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1972/06/07 第71回国会 参議院 参議院会議録情報 第071回国会 法務委員会 第9号
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1972/06/07 第71回国会 参議院

参議院会議録情報 第071回国会 法務委員会 第9号

#1
第071回国会 法務委員会 第9号
昭和四十八年六月七日(木曜日)
   午前十時二十二分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 六月六日
    辞任         補欠選任
     加瀬  完君     瀬谷 英行君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         原田  立君
    理 事
                後藤 義隆君
                原 文兵衛君
                佐々木静子君
                白木義一郎君
    委 員
                中西 一郎君
                吉武 恵市君
                鈴木  強君
                竹田 現照君
   国務大臣
       法 務 大 臣  田中伊三次君
   政府委員
       法務大臣官房長  香川 保一君
       法務省刑事局長  安原 美穂君
       法務省人権擁護
       局長       萩原 直三君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        二見 次夫君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○刑事補償法の一部を改正する法律案(内閣提
 出、衆議院送付)
○検察及び裁判の運営等に関する調査(人権擁護
 に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(原田立君) ただいまから法務委員会を開会いたします。
 刑事補償法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 前回に引き続きこれより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#3
○鈴木強君 最初に、大臣に若干刑事補償法の基本的な性格についてお尋ねをしておきたいと思うんでありますが、私は前回の原委員並びに白木委員の質疑を伺っておりまして率直に感じましたことは、大臣のおっしゃった官尊民卑的な残滓がこの法案の中に何かやっぱりあるような気がしてならないものですから、法制定の昭和六年以来の経過について少し詳しく勉強してみました。そうしますと、なるほど旧刑事法当時に国会へ提案された提案趣旨の説明などを聞きますと、全くこれは恩恵的な、与えてやるというような、そういう思想のもとに出発したことは事実でございますね。その後二十三年に新憲法下で新しく刑事補償法の内容が変わりまして、そして、大臣もおっしゃったように恩恵から権利という方向に変わってきていると思うんですね。しかし、そう変わりましても、実際にやってこられておる行政ベースの考え方の中にどうかすると官尊民卑的な考え方というものがそれこそ残っておって――残滓というのは、これは粒が残っていると言いますか粉が残っているとかそういう意味でございますから、そういうような傾向がなきにしもあらずということを痛切に私は感じました。
 それがすなわち、たとえば無罪になって、その無罪になった者の中で実際に刑事補償を請求される者が二割ぐらいだとおっしゃいましたですね。その二割のうちで九五%くらいが実際には補償されておるというようなことや、それから額の問題にいたしましても、いろいろ参考人なんかもおいでいただいて、この根拠について詳しくやってみたんですけれども、どうも昭和六年に一日五円以内でしたかね、という額がそもそもきめられたそのこと自体が非常に私にはよくわからないんです。その後、昭和二十四年に二百円以上四百円以内になり、三十九年に四百円以上千円以内になり、四十三年六百円以上千三首円以内になり、今度は下限六百円は据え置きにして上限を二千二百円にする。死刑の執行の場合も、昭和二十四年五十万円以内、三十九年に百万円以内、四十三年に三百万円以内、そして今度は五百万円以内と、こういうふうに変わっておりますが、いずれも算出の根拠が私にはどうしても理解できないんです。
 それで、こういう額から見ましても、はたして刑事補償法の、これは第四条の二項にあります、補償の内容がここにこういろいろ書いてございます。たとえば「拘束の種類及びその期間の長短、本人が受けた財産上の損失、得るはずであった利益の喪失、精神上の苦痛及び身体上の損傷並びに警察、検察及び裁判の各機関の故意過失の有無その他一切の事情を考慮しなければならない。」という中に「本人が受けた財産上の損失、得るはずであった利益の喪失、精神上の苦痛」、いわゆる一般的に言う慰謝料的なものもこの中には含まれているようにも思うわけでございますね。そうなりますと、はたして当時の五円からずっと、いま申し上げましたように何ぼかは上がってきておるわけでございますけれどもね。この根拠にしてみても、非常に一般常識から見て額が少ないような気もいたしますし、もう少しこの法の運用にあたって、それこそあたたかい気持ちでこの扱いができないものだろうかというような気が率直にしたものですから、たいへん恐縮ですけれども、もう一回ひとつ、これは大臣でもけっこうですし、刑事局長さんでもけっこうですから、法律の制定当時から、法律の精神はこういうふうに変わって、そして司法当局はこういうふうにしてきたんだという、そういうふうなことを率直に聞きたいような気がしてならないんです。ぜひひとつお聞かせいただきたいと思います。少し系統的にお伺いしたいんです。
#4
○政府委員(安原美穂君) 根本的な問題でございまして、まず金額の経過の前に、先ほど鈴木先生御指摘のように、昭和六年にできました刑事補償法は、おっしゃるように、当時の政府当局の答弁にも、これは国家の仁政である、つまり平たく言えば恩恵であるということでその立法がなされたのでございますが、現在の刑事補償法はそうではなくて、新憲法下におきます請求権という形で、恩恵ではなくてまさに国民の基本的な権利の一環として、請求権という形で刑事補償をするということになっている点は、旧法当時とは違う非常な進歩であると思うのでございます。
 そこで、現行法におきます刑事補償の考え方は、この前にも原先生にも申し上げたのでありまするけれども、憲法では、十七条に、公権力の行使が不法である場合における国家賠償の制度を請求権として認めるほかに、憲法四十条によりまして、「何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。」ということで、十七条がいわゆる公権力の行使に当たる者の故意過失による、公権力行使によって国民に損害が出たときの賠償請求権を認めたのに対比いたしまして、憲法の四十条のいわゆる刑事補償請求権は、公権力の行使に当たる者の故意過失を問わない。故意過失がなくとも、抑留、拘禁というたいへんな処置を受けた者については、その抑留、拘禁の性質にかんがみて、無罪になった場合には、抑留、拘禁そのもの、あるいは訴追行為そのものに過失はなくとも、つまり国家賠償法の請求のできる場合ではなくとも、抑留、拘禁ということと無罪ということとを含めて、故意過失がなくとも補償をしましょうというのが憲法四十条の精神でございます。
 そこで、私ども考えますのに、これはいわゆる法律哲学的に言えば配分的正義に基づく制度であるというふうに考えられるのでございます。いわゆる国家の司法制度、あらゆる制度がそうでございますが、司法制度もこれは国民全体の利益のために設けられておるものでございます。その司法制度の運用の上において、運用に当たる者の故意過失がない場合においては、原則としてそれによって利益を受けるのは国民全体でございまするから、それによって損害を受けた者はこれを受忍すべきではないか。その程度のことは国民個人は受忍すべきではないかということが一応言えるのであるけれども、このように抑留、拘禁をされてなお無罪になったという場合には、故意過失はなくとも、それを当該個人の負担にしないで、国民全体の立場においてその負担を、損害をある程度分配、分担しょうというところに、刑事補償制度のいわゆる配分的正義の論理があるのだと思うのでございます。つまり、本来制度によって利益を受けるのは国民全体、それはまたタックスペイアーというか税を負担する者全体の利益であるけれども、抑留、拘禁を受けてそして無罪になった者について、その個人にその損害を全部負担しおわせるということは、いかに司法制度が国民全体の利益とは言え、それを負担させておくことは、国民個人にとっての受忍の限度を越える。その限度を越える部分については補償ということで、たとえ国家機関の行為に不法、故意、過失がなくとも、負担するのが正義にかなう、配分的な正義、均衡の正義にかなうということで、この制度が設けられたものと私どもは理解しておるのでございます。
 そういう意味におきまして、いわばどの程度の負担をするかということは、いわば現実の損害の発生したということから来る損害の補てんではなくて、均衡の原理から言って、この程度の補償をすれば、均衡配分的正義としてはその程度で受忍の限度を越した者に対する補償としては足りるのではないかということから金額が定められてきておると、こういうふうに思うのでございます。したがいまして、基本的にはこれは損害賠償ではないという考えでございますので、そこにおのずから現実の損害を全部補てんする必要はないということが出てくるのであろうというふうに考えられるのであります。
 そこで、金額といたしましては、旧法当時におきましては五円以内、補償の基準日額は五円以内ということで昭和六年に発足したのでございます。そのときに、なぜ五円という金額になったということは、どうもいろいろ文献を調べましてもはうきりとはしないのでございまするけれども、旧刑事訴訟法がいわゆる未決勾留日数を罰金刑に算入いたします場合に一日を一円。罰金刑で未払いの場合に、未決勾留日数の換算をする場合に、罰金刑の場合には勾留一日を一円と積算したということが刑事訴訟法では明らかであるということ。あるいは当時におきまして証人の日当が二円以内であった。それから陪審員制度がございまして、いまは停止されておりますが、陪審員の日当が五円であったというようなことなどが考慮されたもののようでございます。つまり、五円は、当時における証人の日当の二円、あるいは未決勾留日数の換算、罰金刑に算入する場合の換算の額である一日一円、あるいは陪審員の日当の五円というものを考えながら五円というものが定められ、これによって一応先ほど申しました配分的正義というものは、均衡の関係から言って、この程度の補てんをすれば均衡の原理が保たれるということであったものと思われるのでございます。
 それでずうっとまいりまして、今度新たにこの現行法が新憲法下でできますときに、その基準日額が二百円以上四百円以下と相なっておるのでございますが、これは、当時この新法がつまり昭和二十五年にできますときには、いまのような横に並べてみた金額を見ますると、たとえば未決勾留日数を罰金刑に算入する場合には一日二百円となっておりました。先ほどの一日一円というのは、新法、現行法制定当時におきましては換算日額は一日二百円、これは現在四倍になっておりますが、八百円になっております。それから証人の日当は、二百円以上四百円になったときの証人の日当は百二十円以下でございました。陪審制度はなくなっておりますので、まあ当時二百円、四百円にするときの換算日額は、未決勾留日数の罰金刑算入の場合は二百円であり、証人の日当は百二十円であったということから見ますと、旧法当時に横ににらんだであろう罰金刑の算入の場合の一日一円あるいは証人の一日二円というのよりは低くはなっておらないということになるわけであります。
 そこで、そういうことでありまするが、現実に二百円、四百円というものは、そういうものを横ににらみながら、さらに当時におきます賃金が、旧法ができました当時に比しまして、昭和二十四年当時は約百四十九倍になっておった。あるいは東京の小売り物価は二百六十一倍、米の消費者価格は二百十三倍になっておるというようなことでございまして、そういう賃金とか物価の変動の倍率をかけますと、この五円にこの倍率をかけますと、二百円、四百円ではなくて七百五十円から千三百五円ということになるわけでございますが、賃金に比しまして生活費の高騰が著しいときでございましたので、補償の金額を物価騰貴の倍率に引き上げることは相当ではないであろう。賃金の騰貴率に応ずることが一応適当のようであるけれども――いや、賃金の高騰は生活費の高騰に引きずられているんであって、補償金というものは先ほど申しましたように必ずしも生活費の補償ではないというようなことで、必ずしも賃金の騰貴率に正確にスライドする必要もないということで、当時、つまり現行法の発足当時におきましては、その当時におきます国家財政の状態、あるいは当時におきます男子の工業従事者の平均賃金が一日三百七十四円であり、坑内夫の賃金が四百二十九円であり、交通業従事者の賃金が三百五十円であった。大体業種別に見たところの労務者の平均賃金が一旦二百五十二円であったというようなことを横ににらみながら、大体一日二百円以上四百円以下ということで補てんをいたしますれば、先ほどの均衡的正義にかなうのではないかということで、この現行法が二百円、四百円ということで出発した。その後は、鈴木先生御案内のとおり、賃金とか物価の上昇率を横目ににらみながら、必ずしもそれに正確にスライドはしないながらも、おおむねそれにスライドして今日に至ったというのが、大体の基本的な考え方と金額のきめ方の基本的な考えでございます。
#5
○鈴木強君 どうもね、御説明を伺っておりましてもね、旧法から新法に移り変わるその歴史的な経過というものと、それから司法当局の腹がまえというものがよくわからないんです。私には。あなたは昭和六年当時のお話をいろいろなさいましたけれどね、記録を見ますと、まあ古い話ですけど、明治三十三年に、岡田朝太郎博士というりっぱな方がありましてね、「冤罪者に対する国家の賠償制度」という意見を出されて、そういうのがきっかけになって、明治憲法下において旧法が制定された。しかし、そのときの司法大臣、これは昭和六年ですね、濱口内閣、第五十九回帝国議会のときですが、司法大臣の渡邊千冬という大臣が提案理由の中で言っている趣旨は、説明は、「国家が賠償スル義務モナシ、補償スル義務モナイノデアリマスケレドモ、国家八一ツノ仁政ヲ布キ国民ニ対シテ同情慰藉ノ意ヲ表スルノガ、此法律ノ精神デアリマシテ、国家が不法ナ何カノ事ヲヤッタカラ其賠償ヲ致スト云フヤウナコトハ、此法律ノ精神ノ中ニハ少シモ含マレテ居ナイノデアリマス」――これは全く官尊民卑もはなはだしい、いまの時代だったらこれはとても問題にならぬような、そういうふうな説明をしておるんです。しかし、立法府はこれに対してかなり抵抗しておりますね。で、法案の修正もなさっておる。その中に、長い間惨苦に耐えて取り調べを受け、不当に監禁されて、結果的には無罪になる。無罪ということは、故意過失が全然なかったということじゃないでしょう。無罪になった中には故意過失もあると思うんです。だから十七条の国家賠償法に基づく憲法上の並立請求というのが認められているわけですからね、必ずしも絶対、無罪で当局のあやまちがなかったということはないと思うんですね。
 そういうことを考えてみると、もう少し、当時の日当がどうだったとかこうだったとかいうことでなくて、こういう時代につくられた旧法というものは衣をかえてきたわけですよ。そして、これは昭和二十三年のときの法務総裁殖田俊吉氏の提案理由の説明を見ますと、刑事補償はそれが損害の補てんであるという点において国家賠償とその本質を同じくするものだと言っている。これは、どうですか。したがって刑事補償が国家賠償と異なるのは、国家機関の故意または過失を補償の要件としないことと、補償の額について定型化したということですね、この二点が違うだけであって、本質は同じだと言ってるんですね。ですからそういう精神に立てば、私はもう少し、刑事補償法第四条にある「拘束の種類及びその期間の長短、本人が受けた財産上の損失、得るはずであった利益の喪失、精神上の苦痛」――これはまあ慰謝料と言えば慰謝料と言えるかもしれませんがね、「及び身体上の損傷並びに警察、検察及び裁判の各機関の故意過失の有無その他一切の事情を考慮」してきめなければならない。この条項に照らして積算をし、科学的に分析をしてそして金額を算定するというのが、この刑事補償法第四条の精神じゃないですか。
 ただ物価が幾ら上がったとか、それから賃金が幾らだとか、そういう機械的な、横をながめながらやるなんということは私はこの精神から言ったらおかしいと思うんですよ。七百円あなた方が補償したら、その七百円の内訳はこの内容のどれとどれとどれによって幾らであるという、七百円の内容を国民の前に明らかにしてもらえばいいと思う。これは抽象論でわかりませんけどね、実はそういう事例がありましたらその事例の、二千二百円、最高を補償したとするならば、その二千二百円というのはこの四条の各項にどういうふうに積算をしてやったんだということぐらいは明確にする必要がありますよ。それが新憲法下における、人権を最高に尊重する世界に比類のない憲法だと大臣のおうしゃる、そこまでいかなければ私は憲法の精神に沿ったやり方ではないと思いますね。
 ですから、もう少し考え方を変えていただいて、旧法から新法に移って、与えられたものから権利になった、その権利に対して、白木委員もおっしゃったように、無罪の裁判があったときに、できればその際に同時に、補償について幾らというようなことぐらいはやってやったらいいじゃないかと、こういう考え方、大臣はそれに対して基本的には賛成されました。ただ、いますぐそれをやるということが技術的にもいろいろむずかしい点があるでしょうから、白木委員の一回撤回してやり直したらどうかという意見もあります。私も賛成ですけれども、そこまで言うと大臣の立場もないでしょうから、これは今後の問題にするとしましても、そのくらいの思いやりがあるような、与えてやるものだから請求しなさい、請求したら出してやるという、そういう考え方まだあるのですよ。そういう考え方を払拭しませんと、私は新憲法下における刑事補償法というもののほんとうの精神は生かされてこないと思うのです。
 ですから、これは大臣、故意過失の問題も、十七条と四十条の関係からして、たとえば損害賠償が、国家補償法によって幾らときまってしまえば、それよりもこの補償が少ない場合には幾らか見ますけれども、そうでない場合にはもう全然見てやらぬとか、そういうことも並立した中では出てきておるので、どうももう少し私は科学的に、せっかくこの刑事補償法第四条があるわけですから、これをもう少し勉強していただいて、その補償の内容に適合するような形にしてほしいと思う。何か前にやったのを物価が幾ら上がったとか、そういうことだけだったら、それは六年の五円以内というところからスタートしたのか、二円から来たのか私はよく知りませんけれども、その辺は。この本では二円と書いてありますがね、最初の補償は一日五円以内となっておりますけれども、そういうことにはあまりこだわらないで、ひとつもう一回検討して、刑事補償の精神がほんとうに生きるようなことを考えてもらいたいと思います。これは多少政治的な面もありますから、恐縮ですけれども田中大臣からお答えをいただきたいと思います。
#6
○国務大臣(田中伊三次君) 御熱心な御見解を拝聴をいたしまして、たいへん参考になりました。
 本来国家の不法行為によって公務員の故意過失を原因とする不法行為に基づいて損害賠償が発生いたします場合は、これは申し上げるまでもないことでございますが、憲法十七条に基づいて国家補償の義務がある。これは恩恵も争論もありません、国家の義務である、当然の義務である。ところが身柄を拘束されておる被告人が無罪の判決を受けた場合は、まことに刑事事件で身柄の拘束まで受けておられたという事情にかんがみて、申しわけがないことではあるから、そこで刑事補償制度というものは、故意過失を原因とする損害賠償的性格を持たないで、そういう故意過失を原因とする証明をさす必要がない、無罪の判決を受けたという事実だけでこれに対して国家が損害賠償をするのだと、こういう考え方に立っておるのも理由はあろうと思う。
 鈴木先生おことばのように、せっかくそういうことをするならば、その金額においても十全のものがいいじゃないか、こんなちょっぴりしたものではどうだというおことばは私も御意見のとおりそのとおりに思うのでございますけれども、何ぶん故意過失を原因とする不法行為損害賠償という手続上の要件は必要がない、ただ無罪の判決を受けたというだけで国家が補償をしようということなのでありますから、そこで、この金額が勢い定型化されてくる、金額に限度が設けられておるということの問題が起こってくるわけでございます。したがって、そういう限度の設け方が低過ぎるではないかということは先生の仰せのとおり私も思うのでございますが、従来までのいま局長から説明いたしましたような経過によって、まあこの段階においての増額ということになりますというと、最高限度を二千二百円とするという、限度以上のことはやりようがなかろうということで、これを適当と考えて二千二百円という金額を持ち込んできたのでございます。そういうことでございますが、そういうことで金額が足らない場合においては、憲法十七条によって国家賠償に相当する金額まで請求することができると、こういうたてまえがたてまえでございますので、私は一応の法的たてまえとしてはこれでよいのではなかろうか。四十条でもらったものより以上の損害が生じて、その損害が十七条によって証明のできる場合においては、その残額は、足らざるところは十七条で請求ができるんだと、こういうたてまえでございますから、理論的にも実際的にもこれでよいのではなかろうか。
 しかし、さらに理想の点を申しますというと、四十条で補償をする金額自体をもっと限度を引き上げるべきではないかというお説は私も賛成でございますが、今日の段階でいままで捜査をしてまいりましたところから申しますと、まあこの限度でがまんをしてもらう以外にないのではないかということがその結論でございます。
#7
○鈴木強君 大臣、十七条と四十条の憲法上の考え方、解釈については、前回の委員会でもいろいろやりとりがございましたけれども、これはどうなんでしょうかね、もう少し考え方を整理してみる必要があるような気がするんです。ですから、きょうの観念からすると、故意過失にかかわらず、無罪になった者は、故意過失がなくても無罪になった者はとにかく見てやるんだという考え方ですね。しかし、そもそも裁判で無罪ということは、法律に違反してなかったことでしょう。それを法律に違反したとして拘束をし、監禁をして、そして取り調べをし、最終的に裁判によって無罪が確定したということは、明らかに検察当局なり被疑者に対する逮捕の時代において、あるいはその後の取り調べにおいて、逮捕はしてみたけれども、これは実際には間違いだった、罰を加えるに足らないということで無罪になるわけですから、そういうものを何か恩恵的にやってやるんだというのが私は旧形事補償法の精神の中に流れているんですよ、これは最初の渡邊司法大臣の提案説明の中に。ですから、一般的にこれは法律的専門的なことばを知らぬ人たちは、無罪になったということは青天白日になったわけですから、冤罪されるということは、これは警察当局が間違って逮捕し取り調べたのじゃないか、裁判所によって、法を正しく解釈するところで無罪になった以上は、やった行為が間違っておったと、こういうふうに解釈するのがこれは一般論ですよ。それを明治憲法下における官尊民卑の、要するに官僚というものが絶対権力を持っていた時代に、何か恩恵がましくやってやるんだというような気持ちでできたのが、私はそもそもこの十七条と四十条というものとの関連も多少はあるんじゃないかという気がするわけです。ですからして、その無罪に対する補償の問題、こういうものについてももう一回考えてみる必要があるんじゃないかと思うんです。
 それは検察当局なり裁判所のほうでは自信を持って調べたんですから、できるだけそっちを弁護してやらないと、簡単には逮捕できない、取り調べができないということも一面にはあります。それから、裁判の内容によりましては確かに情状酌量して無罪にするということもあると思います。これは事件の内容によりましてはですね。ですから、そういう明らかに罰に値するんだが、情状酌量して無罪にしたというようなやつは、これはまた私は別のケースでもいいと思いますよ。しかし、そうでないものについては、少なくとも基本的に、見てやるんだという、恵んでやるんだという考え方でなくて、まあ権利とはなっていますけれども、やっぱり考え方の中にはそういう思想がどっかに流れているような気がするものですから、そこいらをやっぱり洗い直していただかなければなかなかこの論議はかみ合わないように思うんですよ。ですから、私はこの法案を見ましたときに、やはりこの新しい憲法下において形事補償というものが行なわれるならば、従来の観念からもう少し転換をして、そして実情に合い、国民の納得するような形に持っていくのがわれわれの仕事ではないだろうかと、こう思いまして、これは行政当局とわれわれとの間で意見が違うかもしれません。違うかもしれませんが、われわれは立法の立場から過去の歴史も勉強し、われわれの考え方として述べているわけですから、こういう点を、いまできないとしても、将来の検討課題として、そのて法律の制度もしてもらうし、それから司法当局におかれましても新しい憲法下における形事補償というものをよく理解して、やはり仁政でなくて、――まあ仁政ということは、私はそのことはいいと思いますけれども、旧来の官尊民卑的な考え方でなくて、新しい憲法下において、思いやりのある血の通ったやっぱり補償というものをもっとあたたかく親切にやれるような方法を講じていただければこの法律が生きると思うんですね。ですから、その辺、どうも立法論にもなりますし政治論にもなりますから、大臣に私は伺ったんございますけれども、その辺はどうでございましょうね。
#8
○国務大臣(田中伊三次君) 将来の問題として思うでございますが、権利という、国民の持つ国家に対する権利という実体に沿うて、もっと国家補償制度ないし形事補償制度、またもう一つございます、被疑者の補償制度というこの三種類のもの、それからもう一つございますのは被疑者補償制度に参りますので司法警察段階の補償制度というものがございます。この四種類のものにつきましては、国民の権利という実体に深くかんがみまして、将来の問題として、これをひとつ理想の姿のものに持ってまいりますために検討をしてみたい、こう考えます。
#9
○鈴木強君 まあもののわかっている大臣ですから、私は多くは申し上げませんが、いまの大臣の御所信をぜひ今後の問題としてひとつ受けとめて、司法当局、おたくの事務当局でもぜひ検討をしてもらいたいし、また考え方は、私が申し上げたような考え方でぜひやってほしいのですよ。ぜひそれは徹底してもらいたいと思いますけれども、どうでしょう。
#10
○政府委員(安原美穂君) 鈴木先生のおっしゃるお気持ちで、私ども決して恩恵的なものとか、官尊民卑という気持ちでやっているのではなくて、あくまでも形事補償制度は新憲法下におきましては明らかに国民の重大な権利として考えておるわけでございまして、ただ費用の補償の額が十分ということになるかと言われれば、決して十分というふうに私ども自信を持って言うわけにはまいりません。今後ともその内容の改善には懸命の努力をいたしたい、かように考えております。
#11
○鈴木強君 それからもう一つは、大臣が四つの点をおあげになりましたけれども、あとから被疑者の問題についても私はもう一回伺いたいと思いますが、これからの問題点として、大臣おあげになりましたが、補償原因を無罪の裁判を受けた者ということに形式的に限定しているわけですけれども、一つ問題になるのは、検察官が公訴維持の自信を失って取り消しをしたような場合ですね。こういうような場合ですね。それから無罪判決に対する検事の上告中、共同正犯の一人が死亡し、他の被告に対する上申が棄却されたような場合ですね、こういう場合に、取り消された被告人、あるいは死亡した被告人は、公訴棄却の裁判を受けて、そのまま裁判を続ければ当然無罪になるというようなそういうケースもあると思うのですが、そういうものに対しては、補償がいまのところは認められておらないのですね。その点どうでございますか。
#12
○政府委員(安原美穂君) 形事補償法の二十五条をごらんいただきますと、「形事訴訟法の規定による免訴又は公訴棄却の裁判を受けた者は、もし免訴又は公訴棄却の裁判をすべき事由がなかったならば無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるときは、国に対して、抑留若しくは拘禁による補償又は形の執行若しくは拘置による補償を請求することができる」ということでございまして、先ほど御指摘の検事が、これは公訴を取り消すべきだということで取り消した場合には、公訴棄却という裁判になるわけでございまして、そこで公訴棄却という形式的な裁判であるが、中身は無罪になるはずだったということになれば、二十五条で補償はできると、こういうことに相なるわけでございます。
#13
○鈴木強君 この形事訴訟法のほうで……。
#14
○政府委員(安原美穂君) 形事補償法二十五条でございます。
#15
○鈴木強君 そうすると、これは一時非常に問題になっておったわけですけれども、その点は法律的に改正されたというふうに理解していいんですか。
#16
○政府委員(安原美穂君) これは現行法ができますときに国会で修正になって、この条項が入ったと承知いたしております。
#17
○鈴木強君 それからもう一つ、今度の改正の中で、最底補償額の六百円というものが動いていませんね。これはちょっと私、よくわからないのですけれども、何か衆議院のほうで論議がございまして、議事録をちょっと拝見しましたけれども、法務大臣のお答えも議事録で見ておりますけれども、どうも私が納得できなくてお尋ねしたいのは、前回、昭和二十四年から四十三年までの三回の改正におきましては、それぞれ下限のほうも、二百円になり、四百円になり、六百円になって、これは増額になっておりますね。ところが、今回に限ってこの六百円で据え置かれているということはどういうことかということです。
 確かにこれは責任無能力者の犯した罪に対する問題から発していると思いますけれども、たとえば大酒飲みで心神喪失したとか、あるいは全く心神喪失者であるとか、そういうような場合に罪にならないという、そういう者が無罪になって、実際にやった行為そのものは人を殺傷したとかいうようなことであるからして、そういうものまで見るのはおかしいじゃないかという論も論議されているようですけれども、私は、それはそれなりに理屈があると思います。ありますけれども、現行法制の中で心神喪失者に対して特別な差別をするということは、どこにも見当たりません。ですから、どうしていままで最低限を六百円にしておったものを、今度は、そういうものには最低限の六百円をやればいいんだというような、そういう趣旨のようにとれる質疑もかわされておりまして、この点は、私はちょっと納得できないですよ。
 ですからら、もう少しその辺は、なぜ六百円に押えたのか。いま申し上げたような意見もあって、その趣旨に沿うためにやったとするならば、少なくとも四十三年の司法当局の解釈というのはそういう解釈でなかったはずですよ、と私は思うんです。したがって、この法律解釈というものは、いまになってそういうものは変えたのかどうかということですね。これは司法当局の考え方で、となると、法律上解釈が非常にゆがめられたことになるわけですから、私は、これは許せないと思うんです。そういう考え方を持っておりますから、もしそうだとすれば、それなりに私たちは反論がある。ですから、衆議院の議事録ですと、他院のことですし、よく真意がつかめませんから、もう一回その点は明らかにしてもらいたいと思います。
#18
○政府委員(安原美穂君) 御指摘のとおり、従来の改正にあたりましては、当初一日二百円以上四百円を、昭和三十九年に四百円以上千円以下、それから四十三年に六百円以上千三百円以下と、それぞれ引き上げておるのでございますが、今度はその下限を上げなかったということが、御指摘の点でございます。
 そこで、形事補償法の出てまいります根拠になります憲法の四十条は「何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる」ということでございまして、その補償の金額のきめ方については、これは法律に委任しておる。したがって、一律の、一定、定額じゃなきゃならぬということはないということになるわけで、そこに上限、下限で区別をする合理的な理由のある場合であれば、低いものもあり、高いものもあっていいはずだということはもう当然のことと思うのでございます。
 そこで、先ほど御指摘のように、無罪というものにはいろいろの種類がございまして、申すまでもございませんが、有罪――罪だとされる行為が、ほんとうは罪という構成要件に当たらない、構成要件に当たらないということで無罪になる場合、あるいは、構成要件に当たるんだけれども、故意過失がないということで無罪になる場合、あるいは証拠が不十分であるということで無罪になる場合と、いろいろございまして、先ほど、または四十三年の改正当時におきます議論におきまして、公明党の山田議員、あるいは先般の公明党の沖本議員のお話は、憲法にいう四十条の無罪というのは、いわゆる刑事訴訟法にいう無罪ではなくて、つまり冤罪ということは、もうその行為は全然、その人は罪に当たる不法な行為をしていない場合というふうに無罪を限って考えるべきじゃないか。つまり、構成要件に当たる、客観的に犯罪に当たる行為であるけれども、責任の無能力、いわゆる心神喪失等の責任無能力ということで無罪になったという場合は、形事訴訟法上は無罪だけれども、やっておる行為は客観的には犯罪行為なんだ。ただ、責任無能力ということで無罪になる。そういう場合をすらも含めてこの憲法の四十条は無罪だといっているのではないではないかという御質問がございまして、それにつきましては、私どもは、憲法の四十条はそういう区別はいたしておりません、無罪の中身については区別はいたしておりませんので、憲法の四十条の無罪の中に入りますから、いかに悪逆な行為をやって、それが責任無能力ということで無罪になったとしても、それは、国民感情上は納得いかない場合があるかもしれぬけれども、無罪であることは間違いないのだから、それを補償しないということは憲法四十条に反しますから、補償せざるを得ないということで、その点は、御指摘の御意見には従いかねます、無罪には区別はございませんということを言っておりますので、全然責任無能力のときに補償しないというのはおそらく憲法上違反になるということになろうと思うのでございます。
 そこで、千差万別の無罪の中で、上限と下限をきめてそこに合理的な理由があれば差別をするということは、おそらく憲法上も不当な差別ではないということになるわけでございます。
  〔委員長退席、理事白木義一郎君着席〕
 そこで、今度の場合、上げなかったこととその人の結びつきの問題でございますが、結局、運用の実情を見ますというと、いままでは、そういう責仕無能力の場合におきましても、いままでの下限よりも上の金額で裁判所が補償決定をしておったということ、つまりあまりにも下限が低過ぎたということでございますが、今度改正にあたりまして、各地の運用の実情を見ますると、この責任無能力というもので無罪になったものが昭和四十三年から四十五年までの三年間で百二十一名でございまして、その間無罪になったというので形事補償法の補償の請求があって決定をしたものが十一名でございます。この十一名のほとんどが、補償の実際におきまして、最下限の六百円で決定されておるという実態があるのでございます。したがいまして、裁判所が低過ぎるということでそれ以上のものをやってないケースがほとんどであるということは、いまだに六百円というものは、一応そういう責任無能力の無罪という場合においてはこの六百円の補償で相当であるという裁判所の判断がなされておる事情があり、それはまだ、いまだに変わっておらないのではないかということが推定できますということと、もう一つは、先ほど申しましたように、責任無能力で無罪になったというものに補償をするということが、必ずしも、憲法上の権利ではあっても、国民感情としてはあまり高い金額をやる必要はないではないかという国民感情があることも事実でございますので、裁判の運用の実際と国民感情とをからみ合わせて総合考報いたしまして、今回のところは六百円でいいのではないかということでございます。つまり、千差万別の無罪の中で、補償する金額の幅というものの考え方は変わっておりませんが、実態に即して、また、国民感情から考えて、実際に六百円で決定される場合が多い現状であるならば、あえて変える必要もなかろうということで、とめたと、こういうことでございます。
#19
○鈴木強君 これは、形事局長、その立論は全然なってないですよ。
 あなたは実態論として、六百円六百円と言いますね、裁判所が。それはそうですよ。あなた、法律によって「六百円以上千三百円以下」ときまっているわけですからね。ですからその最下限の六百円をとったのでしょう。だからといって下限を上げないということはおかしいじゃないですか。国民感情と実態を盛んに主張されますけれども、少なくとも、憲法四十条が責任無能力者を差別待遇するということになれば別ですよ。それには補償しないということなら別だが、そうでないという法務当局の見解、それは私は正しいと思いますよ。正しいならば、それに差別をつけるということは、これは根本的におかしいのであって、それは裁量的に、裁判所が六百円以上千三百円以内でこれはきめることになっているわけですから、その場合、最低下限をとったということは、これはわかります。だから六百円がもう事実行為としてやられているから、六百円が通常の相場であって今度下限も上げなくていいということにならぬですよ、これは。その論は全く論拠はないじゃないですか。やっぱし心神喪失者であっても、見なきゃ、補償しなきゃならぬということであれば、時の物価や賃金、あなたが言うそのことを考えてみたって、最低限は上げるのがあたりまえそすよ。そして、これがたとえば、二百円上がって八百円になれば、その八百円というものをそういう事例に当てはめるということが裁判所の任務でしょう。これはもう法律によって、われわれがここで承認するかしないかによってきまるわけですから、六百円六百円ということをあまり主張してみたって、それは論拠ないですよ。だから、今度六百円にしたのだ、通常六百円だったから六百円、こんな理屈ありませんよ。その根本の思想の中に差別扱いしようということがあるとすれば、これは重大ですよ。重大ですよ、私は。だから、その辺はもう少し国民が納得するような、下限を動かさなかったという事由を述べていただかなければちょっと納得できませんよ。
#20
○政府委員(安原美穂君) 責任無能力の場合を普通の場合よりも低くするという一種の差別、それが、法律上でなくても実際にそういうことであるという、その差別することが不合理であり憲法にからまる、違反の問題だということになれば、量刑の上で差別することだってやはり憲法違反の量刑であるということに相なるわけで、私どもはそういう無罪の実態に即して合理的な差別をすることは憲法違反とはならないし、憲法四十条の違反にもならないという考えを前提といたしまして、結局、賃金が上がったからスライドさせるというように、スライドシステムで刑事補償法ができているわけでもございませんので、結局運用の実態に応じて、賃金、物価等から考えて、もうこの額ではまかなえないという状態が出てきておる、あるいは出ようとしておるという状態を踏まえて改正をするというのが私ども従来からとってまいりました態度でございまして、そういう意味で、六百円というのは現実に破産はしておらない。ただ上限については、もうほとんど普通の場合の無罪の場合の補償は上限天井打ちになっておるという実情でございますので、今回上のほうを変えるということにしたという気持ちでございますので、どうかひとつ御理解いただきたいと思います。
  〔理事白木義一郎君退席、委員長着席〕
#21
○鈴木強君 これは、どうか理解してくださいと言ったって理解できないですよ。その六百円というものを裁判所がこういう場合に適用したということ、これは適法でしょう。六百円以上千三百円の範囲内で、それぞれの量刑によって、あるいは事情によって、刑事補償法第四条の規定によって金額の内容というのは変わっていくわけですから、それは六百円もあるでしょうし千三百円もあるでしょう。これは法律できめられているのだから、そのワクというのは動かせないわけでしょう。したがって、裁判所はいままで六百円という最低を出したわけでしょう、六百円というのは。だから、じゃ六百円でいいのだという考え方はおかしいというのです。そうであるならば、なぜ、いままで二百円から四百円、四百円が六百円と上げてきたわけでしょう。今回に限って六百円に据え置いたということは、明らかに、もっと極端に言うならば、除外してもいいのだけれども、まあ憲法のたてまえから、一応最低限だけは据え置いて若干見てやろう、そういう考え方じゃないですか、もっと簡単に言えば。それならば、あなた方が言う四十条の精神から見ておかしいじゃないですか。ですから、六百円をあなたは盛んに主張されますけれども、そういう意味においては六百円以下はもうやれないし、六百円が最低だから六百円を補償しておったわけでしょう。だから、当然諸般の状況からして、いままでの精神が変わっていないとすれば、下限だってやっぱり二百円なり三百円なり上げてやるというのはあたりまえの話じゃないですか。それによって幾らわれわれの税金が負担になるかしりませんけれども、まああとでまた予算のことも伺いたいと思っておりますけれども、これはちょっと国民は納得しませんよ、そういう考え方は。
#22
○政府委員(安原美穂君) 御理解いただけるかどうかわかりませんが、先ほども申し上げましたように、運用の実態から見て、破産をしておるような状態、あるいは破産しかけている状態を見て改正をするので、物価スライド制ではないということでございまして、いままで改正をしてまいりましたのは、先ほどもちょっと触れましたように、大体下限できまるものというのは、心神喪失等のいわゆる責任能力がないとか、あるいは抑留、拘禁の前後を通じまして収入がゼロであったというようなものについて裁判所が下限で決定をするのですが、それも四十三年改正以前におきましては、下限よりもやや上の金額で決定する例が多くなっていた。つまり、下限も頭打ちというか底打ちといいますか、バンクラプト、破産をしておったということであるが、現在において改正後は大体六百円という最下限できめられておるということは、それは破産をしておらないんで、破産をしておるのは上限であるという実情から見て改正をすることとしたということで、それはそういうことが前提でございますが、そのことは国民の感情にもマッチするのではないかということで、あわせて下限をとめおくことの合理性があるのではないかというふうに考えた次第でございます。
#23
○鈴木強君 これはどうも私も引けないんですよ。まあ、あなたのほうも決定をして国会に出したんですから引けないかと思いますけれども、しかし、ものの考え方がおかしいですよ、ほんとう言って。従来の法律解釈が変わっていないとすれば、やはり今回も下限を上げないということの理屈がほかにあるならまた聞かせてもらいましょう。しかし、あなたがいま言っているような理由からであったとすれば、これは納得できませんよ。絶対納得できませんよ。要するに、心神喪失者というようなこういう責任無能力者のやった行為というものは、本来四十条で補償はしているけれでもまあ適当にやっておけばいいんだというような考え方が根底にあるんじゃないですか、失礼ですけれども。
 私は、二百円から四百円、四百円を六百円と、過去三たびの改正において最低下限が動かなかったならまた別ですよ。そうじゃなくて、そのつど二百円なり二百円なりこう上がってきているわけですから、今回に限って、特に物価が上がり――まあ、あなたは物価は考えないというけれど、ささつきも物価と賃金を考えてやった、両方にらんでやったと言うんですからね、そのことだって考えて見れば財産をどれだけ損したとかしないとかというようなこともあるかもしれませんけれども、やっぱり責任無能力者、心神喪失者だって法律的にそれは無罪だということになれば、やはりそれを補償してやるということは、憲法のたてまえから当然だということをおっしゃっているわけですから、量定について六百円にするか八百円にするか、これは八百円にしたから違法だとかなんとかということは私も毛頭考えていませんよ。ただ、ものの考え方として、あなたが六百円六百円ということをおっしゃるから、それは六百円ということは最低、法律できまっているからそうなったんであって、今度八百円にすれば最低八百円になるでしょう。そういうふうにして、いもの中で心神喪失者であったって最低限を二百円ぐらい上げてやるというのがこれがあたたかい思いやりじゃないですか。
 そういうところに、まだこの額の決定一つ見ても官尊民卑的な思想というものが流れていると言わざるを得ない、率直に言って。それはへ理屈というものであって、国民を納得させるような事由でもなんでもありませんよ、これは。まあ、あなた方は提案しているから、ここでまさかそうでございますと言ってやることは私もないと思いますけれども、しかしそれじゃいかぬですよ。もう少し、われわれの立法府の考え方だって、むちゃを言っているとは私は絶対思いませんよ。何か特別な法律解釈が田中法務大臣になって変わって、そうしてそういう結果ならなかったというのならその理由をはっきりしてもらいたいんだが、それがいまお述べの中ではないわけですね。ただあったのは、過去六百円だ――たいてい心神喪失者の場合には、責任無能力者の場合は六百円だ。六百円はこれはあなた法律で六百円になっているんだからあたりまえのことですよ。だからそれをいま、全体を動かすときに作かさないでいいという理由はないですよ。
 これは大臣どうでしょう。私の言っていることがお前それは間違っているというなら指摘してくださいよ。私は間違ってないと思うのです。もっともの意見を私は国民を代表して申し述べているつもりですからね、この私の声に耳を傾けて、将来の問題として考えてくれるならくれるでもいいですよ。私はこれはもうほんとう言ったら修正案を出したいと思っている。どうですか。
#24
○国務大臣(田中伊三次君) 鈴木先生、これは心神耗弱、心神喪失などというような例をあげるから話がややこしいので、捜査官が捜査をしたときに心神喪失の判決を受けるような者は心神喪失者として起訴しなければいい。それを起訴した以上は、心神喪失者といえども無罪の判決を受ければ先生仰せのとおりに補償の義務がある、それを除外する何らの理由はないと、こういうことでございます。でございますが、その例のあげ方が、そういう中途はんぱな例をあげて説明するからおしかりを受けることになるので、もっと徹底をした一つの例をあげますと、最近ありました暴力団のかえ玉事件、甲でないのに乙が甲と称して、乙が甲のかわりに、甲になり切って裁判を受けた。それがばれて無罪となった。こういうものでも鈴木先生仰せのように憲法四十条に基づく刑事補償ということになるわけですね。それを除外する理由はないですからね。そこで、そういうことを考えてみますときに、憲法でいう刑事補償、刑事補償法による国家補償をいたします場合にも、いろいろ刑事局長が申し上げましたように段階がある。高くしなければならぬ、最高をやってみてもっと高くしなければならぬ場合においては、それは憲法十七条によって請求ができるというたてまえでございますから、しかし理想を申し上げますと、刑事補償制度があります以上は刑事補償のワク内できめてある最高のものを出すわけですね、最高の場合には。そうでない場合には最低の場合でよいという、区別するということはが出てきそうでありますけれども、そうでなしに、実情に応じてそういうことをすることは憲法上一向差しつかえのないものだと思うのでございます。そういうところを考えてみますると、非常に低い刑事補償の場面もあってよい。非常に低い場面もあってよい。物価にかかわらず低い場面もあってよい、こういうふうに考え得るのでございます。そういう点から申しますと、一番低い、まあ捜査官の責任ではない、被疑者の責任、被告人の責任でそういう無罪の判決を受けざるを得なかったような事態が起こっております場合においては、補償金額は低くていいんだと、ことに限定された補償でございますから、定型化された補償においては低くていいんだと、そういう場合を考えてみると、まあ今回は低いほうは上げずに置いておこうじゃないかということの論議が出てまいりましたことも、これは私たちはうなずけることだと思うのでございます。これは理解の問題でございますけれども、理論でおしかりを受けますと、どうも理屈が合わぬ、私も先生のお話を聞いておって理屈が合わぬ、合わぬと盛んに思いながら承っておるのでありますが、あえて理由を割って申し上げますと、そういう極端な場合もある。極端に金額を少なくせぬと国民感情がオーケーを言わぬ場合がある。そういう場合に処するためには、この六百という金額を上げずに、一応置いておこうということに、これも一つの理由があるのではなかろうかと、こう思うので、どうぞひとつ修正を出さずに、これでお許しをいただきますように格別の御配慮をお願い申し上げたいと思います。
#25
○鈴木強君 よくわかりました。
 それで、こういうふうに、じゃ大臣、理解しておいていいですね。いま大臣のおあげになったような極端な例もあると思います、事実。それもあると思いますが、私がいまあげて論争になったのは責任無能力者ですね、この場合です。失礼ですけれども、刑事局長は六百円にこだわっていらっしゃるんですけれども、しかしこれは最低が六百円で、最高は二千二百円ですから、今度は。ですからその間に、六百円にこだわらずに、七百円になるかもしらぬ、あるいは八百円の場合もあるかもしらぬ、こういうふうに理解すれば、私は一応はいまの大臣の御答弁で、この場合は将来また問題は検討してもらうことにしておきたいと思うんです。そうしないと、何か六百円が既成事実、だから心神喪失者には六百円しかやらぬぞというような、そういうことじゃ私は残念ながら修正案を出さざるを得ないのですよ。ですからその辺をひとつ明確にしていただければけっこうです。
#26
○国務大臣(田中伊三次君) いまのおことばを将来の問題として、十分検討いたします。
#27
○政府委員(安原美穂君) 鈴木先生御指摘のような、最低限は六百円に据えて置いていいということでありまして、現実に責任無能力の場合にすべて六百円でやれという、裁判所を拘束するつもりでの立法の制約ではございませんので、事情に応じまして、心神喪失者であっても八百円であってもいいし、千円であってもよろしいわけでございます。
#28
○鈴木強君 それでは、その点はわかりました。
 それから、私は額の問題について、最近の諸物価の値上がりの動向等も考えてもう少し論議をしたいと思いましたけれども、あとに質疑が予定されているようですから、その点はまたの機会に譲ることにしまして、次に、不拘束者に対する刑事補償の問題でございますが、前回原委員のほうからも御意見が出まして、当局からのお答えもございましたが、これは大臣にもう少し伺いたいのでございますけれども、非拘束の場合の補償の問題ですね。抑留の場合もあると思いますが、これは憲法四十条に、抑留または拘束ですかね、その場合、抑留した場合とか拘禁された場合に限って、憲法上無罪になった者に対しては補償するということになっておりますね。それで、この前参考人の方に、そういうふうに御解釈になっているので、たとえば非拘禁の場合に補償することについての御意見を求めたのですけれども、それは憲法上違法でないと言うのです、そういうことをやっても。はっきりそんなことを言いました。この点は御同感だと思いますが、そこで、何とか不拘束の場合にも、無罪になった場合にその部分を何とか見てもらえないだろうかということで、党のほうで実は議員立法を起こして出しておるというのでありますから、その内容はここで繰り返しませんが、きょうは時間の関係で大筋、だけ伺っておきたいと思いますが、考え方については大臣も当初から原則的には御賛成だということを伺いまして私も非常に意を強くしました。ただ、いま直ちにこれをやろうと思っても、いろいろ勉強してみたけれども、早急に頭に出てきたのはこれがいまできないということであったというのですね。そういうふうなお答えをいただいたわけですけれども、その理由についていろいろ検討してみたけれども、いま直ちにこれはできない。したがって改正はできなかったというのです。今後さらに検討しようということの理由がもう少し私は知りたいのですけれども、大臣、ちょっとお答えいただけますか。
#29
○国務大臣(田中伊三次君) 私の身辺のことを申し上げてたいへん恐縮でございますが、私は昨年の十二月の大みそか近くに大臣に就任をいたしました。そういうことでございまして、そのときにはもうすでにこの案はできておった。それから、この案は法務省だけではできませんので、この法律がお許しをいただいて衆参両院を通過をいたしましたら、この法律の実施は、所管は裁判所でございます。法務省ではございません。ただ法律を出す場合には、法務省が担当して閣議決定をして国会に出しておる、こういう事情でございます。したがって、法務省の一量見ではなかなかこれがきまりませんので、裁判所と綿密な連携をとりまして立法作業に入っている、そういう複雑な経過を必要といたしました法案が、私が法務省に行くことにきまりましたときにはすでにこの法案の準備ができておった、こういう事情でございます。
 そういうところから、私は、先生仰せのとおり非拘禁の場合といえどもこれはやるべきものである、こう考えておる。徹底した民主主義から考えますというと、拘束は受けなくとも、非拘束であっても、刑事被告人として法廷で裁判を受けた、しかも公開の裁判――法廷で公開の審理を受けたというだけで、この人の名誉、心身に対する損害というものはたいへん甚大なものがある。非拘束だからいいじゃないかというふうに捨ておけないものがあるのではなかろうか。したがって、金額の限度に私は差を設けることはやむを得ないと思います。拘束の場合と不拘束の場合と刑事補償の金額に段階的に差を設けるということはこれはやむを得ないと存じますが、金額は別論といたしまして、国家は刑事補償をすべきものである、こういうふうに私は信念を持っておりますので、このたびは間に合わなかったのでありますが、将来の問題といたしましては、非拘禁刑事補償をぜひ実現したい、こういうふうに考えておるのでございます。
#30
○鈴木強君 この点はわかりました。きわめて明確に大臣の御所見もかたまっているようですからら、あとはひとつ時間の問題だと思いますので、まあ大臣は大臣の職を去られても自由民主党にとどまっておられるのでしょうから、ひとつその面のエキスパート、専門家としてぜひ力を貸していただきたいし、いまの大臣の御所見が実現できるように、私たちも全く同感で、ほんとうはいまここで、法案出しているわけですから、ぜひ審議してもらって、この際立法化したいと、こう思ってさらに努力するわけですけれども、ひとつ御所信を完遂できるように今後がんばってもらいたいと思います。
 それから被疑者補償のことですけれども、これはいま法務大臣の訓令でおやりになっておりますが、補償の内容については、今度改正になります補償法の額と同じになるわけですね。この前ちょっと質疑がありまして、こういうことについても、法の運用のしかたによりましては、これは刑事補償法以上に問題があるように思うのですね。これはもう大臣訓令でございますから、規程でございますから、ですから法務省の一方的見解というと語弊がありますけれども、お考え方によよってどうにでもなるわけでございましょう。ですから、この救済のしかたとか運用のしかたというのは、よほどこれは御配慮をいただいておかないと、不公平があったり何かするような気がするわけですね。ですから、さっきのように旧法から新法にかわって、恩恵から権利にきたというこの意識をやはり私が最初に述べたのもそこにあるわけです。ですから、そういう思想がないと、この運用はどうかすると問題があるように思いますが、こういう制度についても、もう少し手続的な問題だとかあるいは国民に対する周知の点とか、こういう点についてはPRを積極的にやる必要があるのじゃないかという気がするのですけれども、どうでございましょうか。いま私が申し述べたような運用のしかた、規定のしかた、こういうものについての考え方と、実際にこの被疑者補償というものをどういうふうに活用されておるか、その活用の状況等がおわかりでしたら説明していただきたいのですが。
#31
○政府委員(安原美穂君) 被疑者補償制度というものを法律の制度にしてはどうかという議論は前々からあるわけでございますが、私ども事務当局といたしましては、検察官の不起訴処分の性質にかんがみて、法律上の請求権とすることは当を得ないということをたびたび繰り返し御説明申し上げてきた次第でございますが、運用の実情につきましては、補償規程という大臣訓令ではございますが、すでに当時官報にも告示して周知徹底の一環としてはかったこともございますが、先般来当委員会、国会で御審議をいただいておりまして、いかにも被疑者補償の請求ができる場合がまだあるのにかかわらず、現実には相当被疑者補償規程の運用が活用されていないのではないかという心配が私どもにもございましたので、先般の全国次席検事会同におきましても、あるいは検事正の会同におきましても、御指摘のように基本的人権にかかわる問題であるから、不起訴処分で罪を犯したものではないことが明らかな場合においては、この被疑者補償制度を大いに活用するようにやってくれということを繰り返し繰り返し現場に申しておりますし、現実に、先般浦和で起こりました人違いの誤認逮捕の事件におきましては即刻被疑者補償をいたしたわけでございまして、御指摘のように訓令ではございまするけれども、全検察官に周知徹底をはかって、活用の方向で努力しておるということを御理解いただきたいと思います。
#32
○鈴木強君 なお、専門家の皆さんですからいろいろと御検討されて、こうしたら被疑者に対して親切であるとか、手続的なことも含めて御検討いただきたいと思います。
 それから最後に、予算のことですから、これは裁判所のほうの専門官がおられないと若干どうかと思いますけれども、これは当初私はこの委員会で大臣に、法案提出とそれから大臣との権限のことでお伺いしてありますから、法務大臣が責任を持って答弁するということになっておりますのでお伺いしますが、この刑事補償の予算の問題は、原先生からこの前も御質問がございまして、確かに原先生のおっしゃっているように、四十八年度の予算が千二百七十万三千円で、前年度の予算を見ると、四十七年度は二千二万六千円ですから、約七百三十二万円減っている。この法律改正によって上限が上がっているわけですから、当然予算的にはふえてしかるべきだ、これは一般常識的な判断ですね。ところが、お答えを聞いておりますと、そのときに刑事局長は、裁判所事務当局から予算の要求をするので、必ずしも明確な計数の根拠を説明する能力を持たないので恐縮だということを前提にしてお答えをしていただいているわけですけれども、この予算算定の根拠というものは、裁判所の場合に、二年前の支出実績に事件率をかけるという、こういう方法で積算をするんだそうでございますね。したがって、たまたま四十七年のときには四十五年が基準年度になりますね。事件が多かったというようなお話でございますけれども、一体、予算編成の際に各官庁とも二年前の実績に基づいてやっているのでしょうかね。
 公社あたりの場合は、前年度のたとえば六、七、八とか七、八、九とか、一番近い年度の月を基準にして、そうして算出をしておりますね。これは非常に適切なやり方だと思うんですよ。少なくとも二年前の実績を基準にしてやるなんということは、ちょっといまコンピューターの発達した情報化の社会では問題ですよ。こんなに裁判所や法務省というのは事務能力が悪いんですかね、率直に言って。そんなことをしているから実態に合わないようなものが出てきて、われわれから見ても疑問になるような数字が出てきていると思うのでございますけれどもね。これは裁判所がおられたら裁判所からでもけっこうでございますけれども、どうでございますか。どうして四十八年度の場合、四十七年度のある基準月をとって、それによってやれないのか。時代に即応しないような、実態に即応しないような予算の算出をなぜ裁判所はやっているんですか。
#33
○政府委員(安原美穂君) 重ね重ね裁判所の御同席を求めなかったことが遺憾でございますが、前回も申し上げましたように、前々年度に対する事件率ということで積算をしていることは事実でございまして、いま鈴木先生の御指摘は、その前々年度というような昔の事件実績によって予算請求をすることがきわめてアップ・ツー・デートでない、もっと前年度というようなものでやればいいじゃないかという御指摘で、方法論としてはまさに御指摘のとおりだと思いますが、詳しいことは存じませんが、この実績の統計とか事件率の計算とかいうのがなかなかむずかしゅうございまして、裁判所の司法統計の集積が、おそらく前年度のは予算要求の時期までには間に合わないので、やむなく前々年度方式の実績でやっているんだと思います。おっしゃるとおり、予算というものはできるだけ近いデータによってやるのが当然でございますので、今後とも御趣旨は、僭越でございますが、裁判所にお伝えいたすつもりでございます
 ただ、これはいわゆる裁判費という経費の性質でございますので、もし不足の場合には、流用とかあるいは予備費の要求をするということで、いわゆる予算上は補充費系統ということになっておりますので、この金額の中で全部まかなえという拘束を受けるつもりではない点は、実態に即して予算上の措置はできるということでございますので、この金額の中で補償がされるために勢い金額が少なくなるという心配はないということだけは私ども確信を持って申し上げられるかと思います。
#34
○鈴木強君 いまの後段のお話は、まあこれは予算総則とか、いろいろ款項目節の、節の流用とか、予算総則できめられているんでしょうから、それは裁判費の中で出せるものは出していただくとしても、少なくとも刑事補償費として節の中にあるとすれば、これはやっぱりわれわれ立法府から見ると、そんなずさんなものじゃ返上したいですよ。ですから、まあ予算をつくったのが裁判所ですから、あなたにここでちょっと言うのもどうかと思いますが、ここのところに委員会の私は問題があるように思うんですよ。ですからそれだったら、私は裁判所に出てもらいたかったですね、きょう。ところが裁判所は来ていない。だからこれは質問するのに困るわけなんだが、もし何でしたらこの分だけ保留をしてもらって、来週ですか、来週にでも回しますかな、どうですか、刑事局長、責任もって……。私はもう少しこまかい専門的なことを質問します、流用についても。答えてくれますか。だけど、どうも私は責任者じゃないがぐらいなことを言われたんじゃちょっと困るね、これは。
#35
○委員長(原田立君) 速記をとめてください。
  〔速記中止〕
#36
○委員長(原田立君) 速記を起こして。
#37
○政府委員(安原美穂君) 予算の請求の方式の問題につきましては、所管でもございませんので、裁判所当局に御出席をいただいてお答えをいただくということで、御連絡申し上げたいと思います。
#38
○鈴木強君 そういう事情ですから、じゃ私はこの部分だけはきょうは保留しまして、次回の委員会で裁判所に直接ただすことにいたします。どうもありがとうございました。きょうはこれで終わります。
#39
○竹田現照君 ちょっと、法律に関連して、死刑の問題についてお伺いしておきますが、衆議院のこの法律が通ったあとの朝日新聞の四月二十五日の「記者席」によりますと、場合によっては処刑者の分を七百万――一千万に手直ししたいと、法務大臣は閣議の了承をとりつけるなど背水の陣をしいておったんだけれども、そうでなくてあっさり原案が通過したというふうなことを書いてありますけれども、とすると、あれですか、当委員会で修正議決してもそれは大臣の御意思にむしろ沿うことになるのじゃないかと思いますが、そういうふうに理解していいんですか。
#40
○国務大臣(田中伊三次君) それ先生、新聞記事ですか。
#41
○竹田現照君 そうです。
#42
○国務大臣(田中伊三次君) 速記録じゃないてしょう。
#43
○竹田現照君 違います。
#44
○国務大臣(田中伊三次君) 私は言ったことはなと。それは事実ではございません。事実じゃないんです。それはもうぜひこの金額でお許しをいただきたいということでございます。
#45
○竹田現照君 これは、その日からちょっと私は気になっていたものですからね、特に死刑のような場合に、改正が、非常にちょっと、わが党のあれもありますけれども、ここの新聞をそのとおり読みますと、「場合によっては処刑者の分を七百万――千万円に手直ししたい……」と述べ、閣議の了承をとりつけるなど〃背水の陣〃をしいていた。が、いざふたをあけると、この日の法務委、本会議ともに共産、民社両党が、少しでも増額されるのは改善だ、と自民党に同調して「サンセーイ」。あっさり原案のままで通過したが、法相にとっては「誤審による処刑」問題のうれしい誤審?となった。」、こう出ているわけです。そうすると、わがほうは修正を主張しておったのですから、共産党、民社党の皆さんもそこまでおわかりにならないので、賛成をされたのじゃないかと思いますので、参議院の良識で、大臣の御意思も入れてひとつ修正議決をすることが最もいいんじゃないかなと思って、ちょっとお尋ねしたのです。
#46
○国務大臣(田中伊三次君) 私はここに提出しております金額で現段階においては最も適当だと固く信じておりまして、閣議でそういう発言をしたこともございませんし、そういう発言をするつもりだということを述べたこともございませんし、いま初めて承ってびっくりしておるようなわけでございます。そういう事実はございません。
#47
○竹田現照君 これは天下の朝日新聞の「記者席」の囲みに書いてあるわけですから、私も全然火のないところから出た話でないと思ったんで、お尋ねしておこうと思ったのです。これはいずれあとでまた……。
 ところで、大臣、あれですね、刑訴法によると、死刑は判決確定の日から六カ月以内にこれをしなければならぬ、こういうふうに定められていますけれども、事実問題として六カ月以内に実際は死刑執行されたのかどうか、私はちょっとわかりませんけれども、私、しろうとなりに判断を考えてどうも理解できないのですが、たとえば帝銀事件の平沢被告のように、確定後二十五年ですね、それに、あちらこちらに相当長い間判決確定後死刑の執行が行なわれない、これいま長いのはどれくらいの件数があるんですか、帝銀事件のような例が。それで再審その他の措置もとられているんでしょうけれども、それにしても最終的には法務大臣が判を押される、これは執行されることになるのですけれども、大臣もこれで三回ですか、法務大臣御就任なんですけれども、なかなか判を押されないのには、やっぱりそれなりに判決にちょっと判を押しかねる心情的なものがおありではないか、こう思うのですが、その点、帝銀事件に類して十年以上もそういう状態にある例というのはいまどれくらいありますか、ちょっとおわかりでしたら、御説明いただきたいのです。
#48
○国務大臣(田中伊三次君) 数字の点を除きまして、私から大事な点を先にお答え申し上げますと、死刑の執行は、大臣の命によりこれを行なうとなっている、その大臣は、判決が確定いたしますと六カ月以内にその命令を出さなければならぬということが規定となっておる条文でございます。しかるところ、これには例外がございまして、それはただいま先生がお触れになりました非常上告とか再審とか恩赦願いとかいうような願いが出ております間、その願いの最終的決裁がつきますまで、願いが出てから最終の決裁がつくまでの間、その間の期間は右六カ月の期限の中に算入せぬでよろしいというような規定がございます。
 そういうことがございまして、たとえばいま例をおあげになりました平沢君の問題でございますが、これは昭和三十年に確かに私の記憶では刑が確定をしております。三十年に確定をいたしまして今日まで二十年近く、十七、八年間も死刑の執行ができないままとなっておっておりますが、これは何かおやりになった裁判に欠陥があるとか、新証拠が出てきたとか、何か死刑の執行に自信が持てないから延びておるように一般に世間で考えられておる。そういう意味の投書もずいぶん来るわけでございます。そういうことでございますが、事実はそうでないのでありまして、平沢君という人物は非常にこの何といいますか、被告を賢いというのもおかしいのでありますが、たいへん賢い。自分のことでありますから、法規に精通しておる。よくこれくらい法規を知っておるなと思うほど法規に精通をしております。精通しておるということはどこからわかるのかというと、私が在野時代から、私に対して何十回、数十回文書が届いております。自分の書いた絵を色紙にして送ってきたりしておる。直ちにその場において焼き捨てたり、読み捨てたりしておるわけでございますが、そういう経過を見ますと、非常によく研究ができておる。そうして今日までに十八年間の間に再審の願いを提出すること実に十四回、かつて前例を見ざるやり方でございます。それから恩赦願いを提出すること前後三回に及んでおる。恩赦、再審は十数回に及んでおるわけであります。その三回目の恩赦願いが現在東京央更正保護審審査委員会において目下審査中である。これの結論の出るまでは死刑の執行をせないことが法規のたてまえ上望ましい、こういう事情でございます。
 おそらくまあ私の想像でございますが、いままでのやり方が同様でございますから似たことをやるのではないかと思いますが、たとえば一週間後なら一週間後にこの恩赦願いが却下ということにきまる。きまった瞬間に翌日すっとすぐに新しい再審願いが出てくる。新しい恩赦願いが出てくる。再審願い、恩赦願とを小刻みにしてそれを使って出てくるのでございます。それに対して、出てきております以上は、死刑の執行を延ばす目的を持ってやっておるものということがわかるのでありますけれども、しかしそういうものが出てまいりますと、それに対する最終的決裁を行なわなければならない。行なうまでは右六カ月の期限に入らないと、こういうことでござとまして、今日までこの死刑の執行が延びておるという事情が真相でございます。決して平沢に対して行ないました裁判に何か不合理があるから、自信を持って死刑の執行ができないから法務大臣はサインをせぬのだという事情にはないわけでございます。
 御報告を申し上げておきます。
#49
○政府委員(安原美穂君) 現に死刑の判決が確定いたしまして未執行の状態にあるものの数は全国で四十九名でございます。そして確定後十年近い日を経過しておるものが五、六件あると記憶しておりますが、それがすべて、先ほど大臣御指摘のように再審とか恩赦の請求をしているものばかりでございます。
#50
○竹田現照君 その五、六件というのは大体どんなようなケースのものですか。おわかりですか、いま。おわかりにならなければ、この次でいいです。
#51
○政府委員(安原美穂君) 記憶に基づいて申し上げて恐縮でございますが、大体強盗殺人とか、殺人というような罪で有罪になったものでございますが、詳しいことはちょっとわかりかねます。
#52
○竹田現照君 それじゃあこの次また御質問しますから、この次おわかりでしたら聞かしてください。ただあまり――バランスがありましょう、刑の執行の。三年、四年でなってみたり、十数年でなってみたりということになると、まあいまの大臣の御答弁はそれなりにはわかりますけれども、素朴にしろうとが考えると、世上騒がれておる帝銀事件だとか、いろいろなちょっと問題になっておる事件であるだけに、これはいまでも帝銀事件なんていうのは本人じゃないんじゃないか、当時の占領軍でもやったんじゃないかというような一つのことも流布されていますからね、そういう疑問もあるものですからお尋ねをしておいたわけてす。
 じゃあ、この法律に関係するものは後ほどまたあらためて来週の委員会でお尋ねしますが、実は人権侵犯事件の問題についてお尋ねしますが……。
#53
○委員長(原田立君) ちょっといまの法案に関連して。佐々木君。
#54
○佐々木静子君 どうも失礼しました。
 いまの御質問に関連することですけれども、これは去年の予算委員会のときに、当時の法務大臣及び保護局の局長に質問したことですが、前に参議院で恩赦法について特例法を設けようという議員立法がありまして、これは結局は立法にならなかったんですが、そのときの政府の御答弁としますと、帝銀事件あるいは福岡事件、これ二人死刑囚がおりますが、それからやはり九州にあった免田事件、その他特定の七人の死刑囚の方であったと思いますが、これは終戦当時の非常に混乱した世の中で起訴されて、いわゆる旧刑訴法、新刑訴法にまたがって、たいへんいろいろな点ではっきりしない――はっきりしないと言うとちょっと言い過ぎかもしれませんが、いろんな問題があるので、この人たちについては恩赦を特別に国としてもまあ考えるということでもありませんが、特別の恩赦法の特例法を設けなくても、これらのことについては十分に配慮するというお話し合いがあったということで、その法案が法律にはならなかった。ただ、事実これらの七人の人たちについては十分に検討をするということで、そのときの提案された議員の方々も納得されてといういきさつがあり、それを、昨年の予算委員会でその点をお尋ねしましたら、そのとおりであるという御答弁が当時の大臣からございましたことと、特に福岡事件などについては今後積極的に、恩赦についていま考えている最中だという御答弁をいただいているわけでございます。そういうことは大臣はお引き継ぎいただいておりませんでしょうか。お引継ぎいただいていないとすれば、十分前任者からその点をお引き継ぎいただきまして、大臣も申し上げるまでもなく在野法曹のたいへんに経験の深い大臣でいらっしゃいますので、そこら辺のところを十分にごしんしゃくして法務行政を行なっていただきたいということを私からお願い申し上げたいと思うんですが、その点についてちょっと大臣から伺いたいと思います。
#55
○国務大臣(田中伊三次君) 前大臣から引き継ぎは、引き継ぎ事項としては受けておりませんが、私はそのいまお話しをいただきました先生のお話の内容をよく存じております。そういうことで、その後法案自体はお下げをいただきましたが、法務省におきましては恩赦という観点に立ちまして、これらの死刑囚につきましては検討を加えまして、その一部は救済ができたものと私は記憶をしておりますが、詳細を刑事局長から御報告を申し上げます。
#56
○政府委員(安原美穂君) 恩赦のことはどうも刑事局の所管でもございませんで、よくわかりませんが、あの大臣の御発言の前後を通じまして、いわゆる占領中に死刑の判決を受けた者のうち二名は恩赦の恩典に浴したものと記憶しております。
#57
○委員長(原田立君) 本案に対する質疑を一時中断し、検察及び裁判の運営等に関する調査を議題といたします。
 これにより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#58
○竹田現照君 人権侵犯問題についてお伺いしますが、法務省に人権侵犯事件として申告のあるのは年間どれくらいあるものですか。
#59
○政府委員(萩原直三君) 平均いたしまして約一万件程度でございます。
#60
○竹田現照君 年間一万件というと、相当の数ですけれどもね、それに対してどのようにこの案件を処理をされているのか。そして、その結果具体的な効果というものをあげているものはこの一万件の分類の中でどうなっているのか、御説明ください。
#61
○政府委員(萩原直三君) そのうちの約八割がその人権侵犯処理規程の該当事項として処理されておりまして、二割ぐらいが非該当としてやはり終結処分を受けております。
#62
○竹田現照君 そうすると、申告のうちの八〇%は人権侵犯申告の事実ありとして処理をされている、そういうふうに理解していいんですか。
#63
○政府委員(萩原直三君) なお、詳しい数字を御報告申し上げますと、四十七年度につきましては、処理件数が一万一千百二十四件でございます。これは全事件でございますけれども、そのうち一番多いのが援助、七千二百六十七件、それから排除措置が千七百七十八件。援助と申しますのは、当該被害者にいろいろ法律的な助言を与えて解決の道を教えるとかあるいは関係機関に照会してしかるべき方法を助けてあげるということでございます。
 次に多いのは説示処分でございます。これが七百四十七件でございます。
 で、ただいま申し上げました非該当と申しますのは、先ほど非常にばく然としたお答えをして恐縮でございますけれども、七百六十三件ということになっております。その他処置猶予、移送中止、回付切りかえ等が、いずれも少数ながらございます。
 これは全事件についてでございますけれども、そのうち特に重大な事件というのをわれわれは特別事件と申しておりまして、これは各法務局、地方法務局から人権擁護局に報告がございます。その事件数について御報告申し上げますと、昭和四十七年度におきましては、三百七十一件が処理合計件数でございます。その処理内容は、一番多いのが説示処分でございまして百二十四件、次が排除措置で九十八件、次が先ほど来申し上げております非該当で九十件、次が処置猶予で四十件、その他はごく少数の事件処理に終わっております。大体以上でございます。
#64
○竹田現照君 その年度に申告されたものはおおむねその年度において処理をされているのが実態なんですか。年度、三年にわたって処理をされているのが実態なんですか。
#65
○政府委員(萩原直三君) 正確な数字でお答えできないのは非常に恐縮でございますけれども、大体その年度内で処理されております。
#66
○竹田現照君 じゃ具体的にお尋ねいたしますが、この五月の十一日に日弁連から関係のところに警告が出され、本委員会のほうにもその通知がなされることになっておりますが、昭和四十六年の十一月二十四日、法務大臣あてに全逓信労働組合中央執行委員長長下田善八から人権侵犯事件申告が出されていますが、これについて法務省としては具体的にどういうふうに扱われたのか、ひとつお聞きしたいと思うんです。
#67
○政府委員(萩原直三君) ただいま御指摘の事件は、たしか昭和四十六年十一月二十四日に東京法務局長が接受しております。そしてその内容は、郵政省当局が労務政策として世話役制度、いわゆるブラザー制度を採用して、全逓信労働組合員の思想信条の自由や結社の自由を侵すなど、人権を侵犯したという趣旨でございました。この接受後におきまして、東京法務局におきましては、さっそくその書面を検討とたしましたところ、申告事実としてあげられているものの中で、だれが被害者である、だれが侵犯者であるという、被害者、侵犯者が全く特定されておりませんでした。そこで、これを特定していただけないだろうかということを、東京法務局の人権擁護部の係官が申告者側に申し入れをしたわけでございます。これは電話で二、三回連絡をとったのでぐざいますが、はっきりしたお答えをいただけなかった。そして最後に四十六年の十二月三日に、全逓信労働組合中央本部の城戸幸雄法制部長との電話連絡がとれまして、ただいま申し上げたようなことをお話しいたしましたらは、それではいずれ書面をもって提出いたしますという回答を得ました。そこで法務局といたしましては、その回答を待っていたのでございますが、ついにその回答が全く得られなかったということで、やむを得ず昭和四十七年の十一月十日に調査を打ち切っております。以上が大体の経過でございます。
#68
○竹田現照君 私は、いまのお答えは事件の処理としては非常に不親切じゃないかと思うのですね。日弁連の人権擁護委員会ですかは、非常に詳細に、具体的に、同じものが出されている。申告の内容について調査をされて、一つの結論を出されているんですが、ところが法務省というのは――電話で何か言ったら返事があるとかないとかういうことではなく、その申告の具体的な内容について、行動で調査に当たるべきでないかと思うのですね。日弁連は具体的にやられているわけですよ。そしてその結論が、きわめて著しい人権侵害であると書いてある、最後に。まさに著しい人権停侵害であると、人道的立場ではとうてい許されるものではないとまで警告書には書いてあるんですね。それほど重要な人権侵害の問題について、いまのお答えのようでは、私は法務省の人権擁護局というのは、形式的に事案の処理に当たっているんじゃないかというふうに思わざるを得ないんすね。関係者にも、私は法務省は一体具体的に動いたのかと言ったら、いやそれほどでもないんだと、こういうお話ですから、いまの御説明でも私はそういうひうに受け取らざるを得ないんですけれども、もう少しこの種人権侵犯の問題は、在野法曹が、先ほど申し上げましたように、具体的にお調べになり、しかも人道的にも許されないんだというような内容を含む人権侵犯の問題であれば、もう少し積極的に政府の立場においてもこれを調査をされるならば、私は、法務大臣も閣議にお出になっているわけですから、その調査結果に基づいて、当該省庁に対して、あるいはまた民間団体の申告事件等についても私は適切な措置がとられるんじゃないかと思うんですけれども、これだったら、法務省に人権擁護局なんてあったってなくたって、さほど人権を守るためには役に立たない状態ではないかと、たいへん失礼ですけれども、そう思わざるを得ないんですよ。この間の日弁連のこれに対する警告というのは、日弁連の内容では法務省には通知をされないことになってますけれども、皆さん専門部局ですから、この点については御存じですか、日弁連の調査の報告については。
#69
○政府委員(萩原直三君) 日弁連の警告書と題されております書面の写しを少し前にいただきまして、拝見いたしております。
#70
○竹田現照君 それをごらんになって、皆さんが昨年の十一月の十日に調査を打ち切ったということ、その段階では、日弁連はさらに具体的に調査をされている段階ですよ。役所の姿勢とそれから在野法曹の姿勢とが、この人権を守るということにつとての態度がまるきり違うじゃないかと思うんですね。たいへん遺憾なことだと思うのですよ。それじゃ、これから法務大臣に対してこういうものの申告をしても、能動的にこれを取り上げ、みずからの人権を守ってくれるんじゃないんだ、しかも政府機関がやっていることですね、人道上許されない人権侵害だということを政府機関がやっているんです。それじゃ、法務省も同じ政府機関とぐるになってそれを擁護しているんじゃないかと言われたって、これは抗弁のしょうがないんじゃないかと思うんですよ。もう少し具体的に調査に当たっていただきたとと思うのです。きょうは郵政大臣も出席を求めたんですが、社会労働委員会との関係でできませんので、私は来週にこの案件は譲りますけれども、その日弁連の措置は措置、しかし断定的に人権侵犯の問題として一つの警告が発せられているわけですから、同じ政府部内として、この問題について、去年法務省としては調査を打ち切っているんだということでそれこそ話を打ち切らないで、皆さんの立場からも、これはもう一ぺん調査をやり直していただきたいと私は思うんです。そうして政府内部の問題として、この種の問題の根絶をはかるように私は大臣に強くきょうの段階で要請をして、来週また、郵政省に具体的に出てきてもらって、大臣も警告の内容がどういうことなのか詳しくおわかりにならないと思いますから、質疑も十分お聞きいただいて、対処していただきたいと思いますが、いかがですか。私はもうきょうこの程度でこの質問はとめておきますが。
#71
○国務大臣(田中伊三次君) お話を承りまして、ざっくばらんに私の所見をちょっと申し上げておきたいと思います。
 昨年の十一月に法務省は調査を打ち切っておりまして、私は十二月に就任をしておるという事情で、前任の時代のことでございます。ございますが、経過をけさほどから役人を呼んで調査をいたしてみますというと、人権侵犯があるという申し立てがあった、そこで調査をいたしました結果、書類の上では、だれが侵犯をやったのか、政府がやったんだと、これはわかるけれども、政府のどういう機関の何の何がしという、どういう地位におるだれがこの侵犯をやったのかということが明瞭でない。だれがその人権侵犯を受けたのかという被害者も明瞭でない。加害者、被害者を明瞭にしてもらいたいということは、形式的なことをやったということでなしに、どうも理の当然で、せっかく文書が出ております以上は、だれがやったんですか、だれがやられたんですかということは御協力をいただかなければならぬということで、再三電話連絡をしてみたけれどもついに要領を得なかった、やがて調べて文書をもって出しましょうということになって、連絡の打ち切りをいたしておりましたが、ついにそれが来ないと、こういうことであります。しかし、先生おことばのとおりに、だれから連絡があろうがなかろうが、侵犯者がだれであろうが、被害者がだれであろうが、加害者はだれであろうが、いやしくも思想信条に関する自由を侵犯するようなやつがおるとするならば、これは断固として調査をして処理をすべきものではございます。そういう点において法務省は一体積極性が足らなかったのではないかという前大臣時代のできごとについてのおしかりは、私は反省をしなければならぬものと思います。しかし同時に、その人権侵犯当の本人が、人権侵犯を主張する当の当事者が、だれが侵犯をしたのか、だれが侵犯されたのかというようなことについて、積極的に自分のことを協力するということですね、当該機関の法務省に協力をするということは積極的にやってもらいたい。これ、両方がこうとう問題につきましては考えを持ち直しまして、今後さようなことのないように、いやしくも人権の侵犯に関しては積極的姿勢で取り組んでいかなければならぬと、こういうふうに考えます。
#72
○竹田現照君 協力がなかった、あるいは具体的にわからないというのですけれども、これは大臣、その申告書をごらんになりましたか、その当時の。
#73
○国務大臣(田中伊三次君) ええ、概略が来ております。
#74
○竹田現照君 この中には、長くきょうは質疑をしようとしませんけれどもね。たとえば具体的に、「職権を乱用しての虐待事件」、「昭和四五年一二月五日午後七時一〇分頃国分寺郵便局の組合事務室へ郵便課中条主任が入ってきて職員である全逓組合員の襟元を強引に引っぱり「お前はサボッている」「やる気があるのか」「なめるんじゃない」「ほしてやる」と暴行し暴言を吐いた上、更に坂本」、何というのですかね、これ、「真保」と書いてありますが、「主任と三人で二〇分間に亘り襟をつかんだままどなり続け威迫」をしたと、これはまあ一例ですけれども、ほんとうに名前出ているんですよ、だれがやったということ。以下ずっと書いてありますが、それから課長とかあるいは局長とかいう名前、官職は書いてありますけれども、調べればその当時の局長はだれであり、課長はだれであるかということはわかるわけですね。ですから、具体的にだれがやったということが一つもないという御説明が私はちょっと理解できないんですね。ですから、人権擁護局長も、法務局でまあ東京法務局長がこの申告書を受け取られたというので、その写しも何もごらんになっているかどうかわかりませんけれどもね。いまの御説明じゃ私は必ずしも釈然としないんです。書いてある、だれが言ってだれがやられたということ。ですから、申告者のほうが協力をしないとか何とかいう筋じゃないんですね。日弁連だって同じものを出されて、具体的に足で調査に当たられて、その上に立って人権擁護委員会の尾崎委員長から日弁連会長に報告があって、それに基づいて警告書が出ているわけですよ。ですから、日弁連ではこうだけれども、法務省はいまの返事だけではちょっと事務的じゃないかと思うのですね。
#75
○国務大臣(田中伊三次君) 日弁連の文書ですか。
#76
○竹田現照君 私がいまお読みしたのは、申し立てた申告者から法務大臣あての申告書です。書いてある。ですから先ほど局長の御答弁だけでは、私はちょっと納得がいかないのです。ですから、やりとりやっていてもしょうがありませんから、後日に持ち越しますから、よくお調べになって御返事をいただきたいと、そう思うのです。やりとりやっていてもしょうがないですから。
#77
○委員長(原田立君) 午前の質疑はこの程度とし、午後一時二十分まで休憩いたします。
   午後零時二十分休憩
 〔休憩後開会に至らなかった〕
ソース: 国立国会図書館
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