くにさくロゴ
1972/09/24 第71回国会 参議院 参議院会議録情報 第071回国会 本会議 第38号
姉妹サイト
 
1972/09/24 第71回国会 参議院

参議院会議録情報 第071回国会 本会議 第38号

#1
第071回国会 本会議 第38号
昭和四十八年九月二十四日(月曜日)
   午前十時九分開議
    ━━━━━━━━━━━━━
#2
○議事日程 第四十二号
  昭和四十八年九月二十四日
   午前十時開議
 第一 特定市街化区域農地の固定資産税の課税
    の適正化に伴う宅地化促進臨時措置法案
    (内閣提出、衆議院送付)
 第二 公害健康被害補償法案(内閣提出、衆議
    院送付)
 第三 瀬戸内海環境保全臨時措置法案(衆議院
    提出)
    ━━━━━━━━━━━━━
○本日の会議に付した案件
 一、文部大臣奥野誠亮君問責決議案(小野明君
  発議)(委員会審査省略要求事件)
 一、国立学校設置法等の一部を改正する法律案
  (内閣提出、衆議院送付)を日程に追加して
  議題とするの件
 一、文教委員長永野鎮雄君解任決議案(宮之原
  貞光君外三名発議)(委員会審査省略要求事
  件)
 一、国立学校設置法等の一部を改正する法律案
  (内閣提出、衆議院送付)
     ―――――・―――――
#3
○議長(河野謙三君) これより会議を開きます。
 この際、おはかりいたします。
 小野明君発議にかかる文部大臣奥野誠亮君問責決議案は、発議者要求のとおり委員会審査を省略し、日程に追加して、これを議題とすることに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○議長(河野謙三君) 御異議ないと認めます。よって、本案を議題といたします。
 まず、発議者の趣旨説明を求めます。小野明君。
   〔小野明君登壇、拍手〕
#5
○小野明君 私は、日本社会党を代表し、ただいま議題となりました文部大臣奥野誠亮君の問責決議案の趣旨説明をいたします。
 まず、決議案文を読み上げます。
   文部大臣奥野誠亮君問責決議案
  本院は、文部大臣奥野誠亮君を問責する。
  右決議する。
     理 由
  文部大臣奥野誠亮君は、国の教育行政に重大な責任をもち、憲法及び教育基本法を基礎に大任を果たすべき職責にあるにもかかわらず、八月三十日の全国都道府県教育委員長、教育長協議会における発言のごとく、教育労働者のスト権を公然と否定し暴言をはくなど、みずからの重責を放棄してきた。
  また、国民多数の批判する筑波大学法案の強引な成立を企図し、世論に耳をかさないなど、奥野誠亮君は、文部大臣の重責をになうに不適当である。
  これが本決議案を提出する理由である。
 以下、本決議案の理由について、簡単に補足説明を申し上げます。
 文部大臣は、国の教育行政に最も重大な責任を負う者として、憲法と教育基本法を順守して、その任に当たらなければならないのは当然であります。すなわち、教育行政は、言うまでもなく平和と民主主義、国民の基本的人権に基づいて、学問及び思想、良心の自由、労働者の基本的権利を守る立場でなければなりません。特に申し上げたいのは、教育基本法第八条に、「良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。」とあります。この趣旨を尊重、教育行政の基本として堅持すべきであることは、論を待ちません。よく、教師は政治教育をすべきでないという、いわゆるしろうと教育論が聞かれますが、この教育基本法は、それをはっきりと否定をいたしております。すなわち、教師に政治的教養がなくして、学生、生徒あるいは市民に対して、正しい政治を語ることができないのは自明の理であります。さらに、最も戒めなければならないのは、戦前から大きいあやまちをおかしてまいりました政治権力の教育への介入であります。これを排し、教育行政本来の目的たる教育の機会均等、教育諸条件の整備向上をはからなければならない立場であります。
 しかるに、文部大臣奥野誠亮君は、教育行政の責任者が守るべきこの根本原則を忘れ、あるいは故意に否定をし、教育と政治を混同させ、教育を破壊する言動を数度にわたり公表し、その上、国民の強い批判に対し何ら反省するところがないのであります。俗に再三再四とか、仏の顔も三度とか、悪事を重ねる人物に対しぶっつけられることばがございます。これは文部大臣奥野誠亮君にぴったりのことばではなかったかと思うのであります。奥野文部大臣の暴言はすでに四度目であります。そのつど、その場のがれの陳謝、釈明を行なって当面を糊塗してこられたようであります。この事実から見ても、どうも奥野誠亮君という人物は、とても教育を預かる文部大臣という職責を果たすことはできないという、これは与野党を通じての陰の声があることもまた、うなずける事実のように思います。
 特に私が指摘をしたいのは、奥野文部大臣が去る八月三十日、これで暴言が四回目でありますが、全国都道府県教育委員長・教育長協議会合同総会で行なった発言であります。これはもはや周知の事実でありますから、詳しくは申し上げませんが、事もあろうに次のように述べておられます。「ごみや屎尿処理などの現業公務員のスト権回復は、教員にはあてはまらない」また「日教組は何かたいへん政治がお好きだなあという気持ちを持つ」、これからが問題。「政治が好きな人は、教員をやめて政治屋になってもらいたい」何ということです。さらに「教職員処分に踏み切った福岡県をひとりぼっちにせず、力を合わせて処分を進めてもらいたい。」私は福岡県教職員組合の出身である、だからこれをあえて言うのではございません。この三つの発言は、いみじくも奥野文部大臣自身がその本質を最も的確に表現したことばだと言わなければなりません。
 この発言にあらわれた奥野文部大臣の非民主的、反教育的な重大な誤りは数多くございます。さらにおもな点を指摘いたします。
 第一に、ごみ、屎尿処理などの現業労働者に対する差別感、べつ視感を持っておる。しかも、それを全国の教育長、教育委員長の前で公然と言ってのけたという事実であります。このことは、一国の文部大臣としてのみならず、一国民としても断じて許すことはできません。憲法十四条は、言うまでもなく、すべて国民は法のもとに平等であることを規定をいたしております。このこと一つで文部大臣は、当然みずから、あなた自身辞任をすべきであると思う。大臣自身は、まだ四度目だからと、みずからに甘い態度をおとりになっておられるのではないでしょうか。一つの暴言で辞任をした衆議院議長もある、あるいは大臣も多くある中で、この居すわっておる文部大臣の態度は断じて容認できないところであります。
 第二に、教育労働者のストライキ権はじめ労働基本権を敵視し、否定をしておることであります。それは、ILO、ユネスコの勧告、ILOドライヤー報告でも明らかなように、すでに西欧諸国は教育労働者の労働基本権を認めており、これは今日国際的な常識なのであります。さらに、教職員の政治活動を否定、禁止すべきだという発言をしたことは重大なあやまちであります。教職員が政治に関心を持ち、深い理解を持ち、そして行動をするということは、一国民として、また市民として、決して譲ることのできない権利であります。また、教師としても欠くことのできない資質であると考えます。この教育基本法を踏まえた教師の権利についても、文部大臣は認識を欠き、全くの反動、逆行の態度であり、これを認めることはできないのであります。
 第三に、文部大臣は、福岡県教職員組合、同じく高等学校教職員組合に対する不法、不当かつ大量、過酷な処分を是認し、そればかりでなく、各県教育委員会に対してその処分を強要をしているのであります。この両教職員組合に対する大量、過酷な処分は、文部大臣の権力的介入によって行なわれていることは、わが党の調査によっても明らかになっておるところであります。これは、総評の春闘共闘委員会と政府との合意事項を踏みにじるものでもあります。さらに、各県教育委員会に処分を強要するなどは、教育の一般行政からの独立、地方分権という教育行政の原則を破壊し、文教行政の根幹たるべき「助言と指導」、このワクを著しく踏み越えた暴挙と言わなければなりません。この戦前を思わせる教育の国家統制、これを実現しようとする企図は、断じて許すことのできない文部大臣のあやまちなのであります。
 以上御説明申し上げましたように、文部大臣奥野誠亮君は、労働者を差別、べっ視し、労働基本権、政治活動の自由等の権利を敵視、否定をするなどの暴言を繰り返すとともに、反動教育法案を提出し、もって民主教育を政府みずから破壊しようとしたことは、国民の前に明らかとなっておるところであります。加えて、国民のきびしい批判にもかかわらず、逆に開き直り、居すわり、教育を憂うる人々に対し一そう反動的、攻撃的になり、批判に耳をかそうとしないのであります。かかる文部大臣は、不適格であるばかりでなく、日本の教育を危うくするものであり、とうてい信任することができません。
 以上、文部大臣奥野誠亮君を問責する理由であります。
 何とぞ、十分御審議の上、本決議案に御賛同くださるようお願い申し上げ、提案説明を終わります。(拍手)
#6
○議長(河野謙三君) 討論の通告がございます。順次発言を許します。安永英雄君。
   〔安永英雄君登壇、拍手〕
#7
○安永英雄君 私は、日本社会党を代表して、ただいま提案されました文部大臣奥野誠亮君の問責決議案に賛成の討論を行なうものであります。
 以下、賛成の理由について申し上げます。
 まず、奥野文部大臣は、八月三十日の全国都道府県教育委員長・教育長協議会合同総会において、日本の民主主義と教育及び教育労働者、さらに多くの労働者と国民に対する重大な挑戦を内容とする発言を行なっております。すなわち、文部大臣は、当日のあいさつで、政治の好きなものは教員をやめて政治屋になれと発言しております。これはきわめて重大な問題を含む、まことに遺憾千万なことであります。政治屋とは何ですか。政治屋という用語は、一般に、政治を食いものにする人、こういうような意味に使われるきわめて侮べつ的なことばであり、政治の好きな人イコール政治屋となれば、政治家であるあなた自身も侮べつすることばで、天につばきするものではありませんか。いわんや、主権在民の民主主義のわが国においては、国民すべてが政治に関心を持つべきであり、これを否定するがごとき、憲法精神、憲法感覚の欠除した発言は、文部大臣として失格であると考えざるを得ないのであります。(拍手)
 第二に、政治の好きな者が教員である場合は、教員をやめろ、こういう点であります。いま申し上げたとおり、主権在民のわが国においては、国民すべてが高度の政治的教養、政治的関心、判断、行動を身につけることが要請されております。これは、憲法、教育基本法を引き合いに出すまでもなく、公教育の場でその基盤が育成されなければなりません。したがって、教師の責務の中には、政治に関心を持ち、勉強することが要請されるとともに、他方では、一市民として、よい政治、よい社会を求めて発言し、行動することの自由も保障されておるのであります。この基本原則を理解しない旧憲法的発想の持ち主が文部大臣の座にあるということは不適当であり、今後一そう国民に対し政治への不信感を植えつけるのではないかと深く懸念をするものであります。
 次に、同じ会議の席上で行なわれた文部大臣の、学校の先生が屎尿くみ取り人とは思われない、こういう発言、これまた、住民の生活環境の確保のために住民サービスの第一線で働いている現業労働者に対する侮辱的、差別的言辞であると言わなければなりません。先生は聖職であり、屎尿くみ取り人は賤業だという人間差別観、職業差別観に基づく発言は、法のもとにすべての国民は平等であり、職業に貴賤はないという憲法の理念からいっても見のがすことのできない発言であります。一市民としての良識が疑われるのみならず、このような差別発言が一国の文部大臣の口から出たということは、公教育を受けているすべての青少年に対する影響を考えたとき、断じて許し得ないのであります。
 この暴言、失言は、以上にとどまらないのであります。四月十日の日教組批判、六月二十一日の国立大学長会議における発言等、遺憾な問題が多々あることを申し添えておきます。
 次に、国立学校設置法等の一部改正案の提案に際して、文部大臣のとった手続上の理不尽なやり方について、その責任を追及したいと存じます。
 申すまでもなく、この法案は、相互に関連のない全く異質の二つの内容を持っております。一つは、旭川医科大学、山形大学及び愛媛大学の医学部、埼玉大学及び滋賀大学の大学院等を定めるものであります。これらは医師養成の拡充、障害児教育の充実、大学の拡充整備など、国民の切実な要請にこたえるために、国立学校の充実をはかろうとするものであります。わが党をはじめ、すべての国民が一致して賛成し、その成立を一日も早く実現することを望んでいるのであります。
 他方、筑波大学の設置及び今後の大学管理政策を方向づけようとするこういう部分は、学問の自由、大学の自治を保障するための教授会自治を基礎としたわが国の大学制度を根底から変えようとするものであり、わが党をはじめ数多くの国民が反対している内容のものであります。
 政府・自民党は、事柄の本質が異なり、しかも国民的に一致したものと、国論が大きく分かれているものとの二つを抱き合わせて提出することにより、事柄の重要性を国民の目から隠蔽し、反対運動の分断をはかり、わが党はじめ全野党が、あたかも医大設置にまで反対していると思わせようとする意図がありありと見られるのであります。医科大設置のおくれの責任は、あげて政府にあります。そうしてこの設置のおくれによって、一万余の受験生にあせりといら立ち、果ては悲しみと憤りを与えている責任もやはり政府にあり、とりわけ担当大臣としての文部大臣奥野誠亮君の責任は、重大と言わなければならないのであります。
 また、これまでの大学の自治に重大な変更をもたらす筑波大学にかかる法制化に際して、文部大臣は、広く教育・研究の当事者や学生はおろか、科学者の総意を集めた日本学術会議にも、国立大学協会にも意見を求めず、国民的なコンセンサスを得るような努力は何一つ行われず、文部省と東京教育大執行部と一部のブレーンで筑波大学の構想をつくり上げる、こういったやり方は、まことに非民主的なやり方と言わなければなりません。このような文部大臣のやり方は、国の未来にかかわる大学の教育と研究へのべっ視であり、民主主義国家の閣僚の一人としてきわめて適格性を欠くものと言わなければなりません。
 さらに、文部省と東京教育大学の執行部によってつくり上げられた筑波大学の研究と教育の分離や管理運営の集権化は、まさに大学の自治にまっこうから挑戦するものであり、憲法に定める学問、思想の自由を侵すものであります。すなわち、わが国の科学者の総意を集めた日本学術会議では、去る四月二十六日の総会で声明を発表し、「研究・教育の専門家集団が自ら決定権をもちえない中央集権的管理の下では、自由にして自主的な研究・教育の場にふさわしい大学自治の制度上の保障がほとんど欠落している」として、筑波大学法案を激しく批判しております。研究・教育の当事者たる科学者の総意並びに国民各層による納得を得られないままに、その声を全く無視し、法案を国会に提出し、多数を頼んでこの法律案を強行成立させようとする文部大臣の意図は明白であり、断じて許されないことであります。事実、本法案が両院において強行されたことは、このことを雄弁に物語っているのであります。つまり、この国会の不正常や混乱を招いた文部大臣の責任はきわめて重大であります。
 さらに文部大臣は、今国会に、筑波法案ばかりでなく、人材確保、教頭法制化の教育三法案を提出しておりますが、これらに一貫して流れるものは、教頭の自由な研究、自主的な教育を圧殺し、差別を持ち込み、教員の管理を強化しようという、全く非教育的な発想であると言わなければなりません。なぜなら、教育という営みは、次の世代に過去の文化遺産を伝達するばかりでなく、未来によりよい社会を築き上げるために必要な能力を子供たちに与えなければならないのであります。そのためには、何よりも現状を批判でき、創造性豊かな能力と人間性をつくらなければならないのであります。教育基本法において、「われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。」と宣言しておりますのも、全く同趣旨のことを言っているのであります。
 しかるに政府・自由民主党は、戦後の民主的教育行政制度を次々と力づくで破壊し続け、その上、過酷な受験体制をもつくり、その結果、子供たちは、教師や友だちと人格的な触れ合いがなく、また、教師たちは管理強化のもとに、子供たちの豊かな創造性、人間性を伸ばす教育が刻々と困難になりつつあるのであります。特に、二度と過ごすことのできない青年期の子供たちは、愛とは、人間とは、政治とは、宗教とは、こういった自己形成の課題を自覚する年代であるにもかかわらず、新聞社の意識調査では、高校生の四人に一人は、生きている意味がわからぬと回答しております。以上のような子供たちの心の荒廃は、将来の日本にとってきわめてゆゆしい問題であります。このような問題に、文部大臣は思いをいたそうとしたことがあるでしょうか。
 およそ、教育という未来にかかわる事業に、時の権力が国民の多くの反対を押し切って、力づくで管理統制を強化するといったやり方は、教育の本質を見誤るばかりでなく、結局、無定見もしくは過激な人間をつくり、再び日本を破局に導くことになることは、過去の歴史が証明しているところでありませんか。
#8
○議長(河野謙三君) 安永君、安永君、だいぶ時間が経過しました。
#9
○安永英雄君(続) 文部大臣奥野誠亮君は、このような教育の現実の問題から目をそらし、最も緊急に解決を迫られるべきこれらの事柄の責任を回避し、反面、教育の管理体制をひたすら強化しようとし、これら諸法案の押し切りを策しておるのであります。かてて加えて、この一連の文部大臣の反動的文教政策に抵抗し、真の民主教育を確立し、子を持つ親の教育権より発するその負託にこたえ、その教育のひずみを正すために懸命な努力を続けている教師、そうして教師みずからがその生活を守り、失われた権利を取り戻すために、法のもとに許された方法手段をもって要求行動に立ち上がるや、弾圧の暴挙に出る奥野君の行政指導の本質は、つとに君の長い間の官僚生活でしみついた体質であろうと考えるのであります。文部省みずからが福岡県教育委員会に対して大量処分を指導し、指導どおりに成功するや、全国教育長、教育委員長に福岡に続けと号令するがごとき狂気じみた行為が、端的にそのことを物語っているのであります。教育の最高責任者としての奥野君のかかる政治姿勢は、その職務にまことにふさわしからざるものと言わざるを得ないのであります。
 以上、奥野君が文部大臣としての不適格である理由を明らかにし、文部大臣問責決議案に対する賛成の討論を終わります。(拍手)
    ―――――――――――――
#10
○議長(河野謙三君) 沓脱タケ子君。
   〔沓脱タケ子君登壇、拍手〕
#11
○沓脱タケ子君 私は、日本共産党を代表して、ただいま提案をされました奥野文部大臣に対する問責決議案に賛成する討論を行ないます。
 そもそも、戦後教育の根本理念は、憲法、教育基本法によって明らかであります。教育基本法は、教育の目的として「平和な国家及び社会の形成者」の育成を強調し、また、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行なわれるべきものである。」と明確に述べております。それは、何よりも教育への国の干渉を排除し、学問の自由、社会の平和と民主主義を厳格に尊重するものでなければなりません。また、憲法と教育基本法は、国民に対する差別の禁止、個人の価値の尊重を強調しているのであります。文部大臣の任務は、この理念に基づいて、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立に専念することであります。
 ところが、奥野文部大臣の就任以来の言動は、戦後教育のこの根本理念をまっこうから踏みにじるものであり、大臣が、青少年を育てる教育行政の最高責任者として不適格であることを示しています。(拍手)
 その理由は、第一に、奥野文部大臣が八月三十日、全国の地方教育行政の責任者会議でのあいさつの中で、屎尿くみ取り、じんかい焼却と教育は違うのだなどと述べたことであります。この発言は、職業によって人を差別し、現業労働者をべっ視する内容を持つものであって、万人の認めるところであります。一体、奥野文部大臣は、憲法第十四条が、国民に対する差別を厳格に禁止し、また特に、教育基本法がその目的として「個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、」と述べていることを知っているのでしょうか。
 子供たちは、いま、歴代自民党政府のとってきた五段階相対評価やテスト、テストによる差別と選別の教育のために、すなおな心はゆがめられ、非行生徒は増加し、中学生の自殺は戦後最高に達するという痛ましい状態に置かれています。このような差別と選別の教育はやめてほしい、そして、子供たちに十分な基礎学力と体力、平和と民主主義を愛する豊かな情操を身につけさせる教育を、というのが子供を持つ親たちの切実な願いとなっているのであります。しかし、みずから憲法と教育基本法にそむいて、人を差別し、べっ視することを公言するような文部大臣が、わが国教育のこの根本的欠陥を改善し、国民の要求にこたえる意思も能力もないことは明白であります。(拍手)
 第二に、奥野文部大臣は、日教組に対して、反政府団体ときめつけたり、政治が好きならば教員をやめて政治屋になれなどと放言をしているのであります。その上に、教職員に対する不当な弾圧と大量処分を行なった福岡県教育委員会を称賛して、福岡に続けと強調するありさまであります。
 日本国憲法は、すべての国民に言論、集会、結社、政治活動の自由、勤労者の団結権を保障しているのであります。特に教育基本法には、平和、民主教育を推進する条件として、教員の身分の尊重、適正な待遇、必要な政治教養の尊重を定めているのであります。また、ILOユネスコ特別政府間会議で採択をされました教員の地位に関する勧告におきましては、教員団体の教育政策立案への積極的な参加こそが必要であると述べており、わが国もこれに賛成しているのであります。さきの奥野暴言は、国民固有の基本的権利を否定し、国際的信義にももとるものであります。また、文部大臣が口をきわめて攻撃をしております日教組や日高教は、戦前、労働者としての基本的権利を奪われ、ただ、天皇のよい臣民をつくるだけの教育をしいられ、悲惨な戦争に引き込まれていったその反省に立って、戦後いち早く「教え子を再び戦場に送るな」の合いことばのもとに、平和、民主教育の推進を目ざして全力をあげて努力をしてきた民主的な団体であります。しかも文部大臣は、日教組に対してだけでなく、六月二十一日に開かれた国立大学長会議で、筑波大学法案を批判する大学関係者に対して、「他の大学にけちをつけるより勉強せよ」などの暴言をはいています。ここには、教育関係者の意思を尊重する民主的態度の一かけらもありません。労働組合を反政府団体などと、戦前の軍国主義者と同様のことばで攻撃をし、あまつさえ、地方教育委員会への方針にまで干渉して組合弾圧をけしかけ、教育関係者に不遜な悪罵を投げつける奥野文部大臣が、平和と民主教育とは縁もゆかりもない、危険きわまりない人物であることは明白であります。
 第三に、驚くべきことは、奥野氏が、二つのことばを使い分けるまことに不誠実きわまりない人物であるということであります。文部大臣は、参議院文教委員会において、八月三十日の政治屋になれという暴言が問題になった際には、反省していると述べながら、委員会後の記者会見においては、あの場合、ああいうぐあいに言わぬと別のほうから文句が出るんだとか、組合専従だって教師じゃないか、それがスト、ストと言う、そんなら先生をやめてくれと言うしかないよと述べているのであります。一体、これが反省をしている人のことばと言えるでしょうか。文部大臣は、国会は適当なことばで答弁をすれば、あとは何をしてもかまわないと考えているのでしょうか。
 このような二面的態度をとる人物が教育行政の責任者としてふさわしくないことは、論議をまたないところであります。文部大臣が、筑波大学法案の国会上程にあたって、国民と大学関係者の反対する筑波大学の新設と、国民が切実に求めている医学部、養護学校、研究所などの新設を定める条文とを抱き合わせにしたことも、教育行政における奥野文部大臣の不誠実きわまりない態度を如実に示すものと言わなければなりません。
 いま、政府・自民党の手によって、国民の大多数の反対を踏みにじって強引に成立させられようとしている筑波大学法案は、国家の教育への干渉を厳重に禁止した戦後教育の根本精神にまっこうから挑戦して、大学への国の干渉と、大学制度の反動的再編成への道を切り開く危険きわまりないものであります。このような反動的な法案の成立を推進してきたのは、奥野文部大臣であります。
 私は、断固として平和、民主教育を守り、軍国主義復活と暗黒政治への道を阻止するために、筑波大学法案の成立に反対するとともに、奥野文部大臣の即時辞職を要求して、討論を終わります。(拍手)
    ―――――――――――――
#12
○議長(河野謙三君) 川村清一君。
   〔川村清一君登壇、拍手〕
#13
○川村清一君 私は、日本社会党を代表して、ただいま提案になりました文部大臣問責決議案に対し、賛成の討論を行ないます。
 文部大臣奥野誠亮君は、ただいま提案理由にもありましたとおり、八月三十日の全国都道府県教育委員長・教育長協議会の合同会議において、一国の文部大臣としてきわめてその見識が疑われる重大な発言を行ない、心ある多くの国民の憤激を買ったのであります。私は、この国民の心を心として、文部大臣奥野誠亮君の責任を断固追及するものであります。
 文部行政の最高責任者である文部大臣は、まず憲法、教育基本法の精神と理念を根本に教育行政を進めなければならないことは申すまでもありません。憲法十三条は「すべて國民は、個人として尊重される」ことを明示しており、第十四条は「すべて國民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」ことを明らかにしております。かてて加えて、教育基本法には「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない」と明記されています。私は、民主教育の根本理念は人間尊重でなければならないと存じます。
 しかるに、文部大臣奥野誠亮君は、地方教育行政の指導的役割りをになっている都道府県教育委員長、教育長を前にして、教員にスト権が与えられたのは、戦後、占領軍によって屎尿くみ取り、じんかい焼却の現業公務員に対してスト権が与えられた際に、一片の通達で教員にも与えられたと言い、さらに、私は、先生が屎尿くみ取りと同じだとは思っていないなどと発言をしたのであります。このことは、さきに述べました憲法、教育基本法の基本理念に照らしてみるとき、きわめて重大であります。屎尿くみ取り、じんかい焼却の現業は職業的に差別があり、スト権を与える対象であっても、教員はそれらの職業と異なり、スト権などはとんでもないという発想とその考え方がいみじくも露呈されたのであります。少なくとも、屎尿くみ取り、じんかい焼却の職業を侮べつしていることは明らかであります。もし文部大臣のこのような発想が、教育行政の指導監督の地位にある者、あるいは教壇に立つ教師の発想にそれが許されるならば、憲法、教育基本法に基づく教育はじゅうりんされ、民主教育は根本から破壊されると断言せざるを得ません。(拍手)
 私は、日本の教育行政の最高の地位にある文部大臣奥野誠亮君の職業観、教育観が、教育の基本理念である憲法や教育基本法の精神に背反していることが明瞭になった以上、奥野君をして一日もその地位にとどまることを許すわけにはまいりません。一日長引けば、それだけ日本の民主教育はゆがめられ、破壊の方向に向かって大きくくずれてまいります。日本の将来を思うとき、まことに憂慮にたえないのであります。奥野誠亮君自身が、みずからその不適格であることを認識され、進んでその職を去るべきことを心から勧告いたします。
 これらの発言をめぐって、さきの衆議院文教委員会で、一度ならず四たびも文部大臣として不用意な発言をしたことに対して、みずからの至らなさを深く反省しています、たとえば交通事故にいたしましても、注意に注意を払っても事故を起こすことがありますので、みずからの未熟さのためなどと答弁し、すかさず質問者から、交通事故の場合は免許証が取り上げられますが、あなたの場合は大臣の資格を取り上げる法律がありませんので、自発的におやめになってはどうかと追及されて、何の返答もできなかったと承っております。奥野文部大臣みずからが交通事故並みの社会的な罪を意識されているならば、口を開けば、法を守れ、日教組のストライキは違法だと言える資格がありますか。また、違法行為で教育秩序を乱した者に対しては厳重な処分をもって秩序を守ってほしいと述べた奥野文部大臣は、四たびも暴言、失言を繰り返していて、処分しろなどと、どこに言う資格がありますか。この処分しろのことばは、むしろ教育行政の最高責任者の地位にありながら、憲法、教育基本法の精神、理念を無視し、これに背反するがごとき言辞を弄している奥野文部大臣その人に対してこそ向けられることばではありませんか。
 奥野文部大臣はこのような発言もしております。政治が好きなら教員をやめて政治屋になれ、これは何たる暴言でありましょう。断じて許すことはできません。教育基本法第八条に、「良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない」とされています。すなわち、政治的教養は教育上不可欠なものであり、尊重されなければならないことを示しているのであります。したがって、教員は、政治活動の自由を含めて、国民としての基本的な権利の行使が保障されることが当然であります。しかも教員は、一般国民と同様な政治的な権利の尊厳を自覚することによってこそ、真実を教え、子供の正しい発達を促し、主権者たる国民を育成することができるのであります。もし教員に市民的諸権利の保障がなければ真実を教えることもできないことは、戦前、戦中のわが国の教育を振り返ってみるだけでも明白であります。今日、教員は、進んで政治に関心を持ち、みずからの勤務条件はもちろんのこと、教育政策についても、憲法、教育基本法の精神を踏まえて批判し、深く考え、一般市民に保障されている政治的権利は当然行使すべきであります。政治が好きなら政治屋になれとは何ですか。取り消して謝罪しなさい。
 さきに文部大臣は、筑波大学法案に反対声明を出した大学教授会に対して、けちをつけるより勉強せよとの暴言を吐きましたが、これは政府がやる一切の政策について口を出さず、言いなりになれとのことで、教育基本法が述べている政治的教養をまっこうから否定し、戦前の一方的な暗黒教育を押しつけようとするものであります。
 以上申し述べた奥野文部大臣のたび重なる暴言は、すべて憲法、教育基本法の基本的理念をじゅうりんし、教育的、社会的見地からも逸脱していることが明らかであり、単なる失言、放言としてこれを許し、引き続き奥野誠亮君に日本の文教行政をまかすことは断じてできません。
 私は、教育基本法の前文に示されている「日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。」との教育の重要性を思いつめ、国民の名において、一刻も早く奥野文部大臣が退任されることを要求して、問責決議案に賛成の討論を終わります。(拍手)
#14
○議長(河野謙三君) これにて討論は終局いたしました。
 これより文部大臣奥野誠亮君問責決議案の採決をいたします。
 表決は記名投票をもって行ないます。本案に賛成の諸君は白色票を、反対の諸君は青色票を、御登壇の上、御投票を願います。
 議場の閉鎖を命じます。氏名点呼を行ないます。
   〔議場閉鎖〕
   〔参事氏名を点呼〕
   〔投票執行〕
#15
○議長(河野謙三君) 投票漏れはございませんか。――投票漏れはないと認めます。投票箱閉鎖。
   〔投票箱閉鎖〕
#16
○議長(河野謙三君) これより開票いたします。投票を参事に計算させます。議場の開鎖を命じます。
   〔議場開鎖〕
   〔参事投票を計算〕
#17
○議長(河野謙三君) 投票の結果を報告いたします。
  投票総数         二百十二票
  白色票           八十五票
  青色票          百二十七票
 よって、本案は否決せられました。(拍手)
     ―――――・―――――
  〔参照〕
 賛成者(白色票)氏名      八十五名
      塩出 啓典君    喜屋武眞榮君
      野末 和彦君    山田  勇君
      内田 善利君    藤原 房雄君
      青島 幸男君    原田  立君
      沢田  実君    上林繁次郎君
      矢追 秀彦君    三木 忠雄君
      峯山 昭範君    田代富士男君
      柏原 ヤス君    黒柳  明君
      中尾 辰義君    鈴木 一弘君
      宮崎 正義君    山田 徹一君
      多田 省吾君    白木義一郎君
      小平 芳平君    田  英夫君
      上田  哲君    工藤 良平君
      戸田 菊雄君    前川  旦君
      沢田 政治君    野々山一三君
      大橋 和孝君    杉山善太郎君
      松永 忠二君    森中 守義君
      西村 関一君    林  虎雄君
      中村 英男君    阿具根 登君
      森 元治郎君    山崎  昇君
      羽生 三七君    藤原 道子君
      鶴園 哲夫君    鈴木  強君
      片岡 勝治君    辻  一彦君
      佐々木静子君    須原 昭二君
      沓脱タケ子君    小谷  守君
      神沢  浄君    鈴木美枝子君
      宮之原貞光君    加藤  進君
      竹田 四郎君    安永 英雄君
      松本 英一君    小笠原貞子君
      田中寿美子君    川村 清一君
      中村 波男君    鈴木  力君
      森  勝治君    村田 秀三君
      塚田 大願君    星野  力君
      松本 賢一君    小林  武君
      瀬谷 英行君    矢山 有作君
      茜ケ久保重光君    渡辺  武君
      須藤 五郎君    戸叶  武君
      小柳  勇君    河田 賢治君
      岩間 正男君    加瀬  完君
      吉田忠三郎君    小野  明君
      田中  一君    成瀬幡 治君
      藤田  進君    秋山 長造君
      春日 正一君
    ―――――――――――――
 反対者(青色票)氏名      百二十七名
      高田 浩運君    玉置 猛夫君
      今  春聴君    熊谷太三郎君
      温水 三郎君    濱田 幸雄君
      森 八三一君    中村 登美君
      松岡 克由君    斎藤 十朗君
      中西 一郎君    君  健男君
      細川 護煕君    原 文兵衛君
      橋本 繁蔵君    中村 禎二君
      棚辺 四郎君    竹内 藤男君
      永野 鎮雄君    山崎 五郎君
      長屋  茂君    若林 正武君
      桧垣徳太郎君    小林 国司君
      久次米健太郎君    亀井 善彰君
      長田 裕二君    石本  茂君
      佐藤  隆君    林田悠紀夫君
      安田 隆明君    源田  実君
      二木 謙吾君    丸茂 重貞君
      河口 陽一君    玉置 和郎君
      山内 一郎君    宮崎 正雄君
      木島 義夫君    小笠 公韶君
      堀本 宜実君    大森 久司君
      白井  勇君    植木 光教君
      青木 一男君    植竹 春彦君
      木内 四郎君    杉原 荒太君
      上原 正吉君    松平 勇雄君
      剱木 亨弘君    古池 信三君
      塚田十一郎君    鬼丸 勝之君
      鈴木 省吾君    大松 博文君
      増田  盛君    矢野  登君
      志村 愛子君    高橋 邦雄君
      柴立 芳文君    古賀雷四郎君
      黒住 忠行君    河本嘉久蔵君
      初村滝一郎君    渡辺一太郎君
      山崎 竜男君    世耕 政隆君
      斎藤 寿夫君    星野 重次君
      上田  稔君    高橋雄之助君
      菅野 儀作君    佐田 一郎君
      佐藤 一郎君    中津井 真君
      寺本 廣作君    久保田藤麿君
      木村 睦男君    柳田桃太郎君
      船田  譲君    町村 金五君
      橘直  治君    高橋文五郎君
      岡本  悟君    徳永 正利君
      鹿島 俊雄君    米田 正文君
      柴田  栄君    大谷藤之助君
      大竹平八郎君    江藤  智君
      伊藤 五郎君    平井 太郎君
      安井  謙君    西田 信一君
      後藤 義隆君    郡  祐一君
      迫水 久常君    吉武 恵市君
      塩見 俊二君    鍋島 直紹君
      山本敬三郎君    稲嶺 一郎君
      寺下 岩蔵君    川野 辺静君
      金井 元彦君    片山 正英君
      梶木 又三君    嶋崎  均君
      今泉 正二君    園田 清充君
      山本茂一郎君    藤田 正明君
      平泉  渉君    楠  正俊君
      土屋 義彦君    内藤誉三郎君
      西村 尚治君    平島 敏夫君
      山本 利壽君    山下 春江君
      新谷寅三郎君    前田佳都男君
      増原 恵吉君    田口長治郎君
      八木 一郎君
     ―――――・―――――○議長(河野謙三君) この際、日程に追加して、国立学校設置法等の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)を議題とすることについておはかりいたします。
 表決は記名投票をもって行ないます。日程に追加して本案を議題とすることに賛成の諸君は白色票を、反対の諸君は青色票を、御登壇の上、御投票を願います。
 議場の閉鎖を命じます。氏名点呼を行ないます。
   〔議場閉鎖〕
   〔参事氏名を点呼〕
   〔投票執行〕
#18
○議長(河野謙三君) 投票漏れはございませんか。――投票漏れはないと認めます。投票箱閉鎖。
   〔投票箱閉鎖〕
#19
○議長(河野謙三君) これより開票いたします。投票を参事に計算させます。議場の開鎖を命じます。
   〔議場開鎖〕
   〔参事投票を計算〕
#20
○議長(河野謙三君) 投票の結果を報告いたします。
  投票総数        二百二十二票
  白色票          百二十七票
  青色票           九十五票
 よって、日程に追加して本案を議題とすることに決しました。(拍手)
     ―――――・―――――
  〔参照〕
 賛成者(白色票)氏名      百二十七名
      高田 浩運君    玉置 猛夫君
      今  春聴君    熊谷太三郎君
      温水 三郎君    濱田 幸雄君
      森 八三一君    中村 登美君
      松岡 克由君    斎藤 十朗君
      中西 一郎君    君  健男君
      細川 護煕君    原 文兵衛君
      橋本 繁蔵君    中村 禎二君
      棚辺 四郎君    竹内 藤男君
      永野 鎮雄君    山崎 五郎君
      長屋  茂君    若林 正武君
      桧垣徳太郎君    小林 国司君
      久次米健太郎君    亀井 善彰君
      長田 裕二君    石本  茂君
      佐藤  隆君    林田悠紀夫君
      安田 隆明君    源田  実君
      二木 謙吾君    丸茂 重貞君
      河口 陽一君    玉置 和郎君
      山内 一郎君    宮崎 正雄君
      木島 義夫君    小笠 公韶君
      堀本 宜実君    大森 久司君
      白井  勇君    植木 光教君
      青木 一男君    植竹 春彦君
      木内 四郎君    杉原 荒太君
      上原 正吉君    松平 勇雄君
      剱木 亨弘君    古池 信三君
      塚田十一郎君    鬼丸 勝之君
      鈴木 省吾君    大松 博文君
      増田  盛君    矢野  登君
      志村 愛子君    高橋 邦雄君
      柴立 芳文君    古賀雷四郎君
      黒住 忠行君    河本嘉久蔵君
      初村滝一郎君    渡辺一太郎君
      山崎 竜男君    世耕 政隆君
      斎藤 寿夫君    星野 重次君
      上田  稔君    高橋雄之助君
      菅野 儀作君    佐田 一郎君
      佐藤 一郎君    中津井 真君
      寺本 廣作君    久保田藤麿君
      木村 睦男君    柳田桃太郎君
      船田  譲君    町村 金五君
      橘直  治君    高橋文五郎君
      岡本  悟君    徳永 正利君
      鹿島 俊雄君    米田 正文君
      柴田  栄君    大谷藤之助君
      大竹平八郎君    江藤  智君
      伊藤 五郎君    平井 太郎君
      安井  謙君    西田 信一君
      後藤 義隆君    郡  祐一君
      迫水 久常君    吉武 恵市君
      塩見 俊二君    鍋島 直紹君
      山本敬三郎君    稲嶺 一郎君
      寺下 岩蔵君    川野 辺静君
      金井 元彦君    片山 正英君
      梶木 又三君    嶋崎  均君
      今泉 正二君    園田 清充君
      山本茂一郎君    藤田 正明君
      平泉  渉君    楠  正俊君
      土屋 義彦君    内藤誉三郎君
      西村 尚治君    平島 敏夫君
      山本 利壽君    山下 春江君
      新谷寅三郎君    前田佳都男君
      増原 恵吉君    田口長治郎君
      八木 一郎君
    ―――――――――――――
 反対者(青色票)氏名      九十五名
      塩出 啓典君    喜屋武眞榮君
      野末 和彦君    山田  勇君
      内田 善利君    藤原 房雄君
      栗林 卓司君    藤井 恒男君
      青島 幸男君    原田  立君
      沢田  実君    中村 利次君
      上林繁次郎君    矢追 秀彦君
      三木 忠雄君    木島 則夫君
      萩原幽香子君    峯山 昭範君
      田代富士男君    柏原 ヤス君
      黒柳  明君    松下 正寿君
      中沢伊登子君    中尾 辰義君
      鈴木 一弘君    宮崎 正義君
      田渕 哲也君    高山 恒雄君
      山田 徹一君    多田 省吾君
      白木義一郎君    小平 芳平君
      向井 長年君    村尾 重雄君
      田  英夫君    上田  哲君
      工藤 良平君    戸田 菊雄君
      前川  旦君    沢田 政治君
      野々山一三君    大橋 和孝君
      杉山善太郎君    松永 忠二君
      森中 守義君    西村 関一君
      林  虎雄君    中村 英男君
      阿具根 登君    森 元治郎君
      山崎  昇君    藤原 道子君
      鶴園 哲夫君    鈴木  強君
      片岡 勝治君    辻  一彦君
      佐々木静子君    須原 昭二君
      沓脱タケ子君    小谷  守君
      神沢  浄君    鈴木美枝子君
      宮之原貞光君    加藤  進君
      竹田 四郎君    安永 英雄君
      松本 英一君    小笠原貞子君
      田中寿美子君    川村 清一君
      中村 波男君    鈴木  力君
      森  勝治君    村田 秀三君
      塚田 大願君    星野  力君
      松本 賢一君    小林  武君
      瀬谷 英行君    矢山 有作君
      茜ケ久保重光君    渡辺  武君
      須藤 五郎君    戸叶  武君
      小柳  勇君    河田 賢治君
      岩間 正男君    加瀬  完君
      吉田忠三郎君    小野  明君
      田中  一君    成瀬幡 治君
      藤田  進君    秋山 長造君
      春日 正一君
     ―――――・―――――○議長(河野謙三君) 国立学校設置法等の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)を議題といたします。
     ―――――・―――――
#21
○議長(河野謙三君) これより文教委員長の報告を求めるのでありますが、宮之原貞光君外三名から、委員会審査省略要求書を付して、
 文教委員長永野鎮雄君解任決議案が提出されておりますので、まず本決議案についておはかりいたします。
 文教委員長永野鎮雄君解任決議案は、発議者要求のとおり委員会審査を省略し、日程に追加して、これを議題とすることに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#22
○議長(河野謙三君) 御異議ないと認めます。よって、本案を議題といたします。
 これより発議者の趣旨説明を求めます。宮之原貞光君。
   〔宮之原貞光君登壇、拍手〕
#23
○宮之原貞光君 私は日本社会党、公明党、民社党、日本共産党、二院クラブの全野党を代表して、文教委員長永野鎮雄君の解任決議案を提出をします。(拍手)
 まず初めに、決議案文を読み上げます。
   文教委員長永野鎮雄君解任決議案
  本院は、文教委員長永野鎮雄君を解任する。
  右決議する。
 次に、提案の理由を説明をいたします。
 日本国憲法は、「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」と定めております。すなわち国会は、国民の生活と権利、日本の平和と民主主義など、国政の根幹が審議決定をされるところであります。そしてなお、「国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。」との憲法前文の定めにこたえて、議会における審議は、国民の声に耳を傾け、十分に行ない、問題点を余すところなく国民の前に明らかにして、国民の意思に基づいて決定をさるべきであります。したがいまして、法案並びに諸調査案件の実質審議を行なう各委員会及び委員長の責任は、まことに重大であるのであります。もし、この委員会でこのことが踏みにじられ、無視されるならば、これすなわち議会制民主主義の否定、憲法無視のゆゆしい事態と言わなければなりません。
 ところが、文教常任委員長永野鎮雄君は、去る七月十七日の文教委員会で、突如として、「委員長」と叫んだだけの世耕政隆委員の動議に籍口して、国立学校設置法案等の一部を改正する法律案の審議を打ち切り、強行採決を行なわんとして、委員会を混乱のるつぼにおとしいれたのであります。
 このことについて、文教委員会会議録第二十一号は、
 ○世耕政隆君 委員長……
   〔「賛成」「賛成」「反対」「反対」「委員長」「委員長」と呼ぶ者あり、議場騒然、聴取不能〕
   〔委員長退席〕
    午後三時三十二分
とのみ記録をいたしておるのであります。
 このことによっても明らかなように、あのとき文教委員会は何をきめたのか、全く不明なのであります。にもかかわらず、文教委員長の永野鎮雄君は、あつかましくも職権を乱用して、同会議録の末尾に、
  本日の本委員会における世耕政隆君の発言の後の議事経過は、次のとおりである。
  国立学校設置法等の一部を改正する法律案(閣法第五〇号)(衆議院送付)
  右は、質疑を終局した後、可決すべきものと決定した。
とインチキきわまる架空のことを記録させておるのであります。
 同時に、参議院公報百五十四号にも、同法案を可決したと虚偽の記載をさせるとともに、議長の手元にその旨、要領書を添えて、審査報告書を提出しておるのであります。
 皆さん、このようなうそと偽りで固めた、いわば詐欺的行為が国会の中で、白昼堂々とまかり通っていいのでしょうか。これを可とすることは、まさに国権の最高機関である国会の自殺行為ではありませんか。また、これでよしとする政党及び議員が存在するとするならば、それは国民の代表としての国会議員の名に値しないものと言わなければなりません。そして、もしこれが議会制民主主義の多数決だと抗弁する者があるとするならば、児戯にもひとしい論理で、その知能指数の低さは、これまた、国会議員の資格はないと断ぜざるを得ないのであります。
 当時、文教委員会は、この法案の審議が緒についたばかりでありまして、あのときは、野党質問の第一陣としてのわが党の松永忠二君の質問が始まったばかりで、審議そのものさえ行なわれたとは言えない状態の中のできごとであったのであります。この行為は、全く議員の審議権さえ奪った、議会民主主義そのものの否定と言わなければなりません。断じて私どもの許すことのできないことであります。しかも、人間的にも道義的にも許せないことは、あの直前の午後三時ごろの理事会では、自民党の理事諸君は、絶対に強行採決はしないと約束をし、委員長自身、またこのことを付言をして、理事会はこれらの発言を了承して、委員会を再開したばかりのできごとであったのでございます。さらに、念の入ったことには、前日の理事会におきまして、与野党の理事は、委員長を含めて、今後の審議日程として、十八日は筑波現地調査、二十日、二十一日の両日は参考人の意見聴取をするということを合意し、現地調査の件については、議院運営委員会の承認を受ける手続まで完了するという、野党の委員を安心させてのあのようなペテン的な行為であったのであります。このような、人を欺き、だますというペテン師にもひとしい行為は、人間永野としても糾弾さるべきものであり、国民の選良としての国会議員の品位をみずから失墜したものと断ぜざるを得ないのであります。
 このことだけでも、永野鎮雄君の不信任、解任の根拠は十分過ぎるほど十分であるのでありますが、その後の委員長の言動は、一段とこのことに輪を加え、罪を重ねているという結果を招来しておるのであります。
 このことについて若干申し上げますならば、八月二十一日の国会正常化についての確認事項の第三項、すなわち「委員会の運営については、参議院改革の趣旨にそい、理事会の協議にしたがって適正な運営をはかる」ということを受けて、去る八月三十日の文教委員会で永野鎮雄君は、次のように委員長の見解を表明をして、全員一致の了解を得たのであります。すなわち「去る七月十七日の委員会の事態は、委員会運営の本旨にかんがみ、まことに残念かつ遺憾であり、委員長としてその責任を痛感しております。委員会の運営は、各委員の理解と納得のもとに行なうことが原則であります。したがって今後は、その点に留意し、再びあのような事態を招かないよう特に理事会の協議に基づいて運営をはかります。つきましては、委員各位におかれては、何とぞ御諒承の上、御協力をお願いいたします。」と、特に今後は理事会の協議に基づいて運営をすることを確約をいたしたのであります。ところが、その後の委員長の言動は、それこそ舌の根もかわかないうちに、理事会での合意を得る努力もしないままに、職権で再三再四にわたって委員会の開会を公報に掲載をして、開会を迫り、一方的に議長に文教委員会の進行が停滞をしておるかのような報告を行なったり、さらには、委員会開会中の進行動議には、常に与党に加担をするという行動をとってまいったのであります。
 このことからもわかるように、文教委員長永野鎮雄君の言動は、表面は七月十七日の混乱について遺憾の意を表し、責任を痛感するかのごとく装いながら、本心は全く一片の反省もないという、面従腹背の破廉恥ぶりであったのであります。それだけに私たち関係者にとっては、全く委員長としては一日もその席にとどまることは困る存在だと言わなければなりません。このような事実を知るならば、おそらく与党自民党の諸君といえども、私の提案に反対する理由はないと思うのであります。そうでしょう。
 さらに指摘をしなければならないことは、本国会における文教委員会は、筑波大学法案と呼ばれる、わが国高等教育のあり方の基本と学問・研究の自由という民主主義の根幹にかかわる問題が問われている重要法案を審議をする任務を持つ委員会で、永野鎮雄君はその委員長であるのであります。それだけに、さきに申し述べてまいりましたところの国会審議のあり方の一般論以上に、文教委員会は、法案の内容については十分過ぎるほど慎重に時間をかけて審議をし、問題点を余すところなく国民の前に明らかにして、その是非について謙虚に国民の批判を聞くという処置がとられなければならない法案をかかえているにもかかわらず、文教委員長は、ただ今国会で何が何でも議了するという政府・自民党の絶対命令に忠実なあまり、先ほど来申し述べてまいりました非民主的な運営を強行するということに終始をしたのであります。このことは、常任委員長という中立公正な立場をみずから放棄し、政府・自民党の走狗に成り下がったことを意味するとともに、筑波大学法案に対するところの認識の浅さと、教育の何たるかを知らない態度だと言わなければなりません。その意味からも、永野鎮雄君は文教委員長としての適格性を欠くものと言わなければなりません。
 ここに議員各位一同の御賛成を御期待申し上げまして、提案説明を終わるものであります。(拍手)
#24
○議長(河野謙三君) 討論の通告がございます。順次発言を許します。小林武君。
   〔小林武君登壇、拍手〕
#25
○小林武君 私は、日本社会党を代表いたしまして、ただいま提案されました参議院文教委員長永野鎮雄君の解任決議案に対する賛成討論を行ない、各位の御賛同を賜わりたいと存ずるものであります。
 すでに、永野鎮雄君の解任の理由につきましては、提案者よりきわめて明白かつ具体的な事実がるる述べられたところであります。私は、これらの趣旨説明を踏まえて、本決議案に対する賛成の理由を述べたいと思います。
 申すまでもなく、参議院常任委員長は、国会法第十六条による議長、副議長に並ぶ院の役員としての重責をになうものであります。また同法第二十五条によって、常任委員中から選挙されたものであります。したがって、議長、副議長の党籍離脱の例にならう必要はないといたしましても、当該委員会の運営にあたっては、極力公平な立場を堅持して、提出法案の委曲を尽くした審議が行なわれるよう運営しなければならない責任があると思います。このような審議を通じて、われわれ政治に携わる者の責務として、法案議了の当否を国民的立場に立ってこれを決する重大な責任を果たし得るのであります。かりそめにも、その所属する政党の党利党略的観点に立って委員会運営をはかることは、絶対許されるべきではありません。
 文教委員長永野鎮雄君――永野鎮雄君は財界、政界に一大勢力を持つ永野一族として政界に進出したと聞くのであります。すなわちその政治基盤は、日本独占資本の巨大な力を背景に求めていると言わなければなりません。また一方、信徒六百数十万を擁する本願寺派教団に属し、本願寺派宗会議員、全国教講師連盟理事などをつとめる、教団における有力者でもあります。私は、国家独占資本を政治基盤とする永野鎮雄君はともかくとして、本願寺派教団に属している宗教者永野鎮雄君には多少の期待を持っているものであります。それは、七十万近い門徒を持つ本願寺派教団は、大量な国民大衆を包含する組織体であって、それに相応した宗教的哲学があるからであります。したがって、教団指導層の一員である永野鎮雄君のよって立つ思想もまた、正義を踏んでの不動の信念と世俗の利慾を超克し得る良識が期待できると信ずるからであります。戦後から間断なく、しかも執拗に続けられている自由民主党政府による教育の反動化を是正し、阻止する信念までは期待はしません。しかしながら、文教委員長として、その運営にあたって、多数を頼む暴力による運営には、少なくともちゅうちょする良識の一片ぐらいは期待し得るのではないかと思ったのでありすす。
 しかし、このささいな期待さえ全く裏切られ、田中内閣のファッショ的姿勢をそのまま受け入れ、野党質問者第一陣の質問中に、突如として自民党伝統の教育法強行採決の暴挙に出たのであります。永野鎮雄君のこの行動は、宗教者としての矜持も信念もかなぐり捨てた、その本性をむざんな狂態の中に露呈したと言わなければなりません。永野鎮雄君、文教委員長が強行した筑波大学法案の強行採決、この採決による当然の結果として、委員会議了の条件を全く欠落した偽りの委員長報告が作成され、それを議長に提出し、また、永野文教委員長によって歪曲された謀略的審議状況報告と、それによる文教委員会の審議状況に対する河野議長の誤った判断となり、議長職権による防衛二法案及び筑波大学法案の本会議提案を誘発するに至ったのであります。文教委員長永野鎮雄君の投じた一石は、玉突き的に議会主義否定の方向につながり、さらに転じて、わが国高等教育に対して、教育と研究の自由を喪失するという本質的な問題に暗い影を投ずるに至ったのであります。永野鎮雄君の反動的運営は、政府・自民党による民主的教育破壊の図式、すなわち反動的な教育立法とその成立のための暴力的議会操作という図式の完全な踏襲でありました。したがって、教育反動化の深化は、一方において議会制度の荒廃と連動してくるのであります。
 永野鎮雄君の政治家としての最大の欠陥は、私は、その起因するところ、戦後の民主教育破壊の立法、法案成立のための強行採決というこの繰り返しを、参議院を強行採決の装置としてきたことの理解に欠除されているからであります。かくて永野鎮雄君は、文教委員会における筑波大学法安の強行採決によって、議会機能喪失に一そうの拍車をかけたと言わなければなりません。
 私は、ここに至って、過去の参議院のこの具体的な事例を申し上げたいのであります。昭和三十一年六月一日から二日にかけて、教委任命制を目途とした新教委法は、与党自民党による警察官五百名を導入して、野党議員を場外に締め出して採決をした。昭和四十四年、大学の運営に関する臨時措置法は、衆議院文教委員会、午後七時四十五分開議、同四十七分委員長退場。この間二分。会議録は次の事項を記録したのみであります。「〇委員長……(聴取不能)」、これが合法政党の採決と認められているのであります。同じく四十四年八月二日、同法はわが参議院に持ち込まれました。文教委員会における採決の成立は二分間。審議ゼロ。国会史上空前の例でありました。本会議においてはどうであったでしょう。一分間。審議ゼロ。参議院は、八十八条適用によってこの状況を現出いたしました。当時の議長は重宗議長でありました。これもまた合法でございました。朝日新聞は「国会史上空前ともいうべき無法非道なやり方で、大学措置法案は参院で強行可決された。われわれは、このような恐るべき事態に対して、もはやいうべきことばをもたない。」と、政府与党の強行採決を糾弾いたしました。問答無用で政府の必要とする法案が成立するならば、もはや国会は無用であります。国会は多数党政権の強行採決の装置にすぎなくなったとしたならば、これでは自民党独裁政治のていさいを飾る単なる機関であり、憲法にうたわれた国権の最高機関たる機能は失われてしまうのであります。
 私は、河野議長の誕生、参議院の改革は、この国権の最高機関の機能回復にあったと思うのであります。河野氏がこれに政治生命をかけたというならば、私は、まさに捨て身の戦いであったと思うのであります。今度の強行採決で、その戦いはどうなったか。永野鎮雄君、参議院改革とは何か。それはまず第一に強行採決の否定をとらなければならないのであります。この強行採決の意義のきわめて大きいことを、あなたは知らなければなりません。永野鎮雄君、先ほど来提案者の述べたように、衆議院強行採決、参議院強行採決。委員長の永野君は、速記録にどう記録されたか御存じですか。これも提案者が述べました。これがさらに、いま河野議長職権本会議開会につながって、進行しているのであります。
 河野議長はまた、文教委員会におけるところのこの採決に対して、法律的には合法であるが政治的には問題だと、こう言っているのであります。私は、ここに問題があるのです。永野鎮雄君、文教委員会を振り返ってみてください。社会党はほんとうに審議の引き延ばしをやったでしょうか。与党議員の遅刻によって定数が満たないときに開会がおくれたという事実を、あなたはよもや否定はいたしますまい。野党議員の忍耐と協力によって波乱なく行なわれた事実を、君は否定することができますか。野党議員、文部大臣、政府委員がじっと待つ、この情景を君は否定することはできないでしょう。何度あったと記憶いたしておりますか。これこそ、委員長怠慢による審議の妨害、与党の妨害ではありませんか。大学法案審議中に定数を割ったおり、野党議員が委員部に命じて定数充足を促して、その中断を避けたことをあなたは知っているでしょうか。委員長も、目も耳もあると私は思っております。この事実をあなたは否定できないと思うのであります。その委員長が、審議引き延ばしで困っているという虚偽の報告を行なった。河野議長はそう確信している。文教委員長の、これはまさに仏者の言う五戒の一つ、妄語戒でないか、それを破ったということにならないか。これは宗教界といえども、俗界といえども、虚言は諸悪の根源であります。私はあなたに反省を求めたい。私は永野君に対して申し上げたい。先ほど出された解任決議案に対して、数を頼んでこれを否決すればいいというような考え方に立ってはなりません。あなたは、みずからその責任を感じて、文教委員長の職を退くべきだと私は信じます。
 以上をもって、永野鎮雄君の解任決議案に対する賛成の討論を終わります。(拍手)
    ―――――――――――――
#26
○議長(河野謙三君) 塩出啓典君。
   〔塩出啓典君登壇、拍手〕
#27
○塩出啓典君 私は、公明党を代表いたしまして、ただいま宮之原貞光君より提案されました参議院文教委員長永野鎮雄君の解任決議案に対し、賛成の討論を行なうものであります。
 いま七十一国会は、史上まれに見る長期国会となっております。すなわち、百五十日間という通常の会期終了後、自民党は、多数を頼んで六十五日という長期の延長を行ないました。国会の会期は、審議のゴールとも土俵とも言うべき重要な一線であります。大幅な会期延長は、この土俵を取り払い、少数政党に認められた合法的な抵抗の手段を否定してしまい、多数党の独裁をもくろむものと言わなければなりません。二百日をこえた会期を終わっても政府の提出した重要法案が成立しないと見ると、政府・自民党は、またもや会期の六十五日という大幅な再延長を行ない、しかも再延長に際しては、参議院の意向を無視して、衆議院で自民党単独で決定してしまったのであります。政府・自民党が提出した重要法案が成立するまで会期の延長をはかるとなると、もはやそこには議会制民主主義はなく、多数党の横暴以外の何ものでもないと言わざるを得ません。田中総理は、このような史上まれに見る長期国会でもあきたらないのか、通年国会を平然と叫んでいるのであります。わが党は、このような少数政党の主張を抹殺し、数の暴力を頼む国会運営には、議会制民主主義を守る立場から断固反対してまいります。
 さらに、政府・自民党は、七月十七日、文教、内閣、運輸の各委員会において強行採決まで行なったのであります。この時点において、文教委員会は、筑波大学法の審議に入ったばかりであったのであります。しかも、この日河野議長は、常任委員長、特別委員長に対し、早く与野党の間で具体的な修正意見を話し合ってほしい旨の要望をしたのであります。そうして永野委員長は、与野党の理事と協議をし、会期末の日程も話し合い、強行採決等はやらないと言明をし、正常な審議が行なわれていたことは、先ほどの提案理由の説明にあったとおりであります。国会はペテン師の集まりではなく、国民の代表である議員の集まりであります。そして各党がお互いに合意し、約束をしたことは必ず守るということこそ参議院改革の原点であり、全政党が守らなければならないおきてであると思うのであります。
 ところが、その約束を一方的に打ち破ったのは、多数党である自民党であったことはすでに御存じのとおりであります。そうして永野委員長は、速記録にも「委員長……」とだけしか残っていない動議を可決したと、自民党の言うがままに動いたのであります。いやしくも常任委員長は、議長とともに院の運営者であります。国会法四十八条及び参議院規則によれば、委員会の主宰者として委員会の議事を整理し、秩序を保持するとともに、外部に対して委員会を代表するとあります。したがって、委員会の主宰者として公平な立場で各委員の職務を果たさせ、議案の審議を十分に円滑に行なわせるため、あらゆる努力を払うことこそ当然であります。にもかかわらず、約束を破り、ルールを破った自民党の言いなりとなって、良識の府であるべき参議院を混乱におとしいれた文教委員長の不公平な姿勢を、わが党は認めるわけにはいかないのであります。
 永野鎮雄君と私とは、五年前同じ広島から全国区に立候補し、ともに当選し、今日までがんばってまいりました。永野鎮雄君は風光明媚な瀬戸内海の島に生まれ、その人柄はまことに温厚であり、多くの人の尊敬を集めて今日に至っていることを私はよく承知しております。私は、なぜこのような人柄の永野君がこのような暴挙をやったのか、全く理解に苦しむのであります。思うに、政府・自民党の圧力が永野鎮雄君の理性と良心をかなたへ押しやったに違いない。そして永野鎮雄君は、深い反省と良心の苛責に悩んでいるに違いないと、私は彼の心中を深く察しているのであります。私は、永野鎮雄君がいさぎよく、みずからの良心に従って文教委員長を辞任することを、彼の将来のためにも勧告するものであります。
 教育は日本の将来の方向を決する重要な問題であり、与野党とも正々堂々と論議し、十分審議を行ない、修正すべきは修正をして、合意ができて初めて実施に移すべきものであります。国民の合意なくして、どうして真の教育がなし得ましょうか。まして強行採決を行なった筑波大学法案は多くの問題が含まれていることは、永野委員長も知らないわけはありません。まだまだ不十分な審議時間ではありますが、委員会審議、公聴会、参考人の意見等で幾多の問題が提起され、いまだ解決されないのであります。
 その幾つかを述べてみると、まず東京教育大の構想により筑波新大学をつくったと言っておりますが、参考人の意見で明らかになったごとく、東京教育大案は全くのダシに使われただけで、その中身はすべて文部省案になっていたという事実であります。また、副学長制に象徴される管理の強化の問題についても、たとえば教員会議の権限が全く抜けており、明らかにされていないのであります。各種委員会、審議会の構成員の選出方法、会の権限も不明確であり、文部省がことばでは言っている全学的な意思の疎通が円滑、適正に行なわれるという実態は、全く明らかになっていないのであります。実際の法文上では、教員会議は従来の教授会の持っていた人事権、財政権、その他の権限をもなくされ、単なる審議機関となるのであります。
 さらに、新しい自治と文部省は言っていますか、この新しい自治とは何なのでしょうか。全構成員の意思が、十分反映するという保証は何もないのであります。学長、副学長の選出に、全学の教員は単なる意向表明しかできないばかりか、選出する評議会の構成員の過半数を学長の息がかかった人間で占めることが可能であり、職員、院生、学生に至っては、何ら自治に関与できないようになっているのであります。これが新しい自治とは、時代逆行もはなはだしいのであります。また、開かれた大学を目ざすため、学外の有識者からなる参与会が設けられ、学外の良識ある意見を代表すると言っておりますが、この参与会の構成員、中身が全く明らかになっていないのであります。学長が自由に選び、助言、勧告をし、また、学長から諮問がなくてもできるとあっては、文部省のコントロール機関以外の何ものでもないのであります。さらに、参議院文教委員会で資料要求したカリキュラムの内容に至っては、担当教官の名前すら明示されず、全くいいかげんな資料としか言いようのないものであります。このようないいかげんな資料や、あいまいなその場限りの答弁をして、野党は審議を促進しない、引き延ばしばかり行なっていると非難する政府自民党の諸君の精神構造はどうなっているのかと、疑わざるを得ないのであります。
 筑波新大学の問題点はまだまだ数多くありますが、いま申し上げたどの部分一つをとっても、今後の大学教育に重要な影響を与えるものばかりであります。このような重要問題を含んでいる筑波新大学法案を強行採決し、審議を途中で打ち切った永野文教委員長の責任をわが党は鋭く追求するとともに、このような委員長を認めることはできないのであります。文教委員会は、わが国の未来を構成する若き人々の教育をいかにすべきか、将来の教育はいかにあるべきかを真剣に論議をする場であります。そのような重要な場において、十分の審議もせず、数の暴力に訴えるということは、わが国の教育界を冒涜するものであり、ひいては全国民を愚弄するものであります。
 永野委員長は、野党に言われるまでもなく、文教委員会に対するみずからの姿勢を反省するならば、良心に従って即刻、委員長を辞任すべきであったでありましょう。わが党は、参議院文教委員会を、真に教育を議論し、数の暴力を排除するため、文教委員長永野鎮雄君の解任を強く要求し、解任決議案に対する賛成討論を終わります。(拍手)
    ―――――――――――――
#28
○議長(河野謙三君) 鈴木美枝子君。
   〔鈴木美枝子君登壇、拍手〕
#29
○鈴木美枝子君 私は、日本社会党を代表して、ただいま提案されました文教委員長永野鎮雄君の解任決議に対する宮之原議員の提案につきまして賛成の討論をいたします。
 まず、文教委員会での重要な筑波問題に触れさせていただきます。
 筑波大学は、東京教育大学が移転するという問題から端を発しております。昭和三十七年から始まって、本日、この緊急本会議に至るまでの間、もめにもめた大学改革であります。移転が決定したのは昭和四十四年七月二十四日。東京教育大学において、移転に反対する文学部教授、助教授、講師、事務職員、そして学生等々に対して、大学責任者は機動隊を導入し、混乱のさなかに評議会が最終決定をしたのであります。以上の移転理由からいっても、それ相当の抵抗があったわけで、この十年間、筑波移転に反対する文学部教授は、文部省に対して、筑波大学構想とは別に、東京教育大学における大学改革案を持って、どんなにか話し合いを希望したかしれないのにもかかわらず、文部省当局はそれに応じなかったと聞いております。しかも、反対する文学部教授に対しては、力によって評議会が辞職を勧告し、つまり、反対する個々の教授に対しては圧力をかけていたことも知りました。大学改革は、憲法第二十三条「学問の自由は、これを保障する。」とあるのにのっとって行なわれるべきであり、したがって、教育に携わってきた専門家の意見は尊重されるべきであります。その専門家のことばに耳を傾けず、そして、その人権を踏みにじって改革をするということはもってのほかであります。
 文部省の構想による新しい大学、いうところの開かれた大学に対しては、それゆえに、文教委員会では、その内容、構想について審議を熱望しておりました。また、重要な教育、文化が、わが国の発展をもたらす未来の人間にかかわるがゆえに、文教委員会では熱心に討論もされてきました。
 にもかかわらず、私はここで具体的に申し上げなければなりません。本年七月十六日、文教委員会開会、自民党中村委員の一時間前後の質疑。そして翌七月十七日、午前理事会開会、その席上で、私たちは永野委員長にこう希望いたしました。私たちの最もおそれている強行採決は絶対行なわないようにと、再三お願いいたしました。そのとき、委員長は、強行採決はしないと胸を張って言明したではありませんか。にもかかわらず、理事会のあったその日に強行採決は決行されました。文教委員会を開会してより二日目です。質疑は三時間三十分で強行採決を行なうとは、何という暴挙なんでしょう。私は、委員会開会当初から、強行採決をされるのじゃないかという不安を持っておりました。この重大な大学改革の審議に臨んできて、日本の未来をになう青年たちの教育問題であるだけに、強行採決という野蛮な行為は全くの暴挙であり、青年の未来の方向づけからしても、激しい胸の痛みを感じながら、それを受けとめなければならないという不幸を味わいました。七月十七日午前の理事会においては、永野委員長は強行採決を行なわないと約束をしながら、その日の午後において、社会党の松永委員の三時間半にわたる質疑中に強行採決を行ないました。私はあのとき、日本の国民の不幸をまともに見せつけられた感じがいたしました。筑波大学という大学は、東京教育大学の移転の問題に始まり、どういう曲折を経て現在に至ろうとしているのか、また、大学改革の内容はどのようなものであるのか、そういうことについて、国民はほとんど知らされておりません。文教委員会で質疑することは、国民が知る機会を持つことでもあります。国民に真実を伝えないおそろしい強行採決、この実体さえ正しくは国民に伝わってはいないと私は思うのです。これでは国民は政治不信にならざるを得ないでしょう。
 そして、再び文教委員会は開かれたのです。つまり、八月三十日より九月二十日まで、実質審議は五日間しか行なわれませんでした。六人の委員が質疑をいたしましたが、いまだに五人の委員の方たちは質疑を行なっておりません。大学改革の内容、そして構成について審議することを熱望しているのです。いままで、たった五日間行なわれた審議によって、新しい大学の改革についてその内容を明らかにすることができたと言えるでしょうか。大学の自治を保障していた学部の教授会を廃止し、管理運営を学長及び五人の副学長を中心の上部機構に切りかえ、人事権を教授会から引き離し、人事委員会を学長の統轄機関に移すともいっています。評議会はまた学長の意見の強力な発言機関になろうとしています。参与会なるものは、学長の任命により学園外部の人間で構成されるというではありませんか。となると、参与会は、評議会以上に政府や企業や独占資本が直接に関係するごとく疑惑を持たれるのは当然でありましょう。これらの諸問題を細部にわたり審議し、政府、文部省のいうところの大学改革の新しい構想の基軸、機関に関しての基本問題を審議することは、とうてい、きょうまで行なわれた五日間では尽くせないのであります。大学の教育、そして研究、教員の人事など、大学自身の手で自治を守るためにも、筑波大学における大学改革は論議を尽くしておく必要があるのです。
 現在の民主主義教育は、思想の自由、学問の自由を抑圧し続けてきた戦前の、いわば暗黒の歴史をくぐり抜けて生まれてきた貴重なものなんです。これら民主主義教育を発展させ、大学の自治を保障するためには、筑波大学法案は十分に審議を尽くさなければならないのであります。にもかかわらず、文部省のいうところの大学改革なるものが実現した暁には、わが国全体の大学の状況を位置づけてしまう。その影響はまことに大きいのであります。いまこの筑波大学法案の成立によって、教授会の機能を抑圧し、全国の大学にその方針を強要することをもし許すならば、再び戦前の封建的独善の歴史を再現することになることは火を見るより明らかなのであります。それは学問、研究の自由を奪います。発表の自由を奪うのです。人間から創造の自由を、いまも奪ってきました。そうして青年たちに、正しく行動する能力を喪失させることにつながっていくのであります。これは人間性そのものを破壊する、そして資本の思うままに労働し、生活する、真に学問の自由のない人間をつくるのです。先導役、文部省のいう新構想大学筑波大学法案の本質であるならば、これほどの危険なものはないと言わざるを得ません。
 良識の府、それを自負する参議院が、衆議院では論議できなかった重大な点を、より深く、より広くきわめることが委員会の任務であり、国民の負託にこたえることであります。いまの段階で、はたして国民の納得できる法案審議を費やしたと言えるでしょうか。断じて言えるものではありません。
 また、自民党政府は、大学紛争を口実にして一九六九年に強行制定した大学の運営に関する臨時措置法を、永久的なものにしようとしているのもこの法案の内容であります。このことは、端的にいえば、政府の考える大学紛争とは、現在の状態もすでに大学紛争ということになります。このような反動的性格の終結こそ、先般の強行採決につながるものと言えましょう。これこそは、政府の基本思想がファシズム教育に突き進んでいるあらわれなのであります。(拍手)
 筑波大学法の政府提案における誤りを指摘いたしましょう。医者の不足が叫ばれている今日、医科大学、医学部等の設置が国民の要求するものであることは、私たちも知っております。それを筑波大学創設の法案と抱き合わせて、法案を通そうとする悪質なやり方は、まるで命を助けてやるから金を出せという強盗のやり方に似ております。国会の中に横行する政府の誤った政治こそ、国民の前にそのベールをはがさなければなりません。
 筑波大学における教育制度は、学問を経済的必要性に結びつけて、一つの独特な方法で、教育を経済組織に組み込んで、個人的自由を抑圧していく。それは、まさしく野蛮な強行採決を行なって、文化国家だと言っていることでも理解できます。また、毎日の新聞に出ている社会の悲劇はまるで政治と関係ないがごとく、自由な国だとうそぶいている、そのことでもよくわかります。
 永野委員長、私は強行採決を認めることはできません。どうぞ皆さん、お笑いにならないでください。それゆえに、委員長の解任を要求し、宮之原議員の提案に対する私の賛成討論を終わります。(拍手)
#30
○議長(河野謙三君) これにて討論は終局いたしました。
 これより文教委員長永野鎮雄君解任決議案の採決をいたします。
 表決は記名投票をもって行ないます。本案に賛成の諸君は白色票を、反対の諸君は青色票を、御登壇の上、御投票を願います。
 議場の閉鎖を命じます。氏名点呼を行ないます。
   〔議場閉鎖〕
   〔参事氏名を点呼〕
   〔投票執行〕
#31
○議長(河野謙三君) 投票漏れはございませんか。――投票漏れはないと認めます。投票箱閉鎖。
   〔投票箱閉鎖〕
#32
○議長(河野謙三君) これより開票いたします。投票を参事に計算させます。議場の開鎖を命じます。
   〔議場開鎖〕
   〔参事投票を計算〕
#33
○議長(河野謙三君) 投票の結果を報告いたします。
  投票総数        二百十八票
  白色票          九十三票
  青色票         百二十五票
 よって、本案は否決せられました。(拍手)
     ―――――・―――――
  〔参照〕
 賛成者(白色票)氏名      九十三名
      塩出 啓典君    喜屋武眞榮君
      野末 和彦君    山田  勇君
      内田 善利君    藤原 房雄君
      栗林 卓司君    藤井 恒男君
      青島 幸男君    原田  立君
      沢田  実君    中村 利次君
      上林繁次郎君    矢追 秀彦君
      三木 忠雄君    木島 則夫君
      萩原幽香子君    峯山 昭範君
      田代富士男君    柏原 ヤス君
      黒柳  明君    中沢伊登子君
      中尾 辰義君    鈴木 一弘君
      宮崎 正義君    田渕 哲也君
      高山 恒雄君    山田 徹一君
      多田 省吾君    白木義一郎君
      小平 芳平君    向井 長年君
      村尾 重雄君    田  英夫君
      上田  哲君    工藤 良平君
      戸田 菊雄君    前川  旦君
      沢田 政治君    野々山一三君
      杉山善太郎君    松永 忠二君
      森中 守義君    西村 関一君
      林  虎雄君    中村 英男君
      阿具根 登君    森 元治郎君
      山崎  昇君    羽生 三七君
      藤原 道子君    鶴園 哲夫君
      鈴木  強君    片岡 勝治君
      辻  一彦君    佐々木静子君
      須原 昭二君    沓脱タケ子君
      小谷  守君    神沢  浄君
      鈴木美枝子君    宮之原貞光君
      加藤  進君    竹田 四郎君
      安永 英雄君    松本 英一君
      小笠原貞子君    田中寿美子君
      川村 清一君    中村 波男君
      鈴木  力君    村田 秀三君
      塚田 大願君    星野  力君
      松本 賢一君    小林  武君
      瀬谷 英行君    矢山 有作君
      茜ケ久保重光君    渡辺  武君
      須藤 五郎君    戸叶  武君
      小柳  勇君    河田 賢治君
      岩間 正男君    加瀬  完君
      吉田忠三郎君    小野  明君
      田中  一君    成瀬幡 治君
      藤田  進君    秋山 長造君
      春日 正一君
    ―――――――――――――
 反対者(青色票)氏名      百二十五名
      高田 浩運君    玉置 猛夫君
      今  春聴君    熊谷太三郎君
      温水 三郎君    濱田 幸雄君
      森 八三一君    中村 登美君
      松岡 克由君    斎藤 十朗君
      中西 一郎君    君  健男君
      細川 護煕君    原 文兵衛君
      橋本 繁蔵君    中村 禎二君
      棚辺 四郎君    竹内 藤男君
      山崎 五郎君    長屋  茂君
      若林 正武君    桧垣徳太郎君
      小林 国司君    久次米健太郎君
      亀井 善彰君    長田 裕二君
      石本  茂君    佐藤  隆君
      林田悠紀夫君    安田 隆明君
      源田  実君    二木 謙吾君
      丸茂 重貞君    河口 陽一君
      玉置 和郎君    山内 一郎君
      宮崎 正雄君    木島 義夫君
      小笠 公韶君    堀本 宜実君
      大森 久司君    白井  勇君
      植木 光教君    青木 一男君
      植竹 春彦君    木内 四郎君
      杉原 荒太君    上原 正吉君
      松平 勇雄君    剱木 亨弘君
      古池 信三君    塚田十一郎君
      鬼丸 勝之君    鈴木 省吾君
      大松 博文君    増田  盛君
      矢野  登君    志村 愛子君
      高橋 邦雄君    柴立 芳文君
      古賀雷四郎君    黒住 忠行君
      河本嘉久蔵君    初村滝一郎君
      渡辺一太郎君    山崎 竜男君
      世耕 政隆君    斎藤 寿夫君
      星野 重次君    上田  稔君
      高橋雄之助君    菅野 儀作君
      佐田 一郎君    佐藤 一郎君
      中津井 真君    寺本 廣作君
      久保田藤麿君    木村 睦男君
      柳田桃太郎君    船田  譲君
      町村 金五君    橘直  治君
      高橋文五郎君    岡本  悟君
      徳永 正利君    鹿島 俊雄君
      米田 正文君    柴田  栄君
      大谷藤之助君    大竹平八郎君
      江藤  智君    伊藤 五郎君
      平井 太郎君    安井  謙君
      西田 信一君    後藤 義隆君
      郡  祐一君    迫水 久常君
      吉武 恵市君    塩見 俊二君
      鍋島 直紹君    山本敬三郎君
      稲嶺 一郎君    寺下 岩蔵君
      川野 辺静君    金井 元彦君
      片山 正英君    梶木 又三君
      今泉 正二君    園田 清充君
      山本茂一郎君    藤田 正明君
      平泉  渉君    楠  正俊君
      土屋 義彦君    内藤誉三郎君
      西村 尚治君    平島 敏夫君
      山本 利壽君    山下 春江君
      新谷寅三郎君    前田佳都男君
      増原 恵吉君    田口長治郎君
      八木 一郎君
     ―――――・―――――○議長(河野謙三君) これにて午後二時まで休憩いたします。
   午後零時二十九分休憩
     ―――――・―――――
   午後二時四分開議
#34
○議長(河野謙三君) 休憩前に引き続き、これより会議を開きます。
 国立学校設置法等の一部を改正する法律案について、これより委員長の報告を求めます。文教委員長永野鎮雄君。
   〔永野鎮雄君登壇、拍手〕
#35
○永野鎮雄君 ただいま議題となりました国立学校設置法等の一部を改正する法律案について、文教委員会における審査の経過と結果を御報告申し上げます。
 本法律案は、旭川医科大学を新設し、山形大学及び愛媛大学に医学部を設置する等、国立学校の整備充実を行なうとともに、大学改革の推進に資するため、大学に学部以外の教育・研究上の基本となる組織及び副学長を置くことができるものとするよう大学制度の改善をはかり、新しい構想に基づく筑波大学を新設しようとするものであります。
 委員会におきましては、筑波大学創設の目的とその内容、特色、本法律案の提出のしかた、筑波大学の創設と他の国立大学との関係、大学自治の内容等について質疑が行なわれ、去る七月十七日採決を行ない、本法律案は多数をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしましたが、その後、国会正常化の趣旨に沿い質疑を続行いたしました。
 そのおもな内容は、東京教育大学における筑波移転決定の経緯、東京教育大学廃学の理由、教育組織と研究組織の分離による学系、学群制度の根拠、副学長、人事委員会の設置等による中枢管理組織の強化の理由と大学自治との関係、開かれた大学のあり方、大学の運営における学生の地位と役割りの位置づけ、今後の大学の改革と拡充整備の方針、筑波大学創設のための予算、定員、教育課程等の準備状況等であります。
 なお、九月十四日に筑波研究学園都市の現地調査、同十八日に大阪公聴会を開催して六名の公述人から意見の聴取並びに同十九日に十二人の参考人からの意見聴取を行ないました。その詳細は会議録により御承知願います。
 以上御報告申し上げます。(拍手)
#36
○議長(河野謙三君) 本案に対し、松永忠二君、内田善利君外一名、松下正寿君から、それぞれ成規の賛成者を得て、修正案が提出されております。
 順次、修正案の趣旨説明を求めます。松永忠二君。
   〔松永忠二君登壇、拍手〕
#37
○松永忠二君 国立学校設置法等の一部を改正する法律案の日本社会党の修正案につき、提案の理由を申し上げます。
 まず、その内容を申し上げます。
 修正案は、政府提案の中から、いわゆる筑波大学に関係のある国立学校設置法、学校教育法、教育公務員特例法の改正部分を削除したものであります。
 まず第一に、旭川医科大学を新設し、山形大学及び愛媛大学に医学部を設置し、東北大学医療技術短期大学部を新設すること。第二に、埼玉大学及び滋賀大学に、それぞれ工学及び経済学の修士課程の大学院を新たに設置するとともに、現在なおその病因等が解明されない難病について基礎的研究を推進するため、東京医科歯科大学に難治疾患研究所を設置し、大気水圏環境の構造と動態に関する総合的な研究を推進するため、名古屋大学に水圏科学研究所を設置し、千葉大学の腐敗研究所を生物活性研究所に改組し、さらに、これまでの南極観測十八年の成果を踏まえ、極地の総合的、科学的研究及び極地観測の一そうの推進をはかるため、国立大学共同利用機関として国立極地研究所を新設しようとしております。
 以上のほか、国立久里浜養護学校を設置し、国立特殊総合研究所との相互協力のもとに、心身に障害を有する児童生徒のうち、特に障害が重度であり、あるいは重複している者の教育に当たる学校を設置するなどの内容であります。
 旭川医大をはじめ医学部設置、各種研究所、国立養護学校設置は地元または関係者の長年の要望と熱意によってようやく設置に至ったもので、早急の法律成立を熱望いたしております。
 旭川医大は、北海道庁十九億、旭川市六億、設置協力会三億、計二十八億の重い地元負担にもたえて設置にこぎつけ、愛媛大学医学部も地元協力会が六億の資金を集める計画を立て、その他医学部専門課程の実験、実習と診療器具に四億、医学部、関連教育病院に図書費九千四百万円の負担を行なって設置の日を待っております。秋田大学医学部も、地元から国が用地を無償ですでに四年間の貸与を受けて、準備に当たってきました。したがって、一日も早くこの要望にこたえるためにも法案を成立させなくてはなりません。
 筑波大学法案をなぜ切り離せぬのか、他条項は切り離し、筑波は慎重な審議をという声は、地元に、投書に、国民の間に満ち満ちていると言わなくてはなりません。ある学生の投書には、「青少年に希望と夢を、これは国会議員が好んで使う言葉です。実際は政党の御都合主義で希望と夢の芽をむしばんでいるのが国会議員のあなた方です。私は四月から開校予定の医療技術短大の合格者です。友人は大学の新設医学部に受験できず、とほうにくれています。筑波大学について論ずる余裕はありませんが、支障のない開校には同法案から分離して成立させてはいかがでしょう。それが政治判断かと存じます。希望をかなえてくださるようお願いします。」とあります。
 筑波大学法案に反対の署名を寄せている大学人は七千人以上にのぼり、百を上回る大学、教授会、研究所、諸団体が批判的及び反対を表明しているのでありますから、筑波大学関係の法律改正は慎重審議し、実施を急がれている医大、医学部関係、研究所、養護学校はこれと分離して早急に成立させることこそ、子供もわかる当然な理屈ではありませんか。しかるに、実施を急ぐ住民、国民の声を逆用して、問題ある筑波大学の反対の声を押えて早急実施を押し込んでくるのは、文字どおり羊頭を掲げて狗肉を売るのたぐいであり、役人の小ざかしい知恵であります。こんなことのまかり通る筋合いではありません。
 政府や大臣は口を開くと、筑波大学構想は東京教育大学が練り上げられた構想を基礎にし、自主的な改革案を達成させたと言うし、東京教育大学の筑波大学賛成の関係者は、東京教育大学が独自に考えた構想で、大学自治のたてまえからも、他の大学の者がよいとか悪いとか言うのは自治の侵害であると強弁してきたのであります。そういう口の下から、文部省の提案理由には、筑波大学の新しい構想の実現と各大学における自主的な改革の推進に資するため、大学制度の弾力化をはかると述べたり、各大学における自主的改革の推進に資したいと述べて、その波及効果を高く期待しているのであります。東京教育大学の筑波大学賛成の関係者の要望書には、その実現は日本だけでなく世界の学界に貢献するところが大である、万一これが実現しないようなことであれば、目下停滞している日本の大学改革に大きな悪影響を及ぼし、わが国の学術、教育の将来について悲観すべき事態が生ずるであろうと憂慮されますと述べて、大学改革に大きな影響のあることをみずから告白しているのであります。日本学術会議が、大学全体に重要な影響を与えるものは、学術会議をはじめ全国の大学に対しあらかじめ基本的な合意を求める必要のあることを強調するのは、当然のことであります。
 昭和二十六年第十国会に提出し、未成立に終わった国立大学管理法案は、大学管理起草協議会をつくり、日本学術会議をはじめ日本教職員組合など八団体から推薦された者、経済界、言論界、各界学識経験者合計二十人の委員により三十回の会合を開き、最終案を大臣に答申するまでの間に、諸団体の代表の意見を聞き、中間試案をつくって公表し、批判を求め、さらに案を改め公聴会にかけるなど慎重な取り扱いが行なわれました。しかるに、今回の法案は、東京教育大学の自主改革のたてまえだから、日本学術会議の意見も他の大学や教育関係団体の意見も聞く必要なしと、大学自治をここでも逆用し、強い波及効果、大学の自主改革推進に資することを期待しながら、他の意見を排撃してきたのであります。日本学術会議、国立大学等の意見を聞くためにも、分離して慎重審議すべきであります。
 また、東京教育大学の内部は混乱し、学内の自主的な受け入れ条件は全く整っていません。筑波移転に賛成した人も参考人として出席し、学生、職員、助手の意向が十分反映されていない、執行部と下部との間の不信がつのり、四十八年二月二十三日の評議会で、十六人の評議員中十二人の一致で宮島学長不信任案が提出され、これが処理されていないし、三輪元学長を創設準備室長として準備室が昨年九月につくられながら、現在室長だけで、室員は一人もきまっていないし、文学部教授定員五十八人中二十六人の欠員があり、卒業生は、賛成、反対の二派に分かれるなど、非常に不安である。東京教育大学が廃学となってしまうという時点、大学全体がこれに対して十分主体的に討議したり、考えたりして、一致した意見でなければ非常に憂うべきことが起こる可能性があると述べました。ここにも、筑波大学関係の法案が、なお時間を十分とって検討する必要があります。
 参議院に筑波法案が送られてきたとき、ある有力新聞は、教育大が大学としての統一した意見を持ち、民主的なルールのもとに運営されていることを疑わせる。教育大の正常化を何よりも先に急ぐべきであり、もし、早急に打開が不可能ならば、筑波大を教育大とはきっぱりと切り離すくらいの勇断が必要なのではあるまいかと述べてい産した。
 また、ある新聞は、筑波大学法案に無理があるとの表題の論説を載せ、筑波大学の問題点は、経過的に見ると、いかにも混乱している。文学部教授定員五十八人中二十六人欠員、二月二十三日、評議会の学長不信任動議保留となっている。混乱と対立の例であり、このまま筑波に移っても、明るい学園となることを期待しにくい。これは新構想内容以前の問題である。参議院では、野党の提案について与党がもう一度考えて、与野党が協力し、合意できるものから順次問題解決することが望ましいと述べています。
 まさにわが党提案の趣旨ずばりであります。この国民的世論に耳を傾けない政府・自民党、これを実現するために勇気と良識を持ち得なかった参議院自民党に、限りない失望を感じるとともに、再度提案し、翻意を促して、提案の理由の説明を終わります。(拍手)
    ―――――――――――――
#38
○議長(河野謙三君) 内田善利君。
   〔内田善利君登壇、拍手〕
#39
○内田善利君 私は、ただいま議題になっております国立学校設置法等の一部を改正する法律案に対する修正案につきまして、提案の趣旨を御説明申し上げます。
 本法律案を、このような国会終盤の本会議において提出しなければならなくなった理由は、国民の強い要望を盛り込んだ国立学校設置法と、憲法にうたわれた学問の自由を否定し、大学の自治を否定するおそれが十分に考えられる筑波新大学とをあえて混合させ、いたずらに国会審議を不必要に混乱させ、ひいては、国民の政治不信をますます強め、国民生活に大きな悪影響を及ぼすに至ったからであります。
 ことに、衆議院において行なわれました、国立大学医学部、医科大学等を残し、筑波新大学を取り去るという野党の分離要求に対して、政府・自民党はこれを拒否し、いま国民が最も強く要求している生命と健康を守る完全な医療体制の充実を妨げる行動をあえて行ない、しかも、これを体制技術上、あるいは国会対策上の要請で踏みにじるという、議会制民主主義をはき違えた暴挙を行なったのであります。しかも、参議院において、六月二十九日、本会議において上程され趣旨説明の行なわれた野党四党共同提案による国立学校設置法の一部を改正する法律案を、野党の強い要求にもかかわらず、一向に審議せず、問題の多い法律案の成立にあくまでも固執し、しかも強行採決の暴挙まであえて行なった政府・自民党の態度は、全く議会制民主主義を否定する以外の何ものでもありません。ゆえに、その暴挙に強く抗議するとともに、政府提出の国立学校設置法等の一部を改正する法律案における筑波大学設置を目的とした改正議案が何ゆえ問題であるかを、修正案提出の趣旨を述べるにあたり、明らかにしておくものであります。
 その第一の理由は、学問の自由を根底から崩壊するものであるということであります。
 憲法第二十三条の学問の自由は、大学自治により保障され、大学自治は学部の自治によってささえられてきたのであります。しかるに、大学紛争以来、学部の自治の内容が学生側からも批判され、一般世間には大学の閉鎖性の一面が大きくクローズアップされましたが、これに便乗して、政府・自民党は開かれた大学と称し、学生の望んでいる新しい自由な学問の進展の方向に開かれた大学ではなく、逆に政治介入が容易に行なわれる方向に開かれた大学へと改組することを画策したのであります。筑波新大学はその腹黒い企ての先導的試みの一つであって、学長、副学長に大学の管理運営のすべてを集中し、集中された学長の大きな権限がそのまま行政権力によって左右されるように仕組まれているのであります。この仕組みは、やがては政治権力による大学介入につながり、さらに実質的には学問の統制に通ずるものと断ぜざるを得ないのであります。
 その第二の理由は、参与会を通じて政治の意図が学園に直結する構造になっていることであります。
 参与会は学長の助言勧告機関として、文部大臣の任命者で構成されるようになっております。本法では、参与会設置は、一般社会に開かれた大学をつくることを名目にしておりますが、この特別に設けられた機関は、中教審答申を順守する政府・自民党の代弁者、すなわち文部官僚を含めた特定学者の集団となることは十分に予想されるのであります。したがいまして、この筑波新大学モデルは、産業社会の要請にこたえるべきであると公言した中教審答申の先導的試行として、政界、財界、産業界に開かれた大学、すなわち産学協同の危険な教育路線を進める大学になることは必定であります。
 教育基本法第十条に定められた教育行政の役割りは、教育の外的事項として必要な諸条件の整備、確立にあるのであります。政府・自民党は、この筑波大学構想は、一部の大学人の自主的な計画に発したものであると公言していますが、筑波大学設立への推移を見ますと、東京教育大学の改組移転が正常な大学自治の意思とは全く無関係に、強引な行政指導によって進められた形跡が顕著であります。ゆえに本法案がもし成立したならば、大学自治への政治介入が必至であるとともに、教育基本法に反した教育内容のコントロールにまで及ぶことは明らかであります。これはまさに行政の越権行為であり、断じて許すことはできないのであります。
 その第三の理由は、大学改革の主体者はあくまで大学人であり、政府は大学人の改革意欲を独断的に否定しているからであります。
 あの大学紛争以来、政府・自民党は、大学改革は学者によってはできないと宣伝し、各大学の自主的な改革案が提出されたにもかかわらず、政府は予算や教職員の増員をはかろうともせず、改革案に積極的に取り組もうとはしなかったのであります。
 その第四の理由は、この筑波大学法案は、廃棄となった大学管理法案の実質的な再現であり、政治権力による学園改悪の第一歩であるからであります。
 昭和二十六年及び三十八年に政府は大学管理法案を提出いたしました。しかし、これらは本法案と同様に、管理運営を強化し、学問の自由を否定するおそれがあるとして、当時の国民のきびしい批判を受けて廃案となったのであります。今回、政府・自民党は、その方針を貫徹するために、直接的な大学管理法案成立にかえて、実質面でこれまで以上の権力介入を可能にするような管理組織を持つ大学をつくり、やがて全大学にこれを波及させようとたくらんだのであります。そして、より実質的な大学管理を遂行しようとしているのであります。したがって、筑波大学を先導的試行とし、他の大学にも適用できることを目的として、学校教育法、教育公務員特例法をも同時に改悪しようとしているのであります。そして、その法的措置により、筑波大学管理方式を全大学にまで普遍化、普及化しようとはかっているのであります。
 第五の理由は、この筑波法案は筑波研究学園都市建設法を悪用した法案であるからであります。筑波研究学園都市建設は、教育、研究に適したよりよい環境を準備し、学問の健全な発展に寄与することを目的として計画されたものでありました。しかし政府・自民党は、学園都市の環境をつくるだけでなく、一方的に大学改革を進め、大学の自治を否定した大学を設置しようとしているのであります。これは、国民の期待をさか手にとり、その賛意を悪用したものであります。
 以上が、政府が力によって強行しようとしているいわゆる筑波大学法案であり、このような多くの問題をかかえている法案は許すことのできないものであり、国民の賛意は決して得られないものであります。
 そこでここに、わが公明党は、政府提出の筑波新大学構想を含めた国立学校設置法等の一部を改正する法律案を修正して、筑波新大学の入らない国立学校医学部及び医科大学新設などの国立学校設置法等の一部を改正する法律案に対する修正案を上程するわけであります。政府提出の法律案に比べ、「等」の一字があるかないかの違いではありますが、その立法の精神においては雲泥の差があるのであります。すなわち、国民がひとしく熱望しているものであり、その設立をいまかいまかと待ちながら勉学に励んでいる多くの医学を志す受験生がひとしく待ち望んでいる国立旭川医科大学の新設、山形大学及び愛媛大学の医学部設置などを、学問の自由を奪い、大学の自治を侵害するおそれを十分に含んでいる筑波新大学設置と分離して、充実した審議の上ぜひ成立させていただきたいのであります。
 以上が、簡単ではございますが、本修正案を提出いたしました趣旨と精神とを申し上げ、次に、本法案の内容の要点のみを御説明申し上げます。
 この法律は、国立学校の一そうの整備充実をはかるため、国立大学の新設、学部の設置等を行なおうとするものであります。
 その第一は、旭川医科大学を新設するとともに、山形大学及び愛媛大学にそれぞれ医学部を設置し、もって近年における医療需要の増大と医師の地域的偏在等による医師不足の事態に対処しようとするものであります。
 第二に、これまで大学院を置かなかった埼玉大学及び滋賀大学に、それぞれ工学及び経済学の修士課程の大学院を新たに設置し、当該大学の学術水準の向上と研究能力の高い人材の養成を行なおうとするものであります。
 第三は、看護婦、臨床検査技師、診療放射線技師等の医療技術者の資質の向上をはかるため、東北大学に医療技術短期大学部を併設するものであります。
 第四は、付置研究所の設置及び改組についてであります。東京医科歯科大学に治療法等が確立されていない難病についての基礎研究を総合的に推進するための難治疾患研究所を、名古屋大学に大気水圏環境の構造と動態に関する総合的な研究を行なうための水圏科学研究所をそれぞれ設置するとともに、千葉大学に付置されております腐敗研究所につきまして、腐敗という現象の究明から発展して生命科学の一分野としての生物活性全般に関する研究を一そう推進する必要があるため、これを生物活性研究所に改組しようとするものであります。
 第五は、国立久里浜養護学校の設置であります。一昨年開設された国立特殊教育総合研究所における重度または重複の心身障害児の教育の方法、内容等に関する実際的研究の実験教育の場として新たに国立久里浜養護学校を設置しようとするものであります。
 また、昭和四十八年度に旭川医科大学、山形大学もしくは愛媛大学の医学部、埼玉大学もしくは滋賀大学の大学院、東北大学医療技術短期大学部または国立久里浜養護学校に入学した者は、在学年数の計算に関しては、昭和四十八年四月一日から当該大学等にそれぞれ在学していたものとみなすなど必要な経過措置等を規定しております。
 以上、本国立学校設置法等の一部を改正する法律案に対する修正案の趣旨説明でありますが、何とぞ御審議の上、すみやかに御可決くださるようお願い申し上げまして、私の説明を終わります。(拍手)
    ―――――――――――――
#40
○議長(河野謙三君) 松下正寿君。
   〔松下正寿君登壇、拍手〕
#41
○松下正寿君 私は、民社党を代表いたしまして、国立学校設置法等の一部を改正する法律案に対する修正案の提案理由について、その要点を説明いたします。
 修正の第一点は、筑波大学の副学長、これは五名となっておりますが、これを三名に変更することであります。
 おそらく政府案の骨子とするところは、最近のなげかわしい状態にかんがみて、学長の地位、権限を強化する、そのためには五名の副学長が必要である、そして補佐によって学長の地位を高めていこう、こういう趣意だろうと思います。これは、数が多くなればそれだけ地位が高まるという非常に機械的な考え方でありまして、私はそういうようなことは不必要であるだけでなくて、むしろ逆効果であると思います。私は、最近の情勢にかんがみまして、学長の地位を強化することには絶対賛成でありますが、これを三名にとどめるのが一番効果的であるという考え方を持っています。その理由は、いままでの大学におきましては、各学部の教授会が単に教育、研究だけではなくて、その運営、管理についても最高の責任者でありまして、そこに問題があったのであります。したがって、これを学長中心にするというところにこの筑波大学法案の一つのポイントがあると思いますが、しかし、私は簡単に学長のおもなる仕事が管理運営であるというこの考え方には、どうしても承服できません。むろん、人間に対して完全を求めることはできませんが、いずれに重点を置くかといいますと、やはり私は学長は大学のシンボルでありますから、学者であること、そしてよい教育者であることが、これが何よりも必要な条件であります。したがって、多少管理運営についての能力において欠ける点があっても、これは補佐によって補っていくべきものである。その意味において、実務面においては補佐が必要でありますから、その数を三名に限定して、教育と学問の研究についてはみずから責任をとるべきである、さような意味において、私は三名に変更することを主張いたします。
 修正の第二点、参与会に地域住民の意見が反映されるように配慮しなくてはならない、そのような規定を設けるべきであるという点であります。
 大学の自治、学問の自由ということはよく言われております。そうして学問の自由が即大学の自治であるというような議論が、何らの反省なくして行なわれております。これは問題が別であります。学問の自由は絶対に必要であります。しかしながら、学問の自由を現行の制度の大学自治によって守っていけないところに、非常な深刻な問題が発生しておるわけであります。したがって私は、できれば、大学の自治は尊重すべきではありますけれども、しかしながら、これが閉鎖的にならないように、社会に対して開放さるべきものであると考える。しかし、特に私が重点を置きますことは、大学が教育機関であり、したがって重要な精神活動をなすところであるという点にかんがみまして、その地域とのあたたかい、そして密接な結びつきというものがその教育効果に及ぼす影響がいかに大きいかということを、実は私自身の経験から見ても痛感しておる次第であります。したがって、私は、この参与会その他の名称によって、社会との結びつきということはけっこうであります、しかし、それがほかの方面に利用されたり乱用されたりすることがないように、特に地域との結びつきということは当然法制化さるべきものであると考えております。
 第三点は、筑波大学に学生協議会を設けて、大学の管理運営、教育課程、教職員の人事その他一切に関し、学長に建議することができるよう法文をもって明記することであります。
 よく、学生は教えられる者である、教授は教える者である、したがって、学校の教育なりその他大学の事項について、学生がくちばしを入れることは相ならぬという考え方が、有力な方面において支持されておるのであると思いますが、私は、そのような思想に非常に大きな問題があると考えます。現代の若い者、特に学生についての一番大きな問題は、そうして不満は、何であるかというと、参加する喜びを禁止されておることであります。完全な統制の時代でありますならば、それはあきらめがつきますけれども、現在のように、自由というものが一応社会の原理のたてまえになっておる場合に、自分の通っております、自分と重要な関係のある大学という社会において正式な発言権がないということは、参加を禁止されておることであります。しかし、実際問題として学生はすでに参加しておるわけです。いわば非合法といいましょうか、実際上参加ができておるわけであります。私はこの実情というものは、決して偶然ではなくして、民主主義の要請に応じて自然発生的に生まれたものであります。私は、大学においては正式に学生の参加を認むべきであると思う。ただし、大学における最高の責任、最後の決定は学長みずからなすべきものである。したがって、学生の決議なり意思なりというものが直ちに拘束力を持つのではなくして、学長に対して正式に建議することができるということを、法文をもって明記すべきものであると考えます。
 最後に、私は、第三点で申し上げたことを一歩進めまして、学長の選挙等についても、学生協議会の意思をあらわすべきものであると考えます。
 その点については、いろいろな方面から甲論乙駁、特に保守系統の方々から非常に大きな批判ないし御心配が出ておるわけであります。その心配のおもな点は何かと申しますというと、学生は十分に判断力が熟してないからして、学長の選挙というような重要な事項について判断を誤りはしないか、そういう御心配があるようであります。私自身もそのような心配が全くないかというと、ないわけではありません。学生は判断を誤る可能性が大いにあります。しかしながら、私は小学校、中学校もしくは高等学校の生徒の話をしておるのでなくして、すでに成年に大部分達し、もしくは達しようとしておるところの大学生のことを問題としておるわけであります。あの程度の年代になりまして、まだ年齢的に判断力がないとするならば、私はまことに、日本人は判断力が永久につかないのじゃないかということが非常に心配になります。そうではなくして、多少の心配がありましても、一応責任を持たせることによって、彼らの判断力というものは発達するのではないだろうか。さらに私は一歩進めて考えてみましても、学生にこの重要な問題についての判断力がない。しからば、あるかないか非常にむずかしい問題でありますが、ないとするならば、だれにあるか。文部省にあるか。(「ない」と呼ぶ者あり)私はないと判定しませんが、あるとも断定できないと思います。また現在の制度のように、現在は教授会にほとんど全権があります。教授会がはたして――人事についての最高の権限を現在持っておりますが、彼らにはたしてそれだけの能力があるかどうか。あるとするならば、いままでのような不祥な事件は起きなかったはずであります。私は、否定的な立場、消極的な立場をとるとするならば、だれにも能力がない、したがって民主主義というものは不可能であるというような、こういうまことに重大な結論に達しはしないかということをおそれるものであります。したがって私は、教授会にも不満ながらも権限を与え、同時に学生にも学長選挙についての若干の権限を与えることによって、その教育効果というものを期待すべきものであるということを痛感いたします。
 最後に、私は、本院におきまして、筑波大学法案のような教育上非常に重大なことが、ややもすれば抽象論と政治論に終わって、十分なる討議がなされなかったのじゃないかということを非常に心配いたしました。最後に私に発言の機会を与えていただきましたことについて深甚の感謝の意を表し、私の修正案の提出の理由といたします。ありがとうございました。(拍手)
#42
○議長(河野謙三君) 質疑の通告がございます。順次発言を許します。宮之原貞光君。
   〔宮之原貞光君登壇、拍手〕
#43
○宮之原貞光君 私は、日本社会党を代表いたしまして、ただいま議題となりました国立学校設置法等の一部を改正する法律案について若干の質疑を行なうものであります。
   〔議長退席、副議長着席〕
 去る六月二十九日、本院におきまして、国立学校設置法等の一部を改正する法律案及び国立学校設置法の一部を改正する法律案について質疑を行なったものでありますが、総理及び文部大臣の答弁たるや、的はずれであり、かつ抽象的でありましたので、きわめて不満でありました。したがいまして、委員会において十分時間をかけてただしたいと思っておったのでありますが、議長の去る八月二十一日の三党間の国会正常化についての確認事項に対する不認識によりまして、再び本院において補充質問という形で質疑を行なわなければならなくなったことを残念に思うのであります。就任以来、参議院改革の旗じるしを掲げてこられた議長のためにも、その名を惜しみながら、これから若干の質疑を行ないたいと存ずるものであります。
 まず第一に、総理にお伺いをいたしたいと思います。
 総理は、本院におきます本法案の質疑の中で、筑波大学の設置は、大学改革の特定の形を画一的に押しつけるものではなく、新しい試みの一つだと強調されておりました。新聞に伝えられる、総理が非常な執心を持っておられるという山紫水明の地における学園都市構想と、この筑波研究学園都市とは一連のものであるのかどうか、そしてそれぞれの地域における大学構想は同一のものであるのかどうか、その点をまずお伺いをいたしたいと思うのであります。また新聞は、総理は、その学園都市を建設をするために、学園債という国債を発行することをきめたと報道しておるのでありますが、そのことが事実であるならば、この学園債なるものについての総理の見解をお伺いをいたしたいと思います。なお、これらのことと関連をいたしまして、総理の、今後のわが国高等教育機関充実の基本的な考え方についてもお伺いをいたしたいと思うのであります。
 御承知のように、戦後の大学改革の特色の一つは、駅弁大学ということばがあるように、全国各地に大学が設置をされて、エリート大学から国民大衆の大学へと門戸が開放されたことであります。その事実を、その現状をこのまま放置したままで総理の学園都市構想というものが出ておるのでありますが、私はこの総理の学園都市構想は、ここ一両日、新聞に大々的に報じられておるいわゆる新幹線ビジョンを連想させられてしかたがないのであります。総理は、生来、列島改造論とか新幹線大増設ビジョンとか、非常に建設の意欲が旺盛で、人呼んで土建屋的発想と言っておるのでありますが、これらの発想は、私は当然国民的合意が得られなければならないきわめて重要な問題であると思うのであります。にもかかわらず、総理はその合意を得る努力をされないままに、目先のただ政治的思惑のみ先行させて、このような次々とアドバルーンを掲げておるところのきらいがあるのであります。総理の列島改造論が地価暴騰を呼び、今日の物価高の一因をなしておることは周知の事実でありますが、おそらく新幹線大増設ビジョンもまた、それに拍車をかけることは間違いないと思うのであります。もとより、私も新幹線そのものを頭から否定する気持ちはありませんが、しかし、今日、まず第一に着手しなければならないことは、この交通の関係では、鉄道と道路の有機的、効果的な関連とか、騒音公害や自動車公害の防止などという総合的な交通対策の樹立が先行しなければならないはずなのであります。
 このことと同様に、総理の言われておるところの学園都市構想もまた、私はその点を指摘せざるを得ないのでございます。いたずらに、思いつきの大学をたくさんつくって屋上屋を重ねるということよりも、今日最も日本の高等教育の中で重要な課題は、全国それぞれの地域で根をおろしておるところの地方大学を充実させ、特色ある大学に育て上げていくということこそ、私はまずなさなければならないことだと思うのであります。今日、同じ国立でありながら格差の著しい地方大学、その格差の著しい地方大学に対しますところの、格差是正のためへの積極的な投資こそ急務でなければならないのであります。総理の言う、思いつきにもひとしいと思われるこの学園都市構想とも関連ある筑波大学の問題とも関連をして、私がいま一番不可解に感じておりますことは、たとえば筑波新大学の第二学群の農林学類のつい目と鼻の先には、既存の茨城大学の農学部が現存をしておるのであります。同じ地域に、農業を専攻するところの教育機関が目と鼻の先にあるのであります。そういうような不合理な事態が今日生じておるのであります。そのことをそのまま放置したままでまた新しい大学をつくっていくというこのものの考え方が、はたして教育ということを考えてみた場合に正しいのかどうか。このことを申し上げますと、総理は、それは、いや一方は農学部であり、片方は農林学類なのだと強弁をされるかもしれません。しかし、実質的には二つとも内容は全く同じなものでございます。国民は決して理解はできないものでございましょう。もし既存のものに問題があるならば、それを改革すればいいではありませんか。それを政治的思惑のみ先行させていくというやり方、なるほど、候補地に選ばれたところの選挙区民は喜ぶかもしれません。そこに政治的なにおいがぶんぷんとするのであります。いたずらに新学園都市とか新大学構想とか、新しいものをてらうという趣味は、私は厳に慎むべきだと思う。私はこの点に触れながら、総理の高等教育機関の充実の今後の方針について、十分ひとつ総理の存念をお伺いいたさせていただきたいと思います。
 以下は、奥野文部大臣にお伺いいたします。
 その第一は、総理への質問とも関連があるのでございますが、文部省の来年度の予算要求を拝見をいたしますと、国立体育大学、放送大学、新構想の教員養成大学、技術科学大学院、総合理工学大学院、さらには国連大学、新芸術大学等々と、まことに目新しい大学の創設計画が続々と登場して、さながら新大学ラッシュの感があるわけでございますが、まずこれらの具体的な構想と、その予算要求のポイントについて、文部大臣、お聞かせ願いたいと思うのであります。
 新聞の大部分は、五十一年度からこれらの学校は開校をめどにしておると報じておるだけに、おそらく私は、これらの構想にも具体的な大綱みたいなものがあると思うのでございますので、ここでは、いまだその大綱の構想はきまっておりませんと逃げないで、その中身をお聞かせを願いたいと思うのであります。
 また、この問題にかんがみまして、これらの構想の基本はおそらく中教審答申に忠実で、その根拠を高等教育の多様化に置いておると思われますので、それならば、これらの新大学でも筑波大学同様に、教育と研究の分離とか、管理運営面における各種委員会とか審議会方式を採用されるところの計画であるのかどうか、はっきり御答弁をお願いしたいと思うのであります。なおまた、これらの問題と関連をいたしまして、文部省は、来年度予算の中で新学園公団とかを要求しておるようでありますが、その構想はどういうものであるかも、あわせてお聞かせを願いたいと思うのであります。
 質問の第二点は、先般、代表質問の際にも私は指摘をし、さらにまた、先ほどわが党の松永忠二君からも提案があったわけでございますが、旭川医大の創設、山形、愛媛大学の設置等の部分を切り離して提案をし直せ、そうでないと、法案が成立をし、入試を経て入学するまでには、普通の常識でいうと最低二カ月を要するから、本法案の成立がおくれればおくれるほど、学生諸君にはたいへんな迷惑があるということを指摘をし、その分離を強く要求をしたのでありますが、その際におきますところの政府の答弁は、単に現行法制上の体系上何ら疑義はないという、きわめて抽象的な答弁でこの答弁を逃げておるわけであります。私は、いまここで再び同様の質問をしようとは思いませんが、そのことにつきまして、より具体的にお聞きをいたしたいと思います。
 かりに、本法案が明日成立をし、直ちに学生の募集を公示し、入試を行ない、開校準備をしたとしても、開校は十一月に入ることは、これはだれの目から見ても明らかだと思うのであります。それから来年の三月までに医学部の一年生の単位を消化できるのかどうか。常識で考えると、これは消化できないことははっきりしておるのであります。一体、そのことを大臣はどう処置をされようとしておるのか、具体的に答弁をいただきたいのであります。
 私は、いま手元に東京大学医学部のカリキュラムを持っておりますが、これによりますと、医学科授業時間数は、一年生の夏学期、冬学期合わせて三十二週、二百二十四日必要といたします。これはおそらく医学部関係の共通の単位だと考えるのでありますが、かりに一番早く、十一月一日開校して三月三十一日まで、一日の休みもなく、正月の元旦も授業いたしましても、二十一週、百四十七日にしかならないのでございます。一体、この間に、どのようにしてこのカリキュラムの時間の単位を消化しようとされておるのか。まさか、成立がおくれて開校がおくれたので、ことしは何とか手かげんをするなどという、まさかインチキのことは私は考えられておらないと思うのでありますが、この埋め合わせをどういう形で措置しようと考えておられるのか、その点を具体的にひとつお答え願いたいと思うのであります。
 第三問、これは永野文教委員長にお聞きをいたします。
 これは先ほどの質問とも関係あるわけでありますが、御承知のように、政府提案の本法案と、先ほど来各党から言われておりますところのいわゆる野党四党の共同提案とは、本院におきまして同時に提案をされ、質疑が行なわれ、文教委員会にも同時に付託をされてまいったのでございます。そして委員会でも同様な審議が行なわれたのでありますが、先ほど、委員長報告には全然このことが触れられておらないわけでございますが、その理由はどういうわけでしょうか。あるいは委員長は、この法案は例の七月十七日の強行採決によって政府案を可決したので、自然消滅したと報告をされるお考えかもしれませんが、それならば、正常化後の八月以降の委員会でも、公報にも、二つの法案は並行して常に一緒に掲載をされ、審議をされてきたことは明白な事実でございます。まさか、死んだものが生きたり、そしてまた死なされたりするというわけでもありませんが、当然、私はやはりこの問題の経過についても委員長報告の中にあってしかるべきだと思うのでありますが、一体、委員長はこの法律案を委員会の審議の中でどのように処置をされてきたのか、その点を明確にお聞かせ願いたいと思うのであります。
 第四問は、再び文部大臣にお聞きをいたしますが、以下、すべて文部大臣です。
 政府は、しきりに筑波大学を開かれた大学と強調し、宣伝をいたしております。文教委員会における文部大臣の答弁を聞きましても、大学は象牙の塔に閉じこもることなく、積極的に社会の要請にこたえる大学でなければならない、筑波新大学はそのための開かれた大学であり、参与制度はそのために設けたのだと言っておるのでありますが、一体文部大臣は、今日世界的な教育界の合いことばになっておりますところの開かれた大学、すなわちオープンユニバーシティという概念をどのように理解をされておるのか、その点をお聞かせを願いたいと思うのであります。
 そもそも、西欧諸国で使われておるオープンユニバーシティの概念は、エリート階級の大学から圧倒的多数の国民に大学の門戸を開放するという、その歴史的な背景を持った概念であるのであります。その意味からするならば、すでに戦後の日本の高等教育機関は、駅弁大学ということばにも象徴されますように、国民に大きく門戸が開かれたところの大学になっておるのであります。それを、あえて筑波大学を開かれた大学だと宣伝をされておるところのゆえんのものは一体どういうものか、それをお聞かせ願いたい。おそらく管理機関の一つとして参与制度を取り入れたということを指摘されるのでありましょうが、もし参与制度という制度を取り入れたということが開かれた大学の一つの特徴だと言うならば、私どもが従来指摘をしてまいりましたように、参与会の顔ぶれは中教審メンバーの事例からも明らかなように、財界、官僚、御用学者ですでに占められ、結局は強力な資本や政治権力に牛耳られる参与会にしかならないということは、だれしもが一致したところの見方であるのであります。それだけに、開かれた大学というのは、むしろ国民に向かって開かれた大学ではなく、権力側、大資本の側に向かって開かれた大学になりはしないでしょうか。どうですか、大臣、その点を明確にお聞かせ願いたいと思います。
 今日、西欧諸国におきましては、すでにこの参与会云々の学外者から人を入れるという問題よりは、いかにして学外者の管理に対して学内者の学問と教育についての自主管理権を強めるかということ、すなわちアカデミック・セルフ・ガバメントを強めるかに大学人の今日的な課題があるのであります。しかるに、筑波大学の場合に宣伝をされているところの参与会は、それとは全く逆行したところの形に推移する可能性がきわめて強いのでございます。この問題点とも関連をさせながら、参与会の問題等を中心にしたところの、あなたたちが言う開かれた大学というものは何なのかということを、明確にひとつお答え願いたいと思うのであります。
 第五問は、教育と研究の分離の問題です。
 衆参文教委員会におきます文相及び大学局長の答弁を要約をいたしますと、昔の大学はレベルの高い学生、いわゆるエリート学生が多く、真理の探求をたてまえにした。しかし、いまの大学は、社会に出てすぐ役に立つというような技術や職業的なものを身につけることを多くの場合求められているので、レベルもダウンし、学生も大衆化している。かつまた時代の要請にこたえる科学的な研究や技術研究が強く求められているので、教育と研究は分離をするのだ、ことばをかえて言いますならば、学群と学系が必要なんだという見解のように理解をされるのでありますが、だといたしますと、教育基本法第一条に立脚をいたした学校教育法第五十二条の「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに」云々という大学の目的との関係はどうなるのでしょうか。この点を明確にお答え願いたいのであります。
 もちろん、私も大学における学問、研究が、社会の要請にこたえる分野とその役割りがあることは否定はいたしません。しかし、社会的奉仕や社会的還元という課題は大学の主たる機能ではなくして、研究、教育の副次的結果として、社会的な種々の有用性が伴ってまいるものではないでしょうか。大学の本旨は、あくまでも学校教育法の示すように、「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」ものでなければならないと確信をするものであります。そして、今日強調されておる、また、今日の事象でありますところの機能分化した社会であればあるほど、専門化と同時に、人間的な全体性ということはきわめて重要であるのであります。これらを育成をするためには、教育と研究とはあくまでも一体的に行なうことが不可欠な条件でなければならないのであります。文部省の宣伝パンフは、分離の理由を、大学教育の急激な拡張と学問、研究の専門化の進展が従来の学部のワクの中では対応できなくなったのだとか、あるいは従来の大学は研究中心で教育を軽視しているのだということをあげておるのでありますが、大学における教育は、学問による知性の練摩でありますから、第一線に立って研究活動を行なっているものの手によってなされることが必要不可欠であるのであります。そしてまた、第一線の研究を遂行するためには、広い視野に立った教育のための研究を行なうことがますます必要でありますだけに、研究と教育とは不可分のものであることを私どもは忘れてはならないと思うのであります。そしてなお、私がさらに指摘しておきたいことは、現在の規則でも、学部その他の研究所の壁を撤廃して教育を論ずることはできるし、また、研究の場合でも同様にできるのであります。要は運用の問題で、なにも新しい筑波方式をしなければ不可能だということではないのであります。このことについては、すでに去る六月二十日の衆議院文教委員会の参考人陳述の際に、国大協会長の加藤学長が指摘しておるところでございますが、これらの現実の大学におけるところの運用の面とも関連をさせながら、政府がいう教育と研究の分離云々ということについての御見解を、あらためてわかりやすくひとつ説明をしていただきたいと思うのであります。
 第六問は、大学管理の問題です。
 管理と研究及び教育が三位一体的に運営されておるということは、今日、日本の伝統的な大学におきますところの特色であるのであります。文相は、その三位一体論を不可とするところの理由といたしまして、昔と違って現在の大学は学生がきわめて多いので、教員も多忙となっている。それを従来どおり一人の人間が三つの仕事を一緒にやることは、いずれもアブハチとらずになるから、分離をするほうが効率的だということを言っておるのでありますが、私は、これはきわめて浅薄な論理であると言わなければならないと思うのであります。
 その点につきまして、東京大学の高柳信一教授は、三位一体の運営については反省すべき点もある。しかし、それは三位一体そのものについて問題があるのではなく、その処理のしかた、運営に問題があったのだ。したがって、改善のためには、大学財政の確立、教員の定員増等を主張し、かつまた、管理との関係では、決定権と管理権はあくまでも教授会が確保し、運営面で委員会方式を採用すればよい。それを管理する機関、教育に当たる教師、研究に当たる研究者と分離するところの考え方には非常に問題があるということを指摘されておるのでありますが、私も全く同感であるのであります。政府はあくまでもこれらの分離を主張されておるのでありますが、いま一度、この問題についての御見解を明快にひとつお答え願いたいと思います。
 第七問は、筑波の管理運営の方式についてであります。
 筑波大学の管理運営の方式は、一口に申し上げまして、アメリカの委員会方式や英米での審議会制度を取り入れられているところにその特色が見受けられるのであります。すなわち、教育に関しての教育審議会、研究に関しての研究審議会、人事に関する人事委員会、さらには財務委員会等々がそれでありますが、そしてまた、筑波大学の理解のためにというパンフを拝見をいたしますと、管理は雑務であるからという考え方が根底にあるようでございます。
 そこで、私がお尋ねしたいのは、カリフォルニア大学のバークレー分校紛争事件の総括としてまとめられましたところのバークレー報告を、管理運営の分野でどう評価をされておるのか、そして、それを他山の石として筑波大学の管理運営の面にどう生かそうと努力をされておるのかどうか、その点を明確にお聞かせを願いたいと思うのであります。
 私は、この答弁を的確にしてもらうために、この件についての若干の所見を申し述べておきたいと思うのであります。
 バークレー報告書によりますと、バークレー分校でも筑波大学同様、管理は雑務だから教員はそれから解放してやる、教員は研究と教育に没頭せよという立場に立っておるのであります。そして管理のほうは少数者の上級の教授にまかせる方式をとってまいりました。そのために大学の管理、運営の面では、寡頭制と官僚性が大学を支配してしまい、一般教員はますます学園そのものについて無関心の傾向を持ち、大学の運命を自分のものとするところの観念が欠除し、例の学校紛争を処理できないところの大きな要因をつくったと反省をいたしておるのであります。筑波大学方式を見てみますれば、この教訓は何ら生かされた形跡のないままに、形式的にこの委員会方式とか審議会方式が踏襲されておるように見受けられるのであります。また、このことは財務委員会、厚生補導審議会についても指摘できるのであります。すなわちバークレー報告は、財務委員会は管理機関が財政権限を握って一般教官の研究に対するところの配分権を集中した点を反省をするとともに、厚生補導審議会についても、副学長のみが学生の相談相手となって、学生は教官を相手にしなくなった、そのために学生と教官の人間的触れ合いが皆無になって、教育上の欠陥を生んだと反省をしておるのであります。
 ところが、筑波大の管理方式は、名称からその役割りまで、バークレー分校のとっておるところのいろいろな方式とあまりにも同一であるのであります。先ほども申し上げたように、一体この報告書との関連をどう受けとめて、筑波大学の運営の中に反映させようとされたのかどうか、その点をはっきりお聞かせ願いたいと思うのであります。
 第八問は、大学の自治のあり方についてであります。
 大学の自治の歴史は、遠く十二世紀の大学の起源であるイタリアのボロニア大学での裁判権獲得までさかのぼるわけでございますけれども、歴史をたどるまでもなく、学問・思想の自由を保障するためには、絶対に大学の自治が必要であります。そして私は、大学の自治とは大学人みずからが人事権を持つことであり、研究、教育の内容を自主的にきめることである。そして財政面でもある程度の自主性を持ち、大学の施設・設備の自主的管理権を持つことだと理解をいたすのであります。この立場から、去る六月、本院でも私は人事権を中心にして質問をいたしたところでございますが、私は、今回は角度を変えて、財政権の分野からお聞きをいたしたいと存ずるのであります。
 大学自治の重要な内容として、特に財政自治権というものはきわめて重要であるのであります。研究、教育の分野に限っては、金は出すが、その金の使い方については文句はつけないということは、学問、研究の自由を保障するためにきわめて重要な原則であると思うのであります。ところが、私どもの周囲には、特に自民党関係者には、このことは一応肯定をしながらも、他方、国民の税金を使って創設をし、運営されておるところの大学であるから、この金の使い道を正し、発言権を持つのは当然だという考え方がきわめて強いのであります。しかし、このことはアメリカの場合に例をとってみますれば、州によって独立の法人についての地位を大学に保障するなどして、大学の財政自治権が非常に重視をされておるのであります。イギリスもまた、一九六〇年代に国家が経費を投入してつくった多くの大学では、大学補助金委員会ですか、UGCに全権が与えられているなど比較的強い権限を大学人が持っておるのであります。
 その点と筑波大学と関連をいたして見ますれば、その点筑波大学は法文上は明記をされておりませんが、管理運営の重要なかなめとして財務委員会を持ち、ここに予算案の立案権、予算の配分権を与えているのであります。これは既存の大学が、教授会は財政自治権が全くなく、文部省派遣の職員によって完全にその実権が握られておるのと比べるなら、筑波は若干の自治権を持っておるともいえましょう。おそらくこの点について、政府はてまえみそでそのことを強く宣伝をするに違いないと思うのでありますが、私は率直に申し上げて、この財政自治権を与えておる筑波大学方式に若干の疑念を持たざるを得ないのであります。なぜか。それは、筑波大学は東京教育大学の移転賛成者だけで構成をされ、反対者はオミットされる可能性がきわめて強い大学であります。いわば巨大な国家資金が時の政治権力の意向に沿ったところの人々で構成する大学にはふんだんに投入され、ある程度自由に使わせるという仕組みになったものであります。この点は既存の大学と違って、政府は少しも心配がないから、筑波大学に対してはこのように自主財政権を与えているということではないでしょうか。
 奥野文部大臣は、筑波構想は一つのモデルであって、他の大学に強要はしないと答弁をされているのでありますが、このように筑波大学が財政自主権を持っておるという魅力は、今後非常に大きな誘導力となって、既存の大学の筑波方式への傾斜のなだれ現象を招来することは必至であるのであります。政府にとってはまさに思うつぼかもしれません。しかし、皆さん、この問題に関連をいたしまして、いま一つこのような事実が、ささやきがあるのであります。いま文部省の気にいらない改革方式を持っているところの大学には、特別事業費や臨時事業費等はほとんど配分をされないというささやきが、大学人間の中にきわめて強くあるのであります。これはちょうど、知事選挙や首長選挙における中央直結の政治の論理と全く同じものであるのであります。このようなまたささやきを裏づけるかのごとく、去る三月十五日の国大協の会長談話は、筑波大学法案の問題に対して、このようなことを言っておるのであります。この改正が、予算措置等を通じて他の大学を筑波大学方式へと誘導するものとなってはならない云々と、非常にその懸念を表明をしておるのであります。文相、あなたは答弁の中では、常にこれは他の大学に強要するものではないと言いながら、財政面からの締めつけによって、ねらいはそこに各日本の大学を持っていこうとするところの意図があるのではありませんか。文相は、もしあなたが大学関係者のこのような懸念は心配する必要はないと言うならば、そのことを明確にここでおっしゃっていただきたいと思うのであります。そして、またもし大臣が、ほんとうに大学にある程度の財政自治権を与えることが至当であるということをお考えになるならば、単に筑波大学だけでなく、既存の大学にも筑波大学と同様に与えることが当然ではないでしょうか。一体その意思があるのかないのかをお聞かせ願いたいと思うのであります。
 第九問は、学生参加の問題でございます。
 大学紛争が学生と教員、大学当局とのコミュニケーションの断絶に最大な原因があるということは、ひとりわが国のみならず、世界の大学紛争の共通の教訓であるのであります。先述のバークレー報告が学生参加の問題を焦点の一つに位置づけ、フランスのフォール改革また諮問機関への学生参加を打ち出しているところの背景は、ここにあるわけでございますが、この立場から、いわゆる政府の開かれたところの近代的な大学と宣伝をしておる筑波大学構想は、この学生参加の問題について一体どのような方針を打ち出しておるのか。これは関係者の大きな関心の一つでありますけれども、先ほど松下先生からも指摘がありましたように、結論は全く期待はずれであるのであります。学生を単に厚生補導審議会のワク内に押し込め、ただ学生を補導するものとの立場と、規律に服する義務を負う者という観点からのみ見ておるのでございます。学生は教員及び職員とともに学園を構成するところの構成員だという認識が、きわめて欠除しておるのであります。私は、ここに大きな問題があるという点を指摘をせざるを得ません。
 確かに、学生参加の限界をどこに引くかという問題はむずかしい問題であり、識者の間にも意見の大きく分かれるところであります。しかし、可能な限り学園の構成員の一員としての学生に権利と責任を与え、かつ負わせるということはきわめて重要だと思うのであります。このことに対する文相の見解を承りたいと思うのであります。私は最小限、代議制の学生評議会の制度を確立し、これを窓口にして学生の意見を聞く場を設定をするとか、公開討論の場を設定するとか、さらには、各種諮問機関への学生の参加の道を開くということは必要だと考えるのでありますが、この学生参加に対する文相の考え方を、これらの具体的な事例の問題と関連をさせてお伺いをいたしたいと思うのであります。
 最後に、筑波大学の教育課程についてお聞きをいたしたい。
 先般、文部省は、私たちの資料要求にこたえて、筑波大学の教育課程についての資料を提出をしてまいりました。しかし、これは全くおざなりでお粗末なもので、カリキュラムの名に値しないものでありました。そもそもカリキュラムは、講義題目の全体のメニューと担当教官名を明示するのが、特に初年度の学校においてはそのことが絶対に必要であるのであります。それが提出をされたところの資料には全然明確にされておらないのであります。
 一般的に申し上げて、大学の学部創設の場合は、少なくとも開校の半年くらい前には教職員組織に関する書類が作成をされ、その中に学部及び学科別担当教員予定表がつくられ、そして担当教員の資格審査が大学設置審議会の手によって行なわれるというのが常道であります。現に、法案に含まれておりますところの山形大学医学部の場合は、すでに昨年十月末に書類が提出をされ、十一月には審査を通過しておるのであります。ところが、筑波大学の場合にはそれがいまだ全然出されていない。これは全くおかしいと言わなければなりません。おそらく、すでにつくられておるけれども発表できないとでも言うのでしょうか。ほんとうにこれがつくられておらないとするならば、来春から予定の発足は不可能であります。この点に関するところの文部省は責任を負わなければならないと思うのであります。その点の明確な大臣の答弁を求めるのであります。
 発表できないのは、東京教育大の文学部を中心とする移転反対派の教員の動向と関係があるのではないかとささやかれております。しかも、このささやきは、きわめて確度の高いうわさのようでございます。反対の教員は筑波に採用するわけにいかない、その教員は配置はしない、といって、かわりの教員のめどがつかないままに、空白部分があるからということで発表を渋っておるのでしょうか、どうだろうか。まさか文部省は、自今のめがねにかなった教員のみ筑波に入れるという考えではないでしょうね。大臣、それらの問題をもあわせて、世間でも通用できるところのカリキュラムが何で提出をされておらないかということを明確にひとつお答えを願いたいと思うのであります。
 終わります。(拍手)
   〔国務大臣田中角榮君登壇、拍手〕
#44
○国務大臣(田中角榮君) 宮之原議員にお答えをいたします。
 高等教育に関する構想、新学園都市の構想、学債等について述べよということでございますから、まず、その問題から申し上げます。
 現在わが国には、御承知のとおり約九百五十の大学がございます。百八十四万人の大学生が在学をいたしておるのであります。このうち、六一%余の学生が東京都及び政令指定都市に集中しておることも、御承知のとおりでございます。このような大学の大都市集中が学園環境を悪化させ、他方、地方における人材養成の障害ともなっておることも事実だと思うのであります。また、大都市における大学機構は近傍各地に分散を余儀なくされておりまして、その結果、大学の機能維持にも大きな支障が生じてきております。さらに、大都市の大学へ通学をする子弟を持つ父兄の負担が増大の一途をたどっておることも、放置をするわけにはまいらないわけであります。また、高等教育の機会拡大の要請にこたえ、進学率の増大に対応する高等教育の量と質を確保する必要がございます。昭和六十年の段階を展望いたしますと、大学進学率が四〇%に高まると仮定をいたしますと、大学学生数はさらに七十七万人も増加をするものと予想されるわけであります。このような事態に対処して、今後、高等教育の計画的な整備をはかるに際しましては、大都市における新増設の抑制と、地方における大学の拡充をはかりますとともに、特に単科大学、工業高等専門学校等の新設、拡充を進めてまいらねばならないと考えておるのであります。その際、新学園は、諸外国の大学に見られますように、地方の環境のよい都市に大学を整備し、あるいは既存の都市にとらわれないで、全く新しい視野と角度から、環境のよい湖畔とか山ろくなどの地に広大な敷地を確保しまして、新学園を建設する構想を推進していく必要があると思うのでございます。現在、文部省に設置されております新学園建設等調査会におきまして、これらの問題について鋭意、調査研究を進めておるところでございます。新学園建設等調査会のメンバーは、御承知のとおり、日本の学問、大学というものに対する有識者であり、日本を代表するような方々に集まっていただいて、全く自由な立場で御検討を願っておるわけでございます。
 なお、このような新学園の建設に必要な資金というものは、相当大きなものになるわけでございます。いま申し上げたとおり、昭和六十年といいますと、もうわずか十二年しかないわけでございます。そういうような状態を考えますと、これらの必要とする資金の調達というものに対しては、一般会計でまかなうということだけでは適切ではありませんので、何か国民的な協力が得られるようなことが考えられないだろうか。言うなれば、明治の初年に、いまよりも国民所得や国民総生産が非常に低い状態において、全国津々浦々に義務教育のあのような膨大な施設が行なわれたわけでございます。今日の日本の経済復興もそのおかげだと、私たちは考えておるのでございます。そういう意味で、将来を展望して、学問のために国民的協力を得たい。そういう一環として学園債というようなものが考えられるのではないかということでございますが、他の建設国債等との問題もございますし、真に国民的な協力が得られるということを考えておりますので、現在検討を続けておる段階でございます。
 次に、筑波大学は新学園都市の構想の一つであるのかという御発言でございます。これは全く別個の構想でございますが、しかし、大都市を離れた理想的なキャンパスに大学を建設するという点におきましては相通ずるものがある、こういうことでございます。新学園都市構想が出ないときから、もうすでに筑波学園都市の必要性が国民の間に持たれておったという一つの証左でもあるわけでございます。(拍手)
   〔国務大臣奥野誠亮君登壇、拍手〕
#45
○国務大臣(奥野誠亮君) 新構想大学についてのお尋ねがございました。おあげになりました大学の中で、放送大学と教員養成大学と技術科学大学院、この三者につきましては、すでに予算に調査費等をいただきまして、調査が続けられているものでございますので、若干詳しく申し上げたいと思います。
 体育大学あるいは芸術大学の問題につきましては、四十九年度に調査費を要求しているものでございますので、その点お含みをいただいておきたいと思います。
 放送大学の趣旨は、高等教育の拡充及び生涯教育の機会の拡充の要請に対処いたしますため、テレビ・ラジオによる放送、その他の新しい手法を取り入れることによりまして、これまでの大学修学に必要な時間的、地理的、年齢的制約を克服できる新しい大学を創設したいと考えているわけでございます。基本の構想といたしまして、その一つは、学生の多様な知的要求に対処できますよう、どの活動分野にも必要とされる幅の広い学問体系を身につけさせたいと考えます。
 その二は、テレビ・ラジオ、印刷、教材と、地方ごとに設けますところの地域センターにおけるガイダンス、学習指導が一体となった教育体系を考えていきたいと思います。その三は、入学資格は、高等学校卒業あるいはそれと同等以上の学力を有することといたしますが、学力認定は弾力的な方法をとりたいと考えます。また、科目の一部履修も認めたいと思います。四十九年度に概算要求しております額は、二億七千八百万円でございます。昭和五十年度に開学いたしまして、五十一年度に学生募集をしたい。これを目途として創設準備を進めますために、創設準備会及び創設準備要員の設置、教材、テストの開発、実験放送の実施の経緯にあわせまして、地域センター、送信施設の施設設計材料等を要求しているわけでございます。
 次に、教員養成大学大学院でございますが、昨年七月、教育職員養成審議会からの建議をすでにいただいたわけでございます。来年から新しいベビーブームが始まるわけでございますので、先生の需要が非常に多くなってくるわけでございますので、これを確保する必要がありますのと、資質の向上をはかっていく必要がございます。そういう意味で、新しい構想による養成大学をつくれ、その新しい構想といいますのは、教育実習を重視する、あるいは教科教育の学習を重視するというようなことが中心になってまいるわけでございます。同時にまた、現在教職についておられる方々につきましても、短期大学を卒業して教職についておられる、もう二年学びたいと考えておられる方々もございますし、四年制の大学を卒業して教職についておられる方々も、一ぺん大学院で勉強したい、こう考えていられる方々もいらっしゃるわけでございますので、こういう方々をお世話できる大学院大学をつくりたいという考え方を持っているわけでございまして、こういうような部分に、合わせまして総計で約七千万円の経費を四十九年度予算に要求いたしているわけでございます。
 技術科学大学院の問題につきましては、高等専門学校を卒業いたしまして、さて大学の三年に編入学したいと考えましてもなかなかむずかしいわけでございます。袋小路にしたくないわけでございますので、そういう意味で、高等専門学校卒業者及びこれと同等以上の技術・学力を有する者、短大の卒業者でございます、こういう方々を受け入れて教育を施していきたい。あわせて、社会人の継続教育及び再教育という機能をも持たせていきたい。そういう意味で、四年制の科学技術大学院、四年制大学の三年、四年、修士課程の二年を合わせたようなものを考えていきたいと存じておるのでございます。
 体育大学につきましては、新年度に調査費を要求しているところでございますので、今後の調査の結果に従いまして内容を固めていきたい、こう存じておるわけでございます。栄養、保健、体育スポーツの三位一体による健康を期しまして、あわせて国民のスポーツ、レクリエーションの指導者も養成するというようなことも大切だと考えますし、ぜひ研究所の付置も考慮していきたいものだと念願しておるところでございます。
 芸術大学の問題につきましても、オペラ、バレー、オーケストラ、現代演劇など現代芸能のための第二国立劇場をつくりたいということで、四十六年度より調査を進めてまいってきておるわけでございます。そういう問題との関連におきまして、芸術家の養成のあり方もくふうしていきたいと思いますし、また、国立の芸術大学で取り扱っていない芸術の領域、そういうものもどんどん発展してまいってきておるわけでございますので、そういう領域に目をつけた芸術家の養成をどうするかということについても、くふうをこらしていきたいと、かように考えているところでございます。
 これらの大学について、筑波方式を適用するのかというお話がございましたが、大学の性格でありますとか、規模でありますとかいうこととからみ合わせて結論が出てまいるわけでございますので、現在のところ、何ら結論を出しておりません。
 なおまた、新学園建設公団のことについてのお尋ねがございましたが、昭和六十一年には進学率四〇%を目途に、大学を国公私立あわせて整備していきたい、こう考えておりますので、四十七年度よりも二十二万人大学に進む方々がふえてくるわけでございます。国立大学につきましても、積極的に増設をはかっていかなければなりませんので、そういうような技術的な見地から、新学園建設公団に文部省としてはそういう建設をゆだねる以外にはないのじゃないだろうかと、こんな考え方を持っておるところでございます。
 第二に、旭川医科大学等についての御心配の点がございました。
 幸いにしてこの国会で法案が成立いたしますと、十一月の初めには新しい学生を受け入れることができる、かように考えているわけでございます。しかし、一年度で取り返しすることは不可能でございまして、二年がかりで取り返しをしていきたい。したがいまして、来年の夏休みも勉強していただかなければならないというようなことになってまいろうかと、かように考えているわけでございます。
 第三に、開かれた大学の具体的な点は何かということでございました。
 一つは、大学の体育施設、あるいはまた大学のその他の施設を積極的に地域住民の利用にゆだねていきたい、かように考えられておるわけでございます。大学会館につきましても、市民センター的な役割りも持たせたい、こう存じておるわけでございます。第二には、積極的に開放講座を設けまして、社会人のために奉仕していきたいと計画されておるわけでございます。第三には、社会においてすでに活動されておる方々を大学院に迎えて、二年間の修士課程をそういう方々にも積極的に利用していただくような努力をしていきたい、こう考えられているわけでございます。第四には、他の大学にもいろいろな施設を利用してもらう、積極的に協力をし合う、国際的にも交流をしげくしていこうと、こう考えられておるようでございます。第五には、さらに、社会人のいろいろな考え方に積極的に耳を傾ける姿勢、受け入れる態勢を整えていきたいと、こう考えておるわけでございます。
 第四に、教育と研究の分離について、学校教育法を中心にして御心配の点をお話しいただきました。
 大学は、学術を中心として広く知識を授けるところだ、それから考えると、教育と研究の分離は相反することになるのではないかということのようでございました。筑波大学で考えられておりますのは、学部ごとに研究と教育とを一体として行なう、そこに問題があるので、学部ごとの研究と教育、これは分離していきたい。しかしながら、大学全体としては、教育も研究も一体として行なわれるわけでございますので、学校教育法の趣旨には何ら反しないではないか、かように考えておるものでございます。同時にまた、学系と学群に分けられるわけでございますけれども、学群に所属いたしまして教育に当たられる先生も、すべて研究所の組織であります学系のいずれかに所属されることになっているわけでございまして、当然研究に励みながら教育に当たっていただく、その体制はくずすべきものではない、またくずされることはないと存じておるわけでございます。
 第五に、バークレー報告を中心にして、管理運営についての御心配をお聞かせいただいたわけでございました。
 筑波大学におきまして、教育の審議会、研究の審議会あるいは財政委員会あるいは人事委員会等が構成されるわけでございますけれども、これらのメンバーは全部教官でございます。学校の先生方でございまして、御心配になりましたような、管理は雑務だから教員からこれを解放していくのだということじゃございませんで、先生方が積極的にそれぞれの委員会に所属して、責任を果たそうとされていることについて御留意をいただきたいと思います。いま御心配の点につきましては、そういうことの起こりませんように文部省としても十分配意してまいりたい、かように考えるわけでございます。
 第六に、大学自治のあり方についてお尋ねがございました。
 私も、学生は大学の重要な構成の一員である、かように考えておるわけでございます。特に教育の問題などになりますと、教育のあり方が適正であるかどうかということをだれが批判するか、私は学生が一番批判能力を持っているものじゃないだろうか、かようにも考えているわけでございます。また、そういうこともございまして、筑波大学におきましても、カリキュラムの編成にあたりましては、積極的に学生の意見を受け入れようというようなくふうがこらされているようでございます。問題は、先ほど修正案のときにお話がございましたが、学長決定の人事などに学生を参加させることがいいか悪いかということに帰着していくように思います。私たちは、やはり人事という問題になってまいりますと、教育、研究について重要な責任を持っている方々によって決定されるべきだ、かように考えているわけでございまして、学生は大学の教育課程を履修いたしますために短期的に訪れてくるわけでございますだけに、これらの諸君に人事の関係に関与させることがいいかということになりますと、ちゅうちょせざるを得ないわけでございます。その他の面につきましては、積極的に学生がいろいろな面で活動する、この意見を学校当局が取り上げていくということはきわめて大切なことだと、かように考えておるものでございます。
 その次に、財政の問題についてお話がございました。
 現在、予算のことは、各大学におきましては評議会で審議されることになっているわけであります。評議会で審議されることになっておるわけでありますが、それに対しましては、それぞれ委員会等でさらに詰めるという仕組みが行なわれているわけでございます。筑波大学におきましても、財務委員会が設けられるわけでございます。財務委員会で、評議会で審議される案が検討されることになるのではなかろうか、こう思うわけでございます。文部省といたしましては、大学の予算は一括して大学に配分する、原則として一括して配分する。特別な研究施設等の問題は別でございますけれども、原則的には一括して配分する方式をとっておるわけでございまして、筑波大学につきまして、もちろんそのような方式をとるわけでございますけれども、既存の他の大学につきましても同様の方針をとってまいりましたし、今後もとってまいる考え方でおるわけでございます。
 最後に、教育課程についてお話がございました。
 現在、東京教育大学の中に筑波新大学準備室というものが設けられておりまして、この準備室におきまして教育課程の検討が続けられてまいってきておるわけでございます。やがて、幸いにして法案が成立しました暁には、この十月に筑波大学が開学されることになるわけでございまして、学長の任命も行なわれますし、正規の教官の配置もきまってくるわけでございますので、開学された後はこの筑波大学が、準備室で用意されましたものを引き継ぎまして、そうしてこれを完成させていくということになるわけでございます。新しい学生が入ってくるまでに、なお半年あるわけでございますので、筑波大学を督励しながら、先ほど御指摘のありました教育課程でありますとか、あるいは担当の教官でありますとか、そういうものを社会に公にしまして、筑波大学を選ぶか選ばないか、学生が選択を十分に考え得るように材料を提供していかなければならない、かように考えておるわけでございまして、そのように努力を払ってまいりたい、かように考えます。(拍手)
   〔永野鎮雄君登壇、拍手〕
#46
○永野鎮雄君 宮之原君のお尋ねにお答えいたします。
 御質問にありましたように、野党共同提案の案件、政府提案の案件、共同提案の内容も政府提出の案件の中に含まれておるような形になっておりますので、御指摘のように、委員会の議題といたしまして並行審議をしてまいっておりましたことは御指摘のとおりでございます。本日の本会議の議題となっておりますのは、政府提出案件(閣法第五〇号)の国立学校設置法等の一部を改正する法律案ということになっておりますので、いわゆる分離案と申されます共同提案につきましては、委員長報告の中に触れなかったのでございます。その点御了承いただきたいと思います。(拍手)
#47
○副議長(森八三一君) 宮之原貞光君。
   〔宮之原貞光君登壇、拍手〕
#48
○宮之原貞光君 ただいまの永野文教委員長の答弁では、きわめて不明確なんですよ。あなたの先ほどの報告が、一応皆さんが十七日であの法案を可決したというならば、十七日までの状況を報告するならいざ知らず、それ以降のいわゆる現地調査や参考人の話もずうっと報告されておる。それならば、それ以後も、いわゆる両法案が同時に提案をし、審議をされておったわけでございますから、そのこともやはり明確にすべきじゃないでしょうか。そのことは全然しないでおって、単に現地調査を行なった云々という七月十七日以降の話をあなたが報告をされるから、それならば、一体、どこにそれは行ったのでしょうかと、こう尋ねておるわけでございますから、その点はやはり明確にしておいていただきたいと思うのです。
   〔永野鎮雄君登壇、拍手〕
#49
○永野鎮雄君 重ねてのお尋ねでございますけれども、先ほど申し上げましたとおり、両案の関係が、申し上げるまでもなく、政府提案の法案の中に含まれておるという立場から並行審議をしてまいっておりましたので、七月十七日以降におきましても、その案件につきましては、取り上げておりますのは七月十七日の政府提案の案件についての審議ということが主体になっておりますから、これは、従来、並行審議をするという形をとってまいりましたからそういうことをやったのでありまして、その点につきまして、先ほど申し上げましたように、本日の本会議の議題となっております点について委員長報告を申し上げた次第であります。さよう御了承願います。(拍手)
    ―――――――――――――
#50
○副議長(森八三一君) 安永英雄君。
   〔安永英雄君登壇、拍手〕
#51
○安永英雄君 緊急に、総理も出席をされておりますので、質問を特別にいたしたいというふうに考えます。
 きょうの夕刊が報じておりますところでは、この金大中事件の問題で、現職の自衛隊員が金書記官に頼まれて見張りをしておったという、まことに重大な発表が載っておるのであります。この点について、総理のこの点についての見解をまずお聞きを申し上げたいというふうに考えるわけであります。この問題はですね……。
 では、あらためて、私は日本社会党を代表して、いま申し上げたこの現職の自衛隊員が金書記官に頼まれて見張りをしたという問題は、かつて三月の三十一日の参議院予算委員会におきまして、私は総理に、この筑波法案の問題と憲法の問題、平和の問題について論議をいたしました。その際、驚くことに、当時あの筑波の大学の横に、昨年、そして現在進行しております、東大から分かれた高エネルギー物理研究所がございます。この研究は、一歩誤れば核の研究にも導入できるという、きわめて危険な建物が筑波大学の予定地の横にある。産学協同、軍学協同の問題から、総理は、憲法九条の問題についてどのように考えておられるかという質問を私はいたしました。その際、小型の核兵器ならば、これを保有することは憲法九条に違反しないという驚くべき答弁をされたのであります。私はさらにこれを質問を続けようとしたときに、予算委員会の理事会でこれが打ち切られました。さらに私は、憲法とこの筑波大学の問題について、きょうも質問を予定いたしておるのであります。そのような点について、まず私は、先ほど質問をいたしましたように、事が日本の憲法にかかわる問題であり、この憲法の問題が教育基本法の規定になり、そしてさらにそれを受けて大学法ができ、その大学法に基づいて――この大学法をゆすぶっておる筑波の問題でありますから、当然、この問題の基本の問題について、総理から、その真相なり現在の心境について、あるいは経過について詳細に報告を受けるのは、この筑波問題とは決して関係のないことではないから、第一番にその質問を申し上げたわけでございます。(拍手)
 次に、二番目に、東京教育大の移転の形による筑波大学の創設という、今回の筑波大学の創設のあり方についてお伺いをいたします。
 大学は、その本質上、構成員の自治、自主性を基盤とするものであり、最も変化しにくい制度の一つと言われております。新しい大学が成功するかどうかは、どのような手続でその大学がつくられ、どのようにしてその教職員が選ばれたかにかかっておるのであります。新しい制度、組織をつくれば、それで簡単に成功するといったようなものではありません。いわゆる制度信仰におちいることは厳に戒むべきであります。しかるに、筑波大学は東京教育大学の移転を契機としており、その伝統、特色や構成員を引き継ぐものとされておるのであります。筑波大学の内容の問題はひとまずおくとしても、このような限界を持った形で、はたして新しい大学の創造が可能でありましょうか。これは明らかにノーであります。もともと東京教育大学の移転の形による筑波大学の創設には、無理があると言わなければなりません。
 そこで文部大臣、筑波大学においては、東京教育大学の伝統、特色がどのように生かされ、どのような特色を持った大学がつくられると考えられるか、また、ほんとうに新大学が成功すると考えておられるのかどうか、明確にその現在の予測を伺いたいと存ずるのであります。先ほど質問をしておりましたが、現にカリキュラムらしいカリキュラムも一つもない。そうして研究題目もきまっていないし、担当教官もきまっていない。そしてさらに教育大は、これからだれが筑波大に行くのか、この点すらいまだにきまっていない。大臣は、この点については半年ありますから間に合うというようなことでありますけれども、決して間に合わないのであります。この点についての再度文部大臣の確信のある答弁をお伺いしたい。
 次に、東京教育大における筑波移転決定のいきさつを見ますと、反対意見は圧殺され、執行部によって強引に移転が決定されております。学内の部局からの疑問や反対に対して、大学にふさわしい理性的なしかたで説得が行なわれた上で移転が決定されたものではありません。教官選考基準に関する評議会決定によって、教授会の議に基づく文学部の多数の教官の昇任人事をストップさせている事実を見ると、まさに筑波におけるビジョンと移転を踏み絵にして、学長とそのブレーンによる専制体制のもとで筑波構想は具体化されていった、こう言っても過言ではないのであります。筑波大学構想は、東京教育大における学問の自由、大学自治の無数の侵害の上に咲いたあだ花ということができると思うのであります。ところが、筑波大の中核になるにない手は現東京教育大の教職員であり、特にその管理者たちがその推進者であります。制度や組織は、そのにない手である人間の行動様式と切り離して考えることはできません。東京教育大の現執行部や筑波移転推進グループの非民主的、専制的体質を考えると、どのような大学がつくられるか、そらおそろしいものがあります。そして、筑波の中央集権的体質を考えると、筑波大学の学問の自由、大学の自治は危険きわまりないものと断ぜざるを得ません。これでもなお大臣は、筑波大学が学問の自由、大学の自治に根ざした新構想大学の創設であると美化しながら、さらにその方向を突き進んでいこうと考えられておるのかどうか。
 さらに、新しい制度をつくる場合は、イギリスの新大学の創設の例を見るまでもなく、比較的小規模のものを試行錯誤を重ねながら、慎重な手続を経ながらつくり上げることが必要であります。しかるに筑波大学構想は、最初から一万人近い学生を有する大規模な大学を設立しようとするものであります。本来無理があり、無謀のそしりを免れないものと言わなければなりません。政府はほんとうに筑波大学の創設が支障なく行なわれるものと考えているのかどうか。
 以上、筑波大学の設立には本来無理があることを申し述べてきましたが、政府は筑波大学構想をひとまず撤回して、慎重に検討し直す意思はないか。また創設を強行しても、もしりっぱな大学の創設に失敗した場合においては、どのような責任をそれではとるのか、総理並びに文部大臣から国民の前に明確な答弁をしていただきたいと思うのであります。
 第三に、筑波大学における研究と教育の分離の思想と組織についてであります。
 筑波大学における研究と教育を分離する考えは、中教審の答申とその内容を一にするものであります。一部の大学を除いて、多くの大学では、学力低下に合わせた水準の職業、技術、教養中心の教育をやればよいということを意味し、そこでは教育を、学問の体系に従っていくというのではなく、社会的な企業の要請にこたえていけばよいということであります。しかし、これはもはや大学ではないのであります。現在大学が当面している最大の課題は、いわゆる大学の大衆化の進行の中で、教育水準の維持向上をいかにして実現するかという問題であります。しかるに、政府の大学に対する財政投資の不足等によって惹起されている現在の大学の質的低下を肯定し、いわゆる大学の多様化を推し進めようとしているものと言わざるを得ません。そこで、大学に対する国家投資を惜しみ、大学の人的、物的な条件整備をおろそかにして、わが国の大学教育の崩壊の一途をたどらせた政府の責任を、総理及び文部大臣はどう自覚しているのか。また今後、大学の大衆化に対応して、どう大学の拡充整備を行なうつもりか、伺いたいと存じます。
 次に、政府は、研究組織と教育組織を分離する理由として、現在の講座制を基礎とする学部、学科制の固定化、閉鎖性の弊害をあげて、教育と研究の分離をはかるものでないと強弁しているところであります。しかし、教育組織と研究組織の分離は、本来一体不可分の問題である教育と研究の分離を招来することは明らかであります。また、現在の教育・研究組織の改革については、あくまでも研究と教育の一体化を実現する方向で進められるべきであり、現在各大学においてその方向で種々くふうされ、模索されておるところであります。しかるに、文部省は、研究と教育を分離するという自分の考えと異なる各大学の自主改革に、きわめて冷淡な態度をとっているものと言わざるを得ないのであります。そこで、文部大臣は、大学の自主改革の努力の現状をどのように把握しておられるのか、また、これが援助に対して従来どのような態度をとってきたか、さらに、大学の自主改革を推進しようとするのであれば、今後どのような援助を行なうつもりか、お伺いしたいと思うのであります。
 さらに、わが国における大学の教育及び研究の水準の向上をはかるためには、教育・研究組織の制度的改善の努力のみならず、教職員定数の改善、研究休暇制度の創設、研究・教育条件の整備、教育の方法、内容の改善等こそ必要であります。現在の政府のこれらの努力は、きわめて不足をいたしておるのであります。すなわち、大学紛争以来、大学予算の伸び率は常に一般会計予算等の伸び率を下回っており、また、本来大学にはなじまない定員削減策を大学にも適用してきておるのであります。政府は、今後、大学の教職員定数の増加など、教育・研究条件の整備についてどのように努力するのか、少なくとも政府の定員削減策の大学への適用を廃止するつもりはないか、お伺いしたいと存じます。
 第四は、管理運営に関する問題であります。
 筑波大学では、従来の研究と教育と管理とを一体的にとらえた大学自治の考え方を否定し、その根幹であった教授会を解体し、研究と教育と管理運営を機能的に分離することによって、大学の管理運営の効率化、中央集権化をはかろうとしております。学問の自由を基礎とする大学においては、このような管理運営の効率化、集権主義はなじまないものと言わなければなりません。あくまでも各部局や教授会の意思を重視すべきであり、中枢機関は全学の立場からの企画、連絡調整の役割りにとどむべきであります。文部省は、筑波方式の管理運営を採用する根拠として、学部教授会自治の形骸化等の従来の欠陥をあげておりますけれども、従来の欠陥を是正するためには、中央集権化の方向ではなく、教授会の構成員の拡大等によって教授会の民主化をはかると同時に、職員や学生の運営への参加などによって学問の自主性と独立性を守る方向で解決すべきと考えるものでありますが、文部大臣はどのように考えられるか、お伺いしたいと思うのであります。
 また、教授会が日常の事務処理等に追われ、教育・研究の長期的、基礎的な問題を審議する余裕を失いがちな点については、学部及び大学の規模の適正化、代議員制度、各種の機能的な委員会制度や形式事項の委任制度、さらには広報活動の強化等によって対処すべきものと考えるものでありますが、この点について文部大臣の見解を伺いたいと思うのであります。
 以上、管理運営に関する個々的な制度についてお伺いしたいと思います。
 まず第一に、学系、学群等に置かれる教員会議が学校教育法五十九条に定める教授会に該当するかどうかということであります。
 学校教育法五十九条は「大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない。」と規定しております。これは憲法二十三条、学問の自由は保障するとの規定を受けて、大学の自治を保障するため、大学の管理運営に関する重要事項は教授会の決定に基づかなければならないとの基本的な規定と言わなければなりません。今回の改正案では、学部、学科制を廃止して、学系、学群、学類等に教員会議が設置されることになっております。そして政府は、この教員会議が学校教育法五十九条にいう教授会に当たると強弁するのであります。しかし、人事、財務、教育課程、研究計画等のきわめて重要な決定権限を、人事委員会、財務委員会、研究審議会、教育審議会に奪われた教員会議、これはもはや学校教育法五十九条に規定する教授会に該当しないことは明白の理といわなければなりません。
 そもそも学校教育法五十九条は、大学が、その目的、使命と歴史的沿革とに基づく大学の自治の憲法的保障のもとにあることにかんがみ、その管理運営に関する中心的な機関として、すべての大学には教授会を置かなければならないこと、その管理運営に関する重要事項は必ず教授会の議を経なければならないこと、これを規定して、これによって大学の自治の強化、保障をはかろうとするものであります。したがって、憲法二十三条に基づいている学校教育法五十九条の適用除外は、憲法二十三条に違反するものと私は言わなければならぬと思うのであります。政府は、いまだに学系、学群、学類に置かれる教員会議を教授会であると強弁しているわけでありますが、とうてい許されない解釈と言わなければなりません。そこで、文部大臣は、学問の自由、大学の自治との関係で、学校教育法五十九条に規定する教授会の性格をどう理解しているのか、また、教員会議を教援会に該当するとする根拠は何か、このことについて明確にお答えを願いたいと存じます。
 第二に、副学長の制度についてであります。
 本改革案は、学校教育法を改正して、新たに学長の職務を助ける者として副学長を置き得ることとし、筑波大学については一挙に五名の副学長を置くことを提案しておるのであります。まず第一に問題なのは、副学長がきわめて強大な権限を有していることであります。すなわち、五名の副学長全員が評議会、人事委員会、財務委員会の構成メンバーになるほか、研究審議会、教育審議会、厚生補導審議会及び施設、環境計画審議会の議長をつとめることになっておるのであります。このように、副学長は執行機関であると同時に審議機関であるという、きわめて不適切な、いわば民主主義の原則に反する方式がとられており、しかも大学管理にきわめて大きな権限が与えられているのであります。しかも、副学長の全員が人事委員会の構成メンバーになり、人事に介入できることになっているのであります。このような大学の管理権の中枢への集中は、大学の自治や自由への侵害のおそれは目に見えているのであります。まさに大学にふさわしくない制度といわなければなりません。第二に問題になるのは、副学長を学外者からも選任し得るということであります。これは副学長に古手の官僚を押し込むことによって、大学の支配をねらうおそれが多分にあるといえましょう。大学の自治、学問の自由を守る上から重大なことと言わなければなりません。第三に問題になるのは、副学長を一挙に五名も置くとしておることであります。副学長の性格もそのあり方も明らかでなく、今後の運営にまたなければならないにもかかわらず、一挙に五名の副学長を置くなど全く適切を欠き、無謀なやり方と言わざるを得ません。私は副学長は無用であるというふうに思いますが、文部大臣のこの副学長についての見解を伺いたいと思うのであります。
 第三に、評議会の性格、機能についてであります。
 評議会は、従来、国立大学の評議会に関する暫定規則によって、学長の諮問機関のように定められておりますが、諸大学の慣行の中で、全学的問題に関する審議決定機関として取り扱って今日に至っておるのであります。筑波大学の評議会の性格については必ずしも明らかではありませんが、人事、財務等のきわめて重要な権限が、学長、副学長、人事委員会、財務委員会に移り過ぎており、もはや最高の意思決定機関とは言えないのではないかと思うのであります。さらに、さきに述べたように、五人の副学長全員が評議会の正式メンバーになる点についても注意をする必要があります。現在でも、学長は評議会の議長でありますが、副学長の数の多い場合、評議会の中における学長の影響力はおそらく決定的となる。なぜならば、副学長の採用については、採用基準は評議会の議に基づき学長が定めるものとされておりますが、個々の具体的人選は学長が行ない、副学長は学長を助けるものでありますから、学長と一心同体で動く人が副学長に選考されることは当然だからであります。このような制度は、比喩的に申しますと、多数の各省庁の政務次官が国会議員を兼ねているように、そうして政府が内部から国会を操縦するようなものであります。まさに奇妙な組織と言わなければなりません。さらに、副学長は学外者をもってあてることも可能でありますから、学外者が評議員になることもあり得るわけで、まさに大きな変化と言わなければなりません。このような学長、副学長を中心とする管理運営体制の中央集権的コントロールの強化は、大学の管理運営にふさわしくないものであり、学問の自由、大学の自治を危うくするものと言わなければなりません。ここにも筑波大学の危険な体質がひそんでおるのであります。この点について、評議会について私がいま言った欠点について文部大臣の反論があるならばお伺いしたいと思うのであります。
 第四は、人事委員会制度の創設についてであります。
 これまでの大学では、教官人事は学部教授会が決定しておりましたが、筑波大学においてはこれを人事委員会に移すこととされております。人事委員会は、副学長全員と評議会が定めるところにより選出される教員で構成されることになっており、教員人事に関する一般的方針を審議するほか、個人の教員の採用、昇任、勤務評定を行なうものであります。もともと教員人事が学部教授会にあるという現行法の趣旨は、一つには、学問の自由、思想の自由を保障するために外部の介入を許すべきでないという憲法上の要請であり、二つには、大学教官の専門性、特殊性のゆえに、専門家たる研究者集団としての教授会の自主的判断にゆだねることが合理的であるとの、職業上の要請に基づくものであります。したがって、教員の人事権を教授会から奪い取り、管理機関たる人事委員会に権限を与えることは、この二つの趣旨に反し、全く不当な制度と言わなければなりません。政府は、筑波大学においては人事委員会の中に専門委員会を設けて、そこで個別的な人事案件について審議するとは言っておりますけれども、専門家的判断は十分にできない。文部省は、そういうことを言うならば、従来どおり研究者集団に具体的な人事の決定権を与えれば済むことなのであります。それ以上に、非専門家で構成される管理機関たる人事委員会に人事に介入する権限を与える必要はさらにないわけであります。元来学外者や官僚でも任命されるような副学長は、教育、研究のしろうとであります。したがって、副学長の人事に関する発言は、当然に研究者の専門適格性についてではなく、結局、個人的な人格や思想、信条についての審査、こういうことを発言することにならざるを得ないのであります。このような専門委員会の選考に対する拒否権を人事委員会に認めるこの人事委員会制度は、個人の学問、思想、信条の自由を侵害するおそれを多分に持っているものと言わなければなりません。この拒否権は通常行使されないとは言え、一度でも行使されるか、いな行使される可能性があるというだけで、専門委員会、学群、学系等の教員会議の自己規制をそこでは生んでくる。この制度がいかにおそるべき弊害をもたらすかは想像に余りあるものがあります。文部大臣はこの弊害が全くないと言い切れるか、お伺いをいたしたいと存じます。
 また、政府は、この制度を採用した理由として、今日の形骸化、固定化した教授会の弊害を取り上げておるのでありますが、このような弊害は、教授会が民主化していないところで、教育・研究の専門適格性を失った一部の教授や無能教授が管理者としての権限をふるうことによって、第一線の研究・教育担当者である若手の教授、助教授、助手等の発言権が認められていないからであります。すなわち、教授会が専門家集団としての実質を失い、研究・教育の専門適格性がない者が研究・教育を管理しておるところに問題があるのであります。したがって、教授会の弊害を是正するには、筑波大学とは全く逆に、教授会を民主化し、若手研究者の積極的な発言、参加を認めることでなければならないのであります。このことは、さきに続発した大学紛争の中で、若手研究者、大学院生等によって提起された問題でもある。ここにも、政府・文部省の大学紛争の原因の把握が、きわめて自分かってで一方的であることをあらわしているのであります。なお、人事委員会制度の創設については、国立学校設置法に筑波大学について規定するだけで、学校教育法には何らの根拠が定められておりません。大学に関する重要な制度は、当然に学校教育法に根拠を持つべきでありますが、学部教授会の権限を大きく侵す人事委員会を学校教育法上設けることは不可能と思われますので、政府は学校教育法の改正を避けたものと私は思います。このような憲法、学校教育法に反するような制度を、技術的法律たる国立学校設置法の改正で行なうというやり方は、きわめて不適当と言わなければなりません。大臣、この点はどう釈明をいたしますか。
 最後に、筑波大学のようなモデル大学をつくったり、大学の管理制度を改革するよりも、現在わが国の大学が当面している課題を解決することこそ、政府の責任と言わなければなりません。すなわち、わが国の大学は、第一に全般的に教育水準が低いこと、第二に大学間の格差が大きく、ピラミッド型をなしていること、第三に私学に学ぶ者が全体の約七八%を占めているのに、全般的に教育水準が低く、国の援助も少ないこと、第四に大学の研究・教育条件が劣悪であることなど、多くの深刻な問題を抱えているのであります。特に大学間の格差を解消し、教育水準の向上をはかることは当面の急務であります。このためには、国の大学に対する財政支出を飛躍的に増加させることこそ必要であります。そこで、総理大臣はわが国の大学の現状をどう理解しているか、また、わが国の大学の当面している課題を解決すると同時に、今後一そう大学の拡充をはかるために、国の財政支出をどのように増加させる方針か、総理大臣の基本的な方針についてお伺いしたいと存じます。
 以上、私の質問を終わります。(拍手)
   〔国務大臣田中角榮君登壇、拍手〕
#52
○国務大臣(田中角榮君) 安永英雄君にお答えをいたします。
 第一に、自衛隊員の問題にお触れになりましたが、自衛隊員が金大中事件に関与していたのではないかという夕刊の記事についてでございます。私は、本会議に入りました関係から新聞記事を見ておりませんし、何も聞いておりません。いま調べてみたわけでありますが、これらの問題に対してはまだ報告書が来ておらないのです。でありますので、この段階では何ともお答えできません。記事の実態と事情につきましては、関係当局によくただしてみたいと存じております。
 政府はほんとうに筑波大学の創設が支障なくいくと考えておるのかとの御発言でございますが、筑波大学の構想は、すでに五年以上の歳月をかけて練り上げられたものでございますことは、御承知のとおりでございます。筑波大学の創設にあたって、その新構想を確実に実現していくために、昭和四十九年度に最初の学生七百四十人を受け入れまして、以後、年次計画をもってその整備を進めることにいたしておるわけでございます。完成規模の学生数約九千人に達しますのは、約十年後の昭和六十年ごろと想定をいたしておるわけでございます。また、筑波大学の創設は、充実をしました教員組織を持つ東京教育大学を母体としたものでございますので、この大学の創設とその構想の実現は順調に進むものと確信をいたしておるわけでございます。
 それから大学の大衆化の進行の中で教育水準の維持向上をいかに実現をするかということを最後に御発言ございましたが、戦後四半世紀にわたる経済の成長、国民の所得水準の上昇に伴いまして、わが国の高等教育は急速に普及し、発展をしてまいりました。現在、高等教育への進学率は約二八%に達しておるのであります。この間、政府としましては、高等教育の拡大と質的水準の維持向上のため、国立大学の整備充実、私学助成の拡充、あるいは学術研究の振興に積極的に努力をしてきたところでございます。現在当面いたしております重要な課題は、高等教育への機会拡大、学術研究の水準の向上をはかることであると考えておるのでございます。このため、先ほども申し上げましたように、政府といたしましては、昭和六十年展望に立って全国にわたり大学、特に単科大学、工業高等専門学校等の新設拡充を計画的に進めますとともに、大学院の充実についても一そう努力をしてまいりたいと考えます。なお、私学の振興のために、助成措置などにつきましては逐年拡大をいたしておるわけでございますが、以後も積極的な努力を続けてまいりたいと考えます。(拍手)
   〔国務大臣奥野誠亮君登壇、拍手〕
#53
○国務大臣(奥野誠亮君) 筑波大学の創設のあり方につきまして、東京教育大学の伝統がどう生かされるかということについての御疑念がございました。東京教育大学みずからが移転の地を求められて十一年になるわけでございまして、あくまでも東京教育大学を母体にして筑波大学をつくるわけでございますので、東京教育大学に教鞭をとっていただいている方々の大部分の方々は、筑波に行っていただけるものと考えておるわけでございます。また、東京教育大学の卒業生は、筑波大学を自分の母校と考えていただけるものだと存じますので、そういうことを通じまして、東京教育大学の伝統が、筑波の地において生かされ、発展されていくものだと、かように考えておるわけでございます。また、多年つちかわれた東京教育大学の伝統は将来ともぜひ生かされていかなければならないと、かように念願しているものでもございます。
 第二に、東京教育大学が内紛を繰り返してまいりましただけに、いろいろと御心配をいただいてまいっております。私も、この点、ほんとうに残念な感じがいたしますし、また、文部省といたしまして責任を感ずべきものだと、かようにも存じておるのでございます。しかしながら、いずれにいたしましても、筑波の地で大学をつくるにあたりましては、法定いたしました問題以外は、筑波大学の先生方が、今後のあり方、それを学則でありますとか、あるいはまた慣例でありますとか、そういうものの積み上げを通じまして、つくり上げていただくわけでございますので、あくまでも学問の自由、大学の自治に根ざして新しい筑波大学がつくり上げられるものだと、かように考えておるわけでございます。
 中央集権的な体質、あるいは学長とそのブレーンによる専制体制というようなことについて御疑念があったわけでございますけれども、筑波大学ができました暁には、大学人全体によって今後の大学のあり方がきめられていくということになるわけでございますので、その御懸念はないのじゃないだろうかと、こう思います。しかし、また同時に、ないように文部省としてできる限りの配慮はしていかなければならない、かように存じているわけでございます。
 一万人近い大学ではございますけれども、今後十年をかけまして完成させるわけでございます。施設の整備あるいは教職員の充実等をあわせ、十年をかけて完成するわけでございますので、それだけで無謀だというようにお考えいただかなくてもよろしいのではなかろうかと、こう考えているわけでございます。小規模学校は小規模学校の特色のあることは当然でございますけれども、大規模学校といえども、それなりに周到な用意をして整備にかかっていくというつもりでおるわけでございます。
 次に、教育と研究とを分離することから、大学の崩壊につながるのじゃないだろうかという御懸念がございました。わが国は明治以来、大学につきましては学部の組織以外は認めていないわけでございます。全く画一的、形式的に大学のあり方を法律で律してまいってきているわけでございます。これはやはりいろいろな型があってよろしいのじゃないだろうか。もっと弾力的に考えていいのじゃないだろうか。筑波大学も、これから考えられるべきいろいろなあり方の一つにすぎないのだ、こうお考えいただきまして、大学の崩壊じゃなしに、むしろ大学が発展していくその一里塚にこの筑波大学をしたいものだと、こう念願をするものでございます。
 次に、他の大学の自主改革についてのお話がございました。これまで大学が激しい紛争を繰り返してまいりました。四十三年、四十四年の大学紛争は、東京大学の安田講堂に見られましたように、国民全体がひとしく心配をしたものでございます。今日もなお大学の紛争が続いておるわけでございますだけに、文部省といたしましては、それぞれの大学において積極的に改革に取り組んでもらいたいと、強く希望を言い続けてまいってきているわけでございます。しかしながら、今日までのところ、正式にその大学の改革案として決定を見ましたものは、東京教育大学の改革案だけでございます。最近になりまして、北海道大学の法学部の改革案あるいは広島大学の改革案などが出てまいりまして、これらの問題につきましては、四十九年度の予算要求の中に盛り込みまして、積極的に御協力をしたいと考えております。今後も、各大学がそれぞれの大学の改革に手をつけられ、文部省はこれを積極的に援助していくという態勢を続けてまいる決意でございます。同時に、教職員定数の改善でありますとか、あるいは教育諸条件の整備でありますとか、いろいろな点についての御意見を聞かせていただきました。私も全く同感でございます。お話のございましたような点につきましては、一そうの努力を続けていきたい、かように考えるものでございます。
 なおまた、中枢機関は企画、連絡調整の役割りを中心に考えていくべきだという御意見もございました。この点につきましても全く同感でございます。私もそのとおりに考えます。同時に、教授会がなくなったことについての御懸念があるわけでございますけれども、学部がなくなったから学部教授会がなくなっただけのことでございまして、学群、学類、学系それぞれに教授会が置かれるわけでございますので、教授の考え方というものが学校の運営に十分反映されるように考えていかなければならない。大学当局もそういう配慮をなされると思いますけれども、私たちもそういう気がまえで見守っていきたいと、かように存ずるわけでございます。
 学校教育法の五十九条をお示しいただきまして、「大学に教授会を置かなければならない。」と書いてある、このこととの関係の御意見がございました。「大学に教授会を置かなければならない。」と書いてありまして、学部に教授会を置かなければならないと書いてないわけであります。「大学に教授会を置かなければならない。」と書くことによって学部に教授会が置かれてまいってきている。これが従来からの慣例でございます。したがいまして、「大学に教授会を置かなければならない。」それはそのまま筑波大学に適用せられまして、筑波大学の学群、学類、学系に教授会を置かなければならない、こういう形において学校教育法五十九条が筑波大学に適用になっていくものだと、かように考えておるものでございます。
 財務委員会とか研究審議会、教育審議会等の御指摘もございましたが、こういうものはみんな学則によってきめられていくわけでございます。別段、法令が強要しておるものではございません。同時にまた、学則をきめます場合には、大学の評議会で審議されるわけでございます。大学の審議会が通らなければ学則はできないわけであります。全学的な機関でありますところの大学の評議会におきまして、いま考えられておりますいろいろな審議会、それが評議会にかけられまして、日の目を見るか見ないかということになってまいるわけでございますので、すべて大学の自治にゆだねられているのだというように御理解を賜わりたいのでございます。
 副学長の点につきまして御意見がございました。現在でも学長を補佐する者、私はやはり学部長が、本来法律には学長を補佐すると書いておりませんけれども、学長を補佐すべきものだと思います。しかしながら、学部長は学部に足を引っぱられまして、全学的な立場で学長を補佐する機能を果たし得ないわけでございます。そういうようなところから、全学的な大学自治をなかなか守れないのだというのが現状でございます。したがいまして、学部に足を引っぱられない学長の補佐機関がやはり必要じゃないだろうか。それが副学長でございます。欧米の先進国は全部副学長を置いておると申し上げてもよろしいのじゃないかと、かように私は考えるわけでございます。
 同時に、副学長が強大な権限を持っておるというお話がございましたが、先ほど申し上げましたように、財務委員会でありますとか、あるいは教育研究の審議会でありますとか、そういうものに副学長を加えるか加えないかは、筑波大学自身がきめるところでございまして、評議会の審議にゆだねられる問題でございます。同時にまた、筑波大学におきましては、副学長の任期も定められる、あるいはまたリコールの制度についても、何か制度を打ち立てようかというようなことも研究されているようでございます。したがいまして、大学の自治にゆだねて私は心配ないのじゃないだろうかと、こう考えておるわけでございます。
 学外者を持ってくるのではないかというお話がございましたが、これは大学自身がきめることでございます。現在でも、大学の学長さんあるいは教授を学外からどんどん持ってくることができるわけでございまして、学外から持ってこられている学長さんもあるわけでございます。やはり、それは適材を広くさがし求めて大学の発展をはかることがよろしいので、学内の者でなければならないというふうに、こそく的に考える必要はないのじゃないのだろうかと、こう思います。制度的には、この点につきましては、従来と今後と何ら変わりはないわけでございます。
 副学長五人といいますのは、東京教育大学におきまして筑波大学構想の中では五人と、こう希望されておりますので、その希望に従おうとしているだけのことでございます。あすにでも、副学長は五人要らないのだ、四人でよろしい、三人でよろしいということになりましたら、その意見に従ってよろしいと思います。もっぱら大学の意見に従って人数を用意していきたいと、かように存じているだけのことでございます。
 評議会の問題につきましては、筑波大学にももとより評議会がございます。他の大学にも評議会がございます。評議会の地位、権能は、他の大学の評議会と筑波大学の評議会と何にも変わりはございません。全く同じでございます。先ほどお述べになりましたいろいろな審議会も、この評議会の審議を経ないではつくれないわけでございまして、全学的な審議機関としては最も強力なものであるわけでございます。
 同時に、副学長が学長と一体になるということについての御懸念がございましたが、私は、むしろ学長と一体になってくれる人が副学長に選ばれなければ、せっかく副学長を設けた趣旨が達成できないのじゃないだろうかと、かように心配するわけでございます。ただ、権力が強い、そのために独断専行するという御心配をお持ちになるのじゃないかと思うのでございますけれども、評議会という組織がある、あるいはリコール制まで考えられているというようなことから、筑波大学の関係者はまさかそのようなことを許すはずはなかろうと、こういうふうな気持ちを持っているものでございます。
 人事委員会についてのお話がございました。人事委員会は、学部を解体しますために設けざるを得なくなってきているだけのことでございます。学部ごとに教授会が置かれております、学部ごとに教育と研究を一体として行なっているわけでございますが、この教育と研究とを分けるわけでございます。学部の壁を破るわけでございます。そうしますと、おのずから学部教授会というものはなくなるわけでございますので、教育の審議会、研究の審議会それぞれから先生の代表者を出してもらい、副学長を加えて人事委員会をつくり上げようということになっているわけでございます。また、そうすることによって、先ほど連絡調整というお話がございましたが、連絡調整の機能をこの人事委員会が果たすことができるのじゃないだろうか。現在、人事につきまして、閉鎖性とか封建性とか、いろいろな非難がなされているわけでございますので、そういう弊害を打破するのにも、この仕組みが役割りを果たすことができるのじゃないだろうかと、こう考えておるわけでございます。
 最後に、学校教育法の改正を避けて、国立学校設置法の中で人事委員会を置いた等の御意見があったわけでございますけれども、国立学校設置法は、そもそも大学の設置、組織、運営を定める法律でございますので、これに学部教授会が果たしておったような仕事もあわせ持つものとして人事委員会の規定を置きますことは、法律の構成から考えまして当然のことだと、こう申し上げられるのじゃないだろうか、かように思っておるわけでございます。ことさらに学校教育法の改正を避けたわけではございません。(拍手)
#54
○副議長(森八三一君) 安永英雄君。
   〔安永英雄君登壇、拍手〕
#55
○安永英雄君 ただいま総理から答弁をいただきましたが、一番目に質問をいたしました金大中事件にからむ現職の自衛隊員の事件についてただしましたところ、全然わからないし、調査をしておると、こういう答弁でございますので、私は、残っておる質問をここで保留をさせていただいて、私は、その調査のでき次第、いわゆる総理が答弁できるまで、私は、私の質問を保留します。
 ――先ほど私は、この自衛隊事件の問題と筑波の問題について説明を申し上げましたが、私はきょう質問の中で、筑波大学といわゆる軍学協同の問題、自衛隊の隊員が大学に委託をして授業を受けるという問題、こういった関連を質問したかったわけです。したがってこの問題を取り上げたわけですから、この点についての総理の答弁を聞いて、そうしてさらにこれを深めたいという意味であります。(拍手)
#56
○副議長(森八三一君) 内閣総理大臣の答弁は後日に留保されました。
    ―――――――――――――
#57
○副議長(森八三一君) 矢追秀彦君。
   〔矢追秀彦君登壇、拍手〕
#58
○矢追秀彦君 私は公明党を代表して、ただいま議題となりました内閣提出の国立大学設置法等の一部を改正する法律案に対し、強く反対の意を表する立場より、総理並びに関係大臣に対し、多くの問題点を具体的に指摘しながら質疑を行なうものであります。
 具体的質問に入ります前に、自民党総裁である田中総理に一言質問しておきたい。
 去る七月十七日、自民党が行なった文教委員会における強行採決は、議会制民主主義を完全に踏みにじる暴挙でありました。一昨年来、参議院においては、参議院の改革について各党とも互譲の精神に立ってその実現に努力を積み重ね、着々とその成果があがりつつあり、文教委員会における教育公務員特例法の際の強行採決以来、強行採決は全く行なわれなかったのであります。だが今回、いまだ野党の質問が一人も終了しないうちに強行採決の暴挙をあえて行ない、会議録でも明らかなように、「委員長」という発言のみで、それ以外何もことばが発せられていないにもかかわらず、採決は有効として議了報告書を自民党所属の委員長が提出をしたことは、全く言語道断であります。さらに会期を二度も延長し、実に百三十日という大幅な延長は、国会史上例のないことであり、このことは、議会制民主主義を根底から破壊することであります。この強行採決を実行させ、議会制民主主義を踏みにじった責任は総理・総裁にあると思うのでありますが、この点についてまずお答えいただきたい。
 すでに、本法案が衆議院で強行採決をされており、それに加えて参議院においても強行採決されたことは、教育に大きな関心を持つ日本国民にとって、この上もない悲しい不幸なできごとであり、政府・自民党が、このような議会制民主主義を全く無視したやり方で強行に通過をさせようとすること自体、この法案の本質が全く危険性のあるものであることを、明白に国民の前にさらけ出したという以外の何ものでもないのであります。筑波新大学が多くの危険性をはらみながら、それを批判する多くの有識者や、国民の批判に政府は完全に答えないまま、新しいスタートが切られることは、国民の、日本の教育の将来にとり全く危険なことであります。教育という国民にとって非常に重要な問題であるだけに、将来に禍根を残さないよう、この際、いまからでもおそくないから、総理のモットーとされる決断と実行をもって本法案の成立を断念されることこそ、総理にとってただ一つの救いとなることを確信するものであります。総理はこれをいかに考えておられるかお答え願いたい。
 さて、本法案の具体的な質問に入ります。
 質問の第一は、しばしばいままでも議論されながら、確たる答弁がされていない、学問の自由と大学の自治に対していかなる認識をお持ちなのかということであります。
 しばしば総理は、筑波新大学の設立によって学問の自由は侵されないと答弁をされておりますが、これは全く疑わしいのであります。憲法第二十三条に、「学問の自由は、これを保障する。」とあるが、この学問の自由は、大学の自治によってこそささえられてきたのであります。本法案においては、教育と研究を分離する学群、学系構想は、教育と研究の効率化のみを指向するものであり、大学本来の姿からはずれ、大学は産業社会の要請にこたえるべきであると公言していた中教審路線を踏襲し、大企業に奉仕するエリートのみを育て上げようとする意図を持ち、さらに、これを筑波新大学のみならず、既存の大学にも徐々にそれを及ぼそうとする全くの反動的な方向であり、これは次代を背負う若き学徒に対し間違ったコースを歩ませることになり、憂慮にたえないのであります。学校教育法第五十二条に、「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」とあり、戦後の新制大学の理念、目的が述べられておりますが、これを前提とするならば、あくまでも総合大学が原則であり、単科大学は例外となることは五十三条、「大学には、数個の学部を置くことを常例とする。」においても明らかでありますが、この五十三条の改正の中で、まず単科大学を常例とすることについてはいかなる理由によるのでありましょうか。中教審路線を実現するために、筑波新大学では総合大学を設置しようとし、他方において単科大学を増設しようとしている文部省の態度には大きな矛盾があります。そしてこれは、五十二条の精神の崩壊につながるのではないかと思いますが、しかと答弁願いたいのであります。しかも筑波新大学で学部を解体し、教育と研究を分離しようとしているが、まず初めに指摘しておきたいのは、政府の学部についての認識の誤りであります。学部は研究を行なう組織であると、そして学部制の弊害を盛んに主張しておりますが、これは全く間違った認識であります。このような根拠のあいまいな学部解体論は、かえって学問の自由を妨げ、大学の改革とは絶対にならないのであります。学部を解体し、新たに設置しようとしている学群とは何であるのか。特に、「教育上の目的に応じて組織するものとし」となっているが、研究組織の上からはどう考慮されているのか。また、学系については、「研究上の目的に応じ、かつ、教育上の必要性を考慮して組織するものとし、」とあるが、教員の単なる帰属組織なのか、専門家の共同研究大学組織なのか、はっきりすべきであります。また、研究上の予算や施設はどう配置されるのか、研究審議会の下のプロジェクト研究と学系における研究との関係はどうなるのか、学系における助手、職員の配置や人事管理はだれがどのようにやるのか、全くこの学群、学系の中身ははっきりしておりませんし、学部制をいまさら変更するには大きなメリットがなければなりませんが、そのようなものは見当たらないのでありますが、文部大臣はどのようにお考えになっておるのか。先ほど来も答弁が種々ございましたが、さらに具体的に以上の点についてお答えいただきたい。
 次に、学問の自由と大学の自治を大きく奪うおそれのあるものは、中教審路線の先導的試行の一つである学長、副学長に大学の管理運営のすべてを集中していることであります。さきに述べた学部の解体の考え方が出てくるのも、この管理体制の強化の意図から以外の何ものでもないのであります。すなわち、学部教授会が解体され、教員会議が設けられますが、これは学部教授会と違って、研究、教育、人事、予算、決算等についての権限は、ほとんど奪われてしまうものであります。このことはまことに重大であり、大学自治の主体がここに至って喪失され、学長、副学長に一切の権限が集中する全く反動的なものであると思いますが、この大きな改革の意図はどこにあるのですか。近年、各大学とも教授会の持ち方にくふうをこらし、その成果が各大学とも着々と教授陣の努力によって実りつつある今日、全く逆コースもはなはだしい中央集権管理体制をとろうとする政府の意図は、どこにあるのか。政府の大学管理体制の本質がここにはっきりと国民の前にさらけ出されたのでありますが、総理、文部大臣はどのようにお考えになっておるのか、明確にお答えいただきたい。
 ことに副学長は、学長補佐機関とは全く別の執行機関であることは、学外者を含むことができ、文部省令の改正によって評議員になり得るということで明らかであり、これは全く大学の自治を侵すものであります。しかも、人事委員会のメンバーとして人事権をも掌握し、学長、副学長による中央集権的な大学管理強化を意図していることが明らかでありますが、これをどう考えているのか、明確に答弁願いたい。委員会においてしばしば大学の自治を守ると言ってきているが、大学自治の本質の上から、はっきりとこの制度に問題はないと答える自信があるのかどうか、お答えいただきたい。
 また、学群長の選び方についても、学部解体により、学群長は教授会や全学の選挙によって自主的に選べないものであり、全く大学自治を根底から奪うものでありますが、学群長の任命についての非民主化をどうお考えになっておるのか、お答えいただきたい。
 次に、問題となっている参与会についてでありますが、参与会は、非常勤の職員で構成されている学長の諮問機関であり、法定化する必要のないことを文部大臣も認めておりますが、そうであるならば、法的には重要でない機関のはずであります。しかるに、評議会以外の各種諮問機関である各種審議会、財務委員会等が法定化されていないのに、これをあえて参与会を法定化した理由はどこにあるのか。結局は、開かれた大学という美名のもとに、政府、財界からの政治介入を行ない、中教審大学の実現をはかり、大学自治介入を意図していると考えざるを得ないが、その点についてはどうお考えになっておりますか。ことに、勧告権まで持つ強い機関にしたことがこれを裏づけていると思いますが、その点、明らかにしていただきたい。さらに、人選については、「学長の申出を受けて文部大臣が任命する。」とありますが、非常勤職員を大臣が任命する理由はどこにあるのか。非常勤職員は学長発令が大学自治の慣行でありますが、これを踏みにじった理由も、あわせてお答えいただきたい。
 次に、大学自治を侵すもう一つの人事委員会についてお尋ねいたします。
 本来、教員人事は学部教授会で行なわれてきたが、それは学問の自由、思想の自由の保障のために、外部の介入を許すべきではないという憲法上の要請に基づき、大学の自治を守るためでありました。この原則を、政府は筑波新大学において踏みにじり、副学長及び評議会の定めるところにより選出される教員で構成される人事委員会は、一つは、教員人事に関する一般方針の審議と、もう一つは、特定の教員の採用、昇任、勤務評定及びその結果に応じた措置をとることになっておりますが、学外者や行政官が大学の人事に介入し、しかもこれを一般化しようとする政府の意図が、いままでの審議の過程から明らかになったのであります。すなわち、学部教授会が専門家集団であるのに反して、人事委員会はその構成メンバーからして学外者であり、非専門家集団と言うべきであり、これでは適切な人事は行なわれないのであります。また、個別人事を行なおうとする意図はどこにあるのか。結局、学問の自由と大学の自治をそこなおうとする意図が明確に見えますが、これに対する考えをお聞きしたい。
 次に、移転に伴う具体的な問題について伺いたい。
 去る九月十四日、現地視察をいたしましたが、本法案がいまだ国会で審議中であるにもかかわらず、体育学部の一般校舎、図書館、体育館、運動場及び合宿所など、多くの建物の建設が進んでおるのであります。昭和四十二年度より政府は筑波新大学移転の計画を進めてき、予算の要求を行なったのが四十五年度よりでありますが、このとき、いまだ東京教育大学においては、大学内の意見が一致していないのであります。それにもかかわらず、今年度まで、すでに百八十四億円もの予算を要求してきたのは、いかなる根拠によるのか、文部大臣よりお答えいただきたい。
 次に、残念ながら本法案が国民の多くの願望と期待を裏切ってかりに通過した場合、筑波新大学がはたしてスムーズに開校できるのかどうかということであります。
 まず入学試験について、それをいつ、どのように、どこで行なうかということであります。元来、一般の大学であれば開校の前年の六月には入試要領が作成され、十月には印刷が完成しているのが通例でありますが、国立大学であるにもかかわらず、いまだ入試要領すらできていない。また、入試問題の作成はどこがやるのか。東京教育大学と思いますが、その場合、現在の学部と学群、学系と大幅な変更の中で、どのようにしていくのか、明らかにしてもらいたい。そして筑波新大学創設準備会からの資料によりますと、入試方法が第一次、第二次と二回に分けられており、しかも推薦入学も許されておりますが、この入試方法を変えた理由についても、この際伺いたい。いまからの諸準備を考えますと、現在の状況では、来年四月開校はとうてい望めないのであります。このような状況の中においても、来年四月開校をあえて強行されるのか。いま指摘した問題について明確にお答えいただきたい。
 このような状況を考えますと、来年四月開校は無理でありますので、この際、今国会の成立を断念し、あらためて検討し直されることを強く要望しておきます。
 次に、大学問題を審議するにあたって、教育課程の内容は不可欠なものであります。しかるに文部省から提出されたカリキュラムと称するものには、講義科目の全体も担当教官名も入っていないのであります。総合的なカリキュラムをうたっていながら、教官名も入っていないようなずさんな資料では、とうてい納得はいかないのであります。これでは、いままでと全く新しい形の大学をつくろうとするには、あまりにも不十分な準備体制と言えないでしょうか。一般大学においては、開設の半年前には職員組織に関する書類が作成され、その中に学部及び学科担当教官の予定表がつくられ、そして担当教員の資格審査が大学設置審議会によって行なわれることになっております。一体、筑波新大学の場合には、この大学設置審議会にかけたのか。また、大学設置基準は従来の学部単位できめられているにもかかわらず、筑波新大学の場合には学群、学系という新しい組織が導入される場合、いかなる基準でもって資格審査をしたのか、文部大臣にお伺いしたいのであります。
 次に、医学部カリキュラムが従来の大学に比して大きく変わっております。この新しいカリキュラムの特徴と、それを取り入れた理由について明確にしてもらいたい。特に、六年間の一貫制カリキュラムによる医師の養成をたてまえにしておりますが、さらに資料によりますと、細胞生物学、人間生物学、医工学、発病機構など見なれないことばが出てきておりますが、この二十二項目の内容について、一つ一つ御説明をいただきたい。そして学系では、従来の講座とはさして変わらない解剖学、生理学、内科学、外科学等となっておりますが、学群における教育内容と学系における研究内容が、このように違うことがどれだけの効果をあげるのか、学群教授は実態的には非常勤講師のようなものであり、これで十分な教育効果を期待できるのか。ことに学群の科目の中で、さきにあげた新しい科目は、だれがどのような形で教えるのか、明確にお答えいただきたい。
 特に医学については、もちろん他の学部も同様であると思いますが、医師国家試験、その後の臨床医となる場合の大学病院及び一般病院における勤務、開業医のあり方等から見ますと、このようにカリキュラムに大きな変化が起こった場合、その影響は出てこないのかどうか、医療担当の厚生大臣にお伺いをしたい。特に現在、医療は国民にとって大きな問題となっているだけに慎重にすべきであると思いますが、医学教育改革を筑波新大学をはじめとしてどのように広げていかれるのか、あくまでも筑波新大学のみに限っていかれるのか、その辺を明確にしていただきたい。さらに、大学院において基礎医学で修士課程を設置されようとしておりますが、新たに修士を設けられる理由についてお尋ねをしたい。
 次に、周辺整備についてでありますが、筑波研究学園都市が全部整備されますと、学生九千人、教職員三千七百人、大学以外の研究所、試験所などを含めて十二万都市になりますが、その教育施設、病院をはじめとする住民福祉施設、交通機関など、一つ一つあげれば数限りないぐらい問題が多く、地価高騰と物価高、そして都心への距離を考えた場合、教官はもちろんのこと、ことに家族にとってははたして満足した生活ができるのかどうか。住民税、水道料金、光熱費など、おそらく現在住んでいるところより高くなることは必至であります。これに対して政府はどう対処されるおつもりか。特に来年、かりに開校になった場合、大学へ来る人たちについてはまだまだ不十分な状態でありますが、どのように対処をされるのかお聞きしたい。また、六カ町村は、これら住民福祉施設建設に対して大きな負担となってきておりますが、この財源に対して十分な補助措置はあるのかどうか、伺いたい。
 周辺整備と関連して、高エネルギー物理学研究所について伺います。かなりの規模で建設が進められておりますが、総費用は百億円といわれております。これは米ソの五百億、EC約三百億円、英と独約二百億円に比べますと、先進国では最も少ない予算になっております。未来を開く重要な研究機関でありますので、さらに予算の増額を要求するものでありますが、文部大臣の所信を伺いたい。
 次に、東京教育大学には十の付属学校があり、それぞれユニークな役割りを果たし、業績を積み重ねておりますが、筑波新大学において、この付属学校はどのような位置づけになるのか、お伺いしたい。基本計画の中には、付属学校の名はわずかに学校教育研究センター、教育指導者養成スクールとの関連で示されているだけであり、教官については一言も触れていないのであります。だが、管理の面では、付属学校長の上に付属学校部長が置かれ、付属教官の人事は人事委員会で行なわれるとされているので、現在以上に自主性が縮小され、管理が強化されるのではないかと思いますが、付属学校に対する今後の取り扱い、管理は具体的にどのようにするおつもりなのかお答えいただきたい。
 次に、旭川医科大学を新設するとともに、山形大学及び愛媛大学にそれぞれ医学部を設置されることについてお伺いしたい。もとより、医学の立ちおくれが問題となり、医療需要の増大にこたえる体制が整備されておらず、都会でも三時間待って三分の治療は常識とされ、特に僻地、過疎地域の医師不足は深刻な事態に立ち至っているのであります。先日、病院に到着するまでに数時間も要したため死亡してしまったということが新聞に載っており、一日も早くこのような問題を解決しなくてはならないと痛感しているのであります。政府は医師不足解消のだめ、医科大学を全県に配置する三カ年計画を立てたと伺っておりますが、ほんとうに国民のために一日も早く解決する意図があるのか、その計画について具体的にお答えを願いたいのであります。
 さらに、私大依存の政府の大学政策は、医学教育では完全にその破綻があらわれております。三千万円もの裏口入学金が寄付されるということが明らかになり、福岡歯科大学、松本歯科大学、浪速医科大等々、毎年のように、大学の不正事件は私学の医科歯科大学においてきまったように引き起こされているのであります。また学生の七〇ないし八〇%は医師の子弟であり、高額所得者でなくては進学できないシステムとなっているなど、教育の機会均等は全く存在しないのであります。先日、政府は、これに対して、私立医科大学への助成金の増額をして、そうしてこの対策と言っておりますが、これでは抜本的な対策にならないのであります。このような実態について、政府はどのような対策を施そうとしているのでありましょうか。
 さらに、看護婦、臨床検査技師、診療放射線技師等の医療技術者の資質向上をはかるため、東北大学に医療技術短期大学部を併設することについてでありますが、この問題は、先ほどの医師不足の問題とともに非常に重要な問題であります。医療は国民の日常生活に深く関係しているため、特に充実のための施策が早急に必要とされているのであります。特に、医療従事者の資質の向上のための教育はおくれ、一定のレベルにまでも立ち至っていないのが現状であります。医学、医療の進歩に即応したものをつくり、あるいは専門医とともに医療従事者の向上がはかられなければならないにもかかわらず、ほとんど医学教育の方向に見合う計画化がなされていないのであります。たとえば、看護婦の問題にしても、少数の看護学校を除いてはいまだ低い教育水準であり、看護婦の充足方法も改善されていないのであります。このような実態について、政府は年次計画などの具体的な計画を立てているのでしょうか。もし計画があるとすれば、その計画の内容も具体的に示していただきたい。
 以上の問題については、文部大臣とともに厚生大臣の御答弁をお願いいたします。
 次に、国立久里浜養護学校の設置についてであります。
 一昨年開設されました国立総合教育研究所における重度の心身障害児の教育方法、内容等に関する実際的研究の実験教育のために、新たに国立久里浜養護学校を設置することについては大いに賛成であり、積極的に推進すべきであります。現在、特殊教育と称せられる盲学校、聾学校、養護学校等に進学できる子供たちの率は低く、いまでも就学義務の猶予、免除願いを出すなどきわめて問題の規定が学校教育法に定められており、それに対して、特殊学校、特殊学級の整備は全くおくれており、心身障害児の教育は不当に差別されているのであります。また、義務教育後のアフターケアについては家庭や社会の好意的奉仕にまかせるのではなく、もっと積極的に国は取り組むべきであります。このため、重症心身障害児対策のため、医療と教育の総合機関を設置し、心身障害児に対する早期教育の充実とともに、後期中等教育段階における職業教育と、学校教育を離れてからのアフターケアを充実すべきと思いますが、文部大臣、厚生大臣の所信を伺いたい。
 次に、東京教育大学との関連問題について伺います。
 まず筑波新大学構想について、文部省は、それが東京教育大学の自主改革案を基礎としているものだと強調しております。ところが、これには二重の問題点があります。一つは、改革案が、東京教育大学がロックアウト体制の中でつくられたものであり、さらに重大なことは、この案が文部省で検討されているうちに、東京教育大学自身の構想を大きく逸脱した、完全な文部省構想になってしまったという事実であります。これは公聴会において、かつて賛成派であった教授が証言していることを見ても明らかであります。政府・自民党が二十年来にわたって執拗に望んできた中教審大学が筑波新大学であり、東京教育大学改革案は単なるだしに使われたにすぎないのであります。それをいかにも東京教育大学案を実現するかのようにして、強引に筑波新大学の開学を推し進める文部省の責任は重大であります。文部大臣の明確なる御答弁をお願いしたい。
 さらに、改革案をめぐる東京教育大学内には、他の大学ではとうてい考えられないような事件が反対派教授に起こっているのであります。たとえば、学部が一体になって反対している文学部では、教授会が知らないうちに、同僚の三教授への辞職勧告がなされたり、あるいは昇任停止が行なわれ、あるいは国外留学のストップなどが起こっているのであります。さらに驚くべきことは、学外で筑波大学反対の証言などを公の場ですると、種々の圧力がかかり、教育大学におられなくなってしまい、今国会で参考人、公述人で来られた教育大学の先生方の中にも、退職を覚悟して出席された人がいるということであります。これでは学問の自由、言論の自由どころではありません。文部大臣はこのような事実を御存じですか。現在、教育大学内でさえこのような状態であります。これが筑波新大学においてもかりに起こるとすればどうなるのか、不安を感ぜざるを得ないのであります。この点について文部大臣はこれをどう解決していくのか、御答弁をお願いいたします。
 さらに、東京教育大学のある教授は、筑波新大学設立のために昭和四十六年に設立された筑波新大学資金財団が、一時財界、学界などに呼びかけ、少なくも五億円以上の寄付を得るように全力をあげている事実をあげ、教官にも、これに寄付をしたかいなかによって何らかの識別が行なわれるのではないかと危惧しているのであります。これらの事実を見ても、明らかに筑波新大学は中教審大学であります。このような大学を、野党の反対を多数の力で押し切り、また、全国の大学関係者や国民の強い反対を無視してまで、なぜ設立を急ぐのか、総理並びに文部大臣の明確なる御答弁をお願いしたいのであります。
 私は、日本の未来を大きく決定する教育の問題、まして一つの新しい大学をつくるにあたっては、慎重の上にも慎重を期さなければならないと思うのであります。本法案は、いままで述べてきたように大学の自治、学問の自由を根底から破壊する反動法案であります。同様な危惧の念や批判は、院外におきましても、学術会議や各種学会等の学術諸団体、全国四十五大学、七十八学部の教授会・教授団声明及びさらに多くの教授会有志声明、七千名をこえる全国大学教官、二千名にのぼる東京教育大学卒業生有志の声明等でも明らかであります。このように国民に多くの批判、反対のある本法案を、このように政府・自民党の傲慢な姿勢によって国会審議に付されることは、わが国教育を冒涜し、破壊する以外の何ものでもありません。このような法案は断固廃案にすべきであります。
 田中総理、奥野文部大臣も、わが国教育の将来を真に考えるならば、いまからでもおそくありません。即座に本法案の撤回をはかることを重ねて主張し、私の質問を終わります。(拍手)
   〔国務大臣田中角榮君登壇、拍手〕
#59
○国務大臣(田中角榮君) 矢追秀彦君にお答えいたします。
 第一に、国会運営等についての御発言でございますが、国会運営につきましては、政府としてとやかく発言する立場にございません。しかし、本国会は総選挙後の特別国会でございます。本法案は最重要法案の一つとして御審議を願ってきたところでございまして、医科大学等の設置とともに、新しい構想に基づく筑波大学の創設や大学制度の改善などを定めたものでございます。すみやかに御賛同いただくことを強く期待したいのでございます。
 筑波新大学につきまして、国民の批判に十分にこたえていないような御発言でございますが、大学改革の推進は国民がひとしく待望しております重要な課題でございます。筑波大学の構想は、東京教育大学において長年にわたり練り上げられた構想を基礎といたしまして、さらに多数の学識経験者の参加を求めて、これをまとめたものでございます。これを実現し、りっぱな成果をおさめることこそ国民の期待にこたえるゆえんと考えておるのでございます。また、それにより、一部の御批判も解消されるものと確信をいたしておるのであります。
 学問の自由と大学の自治についてでございますが、学問の自由は、憲法二十三条によりまして、すべての国民に保障されており、大学の自治とは、このような大学における学問の自由を保障するために確立された制度と慣行でございます。筑波大学新設に際しまして、大学制度の改善措置について規定することは、国民の要請にこたえ、広く国民に開かれた大学を実現しようとするものでございます。これによって、大学における学問の自由と大学の自治をいささかもそこなうものではありません。
 大学の管理運営の権限が学長や副学長に集中することになるという趣旨の御発言でございますが、筑波大学においては、従来の学部にかえて、学群、学系という新しい教育・研究の組織をとることにいたしておりますことは御承知のとおりでございます。これに応じて、全学の教員の総意が大学の運営に正しく反映するような新しい管理運営の仕組みをとることにしたものであります。これは、従来の大学に見られがちであった学部割拠の弊を避け、全学的な大学自治の確立を目ざすものでございます。このような内容を持つものでございますので、撤回などということではなく、一日も早く成立の方向で御賛成を得たいと思うわけでございます。(拍手)
   〔国務大臣奥野誠亮君登壇、拍手〕
#60
○国務大臣(奥野誠亮君) 最初に、学校教育法五十三条の改正につきましては、単科大学を常例とするというように改正したようにおとりになっていらっしゃるようでございます。「大学には、学部を置くことを常例とする。」と書きまして、単科大学であるか、総合大学であるか、そういうことを問わないのでございます。やはり実態によりまして、単科大学、総合大学、それぞれ特色のあることでございますので、自由にゆだねることが望ましいのではないかと、かように考えておるものでございます。
 学群と学系の中身についてお話がございましたが、学部の教育と研究、これを一体として行なう、その学部の壁を破りまして、研究と教育の組織に分けるわけでございます。研究の組織として学群組織が設けられるわけでありますけれども、それらの先生は、いずれも教育の組織でありますところの学系に属されるわけであります。研究をしながら教育をするという体制は、従来と何ら変わりはないわけでございます。
 学長、副学長を通じまして中央集権管理体制が強化されるのじゃないかという御心配がございました。先ほども申し上げたわけでございますけれども、副学長につきましても任期が定められることでございますし、また、専断的なことになります場合には、これを任期中であっても変更できるようにしたいというようなことで、リコールの仕組みなども考えられておるわけでございます。いろいろな審議会が構想されておるわけでございますけれども、いずれも評議会の審議にゆだねられるわけでございますので、その際に、専断的なことにならないような配慮が当然加えられるべきものだと、かように存じておるわけでございます。
 学群長の選任について御疑念がございました。筑波大学の第一、第二、第三の各群は、その基礎的な教育指導の組織として、専門領域に隔たりのある数個の学類を擁しまして、いわば小規模の総合大学ともいえるものでございまして、これまでの学部とはおのずから異なる性格を持っておるものでございます。したがいまして、学群長の選考につきましては、法律で直ちに学部長の場合に準じた定めをすることを避けまして、一般の部局長と同様、評議会の定める基準により学長が選考することとして、その取り扱いを大学の判断にゆだねることとしているわけでございます。大学において学部長の選考と同様の手続を定めることも、もちろん可能であるわけでございます。
 参与会につきまして、法定の必要がないのじゃないかという趣旨の御疑念がございました。筑波大学は、開かれた大学としてその内容を整えていきたい、それには社会の声に積極的に耳を傾けていきたい、みずからがみずからの身を縛ろうと、こう考えておるわけでございまして、たいへんけなげな考え方だと申し上げることができるのじゃないかと、かように考えるわけでございまして、そのような性格を鮮明にしていきますためには、やっぱり法定をするということではなかろうか、かように考えるわけでございます。政治的介入など毛頭考えておりませんで、大学が申し出てまいりましたとおりに任命をするつもりでございます。
 大臣の任命にしているが、非常勤の者は学長発令が慣例ではないかというようなお話がございました。そういうことではございませんで、非常勤で、非常にささいな人事でございますと、大臣任命でございますのを学長に任命を委任している、そういう例はございます。しかし、参与はそういう性格のものではございませんので、本来どおり国家公務員でございますので文部大臣が任命する。しかし、大学との関連をつけまする意味において「学長の申出を受けて」と、こう書かせていただいているわけでございます。
 人事委員会の点につきまして、学部教授会のような専門家集団の特質が失われるのじゃないかという御心配がございました。これは学部がなくなりますために、先ほど申し上げましたように人事委員会を設けるわけでございます。しかし、関係の職種の教官ごとにそれぞれ専門委員会が設けられて、専門委員会で具体的な人事が進められるわけでございます。その専門委員会できめられました人事が人事委員会に押し上げられてくる、こういう形になると考えておるわけでございまして、やはり人事委員会は全学的な連絡調整の機能を果たしていくのじゃないか、かように存じておるわけでございます。
 次に、まだ筑波大学が法定されないにかかわらず、筑波の地に大きな予算を投入しているじゃないかという趣旨のお話があったわけでございます。筑波大学の移転は、昭和四十二年に東京教育大学として正式に意思決定をされたわけでございます。そして四十四年にはビジョンを掲げて、新構想の大学を筑波の地につくるんだということをおきめになり、新しい構想が生まれてきているわけでございます。そういうことがございますので、東京教育大学の移転のたてまえもあり、四十五年から筑波の地に予算をつけさせていただいているという経過でございます。
 入学試験につきましては、筑波大学の昭和四十九年度入学者選抜、これは国立大学の第一期校として、他の一期校と同一の期日に実施することとしたいと考えております。また入学者選抜の実施方法等につきましては、現在東京教育大学に置かれております筑波新大学準備室、これを中心といたしまして鋭意検討が進められており、筑波大学発足後は、その検討の成果を引き継ぎまして、同大学において入学試験問題の作成、入学試験会場の選定等、入試準備の一切を行なうことになっておりますが、入試会場を現地とするか、あるいは東京教育大学を使用するかなどにつきましては、なお検討中の模様でございます。
 なお、入学者選抜につきまして、第一次、第二次と分けて行なうようだがという意味のお話がございました。入学者の選抜にあたりましては、高等学校の学習成果を総合的に評価判定いたしますとともに、大学における専門分野に応じて重視される能力、適性の判定が重要でございます。筑波大学の入試方法は、大学発足後に正式に決定されるものでございますが、関係者の計画によりますと、総合的評価については大学共通の第一次試験で、さらにまた、専攻分野に応じた能力、適性の判定は学群、学類ごとの第二次試験で行なうということを予定しておるようでございます。
 大学設置審議会との関係についてのお尋ねもございました。筑波大学の設置にあたりましては、準拠すべき基準の取り扱いについて、かねて大学設置審議会大学基準分科会に審議を願っているところでございます。同分科会では、特別委員会を設けまして検討を進め、すでに一応の取りまとめを行なっているわけでございます。このような審議状況を踏まえまして、本年一月、大学設置審議会総会におきまして、筑波大学の設置を進めることについて御了解をいただいているところでございます。
 次に、医学専門学群のカリキュラムについてのお尋ねがございました。筑波大学の医学専門学郡のカリキュラムは、医学の基礎教育を重視いたしまして、また、六年間にわたって系統的に教授するという基本方針のもとに、教育内容に改善を加えられております。なお、これにより医師としての養成に支障は来たさないものだと、かように考えております。
 だれがどのような科目を教えるかということについてのお尋ねもございましたが、先ほど、どなたかにお答えをいたしましたように、現在科目の問題などにつきまして、東京教育大学の筑波新大学準備室で鋭意準備を整えられておるわけでございますが、法案では十月発足を予定しておるわけでございます。筑波大学が正式に開学されましてから、さらにそれを引き継いで仕上げまして、そして御期待にこたえるようなことが発表されていく、こういう手順になるわけでございます。
 筑波大学の周辺整備のことでございますが、筑波研究学園地区の建設に関連する公共公益事業は、当該地区について行なわれる研究、生活、その他の諸活動が円滑に行なわれるよう、おおむね昭和四十九年度末までに概成することを目途に整備すると決定されたわけでございます。その中で、上水道などについてのお尋ねもございました。四十八年度から地下水による一部給水を開始し、四十九年度中には霞ケ浦の表流水による本格給水が可能となる予定でございます。料金などの点につきましても、土地を無償で提供する方便をとるとか、何らかのくふうを加えながら、できる限り料金が高くならないような配慮をしていきたいと考えられておるところでございます。また、小、中学校の問題につきましても、文部省といたしましては、補助率を引き上げるというような配慮をしていく考えを持っておるわけでございます。
 高エネルギー物理学研究所のことでございますが、約百億円をかけまして建設中の陽子加速器を整備しているわけでございます。これは陽子を八十億電子ボルトまで加速し、素粒子の実験的研究を行なう装置でございますが、この装置の性能は世界で第七番目のものでございます。建設に必要な経費は十分に用意してまいりたいと存じます。
 次に、付属学校のことについてのお尋ねがございました。現在の東京教育大学の付属学校は、筑波大学の創設後は同大学の付属学校として位置づけることといたしております。また、筑波大学の付属学校の教官の人事の取り扱いにつきましては、他の国立大学の付属学校の場合と同様、教育公務員特例法なぜの定めに従いまして、学長が選考し、文部大臣またはその委任を受けた学長が任命することになるわけでございます。他の大学の付属学校と全く同一に扱ってまいるという考えでおるわけでございます。
 なお、無医大県解消のことにつきましては、現在法律、予算を通じまして医大設置を明らかにいたしまして、なお残っている無医大県は九つございます。そのうちの沖繩県につきましては、琉球大学に調査費をつけまして、琉球大学のほうで用意が整ったら、その際には医学部を設けるということにさせていただきたい、かように考えているわけでございます。あとの八県につきましては、一年二校というような考え方で、一校つくるについては二年をかけて設置していく、かように考えているわけでございまして、四十九年度の予算につきましては、二年間で四校つくる、こういう予算要求をしてまいるつもりでおるわけでございます。
 裏口入学のことについてのお尋ねがございました。まことに残念なことでございます。私学の医学、歯学、たいへん教育に金がかかるものでございまするので、つい入学者に多額の寄付金を求めるというようなことが行なわれてきたのではないかと、かように心配をしておるわけでございます。そういうこともございまして、関係の向きに対する助成金を一そう増額していきたい。しかし、私立に求めることについては、やはりある程度の限界がございますので、国公立の医科歯科の学校を積極的につくっていきたいと、こういうような努力をさせていただくことにしているわけでございます。
 東京教育大学の内紛がございますために、ロックアウトの中でつくられた筑波大学案であるとか、あるいは東京教育大学の構想から大きく逸脱しているのじゃないかというような御批判もございました。私たちはあくまでも東京教育大学の構想、これを中心に考えているわけでございまして、この東京教育大学の構想に関係各大学の英知もここに結集させたい、また、その他の多くの学識経験者の意見もお手伝いさせたいというようなことで、文部省がお世話をしてきているわけでございます。文部省がお世話をしてきているわけでございますけれども、東京教育大学がそれらの内容について反対の面につきましては、一切取り上げていない。全部東京教育大学の同意、積極的な同意のもとにおいてこの構想がつくり上げられてまいったことについての御理解をいただきたいと思います。
 文学部の先生方が反対の証言をすると、おれなくなるというようなことがございましたが、反対の方は今日も強く反対をしておられるわけでございます。言えなくなるどころじゃなしに、声をあげて反対をしておられるわけでございまして、自由はいささかも私はそこなわれていないと、かように考えておるわけでございます。また、この自由は尊重していきたいと、かように考えておるわけでございます。
 なお、この大学が中教審大学だというようなおきめつけがございました。中教審におきましても、教育と研究の分離などのいろいろな示唆をしております。その示唆は取り上げられておるわけでございますけれども、中教審にそんなこまかいことが載っているわけでもございませんければ、また基本的には東京教育大学の構想であることにも間違いがないわけでございます。
 なぜ急ぐかというお話でございますけれども、私は、国民の多くはいまの大学の改革を熱望しているのじゃないかと、かように考えているわけでございまして、この国民の希望にこたえるのがやはり筑波新大学でもあり、また、私立、公立におきましても、積極的に新しい構想を打ち出していっていただけないものだろうか。その一つの前段的な役割りを果たすことができればしあわせではないかと、かように考えておるところでございます。(拍手)
   〔国務大臣齋藤邦吉君登壇、拍手〕
#61
○国務大臣(齋藤邦吉君) まず、最初のお尋ねは、医学専門学群が発足いたしました場合に、医師の国家試験等に影響がないかというお尋ねが第一問でございますが、これは先ほど文部大臣からもお答えがございましたように、カリキュラムの編成によりまして改革をはかり、六年間一貫した系統的医学教育を行なうということになっておりますが、その目的とする教育内容自体につきましては、従来の医学部の目ざすところと特に変わったものではないと理解いたしておりまして、したがいまして、国家試験の受験資格につきましても、医師資格取得後の臨床研修のあり方につきましても、特段の影響はないものと考えております。
 第二問は、看護婦の問題でございます。すでにお述べになりましたように、医療需要の増大あるいはニッパチ夜勤勤務体制の実施等によりまして、看護婦の充足の緊要な事態に遭遇をいたしております。これに対処いたしましては、養成施設の強力な整備拡充、職員の処遇の改善、潜在看護婦の活用等を施策の柱とし、明年度以降五カ年計画で看護婦不足を解消すべく、目下社会保障長期計画懇談会において、計画の作成を急いでおります。その結論を待って実行いたしたいと考えております。なお、看護婦の養成についてのお尋ねでございますが、看護婦の養成につきましては、学校教育法による大学あるいは短大による、こういうことは、私は将来の方向として非常に望ましいことであると考えております。しかしながら、現在の看護婦確保の緊要性にかんがみまして、全部が全部これに依存するというわけにもまいりませんので、当面は看護婦養成所の教育水準の向上をはかるということによって対処いたしてまいりたいと考えております。
 第三問は心身障害児の教育の問題でございますが、この問題につきましては、厚生省は主として生活指導の面を担当いたしておりますが、心身障害児の療育訓練はできるだけ早期に実施したほうが望ましいと、これはまことに私も同感でございます。就学年齢前からの早期治療、早期訓練を行なうよう、日常生活訓練を中心とした各種の通院施設を地域ごとに整備をいたしており、さらに施設を拡充したいと考えております。さらにまた、職業教育の面につきましては、施設における職業訓練機能を一そう強化するとともに、就業後のアフターケアとして、昼間働きながら、夜間だけ指導援助を受けるための中間的な施設の整備を進めておりまして、今後ともさらに一そう拡充いたしてまいりたいと考えておる次第でございます。(拍手)
   〔国務大臣奥野誠亮君登壇、拍手〕
#62
○国務大臣(奥野誠亮君) 答弁を漏らしましてまことに申しわけございません。
 医学系の大学院で基礎医学の修士課程をつくる問題についてのお尋ねであったようでございます。筑波新大学創設準備会における検討の過程で、医学系の修士課程を設置することが提案されているわけでございます。これは医学以外の学部、学科の出身者にも高度の医学研究への道を開き、特に不足の著しい基礎医学者の育成に資することなどをねらいとするものでございます。ただし、この問題は、筑波大学のみではなく、現在の医学教育全体に共通する問題であり、同準備会におきましても、なお今後新大学において引き続き検討すべきものとしているところでございます。(拍手)
#63
○副議長(森八三一君) 本日はこれにて延会することとし、次会は明日午前十時より開会いたします。
 これにて延会いたします。
   午後五時四十四分延会
ソース: 国立国会図書館
姉妹サイト