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1972/07/17 第71回国会 参議院 参議院会議録情報 第071回国会 法務委員会 第16号
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1972/07/17 第71回国会 参議院

参議院会議録情報 第071回国会 法務委員会 第16号

#1
第071回国会 法務委員会 第16号
昭和四十八年七月十七日(火曜日)
   午前十時三十四分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 七月十二日
    辞任         補欠選任
     杉山善太郎君     伊部  真君
 七月十七日
    辞任         補欠選任
     野坂 参三君     塚田 大願君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         原田  立君
    理 事
                後藤 義隆君
                原 文兵衛君
                佐々木静子君
                白木義一郎君
    委 員
                木島 義夫君
                増原 恵吉君
                吉武 恵市君
                竹田 現照君
                塚田 大願君
       発  議  者  佐々木静子君
       発  議  者  白木義一郎君
   国務大臣
       法 務 大 臣  田中伊三次君
   政府委員
       法務政務次官   野呂 恭一君
       法務大臣官房長  香川 保一君
       法務省刑事局長  安原 美穂君
  最高裁判所長官代理者
       最高裁判所事務
       総局刑事局長   千葉 和郎君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        二見 次夫君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○刑事訴訟法及び刑事訴訟費用等に関する法律の
 一部を改正する法律案(佐々木静子君外一名発
 議)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(原田立君) ただいまから法務委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について報告いたします。
 去る十二日、松本英一君及び杉山善太郎君が委員を辞任され、その補欠として鈴木強君及び伊部真君が選任されました。また本日、野坂参三君が委員を辞任され、その補欠として塚田大願君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(原田立君) 刑事訴訟法及び刑事訴訟費用等に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。
 これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#4
○塚田大願君 私は、本日議題になりました刑事訴訟法及び刑事訴訟費用等に関する法律の一部を改正する法律案について質問をいたします。
 いま刑事訴訟法の運用上問題となっているものにも幾つかの重要なものがあると思います。私も、戦前治安維持法で起訴、投獄を受けまして、この刑事訴訟法についてはずいぶんいろんな意見を持っております。もちろん、戦後は法律も改正されましたが、なおかつやはり非常に多くの問題を持っているというふうに私は感じているわけであります。
 そこで、本改正案で問題になっているのもその一つであると考えますが、これはあとで松川事件の例なども引いてゆっくりお聞きしたいと思うておりますが、この松川事件の第二次最高裁審理の際にも問題になりましたが、例の仙台高裁での差し戻し審において全員の無罪判決があって後、検察官が上告をいたしました。八海事件でも同様のことがございました。あるいはその他たくさんの例がございまして、いつも検察官の上訴が問題になっております。
 御承知のように、長過ぎる裁判とか、あるいは訴訟手続の合理化とか、近来特に問題になっておりますが、私は、第一に問題とすべき点は、検察官の上訴権の乱用にその弊害を認めるものであります。
 刑事裁判の手続というものは、科刑手続であるとばかり考えるべきではなくて、その科刑手続に対する救済手続であることは当然のことだと考えるわけであります。迅速な裁判とか、長過ぎる裁判反対とかということも、結局は迅速な科刑を主張する側と、迅速な救済、特に無実を主張しているような場合にはそうでありますけれども、迅速な救済を主張する側、あるいは国家側から、あるいは個人側からの要求であろうと思います。迅速な救済要求をする人々にとりまして、特にこの刑事訴訟法上の問題といたしましては、検察官の不利益上訴の禁止であると考えるわけであります。
 検察官の上訴禁止については、いろいろの論点もございますけれども、まず第一に、憲法第三十九条のいわゆる二重危険禁止に触れるという疑いが非常に濃いのではないかと私は考えます。憲法第三十九条は、申し上げるまでもなく遡及処罰の禁止、一事不再理ということでございますが、こういう憲法の規定に反しておると考えます。立法政策として禁止すべきその重要な理由になっておるということは、もうすでに大かたの御承知のところだと思いますが、まず、この点に関しまして法務省はどういうふうにお考えになっておるのか。また外国ではどういうふうに取り扱われておるのか。それから最高裁判所はどういうふうにお考えなのか。また、将来裁判を行なう上でこの点をどう改善したらいいとお考えになっておるか。さらには、佐々木静子委員のお考えもお聞きしたい。この点についてまず順次お答えを願いたいと思います。
#5
○政府委員(安原美穂君) まず、塚田委員が検察官の上訴権の乱用ということをおっしゃいましたが、そういうことは断じてないというふうに確信いたしております。
 なお、上訴権制度につきまして、検察官の上訴を制限すべきではないか、それは憲法の三十九条の違反になるのではないかというような御議論でございますが、これはもう御案内のとおり、昭和二十五年九月二十七日の大法廷判決によりまして、下級審の無罪または有罪判決に対して検察官が上訴をなし、有罪またはより重い刑の判決を求めることは、憲法第三十九条に違反しないというはっきりした判例もございますことでございまして、これは憲法上の問題とすることはもう必要はないというふうに考えております。問題は、御指摘のように、検察官の上訴権が乱用にわたってはならないということは、まさにおっしゃるとおりでございまして、私どもは常々さようなことのないように、自粛自戒をいたしておるのが実情でございます。
 なお、検察官は、御案内のとおり、処罰を求めることを目的とするものではございませんで、検察官は公益の代表者といたしまして、事案の真相が明らかにされ、あるいは正当な法律の適用がなされるということのために、その明らかになっていない事案の真相を明らかにし、法令の適用の誤りがあることを正されるということのために上訴権を運用しているというのが実情でございまして、決して乱用にわたるというようなことはないと確信いたしております。
#6
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) 諸外国の立法例を見ましても、検察官の上訴を禁止する制度もございます。あるいはきびしく制限する例もございます。また、被告人の場合と同様に、広く検察官の上訴を認める例もあるようでございまして、そのどちらがいいかという点は、一がいには言えないわけでございまして、慎重に検討を要する立法事項だと思います。最高裁判所といたしましては、この点につきましては意見を差し控えさしていただきたいと思います。
 なお、検察官の上訴につきまして、憲法三十九条に違反するかどうかという点につきましては、先ほどお話がございましたように、最高裁判所の判例がございまして、私どもはそれに従っていきたいと現在は考えております。
 なお、検察官の上訴は、昭和四十六年中に高裁が受理した控訴事件についてみますと、検察官側のものといたしましては、検察官、被告人両方からの上訴のものを含めまして五・九%、上告申し立て事件は、検察側からのものは十四件、〇・四%というふうになっておりまして、必ずしも多いというふうには私ども理解しておりませんですが、立法の点につきましては、この際、意見を差し控えさしていただきます。
#7
○佐々木静子君 塚田先生の御質問でございますが、先ほど来、先生がお話しくださいましたように、いまの日本の刑事裁判のあり方、御指摘の憲法第三十九条のように、一事不再理とか、あるいはさかのぼって処罰することができないという、こういう規定のこの趣旨から考えましても、いま先生御指摘のように、検察官からの上訴というものは、これは最高裁判例で一応は認められては、合憲とされてはおりますけれども、しかし、憲法の精神から考えると、やはりこれは相当問題が多いんじゃないかというふうに私考えているわけでございまして、いま立法例のお話がございましたが、私、実はあまりつまびらかにいたしておりませんけれども、たとえば聞くところでは、アメリカの諸州の法律では、無罪の判決があった場合には検察官側の上訴はできない。無罪ですと、被告側の上訴もないと思いますが、ともかく検事側からの上訴はできないというふうな法律を持っている州がたくさんあるというふうに聞いておるわけでございますので、これは外国の立法例ではかなりそういう点に進んだところが見られるんじゃないか。憲法の規定からいうと、日本の刑事訴訟法でもっとそれを前進せしめても、この憲法の民主的な精神から見て当然にふさわしいんじゃないか。ですから、先生御指摘のように、これは少なくとも無罪判決に対して検事上訴ということは、これは立法をもって差し控えるようにすべきが、これが憲法の三十九条の精神にも当然に合致するのじゃないかというふうに私考えているわけでございます。
 それから、いま法務省から、絶対に上訴権の乱用ということがないというお話があったわけでございますけれども、これは私が、まあ弁護士の端くれに加えていただいているようなごくきわめてわずかな体験から見ましても、これは乱上訴というもの、検事側からの。これは相当あるように思うわけでございまして、特に重大事件――世間から注目されているような事件などでは、これは必ずといっていいくらい、検察のメンツにかけてというところじゃないかと思うんですが、上訴されるケースがたいへんに多い。これなどはまさに乱上訴の適例ではないかというふうに思うわけなんでございます。
 それで、ちなみにこの間、これは別の件で法務省からいただいた資料でございますけれども、裁判で無罪が確定したというふうな事件のこの刑事補償、国家賠償のケースを調べてみましても、一審で無罪が確定している件はきわめて少のうございまして、高裁へ行ってから確定しているというふうのが普通のようでございますので、そのことから見ましても、一審無罪判決があっても今度は検事側が上訴するから、結局形の上では高等裁判所で確定するというふうなかっこうになってきているのが多いんじゃないか。そういう点でもやはり乱上訴というものが現実にはかなりのパーセンテージを占めて存在するのではないかと思うわけです。
 それから、先ほど来、法務省のお話にもございましたが、この刑事訴訟法が当事者主義というふうなかっこうをとってはおりますけれども、これは、当事者といっても、一方は国というもう実に膨大な国家権力であり、一方被告の立場に立っている人間は、全くもうまことに微々たる、まあ蟷螂のおのというたとえがありますが、そんな比じゃない。全く絶大な国家権力に対するまことにアリのように小さな存在でしかないわけでございますから、それにただ形式的に、当事者主義だから、平等だからということで同じような立場で争うとなれば、これは全く公平の原則にも反し、国民の、被告の人権を守ることができない。そういうふうなことから考えましても、検察官の刑事訴訟法におけるお立場というものは、当事者ではある半面、それよりももっともっと広い大きなウエートを置いて公益の代表としての公の立場に立っていただかなくちゃならない。そのためには、くれぐれもこの塚田先生がおっしゃったように乱上訴というものを慎んでいただかなければならないし、また立法においても、検事側からなす上訴に対する制限というようなこともこれから御検討を法務省にお願いしたいと実は私自身も思っているようなわけでございます。
#8
○塚田大願君 いまの問題で、もう一つ法務省にお聞きするんですが、先ほど法務省、私の外国ではどうだということについては何にも触れておられないんだが、その問題と、そしてなおかつ、いま最高裁や佐々木委員からの御意見もありましたが、やはりなるほど最高裁の判例があるかもしれない、しかし今日事実問題としまして、この検察側の乱上訴というものが非常に大きな問題になっておる、そのことにつきまして、もっと私は法務省の明確な考え方をもう一度確認しておきたいと思いますが、どうですか。
#9
○政府委員(安原美穂君) 外国の立法例につきましては、遺憾ながら詳しくは存じませんが、先ほど最高裁の千葉刑事局長の申されましたように、上訴を制限しておるものもあれば、制限してないものもあるということで、一がいに外国ではどうであるということは、全体の傾向というものはつかめないように思います。それぞれその国の慣習なり慣例なり、その他法律の水準とか、いろんなことから考えて、そういうそれぞれの国に適合した制度がとられているものと思うのでございます。しかしながら、大勢からいいますと、アメリカでは、州によって、無罪判決があったときは、検察官による上訴は認めない。欧州においては、検事上訴の制限ということはないというふうに大勢としては理解すべきものかと思います。
 なお、乱上訴の問題でございますが、これは見解の分かれるところでございますが、統計を見ましても、先ほど最高裁の刑事局長から御説明がございましたが、たとえば私どもの持っております統計によりますと、昭和四十二年から四十六年までの五年間の第一審の判決人員は三十八万三千三十四人でございますが、そのうち検察官が控訴した事件の被告人の数はその〇・九%である三千六百十二人でございまして、数からいけば乱上訴というようなことには、まことに一%にも満たない上訴でございまして、しかも、乱上訴でないことのもう一つの裏づけといたしましては、検察官が控訴した事件につきまして、その事由が認められて破棄されたという事案がその七二・一%を占めておる、相当高率を占めておるということから見まして、統計的に見ましても乱上訴ということではない、数字的にも実質的にも乱上訴ではないというふうに思うものでございまして、遺憾ながら塚田先生の御意見には同調いたしかねるわけであります。
#10
○塚田大願君 大体そんな数字なんか出したってあまり意味ないですよ。問題は政治的な事件にこういう乱上訴が盛んに行なわれておるということなんで、政治的に非常に大きな問題なんで、数字なんか出せばあるいはそうかもしれない。私が聞いておるのはそういうことじゃありません。どうも法務省はそういう点では何とか実態を糊塗しようとするような、そういう姿勢があることはたいへんやはり私は遺憾に思いますね。
 このことだけやっておられませんから、次に進みますけれども、これは特に最高裁にお尋ねしたいのでありますが、検察官の上訴によって開始されます上訴手続は、原判決が無罪、免訴、控訴棄却などの救済である場合には、原判決を破棄して、検察官の科刑の要求にこたえるかいなかを審理の目的とするものでありまして、いわば一方的科刑手続となるものと考えられるわけであります。被告人にとりましては、すでに一たんは獲得した救済を失うかもしれないという危険と負担が残るわけであります。でありますから、検察官のみが上訴して無罪などの判決が確定した場合には、上訴費用の弁償を行なう規定があるわけであります。その前に、まずこのような上訴に対して、裁判所は乱上訴を制限する立場からも、また、さきの憲法第三十九条の立場からいいましても、検察官上訴、検察官の不利益上訴について、裁判所としてとるべき歯どめを考慮すべきではないかと私は考えます。もちろんこれは立法上われわれが考えるのでございますけれども、とにかく裁判所として、こういう検察官の上訴、検察官の不利益上訴につきまして、どのような歯どめをお考えなのか、ひとつ聞かしていただきたいと思います。
#11
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) 現在の制度では、被告側からの上訴につきましても検察側の上訴につきましても、手続的には全く同じでございます。したがいまして、その双方について同じことであろうと思いますが、やはり控訴審の性格に基づいて、原判決がございますので、しかも証拠資料はすでに一審で調べられたものがあるということでございますから、そのどこが争いのもとであるかということを的確に把握して、それでそれがいたずらな争いであるか、真に争いのあることであるかを早急に的確に判断するということが必要ではなかろうかと思います。それで現在、私どもとしましては、控訴趣意書の取り扱いといいますか、各当事者が提出する控訴趣意書はどういうふうであるべきか、また控訴審の審理は、先ほど申し上げましたような意味において、どういうふうに的確な審理が行なわれるべきかということを刑事訴訟法の基本的な考え方に従ってやるべきではないかというようなことを繰り返し議論をし、会同等において討議してもらっているところでございます。そういう基本的なことこそがむしろ乱上訴というものを防ぐ、そうして迅速、的確に判断をする一番重要なことではなかろうか、かように思っております。
 なお、先ほど塚田委員からお話のありましたように、費用補償の規定が刑事訴訟法の三百六十九条にございまして、検察官のみが上訴した場合におきまして、上訴が棄却されたとき、あるいは上訴の取り下げがあったときは、当該事件の被告人であった者に対して、上訴によってその審級に生じた費用の補償をするという規定がございます。これに基づきまして、「被告人であった者又はその弁護人であった者が公判準備及び公判期日に出頭するに要した旅費、日当及び宿泊料並びに弁護人であった者に対する報酬」等につきましては、長官を通じてこの運用は的確に行なわれている、かように思います。
#12
○塚田大願君 この点について、佐々木委員の御意見も聞きたいと思います。
#13
○佐々木静子君 いまの先生の御意見ごもっともでございまして、この検察官の乱上訴の問題と関連、不可分一体の問題ではないかと思うのでございますけれども、そういうことで、具体的にチェックする方法というものは、いまなかなか具体的な問題とすると急には浮かんではまいりませんけれども、しかし、基本的な精神から見ますと、公益の代表者という立場を優先する限りにおいては、みだりに上訴すべきではないということにまず第一にかかってくるんじゃないかと思います。
 それからこの上訴審、これはあとで御質問あるかもわかりませんけれども、上訴の裁判が、非常に国のほうは膨大な国家権力と国の費用をもって、金銭に糸目をつけずに十二分に人的、物的に陣容を整えて戦えるのに対して、被告のほうは、まず一審でも被告という立場に置かれ、たださえ微々たる国民の一個人としては力がないところが、被告という座にすわらされて、いよいよ戦いにくい立場にがんじがらめに縛られる、そこで控訴審を戦わなければならないという状態において、一番上訴審の裁判において問題になるのが、迅速な裁判を進めなければならないという立場にある検察官が、往々にして手持ちの証拠を隠して被告人あるいは弁護人に見せない、そういうふうなことからますます不平等な立場に立たされて、そして弱い立場の被告人はますます苦しい立場に追い込まれて、長い裁判に権力側の策動によって――策動というとちょっとことばが過ぎるかもしれませんが、やり方によって引きずり込まれて、たいへんな苦労な目にあわなければならないというケースが、これはいままでの世間から注目を浴びた事件においても、どのケースにも十分に見られるわけでございます。たとえば松川事件の諏訪メモのようなものがその典型的なものじゃないかと思うのでございますが、幸いこういうふうな事件は最終的に無罪になったので、こういうことがあったということで明るみに出たわけですけれども、そのことが遂に世に出ないで葬り去られている事件というものが、現実には、いまクローズアップされている事件よりもずっとはるかに多いんじゃないか、数の上からも。そういうことから考えますと、この乱上訴の問題とともに、この控訴審における戦い、特に検事上訴の場合に、検事がフェアにやってもらわないと困る。国家権力というばく大なものをうしろにかかえているだけに、単に当事者主義ということに徹底してもらっちゃ困るんであって、公益の代表者という立場で、全く公正な立場で戦いを進めてもらわなければ、これはもう人権じゅうりんの最たるものにほかならないんじゃないかというふうに思うわけでございまして、塚田先生の御質問はまことに当を得たものであるというふうに私考えるわけでございます。
 なお、いまこの検事上訴の場合に無罪になった、検事のみ上訴した場合に無罪の判決が出た場合の三百六十九条の、今度の法案についての第一条の後段の改正部分にもあげられている件でございますが、最高裁の御答弁では、こういうふうな場合には刑訴三百六十九条で、被告人とか弁護人が「公判準備及び公判期日に出頭するに要した旅費、日当及び宿泊料並びに弁護人であった者に対する報酬」などについて、これは国が補償することができるようになっているというような御答弁でございましたけれども、これが実に片手落ちな規定でございまして、現実に一番問題であるところの本件の審議の対象になっておる謄写料をはじめとする、被告人の無実を立証するために多くの活動と費用を要する事柄については現実に国からは補償されず、ほとんどが自腹でやらなければならない。そしてその自腹の都合がつかないために、無念の涙をのんで権力側に服さなければならないというようなケースも非常に多いわけでございます。
 そういうことから考えますと、先ほど法務省の言われました、乱上訴はない、上訴した部分のうちの七二%が上訴審で認められているというような御主張がございましたが、そうすると、必ずしもそれがそうかということになりますと、この七二%検事側の言い分が通ったというものの中には、これは正しい当然の上訴であったために検事側の言い分が通った場合もむろんあるでしょうけれども、また被告が力がなくして、また経済的にもやっていけなくて、もうこれ以上みなにも迷惑をかけられないということで無念の涙をのんだのもこの七二%の中にはかなり含まれているということが十分にうかがわれると思うわけでございます。
 それから、七二%が破棄されたからといって、これは私は検事が大きな顔をできるものじゃない。その残りの二八%の人間は、結局、検事側の上訴によってたいへん苦しい立場に立たされたけれども、結局それは何ら意味がなかった、つまり乱上訴そのものであったということを物語っているのでございまして、そういう意味におきましても、やはり法務省の上訴審に対する考え方、また上訴するかすべきでないかということに対する御決定などにつきましても、塚田先生おっしゃるように、もっともっと憲法の精神にのっとって慎重に公正にやっていただきたいと、私も同じように感ずるわけでございます。
#14
○塚田大願君 いまの佐々木委員のお考え方、私、全く妥当だと考えておるわけであります。
 そこで、いまもお話が出ましたが、迅速な救済の問題であります。御承知のように、長期な裁判から被告人を救済するためには、公判期間の制限という問題がございます。しかし、これは救済が結果として必ず実現するとは限らないわけであります。公判期間が制限されれば、審理が切り捨てられるというようなこと、それは免訴や無罪となるよりは有罪となる現実の可能性のほうが大きいわけでございます。そういう危険性があるわけであります。
 したがって、長過ぎる裁判をやめるには幾つかの方策があると思うのでございますが、その一つとして、検察官の不利益上訴の禁止、こういうものもあると思いますが、私は、昨年、昭和四十七年十二月に無罪の判決がございました辰野事件について、煩をわずらわずにまず少しその実態を見たいと思うのであります。その上で法務省、最高裁の意見をお聞きいたします。
 東京高等裁判所の二審無罪判決は、自白の信用性を明確かつ全面的に否定しながら、検察側によって、被告人らが時限式火炎びんをしかけて自動発火させたのだと主張されてきた辰野警察署の事件現場について、次のように認定をいたしました。すなわち、検証の結果及び証拠物の状態から右の発火状況を見るのに、そのものが発火燃焼したその各部分が散乱した原因、過程にまことに不可解なものがあって、その状況はすべて馬場自白と符合するものとは言えないと同時に、これによって逆にそのものの本来の姿を正確に再現することは困難云々と、こういうふうに認定をいたしました。
 こういう問題がすべての現場に共通していましたし、その現場はすべて事件発生の前後を通して終始警察官の包囲、監視下にあったわけであります。したがって、この事実認定というのは、判決当日の各新聞紙も一斉に指摘いたしましたように、辰野事件の現場と証拠物は捜査当局によって捏造されたのだという被告、弁護側の主張を、ごく控え目でございましたけれども、裏づけるものになったと思うのであります。このことは当然被告人たちの逮捕、勾留が捏造証拠に立脚するものであり、自白も、うその供述強要の産物であって、本来起訴そのものが許されなかったのだという事実を意味していたと思うのであります。このことはまた、火炎びんやダイナマイトが検察官主張の筋書きのとおりに発火、爆発したのを目撃したという延べ八十余名の警察官たちが計画的、組織的に偽証した事実をはっきり示していたと思うのであります。
 これは、辰野事件の捜査と公訴におきまして、国家権力の機関が逮捕、監禁、強要、脅迫、暴行、名誉棄損、謹告などの特別公務員職権乱用、暴行陵虐の罪をはじめ、数多くの具体的な刑法犯罪を犯したのだということにほかならないわけであります。
 いまも佐々木委員がおっしゃいましたように、国家機関によるこれらの犯罪行為がない限り、もともと辰野事件の裁判などは初めから存在しなかったということにもなります。警察、検察によるこれらの事実の隠蔽がない限り、裁判の長期化もなかったと言ってもいいのであります。これは単に誤判の問題というべきものではございません。
 その意味で、この真相を見抜こうとしないままに、自白と警察官証言を無条件に採用した一審判決の責任もまたきわめて大きいものと言わなければなりませんが、権力も資金も持たない被告、弁護側がこういうような真相を自力で解明するためには、不可避的に長い時間を必要とします。そうである以上、辰野事件裁判長期化の真の原因と責任はすべて警察、検察、一審裁判所にあったと言わなければなりません。このことを十分に追及して、このような捜査、控訴、裁判のあり方に終止符を打つのでなければ、長期裁判による国民の負担と犠牲というものは不断に繰り返される危険性を持つわけであります。
 なお、辰野事件の無罪が確定した時点をとってみますと、二十年七カ月の間貧苦に耐え、自分自身や家族の健康を害しながら、ときには職をなげうって無罪を叫び続けてきた十二名の被告人たちに対する刑事補償金の総額は、請求の満額認容でもわずか金二百二十七万円余にすぎませんでした。これは当時の被告団が背負っていた印刷費など諸経費の借金額の三分の一にすぎなかったと言われております。刑事補償の新聞広告料よりも低い金額であったはずであります。長期裁判による国民の犠牲の過酷な実態とその保障の極度の貧しさの一端がここにもはっきり示されているのではないかと考えられます。
 あらわれ方が違いますけれども、こういう点はメーデー事件や仁保事件、青梅事件にすべて共通でありまして、また松川事件、八海事件など長期裁判の多くに共通する問題でございます。
 こういうふうに申し上げていきますと、いろいろ事例はたくさんございますけれども、時間の関係で全部申し上げるわけにもまいりませんが、こういう長過ぎた裁判の具体的な教訓が幾つかございますけれども、とにかく捜査、控訴、裁判の正しいあり方を手続的保障の面でとらえるとすれば一体どうなるのだろうか。そこで、私どもいろいろ研究をいたしました。そこで、私はおもな問題点、方策についてこれから一つずつお聞きしたいと思うのでございますが、まず最初に、令状主義の厳正な適用のあり方、この問題についてお伺いいたします。
 この点については最高裁にお伺いいたしますが、長過ぎた裁判では、政治目的による事件捏造の場合であれ、あるいは捜査上の誤りに基因する場合であれ、いつも逮捕に至る経過そのものに問題があったと言ってもいいのではないかと思います。合理的な根拠を欠く見込み逮捕、こういう見込み逮捕こそ多くの誤判事件の出発点であろうかと思います。特に仁保事件で典型的に示されましたような別件逮捕、勾留は厳重に規制さるべきであると考えます。この規制は、自白を証拠から排除することによって貫徹されるべきものでありますが、まず、この令状主義の実質的なくずれ方は一般的に見てもあまりにもひどすぎるのではないかというふうに考えますので、そういう意味で、この令状主義の厳正な適用ということについてまず最高裁にお伺いいたします。
#15
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) いま塚田委員のおっしゃいましたように、長期裁判というものを分析してみますといろいろの原因があるかと思います。訴訟手続といいますのは、捜査の段階から裁判所に来まして裁判所の審理、判決に至るまで非常にたくさんの段階の手続があるように思います。したがいまして、それぞれの段階で塚田委員のおっしゃいましたような厳正なチェックが必要であることは申すまでもないことだと思います。したがいまして、裁判所に来る前の捜査手続において、逮捕あるいは勾留に関する令状の扱いが厳正でなければならないこと、これまたおっしゃるとおりだと思っております。長期裁判になる事件の中には、先ほどお話の出ましたように、別件逮捕というようなこともしばしば問題になりまして、この点につきましては、実は裁判所の実務としても非常に重要であり、かつむずかしい問題があるように思われます。個々の裁判官がそのケースごとに非常に苦心しておること、御承知のとおりだろうと思います。ただ、別件逮捕と申しましても、本来の事件がありまして、その事件を捜査するために別の必要のない事件を立ててそれで逮捕し、勾留することによって、本来の事件のほうの捜査に時間かせぎをするというような扱いを別件逮捕とおっしゃると思いますが、ただその別件と申しましても、その事件それ自体に逮捕の必要性がある、あるいは拘束する必要性があるということになりますと、そこのかね合いが非常にむずかしくなりまして、どうしても本件との関係での実質上の必要性の審査を厳正に行なうための資料を求めざるを得ないわけであります。その点はこれまでもいろいろ議論になりまして、各裁判官は、本件の捜査の進展状況につきまして、本来は、逮捕の場合は必ずしも時間が十分ありませんのでそういうことをしないのでありますが、別件逮捕の疑いのある事件につきましては、本件の捜査の進展状況というものまで調べてやるように会同等で議論されておるわけでございまして、先生のおっしゃいますように、その点のチェックの必要なことは裁判所は十分理解しておる、かように思っております。
#16
○塚田大願君 それでは次にお伺いしましょう。黙秘権の厳格な保障の問題であります。
 被疑者に対する取り調べの目的も実態も、結局自白の獲得に尽きるといっても過言ではございません。それはまず何よりも、さまざまな方法と形態による黙秘権の無視とじゅうりんからはじまるわけであります。私はこの問題はやはり重要だと思うのでありますが、黙秘権の保障はあらゆる場面で確立されるべきものでございまして、捜査過程において少しでも黙秘権の侵害の疑いがあれば、強要の疑いのある供述として、その証拠能力を否定するように徹底すべきであると考えますが、その点について最高裁はどのようにお考えですか。
#17
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) 刑事訴訟法の三百十九条一項によりますと、その規定の中で「強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑いのある自白は、これを証拠とすることができない。」こういうふうにされておりまして、自白に任意性があるかどうかということの挙証責任は実は検察官が持っておるわけでございまして、多くの事件につきまして黙秘権の厳格な保障がなされたかどうかということは、自白の任意性があるかどうかというところで争いになるわけでございまして、検察官、弁護側双方がそこで多くの証拠を出し合うわけでございますが、裁判所としては、この規定がございますように、少しでも任意性の疑いが残るときには、その自白は証拠能力のないものというふうに考えております。ただ、現実に訴訟の上ではそこに争いがあるわけでございますから、そのいずれかにきめられるということでございますが、任意性に疑いがあるということだけでその自白は証拠能力がないという考え方は、法律の規定するとおり裁判官はわかっているはずでございます。
#18
○塚田大願君 じゃ、三番目にお伺いいたします。三番目には、自白の強要、拷問の厳禁の問題であります。
 松川事件をはじめといたしまして、長過ぎた裁判で自白の強要が問題にならなかった例は一つもございません。肉体的、精神的拷問あるいは脅迫、利益誘導、約束などによる自白の強要というものはいつも主要なテーマでございました。裁判所がこれらの事実を率直に認めてさえいたならば、どれほど公正迅速な裁判が実現していたことかはかり知れないと言っても過言ではございません。そういう意味で、自白の生成過程につきましては、取り調べに弁護人の立ち会い権を認めるなど、抜本的な改善策が必要だろうと考えるのでございますが、最高裁はこの点についてはいかがでございますか。
#19
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) 現行法のたてまえでは、捜査官による被疑者の取り調べに弁護人の立ち会い権を権利として認めるというふうにはなっておりません。で、弁護人に権利として立ち会い権を認めるかどうかということは、これはいまの刑事訴訟法のたてまえの根幹にも触れる立法政策上の問題でございますので、私どものほうからはちょっと意見を差し控えさしていただきたいと思います。
#20
○塚田大願君 いや、具体的な意見はなくてもいいんです。やはりこういう現実に自白の強要あるいは拷問というふうな問題がいつも問題になる。そうしたならば、そういう問題をほんとうに排除するためにはどのような抜本的な改善策が必要か。もちろん立法上の問題については国会が責任を持たなければなりませんけれども、裁判所としても私は一定の改善策というもの、あるいはビジョンでもいいと思いますけれども、そういうものがあってしかるべきだと思うのですが、その点はどうでしょうか。
#21
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) 自白の任意性の問題が非常に多くの事件で問題になっている。しかもそれが非常にその事件の成否に重要な関係があるということは、まことにおっしゃるとおりでございまして、多くの事件でまさにその点が争点になるわけでございます。ただ、その争点になるまでの間に相当時間がかかるということも現実でございまして、それが訴訟が長引く一つの原因になっていることも争えないところだと思いますが、結局は自白の任意性というのが、よく言われますように、自白は証拠の王である、というふうに、非常に重要な証拠価値を持つ場合がありますので、どうしてもその自白の任意性について白黒を早く決着をつける必要があるということが、また、それを厳格な審査をして早く決着をつけていく運用が一番重要なことではないかと思います。で、立法上の問題ももちろんあると思いますが、そういう意味での裁判所の訴訟指揮あるいは訴訟関係人の立証活動を促す、そしてそこに争点を煮詰めていくという、そういう訴訟指揮、訴訟活動ということが非常に重要であるということが言えるかと思いますし、その点についても、従来からよく指摘され、検討されているところでございます。
#22
○塚田大願君 では、四番目の問題に移ります。四番目は、弁護人選任権の保障の問題であります。
 捜査のゆがみをチェックし、自白の強制を防ぐためにも、捜査段階における弁護人の役割りというものはきわめて大きいと考えるわけであります。それだけに、捜査当局がその選任を妨害することもたくさんございます。仁保事件ではそのことが最も痛感されましたし、松川事件をはじめ辰野事件などでもその妨害が歴然としておりました。このような場合には、それだけで自白の証拠能力を奪うべきであります。また、捜査段階でも国選弁護人を選任できるように改めるべきではないかと思いますが、この点はどうでしょうか。
#23
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) 現在のところ、弁護人――捜査段階に国選弁護人を付するという制度にはなっておりません。これもまた立法の問題になりますので、にわかに私から意見を申し上げにくいところでございますが、ただ、おっしゃいますように、捜査当局が不当に被疑者あるいは被告人の弁護人選任権を侵害するというようなことが起こったと仮定いたしますと、これまでの学説上の考え方でも自白の証拠能力に影響を及ぼしていくということが考えられるかと思います。いまの規定の上では、その辺を非常に注意深く規定しておりまして、被疑者が逮捕されたときには直ちに弁護人選任権があるということを告げろということでございます。それから、勾留の段階でもそういうことを告げろというふうになっておりますが、大体はその辺は、私の知る限りでは、弁護人選任権の告知はなされているのではないか、かように思います。
#24
○塚田大願君 では五つ目であります。秘密交通権の厳格な保障という問題であります。
 捜査段階における弁護人の活動というものは、まず接見交通から始まります。これは御承知のとおりであります。ところが、捜査当局というものは全力をあげてこれをほしいままに妨害するわけであります。私なども戦前治安維持法で起訴、勾留されましたときもそうでありますが、たいへんその辺はえげつなく接見交通を妨げる、これはいわば慣例みたいになってきておるのです。現在でも事実上こういうことが行なわれておると思うのでありますが、たとえば一般指定や切符制は明白な違憲、違法でありまして、私どもはこういうものはすみやかに廃止すべきであると考えるわけであります。およそ弁護人の秘密交通権が妨害されているような状況のもとで採取された自白は、すべて証拠能力を否定するように徹底するべきだと考えるわけでありますけれども、この点については、最高裁並びに法務省はどういうふうにお考えであるか。法務省からまず御答弁を願いたいと思います。
#25
○政府委員(安原美穂君) 弁護人の被告、被疑者との交通権が尊重されなければならない、被告人の、被疑者の防御のためにその点が十分に尊重されなければならないということは申すまでもないところでありまするが、したがいまして刑事訴訟法は、三十九条におきまして、捜査の必要のために、接見の日時、場所及び時間を指定できることとしながら、それが度を過ごして被告人の防御の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならないということでございまして、捜査の必要性と防御とのかね合いの問題として、検察当局では慎重に日時、場所の指定ということを行なっておると思うのでございます。
 なお、一般指定ということにつきましてはいろいろ議論がございまして、裁判所におきましても意見が分かれておるやに聞いておりまするが、最近の東京地方裁判所のある決定によりますると、これは法律的には何ら効果を持つものでもない。いわば三十九条による検察官の日時、場所の具体的指定を予告しておるものであって、準抗告の対象にならないという決定もあるわけでございまして、私どもとしては、これは決して弁護人の交通権を妨げるために一般的指定をしておるのではなく、検察官の捜査のために必要があるということを考えたために、あらかじめそういうこともあるべしということを予告申し上げておる、かえって運用を円滑にするための一つの制度であるというふうに理解しておる次第でございます。
#26
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) いわゆる一般的指定の問題につきましては、ただいま安原刑事局長がおっしゃいましたように、両方の考え方があるようでございまして、それというのも、やはり個々的にその事件について一般的指定がどういう作用を果たしているか、機能しているかというようなことを審査しなければならないからであろうかとも思いますが、実務としては、これを準抗告の対象として、不当であるとして取り上げられる例もあるわけでございます。
#27
○塚田大願君 では六番目、いわゆる違法収集証拠の排除の問題であります。
 いままで申しました問題と関連して、およそ違法な手続で収集された証拠については、これらをすべて証拠から排除する原則が成立しない限り、現実の捜査のゆがみは矯正されないし、国民の権利は保障されないと考えるわけであります。それは実に広範な問題でございまして、さまざまなあらわれ方をしておりますけれども、とにかく違法収集の事実は証拠能力にも証拠価値にも影響がないという判例の態度こそ、私は裁判の長期化に貢献してきたのではないかと思うわけであります。役立ってきたのではないかと思うのであります。こういう判例は、私はすみやかに変更さるべきであると考えますが、最高裁はどういうふうにお考えでございますか。
#28
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) 最高裁判所の裁判そのものについて私が申し上げる立場にはございませんが、ただ、違法収集の証拠に関する判例は、確かに昭和二十四、五年当時は、実体的真実といいますか、たとえば証拠物でいいますと、証拠物そのものはそれ自体証拠能力があるから、違法収集であっても証拠能力を否定されないというような考え方、判例が主流を占めまして、それでずっと来ております。しかし、昭和三十六年の六月七日の大法廷の判決の意見の中に、やはり違法収集の場合には、証拠能力についてこれを必ずしもそのまま認めていいとは言えないという趣旨の、つまり違法収集に関する証拠については、証拠能力について否定的な見解を意見として示されました。それ以後の東京地裁、横浜地裁あるいは東京高裁の判例は、証拠能力を否定すべき場合に関する基準等をだんだん設けるようになりまして、昭和二十四年当時の判例とは変わってきております。その後の実務はむしろ三十六年の六月の大法廷の判決の意見に従うほうが強くなっていると、かように思っております。
#29
○塚田大願君 では次、七番目であります。勾留制度の厳正な運用という問題であります。
 勾留に関する現実の運用もまた、憲法、刑事訴訟法の原則を全くくずしていると考えます。黙秘や否認を理由に勾留の取り消しや保釈を認めない運用など、もちろん論外でございます。しかし、このような実情のもとで、不当に長く抑留または拘禁されたことを容易に認めない判例の態度が自白強要の機会を公認し、裁判長期化の原因をつくり出してきたのではないかと考えますが、勾留に関する諸原則は可及的すみやかに回復さるべきだと思いますが、この点について最高裁はどうでございますか。
#30
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) 勾留について、逮捕あるいは勾留の必要性ということについての判断がはたして裁判所ができるかどうかという議論さえあった経過を踏まえて、その後の改正で、規則上その必要性を裁判所は判断できるのだということになりました。それ以来、裁判所としては何回も会同を重ねまして、それこそその点についての基本的な考え方の徹底をはかってきたつもりでおりますが、なお御批判があるとしますならば、今後とも、私は塚田委員のおっしゃるとおりだと思いますが、その点についてはさらに会同等で裁判官方の注意を喚起していきたい、かように思っております。
#31
○塚田大願君 いろいろもっと深く論議したいのでございますけれども、時間の関係がありますから、とにかく一応ずっとやっていきたいと思います。
 次、八番目でありますが、検察官手持ち証拠の開示という問題であります。
 たとえば青梅事件では、起訴前の自白調書が一通も法廷に提出されておりませんでした。弁護団は最初からこの開示を要求し続けてまいりました。百三十六通のこれらの自白調書は、差し戻し審後半の段階でようやく提出されるに至ったのでありますけれども、その内容は、有罪判決の――これは最高裁で棄却されましたけれども、有罪判決の根拠とされた起訴後の自白調書と全く違っておったわけであります。このことはまぎれもなく起訴そのものの違法を示していましたが、これらの起訴前の自白調書の開示さえあれば、それだけで無罪の結論は初めから明白であったろうと思うのであります。長期裁判の必要もなかったろうと思うのであります。検察官によるこの種の証拠隠匿というものは、松川事件の諏訪メモにもございました。先ほど佐々木委員からもお話がございましたけれども、この松川事件の諏訪メモをはじめとして、全く枚挙にいとまがないといっても差しつかえないのであります。弁護人に対する検察官手持ち証拠の開示を明確に保障すべきだろうと思うのでありますが、この点については、法務省、最高裁、並びに佐々木委員にも意見を聞きたいと思います。
#32
○政府委員(安原美穂君) 検察官は公益の代表者といたしまして、実体的真実の発見という一つの至高の目的のために、訴訟法関係の法令を順守いたしまして、捜査の遂行と公訴の維持に当たるものでございまするから、かりそめにも手持ちの証拠を隠匿するというようなことがあってはならないことは御指摘を待つまでもないと考えているのでございます。
 しかしながら、検察官が裁判所に証拠として取り調べを申請するかいなかというものの判断の基準は、あくまで先ほど申しました当該事件の真相を明らかにするのに必要かつ十分な限度を基準として判断しているのでございまして、隠匿しているということではなくて、それを申請する必要があるかどうかを、事案の真相を明らかにするために必要かつ十分という限度で判断をしている、いわば隠匿ではなくて、その判断に基づいて、取り調べの申請をする必要がないという判断に基づいて出さないというのにすぎないのが当然の姿でなければならないというふうに考えております。
 なお、松川事件の場合におきましても、さような立場から証拠申請がなされたのでございまして、御指摘の諏訪メモの関係でございますが、これにつきましては、弁護側は、諏訪メモを提出することをしたならば、被告人の一人でありました佐藤氏のアリバイが成立したであろうということを御主張なさっておるのでありまするが、検察官側は、諏訪メモを出さなくても、会社側の証人の証言によりまして佐藤氏のアリバイは成立しないということが実証できるという見解のために諏訪メモを出さなかったというにすぎないものでございます。その点は、差し戻し後の再上告審の判決の多数意見が昭和三十八年に出ておりまして、それによりますと、最高裁は、諏訪メモの記載自体は、佐藤氏が十五日午前中に行なわれた東芝の団体交渉の席に最後までいたか、それとも途中で退席したかについての決定的な証拠を提供しているものとは認めがたい、その他同人の十五日アリバイの成立に強い心証を得た原審の判断をそのまま是認することにはちゅうちょを感ずると言っておりまして、検察官と、諏訪メモの評価についてはこれを一致する最高裁の判断も出ておるわけでございまして、これをして諏訪メモをもって検察官が隠匿したと言われるのはいわば当を得ない御批判であるというふうにわれわれは考えております。
#33
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) この問題はことばをかえて申し上げますと、検察官の手持ちの証拠をどのようにして開示するかという問題ではないかと考えますが、検察官手持ち証拠の開示という問題は、実は刑事訴訟法がやはり当事者主義の形をとっておりますために、その訴訟の構造の基本に触れる問題として、非常に解決のむずかしい問題とされてまいりました。で、昭和三十五年の十二月だったと思いますが、最高裁判所の第三小法廷によって、制定法上の根拠がないということで検察官手持ち証拠の事前開示というのが否定されたわけでございますが、その後、しかし規則の上で何かくふうはできないか、あるいは運用の上で創意くふうができないかというようなことがいろいろ議論されてまいりました。昭和四十四年の四月二十五日の第二小法廷の決定がありまして、「裁判所は、証拠調の段階に入った後、弁護人から、具体的必要性を示して、一定の証拠を弁護人に閲覧させるよう検察官に命ぜられたい旨の申出がなされた場合、事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類および内容、閲覧の時期、程度および方法、その他諸般の事情を勘案し、その閲覧が被告人の防禦のため特に重要であり、かつこれにより罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認めるときは、その訴訟指揮権に基づき、検察官に対し、その所持する証拠を弁護人に閲覧させることを命ずることができる」と、こういう決定がなされまして、それ以後は、ここに掲げられてあるような若干の条件はあるわけでございますが、訴訟指揮権として開示を命ずる、そして検察官はそれに従う、こういう運用の方法ができましたので、この問題も将来はさらにいい方向で進展することが期待されるわけでございます。
#34
○佐々木静子君 いま塚田先生からの御質問でございますけれども、検察官が手持ち証拠を開示しないということでいろいろと訴訟が混乱し、遅延し、かつ刑事訴訟の一つの目的であるところの実体的真実の発見というものがたいへんにゆがめられ、その結果無実の被告が罪におとしいれられるというようなおそろしいことが現実いまの日本でもやはりあとを断たないという、まだそういう問題が相当に刑事事件において現実に多く残っているということは事実でございまして、検察官が公益の立場に立ってこの手持ちの証拠を公開するということが、これは人権保障の意味からも、また実体的真実追求の上からも何よりも大切なことではないかと思うわけでございます。
 いま法務省の御見解では、これについての実体的真実に合致するかどうかという判断を検事がして、その判断に基づいて出すか出さないかをきめているので、これは単なる隠匿ではないというお話でございましたけれども、この判断をするところの検察官が全く公益的な立場に立って判断をしてくれればいいんでございますが、往々に、あるいは事件熱心のあまりと申しますか、当事者になり切ってしまって、勢いその判断が検察側に有利になるためというのみの判断に片寄ってしまっているのが現実でございまして、その結果隠匿、まあ結果的に事実上隠匿ということが刑事事件をゆがめている、刑事裁判をゆがめているというのは、これは全く否定できないことだと思います。たとえば、先ほど来お話のございました諏訪メモのこともさることながら、私がたまたまかつて担当いたしました八海事件の場合などにおきましても、これは再差し戻し審において初めて被告人の自白調書というものが、それもたいへんなやり取りの後に提出された。しかし遂に最後の最後まで、被告人、これは死刑判決を受けた被告人で、たしかあれは現実の――ちょっと被告人のうちのだれの分だったかちょっと忘れましたが、第二回自白調書、供述調書、警察における第二回目の供述調書というものは遂に無罪判決が確定した現在に至るまでまだ日の目を見ておらないわけでございます。で、この長い間のやり取りの間で、長い間の闘争の後で、やっと手持ち証拠の一部を出された、その被告人の供述調書、自白調書を見ますと、これは初期の段階において、まあ当時被疑者となっておった被告が警察で申しておることが非常につじつまが合う。凶器などもそういう供述から合わすと凶器の話も合う。あるいは、あれは強盗殺人事件でございますが、侵入口の問題なども、その初期に警察官に申し上げているところでは、現実にこれであったら話が合うという点がたくさんあるわけなんでございますけれども、これは御承知のとおり五人のうち一人がやったものを五人がやったということで、あとの四人は全然関係がないのに強盗殺人の犯人に仕立て上げられた事件でございますが、これがたしかそのあと出てきたのがその真の犯人の自供調書、一人でやった犯人の被疑者のときの自供調書の分でございましたが、その分が、その初期の分を読めばなるほどこれは一人でやったんだということがはっきりとわかるのに、起訴する段階になって、数人がやったということで起訴してしまったものですから、一人でやったことを裏づけるところの自供調書というものはどうあっても検察官が出さない。そのために実に十八年間もの長い間無実の者が被告の座に立たされ、三回も死刑の判決を受けるというようなおそろしいことが起こったわけでございまして、これはたまたま――まあたまたまということばのほうが適当かと思いますが、まあ無実だということがわかったのでよかったわけでございますけれども、そういうことでやみからやみに葬り去られて、そして死刑の判決を罪もないのに受けている。まあこの死刑事件とまではいかなくても、もっともっと、こまかいちょっとした事件ではもっともっと、もう数え切れないくらいたくさんそういうことがあるんじゃないか。そして、もうどの道あまりかんばしい、自慢できる話じゃないからというようなことで、もう当事者も口をつぐんでやみからやみに葬られているというケースがたいへんに多い。そういうことから考えましても、いまおっしゃいましたこの検察官の手持ち証拠の開示というようなことは、これは人権を守る上からも、刑事裁判の基本的な問題として、非常に大事な、重大な問題であるというふうに私考えているわけでございます。
#35
○塚田大願君 いまのこの裁判官の手持ち証拠の開示の問題は、これはやはりこの検察官の証拠隠匿についての一つの問題だろうと思うのです。で、つまりこの開示の保障というだけではまだ私はほんとうは不十分である、重要な証拠の隠匿が暴露された場合には、不正、違法な公訴維持として、直ちに審理を打ち切って公訴を棄却、または無罪を宣告すべきであると考えます。そこまで徹底しなければやはり事の本質は解決されないのではないかと思うのであります。いま佐々木委員がおっしゃいましたいろいろ刑事訴訟法の本来の精神からいいましても、やはりこういう場合には断固たる処置をとる、なお、検察官があくまでも隠匿証拠を任意に提出しない場合には、裁判所は刑事訴訟法九十九条によって提出命令、差し押えなどを行なうべきであろうかと思うのであります。もしこういうことがほんとうに実現すれば、私は、きわめて効果的な裁判長期化防止策の一つとなるのではないかと考えますが、この点についてなお最高裁の御意見並びに佐々木委員の御意見を賜わりたいと思います。
#36
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) 現行法上、いまお話のこういうような場合に、直ちに審理を打ち切って公訴棄却をするというような規定はないわけでございまして、解釈上も、公訴棄却の裁判をすべきかどうかという点につきましては、判例はもちろんございませんし、学説上も必ずしもあまりよく議論されていない部分であろうと思います。したがいまして、この点につきましては、そうしたほうがいいというふうな意見は私ちょっと申し上げかねると思います。
 それから、いわゆる検察官の手持ちの証拠物あるいは証拠書類について差し押えができるかどうかという点も、これまでも議論されておりまして、これまた両説あるようでございます。ただ、その点につきましては、先ほどお話し申し上げましたような判例の線が固まりましたので、現実には命令を出すことによって提示されるという運用になっておりますので、今後はそう深刻な問題は提示の関係では出てこないんではないかと、かように考えております。
#37
○佐々木静子君 いま塚田先生の、検察官が手持ち証拠を隠している場合に、裁判所の提出命令の活用とか、そのほか問題がございましたけれども、私は、ぜひ、検察官の証拠隠匿を禁止するために思い切った処置をとっていただかなければ、一方は絶大な国家権力をバックに、しかも国民の目から閉ざされたところで秘密裏に行なわれていることでございますから、これは思い切った措置をとっていただかなければこうした問題はなかなか解決しないんじゃないかと思うわけでございます。
 さっきからいろいろ事件の例が出ておりますが、実はこういうケースもございます。さきに国会で質問さしていただいた狭山事件で、石川という青年が一審で死刑の判決を受け、二審で無実を争っているわけでございますけれども、それなどにおきましても、その直後に、事件の、これは誘拐、殺害された中田善枝ちゃんという少女と身近な関係にある人たちが続け、ざまに四人、これははっきりわけのわからない事故死を遂げている。そういう事柄について、その事故死を遂げた、自殺であるかあるいは他殺の疑いがあったのではないかというふうな、そういうことについての調査の書類が全然検察官のほうからは出していただいておらない。ひとりいま無実を争っているところの、被告の座に立たされているところの石川というのが、これは十年以上にもうなるわけでございますが、その裁判についても十分な証拠の開示が行なわれておらないために、いま低迷を続けているわけでございますが、そういう問題が、たまたまこれも大きく世論が起こったものですからそういう問題も国民の前にさらされたわけでございますけれども、そういうこともたいへんにたくさんございますので、思い切った提出命令、あるいは、そういうふうな証拠の隠匿に対しましては裁判所においても断固とした処置をとるような方針を打ち出していただきたいと思うわけです。
 また、八海事件の話がございましたが、これなどでも、ちょっと時間の都合で実は先ほどは申し上げませんでしたが、これは真の犯人であった単独犯の吉岡というのが広島刑務所で服役しておって、それがこの事件の真実を現実に知るところのただ一人の証人であって、それが自分が単独でやったんだ、ほかの四人は、死刑の判決を受けている者も含めて、自分が事件にただ引きずり込んだだけで全くの無実なんだということを、弁護人にも広島刑務所の中からたくさん手紙を出しておった。最高裁にも、捜査当局、法務大臣にも、検事総長にもそういう手紙を出して、彼ら四人が無実であるということを訴えておったにもかかわらず、これは刑事局の責任か矯正局の責任か、ともかく法務省の中でそれが握りつぶされて、国民の目からずっと閉ざされてきたために、ああいう事件が長い間黒か白かということで争われたわけでございまして、それにつきましても全くきわめて偶然に、幸運にもそういう手紙が拘置所の中で隠されているということを、これは全くたまたま拘置所に元つとめておられた人から、何かの機会に偶然的に聞き出すことができたために、こういう証拠があるということがわかって、結局これは民事事件で証拠保全申し立てをして、民事のほうで提出命令をかけた、というようなことまでしなければなかなか出ない。しかも被告を、刑事のほうでは国家権力でなかなか裁判所に出頭させないので、民事事件の、被告に訴えて、そして被告人尋問というかっこうで法廷へ出てもらおうと思ったところが、その証人期日になると、本人がひどい病気であるから、命にもかかわるようなひどい病気であるから出廷できないという診断書を添えて、刑務所からそのために出頭できないという断わり状が来た。ところが、本人が出所して、吉岡が出所してから聞いてみると、自分は行きたかった、病気でも何でもなかった、ただ刑務所の上のほうの人が、お前が行くとまずいから、ひどい病気だということで診断書を出しておいたという話まで私ども聞くに及びまして、これはなかなか口ではいろいろな、りっぱな検事さんもたくさんおられる、法務官僚もりっぱな方がたくさんおられるんですが、すべてがすべてりっぱな方ばかりとは限らない。そういうふうなことから考えましても、その結果が無事の人が死刑に追いやられるというようなおそろしい暗黒裁判を生み出すというようなことから考えましても、思い切ったチェックの必要が大切じゃないか。
 そういう意味で、先生が最初おっしゃいました裁判所の断固たる措置あるいは提出命令、あるいは差し押えなどの強制的な手段の活用をもっとフルに使っていただくということをしていただかなければ、こうした問題はいつまでも根絶することができず、憲法でいってあるところの人権の保障というものがただ空文に過ぎてしまうという危険がはなはだ多いのではないかと、私も塚田先生の御意見に全く賛成する次第でございます。
#38
○塚田大願君 なお長期裁判に対する方策の問題といたしましては三つ、四つ残っているのでありますけれども、いま聞くところによりますと、法務大臣が衆議院のほうに行かなければならないというお話もございますので、大臣に対する質問を先にここでやっておきたいと思うわけであります。
 これは刑事訴訟費用等に関する法律の改正の問題でございますが、松川事件におきましては、検察官のみが上訴をして、その行なった上告が棄却され、刑訴法三百六十八条、三百六十九条、三百七十条、三百七十一条とこれに基づく刑訴規則によりまして、最高裁判所は請求に基づいて上訴費用の補償を決定したのでございます。その大要は、最高裁事務総局で作成されました資料によると次のとおりでございます。
    松川事件の上訴費用の補償について
 補償決定の日 昭和三八年一一月二八日
 請求 人  鈴木信ほか一六名
 補償総額   四九万一、六四〇円
   内訳 弁護人であった者に対する
      旅費  四万八、九〇〇円
      日当  一二万四、六〇〇円
      宿泊料 二万八、五〇〇円
      報酬  二八万九、六四〇円
      (請求人一人につき二万八、九二〇      円)
 こういうふうになっておるわけであります。この松川事件の補償額は実は実費計算によって支払われたものではございません。
  〔委員長退席、理事原文兵衛君着席〕
まさに実費をまかなえない額だったのであります。しかも請求額の十分の一程度のものにしかすぎない。弁護人の作成した答弁書の印刷費ぐらいにしか当たってないわけであります。弁護人の旅費、日当、宿泊費にも足りません。また、報酬などにはさらさら回る額ではございません。こういう実態が、他の諸事件でも大体において同じだろうと思うのでございますが、これが国選弁護人の報酬などの基準を適用した結果そうなっておるわけであります。検察官、裁判官の給与、事務費等に比べましても酷薄な扱いであることは明らかでございます。まして、これが検察官の乱上訴の結果であったとすれば、これに対する国の措置としてとられる補償としてはまことにひどいものではないかというふうに考えます。
 で、この改正法、この法律の第一条に定めております趣旨を満たすべき第二条に定めました訴訟費用の範囲を拡大する本改正案には、本来共同提案者として私ども日本共産党も参加する予定であったものでございますが、そこでお聞きしたいわけであります。国選弁護人など、この法律で定めた人々に支払うべき費用は、現在のところ満足すべきものと考えていらっしゃるのかどうか。不満足であるならばどの点がそうなのか、また改善のための措置をどうするつもりなのか、こういう点につきまして所管の法務大臣にお伺いしたい。また、そのあとに最高裁並びに佐々木委員にもお伺いしたいと思うわけであります。
#39
○国務大臣(田中伊三次君) 御質問の国選弁護人の報酬、費用でございます。これは、最高裁の年々歳々の非常な御苦心によりまして年々幾らかずつ増額をされて今日になっております。しかしながら、それじゃ現状の私選弁護人の報酬、費用等の場合と比較をしてみてどうか、こういいますと、これは、著しくといいますか、はなはだしくといいますか、相当程度安い扱いを受けておる。予算がだんだんふえておりますけれども、ふえ方が少ない、十分でございません。そこで、そういう点から考えまして、この処理でございますが、今後は、法務省といたしましては、最高裁に御協力を申し上げて、その予算の増額という上に一段の微力を払ってみたい、こう思うのでございます。
 それから、制度的にこれをどうするお考えかというおことばがあったと思います。制度的には、何といいましても、この費用を含めた、訴訟記録の費用等を含めた報酬の決定という、こういうやり方に対して何らかの具体的な改正を加える必要があるのではなかろうか、その必要ありやいなやという点は、ひとつ誠実に検討してみる必要があるということで、目下検討をしておるところでございます。結論を得ておりません。
#40
○塚田大願君 いまの質問につきましては、最高裁並びに佐々木委員にはあとでゆっくりまたお伺いしたいと思うので、先ほどの質疑を継続したいと思います。
  〔理事原文兵衛君退席、委員長着席〕
 先ほどまでは検察官の証拠隠匿の禁止の問題でございましたが、次に、十番目にお伺いしたいのは、検察官の偽証逮捕禁止の問題でございます。
 たとえば否認組と自白組の被告人たちが分離されておりました青梅事件の一審では、いわゆる自白組の被告人二名が否認組に対する証人として出延をして、自白をくつがえして犯行を否定し、残虐な肉体的拷問の事実を述べました。検察官は直ちにこの二名を偽証容疑で逮捕し、否認を撤回させてもう一度自白させるという経過をとりました。これは明らかに国家権力の強制力を利用した卑劣な偽証工作にほかならなかったと思うのでございますが、このときのショックで、一人は精神異常におちいり、いまなお精神病院につながれたままであります。ことに驚くべきことでございますが、八海事件の木下証人のケースも忘れることはできません。このような偽証逮捕が安易に行なわれる限り、だれも安心して真実を法廷で述べることができなくなるわけであります。これは検察側によってしばしば繰り返されてきた卑劣な公訴維持手段の一つでありました。この真実性があくまで公開の公判廷で争わるべき供述に関するこのような偽証逮捕というものは、そのまま、裁判の公正と法廷の威信に対する露骨な挑戦であると判断してもいいのではないかと思うのでありますが、私は、こういう一般の常識では考えられないようなこういうやり方に対しまして、裁判所のき然とした対処を望むものでありますし、また同時に、八海事件では佐々木委員も弁護人の一人でございましたので、ひとつ、この点につきましても佐々木委員の御意見を伺いたいと思うわけであります。
 まず最高裁から。
#41
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) 逮捕、勾留といいますのは、御承知のとおり、一定の犯罪事実があって、それに対する相当な疎明がなければ逮捕状は発付されないわけでございまして、偽証の問題につきましてもその原則はやはりかぶってくるかと思います。したがいまして、検察側から、偽証の犯罪事実がある、そしてそれに対する疎明が出ますと、それは慎重な判断は必要でございますけれども、そしてまた本来の訴訟事件との関係ももちろん相照らしながら、その必要性を考えなければいけないわけでございますが、ただ原則としては、一般の原則が適用されるということはこれはやむを得ないのではないかと思います。ただ、いろいろな具体的な事件につきましては、その必要性の判断について十分慎重に対処しなければいけないということは言うまでもないことだと思っております。
#42
○佐々木静子君 検察官の偽証に対する逮捕その他の問題について、これは先ほど来申し上げておりますように、刑事訴訟法における当事者といっても、検察官と被告とは非常に立場が違う。いまも検察官側に有利な証言をする被告は何ら身にあぶないことはないわけですけれども、一たび検察側にマイナスになるような証言をしたならば、これが真実の証言であっても、検察官のほうが、ときと場合によると絶大な国家権力というものを背景に、偽証罪で逮捕されるというふうなことが往々にして、往々とは言わないまでも、まあかなりの数あるわけでございまして、現実には逮捕に至らないまでも、つまらぬことを言うと逮捕するぞというような暗黙の威圧というようなもので、ほんとうのことが言えずに、検事さんの言うとおりでございますということになるケースは、これはもう刑事事件におきまして、ほんとうにもうそうでないケースのほうが少ないんじゃないかと思うくらいに、検察官というか、国家権力というものの威圧の前に、あまり関係のない当事者はそれにさからわないほうがとりあえずは身のためだということで、まあ検事さんの言うとおりだということで、真実を曲げても権力側に迎合する証言をするということが非常に多いわけでございます。
 いまお話にございました八海事件の場合におきましても、いま御指摘の、これは無実で死刑の判決を受けていた阿藤というのの内縁の妻ですが、その事件があったという時間に、これは新婚早々で二人が一緒に同会しておったということを最初言うと、これは警察でなかなか認めてくれずに、とうとう一日違ったということで無理やりに供述証書を真実と変えてつくらされて、そして裁判所へ行ってほんとうにその日の夜あったことを供述したところ、しぶとい女だということで、偽証で逮捕される。まあ口で言うと簡単ですけれども、その間にはいろいろないきさつがあってのことですけれども、まあそういうふうなことで、結局この木下ムツ子という人は、自分の新婚の夫が無実で、死刑に該当する強盗殺人罪、それで一審は死刑の判決、二審も死刑の判決というふうにいくわけですけれども、受けたということのほかに、ほんとうのことを言ったばかりに自分が逮捕される。しかも、単に逮捕されるだけじゃなくって、これは逮捕というからには、検事側から請求があって、裁判所もそれは令状を認めていられるわけですけれども、勾留、それも勾留延長して延べ二十三日間、一番長い期間身体の拘束を受けている。その間の取り調べでも、いや自分が法廷で言ったことがほんとうなのだ、あの日彼は自分と一緒にずっとおったんだということを言うと、ふとい女だということで、いろいろともうたいへんな拷問を加えられる。で、この場合に、このムツ子さんという人が、たまたま先夫との間にできた子供を連れて第二の夫のところへとついだという、そして一月もたたない、だから自分の手元にはその夫の子供でない乳飲み子を夫の手元に預けておるのに、そういうふうな状態であるのに、二十何日間も拘束して責め立て上げられて、ついに無理やりに調書を取られて偽証を認めさせられ、そうしてほんとうのことを言ったばかりに偽証罪で前科というようなことにもなって、いまなおそういう状態であるということが、そこまでの国家権力の強引な偽証――偽証というよりも、ほんとうのことを言った者に対する偽証、ほんとうのことを言えば偽証として逮捕する。そうして裁判で自分は偽証したと言う。次には、そうなると今度はほんとうのことはいよいよ言えなくなる。そうするとまた偽証罪で逮捕するということになるので、十何年間もほんとうのことを言えずに黙らされた。
 これは木下ムツ子だけではなくて、当時ほかの四人のうちの被告と一緒にそこの家におったという警察官、山崎という警察官もおったのですが、それもそのことを証言したばかりに、やはり同じく警察の職は懲戒免職、そうして偽証で逮捕されて、やはり二十四日間責め立て上げられて、ほんとうのことを言ったのが偽証罪ということで、いまなお偽証の前科ということで一生を棒に振らざるを得ないというような、こういうふうな取り調べが、これはいま八海事件のことが御質問にありましたし、私もたまたまこの事件をやったものですからこのことを申し上げましたが、そういうことがいかに多く起こっているか。
 実は八海事件で当時の現地を私調べに行きましたところ、事件が起こってから十数年たっているわけですけれども、まあいなかのことですので、これはほんとうのことを言うたほうだ、向こうの家の家族は検事や警察に言われたままそのとおりだと言うた家だというふうに聞きますと、そのほんとうのことを言うた者だという家は、もう見ただけでもわかるわけです。ぼろぼろになって、いかにあわれな状態になったかということ、生計も立たずに、夜逃げ同様のことで、暮らしも立たずに、職も奪われ、そこに住んでおれなくなった、かりに住んだところでいろいろないやがらせのために収入の道も途絶してたいへんに苦しい状態に置かれた、そういうふうなことが、この一つの事件を通じても、国家権力というものがいかにものすごいものであり、どのようなおそろしいものであるかということがはっきりと物語られていると思うわけでございまして、すべての捜査官が曲がったことをなさるというようなことは私毛頭申し上げているわけではございませんけれども、捜査官憲というものはそれだけ絶大な、どんなことでもできるということばに近いような権力を持っているのだということを、重々捜査に当たる方が身にしみて感じていただいて、そうしてその権限の行使ということについて重々慎重にやっていただかなければ、真実の追求ということもできなければ、また被告やあるいはその証人の人権を守るということもできない。
 そういうことで、いま先生御指摘のように、偽証の問題、くれぐれもこれは権力を持っている捜査官憲、法務省やあるいは警察庁の方々に十分に慎重に行使していただきたいと、私からもお願い申し上げるとともに、またこの木下事件、山崎事件一つを見ましても、この二十日間の勾留というふうなものは、やはりこれは裁判所が勾留状を許可しておられる。一般に見ると、この裁判所の勾留状の許可あるいは勾留延長なんというものが十分にチェックされずに、めくら判――めくら判というと言い過ぎかもしれませんが、捜査官憲の言うなりになっているところもある。また、場合によりますと、令状請求をする側が、どの裁判官は厳格でどの裁判官はゆるいかということをちゃんと知っておって、私の知っている例でも、たいへんに繁盛する裁判所もある。その繁盛するというのは、これは捜査官の言うとおりに勾留状も認める、勾留延長も認めるというような、勾留状と――勾留延長の場合はそこまでいくかどうか知りませんが、ともかくルーズな、ルーズというか、ゆるい裁判所のほうに事件が当たるということで、先ほど来申し上げました石川一雄さんの件などでも、逮捕状が、地元の裁判所へ逮捕状の請求をしなくちゃならないところを、わざとそれをやらずに、はるかに離れた小川簡裁というところへ逮捕状の請求をして、そこの裁判官が、あまり、別件逮捕であるとかなんとかいう深い事情がわからない間に逮捕状をとってきたというふうなこれはいきさつもあるわけでございまして、そういうふうなとこら辺も、十分に捜査権の乱用にならないように自重しでいただくとともに、これをチェックする方法というものも具体的に、やはり法的にチェックする手段というものもこれから考えていただかなければ、私どもは安心して過ごすことができないんじゃないかというふうに私も思うわけでございます。
#43
○塚田大願君 いま佐々木委員のお話をお聞きいたしましても、こういう偽証逮捕などというものがいかに非人道的な、不法なものであるかということはよくわかると思うのでございます。こういう意味で、私は、やはり裁判所がこういう問題に対しましてき然とした態度をとっていただくことはどうしても必要だろうと思います。
 さて、次の問題でありますが、時間の関係もございますから、十一と十二は一緒にまとめて質問をいたします。十一番目は、調書裁判の打破という問題であります。
 刑訴法の伝聞法則は、いまや全く空文にひとしいと指摘されているところでありまして、供述調書の無制約に近い採用が、捜査過程の問題点やゆがみをフリーパスさせることにつながっております。また、増強証拠に対する刑訴法三百二十八条の適用なども検察側の無制限な立証を許すことに直結しておると思うのであります。この点もまた、間違った裁判と、裁判長期化の要因の一つであります。伝聞法則の原則を厳格に貫くべきであるということがこの問題点であります。
 次に、十二番目といたしましては、自白偏重主義の打破の問題であります。
 以上の問題点のすべての焦点に位置しているのが、実は裁判所による牢固とした自白偏重主義であると考えます。これこそ裁判長期化における最大の禍根であったと言ってもいいのではないかと思いますが、これを打破して、国民の基本的人権を真に保障するための科学的で合理的な自由心証主義を確立いたしまして、疑わしきは被告人の利益にという原則を貫かない限り、これまでのさまざまな誤りを克服することにはならないと思うのであります。裁判所は、自白に強度の補強証拠を要求し、共犯者の自白にもそのような補強証拠を要求すべきだと思うのであります。裁判所は、これらの点を十分に改め、間違った裁判に基因する裁判の長期化を真剣に反省すべきでありましょう。自白偏重の打破をはじめ、これまでに指摘いたしました問題は、捜査段階の国選弁護人制度を除きまして、すべて現行の憲法、刑訴法のもとで十分に実現可能な手続的保障の原則にほかならないと考えるわけであります。この点につきまして最高裁の御意見をお伺いしたいと思います。
#44
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) 二つの問題が、まず、こまかいところにございましたようですが、調書裁判という御趣旨がよくわかりませんでしたが、おそらく刑事訴訟法の三百二十一条等で、伝聞証拠を禁止されている、しかし、以前に検察官のところで調書ができているというような場合に、公判廷での供述と食い違うと、その場合に検察官調書を提出させる、その採用がルーズであるというお話と、三百二十八条の供述の証明力を争うための証拠の採用がルーズではないかという御趣旨が第一点だったと思います。で、この点は、昭和三十六年に事前準備のルールができましてから、そのようなルーズな採用がもし行なわれるならば、むしろ誤判につながるではないか、したがって、どの点が食い違うのであって、しかも検察官の面前における供述をしたときの状況のほうが信用するに値するのであるという立証を完全にするようにした上で採用すべきではないかということは、これは繰り返し強調されてきたところでございまして、幾つかの会同でも、その点につきましては、まことにそのとおりで、裁判所としてはその点を留意すべきであろうということを決議に近い形でいわれております。それから三百二十八条の増強証拠につきましても、これはいろいろ意見が分かれるところでありますが、これまたルーズにならないように取り扱いを慎重にすべきであろうということも議論されてきております。
 もう一つの問題は、自白偏重の問題でございますが、これも現在の訴訟法のたてまえでは、自白が証拠能力を持つことは争えないところでございまして、ただ、その任意性の問題に疑いがあるならば、それは証拠にとってはいけない、したがって、その任意性の判断について厳格な証拠調べをして、その上で採用すべきであろうということを、先ほど申し上げましたように、これまた繰り返し強調されてきております。したがいまして、自白偏重というようなことは、裁判所としては少しも考えていないと思います。ただ、自白を使う率というのは、日本の裁判が量刑の関係で非常に幅の広い実体法の刑罰規定を持っておりますので、むしろ犯罪事実の自白というよりは、その周辺の事情というものをここからくみ取るという意味で採用する率は高いかと思いますが、犯罪事実それ自体の認定について、自白を特に偏重しなければいけないという考え方はないと、私は断言したいと思います。
 お話のありましたように、科学的な捜査、あるいは捜査官のものの考え方も、十数年前、二十数年前からはやはり変わってきているように思います。それを含めまして、現在の刑事訴訟法は裁判所だけがやるというわけではございませんで、御承知のように、起訴状一本主義でございまして、裁判が適正、迅速に行なわれるためには、検察官と弁護側の双方のやはり協力が、またそのための努力が必要ではないかと、かように私は思っております。そういう意味におきましても、それぞれのこまかい手続の各段階における検察官、弁護人の御協力のあり方というものにつきましても、今後、きめこまかくいろいろ検討をしていかなければ、結局は長い裁判というものが防止できないのではないか、かように思っておりまして、今後それらの点につきましても、こまかな点についていろいろと御協議もしたりしてやっていきたいと、かように思います。
#45
○塚田大願君 以上で、大体私は長過ぎた裁判の問題のある点、あるいはその改善の方策についてお尋ねしたわけでありますが、そこで裁判所にお伺いしたいんですが、いま、最高裁では刑事訴訟規則について改正を考慮すべき事項という、いわばまあ合理化案でありますか、そういうものをお考えのようでありますが、これは一体どういうものでありますか、ごく簡潔にお答え願いたいと思います。
#46
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) 最高裁判所刑事局といたしましては、もちろん原則が刑事裁判の適正、迅速な運用ということ、それから、刑事訴訟法の規則の改正の問題につきまして担当する所管局でございまして、刑事訴訟規則の問題につきましては、いつでも、適正、迅速な裁判のためにどういうふうに考えたらいいかということを、運用とあわせて考えてきております。
 先ほど来しばしば申し上げましたように、ここ十数年来、いろいろの会同で、迅速、適正な裁判のためにはどうしたらいいかということを繰り返し議論してきたわけでございますが、その中から、おのずからこの辺はルールとして考えてみてはどうかというような意見も各地の裁判官の中から出てきております。昨年、高田事件以来、やはり迅速な裁判ということについて関心が高まっておりますので、一応、今後検討してはどうかというような意味で整理してみたものが、いまお話のありました、一月にまとめたものがそれではないかというふうに思っております。「刑事訴訟規則について改正を考慮すべき事項」というものをタイプにしまして、今後、それらをもとにして、さらに各地の裁判官の御意見を伺っていきたいと思います。
 しかし、これはまだ刑事局でこういうルール案をつくるというふうに固まったものではもちろんございませんで、たたき台のたたき台といいますか、むしろ各地で出てきた意見を一応整理したものにすぎないわけでございまして、私どもとしましては、こういう運用に関する問題というのは、やはりそれぞれの裁判所で運用が固まった上でそれを法規化していかなければ、決して定着するものではない、いいものはできない、かように思っております。そういう意味でまとめたものにすぎませんので、まだ外に公にすべきものではないというふうに思っておりましたものでございます。
#47
○塚田大願君 公にはなっていないようでありますけれども、一応、専門家の間ではこの問題が相当論議されているわけでありまして、それで私も質問申し上げたわけでありますが、もちろん決定版でもございませんから、いまこれをすぐ直ちにどうしろということは申し上げませんけれども、しかし、この案をこの文書を拝見いたしますと、やはりこれは、もっぱら裁判所の都合による、裁判所ペースにはめ込んでいこうという意図が非常にはっきり見受けられるわけであります。ことばをかえて言えば、やはり強権主義のあらわれと言ってもいいのではないかと思うんです。
 たとえば、まず第一項であります、けれども、「第一回の公判は、原則として、公訴の提起から一定の期間内(たとえば二か月以内)に開かなければならないものとする」、こういう問題にいたしましても、この原則的な基準の設定について言えば、これは本来、被告人あるいは弁護人の同意がある限りという限定的条件のもとで、公益の代表者であるべき検察官に対してのみ適用すべきものであると考えるわけであります。検察官が、強制捜査権に立脚して証拠を収集し、それに基づいて確実に有罪判決を獲得できるとの判断から起訴している以上、検察官としては、原則的にはいつでも第一回公判期日を迎えることができるわけであります。もし、公訴の維持をもっぱら起訴後の補充捜査の成果に依存するというものであれば、もともと起訴すべきものではないはずである、こういう論理が成り立つと思うのであります。
 現に、青梅事件では、当初予定されていた第一回公判期日が、検察官の変更請求によって、追って指定ということになりまして、無期延期されるという事態が発生いたしました。検察側は、この間の時間を利用して、ようやくうその自白の筋書きをまとめていった、こういう経過があります。仁保事件でも、別件の第一回公判期日予定が、検察官の請求によって無期延期された。その間に自白獲得のための肉体的拷問が密室の中で進行していたのでありました。いずれの場合も、当初の予定のとおりに第一回公判期日が開かれていたならば、公訴の維持も、拷問の事実も、事実の隠蔽も、初めから不可能だったろうと思うのであります。
 これに対して、権力も資金もない被告、弁護側の訴訟準備というものは、事件の内容により、そのときの諸情勢諸条件によって、全くのところ一様ではありません。しかも、弁護人の弁護士としての業務活動などもきわめて多様でありまして、期日指定につき差しつかえの理由を一々裁判所に開示しなければならない性質のものではありません。弁護士としての立場上、これを回避しなくてはならない場合や、できない場合も少なくはないわけであります。
 本来、刑事訴訟における手続的保障の中心問題は、権力を持っている検察側に対して、被告、弁護人の当事者としての立場を可能な限り実質的に保障するというところにあるはずでありまして、当事者主義の実質的な保障というこの要請が無視されてしまいますと、刑事訴訟の手続はたちまち被告、弁護人の防御権に対する実質的な保障を欠いていきます。国家機関としての検察側の立場を実質的に強化するというだけの、ごく形式的な当事者主義におちいってしまうのであります。この形式主義は、国民の権利に対する保障を考慮しないという意味で、やはり権力主義の表現といわなければならないと思うのであります。ところが、公判期日の指定および変更に関するこの合理化案というのは、被告、弁護人の立場と検察官の立場とを無差別、機械的にとらえておるのでありまして、この形式的な当事者主義の把握こそ、この合理化案の根本的な誤りを端的に示しているように考えるわけであります。これは他のすべての点につきましても共通している基本問題でありまして、この合理化案の性格というべきものであろうかと考えるわけであります。
 それから、審理開始以後の訴訟準備について言えば、裁判所の記録の閲覧、謄写一つをとってみましても、弁護人と、それを特権的に利用できる検察官との間には、大きなギャップがあります。この実情を放置したまま弁護人と検察官に対等の処置を要求すること自体、著しい実質上の不公正というべきでありましょう。
 さらに、釈明に関する措置としての八項目の点や、被告、弁護側の証拠調べの冒頭陳述に関する九項目の点は、被告、弁護側の防御権行使を積極的に困難にする合理化といわなければなりません。もともと、訴訟とはどのようにでも発展する可能性を持っておるのでありまして、この発展過程でいつどのような問題が発生するのかは、そのときまではわからないことも多いのでありまして、このことは、特に防御側にとっては重要な側面でございます。つまり、これは、生きものである訴訟をすっかり窒息させてしまうようなワクをますます強くはめ込んでいこうということにほかなりません。このような状況のもとではとうてい十分な防御活動は果たし得ないと思うのであります。
 また、氏名以外の留置番号などによる被疑者の弁護人選認届けの効力を規則の上でも明確に否定しようという十三の項目、一々読み上げませんが、裁判所はよくおわかりだろうと思うのですが、十三の項の点は、明らかに黙秘権を破るものと言わなければなりません。
 いずれにいたしましても、これらの点は規則の改正によってできるものではございません。当然、国会の審議を経由した刑訴法の改正を必要とすると考えるわけであります。九項目の被告、弁護人に対する証拠調べなどの禁止に至っては、国民の裁判を受ける権利を制度的に否定するということにもつながる問題でありまして、刑訴法の改正によっても許さるべき性質のものではないというふうに考えます。まあこの点につきましてはいろいろこれからも研究し、討議をしなければならない問題だと思いますから、あえて答弁は必要ございません。私どもの考えを十分最高裁としても考えた上でひとつ進めていただきたいと思うわけであります。
 そこで、もう時間も参りましたから、最後に裁判官の不足問題についてお伺いいたします。
 この問題の論点は幾つかございますが、そのうちの一つの問題でございます所長代行、常置委員などの地位のために裁判の本務を削減している裁判官も少なくないはずであります。しかし、この面で最も重要な問題は、再・新任の拒否によって有為の人材を裁判所から排除し、それ以後、裁判所内の官僚的統制をきらう退官希望者を続出させ、新任希望者を激減させているという実情であります。これでは、裁判の実務を担当する裁判官が不足するわけでありまして、昭和四十六年度の職員録によれば、全国の地家裁乙号支部百五十九のうち、他庁と兼任の裁判官が配置されているものが三十一、裁判官が全く配置されていないものが六十三に達しています。このように見てまいりますと、裁判官の不足という問題は、裁判所における官僚統制の強化によって系統的に着々とつくり出されたものであったと言わなければなりません。このような実態をみずからつくり出しながら、裁判官の不足を理由に、負担を国民に転嫁する訴訟手続の合理化に走るということは、まさに国民を愚弄するものと言っても差しつかえないと思うのであります。
 そうだとすれば、その実情を改善すべき方向は明確でございます。大阪弁護士会が司法制度改革の国民的構想を提案しております。私も拝見をいたしました。この構想が提案しているように、すみやかに次の点を実行すべきだろうと思うのであります。
 一つは、下級裁判所の裁判官会議を充実強化すること。
 二つは、最高裁の裁判官会議を充実強化し、かつ最高裁事務総局の人事改革を実施すること。
 三つ、現在行なわれている裁判官に対する勤務評定を直ちに廃止すること。
 四つ、最高裁は内閣への直接請求によって司法予算の増大をはかること。
 こういうことが、いわば今後実行すべき当面の課題ではないかと思うわけであります。これについて最高裁の御意見をお伺いしたい。また、大阪弁護士会に所属しておられます佐々木委員の御意見もお伺いしたいと思うのであります。
#48
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) どうもたいへん広範な問題でございまして、私、刑事局長でございまして、担当所管外のことがたくさん入っておりますので、たいへん答弁しにくいのでございますが、たとえば……。
#49
○塚田大願君 いや、わかるところだけでいいですよ。
#50
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) どういう順序で申し上げますか。
 実はたくさんの問題の中で、いわゆる定員の不足という問題がございます。それについては、大阪弁護士会のいま申された構想といいますか、それが非常にいい御意見であるというふうにお話がございました。私、それはあまり詳しく読んでおりませんのですが、その御意見は御意見として、ただ新任、再任等の問題につきましては、やはり私どもとしましては多少誤解があるように思っておりますので、その辺はさらに、私どものほうでこの委員会等で申し上げている点をさらに御検討いただければと思っております。
 ただ、そういう定員の不足を免れるためにいろいろ訴訟手続の改正をやって負担を国民に転嫁するという御意見がございましたが、この点は違うと思います。定員が不足だから合理化をするのではなくして、むしろ定員があって充員されておっても、むだなことを排除していくことが、私は迅速な裁判の要諦だと思います。要するに、だらだらとやっている審理は必ずしも正しい裁判にはつながらないと思います。やはり非常に準備をよくして、それぞれが争点を把握して、そしてそこに証拠調べを集中していく、ここにおのずからむだが排除されて、しかも争点を中心とした迅速な裁判が可能である、そのことが適正で誤りのない裁判につながるのではないか、そういう意味で訴訟関係人の御協力を得ていくにはどうしたらいいかという考え方でありまして、国民に負担をかける、当事者に負担をかけるという観点からではないと私は確信しております。
 特に、先ほどお話の出ました刑事局のつくった規則案とおっしゃいますが、それは、先ほど申し上げましたように、これは各庁でいろいろな意見が出てきたのを一応整理したにとどまりまして、私どももこれがいいと決して思っておりません。訴訟法でなければできない部分もございますし、またいろいろの問題がございますので、これからさらに各庁の意見を聞きながら、かりに規則としてつくっていくにしても、これは相当の時間がかかることは覚悟しているわけでございます。その点は、刑事局が合理化案としてこれをつくったというふうに誤解いただかないようにお願いしたいと思います。で、問題は、先ほど繰り返して申し上げたように、やはり訴訟関係人の御協力を得て、そしてみんなで考えていかなければならない問題だということでございますので、一方的に裁判所がかってなルールをつくって、それによって規制していくという考えでないということだけを、ちょっとよろしく御了承いただきたいと思います。
#51
○佐々木静子君 先ほどから塚田先生の非常に貴重な御意見を含めての御質問を承っておるのでございますけれども、特にこの裁判所の人員不足、裁判官の不足の問題でございますが、これは裁判官だけじゃなしに、裁判官及び裁判所に働く職員全部の不足の問題がいろいろなところにひずみとなってあらわれてきている現実は、これはもうとうてい否定することができないと思うわけでございますが、いま特に御質問にございました裁判官の不足、これは先ほど裁判所側の御答弁がございましたけれども、ともかくいまの数では絶対に不足している、六十三も裁判官が存在しない裁判所ができているということで、先日も私ちょっと質問さしていただきました奈良県の五条支部のような甲号支部の裁判所で、しかも明治の初めからある裁判所の、庁舎がりっぱに完成したと同時に裁判官が一人も配置もされなくなったというふうな、そういうふうな司法行政というもののやり方をせざるを得ないということも、やはり裁判官が不足しておるということを如実に物語っていると思うわけでございますが、なぜ裁判官が不足するか、これは先ほど来塚田先生が御指摘になりましたように、何といっても裁判所における官僚統制が強化された、魅力のない職場になったということの一言に尽きると思うわけでございます。
 これは、裁判所が官僚統制を強化した結果、自分のごく気に入った者だけは採用するが、最高裁の気に入らぬ者は採用しないというふうな傾向が露骨にあらわれてきておる、また、採用するしないにかかわらず、かりに採用したところで、あまりおもしろくない職場になってきているというふうな事柄は、これは単に裁判所の損失ということじゃなくて、これは広く全国民の大きな損失につながっていると思うわけでございまして、国民の側からすると、やはり何としても有能な人に裁判官になってほしい、また人物的にもりっぱな方に裁判官になってほしいというのが、これは国民としては切なる願いであると思いますので、この際、最高裁もいろいろ御方針があるとは思いますけれども、ともかくりっぱな、りっぱというか、国民の側から見てこういう人こそと思うような人をどんどん裁判所に、裁判官になっていただけるような雰囲気というもの、そういう職場の雰囲気というものを裁判所においてもぜひとも考えていただきたい。そして魅力ある職場として、有能な青年が裁判官を志して勉強し、そして裁判の道に進むというふうな、こういうふうな裁判所のあり方、りっぱな人材を採用できるような、確保できるような裁判所のあり方になっていただきたいということは、私も国民の一人として切にお願い申し上げたいと思うところなんでございます。
 また、特に先ほど御指摘がございました大阪弁護士会が提案しておりますところの司法制度改革の国民的構想、これなども、先ほど私が申し上げましたその具体的な方法として下級裁判所の裁判官会議を充実強化すること、これも私の聞くところによりますと、裁判官会議というものが非常に形骸化して、十年あるいは十数年前に、たとえば大阪地方裁判所などにおきましても、裁判官会議というものは、みんなが思ったことを自由に発言できて非常に楽しい場であった。ところが、いまではうっかりものを言うとたいへんなことになるということで、全く形骸化した場に変わりつつあるということを聞いておるわけでございますが、それでも大阪の裁判所というものはまだ全国の中では非常に民主的な裁判所だと定評のあるところでございますので、だから全国的に見れば、他の地方裁判所の裁判官会議というようなものがかなりに形骸化してしまって、裁判官の自由な雰囲気というものが、自由に発言できる雰囲気というものがもうほとんど保障されておらないのじゃないか。そういうふうな事柄一つを見ましても、魅力のない職場になってきている。
 特に、この裁判官に対する勤務評定、これは直ちに廃止する必要があるのじゃないか。これは裁判官に対する勤務評定というものは、これは明らかに司法権の独立にも直接つながってくる問題であって、裁判官が個々に独立して、法律と良心に従って裁判を行なおうとしているときにあっても、やはり上司によるところの勤務評定というものが現に存在する限り、やはり人間である以上、その上司とあまり異なる考え方の判断を下すということが非常にむずかしい問題になってくる。裁判所は、ほかの職場で、かりに勤務評定というものがどこにあるにしたところで、裁判所という特殊な職場の性質から考えても、司法の独立を保障するために、この裁判官に対する勤務評定というものは即時に全廃すべき事柄であり、それがやはり、裁判所内部の問題ではなくて、全国民の人権の保障あるいは民主的な日本の憲法を守っていくためにも、国民の生活を安心できるものにしていくためにも、どうしてもこの上司によるところの勤務評定というものは裁判所において直ちに廃止していただかなくちゃ、これでは司法の危機というものが避けられないのではないかと、私そのように考えておるわけでございまして、これは単に、大阪弁護士会が提案しておりますが、ただ大阪弁護士会員干数百名が提案しているというのじゃなくて、全弁護士の声であるだけではなしに、全国民的な声であるということを、これは裁判所当局においても十分にお受けとめいただいて、国民の期待に沿い得る裁判所というものをぜひとも実現していただきたいということをこの席で切にお願い申し上げる次第でございます。
#52
○塚田大願君 今後司法制度の改革の問題は、いまも佐々木委員からもお話がございましたが、私は非常にこれは緊急な問題だと思っているわけであります。私も最初申し上げましたように、戦前からいろんなそういう経験をしておりまして、やはり司法制度の改革というものは、もちろんほかの制度でもそうでございますけれども、どちらかというと非常におくれておる、保守的だという感じがあるわけであります。かといって、ほかの制度がうまくいっておるとも考えませんけれども、とにかく司法制度というものはたいへんいろいろ論議はされておる、しかし遅々として進まない。私は戦前監獄におりましたときも、いろいろ刑事訴訟法の改正などでいろんな人が私にも意見を求めてこられたこともありましたけれども、ずいぶん、一つのことを改正するにしても、あるいは監獄法一つとりましてもたいへんおそいといいますか、もう非常に頑迷固陋な面がありまして、そういう面で、私は司法制度の改革というのはやはり国民的な一つの課題になっているにかかわらず、今日なおかつなかなか改善されない。特に裁判官に対する勤務評定の問題なんか私は論外だと思うわけでありますけれども、こういうことが今日平然と行なわれているところにやはり問題があるので、これはこれからひとつ大いにお互いに知恵を出し合って、ひとつ改善のために努力していきたいと思いますし、そういう意味では最高裁もぜひひとつ努力していただきたいと思うわけであります。
 さて、そこで、時間がいよいよ参りましたので、最後に、先ほど大臣にお伺いいたしました刑事訴訟費用に関する法律の改正案の問題であります。まあ、大臣の御答弁は先ほどお聞きのとおりでございますが、これに対する最高裁の御意見並びに佐々木委員の御意見を伺いまして、私の質問を終わりたいと思います。
#53
○最高裁判所長官代理者(千葉和郎君) 国選弁護人の報酬につきましては、御案内のとおり費用というものを区別いたしませんで、公判の前の段階での準備の費用及び公判でのかかった実費の費用、これをも含めまして、全部を報酬として一括してあとでお払いするという形になっております。
 で、御承知のとおり現在の訴訟手続は起訴状一本主義でございまして、裁判所に起訴状が、起訴されますと、弁護人を選任すべきかいなやということを照会しまして、それで国選弁護人を依頼したいということになれば、裁判所のほうから国選弁護人をお願いして、それでその国選弁護人は大急ぎで検察庁に行って、検察官の手持ちの記録をごらんになって、必要な個所をメモして、それで同意、不同意をきめて、それから被告人に面接して、そして裁判所に、どういうふうに進行すべきかという連絡をするというのが原則的な姿になっておりまして、国選弁護人事件の九〇%、普通の自白率は八〇%ですが、国選弁護人だけの事件について見ますと九〇%の自白率ということになりますので、それらの事件の被告人の大部分は裁判を急いでほしいという希望も持っております。そういう事情がありますので、いままでは弁護人が検察官の手もとに行ってごらんになった記録を必ずしも謄写しないでメモする程度で間に合うというような実情もありましたし、そのほうが迅速な期日指定に応ぜられるということもありました。
 それともう一つは、結局は謄写したような費用も、訴訟費用として被告人の負担になるというような面、それから弁護人がその費用を特別に請求するということになりますと、疎明資料の関係でいろいろめんどうが起こるというようなこともありまして、それらの実費を報酬に含めまして、それを全体として報酬として支払うという運用がなされてきております。
 で、いままでのところ、そう格別にその運用に問題がある、あるいは謄写料等についてトラブルがあったということは伺ってはおらなかったわけでありまして、いろいろなそういう点を勘案いたしますと、もしかりに謄写費用を出すことを規定することによって、すべての事件がまず謄写する必要がある、それで、謄写したあとでそれを検討して、そして同意、不同意を述べる、それで期日指定に応ずるということになると、かえって訴訟遅延を来たさないかというような心配もございますし、それから疎明資料の点で弁護人の方にかえって御迷惑をかけないかというような点、あるいは、結局は訴訟費用の負担の点について被告人に負担がかかっていくことにならないかというようなことを心配いたしておる次第でございます。
 で、大体こういう運用に関する問題は、やはり現地の意見、裁判官の意見等も聞いてみて、それで発動していきたいと、かように思いまして、もう少し時間をかしていただけばと、こういうふうには思っております。
 しかし、いずれにしても、国選弁護人の報酬それ自体が、私どもだいぶ努力して年々相当額の増額は認めてもらっておりますが、決して十分であると思っておりません。今後大いにその点は努力していきたいと、かように思っております。
#54
○佐々木静子君 この法案は、塚田先生おっしゃるように、日本共産党の先生方も御一緒にお入りいただいて共同提案というお話をしておったところ、その手続的なちょっとした関係から、私と白木先生と、まあ社会党と公明党とが提案者というかっこうになったわけなのでございますが、これは何党が提案者だからということじゃなくて、これはやはり当然にやっていただかなくちゃならないこと、また、これは弁護人のためもさることながら、やはりこれも国民的立場において、国民の人権を守るためにはぜひやっていただかなくちゃならない事柄だということで、こういう法案を私どものほうで用意して御審議をお願い申し上げるようになったわけでございまして、いま刑事局長からも御答弁がありましたように、最高裁のお立場としても、できるだけこの国選弁護が、名前だけじゃなしに実のある国選弁護、充実した国選弁護が行なわれるように、できるだけ刑事弁護の費用の面においても訴訟費用の増額というようなことについても御努力いただけるということで、心強く思っているわけでございまして、また法務省のほうからも、まあちょっとそうした関係から準備期間を置けば、法務省側としても、国選弁護人の報酬の増額の予算の措置について最大の努力をしていただくというお話は伺っているわけでございまして、それを何とか、少なくとも国選弁護の名に値するだけの弁護ができるところにまで早急に増額していただきたい。これは重ねて申しますが、弁護人のためのみならず、ほんとうに弁護を受ける国民の立場に立って、十分な弁護を受けられる状態に早く増額していただきたいということを、私もこの席でお願い申し上げますとともに、この弁護を実質的に行なうためには、やはり記録がなければ、弁護をしたくてもどうにも良心的な弁護はできないというのが現状でございます。
 いま刑事局長のお話では、自白率九〇%というお話でございましたが、私はこの国選弁護が九〇%全部が全部自分がやったので自白しているということには、私は実は当たっておらないと思うわけでございまして、私の微々たる弁護士の経験からいいましても、実は自分は十事件やったことになっているけれども、七つは自分がやったけれどもあとの三つは違うのだ、違うけれども、もう弁護士さん争わんといてくれという人がよくあるわけでございまして、これは被告の立場に立って被告の言うとおりに動くべきか、やはり被告の人権を守るために争うべきか、あるいは実体的真実の追求という意味からも争うべきかというようなことで、さまざまなジレンマにおちいることがどの弁護人においても何度か経験していると思うわけでございまして、この国選弁護は自白率が多いからと、そう簡単に私は、だから謄写はあまり要らぬのだと、頭からきめつけられる問題ではない。むしろ自白率が多いということは、その被告をささえてくれるところの物質的あるいは精神的応援者が少ないためにやむなく自白をせざるを得ない。またそのまま、人のことであっても、もうそのまま争わずにがまんしなければならない立場に立たされている人間が国選弁護を依頼するわけでございますので、そういうふうな実態から考えますと、単に自白率が九〇%だから国選弁護は、謄写はあまり要らぬのだというふうな荒っぽい片づけ方ということは、これはぜひともお避けいただきたいと思うわけでございます。
 それと、この謄写ができるようになれば、弁護士はまず謄写屋に頼んで全記録を謄写させて、そしてそれを読んで裁判に臨むということで、費用もかかるし、訴訟も遅延するだろうというふうな御推察のように承ったんでございますが、私はこれはとんでもないことじゃないかと思うわけです。といいますのは、これは記録を謄写したからといって、弁護人にとってもむろん金銭的に何ら収入がふえるわけでも何でもないわけでございまして、むしろ薄い記録で済むところを、こういうふうなごつい記録になると、弁護人自身も法廷の行き帰りに苦労しなくちゃならないわけで、むろん必要のないものまでとるというようなことも考えられないわけでございます。まあそういうふうなことから考えても、そう不必要な記録をとって、たくさんの費用を被告に負担さす、あるいは国に迷惑をかけるというようなことは、これはとうてい考えられないんじゃないか。
 また、被告があとで訴訟費用を第一次的に持つのだから、謄写代はかんべんしてやってくれという御趣旨だとすれば、やはりこの場合は、実のある弁護というものを被告は一番先に期待しているのであって、それのために謄写費用が若干多くかかるとしても、これはやはりやむを得ないことなんじゃないか。こう、どちらが本でどちらが末かということですね、やはりお考えいただいて、それはどうしても払えないという場合は、これはやはり国が払わなくちゃ、これは日本の憲法上国選弁護というものを認めている趣旨から考えても、これはやはりやむを得ないんじゃないかと思うわけでございますが、まあ謄写料が高いと言っても、特別の大きな事件を除いて、そうめちゃくちゃに、日本の国家予算に大きな影響を与えるというような問題では全然ないわけでございますから、まあ被告の弁護をするための必要な謄写料というようなことにつきましては、ぜひとも前向きに積極的にお取り組みいただいて、せっかくここまで来たんでございますから、まあこの国会中にでも私どもの希望が実現、一〇〇%に近い実現ができるように、ひとつ法務省としましても、あるいは最高裁といたしましても、全面的な御尽力をこの席で心からお願い申し上げるわけでございます。
 そして、何回も申しますが、これは日本弁護士連合会からのこうした法案をぜひとも出してほしいという長い間の運動の結果、こういう法案提出に至ったわけでございますけれども、これはただ日弁連のためだけではなくって、ほんとうに憲法で保障しているところの刑事裁判というものを実のあるものにするため、ひいては人権の保障、最低の場所に立たされている人間の人権がどこまで守られているかということが、その国の文化のバロメーターであると言われておるわけでございますから、こういう国選弁護のための費用というものは、ひとつこの際、文化国家の日本におきましてもその名に恥じない程度に、これはやはり当然だと思われる額くらいまでは思い切って増額できるように、ひとつ大いに関係当局に御尽力のほどを切にお願いいたしまして、私のお答えといたしたいと思うわけでございます。
#55
○委員長(原田立君) 本案に対する質疑は本日はこの程度といたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後一時十三分散会
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ソース: 国立国会図書館
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