案で申しますというと、二千二百円という限度が設けてございます。これを定型化と、こうむずかしく役人は言うておるのでございますが、金額が定型化されておる、一定の金額をきめて刑事補償をしようという考え方でございます。こういう説明でわかりますように、故意過失を原因として、不法行為が立証できて請求をいたします場合には、刑事補償できめられた定型化された金額よりはずっと多くなる場合があろうかと存じます。ものによりましょうが、そういうことがあろうかと思います。その場合においては、この定型化された範囲内においてきめられる刑事補償の金額を、故意過失が立証されて、不法行為に基づく損害賠償を請求する大きな額からこれを差し引きまして、その残額は、十七条に基づく国家補償としてあらためて請求ができる、四十条で請求のできる金額より損害が大きい場合には、損害が立証されます限りは、不法行為が立証されます限りは、十七条によって請求ができるのだと、こういう関係が両者の間に置かれておるものと、こう解釈をしております。
#7
○原文兵衛君 刑事事件に関連して、刑事補償法の対象にはならない――いま大臣のお答えですと、故意過失がある場合に、刑事補償法の対象にもなるけれども、それ以上に損害額が大きい場合には、刑事補償法の対象になる金額を差し引いた額は国家賠償のほうで賠償するというような関係があるという御説明をお伺いしたわけでございますが、刑事補償法の対象にはならないで国家賠償法の対象になるという場合もあるんではないかと思うのでございますが、この点について、いかがなものでございましょうか。
#8
○政府委員(安原美穂君) お尋ねの趣旨は、私、こう理解するのでございます。刑事補償法は、比較して申し上げると故意過失を問わない。抑留、拘禁を受けた者、適法に抑留、拘禁を受けたが結果的に無罪になった者についての補償であって、故意過失の存否を問わないという制度であるとすれば、故意過失のある場合は国家賠償法であり、故意過失のない場合は刑事補償法ではないかということになると、全然刑事補償法の対象にはならないが国家賠償法の対象になるというように、区別して、対象によってはどちらかに行くんだということではないかという御不審かと思いまするが、刑事補償法の場合は故意過失を問わないわけでございますので、それは要件にはなりませんけれども、かりに実質的に故意過失がある場合であっても、刑事補償法の対象にはなり得る。ただし刑事補償法は、ただいま大臣が申し上げましたように、公平の原理から、故意過失のない場合でも、国民の負担にしておくのは受忍の義務を越えるというので、定型化された範囲において平均的な補償をするという制度でございますから、必ずしも全損害を補償することにはならない。全損害を補償してほしいという請求者にとっては、故意過失のある場合は国家賠償法によって全損害の補償がされるというような関係になるわけであります。したがいまして、故意過失の要件はありませんけれども、一般に無罪になった場合には、常に、抑留、拘禁された者は刑事補償法というルートで定額の補償を請求することができるんだというふうに考えております。
 そこで、具体的な問題といたしまして、国家賠償法の対象になった事件といたしましては、昭和二十五年以後、国が故意過失があったというので敗訴した事件が四件ございます。その中には松川事件とか芦別事件とかいうような事件も入っております。そういう意味で、刑事補償の対象にはなり得るが国家賠償法の対象になった事件というものは、昭和三十五年以後に四件あるということもつけ加えて申し上げます。
#9
○原文兵衛君 それでは、次に進みますが、抑留または拘禁等における補償額の積算の根拠はどこにあるのかということをお伺いしたいんです。ドイツとかフランス、オーストリアなど外国の立法の例では、財産上の損害に根拠を置いているものが多いように思うのですが、日本の場合も同様に財産上の損害だけに根拠を置いているのかどうか、精神的あるいは肉体的な苦痛も非常に大きいと思われるのですけれども、それらは補償額の積算の根拠には入れてないのかという点についてお答えを願いたいと思います。
#10
○政府委員(安原美穂君) 原先生御指摘のように刑事補償における損害の補てんという場合の対象となる損害といたしましては、ただに財産上の損害というもののみではなくて、精神上の損害も補てんの対象にはなっておるということは、証人の日当の場合とは違いまして、証人の場合は、出頭に要した費用、いわゆる旅費等と、それから出頭したために失った得べかりし利益というようなことで、きわめて財産上の損害にしぼられるわけでございまするけれども、刑事補償の対象になりますものは、ただいま申しましたように、類型的には精神上の損害と財産上の損害を含めて損害の補償の対象になるということが言えるのでありますが、先ほども申し上げましたように、全損害を補償するというたてまえにはなっておらない。それは、なぜならば故意過失を問わない制度であるからだということでございます。
 そこで、そうは抽象的には申しながら、実際問題として補償の日額をどのようにしてきめたかということになるわけでございますが、これは、旧法当時におきます賃金とか物価とか、あるいは証人の日当の額とか、あるいは罰金を完納しない場合に判決で一日を幾らに換算して労役場に留置するというあの換算の日額とかいうようなものをいろいろ考えまして、何と申しましても、定型的、平均的な補償として、まあこの程度であれば一応類型的な定型的な補償としては一日分として相当であろうという常識的判断に基づいて、最終的にはきめたものであるということが言えるのでございます。
 そこで、その旧法当時から受け継いだ思想でずうっと最初からまいりまして、従来、昭和三十九年に、昭和二十五年に制定された法律がその後三十九年に一度引き上げられ、四十三年にまた引き上げられたのでありますが、その当時の引き上げの根拠といたしましては、そのそれぞれの改正法の制定当時におきます賃金や物価の平均上昇率を考慮してきめたものでございます。ついでに、今度なぜ千三百円から二千二百円に最高額がなったかということを御説明申し上げますと、昭和四十三年に現在の千三百円になったのでございまして、その後におきますところの賃金、物価の変動をながめまして、昭和四十三年を一〇〇といたしました場合におきますところの昭和四十八年の推定指数を考えまして、賃金関係では、全産業常用労働者の一日平均現金給与額が二〇五・四、物価関係では、推定の上昇率といいますか、推定指数が、全国消費者物価が一三三・七という数字にあるという推定のもとに、これらの数値を平均化いたしますと一六九・六となるということで、現在の最高額にこの一六九・六をかけまして、大体二千二百円ということに上げるのが今日の賃金、物価の状況から見て相当であるということで、この二千二百円という数字が出たわけでございます。どこまでも、先ほど申しましたように、精神上、財産上の損害を定型的に補償するとすれば、常識的にこの程度でよかろうという線でございますので、必ずしも明確に賃金や物価にスライドしなければならないものではないのでありまするが、やはり精神上、物質上の損害をお金で換算するといたしますれば、貨幣価値の変動というものをある程度考慮しなければならないということで、今日二千二百円が相当であろうということに相なった次第でございます。
#11
○原文兵衛君 精神上、財産上の損害、両者をやはり補償するという考え方が含まれているという御説明でございましたけれども、しかし、まあ数回の改正、すべて賃金の上昇率とかあるいは物価の上昇率とかいうようなものを根拠にして改正をしているんであって、また、精神上の損害というものが一応考えられているということになりますと、これは必ずしも身柄拘束の場合だけでもないというふうに思います。私は、どうもやはり日本のこの刑事補償法の場合も、抽象的には精神上ということも言えるかもしれませんが、実際はこれはやはり財産上の損害ということでもって、そこに根拠を置いているんじゃないかと思います。どうでございましょうか。なお、ついでにもう一つお伺いしておきますが、いままでの数回の改正では、そのつど補償額の基準日額は下限のほうも引き上げられたのでございますが、今回の改正では、上限だけが引き上げられて、下限は据え置かれているんですけれども、その理由はどこにあるのか、この点についてお伺いしたいと思います。
#12
○政府委員(安原美穂君) 御指摘のように、従来の改正にあたりましては、下限につきましても、賃金や物価の上昇率等を勘案いたしまして引き上げを行なってきたのでございます。しかしながら、実際に決定された補償金額の中を見てみますると、裁判所の裁量によりまして、現行法の日額の下限でございます六百円で決定されているものがしばしば見受けられるのでございまして、その内容を検討してみますると、そのような最低額で補償された者の中身を見ますると、抑留または拘禁の前後を通じまして、いわゆる定職がない、収入が皆無であるため、抑留または拘禁によって財産上の損害をこうむることがなかったと認められるような者とか、あるいは精神障害や飲酒による異常めいていのため責任能力がないと認められた者等の特別の事情のある場合が多いのでございまして、いまの典型的な例といたしまして、精神障害や飲酒による異常めいていで責任無能力ということでも無罪になるわけでありまするが、そういう結果無罪になった者を、憲法の四十条は無罪の中身を区別しておりませんので、一応補償の請求の対象になる、しかしながら、そういう者に高額の補償をするということはいかにも国民の感情に反するということが言えるのでございます。
 この点につきましては、衆議院の法務委員会におきましても、公明党の山田議員から御指摘がございまして、旧法と同じように、責任無能力のような場合には補償しないようにしてはどうか、それが国民感情にマッチするんじゃないかという議論も前の改正のときにはあったわけであります。そういう意味で、今回は、そういう御議論もあるところであり、国民感情というものをながめますときに、そういういわば責任無能力というような場合のことを考えますと、あるいはまた裁判の運用の実際を見ますると、そういう国民感情のことを考えますと、必ずしも下限については今回上げなくても十分の補償たり得る場合があり得るというような感覚から、今回は下限は据え置いたということに相なるわけでございます。
#13
○原文兵衛君 次に、最近における刑事補償法の運用状況はどうなっているかということをお伺いしたいのです。
 資料によりますと、補償の決定があった人員の数も、それから一人当たりの抑留または拘禁の平均日数も、その年によってだいぶまちまちのように思うんです。たとえば昭和四十四年、統計では、四十四年の改正法の適用で、人員が八十一名、そして抑留または拘禁の平均日数が八十八・八日となっていますが、翌年の四十五年には、人員が二百十人、そして抑留または拘禁の平均日数が百七十九・二日というような、また四十六年、四十七年と、それぞれ何か非常にまちまちのように思うんです。これは何か理由が、その年によってこういうような特別な事情があったとかいうようなことがあるのであるかどうか、その点についてお伺いしたいと思います。
#14
○政府委員(安原美穂君) 原先生も御推察のとおり、その年、その年によって無罪になる数字も必ずしもコンスタントじゃございませんし、それから、無罪になるような事件で、未決の抑留、拘禁を受ける期間も、事件の性質によりまして違うというようなことで、必ずしも一定不動ではないということがこういう数字上における凹凸を生んでおるものと思います。
#15
○原文兵衛君 そうしますと、それはやっぱりその特別の、ある年には何かばかに多かったり、ある年には少なかったりというのは、その年の裁判ですね、あるいは抑留、拘禁の決定が非常に適正でない年があったとか何とかいうことともあまり関係しないのか。まあそれが私、どうも大体こういうような統計というのは、上昇傾向にあるとかいう傾向はあっても、こんなに年によってまちまちになるのは、非常に資料を見て奇異に感じたんですが、もう少し何か理由があるものかどうか、お伺いしたいと思います。
#16
○政府委員(安原美穂君) お手元に差し上げた資料からもうかがわれるかと思いまするが、無罪の確定人員を私どもの手元にある資料で申しますと、昭和四十四年は五百二十一人でございます。しかし、無罪が確定した者の中にも、いわゆる未決の抑留または拘禁を受けてない者が相当含まれるわけでございまして、おそらくその、われわれのいままでの実績によりますると、その半数は抑留、拘禁を受けていない者だろう。そこで、さらにその五百二十一人のうち昭和四十四年は九十五人の補償請求人があった。ところが昭和四十五年には、この資料にもありますように、無罪は六百二十三人ですが、補償請求人は二百二十二人であったというふうに、補償請求権を行使する人の数が非常に違うわけでございます。したがって、先ほど申し上げた事件の種類あるいは無罪の数のほかに、補償請求する人の数の増減というものがありますと、おのずから絶対数としての、何と申しますか、絶対数としての補償額に当然に影響してくるというようなこともあろうかと思うのでございます。したがって、事件の種類、補償請求者の数あるいは無罪の数というようなものがからみ合って、未決の抑留、拘禁をする国の側の公権力の行使のしかたの適正、不適正とは関係なしに、どうもそういう凹凸のある数字に相なっておるというふうに理解しております。
#17
○原文兵衛君 それでは次に、死刑の執行による補償についてお伺いしたいと思いますが、死刑の執行による補償を、今度の改正案では三百万円から五百万円に改正するということになっておりますが、その理由はどこにあるのかということです。死刑の場合の補償は、抑留または拘禁等に対する補償とはその根拠がおのずから違うんじゃないかと思うんですが、その点についての見解を承りたいと思います。やっぱり抑留、拘禁ということになりますと、その間に労働もできなかったとか、したがってまあ収入もなかったとか、いろいろなそういうような点も補償に加味されると思いますが、死刑の執行というのは、とにかく、これは例があるかないかは別にしまして、生命を断つわけですから、それに対する補償というのは、ただ単に抑留、拘禁に対するような補償とはおよそその根拠がおのずから違ってくるように思います。そこで、それらの点についての、三百万円から五百万円に改正する理由と同時に、死刑の場合の補償の根拠は一体どういうことをお考えになられておるのかという点を承りたい。それからもう一つは、死刑の場合の補償の基準額、これには下限がないように思いますが、下限がない理由――三百万円から五百万円に引き上げられたけれども、抑留、拘禁の場合には下限があるが死刑の場合には下限がないという、その違いの理由。考えようによると、死刑の場合はむしろ下限があって上限がなくてもいいんじゃないかというような考え方も成り立つと思うんですが、その辺について御答弁願いたいと思います。
#18
○政府委員(安原美穂君) 御指摘のように、誤って――故意過失が三にいたしましても、誤って死刑の執行をするというようなことはたいへんな事態でございまして、幸いにいたしましてわが国ではそういう事例はないのでございますが、神ならぬ身の、万一、万々一にもということでこの法律ができておるわけでありまするが、幸いにしてそういう事例はないわけですが、御指摘のように死刑の執行による刑事補償というものについては、いわゆる死刑ではない、その他の自由刑の執行あるいは未決匂留――無罪の場合の身体の拘束による補償とは考え方を少し変えておりまして、補償の内容を規定しております四条の三項にございますように、死刑の執行による補償におきましては、現在は三百万円ですが、これを五百万円にしようとするわけですが、「五百万円以内で裁判所の相当と認める額の補償金を交付する。但し、本人の死亡によって生じた財産上の損失額が証明された場合には、補償金の額は、その損失額に五百万円を加算した額の範囲内とする。」ということで、これは損失額につきましては、この法律の精神からいきまして、財産上の損失額が証明されました場合には、不法行為の場合の国家賠償と同じように、損失額そのものを下回った補償をするべきではないと考えられますので、財産上の損失額につきましては国家賠償と同じ損失額を補償するといたします。したがって、今度の改正の五百万円というのは、その意味におきまして財産上の損失以外の損失、つまり精神上の慰謝料に当たるものであるというふうにわれわれは理解しておるわけでありまして、その意味におきまして、普通のいわゆる死刑以外の刑の執行、あるいは抑留、拘禁の補償が精神上のものも含めた、財産上も含めた平均的な補償として、必ずしも全損害を補償するということになっておらないのに対しまして、死刑の場合におきましては、死刑の執行の結果失なった利益、あるいは得べかりし利益というものは全部補償する。そして、さらに慰謝料に当たるべき五百万円以内の金額を加算するというたてまえになっておりますので、そういう意味におきましては、死刑の場合における刑事補償はその他の場合における一般的な場合の刑事補償よりも手厚く特別の扱いがなされておるというふうにわれわれは理解しておるわけでございます。そこで、その次に、先ほど原先生御指摘のように、地球より重い命の、結果的には無罪であった者を刑の執行をしたわけであるから、その三百万円というような上限をきめないで、無限にすべきではないか。つまり、この場合には慰謝料の額を無限にすべきではないか。無限と言うか、無限定にして裁判所の裁量にまかすべきではないかという御議論もあるわけで、ごもっともなことと思いまするけれども、一応われわれの考えでは、先ほど申しましたように慰謝料――故意過失のない場合といたしまして、裁判所の裁量に全部まかせるよりも、定型的なものとしては慰謝料としてこの程度の上限はきめておいたほうがよいであろうということ、つまり、何と申しますか、この補償の決定に対しましては、後ほど請求人から異議の申し立てが決定に対してでき得るというようなこともございますので、一応裁判所の判断の基準になります最高限はきめておいたほうが、異議の申し立てをするというようなことを認めておる関係からもベターではないかということで、無限定にはしなかったのであります。しかしながら、下限につきましては別途配慮いたしまして、普通の場合とは違って死刑の場合であるから、死刑の場合の慰謝料の最低限をきめるということは、いかにも、場合によっては一番下のたとえば百万円でもいいというような判断を、命を奪った場合においても慰謝料としては最低は百万円でもいいという意味で、ある意味で命の慰謝料の最低限をきめるということが必ずしも立法上妥当ではなかろうというような配慮から、最低限については裁判所の判断にまかすということのほうがよかろうというような立法政策から、下限はきめなかったということに相なるわけであります。続いて、今度三百万円を五百万円にした理由でございますが、もともとこの法律をつくりますときにも、死刑の補償、持に慰謝料としてどの程度が相当であるかということは、どうも計数的な根拠がなく、もっぱら、この程度であれば一応定型的な補償としては相当であろうという常識的判断からきめられて今日に至っておるわけでありまするが、これもまた、それを前提としますと、今度の改正は、やはり昭和四十三年に三百万円に引き上げた、その後の貨幣価値の変動等を考慮いたしまして、まことに計数上の根拠は明確ではございませんけれども、五百万円程度で一応常識的には慰謝料としては妥当であろうという判断でやったのでありますが、一応横ににらんだものといたしましては、最近の交通事故によります死亡を理由とする損害賠償事件におきます慰謝料の額がおおむね五百万円以下で認められておるという裁判の実例を横ににらみまして、五百万円とするのが一応妥当であろうという判断に達した次第でございます。
#19
○原文兵衛君 昭和四十八会計年度分としての刑事補償の予算上の措置についてお伺いしますが、補償額の上限を引き上げましたのに、四十八年度は、刑事補償の予算は千二百七十万三千円と計上されておりまして、前年度の予算額二千二万六千円に比較してむしろ減っているわけでございますが、どうして、この上限が引き上げられたのに、予算上の措置としては前年度より減少しているか、ちょっと私どもよくわからないのですが、この点についてお伺いいたしたいと思います。
#20
○政府委員(安原美穂君) 実は予算の請求は、これを執行いたします裁判所事務総局から請求をいたしますので、必ずしも明確に計数の根拠を説明する能力を持たないので恐縮でございまするけれども、一応裁判所当局から伺っておりますところの予算の請求のしかたを聞いてみますると、確かに、御指摘のように四十七年度におきましての刑事補償の予算額は二千二万でございまして、四十八年度は千二百七十万というふうに、約八百万ほど減っております。それはどうも、裁判所の予算の請求のしかた、従来からの請求のしかたが、二年前におきますところの刑事補償の支出実績というものを一つの基準にいたしまして、したがって四十七年の場合には、先ほど原先生の御指摘の、多かったという四十五年の支出実績を基準にいたしまして、それから、むずかしい計算でございまするが、事件率というものが一応公式化されてございます。その事件率をかけるというような方法で予算の積算をしておるわけです。したがって、四十七年度は、四十五年というわりに多かった年の支出実績に事件率をかけた。ところが今度の予算は、四十六年という減っております支出実績、四十六年の支出実績に事件率をかけたという結果、このような数字がオートマチックに出ておるということでございまして、これはこの限度で刑事補償を執行するものではなくて、これは裁判費の中にありますので、それの裁判費の中で、不足の場合には流用するとか、場合によっては予備費の要求をするということで、決してこのワクの中で、刑事補償をすべき最大限がこのワクではなくて、そのワクは当然に破って適正な補償ができるというふうに理解しておりますし、そのように裁判所当局も申しております。
#21
○原文兵衛君 刑事補償法と類似したものに、大臣訓令による被疑者補償規程というのがあると思いますが、この被疑者補償金の補償額、これは現在の刑事補償法と同じ一日千三百円が最高額になっていると思うわけですが、この被疑者補償規程による補償金の最高額も、刑事補償法の改正が成立しますとそれに準じて引き上げる、そういうふうな予算措置をとられるのかどうか、この点について、お伺いしたいと思います。なお、この被疑者補償規程というのは大臣訓令になっているのですが、法律によるものとしないでもさしつかえないのかどうか、この点についてお伺いしたいと思います。
#22
○政府委員(安原美穂君) 被疑者補償規程、御指摘のように大臣訓令によります被疑者補償規程の補償の最高額につきましても、今度この刑事補償法の改正法案が成立を見ました場合におきましては、現在最高が一日千三百円となっておるのを、刑事補償法と同じように二千二百円に引き上げる予定でございまして、あらかじめ昭和四十八年度予算におきましては、それを根拠にいたしまして予算の要求をし、現に認められておるところでございます。
 それから、被疑者補償規程は法律ではなくて大臣訓令によるのであるが、これを法律上の制度とする必要があるのではないかというような御指摘でございまして、まことにごもっともなところもあるのでございまするけれども、私ども、以下に申し述べますような事情から、どうもこれを法律の制度の中に取り入れる、法律とすることにつきましては問題があるというふうに考えておるのでございます。
 まず、被疑者補償をいたします場合は、この第二条、被疑者補償規程の第二条に書いてございますように、「検察官は、被疑者として抑留又は拘禁を受けた者につき、公訴を提起しない処分があった場合において、その者が罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由があるときは、抑留又は拘禁による補償をすることができる。」、したがって、補償の内容といたしましては、不起訴処分序をした場合で、しかもその者が罪を犯さなかったと認めるに足る十分な事由があるということで、検察庁の処分におきましてはいろいろの処分がございますが、いわゆる不起訴処分の中には、一番多いのは、犯罪の成立は認められるけれども刑罰を科する必要はないということで不起訴にいたします起訴猶予処分がほとんどの、八〇%以上を占めておりまするが、そういう場合ではなくて、犯罪を認めるに足る証拠がない、つまり犯罪の嫌疑がない、あるいは行ったことは犯罪と言われておるが、調べてみるとそれは罪にならないんだ、典型的な例は人違いというようなことでありまして、不起訴処分の中でも、われわれの理由といたします罪とならずとか嫌疑がないというような不起訴処分の場合に、被疑者補償ということが問題になるわけであります。
 ところで、検察官の不起訴処分というものは、いわば裁判の判決というようなものと違いまして、それ自体確定的な処分ではございません。そこで法律化いたしますといたしますと、どうしてもこれは被疑者で不起訴になった者に被疑者補償請求権という権利を認めざるを得ないのでありまするが、権利として認めるとすれば、その対象となる処分も確定的な力を持つ処分である必要があるのではないかというふうに思われる。ところが検察官の不起訴処分というものは公の確定力を持つものではない。たとえば捜査をしておりまして、新たな証拠が発見される――これ以上完全な捜査を遂げても、もうこの程度の事案では起訴するに値しないと考えられますような場合には、最終的に事実関係や被疑者の責任の有無を確定するまでの捜査を行ないませんで、しかもそういうことが被疑者にとっても利益でございますために、完全な捜査を遂げることなく不起訴処分にする場合があるのでございます。したがって被疑者の無実を確定するというところまでの捜査を遂げないで不起訴処分にするというようなことがあるわけでございまして、不起訴処分はいわば中間的な処分で、証拠が見つかればまた起訴をするというようなことを認められておる、いわば中間的な処分である、確定的な処分ではない。そういう不確定なものを請求権というものの発生の原因とすることに問題があるということが一つと、もう一つは、被疑者に補償請求を認めるためには、罪とならず、あるいは嫌疑なしということで、罪を犯したと疑うに足りる理由がないというような場合であるといたしますが、検察官のほうでは、それはそうではなくて、まだ嫌疑はあるかもしれぬが不十分である、あるいは起訴を猶予するんだということで不起訴処分にする、しかし請求する側としては、おれは起訴猶予ではなくて嫌疑なしなんだということを思うかもしれない。そういうことも含めて、客観的にはそういう検察官の不起訴処分で、真実は無実であるということを争いたい、争わせる余地を残しておかないと、請求権としては、制度としては十全でないということになるわけで、そうなりますと、いわば検察官の不起訴処分を常に裁判所に持ち出して、裁判所によってその検察官の不起訴処分の当不当の判断を求めさせるというような制度をつくらなければならないということになるわけです。
 ところでわが国の刑事訴訟法は、検察審査会による不起訴処分のチェックとか、あるいは例外といたしまして、公務員による職権乱用罪による準起訴手続という検察官によらざる起訴が例外的に認められておりますけれども、原則として検察官が公訴権を独占する。そういう意味におきまして、不起訴処分は検察官の専権にするということで、必ずしも裁判所の判断を求める必要はないというふうに、公訴権の独占という制度を現実に刑事訴訟法はとっておる。このたてまえに対しまして、いまのような請求権を認めるというようなことは、不起訴処分をすべて裁判所の判断の対象にするということでありまして、刑事訴訟法上の重大変更になるというふうに考えております。
 そういう意味で、検察官の不起訴処分の性格、あるいは現在の訴訟法のたてまえ、それからもっと具体的には、いまでも事件の負担が多い裁判所にさらにこういう問題について審理をさせる、負担身かけるというような問題、いろんなことを考えまして、私どもといたしましては、これを法律上の制度とするということには消極であるという結論で今日まで至っておる次第でございます。
#23
○原文兵衛君 了解しました。
 それでは最後に、衆議院の法務委員会に、社会党から、いわゆる非拘禁者――拘禁されない者に対する刑事補償について提案されているというふうに伺っておりますけれども、この問題について政府はどのようにお考えになっていらっしゃるのか、その点をお伺いして、私の質問を終わりたいと思います。
#24
○国務大臣(田中伊三次君) 身柄の拘束のない場合、無罪となった場合に、現行の刑事補償法改正のこの法律によりましては、補償はできないことになるわけです。そこで社会党からは、非拘禁の場合でも賠償すべきだと、無罪なれば賠償せよという意味の法案が提出されております。そこで私の意見は、数年前法務省に参っておりました当時の私の答弁もございまして、そういう場合も、金額の差はあることは、これは別論といたしまして、金額の差はあろうけれども、賠償の刑事賠償の道を講ずべきだと、そう考えるという答弁が数年前にございました。で、今回は、本法の改正を問題としておりますときに、重ねて私が法務省に出てきたということでございます。同様の考え、いまも変わりはございませんので、拘禁されている場合においてはたいへんはなはだしい不利益をこうむるのであるけれども、拘禁されていない場合といえども、刑事裁判にかけられて、そして調べてみた結果は事実がなかった、無罪であったと、こういう場合に、これを全く不問にしておくことは当を得ない。これはやはり金額は別論としまして、国家の賠償は制度として考えるべきものであると、こういうふうに考えておりまして、この点を十二月末就任以来ずいぶん検討をしてみたのでございますが、今日の段階においては、この身柄不拘束の場合にまでこの刑事補償規定を拡張適用していくということには無理がある、こういうことが結論となったわけでございます。
 本来は、先ほどもちょっと言及いたしましたように、憲法十七条によって国家賠償は取れる。しかしそれは、故意過失を原因とする不法行為が成立をするということを立証しなければ取れないわけです。そういうむずかしい手続を踏まなければならない。しかしながら、刑事補償の場合は、身柄を拘束されておるという気の毒な、はなはだしい不利益を受けておる人の場合のみ、不法行為は必要がないのだ、判決で無罪になりさえすれば賠償が受けられるのだという特別の計らいをしておるのが、この補償法の現行の規定である。身柄を拘束されておるということに強い不利益、はなはだしい不利益というものを認めての制度であるから、身柄不拘束の場合にまでこれを適用することは行き過ぎであろう、こういうことが早急の場面の結論として出てまいりました。
 私もこれに抗することができませんで、それでは現行法の金額を、上限を引き上げる程度に改正を一応やろう、これを不拘束の場合にまで適用するためにはなお時間がかかり、検討の要がある、引き続きその点は検討する、とりあえず、中間的であるけれども、現行法の例にならって上限だけを引き上げようじゃないかということが、ありのままに申し上げますと、検討の結論となったわけでございます。御質問の御趣旨には私も賛成をしております。法務省もこれを否定をしておらないわけでございます。
#25
○後藤義隆君 ちょっと関連して。いま法務大臣からちょっとお話があったのでありますが、憲法の十七条には損害の賠償とあって、そうして四十条には補償とあって、違うのだが、それはさっきのあなたの御答弁では、両方一緒の、あたかも一緒のようなふうにことばを使って、補償というようなことばを使っておったが、その間にはどんな違いがあるでしょうか、その点をお伺いしたいと思います。
#26
○国務大臣(田中伊三次君) 賠償と十七条が申しておりますのは、これは故意過失を原因とする不法行為、それを立証せしめて、そうしてこれによって国家が損害の賠償をするというその趣旨であることは明らかでございます。しかるところ、そういう賠償の例外の例外をつくろう、そうして国家が積極的に補償的態度でいくのだ、賠償でなく補償である限りにおいては、限度がなければ困るということで、金額に限界を設けておる。金額に限界を設けた補償をするのだ。その限界以上の国家賠償を必要とする場合には、十七条によって故意過失の立証をしてもらいたい、こういうその趣旨が違いであろうかと存じます。
#27
○後藤義隆君 刑事局長にちょっとお伺いしますが、この刑事補償法のこの第四条の第一項ですね。これはまあ抑留、拘禁を受けておって、その日数に応じて補償するわけでありますが、これはもちろん生存者を主体にするものだと思うのですが、ところが第三項では、死刑執行の場合の、それに対する補償額ですがね。死刑執行する前に、相当長い期間まあ拘禁、抑留をされておったというときには、その部分はやっぱり加算するのですか、せないのですか、そこはどうなんでしょうか。
#28
○政府委員(安原美穂君) 後藤先生御推察のとおり、加算するのでございます。未決の勾留、抑留は一項で差し上げて、死刑の執行そのものによる補償として三項が働く、かようなことでございます。
#29
○白木義一郎君 最初に、この本法の刑事補償を請求できる権利の人が現在どの程度いるか、あるいはここ数年間のその内訳、それをちょっとお聞かせ願いたいと思います。で、それについて現実に現在、この補償を請求している現況も合わせてお聞かせ願いたいと思います。
#30
○政府委員(安原美穂君) 白木先生御指摘のとおり、刑事補償を請求できる人というのは、代表的な事例としては、抑留、拘禁を未決の場合に受けて、そして通常手続で無罪になった、あるいは再審、非常上告で無罪になったという人が請求権者になるわけなんです。したがって、ただ無罪になっただけじゃなくて、未決の拘留、拘禁を受けたそして受けた人で無罪になったという人でなければならないわけでございますが、実は抑留、拘禁を受けておって無罪になった人の数というものは的確に把握できておりませんで、無罪になった人といたしましては、無罪の確定人員だけは、昭和四十二年は四百十四人であり、昭和四十三年は四百九十人であり、一番最近の統計では、昭和四十六年は四百六十四人であったという数字は出ております。そこで、そういう人で身体の拘束を受けた者がどれくらいあるであろうかということを、精密な統計ではございませんけれども、従来の実績から推定をいたしまして、たとえば罪名別の起訴のときにおける身体拘束率というものを一応調べてみたところから、無罪の確定をした人で身体の拘束を受けた人がどれぐらいあるだろうかということを、一応の達観のような推計でございますが、見ますると、大体無罪になった者の約五割が身体の拘束を、受けたのではないかというふうに認められるのでございます。そこで、その毎年あげております数字の五割の人が、請求する一応の権利を持っておるのではないかというふうに認められるのであります。
 そういう拘束率ということを別にいたしまして、私どもの明確にわかっておる統計の数字から見ますると、この昭和四十二年から四十六年までの無非確定人員のうちで現実に補償の請求をされた方は、これははっきりと統計に出ておりまするが、二〇・二%、つまり無罪を受けた人の二割が請求を現実になさっておる。そして裁判所の、補償の請求に対して補償を認めた率は九四・九%、そのほかは、理由がないとか、あるいは期間を経過したのちにやったとかというようなことで却下、棄却になっておりまするが、九四・九%は認められておるというのが統計上の数字です。
 したがって、先ほど申しましたように、どれだけ拘束を受けておるかが必ずしも正確な統計がないので、何とも申しわけないんですが、無罪になった者の二割が請求をしておるということはいかにも請求の率としては低いように見られる。その理由は何だろうかということは、どうもはっきりしないわけでありまするが、先ほどの推計から申しまして、被告人の中に、身体を拘束されないで裁判を受けて無罪になった者が少なくとも五割はあるのではないか、あるいは拘束は受けたけれども非常に短期間の拘束に終わったので、わざわざ補償の請求しない者が相当多いのではないかというようなことから、こういう数字になったのではなかろうかという推察を一応われわれとしてはしておる次第でございまして、何ぶん明確な統計がないので申しわけございませんが、現在わかっておるところはさようなことでございます。
#31
○白木義一郎君 そうしますと、この補償法というのは、内容は、いずれにしても無罪になった、拘禁された、その人の損害について補償しょう。無罪までは相当な時間をかけ労力をかけて裁判その他を行なっていくわけですが、それが無罪になってしまって、これは請求をしなければ補償されないような問題なのか。あるいは、これはいろいろやってみたけれども結局あなたは無罪でした、文句があるなら請求をしなさい、そうすればまた考えようじゃないかというような精神でできた法律なのか。あるいは、長い間お気の毒でした一それについてはいろいろ、十分とまではいかないけれども、こういう補償をいたしましょうというようなものなのか。それからさらに、まあいまのお話だと、請求をしなくちゃならない。請求したとすると、その損害を請求する方法あるいは期間、あるいは、今度は補償する側のほうの立場でこれをどのように処理していくのか、その辺を御説明願いたいと思います。
#32
○政府委員(安原美穂君) 憲法上の補償の制度として、それを受けまして、刑事補償法が、無罪を受けた者の請求権という形で、権利としてこれを認めておりわけでありまして、その権利の行使をしたいという者が請求をするということがたてまえでございまして、請求がないのに補償するというようなことにはなっておらないのであります。
 ことろで、そういう請求ができるということを知らないでおる人がおってはいけないということでございますが、この点については、十分に広報もいたしておりますし、現に、現実の問題といたしまして無罪になる者のほとんどにつきましては、弁護士である弁護人がついておるわけであります。また補償を決定いたしました場合には、請求人の申し立てによりまして官報、新聞紙に公示するということになっておりますので、私どもの考えるところでは、刑事補償制度を知らなかったから請求しないのだということではないというふうに考えておりますし、請求の手続でございますが、これも、簡単な理由を記載した、結局私は無罪になった、抑留、拘禁をこれだけ受けたということを書いて請求書を出せばいいということで、それ以上の立証も何も要らない。国家賠償のときとは違いまして、きわめて簡単な請求書を出せばいいということであり、立証もほとんど要らないということでございまして、請求手続もそう繁雑ではない、シンプルなものでございますから、手続のゆえに請求をしなかったということもないというふうに考えておりますので、私どものほうとしては、周知徹底もあり、手続も簡便であり、制度自体が請求を妨げておるというふうには考えておりません。
#33
○白木義一郎君 大臣、どうですかね、この問題は、私どもは、ひとつの犯罪があった、それについて国家権力がこれを取り調べた、いろいろ取り調べの結果無罪になった。あなたには権利があるから補償の請求をしなさいというたてまえのようですが、さらに、この被害を受けるほうの立場とすればえらい迷惑するわけですね。それについて、文句があるなら言ってきなさい、法律で補償しますよというのは、ちょっと私はいただけないわけです。
 むしろこういったような問題は、その時点において、いろいろ経過をたどって、あなたは無罪です、たいへん御苦労さまでした、ついては、御迷惑をかけましたから、こういう範囲で補償をさしていただきますというのがまあ普通一般社会の礼儀ですよね。いまの説明によりますと、当然請求権があるから、これは簡単な方法で請求ができるんだから、請求されれば補償します、あとの人は、知らなかったんだから何だかわからないけれども、まあ言ってこなければいいと、こういうようなことに伺えるわけですね。非常に事務的な、血も涙もないというふうに聞こえるんですが、その点は大臣としてどうでしょうか。
#34
○国務大臣(田中伊三次君) もとより事務官でございますから、事務的にお答えを申し上げたのでございます。これは本来は、十七条の国家賠償とか、四十条の国家補償、この国家補償に右へならえをしております法務大臣訓令による被疑者賠償、何のためにこういうことをやっておるのかといえば、これは人権尊重ということが最大の眼目でございます。人権尊重のたてまえをとるならば、こういう制度は当然なければならぬということになるわけでございます。
 そこで、人権尊重という高度のたてまえからこれを観測いたしますと、先生の仰せのように、請求があるなしにかかわらず、無罪の判決ということをするんだから、もうその判決の中で、定型化された金額というものはきまっておるんだから、無罪になりさえすれば文句を言わずに、これに対して、その無罪の判決をいたしました裁判の、事件の内容というものを手に取るように知っております裁判官が、無罪の判決をいたします場合に、その判決の確定を前提として、一定の賠償金額をきめる。本人が請求するとか請求しないとかいうことにかかわらず、わかりやすく言えば、人権尊重のたてまえからの国家のおわび料なんでありますから、国家のおわび料は、請求されなくとも判決の中身においてきめてもいいではないか、あるいは判決に付して、同時に、それだけ別個の文章で賠償金額をきめていいではないかということを、私は、考えてみて少しもおかしくはないのではなかろうか。
 しかるにこういう制度が、どの制度も似ておるんです。当然権利が主張されなければならぬのにかかわらず、請求をしなければやらないんだという立場をとっておりますのは、あらゆる制度にそういうことが出ておる。これはまあ何と申しますか、遠慮をせずに申し上げますと、わが国の官尊民卑の思想から出ておるものと思います。国民を大切にして、人権を真に尊重するというたてまえからならば、請求の有無などにかかわらず出すという方針をとっておかしくないもの、こういうふうに考えるのでありますが、現行法は官尊民卑の思想から出てきたものではなかろうか、こういうふうに私は反省をするのでございます。
#35
○白木義一郎君 途中まではたいへん意を強くして伺ったんですが、おしまいのころは、そう思うけれども、宮尊民卑の思想を最高責任者として私は認めるんだ、こういうことになるわけですね、伺っていますと。その点をひとつ御説明願いたい。ずっと大臣のお話は、もっともだと、おしまいのころに、これはそういうわけだから、これはぜひ改正しようとおっしゃるかと思ったら、これは官尊民卑だけれどもこのまま続けて、いくんだ、私が大臣である以上は。こういうふうに聞こえるわけですがね。やっぱり、それじゃ前段の説明のほうは適当にお話をしながら、別に腹はちっとも、官尊民卑の思想は私は変えないんだと、こういうふうにうかがえるんですが。
#36
○国務大臣(田中伊三次君) 熱心に、この請求の有無にかかわらず、賠償金は補償はすべきものではないかという御意見に対して私はそのとおり思う、どうしてこういう現行法の制度があるのかと言えば、官尊民卑の思想の残滓であろうというように実は私は考えておるので、そのままを申し上げたのでございます。
 そこで第二段として、お尋ねがありますから、申し上げるのでありますが、それではその官尊民卑の残滓とも見るべきこういう制度、制度自体でなしに、制度の中身で、請求せぬでも出せるようにするということですね、そういう改正を行なってはどうかという、それに対する意見はどうかということでありますが、これは、私がそういう観測をしておるということをそのままをこの法律の制度の上に持ち出してまいりますということは、あらゆる、請求を待って初めて国家が責任をとるというこの制度、いろいろな制度がごございますが、このいろんな制度全部を一貫して、やはりこの請求を待たずして国家が義務を果たすという制度に変えていかなければならぬものと思いますので、これは一口に、私がここで力んでみましても、なかなか容易にできることでない。しかしこれは、先生仰せのごとく、私は理想であると思います。この理想の方向に向かって全体を検討すべきものである。憲法が最高度に人権を尊重する。世界類例を見ざるほどの高度の憲法でございます。その憲法を持っておる国家の法律制度といたしましては、この種のものは請求を待たずして国家が責任をとるという方法がなければならぬ、こういうふうに考えますと、これは検討を要すべきものである。これに似た制度を全体を通じまして検討をすべき必要がある、検討してみたい、こう考えるのであります。
#37
○白木義一郎君 そうしますと、現行では、現在では法務大臣としてやむを得ない。官尊民卑の思想の織り込まれた法律であるけれども、諸般の情勢でやむを得ない、将来において検討するということは、自民党政府は官尊民卑の法律を相変わらず施行していく、こういうことになるんですか。もし法務大臣がほんとうにそう思われるなら、少なくともあなたの権限においてのこの法律、これは、法務省関係の問題は極力これを改正していく、とりあえず、これは私はそう思うから、この改正は今回は取りやめる、すみやかに検討する、こうおっしゃっていただくと、私たちは納得するんですがね。天下の法務大臣が、これはまことに現代に合わね法律だ、だけれども、私はやる意見はないと、問題を広げておいて、そのうちに交代もあるだろうから、これはしょっちゅうやってこられたわけですけれども、ここではっきりとおっしゃったんですから、特にこの問題は、要するにしょっぴかれるわけですよ、いやな思いをして、そしていやも応もなく国家権力から拘束されたり拘禁されたりして、被疑者のほうはなけなしの金を払い、裁判にまつわる費用を工面して、その上、すみませんんでした、まああとは大臣のおっしゃったとおりそのものだと思いますがね。そういう古い古い時代の思想のある、それから出てきている法律を、現職の大臣が公言しておきながら、これはぜひ皆さんひとつ官尊民卑でいきたいのだ、わが自民党は、ということになってよろしければ、これはやむを得ない。われわれはそのつもりであらゆゆる機会にこれを国民に訴えていきたい、こう思うんですが、再度御答弁をいただきたい。
#38
○国務大臣(田中伊三次君) 私の言うことをとらえていろいろ御意見を承りますこと、恐縮でございますが、おっしゃること、ちょっと御無理じゃないでしょうか。現行制度というものがあって、その現行制度に対して論評を加えてみれば官尊民卑の思想の残滓であると、私はそう信ずるので、よって、請求がなくとも国家が責任ある補償のできるように将来は検討したい。検討するまでこの現行の法律をストップさすわけにいかぬでしょう。検討の結果、理想の姿にこういうふうに改めようと。本件ばかりでなく、この制度も、この制度も、この制度も請求を待たずして国家が責任をとるようにしようということがきまるならば、そのときから改正が行なわれる。きまるまでは、現行制度はないよりあるほうがいいでしょう。ここのところをおかみ分けをいただけば、そんなに自民党がどうとかこうとか仰せをいただくようなものではなかろう。理想の姿にしていくために検討したい。検討の結果を見て改善、改正が行なわれていく。それまでは現行法が適用されていく。とりあえず現行法の改正は金額だけでございますが、金額の上限だけの改正をお許しをいただきたい。何もおかしいことはないように思う。どうぞ御理解をいただきたいと思います。ざっくばらんに申し上げておるんです。私はざっくばらんの男でありますから、ざっくばらんに言うことでありますが、筋の通らぬことは申し上げておらぬつもりです。
#39
○白木義一郎君 大臣の説明を私は伺って、そういう大臣のお考えだということを伺っておきますただし、あげ足をとるようなあれではないんですが、論評というようなことだと、われわれが論評する、あるいは第三者が論評してこれはけしか久ぬと、こういう精神から出てきたもので改めなければいけないというようなことであれば、これは当然だと思うのですが、あなたの立場でけしからぬのだというような意見をむき出しにされると、どうしても黙っていられない、こういうわけです。
 そこで、死刑の執行による補償について、三百万を五百万にするんですか。これを局長さんは歩通事故の問題と比較して、五百万にすべきだと。こういったような種類の値上げはまあ一応は賛成なんですが、その額にはまだいろいろありますけれども、しかし、そういったような考え方は非常に危険なんじゃないか。あわせて、最近二度にわたって法務大臣が死刑の執行をされたというようなことを思いあわせてみますと、少なくとも、これはいままで一つも例がないというのでまだ救われるわけですが、これがもし、先日大臣が死刑執行を許可したものの中に無罪の人がいるとするならば、大臣は生涯これは苦しむ問題だと思うのです、人間としてですね。そういうようなことからいっても、この補償の法律というのはあまりにもどうかと思うのですがね。やっぱり上限をきめなければ締めくくりがつかないというような問題じゃないです。
 人間の生命というものは地球よりも重いと言われるような人もおりますし、そのとおりだと思いますが、そうしますと、全地球の財産をもっても生命はあがなえないということからいいますと、この金額はともかくとして、こういったような法律の条文というのは、ちょっとこれもわれわれとして考えなくちゃならない。もちろん最終的には、その補償は何で補償するかということになると、金額ということにはなるんでしょうけれども、いわゆる寄ってたかってなぶりものにしちゃった、なぶり殺しにしちゃった、国が、国家権力がですね。交通事故やなんかと全然違うわけです。こっちもそのつもりはないし、走っているほうもそのつもりはないけれども、出会いがしらにひき殺したというような事件の補償とは全然性質が違う、こう思うんですがね。その点いかがでしょうか。
#40
○国務大臣(田中伊三次君) お尋ねの御趣旨は、一体死刑の執行ということはたいへんではないかというおことばに帰するのではないか。私もそう思うんです。これはやりぞこなうとたいへんなことになる。先生おことばのように、やりぞこないが一度もなかったからいいようなものだけれども、将来はやりぞこないが起こらぬものとは言えないという御心配、私、高度の人権尊重のたてまえからいいますと、これはもう人権上の最大の問題だと思うのです。
 そこで、実際問題はやりぞこないがあろうかというと、日本の死刑の執行のやり方にはやりぞこないはございません。ございませんということはどこを押したら言えるのかというと、とにかく裁判は三審制度で裁判を行ないます。三審に行かないで途中で、三審で終わる場合、一審で死刑が確定する場合もなくはありませんけれども、これは本人の意見でございます。本人の意思にそぐわぬ場合においては三審まで行って、三審で死刑がきまる。きまったものはすぐ執行するという段階には入らないのです。いままでの統計からこれを申し上げますと、私の記憶に間違いがなければ、大体刑が確定をいたしましてから死刑を執行いたしますまでの間三年前後を経過しておる。これは平均でございます。人によって違いますけれども、平均三年前後を経過しておる。その間慎重に検討をしておる。何を検討しつおるのかというと、判決の書類の中身を精査をいたしまして、非常上告の道がないかどうか。つまり、法令に違反をする判決が行なわれておるということがないかどうか。それから、恩赦によって救う道はなかろうか。もう一つ大事なことは、再審制度にかけて救済をする余地はなかろうか。刑事訴訟法、刑事法規のあらゆる面からこれを検討を加え、時間をかけて、二年も三年もかかって書類精査をいたしまして、そうして法務大臣の手元に、死刑の執行はいかがですかということを持ってくるということが筋でございます。
 また、法務大臣の手元に来ましたものには、すぐにじゅずを持っつサインをしておるように新聞は書いてありますが、そうではございません。いま言いましたようなあらゆる事柄について、十分、専門家を呼びまして、記録を前に置きまして、これに検討に検討を加えて、人間の知恵、人間の見通し、人間の判断ではこれ以上道がないというところまで慎重なる態度で検討を加えました結果、これに対しまして死刑執行のサインをしておるということが現状でございますから、私はずいぶんいろいろな死刑の執行にサインをいたしましたが、ちゅうちょなく簡単にやっている、軽々にやっているという筋ではございませんので、以上のような経過をたどっておるところから見まして、わが国の制度としての死刑の執行というものに誤りのあろうはずはない、人間として尽くす限りの努力と苦心を重ねて最後に死刑の執行をしておるものである、こういうふうに私は実は信じておるわけでございます。それゆえに、過去を見ましても、先生のおことばにもありますように、過去にあやまちはなかった、今後もあやまちはない。
 そんなら制度は要らぬじゃないかということになると、そうでありませんで、制度としてはやはりつくっておかなければならない。制度をつくっておくならば、だんだんと経済的情勢の変化に伴いまして、金額の上限にも変化を加えていかなければならぬのでこの改正をお願いしておる、こういう事情であることを御理解をいただきたいと思います。
#41
○白木義一郎君 それでは、まだまだこの点についてはまたいろいろ将来とも法務大臣にお伺いしたい点は一ぱいありますけれども、一応いまのお考えをもとにして、先ほどの御意見も含めて、こういうような立法の精神というものは大いに検討し、改正していかなければならないというような御趣旨と承って、きょうは私の質問はこれで終わります。
#42
○後藤義隆君 いまのに関連してお聞きするわけですが、刑事補償法で、無罪の判決を言い渡すときに、その裁判所が補償金額までもそこで言い渡すというようなふうなことがよいのではないか、そうすべきではないかという御趣旨の質問があったのに対して、それに対して法務大臣は、やはり自分もそういうふうなぐあいに考えないこともないけれども、これは官尊民卑の残滓であって現在のような状態になっておるんだというような、大体そういうような御趣旨の御答弁があったわけですがね。私は、いま言うようなふうに、無罪の判決をされた裁判所が補償金額までも同時に言い渡すということは必ずしも反対じゃありません。しかし、いま法務大臣の申されたようなふうに、この現行の制度が官尊民卑の残滓であるのかどうかということについて、私は非常に疑問があります。
 それは、いま一番問題になっておるこの法律の根本は憲法の四十条でありまするが、これには「何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。」と。「国にその補償を求めることができる。」、そして、国が支払わなければならぬということを書いてなしに、いわゆる無罪の判決を受けたほうから「求めることができる」ということを書いてある。この憲法は、すなわち、私は官尊民卑の憲法ではないと思っておる。そして、これはやはり民主主義に基づくところの憲法であって、これに明らかに、いわゆる無罪の判決を受けた者のほうから請求することができるんだと書いてあるから、私はそれでも、判決を言い渡すと同時に補償金額までも言い渡すことは別に反対ではありません。しかし、それが同時に言い渡さないから、それで直ちにこれは官尊民卑の残滓だというようなふうに片づけてしまうことはどうかと思うんですが、その点はどうでしょうか。
#43
○国務大臣(田中伊三次君) 具体的な改正案の条項自体で、私の発言をめぐりましていろいろ御判断をいただいて恐縮に存じます。ありのままに申しますと、私は、先ほどのお尋ねのように、いやしくも身柄を拘束して人を取り調べ、裁判にかけた、裁判の結果無罪になった、こういう事件です。人権の侵犯という点から申しますと、これ以上の人権侵犯はございません。受けた当人の不名誉は、これ以上の不名誉は人間社会にはない。これはまことに残酷な結果でございます。そういうものを請求を待たずして国が――金額まできめてある。幾らでもやるとはいうてない。一定のかってにきめた自分の金額でございます、国がきめた。その金額の限界における金ぐらいは、請求手続を踏まさなくとも裁判所がやったらいいじゃないかと、私はそういうふうに昔から思っております。それは当然のことだ。憲法には、請求することができるとは書いてあるけれども、憲法は基本的人権に対しましては、全世界に類例を見ざるほどの高度の人権保障をしておるのがわが国の憲法の実態でございます。そういう憲法の条章からいえば、もう当然に国がやるべきものだと、こういう考えがあるんですね。しかるに請求云々と、こういうことに制度がなっておりまして、請求しなければくれない。たった二割しか請求した者がない、こういうことなんです。二割の中で九割五分しかくれていないのですね。こういう一体実態というものはあまり感心をしないものだ。こういう制度をとっておるというのは、これは官尊民卑の思想の残滓だと、私はそういうふうに思うのです。しかし、大臣がそう言うてけしからぬじゃないかというふうにお考えにならぬとも限りませんが、大臣だって自分の所見は言うていいんです。よって、検討はするんだ。しかし、検討ができ上がるまではこの制度でいくよりしかたがない。この制度でいくとすれば、経済の情勢に従って上限を上げる以外にないということでこれを提出しておるという打ち明け話をしておるのですから、私は一向差しつかえのない発言のように思うのですが、しかし、せっかくのおしかりでございますから、よく考えてみることにいたします。
#44
○佐々木静子君 大臣に、いまの点でございますが一大臣のおっしゃることはまことにごもっともと申しますか、これは本来国がやっていただかなくちゃならないと思うわけなんでございます。これは大臣も実務家でいらっしゃるから御経験があるので、その請求をする苦労というものを十分御承知の上でおっしゃっていただいていると思うのでございますが、私も、数は少のうございますが、この刑事補償の請求というものをつくったことがございまして、これもサンプルにきょう持ってきたようなわけなんでございますが、これは無罪判決が確定してから、大事件ですと、膨大な記録をもう一度請求人において全部精査しまして、そして間違いがないように、何月何日にどういうことがあったということを全部まとめて請求するわけでございまして、これは実際何割かの人しか請求しないということでございますが、事実上できないというのがほんとうだと思うわけなんでございます。そういう意味で、これは国のやった事柄によってそういう事態が起こっているわけでございますから、いろいろと官尊民卑の残滓とかで、御苦労は多いと思いますけれども、ぜひとも前向きの姿勢で取り組んでいただきたい。このことを特にお願い申し上げるわけです。簡単にその件について重ねて御所信をお願いします。
#45
○国務大臣(田中伊三次君) せっかくの御意見でございます。私もそのとおりに存じますので、真剣に検討いたします。
#46
○委員長(原田立君) 本案に対する質疑は本日はこの程度といたします。
    ―――――――――――――
#47
○委員長(原田立君) 次に、検察及び裁判の運営等に関する調査を議題といたします。
 これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#48
○佐々木静子君 時間があまりございませんから、簡単に質問さしていただきます。
 先ほど来大臣からも、人権尊重の問題についていろいろと御所信を承ったわけでございますが、大臣は、別件逮捕というような問題について、そういうことがよく問題になるわけでございますが、どういうお考えを持っていらっしゃるのか、ちょっと御所信を伺っておきたいと思うわけです。
#49
○国務大臣(田中伊三次君) 私は、一口に結論を先に申し上げますと、別件逮捕と世間に言われております意味で別件逮捕を行なうこと、誤りだと、間違いだと、こう考えております。それもずばずば言うていいのか悪いのか、いろいろ差しさわりのあるところもございましょうが、私はそういうふうに考えております。
 そこで、別件逮捕の内容でございますが、大事件の捜査をするために小事件について逮捕をするということが別件逮捕のように聞こえております。ある事件を調べでおった。ところが、ある事柄が出てきた。これは大事件だ、小さい事件を取り調べておったところ、大事件が発覚をしてきたというその事件の場合は、別件逮捕とは言わぬようでございます。もとより、大きな事件をねらって小さな事件について身柄の拘束を行なうことを別件逮捕と言うておるようでございます。そういう考え方、そういう捜査は、これは人権尊重のわが国の憲法の条章に照らしましてぐあいが悪い。わが国の憲法は、その意味の逮捕をめぐる人権尊重をいたしますために、本来法律で定めればよい程度のものを憲法の条章にまでこれを明定をいたしまして、規定を置いておるわけでございます。こういう規定は、全世界どの国の憲法にも前例がございません。前例がないほどに人権尊重、逮捕をめぐりましては憲法の規定にまでこれを取り上げておるというのがわが国の憲法でございます。そういう条章から申しますと、いわゆる別件逮捕は誤りです。これは間違いである、これはやめねばならぬ、こういうふうに考えております。
#50
○佐々木静子君 大臣からたいへん心強い御所信を伺いまして、ありがとうございます。
 それでは、警察の方、お越しになっていらっしたらちょっと伺いたいのでございますが、昭和四十六年の六月十三日に、大阪の城東区の公団森之宮の高層団地のエレベーターの中でファッションデザイナー・アドバイザー富永秋子こと夫英善という人が何者かによって殺害されたという事件の捜査にお当たりになったこと、警察のほうで捜査されたことがございますね。
#51
○説明員(小林朴君) ございます。
#52
○佐々木静子君 これが当時非常にセンセーショナルな事件として広く報道され、犯人が見つからないということで警察でもたいへんに御苦労なさったというわけでございますが、この容疑者として、この殺された夫さんの婚約者であるところの李尚敦という青年をお調べになったことがありますか。
#53
○説明員(小林朴君) ございます。
#54
○佐々木静子君 この李尚敦は、御捜査の結果、本人が犯人でないということがわかったわけでございますね。
#55
○説明員(小林朴君) そうでございます。
#56
○佐々木静子君 これは、実はその当時この李という人が、自分の最愛の婚約者を何者かによって不法に殺害されたということで非常に精神的に動転しておった。そして、そのために彼が警察へ出頭して、そしてそこでお取り調べを受けた結果、エレベーター殺人事件の容疑者である李が逮捕されたということで、新聞に写真入りで大きく報道されるというようなことが起こったわけでございますが、これは逮捕されたわけでございますね。逮捕状はどういう逮捕事実になっておったわけでございますか。
#57
○説明員(小林朴君) これは、被害者の婚約者ということで李という、まあ参考人でございますが、この人との関係をいろいろ調べておりましたところ、被害者のほうの親元のほうでは、そんな婚約をした事実はないとか、いろいろと食い違いがあるわけでございます。
  〔委員長退席、理事白木義一郎君着席〕
 こそで、本人を参考人として調べたいというふうなことで思っておりましたところ、この御本人が、四十七年の一月二十四日でございますけれども、父親らに付き添われまして、当時事件をやっておりました城東警察署の捜査本部に出頭をいたしたわけでございます。それで、一応事情を聞きましたところが、婚約事実等につきましていろいろと食い違いが明らかになりまして、本件については容疑がないというふうになったわけでございます。
 ところが、本人は昭和四十三年の三月に本邦に密入国をいたしておりました。そういう事実がわかりまして、外国人登録法第三条の一項に違反するということがわかったわけでございます。そこで私どもは、まあ事件を捜査しておりますと、それに関連をいたしまして他の事件がわかる場合があるわけでございますが、その場合にその事件を処理をするということも当然のことでございますので、この場合は逮捕をして調べておりますけれども、それは、本件につきましての問題ではなくて、同署の外事係が外国人の登録法違反ということで捜査をいたしたわけでございます。
#58
○佐々木静子君 いまのことで経過がわかりましたが、この本人は、弁護人も付き添って、警察へ外人登録をしてないという事実を申し述べに上がったわけですし、それから、御承知のとおり、この父親も大阪ではかなりに手広く事業を営んでいる、しかも永住権を持っている朝鮮の方である。そういうようなことで、普通こういうケースでは、不拘束で、単なる外人登録違反であれば、こういうケース、身元のしっかりしているときは不拘束で調べるのが普通だと思うのでございますが、これにすぐに逮捕状を執行され、しかもエレベーター殺人事件の被害者がつかまったということで大々的に新聞で報道されるに至ったというようなことは、やはりこれは警察としては非常に人権意識いまの別件逮捕というような問題にからみましてたいへんにこれは不都合なことではないか。
 この前に私、ちょうど一年前にも、いま問題になっておりますいわゆる狭山事件石川被告に対しまして、これは最初から殺人事件で調べずに、警察では自動車事故による恐喝とか傷害とかいうようなことで逮捕をして、そして逮捕をしてその直後に、いわゆる善枝ちゃん殺しのポリグラフにかけて殺人の容疑者として取り扱い、逮捕状は交通事故のことでありながら、新聞には善枝ちゃん殺し逮捕さるということで大々的に新聞に報道さすに至ったというようなことなども、これは以前法務委員会で指摘したわけでございますが、これもそれとやはり同じケースではないか。いま大臣の言われた、いろんな事件を調べている間に発覚したというよりも、この外人登録だけであればこの事件のお調べだけでいいところを、エレベーターの殺人事件、美人の殺人事件の犯人がつかまったというふうに新聞へ――まあ新聞がかってに書くということはないと思うんですが、報道さすに至って、大いに本人の信用を傷つけたという点、これは警察としてはどういうふうにお考えですか。十分に、このようなことが二度と起こらないように重々気をつけていただきたいと思うのですが、捜査の責任者として警察のほうにお伺いいたします。
#59
○説明員(小林朴君) 本件は別件逮捕のケースと全然違うわけでございまして、先ほども申しておりますように、本人の本件に対する容疑というものにつきましては、参考人という形で調べをいたして、その結果、特に被疑者になるような問題はなかったわけでございます。しかし、本人は、そういうふうに、四十三年の三月ごろでございますけれども、密入国をいたしまして、その後住所は転々といたしておるわけでございます。で、特にこういう問題が出たときも、警察側としてはもうわからないというようなことでございまして、身元はしっかりしておるという話はございましたけれども、私どものほうとしてはそうは考えていなかったわけでございます。したがいまして、外国人登録法違反の問題につきましても、逃走のおそれがあるということで逮捕状が出ておるわけでございますから、そういう容疑で一応事件を処理をした。それはただし、御本人に対してそういう犯罪がわかっておりながら警察は何もしなかったということでは、警察の職務としてもこれは済まないわけでございますから、一応そういう事件のあと片づけをしたというふうに御理解をしていただきたいと思うわけでございます。
   〔理事白木義一郎君退席、委員長着席〕
#60
○佐々木静子君 まあそういうことで、この問題の李青年は、もう結婚を目前に控えて、しかもまじめに大阪で定職について仕事をしておったところ、婚約者が何者かによって殺害された。そして、そのことのとばっちりを受けて警察へ逮捕されて、しかも新聞にはエレベーターの美人殺人事件の犯人であるというふうに写真入りで報道されて非常に信用を傷つけられ、本人はもう心身ともに、婚約者を失った最大の悲しみの上に容疑者にでっち上げられ、そしてその上、そのようなことが新聞へ大きく報道されたということで、たいへんに苦しい立場に立たされているわけでございまして、この本人やその家族自身にいたしましても、そのことのために多大な打撃を受けているわけなんでございます。そういうことで、いま警察のほうではこの外国人登録法違反事件としてお調べをされ、現在裁判が行なわれているわけでございますけれども、こういう方に対して、これは法務省として、おまえは外人登録法に違反しているからということで、まあ形式的に考えれば強制送還だというような措置をお考えになっているんじゃないかというふうに伺っているわけなんでございますけれども、これは私は非常に問題ではないかと思うわけです。
 というのは、その後の新聞の報ずるところによりますと、この在日朝鮮人の婦人の方を殺した犯人というのは、これは連続殺人魔ということで新聞にも大きく報道され、昨年の秋に荒井という人が自分がやったということを自白しているわけでございますが、その後の捜査の進展について私つまびらかにいたしませんけれども、ともかくそういうことで、殺された本人も、エレベーターの中で見知らぬ男にいきなり殺されたということで、何ら殺された本人も過失がない。そういうふうな状態の中で婚約者が殺された。そして、しかもその本人にしてみると、犯人にでっち上げられ、殺人魔と呼ばれ、そして身のあかしはようやく立ったものの、今度は外国人登録法違反でいま審理中である。こういう場合に、これはただ単に形式的に、おまえはその外人登録はないんだから強制送還だ、さあ本国へ帰れというようなことが、はたして法務省でそういう形式的な取り扱いが許されていいのかどうか。
 これは在日朝鮮人の方にすると、自分の同胞が罪なくして日本人に殺された、しかも同胞であるところの在日朝鮮人が何のいわれもなく間違って誤認逮捕されて、しかも新聞にも殺人を犯したと報道された。これは単にこの報道された李青年のみの不名誉ではなく、在日朝鮮人としてもたいへんな誤解であり不名誉であるという、そういう心情にかられているところ、またその同じ日本政府が、婚約者を失って、しかもそのために信用を非常に棄損したこの李青年をつかまえて、今度は本国へ帰れ。これはもうおっかけとっかけのむちうつばかりです。日本政府とすると、これはいかに何でもそういうことはあまりにも無慈悲というか、傍若無人じゃないかと私は考えるわけでございますが、その点について大臣は、こういう事案について、これは別に強制送還しなくてはいけないと法律できまっているわけでもない、大臣の裁量によって法務行政は十分行ない得るわけでございますけれども、こういうケースについて大臣はどういうふうにお考えでございますか。
#61
○国務大臣(田中伊三次君) ただいま先生のお話を承っておりまして思うのでございますが、まことに気の毒な、日本人の立場から申しましても、朝鮮半島御出身のこれらの被害者にはまことに申しわけがないという感じで気持は一ぱいでございます。それほどお前が同情するならば、特在手続によって特別在住許可を与えて、本国送還をやめたらいいではないかというおことばが次に出てきそうなのでございます。そこで申し上げたいのでございますが、本件を取り扱うのは私の責任でございますから、取り扱いたいのでございますが、腹一ぱい、力一ぱい李君に同情してあげたい、力一ぱい同情をして、そうして処置をしてあげたい、こう思うのです。思うのですが、一体法務大臣が、本来捨ておけば強制送還になる最後段階に来ておる追い詰められた人物を、強制送還をやめて特別滞在を許すというためには、先生、同情だけでもいかぬですね、同情ばかりでやっておるとたいへんなことになるので、同情だけでもいかぬ。どういうことが大事なのかと申しますと、一体どういう経路で密入国をしてきたのか、この人で申しますというと前後二回にわたって密入国を重ねておる、密入国をしてきて以後のわが国滞在中の行状、素行はどうか、一体どういうことをやって過ごしてきたのかということ、もっと大事なことは、特在を許すか許さぬかということをめぐりましては、本人の身辺にまつわる親族、縁者、友人、友好関係というのはどういう生活をして、どういう関係に置かれておるかというような事柄をつぶさに調べてみまして、それを重要な判断要素に、同情の上にプラスをいたしまして、そうして特在を許すか許さぬかということを判断しなければならないのが私の責任のある立場でございます。そういうことでございますので、そういう方向に向かって検討したいと思いますが、この検討はほかの役人がどういうという検討ではなしに、私自身がどうするかということを、重大な責任を持った検討でございます。私が検討するということでございますので、しっかりこれらの要素を検討いたしまして、その上で最後の決定をしたい、こういうふうに考えておる次第でございます。
#62
○佐々木静子君 非常に御同情のある御答弁をいただいてありがたく思っているわけでございますけれども、やはりこういう事件が起こったというのは、これは日本の警察なり、あるいは治安を担当する法務省とか警察なりの落ち度によって日本にいる外国人が殺され、かつその婚約者である在日外国人がそういうことでたいへんな痛手を受けたというケースでございますので、これは単なる普通のケースではございませんので、十分に御配慮いただきたいということと、これは私思いますのに、前にテルアビブ空港の事件で日本の岡本という人が外国人を殺害した、この場合、日本政府はわざわざ外国へ出向いて謝罪をして、そして政府としてでるだけのことを尽くすからということで謝罪の意を表明されたということをお聞きして
 いるわけでございます。これは私考えてみると、必ずしも事案は同じとは言えませんけれども、非常によく似ていると言えると思うんです。
 というのは、テルアビブの岡本青年にしても、日本政府と何ら関係がないわけで、一日本人がややったということで、政府はそれだけの責任を感ぜられた。この場合にしても、もちろん容疑者と言われる荒井、本人は自供しているわけですが、これも日本政府と何ら関係ないわけですけれども、このテルアビブ空港の場合は、これは治安の責任は別に日本政府にないわけですけれども、このエレベーターの中で、日本の国土の中で全く過失のない女性が殺されたというのは、これはやはり治安の責めは日本政府にあると思うわけです。そういう意味におきまして、テルアビブ空港の事件で日本政府が出向いて謝罪され、日本政府としてできるだけのことをやるとおっしゃった事柄などから考えると、これは当然に日本政府として十分なことをしてあげていただきたい。
 これは殺されたのが何人であるから丁寧なことをやったのだ、これは在日朝鮮人であるからこのぐらいにしておいたんだというふうな誤解を招くようなことが万一にでもあれば、これは日本が将来アジアの諸国と仲よくしていくのに非常にマイナスになるのではないか、これは日本にとって非常にデメリットになるのではないかということを考えるわけなんです。そういう意味で、ぜひとも、不当に殺され、また非常にこの事件で死にまさる被害を受けている一朝鮮青年を救うことをお考えくださいますことが、ひいては在日朝鮮人の日本に対する信頼感を深めることにも結びつくとも思いますし、これは将来日朝友好、アジアの諸国との友好というようなことにもつながっていくと思いますので、これ以上在日朝鮮人の方が日本政府のやり方に対して不信を抱くようなことが起こらないように、大臣としても十分この点は御慎重にお考えいただきたいと思うわけでございます。もう時間がございませんので、私は質問をこれで終わりますが、最後に、簡単でけっこうでございます、大臣の御所信を伺って、質問を終わりたいと思います。
#63
○国務大臣(田中伊三次君) 在日朝鮮出身の皆さんのみならず、全朝鮮の皆さん、それから中国を含む台湾の皆さんというような人々を心より法規、事情の許す限り大切に取り扱っていきたい、外国人の身柄を預かっております私はそういう心がけを持っております。そこへただいま先生のお話しの、事情まことに気の毒な本件、李君の事件でございます。腹一ぱい同情いたしまして処置をいたします。
#64
○鈴木強君 私は、時間の関係がありますから一つだけお伺いしておきたいと思いますが、それは、先般最高裁が尊属殺の重罰規定は違憲であるという判決を出されました。この問題について大臣のの御所見を伺っておきたいと思います。
 親殺しに特にこの重罰を科しております現行刑法二百条の尊属殺人罪の規定は、法のもとに平等、こう定めた憲法十四条に違反しないかどうかをめぐって争われていました三件の親殺し事件というのがございました。これに対して最高裁は、四月四日、刑法二百条の法定刑は死刑、無期懲役だけであって極端に重く、憲法十四条一項に違反し無効であると、違憲の判決を下して、いずれも実刑の原判決を破棄し、三人の被告にそれぞれ刑法百九十九条の普通殺人罪を適用して、二審より軽い懲役二年から二年六カ月、うち二人は執切猶予三年の判決を言い渡しておるのでございます。最高裁が憲法八十一条に定められた違憲立法審査権に基づいて現行法の規定を違憲としたのは、昭和二十二年に最高裁判所がつくられましたから初めてのできごとだと私は思います。これによりまして、当然刑法二百条というものは自動的にこの機能を停止していくと私は思うのでございますけれど、この点について大臣はどうお考えでございましょうか。
 それで、ちょうどこの四月四日の日に、この判決が下されました直後、衆議院の法務委員会で質問がございまして、議事録を拝見しますと、大臣は、「現に判決が確定をしておりますものにつきましては、これは非常上告制度を適用して非常上告をするのかどうか、こういう場合には漏れなく非常上告が許されるかどうかということについても両論があるものと思います。私は、非常上告をさせなければ理屈の合わぬものだと判断をするのでございますが、これはまだ私が確定的にそう所信を持っておるわけではございませんが、確定判決を受けた者に対して非常上告が許されるのかどうかということについて、法務省を中心に早急に検討を加えたい」、こういう御趣旨の御答弁がなされております。これはおそらく刑事訴訟法四百五十四条の非常上告のことだと思いますが、当時大臣がおっしゃったことは、法律解釈は別としまして、素朴な国民からしますと、二百条というものが違憲であったというこであれば、それによって刑が確定している者も含めて、何らかの措置をしてもらってしかるべきだという素朴な考え方があったと思うのですね。これは法律論はいろいろあると思いますけれど、実態論として、感情的な問題としてはそういうことがあったと思います。あの発言を聞いた国民からすると、大臣の思慮というものに対して敬意を表したと思うんですね。しかし、これはなかなか法律解釈からいうとむずかしい点があると思うので、大臣もかなり慎重に答弁をいたしております、これは、見ますとね。新聞の記事を拝見しますと、そこだけ出ておりましたからね。かなりこうはっきり、あなたが非常上告するんだととれるようにも解釈が出ておるんですけれど、よく議事録を読んでみると、いま私が申し上げたような非常に慎重な答弁をしております。しかし、これは非常に問題があるのでございましょうと思いますけれど、検討をするということでございますけれど、非常上告をしなかったようでございますから、それにはそれなりの理由があったと思いますが、大臣の当時の御心境と、それから、その後検討された結果はどういうふうになったのか。これは国民の前に明らかにしてやる必要があると思いますから、伺っておきたいと思います。
#65
○国務大臣(田中伊三次君) 四日の日に、ただいまお話のような判決が下され、刑法二百条は違憲だという判決ですね。その結果は、二百条は無効だということになるわけです。問題は、その二百条は無効だということは、いつから無効なのか、言い渡した四日以後が無効なのか、四日以前も無効になるのかという、この重大問題があるわけです。二百条がにわかに一日前後で無効になったり有効になったりするはずはない、それは過去にもさかのぼるんだという解釈になりますと――この解釈も一つの解釈でございます。そういう有力解釈はあるんです。そういう解釈になりますと、四日までに行なわれた判決は、無効の条項に基づいいて死刑、無期の判決が行なわれたということになるわけです。これはえらいことでございます。これは直ちに非常上告によって救済する以外に道はないということに、理の当然になってくるわけでございます。ところが、それとは反対に、言い渡してから後が無効であって、以前は有効なんだ、そんな秩序のない話はない、最高裁の判決が何もないのに、刑法二百条という有効な条文があって、それに基づいて裁判をしたものに何が文句があるのか、そういうものはさかのぼるべきもんじゃない、遡及すべきもんじゃない、こういう考え方からいきますと、過去の判決は無効の法令を適用して判決をしたものとは言えない、したがって、仰せのような非常上告ということは考えられないということになってくるわけで、そこで、これを検討しなければ相ならぬということで、この二百条問題の検討の中心課題は、法務省においてもこれであったわけでございます。それぞれ意見を聞きまして、検討をいたしましたわけでございますが、これは将来に向かって無効であって、過去にはさかのぼらないのだと、こう解釈をしなければいけないということに意見の一致を見たわけでございます。そういうことになりますと、非常上告手続の問題は起こらない。起こらないが、ただいま先生のおことばのように、たいへん実際上の問題からいいますと、不公平ですね。きのうまでの判決は有効だ、きょう以後の判決においては、これは二百条の適用はできないので百九十九条でいくんだ、刑に開きがある、科刑に開きがあるということ、まことに不均衡という不都合が生ずるわけでございます。これを訂正をいたしますには、個別的恩赦による以外に道はない、こういうことが結論でございます。
 どういう場合に個別恩赦をするかということでありますが、過去の二百条という条文がもし無効のものであったとするならば、ことばを変えると、二百条を適用せずに百九十九条を適用して過去において裁判をしていただいておったとするならばこうであったであろうという判断ができます場合、非常な不均衡のものだと考えられる場合、こういう場合においては個別恩赦を適用する。もっと具体的に申し上げますというと、二百条の条文によりますと、これが過去において生きておったわけで、生きておって適用されたわけでございますから、二百条の条文によると無期と死刑しかないわけです。そこで、無期懲役は、事情によってはこれは七年に減軽される。たとえば未遂の場合とか、心神耗弱の場合といった条文に該当いたします場合においては、同情をして法定減軽が行なわれるわけでございます。これは七年までおりることができる。その七年にさらに同情をいたしまして、特別の情状というものを認める場合においては、またその二分の一の三年六カ月までおりることができる。したがって、三年六カ月、最低のところで処罰をされておるような事案は、これはもう二百条が無効であって百九十九条が適用されておったとすれば、助かる道はきまっていますね。当然助かっておる者が、二百条が有効であったがために三年六カ月の刑を受けて刑務所に収容されている。こういう事件が幾らかあろうと存じます。そういう事件はすみやかにこの不均衡を是正する。そして恩赦によって、恩赦はいつでもできますから、いつでもやろうと思えばできる体制でございますから、個別恩赦によって直ちにこれを実行する、そしてこれを救うという道を考えなければならぬであろう。ところが、過去において二百条を適用された事件だからといって恩赦に必ずかけねばならぬものとも限らない。たとえば残虐きわまる親殺し、こんなものは、親でなかっても普通人を殺しておっても、こういう殺し方をしておる場合においては死刑は当然だという親殺しはございましょう。こういう場合は何も個別恩赦にかけて救済をせんならぬ理由はない。よって事件による。事件によるけれども、事件によりまして救わねばならぬ、不均衡の是正をしてやりたいと思うものについては、ひとつ手落ちなく調べあげて個別恩赦にかけて救済の道を考え、不均衡を是正する。これは行刑上当然の任務であるように私は考えます。その方向の道で不均衡の是正をしていきたいと、こういう大体方向になっておるわけでございます。
#66
○鈴木強君 個別恩赦、恩赦によって救済していこうということについては、後ほどもう少し詳しくお伺いしたいのですけれども、要するに、大臣のおっしゃるように、四月四日以前にさかのぼって無効の効力が及ぶかどうかというこの判断ですね。あなたは前段のそういう意見も有力な一つの解釈である、当時そうでしょうね。それから同時に、後段でお述べになりまして、結局そのほうに法務省の態度がきまったという、四月四日以前の刑法二百条というのはこれは合憲であるという、そういう考え方に法務省は残念ながらきまったように私は思うのですね。そうであれば、恩赦をするということについても、合憲のものを恩赦をする必要はないでしょう、これは。極端に言ったらそうなりますよ。ですから、昭和二十五年に尊属殺合憲なりという判例が一回ありますよね。ですからそこまでは憲法上一応合憲という判断があったのですからいいとしても、四月四日から昭和二十五年のあの判決までは遡及して無効であるという解釈もこれは当然成り立っていいと思うのですね。ところが、法律解釈上はそれができない。そこで、何か窮余の措置で何とか救わなきゃ相済まぬというので、恩赦の道を、個別恩赦の道をとられるということだと思いますけれどもね、その辺は論理的に矛盾がありますよ。何で合憲のものに恩赦をやるのですか。国の慶事も何もないときに、そういう恩赦なり憲法なりによって恩赦はやられるわけですけれども、やることについても厳密に言ったらおかしいじゃないですか。そういう論理になりますね。ですからこの辺は法務省、大臣が後段の意見にまとまったとおっしゃるのですけれども、その辺、ちょっと理解に苦しむわけですよ。
 それから、さっきも別件逮捕の問題だとか、あるいは官尊民卑のお話がございました。私は伺っておって、他党のことですから関連もいたしませんでしたけれども、どうも大臣は非常に進歩的な国民の人権ということを最高度に考えてやっておられる。私は非常にりっぱだと思うのですね。官尊民卑という、ことばの表現はいろいろ後藤先生とやりとりがございましたが、そのことばの使い方はとにかくとしても、あなたのおっしゃっている考え方というのはぼくは全面的に賛成ですね。別件逮捕についてもそうであるならば、法務大臣としていま最高の権限を持っておられるわけですからね。ですから、それは検討するとおっしゃるのですから、それを私が検討しないですぐやれということを申し上げるのはこれは少しどうかと思いますけれども、考え方としては、そういうものであればいっときも早く直したらいいんじゃないでしょうか。もう別件逮捕はおかしいのだということであれば、それもちゃんと法律的に改正をしていく。それから、もう官尊民卑的なそういう思想がもし入っているとすれば、当然に、請求しなくても支払ってやれるような道を講ずるのがやはり大臣の私は決断じゃないかと思うのでございますけれどもね。まあそうは言っても、まだその決断に至らないので検討させてくれとおっしゃるのでしょうから、私はいまの段階では一応大臣のお気持ちをよく理解しておきますけれどね。やはりもう一歩前に出て、いいことはどんどんと、国民のためになることはやってもらいたいと思うのです、改正を。それは、法律というものはさめたら未来永劫変わっちゃいかぬということはないのですから、世の中変わっているのですから、その変わっている世の中にマッチするように法律をつくっていくのが、これはわれわれの仕事でしょう。政府の仕事でしょう。これはわれわれだって立法権がありますしね、政府にもあるわけですから、そういうことはお互いに遠慮なしにやればいいんだと思うので、私たちも、やらないで大臣にそういうことを言うのは少し矛盾しているかもしれませんけれど、まあ本来的に大体政府が日本の場合には立法するというような立場にあるものですから、われわれも大いに勉強しますけれど、そういうようなことを感ずるわけですよ。ですからこの場合でも大臣の前段におっしゃったような考えが受けますよ、これは確かに。
 そうすると、いままで取り調べをしてきた人たちは、四月四日までは合憲ということで来ているんだから、それを遡及してやるなんということになったら検察関係の諸君は全くお手上げでということになるんだと思うんです。だから大臣がしろうとだと別ですけれども、少なくとも実務家であり、その面のエキスパートだと私は考えておりますから、その大臣が、さっきもおっしゃったように、筋の違ったことを言われました。まさにそうでしょう。そう思えば、この非常上告についても、思いつきで私はあのときにあなたがおっしゃったと思いません、筋があってやっぱりおっしゃったことでしょうから、そういうふうに私は考えでいるものですから、若干論理の矛盾というものを強く感ずるわけですよ。ですから法務省の見解に落ち着くまでには、大臣の御意見も十分に発表されて、その上でのそことだと思いますけれども、大臣は最高の責任者でございますから、国会における御発言等がやっぱり現実に実行されていくような、実行力のある御発言もわれわれは期待したいと思うわけでございますけれどもね。
#67
○国務大臣(田中伊三次君) いまのおことば、よくわかりました。わかりましたが、おことばの中に、過去有効だと、二百条の過去の裁判を有効だとするならば、有効な判断に対してなぜ一体−個別恩赦をするのはおかしいじゃないかというおことば、なるほどそういうことになろうかと思いますが、不均衡なんですね。有効な裁判は有効な裁判としても、きのうまでの裁判は二百条で厳罰だ、判決があった本日以後の裁判は、二百条は無効になって百九十九条の普通殺で裁判が行なわれるのだということ、不均衡ですね、形式的には。形式的には不均衡−不均衡のない場合もありますが、不均衡のある場合もある。そういう不均衡の是正ということを行刑的に考えてみて、これはどうするかというと、非常上告の道がないとするならば、いまの現存する制度では個別恩赦以外にない。これならある程度やれると、これなら、わかりやすく言えば、妙なことばですけれども、やってもいいし、やらいでもいいわけで、やらぬでもいい事件もあれば、やらねばならぬ事件もある。やらねばならぬ事件を克明に調査をして恩赦をするということで不均衡を是正したい、こういうことでございますので、おことばをとらえて理屈を言うようで申しわけございませんが、有効なる裁判になぜ一体個別恩赦が必要なのかと、こうおしかりをいただいているように思うのでちょっと申し上げるのでありますが、そういう気持ちで行き過ぎた刑だけを是正していきたい、不均衡だけを是正していきたい、こういうふうに考えておるわけでございます。
#68
○鈴木強君 もちろん合憲の判決であっても、恩赦というのは、合憲の判決に対して減刑をしたり、刑の執行を免除したりするわけですから、これはそういう意味においては私は異議があるわけでもないし、大臣と何も違ったことを言っているわけではないんです。ただ、恩赦というものの性格ですね、要するに。これは憲法七条に「天皇の国事行為」として、恩赦ができるわけでしょう。その場合に「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。」その六に「大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。」こうございますね。したがって「内閣の助言と承認により、」というその助言と承認は一体どこに根拠があったかということですね、要するに。恩赦というものは大体国の慶事とか、そういうときにやるわけでしょう。したがって、今回の場合は特にこれを恩赦にして、個別恩赦で救わなければならないという理由は、確かに四月四日以降はこれは二百条は無効になりますね。しかし四月四日以前の現に判決を受けた人たち、刑の確定している人たちですね、この人たちは、合憲の裁判であり、判決であり、もう一切動かすことはできないという、そういう態度を持っているわけでしょう。それに、特に今回、国の慶事でも何でもない場合に恩赦を発動して、そしてやらなければならぬという理由は何かということですよ。大臣のおっしゃるように、遡及できないからやむを得ず、情状酌量という意味ですかね、意味かわかりませんが、やるんだというふうに私は理解すればできるんですけれども、その辺の論理の結びつけというのは非常にむずかしいのじゃないでしょうか、厳密に言いますと。ですから法律的に適法であるならば、それは普通の恩赦の場合は私たちわかりますけれども、この際はこれに限っておやりになるということがよくわれわれに理解できないから、その辺をもう少しわかるように説明してもらいたい。
#69
○政府委員(安原美穂君) 恩赦の制度は、ただいま鈴木先生御指摘のように、国家の慶事、あるいはこの前に、具体的なものとしては敗戦というようなときにいわゆる政令恩赦という形が、一般的に恩赦をするということが国家の慶弔の場合には行なわれておりまするが、本来恩赦というものは、そういう政令恩赦のように一般的に行なうのではなくて、個別恩赦が原則であるというのが世界的に恩赦制度の基本でございます。その場合におきましては、いろいろの事情で、本人の改過遷善のために、その後の情状等を見て個別に赦免しているということ、そのほかに判決の、いわゆる刑罰の社会的不適応性というような基準で恩赦をやることがある。つまり判決をしたときの情勢においではそれは適法であり妥当であったが、その後の社会情勢の変化、価値観の変化によって、かつて行なわれた有効な判決の結果が社会的に不適応を生じておるというようなときに恩赦をやるということが恩赦の一つの有効な作用としてあるわけです。
 今度の場合、したがいまして、かつては合憲な法律によって有効に成立した裁判につきまして昭和二十五年合憲とした最高裁の判決が、その後の社会情勢の変化を踏んまえて今日に違憲とされたという情勢の変化というものに、かつて有効、合憲成立した裁判が不適応な状態を生じておる。先ほどの大臣がおっしゃいました不均衡が現実に生じておる。そういうものを救う道としては恩赦による制度しかないという結論でございまして、非常上告ができないからではなくて、非常上告はできないのでありますが、別途、そういう社会的な刑罰の不適応性ということから、恩赦という制度が最もこの際における妥当な不均衡を是正するという手段だということで、われわれとしては恩赦によって不均衡を是正していくということになったのでございます。
#70
○鈴木強君 恩赦の場合、憲法なり恩赦法なりを読んでみましても、なかなかどういう場合にやるかということが明確になっていないですよね。そうですよ。ですから、これは一にかかって政府の助言と承認によって天皇陛下が国事行為としておやりになるということであって、いま刑事局長のおっしゃったようないろいろの個別恩赦の問題も一般常識としてわれわれは知っている。しかし法制的にも若干、その辺は非常に不明確でございまして、ですから今度の場合でも、厳密に言ったら天皇の国事行為として、恩赦法によって、二条なり、四条なり、六条なり、八条なり、九条なりによるそれぞれの措置をやるということになると思うのですがね。ですからその辺が、非常に何か個別恩赦でやるのがあたりまえだというそのことを私たちも一般常識的にはわかっておりますけれども、そういうことだって別にどこにも書いてない。あるのですか。どうもそういう点が、政令の定むるところにあるというのであって、政令というやつは政府が、われわれの国会の議決でなくて、おつくりになることですから、そういう政令があって、その政令によってどんどんどんどんおやりになるということだと思うのでありますが、しかし流れている思想というものは、いま私が申し上げたようなものが恩赦のやり方でしょう。考え方でしょう。ですから、非常上告をするのはできない、そういうことはやるべきじゃない。ただし刑量の不均衡というものを考えておやりになる、こういうことがそうすると助言の内容なんですか。
#71
○政府委員(安原美穂君) 鈴本先生も御承知と思いまするが、恩赦には政令恩赦と個別恩赦がございまして、第二条に、「政令で罪の種類を定めてこれを行う。」という政令による大赦、あるいは減刑につきましても、政令でやる場合がありますが、そのほかに特赦という第四条の規定がございますが、特定の者に対してこれを行なう場合は減刑にもございますというふうに、大別していわゆる政令恩赦と個別恩赦がある。今回はその個別恩赦の規定によってやるのが相当であるということで、もちろん法務大臣が中央更生保護審査会で審査をいたしまして、内閣に申し出をして、内閣で閣議決定をいたしまして、天皇の認証を得るという形をとっているわけです。御指摘のように、どういう場合に恩赦を行なうのが相当であるかということは、この恩赦法の規定からは必ずしも明確ではございませんが、アプリオリに、私どもとしては、国家の慶弔に際して行なう政令恩赦のほかに、個別恩赦としては、今度の場合のように、合憲、適法とされていた判決がその後の社会情勢の変化によってその適用条文が違憲とされたことにより、かつて有効、合憲に成立した判決が社会的不適応の状態を生じておるということで、その是正を恩赦という道ではかる。それは恩赦法の当然に予想しておるところだ。いわば法律の変更がその後にあったというのと同じように考えるべきだというのが私どもの考えでございます。
#72
○鈴木強君 私も何も恩赦に反対しているわけじゃないんですよ。ただ、恩赦というのは非常に厳密なものであると思うんですね。したがって、道筋をはっきりしていただきたいということを私は申し上げた。というのは、やはり大臣の御発言もあったりするものですからこんがらがっているんですよ、これ。大臣の御発言どおりにいっていればこれはりっぱなものですよ、これは。ところがそういかなかったから少しこんがらがりが出てきた。したがってそれを解かなければいかぬので私は伺っておるのです。ですから、二百条というものは明らかに無効であるということを政府も認めているわけです。法務省もはっきり認めた。四月四日以降は刑法二百条は無効である。そうでしょう。したがってその上に立って、四月三日以前に判決で確定しているものについては政令恩赦によって救済をするんだ、こういうことですね。まあそういうふうに私は理解しておきましょう。そこで、大臣がもうひとつおっしゃっておった中に、「刑法二百条関係の一連の法律、これは現行法でございます。この現行法は、ときあたかも刑法改正の審議が長年月にわたって継続されておる現状でございますから、このときにあたってこういう判決が出されたということは、この刑法の二百条をめぐる関係条文というものはすみやかに改正をしなければならぬのではなかろうか、」、こういう御発言が、御答弁がございますね。
 そこで伺いたいのですけれど、第一点は、違憲判決によって法務大臣の諮問機関である法制審議会、ここでいまいろいろと刑法の全面改正作業を進めておられますが、まだ結論を得てないようですね。しかしそうであっても、この刑法二百条というのは、これは事実上機能は停止、無効になっているわけですから、これをすみやかに削除するという刑法の一部改正法案を国会に出すという、このことについては異議がないと思いますね。
 もう一つは、これに関連する、尊属殺と同様な重罰規定が課せられている刑法二百五条の二項ですね、尊属傷害致死罪、それから刑法二百十八条二項の尊属保護者遺棄の遺棄罪、それから刑法二百二十条の二項の尊属逮捕監禁罪、これについては、大臣のおっしゃった一連の法律改正ということにはこれが含まれていると私は理解するんですね。ところが判決をよく見ますと、この面については八対六で、最高裁は多数意見で、重罪規定を設けること自体は差しつかえない、こういう見解を述べておられますね。述べておられる。そこでちょっと私は疑問に思うのは、その辺が大臣のこの一連の法改正の中に入っているとすればけっこうなことだと思うのだが、こういう最高裁の八対六の多数が尊属殺の重罰規定を設けることは違憲でないと、その他の三条についてはですね。というものがありますから、大臣と御所見がちょっと違うわけで、その点がどうなるかということが一つです。それからもう一つは、いまの刑法改正の中に、たしかもう百条というのは確かに削除されておったと思いますね、これが一つ。それからあと二百五条の二項の傷害致死罪等についても、たしかこれは新しい刑法改正の草案の中にはいずれも削除されているように思うのですね。そうなりますと、これは最高裁の多数意見と違ってくるわけですね。これらの辺をどういうふうに処理していこうとするのか。大臣の御発言との関係で、この三点についてちょっと伺いたいのです。
#73
○国務大臣(田中伊三次君) 方針がすっかりきまりまして、そして国会にこれを提出するという段階に至っておりませんので、目下検討中の段階でございますので、たいへん申し上げにくいのでありますが、せっかくのお尋ねでございますから申し上げますと、この二百条並びに二百条の関連の条文というものを削除をしてしまう、これがまあ一つの行き方でございます。もう一つの行き方は、削除でなしに、残すのだけれども内容を改正する。たとえて言うと、現在の二百条は、親を殺した場合においては無期と死刑以外にございません。どのようにもほかに道はございません。法定減軽、酌量減軽という二つの減軽をしていくこと以外には道はないわけです。したがって、法定減軽をいたしますと無期懲役が七年まで下げられる。その七年に対してさらに情状減軽をいたしますというと、その二分の一ですから三年半まで下げられる。しかし、親を殺した場合は刑法二百条の明文に基づけば三年六カ月以下は下げようがない。どんな悪逆非道な親を殺しました場合でも三年六カ月が最低で、三年以上でございますから執行猶予にしようがない、刑務所につながねばならぬという事態が起こるわけでございます。そういうことになりますので、これを裁判所の多数意見のように、親を殺したる者は六年以上、死刑に処すというかりに明文をつくって、下限を引き上げる、下限を引き上げるというよりは、二百条の条文から言いまするというと、下限の無期を六年におろす、これを六年までおろしてくるという改正をかりにいたしますと、救うてやろうと思う場合には執行猶予になるのですね。そういうことでしょう。懲役三年、ただし刑の執行は猶予してやると、こう言うてやれば一ぺんに助かるわけです。それなら差しつかえがないというのがいまお読み聞けになった裁判所の御判断の一つなんですね。ですから二つの意見があって、削除をしてしまえという意見と、そうでなしに改正すればいいじゃないかと、無期、死刑というのを六年以上、死刑にすればいいじゃないかと、こういうふうに改正をしたらよかろうという、削除意見と改正意見と二つの意見がたいへん有力な意見としてあるわけでございます。これはいずれをとるべきかということを目下検討しておるという段階でございます。大体の傾向を申し上げますと、やはり削除がよいのではなかろうかという意見が多数意見として強いのでございます。
 ただ、一つの見解は、一体何か、親を殺しても普通人殺しと同じように扱うのか、親を何と心得ておるかという問題は一つあるのです。そういう問題が一つある。法律論ではございませんが、一つの非常に大事な、わが国の親子関係という、純風美俗という大きな、私たちの日本社会の規範というものに照らして見ますというと、親を何と心得ておるかという問題は確かにございます。これらの問題は、かりに削除をしてしまっても、刑法百九十九条が適用されるんで、刑法百九十九条は三年以上、無期、死刑にまでいけるんです。この条文を適用して死刑にしようと思えばいけるじゃないか、二百条がなくたって百九十九条で十分あり余っているではないかという判断が一つの判断でございます。で、もう一つの判断は、それは親を何と思っとるかということはごもっともだけれども、親子の関係という大事なわが国の純風美俗を親殺しの刑法で守ってもらわいでもいいじゃないか、そんなもので守ってもらわいでもいい、親子の関係を守る、純風美俗を守るということなら民法があるじゃないか、刑法のお世話にならいでよかろう、こういう考え方でございます。刑法のお世話になって守らねばならぬような低いモラルでないはずだ、もっと高いものなんだ、法律をこえたものだ、親殺しの刑法のお世話にならなくとも、親子の純風美俗というものはりっぱにわが国においては育っていくんだ、それは要らぬお世話だ、こういう意見も有力な意見として一つございます。私なんかはそれをもっともとしておるほうなんです。いろいろ意見はございましょうけれども、そういうところからきっぱり削除をしてしまえと。
 一体、憲法は人間平等ということを言っとるんですから、人間平等のねらいは、夫婦平等と親子平等ということがねらいでございます。日本には奴隷制度というものはございませんから、それがないとすれば、もう夫婦平等、親子平等と、こういうことでございます。ちょっと私の行き過ぎた意見でありますが、信念どおりのことを言いますと、今日なおどうも日本の国内には、妻は夫に隷属しておる、子は親に従属しておるという、この親子、夫婦の考え方がいまだにその残滓が残っておる。そういう残滓から言いますとどうもこの条文がおかしいということにならざるを得ない。でも、それはこんりんざい憲法で否定してるんだと、親子は、文字どおり親子の関係というものは平等なんで、夫婦の関係というものは文字どおり対等のものなんだと、残滓は一切ないんだと、こういう考え方から言いますと、普通殺人事件というものがあるのに親子の殺人に適用する二百条というものは、この刑法上残滓ですね、これは。昔の親子関係、ちょんまげ時代の親子関係の残滓である、こういうふうに考えられる。夫婦のほうはちゃんと直って対等になっております。親子の関係だけ残っておる。もっとおかしい関係を考えてみますと、人間平等の原則ならば、子が親を殺して二百条の適用があるんならば、親が子を殺しても二百条の適用はあるべきものだと。おかしいですね、この点においても。ですから、こういうややこしい刑法の条文はこういう機会に削除をしてきれいさっぱりするがよかろう。いろいろ異論はあるようでございますが、そういう意見に私は腹の中では実は賛成をしておるのでございます。そして、すっぱり削ろうという方向でまあ努力せいと。
 しかし、国会は法務省じゃないんだから、法務省がどういうということをあんまり押し売りすることはまかりならぬ。皆さんの御意見を聞いていかなきゃならぬのだから、関係各省の意見も聞き、そして、まあ自由民主党という与党をかかえておるわけでございますから、自由民主党の、与党の意見も聞くことが慣例であるから、慣例によって与党の意見も聞けよということで、現在聞かしておるわけであります。まだ意見がまとまっておりませんが、大体そういう経過をたどりまして、今日、改正をすべきか削除をすべきか、まあ広い意味における二百条改正問題をめぐりまして目下検討を続けておるという段階でございます。
#74
○鈴木強君 大臣のおっしゃる考え方は私もよくわかります。ただ、現に違憲なりという判決が下されたわけですから、ですからこの際は、私は、迷うことなく、さっき刑事局長がおっしゃったように時代の変遷ですよね、世の中の移り変わりというものの中で、一度は合憲だというものが今度は違憲だと出ているわけですから、その辺をもう少し政治家も、それから行政官もこれは学ぶべきだと思うのですよ、私は。明治十三年に公布された刑法でしょう。その当時というのは、親とか祖父母とか、そういうものに対してはやはり本刑のほか罪一等を加えるという、そういう思想から出発しているのですよ。戦後、新しい憲法の前に、昭和二十一年に改正されたときでもやはり、皇室に対する罪だとか姦通罪というような非民主的な規定は廃止されたのだが、この分だけはやはり残されてきている、そういう経過がありますね。ですから、確かに子が親を殺すとは何事だという、大臣のおっしゃったそういう考え方は、おそらく教育勅語で育った年配の人たちの中には多いと思うのです、私たちも教育勅語で育てられましたからね。子供なんというものは親に対しては絶対だという、そういう間違った考え方を持っている人がたくさんいますよ。しかし、これは世の中変わってきているわけですから、そういう考え方は私は間違いだと思う。やはり平等ですよ、子も親も。そういう意味で、新しい時代に即応する最高裁の判決というのが出た以上、いまごろそういう古い明治十三年、この刑法が公布された当時のような思想を持ってみたって、これは時代にそぐわないと思いますよ。
 だから私は、大臣のこれを削除しようという考え方は賛成ですよ、これは。百九十九条があるじゃないですか、これ 普通殺に切りかえていけばいいじゃないか。尊属殺に重罰を科することは憲法違反だという判決が出たのに、まだ昔のことを言ってやっている人たちに振り回されたのではしようがないですよ。勇気を持って私はやはりやるべきだと思う。大臣を支持しますよ、私は。これは憲法学者だっていろいろいままで論議してきたことだし、最高裁もずいぶんと悩み、苦しみ、いろいろと検討されてきたことと思います。その結果が今日出てきたわけですから、それをひとつとらえていただいて、勇気を持ってひとつやってほしい、こう思うのですよ。
 ですから、いまのところ二百五条の二項でも、二百十八条の二項、二百二十条の二項については検討しているということであって、しかも二百条までが、内容を変えればいいじゃないかという意見があることを聞いて、私は不満に思いますよ。ですから、新しい、あなたの諮問機関である法制審議会がいろいろ長年にわたって――しびれをきらすくらいわれわれは長過ぎるように思うけれども、しかしこれは大事なことですから、その成り行きをわれわれは見守って、いい結論が出ることを期待しているわけです。大体その草案を見ても、さっき言ったように二百条にしても、あるいは関連の規定にしても、それぞれ削除するというような方向に来ているわけですから、まだそれに最高裁判所の判決があったのでありますから、鬼に金棒だと思いますよ。ですから、いろいろと旧思想に立ってお考えになる方もこれは現実にあるわけですから、そういう人たちの意見を問答無用ではねのけることはできません。したがって、その方方にも時代の流れを理解していただいて、そうして新しい時代に即応する刑法というものにしていくように、それによって運営されていくようなことを私たちも考えたいと思うし、大臣もぜひひとつ力一ぱいがんばってもらいたいと思います。その点はいいでしょう。
 それから、ちょっと事実関係だけ、資料があったらお示ししていただきたいのですが、尊属殺人罪ですでに刑が確定をして服役中の人はどのくらいいらっしゃいますか。
#75
○説明員(岩崎隆弥君) これは判決がございました四日現在の調べでございますが、尊属殺人――これは未遂を含みまして、現在服役しております者は総数百五十名でございます。内訳を申し上げますと、無期懲役が四十二名、有期懲役が百八名、かようなことになっております。
#76
○鈴木強君 死刑の方は、これはおらぬのですか。
#77
○説明員(岩崎隆弥君) 死刑が一名おりますが、内訳を申しますと、これは併合罪の関係でございまして、尊属殺では無期懲役が選択されておりまして、別件の強盗殺人で死刑になっております。したがって、ただいまの数には入れておりません。
#78
○鈴木強君 無期四十二名はわかりましたが、有期百八名のこの刑量別にはわかりますか。これはもし時間がかかるようだったらあとで……。
#79
○説明員(岩崎隆弥君) この百八名につきまして、簡単に申し上げますが、懲役七年をこえる者が八十一名でございます。それから七年の者が十一名、懲役三年六月をこえ七年末満の者十名、懲役三年六月の者六名、大筋かようなことになっております。
#80
○鈴木強君 それから、仮保釈をされて保護観察中の人はどのくらいおりますでしょうか。それから刑期を終わってしまった人ですね、こういう人たちがどのくらいいるか。それから刑法を施行されて以来今日まで、尊属殺によって死刑を執行された人はどのくらいおりますか。
#81
○説明員(横山精一郎君) 保護観察所におきまして現在保護観察中の事件は、総数にしまして七十七件でございます。その内訳を申し上げますと、無期懲役刑で保護観察中のものが三十三件、有期懲役刑で保護観察中のものが四十四件ございます。なお、刑期を終えまして、その後の保護観察に付されていないものにつきましては、その数は把握しておりません。
 以上でございます。
#82
○鈴木強君 死刑執行された人は。
#83
○政府委員(安原美穂君) 死刑の執行の関係で、現行刑法施行後ということになりますと、資料が完備しておりませんので、正確な数字がわからないのは申しわけないところでありますが、新憲法施行後刑法二百条で死刑の執行をされた者の数は三名でございます。
#84
○鈴木強君 刑期を終わった方が何人おるかというのを伺ったんですが、これは把握してないというお話ですね。これは調べたらわかりますか。いますぐここでお答えいただくことはむずかしいと思うんですけれども、われわれはいろいろと参考にしたいんです。ですからもし、たいへんでしょうけれども、これは調べればわかるわけでしょうね。わかるわけでしょう。できますか。
#85
○説明員(横山精一郎君) ただいまの御質問ですが、何年からのものということになりましょうか。要するに終戦後現在までということになりますと、これは相当数の数になりますので、調べても必ずしも明確なものが出るかどうかちょっと断言しかねると思いますが……。
#86
○鈴木強君 要するに刑法二百条によって尊属殺として刑を受けた方ですよ。それはわかるでしょう。これはいま無期懲役になった方だってこうわかるわけですからね。これは私は簡単に、いまコンピューターの時代ですから、コンピューターが法務省になければこれはしようがないことだけれども、これはわかるでしょう。調べたらわかるでしょう。
#87
○説明員(横山精一郎君) 調べればはたしてどの程度のものが出るかどうか、ちょっとここで即座にお答えはできませんが、検討してみたいというふうに思っております。
#88
○鈴木強君 これはあなたのほうから前に聞きに来たから、私もこれは時間がかかることだろうから調べておいてほしいということでお願いしておいたんです。ですから、国会でわれわれが審議の参考にするためにこれは大事なところですからね。尊属殺として刑法二百条によって重い罪を科せられて、そしてその刑期を終わった人たちがどのくらいおるのかということを知りたいんですよ。だから調べてほしいというのだから、もっと気持ちよく調査して、資料を出してくださいよ。
#89
○説明員(横山精一郎君) 私のほうも、できるだけ調査して調べてみたいというふうには思っております。
#90
○鈴木強君 これは大臣、一行政官ですから私はとやかく言いませんけれども、少しわれわれに対するお答えとしては不適切ですよ。われわれがお願いした場合、普通はどういう努力――これは私、そんなに法務省がひっくり返るような調査じゃないと思いますよ、これは。資料はわかると思うのです、私は。だから時間がかかってもいいと言っているのです。いいからこれらの要求について出してくれと言っている。大臣からはっきりひとつ答えてください。
#91
○国務大臣(田中伊三次君) 事務の立場を申しますと、なかなかこれは時間のかかるもので、むずかしい調査だという観念が頭にあろうと思います。しかし、時間がかかってもいいと先生仰せになっていることでもありますので、十分力を入れまして数字の調査もさせまして、必ず御報告をいたします。
#92
○鈴木強君 それから、さっき恩赦のことがちょっと途中で出ましたが、個別恩赦で救済する、政令恩赦ですね。ということに御方針をきめられたようです。そこで、全国の検察庁あるいは刑務所、拘置所、保護観察所等の関係機関に対して、中央更生保護審査会に該当者を申請するように法務省は指示をなさったと伺っているのですが、その指示の内容というのは相当長いものですか――そこで、もし明らかにしていただけるならば明らかにしていただきたいと思うのです。
 それから、実施の時期は一体いつから実施しようとしているのか、その点ひとつ教えてもらいたいのです。
#93
○説明員(横山精一郎君) ただいまの点につきましては、昭和四十八年四月十八日付をもちまして、法務省刑事局長、矯正局長、保護局長と、三局長から、上申権者であります検事総長、それから検事長、検事正、拘置所長、刑務所長、少年刑務所長、保護観察所長に対しまして、職権上申についての配慮方について通達がなされております。それをここで読み上げてみます。
  このたび、最高裁判所において、尊属殺の罪
 に関する刑法第二百条は、憲法に違反し無効で
 あるとの判断がなされた。今回の判決の趣旨は、
 多数意見によると、刑法第二百条は、その法定
 刑が死刑及び無期懲役のみとされ、いかに酌量
 すべき情状があっても重い刑を言い渡さなけれ
 ばならないとしている点で、普通殺人の罪に関
 する同法第百九十九条の法定刑が三年以上の有
 期懲役をも含んでいるのに比し、不合理な差別
 を設けるものであるか5、憲法第十四条に違反
 するというものである。
  したがって、同法第二百条に規定する罪によ
 り刑に処せられた者のうち、酌量すべき情状が
 あったにもかかわらず、法定刑が死刑及び無期
 懲役のみであるため、重い刑を言い渡されたと
 認められるものについては、その是正方を個別
 恩赦(減刑又は刑の執行の免除)により配慮す
 ることが望ましいと思料される。
  ついては、この種の事案に対する適正、かつ、
 公平な取り扱いを期するため、上申権者におい
 ては、本人から出願のあったもの以外の各事案
 についても、関係機関との緊密な連絡のもとに、
 その犯情のほか、行状、犯罪後の状況等を勘案
 のうえ、恩赦相当と認められるものについては、
 できるだけすみやかに職権により恩赦上申手続
 をとられるよう特段の配意を煩わしたく、命に
 より通達する。
 というような内容のものです。以上です。
#94
○鈴木強君 その通達を拝聴しますと、たとえば減刑をどういうふにするとか、そういうふうな裁量はすべて当該の、拘置所であれば拘置所の所長さんとか、さっきいろいろ読み上げられた刑務所の所長とか、そういう方から中央更生保護審査会のほうに上申をすることになると思うのですけれども、その基準というものは何かもう少し明確に示しておられるのですか。政令の中にそういう一つ一つ、たとえばこういう刑の場合にはこれこれにしろとか、こういうものはこうしろとかいうことがあるのでしょうか。そこまで規定されておるとすればあれですけれども、全くこれは個人の責任者の判断によってやられるということになると、かなり差があると思うのですけれどもね。段差が出てくる、格差が出てくる危険性がある。その辺は一体どういうふうに調整するのですか。もしせっかくやった恩赦が、同じような十年が、一方は八年になり一方は七年になったというようなことでもこれは困るわけですから、それは刑の内容にと事件の内容にもよると思いますが、その辺はもっとしっかりした基準というものを示さなければいかぬのじゃないでしょうかね。
 それから、それによるとなるべくすみやかにということですけれども、それは遡及してやるという趣旨があるのですか。いつ、何月何日付によってやるとか、そういうことはないのですか。
#95
○説明員(横山精一郎君) 期限については特にございません。できるだけすみやかにということでございます。
#96
○政府委員(安原美穂君) それから、先生御心配の、各上申権者にまかせてあるとすればアンバランスが生ずるじゃないかという御心配は、確かにそのとおりでございますので、本省、法務局、矯正局におきましては事前に関係者を集めまして大体の打ち合わせをやりますとともに、最終的には中央更生保護審査会で決定するものでございまするから、あそこの者は減刑になったがこちらは減刑にならなかったとかいうようなことは、最終的には中央更生保護審査会の審査にかかるわけですから、結論としてアンバランスは出ませんが、その持ち出す段階においてアンバランスが出ないように、十分に公平を期するように、打ち合わせ等をやり、また中央からも現地に行きまして指示する等の配慮をいたしております。
#97
○鈴木強君 それから、いまの措置によって、たとえば尊属殺容疑で取り調べられている、それが未決の場合、起訴されない前に取り調べられた、こういう方々に対しては、検察当局に対する一つの方針というものはやはり別に出されておると思うのですが、その点はいかがですか。
#98
○政府委員(安原美穂君) 御指摘のとおり、この判決が出ました直後、その日に、最高検察庁から、具体的な事件の処理方針といたしまして、最高裁で違憲の判決が出たその趣旨を尊重して、今後はこの二百条を適用しないで、すでに検察当局におきましては、尊属殺人の事案についても、普通殺人に関する刑法百九十九条を適用して捜査及び公訴の提起をし、また裁判所に係属中の事件については、罪名及び罰状を刑法百九十九条に変更することとするような処置をとるように、という指示が最高検からなされておりまして、その報告を受けております。
#99
○鈴木強君 これで私終わりますが、最後に、大臣にちょっと私の意見も申し上げておきたいんですけれども、いまの恩赦の扱い方についても、私が指摘をいたしました点は相当の配慮をされておられるようですから、万々間違いはないと思いますけれども、しかし、なかなか、中央更生保護審査会が審議する場合でも、その出てくる案件、事件の内容その他についてもいろいろとあると思いますけれども、問題は、早くやって差し上げていただきたいんですよ。裁判もだいぶ長くかかり過ぎるという批判も出ているんですけれども、特にこういう場合は、的確に、申告する権利を持っている人が、申告権者というものが早く申告する、そしてそれに対して的確なひとつ審査会のほうで判定を下していただいて、一刻も早く減刑ができるように、格段のひとつ配慮をしていただきたいと思います。
 それからもう一つは、いま取り調べられている方々に対しても、いまの通達の御趣旨を体して間違いのないようにひとつしてほしい、こういうことを切に願うものですから、これをお願いして、大臣の所見を承って、終わりたいと思います。
#100
○国務大臣(田中伊三次君) 御趣旨に沿いまして最善を尽くすことにいたします。
#101
○委員長(原田立君) 本件に対する質疑は本日はこの程度といたします。
    ―――――――――――――
#102
○委員長(原田立君) この際、参考人の出席要求に関する件についておはかりいたします。
 刑事補償法の一部を改正する法律案の審査のため、参考人の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#103
○委員長(原田立君) 御異議ないと認めます。
 なお、その日時及び人選等につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#104
○委員長(原田立君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後一時十六分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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