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1972/02/21 第71回国会 参議院 参議院会議録情報 第071回国会 本会議 第6号
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1972/02/21 第71回国会 参議院

参議院会議録情報 第071回国会 本会議 第6号

#1
第071回国会 本会議 第6号
昭和四十八年二月二十一日(水曜日)
   午前十時二分開議
    ━━━━━━━━━━━━━
○議事日程第六号
  昭和四十八年二月二十一日
   午前十時開議
 第一 昭和四十七年度の米生産調整奨励補助金
  等についての所得税及び法人税の臨時特例に
  関する法律案(衆議院提出)
    ━━━━━━━━━━━━━
○本日の会議に付した案件
 一、請暇の件
 一、故議員柴田利右エ門君に対し弔詞贈呈の件
 一、故議員柴田利右エ門君に対する追悼の辞
 以下 議事日程のとおり
     ―――――・―――――
#2
○議長(河野謙三君) これより会議を開きます。
 この際、おはかりいたします。
 中山太郎君から海外旅行のため来たる二十人目から十日間、鍋島直紹君から海外旅行のため来たる三月七日から十三日間、田英夫君、西村関一君からいずれも海外旅行のため二十日間、森元治郎君から海外旅行のため来たる三月十三日から八日間、それぞれ請暇の申し出がございました。
 いずれも許可することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○議長(河野謙三君) 御異議ないと認めます。よって、いずれも許可することに決しました。
     ―――――・―――――
#4
○議長(河野謙三君) 議員柴田利右エ門君は、去る三日逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。
 同君に対しましては、すでに弔詞を贈呈いたしました。
 ここにその弔詞を朗読いたします。
   〔総員起立〕
 参議院は議員従五位勲四等柴田利右エ門君の長逝に対しましてつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます
     ―――――・―――――
#5
○議長(河野謙三君) 戸叶武君から発言を求められております。この際、発言を許します。戸叶武君。
   〔戸叶武君登壇、拍手〕
#6
○戸叶武君 私は、同僚議員各位のお許しを得まして、本院を代表し、去る二月三日急逝されました議員柴田利右エ門君に対し、つつしんで追悼の辞をささげたいと存じます。
 柴田君は、大正五年三月、名古屋市の熱田にお生まれになり、その地で成長されたのでありますが、高等小学校のころに父親が亡くなられましたため、三人きょうだいの長男でありました君は、少年時代すでに一家の中心たる自覚を持たれ、父親がわりとして生活を双肩ににない、大きくなられたのであります。
 昭和五年三月、高等小学校を卒業されると、進学を思いとどまり、直ちに三菱航空機名古屋製作所に養成工として入社されました。当時の養成工は、志願者が多く、数百人に一人という激烈な競争率だったといわれております。航空機製作所には、現役兵として海軍に入営されるまで在籍され、入営後は選ばれて呉の通信学校に第五十四期生として入学され、通信兵として服務後、昭和二十年秋に復員されました。
 復員後、再び三菱重工業名古屋機器製作所に復職されました。敗戦後の荒廃の中に、大財閥は解体され、工場は軍需産業から平和産業への転換期で、このこんとんたる事態に直面された君は、深く社会の現実を見詰めつつ、将来日本の進むべき道は、働く者の幸福と平和国家の建設にありと判断され、労働運動に進むべく決意されたのであります。
 直ちに名古屋機器製作所の労働組合結成に参画され、組合役員として活動されました一当時の名古屋の三菱労組の状況は、終戦直後五つの組合があったのが一つにまとまり、名古屋製作所労働組合となっておりまして、この間、組合統合に際して、それぞれのイデオロギーの差はあっても、団結が組合員のしあわせということで、これらを乗り越えて統一をはかられました。
 その後、昭和二十五年に新三菱重工労働組合が結成され、翌二十六年、神戸の組合本部へ副委員長として勤務されるまでの間、よく組合の進むべき方向と社会の動向を直視しつつ、現実に立脚した活動家として、持ち前の忍耐力と強い向学心、並びにチャンスをつかむ君独特の才能をもって的確なる指導をされ、組合の発展に寄与されたのであります。
 二十六年、名古屋を離れられて以来、最後まで家族の方々と別居し、組合活動のため、また政治活動のため、不自由な生活を続けられたのであります。
 昭和四十一年、三菱東重工業、中重工業、西重工業と三つに分割されておりました三菱労働組合が合併し、九万人を擁する大組合となりました際、会議はもろもろの問題で沸騰する中で、柴田君が数分間の中に新委員長に選任せられましたことは、君の円満なる人格と高道なる識見、指導者としての抜群の才を万人が認めたからにほかなりません。
 かくのごとく、生涯にわたり、君が、卓越した指導力と高通なる識見、円満な人格をもって、わが国の労働運動の健全なる発展に寄与せられました功績は、絶大なものがあります。
 昭和四十六年、参議院議員選挙にあたり、君は、全日本労働総同盟、民社党及び三菱重工労働組合の強い要望により出馬を懇請されたのであります。が、固辞して受けられませんでした。しかるに、再三にわたる要請に、ついに意をひるがえし、働く者のための真の政治を実現しようと決意を新たにして立候補せられ、みごとに当選の栄冠をになったのであります。
 自来、国会においては、商工、農林水産、運輸、外務の各委員会委員として活躍せられ、ことに交通安全対策特別委員会委員としては、当選以来引き続き理事の要職をつとめられ、安全対策、被害者保護、救急医療対策等の諸問題に広範なる知識をもって真剣に取り組まれ、国民の交通による被害からの保護に尽力されましたことは、全員が深く認めるところであります。
 君は、資性きわめて温厚にして、思いやりの心厚く、人を愛し、感謝の念強く、なおかつたいへんな努力家で、牛のようだと言われたほど忍耐強い人であり、また、団長団長と愛称されるほどみんなに親しまれた人でありました。また、理想に走らず、現実を確実に見きわめつつ事に当たるという人でありました。
 家にあっては、母親を大切にいたわられ、夫人にはやさしく、深く感謝しておられたと、漏れ承っております。また、子煩悩の方で、弟妹にもやさしく、時には慈父のごとくさえあられたと聞いております。昭和四十年、新三菱労働組合の解散のおり、功労者として記念品を贈呈するにあたり、希望の品をお尋ねしたところ、鏡台を所望されたということでありますが、これも組合運動に側面から絶大な援助を惜しまれなかった御夫人に対して示された君のあたたかい心づかいであったろうと思います。
 君は、元来健康に恵まれておられ、政治活動も活発に、時間の許す限り遠路もいとわず活躍しておられましたことは、同僚各位の羨望しおかざるところでありました。ことに、全国区選出議員として、その責任上、遠隔の地にも旅行が多く、ために最近若干からだのお疲れもおありでありましたでしょう。
 国会の委員会活動には、時間も正確に欠かさず出席され、最後まで審議に加わっておられました。
 一月三十一日の交通安全対策特別委員会にも、ふだんと全く変わらず出席せられ、お別れした次第でございます。
 二月二日には、いつもとお変わりなく各種会合に御出席になり、夜行の新幹線で名古屋にお帰りの車中で気分が悪くなられ、自宅にお着きになって間もなく急逝されたとの報に接しまして、一時、われとわが耳を疑ったような次第でございます。
 社会が激動しつつある現在、ことに働く者のしあわせな平和国家の建設にさらにさらに力をいたさねばならぬ大切なときに、政治家として、また労働運動の指導者として、君の力にまつところ多大なものがありました。このときに君を失ったことは、惜しみても余りあるもので、参議院のため、ひいては国家のためにも、痛恨のきわみであります。
 ここに君の生前の数々の功績をたたえ、君の人となりをしのび、同僚各位とともに衷心から御冥福を祈り、追悼のことばといたします。(拍手)
     ―――――・―――――
#7
○議長(河野謙三君) 日程第一 昭和四十七年度の米生産調整奨励補助金等についての所得税及び法人税の臨時特例に関する法律案(衆議院提出)を議題といたします。
 まず、委員長の報告を求めます。大蔵委員会理事土屋義彦君。
   〔土屋義彦君登壇、拍手〕
#8
○土屋義彦君 ただいま議題となりました法律案について申し上げます。
 本案は、衆議院大蔵委員長提出によるものでありまして、昭和四十七年度に交付される米の生産調整奨励補助金等について、所得税法及び法人税法上の軽減措置を講じようとするものであります。
 すなわち、個人が交付を受ける補助金等については、一時所得の収入金額とみなすことにより、特別控除が適用され、また、農業生産法人が交付を受ける補助金等については、交付を受けた後二年以内に固定資産の取得または改良に充てた場合は、圧縮記帳の特例を認めるものであります。
 本法施行に伴う昭和四十七年度の減税額は、約五億円と見込まれております。
 委員会における質疑の詳細は、会議録に譲りたいと存じます。
 質疑を終了し、討論なく、採決の結果、本案は、全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 以上御報告申し上げます。(拍手)
#9
○議長(河野謙三君) これより採決をいたします。本案に賛成の諸君の起立を求めます。
   〔賛成者起立〕
#10
○議長(河野謙三君) 総員起立と認めます。よって、本案は全会一致をもって可決されました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午前十時十六分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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